NOVEL 4-8(Final)

ソクトア第2章4巻の8(完結)


 8、史記
 激闘と信念に満ちた戦争は終わった。後に、この1年間は、ソクトア全土を巻き
込んだ戦争として、「ソクトア神魔戦争」と呼ばれる事になる。その詳細を、全て
書き込んでいる男が居る。見知った話や、伝聞を掻き集めて、後世に残すための作
業をしている、何とも壮大だが、限りない作業を行っている男だ。それは、後にス
トリウスバイブル図書館に収められ、各地に印刷されて、伝記として残る事になる。
その男とは、いつまでも、ジーク達を見つめていて、『望』こと、ギルド「希望郷」
のマスター、サルトラリア=アムルだった。『望』はジーク達が、在籍していたギ
ルドとして、あっと言う間に、人気を集めて、既に信頼出来る人間に、運営は任せ
てある。サルトラリアは、思う存分、情報を集める事に専念し、時々『聖亭』に顔
を出している。こちらも、人気が止まないらしく、泊まりにくる客達は、ジーク達
が過ごした部屋を、好んで借りに来る。おかげ様で、従業員にも恵まれて、今では
押しも押されぬ一番人気の宿屋となっていた。ストリウスに訪れる客が、真っ先に
寄るのが、『望』と『聖亭』である。
 そのサルトラリアとレイホウだが、後に、婚約届けを出している。娘であるミリ
ィは、サルトラリアなら、大歓迎らしく、快く承諾したらしい。
 サルトラリアは、伝記の著者としても、有名になり、後に、ストリウス初の、博
士号を承っている。その受賞の際に、レイホウは暖かい眼差しで見ていたと言う話
である。
 ちなみに、ストリウスの法皇は、実質権力を失い、自治体が治める、変わった国
へと変貌していった。自治体の会合で、代表を決めると言う一風変わった代表の選
び方をしているが、不思議とそれで国として、成り立っていったのである。


 クラーデスが作り上げた、元バルゼのクワドゥラートは、遺跡として、残される
事になった。クラーデスに従っていた魔人や天人は、クラーデスの訃報を聞くと、
後を追った者が、かなり居たが、残りの者達は、全てクワドゥラートの遺跡の管理
と遺跡の街として、勝手に街を作り上げて、その街で、新たな人生を送っていた。
戦争から1ヶ月程で、開かれたソクトア全土会議にて、『人道』を議題にして、話
し合った所、敵意の無い魔人や聖人達は、丁重に扱うように、取り決められたので、
暴れでもしない限り、極普通に、生活している。だが聖人は聖人街、魔人は魔族街
を作って、生活するのが、ほとんどらしく、時々、クラーデスの事を称えながらも、
自分達の生活を確保しているようであった。
 初代聖人街の代表に、アインが選ばれ、魔族街代表は、ジェシーが選ばれたと言
う話である。だが、アインもジェシーも、さっさと身を引いて、それぞれが向かう
べき所に行ってしまったらしい。今では、そんなに目立たず、ほっそりと、暮らし
ていると言う話であった。
 ちなみにアインは、元「鳳凰神教」と「運命神共同体」の人々を導いて、ソクト
アの未来を憂い続ける「真法(しんぽう)」と言う組織を作って、プサグルとサマ
ハドールの国境付近で、ヒッソリと祈り続けているらしい。
 そしてジェシーは、実はレイリーとの、子供が出来たらしく、それをエルディス
達に報告しに行っていた。最初こそ、驚いていた物の、エルディスは、自分達に新
しい孫が出来たと、すぐに喜んでくれた。ジェシーは、それに感激したらしく、今
では、エルディスと共に住む様になった。そして今では、押しも押されぬ、忍術の
使い手となり、息子に、悪戦苦闘する日々を送っている。


 混迷極まる国であった、プサグルでは、『法道』と『覇道』が消えた事により、
秩序を無くしつつあった。しかし、プサグルの第一王子である、ゼルバ=ユード=
プサグルの帰還により、事無きを経た。ゼルバは、すぐにプサグルの秩序を取り戻
し、『人道』の考えを人々に聞かせ、すぐに、ルクトリアに倣って、総投票が行わ
れた。既にルクトリアで、実績がある分だけ、飲み込みが早かった。何より、ゼル
バの説明が分かり易く、思わぬ所で、政治手腕が発揮された瞬間だった。
 プサグルの初代国事総代表は、迷う事も無くゼルバが選ばれた。ゼルバの手腕は、
皆が認める所であり、元王子で、人気もあった分、選び易かった。ゼルバは、人々
に、感謝しつつも、総代表の仕事を次々に、こなしていった。隠居済みのヒルトと
ディアンヌは、プサグルの離宮で暮らしていったと言う。静かな所で、住み易い所
でもあった。そして、王宮は取り壊され、代わりに、人々が行き来が出来る博物館
を建設した。そこに、貴重な物を置いておき、プサグル王国の歴史を、顧みる事が
出来るようになっていた。更に、そこでは、人々が集う事の出来る大公園が、設置
され、実質的にも、王の為の国では無く、民主的な国に、生まれ変わっていったの
である。
 後にゼルバは、『治世の主』として称えられるようになる。
 女帝の国、サマハドールでも、流れは一緒で、女王として君臨していた、マリー
7世は、女教皇として、座る事になり、やはり、ここでも総代表が、決められる事
になった。だが、ここは、今までの風土のせいもあるのか、必ず女性が、総代表に
選ばれる事になった。だが、芯は他の国よりしっかりしているのか、立派な発言力
を持つようになっていた。


 デルルツィアでは、ミクガード王とゼイラー皇帝、そして、投票で選ばれた者達
による政治が、スタートしていた。内政はミクガード、外交はゼイラーが、程良く
こなし、その傍らには、ミクガードには、フラルがサポートし、ゼイラーには、ケ
イトが励まし合うと言う、お互いを知り尽くした助けで、2人は随分と助かってい
るようであった。
 デルルツィア国内は、至って安定していて、あれだけ荒らされたのが、嘘のよう
に復興していった。だが、城は無くなった。実際には、あるのだが、遺跡として、
残していく方向で全会一致し、実質的な話し合いなどは、デルルツィアの中央広場
の真ん中に、議事堂を作って、そこで話し合いをしていた。これからは、優雅な暮
らしでは無く、国民と共に歩んでいく歴史を作ると、ミクガードは宣言した。ソク
トア大陸の、全体的な流れが、そうしているのだろう。あの1年で、ルクトリアが
脱皮した時に、時代が動いたと言っても、過言では無い。
 ミクガードは、この後、『内政王』と呼ばれ、ゼイラーは、『外交帝』と呼ばれ
るようになる。


 パーズの国は、変わらず法治国家として、君臨する事になった。ここは、元々敬
虔な神への信者が多く、無理に変えようとすれば、反対が起きるような国であった
事も、大きいだろう。しかし、パーズの国の北に広がる大樹海では、色々な変化が
起きていた。
 まず新たな『妖精王』に、リーアが選ばれた。リーアは、最初こそ戸惑った物の、
エルザードやミライタルの事を思い出して、受諾に至ったのである。そして、その
隣には、優しげな目をした、半魔族となったミカルドが居たのである。半魔族と言
うのは、ミカルドには、半分人間の血が混ざっていたのが、証明されたのである。
リーアと共に、大いなる樹海を守っていく、決心を固めたのだ。最初こそ、妖精達
は、警戒してた物の、ミカルドの献身的な協力を見てる内に、段々と警戒を解いて
いき、ミカルドを『妖精王』の次の位である『樹海士』として認めて、更なる繁栄
を誓う事となった。
 リーアは、ミカルドの側に居るだけで、幸せであった。ミカルドは、頼られる事
で、自分の存在意義を確かめ、自分が、時代の架け橋になると、決めたのであった。
それが、クラーデスの最後の息子であり、『妖精王』の夫となった、自分の役目だ
と言い聞かせていたのである。


 ガリウロルでは、それぞれが、覇権を争う兆しを見せていた。とうとうガリウロ
ル島全土を、巻き込んだ闘いが、繰り広げられる事になった。しかし、名門榊家の
強さが、際立っており、闘いは、半年もしない内に、治まってしまった。これによ
り、榊家は、ガリウロルを治める一族として、君臨する事になる。その際に、魔族
であるジェシーや、エルディスなどが活躍したのが、記録されている。そして、エ
ルディスの妻である繊香と、娘である麗香は、戦いの方でも活躍していて、他の親
族を押しのけて、筆頭豪族の座を、磐石の物とした。それからソクトア大陸との交
流は、筆頭豪族が努める事になり、ガリウロルでは、榊天下を開く事で、独自の繁
栄をしていく事になる。
 榊天下は、後に13代まで続く、長い天下であったと言う。その祖先は、彼の英
雄ライルの友人であり、不屈の士ジークと、親しい付き合いをしていたと言う事で、
歴史に名を残す事になる。


 犯罪者が集う受刑者達の島、『絶望の島』では、未だに監獄での暮らしが、待っ
ていた。例え共存を唱えた所で、罪を犯す物は必ず出てくる。そのためには、この
島は必要なのであった。その中で、静かに刑が執行されるのを待つ者が居た。ガリ
ウロルで名を馳せた『羅刹』の面々であった。元々は、気の合った者同士で、集ま
った会合のような物だった。だが、『羅刹』の頭領である神城 源治は、榊家の当
主の榊 繊一郎の噂を聞きつけ、決闘を申し出た。その結果は、後一歩の所で、源
治は、敗北したのだった。それからである。手段を選ばず、どんな相手にも、自ら
の拳だけで這い上がっていく生活に没頭し始めたのは・・・。それから『羅刹』は、
凶悪集団に変わった。
 だが、どんなに変わっていっても、源治の願いは唯一つ、繊一郎に、勝利する事
だった。そして2度目の対決の時、トーリスやサイジン達と、一緒に現れた、繊一
郎と対決し、また敗北を喫する事になる。そして、今までの悪行を償うべく、この
島に居る。この島の監視者達が、どんなに痛めつけても、弱音を吐く事は無かった。
どんな誘惑も撥ね退けて、再び対決の時を待つのだった。幸い、源治に下った判決
は、懲役10年だった。力を蓄えて、繊一郎と雌雄を決する間も、十分にあった。
しかし、その願いは、永遠に閉ざされる事になる。榊 繊一郎が、死亡したと言う
報を聞いたからであった。その時の源治の表情は、抜け殻のようであったと言う。
そして、源治は、ある決心をして、毎月1回は、面会に来る妻に、神城流空手の奥
義書を手渡した。ずっと隠し持っていた物であった。それを妻は、目を伏せながら
も、受け取って、帰っていった。その夜の事であった。源治は、手刀による切腹を
果たし、自らこの世を去ったのであった。そして、遺書に『我が生涯の、強敵の元
に、対決しに行く。』とだけ書いて、後の意志は、妻と一人息子に託したのであっ
た。その意志は、神城流こそが、空手の頂点に立つ事。であった。最強を信じ、挑
み続けた男の、孤独なる死であった。
 神城 源治の一人息子、神城 大輝(だいき)は、奥義書と遺書を拝見すると、
黙って、修行の旅に出掛けたと言う話である。昔、神城流と起源を同じくした、空
手を超えるためだと言う話だ。天神(あまがみ)流空手を、完全に超えるための旅
にだ。
 後に、神城流空手と天神流空手は、空手の祖であると言われたが、厳しい修行の
ため、一子相伝と言う厳しい制約を設けた、至高の存在として、ガリウロルだけで
無く、ソクトア全土にまで知れ渡る事になる。


 そして、ルクトリアでは、国事総代表が奔走する日々が、続いていた。毎日、細
かな犯罪は起きるので、その度に、色々な取り決めをしなくてはならなかった。初
代国事総代表、ルースは、忙しさの余り、過労で倒れそうになった事もあったと言
う。だが、その下で義理の息子であるトーリスや、娘であるツィリルが、支えてく
れたおかげで、倒れずには済んだ。しかし、いつまでも、このままでは行けないと
言う事で、ルースは、総投票を5年に、1回必ず行う事を約束した。しかし、国民
の半分以上が、国事に不満を持った場合、その国事代表達は、解散になると言う取
り決めも行った。そして、犯罪を裁く場として、裁断場の設立も行った。裁断場と
国事は、互いに監視する事で、不正を無くすようなシステムを作り上げた。こうす
る事により、不正を根本から防ごうと考えたのである。国事にて、法律を作り、施
行し、裁断場にて、罪を裁くようにした。しかし、いつ何事も、癒着が無いとは限
らないので、不正監視委員会を、国民の中から、希望者を聞いて、無作為に選ぶ事
で、それすらも防ごうと考えた。その制定を行ったのも、トーリスの助言が大きか
ったと言う。
 一方で、軍事などは、ジークが早々と退任し、それまで、司令副元帥だった、元
『望』の副ギルドマスターも兼任していた、ギル=ガイアが努める事になった。ギ
ルは、ジークのように、カリスマ性を持ち合わせている訳では無いが、与えられた
仕事は、忠実に、こなしていく軍事向けの性格だったため、正に適任だった。
 それと、ライルの墓では、毎年死んだ日に、お祈りの儀式が行われて、たくさん
の人が、冥福を祈ってくれていた。その中には、毎年必ず、リチャード=サンと、
その義理の息子が、来ていたと言う。無論、ライルに関わった人々全員が、お祈り
に来ていた。その日は、フジーヤのお祈りの儀式も兼ねているので、その時には、
必ずスラートと、お供のペガサスやグリフォン達が来ていたと言う。
 嬉しいニュースもあった。神魔戦争から、4ヶ月程した時、ツィリルに娘が出来
たのだ。仲間達は、こぞって祝ったが、その時サイジンが、「いつの間に出来てた
んですか?」と、無神経な事を言って、レルファから肘鉄を食らってたのは、お約
束か。その娘の名前は「レイア」と名付けられたと言う。


 ソクトアには、不思議なエネルギーがあるらしい。今まで、戦乱が絶えず起こり、
荒んだ姿を見せていた、中央大陸に、人々が集まって、街を建て始めたと言う。最
初は、本気にする者が、少なかった。それくらい、この地は呪われた地として、有
名だった。しかし、作っていく人々は、本気だった。最初こそ、街と呼ぶには、み
すぼらしい程の、集落だったが、中央大陸は、ソクトア大陸の、正に中央と言うだ
けあって、人の到来が、かなり多い。それだけに、拠点が作られると、人々が、ど
んどん集まって来て、押しも押されぬ街として、育っていく事になる。そして、そ
うなると、爆発的に人口が増えていき、あらゆる価値観や、あらゆる人種、そして、
あらゆる異種も、取り込む大都市になって行くのであった。この都市には、セント
キャピタルと言う名前が、設けられた。この変化を、誰が予想していただろうか?
中央大陸の、劇的な変化は、後に『大移動』と呼ばれるようになる。何せ、それぞ
れの国の6分の1程度の人口が、全て中央大陸に移民したと言う話だ。元々荒野だ
ったので、建設に時間は、掛からなかったし、水源と自然を囲むようにすると、不
思議と、荒野だった所も、芽を吹き出した。あれだけ激しい戦いがあっても、まだ
芽が吹き出ると言う事実は、人々に大きな感動を与えたに違いない。
 そのセントキャピタルには、ゲラムとルイが移住したらしく、ジークの家から近
い所に作った、その事もあって、良く遊びに来ている。サイジンとレルファも、外
れにだが、家を建設して、住んでいると言う話だ。ただ、セントキャピタルでも、
都市部ではな無いなので、あんまり人も居ないと言う話だが、レルファは、静かな
方が好きなので、丁度良かったと言う話である。
 一方、ジークの家では、毎年、新年になると、仲間達で集まって、お祭り騒ぎに
なると言う。ジークの家の近くは、辺境も良い所だったが、セントキャピタルのお
かげで、人の往来も良くなって、今では、村くらいの規模になったので、『ユード
村』と言うのを建設して、村長はジークと言う事に、なってしまったらしい。最も、
長閑な自然が広がる所なので、村長と言っても、見回りくらいしか、やる事が無い
ので、政治に無関心なジークには、性に合っていた。近くの修道院も、『ユード村』
お抱えの教会として、生まれ変わった。今では、戦争が起こる前の、3倍近い人が
暮らしていると言う話だ。ジークの母マレルも、その事実には、喜んでいた。その
修道院は、マレルが、ずっと幼少の頃に使っていた、修道院だからだ。ちなみに、
ゲラムとルイの間には、男の子が一人と女の子が一人、サイジンとレルファの間に
は、双子の女の子が二人。ジークとミリィの間には、男の子が二人、産み分けされ
たかの如く、生まれてきた。もう戦乱の心配が無いとは言え、何が起こるか、分か
らないので、その内、修行させるつもりで居るらしい。ライルも、そうやって、ジ
ークを鍛えてきた。ジークも、それに倣おうと思っていたのだ。しかし、その前に
子育てと言う、新たな闘いが、ジーク達には訪れようとしていた。


 ソクトア大陸の南端にあるキーリッシュ島。ここは、代々龍族が棲む洞穴として、
有名だ。ここでは、10世帯くらいの龍達が生息している。その内の、一番力のあ
る龍が、『王龍』を名乗る事が出来る。神魔戦争時の『王龍』は、ドリーだった。
ずっと龍の女王として、君臨してきた。しかし、その子供が『王龍』になれるとは
限らない。なので、ドリーは、ジーク達にドラムを連れて行かせたのだ。『王龍』
を継いでもらうため、そして、何よりも、逞しくなって帰ってもらうためだ。そん
な中、ドラムは、このキーリッシュ島に帰ってきた。そして、『王龍』の候補者を、
毎年決める儀式に、ドラムは参加したのであった。今までは、その儀式に、全てド
リーが勝って、君臨して来たのだ。そして、今回も腕に覚えがある者。修行を積ん
だ者と、様々な参加者が居た。
 しかし、始まってみれば、あっけ無い物だった。各地を回りながら、修行を怠ら
なかったドリーと、ジーク達に付いていって、恐ろしい力を得て、帰ってきたドラ
ムが、圧倒的な強さで、勝ち上がっていった。そして、最後の決戦は、何と親子対
決になってしまった。これにはドリーも面食らったが、これも試練と思って、本気
で、ドラムとぶつかった。しかし、その結果は驚くべき事となった。ドラムの力は、
凄まじく、ドリーですら、歯が立たなかったのである。ドリーは、自らの衰えを嘆
くよりも、ドラムの天才的な力と、逞しくなった精神力に、喜びの涙を流した。
 こうして、ドリーの次の『王龍』に、僅か6歳のドラムが君臨する事になった。
 ドラムとて、ジーク達と戦い抜いた、英雄の一人だと言う事を、ここでも、また
知る事になったのである。


 変わったのは、ソクトアだけでは無かった。魔界では、全ての実力者が消えたが、
そうする事によって、新たな実力者が生まれると言うのは、必定なのか、それとも
魔界の空気が、そうさせるのかも知れない。神魔クラスの者達は、さすがに居なく
なってしまったが、魔王クラスの者が、こぞって権力争いをし始めた。その内に、
とうとう神液を手に入れて、神魔になった者が魔界を掌握していた。とは言え、そ
の者は、つい最近まで『魔貴族』の地位だった者で、突如力を付けて来た者だった
ので、ソクトアから召喚される事も無く、魔界も安寧期に入ろうとしていたのであ
る。ちなみに、その神魔は、後に判明した事だが、あの魔神レイモスの息子であっ
たと言う話だ。そしてレイモスには、娘も居たので、その娘も、魔界の裏側を支配
している。とんでもない遺産であった事は間違いない。


 そして無論、ミシェーダ亡き後の天界も、様相が変わってきた。神のリーダーを
決める会議が行われたのである。しかし、その結末は、一瞬で終わった。全会一致
で、ジュダが選ばれたのである。無論、ミシェーダの企みを潰したと言うだけで無
く、神としての行動力も、抜群であるし、何よりもジュダ以上の実力を持つ者が、
居ないと言う事もあった。あるとしたら、その実の親である、パムとポニくらいの
物だが、ジュダ以上の結果を残している訳でも無い。パムも、全く文句が無いと言
った様子で、ジュダが、神のリーダーとして就く事になった。さらに、ネイガの裁
きも行われた。そして、出た裁断が、ジュダの補佐として、絶えず命を張る事。そ
れが、義務付けられた。しかし、それは、ネイガの望む所であり、ネイガは、その
決定が出た時、涙を流して、喜んだと言う。そして、神の間では、神のリーダーで
ある竜神ジュダ。そして、その妻であり至高の剣の使い手、剣神赤毘車。恒星の力
を持ち、あらゆる者の速さを凌駕する鳳凰神ネイガ。そして、神力や魔力など、パ
ワーなら、誰にも負けない金剛神パム。最後に、大いなる慈悲で、星を包み護る力
があると言う、ずば抜けた守備力を持つ、蓬莱神ポニ。この5人を、特に実力のあ
る神であるという印に、『五大神』の称号を与え、他の神とは、一線を画す存在と
して、扱われるようになった。
 そう言う訳で、ジュダは、かなり忙しい日々を過ごしているようだ。本人曰く、
「こんな忙しいならならなきゃ良かった」と罰当たりな事を言っているらしい。
 ちなみに赤毘車の子供は、無事に出産した。元気な男の子であったと言う。


 神魔戦争が終わり、それぞれが道を歩いている。そして、あっと言う間に5年経
った。そんな中、新年を迎えて皆で集まろうと言う事になった。『ユード村』では、
皆が祝福の準備をしている。そして、今日ここには、ソクトア中のジークの仲間達
が来ると言う事で、更なる気合も入っているようだ。
 大歓迎ムードの『ユード村』では、飾り付けの作業をしていた。今日ばかりは、
教会も、お祈りの儀を、手早く済ませて、歓迎の手伝いをしている。
「もうあんなに出来てるわよ?せっかく、手伝おうと思ったのにねぇ。」
 入り口の方から声がした。すると、今では、すっかり落ち着きを払っている、ル
イの姿があった。その腕には、目をパチクリさせながら、周りを見る赤子の姿があ
った。ルイの子だろう。
「新年と言う事で、皆、頑張ってるんだよ。きっとね。」
 隣には、勿論、夫であるゲラムの姿があった。
「あー・・・。だー?」
 ゲラムの手を引っ張る、小さな子供の姿があった。
「ハハハッ。いつもの家と違うから、驚いているのか?」
 ゲラムは、愛する息子を抱きかかえる。息子は、目線が高くなって嬉しかったの
か、笑い始めた。
「嬉しいか?リュート。でも、これからもっと楽しくなるからな。」
 ゲラムは、息子をあやしながら、『ユード村』に入っていった。
「一番乗りは、ゲラム達ネ。」
 ミリィが、迎えてくれた。その顔は、幸せに満ちていた。
「フフッ。ゲラムが、楽しみだって言うから、つい張り切っちゃったのよ。」
 ルイは、嬉しそうに話す。すると赤子が、ミリィを見てニパッと笑う。
「この子が、この前、生まれた子ネ?」
 ミリィは、赤子の頭を撫でながら、手を握ってやる。
「そう。マイよ。今は、生後半年よ。」
 ルイが説明する。
「お?ゲラム達か?早いな。」
 ジークが、朝の修行を終えたらしく、汗を拭きながら、近寄ってきた。
「ジーク兄さんは、今日も修行か。飽きないねぇ。」
 ゲラムは、ジークの二の腕が、更に太くなっているのを感じた。
「そりゃそうさ。あの時以来、ゼロ・ブレイドも応じる様子が無いし、俺の力も、
上げなきゃ、いざって時、困るだろ?」
 ジークは、あれからゼロ・ブレイドが、何度呼びかけても、話し掛けてくれない
のを、気にしていた。しかし、平和な今では、それが自然な事かも知れない。
 そうしてる内に、子供が2人、こちらに駆け寄ってきた。
「お?デューク君とケイン君か?」
 ゲラムは、ジークの息子の2人の名前を言った。
「お客様ヨ?挨拶しなさいヨ?」
 ミリィが言うと、2人の子供は、ゲラムとルイに頭を下げる。
「デューク=ユードです!!」
「ケイン=・・・ユードでーし!」
 2人共、力いっぱい挨拶する。何と、も初々しい限りだ。
「はっはっは。そう、力入れなくても良いよ。久しぶりだね。」
 ゲラムは、嬉しそうに子供達を見る。やはりジークの子供なのか、デュークなど
は、かなりジークに似てきた。ケインは、ミリィに似てるのかも知れない。ケイン
は、まだ2歳なので、しゃべり始めたばっかりらしい。デュークは、既に4歳なの
で、色々やんちゃな事も、覚えて来ているらしい。
「二人とも、良い挨拶だったネ。じゃぁ今度は、私の手伝いヨ?」
 ミリィは、新年に出す、盛大な料理の準備をするために、厨房へと向かっていっ
た。すると、デュークとケインも、たどたどしくも、ミリィの後にくっ付いて行く。
「すっかり、教育ママですな。」
 後ろから、声がした。すると後ろから、懐かしい顔触れが、姿を現した。
「お?サイジンにレルファじゃない。私達の次ね。」
 ルイが、2人を見て挨拶する。
「ルイさんも、お変わり無いですな。」
 サイジンは、相変わらず大笑いをしている。
「サイジン。エリーが起きちゃったじゃない。」
 レルファは、サイジンに注意する。レルファの腕の中で寝ていた娘が、起きてし
まったらしい。
「エリー?起こしてしまいましたか。そいつは失敬。」
 サイジンは、娘の顔を撫でると、娘は父親に笑いかけた。
「機嫌を、直してくれたようですね。良かった良かった。」
 サイジンは、自分の腕の中に居る、妹の方の娘を見る。
「ケリーは、まだ寝ているようですね。」
 エリーとケリーは、双子だが性格が、かなり違う。エリーは明るいが、結構神経
質で、ケリーはボーっとしていて、何事にも動じない性格のようだ。
「双子ちゃんも、可愛いわねぇ。」
 ルイは、レルファ達のやり取りを見て、少し羨ましく思った。しかし、自分にも
愛する息子と、娘が居る。しっかり育てなくてはならない。
 すると、いきなり空間から、扉が開いて、そこから出て来る者達が居た。
「やっほー。うわぁ。久しぶりー!」
 素っ頓狂な声を出しているのは、ツィリルだった。後から、トーリスも現れる。
そして、マレルとルースと、アルドも同時に姿を現した。『転移』の魔法を使う所
が、トーリスらしい現れ方だった。
「母さん。久しぶり。」
 ジークは、マレルに挨拶をする。
「貴方は、手紙も寄越さないんだから。そう言う所、ライルに、そっくりよ?」
 マレルは、いきなり小言を言う。
「注意されてるわよ?兄さん。」
 レルファは、ニヤニヤする。レルファは、事ある毎に、マメに、マレルに手紙を
送っているので、分が良かった。
「確かに弟は、細かい事が、苦手だったわね。」
 アルドは、ライルの事を思い出す。自分の知ってる弟は、かなりのずぼらだった。
「ライルは、動じない奴だったな。」
 ルースも同調する。ルースは、やっと国事総代表の任を終えて、一息吐いていた
所だった。
「まぁまぁ、今日は、せっかく皆、予定を空けているんですから、明るく行きまし
ょう。」
 トーリスは、未だに忙しい身である。ルクトリアの国事相談役として、日々奔走
しているのだ。そんな中でも、子供と一緒に居る時間を大切にし、さらに、榊流忍
術を広めようと、道場まで開いているのだから、体が良くもつ物だと思う。
「お?そこにいるのは、レイアちゃんですな。」
 サイジンが、ツィリルの足の所に隠れている、子供を見つける。
「レイアちゃーん。大丈夫よー?」
 ツィリルは、あやしてやる。レイアは、結構、人見知りする方らしい。
「嫌われましたかなぁ?」
 サイジンが、ガクッとしてると、レイアはトコトコ駆けていって、サイジンの顔
を思い出す。サイジンに、キャッキャと笑い掛けてくれた。
「おお。思い出しましたか?嬉しいですねぇ。」
 サイジンは、思わず頬が緩む。レイアは、それを機に、皆の顔を思い出して行く。
「レイアが、ここまで懐くのも、貴方達だけでね。結構、困ってるんですよ。」
 トーリスは、頭を掻く。どうにも性格と言うのは、中々直せないらしく、レイア
の人見知りで、困った事は、何度かあった。
「お?なんだ。もう、かなり来てるじゃねぇか。」
 更に誰か来たようだ。空を飛んで、ここに来たようだ。
「新年、明けましておめでとう御座いまーす。」
 元気な声で挨拶したのは、リーアだった。隣は、勿論ミカルドである。
「お。これは『妖精王』のお出ましだ。おめでとさん。」
 ジークは、軽口で答える。
「その呼び名、慣れてないのよ。全く。」
 リーアは、まだムズ痒い感じがした。引き受けたとは言え、馴染みは、余り無い
のだ。ミカルドが支えてくれなければ、とても今まで、もたなかっただろう。
「ミカルドも、元気そうだな。」
 ジークは、ミカルドにも挨拶をしておいた。
「こうして、お前を見てると、親父が倒れたのが、昨日の事のようだぜ。」
 ミカルドは、ジークに拳を突き出す。ジークは、ニッコリ笑うと、その拳に、自
分の拳を重ねる。ミカルドは、ジークと一緒に過ごせる時間を、大事にしたいと思
っていた。いつかは、寿命の違いでジークは死ぬ。その時まで、ミカルドは見守り
たいと思っていた。語り継ぐべき男の姿を、目に焼き付けるためだった。
「腕は鈍って無いだろうな?」
 ミカルドは、挑発する。ジークとの手合わせは、いつも燃える物がある。
「お前こそ、腕を磨いて置いたか?」
 ジークも、返すように言う。ミカルドとは、こう言うやり取りが多い。
 そうしてる内に、馬車が到着した。中は、久しい人物だった。
「伯父さん!久しぶりだなぁ。」
 ジークは、ヒルトに挨拶をする。ヒルトとは、随分と久しぶりである。
「今年は、父さんも来たんだ!母さんも、久しぶり!」
 ゲラムが、嬉しそうに挨拶する。
「ふむ。お前さん達は、放って置くと、連絡寄越さないからな。こちらから、行く
事にしたのさ。たまには、プサグルにも顔を出せよ。」
 ヒルトは、チクリと痛い所を付く。
「本当はね。ゼルバや、ミクガードやフラルも、連れて来たかったんだけどね。」
 ディアンヌは、残念そうに言う。
「仕方がありませんよ。彼らは、国を持つ身です。新年に、ここに来る訳には、行
かないでしょう。」
 ジークは、理解を示していた。自分の国の新年を、ほったらかしにして、こちら
に来る訳には、行かないだろう。
「代わりに、手紙を貰っている。よーく読んどけよ。」
 ヒルトは、ジークとゲラムに手渡す。二人は、手紙を開けた。
『皆さん。お元気でしょうか?このデルルツィアも、ようやく落ち着いてきました。
これも、貴方達のおかげだと、俺は思っている。だが、ここを離れる訳には行かな
い。デルルツィアを、ソクトア中の人達が来て、良い国だと思われるように頑張っ
て作ろうと思っている。新年明けましておめでとう。皆が、このデルルツィアに来
訪してくれる事を祈っている。 ミクガード=フォン=ツィーア
 改まった挨拶は良いわ。おめでとう皆!
 それにしても、ゲラムったら、連絡一つ寄越さないなんて、良い度胸してるじゃ
ないの。こっちも、それなりに気になってるんだから、連絡くらい寄越しなさいよ。
うちの可愛い息子が待ってるわよ?今年中で良いから、一回顔出しなさいな。アン
タが見た事も無いような、歓迎をして、驚かせてやるんだから。それに、ジークさ
ん達もよ?ミクガードも楽しみに待ってるんだから、応えてあげてちょーだいよ。
 フラル=ツィーア。』
 どちらも、ここに来たくてしょうがないと言う様子が、目に見えるようだ。今度
の春辺りに、デルルツィアに皆で、訪問しに行くのも良いかも知れない。
 そして、ゼルバの手紙を開けた。
『新年明けましておめでとう。皆さんは、元気でいらっしゃる事でしょう。
 しかし私は、そうは行きません。新年は、国事総代表の挨拶に始まって、プサグ
ルの街の縁起物の出し物を見学し、プサグル市街の内周を、回るように挨拶をしに
行きます。更に、昼から始まるプサグルの一大イベント、教礼祭を、管理しなけれ
ばなりません。教礼祭は、教会から始まって、プサグル大公園を回りつつ、その速
さを競う、新年の恒例行事です。そして、夜から始まる新年感謝のパーティーに、
出席して、挨拶をしなければなりません。
 とまぁ、書いた所で分かる通り、予定が詰まっています。多分、非常に疲れる新
年を迎える事になるので、そちらに行くのは無理でしょう。
 と言う事で、新しく生まれ変わっていく、プサグルを見に来て下さい。特にゲラ
ム。貴方の生まれ育った街が、大きく変わる姿を、見ないとは言わせません。良い
ですね?王国には無い、素晴らしさを見せ付けてあげます。必ず来るように。以上
です。 ゼルバ=ユード=プサグル。』
 と書かれていた。
「うう。兄さんまで、こんな事、書くなんて・・・余程、疲れてるんだなぁ。」
 ゲラムは、読むだけで、うんざりするような、ゼルバの様子が目に浮かんだ。
「ま、私達の子供も、見せに行きましょ。」
 ルイが、肩を叩いてやる。
「おお。リュートちゃんは、こんなに大きくなったのか!」
 ヒルトは、嬉しそうにリュートを見る。この時ばかりは、祖父顔だ。
「あらー・・・。マイちゃんも、元気で良かったぁ。」
 ディアンヌも、祖母顔になる。しかし、それは仕方の無い事だった。
「フラルの子供の、ウォートも元気だったけど、リュートも良いなぁ。」
 ヒルトは、ウンウン頷きながら、リュートを抱いてやっていた。
 すると、次の馬車が着いたようだ。見知った顔が降りてきた。
「アラー。みんな来てるヨ。サルトラリア。」
 レイホウだった。レイホウも『聖亭』を、他の従業員に任せて、こちらに来たら
しい。それだけ、余裕があるのだった。
「こりゃ出遅れたかな?結構、集まり早いんだなぁ。」
 サルトラリアも、隣から参った顔をしながら、やってきた。
「これはレイホウさん!・・・じゃない。養母さん!」
 ジークは、慌てて言い直した。
「ハッハッハ。レイホウさんで良いヨ。」
 レイホウは、気さくに笑いながら答える。
「元気か?ジーク。」
 サルトラリアは、懐かしい顔触れを見て、安心する。
「サルトラリアさんも、元気そうでよかった!何か、神魔戦争の記録を付けてるっ
て聞いて、びっくりしたよ。」
 ジークにも、サルトラリアの偉業の噂は聞いていた。
「お前さんは、気にしないかも知れないけどな。あの戦いは、後世に残した方が、
役立つ物なんだよ。恥ずかしがるな。俺が、やらなくても、誰かが、歴史として記
していたさ。」
 サルトラリアは、謙遜する。だが、あれだけの戦いだ。歴史に残らない方が、嘘
である。
「そんな物なのかな?俺には、実感沸かないな・・・。」
 ジークは、当事者だが、歴史に残ると言われると、恥ずかしい物があった。しか
し、言われてみれば、あれだけの凄まじい戦いが、歴史に残らないはずが無かった。
「お。母さん!久しぶりネ。」
 ミリィは、料理の手伝いが、一段落着いたので、こちらに来た。
「ミリィも元気そうで安心したヨ。お?デュークちゃンにケインちゃン?」
 レイホウは、パッと明るい顔をする。
「お祖母ちゃん!明けまして、おめでとう御座います!」
 デュークが、元気良く挨拶すると、レイホウの顔が、締まりの無い顔になってい
く。可愛くて、仕方が無いのだろう。
「やっぱ可愛いわねぇ。」
 マレルも、目を細めながら、孫の顔を見ていた。
「マレルおばーたん!明けました!!」
 ケインは、まだ言葉を余り覚えてないのか、間違った言葉遣いになっていた。し
かし、その一生懸命さが、何とも言えず可愛かった。
「明けましておめでとう。ケイン君も、偉いねー。」
 マレルは、ケインの顔を撫でてやると、嬉しそうに微笑んでいた。
 そうしてる内に、空から突然、空間が割れる。そして、そこからは、懐かしい顔
触れが見えてきた。
「お?良いねぇ。懐かしい顔触ればかりだぜ。」
 この声は、間違いなく懐かしの竜神だ。
「そうだな。だが、子供が増えているぞ。ジュダ。」
 隣に居た赤毘車が、手を振りながら降りてくる。
「毘沙丸(びしゃまる)様の、お友達が増えそうですね。」
 ネイガは、子供を抱きかかえつつ、降りてきた。どうやら赤毘車の息子らしい。
「おとーさま。あれが、ソクトアの英雄達なのですか?」
 利発そうな子供が、ジュダに尋ねる。
「ああ。お前も、負けられんぞ。みっちり鍛えてやるからな。」
 ジュダは、嬉しそうに息子の髪を触る。
「うん。僕、頑張ります!おとーさんの息子だからね。」
 毘沙丸は、子供ながら、かなり発達が良さそうだ。それに頑張り屋のようだ。
「ジュダさん!久しぶり!あの時以来ですね!」
 ジークは、嬉しそうに駆け寄る。正に、あの神魔戦争以来、ジュダとは、会って
無かった。仕方がない事だ。ジュダも、神のリーダーとしての務めが、忙しいので
ある。
「何とか、暇を作って来たんだ。パーッといくぜ?」
 ジュダも、新年早々から仕事するのは、嫌だったらしい。
「貴方が、ジークさんですね。」
 ジークは、子供から言われて、少しビックリした。
「ああ。君は、赤毘車さんの息子さんだね。」
 ジークは、毘沙丸の目を見て話す。
「おかーさんより強いと聞きました。いつか是非、貴方を超えたいと思います。」
 毘沙丸は、子供ながら強い目を持っていた。ジークは、その目を見て嬉しくなる。
「毘沙丸君・・・だったね。俺は、いつでも待ってるよ。」
 ジークは、毘沙丸を子供だからと言って、馬鹿にしたりはしなかった。
「おとーさまをも、驚かせた力。いつか見せてもらいます。」
 毘沙丸は、真っ直ぐと、ジークを見ながら言った。
(こりゃ本物だ。さすがは、ジュダさんと赤毘車さんの子供だけある。)
 ジークは、幼いながらも凄まじい程の、決意の目に満ちた毘沙丸に、脱帽した。
毘沙丸は、いつか必ず、ジークと良い勝負をする事だろう。
(その時が、楽しみになってきたぜ。)
 ジークは、その時までに、デュークとケインを育てなきゃならないと思った。
「あ。すげぇ。皆、居るよ!」
 空から声がした。すると、結構大き目の龍が、こちらを見ていた。だが、見覚え
のある所に傷を負っている。あれは多分、最初の出会いの時に、付いていた傷だ。
「ドラム!ドラムでしょ!」
 レルファが、声を掛ける。
「えっへへー!当たり!さすが、レルファ姉ちゃんだ。」
 ドラムは、龍から人の姿に変身する。すると、かなり精悍な、少年の姿になった。
あれから、5年経つと、こうもなるのかと感心する。
「皆様。お久しぶりで御座います。」
 隣に、ドリーが居た。何だか、肩の荷が下りたような顔をしていた。
「皆さんには、ドラムを育てて戴いて感謝してます。おかげで、既にこの若さで5
年も『王龍』の座に、居るのですよ。」
 ドリーが、嬉しそうに報告する。
「ほう。やるな。ドラム。『王龍』のトーナメントに、お前負けてないんだな。」
 ジュダが、詳しく知っていたらしく、感心していた。
「ジュダさん。『王龍』のトーナメントって何?」
 ジークが尋ねる。
「龍族は、毎年トーナメント形式の『王龍の儀』で、勝ち上がった者が、最強の印
である『王龍』になれるんだ。今までは、ドリーが居座っていたはずだが・・・。
世代交代したって事だな。」
 ジュダが、簡単に説明してやる。
「へぇ。ドリーさん、ドラムは、貴女より、強くなっちゃったの?」
 レルファが、意外そうな目をしてドラムを見つめる。
「ええ。でも私は、胸いっぱいで満足なんですよ。」
 ドリーは、本当に嬉しそうにドラムを眺めていた。どうやら、こうなる事を望ん
でいたようだ。
「まぁ、皆が僕を頼ってくれてるんだ。だから、僕も応えなきゃってね!」
 ドラムは、成長を遂げたようだ。『王龍』になる事で、かなり責任感が、芽生え
たようだ。5年の月日は早い物である。
「これで、皆、揃ったかな?」
 ジークは、周りを見渡す。すると、空からまた誰か来たようだ。
「べらんめい!俺っちを、忘れるんじゃねーさ。」
 それは、何とスラートだった。
「スラート!貴方も、来たのですか?」
 トーリスは、懐かしい声に、つい反応してしまう。
「おいおい。水クセェじゃねぇか。皆が集まるってのに、最後の最後で役立った、
このスラートさんを忘れるなんてよぉ?」
 スラートは、涙を流す仕草をする。本当は、流してなどいない。
「ああ。スラートの神聖薬には、本当に助かったよ。アレがなければ、俺は、また
死んでたかも知れない。」
 ジークは、本当に感謝していた。が、あまり思い出したくない味であった事も、
事実だ。効く薬は、不味いと言うのは、本当の事だったらしい。
「それなら良いのよ。まぁ何だ。新年だし、俺っちも混ぜてくれりゃなーと思った
だけでよぉ。泣かせる話だろぉ?」
 スラートは、相変わらずの軽口を、連発で叩いていた。
「大歓迎ヨ!皆も、ほら食事の支度も出来たし、楽しもうネ。」
 ミリィは、盛大に準備が出来た『ユード村』の会場を、指差す。
「お。例年に増して、気合が入ってますね。こりゃ期待出来そうですな。」
 サイジンが口笛を吹いて、料理を値踏みしていた。
「じゃ、ジーク!『ユード村』の代表として、挨拶ヨ。」
 ミリィは、ジークを壇上の上に促す。
「何だか、照れるなぁ。」
 ジークは頭を掻きながら笑う。その間に皆は、席に座って、ジークの挨拶を待っ
ていた。来訪者だけでは無く、ジーク村の人々や、教会の人達も居た。
「おとーさん!頑張れー!」
 デュークの声が聞こえた。ジークは手を振ってやる。
「あー・・・。皆、こうやって新年集まれた事。俺、本当に嬉しく思ってる。今日
は特に、初めて『ユード村』に来てくれた人も居る。堅苦しい事は苦手だからさ。
今日は思い切り楽しもう!!・・・じゃ、乾杯!!」
 ジークは、グラスを上にして、乾杯の合図をする。
『乾杯!!』
 皆は、それに合わせて、グラスを上げた。そして、楽しげな新年が始まるのであ
った。
 こうやって騒げるのも『人道』が勝利したおかげである。『人道』は、共存の道
標である。どんな種族も、どんな身分の人も、絆を作れる。それは、この『ユード
村』の存在しかり、ここに集まった、種族に如実に表れている。だが、まだ始まっ
て間も無いのである。5年と言う月日は、平和に行けた。だが、それが長続きする
とは、限らない。種族間の抗争も、あるだろう。人間も、悪に身を染める者が、居
るだろう。だからこそ、ジーク達は、この瞬間を、大切にしようと思っていた。理
想が現実になった、この瞬間こそ、最高の瞬間であると信じていた。後世に伝える
べき道標になれると、信じていた。
 ソクトア史1042年に神魔戦争終結。これにより、『人道』が栄えて行く事になる。
共存への道の事を、後世の者ですら『人道』と呼ぶようになった。
 人がとるべき道と書いて『人道』。それは、正に理想の道として、確かに存在し
ていたのである。それを勝ち取るために、ある者は犠牲になり、ある者は、挫折し
そうになった。だが、実がなった瞬間、開花していき、素晴らしい花を付けた。
 神と魔族と人間が、ぶつかり合ったソクトア史第2部は、こうして終わりを告げ
る事になる。共存への願い。これが、ジーク達が残した実である。
 そしてライルは『英雄』と呼ばれたが、ジークは『勇士』として、名を残してい
く事になった。『英雄を超えた勇士』は、歴史の中に埋もれる事は無かったのであ
る。

 ソクトア史第2部『勇士』 完



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