4、天魔決戦  全ての『道』が、戦う準備が整った。こんな事は珍しい。大体、どこかが何かの トラブルで、動けない事が多かった。だが、4つの『道』全てが、この戦力なら打 倒出来ると確信し、攻める用意を整えていると言うのは、ある意味奇妙でもあった。  『法道』は、天使を大量動員した他、ネイガの傷も癒えて、救世主は、その意味 を理解し、全ての力を注ぐ事を決意した。そして何より、運命神ミシェーダが後か ら、この戦列に加わる決心をしたのだ。理想郷のため、自らが立ち上がろうとして いる。否が応でも、気運は高まっていった。  そして、『覇道』は、魔界三将軍の力が完全に回復したのに加えて、魔人である レイリーが、自らの力を高めている。その成長には目を見張る物がある。そして、 ダークエルフであるミライタルの諜報活動により、全ての道の戦力を知った上で、 グロバスは勝負時だと言う事で、宣戦布告をした。何より健蔵の傷が癒えて、更な る力を持って帰って来たと言うのが大きい。その力は、ワイス以上だと言う話だ。  『無道』は、何よりも『熾天使』ラジェルドの存在が大きい。各個人の力は、ど の道にも負けぬ程の力がありながら、主戦力がクラーデスのみだった無道にとって、 ラジェルドの存在は、正に救いの主である。クラーデスが認める程の者が入ったと 言う事で、いつでも攻め滅ぼす準備は、出来ていると言った所か。それに、クワド ゥラートが、ほぼ完成した。拠点も、しっかりして戦力も整った。今度は、攻め時 を間違えなければ、必ず勝てると踏んだのである。  そして『人道』は、目立った行動はしていないが、着々と、その準備を進めてい た。毎日のように特訓して、ジークや仲間達は仕上がりは、最高に高まっているし、 神である2人は、子供のためにも、悔いの無い戦いをすると燃えている。更に妖精 達や、人間の中でも、際立った実力者達が次々と集まっている。他かの『道』も、 臨戦態勢に入ったとの情報も相まって、ついに動き出す事を決意したのである。  そして、ついに動き出す時が来た。向かう先は、決まっている。全ての『道』が、 目指す所。それは、中央大陸だった。中央大陸の、凄まじいまでの広さは、全ての 雌雄を決するに、相応しい場所だ。  そして、その前夜、ルクトリアでは、集会を開いていた。 「皆・・・。俺達は、ついに明日中央大陸に向かおうと思う。」  ジークが、高台の上から演説する。 「正直に言おう。俺は、こんな怖い事は無い。皆も同じ気持ちだと思う。」  ジークは、正直に自分の気持ちを言う。この戦いで、全てが決まってしまうのだ ろうか?それを思うと、嬉しくもあるが、怖いと言う気持ちの方が強かった。 「魔族や神々が現れて、既に1年程も経つ。ここで皆に言って置きたいのは、この 戦いの始まりの事だ。」  ジークは目を瞑る。すると、兵士達の間から、どよめきが起こった。 「この戦いの原因は、一人の人間の欲望から出た物だ。」  ジークの一言で、どよめきは更に強くなる。 「ルドラーと言う男を、覚えているか?」  ジークが言う。すると、兵士達は、どうやら大半が知っているらしかった。 「あの男が、健蔵と組んで、ワイスを生き返らせたのが、そもそもの発端だ。ワイ ス遺跡に足を踏み入れたルドラーが、健蔵と出会ってワイスを復活させた。この表 現は良くないな。ワイスを召喚したんだ。それでだ・・・。」  ジークは説明する。元々魔界に居たワイスを、このソクトアに呼ぶために、必要 な物が、『闇の骨』である。暗黒物質で出来ているので、多くの瘴気を含んでいる。 それを利用して、魔界からの扉を開く。それが召喚の手順だった。しかし、ソクト アに来た瞬間は、力が発揮出来ない。ソクトアの空気に慣れなければならない。そ のための期間は、強い奴ほど長い。その事を、トーリスとミカルドと共に説明した。  兵士達は、どよめきながらも、全部聞き入る。 「お前らに説明しておこう。俺達魔族は、元々、このソクトアに居たんだよ。」  ミカルドは説明し始める。魔族は、元々ソクトアを支配していた。だが神々が、 それを許さなかったのである。神々は、魔族の余りにも自分達を無視する態度に、 痺れを切らして、とうとう全面戦争となったのである。その時に離反した神が、当 時の破壊神グロバスと、当時の月神レイモスである。そして魔族の中でも、突出し た力を持っていたのが、神魔ワイスであった。クラーデスも、それなりの力を持っ て居たが、ワイスには遠く及ばなかった。しかし神々は、全ての力を結集させて、 当時の神々のリーダーである天上神ゼーダが、グロバスとレイモス、更には、ワイ スやクラーデスと言った、主要な魔族達を、魔界に封印する事に成功したのだ。  その戦いの名残が、ガリウロルと中央大陸なのだ。ガリウロルは、元々ソクトア 大陸とは、地続きだった。しかし、その闘いの時に余りの衝撃で、大地が分断され てしまったのだ。その分かれた大陸こそが、ガリウロルである。そして、主戦場に なった中央大陸は、未だに植物が生えてこない大地となったのである。  人間は何も知らずに、凄まじい天変地異だと勘違いしている。当時、人間達は、 ルクトリアの先端、そして、プサグルの森の中と、ガリウロルの辺境にしか居なか った。だが、その戦いで魔族が、ほぼ居なくなって、神々が天界に帰って行った。 その後、爆発的に繁栄したのだ。実質400年で人間達は、ソクトア全土を覆う程 の繁栄を見せている。 「・・・って訳で、魔族が人間を恨むのは、本能に近いんだ。それ以上に、神々は 気に食わないがな。」  ミカルドが、説明を終える。この話は、ジーク達も知らなかった事で、非常に興 味深かった。ジュダなどは、理解していたようだ。 「俺も言っておこう。皆には、是非理解して欲しい話だ。」  ジュダが説明を始める。ジュダは元人間だった事を話した。人間でも、特化した 能力の持ち主に、神のリーダーが「神化」を施すのである。これは、人間を細胞レ ベルから、神の力に加える能力で、これにより認められた者だけが、神になれるの だ。「神化」は、神のリーダーが、代々守っている光がある。それを、体に取り込 む事で、その能力が得られるのである。  そして今、守っているのはミシェーダだ。彼は、天上神ゼーダが、行方不明にな った時に、一番尽力して探した神で、実力も群を抜いていたため、神のリーダーと して認められたのである。 「だが・・・ミシェーダは、この頃のソクトアに、自分の権威が伝わってないので、 伝わる者達だけを、優遇しようとしている・・・。そんなの間違っている。」  ミシェーダは、確かに優れた神である。しかし、リーダーとなるのに相応しい神 かどうかは、謎マークである。 「俺は、その現状に耐えられなかった。だから、こうしてここに居る。俺は、この 人道が、どういう風に発展するかは、分からない。だが、お前達なら、必ず良い方 向に行くと信じている。期待を裏切らないでくれよ。」  ジュダは、皆に発破をかける。 「俺も、ただ奪うだけの魔族のやり方には、付いていけない。だから、ここに居る のさ。それに、俺が生まれる以前の話など、興味は無い。お前達が、気に入ったか ら、俺は、ここに居る。俺に後悔させるなよ。」  ミカルドも応援する。皆の熱気は高まっていく。 「ジュダさんに、ミカルドの言う事を聞いて、分かったと思う。俺達は、絶対に勝 たなくてはならない。そして何よりも、人道が、正しい道だったと言う事を示さな きゃ駄目なんだ。自分達だけが生き残る道じゃ駄目なんだ。共存するために、必要 な物は何かを考えて欲しい。理想を現実に変えるために、皆の力を貸して欲しい。」  ジークは、飾らずに演説する。他の道は、全て自分ありきである。法道は、神々 のため、覇道は全てを支配するため、無道は全てを破壊した後、自分の理想郷を作 るためである。しかし、人道は違う。皆が協力して、共存する社会を作り上げるた めだ。それを人の手で作成しただけの道で、参加するのに魔族も妖精も無い。そこ が、この人道の窓口の広い所であった。 「ジークさん・・・。俺は、付いて行きますぜ!!」 「アンタに命運を懸けていた時から、アンタの言葉を信じるって決めてるんだ。」 「他の道に、俺達の生き様を、見せてやりましょうや!」  兵士達から、次々と歓声が起こる。それを見て、ジークは涙が出そうになる。こ れこそが、人道だ。他には無い団結力。それが、この人道にはある。 「皆、出陣だ!絶対、生き残ろう!!」  ジークの声と共に、大きな掛け声が、大地を揺るがした。  ・・・その頃プサグルでは、運命神共同体を中心とした『法道』の者の集まりが あった。その数は、かなりの数に上っていた。そして、その中心に、鳳凰神ネイガ と大天使長イジェルン。そして、救世主であるアインが居た。 「今日集まってもらったのは、他でもない。今こそ、皆の理想郷を現実にしたいと 思う。そして、理想郷を現実にするために立ち上がった、ミシェーダ様をお迎えし たいと思う。さぁ!ミシェーダ様!」  アインが説明すると、どよめきが起きる。今まで、ビジョンでしか見た事が無か った神のリーダーが、降りてくる時が来たのだ。すると、天が光りだす。 「おお!!!」 「なんと神々しい!!」 「我らを導く光!!」  人々が、次々と声を出す。それは、待ち侘びた降臨でもあった。いつの間にか、 軍天使達が、迎えの用意をしていた。 「『法道』の者達よ。大義である。我が、神のリーダーにして、運命神ミシェーダ である。時は熟した!お前達の導き手に、我はなろう!」  ミシェーダが、ゆっくりと降りながら演説する。人々は狂ったように歓声を上げ ている。この威厳、光は、間違いなく自分達の救い主であると認識したようだ。 (・・・凄まじき力と神々しさだ・・・。さすがはミシェーダ様・・・。)  ネイガも、つい平伏してしまう。天界に居た時も、凄まじき神気を放っていたが、 今は、それ以上だ。ソクトアに入ると言う事で、いつも以上に燃えているのだろう。 「鳳凰神ネイガ。並びに救世主アイン。今までの働きは、見事である。理想郷を夢 見る者達を導くのは、さぞ大変であったろう。」  ミシェーダが、アインやネイガの苦労を労う。 「貴方の力無くして、ここまでの人々が、集まりはしませんでした。貴方の力あっ てこその、信じる人々で御座います。」  ネイガが、生真面目に答える。 「フム。時に、この地には、神を神とも思わぬ所業を、繰り返す者達が居る。理想 郷を築くのに、それを粉砕せんと企む者達だ。それを赦す事が出来ようか?」  ミシェーダが、皆に問いかける。 「お前達の思う通りだ。赦すには、時が経ち過ぎた!我を敵と思う魔族や、神魔な どは勿論、それに付き従う人間は、赦す事など出来ぬ。増して、自分達だけで何と かしようと言うのは、傲慢と言わざるを得ない。」  ミシェーダは、他の道を非難する。法道こそが正しいと信じる、ミシェーダらし い演説である。 「我が道を信ずる者よ。安心するが良い。我が鉄槌と、ここに居る頼もしい天使を 合わせれば、不可能など無い!だが、諸君らも働いてこその理想郷・・・。手伝っ ては貰えぬだろうか?我は、強要はしない。」  ミシェーダは、協力を要請する。 「ミシェーダ様のためなら、どこへでも行きます!」 「私が信じる理想郷を作るためなら、喜んで剣を取りましょう!」 「後世に法道こそが、真の道と説きます!そのために戦いましょう!」  皆は口々に賛成する。結構な団結力である。人道に、勝るとも劣らない。これが ミシェーダの影響力なのだろうか? 「皆の力強い支援に感謝する。これで我は、思う存分、力が奮えるだろう。この戦 いに、聖なる力を見せようぞ!」  ミシェーダの掛け声で、皆が一致する。 (俺がやるべき事は、この道のために尽力する事だ!絶対に負けない!)  アインは改めて、その誓いを胸に仕舞うのだった。  そして、時を同じくして、ワイス遺跡の前に、魔族と覇道を信じる人々が、集ま っていた。次元城から、ゆっくりとグロバスが降りてくる。それに続いて、魔界三 将軍に魔人レイリー。そして、健蔵が降りてきた。 「宣戦布告してから、各地で動きがあった。決戦の時は来た!」  グロバスが、口を開く。覇道の者達は、緊張して次の言葉を待つ。 「見せ掛けだけの理想郷を企む「法道」は元より、個人の理想で、ソクトアを破壊 する「無道」、そして、群れる事でしか存在を表せない「人道」諸共、我が「覇道」 で討ち滅ぼす時が、来たのだ!」  グロバスは、他の道の欠点を述べる。 「皆なら分かっていよう。この世の真理は、力!それを否定する『道』は、厳罰に 値する。この世で、最も分かりやすい力を体現する「覇道」こそが、生き残る資格 があるのだ!そして、魔族がソクトアを取り戻す時が、来たのだ!」  グロバスは熱く語る。ソクトアは、元々魔族の物だと言う意識が強いのだ。 「皆、聞いてくれ。俺は、この戦いで必ずジークに勝つ。だから皆は、それ以外の 奴に集中してくれ。勝手言って、済まない。」  健蔵は、狙いをジークに定めていた。他の者など、どうでもいいのだ。そして、 それこそが「覇道」にとって、一番の功績だと言う事も分かっている。 「健蔵の、この意気込みを見よ。我らも、負けてられぬぞ!」  グロバスが叫ぶ。すると、覇道を信じる人々が、唸るような歓声を上げる。 「良いか!我らの力を、存分に発揮して、魔族と覇道を信じる者達の最高の地、ソ クトアを手に入れるのだ!!」  グロバスの掛け声と共に、皆が歓声を上げる。 「とうとう、力を試す時が来たな・・・。」  レイリーは、震えていた。 「アンタらしくも無いねぇ。怖いのかい?」  ジェシーが、軽口を叩く。 「ちげぇよ。嬉しいのさ。体の奥底から、戦いたがってるのさ。この体がよぉ!」  レイリーは、明らかに興奮していた。段々魔族に近くなっている証拠だ。 「ふっ。その意気を、神々や人間共にぶつけるんだ。」  シュバルツは、レイリーの気を静めてやる。 「・・・俺も・・・たくさん闘う・・・。」  ミュラーは、静かながらも、戦いに備えて瘴気を溜めていた。 「頼もしい事だね。この戦い勝って、帰らなきゃ損するねぇ。」  ジェシーも嬉しそうだった。魔族の血が騒ぐのだろう。戦う事で、自らを高める のが、好きな魔族にとって、こんなに燃える戦いは無い。 「戦いに逸るのは良いが、負けは許されんぞ。」  横から、ミライタルが口出しする。 「そう言う、お前はどうなんだよ?」  レイリーが尋ねる。 「俺の闘うべき相手は、決まっている。決着を、つけなければならん。」  ミライタルは闘志を燃やす。その相手は、言うまでも無かった。情報を手に入れ た時から、決まっていた。 「兄貴とやるつもりなんだな。好きにしな。その代わり、負けるんじゃねぇぞ。」  レイリーは、発破を掛ける。 「言われなくても負けぬ。奴は、潰し損ねただけだ。今度こそ・・・。」  ミライタルは、エルザードを殺す気満々だった。無論、あっちもそうなのだろう。 もはや、この闘いは避けられないだろう。逸早く、それぞれを見つけて、殺しに掛 かるに違いない。どちらかが倒れるまで、決着は付かないだろう。 「皆の者!いざ出陣だ!」  グロバスの手を上げるのと同時に、魔族は一丸となって掛け声を上げる。  覇道の出陣となるのであった。  そして、ほぼ同時期に「無道」も、クワドュラートで旗揚げをしていた。クラー デスを中心として、横に控えるのは「熾天使」ラジェルドだった。「無道」の者達 は、ほとんどの者が『聖人』か『魔人』である。人間に神液を与える事で『聖人』 が誕生し、同じく魔性液を与える事で『魔人』が誕生する。クラーデスは、死力を 振り絞って、それらを増産し、人間達に分け与えていた。しかし『聖人』や『魔人』 になるためには、非常に激しい苦痛に耐えなければならない。それに耐え切れずに、 死んだ者が半数にも上っていた。  だが、元『絶望の島』出身と言うだけあって、ほとんどの者が罪人なので、罪人 として生きるのならと、飲む事に挑戦する者が、ほとんどで、挑んでいない者は、 存在しないと言っても、過言では無かった。 「良く聞くと良い。我が「無道」は、これから中央大陸に出陣する。」  クラーデスは、静かに話し始める。 「他の「道」の者も、集結しつつある。どうやら、四つ巴の戦いになる事が、予想 される。我が「無道」も、狙われる可能性が高い。」  クラーデスは説明する。一番人数的に少ないのは、「無道」である。 「だが、最初さえ凌げば、我らは既に、戦力的には、他のどの「道」よりも優れて いる。それは、苦しみに耐えた、お前達の特権だ。」  クラーデスは、神液や魔性液の事を話す。言うなれば、成り立てのレイリーやア インが、たくさん居るような物である。強くない訳が無い。 「お前達は、常に苦しんできた。罪人として流され、勝手に決めた法により裁かれ、 仲間を失っていく。そんな世の中に生まれたのは、不幸と言う他無い。」  クラーデスが、演説する。皆はシーンと聞いている。 「このソクトアが、間違った方向に進んでいると言うならば、正すのが生物の役目 だ。この役は、苦しみに耐えた諸君と、俺にこそ相応しい。」  クラーデスの一言で、皆シンミリしている。しかし、決意がフツフツと沸いてき ているらしく、毅然とした目になってきた。 「我が「無道」は、このソクトアを破壊する。それ自体は、非常に恐ろしい事だと 俺も思う。だが、そうしなければ、ソクトアは再生出来ない所まで来ている。そし て、全てを無に帰した後、新しい間違いの無い世の中を、作らなければならない!」  クラーデスが叫ぶと、少数ながらも歓声が沸く。しかし、少数と言っても、他の 「道」と比べて劣るだけで、戦力的には、かなりの数である。 「皆、聞くが良い。余は、大天使長であったラジェルドである。」  ラジェルドが、口を開く。 「もう理解している通り「熾天使」として生まれ変わった。その時に、今の世の中 の矛盾が見えたのだ・・・。神のリーダーが、運命神であると言う所で、既におか しいでは無いか。奴が、全ての運命を決めるとでも言うのか?」  ラジェルドは説明する。運命神は、全ての運命を司る神なのだ。それだけの力を 持っている神であるし、人々を導くと言う点では、優れた神である。 「死して迷える者を導くのなら、話はまだ分かる。だが奴は、自由に生きようとす る者まで、導こうとしている!そんな事は、間違いである!」  ラジェルドは、熱弁を揮う。 「それに奴は、大罪を犯している。許す訳には行かぬ!奴は、前の神のリーダーで ある天上神ゼーダを、追放した身なのだ!これが、許されると思うか!?」  ラジェルドは、衝撃の事実を話す。この話には、皆も半信半疑だった。 「余は見た。全ての力を理解する時に、ミシェーダが犯した愚行をな。」  ラジェルドは、語気を緩めない。 「余は、諸君らを導き、二度と、あのような神に、のさばらせぬ事を誓おう!」  ラジェルドは拳を上げて、ポーズを作る。すると、辺りから大歓声が沸いた。 「フッ。やはり、貴様も見ていたか・・・。」  クラーデスは、ラジェルドに声を掛ける。クラーデスも、無の力を得る時に、ミ シェーダが、ゼーダを追放する様を見たのだ。 「余は、間違った者に味方する程、目が濁っては居ない。」  ラジェルドは、例え「堕天使」と呼ばれようと、ミシェーダに、二度と仕えない 事を誓ったのだ。 「皆の者!!決戦の時だ!!蓄えた力を、存分に発揮して、この地に勝利を!!」  クラーデスが、掛け声を上げると、地を揺るがすような声援が伝わる。  こうして舞台は、中央大陸へと移していく。全てを決する戦いの幕開けだった。  敵は中央大陸に居る。それぞれの「道」が、一斉に中央大陸に集まるとは、とて も壮観でもあったが、空恐ろしくもあった。申し合わせたかのようである。しかし、 これは、偶然ではなかった。神々と魔族にとって、中央大陸は因縁の地なのだ。魔 族は、自分達が、追放された切っ掛けになった土地であり、神々にとっては、魔族 を一掃した縁起の良い土地なのだ。そして人間達にとっても、この中央大陸は、因 縁の土地だった。それは、20年前に起きた戦争だ。プサグルとルクトリアが、繰り 広げた戦争のほとんどは、この中央大陸が中心である。ソクトアの中での中央大陸 は、どこかしら戦いに火を付ける、そんな雰囲気が漂う場所なのだ。  そして、プサグルを占拠していた「法道」は、西から姿を現す。そして、南から は、ワイス遺跡から出陣してきた「覇道」、そして東から、ルクトリアを中心とす る「人道」がやってくる。そして、クワドゥラートは元バルゼなので北からである。  だが、中央大陸に来るまでの時間が多少ずれたのか、先に着いたのは「法道」と 「覇道」だった。「覇道」は、中央大陸のすぐ南である。着くのは容易だった。そ して「人道」と「法道」は、ほぼ同じ時期に出発したが、プサグルに比べると、ル クトリアの方が、中央大陸に着くまで長いのだ。そのせいだろう。「無道」は、出 発時間が遅れていたので、遅いみたいである。 (先に動くのは、得策では無い・・・。)  グロバスは、逸る気持ちを抑えていた。この四つ巴戦で、一番気を付けなければ ならないのは、全ての「道」に攻められる事だ。こうなると、いくら「覇道」とは 言え、耐えられそうもない。しかし、他の「道」が来る前に、「法道」を倒してし まえば、痛手を負うとは言え、勢いが付く。微妙な所だった。  しかし、その均衡は、すぐに破られた。グロバスが「法道」の方に、注意してい たので、すぐに分かった。 「皆の者、下がれ!!」  グロバスが、危険を察知して、自らが前に出る。すると、とてつもないエネルギ ーの弾が、こちらに向かってきた。 「ムン!!!」  グロバスは、それを両手で受け止める。そして、自らに渇を入れると、エネルギ ー弾を掻き消した。 「我が神気の弾を受け止めるとは、さすがは元神だな。」  上空から声がした。 「ミシェーダか・・・。とうとう、この地にまで来たのだな。」  グロバスは、ミシェーダが来た事は、却って好都合だと思った。 「昔の借りを、返す時は来た!」  グロバスは、400年前の事を思い出す。 「月神が居なくて、行けると思うのか?」  ミシェーダは、余裕の表情でグロバスを見つめる。 「舐めてもらっては困る。あそこに居る健蔵は、レイモス以上の逸材・・・。あの 時のようには、行かぬ!」  グロバスは、勝算があるからこそ、戦いを挑んだのだ。今更、後には退けない。 「フン。ならば、試さねばな。皆の者!!悪しき魔族共を許すな!行けい!!」  ミシェーダが、号令を掛ける。すると「軍天使」を中心に、「法道」の者達が、 一斉に動き出す。 「決めるぞ!死力を尽くして戦え!!行くが良い!!」  グロバスも号令を掛ける。凄まじい光景だった。これこそ、生き抜くための闘い なのだろうか?凄まじい程の人々が、己の信じる道のために死闘を繰り広げていた。 「貴様の相手は私だ。運命神の手に掛かって死ぬ事を、誇りに思うと良い。」  ミシェーダは、グロバスと対峙する。グロバスとしても、望む所だった。 「そこの者。私の相手は、どうやらお前のようだ。」  ネイガが、健蔵に声を掛ける。 「俺は、ジークしか見えん。・・・が、グロバス様の邪魔をさせる訳にもいかん。 仕方が無い。来るが良い。俺の目覚めた力を、見せてやる。」  健蔵は、剣を構える。すると凄まじい程の瘴気、そして、何と神気も出し始める。 「相手に不足は無いようだな。この鳳凰神の力を見るが良い!」  ネイガも、神気を出し始める。さすが神だけあって、その力は、包み込まれるか のようだ。しかし、健蔵とて負けていない。 「久しぶりだな。」  アインが、レイリーに声を掛ける。 「あの時以来だな。」  レイリーは、前に対峙した時の事を思い出す。その時は、途中で止められた。 「決着を付けなければな。」  アインは、剣を抜く。すると、神気に満ち溢れる。 「それは、こっちの台詞だぜ。偽善者気取りは、癇に障る。行くぞ!!」  レイリーも剣を抜いて、瘴気を出し始める。 「魔族に加担する邪悪な存在ならば、かつての仲間とて、容赦はしない!!」  アインは、レイリーに斬り掛かる。 「ケッ。神の言う事だけを聞いて、本質を忘れた馬鹿野郎は、てめぇの方だ!!」  レイリーは、その剣を弾くように返す。しかしアインは、すぐに体制を整える。 「止まれ。そこの天使。」  シュバルツが、イジェルンに声を掛ける。 「汚らわしい魔族よ。私は、大天使長イジェルン。貴公の名を、聞いて置こう。」  イジェルンは、見下した目でシュバルツを見る。 「俺は魔界三将軍の一人、赤炎のシュバルツ!大天使長とは、美味しい獲物だな。」  シュバルツは、瘴気を出し始める。 「その力量で将軍とは笑わせる。ミシェーダ様に代わって、引導を渡してやろう。」  イジェルンは、シュバルツに飛び掛かる。そして、手を振り翳すと、神気で作っ た剣を生成する。シュバルツは、槍を取り出す。 「俺の槍に付いて来れた奴は、居ねーぜ?」  シュバルツは、素早い動きで槍を操作する。 「天使・・・殺す!!」  ミュラーも、応援に駆け付けたようだ。 「魔界三将軍・・・青炎・・・ミュラー!!」  ミュラーも、名乗りを上げる。そして手には、2個の斧を持っていた。どうやら、 2個の斧を自在に操るらしい。 「なる程。しかし貴方達二人を持ってしても、私には届きませんよ。」  イジェルンは、神気の剣を叩きつけると、衝撃波が起こる。それを2人共、受け 止めるが、とんでもない勢いで、武器が弾き飛ばされそうになる。  ヴォン!!  後ろから、衝撃波が起こると、イジェルンの衝撃波が霧散した。 「なぁに、やってるんだい。気合入れなきゃ駄目じゃない。」  ジェシーが、駆けつけたようだ。 「私は、魔界三将軍の黒炎のジェシー。神の手先には、容赦しないよ。」  ジェシーは燃えるような目付きで、イジェルンを睨む。 「女性とは言え、呪われし魔族よ。私が慈悲を持って、魔界に帰そう。」  イジェルンは、6枚の翼を広げる。大天使長に昇格した時に、新たに2枚増やし てもらったのだ。元々は、4枚であった。 「3人なら、この私に勝てると言う算段ですか?見縊られた物ですね。」  イジェルンは、ラジェルドに隠れがちだったが、密かにラジェルドを上回るかも 知れないと言われた、実力の持ち主である。その力は、折り紙付きである。 「大天使長となり、更に力を授かった、私の真の力をお見せしよう!」  イジェルンは、6枚の翼を広げて衝撃波を増幅させる。それだけでも、吹き飛ば されそうになる。事実、後ろに控えていた魔族は、悉く吹き飛ばされている。 「やるじゃないのさ!!」  ジェシーが、鞭を取り出して、それを振り回す事で衝撃波を出して対抗している。 「・・・ほう。これは驚きました。そこの女性が、一番の実力者とはね。」  イジェルンは、興味深くジェシーを見る。 「余裕扱いてる暇は無いよ!!」  ジェシーは、鞭をイジェルンに巻きつけようとする。しかし、一瞬で宙に浮いて、 これを躱す。かなりの速さだ。 「休ませるか!!」  シュバルツは、全身を震わせて、全ての力を槍に集中させて、目に見えない程の 突きを繰り出す。 「・・・手伝う!!」  ミュラーは、シュバルツに負けじと、2本の斧を交差するように持つと、一本を 投げつけて、もう一本で斬りに掛かる。 「なるほど。3方向からの攻撃・・・。」  イジェルンは、周りをちょっと見渡すと、投げつけた斧が戻ってくるのを感じた。 そこに2人の攻撃である。これには、イジェルンも成す術が無い・・・と思われた。 しかしイジェルンに当たったと思った瞬間、イジェルンの体が消えた。 「馬鹿な!!!」  シュバルツは驚く。確かに、貫いたはずだった。しかし、イジェルンの体は、既 に無かった。ミュラーも驚いているようだ。 「危ない!!」  ジェシーが叫ぶ前に、シュバルツとミュラーは吹き飛ばされる。 「・・・一体・・・何が?」  シュバルツは背中から、もろに神気弾を食らってしまった。 「貴方達が斬ったのは、私の残像ですよ。最も・・・そこの女性には、見えてらし たようですがね。」  イジェルンは、ジェシーを褒める。 「アンタ・・・強いね。でも気に食わないね。その態度。」  ジェシーは戦闘態勢に入る。こんなに狂暴的になったのは、初めてかも知れない。 「どうやら、私の相手に相応しいのは、貴女のようですね。」  イジェルンは、ジェシーの方を見る。 「・・・ぬうう・・・。」  ミュラーは悔しがる。あんな一発で、動けもしなくなるなんて、実力の差は明ら かである。シュバルツも、指一本動かすのも苦しいくらいだ。 「この黒炎のジェシー・・・。覚悟を決めて、負けた事は一回も無いよ。」  ジェシーは、鞭に気合を込める。何とジェシーは、闘気を出していた。 「ほう。瘴気では無いとは・・・。」  イジェルンは、少し驚いた。ジェシーは魔族なのに、闘気を出していたのだ。 「良いでしょう。貴女が敗北した、初めての相手が、この私となりましょう。」  イジェルンは、静かに印を組むと、神気が漲ってくる。 「舐めんじゃないよ!!」  ジェシーは、変幻自在の鞭の動きで、イジェルンに攻撃する。 「中々の鞭捌き。私も、武器を出しますか。」  イジェルンは、腰からブラ下げている剣を抜く。しかし、それは剣と言うより、 突剣だった。イジェルンは、軽快な動きで突剣を手にする。 「このエンジェルエストックこそ、大天使長の証。」  イジェルンは、突剣が得意だったので、ミシェーダよりエンジェルエストックを 貰い受けたのだ。ラジェルドは肉弾戦が得意だったので、腕輪を貰ったと言う話だ。 「フン。頼りなさそうな武器出した所で、変わりゃしないよ!!」  ジェシーは鞭を素早く振ると、衝撃波を生み出す。それをイジェルンにぶつける。 「ハッ!」  イジェルンは気合を入れると、その衝撃波を突く事で、衝撃波を消してしまった。 「な、何だって?」  ジェシーは、ビックリする。たった一回の突きで消える程、柔な衝撃波じゃない。 何かの見間違いであろうか? 「フフッ。気が付きませんか?」  イジェルンは、構えを解かずに近づく。不気味な事である。 「これでどうだい!!」  ジェシーは鞭を、目にも止まらぬ速さで、イジェルンに振り翳す。  バシィ!! 「イタッ!!・・・何ぃ!?」  ジェシーは、またしても目を疑う。鞭が、何と一突きで、綺麗に割れてしまった のだ。しかも、ジェシーから、どうやって弾いたのかすら分からない。 「何だってんだい!?」  ジェシーは、少しパニックになる。 「分からないようですね。貴女は、この私相手に、エンジェルエストックを出した だけでも、素晴らしい相手でしたが・・・ここまでです。」  イジェルンは、エンジェルエストックを振り翳そうとする。  バシィッッッ!!  凄まじい音が鳴った。その瞬間、ジェシーはやられた・・・と思った。しかし、 無事だった。何故か、目の前に壁が出来て、それが守ってくれたらしい。 「・・・意外でしたね・・・。」  イジェルンは目を伏せる。そして、エンジェルエストックを仕舞う。ジェシーは、 目の前の壁を見る。しかし、それは壁では無かった。 「シュバルツ!!!ミュラー!!!」  ジェシーは無傷だった。シュバルツとミュラーが壁になったのだ。 「こ、これは!!」  ジェシーは、シュバルツとミュラーの傷を見る。何と、全面に突きの跡があった。 そう。一回の突きでは無かったのだ。凄まじい程の突きを、目にも止まらぬ速さで 繰り出していただけだったのだ。そして、シュバルツとミュラーの傷から、シャワ ーのように血が流れる。 「何で、こんな事をした!!」  ジェシーは2人を、介抱する。 「俺達は・・・所詮、奴には届かねぇ・・・。それを悟ったからだ。」  シュバルツは、息絶え絶えだった。 「盾・・・なれた・・・。」  ミュラーも、満足そうだ。 「馬鹿!!こんなんで死んだら、犬死じゃないか!!」  ジェシーは叫ぶ。 「大丈夫・・・。俺達の跡を、継ぐ奴が居る・・・。」  シュバルツは言いながら、血を吐き出す。 「レイリー・・・。頑張る・・・。」  ミュラーも同じ想いだった。レイリーとジェシーは、この2人の希望なのだ。 「シュバルツ・・・。アンタは私の事が憎かったんじゃないのか?地位を追われて。」  ジェシーは、自分が初めてシュバルツと闘った時の事を思い出す。 「ヘヘッ。そんな昔の事・・・忘れちまったよ。」  シュバルツは、嘘を吐く。覚えて無い訳が無いのだ。 「前向く・・・。それ大事・・・。」  ミュラーも凄く澄んだ目をしてジェシーを見る。恨み等無いかのように・・・。 「ジェシー・・・死ぬ・・・んじゃねぇ・・・。ぞ。」  シュバルツは、そう言うとニッコリ笑う。そして、首の力が無くなる。 「後・・・頼・・・む・・・。」  ミュラーも、そう言い終えると目を閉じたまま、二度と開かなかった。 「シュバルツ・・・ミュラー・・・あああああああああああああああ!!!!!!」  ジェシーは、凄まじい咆哮を上げる。その瞬間、ジェシーから、とんでもない殺 気と、闘気と瘴気が混ざり合ったような力が噴出す。 「まさか・・・あのような真似を、魔族がするとは・・・。」  イジェルンも、意外だったのだろう。しかし、それ以上に、ジェシーがパワーア ップしたのは厄介だと思った。 「まずは、ミシェーダ様に報告しなければな。」  イジェルンは、そう言うと飛び去ろうとする。 「逃げるな!!!てめぇえぇぇえ!!!」  ジェシーは、イジェルンに向かって闘気弾を打ち出す。 「ハッ!・・・我を見失っても私には、敵いませ・・・何ぃ!?」  イジェルンは、ビックリした。エンジェルエストックで、闘気弾を消したのだが、 そのエンジェルエストックが、今の衝撃で壊れてしまったのだ。 「ミシェーダ様から頂いた、このエンジェルエストックが・・・私は、何と罪深い のだ!この罪は、償わなければ!」  イジェルンは向きなおすと、ジェシーに向かって、神気弾を投げつける。これま でとは、別物だ。本気で怒ったらしい。 「しゃらくさいよ!!」  ジェシーは、その神気弾を受け止める。 「ぬぐぐぐぐぐ!!」  凄まじいパワーの神気弾だった。ジェシーも堪えてはいるが、中々受け止め切れ ない。さすが、大天使長だけあって、並みのパワーでは無い。 (何て事だ・・・。このあたしが、反撃すら出来ないなんてさ・・・。)  ジェシーは、改めてイジェルンの強さを思い知る。 (魔界三将軍が、笑わせるね・・・。)  ジェシーは、とうとう神気弾に負けそうになった。その時である。 「どおおおりゃあああああああ!!!!」  後ろから声が聞こえた。何とレイリーだった。その後ろから、アインが追いかけ てくる。レイリーは、神気弾をぶった斬ろうとしている。 「レイリー!この私に、背を向けるとは・・・侮るか!!」  アインは、激昂する。 「うるせぇ!!仲間のピンチに駆けつけない奴は、男じゃねぇ!!」  レイリーは、そう言いながら神気弾を押していく。 「後ろからは趣味じゃありませんが・・・今は、そう言う事を言っている時では無 い。覚悟!レイリー!!」  アインは、剣を水平に構えて空高くジャンプする。 「くらえ!!ルース流剣術「燕三段」!!」  アインは、燕返しを凄まじい勢いで、三回繰り返す「燕三段」を放つ。 「ぐ・・・ぎ・・・!!」  何と、一人の魔族が、それを全て受け止めた。 「な、何だと!?」  アインは、ビックリする。魔族が、こういう行動に出るとは思わなかったのだ。 「ぬがあああああああ!!!!!」  レイリーは、怒りに任せて神気弾をイジェルンに跳ね返す。 「おい!!しっかりしな!!」  ジェシーが、犠牲になった魔族に近寄る。 「・・・ジェシー様・・・レイリー様・・・必ず我らの・・・国を・・・。」  魔族は、そこで息絶えた。 「ちっくしょおおおお!!仲間を守れるだけの力もねぇのか!!俺は!!冗談じゃ ねぇ!!こんな所で、終わって堪るかってんだよ!!」  レイリーは、とてつもない瘴気を放つ。 「俺が魔人になってまで、手に入れた力は、こんな物じゃねぇはずだ!!もっとだ! もっと力を!自分を裏切らないだけの力を!!」  レイリーは、そう言うと、目の色が変わっていく。そして、角が見る見る内に、 生え変わり、魔族の象徴である翼まで生え出した。それだけでは無い。爪が鋭くな っていき、牙も凄まじい長さにまで伸びた。体は、人間だった頃とは比べ物になら ない程、筋肉で引き締まり、腕からは刃が飛び出す。 「・・・この眼で「瘴気覚醒」を見ようとは・・・。思っても見ませんでしたね。」  イジェルンが、厄介な事になったと、言わんばかりの声を出す。 「あたしも初めて見た。魔族の「瘴気覚醒」・・・そのパワーが何倍にもなる儀式。」  ジェシーもビックリした。自分が、さっき引き出した物よりも、もっと凄いパワ ーアップだ。ジェシーの力すら、もう超えているだろう。 「力だ・・・。力が俺の体を駆け巡ってる・・・。」  レイリーは、歓喜の声を上げる。 「死ね・・・。」  レイリーは、前方に瘴気弾を投げつける。すると「法道」の部隊に直撃した。 「アアアアアア!!ミシェーダ様ァァァァ!!」  部隊の者は、叫び声を上げながら消えていく。 「熱い!!!!消える!!ネイガ様ーー!!!救世主様!!!!」  多くの者は、苦しみながら消えていった。 「止めないか!!!!」  アインが、怒りの声を上げる。 「貴様・・・わざと苦しむように、瘴気を撃ったな・・・。」  アインは、レイリーの残虐さに怒りを覚える。 「てめぇらだって、やっている事だ。それを分からせただけの事だ。」  レイリーは、感情の無い声で言う。どうやら何か悟ったようだ。凄まじい強さだ。 「・・・神を信じる純粋な者と、力が全ての魔族を、一緒にするとは・・・。」  アインの中で、何かが切れた。 「もう許さぬ。生涯使う事は無いと思った力を、解放してやる・・・。」  アインは手を交差させる。すると、恐ろしい程の神気が、纏わり付き始めた。 「神より与えられた頃から、ずっとセーブしてきた。しかし、それも終わりだ!!」  アインは背中から、天使の翼が生える。そして肌が、鉄のように硬くなっていく。 さらには目の色が、黄金色に変わっていく。 「おおお!!あれは・・・「天化」!?」  イジェルンは、またも驚く。アインが天人(てんじん)へと、変化して行ったの だ。天人とは、天界に住む、限りなく神に近い存在で、その力は、地上の人間の何 百倍にも相当すると言う。 「この力を使えば、私は二度と戻れぬ。分かっていた・・・。しかし、貴様の行為 を見過ごすくらいなら・・・私は、人の体を捨てる!!」  聖人から見ても、天人は至高の存在で、それだけアインが、凄まじい変化を遂げ たと言う事だ。 「救世主殿は、とうとう天人になられたと言うのか・・・。」  イジェルンが、ひれ伏す。それだけ、天人は尊い存在なのだ。神に次ぐ立場と言 っても、過言では無い。  二人の変化はこの後、大きな戦力となるのは間違いなかった。「法道」と「覇道」 のぶつかり合いは、始まったばかりだった。  その頃、グロバスは、ミシェーダと凄まじい戦いを繰り広げていた。ミシェーダ が、天罰の雷を落としても、グロバスは、それを握りつぶす。グロバスが魔の火炎 を解き放っても、ミシェーダを焦がす事は不可能だった。  それぞれの神気と瘴気が、激しく近いレベルで争っているのだ。そう簡単に決着 は付かない。しかし、まだそれぞれが、力を解放したような感じは受けない。  そんな中、二人は、アインとレイリーの変化を見逃さなかった。 (「瘴気覚醒」に「天化」か・・・。どちらが有利なのか・・・。)  ミシェーダは、計算していた。アインが天人となる資格を有してるのは知ってい た。だが、アインは、一生使わないだろうと思っていたのだ。しかし、レイリーの 劇的パワーアップによって、使わざるを得なかったのだろう。ミシェーダとしては、 少し複雑な気分だった。 (さっきの激闘で、恐らくシュバルツと、ミュラーが逝ったか・・・。)  グロバスは、2人の瘴気が消えた事を悟っていた。イジェルンが相手では、仕方 が無い事だと思った。だが、そのおかげでレイリーが強くなった。だが、それと同 時に、アインまで強くなったのでは、計算外と言う物だった。 (戦いを長引かせるのは、こちらの不利だな・・・。)  グロバスは、シュバルツとミュラーがやられた事で、「法道」に勢いが付き始め てるのを感じていた。 (仕方あるまい・・・。)  グロバスは、ミシェーダをガードの上から、思いっきり殴って距離を取る。 「何をするつもりか?」  ミシェーダは、グロバスが何か仕掛けてくるのを、感じた。 「そろそろ、力の出し惜しみは、止めようかと思ってな。」  グロバスは、そう答えると、手を交差させて瘴気を爆発的に高める。すると、姿 も変わっていく。これは、グロバスが本来の姿に戻る合図でもあった。グロバスか ら腕が2本生える。そして、翼がより禍々しく変化すると、その翼は6枚に分かれ ていった。更に目が赤く光り、肌の色も青褐色に変わる。 「ぬおおおおおおおおおおおおお!!!!!」  グロバスは、雄叫びを上げると、ひたすら爆発的な魔力と瘴気が増えていく。そ の量は、半端では無い。ソクトア全土を、覆いつくさんばかりだ。 「勝負に出るつもりか。面白い。この運命神を、本気にさせるつもりだな。」  ミシェーダも、つられて神気と魔力を高めていく。そして、ミシェーダも戦い易 いように、本来の姿に戻っていく。ミシェーダは運命の神である。運命を司る天秤 が、現れると、それを手に持つ。そして神聖なる獣の姿に変わる。ミシェーダの本 来の姿は、狼男であった。しかし、ただの狼男ではない。眼は凄まじいまでに鋭く、 6枚の翼を携えている。牙や爪は鋭くないが、その分、天秤と神気で包まれたチャ クラムを持っている。上半身は、半分狼と言った感じだが、下半身は、狼その物だ った。だが、その毛は黄金色に光っていた。 「凄まじいパワーだな。ミシェーダ。そう来なくてはな!!」  グロバスは突っ込むと、蹴りを入れる。 「ムゥ。貴様こそ、そのパワーは驚愕に値する。・・・久しぶりに、全力を出せそ うだな。クックック・・・。」  ミシェーダは、蹴りをチャクラムで受け止めつつ、ニヤリと笑う。  その激突は、健蔵やネイガにも伝わる。いや、その二人だけでは無い。全軍に伝 わる程、それ所か、ソクトア中に伝わる程の激突だ。大地が震える。大気が崩れる。 ソクトアが、悲鳴を上げているのだ。 「・・・グロバス様の本気か・・・。」  健蔵は、凄まじいと思った。クラーデスは、全ての力を操る事が出来る。健蔵も 無の力を手に入れた。しかし、それを圧倒する程の瘴気。そして、ミシェーダは神 気。いくら無の力が強いとは言っても、当てなければ意味が無い。それに、このパ ワーなら、無の力を操る前に、殺されてしまうだろう。 「ミシェーダ様も凄いが・・・これが、グロバスの力か・・・。」  ネイガも感服していた。これ程の神気を持つ神を、ネイガは、後一人しか知らな い。その神でも、届くかどうか分からない。 (恐らく、これを超えるであろう御方は・・・あの方しか居ない。)  ネイガは、現在敵となっている、誇り高き神を思い出す。 「グロバス様は、一気に決着を付ける気だ・・・。最早、一刻の猶予もならん。早 く、お助けしないとならぬからな。」  健蔵も、グロバスに届かんとするくらい、瘴気を出し始める。 「素晴らしい瘴気の力だ。賞賛に値する。しかし私には、それだけでは勝てぬ。」  ネイガは、両手を重ねるようにして、印を組む。 「減らず口を!!俺が、ワイス様から引き継いだ力を舐めるな!!」  健蔵は、そう言うと角が生えてくる。そして魔族の象徴である、翼が生えてきた。 「確かに、凄い力と言わざるを得ない。私に匹敵する力だ。」  ネイガは、健蔵を舐めてなどいなかった。その上で、戦力を分析していたのだ。 「だが・・・私が、次になる形態で、お前は、絶対に勝てなくなる!」  ネイガは、本気を出す事にした。そして、その姿を変える。ネイガに素晴らしく 美しい翼が生える。虹色で、神々しさが増したような翼だ。腕は、炎に包まれてい く。そして、髪は金色に光り、その姿はまるで・・・。 「不死鳥・・・鳳凰・・・それが貴様の・・・。」  健蔵は、舌打ちする。自分に匹敵するパワーの持ち主が、目の前に居るからだ。 「私は鳳凰神ネイガ。その名は、伊達ではありません。人間の形態に、私を守護す る神としての力を開放すれば、このような姿になると、分かっていたのです。」  ネイガの中には、代々から伝わる鳳凰神の力が秘められている。それは、受け継 いだ時に知らされる。現在の人間の肉体をベースに、鳳凰の力が加わると、こうな るであろう事も、分かっていた。 「勝てなくなるとは、言い過ぎだな。貴様と俺の本気は、ほぼ互角では無いか。」  健蔵は、剣を構える。一分の隙も無い構えだ。 「分かっていませんね。パワーの問題では無い。この時の、私の最大の武器は、ス ピードです。」  ネイガは、そう言ったかと思うと、健蔵の横に回って、顔面に拳を入れる。が、 健蔵は、そのスピードに反応して、剣を振っていた。だが、その時にはネイガは、 そこには居なかった。そして突然、背後から激痛が走る。どうやら、両腕を合わせ て拳を作り、殴られたらしい。健蔵は地面に叩き付けられるが、すぐに睨み返す。 (何てスピードだ・・・。信じられぬ・・・。)  健蔵は、ネイガのスピードを、認めざるを得なかった。 「タフですね。しかし、いつまで続くか?」  ネイガは、また消えた。いや移動したのだろう。健蔵には、消えたようにしか見 えなかった。 (またやられる・・・。そうは行かぬ。)  健蔵は、剣を水平に構えると、もう一つの手は瘴気の壁を作る。すると、ネイガ は動きを止める。この構えを、見抜いたようだ。 「これぞ霊王剣術・・・「円」の構え・・・。」  健蔵は、周りを検知する瘴気を張り巡らすと、全てを剣に集中させる。 「なるほど・・・。全ての方向から、対応出来る構えと言う訳ですね。」  ネイガは感心する。健蔵は、なるべく少ない労力で、対応出来るようにしている。 「だが・・・そんな事だけでは、私には勝てません。」  ネイガは、再び動き出す。健蔵は、それに構わず集中した。 「こういう事も出来るのですよ?」  ネイガは神気弾を撃ち出す。それを健蔵は、斬って見せた。しかし違う方向から、 神気弾が飛んでくる。健蔵は、それも斬った。しかし、次々と神気弾が違う方向か ら飛んできた。高速に動きながら撃ち出しているのである。信じられない数である。 「ぬおあああああ!!」  健蔵は、円の構えを軸に斬っていくが、そう長く続く物では無い。 (こんなスピードが、存在して良いのか!!?)  健蔵は信じられなかった。これ程の神気弾を、このスピードで撃ちだせる者など 居ない。ミシェーダですら無理であろう。正に神速。ネイガの動きは、光速をも超 えているのだ。見えない動きでは無い。感じ取る事すら出来ない動きだ。 (こんな奴が・・・ミシェーダの下に居るのは何故だ?信じられぬ。)  ミシェーダよりも、強いと思えてしまう。 「冗談では無い!このまま、やられてたまるか!!」  健蔵は神気弾を食らいつつも、剣を振るう。しかし神速のネイガは、当然これを 避ける。だが、健蔵は思ったよりタフのようだ。 「このまま神気弾を放ち続けても、勝てますが・・・勝負が長引くのは、こちらと しても、都合が悪い。決めさせて貰いますか。」  ネイガは、鳳凰の翼を大きく広げる。素晴らしい色の翼が、見る見る内に、炎に 変わる。その炎が激しく広がっていく。そしてネイガは、腕輪に神気を溜め始める。 「・・・遥か古代から伝わる鳳凰の腕輪よ。その力を我に与えよ!そして、炎の力 となりて、敵を打ち砕かん!!神技!『鳳凰の突撃』(チャージングフレア)!!」  ネイガは、かつてジュダに放った必殺技を健蔵に見舞う。ネイガの全身が、炎に 包まれ、高速の突撃を、健蔵にぶつけるつもりだ。 「ぐおああああああああああ!!!!」  健蔵は、まともに食らって派手に吹き飛ばされる。そして、恐ろしく高温の炎が、 健蔵に襲い掛かる。 「その炎は、星の輝きに匹敵する。貴方の最期です。」  ネイガは、一瞥する。 (何て技だ・・・。全身が燃える・・・。俺は、こんな所でやられるのか?)  健蔵は信じられなかった。これ程の実力を持つ男が、存在するとは思わなかった。 (諦めるで無い。健蔵。)  どこかから、声がした。この声には聞き覚えがあった。 (まさか・・・ワイス様?)  健蔵は、意識朦朧としながらも、その声だけは無視出来なかった。 (我の遺志を継ぐのなら、これくらいで倒れてどうする?神を打倒する力を与えた はずだ・・・。我の力を、出し惜しみするな!)  ワイスは、健蔵の意識に語りかけてくる。それは、どうやら角から聞こえるよう だった。ワイスの角に、ワイスの意思が込められているようであった。 (ワイス様・・・この健蔵に、更なる力を!!!!!)  健蔵は、凄まじい高温の中で立ち上がる。 「・・・何だと?」  ネイガの顔色が変わる。 「俺は、ワイス様の力を引き継ぐべき男・・・。ここで倒れられるかぁ!!」  健蔵は、そう言うと、ワイスの角を額に付ける。すると意思を持ったかのように、 角はピッタリと健蔵にくっついた。健蔵の、体の一部分と化したのである。 「ワイス様!!今こそ健蔵は「神魔剣士」の名に恥じぬ魔族となりましょう!!」  健蔵が叫ぶと、炎が霧散する。 「馬鹿な!!私のチャージングフレアを、吹き飛ばすとは!!」  ネイガは健蔵の力に、脅威を感じた。 「鳳凰神よ。貴様は強い。だが俺は、まだワイス様から受け継いだ力を、出し切っ てはいない!!ここで倒れる訳には行かぬのだ!」  健蔵は、角を誇らしげに見せる。 「ならば、このスピードを、また思い知らせるのみです!!」  ネイガは、またもや神気弾を、あらゆる方向から撃ち出す。 「しゃらくさい!!どりゃあああ!!」  健蔵は、強い瘴気を放つと、バリアを作って神気弾を打ち消していた。 「こんな防ぎ方をするとは・・・。」  さすがのネイガも、この防ぎ方は思い付かなかったようだ。 「今こそ霊王剣術の奥義を見せてやる・・・。」  健蔵は、剣を垂直に構える。どうやら、勝負に出るようだ。健蔵は、剣を構えて 無い方の腕を、剣の背に当てると瘴気を集中させた。 「・・・くらえ!!」  健蔵は、目を見開くと、ネイガに向かって瘴気の衝撃波を飛ばす。ネイガは、そ れを身を捩る事で避ける。  シュンッ!!  良い音が鳴った。すると、ネイガの胸から血が噴出す。健蔵は、瘴気の衝撃波を 飛ばすと同時に、自らもネイガに近づいていたのだ。 「・・・クゥゥッ!!」  ネイガは、胸を押さえる。健蔵の今の速さは、かなりの物だった。ネイガに匹敵 する早さだった。 「霊王剣術、袈裟斬り『一閃』!!」  健蔵は言い放つ。ネイガは、どこかで聞いた事のある言葉だと思った。 「そうか・・・。不動真剣術と似ているのか!!」  ネイガは気が付いた。今の爆発的な速さは、正に不動真剣術の袈裟斬り『閃光』 に、そっくりだった。 「不動真剣術と霊王剣術は、同じ血筋の者が考えたのだ。似ていて当然だ。」  健蔵は驚くべき事を言う。 「ライルが受け継ぐ前は、代々イド家が不動真剣術を守っていた。それが、16代 のメリク=イドの代で、異変が起きた。奴には、子が出来なかったのだ。」  健蔵は説明してやる。ライルが受け継ぐ前は、確かにメリクが継承していた。ラ イルは、2番弟子で、1番弟子はグザードと言う男だった。グザードは、に恐ろし い剣の腕前を持っていたが、手段を選ばぬ気質の持ち主だった。そこで、メリクが 選んだ後継者が、ライルだったのだ。一子相伝とも言われる程、難しい不動真剣術 を会得出来たのは、ライルだからこそだろう。 「そのイド家出身なのだ。俺の母親はな。」  健蔵は、思い出すように言う。 「かつて神と戦って、傷ついたワイス様を看病した母は、ワイス様と結ばれた。そ の時、俺が、人間共に狙われないように苗字を変えた。その時の名が砕魔だ。」  健蔵は、魔族の象徴である黒をベースとした髪の色をしている。黒髪は、ガリウ ロル人に多いので、わざと母が、ガリウロルの名前を付けたのだった。 「母が早死にして、俺はイド家を訪ねた。その時に、俺は霊王剣術を習ったのだ。」  健蔵は、子供の時の記憶は、修行した思い出しかない。 「始祖であり、俺の叔父である霊王剣術初代が、ダンゲル=イド。そして不動真剣 術の始祖は、その兄であり、俺の伯父に当たるゲイル=イド。類稀な才能を持った 剣士だったが、それ故、兄弟の確執は大きかった。そして、流派として分かれた。」  健蔵は、イド家の真実を語る。 「・・・なる程。貴方が、その2代目の霊王剣術の継承者なのですね。」  ネイガは、健蔵が377歳なのを知っている。その間に不動真剣術は、16代も 経っていたのだ。 「そうだ。そして宿敵ジークが、18代の継承者。俺は宿命的な物を感じた。」  健蔵は、霊王剣術と不動真剣術の優劣を決めるためにも、ジークと戦わなければ ならない。そのためには、ネイガに負ける訳には、行かないのだ。 「なるほど・・・。そんな事情があったとは・・・。」  ネイガは、胸に力を込めると、胸の傷がどんどん塞がって行った。 「何!?」  健蔵は、目を疑った。回復魔法を使っていたとでも、言うのだろうか? 「残念だが、この状態の私は、治癒能力が最大に高まっているのだ。」  ネイガは鳳凰の神である。鳳凰は、不死鳥とも言われている。 「ならば、一発で仕留めるまでだ!」  健蔵は、再び瘴気を高める。ネイガは、それを受けて立とうと思っていた。  一方、グロバスとミシェーダは、激しくぶつかり合っていた。その一撃一撃は、 双方共に重たく、一撃毎に、地が揺り動く程だ。しかし、互いに力が均衡している ため、中々決着がつかないでいた。  ミシェーダは、チャクラムを上手く使って、グロバスの攻撃を防ぎつつも、攻撃 を繰り広げるが、グロバスも6枚の翼で、上手く躱しながら、攻撃を続けている。 「ここまで、私に付いて来るとはな。」  ミシェーダは、誤算だった。グロバスと言えど、完全に力が戻っていないと思っ ていたのだ。だが、攻撃を見る限り、完全に取り戻したようである。かつて天上神 ゼーダをも、苦しめた程の実力の持ち主だ。そう簡単に、勝てはしない。 「ゼーダが居ない貴様らの戦力では、前みたいに、すぐには決着はつかんぞ。」  グロバスは、ゼーダの事を思い出す。彼の神は、恐ろしき実力の持ち主だった。 その一撃は、とてつもなく重く、同時に2神を相手しても、あっという間に自分の ペースに持ち込む程の戦術を持ち、圧倒的な能力で、こちらの攻撃を事前に防ぐ。 更に神気は、闘う毎に高まって行き、全てに於いて、非の打ち所が無い神だった。 「・・・面白くない事を言う。」  ミシェーダは、不機嫌だった。昔を知っている者は、悉くゼーダと比べたがる。 ゼーダは、行方不明中なのだ。死体は見つかってないので、死んではいないと思わ れるが、ゼーダらしき神気は、全く感じられない程だ。 「行方不明の神を当てにはせん。このミシェーダが居る限り、前の二の舞になるだ けだ。覚悟するが良い。」  ミシェーダは、チャクラムを構えると、連続で神気の光線を打ち出す。 (やたらと意識しているな・・・。)  グロバスは、光線を躱しながら考えていた。ミシェーダは、ゼーダに対して、や たらと、コンプレックスを持っているようだ。 「他の神達は、何をしているのだ?」  グロバスは尋ねてみる。 「フッ。世界はソクトアだけでは無いのだ。それぞれの星に、任務として、就いて いるさ。それに、下手な戦力が居ても、仕方があるまい。」  ミシェーダは説明してやる。天界では、本当に皆、任務をこなしていた。何より も、ソクトアに行きたがる神が、ネイガしか居なかったのだ。激戦区であるソクト アに、敢えて挑戦しようと言う神は、少なかったのである。 「だが、いざとなれば、出動出来るようには言ってある。貴様らに望みは無い。」  ミシェーダは言い放つ。「法道」は、そう言う意味では、一番戦力を残している。 「ハッ。どうかな?所詮、貴様とネイガさえ何とかすれば、後は烏合の神と言う訳 だ。ならば、問題あるまい。」  グロバスは、強気の姿勢を崩さない。しかし、その意見には一理あった。何せ、 主戦力である竜神ジュダと、剣神赤毘車が敵に回っているのである。その関係から か、金剛神パムと蓬莱神ポニも、ソクトアでの戦闘を避け、他の任務に就いている。  これらの神々が居れば、もっと早く決着がついていたのは、間違いないだけに、 歯痒い限りであった。 「減らず口を叩くのも、そこまでだ。この運命神が居る限り「法道」は・・・天界 は負けぬ。裏切りの神と共に、滅ぼしてくれる!」  ミシェーダは、6枚の翼を天高く広げる。 「ソクトアを神の名を利用して、支配しようとする、貴様には負けん!!」  グロバスも、6枚の翼を広げて、力を4本の手に集中させる。 「ぬおおおおおお!!」  グロバスは、とてつもなく重い拳を、ミシェーダにぶつける。 「ぬぅん!!」  ミシェーダは、顔に拳を受けつつも、グロバスの腹に蹴りを入れる。防御を取ら せる暇も無い。だが、グロバスも負けじと膝蹴りを脇腹に入れる。ミシェーダは、 食らいつつも顎に、拳を入れた。凄まじい攻防である。お互いに、防御を捨てて打 ち合っていた。下手に防御に回ったら、打ち負けてしまいそうだ。 「でりゃああああ!!」  グロバスは、必殺の後ろ回し蹴りをミシェーダにぶつける。 「むむっ!!」  ミシェーダは吹き飛ばされる。ガードの上からも、吹き飛ばされる程の衝撃だ。 「勝機!!」  グロバスは、4本の腕を交錯させる。 「食らえミシェーダ!神魔王の誇りの一撃を!『星破衝来(せいはしょうらい)』!」  グロバスは、星をも破壊する力がある、神魔王最大の奥義をミシェーダに放つ。 実際に、小惑星を破壊した事がある奥義だ。瘴気だけではない。この奥義は、グロ バスの神として目覚めた時に芽生えた、原子を砕く力を最大にした物だった。実際 には、「無」の力に近い。 「ぬおおおおお!?」  ミシェーダは、予想外の力に驚きを隠せない。グロバスの力は、「無」の力の放 出に近い。しかも、その量は、星を破壊する程の膨大な力だ。 「何と言う力だ!!」  ミシェーダは、腕を出して抑えるが、どうしても抑えられない。 「ぐぎぎぎぎぎ!!」  ミシェーダは、死力を振り絞って『星破衝来』を押し返そうとするが、段々と、 腕の感覚が無くなっていく。 「であああああ!!」  ミシェーダは、何とか『星破衝来』を押し潰した。星をも破壊する力を、押さえ 込んだのであった。しかし、その代償は大きかった。 「なんと!!?我が腕が!?」  ミシェーダの右腕は、肘からバッサリ無くなっていた。それだけでは無い。翼の 片方の3枚も、やられていた。原子を破壊する力に、やられたのだろう。だが、全 て無くならないだけ、マシであった。 「さすがよな。ミシェーダ。私の誇りの一撃を凌ぐとはな。だが・・・勝負あった な!その様では、もう凌ぎ切れまい。」  グロバスは、万感の想いであった。ついに、神を倒す瞬間が来ると思った。 「神魔王グロバス。貴様の力は驚愕に値する。我に、この力を使わせるとはな。」  ミシェーダは目がギラリと光った。グロバスは、その瞬間、ミシェーダから、と てつもない殺意を感じた。 (どう言う事だ?この状態で、何が出来ると言うのだ?)  グロバスは、不思議でならなかった。この状態ならば、さっきのような踏ん張り は、効かないだろう。かと言って、再生が間に合うようにも見えない。それに、原 子を砕いたのだ。再生するしない以前の問題である。既に存在しない物なのだ。 「この力を使いたくは無かった・・・。奥の手なのでな。」  ミシェーダは、自嘲気味に話す。 「この力を使うと、これより200年は、同じ力を使えぬ。まさか、ここで使う羽 目になるとは、思わなかったな。」  ミシェーダは、覚悟を決めた。ミシェーダの言う力とは、何なのだろうか? 「今まで使わなかったのは、余裕のためか?舐められた物だな!!」  グロバスは憤慨する。自分に対して、全ての力をぶつけて来たと思ってただけに、 この話は、グロバスには、侮辱にしか聞こえなかった。 「貴様を舐めていた訳では無い。だが、この力は、使いたく無かったのだ。何故な ら・・・摂理に反する力だからだ!!」  ミシェーダは、禁断の力を解放するつもりだった。 「グロバス。貴様の名前は、覚えて置こう。だが、この力を使う以上、我が勝ちは 動かぬ。神として、摂理に反する力を使う以上、貴様は消えるしか無い。」  ミシェーダは、絶対の自信を持っていた。 「その様で、良く言える物だな。その状態で使って、この神魔王に通じるとでも?」  グロバスは、どんな力であろうとも、耐えるつもりでいた。 「貴様は驚くことになる。これは、運命神にだけ与えられた、禁忌の力だ!!」  ミシェーダは、目を見開く。するとミシェーダの腕と翼が、一瞬にして回復する。 「ば、馬鹿な!?」  グロバスは、思考が停止しかける。 (回復!?いや・・・それ以上だ。何事も無かったかのように腕が生えただと?)  グロバスは考えるが、答えが出て来ない。 「残念だったな。この力の前には、どんな力をも無力だ・・・。」  ミシェーダは残忍な目をする。人が変わったかのようだ。その瞬間、周りの空気 が変わり始める。とても、嫌な雰囲気に変わった。 「何事だ!?」  グロバスは、額に汗を流す。こんな異様な雰囲気は、初めてだ。 「貴様と私の間の、次元が変化したのだ。」  ミシェーダは説明してやる。次元と言っても、グロバスが操る次元とは、別の何 かである事は、間違いない。 「貴様は、違う空間を作る次元しか作れまい。だがこの運命神は違う。本物の次元 を、作る事が出来る。そして、その力の源は・・・。」  ミシェーダは、不気味な笑みを浮かべる。 「まさか・・・時か!?」  グロバスは、気付いた。ミシェーダが、さっき一瞬で『星破衝来』のダメージを 治したのも、時を操るのなら理解出来る。 「さすが察しが良いな。理解出来たであろう?さっきの言葉を。」  ミシェーダは、もう覚悟が出来ていた。 「正に最後の力と言う奴か。神の中では、邪道な力だろうな。」  グロバスは落ち着いていた。もう、自分が何をされるのか、悟っている。 「この力は、時が満ちなければ、使う事が出来ない。出来れば使いたくは無かった が、仕方在るまい。貴様の力は、危険すぎる。」  ミシェーダは、手段を選ぶつもりは無かった。 「その力を、貴様は使ったのだな・・・。あのゼーダに!!」  グロバスは理解出来た。ゼーダの突然の失踪は、間違いなく、この力による物だ ろう。ゼーダも不意をつかれて、この力によって、失踪させられたのだ。ミシェー ダは、謎の失踪と言う事で、誤魔化していたが、ゼーダから、神のリーダーを奪う には、これしか無いと踏んだのだろう。 「その通りだ。ゼーダは、全てに於いて優れていた。私は、いつでも2番目だった。 前期リーダーは、それでも私を次期リーダー候補として挙げていた。だが、リーダ ーの座に就いたのは、奴だった。奴さえ居なければ、必然と私がリーダーとなる。 これしか手は無いと思った。奴が居なくなってからも、私がリーダーになる事で、 維持出来たのだ。私が、運命神こそが、平和を維持させ続けなければならぬ!」  ミシェーダは、演説するかのようだった。 「綺麗事を言うな。貴様は、己の欲望のために、天上神を追い落としたのだ。貴様 は、リーダーに相応しき神では無い!貴様は、この世の最大の邪神だ!!」  グロバスは吐き捨てるように言う。これ以上、下らない言い訳は聞きたく無い。 「囀らなくても、すぐに追い落としてやる。貴様もな。」  ミシェーダは、普段、絶対に皆には見せない、邪笑を浮かべる。 「貴様の天下は長くは続かぬ。我が、ここでやられても、竜神やジーク。そしてク ラーデスが、必ず貴様を追い詰めるだろう。私が未練なのは「覇道」を維持出来な いと言う事のみだ。神々・・・いや、貴様を追い詰めるのは、奴らに任せよう。」  グロバスは観念したが、満足だった。ミシェーダの、このやり方を見て、長続き する訳が無いと見たのだ。 「戯言を・・・。そろそろ、時の狭間に落ちるがよい!!」  ミシェーダは、右腕を上げる。そこには禁忌なる、時の力が宿っていた。この力 の前には、如何なる反抗も無力だ。時を少しずらせば、逃げられるからである。 「運命神が奥義・・・『輪廻転生(リーインカーネーション)』!!」  ミシェーダは、裁きを下す。ミシェーダが、運命神と呼ばれるのは、この力のお かげなのだ。他人の運命を決める、この技こそ、運命神としての力なのだ。 「貴様が、リーダーから落ちる日を楽しみにしてるぞ!ハーーーハッハッハッハ!」  グロバスは、笑いながら、時の狭間に落ちていった。こうなったら、いつの時代 に落とされるか分からない。時の迷い児となって、強引に転生させる。そう言う技 なのだ。正に、反撃を許さぬ運命神の、最終奥義なのだ。 「フン。ゼーダと言い、グロバスと言い、忌々しい奴等だ。」  ミシェーダは、心を落ち着けて、次元の狭間からソクトアに戻る。 (私の力の秘密を知っている者は、一人ずつ消去する。それだけの話だ。)  ミシェーダは、結果グロバスを追い落とす事に、成功したのだ。  これが、戦局に大きな影響を及ぼす事は、間違いなかった。  ネイガと健蔵は、意地のぶつかり合いを繰り広げていた。お互いに「道」を信じ て戦っていた。それだけに、すぐには決着がつかない。だが、それにも異変が起き た。そう。グロバスの気配が、急に無くなったのである。  勿論、この事に健蔵もネイガも、敏感に反応していた。この2人だけでは無い。 レイリーやアインも、その事に、すぐ気が付いた。しかし、正確に何が起こったの か、理解出来なかった。いや、理解出来るはずが無い。誰が、グロバスを強引に転 生させたと、思うのだろうか?  その疑問に答えるかのように、空にビジョンが写される。写っているのは、ミシ ェーダだけだった。 「諸君。良い報せがある。邪悪なる神魔王を、討つ事に成功した!!」  ミシェーダは宣言する。 「馬鹿な!?グロバス様が!?」  健蔵は、驚きを隠せなかった。そして「法道」の者達は、一斉に歓声を上げる。 「・・・とうとう、グロバスを討ち取られたか!」  ネイガも、興奮を隠せなかった。 「だが私も、それなりの代償を負った・・・一時休息を取る。諸君らの健闘を祈る!」  ミシェーダは、そう言うと、ビジョンを消した。 「やった!ミシェーダ様が、やったんだ!」 「我らの勝利は近い!!」  口々に、勝利宣言を叫ぶ「法道」の者達が居た。 「くそおおおおおおお!!おのれ、ミシェーダァァァァ!!」  健蔵は、怒りに満ちた目をした。またしても、自分だけが置いて行かれた。それ が、許せなかったのだろう。 「こうなったら、我が身に変えてでも!!」  健蔵は、ネイガを無視して、ミシェーダを討つ気で居た。 「健蔵さん!!落ち着け!!」  後ろから、レイリーの声がした。 「グロバス様がやられたのなら、一回立て直すしか無いでしょう!?一回、退きま しょう!そうしなければ、俺達の未来もありませんよ!!」  レイリーが、必死に説得する。 「レイリー。お前は、悔しく無いのか!我が「覇道」の象徴である、グロバス様が 倒れたのだぞ!!」  健蔵は、涙を流していた。自分が何も出来ないのが、悔しかったのだろう。 「アンタまで死んだら、魔族諸共、消されるんだよ!!」  レイリーも、涙を流す。レイリーだって悔しいのだ。だが、怒りに任せて暴れる だけでは、無駄死にする可能性が高いのだ。 「・・・お前・・・。そこまで考えて・・・。」  健蔵は拳を握る。拳は、血で滲んでいた。そこには、逃げた者も居るが、「覇道」 を最後まで信じる人間と、魔族が居た。 「甘いですね。この機を逃す、私達では、ありませんよ?」  イジェルンが戻って来ていた。それに、アインなども居る。 「レイリー。皆を、次元城へ導け!」  健蔵は、指示を出す。次元城ならば、そう簡単に手は出せない。 「皆!これに入れ!!」  レイリーは、「転移」の扉を作成して、次元城に通じさせる事にした。 「させません!!」  イジェルンが、レイリーの行為を止めようとする。 「去る者は追わずって、言いませんかね?」  誰かが、割って入ってきた。 「貴方は誰です!!」  イジェルンは、邪魔されて憤慨する。 (あ、アイツは!!)  レイリーは、割って入った人物に驚く。 「レイリーとは、腐れ縁でしてね。」  軽口を叩く、その人物は、間違いなく聞き覚えのある人物だった。 「お調子に乗り過ぎちゃ、駄目よ。」  その人物を、嗜める人物も、見覚えがある。それだけでは無い。その後ろの者達 は、レイリーにとって、忘れられない者達だった。 「とうとう来ましたか。「人道」の者達。」  ネイガは、警戒の眼差しを向ける。そう。駆けつけた人物は、サイジンだった。 そして、後ろには「人道」の者達が控えていた。 「・・・貴様らが、俺達を助けるとは・・・。ジークよ。」  健蔵が、気に食わない顔付きになっていた。 「俺とお前は、仇同士だ。だが、こんな決着を、俺は望んでいないって事だ。」  ジークは、健蔵を見据える。恨みが無い訳では無い。だが、恨みに任せて闘うの では、ライルも浮かばれない。そう思っているのだ。 「フッ。俺がお前の立場でも、同じ事をしたかも知れんな。」  健蔵は自虐的に笑う。気に食わないが、この状況では仕方が無いと思っていた。 「礼は言う。だが、決着をつける時は、手を抜くつもりは無いぞ。」  健蔵はジークを見る。ジークは、倒すべき敵。ワイスの仇なのだ。 「手を抜いて、俺に勝てると思っているのか?甘く見るなっての。」  ジークは鼻で笑う。健蔵も、それにつられるように笑う。お互いに、全力を尽く して、勝つ事こそ、2人の願いなのだ。そうする事で、父の想いに応えられると信 じている。だからこそ、この場は助けるのだ。 「益の無い事をしますね。貴方達は、自らの首を絞めるつもりですか?」  イジェルンには理解出来ない。だが、実際に阻んでいるのは、事実だ。 「確かに今、「覇道」を攻めた方が、楽にはなるでしょうね。しかし、私達が目指 してる物は、勝利のみじゃない!!皆が共存出来る社会です!そのためには、虚を 衝き、攻めて勝つと言うやり方では、駄目なのですよ。」  トーリスまでもが、賛同する。「人道」は、人が共存するために目指す道なので ある。そのためには、一時の勝利より大義ある勝利を目指さなければならないのだ。 (何と言う強靭な意志・・・。人間が、これ程の意志を、持てる物なのか?)  ネイガは驚く。一時の勝利よりも、大義ある勝利。言うのは簡単だが、実際にや るのは、非常に難しい。 「ま、そういう事だ。そっちも消費してるみたいだし、今は退けよ。」  ジュダは、ネイガに持ちかける。 「・・・後悔しますよ?」  ネイガは、ジュダに宣告する。 「言ったろ?俺達は、逃げも隠れもしない。今回は、来たのが遅れただけだ。」  ジュダは微笑する。はっきり言って、戦局的に賢くない選択である。だが、こう 言う選択をする「人道」だからこそ、ジュダは付いて来たのだ。後悔などしない。 「なら、お言葉に甘えましょう。次に見える時は、敵としてです。」  ネイガは、ジュダを見据える。 「いつでも来い。挑戦は、受けて立つ。」  ジュダは、嬉しそうな顔を浮かべて、ネイガに返した。 「レイリー・・・。」  麗香が出てきた。レイリーは、悲しげな表情をする。 「姉貴。俺は、もう戻れないし、戻る気も無い。」  レイリーは目を瞑る。既に、「覇道」に付いていった時点で、その覚悟は揺らが ない。例え、たった一人の姉弟でも、説得される気は無かった。 「後悔しないのなら、仕方が無い事ですわ。その代わり、信念を貫きなさい。」  麗香は、ここに来て、泣き言は言わなかった。普段は、ボーっとしていても、芯 は強いようだ。ここで送り出せる言葉が出るとは、並では無い。 「俺も、もう口出しはしない。自分の信じた道を行くが良い。だが忘れるな。俺達 と言う、家族が居る事をな。」  エルディスがレイリーを見据えて言う。父として、複雑な心境だったが、レイリ ーは、自分を貫くつもりなら、それを支援しようと思う。 「忘れねぇよ・・・。俺が、例えどんな姿になろうとな・・・。」  レイリーは、もう自分が魔族の体だと言うのは、理解している。 「退却するぞ!!」  レイリーが手を挙げると、「覇道」を信じる魔族や、人間は皆、次元城への扉へ と入っていった。 「我々も、この場を去る!運命神共同体本部に戻るぞ。」  アインが、この場を去ろうとする。 「お兄ちゃん・・・。やっぱり・・・闘わなきゃならないの?」  ツィリルが、悲しげな顔をする。 「ツィリル。俺もレイリーと同じだ。もう、この体は戻れないんだ。」  アインは目を瞑る。人間の体では無い自分が、「人道」に戻る事など、出来ない と考えているのだ。 「そんなの関係ないでしょ?「人道」は、人間じゃ無い人だって居るよ?」  ツィリルはミカルドやエルザードの事を言う。 「皆が共存する社会か・・・。理想的だ。だが導かなければ、道を示せない人も居 る。その者達を導くのが、俺の仕事なんだ。」  アインは、ツィリルを諭す。 「でも・・・わたしには、ミシェーダって言う神様の言う事は、信じられない!」  ツィリルは、別に「人道」だから信じられない訳では無い。色々な演説を聞いて も、賛同出来ないのだ。 「ミシェーダ様は、導き手だ。救世主たる俺は、理想の国実現のために、尽力しな ければならない。理想郷を信じる人々の前で、弱音は吐けぬのだ。」  アインは、救世主と言う立場を、良く理解している。例え家族の言う事であろう と、その救世主としての任務だけは、曲げられない。 「お兄ちゃんの分からず屋!!・・・わたしは・・・皆、仲良く暮らしたいだけな のに・・・何でこうなっちゃうの!?」  ツィリルは、これ以上誰かを失うのが怖いのだ。一回は、トーリスを失った。ト ーリスは、それでも戻って来たが、代わりに、魂を共有までしたレイアを失った。 ツィリルは、皆が死んで行くのを耐えられない。それが、正常な判断かも知れない。 「ツィリル・・・。良いか?良く聞きなさい。お前も、もう17歳だろ?お前には、 トーリスさんが居る。それに、素晴らしい仲間や友達だって居る。そして、自分の 信じる道も持っている。それに、悲しみを知っている。」  アインは、自慢の妹を愛おしげに見る。アインにとって、この妹は、素直で可愛 い妹だ。だが、自分は同じ道を選べない。それが、自分が選んだ道だからだ。 「兄さんは、本当にお前の事を、誇りに思ってる。でもツィリル。世の中には、恵 まれない人も居るんだ。その人達を、兄さんは何とかしたいんだよ。」  アインは、ツィリルの頭を撫でる。この行為も、これで最後になるかも知れない。 「お兄ちゃん・・・。でも無理してるじゃない・・・。それで、幸せなの?」  ツィリルは、直感が鋭い。アインが常に無理をしている事を、見抜いていた。 「お前がトーリスさんを頼っているように、俺を頼っている人が居るんだ。・・・ でも、兄さんだって、お前とは闘いたくない。俺が闘うべき相手は他に居る。だか ら、安心しなさい。例え「法道」が、お前達を攻めた所で、俺は倒すべき敵を倒す。 多少の無理は、仕方が無い事なんだ。」  アインは、ツィリルに言い聞かせる。 「・・・また会えるよね?」  ツィリルは、念を押すように言う。 「ああ。大丈夫。きっと会える。ツィリルも、無理するんじゃないぞ。」  アインは、これ以上無い微笑みを、妹に向ける。 「うん・・・お兄ちゃんもだよ。」  ツィリルは、やっと納得したらしい。すると、アインはトーリスの方を向く。 「・・・トーリスさん。ツィリルの事。頼みますよ。」 「ツィリルは私の妻です。ご心配無用です。貴方こそ、無理はしないように。」  トーリスは、アインを労っていた。アインは多少笑うと「法道」の方を向く。 「皆!帰るぞ!」  アインは、号令を掛けて、引き返していく。その背中は、救世主としての誇りが 詰まっていた。アインは、救世主として役目を果たすつもりだ。 「・・・トーリスさん。ツィリル。父さんと母さんに、「心配掛けて済まない」と 言って置いてくれ。・・・そして、俺の事は忘れるように言ってくれ・・・。」  アインは、去り際に、そう呟いて「転移」の扉に入る。 「・・・お、お兄ちゃん!?」  ツィリルは、嫌な予感がしたので叫ぶ。するとアインは、手を振りつつも笑って いた。その微笑みは、とても悲しみに満ちていた。 「ツィリル。安心するのです。アインは、約束を破る男じゃありません。」  トーリスは、ツィリルを安心させようとする。さっき、また会えると約束した。 その事を信じるように諭す。 「分かった・・・。お兄ちゃんたら、不吉な事ばかり言うんだもん。」  ツィリルは、ちょっと不機嫌だった。仕方が無い事だ。 (・・・アインは、死を覚悟していた・・・。間違いないでしょう。でも、ツィリ ルを、安心させないと行けない。それが、私の役目です。)  トーリスは、アインの真意を読み取っていた。アインは、次の決戦で、間違いな く命を懸けるだろう。しかし、ツィリルを安心させるために、わざと、ああ言う風 に振舞っていたのだ。それを、踏みにじる訳には行かない。 (アイン・・・。命を粗末にする事だけは・・・避けるのですよ。)  トーリスは、それを願わずにはいられなかった。  こうして、「法道」と「覇道」の戦いは一時中断された。  敗れた「覇道」は、大きな戦力を失った。恐らく、次の戦いは、捨て身の戦いを 仕掛けて来る事だろう。そして「法道」と「人道」の決戦の時も、近いであろう事 は、予想出来た。  しかし、まだ中央大陸に辿り着いていない「無道」の存在は、不気味であった。  ジークは底知れない不安と次の戦いへの決意を胸にして備える事にするのだった。  戦局は動いたばかり。ソクトアの主権を握る骨肉の争いは、まだ続いて行く事に なる。ジーク達は、負けられない戦いを、正々堂々と迎え撃つつもりだった。