・プロローグ  かつて、美しい大地を誇っていたソクトア大陸。  神々の祝福に恵まれ、人は神を敬っていた。そして、地の底から魔族が襲ってき た時にも、神々の力のおかげで、守られた時もあった。  だが、織り成す人々にとって忘れられないのは、1000年前の伝記である。事実を 物語った伝記は、未だに、人々の心を惹き付けて止まない。  当時の運命神ミシェーダを中心に、神の世界をソクトアに降臨させようとした、 『法道』。魔族を中心に、力の理をソクトアに反映させようとした『覇道』。新た な世界を作る事を前提に、ソクトアを消し去ろうとした『無道』。そして、共存と 言う名の下に、全ての種族と、共にありたいと願った人の歩むべき道『人道』。  それぞれの思惑がぶつかって、最終的に勝利したのは『人道』だった。それは、 共存と言う夢を、最後まで諦めなかった、人間こそが、勝利したと言う劇的な話。 ・・・それは事実であった。  だが、1000年の時を経て、人間は、その精神を忘れ去ってしまったようだ。伝記 は、飽くまで作り話だと言う説が有力となり、このソクトアは、人間の所有物であ るかのように、勘違いしてしまったようだ。確かに、もう人間以外は、暮らしてい るとは言えない。しかし隠れつつも、住んでいるのだ。それは、いつか人間と和解 出来るかも知れないと言う期待からだ。・・・だが、大半は、人間の愚かさに失望 して、関わらないように生きていきたいと言う、思いの表れからだった。  『人道』を思い描いて、勝利に導いた伝記の『勇士』ジーク=ユード=ルクトリ アが、この現状を見たら、さぞ嘆き悲しむ事だろう。  その最もたる所以が、セントメトロポリス(通称セント)の建造だろう。ソクト ア大陸の中心にあり、かつて中央大陸と呼ばれた、広大な土地に出来上がった、近 代化学発祥の地。それが、セントだった。文明は頂点を極め、セントから、他の国 へと物が流れ込む。正に化学が、このソクトアを支配した表れであった。  他のソクトア大陸の国、ルクトリア、プサグル、デルルツィア、サマハドール、 ストリウス、パーズ、クワドゥラート。その7つの国は、全てセントの言いなりで あった。逆らえないのである。逆らったら、一生懸けても、出られないと言われて いる、恐ろしい島『絶望の島』と言う監獄島へと送られる運命にあった。しかも、 セント反逆罪などと言う罪名が、流布している。何とも、悲しい事実だった。  ソクトア大陸は、今や化学の元である『電力』が無ければ、まともに生活出来な い。便利な物が増え過ぎたせいである。電話、自動車、電球、果ては、農作物を作 る農具でさえ、電力が必要なのである。しかし、電力は、自然に出来る訳では無い。 大規模な火力を利用した火力発電、豊かな水源を利用した水力発電、降り注ぐ太陽 を利用した太陽発電、そして、電力工場と呼ばれる所で、ひたすら働いて巨大な滑 車を回して発電する、人力発電の4つが主流だった。  火力発電と水力発電、そして太陽発電については、管理者が十数人付いていれば やっていける程だった。主に自然の力を利用していたからである。だが、人力発電 は別である。この工場で働く人々は、数千から数万に渡ると言われる。しかも単純 作業なので、賃金も高くは無い。要するに、発電のためだけに雇われた人々である。 しかも思った以上に成績を上げられなかった場合は、最悪『絶望の島』行きである。 人々は、ただ電力を生み出すために生きていく。そんな地獄のような状態の所が、 ソクトア大陸全土に、広がっていたのだ。  人々は皮肉を込めて、『黒の時代』などと呼んでいる有様である。  しかも驚くべき事に、電力の供給は、セントに向かって伸びていくのだ。そう言 うシステムを既に構築してしまったのだ。これでは、他の国は、その恩恵を受けら れない。電力が無い国は無い。だが、セントに比べると、その差は歴然である。  その屈辱に耐え兼ねて、クーデターを起こした人物が居た。その中心人物は、ジ ークの末裔、リーク=ユード=ルクトリアである。だが、彼は失敗した。多くの人 々を連れて、セントまで迫ったが、セントの圧倒的な兵器の前に、敗れ去ったので ある。この世で究極とさえ言われていた、全てを消し去る力『無』の力を使っても 勝てなかったのだ。正確に言うと、セントを覆うソーラードームと呼ばれるバリア が、『無』の力までも防いでしまったのだ。そのせいで、大量の死者を出したリー クは、見せしめとして首を刎ねられて、全ソクトアに、その顔を晒されたと言う。  この事件以後、人々は、セントに逆らう気力を無くしてしまった。いや、例え小 規模な、いざこざであっても『絶望の島』に入れられてしまったので、不満の声す ら封じられてしまったのである。恐怖政治の、始まりでもあった。  そんな中で唯一つの国家だけ、その難を逃れた国があった。それは、島国の国家 であるガリウロルである。ソクトア大陸の6分の1程度しかないガリウロル島だが、 セントの支配を逃れているため、その自由度は、とてつもない物があった。更には ここ数十年で、セントの良い所だけ取り入れようと、少しずつ貿易を開始したので、 化学の素晴らしい所だけを真似ている傾向にある。更に、この国が幸運だったのは 豊かな自然であった。この国は、日照時間が多く、豊かな水源、自然があるため、 人力発電など無くても、電力が賄える程であった。  よって、セント以外で、一番栄えてる国は、他でも無いガリウロルだった。セン トは、さすがに警戒を強めているが、まずは圧力で、貿易を開始させただけでも由 としたのか、それ以上の追求は無かった。数十年前までは、それすら断ってきた国 である。余程、独自の文化が強いのであろう。  ガリウロル島のは『く』の字の形をしていて、その『く』の中心に位置する都市 サキョウ。そのサキョウにある豪邸がある。その主は、天神家である。天神家は、 近頃成功しだした名家で、企業としての天神グループは、かなりの影響力を持って いる。その当主が、僅か14歳である天神(あまがみ) 恵(けい)だと言うのだ から驚きである。さすがに学生の身分なので、大まかな所は、側近に任せているら しい。使用人でもある藤堂(とうどう) 睦月(むつき)が、そのノウハウのほと んどを受け継いでいるらしく、現在の天神 恵は、当主としての帝王学を学んでい る最中だと言う。  その天神家を中心に、天神 恵の学校である、爽天学園も個性的なメンバーばか り集まった。その林間学校の際に、恐ろしい出来事が起こった。  それは、ガリウロルに限った事では無く、全ソクトアに飛び散った、神の力であ った。それが神以外の者に継承されてしまったのだ。その力とは、『ルール』であ る。『ルール』とは、神が、行使する禁断の力。この世の摂理を壊す事の出来る力。 その力には、個により差があり、その強さは、自身の力を限界まで引き上げる事が 出来る。このような危険な力が、ソクトアに飛び散ったのである。  それは、平和だった学園に、新たな火種が出来たのだった。  1、正月  俺が、その夢を継いだのは、いつだっただろうか?  強く正しく生きろと言われたのは、いつだっただろうか?  ずっと、子供の頃に聞かされていた・・・。 『自分の心に、嘘を吐いては、いけない。』 『間違ってると思ったら、従ってはいけない。』 『強くなるって事は、責任を負わなきゃいけない。』 『お前さんは、強くなりたいんなら、それを忘れるなよ。』  と・・・聞かされてきた。  俺は、その時、眩しく思ったんだ。  この人の想いを、継ぎたいと・・・。  だから、俺は目指した。  究極の高み・・・そして、強さへの道を。  その目標をくれた人が死んだ。  正直きつかった・・・けど、絶望はしていない。  俺は、夢を託されたからだ。 『良いか・・・。強く・・・正しく生きるのだ・・・。我が・・・息子よ。』  それが、最期の言葉だった。  息子と言うのは、本当は聞いていない。  でも、後に真実を聞いて、そう言っていたのだと気付いた。  子供の頃から、好きだった爺さん。  実の親父だった、爺さん。  俺は、強いって方向だけ、進んでいると思う。  すげぇ強くなったんだと思う。  だから・・・今度は、正しく生きる。  見ていてくれよ・・・。爺さん。  参ったな・・・。久しぶりに夢を見た。  俺は、天神 瞬(しゅん)。恵の兄だ。まぁ実の所は違うのだが、俺は恵の事を 妹だと思っているし、向こうだって・・・いや、向こうはどうなんだろうな。 (起きたか。今日は、集まりがあるのを、忘れてはいないな?)  このお節介は、ここ最近になって、俺に取り憑いた神、天上神ゼーダだ。ゼーダ とは、文句を言いながらも、上手くやっている。これも俺の温厚な性格のおかげか。  俺は、今日こそ大事な話をしなきゃならない。  林間学校の時、飛び散った神の力を、俺達の仲間は受け継いだ。強い心の持ち主 に行くらしく、俺の仲間達のほとんどは、それを受け取ったのだ。それが、神の力 『ルール』。そして、帰って来た時に聞いたのだが、ここの居候である、レイクさ んのお仲間。エイディ=ローンさん、グリードさんも、受け取ったらしい。そして、 ここの使用人の藤堂 睦月さん。そして妹の葉月(はづき)さんも、同様らしい。 さすがに困惑したらしく、しばらくジッとしていたらしいのだが、俺達が帰ってき て、その事を説明すると、複雑な表情を見せていた。実感が、沸かないのだろう。  それから1日休んで、俺達は、学校が休みになる。新年を越して、学校が休みに なるのだ。1月は、ほとんど夏休みだ。その間に『ルール』の力を、極めなくちゃ いけない。そのために、今日集まるのだ。まず、どう言う力か、そして、どう使え ば良いのか、そしてどう見分けるのか・・・だ。  下に降りると、朝食の用意が出来ていた。・・・って何これ。 「遅いな。天神。」 「おう!瞬!!ここの飯は、うめーなー!」  ・・・なんで、柔道部主将の紅(くれない) 修羅(しゅら)先輩と、プロレス 部主将の伊能(いのう) 巌慈(がんじ)先輩が居るんだ?  いや、それだけじゃない。いつものメンツが集まっている。 「瞬君って、いつも、こんな時間に起きるの?休みだからって駄目じゃない?」  からかうような口調は、一条(いちじょう) 江里香(えりか)先輩だ。 「ま、あれだ。早起きは三文の得って言葉を、忘れないようにしなよ。」  恰幅の良い口調なのは、榊(さかき) 亜理栖(ありす)先輩。 「瞬君は、例の天上神さんの特訓で疲れてるんだよ。しょうがないよね。」  何故か、フォローをくれるのは俺の親友の島山(しまやま) 俊男(としお)。 「この味付け・・・。どうやるか知りたいな!お?今、起きたの?お前。」  俺より食事の味付けの方が気になってるのは、羅刹拳の使い手で、男のような口 調なのに、女だって言う外本(ほかもと) 勇樹(ゆうき)。 「調味料は、ただ入れるだけじゃ、駄目なんです。タイミングが、重要なんです。 ・・・おはよう御座います。瞬様。いつもより、お早くて嬉しいですよ。」  この嫌味を言ってくるのは、藤堂 睦月さん。口調は丁寧なのに、きつい事を言 ってくる。もう慣れたけどね。 「すいません。瞬様。私、起こしに行ったのですが、25回起こしても、起きなか ったもので・・・申し訳ありません!」  言わなくても良い事を言う、天然の人は藤堂 葉月さん。睦月さんの妹だけど、 性格は和やかだ。 「25回?そりゃ兄様の、自業自得ですわね。天神家の長男なんですから、もっと しっかりなさって下さいな。」  注意してくるのは、俺の妹の天神 恵。アイツの言う事は、正論なので、反論出 来た事は無い。俺の自慢の妹だ。 「はっはっは。怒られてやんの。その点、俺っちは、早起きだろ?」  自分を指差すクラスメートの桜川(さくらがわ) 魁(かい)。お前には、言わ れたくない。お前、絶対、誰かに起こしてもらった口だろ。 「15回目で起きたから、魁君の勝ちだね。」  おっとり口調の天然さんが桐原(きりはら) 莉奈(りな)さん。林間学校の事 件以来、魁と和解して、今では、彼女らしい。ちなみに俊男の腹違いの妹だ。 「最後、布団を引っぺがしたくらいだから不合格点じゃないのぉ?」  ノリが良い女性が斉藤(さいとう) 葵(あおい)さんだ。莉奈さんと魁の友人 で、林間学校を通じて、この3人とも仲良くなった。っていうか、魁の野郎、ほと んど俺と、変わりねーじゃないか。 「ま、良いんじゃない?起きたならね。瞬君と、あの馬鹿は、まだ寝てたんだし。」  ブロンドの綺麗な女性だが、きつい事言ってくる、この女性はファリア=ルーン さん。うちの居候で、魔法を使わせたら、この人以上の人は居ない。 「兄貴は、朝弱いからな。しょうがねーって。」  年下の人を、兄貴と呼ぶこの人は、グリードさん。グリードさんも、朝は余り強 くない筈だが・・・。 「お?慌てて扉が開く音がしたな。来るぞ?」  横で楽しげな口調で話すのはエイディ=ローンさんだ。すると、階段からダダダ ダダと音がして、扉が開かれる。 「お、おはよう・・・って何だぁ?この人数は!!?」  この落ち着きの無い銀髪の人はレイク=ユード=ルクトリアさん。伝記の英雄の 末裔で、凄まじい程の剣の冴えを見せる達人。だけど、どこか俺に似てる人だ。 「いやぁ、俺も、説明が欲しい所でして・・・。」  俺は、頭を掻いて冷や汗を流しながら、皆を見る。 「お前も今、起きた所か。なら安心。」  レイクさんに、安心されてしまった。 「安心じゃないでしょ?学校無いからって、油断するんじゃないっての。」  ファリアさんは注意する。俺にも、向けられてる言葉だよなぁ。 「ファリアさんの言う通りよ。今日は、皆が集まるって決めてたんですから、恥ず かしくないように、務めて下さるわね?」  恵が念を押してきた。その圧倒的な迫力に、俺は頷くしか無かった。  朝食は、賑やかながら安寧に終わる。だが、今日は、安寧に行くのは、ここまで かも知れない。今日ここでやるのは、重要な事だ。 「で?伊能先輩と、紅先輩。それに、勇樹が居るのは何故だ?」  俺は尋ねてみる。この3人は、いつものメンバーには、居なかった筈だ。 「俺は、昨日の鍛錬中に、体の違和感について、話し合ってただけだ。そこの伊能 とな。」  紅先輩も体の違和感・・・って事は、あの力を・・・。 「おう。ワシも紅と話してたら、途中で俊男が、加わってきてな。ここに来れば、 その事が分かるっちゅうんで、ここに行く事になった。」  伊能先輩もか。ある程度、予想はついていたが、ここまで、ほとんどのメンバー が、あの力を受け取っているとはね。莉奈さんと葵さん以外、全員だ。 「って事は・・・勇樹も?」 「まーな。俺も体がしっくり来ないんで、昨日の内に、恵に相談したら、ここに来 るように、言われたんだ。一体、何だってんだ?これは。」  勇樹も受け取ったって事か。まぁ最初の内は、戸惑うよな。 (君達は、才能を受け取るに足りる存在だと言う訳か。恐ろしい事だ。)  感心してる場合じゃないだろ。説明しなきゃならねーな。 「では、兄様から説明があるので、道場に行きましょう。皆が入っても、充分動け るだけのスペースは、御座いますわ。」  恵が当たり前のように言う。しかし、それは学園の施設より大きいという事を意 味する。まぁ、確かに、ここの道場は、広いけどな。  俺達は、それぞれ着替えて、道場に入る。あれ?何か涼しいぞ。いつのまに冷房 器具を入れたんだ?ついこの間まで、無かったじゃないか。 「おい。恵。いつの間に、空調入れたんだよ。」 「入れてないですわよ。ファリアさんの言う通りに改造したら、風が入るようにな っただけですわ。」  恵は、風の通り道を作る事で、この道場の締め切って暑いのを、何とかしたらし い。ファリアさんも詳しいよな。  そして、全員集まる。俺は、皆を見渡せる位置の中心に立っている。何だか緊張 するな。結構な人数だ。 「じゃ、説明を願いますわ。兄様。」 「・・・なぁ。それって、アイツ呼ぶのか?」  俺は、恵に確認を取る。 「中の方が良いと言うのなら、大丈夫だと思いますわ。ここに加わった方には、こ こでの事を絶対にしゃべらないと言う条件をつけて、いらっしゃるんですからね。」  さすが恵だ。根回しは忘れない。それに確かに、ここに居る人達は、口が軽い方 じゃない。まぁ、大丈夫か。 (余り見世物っぽくして欲しく無いのだが?)  あー。アンタが駄目なら、辞めとくさ。 (構わぬ。寧ろ、神の力を説明する時に、私が出てこなければ混乱するだろう?)  そういや、そうだな。一番説明し易いしな。 「交渉成立した。代わるよ。」  俺は、恵に交渉成立した事を伝える。 「分かりましたわ。じゃ、睦月に葉月、それとグリードさんにエイディさん。それ と今日お招きした御三方は、これから起こる出来事を、特に他言しないように頼み ますわ。初めてだと、驚かれるでしょうけどね。」  恵は説明してくれた。まぁ皆も驚くわな。俺だって混乱したし。 (君は、私と代わる事に、集中したまえ。) 「なぁ。一体、何の話なんじゃ?」 「私に聞くな。どうやら天神に、何かが起こるらしいが?」  伊能先輩と紅先輩が、早速、訝しげ始めている。 「何が起こるか、分からないけど、楽しみにしようじゃないか。」  勇樹は、興味津々の様子だった。 「今日を楽しみにって、この事だったのでしょうか?」 「そうだと思いますけどね。」  葉月さんと睦月さんまで、注目してる。緊張するなぁ。 「俺達は、何があっても驚かないつもりだけどなぁ。」 「まぁ色々あったしな。何が起こるか、楽しみにしようじゃないか。」  グリードさんとエイディさんは、心待ちにしている。この人達は、レイクさん達 と色々体験して来ているので、多少の事じゃ、驚かない筈だ。 「じゃ、代わる・・・む・・・。」  俺は、代わる事に集中し始めた。  ・・・。 (代われたか?お。代われたみたいだな。)  ふむ。君の気配が、そちらに行ったのを感じた。君も慣れてきたな。 (ま、これで4、5回目だしな。っと、やっぱ驚いてるな。)  ま、この姿になると、目付きも、体付きも変わるからな。 「何だ?この異様なまでの神気は・・・。」  エイディが、私の神気を感じ取ったようだ。まぁ、驚くだろう。 「こりゃ驚いた・・・。まさか、ここまでたぁね。」  グリードも、予想外だったようだ。 「瞬様なんですか?」 「多分・・・そうなんでしょうけど・・・。」  葉月も睦月も、信じられないようだ。 「アイツの髪、輝いておるぞ?ありゃ手品か?」 「そんな雰囲気じゃ、無さそうだ・・・。」 「何だよ?これ!?」  巌時に修羅、それに勇樹も、驚きを隠せない様子だ。 「相変わらず派手だな。ええと、もう代わったんだよな?」  レイクが確認する。私は頷いた。 「お初にお目に掛かる者も居るな。私は、瞬の中に居させてもらってる、天上神ゼ ーダだ。お分かりだろうが、この事を知られると厄介なんで、他言無用を頼みたい。」  私が言葉を発すると、さらに驚いた様だ。まぁ口調も、声色も違うしな。 「おい。レイク。これ本当か!?」  エイディは、レイクに確認を取る。 「間違いない。俺は、あの姿で、奇跡を目撃している。」  レイクは奇跡と言った。なる程。俊男を助けた時のか。 「ええと・・・神様・・・?」  勇樹は、恐る恐る聞いてくる。 「そんな畏まる必要は無い。・・・それに君達が得た力は、私を得たに等しい力を 手にしているのだから、尚更だ。」  私は説明してやる。そう。その力は、神に匹敵する。 「ええと・・・ゼーダ様は、私達の違和感について、ご存知なんですか?」  葉月が聞いてくる。私は、頷いてやった。 「その説明をするのだったな。まだ理解してない者も多いだろうから、説明してお こう。ま、聞いて置きたまえ。瞬もだぞ。」  私は胸を見ながら、瞬に語りかける。 (わーっかってるよ。早くしろ。)  せっかちだな。君は。・・・私は説明を始めた。  おさらいをする。まず、力と言うものが存在する。その力について説明しよう。  力には6種類ある。『闘気』『魔力』『源』『瘴気』『神気』『無』。この6つ の力。それぞれ特徴がある。  『闘気』。それは闘う気力を意味している。主に内部で爆発し、それは拳や剣な どを通じて、力となって相手を圧倒する。格闘家が多い君達には、馴染みの力だ。 いつも闘う時に発揮してる力だと、思ってもらえば良い。  『魔力』。これは、現在では余り知られてないが、伝記を読めば、結構使われて いた力だと言う事が分かる。大自然の力を具現化する際に使われる力で、自然現象 を、左右させる力だと言っても、過言では無い。  『源』。これは闘気と魔力を掛け合わせた力。それを宿す事によって、自然現象 を最速の速さで操る事が可能だ。爆発力を伴う事で、忍術などを使う際に使われる 力だ。速さに於いて、有利になる。  『瘴気』。これは妬みや憎しみと言った暗い力を具現化した力だ。誰しもが心の 内に抱えている。この力は、破壊的な願望が強い。よって余りに大きな瘴気は、破 滅へと導きかねない。魔族が、得意とする力でもある。  『神気』。これは癒しや享楽などを具現化した力。その力は前述した4つの力と は意味合いが違う。これを利用する事で、奇跡と言われている事が実現し易い。天 変地異や、驚異的な回復などに使われる。瘴気と相反した力だな。  『無』。これは、恐ろしい力だ。他の5つの力とは次元が違う。全てを無に帰す 能力で、これを纏った力に触れると、全てが無くなる。これを具現化すれば、全て を遮る事が出来、全てを破壊する事が可能だ。  この6つの力は伝記で使われてきた主な力だ。これは力であり、象徴でもある。 これを鍛える事で、皆は強くなる。日々の積み重ねが重要であり、そのために、修 練をする。強くなるとは、こう言う事を意味するのだ。  ここで話を戻そう。君達が違和感を感じたと言う力だ。・・・正確には、力では 無い。これは『能力』だ。6つの力が、単純に力なら、今回手にした力は『特殊能 力』に近い。それぞれが、違う能力を手にしたのと同じだ。この能力次第で、今ま で積み重ねた力が、一気に数倍になったりする。力が加算するのならば、能力は、 乗算と考えてもらって構わない。  だが、この『能力』は、扱いが厄介でな。発動条件が、力とは根本的に異なる。 力は、その者が有しているので、出し切れば良い。だが『能力』は、自分から使お うとしない限り、発動する物では無い。  この能力は、神となった時に、それぞれ授かる事が出来る。いわゆる切り札、補 助的な能力だ。この能力は、世の摂理を無視する事も可能だ。その事から、我々は この能力を『ルール』と呼んでいる。『ルール』とは、古代語で規則の事だ。つま り、この能力は、規則を自分で作る事が可能だと言う意味だ。  だが、この『ルール』。さっきも言ったとおり、使う者によって違う。摂理を無 視出来る範囲。つまり効果範囲が、能力により異なる。大概は、強力な能力程、効 果範囲が狭い。恐らく、発動すれば、どれくらいなのか分かる筈だ。  どう言う能力なのか、教えて欲しいかも知れんが、自分で発動してみない限り、 分からない。だから、注意して、発動してみるのだ。そうすれば、どう言う能力な のか、自ずと分かってくる。だが、それは、飽くまで見るだけに留めた方が良い。 この能力は、強力が故に扱いが難しい。暴走するなんて事も、ままありえる。だか ら、乱用は、避けた方が良い。飽くまで、切り札だと言う事を忘れてはならない。  私は話し終えた。どうやら、自分達に宿った力が、どれだけ危険な事か、理解し 始めた様だ。そうで無くては、駄目だがな。 「以上だ。何故、分散されたかは、ファリアが説明したまえ。私は、そろそろ瞬に 戻る。今日は瞬も、この能力を鍛えねばならぬ故、余り、消耗させたくない。」  私は、話し終えると瞬に意識を渡す。  ・・・。  くっ・・・。お。以前より疲れが少ない。まぁ話すだけなら、そう力は消耗しな いって事か。 「おい。戻ったのか?」  紅先輩が聞いてくる。 「・・・はい。相変わらず、慣れないので、少し疲れました。」  俺は、座り込む。すると、汗がダラダラ出て来た。やっぱ以前みたいに、いきな り意識を失う何て事は無いが、きついぜ。 「んじゃ、ゼーダさんに頼まれたし、説明するわね。」  ファリアさんは、自分達が、巻き込まれてきた事から話し始める。『絶望の島』 での体験。そして、この家に来る事になった事。そして自分達の生まれについて。 セントの横暴さに、セントで支配している、ゼリンとゼロマインドの事。上手い説 明を加えていた。俺は、その時間を休みに取れたので、かなり助かる。更に、恵が 加わって、何でここに集まったか、そして俺達が、何故こんな集まりになったのか を説明してくれた。この前の、俊男の事件も説明してくれたから助かる。 「凄まじいな・・・。どうやら、とんでもない事に巻き込まれたって事だ。」  伊能先輩も、さすがにマジな顔になってる。 「宿命・・・か。この爽天学園に集まった事も、偶然とは思えんな。」  紅先輩は、今までの事を、思い返しつつも強い目付きになっていた。 「苦労してるの、俺だけじゃ、無いんだなー。」  勇樹は、楽しそうな顔になっていた。共有する事で仲間になれた。それが、嬉し いのだろう。基本的には、良い奴だからな。 「ま、この1日で理解するってのも、難しいだろうからな。夏休みの間は、ミッチ リ俺達との特訓に付き合ってもらわないとな。俺は、昼から仕事があるから、それ までだけどな。な?グリード?」  エイディさんは、ちょっと残念そうにしていた。 「ま、仕方ねーか。兄貴は、俺達の分まで、強くなって下さいよ。」  グリードさんは、本当に悔しそうだった。 「仕事から帰ってきたら、特訓に付き合うから、そう腐るなって。」  レイクさんは苦笑する。学生なのは、こう言う時に強いな。 「そう言えば、どんな仕事してるんですか?」  俺は疑問に思っていた。 「ああ。日雇いの警備さ。俺もグリードも、緊張感がある方が似合ってるんでな。」  エイディさんが、警備員か。一番似合ってるかもな。 「まぁ、時間が決められてる分だけ、マシだ。」  グリードさんは、不平を言いつつも、今の仕事は気に入ってるようだ。 「じゃ、そろそろ特訓を始めましょう。皆のご挨拶も兼ねてね。」  恵は恐ろしい事を言う。これから、こんな調子が続くのだろうなぁ・・・。  俺達は、この日から能力を探し、磨く。そして修行も兼ねると言った、恐ろしい 生活をする事になった。  なる程。これが神の力。納得出来る。  今まで、どんな苦労をも、無にしてきた忌々しい力を・・・ここまで操れるとは ね。これは、凄い力だ。これを使いこなせば、私は、理想の私になれる。  とは言え、油断は出来ない。これから、何が起こるか分からない。あらゆる手を 打っておく事は重要だ。もう・・・あの力で、苦しむのは真っ平だ。私は知ってい るのだ。この力のせいで、どれだけ回りに迷惑を掛けているかをだ。  元はと言えば、あの男が悪い。だが、そのせいばかりにしてられない。あの男の せいにしたままで、努力を怠るなんて、私が最も忌み嫌う行為だ。  もう一度、復習してみよう。これまでの事もある。何度と無く失敗してきた日々、 その度に、あの男を恨む事で、乗り越えてきた日々。それも、限界に達した時に、 ついに、この忌まわしい力を解放してしまった。あの男を、この手で殺した。不思 議と罪悪感は無かった。何よりも、私に殺される事を、あの男が願っていたのだ。 何と言う皮肉。私が思っていた理想と、あの男が抱いていた野望が一緒だった。  私は『完成品』らしい。産まれた時から、凄まじい才能を有していたらしい。そ んな事は、私は知らない。あの男は、自分に才能が無かった物だから、私に全てを 注ぎ込んだ。そのおかげか、私は、とてつもない強さを手に入れた。しかし、それ が人間が宿しては、いけない力だと気が付いたのは、物心が付いてすぐだった。そ の時、既にこの力の方は、完成していた。あの男曰く、こんな才能は、見た事が無 いらしい。そんな事、知る物か。こんな力、私は要らなかった。小さな幸せが守れ れば、良いと思っていた。  私が殺した男。その男の名は、天神 厳導(げんどう)。本名は魔族ゲンドゥ。 母である天神 愛(あい)は、戸籍上では、結婚しない事になっている。今は、ど こかの寺で、尼をやっていると聞いた。私を産み落とした罪を、贖っていると言う 話だ。フフフフフ。私は、産まれてくるのすら罪だったのか。魔族とのハーフ。私 が苦しむと知りながら、産んだ事を悔やんでいると聞いた。ま、実際に、この力を 抑えるのは、大変だったし、それも頷ける話だ。だが、勝手な事だ。おかげで私は、 母の居ない生活だった。だけど、別に構わない。私には兄様が居た。血の繋がって ない兄様。遠縁に当たる兄様。正確には、叔父に当たる。兄様は、昔から眩しい存 在だった。穢れの無い魂をしている。正しいと思う事を、理解して実践出来る人。  今の生活は、今までの生活からしてみたら、夢のような生活。ただ強くなって、 帝王学を学ぶ日々とはサヨナラ。学校へ行っても、天神家と言うだけで、人々が道 を開ける詰まらない生活ともサヨナラ。私は、生きていると実感出来る。だが、そ のためには、私の中に眠る忌々しい瘴気を、完全にコントロールしなければならな いと思っていた。暴発し兼ねない力。瘴気に捉われた人間は、自らの理性を失うと 言う事例もある。それだけは避けたかった。そのために、パーズ拳法も習った。  だが、幸運は突然訪れた。それがこの神の力『ルール』。今、兄様の中に居る天 上神ゼーダさんからの話だと、それぞれ違う力を有していて、『能力』として乗算 に値する力だと言う事だ。その時は、ピンと来なかったが、少しずつ『ルール』を 意識して使ってみたら、私の一番、欲しかった能力だと言う事に気が付いた。  私は、この『ルール』に既に名前を付けている。私に相応しい力だ。それが『制 御(せいぎょ)』のルール。あらゆる力の『制御』を司る力。試しに、最近覚えた 『源』なども、思うがままに操る事が出来た。これは凄い力だ。ゼーダさんの言う 通り、神だけに許された力と言うのも、納得出来る。有効範囲は、500メートル 程だ。ルールを発動しているギリギリの所まで、力の制御を細分化して管理出来る。 とは言え、湧き出る瘴気を抑えるために、いちいちルールを発動していたのでは、 割に合わない。飽くまで緊急の時にだけだ。そう言う意味で、ゼーダさんが、色々 制約があると言ったのも理解出来る。ルールは強力な力だが、余り使い過ぎると、 感覚が麻痺してしまう。最も仲間内で、どう言うルールが発動出来るのかを、教え るくらいは、構わないと言っていた。ただし把握するのは、自分の役目らしい。  平常の私でも、瘴気をコントロールしてこそ、初めて自分に打ち勝てたと言える だろう。ルールを使い過ぎるのは、止めよう。だが、自分の力を理解するのは大事 だ。だから少しずつ慣れていく。そして、いつか自由に使いこなしてみせる。  妙な能力が蔓延したものだ・・・。と俺は思った。ここに来てから、素晴らしい 仲間達に会えた。勿論、ジェイルを忘れた訳じゃあない。でも俺は、ここに来てか ら、伸び伸び生きている感覚を覚えている。  ファリア、エイディ、グリードも共に居る。これでジェイルも一緒ならな。と、 いつも思う。でも暗い事を考えるのは、体に毒だと励ましてくれる仲間が居るから 敢えて、考えないようにしている。勿論、忘れた訳じゃないけどな。  それにしても、仲間内で、神に取り憑かれる奴が居るとは思わなかった。しかも 本人は、満更でも無さそうだしな。ジュダさんも、勿論凄い神だ。でも瞬の中に居 るゼーダは、それ以上の、威厳を感じる。ジュダさんの前の神のリーダーだったっ て聞かされたので、なる程。納得だ。  魔炎島での出来事は、勿論忘れない。魔族にだって、良い奴がいっぱい居るって 事を、身をもって味わった。でも、ここでの出来事は、それ以上かも知れない。共 感出来る仲間が居る。今までの仲間も、共感する。今までの生活からしてみたら、 信じられないくらい充実している。これも、あの瞬の妹の天神 恵のおかげだ。若 いのに、大した物だよ。あのお嬢様は。  それはそうと、ゼーダさんから説明された能力。『ルール』と言ったか。俺は、 真っ先に思いついたのは、剣術だった。瞬も空手に関する事だって、仄めかせてい たし、それを考えると、俺は、剣術に関する事なんだろうって直感で思った。案の 定、何か漲る力を感じた。今まで以上だ。ルールの発動の仕方は、何となく理解し た。頭の中のスイッチを入れる感じだ。すると、自分を中心として、ルールの範囲 が把握出来る。他人のルールが発動されていると、多少の違和感を感じるから、ル ールを持っている者同士だと、存在が分かるのかも知れない。ただ、ほんの僅かな 違和感なので、恐らく意識して無いと無理だ。瞬は勿論、恵も、時々使っている節 がある。俺も発動してるので、範囲に入っていれば、アイツらも気が付くだろう。  ファリアやエイディ、グリードも、時々使っているみたいだ。ただ、共通の認識 として、自分のルールは、自分で把握する事。って事になっている。何でかと言え ば、自分で使う事で、自分のルールを作り上げると言う感覚が、大事なのだとゼー ダさんは言ってた。つまりどう操るかも、自分のセンスに掛かっていると言う訳だ。  だからルールの名前も、自分で付ける事になっている。瞬は、早速見つけたらし い。確か『破拳(はけん)』のルールだと言ってた。全てを貫く、破壊の拳と言う 意味らしい。如何にも瞬らしい。恵は『制御』のルールだと言っていた。どう言う ルールか聞いてみたが、凄まじい程の応用力の良さで、まさしく、鍵になるであろ うルールだとファリアは言っていた。いかにも恵らしいルールだとも言ってたな。  で、俺のルールは・・・ルールの中であれば、斬りたい物が斬れると言う凄いル ールだ。効果範囲の中なら、何でも斬れる。俺は、空間まで切り裂いて、次元の入 り口を作る事が出来た時には、寒気がした。これが神の力か・・・と。その代わり、 斬りたく無い物は無視出来る。そこが俺のルールの、優れた所だろう。このルール を俺は、『万剣(ばんけん)』のルールと呼ぶ事にした。万物を斬る剣と言う意味 でだ。  滅多に使わないだろうが、どういうルールか把握するのは、悪い事じゃない。ど うやら集中して見れる範囲なら、全てに適用らしいので、効果範囲は、20メート ル程だ。だが、注意を広げる事で、遠くの物も斬る事が出来るし、反対に、注意を 狭める事で、近くのみ斬る事も可能だ。近くの場合は、斬る威力が増す事も分かっ ている。俺のルールは、瞬のルールと似ている。ただし、瞬の方が、段違いに威力 は上だろう。俺も、かなり近めに限定すれば、瞬のルールに近い威力を出す事は可 能だが、同じにはならない。瞬のルールは、拳の先までなので1メートル行くか行 かないかだ。それだけに、威力は段違いに強い筈だ。  俺は、このルールを徹底的に把握して、剣術にも磨きを掛けている。それは、親 父が言っていた、あの伝記の剣ゼロ・ブレイドを発見した時に、最大限の力を発揮 しなければ、ならないからだ。今回の敵と思われるゼロマインドを打倒するには、 ゼロ・ブレイドの力が無くては、不可能だろう。  そう言えば、ゼーダさんが、妙な事を教えてくれたな。ゼロ・ブレイドは、剣じ ゃ無いと・・・。あれは記憶を、無尽蔵に溜め込む記憶の渦であり、『記憶の元始 (げんし)』と言うのが、正式名称だと言っていた。そして俺の血脈には、ゼロ・ ブレイドを扱えると言う記録が、刷り込まれているのだと言う。そして、持ち主の 強い志向によって、形が変わるのは、生きている証拠なのだと。  今の俺が触ると・・・どう変わるんだろうな・・・。  『万剣』のルールと、『記憶の元始』。俺の力に、なってくれるんだろうか?  一通り把握した。私の『ルール』。確か、自分が望む力が強ければ、強い程、相 応しいルールが、手に入るんだったっけ。それなら納得。  瞬君は『破拳』のルール。全てを破壊する拳。彼らしい。彼の場合、派手だから ね。使ってると、すぐに分かる。禍々しいまでの力を感じる物。で、恵さんが『制 御』のルールか。全ての力を、制御出来るとか言ってたわね。しかも範囲は500 メートルを超えると言う話だし。凄いわね。彼女は、自分の中に居る魔の力、瘴気 を抑えたがってた。なら、納得よね。でも彼女の凄い所は、それを、更に進化させ た事だ。より強力にするために、自分で更なるルールを追加したらしい。と言うの は、限界を解除するためのルールらしい。彼女のルールは、全ての力を制御出来る 凄いルールだけど、制御には、限界がある。だけど、それを更なる強化を施すため に、自らの力を完全に遮断する事で、更なる制御が出来るようにしたらしい。集中 力が高まって、能力をフルに発揮出来るとか言ってた。その状態なら、神ですら止 めてみせると、彼女は言った。凄い自信だけど、彼女になら、出来そうだと思える 所が、また凄い所よね。  で、レイクは、思った通り、剣術を使ったルールだった。『万剣』のルールと言 う名前らしいけど、目の前に映る物を、斬る事が出来るルールらしい。それは、例 え空間であろうが、放たれる力の塊であろうが、関係無しに斬れる。効果範囲を狭 めると、その威力も増すと言う話なので、かなり使い勝手が良いルールなんだろう。  そう言う意味では、私のルールも負けてはいない。でも、私は、既にこのルール の効果範囲を決めてしまっている。本当は、効果範囲を広げる事も出来た。だけど、 このルールを、どうしても強力にしたい。その一心で、効果範囲は、ゼロにする事 にした。それは即ち、自らの中でしか、発現出来ないルールと言う事になる。だが、 強力な程、好都合なのだ。私のルールは『召喚(しょうかん)』のルール。その名 の通り、このルールを使用している間は、召喚に関する事項が、全て強化される。 そのレベルは、想像を超えて、強化出来る。以前なら、相当魔力を要した神話の中 での武器の召喚など、『召喚』のルールを使用すれば、湯水のように出せる。後ろ に、その類の武器を並べて、次々に投げつける事だって出来る。以前では、考えも しない程の力だ。その召喚の範囲を広げる事も可能だった。だが、そんな事は無意 味だ。それならば、自らの召喚の力を強化して、完全なる制御が出来る方が良いに 決まってる。この状態なら・・・魂の召喚も可能・・・。私は、そう思っている。  でも、それは、まだ早い。もうちょっと慣れてから、そして、誰かと一緒の時で なければならない。それくらい慎重にしないと、いざ乗っ取られた時に、対処出来 ない。だが、この力なら、いける。そう思わせる程の力だ。神の力と言われれば、 納得出来る。こんな力が、ありふれていたら、それこそ困る。  最初は、魔力関係のルールだと思ったんだけどな。まさか、召喚に特化したルー ルだとは、思わなかった。でも、考えてみれば当然だった。私が、あれ程、魔力を 磨いたのは、全て召喚に耐えられるだけの魔力を、手に入れたいと思ったからだ。 そして、自分で言うのもなんだが、私は、魔力に関しては、ズバ抜けた才能がある と自負していた。だから、召喚に特化する事は、寧ろ好都合だった。  これで、ゼロ・ブレイドを召喚出来れば良かったのだが、あの剣だけは、無理だ った。あの剣は、正体が、剣ですら無い。何より自分で触る事すら出来ない。あれ は、レイクの一族でしか触れない物だ。それだけじゃない。何か強力な封印が施さ れている感じだった。・・・あるいは、セントが、どこか凄まじい場所に、隠した のだろう。  いずれにしろ、この力を磨くしかない。そして、念願の召喚が出来る。ずっと夢 見てた。召喚しなきゃならない人が居る。やっと・・・出来るんだ。  凄い力だ。神の力なんて呼ばれるのも分かる。僕が手に入れた『ルール』は、大 した事が無いように思われる。だけど、これは、僕にとっては凄い事だった。最初 は半信半疑だった。でも、実際、こんな事が出来るんだ。信じなきゃいけない。  僕はパーズ拳法の八極拳が主体だ。この拳法は、常に体勢を落ち着かせなければ ならない。どんな強い技でも、好い加減な足場では、半分の力も出せない。そんな 想いが通じたのか、僕の『ルール』は、『跳壁(ちょうへき)』のルールだった。 これは、好きな所に、足場と壁を作る事が出来るルールだ。このルールを使用して いる間は、自分が認識した所は、全て足場として理解出来る。例えば、空中でも良 い。これならパーズ拳法は、完全に発揮出来る。  しかもこれは、僕だけでは無い。僕が許可すれば、誰にだって可能だと言う所が、 また凄い。この力を上手く使えれば、戦局を大きく変える事も可能だろう。僕が、 ここが壁だ、ここが足場だと認識出来る所は、見えるようになる。つまり許可した 人だけが、そこに壁があるように見えると言う訳だ。見えない人は、空中を行き来 するようにしか、見えないだろう。  効果範囲は、自分を中心に50メートル程だ。段々見えてきた。色々、汎用性も ある。生物は、足場を見つけると言うのは、大事な事だ。それをいつでも作れると 言うのは心強い。  ルールを適用する時は、頭のスイッチを切り替える。常にオンにしているのは危 ない。浪費し続けると、いざと言う時に、フルに発揮出来ない。それでは駄目だ。 これは、他の人も感じている筈。だから、ルールを使用し続けたりしないのだろう。  そう言えば、恵さんは『制御』のルールと言っていた。自分の力だけで無く、全 ての力を制御するルールらしい。これでパーズ拳法は、教えなくても制御出来ると 言ったら、拳で殴られた。ルールを適用しないと抑えられない様な、不完全なまま では嫌だと言っていた。それに、ここまで来て、パーズ拳法を中途半端なままで終 わらせるのは、自分の心が許さないとも言っていた。恵さんらしい。自分に課す事 を、絶対に忘れない。それに恵さんの言う通り、ルールを適用しなければ、抑えら れないのでは、意味が無いかも知れない。僕としては、恵さんに稽古をつけられる と言うだけで、ホッとしてしまう。彼女は優秀な弟子だ。あれで、合気道の方も全 く衰えてない所を見ると、自分の自由時間は、合気道の復習もしているのだろう。 恐ろしいまでの覚悟だ。それでいて、天神家の当主としての役目も忘れていない。 ああ見えて、恵さんは最終的な決定は、全て自分でやっている。その残処理を、睦 月さんに任せているとの事だ。本当に僕より年下なのだろうか?疑ってしまう程だ。  そう言えば、皆、言っていたな。恵さんは、適応能力が非常に高いと。ファリア さん曰く、1教えたのに、10を理解してくれるらしい。料理の飲み込みも、凄ま じい早さだった。葉月さんも、合気道の基本から応用までマスターするのに、1年 掛からなかったと言っていた。睦月さんも天神家の当主としての心構えを教えた、 次の日から、実践して見せたと話していた。勉強一つとっても、普通の人が勉強を するといったら、公式を覚えたり、情報を詰め込んだりするのに対して、恵さんは、 常に理由まで詮索して勉強しているらしい。そう考えると、楽しく出来るからと言 うのが、理由らしいが、とんでもない。僕達は、覚えるだけで手一杯だというのに。  見習わなきゃいけないのかもな。感心しているだけじゃ、駄目だな。  どうやら皆、『ルール』を使いこなしているみたいだ。瞬君は元より、恵さんや トシ君、レイクさんにファリアさん何かも、どう言う『ルール』か把握していて、 どう言う風に使っていくのか、考えている最中だと言う。  だけど・・・私のは、軽く使って良い『ルール』じゃない。さすがにビックリし た。皆から情報を聞いてるから、どういう風に『ルール』を発動するのかは分かっ た。頭のスイッチを切り替える感じ。私にも、すぐ出来た。そして効果範囲だけど、 私には効果範囲が最初から設定されてない事も判明した。それは当たり前の事だ。 強力過ぎるからだ。最初は、何も起こらないので、意味が分からなかった。何だか 置いてけぼりにされたようで、気に食わなかった。だがある日、突然、その効能が 分かった。いつも修練用に叩いているサンドバッグが傷んでいた。長年使っている ので、直した方が良いかな。と思いつつも、『ルール』を込めた拳で殴りつけた。 すると、奇跡が起きたのだ。サンドバッグの傷が、みるみる塞がったのだ。  まさかと思って、私は、枯れかけた花に、ルールを使ってみると、元気になった のだ。その瞬間悟った。私のルールは『治癒(ちゆ)』のルールだと・・・。何で この能力が発動したのかは知らない。だけど、近所の猫の怪我とかも、治せる事も 知ると、間違いなかった。信じられない。ファリアさん曰く、神聖魔法は、素質に 拠る物が大きいのだと言う。凄い能力の持ち主だと、触れるだけでも、傷を負った 箇所を治せたりするらしい。私は、半信半疑だった。確かに伝記の時代なら、それ くらいの能力の持ち主も居たかも知れない。だけど、今は、魔法を使うと言う概念 ですら危うい時代なのだ。それだけじゃない。ファリアさんは言っていた。どんな 凄い素質の持ち主でも、傷を塞ぐ作業と、痛みを和らげる作業を、一緒に行う事が 出来ないのだと。だから、まず傷を塞ぐ。そして、傷が大丈夫だと判断したら、痛 みを和らげる。それが、回復させる時の基本だとも言っていた。だが、私のは、明 らかに両方を同時にやっている。実際に私に対しても、怪我した際に使ってみたら、 間違いなく、両方やっていたのだ。だが、強力な故に、この『ルール』を発動させ た後に、やってくるのは激しい疲労だった。恐らくこれは、私自身の力が、足りな いせいだろう。無理矢理、回復の力を得ているせいで、体が過剰反応しているのだ。 よって、私は神聖魔法を習わなくてはならない。思えば滑稽な事。魔法なんて、余 り信じてなかった自分が、魔法の素質を認めて、習おうとしてるのだ。  ファリアさんに言ったら、正直に驚いていたが、すぐに理解してくれた。そして、 ついでに素質を見てもらったが、間違いなく神聖魔法に特化した素質だったらしい。 反対に言えば、他の魔法の取得なんて、無駄だと思えるくらいらしい。基本魔法で ある『熱』よりも、神聖魔法の疲れを癒す『精励』の方が魔力の負担が少ないくら いなのだと言う。それは、素質の問題らしかった。  私は基本魔法である『熱』ですら、苦労していたので、見逃したらしい。私には 魔法の才能は無いと判断したらしい。それが、間違いだったのだ。私は、神聖魔法 のみに於いては、ファリアさんを上回る才能を持っていたのだ。だが、基本魔法で ある『熱』ですら、覚えるのに結構掛かった私に、神聖魔法のみ素晴らしい才能が あるなんて、誰が見抜けようか。見抜けはしない。  まさか一条流空手の跡取りが、神聖魔法が上手く使えるなんてね・・・。  『ルール』について分かってから1週間がたった。大体どんな『ルール』か把握 して、それぞれに試している段階だ。  俺は言うまでもなく『破拳』のルール。全てを破壊する拳。要するに、このルー ルを発動中は、凄まじい攻撃力を得る事が出来る。だが、効果範囲は、拳が伸びる までなので、無いに等しい。その分、強力なのだと言う。  恵は『制御』のルール。あらゆる力の制御。と言っても、限界があるらしいので、 恵は自らの行動を制限する事で、限界を上げたと言っていた。恐ろしい事を考える。 このルールを利用すれば、かなりの制御が可能だと言う話だ。  俊男は『跳壁』のルール。足場を作るルール。一見大した事が無さそうだが、俊 男に許可されて『跳壁』の足場を見させてもらったら、凄い事だと判明した。どん な空間であろうと、安定した足場を作れる。これは、かなりの物だ。  江里香先輩は、『治癒』のルール。一瞬にして、全てを回復する事が出来るルー ル。言うまでもなく強力だが、まだ、神聖魔法を習ってない分、体に負担が掛かる のだとか。神聖魔法の凄い素質があるらしく、現在、ファリアさんに習い中だ。  レイクさんは『万剣』のルール。万物を斬るルール。俺と違うのは、効果範囲を 広げたり絞ったり出来る点だ。その範囲の中でなら、目の前にある物の全てが斬れ るのだと言う。効果範囲を絞れば、俺と同じくらい威力が増すらしい。  ファリアさんは『召喚』のルール。召喚に特化したルールだ。このルールを適用 時には、神話の時代の強力な武器を、湯水のように召喚することが出来るという。 実際に見せてもらったが、凄い数だった。だが、ゼロ・ブレイドだけは、無理だっ たと言う。何か制限が、ついているらしい。分からない物だ。  グリードさんは『千里(せんり)』のルール。異様な程、目が良くなるルールら しい。効果範囲は、5キロにもなる。正に千里眼だ。グリードさんの射撃と合わせ ると、どれくらい恐ろしい能力なのか、分かる気がした。  エイディさんは『紅蓮(ぐれん)』のルール。元々、炎の忍術が得意だったエイ ディさんの能力を、増したようなルールだ。効果範囲は10メートル程だが、強力 な炎を、纏う事が出来るのだと言う。  亜理栖先輩は、それに対応するかのように『帯雷(たいらい)』のルールだ。亜 理栖先輩は、雷に関する能力が得意だったため、身に付いたルールだ。効果範囲は、 これも10メートル程で、雷を纏う事が出来る。  睦月さんは『転移(てんい)』のルール。自分の知っている場所なら一瞬にして 移動が出来るルールだ。一日中、家の中を動き回らなければならない睦月さんには、 ピッタリの能力だ。効果範囲は、20メートル程だが、非常に助かってるらしい。  葉月さんは『結界(けっかい)』のルール。魔法で作る『結界』に似ているらし いが、それより凄いらしい。その中では、次元が全く違うらしく、何者も入り込め ない。ルールまでも、遮断する事が可能らしい。  紅先輩は『重心(じゅうしん)』のルール。重心のポイントをずらす事で、倒れ なくなるらしい。柔道に打ち込んできた紅先輩らしいルールだ。これは効果範囲内 なら、誰でも適用可能らしく、30メートル以内なら誰でも適用なのだとか。  伊能先輩は『鋼身(こうしん)』のルール。文字通り鋼鉄の肉体になるルールだ。 使ってる間は、限りなく肉体は硬くなって重くなる。だが体の自由は利くし、使い 勝手は良いらしい。その代わり、効果範囲はゼロだ。  勇樹は『線糸(せんし)』のルール。ルールを発動した瞬間に、糸のイメージが 出来たのだと言う。その後は、その糸を、自由自在に使いこなす事が可能だったと 言う。効果範囲は200メートル程で、かなり自由が利く能力だと言う話だ。  そして、魁は、まだ決まっていない。違和感を感じるが、まだ何が出てくるのか 分からないのだと言う。ゼーダ曰く、目覚めるのが遅い者も、居ておかしくないと の話だったので、間違ってないのだろう。  それにしても、色々な能力に目覚めた物だ。だが、それに甘えること無く、普段 の修練を積んでいる。結局は、この力も、元の力が強くなければ、無駄になってし まいがちだからだ。いつものメンバーに、伊能先輩、紅先輩、勇樹が加わっただけ の話だ。天神家では、そろそろ、道場をでかくしようか考え中なのだと言う。  どうなる事やら・・・。  そんなこんなで、新年に入った。さすがに新年は、修練中止との事だったので、 朝からゆっくりするのかと思いきや、皆で、初詣に行くと言う話になったので、付 き合う事になった。さすがに三賀日は、エイディさんやグリードさんも、仕事が休 みになったとかで、晴れ着の女の子をゲットせねばと、息巻いている。何ともエイ ディさんらしい。レイクさんなんかも、初詣なんて、人生で初めてなので、どうや るのか?と俺に凄く聞いてきた。嬉しいんだろうなぁ。  女性陣は、晴れ着を着るので、忙しいので早起きをするらしい。微笑ましい限り だ。ガリウロルは南半球なので、晴れ着と言っても、浴衣に近い格好なのだが。そ れでも、いつもとは、違う魅力があるに違いない・・・とエイディさんは言ってた。 そんな物なのかな?でも恵とかの晴れ着は、3年振りだしな。アイツも、多少変わ ったんだろうな。それは兄としても、嬉しい限りだ。  そんなこんなで、うちには客人が、いっぱい来る事になっている。睦月さんの提 案で、朝は、天神家で雑煮を振舞う事になったのだ。だから、俺達が起きるより早 く、うちに来ている奴も居る。  早速、降りてみると、晴れ着を着るのに手間取っている女性陣以外は、皆、居た。 中々現金な人達だ。 「あけましておめでとうだな!瞬よ!」  豪快に挨拶するのは伊能先輩だ。雑煮を食うつもりで、腹を空かせていたと言う のは、あながち嘘じゃないだろう。紅先輩もいる。 「さすがに、女性陣は遅いね。」  そう言いつつも、ウキウキしてるのは俊男だ。この日ばかりは、俊男も浮かれて いる。珍しい図だ。魁なんかも、同調している。平和な事だ。 「ふあーあ・・・。ねみぃ・・・。明けましておめでとう?だっけ。」  寝惚けた挨拶をするのは、レイクさんだ。相変わらず朝が苦手らしい。昨日教え た正月ならではの挨拶を、ちゃんと覚えていたらしい。 「しかし、用意が良いねぇ。皆さんは。」  俺は呆れる。これから、晴れ着の女性がいっぱい出るとなると、こんなにも早起 きする物なのかね。 「兄貴が起きてたから、俺も、起きたまでですよ。」  と言うのはグリードさんだ。この人はレイクさんに遵守する。相変わらずだ。  しばらくすると、扉が開かれる。すると、藤堂姉妹が出て来た。 「皆様、明けましておめでとう御座います。今年も、宜しくお願いしますわ。」  睦月さんだ。丁寧な挨拶で締めくくる。それにしても、髪を束ねて、中々色っぽ いな。いつもの、使用人ご用達のメイド服も嫌いではないが・・・。 「皆さん、明けましておめでとう御座います。今年も、宜しくお願いします!」  ちょっと柔らかな口調なのは、葉月さんだ。黒髪はそのままだ。青い晴れ着が、 かなり似合っている。中々に乙な物だ。ちなみに睦月さんは緑色の晴れ着だ。 「うむ。やっぱ正月は良い!!」  魁が、拳を握りながら喜んでいる。まぁ気持ちは分かるけどね。  と、そこに来客が来たようだ。この足音だと、2人だな。 「明けましておめでとー!今年もよっろしく!」 「明けましておめでとうね!今年も、宜しくです!」  葵さんと莉奈さんだ。正月なので、いつもより元気だ。それにしても葵さんは、 名の通り薄い、紺色の晴れ着。莉奈さんはピンク色だ。結構似合うな。 「お。今日は、めかしこんで来たな。莉奈。」 「トシ兄は、気にしなさ過ぎなんですよ。」  俊男の冷やかしも、気にしない。今日は、かなり浮かれているようだ。 「うん。似合ってる・・・。」  魁は、見惚れているようだ。意外に照れ屋だな。 「ありがとう。魁君に言って欲しかった。」  莉奈さんは、本当に嬉しそうな顔をする。幸せだな。魁の奴・・・。  そうこうしてる内に、今度は、3人来たようだ。 「明けましておっめでとー!やっぱ、正月は晴れ着に初詣よね!」  江里香先輩だ。かなりハイテンションだ。黄色の晴れ着を着ている。明るくて、 江里香先輩に、似合うと思った。 「よっ。明けましておめでとさん。今年も頼むよ。」  亜理栖先輩は、気さくな感じに挨拶する。紫の晴れ着か。落ち着いた感じだな。 これもまた、似合うなぁ。 「明けおめだな。あー・・・この着物、着難いぜ。親父の奴、着てけって、うるせ ーし。全く、俺には、似合わないと思うんだがなー。」  勇樹は、ぶつくさ文句言いながら、橙色の着物を着ていた。あ、あの勇樹が、な んつう色気だ!着物って怖いぜ!! 「うむ。良きかな良きかな!正月は、色々楽しめるのぉ!!うむ!!」  伊能先輩まで、感涙している。皆、美人だしな・・・。そういえば、我が家のあ と2人は、何をしているんだ? 「あら?もう、皆、揃ってるみたいですわね。」 「本当に?あら・・・本当だ。手伝ってもらって悪いわねー。」  2人の声が扉越しに聞こえる。珍しいな。恵は、結構キッチリ時間は守る方だ。 となると、ファリアさんが着るのに、手間取ったのだろう。そして、出てくる。 「うわぁ・・・。」  俺達は、感嘆の声を上げる。こりゃ凄い・・・。恵は、真っ赤な晴れ着だ。一部 の隙も無い。完璧と言っても良い。着こなしも、完璧なら身のこなしも完璧だ。そ れに対して、ファリアさんも凄い。初々しいのだが、金髪に真っ白な晴れ着。似合 い過ぎる。凄く神聖な感じがした。この選択は、ピッタリとしか言いようが無い。 「明けましておめでとう御座いますわ。皆様。今年も、宜しくお願いしますわ。」 「明けましておめでとう!いやー。着物って、面倒臭い物なのねー。」  恵は、完璧に挨拶したのに対し、ファリアさんは、笑いながら挨拶する。 「いやぁ・・・凄いな。恵。」  俺は、素直な感想を言った。豪華絢爛と言えば良いのか・・・。ファリアさんが 透き通るような美しさなら、恵のは、幻想的な炎のような美しさだった。 「ガリウロルの正月は、サイコーだ!!」  エイディさんが、力説している。同感だなぁ。  それから、皆で、雑煮を食べた。昨日の内に用意しておいたので、後は、俺達で 突くだけだった。そうなると、どんどん突いて、どんどん作るだけだ。皆で、餅を 突いた後に、美味しく食べた。藤堂家秘伝の雑煮だったらしく、睦月さんや葉月さ んが自信を持っていたっけ。この所、二人共、やたらと気合が入ってる。  どうやら、『ルール』の事だけじゃなく、全ソクトアご奉仕メイド大会が近づい ているせいでもあるらしい。睦月さんも、葉月さんも上位入賞の常連だ。簡単に、 その座を明け渡す訳には、いかないのだろう。  と、睦月さんの耳に誰かが耳打ちする。すると、恵の耳にも入る。すると、恵が 手招きする。俺とファリアさんとレイクさんか。 「どうした?何かあったのか?」  俺は聞いてみる。 「レイクさん達一行が、泊まって無いか?って客が、来たらしいですわ。」  恵は、緊張した面持ちで答える。なる程。確かレイクさん達は、追われてる身だ ったよな。それを尋ねてきたってのは・・・拙いかもな。 「ま、相手がどうあれ、会うしか無いかな。」  ファリアさんは、思案していたようだが、下手に逃げるのは、良くないと思った らしい。相手も、こっちに居ると知っていて来たのなら、いつかは、バレると思っ たのだろう。それに、ここにレイクさん達一行が居るなんて、普通は思わない事だ。 「睦月、私と兄様で対応します。レイクさんとファリアさんは、玄関越しで見てて 下さい。相手の正体を、見極めないと、いけません。」  恵は、キビキビと指示を出す。どうやら、正月早々、事件の匂いがするぜ。  俺達は、玄関に向かう。そして、レイクさんとファリアさんは、玄関越しに玄関 の様子が見える、モニターの所で、待機となっていた。俺と恵は門をくぐって対面 する事になった。  すると、そこには柔らかな顔をした晴れ着を着た女性と、スーツが似合う色黒の 男性が立っていた。 「天神家にお越し戴いて、ありがとう御座います。当主の、天神 恵と申します。 ご用件をお伺いに来ましたわ。」  恵は、丁寧に挨拶する。相手の反応を伺うつもりかな。 「恵の兄の天神 瞬です。知人に会いに来られたんでしたっけ?」  俺は、さりげなく切り出す。恵から、余計な事を言うなと、目で抗議される。 「あ。はい。ええと・・・こちらにレイク様を含む4人がいらっしゃるってお手紙 を貰いまして・・・せっかくだし、ご訪問しようかな?と思って来たんです。」  女性は、ニッコリ笑いながら、手紙を恵に手渡す。 「その手紙は、友人であるゼハーンが書いた物だ。参考になると思うが?」  男性は、説明を付け加える。ゼハーンさんまで、知られているのか。 「あ、申し遅れました。私、ナイアと申します。」 「私はシャドゥと言う。名を名乗らないのは、非礼であった。許されよ。」  ナイアと名乗った女性と、シャドゥと名乗った男性は、一礼する。すると、扉が 勝手に開いた。そこには、興奮した面持ちのレイクさんとファリアさんが居た。 「ナイア!それにシャドゥさんじゃない!」  ファリアさんは、懐かしそうに二人を見る。 「久しぶりです!!いやぁ、ここまで来るなんて!」  レイクさんも、俺達の事は、お構い無しだ。 「・・・ええ、ええ。こうなると思いましたとも。でもね。もうちょっと我慢と言 う物を、覚えて下さらないかしら?お二人。」  恵は、呆れた口調で二人を見る。すると、二人とも、冷や汗を掻いていた。あれ だけ慎重に事を運ぼうとしていた恵を、台無しにしたからだろう。 「ハッハッハ。変わってないな。二人共。元気そうで、何よりだ。」  シャドゥさんは、懐かしそうに二人の肩を叩く。 「安心しました。でも、お二人だけなんですか?」  ナイアさんは、エイディさんとグリードさんの事も知っているようだ。 「はは。今日は、正月ですからね。中で雑煮を食べてますよ。」  俺は、もう隠す事も無いと思って、二人に話す。 「緊張するのも馬鹿らしいわね。では、ご案内しますわ。せっかくの日ですもの。 皆で、賑やかにやりましょうかね。緊張したのが、馬鹿みたいですし。」  恵も緊張が、解れたのか、家の中を案内しだした。まぁ、これくらいの方が良い な。こりゃ、賑やかな一日になりそうだな。  あれから、大変だった。いきなり現れたナイアさんの品評と、シャドゥさんの辛 い物談義から始まって、睦月さんが、火花を散らすわ、葉月さんが、それを諌める わで大いに騒いだ。  シャドゥさんとナイアさんは、例の全ソクトアご奉仕メイド大会の出場を明記し て、そのついでに寄ったのだとか。レイクさん達が、この家に居る事は、ゼハーン さんからの手紙で知って、ガリウロルに、立ち寄る際には、是非寄りたいと思った そうだ。それにしてもシャドゥさんは、本当に隙が無い。レイクさんから、話は聞 いていたが、相当な実力者と見て、間違いないだろう。レイクさんも強かったが、 シャドゥさんは、それ以上かも知れない。レイクさんの師匠の一人だと聞いて、納 得行くくらいだ。  ナイアさんは、睦月さんと葉月さんのライバルだ。メイド大会が始まって10年 以上経つが、その全てに優勝を刻んでいる。第2回から、睦月さんが出場したが、 ナイアさんを、どうしても抜かせないそうだ。今なら分かる。このナイアさんは、 物腰柔らかだが、奉仕する事について、全く苦に思っていない。この姿勢から滲み 出る奉仕精神が、他の出場者に備わってないのだろう。睦月さんを破るなんて、ど んな凄い人だと思ったけど、実際会ってみると、そう雰囲気を感じる人でも無い。 しかし、それが逆に凄い。常に自分が、どう立ち振る舞うべきか、考えているのだ ろうな。  で、結局、皆で初詣に行く事になった。女性は、晴れ着を着ているので目立つ。 しかも皆、恐ろしい程、似合ってるから尚更だ。俺達も、多少、見れる服に着替え てから行く事になった。  この近くでは、この星の代名詞にもなり、創造神であるソクトアを祀った神社が ある。創造神のサキョウ大社だ。だが、ここは非常に人気で、やたら人が集まるの で、余り宜しくないと言う事で、恵が、いつも行っている所に行こうと言う事にな った。そこは、俺も、良く知っている所で、かなり静かな所だ。ガリウロルの土地 神で、ある太古の竜神ラウスを祀った所だ。ラウスと言うのは、現在の竜神ジュダ さんの前に竜神の座に就いていた神で、ジュダさんと言う、後継が現れるまで、竜 神の名前を守ってきた神である。ガリウロルで、創造神ソクトアと共に、この星を 支えてきた神だったが、1200年程前に、ジュダさんに竜神の座を受け渡して、 役目を終えたと言う。だが、その功績を称えて、当時のガリウロルの人々が、建立 した神社が、天龍神社、焔神宮と呼ばれている。昔こそ、かなり大規模な初詣を催 していたのだが、今は寂れている。しかし、由緒正しい神社なので、知る人は、拝 みに来ていると言う話だ。  焔神宮は、この前の林間学校で、焔山の宿場にあるので、移動しなければ、いけ ないが、恵がこの日のために、専用バスを用意していたと言う。さすがだ。  焔神宮の手前まで着くと、さすがと言うべきか、静かな雰囲気に包まれていた。 そして俺達は、神社へと向かうが、シャドゥさんとナイアさんは、行かないみたい だった。レイクさん達が、理由を尋ねたら・・・。 「私達は、魔族なので、そう言う習慣が無い。だが、おみくじなどは面白そうなの で、こっちで楽しんでおく事に、するよ。」  だそうで。まぁ思えば、神を祀る所に来るのだって魔族にとっては、意味不明な のに、興味があるという理由で、ここまで来てるんだから、変わってるよな。 「ま、シャドゥさんらしいと言えば、らしいよな。」  レイクさんは、納得しているようだ。 「シャドゥさん、過去の戦いとか知ってる割には、余り拘らない魔族だからねー。」  ファリアさんも同調する。どうやら、そう言う人らしい。過去の拘り等は無いが、 祀る習慣が分からないので、ここに留まっていると言う事だろう。 「ああ言う所をみると、本当に、魔族だと確信しますね。半信半疑でしたが。」  睦月さんは、ナイアさんを見る。魔族だと聞かされても、確信を持てない程、ナ イアさんは、人間としての仕草は自然だ。ハーフなので、純粋な魔族よりは、人間 に近いのだろう。だが、シャドゥさんと歩調を合わせている所を見ると、魔族とし て、生きる事に決めた事には、間違いない様だ。 「でも、ステキな二人ですー。何だか、羨ましいですねー。」  葉月さんは、仲睦まじいシャドゥさんとナイアさんを見て、微笑む。 「はっはっは。葉月さん程の美人なら、見合うだけの人に出会えますよ!」  魁の奴が、口の減らない事を言っている。 「ありがと。でも、隣の彼女に怒られるから、控えた方が良いよー?」  葉月さんは、困ったような笑顔を浮かべる。隣では莉奈さんが口を尖らせていた。 「おいおい。怒るなって。俺には、お前しか居ないんだから・・・。」  魁はフォローを忘れない。こう言う所が、前とは違う所だ。 「ま、魁君が、色目使わなかったら、魁君じゃないもんね。だから平気!」  莉奈さんも、強くなっているようだ。 「あっはっはっは!確かに!黙ってる魁なんて、似合わないよねー。」  葵さんは、楽しそうに腹を抱える。仲が良いなぁ。 「それにしても、ここは、良い所だな。空気が澄んでいる。」  紅先輩は、身が引き締まる。やっぱここの新鮮な空気は、柔道家にとっても、良 いのだろう。俺も、こう言う所で、修練を積んでいたから分かる。 「最初は、寂れた所だと思ったけどさ。何か、良い所だよな。」  勇樹は、詰まらなそうな顔をしていたが、ここの空気に慣れた様だ。 「爺さんとの修練を思い出すな。あそこは、これくらい澄んだ空気だったからな。」  俺の師匠でもある天神 真(しん)こと爺さんは、俺を扱きに扱いてた。その代 わり、大切な事も、教えてくれていたな。 「お爺様は、頑固でしたからね。うちのような都会だと、肌に合わないとか言って ましたね。それに付いて行くお婆様も、凄い精神力でした事。」  恵は、爺さんと婆さんの事を思い出す。恵も、年に何度かは、会った事があるん だよな。最も、俺が修練に行った頃からは、会わなくなったみたいだが。 「パーズ拳法発祥の地が、似たような空気だったよ。思い出すなぁ。」  俊男も、懐かしい様だ。俊男は、パーズに渡ってるんだよな。 「武道を目指すには、良い所かもね。サキョウ大社行ってたら、今頃、並ぶのに忙 しかったわねー。それは勘弁よね。」  江里香先輩は並ぶのは、好きじゃない。丁度良かったかも知れない。 「並ぶのも修練・・・と言いたい所だが、効果は、無さそうだからねー。」  亜理栖先輩も、並ぶのは苦手のようだ。 「御利益だけだったら、ここの方が、上かも知れんぞー。」  伊能先輩が、最もな事を言う。サキョウ大社は、ゴミゴミしてて嫌だしな。ここ は、俺が子供の頃にも、行っている所だ。 「空手を目指す天神家も、企業としての天神家も、初詣は、ここが多いんですのよ。 だから、ここに足を運んでしまうのは、習慣になってますわね。」  恵は、説明してやる。確かにな。正月に、親父と爺さんが、ここで顔を合わす事 も少なくなかった。それは、同じ起源を祀っているからだろう。企業としても、こ この御利益は見逃せないのだろうな。最も、ここ3年間は、時間を、ずらしていた ようだ。 「焔の地は、天神家の起源がある所。ここに足が向くのも、納得出来る話です。」  睦月さんが付け加える。なる程。そう言えば、天神流空手を習い始めた時に、こ の土地の守り神であるラウスの事を、忘れないように言われた事があるな。天神流 空手が発祥したのも、この焔の土地からだって、言われてるな。 「おや、これは、華やかですな。」  境内の近くまで行くと、神社の神主が挨拶に来た。1年振りだな。 (去年も、来たのか。)  まぁな。去年は、爺さんと一緒だったがな。 「お久し振りですわ。今年も、お参りに来ましたのよ。」  恵が挨拶する。すると、神主は、嬉しそうにしていた。 「こりゃ、恵殿でしたか。今年も、一段と華やかですな。」  神主は、去年の恵を、思い出しているのだろう。 「1年振りです。今年も、祈願に来ました。」  俺も挨拶をする。すると、神主は俺と恵を見比べる。 「おや。瞬殿と恵殿が一緒とは。そうかそうか。両家は、仲直りしたのですかな?」  神主は、俺達の家の事情にも詳しい。企業の天神家と空手の天神家が、犬猿の仲 だって事も、知っている。最も、それは親父と爺さんの話だが。 「私と兄様は、元々仲が良くってよ?まぁ、父は、他界しましたけどね。」  恵は、説明しておく。神主には、知らせないと駄目だな。 「爺さんも、新学期前に逝っちまいました。不治の病だったそうです。俺は、それ から、実家の天神家に、帰ってるんです。」  俺も説明しておく。すると、神主は、さも残念そうな顔をしていた。親父の事も、 爺さんの事も知っている。この神主とは、良い話し相手だった筈だ。 「ふむ・・・。残念な二人を、亡くしたな。しかし、二人共、良き跡継ぎを見つけ ておられた。先代に負けぬように、頑張りなさい。」  神主は励ましてくれる。俺も恵も、この神主が、本当に案じてくれてると知って いるので、快く頷いた。 「神主さーん。お久し振りです!」  葉月さんが挨拶する。葉月さんも、知り合いなのかな? 「む?もしや、睦月殿に葉月殿か?おお!大きゅうなったな!」  神主さんは、葉月さんを撫でていた。と言っても、背は葉月さんの方が上なので、 葉月さんが屈んで、やっとなのだが。それにしても仲が良さそうだ。 「ご無沙汰です。神主。3年振りですね。」  睦月さんも挨拶をする。3年振りだったのか。 「おお。そうじゃったな。いやはや、月日が経つのは、早い物だな。」  葉月さんの成長を、嬉しそうに見ている。 「それに、外国の方もいらっしゃるとは!いやぁ、良くぞ、お越し戴いた。」  神主さんは、レイクさん達も、快く受け入れる。 「ここは、静かで良い所ですね。気に入りましたよ。」  レイクさんは、清廉とした空気を吸う。 「それに、この神社、結構広いのに、良く掃除されていますね。気に入りました。」  ファリアさんも、思った事を口にしている。 「ほっほっほ。そう言ってもらえると、光栄ですわい。」  神主は、気を良くしている。初めての人に褒められたら、嬉しくなるのだろう。 「何て言うか、暖かく包んでくれるような、感じがするんだよな。」  グリードさんも、満更でも無さそうだ。 「焔神宮か。来年も、是非来たいな。」  エイディさんも、茶化したりしない。 「こう見えても、人の顔を覚えるのは得意なんじゃ。また来なさい。」  神主は、確かに顔を覚えるの早いよな。職業柄って奴なのかな。 「む・・・?貴女は、亜理栖様?」  神主は、亜理栖先輩の顔を覗き込む。 「久しいな。爺や。」  亜理栖先輩は、笑顔を見せる。知り合いなのか? 「おおお!亜理栖様でいらっしゃったのか!頭領は、お元気ですかな?」 「ああ。総一郎さんなら、怪我が治って、今は特訓中だよ。」  亜理栖先輩が言う総一郎さんって、あの、榊 総一郎さんだよな。 「テレビで見た時は、無事を、お祈りしましたぞ。」  派手に斬ったもんな。扇の馬鹿は。 「ははっ。でも、ここに居る瞬のおかげで、一命を取り留めたからね。」  亜理栖先輩は、付け加える。まぁ、俺としては、扇の暴走が見るに堪えなかった から、止めに入ったんだけどな。それが助けになったのなら、良しとするか。 「扇は一度スイッチが入ると、止まらないからな。見るに堪えなかっただけですよ。」  俺は、正直な気持ちを話す。アイツも、止め時を分かっていながら、暴走する時 がある。そんなの、俺の目が黒い内は、やらせないつもりだ。 「謙遜しなくても、良いのですぞ。しかし、無事で何よりですな。」 「だが、元気が余ってるみたいでね。学園と瞬の事を話したら、今すぐにでも、飛 んできそうな、勢いだったさ。近い内に来るかもね。」  総一郎さんか。あの時にしか会ってないけど、礼節を弁えた人だったよな。 「楽しみにしてますよ。」  俺は、偽らざる気持ちで言う。あの人とは、あの時闘えなかったからな。是非、 手合わせしたい物だ。亜理栖先輩よりも、力強いんだろうな。 「変わってないな。総一郎の奴。」  エイディさんが、懐かしそうにしていた。そう言えば、エイディさんは、知り合 いだったな。榊家の当主であり、榊流護身術の頭領である人か。すげーよな。 「ところで、亜理栖先輩は、神主とは親しいんですか?」 「ああ。うちの榊家の分家は、ここを使っててね。恵がここを選んだと聞いて、安 心してたのさ。総一郎さんは、アズマ分社の方に、行ってるけどね。」  まぁアズマの方が、近いからだろう。榊家の本家は、アズマにある筈だ。仕方の 無い事だ。それにしては、神主は総一郎さんの事も知ってそうだったな。 「わしも時々、アズマ分社に出向いて、頭領の顔を、拝見してるんじゃ。」  なる程。それで知り合いだったのか。榊と言えば、このガリウロルでは、知らぬ 者が居ない程の剛の者、榊 繊一郎の血筋だもんな。神主としても、礼を尽くさな きゃならないんだろうな。良く考えたら、亜理栖先輩も由緒正しい血筋なんだよな。  そんな事を考えて居たら、お参りの時間が来たようだ。俺は作法に従って、二礼、 二拍手、合掌、一礼を済ませる。願い事は・・・爺さんの夢を、引き継げるように ・・・だ。爺さん。見ててくれ。 (君も相変わらずだな。そろそろ君自身の願い事も、持ったらどうだ?)  俺自身の・・・か。それを言われると辛いな。 (珍しいな。いつもなら、迷いなど無かったと言うのに。強く正しくは、どうした のだ?てっきり、それを言われるのかと、思ったのだがな。)  それを忘れた事は、一度足りとも無い。だけどな。爺さんの事を、考えてみたん だ。あの爺さんが、俺を、窮屈な生き方をしろと言うようには思えなくてな。 (それに気が付いただけでも、良い方だ。強く正しいと言う言葉だけに、振り回さ れていないか心配だった。何が正しいのか、見極める事。それは、生きていく上で、 重要な事だ。君は、それを考える時間を、与えられたんだからな。)  確かにな。俺は『ルール』の力を得て強くはなった。勿論、満足したつもりは無 い。でも、前とは、比較にならないくらいだ。それは、ゼーダが鍛えてくれたって のも、勿論あるけどな。 (ふむ。私も君の肉体的な強さは、類を見ない程だと思っている。私の全盛期に近 い物がある。精神的な力、そして純粋な6つの力は、まだ磨く余地があるけどな。)  口の減らない事だ。・・・まぁ、もう一つの正しく生きる。最初は、正義を見つ けろと言う意味だと思っていた。だが、考えたら、そんな物に、意味は無いって、 気が付いた。今、言われているセントでの正義はどうだ?俺は、あれが正しい事だ なんて思えない。それと同じように、俺の思っている正義が、他も正義だと思って いるとは限らない。そう思うようになって・・・正義を問い掛けるようになった。 (なる程。良い傾向だ。正義と言う言葉はある。だが、それは、個人が貫くべき信 条であって、本当の、正しい事では無いと・・・。)  俺は、そう思い始めている。 (ふっ。神は、もっと単純に考えてるけどな。)  どういう事だ?正義が、決められてるって事か? (そうでは無い。神の間では、正義と言う言葉は存在しない。悪に対するは善だ。 悪とは、負の感情から生まれる、独善的な行為の事だ。それに対し、善とは、負の 感情をも凌駕する、慈愛と守護を、その身で示す事だ。私達は、その行いを、正義 と言う言葉で飾ったりしない。負の感情にも、正義が存在するからだ。)  その善は、何が決め手だって言うんだ? (分からぬか?・・・それは、考えたまえ。それを考えて、実現する事。それも、 善の内だ。独善的な正義も、存在するから、惑わされぬようにする事だ。)  ちぇっ。ま、でも参考にはなった。礼は言う。悪にも、正義が存在する・・・か。 (悪には、悪側の正義と言う物がある。例え独善だとしても、正しいと思う心は、 止められぬものだ。それが悪だと気が付いた時、その者は、絶望してしまうのだか らな。)  なる程な・・・。俺も考えよう。爺さんが言う正しい事ってのは・・・それを考 えるってのも、絶対入ってると思うんだ。 (そうしたまえ。君は強い分、責任も、重大なのだからな。)  後悔しないように・・・しないとな。 「兄様。随分長く祈ってらしたのね。」  恵が、こちらを覗き込む。ゼーダと会話している時は、ボーっとしてるように見 られるのかも知れない。実際、そうなっているのだろう。 「ああ。祈りの事で、ゼーダと話してたんだ。」 「へぇ。兄様は、何を祈りましたの?」  恵は尋ねてくる。興味あるのかな? 「爺さんの遺言を守れるように・・・ってな。ただ、正しい事って事の定義を、ゼ ーダと話しあってたのさ。そこを間違えると、大変だからな。」  俺は、包み隠さず教える。恵は、ゼーダとの会話にも理解がある方だ。 「相変わらずなんですねぇ。でも正しい事は何か?なんて、兄様は、気にしなくて 良いですよ。兄様は、誰よりも正しい事を第一に考えてるじゃないですか。そんな 方が、他の方より間違っているとは、私には思えませんわ。」  ・・・恵。嬉しい事を言ってくれる。 (フフフ。君より、妹君の方が上手だな。)  それは認める。恵は、俺には、出来過ぎた妹だよ。 「ありがとよ。俺は、自分自身より、恵が信じている兄としての自分を誇るよ。」  俺は、恵の頭を撫でる。 「に、にぃさまぁ!?何を、やってらっしゃるのかしら?」  恵は、今までに無い声を出す。あ。つい、昔のように、撫でてしまった。 「あ、悪い・・・。つい、昔を思い出してしまってな・・・。」  昔は、恵の頭を撫でるのは、結構当たり前のように、やっていたからな。 「そ、そう言う事でしたら、仕方がありませんわね。で、でも、不意打ちは、いけ ませんわ。心の準備が、出来なかったですわ。」  恵の奴、あんまり怒ってなさそうだ。それどころか、何か喜んでる? 「次からは、声を掛けてもらえれば、心構えが出来ましてよ?」  うーむ。それも、何だか恥ずかしいけど・・・。まぁ撫でるの自体、おかしい事 なのかも知れないな。でも恵は、次もやって欲しいような感じだな。  何だか、完璧で出来の良い妹なんだけどな。こういう所が、子供っぽくて可愛い と言うか・・・。俺には、勿体無いくらいだ。笑うと、この上なく幸せな顔するし。  と、考えてる内に、シャドゥさんの所まで来た。鏡餅やら、羽子板やら買ってい る。おみくじなども、買っているみたいだ。 「お。皆、帰ってきたようだな。こちらも、色々回ってみたぞ。」  シャドゥさんは、正月の神社は初めてらしく、とても浮かれていた。ナイアさん なんかは、子供の頃は、人間として育てられたので、慣れてる様子だった。約20 0年振りなので、つい、はしゃいでしまったらしいが。シャドゥさんの家に住んで からは、行ってないみたいだな。 「おみくじを買ったんだが・・・。この末吉と言うのは、縁起が良いのか?」  シャドゥさんが、おみくじを見せる。末吉とは、また微妙な・・・。 「その顔を見ると、中の下と言ったところか。」  シャドゥさんは、皆の顔を見て判断する。正にその通りだった。 「羽子板セットを、買ってしまいました。」  ナイアさんは、正月らしい着物の女性が、書かれた羽子板を見せる。 「この羽子板と言うのは、どう言う武器なのだ?」  シャドゥさんは、大真面目に聞いている。 「攻撃力は高そうですけど、射程は、短そうですね。」  レイクさんまで・・・。ああ。そうか。この人も、知らないんだっけか。 「あ、あのねぇ・・・。この羽子板と言うのは、このセットの中にある、羽を叩い て、テニスのように、ラリーをする正月特有の、スポーツ用品よ。」  ファリアさんが、何とも、分かり易い説明をしてくれた。 「ほほぉ。人間は、面白い事を考えるな。」  シャドゥさんは、興味津々だった。魔族って、こう言うのには疎いんだろうな。 (羽根突か。ガリウロルに伝わる、正月の遊戯だな。)  良く知ってるな。アンタも、やった事あるのか? (見た事ならある。中々、面白そうな遊びだったな。)  羽根突を知ってる神。・・・ま、言いか。 「普通は、道端とかでやるんですけど、やるなら、本格的な方が良いかも知れない わね。うちに帰ったら、やりましょうか。」  恵は、何かを思いついたらしく、羽子板が、いっぱい売っている売店に行く。 「じゃ、皆、この中から選びましょうか。選んだら、纏めて私が払いますわ。」  恵は睦月さんを呼んで、耳打ちする。すると、睦月さんは、了解サインを出す。  とすると、羽子板選びが重要なわけだ。模様以外は、ほぼ同じだが・・・。大き さと模様を彫る所で、少し窪みなどがある。その辺、注意しないとな。  皆、それぞれ思い思いの羽子板を手にする。そして、恵が会計を済ませる。流れ るような支払い方だ。睦月さんが、カードを出すと、すぐに成立した。 「羽根突は、勝った方が負けた方に墨を塗るのが恒例なんですけど・・・。それじ ゃ無粋ですわ。やるなら本格的ですので・・・。初戦で負けた方は、今夜の餅突き の手伝い。優勝者には、賞品でどうかしら?」  恵は、睦月さんに賞品を買いに行かせたらしい。何をするつもりなんだろうか。  どっちにしろ、正月から勝負と言う事か。俺達らしい事だ。  ふふっ。兄様に撫でられた!こんな嬉しいことは無いわ。もう良い歳だし、そん な事は、してくれないかと思ってましたわ。つい浮かれて、羽根突大会なんて言い 出してしまったけど、何だか、皆が盛り上がったから結果オーライにしますわ。  羽根突か。誰が強いかしらね。多分、レイクさんとシャドゥさんは、初見でも結 果が出るくらい、強いんでしょうね。ただ、今回は、特殊能力は一切無し。純粋な 体一つでの勝負にしたから、大丈夫でしょう。それに、長いと飽きますから3ポイ ント制。審判は、ナイアさんに、しましたわ。何でもナイアさんは、性格的にも、 体力的にも、争い事に向いてないのだとか。ご奉仕大会のように、競技を競うのは 得意らしいんですけどね。白黒付けるとなると、途端に、力が、発揮出来ないタイ プなんだとか。  それはファリアさんも、保証してたわね。  ま、どっちにしても皆、私が不得意だと思ってるんでしょうね。そうは行かなく てよ。こう見えても、睦月や葉月に、ミッチリ教えられた腕があるんですのよ。今 では、少なく共、あの二人よりは、腕が上だと自負してますわ。ただ・・・。問題 は初戦の相手ですわね。レイクさん辺り来ると、きつそうですわ。  しかし、私も滑稽な事ね。もう完璧を演じる必要は無いと言うのに・・・。完璧 を求めてしまう・・・。それは、私が私である事を求めるのと、同じなのかも知れ ない。昔は、あの男、厳導に認められたくて、頑張った物だ。でも、もうそんな事 を気にしなくて良い筈なのだ。だけど、やるからには一位。完璧なまでの勝利を願 ってしまう。天神家の当主としての責任?そんな物は、私にとってはゴミも同然の 筈なのにね。性分なんだろうな。  私の願いは、兄様と過ごせると言う事。兄様は私の理想・・・。兄様の生き方は、 鮮烈で美しい。強さに貪欲なのに、それを、無闇に誇ったりしない。兄様は、私の ような妹が居て嬉しいと言うが、それは私の方だ。勉強も闘いも、私はこなせるよ うに見せている。でも、私は、器用なだけ。努力をして、やっと、このレベルまで 達している。だけど兄様は違う。私には無い才能を持っている。兄様が本気を出せ ば、私など届かない程、強いに違いない。私は知っている。私が弱く、震えるしか 無かった時、兄様は、表に立って、あの男の叱りを受けていた。私が、瘴気に苛ま れそうになって負けそうな時、兄様は、手を握って励まして下さった。私が今日ま で魔族の血に負けなかったのだって、兄様が居たからだ。それに比べたら、私は、 兄様の足元にも及ばない。  やっと自分自身で克服できる力『制御』のルールを手に入れた。その時に私に駆 け抜けた歓喜は、表現出来ない程だ。でも、それだけじゃ安心出来ない。それに、 習うと言っているのに、中途半端に辞める事は、私の性分に合わない。だから、パ ーズ拳法も、続けている。  少し気になる事と言えば、俊男さんかしらね。彼は、本当に兄様そっくりだ。兄 様の親友になれたと言うのも、分かる気がする。最初は羨ましいと思ったけど、今 では、当たり前だと思うようになっている。だって・・・彼は、3年前の兄様その 物ですもの。そして莉奈。彼女も、3年前の私そっくり・・・。上からの命令に従 って、自分を汚していく姿なんかは、寒気がするくらい、そっくりだった。だから 魁さんの事も、本気で怒った。ただ、魁さんは、あの男とは違って、更生の余地が あったし、莉奈が、あんな事されてまで、好きだと言うのなら、仕方無いわよね。 私は拒絶する事で強くなったけど・・・彼女は、受け入れて幸せを求めた。そこが、 私とは違う所だ。そんな事もあったからかしらね。俊男さんは、本当に3年前の兄 様のような対応をする。正直、ドキドキする。あの頃に帰ったかのような、感覚に なる時もある。今の兄様は、あの時より、更に成長しているから、比較には、なら ない。でも、俊男さんと話していると、ビックリするくらい、自然に溶け込める。  正直な所、私は、俊男さんの事を気に入っている。兄様と同じだからだ。兄様は、 私にとって何よりも、優先させなければならない人。だけど俊男さんは、次に優先 するべき人だと私は思う。それくらい気に入っている。浮気性だったかな・・・。 でも、それは、江里香先輩も同じなんだろうと思う。兄様に、俊男さんの面影を感 じているからこそ、より強く、惹かれているのだろう。江里香先輩は、間違いなく 俊男さんの事も、好きな筈だ。ただ、それは、年下の弟感覚なんだろうと思う。余 りにも長く、近くに居過ぎたせいで、恋愛対象として、見れないのかも知れない。 ・・・だからって兄様にそれを求めるなんて、虫が良過ぎますわ。  兄様の生き方は、鮮烈過ぎるから、私以外の人が、付いて行けるとは思えない。 でも、江里香先輩は、思ったより自分の意見を通す人ですからね。付いて行けるか も知れない。それに意志は、かなり強い方ですし。私に真っ向から対決出来る人っ て、江里香先輩か、ファリアさんくらいのもの。ファリアさんは・・・。あの人、 色々な修羅場潜ってきてるし、誰よりも、レイクさんの事を理解しようとしてるか ら、あんな強い人は、居ないって思えるから良いんですけれどね。それにあの人は、 レイクさん一筋だし。私の理想像なんですよね。でも、江里香先輩は、私のライバ ル。負ける訳には、いかない。兄様を取られて堪るか。  唐突に決まった羽根突大会だったが・・・。俺の相手は、伊能先輩だった。伊能 先輩曰く、羽根突とは何だ?と聞いた時点で、俺は、勝ったと思った。こう見えて も、小さい頃、恵と一緒に睦月さんや葉月さんにコテンパンにやられたので、練習 は、いっぱいやった。だから恵もそうだが、羽根突は、かなりの腕前だと思う。恵 は、葵さんか。互いに初戦は勝ち抜けそうだ。やっぱやるからには勝たないとな。  俺は、羽根突のやり方を一通り説明して、今回のために用意された陣地を調べる。 天神家の庭だが、テニスコートがあった筈なので、そこで、やるらしい。これじゃ まるでテニスだな。ただ、羽根突のため、ネットは無い。それだけに低空での闘い も、出来ると言う訳だ。中々面白そうだ。  他の組み合わせを見ると・・・。うおわ!いきなりシャドゥさんとレイクさんか よ!!こりゃ恐ろしい・・・。あの二人、やり方知らないだけで、絶対に、すげぇ 闘いになる。剣では、師匠と弟子なんだろ?すげーな。莉奈さんは紅先輩とだ。普 段なら、紅先輩の方が上だと言いたいが、莉奈さんは、葵さんの話によると、羽根 突では、ほとんど負けた事が無い程の腕前なんだと言う。こりゃ・・・紅先輩の負 けかも。で、グリードさんと魁か。魁は、遊びには精通している。でも・・・グリ ードさんって、確か、とんでもない射撃の名手だよな。勝てないかもな。エイディ さんが、亜理栖先輩とだ。これも、因縁があるらしい。と言うのは、幼い頃に遊ん だ時は、ほとんどエイディさんが勝っていたらしい。亜理栖先輩が、手を抜くと怒 るから、エイディさんも、それに応えてって感じらしいが、今は、亜理栖先輩も、 相当実力が上がっているだろう。これは、良い試合になるかも知れない。勇樹は、 ファリアさんとか。全くの未知数だな。上手いのか下手なのか、予想もつかない。 まぁ、見てみるしか無いな。俊男は、葉月さんとだ。・・・俊男には悪いけど、こ れは、葉月さんの勝ちかも知れないな。葉月さんは、ああ見えて、恐ろしい程の腕 前だ。俺達が、散々練習してやっと互角だったのだ。それは、勿論、睦月さんもだ。 その睦月さんの相手は、もちろん最後の1人、江里香先輩だ。江里香先輩が、どれ くらい強いのかも、分からないんだよな。でも、睦月さん、相当強いしなぁ。  兎にも角にも試合が始まった。俺は第1試合だったが、伊能先輩から始めて、突 き返していく。・・・うお!結構際どいコースだ。しかも陣地の中に入っている。 俺は、慌てて打ち返す。こりゃ、本気を出さなきゃ拙いかな。 「てい!!」  俺は、猛特訓した成果を見せる。恵と、かなり練習した記憶が蘇る。さすがに俺 の練習成果があったのか、ストレートで勝った。 「ぬあああ!負けたああ!!うぐぐぐ。瞬!お前、慣れとるな!!」 「ハハハッ。言う必要は、ありませんよー。」  俺は、恵に合図を送る。恵も頷き返す。勝つ気満々だ。  隣のコートでは、葉月さんと俊男が・・・良い試合してる!!凄いぞ!?どっち も際どいコースを突いている。こりゃ、技量が高い証拠だ。 「ここです!!」  俊男は、陣地ギリギリを狙う。葉月さんは届かない。 「んー・・・。これは、外れてます!」  ナイアさんが審判をしている。 「あ、危なかったよー・・・。俊男君、凄いんですね。」  葉月さんは、かなり本気を出している。となると、俊男の実力は本物だ。これは、 この1ポイントだけじゃ、どう転ぶか分からない。 「いやぁ、幼い頃、莉奈と、色々練習した物で。」  ・・・そうか。莉奈さんが上手いと言う事は、俊男も、上手いと言う事か。  その莉奈さんは、紅先輩を、あっさり下していた。さすがだ。 「技量の差だ・・・。負けを認めざるを得まい。」  紅先輩は、技量が違うのを、あっさり認めた。まぁ仕方が無いかも。 「トシ兄と、色々練習しましたから。」  莉奈さんは、かなりの腕前だ。甘く見ていた。実は、この羽根突は、とんでもな い実力者の集まりなんじゃないだろうか? 「いよっしゃあ!」  勇樹は、ファリアさんに勝利していた。と言うのも、ファリアさんは、本当にや った事が無いらしく、テニスの力加減で、やっていたらしい。なのでアウトになる 事が多かったのだ。まぁ、普通は、そうだよね。 「やった!」  俊男が拳を握る。うお!葉月さんが、負けた!!一応2ポイントずつ取ったみた いだが、最後は、俊男が取ったみたいだ。 「くっ!!早い!!それに、何てリーチ!」  苦戦しているのは、睦月さんだ。江里香先輩の舞うような動き、そして隼突きの 時の様な、羽子板捌きが、睦月さんを翻弄していた。技量では、睦月さんが上だっ たが、速さと力強さは、江里香先輩の方が上だった。 「ここよ!!」  江里香先輩が、際どい所まで、拾って打ち返した。睦月さんまで負けてしまった。 こりゃ・・・俺、次で負けるかも。 「ええい!」 「どりゃああ!」  結構良い音させてるのが、エイディさんと亜理栖先輩だ。意地と意地のぶつかり 合いって感じだった。互いに退く気は無い。良いラリーだ。 「やってくれるぜ!!ここだあああ!」  エイディさんが、かなり熱くなっていたが、やっとの事で、勝利していた。 「さすがエイディ兄さん!でも、悔いはないよ。次は、負けないからね。」  亜理栖先輩は、負けたけど、悔い無しなのだろう。素直に良い試合だった。  その横で、凄い試合をしていた・・・。グリードさんと魁だ。魁は、普通に打ち 返しているが、グリードさんのは、桁外れだ。羽子板の面では無く、縁で、打ち返 していた。しかも正確に、魁の手元に跳ね返る。何だあれ・・・。 「グリードさん・・・。勘弁して下さいよ。」 「コツを掴むと面白くてな。わりぃわりぃ。んじゃ、そろそろ決めるぜ!」  グリードさんは、そう言うと、際どいコースを突いて来た。それを、魁も何とか 拾うが、次元が違う。こりゃ、恐ろしい実力だ。 「すげーっすよ。俺っちじゃ無理だ。いやぁ、普段見せてるアレは、伊達じゃ無い っすね。でも、打ち返せただけ、マシって所かなー。」 「最後は、決めに行ったんだけどな。3回も打ち返されるとは思わなかったし、お 前も、反射神経が良い方だよ。今度、射撃もやってみないか?」  グリードさんは、珍しく相手を褒めていた。まぁ魁も、結構目が良いんだよな。  と、代わる代わるやっていて、とうとう、この試合になった。 「へっへー。何か、この板、剣に見立てると、久し振りですね。打ち合い。」 「そうだな。遊びとは言え、容赦はしないぞ?」  レイクさんも、シャドゥさんも、やる気マンマンだ。闘気とか使ってないのに、 凄そうな雰囲気を漂わせている。 「じゃ、行きますよ!!」  レイクさんから、いきなり、容赦の無い羽根がシャドゥさんを襲う。は、早い! 何だ?あの速さ!?羽根突の速さじゃねーよ!? 「はぁぁぁ!!」  シャドゥさんは、何と、それを打ち返す。しかも同じ・・・いや、それ以上の速 さで!?何て言う闘いだよ!?俺達は、つい見入ってしまう。  おおよそ羽根突とは、思えない速さと音が交錯する。しかも二人とも、陣地をフ ル活用している。どっちも、際どい所に落としているが、ちゃんと拾っている。 「やるな!腕を上げたな!レイク!!」 「シャドゥさんこそ、密かに修練を積んでたでしょう!?」  二人は、楽しそうに打ち返している。息一つ、乱れてない。 「なんじゃ、ありゃあ・・・。」  伊能先輩が、つい溜め息を漏らす程の凄さだ。息も吐かせぬほどの、ラリーだ。 正に速さ比べであり、力比べだ。 「決める!!不動真剣術!突き『雷光』!!」  レイクさんは、羽子板を、やや後ろに持っていくと突く形で羽根を飛ばす。する と、とんでもないスピードで、地面に着く。 「レイクさん、1ポイントです。」  ナイアさんが、正確に陣地を見る。 「いよっしゃ!先制!」  レイクさんは、羽子板を握り締める。 「良い鋭さだった。やるな!次は、私も見せよう!」  シャドゥさんは、レイクさんと同じ構えを取る。そして、二人とも同じような振 りで突き返していく。またラリーが始まった。さっきよりスピードが上がったよう な感じだ。どちらも不動真剣術の動きの一つなのか、円を描くような感じで、まる で隙が無かった。 「甘いですよ!不動真剣術なら、俺の土俵ですよ!」  レイクさんは、またも羽子板を、後ろに持っていく。 「不動真剣術!袈裟斬り『閃光』!!」  レイクさんの気合と共に、羽根は、地面に激突した。これ、本当に羽根突かよ。 「レイクさん2ポイントです!」  ナイアさんは、陣地に入ってるのを確認すると、宣言する。 「さすがに、不動真剣術では、本家には、敵わぬか。」  シャドゥさんは、そう言うが、本家に迫るような勢いだった。レイクさんから、 シャドゥさんは、一流の剣術を、ほとんどを使いこなせると聞いていたが、本当の 事らしいな。凄い才能だ。 「ならば、本気を出そう!」  シャドゥさんは、羽子板を握り締めて、逆手に取る。そして、ボクシングで言う 所の、フリッカーのような感じで腕を振り始める。 「やっと出ましたね。本気が!」  レイクさんは、シャドゥさんの本来のスタイルだと、見抜いたようだ。 「あれでは、振り難いのでは、無いのか?」  紅先輩が、不思議に思う。俺も、そう思う。 「まぁ、見てろって。ああなった時のシャドゥさんは、鬼だぜ。」  エイディさんは、冷や汗を掻いている。それ程か。  そして、ラリーが始まる。すると、シャドゥさんは、腕の振りだけで、羽根を返 していく。しかも、変幻自在にだ。何だあれは!? 「吸い込まれるような打ち返し。あれこそ、シャドゥさんの本気だ。」  エイディさんは、解説する。確かにその通りだ。レイクさんが、際どい所に持っ ていっても、何でも無いかのように、フリッカーの構えで打ち返していく。まるで、 羽子板が延長線上にあるかのような自然さだ。そして、とうとう落としてしまった。 「これぞ、我が剣の極致『空洞剣』。その恐ろしさは、良く知っているな?」  シャドゥさんの『空洞剣』の射程範囲内は、全て拾われると思って良いのかも、 知れない。これは凄い。攻防一体の構えだ。あっと言う間に2本取られる。 「同点です!あと1ポイントです!」  ナイアさんが、知らせる。すると、レイクさんは、腕を垂らした。 「やはり、その構えで来たか。あの時の再現だな。」  シャドゥさんは、その構えを見るや、不敵に笑う。 「レイクさんは、何故、構えないんです?」  俺は、聞いてみる。 「違うぜ。あれはな。心を無にして、来た攻撃全てを、あそこから返す『無』の構 えだ。不動真剣術の、最高の構えの一つだ。」  エイディさんは解説する。・・・。俺には、やる気が無くなったようにしか見え ない。だが、それは、すぐに違うと判明した。  凄いラリーになった。シャドゥさんは、『空洞剣』の構えで、全てを拾いながら 攻撃する。それをレイクさんは、羽根が来た所にだけ、物凄い反応をしながら、陣 地を詰めていく。その反応たるや、恐ろしい物があった。無駄な動きが、一切無か った。これが『無』の構えか! 「良いぞ。あの時よりも、数段腕を上げている!!」 「シャドゥさんこそ、回転早くなりましたね!」  二人は、楽しそうに打ち合っていた。 「さぁ、あの時より成長した姿を見せてくれ!」  シャドゥさんは、渾身の一撃を見舞う!それをレイクさんは、真正面から受け止 めて、物凄いスマッシュで返す。・・・シャドゥさんは、さっきの一撃で、もう動 けなかったようだ。レイクさんも、肩で息をしている。後は、羽根が陣地に入って いるかどうかだ。ナイアさんが、確認する。 「・・・ギリギリ、入ってます!!」  ナイアさんの宣言で、レイクさんが勝った。すげぇ!皆、大いに沸く。 「見事だ。あの時の甘さが、抜けたな。おめでとう。レイク。」 「勝つべき試合は勝ちます。じゃないと、相手に失礼です。」  シャドゥさんもレイクさんも、握手を自然に交わす。 「それで良い。君は、王道を貫くのだ。」  シャドゥさんは、嬉しそうにコートを出る。  しっかし・・・。こんな人に勝てるのかよ・・・。  大いに沸いた1回戦だったが、早速2回戦が組まれた。俺は、莉奈さんとだ。恵 は、エイディさんとか。俊男が勇樹と・・・江里香先輩がシードか。・・・って事 は、まさか!!グリードさんとレイクさんか!!ちなみに、俺と莉奈さんの試合の 勝者が、江里香先輩と闘う事になっている。  俺は早速、莉奈さんとの試合になったが、はっきり言って莉奈さんは、かなり強 かった。要所要所を押さえて、ポイントを取りに来た。しかし、俺は、ポイントを 取りに来る所を敢えて読んで、撥ね返す事で競り勝った。危ない勝負だった・・・。  続いて、恵とエイディさんだったが、エイディさんの力強いスマッシュを、恵は スピンを掛けながら弾き返す。技術的には、恵の方が上だった。さすがだ。前の時 より、数段腕が上がっている。エイディさんも粘ったが、恵が勝利を収める。  俊男と勇樹は、悪いが、圧倒的だった。勇樹も決して下手では無い。だが、俊男 が圧倒的に、上手過ぎるのだ。曲がる羽根、落ちる羽根など使い分けている。すげ ぇ技術力だ。技量で言えば、一番かも知れない。  そして、グリードさんと、レイクさんの番になった。ちなみに負け組は、早速、 餅突き大会を始めている。シャドゥさんなどが、唐辛子を入れようとしているのを 押さえたりしている。あっちはあっちで楽しそうだ。しかし、一旦落ち着いたのか、 手を止めてこっちを見だした。グリードさんとレイクさんの試合を見るためだろう。 「グリード。手加減するんじゃねーぞ?」 「兄貴。飛び道具を使ったスポーツで、負ける訳にゃいきませんぜ?」  レイクさんは元より、グリードさんも、やる気マンマンだ。基本的な技術力は無 い。だが、圧倒的な速さを持つレイクさんと、飛び道具を、自在に操るグリードさ んの対戦だ。これは、どう転ぶか分からない。  そして、早速始まった。レイクさんが、最初に羽根を放つ。速い!何て速さだ。 それをグリードさんは、目で追い掛けていた。しかし、体が付いていかなかったの か、1ポイント取られていた。 「どうした?反応が出来ないのか?」 「兄貴。早とちりは困りますぜ。俺は、今ので、兄貴の羽根筋を見極めさせてもら いました。次は、弾き返してあげますよ。」  グリードさんは、そのために最後まで見ていたのか。 「面白い事を言うじゃねーか!」  レイクさんは、また高速で羽根を放つ。それをグリードさんは、キッチリ返して きた。だが、シャドゥさん程、羽根にスピードが無い!レイクさんは、反応して弾 き返す。しかし、それを軽々とグリードさんは返してきた。しかも、急速に曲がる 羽根でだ。咄嗟に曲がったので、反応出来ず、グリードさんが1ポイント取った。 「さっきの言葉、嘘じゃ無いようだな。」 「兄貴は正直過ぎるんですよ。だから、打つ面と、打つ方向さえ見れば、何処に羽 根が来るか、分かっちまうんですよ。」  なる程。グリードさんは、レイクさんが羽根を打つ前から何処に羽根が来るのか 分かっているので、打ち返す事が可能なのだ。凄いな・・・。  しかしスピードに付いていける訳では無い。最初こそ落ちる羽根で2ポイント目 を取ったが、レイクさんも、羽根を見極めて打ち返すようになり、五分五分の勝負 になった。これは・・・ある意味、凄い闘いだ。 「こんな短時間で、曲げに対抗してくるなんて、さすがですよ。」 「お前こそ・・・こんなやり方で付いて来るなんてな!楽しいじゃないか!」  二人共、笑っていた。勝負を楽しんでいるな。  しかし、これで最後だ。グリードさんは妙な構えをする。羽子板の面を、しっか り手で覆っている。何のつもりなんだろうか?  レイクさんは、高速に羽根を放つ。それをグリードさんは、思いっきり、スピン が掛かるように弾き返すが、いかんせん、スピードが鈍いなんて物じゃない。しか も、変な方向に飛んでいった。これでは、陣地内に入らないだろう。 「最後は、あっけない物ね。」  江里香先輩も、そう思っていた。しかし、羽根は、物凄いスピンで陣地内に戻っ てくる。入ってるぞ!?あれ。 「くっ!!こういう事か!」  レイクさんは、慌てて拾いに行く。そして、寸での所で、拾い上げて弾き返す。 「貰いましたぜ!!」  グリードさんは、今までに無いスマッシュのチャンスだった。羽根は、ゆっくり だ。それを、レイクさんが倒れている反対の端へ、今までに無いスピードで弾き返 した。これは、さすがのレイクさんも間に合わない!・・・そして羽根は落ちた。 「ちぃっ!!」  レイクさんも飛びついたが、間に合う筈も無かった。今までのレイクさんに匹敵 するスピードだった。恐らく、最後の賭けだったのだろう。 「・・・僅かに、外れてます!」  ナイアさんが言う。・・・ほ、本当だ・・・。ほんの僅かだが、陣地に入ってな かった。と言う事は・・・。 「レイクさんの、勝ちです!」  おおお!周りからも、歓声が起きる。 「・・・勝った気がしないぜ・・・。」  レイクさんは、完全に、してやられた表情だった。 「さすがに、あのスピードで端を狙えば外れたか。まだまだだな。俺っちも。」  グリードさんは、晴れやかな表情だった。負けて納得だったのだろう。あのスピ ードじゃなきゃ、反応されていた。そして、端を狙わなきゃ、レイクさんは追いつ いていた。そして、次は、あれ以上のスピードは出せない。それで外れたのなら、 仕方が無い。そう思ったのだろう。 「グリード。成長したな。勝負では、お前の勝ちだった。」 「何を言ってるんですか。正確に狙えなかったのは、兄貴の速さが凄かったからで すよ。もう、あれ以上の速さには、反応出来ませんよ。」  レイクさんとグリードさんは、握手をする。そこには、仲の良い、いつもの二人 があった。何て人達だよ。この人達はさ。  そして、興奮冷めやらぬ内に、江里香先輩との試合になった。江里香先輩は、相 当慣れている。構えからして違う。シャドゥさんと同じくバックハンドだ。俺は、 この勝負は、スピードとパワーで勝負するしかないと読んでいた。レイクさんと同 じ戦法だ。対して江里香先輩は、完全なテクニック勝負だ。俺が反応し難い所に羽 根を放って来る。勝負は、ほぼ拮抗した。やはり2ポイントずつで最終試合になっ た。俺は、江里香先輩の羽根を、どうにか拾っていく。しかし、江里香先輩に、精 彩がない。肩で息をしている。そうか。結構打ち合ったからな。それに、一々技を 繰り出していたんじゃ、疲れると言う事か!そんな江里香先輩に対して、俺は、ま だスタミナに余裕がある。行ける!! 「入りました!!瞬さんの勝ちです!」  俺は勝利宣言を受ける。・・・寸での所だった。もしスタミナが尽きなかったら、 先にミスをしたのは、俺だったかも知れない。 「はぁーあ。さすが瞬君。そのスタミナには、敬意を表するわ。」  江里香先輩は、あっさり負けを認めた。だが、言う程、俺には余裕が無い。ギリ ギリの勝負だった。はっきり言って、俺も限界だった。  次の試合は、レイクさんと恵。そして俊男と俺だった。準決勝って奴か。レイク さんは、今まで通り、物凄い速さのラリーを続けている。それに対し恵は、それを 物ともせず、返している。さっきのグリードさんとの試合を見ていたのだろう。完 全に動きを読みきって、打ち返していた。しかも、あのレイクさん相手に、陣地の 一番前まで来て打ち返している。凄い自信だ。 「さすがとしか、言いようがねーな。恵。」 「レイクさんこそ、私が反応するのが、やっと何て、恐ろしい早さですわ。」  2人共、純粋な打ち合い勝負になってきた。シャドゥさん以外に、こんな事出来 るなんて、恐ろしいな。恵は曲がる羽根も使える筈だが、敢えて使わない。全て読 みだけで、レイクさんの要所要所をスピードのある羽根で、対抗している。  先にポイントを取ったのは恵だった。ギャラリーが沸く。しかしレイクさんも立 て続けに意地の手数で、ポイントを取り返して逆転する。しかし恵も負けていない。 ここに来て、初めて曲がる羽根を使い出す。凄いのは、ここからだった。あのレイ クさんの速い羽根を、悉く曲がる羽根で返していく。そして同点になった。  しかし、最後は、さすがに片膝を着きそうになる程、疲れていたのか、レイクさ んに取られる。恵は、溜め息を吐くが、仕方が無い。 「負けましたわ。伝記の剣術は、伊達じゃありませんわね。」 「俺は、ほぼ全てを出し切った。ギリギリだったぜ。」  さすがのレイクさんも、心地良い疲れを感じているようだ。一方の恵も、納得の 負けだったようだ。こっちでも、凄いと思えるような闘いを演じた。凄い事だ。俺 も負けられない。  そして、俺は、俊男と打ち合う事になった。 「瞬君。悪いけど、勝たせてもらうよ。」 「恵が、あれだけ頑張ったんだ。俺も、負けないようにするだけだ。」  俊男は、あれで、かなりの負けず嫌いだ。空手大会に続き、部活動対抗戦でも負 けを喫しているのを、気にしない訳が無い。  俺は、早速、打ち始める。すると俊男は、恵と同じく一番前に立ってきた。そし て、高速に打ち返してくる。俺は、何とか拾うも、俊男は一歩も動かず、打ち返し てきた。しかも羽根が、一旦上昇した後に、急速に落ちた。 「い、今のは何だ!?」  俺は、さすがに驚く。 「高速フォークって奴だよ。一旦浮いて、落ちるんだ。」  すげぇ。初めて見た。だが、これで弾道は分かった。俊男が羽根を放つ。それを 俺は力で押し返す。すると、俊男はまた、踏み込んで打ち返してくる。俺も距離を 詰める。落ちる前に勝負する!それしかない。俺の作戦が功を奏したのか、2ポイ ント連取する。しかし、俊男は落ち着いていた。あれは諦めている眼じゃない。 「さすがだよ。瞬君。まさか決勝前に、僕の手の内を見せる事になるとはね。」  俊男は、そう言うと、俺の放った羽根を、手首を返しながら打ち返してくる。 「うお!」  俺はビックリした。羽根が揺れている。分身しているかのようだ。それを俺は、 何とか当てる。すると、俊男は、手首すら見えない打ち方をしてきた。すると、俺 が打ち返すポイントの前に、狙ったかのように落ちた。陣地には、ギリギリ入って いる。何だ?この羽根は・・・。  それからの俊男は、あらゆる技法を使って俺を惑わせた。俺は何とか食らいつく が、渦巻状に回転する羽根に、やられた。 「俊男さんの勝利です!」  ナイアさんが宣言する。 「あー。負けた!さすがに完敗だ!」  俺は認めた。俊男は、俺なんかよりも、もっとレベルの高い所にいた。聞けば、 パーズでも、同じような大会があって、タイトルを、悉く奪った経歴があるらしい。 納得だ。俺が食らいついていた方こそ、奇跡なのかもな。 「んじゃ、決勝戦と、3位決定戦だな。」  レイクさんが言う。そう言えば、3位決定戦があるんだったな。決勝戦は、シャ ドゥさんが審判をやるようだ。3位決定戦は、ナイアさんだ。どうやら、同時に行 うらしい。 「兄様。あの時の、練習以来ですわね。」 「そうだな。あの時は、睦月さんと葉月さんに勝ちたい一心で練習したっけな。」  恵も俺も、負けず嫌いだったからな。コテンパンにのされた後、飽きるまで練習 したっけな。それ以来だ。恵との対戦は。 「私、2回も負ける程、お人好しじゃ無くてよ?」 「言うね。俺だって、俊男に負けたのだって、悔しいくらいだぞ?」  恵も俺も、あれだけ実力差があっても、勝ちたいと思うくらい負けず嫌いなのだ。 確かに俊男もレイクさんも、決勝に勝ち上がるに相応しい程強い。でも、それに勝 ちたいと思う気持ちは、負けちゃいなかったはずだ。  そして、決勝と3位決定戦が始まった。レイクさんと俊男の方はレイクさんが、 パワー、そして俊男がテクニック。スピードは互角。そしてスタミナも、どちらも 無尽蔵だ。見てて、分かり易い構図だった。一方の俺達は、俺も恵も、読みと勘を 頼りに、スピードもテクニックもある。パワーでは、俺が上回ってるが、それを封 じるだけの弱点を突く闘い方が恵には出来る。パワーと、読みの闘いだった。俺も 読みに関しては、自信がある方だが、恵は、試合全体をコントロール出来るくらい の、分析力がある。そこは認めるしかない。  恵は分裂思考が出来る。俺が、次の羽根が来る所を予想するのは、相手の動きを 捉えてからだ。しかし恵の場合、相手の出方を、3パターンか4パターン読んで、 一番確率の高い事項を弾き出す。だから、精度の高い読みが可能となるのだ。恵か ら、その話を聞いた時は、ビックリした。そんな考えに至り、実行出来るのは、天 才と言う他無い。  俺は、恵を上回るパワー、そして時折、意外な事を混ぜながらポイントを取る。 恵の方は、的確に素早くラリーを繋げる事で、ポイントを取って行った。そして、 やっぱり2ポイントずつ取る。ここしかないって、ポイントを的確に取ってくる。 陣地の4隅を、正確に狙ってくる辺り、恵は凄い。しかも、小手先の技に頼ったり しない。真っ向勝負だ。女性陣の中で、スピードで真っ向勝負しているのは恵だけ だ。パワーは、確かに無い。しかしスピードと正確さで、確実に追い詰める。レイ クさんは、それ以上に、スピードもパワーも持っていたが、俺は、パワーくらいし か勝てる要素が無い。しかも、最後の試合だってのに、スタミナも切れない。恵の 才能には、舌を巻く。 「ほっ!!やるな!恵!!こんなに凄くなるなんて、何だか嬉しくなってくるぜ!」 「タァ!!無駄口叩く暇は、与えませんよ!」  俺達は笑っていた。まるで、あの練習していた時に戻っているような感覚だった。 スピードもパワーも、段違いに違う。でも、こうやって一生懸命打ち合ったっけな。 「あーあ。仲が良い事ねぇ。」  ファリアさんが羨ましがる。俺達は、血の繋がってない兄妹だ。だけど、絆が無 い訳じゃない。こうやって、羽根突で遊んだ記憶だって、鮮明に覚えている。 「コイツで終わりだ!」 「止めよ!」  俺の思いを込めた羽根を、恵はしっかりと打ち返してきた。俺は、その最後の羽 根は、見えなかった程だ。さっき、このスピードで返せば、レイクさんにだって、 勝てただろうに・・・。俺に見せるんだからなぁ。素直じゃないよ。恵は。 「入ってます!恵さんの勝利です!」  ナイアさんが、宣言する。すると、ギャラリーが沸いた。いつの間にか、レイク さんと俊男も、見ていた。白熱して、気が付かなかったぜ。 「ふふっ。腕を上げましたね。でも、もう一歩足りませんでしたわね。」 「全くだ。俊男に続き、2連敗とは、焼きが回った物だ。」  恵は、本当に凄かった。だから素直に認めた。そして、恵とハイタッチする。本 当に、良く出来た妹だよ。 「おい。あっちに、負けられないぞ?」 「分かってますよ。これで最後です。思いっきり行きますよ。」  レイクさんと俊男も気合を入れる。どうやら、こっちも同点みたいだ。激しいラ リーから始まった。俺達も早かったとは思うが、こっちも、かなりの物だ。どちら も力強い。だが、レイクさんが、どの位置で拾っても、パワーを込めているのに対 し、俊男は、返しながらも色んな変化を付けていた。それなのに、激しいスピード に見えるのは、俊男が、スピードを付けながら、変化させていたからだ。正直凄い。 しかし、レイクさんも、崩れそうに無い。その辺は、さすがだ。 「くっ!!」  レイクさんが、バランスを崩しながらも打ち返す。すると、凄くゆっくりした羽 根になった。チャンスだ。俊男は、ジャンプして空中で打ち返す。しかも、太陽を 背にしていた。羽根筋が、分からない! 「うおおお!」  レイクさんが、渾身の一撃を見舞おうとする。しかし羽根は、揺れながら分身し ていた。太陽を背にしながら、揺れる羽根か!・・・しかしレイクさんは、根性で 当ててきた。俊男は空中だ。これもチャンスだ。俊男は、地上では間に合わないと 判断したのか、苦しい体勢のまま、空中で打ち返してきた。そして、レイクさんは、 打ち返そうとするが、羽根が斜めに落ちていく。凄い変化だ。 「・・・入ってるな。俊男の勝ちだ!!」  シャドゥさんが、俊男の勝ちを宣言する。うおおお!凄い! 「はぁ・・・か、勝った・・・。」  俊男は、力が抜けたのか、へたり込んだ。 「あー・・・。最後の最後まで、あんな変化付けられるとはな。さすがだよ。」  レイクさんも、負けを認める他無かった。しかし俊男は、パーズでもやっていた 程の筋金入りの強さだったのに対し、剣術の腕前だけで、勝負していたレイクさん が、これ程の闘いを見せてくれたって事が、凄い所だと思った。 「ふむ。俊男さんが優勝・・・まぁ良いか。」  恵は、少し考え事をしていたが、勝手に納得する。 「ちょっと良いかしら?」  恵は、俊男に近寄る。そして、羽子板を打つポーズを取らせると、合図をして、 写真を撮っていた。業者まで呼んで、どう言うつもりだ? 「ええと・・・今のは、何ですか?」  俊男は不思議そうに聞く。すると、恵は、この上無く楽しそうな顔をする。どう せ、ロクでも無い事だ。間違いないだろう。 「豪華賞品の用意をね。」  恵は、サラッと言う。そして今度は、業者と色々話し合っていた。 「ええと・・・ちなみに、豪華賞品って・・・何?」  俊男は、嫌な予感がしたのか、恵に尋ねてみる。 「格調高い賞品ですわ。俊男さんの家と、天神家と、どっちに置きます?」  ・・・俺は、何と無く予想が付いた。何て事を考えやがる。 「良く分からないけど・・・大きい物なら、ちょっと、うちじゃ厳しいかも。」  俊男は、まだ分からないみたいだ。 「分かりましたわ。んじゃ、順当に行って、この辺かしらね?」  恵は、天神家の噴水の真正面を指差す。 「あの・・・恵様?トシ兄の賞品って、何なんでしょう?」  莉奈さんが、尋ねてくる。 「優勝者に相応しい銅像よ。4方から写真も撮ったしね。バッチリですわ。」  やっぱり・・・。俊男は、ポカーンと口を開けている。 「ぼ、僕の銅像!?」 「ふーむ。それは、一生に一度、あるかどうかだな。やるのぉ!」  俊男は困惑していたが、伊能先輩なんかは、感心しているようだ。 「俺、優勝しなくて良かったかもな。」  レイクさんは、冷や汗を掻いていた。 「この天神家に、並ぶのですから、誇りに思いなさいな。」  恵は、着々と準備をする。恐ろしい・・・。 「皆、餅が出来たわよー。」  ファリアさんが教えてくれる。どうやら、馬鹿やってる隙に、餅が出来た様だ。 中々出来たてで、美味しそうだ。雑煮用のお椀まである。今日は、餅だらけだな。 「今日は、ファリア様が?」  ナイアさんが、料理のチェックをする。 「餅以外のレシピは私。まぁ、この家や、貴女程じゃないけど、腕は振るったわよ。」  ファリアさんの笑顔は、嘘を吐いてない証拠だ。見た目の派手さは無いが、美味 しそうだ。所々に、遊び心まで加えてある。羽子板の形をした竹の子なんか、ちょ っとした物だ。睦月さんと葉月さんは、餅突きの手伝いを、していたようだ。合い の手が出来る人が、少なかったせいだろう。 「美味しいです。腕を、また上げましたね。」  ナイアさんは、満面の笑みを浮かべる。そこには、種族を超えた友情があった。 「そう言ってもらえると、自信になるわ。あ。これシャドゥさん用ね。」  ファリアさんは、特別に辛そうな付け汁を、シャドゥさんに渡す。 「さすがファリア殿。配慮には、感謝しよう。」  シャドゥさんは、嬉しそうに貰う。本当に、辛党なんだな。  今日は、正月だ。この家の執事達なども、一緒になって祝っている。さっきの羽 根突の話などでも、盛り上がっていた。正月から、最高のスタートだな。  俺は、この盛り上がりを、大事にしたいと思った。