7、神魔戦争  ソクトア大陸の中央にある、人の住まぬ土地、中央大陸。ここには、それぞれの 国の国境が存在し、島国であるガリウロル以外に、交わって無い国が無い。なのに も関わらず、人が、ほとんど住んでいないのには、この地の歴史に関係がある。古 くから、戦いが繰り広げられてきた、この地には、誰も住みたがらないのだ。現に 今回の、神と魔族と人間の戦いも、中央大陸が戦いの中心である。人が住んでいな いのと、広い土地が揃っていれば、自ずと戦いの舞台に、なりやすいのである。  今も、とてつもない戦いが繰り広げられている。良く見渡すと、誇りのためとは 言え、凄い数の死人が出ている。やはり、戦いには犠牲が付き物なのだ。「法道」 は、ミシェーダとネイガの対立が元で、混乱を極めているし、「覇道」も、とうと う健蔵が倒れたと知るや、自暴自棄になって、戦う者が多い。そして、「無道」も ラジェルドがやられた事で、代表はクラーデスだけとなった。だが「無道」は、元 々、今のソクトアを好んでない者が集まっているため、大きな混乱は無かった。す ぐに、裏切るような軽率な真似には、移らないのだ。  それにしても「人道」は見事である。主要なメンバーが、それぞれの力を出し切 って、勝利を収めている。今までの闘いも、圧倒的に押されながらも、勝利を手に している者が多い。とは言え、共存を訴える「人道」にとって、凄い数の犠牲者が 出ているのは、痛ましい事なのであった。自分達さえ良ければ、良い訳では無い。  よく見れば、子供や動物まで犠牲になっている。「法道」や「覇道」を、親が支 持したばかりに、巻き込まれた子供も居るのだ。こう言う光景を見ると、戦いは、 醜い物だと痛感させられる。だがジーク達は、目を背けは、しなかった。これが戦 いなのだ。信じる物のために、命を懸けていくのが、戦いなのだ。こう言う子供達 を出さないためにも、この戦いは、勝ち抜かなくてはならない。  アインとレイリーも、意地のぶつかり合いをしていた。それぞれの考えがあるか らこそ、敵に対しては鬼になれる。 「健蔵がやられ、指揮を失った貴方達が、闘い続ける理由は何だ?」  アインは、レイリーが何で闘いを止めないのか、不思議だった。 「そう言うお前は、どうなんだ?お前が指導者となって、世を作るのか?」  レイリーは、アインに剣を振るいながら、質問を返す。 「そんな奢った考えは無い。だが、救える者だけでも、救ってみせるつもりだ!」  アインは自分を信じてくれる人のために、闘っていた。ミシェーダもネイガも、 関係無い。自分を頼ってくれる人が居る限り、闘いを止めはしない。 「フッ。そうか。俺は、俺がソクトアで生きたと言う証を、見せたいんだよ。皆に 思い知らせてやるのさ!俺達の生きた証って、ヤツをな!!」  レイリーは、魂で闘う事によって、「覇道」と言う、力での統率を願う集団が居 たと、皆に存在を示したかった。このまま、消滅させたく無かったのだ。 「それ故に、皆を巻き込むのか!犠牲の上に成り立つ証など、私は認めない!」  アインは厳しく攻め続ける。アインには、一片の隙も無い。さすがである。 「お前に認めてもらわなくても良い。俺達の存在を、覚えてくれる奴が居ればな!」  レイリーが、その攻めを受け続けながら、力でアインを押し返す。  その頃、ミカルドは、何度クラーデスに跳ね返されたか分からなかった。極めた はずの羅刹拳が、全く通用しない。 「少しは強くなったようだが・・・貴様の甘さが抜けぬ限り、俺には勝てぬぞ?」  クラーデスは楽しんでいた。ミカルドが本気で向かってくる。それを、リーアや トーリスがサポートする。横から、ゲラムやルイが斬り掛かって来るし、ツィリル が、後ろから、魔法を撃つ。その全てを受け止めつつも、圧倒していたのだ。 (想像以上の、パワーアップをしている・・・。)  さすがのゲラムも、クラーデスのパワーには、ただ驚くばかりだった。 「うぉぉぉ!俺の毛穴の全てから出ろ!闘気よ!」  ミカルドは、どでかい闘気弾を作って、クラーデスに投げつける。 「ふむ。中々の闘気だな。」  クラーデスは、冷静その物だった。ミカルドの渾身の一撃を、片手で受け止める。 (親父め・・・。何と言う強さを、手に入れたのだ!)  ミカルドは、クラーデスの強さを甘く見ていた。想像以上である。 「どうした?もう終わりか?これでは、詰まらぬな。」  クラーデスは、余裕の笑みを浮かべる。これでは食い止めるのが精一杯であった。  そして横では、ミライタルとエルザードが、ぶつかり合っていた。 「腕を上げたな・・・。エルザード。貴様、前は俺の力の前に屈したと言うのに。」  ミライタルは、瘴気の力を持ってしても、倒せないエルザードに感心した。 「エルフの村の仇は、絶対に取る!!」  エルザードは、ミライタルが力を取り戻している事を感じた。封印を、自力で解 くとは、恐るべき執念である。 「フッ。確執だけでは、俺は倒せぬ!」  ミライタルは、手を手刀のような形に変えると、瘴気を出して強化させた。 「この手刀で、貴様の命を頂く!」  ミライタルは、エルザードとの確執を、ここで終わらせようと思っていた。ずっ と上に居た、兄を超えて、自分の本当の人生を取り戻す事しか、考えていなかった。 エルザードは、全てで恵まれていた。自分は、いつも比較対象だった。期待に応え たが、空しかった。兄を排除しない限り、この気持ちは消えないのだろう。 「やってみろ・・・。私の命に掛けて、貴様の過ちを正す!!」  エルザードは、弓を引いて、矢に自分の全ての力を込める。そして、ミライタル の心臓を狙って、矢を引き絞った。 「死ねぇ!!」  ミライタルの手刀が迫る。エルザードは、最後までミライタルの目を見て、矢を 引き放った。すると、ミライタルの体を矢が正確に突き抜ける。ミライタルは、一 瞬血を吐き出すが、その後すぐに、憤怒の顔になって、エルザードの胸を手刀で刺 し貫いた。 「グッハァ!!」  エルザードも胸を押さえる。ミライタルもである。それでも二人は向き合ったま まだった。魂に掛けて、負けられない。壮絶な兄弟による死闘だった。 「・・・エル・・・ザー・・・ドォォォォォォ!!!!」  ミライタルは、拳を握ってエルザードの顔を殴りに行く。 「ミライ・・・タル・・・よぉぉぉ!!!」  エルザードも、同じくミライタルの顔を殴りに行く。そして二人の拳が顔に付い た瞬間、二人は倒れる。 「フフッ・・・。強く・・・なった・・・な・・・。」  エルザードは、倒れながら、ミライタルに話しかける。 「エル・・・ザード・・・アンタを・・・超えたか・・・った・・・。」  ミライタルは唇を、噛み締めて、涙を流す。 「そうか・・・。お前も・・・孤独・・・だったの・・・だな。」  エルザードは、ミライタルの心を理解する。エルザードも、期待に応えようとし て、周りが見えてなかった。そのせいで、弟が苦しんでいるのを、見抜けなかった のである。 「また・・・二人で・・・ケンカ・・・する・・・か・・・。」  エルザードは、そう言うと、ニッコリ笑ったまま、首の力が無くなる。 「今度・・・は・・・俺が・・・か・・・つ・・・。」  ミライタルもニッコリ笑う。ダークエルフの最期の言葉になった。  その光景をエルフ達は見ていた。そして、戦いの空しさを知った。エルフ達は、 二人を抱きかかえると、森へと弔いに行った。それを、他の妖精達は、止める事は、 出来なかった。偉大な妖精族の王エルザード=ファリスと、その弟でダークエルフ のミライタル=ファリスは、壮絶な相打ちを遂げたのだった。  その頃、ジュダはミシェーダ相手に、一歩も引かずに闘い続けていた。寧ろ、ジ ュダの方が、押していると言っても、過言ではない。ミシェーダも弱くは無いが、 数々の修練を積んできたジュダの強さが、一歩上回っているようだ。しかし、ミシ ェーダは、どことなく、余裕があるように感じる。何かが、おかしい。 「フッ。貴様は強いな・・・。これで、踏ん切りが付いた。」  ミシェーダは、口を醜く歪める。 「アンタの、その余裕は、どこから生まれてくるんだ?ネイガも居ない。天使達は 去った。「法道」にも、不審に思われている。その状況で、余裕かませる何てよ。」  ジュダは、警戒していた。ミシェーダは、意味無く虚勢を張る男では無い。 「運命神の秘術が、「時」の力だけだと、思うなよ?」  ミシェーダは不敵に笑う。そして、一回手刀で空を切り裂くと、次元の扉を作成 して、中から何かを取り出す。何やら、白い塊のような物が、いっぱい出てきた。 「・・・それは?・・・まさか骨?」  ジュダは、嫌な予感がした。この大事な時に、骨を大量に出して、何をするつも りだろうか?何かの役に立つ骨なのだろうか? 「フハハハハ!我が軍団は、不滅と言う事だ!!運命神の名に於いて命ずる。世に 見捨てられし者達よ。この3年の間に、死んだ達人よ・・・。我の名に於いて蘇れ! 見せ付けてやると良い!その力を!!」  ミシェーダが叫ぶ。ジュダは、冷や汗を掻く。 (蘇生出来るとでも言うのか!?何の犠牲も無しにか?信じられぬ。)  ジュダは、神とは言え、蘇生するには、それ相応の魂が要るのを知っている。 「不思議そうな顔をするな。ただ現世に蘇らせるだけでは、言う事を聞きはせぬだ ろう?ならばどうするか、貴様の目にも見せてやろう。」  ミシェーダは、骨をバラ撒くと、その骨達が、どんどん地面を肉にして、形成さ れていく。ミシェーダは、何とゾンビを作っていたのだ。 「・・・神がゾンビを作るとは・・・。アンタ、とうとう壊れたのか?」  ジュダは、信じられなかった。神のリーダーを名乗る男が、ゾンビに手助けを請 うなど、許される行為では無い。 「何とでも言え。普通の場所なら、このような真似はせぬ。だが、ここは、ソクト アだと言う事を、忘れるでないぞ。」  ミシェーダは、自信を持っていた。それもそのはずである。ここ3年間で死んだ 者は、とてつもない達人が多い。 「・・・父さん!?」  後ろから、やっと追いついてきたジークが、ビックリした声を上げる。顔は、土 で出来ているので、土気色だが、確かにライルまでが、このゾンビの中に居た。 「・・・ほう。英雄の息子か。どうだ?久しぶりの対面は?」  ミシェーダは、喉を鳴らす。ライルだけでは無い。ドランドルも、クライブも、 サルトリアやフジーヤや繊一郎も・・・。だが、皆共通しているのは、土気色で、 生気の無い目をしていた事だった。生前の面影も無い。 「ミシェーダ・・・。貴様ァァァァァ!!!!」  ジークは、怒りに震えていた。一番やってはいけない行為だと、すぐに気が付い た。死人になってまで、操られるのが、どれだけ苦痛だろう。ジークは、父の気持 ちを思うと、堪らなくなった。 「あんた、腐ってるぜ・・・。何が、神のリーダーだ!手段を選ばぬ、邪神め!!」  ジュダは、すぐさまミシェーダを殴りに行く。しかし、それをゾンビの集団が、 防ごうとする。そこには死んだ「気」や「光」や「闇」の、達人も居た。しかし、 それ以上に、ジュダを逡巡させたのは、ライル達の存在だった。 「良いか?ゾンビとして覚醒させるだけなら、切っ掛けさえ、与えれば良いのだか ら、手間は掛からぬ。その前に、骨を収集せしめたまでが、勝負と言う訳よ。」  ミシェーダは、密かに達人の骨を集めていたのだ。その顔触れを見たとき、思わ ず、笑みが毀れた程だ。何せ、人間の達人ばかりでは無い。魔族の達人まで含まれ ていた。アルスォーンやガレスォード、ガグルド、はたまたルドラーなども含まれ ている。よくも、ここまで集めた物だと思わんばかりだ。瞬く間に、1万は超える であろう軍隊を作り上げてしまった。 「おのれミシェーダ!!」  後ろから赤毘車の声がした。死んだ者を動かすと言うのは、禁忌である。それま でも、犯すとは許されない事である。 「私も加勢しましょう。もう許せません!」  ネイガも、後ろから加わった。 「・・・父さん。苦しいんだろう?俺の手で、天に返すよ。」  ジークは、ライルの前に立つ。 「全く・・・信じられませんね。ミシェーダ様には、失望させられましたよ!!」  後ろから、アインが駆けつけてきた。 「ったく。余計な手間だが、仕方がねぇ。付き合ってやるぜ。」  レイリーまでが、アインとの闘いを止めて、こちらに駆けつけてきた。 「それに伯父さんも居るしな。その姿じゃ、立つ瀬がねぇってもんだ。」  レイリーは、繊一郎の方に向かう。 「貴様ら束になって、我に逆らうとは・・・愚かな奴らよ。死の軍団よ!こ奴等を 叩き潰せ!我に従わぬ者は、皆殺しにするのだ!」  ミシェーダは、とうとう本性を剥き出しにしていた。何をやっても、反対される。 功績をあげた所で、ゼーダと比べられる。それなら、全てを叩き潰して、統治した 方がマシだと考えたのだろう。狂気の沙汰である。 「ウゥゥゥ・・・。」  ゾンビ達は、不気味な唸り声を上げながら近づいてくる。それを赤毘車やネイガ 達は、一人ずつ蹴散らしていく。ジークはライルと対峙し、レイリーとアインは、 背中合わせに立って、他の達人を相手する事にした。 「足を引っ張るんじゃねぇぞ。」 「それは、私の台詞です。油断するんじゃありませんよ。」  レイリーも、アインも気合が入っていた。 「貴方とは決着をつける。だが、このゾンビ達は、ミシェーダの負の産物。私を一 時期でも、導いた者の欲望は、私が清算する!!」  アインは、もうミシェーダを神だと思って居なかった。ここに居るのは、悪魔の ような邪神、ミシェーダである。 「俺も、このまま放って置くのは、伯父さんに申し訳無いんでな。さっさと終わら せて、続きをやるぞ!」  レイリーは、繊一郎が、このような姿のままで居るのは、耐えられなかった。  さっきまで、いがみ合い、闘っていた二人なのに、協力すると驚く程、連携が上 手くいっていた。だが、全部防げる訳では無い。ゾンビは「法道」や「覇道」の者 達にも、無差別に攻撃をしていた。凄惨な光景である。 「フッ。無駄な足掻きを、するからだ。」  ミシェーダは、心地良く、その光景を見守っていた。 「ふざけるなよ?・・・もうキレたぜ!!」  ジュダは、さらに神気を高めると、手には「無」の力を携えていた。 「なるほど・・・。他の者が押さえてる間に来たか。ならば、我も全力でいかんと いけぬな。」  ミシェーダは、本来の狼の姿に戻るとジュダと対峙する。 「オラァ!!」  レイリーは、ドランドルのゾンビを蹴り上げる。ドランドルは、吹き飛ばされる が、痛みを感じないのか、すぐに立ち上がる。 「・・・全く・・・。手に負えませんね。」  アインは、冷や汗を掻く。徒でさえ、達人が集まっていると言うのに、その上、 痛みを与えられない軍団では、生半可の事では勝てない。 「ウゥゥウ・・・。」  声にならない唸り声を発しながら、ガレスォードが襲い掛かってくる。 「ヅアアアア!!!」  アインは、気合を込めると、剣でガレスォードを腰から2分する。ガレスォード は、ビクンと動くと、唸り声を発する。そして、何と下半身を、手で持つと、また 繋げ始めた。 「何たる事か!」  アインは、恐怖を覚えた。これでは、何をしても倒せない。 「骨を狙うのだ!アイン!」  赤毘車が、声を掛けてくる。赤毘車は、すっかり回復したみたいで、ゾンビの、 もと有った骨の場所を探して、潰していく。するとゾンビは、土に返っていく。 「なるほど・・・。しかし、探すのが億劫だぜ。」  レイリーは、ただの集団では無い、この達人を相手に、そこまでの事が出来るか、 不安だった。だが、やるしかない。 「悪く思うなよ!ドランドルさんよ!」  レイリーは、ドランドルのゾンビを投げ飛ばすと、そこから骨を割り当てる。 「ここか!」  レイリーは、ドランドルの脇腹を狙う。すると、確かな手ごたえを感じた。肋骨 が、出てくる。すると、ドランドルは土を吐きながら、倒れていった。 「・・・知ってる奴だけに、見たくねぇ光景だな。」  レイリーは溜め息を吐く。ドランドルは、倒れ際に、どこと無く笑っていた。解 放されたのが、嬉しいのだろうか?そのまま溶けながら消えていく。 「・・・そこ!!」  アインは、集中させて、ガレスォードが庇っている箇所を斬る。すると、ガレス ォードは、声にならない叫び声を上げて、倒れていく。 「ふう・・・嫌な作業ですね・・・。」  アインも、こんな地獄絵図は見たくない。だが、放っていく訳にも行かなかった。 「続けない訳にも、いかねぇだろ?・・・オラァ!!」  レイリーは、クライブの腕を狙って殴りつける。クライブは、一瞬何が何だか、 分からない表情になって、理解した後、納得して倒れた。 「ここまでして、覇権を握りたいとはね・・・。許せません!!」  アインは、ガグルドの首を跳ね飛ばす。すると、そこには、首の骨だけが残って いた。ガグルドは蒸発しながら、消えていった。 「ハァ!!」  ジークはサルトリアの足を切断する。サルトリアは、ニコッと笑うと、そのまま 倒れていく。サルトリアは、抵抗らしき物もしなかった。 「・・・ジー・・・ク・・・。」  ライルが、突然しゃべりだした。 「こ・・・ろせ・・・。」  フジーヤは、悲しげな顔をする。こんなになってまで、生きたくないのだ。 「苦しいんだね・・・。楽にさせるよ!!」  ジークは、剣を持つ手に、力を込める。 「ウルゥゥゥゥゥ!!!」  アルスォーンと繊一郎が、交互に挟みながら、アインとレイリーを攻める。 「さすが・・・クラーデスの息子ですね・・・。」 「伯父さんも・・・ゾンビになってまで、この力かよ・・・。」  アインも、レイリーも生前、この2人が、どれだけ強かったのかと思うと、ゾッ とする。さすがとしか、言いようが無かった 「ウルァァァ!!」  横からルドラーが、瘴気弾を、無数に投げ付ける。 「舐めんなーーー!!!」  レイリーは、瘴気弾を片手で跳ね飛ばす。 「もらった!!」  アインが、ルドラーの肋骨を跳ね飛ばす。ルドラーは、信じられない顔になると、 絶望の表情を見せながら消えていく。 「レイ・・・リー・・・!!」  繊一郎が、レイリーの名前を叫ぶ。 「伯父さん!?」  レイリーは、繊一郎が意識を取り戻したのかと思った。 「ウゥゥゥゥゥ!クル・・・シィィィ!!!」  繊一郎は、頭を抱える。レイリーに攻撃している自分が、許せないのだろう。だ が、攻撃しなくてはならないと言う命令が、頭の中で駆け巡る。 「ちくしょう!!ミシェーダァァァァ!!許せねぇ!!」  レイリーは、一段と瘴気を出すと、繊一郎に向かって投げつける。すると、繊一 郎は、にこやかな表情を浮かべて、その弾を受け止める。 「あ・・・りが・・・と・・・う。」  繊一郎は、そう言うと、にこやかな表情のまま、消えていった。 「ダァァァ!!」  アインは、アルスォーンの体を縦に真っ二つにする。すると、アルスォーンは、 無表情のまま、全てを受け入れて倒れた。 「はぁ・・・。終わった・・・か?」  レイリーは、主要な人物は、全て片付け終えた事を知った。 「グゥルァァァァ!!」  何か巨大な叫び声がする。 「このプレッシャー・・・ゾンビなのか!?」  アインは警戒する。とても、徒のゾンビとは思えない。 「アイツは!!まさか!!?」  レイリーは、余りに巨大なその姿に、圧倒される。 「文献で見た事がある・・・。」  アインは、恐怖を覚えた。 「レイモス!?」  ジークが後ろから、驚愕の声を上げる。ジークは、一回闘った事があるから、知 っている。間違いなく、魔神レイモスのゾンビだった。 「やはり魔神!」  アインは、気合を入れなおす。 「俺が!!」 「待て!!ジークさんは、親父さんと決着をつけろ!コイツは、俺達に任せるんだ!」  ジークが、行こうとした所を、レイリーが止める。 「しかし!」 「ジークさん!ライルさんとフジーヤさんを、そのままにして置く方が、よっぽど 危険だぜ。分かってるんだろ?なら、決着をつけてくれよ!」  レイリーは、そう言うとレイモスに向かって、瘴気弾を投げつける。それをレイ モスは、指先で払いのける。 「・・・分かった。無理するなよ!!」  ジークは、そう言うと、ライルとフジーヤの方に向かった。 「それで良いのです。・・・さぁ化け物!私が相手です!!」  アインは、ジークが行くのを見ると、剣を構え直す。 「フフフフフハハハハハハハ!!!魔人と天人如きが、笑わせるな!」 「てめぇ!しゃべれるのか!?」  レイリーは、ビックリする。他のゾンビは、片言がせいぜいなのに、レイモスは、 しっかりと、しゃべりだした。 「他のクズ共と、一緒にするな。我は魔神ぞ?ミシェーダの呼び掛けに、ただ応え ただけだ。我には体が無い。それを提供してくれると言うのだから、良い話だと思 ってな。土とは言え、馴染めば問題無さそうだしな。」  レイモスは、他の者と違って、自らの意志で、ミシェーダに協力したのだった。 「手段を選ばぬとは、所詮、邪神の仲間ですね。私が成敗してやります。」  アインは、神気で衝撃波を飛ばす。 「粋がるなよ?元人間如きが。」  レイモスは、その衝撃波を蹴りで止める。 「てめぇが、グロバス様と双璧を成したと言うだけで、反吐が出るぜ。さっさと消 えな!目障りだぜ!」  レイリーは、懐に飛び込んで、肉弾戦を仕掛ける。 「ほう。我に挑むか。良かろう!」  レイモスは、攻撃を悉く受け止める。これが、ゾンビの動きなのだろうか? 「この程度で、攻撃とは笑わせる。魔神を舐めるで無いぞ。」  レイモスは、笑いながら、レイリーの攻撃を受け止めていた。 「ジークに敗れた時から、我は魂でありながらも、修行を続けたのだ。貴様ら如き に敗れる物か!このレイモスが、魔神たる所以を教えてやる。」  レイモスは、レイリーを蹴りで引き剥がすと、アインに向かって、瘴気を集中さ せて、放つ。そしてアインが、それを受け止めている間に、レイリーの腕を掴むと、 アイン目掛けて、レイリーごと投げ飛ばした。 「グハァ!!」 「クゥゥゥ!!」  レイリーも、アインも瘴気をまともに体に浴びる。それにしても、恐るべき強さ だ。これが、ゾンビとは信じられない。 「貴様ら如きの力など、この程度だと言う事だ。半端な力で、我に挑む事自体、笑 止。しかし、この体。トーリスと合身した時に匹敵するな。悪くない。」  レイモスは、感触を確かめていた。土とは言え、確かな手応えを感じている。さ すがは、運命神である。  その横では、ジークがライルと闘っていた。 「父さん・・・。くそぉ!」  ジークは悲しみに暮れながら、ライルの攻撃を防いでいた。 「・・・ジー・・・ク。」  ライルは、微かに意識があるみたいだ。 「父さん・・・。自分じゃ、どうしようも無いんだね・・・。」  ジークは、ライルの目で判断する。ライルは首を縦に振る。 「なら・・・父さんに俺の力を見せて・・・安心させるよ!!」  ジークは、覚悟を決める。このままで居ても、ライルが救われる訳では無い。例 え肉親の姿であろうとも、倒さなくては、余計苦しむのはライルなのだ。 「それ・・・で・・・良い・・・。」  ライルは、悟った眼をしていた。自分は死んだ人間なのだ。もう、ここに居るべ き人間では無いのだ。 「父さん・・・。俺は、この戦いを必ず終わらせる。だから、安心して、見ててく れ!!ゼロ・ブレイド!!」  ジークは、ゼロ・ブレイドに「無」の力を乗せる。 「う・・・ウォォォォォ!!!」  ライルの目が、白目になる。どうやら、脳が支配されたらしい。 「・・・これが・・・今の俺の力だ!!!」  ジークは、目を見開くと、ライルに向かって、神速とも言うべき速さで、袈裟斬 りを放つ。 「不動真剣術。袈裟斬り『閃光』!!!」  ジークは、ライルに「無」の力に『閃光』の威力を追加して、ぶつけた。 「・・・よく・・・やっ・・・た。・・・負・・・ける・・・な・・・よ・・・。」  ライルは、そう言うと、ニッコリ笑って斬り口を触る。斬り口から「無」の力が 流れ込んで、消えていくのが分かる。 「父さん!!」  ジークは、父との別れを痛感していた。前は、自分も死に至ったので、気が付か 無かった。だが、ライルが目の前で消えていくのを見て、ただ悲しくなった。 「ジー・・・ク!!!!!」  ライルは、口から泥を吐き出すと、それを合図に消えて無くなっていった。 「・・・父さん・・・父さん!!!!!」  ジークは、拳を握る。すると、堪えていた涙が溢れ出していた。 「ジーク・・・。ライルさんは、貴方に託したのヨ。」  ミリィが駆け寄ってきた。ジークにも、それが分かっていたが、涙を堪える事が 出来なかったのだ。父が偉大だった事を、思い知らされる結果になった。  ライルの波動が消えていくのを、アインとレイリーは感付いていた。 「どうやら・・・ジークが、やったようですね。」  アインはニコリと笑う。 「さすがジークさんだな・・・。俺達も、負けられねぇな!!」  レイリーも、気合を取り戻す。 (ジークの勝利で、奴らの力が戻るとは・・・。)  レイモスは、忌々しく思っていた。絶対なる力を認め、絶望していく輩を、相手 して来ただけに、この人間の諦めの悪さは、見苦しいとさえ思っていた。 「しぶとい奴らめ。醜い様を晒して、恥にも思わぬ貴様らには、引導を渡してやら ねばならぬな。ヌォォォォォォォォ!!!」  レイモスは、瘴気を最大限にまで高める。その力は、グロバスにさえ、迫ろうと 言う勢いだった。さすがは「魔神」である。 「おい・・・。てめぇに相談がある。」  レイリーは、アインに話しかける。 「何です?改まって。」  アインは、不思議そうにレイリーを見る。 「俺が、アイツの隙を作る。何秒あれば仕留められる?」  レイリーは、瘴気を高め始めていた。 「10秒もあれば、必ずや仕留められます。」  アインは答える。しかし、レイモスから隙を作るのは容易では無い。どうやって、 隙を作るつもりなのだろうか? 「その言葉を・・・信じてやるぜ!!おめぇは、用意してな!」  レイリーは、冷や汗を掻きながら、瘴気を高め始めた。 「何をするつもりです?」  アインは、レイリーの言葉が気になっていた。 「うるさい!てめぇは、用意してれば良い!!」  レイリーは、レイモスに向かっていった。 「ふん。まずは貴様か。」  レイモスは、瘴気弾をレイリーに投げ付ける。レイリーは、それを拳で殴って、 跳ね返す。レイモスは、少し驚きながらも、瘴気弾を握り潰す。 「もらった!!」  レイリーは、レイモスが瘴気弾に気を取られてる間に、背後に回って、レイモス を、羽交い絞めにする。 「ヌゥ!?貴様!!」  レイモスは、さすがに焦り始める。 「レイリー!?」  アインは、ビックリする。レイリーの言っていた隙とは、この事だったのである。 「早くコイツを倒せ!!!コイツの骨は、首だ!!」  レイリーは、渾身の力を込めて、レイモスを絞め上げていた。そして感触で、弱 点を見つけ出していた。 「貴様!!どう言うつもりだ!!このままでは、貴様も死ぬぞ!」  レイモスは、この状態では、レイリーも巻き添えになるのを、計算していた。 「うるせぇな・・・。そのつもりなんだから、良いんだよ!!」  レイリーは、命を捨てていた。レイモスの圧倒的なパワーに勝つためには、正攻 法では、とても通じないのを、悟っていたのである。 「・・・ハァァァ・・・。」  アインは、剣に全ての力を結集させる。レイリーの想いを、無駄にはしたく無か った。無駄にするのは、侮辱に当たる。 「おのれ!!!放せ!!!」  レイモスは、もがく。しかし、レイリーは、歯を食いしばりながら、レイモスを 絞め上げていた。アインは、レイモスを睨み付けると、光弾となって、レイモスに 飛び掛る。 「やれぇ!!!!!」  レイリーは、顔を顰める。  ズブッ・・・。  鈍い音が鳴った。それは、アインの剣が、自分の首に刺さった瞬間だった。そし て、それは同時に、レイモスの首を貫いた証拠だった。 「ヌゥァァァァァァァ!!下等生物ガァ!!!!」  レイモスは、泥を吐き出す。そして自分の体が、崩れていくのを感じた。 「あと・・・少・・・しだ・・・ったの・・・にぃ!!!!オノレェェェ!!」  レイモスは、体が崩れていくと、首の骨を残して全て溶けていった。 「レイリー!!!」  気が付くと、後ろには、ジェシーが来ていた。どうやら、サイジン達と共に、こ ちらに向かって来たらしい。ジェシーは、レイリーを抱きかかえる。 「済まねぇ・・・。俺は・・・ここまで・・・のよう・・・だ。」  レイリーは、息も絶え絶えながら、ジェシーに語りかける。 「アンタの方が、先に死んでどうするのさ!!あたしは、どうなるんだよ!!」  ジェシーは、大粒の涙を流す。 「ジェシー・・・。お前は、生き延びてくれ・・・。」  レイリーは、ジェシーの事が、心配だった。このまま、後を追うのではないか? とも思った。それだけは、させたく無かったのだ。 「サイ・・・ジン。頼む・・・。ジェシーを・・・「人道」に・・・入れてくれ。」 「・・・「人道」は、来る物を拒みません。約束しましょう。」  サイジンは、ジークに代わって返事をする。 「・・・アンタ、最後まで、あたしの心配かい!?お人好しにも、程があるよ!」  ジェシーは、レイリーの気遣いが嬉しいだけに、悲しくなった。 「それ・・・と、アインよぉ・・・。お前との対決・・・預けとくぜ。」  レイリーは、アインにニヤリと笑う。 「いつか必ず・・・決着をつけましょう・・・。」  アインは、レイリーに約束する。助からないのは分かっていた。だが、言わない 訳にもいかなかった。 「何・・・か、言うだけ・・・言ったら・・・疲れちま・・・った。」  レイリーは、ボーっとした目をする。 「しっかりおしよ!レイリー!」  ジェシーは、レイリーを揺り動かす。 「へへっ・・・伯父さん・・・稽古・・・の・・・続き・・・やりま・・・しょう。 ・・・俺・・・強く・・・なっ・・・たんです・・・よ・・・。」  レイリーは、そう言うと、満ち足りた顔をしながら、目を閉じる。 「レイリー!!!!レイリィー!!!!」  ジェシーは、レイリーを抱きかかえながら、嗚咽した。 「・・・レイリーは・・・ひたすら強く・・・なりたかったのですね・・・。」  サイジンは、レイリーの事を惜しむ。 「ジェシーさん。私を殺しなさい。」  アインは、剣を地面に置く。 「私は・・・レイリーを、この手で刺した。私には償う義務が・・・。」  アインが、そこまで言うと、ジェシーは拳を固めて、アインを殴りつけた。 「アンタ・・・レイリーの最後の言葉を、無視するつもりかい?冗談じゃないよ。 レイリーは、誇りの中で、自分を見つけて死んだんだ。アンタのせいに、させて堪 るかってのさ!あたしは、このレイリーと、一緒の時間を過ごせた事を、誇りにす るつもりさ。」  ジェシーは、確固たる決意を持った目になっていた。そこには、レイリーが、生 涯を掛けて、強くなろうとした事を、伝えようと言う意志が感じられた。 「・・・それより、アンタ達。あたしは魔族だ。こんなあたしが、「人道」に入る なんて、変じゃないのかい?」  ジェシーは、サイジン達に話しかける。 「私達はね。「人道」の名の下に、共存するのが目的なのよ。変な意識は、捨てな さいよ。それにね。魔族が変だって言うなら、ミカルドはどーなるのよ。」  レルファが、代わりに答えた。 「僕だって「人道」だもんね!」  ドラムが、胸を張って答える。 「・・・じゃぁ、お世話になるよ。」  ジェシーは、恥ずかしそうに言う。 「歓迎しますよ。・・・レイリーの願いなら、尚更ね。」  サイジンは、ジェシーと握手をする。そして、レイリーの遺体を運び出す。 「レルファ。この遺体を、冷凍保存して下さい。」  サイジンは、レルファに頼む。レルファは、すぐに理解して、『氷体』(ひょう たい)の魔法を掛ける。 「レイリーに、何をするつもり?」  ジェシーは、尋ねる。 「ジェシーさん。レイリーの死を、報告しなきゃいけない人も、居るんです。」  サイジンは、エルディスの事を言った。 「そうか・・・。そうさね・・・。」  ジェシーは、理解した。レイリーには、掛け替えの無い家族が居た。その家族を 捨てて、魔族となったとは言え、死んだ事の報告は、しなければならないだろう。 「そろそろ行きましょう。もう、残る敵も少ない事ですしね。」  サイジンは、クラーデスの方に向かう。かくして、ミシェーダの、邪悪なるゾン ビの集団は、魔人と天人の活躍も兼ねて、全て滅びたのであった。  ここに来て、ミシェーダには、焦りの色が出始めた。数々の手を尽くした。最後 の切り札となるべき、ゾンビまで出動させた。なのに敵は殲滅されない。それどこ ろか、自分だけになっていく。何故だか、分からなかった。しかもジュダは、自分 の力を超えるかも知れない力を備えている。  ジュダも、もう攻撃の手を、緩めるつもりは無い。邪神は、早く討伐されなけれ ば、いけない。ミシェーダは、この世でやってはいけない罪を、平気で犯した。こ れは償わせなければならない。 「運命神の計画が、崩れると言うのか!?忌々しい!!」  ミシェーダは、まだそんな事を言っていた。 「諦めが悪いぜ?ミシェーダ。」  ジュダは、ミシェーダの足を掴むと放り投げる。そして、指からアメジストを取 り出すと、手で握って力を込める。 「夢見る宝石アメジストよ。その烈火なる想いを、体現せよ!!」  ジュダは、大きくなっていく炎を、両手で押さえ付ける。 「食らえ!!『赤石炎爆』(アメジストフレイム)!!」  ジュダは、アメジストに眠る炎の力を最大限に引き出して、ミシェーダにぶつけ る。炎は、段々広がっていく。 「クッ!!」  ミシェーダは、それを押さえつけようとするが、勢い余って爆発してしまう。 「グァアアアアアアア!!」  ミシェーダは、吹き飛ばされる。 (何たる凄まじき力よ・・・。ジュダが、ここまでの使い手とは!!)  ミシェーダは驚く他無かった。宝石を操る事は知っていたが、ここまで、力を引 き出せるとは、思っていなかった。 (仕方があるまい・・・。コレを使う羽目になろうとはな。)  ミシェーダは、印を結ぶ。 「何をする気だ?」  ジュダは、ミシェーダの印に見覚えが無かったが、非常に不気味な感じがした。 「お前の力は、この運命神を超えている。だが、勝利は渡さぬ・・・。」  ミシェーダは、どんどん違う形の印を結んでいく。それにつれ、ミシェーダの周 りに、どんどん不気味な力が、増幅されていった。 (一体、何をするつもりなのだ・・・。)  ジュダは、冷や汗を掻く。尋常では無い雰囲気が、周りを取り囲んだ。 「運命神の、もう一つの禁忌の力を、受けるが良い!!」  ミシェーダは、掌を広げる。すると、その中に恐ろしく深遠な宇宙が見えた。 「運命神の、時の力を利用した技だ。ただし、これは莫大な時の力は要らぬ。故に、 今の私が力でも、出来るのだ。異次元の宇宙で彷徨うが良い・・・。」  ミシェーダは、掌の中の宇宙をジュダに投げ付ける。 「くっ!引っ張られる!!」  ジュダは、とてつもない引力を感じた。僅かな時の力を利用して、次元の狭間を 作るとは、やはり、とんでもない力の持ち主らしい。 「悠久なる時の地獄へ落ちろ!!ジュダよ!!」  ミシェーダは、勝ち誇った表情を浮かべる。 「ジュダ!!」  赤毘車が、ジュダの方を心配する。 「仕方ねぇ・・・。」  ジュダは、異次元の宇宙の扉を、厳しい目付きで、見つめる。 「全てを消し去る『無』の力よ。ここに体現せよ!目の前の全てを消し去るのだ!」  ジュダは、扉に向かって『無』の力を放つ。 「うぬ!?」  ミシェーダは、我が目を疑う。何と異次元が欠けたのだ。いや、正確には、扉が 欠けたのだ。それを見たジュダは、『無』の力を強める。 「なっ!!?馬鹿な!!消えるな!!」  ミシェーダは、自分の手の中の宇宙が消えていくのを感じた。 「全てを消し去る『無』の力・・・。使いたくは無かった。」  ジュダは、苦肉の策として使ったのだ。危険な力なので、余り多用したくないの だった。それだけに、強力な力である事は確かだ。 「馬鹿な・・・。私の全能力を持ってして、何故倒せぬ!!」  ミシェーダは、全て打ち破られたので、呆然とする。 「アンタは、禁忌の力に頼りすぎたせいだ。それ以上の能力に、対応しようとしな い。アンタは、自分の殻を破れない。それが原因さ。」  ジュダは指摘する。能力に頼り過ぎて、自らの力を鍛えない者に、勝利など訪れ はしないと、ジュダは信じていた。 「知った風な口を!!このミシェーダは神のリーダーだ!!敗北して堪るか!!」  ミシェーダは、我を忘れている。 「・・・哀れだな。・・・大いなる力を秘めし、オリハルコンよ・・・。光の象徴 であるその力・・・神の力と一体となりて、敵を蹴散らせ!!」  ジュダは、オリハルコンを取り出して、神の力を全て結集させる。 「アンタの負けだ!!『光聖石神力』(オリハルコンアーウィン)!!」  ジュダは、最大限に神の力が引き出せるオリハルコンを使った、最高の技を、ミ シェーダにぶつけた。ミシェーダは、首を残して全てが消えうせた。凄まじい力の 前に、ミシェーダの体は、耐え切れなかったのだ。 「運命・・・神が・・・。この・・・ミシェー・・・ダが・・・。」  ミシェーダは、信じられないと言う表情を浮かべた。 「アンタは、全てを自分の力で、やり遂げようとし過ぎた。自分の力も超えて、や り遂げようとしても、それは、真の創造には至らない。それに気付かなかったのさ。」  ジュダは、ミシェーダの『理想郷』の考えは、ソクトアで実現させるには、余り にも困難だと気付いていた。 「ジュ・・・ダ。覚え・・・て置くと・・・良い。私は・・・必ず・・・戻る。い つか・・・理想・・・郷を・・・叶・・・えるため・・・な・・・。」  ミシェーダは、執念の目を見せる。 「・・・そうだろうな。アンタなら、転生しても考える事だろうな。だが、その時 は、俺が、また止めてみせる。絶対にな。」  ジュダはミシェーダに釘を刺しておく。 「・・・フッ・・・。次こそ・・・油断・・・はせぬ・・・。クック・・・グハァ ァァァ!!!ゲホッ!!」  ミシェーダは、大量の血を撒き散らすと、それが合図になったのか、首の力が無 くなる。そして完全に意識が無くなり、この世から、去っていったのである。 (ミシェーダの事だ。魔族と同じように、死しても、いつの日か転生するのだろう な。その時は・・・必ず俺の手で止める。)  ジュダは、その時は、また止めなければならないと思ったが、とりあえず肩の力 を抜く。ミシェーダは、ここに倒れた。それは運命神の野望の終焉であり、神のリ ーダーとしての、終焉の時でもあった。 「・・・終わったな・・・。」  後ろから、赤毘車の声がした。どうやら残りのゾンビも、全て片付けたらしい。 「ジュダ様。お見事です。・・・後はどうぞ。この私を、御裁断ください。」  ネイガは、そう言うと、正座をして首を差し出す。 「何の真似だ?」  ジュダは、ネイガを睨む。 「私は、ミシェーダを邪神と見抜けなかったばかりか、その考えに同調までした、 罪深き神。私の罪を裁くのは、もはやジュダ様しか居りませぬ。」  ネイガは、既に死を覚悟していた。 「・・・ふぅん。・・・全くしょうがねぇ事だ。」  ジュダは、指をポキポキ鳴らす。 「ネイガ。歯を食いしばれ。」  ジュダは、ネイガに近寄る。ネイガは目を瞑ると、覚悟を決める。  バキィィィィ!!  ジュダは、ネイガを思い切り殴る。ネイガは、キョトンとする。 「死ねば、全てが解決すると思っているようだから、その考えを改めろ。」  ジュダは、優しい瞳をしていた。 「ジュダ様!しかし!!」  ネイガは、まだ目に涙を浮かべている。 「全く。これから「人道」と言う、共存社会が生まれるのに、制裁など出来る物か。 これからの時代を、支えていく一人にならんで、どうするんだ?」  ジュダは呆れる。ネイガは、これからに必要な人材である。 「・・・そう言う事だ。最もジュダが、本当にネイガを殺すつもりなら、私が止め に入っていたがな。」  赤毘車も、笑みを浮かべていた。 「ま。そう言う事だ。後は天界に帰ってから、決める事だ。それに・・・まだ敵は、 残っている事だしな。」  ジュダは、ネイガの肩を叩く。ネイガは肩を震わせていた。 「・・・この恩は忘れませぬ。このネイガ・・・必ずや、尽くして見せます!」  ネイガは、目に涙を浮かべながら、礼をした。 「大袈裟な奴だ。まぁ良い。お互い神と言う立場だと、大変だよな。」  ジュダは、溜め息を吐く。 「フッ。私には、楽しんでいるように見えるがな。」  赤毘車は、ジュダをからかう。 「それも半分当たりと言った所だ。お前には、隠し事出来んな。」  ジュダは、そう言うと豪快に笑い始める。すると、赤毘車もつられて笑い始めた。  こうして、神のリーダーである運命神ミシェーダは、滅びたのであった。  その頃、トーリスやツィリル、ゲラムやルイ、それにミカルドは、所々を怪我し ながら、まだ闘い続けていた。いや、それは闘っていると言うより、ただ生きてい ると言うだけであった。クラーデスは、闘いを楽しんでいた。それと同時に、実力 を見切り始めていた。唯一まともに闘えているのは、トーリスくらいの物であった。 (魔神の器のトーリス。中々ではある。しかし・・・。)  クラーデスは、既に他の者が、体を動かすのも、やっとと言うのを見て、トーリ スに攻撃を集中させていた。ミカルドも、目を霞ませながら、何とか体を動かして いた。 「クゥ!!!」  トーリスも、防御するのが手一杯だった。恐ろしい実力である。トーリスが、目 一杯の魔力、闘気を駆使しても、全く怯まないとは・・・。 「さて・・・。そろそろ来る頃だな。」  クラーデスは、何かを待っているようだった。そして、それに合わせるかのよう に、トーリスとミカルドに、更なる攻撃を加えて吹き飛ばす。 「ウワァァァ!!」  トーリスは、吹き飛ばされる。そして肩を掴みながら、立ち上がるが、それ以上 の力が出なかった。 「み、皆!!」  誰かの声が、後ろから響き渡る。 「来たな・・・。ジーク!!」  クラーデスは、歓喜の声を上げる。ジークとミリィの姿が、そこにあった。 「ジーク・・・。クラーデスは・・・。」  トーリスは、注意をしようとする。それをジークは制した。 「分かってる。化け物だって言う事はね。でも大丈夫だ。」  ジークは、精神を集中させると、迷わずにゼロ・ブレイドを抜く。 「クックック。このヒリ付き感が、堪らぬな。」  クラーデスは、ジークの力が、危険な力に変わっていくのを感じた。 「待つんだ。ジーク。クラーデスは、俺が仕留める!」  後ろから、ジュダが現れる。そこには、竜神としての、厳しい顔付きの、ジュダ が居た。神として、役目を果たそうと言うのだろう。 「ほう。運命神を退けたか。さすがだな。」  クラーデスは、一瞬で、その事を見抜く。 「ジュダだけでは、無いぞ。」  赤毘車やネイガも現れた。 「私達も、忘れては困りますね。」  サイジンやレルファ、そしてドラムにサルトラリアまで集結した。 「フム。中々の面子だな。だが・・・。」  クラーデスは、片手に渾身の力を込めると、手を前に突き出して広げる。すると、 とてつもない程の竜巻が巻き起こり、吹き飛ばされる。すると、そこに耐えられた のは、ジークとネイガ以外、居なかった。 「やはりな。他の者は、戦闘で、疲労が頂点に達していたようだな。」  クラーデスは見切っていた。この2人以外に、既に闘える状態の者は、居ないと 言う事をだ。赤毘車も、ゾンビとの闘いで、体力を消耗したようである。 (俺も、さっき飲んだ薬の効果が出てなきゃ、吹き飛ばされてたって訳だ。)  ジークは分析する。しかし薬を使った後、ほとんど体力を消耗させてない闘い方 をしていたジークも、さすがである。 「・・・見切られていたとはな・・・。さすがだな。」  ジュダは、そう言うと赤毘車と顔を合わせる。 「なら、こうするまでだ!!」  ジュダは、宝石を取り出す。その宝石は、ダイアモンドだった。 「神秘なる光を宿しダイアモンドよ!大地を守る光となれ!!金剛石活力(ダイア モンドリジェネレイション)!!」  ジュダは、ダイアモンドに、自分のあらゆる活力を凝縮させる。そして、それを 大地に叩きつける。すると、地面が微かに輝きだした。 「器用な事をする・・・。大地を守る技と言う訳か。」  クラーデスは感心する。魔族でも、思い切り鍛錬する時は、部屋全体を力で覆っ て、全壊しないようにする事があるが、この技は、ソクトア全土を覆う技のようだ。 「闘った後に、後悔する様な真似だけは、するなよ。」  ジュダは、そう言うと肩の力を落とす。ミシェーダとの闘いで、ほとんどの力を 使い切って、とてもクラーデスと渡り合えるような力は、残っていなかったのだ。 それならば、残りの力で大地を守る事に集中した方が、良いと判断したのだ。 「これで、気兼ねなく、このエブリクラーデスも、全力で闘えると言う訳だな。」  クラーデスにとっても、有難い話だった。 「クラーデス!今度こそ決着を・・・。」  ジークは、ゼロ・ブレイドに、力を込めようとする。 「待ちなさい!ジーク。君は下がっていなさい。」  ネイガが前に出る。そしてジークを制御する。 「何言ってるんですか!ここは、一緒に闘わないと!」  ジークはクラーデスの強烈な波動を感じ取っている。 「偶には、神らしい事をさせて下さい。私は、前に立たなくてはならないのです。」  ネイガは、懇願するような目で、ジークを見る。 「・・・分かりましたよ。でも・・・無理は駄目ですよ。」  ジークは、ゼロ・ブレイドを仕舞う。ネイガの眼を見たら、返す言葉が無くなっ た。ネイガは、「法道」の期待に応える為に、前に出て闘わなければならないと、 思っていたのだ。それでこそ、ミシェーダに付いて行った罪も晴らせると、思って いたのだろう。 「何のつもりか知らぬが、貴様らが負けた時、このソクトアに、破壊と創造の時が 来ると言う事だけは、覚えて置くのだな。」  クラーデスは、全てを倒した後では、闘いと言う楽しみが無くなってしまうので、 思う存分、闘って置こうと考えていたのだ。 「破壊神気取りですか。・・・しかし、この私を、そう易々と倒せると思ったら、 間違いです。ジュダ様。赤毘車様。私に、償いの時を与えたまえ!!」  ネイガは、そう言うと、背中から鳳凰の翼が生える。そして、体から凄まじいま での不死身の炎が、燃え上がる。 「ネイガ。細かい事は気にするな。後悔しないように、闘うんだ。」  ジュダは、ネイガの応援をする。 「ネイガ。・・・死ぬでは無いぞ。」  赤毘車は、ネイガが、無理をし過ぎなければ良いと思った。 「ふむ。貴様の具現させたる力は、見事と言って置こう。しかし、それだけで、こ のエブリクラーデスは、倒せぬ。」  クラーデスは、両手を広げて、大空を眺める。すると、クラーデスの体から「無」 の力が、漂い始める。しかも、その量たるや、凄まじい物があった。 (クラーデスめ・・・。あそこまで「無」の力を極めているとは・・・。)  ジークには、分かった。クラーデスが、「無」の力を使いこなしていると言う事 をだ。 「全てを消し去る「無」の力ですか。しかし、何らかの力である以上、神力を高め れば、防げない事は無い!」  ネイガは、気が付いていた。例え「無」の力であっても、力の量で、こちらが上 回れば、対抗出来ると言う事をだ。そして、それに負けた時に「無」となり、消え てしまうと言う事もだ。だが、「無」の力自体、強力な力のため、「無」に対抗す るためには、相当な量の力が必要であった。「無」を上回るためには、「無」を身 に付けるのが、一番の近道なのだ。 「フッ。理論上では、その通りだ。だが貴様では、俺を上回るなど不可能だ。消え て無くなると良い。」  クラーデスは、両拳に「無」の力を宿す。 「前鳳凰神から受け継ぎし力を、ここで見せてやる!!」  ネイガは、全身を不死鳥の炎と化す。 「中々の力だ。だが、我が前にとっては、無駄の二文字に尽きるな。」  クラーデスは、ネイガに襲い掛かる。ネイガはクラーデスの拳を、真正面から受 け止める。そして、「無」の力を押さえ込むと、足払いで牽制する。クラーデスは、 その足払いをステップで躱すと、そのまま踵落しをする。ネイガは、一瞬にして、 その踵落しを躱して、神気と炎の力を纏った拳を、弾丸のように素早く打ち出す。 「むっ・・・。」  クラーデスは、思った以上の速さに、少し驚いた。さすがは、鳳凰神の名を持つ だけある。その速さは、神の中でも一番なのだろう。クラーデスも、目で追いきれ るギリギリの速さである。 「なる程な。さすがは、鳳凰神。だが、パワーが、まだまだ足りんな!」  クラーデスは、攻撃を喰らいながらも、前に進んでくる。 「くっ・・・。さすがは、クラーデス・・・。」  ネイガは、何とか距離を保ちながら攻撃を続けるが、このままでは、いつか捕ま ってしまう。掠り傷を負わせたくらいでは、クラーデスは止まりそうにない。 「ヌゥゥン!!」  クラーデスは、ネイガの鳩尾に拳を当てる。 「グハッ!!!」  ネイガは、吹き飛ばされながら、嗚咽する。 (クッ!!消える!!)  ネイガは、攻撃を喰らった所から、感覚が無くなっていくのを感じた。 (冗談では無い!!このまま消えてたまるか!!)  ネイガは、腹に力を入れると、「無」の消し去るエネルギーを吹き飛ばした。 「ほう・・・。満更、さっき言ってた「無」を超えるエネルギーを作るという話は、 嘘でも無いようだな。・・・だが、時間の問題のようだな。」  クラーデスには分かっていた。このまま闘えば、ネイガを追い詰める事が出来る。 「ネイガさん!!」  ジークが、心配そうに見つめる。 「ジーク。そして「法道」の者達よ。見ていなさい。鳳凰神の生き様をね!!」  ネイガは、眼が赤く光りだして、全身が炎と化していく。 「・・・ほう。それだけのパワーを出せるとはな・・・。」  クラーデスも、驚きを隠せなかった。 「前鳳凰神ラウザー様・・・。貴方が見せてくれた、最高のお姿を、ここに体現し ます!!ハァァァァァァァ!!!!」  ネイガの体の色が変わっていく。赤い光から、段々白い光に変わっていく。それ すらも超えて、青白く輝いていく。 「奴め。これ程の質量を、隠し持っているとは意外だったな・・・。」  クラーデスは、冷や汗を掻く。ネイガの力を見誤っていた。 「・・・!!そうか!ネイガ!!その技は、危険だ!止めろ!!」  ジュダは、何かに気が付いたようだ。そして、それがどれだけ危険な技であるか、 気が付いた。 「ジュダ。何故、止めるのだ?」  赤毘車は気が付いてない。 「赤毘車。奴は、自分の体を星に変えようと、しているんだ!!」  ジュダは驚くべき発言をする。 「何だと!?」  赤毘車も、さすがにビックリした。そんな事が、可能なのかも疑う。 「全ての生命の、営みを司る星命エネルギー。それを作り出すには、神力など比べ 物にならない程の、パワーが必要だ。」  ジュダは説明する。一部の神の中には体内に星命エネルギーを隠し持っている者 も居る。しかし使えば確実に肉体がもたないので使用したという例は聞いたことが なかった。 「それが可能な神・・・その存在は、聞いた事があった。それがまさか・・・鳳凰 神・・・。ネイガだったとは・・・。」  ジュダは、ネイガの中に、何か輝く物を感じたが、それが、星命エネルギーだっ たとは、気が付かなかった。 「フッ・・・。面白い!!我が「無」の力が先に尽きるか・・・勝負だ!!フッフ ッフ・・・。闘いは、こうでなくてはな!!」  クラーデスは、初めて己の危険を感じた。しかし、「無道」を完墜してしまった ら、こんな緊張感は、味わえないだろう。 「この姿は・・・前鳳凰神ラウザー様が、我が故郷の星の危機を救うために、最期 に見せてくれた姿。この力を使う以上、負ける訳にはいかない!!」  ネイガは、段々球体になっていく。より、星に近い形になっていくのだ。 「来るが良い。この「無」を、破れる物なら、破って見せると良い!」  クラーデスは、両手に「無」の力を集中させて、ネイガを待ち受けていた。 「ネイガ!!生き残れ!!全てを使い切っては、駄目だ!!」  ジュダが、あらん限りの声で叫ぶ。 「ウォォォォォォ!!!」  ネイガは自らの体から、エネルギーを、全て吐き出すかのように、クラーデスに ぶつける。すると、ネイガは空ろな眼をして、倒れこんだ。どうやら最後のジュダ の言葉が、届いたようだ。全てをエネルギーに変える前に、元の体に戻って、エネ ルギーだけを、クラーデスに、ぶつけたようだ。 「ヌオオオオオオオオ!!!」  クラーデスは、恒星の片鱗を体で味わう。腕が痺れる。凄まじい程の力だ。 「だが!!ここで破れる、エブリクラーデスでは無い!!」  クラーデスは、眼を見開くと、一瞬の内に、両手を握るようにして、恒星のエネ ルギーを握り潰した。 「何と言う・・・力だ・・・。」  ネイガは、自分自身を、全てエネルギーに変えたとしても、敵わなかったであろ う事を察した。 「フゥ・・・。中々楽しめたぞ。さぁ、掛かって来い!」  クラーデスは、少し掠り傷を負った程で、止めてしまったのだ。肩口に傷が出来 ているが、この程度の痛みなら、クラーデスは、気に留めないだろう。 「冗談言うな。私は・・・もう体を動かせん。・・・貴様の・・・勝ちだ。」  ネイガは、横たわるので精一杯だ。既に、ジュダの横で休んでいた。 「フッ・・・。そうか。まぁ良い。」  クラーデスは、少し惜しみながらも、視線の先を変える。 「最後に残ったのは・・・貴様か。つくづく縁がある物だな。」  クラーデスはジークを見る。 「フッ。貴様を倒せば、あとは死にぞこない共だ。見事に、力を使いきってるよう だしな。「無道」は、ここに完墜する事となる。」  クラーデスは、笑みを浮かべる。とうとう「無道」も、現実の物として、見えて きたからだ。そして、その最後の相手として、相応しい相手を迎えるのだ。こんな 楽しい事は無い。 「クラーデス。時を誤ったな。死の淵を見る前の、俺と闘っていれば、お前が間違 い無く勝利した事だろう。だが俺は、あの時に生まれ変わった。「人道」を信じる 全て者の願いと、この肉体に流れる血と魂は、決して砕けない!!」  ジークは、凛とした目で、クラーデスを睨み付ける。 「フッ。ライルの体と、2人の熱い魂を、貴様の中に感じる。それで良い。その全 てを踏み潰さねば、「無道」の勝ちとは言えぬ。」  クラーデスは、ジークの蘇生の事実を、知っていたようだ。 「ジーク。お前の持てる力を全て出せば、俺以上だ。信じて・・・勝てよ!」  ジュダは、力付ける。ジークの勝利を、疑わないようだ。 「ジーク。私との特訓・・・最後は、とうとう私を超えたのを覚えているな?神を 超えた、その力を、クラーデスにも見せてやれ。」  赤毘車は、ジークと一番稽古をつけた相手だ。その力量は、分かっていた。 「ジーク。私の生き様は見せた・・・。後は、貴方の生き様を見せて下さい。」  ネイガは、ジークから視線を離さなかった。 「ジーク。親父は強えぇ。だが、今のお前は、それ以上の何かを感じる・・・。俺 の代わりに、親父を倒して良いと思えるのは、お前だけだ・・・。頼むぜ。」  ミカルドは、肩で息をしながらも、ジークにゲキを与える。横でリーアが、会釈 した。ミカルドにも、認められたのである。 「『望』の皆が待っている。絶対、生き残るんだぞ。」  サルトラリアが、『望』の人達を思い出させてくれた。 「ジーク兄ちゃんは、絶対勝つよね?レルファ姉ちゃん!」 「兄さんは、ああ見えて、負けるのが嫌いなのよ。絶対勝つわよ。・・・大丈夫。 兄さんは、父さんの名前に、負けなかっただけじゃない。それを超える事が出来た と、私は信じてる。そんな兄さんが、負ける訳無い!」  ドラムは、レルファに問いながら激励した。レルファは、父の名声に負けなかっ たジークを、誰よりも強いと思っていた。 「センセー。ジーク兄ちゃん、何だか自信に溢れてるね。」 「ええ。最高の状態です。自分を追い込み過ぎても居ない。それで居ながら、絶対 に勝つという気迫に満ちている。・・・ジーク。父さんの魂と一緒に闘えますね?」  ツィリルとトーリスは、寄り添いながらも、ジークの勝利を疑わない。ジークの 凄まじいまでの勝利への執念も、感じ取っていた。 「ハッハッハ。ジークなら、大丈夫ですな。・・・私の、未来の義兄になってもら うためにも、ここで負けるんじゃあ、ありませんよ?」  サイジンは軽口を叩きながら、しっかりとした目でジークを見る。 「全く・・・私達が、束になっても敵わなかったって言うのに・・・ジークったら、 平然としてるわよ?納得行かないわよねぇ。」 「ルイさん。あれが、ジーク兄ちゃんなんだよ。普段からは、考えられない程、い ざと言う時に、力が出せる。・・・僕もいつか・・・ね。」  ルイが、不平を言うが、ゲラムがフォローする。良いコンビである。 「ジーク。分かってるネ?負けたら、絶対に許さないヨ。私との約束・・・破った ら、承知しないヨ!!」  ミリィが、ジークを見つめる。生きて一緒になる。それが、ミリィとの約束だ。 「・・・全く、俺は、たくさん期待を、背負っちまったみたいだな。」  ジークは頭を掻く。しかし、その顔は、楽しそうに笑っていた。 「フッ。貴様との闘いで、長い闘いも最後だ。存分に楽しんでやる。絶望の果てに、 消えるが良い。このエブリクラーデスの、決戦の相手として選ばれた事を、感謝す るんだな。破壊と創造の時は、近い!!!」  クラーデスは、6枚の魔の翼を広げる。すると、全身から「無」の力が、漂い始 めた。クラーデスの気合は、漲っている 「クラーデス。「人道」が、どうとか言うつもりは無い。だが俺が、これから生き るためにも、お前のやろうとしている事は、賛成出来ない。俺は、信じる者のため に闘う事は、もう出来ない。だから、生きるためにお前を倒す。恨んでくれるなよ。」  ジークは、明らかに昔と違っていた。昔ならば、皆の期待を、一身に背負って、 凄まじい程の重圧の中で、身を犠牲にして、闘った事だろう。だが、今のジークは、 自分のために闘っている。そして、積極的に闘おうとしている。 (昔よりも、成長したようだな・・・。そうで無くてはな!!)  この積極性は、明らかに戦力として、プラスだろう。 「フフフハハハハ!!ソクトアの命運を掛けた闘いか。その相手が、貴様である事 を、誰が予想しただろうな。神でも無く、魔族でも無い。だが、紛れも無く最強の 相手である、貴様をな!!」  クラーデスは、今のジークは、どんな魔族や神よりも、強いと思っていた。 「俺は、まだまだやる事がある。こんな所で、死ねないんだよ!!」  ジークは、剣を斜め後ろに構える。これは、不動真剣術の「攻め」の型だった。 「裂帛の気合とは、正にこの事だな。ならば、この俺も、出さねばなるまい。」  クラーデスは、愛用の指輪を取り出す。良くこの指輪で、グロバスやワイスと手 合わせをした物だ。もう、遠い昔のような気すらする。それは、クラーデスが、上 り詰めた強さの証明でもあった。 「まずは・・・基本から行くか。」  ジークは、ゼロ・ブレイドに闘気を込める。しかし、「無」の力とぶつかっても、 勝てるのでは無いか?と思う程の闘気が、ゼロ・ブレイドに込められていた。 「ソクトア全土を巻き込んだ、戦争の締めだ。悔いを残さないように、せんとな。」  クラーデスは、指輪を掲げると、その中心に信じられない位の、瘴気を込める。  そして、互いに構えのまま、少しずつ近づく。そして、ジークの方から、追い風 が吹いた瞬間、ジークの姿が消えた。  ガギィィィィィィ!!!!  風を震わせる、凄まじい轟音がした。そして、その一瞬に、ジークとクラーデス は、それぞれ反対側の所に、ワープしていた。いや、ワープしたのでは無い。一瞬 の内に、それぞれ技を放って、移動したのだ。 「フッ。不動真剣術の、袈裟斬り「閃光」だったか?」  クラーデスは、技の名前を答えて見せた。 「アンタには、見せて無いはずだけどな・・・。それに指輪での一撃は並じゃねぇ。」  ジークは、ゼロ・ブレイドを持つ手が、少し痺れる程の衝撃だった。 「何度と無く、貴様の闘いは見せてもらったからな。他の奴と、闘ってた時の物も 含めてな。・・・とは言え、予想以上の早さだな。」  クラーデスは、ニヤリと笑う。クラーデスは、自分が闘った時以外の、ジークの 闘いも、何度と無く観戦していた。とは言えジークは、指輪での一撃と、すれ違う 瞬間に、肩口を斬りに掛かったので、クラーデスの肩に傷が出来ていた。 「お見通しって訳だな。なら、俺も、出し惜しみはしないぜ!」  ジークは、ゼロ・ブレイドを少し引き気味にすると、体を回転しつつ竜巻を作り 出す。 「来たな。旋風剣「爆牙」か!」  クラーデスは、やはりお見通しだったらしく、「爆牙」を魔法の『爆砕』で迎撃 する。そして、もう片方の手で『氷砕』の魔法を繰り出す。魔法を、凄まじい速さ で繰り出せるとは、さすがである。 「・・・居ない!」  クラーデスは、ジークが『氷砕』を繰り出した位置に、居ないのを感知すると、 空気の流れを読んで、右方向に雷を落とす。雷を任意の場所に落とす『雷帝』の魔 法だった。次々と違う魔法を繰り出すとは、さすがはクラーデスである。 「でやぁ!!!」  ジークは、「爆牙」を囮にしたのがバレたのは、計算外だったが、雷はゼロ・ブ レイドを振り回す事で、防ぎ切る。そして、片方の掌をクラーデスの方向に向けて、 剣を引く。 「ムッ!!」  クラーデスは、何かに気が付いたらしく、人差し指と中指に力を入れる。  ピシィィィィィィ!!  クラーデスと、ジークの動きが止まる。 「チィ!!突き「雷光」まで、知ってるとはな・・・。」  ジークは、慌てて距離を取る。ジークは、懐に潜り込むついでに、突き「雷光」 を放ったのだが、クラーデスに予想されて、指2本を硬化させた突きで、迎撃され たのだった。それぞれの剣先と指先で、攻撃を無効化したのだった。 「良いぞ。貴様との戦いは、背筋に冷たい物が走るみたいでな・・・。新鮮だぞ。」  クラーデスは、瘴気を指先に集めると、一気に打ち出し始めた。 「アンタも凄ぇよ。俺の力を知り尽くしてるなんてな。」  ジークは、クラーデスの力を認める。さすがとしか言いようが無い。今までの攻 撃は、全て見切られていた。 「この程度は、序の口といった所だ。今度は、こっちから行くぞ!」  クラーデスは、手に魔力を集中させる。クラーデスは、無の力だけで無く、他の あらゆる力にも、精通している。しかも、その強さたるや、神魔クラスである事は、 間違いない。そして、その魔力を右手と左手に分けると、右手で『氷砕』、左手で 『爆砕』の魔法を同時に、ジークに向けて放つ。それも凄まじいまでの連射でだ。 「おおおおおお!!」  ジークは、ゼロ・ブレイドを水平にすると、そこに闘気を込めて、魔法を斬って 行く。連射される魔法を、次々と薙いでいた。しかし、完全に防ぎ切れた訳では無 く、所々に、傷が増えていく。 「フッ。いつまで耐えられるかな?」  クラーデスは、攻撃の手を緩めず、次々と魔法を打っていく。 「クラーデス!俺を舐めるなよ!!」  ジークは、そう叫ぶと、ゼロ・ブレイドに闘気を集中させて、防壁を作る。 「・・・考えたな。最小限の労力で、防ぐつもりか。」  クラーデスは、ジークの機転に少し驚く。 「ならば、これはどう防ぐか?」  クラーデスは、指輪をしている右腕を突き出す。すると指輪の周りが、暗い色に 変わっていく。とてつもない瘴気が、集まっている証拠だ。 「何をするつもりだ?」 「フッフッフ。瘴気にも、色々使い方がある。それを見せてやろう。」  クラーデスは、瘴気を集めた右腕を、振り払うかのようにジークの方に向ける。 「・・・ムッ!」  ジークは気が付くと、瘴気に囲まれていた。これでは、逃げ場が無い。 「馬鹿の一つ覚えみたいに、打ち出すだけが、瘴気の使い方では無い。瘴気の広が り易い性質を持つ事を、応用すると、こう言う事も、出来ると言う事だ。」  クラーデスは、ジークの周りを瘴気で囲んでしまった。 「さぁて、どう防ぐ?」  クラーデスは、右手を握る動作をする。瘴気が、ジークに向かって収束する。 「ヌゥゥゥゥゥゥ!!」  ジークは、唸り声を上げると、瘴気に飲み込まれてしまう。 「ジークーー!」  ミリィが、心配そうな声を上げる。 「心配するな。あれくらいで参る、ジークでは無い。」  ジュダは、ジークの力を信じていた。すると、瘴気の塊が、縦に割れて、中から ジークが現れた。ジークは避けきれないと悟ると、剣で一点を引き裂く事で、隙間 を空けて、出て来たのだ。全て防ぐには、労力も掛かると、計算した上だろう。 「さすがに、この程度では仕留められぬか。」  クラーデスも分かっていた。ジークは、こんな簡単に倒せる男では無いと言う事 をだ。しかし、少し瘴気を食らっているらしく、ジークは肩で息をしていた。 「だが、少し参っているようだな。さすがの貴様も、今の猛攻で無傷はあり得ん。」 「勝ち誇っているようだな。だが、俺を舐めるなと、言ったはずだぞ。」  ジークは、言い放つ。すると、クラーデスの額が縦に傷つく。 「な、何だと!?」  クラーデスは、自分の血を確かめる。青い血が、紛れもなく流れていた。それに 少し脳震盪が、起こっているようだ。 「俺の、瘴気を割いた斬りは、貴様に攻撃するためでも、あったと言う事だ。」  ジークは、最初から、そのつもりで斬り割いたのだ。 「・・・フッ。なる程。徒では、転ばぬと言う訳か。」  クラーデスは、頭を振って、気を取り戻すと、眼が妖しく光る。 「やはり、貴様との決着には、『無』の力以外の決着は、あり得んと言う訳だな。」  クラーデスは、全身を揮わせて、拳を握る。すると、その拳は、陽炎のように不 気味な光を宿していた。これこそが、『無』の力である。 「恒星のパワーを凌ぐ、お前の『無』の力。俺は、それを超える!!」  ジークは、ゼロ・ブレイドを、しっかりと握り締める。そして、ゆっくりと力を 込めると、『無』の力をゼロ・ブレイドに伝わせていった。他の剣なら、とっくに 壊れていたはずだ。全てを無にする力に、耐えられる剣は、このゼロ・ブレイドだ けであろう。 「この力を使う前に、決着をつけたいと思っていたがな。そうもいかんな。」  クラーデスは、出し惜しみをしていた訳では無い。この力を、今使ってしまうと、 ソクトアを、平らにするまで時間が掛かってしまうため、使いたく無かったのだ。 「そこまでの余裕は、さすがにやれないぜ。」  ジークは、微笑する。何故、そんな表情をするのか、分からなかった。しかし、 自然と笑みが毀れた。それは、次の一撃こそ、魂をも揺さぶる一撃になるであろう 事が、分かっていたからである。 「不思議よな。これで、全てに決着がつくと思うと、笑みが耐えぬ。」  クラーデスは、今までの事を思い返していた。魔界での自分の成り上がり、「神 の戦争」の後、現れたグロバスの台頭。そして、自分の力を追い求めるために、作 り出した息子達、こう思い返してみると、碌な事をしていない。だが、このソクト アに来て、変わった。この1年の間は、非常に濃い時間を過ごす事が出来たと、確 信している。最初は、力を得るチャンスと突っ掛かっていた。しかし、ジークに引 き分けて、絶望と怒りに満ち、あの「神液」と闘い、打ち勝った時の喜び、そして 『無』の力への目覚め。力こそ全てのクラーデスは、力を手に入れた。だが同時に、 空しくもあった。追い求めて止まなかった力が、手に入る事で目標を失った。だが、 この力を存分に揮える相手が、居た事に、クラーデスは歓喜を覚えた。だが、それ は、一瞬の事でしか無い。仕方が無いのだ。そう言う力であるのだから・・・。そ れでも良い。一瞬でも、この力を、存分にぶつけられれば、魔族として、エブリク ラーデスとして、本望である。その後は、自分が思い描いていた世界に、このソク トアを変える。『無』の力を使った破壊と創造。思い描く世界を作るには、今のソ クトアは、向いていないのだ。 「クラーデス・・・。アンタは、力を持つ者として尊敬する。しかし、力の使い方 は、間違っている。俺は、アンタの力の全てに、真っ向から対抗してやる!」  ジークも、クラーデスと同じく、今までの事を振り返っていた。色々な事があっ た。色々な人と会った。そして、死にゆく人の、間際にも立ち会った。そして、自 らも死の間際に立った。不動真剣術を習い、父と特訓して行った日々が、頭を過ぎ る。そして、ミリィとの出会い、約束の事も、もうかなり昔の事にさえ思える。そ れくらい、濃い1年間だった。生涯、忘れる事の出来ない1年間だった。『無』の 力を、発現出来たのは、偶然だった。負けたくないと願う、一心で身に付けた力だ った。それから、全ての力に関して、知識も得た。そして、導き出された答えは、 クラーデスとは違っていた。無に出来る力を揮って、世界を作る事は、確かに魅力 的なのだろう。だが、無に出来るからこそ、大事にしなければ、ならない。『無』 から得た、全ての情報を大事に引き継がなければならない。そして、そこから導き 出された答えは、共存して互いの歴史を紡ぐ。それだった。自分の道は、これしか ないと思った。そして、一回死んだ時に気が付いた。その歴史のために、自分が犠 牲になるのではない。それを、見届ける役目に、自分は、ならなければならないと 言う事をだ。だからこそ、この一瞬に打ち克つ。勝って、未来を紡がなければなら ない。この一瞬に、全てを懸けつつ、生き残らなければならない。 (難しいな・・・。だが、父さんも昔、不可能を可能にした。なら、俺も、やらな ければ、父さんに笑われてしまうからな!!)  ジークは、ライルの事を思い出して、更なる力を込める。 (ジークよ。この闘いに立ち会えた事を、このゼロ・ブレイド。誇りに思う。)  ゼロ・ブレイドが、語りかけてきた。 (アンタも、居たんだったな。今まで、数多く助けてくれた事を感謝する。だが、 それも、これで終わりだ。・・・燃えようぜ!!魂の奥から!!)  ジークの心の叫びに、ゼロ・ブレイドは、呼応するかの如く、爆発的に『無』の 力が増えていく。 「このエブリクラーデスの、生涯を懸けた、この一撃の前に散れ!ジークよ!!」  クラーデスは、全てを放出するかのように、両手を前に突き出す。すると、目に 見えるくらい膨大な『無』の力が、ジークに向かって飛んでいく。 「・・・ドランドルさん。繊一郎さん。フジーヤさん。そして父さん!!俺の、こ の一撃を、貴方達に捧げる!!」  ジークは言い放つと、クラーデスの『無』の力に突っ込んで行く。そして、『無』 の力に、ゼロ・ブレイドを叩きつけて、激しくぶつかり合う。その瞬間、ソクトア の大地が激しく揺れ動いた。大気も震える。そして、『無』の力が、ジークを包み 込んでいく。 「ジーーーーーーーク!!!!」  ジュダが、これは拙いと思ったのか、心配そうな声を上げる。そして、残った力 を振り絞って、『無』の力に、自分の『無』の力をぶつける。しかし、クラーデス の『無』の力は、微動だにしない。 「くっ・・・。ここで何も出来ぬとは!!」  ジュダは、悔しがる。無理も無い。ジュダは、ミシェーダの闘いで、精も根も尽 きているのだ。今、『無』の力を放出する事が出来たのさえ、奇跡に近い。 「ウォォォォォォォォ!」  ジークは、あの凄まじい力に、一人で対抗しているのだ。凄い精神力である。 「さすがは、我が生涯の一撃を、与えるに相応しき男。まだ、我が力に対抗出来る とはな。だが・・・これで止めだ!!」  クラーデスは、『無』の力を、更に押し出すようにして、倍化させる。ジークの 周りの『無』の力が、更に大きくなっていった。 「グハァ!!」  しかし、放出しているクラーデスが、苦しそうに喀血する。 「くっ・・・。これ以上は、出せぬ・・・か。」  クラーデスも、これで限界なのだろう。クラーデスは、放出を止める。だが『無』 の力は、ジークを完全に包んでいた。クラーデスも膝を突いて、今にも倒れそうだ。 「我は・・・破壊神エブリクラーデスなり・・・。」  クラーデスは膝を掴んで、決して倒れはしなかった。しばらくして、ジークの声 が聞こえなくなった。 「・・・やったか・・・。我は、勝利したのか!」  クラーデスは、歓喜の叫びを上げる。何より、力という力の全てを、出したと言 う実感が、嬉しかった。 「この世の全てを、無に返す時が来たか!我が理想の世を、降臨させてくれる!!」  クラーデスは、歯を食いしばりながら、拳を握る。 「そ、そんな!!ジーク!!」  ミリィは、唖然とした。あのジークが、消えてしまったと言うのだろうか。 「フッ。しかし、まだ『無』の塊が消えぬとはな。相当な、衝撃だったのだな。」  クラーデスは、『無』の力が、まだ留まっている方向を見る。今の疲れ切った体 では、触りたく無い物である。 「クッ。兄さんの仇!!」  レルファは、魔力を溜めようとした。しかし、すぐ止めた。何かに、気が付いた ようである。ミリィも反応した。 「・・・レルファも、聞こえたネ?」  ミリィは、『無』の力の方向を見る。 「小さくだけど・・・兄さんの声が聞こえる!まだ、消えてないんだ!」  レルファとミリィは、思わず涙が零れる。 「な、何だと!?この力、まだ、拮抗している最中だと言うのか!?」  クラーデスは、信じられないと言った顔付きをする。しかし、本当に信じられな かったのは、次の光景だった。『無』の力が、どんどん収束していき、自分とは違 う『無』の力が、そこから溢れ出して来ているのを感じた。 「まさか!このエブリクラーデスの渾身の一撃が破られる!?あってはならぬ!」  クラーデスは、全身を震わせ、更に『無』の力を出そうとする。しかし、出そう もない。その時、クラーデスの肩口が裂けた。そこは、さっきの、ネイガの恒星の 力を、握り潰した時に、痛めた傷だった。 「ぬぅぅぅ!!恒星の力を完全には、無に出来なかったと言うのか!!」  クラーデスは肩を押さえる。しかし、飽くまで『無』の力の方向を見ていた。 「ぅ・・・ぉ・・・ぉぉぉおおおおオオオオオオオ!!!!!」  段々と、ジークの雄叫びが大きくなっていく。それは、クラーデスの『無』の力 が、段々弱くなって行ってる証拠だった。 「我は断じて認めぬ!至高の力を手に入れて、尚、貴様に敵わぬ訳が無い!!」  クラーデスは、指輪を握り締める。すると、指輪の力を借りて、僅かだが『無』 の力を作り出す。それを、ジークに殴りつけるつもりだった。 「食らえ!!!」  ジークは、自分を包んでいたクラーデスの『無』の力を、振り払ったのを確認す ると、ゼロ・ブレイドを横に倒して、不気味に光らせる。すると、クラーデスは、 眩しくて、眼が眩んでしまった。 「クッ!我が生涯の一撃をォォォォォォ!!!」  クラーデスは、それでもジークに向かって、拳を振り上げていた。 「・・・終わりだ!クラーデス!!ハァァァ!!」  ガギィィィィィィイン!!  とうとう二人は、交錯した。そしてクラーデスは、拳を打ち抜いた形で止まり、 ジークは剣を振った姿で、止まった。 「・・・敵わぬ・・・か・・・。人間の生きる力・・・か・・・。」  クラーデスは、そう言うと、拳をダランと下ろす。 「・・・『無』を断じ、生を拾う。これぞ、不動真剣術、最終奥義『無生断剣(む しょうだんけん)』!!」  ジークが、そう言いつつも、ゼロ・ブレイドを、背中の鞘に仕舞う。すると、ク ラーデスは、ネイガの恒星の力と対抗した時に、出来た傷口から、腰に掛けて、体 が真っ二つに割れていく。しかし、その状態になっても、クラーデスは、片腕で体 を支えて、正面を見ようとする。恐ろしい執念だ。 「見事だ・・・。ジーク・・・。我が生涯の一撃を、退ける・・・とはな。」  クラーデスは、闘おうとしているのでは無い。『無』の力によって、消え行く、 その時まで、正面を見ようとしているだけだった。 「アンタの力は、口では表せない程の物だった。俺は、例え負けて、消えたとして も、後悔は無かった。生き抜くと言う、意志は見せたと思ったから・・・。」  ジークは、本当にもう駄目だと思っていた。しかし、死んで行った者の事を、思 い浮かべる度に、力が増していったのだった。 「フッ。・・・我では・・・勝てぬさ。・・・貴様の生き抜く力は・・・我が執念 を・・・上回っていたのだからな・・・。」  クラーデスは、そろそろ腕の先が、虚ろになっていく。 「ジーク・・・。『人道』は・・・続くと思うか?」  クラーデスは、問いかける。共存は理想論だ。それに越した事は無い。だが、弊 害が、必ず出るはずだと、クラーデスは見ている。 「正直に言おう。永久に続くとは、思っていない。」  ジークは、正直に答える。異種間で争いは、必ず出るはずである。 「・・・だが、後世に、理想の世を見せる事は出来る。間違った時の、手本をな。 それを示すだけで、十分だと俺は思っている。」  ジークは、いつの日か、語り継がれる時、自分達の世が、理想に満ちた世であっ た事を、後世に示そうと思っていた。 「そうか・・・。その覚悟・・・しかと・・・聞いたぞ。」  クラーデスは、満足そうだった。そして、とうとう首だけになった。 「・・・ミカルド・・・。」  クラーデスは、息子の名前を呟く。 「・・・親父。アンタの事は大嫌いだが・・・アンタの強さは・・・忘れねぇ。」  ミカルドは、クラーデスを真っ直ぐと見つめる。クラーデスは、微かに笑う。 「そうか・・・。ならば、もうソクトアに未練は無い!!このままでも、我は消え る!だが、我は破壊神エブリクラーデス!消え行くのに、黙っている程、柔では無 い!!」  クラーデスは、突然、叫びだす。そして口から『無』の力を、少し吐き出す。 「神よ!魔族よ!人間よ!我が消え行く様、目に焼き付けよ!!」  クラーデスは、そう叫ぶと、『無』の力にぶつかっていく。すると、一瞬だけ、 膨張して、跡形も無く消え去った。クラーデスは、自らの手で消え行く事を、選ん だのである。 「・・・さすが・・・よな。」  ジュダは、クラーデスの中に誇りを見た。至高の力を極めた、魔族の最期だった。 「終わった・・・。そして・・・始まるんだな・・・。」  ジークは、自らの拳を握り締める。勝利の実感が、沸くと共に、涙が溢れてきた。 何故だかは、分からない。だが、これで「ソクトア神魔戦争」は終わりを告げた。