7、神魔  中央大陸の南に位置する、ストリウスとの国境付近に、次元の歪みがある。そこ からは、ハッキリと、次元城の姿を見る事が出来た。禍々しい城ではあるが、どこ か、美しさを感じさせる。特に魔族の美意識を、十分に堪能できる城であった。  その主は、勿論グロバスだった。その壮大なる姿こそは、魔族の象徴であり、誇 りでもあった。グロバスの力は勿論の事、神々と戦うためのプランや、慎重さ、そ して、実行する時の迅速な采配は、見てて気持ちの良い物があった。常に先見を明 を発揮して、行動している。  しかし、そのグロバスを震撼させる出来事があった。それは、『人道』のジーク が、ルクトリアに帰還したとの報告だった。ルクトリアには、その父であるライル が居る。組まれたら、かなりの戦力になる事は、間違いない。ルクトリアの小競り 合いの長期化が、このような事態を招いたのだと反省する他無かった。  しかし、グロバスを警戒させたのは、もう一つの報告だった。『法道』の神の動 きだった。とうとう重い腰を上げたのか、ミシェーダが戦力を集中させたのかも知 れない。竜神ジュダの実父であるパム。そして実母であるポニを、ソクトアに降臨 させたのだ。これは、由々しき事態である。パムとポニが、『人道』に行くにしろ 『法道』に行くにしろ、脅威な戦力には間違いない。他の神なら、多少増えても何 とかなる。だが、この2神は、普通の神では無い。竜神を産み落としたと言うだけ あって、その実力も、ミシェーダの折り紙付きであった。大天使長ラジェルドが、 降臨したのを、知っているだけに、この2神が動き出したのは正直ショックだった。  しかし、指導者たる者が、動じる訳には行かない。魔族達には、クラーデスが試 しの時に入っていると言う発表をして、クラーデスのパワーアップの可能性を、全 て説明して、魔族達を安心させた。 (ふっ。我ながら、道化な事を言った物だ。)  グロバスは、発表したのは良いが、正直、クラーデスは、もう死ぬ寸前だと思っ ていた。3週間も耐えているのは、驚愕に値するが、力は徐々に弱ってきている。 さすがの『魔王の中の魔王』も、神の力に対抗するには、まだ早かったと言う事か。 (それにしても、手を打たねばなるまい。)  グロバスは考え込む。しかし、良い案が出る訳でも無い。どちらも、戦力が出し 辛い所だ。『法道』は、まだ戦力が慌しく動いているが、パムとポニが居ると想定 すると、自分とワイスが行った所で、苦戦する結果になるだろう。  とは言え、『人道』は今、盛り上がっている最中だ。人間の最強クラスの者達が、 全て集結しているのだ。危険な戦力である。 (人間を甘く見ると、クラーデスのような結果になるからな。)  グロバスは、クラーデスの力を感じる。まだ耐えているようだが、中では、相当 衰弱しているに違いない。封印をしていて、正解だったと思う。していなかったら、 暴れてワイス遺跡が、メチャクチャになる可能性だってある。 「グロバス様に申し上げます。」  ミライタルが来た。どうやら、偵察に行っていたらしい。 「申せ。」  グロバスは、どっしりと腰をすえる。 「ジーク達の中に、竜神と剣神が居なかった模様。力すら感じませぬ。」  ミライタルは報告する。 「ほう・・・。」  グロバスは、ニヤリと笑う。チャンスかも知れない。恐らく、何か調べているの だろうが、こちらにとっては、好都合な事だ。 「ただし、残念なご報告もあります。・・・アルスォーン殿が、戦死なさいました。」  ミライタルが伝える。アルスォーンは、ミカルドにやられたのだ。 「・・・ミカルドだな?」  グロバスは、察する。 「はい。どうやら、妖精の森に、隠れ住んでいるようです。」  ミライタルは、顔を顰める。自分の生まれ故郷ながら、自分の足を引っ張る出来 事に、内心面白くないのだろう。 「ふむ。相分かった。ワイスと健蔵を呼べ。」  グロバスは、命じる。ここで何もしない程、グロバスは、お人好しでは無い。 「了解致しました。」  ミライタルは、すぐにワイスと健蔵を呼びに行く。 (我らを、誘き寄せる罠かも知れん。だが、その時はその時・・・。)  グロバスは、警戒は解いてはいない。しばらくすると、気配がした。 「グロバス様。砕魔 健蔵、参上致しました。」  健蔵が、現れて挨拶をする。 「神魔ワイス、参上しました。」  ワイスも後ろに控えていた。 「ふむ。ご苦労。」  グロバスは、二人をそれぞれ見る。 「我達に御用とは?」  ワイスが尋ねてきた。 「健蔵よ。『魔王剣士』として、呼ばれるようになって、何も無くて暇であろう?」  グロバスは、まず健蔵に話を振ってみた。 「恐れながら、ご指摘の通りで御座います。」  健蔵は、素直に本心を言った。任務が来ないのでは、暇にもなると言う物だ。 「ふむ。そこで、お前達に、任務を与えようと思う。」  グロバスは二人を見る。 「とうとう神との対決ですかな?」  ワイスは、横目でグロバスを見る。 「その前に憂いを断とうと思う。お前達にも『人道』の情報は、伝わっているな?」 「言われるまでもありませぬな。厄介な事です。」  ワイスは、溜め息をつく。 「その『人道』に今、竜神と剣神が不在との情報が入った。」  グロバスは説明する。 「ほう・・・。それで我らに任務と言う訳でありますか。」  ワイスは意を汲み取る。 「罠かも知れん。だが、この機を逃す気も更々無い。よって、万全を期さねばなら ぬ。生半可な者には、任せられぬ。」  グロバスは、ワイスを見る。神魔であるワイスを呼び寄せたと言う事は、本気で ある。本気でジーク達を潰そうとしなければ、出来ない事だ。 「ジークとか言う者。成長力が並ではない。今の内に、叩いて置かねばならぬ。」  グロバスは、ジークには一目置いていた。クラーデスと引き分けたのも、ただの 偶然では無いだろう。 「行ってくれるな?ワイス。」  グロバスは、ワイスに目配せする。 「仰せの通りに致しまする。」  ワイスは一礼をする。 「健蔵。お前には、裏切り者の始末をしてもらいたい。」  グロバスは健蔵の方を見る。 「裏切り者?では・・・ミカルドで御座いますか?」  健蔵は、ミカルドの事を聞いてみる。 「ふむ。アルスォーンが、倒れたと言う話でな。妖精の里に隠れ住んでいるとの事 だ。妖精共と、手を組んだとなれば、放って置く訳にも行かぬのでな。」  グロバスは説明してやる。ミカルドは、とても脅威な存在だ。 「了解致しました。」  健蔵は、即座に了解する。相手がミカルドとあれば、不足は無い。 「危険な任務だ。両名とも引き締めて係ると良い。」  グロバスは、労いの言葉を掛ける。 「神魔としての力が、やっと見せられると言う物・・・。感謝しますぞ。」  ワイスは、これまで自分の力を振るう機会が無かった。やっと、その出番が来た と言う事だ。 「『魔王剣士』として、恥ずかしくない働きを見せるつもりです。」  健蔵も嬉しさに満ち溢れていた。久しぶりに、強敵と戦える事で、武者震いがし ていた。健蔵も闘う事が、好きなのだ。 「ふむ。期待している。」  グロバスは、満足そうに両名を見る。 「恐れながら、申し上げます。健蔵様の闘いに、この私をお加え下さい!」  ミライタルが、申し出てきた。 「・・・ミライタルよ。この俺を愚弄する気か?俺は、一人で十分だぞ?」  健蔵は、ミライタルを睨む。 「お気に障ったとあらば、謝罪致します。だが・・・私と妖精の里とは、浅からぬ 因縁が御座います。」  ミライタルは、熱弁する。ミライタルは妖精の里の出身なのだ。 「そう言えば、そうであったな。故郷に帰りたいのか?」  グロバスは、ミライタルに焚きつける。 「グロバス様。私の魔界へ落とされた理由をお知りとあれば、それは無い事を、ご 存知のはず。逆で御座います。私の手で、滅ぼしたいのです。」  ミライタルは、邪悪な笑みを浮かべる。この邪悪さこそ、グロバスが期待した物 だった。ミライタルの、力への執念と、邪悪さは目を見張る物がある。 「貴様の私怨に、俺も付き合えと言うのか?」  健蔵は、またしてもミライタルを睨む。 「滅相も御座いませぬ。健蔵様は、ミカルドをお討ちになられて下さい。私は一切 邪魔はしませぬ。私が狙うは、妖精の里のみ。」  ミライタルは釈明する。 「・・・ならば良かろう。一切の邪魔は、許さぬぞ。」  健蔵は鼻で笑う。邪魔された所で、ミライタルならば一撃の下に殺せると、判断 したのだろう。 「健蔵が許すとあらば、良いだろう。思う存分暴れるが良い。」  グロバスは、ミライタルの申し入れを聞き入れる。 「有難き幸せ。我が兄だけは、この手で止めを刺したいと思っておりました。」  ミライタルは、邪悪な笑みを浮かべる。ミライタルは、今でも忘れない。兄の側 近に封印された事をだ。そのせいで地上へ出られなかった。150年以上も前の事だ。 「さあ、『覇道』成就のために、頼むぞ。」  グロバスは、3人を送り出す。3人は、それぞれ頷くと、次元城の扉を開く。 (さて・・・この選択が、誤りで無いと良いがな。)  グロバスは、腕を組みながら考え込んでいた。  ガリウロルには、非常に美しい自然がある。ここで暮らす者は、それを受け入れ て、暮らすのが普通である。ガリウロルは島国なので、他の国とは違い、戦争に巻 き込まれる事は少ない。  だが、その分、豪族が何度もぶつかり合い、紛争が絶えないと言う現状もあった。 破砕一刀流を継承する結城(ゆうき)家も、その強力な豪族の一派だった。だが、 継承者不在が理由で、巽(たつみ)家に吸収されたと言う歴史がある。その絶えた 結城家の継承者こそ、赤毘車であった。剣神となり、俗世間との交わりを絶たなけ れば、まだ続いていたかも知れない。だが、神として生きる事を選んだ赤毘車は、 その憂いを全て捨て去った。  その結城家跡に、ジュダと赤毘車は来ていた。既に破砕一刀流は、赤毘車が独自 に開発した技によって、ほとんどが赤毘車一人の剣技と化している。そして、既に 破砕一刀流を伝える者が居ないのだから、それも道理である。結城家は、既に荒れ 放題になっていた。仕方が無い事である。  それでも赤毘車は、ここに来なければならなかった。父と母の慰霊と、報告をし なければ、ならなかったのだ。結城家の赤毘車の父と母の墓である。 「父上。母上。もう何百年も経ってしまいましたが・・・慰霊に参りました。」  赤毘車は、神になって以来、初めて慰霊に来たのである。 「私は、最初こそ寂しい思いをしましたが、今は、このジュダが居ます。」  赤毘車は、笑みを見せる。 「神となった今、父上と母上の冥福を祈る事で、あの時の力不足をお許し下さい。」  赤毘車は、父と母が暗殺された時に、自分の力不足を呪った事もあった。 「赤毘車・・・。全く真面目だねぇ。」  ジュダは、頭が下がる思いだ。赤毘車は、子供の頃の自分を責めている。あの時 は、しょうがない事だったとジュダは思っている。 「お前と一緒にしない事だ。・・・ふふっ。墓前に来てまで、こんな事を言うとは な。お前と居ると飽きないな。」  赤毘車は、口煩い自分に、つい笑ってしまう。 「後、もう一つ・・・。私にも、稚児(やや)を授かりました。」  赤毘車は、顔を赤く染める。 「やや?・・・ってオイ。本当かよ?」  ジュダはビックリする。稚児とは、赤ん坊の事だ。つまり、子供が出来たと言う 事だ。これには、ジュダもビックリする。 「お前とは、仕事ばっかりで、中々暇が取れなくて、こう言う機会が無かった。」  赤毘車は、溜め息をつく。 「まぁ、たまにの機会に、出来てしまうのだから・・・不思議な事だな。」  赤毘車は、顔を真っ赤にしながら言う。 「あー・・・この前のか?ネイガが行った時の・・・。」  ジュダは、思い出してみる。この頃で言うと、それしか考えられない。神と言う と、激務なので、中々機会が無いのだ。夫婦での派遣は多いが、中々意識しない物 だ。それほど、人間達は問題を起こす。神の子であれば、細胞レベルで神としての 遺伝子を受け継いでいるので、『天人』となって、寿命は長くなる。だが、パムと ポニの子供達は、3人居たが、ジュダ以外は、人間として生きる道を選んだ。  ジュダだけは、神の試練を突破し、神として生きる道を選んだのだ。しかも、才 能溢れる竜神として降臨する。それが、どれだけ大変か・・・。  神の子だとしても、神になるには、試練を突破しなければならない。その試練は、 苛烈を極めるため、なれない子供の方が多い。ジュダみたいな例の方が稀なのだ。 「初めての子供か・・・。想像もしてなかったな。」  ジュダは首を捻る。 「まぁ、私達は、若い神だ。まだ機会はあると思う。慣れてもらわねば困るな。」  赤毘車は悪戯っぽく笑う。最も、赤毘車は子供が産まれるからには、大事にしよ うと思っていた。出来れば、神としての試験を突破してくれる事を祈りたい。 「ほう。そいつは、めでたい事だな。」  突然、空から声がした。赤毘車とジュダは戦闘態勢に入る。 「おいおい。そう身構えるなよ。」  ソイツは、ゆっくりと降りてくる。 「親父!それにお袋。どうしてここに?」  ジュダは、驚く。まさかパムとポニが来るとは、思ってなかったのだ。 「どうしては無いだろ?探したんだぞ?」  パムは、ニヤリと笑う。 「ミシェーダの差し金か?」  ジュダは警戒する。現在ジュダは『人道』を進んでいる。『法道』を勧める神達 とは、敵対関係にあるのだ。 「差し金って言い方は、ねーだろ?お前が神々の敵になるって聞いて、心配してる ってのによ。お前さんの頑固さを、見に来たんだよ。」  パムは軽口を叩く。 「心配してるのよ?アンタ、結構向こう見ずな所があるから。」  ポニは、本当に心配してそうだった。 「親父とお袋は、あのミシェーダの演説を聴いたんだろ?アレを許せるってのか?」  ジュダは、両親を睨み付ける。ジュダには、人間を駒としてしか見ないミシェー ダの態度が、許せなかったのである。 「義父上に義母上。私も同意見です。ミシェーダは、素晴らしい神だとは思います が、あの発言には、疑問が残りまする。」  赤毘車も加勢した。 「揃って頑固だな。でも考えてみろ。人間達に任せて、その後どうする?それで良 い結果になるか?ネイガは、自分の星が滅び行く様を見たらしい。それは、人間達 が、互いの利益のために、始めた戦争のせいだったそうだ。」  パムは説明してやる。ジュダは、少なからず衝撃を受けた。 (それでか・・・。あのネイガが、ミシェーダの下に走ったのは・・・。)  ジュダは、ネイガが『法道』に走った訳を知った。責任感の強いネイガは、自分 が救った星が、滅び行く様を見て、同じ過ちは繰り返さないと決めたのだろう。 「確かに人間は、愚かかも知れないな。」  ジュダは目を瞑る。 「だが親父!俺達だって、元は人間だったはずだ。そして、それに劣らぬと認めて いる人間達を、俺は知っている!それが神の尖兵になるなんて我慢出来ねぇ!」  ジュダは、拳を握って力説する。 「ソクトアは違う・・・か。幻想じゃないと言い切れるな?」  パムは、ジュダに問い掛ける。 「クドいぜ。例え、そのせいで滅びたとしたら、俺は、この星と運命を共にする。」  ジュダは言い切った。赤毘車は、満足そうに夫を見る。 「全く・・・誰に似たんだかな。」  パムは、溜め息をつく。 「私達じゃ説得は無理ね。なら、答えは一つよ。自分の信じる道を行く事。良いわ ね?中途半端は、許さないからね。」  ポニは、ジュダに念を押す。 「言われるまでもねーぜ。元より、そんなつもりはねぇよ。」  ジュダは、母親を安心させる。 「宜しい。・・・ただ、赤毘車。貴女は無理しちゃ駄目よ?」  ポニは、赤毘車の肩を優しく叩く。 「無理して、私達の孫に影響したら、残念だからね。」  ポニはニッコリ笑った。赤毘車は、その笑顔に安心させられる。さすがは、蓬莱 神である。安心させる術を知っている。 「分かりました。この稚児は、大事にしまする。」  赤毘車は、クソ真面目に答える。 (ポニ様が祖母・・・。見えないなぁ・・・。)  赤毘車は、ポニの若々しい姿を見て、どうしても、そう思わざるを得なかった。 しかし、それが神の宿命と言えば、それまでだった。 「よし。んじゃ、俺達は、天界に帰るぜ。邪魔はしねぇが、さすがに手伝いまでは、 出来ねぇからよ。おめぇさん達の、成功を祈ってるぜ。」  パムは指を鳴らすと、ポニを連れて空に浮く。 「親父達も気を付けろよ。ミシェーダは、何言ってくっか、分からねぇからな。」  ジュダは、パム達の心配をする。ミシェーダが、どんな手を打ってくるか分から ない。とは言え、神々のリーダーにして厳格なる運命神なので、その事で、パム達 を責めると言う事はしないだろう。 (ま、しっかりしなきゃ行けねぇのは、俺の方だな。)  ジュダは口元で笑うと、これからの事を考えるのだった。  ルクトリアでは、連日のように、特訓を繰り返していた。まずはジーク、ゲラム、 ルイ、ミリィの4人に、忍術を覚えさせるのが先だった。覚えるのと、覚えてない のでは、戦術や戦力の面で大幅に違ってくる。これほど応用が利いて、使い勝手の 良いスキルは無いだろう。ジークやミリィ、それにゲラムは、魔力の才能も申し分 無いレベルだったので、見る見る内に習得していった。トーリスや、繊一郎の教え 方が良いと言うのも事実だったが、それにしても、天賦の才能を感じた。しかし、 ルイは、かなり苦戦していた。魔力の面では申し分ないのだが、ルイは、避けなが ら剣を繰り出すカウンタータイプの剣士なので、闘気と言う概念が伝わり難いのだ。 「まさか、この私が出遅れるとは思いも寄らなかったわ・・・。」  ルイは、悔しそうな顔をしていた。自分のせいで、皆の修行が遅れるのが、プラ イドに障ったのだろう。しかも、剣士なのに闘気で梃子摺るとは、思ってなかった。 「ルイ。闘気は、頭で覚える物じゃない。相手を倒すと言う気構えだ。魔族に立ち 向かう時の心を持てば、絶対に出来るはずだ。」  ジークは、アドバイスする。闘気とは闘う力の事であり、何かを守りたい、相手 を圧倒したいと思う気持ちが、強ければ強いほど如実に現れる。  しかしルイは、それがどうしても苦手だった。自分が守りたいと思う物は何なの か?そして、魔族と立ち向かうなんて事、自分には出来るのか?迷っている最中だ ったため、どうしても、上手く闘気が出せないでいた。  その夜、ルイは、一人で特訓していた。闘気を上手く出せるように、自分に言い 聞かせながらの特訓だろう。 (何で、上手く出せないの!?・・・いや・・・分かっている事よね。)  ルイは、自分でも気が付いていた。自分に闘気と言う面に於いて、皆に遅れを取 っていると言う事にだ。皆は、魔族と闘う時に、無類の勇気を持って、闘っている。 臆する事無く、立ち向かっている。だが自分には、その経験が無い。  結局、ジークが死に掛けた時も、自分は何も出来ずに、見学している羽目になっ ていた。ミリィは、ジークの盾になるために動けたと言うのにだ。  自分には、守る物が無い。そして、立ち向かうだけの心が無い。怖いのだ。恐怖 が闘気を上回っているので、闘気を上手く出せないのだ。 (何がソクトア一のトレジャーハンターよ・・・。)  ルイは、自分の不甲斐無さを呪う。 「ルイさん・・・。また、こんな時間までやってたの?」  ゲラムが、心配そうに見ていた。 「アンタにまで、こんな心配されるとはね・・・。」  ルイは自虐的に笑う。 「笑って良いわよ?私は、ソクトアに名前を響かせる臆病者なんだから。」  ルイは顔を背ける。 「何言ってるんだよ!ルイさんは・・・強いじゃないか!」  ゲラムは真剣な目付きで言う。 「お世辞なら真っ平よ!!」  ルイはゲラムを睨む。 「お世辞なんかじゃない!!ルイさんは・・・ジーク兄ちゃんの事で耐えたじゃな いか!自分から言い出せたじゃないか!!」  ゲラムは、ルイがジークに好意を持っていた事を、知っている。 「あんなのを、アンタは強さだって言うの!?馬鹿にするのも、好い加減にしてよ!」  ルイは涙を流す。侮辱されたと感じたのだろう。 「馬鹿になんかしてないよ!僕は・・・ルイさんが、どれだけ辛いか分かる!僕だ って好きな女の子が居た・・・。でも、種族の違いで諦めなきゃいけなかった。そ の辛さを自分から言うなんて・・・僕には出来ないよ・・・。」  ゲラムは、リーアの事を思い出す。結局、あれから音沙汰もない。だが、ジュダ に聞いたのだ。リーアは、妖精の里に帰って魔族のミカルドと一緒に住んで幸せそ うだと言う事をだ。ジュダは、妖精の里の様子を調べていた事があったので、ゲラ ムに聞かれた時に、素直に答えたのだ。その時の悲しさをゲラムは忘れていない。 「ジークの事は、最初から踏ん切りがついてたわ。アンタと一緒にしないでよ。」  ルイは、つい憎まれ口を叩いてしまう。 「嘘だ!ルイさんが、ジーク兄ちゃんを見る目は、普通の人とは違っていたはずだ!」  ゲラムは、良く見ていた。ルイから相談を受けてから、ちゃんと、その事を気に 掛けていたのだ。特に無理してそうだったので、見ていても辛かった。 「何で、そんなに無理するの!?何で・・・。」  ゲラムは、心配でならないのだ。ルイが、意地を張る度に悲しくなる。 「そこまで・・・心配されてたとはね・・・。アンタは、良い人よね・・・。」  ルイは、ゲラムの人の良さに、つい笑みを見せる。 「私は、才能も性格も捻くれてるわ。心配されても、何も返せないわよ?」  ルイは、ついに平常なルイに戻ったようだ。優しい笑みを見せている。 「返してくれなんて言わないよ。僕だって、勝手に心配してるだけだもんね。」  ゲラムは微笑み返す。 「意地っ張りね。アンタも・・・。」  ルイは、悩んでいた事を忘れそうになる。ゲラムと話していると、安心してしま う自分が、ルイには分かった。 「・・・しっ・・・。何か聞こえない?」  ゲラムが、警戒態勢に入る。ルイは耳を澄ませる。 「・・・何か、来ているわね。」  ルイも警戒態勢に入る。腰の剣を抜く。 「30人・・・は居るね。」  ゲラムは、足音を正確に数える。どうやら何かが、近づいているらしい。 「ルイさんは、ジーク兄ちゃん達を呼んできて。」  ゲラムは、弓とナイフを用意する。 「何言ってるのよ。貴方一人で止める気?」  ルイは心配する。ゲラム一人では、いくらなんでも人数が多い。 「敵じゃないかも知れないからね・・・。大丈夫。少しなら何とかなるよ。」  ゲラムは、親指を立てて合図する。 「私の見せ所の心配をしてるだけよ。」  ルイは恥ずかしくなったのか、憎まれ口を叩く。 (素直じゃないなぁ・・・。私も。)  ルイは、つい自責の念に駆られてしまう。 「じゃ、行くわよ。無理だけは禁物よ。」  ルイは、そう言うと、皆の居る宿舎に向かう。 「・・・よし・・・。」  ゲラムは、ルイが行ったのを確認すると、その30人の所へ向かう。 (敵じゃないと、良いんだけどね。)  ゲラムは、自分で考えてて、馬鹿馬鹿しくなった。この一団は、正門からでは無 く、裏門から来ようとしている。しかも、足音に細心の注意を払っているようだ。 これが敵で無くて、どうだと言うのだろう。声が聞こえてきた。 「・・・これよりゲリラ作戦を行う。各自用意は良いか?」  何者かが、指示を出そうとしていた。 (・・・魔族・・・か。よし・・・。なら先制攻撃だ!)  ゲラムは、魔族だと言う事を確認すると、忍術の印を組む。 「そうは行かないよ!!『水遁』!!」  ゲラムは、覚えたての『水遁』を使う。魔族達は不意を突かれたのか、うろたえ ていた。慌てて空を飛ぶ魔族が居た。 「ていっ!!」  ゲラムは、それに狙いをつけて弓を引く。見事に命中した。5人程、それで落と す事に成功する。しかも、弓はトーリスに聖なる力を付与してもらったので、魔族 は即座に息絶える。 「・・・あそこだ!!」  残りの魔族が、ゲラムを見て憎しみの目を向ける。 (ちょっと目立ち過ぎたかな。)  ゲラムは、舌打ちする。さすがに大っぴらに攻撃したのは、拙かったかも知れな い。だが、次の瞬間ゲラムの血は沸騰する。 「・・・!!そ、それは!!」  ゲラムは、ビックリする。そこには、人間の首が並べられていた。魔族達は、首 を手に持っていたのだ。 「ふっ。珍しいのか?これは、魔族の勲章さ。『覇道』に逆らう愚かな人間は、こ うなるのだ!!」  魔族は、陶酔しながら言い放つ。 「ふざけた事言うなぁあ!!」  ゲラムは、ナイフで襲い掛かる。魔族達は、それを寸での所で躱す。 「何がふざけた事か!!貴様ら人間も、我ら魔族に対してやってる事だろうが!」  魔族は痛い所をついてくる。ゲラムは動きが止まる。 「お互い様な事は、貴様も承知しているようだな。だが、我らの理念は、それは弱 者である事が理由。勝たねば道が開けぬのなら、勝てるよう努力するのが肝要。」  魔族は『覇道』を説いて回る。 (僕は、魔族を端から敵だと決め付けた・・・。それと比べると、何と意志を持っ てる事か・・・。)  ゲラムは、少し気を落とす。 「ふむ。貴様は話せる相手らしいな。『覇道』は、誰もが平等に、その力を発揮出 来る世界を築こうとしている。貴様も、グロバス様を支持してみては、どうだ?」  魔族は、ゲラムを誘惑する。魔族にとって見れば、強い味方は大歓迎なのだ。 (僕が魔族を倒したばかりだってのに・・・。)  ゲラムは、魔族の寛容さが信じられなかった。 「・・・でも僕は・・・悪いけど人間なんだ!人間でありたい!誘ってくれた事に は、礼を言うけど、付いては行けない!」  ゲラムは、ナイフを構え直す。 「仕方あるまいな。『覇道』の邪魔をする者を、生かしては置けぬ。」  魔族は、人間達の首を放り投げる。もう脅しが通用する相手では無いと、悟った のだろう。大概の人間は、恐怖に歪む物だが、ゲラムには、通用しそうにない。 「何をしている。早く片付けろ。ゲリラで片付けると言ったはずだ。」  魔族のリーダーらしき者が、後から現れた。しかもグループを連れてだ。 「申し訳ありません。ルドラー様。」  魔族は敬礼する。 「ルドラー・・・?ルドラーだと!!」  ゲラムは、再び体中の血が沸騰する。 「小僧。俺の名を知ってるのか?」  ルドラーは、嫌味そうに笑う。ゲラムにとっては、祖父を殺された仇だ。忘れる はずが無い。直接的には健蔵だが、諸悪の根源は、このルドラーなのだ。 「僕は、プサグルの第2王子ゲラム=ユード=プサグルだ!祖父の仇!!」  ゲラムは、目を血走らせていた。 「ほう。貴様が・・・。よし。掛かれ!!」  ルドラーは、合図を送る。すると、魔族達は、一斉に襲い掛かる。 「邪魔しないでくれ!僕はルドラー!お前に用があるんだ!!」  ゲラムは、関係ない魔族を殺したくは無かった。 「ふっ・・・甘ちゃんめ!!」  ルドラーは、もう一回合図を送ると、両手両足に向かって鎖を投げつける。する と、ゲラムの両手両足に鎖が填められた。これでは、身動き出来ない。 「くっ!・・・ルドラーめ!!」  ゲラムは、振りほどこうとするが、魔族が、それぞれ引っ張っているので、中々 思うように、力が出ない。 「お前さんは無謀な奴だな?突っ込んできて、攻撃しないとあれば、こうなるに決 まっているだろう?頭は使う物だぞ?」  ルドラーは高笑いする。 「正々堂々と、決着をつけろ!!」  ゲラムは睨み付ける。すると、ルドラーは鳩尾に拳を入れる。 「ぐわっ!!」  ゲラムは、胃の内容物を戻しそうになる。 「口の利き方には気をつけろ。立場を考える事だな。」  ルドラーは、面白そうにしている。 「俺は、お前らの親父達のせいで、25年間隠れ住んでたんだ。貴様に、その苦し みが分かるか?ユード家は、俺にとっては憎むべき敵なんだよ。」  ルドラーは、そう言うとゲラムをサンドバックのように殴りつける。 「・・・ふざけるな・・・!お前は、国を利用した挙句に、カールスと共に誇りを 捨てたんだろう!?逆恨みするんじゃない!!」  ゲラムは、吐き捨てる。 「・・・貴様。言ってはならぬ事を・・・。そして、その眼が気に入らんな・・・。」  ルドラーは、髪を逆立ててキレていた。そして、ナイフを取り出す。 「貴様ら一族は、害虫なんだよ!苦しめ!!そして叫べ!」  ルドラーは、楽しそうにゲラムの胸を切り刻む。 「ぐぅ・・・!」  ゲラムは苦しむ。当たり前だ。胸を好きなように刻まれているのだ。 「・・・ふう・・・。どうした?命乞いでもしてみろ。」  ルドラーは、邪悪な笑みを浮かべる。 「・・・こ・・・。」  ゲラムは、ルドラーを見る。ルドラーは耳を楽しそうに傾ける。 「このカス野郎!!・・・ゲリラしか出来ない能無し!」  ゲラムは、力いっぱい叫ぶ。 「貴様ぁぁぁぁぁ!!」  ルドラーは、眉間に皺を寄せてナイフを振り翳す。  キンッ!!  その瞬間ルドラーのナイフが、いきなり壊れた。どうやら魔法で壊されたようだ。 「・・・み・・・皆・・・。」  ゲラムは、意識を何とか保ちながら、ジーク達の姿を確認する。 「貴様ら・・・よくもゲラムを!!!」  ジーク達は、怒りに燃えていた。同胞を傷つけられたと言う事。そして、何より 拷問に掛けていると言う事実が許せなかった。 「皆・・・。ここに居るルドラーを倒して!!・・・他の魔族達は・・・利用され てるだけなんだ・・・。悪いのは、ルドラーだけ何だよ!!」  ゲラムは叫ぶ。 「ゲラム・・・。」  皆は驚く。この期に及んで、何と言う事を言うのか・・・。魔族に、これだけや られて、まだ魔族を庇おうと言うのか。 「・・・ふん。馬鹿め。今回は、魔の大軍を用意しているのだぞ?」  ルドラーは、いざと言う時のために、魔族を後ろから用意してあったのだ。 「さぁ、魔法を浴びせかけろ!そして崩れた所を叩くぞ!!」  ルドラーは、合図する。皆は、それに備えるように防御した。  しかし魔法は、来なかった。 「?どうした?合図が見えなかったのか?魔法だ!」  ルドラーは、必死に合図する。  カラン・・・。  鎖を持っていた魔族が、手を離した。ゲラムは解放される。 「何のつもりだ!!血迷ったか!!」  ルドラーは、魔族達を見る。 「ルドラー様・・・我らにも、誇りが御座います。この状態で、大軍で攻める。そ れで勝って、何の意味がありましょうや?」  魔族は皆、同じ想いだった。このゲリラ戦は納得行かなかった。それに加えて、 この少年の誇り高き様と、ルドラーの醜態を見せられて、納得出来兼ねていた。 「何だと!!貴様ら、俺の力を知っての反逆か!!」  ルドラーは、血相を変える。 「ゲラムは、志の違う我らをも、巻き込むのを由としない・・・それに付け込んで、 我らが、このような姑息な手で勝つ・・・。魔族に汚点が残りまする。」  魔族達は、鬱憤が溜まっていたのだろう。それが、一気に爆発したようだ。 「ふん。勝負に、汚いも綺麗も無い。貴様ら勘違いするんじゃないぞ?働け!働か ねば、俺の監督具合すら疑われるであろう?」  ルドラーは拳を握る。 「ルドラー様にとって、我らは道具なのですね・・・。失望致しました。」  魔族は、無念そうにすると、一人、また一人と去っていく。 「ぬぅぅぅぅ!役立たず達め!」  ルドラーは、そう言うとジーク達の方を向きなおす。 「良い様だな。ルドラー。」  ライルが、前に出てくる。 「貴様はライル!!!貴様だけは、この俺が殺してやる!!」  ルドラーは、焦りながら言葉を選ぶ。 「勝手な事を言う物では、ありませんよ?ゲラムを傷つけたお礼はさせて・・・。」  サイジンが、睨み付けながら前に出ると、ライルがそれを制す。 「ルドラーよ。貴様は俺が目的なのだろう?存分に来ると良い。俺が相手になろう。」  ライルは、剣を構える。 「父さん!!」  ジークはライルを心配する。 「下がっていろ。手を出すな。ここで1対1で無かったら、ゲラムに対しても、申 し訳が立たんだろう?俺達は、正々堂々勝負するんだ。」  ライルは諭す。その通りだったが、ルドラーは、強力な力を放っている。しかも、 何をするか分からない卑怯者だ。 「ライルさん・・・。頑張っ・・・うぐっ!!」  ゲラムは、苦しみだす。顔も青くなってきた。 「ゲラム!!」  ルイが、真っ先に近寄って抱えてやる。 「・・・効いてきたようだな・・・。」  ルドラーは笑みを浮かべる。 「貴様、ナイフに毒を・・・。」  ジークが拳を震わせながら怒る。 「フン。何をしても勝つのが俺の流儀だ・・・。ライル。今度は、貴様を殺して悲 願を達成するぜぇ!リチャードの時も邪魔してくれたしなぁ・・・。」  ルドラーは、黒竜王リチャード=サンの事を言う。 「・・・お前は、魂まで外道に染まったようだな。」  ライルは目を瞑る。その瞬間、ルドラーは襲い掛かる。しかも毒入りのナイフを 持って含み針を吹いた。  シュッ!!  ライルは、見ないでも避ける。そして、ルドラーの攻撃の瞬間に眼を見開く。  ズバァァァッ!!  ライルは、いつの間にかルドラーの後ろに回っていた。 「・・・不動真剣術・・・連続斬『微塵』。」  ライルが、言い放つとルドラーは真っ二つに裂ける。そして、その後無数の斬り 跡が出来て、断末魔すら上げずに崩れていった。 「・・・人類の恥部め。」  ライルは、その一言だけ発した。ルドラーの悪行に、一番怒っていたのは、ライ ルかも知れない。 「凄まじい迫力ネ・・・。さすがジークのお父さんヨ。」  ミリィですら、身の毛の弥立つ程の迫力だった。 「・・・間抜けな所を見せちゃったね・・・。」  ゲラムは、苦しみながら笑う。皆を心配させまいとしているのだ。レルファとト ーリスが『解毒』の魔法を、立て続けに掛けている。 「・・・アンタ馬鹿よ・・・。意地張っちゃって・・・。」  ルイは、涙を流していた。皆の前で流すのは、初めてだった。しかし、もう隠す 気も無かった。 「・・・でも良かった。皆、無事で・・・。」  ゲラムはニッコリ笑う。その皆とは、魔族の事も含めてだった。 「優し過ぎるよ・・・。ゲラムは・・・。」  ルイは、ゲラムの頭を抱いてやる。 「・・・怖いんだよ。僕は、力が足りなくて、皆の役に立てないのが怖いだけ。」  ゲラムは、本心を言った。だからこそ無理してしまうのだろう。 「ゲラム・・・。私と一緒に強くなろう?」  ルイは微笑みかける。素直な心だった。 「やっと、素直に言えたね。・・・でもちょっと痛かったかな?」  ゲラムは微笑み返す。だが、傷は、まだ深そうだった。 「私がゲラムを守る!私だ物!出来ないはずが無い!」  ルイは、そう言うと、ゲラムを強く抱きしめる。 「・・・ルイさん・・・。」  ゲラムは、恥ずかしそうにしていたが、嬉しそうに微笑んだ。 「・・・これは!何!?」  ルイは、自分の変化に気がついた。何かが溢れてくる。力が漲って来る。これが ある事で、恐怖が克服出来そうな気がしてきた。 「闘気・・・。闘気だ・・・。」  ジークは、ルイから凄まじい程の闘気を感じた。 「ゲラム・・・。私にも闘気が・・・。」  ルイは素直に、嬉しそうだった。 「だから言ったじゃん!・・・ルイさんは強いって・・・。」  ゲラムは、そう言うと眼を瞑る。 「嬉しいけど・・・疲れたなぁ・・・。」  ゲラムは、そう言うと気絶する。 「ゲラム!!」  ルイは、ゲラムを揺さぶる。 「ルイさん。大丈夫です。気絶しただけです。私とレルファが何とかします。」  トーリスが、真剣その物の顔になって言う。 「頼んだわ・・・。」  ルイは、心配そうにゲラムを見つつも任せる事にした。 「ゲラム君。凄いなぁ・・・。」  ツィリルは、感心していた。中々出来る事では無い。 「私達は・・・ゲラムの優しさに、何度救われた事か・・・。」  サイジンも敬礼の意を表した。  そして、ルイは、ゲラムに対しての想いを、もう隠そうとしなかった。  傷ついてみて、初めてゲラムの偉大さを皆は知るのだった。  ルドラーが死んだ後、ルクトリアでは警戒態勢が取られていた。いつ『覇道』が 攻めてくるか、分からない。警戒しなければならないのは事実だった。だが、魔族 も誇り高く戦っている言う事実が、魔族の評価を高くしていた。  これは魔族も、いざ戦うとなると、思わぬ力を発揮してくると言う事も、考えら れると言う事だ。追い詰められた時でも、諦めない強さと言うのは、他でも無い人 間達が、一番良く知っている。それだけに、今回の出来事で、より気を引き締めな ければならない。今までの印象は、魔族と言うと、非道な手を使ってくる敵と言う 認識しかなかった。だが、その認識も、改めなくてはならない。  しかし、ソクトアを魔族や神々に譲り渡すのは、どうしても納得いかない。自分 達の手で勝ち取ってこそ、価値がある。そう思う人間が、集まってこその『人道』 である。その中心人物こそがジークであり、ライルであった。  そのライルやジーク達に、稽古を付けてもらう事は非常に名誉ある事だった。  しかも、この頃は、仲間達も軒並みレベルアップしている。『人道』は、中立に 近い立場だが、その将来は希望に溢れていると言っても、過言では無い。  ゲラムは、治療を受けつつも、既に稽古を始めてる様子だった。瀕死の怪我だっ たはずが、もう治っている。これは、ひとえにトーリスとレルファの神聖魔法とゲ ラムの驚異的な回復力の証でもあった。完全に治った訳では無いが、動くのに支障 は無いようだ。それでも、ルイなどは心配なのか時々見に来ている。  そのルイも、闘気を発現出来た事で、自信を取り戻した。そして何より、強さを 実感出来ているのが、良い方向にある証拠だ。  そして稽古だけでは無い。『法道』と『覇道』が争いを繰り広げると知ると、す ぐ様、対応に行っている。その真摯さからか『人道』に戻る人も少なくないようだ。  しかし、今日は『覇道』の動きがおかしかった。いつもは、大義名分を掲げて、 『法道』に仕掛けたり『人道』を牽制したりしているのだが、今日は、そんな様子 も無い。『法道』も、そんな様子に気が付いたのか、静まり返っている。 (妙だな・・・。)  ここの所2,3日に一遍は、紛争があっただけに、この静まりようは異様とも言 えた。ただ単に、諦めたようにも見えない。 「・・・ジーク。注意しなさい。何かが近づいている!!」  トーリスが、何かを感じ取ったようだ。それは、ジークも同じで、冷や汗が止ま らないようだ。こんな事は、クラーデスと戦った時以来である。 (何だと言うのだ?この威圧感は・・・。)  他の皆も感じ取ったようだ。段々と、それは近づいてくる。 (来る!!)  ジークは、つい身構えた。いや、身構えさせられたのだ。  そこには、少数の魔族の姿があった。しかし、堂々と正門から攻めてくる辺り、 大胆である。だが、中央に居る、明らかに威風堂々とした流麗な魔族が居るせいで、 その様子が全く可笑しくなく見える。 (何と堂々たる姿か・・・。)  ライルでさえも、恐れ慄いた。 「・・・ここがルクトリアか・・・。」  中央の魔族は、周りを見渡す。 「フム。力を感じる・・・。貴公がジーク・・・だな?」  中央の魔族は、ギロリとジークの方を見る。一発で見抜く所は、さすがだ。 「そうだ。『人道』の代表、ジーク=ユード=ルクトリアだ!」  ジークは、名乗りを上げる。声は震えていなかった。恐怖を乗り越える程の闘気 で、魔族を睨み付けたからだ。 「フム。お初にお目に掛かる。我は神魔ワイス。」  ワイスが、名乗りを上げる。その名前を聞いて驚いた。 「ジュダさんが言ってた魔族最高位の神魔!そのワイスか!」  ジークは思い出す。ジュダが、魔族の地位について、説明した事があるのを思い 出す。魔王より更に上の位である神魔は、神と同等の力があるとまで言われている。 それより上は、神魔王グロバスしか居ないとまで言われる程だ。 「知っていたとは説明する手間が省けると言う物。我が来た理由は、貴公らが、一 番理解していると思うが?」  ワイスは、厳かに笑ってみせる。全てが余裕の態度、そして優雅なる態度で、満 ち溢れている。今まで対峙して来た、どの魔族にも当て嵌らない雄大さだ。 「先に『人道』を潰そうって言うんだな?」  ジークは、燃える様な目で睨み付ける。 「ふむ。竜神、剣神が不在の状態は、正に打って付けの瞬間なのだよ。いずれ対峙 する事にはなるだろうが、貴公らが、力を付け始めたら厄介なのでな。」  ワイスは、翼の後ろから銀色の玉のような物を付ける。 「我は、クラーデスのように最初から油断したりはせぬぞ?」  ワイスは、瘴気を放つ。とてつもない力だった。 (何て事だ・・・。こんなに圧倒的だと言うのか!?)  ライルは唖然とする。神魔とは噂に聞いていたが、ここまで凄まじい力だとは思 わなかったのだ。神に匹敵すると言う謂れは、決して間違っていないようだ。 「・・・俺が行かなきゃ・・・駄目な様だね。」  ジークは、決意の目をしていた。 「私も手伝いましょう。」  トーリスが前に出る。 「ジーク。貴方一人の戦いでは、ありませんよ。」  サイジンも前に出る。その目は覚悟に満ち溢れていた。 「フッ。我は楽しみたい。何人来ようが構わぬぞ?」  ワイスは、嬉しそうな笑みを浮かべる。こんなにワクワクするのは久しぶりだ。 命のやり取り、しかもギリギリになればなる程、面白い。そうワイスは考えている。 「援護は私がやるわ。」  レルファは、後ろで待機と言う事になった。 「センセー。わたしも、絶対サポートするんだから!」  ツィリルも夫のために、命を懸ける覚悟だ。 「僕も・・・。」  ゲラムが、前に出ようとするのを、ルイが止めた。 「アンタは駄目よ。私が、貴方の代わりに、大暴れするから見てなさい。」  ルイは前に出る。ゲラムは、悪戯っぽく笑うと、承知する。 「私だって、牽制くらい出来るネ。」  ミリィは、覚えたての忍術でフォローするつもりだった。 「僕もやる!」 「駄目よ?ドラムちゃんは、見てなさい。」  レルファが止める。ドラムに無理させる訳には行かない。 「嫌だ!皆が闘ってるのに、待ってるなんて嫌だ!」  ドラムも決意溢れる目をしていた。いつの間にか、ドラムも闘う眼差しが出来る ようになったようだ。 「ドラムちゃん・・・。なら約束して・・・。絶対死んじゃ駄目よ?」  レルファは念を押す。 「レルファ姉ちゃんもだよ!」  ドラムは、震えながらレルファを元気付ける。 「若い奴らに全てを任せる訳には、行かんな。」  ライルも前に出る。ジーク達を見て居たら震えが、止まってきた。 「ライル殿の言う通りで御座る。拙者も、助太刀致す!」  繊一郎も、やる気に溢れていた。 「俺達は、見届けよう。絶対に死ぬなよ?皆・・・。」  ルースは、見ている事にした。とてもレベルに、付いて行けないのだ。 「ま、いざと言う時の蘇生は、俺に任せろ。」  フジーヤは軽口を叩く。しかし、もう蘇生するだけの魂を、集めていないので実 際は、もう出来ないのだ。皆もそれは承知している。発破を掛けただけなのだ。 「・・・絶対勝ってね!」  ゲラムは、フジーヤとルースの所に集まる。 「10人か・・・。クックック。楽しみな事だ!」  ワイスは、毛穴から全てが飛び出るのでは無いか?と思わせる程の瘴気を放つ。 燃えて来ている証拠だ。 「さぁ、このワイスの全ての力を、貴公らに、ぶつけるとしよう!」  ワイスは、更に強力な瘴気を出す。何と無限に瘴気を放つ物か・・・。今まで戦 わなかった分、蓄えた瘴気を、ここで全て出すつもりなのだろう。 「皆・・・俺が切り込む!トーリスと繊一郎さん、ドラムは、中距離での援護を! ミリィとルイは、それぞれ回りこんで、斬り付けてくれ!レルファ!ツィリルと一 緒に、後方からの援護を頼む。そして、父さん、サイジン、俺の後の攻撃を頼むぞ!」  ジークは、こうなったら割り切るつもりで居た。編隊を組む事で、闘いに集中し ようと思った。そして、その切り込み役は自分が、やるつもりだった。 「神魔ワイス!アンタの力に敬意を表する。俺も、力の限りを今ここに、ぶつける! 行くぞ!怒りの剣!!」  ジークは、封印を解くかのように背中に背負った怒りの剣を抜き放つ。その刀身 は、ジークの心を反映するかのように、ギラギラと輝いていた。 「行くぞ!!」  ジークは、その言葉と共に、神速とも言うべき速さで、怒りの剣を振るう。それ を、ワイスは片腕で受け止める。その横から付いて来たライルとサイジンの攻撃を、 もう片方の腕で、同時に受け止めていた。そして後ろに回っての、ルイとミリィの 攻撃を、何と翼であしらう。更には、トーリスの魔法や、繊一郎、ドラムの忍術な どを、銀色の玉からの瘴気の玉で相殺している。恐るべき強さである。ここまで、 完璧に対応出来るのは、魔族の中でもワイスやグロバスくらいな物だ。 「くぅぅ!」  ジークは、改めてワイスの底知れぬ強さを思い知る。 (強いなんて物じゃない。桁違いだ。)  ジークは、一旦構えを整える。 「フフフハハハ。」  ワイスは、笑いながらジークが整えてる隙に瘴気の玉を、それぞれに打ち込む。 「行くわよ!」  レルファとツィリルが、それを見て『障壁』の魔法を唱える。魔力による、衝撃 を防ぐための壁を作る魔法だ。しかし、それも押され気味である。 (凄いプレッシャー!!でも!)  レルファは、ここで防御を緩める訳には行かなかった。緩めたら、皆に瘴気を食 らわせる事になる。 「ハァァァ!!『氷砕』!!」  トーリスは、勢いをこちらに向けるため、氷の中でも高度の魔法である『氷砕』 の魔法を唱える。無数のツララが、ワイスを襲う。 「『氷砕』。『雷影』。」  ワイスは、瘴気を一旦引っ込めると、トーリスの『氷砕』を自分も同じ『氷砕』 を唱える事で相殺する。さらに間髪入れずに、雷を迸らせる魔法『雷影』を唱える。 (魔法を同時に唱える!?そんな馬鹿な!)  トーリスは、驚愕する。ワイスは魔法を、二つ同時に発動したのだ。魔法を練る 間隔が無いという事だ。恐ろしい事である。 「危ない!センセー!『爆砕』!!」  ツィリルが、トーリスに向かってくる『雷影』を『爆砕』で打ち消す。 「助かりました。ツィリル。」  トーリスは、本気でそう思っていた。今打ち消さなければ食らっていただろう。 「ぬぅぅぅ!!『火遁』!『電迅』!」  繊一郎が、忍術を立て続けに放つ。 「ふっ・・・。甘い。」  ワイスは、それをなんと腕一つの衝撃波で、打ち消してしまう。 「デヤァァァ!!」  ジークが怒りの剣で切り込む。自分が行かなければ、防戦一方になってしまう事 を悟ったのだろう。サイジンとライルも、それを悟ってか、ジークの攻撃に続くよ うに、剣を振るう。ワイスは両腕で対抗していたが、ジークの諦めない剣捌きで、 徐々に追い詰められるのを感じた。そこで、ワイスは翼を使って上空に浮かぶ。 「そうは行くか!」  皆『空歩』を使って、空中戦に持ち込む。やはり、覚えていた方が、戦況は有利 になるようだ。しかし、ワイスは振り向くと、両手に瘴気を集めて、ジークに向か って打ち出す。 「危ない!ジーク!『光砕陣』!!」  ライルは、ジークの危険を察知して、不動真剣術の五芒星を使った衝撃波である 『光砕陣』を放つ。しかし、それでも瘴気は止まりそうに無い。 「不動真剣術!防技『回陣(かいじん)』!!」  ジークは、瘴気を剣を回転する事で、防御する技『回陣』で、防ぎに掛かるが、 それでも瘴気は押してくる。 「ハァァ!!でぇい!!」  サイジンは、その瘴気の塊が、ジークの『回陣』で小さくなっていく隙を捉えて、 忍術で強化した剣で、真っ二つに斬る。やっとの事で瘴気は消えた。 「今のを防ぎ切るとは・・・。面白い!」  ワイスは、瘴気を漲らせる。 (何て奴だ・・・。まだ衰えを見せないとは・・・。)  ライルは、ワイスのスタミナにも驚愕する。 「ええい!!」  ドラムは、いきなりワイスにビンを投げつける。ワイスは、それを手刀で割る。 すると、ビンの中に入ってた物がワイスの体に掛かる。 「皆!炎の魔法を使うんだ!」  ドラムは叫ぶ。すると、トーリスが『火球』、ツィリルやレルファなどは『火矢』 他の皆は『火遁』を浴びせる。 「ぬぅぅ!!」  ワイスは、振り払うが、それは逆効果だった。投げつけたのは、油だったので、 物凄い勢いで、全身が火に包まれる。 「やった・・・か?」  ジークは、目を見張る。ドラムも咄嗟にしては、良く思いついたものだ。 「ドラム!お手柄だよ!」  レルファも喜んでいる。ドラムは胸を張る。 「・・・フッフッフッ。そこの子供・・・。やるな。」  なんと火に包まれながら、ワイスはニヤリと笑う。 「ヌゥウゥゥン!」  ワイスは、気合と共に炎を吹き飛ばす。瘴気をバリア代わりに使っていたらしい。 (なんて勘の良さだ・・・。)  明らかに効くと思ったのだが、ワイスは跳ね返してきた。 「どうした?絶望感に苛まれてる様だが?」  ワイスは圧倒的だ。こんな魔族が、存在するなんて信じられる物では無い。 「何たる強さ・・・。拙者達では勝てぬ・・・。」  繊一郎でさえも、諦めムードが漂っている程だ。 「戦意を無くしたか。まぁ、それも良かろう。」  ワイスが、頼まれた任務は『人道』を叩き潰す事だ。 「諦めるなんて、らしくないよ!!」  後ろからゲラムの声が、聞こえてきた。 「ゲラム・・・。そうだな。俺達らしくない事だったな。」  ジークは、闘いたくても闘えない、ゲラムのためにも、諦める訳には、行かない のだ。ジークは、自らの精神を奮い立たせる。 「フッ。足掻くか。それも悪く無かろう。」  ワイスは悠然と構える。こんなに簡単に決まってしまうのでは、面白くないのだ。 (とは言った物の・・・どうする?)  ジークは、次の手を考えなくては、ならなかった。ただ闘っていたのでは、勝ち 目は無いだろう。 (ん?・・・あれは・・・。)  ジークは、ワイスの取り付けている銀の玉に注目する。薄っすらと、光っている。 闘ってもいないのに、どういう事なのだろう? (もしや・・・あれが、瘴気の供給源?)  ジークは、無数にある銀の玉に狙いを付ける事にする。 「トーリス。俺に考えがある。皆、悪いが攻めまくって、俺を好きに動かさせてく れ。そうすれば、活路が見出せるはずだ。」  ジークは、トーリスに耳打ちする。 「良いでしょう。必ず活路を見出して下さい・・・。」  トーリスは了解する。トーリスにも、分かっているのだ。このままでは、全滅す ると言う事をだ。そのためには、何らかの奇策も狙ってみなくてはならない。 「サイジン・・・。父さん。あの玉を狙うよ。」  ジークは、小声でサイジンとライルに伝える。 「分かった。任せろ。」  二人共、了解したようだ。 「皆さん。私に、魔力を分けて下さい。」  トーリスが呼びかける。するとトーリスは、魔力を掌に集める。既に、凄まじい 程の魔力弾が出来上がってる。そして、繊一郎とドラムは、ワイスの注意を引き付 けるために、忍術を片っ端から撃っていた。そして、ミリィとルイは、弾き返され ながらも、諦めずに攻め続ける。 「ハァァァァァ・・・。」  トーリスは、魔力を集中させる。 「これ程の魔力を受け止める器があるとは・・・。只者では無いな。」  ワイスも、一目置く。トーリスは、魔神レイモスの力を受け止めた事がある器だ。 不思議では無いのかも知れない。 「もらった!!」  サイジンとライルは、銀色の玉に攻撃する。  ガキィィィン!!  ワイスは、その銀色の玉を操作して弾き返す。 「残念であったな。」  ワイスは、ジーク達の作戦を読んでいたようだ。 「くっ!なんて事だ!!」  ライルは悔しがる。ワイスは、あれだけ他の奴と戦いながらも、こちらの動きを 読んで来ている。恐ろしい奴である。 「ヌォォォォォ!!」  その後ろから、ジークが怒りの剣に闘気を集中させている。 「あの構えは!!」  ライルは、ジークの構えで何の技を繰り出すか、分かっていた。 「ぬぅぅ!人間の器を越えし者達よ・・・。我と勝負するか!」  ワイスも燃えてきた。トーリスとジーク以外の者を、吹き飛ばしてみせる。 「くっ!」  皆は吹き飛ばされながらも、闘気はジークに、魔力はトーリスに渡していた。 「食らいなさい!!これぞ、私が編み出した究極の魔法!『氷神(ひょうじん)』!」  トーリスは、魔力を全て凍てつく力に変えて、魔法を撃つ。その力は絶対零度ま でに達していた。その絶対零度を繰り出す魔法こそが『氷神』であった。昔やった 時は、暴走しそうだったので、最後まで出来なかった。しかし、器が広がって、皆 の協力を得た今は、出来ないとは思わなかったのだ。 「ヌゥゥゥ!何たる力よ!!」  ワイスは、絶対零度の力を両手で受け止める。凄まじい力だ。しかも、只の凍て つく力では無い。皆の魔力が篭っている。それだけに、勢いも凄い物があった。段 々腕が、凍傷のようになって来ている。ワイスだからこそ、凍傷程度で済んでいる と言っても過言では無かった。 「ハァァァ!!」  ジークは、ジャンプする。その瞬間の事だった。怒りの剣が呼応する。  ザンッ!  ジークの斬撃は、凄まじい速さと威力で、その速さは光を越えていた。 「あれは、正しく、不動真剣術の秘儀。『越光(えっこう)』・・・。」  ライルは、自分が黒竜王を倒した時の技を、思い出す。それこそ、ジークが今放 った『越光』だった。光をも越える速さの剣。それは、死の覚悟と、必ず倒すと言 う精神力が無ければ、放てない技だった。謂わば捨て身の剣である。 「グゥゥゥ!ヌァァァ!!」  ワイスは、苦しみだす。ワイスの銀色の玉を繋ぐ翼からの触手を、全て断ち切っ たのだ。 「やりおったな・・・。我の魔銀を離すとは・・・。」  ワイスは、魔銀によって、力を増幅させて戦うのが常である。無くなれば、中々 の痛手だった。しかし、ジーク達は、それ以上の痛手だった。 「はぁ・・・はぁ・・・。」  ジークは、『越光』を放った後の体の負担が、今になって出て来ている。 「くっ・・・。」  トーリスも、魔力を使い果たして、ツィリルの肩に掴まなければならない程の疲 れを見せている。 「フフフ。この我から魔銀を離したのは、褒めてやろう。だが、その後が続かぬよ うだな。このチャンスを、物にしない我では無いぞ。」  ワイスは、気持ちを奮い立たせて瘴気を出し始める。まだ、かなりの瘴気を残し てあった。無限とまでは行かないまでも、衰えを知らない瘴気の持ち主だった。 「これまでか!!」  ライルが悔しがる。だが、この瘴気を受け止められるのは、ジークやトーリス以 外に居るだろうか?更には、そうでなくても、さっきの攻撃で、皆、傷ついている のである。果たして受け止められるのだろうか? 「・・・仕方が無いで御座るな。」  繊一郎は目を瞑る。そして、皆を見る。 「レイリーに見せてやりたかった、最終奥義を見せてやるしか無いようで御座る。」  繊一郎は、晴れやかな顔をしている。 「繊一郎さん?」  ジークは、繊一郎が何を言ってるのか理解し兼ねた。 「トーリス殿。お主に、この最終奥義を授ける。・・・だが、出来れば、使わぬま まで居て欲しいで御座る。」  繊一郎は、トーリスを見つめる。 「・・・繊一郎さん?何をする気なのですか?」  トーリスは、嫌な予感がする。 「ほう・・・。繊一郎とやら・・・貴公は、何か希望を残しているようだな。」  ワイスは、繊一郎の力を感じている。だが、とても自分に及ぶ程の実力では無い と見ているが、その決意から、とんでもない事をしてくると言う雰囲気は感じた。 「ここで貴公を邪魔する事は出来るが、敢えて、その挑戦を受けようではないか。」  ワイスは、敢えて瘴気を高めるために、時間を使う。 「お主の戦い振りに、感謝するで御座る。そして、お主ほどの魔族が、我が生涯最 後の相手になる事を、誇りに思うで御座るよ!!」  繊一郎は、源を高め始める。 「繊一郎さん!」  ドラムやレルファ、ツィリルが寄ってくる。サイジンやトーリスも寄ってくる。 「フフッ。お主達は、拙者の可愛い弟子達で御座る。レイリーに、宜しく言って置 いてもらいたい。拙者は、忍びとして恥ずかしく無い生き方を選ぶで御座る。」  繊一郎は爆発的に源を高める。しかし、その高まり方は異常とも言えた。 「繊一郎おじさん!!死なないよね!!」  ドラムが、涙目で近寄ってくる。皆も心配そうに見ていた。 「ドラム。お主も男なら、拙者の最期を見届けてくれ申さん。」  繊一郎は、暖かい目をしていた。 「後は頼むぞ!!皆の衆!!」  繊一郎は印を結ぶ。そして、その印を結ぶ度に、繊一郎の手の甲に文字が浮かぶ。 「これだから・・・人間は面白い!!」  ワイスは、繊一郎の並々ならぬ源を感じて楽しんでいた。 「繊一郎おじさん!止めてーーーーー!!」  ツィリルが叫ぶ。 「繊一郎さん。私達に忍術教えるのは、どうするのよ!!」  レルファが涙目になっていた。 「・・・そうです!私達は、まだ最後まで教わってません!」  サイジンも叫ぶ。しかし繊一郎は微笑んだだけだった。 「・・・皆。無駄です。もう繊一郎さんは、後に戻れません・・・。」  トーリスは目を瞑る。 「どうしてなの!!」  ドラムがトーリスに聞く。 「あれを見なさい。」  トーリスは、指を差す。繊一郎の足元だ。そこには、赤い何かが渦巻いていた。 「あれは何!?」  皆ビックリする。 「あれは・・・生命です・・・。繊一郎さんは、生命力を力に変えているのです。」  トーリスは、唇を噛みながら言う。止められない自分が悔しいのだ。 「気付いたか・・・。もう拙者が搾り出しても、源だけでは駄目なので御座る。」  繊一郎は覚悟していた。繊一郎の源だけでは、この奥義は成功しないし、ワイス に通じないと・・・。 「生命か・・・。貴公の生き様は、感服に値する・・・。」  ワイスは敬意を表する。あれだけ出していては、もう繊一郎は助からないだろう。 「技が決まってから言うで御座る・・・。それに、この忍術を食らったら・・・例 え、お主でも道連れにする自信はあるで御座るぞ。」  繊一郎は、最後の印を結び終わる。 「良かろう・・・。貴公の覚悟。しかと受け止めよう!」  ワイスは、瘴気を集中させて防御の型を取る。 「・・・出でよ!!八界の龍よ!!」  繊一郎は、叫ぶと同時に手を地面に付ける。すると、自然に魔方陣が出来る。 「ぬ!!」  ワイスは、その魔方陣から、只ならぬ強さを感じ取る。 「ここに八界の門を用意する・・・。我が契約に基づく龍よ!その姿を現せ!!」  繊一郎の叫びで、龍が今にも出てきそうになる。 「第一の龍、赤龍!第二の龍、青龍!第三の龍、金龍!第四の龍、銀龍!第五の龍、 凍龍!第六の龍、神龍!第七の龍、海龍!第八の龍・・・冥龍!!」  繊一郎は言い放つ。すると恐ろしくも美しい龍達が、8匹出てくる。しかも、そ のダイナミックな源を、腹に抱えていた。 「我が敵の殲滅を願う。行け!八龍よ!最終奥義『八界遁(はっかいとん)!』」  繊一郎が叫ぶと、龍は一斉にワイスに襲い掛かる。 「素晴らしい・・・。何たる力よ・・・。」  ワイスは、八界の龍を羨望の眼差しで見ていた。こんな強さが、存在すると言う のが、何よりも素晴らしい事だと思った。 「だが・・・我は、敗れる訳には行かぬ!!」  ワイスは、龍の侵攻を一匹一匹、全ての力を注いで阻止する。 「ヌゥオオオオオオ!!」  ワイスは唸り声を上げる。それでも、龍の咆哮は止まらない。凄まじいまでの力 である。そして、ついにワイスは、龍を気合と瘴気で吹き飛ばした。 「フゥゥゥ・・・ヌゥ!!」  ワイスは、全て吹き飛ばしたと思ったが、青龍が残っていた。その青龍が、ワイ スの首筋を噛み千切る。ワイスは血を吐くと、その勢いで倒れる。 「す・・・凄い・・・。」  ルイですら、つい見惚れてしまう程の、龍達であった。 「・・・ふふっ・・・。」  繊一郎は、低く笑うと満足そうな笑みを浮かべながら倒れる。 「繊一郎さん!!」  皆が駆け寄る。もう繊一郎は、息が荒くなっている。生命力が微塵も感じなかっ た。一生懸命、レルファやトーリスが『治療』の魔法を唱えるが、全く通じなかっ た。既に死に体なので、魔法を受け付けないのだろう。 「拙者・・・これで悔いは無いで御座る・・・。」  繊一郎は、血を吐きながら、優しげな目で皆を見る。 「しっかり!!繊一郎おじさん!!」  ツィリルが、繊一郎の頭を抱えながら泣きじゃくる。 「ふふっ・・・。お主達は拙者の・・・可愛い弟子達で御座る・・・。」  繊一郎は、既にしゃべるのも辛そうだった。 「これだけの人に囲まれて・・・拙者、幸せで御座ったよ・・・。」  繊一郎は、修行していた時代では、考えられない程の人に囲まれていた。 「繊一郎おじさん!!死んじゃ駄目だ!!」  ドラムは涙が止まらなかった。 「・・・男は・・・強く生きなきゃ・・・駄目・・・で御座・・・る。」  繊一郎は、ドラムの髪を少し撫でる。 「強く生きるよ!!だから死なないで!!」  ドラムは繊一郎の手を握ってやる。 「約・・・束・・・で・・・御座る・・・ド・・・ラム・・・。そして・・・もう 一・・・度・・・貴女・・・に・・・会い・・・た・・・か・・・った・・・。け、 け・・・い・・・ど・・・の・・・。」  繊一郎は、ドラムの手を握り返した後、首の力が無くなる。やがて、手の力も無 くなっていった。繊一郎は、そのまま目を開ける事は無かった。最期に残した言葉 は、誰に宛てた物だろうか? 「繊一郎おじさーーーーーーーーーーーーーん!!」  ドラムは、悔し涙でいっぱいだった。身近な人が死ぬのが、こんなに辛い物だと は思わなかったのだ。 「繊一郎さんは・・・誇り高い人だったな・・・。」  ジークは、そう言うとドラムの肩に手を掛ける。 「うん・・・。ジークさん!僕は強くなりたいよ!!」  ドラムは、ジークの目を真摯に見つめる。 「その想いが、あれば強くなれる。頑張るんだ!・・・でもその前に・・・。」  ジークは、ワイスの方を見る。 「感謝する。神魔ワイス。アンタのおかげで、繊一郎さんは心残りなく逝けた。」  ジークは、ワイスが倒れてると言うのに言う。すると、ワイスは起き上がった。 「・・・勇者への礼だ。貴公達も、繊一郎に負けぬ闘いをせよ。」  ワイスは死んでいなかった。ダメージは決して浅くは無い。だが、致命傷にはな らなかったのだ。その事を、ジークは見抜いていたのだ。 「高潔な魂を引継ぎし者達よ・・・。その闘いを見せてもらうぞ。」  ワイスは、死力を振り絞って瘴気を放つ。 「ジーク!!これを飲め!!」  観戦していたフジーヤが、何かを投げて寄越す。ジークは一気に飲み干した。 「うわっ!にげーーーー!!何だよ!これ!」  ジークは、吐き出しそうになるが、堪えて飲み干した。 「神聖魔法を、タップリと掛けておいた秘蔵の薬だ。一本しか無いんだ。これで、 決めろよ?・・・繊一郎のためにもな。」  フジーヤは取って置きの薬をくれたのだった。 「おおお!!力が湧き出る!!まるで、今までの闘いが嘘のようだ!!」  ジークは、体の奥底から力が湧き出るのを感じた。 「・・・私達は・・・退いた方が良さそうですね。」  トーリスは、皆に合図する。そう。今ジークの体は全快に近い。それ以外の皆は、 もう満身創意なのだ。 「本当は・・・繊一郎が、何かやる前に渡すつもりだったんだがな・・・。」  フジーヤは、渡すタイミングを誤ったのだ。 「フジーヤさんは、悪くない。繊一郎さんは、例え今の薬の事を知ってても・・・ 『八界遁』を使ったと思うよ。」  ドラムは、繊一郎の気持ちを察していた。ドラムは精神的に成長しているのかも 知れない。昔のドラムならフジーヤに噛み付く所だった。 「ジーク!無理しちゃ駄目ヨ!」  ミリィは、ジークに念を押す。分かっている。こんな事を言っても、ジークは無 理するに決まっているのだ。だが、言わずには、いられなかった。 「ミリィ。俺は・・・まだ死ぬには若いからな!そう簡単には死なない!」  ジークは、怒りの剣を構える。 (お前の心・・・。受け取った!)  突然、怒りの剣から声が発せられた。この剣は、生きていると言う事すら、ジー クは、忘れていたのでビックリした。 (お前の心は、憎しみを超えた。怒りや憎しみすら、闘気に変えようとしている。 その心は、この私にも伝わったぞ!ジーク!)  怒りの剣は、そう伝えると自らの形を変えていく。 「怒りの剣が・・・変わっていく!?あの時の俺のように!!」  ライルは、自分の黒竜王との闘いを思い出す。あの時も、激しい怒りを剣に伝え ると、宝剣ペルジザードは、怒りの剣へとその形を変えた。 「・・・ヌゥゥ・・・。」  ワイスは、冷や汗を掻く。とてつもない力が、剣に宿るのが、ワイスにも伝わっ てくる。だがワイスは、その力を敢えて見たいと思っていた。魔族として、その力 の正体を見極めたかったのだ。 (お前は怒りの心、憎しみの心、正義の心、安らぎの心を全て捨て去ってでも、闘 う力を得たいと思っている。その想いを、私にぶつけろ!全てを捨て去って、私に ぶつけるのだ!そうすれば、新たな力が生まれるはずだ。)  怒りの剣・・・いや、既に怒りの剣では無くなっている。ジークは、剣の言う事 に従って心を静める。すると、心に空洞が生まれるのを感じた。 (これは・・・何だ?全てが無くなっていく・・・。なのに何で力が?)  ジークは、疑問に思う。しかしジークは、その疑問すら力に変えていく。 (受け取ったぞ!お前の『無』の心を!!全てを超えた、無の心をな!)  剣は、それを悟った瞬間、凄まじい程の勢いで何かを迸らせる。 (無を体現する剣・・・か。)  ジークは、ただひたすら、相手を超えたいと願った。その心が『無』に繋がった らしい。剣も、その想いに同調する。 「・・・。怒りの剣は消えた。ここに在るは『ゼロ・ブレイド』・・・。」  ジークは命名する。その声に剣も応える。 「ゼロ・ブレイド・・・か。良かろう・・・。その力を我に見せよ!!」  ワイスは、あらん限りの瘴気を振り絞る。 「ワイス。アンタは敬愛出来る魔族だ。だからこそ、この剣に宿った新しい力の全 てを、アンタにぶつける!!俺は・・・アンタを超えてみせる!」  ジークは、ゼロ・ブレイドを掲げる。すると、とてつもない無の力が流れてくる のが分かった。 「正直、俺は怖い。それくらい、この力は、とてつもない物だ・・・。」  ジークは肌で感じる。人間が発現して良いかすら、分からない程の力だ。 「例え何が起ころうと、我は後悔せぬ。さあ。来るが良い!!」  ワイスは、とことん力比べを楽しむつもりだった。ワイスは、魔族の生き方とし て、間違っているのかもしれない。勝利を優先すれば、いつでも倒せたはずだ。だ が、そんな勝利に、ワイスは興味が無いのだ。魔族らしい魔族かも知れないが、そ れは魔族にとってプラスかどうか、分からなかった。 「ハァァァ・・・。」  ジークは、ゼロ・ブレイドに意識を集中させると目を見開いてワイスに突っ込む。 「一振りで決める!!不動真剣術に、新たなる秘儀を加える!」  ジークは、そう叫ぶとゼロ・ブレイドを水平に構える。そして、円の動きでワイ スを捉える。そして、ワイスに斬り掛かった。 「剣筋は見、切った!!甘いぞお主!!」  ワイスは、ジークの剣先を両腕で挟み込むように、白羽取りしようとする。  ザンッ・・・。  その瞬間だった。恐ろしい事が起こった。何と、ワイスの両腕はゼロ・ブレイド に触れた部分が、消えて無くなったのだ。そして、そのままワイスは、肩から足の 付け根に掛けて、真っ二つに斬られる。 「ヌグォォォォォォ!!ギィィィアアアアアアア!!!」  ワイスは、この世の者とは思えない叫び声を上げる。それもそのはずだ。痛みを 通り越しているのだ。何せ斬った部分は、全て無くなっていたからだ。 「・・・不動真剣術。秘儀『無音』。」  ジークは、そう言い放つとゼロ・ブレイドを鞘に入れる。どうやら、鞘に入れる と普通の剣に戻るようだ。鞘が消えると言う事は無かった。 「・・・何と言う・・・力よ・・・。見事だ・・・。」  ワイスは、ニッコリ笑っていた。悔いは無かった。 「俺自身、恐ろしいと思っている・・・。アンタに勝てたのは、アンタが、この力 を目覚めさせてくれたからだ・・・。」  ジークは、ワイスを見つめる。どうしても、無碍にしたく無かった。 「ふっ・・・。自業自得と言う所か・・・。我も、不器用な生き方だな・・・。」  ワイスは、溜め息をつく。だが、そのための器官すら、もう無い。呼吸すら苦し いはずだ。だがワイスは、最後まで足掻こうとしなかった。 「教えてくれ・・・。アンタは、何故そこまで闘うんだ?」  ジークは、不思議でならなかった。今の闘いでさえ、ワイスは楽しんでいた。 「・・・知りたいか?」  ワイスは尋ねる。すると、ジークは首を縦に振った。 「・・・魔族だからだ・・・。我は・・・魔族として、生を受けて・・・後悔した 事は無い・・・。・・・一つだけあるとすれば・・・。」  ワイスは、虚ろな目で空を見上げる。 「我が・・・息子の事か・・・。」  ワイスは、鼻を鳴らす。何とも人間臭い事を言う物だと、自分でも思う。  ついにジークは、涙が出てしまう。 「我のために泣くか・・・。甘いな・・・。だが、悪くない・・・。」  ワイスは、目を瞑り始める。 「・・・グロバス様・・・。済まぬ。・・・そして・・・健蔵よ・・・。誇り高く 生きる事を忘れるな・・・。」  ワイスは、驚きの言葉を口にする。健蔵は、忘れたくても忘れられない名前だ。 「・・・我が愛する息子・・・健蔵よ・・・。我の力を託す・・・。受け取るが良 い!!そして我が誇りを・・・忘れるで無いぞーーーーーー!!」  ワイスは、そう叫ぶと、とても晴れやかな顔のまま意識を失う。そして、2度と 目を覚ます事の無い眠りについた。消滅したのである。 「・・・健蔵の親父だったのか・・・。」  ジークは、哀れに思う。あの口調からして、健蔵とは親子らしい会話をしてない のだろう。そして健蔵は、これを知った時に、自分を恨む事になるだろう事も、予 想出来た。だが、ジークは、その時こそ、誇り高く受けようと思っていた。 「ワイス・・・。アンタの生き様を、俺は忘れない。」  ジークは、そう胸に秘めると、晴れやかでは無い空に向かって誓うのだった。  こうして、ジークは、神に匹敵する魔族、神魔ワイスを滅ぼした。  だが決して、これが終わりでは無い事を肌で感じるのであった。  その瞬間だった。妖精の里に出掛けていた健蔵は、吐き気を催した。動悸が止ま らない。もう少しで、妖精の里だからだろうか?それにしては、動悸が止まらない。 いつも闘う覚悟が出来た時は、止まる物だが・・・。 (おかしい・・・。何かが起こった・・・。)  健蔵は、嫌な予感が拭えなかった。 「健蔵様。どうなされました?」  ミライタルも、不思議に思う。健蔵の様子が、おかしいのだ。 「・・・黙っていろ。」  健蔵は弱みを見せたくなかった。しかし、それは一瞬にして砕かれる事になった。  ドサッ。  健蔵の手の中に、何かが落ちてきた。その瞬間、健蔵の全身の血が凍った。 「馬鹿な!!ありえぬ!!」  健蔵は、何かの間違いだと思った。そこに落ちてきたのは、魔族の角だった。 「何でしょうか?その角は?」  ミライタルは不審に思う。 「黙れと言っている!!」  健蔵は血走った眼で見る。明らかに普通では無い。 「・・・ワ、ワイス様ーーーーーーーーー!!」  健蔵は、血相を変えて反転する。その角はワイスの角だった。健蔵が良く知りえ る形だ。間違いない。これが血塗れで落ちてきたのだ。尋常な出来事では無い。 「け、健蔵様!?」  ミライタルは健蔵の後を追う。 (ワイス様が、やられた?・・・馬鹿な!人間如きに?馬鹿な!!しかし、この角 は?・・・危機を知らせる物!?・・・馬鹿な!ありえぬ!!ワイス様の強さは、 私が一番良く知っている!!・・・この血は・・・間違いなくワイス様の物だ。そ んな馬鹿な!ありえない!!嘘だ!嘘に決まっている!!)  健蔵はパニックを起こしていた。かつて、こんなパニックに陥ったのは初めてだ ろう。唯一絶対の存在であるワイスが、危機に陥ってると言うだけで気が気では無 い。しかし、魔族は、自分の角を折って自分の後を託すと言う慣習がある。 (やられる訳が無いのだ!!!人間如きにな!!)  健蔵は自分に言い聞かせる。 「健蔵様!ここまで来て、引き返すおつもりですか?」  ミライタルは悔しそうにしていた。それはそうだ。自分を封印した者を、亡き者 に出来るチャンスなのだ。それを見逃したくないのだろう。 「・・・死にたくなければ、これ以上、口出しするな。」  健蔵は、本気でミライタルに睨みを効かせる。 「・・・分かりました。」  ミライタルは唇を噛みながら、渋々従った。まだ、この男には勝てない。むざむ ざ死ぬ訳には行かないと判断したのだろう。 「急ぎで確認しなければ、ならん事がある。次元城まで扉を出すぞ。」  健蔵は、剣に瘴気を集中させると空を斬る。すると、そこから扉が現れて、そこ は、次元城に繋がっていた。この古代魔法『転移』は、自分の行った所にしか行け ない。なので、帰還する時に、主に使う魔法なのである。健蔵の場合、魔力では無 く、瘴気を用いて、同じ効用の扉を作り出した訳である。  その扉を開いて、次元城の王の間の前に立つ。少しフラついた。当然である。こ の『転移』は、魔力でもそうなのだが、相当なパワーが要る。なので、どうしても 急ぎの用が無い限りは、使わないのが普通だ。 「・・・健蔵か?」  扉の奥から声が聞こえた。実際は非常に小さく聞こえるが、それは、この部屋の 防音効果のためで、叫んでいるはずである。 「はい。ただいま戻りました。」  健蔵は平静を努める。健蔵も声を大きくして、それに答える。 「ミライタルも一緒だな。ミライタルは下がれ。健蔵だけ入るが良い。」  グロバスの声は扉の奥から、また聞こえた。ミライタルは、憮然とした表情をし てたが、グロバスの命となれば、聞かない訳にも行かなかった。 「健蔵、ただいま入ります。」  健蔵は、一礼すると部屋に入る。すると、中央にグロバスが居たが、どうにも様 子がおかしい。 (やはり、何かあったのでは?)  健蔵は動悸が、またしても高鳴る。 「健蔵・・・。これは受け取ったか?」  グロバスは、健蔵が持っていた物と同じ物を見せる。 「・・・はい。」  健蔵は角を取り出す。間違いなく同じ角だった。左右対称なのが違うくらいか。 「ならば・・・意味は分かるな?」  グロバスは無念そうに目を瞑る。 「信じませぬ。」  健蔵は声が震えていた。どうしても、納得出来なかったのだ。 「お前の気持ちも、分からぬでも無い・・・。」  グロバスは言葉を選んでいた。無理もない。健蔵にとって、これほどショックな 出来事はない。まだ現実を受け入れられないのだろう。 「これは罠でございましょう?人間達が仕掛けた、心理作戦でありましょう?」  健蔵は自分でも、何を言っているのか、分かってないようだ。 「・・・冷徹なようだが・・・これは間違いなくワイスの角だ。」  グロバスは事実を突きつける。 「嘘で御座いましょう!?俺は、信じませぬ!!!」  ついに健蔵の緊張の糸が切れたようだ。認めれば、ワイスの死を認める事になっ てしまう。信じられなかった。 「好い加減にせよ!・・・これは事実だ!!ワイスの討ち死には、私も確認した。」  グロバスは、ワイスの最期を見ていた。それは、この角が教えてくれた。この角 には、ワイスの想いの全てが篭っていた。その想いを、健蔵とグロバスに送ったの であった。グロバスは、ワイスの気持ちが胸に染みていたのである。 「健蔵。この角を額に当てよ・・・。ワイスの想いを聞け!」  グロバスは、無念そうな顔をしていた。 「・・・俺は、ワイス様の最期など見たくありませぬ!!」  健蔵は首を横に振る。 「お前は、見なくてはならない・・・。」  グロバスは健蔵の願望を拒否する。 「何故でありますか!!部下が、上司の最期を見る程、残酷な物はありませぬ!」  健蔵は強く語る。ワイスが死んだ事は事実だろう。しかし健蔵は、そんな姿を見 たら、自分の信じてきた物が瓦解しそうで嫌なのだ。 「・・・しょうがない・・・。ワイスからは、口止めされていたのだがな・・・。」  グロバスは、ワイスに心で謝罪しておいた。 「息子として、父親の最期を見届けなくてはならない。・・・意味は分かるな?」  グロバスは健蔵に明かした。 「・・・な、何ですと?」  健蔵は意味が理解し兼ねていた。パニックに陥ってしまっていた。 「お前の父親・・・それが、あのワイスだ。分かったら、角を額に当てるんだ。」  グロバスは、諭すように言う。ワイスの今までの功績がなければ、ここまで優し くは言わなかっただろう。しかし、ワイスの誇り高き最期を見届けたので、どうし ても健蔵に、これを伝えなくてはならないと思っていたのだ。 (ワイス様が・・・。俺の?・・・まさ・・・か・・・。)  健蔵は、恐る恐る額に角を当てる。 「・・・ウワァァァァァァ!!」  健蔵にワイスの色々な想いが伝わってきた。そこには、ワイスが人間を愛した事。 そして、健蔵と初めて会った時の事。母親への想い。そして、健蔵を如何に見守っ ていたかという事。そう。それは、ワイスの健蔵への全てが込められていた。そし て、ワイスの誇り高い最期まで、残されていた。  健蔵は一気に、この出来事が頭の中に入っていく。唇はガタガタと震えている。 しかし、最期のメッセージを伝え終わると目が覚めた。そして、ワイスの全ての想 いが、健蔵に伝わっていくのだった。  そして、ワイスは、残った力全部を、角に託したらしく、健蔵に力が湧き出てく るのが分かる。これは、ワイスの最期の遺産とも言えた。 「・・・伝え終わったか・・・。」  グロバスは健蔵の力が膨れ上がってくるのを確認する。伝え終わったのだ。 「ワイス様・・・。俺は・・・貴方の息子だったのですね・・・。」  健蔵は、今までのワイスへ仕えた事を思い出す。そして、その一挙手一投足が、 健蔵のためにあったのだと知ると、涙が止まらなくなった。 「健蔵よ・・・。ワイスの息子だと言う事・・・。誇りに思うが良い。」  グロバスは、最大級の賛辞を送る。通常グロバスは、死人を褒める事はしない。 だが、ワイスは賛辞に値した。 「はい。ワイス様の息子と言う事実は、俺の誇りに致します。」  健蔵は、グロバスに改めて忠誠を誓うのだった。 「だが・・・人間・・・ジークだけは、必ず俺の手で八つ裂きにしてくれます。」  健蔵の目に憎しみが篭った。憎しみは魔族にとって、最高の瘴気の基だった。健 蔵は、ワイスが倒された事で、それがより一層強くなったようである。 「だが、俺もワイス様の名に恥じない闘いを望みます。」  健蔵は、少々荒れると、止められない所がある。しかし、ワイスの想いを伝え聞 いた後、どのように変化するか見物だった。何より冷静に闘えば、健蔵は霊王剣術 を極めた程の達人でもあるのだ。それに、ワイスからの遺産に覚悟があれば、間違 いなく、ワイスを超える逸材になるだろう。 「良かろう。私も無粋では無い。健蔵よ。ジークの元に行くが良い。」  グロバスは命じる。本当は、ジークが力に目覚めたばかりなので、止めたい。だ が、健蔵は、止められないだろう。分かっているからこそ、グロバスは健蔵の可能 性に賭けてみる事にした。 (運命の分かれ目だな。ワイスを失った今、健蔵が倒れれば、魔族は負けるだろう。 だが、健蔵が勝てば、神に拮抗するかもしれぬ戦力を得る事になる。)  グロバスだって馬鹿では無い。ただの可能性だけで行かせる程、愚かでは無い。 その後の勝算を考えているのだ。  その時だった。ワイス遺跡から、とてつもない力を感じた。健蔵も同じみたいで、 ワイス遺跡の方向を見ている。 「何事だ・・・。凄まじい力が、唸りを上げている・・・。」  グロバスが、つい慄く程の凄まじい力だった。それは、間違いなく神魔の力だっ た。しかしワイスの物では無い。  それは、ワイス遺跡から地上に一気に出た。どうやら『転移』を使ったらしい。 「健蔵。行くぞ。」  グロバスは、急いで次元城の外を見る。健蔵も、後から付いて来た。 「フフフハハハハハハハハ!!!!」  次元城の外で、ソイツは笑っていた。 「・・・クラーデス!!」  グロバスは叫ぶ。そう。ソイツは間違いなく、クラーデスだった。どうやら神液 の試練を克服したようだ。 「グロバスか。良い物をくれて感謝する。色々気付かされる事もあった。」  クラーデスは、笑みを浮かべていた。 「お前は、神液の試験をクリアしたようだな。」  グロバスはクラーデスの強さが、以前の物より段違いになっているのに気がつく。 「ああ。・・・なる程な。これが神の力とやらか。悪くない。」  クラーデスは、何と神気を放っていた。 「な、何だと!?」  グロバスも、これには驚く。クラーデスは長い時間を掛けて、神の力を退けたの では無く、神の力を、我が物としていたようだ。瘴気が一段と強くなったのを感じ たのは、その反動のせいかも知れない。 「そして・・・これが闘気。そして、これが魔力か。」  クラーデスは、闘気や魔力までも己が物としていた。もはや、この世で、表現出 来ない力は、無いとさえ言える。 「全ての感情が力となる。悪くない感覚だ。全ての物を知り、全ての者を超越出来 る存在。俺の理想とする所だ。」  クラーデスは、次々と物を吸収する。感情さえも、力に出来る術を持っているよ うだ。明らかに、以前の荒々しいクラーデスとは違う。 「ワイスは、やられたようだな。」  クラーデスは、健蔵の持っている角を見る。 「・・・貴様と違い、誇り高き死を選んだのだ。」  健蔵は、そう言い返すのが、やっとだった。 「ワイスは、魔族の中の魔族。しかし、奴ほどの武の者も少ない。奴は、闘いを好 み過ぎた。ジークが開眼した『無』の力は、新たなる脅威に繋がる。」  クラーデスは、分析を始める。凄まじい冷静さだ。とても、魔王の時と同じ魔族 とは思えない程だ。 「貴様が、何故それを知っている?それに、ワイス様を愚弄する気か?」  健蔵は、憎しみの目を向ける。 「そうではない。奴が開眼させなくても、ジークは、やがて究極なる『無』の力の 存在に気が付いただろう。それは、止むを得ない事だ。」  クラーデスは、神気を放っている。このまま見ると、神に見えるくらいだ。 「俺は、全ての力を手に入れた。もはや、神々ですら俺を止める事は出来ぬ。」  クラーデスは、何とジークが開眼した『無』の力を発する。 「この力もまた、全ての存在の上の一つだ。」  クラーデスは、無の力を天に向かって放つ。すると、次元の狭間にあるはずの、 この城の空に穴を開ける事に成功する。 (とうとう化けおったか・・・。)  グロバスは、クラーデスの神液の試練は、予想以上の物だと知る。 「グロバス。今後は『覇道』の指揮は、俺が執る。」  クラーデスは、言い放った。 「・・・自惚れでは無いらしいな。より強い者が、治めるのは『覇道』の論理。だ が、お前には、もはや信念が無い。任せられんな。」  グロバスは反論した。決して単純に任すのが嫌な訳では無い。クラーデスは、力 に対しての欲求が全てであり、それ以外は、無駄と捉える考え方に変わっている。 「ふっ。俺の論理が間違っていると思うなら、それでも良い。だが、部下達は、ど うかな?貴様より俺の方が力がある。これは、魔族にとって全てでは無いか?」  クラーデスは、呼びかける。そしてクラーデスは、空にビジョンを写す。すると、 クラーデスが空に写った。これは、先にグロバスがやった方法と同じだ。 「皆の者。良く聞くが良い。俺の名はエブリクラーデス。全ての存在を超越し、そ の力を体現する者だ。」  クラーデスは、名前を言い換えた。全てを意味する言葉を名前の前に付けたのだ。 「今、ソクトアは3つに割れている。『法道』『人道』『覇道』と。争いが絶えず 続いている。しかし、それは愚かな事だ。」  クラーデスは演説する。とても魔王の時とは思えない程の重圧感だ。 「『法道』は神が、作る法の下、導かれるように動く。だが、神は、貴様達を認め ては居ない。神の奴隷となる者達に、未来など無い。」  クラーデスは『法道』を否定する。 「そして『人道』。奴らは、人間こそが人間を救い得ると考えているらしい。だが、 人間に何が出来る?人間は、寿命が短い分、移ろい易く脆い者達だ。例え今が良く ても、その内に崩壊する事は明らかだ。未来は無い!」  クラーデスは続いて『人道』の弱点を述べた。 「そして『覇道』。この3つの中では、平等とも言えるこの道だ。魔族も人間も無 い。強い者こそが治める。それは理に適っている。だが、安寧の時は無い。常に主 が変わる可能性を秘めているからこそ、争いが絶える事は無いだろう。」  クラーデスは『覇道』までも否定する。 「そこで俺は『無道』を宣言する。このソクトアは、一回無に返すべきなのだ。再 生の時に、間違いが起こらなければ、恒久的な安寧が得られるだろう。『無道』に 殉ずる事で、このソクトアは、安寧を得られる事が出来るのだ。神や魔族、そして 人間と区別するから、間違いが起こるのだ。全て管理のした上で、間違いを起こさ ない。それが、このソクトアの理想だと俺は宣言する。」  クラーデスは『無道』を宣言した。 「そのための破壊は、止むを得ない。だが、その後に訪れる安寧を手に入れるため に、立ち上がる時が来たのだ。全てを超越した、この俺にしか出来ぬ事だ。我こそ は、と思う者は、付いて来るが良い。ワイス遺跡で俺は待つ。・・・以上だ。」  クラーデスは、そう言うと、ビジョンを消した。 「・・・本気らしいな。クラーデス。」  グロバスは、クラーデスの反乱を脅威と感じていた。今の論理には穴が無い。し かし、破壊の後の再生には保証が無い。従う訳には行かなかった。 「俺は理想を作るために、このソクトアを破壊する。間違ってると思うのなら対抗 するが良い。」  クラーデスは、グロバスを鼻であしらう。 「お前の理想は、全てを自分の手で作る事とはな。だが、お前の理想を手伝う程、 私は出来ておらぬ。出て行くなら出て行け。私は私の道を行く。」  グロバスは、クラーデスとの決別を決定する。 「この場は去ろう。他の道の愚かさを知らしめるのも、一興だろう。」  クラーデスは『無道』を、信望する者達が来ると確信している。  こうしてソクトアは、より混迷の時代を迎える事になるのである。  『無道』。それは、今を絶望する者にとって甘美な誘いでもあった。