NOVEL Darkness 1-6(First)

ソクトア黒の章1巻の6(前半)


 6、来訪者
 才能があるのに、世に出せない。
 悲しい事・・・世は、偉大な力程、認めは、しない物。
 時代が時代なら、今頃、英雄と褒め称えられて居ただろう。
 だが、人は、この力を禁忌と呼ぶ。
 普通の生活を願った少女は、英雄にならなくても、良かった。
 ただ両親が居て、恋人が居て、祝福してくれる人が居れば、満足出来た。
 それすらも、叶わなかった・・・。
 皆が、している事でさえも、その少女には許されなかった。
 両親は、殺されてしまった・・・。
 その事を、思い浮かべるだけで、火が点きそうな程、憎くなる。
 だが、復讐だけに捉われたら、人ですら無くなってしまう・・・気がした。
 しかし、監獄島に入れられた時は、人の心を無くそうとまで思った。
 だが、出来なかった。
 いや、あの人のおかげで、捨てずに済んだのだ。
 感謝しても、し切れない。
 あの人が居なかったら、どう歪んでいたか、分からない。
 やがて、その人を意識するようになった。
 その人は、私には、もったいないくらい輝いてる。
 その時、両親の言葉が蘇る。
『普通に生きるのなら、この力を忘れなさい。』
 確かに、その人には、普通じゃないなんて、絶対に思われたくない。
 他の誰よりも、その人には、軽蔑されたく無かった。
 だが、それは、ある日破られた。
 仲間を誰よりも大切にする、あの人のために、力を使って、仲間を救った。
 これで、楽しかった日々も、終わりかと思っていた。
 でも、あの人は偏見を、全く持たずに、接してくれた。
 上辺だけじゃなく、仲間を救ってくれた事に、感謝までしてくれた。
 もう、この人しか居ないと思った。
 自分が、自分であるために、一緒になれる人は、この人しか居ないと思った。
 英雄なんて、呼ばれなくても良い。
 凄い事が出来ると、尊敬されなくたって良い。
 この人と一緒に過ごせるなら、こんな力、捨てたって良い。
 だけど、それで本当に良いの?
 この力は、上手く使えば、人々を幸せに出来る力だ。
 今の世の中は、どこか狂っている。
 両親が殺された事だって、忘れてはならない。
『いざと言う時には、惜しみなく、この力を使いなさい。』
 両親は溢れる程の才能を、埋もれさせまいと、したのかも知れない。
 今では、魔族と一緒に住んで、この力を鍛えている。
 人生、分からない物で、この力が逆に必要になっている。
 両親にも、この現状を・・・自分の成果を見せたかった。
 だから、せめてあの人には、成果を見せている。
 あの人は、いつも驚きながら、成果を喜んでくれる。
 もう、あの人の事しか、考えられなかった。
 両親が居ない今、あの人だけは、大切にしたいと思った。
 だけど、問題があった。
 あの人は、今の世の中を、喜んでいなかったのだ。
 自ら危険な目に遭ってまで、世の中変えたいと願っていた。
 あの人が、危ない!
 あの人は、すぐ無理をしてしまう。
 何せ自分を捨ててまで、仲間を救おうとするくらいだ。
 あの人を、失うのが一番怖い。
 でも、あの人は、立ち向かっていくのだろう。
 いくら言っても、効かない。
 なら自分が盾になってでも、助けなければ、両親の二の舞になってしまう。
 もう、あの人無しでは、生きていけないと確信した。
 だから、思い切って『好きだ』と伝えた。
 ・・・怖かった。拒絶されるのが、怖かった。
 でもあの人は、自分の事を好きだったと言ってくれた。
 幸せだった。こんな幸せ、他に無いと思った。
 父さん、母さん、あの人は、私に応えてくれたよ。
 私、笑えてる?心の底から笑えてる?
 いつの日か、この幸せを、報告しに行くからね。
 だから、この幸せが長く続くように、祈っていてね。
 私、負けないから・・・。
 この力を持った宿命になんて、負けないから!!
 ・・・。
 そんな夢を見た・・・。
 そこで、自然と目が覚めた。
「・・・最初は・・・ゼリンの夢ばっかりだったのにね。」
 自然と、口に出してしまう。ここ最近は、夢の内容が激しく変わる。1000年前を
垣間見た時も、あった。だが、ほとんどは、レイクと両親の事ばかりだった。
「お目覚めですね。おはよう御座います。ファリア様。」
 ナイアさんが、挨拶に来てくれた。この女性は本当に朝が早い。夜中に自分が魘
された事で、起きて心配までしてくれたってのに、自分より早く起きていた。
「ナイアさん。昨日は、ありがとうね。本当に色々とね。」
 私は笑顔で答える。この意味にナイアさんは、分かるだろうか?いや、分かって
くれるだろう。今日から私は、自分を出す事にする。そう決めた。今まで気弱だっ
た自分には、サヨナラしなくちゃならないって思ったから・・・。
「ファリア様・・・。その御様子ですと、上手く言えたのですね!」
 ナイアさんは、我が事のように喜んでくれている。そう言う仕草も本当に可愛い。
シャドゥさんも、凄く良い魔族だし、幸せになれると、こっちも嬉しい。
「まぁほら、私だしね。言えずにウジウジしてるなんて、性に合わないじゃない。」
 ちょっと胸を張って答える。でも、本当は無理をしてる。昨日は、あれでも、い
っぱいいっぱいだったのだ。レイクの手を握るだけでも、胸が高鳴ったし、告白の
瞬間は、心臓が裂けるかと思った。
「本当に良かったです・・・。応援してた甲斐が、ありました。」
 う・・・。ナイアさんたら嬉しい事言ってくれる。朝から、そんな嬉しい事を連
発されると、こちらの顔も熱くなっちゃう。
「でも、だからって、いきなりレイクに対する態度とか、変えたく無いのよね。」
 そう。昨日レイクと別れる時にも、言っておいた。この事は、胸に仕舞って欲し
いと。勿論、私と二人の時は別だ。でも、それ以外の時にイチャつくのは、どうに
も、私の性に合わない。
「晴れて恋人となられたのに・・・色々あるのですね。」
 ナイアさんは、ちょっと残念そうだ。でもね・・・。いきなり、態度変えて、エ
イディとかグリードとかに、冷やかされたり呆れられたりするのは、嫌なのよね。
「まぁ、少しずつね。良いのよ。私なりに、頑張るからさ。」
 そう。焦る事は無い。レイクは、好きだと言ってくれた。なら、私なりのやり方
で、前に進めば良い。レイクが、どうしてもと言うのなら、やり方を変えるけど、
それ以外なら、無理に変える必要は無いと思う。
「はい!二人の事は、私も内緒にして置きますから。」
 あー・・・。ナイアさんてば、私が言いたかった事まで、当ててる。本当にパー
フェクトよね。この人。
「ありがと。そうしてくれると助かる。って言っても、一人にはバレそうだけどね。」
 勿論、エイディの事だ。グリードは、恋愛とかには疎そうだから、バレ無いかも
知れないけど、エイディったら、まだ相手居ないのに、やたら鋭いのよね。ジェイ
ルの鋭さが、乗り移ったみたいよね。
「じゃ、私は、朝御飯用意しますね。今朝は、ちょっとした御馳走にします!」
 ナイアさんは、そう言う細かい気配り好きよね・・・。まぁ、有難いんだけどね。
女性として、あそこまで完璧な人を見ると、ちょっと悔しい気分・・・。ま、気に
しても、しょうがないか。何でもナイアさんは、ガリウロルで開かれた全ソクトア
ご奉仕メイド大会なんて言う酔狂な大会の、10年連続優勝者らしいし・・・。
 まぁ、分かる気もするわ。あの身のこなしに、あの態度に、気配りは人間じゃ勝
てないわ。魔族と言うのを隠して、出場してるらしいけどね。そこまでして出たい
物なのかしら?何でも、あの大会にはカメラ持った奴が、いっぱい居るって話だし。
「ま、起きますか。」
 私は、パパッと着替える。昔から、女にしては着替えが早いって、母さんからも
注意されたっけ。身嗜みって言ったってね。化粧は、余り得意じゃないしなぁ。
 とりあえず、1階に下りてみる。すると、相変わらず、ナイアさんが凄い動きで、
朝食を作っていた。相変わらず、分量とか完璧なのよね。でも私も、それを見て、
何をどうすれば、あの味になるのか分かってきたから、成長してるのかしらね。
「・・・って朝から、アップルパイ?」
 こりゃ驚いた・・・。こんな凝った物を、あっさり作ろうとしてるんだから、凄
いわねぇ。しかも気合入ってるみたい。・・・あ!もしかして、ちょっとした御馳
走ってこれの事?前に、私がアップルパイ美味しいって褒めたのが原因かな。
 本当に、気が利くわねぇ・・・。こりゃ参った。
「おいーっす。ファリア。・・・おはよう。」
「おはようレイク。・・・70点ね。まだ、気恥ずかしさがあるわ。」
 レイクは、挨拶する時、ちょっとギコちなかったから、点数を付けてやる。余り
ギコちないと、すぐバレちゃうじゃない。まぁレイクにしては自然に出来た方かな。
「一日、意識するなって方が無理だ。勘弁してくれよ。」
 んー・・・。まぁ、昨日の今日だし、そりゃそうよね。
「まぁ、自然になるように、少し意識してれば良いわよ。」
 私だって本当は、今すぐレイクと、恋人らしい事言いたい。でも、私からそれを
止める様に言って置いて、出来ないってんじゃぁ、悪いからね。
「ま、要は慣れって所か。ま、これからも、宜しく頼む。」
 レイクは、難しい顔をしながら、手を上げて、ヨロシクのサインをする。
「こちらこそね。って言っても、ナイアさんには遠慮しなくて良いわ。彼女には、
全てバレてるからさ。」
 まぁ一応、これは、言って置かないとね。隠しても、しょうがないし。
「そ、そうなのか?もうバレたのか?」
 もう、うろたえてる・・・。先が思いやられるったら、ありゃしない。
「ちょっと違うわよ。元々、協力関係だったの。私とナイアさんは。互いに、上手
く行くように、頑張りましょう!って、私から言ったのよ。」
 私が説明すると、レイクは、また難しい顔をしていた。納得行って無さそうね。
「いやぁ、ファリアって、本当にナイアさんとは、仲良いんだなぁ。」
 レイクは感心していた。確かに、ここに来てから、一番仲良くなったのは、ナイ
アさんだった。それは、私と波長が合ったからかも知れない。凄く一生懸命で、つ
い応援したくなる。向こうも、私の事を、応援したくなるみたいだ。
「レイク様に、ファリア様。おはよう御座います。」
 ナイアさんは、笑顔で話し掛けてくる。良い笑顔するわねぇ・・・。
「おはようナイアさん。シャドゥさんは、まだですか?」
 レイクは、シャドゥの事を聞いてみる。今のは、結構自然だったわね。まぁ誤魔
化そうとしてない所を見ると、素だったかしら?
「シャドゥ様なら、今日は、定期船が来ると言う事で、警備と見回り、それと、取
引を行ってらっしゃいます。」
 ナイアさんは、さすがにシャドゥさんの行動を知っている。一月に一回くらい定
期船が来ると言ってたけど、その日みたいね。シャドゥさんの家は、海岸から一番
近くにあるから、警護も兼ねて、ピッタリの仕事のようだ。
「でも、定期船で来る人は、レイク様達のように、良き人ばかりでは、ありません。」
 ナイアさんは心配そうだ。結構、裏取引をやってると言う話だし、危険と言えば
危険な任務よね。だからこそ、シャドゥさん程の魔族が、着任してると思うけど。
「シャドゥさんとしては、私達が最初に接した時のような感じで、いかなきゃなら
ないのよね。こう言う仕事って、まず警戒しなきゃならないからね。」
 私は、警備のイロハを思い出した。警戒し過ぎるに、越した事は無い。と言う掟
だ。まず警戒して当たる。そして、最低限の仕事はこなす。これに尽きる。余計な
詮索はしないのが、警備の仕事だ。
「レイク様達みたいに、迎え入れるのは稀なんですよ?」
 ナイアさんは、現状と言うのを、教えてくれる。それはそうだ。私達は、人間の
中でも、特別扱いなのだろう。シャドゥさんだって、人間全体を信じるには至って
居ないだろう。何せ、ここまで追い込んだ元凶は、人間なのだから・・・。
「今日は、少し遅いです・・・。どうしたんでしょう?」
 ナイアさんは、ちょっと落ち着きが無かった。ナイアさんにしては、珍しい事だ。
やはり、シャドゥさん絡みになると、普段見せない仕草もするのだろう。
「ちょっと、様子を見てくるか?」
「何言ってるのよ。余計、好奇の目で見られるだけよ。止めときなさいな。」
 私は、レイクが偵察に行こうとするのを止めた。この島には、魔族しか住んでい
ない事になっている。そこに、私達が顔を出せば、それなりの、騒ぎが起きる可能
性がある。居候なのだから、余計な心配は、掛けさせたくない。
「あ。帰ってきました!」
 ナイアさんは、何処まで見えてるのか分からないが、シャドゥさんが帰ってきた
のを、感じ取ったらしい。窓の外を眺めるが、全くそんな様子は分からない。どう
言う目を、してるのだろうか?
 しかし少しすると、確かにシャドゥさんが、こちらに向かって歩いてきた。
「あれ?シャドゥさんの横に、誰か居るんじゃねーか?」
 レイクは指差す。確かに、誰かが横に居た。警備の魔族を増やしたり、したのだ
ろうか?一人では無さそうだ。
「あれ?横に居るの・・・人間よね?」
 私は、目を凝らす。すると、どう見ても、人間にしか見えない人物が横に居た。
どう言う事であろうか?ナイアさんも、不思議がっていたようだが、食事の準備と
迎え入れる準備をしながら、様子を伺っていた。さすがである。
「ナイア。戻ったぞ。」
「お帰りなさいませ。シャドゥ様。」
 シャドゥさんは、ナイアさんに挨拶する。極自然にであった。この二人の呼吸は、
もう、ピッタリで、羨ましいくらいだ。本当に自然よね。
 それにしても・・・誰かしら?余り、若い人でも無さそうだけど・・・。
「お邪魔させる。申し訳無い。」
 その人は、挨拶する。気取らない、良い挨拶だった。
「まったく・・・お前のしつこさには、参る。」
 シャドゥさんは、歓迎して無い様子だ。どうやら、余り好ましく無いらしい。
「お騒がせさせるつもりは無いのだが・・・無理を聞いてもらって、感謝する。」
 その人は、頭を下げる。丁寧なだけに、シャドゥさんの態度が気になった。
「既に、この島に滞在する事が、騒動になると、何度申したら分かるのだ?」
 シャドゥさんは、苛立っていた。どうやらこの人は、ここに滞在するつもりらし
い。何かの目的があって、来たのだろう。
「ええと・・・シャドゥさん?この人は、誰でしょう?」
 私は意を決して、聞いてみる。このままじゃ、全く状況が分からなかった。
「私の名はゼハーン。定期船に乗せてもらって来た者。この島の存在は、半信半疑
だっただけに、今は、感慨深い思いをしている。」
 本当に丁寧に挨拶する人ね。そんな悪い人でも、無さそうだけど・・・。シャド
ゥさんとしては、仕事でもあるし、帰って欲しいのかな?
「しかし、貴方達のような若い人達が、ここに居るとは思わなんだ。ここには、魔
族しか住んでいないと、聞かされていた物でね。」
 ゼハーンさんは、レイクと私を見比べる。まぁ、厭らしい様な目付きでも無いわ
ね。それにしても・・・この人、若い時は、結構モテたんでしょうね。顔付きは、
悪く無いわ。それに銀髪ってのも、ソクトアじゃモテる原因らしいしね。それに、
随分鋭い目付きをしてるし、体もガッシリしてるわね。何か、スポーツでもやって
そうね。
「この御方達は、特別だ。魔族として、尊敬すべき人間の子孫のご一行だ。君とは
立場が違う。大体、定期船を片道だけ買うなんて、この島に何をしに来たのだ?」
 シャドゥさんは、どうやら断りきれなかっただけらしい。定期船にも、強引に乗
せてもらったらしい。と言う事は、何か目的あっての事よね。
「口では説明し辛い事。私には、生涯を懸けてやらなくては、ならない目的がある。」
 ゼハーンさんは、強い口調で答える。どうやら、その生涯を懸けて、やらなくて
は、ならない事に関係あるのだろうか?
「私は、ファリア=ルーンです。ここに居候を、させてもらってます。」
 私は、自己紹介しておいた。ゼハーンさんは悪人でも無さそうなので、名乗って
置いて損と言う事は、無いだろう。
「その名前・・・。セント出身ですな?」
 ゼハーンさんは、気が付いたらしい。確かにルーンと言う名前は、セントに多い
名前だ。まぁ気が付くのも、おかしい事でも無い。
「ファリア殿は、あの伝記の、ルーン一族の直系の御方だ。」
「何と・・・。これは、稀有な出会いとなりましたな。」
 ゼハーンさんは、真面目だが非常に感慨深げに言ってきた。そう言われると、ち
ょっと恥ずかしいわね。普段、余り意識して無いしねぇ。
「俺はレイクです。ここに流れ着いた奴らの、纏め役をやってます。」
 レイクは、いきなり『絶望の島』の事を話すのは、どうかと思ったのだろう。伏
せながらも、自己紹介をする。すると、ゼハーンさんが顔を伏せる。
「どうしました?」
 レイクは、怪訝そうに聞く。確かに具合でも悪くなったのだろうか?
「いや、何でも無い。良き名だと、思いましてな。」
 ゼハーンさんは、レイクの名前を褒める。しかし、どことなく感慨深そうな目を
しているのは、気のせいだろうか?まぁ良い名前だとは思うけどね。
「名前を褒められたのは、初めてだなぁ・・・。何か照れるね。」
 レイクは頭を掻く。どうにも、恥ずかしいらしい。まぁ褒められたら、レイクは
恥ずかしがる癖があるからね。そうしていると、階段から足音がした。
「うぃーす。おは・・・って・・・アンタ誰?」
 上から、エイディが降りてくる。いきなりゼハーンさんが居たんじゃ、そう言い
たくなる気持ちも、分かる。
「どうしたんだよ?エイディ。急に止まるなよ。誰か居るのか?」
 どうやら、グリードも降りてきたらしい。グリードは文句を垂れながら、ゼハー
ンさんを見る。すると、表情が固まった。どうしたのかしら?
「ゼ、ゼハーンさん!?ゼハーンさんじゃないか!!」
 ハイ!?グリードは、この人を知ってるのかしら?意外・・・。
「む?・・・グリード君か?・・・何故ここに?」
 ゼハーンさんは、冷静に対応しているようだが、意外そうな口調だった。
「話せば、長くなるんだけどよぉ!・・・って何だか空気悪い?」
 グリードったら、相変わらず空気読むの、遅い男ねぇ。まぁ良いけど。
「グリード殿の知り合いか?・・・ならば、君を、客人として扱おう。」
 シャドゥさんは、グリードの様子を見て、察したらしい。しかし、警戒は解いて
無いようだ。この様子からすると、エイディの時は、余程特殊だったようだ。
「あー・・・。ゼハーンさんも、どうして?・・・もしかして、あの事で?」
「ウム。あの剣は、取り返さなきゃならん。他の所は、かなり探したのだが、見当
たらぬとあれば、この島はどうか?と思ってきたのだがな。」
 ゼハーンさんは、グリードと話している。って、全く分からないわよ!話が見え
ないなぁ。私達を無視するなんて、良い度胸してるじゃない。
「ええとさ。頼むから、今までの経緯とか、掻い摘んで教えてくれる?」
 私は我慢出来なくなって、提案した。双方分かるように言わないと、ゴッチャゴ
チャになるでしょうが!!
「えー。めんどくせーよ。」
「煩い!このまま話されたら、こっちも分からないのよ!!」
 グリードが、文句を言ったのを制する。当たり前だ。何を考えているのだろうか?
シャドゥさんだって、どう対応して良いのか、分からないままじゃない。ナイアさ
んは、相変わらず、黙々と作業に徹しているけどね。動じない方ね・・・。
「皆さん。落ち着いて、テーブルに座ったら如何でしょう?丁度、朝食も出来上が
りましたから。」
 ナイアさんは、また笑顔で対応する。うう・・・。凄い。完璧だよぉ。どうやっ
たら、ああ言う風に、落ち着いていられるのか・・・。今度、聞いてみよう。
「これは、忝い心遣い。では、皆さんのお話を、お聞きしたい。」
 ゼハーンさんは、余っている椅子に座ると、腕を組みながら、聞く態勢に入った。
これは、話さない訳には、行かないわね。
 ここでナイアさんの提案で、食事をしながら話を進める事にした。朝食は、本当
に予告どおり豪勢だった。急遽、一人追加したと言うのに、余裕で余る量だ。ナイ
アさん、余程、気合入れたのね・・・。有難く頂戴しよう。
 そして舌が痺れる程、話した。これまでの経緯をだ。ゼハーンさんは、私達の経
歴などを、真面目な顔をして聞いていた。まぁ確かに、他人にとっては、貴重な経
験をしてきたと思う。だから、興味を持たれるのは当然だろう。それに珍しい家系
の出の事もあって、エイディの事とかも、かなり真剣に聞いていた。レイクの事を
話す時は、驚きの声を上げるかと思ったら、目に涙を溜めていた。案外、涙脆い人
なのかも知れない。確かにレイクの生きてきた道は、茨の道だったしね。グリード
の時も、苦労したのを案じてか、優しげな目で見ていた。良い人なのかもね。私の
事も、随分と苦労されたとか言われたしねぇ。まぁ改めて言われると、何だか照れ
てしまう。
 で、今の現状も話しておいた。今は、ジェシーさんと言う魔族の下で修練をして
いる最中だと言う事をだ。そこの部分は、随分と興味深そうに頷いていた。
 そして話し終える頃には、既に食事は終わっていた。それにしても、本当に美味
しかった。ナイアさんたら、アップルパイ作るの上手すぎ・・・。今度、このアッ
プルパイの作り方教わらなくちゃねぇ。でもナイアさんの懐は、深いから追いつく
のだって難しいわ。でも唸らせる程の物を、作らなくちゃね。
「フム。これで納得行った。グリード君が、セント反逆罪で囚われた時から、心配
していたのだ。だが、貴方達のように、良き方に出会えた事は僥倖でしたな。」
 ゼハーンさんは、本当にホッとしているようだ。そう言われると、悪い気はしな
い。ゼハーンさんは、感謝の念を込めていた。
「一人、口煩いのが、居るけどな。」
「ほほう?誰のつもりで、言ってるのかしら?」
 グリードの奴、さっきから挑発的よね。まぁゼハーンさんの手前、何か、良い格
好したいのは分かるけど、度が過ぎるわよ。
「押さえろって。全く・・・。で、ゼハーンさんの話を、俺は聞きたいな。」
 レイクは止めた。こう言う時レイクって、収めるの上手いわよね。ちょっと、感
心するわ。さすがは班長よね。
「私の話か。・・・信じて下さるかどうか、疑わしい話だが・・・。」
 ゼハーンさんは口篭る。どうやら、複雑な事情がありそうね。
「そこのグリード君には、話してあるが、私は、生涯を懸けてでも、取られた剣を
取り戻さなければ、ならないのだ。」
 ゼハーンさんは話し始める。しかし剣って・・・。また、物騒な単語が出てきた
わね。しかも、生涯を懸ける程の剣って、どんなかしら?
「ゼハーンさんは、ルクトリア出身でな。セントのあり方とかの、文句を言い合っ
たりしてたんだよ。」
 相変わらず能天気に話すのねぇ。グリードは・・・。そんな事話してたら、セン
トの目に付くに決まってるじゃない。グリードは、捕まるべくして捕まったって感
じもするわね。警戒心を、強めないと駄目よねー。
「集会が度々開かれてましてな。グリード君とは、そこで知り合った。」
 ゼハーンさんは、どうやら、グリードの事は、大事にしてくれてたみたいね。グ
リードの懐き方もそうだけど、ゼハーンさんの見る目が、優しいしね。
「伝説の人斬りの話とかは、ゼハーンさんから聞いたんだっけかなぁ。」
「セントでは有名な御人だ。彼の戦歴は、尋常じゃない。いつか、私も、お会いし
たいと思っている。『司馬』殿とね。」
 ゼハーンさんは『伝説の人斬り』に、会いたいのだろう。そんな口ぶりだ。結構
謎が多い人だ。それに結構、話が脱線するみたい・・・。
「おっと。話が逸れましたな。そう言う訳で、この島に、その剣が無いかどうか探
しにきた所存。闇取引で、珍しい剣とか無かったですかな?」
 どうやら、真剣なようね。しかし生涯を懸ける程の剣なんて、そう簡単にある物
なのかしらねぇ?それに・・・剣を追いかける人生って、つまらなくないのかしら?
「ゼハーン殿には悪いが、私はそこまで言う剣を、見た事は無い。」
 シャドゥさんは、素直に答える。目的などが、ハッキリしてきたので、話す気に
なったのだろう。シャドゥさんは、警戒を解けば良い魔族だ。
「そうであったか・・・。この島でも無いか・・・。」
 ゼハーンさんは、本当に残念そうだ。
「しかし、その剣ってな、何か名前でもあるのかい?俺、ちょっとしたスリやって
たから、そんな有名な剣なら、聞いた事が、あるかも知れねぇぜ?」
 エイディは、スリの仕草を見せる。まぁ確かに、エイディなら何か知ってるかも
ね。あれで、かなりの物知りだからね。
「・・・。本来なら、いきなり会った貴方達に話すのは、憚られる。しかし、貴方
達には、お話しなければならぬようだ。」
 ゼハーンさんは、少し悩んでいた。どうやら深刻な命題のようだ。
「言いたくなきゃ、別に良いぜ?」
 エイディも、それを察したのか、無理強いはしない。
「いや、協力してもらう意味で、お話致す。この話は、グリード君にも話していな
い事であるし・・・。それに・・・人数は多い方が、良いですしな・・・。」
 ゼハーンさんは、意を決したようだ。しかし、ここまで勿体振るってのは、どう
言う事なのだろうか?余程、隠したい何かがあるに違いない。
「私が生涯探している剣。それは『人道』の宝、ゼロ・ブレイド。」
 ・・・は?・・・嘘よね?だって・・・ゼロ・ブレイドって・・・。聞いた事は
ある。勿論ある。だけどねぇ・・・。
「その話、誠か?」
 シャドゥさんも、同じ感想を持ったようだ。そりゃそうだ。信じられないのも、
無理は無い。余りにも有名な剣だからだ。
「ゼロ・ブレイドって何?」
 ・・・レイクったら・・・今度、伝記を読ませなきゃ駄目ね。
「ゼロ・ブレイドとは、かつて伝記の『勇士』ジーク=ユード=ルクトリアが、い
ざと言う時に使用した、人知を超えた剣。かつて『無』の力を、ジークが得た時に、
その力を最高の形として現す事が出来た、意志を持つ剣。そして、ルクトリア王国
の宝剣。覚えて置きなさい。人間にとって、あれは至高の宝なのです。」
 ゼハーンさんは、知ってる限りの事を並べる。どうやら、伝記に書いてある通り
の事なので、ゼハーンさんが、探している剣と言うのは、間違いなく、ゼロ・ブレ
イドなのだろう。あの剣なら納得だわ。伝記でも何度でも出ている、有名な剣よね。
「・・・その剣を、何故欲しがる?」
 シャドゥさんは警戒する。それは、そうだろう。あの剣は、只の剣じゃ無い。あ
れは、その直系の者でしか使えない、特殊な剣なのだ。直系と認められなければ、
剣に力を吸い取られてしまう程の、恐ろしい剣なのだ。
「・・・かつて、セントに奪われたから。親が持っていた物を、危険だからと言う
理由で、取られたのだ。あれがセントの下にあるのは、危険極まりない。」
 ゼハーンさんは案じていた。しかし今、親って言わなかった?
「君は、まさか・・・。」
 シャドゥさんが怪しむ。どうやら、一つの答えに辿り着いたようだ。
「察しの通り、私の名は、ゼハーン=ユード=ルクトリア。敗れて散ったリーク=
ユード=ルクトリアの子息だ。最も・・・公式には知られていない。」
 ・・・やっぱり。でも信じられない。あの伝記の一族は、滅びたと伝えられてい
た筈だ。それが目の前に居るのだ。
「私は、親が死んだ時に、生き残らなければならないと、厳命された。その命に従
って、まだ生きている・・・。ならば、あの剣は取り戻さなければ、ならないのだ。
例え生き血を啜ってでも・・・。で無ければ、父に顔向け出来ぬ。」
 ゼハーンさんは苦しそうに言う。本来なら親と一緒に・・・と思ったのだろう。
しかしリークが、それを許さなかったのだ。ゼハーンさんだけでも、生き延びて、
子孫を絶やさないで欲しいと言う願いからだろう。何と悲しい一族なのか・・・。
しかし、あの一族なら、あり得ると思った。
「私には・・・息子が居た・・・。その息子は、逃走の最中に・・・セントに囚わ
れてしまった・・・。それが悔しくて堪らぬ・・・。私は、生涯セントを許す事は
出来ぬ・・・。だが、それなりの力を得るには、ゼロ・ブレイドが必須なのだ。」
 ゼハーンさんは、血を吐くような口調で言う。本当に苦しいのだろう。息子を奪
われたのだ。無理も無い。親を亡くして、子供も無くした・・・。その悲しみは、
如何程の物であろうか?でも、この人も私と同じで復讐に捉われてはいないかしら?
「ゼハーンさん。諦めるのは、早いんじゃなくて?」
 私は、ゼハーンさんの言葉で気になる点があった。
「ゼハーンさんは息子が囚われたと言ったわよね。なら、まだ生きてるかも知れな
いじゃない。」
 そう。その希望を捨てては、駄目だと思った。
「貴女の言う通り。息子の生存は確認した。・・・だが息子は、親の居ない人生を、
私の手で育てられなかった人生を送っているのだ。それを見過ごすなど、私には出
来ぬ。息子のためにも、あの剣を取り返して、継がせねばならぬのだ。」
 あら・・・意外。どうやらゼハーンさんは、息子が、何処かに居るのを、確認し
たらしい。だが、まだ顔を合わせていないのだろうか?いずれにしろ、あの一族の
直系ならば、あの剣を継がせたいと思っているらしい。
「・・・俄かに、信じる訳には行かぬな。」
 シャドゥさんは重い口調で言った。確かに説得力はあったが、それだけで信じる
には、余りにも重い命題だった。それはそうだ。よりにもよって、最高の一族を名
乗るのならば、それ相応の力が無ければならないだろう。
「ゼハーン殿。貴方の言葉が真実ならば、貴方は不動真剣術が使える筈。」
 シャドゥさんは、ゼハーンさんを指差す。そう。ユード=ルクトリアの者は、一
子相伝の不動真剣術が使用出来るのだ。それは、脈々と受け継がれている筈だ。例
え、あの剣が無くても、不動真剣術と言う最高の剣術が継がされている筈だ。
「・・・信じさせるには、それしかないのならば、お見せしよう。」
 ゼハーンさんは、覚悟を決める。どうやら見せてくれるらしい。その証拠に、立
て掛けてあった、練習用の木刀を持って扉に手を掛ける。シャドゥさんも、それに
倣った。
「ゼハーンさん・・・。本当なのかよ?」
 グリードは、信じられないらしく、自問自答していた。まぁ無理も無いか・・・。
慕っていた人が、伝記の英雄の子孫だったなんてね。・・・って、このパターン、
前にもあったような気がするわね。私とか、エイディとか・・・。
 グリードさんと、シャドゥさんは、表に出ると、それぞれ木刀を構えた。やっぱ
凄い雰囲気あるわね。何だか、達人同士って感じがするわ。私達は、遠目から見て
いる事にした。すると何やら、レイクの様子がおかしい。
「どうしたのよ?レイク。」
「・・・分からねぇ。でも、あのゼハーンさんの構えを見てたら、震えが来てな。」
 レイクは、右腕で左腕の震えを止めようとしていた。大丈夫なのかな?何だか苦
しそうにも見える。何があったのだろう?確かゼハーンさんの構えは、不動真剣術
の『攻め』の構えだ。レイクが練習の時、良くやっていた構えだ。多分、それより
サマになっているから、震えが来たのだろう。何せゼハーンさんのは、レイクが練
習の時やってたような、構えだけでは無い。本物の使い手なのだ。
「さて・・・。君の不動真剣術が、どれ程か、見極めてやろう。」
 シャドゥさんは、右手で木刀の柄を握る。でも、何だか握りがおかしい。木刀の
柄を、上に向けて、刃先に当たる部分を下に向ける。珍しい構えだ。あんなんで、
木刀が、まともに振れるのかしら?
「あの構え・・・。シャドゥさんは本気だ!」
 レイクは、すぐに気が付く。何だか変な構えだけど、確かにシャドゥさんの気合
が、漲ってくるのが分かる。それに凄い闘気・・・。
「・・・貴方は、この島でも相当な実力者と見受けた・・・。相手に不足無し!」
 ゼハーンさんは何と、まるで力を抜いたみたいに、木刀を下に向ける。これでは、
闘う気が無いみたいに見える。しかし、それを見たシャドゥさんが、厳しい顔付き
になる。
「君は『無』の型まで使いこなせるのか?ならば、真に使いこなせてるか、試して
やろう!使いこなせなければ・・・分かっているな?」
 シャドゥさんは、素早くゼハーンさんとの間合いを詰めると、腕を撓るようにし
て、木刀を振るう。凄い・・・。刃先が見えないくらい早い・・・。腕をムチのよ
うにして、その延長線に、木刀があるような感じだ。確かに、こんな技を持ってい
るなら、あの構えも頷ける。変則ながらも、かなり理に叶った振り方だった。
「ハッ!トゥ!」
 ゼハーンさんは、その凄まじい刀戟を、自然体のまま、受ける部分のみ受けて、
躱せる所は躱していた。その動きは、見ていて流麗だった。しかも、その間隙を縫
って、突きを伸ばす。シャドゥさんは、それを木刀を中心に回るようにして躱す。
「なるほど。『無』の型は、使いこなせているようだな。」
 シャドゥさんは、合格点を言い渡す。今のだけでも、凄い動きだと思うんだけど、
シャドゥさんは、こんな物じゃないと思っているようだ。だとしたら、伝記のジー
クは、どれ程の冴えだったのだろう?
「『無』の型だけでは無いぞ!不動真剣術!旋風剣『爆牙(ばくが)』!!」
 ゼハーンさんは、体を大きく回すと、木刀を回すようにして、小さな竜巻を作り
出す。それをシャドゥさんに打ち出した。こんな事、出来る物なの!?
「『爆牙』か!ならば・・・『瘴気斬』!!」
 シャドゥさんは、右手を腰に当てて、左手に柄を持ち返ると、居合い抜きのよう
な感じで、木刀を振るう。瘴気を混ぜたらしく、紫色の衝撃波が、竜巻と衝突する。
 ギギギギギギィィィィィン!!
 す、凄い音!耳が痛くなるわ。でも互角みたい。それぞれ、相殺しあってるよう
な感じに見える。
「隙あり!!トゥアアアアア!!」
 ゼハーンさんは、気合の声を上げると同時に消えた。いや、消えたように見えた。
 バチィン!!
 また凄い音が鳴る。よく見ると、ゼハーンさんの木刀と、シャドゥさんの木刀の
刃先に当たる部分が、それぞれ折れていた。どうやったら、こうなるのだろうか?
相当な衝撃があったには違いない。
「まさか止められるとは・・・。『閃光』を、止めるなんて、やりますな。」
 ゼハーンさんは、少し悔しそうだった。勝機はあったし、何より、今の一撃で、
いけると思ったから、余計にそう思うのだろう。『閃光』と言えば、この前、レイ
クが見せてくれた、あの技よね。でもゼハーンさんのは、ダッシュの早さが凄かっ
たわね。
「『爆牙』を壁にして袈裟斬り『閃光』で突っ込むのは、良くやられたからな。」
 シャドゥさんは苦笑いをする。どうやら、過去の使い手に、相当絞られたらしい。
ゼハーンさんは、小さな竜巻を打ち出した後に、シャドゥさんが相殺してくるのを
見越して、相手に突進する袈裟斬り『閃光』を放ったのだが、シャドゥさんは、そ
れを読んで、完璧に返して見せたのだ。だが、その衝撃で木刀が壊れてしまったら
しい。凄いハイレベルな戦い・・・。
「木刀も割れたし・・・ここまでに致そう。どうやら、本物のようですな。」
 シャドゥさんは、ゼハーンさんに握手を求める。
「貴方の返しも、中々の物です。今度、修練致そう。」
 ゼハーンさんは、握手をして応えた。どうやら互いに力を認めたらしい。こう言
う光景って、見てて気持ち良い物よね。
「先程は、失礼致しました。彼の一族の子孫ともあれば、魔族としても歓迎致しま
す。是非に、我が家を自分の家と思ってご使用下さい。」
 シャドゥさんは、深々と頭を下げる。シャドゥさんは、一度気を許した相手には、
とことん尽くす傾向にあるようだ。
「忝い。ご迷惑をお掛けする。」
 ゼハーンさんも、頭を下げる。まぁ当然っちゃ当然の対応よね。
「こりゃ、凄い人が居たもんだ・・・。」
 エイディは、首を振りながら感心する。確かにゼハーンさんは凄い。とても人間
とは思えないくらい、強い。
「凄い!いやぁ、俺、ビックリしちまったぜ!」
 レイクは、拳を握りながら嬉しそうに言っていた。あれは、本当に感嘆している
時のレイクだ。恐らくジュダさんの時よりも、剣術の冴えを間近で見られた事に感
動していたのだろう。
「レイク殿。今日、このゼハーン殿も、ジェシー様の館にお連れします。そこで、
存分に稽古しましょう。楽しみですな!」
 シャドゥさんは、恐ろしい事を言う。しかし当のレイクは、嬉しそうだった。本
当に、この頃剣術に、嵌まってるんだなぁ・・・。
「・・・宜しいのか?私が相手しても?」
 ゼハーンさんは、シャドゥさんに尋ねる。
「大歓迎です。レイク殿の成長は、素晴らしいから、手伝ってくれると助かります。」
 シャドゥさんは、包み隠さず言う。どうやら本当に手伝うらしい。
「俺、是非、ゼハーンさんとも手合わせしてみたいよ!」
 レイクは、目を子供のように輝かせながら言う。
「そうか・・・。ならば、手加減は、出来ませぬぞ。」
 ゼハーンさんは、嬉しそうな顔をして、レイクの方を見る。
「そ、それはちょっと困るかも・・・。でも、いつか絶対追いついてみせるぜ!」
 レイクは拳を握る。レイクなら、出来るかも知れない。今は段違いの実力差があ
る。敵う敵わないの次元じゃない。でも、レイクは頑張り屋だし、何かを感じさせ
る物を持っている。いつか、この二人に、追いつくかも知れない。
「うむ。・・・それが、自然な形なのですからな。」
「自然な形?」
 私は、シャドゥさんに聞いてみる。自然な形とは、どう言う事だろう?レイクが
強くなろうとする事であろうか?
「・・・シャドウ殿。心遣いに感謝する。」
 ゼハーンさんは、改めて礼をする。どうやらゼハーンさんには、通じているよう
だ。まぁ、それなら良いか。
「シャドゥ様。ご出立の準備が出来ました。」
 ナイアさんが、犬のパステルを用意する。そう。そう言えば、このパステルも、
いつでも、ジェシーによる『転移』の扉が開けるらしくて、この前、突然居なくな
ったのも、そのせいらしい。あの時は、ちょっと心配したんだけどね。そのパステ
ルに、全員分の弁当を背負わせる。・・・って、このパターンは・・・。
「ふむ。皆様には、ご足労掛けます。ジェシー様の館に、向かいましょう。」
 シャドゥさんは、ジェシーさんの館の方を指差す。・・・そっか。ゼハーンさん
は、『転移』の登録してない物ね・・・。あの道を、また歩くのね・・・。
 私は、頭が痛くなるのを抑えながら、黙って従う事にした。
 こうしてゼハーンさんと言う、新しい人を迎える事になった。この人は、どこと
なくジェイルに似てるなーと、私は直感で思っていた。もしかしたら、レイクも、
そう思ってるのかも知れない。



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