8、激闘  ルクトリア城は、神魔ワイスを打ち倒した喜びに溢れ返っていた。それが、若き 英雄であり、自分達の王の息子であるのだから、尚更だ。ジークの実力は、自他共 に認められるべき物であり、何人も、これに異を唱える者は居なかった。  若き女性の間からはジーク、サイジン、トーリスのファンクラブまで出来ている ようで、大変な盛り上がりであった。レルファやツィリル、ミリィにルイにまで、 ファンクラブが出来ているようで、それが元で兵士に志願したと言う者も、少なく ないと言う。何とも現金な話ではあるが、内情を知れば、パーティーの絆は割れな いと知ってか、残念がる兵士も居たくらいだ。しかし不思議と、それが原因で辞め る兵士は少ない。それは、ひとえにライルの王としてのカリスマ性と、ジークの英 雄としての、資質のおかげかもしれない。兵士達は、この人達のために、命を投げ 打っても構わないと言う、風潮まで出て来ている。  ライルは、そんな現象を有難く思ったが、利用しようとまでは、思わなかった。 実力が違いすぎる魔族との戦いで、盾として兵士を使ったら、『人道』に反してし まうからだろう。  そのルクトリアでは今、ある噂で持ちきりだった。それは、ジークが病気になっ たと言う話だ。ジークが突然の病で倒れて、静養中だと言う事である。  その話は、事実であって事実で無いと言える。倒れている事は事実である。この 頃、ジークを見かけた兵士が居ないのだ。それもそのはずで、自室で高熱を出して いるのだ。しかし、これは病気が原因では無かった。  トーリスが診断をして、ジークの倒れた原因を探っている。兵士が来ても、立ち 入り禁止にしていて、外部に漏れないように細心の注意を払っているようだ。 (・・・間違いないようですね。)  トーリスは診断していて、ある種の結論に達した。 「・・・悪いな・・・。トーリス。」  ジークは、薄目を開けながらトーリスに感謝する。トーリスが、色々看病をしな ければ、もっと苦しんでいた所だ。ミリィやレルファと交代で看病している。 「気にする必要はありません。貴方の病の原因は、私達のせいでもあります。」  トーリスは、ある結論に達していた。 「どういう事だ?」  ジークは、目をパッチリさせる。 「疲労ですよ。この頃の連戦と『無』の力を使った反動が、来てるんですよ。貴方 が、いくら強靭な体を持っているとは言え、『無』の力は、余りにも体に負担を掛 け過ぎていると言う事です。」  トーリスは、説明してやる。人間の体の限界以上の強さで、ワイスを倒したジー クだ。それなりの反動が、今来ているのである。 「無理しちまったって事か・・・。俺も修行不足だな。」  ジークは、中々動かない体を呪う。 「じっくり静養する事です。その疲労に対しては『精励』ですら、効かないみたい ですし。体に闘気が戻るまでは、静養が一番です。」  トーリスは、溜め息をつく。ジークは、まだ無理をしようとしている。 「それと・・・父さんがくれた薬。あれも問題でしたね。副作用のある薬では、あ りませんが、今回は、使った力が悪かったようです。『無』後からの反動と重ね合 わせて、薬の効果の反動が、貴方に来ているようです。」  トーリスは、フジーヤの渡した薬についても説明してやる。確かに便利な薬では ある。だが、謂わば無理をするための薬だ。その後、『精励』などで精力を蓄えな ければ、体の方が参ってしまう。だが、『無』の力の反動で、ジークは『精励』が 効かない状態にある。そのせいで、薬の反動も受けてしまったようだ。 「私にも力があれば・・・。繊一郎さんも死なせずに済んだ物を・・・。」  トーリスは目を瞑る。繊一郎は、すでに棺に入れてある。義弟であるエルディス が、こちらに向かっているとの事なので、それまで埋葬するのを止めると言う事で 決定したのだった。 「・・・トーリス。『八界遁』だけは、真似するなよ?」  ジークも、繊一郎の壮絶な最後を思い出す。凄まじく強力な忍術だけに、体に掛 かる負担は、物凄いのだろう。トーリスは、繊一郎から引き継いだ忍術を胸の中に 仕舞ってある。そして、最後の奥義『八界遁』を見た事で、全ての忍術をマスター したと言える。榊流忍術の正当後継者は、レイリーが魔人となった今、トーリスし か居ない。魔法と忍術を極めたトーリスは、ジークとは違う意味で強いはずだ。  だが、それを全部使える程のキャパシティは、トーリスには無い。それを今後磨 いていくつもりなのだろう、とジークは思っていた。 「心配し過ぎですよ。それに・・・私が体調が万全の時ならば、あそこまで、体に 負担をかけずとも八界の龍は呼び出せます。繊一郎さんは、それも分かってて、私 の目の前で見せたのです・・・。一回は、使わなければならないかも知れません。」  トーリスは、ジークを安心させる。ここで言ってる事は、あながち嘘でも無かっ た。トーリスは闘気を磨いている。魔力は神々に匹敵するキャパシティを持ってい る今、闘気さえ、もっと出せれば、出来なくもない技だった。そして、一回使わな ければならない時とは・・・レイリーとの闘いかも知れない、と思っていた。 (レイリーには、この忍術を見せて、目を覚まさせなくては・・・。)  トーリスは、繊一郎の想いを、忍術と言う形でぶつけるつもりだった。  すると、外からノックの音がした。 「・・・誰です?」  トーリスが、警戒態勢に入る。ここは一般の兵士が、入っては行けない所だ。そ のため、サイジンと傷が癒えたゲラムが見張っているはずだった。 「・・・エルディス=ローンだ。」  外からエルディスの声がする。そして足音を聞く限り、繊香と麗香も居る様だ。 「お入りください。」  トーリスは表情を和らげる。 「ジークさん。久しぶり。」  繊香が挨拶する。そして深々と頭を下げる。 「エルディスさんに繊香さんに麗香さん。ハハハっ情けない格好を見せちゃいまし たね。・・・繊一郎さんの事は・・・申し訳ありません。」  ジークは、まずその事を謝った。自分が、もう少し力があれば、守れたと思って いるのだ。しかし、それを聞いて繊香はビックリする。 「兄は・・・強情な方でした。例えジークさんが、万全であったとしても・・・彼 の技を使っていたに違いありません。それに、兄は満足していると思います。」  繊香は分かっていた。繊一郎は強者との闘いを求めていた。そして、その最もた る魔族の最高峰の者と闘って、討ち死にしたのだ。それは繊一郎にとって、最高の 幸せだったに違いない・・・と。 「それと・・・繊一郎さんは、最期に女性の名を出していました。誰か心当たりが?」  トーリスは、繊一郎が最期に出した名前を覚えていた。 「・・・もしや、あの方では?」  繊香は、思い出したように言う。 「知っているのですか?」  トーリスは、探るように言う。 「・・・兄上が、結婚しなかったのは、彼女が忘れられなかったから・・・。」  繊香は、知っているようだ。どうやら、繊一郎に想い人が居たようだ。結婚しな かった理由は、それだったと知る。 「あの人か・・・確かに強烈な人だったな。・・・ライルも知っているはずだ。俺 達が若い頃に、突如現れた人達の一人だ。繊一郎さんは、その一人と、非常に親し かったと言う。俺は、少ししか会ってないが、英雄と呼ぶに相応しい人だった。」  エルディスも知っているとなると、有名な人物なのかも知れない。 「その人に会えずに・・・死なせてしまうとは・・・。」  トーリスも悔やむ。繊一郎は、そのまま死んでしまったのだ・・・。 「お前達が気にする事じゃないさ。それに・・・本来なら、俺達が、謝らなきゃな らん。迷惑を掛けてるのは、こっちだしな。」  エルディスは無念そうな顔をしていた。それはレイリーの事だろう。 「レイリーは・・・本当に帰って来ないのかしら・・・。」  麗香は、心配そうな顔をする。こんな時は、お気楽な事を言ってる場合では無い。 こんなに深刻な麗香は、初めて見た。 「アイツの性格を良く知っているつもりだった・・・。苛烈な生き方を望む奴だっ て事は、知っていた。・・・だけど・・・人間としての道を誤るとは・・・。」  エルディスは無念だった。自分達の教育は、間違っていたとさえ思う。 「私は・・・信じますわ。・・・でも止められなかったら。」  麗香は、弟を信じている。まだ魔族に心酔した訳では無い。と思っている。だが、 説得に失敗した時の覚悟は、出来ているようだった。 「麗香・・・。」  繊香は、娘の気丈な姿を初めて見た。それだけに痛々しいとさえ思う。 「皆さん。レイリーは、信念まで捨てていません。それに賭けましょう。」  ジークは断言する。レイリーは、強い者が君臨すると言う『覇道』を支持して、 魔性液を飲んだに過ぎないと、ジークは思っている。ライルが断言していたので、 間違っていないとジークは思う。 「そうね。肉親の私達が、信じてあげなきゃね。」  繊香はニッコリ笑う。 「信じるさ・・・。俺の息子だ・・・。最後まで諦めたりはしない。でも、それが 叶わなかった時は・・・アイツを止めてくれるな?」  エルディスは、ジークの目を見る。 「やめて下さいよ。俺は信じてますよ。」  ジークは、肩の力を抜きながら話す。 「エルディスさん。大丈夫です。私が、繊一郎さんの意志をレイリーに見せます。 それで目覚めさせる自信は、あります。」  トーリスが、真剣な目でエルディスを見る。 「そうか・・・。トーリスが、榊流忍術を継いだんだったな・・・。こんな事、言 える立場じゃない事は分かっているが・・・頼む。」  エルディスは心苦しくも、トーリスに頼んだ。そして、土下座をする。 「俺は・・・どうなっても構わないんだ。アイツを止めてくれ・・・。」  エルディスは、断腸の思いだった。これでレイリーが、どれだけエルディス達に 想われていたか分かると言う物だった。 (レイリー・・・。貴方は、恵まれているのですよ・・・。)  トーリスは、そう思わざるを得ない。 「顔を上げて下さい。私は、出来る限り善処します。信じて下さい。」  トーリスは、ニッコリ笑ってみせる。それは榊流忍術の継承者としての、自覚も 目覚めた顔だった。 「そう言えば・・・グラウドさんは、どうしたの?」  ジークは、てっきりグラウドも来る物だと思っていた。 「ああ。来てるよ。でも「見舞いって柄じゃない」とか言って、サイジンと色々積 もる話をしてるみたいだ。」  エルディスは、説明してやる。ジークは納得する。グラウドらしいと思った。  そのグラウドは、サイジンと話を続けていた。見張りをルイと変わってもらうと、 レルファとグラウドを連れて、自室に招いたようだ。自室と言っても、ジークもそ うだが、ライルが用意してくれた客室の事だった。だが、客室と言えど、さすがは 復興したルクトリア城で、5、6人は話し合えるスペースは十分にあった。  サイジンは、防音が整ってるのも幸いだと思っていた。レルファとグラウドを椅 子に腰掛けさせる。自分も簡易の椅子を用意して座る。 「何ヶ月振りだ?」  グラウドは、まずそこから話す。ぶっきらぼうな、グラウドらしい話し方だった。 「トーリスの結婚式以来ですから・・・3ヶ月振りくらいですかね。」  サイジンは数える。確かに、それくらいだった。その間にさえ、色々な事が起こ った。今ソクトアは、非常に不安定な時代を迎えているのである。 「いつの間にか、お前も『人道』の中心に、なりつつあるか・・・。変わったな。」  グラウドは、自分の息子の成長が嬉しいと思った。 「父上のおかげですよ。世辞で言ってる訳では、無いですよ。」  サイジンは、心からそう思っていた。 「よせよせ。むず痒くなる。」  グラウドは照れていた。父らしい仕草である。 「サイジンは頑張ってました。私も保証します。」  レルファが口を挟んでやった。 「ハハッ。レルファちゃんに言ってもらってるって事は、確かみたいだな。」  グラウドは安心して頷く。 「父上。話しておく事があります。」  サイジンは、急に真面目な顔付きになった。 「お前らしくもないな。どうした?」  グラウドは、神妙な顔付きでサイジンを見る。 「・・・母上の事です。」  サイジンは、搾り出すように言った。その瞬間グラウドは険しい表情になる。 「・・・お前の母さんは・・・。」  グラウドは、言いかけて止めた。このサイジンの顔付きを見る限り、本当の事を 知ったのだろう。とは言え、横にはレルファが居る。 「グラウドさん。安心して下さい。私も知っています。」  レルファは、安らかな顔で見つめていた。 「・・・そうか。隠し通すつもりは、無かったんだがな・・・。」  グラウドは観念する。いつかは、こういう日が来ると思っていた。 「お前には、最後まで国を守る事を貫いた、勇者の血が流れている。その事は、忘 れるな。俺には、言う資格が無い事だがな。」  グラウドは胸の痞えが取れたのか、肩を落とす。 「今更、逃げる気ですか?」  サイジンは鼻で笑う。 「ちょ・・・サイジン。」  レルファは、恋人の意外な言葉に驚いた。 「逃がしはしませんよ。私の父は、グラウド=ルーンだけなんですからね。」  サイジンは、そう言うとニヤリと笑った。 「・・・お前。全く、楽させてくれないなぁ。お前は・・・。」  グラウドは、そう言いつつも、涙が出るほど嬉しかった。事実を知って、まだ自 分を父と呼んでくれる息子が居る。それが嬉しかったのだ。つい兜を深々と被って しまう。それを見てレルファは、恋人がサイジンで、本当に良かったと思う。つい もらい泣きをしてしまう。 「誇り高き血が混ざっている事は光栄です。だけど、それが何です?父上には、レ ルファと私の結婚式に、参加してもらわねばなりませんぞ?」  サイジンはレルファの肩に手を回す。 「・・・貴方ねぇ・・・。」  レルファは、顔を真っ赤にする。 「ハッ。そういう所は、変わってないようだな。安心したぞ。」  グラウドは大笑いする。 「全く・・・でも近いうちよ?」  レルファは恥ずかしがりながらも、そう答える。 「その言葉・・・信じて良いのですね?」  サイジンは、優しい目で語りかける。思えばサイジンは、レルファに対して、い つも優しかった。これ程、想われてレルファは幸せに思う。 「お前ら・・・俺が居る事忘れるなよ・・・?」  グラウドが頭を掻いて、恥ずかしそうにしていた。 「はっはっは!これはつい!嬉しさの余りね!」  サイジンは、馬鹿笑いをする。この癖にも、レルファは慣れてきたようだ。一々 気にしてたら、キリが無いと思ったのだろう。 「グラウドさん。・・・宜しくお願いします・・・。」  レルファは、直々に頭を下げる。 「レルファちゃんなら、俺は文句ないよ。いや、出来過ぎなくらいだ。」  グラウドは、本当に幸せに思う。ライルとは親友だし、問題ない。 「俺には、出来過ぎな息子と、出来過ぎた息子の嫁をもらう事になるとはなぁ。長 生きしてみる物だな。」  グラウドは、ジルドランの事を思い出す。本来ならば、この幸せは、ジルドラン とティアラが受けるべき物だ。だが、ここは自分が幸せを受け取る事にしよう、と グラウドは思っていた。 「父上。私からも感謝しますぞ。」  サイジンは、育ててくれた礼も含めて頭を下げる。 「まぁさ。俺は良いけどよ。ライルの奴、説得するのは、ちょっと俺じゃ出来んぞ?」  グラウドは、そっちの方こそ難しいと指摘する。 「一応言っては、あるのですがね。いざ結婚となれば・・・難しいですな。」  サイジンは頭を捻る。 「大丈夫よ。私が有無言わせる物ですか。」  レルファは、今度は、自分が納得させる番だと思っている。 「頼もしいな。全く。本当に頼もしい限りだ。」  グラウドは、そう言うと、幸せな二人を見て、自分の幸せと感じるのだった。  かつての暗黒騎士団長の面影は、もうそこには無かった。  クラーデスが『無道』を立ち上げてからと言う物、『無道』の考えに同調する者 も増えたようだ。だが、そこまで悲観する者は少なく、数としては、極少数と言っ た所だった。クラーデスの考え方は、間違っていないが、全てを滅ぼすと言うのは 些か、やりすぎだと感じる者が多いためだろう。  次元城では、次の対策を練る事に集中するようにしていた。グロバスも、今の状 況は、余り好ましくない。ワイスが倒れ、クラーデスが反乱した。これは、大きな 痛手である。『人道』の者達も、繊一郎が倒れたが、ワイスが倒れたのと比べては、 ダメージが少ないと思って良いだろう。ワイスが倒れたのは誤算だった。とは言え、 嬉しい誤算もあった。ワイスの力を受け継いだ健蔵が、思ったよりも大きな力を得 ている事だ。この所は、憎しみを力に変える術を身につけたようで、クラーデスの 反乱のせいで、その強さは、どんどん増していった。  だが、気になるのが『法道』の者達である。彼らは、ちょくちょく紛争はしてい るが、大きな戦闘をしている訳では無い。パムとポニは、参戦しないと言うのは、 聞いていたので安心していたが、まだ鳳凰神ネイガ、大天使長ラジェルド、そして、 救世主アインなど、未知数の敵が居る。その奥に居る運命神ミシェーダを引っ張り 出すだけでも、相当な労力が必要だろう。元々グロバスは、神々と対抗できる戦力 を整えたいと思ってたので、『法道』を意識せざるを得ないのは必然とも言えた。 (こちらから戦闘を仕掛けるのは、好ましくないな。)  グロバスは、慎重にならざるを得ない。現在の主な戦力としては、自らである神 魔王グロバス、そして片腕たる魔王剣士の健蔵、それと魔人レイリー、それとダー クエルフのミライタルくらいであろうか? (戦力が圧倒的に足りぬな。仕方が無い。少し呼ぶか。)  グロバスは、魔界剣士級の「闇の骨」を後何個か持っている。だが、いずれも無 難な実力の持ち主で、大きく戦局を変えるとまでは、行きそうもない。だが、四の 五の言ってる時では無い。ここで補強をしなければ、計画が倒れる事になり兼ね無 い。何せ『人道』の連中の成長力には、とてつもない物を感じる。いくら10人掛 かりとは言え、あのワイスを倒したのだ。由々しき事態である。 (「闇の骨」の召喚作業は、避けたかったのだがな。)  グロバスは、溜め息をつく。召喚には大量の瘴気が要る。また、力を取り戻すの に時間を掛けなければ行けないと思うと、少し頭が重くなった。 (魔界剣士の三将軍を呼ぶか。奴らの統率力なら、力以上の物があろうからな。)  グロバスは魔界剣士の「魔界三将軍」と、呼ばれる者達の「闇の骨」を取り出す。 魔界三将軍は、地位こそ魔界剣士だが、次期魔王を狙う器として、注目されていた 者達だった。特に統率力に関しては、魔王クラスと言っても過言ではない。 「むぅ・・・。魔界三将軍よ。我の助けとなるが良い!!」  グロバスは、闇の骨を魔方陣の上に置くと、それぞれに瘴気を浴びせる。とてつ もない量が必要だ。グロバスは、かなり疲れているが、止めるわけにはいかない。 「ぬぅぅぅぅ!」  グロバスが出し続けていると、ようやく、それぞれの魔界との扉が開いたようだ。 「ふぅぅ・・・。」  グロバスは、肩を落とす。単純に疲れての事だろう。  すると魔界の扉から、手が出てくる。どうやら、成功したようだ。 「・・・魔界三将軍よ。姿を現すと良い。」  グロバスは言い放つと、それぞれの扉から、何者かが飛び出してきた。  その時、神魔王の間の扉から物音が聞こえた。 「・・・健蔵とレイリーだな。丁度良い。入るが良い。」  グロバスは、召喚する時の音で心配で駆けつけた健蔵とレイリーだと知った。 「失礼。・・・っと、これは何だ?」  レイリーが驚く。レイリーは、召喚の儀式を見た事が無い。 「どうやら、召喚を使ったのでしょうな。ふむ・・・。」  健蔵は「闇の骨」と魔方陣を見比べて、瞬時に分かったようだ。 「お前達にも紹介しておこう。魔界三将軍だ!」  グロバスが言うと、魔界三将軍は次々と姿を現す。 「ふむ。グロバス様。ご無沙汰しておりました。俺は魔界三将軍の一人、『赤炎』 のシュバルツ。健蔵殿にレイリーと言ったか、宜しく頼む。」  シュバルツが挨拶をする。かなり偉そうな態度だったが、それだけの自信がある のだろう。シュバルツは髪が赤い。まるで炎のようだった。 「次は私ね。私は魔界三将軍の一人、『黒炎』のジェシー。覚えておく事さね。」  ジェシーは挨拶する。魔界の重鎮の中では、珍しく魔族の女性のようだ。『魔貴 族』クラスなら女性も聞いた事があるが、魔界剣士で女性と言うのは、聞いた事が 無い。それだけに、実力も大した力量の持ち主なのだろう。 「・・・『青炎』。ミュラー。」  ミュラーは、ちらりと健蔵とレイリーをみて一礼する。どうやら寡黙な男のよう だ。どうにも個性派揃いのようだ。 「俺は、魔人レイリー=ローンだ。元人間だが、グロバス様に対する忠誠心は揺ら ぐ事はねぇ。そこんとこ、履き違えるなよ。」  レイリーは、タンカを切る。 「自信が、おありのようさね。魔人と呼ばれるなんて、人間を捨てきれない証拠じ ゃないのかい?フフフ。」  ジェシーは、鼻で笑う。 「言うね。アンタ。まぁ、いずれ分かる事だ。」  レイリーは、少し睨むだけで、敢えて突っ込まずに置いた。 (案外、冷静じゃないか。)  ジェシーは、ニヤリと笑う。レイリーは、からかい甲斐が、ありそうだ。 「俺は、砕魔 健蔵だ。魔王剣士として君臨している。お前達の働きには、十分期 待している。」  健蔵は偉そうに言い放つ。だが、今の健蔵には、言い放つだけの実力がある。 「我らはグロバス様の命により動く。その辺を、履き違えないで戴きたい。」  シュバルツは言い返してやる。どうやら、どっちも負けず嫌いなようである。 「ふむ。挨拶は、それくらいにしておくんだな。三将軍は各自、力を取り戻すまで は、休息を取るが良い。私も取らなくてはならぬ。」  グロバスは肩の力を抜く。どうやら、相当疲れているようだ。 「レイリーよ。三将軍を、適当な部屋に連れて行くが良い。健蔵は、ここに残れ。」  グロバスは命令する。すると皆、命に従って、レイリーは部屋の案内をして、三 将軍は、それに付いて行った。 「私に、御用でありますか?」  健蔵はグロバスに尋ねる。 「・・・私は、しばらく動けぬ。だが、興味深い情報が入ったのでな。」  グロバスは、密偵が調べた資料に目を通した。 「どうやら、ジークとやらが『無』の力の反動で、動けないらしい。そこを『法道』 の者達が、狙う可能性が高いという。」  グロバスは健蔵に伝える。すると健蔵は、興味深そうに聞いていた。 「おそらく、激戦になろう。その時に、お前も混じって攻撃を加えよ。それが任務 だ。・・・だが一つ条件がある。」  グロバスは健蔵の方を見る。 「何で御座いましょう?」  健蔵はキョトンとしていた。 「絶対に死ぬでないぞ。お前は、これからの『覇道』には欠かせぬのだ。良いな。」  グロバスは諭すように言う。こう言わなければ、健蔵はワイスを失った悲しみの 余り、無理をし兼ねないのだ。 「有難きお言葉・・・。肝に銘じまする。」  健蔵は敬礼する。この真面目さが、強さになり勤勉さにも繋がるのだろうが、そ れは危険の裏返しとも言えた。 「健蔵。ワイスの夢、必ず成し遂げようぞ。」  グロバスはワイスが死んだ事が、相当応えたようだ。 「ワイス様の高潔なる血を引き継ぐ私が・・・必ずや成し遂げまする。」  健蔵は深々と礼をする。健蔵はワイス亡き後、グロバスに忠誠を誓う事にしてい た。ワイスが仕えていたからと言う理由もある。だが、それ以上にグロバスは、自 分と同調した考えの魔族であり、何より自分を認めてくれる存在であったからだ。 「行くが良い。そして必ず戻って来い!」  グロバスが掛け声を掛けると、健蔵は、すぐに出て行った。 (三将軍だけでは勝てぬ。やはり健蔵の力が無ければな。)  グロバスも、ただ褒めるだけでは無い。やはり、何らかの見返りがあっての事だ ったが、健蔵を当てにしているのは、事実だった。 (まだ倒れる訳には行かんのだ。ワイスが死んだ今、神々に対抗するまでな。)  グロバスは、見果てぬ夢を抱きながら、体を休めるのだった。  ルクトリアの復興作業は、かなり進んでいる。他の『道』に人材が取られたりは、 しているが、類まれなチームワークで次々仕事をこなしていった。しかし紛争は絶 えない。何度説得しても『覇道』と『法道』の仲は悪い。正反対の考え方なので、 仕方がないとは思う。だが、休まる時すら無いのだろうか?とさえ思う。  しかし、不気味だった。『法道』は、表面上こそ紛争が繰り広げられていて争っ ているように見える。しかし、主力級の戦力が来た事は、一度たりとも無い。『人 道』を率いる者として、何かあるのではないか?と思ってしまうのは当然である。  それにジークの疲れが、まだ癒えていない。もうワイスとの戦いから5日ほど経 つが、動きが取れるまでには至らないようだ。今では、ミリィが付きっ切りで看病 している他、交代でトーリスとレルファが、手伝いをしていると言った感じだった。  このジークの疲れを見ると、改めて『無』の力の恐ろしさを、思い知らされる。 (怒りの剣が、ゼロ・ブレイドに変わるくらいだからな。)  ライルは怒りの剣の事を知っている。元は宝剣ペルジザード。自ら能力者を選び、 意思を持った魔剣。それを使いこなせる者は、素晴らしき力を得る伝説の剣だった。 実際に、ライルは彼の黒龍王を打ち倒した時も、この剣の力が無くしては、出来な かった事だと言える。ジークのこれまでの戦いも、この剣無しでは、生き残れなか っただろう。ライルが最後の闘いを挑んだ時、ペルジザードは、ライルの自らの怒 りを力に変えて『怒りの剣』となった。それが、全ての感情を合わせる事で、発現 する事が出来る『無』の力を吸った事で、ゼロ・ブレイドに進化した。 (この剣こそが、最強と言えるのかも知れんな。)  ライルは改めて思う。この剣には、限界と言う物が感じられない。どんな力でも、 体現しようとする。だが、それは使用者の全ての力を発現出来る分、吸い続ける魔 剣なのでは無いか?と思う。だからこそ、使用者を選び続けるのかも知れない。 「ライル叔父さん!手合わせお願いします!」  横でゲラムが、ナイフと忍刀を交互に組み合わせて構えている。 「ほう。その構えは、どうした?」  ライルは、見慣れない構えに興味を示す。 「僕は決めたんだ。僕は色んな武器の戦い方を知っている。だから、どんどんバリ エーションを増やして行こうってね!これは・・・繊一郎さんの構えだよ。」  ゲラムは、トーリスが忍術の技を受け継ぐのなら、自分は、繊一郎の普段の剣術 を取り入れようと思ったのだ。 「そうか・・・。よし!俺が試してやろう!」  ライルが、手合わせを受け入れた。ゲラムは嬉しそうにしながら、独特の構えで 突っ込んできた。 「テヤァァ!!」  ゲラムが真剣な目付きで、忍刀を振るう。さすがゲラムである。新しい武器の扱 いに関しては、何の問題も無さそうだ。適応力については、目を見張る物がある。 (だが・・・ここで終わらせては、成長が無いな。)  ライルは受けながら考える。そして、ゲラムの隙を突いて、胴薙ぎで吹き飛ばす。 「ぐぐっ!」  ゲラムは、お腹を擦る。 「どうした!繊一郎は、もっと鋭かったぞ!」  ライルは敢えて厳しい事を言う。ゲラムが成長するためにである。 (良い太刀筋なだけにな。厳しく言わんとな。)  ライルは、がむしゃらなゲラムを見て、ジークやアイン、レイリーなどと手合わ せした時の事を思い出す。 「ふっ・・・。思い出しますね。」  上空から声がした。ライルは上を見る。 「・・・お前は・・・。」  ライルは腰の剣に手を掛ける。 「あんまりな挨拶では無いですか。」  ソイツは地上に降りてくる。ソイツはアインだった。 「ふっ。下等生物は、喧嘩っ早くて困ると言う物よな。」  違う気配が、地上に降り立つ。 「主要たるジークが居ないのでは、仕方は無い事だ。」  もう一人も降りてきた。 「・・・アインさん・・・。」  ゲラムは、敵となった今でも、アインが『法道』に居る事は信じられない。 「ゲラム。久しぶり。俺が来た用事は、分かっていると思う。」  アインは、有無言わせぬ口調で話しかける。 「何事だ?・・・お前達は・・・。」  フジーヤが驚く。無理も無い。今まで動向を見せなかった『法道』の主要なメン バーが集まっているのだ。無理も無い事だろう。 「だ、大天使長様が・・・。」  元天使のルイシーは驚く。雲の上の存在のラジェルドが、目の前に立っているか らだ。本来ならば、近づける相手では無い。そうこうしてる内に、皆も集まって来 た。だが、ジークとミリィだけは、そうも行かないようだ。 「ここで集まらないとなると・・・。相当な疲労のようだな。」  ネイガは値踏みする。こう言う状況だからこそ狙ったのだ。『覇道』を潰しに掛 かる事も考えたが、『人道』の成長力を危険視したのだ。 「フッ・・・。本来ならば余一人で十分ではある。だが、万全は期す事にするか。 出でよ。余の腹心・・・。副天使長イジェルンよ!」  ラジェルドが、呼びかけると天が光る。それと同時に、4枚の翼を持つ天使が現 れる。この天使がイジェルンなのは、間違いが無いだろう。 「イジェルン参上。運命神様と大天使長様の命により、この場に居る『人道』の者 を滅ぼしましょう。」  どうやら、イジェルンは、状況を把握しているようだ。予め、ミシェーダから状 況を教わっているようだ。ラジェルドは満足そうに頷く。 「人間の意地と言う物を、お見せします!」  トーリスは、魔力を高め始める。 「止めておくんだな。トーリス。先の戦いの疲れ・・・。トーリスも、まだ戻って はいまい。隠してても分かるぞ。」  アインは、冷静に分析する。『救世主』となったアインは、敵の能力を正確に把 握出来ると言う特技も、得たようだ。 「トーリスだけでは無い。この中で、疲労が無いのはライルとゲラムくらいだろう。」  アインは、皆が無理をして出て来ている事を、承知していた。 「変わったな・・・。アイン。」  前にルースが出てきた。その形相は、かなり厳しい物に変わっていた。 「父さん。俺は生まれ変わったのです。『法道』で幸せに出来る世界を築くために ね。それで、例え親不孝だと言われても、俺は後悔しません。」  アインには、迷いが無かった。それだけにルースは悲しんだ。 「信じられ・・・ない・・・。」  アルドが頭を抱えていた。半ば放心状態のようだ。無理も無い。息子が決別の言 葉を口にしているからだ。 「お兄ちゃん・・・。わたし絶対に許せない!」  ツィリルは燃えるような目をしていた。親を悲しませるアインを許せないのだろ う。自分の兄であるからこそ、許せない気持ちが高いのかもしれない。 「アイン。貴方は、この現状をそう見るのですか・・・。変わりましたね。」  トーリスは目を伏せる。ツィリルの気持ちも、痛いほど分かるのだ。 「何とでも言うが良い。俺は何と言われようと『救世主』として、人々を導かなけ ればならん。神々の恩恵を忘れた者が、この先どうして生きていける!?」  アインは何と神気を出す。どうやら完全に、体を変えてしまったようだ。 「・・・俺は助けはしたが、恩義を押し付けたつもりはねーぜ?」  どこからとも無く、後ろから声がした。 「・・・ジュダ様!?」  ネイガも思わず声が上ずった。まさか、ここでジュダが出て来るとは、思わなか ったようだ。 「目を覚ましな!てめぇらが、やっている事は、ただの支配に過ぎない。ソクトア を預かった身として、そんな事は、例え神のリーダーであろうとも許さねぇ!」  ジュダは一喝する。さすがである。向こうもジュダが現れた事で、かなり動揺し ているようだ。 「私も同意見だ。お前達は、人間をただの駒としか見ていない。新しく世を作った 所で何が残る?お前達による支配だけなのでは無いか?」  赤毘車も現れる。心強い味方だ。 「それも、ジークの疲労時に狙うか・・・。ミシェーダよ。見損なったぜ?」  ジュダは、天に向かって言う。そして、あらん限りの神気を振り絞る。 「ジュダ様。貴方は、どこまで人間に対して寛容なのだ!人間を信じた先に滅びが 来たらどうするのだ!私も信じた。その結果を私は見て来たのですぞ!」  ネイガは、自分が救った星の結末が、相当に悔しかったらしい。 「そうかも知れねぇな。その時は、俺はこの星と運命を共にする覚悟で居る。」  ジュダは、サラリと言ってのけた。 「馬鹿な!!貴方程の神が、何故そこまで!?」  ネイガには、信じられなかった。 「信念だよ。俺は、コイツらを信じる。そのために力を振るう。それだけの事だ。」  ジュダも、迷いが無かった。ネイガは頭を横に振る。 「ネイガ殿。問答は、これまでのようです。」  ラジェルドは冷静な目をしていた。 「所詮は下賎な者よな。神への感謝を忘れるとはな。それに竜神と剣神は落ちたも 同然。余の裁きが、必要なようだな。」  ラジェルドは冷笑する。どうやら相当な自信があるようだ。 「呆れましたよ。神への感謝を求める人々を、我らが駒としてしか、見ていないと 思われるとはね。貴方達は弱者に冷たい社会を作ろうとしている、危険な者達です。」  アインは言い放つ。どうやら、考えは真っ向決裂なようだ。 「進んで弱者になろうとしている者を、利用しているのは、どっちだ!」  赤毘車は反論する。そして本気の時に使う刀を抜く。 「御神刀『鋭気』か。本気のようですな。赤毘車様。」  ネイガが神気を高め始める。  ここに『法道』と『人道』の存亡を賭けた闘いが始まろうとしていた。  とうとう本腰を入れてきた。運命神ミシェーダも、相当我慢してきたのだろう。 機会を待っていたのだ。ジークが『無』の力に目覚めた時は、戦慄すら覚えた。人 間が持つには、余りにも強大で危険な力『無』。この切り札を発動させないために も、今の内に、全てを叩いて置かなければならない。  そのミシェーダの考えを、ジュダは読み通していた。そして、何とか間に合った のである。あと半日遅れていれば、皆、滅ぼされていたかも知れない。ジークは、 人間の中で、希望の中の希望なのだ。潰させる訳には行かない。  そして、ジーク抜きの闘いが始まった訳だが、自然と、力が拮抗している者同士 が、近づきつつあった。ネイガにはジュダがつき、ラジェルドには赤毘車が近寄っ て行った。そしてイジェルンとアインが、トーリスやライルを中心とした人間の代 表と、対峙する様になった。極自然な流れかも知れない。  だが、その対峙にラジェルドは不満を持っていた。 「どうした?私相手では不服か?」  赤毘車が挑発する。 「分かっておられるようだな。些か不満だ。余は、天使を束ねる大天使長。その力 は、ミシェーダ様すら一目を置く実力。赤毘車殿は、竜神の妻と言うだけの剣神。 どこが満足出来るとお思いで?」  ラジェルドは、かなりの自信家のようだ。確かに実力で、大天使長になったラジ ェルドだ。並の神なら、到底実力としては敵わない程、このラジェルドは強い。 「大言を吐いてるな。お前は、何か勘違いをしているようだな。」  赤毘車は、ラジェルドの言葉を受け流す。 「私が真にそれだけで神になったと思うなら、さっさと掛かってきたらどうだ?」  赤毘車は『鋭気』を前面に押し出す。 「ほざけ。余の相手は、ジュダ殿こそ相応しい。増して、女性の貴女に勝てる訳が 無い。さぞ実戦を、経験しなかった事でしょうな!」  ラジェルドは、強力な神気を帯び始める。なるほど。口だけでは無さそうだ。 「大した力だ。使い方は知らぬようだがな。それで、ジュダの相手とは1000年 早い。私が、引導をくれてやろう。」  赤毘車は、余裕でラジェルドを見る。 「大天使長の真の戦いを、見るが良い!!」  ラジェルドは、赤毘車に神気の弾をぶつける。すると、赤毘車にぶつかると同時 に爆音を上げて破裂する。 「フハハハハ!油断しよったな。ただの弾では無い。破壊力は神々級ぞ!」  ラジェルドは大笑いをする。ただの神など自分の相手では無いと思っているのだ。 「大口の割りには、大した事は・・・な!?」  ラジェルドは、驚愕する。霧が晴れると赤毘車はピンピンしていた。 「大した力だな。ミシェーダも喜んでいる事だろう。」  赤毘車は不敵に笑う。 「フッ。どうやら外してしまった様だな。マグレを実力だと勘違いしない事だ。」  ラジェルドは歯軋りする。 「マグレ?笑わせてくれるな。お前は見えなかったのか?」  赤毘車は困ったような顔をする。 「マグレは続かぬ!!」  ラジェルドは神気の弾を連続で撃ち続ける。すると、凄い爆音と共に、どんどん 爆発していく。これでは、外れようが無いだろう。 「フウ・・・。余を、ここまで疲れさせるとは・・・なっ!?」  ラジェルドは、またしても驚く。赤毘車は傷を負っていない。 「マグレは続かないか。その通りだな。」  赤毘車は余裕で服の埃をはたく。 「馬鹿な!?貴様、何をした!?」  ラジェルドは、余裕の口調がもう無くなっていた。 「お前は力があるが、頭の回転は良くないらしいな。この『鋭気』を見て、何も思 わなかったのか?」  赤毘車は『鋭気』を見せる。 「何ぃ?」  ラジェルドは『鋭気』を良く見る。すると、『鋭気』の刃の中で、爆発のような 物が起こっている。そして、それは消えていった。 「な!?・・・まさか・・・。」  ラジェルドは、恐ろしい考えに至った。 「気がついたようだな。この『鋭気』は、あらゆる力を斬る事が出来る神刀。お前 の爆発の力は、全て斬らせてもらった。地面が爆発してないのが、変だと思わなか ったのか?綺麗な物だろう?」  赤毘車は、サラリと言ってのける。確かに地面は爆発の跡も無い。 「おのれ・・・汚い武器を使いおって!」  ラジェルドは激怒する。 「分かっておらぬな。力の差があるからこそ、斬れると言うのが・・・。」  赤毘車は鼻で笑う。 「お前の攻撃は単純過ぎる。それでジュダに勝とうなど、笑止千万。」  赤毘車は、ハッキリと言い渡してやった。 「そんなはずは無い!!余は大天使長!並の神に負けるはずが無い!!」  ラジェルドは、怒りに任せて赤毘車に突っ込んでいく。  ズバァッ!!  そして赤毘車に交わる瞬間、ラジェルドの胸に×の字の傷が付く。 「ヌァァァァァァ!!!」  ラジェルドは胸の傷を抑える。かなり深く入った。この痛がり様も納得が行く。 「並の神だと思ったのが運のツキだ。私は、ジュダに付いて来ただけの飾りの神で は無い。その傷は、それが分からなかった報いと思うのだな。」  赤毘車は『鋭気』を鞘にしまう。 「・・・ぬぐぅぅぅぅぅ。おのれぇぇぇ・・・。」  ラジェルドが呪いの言葉を吐く前に、ラジェルドの体は消えてしまった。 「・・・瞬間移動させたな。」  赤毘車は気がついた。ラジェルドを誰かが運んだのだろう。恐らく、ミシェーダ だろう。まだラジェルドを失う訳には行かないと判断したのだろう。 「ま、こっちは片付いたか。」  赤毘車は、他の所を見る事にした。 「さすがです!赤毘車さん!」  ルイが、こっちに駆け寄ってきた。赤毘車は笑顔で返す。 「ラジェルド様が、ああまで簡単にやられてしまうとは・・・。」  イジェルンが赤毘車の方を見て、警戒を強める。 「心配するな。お前達の邪魔はしない。」  赤毘車は少し休む事にした。さすがに、アレだけの爆発を受け止めたのだ。早々 五体無事と言う訳では無いのだ。ラジェルドとて、伊達に大天使長を名乗っている 訳では無い。 「ラジェルド様こそ、これからの天界の希望。貴方達は、それに反している。許す 訳には行かない。」  イジェルンは、飽くまで副天使長と言う立場を崩さない。 「救世主として、貴方達を裁かなくてはならない。許せよ。」  アインは剣を抜く。 「ふう。頑固な人は、頭を冷やさなきゃならないようですね。」  サイジンは軽い口調で、アインの前に立つ。 「サイジンか。君も命を無駄にしたくなかったら『法道』に参加する事だ。」  アインは、せめてもの情けで警告する。 「それじゃあレルファと一緒に居られないのでね。そうは行きませんよ。」  サイジンは、軽いが決意のある口調で、アインに言い返す。 「神々の大いなる愛の前には、個人の愛を捨てねばならない時が来る。思い知れ!」  アインは、サイジンに向かって剣を振るう。 「冗談ではありませんよ。そんな愛は、私は必要としません。」  サイジンは、その剣を真正面から受け止めると弾き返した。 「ぬっ!俺の剣を返すとは・・・。サイジン。お前は冒険の途中で、相当なレベル アップをしたらしいな。羨ましい限りだ。」  アインは一瞬、素の顔に戻る。しかし、すぐに救世主としての顔立ちに変わる。 「だが、俺は救世主として得た力は、こんな物ではない!」  アインは、剣に神気を乗せると、サイジンに強烈な一撃を見舞う。 「ぐぅぅう!」  サイジンは気圧される。さすがは救世主と名乗るだけの事はある。如何にレベル アップした自分の剣とは言え、これには耐え切れそうに無い。 「ここだ!」  アインは、サイジンの腱を切る。サイジンは激痛で顔が歪む。 「サイジン!」  レルファが近寄ってくる。レルファは『癒し』の魔法を唱える。すると、サイジ ンの腱は、元通りになった。 「助かりましたよ。レルファ。」  サイジンは、いつも通りの笑顔を見せると、また剣を構え直す。 (あの女性・・・。邪魔ですね。)  イジェルンは、即座に判断してレルファに向かって神気弾を放つ。 「キャァァァ!」  レルファは吹き飛ばされる。神気弾を、まともに食らったようだ。 「レルファ!」  サイジンは、すぐに駆け寄る。イジェルンは満足そうに頷いた。 「・・・これは、いけません・・・。意識を失いかけている!」  トーリスは、すぐに『精励』と『癒し』の魔法を同時に掛ける。 「その女性は、神聖なる魔法を得意とするようですね。そこを狙うは常套手段。」  イジェルンは至極普通に言う。 「・・・。」  サイジンは、その言葉を聞いた瞬間、イジェルンに向かって、恐ろしい程の殺意 を向ける。周りの者を、つい遠ざける程だ。 「神々に逆らう愚か者は、こうなる運命なのです。」  イジェルンは、声のトーンも変えずに言う。 「何が神々か!これが正義?笑わせるな!!」  サイジンは、その瞬間、いつも巻いていたリストバンドがはち切れる。 「人間を舐めるなぁ!!」  サイジンは、恐ろしいほどの闘気を出し始める。 「サイジン!これを使え!」  グラウドが、何か投げて寄越した。それは剣だった。サイジンは、それを受け取 ると、とてつもない意識の奔流が駆け巡る。 「・・・何か、懐かしい感じがする・・・。」  サイジンは、この剣なら、自分の持つ全ての力を出し切る事が出来ると思った。 「如何に怒ろうとも、貴方達の運命に変わりは無い。」  イジェルンは、そのままの口調で、神気弾をサイジンにぶつける。 「ぬぅおりゃああ!!」  サイジンは神気弾を一刀両断する。凄い力が、自分の中で駆け巡るのが分かる。 そして、これまで感じた事の無い剣術が、次々と頭の中に入っていく。 「ハァァァ・・・。ハッ!!」  サイジンは、気合を込めるとイジェルンに向かっていく。そして、思うがままに 剣を振るう。袈裟斬りを3回連続で放った。そしてイジェルンの胸元を切り裂く。 「・・・力量を超えた?そんなはずは無いのですが・・・。」  イジェルンは、胸を押さえる。 「あれは正しく・・・『火炎』。」  グラウドが驚きの声を上げる。こうなる予感はあった。しかし、本当に起こると は思わなかったのだ。 「ハァアア!!・・・この剣術は・・・凄い!!」  サイジンは、珍しく興奮していた。自分の頭の中に、恐ろしい程のキレのある剣 術が、次々と思い浮かぶのだ。こんな事があるのだろうか? 「マグレは続きません。これにて終わらせます。」  イジェルンは、口調を変えずに両手に、あらん限りの神気を集めて、サイジンに ぶつける。かなりでかい神気弾だった。 「こうだ!!」  サイジンは、4つの支点を基点に、剣をその支点ずつに移動させつつも、壁を作 っていく。剣の風圧と闘気を乗せる事で壁を作ったのだ。 「やはり・・・あれは『風塵(ふうじん)』。」  グラウドは、聞き慣れない言葉を発する。どうやら今、サイジンが使っている剣 術を知っているようだ。 「消した?そんなはずは無いのだが・・・。」  イジェルンは、少し後退する。サイジンはその隙を逃さなかった。 「ハイィ!」  グラウドは、気合と共にイジェルンの胸を貫く。恐ろしい程、早い突きだった。 「・・・そんなはずは・・・。」  イジェルンは、血を吐く。 「あれは・・・不動真剣術『雷光』?」  ライルが、ビックリする。サイジンに、不動真剣術を教えた覚えは無い。 「違う。あれは天武砕剣術。突き『雷鳴(らいめい)』だ。」  グラウドは、分かっていたようだ。 「天武砕剣術?サルトラリアから習っていたのか?」 「違う。あの剣が、それを記憶していたのだ・・・。時を越えて受け継がれるとは な。恐ろしい血だな。」  グラウドは、ぶっきらぼうに言う。 「私は・・・死ぬのか?副天使長たるこの私が?」  イジェルンは、信じられない様子だった。しかし、その瞬間イジェルンの体も、 ラジェルドと同じく、消えてしまう。 「ちぃっ。逃したか!」  赤毘車は舌打ちする。イジェルンもラジェルドと同じく、手当てを受けるために ワープさせられたのだろう。 「レルファ!!」  サイジンは、真っ先にレルファの元に行く。ライルやグラウドもそれに倣う。 「・・・内臓の損傷は全て治しました・・・。後は、レルファの気力次第です。」  トーリスは、冷や汗を掻いていた。 「済まない。トーリス。・・・しっかり!レルファ。」  サイジンは、レルファの手を握ってやる。すると微かに握り返してきた。 「・・・サイジン。レルファを頼む。」  ライルが言うと、サイジンは真面目その物の顔で、深く頷いた。そして、レルフ ァを連れて、部屋へと行くのだった。 「正解かもな。今、サイジンも倒れる事になる。」  グラウドは指摘する。自分の部屋までは、もつだろう。しかし、緊張が切れた時、 体が休息を求めるだろう。サイジンが、手に入れた力も、並の力では無いのだ。 「どういう事だ?さっぱり分からん。」  ライルは首を傾げる。 「サイジンは、本当の父親であるハイム=ジルドラン=カイザードの力を、そのま ま受け継いだのさ。俺が渡した剣は、ジルドランの物だ。」  グラウドは、サラリと答える。 「な、何だと!?」  ライルはビックリする。自分が倒した相手だった。ジルドランは、恐るべき天武 砕剣術の使い手だった。剣士として、一番苦戦したのは、ジルドランとの闘いだっ たかも知れない程だ。 「なる・・・程ね。」  トーリスは、納得していた。前にサイジンが魔力に目覚めた時に、サイジンの口 から、聞いていたからだ。 「ジルの忘れ形見だよ・・・。なのに、アイツは、俺の事を父と呼んだ・・・。」  グラウドは、少し照れ臭そうにしていた。 「素晴らしい話・・・です。しかし、まだ私が残っている事をお忘れなく。」  アインが、皆を見つめる。 「この数相手に本気か?止めておくが良い。」  ライルは、アインに停戦を求める。ライルとて、好きでアインと闘う訳では無い のだ。しかし、アインは首を横に振る。 「俺は救世主として、退けないんです!!」  アインは、決意に溢れる目をしていた。 「どうしても・・・か。しょうがあるまい。」  ルースが前に出る。 「父さん?」  アインは意外に思った。父は、出て来ないと思っていた。 「アイン。お前の気持ちは分かった。しかし、父として俺は、お前を止めなければ ならない!掛かって来い!」  ルースは、厳しい言葉を投げつける。それはルースの決別とも取れた。 「ルース!何でなの!?」  アルドは母として、この闘いを止めたい。しかし、止められそうに無い雰囲気が あった。二人の気持ちが、分かるだけに止められないのだ。 「お父さんもお兄ちゃんも、好い加減にして!!どうしてこうなるの?」  ツィリルが大泣きしていた。父と兄が殺しあうなんて、考えたくも無いのだろう。 「ツィリル。お前は優しい子だ。俺は誇りに思っているよ。でも・・・これは避け られないんだ。・・・もしもの事があったら、トーリス君。頼むよ。」  ルースは、父親の顔をしていた。そして戦士の顔もしていた。 「いやだぁぁあああ!!」  ツィリルは、泣き出すと凄まじい程の魔力を出し始める。 「ルースさん。私も反対です!!こんな闘い、見ていて苦しいだけです!!」  トーリスは、悲しそうな目をする。 「フッ・・・。良い所だが・・・邪魔するぞ。」  上空から声がした。そして今度は、とてつもない瘴気が場を包む。 「この瘴気は・・・健蔵!?」  トーリスは、上空を見る。すると健蔵が、嬉しそうにこちらを見ていた。 「覚えてもらえるとはな。その通り、俺は砕魔 健蔵。貴様らが倒した神魔ワイス の息子だ・・・。グロバス様の命と、俺自身の意志により貴様らを滅する。」  健蔵は恨みの篭った目をしていた。ワイスの死は、健蔵にとって全てだった。健 蔵が今、目の前に映る物は、憎しみの対象物でしか無い。 「魔族が!!神聖な闘いを、意地汚く横取りしに来たか!そうは行かん!」  アインは汚らわしい物を見る目で健蔵を見る。 「神々の犬が何をほざく。貴様らこそ、崇高なるグロバス様とワイス様の意志を汚 すゴミだ。ソクトアから消えるが良い!!」  健蔵は剣を抜く。そして瘴気を出し始める。その力は、凄まじい物があった。 「馬鹿な!この力・・・ワイスに匹敵するぞ。」  さすがの赤毘車も、ビックリしていた。健蔵は、ただの魔王剣士だったはずだ。 魔王が神魔の域にまで力を発するのは、稀な事である。 「剣神よ。ワイス様に頂いた力は、並では無いぞ?」  健蔵は、ニヤリと笑う。向こうではジュダとネイガが真剣勝負を続けている。 「この機を逃す俺では無い!」  健蔵は、この場を覆いつくさん限りの瘴気を出し始める。 「そうは、させません!!」  トーリスは『雹(ひょう)』の魔法を唱える。健蔵に向かって、凄まじい雹が降 り始める。しかし、健蔵は怯む事無く進んでくる。 「全く効かないとは・・・。」  トーリスは悔やむ。自分の力は、まだ戻っていないのだ。 「ワイス様を倒した貴様らの力が、こんな物か?そんなはずは無い!」  健蔵は激昂する。ワイスは誇りの内に死んでいったのだ。こんな弱いはずが無い。 人間の誇りとやらを見せてもらわねば、ワイスの死まで冒涜されてる気がするのだ。 それだけは、健蔵は許せなかった。 「センセーは、疲れているだけだもん!本当は強いんだから!!」  ツィリルは、夫が馬鹿にされてるのが、我慢なら無かったのだろう。ツィリルは、 両手に魔力を溜めると、一気にそれを爆発に変えて打ち出す。 「わたしだって出来るんだから!!『真砕(しんさい)』!!」  ツィリルは『爆砕』の更に上位の魔法を唱える。 「むっ?・・・ぬぅ。」  健蔵は、それを剣で受け止める。中々の力だ。ツィリルは、ワイス戦では、ほと んどサポートに徹していた。なので、さほど疲労が溜まっていないのだろう。 「ふふふ・・・。女と言えど、この力・・・。こうこなくてはな!!」  健蔵は嬉しそうだった。これでこそ、ワイスを倒した者達だ。そして、それでこ そ、殺し甲斐があると言う物なのだ。 「俺も、それに応えるとしよう・・・。霊王剣術、衝撃波!『塵波(じんは)』!」  健蔵は霊王剣術を披露する。『塵波』は、瘴気を剣に乗せて打ち出す技だ。 「負けない!負けないんだから!!」  ツィリルは、その衝撃波を魔法の壁で跳ね返そうと試みる。 「フッ。貴様如きが、跳ね返せるとでも思っているのか?」  健蔵は、邪悪な笑みを浮かべる。 「ツィリル!!・・・ハァァ!!」  トーリスが、ツィリルの後ろで手を重ねる。そして一緒に魔力を出す。 「センセー!」 「ツィリル。死ぬ時は一緒です。」  トーリスは心強く答える。その目は覚悟に満ちていた。 (もう・・・置いてけぼりは、たくさんです。レイア!力を!!)  トーリスは魔力を振り絞ると、ツィリルにそのまま受け渡す。 「これなら!!・・・ええええええい!!」  ツィリルは、凄い魔力を背に衝撃波を完全に押し戻した。 「ぬぅぅ!やりおる!!」  健蔵は押し戻されるのを見て、驚愕する。そしてそれを剣で受け止める。 「魔力も込められたか・・・。厄介な・・・。ヌゥン!」  健蔵は、それを渾身の力で切り裂く。 「フハハハハ!効かぬ!!」  健蔵は自信たっぷりに言い放った瞬間だった。健蔵の首筋から血飛沫が舞う。 「ヌゥゥアアア!!何事だ!!」  健蔵は首を押さえる。すると赤毘車が神気で衝撃波を飛ばしたようだ。 「おのれ!剣神!!許さぬ!!」  健蔵は、首から出る血を強引に服で抑えると、剣を魔の六芒星の形に振り回す。 「あ、あれは!!」  ルースが警戒する。ルースが、ルクトリア城の最後に見た時の光景だった。 「あの時と同じく、この城ごと潰してくれる!!」  健蔵は六芒星を完成させると、瘴気を一気に乗せて打ち出す。 「霊王剣術!奥義!『滅砕陣(めっさいじん)』!!」  健蔵は、ルクトリア城を滅ぼした時の技を使う。トーリスとツィリルは、既にダ ウンしている。赤毘車は危機を察知して『滅砕陣』を斬りに掛かる。しかし、度重 なる力の放出で、思うように力が出ない。 「ここまで復興したのだ!!壊させてたまるか!!」  ライルは前に出る。そして五芒星の形に剣を振る。 「不動真剣術!奥義!『光砕陣(こうさいじん)』!!」  ライルは『滅砕陣』に『光砕陣』をぶつける。双方は、ぶつかったが、明らかに 『滅砕陣』が押している。 「ちぃっ!破砕一刀流!斬気『波界(はかい)』!!」  赤毘車も加わるように、衝撃波を放った。体が癒えてないので、これが精一杯だ。 「ルース流剣術!飛技『刃(やいば)』!!」  なんとアインまでもが加わった。いつの間にか、ルースとの対峙を辞めている。 「ぬぅぅ!!神の犬め!人間の味方をするとは!」  健蔵は毒づく。アインが加わった事で、押され始めていた。 「このままでは、こちらも被害を受けるからな。」  アインは最もな事を言う。しかし、これだけやっても健蔵は、まだ堪えている。 大した物である。 「負けられぬのだ!!ワイス様の仇を取るまではな!!」  健蔵は執念で受け止めていた。 「・・・食らえ!!『光砕陣』!!」  突然、後ろから声がした。みんな驚く。その先には、何とジークが居た。 「お前!休んでなきゃ駄目だろ!!」  ライルは叱る。でもジークは、皆が闘ってると聞いて、ジッとなど、していられ なかったのだ。 「うぉのれぇぇぇ!!」  健蔵は、目の前までエネルギーが来ても、まだ根性で耐えていた。凄まじい執念 である。ワイスの死は、想像以上に健蔵に力を与えていたようだ。  その瞬間、突然、炎が別の方向から飛んでくる。その先には、何とドラムが、龍 の姿になって、炎を吐いていたのを確認する。そして首筋の血飛沫が、また飛び出 る。ここには、ゲラムが弓で正確に同じ場所を貫いたのだった。  ボゥゥゥン!!  今まで耐えていたパワーが、健蔵に襲い掛かってきた。気を逸らした隙に、健蔵 にパワーが行ってしまったようだ。 「ヌゥアアアアアアアアアア!!」  健蔵は断末魔を上げる。健蔵の五体は、千切れるのでは無いかと思う程の、衝撃 に包まれる。千切れなかったのは、ワイスの力のおかげとも、言うべきだろう。だ が、恐ろしいまでの衝撃に、健蔵は、あらゆる苦痛を味わった気がした。  ドサッ・・・。  そして、力尽きたであろう健蔵が落っこちて来た。 「・・・何て奴だ・・・。」  ライルの第一声がこれだった。あれだけのパワーを、あそこまで耐える執念。そ れは、ワイスから受け継いだ力だけが原因では無いだろう。この健蔵も、恐ろしい 力を持っているからに違いなかった。 「・・・でも、何とか食い止められたようだね。」  ジークは、そう言うとミリィに抱えられながら親指を上げて喜ぶ。 「無理しやがって・・・。」  フジーヤは、ジークの痩せ我慢に、頭が下がる思いだった。  その頃、ネイガとジュダは、まだ闘っていた。しかし、こちらの闘いの様子は、 見ていたようだ。 「ハァ・・・。ハァ・・・。」  さすがのジュダも、肩で息をしている。しかも生傷が絶えない。かなりの激闘の ようだ。ネイガも同じである。 「さすが・・・ジュダ様ですよ・・・。」  ネイガは、改めてジュダの力を思い知る。 「てめぇも・・・腕を上げたじゃねぇか。」  ジュダは、ネイガの成長に驚く。前は少しの差ではあったが、ジュダが、完全に 上だった。だが、今では互角に近い。 「貴方が、本気では無いからですよ。」  ネイガは謙遜する。ネイガは、ジュダに負けないように特訓したつもりだが、ま だまだ足りなかったようだ。しかし、ジュダはバランス良く、どれもこれも素晴ら しいレベルまで達しているのに対し、ネイガは、ジュダよりも圧倒的なスピードで ありながら、パワーは、まるで足りない。それぞれの闘い方が、ここまでの激闘に 仕上げているのだった。 「ネイガ。一時休戦だ。この場は去れ。ミシェーダも、お前を失う訳には行かんだ ろう。それにあっちでは、アイン一人だしな。」  ジュダは肩の力を抜く。 「その申し出は、有難くお受けしましょう。」  ネイガとしては、当然の事であった。既に天使の二人は、半死のまま去ってしま ったし、アインだけでは勝負にならない。そして、ジュダも当然と言えた。ジーク が、出て来ると言う事は、相当追い詰められている証拠だ。このままでは、例えこ ちらが勝ったとしても、多大な損害が出ないとも限らない。 「いずれ会う事もあるでしょう。『法道』を信じる限りね。」  ネイガは、そう言うとアインに戻る合図を送る。 「・・・新たなる目標が出来た。それまで、体を大事にしていろよ。」  アインは、優しげな目をして見つめる。『人道』の闘い振りは素晴らしかった。 さすが信じる事の大きさを、知る者達である。 「俺は救世主として・・・負けられんからな。」  アインは、そう言うと空気に溶けていった。どうやら、天界に戻ったようだ。  そして、皆が溜め息をつく。 「まったく・・・何て奴らだ。」  フジーヤが、首を横に振る。 「これじゃ休む暇が無いな。」  生傷だらけのジュダが、軽口を叩く。  その時だった。突然ジークの方向に衝撃波が向かう。皆は油断していた。  ズバァッ!!  気が付くと、ジークの胸に深い傷が付いた。そして、そのまま静かに倒れる。 「・・・クックック・・・。」  邪悪な笑いが聞こえた。何と健蔵だった。健蔵はボロボロになりながらも、生き ていたのだ。信じられない生命力である。 「ジーク!!ジークゥゥ!!」  ミリィは、ジークを抱きかかえる。しかしジークは目を覚まさない。完全に、意 識を失っているようだ。それ所では無い。もう虫の息である。 「・・・ワイス様ぁ・・・仇を取りまするぞぉ!!」  健蔵は目を血走らせて、今度は自分の剣を、ジークに向かって放り投げる。止め を刺す気だ。もうそれだけの力しか、残っていないのだ。  ミリィは、ジークの体を自分の体で覆うようにしている。ジュダも赤毘車も、急 いで止めようとするが、気力だけで体が付いて行かない。 「ジーーーーーク!!!」  ザシュッ!!  それは、一瞬だった。叫び声が聞こえた瞬間、その人物は自らの体を盾にした。 そして血を吐くと、倒れる。それはライルだった。 「と・・・うさ・・・ん。」  ジークは、微かな意識を保つと、それと同時に血を吐く。しかしライルの姿を見 ると、涙が出てきた。 「・・・ジーク・・・。・・・俺達は・・・馬鹿・・・だな。」  ライルは、そう言うとジークの隣で倒れる。 「・・・おのれ・・・無念・・・。」  健蔵は、そう言うと完全に意識を失った。しかし、その瞬間体が消えていく。 「・・・まさか!生きていたと言うのか?」  ジュダはビックリする。あれは、グロバスが助けに入った証拠だろう。健蔵を生 かすために、引き取ったのだろう。戦慄すら覚えた。 (英雄が死んで、魔族が生き残ると言うのか!?)  ジュダは、己の無力さを呪う。 「ライル!!」  マレルが近寄る。そしてライルの手を握ってやる。 「・・・済まん・・・。無我夢中・・・だった。」  ライルは、無念そうに涙を流す。 「馬鹿!!!こんな無理して!!貴方は、いつもそうじゃない!!」  マレルは想いの丈をしゃべる。 「母さん・・・ごめん・・・なさい。」  ジークは情けなくて涙が溢れる。 「ジーク・・・。貴方もよ・・・。生きなきゃ・・・生きなきゃ駄目よ!!」  マレルは泣き崩れてしまう。 「ジーク・・・。私、こんなの嫌ヨ・・・。」  ミリィは、涙が止まらなかった。しかしジークの血は止まらない。ライルも同様 であった。このままでは・・・いずれ尽きてしまうだろう。 「父さん!!何とかならないんですか!?」  トーリスはフジーヤに助けを求める。 「俺で何とかなるなら・・・ジュダさんがやってる・・・。」  フジーヤは、無念そうに答える。横でルイシーも目を伏せる。 「・・・ありったけの瘴気で攻撃しやがって・・・。」  ジュダは拳を握る。そこからは血が溢れてくる。情けなく思ったのだろう。 (ここで助けられなくて、何のための神か!!)  ジュダは無駄だと分かってても、神聖魔法をジークに掛ける。赤毘車も、それに 倣ってライルに向かって掛け続ける。それにマレルが続いた。 「私達もやるのよ!!」  レルファはジークに、ツィリルも頷くと、ライルに『癒し』、『精励』、『逃痛』 と回復魔法を掛け続ける。ミリィも、それに続いた。トーリスもである。 「・・・皆・・・。辞めてくれ・・・。」  ジークは、自分のために魂を削るような量の魔法を掛け続けている皆が、痛々し く感じた。自分は死ぬ。それは何となく分かった。意識が続きそうに無かったから だ。ライルも同じ思いだった。 「生きろ!!私の闘気で良いなら、いくらでも分ける!!生きるんだ!!」  サイジンは回復魔法を使えないので、ジークに闘気を分け続ける。 「ライル・・・。お前もだ!俺達の闘気で良いなら、いくらでもやる!!」  グラウドやルースは、ライルに闘気をやる。 「・・・ジーク・・・。俺達・・・こんな・・・囲まれ・・・てたんだな。」  ライルは傷口から、血は止まらないが、痛みが和らぐのを感じた。 「ええ・・・。幸せ者・・・なのかも・・・知れません。」  ジークは、薄れ行く意識の中で満面の笑みを浮かべる。 「何を言っている!!生きるのです!!諦めては行けません!!」  トーリスは、悲鳴に近い言葉を口にする。 「ライル!!てめぇ・・・いつから、そんな弱気になったんだ!!」  グラウドも、涙を流しながら手を握る。 「・・・済ま・・・ん・・・。みん・・・な・・・。」  ジークは、そう言うと一筋の涙が頬を伝う。そして首の力が無くなる。 「ジーーーーーーーークゥゥ!!」  ジュダは絶叫する。ジークは『人道』の希望である。死なせてはならないのだ。 「・・・フジー・・・ヤ。・・・頼・・・み・・・がある。」  ライルは、虫の息でフジーヤを呼ぶ。 「・・・何だ?」  フジーヤは、まともにライルの顔を見れなかった。自分も、涙でいっぱいだった からだ。しかし、ライルの頼みと聞いてハッとする。 「・・・気・・・付いた・・・な?」  ライルは、フジーヤが全てを悟った顔をしたので安心する。 「・・・必ず、成功させる。」  フジーヤは、全てが分かっていた。ライルが言いたい事、そして自分にしか、出 来ない事をだ。そしてその願いをだ。 「・・・安心・・・した・・・。ジー・・・クを・・・た・・・の・・・む。」  ライルは意味不明な事を口走る。しかし、それがライルの最期になってしまった。 「ジーク!!!ライルー!!!」  マレルは絶叫すると、体に泣きついた。  こうして・・・英雄は倒れた。それは、ワイスと言う魔族が残した執念かも知れ ない。その執念を、成し遂げた健蔵が、見事と言うしか無かった。  『人道』は、これで希望は潰えたと言っても良い。ジークこそが『人道』。そう 言っても、おかしくなかったのである。  そのジークと、ルクトリアの元英雄でありながら、後に英傑王と呼ばれる事にな るライルが志半ばにして倒れた。ソクトアの歴史は闇に向かって行くしか無いのか?  しかし、その鍵を握る人物が居た。それこそがライルが最期に指名したフジーヤ であった。皆が悲しみにくれる中、フジーヤだけは、使命感に燃えているのであっ た。  それはジークが21歳になる直前の、悲劇であった。