NOVEL Darkness 2-3(Third)

ソクトア黒の章2巻の3の参


 会場は、異様な雰囲気で包まれていた。女子の部が、あれだけ盛り上がっただけ
に、格闘の部の男子は、もっと凄い物になると、期待しているのだろう。
 だが、正直困る。あの江里香先輩と恵の試合は、普通じゃない。あのレベルでの
闘いを見せるとなると、こちらも、気合を入れなきゃならない。
 それに恵とは、優勝の約束まで、したしな。気合入れないといけないな。まぁま
ずは、初戦だ。最初勝たないと弾みがつかない。俺はクジを引いたら、とっとと恵
と江里香先輩の応援に行ってしまったので、誰が相手か見ていない。油断は禁物だ。
 俊男の話だと「瞬君も、苦労するよね」だとか・・・。何じゃそりゃ。
 俺は、気になったので、対戦相手を見てみた。すると、信じられない文字を見た。
剣道部!?剣道部って事は、当然、竹刀を持ってくるのだろう。本当かよ・・・。
しかも、剣道部の鬼の主将と言われている相模(さがみ) 双龍(そうりゅう)先
輩だ。相模先輩は鬼の扱きで知られている。剣道の腕も確かで、実家は、剣道場を
開いている。剣術が有名な、ソクトアで敢えて競技化した、剣道のスタイルに拘る
珍しい一家だ。だが、そこらの剣術家では敵わない程の腕を持っているのは、確か
らしい。
(いきなり強敵だな。こりゃ闘い辛いぜ。)
 何しろ、こっちは素手だ。間合いが違う。圧倒的に向こうの方が長い。
 どう攻略するか悩んでいると、進行係に呼び止められた。
「俺に用でしょうか?」
 俺は進行係の話を聞く。
「天神 瞬君だったよね。次の試合は、剣道部との対決だってのは見たよね。」
 進行係は、確認する。俺は黙って頷いた。
「一応、規定上は、武器の使用は禁止になっている。けど、相手が剣道部の場合は、
特別だ。だから、君に選択権がある。次の試合、竹刀の使用を認めるかどうかだ。」
 なるほど。そりゃ竹刀の有ると無いじゃ全然違う。しかも不利な俺の方に決定権
があると言うのも、当然の話だ。ちなみに去年は認めなかったせいで剣道部は1回
戦落ちしたらしい。
「そんなの、迷う必要もありません。」
 俺は、迷う必要は無かった。
「そうか。じゃぁ、今年も・・・。」
「竹刀の使用を認めます。だって・・・そうじゃなきゃ『剣道部』じゃないんです
よね?なら、それを倒してこそです。」
 俺はキッパリと言いきった。そりゃ確かに、剣道部を打ち崩すのは難しい。でも、
最初から諦めるなんて、俺らしくない。それに竹刀を持ってる剣道部だからこそ、
対戦する価値があるのだ。
「・・・驚いたな。よし。君の意向は分かった。」
 進行係は、心底驚いた顔をしながら、去っていった。俺の決定を、伝えに行った
のだろう。天神流空手は、相手が武器だからと言って、臆したりはしない。
 ま、初戦から剣道部とは、何とも俺らしい運の悪さだ。
(引っ掛かる言い方だな。君が、運が悪いみたいな言い方じゃないか。)
 俺程、運の悪い奴も珍しいと思うけどな。
(何を馬鹿な事を。この天上神に選ばれる幸運を持って、何が不満か?)
 ・・・ま、深く突っ込むのは止めよう。
(ええい。君は、私の価値を過小評価している!侮辱にも、程があるぞ。)
 過小評価は、して無いつもりだけどね。この体験を、幸運と言えるかどうかは、
微妙だと思っただけだよ。まぁ普通の人間じゃ、体験出来ないな。
(全く・・・今に、私に感謝する時が来る。その時に、今の思い違いを訂正する事
を要求するぞ。)
 分かったよ。もうそろそろ試合なんだから、集中させてくれっての。
(ぬぬぅ。上手く逃げる物だ。まぁ良い。最初の試合は、剣道だったか?深く考え
る必要はあるまい。君の力は、飛び抜けている。例え竹刀を持った相手だろうが、
君に有効打を与える事が出来るとは、とても思わぬ。)
 そこまで言うと、何だか、油断してるみたいじゃない?一応相手だって、主将だ
し、全ソクトア剣道学生選手権で、良い所まで行ってるんだぜ?
(君は、私だけじゃなく、自分も過小評価しているな。私とて相手を見たが、あれ
は、只のド根性の塊だ。あんな輩に遅れを取るようでは君では無い。保証しよう。)
 ま、俺の事を、そこまで認めてくれるのは嬉しいね。俺としては、思いっ切り行
くだけさ。そろそろ第1試合が、終わる頃だ。
 第1試合は、アマチュアレスリング部とキックボクシング部だった筈だ。どっち
も中堅どころを出してきたらしい。言っちゃ悪いが、どちらが勝つにせよ、次の修
羅先輩に勝てるとは思えない。修羅先輩の、あの眼は本物の筈だ。
「第2試合、始まりますよー!!」
 進行係の声が聞こえた。どうやら決着が着いたらしい。じゃ、サクッと行きます
か。この拳を、貫く姿勢を見せないと、勝てないだろうし、女子の部に負けてしま
うからな。せいぜい盛り上げないと、いけない。
 俺は、控え通路で準備体操をする。体調は万全だ。その辺は、整えてくれた睦月
さんや葉月さんに、感謝しなければいけない。俺は定位置に付く。
「それでは第2試合を始めます!!」
 アナウンスが聞こえた。その瞬間、さっきまでイマイチ盛り上がりに欠けていた
会場が、大いに沸く。こりゃ期待されてんなぁ。
「赤コーナー!!剣道部の鬼の主将!!相模ーーーー双龍ーーーー!!」
 アナウンスの声に合わせて、『ヨッシャアアア!!』と気合の入った声が聞こえ
る。やり辛いなぁ。凄い勢いで、リングに向かっていく。やる気満々だなぁ。
「青コーナー!!今、話題の天下無双の剛拳!!天神ーーーー瞬ーーー!!」
 天下無双の剛拳って・・・意味分かってるのか?まぁ良いや。出場するか。
 俺が控え室から出ると、物凄い歓声が聞こえた。うお。すげぇ・・・。
「天神ぃ!!頑張れぇーーー!お前に、賭けてるんだぜーーー!」
「お前のKOシーンを、見に来たんだぜ!俺は!!」
「恵様のお兄様ですねー!頑張れー!」
 ・・・何か、大幅に俺の応援じゃないのも混ざってたけど、気にしないようにす
るか。セコンドの近い位置に、伊能先輩が座っていた。
「おう。一年坊。俺の相手に相応しいか、見極めてやるぞぉ。気合入れろや!」
 伊能先輩は発破を掛けてくれる。俺は拳を作って見せる。
「フフッ。お前と俊男の試合は、楽しみじゃ。」
 伊能先輩は、俊男の試合も見るつもりらしい。よく見ると、シードの全員が、こ
の試合を見に、セコンド付近に座っていた。注目されてんのなぁ。俺。
「瞬様ぁー!今日の祝勝会のために、ダブル優勝ですよー!!」
 2階席から葉月さん声が聞こえた。応援は嬉しいけど、言う事、結構大胆だなぁ。
「瞬君。空手部代表なんだからね。結果残しなさいよ?」
「あ。江里香先輩。大丈夫なんですか?」
 俺は、江里香先輩が近くに居たのを見て、声を掛ける。
「まぁ、確かに痛いけど、観戦出来ない程じゃ、ないわよ。」
 さすが江里香先輩だ。アレだけ激しい試合をしたのに、もう観戦モードに入って
いる。隣には恵も居た。
「兄様。今日は『祝勝会』やるんですからね?お忘れなく。」
 さすが厳しい妹様だ。こりゃ頑張らんとね。
「ベストを尽くす。まぁ、見てろって。」
 俺は拳を作って見せた。恵は、それなら安心とばかりに頷いた。
 そして俺は、リングにジャンプして上がる。すると周りから歓声が沸いた。ちょ
っとパフォーマンスし過ぎたかな。そう。俺は、リングロープにも触れずに、ジャ
ンプだけで、リングに上がったのだ。
「・・・おい。アイツ今、2メートルくらい、ジャンプしなかったか?」
「噂は、伊達じゃないって事だな。」
 早速周りから騒がれている。やり過ぎたかな。
「えー。この試合は、剣道と空手の試合であり、武器の使用の有無があります。そ
れを武器の無い天神 瞬君が、竹刀の使用を・・・認めたため!!」
 アナウンスが入ると、ここで、大きな歓声が入る。
「この試合は竹刀と素手の、変則マッチとなります!!」
 最後まで言い切ると、相模先輩が近寄ってきた。
「良い根性ダァ!!気に入ったぜぇ!!お前ぇぇぇ!!」
 相模先輩は、ブンブンと竹刀を振り回している。うーーん。結構鋭いぞ。
「瞬君らしいわ。」
「同意見。苦行の道が、好きです物ねぇ。兄様は。」
 うう。下の2人が、明らかな嫌味を言っているのが聞こえる。だって・・・竹刀
の無い剣道なんて、剣道じゃないじゃないかぁ。
「それでは、部活動対抗戦!第2試合変則マッチ!・・・始め!!」
 カーーーン!!
 ゴングが鳴る。俺は、様子見で受けの構えを見せる。それに対し、相模先輩は打
ち込む気満々だ。やる気タップリだなぁ。
「初めて、この場でコイツが使えるぜぇ・・・。感謝するぞぉ!!」
 相模先輩は、竹刀を嬉しそうに振る。今までの相手は、全部竹刀の使用など認め
なかった。まぁ普通に考えたら、当たり前だ。
「うぉりゃあああああああ!!!」
 相模先輩は突っ込んできた。そして、思うが侭に、竹刀を振ってくる。
「メェン!!メンメン!!ドォォォォウ!!コテェ!!」
 相模先輩は叫びながら振ってくる。途中から、叫びもしなくなったが鬱憤を晴ら
すかのように打ち続ける。俺はそれを、全て捌いていた。相模先輩には悪いが、馬
鹿正直に打ってくるので、軌道が丸見えだ。それでも常人なら、躱せなかったかも
知れない。でも、俺には、ハッキリ見えていた。
 すると、相模先輩は、急に距離を取る。
「てめぇ・・・。全部、手の甲で捌きやがったな・・・。」
 相模先輩は気が付いた様だ。俺は、小手さえも許していない。さすがに屈辱だっ
たようだ。相模先輩は、確かに強い方かも知れない。でも、そんな真っ直ぐなだけ
の剣では、俺に見切ってくれと言っているような物だ。
「まさか初戦で、これを使う時が来るとはなぁ・・・。」
 相模先輩は竹刀の先を向けてくる。・・・突く気だ。突きは、確かに斬りより見
切り難い。それは、線ではなく点で有るからだ。しかも破壊力は、斬りより上かも
しれない。特に竹刀では、そうだろう。
「相模先輩。悪いけど、俺に、突きは通用しない。」
 何せ空手で、いつも突きを見切っている。そして相模先輩の突きの速度では到底、
江里香先輩の拳での突きに、及ばない。
「ふざけんなぁ!!剣道家の最高の突きを、味わいやがれぇ!!」
 相模先輩は踏み込んできた。やる気だ!相模先輩は顔面に突きを繰り出す。俺は
それを首を動かす事で躱す。しかし、相模先輩は、それを読んでいたらしく、すぐ
さま腹に対して突いてきた。頭と腹への2段突きか!
 バキャァ!!!!
 音がした。いや、俺がさせた。俺は竹刀に対して、拳を合わせたのだ。正確に竹
刀の点に、拳を合わせて砕いたのだった。竹刀は、無残にも砕け散ってしまった。
「うあ・・・うあぁぁぁぁぁ!?」
 相模先輩から恐怖の色が見て取れた。仕方ないだろう。竹刀を拳で砕いてしまっ
ては、剣道としては、素手の勝負しかない。しかし俺に勝てる筈が無い。竹刀を持
ってさえ勝てないのだ。
「先輩。降参して下さい。」
 俺は構えを解く。相模先輩は、怯えながら、竹刀の残骸を投げ始めた。
「来るなぁ!!」
「やれやれ・・・。」
 俺は投げられた残骸を全て掴み取りながら、相模先輩に近寄った。
「俺は、先輩なんだ!!降参なんかするか!」
 プライドの高い人なんだな。でも、見苦しい!!
「寄るなあああああ!!」
 相模先輩は苦し紛れに殴り掛かってきた。俺は、それを見て体を捻って避けると、
相模先輩の首筋に手刀を叩き込む。延髄に綺麗に決まった。
「うあ・・・。」
 相模先輩は少し悲鳴を上げると、ドサリと倒れた。結局、こうするしかなかった
か。まぁ、吹っ飛ばすよりはマシか。
 カンカンカンカン!!
 ゴングが鳴った。まぁ当然か。
「勝者!!天神 瞬!!!」
 審判に手を取られて、手を上げる。すると、轟音のような歓声が聞こえてきた。
まぁ、出来は、まずまずかなー。
「瞬!!面白い試合だったぞぉ!!」
 伊能先輩が嬉しそうに笑っていた。それに呼び名が、一年坊から瞬に変わってい
る。俺は、こうして、華々しい勝利を手にするのだった。


 一代で、名声を手に入れたプロレスラーが居た。
 プロレスが普及して、約50年経ったが、このプロレスラー程の者は居ない。
 振り返れば、誰もが知ってるガリウロルのプロレスラー。
 その名も、サウザンド伊能。
 親父は、ワシの誇りだった。
 親父のような、心の広い人間になろうと決めた。
 親父のような、強いプロレスラーになろうと決めた。
 親父のように、人を惹き付けて止まないプロレスをしようと決めた。
 ワシは・・・親父になりたかった。
 親父は、本当に凄い人物だ。
 裸一貫でプロレス界に入って、名声を手に入れた。
 親父は、ただ強いだけじゃない。
 盛り上げどころを知っている・・・それに客の期待を裏切らない。
 しかも、本当に強い。
 異種格闘技戦などでも、負け無し。
 外国でも、ベルトを取ってくる程の人物。
 正に、ソクトア最高のプロレスラーと言っても差し支えないだろう。
 親父の背中は常に広く、追いかければ追いかける程、その広さを味わった。
 しかし・・・変化は、突然訪れた。
 興行の帰り道で、親父は、交通事故にあった。
 普通なら、何でもない事故だ。
 親父の体なら、充分耐え切れる程の事故。
 だが・・・横には、息子が乗っていた・・・。
 親父は咄嗟に息子を庇うために、自分の体を盾にした。
 そのせいで、凄い手術を受けなければならなかった。
 だが、親父は負けなかった。
 手術を乗り越え、カムバックを果たしたのだった。
 だが、その後の親父は、苦戦続きだった・・・。
 勝つには勝ったが、やっとこすっとこだった。
 誰の目から見ても、事故が原因で、どこかおかしくしているに違いなかった。
 それでも勝ち続ける事で、親父は、その地位を不動の物にした。
 その地位を、親父は今でも守っている。
 ・・・だが・・・ワシは知っている。
 未だに事故で傷めた内蔵の後遺症で、毎日満足に眠れない事をだ。
 精神力は、限界まで達しているのだ。
 それでもファンの前に立つ親父は、いつでも無敵だった。
 親父は待ってるんだ。
 親父の名を継ぐに相応しい男が、現れる事をだ。
 その願いが、他ならぬワシだと言う事をだ。
 ならば、期待に、応えなきゃいけない。
 ワシは、誰よりも鍛えて、親父を楽にさせてあげなきゃいけない。
 親父に、見せてあげなきゃ駄目だ。
 ワシは、親父の名を継ぐに相応しいと言う事をだ。
 見ていてくれ。親父!!


 爽天学園の部活動対抗戦も佳境に入ってきた。とうとうシードの選手が、その実
力を、発揮する時が来るのだ。去年のベスト4がシードなので、実力は折り紙つき
だ。ちなみに、1回戦の第3試合で、俊男は相撲部とぶつかった。俊男は、体が大
きい方でも無かったので、かなりの体格差であったが、久しぶりに、俊男の凄まじ
い技の冴えを見せてもらう事になった。さすがである。ぶちかましを、顎への蹴り
で揺らがせると、相手の張り手を、1発はガードしたが、2発目に肘をぶち当てて
相手を怯ませた後に、左の足の指を固めて、相手のコメカミに正確に蹴り入れた。
その後に、相手がグラつきながらも、張り手を打ってきたにも関わらず、避けなが
ら、カウンターで膝を顔面に入れて、勝負ありだ。終わってみれば、完勝であった。
驚きなのは、体格差を物ともしない俊男の覚悟と、正確にぶち当てる技術だ。俺と
闘った時より、速いかも知れない。
 第4試合は、古流格闘技部と、急遽参加が決まった、帰宅部だった奴の闘いだっ
た。てっきり古流格闘技部の、主将が勝つと思っていた。伝統も有るし、ガリウロ
ルで忍術以前に流行っていた格闘技と言う、非常に面白いジャンルであったから、
負けは無いと思っていた。しかし、帰宅部とは名ばかりの2年が、一撃で試合を決
めてしまった。後で、校長から話を聞いた所、ある武術の家の、家臣をしていると
の話で、相当な腕前の持ち主らしい。ただ、本人は、部活をやるより、その武術の
家で修行した方が良いとの事で、帰宅部だったとか。道理で強い筈だ。何でも、今
回の顔触れを見て、参加を決めたそうだ。物好きだなぁ。
 まぁ、こんな感じで1回戦は終了して、間も無く2回戦が始まる。2回戦の第1
試合は、とうとう前回の覇者である紅 修羅先輩の出番である。
 俺は、次に試合があるので、場内モニターで観戦する事にした。修羅先輩は、歓
声を一身に浴びている。一方、キックボクシング部の選手は、試合に集中するべく、
ウォーミングアップをしている。緊張し過ぎているな。
『それでは、第2回戦、第1試合を始めます!!』
 アナウンスが叫ぶと、物凄い声援が聞こえた。
『赤コーナー、キックボクシング部期待のエース!佐藤(さとう) 剛(ごう)!』
 1回戦を勝ち抜いた佐藤先輩だ。2年の中では抜群の足技らしい。一流と言って
良いかも知れない。だが、相手が悪い。この試合で分かるだろうが、修羅先輩は、
超一流だと言う話だ。俺が勝ち上がれば、俺の相手になる人だ。見極めないとな。
『青コーナー!戦慄の柔道王!!紅ぃぃぃ修羅ぁぁぁぁ!!』
 相変わらず、変なフレーズが付いてるんだな。
 そして、審判が、ルールの説明をしている。2人は互いに睨みあっていた。中々
の迫力だ。すると修羅先輩は、顎に手を掛けて考えている。
『ふむ。袈裟固めだな。』
『出たぁぁぁ!!柔道王の、予告決め技!!』
 何だそれ・・・。アナウンスは、知っていると言う事は、去年もあんな感じだっ
たんだろうか。それにしても、大胆だな。予告するなんて・・・。
 袈裟固めと言う事は、首に気を付けてれば良いんだろ?そんなに決められる物じ
ゃないぞ。関節技は、相手に見破られると、きっついからな。
『それでは、部活動対抗戦、第2回戦、第1試合!始め!!』
 カーーーーン!!
 ゴングの音と共に、佐藤先輩は足を使って、相手を撹乱する。勿論、首は窄めた
まんまだ。あれでは、袈裟固めなど滅多に決まらない。
『シィィィィ!!』
 佐藤先輩は、ミドルキックを繰り出す。結構鋭い。
「なにぃ!?」
 俺は、思わず声を上げた。修羅先輩は、蹴りを何と、無造作に掴んだのだ。あん
なバッチリのタイミングで掴むなんて、恐ろしい動体視力だ。佐藤先輩は、嫌がっ
て振り落としにかかる。足を暴れさせている。その様子を、修羅先輩は楽しそうに
見ていた。アレは・・・遊んでいる・・・。
『フッ。』
 修羅先輩は、飽きたのか、佐藤先輩の足を突然離す。すると、佐藤先輩は、尻餅
をついてしまう。そして、すぐ様、立ち上がると再び構えを取る
『セィヤアアアアア!!』
 佐藤先輩は、今度はローキックと見せかけて、肘を顔面にぶち込みにいく。修羅
先輩は、それを待っていたかのように、左手で肘を掴むと、そのまま腕を取って、
一本背負いを決める。そして美しい弧を描いて、佐藤先輩は叩き付けられる。そし
て、あっと言う間に、袈裟固めで押さえ込んでいた。
『ヌゥアアアアア!!』
 佐藤先輩は、苦悶の表情を見せる。相当絞め上げているのだろう。少し粘ってい
たが、やがて降参の合図を送る。すると審判が、手を大きく振る。
 カンカンカンカン!!
 ゴングが修羅先輩の勝利を告げる。正に、あっと言う間だった。さすがは去年の
覇者だ。その期待を、裏切る事は無かった。
 それにしても圧倒的だ。思わず唸ってしまう。
 しかし、感心している場合では無い。次は俺の番だ。しかも相手は、あの伊能先
輩だ。これこそ、一筋縄では行かないだろう。
 会場の興奮も冷め遣らぬまま、入場の合図が送られてきた。俺の番だな。
「それでは、2回戦、第2試合を行います!!」
 アナウンスの声が、今度は生で聞こえてきた。俺は、控え通路に入る。
「赤コーナー!!天下無双の剛拳!!天神ぃぃぃ瞬ーーーー!!」
 アナウンスと同時に、物凄い歓声が聞こえた。皆、良く声が枯れないよな。
 俺は入場する。すると熱狂的な声で、俺を応援している。期待は大きいなぁ。
「ふふっ。今度こそ、瞬君の真価が問われるわよ?」
 江里香先輩が、リングサイドで脅してくる。
「兄様。負けたら、葉月が悲しみますわよ?」
 うう。恵まで・・・。負けられないなぁ。
「青コーナー!!千の技を継ぐ男!!サウザンドォォォ伊能ぉジュニアアアア!!」
 アナウンスは、伊能先輩をサウザンド伊能ジュニアと言った。なるほど。サウザ
ンド伊能の技を継いだ男としての紹介か。サウザンド伊能の名前の由来が、千の技
を持つ男としてあるからだろう。
 そして観客は、一斉に立ち上がって、その男の登場を待つ。
「ミスタープロレスを継ぐのはーー!?」
『お前しか居ねぇええ!!』
 どうやら、応援団が出来ているようで、団長の声に合わせて、応援団全体が、声
を出しているようだ。すげぇ・・・。
「一番星を掴むのはぁーーー!?」
『お前しか居ねぇええ!!』
 すっげぇ。息ピッタリあってる。
「轟く、その名はぁーーーー!?」
『サウザンド!!伊能!!ジュニアアアアアアア!!!』
 応援団の声に合わせて、テーマ曲が流れて、マントを付けた覆面レスラー、伊能
先輩が現れる。・・・圧巻だ。ド派手な入場だなぁ。
『サウザンド!!サウザンド!!サウザンド!!』
 掛け声を聞きながら、伊能先輩はリングに上がる。そしてマントを脱ぐと、応援
団の方に投げつける。そして轟音のような歓声が、後押しした。
 そして審判が説明して、ルールの事を説明する。1回戦で一応聞いているが、確
認のためだろう。それにしても伊能先輩は、でかいなぁ。俺だって小さい方じゃあ
ない。同級生の中では、体は大きい方だと思ったが、伊能先輩は、2メートル以上
ある。こりゃ気を引き締めなきゃな。
「それでは!部活動対抗戦!!2回戦!第2試合!!始め!!」
 カーーーーン!!
 ゴングが鳴った。それと同時に俺は、天神流の『攻め』の構えを見せる。そして、
伊能先輩は、プロレスラー独特のどっしりと、手を交差して、いつでも掴めるよう
な態勢に入る。気合は、ヒシヒシと伝わってくる。
「おう!瞬!とうとう、この時が来たなぁ・・・。」
「先輩の気迫、肌に感じますよ!」
 俺は伊能先輩の気迫を感じていた。だが、逃げはしない。
「お前なら・・・ワシの限界を超えさせてくれると、信じてるぞぉ!!」
 伊能先輩は、タックルをかましてきた。捕まえに来たな。俺は、それを見越して、
伊能先輩の太腿に蹴りを入れる。しかし、伊能先輩は怯むこと無く、俺を掴む。そ
して、俺を投げようとする。しかし俺は、腰を落として重心を低くする。そうする
事で、異様な重さを感じさせる事が出来る。この体重移動を、俺は修行時代に徹底
的に覚えさせられた。投げに対する対策の一環としてだ。そのまま胸に拳を入れる。
「ぐぅ!!」
 伊能先輩は顔を顰める。しかし、その後、気合を入れると俺は抱えられた。そん
な馬鹿な!?俺は、重心を掛けたままだ。それを持ち上げるなんて、何てパワーだ。
「どっせぇい!!」
 伊能先輩は、そのままブリッジするようにして、反動を付けて投げ飛ばす。俺は
咄嗟に、受身を取って立ち上がる。背中から着いたため、ダメージは、そこまで深
刻では無い。しかし、投げられた事に対しては、驚きだった。
「ワシのジャーマンを、完璧な受身を取るとは・・・やるのぉ。」
「何言ってるんですか。重心移動を崩して無いのに、投げられるなんて、思いませ
んでしたよ。今の力は、何処から出てくるんですか。全く・・・。」
 俺は、文句を言いながら、構え直す。この人の力は、底知れないな。だけど、そ
れだけじゃ、俺を倒せはしない。
「今度は、こっちから行きますよ!!」
 伊能先輩の、脇腹と鎖骨と胸に蹴りを入れる。だが、伊能先輩は、笑みを浮かべ
ながら立ち上がる。効いてないと来たか。
「おう。瞬。半端な攻撃を仕掛けるのは、止めろや。」
 伊能先輩は近寄ってくる。俺は、さっきより気合を入れて、抉るように腹に拳を
入れる。これなら効くはずだ。
「おい!!テメェの力は、こんなもんじゃないだろうが!!」
 伊能先輩は、形相を険しくして近寄ってくる。何て人だ。効いてないのかよ。な
ら、これだ!俺は顔面に拳を入れる。
「この!!馬鹿が!!」
 伊能先輩は、歯を食いしばりながら受け止めると、強烈なラリアットを、決めて
くる。更に、俺の背中に手を回すと、俺を引っこ抜いて、パワーボムを決めた。
「ゲハ!!」
 俺は、背中に鈍痛が走るのを堪えつつも、立ち上がる。
「手加減するなと言ったろうが!!ワシが見ぬけんとでも思ったか!」
 伊能先輩は見抜いていた。そう。俺は、さっきから本気で殴れていない。いや、
勿論、加減して殴っている訳では無い。俺の拳は、どんな奴よりも固い。それだけ
でも普通は倒せる。だから俺は、伊能先輩を、これだけで倒そうと思っていた。
「お前の拳は固い。確かにお前の拳を受けた時は、ハンマーで殴られたような感じ
はする。だが、今のお前の拳には、魂が宿っていない!!」
 伊能先輩の言う通りだ。つまり腰が入ってないのだ。そんな拳は、幾ら食らおう
が、伊能先輩のタフさから言えば、効かないに等しいのだ。
「お前は優しすぎるのぉ。だがな、謂れの無い手加減は、もっと失礼だという事を
覚えなきゃならんぞ!」
 伊能先輩は、ギラッと、こちらを睨み付ける。本気で怒っていると言う事だ。
「分かりました。なら、俺の拳・・・体に焼き付けて下さい!」
 俺は、これまでと違い、腰を落とす。これで力の入り具合は、段違いの筈だ。
「そうだ。ワシが見たかったのは、そのギラついた目だ!!」
 伊能先輩は、嬉しそうに笑うと突進してきた。そのまま反動を付けながら、左の
パンチが飛んできた。俺はそれを、右手で払いのけると、拳を轟かせながら右の拳
を伊能先輩の腹に入れる。今度は、腰を思いっきり捻り、足の運び方も完璧な、中
段突きを見舞った。伊能先輩は顔を顰めながら、俺の腹に拳を突き入れようとする。
「セイ!!」
 俺は反撃出来る伊能先輩のタフさには驚いたが、難なく防御する。しかし、それ
は布石だった。伊能先輩は、俺の防御した方の手首を掴むと、そのまま素早く背後
に回りこんで、ジャーマンスープレックスを見舞う。
「グハッ!!」
 こりゃ効く・・・。受身を僅かに取ったとは言え、かなり急角度で、ジャーマン
を食らった。さすが伊能先輩だ。
「俺のジャーマンを食らって立ち上がるとは・・・。それにこの拳・・・。そうだ
ぁ!このギリギリ感こそ、ワシが求めた物だ!」
 伊能先輩は、再び構え直す。よく見ると、腹に俺の拳の痕が残っている。どうや
ら、効いてない訳じゃ無さそうだ。伊能先輩は向かってきた。タックルか?タック
ルなら、見切る事も出来る。いや、違う。どうやらミドルキックのようだ。俺は、
そのキックを肘でガードする。しかしガードの上からでも、響くキックだった。
「ぐっ!!!」
 俺は、少し驚きながらも態勢を整える。すると続け様に、伊能先輩は大振りのパ
ンチを見舞ってきた。俺は、それを避けきるが、伊能先輩は、パンチと見せかけて、
頭を掴んできた。そして膝蹴りを見舞う。俺は、手を使って何とかガードするが、
伊能先輩のパワーは並じゃない。ガードしても響く程の打撃を、見舞ってきた。更
に肘と膝を交互に連打してきた。冗談じゃない!
「うりゃああ!!」
 俺は、一旦この連打を止めるために、中段蹴りを放つ。それを伊能先輩は、待っ
てましたとばかりに、腕でガードすると、足を掴んでサソリ固めに移行する。
「・・・。」
 俺は、言葉を発しなかった。
「甘いのぉ。瞬!!俺の勝ちパターンに、はまるとはなぁ!」
 伊能先輩は、絞め上げてくる。
「・・・悪いな。伊能先輩。」
 俺は、腕を立てて、足の力だけで伊能先輩を吹き飛ばす。
「ぐあ!!」
 伊能先輩は派手に吹き飛ぶ。そして、こっちを睨んできた。
「やるのぉ・・・。しかし、さすがに効いただろぉ?」
「伊能先輩は、プロレスラーだもんな。分からないかも知れないな。」
 俺は、その場に座り込むと、脚の柔軟を始めてやる。
「・・・それだけ曲がるとは・・・お前、さっきの・・・。」
 伊能先輩は、驚きの目を見る。そりゃあそうだ。さっきのサソリ固めより、今の
柔軟の方が、足が曲がっているくらいだからだ。つまり、さっきのサソリ固めは、
ほとんど効いてない。プロレスラーより、体は柔らかく仕込んだつもりだ。
「さすが瞬よ。俺の考えより、一歩上を行くとは・・・。」
「さっきの打撃。確かにダメージはあった。でもね。これくらいのダメージは、俺
にとっては、普通なんだ。」
 俺は中段突きを素振りする。そして筋肉を躍動させる毎に、筋肉を引き締める。
「お前は、俺の想像以上に、タフだと言う事か。」
 そう。俺は毎日のように急所を鍛え、強い打撃を、あらゆる方向から受けても大
丈夫なように特訓された。生半可な攻撃なら、吸収出来る自信はある。それに俺が
毎日夢の中で特訓してるゼーダの一撃を、俺は何度も味わっている。あれを食らい
続けている俺にとって、この程度は、ダメージにすらなら無い。
(当然だ。お前は、常に神と対峙しているのだ。既に並みの体では無いさ。)
 そう言う事か。だから、簡単には負けないと、お前は言ったんだな。
(あの伊能とか言う奴も、人間では、かなりの強さだ。だが、お前は、化け物染み
ているのだ。何か、それを越えた物を用意しないとな。)
 それが、伊能先輩には、あるか・・・か。
「フハハハハハハ!!やはり面白いぞ。お前は。ワシも、やっと覚悟が出来たぞ。」
 伊能先輩は、ニッコリ笑うと、腰に手を当てる。何をする気だ?
「ワシのリミッターを、外させてもらう!!」
 伊能先輩は、スクワットをすると筋肉が躍動を始める。これは・・・さっきの俺
と同じ!?伊能先輩も、実力を隠し持っていたと言うのか?
「見せてやる。本当の恐怖を・・・な!!」
 伊能先輩は襲い掛かってきた。俺は、腰に手を当てると、伊能先輩の胸に思いっ
切り拳を突き入れる。伊能先輩は、まともに食らった。しかし止まらない!伊能先
輩は、そのまま俺の首に手を回す。これは・・・基本的なフロントチョーク!?だ
が、絞め上げる力が、段違いに強い!!
「プロレスラーが、プロレスラーであるための証明のような技だ!外さん!!」
 意識が遠のく!!何て力だ!これが、伊能先輩が隠し持っていた力なのか!?
 ・・・仕方ない。俺も覚悟を決めるか・・・。
「ヌオオオオオオオオオオ!!!!」
 俺は吼える。それと同時に、全身を震わすようにして、力を入れる。
「ググググ!!外さぬぅぅぅぅ!!」
 伊能先輩も、全身全霊で絞め上げる。すげぇ力だ!意識が飛ぶ!!だが俺だって
負けない!!ここで、立ち止まってたまるか!!
「グググ・・・。ぬお!?」
 伊能先輩は目を疑う。それもその筈だ。伊能先輩は、今、地に足をつけていない。
俺が首の力だけで、伊能先輩を持ち上げたのだ。そして更に力を入れると、首を振
るようにして、伊能先輩を投げ飛ばした。・・・自分でも、信じられない程のパワ
ーが、体の中で湧き上がる。無意識にセーブしていたパワーが、溢れた様だ。
「・・・ヌググググゥ・・・お前・・・首の力だけで、俺を投げるとは・・・。」
「ハァ・・・。今のフロントチョーク・・・。伊能先輩の魂を感じましたからね。
俺も、全力を尽くす事に決めました・・・。」
 俺は、重心を低くして構える。伊能先輩に対して、半端な技を仕掛けるのは、無
粋に当たる。俺は『普通の』空手の技を使う事を止めた。もう、やるしかない。
「こんなに早く、天神流を使う事になるとはね・・・。」
 俺は、今まで天神流を封印してきた。だが、そうも言ってられない。目の前に居
るのは、でっかい壁が如き男。手加減なんか、してられない。
「お前の後ろに、闘気が漲っているのを感じる。そうで無くてはな!!」
 伊能先輩は、肩で息をしている。俺の攻撃を、何度と無く食らって、さらにフロ
ントチョークで、アレだけの力で絞め上げたのだ。当然かも知れない。だが、半端
な技を仕掛けるのは止めだ。今のフロントチョークで、俺の方だって限界が近い。
「一撃必倒!!次で・・・決める!!」
 俺は、左手に力を込めると、前に突き出すような形で、そのままの構えで走って
いく。ある技を決めるための、布石だ。
「甘いぞぉ!!」
 伊能先輩は、突っ込んでくる俺に唐竹割りを見舞おうとする。それを左手で振り
払う。そこに、がら空きになった鳩尾に踵を突き入れる。そして、そのままコーク
スクリューパンチのように捻る。踵でのコークスクリューだ。この技が、効かない
なんて事は、無い筈だ。それくらい自信がある。
「グオァ・・・。」
 さすがの伊能先輩も動きが止まる。そして片膝をつく。
「天神流空手・・・蹴り技『突穿(とっせん)』!!」
 俺は技名を言う。まず腕に込めた力で、手を思い切り振り払って、鳩尾に回転を
加えた踵を突き入れる。それが、この技だ。穿つような痛さが加わる事で、この名
前がついたのだ。急所にコークスクリューだ。効かない筈が無い。
「・・・。」
「んな!?」
 俺は我が目を疑った。伊能先輩は、いつの間にか立ってこちらを見ていた。あの
技を、まともに食らって立ち上がるなんて・・・どんなタフさなんだ・・・。仕方
が無い。やるしかないか!!と、その前に審判が俺を制止する。
「・・・勝者!!天神 瞬!!」
 審判は、少し様子を見て俺の勝ちを宣言する。どういう事だ?伊能先輩を、俺は
倒して無いぞ。審判に怪訝な目を向けると、審判は、伊能先輩を指差す。
「あ・・・。」
 俺も気が付いた。伊能先輩は、笑ってこちらを見ながら、気絶していた。なのに
も関わらず、構えまで取っていた。何て・・・誇り高い人なんだ。
「・・・意地っ張りな事だな・・・。」
 どこからか、声がしたと思うと、誰かがリングに上がってきた。
「・・・貴方は?」
「天神 瞬君と言ったか。・・・この意地っ張りを倒したんだ。優勝するんだぞ。」
 その人は、優しく伊能先輩を張り飛ばす。凄く、良い音が鳴った。
「・・・ウグ・・・。」
 伊能先輩は、気絶から立ち直ったようだ。
「あれ?・・・お、親父!?」
 伊能先輩は、目の前に居る人物に驚く。親父・・・って事は、サウザンド伊能さ
んか!伊能先輩の父親か!道理で、大きいと思ったら・・・。
「この意地っ張りが。様子を見に来たら、この様か。」
「・・・負けたのか。ワシは・・・。修行不足だなぁ・・・。親父に追いつけんわ。」
 伊能先輩は、心から残念そうに言う。
「こん馬鹿が。お前は、勝ち負けに。そこまで拘ってるのか?」
 親父さんは、伊能先輩を小突く。そして観客の方を指差す。
「見ろや。お前の闘い振りを称えてる姿をだ。これを見て、お前は勝ち負けの事し
か頭に無いのか?・・・お前の闘いを、只の勝ち負けに括るのは愚か者のする事だ。」
 親父さんは、この闘いでの意味を、伊能先輩に教える。
「勝つのは大事だ。だがな。それ以上に、すげぇ闘いを見せる。それが、本当のプ
ロの姿だ。」
「親父・・・。ワシ、少しでも、近づけたじゃろうか?」
 伊能先輩は、すっかり親父さんの前で恐縮していた。憧れなんだろうなぁ。
「良い試合を見せてもらったわ。そんな顔、するもんじゃない。」
 親父さんは、伊能先輩を褒めてあげた。そして足に力が入らない伊能先輩に、肩
を貸す。伊能先輩は戸惑ったが、親父さんに肩を貸してもらいながら、退場する。
「伊能先輩!・・・俺、負けませんから!!」
 俺はつい声を掛ける。すると、伊能先輩は、こちらを振り向かずに手を上げる。
「・・・負けたら承知せんぞ。」
 伊能先輩は、それだけ言うと、控え室に戻っていった。そして、それを見届ける
と、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
 そうだ。この試合を見てくれた人は、分かってくれている。全力でぶつかった結
果が、負けであれ、その姿は、美しいと言う事をだ。俺は勝った。伊能先輩は負け
た。だが、それ以上に全力で闘ったと言う経過が客にとっては重要だったのだろう。
 俺は、控え室に戻りながら、その意味を、噛み締めていた。


 少しの休憩を挟んで、第2回戦の第3試合が始まる。今度は、俊男の出番だ。相
手は前回のベスト4でボクシング部主将の森 拳斗先輩だ。森先輩はミドル級の学
生のソクトアチャンピオンで、その技術たるや、目を見張る物があるという。大丈
夫なんだろうか?
 俊男の様子を見ると、かなり落ち着いていた。ストレッチをしながら、ゆったり
とした動きで、自分の構えを確かめている。パーズ拳法の構えを復習しているよう
だ。さすがと言うか、余裕があるなぁ。
「瞬君!おめでとうさん!良い試合だったよ。」
 俊男は、祝福してくれた。これから自分の試合だってのに・・・。
「ありがとさん。伊能先輩は、強かったよ。」
 俺は、偽らざる気持ちを言う。俺に天神流を使わせる奴が、神城 扇や俊男以外
にも居るなんて、思いも寄らなかった。このレベルだと・・・恐らく紅 修羅先輩
にも、使いそうな気がする。使わないと、勝てない気がするぜ。
「伊能先輩は、天性のプロレスラーだからね。多分、僕でも、あんな勝ち方出来な
い。君だからこそ、あんな勝ち方が、出来たんだよ。」
 俊男は殊勝な事を言う。まぁ俺のような勝ち方をされても困るけどな。俊男は、
俊男のやり方で、勝ったと思う。コイツは、こう見えて、力の入れ方とかが、半端
じゃない。それが、パーズ拳法の凄い所なんだろうけどな。それに加えて、八極拳
を極めているせいで、動きに全く無駄が無い。敵をも操る足捌きなどは、見事とし
か言いようが無い。俺も、良く勝てた物だと思う。空手ルールじゃない今回は、正
直やばいかも知れない。
「俺を褒めるのは良いけど・・・お前も、負けるなよ。」
 俺は付け足しておいた。俊男は、こう見えて、中々負けず嫌いだから、大丈夫だ
と思うけどな。応援は、しておかないとな。
「勿論、負けるつもりは無いよ。」
 俊男の奴、調子が良いんだろうな。構えにも張りがあるぜ。相撲部の奴を倒した
時も、これ以上無い程、的確だったし。
「相手は、ミドル級の学生チャンピオンだぞ?」
 森先輩は、何気に凄い肩書きを持っている。ミドル級のチャンピオンと言えば、
ヘビー級のチャンピオンの次に、凄い肩書きだ。ヘビー級は、中央大陸の名門校の
奴が持っていると考えると、かなりの快挙だ。
「森先輩は弱くない。寧ろ、凄いだろうね。」
 俊男は落ち着いて言う。俺もそう思う。俊男には悪いが、決して舐められる相手
では無い。俺もビデオでしか見た事が無いが、あれは芸術だ。相手の動きを見切る
目、パンチのスピード、そして華麗なフットワーク。どれをとっても一級品だ。
「だけどね。彼には、覚悟が足りない。悪いが負けないな。」
 俊男が、さも当然のように言う。覚悟か。確かに森先輩からは、伊能先輩のよう
に何かを背負ってる感じはしないな。
「トシオ!」
 後ろから、声を掛けられた。ヒート先輩の声だ。
「どうも。ヒート先輩。」
 俊男は、気さくに返事する。
「ケントに勝ったら、ワタシとだ。負けるなよ。」
 ヒート先輩は、鋭い目付きで言う。よっぽど楽しみなのだろう。ヒート先輩は柔
術のエリートだ。パーズ拳法の俊男とは全くタイプが違うし、面白いかも知れない。
「ヒート先輩。悪いけど、それは気が早いよ。ヒート先輩の相手、気を付けた方が
良いかも知れない。・・・何か不気味だよ。」
 俊男は、ヒート先輩の目を見る。この目を見る限り、マジで心配してるな。そう
言えば、あっと言う間に終わったから、見てなかったな。
「ああ。それは、言われなくても分かってる。油断ならない相手だ。」
 ヒート先輩は警戒していたようだ。何せ、古流格闘技部の主将を、ほぼ一撃で仕
留めたんだからな。油断ならない相手だろうな。
「どこかで見た事が、あるんだよな。」
 俺は遠めで見ただけだが、決まった瞬間に、違和感を覚えていた。
「僕もだよ。何か、嫌な予感がするんだよね。」
 俊男も、違和感を覚えていたらしい。どこかで見た事がある構えだった。
「ハッハッハ。心配されているな。なら、その心配を吹き飛ばす活躍を見せなきゃ
ならないな。頑張るぞ。」
 ヒート先輩は、屈託の無い表情で笑う。この人は、根が明るいんだろうな。
「・・・っと。そろそろ出番か。じゃ、いっちょ行ってくるよ。」
 俊男はコーナーに呼ばれる。俺はリングサイド近くで観戦する事にした。自信満
々だな。俊男の奴。緊張は、してない様だ。俺は、急いで席を探すと、選手用の椅
子があったので、手早く見つけて、セットして座る事にした。
「兄様。まずは、おめでとう御座います。」
 恵が祝福を言ってきた。素直に嬉しい。
「もう。恵さんたら、私の台詞取ったわね?んもう。ま、良いわ。これで準決勝ね。」
 江里香先輩も、祝福してくれた。何だか照れるなぁ。
「ありがとう。2人共。今度は、俊男の応援もしてくれよ。」
 俺は、2人に礼を言う。やっぱり改めて言われると、嬉しい物だ。
「ああ。俊男君?だーいじょうぶよ。あんなスカした相手に負ける俊男君じゃない
わよ。俊男君は、ああ見えて負けず嫌いだし、あっさり決めるわ。」
 江里香先輩は、全く心配して無い様だ。あんまりな言われようだな。何だか、森
先輩が、可哀想になってくる。
「同感ですわ。俊男さんは、兄様のライバルなんでしょう?じゃぁ負ける筈ありま
せんわね。空手大会の準決勝を見た身としては、安心出来ますわ。」
 恵まで同じような事を言ってくる。まぁ確かに、俊男は強いけどさ。森先輩だっ
てミドル級の学生チャンピオンなんだぞ?弱い筈が無いのに。
「大した信頼っぷりだ。安心したよ。」
 俺は、呆れた声を出す。二人共、意外と楽観的なんだな。
「そう言う瞬君が、一番信頼してるんでしょう?じゃあ大丈夫よ。」
 江里香先輩が茶化すように言う。まぁ実際に、その通りだ。はっきり言って俊男
が負けるとは到底思えない。そんな事を思っていると、アナウンスが入る。
「皆様お待たせしました!!これより、第2回戦第3試合を始めます!!」
 アナウンスが入ると、場内が、またざわめき始めた。
「赤コーナー!!ミドル級学生チャンピオン!!ボクシング部の主将こと森ぃぃ!
拳斗ぉぉぉぉーーー!!」
 アナウンスと同時に、フードを被った森先輩が姿を現す。ウォーミングアップを
しながらリングに近づく。なる程。ボクシングだな。
「青コーナー!!最年少のパーズ拳法免許皆伝者こと島山ぁぁ!俊男ぉぉぉーー!」
 アナウンスが肩書きを言う。よく考えたら、すっごい事だよな。あのパーズ拳法
は、弟子がいっぱい居る事で有名なんだ。その中で、俺と同い年で選ばれて、免許
皆伝を授かってるんだからな。アナウンスが終わると、俊男が姿を現した。俺は、
その姿を見て、言葉を失った。アイツが胴着を脱いできたのだが、その下に隠され
ていたのは、筋肉の鎧だった。空手大会の時より、明らかにパワーアップしている。
「す、すげぇ・・・。」
「最年少の免許皆伝っての、伊達じゃないんだな・・・。」
「パーズ拳法って、すげーんだな。」
 皆の噂が飛び交う。分かる気がする。俊男の奴、一段と凄みを増してるじゃない
か。恐ろしい限りだぜ。
「俊男君たら、隠れて、随分特訓してたみたいねぇ。ありゃ、パーズから帰ってき
た時より、強いわよ。瞬君でも、勝てるかどうか怪しいわね。」
 江里香先輩は冷やかすように言うが、全くもってその通りだ。俊男の奴、どこで
訓練したら、あんなになるのか。空手大会の時にあったような隙すら無い。
「フン。筋肉があれば、勝てるって物じゃないぜ?ボクシングと言う完成された闘
技の前に、お前は敗れるしか無い。いくらパワーアップしても無駄だよ。」
 森先輩は怖気づきもしない。本気で、そう思っているんだろうが、あれは、実力
を分かっていないだけだ。俊男は、明らかに別物である。
「パーズ拳法の技術は、既に極めましたからね。瞬君。君に勝つためには、この体
を一から、鍛え直さなきゃ駄目だと思っただけだよ。」
 俊男は、こっちを見て言う。なるほどね。バリバリに意識してやがる。俊男が、
負けず嫌いだってのを、体感してるぜ。
「気に食わないな。お前の相手は、この僕だぞ?無視するとは失礼だな。」
 森先輩は、こちらを睨んできた。無視されたと思ったのだろう。すると、俊男は、
森先輩の方を見る。そして拳に力を入れて、地を踏む。
「唖ッ!!!」
 俊男は、気合の入った声を上げる。その瞬間、武道館全体が揺れたような感じが
した。いや、実際揺らしたのかも知れない。すげぇパワーだ。
「いやはや、恐れ入ったぜ。お前、本気で、俺と決勝やる気満々なんだな。」
 俺は俊男に、冷や汗を掻きながらも軽口を言う。
「さてね。僕は、僕の信じる力を使うだけだよ。」
 俊男は、そう言うとリングに上がる。大丈夫だ。今のアイツは負けはしない。
「随分見せてくれるじゃないか。ま、お前の見せ場は、ここまでだがな。」
 森先輩は余裕の表情を見せる。ある意味、すげぇな。
「パーズ拳法なんて、古臭い拳法に負ける程、ボクシングは甘くないぜ。」
 森先輩は、着用の許されているオープンフィンガーグローブを着用する。
「伝統あるパーズ拳法を古臭いとしか見れないなんて、悲しいですね。」
 俊男は溜め息を吐く。森先輩の挑発には、乗ってないみたいだ。
「フン。ボクシングは、芸術の域に達している格闘技だ。形だけの拳法などとは、
訳が違う。その意味って奴を、教えてやろうじゃないか。」
 森先輩は不敵に笑う。自信があるってのは凄いな。俺は、あの俊男相手に、そこ
まで言い切れる程、自信は無いぜ。
「では、第2回戦、第3試合!!始め!!」
 カーーーン!!
 試合のゴングが鳴る。それと同時に、森先輩はフットワークを使い出す。言うだ
けの事はある。変幻自在なフットワークだ。付かず離れずを地でやっている。
「華麗なフットワークと、完成されたコンビネーション。お前に、勝ち目は無い。」
 森先輩は、俊男にジャブを繰り出す。言うだけあって、結構速い。しかしジャブ
は、不発に終わった。俊男は、全て手の甲で捌いていた。
「ほう・・・。なら、これはどうだ?」
 森先輩は、ワンツーからボディーブローを繰り出す。俊男は、またしても手の甲
で、捌くが、それを見越して、踏み込んでのガゼルパンチ、さらには、腰を使って
のスマッシュのコンビネーションを見せる。
「・・・何故だ・・・。」
 森先輩は、気に入らないのか、舌打ちする。それはそうだ。完璧に見えたコンビ
ネーションを、俊男は手の甲だけで、防いで見せたからだ。
「僕の必殺のコースを、手の甲だけで防ぐなんて、偶然にしては出来過ぎだ。」
 森先輩は、飽くまで事実を認めようとしていない。
「森先輩。悪いけど、貴方じゃ勝てない。」
 俊男は、さも当然のように言う。
「生意気な事を。僕の必殺ブローを食らわないと、分からないようだね。」
 森先輩は、急に構えを変える。どうやら本気で、俊男に必殺ブローを打つつもり
らしい。と言うか、それ以外に手が無いのだろう。
「森先輩。よく見て下さい。僕は、試合開始から一歩も動いていないんですよ?」
 俊男は言う。確かにその通りだ。森先輩の攻撃を一歩も下がることなく、捌き切
っていた。それは相当な実力差が無いと、出来ない事だ。
「自惚れが過ぎるな。完成されたボクシングが、時代に付いていけないパーズ拳法
に負ける筈が無い!!そんな事、あって堪るかと言うんだ!!」
 森先輩は、意地になっているな。
「長く続いているだけで偉いとでも言うのか!?ハッ!笑わせないでくれよ。効果
的かどうかも、分からない修行を続けるなんて、愚かの極みだってんだよ!!」
 森先輩は、ボクシングの事で頭がいっぱいなんだろう。
「・・・森先輩。今の言葉は、戴けません。訂正して下さい。」
 俊男は、この試合で、初めて拳を握る。
「どうした?図星を突かれて、怒ったのか?」
 森先輩は挑発を続ける。・・・危険だ。俊男の奴、目が据わってきたぞ。
「貴方が、パーズ拳法を認めないのは良い。でも、パーズ拳法を続けている人を、
揶揄する資格は無い筈だ。それを支えにする人も、居るんですよ?」
 俊男は、とても悲しい目をしていた。自分が貶されるのは我慢出来ても、パーズ
拳法の仲間を貶されるのが、嫌だったのかもな。
「パーズ拳法なんて選んだ時点で、駄目なんだよ。支えにする?馬鹿言うなよ。」
 森先輩は、ピタリと拳を安定させる。
「その君の、ちっぽけな怒りを、この拳で砕いてやるよ!!」
 森先輩は、必殺ブローを繰り出す。あれはコークスクリューブローだ!出し方と
言い完璧に近い。さすがに自信を持つだけの事はある。
 シューーーーー・・・。
 当たると思った瞬間、森先輩の拳は突然止まった。いや、止められた。
「ギヤアアアアアアアア!!!」
 森先輩の悲鳴が聞こえる。森先輩の拳から、ダラダラと血が流れる。何と、俊男
は、森先輩のコークスクリューブローを、親指一本で止めたのだ。その衝撃で、森
先輩の拳骨を砕いたのだ。
「森先輩。降参して下さい。」
 俊男は、親指に付いた血を振り払う。
「お前・・・この将来のミドルチャンピオンの拳を・・・パーズ拳法風情が!!!」
 森先輩が、激高して、訳も分からないまま、襲いかかる。
「ふう・・・仕方無い。」
 俊男は、腰を低く落とす。どうやら、八極拳を使うみたいだな。あの自然な体の
流れこそ、八極拳の真髄だ。無駄な動きが見当たらない。端から見てると、力みを、
全く感じない。流麗かつ剛健。それを体現したのが八極拳だ。形を意識させないあ
の構えに、俺の心は震えた。
「把ッ!!」
 俊男の掛け声と共に、森先輩は吹き飛ばされる。俊男は、掌を前に突き出しただ
けのように見える。しかし、そこにはタイミング、速さ、重さの全てが、込められ
ていた。相手の攻撃を見切っての体の捻りからの半歩突き出した攻撃。見事過ぎる。
 森先輩は、既に動いてすらいない。
 カンカンカンカン!!
 ゴングがなる。審判が、すぐに止めたのだ。良い判断だ。その瞬間に、驚きのど
よめきと、拍手が鳴り響く。俊男は、その拍手に手を上げて応える。
「呆れたわ。・・・俊男君たら、あんなに強いなんてね。」
 さすがの江里香先輩も、ビックリしたようだ。そりゃそうだ。俺だって、ビック
リするくらいの強さだ。参ったな。
「決めたな。俊男。・・・正直、驚いたぜ。」
 俺は、俊男に話しかける。
「ありがとう。瞬君に言われると、重みが違うよ。」
 俊男は、本当に嬉しそうに答える。全く・・・こんなに良い笑顔が出来る癖に、
あの強さだもんな。参っちまう。
「瞬君。僕は、決勝に残るつもりだよ。君も・・・絶対に来るんだよ。」
「言うね。あの時の続きになるな。それも、悪くない。」
 俺は、俊男に笑い掛ける。不思議だ。俊男の凄い所を見る度に、体の奥から震え
る程、闘いたくなる。
 俊男は、観客に応えながらも控え室へと入っていく。体を、休めるつもりなんだ
ろう。でも、そんな必要が無い程、圧倒的な内容だったけどな。
「続いて、第2回戦!第4試合を行います!!」
 お。早いな。まぁ進行も早めにしないと試合が終わらないからな。
「赤コーナー!!飛び入り参加の実力者!!風見(かざみ)ぃぃぃぃ隆景(たかか
げ)ぇぇぇ!!」
 アナウンスと共に胴着姿の男が出てきた。結構、落ち着いてるな。どうやら2年
らしいけど、ありゃ、普通の飛び入りじゃあないな。・・・ん?風見先輩・・・こ
っち見て無いか?すっごく細目でだけど、見てるな。
「・・・天神・・・。」
 風見先輩は、不意に俺の名前を口ずさんだ気がした。俺を知っているのか?
「青コーナー!!伝説の柔術一家!!ヒート一族こと、レオナルドォォ!!ヒート
ォォォォォ!!!」
 お。ヒート先輩だ。気合が乗ってるみたいだな。調子も良さそうだ。後ろでヒー
ト一族の面々が、ヒート先輩のセコンドとして顔を現す。仲が良いなぁ。
「お。ヒート先輩の出番だね。」
「よっ。もう休みは、良いのか?」
 俺は隣に座ってきた友人に声を掛ける。俊男が、椅子を用意して観戦しに来たの
である。まぁ、あの試合内容じゃ、疲れてなんか無いだろうけどな。
「もう大丈夫。それに・・・この試合、何か嫌な予感がしてね。」
 俊男は、真面目な顔で言う。分からなくも無い。あの風見とか言う先輩は、どこ
か油断出来ない雰囲気を放っている。
「・・・ほう。」
 風見先輩は、ヒート先輩の方を見る。軽く火花が散ったようにも見える。
「・・・タカカゲとか言ったね。キミも只者じゃなさそうだ。だけど、ヒート一族
の代表として、負けられないんでね。悪く思わないで欲しい。」
 ヒート先輩は、胴着を脱ぐ。良い体格をしている。さすが鍛えているだけある。
無駄の無い筋肉の付き方してるぜ。
「・・・ここで使うのは得策じゃないが・・・仕方ないか。」
 風見先輩は、腰を落とす。あの構え・・・何かの拳法か?
「それでは、第2回戦、第4試合!!始め!!」
 始めの声が掛かった瞬間、ヒート先輩は、パンチングスタイルで牽制するような
形になり、風見先輩は、妙な構えを見せていた。・・・なんだアレは?左手で右手
を隠してる?変わった構えだ。
「怖いな。キミの、その構えから殺気を感じる。」
 ヒート先輩は冷や汗を掻く。どうやら、風見先輩の妙な雰囲気に気が付いた様だ。
「だけど、逃げるのも癪だな。」
 ヒート先輩は意を決して、ローキックを繰り出す。結構本格的だ。柔術では、組
み打ちの他にも固め、タックルだけで無く、パンチやキックなども練習するのだと
言う。と言うのも、タックルだけでは無く、パンチやキックで相手を崩して固めに
入るからなのだとか。
 そのローキックを風見先輩は難なく躱す。その後のワンツー、ミドルキックの連
続にも、構えを崩さないまま捌き切っていた。
「・・・なら、これで!!」
 ヒート先輩は、ミドルキックを強めに放つと、躱されながらも、タックルに入る。
その流れは、かなり自然だった。これだと決まりそうだな。
 ヒュン!!!
 ・・・え?何だ今の音。
「・・・!?」
 ヒート先輩は、弾かれたように飛びのく。すると、顎の辺りが皮一枚切れていた。
何だ?今のは・・・。
「キミ・・・只の拳法使いじゃないな・・・。」
 ヒート先輩は、血を抑えながら睨み付ける。
「ま、決勝まで、見せないで置きたかったんだがな。」
 風見先輩は、腰の辺りで右手と左手を交差させる。
「・・・まさか・・・。」
 俺は、心当たりがあった。だが、何で・・・?
「瞬君。どうしたんだい?何か思い出したのか?」
 俊男が聞いてくる。俺は、確信が持てた訳じゃない。だが、あの構えに覚えがあ
る。そして、その流派を勿論、知っている。
「気が付いたか?天神・・・。」
 風見先輩は、俺の方を向く。このしゃべり方・・・。
「何でアンタが、ソレを使えるんだ?」
 俺は睨み返した。ここで、この流派に出会えるとは、思って居なかった。
「フッ。あの御方は、貴様のせいで怒りに震える毎日だ。そんな毎日を見てきた、
俺の怒りが、貴様に分かるか?」
 やはり・・・間違いないのか・・・。
「瞬君。知り合いなのか?」
「多分な・・・。」
 俺の予想が間違っていなければ、コイツは、敵以外の何者でも無い。わざわざ、
こんな学内の催し物にまで出てくるなんてな・・・。
「キミの相手は、僕だぞ?」
 ヒート先輩は、重心を低く取って風見先輩・・・いや風見を見据える。
「そうだったな。だが、貴様に私の『居合い』を躱せるかな?」
 風見は、挑発する。『居合い』・・・か。やはりそうか。
「キミは、剣でも使っているつもりなのか?ふざけるな!!」
 ヒート先輩は、風見の挑発に乗って、襲い掛かる。
「フッ。愚かな・・・。貴様には、『斬刑』こそ相応しい。」
 風見は、そう言うと、ヒート先輩の動きに合わせて手を振る。いや、振るように
見えただけだ。早過ぎて、いつ振ったのか見当が付かなかった。
 ドサッ・・・。
 その瞬間、ヒート先輩は、物も言わずに倒れる。そして、その胸からは夥しい程
の血を流していた。完全に、胸が斬り裂かれていた。
「いかん!!救護班!!」
 校長が指示を出す。すると、控えていた救護班が、急いで、血止めをする。それ
だけの緊急事態だと見込んだのだろう。
「フフッ。安心しろ。致死量には、至らん。」
 風見は、冷たい笑みを浮かべると、腕を振って、返り血を吹き飛ばす。観客は、
静まり返っていた。余りの結末に、言葉を失っていた。
「おい。私の勝ちだろう?」
 風見は審判の方を向く。すると審判は、納得の行かない顔をしていたが、風見の
腕を上げる。これで風見の、準決勝進出が決まった。
「・・・アイツ・・・なんだよ。」
「やっぱ・・・おかしいと思ったんだよ・・・。」
「・・・ケホッケホッ!!」
 観客は、恐怖の声と、気持ち悪くなって吐いている生徒に分かれていた。それを
風見は、恍惚の表情で見ていた。
「・・・フフッ。弱者には刑を与えるのは、家訓でな。」
 風見は、わざと俺の方を見る。この野郎・・・。
「お前・・・やっぱり、アイツの家の者だったんだな。」
「扇様は油断しておられた。貴様が勝てたのは僥倖だと言う事を・・・私が証明す
る。その、前哨戦だと思え。」
 風見は、限りなく冷たい目で俺を睨む。・・・扇か・・・。やはりアイツか。神
城家の者じゃないかとは思っていた。
「神城 扇・・・。なる程。彼の手下だったんだね。」
 俊男も知っている。あの残虐非道な扇を。そして、その手口をだ。奴は、空手を
斬ると言う一点に強化させて、手刀で全てを斬り裂く男だ。その家の家臣ともなれ
ば、似たような技を使うとは思っていたが・・・。
「扇様を呼び捨てにするな。それに手下とは何事だ。私は扇様の重臣であり、手下
などと言う、下劣な存在では無いぞ。」
 風見は、手下と言う言い回しが気に入らなかったのか、俊男に文句を言っている。
「ヒート先輩を、あんなにした奴の訂正など、受けない。」
 俊男は、本気で怒っていた。ヒート先輩には、結構可愛がられていただけに、俊
男は、風見の事を、完璧な敵だと認識したのだろう。
「フッ。仲良しこよしの集団だな。反吐が出る。」
 風見は、それだけ言うと、控え室へと向かっていった。どうやら、見境が無い訳
では無さそうだ。しかし、危険な事に、変わりは無い。
「参ったわね。あんな奴が、学園に紛れて居たなんて、思わなかったわ。」
 江里香先輩が頭を抱える。風見は、問題児以外の何者でも無かった。
「粗暴な主に、粗暴な部下。見るに耐えませんわ。」
 恵も、心底嫌っているようだ。まぁアレを見て、好きになる奴も少ないだろう。
「まさか、神城の部下が居たとはな・・・。この大会の出場を決めたのも、俺が原
因なんだろうな・・・。」
 俺のせいでヒート先輩は、あんな大怪我をしてしまったと言っても過言じゃない。
「兄様らしくない。あのような者の行動に、一々反応する物じゃありませんわ。あ
んなの、只の八つ当たりにしか、見えませんわ。」
 恵は、俺のせいじゃないと言っているのだろう。
「恵さんの言う通りよ。それに・・・今更、悔やんでもしょうがないわ。出場が決
まって、勝った以上、アイツには、闘う権利があるんだからね。」
 江里香先輩もフォローしてくれた。そうだな。それに、アイツの事で、俺が悔や
んだ所で、喜ぶのは、アイツだけだ。
「でも・・・大丈夫?トシ君。」
 江里香先輩は、俊男の事を呼び鳴れた呼び方で言う。やっぱ幼馴染だと言うのは
嘘じゃ無いみたいだ。トシ君か・・・。羨ましい・・・。って、こんな事考えてる
場合じゃないな。
「ありがとうエリ姉さん。でも、大丈夫。」
 エリ姉さん!?俺も言ってみたい・・・。いや、こんな事を考えてる場合じゃな
いんだけどさぁ・・・。気になる・・・。
「兄様?どうして、悶えてるのかしら?」
 恵が凄い目で睨んでる・・・。怖いよぉ。俺の考え、絶対に読まれてるよぉ。
「いや、俊男が心配でね。・・・なぁ、本当に大丈夫か?」
 俺は誤魔化しながらも俊男に話し掛ける。心配じゃないと言えば嘘になる。次に
闘うのは俊男となれば、やっぱ心配になってくる。
「瞬君。僕は勝つよ。あんな奴に、負けてられない。ヒート先輩の無念を、この手
で晴らして見せるよ。」
 俊男の奴、燃えてるなぁ。風見の事は頭に来るが、俊男に任せた方が、良さそう
だな。それに心配してる場合でも無いんだな。俺の次の相手は、柔道王の異名を持
つ紅先輩だ。油断出来る相手じゃない。
「よっし。分かった。んじゃ、決勝で会おうぜ。約束だ!」
 俺は俊男に右手を差し出す。すると俊男も、右手で向かい合うようにガッチリ手
を組んだ。どうやら意図が伝わったらしい。
「瞬君。君こそ、負けないでよ。僕も負けないからね。」
 俊男は熱い視線で見つめると、気合の入った声で控え室に向かう。
 どうやら、新たな敵が出来た事で集中しているらしい。風見 隆景。
 そして神城 扇との因縁は、学内にまで及んでいくのであった。



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