NOVEL Darkness 1-7(Second)

ソクトア黒の章1巻の7(後半)


 もがいても、もがいても・・・。
 果たしきれなかった約束が、あった。
 あの赤い絨毯の上で誓った、親と子。
 親は盾となり、子は未来を担った。
 強大な敵と戦うには、余りにも卑小な子は、望みを託す事にした。
 自分では、成し得なかった可能性を、小さな存在は持っていた。
 ならば自分は、小さな存在を、ひたすら守り抜く。
 そして・・・いつの日か、小さな存在が、大きな存在へ進化する。
 その時まで、この身を犠牲にしよう。
 そうする事でしか、親との約束を果たせない。
 誰よりも強く願った可能性を・・・誰にも示せない男が願った。
 唯一つの可能性を・・・大きな存在へ羽ばたかせるのだ。
 ・・・そんな強い願いを、感じた。
 悪夢ではあったが、その強い願いは、いつも心の奥底に流れ込んでいた。
 怨嗟の声に押し潰されなかったのも、その強い願いが、あったからこそだ。
 その願った男が誰なのか・・・俺は察しが付いている。それこそ、俺の親父なの
だろう。俺に願いを託すために、全てを捨てようとしているのは感じた。
 まだ見ぬ親父だが、俺への真摯な思いは伝わってきた。だからこそ、会いたいと
思う。それだけの願いは何なのか、そして親父の更に親、つまり祖父は、何を願っ
たのだろう?その答えが、この悪夢を晴らす手段だろう。
 俺の呪縛。それはこの悪夢に他ならない。俺は、この答えを得るまで、人に勝つ
事など出来ない。まだ怨嗟の声が聞こえてくるくらいだ。子供の頃に見た悪夢が、
この頃は、毎日のように見る。怨嗟の声を断ち切る・・・そんな事が出来るのだろ
うか?
 しかし、ゼハーンさんは答えを示すという。ゼハーンさんの、いつもの厳しさや、
ここぞと言う時に見せる優しさを、俺は知っている。俺には、もうゼハーンさんが、
何者なのか、何となく分かっていた。しかし、そうなると、俺の存在こそ嘘である。
ゼハーンさんとの関係が、思った通りであればある程、疑問が絶えない。俺の訳が
無いのだ。こんな夢を見て、怨嗟を断ち切れ無い俺の訳が無いのだ・・・。
 そんなこんなで、ゼハーンさんはジェシーさんの館に着くなり、ジェシーさんに、
何かを熱心に説明していた。ジェシーさんは、時折怒号を上げるが、ゼハーンさん
は、首を縦には振らない。やがて、ジェシーさんが、溜め息を吐くと、何かを手渡
していた。一体、何をしようと言うのだろう?
 それに気のせいか、今日は、誰も訓練に入ろうとしない。剣術の訓練場の周りに、
皆が居るのが見える。これもゼハーンさんの、思惑の一つなのだろう。シャドゥさ
んすら、訓練場に入ろうとしない。そして、この訓練場を見渡せる2階の謁見席に、
ジェシーさんが座っていた。訓練場は、何か緊迫したような雰囲気に包まれていた。
 本当に、何をする気なのだろう?意図が読めない。
「待たせたね。今日は、ゼハーンの強い申し入れがあったからね。」
 ジェシーさんは、謁見席から声を張り上げる。良く見ると、いつも一緒に練習を
している、他の魔族達も見守っている。
 そして、ゼハーンさんが、ゆっくりと訓練場に入ってくる。
「ゼハーンさん。これは、どう言う事だ?」
 俺は尋ねてみる。しかしゼハーンさんは、強い闘気を胸に、こちらを見据えるだ
けだ。何やら異様な雰囲気だ。俺は、思わず木刀に手を掛ける。
「レイク。今日は、木刀は必要無い。仕舞うと良い。」
 ゼハーンさんは、口を開く。木刀が必要無い?今日は、組み打ちの練習でもやる
のだろうか?俺は仕方なく、木刀をシャドゥさんに手渡した。
「レイク。私が言った弱点を、必ず克服するのだぞ。」
 シャドゥさんが、手渡す時に耳打ちした。どう言う事だろう?
「レイク。これを持て。」
 ゼハーンさんは、真剣な表情で俺に細長い物を手渡した。それは、いつもの木刀
より少し重めの物だった。そして包みを開けた。
「な!?こ、これは、真剣じゃないか!!?」
 俺は思わず声を上げる。間違いない。刃止めすら、されていない。切れ味は、か
なりの物だ。・・・まさか・・・。
「レイク。今日は、これを使って斬り合う。」
 ゼハーンさんは、闘気を発散させたまま言う。どうやら冗談では無いらしい。
「何言ってるんだ!これじゃ、決闘みたいじゃないか!」
「みたいでは無い。今日は、お前と決闘をする。」
 ゼハーンさんは、自分の剣を抜く。どうやら、俺のと同じ材質の物らしい。
「何だよそれ・・・。何で、そんな事しなきゃならないんだよ!」
 冗談では無い。俺はゼハーンさんと、殺し合いなんかしたくは無い。
「レイク。お前は心に弱点がある。この真剣を使って駄目なら見込みは無い。なら
ば、せめて私の手で、倒しておきたい。」
 ゼハーンさんは本気だ。何でこんな事になるんだ・・・。だが、そうなると、俺
の予想は違ったらしい。ゼハーンさんは、不肖の弟子に止めを刺したいのだ。
「冗談じゃないぜ。俺は、ゼハーンさんを斬るなんて出来ねーよ。」
 そうだ。ゼハーンさんが何者であれ、師匠を斬るなんて出来やしない。
「思い上がり甚だしい!!お前は、私を追い詰められるとでも思っているのか?」
 ゼハーンさんは、厳しい口調で答える。
「ちぇ・・・。そうかよ。そんなに、俺と殺し合いがしたいのか!なら、受けてや
るさ!」
 俺は、もうヤケ気味に答える。納得は出来ない。だが、こんな所で殺されては、
堪らない。俺は、こんな所で死ぬために、あの島を出た訳じゃない。
「そ、そんな!?レイク!!それに、ゼハーンさんも一体どうしたのよ!」
 どうやら、ファリアには知らされて無かったらしい。抗議している。
「ファリア殿。これはゼハーン殿が望んだのです。貴女なら・・・意味が、分かる
筈だ。・・・だから、止めては駄目なのです。」
 シャドゥさんが、悔しそうな顔をしてファリアに言う。
「だからって・・・間違ってる!こんなの違う!」
 ファリアは、何か事情を知っているのだろう。この頃のやり取りを見ても、気が
付いているような節があった。だから、余計に納得行かないのだろう。
「大丈夫だ。ファリア。見ていろ。俺は死にはしないし、ゼハーンさんを殺すなん
て、結末にもさせはしない!!」
 何処まで出来るか、分かりゃしない。だが、最悪の結末だけは絶対避けてやる。
「レイク・・・。貴方、分かってるの?死んじゃうのよ?まかり間違ったら死んじ
ゃうのよ?どっちかが、死んじゃうのよ!?」
 ファリアは、気が気で無いらしい。
「これは、ゼハーンが強く望んだ決闘。そしてレイクが受けた以上、止める訳には
行かぬ!ならば、せめて、華々しい闘いを見せると良い!」
 ジェシーさんが、謁見席から声を張り上げた。すると、魔族達は、盛り上げるた
めに、歓声を上げている。これじゃ何かの見世物だ。
「見世物になるのは癪に障るけど・・・良いさ。やってやるさ!この決闘。受けて
やる!それで、俺の何かが分かると言うのなら・・・受けるさ!」
 これは試練だ。俺が、どう成長出来たのか試すための試練だ。
「ようやく、その気になったようだな。私は、手加減しないぞ。」
 ゼハーンさんは、闘気を殺気に変えている。こりゃ勝つのは、至難の業だ。
「では、これより、ゼハーンとレイクの決闘を執り行う!!双方用意・・・始め!!」
 ジェシーさんが、掛け声を上げる。それと同時に、ゼハーンさんは剣を不動真剣
術の『攻め』の型に変える。俺もそれに倣って、『攻め』の型を取る。守っては、
突破口は開けない。それに実力では、ゼハーンさんの方が、まだ上なのだ。小細工
は出来ない。
「ふおおおお!!!」
 ゼハーンさんは、気合を入れて剣を振り下ろす。それを、俺は渾身の力で弾き返
す。・・・つもりだったが、剣の、余りの鋭さに、押し返されそうだった。ここで
様子見をしたら、今頃、バッサリ斬られていたかも知れない。・・・凄い緊張感だ。
「ふふ。良い顔になってるぞ。レイク。その顔は、緊張を楽しむ顔だ。」
 ゼハーンさんが、ニヤリと笑う。ったく、こっちは余裕が無いってのに・・・。
何にしても、受けきっていては、こちらが消耗するだけだ。
「でやああああああ!!」
 俺は、袈裟斬りを放つ。それをゼハーンさんは、剣の背でしっかり受け止める。
そして、ゼハーンさんは、そのまま滑らすように下からの斬りを放つ。それを俺は、
体を引く事で避ける。
「良い反応だが・・・。避けが、甘かったな。」
 ゼハーンさんに言われた通りだ。俺の左肩に、痛みが走る。それは、いつものよ
うな鈍痛では無い。刃物で斬られた痛みだ。
「これくらいで参る、俺じゃあないぜ。」
 俺は左手が動く事を確認すると、ゼハーンさんの目を見据える。
「そうか。それでどうだ。感じるか?レイク。これが真剣だ。この重さと、この危
機感、この緊張感こそが、お前に足りぬ物だ。」
 緊張感・・・。考えてみれば、俺は木刀でずっと型を教わってきた。そして、相
手を圧倒する術を得た。だが相手を、本気で倒す事まで考えて居なかった。
「そうか・・・。だが、俺の呪縛は、こんな生易しい答えじゃあ無い。」
 俺は知っている。この呪縛を解くには、脳天を突き抜けるような衝撃が、必要だ
と言う事をだ。この緊張感は、確かに今まで知らなかった物だ。だが、それだけで
は、足りない。危機感だけで、この怨嗟は断ち切れはしない。
「・・・知っているさ。お前は、この状況に立たされても、まだ俺の事を気遣って
いるのだからな。そんな事だから、お前は成長しないのだ!!」
 ゼハーンさんは、厳しい口調で答えると、袈裟斬りを放ってきた。俺は、それを
袈裟斬りで対抗する。しかし、ぶつかった瞬間、跳ね返されたのは俺の方だった。
「はぁ・・・。何て力強さだ・・・。」
 俺は、転げながら立ち上がって、態勢を整える。
「・・・所詮、ここまでの器だったか。お前は、18年間の人生の中で、何を糧に
生きてきたのだ?お前は、他人を思いやる心しかない。自分より、他人を助けよう
と考える。立派な心掛けだが、そんな物は、自己満足に過ぎん。」
 ゼハーンさんは、容赦無い言葉を投げ掛ける。俺の、最も気にしている部分だ。
「自分を思いやる心の無い奴が、他人を助けようなどと笑止千万。そんな事は出来
はしない。自分を犠牲にする事で、何が出来る?その後に、何が残るのだ!!お前
の人生は、そんな・・・無駄な人生だったとでも言うのか?これでは、お前のため
に命を懸けた者も、救われないな。」
 ・・・何だよ。何だってんだよ。俺の人生は、無駄な人生だと?
「アンタ、俺ばかりか、ジェイルの事まで愚弄するのか!?」
 俺は構わない。だが、ジェイルの事を罵倒されるのなら、我慢出来そうが無い。
「悔しかったら、力で対抗するんだな。お前は反論する価値さえ・・・無い!!」
「ふざけるなあああああああ!!!!!」
 俺の中で、何かが切れた。俺は、右に左に狂ったように剣を振るう。ゼハーンさ
んは、それすら剣の背で、しっかり受け止める。
「ゼハーンさん!何考えてるのよ!!」
 ファリアの怒号が聞こえる。ファリアは、あの位置から魔法を使いそうな程、興
奮していた。横で見ているエイディも、興奮しているようだった。
「手出しはならぬ。決闘は真摯な勝負。他人が、手出しする事は罷りならぬ!」
 ジェシーさんは、いつに無い程、厳しい顔でファリア達を制する。
「一体どうしちまったんだよ。ゼハーンさんよぉ。兄貴に、そんな事言うなんてよ!」
 グリードが悲しそうな目をしている。グリードは、ゼハーンさんとは仲が良い筈
だ。この状況を、一番悲しんでいるのは、アイツかも知れない。
「真剣勝負なら、目が覚めると思ったのだが・・・。駄目だったようだな。」
 ゼハーンさんは、素早く三段突きを繰り出す。その瞬間、俺の脇腹と、右肩に激
痛が走る。どうやら避け損なったようだ。そこを好機とばかりに、ゼハーンさんは
攻め込んできた。俺は受け止めるが、余りの鋭さに、所々斬りを受けてしまう。
「ちぃ!!」
 足に、何回か斬りを受けた。太腿や膝の辺りにも、痛みが走る。このままでは、
消耗していくだけだ。俺は必死に打ち返すが、それ以上の力で跳ね返される。
「レイク。お前の仲間は、お前を信じている。お前が、どんな反撃をしても無駄だ
と言うのにな。見込みがあると思ったが・・・残念だったな。終わりにする!!」
 ゼハーンさんは、俺を突き飛ばすと俺に向かって、突きを繰り出す。今度こそ、
胸を貫く気だ。このままでは、躱せない・・・。
 俺は・・・無駄な人生を送ったのか?俺には無意味な人生だったのか?俺は生ま
れて来ない方が良かったのか?俺には、なすべき事が残っている筈なのに・・・。
ここで死ぬのか!?ここで殺されるのか?ここで終わってしまうのか!?
 嫌だ!そんなの嫌だ!冗談じゃない!冗談じゃねぇ!!
 冗談じゃねぇぇえええええええええええええええ!!!!!!
 ザクッ!!
 ゼハーンさんの剣は、地面を突き刺す。俺は、寸での所で躱したのだ。
「・・・けるな・・・。」
「む?良く躱せた物だ。だが、次は容赦しない!」
 ゼハーンさんは、容赦なく俺に打ち込んでくる。俺は、それを肩口で浅い所で受
け止める。そして、下からの突き上げを放つ。
「グアアア!!」
 ゼハーンさんは、右肩を押さえる。だが、俺にとっては、そんな事は、どうでも
良い事だった。俺は覚悟を決めた。多少食らってでも、ゼハーンさんに斬りを打ち
返すと。
「・・・ざけるな!!!」
 俺は、更に呟きながらゼハーンさんに追撃する。ゼハーンさんは弾き返しに行く
が、俺の力が上回った。ゼハーンさんは、手にジーンと来たのか、押さえている。
俺の中で何かが、弾けている。心の拒否が漲る力を与えてくれた。
「ふざけるんじゃあねぇえええええええええ!!!俺は、無意味じゃねぇ!!」
 俺は心の奥底から叫んだ。その瞬間、ゼハーンさんは、後ろにたじろいだ。
「本当に無意味じゃないと言い切れるのなら、証明して見せろ!!」
 ゼハーンさんは、手の痺れを気力で無くしてしまう。
「・・・アンタの言う通り、俺は確かに自分より仲間を優先してきた。この生き方
は確かに危うい。だがな!俺は、仲間を誰よりも信じてきた!!その心まで、無意
味と言われて、堪るかってんだ!!」
 俺は吼えた。それは、嘘偽りの無い俺の心の叫びだった。仲間を思う心に、嘘を
吐いてはいない。その心が、無意味と言うのならば、その言葉こそ否定してやる!!
「・・・自分より仲間か・・・。お前は・・・いや、もう何も言うまい。」
 ゼハーンさんは、目を伏せる。そして剣を後ろに引いた。
「お前の覚悟を試す。・・・ここからは、本気でやる・・・。」
 ゼハーンさんは、目の色を変える。今まで本気じゃ無かったと言うのか?
「本気ってのは、どう言う意味だよ?今までのは、嘘だったのか?」
 俺は皮肉を言う。そんな筈が無い。
「本気だったさ。だが、不動真剣術は、使わなかったがな。」
 俺は言われて、初めて気が付いた。そうだ。ゼハーンさんは、一度も不動真剣術
を使っていない。構えのみだ。
「ここからは使うってんだな。なら、俺も、そうさせてもらう!!」
 そう。俺も使ってはいない。ここまでは、意地と心の鬩ぎ合いだった。だが、こ
こからは、技量と剣の才能を競う、真なる戦いだ。
「・・・レイク。集中しろ。しなければ、私の剣が容赦なく飛ぶぞ。」
 ゼハーンさんは、プレッシャーを掛けてくる。だが、今の俺は、怨嗟の声も聞こ
えない。かつて無い程、集中していた。これなら、行ける!!
「不動真剣術継承者・・・。ゼハーン=ユード=ルクトリア。参る!!」
 ゼハーンさんは、名乗りを上げると、剣を素早く回転させて風の竜巻を作る。そ
れを寸分違わず、俺に向けてくる。旋風剣『爆牙』か。しかし、この風量。木刀の
時とは、訳が違う。本気で放った『爆牙』は、必殺の風と化す。
「ならば!防技!『光壁(こうへき)』!!」
 俺は、剣を回転させて、風の防壁を作る『光壁』で迎撃する。『爆牙』の威力に
押されかけるが、回転力を増す事で何とか凌ぐ。
 それにしても、この威力・・・。ゼハーンさんは、さっきよりも更に鋭い剣を放
っている。俺程度で、勝てるのだろうか?
「づええええええい!!」
 ゼハーンさんは、雄叫びと共に三段斬りを放つ。『光渦(こうか)』だ。まるで
光が踊っているような剣筋で、素早く斬る事から、こう名付けられた技だ。俺は、
それを一段目をしゃがんで、二段目を弾いて、そして三段目は、そこから身を引く
ようにして躱す。しかし、胸に痛みが走る。どうやら、皮一枚斬られたようだ。
「そりゃぁぁぁぁぁああ!!」
 ゼハーンさんは、間髪入れず居合いのような構えをすると、闘気を乗せた斬りを
放ってきた。これこそ居合いの『疾光(しっこう)』だ。一条の光が、迫ってくる
が如く、斬気がこちらに向かってくる。俺はそれを、袈裟斬り『閃光』を放って、
何とか止めてみせた。ゼハーンさんは、次々技を出してくる。その組み合わせたる
や、継承者の名に恥じぬ組み合わせだった。
「ならば、これでどうだ!!」
 ゼハーンさんは、剣で円を描く。あの技は!!
「はぁぁああああああ!!!」
 俺は負けずに、剣で円を描く。そして五芒星を素早く描くと、前面に闘気を集中
させる。ゼハーンさんも同じように闘気を、描いた五芒星に込めていた。
「行くぞ!!不動真剣術!奥義『光砕陣』!!」
「いっけぇぇえ!!不動真剣術!奥義『光砕陣』!!」
 俺とゼハーンさんは、ほぼ同時に『光砕陣』を放った。ここだ!ここで勝たない
と、俺に反撃のチャンスは無い。ゼハーンさんは、闘気を打ち出す技は、そこまで
得意じゃない筈だ。さっきの『疾光』の時、思ったより、簡単に迎撃出来たと言う
事は、闘気を打ち出す技は、そこまで得意では無いと言う事だ。
「ぬぅぅ!!私の『光砕陣』を、押すつもりか!」
 ゼハーンさんは、拮抗している事に驚いていた。今までの技のキレや力の差など
は、今の俺では跳ね返せない。しかし闘気の量に関しては、劣ってはいない筈だ。
「押してやるんだああああ!!」
 俺は、これまでに無い気合で『光砕陣』に闘気を送り込む。少しずつ、ゼハーン
さんの『光砕陣』が押され始めていた。俺は、俺を支えてくれたジェイル、義兄弟
とまで言ってくれたグリード。俺を影ながら応援してくれたエイディ。そして、俺
の事を好きだと言ってくれた・・・俺の愛しき女性の事を思い浮かべる。すると、
闘気の量が爆発するように、増えていくのを感じた。
「濃い人生を送ってきたのだな・・・。やはり、お前は・・・。」
 ゼハーンさんは、小声でそう言うと、嬉しそうな顔をする。その瞬間、『光砕陣』
は、一気にゼハーンさんに向かって押し出された。ゼハーンさんは、『光砕陣』を
まともに受けて、体ごと押し出される。しかしゼハーンさんは、歯を食いしばって、
その威力に耐えていた。しかしチャンスだ!ここで、俺が負ける訳にはいかない!
今の俺には、怨嗟の声も聞こえない!
 俺は体を少し引くと、ゼハーンさんに向かって高速に剣を打ち出す。袈裟斬りが
見事に、ゼハーンさんに決まった。
「・・・はぁ・・・。『閃光』!!!」
 俺は、それだけ言うと、満身創痍の体を剣で支える。すると、目の前にゼハーン
さんが、立っていた。今度こそ終わりか・・・。だが、もう悔いは無い。やるだけ
の事はやった。これ以上は、体が動きそうに無い。
「・・・見事だ。レイク。お前の誇りの一撃。確かに受け取った。」
 ゼハーンさんは、そう言うと、いつもの瞳に戻っていた。限りなく優しい瞳のま
ま、胸から斬り傷が開きだす。そして、剣で支えることすら出来ずに、倒れる。
 俺は、この瞬間に悟った。いや、最初から気付いて当然の事だった。
「ゼハーンさん・・・。何で演技をしたんだよ?」
 俺は分かっていた筈だった。ゼハーンさんが、本気で、あのような事をする筈が
無い。俺の怨嗟の声を打ち消すためにやった、命懸けの演技だった。
「半分本気・・・だったさ。で無ければ、意味が無かったのでな。」
 ゼハーンさんは、ニヤリと笑う。だが、血がどんどん流れ出る。
「全く・・・君と言い、この男と言い、不器用過ぎる!!」
 シャドゥさんが、いつの間にか近くまで来て、ゼハーンさんの傷を、テキパキと
包帯を巻いて、血止めをしていた。
「全くだよ。こうなるって目に見えてて、やるんだから世話が焼けるね。」
 ジェシーさんまで来ていた。気付かないなんて、俺、相当疲れてたんだな。俺は、
その瞬間、体が癒されるのを感じる。
「・・・馬鹿なんだから!!どっちも、馬鹿なんだから!!」
 ファリアの声だ。ああ。この声を聞くと、安心する。ファリアは『治療』の魔法
を俺に掛けているのだろう。とても、気持ちが良い。
 俺の周りには、心強い仲間が居る。そして、その仲間を助ける気持ちに偽りは無
い。俺は、俺の生き方を貫くつもりだ。だが、ゼハーンさんは、俺自身の事も大事
にしなくては駄目だと言った。それは正しい。俺を大切にしなくては、仲間は守れ
ない。その大事な事を、この人は体をもって、示してくれたのだ。俺自身をピンチ
にする事で、自分を大事にする心を、引き出そうとしたのだろう。
 そのゼハーンさんは、俺の斬りをまともに食らって、治療中だ。当然である。即
死しなかっただけ、マシである。それもゼハーンさんの体が、鍛えられてたおかげ
だろう。だが、シャドゥさんの血止めと、ファリアの『治療』で、ゼハーンさんも
血の気が戻ってきたようだ。
「・・・ふふ。死ねなかったか。」
 ゼハーンさんは、楽しむような口振りだ。
「何言ってるんだよ!アンタはよ!!」
 俺は、ゼハーンさんの言葉にキレた。ゼハーンさんの捨て鉢な生き方が、気に入
らない。まるで、誰かのために犠牲になるために、生きてるみたいじゃないか!
「レイク。私のために、心を痛める事は無い。これは、お前に対する報いなのだ。」
 ゼハーンさんは・・・いや、この人は、やっぱり俺が思った通りの人だった。
「気にしすぎだぜ。ゼハ・・・いや、親父さんよぉ!!」
「・・・フッ。気が付いていたんだな。」
 否定しなかった。やはり、この人は俺の親父だったのだ。
「私は・・・お前には、詫びても詫びきれぬ。」
「何が詫びだよ!俺は・・・嬉しかったんだぜ!天涯孤独だと思ってたのに、親父
が居るって、分かってさ!」
 そう。俺は気付いていた。何と無く、そう言う節はあった。一子相伝の不動真剣
術を、俺に例外的に教えてくれた。息子の情報を追って、この島に来た。そして俺
の中で、一番しっくり来るのが不動真剣術だと言う事で・・・俺は、ゼハーンさん
と絶対に何か繋がりがあると思った。そう考えると、15年前に息子を、行方不明
にしてしまったゼハーンさん。そして3歳の頃から『絶望の島』に入っていた俺。
その記憶のパーツが、どんどん埋まっていく。そう考えたら、ゼハーンさんが、親
父だとしか、考えられなかった。
「私を親父と呼んでくれるか・・・。だが、お前の怨嗟の元が、私だと知っても、
お前は親父と呼べるか?」
「・・・どういう事だよ。」
 親父さんは、もう大分回復して来ている。ファリアの魔法が、かなり効いてるの
だろう。意識もハッキリしてきている。
「事の始まりは・・・小さな事件からだった・・・。」
 親父さんは、話し始める。恐らく・・・これは、俺にとって重要な話。切っても
切れない話なのだろう。


 それは15年前の話だ。
 事の始まりは、新聞に少し出るような、小さな事件からだった。
 私は、私の父、リークと剣の修行をしつつも、お前を育てて、妻のために農作業
を営む、極幸せな生活をしていた。今の時代に剣は必要無いとさえ、感じていた。
 父リークは、日増しに増長を続ける、セントに対して、かなり不満はあったよう
だが、時代の流れを汲み取ってか、行動を起こしはしなかった。
 私の妻はシーリスと言ってな。非常に気の付く良い妻だったが・・・いかんせん
体が弱くてな。妻は、都会の空気に触れるのが、きついらしく、ユードの澄んだ空
気を、こよなく愛していた。セントの近郊ながら、田園広がるユード家の敷地は、
妻にとって、良い療養になったに違いない。
 事件は、些細な事から始まった。近所で小火騒ぎがあってな。火事とまでは、行
かなかったが、農具を担ぐ馬の小屋などが、燃えたらしく、多少騒ぎになった。幸
い、馬は無事だったらしいが、これから、気を付けようと言う事になった。
 だが、その騒ぎがあってから、シーリスの様子がおかしくてな。勘の良い妻だっ
たから、何か感付いたのかも知れないと思って、色々聞いてみたが、『気になる所
がある』としか、言わないのだ。私も気のせいだと思って放っておいた。こう言う
騒ぎがあった後の、気の引き締めみたいな物と考えていた。
 だが、事件は終わらなかった。よりにもよって、私の家の畑が燃やされてな。そ
の時は、消火活動も兼ねて大変だったが、3分の1燃えた程度で済んだ。だが、こ
れは、さすがに放火犯の仕業だろうと言う事になった。立て続けに、火事が起きて
は、さすがに怪しむと言う物だ。
 まぁそこで、この近郊では、一番力のあるユード家に調査を依頼されたのだ。そ
の調査には、私が当たる事になった。わざわざ父の手を煩わせる程の事でも無いと
思ったし、シーリスの体の事もある。他人事でも、無かったしな。
 私は、まず近所のアリバイを調べた。当然だ。調査では、まず基本の事だ。近所
の人々のアリバイは完璧だったし、不審な点も、見当たらなかった。そこで次は、
寺社や神社、さらには教会などが、受け入れている信者に何か無いか、調べてみた。
ユード家の近くでは、大きい修道院があったし、すぐ近くに、鳳凰教という鳳凰神
を祭る神社もある。調査を進める内に鳳凰教にて、変な噂を耳にしてな。それは、
こうだ。
『信者が、この頃、雲隠れをしている』
 と言う物だった。この上無く怪しいとは思ったが、結論を急ぐ訳にもいかないの
で、雲隠れをしている場所を聞いてみた。すると、不思議な事に、セントの近郊で
な。あの辺は、ソーラードームに通じる関所などもあるので、中々一般には、行か
ない場所なのだが、そこに集まっていると言う。しかし、関所破りなどは、滅多に
起きない。それはやったとしても、すぐに捕まってしまうからだ。
 私は何度となく、その周辺を調べたが、どうにも痕跡が残っていなく、足止めを
食らっていた。諦めかけた時だ。また小火騒ぎがあった。しかし、また本気で放火
するような素振りでも無い。まるで、何かを試してるような感じも受けた。
 私は、素早くセントの近郊を見張って、誰か来るか待ち構えていた。すると、す
ぐにやってきたので、私は音も無く、尾行する事にした。幸いにして、私も毎日の
修練の中で、足音を殺す運び方も習っている。
 すると、ある所で、足を止めていた。バレたか?と思ったが、そんな素振りも無
い。そいつは、周りを見渡して林の中に入ったと思った瞬間、消えていた。私が見
落としたのか?と思ったが、あんなに凝視してて、見逃すのも考え難い。私は、消
えた辺りを調べると、何と大きな木の幹に、扉らしき物があった。ここを使ったの
だと、すぐに直感した。そして中に入っていったのだ。
 中は意外にも広かった。地下への階段を降りていくと、ちょっとした回廊のよう
になっていてな。そこから、広がるように大広間に繋がっているといった感じだっ
た。私は、気配を殺して、姿を隠しながら、奥へと立ち入ってみた。
 そこで、私は驚くべき光景を目にした。とても、すぐ作ったとは思えぬ程の、立
派な礼拝堂。そこに並ぶのは、やはり居なくなったとされていた、鳳凰教の者達の
姿だった。そして祭壇に立つ凛とした輝きを持つ者が、演説をしていた。
「諸君!君達は、優秀であらねばならない。なぜならば、鳳凰神と言う優れたる神
を信ずる、英知ある者だからだ!分かるね?」
 恐ろしいまでのカリスマ。この者は、人を集める事も排除する事も、可能だろう。
そう思わせる重厚な雰囲気。自信満ち溢れた、その立ち振る舞いは、指導者と呼ぶ
に相応しかった。
「鳳凰神は、救いを求める物を決して見放したりしない!英知ある君達が、今まで
人に認められなかったのは・・・その者に、人を見抜く才が無かったからだ!」
 人は、優越心を持たせると、信じ込み易くなる。この者は、人を操る方法を熟知
している。放火犯を追って、とんでもない物を発見した物だ。
「この周辺は、例の伝説を信じ切ってる人々が多いと聞く。それは、誤りである!
誤りは烈火により、正さなくてはならない。」
 なるほど。やはり偶然では無かった。放火の可能性が高いと思っていたが、まさ
か、黒幕が居たとは思わなかった。
「次に鉄槌を下すのは誰だ?」
 こうやって私の家の周辺を燃やしていたと言う訳だ。道理で小火が多い筈である。
こんな極普通の信者を、利用している内は、大きな行動を起こせまい。
「それをやられると困るな。やらないでくれると助かる。」
 私は、信者の後ろから姿を現した。すると周りは、どよめき始める。
「あれは・・・ユード家のゼハーンだぜ。」
「マジかよ。何でここに!?」
 信者達は驚きながらも、私に近づこうともしない。そんな度胸のある連中では無
いのだ。この頭さえ居なければ、ただの烏合の衆なのだろう。
「随分と、でかいネズミが掛かった物だ。」
 私を知っているらしい。そして、この者はどうやら私にバレても、平然とする事
が出来る度胸も、持ち合わせているようだ。中々厄介だ。
「私は、この小火騒ぎが、どんな物か調査しただけだ。それにしても、分不相応な
野望を抱く物だな。不動真剣術を敵に回すとはな。」
 私は、いくらか効果がありそうな脅しをしてみた。
「ハッ!不動真剣術?笑わせるな。確かにあの剣術は、優れてると言わざるを得ま
い。だが使う者によって、強さは歴然たる差が出るであろう?伝記の勇士ジークが
使うのならまだしも、貴様や、現継承者が使った所で、そこまでの脅威になる物か。」
 どうやら自信があるらしい。コイツは、中々手強いようだ。
「ならば、この剣を試してみるか?」
 私は剣を取り出した。すると、波が引いたように、信者達が引き始める。
「ふっ。勇ましい事だな。貴様は、どうやら本当に、ただ調査に来ただけらしいな。
私の実力を計る気らしいが、それは愚かな事だ。」
 その瞬間に、ソイツは只ならぬ神気を放ち始めた。私は、さすがに驚いた。神気
とは、神か天界に住む天人、聖人で無くては、使えない力だ。となると、この者は、
天人か聖人の一人なのであろうと想像が付く。よもや、こんな所で天人、聖人に出
会えるとは、思って居なかったのだ。タイミング的には最悪のタイミングだ。
「お前は、何者だ・・・。」
 私は、さすがに疑問を口にしてしまう。
「フッ。名乗らなくてはならぬか?私の名は鳳凰神の子、ゼリン=ゼムハードだ。
鳳凰教の真の導き手だ。貴様が、相手にするのは神の子だぞ?」
 ソイツは、驚きの名前を口にした。鳳凰神の子供だという。鳳凰神は、義理の子
を育てていると聞いたが、その名が、ここで出てくるとは・・・。
「何故、不動真剣術を狙うのか?しかも神の子たるお前が混乱を広めて良いのか?」
「フフフフフ。物を知らないと言うのは怖いな。私は、混乱を広めているのでは無
い。良いか?セントを乱す材料こそが、混乱だ。セントの安寧を乱す事こそ、大罪
なのだよ。」
 私は、その慇懃無礼な考え方が、気に入らなかった。ここは本来なら、引き返す
べきなのだ。相手の力は、私が思っていたよりも遥かに強い。そして、闘い方も、
私より優れている。なのに、この一言で私はキレた。私は、剣に闘気を集中させて、
五芒星を描いた。
「お前のような考えを認める訳にはいかぬ!この世の中が、変になったのも、貴様
のような者が、その考えを流布しているせいだ!」
 私は、力の限りを五芒星に集中させた。そしてタイミングを計って、全てをゼリ
ンにぶつけた。他の信者達が離れていて、助かった。巻き込まれた者は、居ないよ
うだ。と、そう考えていると、私は、驚きの光景を目にした。
「これは、確か『光砕陣』と言ったか。なる程な。」
 ゼリンは、何と片手で私の『光砕陣』を受け止めていた。
「理想的な技だが、闘気の量が足りんな。ハッ!」
 ゼリンは、『光砕陣』を握り潰してしまった。
「お前は・・・何故、瘴気まで使いこなせるのだ!?」
 私は、その事実に驚いた。今『光砕陣』を防いだ時に、出した力は、明らかに瘴
気だった。ゼリンは、事も無げに髪を払う。
「私を誰だと思っているのだ?私は、父ネイガに天才とまで言わしめた者だぞ?」
 ゼリンは、揺るぎ無い自信で、こちらに向かってくる。鳳凰神は、凄まじいスピ
ードを誇る五大神の内の一人だ。そのネイガから、天才とまで言われるとは・・・。
「私に歯向かうとは、馬鹿な男だ。良いか?貴様にとっては、セントが支配をして
いる世の中に移るかも知れん。だが人間と言うのは、平等足りえぬ生き物。セント
の人間は、優れたる者と認めてしまえば楽ではないか。このセントの平和を乱そう
とする貴様の方こそ、今の世にとって悪なのだ。その辺を理解すると良い。」
 この考えに同調する訳には行かない。セントの人間だけの世の中。ならば、それ
以外の人々は、奴隷だとでも言うのだろうか?
「他の国の者を、無価値と決め付けるような考えに、同調出来はしない!」
「馬鹿な・・・。他の国の者は、セントの人間のために働くと言う重要な役割があ
る。そうする事によって、セントに行きたいと思う気持ちが生まれる。そして、そ
れが、昇華に繋がると理解しろ。人間が、ここまで繁栄できたのは、上に行きたい
と言う欲求からだ。それ無くして、平等な世界を、築き上げようと言う試みは、進
化を妨げるだけだ。」
 ゼリンの言う事は一理ある。平等な世界は理想だ。だが、そこから上を目指そう
と言う気持ちが失せてしまったら、それは進化を止める結果になり兼ねない。だか
らと言って、不平等を認める、このやり方には疑問を抱かざるを得ない。
「フッ。それに貴様とて持っているであろう?劣等感を。貴様は、どうしようもな
い劣等感を抱えている無いないか。生まれの家に対する、劣等感をな。」
 ゼリンは、私の心を見抜いていた。ここまで知っていると言う事は、生まれてか
ら今までの事を、調べ上げていたのだろう。確かに私は、父リークに対して、劣等
感を抱いていた。父は100年に一度、出るかどうかと言われる程の腕前だったの
に対して、私は凡才でしか無かった。こんな平和な時勢で無ければ、天武砕剣術の
生まれであったシーリスと、結婚出来る筈も無かった。許婚だったらしいが、私に
は、出来過ぎた女性だ。せめて、腕前だけでも認めてもらおうと、ガムシャラに剣
を振り続けた。しかし、結果は付いてこなかった。
「ぐっ!!私は・・・。」
 ゼリンは、見透かしていたのだ。その劣等感をだ。私は周りが見えなくなる。
「ふふふ。貴様如きが、相手では物足りぬが、これは挨拶だ。」
 ゼリンは、私が放心している間に、近づいて来て、何も出来ぬ私の首を、掴んで
壁に叩きつける。そして容赦の無い打撃が飛んでくる。私は、その先の事を覚えて
いない。何度も殴りつけられて、血反吐を吐いた事は覚えている。動けぬようにな
った所で、私を父親の元へと送り返したと聞き及んでいる。
 その私を発見したのは、シーリスだった。私は即刻看病を受けた。どうやら、内
臓破裂を起こしているらしく、ズタズタだった。シーリスは、それからと言うもの、
床に臥せってしまった。
 そして、ある日・・・。私は、静かに眠りに就いていた。誰かが、バタバタと、
こちらにやってくる。この足音は、父リークだ。そして扉を開ける。
「・・・どうしました?父上。」
 私が、体を起こすと、父は肩を震わせていた。
「・・・死んだ。」
 父上は、静かにそう言った。何が何だか分からなかった。
「死んだ・・・?とは誰が?・・・ま、まさか!!」
 私は、嫌な予感がした。そして父が否定しない所を見ると、間違いなかった。私
は、痛む体などお構い無しに、目的の部屋までひた走る。そして扉を開けた。
「・・・ま、まさか・・・。」
 私の目に入ったのは、残酷な事実だった。精神的なショックで、ずっと床に臥せ
っていた妻シーリスが、まるで何かを願うような形を取って、目を閉じていた。
「シーリス・・・。シーリスゥゥゥゥゥ!!」
 私は、シーリスの体を揺さぶっては泣いた。これ程までに、人間は涙が出る物か
と思うくらい泣いた。この死は、私のせいだ。私が、あの時判断を誤らなければ、
こうはならなかった筈だった。ゼリンと闘おうなどと、思わなければ良かったのだ。
「ゼハーン・・・。悔しいか?」
「・・・悔しゅう御座います!!!」
 私は、初めて本音で父に話した。父は厳しい存在だったので、今まで、ここまで
感情をぶつけた事は無かった。
「セントが、許せぬか?」
「我が生涯に懸けても、許せませぬ!!」
 私は迷いなく言った。この手で、セントのあり方を否定して、あのゼリンに、一
太刀浴びせたかった。シーリスの死は、それくらい悲しかった。
「そうか・・・。私も許せぬ。お前に対する仕打ち、そして、ここまで増長したセ
ント。そして、シーリスを死に追いやった、ゼリンをな!」
 父は本気で怒っていた。この人が、怒るのを初めて見た。この人は、いつまでも、
どっしりと構えてる人だと思った。だが、この時は、阿修羅の如き形相で、セント
を見ていた。
「ゼハーン。本気で、セントを許せぬな?そのためなら、何でも耐えるか?」
 父は私を試していた。父も本気だからこそ、聞いているのだ。
「シーリスは、許婚であったとは言え、魂を共有出来た、素晴らしき妻でした。そ
れを奪ったセントを、許す訳には行きませぬ!」
 私は淀み無く答えた。恐らく、こんなに意思表示をしたのは、生まれて初めてだ
った。私は、これ程の感情が、自分にあるのが不思議でならなかった。
「ならば・・・。これより、ルクトリアに行く。彼の地は、我々にとって第二の故
郷。あそこで、決起を促す事で、人々の可能性を見たい。」
 父は、本格的にセントを攻めるつもりだった。その証拠に、すぐにセントに行こ
うとしない。徹底抗戦するつもりなのだろう。民衆を決起させる。それは、並大抵
の覚悟では無い。この血を利用する程に、許せぬ相手。それがセントだった。
 私は、すぐにでも行きたい気持ちを抑えて、体を治して、父との猛稽古を重ねた。
そして、ようやく免許皆伝をもらった。そして、ルクトリアに向けて出発したのだ。
そこからは、意外とスムーズに進んだ。と言うのも、ルクトリアの者達は、毎日セ
ントのために働いているのを、由としていなかった。いつか、切っ掛けさえあれば
と、狙っていたのだ。そのためか、思ったより早く決起の時は来た。
 ルクトリアの民衆と共に、セントからの派遣者を縛り上げると、解放の狼煙を上
げた。そこから南下して行き、サマハドール、パーズと来てストリウスまで至った。
セントの軍隊は、あっけなくリークや私の手によって敗れた。それに民衆は、100万
人にまで至っていたので、そう簡単に、潰されるような数では無かった。
 これで無念を晴らせる。シーリスの死は、私たちに悲しみと共に怒りをくれた。
その原動力で、ここまで至ったのだ。必ず勝てる。そう思った・・・。
 何せ父リークは、伝説のゼロ・ブレイドを手に『無』の力だけでは無く、闘気を
膨れ上がれさせ、何度もピンチを救ってきたのだ。これからも、この父が居れば、
いけると思った。やはり父は強かった。何せ、修行の末に『無』の力を使いこなせ
るようになったのだから凄い。勿論、伝記のジークとまでは、いかないだろうが、
快進撃の源は、父の力に拠る所が大きかった。
 そして、やっとセントの入り口まで来た。100万の味方、伝記の剣を携えて、事の
始まりの所まで来る。そこには、お誂え向きの相手が待っていた。
 不敵な笑みを浮かべて、こちらを見る。その顔は忘れもしない。
「手を焼かせてくれるね。一度やられれば、充分だと思わなかったのか?」
 勿論、ゼリンだった。ゼリンは、父リークを目の前にしても余裕な顔だ。
「ゼハーンよ。あの者が、ゼリンか。」
「そうです。忘れもしません。あれこそ、鳳凰神の子を名乗るゼリンです。」
 私は、怒りを抑えてゼリンを見つめる。ゼリンは、それを流すように無視すると、
父を見る。その眼は、少し嬉しそうだった。
「貴様がリークか。ポテルシャンは、人間にしては高そうだ。だが、私に対して、
剣を向けるのは早いのでは無いか?」
 ゼリンは、私と対峙した時と、少しも変わらぬ口調で話しかけてくる。
「早いか遅いかでは無い。お主は、我がユード家の逆鱗に触れた。打ち倒す!!」
 父は本気だった。父の闘気が膨れ上がっていく。それに応える様に、民衆も大い
に湧きあがっていた。
「馬鹿者共が。セントに歯向かう。それは、大罪だと警告した筈なのだがな。お前
達には生存し、働く権利を与えたのに、自ら放棄すると言うのか?」
 ゼリンは、100万の民衆を前にして少しも怯む事は無かった。
「俺達は、セントのために働きたい訳じゃない!」
「アンタらの私腹を肥やすだけの生活なんて、真っ平なんだよ!」
 民衆は、口々に文句を言う。相当耐え兼ねていたのだろう。不満は爆発していた。
これが、セントによる支配の評価である。
「仕方が無いな。セントに従っていれば、明日を見させたものを・・・。この美し
いセントを否定し、壊そうと言うのなら、こちらも武力で立ち向かうしか無いな。」
 ゼリンは指をパチンと鳴らす。すると、見た事も無いような、鉄の塊が現れた。
何をする道具なのかも分からない。だが、何か嫌な予感がした。それに後ろに控え
る兵士達は剣を持っておらず、何か細長い物を持っている。あれは、何だろうか?
「君達は、化学を知らな過ぎるな。覚えておけ。これが『兵器』だ。」
 ゼリンは合図を送ると、鉄の塊の細長い筒から、高速で玉が飛んできた。そして
後ろの方で人に当たると、その瞬間に爆発が起きた。これは、今では当たり前のよ
うに知られている『戦車』だった。当時は、まだ無かった物なのだ。そして兵士達
が、細長い物を肩に構えると引き金を引いた。その瞬間、高速で弾が打ち出される。
「うわあああああああ!!」
「あ・・・う・・・。」
 後ろは阿鼻叫喚の図だった。瞬く間に死人が増えていく。ゼリンの合図と共に撃
ち出される高速の弾は、恐ろしい程の殺傷能力を持っていた。これは虐殺だった。
「やめろぉぉぉぉおおおお!!」
 私は叫ぶ。それに父も弾を弾きながら応戦しているが、キリが無いと思ったのか、
ゼリンの方に向かっていく。
「お前達。私が、あの二人と戦う。その間、民衆を抑えるのだ。逃げる者にも容赦
は要らぬ!セントを、心から憎んでいる者に、未来は有り得ぬ!」
 ゼリンが号令を掛けると、丁度、ゼリンと私と父を避けるように、弾が飛んで行
くようになった。
「お主のような非道を許す訳には行かぬ!!お主を倒して、こ奴等を止めてみせる!」
 父は、烈火の如き怒りをぶつけていた。当然だ。こんな事が、許されて良い訳が
無い。これが、セントの支配だとでも言うのだろうか?
「反乱を食い止めるのは、私の責務でね。嫌なら投降しろ。リークよ。」
 ゼリンは、少しも動揺しない。やはり本物なのだろうか?紛れもなく父は、私よ
り数段強いと言うのに!そうしてる内にも、後ろの民衆は虐殺されていく。
「時間は掛けられぬ・・・。ぬおおおおおお!!」
 父は『無』の力を生成する。それを見て、ゼリンは兵士達に合図を送る。すると、
兵士達は攻撃を止めて、ソーラードームの一部分を開ける。そして次々と、その中
に入っていった。それはゼリンも同様で、ソーラードームが、壁となって立ちはだ
かる形になった。
「臆したか!!ゼリンよ!まぁ良い!この壁を消せば、済む事!『無』の力を舐め
るなああああ!」
 父は、ゼロ・ブレイドに『無』の力を注入すると、思い切りソーラードームに、
ぶつけた。全てを『無』に返す恐ろしい力『無』。これにより戦乱は、収まったと
言う伝説の力が今、現代に蘇ったのだ!そして壁を・・・。
「な、何だ・・・と!!?」
 父は驚きを隠せなかった。何とソーラードームは、無傷だった。私も狼狽した。
そんな筈が無い。そんな筈が無いのだ。『無』の力が、全く通じないとは、一体、
どう言う事なのだろうか?
「フッ。仮初の『無』の力で、このソーラードームを、落とせるとでも?」
 ゼリンは、ソーラードームの中から、不敵に笑う。
「落とせぬ筈が無い!!」
 父は、再びゼロ・ブレイドに力を込める。究極の『無』の力が、生成される。
「不動真剣術!!秘儀!『無音(むおん)』!!」
 父は、ジークが、神魔を打ち倒す時に使ったとされる『無音』を繰り出した。全
てを切り裂く筈の衝撃波。しかし、ソーラードームの前に、敢え無く砕け散った。
「馬鹿な!!『無』が!」
 父は呆然とする。私とて予想外の出来事だった。まさか『無』の力が、全く通用
しないとは、思って居なかった。
「いつまでも、仮初の『無』の力に頼ってるからそうなる。貴様は、自ら『無』を
作り出したのでは、あるまい?そんな不安定な『無』で、この傑作、ソーラードー
ムは、破れはしない。考えが、甘過ぎるのでは無いか?」
 ゼリンの言葉に、父は唇を噛む。仮初の『無』とは、何なんだろうか?
「怪訝そうな顔をしているな。ゼハーン。良いか?リークの『無』は、仮初なんだ
よ。本来の『無』の力は、自らの内から捻り出す物だ。しかしリークのは、ゼロ・
ブレイドに闘気を注入させる事で、ゼロ・ブレイドの記憶から『無』の力を作り出
すと言う代物だ。その剣ならではの反則技だ。しかし、『無』の概念までは、貴様
は、理解しては、いまい?」
 ゼリンは説明する。と言う事は、父は『無』の力を本当に使いこなせる訳では、
無かったのだ。ゼロ・ブレイドが、あってこその『無』の力だったと言う訳だ。
「さて、反撃は、そこまでらしいな。・・・やれ。」
 ゼリンは後ろに控える兵士達に合図を送る。すると、先程の悪夢を、繰り返そう
としていた。
「パァ・・・パ?」
 私は、懐の声に気が付いた。さっきまで寝ていた私の息子が、目を覚ました。
「・・・む?・・・赤ん坊か・・・。」
 ゼリンが、気が付いたようだ。
「ユードの血を引く赤ん坊か。面白い。」
 ゼリンは、何か企んでいるようだ。しかし、息子は、守らなくてはならない。
「ゼハーン!!その子は渡すな!!」
 父は、いつに無く、真剣な顔になる。その訳を知っている。この子は特別なのだ。
生まれてきた時から、輝いていた。目の力が尋常じゃなかった。父は、一目見た時
から、これまでに無い器になると、太鼓判を押す程の息子だった。
「ゼハーン。その子は、このセントで育ててやろう。何不自由ない生活を、約束し
てやろう。その代わり、貴様とリークは、投降したまえ。それが条件だ。そして、
この兵士達も攻撃を止めさせる。どうかね?」
 ゼリンは、取引をする様子だった。私は心が揺れた。このままでは、やられるの
は、自明の理だ。『無』の力は通じない。戦力は、あちらの方が上。これ以上の犠
牲を、食い止められるかも知れない。
「騙されるな!ゼハーン!!コイツが、そんな約束を守るとでも思うのか!!」
 父は反対する。それはそうだ。このゼリンが、本当の事を言うとは思えない。
「頑固だな。リーク。ならば、仕方が無い。」
 ゼリンは合図を送る。すると兵士達は、一斉に攻撃を開始する。すると、見る見
る内に、血の絨毯が出来上がっていった。その絨毯は、人だった。赤という赤。赤
から朱になり、紅になる。その見事なまでの殺戮に、民衆はどんどん巻き込まれて
いく。最前線で、父が食い止めようとしているが、ゼリンが、それを許さなかった。
「ゼリン!・・・待つんだ。攻撃を止めてくれ!!」
 私は決心した。もう・・・もう、これしか方法が無い・・・。
「ゼハーン!!・・・くっ・・・。」
 父は、もう反対しなかった。これ以上、続けていても、犠牲者が増えるだけだと
悟ったからだ。血の絨毯は、恨めしそうにして、死んだ人々でいっぱいだった。恨
まれて当然だ。私達の判断の遅れで、死んでいったのだ・・・。
「ゼリンよ。私が投降して、この子を渡せば、人々の安全を約束するのだな?」
「私は、意味の無い攻撃は、好きでは無い。セントへの攻撃意志が、無いと分かれ
ば、このような真似を、するつもりは無い。」
 ゼリンは言い放つ。嘘は無いようだ。ゼリンとて、無駄に犠牲を出すのは、嫌な
のかも知れない。
「父上・・・私は投降します。このような結果は、悔しい限りですが、これ以上の
犠牲を増やすのは、私には耐えられません。」
 私は、この身さえ犠牲にすれば、全てが収まると思っていた。そして、断腸の思
いで、息子をゼリンに手渡す。私は、涙が止まらなかった。
「ふむ。ご苦労。この子は、エリートとして育てよう。英雄殿は、どうするのだ?」
 ゼリンは父を見る。父は、溜め息をついて座りだした。
「ゼハーンに、付き合おう。この身は、罪人に落とされる身。ならば、せめて盾に
でもなれればと思う。」
 父は、そう言って笑って見せた。その顔は、今までに無い穏やかな表情だった。
「さて、行くとしようか・・・。」
 父は、そう言って、行こうとする瞬間に、私の手を、おもむろに引いて、赤の絨
毯の上に投げ出した。
「!?何を!?」
 私は驚いた。父は、私を投げ飛ばしたのだ。
「ゼハーン!!お主は、死んではならぬ!!逃げよ!!」
 父は、これまでに無く厳しい表情をして、そして柔らかな笑顔を見せた。
「父上!!何故!!」
 私を、逃がそうとするのか。能力の無い私を、逃がそうとするのか。それに息子
は、もうゼリンの手の中なのだ。
「・・・トチ狂ったか。リーク!!」
 ゼリンは、憤怒の表情を見せた。あれこそ怒髪天衝くと言う奴なのだろう。
「早く逃げるのだ!!」
 父は、振り返るなと目で言っていた。
「そこまでして、平等とやらを築きたいのか?貴様らは。」
 ゼリンは、兵士に合図を送る。しかし、その前に、父は五芒星を描いていた。そ
して天高くから振り下ろすように、五芒星を落とす。
 広範囲に広がった五芒星は、兵器や兵士達を覆う。ソーラードームに入る暇さえ
無かった。完全な奇襲であった。
「させるかぁあああああ!!」
 ゼリンは、父を追いかける形で天へと飛び立つ。そして五芒星が降りかかる前に
父の胸を貫いた。父は喀血する。しかし、そのままニコッと、こちらを見て笑うと、
死力を振り絞ってゼロ・ブレイドを振り切った。
 ゴォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
 物凄い轟音と共に、辺り一面が、爆発に覆われる。そして兵器や、兵士達は、一
掃されるように倒れていった。兵器は、すっかり使い物にならなくなった。
「・・・私を怒らせたなあああ!!!」
 ゼリンは、父の胸を貫いた腕を、そのまま横に持っていく。すると胸から、外に
向かって穴が空く。それでも、飽き足らないのか、滅茶苦茶に殴り始めた。
「気が変わった・・・。貴様らには、最高の屈辱を味あわせてやる。」
 ゼリンは、もうグッタリしている父の腕を、もぎ取る。物凄い力で、捻ってもぎ
取った。そしてゼロ・ブレイドを奪い去った。そして、憎しみを込めて、手刀を使
って父の首を刎ねて見せた。
 私は・・・それを見届ける事も出来ずに逃げた。父の遺言を守るためだ。父は、
私に生きろと言った。それは、いつか私が立ち上がると言う意味では無い。次代に
任せるためにも、生きろと言ったのだ。
 その後、私は、命からがら逃げた物の、新聞で、ある事実を知った。それは、父
がルクトリアにて、首を晒されたと言う事。それと私の息子が、流刑されたと言う
事だ。私は、すぐにでも出向いて、息子を助けようと思った。だが、それが、不可
能だと知った時、絶望に苛まれた。
 それからである。私の人生の目標が決まった。息子が生きているなら、必ず隙を
見て、取り戻す。そして・・・必ず、伝記の剣『ゼロ・ブレイド』を取り戻してみ
せる。そうでもしなければ・・・私の罪は拭えない。私の浅はかな判断で、シーリ
スが死に、私の力の無さが、父リークを死に追いやり、息子を、渡してしまう結果
となったのだ。必ず・・・必ずやり遂げなければ・・・。


 悲しい結末だった。
 一つの区切りだった。
 男は生き残って、絶望を味わった。
 そして復讐と希望を胸に抱いて、生きる道を選んだのだ。
 その希望・・・それが、この俺だと言うのか。
 俺は、所々悪夢と重なる部分があって、思わず拳を握った。しかし、この状態の
親父を責める事なんて、出来ない。
「・・・私の人生は、半生は幸せに塗れた分、その後は、苦しみ抜く人生だった。」
 親父は、未だに俺の母の事を悔やんでいるのだろう。
「なる程な・・・。」
 俺は合点が行ったし、親父が、ここまで苦しむのも、手に取るように分かった。
「レイク。私は、大罪を未だに償えぬ半端者だ。父と呼ばれる資格も無いのだ。」
 親父は、俺と同じだった。俺もジェイルの事で、ずっと後悔していた。
「だから何だってんだよ・・・だから何だってんだよ!!」
 俺は、声を張り上げる。
「親父。逃げないでくれよ!!俺達、親子なんだろ!?だったら、まだまだ、やら
なきゃ行けない事だらけだろ!罪を償うとか!そんな所から始めるなんて・・・順
序が違うだろう!!」
 そうだ。こんな後悔ばかり聞かされるなんて、真っ平だ。せっかく巡りあえたの
に、まだちゃんとした、挨拶さえしてない。
「・・・親父。久しぶり。15年振り、だったんだな。」
 俺は、まずこの言葉から始めた。何か言いたい事もある。聞きたい事もある。だ
が、それより、この頑固親父を、言い聞かせる事が先だ。
「私を親と呼んでくれるか・・・。・・・随分、待たせてしまったな。レイク。」
 親父は、限りなく優しい笑顔で、この言葉を紡いだ。これで俺は、この人と、本
当の親子に、なれる気がした。
「・・・やっと言えたのね。まったく。頑固者よ。親子だけに、そっくりだわ。」
 ファリアが口を尖らす。しかし、その目は少し潤んでいた。
「良かったな!兄貴!ゼハーンさんもさ!!これからは、ゼハーンさんの事、おや
っさんって、呼ぶよ!」
 グリードは無邪気に喜んでくれた。こういう時に、この男は、何とも嬉しい仕草
をしてくれる。
「これからは、仲良くしろよ?見てる俺達の方が、寿命が縮むぞ?」
 エイディは、皮肉を言いながら返す。何とも、エイディらしい。
「舞台作ってやったんだから、感謝するんだよ?」
 ジェシーさんは肩を叩く。感謝し足りないくらいだ。
「この光景、待ち侘びましたぞ。レイク殿。」
 シャドゥさんは、我が事のように喜んでいる。前から知っていたのだろう。
「よぉし!今日は、ここまでだ!体を休めるのが、先だからね。」
 ジェシーさんは、俺と親父の体を気遣っていた。それはそうだ。俺も、傷だらけ
だし、親父など、後一歩遅かったら、俺が殺していた所だったのだ。
「・・・レイク。これから先、生き残りたかったら、敵に甘さは捨てろ。」
 親父は真剣な目で言った。これは警告だろう。親父は、自分の甘さに敗れた。そ
して、大切な者を犠牲にしてしまったのだ。だから俺にも、警告するのだろう。同
じ想いを、させたくないのだろう。
「親父。俺は仲間のためなら、どんな奴にだって負けない。」
 俺は言い切った。この仲間を守るため。それが、俺の生き甲斐になりつつあった。
「甘い。甘いが・・・私の息子らしい答えだ。」
 親父は、そう言うと口元で笑う。親子なのだと、痛感しているのだろう。
 そして、今日は昼過ぎだったが、シャドゥさんの家に帰る事になった。
 生きる事への問い掛け。
 俺は、ずっとそれを胸に、抱いてきた。
 そして、とうとう俺の正体を知った。
 だが、今更、生き方を変えるつもりは無い。
 しかし、どうやって生きていくか・・・方向性は見えた。
 仲間を守る。そのためなら、何でもする。
 その覚悟を、持たなければならないと痛感した。
 そして・・・倒すべき敵も見えてきた。
 鳳凰神の子、ゼリン=ゼムハード。
 俺の宿敵であり、皆の仇。
 まだ会った事の無いゼリンを・・・俺は、倒さねばならないと誓った。
 そのもう一方で、これで良いのだろうか?と、問い掛ける俺が居る。
 だが、これから生きていく以上、必ず出会うであろう敵なのだと認識した。
 この狂ったソクトアの、起源であるかも知れないゼリンに・・・。
 俺は、心の底から会いたいと思った。
 それは、憎しみや怒りからでは無く・・・興味からであった。
 皆は恨んでいる。しかし・・・俺には、そこまでして、セントを守りたいと思え
るなんて、凄い人物だと思っていた。
 確かに、やり方は最低だと言える。・・・それでも、セントを守りたいと言う願
いは、本物だと、俺には思えた。
 この英雄の血が恨まれるのなら、それを武器に、会ってみれば良い。何か話せる
筈だ・・・俺は、そう感じずには、いられなかった。



ソクトア黒の章1巻の8前半へ

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