5、修練  自分が自分で無い気がする。この感覚は、初めてでは無い。  しかし、見た事が無い風景だった。どこかで見た事がある気がするのは、何故だ ろう?全然知らない所の筈なのに・・・。  だが、何かが、おかしい。この風景は、どこか緊迫な雰囲気に包まれている。  何故だろう?そして、ここは何処だろう?何故、ここに居るんだろう?  いくら問いかけても、答えは返ってこない。それなのに、どこか暖かい感じがす るのは、何故なのだろうか?  しょうがないので、身を任せる事にする。すると、何とジェシーが出てきた。ジ ェシーは、とても重厚であり、美しかった。しかし、そのジェシーがか弱く見える。  ジェシーは、誰かに駆け寄る。それは、失いたくないであろう何かを掴み取るか の如き必死さだった。ジェシーも、こんな表情をするのかと思うと新鮮だった。  何か叫んでいる。そして、その誰かの顔を見る。 (あれは、エイディ!?)  顔は、正にエイディだった。しかし肌の色が、より褐色であるし、何よりも、翼 が生えていた。エイディに、そんな物は生えていない。  すると、ジェシーの話し声が聞こえてきた。それは、話と言うより、願いを込め た叫びだった。 「アンタの方が先に死んで、どうするのさ!!あたしは、どうなるんだよ!!」  ジェシーは、心からの叫びを出していた。それは、助からないであろう相手に、 少しでも、生きてもらおうと必死な叫びを上げていた。だが、ジェシーの想いとは 裏腹に、相手は、自分の目から見ても、もう助からないであろう事は分かっていた。  そこまで凄い怪我を負わせたのは、誰だろう?  普通なら思いつかない。だが、横に神聖な感じのする男が立っている。その男の 剣の先には、血がこびり付いていた。そして、伏せ目がちに周りを伺っていた。  そこで初めて、この状況に気が付いた。これは伝記の一光景である。ジェシーが 抱いている男は、レイリーだろう。エイディが似ていると言われたし、ジェシーが、 そこまで心配する相手は、レイリーしか居ない。そして傍らに立っているのは、魔 神レイモスを倒す際に、共闘せざるを得なかった、アインだろう。  魔神レイモスは恐ろしい敵だった。仮にも神である。それが運命神によって、ゾ ンビ化され、土の体を持つ敵とは言え、その力は、少しも衰えていなかったという。 このままでは、運命神を調子付かせる事になる。『覇道』を目指した端くれとして、 『法道』のリーダーである運命神を、のさばらせる訳には行かなかった。そこで気 に入らない相手だが、元『法道』で、裏切ったばかりの『天人』アインに、助力を 求めた。正確には、レイモスの動きを、レイリーが止めて、アインに貫かせると言 う捨て身の作戦だった。アインは、多少躊躇ったが、確実にレイモスを倒した。レ イリーの体ごとである。レイリーは、魔族のために命を捨てたのである。手段は、 形振り構わずである。レイモスは人間だけで無く、魔族にも襲い掛かる可能性は十 分にあった。  そんな事は、させはしない。自分が居る限り、魔族を守らなければ、誰が守って くれるのか?とレイリーは思っていた。自分達を助けるために、魔界三将軍のジェ シー以外の2人は、見事に散った。ならば自分も、それに見合うだけの事をしなけ ればならない。それが散っていった同胞の、少しの慰めにもなるのだから・・・。  そして、その光景を見ていた。何故だろう?こんな光景、見た事無いのに・・・。 何より、1000年前の事など、見ようと思っても、見れる物では無い。 「ジェシー・・・。お前は、生き延びてくれ・・・。」  レイリーが願いを請う。ジェシーは、レイリーが死んだら、後を追おうとするか も知れない。だが、それだけはさせない。自分が、命を懸けてまで救ったのだ。死 なせない。それが、レイリーの必死の懇願だった。 「サイ・・・ジン。たのむ・・・。ジェシーを・・・「人道」に・・・入れてくれ。」  レイリーは、最後までジェシーの事を気遣っていた。17年と言う、短い人生だ ったかも知れないが、自分の波長に合って、眩しい笑顔を見せるジェシーを、自分 は、心から愛していた。守るためなら命も惜しくない。そう思わせた女性だった。 「・・・「人道」は、来る者を拒みません。約束しましょう。」  自分の隣に居た男が答える。サイジンと言う事は、この、丈の大きい男がサイジ ンなのだろう。と言う事は、自分は?一体、誰なのだろう? 「・・・アンタ、最後まで、あたしの心配かい!?お人好しにも、程があるよ!」  ジェシーは、怒っていた。最愛の人が、自分を残して消える。それは耐え難い事 だった。しかしレイリーは、そんな時でさえ、ジェシーの心配をしていた。それが 自分の人生の全てで、あったかの如くである。 「それ・・・と、アインよぉ・・・。お前との対決・・・預けとくぜ。」  レイリーは、息絶え絶えである。アインと対決など、もう無理であろう。そんな 事は、ここに居る誰もが、感じ取った事だ。だがレイリーは、息絶える前に、全て 言って置こうと必死なのだ。言える内に、言って置きたいのだった。 「いつか必ず・・・決着をつけましょう・・・。」  アインは、またバツが悪そうな顔をする。自分が、止めを刺したのだ。気分が良 い訳が無い。しかもレイリーとは、やっと仲直りが出来そうだった。『覇道』に行 ったレイリーと、『法道』に行ったアインは、互いに討つべき相手になった。しか し、共通の敵を得た事で、闘いが、避けられるかも知れないと思った。それは叶っ たが、アインの望む避けられ方では無かった。こんな状態でも、レイリーは、アイ ンに決着をつけようと言った。ライバルだからこそ、認め合う。レイリーは、例え これから死ぬ身であっても、アインの前で、弱音を見せたくなかった。 「何・・・か、言うだけ・・・言ったら・・・疲れちま・・・った。」  レイリーの顔に、力が無くなってくる。意識が朦朧としているのだろう。出血が 激しいので、無理も無い話だ。 「しっかりおしよ!レイリー!」  ジェシーは、狂ったようにレイリーの肩を揺さぶる。死なせたくない。これから 生きていくのに、レイリーが居なかったら半減だ。自分に必要な男性だ。それが、 目の前で、死ななくてはならないのか?こんな、残酷な事は無い。 「へへっ・・・伯父さん・・・稽古・・・の・・・続き・・・やりま・・・しょう。 ・・・俺・・・強く・・・なっ・・・たんです・・・よ・・・。」  レイリーは、朦朧としながらも、最期に伯父である榊 繊一郎の事を口にする。 レイリーの中で、孤高で強さを追い求める繊一郎は、憧れだった。その繊一郎に、 心から褒めてもらいたい。それが、レイリーの願望だった。だが繊一郎は、何の事 は無い。神魔ワイスと戦った際に、命を落としたという。叶わなかった伯父との稽 古。それを、あの世で果たそうとする、せめてもの願いだった。そして最期に、願 いを言い終わると、レイリーは静かに、本当に静かに目を閉じた。そして、それは レイリーの命の灯が消えた事を、意味していた。 「レイリー!!!!レイリィー!!!!」  ジェシーは、レイリーを抱きかかえて嗚咽する。この悲しみが、天に届くように。 レイリーが勝手に死んでしまったのを、後悔させる様にだ。  そしてジェシーは、この約束を守るために、今を生きているのだ。生き延びろと レイリーは言った。ならば、トコトン生き延びて、レイリーを後悔させてやろうと、 ジェシーは思った。自分が幸せで無かった事を、レイリーに突きつけて、後悔させ てやるんだ。いつか会った時、文句を言いまくってやるんだ!ジェシーは、その想 いを捨てずに居た。エイディを見た時は、つい懐かしくなってしまった。しかも、 魂を、ほんの僅かだが、受け継いでいる。いつか大輪の花を咲かせるためにも、死 なない程度に、鍛えなくてはならない。 「・・・ファリア様?・・・朝で御座いますよ。」  どこからか、声が聞こえる。すると、どんどん意識が、この光景から離れていく。 「ファリア様?ご気分は、また優れませんか?」  ファリアが目を覚ますと、横には、またナイアが居た。またしても夢を見たらし い。しかし今日のは、いつもとは、全く違った夢だった。だがファリアには、これ が史実なのだろうと直感した。自分には、レルファの末裔の血が流れている。久し 振りにジェシーと対面した事で、自分の中の血が、あの光景を見せたのだろう。 (ジェシーさん・・・。私なら・・・レイクが、レイリーさんのようになったら?)  ファリアは、ついそう思ってしまう。自分は、耐えられるのだろうか?ジェシー は、1000年も耐えてきたのである。凄い精神力だ。 「ファリア様。お水で御座います。」  ナイアは、すぐ様、水を用意してくれる。そう言う所の気の使いようは、完璧で ある。だが、ナイアには、自分を良く見せようとする気概が無い。 「ありがとう。戴くわ。」  ファリアは、悪夢では無いが、少々疲れていたので、この美味しい水は、非常に 活力になる。地味だが、こんな有難い物は無かった。 「今日は、いつもの魘され方では、無かったですね。」  ナイアは、直ぐに気が付いた。 「そうね。実は、1000年前の、ジェシーさんを見ちゃったのよね。」  ファリアは正直に答える。そして頭を抱える。どうにも、過去を見ると言うのは、 体に疲れが来るらしい。 「ジェシー様のですか・・・。やはり、お美しくていらっしゃったですよね?」  ナイアは、ジェシーの眩しいくらいの美しさ、逞しさを知っている。 「ナイアさん?自分と比べてるでしょ。あの人を、比較対象にしちゃ駄目よ。」  ファリアは、溜め息を吐く。ナイアは、真っ赤になる。 「私など・・・比べる対象にも、なりません。」  ナイアは、オドオドしながら答える。それが、逆に不自然だった。 「ナイアさん。ジェシーさんはね。1000年間も、愛しい人無しで、やってこれた強 靭な人よ。いや愛しい人を忘れなかったからこそ、やってこれたのでしょうね。そ んなジェシーさんを比較しちゃ駄目なのよ。彼女は、伝え人になる事を望んでいる んだからね。シャドゥさんも分かっているわ。比較対象にするのは、止めなさい。」  ファリアは、ハッキリと言ってやった。ジェシーは、もうレイリーの所に、嫁に 行っている。そして、それを生涯通すつもりなのだ。で無ければ、1000年も我慢出 来る訳が無い。幸せな一生か?と言われたら、違うかも知れない。しかし、そこま で想い通す相手が居たのは、素晴らしい事だと、ファリアは思った。  そんなジェシーを、恋愛の対象にしてはならない。ジェシー自身も、望んでない し、筆頭守護のシャドゥは、ジェシーが、そう思っている事も存じている筈だ。 「・・・ファリア様は、お優しいのですね。昨晩シャドゥ様からお聞きしました。」  ナイアは、顔を赤らめながら、ファリアを見る。 「特別な事した訳じゃない。私は、ちょっと背中を押したかっただけよ。」  ファリアは、少し照れながら答える。シャドゥは、自分の想いをナイアに伝えた のだろう。ナイアにとって、これほど嬉しい瞬間は、無かった筈だ。 「でも、私は給仕。使用人です。シャドゥ様に、仕えるだけで・・・。」 「ストップよ。貴女。それ本気?」  ファリアは、ナイアがシャドゥの想いを断った事を、知った。 「ファリア様。私はシャドゥ様の側に居るだけで、良いのです。」  ナイアは、頑なだった。何がそうさせるのか知らないが、ナイアは、断ったのだ ろう。信じられなかった。 「あーもう!貴女、何で素直になれないのよ!シャドゥさんの事、嫉妬するくらい 好きな癖に!何なのよ!」  ファリアは、言葉を並べる。せっかく背中を押してやったのに、当人がこれでは、 話にならない。そのもどかしさに、ファリアは怒りを覚えた。 「・・・ファリア様。私は・・・『妖魔』の下級なのですよ?」  ナイアは、地位の事を言う。 「それはシャドゥさんからも聞いたわ。でもね。シャドゥさんは、貴女の事を、優 れた給仕としか見てないと、ハッキリ言ってたわよ。その言葉が嘘だとでも言うの?」  ファリアは、怒っていた。本気で怒っていた。今更、地位の事を口に出すナイア が、許せなかった。好きなら、正直に言えば良い。互いに、離れられないくらい好 きなのに、地位などに拘っている。そんなの、許せなかったのだ。 「いいえ。シャドゥ様の事です。本当なのでしょう。・・・仕方ありません。ファ リア様には、言わなくては、なりませんね。」  ナイアは覚悟を決めた。ファリアには隠し事をしても通じないだろう。この事は、 ずっと隠しておくつもりだった。しかし言わなければ、納得してもらえないだろう。 「私は、人間と魔族のハーフです。しかも生まれは、プサグルの娼館です。」  ナイアは、ポツリと話し始める。ファリアは、前に聞いていたのを思い出す。ナ イアは、魔族にしては肌が白すぎる。 「私は25の時まで、その娼館で働かされました。仕事内容は、貴女の想像通りで す。私は、人間の友達が出来ませんでしたし、魔族は、既に硫黄島に行ってしまっ た後でした。私には翼が生えてましたが、忌み子だと言われて、もぎ取られました。」  ナイアは、凄まじい過去を持っていた。ナイアは、右も左も分からない子供の頃 から、特別な子だと言われて嫌われて、翼は、幼少の頃に、もぎ取られていたのだ。 「私は、男性の方の相手をするのが、常だと教え込まれましたから、それに疑問を 持った事は御座いません。ただ、幸せとは何なのか?と、考えるようにはなってい ました。私には、いつまで経っても、相手が居ませんでしたから・・・。」  ナイアは同年代の娼婦仲間も居た。だが、ナイアが特別なのを知っていたので、 直ぐに遠ざかっていた。しかし娼婦仲間は、いつの間にか、良い男性を見つけて、 娼館を去っていった。しかし自分には、そんな兆しは無かった。それは、忌み子と 呼ばれていたからである。誰も人間扱いはしてくれなかった。ナイアは、この世に 対して、絶望していた。自分は、このままここで、生を終えるのだと思っていた。 「私は、何で、こんな体だったのだろう?と思っていました。人間にも入れてもら えず、魔族からは、気付かれずに、何処まで生きていけば?と思っていました。」  ナイアは悦ばせるための、あらゆる事を教え込まれた。メイドや給仕としての仕 事も、出張して教え込まれた。ナイアは、元々素質があったのか、全てを完璧にこ なしていた。しかし、それが逆に、仲間達から疎まれる事になった。娼館のナンバ ーワンになったが、扱いは、クズ以下であった。人間扱いされて居ないのだから、 当然だ。 「その闇を救って下さったのが、シャドゥ様でした。シャドゥ様は、忌み子と呼ば れた私への調査を、ジェシー様から頼まれて、魔族かどうか、調べるために派遣さ れたと聞きます。もちろん翼を隠して、肌の色も、加工してです。」  シャドゥは、ジェシーの頼みで、ナイアの調査をやらされた。しかし、それ以上 に、魔族ならば、こんな所で働かされてると言う事実は、屈辱以外の何者でも無か った。同族をこんな目に合わせているのだとしたら、救わなければならないと、思 っていたのだろう。 「その時、私を指名して抱いて下さりました。私は、シャドゥ様が普通の男性とは 違うと、本能的に感じていましたが、黙っていました。そして、それから直ぐです。 私は、法外な値段で取引されたと言います。シャドゥ様が、派遣に使われていた金 のほとんどを、支払って、私は引き取られたと言う話でした。」  ナイアは、金で買われたのである。シャドゥとしては、この娼館を潰したいくら いの想いだったらしいが、ジェシーから、騒ぎを起こしては駄目だと言われていた。 なので、不本意だが、この方法しか無かったのだ。 「私は、その後、シャドゥ様に『自由にすると良い』と言われました。ですが、私 は、奉仕する事以外、教えられて無い身でしたので『どうすれば良いのか、分かり ません。』と答えました。正直、何が起こったのかさえも、分かりませんでした。」  ナイアは、その時の事を思い出す。娼館から出られたと言う事実は分かったが、 何故、出られたのか?それは、シャドゥが買っていったと言うのは、分かったが、 何故シャドゥが、何もせずに自由にしようとするのかが、分からなかったのだ。 「私は自分の生まれ育った経緯を聞かれました。なので、お教えしたら、シャドゥ 様は、私に魔族の事と、私が魔族とのハーフだと言う事実を教えて下さいました。」  ナイアは、その時、自分の耳を疑った。確かに翼は、もぎ取られたし、肌の色も 周りから見れば、少し黒かった。だが、まさか魔族と言う種族が存在して、自分が 魔族の一員だと言う事など、知らなかったのだ。 「そして説明が終わると、また『好きにすると良い』と言われましたので、お教え 下さったシャドゥ様に『貴方の家で仕えたい』と、答えました。」  それは、ナイアの初めての我儘であり、希望であった。だが、魔族だと言う事実 を重く受け止めて、人間社会からは、受け入れてもらえないのならば、シャドゥと 魔族として、生きて行きたいと思ったのだ。それにハーフとは言え、魔族の血を受 け継いでいるナイアは、人間の寿命より、遥かに長く生きる。他の魔族と変わらな いくらい生きられると言う話だ。人間社会に居ても、爪弾きにされるのは、目に見 えていた。 「シャドゥ様は、この硫黄島まで送って、私の家を用意すると、おっしゃいました。 しかし私は、シャドゥ様に、恩を返したかったので、お仕えする事を言いました。 最初こそ怒られましたが、最終的には、監督すると言う形で、シャドゥ様の家に、 お仕えする事が決まりました。」  ナイアは、その事を非常に喜んだ事を覚えている。自分は、一人で生きて行くに は、余りにも、小さな存在だ。シャドゥなら、喜んで奉仕出来る相手だと思ったし、 何よりも、闇から救ってくれたシャドゥの喜ぶ顔を見て居たかったのだ。 「・・・ですので、私は、この家に仕えさせてもらってるだけで、幸せなのです。 人間にも魔族にもなれない半端者が、シャドゥ様のような地位の方の妻とあれば、 それだけで、シャドゥ様が謂れの無い事を囁かれる事になります。それだけは、避 けたいのです。私のせいで・・・シャドゥ様に迷惑を掛けるような真似だけは!」  ナイアは首を横に振る。ファリアは、そんなナイアを見て、哀れだと思った。自 分を、いつも卑下しているナイア。その理由は、他でも無い、生まれによるせいだ ったのだ。人間からは、普通の人間では無いと卑下されて、魔族に返った所で、地 位としては、『妖魔』の下級。しかもナイアは、戦いなど出来る性格では無い。皆 から卑下されて育ったナイアは、それが当たり前だと刷り込まれていたのだ。 「あー・・・。もう。そりゃ私は、そこまで不幸な過去は無いけどね・・・。ナイ アさんさ。シャドゥさん自身の想いに、応えてあげようって気は無いの?シャドゥ さんは、本気な筈よ?・・・何せ心配して、聞き耳立てるくらいですからね。」  ファリアは、ニヤニヤした顔でドアを指差す。すると、気まずそうに扉を開ける シャドゥが居た。どうやら、聞いていたらしい。 「覗きは、趣味が悪いわよ?シャドゥさん。」  ファリアは、余裕の笑みを崩さない。 「し、深刻そうな話をしてたので、気になったのでしてな・・・。」  シャドゥは余裕が無かった。顔も真っ青にしていた。 「シャドゥ様・・・。昨日は、申し訳ありません。ですが・・・。」  ナイアは、オロオロしていた。自分の想いを聞かれてしまったと言う、恥ずかし さがあっての事だろう。すると、シャドゥは、有無言わせずナイアを抱きしめた。 「ナイア・・・。私の言う事を聞いてなかったのか?私は、地位など気にしない。 ・・・好きな奴でなきゃ、側に200年も、置いておくと思うのか?」  シャドゥは、ナイアの目を見る。するとナイアは、目を逸らした。それは自分が、 卑下された事しかないナイアにとって、初めての事だらけで怖かったからだ。 「シャドゥ様は・・・これから、出世なさるお方。いけません・・・。」  ナイアは、唇を噛みながら反論する。 「ナイア!出世のために、お前の未来を捨てる私だと思うのか!?見損なうな!」  シャドゥは、ナイアにシャドゥの顔を見させる。その目は、真剣その物だった。 「シャドゥさんは本気よ?ナイアさん。ここまで言わせて、応えないなんて嘘よ?」  ファリアは、ナイアが困ってる様子を見て呆れる。ナイアは、自分を第一に考え られないのだ。だから逡巡する。 「シャドゥ様は・・・私を哀れに思うから・・・。」  ナイアは、恐る恐る口にする。ナイアは、仕方なく求愛されてるのだと思った。 「馬鹿!何を言うか!!・・・全く・・・。ファリア殿から、聞いた通りだ。とん だ誤解をしている。私はな。最初、娼館で、お前を抱いた時から・・・お前の事が、 気になって仕方が無かった・・・。正直、お前が、私の家で仕えたいと言った時も 心は躍るような気分だった。ジェシー様のお許しが出るまで、迷っただけの話だ。」  シャドゥは湯気が出る程、顔を真っ青にしながら告白する。何の事は無い。シャ ドゥは、規律を重んじてただけの話で、ナイアに惚れていたのだ。惚れてたからこ そ、主人と従者の関係で抱きたくない。それが、シャドゥの本音だったのだ。 「シャドゥ様・・・。嬉しい・・・。嬉し過ぎて、前が見えません。」  ナイアは、これは夢かと思った。自分が思い描いていた夢。シャドゥが、自分の 事を想っていてくれるなんて、夢だと・・・。だが、この涙は本物か。この熱く流 れる、涙は、本当の事だと体が言っている。 「私も・・・素直で無い性格だからな・・・。色々、勘違いさせたようだ。」  シャドゥは、気まずそうに言う。 「それで・・・ナイア。私の気持ちに、応えてくれるか?」  シャドゥは、改めてナイアの目を見て言う。 「・・・シャドゥ様。私は嬉しゅう御座います。もうシャドゥ様以外の相手など、 考えられません。私は、我儘になって宜しいんですね?」  ナイアは、問いかけるように答える。その目は、嬉し涙でいっぱいだった。 「当たり前だ!200年分の我儘を言え。待たせたのは、私なんだからな。」  シャドゥは、ナイアの髪を撫でてやる。するとナイアは、シャドゥの胸に飛び込 んで、思い切り泣いた。胸が張り裂けるのでは無いかと、思うくらい泣いた。それ は、今までの・・・200年分の想いが、詰まっていたのかも知れない。 「・・・めでたしね。・・・って、言いたいんだけどさ。」  ファリアは、冷静に今の状況を考える。 「こんな時に何だけど・・・私、まだ寝巻きなんで、着替えたいから・・・。シャ ドゥさんの部屋で、やってもらえる?」  ファリアは、気まずそうに言う。すると二人は、我に返ったのか、恥ずかしそう に、離れる。そして、シャドゥは、咳払いをする。 「朝から、少し羽目を外したようだ。・・・ナイア。この事は、忘れるでないぞ。」  シャドゥは、慌てて扉から出て行ったが、ナイアに一言、言うのも忘れなかった。 (あー・・・。何だか、歳とってるのに、初々しいカップルねぇ・・・。)  ファリアは羨ましく思う。これからナイアは、幸せな時間が続くのだろう。ナイ アは、嬉しそうに仕事をしていた。 「申し訳ありません。ファリア様・・・。何から何まで・・・。しかも、私と来た ら、お着替えも忘れるなんて・・・。」  ナイアは、恥ずかしそうにしながら、着替えを用意してくれた。しかし、その後 のベッドメイクも、幸せそうに思い出しながらベッドメイクしていた。 (こりゃ、しばらく、中てられそうだわ・・・。)  ファリアは、頭を抱える。ナイアが、幸せになれるのは正直嬉しい。しかし、自 分もレイクに、想いを言わなければならないと思っていた。だが、まだまだ先にな りそうだと思う。何せレイクは、色々と言いたい事がある程、仲間想いだからだ。 「ファリア様。私は、貴女へ、どう感謝すれば良いのか、分かりません。」  ナイアは、幸せ過ぎて、怖いくらいだった。シャドゥとは、このまま過ぎていく のだと思っていた。これ以上の、幸せは無いと思っていた。だが、互いに遠慮する 仲では、幸せになれないと、ファリアが気付かせてくれたのだ。 「私、ファリア様の事を応援します。ファリア様の相手も、手強そうですからね。」  ナイアは、とっくに気が付いていた。ファリアが、レイクの事が気になって、仕 方がないと言う事をだ。 「まぁ、相手が相手だからねぇ。勘が良いんだけど、奥手なのよね。」  ファリアは、ナイアに隠しても、しょうがないので、あっさり肯定した。すっか りバレてる。ゼリンの時のように、何かおかしい惚れ方では無い。自然に好きにな った相手。それがレイクだった。ゼリンの時は、何かが、おかしかった。 「ファリア様は、こんなに素敵なのに・・・。レイク様も、罪作りなお人ですね。」  ナイアは、口に手を当てて笑う。自然に出た笑いだった。ファリアが来てから、 ナイアは、良く笑うようになったと思う。それは、ファリアも望んでいた事だった。 それだけに、ファリアとしては、この変化を嬉しく思っていた。  シャドゥとナイア。この二人ほ程、互いを良く知るカップルも少ないだろう。そ の馴れ初めに、自分が立ち会えた事を、ファリアは誇りに思っていた。  魔術の基礎とは、概念の捉え方だ。まず規定概念を捨てる事から始める。内にあ る理(ことわり)に疑問を投げ掛ける。一例を挙げると、何故、火が灯るのか?を 考える。一般概念的には、摩擦によって、生じた熱が、逃げ場を求めて炎と化す。 炎になるためには、酸素が必要で、摩擦する際には、周りに空気を通るような仕組 みにしなくては、ならない。しかし、それは一般的な概念だ。  魔術の概念は、全く違う。まず炎を具現化するために、熱のイメージを頭の中に 思い浮かべる。そして、まず炎が灯るのかでは無く、炎を作り出すのかを、イメー ジするのだ。すると、魔力の助けもあるが、手の中の熱を、膨張させれば良いと言 う事に気が付く。そうすれば、話が早い。魔力は、その手助けとなるための力なの で、手の中にある体温が、急上昇して、外に逃げる感じを思い浮かべれば、魔力に よって膨張された熱が、外に浮かび上がってきて、炎を作り出す事に成功する。そ こに、空気と言う概念は無い。こうする事で、魔術としての基礎を磨いていく。  次に、どうやれば魔術が強くなるのかを考える。それは、魔力の量を増やすのが、 一番手っ取り早い。器が2倍の魔術師は、4倍の力を発揮出来ると言う話がある程、 魔力の量は、大事な物だ。どうしても魔力の量が低い者は、何かに魔力を溜め込ん でいて、解放すると言うやり方をとる。その最高の使い手は、現在の神のリーダー である竜神ジュダだと言われている。彼は宝石一つに、とてつもない魔力を込める 事が出来る。しかしそれは、宝石の持つ魔的概念を利用して、解放してるだけの事 で、蓄積に使っている訳では無い。普通の魔術師は、そんな化け物じみた芸当は、 出来ないので、宝石などに、魔力を溜め込んで、いざと言う時に解放する手段を使 う。とは言っても、現在魔術師として、存在している者など、数える程しか居ない だろう。現代に、必要の無い技術だからだ。ファリアのように、遺伝されなければ、 存在すら知らない人が、ほとんどだ。  最後に、インパクトの瞬間の事を考える。魔力を解放するタイミングは、結構重 要である。と言うのも、解放する最高の瞬間と言うのがある。それは、個々人の、 資質にも問題があるので、何とも言えない。実は、これは詠唱時間にも関係がある。 魔力を増幅させるために行う詠唱だが、これが、同じように教えても、タイミング が、人それぞれで違って来ている。それは、魔法が出される瞬間を、無意識に感じ ているからだ。  しかしファリアのように、技術だけ教わった者は、そのタイミングを計れなかっ たりする。それは、使っていく内に気が付く物なので、使用量を増やさなければ、 ならない。要は使って慣れると言うのが、一番の早道なのだ。  そして、それをいっぺんに修行するやり方が瞑想なのだ。まず、概念を思い浮か べるイメージを育てる。そして、魔力が、どんどん蓄積されるイメージを思い浮か べる。そして、作り出された魔力が、いつ解放するのかシミュレーションする。そ れらを思い浮かべながら、最終的な器を増やすのが、瞑想なのだ。しかし、この瞑 想。簡単そうに見えるが、非常に大変な物だ。何せ全部イメージしているのだ。ど こかで狂いが生じたら、魔力に乱れが発する。そうすると修行は、やり直しなのだ。  その瞑想の修行を、徹底的に積むのが、今のファリアの修行内容だった。決して、 楽な物では無い。親とやった時は、休憩などもあったが、ある程度イメージ出来る まで、休憩させないと言うのが、ジェシーのやり方だったので、是が非でもイメー ジ出来るように、ならなければならない。 (厳しい・・・。けど、まだ卵以下なのよね。私達・・・。)  ファリアは、自分達の実力の程を分かっている。ジェシーやシャドゥの迫力を間 近で感じれば、自ずと実力の程が分かる。全く抵抗出来ない程の実力差だ。と言う 事は、まだまだ磨かなくてはならないと言う事だ。  ジェシーやシャドゥが、如何に化け物かと言う事は、たった1時間程で分かった。 まず動きの量が違う。人間の中では、達人の域に入るであろうレイクやエイディが、 1動く間に3は動いている。次に、タフさが違う。それを1時間動き続けているの に、先にへばったのは、エイディだった。レイクも肩で息をしている。グリードな どは、まず基本練習をミッチリやらされている。そして、技術が段違いに違う。レ イクは、本能で動いている部分が多いと指摘され、エイディは、技術的には、初歩 しか知らないと、キッパリ言い渡された。勿論グリードは、まだ何も知らないよう な状態だと言われ、まず何が出来るかを決めるために、全ての基礎項目をこなすよ うに言われた。グリードは、早くも音を上げそうだ。そしてファリアは、魔力の量 は凄いのに、使い方を知らな過ぎると断言され、瞑想で、全ての項目を底上げする ように言われたのだ。ファリアとグリードは、ジェシーが徹底的に教え込んで、実 戦練習になると、シャドゥはジェシーのサポートに回ると言った感じで、鬼教官と しか思えないような特訓振りだった。 「よし。良く頑張った!休憩!」  ジェシーの声が響く。レイクは、その言葉を聞くと、その場に座り込む。ここま で、へばるのは久し振りの事だ。エイディなどは、練習用の竹刀で、気力で立ち上 がってただけだったので、崩れ落ちるように倒れる。グリードも、復習をするかの 如く、全ての項目を見て回ってたが、頭の中が混乱しそうだったので、休憩は助か った。そしてファリアも、30分瞑想しつつ、魔法の度合いを確かめる、そして、 また瞑想と、休み無しだったので、さすがにへばっていた。既に、特訓を始めてか ら3時間程、過ぎていた。 「どうだい?良い汗掻けただろう?」  ジェシーは、事も無げに言う。底無しの実力に、皆はうな垂れる。 「・・・俺、頭が混乱しそうです。」  グリードは、魔術から闘気から源からと、人間の体現出来る全ての力の基本に、 目を通して、まず力の出る所を知る練習をしていた。どうにも、上手くいかないの で、グリードは、才能無いんじゃないかと、ガックリ来ていた。 「グリードと言ったね。アンタ、まだ1日だよ?しかも、まだ3時間程しか経って ないじゃないか。諦めるには、まだまだ早いよ?それに、私の読みじゃ、アンタは、 何に化けるか分からないけど、良い素質を持ってると見てるんだよ?」  ジェシーは、グリードに言い渡す。別に嘘では無かった。何が出来るかなどは、 まだハッキリしないが、原石である事に、違いないと見ていた。それを聞いてグリ ードは、自分の手を見る。信じられないと言った顔付きだ。 「グリード殿。ジェシー様は、嘘は吐きませぬ。自身を信じなされ。」  シャドゥは、グリードの肩を叩いてやる。 「お、俺でも、強くなれるんですね!」  グリードは、魔族の言う事だが、信じたかった。何よりも、強くなれると言って くれたジェシーとシャドゥには、涙が出る思いだった。自分は強くなりたい。しか し、レイクの様になれない。そう思っていたからこそ、強くなれると聞いた時は、 震える想いだった。強さへの憧れは、人それぞれに持っている物だ。 「ジェシーさん。皆の大体の素質は、分かったんですか?」  レイクは、グリード以外の者の素質が気になっていた。特に、自分の素質がだ。 「そうだね。ファリアは、レルファの子孫と言うだけあって、神聖魔法が得意なの は、分かっていた事だったね。でも、アンタには、隠れた才能がある。今度、魔法 体現書の238ページから、試してごらん。」  ジェシーは、魔法体現書の事を言う。魔法体現書とは、魔法の概念に纏わる事が ズラズラと書いてあって、全800ページにも及ぶ、魔法の種類が書かれた本の事 だ。それの238ページを開いてみる。 (・・・え?嘘?)  ファリアは、我が目を疑った。そこには、意外な魔法の事が書かれていた。 「意外そうだね。でも別に、意外でも何でも無いんだよ。伝記では、余り書かれて いなかったけど、その魔法は、魔力を引き出せるようになった、サイジンが得意と していた魔法の一種なんだからね。」  ジェシーは、分かっていたと言う。それはサイジンが、開花した能力だったから だと言う。ファリアは、自分がサイジンの能力も、受け継いでいると言う事を、忘 れていた。サイジンとファリアの子孫なのだ。そして、その魔法の種類とは、強化 の魔法だった。攻撃防御などに優れる神聖魔法の対になる、攻撃補助とも言うべき 魔法。強化の魔法は、多岐に渡って種類がある。攻撃の種類だけ、強化出来ると言 う寸法だ。幅広い強化が見込める。 「さて、なら、私が、次言う事も分かってるね?強化の魔法を、使いこなすには、 全ての攻撃魔法の基礎を覚えなきゃならない。アンタ、氷の魔法、苦手だろ?」  ジェシーは痛い所を突く。ファリアは、炎の魔法と風の魔法は、比較的得意な方 だったが、逆の氷の魔法は、滅法苦手だった。雷の魔法、大地の魔法などは、それ なりに、こなせる。しかし、水の魔法や氷の魔法は、どうにも苦手だった。 「わっかりました!!!やりますよ!やれば良いんでしょ!!」  ファリアは、ヤケになって答える。自分の中で、苦手意識を持ってる魔法程、表 には出したくない物だ。しかし、一端の魔術師になるには、避けては通れないのだ ろう。ならばやるしかない。苦手だとか、言ってる暇は無いのだ。 「ハイハイ。良い子ね。で、次はエイディ。アンタは、忍術に磨きを掛けな。源の 基礎を知ってる。それは、素晴らしい事だ。で、アンタ魔力が足りない。自分に、 魔力が足りない事、承知しているんだろ?なら、瞑想をこなすのよ。」  ジェシーは、エイディに足りないのは、魔力だと気が付いていた。闘気は、漲る 程ある。それだけに、源の出し方を知っているのは、一種の長所だ。ならば、足り ない魔力を補うために、魔力を増やさなければならない。 「でも、俺、体質的に闘気の方が、多い体質なんじゃないですか?」  エイディは、魔力を補った所で、闘気に負けてしまうのでは?と思っていた。 「エイディ殿。それは勘違いされてますぞ。もし、闘気の方が出し易い体質なら、 ジェシー様は、忍術を勧めたりしません。私が見た所、いや、恐らくジェシー様も、 エイディ殿の魔力が、闘気と同じくらい器があると見ているのですが?」  シャドゥは、驚きの事実を話す。エイディは、魔力の器も非常に大きいと言うの だ。ただ単に、魔力を出す訓練をしなかっただけだと、言っているのだろう。 「ほ、本当なのか?」  エイディは、魔力の事は、半ば諦めていたので、ビックリしていた。 「シャドゥが、ほとんど答えていたけど、本当だよ。アンタ、魔力の師匠居なかっ ただろ?独学で魔力教われる程、半端な世界じゃ無いんだよ。分かったら、瞑想と 魔術の基礎を、ミッチリ身に付ける事よ。シャドゥから聞いたけど、アンタが、船 上でやった事は、2度とするんじゃないよ?良いね。」  ジェシーは、エイディの事を心配していた。エイディが、船上でやった事は、ほ ぼ自殺行為に等しい。あの手法で死んだ、忍術使いを知っているからだ。それは、 伝記の中でも書かれている。他でも無い、最高の忍術使いの榊 繊一郎だった。 「俺の中に・・・魔力が・・・考えた事も、無かったぜ・・・。」  エイディは、呟くように言う。よっぽど意外だったのだろう。 「グリードについては、まだ調べ中だよ。でも、想像はついてるけどね。で、レイ ク。アンタは、分かり易かったよ。」  ジェシーは、自信を持っていた。レイクは、それ自体が意外だった。 「前から、棒切れ持った時の強さが凄いと、前情報を戴いていたしね。それに、今、 手合わせして、確信したよ。アンタ間違いなく、剣術使いだ。それも極度に強い。 闘気の量も、半端じゃあない。だが、隠しで、棒術にも長けているようだから、そ っちの特訓も積んであげるよ。」  ジェシーは、言い切った。レイクは、剣術使いだと。確かに、他に思い付く物も 無かった。棒切れを持った時も、棒術のように扱っていたが、最後は、いつの間に か、剣のように振り回していた気がする。そしてそれが、自然な行動だと、自分で も自覚していた。レイクは剣術と言われた時、意外な答えでは無いと感じた。 「その顔を見ると、思い当たる節があるようだね。剣術は、シャドゥが得意だった 筈だから、色々習うと良いよ。他の奴は、魔術をやらなきゃならないようだから、 アタシが、爽やかに見てあげるよ。」  ジェシーは、そう言うと、口を吊り上げて笑う。 (絶対嘘だ・・・。)  3人共、そう思った。爽やかに済む筈が無い。今までの、特訓内容から見ても、 そう思うしか無かった。 「レイク殿には、現在、知られている剣術の流派を、詳しくお教えして、それの基 本の型を、やってもらいましょう。多分しっくり来るのが、ある筈です。」  シャドゥは、何かを確信していた。レイクならば、間違いなく、合うであろう剣 術をだ。ただし、簡単に、その流派には持って来させない。他にも色々やってもら って、最後にやってもらうつもりだ。 「しかし、今の時代に、こんな戦闘訓練が必要あるのかな?」  レイクは、考え込む。確かにセントの支配は、イケ好かないが、こちらから手を 出さなければ、早々戦闘になると言う事も無い。 「それが、あるんだよ。」  ジェシーは、その質問は、いつか来ると思って、待っていたのだろう。 「何か、知ってそうですね。」  エイディは、尋ねてみる。今の時代に必要だと言うからには、色々訳があるんだ ろう。ジェシーの性格からして、好戦的に事を構えるような感じでも無い。それな のに、戦闘訓練を欠かさないのは、理由があっての事だろう。 「実はね。気になる事が、あるのさ。」  ジェシーは、気になる言い回しを使う。 「勿体振るのも、良くないね。よし。じゃぁ、正直に言うよ。セントのトップの話 さ。アタシもさ。色々気になってね。調べてみたのよ。そしたら『元老院』だっけ? あれのトップに、とんでもない人物が居るって話さ。」  ジェシーは、2ヶ月くらい前の話をする。セントでは、『人道』に従って、国事 代表と言う政治を主に行う組織、裁断場と言う裁判を司る組織。そして、不正監視 委員会と言う国事代表や、裁断場が独自に行動しないか、監視する組織の3つのト ップが存在する。しかし、互いに手を組むと言う最悪な事態に陥ったので、それの 更に上の組織として、『元老院』を作成した。世論調査で95%の国民が、反対し たのにも関わらず、強引に施行させて作った組織である。元老院に選ばれたのは、 それぞれトップ組織を10年以上貢献した者に限ると言う事で、セントのトップは、 現在『元老院』に委ねられている。今の話は、その『元老院』の更にトップの話だ。 「どういう事?『元老院』は、一番権力のある組織なんじゃないの?」  ファリアが、居た頃は、そう言う説明を受けていた。国事代表などが、政治を動 かすが、最終的な決定権は『元老院』にあるとい言う話だ。 「ところがどっこい。『元老院』のシステムを考え出した奴が、上に座っているっ て話なんだよね。ソイツの事を調べようとしたんだけどさ。あのソーラードームだ っけ?あれに阻まれて、トップが見えないんだよね。」  ジェシーは、舌打ちする。ジェシーは、遥か高い所にあるソーラードームの管制 室、つまりセントのメトロタワーと言う建物の、遥か高い所に位置する所に、飛ん で行こうとしたのだ。しかし、ソーラードームによって、視界が遮られて、どうし ても進めない。 「それでさ。ソーラードームに、少しヤキ入れてやろうと思って、結構強い力で、 攻撃したんだけどね。ビックリしたさ。攻撃が、全く通用して無いんだよ?」  ジェシーは、恐ろしい事実を言う。ジェシー程の実力の持ち主が攻撃しても、ソ ーラードームは、ビクともしないと言う。 「確か、ジークの子孫が挑んだよね?あれって、ソーラードームに遮られて、やら れたんだよね?」  ジェシーは確かめるように言う。確かに当時の新聞では、ソーラードームの凄さ が立証されたとかで、大々的に報じられた筈だ。 「間違いないですね。何でも、傷一つ付かなかったと報じられてたわ。」  ファリアが、思い出すように言う。4歳の頃、新聞の切抜きで、大々的に報じら れてたのを、思い出したのだ。 「それがおかしいと思ったのさ。私の攻撃まで通じない。ジークの子孫であるリー クの攻撃も通じない。言っとくけど、そんな壁は、只の壁じゃあ無い。ダイアモン ドよりも硬いとか、抽象的な言葉で飾ってるけど、そんな生易しい壁じゃあないよ。」  ジェシーは、その時、大いに身の危険を感じたのだ。それは、久しぶりに来る緊 張感だった。間違いなく、このセントの頂点に、黒幕が居ると直感した瞬間だった。 「あの壁は、攻撃を跳ね返す仕組みになっている。それを全体に張れると言うのは、 『化学』の力だけじゃあ出来ない。間違いなく『他の力』が、加わってる筈なんだ よね。それが分かれば、ある程度は対処出来るんだけどね。」  ジェシーにすら、分からない程の力。結構、凄いんじゃないだろうか? 「その『他の力』の持ち主が、アンタ達を狙ったって事さ。」  ジェシーは凄い事を言う。ファリア達が、狙われたと言う。 「話を聞くとね。偶然とは思えないんだよ。ゼリンとか言ったっけ?ソイツは、ア ンタ達が、伝記の英雄の子孫だと知ってて『絶望の島』に入れさせたに違いないね。」  ジェシーは、指摘する。確かにエイディとファリアが、伝記の英雄の子孫である し、その2人が『絶望の島』送りにされたのは、不自然と言えば不自然だ。 「それと、グリードは、まだ分からないけど、レイク。アンタは、その最重要人物 だ。アタシの読みじゃあ、アンタだけは、絶対に逃がしたくなかった筈だ。」  ジェシーは、レイクの事を指摘する。レイクはビックリした。自分が、誰かも分 からないのに、最重要人物とは一体何事か。 「俺は、生まれも分からねぇ様な男だってのにか?」  レイクは、合点が行かない。自分の生まれも分からないような男が、何で狙われ るのか?と・・・。しかし、ジェシーは確信していた。 「果たして、そうかな?アンタ、物心が付く頃から『絶望の島』に居たって言うよ ね。じゃぁ、親父は、誰か分からないだろう?」  ジェシーは、指摘する。確かにその通りだ。レイクは、親の顔を知らない。既に 物心が付く頃には、『絶望の島』に居たからだ。 「アタシの予想じゃあ、セントが、一番恐れてたのはアンタだよ。そんな子供の頃 から、入島させて、手懐けようとしたんだろうね。」  その言葉を聞いて、レイクは愕然とする。確かに親の記憶も無い。自分が何者か なんて、考えた事も無かった。ただ単に、生まれた時から、罪人として扱われた、 しがない人間だとばっかり、思っていたからだ。 「ただ、『絶望の島』までは、管理が行き届いて無かったんだろうね。じゃ無かっ たら、アンタ達が、同じ班になると言うのは、阻止してた筈だからね。」  英雄は、英雄を呼ぶと言う言葉がある。だから、それを知っていれば、自ずとフ ァリアやエイディは、違う組に入れさせられていただろう。 「俺は、何者なんだ?」  レイクは、自分の手を見る。考えた事も無かった。自分は、自分だと思っていた し、それ以上、考える事は、しようともしなかった。 「それは、アンタ自身が見つける事だ。ただ、予想は付いてる。でも、他ならぬア ンタだからこそ、自分で見付けなきゃ駄目だ。それも人生って奴だろう?」  ジェシーは、含みのある言い方をする。確かに自分の事だ。他人に、何を言われ ようと、自分で確かめない限り、信じられない。 「ジェシーさん。助かった。俺にも、人生の目標って奴が出来たよ。」  レイクは拳を握る。それは、自分が何者か確かめる事。そして、自分が何をする べきか考える事だ。それが出来た時、レイクは、成長する事が出来ると信じていた。 「でだ。最終的にセントに入るなら、刺客とかにも、気を付けなきゃならない。こ こで訓練を積むのは、無駄とは思えなく無いかい?」  ジェシーは綺麗に纏める。確かに、今の言動から行くと、セントから見れば、厄 介者の集まりである。そんな連中を、放って置く訳が無い。脱獄の事実がバレれば、 刺客が差し向けられるかも知れない。そうなったら、対峙するのはレイク達なので ある。その時に、ここでやった事が、活かせないでどうするのか。 「そこまで考えての訓練だったら、俺達だって、心構えが、変わるってもんだ。」  レイクは、すっかりやる気になっていた。単純な話である。 「そうこなくちゃね。じゃ、訓練の続きと行こうかね?」  ジェシーは、嬉しそうに笑う。相当扱きたいらしい。 「お手柔らかに、お願いするわ・・・。」  ファリアは、ゲンナリした顔をしていた。  この日は、動けなくなるまで特訓をして、最後は、シャドゥに担いでもらって帰 ったと言う。この特訓は、しばらく続きそうだった。  人間は、可能性の塊である。  人間として生まれた事を、誇りにすべきである。  人間は、微弱であるが故に、神や魔族を凌駕する可能性を持つ。  人間は、寿命が短いからこそ、恐ろしき成長性を持つ。  人間が、時間を有効に使った時、奇跡は生まれやすい。  ・・・誰が言った言葉であろうか?ソクトアに、人間が舞い降りた時から、言わ れ続けて来た事だ。それは、ただの迷信だと思っていた。心構えの一つとして、受 け止めるだけの物だと思っていた。  しかし、これらを証明して見せた人物が居る。その人こそ、伝記の『勇士』ジー ク=ユード=ルクトリアと、その仲間達であった。  迷信などでは無かった。人間は、一人では微弱だ。その微弱さを知っているから、 人間は、生まれつき強くなろうとする心がある。その精進の心が、活かされた時、 人間は、大いなる可能性を持ち、神や魔族に対抗する勢力となれる。あの戦乱で、 『人道』が勝利すると言うのは、正しく奇跡だった。『人道』には、確かに神や魔 族なども肩入れしてる者が居た。しかし、共存の道を示したのは、正しく人間であ り、それを続けさせようとしたのも、人間だった。ソクトアの人間は、可能性に満 ち満ちている。  だが、それだけに堕落も激しかった。他の種族と断絶して、500年である。た った500年で、人間は、自分達の天下だと思い込んでしまった。大きな間違いで ある。神も魔族も、ただ見守っている。もしくは、様子を見ているだけである。人 間は、ついに『化学』を発祥させ、利便を追求する結果となった。『化学』自体に 罪は無い。だが、『化学』こそ全てとなってしまった今は、何と悲しい世の中なの だろう?と思う。  人間は、魔力でさえ信じなくなった。人間の、闘いの本能の中心だった、闘気で すら、体現出来る者が僅かとなってしまった。だが、支配は出来る。その事実が、 何とも空しかった。それは、肥大し過ぎた『化学』が生み出した結末だった。  達人と呼ばれる者であっても、銃器を持った人間を相手すれば、対等の立場にな ってしまう。これでは、達人になるより、銃器を持った方が遥かに簡単である。そ の結果、達人が減ってしまうのは、道理であった。  幸いなのは、銃器の達人が、まだ居ない事である。軍隊には、狙いを付けるのが 上手い者が居る。しかし、達人と呼べる程の者は居ない。未だに暗殺には『人斬り』 組織が主流なのは、その背景もあっての事だ。  ただし、全ての人が堕落した訳では無い。技を磨いて光っている者は居るし、純 粋に強くなろうと目指してる者も居る。それは正しくレイク達も、その一部だった。  硫黄島の生活も1週間程が過ぎて、特訓の内容にも、それほど苦も無くこなせる ようになっていた。勿論、簡単と言う程、ジェシーやシャドゥは、手を緩めはしな い。ステップアップすれば、それなりの事をやらせるので、限界近くまで、やらせ はする。しかし、その疲れに皆、慣れて来たのだろう。  それにたった1週間弱の特訓でも、物凄い吸収力で、強くなっていった。勿論、 素質はある。だがそれ以上に、勤勉なレイク達だからこその成果だろう。 「ハァァァ・・・『氷砕』!!」  ファリアなどは、昨日辺りからコツを掴んだのか、詠唱無しで、魔法を撃てるよ うになってきた。凄い事である。魔力の増幅無しでも、簡単な魔法なら、出せるよ うになっていた。それに、今放ったのは、氷の魔法の一種だ。さすがは、習ってた だけあって、コツを掴むと、色々出来るようだ。ファリアは、攻撃魔法の基本であ る『炎』『氷』『風』『水』『地変』『雷』『爆発』と、全ての種類の魔法を使い こなせるようになっていた。そして、物体に、それらの魔法を付け加える事も、出 来る様になっていた。しかし、強化の魔法は意外に奥が深い。鉄の剣なら、鉄を硬 くさせる事も、強化の一種だし、逆に衝撃を吸収するように作り変えるのも、強化 の一種だった。強化魔法の欄だけで、魔法体現書全体の5分の1を占めているのだ から、本当に奥が深いのだろう。  とは言え、コツを掴んできて、この頃のファリアはノリノリである。 「ええと・・・この印から・・・『熱波』!!」  エイディも、魔法の練習である。まだ詠唱や印が必要だが、簡単な魔法なら、使 えるように、なってきた。自分でも面白いように、毎日、魔法力が上がっている。 器が、でかいと言われた事は、嘘では無いようだ。 「2人共、派手だねぇ。ハッ!!」  グリードは、2日前辺りから、投げナイフの練習をさせられていた。何でも、グ リードは、眼が非常に良いと言う結論が出たらしい。しかも、ただ眼が良いんじゃ ない。動体視力が、人間とは思えない程、優れていると言う話だ。なので、まずそ れを鍛えるために、投げナイフで、10メートル離れて、的の中心を射抜く練習を していた。しかし、グリードは、凄まじい才能を持っていたようで、5本連続で投 げても、中心を描くように当てられるなど、とても素晴らしい命中率を誇っていた。 弓矢もやらせてみたら、凄まじい命中率で、ジェシーも、驚いた程の結果だった。 「レイク殿!次は、このデルルツィア剣術の構えを、やってくだされ。」  シャドゥは、レイクの剣術の程を見ていた。レイクは、非常に優秀な生徒だった ようで、半日もすれば、メジャーな剣術の構えなどは、全て覚えてしまっていた。 既に棒術は、極みに達している。パーズ拳法の一種にある棒術も、覚えてしまった ので、剣術に集中する事が出来そうだ。 「デルルツィア剣術の特徴は、全ての攻撃の中に守りを入れてある事だったな。で、 横を薙ぐ時は、手を剣の背中に持ってって、自分の体を回転させるって訳だな。」  レイクは、楽しそうに剣術の基本を覚えて行っていた。何より、考えが、直ぐに 纏まるらしく、次に、どの行動をすれば、敵の攻撃を躱し易いか、そして自分の攻 撃を当て易いか等を、予測しながら動いていると言う。それを自然の動作で行って いるらしく、シャドゥ曰く、始めて一週間とは、とても思えないそうだ。 「レイク殿は、筋が良い。もっと早く修練を積んでいれば、私など、とうに越され ていた所ですな。教え甲斐があります。」 「またまたー。シャドゥさんの、教え方が良いんですよ。」  シャドゥは、謙遜していた訳では無い。本当にレイクは筋が良い。吸収するかの 如く、剣筋を覚えている。レイクは、お世辞だと思っているようだが、この覚え方 は、並の人間では、出来ない事だ。 「お世辞などでは御座いません。次は不動真剣術の構えを、やって下され。」  シャドゥは指示する。不動真剣術は、シャドゥも構えしか知らない。何せ、昔ジ ークや、ジークの息子であるデューク=ユード=ルクトリアなどに、扱かれて、構 えだけは覚えた程度である。 「不動真剣術・・・確か「攻め」の型が、こう・・・。」  レイクは「攻め」の構えを見せる。剣を後ろに向かせて、少し斜めに構える。こ の構えは、一見隙だらけに見えるが、どの方向からも攻める事が出来る、優秀な構 えだ。そして、レイクはシャドゥに、そこからの攻めを展開させる。シャドゥは、 レイクの変幻自在な攻撃に、防御するのがやっとだ。シャドゥは、その中でも、隙 を見出すと反撃するが、レイクは、すぐ様、距離を取って「守り」の型を見せる。 その動きは、流れるようだ。シャドゥの攻撃を剣で円を描くようにして防御する。 (素晴らしい反応だ・・・。とても教えて、一週間には見えぬ。)  シャドゥは、自分の攻撃が防がれているショックより、レイクの反応の凄さに、 感動を覚えた。ここまで凄いとなると、前に思っていた事が、現実味を帯びてくる。  シャドゥは、一旦距離を置いて、木刀にちょっとした瘴気を込める。 「シャドゥさん・・・。それは!?」  レイクは、シャドゥの木刀から、凄まじい唸りを感じた。 「ちょっとした試験です。この私の『瘴気斬(しょうきざん)』を、受け止めて御 覧なさい。貴方なら、出来る筈だ。」  シャドゥは、瘴気を形にして、木刀の斬りと一緒に、衝撃波を放つ『瘴気斬』の 構えを見せる。剣術が得意な、シャドゥならではの技だ。 「しょうがない!ちょっと前から思い付いてた技で、迎撃するしかない!」  レイクは、木刀を「攻め」の型より、少し下に落とす。これは昨日の夜、何とな くで、頭に思い浮かんでいた技だった。不動真剣術の型を教わってから、何となく だが、技が思い浮かんでくるのだ。その感覚は、自分でも不思議だった。 「行きますよ!『瘴気斬』!!」  シャドゥは、鋭く下から上に斬りを放つと、暗黒色の衝撃波が、レイクに襲って きた。するとレイクは、衝撃波を瞬きせずに見据えて、木刀を下に向けたまま駆け 出す。いや、駆け出すと言う表現はおかしい。それは恐ろしく早いダッシュだった。  更にレイクは、ダッシュしてる最中に、木刀を斜め上に構えると、そのまま袈裟 斬りのような形で、駆け抜けたまま『瘴気斬』にぶつける。  バチィ!!!  凄い音と共に『瘴気斬』は真っ二つに割れた。レイクの思い付きの技が『瘴気斬』 を凌駕したのだ。これには、シャドゥも驚いた。 「す、素晴らしい。その技を、何処で覚えたのです?」  シャドゥは感嘆の声を上げる。自分の技を破られた事より、今の技の凄さに魅入 られていた。何よりシャドゥは、見覚えのある技だったのだ。 「いや、昨日ちょっと教わった時に、思い付いた技なんですがね。」  レイクは、苦笑いしながら答える。どうやら、本当の事らしい。 「それにしては見事でしたな。その技は、不動真剣術の袈裟斬り『閃光(せんこう)』 と言う技に、相違ないですな。思い付いて、この技を繰り出すとは・・・。」  シャドゥは、不動真剣術の袈裟斬り『閃光』を知っていた。ジークやデュークか らも、何度か食らったし、伝記にも、その技の凄さが書かれていた。 「この技、『閃光』って、言うんですか?」 「如何にも。駆け抜けるスピードを利用した袈裟斬り。歴代不動真剣術の使い手な ら、間違いなく使う頻度の多い技です。何せ威力が、かなりの物ですからね。」  シャドゥは説明してやる。『閃光』は、非常に使い勝手の良い技だ。何せ、敵に 近づくのと斬る動作を、一瞬の内にこなすからだ。しかも、威力は倍化される。こ んな便利な技だが、破られる事が、少なかったと言う。それは、使い手の早さが上 がれば、上がる程、この技の威力も上がるからだ。 「確かに、もっとダッシュが早ければ、その名前に相応しいかも知れませんね。」  レイクは感心する。思い付いた技が、現存した技だと言うのは、少し残念だった が、有名な技で、破られ難いと聞けば、悪い気はしない。 (この技を思い付きで打てる・・・。やはりレイク殿は・・・。)  シャドゥは、思っていた事が、ほぼ間違いない事だと確信する。  すると突然、ジェシーの館から主が出てくる。 「ジェシー様?修練は、どうなされました?」  シャドゥがビックリする。まだ修練途中の筈である。しかし、ジェシーの顔を見 て、緊張が走る。只事では無い。何か感づいたのだろう。 「ジェシー様。・・・ぬ!?」  シャドゥも、気が付いた。上空から凄まじい程の力を感じる。ジェシーも、その 方向を見ていた。この島の存在に、気が付いた誰かが、来たのであろうか?それに しても、上空からとは変である。この頃開発されたと言う、気球でも使ったのであ ろうか? 「ど、どうしたんです?」  エイディ達もジェシーたちの様子が変だと気が付いて、合流しに来た。 「上に、何か居るんですか?」  レイクは上を見る。すると一つ、何やら黒い点が見えた。黒い点・・・それは、 何かが、おかしかった。ただの黒い点だが、何で上空にあるのだろうか?何かが落 ちてくるような素振りも無い。するとギョッとする事が起きた。何と黒い点から、 手が出て来たのだ。そして、その手は、黒い点をこじ開けるようにして広げる。 「何あれ・・・?」  ファリアも、ビックリしていた。常識外れも良い所である。 「『転移』の応用さ。コイツは、違う次元を通って来てるのさ。」  ジェシーが説明する。それは、事も無げに出来る事ではない。しかし、その手は 簡単にやってのけている。化け物なのだろうか? 「よ・・・っと。」  上空から声がした。結構、軽めの声である。しかし油断はならない。その声と共 に、2人の男女が舞い降りてきた。 「・・・なんだ。アンタ達か。」  ジェシーは安堵の声を上げる。シャドゥは少し警戒していたが、ジェシーの様子 を見て、警戒を解く。その2人は、事も無げに降りてきたが、凄まじい力を感じた。 何が、そんなに感じるのか分からないが、この2人に、ケンカを売っては行けない と、本能で感じる程だ。一人は男性で、栗色の髪をしていた。髪は、かなり長めで、 後ろで束ねて縛っている。非常にマントが似合う男で、顔は美男子と言っても過言 では無い。そして女性の方は、鋭い目付きが特徴的だった。髪は綺麗な赤で、その 人物の性格を現してるかの如くだった。サラシを巻いていて、まるで男性のように 男の和服を身に着けている。しかし似合わないなんて事も無く、物静かな雰囲気を 醸し出している、この女性には、ピッタリの格好とも言えた。 「ジェシー様。どなたなのですか?」  シャドゥが尋ねる。確かに、どこかで見覚えがある。しかし忘れてしまっていた。 「シャドゥ。アンタは、幼少の頃に会ってるじゃないか。」  ジェシーは、忘れるなと言わんばかりに、背中を叩く。 「え?シャドゥ?おお!あのシャドゥか!でかくなったな!おい。」  男性の方は、気さくに声を掛けてくる。どうやら、悪い人では無さそうだ。しか し、幼少の頃とは、どう言う事であろうか?シャドゥは、1000歳を越えている筈で ある。その頃からの、知り合いなのであろうか? 「え?・・・まさか・・・貴方は!?」  シャドゥは、思い出したように二人を見比べる。そして間違いないと確信した。 「忘れられちまってたか。まぁ仕方ねぇか。何だか面子も変わってるみたいだしな。」  男は苦笑いをする。どうにも、陽気な雰囲気が似合う男だ。 「ジェシーさん。この二人は、誰なんです?」  レイクは尋ねてみる。どうにも、話が飲み込めない。 「ああ。まぁ、ちょっと信じられないかも知れないけどさ。この軽い男が、神のリ ーダーやってる竜神ジュダ=ロンド=ムクトーって奴でさ。隣が剣神の赤毘車(あ かびしゃ)=ロンドさ。伝記読んでる奴なら、知ってるだろ?」  ジェシーは紹介する。しかし、俄かには信じられなかった。何と神だと言う。神 が、この世に存在すると言うのであろうか?そんな事信じろと言う方が無理である。 「嘘でしょ?・・・伝記が、ほぼ本当だって言っても・・・。」  ファリアですら、信じがたい事実だった。それはそうだ。神は、人間の中でも最 も高位に当たる存在だ。その存在は、魔族以上に信じ難い物だ。 「おいおい。一応ここに居るのに、嘘は無いだろう?」  ジュダは頭を掻く。信じられてないと言うのは、ちょっと悲しかった。 「ジュダ。時代背景は、さっき行った街を見れば分かるだろう?仕方の無い事だ。」  赤毘車が、ジュダを諌める。赤毘車は、非常に凛々しい声の持ち主だった。 「でもよ。だったら、どうやったら信じてくれるんだ?」  ジュダは、どうしても信じさせたいらしい。神のリーダーと言う割には、ミーハ ーな事である。赤毘車は、溜め息を吐く。 「お前は自己顕示欲が強いな。まぁ良い。どうしても信じさせたいなら、そこの二 人に、協力してもらうんだな。」  赤毘車は、ジェシーとシャドゥを指差す。 「そう言う手があったか!んじゃ、わりぃけど、手加減無しで攻撃してもらえるか?」  ジュダは、事も無げに恐ろしい事を言う。この2人は、この島でも屈指の実力者 だ。その二人相手に、手加減無しで攻撃しろと言うのだ。 「アンタの存在示すのに、使われるってのは、どうかと思うがね?」 「あー・・・。わりぃ。まぁあれだ。その代わり、俺達の調査した事とか、聞かせ てやるから頼むぜ。な?」  ジュダは、等価交換を持ち掛ける。ジェシーの性格は知っている。ジェシーは、 只で協力する程、甘くは無い。情報が聞けると言うなら、話は別だ。 「仕方無いね。じゃ、シャドゥ。アンタも。本気で攻撃しな。」  ジェシーは、シャドゥに指示する。シャドゥは黙って頷く。すると、二人共、大 地が揺らぐ程の、瘴気を出し始める。 (うお!すっげぇ・・・。)  レイクは、改めて二人の実力に驚いていた。他の皆も、一緒である。ここまで目 に見える形で、瘴気が見えている事自体が、実力が高いと言う印である。 「殺す気で行くから、しっかり受け止めな!!」  ジェシーは、眼が血走っていた。本気である。かなり本気で撃つつもりだ。 「ばーか。手加減したら、意味無いだろうが。」  ジュダは、その瘴気を感じても、平然としていた。 「良い度胸だよ!そらあああ!!」 「ハァアアアア!!『瘴気斬』!!!」  ジェシーは、凄まじいでかさの『瘴気弾』を放ち、シャドゥは、それに合わせて、 先程とは、比べ物にならない程の殺気の篭った『瘴気斬』を放った。こんなの食ら ったら、一溜まりも無い筈だ。 「久しぶりに、良い塊を出すじゃねぇか!」  ジュダは、嬉しそうにすると、その二つを、何と片手で受け止める。すると、そ こから眼が眩む程の、光を放って、瘴気を緩和する。 「だが、もうちっと、修練した方が良いぜ!!」  ジュダは、そう言うと、手に力を込めて握り潰してやる。すると、二つの瘴気の 塊は、粉微塵になって、消えた。 「・・・ま、マジかよ・・・。」  エイディは、信じられないと言った表情をする。無理も無い。今まで、この二人 は、このソクトアで最強なんじゃないか?って思っていた。それ程の実力の持ち主 だった。しかし、今見たのは、その二人の全力を、片手で押し潰せる程の実力を持 った男の姿だった。 「ふう。どうよ?」  ジュダは、勝ち誇ったようにファリアを見る。 「す、済みませんでした!!私ったら、とんだ事を・・・。」  ファリアは、もうすっかり信じていた。いや、こんな光景を見させられたら、信 じざるを得ないだろう。エイディやグリードも、すっかり平伏していた。 「おいおい。俺が神だってのを信じてくれさえすれば、そう畏まる事もねーぞ。」  ジュダは、どうにも偉そうにするのが嫌だった。他の神達にも言っているのだが、 自分が神のリーダーだからと言って、敬うのは止すように言っていた。 「全く。今の時代背景を考えれば、こうなるの目に見えてた癖に、良く言う。」  赤毘車は呆れる。ジュダは、時々考えも無しに、こう言う事をするから困る。長 い事、付き合っているが、この癖だけは、抜けないらしい。 「すげぇ!アンタみたいな、すげぇ奴が居るなんてな!」  レイクだけは、平伏しなかった。ジュダの今の実力に、感心していた。 「お、おい!兄貴!神様に向かって、そんな・・・。」  グリードは、レイクが無礼者だとして、殺されるのかと思った。 「おいおい。さっきも言ったが、俺の事は、ジュダで良いぜ?間違っても『神様』 なーんて、呼ぶんじゃねーぞ?そう呼ばれると、どうしても寒気がしてな。」  ジュダは指を振って抗議する。赤毘車は、またしても呆れていた。神のリーダー たる者が、人間に呼び捨てさせる。まぁ、そこがジュダの良い所なのだが、威厳は、 何処に行ったのだろうか?と思ってしまう。 「あの伝記の、神のリーダーである竜神に、この目で見れるとは・・・。」  エイディは、この頃驚くばかりだ。伝記の事は信じてはいる。だが、こうも、目 に見える形で出てくると、混乱してしまうのも事実だ。本来なら、とても幸運で、 素晴らしい事なだけに、頭の中が付いて行かない。 「お前さん達、人間は、何だか俺達の事、特別視してるみたいだな。まぁ、そう教 育されてるようだから、仕方がねぇな。だが、俺達が伝説の生き物かなんかだと思 われるのは、どうにもシャクでな。それに、この現状は、ちとひでぇしな。」  ジュダは、今のセント中心の世の中を、少し見て回ったのだ。さすがに、呆れて しまった。ジーク達が築き上げてきた『人道』の成れの果てが、これか?と思うと、 少し悲しくなってしまったのだ。 「俺は、こんなソクトア見るために、協力した訳じゃあねぇ。俺にも、責任の一端 があるだけに、ちょっとムカついててな。」  ジュダは、『人道』なら素晴らしい世の中を保ってくれると信じて、ソクトアは 他の者に任せて、違う星などに派遣していたのだ。それが、1000年弱見ないだけで、 こんなに、なってしまった現状が、許せないでいた。 「他人事みたいに言うんじゃ無いよ。アンタらの任せた奴ってのが、スカンピンだ ったから、こうなったんじゃ無いのかい?」  ジェシーは反論する。言ってる事は、最もである。 「全くその通りだ。結構な優等生だっただけに、騙された俺達に責任がある。」  ジュダは、素直に認めた。どうやらソクトアの監視は、誰かに任せたらしい。し かし、ソイツは働かなかった。いや、それも、わざとだろう。何かの意図があって、 このソクトアを、放置していたのだ。 「ソイツを見つけたら・・・我らの手で、裁かなくてはならない。」  赤毘車は、辛そうだった。知っている人物なだけに、こう言う真似は、したくな い。だが、しない訳にはいかない。こうなった責任は、取らせなければならない。 「そういえば、さっき言われてた調べた事とは、どのような事なのでしょう?」  シャドゥが尋ねてみる。どうやら色々調査をしたようなので、聞いてみる価値が あると思ったのだ。 「まぁ、ジェシーも知っているだろうが、あのソーラードームの事だ。」  ジュダは、早速ソーラードームについて、調べたのだった。一番の謎として挙げ られるので、当然だろう。 「俺は驚いたぜ?あの壁、神気すら跳ね返したんだからな。」  ジュダは、ソーラードームが、何らかの力が働いてたのを知っていたので、神の 力である、神気で攻撃して見せたのだ。しかし、あの壁は何事も無かったかのよう に、跳ね返したのだった。 「セントのトップって奴ぁ、何者なんだか、俺達にも、見当が付かねぇな。だが、 何だか、不気味な事は間違いないぜ。」  ジュダは、この事実を見て、今回の敵は一筋縄では行かない事を知った。実力行 使するには、かなりの犠牲が必要になるかも知れない。それは、避けなくてはなら ない。敵が万全の体勢を整えているのだ。どうやって崩すのかを、考えなくてはな らないのだ。しかし、その思案は、まだ出来て居ない。 「それとな。セントのトップに近い所に、あの馬鹿が居やがるよ。間違いなくな。」  ジュダは、吐き捨てる。その馬鹿とは、このソクトアを任せた者だろう。 「全く。ネイガの子だから、大丈夫と踏んだ私達が、甘かったな。」  赤毘車は、困った顔をする。しかし、それと同時に驚くべき事を言う。何と鳳凰 神であるネイガ=ゼムハードに、子供が居たのだと言う。 「なーんだ。あの鳳凰神に、子供なんて居たのかい?」  ジェシーは聞き返してみた。それは、かなり興味のある情報だった。何せ、ネイ ガは、堅物で有名だった。結婚も、まだして無いと言う話だ。なのに、子供が居た とは驚きである。 「ああ。まぁ養子なんだけどな。ネイガが引き取った子供だ。ネイガと居る時は、 利発そうな、良い子供だったんだけどな。まさか、こんな悪さするとはね。」  ジュダは、信じきっていただけに悲しかった。まさか、こんな現状を作り出すと は、思わなかった。何か切っ掛けがあるだろう。しかし、それは言い訳には、なら ない。それに、何故だかジュダ自身も、辛そうな顔をしている。 「ネイガは、まだ違う星に派遣中でな。この事実を、余り知らせたくはねーな。」  ジュダは気を使う。さすがに、この事実を知れば、ネイガは、その子供を処分し 兼ねない。激情家なだけに、その可能性も捨て切れなかった。でも、そうしないだ ろう事は、ジュダは知っていた。 「ふーん。で、その馬鹿は、何て名前なんだい?」  ジェシーは尋ねてみる。こんな酷い世の中にした張本人の名前は、聞いて置かな くては、ならなかった。何せ自分達を、この島に閉じ込めた張本人だからだ。 「ゼリンって言うんだけどさ。ゼリン=ゼムハードな。」 「ゼ、ゼリンですって!?」  今度は、ファリアが驚きの声を上げた。意外な名前だった。忘れられない名前だ っただけに、驚いた。 「何だ。知ってるのか?・・・ちょっと、お前達の話も、聞かせてもらおうか。」  ジュダは、面白そうな話が聞けそうだと思って、今度は、ファリア達の話を聞く 事にした。ここで、レイク等が中心になって、自分達が、この島に来た経緯、更に は、ゼリンがしてきた事や、『絶望の島』での出来事などを、話してやった。あの 島の出来事は、一生忘れられないだろう。何故なら、犠牲になった者が居るからだ。 「なる程な・・・。」  ジュダは、思案する。何か思い当たる節が、あるのだろうか? 「同じ名前なだけかも知れない。だが調べる価値は、ありそうだな。」  赤毘車も、一緒になって考えていた。どうやら、所々に引っかかる点が、あるよ うだった。しかし、決定的な何かが違うようだ。 「まぁ、何にしても、ちょっと後回しになりそうなんだ。色々面倒が起きててな。」  ジュダは、残念そうな顔をする。用事が、先に出来てしまっていたらしい。 「全く。1000年振りに会ったってのに、随分と連れない奴だね。」  ジェシーは、口を尖らす。ジュダとは神と魔族と言う間柄だが、別に仲が悪い訳 では無い。これだけ、話の分かる神も、珍しいからだ。 「ちょっとな。神として、無視出来ない事項が、出来ちまったんでな。」  ジュダは、口を濁す。どうやら、かなり深刻らしい。 「ああ。まぁ、落ち着いたら、また顔を出すから、その時にでも話そうぜ。」  ジュダは支度をする。どうやら、任務を果たしに行くらしい。 「それと、そこの4人。お前達は人間の中でも、中々面白そうだから、覚えておく からさ。この竜神の名前を、忘れてくれるなよ?」  ジュダは、そう言うと『転移』の魔法を、手に込める。 「アンタみたいな、すげぇ奴、忘れられないよ。」  レイクは返す。それを見て、ジュダはニコッと笑う。 「お前は、アイツそっくりだな。・・・まぁ良いや。また会おうぜ。」  ジュダは、レイクに挨拶すると、次元の扉を開ける。そして、それを押し広げる ように、抉じ開けると、中に入っていった。 「今度会った時は、私も特訓を手伝ってやる。さらばだ。」  赤毘車は、そう言うと、扉の中に入っていった。すると、あっと言う間に、その 扉は消えて無くなる。 「嵐みたいな、お方でしたな。」  シャドゥは、ジュダとは幼少の頃にしか会って無いので、覚えていなかった。 「相変わらず忙しい野郎さ。まぁ、色々情報くれたし、良しとしようか。」  ジェシーは、バツが悪そうにしていた。さっき、ジュダに全力で打ち込んだのに、 簡単に止められたのが、少し悔しいみたいだ。 「しかし、俺が、誰に似てるって言うんです?」  レイクは、ジェシーにもシャドゥにも、そう言われている気がした。しかし、自 分では、さっぱり見当が付かない。 「直ぐに分かる事さ。焦りなさんな。」  ジェシーは、それはレイク自身が、見つける事だと思っていた。 「それより、赤毘車殿が最後、特訓して下さると言ってましたな。素晴らしい。」  シャドゥは、是非受けたかった。剣神と言われる程の、剣の冴えを、どう形にし て来るのか、楽しみで仕方が無かった。 「・・・言っとくけど、私がマシだと思う程の扱きだから、気を付けな。」  ジェシーは、赤毘車の特訓と言うのを知っていた。あれは、特訓と言う名の虐め としか、見えなかった。それ程、凄まじい特訓をやらせる。限界までやらせて、少 し休ませて、また限界までやらせるのだ。 「私としては、ゼリンの情報が聞けただけでも、嬉しいわね。」  ファリアは、ゼリンが神の子供だと聞いて、納得した。最初に会った時、いきな り惹かれたのは、何らかの魔力を使っての事だろう。自分から、あんな奴に惹かれ たと思うより、マシだった。だが、それ以上に問題がある。それは、他ならぬ神の 子供だと言う事で、ゼリンは並の実力では無い筈である。今、セントを牛耳ってい る奴の仲間なら、尚更だろう。 「しかし、俺達の会う奴は、どんどんスケールが大きくなってく気がするぜ・・・。」  エイディは、未だに神に出会えたと言う事が、信じられない。 「ソイツは、どう言う意味だい?アイツよりアタシは、スケールが下だとでも、言 うのかい?ん?」  ジェシーは、コメカミに青筋を立てていた。これは、相当怒っている。 「あー・・・。失言だったよ。俺達人間は、神は敬う者だって教育されてるから、 つい、そう思っちまっただけさ。でも、あの竜神は、どれくらい強いんだ?」  エイディは、言い訳しながらも、肝心な事を、聞き出す事にした。ジュダは強い と言う事は分かる。だが神の中では、どれ程の強さなのだろう? 「ハン。まぁ、言い訳としちゃ上等だ。答えてやるよ。まぁジュダは、そりゃ強い さ。弱い奴が、神のリーダーなんて、務まりゃしない。それに、神の中では、かな りの若年だと言う事も事実さ。私より、年下なんだからね。それで、リーダー務め るってのは、どれくらい強さが必要か、分かるだろ?」  ジェシーは、気を悪くしたままだったが、答えてやった。要するに、最高峰の強 さを持っていると言う事だ。で無ければ、今の説明では、神のリーダーを続ける事 など出来ないのだろう。実際、伝記でも神のリーダーの座の欲しさに、運命神が、 当時の神のリーダーだった天上神を嵌めて、転生させたと言う事実がある。神のリ ーダーは、狙われ続けるのである。その中で、1000年間リーダーを務めたと言う事 は、それ相応の実力があるに違いなかった。 「はぁ・・・。でも何だか、忙しそうでしたなぁ。」  グリードは、ジュダが色々抱えながら、暗躍してるのを目に見て取れた。それに も関わらず、会いに来たと言う事は、どう言う事なのだろう? 「忙しい中、ここに来たって事は、アンタらに、興味が湧いたんじゃないか?アタ シも、アンタらに興味があるようにね。」  ジェシーは代弁するかの如く、答える。実際、魔族の島に、人間が一緒になって 訓練している所を見れば、興味も湧くと言う物だろう。 「ジュダさんって、お子さんは、何人くらい居るのかしら?」  ファリアは、素朴に疑問に思った。見た所、赤毘車とは夫婦のようだし、どちら も、人間型の神である。ならば、子供が産まれても、不思議では無い。 「ああ。それなんだけどね。3人居た内の一人は、人間になって寿命を全うしたか ら、実際は、今は2人居る筈さ。だが1人は、行方不明らしいけどね。」  ジェシーが答える。どうやら、複雑な家庭事情のようだ。 「え?そう言えば、神の子供として生まれると、寿命も長いの?」  ファリアが聞き返す。人間型同士の神の子供は、実際には人間と、ほぼ変わらな いように見えるのだろう。 「神となった時点で、遺伝子が組み替えられるからね。伝記にもある通り、神にな るには、『神化』と言う試練を受けなくては、ならないんだ。その試練を潜り抜け た奴だけ、神になれるのさ。赤毘車は元人間さ。しかも、ソクトア出身のね。」  ジェシーは、身振りを交えながら説明する。『神化』。それは、神になるための 試練であり、非常に厳しい試練でもある。並みの精神力では、落とされてしまう。 しかし、神の子供として生まれた者は、最初から非常に高い素質を持っている。な ので、『神化』し易いのは、事実であった。実際に、そう言うケースは、かなりあ る。最初から人間であったのに『神化』を達成した人間は、一番新しいケースが、 赤毘車くらいである。その前は、さらに1000年ほど遡って、金剛神パムと蓬莱神ポ ニが、『神化』を遂げた人間だが、それより前と言うのは、記録としても、残って 居ない程らしい。  ちなみにジュダは、パムとポニの息子であり、溢れる才能を駆使して、『神化』 を遂げたサラブレッドである。それ故に、赤毘車が『神化』するのに、どれほどの 精神力を要したのだろう?それは、定かではない。だが、赤毘車が、見事に『神化』 を果たしたと言うのは、事実である。 「まぁ、あれだ。神の子供として、生まれた時点で、神としての資質も、受け継が れるからね。寿命が長いとか、神気を操れるなどの特徴は、持っている物さ。と言 っても、修練をサボっちゃ、とても神に何て、なれないけどね。」  ジェシーは、修練は大事だと繰り返し言う。それは、これから特訓を受けさせる のに、効果的だと思ったからだろう。実際にレイクなど、ウンウン頷きながら、興 味津々で、耳を傾けている。良い傾向だ。 「じゃぁ、ジュダさんの子供って、一人しか居ないんだ・・・。」  ファリアは、寂しいと思った。3人も子供が居て、幸せな筈である。なのに、一 人には、先に死なれて、一人は行方不明だ。その時の悲しみは、いくら神とは言え、 凄い物があっただろう。ジュダは、余りにも忙しくて、中々天界に帰って来れない。 天界とは、神が住む世界で、完全なる異次元である。そこからは、どの星へも、一 発で飛ぶ事が出来、そのため危機に陥ってる星を救うのが、神としての務めだ。 「リーダーになった時点で、ジュダは覚悟を決めていた筈さ。赤毘車もね。ちなみ に、もう一人は、『神化』を遂げた程、優秀な子供さ。ソイツが頑張ってる姿を見 るのが、あの夫婦の唯一の家族の楽しみだろうよ。」  ジェシーは、自分の息子の事を思い出す。魔界に行くとは言っていた。魔界を、 この目で見て、何かを掴んで来ると言っていた。しかし、それから連絡は無い。も しかしたら、死んでいるかも知れない。 (アタシらしく無いね。アタシの息子だ。只じゃ、帰って来れないだけさね。)  ジェシーは、下らない考えを吹き飛ばす。必ず帰ってくると、信じていた。 「・・・もしや、そのもう一人と言うのが、伝記の最後に出てきた、毘沙丸(びし ゃまる)=ロンド=ムクトー殿ですか?」  シャドゥが尋ねる。どこかで聞いた事がある。ジュダの息子の名に恥じない最高 の強さを発揮して、『神化』した神が居ると。 「分かってるじゃないか。毘沙丸だよ。今は、北神(ほくしん)の名を貰ってる筈 さ。何でも、天界の北の門を守護する、上等な神らしいよ。」  ジェシーは、思い出しながら言う。最初会った時は、只のハナタレ坊主だった毘 沙丸が、成人するにつれて、ジークを凌ぐであろう力を身に付けて、神の試練であ る『神化』に挑戦していた。その成績たるや、中々の物があって、3000年ほど空位 であった、北神の座を手に入れたと言う話だ。とてつもない強さのようだ。 「只ねぇ。アイツは、面白くないんだよね。修行一筋でさ。堅物なんだよ。ネイガ と良い勝負だよ。ネイガの場合は、奥手なだけだろうけどね。」  ジェシーは、ケラケラ笑う。神を呼び捨てにして、からかうと言うのも、ジェシ ーならではだろう。しかし、楽しそうだった。神の色々な話を、笑いながらする魔 族と言うのも、珍しいだろう。それを可能にしたのが『人道』の精神であろう。 「神って言っても、色々居るのねぇ。」  ファリアも、何だか親近感が湧いてきた。さっきまでは、畏れ多いと思っていた が、そう思う事自体が、失礼なのだ。そう思うのは、存在を尊んでいる証拠だ。そ れは、本音で話せる仲なのだろうか?決して、そうはならないだろう。絆を大切に するジュダは、神だから、敬われると言った事が、大嫌いな神だった。ならば、応 えなければならない。失礼だと思うのならば、改めるべきは固定観念なのだ。 「私、赤毘車さんに、一回じっくり話がしたいなぁ。」  ファリアは、大胆な事を言う。一回、固定観念が抜ければ、仲良くしようとする のは、ファリアの癖だ。良くもあり、悪くもありと言った癖だろう。 「俺は、ジュダさんかな。普段、どんな事してるのか、聞いてみたいぜ。」  レイクも、眼を輝かせる。この二人にとっては、神も魔族も、畏れる対象では無 いのだろう。レイクは、最初から固定観念を持っていないし、ファリアは、親しく なるのに、境界を作ろうとしない。似ているようだが、少し違う。だが、どちらも 仲間を増やして、大事にしようと言う意識が、見受けられた。 「まぁ、しばらくソクトアに居るみたいだし、次の機会にでも、じっくり話せば良 いさ。あの様子じゃ、調査だけじゃ、終わらないみたいだしね。」  ジェシーは、警戒していた。ジュダなどが、腰を据えて調査する時は、色々面倒 が起こってるに違いないからだ。 「お前ら2人は、さすがとしか言いようが無いな。俺は、まだ気軽に話せるような 気がしないぜ。固定観念を捨てるってのは、大変だな・・・。」  エイディが頭を掻く。人間として生まれて、神は敬う物だと教えられてきた。神 は、人間を守ってきた存在であり、魔族は、神に対抗するために生まれてきたと教 えられてきた。間違っていた事では無い。1000年前までは、確かに神は人間を仮に も守ってきたし、魔族はソクトアを狙っていた。しかし、それは理由があっての事 だ。ソクトアには、魔族が元々住んで居たのだ。それを、自分と近しい者が、住め るように勝手に改造して、人間の土地にしてしまったのが、神なのである。当然、 魔族は、神を恨んでいる。そして人間達にも、良い想いをしている筈が無い。  だが、その蟠りも、何もかもを吹き飛ばしたのが、伝記の英雄達だった。彼らは、 神と魔族の存在を知っても尚、共存の道を図った。それが、双方に理解を得られた のだ。しかし500年後、またしても、魔族に疎まれる存在となってしまった。永 続な関係が、築ける切っ掛けがあっただけに、残念な結果である。  しかし、ここに新たな絆が出来始めている。それをジェシーは、大切にしようと 思った。この人間達なら、何かをやってくれる。そんな予感があった。確かに、ま だ力も無いし、考えも纏まってない若い芽だ。しかし、未来を期待させる何かを、 この若い芽達は持っていた。 「よっし!シャドゥさん!特訓の続き、お願いするぜ!」  レイクが、再びやる気を起こして、修練に入った。シャドゥは、嬉しそうにレイ クと修練する。人間と魔族が、互いに切磋琢磨して修練する。ジェシーは、その光 景を、大事にしたいと思っていた。  いつからだろうか?意識し始めたのは・・・。  何故、あんなにも気になるのか?  昔も、こんな事があった。しかしあれは、幻想と魔力の産物だと知った。  今は違う。ハッキリと、意識してると言える。  最初の出会いは、最悪だった。なのに、今は姿を見るだけで顔が赤くなる。  真っ直ぐなのに、自分を表現するのが下手な人。  近くに居るようで、どこか遠くを見つめている、その背中。  全てが幻想のようで、酷く現実感に満ちていた。  限りなく優しいのに、何故か届かない。それは、もどかしいのだが、近づけない 壁みたいな物だった。だから、冗談を言うような仲になってしまう。  このままで良いのだろうか?いや、良い筈が無い。自分が、納得出来る訳が無い。 子供の頃から、納得出来ない事に対しては、真摯に打ち込んできた。  ならば今回も・・・。でも今回は違う。引き返せる物では無い。一回決めたら、 引き返せない崖のような物。軽々しく、決断は出来ない。  笑わせる話だと思う。自分は、納得出来ない物に対して、常に反発してきた。だ から、他人の世話までしてしまう。幸せでは無い姿を見ると、納得出来ないのだ。 なのに、なのに!自分が幸せになろうとすると、ブレーキが掛かってしまう。  自分でも、どうしてか分からない。散々、他人をサポートしてきたのだ。自分だ って、幸せになれるだろうし、幸せになる権利だってある。  でも・・・あの人は、そう思って無いだろう。あの人は、他人を幸せにするため に、自分を犠牲にするような人だ。そんなの許せない。もう、あの人に会えなくな る何て、思いたくない。でも、あの人は、自分が幸せになる前に、力尽きるまで、 他人を幸せにしようとする。だから、犠牲になった仲間の事は、あの人の中で、永 遠の十字架になるだろう。しかしそれが、幸せに繋がる結果か?そんな答えは、当 に出ている。十字架を背負ってる人間が、幸せになれる筈が無い。  忘れろとは言わない。言えない。それは、自分の中でも、十字架になっているの だから、他人の事は言えない。でも、せめて、安らぎを求めて欲しいと思う。  彼は今、幸せだと思い込んでいる。自由の身になれたと言うのと、思う存分、修 練を積める、この環境に、今までに無い幸福感を、感じているのだろう。  でもそんなの嘘だ。まやかしだ。確かに強くなっていくのは、優越感を感じられ るし、ある種幸せになれると思う。でも、あの人の場合は違う。そんな優越感など、 持ち合わせて居ない人なのだ。  彼の考えは分かる。『強くなる事で仲間を守れる。』その実感が、彼を満足させ ているのだ。何の事は無い。私達を守るために・・・そこにある、何かを守り切る ために、強くなる事を望んでいるのだ。  自分のために強くなる。そんな考え、彼には無い。何で自分を優先に出来ないの か?自分が快楽を得るために、生きる事が、罪だとでも言うのだろうか?彼は、頑 なに拒む。心の扉を開けてはくれない。何度も忠告した。それでは、人生を壊す結 果になると・・・。でも彼は、自分が壊れて、人が幸せになれるのなら、良いと言 うだろう。聞かなくても分かる。  表面上では、犠牲になった仲間の言う事を聞いて、幸せになろうと努力はしてい る。でも心の奥底では、そんな事は、望んでいない。彼の優先順位として、自分よ り、仲間達が先に来ている辺り、改善されて無い証拠である。  でも、そんなあの人の事が、気になって仕方が無い。他ならぬ、あの人だからこ そ、幸せにしたい!互いに不幸を生むかも知れない。でも、このまま指を加えて見 てるなんて、絶対に嫌だ!!  私は崖を、飛び越えなくては駄目なんだ。引き返せなくなる崖を・・・。その覚 悟が無ければ、彼はこちらを向いてくれない。近くに居るのに、どんどん遠くに行 ってしまう。・・・今なら間に合う。ならば、飛び込まなきゃ駄目なんだ。  それは、自分の幸せでもあり、あの人の幸せであると、信じたい。  だが、もし駄目だったらどうする?現状は、非常に良好だ。彼だって、良く接し てくれるし、私も、気軽に声を掛けられる。それを壊してしまうのだろうか・・・?  もし駄目な時、私の心は、耐えられるのだろうか?  引き返せるのだろうか?・・・怖い・・・。こんな怖さを感じたのは、初めてだ。 両親が自殺した時の怖さとは、違う。あの時は、生理的に怖さを感じた。だが、こ の怖さは、違う。心が壊れてしまうかも知れない。そんな怖さだ。  自分は、ここまで卑小な人間だったのだろうか?納得出来ない時に、ぶつけた、 あの時の勇気が、ここ一番で出るのだろうか?  自分を信じろと心は言う。だが、自分を制御しろとも心は言う。その言葉が、迷 わせる。何処へ向かえば良いのか、迷わせる。  ゼリンの時とは違う。あれは、心を操られたのだ!心のどこかが、壊れていたの だ!そんな残酷な筈が無い!そうでしょ!?レイク!!  私、時々、分からなくなる・・・。貴方がどこに進もうとしているのかが・・・。 その結果が、破滅に向かっているんじゃないか?って、いつも思う。  そんなの嫌だ!!嫌だったら嫌だ!! 「・・・リア様!ファリア様!!?」  誰かが呼んでいる。私の名前だ。この声は・・・とても心地良い・・・。 「ファリア様!しっかり!」  ああ。やっぱり・・・。思った通り、ナイアさんだ。ナイアさんは心配してくれ ていた。この人と話すのは、本当に気持ちが良い。 「どうしたの?ナイアさん。」  ファリアは、髪を整えると、何事も無かったように起き上がる。 「・・・凄く魘されていました・・・。」  ナイアは、ファリアの部屋で呻き声が聞こえたので、慌てて入ってきたのだ。 「そう・・・。かも知れないわね。まだ夜なのね。」  ファリアは、周りを見る。まだ暗い。日が昇るような様子も無いので、夜中なの だろう。そんな夜中に魘されるなんて、不覚だ。 「ファリア様・・・。ご無理し過ぎです。」  ナイアは心配する。魘される程の何かを、我慢しているのを見るのは辛い。 「心配掛けちゃったわね。でも特訓で、音を上げる程、柔じゃないわよ。」  ファリアは拳を握る。この所、激しい特訓をしているのは、ナイアも知っている 筈だ。シャドゥが明言しているし、食卓でも、その話題が多い。 「違います!ファリア様は、心が悲鳴を上げておられます。」  ナイアは、怒ったようにファリアに言う。 「・・・ハハ。見抜かれてたか・・・。さすがに、嘘は通じないわね。」  ファリアは、ナイアの鋭さは凄いと思う。自分の事になると、奥手なのに、他人 の世話に関する事は、超一級だ。とても叶わない。 「・・・レイク様の事で、ですね?」  ナイアは、率直に聞いてきた。ファリアは天井を見上げる。少し考えて頷いた。 「良く分かるわねぇ。魘されてるってだけで。」 「当たり前です。レイク様のお名前を呼びながら、魘されてたんですから。」  ナイアは、呆れてしまう。ファリアは、まだ隠そうとしている。レイクの事が、 気になって、気になって仕方が無いのだ。そんなのナイアだって感じ取れている。 「あちゃー・・・。そこまでだったのね・・・。」  ファリアは、赤面する。レイクの名前を呼びながら魘されるなんて、重症だ。 「ファリア様。ファリア様は、私達を幸せにして下さいました。今度は、ご自身の 番です。そうでないと私、貴女に、顔向けが出来ません。」  ナイアは、強い口調で言う。素のナイアは、意外と強気なのかも知れない。いつ も、引き気味なのに、今ではファリアが気圧されている。 「シャドゥさんとは、上手く行ってる?」  ファリアは聞いてみる。すると、ナイアは、顔を真っ赤にしながら頷く。何とも 分かり易い答えである。 「よ、夜のお勤めも、お求めになられるように、なりました・・・。」  ナイアは、嬉しそうに言う。中々のノロケ振りである。 「あー・・・。そう言う事は、口に出さなくて良いのよ!全く・・・。」  ファリアは、呆れる。心配するだけ損だった。 「申し訳御座いません。・・・でも次は、ファリア様の番ですからね。」  ナイアは、下から覗き込むように言う。何とも、迫力がある。 「どうしても・・・?」 「どうしてもです。呻き声を上げるファリア様なんて、見たくありません。」  ナイアは、有無言わさずと言った感じだった。ファリアは、その動作に、嬉しく なってしまう。機械みたいに働いていたナイアが、こんな心配してくれるなんて、 夢にも思わなかった。 「ありがと。でもね。相手が相手だけにね。私も、迷い気味なのよね。」  ファリアは、腕を組みながら考える。レイクは、自分の幸せを余り考えない。そ れは、篭絡出来そうで、中々出来ない物だ。 「ファリア様らしくありません。ファリア様なら、ストレートに気持ちを伝えると、 思っていました。」  ナイアは、不思議に思ってしまう。あれだけナイアやシャドゥなどには、気持ち をぶつけて、心からの応援をしていたのに、自分の事となると、引き気味になる。 「うーーん。色々あるのよ。でも、ナイアの言う通りよね。」  ファリアは、近い内に、自分の気持ちを伝える事を心に決めた。 「私、本当にレイクが好きなのか、色々考えたのよ。でもね。魘される程、自然に 出て来る様なら・・・本物よね?」  ファリアは、昔に裏切られた経験がある。それだけに、どうしても慎重になって しまうのだった。仕方の無い事だ。 「ファリア様。心を無にしても、まだレイク様の事が出て来る様なら、本物です。」  ナイアは、手を胸に当てながら言う。そんな物か?とファリアは思う。それにし ても、ナイアはプロポーションが良い。今のも嫌味なのか?と、思ってしまうくら いだ。まぁナイアの事だ。そんなつもりは、毛頭無いのだろう。 (心を・・・無に・・・か。)  ナイアは、目を瞑って、気を落ち着ける。しかし、レイクが無理をしないかとか、 レイクの昼間見せた、笑顔などが思い浮かんでくる。 (こりゃ・・・。本物かもね。)  ファリアは、ちょっと恥ずかしくなってしまう。こんなに自然に、レイクを思う なんて、ちょっと惚れ過ぎだと、自分でも思う。 「フフ。ファリア様は、顔に出過ぎですよ。その様子ですと、レイク様の事ばかり 考えてしまわれたのですね。」  ナイアには、見透かされてしまう。やはり自分は、分かり易い性格なのだろうか? 素直じゃないのに周りからは考えてる事がバレてしまう。何と損な性格なのだろう か?ファリアは自己嫌悪してしまう。  うう・・・。ぐぅ・・・。  二人は、緊張する。何と隣の部屋から、呻き声が聞こえた。この声は、レイクだ った。何かに魘されていた。ファリアは、意を決したように飛び起きる。ナイアも 察したのか、扉を開ける。さすがに行動は、素早かった。  二人は、他の部屋の者が起きないように注意しながら、レイクの部屋の前に立つ。 呻き声は、まだ続いていた。ナイアは、ファリアに目で合図すると、レイクの部屋 の扉を開ける。そして、ファリアが入ったのを確認して、扉を閉めた。 「うぅ・・・。済ま・・・ねぇ・・・。」  レイクは、涙を流しながら魘されていた。ファリアは、そのレイクを見て、胸が 締め付けられる。間違い無い。レイクは、ジェイルの事で魘されているのだ。 「・・・まだ断ち切れないのね・・・。」  ファリアは、レイクの枕元の近くに立つと、椅子を用意して座り込む。そして、 レイクの手を握ってやった。するとレイクは、顔の力が抜けていく。そして寝息を 立てるようになった。ファリアは、こんな些細の事でさえ、嬉しく思う。自分が役 立てる。レイクの苦しみを少しでも和らげられる。そう思うだけで嬉しく思った。 「ファリア様・・・。レイク様の苦しみを救えるのは、貴女だけです。」  ナイアは確信していた。レイクは、このままだと、生涯苦しみの道を行くだろう。 その道を止められるのは、ファリアだけだと思っていた。 「不器用なのよ。私・・・。この人もね。」  ファリアは、ニッコリ微笑むと、レイクの手を握り直した。するとレイクは、安 心したような表情になる。 「レイク・・・。ジェイルはね。貴方が苦しむために命を懸けたんじゃないのよ? その意味を理解しなきゃ・・・。ジェイルが可哀想よ。」  ファリアは、問いかけるようにレイクに言う。勿論レイクは、まだ眠っている。 だが、ファリアは、言わずには、いられなかった。 「・・・ファ・・・リア?」  レイクは、目を薄っすら開けていた。どうやら、起こしてしまったようだ。と言 っても、まだ夢見心地だ。ファリアは、手を握ったまま微笑んでやる。 (この二人が、不幸な道を辿るなんて、嘘です・・・。)  ナイアは、この二人こそ、これから幸せに、ならなければならないと思った。 「レイク・・・。私は、貴方の事しか見えない。」  ファリアは、握る手に少し汗を掻きながら言った。こんな形で言うのは、卑怯じ ゃないかと思う。でも面と向かって言える程、ファリアは覚悟が出来ていない。 「・・・ファ・・・リ・・・ア。」  レイクは、まだ夢の中なのだろうか?だが、手を握り返すようになってきた。 「ファリア様。私は退出します。・・・貴女なら、大丈夫です。」  ナイアは、励ますように一言付け加えると、素早く退出した。その心遣いが、嬉 しかった。ナイアは、本当に魔族なのだろうか?と思う程だ。 「レイク。・・・一人で苦しむのは止めて・・・。」  ファリアは、表情が硬くなる。苦しむレイクの姿を見るのは、もう嫌なのだ。 「・・・。」  レイクは目を瞑ったままだ。寝てしまったのだろうか? 「私も強くなるから・・・。絶対に、レイクの力になるから・・・。」  ファリアは、祈るように言う。自分に出来る事は、レイクの心配事を減らす事だ。 「レイク。私、壊れそうなの・・・。レイクの事、考える度に胸が熱くなるの。」  ファリアは目を瞑る。こんな形でしか言い出せない自分に、腹が立った。だけど、 もう我慢出来そうに無かった。そして目を開けると、手を握ったまま、こちらを見 据えているレイクの姿があった。 「・・・レ・・・イク・・・?」  ファリアは顔が真っ赤になる。何を考えて良いか、分からない。レイクは起きて いたのだ。と言う事は、今の言葉は、当然聞かれたと言う事になる。 「・・・ファリア。・・・俺は、生まれつきの罪人だった男だぞ?」  レイクは、苦笑いしながら言う。その顔は無理をして、笑っている顔だった。 「・・・まだ・・・まだ、そんな事を言うの?・・・私に・・・私に、ここまで言 わせて置きながら・・・まだ、そんな事を言えるの!?」  ファリアは、手を強く握りながら、目に涙を溜めていた。恥ずかしさもあるが、 それ以上に、レイクの言葉に、強いショックを受けたのだ。 「・・・そんな顔しないでくれよ。俺、どうして良いか、分からねぇよ。」  レイクは、オロオロする。女性を泣かせてしまうなんて、レイクは生まれて初め ての事だ。こんな時、何を言って良いのか、分からない。 「ああ!もう!なら、もう吹っ切れた!・・・あんな伝え方したから、余計に恥ず かしかったのよ!冗談じゃないわ!」  ファリアは目の涙を拭って口を尖らせる。その姿を見ると、いつものファリアだ と思ってしまう。何とも失礼な話だ。 「レイク。私は、貴方が好き。もう、この事から逃げるつもりは無いわ。」  ファリアは、真っ直ぐにレイクの顔を見て、言ってやった。負けん気の強いファ リアならではの、告白であった。ファリアは表情こそ、気丈に振舞っていたが、手 は、ガタガタと震えていた。余程の覚悟で、言ったのだろう。 「レイク。貴方の答えを聞きたい。」  ファリアは、口を硬く締めて、目は逸らさなかった。しかし、手は更に震えてい る。この告白に、どれ程の気力を使っているのだろう?それが、レイクにはビンビ ンと伝わってくる。ファリアの気持ちその物が、ズンと来る。 「・・・本当に俺で良いのか?・・・後悔しないか?」 「クドイわ。私は本気よ。気の迷いなんかじゃ、無いんだから!」  ファリアは、魂の底から声を絞り出す。勿論、今は夜中なので大声は出せない。 だが、レイクには、確実に伝わるように絞り出したのだ。 「ファリア。正直な気持ちを言う。俺は・・・。」  レイクは、ファリアを見つめる。そしてファリアの手を、強く握ってやる。 「最初、見た時から、お前に惚れていた。・・・だから嬉しい。本当に、万歳をし たいくらいの気持ちだ。・・・俺には、もったいないくらい、お前は輝いている。」  レイクは、ファリアに憧れていた。ファリアが、そうであったように、レイクも 同じ気持ちだったのだ。だから、伝えるのが怖かった。 「・・・だったら、素直に認めなさいよ!馬鹿なんだから!!」  ファリアは、涙を隠さずに、レイクの顔を見る。嬉し過ぎて前が見えない。 「俺は、幸せになる資格が無いかも知れない。・・・でも、そんな俺を好きだと言 ってくれた、お前には、幸せになって欲しい。」  レイクは、正直な気持ちを言う。自分のような奴を、好きになってくれた。なら ば、気持ちには応えたい。幸せにしたいと、心から思った。 「レイク・・・。ハッ倒すわよ。」  ファリアは、怒っていた。今のレイクの言葉が気に入らなかったらしい。 「レイクが幸せになれなきゃ、私が幸せには、なれないわよ。それくらい気付きな さいよ!私だけ幸せになれなんて、残酷な一言よ。」  ファリアは、レイクが、この期に及んで、自分を出さない事に対して、怒ってい た。真剣に怒っていた。頼むから、レイクも自分を出して欲しい。 「・・・ファリアには敵わねぇな。なら、約束させてくれ。・・・俺は、自分の出 生を明らかにした時、自分を、大切に出来るんじゃないかと思ってる。だから、そ れまで待ってくれ。俺は、このまま幸せになるのは、怖いんだ・・・。」  レイクは、自分が何者か分からないまま、幸せになっては、いけないと思ってい た。身元不明な自分が幸せになったら、身元が割れた時、自分で、無くなるかも知 れない。それが怖かった。変わりたくないからこそ、ハッキリさせたかったのだ。 「・・・分かったわよ。長くは、待てないわよ?」  ファリアは、キッチリきつい事を言う。でも心は暖かかった。 「ファリア・・・。俺は、自分を取り戻す。そして、お前を幸せにしてやる。絶対 にだ。・・・もし、間違った方向に行ってたら、お前が正してくれ。」  レイクは、それを頼める人間は、ファリアしか居ないと思っていた。 「馬鹿!今から、そんな弱気でどうするのよ!全く・・・。」  ファリアは、そう言うと、目を瞑ってレイクの唇を奪う。レイクは最初こそ驚い ていたが、その内、ファリアの気持ちに応えてやっていた。そして唇を離す。 「・・・これで、弱気は吹っ飛んだわよね?」  ファリアは、そう言うと、ニコッと笑う。レイクは、恥ずかしがりながらも首を 縦に振った。ファリアは、その様子を見て、嬉しそうに笑って見せた。  とても初々しい仕草だった。だが、その時間も大事にしようと二人は考えていた。  なぜか、月が祝福してくれているような・・・そんな気分になった夜であった。