NOVEL Darkness 2-3(First)

ソクトア黒の章2巻の3の壱


 3、闘祭
 誇りを持って、この仕事に殉ずる。
 全ての偉業は、この地の平和のために捧げる。
 例えそれが、自らの望まざる結果だとしても・・・。
 平和のために、全力を傾けた事自体は消えない。
 揺るぎ無い決意を持ってすれば、耐えられるはずだ。
 そこに裏切りが、待っていようとも・・・。
 しかし私の道は、そこで閉ざされた。
 仲間からの、不意打ちによって・・・。
 しかし運命を呪う事は無い。
 やってきた結果が、これならば・・・。
 この結果を、甘んじて受けよう。
 ・・・本当に?
 本当に納得出来るのか?否!!納得出来よう筈も無い!!
 私の道は、邪悪なる意思で閉ざされたのだ。
 あらゆる邪悪に、対抗出来ると信じていたのに、お笑い種だ。
 気が付けば、全く知らない世界に降り立っていた。
 いや、そこは、勝手知る土地。
 だが中身は、全くの別物になっていた。
 尽力してきた私の誇りが、穢されていく・・・。
 支配と欺瞞が立ち込める、この地が理想の果てなのか?
 冗談では無い!冗談では無いぞ!!
 だが、この身は、既に魂。
 やれる事は、たかが知れている。
 ならば・・・私に見合う人間を探さなくては、いけない。
 このまま滅びを待つ、私では無い。
 まずは探さなくてはならない。・・・いや、必ず見つけ出そう。
 かつて誇りを持って守っていた平和を、取り戻さなくては・・・。
 ・・・そんな意思が、流れ込んできた。


 どうやら俺は夢を見たらしい。この頃では珍しい事だ。何故なら、この頃は、寝
てる間すら、修練を積んでいるからだ。夢を見る前に朝になるパターンの方が多い。
 天上神とやらの修練は、それはそれは凄い物だった。おかげ様で俺は、闘気を形
にする事に成功した。魂で得た力は、肉体に戻っても使えるようで、試しに闘気の
塊をぶつけてみたら、壁に大穴が開いたのには、びっくりした。その時は、拳で開
けてしまったと話して恵に謝った。恵は呆れながらも、業者を呼んで直してくれる
のだから、有難い限りだ。
 天上神の修練とやらが始まって1ヶ月ほど経つ。学園生活の方も、充実していて、
部活にも精を出しつつ、勉強の方もそれなりに励んでいる。時々ゼーダが、意識に
介入してくるくらいで、他は極めて順調だった。とは言え、俺と恵は、学園では、
目立つ方なので、何かと話題にされる。まぁ、それでも皆も慣れて来たのか、今じ
ゃ、すっかりクラスに溶け込んでいる。人見知りするような、俺でも無いしな。
 一番仲が良いのは、何と言っても俊男だ。アイツは本当に良い奴だ。パーズ拳法
の達人だけあって、運動神経も良いので、俺と話が合いやすい。それに、結構マメ
な奴なので、俺が忘れ物をした時など、フォローしてくれる事もある。とは言え、
真面目なせいか、説教する癖がある。その辺は、少し勘弁してもらいたい。でも、
こっちが悪い時しか、説教しないんだから自業自得か。
 部活では、江里香先輩に手解きを受けている、と言うより、俺が、江里香先輩と
手合わせする事が多い。何せ実力は、俺と江里香先輩が、抜きん出ている。女性だ
からと、甘く見ると、すぐに一本取られるくらい、江里香先輩は強い。勿論、俺だ
け優遇と言う訳には行かないので他の部員とも、手合わせをする。気絶しないよう
にだが。それでも部員のリクエストもあって、最後は、修練の締めくくりに、俺と
江里香先輩の本気の組手を行う。何でも、それを見るだけでも、参考になるんだと
か。恵は、江里香先輩目当てに入った部員が多いと言うが、意外に、そうでもない。
真面目に組手を考える者や、部活が終わっても、修練で残りたいと言う者も、結構
居る。俺は、天神の家の門限が超えない程度に付き合っている。おかげで、部員と
も、結構仲良くなったりする。
 そんなこんなで、結構順調な学園生活を送っている。まぁ最も、慣れたのは、こ
こ最近の事で、最初に魂の修練をやりつつ学園生活を始めた時は、精神的に、相当
疲れていたのではあるが・・・。
 この頃は、慣れてきたとは言え、寝てる間を、ほとんど修練に費やすため、夢を
見る事は、少ない。だが、夢を見たと言う事は、相当に疲れていたのか?だが、そ
んな感じも無い。そう言えば、昨日はゼーダも、キリの良い所で終わりにしていた
気がする。それでか。
 ・・・それにしても、今日の夢は随分と身に覚えが無い。守る事に関して、随分
と誇りを持っている感じがする夢だった。裏切られた事への、ショックのでかさと、
信念のために諦めない姿勢は、ある意味、評価出来た。
 おっと・・・。分析する暇は無いな。そろそろ学園に行く用意をしなくちゃなら
ない。俺は、ベッドから起きて伸びをする。
「ふぁあ〜あ。」
 俺は、あくびをする。修練した後の疲れと、寝た後の体の調子が良い気分が、同
時に味わえるのは、俺くらいのものだろう。程良く疲れて、気持ちの良い朝だ。
「おはよう御座います。瞬さん。」
「おはよう。葉月さん。」
 隣に、葉月さんが居た。着替えを持ってきてくれていた。有難い限りである。俺
の世話をしてくれているので、朝、起こしに来るのも、葉月さんだ。起こされる事
が多いが、今日は、夢を見て、すぐに起きれたせいか、起こす前に起きれたようだ。
「今日は、寝覚めが良いみたいですね。良かった。」
 葉月さんはニッコリ笑う。相変わらず優しい人だ。ちなみに葉月さんは、俺の事
を『瞬さん』と呼んでくれる。と言うのも、俺が『瞬様』と呼ばれるのは、どうに
も、しっくり来ないので、こっちから『瞬様』なんて呼ぶのは止める様に頼んだの
だ。だが、呼び捨てにするのは、持っての外らしいので、『瞬さん』に、落ち着い
たらしい。まぁ、睦月さんは相変わらず『瞬様』と呼んでいる。あっちは、使用人
として当然と言った感じで、直す気は無いそうだ。まぁしょうがないかな。
「では、瞬さん。下で待ってますね。」
 葉月さんは、暗黙の了解の如く、一礼して去っていった。着替えは、さすがに自
分でやるからだ。着替えさせてもらうなんて、恥ずかしくて出来ないが、恵は、当
たり前のように手伝ってもらっているらしい。染み付いてるなぁ・・・。
 俺は、学生服に着替える。爽天学園の制服は、シンプルで、着易いのが特徴だ。
時間も掛からないので、俺としては、有難い。
 手早く着替えると、俺は、昨日やった魂の修練の確認と、天神流空手の型をこな
す事で、精神を集中させていく。昨日は蹴る時に、闘気を乗せて蹴り上げる修練を
した。それを思い出しつつ、基本の中段蹴り、下段蹴り、上段蹴りに、闘気を乗せ
ていく・・・。
 うん。良い感じだ。応用も利くし、何より俺向きだ。一昨日やった魔力の鍛錬は、
どうにも、俺向きじゃ無くてな。とは言え、俺の中に魔力の才能があると分かった
だけでも良いか。昨日の日中に、『魔法体現書』と言うのを、是非買えと、ゼーダ
から言われたので、買ってみた。しかも、かなり怪しい店でだ。ゼーダが言うには、
現代は、魔法は化学のせいで、迫害されているのだと言う。魔法使いと言うだけで、
眉唾物の世の中なので、怪しい店でしか、売っていないのだという。まぁ、その辺
の店に、ゴロゴロ置いてあるのも問題だと思うがね・・・。
 詠唱や、印の詳しいやり方が載っていたが、初心者中の初心者の俺には、チンプ
ンカンプンだった。ゼーダは、頭をスッキリさせるために昨日は、闘気の操り方を
中心の修練に変えたのだった。だが、今日の夜は、魔法の鍛錬の方をやるだろう。
「先行き不安だなぁ・・・。っと、そろそろ下に降りなきゃな。」
 俺は、一通りの型の確認を終えると、ダイニングに向かう。相変わらず、大きな
テーブルだ。俺は、未だに食事のマナーと言うのが慣れない。それでも、当時に比
べたら、上達した方だとは思うんだけどね。
「兄様。おはよう御座います。」
「おはよう。恵。」
 軽く挨拶する。やっぱ一日の始まりは、挨拶からじゃないとな。決まりきった挨
拶だけど、しないよりは、した方が断然気分も違う。
「今日は、お早いですね。いつもそうだと助かります。」
 うぐ。恵の奴、容赦無いなぁ。まぁいつも遅れるのは、俺の方だからな。文句は
言えない。今日くらいなら、恵はお小言も言ってこない。まぁ今みたいに、釘は刺
されるがね・・・。それくらいは、我慢する。
「夢を見てな。妙な夢だったんで、目が覚めたんだ。」
 俺は、正直に言う。まぁ隠し事なんてしても、しょうがない。
「夢ですか?珍しいですね。兄様から夢の話なんて、余り聞いた事がありませんね。」
 そりゃそうだ。夢自体、余り見ないのだ。話すも話さないも無い。
 俺は、妙に貫禄掛かった、今朝の夢の内容を話す。
「へぇ・・・。何だか、随分とロマンチックな夢ですね。」
 恵は、興味があるみたいだ。まぁ珍しい夢だからな。守るだの守らないだのと言
う話だし。何だか、物語の一部のような夢だったな。
「俺には、身に覚えが無いんだけどなぁ。」
「夢にも、種類があるんじゃないですか?私は、余り見ないのですけどね。」
 恵は面白い事を言う。確かに種類って言うのは、あるのかもしれない。夢には覚
えている夢と、覚えの無い夢があると聞く。覚えのある夢は、主に自己の記憶から
呼び覚まされて、夢と言う形で現れると聞く。しかしこれは、総じて悪夢が多く、
良い思い出を、夢で見ると言うのは、余り無い様だ。反対に覚えて居ない夢と言う
のは、良い夢だった時が多いと言う。これは、良い夢だったと言う自己の認識によ
り、強烈な記憶に残さなくても、良い内容だと判断されるためだと言う。
 しかし、今日俺が見た夢は、どうにも違う。誰かの記憶を、垣間見たような感じ
の夢だった。俺以外の誰かの意識が、流れきたような感じもした。無論、願望を含
んだ夢を見る時もある。しかし、そう言う夢は、総じて虚ろな景色である事が多い。
今日見た夢は、恐ろしく現実的であった。
 最も俺には、既に誰の記憶が流れ込んだか、予想が付いていた。
 今朝の夢は、ゼーダの記憶に間違い無いだろう。
(・・・。ま、嘘を吐いても仕方ない。君の予想通りだ。)
 今日、話した夢の内容を聞いていたか。
(神の記憶を、簡単に話してしまう君の感性を疑う。)
 そっちばっか俺の記憶を見てるんじゃ、不公平だからな。
(全く・・・。まぁ、私の記憶が見えてしまったのなら、仕方が無い。)
 しかし、俺の体を使って、今のソクトアに革命でも起こすつもりなのか?アンタ。
(本当は、そのつもりでいた。今のソクトアは腐りきっている。人々は、自然の恩
恵を忘れ、化学に頼っている。神や魔族の存在すらも、信じぬ愚か者の集団だ。私
としては、不満この上ない事だ。)
 まぁ、アンタの言いたい事も分からないでも無いけどさ。全部が全部悪いって決
め付けるのは、どうかと思うぜ。
(・・・君は幸せだな。まぁ良い。君が、私を必要とするまでは、君を鍛える事に
専念するさ。)
 ・・・引っ掛かる言い方だけど、気にしても仕方無いか。
 そうしている内に食事を取り終えた。今日も、いつものように登校だ。近頃は、
恵の取り巻きも、随分と減ってきている。それでも、かなりの数だが・・・。俺は、
いつも、俊男と擦れ違って一緒に登校する。アイツとは、気が合うんだよな。
「いってらっしゃいませ。」
 いつものように、葉月さんが俺と恵を送り出す。睦月さんは、恵の代わりに応対
などの全てをこなしているらしく、とても、送り出しまでは出来ないらしい。忙し
いよな。あの人・・・。
「兄様。今日は、部活動対抗戦の日ですね。」
 恵が話し掛けてきた。ああ。そうだ。何でも、爽天学園では1学期に1度、部活
動を、競わせると言う事をやっている。何でも、モチベーションを上げるのが目的
で、学生に目的を持たせるのが狙いなのだとか。勉学系はクイズ方式で、スポーツ
系は、団体力を見ると言う事で騎馬戦、芸術系は、作品展示会を開く。内の校長も
この日を楽しみにしてるんだとか。で、我が空手部は、格闘技系なので、何と異種
格闘技戦を行う事になっている。それぞれ代表を決めて、トーナメントを行うのだ
とか。物好きったらありゃしない企画だ。生徒会は、進行及び審判をやる事になっ
ている。忙しい事、この上無い。
「恵は、生徒会だよな。大変だろ?進行。」
「あれ?兄様聞いてなかったのかしら?今年は、生徒会からも代表選手が出ますの
よ。勉学系に1人と、格闘技系に1人。」
 ・・・まぁ代表以外が、進行すれば良いのだが・・・。生徒会まで参加するなん
て、如何にも爽天学園らしいや。しかし・・・気になるな・・・。
「格闘技系って、まさか・・・。」
「兄様の想像通りの人が出ますわ。江里香先輩に、お手柔らかにとでも、伝えて下
さい。今年は、男子の部と女子の部で、分かれてますので。」
 ・・・聞くまでも無かったか・・・。やっぱり恵が出るんだな。どっちを応援し
て良い物やら。男子と女子に分かれてなかったら、やり辛い事、この上無かったな。
「勉学系には、生徒会長の早乙女(さおとめ) 元就(もとなり)先輩が、出場す
る予定です。あの人なら、優勝も取れるんじゃないですか?」
 うーーん。爽天の元帥なんて渾名が付いてる生徒会長の、早乙女先輩が出るのか。
こりゃ勉学系は、不満タラタラだろうな。
「で?空手部は、勿論、兄様ですよね?」
「本来なら断わるべきなんだろうけど・・・。先輩達まで、俺が出るべきだと言う
物だからな。先輩達の分まで、頑張るつもりさ。」
 一年の俺が選ばれると言うのもなぁ。でも俊男も代表だって言うし、恵も文句無
しで選ばれたらしいし。そう言う物なのかも知れないな。ちなみに、さっきも話に
出た通り、空手部の女子代表は、言われるまでもなく江里香先輩である。
「兄様?天神家なら、勿論、優勝ですよね?」
 う・・・。恵の奴、プレッシャー掛けてくるなぁ。まぁ出るからには、優勝した
いとは思っているけどなぁ。何せ爽天学園だ。どんな凄い人が出て来るか、分から
ない。その中で、俺の空手が何処まで通用するのか・・・。
「やるからには、目指すよ。」
「なら問題ありませんわ。葉月達には、祝賀会の準備をするように言ってあります
しね。私と、兄様のですよ?」
 うわ・・・。負ける可能性なんて考えて無い所が、恵らしいな。それくらい強気
の方が、良いのかも知れないけどな。
(君の実力なら、優勝するであろう?気にする事は無い。)
 ゼーダまで、そんな事を言うのか。まぁアンタとの組手を思い出しながらやるさ。
(なら優勝しないと、私が許さん。)
 わーかったよ。なら集中するよ。
「ま、いつもの鍛錬の成果を見せるさ。」
 恵は、その言葉に満足げだった。すると、後ろから俊男が来る。
「瞬君!おはよう!恵さんも、おはよう御座います!」
 相変わらず、元気が良いなぁ。この元気さは、見習うべきかな。
「おはようさん。俊男。」
「おはよう御座いますね。俊男さん。」
 俺と恵は、交互に挨拶する。もう慣れて来ている証拠だ。それに、俊男は何かに
つけ爽やかなので、挨拶し易いのだ。
「瞬君!今日は、あの時の借りを、返させてもらうよ!」
 ああ。空手大会の時のか。
「そう簡単には返させないぜ。ま、決勝で会えると良いな。」
 俺と俊男なら、決勝まで残る可能性は高いだろうな。俊男も、あれから凄い練習
しているみたいだし、要警戒だな。
「兄様と俊男さんなら、不可能では、ありませんね。」
 恵も、話を合わせてくる。
「ああ。でも気を付けなきゃいけないよ。噂に聞いたんだけど、プロレス部の伊能
(いのう)先輩は、サウザンド伊能の息子だからね。相当、鍛えこまれているって
話だよ。タフさでは、爽天学園一かも知れない。」
 そんな人まで居るのか。この学園は・・・。サウザンド伊能と言うのは、プロレ
スファンの中では、生ける伝説などと言われている凄いプロレスラーで、客の心を
捉えて離さないと言う話だ。
「あと、柔術部からは特待生のレオナルド=ヒート先輩が出るって話。ヒート先輩
は、デルルツィアン柔術のエリート生だからね。油断出来ない。」
 デルルツィアン柔術か。確かデルルツィアに旅行したガリウロル人が広めたって
言う、完成度の高い柔術だったな。その中でも、ヒート一族と呼ばれる新派は有名
で、一族揃って、柔術の達人だと言う話だ。この学園に、特待生が居るのは知って
たけど、ヒート一族まで出てるなんてな。
「忘れちゃいけないのが、柔道ガリウロル代表の紅(くれない) 道雄(みちお)
の弟の紅 修羅(しゅら)先輩だね。紅兄弟と言えば、柔道の鬼とまで、言われる
程、有名だからなぁ。」
 聞いた事があるな。紅一族は、元『羅刹』と呼ばれる盗賊団の一味だったが、心
を入れ替えて強さを追い求めるようになったのだとか。柔術を生み出したのも紅一
族だって事らしい。その一族が最近柔道を開祖して、今では国際スポーツとして成
り上がったと言うわけだ。柔道部は、その紅先輩が出るのか。
「結構優勝候補が居るんですね。でも、兄様なら優勝しますよね?」
 うう・・・。大丈夫か?俺。
「恵さん。僕も出場するんだから、簡単に優勝なんていわないでくださいよ。」
 俊男は苦い顔をする。まぁ恵も強気を隠すなんて事しないからなぁ。
「ご安心してください。兄様の次に応援してあげますわ。」
 ああ。あくまで次なのね。
「よーし!やる気出てきた!瞬君。決勝で会おう!!」
 次扱いでも満足の俊男がここにいると・・・。相変わらず熱血してるなぁ。あれ
くらい気持ち良い顔されるとこっちまで嬉しくなってくるな。
「やる気では俊男さんの方が上ですわね。」
 恵は俺のほうを向いて、兄様もやる気充分ですわよね?と言うような笑顔を見せ
る。そんな期待されると頑張らないわけにも行かないなぁ。
「そう言う恵こそ気をつけろよ。爽天は男子女子関係なく優勝候補が多いんだから
さ。江里香先輩と恵が決勝でって言うのが理想だけど・・・。」
 俺は偽らざる気持ちを言う。やはり妹と部活の主将である先輩には決勝まで残っ
て欲しい。しかし無理な事とは思えない。恵とは天神家で、先輩とは部活で手合わ
せしているが、どちらも気を抜くと一本取られるほど強い。
「江里香先輩と本気で手合わせって言うのも面白いですわ。」
 恵は本気でそう思っているんだろう。鋭い目付きがそれを物語っている。そうい
えば江里香先輩も同じようなことを言っていた。なんとも恐ろしい女性達だ。
 江里香先輩はバリバリのストライカーだ。細い体ながら力の入れ所に全く隙が無
い。それに加えて非力をカバーするために狙いどころを絞って攻撃する強さがある。
いくらタフな相手でも急所を何回も打たれては悶絶すると言う物だ。それに攻撃の
速さ、鋭さは俺より上だ。俺は江里香先輩の攻撃を見切って先読みでカバーしてい
るが、そんな芸当が出来る奴は俺くらいしか居ないのだとか。
 恵は引き込まれるような強さがある。基本的に合気道は受けの格闘技である。相
手の技に対して気を合わせて打つ技が多い。相手の攻撃力を活かさず殺さずそのま
ま相手に返すと言った高度テクニックが要求されるが、恵は難なく使いこなしてい
る。それに打撃だけではなく関節技なども幅広く使いこなせると言う長所がある。
実際に俺は、関節技の対策を恵や藤堂姉妹に実戦形式でこなしたりしている。天神
流空手にも関節技は存在するが、あくまで関節技を知って相手に対して優位を与え
ないための布石でしかない。主として用いるのは打撃である。
「ま、私と江里香先輩がぶつかった時は、私を応援してくださいますよね?」
 恵は物凄い笑顔でこちらを見る。あれは笑っているが心の中では笑って居ない。
我が妹ながら恐ろしい笑顔をするものだ。
「正直迷っちまうなぁ・・・。あ、いや・・・。」
 俺は正直なことを言うと、恵が細めで睨んできた。うう。おっかない。
「兄様。そう言う時は、この場だけでも良いから私を応援してくれると言ってくれ
れば良いんです。融通利かないのですねぇ。」
 恵は呆れてため息をつく。うーーむ。どうやら機嫌を損ねた様だ。
「兄様は正直すぎます。心配になってしまいますわ。」
「恵は俺を応援してくれるって言うんだから応援するよ。互いに優勝目指そうぜ。」
 俺は恵が純粋に俺を一番応援してくれるって言う事実は嬉しかったので、恵も応
援すると約束した。
「その言葉を信じますわ。祝賀会を台無しにしないよう頑張りますわ。」
 さすが恵だ。負けるなんて微塵も思っていない。その辺、当然のように言い切る
のが恵の凄い所だ。
 こりゃ今日はどうなることか・・・。心配で仕方なくなってきた。


 今日は皆、テンションが高かった。授業中ですら、今日の優勝者のトトカルチョ
の話で盛り上がったりしてるのだから、キリが無い。学生の本分は勉強だぞー。な
どと思いつつも、俺も興味は、トトカルチョの方にあったりするのだが。
 何せ内のクラスからは、俺と俊男が出場するんだ。話題に上がらない訳が無い。
しかも隣のクラスも、恵が格闘技で出ると言う事で、凄まじい話題になっている。
お嬢様が、いきなり格闘技じゃあね。そりゃ驚くよなー。
 何でも、このイベントのために、今日の授業は2時間しか無いってんだから、徹
底してる。って言うか大丈夫なのか?この学園・・・。
 で、問題のトトカルチョのオッズを見ると、格闘技の部の男子の一位は、俺だっ
たりする。マジか・・・。空手大会優勝の肩書きは、この学園にも知れ渡っていて、
その効果たるやオッズに現れていると言っても、過言では無いだろう。何せ男子の
三位に、俊男が居る辺り、効果絶大だ。二位は、柔道の紅 修羅先輩だ。と言うの
も、修羅先輩は、去年の部活対抗戦では、負け無しだったらしく、本来なら、一位
なのだとか。修羅先輩を倒すのが、今までの部活対抗戦の意義だったらしい。それ
が、引っ繰り返ってるんだから、俺の責任は、重大だよなぁ・・・。
 で、格闘技女子の部は一位が一条 江里香・・・。ああ。やっぱり江里香先輩か。
江里香先輩も負け無しだったらしく、今大会でも、優勝候補筆頭だ。実績があるん
だし、当然だろうな。で、恵は四位らしい。まだ実力が未知数だからだろう。いく
ら完璧にこなすお嬢様とは言え、格闘技の部門で、優勝を飾れる程、強くは無いと
言うのが、大方の予想なのだろうが、俺は甘いと思った。恐らく遊びで出てるのだ
ろうと思われがちだが、恵は本気だ。しかも、自分の弱点を克服するための合気道
だ。誇りもあるだろうし、強さも申し分ない。まぁ、初めて出る訳だし、この評価
も当然か。寧ろ、俺の期待が大き過ぎる。いくら何でも、ポッと出の一年が、一位
だなんて、ちょっとおかしいんじゃないだろうか?
 ちなみに勉学系の一位は、言われるまでもなく生徒会長なのだとか。まぁねぇ。
伊達に、オールパーフェクトな答案を出してる訳じゃあ無いよな。どのジャンルで
も、任せたまえ等と言っているらしく、恵曰く、頭脳に関して、右に出る者は居な
いのだとか。今の時点で、ガリウロル国立アズマ大学への進学が可能だとか言われ
ている程の人物だ。飛び級しても良かったらしいのだが、本人が、学生時代を満喫
したいと言う理由で、しなかったと言うくらい、非の打ち所が無いのだ。頭脳で早
乙女生徒会長に勝てそうな候補は、恵だけなんだとか。・・・今更ながら恐ろしい
妹だ。格闘技系じゃなくて、勉学系にエントリーしていれば、女子一番の候補だと
言われても支障が無いのだとか。
 まぁそんな訳で俺は、選手控え室に居る。何でも、勉学系が一番最初で、次に芸
術系、そしてスポーツ系・・・んで最後に、格闘技系らしい。何でも格闘技系は、
市内にある武道館を貸切で借りて、そこで行うと言うのだから、驚きである。最も
爽天学園からは、歩いて10分程の所にあるので、地元なのだが。
 勉学系は、そつなく生徒会長が、ぶっちぎりのトップで優勝を攫ったらしい。こ
こまで予想通りだと、気持ちが良いくらいだったのだとか。芸術系は、美術部とブ
ラスバンド部の一騎打ちだったらしい。辛くも美術部には、漫画家志望の凄い奴が
居たらしく、美術部が優勝したらしい。スポーツ系は、全ソクトアでも類を見ない
程強いと言われる、バスケットボール部が個性的ながら、凄いチームワークで騎馬
を薙ぎ倒して、騎馬戦の優勝をもぎ取ったという事だった。ちなみに陸上競技や水
泳競技などは、記録会を兼ねての、競争と言う事になっている。個人意識が強いか
らだろう。
 まぁ、ある程度、華やかながらも、何か盛り上がりに欠けていた。いつも一番盛
り上がるのは、この格闘技系なのだと言う。この頃は、生徒の目も肥えてきて、誰
が動きが良いとか、解説者さながらの奴まで居るらしい。下手な事は出来ないな。
 それにしても、俺が優勝候補筆頭って言うのは、間違いじゃないらしいな。さっ
きから、痛い程、視線が刺さる。そんなにマークしてくれなくても良いのに・・・。
「瞬君!調子は、どう?」
 緊張してる所に、俊男が来た。
「おー。俊男。いやぁ、俺には、凄いマーク付いてるんだなーって実感した所だよ。」
 俺は、ゲンナリした顔で答える。
「それだけ君は、強いと認められてるって事じゃあないか!良い事だよ。」
 相変わらず、前向きな奴だ。だが、明るい声が、今の俺には嬉しいかな。
「でも、君と当たったら、手加減しないよ。」
「良い事を言うな。俺だって、そのつもりだ。」
 俺は、負けじと言い返す。不思議だ。俊男と話していると、緊張が解れてくる。
もしかして、そう言うつもりで声を掛けてきたのか?
「おう!中々元気あるじゃないか!一年坊!」
 上から声がした。うわ。でかい!俺だって身長は、180超えているって言うの
に。この人、2メートル以上あるぞ。それに白い歯を輝かせながら、真っ白い覆面
をしている。何とも、清々しいながらも謎な人だ。
「あ。伊能先輩!」
 ああ。この人が、例のプロレスラーの息子か。俊男は顔も知ってたのか。
「おう。パーズ拳法の坊主だな。おめぇの所の主将は、どうしたんだよ?」
 伊能先輩は、俊男の主将とも知り合いらしい。
「主将は、僕の実力が見たいと言う事で、今回辞退するそうです。」
「あ。そうだったのか?俺も知らなかったぞ。」
 俊男が出ると言う事は、主将を押しのけてって事かと思ったけど、そう言う訳で
も無いらしい。
「なる程なぁ。まぁ線の細いアイツらしい言い訳だな。まぁ良いさ。ワシと当たっ
たら、放り投げてやるぞー。ん?」
 伊能先輩は、冗談とも本気とも受け取れない事を言う。
「僕だって、簡単に投げられたりはしませんよー。」
 俊男は笑いながら、受け答え返す。アイツって、何気に大物だよな。
「ハッハッハ!男はそれくらいの元気があってナンボだ。良い事だ!」
 伊能先輩は、心底嬉しいらしく、腹の底から笑っている。何だか、気持ちの良い
先輩だな。親父さんが大人物だってのも、分かる気がする。
「ところで、俊男を負かせたってのが、お前か?」
 伊能先輩は、俺の方を見る。
「俊男とは良い試合が出来ました。勝てたのも、ほんの少しの差ですよ。」
 俺は、偽らざる気持ちで言った。俊男は、本当に強かった。準決勝と決勝は、俺
も負けを覚悟した。勝てたのは、いつもの修練のおかげに他ならない。
「ほう。中々殊勝な事を言うのぉ。空手大会優勝とやらの実力、タップリ見せてく
れよ?楽しみにしてるんだからのぉ。」
 伊能先輩は、ニカッと笑って、俺に拳を突き出す。
「先輩のプロレスも楽しみです。俺、プロレスラーの鍛え方には注目してますしね。」
 俺も伊能先輩に倣って、拳を突き出すようにして合わせる。
「当たったら、タップリ見せられるぞ。それにしてもお前の拳は固いのぉ。こりゃ
楽しみだ。ワシも遠慮せんぞ。」
 伊能先輩は、そう言うと、ガッハッハ!と笑いながら、抽選会場へと赴く。そろ
そろ、組み合わせを決める抽選の時間だ。うちの格闘系の部活は、12個ある。そ
の内、柔道、プロレス、柔術、ボクシングは、シードと言う事だ。と言うのも、前
大会のベスト4が、その4つだったという事だかららしい。ボクシング部代表で、
ボクシング部主将の森(もり) 拳斗(けんと)は、ボクシングのミドル級の学生
チャンピオンだ。なる程。頷ける話だ。
 と、その前に弓道部の流鏑馬が始まった。弓道部だけは、どうしても他の類と一
緒に出来ないと言う事で。色々な技を披露してくれる事になっている。しかし、上
手い物だ。ああ言う風に遠くから射抜くと言うのは、俺には、どうも出来そうに無
い。馬の上からなんて、良くやるぜ。
(昔の合戦では、良く見られた姿だったがな。)
 そりゃ戦乱が続いてた頃は、そうだろうさ。今は、中々正確に当てられる奴は居
ないぜ?あれって、平常心と動体視力と求道心が無いと、出来ない物なんだろ?
(ふむ。今では、見世物の一つだがな。昔は、ああ言う鍛錬をする事で、己を高め
る意味でも使っていた。それにしても的にやっと当ててる程度では、まだまだだな。)
 アンタは相変わらず、手厳しいな。俺から見たら、的に当てられるだけマシだぜ。
(ほう。ならば、今度は、闘気を正確に当てる練習をしなくてはならんな。)
 ぐっ・・・。やぶ蛇だったか。まぁ良いさ。俺だって、やるときゃやるさ。
(その通りだ。まずは校内の大会を闘気抜きで勝ち抜くと良い。これも修行だ。)
 元より、そのつもりだよ。まぁある程度、気合は入れるけど、闘気を外面化する
つもりは、ねぇよ。そんな事したら、学園に居られなくなるしな。
(私は、しばらく見学させてもらうぞ。)
 そうしてくれ。闘いの最中に、気が鈍るのも困るしな。
(いつも一言多いな。全く。今日の祝賀会とやらを、私にも味わわせるためにも、
勝ち抜くと良い。)
 アンタも、意外と人生楽しむタイプなんだな。ま、期待してなって。
(ところで妹君の応援に、行かなくて良いのかね?)
 あ。そうだな。抽選会終わったら、すぐに行くさ。女子の部は、男子の部のすぐ
前だから、もう女子の部の抽選会は、終えてる頃だろうしな。ま、初っ端に江里香
先輩とでも当たらない限り、恵は負けないさ。
(心配性かと思ったら、意外と、信頼しているのだな。)
 ま、兄貴としては複雑だけどな。毎日手合わせしてれば、早々負けないってのも
分かるさ。・・・しかし広い武道館だ。貸切って言っても、確か1階席だけで、2
階席は、一般席って事で開放してるんだよな。結構集まってるなぁ。
(良い事ではないか。君の力を、見極めてもらうと良い。)
 何だか緊張するなぁ。ま、空手大会の時程じゃないか。あの時は、一回戦を勝ち
抜いて、ようやく落ち着いたんだよなぁ。
(ほう。その割には、相手の事を、見切っていたらしいでは無いか。)
 あれはな。実を言うと、もっと早く避ける予定が狂って、あんな風になっちまっ
たんだよ。まぁ途中から落ち着いてきたんで、本当に紙一重で避ける練習をしてた
んだけどな。最初は焦ったぜぇー。
(君は凄いんだか、間抜けなのか分からぬ時があるな。)
 うっさいなぁ。何事も、最初ってのは肝心なんだよ。
(ま、その意見には肯定しておこうか。っと、呼ばれたぞ。)
 ゼーダの言う通り、館内放送で男子の部の抽選が始まる。控え室の集合場所に全
員が集められた。出場選手が、ずらっと並んだ。こう並ぶと、かなり壮観だな。
「これより、トーナメントの場所を決定する。各々覚悟は、宜しいか!!」
 体育教師が声を掛けると、皆が『おう!!』と返事をする。
「よし!では名字順で、クジを引いてもらう!最初は空手部!天神 瞬!!」
 って、俺か。まぁ、最初になるのは慣れてるからな。
「押忍!お願いします!」
 俺は一礼すると、クジを適当に引く。むー。まぁ最初だし何処でも良いや。
「ふむ。天神 瞬!第2試合5番!」
 ええと・・・。それぞれ3番、6番、9番、12番がシードで1番と2番が、第
1試合になってる訳か。って事は、5番は第2試合だな。
「次!プロレス部!伊能 巌慈(がんじ)!」
「おう!」
 お。伊能先輩だ。伊能先輩は、シード用のクジをガサガサと、掻き回す。
「ふむ。伊能 巌慈!シード6番!!」
「おおお!!!」
 控え室に、どよめきが起こる。いや、俺だって唸ったよ。
「良い所を引いたぁ!!ハッハッハ!一年坊!お前の実力、早速、見せてもらえそ
うだのぉ。ワシは嬉しいぞお!」
 うーーん。俺としては、少し複雑だけど、闘えないってよりマシかも知れないな。
「頑張って、まず最初の試合を勝てるようにします!」
 俺は、いきなり優勝宣言するのも憚られるので、控えめに言った。
「殊勝だのぉ。ま、一年坊は、それで良いかも知れんな!」
 伊能先輩は嬉しそうに俺の肩を叩く。何だか、こっちまで嬉しくなってしまう。
 抽選が進んでいく。そして、注目の男が来た。
「柔道部!紅 修羅!!」
「ハッ・・・。」
 何だか、物静かな人だ。背は俺と同じくらいか?体格は、あっちの方が少し痩せ
てる感じだ。でも、どこか、風格のある雰囲気がある。さすがは前年の王者だ。
「ほう・・・。紅 修羅!シード3番!!」
「おおおおおお!!」
 また、どよめきが起こる。何だかこっちの組、やたら揃ってないか?他が弱いっ
て訳じゃないんだけどさ・・・。まぁその方が良いか。
「おう。紅ぃ!前年の借り、今年こそは返すぞ!」
 伊能先輩は紅先輩に拳を突き出す。
「勝ち抜いてから言った方が良いぞ。俺と当たるのは、そこの一年かも知れん。」
 紅先輩は、俺の方を向く。何だか緊張するなぁ。
「言うのぉ。紅。ま、俺も、気が早かったか。」
 う。俺の方を意識しだした。この二人って、因縁ありそうだけど・・・。
「去年は、準決勝で闘ったらしいよ。」
 俊男がフォローしに来てくれる。ああ。なる程。それで、こんな険悪なのか。
「天神と言ったね。君の話題は、三年の俺の所にも届いている。妹さんの事も、空
手部以来の天才と言う事もな。それに空手大会にも、目を通した。」
 紅先輩は、俺に話しかけて来てくれた。どうやら、俺も相当に、注目を集めてる
みたいだな。
「君には、天才以上の物を感じる。そう。俺のようにな。」
 紅先輩は、惜しげもなく俺の事を褒める。いや、自分の事も褒めているのか。
「見せてくれ。君の信念を・・・な。」
 何だか、不思議な先輩だなぁ。あの先輩から言われると、嫌味な感じがしないん
だよな。でも、気を引き締めなきゃ。紅先輩と当たるとしたら、準決勝だ。そこま
で勝ち抜かなきゃ。
「相変わらずスカした野郎だのぉ。いけ好かんわ。」
 どうにも伊能先輩とは、仲が悪いみたいだ。
「次!パーズ拳法部!島山 俊男!」
「はい!宜しくお願いします!」
 俊男は、元気に返事をして抽選を引く。あれ?何か残念な顔してるぞ。
「ふむ。島山 俊男!第3試合!8番!」
 ああ。なる程ね。これで俊男は、俺とは、決勝でしか会えないと言う訳か。
「参ったなぁ。瞬君と闘うには、決勝まで行かなきゃいけないのかぁ。」
 俊男は、難しい顔をする。
「ハッハッハ!俊男の相手は、俺かも知れんぞぉー。」
 伊能先輩は、俊男の事は気に入ってるみたいだなぁ。
「ま、僕も出るからには優勝したいですしね!お互い頑張りましょう!!」
 俊男は、気持ち良いくらいの声で、俺達を励ましてくれる。良い奴だ・・・。
 抽選は、どんどん進んでいく。
「レオナルド=ヒート!シード12番!!」
 お。これでシードは、全員決まりか。俊男が勝ちあがれば森先輩に当たる訳だ。
「ほう。お前がパーズ拳法部の、島山か。」
 早速、森先輩が来た。どうやら、俺達は、目立っているみたいだ。
「森先輩ですね。当たったら、お手柔らかにお願いします。」
 俊男は、相変わらず礼儀正しい。
「いやいや、パーズ拳法のような古い拳法で、近代格闘の定番であるボクシングに、
どれだけ近づけるか、楽しみだよ。」
 何だか、余り良い先輩じゃないなぁ・・・。
「ハハッ。嫌だなぁ。これでもパーズ拳法は、日々進化してるんですよ?」
 俊男は、サラッと受け流す。良い度胸だ。
「自信アリって所かな?楽しみにしてるよ。ハーハッハッハッハ!」
 森先輩は、高らかに笑いながら去っていく。
「済まんぉ。アイツは、どうも実力を鼻に掛けてる癖があってのぉ。」
「伊能先輩が、謝る事は無いですよ。それに油断してくれるなら、好都合ですよ。」
 あー。俊男の奴、何気にスイッチ入ってやがる。こりゃ悪いが、森先輩は、この
ままじゃ、勝てないぞ。
「トシオ!」
 お。この濃い眉毛に、映えるような黒光りした肌は、ヒート先輩だな。
「ヒート先輩!準決勝で会えたら、お手柔らかにお願いします!」
 俊男は、またしても礼儀正しく接する。コイツは本当に、徹底してるな。
「ハッハッハ!これは、キミらしい必勝宣言だな。ワタシも負けられないな。」
 ヒート先輩は、俺より少し背が小さいが、ガッシリしている。これは、只者じゃ
あないな。それに柔術は、引き込んで絞める事に関しちゃ、柔道より上だと言う。
「ケントに負けるようじゃ、ワタシには勝てないぞ。」
 ヒート先輩は、森先輩が居ないのを見計らって、俊男に言う。
「安心して下さいよ。パーズ拳法は、簡単に負けるような武術じゃないって所、見
せますよ。ヒート先輩こそ、準決勝まで来て下さいよ。」
「キミに心配されるまでも無い。リングに上がるからには、必勝態勢だ。抜かりは
無い。当面は、キミの攻略を練るつもりだ。」
 ヒート先輩は、俊男の実力を見抜いているみたいだな。まぁ俊男は、ハッキリ言
って強いと思う。俺との試合も、相当な僅差だった。それなのに、鬼のような練習
量でパーズ拳法部の代表を勝ち取ったのだろう。一年だからって、実力を甘く見た
ら、勝てはしないだろう。まぁ、俺も、そう見られてるのかもな。
「マークされてるな。俊男も。」
「ハッハッハ。良い事じゃあないか!男子なら、障害を跳ね除けて進むくらいの気
概を持たんか!」
 伊能先輩は俊男と俺の肩を叩いてくる。恰幅の良い先輩だよなぁ。
「よぉし。瞬君。互いに大変だけど、頑張ろう!・・・って、そろそろ女子の部も
進んでる頃じゃない?確か恵さんと、江里香先輩が出てるんだろ?」
 やべ・・・。そうだった。見に行かなきゃ!!
「ほう。あの女子も出とるんかぁ?今年の一年は、元気があって良いのぉ。」
 伊能先輩まで付いてくる。この人、覆面のまま付いてくるもんだから目立つなぁ。
 まぁ気にしてる暇も無かったので、会場に顔を出す。会場は、かなり熱くなって
いた。既に4人になっている。女子の部は、8個の部活が参加していて、恵と江里
香先輩は、まだ残っているようだ。しかも準決勝も、互いに違う相手だ。これは、
本当に、あの二人で決勝もありえるな。
「おー。二人共、勝ち残っているみたいだね。」
 俊男は、我が事のように喜ぶ。・・・?あれ?
「俊男って江里香先輩の事、面識があったっけか?」
 たまーに擦れ違う事はあっても、そんなに顔を合わす機会が有ったっけ?
「瞬君。忘れたのかい?僕と江里香先輩は、こう見えても、家が近いんだよ?」
 あー。そう言えば、俊男と江里香先輩は、帰り道が一緒だったな。
「まぁ、そうは言っても、僕が一方的に憧れてるだけだけどね。あっちは、顔見知
り程度だよ。それでも知り合いだし、応援したくなるんだよ。」
 なる程ねぇ。・・・って俊男の奴、本当は、江里香先輩の事・・・。
 いや、下手な勘ぐりは、今はしない方が良いな。
「そっか。なら、俺達も、一緒に応援しようぜ。」
「ああ。応援で、力になれるなら、いくらでもしないとね!」
 俊男は、純粋に応援する気持ちでいっぱいのようだ。なら、俺も、それに合わせ
るまでだ。しかし、良く見ると、江里香先輩と恵を応援してるのは、いっぱい居る
な。それと、もう1人応援を、たくさん受けてる人が居る。
「ほう。アネゴも、参加しとったのか。」
 伊能先輩が、興味深そうにリングを見る。
「アネゴって言うと、例のミス・アネゴですか?」
 俺は、噂に聞いた3人のミスの1人かと思った。
「おう。ワシらの学年では、知らぬ者は居らん。アネゴは、確かキックボクシング
部の主将だったはずだぞ。」
 ああ。キックボクシング部か。今は結構、注目を集めてるんだっけか。
「あの人が・・・。確かに、風格あるなぁ・・・。」
 周りを引き連れるお姉さんって感じの人だ。闘気も充分に漲っている。・・・そ
れに魔力まで感じるぞ。あの人、何者だ?
(ほう。源をマスターしているようだな。あの女性。)
 源?そうか・・・。そう言えば、ミス・アネゴは榊 亜理栖こと榊家の人だ。空
手大会の時に戦った、総一郎さんと同じように忍術が使えるのかも知れない。
(今の君と同じく、源を封印して、この大会を勝ち抜こうって感じだな。)
 なる程。修行の一環って訳か。
「瞬君。凄いカードだよ!次は、ミス・アネゴと恵さんだよ!」
 あ・・・。そうか。この人が残ってるって事は、必然的に江里香先輩か恵と当た
る訳だよな。で、恵と闘うって訳か。そうと分かれば、こんな所に居ても、仕方が
無い。俺は前に行く事にした。
「お。瞬君、本気で応援するつもりだね。付き合うよ!」
「ハッハッハ。妹の応援に、精を出す兄貴か!良きかな良きかな!」
 なんだかんだ言いながら、付いてくる二人。付き合い良いよなぁ。俊男も、伊能
先輩も。まぁ、人の事は、言えないか。
「おい!恵!!」
「あーら、兄様。ご機嫌如何かしら?」
 恵は胴着に着替えているが、飽くまで平常心のようだ。さすがだ。
「応援に来て下さるとは、嬉しいですわ。頑張ります事よ。」
 恵は、自信に満ちた目をしていた。凄い奴だ。全く動じるような気配も無い。
「恵様ー!!ファイトですーー!!」
 ・・・2階席から、すっごく聞き覚えのある声がする・・・。
「って、やっぱり葉月さん・・・。来ていたのか。」
 まぁ一般者席を開放してる訳だし、可能性が無いとは、言えなかったけどね。
「私の師範も見てる事ですし、負けませんわ。」
 恵は、とっくに気が付いていたようだ。それを、やる気にすぐに変える辺り、凄
く切り替えが早い。こりゃ、心配は要らないかな。
「それでは準決勝!第1試合を始めます!!!」
 あ。放送部。いつの間にか、特設開設席用意してる。解説は・・・思った通り、
校長だ。好きなんだなぁ。校長先生も。
「赤コーナー!!我らがミス・アネゴーー!!キックボクシング部主将!!榊 亜
理栖ーーーーー!!!」
 アナウンスが流れると、轟音のような歓声が聞こえる。すっげぇな。テンション
高いなぁ。今日の皆は。
「半端な気持ちなら、すぐ降りる事だね!」
 榊先輩は、恵を睨み付ける。それを恵は、微笑を浮かべて迎え撃つ。
「冗談キツいですわ。ここに立つからには、優勝を狙ってますのよ?私。」
 恵は、少しも動じずに言い返す。それに合わせて、どよめきと歓声が入る。
「青コーナー!!生徒会代表!!ミス・フロイラインこと天神 恵ーーー!!」
 恵は、呼ばれると同時に、周りに笑顔を振りまく。・・・俺は、あの笑顔を知っ
てる。あれは、本気の時に出す笑顔だ。こりゃ恵の奴、密かに燃えてるな。
「恵様ーーー!!勝利ですわーーー!!」
「頑張れー!!さっきの試合、凄かったぞーー!」
 ・・・もうこんなに応援されてる。アイツ、さっきの試合どうやって勝ったんだ?
「さぁ、始まります!!注目の一戦!!校長!どう見ますか!?」
「ふむ。名勝負になろうな。三年の榊は、かなりの技巧派。護身術の他に、キック
ボクシングとしての技能も、申し分無い。さすがは、修練を積んでただけある。」
 校長が言うからには、本物なんだろうな。大丈夫か?恵の奴。
「一方の一年の天神 恵は、あれは天才よ。さっきの試合、ボクシング部相手に、
3分間、わざと打たせておいて、全てを避けつつも、カウンターの拳骨で勝ってお
る。あれは、一夕一朝で出来る技術では無い。」
 恵の奴、派手な勝ち方をしやがったなぁ。しかも合気道なのに、拳骨で勝つなん
て、アイツらしい。
「なる程!これは楽しみな展開に、なりそうだぁ!では、そろそろ試合のゴングが
鳴るぞおお!!」
 アナウンスの奴、分かってるのかな?まぁ良いか。確か総合格闘技ルールとやら
で、1ラウンド10分、2ラウンド5分で決着が着かなかった場合、判定だったよ
な。あとは、下腹部、後頭部への打撃が、禁止だったな。
 カーーーーン!!
 おっ。ゴングが鳴った。それと同時に、榊先輩が動いた。あれは、小手調べだな。
でも、かなり鋭いローキックだ。
「・・・へぇ・・・。」
 榊先輩は驚く。そりゃそうだ。恵の奴、摺り足で、後ろに数歩下がっただけで、
ローキックを、完全に躱し切っている。伸びまで見切っているのだ。
「アタシの蹴りを、完全に見切るつもりかい?お嬢様。」
 榊先輩は、そう言うと、構えが変わる。あの仕草だけで、恵が恐ろしい実力を秘
めているのを見抜いたのか。こっちも、さすがだな。
「本気の蹴りを見せて下さいな。退屈させないで下さる?」
 恵は、軽口を叩く。恐ろしい余裕だな。
「言うじゃないか!なら、見せてやるよ!!」
 榊先輩は、ストロングスタイルからミドルキック、から裏拳、そして踏み込むよ
うにワンツーを出す。それを恵は、まるで舞うかのように捌いていく。すっげぇ。
「ええい!!」
 榊先輩は、ミドルキックを・・・いや違う!ミドルから、ローへの変化だ!
「なっ!」
 恵は、油断した訳ではないが、榊先輩の変化の速さに驚く。完全に入る間合いだ
ったが、恵は、間一髪ローキックを踵で受け止める。ふう・・・。
「やるね!・・・っと?」
 榊先輩は、後ろに下がる。どうやら態勢を整えるらしい。
「驚きましたわ。先輩。私に防御を使わせるなんて・・・。」
 恵は髪を掻き上げる。すると、微笑を見せた。
「これから、防御じゃ済まなくなるよ。」
「言いますねぇ。なら、決勝まで見せるつもりは、無かったのですが、お見せしま
すわ。先輩にも、是非味わって欲しいので・・・。」
 恵は、いつも道場で見せている構えを見せる。その瞬間、榊先輩は、凍りつくよ
うな感じになる。分かるなぁ。あの構えの恵は、凄いプレッシャーなんだよ。
「そうか・・・合気・・・。ただのお嬢様じゃ無かったって事だね。」
 榊先輩は、気が付いた様だ。
「まぁ良いさ!攻めて突破口を見つけるまでだよ!」
 榊先輩は、次々攻撃を繰り出す。それを軽くあしらった後、最後の左ストレート
を恵は、左手で受け止める。そして、右手で手首を掴んで、一瞬にして榊先輩を転
がす。そして、そのまま、腕固めに入ろうとする。
「チィ!!」
 榊先輩は、強引に腕を解いた。・・・妙だな。あそこで腕を放す程、恵は甘くな
い筈だが?今のは、完璧に入っていた筈だ。
(何処を見ている。彼女の左腕に、目を凝らして見ろ。)
 え?って魔力、いや源の残り香が・・・。まさか!!
(彼女は咄嗟に炎を出した。一瞬の出来事で、審判さえ気が付いていない様だがな。)
 なる程。形振り構わずになったって事か。
「へぇ。変わった手品を、お持ちのようですね。」
 恵の奴、かなり怒ってるな。そりゃいきなり忍術使われたらなぁ。
「な、何の事だい?私は、腕を解いただけだよ。」
「なる程。榊先輩です物ね。やって来るとは、思いましたけど・・・。」
 恵は、気が付いているな。下調べもしてあったって事か。
「でも、手の内は分かりました。今度は、逃がしません。」
 恵は、平常心で榊先輩に近づく。あれだけの事をされて、平常心を失わないとは、
恐ろしいな。我が妹ながら、凄い奴だ。
「う、煩いよ!」
 榊先輩は、苦し紛れにミドルキックを放つ。・・・勝負ありだな。
 恵は、その足を掴んで、アキレス腱固めのような形になる。それを、蹴り剥がそ
うと榊先輩は、もがく。しかし恵は、それを読んでいた。蹴りの力を利用して、榊
先輩を回転させる。先輩は、捻りながら、体を打ち付けられる。そこを、すかさず
恵が、踏み付けを狙う。
「こなくそおお!」
 榊先輩は、下から足を蹴り上げる。恵は踏み付けを途中で解除して、榊先輩の足
を振り払うと、うつ伏せにさせて、手早く、腕を掴んで、肩固めに入った。
「ぐあああああああ!!!」
 榊先輩は、苦悶の声を上げる。恵は容赦無く、絞め上げている。あれだと、折れ
ちまうぞ。すげぇ絞め上げだ。
「おい!恵!!やり過ぎだぞ!!」
 俺が声を掛けると、恵は溜め息を吐いて、肩固めを離す。もう勝負は付いている。
「技を止めるなんて、愚弄するな!!」
 榊先輩は、怒りの表情で、傷めた腕とは反対の腕で、殴りに掛かる。
「榊先輩!もう勝負は!!」
 俺は、榊先輩のアシストをしてしまったのか?でも、もう闘える体じゃない筈だ。
「全く・・・情けを受けられないようじゃ、仕方ありませんわね。」
 恵は本当に怒ったようだ。榊先輩のストレートを、軽く避けると、振り向き様に、
回し蹴りを入れる。しかも容赦無くだ。榊先輩は、まともにお腹に受けて、悶絶す
るようにお腹を押さえたまま、5メートルくらい吹き飛ばされる。あれは、本当に
容赦の無い蹴りを入れたに違いない。
 カンカンカンカン!
 終了のゴングが鳴った。当たり前だ。榊先輩は、まともに動けないだろう。
「勝者!天神 恵!!」
 勝者を告げると、恵は、当たり前のように皆に笑顔を向ける。まるで、疲れて無
いその表情は、恐ろしくもあった。しかし、皆は歓声を上げた。
「あ、恵・・・。ゴメンな。あんな事を叫んじまって・・・。」
 俺は、降りてくる恵に謝る。
「兄様はお甘いですからね。良いのです。あのままでは、榊先輩は腕を折られるま
で、ギブアップしなかったでしょうからね。」
 恵は冷静だった。ギブアップしないと踏んで、俺の言葉に従ったのだ。
「それに、振り向き様に攻撃は、読んでいました。まぁちょっと頭に来たんで、ま
ともに入れてしまいましたけどね。」
 うーーん。我が妹ながら、恐ろしい奴。恵は、絶対に怒らせないようにしよう。
「恵。足を引っ張っちまったけど、決勝進出、おめでとう!」
 俺は、少し照れながら言う。
「当然ですのよ。ま、ここまでは、予定通りですから。」
 恵は『ここまでは』と言った。なるほど。江里香先輩だけは、予定通りとまでは
言えないようだ。余裕を持っているようで、ちゃんと見ているな。
「恵さん。素晴らしい闘いを見させて戴いたわ。」
 後ろから、江里香先輩が声を掛ける。
「ありがとう御座います。江里香先輩に祝福されるとは、嬉しいですわ。」
 恵は、極上の笑みを江里香先輩に向ける。本当に、余裕があるんだな。
「ま、瞬君と一緒に稽古してたんじゃ、当然かもしれないわね。」
 江里香先輩は、自分の事を棚に上げてサラリと言う。怖い・・・。
「へぇ。兄様の事をお褒めになるのは嬉しいですけど・・・。それだと、江里香先
輩も、負けられませんわね。毎日、部活で兄様と手合わせしてるんですから。」
 恵は負けずに、江里香先輩に向かって言い返す。
「もちろん。負けるつもりは無いわよ?決勝では、宜しくね。」
 江里香先輩は、必勝宣言をする。この人も、本当に自信あるんだな。恐ろしい。
「江里香先輩の次の相手・・・。油断出来ませんわよ。お気を付けて下さい。」
 恵は忠告する。勿論、本心で言ったんじゃない。プレッシャーを掛けるつもりで
言ったのだ。江里香先輩は、それを聞いて、ニッコリ笑う。
「ご忠告受け取っておくわ。油断するつもりは無いから、安心してね。」
 江里香先輩は、体を解しながら、余裕の表情を返す。さすがだ。
「江里香先輩。頑張って下さい。」
 俺も一応、応援しておいた。それを聞くと、恵は凄く嫌そうな顔をする。
「兄様?決勝では、私の応援して下さいよ?」
 恵は、ジロリとこっちを見る。ううう。怖いよぉ・・・。
「江里香先輩!ファイトです!」
 横で俊男も、応援していた。
「あーら。瞬君に俊男君も応援?こりゃ負けられないわね。」
 江里香先輩は、今度は皮肉では無く、喜んでいるようだ。
「じゃ、負けないで下さいね。貴女は、私が倒さないと、いけないのですから。」
 恵は、恐ろしいことを言う。
「あーら。私と一緒?さすが恵さんねー。楽しみにしてるわ。」
 江里香先輩は、表情も変えずに言い返した。この2人って、仲が良いんだか、悪
いんだか全く分からない。何て言うか、俺としては胃が痛い・・・。
「じゃ、私は、控え室に行きますね。」
 恵は、その言葉を平然と受け流す。恵は、怒ってはいないようだ。どちらかと言
うと、楽しんでいる。あれはライバルを身近に感じて、楽しんでいる顔だった。そ
して、優雅に観客に笑顔を振りまきつつ、控え室に引き返した。
「うう。決勝では悩むなぁ・・・。」
 俺は、どちらを応援したら良いんだろうか?まぁ、応援したからって、結果が変
わるような2人じゃ無いけどね。
「瞬君は大変だねぇ。まぁそう言う僕も、どっちを応援しようか迷うけどね。」
 俊男も、恵とは、ほぼ毎日登校してる仲だし、江里香先輩とは、家が近いし、憧
れの念を抱いている。そうなれば、この2人が闘うってのは、どうにも抵抗がある
様だ。そんな雰囲気の中、部活動対抗戦は、盛り上がりを増していった。



ソクトア黒の章2巻の3の弐へ

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