NOVEL Darkness 2-7(First)

ソクトア黒の章2巻の7(前半)


 7、神力
 今だけは、間違いであって欲しかった。
 今までの行動で、ソイツが一番怪しいのは、分かっていた。
 だが、疑いたく無かったのだ。
 しかし・・・ソイツは動き出した・・・。
 そして、周りを伺う様子と・・・。
 向いた矛先を見て・・・俺は、確信した・・・。
 まだ・・・間違いで居て欲しかった。
 もし俺の勘が外れたら、冗談で済む。
 だが・・・ここまで来て・・・冗談は無いだろう。
 何故だ・・・何故、お前が・・・。
 俺は、周りに誰も居ないのを確認すると、声を掛ける事にした。
「おい。どうした?そっちは、焔山の麓だぞ?」
 飽くまで自然に・・・。
「あー。たまたまだよ。」
 ソイツは答えた。だが、それは、あり得ない。
「たまたま?俺は見ていた。お前は、一直線に、この道を下って行った。もう旅館
から2キロは、離れている。・・・何処に行こうとしてたんだ?」
 俺は、声色を変える。そう。もう確信しているからだ。
「どうしたの?そんな怖い声出して。自由行動なんだから、下の街に行ってみたい
ってのも、自由でしょ?」
 確かにそうだ。・・・だが・・・。
「そうだ。だがお前は、出る時、周りを確認して出たよな。何故だ?」
 俺は、追及を緩めない。
「何を怪しんでるの?夜食の買出しにでも、行きたかっただけだって。」
「それなら、売店の方が早いだろ?それに、俺達に、一言の相談も無しにか?」
 お前なら、必ず、俺達に断ってるだろ?つまり、体を動かすと言って、街に出た
りしないだろ?何故、嘘を吐くんだ・・・。
「魁の所に、行くつもりだったのか?」
 俺は、睨みつける。多分、図星だろう。生死不明じゃ困るんだよな。
「何を言ってるの?買出しだって・・・。」
「・・・魁なら、違う病院だぞ?」
 俺は、事実を言った。魁は、焔総合病院じゃない。本来なら、運ばれる予定だっ
たのを、俺が頼んで、違う病院にした。すると、ソイツの目は細くなる。
「・・・芝居だったって訳?」
 ・・・本性を現したか。やはり・・・しかし何故だ・・・。
「ああ言えば、今日中に、動く奴が居ると思ってな。いや、正確には、お前を、マ
ークしていた。いつ動き出すかをな。」
 俺は、もう調べてる途中で、気が付いていた。今までの事項を思い出せば、コイ
ツしか、居ないのだ。
「でも、こっちに行ったからって、犯人扱いは酷いんじゃない?」
「そうだな。・・・俺が、お前を怪しいと思ったのは、勿論、裏付けがあったから
だ。まず、魁が思った以上に、衰弱していた事だ。」
 そう。まず衰弱してた事で、おかしいと思った。
「人間が衰弱すると言う事は、1時間や2時間で、なる事じゃあ無い。少なくとも
6時間は、経ってた筈だ。あの空洞の中の空気が、無くなる位なんだからな。そし
て、魁の体が冷えていた事も、怪しいと思った。」
 魁は冷え過ぎていた。いくら早い時間に、朝風呂で迷ったとは言え、あそこまで
冷える事は無い。
「あそこまで冷えると言う事は、6時間以上は、経っていると言う事。そして、俺
達が最後に見たのは・・・昨日の夜に入った風呂だ。・・・言いたい事は分かるな?」
 俺は睨み付けた。俺だって、こんな事は、言いたくない。
「お前は、言葉巧みに、穴が空いている事を示唆したんだろう。あの岩をどけてな。
あの岩は、女将が言っていたように、そう簡単に動かせる岩じゃない。力が無くち
ゃ、駄目だ。そうなるとな。限られるだろ?」
 俺は、歯軋りする。まだ認めないのか?
「俺はレイクさんと一緒に風呂を出た。そうなると・・・お前しか居ないんだよ!!
俊男!!!」
 俺は、堪らず叫んだ。目の前に居るのは、俊男だった。そう。今までの事項から
して、俊男しか居ないのだ。俊男は、魁の行動について知っていた。しかし、それ
が嘘だったら?そして、作られた物だったら?
「どうしてだよ!!お前が何で、魁を襲うんだ!!」
 俺は心の奥から叫んだ。信じたくなかったのだ。
「何を言ってるんだよ。瞬君。魁君は戻ったって言ったでしょ?嘘を吐いたって言
うのかい?」
「・・・俊男。お前、魁が言う事を予想して、作ったけどな。あれが命取りだった。
番台の親父は言っていた。お前は、魁の振りをして朝風呂に入っただろ?魁は、髪
が長い方だったからな。似たような背格好をすれば、騙せるとでも思ったのか?」
 俺は、番台の親父に聞いた時、愕然とした。俊男が、そこまでしてると言う事。
それはつまり・・・。
「それにな。番台の親父は覚えていたぞ。誰かが、2週間前に、ここに来た事をな。
あの空洞・・・お前は知っていて、穴を開けて、仕掛けを作ったんだな?」
 暑い季節には、似合わないコートを着た奴が来たと言っていた。その2週間前は、
試験勉強で忙しかった時期だ。俺達のマークしていない時を、狙ったのだろう。
「さっきから、何を言ってるんだよ。怒るよ?」
「俊男。お前の首筋にある傷・・・。穴の中で、出来た傷だな?」
 俺は、首を指差す。すると、俊男は首を気にするように触る。そして、ハッとす
る。・・・決まりだ。
「全く・・・。何で、気付いちゃうのさ。」
 俊男は観念したようだ。さすがに、言い訳は出来ないと思ったのだろう。
「俊男。お前が、こんな事を楽しむような人間じゃない事は分かっている。だから、
教えてくれ。・・・何でだ?何故襲った。」
 俺は、俊男の目を見る。俊男は、目を細めながら、溜め息を吐く。
「それには、僕1人じゃ、説明し切れないな。」
 俊男が、脇目を振ると、もう1人出て来た。
「・・・やはり・・・莉奈さんか。」
 俺は、協力者が居る事も分かっていた。莉奈さんは、魁を見たと言っていた。今
朝方だ。だが、それは、ありえないのだ。そうなると、協力者である可能性が高か
った。しかし、何故協力するんだ?
「莉奈は・・・。」
「トシ兄(にい)は、黙ってて。」
 !!そう言う事だったのか・・・。
「元々、あの男に恨みがあったのは、私。トシ兄は、関係ない。」
 莉奈さんは、吐き捨てるように言う。普段の彼女からは、考えられない。
「あの男は・・・中学の時、私を好きだと言ったのよ。」
 なるほど。魁の事だ。言い兼ねない。
「私ね。異性から好きだって言われた事、初めてだった。だから、浮かれてたんだ
ろうね。・・・だから、心も体も捧げたいなんて、思っちゃった。」
 莉奈さんは、哀しげな目をする。その時は、嬉しかったんだろう。
「私はね。本気だった。嬉しさのあまり、舞い上がっちゃってたのかもね。」
 莉奈さんは、哀しげな目をする。一体何をしたんだ・・・。
「あの男と付き合って・・・間も無くだった。葵ちゃんと出会った・・・。」
 葵さんか。この2人、仲が良かったけど、中学からだったのか。
「葵ちゃんは、気さくで友達思い・・・。私には、勿体無いくらいなの。」
 莉奈さんは、葵さんの事は、本当に好きなんだな。
「私・・・あの男に、好かれたくて必死だった。ある日・・・体を求められた時も。
・・・この人ならって思って・・・。」
 莉奈さんは、歯軋りする。それを俊男は、首を振りながら庇ってやる。
「僕は、ずっとパーズに居た。だから手紙でしか、莉奈とは、やり取りしていない。
だから、莉奈はずっと、大丈夫だって思ってた。でも・・・僕が爽天学園に入学し
てから・・・。莉奈と同じ学校になって、見た現実は違った。・・・そこには、奴
隷の様に魁に付き従っている、莉奈が居た!」
 俊男は、悔しそうに拳を震わせる。
「・・・あの男が、本当に気が合ったのは、葵ちゃん。私が居る目の前で、アプロ
ーチを掛けたりしてたわ。すると・・・『別れよう。』とまで言ったわ。私は、そ
れだけは、出来なかった。本気だったから・・・。」
 莉奈さんの想いが伝わってくる。魁は、そんな事をしてたのか・・・。
「笑っちゃうわ。結局、離れられなくなったのは私。いつの間にか、別れたく無か
ったら、あの男の言う事に、従うしか無くなってた。万引き、荷物持ち、家事全般
まで、手伝わされた。私は本気だったって事を、見て欲しかったの。」
 莉奈さんが、家事が上手い理由は、ここからだったのか・・・。
「葵ちゃんはね。その現状を見て、あの男に注意までした。それでも辞めない時は、
手伝ったりもしてくれた。私、葵ちゃんが居なかったら、心が持たなかった・・・。」
 葵さんとの友情は、この頃から強まったらしい。
「葵ちゃんは、何であの男に、そこまで従うのか、何度も聞いてきた。でもね。約
束があるとしか言えなかった・・・。葵ちゃんには、知られたくなかったの!こん
な惨めな私の現状を、知って欲しくなかったの!!」
 意地を、貫き通したかったんだろう。それにしても魁の奴・・・。
「葵ちゃんは、結局、私が万引きしたら、それを手伝ったりもしてくれた。葵ちゃ
んだって、いけない事をしてるって分かってたのに・・・。私が謝っても、葵ちゃ
んは、『今度は辞めるんだよ?』としか、言わなかった。それなのに・・・あの男
は、葵ちゃんを、そのネタで強請ろうとしたの。葵ちゃんは、ブルブル震えながら、
私のために、あの男からキスされたりしてた。それ以上は、さすがに拒んでたけど。」
 莉奈さんは、目から涙が流れていた。もう、止められないのだろう。
「私・・・それを見た瞬間、何もかもが崩れ去ったの。このままじゃ、私だけじゃ
ない。葵ちゃんまで不幸になる・・・。でもね。私、無力だった。もう、どうにも
出来なかった。・・・だからトシ兄に・・・相談したの・・・。」
 莉奈さんは、その場で泣き崩れる。・・・無理も無い。
「僕は、莉奈からの相談だって聞いて、驚いたよ。同じ学校で異母兄妹だからね。
歳も同じだから、なるべく学校では、話さないつもりだった。でもね。莉奈の方か
ら話し掛けられた。そこで・・・全部聞いた。莉奈の家に行って、全部聞いた。修
行に明け暮れてた間に、そんな苦しい事があったのかと・・・。」
 俊男も、涙を浮かべていた。痛い程分かる。俺も、恵が同じ目に遭っていたら、
我慢出来なかっただろう。
「だから、必死になった。僕は、まず林間学校が、いつあって、どこになるのか調
べた。そして、ここだって分かると、詳しい地理を調べた。女将の言っていた事は、
もう知っていたんだ。そして・・・都合の良い事に、ここの通路が塞がれたばかり
だって事を知った。調べる内に、ここから、空洞が出来る程の穴がある事を知った。
それを知った日から・・・僕は、変装して少しずつ作業を進めた。そして、林間学
校の当日に間に合うように仕掛けを作った。・・・後は莉奈の決意だけだった。」
 俊男は、莉奈さんの為だけに作ったのだろう。自分は、どうなっても良いと思っ
たのだろう。俊男らしい。
「私、馬鹿だった。トシ兄の頑張りを聞いて、あの男を殺そうって・・・思っちゃ
ったの。トシ兄が相談してきた夜・・・。私は・・・売春を・・・させられたから。
もう・・・我慢出来なかったの。」
 莉奈さんは、苦しさを吐き出すように言う。俺は聞いていて、耳が痛かった。俺
達が修行に燃えて、馬鹿な事をやってる頃、莉奈さんや俊男は、ここまで苦しんで
いたのか。想像も付かなかった。
「瞬君。分かっただろう?魁は、死ななきゃ駄目だ。僕はね。莉奈から聞いた日か
ら、悪魔に魂を売ったんだ。魁は、殺すしか無い。」
 俊男は、厳しい目付きで言う。しかし・・・。
「駄目だ。魁を殺したら、お前は、戻れなくなる。殺人の、罪の意識で歯止めが、
利かなくなる。そんなお前を、俺は見たくない。」
 俺も厳しい口調で返した。俊男は、復讐の念に囚われ過ぎている。危険だ。
「トシ兄。私ね。魁が生きて出られた時に、この復讐は、辞めようって・・・決め
たの。私のせいで、トシ兄まで怖くなった・・・。そんなの嫌なの。」
 莉奈さんは、どんどん協力する俊男を見て、後悔したに違いない。
「莉奈・・・。お前が、そう言うのなら・・・もう辞め・・・グアッ!!!!」
 俊男は、優しげな目をした瞬間、胸を押さえる。
「どうした!!俊男!!」
 俺は、俊男に近寄る。
「来るな!!来ちゃ駄目だ!!莉奈を連れて、逃げるんだ!!」
 俊男は、何か必死だった。苦悶の表情を浮かべる。何があったのだ。
「トシ兄!!どうしたの!!しっかりして!!」
 莉奈さんは駆け寄る。俺は、それを制する。俊男から、恐ろしい程の憎悪の念を
感じたからだ。なんだ!?これは!!
(この凄まじいまでの瘴気!!俊男は、何かに取り憑かれているぞ!!)
 何だと!?・・・そうか!!俊男が、悪魔に魂を売ったって言うのは・・・。
(間違いない。この瘴気の持ち主に、取り憑かれたんだ!!)
「トシ兄ぃぃぃぃぃ!!!」
 莉奈さんは、どんどん様子が変わっていく俊男を見て、絶叫する。
「ウゥゥゥゥアアアアァァァァァ!!!」
 俊男は、叫びながら顔を上げる。すると、目の奥は赤く光り、腕からは、鱗が生
えてきた。そして牙が伸びると、髪が、暗黒色に染まっていく。そして、陰湿な笑
みを浮かべる。これが・・・俊男なのか・・・!?
「フフフ・・・。この男。半端な真似をしおって・・・。だが、心が折れる瞬間を
待っていたぞ。この所、迷いも多かったしな。散々、囁いた成果が出たな。」
 俊男の口から、信じられないような、低い声が聞こえる。
「・・・お前は誰だ・・・。俊男に取り憑いてる悪魔か?」
 俺は、厳しい口調で俊男に尋ねる。
「口の聞き方に気をつけろ。私の名はレイモス。魔神レイモス。この男から憎しみ
の念を感じた時、次の私の器になるのは、コイツしか居ないと思っていた。」
 ・・・レイモス?魔神レイモスだと!?
(・・・奴か。)
「私は、1000年前にジークとか言う、若造に討たれた。しかし、その時は、ト
ーリスとか言う人間の心が、私を反発したのが原因だった。だから、今回は、肉体
的に充分な奴が居たら、精神を、擦り減らすしか無いと思っていた。コイツが、そ
この女に相談を受けて悩んでいる時の心の隙に侵入し、それから毎晩、瘴気への誘
いを囁いてやった。この頃は、私の言う事にも同調するようになっていったので、
もうすぐだと思っていた。フフフ。そこの女。感謝するぞ。」
 ・・・なんて奴だ。俊男が悩みを抱えてたのを良い事に、それをネタに悪へ誘う
なんて・・・。俊男が狂ったのは、そこからだったのか・・・。
(奴らしい手口だ。寄生虫のような神だ。奴は、人間など、只の器に過ぎないと思
っている。ああ言う奴が居るから、私なども、誤解される。とても許せぬ。)
 安心しな。アンタは違うさ。俺を乗っ取るチャンスなんて、いくらでもあったの
は知っている。でもアンタは、俺を操る所か、俺を強くしようとした。
「トシ兄・・・。私のせいで・・・。そんな化け物に・・・。」
 莉奈さんは、絶望感に包まれている。理解したのだろう。神が居るなどと、とて
も信じる事が出来なくても、目の前の兄が、ここまで変貌すれば、信じるしかない。
「莉奈さん。良く聞くんだ。俺は、今から、俊男を何とか気絶させてみせる。だか
ら、ファリアさんと恵を、呼んできてくれ。大急ぎでだ。」
 俺は、莉奈さんに伝える。まず彼女の安全を確保。そして、今からする事を覚悟
する。そして、その後の処理の事も考えていた。
「・・・でも・・・。私なんかじゃ・・・。」
「莉奈さん!!!良いかい?俊男を変えてしまったと思っているのなら、これから
俊男を取り戻そうとしている俺に、協力してくれ。詳しい事は話せない。だけど、
ファリアさんと恵に『瘴気の処理を頼む』と俺が言ったと伝えれば、伝わるから!」
 俺は、必死だった。多分、莉奈さんは、半分も理解していない。でも・・・。
「わ、分かった。瞬君の言う通りにする!トシ兄を、それで戻せるんだよね?」
 莉奈さんが尋ねてきたので、俺は深く頷く。絶対、取り戻してみせる。
「じゃぁ、お、お願いします!!私も急ぐから!!」
 莉奈さんは、今の使命は、伝える事と理解したのだろう。俺に礼を言いながら、
こちらを振り返りもせずに、走っていく。これで良い。
「フッ。戯言は、終わったか?」
 レイモスは、余裕を扱いていた。
「待ってくれるなんて、紳士的じゃないか。」
 俺は皮肉を言う。分かっている。コイツは俺を見くびっている。どうせ無駄な事
だと思っているのだ。
「神に逆らう人間と言うのは、滑稽でな。貴様のような若造が、私を止めるなどと
言うから、微笑ましくてな。」
 レイモスは、この時代の事も、良くご存知のようだ。神が信じられていない。だ
からこそ、この世界の人間全体が、弱まっていると言う事をだ。ジークの時の再来
には、ならないと思っているのだ。だが、そうはさせない。俺は、初めて決意する。
 分かっているな?ゼーダ。
(レイモスを完全に止めるんだな。私も、正直、頭に来ていた所だ。丁度良い。)
 ゼーダは、やる気マンマンだ。そう。俺は、今からゼーダの力を初めて借りる。
自分から借りようと思ったのは、これが初めてだ。
(良いか?瞬。前みたいに意識を私に移す必要はない。今回は、私の意識も、かな
り同調している。これなら、私の力を君に移す事で、私の力をフルに使う事が出来
る。今までの訓練で、私の力を使っても、君の意識が途絶える事も無いだろう。)
 そのための訓練だ。当然、そうで無くちゃ駄目だ。きついかも知れないけどな。
俺自身で、止められるなら本望だ。是非やってくれ。
(よし。君には、私の神としての『能力』も分け与える。理解するまで、時間は掛
かるだろうが、これで、負けは絶対に無くなる。)
 やけに自信たっぷりだな。だが、お願いするぜ。
「どうした?私を気絶させるのだろう?神と人間の力の差と言う奴を教えてやるか
ら、早く掛かって来い。」
 レイモスは油断している。その油断が、前のジークの時にも災いしたのだ。
「魔神レイモス。覚悟しろよ。俺の親友を深く傷つけたお前を、俺は許せない。俊
男・・・多少怪我をするが、我慢しろよ!」
 俺は、そう叫ぶと、ゼーダの力が、入り込んでくるのを感じた。凄い・・・。ゼ
ーダの力は、ここまで凄い物なのか!俺の指の先まで、力で溢れかえるようだ!意
識を渡した時は、感じなかったが、頭が、物凄く冴えてきた。これが、ゼーダの世
界!これが神の世界なのか!!凄い!!
「ぬお!!・・・貴様!!何者!?」
 レイモスは、俺の中にある、力の奔流を感じ取ったらしい。
「俺は、天神流空手の継承者!!天神 瞬!!」
 俺は、左手に力を溜める。嘗て無い程の力を感じる。凄い量の神気だ!!
「どうやら、始末せねば、ならんようだ!!」
 レイモスは、飛び掛ってきた。それを俺は、難なく避ける。いや、避けられた。
どう言う事だ?俺は今、自然に、レイモスが殴ってくる位置を掴めた。
「避けるのが、上手い奴だ。良いだろう!スピードを上げてやる!」
 レイモスは、目にも止まらぬスピードで、攻撃してくる。しかし、不思議だった。
俺には、攻撃が来る数瞬前には、何処に来るか位置が掴めていた。最後には、レイ
モスの腕を、掴んでみせた。レイモスは、慌てて腕を引っ込める。
「・・・!?・・・貴様・・・。」
 レイモスも、おかしいと思い始めたのだろう。いや、俺自身、信じられない程の
動きだ。いや、段々分かってきた。これは、予想と間違いないだろう。
 ゼーダ・・・。アンタ、こんな恐ろしい能力を、秘めていたというのか。
(ほう。気が付いたようだな。言ったであろう?ミシェーダすら恐れる能力だと。)
 ゼーダは、事も無げに言うが、これは確かに、無敵に近い能力だ。そう。『予知』
だ。相手の動きを、予知出来るのだ。
(私は、元々勘の良い方だった。結構良い確率で、読みが当たると思っていた。あ
る日、私が、星を視察しに行った時、滅多に降らない星で、雨を予告した。その数
瞬後に、雨が降った。イメージが突然沸いてくる感じ・・・。この能力を伸ばせば、
きっと誰にも負けない能力になると思い、鍛えに鍛えた。そして、ついに『予知』
の能力を手に入れた。と言う訳だ。)
 なる程な。それにしても、すげぇ能力だ。これがあれば、不意打ちすら食らわな
い。余程、疲弊している時でしか、アンタの不意を付く事は不可能と言う訳か。
(そうだ。ミシェーダが、激務に襲われている私を襲ったのは、チャンスが無かっ
たからだ。少ないチャンスを、奴はモノにしたのだ。)
 その相手が、相手を転生させてくる運命神ミシェーダだったと言う訳か。ツイて
ないねぇ。アンタも。
「・・・。その先を読む能力・・・。貴様にも、憑いているのか・・・。」
 レイモスは、気が付いた様だ。俺にも、神が宿っていると言う事をだ。
「一緒にするな。アンタのように、強引に意識を奪ったりするような奴じゃない。
俺達は、共生している。ま、ここ3ヶ月くらいの事だけどな。」
 俺は、ゼーダの名前を出さなかった。敢えて出す必要は無いからだ。
「しかも・・・貴様と共に居る神は、あのゼーダか!!」
 なんだ。すぐバレちまったな。
(そりゃそうだろう。奴を天界から追放したのは、他でもない私だ。)
 あー・・・。恨みタップリって訳か。
「相手が悪いな。ここは去らせてもらうか。」
 レイモスは『転移』を使って逃げようとする。しかし、『転移』は、一瞬にして
消えた。いや、俺が消したのだ。
「何処に行くつもりだ?俺は、言っただろう?お前を絶対に許さないって。」
 逃がす気は無い。俺は、俊男のために、鬼になる覚悟だ。
「ちっ。だが、ゼーダの意識では無い貴様なら、例え『予知』の能力があっても、
俺の方がまだ優勢・・・。人間風情が、調子に乗るで無いわ!!」
 レイモスは、『予知』されても大丈夫なように前に瘴気弾を作り出す。実力行使
に来たわけか。良い度胸だ。
「一つ忠告しておく。お前が俊男を見出したように、俺もゼーダから見出された。
ゼーダが見出した器である俺を、甘く見ない事だ。」
 俺は、レイモスを睨み付ける。そして、さっきから溜まりに溜まっている左手の
力を解放する。この神気で、あの瘴気弾を跳ね返す。・・・よし。『予知』出来た。
「うおおおおおおおお!」
 俺は叫び声と共に、瘴気弾を、いとも簡単に跳ね返す。『予知』済みだし、間違
いない。凄過ぎる。これが、神の力の片鱗か。
(ま、そうだが、君と言う器で無ければ、使いこなせぬ力だ。)
「馬鹿な・・・。俺の瘴気弾を、あんなに簡単に!?・・・ぬぐ!!」
 レイモスは、吹き飛ぶ。いや、正確には俺が吹き飛ばしたのだ。俺の、この鍛え
に鍛えた右の拳に、ゼーダの神気が入れば当然の結果だった。
「こ、この化け物が!!!」
 レイモスは、次々と瘴気弾を生み出しては、ぶつけようとする。連続瘴気弾。だ
が、俺は、レイモスを睨みながら、風に吹かれたかのように平然と進んでいく。
「無駄だ。俊男との心の同化まで出来ていないお前が、ゼーダと同化している俺に
勝つ事など、出来ない!!」
 俺は、右手に力を込める。そして正拳突きのポーズをする。その間にも、連続瘴
気弾を浴びせられるが、既に意に介していない。
「俊男・・・。お前は、俺の親友だ!今!心を取り戻してやる!」
 俺は、そう言い放つと、レイモスの腹に、正拳突きを突き入れる。
「あーー・・・が・・・がはっ!!」
 レイモスは苦しそうに腹を押さえると、そのまま眼を剥いて倒れる。姿が俊男な
だけに嫌な考えが浮かぶ。どうやら、気絶したようだ。
(仕方が無いさ。しかし、見事だな。私の力を、ここまで使いこなせるとは、正直
天晴れだ。君を選んだ私の目に、狂いは無かったな。)
 いつになく饒舌だな。でも、この力は、無闇に使う訳には行かないな。
(そこまで分かっているのなら、上等だ。さて、貸している力を戻すぞ。脱力感に
注意するんだ。)
 ・・・ぬお!!!こ、これが神の力を失った脱力感か!!眩暈がする!それに吐
き気まで・・・。こりゃ、慣れねぇなぁ・・・。
(ま、最初だしな。・・・む。誰か来る!)
 ・・・恵達か?いや、違う!
「まぁったく、派手に激突しやがって。」
 親しみのある声が、上から聞こえた。・・・この声は・・・。
「ジュダさん!」
「ジュダさんじゃねぇよ。派手に激突したら、セントに見つかっちまうぞ?」
 ジュダさんは、呆れたような声を出す。良く見ると、周りは結界が張られていた。
「あ・・・。もしかして、結界で、力を隠してくれたんですか?」
「ここで見つかったら、元も子もない。レイモスの力を感じて、慌てて飛んできた
が、お前が、面白い物を見せてくれそうだったから、結界を張ってたのさ。」
 ジュダさんの、心遣いに感謝する。俊男の心を取り戻すのは、俺の方が相応しい
と判断してくれたのだろう。
「しかし、面白い物が見れた。ゼーダの能力も見れたしな。『予知』か。たまげた
能力だ。・・・中のゼーダに、今度手合わせ願うと、言っといてくれ。」
 ジュダさんは、心底面白そうに話す。
(フッ。面白い。現代の神のリーダーとやらの力も、見させてもらうぞ。)
 アンタも好きだねぇ。
「ジュダさんの力も、是非見たいと言ってますよ。」
「そうこなくちゃな。楽しみにしてるぜ。・・・と、君の妹が来たようだな。林間
学校の続きを楽しんでな。んじゃ、またな!」
 ジュダさんは、嬉しそうに挨拶すると、結界を解いて去っていった。そういや、
林間学校中なんだよなー。
「兄様!」
「瞬君!」
 お。恵とファリアさんだ。早いな。莉奈さんも一緒だ。
「・・・莉奈さんに、何で話したのか、ご説明下さる?それに、この状況は!?」
 恵は、俊男が倒れているのを見る。そして、ファリアさんも、厳しい顔付きをし
ながら、俊男の様子を見ていた。
「まぁいっぺんに言うな。・・・莉奈さん。今までの経緯・・・。話してもらえる
か?俺は、ちょっと、俊男を止めるのに、力を使っちまってな・・・。」
 俺は、さすがに脱力感で尻餅をついてしまう。いやぁ・・・神の力って凄いわ。
さすがに、疲労感でいっぱいだぜ。
 莉奈さんは一瞬戸惑ったが、意を決すると、話し始める。


 莉奈さんが話したのは、自分の卑屈な過去。そして魁への恨みと・・・想いだっ
た。莉奈さんは、あんな仕打ちをした魁を、未だに好きらしい。分からん物だ。
 俺は、莉奈さんの話の最後に、俊男が変わっちまった事と、その正体が、魔神レ
イモスだった事を告げた。その話を莉奈さんは、半信半疑で聞いていたが、ファリ
アさんが気絶している俊男を調べると、瘴気の量からして、出任せじゃないと説明
してくれた。ファリアさんは、こう言う時に、冷静な対処をしてくれる。
 二人とも、全て聞き終わると、溜め息を吐く。
「なるほど・・・。複雑ですわね。それにしても・・・兄様無茶し過ぎ。」
 恵は、呆れたような声を出す。
「恵さんに同意。魔神に対抗しようだなんて、どうかしてる。良く気絶させられた
わね。下手したら、死んでたわよ?」
 ファリアさんも心配しているようだ。まぁ、俺だって、ゼーダの事が無ければ、
逃げてたかもね。ゼーダ。これ以上、隠せそうに無いんだが?
(・・・仕方の無い奴だな。ま、もうそろそろ頃合か。真実を話したまえ。そこに
隠れている連中も、居る事だしな。)
 ・・・え?って・・・ああああああ!!!いつの間に!!
 俺が草むらを見ると、バツが悪そうにゾロゾロと出て来た。・・・こりゃ驚いた。
ほぼ全員じゃ無いか・・・。
「いやぁさ。心配だったってわけ。」
 亜理栖先輩が、苦笑いしながら言い訳する。
「ファリアが、あんな必死な表情見せたからな。気になったんだよ・・・。」
 レイクさんも居た。
「あのトシ君がねー。私に隠れて、こんなになってるなんてねー。参っちゃうわ。」
 江里香先輩は、自分自身に反省をしているようだった。俺も同じだ。
「・・・莉奈。」
 あ・・・。葵さんも来てたのか・・・。
「あ、葵ちゃん・・・。それに皆さんも・・・うわぁぁぁ・・・。」
 莉奈さんは、今にも泣きそうな表情をする。すると、葵さんは、莉奈さんの方に
駆け寄る。その目には、涙が溢れていた。
「馬鹿!!もっと前に全部話してよ!!私、知らなかった!!莉奈が、そんな苦し
んでるなんて!思い詰めてるなんて!!私こそ、莉奈のような子と知り合えて、嬉
しかったってのに!アンタの事だから、このまま、居なくなっちゃうつもりだった
んでしょ!そんなの嫌だからね!!絶対に嫌なんだから!!」
 葵さんは、泣きながら、莉奈さんを、抱き締める。
「・・・ごめんね・・・。気付いてあげられなくて・・・ごめんねぇ・・・。」
 葵さんは、莉奈さんを抱きしめながら、謝罪の言葉を述べる。
「葵ちゃん・・・。ありがとう・・・。こんな私の、友達になってくれて。」
 莉奈さんは、感激のあまり、涙を流していた。
「・・・莉奈さん。貴女はね。幸せにならなきゃ駄目よ。絶対ね。」
 恵が莉奈さんに言い聞かせる。それは限りなく優しい目だった。
「にしても・・・隠れて聞いてなくても良いのに・・・。」
 ファリアさんが、皆を見る。
「まぁまぁ。そう言うなよ。結果オーライと言う奴さ!」
 レイクさんが、誤魔化す。
「にしても・・・魁の奴。後で、お灸を据えなきゃならねーなー。」
 レイクは魁の事が好きなのだろう。だからこそ、みっちり注意・・・もとい制裁
をするつもりだろう。
「ま、その辺は、私に、任せなさいな。」
 ファリアさんは世にも恐ろしい笑顔を見せる。うん。大丈夫だ。魁は更正するね。
俺は、魁の悲鳴を上げる姿が、想像出来るなぁ。
「で、兄様。どうやって、レイモスを、倒したのかしら?」
 恵の奴、忘れてなかったか。しょうがねぇ・・・。今度は、俺が話すか。
 俺は、これまで、自分が起きた事の説明と、自分の中に、ゼーダが住んでいる事
を話した。皆は、とても信じられないらしかった。
「ゼーダって・・・。ジュダさんの前の神のリーダーだっけ?」
 レイクさんが、伝記の事を思い出す。この頃、読み耽っているとの話だ。
「そうです。まぁ、悪い奴じゃないんですけどね。修行マニアで、寝ている間は俺、
精神だけ出されて修行とかされてましたし。この頃、まともに寝た記憶ないです。」
 俺は、皆がゲンナリするような日常を聞かせた。
「道理でね。アンタだけ、やたら成長が早いと思ってたんだよ。」
 亜理栖先輩は、呆れた声を出す。
「あの時は、かなり眠ってましたもんね。あの時か・・・。気付かなかったわ。」
 恵が、俺が気絶した時の事を、思い出す。いきなりだったからなぁ。
「神の手解きなんて、羨ましいなぁ。」
「レイクさん。軽く言わないで下さいよ。本っっっっっ当に大変なんですよ!良い
ですか?部活やった後、皆と修行した後、自分の日課をこなして、更にやっと眠り
についたと思うと、また修行ですよ!?」
 俺は、現状を聞かせる。さすがにレイクさんは、引きつった笑いをしていた。
「変わってあげたら?レイク。」
 ファリアさんは、意地悪そうな笑みを浮かべる。
(・・・不思議な物だな。神が信じられてない世の中で、君達だけは、普通に話す。
君達は、やはり只者では無い。)
 俺の仲間達は、何が起きても対処出来る。そう信じてますよ。
「で・・・修行の代わりに悪の囁きを寝ている間に受けていた奴が・・・ここか。」
 レイクさんは、俊男を見る。
「良く1ヶ月も持った物ですわ。感じる瘴気の量からして、並の物では、ありませ
ん物ね。俊男さんも並じゃないって事ですわね。」
 恵が、他人を感心するなんて珍しいな。・・・そうか。自分が押さえ込んでる状
況だからこそ、分かるんだな。
「しかし、莉奈さんや葵さんまで、この仲間に入るだなんて思わなかったなぁ。悪
いけど、私達の存在は、他言無用よ?」
 ファリアさんは口止めする。俺達のように、普通の人間では、無い力を持つ者が
居ると知れ渡ると、セントに目を付けられてしまう。その事は、この二人にも、説
明しておいた。すると、二人は、決意の目で納得してくれた。この二人なら、大丈
夫だろう。
「さて、後はトシ君ね。何とか出来そう?」
 江里香先輩は、俊男を忍術で縛っておく。目が覚めても良いようにだ。
「そうねぇ。瞬君。君の中のゼーダ神の意見は?」
 ファリアさんが、意見を求めてきた。
(それなら、私が出て来た方が早かろう。意識を渡せ。)
 ・・・むぅ。ま、仕方無いか。
「直接、出て来るそうです。今から代わるんで、驚かないで下さいね。」
 俺は、断わっておいた。とは言え、驚くだろうなぁ。
(ま、余計な心配は、するな。この仲間となら大丈夫だろう。)
 なら・・・行くぞ!・・・・・・。
 ・・・よし。代われたな。最初の時よりスムーズだな。やはり、さっきの戦闘と
言い、君は慣れてきているようだな。
(良いから説明しろって。)
 せっかちだな。・・・と、やはり驚かれているようだな。
「すげぇ・・・。これが瞬・・・か。ジュダさんくらいの力を感じるぜ。」
 レイクは早速、私の力を、感じ取っているようだ。
「お初にお目に掛かる。瞬と共生している天上神ゼーダだ。宜しく頼む。」
 私は、自己紹介をしておく。
「兄様の雰囲気じゃない事は確かね。驚いたわ。」
 妹君は、思ったより、動揺しているようだぞ?
(良いから、早く説明しろっての。)
 詰まらぬなぁ。せっかく表に出ていると言うのに。
「瞬が文句を言っているので、早めに用を済まそう。」
「早速だけど。俊男君と、レイモスを分離させる方法は?」
 ファリアが尋ねてきた。そうだな・・・。
「レイモスは、元々は月神。神気をもって追い出す方法は、余り効果的では無い。
そこで、君達の出番だ。」
 私は説明する。恐らくは、これしか無かろう。君もだぞ。
(俺もかよ。)
「前例を出すと、トーリスが1000年前に、レイモスを追い出したと言う伝記は、
知っているな?それを利用するんだ。彼は、自らの力で追い出したが、今の俊男は、
衰弱している。そこで、俊男の心に直接届くように、願うのだ。」
 人間の信じる力は、この世界では、特に強いものだ。
「私が、俊男を信じる君達の力を送り込む。だから、君達は、俊男が無事に帰って
くるように願うのだ。想いが強ければ強い程、俊男は回復する。だが、言っておく
が、半端な願いでは駄目だ。俊男がレイモスを追い出す程のエネルギーだからな。
真剣にやってほしい。良いな?」
 人間の信じる力と言うのは、時に膨大なパワーを生み出す。特に今回のような人
助けには、大量の魂の力が必要なんだ。魂の力が集まる事で、蘇生すらも可能にす
る術がある事だしな。このソクトアの人間達の可能性を信じるぞ。
(よし。俺も、俊男のために、真剣に願うぜ!)
「よし。では始めるぞ。ムン!!」
 私は、俊男のために光球を作り出す。
「この光に、皆の想いを込めるのだ!いけ!」
 私は指示する。すると、まずは、レイクが出て来た。
「俺は、まだ付き合い短いけどな。だけど、俺の目の前で、救えぬ事が起きるのは、
もうたくさんだ!!俊男!!帰って来い!!」
 レイクは、光に触れる。おおお。いきなり凄い力が来たぞ。やるな。
「俊男君。皆に心配掛けちゃ駄目。君みたいな純粋な人を、死なせる訳には行かな
い!苦しんだ分は、幸せになる。これは私が、レイクから教わった事よ!」
 ファリアが触れる。これで二人分だと!?これは思った以上だ。
「俊男さん。莉奈に笑顔を取り戻すには、絶対貴方の力が必要。帰って来て!」
 葵が触れる。これも凄い・・・。これは、想像以上だな。
「俊男。私は、まだアンタに忍術を教えなきゃいけないんだ。こんな詰まらない事
で苦しんじゃ駄目だ。帰って来るんだよ!!」
 亜理栖が触れる。・・・皆、真剣に受け止めているな。
「俊男さん。私はね。これでも貴方の事、気に行ってるのよ?帰って来なさい。そ
して、兄様と一緒に、また手合わせしましょう。じゃ無いと許さないわ。」
 恵が触れる。口調はきついが、感じる魂の量は、誰よりも深かった。
「トシ君。私の知らない間に、やってくれちゃったわね。でもね。私の可愛い弟分
を、目の前で苦しませる訳には行かない。帰りなさい!」
 江里香が触れる。何と・・・暖かな力だ。行ける。これなら行ける。
「トシ兄。苦しんだよね。でも、私が願う事で、帰って来れるなら、私の願いの力
を、全部あげる!!トシ兄は、私の掛け替えの無い兄なんだから!!」
 莉奈も触れる。凄いな・・・。この私をして、抑えられるかと言うくらいのパワ
ーだ。これなら行ける。が、まだ1人居たな。
(ああ。アンタを通して、皆の思いが伝わった。だが、俺だって、負けないくらい
俊男の無事を願っている。戻って来い!俺は、お前を救う事が、正しく生きる事に
繋がると信じている!!また、手合わせしようぜ!!)
「よし!!受け取った!!瞬のも皆より一段と強い力だ!!それに・・・この私の
願いも込める!・・・俊男よ。君と面識は無い。だが、君の真っ直ぐな強さを見て、
私は感銘を受けた。これだけの仲間に心配される君を、絶対に取り戻してやる!!」
 私の願いも込めて、光は、太陽と見紛う程の光を放つ。
「素晴らしい仲間達だな。これで帰って来なかったら、怒るぞ。」
 私は、その光を俊男の中に入れ込む。
「・・・ググ・・・グゥアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 レイモスが、何かにやられた様に、呻き出す。
「何だこれは!!何故、俊男に、これだけのパワーがあるのだ!!!奴は、衰弱し
たんじゃないのか!!?」
 レイモスは、俊男が追い出しに掛かってる事を知る。
「そうか!!貴様ら、俊男に『魂』の力を与えたな!?冗談では無い!このままで
は、消えてしまう!」
 レイモスは、観念したのか、離脱しに掛かる。
「・・・これだけの器を逃さなければならぬとは!覚えていろ!!」
 レイモスは霊体のまま、逃げようとする。
「・・・燐!!」
 突然、上から声がした。
「グア!!何事だ!?」
 レイモスは、自分の体を見る。霊体である自分の体が、消えていく。霊体に攻撃
出来る奴が現れたのだ。
「・・・邪気よ。滅せよ!!」
 ソイツは、突然降りてきた。そして、素早く五芒星を描き出すと、その中にレイ
モスを吸い始める。レイモスは、断末魔を上げながら、消えていった。
 これが、魔神と恐れられた、レイモスの最期だった。
 そして、新たにやってきた者に、私は視線を投げ掛ける。
「助かったと言う所ではあるが、君は何者だ?」
 私は、視線を投げる。ガリウロルの僧侶のような格好をしている。編み笠に僧侶
服。どうやら、退魔師のようだ。
「突然の手出しをして、済まない。拙は、魔を滅する仕事をしている者だ。」
 僧侶は、礼儀正しく振舞う。
「それは見れば分かる。だが、今、君が滅した者は魔神。それを封じるだけの力と
なると、只者では無い。何者だ?」
 私は、全て分かった上で聞いた。この者が、凄まじい力を要している事も分かる。
霊体の魔神を封じ込める事が、出来るくらいの力なのだからな。
「・・・さっきの話は聞かせて貰いました。貴方達は、志高く持つ者と見ています。
だから、拙の正体を、お教えしましょう。」
 僧侶は、編み笠を外す。・・・コイツは驚いた・・・。
「拙の名は毘沙丸(びしゃまる)=ロンド=ムクトー。神名は『北神』と申します。」
 やはり・・・赤毘車に、そっくりだしな。
「北神か。私が在位の時は、空位だった神だな。天界の北の守り神。それが、ジュ
ダと赤毘車の息子が継いだのか。なる程な。」
 これだけの力を感じるのであれば、神となるに、相応しいだろう。
「気付いてらっしゃるとおり、神のリーダーのジュダは、拙の父です。訳あって別
行動を取っています。」
 毘沙丸は、しっかりした口調で話す。母に似たのだろうな。
「今日は、本当に驚かされる日だ。まさか、ジュダさんの息子さんに会うとはな。
しかも、北神と来た物だ。これ以上のビックリは、勘弁して欲しいぜ。」
 レイクは、さすがに呆れていた。このとんでもない事実ばかりに、翻弄されそう
なのだろう。だが、それは、私とて同じだ。
(俺もレイクさんに、同意だ。訳わかんねーぜ。もう。)
 だが、考えられぬ事でも無い。ジュダも調査に来ているのならば、息子も付いて
来る物だろう。まぁ、別行動らしいがな。
「拙は、このソクトアの狂いを知る者として、マークされています。当然ですがね。
拙は、あのゼリンの、兄なのですから・・・。」
 言われなくても分かる。ゼリンがジュダの子だと言うのなら、当然、この毘沙丸
とは、繋がりがある。
「あのいけ好かない奴が、弟だなんて嫌でしょうね。」
 ファリアは、口を尖らす。
「・・・?はて。弟?」
 毘沙丸は、急にビックリしたような声を出す。
「はぁ?だって、ゼリンでしょ?貴方が兄だと言うのなら、当然、弟でしょう?」
 ファリアは、ゼリンの事については厳しい。・・・と、今、凄く嫌な予感がした。
(俺にも伝わった。アンタの勘って、当たるんだよな。)
 この口調からして、間違いないと思われる。
「拙に弟は居ません。ゼリンは、恥ずかしながらも、拙の妹です。」
 ・・・やっぱり・・・。
「・・・う・・・っっそ・・・。」
 ファリアが、一番信じられなかったらしい。唇をワナワナと動かしている。
「まさか、ゼリンは、男装でも、してるのですか?嘆かわしい限りだ。」
 毘沙丸は、頭を抱える。ゼリンは、何をやっているんだか・・・。と、ブツブツ
呟いている。この様子からして、間違いない。
 ゼリンは女だった。・・・って事だな。あ・・・。ファリアが気絶した。無理も
無いか。しかし、滅多に見れる物じゃないなぁ。
「あー・・・。気にしないでくれ。俺も驚いてる。」
 レイクは、フォローを入れる。気絶してるファリアを担いでいた。
「で、ソクトアの狂いとは何だ?教えては、くれないか?」
 私は、その言葉が気になった。狂い。今のセントの事だろう。
「知ってのとおり、セントの事です。彼の地は、元々中央大陸と言う、荒地だった
事は知ってますね?」
 毘沙丸は説明してくれるみたいだ。私は頷く。
「彼の地は、過去の様々な激闘から、干上がった土地と化した。英雄ライルが、黒
竜王を討ち果たした土地、そして、勇士ジークが、破壊神エブリクラーデスを倒し
たのも、あの土地だった。あの土地には、瘴気と無の激闘が起こった土地なのです。」
 それは、伝記にも書かれている通りだ。そんな土地だからこそ、新しく国を興し
て、再生させようと言うのが『共生』の意志だった筈だ。
「あの土地は、見事に蘇った。目覚しい成長をしたのも、奇跡に近いと言えるだろ
う。・・・ですがね・・・。伝記にも書かれていない、恐ろしい出来事が起きてい
た事を、父すら把握出来てなかった。」
 毘沙丸は、厳しい顔付きになる。只事では無い顔だ。
「実は、恐ろしい怪物が、生まれたのです。それは皮肉にも、繰り返されてきた激
闘のせいで、生まれでたのです。」
 恐ろしい怪物?毘沙丸程の神が、恐ろしいと言う程か。
「君が怪物と言うからには、理由があるのだろう?」
 私は尋ねてみる。多分、ただ単に、力が強いと言うだけでは無いのだろう。
「怪物です。何せ『無』の存在だからです。」
 毘沙丸は、ハッキリ言う。
「名はゼロマインド。瘴気によって意思を持つ事が出来た、『無』の存在。ジーク
が、共生を作るために編み出した『無』の力が、意思を持ったと考えてくれれば良
い。だが、生まれでた時は、相当弱かった筈です。拙一人でも、倒せるくらいのね。
生まれでたのは、500年前でしょう。」
 500年前。ソクトアで、何か異変が起きたと言われる頃だな。
「そこまで正確に分かっているのなら、何で、ここまでになったのか知っているな?」
 私は、毘沙丸が何か隠していると感じた。
「さすが天上神。その通りです。・・・それは、他でもない拙とゼリンのせいです。
500年前は、まだ新米の神だった拙は、ソクトアの管理を任されていたゼリンの
所に、ちょくちょく視察していたのです。妹は、それは優秀な物でした。根は真面
目なんです。・・・だが、いつだったか、拙は、ゼリンから・・・告白を受けた。」
 毘沙丸は、沈痛な面持ちになる。それは叶わぬ願いだ。毘沙丸とゼリンは、まさ
しく、実の兄妹なのだ。願っては、いけない願いだ。
「拙は、ゼリンの事を、可愛く思っていましたが・・・実の兄妹故、どうしても無
理だと、言い放ちました。ゼリンは、ネイガ殿の養子になってまで、拙との結婚を
望みました。だが・・・。拙の想いは、変わりません。」
 毘沙丸は、義を重んじる性格だったのだろう。だからこそ、絶対に首を縦には、
振らなかった。いや、そもそも、その禁忌を犯してはならない。それによって、い
くつもの悲劇が、起こされた事を、目にしていたのだろう。
「だが、余りにも迫ってくるので、拙は、他の者と婚約しました。元々知り合いだ
った天人でしたが、その者とは、付き合いが長かったので、婚約を済ませました。」
 毘沙丸は、苦肉の策だったのだろう。自分が婚約してしまえば、ゼリンが諦める
と思ったのだろう。
「そこからです。ゼリンが狂ったのは・・・。ゼリンは、女性を、目の仇にするよ
うになった・・・。そして、妹は・・・ゼロマインドに、会ったのです。」
 毘沙丸は、苦々しい顔で言う。ゼロマインドとゼリンの出会い。これが不幸の始
まりだったのかも知れない。
「生まれたてのゼロマインドは、純粋な『無』の塊だった。その輝きは美しかった
のでしょう。偶然、ゼロマインドを発見したゼリンは、心が衰弱してたせいもあっ
て、ゼロマインドに、心を奪われたのです。」
 それは、まるで、誘われるかのようだったのだろう。心が衰弱してたので尚更、
深みに嵌ったと言う訳か。
「やがて、ゼリンは、セントの人間を掌握するようになった。それもゼロマインド
の意志でしょう。ゼロマインドは、脆弱な存在から大きな存在へと進化したかった。
それには、長年を掛けて、力を蓄える環境を作らなきゃならなかった。」
 せっかくの強烈な力も、消えてしまっては元も子も無いからな。
「そこで、ゼリンが中心となって、他の星で栄えた『化学』を、このソクトアに持
ち込んだ。・・・やがて『化学』は、このソクトアの中心の考え方となっていった。
自然を愛する龍族と、妖精達、そして、自分の力を信じる魔族にとって『化学』こ
そ、邪悪な物に見えた事でしょう。やがて、大きな対立が起きて・・・その戦いに、
人間が、勝利してしまったのです。」
 『化学』か。確かに、このソクトアで、何で栄えたのか謎であった。力の特異点
であるソクトアには、必要の無い技術だった筈だ。
「・・・何て事なの。共生して暮らしていた所に・・・引導を渡したのが・・・人
間だったなんて・・・。」
 恵は、ショックを受けているようだ。恵だけじゃない。皆もだ。確かに、愚劣極
まる行為だ。それを人間がやったと言うのが、信じられないのだろう。
「そうだったのか・・・。それなのに・・・。シャドゥさん達は、俺達を受け入れ
たってのか。性格が良過ぎるぜ。」
 レイクは、シャドゥの事を思い出しているようだ。確かレイクが、魔炎島で世話
になった魔族とやらか。まぁ魔族も、昔と比べれば、穏やかになってるからな。
「拙が、異変に気付いたのは10年後でした。そこには、巨大なセントとソーラー
ドームが完成していました。しかし当初のソーラードームは、化学的に作り出した、
ただの電磁の壁・・・。取るに足らぬと思っていたのですが・・・。間違いでした。
セントが、ソーラードームを作った、もう一つの理由は、その形にありました。」
 形と言うと、確か円錐のような形をしている筈だ。セントを覆い尽くすようにな。
それだけに、中に入れないのだ。
「あの形こそ、嘗ての、クラーデスが目指していた理想の形なのです。そして、巨
大なエネルギー収束装置だったのです。円錐の形は、頂点に向かって下方のエネル
ギーを吸い取る役割をする。そのエネルギーこそ、ゼロマインドが欲した物でした。」
 そう言う事か。円錐と言う形。そしてソクトアで、一番人口が多いセント。その
2つが重なり合い、エネルギーを蓄えていったと言う事か。
「エネルギーが集まり、ゼロマインドは、更なるパワーアップをし、ついにソーラ
ードームに、自分の『無』の力を植えつける事に、成功したのです。そうなれば、
あの壁は、無敵の壁。まさか、そのような事態に陥るとは思いませんでした。」
 毘沙丸は無念そうに話す。もっと早く止めていれば、こんな事には、ならなかっ
たと言う。確かに、そうかも知れぬな。
「そして、エネルギーを更に集めるため、セントの支配が始まりました。セントは
圧倒的な『化学』での力で、周辺国を、全て傘下に入れました。そしてソクトア大
陸のエネルギーを、吸い上げられるような仕組みを作ってしまいました・・・。こ
うなれば、中央に最大限の力が集まるのは、道理です。」
 ・・・恐ろしい話だ。悪魔のような仕組みだな。
「現在、セントでは、中央にメトロタワーなる建造物を建てています。そして、そ
の建造物の頂点こそ、ソーラードームを形成している頂点です。しかし、現在は、
凄まじいエネルギーのため、外部から、入る事は不可能です。」
 結果、セントは絶大な権力と、エネルギーを手にした訳だ。上手い仕組みだ。
(冗談じゃねぇな。勝手に奪って勝手に自分の力にしているなんて、間違ってる。)
 君の怒りも最もだ。だが、考えたゼロマインドは、自分の力を維持するために考
え抜いたのだろうな。参った物だ。
「現在、地上650メートルの高さを誇り、最終階は150階を数える究極の塔。
それが、メトロタワーです。140階以上は、歴代の国事代表しか上れないと言う
くらい格式ばった塔と化しています。ゼリンは、その中枢を担っています。だが、
様子がおかしいのです。ここ100年程は、ゼロマインドの気配すら感じません。
なのにも関わらずソーラードームは、『無』を放ったままなのです。拙は、その原
因を、探っていました。・・・ただ、やり過ぎたせいで、バレてしまいましてね。
このように追われてる身なのです。やっとの思いで、セント支配を免れているガリ
ウロルに着きました。それが、約3ヶ月前の事です。」
 なる程。それでジュダが、いくら探しても見当たらなかった訳だ。身を隠してい
たと言うのと、今までセントを、探っていたと言う事だったのだろう。
「要塞と化しているメトロタワーに近づくのは、容易では無いでしょう。今では、
元老院と、それを護衛する衛兵が守っております。中枢部に行くのは、不可能に近
い事です。・・・ソクトアが、こんな事になるとは思いませんでしたがね。」
 毘沙丸は嘆く。自分の責を感じているのだろう。しかし・・・とんでもない物が
出来た物だ。そのとてつもないスケールの塔が・・・セントの象徴って訳か。
「さて・・・拙は、そろそろ退魔の修行の続きをしなければ、なりません。この力
を不動とせねば、ゼロマインドに勝つ事など、不可能でしょう。」
 毘沙丸は、修行の続きをする気、マンマンだ。
「ふむ。こちらも俊男の奪還に続き、魔神の復活、そして消滅と、忙しい一日だっ
たのでな。ここらで落ち着かねばならん。君の望み通り、ここは解散と行こうか。」
 ま、いくら突飛な事に慣れている者達とは言え、今回のは、疲れただろうからな。
(アンタにしては、珍しく気遣ってるな。)
 君が、一番疲れると思って、言っているのだがな。
「今日は有意義な一日を送れました。拙は、貴方達の様な、希望がある事を忘れま
せぬ。そして、天上神に会えた事を、僥倖と思います。」
「フッ。謙遜するな。北神。私とて、君のような神が、まだ居ると言う事を忘れぬ。
精進して、親父を驚かすと良い。」
 私は、毘沙丸にジュダを超えるつもりで行けと、発破を掛ける。
「分かりました。その心掛け、しかと承ります。またいずれ・・・では!!」
 毘沙丸は、挨拶すると、まるで、消えるかのように飛び去って行った。親子揃っ
て、落ち着きの無い事だな。
「いやはや、今日は、驚かされる事ばかりだ。」
 レイクが溜め息を吐く。奴でも、溜め息を吐く物だな。
「フフッ。このソクトアの仕組みが分かっただけでも、儲け物ですわ。色々不透明
だった点が、明らかになりましたからね。」
 妹君は勇ましいな。ここでやる気が出るんだから、並みの精神力じゃあないな。
「何だか大事だよね。こりゃ本当なら、降参したい所だけどさ。アンタ等に付き合
う覚悟は、出来てるからね。これからも、宜しく頼むよ。」
 亜理栖まで、やる気を出している。君達人間と言うのは凄いな。神でさえ、手を
焼く仕事に、堂々と立ち向かうつもりだからな。
「君達は強いな。でも、ここからは、本当の意味で命を懸けるって事を忘れるなよ。」
 私は言っておく。これは、脅しでは無い。真実だ。
「考えて置くわ。やっぱ、色々やりたい事もあるしね。」
 江里香は、気丈にそう言う。
「さて、そろそろ私も引っ込まなくてはな。瞬に、怒られてしまうからな。」
 私は、引っ込む用意をする。
「フフッ。兄様の中の神様か。いつも一緒なの?」
「妹君。私とて、分別と言う物がある。いつも見張ってる訳じゃあない。ま、プラ
イベートな事には、立ち入らないようにしている。安心したまえ。」
 これは、瞬にも言ってある事だしな。
「それでは、御機嫌よう。私、貴方の事も、嫌いでは無くてよ。」
「ソイツは光栄だ。・・・ああ。そうだ。先に言っておこう。私は、このまま引っ
込むが、瞬に代わったら、気絶すると思うので、介抱してやる事だ。」
 私の目算通りなら、まず、間違いないだろう。
(な、な、何で!?おい!説明しろ!)
「承りますわ。でも、どうしてかしら?」
「ハッハッハッ。兄妹揃って、同じ質問をするものだな。俊男に、魂の力を分け与
える時に使った神気は、結構な量でな。私の力が、保たれなくなったら、その反動
が、必ず瞬に降り掛かるという訳だ。ま、瞬も力を付けているから、そんな長い時
間では無いさ。安心したまえ。それに、気絶している間、また稽古をつけてやる。」
 私は、説明してやった。当然の結果だ。いくら瞬が強くなったとは言え、あれ程
の力を行使すれば、当然反動と言う物が来る。しばらく、動けないであろう。
(冗談じゃないっての!!!!おい!!)
 ま、修行だと思って諦めろ。それに、寝てる間の修行は、私が見てやる。
「じゃ、意識を戻そう。また会おう。諸君。」
 ・・・私は、意識に沈もう。
「・・・ぐっはあああああ!!!あ・・・あの自分勝手・・・野郎が・・・!!」
 俺は、意識が戻った瞬間、恐ろしいまでの、脱力感に見舞われた。
 冗談じゃないっての・・・。


 目が覚めた・・・。
 僕は・・・助かったのか。
 意識の内に、皆の声が聞こえた。
 あれが無かったら、ずっと沈んでるに違いなかった。
 あんな体験をしたのは、初めてだ。
 僕が・・・魔神に取り憑かれてから、初めて味わう開放感だった。
 どうやって助かったのか・・・僕は覚えていない。
「気が付いたようですね。」
 ・・・あれ?この声は・・・。
「恵さん?」
 間違いない。ショートカットで、綺麗な髪。そして、自信たっぷりの、あの笑顔。
「どうして僕は、ここに?」
 どうやって、今の状態になったのか知りたい。ずっと悪夢を見てた気がする。
「覚えてらっしゃらないの?呆れた物ですわ。」
 ははっ。この憎まれ口を聞くと、何故か安心する。
「ずっと・・・夢を見てたような気分なんだ。・・・悪夢のね。」
 僕は正直に答える。
「仕方ない事ですわね。貴方に関係する事も、いっぱいあるから、良くお聞きなさ
いな。これからの貴方の行動を、位置付ける物でも、ありますからね。」
 恵さんは、そう言うと、今まで僕が寝ていた間にあった事を教えてくれた。
 やはり、あの悪夢は現実だった。僕は、瞬君に危機を知らせた後の事を覚えてい
なかったが、魔神に取り込まれたらしい。それを救ったのが、瞬君だった。瞬君は、
僕の中での魔神のように、中に天上神を住まわせていたと言う話だ。だが、天上神
は、魔神のように取り付くような真似はせずに、共生しているのだと言う。羨まし
い話だ。その天上神の力を借りた瞬君の一撃で、魔神は気絶したらしい。それから、
魔神を追い払うために、皆が祈ってくれたらしい。天上神が祈りの力を、僕にぶつ
ける事で、魔神は居たたまれなくなって、出ていった。
 そして、その後の展開は、急だった。北神の毘沙丸と言う神が、魔神を退魔して、
その後にセントで起こっている事の全てを、聞かせてくれたのだと言う。
「・・・はぁ・・・。何だか凄い話だね。」
 僕は、そう言うのが、やっとだった。随分スケールの大きい話になっていると思
った。だが、この頃のセントの事を考えれば、自然なのかも知れない。
「ま、そう言う訳で、貴方は助かったのよ。感謝しなさいな。」
 なる程。皆には、感謝しなきゃいけない。
「でも、何で恵さんが?」
「ま、看病の当番が、回って来たと言うだけですわ。」
 ああ。なる程。納得。まぁ恵さんが進んで、僕を看病する訳無いか。
「ま、話したい事もあったから、丁度良いですわ。」
 恵さんが、厳しい顔付きになる。何だろう?
「ええと、何?」
 僕は、皆目見当がつかない。
「まず、この話は、他言無用だと言う事を、願いますわ。」
 恵さんは、神妙な顔付きになる。これは、大事な話のようだ。
「先に言っておくと、これは兄様とファリアさんと睦月、葉月しか知らない事です。
だから、貴方に教えるのは、信頼してるからだという事を、胸に留めて置きなさい。」
 恵さんは、睨み付ける。有難い話だけど・・・話が見えないな。
「他言無用って言う話だし、守るよ。」
「宜しい。ならば、言いましょう。私は、魔族と人間のハーフです。そこから、お
話しましょう。」
 え!?何だって!?どう言う事だ。
「そこ!パニクらない!良い?順を追って、説明するわ。」
 恵さんの厳しい声で、我に返る。それから、恵さんは、自分の生い立ちを話して
くれた。瞬君とは、本当の兄妹では無いと言う事。そして、自分の父が、魔族だっ
た事。瞬君が言っていた病気とは、魔族の兆候を抑えるための、苦しみだったと言
う事をだ。僕には分かる。魔への誘い。瘴気に触れた時から、心が暗い方向に、向
かっていくのが・・・。人間の姿で居られるには、かなり精神力が要る筈だ。
「・・・凄いね。恵さんは。もう生まれてから、ずっと、抑えてるんだ・・・。」
 僕は、1ヶ月しか持たなかった。レイモスの圧力は、相当な物だったからね。
「感心されても、何も出ませんわ。」
 ははっ。相変わらず、手厳しい。
「で、貴方に質問があります。・・・瘴気を1ヶ月も、どうやって抑えたの?」
 ?どう言う事だ?現に恵さんも、抑えてるんじゃないの?
「ええと・・・恵さんの方が、詳しいんじゃ?」
 僕なんかより、長い年月抑えてる訳だし。
「こんな事まで、白状させられるなんてね。私は、この薬を使ってるのよ。」
 恵さんは、薬を取り出す。・・・これはなんだ?
「この薬は、長年私が使っている、瘴気を抑える薬。いや、鎮静剤よ。睦月が死ぬ
気で、開発した強力な鎮静剤よ。」
 睦月さんが・・・。それにしても、強力な鎮静剤とは・・・。
「それを飲まなきゃ私は、もう止まれそうに無いのよ。」
 なる程。僕は、薬無しで、1ヶ月も耐えたから・・・。
「僕は、パーズ拳法を習っている時の、心の落ち着かせ方を思い出しながらかな。」
 深呼吸とは違うが、心が澄み渡る呼吸法を身に着けた。それを使って無ければ、
もっと早く、魔神にやられていただろう。
「へぇ。じゃ、それを教えなさいな。」
 ・・・へ?恵さんったら、凄い事を言わなかった?
「どうしたの?そんな便利な物があるのなら、教えてくれても良いんじゃなくて?」
「そ、それはそうだけど・・・。大変だよ?」
 パーズ拳法の中でも、かなりの上位に当たる心礼法(しんれいほう)と言う呼吸
法がある。これは、パーズ拳法の基礎から、やらなくてはならない。
「いきなり、この呼吸法からじゃ無理だよ・・・。パーズ拳法を習わなきゃ。」
 パーズ拳法だって、一日で、出来る代物じゃない。
「むー・・・。」
 恵さんは頬を膨らませる。その仕草が可愛くて、つい微笑ましくなってしまう。
「よし!なら、明日から、パーズ拳法を、教えて下さいな。」
 ・・・え?
「問題無いんでしょう?貴方、免許皆伝だと、聞きましたわ。」
 まぁ、確かに、お師匠からは人に教え、伝わらせていく事も勉強・・・なんて言
われたけどさ。僕、15歳なんだけどな・・・。
「僕なんかで、良いの?」
「何?私に教えるのが、嫌だと?」
 恵さんは、物凄い目で睨んで来た。怖い・・・。怖過ぎる。
「そんなんじゃないよ。でも、僕程度で、良いのかな?って。」
「当然じゃありません事?私、これでも、貴方の事は少しは認めてるのよ?兄様と
同じくらい修行馬鹿で、兄様に付いてこれる程の熱血馬鹿は、他に貴方しか居ませ
ん物。レイクさんも似たような物ですけどね。剣は苦手ですの。」
 さも当然のように、恵さんが言う。なんだか、認められてるのか、認められてな
いのか分からないような、言い方だ。
「僕で良ければ、教えるよ。恵さんに教えられるなんて、何だか光栄だし。」
 正直、断われそうに無いけど、恵さんに教えるなんて、なんだか名誉な事だ。
「フッ。正直な人は、嫌いでは無くてよ。でも、本来なら、兄様のお手を煩わせた
と言う事で、コテンパンにしたいと言う事を、お忘れなく。」
 あ、あっはっは・・・。やっぱり・・・。
「肝に銘じますぅ・・・。」
「じゃ、決まりですわ。よろしく。お師匠様。」
 恵さんが、握手を求める。僕は、苦笑いしながら恵さんと握手をする。
「ま、私の師匠となったからには、シャンとしてもらうので、頑張りなさいな。」
 何とも、自分にも他人にも厳しい人だ。
「でも、何で抑えようと思ったの?薬でも、良かったんじゃ?」
「あのねぇ。私は、天神家の頭首よ?いつまでも、睦月に負担させられませんわ。
それに、私の中の魔族は、貴方の魔神と比べても、弱いですの。それを抑えられな
いようで、頭首とは言えませんわ。分かる?」
 恵さんは、睦月さんの負担も、考えていたんだ。
「優しいなぁ。恵さんは。」
「・・・煽てても、何も出ませんよ。」
 恵さんは口を尖らせる。素直じゃないなぁ。でも、何だか恵さんの優しさが、伝
わってくる。やっぱ、良い人だ。
「・・・。」
 僕は、人の優しさを感じていた。こうして無事に話せるのも、皆が、僕を助けた
いと願ってくれたおかげだ。魔神の怨嗟の声も聞こえない。あの1ヶ月は、毎日が
地獄だった。気を抜くと、魂を抜かれそうだった。
「どうしましたの?」
「皆に感謝してたんだよ。僕が、こうして魔神から解放されたのは、皆のおかげだ
しね。」
 そう。願ってくれた皆は、誰も彼もが、真剣だった。それは魂で感じていた。
「助けて貰って当然と思うより、マシかも知れませんわね。ま、感謝なさい。そし
て、大事になさい。大事な妹が居る事だしね。」
 恵さんは、莉奈の事を言っているのだろう。あ・・・。
「そういえばさ・・・。魁は・・・どうなった?」
 魁の事は、まだ完全に許す気には、なれない。でも、殺したくは無い。魁の真剣
な謝罪を聞きたい。それだけだ。
「死んだわ。・・・って、言いたい所だけどね。」
 ・・・ビックリしましたよ?
「ピンピンしてるわ。ま、安心なさい。貴方と莉奈には、近い内に、謝罪が来るわ
よ。・・・謝罪して欲しいんでしょ?」
 恵さんには隠せないな。僕は頷いた。そして恵さんが、こう言うからには、大丈
夫なんだろう。でも魁が、本当に、謝罪に来るのかな?
「心配しなくても大丈夫。ファリアさんが、笑顔で『猛省させるから』って言って
た事だしね。事情も知ってるから、まず大丈夫よ。」
 あー・・・。なる程ねぇ。そりゃ近い内に、来るね。ファリアさんの、そう言う
時の笑顔は、鬼より怖いからねぇ。
「僕は良い。莉奈には、謝罪して貰わないとね。これ以上、莉奈の悲しむ顔は、見
たくない。・・・やっぱ莉奈には、笑顔で居て貰いたいんだよね。」
 そう。莉奈は、1年以上も苦しんで来た筈だ。もう悲しい顔じゃない。笑顔で過
ごして欲しいんだ。
「過保護ね。・・・心配する気持ちは分かるけど、やり過ぎは毒よ?」
 うぐ・・・。厳しい事を言うよね・・・。
「大体、今回の事は、魁が引き起こして、莉奈が、心の内に溜め込んで、俊男さん
が、爆発したのよ?妹の心配も大事だろうけど、自分の心配を怠らない事よ。」
 正論過ぎて、何も言えないや。本当に、しっかりしてる。瞬君は、こんな立派な
妹が居て、羨ましいくらいだ。
「僕も、反省しなきゃね。」
「そうね。貴方が次にするべき事は、元気な顔を、莉奈に見せる事よ。」
 恵さんは、そう言うと優しく微笑む。・・・綺麗だなぁ・・・。やっぱ、瞬君が
羨ましいや。でも不思議と悔しさは湧いてこない。瞬君は、誰よりも純粋だからね。
「瞬君は、恵さんのような妹が居て、幸せだね。」
「・・・さっきから、気持ち悪いくらい褒め過ぎですわよ。」
 恵さんは、ジト目で睨んでくる。素直じゃないなぁ。
「いや、本心なんだけどなぁ。」
 嘘は、これっぽっちも吐いていない。
「・・・んもう。貴方、兄様に似過ぎ。もうちょっと、隠す事を覚えなさい!」
 恵さんは、顔を真っ赤にしながら、そっぽを向く。何だか可愛い仕草だ。
「まぁ良いわ。じゃ、明日から、パーズ拳法を教えて貰うわね。」
「うん。でも教えるからには、本気でやるよ。僕自身、初めての経験だからね。」
 教える資格は持っている。でも、教えた事は無い。初めての弟子と言う事になる
な。でも、恵さん相手だと、弟子って感じがしないな。
「望む所よ。そうでなくちゃ、意味がありません物。」
 恵さんは、不敵に笑う。やっぱ、この顔が似合うなぁ。
「んじゃ、明日から、宜しくね。」
 僕は、恵さんと、もう一度握手をする。その手は、とても柔らかかったが、決意
に満ちた強い握手だった。



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