NOVEL 4-5(First)

ソクトア第2章4巻の5(前半)


 5、信念
 先の戦いに於いて、「覇道」は大敗を喫した。やはり指導者を失った事は大きい。
それに、頭数を見れば、失ったのはグロバスだけでは無い。魔界三将軍も、ジェシ
ー1人になってしまったし、逃げた魔族も、かなりの数に上っている。それに、行
方を眩ませた「覇道」の者の中に、ダークエルフのミライタルまでも含まれていた。
 しかし、それもそのはずであった。ミライタルの狙いは、ただ一人なのだ。兄で
あるエルザードとの完全決着こそ、ミライタルの望みなのだ。「法道」との戦いな
どで、命を落とす訳には、行かなかったのだろう。グロバスが、やられた瞬間、彼
は行方を、どこかに眩ませていた。
 こうなっては、主な戦力は健蔵、レイリー、ジェシーの3人くらいだ。せめて、
ミカルドやクラーデスが居れば、まだ建て直せるのだろうが、この状況下では、そ
んな事も言ってられない。新しく呼ぼうにも、この戦力では見限られてしまう。
 それに魔族や「覇道」にとって、力こそが全てなのだ。敗れた事自体、力が足り
ぬ事になる。見限られても、仕方が無い事であった。だが、他の道に行っても、今
更行った所で、殺される可能性が高い。唯一受け入れてくれそうな所は、「人道」
くらいだったが、共存状態に、耐えられる自信が無い者が、ほとんどだ。なので、
仕方なく残っていると言う状態であった。
(グロバス様・・・。おいたわしや・・・。)
 健蔵は、悔やまずには居られない。ネイガに苦戦して、その間にミシェーダにグ
ロバスを倒させてしまったのだ。グロバスが負ける訳無いと言う認識もあった。
(グロバス様は、力の体現者・・・。何故負けた・・・。)
 健蔵は、悔しくてしょうがなかった。自分が信じてた者が、負けて居なくなるの
は、耐えられそうに無い。
「健蔵さんは、相当応えているようだな。」
 レイリーが、頭を抱える。「覇道」は、もうお終いと言う雰囲気が流れている。
「しょうがないさ。父親と、尊敬する上司を失ったんだ。暗い気持ちにも、なるだ
ろうさ。あたしだって、頭を抱えたいよ。」
 ジェシーが、溜め息を吐く。
「お先真っ暗か。・・・傍から見れば、そうかもな。」
 レイリーは、不敵な笑みを浮かべる。
「何か策でも、あるのかい?」
「何もねーよ。でも、こんな状況だからこそ、俺達の真価が問われているのかもな。」
 レイリーは、不利な戦い程、燃える男だった。しかし、この絶望的な状況で、こ
んな事が言えるとは、中々豪胆な男だ。
「シュバルツが、気に入る訳だね。アンタの前向きさは、見習いたいよ。」
 ジェシーは、クスクス笑う。しかし、その顔は、少し泣いていた。
「おかしいね。涙なんて物、あたしには残ってないと思ってたのに。」
 ジェシーは、つい仲間の死を思い出してしまう。
「ジェシー。忘れろとは言わない。だが、後ろ向きにはなるな。」
 レイリーは、慰めてやる。ジェシーは魔界三将軍の一人とは言え、女性だ。時に
は、悲しみに耐えられない事もある。
「分かっている。だが今は、こう・・・させてくれ。」
 ジェシーは、気丈に言うのが、精一杯だった。レイリーの胸の中で泣き始めた。
(・・・シュバルツ。ミュラー。泣かせるなよな・・・。)
 レイリーは、ジェシーの肩を抱いてやった。レイリーに出来る事は、こんな事ぐ
らいである。
「・・・これは!?」
 健蔵が、突然声を上げる。そこには、グロバスの輝かしいまでの角が、転がって
いた。健蔵は恐る恐る、それを拾ってみる。
(グロバス様の意志なのか?)
 健蔵は、角に意識を辿らせてみた。
(・・・うお!!)
 健蔵は、グロバスの意識が流れ込んでくるのを感じた。そして、グロバスの行方
の真実を知った。それだけでは無い。グロバスの神魔王としての気構えや、何故、
「覇道」を実現させようとしたのかなど、とてつもない情報量が詰まっていた。
 それだけでは無い。グロバスが、ワイスの死の後、人知れず、墓を作っていた事
等も、角に刻まれていた。
(グロバス様・・・。一瞬でも、グロバス様の事を疑ってた事をお許し下さい。)
 健蔵は、グロバスは普通に、力及ばなくなって負けて敗北したのだと思っていた。
(おのれミシェーダ。益々もって、許せぬ!!!)
 健蔵は、ミシェーダの卑劣な力を知った。ミシェーダの時の力は、卑劣を通り越
している。使えば、必ず勝てる裏技のような物だ。
 グロバスは、決して逃げた訳でも、敗北した訳でも無かった。罠に、嵌められて
やられたのだ。
(健蔵よ。ワイスの力と共に、私の力も受け取るが良い。)
 グロバスの角から、声が聞こえた。意志の声なのだろうか?力の片鱗が、流れ込
んでくる。健蔵に生えているワイスの角が、中央から左に移ると、グロバスの角は、
右に移っていく。そして健蔵の頭に、2本の角が輝く事になった。
「・・・健蔵さん!!」
 レイリー達が、駆け付けて来た。ジェシーも、泣き止んでいた。
「・・・レイリーか?」
 健蔵は、自分に何が起こったのか、理解してなかった。グロバスの記憶と、力が
流れ込んで、健蔵は、かつて無い程、沸きあがる力を感じていた。
「健蔵さん。その角は・・・?」
 レイリーが言って、初めて気が付く。健蔵は、自分に沸きあがる力は、グロバス
の力の片鱗を、受け取った物なのだと言う事を・・・。
「この角は、グロバス様の生きた証だ。・・・ワイス様やグロバス様の意志を、俺
は無駄にはしない。レイリー。皆を集めろ。話がある。」
 健蔵は、とうとう動き出す事にした。いつまでも、ここで悔やんではいられない。
「その言葉、待ってましたよ!」
 レイリーは、嬉しそうだった。自分達が勝てないまでも、ただの敗残兵になるよ
り、行動を起こした方が、ずっとマシだ。
 レイリーは、早速、かなり減っているとは言え、「覇道」の者達を集めた。
「・・・健蔵様が、話があるらしいぞ。」
「我らには、健蔵様しか居ないが、また、どうしてだろうか?」
「それに、あの角はグロバス様の物じゃないか?どうして・・・。」
 集まった魔族や人々は、口々に健蔵の言う事に、注目しようとしていた。ワイス
が、グロバスが倒れた後は、この健蔵を置いて、他に居ないのだ。
「皆、良く集まってくれた。・・・これより、グロバス様の遺志を伝える。」
 健蔵は驚くべき事を、口にする。
「この角は、グロバス様の物だ。俺はグロバス様から、皆へのメッセージを預かっ
ている。今こそ、真実を話そう。お前達は間違っていないと言う事もな!!」
 健蔵は、語気を強める。すると歓声が沸いた。
「やっぱり、健蔵さんは違うぜ!俺は、これを求めてたんだよ!」
 レイリーは拳を握る。グロバスが居ないとなれば、健蔵が盛り上げるしかない。
「ミシェーダ最大の秘密を、ここで話してやろう。その力は、あまりにも卑劣だ。」
 健蔵は、グロバスの失踪について話す事にした。
「ミシェーダには、200年に一度だけ使える力がある。それは、時の力だ。」
 健蔵は説明する。皆は、何が何だか、分からない様子だった。
「時を操れば、どんな攻撃も効かない。どんなに抵抗しても、強引に転生させられ
るんだ。グロバス様は、その力によって、転生させられたのだ。」
 健蔵は真実を話す。すると周りが、騒ぎ始める。
「ミシェーダは、その力によって、不利な状況を悉く覆してきた。それも、力と言
うなら、それでも良いだろう。だが、それは、偽りの勝利でしか無い!絶対勝利出
来る力を使うと言うのは、力で勝った結果では無い!そこに誇りは、存在しない!」
 健蔵は、グロバスの言葉を代弁する。闘って散るなら本望だが、今回のは違う。
ミシェーダが、運命神として継いだ力を行使してるだけだ。そこに、力と力のぶつ
かり合いは、存在しない。言うなら、罠に嵌めて、勝つような物だ。
「俺達が目指す「覇道」は、真の勝利者にこそ付き従う物だ。ミシェーダの行為は、
「覇道」を踏みにじるものだ。容認は出来ん。奴は、その力で、前リーダーである
ゼーダまでも転生させた。このような利己的な者に、ソクトアを渡してなる物か!!」
 健蔵は、衝撃的な事実を話す。ミシェーダが、一番隠さねばならない事実だ。グ
ロバスの角を通して、健蔵は真実を広めるつもりだった。周りからは、歓声と、ど
よめきが歓呼した。
「さて、本題に入る。グロバス様の遺志を伝えよう。」
 健蔵は、まだグロバスの本意を話していない。
「グロバス様は、皆の事を案じていた。心残りだと思っていらした。俺を初めとし
て、皆がグロバス様を失った時の事を、案じていらした。」
 健蔵は、グロバスが最期に思った事を、正直に伝える。
「グロバス様の、皆へのメッセージは「己の心に従え」・・・と言う事だ。グロバ
ス様は、敢えて皆を、自由にしたいと考えていた。他の道へ行くのも由。魔界へ帰
るのも由。徹底抗戦するにも、誰と戦って行くか考えても由。皆を、自由に生きさ
せたい。それがグロバス様の遺志だ・・・。」
 健蔵は言っていて、涙が溢れる。
「皆は、今まで、グロバス様に尽くしてきた。だが、これからは自由に生きよ。と
の事だ。グロバス様のご厚意は、以上だ。」
 健蔵が話し終えると、皆、静まる。思案する者も居た。レイリーも、考えている
ようだ。だが皆は、考えて一つの結論に達した。
「健蔵さん。やりましょうよ。俺達は、今更戻った所で、他の道は貫けませんよ。
なら、俺達の生き様を、見せましょうや!!」
 レイリーは、健蔵に自分の考えを伝える。すると周りから、同調の声が聞こえた。
「良いのか?勝ち目は、著しく少ないぞ?」
 健蔵は、皆に問い掛ける。
「俺は、覚悟出来てますよ。グロバス様には、意志を貰った。その意志を継ぐ事が
出来たら、それは幸せなんじゃねぇかってね。」
 レイリーは、清々しい顔をしていた。レイリーに、迷いは無かった。
「俺も、健蔵様に、付いて行きますよ!」
「私は、他に行く当ても在りませんし、付いて行きますよ。」
「好きなように、やって下さいよ。」
 大多数が、賛同してくれた。その心意気が、健蔵の心を奮わす。
「・・・なら、理屈はいらん!!皆、大暴れするぞ!!」
 健蔵は、これ以上無い程、「覇道」の考えを示す。
「俺は、決戦の相手を決めている。お前達も、決めて置いてくれ。そいつに向かっ
て、ただ突っ走ろう!どこが有利なんて関係無い。闘いたい奴と、闘おうぜ!!」
 健蔵は、これまでの厳粛なるリーダーとは違う。そこがまた、皆を惹き付けるの
かも知れない。グロバスとは、違う意味で、皆を引っ張って行ける存在だった。
 レイリーが欲しい雰囲気は、これだった。どんな理由でも良い。皆が一つになっ
て、向かって行ける意志。それが、欲しかったのだ。そしてレイリーにとって、今
の健蔵の案は、願っても無い事だった。
(俺も決めている。奴だけは、絶対・・・。俺が倒す。)
 レイリーは、天人となったライバルの事を、思い浮かべていた。
 そして、解散となった。それぞれは、胸に秘めた闘志を燃やしているのであった。
そんな夜、レイリーは、次の闘いに向けて闘志を燃やしていた。そんな中、誰かが
扉を叩いた。こんな時間には、珍しい事である。
「?誰だ?扉は開いてるぞ。」
 レイリーは、次元城の幹部が居るべき部屋に、滞在している。誰が来ても、ノッ
クする事だろう。すると、部屋に入ってきたのはジェシーだった。
「ジェシーか。どうした?」
 レイリーは、ちょっと驚いたが、考えてみれば、もう尋ねて来るのは、ジェシー
くらいだ。他の者は、皆、死んでしまったのである。他には、気軽に尋ねてくる者
は、「覇道」には居ないだろう。
「レイリーは、誰に突撃するつもりなんだい?」
 ジェシーは、気になった事があるのだろう。
「言わなくても分かっているだろう?ジェシーの想像通りさ。アインだけは、俺が
倒す。もう決めてるんだ。」
 レイリーは、正直に答える。サイジンも考えた。だが、一番、切磋琢磨したのは、
アインとだ。そのアインと最後の決着をつける。それがレイリーの理想だった。
「勝算は、あるのかい?」
 ジェシーは、珍しい事を言う。
「どうしたんだ?ジェシー。らしくねーな。俺は生き様を見せつける。そのために
は、保身なんか願ってられ・・・。」
 レイリーが言う前に、ジェシーが胸に飛び込んで来た。
「心配なんだよ・・・。あたしが、どうかしてるのかも知れない。笑顔でアンタを
送りたい。でも、シュバルツやミュラーの最期が、目に焼き付いて離れないんだ。」
 ジェシーは、シュバルツとミュラーの死が、相当堪えてるらしい。
「それが普通なのかもな。俺は今、酔ってるだけかも知れねぇ。そう言うジェシー
も、あのイジェルンに、向かうつもりなんだろ?」
 レイリーは、ジェシーの心配をした。イジェルンこそ、恐ろしき実力の持ち主で
ある。大天使長として、如何なく実力を発揮している。
「仇は取ってあげなくちゃ、ならないのさ・・・。」
 ジェシーは、半ばヤケクソになったような口調だ。
「・・・俺も同じさ。それと同時に、俺達の生きた証って奴を見せたいんだよ。」
 レイリーは分かっていた。次の戦いは、死と隣り合わせだと言う事をだ。
「私は今まで、死を怖いと思った事は無かった。でも、何故か、今回は怖い・・・。」
 ジェシーは長く生きている。だが、死が怖いと思ったのは、初めてだ。
「俺もだ。・・・シュバルツやミュラーと居る時は、怖く無かった。なのに、何で
だろうな?・・・迫りくる死が、予感出来るせいかも、知れないな。」
 「覇道」は、いくら健蔵が勢いを取り戻したとは言え、滅びる寸前である事は、
間違いない。それに、ミシェーダの時の力は未知である。恐れない方法こそ、知り
たいくらいである。
「でもレイリー。アンタと居る時は、その怖さも和らぐんだ。こんな事、初めてな
んだよ。」
 ジェシーは、今まで魔界三将軍として、恐れられてきた。そして魔界に居る間は、
敬われはするが、対等に話す者など、皆無であった。そんな状態で、結婚話など出
ても、ジェシーは興味が無いと、突っ撥ねて来た。だが、レイリーは違う。初めて
対等に話せる仲間だった。シュバルツやミュラーですら、ジェシーには恐れを抱い
ていたのに、レイリーには、それが無かった。人間出身のレイリーは、ジェシーに
対する恐れなど、変に持っていないせいも、あっただろう。
「ジェシー。俺は、生まれてから、本当に迷惑ばかり掛けてきた。親父や姉貴には、
心配ばかり掛けてきた。魔人になっても、変わりゃしねぇ。自分勝手に生きてきた。」
 レイリーは自覚していた。自分が、周りに対して、どれだけ迷惑を掛けて来たか
と言う事をだ。挙句の果てに、人間の体を捨てたのである。
「そんな俺が、お前達魔界三将軍に出会って、初めて役に立ったと思った。いや、
思い込んでいた。それだけに、シュバルツやミュラーの死は本当に堪えた・・・。」
 レイリーは、仲間の死を悲しむ。レイリーにとって、信念を貫いてから初めて出
来た仲間だと思った。だからこそ、死なせてしまったのが悔しいのだ。
「俺はジェシー。お前の事を気に入ってるし・・・正直好きだ。」
 レイリーは、ジェシーの事を、信頼できる仲間であると共に、異性としても意識
しだしていた。シュバルツに、発破を掛けられてからである。
「あたしも、アンタの事は好きさ。こんなに、失いたくない仲間を持ったのは、初
めてなんだよ。その気持ち、正直に嬉しいよ。」
 ジェシーは、気持ちをストレートに言う。モヤモヤした物を吐き出すかのようだ。
「ふっ。参ったな。お互い、死ねなくなっちまったな。」
 レイリーは、優しい微笑みをジェシーに投げかける。
「あたしは今、本当に嬉しい・・・。この気持ち、大切にするよ・・・。」
 ジェシーは、レイリーを抱きしめる。
「ジェシー。死ぬなよ。俺も死なない・・・。」
 レイリーは、願いを込めて言った。実際は、厳しいであろう事も分かっている。
でも、言わずには、いられなかった。
 二人は、自然と体を重ねていった。まるで、時間を惜しむかのように・・・。


 その頃、デルルツィアでは、外交団が帰ってきた。その帰りは、非常に歓迎が強
い帰りであった。何故ならば、自分達の国の基礎が、練られて帰って来たのと等し
いからである。しかし、貴族達は正直、歓迎出来なかった。ルクトリアに行って来
たと言う事は、「人道」が基礎になっていると言う事だろう。「人道」の基礎は、
平等感だ。貴族が平等など望んでいる訳が無い。とは言え、相手は皇帝である。王
と皇帝に逆らう程、度胸を持ち合わせている貴族は、居なかった。
 そして、この凱旋を、心待ちにしている人物も居た。それは、同行していったゼ
ルバの父親であるヒルトである。息子の凱旋は、勿論の事、もう一人の息子である
ゲラムの、今の様子も分かる事だろう。
 その皇帝ゼイラーとケイト、そしてゼルバが、「中央の間」に戻ってきた。城の
中心部分であり、色々と話すのに、丁度良い場所だ。
「ただいま、帰りました。」
 ゼルバが挨拶する。
「ご苦労だったな。ゼルバ。」
 ヒルトが、挨拶を返した。
「帰りましたよ。ミクガード。」
 ゼイラーも挨拶する。
「お前さんも、無事で何よりだ。例の案は進んだか?」
 ミクガードは、例の法律の草案の話をする。
「焦らずとも、相談して来ましたよ。」
 ゼイラーは、手直しした法案を、手にしていた。
「とは言っても、突っ込まれたのは一点ですがね。光栄な事です。」
 ゼルバが、少し嬉しそうにしていた。実際は、もっと突っ込まれると思っていた
からだ。思いの他、トーリスから見ても、良く出来た草案だったのだろう。
「へぇ。ちょっと見せてよ。」
 フラルが、興味深そうに草案を眺める。
「これを、ほんの一瞬で出してくれました。さすがは、トーリス殿ですよ。」
 ゼルバは、本当に畏れ入っていた。
「なるほどな。『大臣代表』案か。これなら、奴らの権力を分散できる上に、自尊
心も満たせると言う訳だ。さすがだな。」
 ミクガードも、感心していた。他国の法律だと言うのに、ちゃんと適したアドバ
イスをしてくれている。トーリスに感謝した。
「大した物だ。これで、公布出来そうだな。」
 ヒルトは頷く。王政は、もう古い。自分がプサグルの最後の王になろうとも、構
わなかった。時代の流れがある。人々が望むなら、ヒルトは、この法案は、プサグ
ルでも採用すべきと思っていた。デルルツィアも、この流れにあるのだ。
「ところで・・・ライルの墓には、行ったのか?」
 ヒルトは、言葉を濁す。やはり、まだ信じたく無い面もある。自分の弟は、早死
にする程、柔では無いと思ってた節も在るからだ。しかし、それでいて、聞いた結
果を聞くと、ライルらしいと思う面もあった。
「行きました。・・・ライルさんは、皆に語り継がれています。ルースさんも、歴
史書として、ライルさんの生きた証を綴ると言ってましたよ。」
 ゼルバは、ルースが、ライルについて著書を残そうとしている事を語る。
「ルースらしい決断だな。律儀な奴だ。」
 ヒルトは、何とも言えない表情になる。ルースの配慮は嬉しいが、やはりライル
は、死んだのだと言う事実は、正直辛かった。
「父上。ライルさんの分まで生きなきゃ、ライルさんに怒られますよ。」
 ゼルバは、ヒルトを励ましてやる。ヒルトは急に恥ずかしくなった。
「お前に言われんでも、分かってるさ。」
 ヒルトは軽口を叩く。ゼルバの配慮が嬉しかった。
「ゲラムは大丈夫だった?」
 ディアンヌが尋ねてきた。ディアンヌからしてみれば、一番気になる点だろう。
「母上。ゲラムは、私達の知ってるゲラムではありません。私が成長を、しかと、
この腕で、確かめて参りました。」
 ゼルバは、自信を持って言い切った。そして、半分折れて途中から溶けて無くな
っている剣を、皆に見せた。
「これが、今のゲラムの力です。私は本気で、ゲラムに掛かって来るように言った
ら、この様ですよ。正直、震えが止まりませんでしたよ。」
 ゼルバの剣を見れば、人間業とは思えない強さを、ゲラムは手に入れている事が、
分かる。しかしディアンヌは、それでも心配だった。
「でも、あの子の戦う相手は、神様に魔族よ?」
 ディアンヌは、人間離れした力をもってしても、まだ心配なのだろう。息子だか
らこそ、信頼しているが心配なのだ。
「母上。あの子は絶対に死にません・・・。あの子も見つけたようですからね。生
涯、守るべき女性をね。」
 ゼルバは、驚くべき事を告げる。
「ほ、ホントなの!?」
 ディアンヌは驚いた。ゲラムは、まだ15である。驚くのも無理は無い。
「あの子は、隠そうとしてましたが、間違いありませんよ。」
 ゼルバは、ルイとゲラムが、恋仲だと言う事は、すぐに気が付いた。素振りを見
せずに居ようと思えば、思う程、バレバレなのであった。
「皆、早い物ねぇ・・・。あのゲラムまで・・・。」
 ディアンヌは、ちょっと嬉しく思ったが、少し寂しげだった。
「ゲラムにねぇ・・・。ちょっと信じられないわねぇ。」
 フラルも、少し複雑な思いだった。ゲラムは、可愛い弟である。そのゲラムに、
恋人が出来るなんて、中々想像が付かない。
「ゲラムは、もう子供じゃありませんよ。2人共。私に言い放ちました。『数々の
戦いを見てきて、自分は力になれると思った。だから、この戦いを見届けるまで、
絶対に退かない!』とね。私は、その言葉と、力に納得して帰ってきたのですよ。」
 ゼルバは、ゲラムの言葉を正確に伝える。その言葉に、家族は皆、嬉しいような
寂しいような顔をする。
(私と一緒ですね。ゲラムの成長振りには、驚かされましたしね。)
 ゼルバは、ゲラムの意志を信じていた。
「フラル。ゲラムは成長したんだ。認めてやれよ。こんな言葉を聞かされたら、俺
の血まで、熱くなって来るくらいだぜ。」
 ミクガードは、ジークの仲間達を、本当に羨ましく思った。ここまでの意志を、
全員が持っていると言うのだろうか?「人道」を貫けると言うのは、幸せな事だと
思った。自分も、負けられないとまで思ってしまう。
「私だって、まだ心配はあります。でも、ゲラムは止めても無駄でしょう。自分の
信念を、貫こうとしています。私では、とても止められる気がしませんでしたよ。」
 ゼルバは、付け加えてやる。
「あの甘えん坊だったゲラムが・・・はぁ・・・。この目で成長が見たかったわ。」
 ディアンヌは、正直な気持ちを答えた。
「アイツも男だったって事だな。俺も寂しいけど、それ以上に誇りに思う。」
 ヒルトは、ゲラムの成長振りと信念に、驚かされるばかりだ。
「で?相手の人は、どんな感じだった?」
 フラルは、そっちの方が気になるようである。
「気が強そうなお嬢さんでしたね・・・。まぁ、ゲラムには、丁度良いんじゃない
ですか?」
 ゼルバは、お似合いだと思っていた。
「ふぅん。まぁ私が、その内、見てあげるわ。」
 フラルは目を細くする。何だか怖い目をしていた。
「おいおい。変な口出しするなよ?」
 ヒルトは、フラルを宥めようとする。
「ゲラムのお相手を見極めるのは、重要な事よ?」
 ディアンヌまで言い出した。ヒルトは、物凄く悪い予感がした。
「・・・おい。ゼルバ。余計な事で、アイツを困らすなよ。」
 ヒルトは、ゼルバに耳打ちする。
「私は、正直に答えただけなんですがねぇ・・・。」
 ゼルバも、こういう反応が返ってくるとは思わなかったらしく、少し後悔する。
 ゲラムは余計な事で、困る種が増えたようだ。本人は、全く知らない事なのだが
・・・。ゲラムは、つくづく苦労人なのであった。


 中央大陸のジークの家を中心に、「人道」の者達は、休息を取っていた。結構早
く、進軍したため、疲労が溜まっていたからだ。修道院の人達も皆、協力してくれ
たので、十分な休息を取れる事となった。とは言え、こんな大軍では、全員は入ら
ない。ちゃんと陣を張って、キャンプを作って休みを取っているのであった。
 ジークの家には、ジーク達、主要な人物が泊まる事になった。きちんと整備され
ている。これも、プサグルから派遣されて来た整備係のおかげだ。それに、スーパ
ーモンキーのスラートが居た。中々に久しぶりである。ジークやトーリスにとって
も、ジークの、誕生祝以来であるから、実に1年半振りだ。スラートは、派遣の整
備係と共に、この家の整備を徹底して行っていた。それと、グリフォンやらペガサ
スなどの世話までこなしていた。スラートは特別なのである。この猿は、普通の猿
では無い。身体能力も普通の猿の10倍は超えているし、言語も話す事が出来る。
「俺っちは寂しかったぜぇ?全く、この家と、コイツらを任されてたから、やって
たけどよぉ。たまには、帰って来たら、どうなんだっての。」
 スラートは、愚痴を零していた。だが本当は、久しぶりにジーク達に会えて、嬉
しいのだ。照れ隠しに、憎まれ口を叩いているに過ぎない。フジーヤ達の家から、
グリフォンやペガサスを連れて、ここに来て、全ての世話をやってくれていたのだ
から、有難い限りである。
「いやぁ、本当に、色々ありましてね。」
 トーリスは、スラートに申し訳無さそうにしていた。スラートは、幼い頃から知
り合いである。スラートは寿命も長いので、今は31歳である。だが、衰える様子
は、全く無い。トーリスにとって見れば、兄も同然だった。
「ま、気にしなさんな。フジーヤの息子は、俺っちに取っちゃ弟よ。気にするこた
ぁねぇよ。フジーヤも、連絡くらい寄こせってんだ。」
 スラートはニカッと笑う。トーリスも笑って見せたが、その表情は冴えなかった。
(スラートは、まだ父さんの死を知らない・・・んですよね。)
 トーリスは、言い辛かった。スラートが明るければ明るい程、言い出し難い。ジ
ークは、それを見て、拳を握り締めながら堪えていた。フジーヤの死因は、ジーク
にもあるのだ。ジークにとっては、辛いだろう。
「何、染みったれた顔してるんだよ。ひっさし振りなんだ。ご馳走するぜ?」
 スラートは、意に介さず、料理の用意をしようとする。器用な猿だ。
「スラート。ありがとう。さっきも話した通り、皆、決戦前で気が高ぶっているの
ですよ。暗い顔は、行けませんよね。」
 トーリスは、暗い素振りを、見せないようにする。
「スラート。食事は、私にやらせてよ。久しぶりの自宅だしさ!」
 レルファが、自分でやると言い出した。
「あたしも、手伝うよー。」
 ツィリルも、手伝いたいと思った。
「私もやるヨ。腕が鈍ったら、大変ネ。」
 ミリィも、勿論やる事にした。
「あたしは、専門外なんでパスよ。その代わり、アンタに良いもん見せたげる。」
 ルイは、スラートを前に踊りを披露しだす。この頃、ゲラムに踊りを見せる事が
多い。ルイは、踊りをそれ程、好きでは無かったが、ゲラムが、才能があるのに勿
体無いと言ってるので、近頃、練習を再開したりしている。
「お?姉ちゃん、すげぇな!俺っちも負けられねーな!」
 スラートは、喜び勇んで、ルイの隣で踊りを見せる。とても猿とは、思えない程、
しなやかな踊りを見せる。さすが、スーパーモンキーである。
「・・・ほほぉ。アンタやるわね。」
 ルイの対抗心に、火が付いたみたいだ。
「・・・姉ちゃんこそ、俺っちに付いてこられるとは、只者じゃねぇな。」
 スラートは、意地悪い顔を見せる。すると、二人で恐ろしい程、激しい踊りを踊
り出す。あの分では、しばらくは踊っている事だろう。
「ルイさんは、ああなったら止められないんだよね。決戦に響かなきゃ良いけど。」
 ゲラムは、心配してしまう。
「良い運動になるだろうさ。俺達も、少し体を動かそうぜ。」
 ジークは、ゲラムとサイジンを訓練に誘う。
(スラートの楽しそうな踊りを、邪魔したくない。)
 ジークは、そう思っていた。フジーヤの死の原因が自分にあるのだ。普通に接す
る事が、中々出来ないで居た。
 スラートとルイの所には、兵士や人々の人だかりが、出来ていた。さすがはスー
パーモンキーと、踊り子の里の家元の娘だけはある。
 トーリスは、ジュダや赤毘車、ミカルドらが居る修道院の方に向かう。魔力の底
上げや、戦術方針などの、練り上げをやってるので、手伝いに行こうと思っていた。
 台所では、食事の支度をしていた。食料は、たっぷり持って来ている。軍を動か
すのに、食料が尽きるのだけは、避けたい所だからだ。道中で蓄えながらなので、
中々減りもしない。「人道」を応援してくれる人が、たくさん居たおかげだろう。
ミリィは、勿論の事、レルファも、腕によりを掛けていた。久しぶりの家だから、
それだけで気合が入っていた。ツィリルは、この頃トーリスに料理を教わる事が多
く、真面目に頑張って来たので、手伝いたくて仕方が無いようだ。
「しゃべるお猿さんは、私、初めて見たヨ。」
 ミリィが、料理しながら、スラートの事を話題にしていた。
「スラートは、口が結構伸びるんだよー♪」
 ツィリルは、昔引っ張り過ぎて、スラートに細い目で見られた事があった。
「ツィリルちゃんは、あの時、スラートの口ばっか引っ張ってたわよね。」
 レルファも、思い出したようで笑い始める。
「今度は、私が引っ張ってみるヨ。」
 ミリィは、引っ張る仕草を見せる。
「あれから、もう1年以上も経つのよね。」
 レルファは、ジークの誕生会を昨日の事のように思い出す。楽しかった事を思い
出す。またやりたいと思う。それまで、絶対に生き残ろうと思う。
「楽しかったけど・・・わたしは、今の方が幸せだよ。」
 ツィリルは、アインが居ない寂しさはある。レイアと別れた悲しさもある。だが、
それ以上に、トーリスとの結婚が、ツィリルにとって、一番の幸せだった。それに
何も知らなかった、あの時よりも、今の方が幸せだと思う。
「そうね。私もよ。これからも、幸せになりましょうよ。」
 レルファも賛同していた。暗い気持ちで落ち込んでいても、何も始まらないのだ。
「私は、母さんの事が、少し気になるネ。」
 ミリィは、レイホウの事を、忘れることは無かった。レイホウは、ストリウスで
待っているのだろうか?あそこは、それぞれの道が、別々に独立している危ない国
だ。この頃は、「法道」に傾いて来ているとの噂も聞く。
「サルトラリアさんが居るから、大丈夫よ。」
 レルファは、サルトラリアの事を思い出す。彼も、この戦いに来たかったが、ス
トリウスを守るために、わざと残ったのだった。
「そうネ。あの人なら、信頼できるネ。」
 ミリィも、サルトラリアの誠実さと強さを、信じていた。
「それにしても・・・ここに居ると、色々思い出しちゃうわ・・・。」
 レルファは、溜め息を吐く。どうしても、死んだ父ライルの事を思い出す。
「レルファちゃん・・・。」
 ツィリルは、心配する。
「大丈夫よ。もう誰も死なせない。そのために、皆で頑張って来たんだもんね。」
 レルファは、この頃自信を持っていた。色々な人を助けてきた。時には、力不足
の事もあったが、自分の魔法のおかげで、守れた事もあった。それだけに、自信を
持ち始めていたのだ。
「そうだね!でも、わたしは忘れないよ。ライル叔父さん。繊一郎さん。サルトリ
アさん、レイアさんにルイシーさんとフジーヤさんも・・・。」
 ツィリルは、そう言いながら固まる。つい料理を溢してしまう。その視線の先に
は、スラートが居たのだった。
「・・・スラート?」
 ツィリルは、ビックリした。まだ踊っている物だとばっかり、思っていた。
「ツィリル。・・・おいツィリル・・・。フジーヤは・・・死んだのか?」
 スラートは、どうやら少し前の辺りから、聞いていたようだ。
「や、やだなぁ。名前を言っただけ・・・。」
「嘘吐くなよ!!おい!フジーヤから連絡無いってのは、そう言う事なんだな!?」
 スラートは、涙を浮かべる。スラートにとって、フジーヤは育ての親だ。掛け替
えの無い人物なのである。ツィリルは下を向く。
「・・・その通りですよ。スラート。」
 後ろにトーリスが立っていた。
「センセー・・・。ごめん。」
 ツィリルは謝る。
「ツィリルが謝る事は、ありません。いずれ・・・話すつもりでした。」
 トーリスは、目を伏せる。
「そんなの嘘だって言えよ!!おい!!」
 スラートは、歯軋りする。悔しくて堪らなかった。
「俺っちを残して、フジーヤが死んだってのかよ!!嘘だぁ!!!」
 スラートは地面を叩く。余りにも、残酷な宣告だった。
「スラート。・・・責めるなら、俺を責めてくれ。」
 今度はジークが立っていた。この騒ぎを聞きつけたのだろう。
「ジーク・・・。」
 ミリィは、ジークの覚悟の出来た顔を、真っ直ぐ見ていた。
「俺は一度死んだ。その時に、父さんの肉体とフジーヤさんの「魂流操心術」で、
助けられた・・・。」
 ジークは話してやる。その言葉で、スラートは理解する。
「アイツ・・・魂なんて戦乱の時から吸ってねぇのに・・・無理したんだな?」
 スラートは悟る。「魂流操心術」を使うには、大量の魂の力が要る。フジーヤが、
昔ルースを助けた時は、若い頃で、許せない敵の魂の力を、どんどん吸い取ってい
た。なので使っても、疲れる程度だったのだ。
 しかし、魂を吸うのは、戦乱が終焉を迎えた時に辞めた。どんな理由があろうと
も、それは生命と逆行していると、気付いたからだ。
「でも、アイツが無理したって、死ぬもんか!!どっかで生きてる!!」
 スラートは首を横に振る。どうしても、認めたく無かったのだ。
「おい!!好い加減にしろよ。スラートよぉ。」
 いきなり後ろから声がした。その声は、間違いなくフジーヤだった。
「フ、フジーヤ?」
 スラートは、涙を流しながら、その声に近づく。声を発したのはトーリスだった。
「センセー・・・。フジーヤさんに体を貸してる・・・。」
 ツィリルは、涙目になった。自分が、レイアに体を貸してる時の状態に、極めて
似てたからだ。雰囲気も髪の色まで、フジーヤその物になっていた。
「良く聞けよ。スラート。俺は確かに死んじまった。まぁ、ちょっとドジっちまっ
た。犠牲になろう何てつもりは、サラサラ無かったんだがよ。」
 フジーヤらしい言葉だった。フジーヤは、ジークのために死んだなどと、言うよ
うな人物じゃ無かった。
「まぁ結果は結果だ。仕方がねぇさ。だがよ。これで良かったんだよ。スラート。
おめぇは頭が良い。そう言う風に俺が叩き込んだ。分かってるな?」
 フジーヤは、ニヤリと笑って、スラートの頭を撫でてやる。
「うん。フジーヤには、いっぱい教えてもらったからよ。でも、恩返ししてねぇじ
ゃねぇか!その前に死んじまうなんて、ズルいよ!!」
 スラートは、目に涙をいっぱい浮かべていた。どうしても、納得出来ないのだ。
「馬鹿野郎!恩返ししろ何て、誰が言ったよ。そんな事、気にするんじゃねぇよ!!
良いか?お前は、俺の言う事を、良く聞いてくれたんだ。それで十分ってもんだ。」
 フジーヤは、優しくスラートの頭を撫でてやった。
「そうよ?フジーヤは、言葉に出さなかったけど、とっても感謝してたんだから。」
 突然ツィリルの様子が変わった。どうやら、ルイシーに体を預けたようだ。
「ルイシーさん。でも俺、一人だけ知らなかった・・・。何か悔しいよ。」
 スラートは、子供みたいに泣いていた。
「それは、フジーヤのせいね。貴方、スラートにも、ちゃんと伝えなきゃ。」
 ルイシーは、意地悪っぽく笑う。
「あの時は、んな暇無かったんだよ。全く痛い所を付いてくるぜ。・・・まぁ、悪
かったよ。でもな?スラート。俺は、お前を、そんな女々しく育てた覚えは無いぞ。」
 フジーヤは、含み笑いをする。
「お前は、世話焼きだが一人で生きていける。そんな逞しさがあったから、俺は、
心配しなかったんだぞ?お前は、俺が死んでも心配掛けるような、奴だったのか?」
 フジーヤは、スラートの目を見る。
「馬鹿にするない!俺っちは、フジーヤにだけは、心配掛けさせたく無いんだよ!」
 スラートは、膨れっ面になる。
「なら、それを実行しやがれ!わざわざ俺に、トーリスの体を使わせるなよ。おめ
ぇの事は、いつでも見張ってるんだからよ。」
 フジーヤは、スラートの頭を、もう一回撫でる。
「その言葉で安心したよ。俺っちだけ、仲間外れじゃ無かったんだな?」
 スラートは、表情が明るくなる。
「おめぇさんだけじゃねぇ。グリフォン達やペガサス達の事も、忘れちゃ居ねぇよ。
俺の誇り何だぜ?おめぇさん達はよ。手間掛けさせんなよ。」
 フジーヤは、ペガサスやグリフォンの方も見る。皆、悲しげに鳴いていた。
「それとジーク。おめぇも、あんまり気にすんなよ。それに、俺の魂の分、預けて
るんだからよ。神や魔族なんかに負けるんじゃねぇ!!それだけだよ。」
 フジーヤは、ジークにも声を掛ける。
「はい!!俺は、この戦い、絶対負けません。見てて下さい!」
 ジークは、背中のゼロ・ブレイドに誓って、この戦いは勝つと決めている。
「ま、そう言う事だ。仲良くやれや。俺を失望させるなよ?」
 フジーヤは、そう言うと、トーリスから離れていった。
「私も見てるかんね。頑張りなよ!」
 ルイシーも、そう言うと、ツィリルの体から離れていった。
「・・・父さんらしい受け答えでしたね。」
 トーリスは、晴れやかな笑顔をしていた。
「・・・けっ。おい。ジーク!!」
 スラートは、ジークの方を向く。
「アイツの言葉だ。もうグダグダ言うつもりはねぇ。だが、絶対負けるんじゃねぇ
ぞ。フジーヤの魂を無駄にしたら、ただじゃ置かねぇからな!」
 スラートは、そう言うと、ジークと握手する。
「ああ。俺は一人じゃない。何より、俺自身のためにも、絶対負けないさ。」
 ジークは宣言する。助かった命を、無駄にするつもりは無い。ライルの血肉に、
フジーヤの魂を貰って、生きている身だ。「人道」のためにも、負けられない。
「なら、そろそろ飯にしようぜ!俺っち、腹が減っちまったよ。」
 スラートは、お腹を鳴らす。
「すっかり忘れてたネ。さっさと作るヨ!」
 ミリィが、焦ったように料理の続きをする。それにつられるように、レルファと
ツィリルも手伝う。
 スラートは、フジーヤの言葉で目が覚めた。そして、フジーヤが望んだように、
ジークが、この戦いに勝利するように願うのだった。



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