6、来訪者  才能があるのに、世に出せない。  悲しい事・・・世は、偉大な力程、認めは、しない物。  時代が時代なら、今頃、英雄と褒め称えられて居ただろう。  だが、人は、この力を禁忌と呼ぶ。  普通の生活を願った少女は、英雄にならなくても、良かった。  ただ両親が居て、恋人が居て、祝福してくれる人が居れば、満足出来た。  それすらも、叶わなかった・・・。  皆が、している事でさえも、その少女には許されなかった。  両親は、殺されてしまった・・・。  その事を、思い浮かべるだけで、火が点きそうな程、憎くなる。  だが、復讐だけに捉われたら、人ですら無くなってしまう・・・気がした。  しかし、監獄島に入れられた時は、人の心を無くそうとまで思った。  だが、出来なかった。  いや、あの人のおかげで、捨てずに済んだのだ。  感謝しても、し切れない。  あの人が居なかったら、どう歪んでいたか、分からない。  やがて、その人を意識するようになった。  その人は、私には、もったいないくらい輝いてる。  その時、両親の言葉が蘇る。 『普通に生きるのなら、この力を忘れなさい。』  確かに、その人には、普通じゃないなんて、絶対に思われたくない。  他の誰よりも、その人には、軽蔑されたく無かった。  だが、それは、ある日破られた。  仲間を誰よりも大切にする、あの人のために、力を使って、仲間を救った。  これで、楽しかった日々も、終わりかと思っていた。  でも、あの人は偏見を、全く持たずに、接してくれた。  上辺だけじゃなく、仲間を救ってくれた事に、感謝までしてくれた。  もう、この人しか居ないと思った。  自分が、自分であるために、一緒になれる人は、この人しか居ないと思った。  英雄なんて、呼ばれなくても良い。  凄い事が出来ると、尊敬されなくたって良い。  この人と一緒に過ごせるなら、こんな力、捨てたって良い。  だけど、それで本当に良いの?  この力は、上手く使えば、人々を幸せに出来る力だ。  今の世の中は、どこか狂っている。  両親が殺された事だって、忘れてはならない。 『いざと言う時には、惜しみなく、この力を使いなさい。』  両親は溢れる程の才能を、埋もれさせまいと、したのかも知れない。  今では、魔族と一緒に住んで、この力を鍛えている。  人生、分からない物で、この力が逆に必要になっている。  両親にも、この現状を・・・自分の成果を見せたかった。  だから、せめてあの人には、成果を見せている。  あの人は、いつも驚きながら、成果を喜んでくれる。  もう、あの人の事しか、考えられなかった。  両親が居ない今、あの人だけは、大切にしたいと思った。  だけど、問題があった。  あの人は、今の世の中を、喜んでいなかったのだ。  自ら危険な目に遭ってまで、世の中変えたいと願っていた。  あの人が、危ない!  あの人は、すぐ無理をしてしまう。  何せ自分を捨ててまで、仲間を救おうとするくらいだ。  あの人を、失うのが一番怖い。  でも、あの人は、立ち向かっていくのだろう。  いくら言っても、効かない。  なら自分が盾になってでも、助けなければ、両親の二の舞になってしまう。  もう、あの人無しでは、生きていけないと確信した。  だから、思い切って『好きだ』と伝えた。  ・・・怖かった。拒絶されるのが、怖かった。  でもあの人は、自分の事を好きだったと言ってくれた。  幸せだった。こんな幸せ、他に無いと思った。  父さん、母さん、あの人は、私に応えてくれたよ。  私、笑えてる?心の底から笑えてる?  いつの日か、この幸せを、報告しに行くからね。  だから、この幸せが長く続くように、祈っていてね。  私、負けないから・・・。  この力を持った宿命になんて、負けないから!!  ・・・。  そんな夢を見た・・・。  そこで、自然と目が覚めた。 「・・・最初は・・・ゼリンの夢ばっかりだったのにね。」  自然と、口に出してしまう。ここ最近は、夢の内容が激しく変わる。1000年前を 垣間見た時も、あった。だが、ほとんどは、レイクと両親の事ばかりだった。 「お目覚めですね。おはよう御座います。ファリア様。」  ナイアさんが、挨拶に来てくれた。この女性は本当に朝が早い。夜中に自分が魘 された事で、起きて心配までしてくれたってのに、自分より早く起きていた。 「ナイアさん。昨日は、ありがとうね。本当に色々とね。」  私は笑顔で答える。この意味にナイアさんは、分かるだろうか?いや、分かって くれるだろう。今日から私は、自分を出す事にする。そう決めた。今まで気弱だっ た自分には、サヨナラしなくちゃならないって思ったから・・・。 「ファリア様・・・。その御様子ですと、上手く言えたのですね!」  ナイアさんは、我が事のように喜んでくれている。そう言う仕草も本当に可愛い。 シャドゥさんも、凄く良い魔族だし、幸せになれると、こっちも嬉しい。 「まぁほら、私だしね。言えずにウジウジしてるなんて、性に合わないじゃない。」  ちょっと胸を張って答える。でも、本当は無理をしてる。昨日は、あれでも、い っぱいいっぱいだったのだ。レイクの手を握るだけでも、胸が高鳴ったし、告白の 瞬間は、心臓が裂けるかと思った。 「本当に良かったです・・・。応援してた甲斐が、ありました。」  う・・・。ナイアさんたら嬉しい事言ってくれる。朝から、そんな嬉しい事を連 発されると、こちらの顔も熱くなっちゃう。 「でも、だからって、いきなりレイクに対する態度とか、変えたく無いのよね。」  そう。昨日レイクと別れる時にも、言っておいた。この事は、胸に仕舞って欲し いと。勿論、私と二人の時は別だ。でも、それ以外の時にイチャつくのは、どうに も、私の性に合わない。 「晴れて恋人となられたのに・・・色々あるのですね。」  ナイアさんは、ちょっと残念そうだ。でもね・・・。いきなり、態度変えて、エ イディとかグリードとかに、冷やかされたり呆れられたりするのは、嫌なのよね。 「まぁ、少しずつね。良いのよ。私なりに、頑張るからさ。」  そう。焦る事は無い。レイクは、好きだと言ってくれた。なら、私なりのやり方 で、前に進めば良い。レイクが、どうしてもと言うのなら、やり方を変えるけど、 それ以外なら、無理に変える必要は無いと思う。 「はい!二人の事は、私も内緒にして置きますから。」  あー・・・。ナイアさんてば、私が言いたかった事まで、当ててる。本当にパー フェクトよね。この人。 「ありがと。そうしてくれると助かる。って言っても、一人にはバレそうだけどね。」  勿論、エイディの事だ。グリードは、恋愛とかには疎そうだから、バレ無いかも 知れないけど、エイディったら、まだ相手居ないのに、やたら鋭いのよね。ジェイ ルの鋭さが、乗り移ったみたいよね。 「じゃ、私は、朝御飯用意しますね。今朝は、ちょっとした御馳走にします!」  ナイアさんは、そう言う細かい気配り好きよね・・・。まぁ、有難いんだけどね。 女性として、あそこまで完璧な人を見ると、ちょっと悔しい気分・・・。ま、気に しても、しょうがないか。何でもナイアさんは、ガリウロルで開かれた全ソクトア ご奉仕メイド大会なんて言う酔狂な大会の、10年連続優勝者らしいし・・・。  まぁ、分かる気もするわ。あの身のこなしに、あの態度に、気配りは人間じゃ勝 てないわ。魔族と言うのを隠して、出場してるらしいけどね。そこまでして出たい 物なのかしら?何でも、あの大会にはカメラ持った奴が、いっぱい居るって話だし。 「ま、起きますか。」  私は、パパッと着替える。昔から、女にしては着替えが早いって、母さんからも 注意されたっけ。身嗜みって言ったってね。化粧は、余り得意じゃないしなぁ。  とりあえず、1階に下りてみる。すると、相変わらず、ナイアさんが凄い動きで、 朝食を作っていた。相変わらず、分量とか完璧なのよね。でも私も、それを見て、 何をどうすれば、あの味になるのか分かってきたから、成長してるのかしらね。 「・・・って朝から、アップルパイ?」  こりゃ驚いた・・・。こんな凝った物を、あっさり作ろうとしてるんだから、凄 いわねぇ。しかも気合入ってるみたい。・・・あ!もしかして、ちょっとした御馳 走ってこれの事?前に、私がアップルパイ美味しいって褒めたのが原因かな。  本当に、気が利くわねぇ・・・。こりゃ参った。 「おいーっす。ファリア。・・・おはよう。」 「おはようレイク。・・・70点ね。まだ、気恥ずかしさがあるわ。」  レイクは、挨拶する時、ちょっとギコちなかったから、点数を付けてやる。余り ギコちないと、すぐバレちゃうじゃない。まぁレイクにしては自然に出来た方かな。 「一日、意識するなって方が無理だ。勘弁してくれよ。」  んー・・・。まぁ、昨日の今日だし、そりゃそうよね。 「まぁ、自然になるように、少し意識してれば良いわよ。」  私だって本当は、今すぐレイクと、恋人らしい事言いたい。でも、私からそれを 止める様に言って置いて、出来ないってんじゃぁ、悪いからね。 「ま、要は慣れって所か。ま、これからも、宜しく頼む。」  レイクは、難しい顔をしながら、手を上げて、ヨロシクのサインをする。 「こちらこそね。って言っても、ナイアさんには遠慮しなくて良いわ。彼女には、 全てバレてるからさ。」  まぁ一応、これは、言って置かないとね。隠しても、しょうがないし。 「そ、そうなのか?もうバレたのか?」  もう、うろたえてる・・・。先が思いやられるったら、ありゃしない。 「ちょっと違うわよ。元々、協力関係だったの。私とナイアさんは。互いに、上手 く行くように、頑張りましょう!って、私から言ったのよ。」  私が説明すると、レイクは、また難しい顔をしていた。納得行って無さそうね。 「いやぁ、ファリアって、本当にナイアさんとは、仲良いんだなぁ。」  レイクは感心していた。確かに、ここに来てから、一番仲良くなったのは、ナイ アさんだった。それは、私と波長が合ったからかも知れない。凄く一生懸命で、つ い応援したくなる。向こうも、私の事を、応援したくなるみたいだ。 「レイク様に、ファリア様。おはよう御座います。」  ナイアさんは、笑顔で話し掛けてくる。良い笑顔するわねぇ・・・。 「おはようナイアさん。シャドゥさんは、まだですか?」  レイクは、シャドゥの事を聞いてみる。今のは、結構自然だったわね。まぁ誤魔 化そうとしてない所を見ると、素だったかしら? 「シャドゥ様なら、今日は、定期船が来ると言う事で、警備と見回り、それと、取 引を行ってらっしゃいます。」  ナイアさんは、さすがにシャドゥさんの行動を知っている。一月に一回くらい定 期船が来ると言ってたけど、その日みたいね。シャドゥさんの家は、海岸から一番 近くにあるから、警護も兼ねて、ピッタリの仕事のようだ。 「でも、定期船で来る人は、レイク様達のように、良き人ばかりでは、ありません。」  ナイアさんは心配そうだ。結構、裏取引をやってると言う話だし、危険と言えば 危険な任務よね。だからこそ、シャドゥさん程の魔族が、着任してると思うけど。 「シャドゥさんとしては、私達が最初に接した時のような感じで、いかなきゃなら ないのよね。こう言う仕事って、まず警戒しなきゃならないからね。」  私は、警備のイロハを思い出した。警戒し過ぎるに、越した事は無い。と言う掟 だ。まず警戒して当たる。そして、最低限の仕事はこなす。これに尽きる。余計な 詮索はしないのが、警備の仕事だ。 「レイク様達みたいに、迎え入れるのは稀なんですよ?」  ナイアさんは、現状と言うのを、教えてくれる。それはそうだ。私達は、人間の 中でも、特別扱いなのだろう。シャドゥさんだって、人間全体を信じるには至って 居ないだろう。何せ、ここまで追い込んだ元凶は、人間なのだから・・・。 「今日は、少し遅いです・・・。どうしたんでしょう?」  ナイアさんは、ちょっと落ち着きが無かった。ナイアさんにしては、珍しい事だ。 やはり、シャドゥさん絡みになると、普段見せない仕草もするのだろう。 「ちょっと、様子を見てくるか?」 「何言ってるのよ。余計、好奇の目で見られるだけよ。止めときなさいな。」  私は、レイクが偵察に行こうとするのを止めた。この島には、魔族しか住んでい ない事になっている。そこに、私達が顔を出せば、それなりの、騒ぎが起きる可能 性がある。居候なのだから、余計な心配は、掛けさせたくない。 「あ。帰ってきました!」  ナイアさんは、何処まで見えてるのか分からないが、シャドゥさんが帰ってきた のを、感じ取ったらしい。窓の外を眺めるが、全くそんな様子は分からない。どう 言う目を、してるのだろうか?  しかし少しすると、確かにシャドゥさんが、こちらに向かって歩いてきた。 「あれ?シャドゥさんの横に、誰か居るんじゃねーか?」  レイクは指差す。確かに、誰かが横に居た。警備の魔族を増やしたり、したのだ ろうか?一人では無さそうだ。 「あれ?横に居るの・・・人間よね?」  私は、目を凝らす。すると、どう見ても、人間にしか見えない人物が横に居た。 どう言う事であろうか?ナイアさんも、不思議がっていたようだが、食事の準備と 迎え入れる準備をしながら、様子を伺っていた。さすがである。 「ナイア。戻ったぞ。」 「お帰りなさいませ。シャドゥ様。」  シャドゥさんは、ナイアさんに挨拶する。極自然にであった。この二人の呼吸は、 もう、ピッタリで、羨ましいくらいだ。本当に自然よね。  それにしても・・・誰かしら?余り、若い人でも無さそうだけど・・・。 「お邪魔させる。申し訳無い。」  その人は、挨拶する。気取らない、良い挨拶だった。 「まったく・・・お前のしつこさには、参る。」  シャドゥさんは、歓迎して無い様子だ。どうやら、余り好ましく無いらしい。 「お騒がせさせるつもりは無いのだが・・・無理を聞いてもらって、感謝する。」  その人は、頭を下げる。丁寧なだけに、シャドゥさんの態度が気になった。 「既に、この島に滞在する事が、騒動になると、何度申したら分かるのだ?」  シャドゥさんは、苛立っていた。どうやらこの人は、ここに滞在するつもりらし い。何かの目的があって、来たのだろう。 「ええと・・・シャドゥさん?この人は、誰でしょう?」  私は意を決して、聞いてみる。このままじゃ、全く状況が分からなかった。 「私の名はゼハーン。定期船に乗せてもらって来た者。この島の存在は、半信半疑 だっただけに、今は、感慨深い思いをしている。」  本当に丁寧に挨拶する人ね。そんな悪い人でも、無さそうだけど・・・。シャド ゥさんとしては、仕事でもあるし、帰って欲しいのかな? 「しかし、貴方達のような若い人達が、ここに居るとは思わなんだ。ここには、魔 族しか住んでいないと、聞かされていた物でね。」  ゼハーンさんは、レイクと私を見比べる。まぁ、厭らしい様な目付きでも無いわ ね。それにしても・・・この人、若い時は、結構モテたんでしょうね。顔付きは、 悪く無いわ。それに銀髪ってのも、ソクトアじゃモテる原因らしいしね。それに、 随分鋭い目付きをしてるし、体もガッシリしてるわね。何か、スポーツでもやって そうね。 「この御方達は、特別だ。魔族として、尊敬すべき人間の子孫のご一行だ。君とは 立場が違う。大体、定期船を片道だけ買うなんて、この島に何をしに来たのだ?」  シャドゥさんは、どうやら断りきれなかっただけらしい。定期船にも、強引に乗 せてもらったらしい。と言う事は、何か目的あっての事よね。 「口では説明し辛い事。私には、生涯を懸けてやらなくては、ならない目的がある。」  ゼハーンさんは、強い口調で答える。どうやら、その生涯を懸けて、やらなくて は、ならない事に関係あるのだろうか? 「私は、ファリア=ルーンです。ここに居候を、させてもらってます。」  私は、自己紹介しておいた。ゼハーンさんは悪人でも無さそうなので、名乗って 置いて損と言う事は、無いだろう。 「その名前・・・。セント出身ですな?」  ゼハーンさんは、気が付いたらしい。確かにルーンと言う名前は、セントに多い 名前だ。まぁ気が付くのも、おかしい事でも無い。 「ファリア殿は、あの伝記の、ルーン一族の直系の御方だ。」 「何と・・・。これは、稀有な出会いとなりましたな。」  ゼハーンさんは、真面目だが非常に感慨深げに言ってきた。そう言われると、ち ょっと恥ずかしいわね。普段、余り意識して無いしねぇ。 「俺はレイクです。ここに流れ着いた奴らの、纏め役をやってます。」  レイクは、いきなり『絶望の島』の事を話すのは、どうかと思ったのだろう。伏 せながらも、自己紹介をする。すると、ゼハーンさんが顔を伏せる。 「どうしました?」  レイクは、怪訝そうに聞く。確かに具合でも悪くなったのだろうか? 「いや、何でも無い。良き名だと、思いましてな。」  ゼハーンさんは、レイクの名前を褒める。しかし、どことなく感慨深そうな目を しているのは、気のせいだろうか?まぁ良い名前だとは思うけどね。 「名前を褒められたのは、初めてだなぁ・・・。何か照れるね。」  レイクは頭を掻く。どうにも、恥ずかしいらしい。まぁ褒められたら、レイクは 恥ずかしがる癖があるからね。そうしていると、階段から足音がした。 「うぃーす。おは・・・って・・・アンタ誰?」  上から、エイディが降りてくる。いきなりゼハーンさんが居たんじゃ、そう言い たくなる気持ちも、分かる。 「どうしたんだよ?エイディ。急に止まるなよ。誰か居るのか?」  どうやら、グリードも降りてきたらしい。グリードは文句を垂れながら、ゼハー ンさんを見る。すると、表情が固まった。どうしたのかしら? 「ゼ、ゼハーンさん!?ゼハーンさんじゃないか!!」  ハイ!?グリードは、この人を知ってるのかしら?意外・・・。 「む?・・・グリード君か?・・・何故ここに?」  ゼハーンさんは、冷静に対応しているようだが、意外そうな口調だった。 「話せば、長くなるんだけどよぉ!・・・って何だか空気悪い?」  グリードったら、相変わらず空気読むの、遅い男ねぇ。まぁ良いけど。 「グリード殿の知り合いか?・・・ならば、君を、客人として扱おう。」  シャドゥさんは、グリードの様子を見て、察したらしい。しかし、警戒は解いて 無いようだ。この様子からすると、エイディの時は、余程特殊だったようだ。 「あー・・・。ゼハーンさんも、どうして?・・・もしかして、あの事で?」 「ウム。あの剣は、取り返さなきゃならん。他の所は、かなり探したのだが、見当 たらぬとあれば、この島はどうか?と思ってきたのだがな。」  ゼハーンさんは、グリードと話している。って、全く分からないわよ!話が見え ないなぁ。私達を無視するなんて、良い度胸してるじゃない。 「ええとさ。頼むから、今までの経緯とか、掻い摘んで教えてくれる?」  私は我慢出来なくなって、提案した。双方分かるように言わないと、ゴッチャゴ チャになるでしょうが!! 「えー。めんどくせーよ。」 「煩い!このまま話されたら、こっちも分からないのよ!!」  グリードが、文句を言ったのを制する。当たり前だ。何を考えているのだろうか? シャドゥさんだって、どう対応して良いのか、分からないままじゃない。ナイアさ んは、相変わらず、黙々と作業に徹しているけどね。動じない方ね・・・。 「皆さん。落ち着いて、テーブルに座ったら如何でしょう?丁度、朝食も出来上が りましたから。」  ナイアさんは、また笑顔で対応する。うう・・・。凄い。完璧だよぉ。どうやっ たら、ああ言う風に、落ち着いていられるのか・・・。今度、聞いてみよう。 「これは、忝い心遣い。では、皆さんのお話を、お聞きしたい。」  ゼハーンさんは、余っている椅子に座ると、腕を組みながら、聞く態勢に入った。 これは、話さない訳には、行かないわね。  ここでナイアさんの提案で、食事をしながら話を進める事にした。朝食は、本当 に予告どおり豪勢だった。急遽、一人追加したと言うのに、余裕で余る量だ。ナイ アさん、余程、気合入れたのね・・・。有難く頂戴しよう。  そして舌が痺れる程、話した。これまでの経緯をだ。ゼハーンさんは、私達の経 歴などを、真面目な顔をして聞いていた。まぁ確かに、他人にとっては、貴重な経 験をしてきたと思う。だから、興味を持たれるのは当然だろう。それに珍しい家系 の出の事もあって、エイディの事とかも、かなり真剣に聞いていた。レイクの事を 話す時は、驚きの声を上げるかと思ったら、目に涙を溜めていた。案外、涙脆い人 なのかも知れない。確かにレイクの生きてきた道は、茨の道だったしね。グリード の時も、苦労したのを案じてか、優しげな目で見ていた。良い人なのかもね。私の 事も、随分と苦労されたとか言われたしねぇ。まぁ改めて言われると、何だか照れ てしまう。  で、今の現状も話しておいた。今は、ジェシーさんと言う魔族の下で修練をして いる最中だと言う事をだ。そこの部分は、随分と興味深そうに頷いていた。  そして話し終える頃には、既に食事は終わっていた。それにしても、本当に美味 しかった。ナイアさんたら、アップルパイ作るの上手すぎ・・・。今度、このアッ プルパイの作り方教わらなくちゃねぇ。でもナイアさんの懐は、深いから追いつく のだって難しいわ。でも唸らせる程の物を、作らなくちゃね。 「フム。これで納得行った。グリード君が、セント反逆罪で囚われた時から、心配 していたのだ。だが、貴方達のように、良き方に出会えた事は僥倖でしたな。」  ゼハーンさんは、本当にホッとしているようだ。そう言われると、悪い気はしな い。ゼハーンさんは、感謝の念を込めていた。 「一人、口煩いのが、居るけどな。」 「ほほう?誰のつもりで、言ってるのかしら?」  グリードの奴、さっきから挑発的よね。まぁゼハーンさんの手前、何か、良い格 好したいのは分かるけど、度が過ぎるわよ。 「押さえろって。全く・・・。で、ゼハーンさんの話を、俺は聞きたいな。」  レイクは止めた。こう言う時レイクって、収めるの上手いわよね。ちょっと、感 心するわ。さすがは班長よね。 「私の話か。・・・信じて下さるかどうか、疑わしい話だが・・・。」  ゼハーンさんは口篭る。どうやら、複雑な事情がありそうね。 「そこのグリード君には、話してあるが、私は、生涯を懸けてでも、取られた剣を 取り戻さなければ、ならないのだ。」  ゼハーンさんは話し始める。しかし剣って・・・。また、物騒な単語が出てきた わね。しかも、生涯を懸ける程の剣って、どんなかしら? 「ゼハーンさんは、ルクトリア出身でな。セントのあり方とかの、文句を言い合っ たりしてたんだよ。」  相変わらず能天気に話すのねぇ。グリードは・・・。そんな事話してたら、セン トの目に付くに決まってるじゃない。グリードは、捕まるべくして捕まったって感 じもするわね。警戒心を、強めないと駄目よねー。 「集会が度々開かれてましてな。グリード君とは、そこで知り合った。」  ゼハーンさんは、どうやら、グリードの事は、大事にしてくれてたみたいね。グ リードの懐き方もそうだけど、ゼハーンさんの見る目が、優しいしね。 「伝説の人斬りの話とかは、ゼハーンさんから聞いたんだっけかなぁ。」 「セントでは有名な御人だ。彼の戦歴は、尋常じゃない。いつか、私も、お会いし たいと思っている。『司馬』殿とね。」  ゼハーンさんは『伝説の人斬り』に、会いたいのだろう。そんな口ぶりだ。結構 謎が多い人だ。それに結構、話が脱線するみたい・・・。 「おっと。話が逸れましたな。そう言う訳で、この島に、その剣が無いかどうか探 しにきた所存。闇取引で、珍しい剣とか無かったですかな?」  どうやら、真剣なようね。しかし生涯を懸ける程の剣なんて、そう簡単にある物 なのかしらねぇ?それに・・・剣を追いかける人生って、つまらなくないのかしら? 「ゼハーン殿には悪いが、私はそこまで言う剣を、見た事は無い。」  シャドゥさんは、素直に答える。目的などが、ハッキリしてきたので、話す気に なったのだろう。シャドゥさんは、警戒を解けば良い魔族だ。 「そうであったか・・・。この島でも無いか・・・。」  ゼハーンさんは、本当に残念そうだ。 「しかし、その剣ってな、何か名前でもあるのかい?俺、ちょっとしたスリやって たから、そんな有名な剣なら、聞いた事が、あるかも知れねぇぜ?」  エイディは、スリの仕草を見せる。まぁ確かに、エイディなら何か知ってるかも ね。あれで、かなりの物知りだからね。 「・・・。本来なら、いきなり会った貴方達に話すのは、憚られる。しかし、貴方 達には、お話しなければならぬようだ。」  ゼハーンさんは、少し悩んでいた。どうやら深刻な命題のようだ。 「言いたくなきゃ、別に良いぜ?」  エイディも、それを察したのか、無理強いはしない。 「いや、協力してもらう意味で、お話致す。この話は、グリード君にも話していな い事であるし・・・。それに・・・人数は多い方が、良いですしな・・・。」  ゼハーンさんは、意を決したようだ。しかし、ここまで勿体振るってのは、どう 言う事なのだろうか?余程、隠したい何かがあるに違いない。 「私が生涯探している剣。それは『人道』の宝、ゼロ・ブレイド。」  ・・・は?・・・嘘よね?だって・・・ゼロ・ブレイドって・・・。聞いた事は ある。勿論ある。だけどねぇ・・・。 「その話、誠か?」  シャドゥさんも、同じ感想を持ったようだ。そりゃそうだ。信じられないのも、 無理は無い。余りにも有名な剣だからだ。 「ゼロ・ブレイドって何?」  ・・・レイクったら・・・今度、伝記を読ませなきゃ駄目ね。 「ゼロ・ブレイドとは、かつて伝記の『勇士』ジーク=ユード=ルクトリアが、い ざと言う時に使用した、人知を超えた剣。かつて『無』の力を、ジークが得た時に、 その力を最高の形として現す事が出来た、意志を持つ剣。そして、ルクトリア王国 の宝剣。覚えて置きなさい。人間にとって、あれは至高の宝なのです。」  ゼハーンさんは、知ってる限りの事を並べる。どうやら、伝記に書いてある通り の事なので、ゼハーンさんが、探している剣と言うのは、間違いなく、ゼロ・ブレ イドなのだろう。あの剣なら納得だわ。伝記でも何度でも出ている、有名な剣よね。 「・・・その剣を、何故欲しがる?」  シャドゥさんは警戒する。それは、そうだろう。あの剣は、只の剣じゃ無い。あ れは、その直系の者でしか使えない、特殊な剣なのだ。直系と認められなければ、 剣に力を吸い取られてしまう程の、恐ろしい剣なのだ。 「・・・かつて、セントに奪われたから。親が持っていた物を、危険だからと言う 理由で、取られたのだ。あれがセントの下にあるのは、危険極まりない。」  ゼハーンさんは案じていた。しかし今、親って言わなかった? 「君は、まさか・・・。」  シャドゥさんが怪しむ。どうやら、一つの答えに辿り着いたようだ。 「察しの通り、私の名は、ゼハーン=ユード=ルクトリア。敗れて散ったリーク= ユード=ルクトリアの子息だ。最も・・・公式には知られていない。」  ・・・やっぱり。でも信じられない。あの伝記の一族は、滅びたと伝えられてい た筈だ。それが目の前に居るのだ。 「私は、親が死んだ時に、生き残らなければならないと、厳命された。その命に従 って、まだ生きている・・・。ならば、あの剣は取り戻さなければ、ならないのだ。 例え生き血を啜ってでも・・・。で無ければ、父に顔向け出来ぬ。」  ゼハーンさんは苦しそうに言う。本来なら親と一緒に・・・と思ったのだろう。 しかしリークが、それを許さなかったのだ。ゼハーンさんだけでも、生き延びて、 子孫を絶やさないで欲しいと言う願いからだろう。何と悲しい一族なのか・・・。 しかし、あの一族なら、あり得ると思った。 「私には・・・息子が居た・・・。その息子は、逃走の最中に・・・セントに囚わ れてしまった・・・。それが悔しくて堪らぬ・・・。私は、生涯セントを許す事は 出来ぬ・・・。だが、それなりの力を得るには、ゼロ・ブレイドが必須なのだ。」  ゼハーンさんは、血を吐くような口調で言う。本当に苦しいのだろう。息子を奪 われたのだ。無理も無い。親を亡くして、子供も無くした・・・。その悲しみは、 如何程の物であろうか?でも、この人も私と同じで復讐に捉われてはいないかしら? 「ゼハーンさん。諦めるのは、早いんじゃなくて?」  私は、ゼハーンさんの言葉で気になる点があった。 「ゼハーンさんは息子が囚われたと言ったわよね。なら、まだ生きてるかも知れな いじゃない。」  そう。その希望を捨てては、駄目だと思った。 「貴女の言う通り。息子の生存は確認した。・・・だが息子は、親の居ない人生を、 私の手で育てられなかった人生を送っているのだ。それを見過ごすなど、私には出 来ぬ。息子のためにも、あの剣を取り返して、継がせねばならぬのだ。」  あら・・・意外。どうやらゼハーンさんは、息子が、何処かに居るのを、確認し たらしい。だが、まだ顔を合わせていないのだろうか?いずれにしろ、あの一族の 直系ならば、あの剣を継がせたいと思っているらしい。 「・・・俄かに、信じる訳には行かぬな。」  シャドゥさんは重い口調で言った。確かに説得力はあったが、それだけで信じる には、余りにも重い命題だった。それはそうだ。よりにもよって、最高の一族を名 乗るのならば、それ相応の力が無ければならないだろう。 「ゼハーン殿。貴方の言葉が真実ならば、貴方は不動真剣術が使える筈。」  シャドゥさんは、ゼハーンさんを指差す。そう。ユード=ルクトリアの者は、一 子相伝の不動真剣術が使用出来るのだ。それは、脈々と受け継がれている筈だ。例 え、あの剣が無くても、不動真剣術と言う最高の剣術が継がされている筈だ。 「・・・信じさせるには、それしかないのならば、お見せしよう。」  ゼハーンさんは、覚悟を決める。どうやら見せてくれるらしい。その証拠に、立 て掛けてあった、練習用の木刀を持って扉に手を掛ける。シャドゥさんも、それに 倣った。 「ゼハーンさん・・・。本当なのかよ?」  グリードは、信じられないらしく、自問自答していた。まぁ無理も無いか・・・。 慕っていた人が、伝記の英雄の子孫だったなんてね。・・・って、このパターン、 前にもあったような気がするわね。私とか、エイディとか・・・。  グリードさんと、シャドゥさんは、表に出ると、それぞれ木刀を構えた。やっぱ 凄い雰囲気あるわね。何だか、達人同士って感じがするわ。私達は、遠目から見て いる事にした。すると何やら、レイクの様子がおかしい。 「どうしたのよ?レイク。」 「・・・分からねぇ。でも、あのゼハーンさんの構えを見てたら、震えが来てな。」  レイクは、右腕で左腕の震えを止めようとしていた。大丈夫なのかな?何だか苦 しそうにも見える。何があったのだろう?確かゼハーンさんの構えは、不動真剣術 の『攻め』の構えだ。レイクが練習の時、良くやっていた構えだ。多分、それより サマになっているから、震えが来たのだろう。何せゼハーンさんのは、レイクが練 習の時やってたような、構えだけでは無い。本物の使い手なのだ。 「さて・・・。君の不動真剣術が、どれ程か、見極めてやろう。」  シャドゥさんは、右手で木刀の柄を握る。でも、何だか握りがおかしい。木刀の 柄を、上に向けて、刃先に当たる部分を下に向ける。珍しい構えだ。あんなんで、 木刀が、まともに振れるのかしら? 「あの構え・・・。シャドゥさんは本気だ!」  レイクは、すぐに気が付く。何だか変な構えだけど、確かにシャドゥさんの気合 が、漲ってくるのが分かる。それに凄い闘気・・・。 「・・・貴方は、この島でも相当な実力者と見受けた・・・。相手に不足無し!」  ゼハーンさんは何と、まるで力を抜いたみたいに、木刀を下に向ける。これでは、 闘う気が無いみたいに見える。しかし、それを見たシャドゥさんが、厳しい顔付き になる。 「君は『無』の型まで使いこなせるのか?ならば、真に使いこなせてるか、試して やろう!使いこなせなければ・・・分かっているな?」  シャドゥさんは、素早くゼハーンさんとの間合いを詰めると、腕を撓るようにし て、木刀を振るう。凄い・・・。刃先が見えないくらい早い・・・。腕をムチのよ うにして、その延長線に、木刀があるような感じだ。確かに、こんな技を持ってい るなら、あの構えも頷ける。変則ながらも、かなり理に叶った振り方だった。 「ハッ!トゥ!」  ゼハーンさんは、その凄まじい刀戟を、自然体のまま、受ける部分のみ受けて、 躱せる所は躱していた。その動きは、見ていて流麗だった。しかも、その間隙を縫 って、突きを伸ばす。シャドゥさんは、それを木刀を中心に回るようにして躱す。 「なるほど。『無』の型は、使いこなせているようだな。」  シャドゥさんは、合格点を言い渡す。今のだけでも、凄い動きだと思うんだけど、 シャドゥさんは、こんな物じゃないと思っているようだ。だとしたら、伝記のジー クは、どれ程の冴えだったのだろう? 「『無』の型だけでは無いぞ!不動真剣術!旋風剣『爆牙(ばくが)』!!」  ゼハーンさんは、体を大きく回すと、木刀を回すようにして、小さな竜巻を作り 出す。それをシャドゥさんに打ち出した。こんな事、出来る物なの!? 「『爆牙』か!ならば・・・『瘴気斬』!!」  シャドゥさんは、右手を腰に当てて、左手に柄を持ち返ると、居合い抜きのよう な感じで、木刀を振るう。瘴気を混ぜたらしく、紫色の衝撃波が、竜巻と衝突する。  ギギギギギギィィィィィン!!  す、凄い音!耳が痛くなるわ。でも互角みたい。それぞれ、相殺しあってるよう な感じに見える。 「隙あり!!トゥアアアアア!!」  ゼハーンさんは、気合の声を上げると同時に消えた。いや、消えたように見えた。  バチィン!!  また凄い音が鳴る。よく見ると、ゼハーンさんの木刀と、シャドゥさんの木刀の 刃先に当たる部分が、それぞれ折れていた。どうやったら、こうなるのだろうか? 相当な衝撃があったには違いない。 「まさか止められるとは・・・。『閃光』を、止めるなんて、やりますな。」  ゼハーンさんは、少し悔しそうだった。勝機はあったし、何より、今の一撃で、 いけると思ったから、余計にそう思うのだろう。『閃光』と言えば、この前、レイ クが見せてくれた、あの技よね。でもゼハーンさんのは、ダッシュの早さが凄かっ たわね。 「『爆牙』を壁にして袈裟斬り『閃光』で突っ込むのは、良くやられたからな。」  シャドゥさんは苦笑いをする。どうやら、過去の使い手に、相当絞られたらしい。 ゼハーンさんは、小さな竜巻を打ち出した後に、シャドゥさんが相殺してくるのを 見越して、相手に突進する袈裟斬り『閃光』を放ったのだが、シャドゥさんは、そ れを読んで、完璧に返して見せたのだ。だが、その衝撃で木刀が壊れてしまったら しい。凄いハイレベルな戦い・・・。 「木刀も割れたし・・・ここまでに致そう。どうやら、本物のようですな。」  シャドゥさんは、ゼハーンさんに握手を求める。 「貴方の返しも、中々の物です。今度、修練致そう。」  ゼハーンさんは、握手をして応えた。どうやら互いに力を認めたらしい。こう言 う光景って、見てて気持ち良い物よね。 「先程は、失礼致しました。彼の一族の子孫ともあれば、魔族としても歓迎致しま す。是非に、我が家を自分の家と思ってご使用下さい。」  シャドゥさんは、深々と頭を下げる。シャドゥさんは、一度気を許した相手には、 とことん尽くす傾向にあるようだ。 「忝い。ご迷惑をお掛けする。」  ゼハーンさんも、頭を下げる。まぁ当然っちゃ当然の対応よね。 「こりゃ、凄い人が居たもんだ・・・。」  エイディは、首を振りながら感心する。確かにゼハーンさんは凄い。とても人間 とは思えないくらい、強い。 「凄い!いやぁ、俺、ビックリしちまったぜ!」  レイクは、拳を握りながら嬉しそうに言っていた。あれは、本当に感嘆している 時のレイクだ。恐らくジュダさんの時よりも、剣術の冴えを間近で見られた事に感 動していたのだろう。 「レイク殿。今日、このゼハーン殿も、ジェシー様の館にお連れします。そこで、 存分に稽古しましょう。楽しみですな!」  シャドゥさんは、恐ろしい事を言う。しかし当のレイクは、嬉しそうだった。本 当に、この頃剣術に、嵌まってるんだなぁ・・・。 「・・・宜しいのか?私が相手しても?」  ゼハーンさんは、シャドゥさんに尋ねる。 「大歓迎です。レイク殿の成長は、素晴らしいから、手伝ってくれると助かります。」  シャドゥさんは、包み隠さず言う。どうやら本当に手伝うらしい。 「俺、是非、ゼハーンさんとも手合わせしてみたいよ!」  レイクは、目を子供のように輝かせながら言う。 「そうか・・・。ならば、手加減は、出来ませぬぞ。」  ゼハーンさんは、嬉しそうな顔をして、レイクの方を見る。 「そ、それはちょっと困るかも・・・。でも、いつか絶対追いついてみせるぜ!」  レイクは拳を握る。レイクなら、出来るかも知れない。今は段違いの実力差があ る。敵う敵わないの次元じゃない。でも、レイクは頑張り屋だし、何かを感じさせ る物を持っている。いつか、この二人に、追いつくかも知れない。 「うむ。・・・それが、自然な形なのですからな。」 「自然な形?」  私は、シャドゥさんに聞いてみる。自然な形とは、どう言う事だろう?レイクが 強くなろうとする事であろうか? 「・・・シャドウ殿。心遣いに感謝する。」  ゼハーンさんは、改めて礼をする。どうやらゼハーンさんには、通じているよう だ。まぁ、それなら良いか。 「シャドゥ様。ご出立の準備が出来ました。」  ナイアさんが、犬のパステルを用意する。そう。そう言えば、このパステルも、 いつでも、ジェシーによる『転移』の扉が開けるらしくて、この前、突然居なくな ったのも、そのせいらしい。あの時は、ちょっと心配したんだけどね。そのパステ ルに、全員分の弁当を背負わせる。・・・って、このパターンは・・・。 「ふむ。皆様には、ご足労掛けます。ジェシー様の館に、向かいましょう。」  シャドゥさんは、ジェシーさんの館の方を指差す。・・・そっか。ゼハーンさん は、『転移』の登録してない物ね・・・。あの道を、また歩くのね・・・。  私は、頭が痛くなるのを抑えながら、黙って従う事にした。  こうしてゼハーンさんと言う、新しい人を迎える事になった。この人は、どこと なくジェイルに似てるなーと、私は直感で思っていた。もしかしたら、レイクも、 そう思ってるのかも知れない。  一週間と言うのは、長いようで短い期間だ。今の私達にとっては、短く感じるの かも知れない。一日が、あっと言う間に終わってしまう。とは言え、一日が、無為 に終わる訳じゃあない。何せ、一日毎に、成長しているって、手に取るように分か るんだから、この一週間は、とても有意義だと思った。  それに、新しく加わったゼハーンさんなんだけど、彼は、いきなり、あの定期船 の存在を知った訳じゃないと言う。何を隠そう、あのジュダさんと会ったらしくて、 この島の存在を、そこで知ったみたい。それで、闇商人の存在を調べ上げて、強引 に、この島に来たって話。ここまでくると、執念よね・・・。まぁでも、ゼロ・ブ レイドを探してるとなれば、そうなるのも無理は無いわね。  私は、ジェシーさんの下で魔法の修行をしている。何でも、もう詠唱無しでの使 い方は、完璧だから、次は古代魔法にチャレンジしろと言う。私は、お調子に乗っ て、任せて下さいと言ってしまったが、それが後悔の始まりだった。今までの魔法 の概念と、全く違うじゃないのよ!どうなってるのよ、この魔法は!!ほんっとに 油断したわ。魔法が良い調子で、進んできたもんだから、安請け合いしちゃったわ。  魔法と言うのは、自然の力を体現するのに使う。炎なら、火種を作って、魔力で 増幅させる。氷なら小さな氷塊を作って、魔力で形を作っていく。爆発なら、狙っ た場所に、魔力の地雷をイメージして、魔力を増幅させる事で爆発させる。と言う ように、自然の力を借りつつも、増幅させると言う内容が非常に多い。それは当然 で、魔力は、人間が秘めている自然の力を、印や詠唱によって、増幅させつつも高 めていく。良く考えれば、化学と余り変わりは無い。化学だって、自然の力を応用 した物だ。化学の場合は、魔力を使わなくて済むので、素質に関係なく使えると言 う点が、普及した大きな要因だろう。だが魔力程、手軽さは無い。だから魔法や魔 力など存在しないと、人間に思わせれば、手軽で便利な力として、化学を使わざる を得ない。こうして、化学は今のように、強力に普及をしたのである。  話は逸れたけど、それに対して、古代魔法と言うのは、全く原理が違う。魔法が 自然の力を応用したものなら、古代魔法は自然を越える力を体現する物なのだ。そ のためには、大量の魔力を必要とするのだ。『転移』だって、ジェシーさんは簡単 に使ってるけど、あれは、次元を捻じ曲げて体現している。あんな芸当を行うには、 自然の力である魔力を、更に増幅して、ある種の奇跡を起こさせなければならない。 だから、古代魔法書は、その奇跡をどう起こし易くするかが、書いてあるのだ。ジ ェシーさん曰く、慣れちまえば、そこからは早い物さ。とは言っていたが、慣れる まで、いつまで掛かる事やら・・・。  とまぁ、私は3日前くらいから、苦戦してるんだけど・・・エイディなんかは、 相当順調らしく、攻撃魔法の基本、応用を全て覚えたので、忍術に活かす方法を教 わっている。忍術に活かす場合、強化魔法などの合体技は必要じゃない。なので、 攻撃魔法を強化して、魔力自体を高める事で、忍術も強化しようと言う狙いらしい。 これは、かなり実用的な訓練で、エイディは、自分でも驚くくらい『源』が増幅さ れていると話していた。まぁ私も、魔力の高まりを感じるから、良いんだけどね。 今はちょっと苦戦中よね。  そしてグリードは、ジェシーさんから面白い物を渡されていた。投げナイフで、 動体視力の何たるかを見極めたらしく、本格的な訓練をした方が良いと言われてい た。その際に渡されたのは、何と銃だった。しかも、只の銃では無い。グリードに は、私程では無いにしろ、魔力の素質があるらしく、丁度一週間前に、その切っ掛 けを、ジェシーさんは与えてくれていた。要するに魔力を強引に引き出したのであ る。これは、余りやり過ぎると、神経に障るので、グリードが耐えられる程度にし て置いたらしい。グリードは、2日程で、魔力が安定してきた。その時感じた魔力 は、確かに中々の物だった。だが、魔法を一切習っていない。ジェシーさんは、グ リードは魔法を使うと言う点に於いて、全く向いていないのだと言う。魔力の存在 を感じながらも、魔法の概念が分かっていないのだから、確かに的は射ている。そ こで渡されたのが光銃(こうじゅう)だ。別名ライティングと呼ばれていて、ちょ っとしたレーザーを、直線的に打ち出す事が出来る銃だ。それを、ジェシーさんが わざわざ改造して、本来ならエネルギーのタンクを取り付ける所に、魔力増幅器を 取り付けたらしい。そこにグリードの魔力を当てれば、魔力の分だけ、レーザーを 放つ事が出来ると言う、とんでもない代物だ。グリードは、最初こそ撃ち過ぎて、 フラフラになったり、慣れなくて明後日の方向に撃ったりしていた物の、最近では、 30メートル先の的に、走りながらでも当てられる程、上達していた。それは動体 視力が優れているからこそだと、ジェシーさんは言っていた。スコープで狙いを定 めれば、中心に40発は連続で当てられる程、射撃性能が上がっている。人って分 からない物ねぇ・・・。  しかし、一番沸かせているのは、レイクだった。レイクとゼハーンさんとシャド ゥさんは、休み無しで特訓を続けている。魔族達は、最初こそ力無き者と馬鹿にし ていたが、この一週間だけでも、明らかにレイクの剣術の鋭さが上がっている。魔 族からしてみたら、凄まじい進化に見えたのだろう。この頃は、魔族もここを見学 しに来て、特訓に励んでいる者も多い。刺激されたんだろうか?  シャドゥさんが型を教える。そして、それを使いこなす。更にゼハーンさんは、 不動真剣術を存分に披露してくれた。それを、レイクに使ってみるように促してい る。すると、2時間もしない内に、技を覚えていた。二人曰く、レイクは、基本の 型を全てこなしているのが、大きいらしい。なので、そこからの派生は覚えるのが 早いのだと言う。しかし、それには裏付ける程の練習量があった。何しろレイクは、 ほとんど休んでいない。シャドゥさんに教わって特訓。ゼハーンさんに教わって特 訓。そして、覚えたかどうかの実戦練習と、忙しなく動いている。教える方も、と てつもない覚えの早さに、舌を巻いているようだ。  っていうか、楽しそうなのよねぇ。まぁレイクは、遮二無二頑張ってるんだろう けどさ。後の二人は、実に楽しそうに教えている。覚えの早い生徒ってのは、可愛 いんだろうなぁ・・・。私も頑張らなきゃね。 「ほらほら!古代魔法は、覚えたかい?」  早速ジェシーさんが来た。何とも隙が無い・・・。 「ううう・・・。まだです・・・。」  私は、肩を落とす。だって、こんな難しいの初めて・・・。未知の領域よね。 「まぁ仕方ないさね。古代魔法は、コツを掴むまで大変だからね。要は慣れさ。」  ジェシーさんは簡単に言ってくれるが、その慣れるまでが、非常に大変なのだ。 奇跡を起こすイメージなんて、どうやれば良いのだろうか?想像も付かない。 「中々イメージ通りに行かなくて・・・。」  私は、正直に吐露する。 「イメージ?あー。そうか。アンタ、どうしても通常の魔法の時のイメージが、抜 けないんじゃない?良いかい?古代魔法を操る時は、まず大量の魔力を溜め込んで、 それから『転移』なら、ドアを作るイメージじゃなくて、手で空間を剥がすイメー ジをするのさ。次元を操るってのは、そう言う事さ。」  ジェシーさんは、分かり易く説明してくれる。そっか・・・。綺麗にドアを作る イメージしてたから、上手く行かなかったのか・・・。つい、そうイメージしちゃ うわよね。でもドアを作ると言うより、次元を見るイメージじゃなきゃ、駄目なの かしらね?空間を・・・剥がすイメージと・・・。 「・・・お?集中してるね。しかも、間違って無さそうな動きだよ。」  ジェシーさんは見てくれる。なる程。次元の裂け目を見るように、目に魔力を集 めると、何だか薄っすらと、切れ目を見つけた。そこを手で触れてみる。 「そこで、どこに繋がってるか、イメージするんだよ。」  ジェシーさんがアドバイスする。じゃ、手っ取り早くシャドゥさんの家で・・・。 裂け目に触れて・・・ゆっくりと広げる。この感じ。いつもと違うわ。 「やったじゃないか!出来たじゃないか!」  ジェシーさんが、肩を叩きながら指を差す。すると次元の先には、確かにシャド ゥさんの家が見えた。私は成功したんだ! 「これが、古代魔法・・・。便利だけど、怖いわね。」  私は直感した。古代魔法は、確かに魔法より優れているのだろう。しかし、使い 方を誤れば、自らを危険にし兼ねないと言う事をだ。 「そこまで分かっていれば上等よ。分かっていると思うけど、使い方を間違えちゃ 駄目って事さね。要は使いようさ。」  ジェシーさんが、アドバイスを送ってくれる。なるほど。自分で制御し切れない ようじゃ駄目って事ね。特に魔法より大量の魔力を必要とするから、制御能力が、 不可欠だ。詠唱無しでも、魔法のほとんどが使えるようになった私でさえ、制御す るのは大変なくらいだ。  それはそうと、シャドゥさんの家に繋がった次元の裂け目は、どうしようかしら? 「勿体無いし、入ってみるかな。」  私は、次元の穴を手で掴むと、魔力を使って押し広げるようにする。すると、そ の穴は、どんどん扉のようになっていく。通れる大きさになった所で、私は入って みた。すると、庭で植物の手入れをしていた、ナイアさんに会う。 「あれ?ファリア様?今日は、お早いですね。」  ナイアさんは華麗に挨拶する。さすが、こう言う振る舞いは、勝てそうに無い。 「いやぁ、実は古代魔法の『転移』に初めて成功したのよ。やってみる物ねぇ。」  私は、笑いながら頭に手を当てる。 「ファリア様、凄い!もう古代魔法が使えるようになったのですか?」  ナイアさんは、褒めてくれるけど、結構、時間掛かった気がするんだけどね。 「1週間近く掛かっちゃったんだけどねぇ。」  私は、腕を組みながら呻る。だって恥ずかしいじゃない。一つの魔法に、これだ け掛けちゃうなんてねぇ・・・。 「何をおっしゃるんですか。古代魔法は、早い方でも習得に半年は掛かるんですよ? それを1週間だなんて・・・。才能が違うんですよ!」  ナイアさんは、説明してくれる。ちょっとオーバーじゃない?半年掛かるなんて、 飽きちゃわないのだろうか? 「そうだよ。アタシは急がせたけど、もう出来るとは、思わなかったくらいさ。」  ジェシーさんが、いつの間にか隣に居た。 「これは、ジェシー様。お久し振りで御座います。」  ナイアさんは、即座に礼儀正しく頭を下げる。さすがである。 「久しぶりね。ナイア。アンタも来れば、良いのにさ。」  ジェシーさんは、ナイアの事も誘う。そう言えば、ナイアさんって、どれくらい の事が出来るんだろう?家事以外で、何かをしてるの、見た事無いわ。 「ジェシー様。お誘い嬉しゅう御座います。ですが、私には、この家を守ると言う 大事な役目を仰せつかってます。何卒、お断りするのをお許し下さいませ。」  ナイアさんは、またまた礼儀正しく頭を下げる。断るのも大変なのねぇ。 「はっはっは!気にしなさんな。一見、か弱そうで芯の強い、アンタのそう言う所、 アタシは気に入ってるくらいだからね。シャドゥを頼むよ。ナイア。」  ジェシーさんは、息子を送り出すような口調で、ナイアさんに言う。すると、ナ イアさんは、目に涙を溜めながら深々と礼をした。あー・・・。そっか。シャドゥ さんは、ジェシーさんにとっては息子のような物なのね。何となく分かるわ。  確かにジェシーさんは、シャドゥさんの事を目に掛けている。だが恋愛対象のそ れでは無い。温かく見守る、その姿は、確かに親子のそれであった。 「この頃シャドゥは、どこと無くご機嫌だからね。やっと、上手くいったみたいだ ね。アンタたち。アタシは嬉しいよ。」  ジェシーさんは、抜け目が無い。もうシャドゥさんとナイアさんの仲を、見抜い ているようだ。この前まで、素っ気無かったシャドゥさんの微妙な変化に気が付い たのだろう。そう言う所を見つけるのは、さすがは長たる所以である。 「ジェシー様を差し置いて、私などが・・・。」 「ナイア。アタシの亭主は知ってるだろ?・・・なら、もうお止し。」  ナイアさんが、謙遜しようとするのを、ジェシーさんは止める。その口調は、優 しかったが、これ以上は、言わせないと言った感じであった。 「申し訳御座いません。なら、必ずシャドゥ様を幸せにします!」  ナイアさんは、言い切った。意外と大胆なのねぇ。 「その意気だよ。良いかい?アンタらは幸せにならなくちゃいけない。絶対、アタ シのように、なっちゃいけないよ?良いね?」  ジェシーさんは、ナイアさんの頭を撫でる。するとナイアさんは、泣き出してし まった。余りの優しさと、ジェシーさんの不幸を思っての事だろう。私まで、涙が 出て来てしまう。 「シャドゥが、アタシに事後報告しないから、こんな事になるのさ。全く・・・。 アタシが気が付かないとでも、思ってるのかね?あの朴念仁は。」  ジェシーさんは文句を言う。ジェシーさんは、ナイアさんとシャドゥさんの仲の 事を、ずっと気にしていたのだ。私と同じみたいだ。 「私が今、幸せなのは、ここに居るファリア様のおかげなのです。私は、ファリア 様の口添えのおかげで、シャドゥ様から告白されました。感謝してもし切れません。」  ナイアさんは、ジェシーさんに私の事を伝える。なんだか、照れちゃうわね。 「アンタ、お節介だもんね。ま、人の事より自分の事も考えて行動するこったね。」  ジェシーさんは、とっくに私とレイクの事も、気が付いているみたいだ。私って 本当に分かり易いのかしらね・・・。 「ご安心を!ファリア様は、もうレイク様に・・・。」 「ナイアさん!!!!」  私はナイアさんに注意を促す。全く・・・意外と、おしゃべりなのね。ナイアさ んたら・・・。多分、悪気は無いんだろうけどね・・・。 「あっはっはっは!ファリアさぁ。アタシが、気が付かないとでも思ってるのかい? レイクとアンタ、今は、目を合わせる回数多くなったのを、気が付かないとでも?」  ジェシーさんたら、良く見てるわ・・・。気を付けなきゃいけないのは、私の方 かしら?どうやら、バレバレだったらしい。 「アタシに隠し事は無しだよ?良いね?」 「・・・はい。・・・通用しませんしね。」  私は観念した。ジェシーさんに、隠し通そうとするのは、まず無理だ。ちょっと した仕草でも、チェックしているようだ。 「宜しい。アンタも、レイクを逃がすんじゃないよ?」 「はい!・・・もう、何かを失うのは真っ平ですから・・・。」  私は両親の事を思い出す。もう、あんな思いは御免だ。レイクだけは、絶対に失 わない!大事にしたい相手だし、レイクも、大事にしてくれているのが分かる。 「よし。ナイアの様子を、久し振りに見て、安心したし、特訓の続きをやるから、 戻るよ!ああ。それとナイア!今度の大会も、1位取りなよ!」  ジェシーさんは、次元の扉を難なく開きながら、ナイアさんに挨拶をする。 「分かっています。まだ人間には、負けられません。」  ナイアさんは、さぞ当然かのように言う。あ。そう言えば言ってたわね。そろそ ろ全ソクトアご奉仕メイド大会が、開かれる日だったっけ。ナイアさんは、勿論マ ークされているので、今度の大会も優勝出来るかどうかは、日頃の修練次第だって 言ってたわね。・・・なら優勝すると、思うんだけどなぁ・・・。  私は、ジェシーさんに、半ば強引に館まで戻される。 「ま、シャドゥの館に行くのが見えたからね。ナイアも見えたから、つい私も行っ ちゃったよ。丁度、久し振りに会いたいと、思ってた所なのさ。」  ジェシーさんは、追い掛けて来た訳を話す。確かに、シャドゥさんの事で、色々 話していたし、丁度良かったのだろう。 「ただ、いきなり『転移』の場所に行こうとするのは、危ないからお止し。」  ジェシーさんは、注意する。 「どうしてですか?」 「成功してたから良いような物の、失敗したら、次元の狭間に吸い込まれ兼ねない からね。下手したら、戻って来れなくなるよ。」  ジェシーさんは脅かすが、半分脅しで、半分は本当の事だろう。古代魔法は、奇 跡を起こす魔法なので、思っていたのと違う事が発動する確率は、少なくない。 「まぁ、良いさ。それより、あれを見て御覧よ。」  ジェシーさんは、レイクが居る方向を指差す。するとレイクが、猛稽古している 最中だった。シャドゥさんが見ていて、相手をゼハーンさんが務めている所だ。 「レイク!構えが半端!『守り』の型をやるのなら、集中する事が大事だぞ!」  ゼハーンさんは、厳しい口調でレイクを叱る。あの人、結構厳しいのよね。 「うーーーーん。確かに『守り』が浅かったかも・・・。よし!もう一回、お願い します!今度こそ、全部防ぐぜ!!」  レイクは木刀を構え直していた。この頃は、ゼハーンさんが不動真剣術を使うと 言う事もあって、レイクも、一番しっくり来るらしい不動真剣術を中心に教わって いるらしい。何でも、円を描くように構えをとって、『攻め』『守り』『反撃』と、 バリエーションも豊富で、あらゆる斬り技の派生が、存在するらしい。更には、突 き技も棒術に負けぬ程のバリエーションがあるらしく、汎用性も高い。それだけに、 独特の構えを完璧に使いこなせなければ、威力は半減してしまうらしい。  だがレイクは、敢えて難易度の高い、この剣術を使っている。ゼハーンさん曰く、 一子相伝と言われる、この剣術は、本来教えるべきでは無いらしいが、レイクの才 能を見込んで、教えていると言う事らしい。  だが、それは本当だろうか?私には、何か別な理由があるんじゃないか?と思っ ていた。ゼハーンさんには、まだ息子が居る筈だ。なのに、その子よりレイクに教 えると言うのは変だ。だが、レイクの構えを見ると、不動真剣術が一番サマになっ ている。これで教えないと言うのも、確かに勿体無い気はした。 「ヌゥン!!ヌン!ヌン!」  ゼハーンさんは、気合の声を上げながら、レイクに打ち込んでいく。レイクは、 『守り』の型を忠実に守って、一撃毎に防いでいく。実戦さながらの稽古であった。 「ヌゥゥゥゥリャアアア!!」  ゼハーンさんは、最後にレイクの体ごと吹き飛ばすような、斬りを繰り出すが、 レイクは『守り』の型から、水平方向に斬りを打ち返したため飛ばされずに済んだ。 「ふむ。今度は良い。今の感覚を、忘れてはならぬぞ。」  ゼハーンさんは、レイクに教え込む。凄いわよねぇ。今のも、剣先とか僅かしか 見えなかった。凄い早さである。 「ありがとう御座います!!ええっと・・・こうこうこう・・・と。」  レイクは、良かった時のイメージを思い出しながら、木刀の位置を変える。早速 復習しているらしい。真面目な事である。 「良いか?不動真剣術は、円を描く事で威力を倍化させる。だが、その動きだけで は勝てぬ故、直接的な技もある。その際は、一気に力を解放して、打ち込まねば、 半端な技となってしまう。その一瞬に闘気を爆発させるイメージを持つのだ。」  ゼハーンさんは、基本を教え込んでいた。不動真剣術は奥が深い。だからこそ、 やり甲斐があると、レイクも話していた。 「あの子、伸びるね。伸びが、凄すぎるくらいだ。」  ジェシーさんは感心するのと同時に、どこか引っ掛かっているようだ。それは、 私も感じる事だ。いくらなんでも、伸びが速すぎるのである。 「まるで、今までを取り戻すかのようだね。」  ジェシーさんは、レイクは稽古を付けるのが、遅かったかも知れないと言ってい た。と言うのも、才能があるだけに、幼い頃にやってなかったのは痛いと言ってい た。だが、今のレイクは、幼い頃を取り戻して、余りあるくらいの伸びだ。吸収力 が極端に早いのだ。ゼハーンさんとの稽古が始まってから、特にその伸びは顕著に なっていった。 「よし!後は、復習して置くと良い。」  ゼハーンさんの合図で、修練の時間が終わる。確かに、そろそろ夕方だし、帰る 時間だ。今日は、私も進歩があったし、良い一日にだった。 「ありがとう御座いました!!」  レイクは真面目に頭を下げる。そしてブツブツ言いながら、木刀を振り回してい た。しかし不動真剣術を、見る見る内に吸収していく。今も自然と型になっている。  そのあと、素振りで確認すると、こちらを向く。そして私とエイディとグリード を見渡して、手を振る。かなり自然体になってきた。しかし、自然体なのは良いけ ど、私を全く意識しなくなるってのも、癪よね。 「お疲れッス!兄貴!!」  グリードが、早速挨拶する。グリードの射撃場を見ると、見事なまでに真ん中に 穴が空いた的が、ゴロゴロ転がっていた。こりゃ本物だ。 「おう。グリードも、大分慣れてきたみたいだな。」  レイクは驚いていた。それはそうだ。私だって驚いている。グリードも、何か得 意な物を見つけたと言う事実が嬉しくて、どんどん伸び始めている。負けては、い られない。それにエイディだって、良い伸びを見せているのだ。 「エイディ。調子は、どうだ?」  レイクは、エイディに声を掛ける。私は最後?まぁ良いか。 「ま、ボチボチだな。攻撃系の魔法はマスターしたからな。次は、忍術にどう活か すか考えてる所だ。でも、おかげ様で火遁は、良い感じになってきたぜ?」  エイディは自然と『源』を溜めて、即座に忍術が撃てる様になっている。私が、 詠唱無しで魔法が撃てる様になったみたいに、エイディも即座に忍術が撃てる。こ れは、タイムロスを無くすと言う観点からも、非常に良い事だ。 「やるなぁ!で?ファリアは、どうだった?」  レイクは、自然に聞いてくる。今のは85点ね。 「見る?まだコツを、掴めたかどうか、何だけどね。」  私は、両手に魔力を溜め始める。そして、更に目を集中させる。 「・・・ここ・・・ね!」  私は、空間を魔力の帯びた手で触ると、ちょっと不気味な感触だったが、手応え を感じた。2度目だけど、上手く行きそうだ。 「・・・『転移』の扉、開くわ!」  手で、押し広げるようにすると、またしてもシャドゥさんの家に繋がる扉を作っ た。正確には、空間を押し広げたのだが・・・。 「すっげ・・・。」  エイディは驚いていた。グリードもだ。魔法の訓練を受けているせいか、今のが どれだけ難易度が高いか、瞬時に悟ったようだ。 「やるなぁ!これ『転移』だろ?古代魔法を、もう身に付けたのかよ!」  レイクは、我が事のように喜ぶ。ちょっと嬉しいな。 「1週間も、掛かっちゃったけどねー。」  私は、どうにも早いとは思えない。と言うのも、他の人の伸びが凄いだけに、ど うにも実感が沸かないのだ。 「ファリア殿。古代魔法は、最低でも半年は掛かると言われる程、難易度が高いの ですぞ?貴女は、やはり魔法の才能に長けているようですな。」  シャドゥさんがナイアさんと同じ事を言う。やっぱりそうなのか・・・。でも本 当に、凄い魔法をやったって感じしないのよね・・・。 「ファリア。古代魔法は別名『奇跡の魔法』なんて呼ばれてるんだよ?もっと誇る べきだよ?アンタは、奇跡を身に着けたんだからね。」  ジェシーさんは、自覚しろと促す。どうやら私が、イマイチ気が乗ってないのに、 気が付いたようだ。とは言え、気が乗らないのは事実だ。 「まぁ、忘れないようには、しますよ。ところでレイクはどう?」  私は、どうにも実感が沸かないまま、今度は話題をレイクに振る。ちょっと、わ ざとらしかったかな?まぁ、気にしない気にしない。 「まだまだ修練が必要だけど、進み具合はバッチリだと思う。ゼハーンさんと、シ ャドゥさんのおかげさ。本当に感謝してます。」  レイクは、ゼハーンさんとシャドゥさんに頭を下げる。 「気になさるな。この頃は、私達にとっても、良い修練になっている。」  シャドゥさんはウンウンと頷いている。どうやら修練になる程、レイクの腕前は 上がっているらしい。凄い事だ。 「レイク。お前ほど伸びが速いと、教え甲斐があると言う物だ。気にする事は無い。 私から学ぶのは、当然の事と思って良い。お前には良い筋がある。」  ゼハーンさんは確信を持って言う。これだけ言うからには、レイクには非凡な才 能があるのだろう。それにしても、ゼハーンさんはレイクと仲良くなったようだ。 レイクは、誰とでも、人付き合いが良いから、当然と言えば当然か。  でも私の中で、どこか気になる所があるのは事実だった。 「では、ナイアも待っている。帰りましょう。」  シャドゥさんが、帰りを促す。すると、ジェシーさんがシャドゥさんに近寄る。 「ジェシー様?どうなされました?」 「シャドゥ。ナイアの事、大事にするんだよ?」  ジェシーさんは、シャドゥさんの肩を叩いてやる。するとシャドゥさんは、一瞬 硬直したようになった後、深々と礼をする。 「ジェシー様。ナイアの事、いつ、お気づきに?」  シャドゥさんは、考え込む。するとジェシーさんは、シャドゥさんの鳩尾に、拳 を入れる。シャドゥさんは、腹を抑えて蹲る。 「このスカタン!最初からに決まってるだろう?一々聞くんじゃない!全く・・・。 アンタの口から、聞くのを待ってたら、何年待っても言いそうに無いね。」  ジェシーさんは、口酸っぱくして、文句を言う。気持ちは分かる。けど、鳩尾に 入れるなんて、ありゃ痛そー・・・。 「も、申し訳御座いません・・・。隠すつもりは無かったんですが・・・。落ち着 いてからにしようかと思いまして・・・。心から、お詫び致します。」  シャドゥさんは、グゥの音も出ないみたいで、さっきから頭を下げまくっている。 「結婚してから、報告でもしようと思ったのかい?この馬鹿!仲人は、誰がやると 思ってるんだよ?・・・アタシしか、居ないだろう?」  え?・・・ああ・・・。そっか。ジェシーさんたら、それで怒ってたのか。結婚 式を、盛大に挙げたかったのね。シャドゥさんも、一瞬疑問の顔をしていたが、す ぐに涙が溢れる。どうやら、ジェシーさんの心遣いが分かったようだ。 「ジェシー様。私は、幸せ者に御座います!」 「その言葉は、ナイアを幸せにしてから言いな!あの子は、引っ込み思案だ。自分 の事になると、すぐに殻に篭る。最終的に、その殻を開けてやれるのは、アンタだ けなんだからね。忘れるんじゃないよ。」  ジェシーさんは、そう言ってシャドゥさんの肩を叩く。ジェシーさんたら、ナイ アさんの事まで、良く見てるわ・・・。言ってる事、全て正確ねぇ・・・。 「分かりました。式の日取りが決まり次第、お知らせ致します。ナイアは、遠慮す るでしょうが、私が説得します。必ず!!」  シャドゥさんは、腹に決めたようだ。あー・・・。ナイアさんたら、色んな人か ら愛されてるわねぇ。その気持ち、分かるわぁ。私だって、ナイアさんみたいな良 い子見たら、世話を焼きたくなるくらいなんだからね。ジェシーさんも、ずっと気 にしてたんだろうなぁ。 「ジェシー様。実は、もう一方、仲人になってもらいたい者が居ます。」  シャドゥさんは意外な事を言う。もう一方?そんな凄い方、居たかしら? 「あー。言わずもがな・・・さね。まぁ、本人も分かってる事だろ。」  ジェシーさんも、知ってるらしい。誰だろう? 「そんな凄い方、居ましたっけ?」  私は尋ねてみる。すると、ジェシーさんは、溜め息を吐く。何か、悪い事でも聞 いただろうか?素直に、分からないだけなんだけどね。 「アンタねぇ。決まってるだろ?シャドゥとナイアを、くっつけたのは誰だい?」  ジェシーさんは、当然のような口調で言う。・・・って私!? 「わた、私!!?」  さすがに、虚を突かれた。しかし考えてみれば、当然と言えば当然かも・・・。 「驚く所じゃないよ?しっかりおしよ。ファリア。」  ジェシーさんが、肩を叩いてくる。うう・・・。いつになく緊張してきたわ。 「ファリアが仲人?マジかよ。」  グリードの奴、挑発的な事を言って!!! 「ぬぐぐ!アンタねぇ!馬鹿にしないでよ?こう見えても、スピーチは得意なのよ! 私!高校の時だって、常に生徒会の役員で、スピーチさせられた回数は、数知れず なんだからね!チャチャッと、お茶の子さいさいよ!!」  私は、グリードに叩きつけるように言う。生徒会だったのは本当だ。だが、スピ ーチしたのは、実は2回しかない。見栄張っちゃったわ・・・。馬鹿よねぇ。私。 「さすがは、お嬢様だな。よーーーし。お前のスピーチ、俺が、とくと拝見するか ら覚悟しろよ?俺は、これでも演説経験あるから、厳しいぞ?」  グリードは意外な事を言う。演説経験ですって!?そんな経験したの?こりゃ意 外と手厳しいかも知れない。そう言えば、セント反乱罪の首謀格として捕らえられ たって事は、演説なんかもやったって事よね・・・。 「言ってくれるじゃない。私の感動させるスピーチ聞いて、驚かない事ね。」  私は言い切った。・・・のは良いけど、また口が勝手に滑ったわ。この口が、勝 手に・・・。損な性分よね。 「ファリア殿なら安心です。このシャドゥ、お引き受けしてくれる事を、心より感 謝致しますぞ。」  シャドゥさんたら、礼までして・・・。失敗出来ないなぁ。 「良いの良いの!気にしないで!ナイアさんとシャドゥさんの結婚式ならさ!祝福 して当然じゃない!嬉しいくらいよ?本当にさ。」  私は、頭を掻きながら、シャドゥさんに言う。シャドゥさんも真面目だからなぁ。 これじゃ下手な事、言えないわねぇ・・・。 「よぉし!決まりだ!楽しみにしてるからね。ナイアに、すぐに伝えなよ?」  ジェシーさんは、シャドゥさんに念を押させる。本当に嬉しそうにしている。ジ ェシーさんも、お節介な性分なんだろう。何となく私に似てるのよね。 「・・・おい。スピーチ引き受けるって・・・出来るのか?」  レイクが、心配そうにして、肘を小突いてきた。 「・・・本当の所は、正直微妙なのよね。でも、やるっきゃないっしょ。」  私は、レイクには本当の事を言う。レイクは、少し呆れ顔になったが、溜め息を 吐くと、肩を叩いた。そして『頑張れよ』と、小さく声を掛けてきた。応援される と意気も上がるわ。レイクには、感謝しなきゃね。 「じゃ、そろそろ帰りましょう。」  シャドゥさんが、声を掛ける。すると、皆、帰り支度をしていた。私も、それに 遅れないように付いて行くのであった。  こうして古代魔法を身に付けた。これも強くなるための第一歩。それに皆も、負 けじと強くなって行ってる。何せセントの刺客が、いつ来ても、大丈夫なようにし なきゃならないのだ。皆、必死だ。私も頑張らなきゃいけない。そう思った。  幸せを願えば、舞い込んで来る物なのか。  幸せを掴むと、幸運が招かれる物なのか。  幸せなのは良い事だが、続くと怖くなる。  こんな幸せで、良いのだろうか?  今まで苦労はしてきた分、報われるのかも知れない。  でも幸せは、突然逃げて行かないだろうか?  ふと考える・・・考えすぎなのかも知れない。  でも、今まで幸せが逃げた事など、いっぱいある。  逃がしたくないけれど、幸せ過ぎると、怖くなる。  不安で押し潰されそうだ・・・こんな考えは、良くないのだろうか?  と、私は相談された・・・そして私の出した答えは・・・一理あるな。  と、それが私の感想だった。  それは私にも、覚えのある感情だったから・・・。  周りが見えなくなる程の幸せは、時に盲目になりがちだから・・・。  そして・・・幸せが逃げた時のショックは、余計に大きいから・・・。  その覚えが、私にはあるから、余計に言葉を選んだ。  私は『それは、貴女の心の強さ次第だ』と言った。  それは詭弁だと自分でも思った。  失った事のある自分が、言える台詞では無い。  だけど自分から逃げたら・・・きっと、後悔する。  後悔する未来を送らせたくない・・・それが、私の考えだったから。  詭弁でも良い・・・少しでも多く、幸せになって欲しい。  それが、私がナイアさんに出した答えだった・・・。  私も絶対逃がさない!!もう、あの時の思いはウンザリだ。  きっと・・・あの人と一緒に幸せになる。  だから負けないくらい、一緒に幸せになろう。  きっとナイアさんは、不安でいっぱいなのだ。  幸せを掴むのが怖いんだ。それは、何となく分かる。  この頃、幸せだと思えることばかり舞い込んでくるのだろう。  さっきも、結婚式の話をしたのだと言う。  シャドゥさんから、正式に言われたらしい。  ジェシーさんも、祝ってくれるから、近い内に式を挙げようと言われたらしい。  ナイアさんは、正直これ以上の幸せを、望んではいない。  でも『それじゃ駄目なんだ』と、私は言った。  だって、幸せを否定するのはチャンスを逃すのと一緒だからだ。  それで他の人には、相談出来ないので、私に来たのだろう。  なら出来る限り力になりたい。私は、ナイアさんの友人だと、胸を張って言いた いからだ。堂々と、スピーチを言いたいからだ。  ナイアさんは、私がスピーチをすると言ったら、遠慮していた。  でもそれは、友人として受け取れない遠慮だった。だから、絶対に引き受けると 約束した。だから私は、ナイアさんに幸せな気持ちで、式に出てもらいたい。  私が正直な気持ちをぶつけると、ナイアさんは、涙が止まらなくなってしまった。 それは悲しい涙じゃない。嬉し過ぎて、体が付いて行かないのだと、ナイアさんは 言っていた。そう言われると私まで嬉しくなってしまう。  その日の夜は、皆に感謝を込めると言う事で、ナイアさんは、いつも以上に、御 馳走をしてくれた。その料理は、気持ちがいっぱい篭っていて、私まで泣けてきた くらい美味しかった。  シャドゥさんは、改めて皆にもナイアさんとの婚約を発表した。ナイアさんは、 恥ずかしがっていたが、私との相談が効いていたのか、素直に皆の祝福を、全身で 受けていた。それが・・・酷く、羨ましいと思った・・・。  ナイアさんは、皆から愛されている。私だって好きだ。あんな頑張ってる人を、 応援したくない筈が無い。でも私は、口が悪くて皆の反感を買う時もある。つい余 計な事を口走って、傷つける事もあるんじゃないか?と思う。だから羨ましかった。  それに今日は、どうしても言わなきゃいけない事がある。私の考えが間違ってい なければ、確かめなくちゃいけない事だ。それは、あの人が好きだから。あの人の 事が、大切だから知って置かなきゃいけない事だと思った。例え、それが残酷な事 実だろうと、確かめなくては、ならなかった。  私は、そのために、近くの浜辺に誰も知らせずに来るように呼んである。私自身 は、今日覚えた『転移』で、誰にも知られずに、その場所に着く事が出来た。  夜も更けてきた。そろそろ皆は、寝る時間だろう。ナイアさんには、心配掛けて はいけないので、事前に今夜、抜け出す事を言って置いた。口止めもするように言 って置いたので、大丈夫だろう。  私はジッと、この場所で待つ。周りからは海の音しかしない。それに気配も僅か しか感じない。不気味と言えば不気味だが、こんな事で怯んでいられない。今日ま で、修練を積んで来たのだ。夜の不気味さなんて、吹き飛ばさなきゃいけない。  すると、落ち着いた足音が聞こえてきた。その人物は、待ち合わせている、この 場所に、真っ直ぐ向かってくる。間違いなく私の指定した人物だろう。 「・・・話とは?」  その人物は、率直に尋ねてきた。薄々感づいているのだろうか?その人物は、何 やら、覚悟を決めたような仕草をしていた。 「待ち合わせの時間、ピッタリね。さすがゼハーンさん。」  私は、その人物の名前を言った。そうゼハーンさんを呼び出したのだ。 「大事な話があると聞いた。だから来た。それだけの事。」  ゼハーンさんは、相変わらず落ち着いたしゃべり方だ。 「そろそろ、話してくれても良いんじゃないかしら?」  私は、もうゼハーンさんが何者なのか、薄々感づいていた。 「・・・何を?私はゼロ・ブレイドを求めに来た途中に・・・。」 「そんな筈、無いわ!」  私は言葉を遮る。そう。この人の言っている事は、おかしい事だらけだった。こ こに、あの伝記の剣が無ければ、違う所に探しに行けば良い。そして目的を果たし に行けば良い。ここに滞在する必要は無い。 「貴方、ここに片道で来たと言ったわね。でも、そんな事ありえないのよ。」  私は説明を続ける。ここは知る人も少ない島だ。その島に剣を求めに行って無か った時の事を、この人が考えて無い筈が無い。 「必ず帰りの事を考えて、次を探しに行く用意が無きゃ、ここに来る筈が無い。そ れだけ執心している剣なら、尚更でしょ?」 「・・・ファリア殿は、考え過ぎなようだ。片道しか、お金が無かったのだ。」  ゼハーンさんは、両手を広げて、やれやれと言ったポーズを見せる。確かに、そ れなら、辻褄が合ってると思うかも知れない。 「どうかしらね?帰りが困る程の金しか無いのに、ここに来る事自体、おかしいん じゃないかしら?」 「剣が、ここには無かった。アテが外れただけでは無いか。」  ゼハーンさんは首を横に振る。そして溜め息を吐く。どうやら、まだ認めたくな いらしい。私の考えが外れて無ければ、間違いない筈なのだ。 「貴方、ジュダさんに会ったと言ったわね。」  私は、あのジュダさんの事を思い出す。 「・・・ガリウロルでお会いした。私の身分など、あの御方には、一発で見抜かれ た。何せ実際に伝記の英雄である、我が祖先に会っているのだからな。」  ゼハーンさんは否定しなかった。ジュダさんは、ゼハーンさんが伝記の英雄の子 孫だと言う事を、見抜いた上で話をしたのだろう。 「この島の存在だけじゃないわね?話したのは。そして剣の事でも無いわよね?」  私は指摘する。するとゼハーンさんは押し黙る。剣など、この島には無い。その 事は、この人は知って来たのだ。ジュダさんから、この島の事を聞いているのだ。 「剣の事以外に、何も聞く事は・・・。」 「有るわよ!・・・大有りよ。」  私は声を荒げる。隠そうとしても無駄だ。今の仕草で、私の考えが正しかった事 を確信する。間違いない。 「私達の事は、多分聞かなかったんでしょうね。貴方が初めて、私達を見た時の反 応を見れば分かる。知っていたら、あんな反応はしない。」  私はジュダさんが、私達の事まで詳しく話した訳では無いと思っていた。知って いたら、ゼハーンさんだって、隠しはしないだろうし、私達の事まで、知る必要は 無かったのだ。ゼハーンさんの目的は、一つだけだ。 「でも・・・おかしいと思ったのよ。初めて会った時の・・・あの反応がね。」  私は、わざと指摘しなかった。ゼハーンさんは目を伏せる。 「そして、この1週間の暮らしを見て・・・。私が何を言いたいのか、分かるわね?」  私は、ゼハーンさんに問いかける。 「ファリア殿。何故、そこまで責めるのだ?私は、剣以外の目的で・・・。」 「誤魔化さないでよ!!何で、嘘を吐くの!!?」  私は、誤魔化されるのが嫌いだ。何故、この人は嘘を吐くのか!嘘を吐く必要な ど無い。無い筈だ!なのに、必要以上に嘘を吐く。 「私の口から言わせたいのね!・・・だって、おかしいじゃない!!一子相伝の筈 の不動真剣術を教えるわ、貴方が来てから、飛躍的に上達するなんて・・・もう考 えられないじゃない!違うなんて、言わせないわよ!」  私は並べ立てた。初めて会った時から、おかしかった。まともに顔を見ずに、嬉 しそうな表情をゼハーンさんは浮かべていた。あれは、今考えれば、安堵の笑みだ。 そして、シャドゥさんが言っていた。これが「自然な形」だと・・・。シャドゥさ んが、ゼハーンさんに協力を仰いだのは、知っていたからだ。あの事実を・・・。 「・・・隠し切れぬな・・・。ファリア殿は鋭いな。」  ゼハーンさんは、大きな溜め息を吐く。そして肩の力を抜く。 「思っている通りだ。私はゼハーン=ユード=ルクトリア。そしてレイクの父親だ。」  ゼハーンさんは、ついに認めた。バツが悪そうにしている。その表情も、レイク そっくりだ。違う筈が無い。吸収するように不動真剣術を覚えていく弟子が、息子 で無い筈が無い。ゼハーンさんの教えで、レイクは飛躍的に強くなった。他ならぬ 親子だからこそ、成しえる事だ。 「何で、黙ってるのよ?父親なら、教えれば良いじゃない。」  私は、それが分からなかった。レイクは、出生を知りたがっているのだ。 「ファリア殿。私は、父親の資格など無い。」 「何よ、それ・・・。」  この人は、何を言っているのだろうか?父親の資格が無い?そんな事で黙ってい るの?冗談じゃないわよ。 「ファリア殿。確かに私は、レイクの生存を確かめに来た。だが父と名乗るつもり は無い。私は、15年も姿を隠してきた男だぞ?今更、どんな顔が出来るのだ?」  ゼハーンさんは首を振る。でも、それが私には、理解出来なかった。 「レイクは、息子でも何でも無いって言うの?」  私は、唇を噛みながら言う。ゼハーンさんは、認めたくないのだろうか? 「私は・・・あの子を、15年もあの・・・地獄の島に入れさせた男だぞ・・・。 私が不注意だったばかりに・・・。」 「だから、それが何だって言うのよ!!!!!!」  私は、ブチ切れていた。今更、泣き言を聞きたくない。確かに、この人がレイク を、あの監獄島に送らせたのだろう。そうしなければ、ゼハーンさんはとっくに死 んでいた筈だ。その事を、この人は悔いているのだろう。その事は分かる。 「だから息子と認めないって言うの!?勝手な話よね!!生存さえ分かれば、貴方 は、レイクに謝りもしないって言うの?冗談でしょ!!?」  私は、許せなかった。レイクの事を悔いているのなら、その分だけ謝れば良い。 謝れるなら謝れば良い。それで許されないなら、違う事で謝罪すれば良い。 「違う!私はあの子に、謝罪してもし切れぬ!私は、親の死に目に会えず、おめお めと生き残った。その私に、何が出来ると言うのだ!あまつさえ、息子は私の不注 意で、監獄行き・・・。私は、あの時に死を考えた・・・。だが死さえ、私は許さ れなかった。親の命を受けていたからな。私に出来る事は・・・この剣術を伝える 事、そして、あの伝記の剣、ゼロ・ブレイドを取り返すくらいだ。」  ゼハーンさんは、15年前の事を思い出したのだろう。実父であるリーク=ユー ド=ルクトリアは、ゼハーンさんだけは死んではいけないと、命令したのだろう。 ゼハーンさんの死は、今まで受け継がれてきた剣術の、終焉を意味するからだ。ゼ ハーンさんは、その命に背くだけの意志は無かったのだ。そして、セントにゼロ・ ブレイドと、レイクを奪われたのだ。その事を死ぬ事よりも悔いていたのだ。セン トが、ゼハーンさんに与えた罰とは、生きながらにして後悔させる事だった。  ゼハーンさんの言ってる事は、分からなくも無い。でも・・・。 「そんなの間違ってる・・・。間違ってるわ!!!」  私は、認めたくなかった。親と子が、そんな遠慮するように生きていくなんて。 幸せな筈が無いじゃない・・・。 「ゼハーンさんは生きてるじゃない!・・・レイクと会えたじゃない!・・・まだ いくらでも、伝えられるじゃない!生きてるから、出来る事なのよ!?」  私は、泣いてしまっていた。私は両親の事を思い出してしまった。もう帰って来 ない。私の目の前で、死んでしまった両親。あの光景は、瞼に焼き付いている。 「・・・ファリア殿。・・・ファリア殿の両親は、ファリア殿のような娘に育った 事をきっと誇りに思っている筈・・・。レイクは、私の手を離れてさえも、あのよ うに育った。・・・私の誇りだ。」  ゼハーンさんは、私の肩を叩いてくれた。その手は、まるで父さんのように暖か くて、優しかった。 「ファリア殿。貴女の心遣いには、傷み入る。」  ゼハーンさんは、とても爽やかな顔をしていた。 「私は、ずっと後悔していた。レイクを手放してしまった、あの時からな・・・。 だが、それも、もう終わり・・・にしなければ、ならぬのだな。」  ゼハーンさんは目を伏せる。どうやらこの仕草は、ゼハーンさんの癖なのだろう。 「あの子に、不動真剣術を教えきった時、この事実を話す。それで良いな?」 「・・・そうね。今すぐじゃ、レイクも混乱するわね。」  私は、ゼハーンさんが話してくれると言ってくれただけでも、前進だと思った。 話す気は無いと言ってたのだから、大きな前進だ。 「約束・・・してくれるわね?」  私は、ゼハーンさんの目を見る。その目は、固い決意を秘めていた。 「私の人生を懸けて誓おう。レイクの裁きを受けると・・・。」  ゼハーンさんは、覚悟を決めた。これで、もう安心だ。ゼハーンさんは、間違い なくレイクに話す事だろう。いつになるか、分からない。だが不動真剣術を、教え 切った時、ゼハーンさんとレイクは、真の絆が出来るだろう。その時が来れば良い と、私は思った。  人は過ちを犯す物。でも、それは取り戻せない訳じゃない。より大きな絆のため に、負う傷があっても良い。例え、それが賢い生き方じゃなくても・・・やり直せ るのだから。そのために尽力するのが、人間の生き方だと私は思った。私は、その ための支えになりたい。あの人のためになるのなら、いくらでもやってあげたい。  私は、あの人にずっと付いて行くと、決めたのだから・・・。