5、出生  それは、悪い夢。  願っては、いけない夢。  心から話せる友人と、自分の想い人・・・。  それらが集まって、仲間と呼んで一緒に登校する。  そんな光景を、どれ程、願った事か。  セントでのハイスクール時代、私は、固定観念を持っていた。  自分は、人とは違うのだ・・・と。  魔法を使いこなす、魔女。  心からそれを話せる友人は、皆無。  両親との仲は良かったが、親友は、居なかった。  魔法を習ってる限り、自分に親友は、出来ないんだと諦めていた。  そして、卒業を迎える。  ハイスクールでは、人々が思い描いた終わりを迎えた。  だけど、私には、それが無い。  私は最後まで、ルーン家のお嬢様だった。  迫害された訳じゃない。  いじめられた訳じゃない。  寧ろ友人は、多かった。  でも・・・充実しては、いない・・・。  心に飢えを持ったまま、卒業した。  でも、それが、魔女の運命。  だから、これ以上は、願っては、いけない夢だった。  しかし夢は、ひょんな事から叶う。  自分よりも、5つも下の少女。  なのに自分より、ハッキリとした意識を持つ少女。  ・・・でも、どこと無く私に似た少女。  彼女が、想い人と一緒に、再びハイスクールに通えと言う。  本当に、夢かと思った。  でも、これが夢なら、覚めないで欲しい。  そして・・・現実なら・・・。  大切にしよう。  誰よりも、願っていた夢なんだから・・・。  もう諦めるなんて言葉、使わないと、決めたんだから!  昨日は、色んな事があった。レイクさん達と一緒に住む事が決まった。しかも、 一緒に登校する事も決まった。恵の奴が、昨日の内に、手続き書を用意して、学園 に余っていた制服を手配して、レイクさんとファリアさんの、サイズ合わせをして いた。  俺は、あのテキパキとした光景を見て、改めて、天神家の力の強大さを知った。 最後の方は、レイクさんもファリアさんも夢見心地のまま、サイズを合わせていた。  それに、仲間と共にとった夕食は、格別だった。さすがに、睦月さんと葉月さん の同席は無かったけど、俺達の食べる様子を、嬉しそうに見つめていた。ただ、睦 月さん何かは、あの4人を見て、ナイアより美味しいでしょ?と言わんばかりの視 線を向けていたので、何だか怖かった。  あの後、江里香先輩、俊男、亜理栖先輩は、帰路について、俺と恵、それと4人 は、色んな事を語り合った。 (君が、私の事を、話そうとした程な。)  余り、隠し事をしたく無かったんだよ。 (君は、稀有な体験をしている自覚が無いな。私の事が知られれば、セントが、黙 っていない。今の生活を続けたかったら、黙っている事だ。只でさえ、あのレイク を匿っているのだからな。)  そうだな。レイクさん達も、姓を名乗らない事に決めたらしいし。外人では、結 構、姓を名乗らない国も在るので、そうそうバレないらしい。  まぁ、そんなこんなで今日を迎えたわけだが・・・。俺は、逸早く目が覚めたの で、ダイニングに向かう。既に恵が、優雅に紅茶を飲んでいる所だった。 「おはよう御座います。兄様。この時間に、いつも起きて下さると、葉月も助かり ますわ。それに、今日くらいは、起きなきゃいけませんわね。」  恵の皮肉から始まる。このパターンも、この頃慣れてきた。無理も無い。俺は、 早く起きるのが苦手で、葉月さんに起こされてばかりだ。と言うより、毎日ゼーダ と特訓をしているので、疲れもあるのかも知れない。 (勝手に、人のせいにして欲しく無いな。肉体的な疲労は取れている筈なのだから、 起きようと思う意思があれば、起きれる。君の寝坊まで、責任は取らんぞ。)  う・・・。一々突っ込みの激しい神だね。アンタも。 (ここで言って置かないと、誤解されそうだからな。私も、必死なのだよ?)  嘘クセェ・・・。けど、突っ込んでも仕方が無いか・・・。 「ああ。言って置きますけど、ファリアさんは、もう起きてらっしゃるわよ。」  恵は、俺が2番目で無い事を告げる。早起きだと思ったんだけどなぁ。 「って事は、レイクさんが、まだか。」  うん。レイクさんとは、気が合いそうだ。 「そうですわね。レイクさんと兄様は、相性が良いと思いますわよ?」  恵が、小馬鹿にした口調で言う。ぬぐぅ。思った事を、読まれている上に、反論 出来ない。我が妹ながら、恐ろしい奴だ。 『こぉら!!3人共、初日から寝坊なんて、何考えてるの!?』  うわお。2階から聞こえる。いつも、ああなんだろうなぁ。  しばらくして、葉月さんが降りてきた。 「瞬さん。おはよう御座います。」 「ああ。おはよう。葉月さん。」  俺は朝の挨拶を交わす。葉月さんは、相変わらず幸せそうな笑顔をしているが、 ちょっと困った顔をしていた。 「いやはや、ファリアさんに、私が起こすと言ったんですけどね。慣れてるから、 私がって言って、聞かないんですよ。」  ああ。なる程。確かに慣れてそうだよなぁ。それにレイクさん達も、遅そうな感 じもする。何だろう。この親近感は。 「ま、あのナイアですら、起こすのを手伝わせなかった程らしいですし、お任せし た方が、良いと思います。」  いつの間にか、睦月さんも入ってきて、自然に話し出す。 「おはよう御座います。睦月さん。」 「瞬様も、早起きする喜びが見出せたようで、使用人としては、嬉しい限りですわ。」  睦月さんも、朝から容赦無いなぁ。いつもだけどね。  その内、丁寧だが、早足で、階段を降りてくる音が聞こえた。 「お、おはよう御座いまふ!!」  扉を開けて、何とか制服に着替えたレイクさんが居た。銀髪も、少し櫛で梳かし ただけらしい。さっきから感じる、親近感は何なんだろうか。 「恥を掻かせないでよね。全く。」  後ろから、ファリアさんの声がする。 「あ、改めておはよう御座います!恵さん。あ。それに、瞬君もおっはよう〜。」  ファリアさんは、ニコッと笑って、こっちを向いて挨拶する。う。昨日と打って 変わって制服姿。凄く似合ってる・・・。何て自然な笑みなんだ。 「あ。お、おはよう御座います!」 「に・い・さ・ま?私の時と、随分違いますのね?」  横で、恵が朝らしく無い、非常に怖い笑みを浮かべていた。あ。青い筋まで見え る。朝から怖いです。勘弁して下さい。 「あははー。私の制服、似合う?」 「そ、そりゃもう!いやぁ、似合い過ぎて、ビックリしました。」  俺は、ドキドキしながら答える。何をドキドキしてるんだ?いや、これは、きっ と見慣れないせいだ。うん。その内、慣れるに決まってる。 「兄様って、結構、ミーハーでしたのね。」  恵が頬を膨らませている。結構、怒ってる時のサインだ。そう言われてもな。や っぱ、見慣れない格好されると、緊張する物なんだぞぉ? 「はっはっは。そのままだと、歳もバレないぜ?」  レイクさんは、にこやかに、恐ろしい事を言う。 「レイク〜?口は、災いの元よぉ?」  ファリアさんは、笑顔のままで拳を作る。昨日までなら、魔力が灯っていた所だ が、学校に行くに当たって、訓練する間以外は、闘気、魔力、源などの使用を禁じ るように言ってあるので、大丈夫なようだ。 「あ、あは、あはは。まぁ、朝食を食べようぜ。」  レイクさんは、誤魔化しながら席に着く。すると、ファリアさんも、朝食を疎か にするのは良くないと思ったのか、席に着く。 「あ。このベーコンとアスパラで作った、前菜が美味しい。」  ファリアさんは、食べながら唸ったりしている。どうしたんだろう? 「さすがファリアさんねぇ。ナイアより、美味しいかしら?」  睦月さんは、ムッフッフと、いつもしないような笑いを浮かべる。葉月さんを見 ると、姉さんの悪い病気が出たと言う顔をしていた。 「あー。一つ言っておくわ。昨日も言おうと思ってたけど、ナイアと張り合う癖、 止めた方が良いわよ。敵わないから言ってるんじゃ無いわよ。ナイアは、ナイアの 良い所、睦月さんには、睦月さんの良い所ってのが、あるんだからね。」  うわ。この人、ハッキリ言った。すげぇ。あの睦月さん相手に、ここまでハッキ リ言う人、初めて見た。睦月さんは肩を震わせている。 「睦月ぃー。落ち着いてね。」  さすがの恵も、フォローに回ろうとしていた。 「いいえ。ファリアさんは、素晴らしいです。ナイアは、幸せですね。貴女と親友 になれたなんて・・・。私の欠点を見抜いて、私の良さを理解してくれる人が、居 るなんて、思いませんでしたわ。」  おおお!あの睦月さんが、人を認めるなんて・・・。恵ですら、使用人業の事に 関しては、口を出せなかったと言うのに。ファリアさんてば、思い切った事を言う。 「そう言って貰えると嬉しいわね。正直、ナイアも睦月さんも、料理が上手だから、 落ち込み気味なんだけどねー。」  ファリアさんは、朝食を食べながら、うっとりしている。俺も、毎日食べてるけ ど、飽きないもんな。睦月さんの料理って。やっぱ、凄いレベルだったのか。 「私、これでも、料理が得意な方だったけどさ。やっぱ、プロは違うわ。」  ファリアさんは、食べながら材料とか探っていた。ファリアさんは、料理が得意 だったのか。これは、学校の時、一見の価値が、ありかもな。 「美味しく食べて戴けて光栄です。でも、そろそろ登校するお時間ですよ。」  睦月さんは、指摘する。確かに、そろそろ出なきゃいけない時刻だ。 「ごちそうさま!美味しく戴けたわ。」  ファリアさんは、食べ終わる。皆も、食べ終わっているようだ。 「じゃ早速、出掛けるわね。案内宜しくね。」  ファリアさんは、恵に声を掛ける。 「分かりましたわ。途中で、合流する方も居るけど宜しい?」  恵は江里香先輩と俊男の事を、言っているのだろう。 「昨日の3人かな?勿論、大歓迎よ。」 「残念だけど、亜理栖先輩は、学校を挟んで反対側に住んでるから会えないですよ。」  俺は教えてやる。亜理栖先輩は、どうしても俺達とは登校出来ない。天神家とは、 逆の方向に、家があるせいだ。 「じゃぁ、そろそろ行こうぜ。その学校ってのは、遅れないようにするのが、第一 なんだろ?どんな事するのかねぇ。」  レイクさんは、楽しそうだ。この人は、今日が初めての学校なんだ。爽天学園を 気に入ってくれれば、良いけどな。 「ああ。そうそう。あの馬鹿2人には、『仕事を見つけろ』と言って置いてね。」  ファリアさんは、睦月さんに伝言を頼む。どうやらエイディさんと、グリードさ んは、長旅の疲れで、まだ寝惚けているようだ。降りてこない。ファリアさんは、 かなり呆れていた。レイクさんも、苦笑するしか無いようだ。 「じゃ、行きましょうか。」  恵が促すと、2人は頷く。しかし、これは、豪華なメンバーになりそうだな。  こうして登校が始まったのだが、俺達は、いつも目立っている。このまま、すん なり行くとは思えないなぁ。 「恵様ー!お兄様も、おはよう御座いますー。」  早速、恵の取り巻きの女の子達が、集まってきた。 「おう!早いな!」 「おはよう皆さん。今日は晴天で、気持ちも晴れやかになると良いですわね。」  恵は、素晴らしく優雅に受け流す。いつもながら、凄い光景だ。俺は、いつも通 りサクッと挨拶を済ませる。 「あ、爽天学園のお仲間さんね。おはよう!」  ファリアさんは、気さくに挨拶する。 「おお。クラスメートと言う奴か。宜しく!」  レイクさんも、ファリアさんに倣って挨拶をする。すると、取り巻きの女の子達 は、ポーッとする。何だか、夢見心地って感じだな。 「あのー。この方達は?」  勇気ある女の子が、聞いてくる。ガリウロルでは、外人は珍しいからなぁ。それ でも、このサキョウでは、多い方だけどな。 「ああ。今日から、爽天学園に入る予定の留学生さんよ。こちらがファリアさん。」  恵がファリアさんを、紹介する。 「ファリアよ。貴女達より、歳は上だけど、学年は一緒よ。宜しくね。」  ファリアさんは、正確な歳を言わなかった。その辺の隠し方は、さすがだ。と言 うか、俺の4つも上だとは、とても思えない。若いよなぁ。 「こちらは、レイクさんよ。」  恵は続いて、レイクさんを紹介する。 「俺も今日から通うことになる。右も左も分からない身だけど、宜しくな!」  レイクさんも、気軽に挨拶する。レイクさんの場合、近寄りがたく見える外見と は裏腹に、気軽に話しかけてくるのが、特徴かなぁ。 「う、うわぁぁ!私達と、同じ学年なんですかぁ!?」 「すっごーい!あの人の金髪、すっごい綺麗ぃ!」 「銀髪の人なんて、初めて見たぁ!」  女の子達は、騒ぎ出した。気持ちは分かる。俺だって、霞む程の存在感があるか らな。この2人は。只でさえ目立ってたもんな。俺達。 「何だか注目されてるなぁ。やっぱ目立つか?俺達。」 「自覚が無いようなら、言っとくけど、絶対目立つわよ。ガリウロルじゃなきゃ、 捕まってたわよ。」  レイクさん達は、中々物騒な事を言う。まぁお尋ね者だしなぁ。 「あ、あは!おはよう!瞬君!す、凄いねぇ。」  俊男が、声を掛けてきた。顔が引きつってる。気持ちは分かる。何の集団だ、こ れは。俺達の集団は、いつの間にか凄い一団となっていた。 「やほー!目立ってるわねー。お爺様には、言って置いたわよー。」  江里香先輩が、茶化しながら挨拶してきた。 「俊男に江里香先輩。おはよう!」  俺は挨拶をしておく。すでにファリアさんは、女の子集団と楽しそうに話してい る。レイクさんは、ファリアさんの隣で、ファリアさんと俺達に声を掛けている。 微妙なバランスだ。俺も話しながら、行くべきだな。 「今日は、面白くなりそうねー。」  江里香先輩は、本当に楽しそうにこっちを見る。 「ははっ。一年の教室は、凄くなりそうだなぁ。」  俊男が、これからの展開を予想する。多分、予想は裏切らないだろう。 「登校って、こんな楽しい物だったんだなぁ。」  レイクさんは、空を見ながら気持ち良さそうにしていた。この一瞬を、体で受け 止めるように感じている。純粋なんだなぁ。  俺達は、いつも以上に目立ちながら、学校へと辿り着いた。すると、校門に校長 が立っていた。恐らく、レイクさん達が、どんな者か、確かめに来たのだろう。 「ふむ。そのこの2人。江里香が、言ってきた2人とは、お主らの事だな?」  校長は、レイクさんとファリアさんに声を掛ける。俺達は、2人に距離を取りな がら、様子を見守る。校長が、問答するのは久しぶりだ。 「わしは、この爽天学園の校長、一条 大二郎。お主らの気合を確かめに参った。」  相変わらず、元気な爺さんだ。 「これは、面接と考えて良い訳?」  ファリアさんが、校長の方を向く。すると、校長はニヤリと笑った。あれは、肯 定の意味だろうか? 「俺達の覚悟を見ようってのかな?面白い展開だな。」  レイクさんは、楽しんでいた。さすが度胸は据わっている。 「フッ。この爽天学園での面接は一つだ。お主らの目標を聞かせるのだ。」  校長は、俺にも聞いた事を2人にも聞く。 「目標か。俺の目標は、人生を学ぶ事だ。」  レイクさんは、淀み無く答える。 「ほう。面白いな。して、何故だ?」 「俺は、掛け替えの無い仲間を持った。それを守るために、全てを懸ける。だが、 俺は生まれてこの方、学校へ行った事が無い。ここは、人生を学べる場だと聞いた。 だから俺の人生を、預けようと思う。」  レイクさんは、校長の目を真っ直ぐ見て、言った。人生を学べる場か・・・。確 かに、この爽天学園は、そうかも知れないな。 「私の目標は、愛すべき人と、信頼出来る友人と過ごす事よ。」  ファリアさんも、迷いが無い。 「ウム。良い答えだ。」 「人生で、一番幸せな時間を、大切に生きる。ここには、全て揃うと信じてます。 だから、私はここに来ました。信頼出来る友の勧めよ。迷いは、無いわ。」  ファリアさんは、淀み無く答えた。 「お主ら、この爽天学園を買い被り過ぎじゃ。でも、その心意気や天晴れ!!転入 を心より受け入れる!今言った目標を、忘れる事無く、精進すると良い。」  校長は、とても優しい目をしていた。それは、子供を見つめるような目だ。この 2人の本気を受け入れて、嬉しいのだろう。 「あの校長が、天晴れと言ったぞ!?」 「って言うか、あの2人何者!?天神の関係者か!?」 「何だか知らないけど、転入生らしいぞ!!天神家に逗留してるって聞いたぞ!」  また、とても騒がしくなってきた。俺達の事もあってか、騒ぎは、大きくなる一 方だ。レイクさんは、人生を学ぶためだと言った。ファリアさんは、信頼出来る友 と時間を過ごすためだと言った。これは、俺達にとっても重要な事だ。 (ふっ。レイクやファリアの祖先が、英雄と呼ばれる訳だな。)  そうだな。人を引きつけて止まない、何かがあるよな。 (ふむ。彼らの魂は光っている。あの光は、彼らの心の強さだ。)  俺も、負けていられないな。こんな素晴らしい仲間に、出会えたんだからな。  俺は、レイクさん達を見て、自分の心も、引き締めるのだった。  今日は、授業も、かなり騒がしかった。まぁ、案の定、あの2人が目立っていた せいだ。結局、校長の配慮もあっての事か、俺のクラスにレイクさん。恵のクラス にファリアさんが入る事になった。互いの自己紹介の時間は、すぐ分かった事だろ う。割れんばかりの拍手と、歓声が響き渡っていた時が、自己紹介の時間だったん だろう。  本当は、レイクさんとファリアさんが、同じクラスってのも考えていたらしいが、 一応学生なので、節度ある交際を目指すと言う事で、別のクラスになったのだ。最 も、この2人から、直接言われた訳じゃないが、付き合ってるんだろう事は、想像 に難く無い。お互いを見る時の目が、確実に違うしな。見れば見る程、お似合いな 所も、この2人ならではだ。本人達が気が付いてない所が、また凄い。隠し通して ると思っているんだろうなぁ。  それと、爽天学園に新たなミスが誕生した。その名もミス・ブロンド。言うまで も無く、ファリアさんの事だ。新たに現れた転入生。しかも、皆を引きつけて止ま ない美しさでありながら、それを鼻に掛ける事も無い。そして、校長相手に一歩も 引かない度胸。1年からは、恵しか出ないと思われた、ミスの渾名がもう1人出た と言う事で、話題は沸騰していた。  それと、レイクさんの事も、話題になっていた。何にでも興味を引く性格。誰と 話す時でも、真っ直ぐな視線を向ける。それでありながら、自分の考えを強く出す。 しゃべってみて、凄くとっつき易い性格だと分かる、素直な人だ。でも、自然と話 題の中心に居る事が多く、頼れる人だった。  レイクさんもファリアさんも、何て言うか、人の上に立つオーラみたいな物を、 持っている。英雄の血を引いてるのは聞いていたが、これ程までとは・・・。 (まぁ、目立っては居るがな。そう言う君だって、負けて無いぞ?)  俺?レイクさんと比べられると、困るけどなぁ。 (何を今更。空手部のホープ、天神家の長男で、自分の信念で体を鍛え上げてる。)  何だか、改めて言われると照れるなぁ。 (それに妹は、生徒会副会長、美しさを備えながらも、皆の中心で花を咲かせる。)  恵が、居る所は、輝いて見えるよな。 (空手部主将。皆と積極的に話す人で、いざと言う時に頼れる先輩。)  ・・・よく考えたら、俺達って、この学校の中心人物の集まりなのか? (よく考えなくても、私には、そうにしか見えん。)  端から見れば、そうなるよな。しかし、これだけ濃い連中と居ても、存在感を失 わない俊男も凄いよな。それに、アイツは、人一倍頑張り屋だし。 (彼の勤勉さは、評価に値する。)  そうだな。俊男は、我が強いタイプじゃないけど、俺達を、元気付けてくれる。 一緒に居て、純粋に楽しいと思える奴だ。そう言う意味では、レイクさんに近いか もな。それに亜理栖先輩も、言うまでも無い。あんなに面倒見が良い先輩は、見た 事が無い。それも、あんなに楽しそうに教えてくれるなんてな。  授業は、そっちのけで、話題が先行してるような一日だった。  しばらくすると、部活の時間になった。ファリアさんは、最初から部活の事を知 っていたが、レイクさんは、全然知らないと言う事もあって、各部活の案内を、恵 がしていた。これも、生徒会の仕事の内なんだとか。それにファリアさんは、前か らたっての希望があって、天神家の道場で、魔法の修行をしたいと言ってあったの で、帰宅部と言う事になっている。さすがに、学校で魔法は拙いからな。レイクさ んは、見て回ってる感じ、格闘系の部活に興味があるようだった。ファリアさんは、 レイクさんと、この学園の部活が、どう言う物か、見て回っていた。空手部にも見 て回ってきた。その時は、俺達の練習風景を、興味深そうに見ていた物だ。  レイクさんは、剣道部にも強い興味を示していた。でも、自分がやっている剣術 には、程遠いと思ったのか、残念な顔をしていた。  ま、帰りには声を掛けられるだろう。と・・・誰かが走ってきた。 「あ、伊能先輩。どうしたんすか?」  俺は、伊能先輩が、こちらに来たのに気が付いて、声を掛ける。 「瞬。お前・・・。」  何か、只ならぬ雰囲気だ。どうしたんだろう? 「なんと羨ましい奴!!いけ好かん!!」  おわ!いきなり怒られた。何事だろう。俺、何か悪い事したっけか。 「あ、あの金髪の女性は、誰だ!」  伊能先輩は、声が上ずっている。余り冷静な様子じゃないな。 「お、落ち着いて下さいよ。ファリアさんの事?」  俺は、伊能先輩を宥めつける。どうやら、ファリアさんの事らしい。 「ファリアと言う名か!ふむ。美しい名だなぁ!」  伊能先輩たら・・・随分、浮かれてると言うか・・・。もしかして、ファリアさ んに、惚れたのかなぁ?となると、ちょっと可哀想な気がするぞ。 「伊能先輩。ファリアさんの事、一目惚れでも、したの?」 「瞬!お前、そんな事を大きな声で言うな!」  伊能先輩は、明らかに挙動不審になっている。こりゃ間違いないなぁ。 「伊能先輩・・・。残念だったね。ファリアさんは、レイクさんと付き合ってるよ。」  これは、間違いないだろう。何せ今日一日、レイクさんは、ファリアさんが、何 をしてるか心配していた。ファリアさんは、普段強気なんだけど、あれで、脆い所 があるから、心配だとか言ってた。恵の話だと、ファリアさんも、そんな状態だっ たとか。 「あの、もう1人の転校生だな!むむぅ!!・・・その話、本当なのか?」  伊能先輩は、食いついてきた。意外と、本気みたいだな。 「間違いないですよ。それにレイクさんは、ファリアさんの恩人だって話だし。」  これは本当だ。そうじゃなきゃ、自分の人生は狂わされていたとも、ファリアさ んは話していた。それを聞いた時、この人にとって、レイクさんは、切り離せない んだろうなって感じた。 「そうか・・・。ならば、当たって砕けろだ!!」  ならば・・・って、分かって無いじゃないか。この人・・・。まぁ伊能先輩らし い。伊能先輩は、一直線にファリアさんに向かって行くと、どうやら、率直に想い を伝えているらしい。ファリアさんは、少し困った顔をして、伊能先輩に謝る。す ると、伊能先輩は豪快に笑って頷く。な、何でだ!?俺は、近づいてみる。 「な、何で笑うの?私、失礼かなー?とか、思ったのに。」  ファリアさんの困った声が聞こえる。笑い出すとは、思わなかったんだろう。 「がっはっは!いやはや、正直に言われると、逆にスッキリする物だ!ワシが思っ た以上の女性で安心した!ファリア殿の想い人との事、応援するわい!」  伊能先輩は、指を立てる。この人は、潔いなぁ。 「プッ。ハッハッハ!面白いわね!貴方みたいな人も、居るなんてね。」  ファリアさんは、屈託の無い笑顔を見せる。 「ま、その代わり、プロレスの試合で俺を見掛けたら、応援して下さい!」  伊能先輩らしい返し方だった。伊能先輩は、その内、親父さんの跡を継いでプロ レスラーになるに違いない。 「約束するわ。ねぇ?レイク。」  ファリアさんは、ニヤニヤしていた。レイクさんが、真っ赤になってる所を見る と、ファリアさんてば、本当にレイクさんを自分の恋人として紹介したんだろうな。 「もっと嬉しそうな顔せんかい!レイクと言うたな。この幸せもんがぁ!」  伊能先輩は、レイクさんの肩をバンバン叩く。 「ファリアってば、大胆だなぁ。」  レイクさんは溜め息を吐く。 「おう!瞬!!見事に、振られたぞぉー!」  伊能先輩は、こっちに向かって手を振る。何て爽やかな人だ。俺は、伊能先輩の 所に行く。あんな事を、大声で言う人は、この人くらいだ。 「だから言ったのに・・・。ま、先輩が納得出来たなら、良いですけどね。」 「うむ。これ以上無く、納得した。何せお似合いだもんなぁ。納得するわい。」  伊能先輩は、ファリアさんとレイクさんを見比べていた。まぁ確かにお似合いだ。 「あら?瞬君の知り合い?」 「ああ。この人は、伊能 巌慈先輩。プロレスラーのサウザンド伊能の息子さん。」  俺は紹介する。伊能先輩は、力拳を見せてアピールする。 「あのサウザンド伊能の息子さん!?へぇ!」  レイクさんは、知ってるらしい。まぁ知ってるだろうなぁ。テレビを見てれば、 サウザンド伊能は、結構出てきてるし。バラエティなんかにも出てきたりしている。 「親父は親父だ。ワシは、関係ないよ。」  伊能先輩は、飽くまで自分を見せる。まぁ親の七光りとも言われたく無いんだろ うな。それに伊能先輩なら、親父さんを越える事だって、出来る筈だ。 「この学園って、結構色んな人が来てるみたいね。面白いわ。」  ファリアさんは、感心している。確かに、この学園には面白い人材が、いっぱい 来ているな。俺だって、その1人だろう。 「それにしても、部活って、色々あるんだなぁ。」  レイクさんは、目移りしてるようだ。 「あら。レイクさん、まだ終わって無いわ。もう一つ、面白い所がありますわ。」  恵が、レイクさんに声を掛ける。 「結構回ったんじゃないのか?まだ、どこかあったか?」  俺が知る限り、回った部活先のリストを見ても、全部回った気がするが? 「ま、一般の方は、関係ないかも知れませんがね。生徒会が、残ってますわ。」 「あー。あの、早乙女幕府か。」  俺達の間じゃ、生徒会は早乙女幕府と呼ばれている。生徒会長の早乙女 元就先 輩の、凄まじい程のカリスマを称えての事だ。知能に関して、あの人の右に出る者 は居ないと言われるくらい、凄まじい頭の良さを誇っている。最も運動神経も、ま るで駄目と言う訳じゃない。努力家でもあるので大概は努力で跳ね返してくるのだ。 「兄様も、いらっしゃったら?早乙女会長は、兄様に会いたがってたわよ。」  へぇ。あの生徒会長がねぇ。とは言え、部活中だしなぁ。 「うーーん。俺、一応、部活中だし・・・。」 「良いわ。行って来なさい。」  後ろから、江里香先輩の声がした。いつの間に背後に居たのだろう? 「江里香先輩!?」  俺はビックリする。背後を取られたと言う事もあるが、江里香先輩が、部活中に 俺をどこかに行かせるなんて、稀な事だ。 「貴方も、一回会長と会った方が良いわ。あの人は、色んな意味で面白いわよ。」  江里香先輩が面白いと言う相手は、余り良い思い出が無い。どんな人なんだろう? 「分かりました。しかし、どんな人なんですかねぇ。」  生徒会長か・・・。確か、圧倒的な投票多数で、勝利をもぎ取ったんだよな。 「早乙女会長は、手強いわよ。兄様。」  恵が手強いと言うなんて、中々無い事だな。とにかく行ってみるか。  恵が主導になって、生徒会の方に向かう。何だか緊張してきたな。余り近寄る所 でも無いんだよなぁ。何せ生徒会と言えば、品行方正をモットーに、学内イベント、 合同勉強会などを初めとして、備品の管理、部費の内訳を決めるなど、大事な仕事 まで任されている。教師の信任も厚いとの話だ。しかも、生徒会長の早乙女先輩は、 その知能を活かして、全て完璧に計算して、仕事をこなしている。故に、生徒会が 出す発令は、理不尽な物は無く、正論で圧倒される生徒会を作り上げたと言う伝説 の持ち主だ。生徒からは、その絶対的な権力の強さから、早乙女幕府などと言われ る程だ。  そして生徒会の前に来た。扉などは、別段、他の教室のと変わらない。俺が観察 してると、恵が扉をノックする。 「早乙女会長、いらっしゃいますか?」 「天神 恵君だね。大丈夫だよ。」  生徒会長の声だ。響きは、悪くない。静かだが凛と通る声だ。 「失礼します。」  恵は一礼すると扉を開ける。俺やレイクさん達は、恵に続いて礼をしながら入る。 「転入生のレイクさんとファリアさん。それと部活動対抗戦の優勝者をお連れしま したわ。会長が、いつか会いたいと、言ってましたよね。」  恵は、俺達を紹介する。俺の事を、わざと兄と呼ばないのは、正しい判断だろう。 「ああ。覚えていてくれたんだね。助かる。」  生徒会長は、人懐こい笑顔を見せる。噂とは印象が違うなぁ。 「僕は早乙女 元就。生徒会長をしている。転入生の御二人を、歓迎しますよ。」  生徒会長はレイクさん達を、しっかり見つめて挨拶をする。礼儀正しい人なんだ な。でも、物腰柔らかだけど、隙が無い感じだ。 「ご丁寧に、ありがとう御座います。私は、ファリアと申します。この学校は、生 徒が伸び伸びしてて、素晴らしいですね。それなのに、皆が纏まっている。理想的 だと思います。これからも、宜しくお願いします。」  ファリアさんが、これまた丁寧に挨拶する。この人、やっぱ、どこか良い所のお 嬢様だったんだろうな。恵とか、江里香先輩に似ている。 「俺はレイクです。俺は、学校に入るのが夢だったんです。俺みたいな、特殊な奴 を受け入れてくれた学校に、感謝し切れない。心から、入って良かったと思います。」  レイクさんも、言葉を選びながら挨拶をする。レイクさんの方は、心が直接伝わ ってくるような、挨拶だった。 「俺は天神 瞬です。この学校に来て、3ヶ月になりますけど、本当に面白くて、 良い学校だと思います。今日は、初めてですけど、宜しくお願いします。」  俺が挨拶をして、これで全員、挨拶した事になる。 「皆さん、この学校を気に入ってもらえて、何よりです。生徒会は、皆の意見を聞 いて、纏める大事な所です。やり甲斐の点では、何処にも負けませんよ。」  生徒会長は、さりげなく生徒会の良い所を話し出す。この辺の話術などは、さす がとしか、言いようが無い。実際に生徒会は、今学年から増えつつある。恵が入っ たのも、大きい要因だろう。 「面白そうだけど・・・遠慮しますわ。自宅で、やらなくては、ならない事があり ますのでね。お誘いは、感謝します。」  ファリアさんは最初から、帰宅部と決めていた。それは、自宅で、魔法と魔力の 鍛錬を欠かさないためだと言っていた。ファリアさんは、由緒正しいルーン家の後 継者だ。英雄の一人であるレルファの血を引いてる者として、魔力の鍛錬を怠る事 は、したくないのだとか。今は、古代魔法の鍛錬をしているとの話だ。 「すいません。俺も辞退します。でも、アンタ達が、学校に欠かせない仕事してる ってのは、伝わりました。応援してます。」  レイクさんも、辞退した。元々レイクさんは、体を動かす部活を探していたのだ から当然かな。と言っても、恵の話だと剣道部の練習風景を見て、何かが違うと思 ったらしく、自己鍛錬した方が良いかもと、呟いていたらしい。どうやら2人共、 帰宅部になりそうだな。まぁ、その方が良いかもな。縛られる感じじゃないもんな。 「そうですか。良い人材だと思ったのですが・・・残念です。でも、応援して下さ るだけで、結構ですよ。励みになります。」  生徒会長は、ニッコリ笑う。何とも気持ちの良い人だ。 「あ。それと、天神 瞬君。君には、渡し損ねた物があるんだ。」  生徒会長は、そう言うと、後ろから、トロフィーを持ってくる。トロフィーなん て、あったのか。本格的だけど・・・良いのかなぁ? 「な、何だか、凄いですね。」  俺は、でかいトロフィーを貰う。これが渡される予定だったのか。俺は、優勝し た瞬間、倒れちゃったしな。 「本当は、表彰式とかあったんだけどね。あの試合の終わり方じゃ仕方ない。でも、 僕の手で渡したかったからね。果たせて良かったよ。」  生徒会長は、嬉しそうだった。この人って、決まり事は、キッチリやっておかな いと、気が済まないんだろうな。 「ま、持って帰るのは苦労しそうだし、睦月に、連絡しとくわね。」  さすが恵。俺の思った事を、読んでくる。 「悪いけど頼む。生徒会長も、わざわざ表彰してくれて、ありがとう御座います。」  俺は、生徒会長に頭を下げる。 「いやいや、こう言う事は、キチッとやって置かないと、気が済まない性質でね。」  生徒会長は苦笑する。いつも、融通が利かないとか言われてるんだろうなぁ。 「では、この辺で、失礼致しますわ。早乙女会長。今日は、あがりますね。」  恵は、生徒会長に声を掛ける。 「ああ。帰り道に気を付けたまえ。天神 恵君。」  生徒会長は、皆への気配りも忘れない。何とも、模範的な会長だった。 「失礼しました。」  俺やレイクさん達も、恵に倣って部屋の外に出る。  そして、生徒会室が遠のいた頃に、恵がこちらに質問してくる。 「あれが早乙女会長よ。如何だったかしら?」  恵は皆の方を向く。何か、含みを持ってそうだ。 「隙が無いわね。それに、彼は、魔法でも使えるのかしら?」  ファリアさんは、とんでもない事を言う。魔法? 「どう言う事ですか?確かに、完璧主義者だとは思いましたけど。」  俺はイマイチ、ピンと来なかった。魔法の話が出るとは思っていなかったせいだ ろう。レイクさんも同じらしく、興味深そうにしていた。 「生徒会長さんは、話す時に、魔力を放っていたわ。」  ファリアさんは、抜け目が無い。ちゃんと確認していたようだ。俺は、余り感じ なかったな。ファリアさんは、魔法に詳しい分だけ、気が付いたのかも知れない。 「あの人の場合は、自然と発生してるのよ。意識しての事じゃないわ。」  恵は、知っているらしく、ファリアさんの言う事を、肯定する。 「話す時に、相手を引き付けようとすると、自然に魔力が発生するのよ。」  だとすると、早乙女先輩が、正論を言えば言う程、強烈に頭に響くって訳か。無 意識に魔力を発するとはね。 「あの魔力が、人を引きつける能力なのかな。あー。嫌な奴を思い出しちゃったわ。」  ファリアさんは、苦々しい顔をする。多分、話に出て来たゼリンだろう。何でも、 魔法の『魅惑』を使われて、見事に引っ掛かったのだとか。おかげ様で、両親を殺 されたと言うのだから、苦々しい思い出なのだろう。 「ま、あの会長は、江里香先輩の言う通り、一筋縄行きませんわ。」  恵が、他人事のように言う。恵は、その生徒会に属していると言うのにだ。 「俺には、どうも、凄く良い人にしか、見えなかったんだがな。」  生徒会長は、礼儀正しくて、品行方正で、仕事熱心に見えた。 「兄様、分かって無いわ。それだけで、人の上に立つ事は、出来ませんわ。あの人 は、そうあるべく、自分をコントロールしてるのよ。内面は、誰にも近寄らせない。 そんな雰囲気を、醸し出してるわ。」  恵は生徒会長の裏の顔まで、読んでいるようだった。さすがである。でも、あの 生徒会長の裏の顔・・・かぁ。想像が付かないな。 「俺にも、良い人に見えたけどなぁ。」  レイクさんも、生徒会長に裏の顔があるような感じには見えないと思ったらしい。 「私は、恵さんの意見に賛成。ほんの一瞬だけど、私達が生徒会入りを拒んだ瞬間、 眉が動いたわ。あれは、本当は、悔しかったんじゃないかしらね?」  ファリアさんは、少しの所を見逃さない。結構、鋭いよな。 「さすが良く見てるわねぇ。ま、兄様も、お気を付けなさいな。」  恵はファリアさんに感心していた。ファリアさんの洞察の鋭さは、時々凄い物を 感じさせる。そのファリアさんを騙したゼリンと言うのは、相当に抜け目が無いの だろう。どんな奴か、見てみたいなぁ。 「生徒会長か・・・。色んな意味で、凄い人なんだな。」  俺の印象は、良い人だった。でも、本当の顔は・・・どうなんだろうな。  ソーラードーム。  セントを守る壁。  薄い膜でありながら、全てを防ぎ切る最強の壁。  何で出来ているのか、考えてみた。  性質と今までの話を総合すれば、自ずと答えは見つかった。  この壁は、間違いなく『無』の力で、出来ている。  しかも、円錐の形をしているので、中央の錐に力が集まるように出来ている。  つまりは、セントの住人から、少しずつ力を貰っているのだ。  錐に集まると言うのならば、てっぺんに行けば、何か分かるかも知れない。  そこで、てっぺんまで行って見たが、それらしきオブジェは見当たらなかった。  どうやら巧妙に、中に入り込んでいるらしい。  つまりは、この壁の中に入るしか方法は無いのだ。  しかし性質を知れば知る程、この壁の中に入るのが困難だと分かった。  問題は、それだけではない。  セントを覆う程の壁だ。  どうやって、この壁を作り出して、維持をしているのであろうか?  それが謎だった。  最初は、ゼリンが作り出している物だと思っていた。  しかし、この物量から見て、ゼリンとは考え難い。  他に、協力者が居る。  それは、勘だったが、間違いないだろう。  突然、変わり始めた事から考えても、恐らくは、50年くらい前だ。  人間が変わり始めた500年前は、毘沙丸が何かをしたのだろう。  そこから、ゼリンは変わった。  人々を扇動して、他の種族の迫害を開始した。  まずは、人間の世にしようと、考えたのだろう。  そしてセントを見つけた。  人間に、優越意識を持たせて、競わせるためだろう。  当時、セントこと中央大陸は、一つの国に過ぎなかった。  それを、ここまでの支配に変えたのは、ゼリンの力に拠る物が大きい。  その整備だけで、400年程も、費やした筈だ。  なのに、ここ100年程で、ソクトアは、急成長をしている。  化学が芽生え始めてから、凄まじい成長を遂げている。  これは、ゼリンだけの力じゃあない。  何かが、あったのだ。  それも、これだけの『無』を作り出せる、何者かの存在がだ。  この仮定が、事実ならば・・・今度の敵は、厄介だ。  何か、とてつもない存在である事は、間違いない。  レイクさん達が、天神家に来てから1週間程経った。学校にも馴染んできたし、 家に帰ってからの特訓にも、付き合うようになってきた。レイクさん達は、積極的 に俺達と、手合わせをした。最も、レイクさんは竹刀でだが。勿論、組打ちの方も 教えたが、レイクさんは、素手と竹刀有りの強さが、全く違う。竹刀有りでやると、 俺や俊男まで翻弄されるくらい強い。さすがは、伝記の剣術だ。  俺達は、俺と俊男と、江里香先輩と恵が、エイディさんと亜理栖先輩を交えて、 源と忍術の練習をする事が多い。レイクさんも、最近、源に興味を持っているらし く、同じように習っている。こと忍術を使うセンスに至っては、エイディさんのセ ンスは、抜群だった。使うタイミング、源の量、そして源を引き出すタイミングも、 バッチリで、亜理栖先輩曰く、本家の人より、筋が良いのだとか。エイディさんと 手合わせしてる亜理栖先輩が、脅威を抱く程の強さなのだから、相当な物なのだろ う。睦月さんや葉月さんも、一緒に混じって訓練している。  グリードさんは、しばらく誰も使ってなかった弓に、興味を持ったようだ。元々 射撃の腕は、凄く良かったので、弓の軌道を覚えた瞬間に、的の中央を当てまくっ ていたのには、驚いた。これは凄まじい才能の表れだ。こと射撃の腕に関して、グ リードさんの右に並ぶ人は、居ないだろう。セントでは、銃社会になって来ている と言われているが、飽くまで護身用に持っているだけだ。暗殺組織が『人斬り』を 雇っている所を見ても、剣術に優れた奴の方が、多いのだろう。  そしてレイクさんは、不動真剣術の型を、忘れずに復習していた。俺の天神流空 手の型の練習に、似ている。やっぱ毎日やらないと、落ち着かないのだ。源を教わ る傍らで、必ず復習するのだから、努力家である。  一際、異彩を放つ練習をしているのが、ファリアさんだった。ファリアさんは、 道場の隣にある居間で、ひたすら瞑想と魔法の練習をしている。ハッキリ言って、 ファリアさんの魔力は、桁違いだった。俺達が、周りから借りているだけの魔力と は、訳が違う。周りからも借りていると本人は言っているが、それ以上に、本人の 魔力の才能が、際立っていた。ファリアさんの部屋へ、次元の扉を開いていたのを 見た時は、言葉を失った。全員ビックリするしか無かった。古代魔法の噂は聞いて いたが、あんな、とてつもない現象を生み出せるとは、思わなかった。ファリアさ ん曰く、『転移』と言う魔法で、古代では、この魔法での旅行をしている者が、居 たのだとか。ただ、魔力が高くないと暴走してしまうので、限られた者だけが、使 えたようだ。この魔力を次元へと変える能力を高めていくと、『召喚』が、可能に なるのだとか。ファリアさんは、どうしても呼び出したい人が居るらしい。  今日も忍術の練習をしていた。いつの間にか、亜理栖先輩も教わる側になってい た。エイディさんの強さを見て、自分の方こそ足りない所が多いと悟ったのだとか。 「タァアアアアアア!!!」  亜理栖先輩が、源を宿らせた拳を打ってくる。俺はそれを、源で強化した脚を使 って受け止める。そして次が来る前に、手に源を宿らせて『火遁』を打ち出す。亜 理栖先輩に、炎の矢のような物が襲い掛かるが、亜理栖先輩は、それを『水遁』を 宿らせた掌で掻き消して、指先に『電迅(でんじん)』の忍術を宿らせて、打ち出 してきた。雷の力を借りた忍術だ。俺は、それを同じ『電迅』で相殺する。 「よーし!そこまで!」  エイディさんの声が掛かる。その瞬間に、力を抜く。 「2人共、かなり自然に源が出せるようになってたな。忍術の覚えも早いし、教え 甲斐が、あるって物だ。」  エイディさん曰く、俺達の覚えは、かなり早く、エイディさん自身も、驚いてい るらしい。特に、動きながら源を集中させて忍術を使う技術は、高等技術らしく、 それを早々とこなした俺達に、驚きを隠せない。 「エイディ兄さんの、教え方も良いからだよ。」  亜理栖先輩は、エイディさんの事を持ち上げる。亜理栖先輩は、死んだと思って いた兄代わりの人が生きていて、嬉しいんだろうな。 「ははっ。でも、亜理栖が基本を教えたんだろ?そのおかげで、基本を教える手間 が省けて、結構、楽なんだぜ?」  エイディさんは、基本を教えるのが一番難しいんだと言っている。確かに、そう かも知れない。それを考えたら、亜理栖先輩は教える才能があるのかもね。 「亜理栖先輩は、自信持って良いと思いますよ。」 「ば、馬鹿!こちとら、まだ修行中なんだ。出過ぎた事を、やっちまっただけさ。」  亜理栖先輩は照れる。照れ隠しに言い訳する辺り、亜理栖先輩らしい。それにし ても、照れた顔も結構可愛い。亜理栖先輩は、何気に美人だし、可愛いよな。 「に・い・さ・ま?今度は、私と手合わせ願うわ。」  突然後ろから、仁王のように怖い顔をした恵が現れる。 「い、いきなり何だよ。俺、手合わせしたばっかだぞ。」 「ちょっと新しい技を覚えましたので・・・付き合って戴けるわよね?」  恵は、有無を言わせない。い、いかんぞ。これは、死の予感がするぞ。 「瞬くーん。恵さんと手合わせ?手伝ってあげるわ!」  おお。江里香先輩。助かる。このままじゃ、恵にボコボコに・・・。ってあれ? 「ええと・・・江里香先輩。恵の隣に居るのは、何でです?」  非常に、嫌な予感がしたので、聞いてみる。ま、まさか・・・。 「手伝ってあげるって言ったわよね?恵さんと私で、丁度良いくらいじゃないかし ら?だぁってねぇ?瞬君、強いしー?」  江里香先輩は、笑みを浮かべながら、隼突きの構えを見せる。ってそれ、忍術じ ゃないぞ!?恵も合気道の当て身の構えを見せている。何か凄い殺気を感じるぞ!? 「ま、待て!俺が何をした!?」  理不尽だ!こんなの、理不尽過ぎる! (君は、女性の嫉妬と言う物を分かって無いな。じゃ、頑張ってくれたまえ。)  あ!逃げやがった!!それでも神か!!アンタ!!  こうして・・・俺が、ボコボコにされたのは、言うまでも無い。 「瞬君、不用意な行動は、死に直結するわよ。」 「そうですわね。兄様には、賢明な判断を求めますわ。」  人をボコボコにしといて、言う事はそれか!大体、何で心を読まれるんだ。 「エイディさん。俺って、そんなに分かり易いですか?」  何だか、誰も彼もが、俺の行動とか読んでくる気がする・・・。 「顔に書いてあったぜ?亜理栖の事、見惚れてたろ?」  エイディさんは、愉快そうに笑うが、俺は、そんな気には、なれなかった。 「瞬君、鼻の下伸ばしてたら、そりゃ分かっちゃうよ。」  うぐ!と、俊男にまで・・・。俺って、馬鹿? 「そう落ち込むな。良いか?本心を隠す術ってのは、幾らでも有るんだぜ?まずは、 顔の筋肉を鍛えるんだ。表情と目ってのは、心が出易い。」  エイディさんは、レクチャーしてくる。参考になるなぁ。 「これはだな。ナンパをする時にも役立つ。目を逸らすってのは、危うい。」  エイディさんは、得意そうに話す。この人、色んな経験してるんだなぁ。 「へぇ。そんなに、役立つの?」 「そうそう。楽しげな会話と真剣な表情、そして、相手の目を見続ければ・・・。」  エイディさんは、自慢話を続けようと思ったが、質問された相手に気が付いて、 血の気が引いてくる。後ろには、亜理栖先輩が見下ろしていた。 「は、はは!亜理栖は、気配が隠すのが上手くなったな!俺は嬉しいぞ。」  エイディさんは、真剣な表情で冷や汗を掻く。あれは演技じゃないな。 「そう。今度から、背後には気を付けてよー?」  亜理栖先輩は、拳をバキボキと鳴らしている。いかん。ありゃ本気だ。  エイディさんは、カッコイイ顔を決めながら後退していく。凄くカッコ悪かった。  しょうもないと思いながらも、俺は、レイクさんの方を見る。 「ハァ!!テヤァ!!」  レイクさんは、源を竹刀に乗せながら、独闘をしていた。その動きが、余りに流 麗でビックリした。誰かの相手を想定しているような動きだ。いや、実際に、想定 しているのだろう。俺が、実際に爺さん相手を想定している時も、あんな感じだ。 「レイクさん。それは、誰を想定してるんです?」  俺は、耐え切れなくなって聞いてみた。 「ああ。やっぱ分かるか?親父だよ。」  ああ。そうか。ゼハーンさんか。レイクさんが、苦戦する程の動きだから、相当 強いんだろう。それにしても・・・まるでゼハーンさんが、見えるようだ。 「凄いですね。ゼハーンさんの動きまで、見えるようですよ。」 「何を言ってんだ。瞬だって、いつも独闘する時に、誰かを模してるだろ。」  レイクさんは、俺の独闘も、見ていたようだ。 「ああ。3年間、俺の相手になってくれた、師匠の爺さんです。」  俺は隠さず言った。それを聞いてレイクさんは、バツの悪い顔になる。俺の爺さ んの事は、話してある。思い出させたと思っているのかな。 「瞬にとっては、掛け替えのない人との闘いだった訳だ。あの真剣さも、頷けるな。」  言われて、何だか照れてしまう。レイクさんも俺の事、結構見てくれてたんだな。  と、不意にチャイムが鳴った。何だろう? 「あ、私が、行って来ますね。」  葉月さんが、チャイムに反応して対応に向かう。更衣室で着替え終わるまで、1 分も掛からなかった。どうやって、着てるのか気になる。  そして、しばらくすると、凄く困った顔をしていた。そして、また俺の方を見る。 「どうしたのかしら?葉月。」  恵が、妙な気配に気付いてか、尋ねてくる。 「瞬さんの知り合いだと言う方が、来てるのですが・・・。」  また俺?今度は誰だよ。今度は、手紙とかも無しか。でも俺を頼ってきたって事 だよな。これは、対応しなきゃ駄目なのかな。 「兄様?今度は、誰ですの?」  恵が詮索してくる。そう言われてもな。今度は、覚えが無いぞ。 「まぁ、行ってみるさ。大丈夫。変な奴じゃないと思う。」  俺の知り合いたって、たかが知れてるしな。 「瞬様。不審な点があったら、このベルを押して下さい。」  睦月さんが、押すと音が出るベルを手渡してくれる。仕事は、キッチリしてるな。  俺は玄関に向かっていった。俺の知り合いねぇ?伊能先輩なら、そんな回りくど い言い回しは、しないだろうしなぁ。誰だろ?  俺は扉を開けた。そして見た物は、ジャケット風に身を包んだ男と、長いコート を着ている女だった。格好は多分、怪しまれないためだろう。確かに俺は、この2 人を知っていた。格好は違うが、間違いなくジュダ神と、赤毘車神だった。 「いよっ!元気だったか?」 「ジュダ。その台詞は、今は相応しく無いのではないか?」  2人は、俺の呆気とした表情を無視するように、話していた。 「ジュダ神に赤毘車神だったのか!ビックリしましたよ。」  突然来たので、ビックリした。しかし神が、揃ってウチに来るなんて、信じられ るだろうか?何だか、色んな事が起こり過ぎてる気がする。 (昼間の内から来るとはな。何か、あったのかも知れんな。)  まぁ普通に考えれば、そうだよな。玄関前じゃ何だし・・・通すしかないな。  俺は使用人に、目配せして大丈夫だと告げると、使用人達は、客人を迎える態度 に変わった。こういう所は、徹底してるよな。 「おい。瞬。そのジュダ神って呼び方、止めてくれ。何だか、痒くなっちまう。」  呼び方を注意された・・・。何て呼べば良いんだ?呼び捨ても出来ないし。 「どう呼ばれても、ジュダはジュダだろう?まぁ他人行儀なのが、嫌いなお前らし いが。そうは言っても、私も出来れば、余り神とは、呼ばれたくないな。」  あらら。何だか、この2人は、神と言う括りが、好きでは無いみたいだ。 「じゃぁ、ジュダさんと赤毘車さんで、良いですか?」  神を「さん」付けするのも慣れないな。とは言え、2人からの要望なら、聞き入 れてあげたいな。やっぱ、余り拘りたく無いのかな? (君は、私に対しては、呼び捨てしてるのに、ジュダと赤毘車には、随分と遠慮深 いんだな。)  そう言われれば、アンタも有名な神だったんだよな。よし。ならジュダさんと赤 毘車さんと呼ぶ事にするかな。 「それで良い。悪いな。どう呼ばれても、気にしないんだけどよ。余り敬われた言 葉遣いに、慣れてねーんだよ。」  何だか気さくな神だ。元から、こう言う性格なのかな。神のリーダーたる人が、 こう言う性格ってのも、凄い話だ。 (私とて、神のリーダーだった時は、余り敬わなくても良いと言っていたがな。)  ま、アンタも、そうだろうな。下手に権力を翳してる奴より、好感が持てるのは 確かだ。中には、そう言う神も居るんだろ? (まぁな。そう言う奴に限って、実力が伴ってなかったりする。嘆かわしい話だ。) 「では、俺の仲間達が、道場で訓練してるんですが・・・。」  俺は、道場に行く事にした。 「お。良いねぇ。君の仲間とやらにも、是非会いたいな。」 「私も是非、面会したい。」  ジュダさんも、赤毘車さんも乗り気だ。こりゃ決まりだな。 「じゃ、行きましょう。こっちです。」  俺は案内する。使用人達が、こっちを見ていたが、特に危険は無いと判断したの か、歓迎の構えを崩さなかった。俺は、道場の方に行く。 「あ。帰ってきたぞ。」  エイディさんの声がする。どうやら、俺が帰ってくるのを、待っていたらしい。 「お帰りなさいませ。瞬様。後ろのお方は、お客様ですか?」  睦月さんが、こちらを見る。勝手に入れるなと、言いたげだった。 「あ、あれ?お前達?ここに居たのか!?」  ジュダさんが驚いている。どう言う事だろう? 「あ、あーーー!!ジュダさん!!えええ!?」  レイクさんまで、驚いている。会った事があるんだろうか? 「何よ。騒がしいわね・・・ってあああ!赤毘車さんにジュダさん!?」  ファリアさんが、瞑想の邪魔だと思ったのか、こちらに来るが、ジュダさんと赤 毘車さんの顔を見るなり、ビックリする。 「うおお!ここで会えるなんて、すげぇ!」  グリードさんまで驚いている。グリードさんも弓を一時中断して、こちらに来た。 「・・・兄様?どう言う事か・・・説明して、貰えるかしら?」  恵が、呆れていた。また、このパターンかと思っているらしい。 「そうだな。瞬とジュダさん達が、知り合いだなんて、俺も知らなかったぜ。」  エイディさんも説明を求めている。とは言え、今の段階で話して良い物か。 (悪いが、まだ私の存在を知られるには、時期尚早だ。)  ま、そうだよな。んじゃ、ジュダさんに、知らせて置くか。 「あー。ジュダさん。説明をお願いします。・・・悪いけど、ゼーダの事は、伏せ て下さい。本人が、嫌がってます。」  俺はジュダさんに説明を任せると、同時に小声でゼーダの事を話しておいた。す ると、ジュダさんは少し考えてから、オッケーサインを出した。 「そうだな・・・。事の始まりは・・・。」  ジュダさんは話し始めた。俺との出会いは、ふとした事が切っ掛けだった事、俺 には、特別な何かを感じたと言うだけに、留めてくれた。そして、レイクさん達の 出会いの事にも、触れてくれた。レイクさん達には、魔炎島で出会ったらしい。  そして自分の事も話した。ジュダさんは、竜神で神のリーダーである事。赤毘車 さんは、その妻で剣神だという事をだ。それについては、皆、半信半疑だったが、 レイクさんが、魔族のリーダーと、2番手の使い手であるシャドゥさんと言う魔族 の最大限の攻撃を、片手一本で止めていたと言う事実を話してくれたので、真剣に 話を聞くようになった。  ジュダさんの目的は、このソクトアの現在の状況を調査して、適切な対処を行う 事だった。ジュダさんは、苦々しい口調で、自分の実の子供であるゼリンに600 年程前から、ソクトアの管理を行うように命じたのだと言う。そのゼリンは、鳳凰 神ネイガの養子であり、至って真面目だったのだが、500年前に、豹変したかの ように政策を変えた。激務で、それに気が付かなかったジュダさんは、50年程前 から、調査に乗り出したのだと言う。その時には、あの鉄壁のソーラードームが、 出来ていて、どうにも出来ない状態だったのだと言う。 「・・・ま、そんな訳でな。何とかしなきゃ、やばいと思ってる。ま、調査の途中 で強い奴を見かけると我慢出来ない性分でな。レイクや瞬には声を掛けたって所だ。」  ジュダさんは話し終える。しかし、皆、ポカーンとしていた。まず、ジュダさん が竜神だって事が、信じられないのかも知れない。 「自分を神だって言う人を初めて見たよ。」  亜理栖先輩は、疑惑の目を向けている。 「試して良いぜ?」  ジュダさんは、余裕の表情を浮かべている。 「じゃ、俺が行きます。ジュダさんとは、あの時以来ですからね。」  レイクさんが前に出る。これは分かり易い。レイクさんの実力は、皆が認める所 だ。何せ、竹刀を持たれただけで、俺や俊男ですら、近づけない程の実力者だから だ。そして、レイクさんは、何と柄だけしかな無い剣を取り出す。 「お。それ、ゼハーンから貰ったのか?」 「はい。『法力(ほうりき)の剣』だそうです。闘気を刃先に変える事が出来る剣 だそうです。俺には、ピッタリです。」  レイクさんは、そう言うと、剣に力を込める。すると、鮮やかな光を放ちながら、 刀身が現れる。あの剣、物凄い闘気を感じる。 「よーし。どれだけ成長したかも含めて、見てやる。ファリア、グリード、エイデ ィ。お前達も来な。受け止めてやるよ。」  ジュダさんは、とんでもない事を言う。すると、グリードさんは愛用の光銃(こ うじゅう)を取り出す。ライティングの別名を持つ、魔力を変換すると言われる最 強の銃だ。そして、ファリアさんは、両手に魔力を溜め始める。これも、今まで感 じた事が無いような魔力だ。エイディさんも、本気モードだ。今までの手合わせと は、違う。殺気を感じる程の源を感じた。 「ってな事で、赤毘車。宜しくー。」  ジュダさんは、例の用意をと、呟いていた。 「全く。いきなり、こんな事を始めるお前だ。いつでも用意してある。」  赤毘車さんは、印を切ると、空間が違和感に包まれる。 「何!?」  江里香先輩は、周りを見渡す。と言うか、この空間は何だ? 「心配せずとも良い。この道場に、結界を張った。これで衝撃で、この道場が、傷 付く事は無い。最低限の用意だ。」  赤毘車さんは、事も無げに言う。こんな芸当を簡単にやってのけるなんて・・・。 これが神の力って奴か。 「す、凄いなぁ・・・。こんなの、SF映画でしか見た事が無いよ!」  俊男・・・。何気に、落ち着いてるな。 「人の家で暴れるなんて・・・。ま、ここは、お手並み拝見と行きますか。」  恵は呆れながらも、興味津々らしく、闘いの行方を拝見していた。 (あの4人の人間は、中々の力だ。それぞれ特徴的に伸びている。)  ゼーダも認める程か。それを相手にして、あの余裕か・・・。 (当然だ。ジュダの潜在能力は、あんな物では無い。)  あんな物じゃ無いって・・・。本当かよ。 「ひさしぶりに力を使うんだ。思いっきり来い!受け止めてやるぜ!」  ジュダさんは、神気を解放し始める。え?な、何だあれ!? 「こ、これ!?何!?」  俊男も、ビックリするくらいの力だった。いや、ここに居る誰もが、初めて経験 する力。それが神気だ。恐らく体験した事があるのは、俺くらいだろう。 「ジュダめ。調子に乗ってるな。私の後ろに居ろ。危ないぞ。」  赤毘車さんは、皆を庇うように前に出る。どうやら、壁を作っているらしい。 「ま、こんな所か。掛かってきな!!」  ジュダさんは、力を調節しながらも、挑発する。すると、まず最初に、ファリア さんが腕を交差させる。そして、両手を前に突き出すと、とてつもない魔力が篭っ た槍が、中空に現れる。これは・・・。 「ほう。神槍ドルトルークか。それを呼び出す魔術とは、面白い事をする。」  ジュダさんは分析した。神槍ドルトルークって・・・確か、月神レイモスと破壊 神グロバスが反乱したって言われる「神の戦争」の時に、大天使長だったラジェル ドが使ったと言われる、伝説の槍じゃなかったっけか!? 「通じなかったら、それまでだし、やってみる!!」  ファリアさんは、その槍を、魔力で制御する。それと同時に、グリードさんは、 ライティングに魔力を込めて、エイディさんは、源で得意の『火遁』を最大限に打 ち出すつもりだ。そして、レイクさんは、剣で五芒星を描く。 「いっけぇ!ドルトルーク!!」 「狙うは・・・ここ!!」 「この凝縮された『火遁』は、熱地獄となる!!」 「不動真剣術!!奥義!『光砕陣(こうさいじん)』!!」  それぞれ必殺の一撃を放つ。凄い!あんなの俺達なら、一つでもまともに食らっ たら、絶命しそうな程の力だ。これが、伝記の末裔って言われる人達の技か!グリ ードさんのは、ちょっと違うけど、狙いは正確に眉間だ。 「いよっ・・・っと。」  ジュダさんは、そのエネルギーの塊を片手で受け止める。そして眉間の狙いは、 もう一つの手の小指で、受け止めていた。 「それぞれに誇りを懸けている。純粋な力を感じるな。・・・だが、まだ修行不足!」  ジュダさんは、そう言うと、エネルギーを片手で握り潰す。すると、今までの勢 いが嘘のように、エネルギーが離散する。う、嘘だろ!? 「ドルトルークを、握り潰されるとはねー。」 「眉間に行く前に、見切られてたぜ・・・。」 「ファリアに合わせて出したのに、潰されちまったか。」 「すげぇ!さすがジュダさんだ!!俺、まだ修行するよ!!」  4人とも晴れ晴れとしていた。あそこまで完膚無きに潰されると、逆に気持ち良 いのかな?何にしても、凄い物を見せられた気分だ。繰り出した4人も凄いが、そ れを片手で受け止めるジュダさんも、凄い。 「お前ら、強くなってんなぁ。握り潰すの苦労したぜ?今のはよ。」  ジュダさんは、握り潰した右手を擦る。少し、痺れたみたいだ。 「す、凄い!御見それしたよ!」  亜理栖先輩は、すっかり圧倒されたようだ。無理も無い。こんなすげぇの見させ られたらな。他の皆も、スッカリ信じているようだ。 「これは、負けてられませんわね。」  恵は、闘争心を燃やす。やっぱ負けたくないのだろう。 「私も、スッカリやる気出ちゃったわ。こんなの見させられたら、意地でも、超え ようって気になるわ。」  江里香先輩も、今のは、相当に刺激を受けた様だ。 (単純な力なら、私以上の物を持っているな。さすがは、パムの息子だ。)  アンタが、そう言うくらいなんだから、相当な物なんだろうなぁ。 「姉さん。恵様は、あれ以上に、強くなるつもりらしいですね。」 「当主に付き合うのが、私達の役目よ。観念しましょう。」  葉月さんと睦月さんも、付き合うつもりらしい。付き合いが良いよな。天神家の 使用人ってのは、並じゃ務まらないんだろうなぁ。 「瞬君。僕達も、負けてられないね。」 「そうだな。俺は、追いつく気満々だぜ。お前こそ、遅れるなよ?」  俺は、俊男と、今以上に強くなる事を誓う。俺達は、レイクさん達にすら、追い ついて無いだろう。闘う技術の方は、追いついているだろうけど、単純な力の使い 方が、まだまだ足りないのだ。 「君達は素晴らしいな。ソクトアの人間達は、時折、素晴らしい輝きを見せる。あ のジーク達と共にした時も、そうだった。飽くなき闘争心と、成長率には、目を見 張る物があった。君達が、これからどう動くのか、楽しみにしている。」  赤毘車さんは、素直な感想を答える。気になる事も言った。 「赤毘車さん。ソクトア以外にも、人間って居るんですか?」  俺は、ふと気になった。ソクトアの人間達と言う事は、他にも居るのだろうか? 「・・・そうだな。これからの事も含めて、その辺の話も、してやろう。」  赤毘車さんは、どうやら神妙な話をするようだ。俺達は素直に聞く態勢に入った。 「これから聞く事は、隠密にして置いてくれ。」  赤毘車さんは、釘を刺す。どうやら余り良い方向の話では無さそうだ。  そして赤毘車さんは、今まで何をやっていたのか、そして俺達の、特殊性などを 話し出した。  結論から言うと、全宇宙にはソクトア以外にも人間が居る。人間では無くても、 主要となる生物から、危機を救うために神は派遣される事がある。ソクトア星は、 宇宙の星から比べると、質量は大きくないし、何より、密度もそう多くない。だが、 この星には、自然が溢れていた。よって魔力なども、そこから得られやすいし、生 物にとって、暮らし易い極限の状態が、保たれていた。  これだけじゃ無かったんだ。ソクトアは、特異点とも言うべき星だった事が、最 近になって、分かったのだ。ソクトアは、他の次元との係わり合いが、特に強い星 だったのだ。他に、このように魔族や神が降臨する星は、少ない。色んな種が様々 な方法で、生きていく手段を探せる星など、ソクトア以外には、存在しないと言っ ても良い。その原因も、ここ2000年の内に発覚した。ソクトアの星には、神の意思 が宿っている。この星の礎には、創造神ソクトアと言う神が関わっていたのだ。最 近まで、その存在すら知らなかった。宇宙創世記から、存在する神で、この星と、 同化しているなど、誰が考えようか?その溢れる自然力は、この神の力に拠る所が 大きい。そして、特異を引き寄せるのも、創造神のせいだろう。  ここで言っておこう。神や魔族の領域にまで、力を付けられる人間が存在するの は、この星だけだ。他の星の人間達は、必ず種としての限界が来る。そして、その 限界を保ったまま、死んでいく。しかし、この星の人間は違う。いや、この星から 生まれた生物は、とにかく強い。そして特殊な能力に溢れている。神が脅威に思う 程だ。魔族も、神もソクトアに執着する理由は、この特異点に拠る物だ。ここの覇 権を取ってしまえば、才能溢れる者達を、操れると言う事になる。これはでかい。  天界や魔界は、全ての星に通じているが、出現率が一番多いのは、この星だ。質 量も少ないこの星に、集まるのは、以上のような理由があるからだ。だから君達は、 自分達を誇って良いし、危機感を募らせなきゃ駄目だ。人間達が、この星を守って きたのと同時に、今は、覇権を奪われつつあるのだ。君達人間が、前に打ち出した 『共存』と言う原理は、この星には、理想のシステムだったのだ。それを、取り戻 すが良い。  だが、君達は、敵を知らない。恐らく、ゼリンくらいしか知らないだろう。私達 ですら、ゼリンの事くらいしか知らない。にも関わらず、近寄れすらもしない。あ のセントメトロポリスと言うのは、恐ろしい要塞と化している。そこで私達は、君 達と会って無い間に、あのソーラードームを、調べておいた。  ソーラードームの特徴を言うとだ。全ての攻撃を無効化し、『無』の攻撃すら吸 収すると言う壁だ。ここから結論を出すと、あのソーラードームは『無』の力で覆 った壁だと言う事だ。結論を、口に出すのも恐ろしい程だ。だが、間違いないだろ う。ソーラードームは、セントを全て覆っている事から考えると、凄まじい程の質 量だ。それを、ゼリン一人でやったとは考え難い。ゼリンは、協力しただけだろう。 他に恐ろしい何かが、待ち受けてるに違いない。それと、我等が気付かない、何か が施されている可能性がある。それは大事な事だ。気付けば、こちらに有利な状況 にも変わり兼ねないからだ。  それを探るのは置いておいて、このソクトアの進化について、妙な事が判明した。 これだけ化学が躍進しているにも関わらず、ソクトアは、空での移動手段が、余り にも発展していない。これは、ソーラードームの鉄壁の守りのせいもあるが、それ 以上に、セントが、わざと成長を止めている可能性が高い。本来なら、とっくに空 での移動する手段が出来ても、良い筈なのだ。だが、ソーラードームの細部を調べ られるのを恐れているのか、全く発展しない。それとだ。この星は、余りにも銃器、 飛び道具などに対する進化が遅い。銃器は、100年程前から、製造されているに も関わらず、全く銃器の使い手が居ない。今、一番上手く使えるのは、グリードだ ろう。君は、稀有な存在だ。それはセントにとって、驚異にも成りえると言って良 い。それは、セントは、遠距離からの攻撃を恐れている。要塞と化したソーラード ームだが、中に入ってしまえば、狙撃のチャンスも出てくる。それを恐れての事か、 銃器のエキスパートが、全く育っていない。軍隊を動員して、戦車や銃器を扱わせ たが、大まかな狙いを付けられるだけだ。これは、極度に狙撃を恐れているからだ ろう。だが、その代わりに、ソクトアでは『人斬り』と呼ばれる集団が、暗殺を担 っている。これはセントにとっても、意外な事だっただろう。本来、銃器と言うの は暗殺に、好都合な武器だ。しかし、その使い手が育たないから、『人斬り』と呼 ばれる、殺し屋集団が発達したのだ。歪な進化を遂げさせた責任が、違う方向への 進化を促した結果になったのだ。  ソクトアの人間は、可能性が無限大にあると言って良い。だからこそ、今のよう な世の中になりつつ、奪われている自由も、君達なら取り戻せると信じている。  赤毘車さんは話し終えた。何か、とてつも無い話だった。俺は今まで、セントと 言うのは、どんな所で、自分達が置かれている状況が、どんな事なのか、想像もし ていなかった。しかし、今の話を聞く限り、ギリギリのバランスで、今のソクトア は成り立っていて、俺達には、それを食い止める可能性があると言う事だ。 「もしかしたら・・・俺達って、人間じゃないのかもな。」  レイクさんが、ふと洩らした。俺も、同じ感想だった。他の星の人間は、神に近 づける程と言うのは、稀なのに、このソクトアでは、可能性として、充分にあると 言う時点で、別の生き物の気がしてきた。 「君達は、このソクトアの人間さ。ソクトアの人間として、胸を張ると良い。」  赤毘車さんは、心強い事を言ってくる。何よりも、ソクトアの人間だと言う事を 誇りに思うように、言っているのだ。 「そうそう。かく言う赤毘車も、ソクトアの、しかもガリウロル人なんだぜ?」  ジュダさんは、ビックリする事を言う。 「ジュダ!・・・口が軽いぞ。全く・・・。」  本当かよ・・・。赤毘車さんまで、この星の人間だったとは・・・。しかも、ガ リウロルの人間だったなんて、驚きだ。 「どうせ隠したって、分かる事じゃあねぇか。あ。ちなみに俺は、金剛神と蓬莱神 の間に出来た息子だ。その辺は、確か伝記でも書いてあったっけか?」  ・・・そうだ。さも平然と話しているが、この人は、1000年以上生きている伝記 の時代からの、人だったんだ。不思議な事、この上ない。 「14年しか生きていない私にとっては、途方も無い話ですわ。とは言え、こうし て話していると、不思議と、感じない物ですのね。」  恵は肝が据わっている。神を相手にしても、動じない。最初こそ驚いていたが、 落ち着くにつれて、普通に話している。そう言うオーラが、恵には感じられた。 「ま、お前達みたいに、凄く気の合う奴らは少ない方だ。ジーク達以来だぜ?」  ジュダさんは、俺達を伝記のジークと比較する。あっちは、伝説とまで言われて いるのにな。それと比べられても、困る。 「そう言えば、ジーク達にも、稽古をしてやったな。フフフフフ・・・。」  赤毘車さんは、恐ろしい笑みを浮かべていた。どう言う稽古をしたのだろう。 「是非、受けたいな!赤毘車さん、強そうだもんなぁ!」  レイクさんは、目を輝かせる。 「はっはっは!俺達は、まだソーラードームの詳細を調べなきゃいけないし、もっ と力を付けてからにしろ。冗談抜きで、赤毘車の稽古は死ぬぞ?」  ジュダさんは、冷や汗を掻きながら忠告する。その様子は、茶化してる様子は無 かった。そういえば、伝記でも、赤毘車さんの地獄の稽古の事に、少し触れていた ような箇所もあった。あれは、本当だったのか・・・。 「ジュダ。志願を無にするのは、良くない。私の稽古が受けたいと言うのならば、 いつでも引き受けるぞ。遠慮しない方が良い。」  赤毘車さんは、不気味この上ない顔で笑う。寒気を感じるのは、俺だけなんでし ょうか?稽古マニアのようだ。 「ま、次の機会にしようや。ソーラードームの作成者を調べるのが、先だ。」  ジュダさんは、真面目な顔になる。やっぱり気になるのだろう。セントを覆う程 の『無』の力を体現出来る持ち主。一体、誰なんだろう? 「ジュダが、そう言うのなら仕方が無いな。次に来た時は、修行をつけてやろう。」  赤毘車さんは、本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら、怖い事を言う。 「ま、お前達は、修行を続けてろ。今の生活を、壊す事もあるまい。」  ジュダさんは、気を使っていた。この問題は、俺達を巻き込む事じゃあないと思 っているのだろう。それは正論だ。だけど、このままで良いのか?その疑問は、つ いて回る。俺達は、ソクトアの細部まで知ってしまったのだ。 「ご配慮は有難いです。でも、いざと言う時は、声を掛けて下さい。」  俺は、後悔だけは、したく無いと思った。爺さんの時の例もある。いざと言う時 に、何も出来なかった時程、後悔する瞬間は無い。 「分かったよ。考えとく。ま、今は、強くなる事を考えろ。」  ジュダさんは、今やるべき事を考えろと言う。 「それとな。ファリア。」  ジュダさんは、ファリアさんの方を向く。 「あの召喚魔法、いつも使ってるのか?」  ジュダさんは、ファリアさんが使った召喚魔法が、気になっていたようだ。 「この頃、使いこなせるようになりました。まだ、修行中ですけどね。」  ファリアさんは、古代魔法の研究だとか言ってたけど、召喚魔法を中心に、やっ ていたらしい。しかし、召喚って凄いよな。 (凄い所では無い。この魔法は、奇跡に近い。過去の遺物を召喚するとなると、か なりの魔力が必要になる。危険極まりない。)  へぇ。奇跡に近いって言う程か。 「水を差すようで悪いが、このまま続けていくと、危ないぞ。」  ジュダさんは、忠告する。やっぱ危ないのか。 「重々承知してます。古代魔法を極めると決めた時から、覚悟は出来てます。」  ファリアさんは、落ち着いた声で言い放つ。 「レイク。お前は良いのか?ファリアは、自分の命を縮めているのかも、知れない んだぞ?召喚魔法は、それくらい危険なのだぞ?」  ジュダさんは警告する。ファリアさんじゃなくて、レイクさんに言う所を見ると、 本気で、心配しているのだろう。 「本当は辞めて欲しいですよ。でも、言って聞くようなファリアじゃないです。な ら、お互いが頑張るしか無いでしょう?俺も、死ぬ気で強くなるつもりですから。」  レイクさんは、キッパリと言い放った。凄い覚悟だ。ファリアさんを、全面的に 信頼している。その上で、それに負けない努力をレイクさんは、しようとしてる。 並大抵の覚悟じゃない。俺にも、覚悟が示せるのだろうか? 「全く・・・参った奴等だ。覚悟が出来てるなら、やってみろ。ただし、自分の力 以上の事は、やるなよ?しっかり実力を付けてから、召喚するんだ。暴走したら大 変だからな。」  ジュダさんは、物騒な事を言う。暴走なんてするのか? 「暴走ですか・・・。そうですね。気を付けます。」  ファリアさんも、重々承知のようだ。 「召喚に限っては、召喚した者より、召喚された方が強いと、暴走したりするのよ。」  ファリアさんは、皆にも分かるように説明する。魔力が、暴走するんじゃないの か。つまりは、自分の力量以上の事をすると、しっぺ返しが来るって訳だ。 「そんな危険まで冒して・・・ファリアさんは、何をするつもりなの?」  江里香先輩は、不思議になっていた。ファリアさんがする事は、命懸けに等しい。 そこまでして召喚に、拘る理由が、聞きたいのだろう。 「最終的に呼びたいのは、決まってるわ。そこまでは、極めるつもりよ。」  ファリアさんは、目標があるようだった。 「・・・力以上の事は、避けるべきですわ。」  恵は、何だか悟ったような口調だった。あの顔を見る限り、ファリアさんが、何 をしたいのか、見切ったようだ。 「大丈夫よ。それまでの準備は万全にするわ。焦っちゃ駄目だしね。」  ファリアさんは、極力無理はしないと宣言する。その方が良いだろう。 「よし。それじゃ、そろそろ行く。・・・それと、ここまで話しておいてなんだが、 お前達は、無理に戦いに出る必要は無いぜ。今が幸せなら、それを優先するべきだ。」  ジュダさんは、俺達の事を思って言う。戦いに巻き込みたくないのだろう。確か に、これはジュダさんが収めるべき問題だ。 「それは、俺達が判断します。今は純粋に、貴方達と会って話が出来て良かったと 思っています。また話がしたいです。」  俺は、素直な気持ちを言う。この話を聞いたから、ジュダさん達と会わなければ 良かったと思う事は無い。確かに大事な話かも知れない。俺達が巻き込まれるかも 知れない。だが、それを苦にする程、俺達は、弱くないはずだ。 「そう言う事なら、こちらも大歓迎だ。また遊びに来るぜ。」  ジュダさんは、気楽に手を振る。そして急に、腕を前に突き出すと、両手で押し 広げるような仕草をする。すると、空間が、突然裂けて、扉が出来上がった。 「じゃ、またな!今度は、俺も稽古に参加するぜぃ!」  ジュダさんは、そう言うと、扉の中に入っていった。 「私も行こう。今度は私の稽古、楽しみにしてると良い。」  赤毘車さんは、嬉しそうな笑みを浮かべたまま扉の中に入っていった。そして、 そのまま空間が戻る。 「何だ今の?」  俺は、ジュダさんが開いた空間の所を触ってみるが、何処も、おかしい所は無い。 「古代魔法の一つ、『転移』よ。行った事がある所に、次元の扉を開く魔法よ。」  ファリアさんが説明してくれた。なるほど。何だか軽く使っていたけど、あれが 『転移』か。便利そうな魔法だ。 「しかし、凄い話だったねぇ。あたしゃ、まだ半信半疑だよ。」  亜理栖先輩が、顎に指を持ってきて、考える。 「俺達だって、最初はビックリしたし、そんなもんさ。」  グリードさんは、レイクさんに出会ってから、不思議な事の連続だと話していた。 アレくらいで、ビビッていたら、体が持たないのだろう。 「それにしても、伝記の神ってのは、軽いのねぇ。」  江里香先輩も、すっかり慣れてしまったようだ。まぁジュダさんは、とっつき易 い神だからなぁ。俺だって、凄く話し易かったし。 (軽視されるのは、納得いかんなぁ。)  まぁ、アンタはな。でも、話しやすい方が、却って信用されるんじゃないのか? (それはだなぁ。私だって、特別偉ぶったりはしなかったがな?あそこまで、ぶっ ちゃける神なんぞ、初めて見たぞ。)  隠し事したくないだけだろ。まぁ、ジュダさんの場合、それが行き過ぎなくらい だけどな。もうちょっと、存在を隠しても良いよなぁ。 「それでも、神だって信じられるのも・・・アレを見たからだよね。」  俊男は、さっきの激突が目に焼きついているようだ。俺だって、忘れられないく らいだ。あんな激突、滅多に見れる物じゃあない。しかも片手で止めてたしな。 (単純な力のバランスを比べたら、ジュダに勝る神は居ないだろうな。私とて、力 勝負では、勝てる気がしない。最も、実戦なら、負ける気がせんがな。)  本当かよ?あの化け物みたいな強さを持つジュダさんに、勝てるってのか? (君は、私の特殊能力を知らんからな。ジュダと私の力の差は、見た所、少しジュ ダが、上回ってるくらいだ。それなら私の能力を使えば、負けはしない。)  アンタの特殊能力って・・・そんな凄いのか? (フッ。何せ、あのミシェーダが恐れるくらいだ。当然だ。教えんぞ?)  ちぇ。ケチ。まぁ、いざと言う時に、見せてくれれば、それで良いさ。 (ふっ。ジュダとて、特殊能力を隠し持ってる。まぁ私の読みは、そこまで入って 無いから、せいぜい互角だろうよ。奴の能力は、予測が付くけどな。)  へぇ。ジュダさんも、特殊能力があるんだ。しかも分かってるのか? (フム。奴は指輪をしていたが、本来在るべき所に、物が無かった。つまり、奴は 宝石に、力を込める事が出来る。そして隠された力まで全て引き出す能力。だろう な。宝石の数の必殺技を持っている。って事だ。恐ろしい奴だ。)  確か、『魔法体現書』にも宝石魔術って項目があったな。魔力を宝石に溜め込む んだっけ?それを宝石に応じて、打ち出す魔力を変えられるって奴だったよな。 (ジュダのは、そんな生易しい物じゃない。奴は魔力であろうが、神気であろうが、 宝石に溜め込む事が出来る能力だろう。しかも宝石毎に、使える能力が違うと言う 話だ。応用力もあるし、素晴らしい能力だ。ま、ジュダの懐から、恐ろしいまでの 神気を感じたからな。それで気が付いたんだがな。)  なる程・・・。そりゃすげぇ。それでいて、あの実力か。本当に勝てるのかよ? (言っただろう?私の能力は、それすら上回る能力だと。)  えらい自信あるな。アンタが言うんだから、間違いないんだろうけどさ。 「よし。決めましたわ。」  恵は、周りを見回す。どうしたんだ? 「今度からは、一緒に稽古しましょう。実戦に近い形で稽古しないと、意味無いで すわ。皆さんも、忍術の基礎は、もう大丈夫ですし・・・。いけますわね?」  恵は、これからは、手加減無しの、実戦形式で稽古をしようと言っているのだ。 あちゃあ・・・。恵の奴、火が付いたな。昔から、負けず嫌いだったもんなぁ。 「どうせ言っても無駄だろ?それに、俺は、それくらいの覚悟あるし、構わんぜ?」  俺は賛成する。どうせ、その内、こうなると思っていた。 「僕も、これ以上強くなるには、それしかないと、思っていた所です。」  俊男も賛成らしい。と言うより、皆、やる気満々だ。 「やれやれ・・・お付き合いしますか。」 「姉さんは、素直じゃないなぁ。私は頑張りますよー♪」  藤堂姉妹も、やる気満々だ。睦月さんは、結構渋々だけど、強くなりたいと言う 気持ちはあるらしい。葉月さんは、争う気は無いけど、強くなる気は、誰よりもあ るみたいだ。なんだかんだ言って、この姉妹は、巻き込まれる事を恐れていない。 「よーし。じゃぁ、グリードは、鏃の無い矢で、俺は木刀で行く。容赦はしないぜ?」  レイクさんは、竹刀から木刀に変わった。俺達と手合わせをする内に、竹刀じゃ なくても大丈夫だと悟ったからだろう。 「フフフ。最終的に勝つのは、当主の私よ?覚悟しなさい。」  恵は勝つ気満々だった。これで、本当に勝っちゃう所が、恵の凄い所だ。これか らは、兄貴として、恵に負けないくらいに、ならなきゃいけない。こりゃ大変だ。 (ジュダの話を聞いて、ますますやる気を出すとはね。本当に、ソクトアの人間と 言うのは、楽しませてくれる。君に宿って、正解だったよ。)  宿らせた覚えは無いけどな。そのうち、アンタだって、超えてみせるぜ! (ほぉ。面白い。やってみたまえ。負けないように、私も特訓するからな。)  そうこなくっちゃな。楽しくなってきたぜ!!  ・・・俺達は、馬鹿なのかも知れない。こんなやばい話を聞いて、ますます燃え 上がる。今の時代には、必要ない。  でも・・・正しく、強くあり続けるために、間違った事はしていない・・・と、 俺は思い続けた。前を見て・・・強くなろうとするのだから・・・。  俺は、夜に目が覚めた。何て事は無い。ゼーダとの特訓が、きつかったせいだ。 これまで以上に、実戦形式で稽古してたのに、寝てる時でさえ、それ以上の特訓を させられてるのだ。冗談じゃない。神経が磨り減ってしまう。とは言え、日に日に 力が増していくのは感じている。そこは、感謝しなきゃいけない。  辺りは、寝静まっているな。目が覚めた事だし、夜の道場で、瞑想するのも悪く ないな。魔力を溜める訓練も、しておかないと、源が使えないんじゃ話にならない。  さすがに皆も疲れて寝てるんだろう。物音がしない。明かりは・・・ん?道場の 奥に、明かりが見える。確か物置だった筈だ。誰か居るのか?  俺は足音を消して、気配も消す。全く、この家に、泥棒だなんて良い度胸してる ぜ。・・・っと。あれは・・・睦月さんか?泥棒じゃ無かったのか。何をしてるん だ?それに葉月さんも居る。こんな夜中に、何をやってるんだ?特訓するなら道場 に行く筈だし・・・。  考えていたら、今度は、裏口から誰か出てきた。様子を見るか。俺は、茂みと木 の間に、身を隠す。誰が来たんだ?・・・とあれは・・・ファリアさんか。何か、 呼び出されたような感じだ。あの2人が、ファリアさんに用事?珍しい事もあるな。 「ようこそ、いらっしゃいました。ファリア様。」  睦月さんが、一礼する。表情は、結構硬い。何か重要な事を話すのだろうか? 「こんな夜中に、呼び出されるとはね。何の用かしら?」  ファリアさんは、眠そうだったが真面目な顔だった。 「夜分遅くに済みません。貴方に、折り入って頼みがあります。」  睦月さんは、物置の扉の方に目配せをする。すると、物置の扉が開いた。その瞬 間、刺すような空気が、辺りに漂い始めた。な、何だこれは!? 「・・・この家では、何を隠しているのかしら?」  ファリアさんは、扉の方を鋭い目付きで睨む。 「・・・姉さん。」  中から葉月さんが出てくる。・・・と、凄い顔色だ。青白い顔をしている。どう 言う事だ?俺だって、こんな顔をする葉月さんは知らないぞ。 「葉月。収まりましたか?」 「・・・はい。すぐに、出てくると思います。」  睦月さんは、葉月さんに何かを確認する。すると、扉の奥の刺すような空気が収 まってきた。そして、奥から誰かが出てきた。 「・・・!!!?」  俺は、つい叫びそうになった。そこに居たのは・・・恵だった。いや、恵なのか? そこに居る恵は、肌の色が薄っすらと、黒くなっていた。しかも髪の毛は、ガリウ ロル人とは言え、余りにも暗い漆黒。そして眼は紅く輝いていた。 「・・・恵さん・・・よね?」  さすがのファリアさんも、驚かざるを得ないようだ。 「・・・はぁ・・・はぁはぁぁぁぁ・・・ふぅ・・・。」  恵は、肩で息をしながら、呼吸を整えていく。気分を、落ち着けているのだろう。 しかし、何でそんな事に?あれは、本当に恵なのか? 「・・・お待たせしました。ファリアさん。」  恵が、眼を紅くしたまま、ファリアさんの方を向く。それでも恵は優雅だった。 いや、優雅と言うより綺麗だった。幻想的な世界から、抜け出たような綺麗さだっ た。とても、この世の者とは思えない。 「・・・まずは呼び出した理由と、この状況の説明を、お願い出来るかしら?」  ファリアさんも、落ち着いてきたらしい。状況把握から始めているようだ。 「呼び出した理由は、貴女にしか、出来ない事があったからです。」  睦月さんが口を開く。恵は黙って見ていた。 「ファリアさんに、頼むつもりだったのね?全く・・・。」  恵は口を尖らす。どうやら、余り気乗りしていないようだ。 「恵様。・・・今度の林間学校に行くのならば、ファリア様しか、頼める人は、居 ませんよ。お分かりでしょう?」  睦月さんは、諭すような口調で恵を宥める。恵は、苦い顔をしながら承知したよ うだ。そう言えば、そろそろ期末テストが終わって、林間学校に行く時期だな。1 年は、テンマとサキョウの間にある、キチョウという山間宿で、楽しく過ごす予定 だ。焔山に近い所だったな。確か4泊5日だったっけ。 「ああー。私も、資料貰ったわね。キチョウだっけ?ガリウロルの国家文化財があ るとかで、色々楽しみにしてるわ。でも、それと、この物騒な状況は、何か関係が?」  ファリアさんは、緊張を解いた様だ。林間学校の話なんか出るとは、思ってなか ったんだろうな。しかし恵の奴、持病持ちなのに、行きたいだなんて・・・。 「恵様の抑えが効かなくなった時に、この鎮静剤を、飲ませて戴きたいのです。」  葉月さんが、睦月さんに、肩を貸してもらいながら、懐から薬を出す。 「これは、恵さんが患ってる病気の鎮静剤かしら?」  ファリアさんには、恵の体の事も、話してある。 「・・・恵様。どうします?」 「睦月。頼むのなら・・・話すと良いわ。」  恵は、睦月さんに許可を出す。何の許可だろう? 「・・・では言いましょう。恵様は、ご病気ではありません。」  ・・・何だって?どういう事だ。あの苦しみようを見ても・・・病気としか思え ないのに・・・。 「どう言う事かしら?」 「恵様は、魔族の血を引いていらっしゃいます。そして、今渡した鎮静剤は、瘴気 を抑えるための鎮静剤です。飲ませるのに、葉月がここまで、やられる程の力です。」  はっ?恵が魔族の血を引いてる?どう言う事だよ・・・。何を言ってるんだ。睦 月さんは・・・。だったら、俺も、魔族の血を引いてるって言うのかよ!? 「薬の原因は、分かったけど・・・。意外ね。」  ファリアさんは、納得の行かない顔をしていた。 「不思議に思うのも無理はありません。でも、魔族をご存知のファリア様なら、恵 様の体の事も、お分かりになるでしょう?」  睦月さんは、懇願する。今まで、発作を抑えると言うのは、恵が、瘴気を放ちま くっていたのを、抑えていたためだったのか・・・。 「その点については大丈夫。見た所、恵さんは、凄い瘴気を持ってるようだし、私 も次元の結界を作ってでも、抑えて飲ませるわ。」  確かに、そんな真似が出来るのは、ファリアさんしか居ない。しかし・・・恵の 奴、ファリアさんが居なかったら、どうするつもりだったんだ?・・・欠席したん だろうな。恵の事だ。最悪の場合も、想定してるに違いない。 「・・・ご迷惑をお掛けします。本当に、こちらの都合だけで申し訳無いですわ。」  恵が頭を下げる。あんな恵は初めて見た。それ程、抑え難い衝動なんだろう。だ からこそ真摯に、物を頼んでいるのだ。 「それは良いんだけどね。瞬君が、魔族の血を引いてるなんて、ビックリだわ。」 「・・・フッ。勘違いなさらないで下さいな。兄様が、魔族の血なんて引いてる訳 無いじゃないですか。あんな、純粋な人が・・・。」  何を言ってるんだ?ナニヲ・・・?恵は・・・魔族の血を引いてて、俺は引いて ない?だったら、俺はなんだ?俺は誰なんだ?俺は・・・何者なんだ? 「・・・異母兄妹かなんか?」  ファリアさんは、訝しげな眼で恵を見る。 「違います。兄様が、あんな下衆の血を引いてる訳が無い。天神 厳導の血を引い てるのは、私一人で充分だわ!!兄様は・・・。」  恵は、哀しい目をしていた。そうだ・・・。父の・・・いや厳導を、悪し様に言 えば、言う程、血を引いてると認めている恵は、貶められるのだ。 「まさか・・・他人だとでも言うの?」  ファリアさんは、驚きを隠せなかった。当たり前だ。俺だって、信じたくない。 「全くの他人では無いのですよ。天神家は、3代前辺りから、空手を継ぐ者と、事 業を継ぐ者に分かれたのです。その空手を継いだのが、天神 真こと、私のお爺様 です。そして・・・事業を継いだのが、父の厳導なんです。」  その話は、聞いた事がある。空手を継ぐと決めた爺さんは、事業を継がせたかっ た父親から、恨まれたのだとか。そして、事業を継ぐと決めた厳導も、爺さんから、 疎まれていた。思えば、擦れ違いの親子だった。 「でもね。天神 厳導は、真の実の子ではないのです。私の父、天神 厳導こそ、 魔族。ゲンドゥと言うのが、本名らしいですわ。幼少の頃、真に拾われて、養子に なったと聞いてます。」  ・・・あの父が・・・魔族。魔族だったなんて・・・。 「その厳導の一人娘が、この私・・・。天神 恵よ。」  そんな・・・じゃ、恵は・・・魔族と、人間のハーフだったのか。 「母親は?それに、瞬君は何者なの?」  ファリアさんは、尋ねてみる。俺が知りたい答えでもある。 「母は、真の兄弟の娘、つまり私の戸籍上の叔母である、天神 愛(あい)よ。」  恵は、吐き捨てるように言った。母親は、俺が幼少の頃、死んだ筈だ。あの母親 が、叔母だったなんて・・・。 「厳導の何処が良いのかは知らない。本人は、放って置けなかったらしいけどね。」  恵は、父である厳導を、激しく憎んでいるようだ。 「で、瞬君は?その叔母の息子なの?」 「違うわ。兄様は、奇跡の子なのよ。私などとは、訳が違うのよ?私のような呪わ れた血とは訳が違うのよ。・・・兄様は、天神 真の息子よ。真と祖母の天神 喜 代の間に出来た、晩年の子供よ。50近くで出産したと聞いてるわ。」  ・・・何だよ・・・。何だよそれ?・・・俺が・・・俺だけが、知らなかったっ て言うのか?だから・・・だから俺に、家系図を見せたくなかったってのか? 「本当に驚いたわ。・・・それを、瞬君に言わないの?」 「言える訳が無いじゃない。」  恵は、眼が紅く光りだす。そう言えば、さっきから、優雅な口調が全く無くなっ ている。興奮しているせいなのかも知れない。 「私のような呪われた女が妹だなんて・・・言える訳が無いじゃないのよ!!」  恵は、眼に涙を浮かべながら、叫びだす。・・・馬鹿。馬鹿!!恵の馬鹿!!そ んな事で俺が!!俺が、軽蔑するとでも思ったのかよ!! 「参ったわね・・・。恵さんらしくないわ。」  ファリア・・・さん。ファリアさんは、穏やかな笑みを浮かべていた。 「大体ね。あの瞬君が、恵さんの事を軽蔑する?・・・あり得ないわね。」 「何で分かるの?・・・同情なら要らないわよ。」  恵・・・俺は、お前が、誰であろうとも妹だ・・・。分かってくれないのか? 「あの瞬君の性格ね。レイクに、そっくりなのよ。だから分かるの。」  やっぱり・・・そうだったのか。レイクさんと会った時、何だか、他人のような 感じがしなかった。あれは、似た物同士だったって事か。 「瞬君、言ってたわよね。強く正しい人になりたいって。そのために、瞬君は、自 分を犠牲にしてまで、正しくあろうとする。・・・レイクもなのよ。レイクの場合、 仲間を大切にする。そのために、自分がいくら傷付いても、構わないって思ってる。」  俺は、確かに強く正しくありたいと願った。それが爺さんの願いだからだ。俺が 強く正しくあるためには、身を犠牲にするくらいの覚悟が必要だと思っていた。そ れをファリアさんは、見抜いていたと言う訳か。 「そんな瞬君が、恵さんを見て、魔族だから見捨てる?そんな事しないわ。これだ けは、自信を持って言える。誰よりも、頑張ってる貴女を見てきた瞬君でしょう? なら、見捨てる訳が無い。」  ファリアさんは、俺の言いたい事を言ってくれた。俺は、恵が誰であろうとも、 見捨てたりしない。それは爺さんの願いなんて、関係ない。恵だからだ! 「・・・真っ直ぐですのね。兄様みたいな事を言うのね。貴女。でもね。私、欲張 りなんですの・・・。もう兄様の『妹』だけじゃ嫌なんです。」  ?どう言う事だ。恵は何を言ってるんだ? 「血が繋がってないから余計に・・・か。ま、そうよねー。」  ファリアさんまで、分かっているようだ。俺には、さっぱり分からない。 「私は・・・兄様の事が好き。愛してるんです。兄様無しでは、生きられないと思 うくらいなんです。これは『妹』として、だけじゃ、ありませんわ。」  ・・・!え・・・。ええええ!?あ、あ、あ、あいつ・・・。何を何を何を!? ・・・そりゃあ、江里香先輩に、良く突っ掛かってくるなぁと思ってたけど・・・。 「最も、兄様には、伝わって無いでしょうね。」 「そりゃ間違いないわ。レイクも、本当に馬鹿でね。奥手だったわよー?」  恵とファリアさんは、笑いあっている。やべぇ・・・。俺は笑えん。どうすりゃ 良いんだよ・・・。俺は・・・。 「・・・曲者!!」  ん?あ、やべぇ!睦月さんが、気が付いた!!に、逃げなきゃ!! 「そこね!!」  ファリアさんまで!!やべぇ!!・・・逃げなきゃ・・・って逃げられねぇ!! 何だか、地面が割れ・・・うわっ!! 「フッ。・・・『地砕』の応用よ。大地に割れ目を作って足止め!」  ファリアさんは、得意げに話す。で、でも逃げなきゃ!・・・って、俺が逃げる 事なんてあるのかな?良く考えたら・・・でも盗み聞きした事になるよな・・・。 「捕まえました!!デリャァ!!」  睦月さんは、容赦無く投げ飛ばす!!いでぇええ!!そして・・・顔を確認して、 物凄く邪悪な笑みを浮かべる。 「これは、いけませんねぇ。」  はい・・・観念しました・・・。 「・・・!!!!!に、兄様!!!?」  あぁぁぁぁ・・・終わりだぁ・・・。ええい!くそ!!こうなったら、ヤケだ! 「ああ。悪かったよ!俺は、最低な野郎だ!最初から、こうするつもりは無かった けど、言い訳は出来ねぇ!好きにしろい!!」  ああ。カッコ悪い・・・。何て様だ・・・。 「瞬さん?今回ばかりは、私も怒りますよ?」  う・・・。葉月さんに言われると、背筋が凍るくらい怖い・・・。 「う、うわぁぁぁん!!!兄様が・・・うわぁ・・・。」  ・・・恵の奴・・・泣いちゃったよ・・・。どうすりゃ良いんだよ・・・。 「はぁ・・・。瞬君?男なら、ビシッと決めなさい?」  ファリアさんが、ジト目で睨んできた。つまりは逃げるなって事か。  しょうがない。俺は恵に近寄る。 「恵・・・。恵!」  俺は、肌が黒くなっている・・・そして震えて、泣いている妹を抱きしめた。 「に・・・い・・・様?」  恵は、眼をパチクリしている。 「恵・・・。長い間・・・苦しんでたんだな。俺、馬鹿だからさ。気付けなかった。 俺、お前を守ってやるって言ったのに・・・守れなかった。」  俺は、恵の顔を覗き込む。恵は、まだ涙をいっぱいに溜めていた。魔族が、なん だ!!こんな震えてる妹を、見捨てたり出来る物か!! 「そんなの・・・言わなかった私のせいでもあります!・・・私・・・呪われてる の・・・。聞いてたし、見てるでしょう!?」 「だから何だ!!俺は、俺を兄と慕ってくれる妹を、手放せない!・・・そして、 俺を好きだと・・・愛していると言ってくれた人を・・・放り出したりするもんか!」  俺は、想いの丈を込めて、抱きしめてやる。そして頭を撫でる。呪われてるって なんだよ!俺には・・・関係ない!! 「・・・強く正しい人間が・・・魔族を認めて良いの?」  恵は、まだ認めていない。自分が魔族だと言う事に、引け目を感じている。 「馬鹿!言わせるな!!魔族だからって、邪険にするような奴が、強く正しい人間 な訳が無い!それが強く正しい人間だってんなら、俺は、なりたくない!」  俺は、唇を噛み締める。間違った事は言ってない。それに爺さんなら、きっと分 かってくれる。こんな恵を見捨てる事の方が、間違いだって事に・・・。 「・・・私、欲張っちゃいますよ?・・・恋人候補に、立候補しますよ?」 「・・・恵。俺は今、複雑なんだよ。・・・正直言って、俺は嬉しい。恵が、俺の 事を、そこまで想ってくれてたなんて本当に嬉しい。でも、妹として守ってやりた いと思う気持ちもある。・・・欲張りなのは、俺の方だ。」  そう。恵は大事な妹だ。だから、これからも守っていきたい。その一方で、恵に これだけ想われてたなんて知った今、愛おしい気持ちもある。 「フフッ。欲張りで結構です。私、どちらも受け止める自信が、ありますのよ?」 「・・・恵。」  恵は、ここでも出来た妹であり、俺が守りたかった妹だった。そして恵は、眼を 潤ませると、最上の笑みを浮かべながら、俺の唇にキスをしてきた。 「・・・け、恵・・・。」 「今のは、待たせた報酬です!ね?」  か、可愛い・・・。恵って、こんなに可愛かったっけか?いつの間にか、眼も黒 くなったし、髪の色は、いつもの黒髪に戻る。 「大胆ですねぇ・・・。若いってのは、羨ましい・・・。」  睦月さんは、呆れる様に、こちらを見ていた。 「青春ですよねぇ!私、感動しちゃいますー!」  葉月さんは嬉しそうな顔をしていたが、あれは本心だろうか? 「よぉし!合格よ?瞬君!」  ファリアさんは、頷きながら俺の肩を叩いてきた。下を見ると、今更ながら、恥 ずかしいのか、恵が真っ赤な顔をしていた。 「あー・・・。何だ。結果オーライ?」  俺は、照れ隠しに笑う。本当に恥ずかしいな。これは・・・。 「まぁまぁ、他言しませんから・・・。」 「そうですよぉ。他言するような、私達じゃありませんよ?」 「ま、時と場所を、弁えなさいよ?」  うぐ・・・。あの3人の反応・・・。明らかに楽しんでやがる・・・。 「ただ・・・盗み聞きは、いけませんよ?」  葉月さんは、容赦が無い。結構、怒っているらしい。 「それは、分かってます・・・。反省してます。」  反論の余地も無かった。何せ、先に悪い事をしたのは俺だ。仕方が無い。 「ま、良い物も見れたし、薬の件は引き受けたわ。普段の学園生活でも、危ないと 思ったら使うから・・・それで良いわね?」  ファリアさんは、思い出したように、薬の件を確認する。 「頼みます。これは、ファリア様にしか頼めませんしね。」  睦月さんは、至って真面目な顔付きに戻る。しかし、便利な薬もあるものだ。 「大丈夫・・・。兄様との葛藤が無ければ・・・そうそう発作は、起きませんから! ふふっ。本当に・・・胸の痞えが、取れましたわ・・・。」  恵は、本当に良い笑顔をしていた。これが、本当の恵なんだろうな。今まで、本 当に無理をしてきたんだな・・・。 「明日から、改めて宜しく頼みます。兄様♪」  恵は、顔を赤らめながら、握手を求める。改めて・・・って・・・。 「まぁ、過度な期待は、するなよ?出来る限りは、するけどさ。」  俺は、お手柔らかにって感じで、握り返す。 「当面の相手は・・・江里香先輩って事ね。」  恵は、物騒な事を言いながら、手を離す。大丈夫なのか?俺・・・。  こうして、恵と俺の出生を知ったのだった。  恵は呪われてたのかも知れない。・・・俺は、奇跡の子なのかも知れない。でも、 それに、何の価値があろうか?人を想うと言う事に比べれば、ちっぽけな物でしか 無い。生まれだけで、人生を決められて堪るか!  少なくとも・・・俺はそう思った。