5、信念  先の戦いに於いて、「覇道」は大敗を喫した。やはり指導者を失った事は大きい。 それに、頭数を見れば、失ったのはグロバスだけでは無い。魔界三将軍も、ジェシ ー1人になってしまったし、逃げた魔族も、かなりの数に上っている。それに、行 方を眩ませた「覇道」の者の中に、ダークエルフのミライタルまでも含まれていた。  しかし、それもそのはずであった。ミライタルの狙いは、ただ一人なのだ。兄で あるエルザードとの完全決着こそ、ミライタルの望みなのだ。「法道」との戦いな どで、命を落とす訳には、行かなかったのだろう。グロバスが、やられた瞬間、彼 は行方を、どこかに眩ませていた。  こうなっては、主な戦力は健蔵、レイリー、ジェシーの3人くらいだ。せめて、 ミカルドやクラーデスが居れば、まだ建て直せるのだろうが、この状況下では、そ んな事も言ってられない。新しく呼ぼうにも、この戦力では見限られてしまう。  それに魔族や「覇道」にとって、力こそが全てなのだ。敗れた事自体、力が足り ぬ事になる。見限られても、仕方が無い事であった。だが、他の道に行っても、今 更行った所で、殺される可能性が高い。唯一受け入れてくれそうな所は、「人道」 くらいだったが、共存状態に、耐えられる自信が無い者が、ほとんどだ。なので、 仕方なく残っていると言う状態であった。 (グロバス様・・・。おいたわしや・・・。)  健蔵は、悔やまずには居られない。ネイガに苦戦して、その間にミシェーダにグ ロバスを倒させてしまったのだ。グロバスが負ける訳無いと言う認識もあった。 (グロバス様は、力の体現者・・・。何故負けた・・・。)  健蔵は、悔しくてしょうがなかった。自分が信じてた者が、負けて居なくなるの は、耐えられそうに無い。 「健蔵さんは、相当応えているようだな。」  レイリーが、頭を抱える。「覇道」は、もうお終いと言う雰囲気が流れている。 「しょうがないさ。父親と、尊敬する上司を失ったんだ。暗い気持ちにも、なるだ ろうさ。あたしだって、頭を抱えたいよ。」  ジェシーが、溜め息を吐く。 「お先真っ暗か。・・・傍から見れば、そうかもな。」  レイリーは、不敵な笑みを浮かべる。 「何か策でも、あるのかい?」 「何もねーよ。でも、こんな状況だからこそ、俺達の真価が問われているのかもな。」  レイリーは、不利な戦い程、燃える男だった。しかし、この絶望的な状況で、こ んな事が言えるとは、中々豪胆な男だ。 「シュバルツが、気に入る訳だね。アンタの前向きさは、見習いたいよ。」  ジェシーは、クスクス笑う。しかし、その顔は、少し泣いていた。 「おかしいね。涙なんて物、あたしには残ってないと思ってたのに。」  ジェシーは、つい仲間の死を思い出してしまう。 「ジェシー。忘れろとは言わない。だが、後ろ向きにはなるな。」  レイリーは、慰めてやる。ジェシーは魔界三将軍の一人とは言え、女性だ。時に は、悲しみに耐えられない事もある。 「分かっている。だが今は、こう・・・させてくれ。」  ジェシーは、気丈に言うのが、精一杯だった。レイリーの胸の中で泣き始めた。 (・・・シュバルツ。ミュラー。泣かせるなよな・・・。)  レイリーは、ジェシーの肩を抱いてやった。レイリーに出来る事は、こんな事ぐ らいである。 「・・・これは!?」  健蔵が、突然声を上げる。そこには、グロバスの輝かしいまでの角が、転がって いた。健蔵は恐る恐る、それを拾ってみる。 (グロバス様の意志なのか?)  健蔵は、角に意識を辿らせてみた。 (・・・うお!!)  健蔵は、グロバスの意識が流れ込んでくるのを感じた。そして、グロバスの行方 の真実を知った。それだけでは無い。グロバスの神魔王としての気構えや、何故、 「覇道」を実現させようとしたのかなど、とてつもない情報量が詰まっていた。  それだけでは無い。グロバスが、ワイスの死の後、人知れず、墓を作っていた事 等も、角に刻まれていた。 (グロバス様・・・。一瞬でも、グロバス様の事を疑ってた事をお許し下さい。)  健蔵は、グロバスは普通に、力及ばなくなって負けて敗北したのだと思っていた。 (おのれミシェーダ。益々もって、許せぬ!!!)  健蔵は、ミシェーダの卑劣な力を知った。ミシェーダの時の力は、卑劣を通り越 している。使えば、必ず勝てる裏技のような物だ。  グロバスは、決して逃げた訳でも、敗北した訳でも無かった。罠に、嵌められて やられたのだ。 (健蔵よ。ワイスの力と共に、私の力も受け取るが良い。)  グロバスの角から、声が聞こえた。意志の声なのだろうか?力の片鱗が、流れ込 んでくる。健蔵に生えているワイスの角が、中央から左に移ると、グロバスの角は、 右に移っていく。そして健蔵の頭に、2本の角が輝く事になった。 「・・・健蔵さん!!」  レイリー達が、駆け付けて来た。ジェシーも、泣き止んでいた。 「・・・レイリーか?」  健蔵は、自分に何が起こったのか、理解してなかった。グロバスの記憶と、力が 流れ込んで、健蔵は、かつて無い程、沸きあがる力を感じていた。 「健蔵さん。その角は・・・?」  レイリーが言って、初めて気が付く。健蔵は、自分に沸きあがる力は、グロバス の力の片鱗を、受け取った物なのだと言う事を・・・。 「この角は、グロバス様の生きた証だ。・・・ワイス様やグロバス様の意志を、俺 は無駄にはしない。レイリー。皆を集めろ。話がある。」  健蔵は、とうとう動き出す事にした。いつまでも、ここで悔やんではいられない。 「その言葉、待ってましたよ!」  レイリーは、嬉しそうだった。自分達が勝てないまでも、ただの敗残兵になるよ り、行動を起こした方が、ずっとマシだ。  レイリーは、早速、かなり減っているとは言え、「覇道」の者達を集めた。 「・・・健蔵様が、話があるらしいぞ。」 「我らには、健蔵様しか居ないが、また、どうしてだろうか?」 「それに、あの角はグロバス様の物じゃないか?どうして・・・。」  集まった魔族や人々は、口々に健蔵の言う事に、注目しようとしていた。ワイス が、グロバスが倒れた後は、この健蔵を置いて、他に居ないのだ。 「皆、良く集まってくれた。・・・これより、グロバス様の遺志を伝える。」  健蔵は驚くべき事を、口にする。 「この角は、グロバス様の物だ。俺はグロバス様から、皆へのメッセージを預かっ ている。今こそ、真実を話そう。お前達は間違っていないと言う事もな!!」  健蔵は、語気を強める。すると歓声が沸いた。 「やっぱり、健蔵さんは違うぜ!俺は、これを求めてたんだよ!」  レイリーは拳を握る。グロバスが居ないとなれば、健蔵が盛り上げるしかない。 「ミシェーダ最大の秘密を、ここで話してやろう。その力は、あまりにも卑劣だ。」  健蔵は、グロバスの失踪について話す事にした。 「ミシェーダには、200年に一度だけ使える力がある。それは、時の力だ。」  健蔵は説明する。皆は、何が何だか、分からない様子だった。 「時を操れば、どんな攻撃も効かない。どんなに抵抗しても、強引に転生させられ るんだ。グロバス様は、その力によって、転生させられたのだ。」  健蔵は真実を話す。すると周りが、騒ぎ始める。 「ミシェーダは、その力によって、不利な状況を悉く覆してきた。それも、力と言 うなら、それでも良いだろう。だが、それは、偽りの勝利でしか無い!絶対勝利出 来る力を使うと言うのは、力で勝った結果では無い!そこに誇りは、存在しない!」  健蔵は、グロバスの言葉を代弁する。闘って散るなら本望だが、今回のは違う。 ミシェーダが、運命神として継いだ力を行使してるだけだ。そこに、力と力のぶつ かり合いは、存在しない。言うなら、罠に嵌めて、勝つような物だ。 「俺達が目指す「覇道」は、真の勝利者にこそ付き従う物だ。ミシェーダの行為は、 「覇道」を踏みにじるものだ。容認は出来ん。奴は、その力で、前リーダーである ゼーダまでも転生させた。このような利己的な者に、ソクトアを渡してなる物か!!」  健蔵は、衝撃的な事実を話す。ミシェーダが、一番隠さねばならない事実だ。グ ロバスの角を通して、健蔵は真実を広めるつもりだった。周りからは、歓声と、ど よめきが歓呼した。 「さて、本題に入る。グロバス様の遺志を伝えよう。」  健蔵は、まだグロバスの本意を話していない。 「グロバス様は、皆の事を案じていた。心残りだと思っていらした。俺を初めとし て、皆がグロバス様を失った時の事を、案じていらした。」  健蔵は、グロバスが最期に思った事を、正直に伝える。 「グロバス様の、皆へのメッセージは「己の心に従え」・・・と言う事だ。グロバ ス様は、敢えて皆を、自由にしたいと考えていた。他の道へ行くのも由。魔界へ帰 るのも由。徹底抗戦するにも、誰と戦って行くか考えても由。皆を、自由に生きさ せたい。それがグロバス様の遺志だ・・・。」  健蔵は言っていて、涙が溢れる。 「皆は、今まで、グロバス様に尽くしてきた。だが、これからは自由に生きよ。と の事だ。グロバス様のご厚意は、以上だ。」  健蔵が話し終えると、皆、静まる。思案する者も居た。レイリーも、考えている ようだ。だが皆は、考えて一つの結論に達した。 「健蔵さん。やりましょうよ。俺達は、今更戻った所で、他の道は貫けませんよ。 なら、俺達の生き様を、見せましょうや!!」  レイリーは、健蔵に自分の考えを伝える。すると周りから、同調の声が聞こえた。 「良いのか?勝ち目は、著しく少ないぞ?」  健蔵は、皆に問い掛ける。 「俺は、覚悟出来てますよ。グロバス様には、意志を貰った。その意志を継ぐ事が 出来たら、それは幸せなんじゃねぇかってね。」  レイリーは、清々しい顔をしていた。レイリーに、迷いは無かった。 「俺も、健蔵様に、付いて行きますよ!」 「私は、他に行く当ても在りませんし、付いて行きますよ。」 「好きなように、やって下さいよ。」  大多数が、賛同してくれた。その心意気が、健蔵の心を奮わす。 「・・・なら、理屈はいらん!!皆、大暴れするぞ!!」  健蔵は、これ以上無い程、「覇道」の考えを示す。 「俺は、決戦の相手を決めている。お前達も、決めて置いてくれ。そいつに向かっ て、ただ突っ走ろう!どこが有利なんて関係無い。闘いたい奴と、闘おうぜ!!」  健蔵は、これまでの厳粛なるリーダーとは違う。そこがまた、皆を惹き付けるの かも知れない。グロバスとは、違う意味で、皆を引っ張って行ける存在だった。  レイリーが欲しい雰囲気は、これだった。どんな理由でも良い。皆が一つになっ て、向かって行ける意志。それが、欲しかったのだ。そしてレイリーにとって、今 の健蔵の案は、願っても無い事だった。 (俺も決めている。奴だけは、絶対・・・。俺が倒す。)  レイリーは、天人となったライバルの事を、思い浮かべていた。  そして、解散となった。それぞれは、胸に秘めた闘志を燃やしているのであった。 そんな夜、レイリーは、次の闘いに向けて闘志を燃やしていた。そんな中、誰かが 扉を叩いた。こんな時間には、珍しい事である。 「?誰だ?扉は開いてるぞ。」  レイリーは、次元城の幹部が居るべき部屋に、滞在している。誰が来ても、ノッ クする事だろう。すると、部屋に入ってきたのはジェシーだった。 「ジェシーか。どうした?」  レイリーは、ちょっと驚いたが、考えてみれば、もう尋ねて来るのは、ジェシー くらいだ。他の者は、皆、死んでしまったのである。他には、気軽に尋ねてくる者 は、「覇道」には居ないだろう。 「レイリーは、誰に突撃するつもりなんだい?」  ジェシーは、気になった事があるのだろう。 「言わなくても分かっているだろう?ジェシーの想像通りさ。アインだけは、俺が 倒す。もう決めてるんだ。」  レイリーは、正直に答える。サイジンも考えた。だが、一番、切磋琢磨したのは、 アインとだ。そのアインと最後の決着をつける。それがレイリーの理想だった。 「勝算は、あるのかい?」  ジェシーは、珍しい事を言う。 「どうしたんだ?ジェシー。らしくねーな。俺は生き様を見せつける。そのために は、保身なんか願ってられ・・・。」  レイリーが言う前に、ジェシーが胸に飛び込んで来た。 「心配なんだよ・・・。あたしが、どうかしてるのかも知れない。笑顔でアンタを 送りたい。でも、シュバルツやミュラーの最期が、目に焼き付いて離れないんだ。」  ジェシーは、シュバルツとミュラーの死が、相当堪えてるらしい。 「それが普通なのかもな。俺は今、酔ってるだけかも知れねぇ。そう言うジェシー も、あのイジェルンに、向かうつもりなんだろ?」  レイリーは、ジェシーの心配をした。イジェルンこそ、恐ろしき実力の持ち主で ある。大天使長として、如何なく実力を発揮している。 「仇は取ってあげなくちゃ、ならないのさ・・・。」  ジェシーは、半ばヤケクソになったような口調だ。 「・・・俺も同じさ。それと同時に、俺達の生きた証って奴を見せたいんだよ。」  レイリーは分かっていた。次の戦いは、死と隣り合わせだと言う事をだ。 「私は今まで、死を怖いと思った事は無かった。でも、何故か、今回は怖い・・・。」  ジェシーは長く生きている。だが、死が怖いと思ったのは、初めてだ。 「俺もだ。・・・シュバルツやミュラーと居る時は、怖く無かった。なのに、何で だろうな?・・・迫りくる死が、予感出来るせいかも、知れないな。」  「覇道」は、いくら健蔵が勢いを取り戻したとは言え、滅びる寸前である事は、 間違いない。それに、ミシェーダの時の力は未知である。恐れない方法こそ、知り たいくらいである。 「でもレイリー。アンタと居る時は、その怖さも和らぐんだ。こんな事、初めてな んだよ。」  ジェシーは、今まで魔界三将軍として、恐れられてきた。そして魔界に居る間は、 敬われはするが、対等に話す者など、皆無であった。そんな状態で、結婚話など出 ても、ジェシーは興味が無いと、突っ撥ねて来た。だが、レイリーは違う。初めて 対等に話せる仲間だった。シュバルツやミュラーですら、ジェシーには恐れを抱い ていたのに、レイリーには、それが無かった。人間出身のレイリーは、ジェシーに 対する恐れなど、変に持っていないせいも、あっただろう。 「ジェシー。俺は、生まれてから、本当に迷惑ばかり掛けてきた。親父や姉貴には、 心配ばかり掛けてきた。魔人になっても、変わりゃしねぇ。自分勝手に生きてきた。」  レイリーは自覚していた。自分が、周りに対して、どれだけ迷惑を掛けて来たか と言う事をだ。挙句の果てに、人間の体を捨てたのである。 「そんな俺が、お前達魔界三将軍に出会って、初めて役に立ったと思った。いや、 思い込んでいた。それだけに、シュバルツやミュラーの死は本当に堪えた・・・。」  レイリーは、仲間の死を悲しむ。レイリーにとって、信念を貫いてから初めて出 来た仲間だと思った。だからこそ、死なせてしまったのが悔しいのだ。 「俺はジェシー。お前の事を気に入ってるし・・・正直好きだ。」  レイリーは、ジェシーの事を、信頼できる仲間であると共に、異性としても意識 しだしていた。シュバルツに、発破を掛けられてからである。 「あたしも、アンタの事は好きさ。こんなに、失いたくない仲間を持ったのは、初 めてなんだよ。その気持ち、正直に嬉しいよ。」  ジェシーは、気持ちをストレートに言う。モヤモヤした物を吐き出すかのようだ。 「ふっ。参ったな。お互い、死ねなくなっちまったな。」  レイリーは、優しい微笑みをジェシーに投げかける。 「あたしは今、本当に嬉しい・・・。この気持ち、大切にするよ・・・。」  ジェシーは、レイリーを抱きしめる。 「ジェシー。死ぬなよ。俺も死なない・・・。」  レイリーは、願いを込めて言った。実際は、厳しいであろう事も分かっている。 でも、言わずには、いられなかった。  二人は、自然と体を重ねていった。まるで、時間を惜しむかのように・・・。  その頃、デルルツィアでは、外交団が帰ってきた。その帰りは、非常に歓迎が強 い帰りであった。何故ならば、自分達の国の基礎が、練られて帰って来たのと等し いからである。しかし、貴族達は正直、歓迎出来なかった。ルクトリアに行って来 たと言う事は、「人道」が基礎になっていると言う事だろう。「人道」の基礎は、 平等感だ。貴族が平等など望んでいる訳が無い。とは言え、相手は皇帝である。王 と皇帝に逆らう程、度胸を持ち合わせている貴族は、居なかった。  そして、この凱旋を、心待ちにしている人物も居た。それは、同行していったゼ ルバの父親であるヒルトである。息子の凱旋は、勿論の事、もう一人の息子である ゲラムの、今の様子も分かる事だろう。  その皇帝ゼイラーとケイト、そしてゼルバが、「中央の間」に戻ってきた。城の 中心部分であり、色々と話すのに、丁度良い場所だ。 「ただいま、帰りました。」  ゼルバが挨拶する。 「ご苦労だったな。ゼルバ。」  ヒルトが、挨拶を返した。 「帰りましたよ。ミクガード。」  ゼイラーも挨拶する。 「お前さんも、無事で何よりだ。例の案は進んだか?」  ミクガードは、例の法律の草案の話をする。 「焦らずとも、相談して来ましたよ。」  ゼイラーは、手直しした法案を、手にしていた。 「とは言っても、突っ込まれたのは一点ですがね。光栄な事です。」  ゼルバが、少し嬉しそうにしていた。実際は、もっと突っ込まれると思っていた からだ。思いの他、トーリスから見ても、良く出来た草案だったのだろう。 「へぇ。ちょっと見せてよ。」  フラルが、興味深そうに草案を眺める。 「これを、ほんの一瞬で出してくれました。さすがは、トーリス殿ですよ。」  ゼルバは、本当に畏れ入っていた。 「なるほどな。『大臣代表』案か。これなら、奴らの権力を分散できる上に、自尊 心も満たせると言う訳だ。さすがだな。」  ミクガードも、感心していた。他国の法律だと言うのに、ちゃんと適したアドバ イスをしてくれている。トーリスに感謝した。 「大した物だ。これで、公布出来そうだな。」  ヒルトは頷く。王政は、もう古い。自分がプサグルの最後の王になろうとも、構 わなかった。時代の流れがある。人々が望むなら、ヒルトは、この法案は、プサグ ルでも採用すべきと思っていた。デルルツィアも、この流れにあるのだ。 「ところで・・・ライルの墓には、行ったのか?」  ヒルトは、言葉を濁す。やはり、まだ信じたく無い面もある。自分の弟は、早死 にする程、柔では無いと思ってた節も在るからだ。しかし、それでいて、聞いた結 果を聞くと、ライルらしいと思う面もあった。 「行きました。・・・ライルさんは、皆に語り継がれています。ルースさんも、歴 史書として、ライルさんの生きた証を綴ると言ってましたよ。」  ゼルバは、ルースが、ライルについて著書を残そうとしている事を語る。 「ルースらしい決断だな。律儀な奴だ。」  ヒルトは、何とも言えない表情になる。ルースの配慮は嬉しいが、やはりライル は、死んだのだと言う事実は、正直辛かった。 「父上。ライルさんの分まで生きなきゃ、ライルさんに怒られますよ。」  ゼルバは、ヒルトを励ましてやる。ヒルトは急に恥ずかしくなった。 「お前に言われんでも、分かってるさ。」  ヒルトは軽口を叩く。ゼルバの配慮が嬉しかった。 「ゲラムは大丈夫だった?」  ディアンヌが尋ねてきた。ディアンヌからしてみれば、一番気になる点だろう。 「母上。ゲラムは、私達の知ってるゲラムではありません。私が成長を、しかと、 この腕で、確かめて参りました。」  ゼルバは、自信を持って言い切った。そして、半分折れて途中から溶けて無くな っている剣を、皆に見せた。 「これが、今のゲラムの力です。私は本気で、ゲラムに掛かって来るように言った ら、この様ですよ。正直、震えが止まりませんでしたよ。」  ゼルバの剣を見れば、人間業とは思えない強さを、ゲラムは手に入れている事が、 分かる。しかしディアンヌは、それでも心配だった。 「でも、あの子の戦う相手は、神様に魔族よ?」  ディアンヌは、人間離れした力をもってしても、まだ心配なのだろう。息子だか らこそ、信頼しているが心配なのだ。 「母上。あの子は絶対に死にません・・・。あの子も見つけたようですからね。生 涯、守るべき女性をね。」  ゼルバは、驚くべき事を告げる。 「ほ、ホントなの!?」  ディアンヌは驚いた。ゲラムは、まだ15である。驚くのも無理は無い。 「あの子は、隠そうとしてましたが、間違いありませんよ。」  ゼルバは、ルイとゲラムが、恋仲だと言う事は、すぐに気が付いた。素振りを見 せずに居ようと思えば、思う程、バレバレなのであった。 「皆、早い物ねぇ・・・。あのゲラムまで・・・。」  ディアンヌは、ちょっと嬉しく思ったが、少し寂しげだった。 「ゲラムにねぇ・・・。ちょっと信じられないわねぇ。」  フラルも、少し複雑な思いだった。ゲラムは、可愛い弟である。そのゲラムに、 恋人が出来るなんて、中々想像が付かない。 「ゲラムは、もう子供じゃありませんよ。2人共。私に言い放ちました。『数々の 戦いを見てきて、自分は力になれると思った。だから、この戦いを見届けるまで、 絶対に退かない!』とね。私は、その言葉と、力に納得して帰ってきたのですよ。」  ゼルバは、ゲラムの言葉を正確に伝える。その言葉に、家族は皆、嬉しいような 寂しいような顔をする。 (私と一緒ですね。ゲラムの成長振りには、驚かされましたしね。)  ゼルバは、ゲラムの意志を信じていた。 「フラル。ゲラムは成長したんだ。認めてやれよ。こんな言葉を聞かされたら、俺 の血まで、熱くなって来るくらいだぜ。」  ミクガードは、ジークの仲間達を、本当に羨ましく思った。ここまでの意志を、 全員が持っていると言うのだろうか?「人道」を貫けると言うのは、幸せな事だと 思った。自分も、負けられないとまで思ってしまう。 「私だって、まだ心配はあります。でも、ゲラムは止めても無駄でしょう。自分の 信念を、貫こうとしています。私では、とても止められる気がしませんでしたよ。」  ゼルバは、付け加えてやる。 「あの甘えん坊だったゲラムが・・・はぁ・・・。この目で成長が見たかったわ。」  ディアンヌは、正直な気持ちを答えた。 「アイツも男だったって事だな。俺も寂しいけど、それ以上に誇りに思う。」  ヒルトは、ゲラムの成長振りと信念に、驚かされるばかりだ。 「で?相手の人は、どんな感じだった?」  フラルは、そっちの方が気になるようである。 「気が強そうなお嬢さんでしたね・・・。まぁ、ゲラムには、丁度良いんじゃない ですか?」  ゼルバは、お似合いだと思っていた。 「ふぅん。まぁ私が、その内、見てあげるわ。」  フラルは目を細くする。何だか怖い目をしていた。 「おいおい。変な口出しするなよ?」  ヒルトは、フラルを宥めようとする。 「ゲラムのお相手を見極めるのは、重要な事よ?」  ディアンヌまで言い出した。ヒルトは、物凄く悪い予感がした。 「・・・おい。ゼルバ。余計な事で、アイツを困らすなよ。」  ヒルトは、ゼルバに耳打ちする。 「私は、正直に答えただけなんですがねぇ・・・。」  ゼルバも、こういう反応が返ってくるとは思わなかったらしく、少し後悔する。  ゲラムは余計な事で、困る種が増えたようだ。本人は、全く知らない事なのだが ・・・。ゲラムは、つくづく苦労人なのであった。  中央大陸のジークの家を中心に、「人道」の者達は、休息を取っていた。結構早 く、進軍したため、疲労が溜まっていたからだ。修道院の人達も皆、協力してくれ たので、十分な休息を取れる事となった。とは言え、こんな大軍では、全員は入ら ない。ちゃんと陣を張って、キャンプを作って休みを取っているのであった。  ジークの家には、ジーク達、主要な人物が泊まる事になった。きちんと整備され ている。これも、プサグルから派遣されて来た整備係のおかげだ。それに、スーパ ーモンキーのスラートが居た。中々に久しぶりである。ジークやトーリスにとって も、ジークの、誕生祝以来であるから、実に1年半振りだ。スラートは、派遣の整 備係と共に、この家の整備を徹底して行っていた。それと、グリフォンやらペガサ スなどの世話までこなしていた。スラートは特別なのである。この猿は、普通の猿 では無い。身体能力も普通の猿の10倍は超えているし、言語も話す事が出来る。 「俺っちは寂しかったぜぇ?全く、この家と、コイツらを任されてたから、やって たけどよぉ。たまには、帰って来たら、どうなんだっての。」  スラートは、愚痴を零していた。だが本当は、久しぶりにジーク達に会えて、嬉 しいのだ。照れ隠しに、憎まれ口を叩いているに過ぎない。フジーヤ達の家から、 グリフォンやペガサスを連れて、ここに来て、全ての世話をやってくれていたのだ から、有難い限りである。 「いやぁ、本当に、色々ありましてね。」  トーリスは、スラートに申し訳無さそうにしていた。スラートは、幼い頃から知 り合いである。スラートは寿命も長いので、今は31歳である。だが、衰える様子 は、全く無い。トーリスにとって見れば、兄も同然だった。 「ま、気にしなさんな。フジーヤの息子は、俺っちに取っちゃ弟よ。気にするこた ぁねぇよ。フジーヤも、連絡くらい寄こせってんだ。」  スラートはニカッと笑う。トーリスも笑って見せたが、その表情は冴えなかった。 (スラートは、まだ父さんの死を知らない・・・んですよね。)  トーリスは、言い辛かった。スラートが明るければ明るい程、言い出し難い。ジ ークは、それを見て、拳を握り締めながら堪えていた。フジーヤの死因は、ジーク にもあるのだ。ジークにとっては、辛いだろう。 「何、染みったれた顔してるんだよ。ひっさし振りなんだ。ご馳走するぜ?」  スラートは、意に介さず、料理の用意をしようとする。器用な猿だ。 「スラート。ありがとう。さっきも話した通り、皆、決戦前で気が高ぶっているの ですよ。暗い顔は、行けませんよね。」  トーリスは、暗い素振りを、見せないようにする。 「スラート。食事は、私にやらせてよ。久しぶりの自宅だしさ!」  レルファが、自分でやると言い出した。 「あたしも、手伝うよー。」  ツィリルも、手伝いたいと思った。 「私もやるヨ。腕が鈍ったら、大変ネ。」  ミリィも、勿論やる事にした。 「あたしは、専門外なんでパスよ。その代わり、アンタに良いもん見せたげる。」  ルイは、スラートを前に踊りを披露しだす。この頃、ゲラムに踊りを見せる事が 多い。ルイは、踊りをそれ程、好きでは無かったが、ゲラムが、才能があるのに勿 体無いと言ってるので、近頃、練習を再開したりしている。 「お?姉ちゃん、すげぇな!俺っちも負けられねーな!」  スラートは、喜び勇んで、ルイの隣で踊りを見せる。とても猿とは、思えない程、 しなやかな踊りを見せる。さすが、スーパーモンキーである。 「・・・ほほぉ。アンタやるわね。」  ルイの対抗心に、火が付いたみたいだ。 「・・・姉ちゃんこそ、俺っちに付いてこられるとは、只者じゃねぇな。」  スラートは、意地悪い顔を見せる。すると、二人で恐ろしい程、激しい踊りを踊 り出す。あの分では、しばらくは踊っている事だろう。 「ルイさんは、ああなったら止められないんだよね。決戦に響かなきゃ良いけど。」  ゲラムは、心配してしまう。 「良い運動になるだろうさ。俺達も、少し体を動かそうぜ。」  ジークは、ゲラムとサイジンを訓練に誘う。 (スラートの楽しそうな踊りを、邪魔したくない。)  ジークは、そう思っていた。フジーヤの死の原因が自分にあるのだ。普通に接す る事が、中々出来ないで居た。  スラートとルイの所には、兵士や人々の人だかりが、出来ていた。さすがはスー パーモンキーと、踊り子の里の家元の娘だけはある。  トーリスは、ジュダや赤毘車、ミカルドらが居る修道院の方に向かう。魔力の底 上げや、戦術方針などの、練り上げをやってるので、手伝いに行こうと思っていた。  台所では、食事の支度をしていた。食料は、たっぷり持って来ている。軍を動か すのに、食料が尽きるのだけは、避けたい所だからだ。道中で蓄えながらなので、 中々減りもしない。「人道」を応援してくれる人が、たくさん居たおかげだろう。 ミリィは、勿論の事、レルファも、腕によりを掛けていた。久しぶりの家だから、 それだけで気合が入っていた。ツィリルは、この頃トーリスに料理を教わる事が多 く、真面目に頑張って来たので、手伝いたくて仕方が無いようだ。 「しゃべるお猿さんは、私、初めて見たヨ。」  ミリィが、料理しながら、スラートの事を話題にしていた。 「スラートは、口が結構伸びるんだよー♪」  ツィリルは、昔引っ張り過ぎて、スラートに細い目で見られた事があった。 「ツィリルちゃんは、あの時、スラートの口ばっか引っ張ってたわよね。」  レルファも、思い出したようで笑い始める。 「今度は、私が引っ張ってみるヨ。」  ミリィは、引っ張る仕草を見せる。 「あれから、もう1年以上も経つのよね。」  レルファは、ジークの誕生会を昨日の事のように思い出す。楽しかった事を思い 出す。またやりたいと思う。それまで、絶対に生き残ろうと思う。 「楽しかったけど・・・わたしは、今の方が幸せだよ。」  ツィリルは、アインが居ない寂しさはある。レイアと別れた悲しさもある。だが、 それ以上に、トーリスとの結婚が、ツィリルにとって、一番の幸せだった。それに 何も知らなかった、あの時よりも、今の方が幸せだと思う。 「そうね。私もよ。これからも、幸せになりましょうよ。」  レルファも賛同していた。暗い気持ちで落ち込んでいても、何も始まらないのだ。 「私は、母さんの事が、少し気になるネ。」  ミリィは、レイホウの事を、忘れることは無かった。レイホウは、ストリウスで 待っているのだろうか?あそこは、それぞれの道が、別々に独立している危ない国 だ。この頃は、「法道」に傾いて来ているとの噂も聞く。 「サルトラリアさんが居るから、大丈夫よ。」  レルファは、サルトラリアの事を思い出す。彼も、この戦いに来たかったが、ス トリウスを守るために、わざと残ったのだった。 「そうネ。あの人なら、信頼できるネ。」  ミリィも、サルトラリアの誠実さと強さを、信じていた。 「それにしても・・・ここに居ると、色々思い出しちゃうわ・・・。」  レルファは、溜め息を吐く。どうしても、死んだ父ライルの事を思い出す。 「レルファちゃん・・・。」  ツィリルは、心配する。 「大丈夫よ。もう誰も死なせない。そのために、皆で頑張って来たんだもんね。」  レルファは、この頃自信を持っていた。色々な人を助けてきた。時には、力不足 の事もあったが、自分の魔法のおかげで、守れた事もあった。それだけに、自信を 持ち始めていたのだ。 「そうだね!でも、わたしは忘れないよ。ライル叔父さん。繊一郎さん。サルトリ アさん、レイアさんにルイシーさんとフジーヤさんも・・・。」  ツィリルは、そう言いながら固まる。つい料理を溢してしまう。その視線の先に は、スラートが居たのだった。 「・・・スラート?」  ツィリルは、ビックリした。まだ踊っている物だとばっかり、思っていた。 「ツィリル。・・・おいツィリル・・・。フジーヤは・・・死んだのか?」  スラートは、どうやら少し前の辺りから、聞いていたようだ。 「や、やだなぁ。名前を言っただけ・・・。」 「嘘吐くなよ!!おい!フジーヤから連絡無いってのは、そう言う事なんだな!?」  スラートは、涙を浮かべる。スラートにとって、フジーヤは育ての親だ。掛け替 えの無い人物なのである。ツィリルは下を向く。 「・・・その通りですよ。スラート。」  後ろにトーリスが立っていた。 「センセー・・・。ごめん。」  ツィリルは謝る。 「ツィリルが謝る事は、ありません。いずれ・・・話すつもりでした。」  トーリスは、目を伏せる。 「そんなの嘘だって言えよ!!おい!!」  スラートは、歯軋りする。悔しくて堪らなかった。 「俺っちを残して、フジーヤが死んだってのかよ!!嘘だぁ!!!」  スラートは地面を叩く。余りにも、残酷な宣告だった。 「スラート。・・・責めるなら、俺を責めてくれ。」  今度はジークが立っていた。この騒ぎを聞きつけたのだろう。 「ジーク・・・。」  ミリィは、ジークの覚悟の出来た顔を、真っ直ぐ見ていた。 「俺は一度死んだ。その時に、父さんの肉体とフジーヤさんの「魂流操心術」で、 助けられた・・・。」  ジークは話してやる。その言葉で、スラートは理解する。 「アイツ・・・魂なんて戦乱の時から吸ってねぇのに・・・無理したんだな?」  スラートは悟る。「魂流操心術」を使うには、大量の魂の力が要る。フジーヤが、 昔ルースを助けた時は、若い頃で、許せない敵の魂の力を、どんどん吸い取ってい た。なので使っても、疲れる程度だったのだ。  しかし、魂を吸うのは、戦乱が終焉を迎えた時に辞めた。どんな理由があろうと も、それは生命と逆行していると、気付いたからだ。 「でも、アイツが無理したって、死ぬもんか!!どっかで生きてる!!」  スラートは首を横に振る。どうしても、認めたく無かったのだ。 「おい!!好い加減にしろよ。スラートよぉ。」  いきなり後ろから声がした。その声は、間違いなくフジーヤだった。 「フ、フジーヤ?」  スラートは、涙を流しながら、その声に近づく。声を発したのはトーリスだった。 「センセー・・・。フジーヤさんに体を貸してる・・・。」  ツィリルは、涙目になった。自分が、レイアに体を貸してる時の状態に、極めて 似てたからだ。雰囲気も髪の色まで、フジーヤその物になっていた。 「良く聞けよ。スラート。俺は確かに死んじまった。まぁ、ちょっとドジっちまっ た。犠牲になろう何てつもりは、サラサラ無かったんだがよ。」  フジーヤらしい言葉だった。フジーヤは、ジークのために死んだなどと、言うよ うな人物じゃ無かった。 「まぁ結果は結果だ。仕方がねぇさ。だがよ。これで良かったんだよ。スラート。 おめぇは頭が良い。そう言う風に俺が叩き込んだ。分かってるな?」  フジーヤは、ニヤリと笑って、スラートの頭を撫でてやる。 「うん。フジーヤには、いっぱい教えてもらったからよ。でも、恩返ししてねぇじ ゃねぇか!その前に死んじまうなんて、ズルいよ!!」  スラートは、目に涙をいっぱい浮かべていた。どうしても、納得出来ないのだ。 「馬鹿野郎!恩返ししろ何て、誰が言ったよ。そんな事、気にするんじゃねぇよ!! 良いか?お前は、俺の言う事を、良く聞いてくれたんだ。それで十分ってもんだ。」  フジーヤは、優しくスラートの頭を撫でてやった。 「そうよ?フジーヤは、言葉に出さなかったけど、とっても感謝してたんだから。」  突然ツィリルの様子が変わった。どうやら、ルイシーに体を預けたようだ。 「ルイシーさん。でも俺、一人だけ知らなかった・・・。何か悔しいよ。」  スラートは、子供みたいに泣いていた。 「それは、フジーヤのせいね。貴方、スラートにも、ちゃんと伝えなきゃ。」  ルイシーは、意地悪っぽく笑う。 「あの時は、んな暇無かったんだよ。全く痛い所を付いてくるぜ。・・・まぁ、悪 かったよ。でもな?スラート。俺は、お前を、そんな女々しく育てた覚えは無いぞ。」  フジーヤは、含み笑いをする。 「お前は、世話焼きだが一人で生きていける。そんな逞しさがあったから、俺は、 心配しなかったんだぞ?お前は、俺が死んでも心配掛けるような、奴だったのか?」  フジーヤは、スラートの目を見る。 「馬鹿にするない!俺っちは、フジーヤにだけは、心配掛けさせたく無いんだよ!」  スラートは、膨れっ面になる。 「なら、それを実行しやがれ!わざわざ俺に、トーリスの体を使わせるなよ。おめ ぇの事は、いつでも見張ってるんだからよ。」  フジーヤは、スラートの頭を、もう一回撫でる。 「その言葉で安心したよ。俺っちだけ、仲間外れじゃ無かったんだな?」  スラートは、表情が明るくなる。 「おめぇさんだけじゃねぇ。グリフォン達やペガサス達の事も、忘れちゃ居ねぇよ。 俺の誇り何だぜ?おめぇさん達はよ。手間掛けさせんなよ。」  フジーヤは、ペガサスやグリフォンの方も見る。皆、悲しげに鳴いていた。 「それとジーク。おめぇも、あんまり気にすんなよ。それに、俺の魂の分、預けて るんだからよ。神や魔族なんかに負けるんじゃねぇ!!それだけだよ。」  フジーヤは、ジークにも声を掛ける。 「はい!!俺は、この戦い、絶対負けません。見てて下さい!」  ジークは、背中のゼロ・ブレイドに誓って、この戦いは勝つと決めている。 「ま、そう言う事だ。仲良くやれや。俺を失望させるなよ?」  フジーヤは、そう言うと、トーリスから離れていった。 「私も見てるかんね。頑張りなよ!」  ルイシーも、そう言うと、ツィリルの体から離れていった。 「・・・父さんらしい受け答えでしたね。」  トーリスは、晴れやかな笑顔をしていた。 「・・・けっ。おい。ジーク!!」  スラートは、ジークの方を向く。 「アイツの言葉だ。もうグダグダ言うつもりはねぇ。だが、絶対負けるんじゃねぇ ぞ。フジーヤの魂を無駄にしたら、ただじゃ置かねぇからな!」  スラートは、そう言うと、ジークと握手する。 「ああ。俺は一人じゃない。何より、俺自身のためにも、絶対負けないさ。」  ジークは宣言する。助かった命を、無駄にするつもりは無い。ライルの血肉に、 フジーヤの魂を貰って、生きている身だ。「人道」のためにも、負けられない。 「なら、そろそろ飯にしようぜ!俺っち、腹が減っちまったよ。」  スラートは、お腹を鳴らす。 「すっかり忘れてたネ。さっさと作るヨ!」  ミリィが、焦ったように料理の続きをする。それにつられるように、レルファと ツィリルも手伝う。  スラートは、フジーヤの言葉で目が覚めた。そして、フジーヤが望んだように、 ジークが、この戦いに勝利するように願うのだった。  ソクトア大陸の中央南に位置する、ジークの家。そして、ジークの母マレルが、 修行を積んだと言われる修道院がある。静かな所だが、時々、野戦病院みたいにな る。そして、近々そうなるだろう事は、予想出来た。「人道」を信じる軍が、休み を取っているのだ。当然だろう。  その夜中、一人起き上がった者が居た。そして、こっそり抜ける。何かに気が付 いた様子で、周りを警戒していた。 「どこに行くつもりだ?」  後ろから声がした。その声は、赤毘車だった。 「赤毘車か。脅かすなよ。」 「脅かすも何も、急に抜け出すからビックリしただけだ。何かあったのか?ジュダ。」  抜け出したのは、どうやらジュダのようだ。 「いや、久しぶりの気配がしたから、用事が出来たのかと思ってな。」  ジュダは後ろを指差す。すると、本当に久しぶりの人物が、顔を出した。 「良く気が付いたな。」  ソイツは、ジュダを誉める。 「親父を忘れる程、耄碌しちゃいねぇよ」  ジュダは、軽口を叩く。すると、パムが姿を現した。 「ちょっと、気になる事があってね。」  ポニも居たらしく、姿を現した。 「あまり芳しくない情報だろうなぁ・・・。」  ジュダは、嫌な顔をする。パムとポニが、ただ会いに来たと言うのでは無く、情 報を持ってくる時は、役立つのだが、悪い報せの事が、多かった。 「まぁそう言うな。それに、お前だけじゃねぇ。天界全部に関わる事でもある。」  パムは、真面目な顔をして答える。どうやら、ふざけた話では無いらしい。 「・・・聞かせてくれ。」  ジュダも、真面目な顔になった。 「ミシェーダの事だ。・・・アイツは、200年に一度だけ使える能力があると言 う噂だ。その能力は・・・時を操る能力らしい。」  パムは、自分で言ってて、信じられなかった。しかし、それが本当なら、その間 は無敵と言う事にもなりえる。 「運命神の名の通りって所か・・・。」  赤毘車も、警戒を緩めない。 「・・・思い当たる節があるな。今回、ミシェーダとグロバスが激突した時、突如 2人の気配が消えて、ミシェーダだけが戻ってきた・・・。偶然か?」  ジュダは、今の話を聞いて、ミシェーダの動きを思い出した。 「偶然じゃないかもな。グロバスは、とてつもない瘴気を放っていた。天界にも届 く程だったからな。」  パムとポニは、ミシェーダとグロバスの激突を感じていたのだ。ソクトア全土だ けでは無かったのだ。それ程の衝撃だった。中央大陸の西と東が、それぞれ違う形 に、抉れているのが良い証拠だ。激突は、そこまで凄まじかったのだ。 「と言う事は、奴は、その能力をもう使ってしまったと言う事か?」  赤毘車は、頭の中で整理していった。 「そうかもね。でも、油断出来ないわよ。」  ポニは、飽くまで心配していた。 「そう言う事だ。油断していると、アイツは何しでかすか分からん。」  パムも、警戒を呼び掛けていた。 「俺は、この200年アイツを見てきた。リーダーとして、そつなく仕事は、こな していたが、ゼーダのように、身を張って何かをしようとは、しなかった。そのせ いかも知れん。200年前と比べて、危機感が無い神が多いんだよ。」  パムは、何もしなくなって来た神が、多くなって来た感を、否めなかった。 「だからかもな。このソクトアを、第2の天界に仕立て上げようとしているのは。」  パムは、ミシェーダが、天界を見放し始めているのを感じていた。 「勝手な奴だ。失敗を、受け止めようとしねぇとはな。」  ジュダは、つくづく呆れ果てた神だと思った。 「しかし、親父達が来てまで教えてくれるなんて、珍しいな。」  ジュダは意外に思っていた。任せると言っていたので、てっきり来ない物だと思 っていた。 「今回は特別さ。奴は、大罪の疑いがあるからな。」  パムは、ジュダ達が心配と言うだけで、来たのでは無い。 「ミシェーダの、この噂が真実なら、ゼーダを、追放したかも知れないと言う、嫌 疑が掛けられている。」  パムは、驚くべき事を、口にする。 「でも、神のリーダーなのに、それは無いでしょう?って事で、天界は、楽観視し てるのよね。でも、私達は、真実に近いと考えているわ。」  ポニが、説明してやる。 「あり得るな・・・。ミシェーダは、自尊心の強い神だ。ゼーダに対しては、かな りコンプレックスを、持っているようでもあったし。」  赤毘車も考える。ミシェーダの事は、正直信用出来ない。 「それも確かめろって、事だろ?」  ジュダは、パム達を見る。ただ説明するだけで、ここに来る訳が無い。 「そう言う事だ。さすが、察しが良いな。」  パムは、悪戯っぽく笑う。その仕事を言い渡すのが、今回の目的だった。 「そんなこったろうと思ったぜ。相変わらず、人使いが荒い事だな。」  ジュダは頭を掻く。だが、こういう仕草をする時は、大概は、引き受ける時の合 図だ。何より、自分の目で真実を確かめたいのもあった。 「俺達は、まだ『あそこ』の仕事が終わってないから、見届けられねぇのさ。」  パムは、そう言うと、天界への扉を作ろうとする。 「なる程な。拗れそうなのか?」  ジュダは心配する。パムは、ジュダの肩を叩いた。 「ここ程じゃねぇよ。ただ、もう少し掛かりそうだから勘弁しろよ。」  パムは、天界へ帰る扉を作る。 「遠くからでも、応援してるから、頑張りなさいよー。」  ポニも、その扉の中に入っていく。そして、二人は扉の中へと消えていった。天 界に帰ったのだろう。 「全く・・・。息子に、仕事押し付けて帰るんだから、性質が悪いぜ。」  ジュダは、そう言いながらも、満更でも無かった。 「フッ。しかし、問題はミシェーダだな。奴の横暴振りは、この頃、目に余る。も し、前リーダーを追放したのが、奴だとしたら、許せぬな。」  赤毘車は、さっきの話を思い出す。ミシェーダなら、ありえると思った。天界で、 皆が見ている時は、そつなく仕事をこなしながらも、何とか体面を取っていたが、 このソクトアに、着手してからのミシェーダは、まるで独裁者のようであった。 「ま、なるように、なるだろうさ。俺が見極めてやるよ。」  ジュダは、どっちにしろ、ミシェーダとは、決着をつける時が来るだろうと、睨 んでいた。今度の決戦では、ミシェーダと闘うのは、自分しか居ない。 「お前の事は信頼しているが・・・無理して、命を落とすのは、許さぬからな。」  赤毘車は、心配していた。既に赤毘車のお腹の中には、ジュダとの子が居るのだ。 「心配するな。俺は子供の顔を見てないのに、やられるような柔な実力じゃないぜ。」  ジュダは、赤毘車を安心させてやる。この頃、赤毘車は、ツワリなどの、傾向も 見られている。何より、お腹が僅かだが、膨れて来ている。 「赤毘車。お前こそ、無理するなよ。俺達の子供のためにもな。」  ジュダは、赤毘車の方を心配した。赤毘車も、つい無理をするタイプである。そ れが元で、お腹の子が、やられてしまうかも知れない。 「フッ。ジュダは知らんのか?母は、強いのだぞ?」  赤毘車は薄く笑う。もう、母だと言う自覚は、芽生えて来ている。お腹の子のた めに、死力を振り絞るつもりでいた。そして、絶対にジュダと今後も生き続ける。 そんな強い決意が、赤毘車を包んでいた。 「ま、心配するな。俺達は、俺達だけじゃない。良く出来た仲間が居る。負けない し、負けられないさ。奴らが、許しちゃくれんよ。」  ジュダは、ジーク達のことを言う。ジーク達は、自分達を特別扱いしていない。 それが、逆にジュダ達にとって、嬉しい事であった。それに対して、最大限、力を 尽くしたいと思っている。ジーク達の未来のためにも、竜神として、剣神として、 ソクトアを「人道」と言う共存社会に、してやろうと思った。  全ては、未来のために若い神は、決意を固めるのであった。  その夜、「人道」の中で、森を寝床とする者が居た。それは、妖精達の軍と、リ ーアとミカルドの、妖精の森出身の者達であった。彼らは、森の中の方が、落ち着 くのだ。リーアは、ミカルドと一緒に、エルザードの所に向かっていた。エルザー ドは、妖精の森の長であり、今度の戦いでも、重要な役割を担っている。  ミカルドは、その戦いの前に、言って置きたい事があった。エルザードに、直接 言わねば、後悔する事になるかも知れない。  それにしても、結局リーアは、最後まで付いて来てしまった。最初は、安全のた めにも、残して行こうと思っていたが、リーアは、絶対に離れようとしなかった。 ミカルドが、一人で闘っていたら、無茶をすると、分かっていたからだ。  それにしても、もう「覇道」も、魔族も勢力が落ちてきている。グロバスの失踪 で、魔族は、追われる身となってしまった。ミカルドとしては、少し複雑な気分だ った。魔族として、「覇道」に加わる気は無い。ミカルドは、敢えて「人道」を選 んだのだ。とは言え、魔族が衰退していく様を見るのは、酷であった。リーアは、 ミカルドが毎日、死んだ兄弟や知人のために、溜め息を吐いているのを知っている。  ミカルドは、優しすぎるのだ。闘いが好きでしょうがないのに、優しい。そのせ いで、いつもスレスレの闘いを強いられる。それでも、ミカルドは明るく振舞う。 卑怯な手を使って、ジーク達を殺そうとしてたとは言え、兄弟であるガグルドを殺 した事に付いて、まだ後悔している。そして、森を守るためとは言え、手に掛けて しまったアルスォーンの事も、後悔しているのだ。 (背負い過ぎなのよね。ミカルドは・・・。)  リーアは、それを少しでも、和らげたいと思う。ミカルドは、本当に苦しそうに している。自分の中に流れている魔族の血、そして、自分がして来た行動について、 まだ納得出来ないで居るのだ。今でこそ、目的意識をもって「人道」に付いて行っ てるが、昔のミカルドは、正に闘う修羅であった。 「長に、何を言うつもりなの?」  リーアは、尋ねてみた。 「色々と世話になったからな。そのお礼も兼ねて、忠告しようと思ってな。」  ミカルドは、優しく答える。実際ミカルドは、エルザードと共に、妖精の森を守 れた事を、誇りに思っている。  やがて、エルザードの陣が見えてきた。妖精の精鋭部隊を中心とした、「人道」 の中でも、特殊な部隊だ。今は寝静まっている。森の中の陣なので、敵にも発見さ れ難い。それでも、誰かが見張りに立っていた。 「・・・そこの者。ここに何か用か?」  見張りが、警戒を強める。 「見張り、ご苦労様だな。俺だ。」  ミカルドは、見張りに顔を見せる。すると、見張りは顔を崩す。 「ミカルド様でしたか。夜分遅くに、何用です?」  見張りは、ミカルドの事を尊敬している。ミカルドは、妖精達にとって、恩人に 等しいのだ。そして、それはエルザードの心の表れとも言えた。 「エルザードと、話したい事があってな。」  ミカルドは、正直に話す。 「分かりました。お通り下さい。エルザード様は、陣中央で休憩中です。何やら、 考え事があるご様子でしたが・・・。」  見張りは、丁寧に話してくれる。 「そうか。エルザードも、何か思う所が、あっての事だろう。見張り頑張れよ。」  ミカルドは、見張りを励ましてやる。 「はい!ありがとう御座います。」  見張りは、ミカルドに声を掛けられて、嬉しかったようだ。 「長は、まだ起きているのかしら?」  リーアは、寝ている所に邪魔するのは、拙いと思ったのだろう。 「起きているさ。陣中央辺りで、研ぎ澄ませたような闘気を感じるからな。」  ミカルドは、エルザードが次の戦いのために、備えているのを感じる。  陣中央に着いた。案の定エルザードは、胡座を掻きつつ、目を閉じては居たが、 闘気を集中させて、精神を落ち着かせていた。 「・・・ミカルドか?」  エルザードは、気が付いたようだ。 「ああ。修道院で、ジュダ達と色々話してきた。あそこじゃ落ち着かないから、こ っちに来たぜ。」  ミカルドは、そう言いつつも、ジュダ達と話し合って来た戦術を書いた紙を、エ ルザードに渡す。エルザードは、それに目を通す。 「なる程な。私にとっても、この戦術が好都合だ。」  エルザード率いる妖精部隊は、主に新たな敵が来ないか、警戒する役目だった。 妖精族は、揃って聴覚と嗅覚が優れている。この役目は、打って付けだ。しかも、 場合によっては、迎撃しても良いと言う、自由付きだ。 「俺の思った通りの、反応をするなぁ。」  ミカルドは、エルザードが目を通して、納得の表情をする事を読んでいたようだ。 「お前には、理由も、分かっているのだろう?」  エルザードは、ミカルドに言い返す。 「・・・ミライタルだろ?」  ミカルドは、エルザードの弟の名前を出す。ミライタルを倒すために、都合の良 い作戦だった事で、エルザードは納得したのだ。 「アイツの気配がする。闘いが近い事も、分かっている。」  エルザードは、ミライタルが失踪したと言うが、間違いなく自分を狙ってくるで あろう事が、分かっていた。血を分けた肉親だからこそ分かる事だ。 「そうか。やっぱり闘うのか。」  ミカルドは、溜め息を吐く。 「どうした?止めようと言うのか?お前らしくも無い。」  エルザードは、ミカルドは、闘いが好きな男だと言う事を、分かっている。 「俺も、余り無粋な事は、言いたくない。だが、お前が闘う相手は肉親だからな。 余り賛成は出来ん。兄弟を殺した、俺が言うのも変だがな。」  ミカルドは、それが言いたかったのだろう。そして、兄弟間の殺し合いを、避け て欲しいと思っていたのだ。 「お前は、相変わらずだな。この戦いを前にして、私の事を心配するなんてな。」  エルザードは、ミカルドの甘さが、逆に心配だった。 「その言葉は受け取る。だが、残念だが、避ける事は出来ぬ。奴は、私の大切な同 胞を、たくさん殺した。兄弟だからこそ、この事実を許す事は出来ぬ。」  エルザードは、固く誓っていた。必ず仇を取ると・・・。 「ミカルド・・・変な事を聞くが・・・兄弟を手に掛けた時、どんな気分だった? ・・・私も、いざ、その時が来ると、どうなるか分からん。」  エルザードは、迷っていた。やはり兄弟である。なるべく、闘いたくないのだ。 「そうだな・・・。やっぱ混乱してたよ。でも・・・それ以上に、卑劣な手段を使 ったガグルドを、俺は許せなかった。魔族としての、誇りすら無い兄弟を、俺は許 せなかった。だがそうだな。アルスォーンの時は違ったな。アル兄貴は、非道では あったが、誇りを捨てなかった。倒した時に俺の中に残ったのは、悲しみだったな。」  ミカルドは、アルスォーンとガグルドの時で、微妙に気持ちにズレがあった。 「多分、私もミライタルを倒したら、そう思うだろうな・・・。だが、後悔しない。」  エルザードは、ミライタルだけは、自分が倒さなくてはならないと思っていた。 「覚悟が出来ているか。なら、もう野暮なことは言わん。後悔するような闘いだけ は、するんじゃないぞ。」  ミカルドは、自分が味わった後悔感を、エルザードには味わって欲しくなかった。 「お前は相変わらずだな。人の心配してる場合じゃ無いだろう?」  エルザードは、ミカルドの優しさを逆に心配する。何せミカルドの相手は、究極 の力を手に入れた、クラーデスなのだ。心配しない訳が無い。 「親父との闘いは、後悔しないさ。親父は放って置いちゃ行けねぇんだ。ソクトア を、全て壊して、新しい世界を作ると言うのは、もはや狂気だ。」  ミカルドは、クラーデスが何で、あそこまで力に固執してたのか分かった。 「親父は、自分に従う者だけを残して、ソクトアを消し去ろうとしている。そんな 事、俺は絶対に認めねぇ!」  ミカルドは、熱く語る。ミカルドは、ソクトアが気に入っていた。それだけに、 ソクトアを、私利私欲のために消し去ろうとするクラーデスを許せないのだ。 「お前にも、信念があるのだろう。だが、無理だけは、するなよ。」  エルザードは、ミカルドが無理をしてしまう性格だと言う事を、知っている。 「長の言う通りよ。私、この頃、気が気じゃないんだから・・・。」  リーアも口添えをする。ミカルドは、つい頬が緩んでしまう。 「心配掛けっ放しで、悪いな。」  ミカルドは、リーアの心配そうな表情に弱い。 「俺の体が、人間に近くなって来ていると言うのも、何かの兆候だろう。俺は、こ の戦いが終わったら、どうなるのか分からん。」  ミカルドは、自分の体の異変に気が付いていた。ジークと闘った後、急速に、体 の造りが変わって来ている事にも、気が付いていた。 「『先祖託生』か。私も、始めてみる現象だ。だが、お前なら、その資質がある。」  エルザードは、ミカルド程、魔族の中で、人間に近い奴は居ないと思っている。 「ジュダの話だと、寿命は変わらねぇって話だから、少し安心だけどな。変な話だ。」  ミカルドは、これから人間として生きていくのか、魔族として生きていくのか、 悩む時期が来る事だろう。今は、どちらでも無いような状態なのだ。いや、今だけ では無い。今後も、この状態は続くだろう。その時はリーアが支えてやろうと思う。 「まぁ、俺にとっちゃ、今が全てだ。親父を止める力が欲しい・・・。」  ミカルドは、人間に生まれ変わって、クラーデスを超えられるのなら、それでも 良いと思っている。魔族のままで超えられるなら、それはそれで良いと思っていた。 (親父は、止めなきゃならねぇ。)  ミカルドは、強くそう思っていた。妖精の森を滅ぼさせる事だけは、絶対に防ぐ 気持ちだった。 「私は、そろそろ明日のために、休息を取る。お前達も無理するなよ。」  エルザードは、気遣ってやると、自分の休息地に向かう。 「俺達も、休むか。」  ミカルドは、リーアに優しげな眼差しを向ける。 「そうね。私達も休みましょ。」  リーアは、ニッコリ笑う。その笑顔は、真にミカルドを労う笑顔だった。 「・・・リーア。お前に、言いたい事がある。」  ミカルドは、リーアに真剣な眼差しを向ける。 「何?」  リーアはミカルドの方を向く。するとミカルドは、リーアの唇を自分の唇で塞ぐ。 「・・・!・・・。」  リーアは、最初は戸惑ったが、やがて、嬉しそうにミカルドを見つめる。 「・・・ありがとよ。・・・この言葉は、お前にしか、返せない。俺のために尽く してくれた。そして、俺を第一に考えてくれた・・・。俺は、いつ倒れるか分から ない。だけど、お前の事が好きだと言う気持ちは、もう誰にも負けない。」  ミカルドは、リーアの事を愛していた。リーアは、その言葉に涙する。 「馬鹿ね!だったら、絶対生きて帰りなさいよ!!そうじゃなきゃ許さないわよ!」  リーアは、ミカルドの胸の中に飛び込む。この温もりを感じる間は、絶対に、こ の人のために尽くすと、決めていた。 「お前が、悲しむしな。這い蹲ってでも、生き残ってやるさ。安心しな。」  ミカルドだって、死にたくは無い。リーアが、自分の気持ちに応えてくれたなら、 尚更だ。クラーデスとの戦いは、ミカルドにとって、一生を懸けた戦いに、なるで あろう事は、間違いなかった。  一方「法道」は、今夜は、宴があった。「人道」に邪魔されたが、「覇道」に大 勝利を収めた「法道」は、勢いでは他の追随を許さないだろう。否が応でも、盛り 上がっていた。宿敵だったグロバスが消えた事は大きい。そして、それを倒したの が、ミシェーダなのだから、喜びは倍増となって返ってきた。  だが、一方で、腑に落ちないと思っている者も居た。勝利は、素直に嬉しい。し かし、グロバス程の実力者を葬った力とは、一体何なのだろうか?その辺が、気に なる者達が居たのである。実力者であれば、ある程、その疑問は絶えない。  ネイガも、その一人であった。ネイガは、グロバスの実力は、凄まじい物だと見 ていた。実際、ぶつかり合いが自分にまで伝わる程なので、その凄さが分かると言 う物だ。だが、突然、2人は姿を消したかと思ったら、ミシェーダだけが帰ってき た。ミシェーダは倒して生還したと言うが、あれだけ決着がつかなかった物が、い きなり、あの短時間で、決着がつく物なのだろうか?どうにも腑に落ちないのだ。  ミシェーダに、隠された力があるという噂は、ネイガにも届いている。その力が 何なのか、ネイガは尋ねてみたい。しかし、その行為は、ミシェーダを疑っている 事に、他ならない。それでもネイガは、尋ねてみたいと思った。  ミシェーダは、休息を取っている。天界で休んでいるはずだ。ネイガは、宴を抜 け出して、天界へと向かった。  天界は、ソクトアと違って、穏やかな雰囲気であった。休息を取っている神も居 れば、今は、務めに出ている神も居る。 (ソクトアの、情勢如何で、この天界も変わるのだろうか?)  ネイガは、この静けさが、逆に不安でもあった。  天界は、またの名を神界とも言う。神が住むので神界とは、良く言った物だ。し かし、今は天人が住むようになったので、天界という名前に変わってきている。 「珍しいお客さんだな。」  突然、神のリーダーの住まいの近くから、声がした。ネイガは身構える。 「そう身構えるなって。」  そこには、ジュダに雰囲気がそっくりの男が居た。いや、この男にジュダが似て いるのだ。その隣には、心優しい笑顔をした女性が居る。 「パム様にポニ様か。ここにいらっしゃるとは・・・。」  ネイガは、それでも警戒を解かなかった、何せ、ジュダは「人道」を支援してい るのだ。この2神が、「人道」を支持している可能性は高い。 「お前さんこそ、ミシェーダに用があるんじゃねぇのか?」  パムは、ネイガの、徒ならぬ気配を、見逃さなかった。 「お聞きしたい事が、あるのです。ここを通して下さい。」  ネイガは、このままでは、気になってしょうがないので、疑われても良いので、 聞いてみようと思ったのだ。 「ミシェーダは、まだ死んだように、グッスリ眠っている。止めとけよ。」  パムは、嘘を言ってなかった。ミシェーダは、まだ倒れるように寝ている。 「そうですか・・・。なら、仕方ありませんね。」  ネイガは、無理強いする程の事では無いと思った。 「・・・ミシェーダの力の事か?」  パムは、ネイガの様子から察した。 「さすがはパム様。その通りです。」  ネイガは、パムの鋭い指摘に驚く。 「ミシェーダは、答えちゃくれないと思うぜ。」  パムは、先に言ってやる。パムの思っている通り、時の力をグロバスに使ったの だとしたら、ミシェーダは口を閉ざす事だろう。そんな事が漏れたら、大変だ。 「私は、「法道」が神として、正しい導き方だと思ってやって来ました。しかし、 ミシェーダ様は、何も答えてくださらぬ。これでは、やっていけません。」  ネイガは、不満を漏らす。 「お前の言う事も、分からないでも無い。俺も最初は、ジュダ達が、何を考えて翻 意を抱いたのか、分からなかった。だがミシェーダの、今までの行動を見ると、疑 問が沸くのは、仕方が無い事だと思う。」  パムは、ジュダ達に加勢している訳でも無いが、「法道」を、支持している訳で も無さそうだ。 「そうでしたか・・・。しかし、聞けぬのであれば、引き続き使命を果たします。」  ネイガは、その姿勢を崩さなかった。 「ネイガ。貴方は、真面目で偉いわ。でも、たまには、違った方向で物事を見つめ るのも大事よ?ミシェーダに疑問を持ったのも、何かの切っ掛けだと思うわ。」  ポニは、優しく問い掛ける。ネイガは、その言葉に感謝する。ネイガは今、迷っ ているのだ。自分のして来た事が、正しいと思えば、思う程、沸いてくる疑問を拭 えないでいるのだ。 「ネイガ。奴の力は「運命神」のキーワードに絡んでいる。分かるか?」  パムは、ヒントを出してやった。ネイガを試そうと言うのだろう。 「運命神・・・となると、運命を決める力?ですか。」  ネイガは考える。どうやら、パム達は、何かを握っているらしい。 「・・・まさか・・・運命を変える力?・・・と言うことは転生!?」  ネイガは、言ってて、空恐ろしくなる。ネイガが思っている事が真実ならば、誰 にもミシェーダには勝てはしない。正に、絶対的な力だ。 「さすがネイガだな。ほぼ当たりだ。ミシェーダには、運命神特有の力が、隠され ている。全ての生物を、転生させる力を備えているのだ。その力を駆使するための 「時」の力こそが、ミシェーダの力だ。」  パムは言い切る。言ってて、信じられない程の力だ。時を操れれば、正に無敵。 どんな生物であれ、逆らう事は出来ない。対抗するには、時の力を操るしかないが、 具体的な方法は、ミシェーダ以外に知る由も無いのだ。 「俺が言い切るのは、ついさっき、裏が取れたからだ。神の中でも、生き字引の風 神アリオス爺さんに、さっき聞いてみたんだよ。」  アリオスは、神の中でも一番の長生きで、今年で13526歳だと言う話だ。ソ クトアに人間が作られる前から生きている貴重な神だ。姿は、神々しい光を放つ、 鳥の姿をしていた。 「アリオス様と、話をされたのですか!?」  ネイガは驚く。アリオスは、さすがに良い年なので、口を聞くにも、労力が要る と言われる程の、弱り方をしているのだ。 「話をしたんじゃない。だが、頭脳と、直接話す事は出来た。」  パムは、一種のテレパシーのような物で、負担を与える事無く、話をしたのだ。 アリオスの体の事も考えての事だった。 「アリオス爺さんは、年をとっても、さすがに色々知ってたぜ。運命神の力の秘密 も、勿論知っていた。それで、裏が取れたって訳さ。」  パムは、アリオスとの対話で、ミシェーダの祖先の事も聞いていた。運命神とは、 時の力を使って、時代の流れを整える事が、本来の役目なのだ。失ってしまった時 間を、調整する役目が、本来の役目だった。 「ミシェーダは、この力を善行に使っているとは思えんな。」  パムも、どうにも気に入らないのだった。 「グロバスを倒すため、致し方無かったのでは?」  ネイガは、良い方向に考えようとする。 「そうだとしても、良いやり方とは、言い難いな。」  パムは、切って捨てる。何せ、ミシェーダの力は絶対なる時の力なのだ。 「アリオス爺さんが言うには、この力は、時の力が必要なので、200年に一度し か使えないそうだ。だから、滅多に使わない禁忌の力だったらしい。」  パムは説明してやる。 「だが、アリオス爺さんが言うには、ミシェーダは、ここ400年で、3回使って いるらしい。おかしいと思わないか?」  パムは、疑問を投げ掛ける。 「400年で3回!?」  ネイガは、ビックリする。ミシェーダは、容赦無く使っていると言う事になる。 この前使ったのを合わせると、ほとんど、隙間無く使っているみたいだ。 「時の力が発動すると、ほんの僅かだが、違和感がするらしい。言われてみれば、 確かに、この前も、そんな感じがした。」  パムは、何となく大気が動く感じがした。恐らく、それがアリオスの言う、違和 感なのだろう。しかしパムは、その違和感を200年前も感じていた。その時は、 妙な雰囲気だとしか思わなかった。 「私も、その違和感は感じたわ。そして200年前の、あの日にもね。」  ポニは含みを持たせる。その日は、パムやポニにとって忘れられない日であった。 「あの日・・・ですか?」  ネイガは、まだ神に就任したばかりなので、想像が付かない。 「そうだ。俺達が、ジュダをソクトアに落としてしまった日だ!そして同じ日、当 時、神のリーダーだったゼーダが、行方不明になった日・・・。その日の話だ。」  パムは、忘れられない日の事を話す。ジュダが、まだ赤ん坊だった時の事だ。ジ ュダが、突然次元の狭間に落ちてしまったのだ。何で、落ちてしまったのかが、全 く分からなかったが、今考えれば想像が付く。ミシェーダの、時の力の猛烈な波動 が、ジュダにも働いたのだろう。ある種の違和感が、赤ん坊だったジュダには、非 常に強く感じたのかも知れない。 「ミシェーダが、ゼーダを転生させたと考えても、おかしくないと思うわ。」  ポニも、ミシェーダの言動などを踏まえて、信用するに足りないと見ている。 「それが本当なら・・・私は、間違っていたのか・・・?」  ネイガは呆然とする。ミシェーダは導き手だと信じていた。しかし、それを根底 から覆すような、話だった。 「信じ過ぎるのは、お前の悪い癖だぞ。ネイガ。大事なのは情報じゃない。」  パムは、優しく諭す。 「私達の話は、まだ想像の範囲を出ていないのよ。でも、ネイガ。貴方に、この話 をして、貴方がどう思うのか、知りたかったのよ。」  ポニも、ネイガが真面目過ぎるのを、心配していた。 「ミシェーダに直接尋ねても、はぐらかされるのが、オチだ。お前は、この情報を 元に、真実を確かめるんだ。・・・良いな?」  パムは、期待を込めて話す。と言うのも、ネイガは、まだ若い。経験を積ませな ければならない。そのためには、こう言う泥臭い事も必要なのだ。 「分かりました。もう、余計な事は言いません。ですが、この目で、真実を掴み取 る努力をする事にします。・・・感謝します。パム様。ポニ様。」  ネイガは、心の痞えが、取れたような気がした。 「良いか?神となったからには、力だけじゃ駄目だ。心も鍛えるんだ。俺が言える のは、ここまでだ。どうにも、出来てない神が多いからな。」  パムは、どうしても苦言が多くなってしまう。ミシェーダが、リーダーに就任し て、200年で、どうにも気合が抜けてる者が多い。 「さて、そろそろ行きましょう。」  ポニがパムを促す。 「グズグズしてられないしな。」  パムも、それに同調するように、出掛ける仕草をする。 「どちらへ行かれるのですか?」  ネイガは、パムとポニが、ソクトアに向かうのでは無さそうな事に気が付く。 「俺達の、生まれ故郷の星さ。色々あってな。」  パムは正直に答える。パムとポニの生まれ故郷の星が、大変な苦難に陥っている のだった。パムとポニにとっても、人事ではない。 「そうでしたか・・・。そんな中、私やジュダ様のために、お時間を頂けるとは、 ありがたい事です。」  ネイガは、心より礼を言う。 「・・・ジュダや赤毘車に従えとは言わない。ミシェーダを信じるのも、お前の自 由だ。だが、真実を突き止めるのは、忘れるなよ。」  パムは、ジュダ達とネイガを激突させたくなかった。しかし、信じる道が違うの ならば、仕方が無い事だと思っている。パムは、心配ながらも、故郷の星へ転移し ていった。 「貴方なら、真実を見抜けると私は信じてるわ。頑張りなさいな。」  ポニは、優しく声を掛けて、故郷の星へと転移していった。 (真実か・・・。私のして来た事が間違いだったならば、正さなくては、ならない。)  ネイガは真実を、何としてでも、突き止める覚悟を、固めたのだった。  「法道」が勝利に酔いしれる中、違った目で見る者も居たのであった。  これが、戦局に影響するかは誰も分からなかった。