NOVEL Darkness 1-2(First)

ソクトア黒の章1巻の2(前半)


 2、観戦
 夢を見た。今となっては、強い恨みの元になってる・・・。そんな夢だった。
 最初は、ただ声を掛けられただけだった。ふと冷静に考えれば、何で惹かれたの
か、分からない。ただ何となく、誘いに乗った。
 付き合ってみると、優しい人だった。いや、そう言う風に見えた。あっちから告
白を受けた時に、有頂天になった自分が居た。そんな事は、18年間生きてきて初
めての経験だった。今まで何不自由無く暮らしてたせいだろうか?初めて尽くした
い相手に、出会った気がした。両親から貰った小遣いで、プレゼントをした。
 だが、彼は喜ばなかった。何故だろう?と考えて、自分で稼いだお金じゃないか
らだと思って、バイトをした。両親は少し不審に思ったが、怪しいバイトでも無い。
ただの店屋の当番だし、社会勉強にもなると思ったのだろう。見逃してくれた。
 そうする事で貰った初めての給料。自分でも嬉しかったし、何よりも彼に誇りを
持って、プレゼント出来ると言うのが、堪らなく嬉しかった。思い切ってバイト代
の、ほとんどを使ったようなスーツをプレゼントした。すると彼は、優しく笑って
受け取ってくれた。自分は、これで間違ってないと思った。いや思ってしまった。
 こうして付き合って1年ほど経った。自分からのプレゼントは、結構な数になっ
た。しかし、彼から貰った事は無い。それに両親も薄々感づいている。隠し通すの
も、限界だし、ここまで来たら正式に両親にも言おうと思った。
 しかし正式に言うにしても、彼から愛してもらった事が無い事に、気が付いた。
それに優しい笑顔だけ、見せられていたが、何故か、それ以外の顔が思い出せない。
何故だろう?そんな事を思ってしまう自分が憎かった。彼の事を、信頼していない
のだろうか?そんな事は無いと、自分に言い聞かす。
 しかし考えていても仕方が無い。昔から、ハッキリしないと、気が済まない性格
だったので、彼に問い正してみた。愛して欲しいし、プレゼントだけの仲なんて嫌
だ。それをハッキリと告げた。その時に、彼は笑顔のまま、残酷な事を口にした。
「金ヅルは抱けないよ。君だって、承知の上だろう?」
 その言葉を聞いた時のショックは、忘れない。しかし思い返してみれば、金ヅル
と呼ばれる行為以外、何をしただろう?一生懸命バイトして貯めたお金で、彼にプ
レゼントして尽くす。デートしている時も、自分が、お金を払っていた気がする。
そして気が付いた時には、頭に血が上っていたのだろう。
「ふざけないで!私が聞きたかったのは、そんな言葉じゃ無い!恋人じゃ無いと言
うなら、今までのプレゼントを返してよ!!」
 その言葉を口にした。すると恋人は、溜め息を吐いていたが、何かに納得するよ
うに頷いていた。
「冗談だよ。君の怒った顔が、見たかっただけだって。」
 と、そう言ってくれた。すると、今まで怒っていた自分が、恥ずかしくなって、
ちょっと剥れながらも、許してあげた。そうすれば、明日になれば仲直り出来る。
その時に、もう一回頼めば良い。彼は、両親の目の前で、恋人だと言ってくれる。
 そんな淡い恋心だった。自分でも、盲目だったと思う。周りが見えて無かったの
も、真実だろう。冷静に判断すれば、今までの自分が、如何に滑稽だったか、分か
りそうな物だ。なのに、納得してしまった。
 次の日の事は、一生忘れられないだろう。朝、起きてみると、自分のベッドの横
に、書置きがあった。何の書置きかと思ったら、両親からであった。そこには、信
じられない一文が、書いてあった。
『もう、生きていけない。』
 その文が、血文字で書いてあって、何の冗談かと思った。冗談にしても、趣味が
悪い。それに外が、自棄に騒がしいのも、気になった。しょうがないので起きて、
居間に顔を出す。居間は、何故かやたらと湿っていた。それに、電球以外に何かが
ぶらさがっていた。そして、それを目にした瞬間に、頭が真っ白になった。
「あ・・・ああああああああああああああアアアアアアアアア!!!!!」
 そこに、ぶら下がっていたのは、物を言わぬ哀れな姿になった両親だった。そし
て、首に縄を掛けてぶら下がっていた。湿っていた物は、目から鼻から溢れる体液
で、その量からして、既に事切れているのは、明白だった。しかし、そんな事を考
えている余裕は無い。
(何故!?何故なの!?何でなんでナンデ!!!!?)
 信じられなかった。昨日まで談笑してた両親が、何故、このような事をしなけれ
ばならなかったのか。すると、乱暴にドアを開ける音がした。
「ファリア=ルーンだな!!セント警察の者だ!」
 自分の名前が、呼ばれたような気がした。しかし、それに反応する事が出来なか
った。何不自由なく育ててくれた両親。それを一瞬で失う悲しみ。そして疑問。
 だが、ファリアの意志とは関係なく、放心のまま警察に連れて行かれた。次第に
冷静さを取り戻したが、警察は、とんでもない罪状をファリアに突きつけた。
『セント反逆罪』
 ファリアも、その意味を知っていた。その罪状は、このセントでは、一番重い罪
である。セントに対する最大の侮辱であり、許されないと教育を受けている。
「何かの間違いよ!!!!」
 ファリアは、持ち前の気の強さで、言い返すまでに、心を取り戻した。
「間違いでは無い。アンタの一番気を許している相手が、止む無く通報しての事だ!」
 警察は、とんでもない事を口にする。一番気を許してる?それは誰?・・・考え
るまでも無い。彼の事だ。しかし彼が、そんな事をする筈が無い。と思いたかった。
「・・・ゼリン?ゼリンなの?」
 ファリアは、恋人の名前を口にする。ゼリンは珍しい髪の色をしていて、髪は赤
かった。優しい笑顔をするのが、特徴だが、背は高い方でも無かった。
「簡単に、その御方の事を口にして貰っては困る。ゼリン様は、警察機構きっての
天才で、警視にまで、なられている御方。そのゼリン様が、直々にアンタの罪を暴
いたんだ。観念しろ。」
 警察官は、ビックリするような事実を言った。ゼリンは、何と警視だったと言う。
そんな素振りは、全く無かったし、見た事も無かった。部屋に上がらせてもらった
時、勲章らしき物があったが、昔貰った物だと言って、誤魔化された記憶がある。
「全く・・・両親が死んでまで、罪を償おうとしたのに、娘は・・・。」
「・・・けないで・・・。」
 ファリアは、警察官の一言で、唇を震わす。
「ふざけないでよ!!!!!私は、セントに逆らう気なんか無い!!父さんや母さ
んは、騙されたのよ!!貴方達の、軽率な逮捕状で、こうなったんじゃない!!」
 ファリアは、不満の限りをぶち撒ける。
「まだ認めない・・・か。全く。警視の言った通りだな。まぁ、アンタが何を言っ
た所で、もうアンタの行き先は、決まっている。」
 警察官は、全く興味を示さずに、隣の警察官に合図をする。すると、ファリアは
手錠を掛けられて、引っ張られる。
「な、何するのよ!!それに、どこに連れて行こうっての!?」
「次の15日までは、牢に入ってもらう。15日になったら『絶望の島』行きの船
が出る。それに、乗りたまえ。」
 警察官は、感情の無い声で告げる。ファリアは、血の気が引いていくのが分かっ
た。噂では聞いた事がある。絶対に、出る事が出来ないと噂される、凶悪犯罪者が
集う島『絶望の島』。監獄島とも呼ばれて、いくつかの映画にも、ここを題材とし
たストーリーがあるくらい、有名な島だ。
「何よそれ!信じられない!!父さんと母さんが殺されて、私は『絶望の島』?冗
談でしょ!冗談じゃ無かったら何なのよ!これは!!嘘よ!」
 ファリアは、パニックになりながら、叫ぶ。そこで、牢に入れられるのだ。
 そこで、この夢は覚める。牢にいる間、何度も見た夢だ。いや、これは勿論、現
実に起こった出来事だ。未だに夢に見るくらい、忘れられない出来事である。
 最悪な気分で、ファリアは目覚めた。恐らく昨日、死体搬入などやらされたせい
であろう。ここ2、3日、やっとこの夢を見なくなって来たのに、この様だ。
(あー・・・気分悪いわ・・・。今考えても、おかしい所だらけね。)
 ファリアは、顔を顰めながら、洗面所で顔を洗う。まだ寝ぼけ気味だが、気分が
最悪なので、眠気も起こらない。
 今考えてみると、最初にゼリンに何故、惹かれたのすら分からない。何となく顔
を合わせた瞬間、運命を感じたのだ。しかし変だ。吸い込まれるように恋をした。
脅迫じみていた部分もあった。それに日が経つにつれ、ゼリンがそこまで良い男だ
ったかどうかと考えると、端正な顔をしていたが、ひ弱な感じで、自分が好きなタ
イプでも無かった。それに何故か、プレゼントをしている時の記憶が飛んでいる。
した事は覚えているのだが、ゼリンが、どうやって受け取ったのかさえ、思い出せ
ない。その後、笑顔を浮かべていた事くらいしか、頭に残っていない。
(・・・父さん・・・母さん。)
 ファリアは、父と母の顔も思い出す。あの朝に、ファリアが起きる前に、逮捕状
がFAXで届いたと言う話である。FAXとは、電話線を通じて、印刷情報を相手
に送る機械である。セントでは当たり前のように利用されている。ちなみに電話も、
セントだけで無く、今では全ソクトア中で当たり前の機能で、皆が利用している。
 両親は、本当に自殺したのだろうか?確かに、セント反逆罪と知られれば、その
家は、異端視される。しかし、命の大切さを説いていた両親が、そんなに簡単に、
自殺する筈無いと、ファリアは思っていた。
(いつか・・・潔白を証明するんだから!!)
 ファリアは、それまで死ねないと、心に誓っていた。必ずゼリンを後悔させて見
せる。自分を捨てただけで無く、両親を殺したゼリンを、この手で捕まえて、同じ
目に遭わせなければ、気が済まなかった。
 それはそうと、起きてしまったからには、体を綺麗にして置きたい。幸い朝食に
は、まだ時間がある。とは言え『絶望の島』の監獄の中だ。無論シャワー室など、
付いている筈が無い。となると、午後にある一斉入浴時間まで待つか、それ以外の
方法で、体を綺麗にする他無い。ここで体を綺麗にする方法など、一つしか無い。
 ファリアは、少し抵抗はあったが、嫌な夢を見た事で、汗が吹き出てるのに、こ
のままで居るのは、許せないのだろう。観念して、洗面器に水を注ぐ。昨日洗濯し
て置いた、自分のタオルを持つと、洗面器の水の中にタオルを浸す。幸いにも、誰
も起きる様子も無いし、洗面所と便所と台所が、一緒になっている所は、仕切り板
くらいはあるので、音が聞かれる事も無いだろう。
 チャプ・・・。
 ファリアは、体を拭き始める。やはり汗を拭うのは、気持ちが良い。ここでは、
汗の臭いが充満している節がある。いくら、この部屋を綺麗にした所で、全体的な
汗の臭いと言うのは、取れる物じゃない。しかも、時々妙なイカ臭いニオイまです
るのだから、ファリアとしては、気が気でない。すでに監視員達に、縋り付いてい
る女性が居ると言う話だ。島主に個室を貰ったと言う話まで、聞き及んでいる。
(この班じゃ無かったら、私も・・・考えたくも無いわ。)
 ファリアは、下半身の体拭きを終えた。続いて、上半身に取り掛かる。
(まぁこの部屋も、他の部屋の事を言えるような、部屋じゃ無かったけどね。)
 ファリアは、苦笑しながら、自分が片付けた跡を確かめるように見る。簡素では
あったが、綺麗に整っている。レイク達も、綺麗になると、途端に気になるのか、
綺麗に部屋を使ってくれた。
(変な所で生真面目よねぇ。いつもは不真面目なのにね。)
 つい笑みが零れる。この班に入って、笑みを浮かべられるようになった。両親が
死んで以来、中々零せなかった、笑みを浮かべられるようになったのだから、大し
た進歩だろう。
 ファリアは、暗い事を考えても仕方が無いと思ったのか、体を拭くのに、専念し
始める。腋の下などは、特に入念にチェックする。やはり気になるのだろう。入浴
時間でも、かなり入念にチェックしている。
「あー・・・ねみぃー。」
 いきなり、仕切り板の向こうから人が入ってきた。洗面所に、真っ直ぐ向かおう
としているのだろう。
「あ・・・。」
 急に、誰かの動きが止まる。その誰かは、レイクだった。すると、ビックリした
ように、こっちを見て、顔を真っ赤にさせながら、後ろを向く。
 急に動きが止まったのは、ファリアも一緒だった。入念にチェックしていた分、
誰かが入って来るのに、気付かなかった。ファリアは体全体が熱くなるのを感じた。
「す、すすすすすす済まん!!!」
 レイクは、ドモりながら謝る。
「・・・ぅ・・・むぅ・・・。ふぇ・・・。」
 ファリアは、言葉にならない叫びを上げる。騒ぐ訳にもいかない。とは言え、レ
イクに、上半身裸な所を見られたと言うのも、かなりショックだった。頭は、とっ
くにパニック状態である。
「・・・ふ、服を・・・は、早くききき着てくれ・・・。」
 レイクも、体を震わせながら、仁王立ちしている。ファリアは、わざとじゃない
と分かっていたが、どうにも気まずい。
「・・・着た。着たわ・・・。」
 ファリアは、手早く囚人服を着け直す。もう、ほとんど体は拭き終わっていたの
で、構わなかったが、今は別の意味で、汗が止まらなかった。
「・・・うぅ・・・。」
 ファリアは、不覚を取ったとばかりに口をへの字に曲げていた。
「・・・あー・・・。何だ。とにかく、悪かった・・・。」
 レイクは、気まずそうに目を瞑る。レイクとしても、こう言う事態は、予想して
いなかったので、仕方が無かったのだが、謝らなければ駄目だと思っていた。
 パン!!!
 とても良い音が響き渡った。ファリアが、レイクの頬を叩いた音だ。
「・・・反省してるみたいだし・・・今は、これで許してあげる。」
 ファリアは、顔を真っ赤にしながら、手を擦っていた。
「す、済まん・・・。助かる・・・。」
 レイクは、頬に出来た紅葉の跡を、手で確かめて苦笑いをする。
 ファリアは、それでも恥ずかしさが止まらなかったのか、自分の寝床の近くで、
蹲るようにして、顔を隠す。
(レイクに・・・見られるなんて・・・私ったら油断し過ぎ・・・。ま、まぁ他の
人よりマシ・・・って何考えてるのよ。・・・まぁ、元は私が悪いんだけど・・・。
まぁ、謝ってくれたし・・・。)
 ファリアは、他愛の無い事を考えながら、火照った頭を冷ます事だけを考える。
レイクは、洗面所で水を被りながら、頭を冷やしていた。
(こういう事態も・・・予想出来なかった訳じゃないってのに・・・ファリアの奴
・・・怒ってたしなぁ・・・。班長、自らこれじゃ・・・ああ・・・。)
 レイクは、何度も自己嫌悪する。しかし、ファリアの体は美しくて、中々目から
離れない。こんな事を考えてる場合じゃ無いのに、その事ばかり考えてしまう。
(俺って・・・節操無かったのか・・・?)
 レイクは、気恥ずかしそうに寝床に戻ると、壁を背にして、溜め息ばかり吐いて
た。これでは、班長失格だと、何度も思ってしまう。
「レイクさん。おはよう。今日は、早いですね。」
 ジェイルが声を掛けてきた。そして、すぐに紅葉の跡に気が付く。
「おや?ファリアさんまで?お早いですねぇ。」
 ジェイルは、まだちょっと眠かったが、二人の様子が、おかしい事には、すぐに
気が付いた。そして洗面所に行くと、床に洗面器とタオル。で、恥ずかしそうにし
ている二人、そして、レイクに出来た紅葉の跡を見て、何となく予想が付いた。
(二人とも、若くて、羨ましいですねぇ。)
 ジェイルには、とっくに過ぎていた感情を、二人が抱いているのだろう。ジェイ
ルは黙って、グリードとエイディが起きない内に、洗面器とタオルを片付けてやる。
そして、ファリアの前に行って、濡れタオルを額に当ててやる。
「な・・・!?」
 ファリアは、突然の事に驚く。
「頭を冷やして置きなさい。朝食までにね。」
 ジェイルは、そう伝えると、ファリアの肩を優しく叩いてやった。どうやら、ジ
ェイルには、バレたらしい。ちょっと恥ずかしかったが、この男なら、黙っていて
くれるだろう。それを思うと、少し安心する。
「・・・ありがとう。」
 ファリアは、掠れるような声でお礼を言った。何とも可愛らしい仕草である。そ
れを満足そうに見ると、レイクにも、濡れタオルを渡してやる。
「・・・お、俺には・・・必要な・・・」
 レイクは、必要ないと言おうとすると、ジェイルが人差し指を、目の前で振って、
軽くジト目で、こちらを睨んで来た。
「レイクさんとの付き合い、何年になると思ってるんですか?」
 ジェイルは、口元に邪悪な笑みを浮かべると、背中を叩いてやった。
「・・・ジェイルには・・・隠せないなぁ・・・。」
 レイクは、首を落として、濡れタオルを頬に当てる。すると、ヒンヤリする感覚
が、気持ち良かった。何だかんだで、ジェイルには、礼を言わないといけない。
「・・・言っとくけど・・・不可抗力・・・だからな。」
 レイクは、言い訳じみた事を言う。まぁ実際にそうなのだが、却って、そんな事
を言うと、怪しまれると言う事を、レイクは知らない。
(まったく・・・レイクさんにも、慣れない出来事があったんですねぇ。)
 いつも、そつなく仕事をこなすレイクだが、ファリアが来てから、何かと違う顔
を見せている。少し悔しい部分もあったが、これが、本当の18歳の仕草であると、
ジェイルは思った。それにファリアも、悪い娘では無い。こんな娘が、ここに来る
なんて、今のセントは、余程おかしい事になっているのだろうとさえ思う。
(ちょっと気が強い娘さんですけどね。分かりやすい。)
 ジェイルは、素直な娘だと思った。良い環境で育ったのだろう。ここに来た当初、
凄まじい憎悪を感じたので、警戒はしていたが、恋人に裏切られたとの事なので、
それが原因なのだろうと思う。
(こんな娘を騙すなんて、酷い人ですねぇ。)
 ジェイルは、哀れに思った。もし自分達の所で無かったら、どんな目に遭わされ
ただろう。この気丈な娘の事だ。自殺していたかも知れない。
 そう考えてる内に、残りの二人も寝呆けながらも、起きて来た。この二人は、仲
が良いのか悪いのか、ほとんど同時に起きる。しかも一番遅い。更に洗面所の取り
合いをする。呆れるばかりである。
「遅いですよ。二人共。朝食まで、後20分しかありませんよ。」
 ジェイルが注意する。つい、口を出したくなるのだ。
「20分もあるじゃねぇか。上出来上出来。」
 エイディは軽口を叩く。何を言われても動じない辺り、性格が出てるのだろう。
「ジェイル、オッサン臭いぞー。」
 グリードは、茶化すように言う。
「良いんですよ。実際オッサンなんですから。軽口叩く暇があったら、もう少し早
めに起きる事です。」
 ジェイルは、オッサンと呼ばれる事に、少し抵抗は感じたが、今更、否定しても
しょうがない事実なので、認めてやった。
「認めるとは・・・。兄貴ー。ジェイルの奴、開き直っちゃったよ。」
 グリードは、レイクの方を見る。レイクは、まだボーっとしていた。
「兄貴?顔が少し赤いぞ?熱でもあるのか?」
 グリードは、心配する。本当の事など、言える訳が無い。
「ね、熱なんか無い。朝食がまだだから、力が出ないだけだ。」
 レイクは、慌てて妙な理由を付ける。
「よし!兄貴が、そう言うなら、早く朝食を摂りに、行きましょう!」
 グリードは、只の善意で、言ってくれていた。
「・・・そうだな。」
 レイクは、グリードの鈍感さに感謝しながらも、朝食を摂る準備をした。
「・・・ジェイル。何かあったんだろ?」
 エイディは、レイクとファリアの様子が、おかしい事に気が付いていた。ジェイ
ルは、何か知ってるみたいなので、耳打ちするように聞いてみる。
「まぁ、知らなくても良い事です。貴方も、調子を合わせなさい。」
 ジェイルは、平然と答えた。エイディは、何となく察したのか、知らない振りを
する事にした。エイディも、この二人を見ると、つい応援したくなってしまうのだ。
(俺も、お人好しになった物だ。)
 エイディは、昔の自分を思い出す。ここに来た当初は、エイディも荒れ狂ってい
た。両親に裏切られた事で、周りなど信じなくなっていた。レイクやジェイルに声
を掛けられても、無視を通していたし、信頼などと言う言葉は、綺麗事でしか無い
とさえ思っていた。レイクの過去を聞いても、嘘だとしか思えなかったし、ジェイ
ルに至っては、改心したなどと平気で言う。そんな言葉、信じられなかった。
 しかし、この二人は事ある毎に、自分を助けたりしている。そんな無駄な事を、
何故するのだろう?と思った。自分のような存在は、放っておけば楽になる。両親
にさえ、捨てられたのだ。エイディは、自分が要らない存在だと思っていた。だが、
レイクは、そんなエイディを見て、本気で怒った。
 要らない存在なら何もしないで良いのか?と問いかけてきた。生きているのなら、
何かをして、誇れる自分を作っていかなければ、悲しいだけだと言った。
 エイディは、その言葉が身に染みた。本気で怒るレイクを見て、眩しいと感じた。
レイクは、ここで暮らしながら、自分を曲げた事が無かったから説得力もあった。
(自分を取り戻せたのも、レイクのお節介からだったな・・・。)
 エイディは、それから、少しずつ変わる努力をして、今に至っていた。当時11
歳の少年が、自分を諭す。端から見れば、情けないのかも知れない。だが、エイデ
ィにとっては、誇れる過去になっていた。
 そして、次の目標が出来た。それは、レイク自身を救いたいと言う事だった。レ
イクは、自分では気が付いていない。周りを幸せにする癖に、自分の幸せは、全く
考えていない。わざと、考えないようにしている節が有った。
 そう考えてる内に、ファリアが来た。そしてこの2日間見ていて、レイクを本当
に幸せにしてやれるのは、この女性しか居ないと考えていた。グリードなら、レイ
クの悪友になれるだろう。だが、それ以上にはなれない。それは、自分も同じであ
った。だからエイディは、グリードとじゃれあう事で、レイクとファリアの距離を
狭めさせる事にしたのだ。
(でも・・・本当に幸せになるなら・・・。)
 エイディは、思い描いていた。幸せになるには、この島に居てはいけないと言う
事をだ。それは、ジェイルとも同意見だった。増してファリアは、何かとマークさ
れている節がある。このままでは、不幸な結果を招き入れる羽目になる。
(どうやって・・・出るかだな。)
 エイディもジェイルも、脱獄の事を考えるようになっていた。昨日ファリアから、
その言葉を聞いた時は、自分の考えを見抜かれてるのか?と勘違いした程だ。
(決断するのは、そう長くない未来の事になる。だろうな・・・。)
 エイディは、その時、自分が何が出来るのか、考えるのだった。


 当たり前の事・・・。と言うのは、いつから、当たり前の事になったのだろう?
作業を苦痛だと思わなくなった時から、自分は、壊れてしまったのかも知れないと
思う時がある。監獄の『絶望の島』ですら、作業に明け暮れ、自分の益になるよう
な仕事かと思えば、そうでも無い事が多い。大概が、力作業か、気が滅入る作業な
ので、余程の精神力が無いと、手早くこなす事など出来ない。
 今日の作業も、男性は自動車の部品を作って、正確に運ぶ作業がメインであった。
ソクトアには、自動車の他に、電車も流通していて、大都市では、電車での通勤と
言うのは、当たり前になって来ている。昔は、馬車でしか行く手段が無かったのを
考えると、大変な進歩である。だが、環境を壊し始めていると言う事に、人間は気
が付いていない。『電力』によって、当たり前になった事が、必ずしも良い方向に
向かっている訳では無い。だが人々は、便利さを知ると、歯止めが利かなくなる。
食物を保存するのに冷却装置を備えた、冷蔵庫が開発され、道をアスファルトで固
める事で、自動車の配備に拍車を掛ける羽目になり、自然は、どんどん失われてい
った。電車の進歩により、手間を掛けずに、遠くまで移動できる手段を得た。だが
電線を配備しなければならないため、自然を切り崩す結果になるのは明白だった。
 こうして、自然豊かなソクトアは、どんどんその姿を変えていた。
 『絶望の島』ですら、その歯車の一環に過ぎず、皆が嫌がる、面倒臭い作業を、
進んでやらせる事で、更正が進むと、かなり無理な論法を採用して、今では、当た
り前の作業になっていった。
 女性の作業も、セントで良く売られている保存食の作成と言う、セントの手先の
ような作業をやらされている。自分達に益は無い。ひたすら、セントのためにやら
されているのだ。ファリアは今日、この仕事が初めてなので、まだ新鮮な気持ちだ
ったのだろうが、慣れてくると、詰まらない作業であった。しかし、ここ『絶望の
島』でも、仕事をしない者に、未来は無い。黙って仕事をしていれば、それなりの
生活は出来るので、悔しいながらも、従う他無かった。
 いつから、この体制が当たり前になったのだろう?ひたすらセントのために尽く
すのが、このソクトアでは、善とされる。寧ろ、これに疑問を挟む者は悪とされる。
この『絶望の島』に送られた者は、その悪の基準の対象になった者達も少なくない。
だが、これが正しい人間のあり方なのだろうか?支配される事が、人間の正しいあ
り方なのだろうか?セントの人々は、幸せな生き方をしているだろう。だが、それ
以外の国の人々に、未来は無い。唯一、その呪縛から逃れているのが、ガリウロル
であろう。彼の国は、ソクトア大陸と、かけ離れた土地なので、セントの支配が及
んでいないのだ。だが、それもいつまで持つのだろうか?現在は、地上兵器だけで
無く、海上兵器や航空兵器の開発が進んでいるという噂を聞く。出来た暁には、ガ
リウロルを支配しようと考えているのは、誰の目にも明らかだった。その兵器の開
発も、この『絶望の島』で行われている。勿論、雑務の部分だけである。実際の開
発は、セントにある兵器開発所で行われている。ちなみにセントは、ソーラードー
ムに覆われているので、兵器開発所は、セントの一番外れに位置する場所に、作ら
れていた。将来は、ここが空港になると言われている。
 この現状は、嘆き悲しむべき物だろう。人を断絶するかのようなソーラードーム。
セントの人間だけが特別視される、現在のシステム。自然を壊すかのような現状。
 かつて『神魔戦争』が終わった頃、共存が栄えた歴史があった。その頃は、夢が
あった。いつまで続くか分からないが、全ての人々が共存する事で、ソクトアが一
つになっていた瞬間でもあった。人だけでは無い。伝記によれば、かつては魔族や
妖精なども、その仲間として迎えられていたと言う。だが、それを信じる者など、
誰も居ない。伝記は美しく変えられる物。語り草にはなっているが、本当に、そん
な時代があったと、信じる者は、誰一人、居なくなったのだ。
 しかも、その伝記を生み出していた一族は、15年前に、セントに粛清されたと
言う話である。勝利者が歴史を作るのなら、現在、歴史を紡ぐのは、セントであろ
う。ユード家は、15年も前に、崩壊の一途を辿っている。所詮、剣だけの時代は、
古い価値観でしか無いのだ。今は『化学』と『電力』の時代だ。15年の間に、ど
れだけの物が、進化したか分からない。邪魔者が居なくなった今は、セントの黄金
時代とも言えた。
 当たり前の事。これらは全て当たり前の事だ。疑問に感じる方が変なのである。
人々が支配している以上、便利さを追求していくのは当たり前の事だ。
 セントに住んでいた時は、ファリアですら、この事に疑問を持たなかった。何不
自由無い生活は、既に当たり前になっていたのだ。
 だが『絶望の島』で味わった現実は、違った。当たり前の事は、人々の犠牲によ
って成り立っていた。当たり前の事は、セントの人々の当たり前でしか無いのだ。
他の人間は、歯車に過ぎないと言う考え方に、ファリアは疑問を持ち始めた。
 その疑問に辿りついただけでも、良かったと考えている。セントの人間は、ただ
知らないだけなのだ。それが、どれほどの罪なのか、認識していない。異議を唱え
た者は全て、この『絶望の島』に送られるのだから、口封じとしては上出来だ。
 そんな事を考えながらも、ファリアは、手際良く作業を覚えていった。終了の1
時間前には、作業が終了していた。ファリアは、優秀な方なのかも知れない。
 ふと食堂の方に向かう。食堂には、彼女の仲間が集まっている事だろう。見ると、
案の定、作業を手早く終わらせていた、仲間達が居た。
「ご苦労さん。初めてで、この時間なら、上出来だ。」
 エイディが、早くもテレビの方を見ながら、労いの言葉を掛ける。
「コツを掴めば、そう難しい事でも無いしね。」
 ファリアは、正直、覚えるまでは楽しかった。セントでは、やった事の無い作業
だからだ。やる必要も無いのだ。
「またテレビ?」
 ファリアは、昨日の空手大会の続きを見ている男達を見て、呆れる。
「結構、白熱してて面白いぜ!」
 グリードなどは、拳を握りながら見ていた。勝負事が、好きなのだろう。
「この大会は、特にレベルが高いから、違和感無く見れますね。」
 ジェイルですら、見入っている。確かに、昨日見た感じでも、詰まらないとは、
感じなかったので、好きな人には堪らないのだろう。レイクも、肘を突きながら見
ていた。
(うー・・・変な意識しないって、決めてたのになぁ・・・。)
 ファリアは、今朝の事もあって、レイクの顔が、見づらかった。レイクも、平静
を装っているが、ファリアとは、話しづらそうにしていた。
 すると、ジェイルが見兼ねたのか、水をレイクとファリアに運んでやった。
「二人共、お疲れのようですし、少し頭を冷やしなさい。」
 ジェイルは、諭すように二人に言った。
「心配掛けさせてるな。済まん。」
 レイクは、頭を掻きながら、水を口にした。
(いつまでも、このままじゃ居られないしね。)
 ファリアは、そう思って、水を口にすると、不思議と今朝の事が、過ぎた事のよ
うに思えてしまう。
「ありがと。ジェイル。」
 ファリアも、礼を言った。エイディは、その様子を楽しそうに見ていたが、グリ
ードは、テレビに夢中で気が付かなかったようだ。
「ベスト4を決める、最後の組み合わせか。」
 エイディは、テレビの方に神経を集中させる。大会は、午前の早くから行われて
いて、早くも、ベスト8が決まって、ベスト4を決める試合が始まるようだ。
「さすがに天神 瞬、神城 扇、榊 総一郎は決めたからな。残りの一つの椅子か。
どうなるかな。」
 レイクも、分析するかのように見ている。
「ここまでは順当と言って良いでしょう。ただ、この対戦は、面白いですね。」
 ジェイルはベスト4の連中は、当然だと思っていた。残るべき者が残っている。
だが、この対戦は意外だと思った。
「15歳の少年の、2人目か・・・。」
 レイクも不思議に思った。今までマークされなかっただけなのか、もう一人15
歳の少年が残っていたのだ。しかし、見た所、そんな目立った強さを発揮してる訳
でも無い。だがレイクは、どこかおかしいと思っていた。
「順当に行けば、相手の羅刹拳の師範、外本(ほかもと) 稔(みのる)の勝ちで
しょうね。外本には、一撃必殺の指があります。」
 ジェイルは、戦力分析を始める。羅刹拳師範の肩書きは、伊達じゃない。今まで
の対戦相手も、肩や膝などを指で打ち抜かれて敗れ去っている。
「だが、あの15歳。動じてないぜ。」
 グリードも、おかしいと感じ始めていた。自分だって、外本のような男が目の前
に居たら、身震いしていたかも知れない。だが少年は、飄々と競技場に立っていた。
『さぁ!最後のベスト4を決めます!』
 テレビのアナウンスで場内が沸く。場内は、かなりエキサイトしているようだ。
『93番!外本 稔選手!』
 紹介されて、外本は指を鳴らす仕草をする。それに獲物を狙うかのような眼をし
ていた。新たな獲物を見て、楽しむような仕草をしていた。
「ありゃ楽しんでるな・・・。」
 エイディは、趣味が悪そうだと思った。人を傷つけても、何とも思わないタイプ
なのだろうと直感した。
『116番!島山(しまやま) 俊男(としお)選手!』
 場内のアナウンスで、一層の歓声が沸く。天神 瞬と島山 俊男には、物珍しさ
か、拍手が多いような気がする。
「島山 俊男か。可も無く、不可も無く、勝ち上がった珍しい奴だな。」
 エイディも不思議そうに見ていた。相手の実力の一歩上を、やっと超えた様な闘
いをしていたが、今度は相手が悪い。
「・・・む・・・?」
 レイクは、違和感を覚えた。と言うより、違和感の正体が分かった。
「おい。エイディ。そう言えば、この俊男って奴、今まで構え取ったか?」
 レイクは、俊男が、何かしら最初から構えていたのを、見た事は無かった。
「・・・無いな。・・・まさか・・・。」
 エイディは、そう言われて気が付いた。
「なるほど。レイクさんの言う通りなら、この俊男は、恐ろしいかも知れませんね。」
 ジェイルも、背中に冷や汗が出てきた。
「ど、どういう事だよ?」
 グリードには、訳が分からなかった。
「つまりだ。あの俊男って奴は、今まで、手の内を見せずに、闘って来たかも知れ
ないって事だ。まぁ、まだ想像の内だけどな。」
 レイクは解説してやる。しかし本当なら、この男こそ、今回の大会の台風の目に
なるかも知れない存在だ。
『始め!!』
 審判の合図と共に、外本が羅刹拳の構えを見せる。指を前面に押し出して、獣の
ように身を屈めて、威嚇する、独特の構えだ。それを見て俊男は、右手を前面に押
し出して、手の甲を見せるようにして、左手は天を仰ぐような構えを見せる。そし
て、右足を伸ばして、左足を屈めるようにして、力の流れを一点に集中させる構え
を取る。
「・・・あれは・・・パーズ拳法!!」
 エイディが、驚きの声を上げる。パーズ拳法とは、1500年も前から伝わる古武術
で、パーズの修行僧達が、好んで使っていると言う実践的な拳法だ。
「なんだよ・・・。アイツ、ここまで隠して勝ち上がったって訳かよ。」
 グリードは、空恐ろしさを感じた。俊男は、パーズ拳法の構えを見せずに、ここ
まで可も無く、不可も無くと言う勝ち方で、勝ち上がって来たのだった。
 どうやら外本も、驚きを隠せない様子だった。冷や汗を掻いている。
 だが羅刹拳は、自分一人しか残っていない。後ろを見せる訳にはいかない。
『セイヤァ!!!!』
 外本は、気合の声を上げながら、俊男に向かって突進した。勿論、考え無しでは
無い。外本は、まずは膝蹴りから、肘打ちを浴びせて、後ろ回し蹴りの後に、裂帛
の突きを繰り出す。どれもが、必殺になり得る攻撃だった。それを俊男は、膝蹴り
を足の裏で、肘打ちは手を跳ね上げる事で、後ろ回し蹴りは、頭を低くして躱す。
そして、突きは体を捻る事で、完全に躱して見せた。
「すげぇ・・・。」
 グリードは、その流れるまでの動きを、目で必死に追っていた。
『ぬぅ!!』
 外本が脇腹を押さえる。すると、そこには膝蹴りの跡が残っていた。相当な痣に
なっているだろう。俊男は最後の突きを躱すと同時に、膝蹴りで応酬していたのだ。
「躱すと同時に攻撃か。理想的な動きだな。」
 エイディは、冷や汗を掻く。それもその筈だ。この俊男は、間違いなく達人クラ
スの動きを見せていたからだ。とても15歳には見えない。
『島山選手、1ポイント!』
 審判が宣言する。有効打が10ポイント溜まれば、自動的に勝ちになる。最も、
そこまでポイントで決まる事は、ほぼ無い。その前に決着が付く筈だ。
『パーズ1500年の歴史を背負っている。後ろは見せられない!』
 俊男は気合を入れながら叫ぶ。どうやら、パーズ拳法の代表として、来ているら
しい。どおりで強い筈だ。
『貴様が、パーズ拳法の免許皆伝で、噂になった若造か!』
 外本は、唸るように声を出す。俊男の事は、噂にはなっていた。パーズ拳法総本
山で、15歳にして免許皆伝を預かった、天才が居ると言う話をだ。最初は、ただ
の冗談だと思っていた。だが目の前の少年は、間違いなく、そのクラスの強さだ。
『僕の戦いは、パーズ拳法が、空手にどこまで通じるかの目安。早々負ける訳には
行かないんですよ。今までの相手では、使わずとも相手で来ました。しかし、貴方
には、拳法を使わなければ勝ち目は薄いと思って、使わせて戴きました。』
 俊男は、自信満々に言っていた。それで居ながら、礼儀正しい。どこか風格のあ
る素振りだ。外本は、それが気に食わなかった。
『余裕のつもりか?貴様のような坊主が、拳法の真似事してると虫唾が走るわ!』
 外本は、怒り心頭したらしく、唇から血を流しながら、俊男を見つめる。
『年齢と強さを関連付けるのは、良くありません。と言っても、聞いてくれそうに
無いでしょう。なら、受けるのみです。』
 俊男は正中線を狙う。拳を中段に構える、基本の構えだ。反対に外本は、特殊な
構えを見せる。両手を前に突き出して、指先に全てを集中させる独特の構えだ。あ
れでは、攻撃しますと言っているような物だ。
『捨て身・・・ですね。』
 俊男は、すぐにこの構えの意味を理解した。外本は、左右一発ずつ指を、突き出
すつもりだろう。それが躱されたら、次は無い事も知っているのだ。だからこその
必殺の一撃。そこまでするからには、必ず勝つつもりで居るのだ。
「すげぇ気迫だ・・・。」
 グリードですらも、テレビ越しで外本の覚悟を感じた。しかし、それよりも凄い
のは、それを正面から受けて立つ気で居る、俊男の方だ。
「さて、あの俊男が、どう受けるかだな。」
 レイクは、そこに興味があった。ただ受ける訳では無いだろう。それが証拠に、
俊男は受身に近いさっきの構えから、正中線を狙う攻撃的な構えの変えたのだ。
「こ、こんなのテレビで放送して良いの?」
 ファリアも恐怖を覚える。外本の気合は、テレビ越しですら凄まじい物を感じる。
『キエエエエエエエエ!!!!』
 外本は、凡そ、獣のような吼え声を上げて、俊男に向かっていく。勿論、両手は
そのままでだ。突きを出すタイミングで、勝敗が分かれる。それを俊男は、凝視し
ながら、構えを解かずにいた。凄い度胸である。
『シャアアアアア!!』
 外本は左腕の突きを出す。凄まじい早さだったが、俊男は、体を真横にする事で、
その突きを避けて見せた。しかし、それは予測済みだったのか、外本は、抉る様に
右腕の突きを放つ。これこそ、必殺の突きなのだろう。
 ゴキィィィッ!!
 凄い音と共に、片方が吹き飛ばされる。その瞬間に、絶叫がこだました。
『ギィエエエエエエ!!!』
 それは、外本の方だった。何と、外本の右の拳は、変な形に曲がっていた。俊男
は、それを見ると、審判の方をチラリと見る。審判は、外本が、のた打ち回ってい
るのを見て、俊男の方を向く。
『勝者!島山選手!!』
 審判の一声で歓声が沸いた。そして、外本は担架で運ばれていった。
「・・・終わってみれば、圧勝だったか・・・。」
 レイクは、鼻で一呼吸する。
「まさかな・・・。指を、拳で潰しに来るとはな・・・。」
 エイディもビックリした。俊男は、右の突きを予想して、迷う事無く、拳で突き
を相殺したのだ。岩をも砕く、羅刹拳の突きを壊したのだ。それも、その筈である。
いくら岩をも砕くと言っても、それはインパクトの瞬間だけだ。まだ破壊力が十分
で無い突きに、完全にタイミングを合わせて、カウンターを突きの手に食らわせた
のだ。その結果が、外本の拳の破壊に至ったのである。
「覚悟と気合と、良い眼を持ってなきゃ出来ない芸当だ。ありゃ本物だな。」
 レイクは、中々の器の持ち主だと思った。パーズ拳法免許皆伝と言うのも、頷け
る話だ。
「しかしビックリ箱ですか。この大会は・・・。」
 ジェイルは、呆れていた。今まで残った4人は、全て達人レベルである。この4
人が、対決するのだから楽しみではある。しかし、そのうちの2人が、まだ15歳
なのである。残った4人は、いずれも引けを取らぬ達人だ。誰が残っても、おかし
くは無い。決勝進出を懸けた、次の闘いは、意地のぶつかり合いになるだろう。



ソクトア黒の章1巻の2中盤へ

NOVEL Home Page TOPへ