2、探索  あれから数日が経って、色々と分かってきた。シャドゥさんの実力も拝見させて もらった。羽根突大会でも、片鱗を見せていたが、さすがと言う他無い。レイクさ んと同等か、それ以上の実力の持ち主だった。鋭い剣術に加え、他の剣術の良い所 を、そのまま自分の物にしている。更に、自分で磨きを掛けた『空洞剣』は、付け 入る隙が無い。俺も3回に1回、一本取れるかどうかって、感じだった。 (魔族でも、かなり上位の魔族だろう。只者では無いな。少なくとも魔界剣士クラ ス。魔王クラスの実力があると見て、間違いないだろう。)  ゼーダが言うのだから、間違いない。ちなみに、魔族は、古くから階級別に分か れている。一番下級なのが、使い魔と呼ばれている。次に妖魔。次に魔族。そして、 魔貴族と続く。魔貴族ともなると、中流クラス以上の家を与えられる。それくらい 上のクラスだ。そして、魔王の護衛である魔界剣士、そして魔王だ。だが、魔王が 『神液』と呼ばれる水を口にする事で、神の力をも克服するようになった魔族の事 を、神魔と呼び、最高クラスは、今の所、神魔となっている。その中でも、最高の 地位に付く者が、神魔王と呼ばれている。今は、グロバスが不在な上に、相応の実 力者は、伝記の戦いの時に全て散っていったので、神魔すら居ない状況だ。魔王と 呼ばれる者も、伝記の生き残り、元魔界三将軍のジェシーと、妖精の森に静かに暮 らしていると噂の男だ。その男は、破壊神エブリクラーデスの実子、ミカルドだ。 妖精の森の主であるリーアと恋に落ちて、妖精の森のために、獅子奮迅の活躍をし た事から、妖精の森に居つく事を許された、変わった魔族だ。  シャドゥは、その魔王と同じくらいの力を持っているのだという。クラスは、魔 界剣士だと思うのだが、その力は、ジェシーを凌駕しているかも知れないと言う事 だ。だがシャドゥさん自体が、その地位を望まないと言う話だ。まぁ義理堅いしな。  それと、ナイアさんだが、こっちは実力などでは、シャドゥさんの足元にも及ば ない。だが、生活力は、この人だけでも広い屋敷を運営出来る程なのだとか。そう 言う意味での力は、シャドゥですら、尊敬に値する程らしい。実際に見せてもらっ たが、さすがは、睦月さんと葉月さんのライバルと言うだけある。凄い物だった。  確か全ソクトアご奉仕メイド大会が開かれる筈だ。これは、楽しみになってきた な。睦月さんや葉月さんも、この頃、凄い気合が入っている。ナイアさんの優勝を、 何とか止めたいと言った所なのだろう。  まぁ、そんな折だった。ファリアさんとレイクさんから、呼び出しが入った。何 やら、緊急に頼みたい事があったらしい。呼ばれたのは、俺と恵と俊男と江里香先 輩だった。緊急に頼みって、何だろうな?  場所は爽天学園の校舎裏。だから、江里香先輩が、鍵を持ってくる事になってい る。何故なら、夜に行うと言う事だからだ。何をやるつもりなんだろう?  俺達は、学校まで来た。夜中だと言う事で、なるべく音をさせないように、して いる。その辺の足捌きは、バッチリだ。  やがて、俊男と江里香先輩とも合流する。目立たない校舎裏に行くのは、どう言 う用件だろう?何か、大事な事でもするんだろうか? 「集まったわね。急で、ごめんなさいね。」  ファリアさんが、周りに誰も居ないのを確認しながら、話し始める。レイクさん は、緊張した面持ちだ。どうやら、何をするか聞かされているようだ。 「用件を聞きますわ。」  恵が、ファリアさんの目を見る。真意を測っているようだ。 「今日、雲一つ無かったでしょ?今からやる事は、それが第一条件だったのよ。本 当は、そうじゃなくても出来るんだけど・・・失敗したくないの。」  ファリアさんは、何かを、やるつもりらしい。 「・・・まさか、『召喚』?」  恵は、緊張した声になった。『召喚』?ファリアさんのルールだよな。 「察しが良いわね。私が、今までやってきた召喚は、物体の召喚・・・。でも、今 日やるのは、生命の召喚よ。霊魂の召喚とも言うわ。」  ファリアさんは、驚く事を口にする。生命の召喚。と言う事は、今までのと、次 元が違うと言う事か。下手すると、暴走し兼ねない。 「私が呼ばれたのは、鍵の管理だけじゃ無かったって事か。なる程ね。」  江里香先輩は察する。江里香先輩のルール『治癒』は、もしものためにファリア さんを治すための物だ。そして、俺が呼ばれたのは、俊男と組んで、ファリアさん が暴走したときの抑え役。俊男の『跳壁』と俺の『破拳』があれば、手早く片付け られる。そして、拘束する時に役立つのが、恵の『制御』。力を使えなくするため だ。そして、最終的にファリアさんに取り憑いた場合に、取り憑いた者だけを斬る 事が出来る『万剣』のレイクさん。考えているな。万全だ。 「とうとう・・・やるつもりなのね。分かった。見てますわ。」  恵は、薄々感付いていたようだ。ファリアさんの最終目標は、召喚の成功。そし て、呼び出す相手は両親だろう。ファリアさんの両親は、自殺したと聞いている。 しかし不明な点が多い。それをハッキリさせるためにも、呼びたいのだろう。  霊体の召喚。これは、大変な危険を伴う。このソクトアでは、特に神や高位の魔 族の霊も漂ってるため、細心の注意を、払わなければならないのだ。 「召喚・・・って、そんなきついんだね。」  俊男も、緊張感が伝わってくる。 「私の両親の無実を晴らすためだからね。この能力を得て、決心がついたって訳よ。 ただ、好都合な天気が来なくてね。遮る物が無い天気だったから、今日は、霊体を 呼び出し易いのよ。これなら、魔力も、さほど使わなくて済む。大量に使うと、違 う物まで、呼び寄せちゃうから気を付けないとね。」  ファリアさんが説明する。つまり、呼び寄せるのに大量の魔力を使うと、それだ け、呼び出せる確率も増えるが、寄って来る者も、強大になり易いのだとか。 「よし。俺は、ゼーダとも協力して、備えをしておく。」 (仕方が無いな。まぁ召喚をするとあらば、備えるしかなかろうよ。)  ゼーダも、召喚の危険さを承知みたいだ。 「じゃ、行くわ。ルール発動!」  ファリアさんは、指先に魔力を集中しだすと、ルールを発動する。ファリアさん の周りの空気が変わった。違和感も生ずる。そして、呼び出すための方位陣を描き 出していく。そこに、魔力をありったけ込める。 「・・・空気が重いな。」  レイクさんは、ファリアさんの周りにある空気が、気になっているようだ。 「皆・・・頼んだわよ。」  ファリアさんは、呼び寄せに集中する。すると、霊体が近づいてくる。ファリア さんが集中しているせいか、方位陣の中に居る、俺達まで霊が見える。その中の2 体が、こっちを見ていた。 「・・・お願い。来て・・・。父さん。母さん!」  ファリアさんは、想いを込めると、2体の霊体が近づいていく。この2体が、そ うなのか?俺の疑問は、周りもそうだったらしく、警戒していた。 「くっ・・・。」  ファリアさんの中に、2体が入っていく。そして、ファリアさんが意識を集中す ると、ファリアさんの後ろに、取り憑くように2体が後ろに回った。 「・・・ファリア。成功か?」  レイクさんが、心配して駆け寄る。 「・・・ん・・・。大丈夫だったみたい。じゃ、恵さん。頼むわ。」  ファリアさんが恵に合図を送る。すると、恵はルールを発動して、『制御』を始 める。ファリアさんに憑いている2体以外の霊が、入って来れない様に、力場を作 っているらしい。抜かりは無いみたいだ。  そして、ファリアさんが落ち着くと、2体を前に出した。 「・・・父さん。母さん。・・・やっと会えた!」  ファリアさんは、感極まったのか、涙ぐむ。どうやら間違いないようだ。 「・・・ファリア。強い呼び出しがあったが・・・お前だったのか。」 「無理したんだね・・・。」  ファリアさんの父は、宥める様に・・・ファリアさんの母は、懐かしむようにフ ァリアさんを見ていた。 「ファリアの、ご両親ですね。お初にお目に掛かります。」  レイクさんが、緊張した面持ちで顔を下げる。 「・・・ユードのご子息か。ファリアも隅に置けんな。」  ファリアさんの父は、レイクさんの事を、一発で彼氏だと見抜いた様だ。 「ゼリンを連れて来た時は、どうしようかと思いました。今度は、安心ですねぇ。」  ファリアさんの母も、レイクさんの事が、気に入ったようだ。 「・・・いきなり、そう言う話から入るとは思わなかったわ。」  ファリアさんは、頭を抱えている。しかし、嬉しそうだった。 「馬鹿ップル・・・。」  江里香先輩は、溜め息を吐く。その気持ちは、よーく分かる。 「しかし・・・ファリアよ。お前、どうやってあの島から抜け出したのだ?」  ファリアさんの父が、疑問に思うのも当然だ。 「そこから先は、私が説明しましょう。」  恵は、周りへの警戒を怠らないようにしながら、ファリアさんが、島を抜け出し た経緯と、魔炎島での生活、そして、ガリウロルに流れ着いて、俺達との生活につ いて話した。恵の説明は明快で分かり易い。要点を纏めているからだろう。 「・・・4ヶ月程で、随分と苦労したんだな。」  感慨深げだ。無理も無い。娘が、こんな苦労をしてると知れば、心配もしたくな るだろう。それだけに、レイクさんと出会えたのは、幸運と思うしかない。 「レイクさん。娘は、そそっかしくて、素直じゃありませんが、宜しくお願いしま すね。優しい子なんです。何より、意志の強い子なんです。」  ファリアさんの母は、改めて、レイクさんに、お願いする。 「知っています。俺より、ずっとしっかりしていて、勿体無いくらいです。でも、 幸せにするって、誓ったんです。それだけは、守りたいと思います。」  レイクさんは、ハッキリと言う。羨ましいな。レイクさんに迷いは無い。ファリ アさんと、一蓮托生する心の準備が、出来ているのだろう。 「レイクさん、さすがだなー。」  俊男も感心する程だ。ここまで言えると、男だよな。 「俺も・・・いつか、ああなりたいものだ。」  レイクさんは、男としての目標だ。俺より、一歩先を行ってる。 「んもう・・・。皆が居るってのに・・・。」  ファリアさんは、顔を真っ赤にしていたが、凄く嬉しそうだった。 「君になら任せられる。正直、ゼリンを見た時は、やばいと思ったのだ。」  ファリアさんの父も、安心のようだ。 「・・・そうだ。父さん。私ね。聞きたい事があるの。」  ファリアさんは、ついに本題に入るみたいだ。 「・・・私達の最期の事か?」  薄々感付いていたようだ。何で召喚したか・・・その理由をだ。 「ま、気付いているだろうが、私達は、自殺などしていない。」 「貴女が、危険を冒してまで、セントの批判をするような子じゃないって、知って たからね。私達は、何かに巻き込まれたんだろうって、直感で思ったくらいよ。」  父も母も、しっかりとした口調で言う。やはり、自殺では無かったか。自殺にし ては、不自然な点が多過ぎると思ったんだ。 「じゃぁ・・・やっぱり、あのゼリンが!!」  ファリアさんの目に、炎のようなものが燃える。 「違う。ゼリンでは無い。」  ・・・え?俺もゼリンの仕業だと思っていた。しかし、父は否定していた。 「ゼリンは、私達が死んでるのを確認して、その後の処理をしただけよ。」  母も否定した。どうやら、ゼリンのせいでは、無いみたいだ。 「じゃぁ・・・一体誰が?」  ファリアさんも当然、そこに行き着く。俺だって、ゼリンのせいだと思ってたく らいだ。レイクさんですら、意外な顔をしていた。 「貴女の身の上話にも出て来た、ゼロマインドよ。」  !!ゼロマインドが、直接!? 「ゼロマインド・・・何者なのよ・・・。」  ファリアさんは、愕然とした。会った事も無いゼロマインドに翻弄されたと知っ たからだろう。ゼロマインドの仕業なら、何故なのか? 「ゼロマインドは、恐ろしいぞ。ゼリンですら、その手先でしかない。私達が、ゼ リンを疑った所で、奴は姿を現した。私達も、魔力で応戦しようとしたが、バリア のような物に阻まれて、勝負にも、ならなかった。」  父は、低く唸る。ファリアさんの父だって、相当な実力者だった筈だ。 「奴は、ゼリンですら、知らない部下を持っていた。私達は、知らぬ間に首に縄を 掛けられていたのだ。信じられるか?一瞬でだぞ。」  それは、恐ろしい光景だっただろう。何せ、知らぬ間に、首に縄が掛かっていた のだ。何らかの特殊能力だとしか思えない。 「後ろにもう1人居た。多分、時間を操る能力の持ち主よ。」  ・・・時間?・・・どこかで・・・。 (まさか・・・奴が!!!!!)  ゼーダ・・・。やっぱ、アイツなのか? (転生では無く、時間を止める事なら、数瞬程度なら、出来る筈だ。私の予知なら 読んで止められる。だから、私には、手を出して来なかったのだしな。)  つまり・・・ゼーダが居なければ・・・。やり兼ねないと言う事か。邪魔する事 無く、時間を止められる・・・と。 (勿論、制限はある。余程、状態が戻って無ければ、使えない筈だ。)  それ程、強力な力な訳だ。 「・・・運命神ミシェーダ・・・。が、絡んでいるって訳ね。」  ファリアさんも気が付いた様だ。ゼロマインドの力に、ミシェーダが惹かれたの か、それは定かでは無いが、ミシェーダが絡んでいる可能性は、高い。 「時間を操る、運命神・・・か。恐るべき敵ね。」  恵は、ハッキリ敵と言った。伝記でのミシェーダの蛮行は、周知の事実だ。 「時間を操る・・・参ったね。」  俊男は、攻略法を考えているようだ。 「何とか、打開策が欲しい所よね。」  江里香先輩も前を向いている。この調子なら、何とかなるかも知れないな。 「その時は、ゼーダを呼ぶしかないかもな。」  俺は、出来れば自分の力で闘いたい。しかし相手が、唯一恐れるのがゼーダだ。 (フッ。どんどん頼ると良い。それに、ミシェーダには、この私の手で引導を渡し たいしな。1200年の借りを返さなければ、ならん。)  燃えてるねぇ。まぁ、アンタにとっても、他人事じゃないんだよな。 「頼もしい仲間達ですね。」 「フム。安心した。ファリアは、良い友人に恵まれている。」  母も父もファリアさんを心配していたようだが、俺達を見て、安心したようだ。 「しかしガリウロルに居たとはな。しかも話を聞く限り、ファリアが、魔炎島に着 いた頃、私達は、絶望の島に辿り着いたからな。」  どうやら父は、絶望の島まで、追っかけに来たみたいだ。だが、擦れ違いだった のだろう。ファリアさんが脱出したのと同時に、着いたみたいだ。 「父さん達、絶望の島に居たの?」  ファリアさんも驚く。霊魂になってまで、ファリアさんを追い掛けてきたのだ。 「そうよ。ずっと捜してたんだけど、見当たらなくて・・・。さっきの召喚で、転 移しなかったら、まだ、あそこに居た所よ。」  母が答える。なる程。ファリアさんを捜してたって訳だ。 「しかし、絶望の島は疲れる。あそこほど、成仏出来てない霊魂が集まる所は無い。 辛気臭くて、堪らなかったな。」  どうやら、数え切れない程の霊魂を、見てきたらしい。 「・・・ファリアのお父さん。コイツの霊魂に、見覚えがありますか?」  レイクさんは、写真を取り出す。そこには、レイクさん達4人と、もう1人大柄 で、優しい瞳をした男が居た。どうやら、最年長みたいだ。 「この、一番背の高い男です。俺達を救った、ジェイルと言う男です。」  レイクさんは、尋ねてみる。霊魂なら、会えたのかも知れない。そうか。この人 が、ジェイルさんか。落ち着いた雰囲気がある。 「・・・覚えがあるか?」 「・・・新しい霊魂は、ほぼ確認しましたが・・・知らないわね。」  父も母も、見覚えが無いみたいだ。 「・・・レイク!」  ファリアさんは、レイクさんを見つめる。 「ああ!アイツ・・・死んでなかったのかも知れない!」  レイクさんは、興奮した面持ちだった。ジェイルさん・・・か。大事な人みたい だな。レイクさんとは、付き合いも長いと言う話だし。 「・・・もしかして・・・あの地下室の?」  父が、心当たりがあるみたいだった。 「地下室?・・・あの島の地下室!?」  レイクさんは、喜びも束の間、顔が、青ざめていく。 「あの島の地下室・・・か。」  ファリアさんも言葉を失う。どうやら、余り良い所では、無いらしい。 「・・・重体だったのに、奇跡的に生還した人の事かも・・・。最上階で、そんな 話を聞きましたね。確か看守達が言ってましたよ。地下室で、データを取るとか。」  なる程。この人達は、最上階で、地下室の男の話を聞いたのか。しかしデータを 取るって、どう言う事だ? 「・・・最低ですわね。そんな施設まで、あるなんて。」  恵が吐き捨てるように言う。余程、癇に障ったらしい。 「・・・絶望の島の地下室は・・・別名『改造部屋』。ジェイルは、生きていたけ ど・・・モルモットに、されたってのか!!」  レイクさんは、拳を握り締める。悔しくて、仕方が無い様だ。 「あの優しいジェイルさんを・・・許せない・・・!!!」  ファリアさんまで、怒りの炎を灯す。慕われてたんだな。 「どうやら・・・その内、行かなきゃならないようだな。あの島へ。」  レイクさんは、苦々しい顔をしていたが、決意は固い様だ。 「そうね。私達も、あの時とは違う。救い出しましょう。」  ファリアさんも同調する。この4ヶ月の間に、レイクさん達は飛躍的なパワーア ップをしたのだ。ならば、そう考えるのも無理はない。 「でも、慎重に行かなきゃ駄目よ。それと・・・仲間外れは、無しよ?」  江里香先輩が、レイクさん達を諭しながら、強い目で見つめる。 「そうですよ。旅は、道連れって言いますからね。」  俊男も、吹っ切れているようだ。 「あーら。なんだ。皆様も、行くつもりでしたの?」  恵も、行く気マンマンだった。 「参ったな。皆、同じ考えだってか。」  勿論、俺もだ。レイクさんの仲間が酷い目にあっている。それだけで、行かなき ゃ駄目だ。そんなの俺は、見過ごせない。 「物見遊山で、行く所じゃねーんだぞ?」  レイクさんは、体験してるだけに、心配している。 「悪いけど。断わるって選択肢は無くてよ?それにね。そう言う連中は、私、虫唾 が走る程、嫌いでしてね。この手で倒さなきゃ、気が済みませんの。」  恵は、青白い炎をその目に灯している。怖いくらいだ。 「これは、いくら言っても無駄・・・よね。私が同じ立場でも、そう言う。だから、 もう止めないわ。・・・その代わり、必ず成功させて、戻りましょう。」  ファリアさんは、成功の事だけを、考えているようだ。 「それに・・・私は、ティーエの事も気になるわ。」  ティーエ?初めて聞く名だな。 「ああ・・・。ティーエさんか。世話になったしな。」  レイクさんも思い出したようだ。どうやら、絶望の島の人らしい。 「ティーエは、慣れない私を励ましてくれた。それに私達が逃げる切っ掛けを作っ てくれた人。忘れられないわ。」  ああ。そうか。絶望の島で騒ぎを起こしたって言ってたけど、その騒ぎを起こし てくれたのが、ティーエって人か。 「・・・ファリア。その人は、忘れなさい。」  ・・・え?ファリアさんの母が、目を閉じながら言う。 「・・・母さん。どういう事?ティーエを知っているの?」  ファリアさんも、信じられないようだ。 「まさか・・・ティーエ・・・殺され・・・。」 「違う。死んでは・・・いない・・・。」  父も哀しげな声で言う。どうやら、死んでは、いないようだ。 「・・・!!最上階!!!」  ファリアさんは、何かに気が付いた様だ。その瞬間、レイクさんも苦い顔をする。 そして両親も目を伏せた。 「ティーエ!!!ああああああ!!ティーエェェェェ!!!」  ファリアさんは、頭を抱えて座り込む。自責の念に駆られているようだ。 「ファリア・・・。今は・・・落ち着くんだ。」  レイクさんは、ファリアさんの肩を抱いて、宥める。 「・・・どういう事なのか・・・説明して下さる?」  恵が説明を求める。しかし、俺は、嫌な予感がしていた。 「ご両親。ファリアを頼みます。」  レイクさんは、まだ号泣しているファリアさんを、両親に預ける。 「・・・絶望の島の最上階・・・あそこは島主の・・・お気に入り部屋だ・・・。」  レイクさんは、声を、捻り出すようだった。 「島主は、最低な野郎でな。気に入った女性を・・・。」 「もう、たくさんですわ!!」  恵は、怒りで、煮え滾りそうな目をしていた。心無しか、目の奥が赤い。 「噂以上ね。久し振りに、私も暴れたい気分よ。」  江里香先輩も、聞いてられないのだろう。 「犯罪者を自分達で作っておいて、好き放題か。・・・許せない。」  俊男も、拳を握って怒る。そうか。莉奈さんの事を、思い出してるんだな。 「最低な野郎達だな。こりゃ、ますますもって、行かない訳には、いかないな。」  俺だって、許せないさ。冗談じゃねーっての。 「恐らく・・・手引きがバレたんだろう。ティーエさん・・・。」  レイクさんも悔しい様だ。ファリアさんの手前、何とか理性を保っているのだろ う。自分達にも責任があると、思っているのだろう。 「もう・・・迷わない!!私が、救い出す!!」  ファリアさんは、落ち着いたのか、今度は決意が前面に出ていた。 「お前の決意は固いようだな。なら私達は、見ているとしよう。」  父と母が、遠ざかっていく。 「やるべき事が分かった。敵も見えた。ありがとう。父さん!母さん!!」  ファリアさんは、立ち直ったようだ。 「色々な事が、分かったな。」  そう。良い事も悪い事も・・・分かった気がする。 「僕達に出来る事から、やらなきゃ駄目みたいだね。」  今、苦しんでる人が居る。だから、救い出したい。でも、やるからには、必ず成 功しなきゃ駄目だ。俊男は、その覚悟を固めているのだ。 「!!」  俺は、何か危険を感じた。 (何か来る!!)  ゼーダも気が付いた様だ。どうやら、ゼーダの予感が、俺にも伝わった感じだ。 「皆!気を付けろ!何か来るぞ!!」  俺は警戒を呼びかける。その瞬間、全員が、ルールを発動する。さすが早い。 「ほほう。・・・召喚の儀式・・・。今時、コレを出来る奴が居たとは。」  上空から声がした。どうやら、姿を隠す気はないらしい。ソイツは、スーツ姿だ った。余裕のつもりなのか、腕組を、崩さない。 (ミシェーダ!!!)  え?あれがミシェーダ!?スーツを着てるせいか、普通の野郎にしか見えないぞ。 「何者?貴方・・・。」  ファリアさんは、武器を召喚する用意をしていた。レイクさんも、腰の剣に手を 当てる。一応、持ってきているようだ。 「名乗る必要は無い。君達は、ここで果てるのだ。」  ミシェーダは、ただ腕組をして立っているだけだが、強烈な存在感を示していた。 「運命神・・・ミシェーダ!!何をしに来たんだ!」  俺が、間髪入れずに叫ぶ。 「・・・ほう。小僧。良く気付いたな。」  ミシェーダの気配が変わる。俺に、焦点を合わせるようだ。 「どうやら、早急に片付けなければならないようだ。・・・奴から貰ったコレで、 一気に片を付けてやろう。どうやら、障害になりそうだしな。」  ミシェーダは、懐から何かを取り出す。 (あ・・・あれは!!!瞬!早く、私と代われ!!)  どうした!?ゼーダ。うおっ!! 「フフフ・・・。時の狭間に落ちるが良い。こんな物まで再現した、奴の怒りに触 れた事を後悔しろ!!消えろ!次元の彼方に!!」  ミシェーダが叫ぶと、俺の意識が遠のく。冗談じゃない!何だこれ!! (瞬!ぐぅ!!行くな!!行くんじゃない!!!)  ゼーダの声までも遠ざかっていく・・・。全てが遠ざかっていく・・・。  そして・・・何も聞こえなくなった。  何て事だ・・・。  せっかく気心知れた奴らだった。  なのに・・・こんなに、アッサリ・・・。  また、俺は目の前で、仲間を失うってのか!?  くそぉ!! 「貴様・・・何者だ!!」  ミシェーダが、俺に向かって警戒する。 「この私の『輪廻回帰(リーインレボリューション)』を食らって、何故、次元へ 吹き飛ばないのだ!!有り得ぬ!!」  そうか・・・。そう言う技だったのか。 「アンタが、ミシェーダ・・・。許さない!!!!」  横にはファリアが居た。俺が咄嗟に庇ったのだが、庇えたのは、ファリアだけだ った。 「その魔力・・・!侮れぬ。仕方が無い。今の技で、力を失った私では、傷を負う かも知れぬ。・・・今は去ろう。」  ミシェーダは、一方的に言い放つと、スーツを、はためかせながら、後ろを向く。  その瞬間に、ファリアの魔力が爆発して、ありとあらゆる古代武器の嵐を、見舞 おうとする。しかし、その瞬間にミシェーダは、いきなりワープした。ワープした としか、言えない動きだった。 「!!時を止めた!・・・のか!?」  そうとしか思えない。いきなり、瞬間移動したようにしか見えなかったしな。 「・・・ううううう!!あああああ!!」  ファリアは叫ぶ。悔しいのだろう。ジェイル、ティーエの悲劇に続いて、あの4 人がやられたのだ・・・。俺だって悔しい。 「レイク・・・。私、悔しい!!せっかく修行したのに!!」  ファリアの気持ちは、痛い程分かる。目の前で奪われる悔しさ。これは、何より も重く、圧し掛かるのだ。 「俺も同じだ・・・。くそっ!!」  俺に、もっと力があれば、同じ方法で、あの4人も救えたのに・・・。 「・・・あら?」  ファリアは、上空を見る。すると、うっすらと光り輝いているように見えた。 「・・・まさか・・・。」  ファリアは、再び召喚陣を作動させる。方円陣が怪しく光って、召喚し易くなる。 そして、意識を集中させると、その金色の何かの姿が、ハッキリしてきた。 「レイク。ファリア。お前達は、無事だったのだな。」  ソイツは、俺たちの事を知っているようだった。と言うか、コイツの事を俺も知 っているような気がする。 「私だ。ゼーダだ。瞬から引き離された。」  ゼーダさんか!!そうか。ゼーダさんまでは、飛ばされなかったのか。 「君達は無事だったか。どうやったのだ?」  ゼーダさんは、不思議そうに聞いてくる。 「俺は『万剣』のルールで、空を切り裂いて、空間に逃げ込みました。ファリアの 前にも、同じ物を作れましたが・・・あの4人には、無理でした。」  そう。『万剣』のルールを使って、近くに居たファリアには、次元の壁を作る事 が出来た。しかし、あの4人には、間に合わなかったのだ。 「中々良い使いこなしだ。なる程な。しかし、ミシェーダめ。『時の涙』を使うと は・・・。ミシェーダが取り出した『時の涙』。あれには、数百年分の、奴の力が 入っている。あのような大技を繰り出せたのも、そのせいだ。」  懐から取り出していた、あれか。力の増幅器みたいな物だったんだな。 「・・・あの4人が何処に飛ばされたか、分かるかしら?」  ファリアは、落ち着きを取り戻していた。ゼーダさんならば、知っているかも、 と思ったからだろう。早速、次の行動を起こそうと言うのだな。 「正確な場所は分からん。だが・・・恐らく、過去だ。」  ゼーダさんの知っている技だったようだ。 「あの技は、過去に飛ばす技だ。戻ってくるには・・・何らかの形で、奴らが、そ の世界の矛盾を見抜いて、打ち破らなければ、ならないだろう。」  ゼーダさんは説明する。つまり、世界の矛盾と化した、あの4人が、その矛盾故 に、作り出された敵を見抜いて、倒さなければ、ならないらしい。 「・・・そう。なら、心配要らないわ。」  ファリアは、確信していた。 「あの4人なら、絶対に打ち勝って帰ってくるわ。私達は私達で、やらなければな らない事をしましょう。」  凄い信頼だ。でも、その気持ちは分かる。俺も、今の話を聞いた時に、絶対に、 帰ってくると思ったからだ。 「フッ。ハッハッハッハッハ!!さすがは、瞬の見込んだ男と女よ。そして、伝記 の末裔とも、言うべきだな。その信頼。気に入った。」  ゼーダさんは、豪快に笑った。 「よし。レイク。瞬が帰ってくるまで、私と、共に居る気は無いか?」  ゼーダさんが誘ってくる。なる程。瞬が居ない間のゼーダさんの、居場所って訳 か。瞬が帰ってきた時に、ゼーダさんが居ないんじゃ、アイツも悲しむよな。 「良いでしょう。アイツのためです。」  俺は快諾する。瞬は、絶対に帰ってくる。その時まで、ゼーダさんを預かろう。 「全く・・・少しは、迷いなさいよね。」  ファリアは呆れる。人が良いんだから・・・と、舌打ちしている。 「良い返事だ。では、ファリア。恐らく、気を失うだろうから、対処は頼む。」  ゼーダさんは、ファリアに俺の介抱を頼んでおく。ファリアも心得ているらしく、 頷いた。そんな凄いのかな? 「じゃ、行くぞ!!」  ゼーダさんが、俺の中に飛び込む。その瞬間、凄い衝撃が体を駆け抜けた。  う、嘘だろ・・・!!!こりゃ・・・確かに、凄い・・・。  俺は・・・その瞬間、気を失った。  ここは・・・どこだ?  俺は・・・一体・・・?  確か・・・意識を失って・・・!!ミシェーダ!!  そうだ。何かをやられたんだった。しかし、何をやられたんだ?  それに・・・周りの景色も、見た事も無いような所だ。  皆は、無事なのか?安否を確かめたい所だ。  それに、何か、さっきからおかしい。  胸にやたらと空洞を感じる。コレは何なんだ?  ・・・あれ?・・・ゼーダ?おい!ゼーダ!どうしたんだ。何故、返事をしない!  何が・・・どうなってるんだよ・・・。  ・・・落ち込んでても、仕方がねーか。まずは、散策しよう。  しかし、やたら景色が良い所だな。何て言うか、自然の景色満載って感じだ。空 気が澄んでいる。爺さんと焔山付近で、修行していた頃を思い出すな。  しかし・・・恐ろしい程、何も無いな。電車も無い。電話も無い。街らしき所も 無いな。どうなってるんだか・・・。ソクトア大陸の方にでも、飛ばされたんだろ うか?そうなると、戻るのが大変だな。  キンッ!!ガキィン!!  この音は・・・剣戟?レイクさんが振る時のような音がするな。行って見るか。  これは・・・誰かが、修練を積んでいるのだろうか?何かの模擬戦のようだ。赤 い甲冑を身に纏った男と、黄金の甲冑を身に纏った男が、修練を積んでいるようだ。 「フッ・・・。腕を上げたな。バル!!」  黄金の甲冑の男が、防ぎつつも、鋭い返しで攻め立てる。 「貴様こそ、相変わらずの剣の冴えだ。これなら今度こそ、ルクトリアに勝たなき ゃやってられんぜ。」  赤い甲冑の男も、楽しみながら、打ち合っている。 「ていやあああ!!」  黄金の甲冑の男は、僅かな隙を突いて、喉元に剣を突き立てる。 「ちっ・・・。さすがだな。」  赤い甲冑の男は、すぐに負けを認める。どちらも結構な技量だが、黄金の甲冑の 男の方が、一歩上手だったようだ。 「天武砕剣術の腕前は、鈍ってないようだな。」  天武砕剣術?どっかで聞いた名前だ。 「フッ。師匠は、俺を後継にしたがってたな。でも、それは間違っている。」  黄金の甲冑の男は、天武砕剣術の相当な使い手らしい。 「相変わらず頭が固いな。ジル。」 「そう言う性分だ。治らんさ。」  どうやら、修練は、終わりらしい。 「バグゼル将軍!!ジルドラン将軍!!こんな所に居たのですか!」  ・・・え?ま、まさか・・・バグゼルとジルドランって・・・。伝記の戦乱は、 第2章だが、実は、その前に第1章が存在する。第2章程じゃないが、親しまれて いる。噂によれば、そこでは、勇士ジークの父、英雄ライルの戦記が、綴られてい た筈だ。その1章でルクトリアに対峙した最大のライバル国が、プサグル。現在で は、見る影も無い。だが、当時は最強と謳われた2大強国だった筈だ。そのプサグ ルの四天王とも呼ばれた人物。それが『荒龍』のドランドル=サミル。『炎』のバ グゼル。『雷』のハイム=ジルドラン=カイザード。そしてルクトリアの初代国事 総代表の『疾風』のルースだった筈だ。しかし、偶然の一致?いや、違う。それに しては、今の時代には無い甲冑を着ている。・・・まさか、過去なのか?ここは。 「国王が、召集を掛けています。」  伝令だったようだ。 「分かった。すぐに行く。バグゼル。先に行っててくれ。私は、剣の手入れをして から行く。大事な一戦の、前だしな。」 「了解だ。模擬戦とは言え、国家と国家の、ぶつかり合い。派手にやろうぜ!」  やっぱり・・・確か、非戦条約を結んでいるおかげで平和なんだよな。だが、そ れでは兵士達の士気が落ちるってんで、模擬戦を1年に1度行うんだったっけか。 だがルクトリアは強く、15年連続で、ルクトリアが勝つんだっけ。そして・・・ それが悲劇を、もたらすんだったよな。  バグゼル将軍は、馬に乗って伝令の後に付いて行く。 「・・・さて・・・。何処の間者かな?」  ジルドラン将軍が、こっちを見る。バレてるな。 「ハハッ。悪い。覗き見するつもりは、無かったんだけどね。」  俺は、コソコソするのも、おかしいと思ったので、堂々と姿を出す。 「ほう。間者と言う訳では無さそうだな。名を聞こうか。」 「天神流空手、継承者の天神 瞬だ。」  俺は、ジルドランの問いに、堂々と名乗り返す。 「空手?それにその名は・・・ガリウロル人か。プサグルにガリウロル人とは、珍 しいな。物見遊山か?」  ジルドランは、鋭い目付きで睨む。なる程。さすがは歴戦の将軍だ。 「・・・正直に言って、アンタ信じるか?」  俺は、まだ迷っていた。と言うのは、本当に1000年も前に着いたとは信じ難い。 それにそれを言った所で、本当かどうか、疑われるだろう。 「私を舐めるな。こう見えても、1万の大軍を束ねる将だ。嘘を吐いているかどう かなど、眼を見れば分かる。」  さすがだ。凄い風格だ。実力的には、俺の方が上かも知れない。だが格は、圧倒 的に、ジルドランの方が上だった。 「分かった。なら、俺の眼を見て、信じてくれ。」  俺は、その問いに、正面からぶつかる覚悟だった。 「若いのに良い眼をしている。言ってみろ。」  ジルドランは、どうやら、俺を認めた様だ。しかし妙な気分だ。ここに居るのは、 歴戦の将軍である、あのジルドラン将軍・・・。 「その前に、一つ質問して良いか?」 「言ってみろ。」  ジルドランも、俺の質問からは、真っ向から立ち向かう。 「今は、ソクトア歴で何年だ?」 「いきなり、そんな間抜けな質問だとはな。1016年に決まっているだろう?」  ・・・やはりな。ライルが初めて出る実戦。そして悲劇が起こるのが1016年。そ の悲劇の前って訳だ。 「俺が、1000年後の人間だと言えば、信じるか?」 「・・・ほう。その場限りの嘘じゃ、無いみたいだな。」  ジルドランは、俺の眼をずっと見ている。 「ならば聞こうか。未来の人間なら、この模擬戦の事は、知っているな?」  ジルドランは、問い掛けてくる。やはり、その質問が来たか。 「知っている。特に、この模擬戦はな・・・。」  俺も嘘を吐くつもりは無い。 「ならば、この戦の行く末は?」 「知ったら、ジルドランは、行動を変えるのか?」  俺は逆に問うてみる。俺が言った言葉を信じるならば、この模擬戦の勝敗に意味 は無い。決まっている事を答えるのは、この時代の人間にとって良い事では無い。 「私を試すか。良い度胸だ。だが心配するな。私は、予言を信じるような人間では ない。それにお前が言った事が、外れるかも知れんしな。」  ジルドランも、半信半疑なのだろう。そりゃそうだ。 「結論を言うと、プサグルが勝つ。」  俺は、まず結論を言った。するとジルドランは、眼を細める。 「15年も、負け続けているのにか?ルクトリアの攻略すら、見えぬと言う、有様な のにか?」  ジルドランは、揺さぶりをかける。しかし、俺は動じない。 「その先を言わせるつもりか?アンタにとって、信じ難い事実だってあるんだぞ? それでも聞きたいと言うのならば、俺の知っている歴史を言おう。」  俺は、ジルドランを試す。ジルドランは、真顔に戻る。 「言え。面白くない事実であろうと、嘘で無ければ、私は信じる。」  ジルドランは、俺の顔を見る眼が、真剣になった。 「なら言おう。この国に、『老師』と呼ばれる人物は、居ないか?」 「・・・居る。公表すら、されていないが、気に入らぬ輩だ。」  どうやら、ジルドラン程の将軍なら、その存在は、知られているようだ。 「その『老師』は、国王に進言している筈だ。この模擬戦は好機だと。模擬戦を利 用して、世界の覇者になる好機だと。」 「・・・。」  俺の言う事に、ジルドランは黙って耳を傾けている。あの『老師』なら、ありえ ると思ったのだろう。 「『老師』は、こう進言する。『ルクトリアが、宣戦布告してきたので、我々も、 それに応える事にした。皆の者、武器を取れ』と言えと。」 「・・・今日の召集は、確かに作戦を決めるにしては、早いな。」  ジルドランの眼が、段々本気になる。ありえない事じゃないと、思い始めている のだ。それは、俺が居た時代の人間なら、誰でも知っている事実だ。 「そして、プサグルは、大勝する。ルクトリアの武器は、模擬戦用。プサグルは、 本物の武器。コレだけのハンデだ。当たり前だよな。」 「・・・それで、歴史的大勝か。」  ジルドランにとって、信じたくない事実かも知れない。だが事実だった筈だ。 「虚言にしては、余りにも出来過ぎだ。」  ジルドランは、眼を伏せる。 「この事実を知ったとして、アンタは、どうするんだ?」 「私は王に従う。将軍たる私が、王に従わなければ、プサグル人民が報われぬ。」  ジルドランは即答した。例え、それが非道な事実だとしても、従うと言っている のだ。それは、まごう事無き、騎士の答えだった 「それで良いのかよ?アンタ。」 「お前の時代には、騎士が居ないのだろうな。騎士とは・・・己の信念を持って、 敵を倒す。私の信念は、王を支える事。それが非道な道ならば、王に代わって、非 道を為すのが、騎士たる私の役目。この手が血に塗れようとも、王が、その血に塗 れぬのならば本望だ。私は、ルドルフ=シーン=プサグルの代行者だ。」  ・・・なんて哀しい。そして、何て崇高なる意志なんだ・・・。こんなに、気高 いのに、間違った道を、行かなきゃいけないってのか? 「目的のために盲目になるってのか?それが正しい事なのか!?」  俺には、我慢出来ない。 「お前は、優しい男だな。私のような石頭を、頭から駄目だと決め付けずに、正義 を問うか。だが、私は先代国王に拾われて人生を得た。天武砕剣術を習わせてくれ たのも、先代国王が居たからだ。大恩ある先代への誓いを、たてねばならぬのだ。」  これが・・・ジルドランの想いか・・・。 「間違いを正すのも・・・忠誠じゃないのか?」 「君には分からぬだろう。現王は、勝利に飢えているのだ。この戦に、本物の武器 を使う程にな。私が言った所で、聞き入れぬ。その王を私が見捨てればどうなるか? 王は滅亡の一途を辿る。私が生きている間は、そんな事は、させぬ。」  ジルドランの誓いは本物だ。俺はジルドランは、何も知らずに騙されるように、 この戦いに、本物の武器を使ってしまったのだと思っていた。だが、この男は、例 え事実を知った所で、意志を曲げるつもりは無かったのだろう。いや、この方が、 ジルドランらしい。英雄ライルとの一騎打ちで、最後の最後までライルを苦しめた 男。このジルドランは・・・最後まで、国を愛し続けた男として知られている。 「しかし、未来を知る者まで、現れるとは・・・数奇な物よな。」  ジルドランは、警戒を解いたのか、剣を仕舞う。 「本来ならば、お前と私は、出会ってはいけない運命なのだろう。」  ジルドランは、気付いている。俺は矛盾なのだ。この時代に迷い込んだ矛盾だ。 「だが、宿無しのお前を、放り出すのは忍びない。」  すっかりバレてるな。この時代に来たばっかりだ。 「正直に言うと、まだ戸惑ってる。」  俺は、隠す必要も無いので、告げておく。 「私の自宅に暫く住むと良い。王から割り当てられた家だが、妻と子と3人暮らし では、広過ぎる家を貰ったのでな。」  ジルドランと言えば、当時のプサグルの象徴とも言うべき、最高の将軍だ。確か に良い家を貰ったのだろう。 「良いのか?俺は、得体が知れないんだぜ?」 「人の厚意は受ける者だ。それに、只とは言わん。私の息子の世話をしてくれれば 良い。私の妻は・・・不治の病だと言うのに、我が子を産んだ。その反動で、子守 が余り出来んのだ。今は、友人に手伝いを頼んであるが、心苦しい。」  ジルドランは、家庭の事情を話す。そう言えば・・・ジルドランの息子って、確 か英雄の1人、サイジンじゃ無かったか?となると・・・その友人って、『死角剣』 の使い手、暗黒騎士と名高い、グラウド=ルーンだとしか考えられないな。 「分かった。アンタに、付いて行くさ。」 「話が早くて、助かる。」  ジルドランは、馬を引く。そして俺を馬の後ろに乗せると、馬を操りだした。  1000年前、歴史が緩やかに動き出す時代に、俺は放り出された。  他の皆も・・・どこかに飛ばされたんだろうか・・・。心配だ。  こ・・・こは?  ・・・不覚を取ったわ。まさか、この私が、気絶まで、させられるとは・・・。  あのミシェーダとか言う神、いつか、思い知らせないと駄目ですわね。  それにしても・・・ここは宿?ベッドの上に寝かされていたようですわね。  陽射しが眩しい。それに随分簡素な宿だ。今時、こんな古臭い宿が、流行るとは 思えませんがね。でも、何だか、懐かしい気持ちになる宿だった。 「んん・・・。」  私は伸びをする。しかし、ここに寝ていたと言う事は、誰かが運んできたって事? ・・・ここは、礼を言うべきなのかも知れませんわね。 「あら?」  誰かが覗いて来る。私と目が合った。すると、その人は、微笑んだ後、下の階に 呼び掛ける。誰かが、ここに運んでくれた確率が高くなりましたわ。  すると、さっき呼びに言った女性と、なにやら精悍な男性が出てくる。 「ふむ。気が付き申されたか。」 「思ったより元気そうだネ。」  二人とも、妙に時代掛かった服を着ている。精悍な男の方は、昔イラストで見た、 忍者装束のような物を纏っていたし、女性の方は、ちょっとした、スリットドレス を着ていた。 「貴方達が助けて下さったのですね。礼を言いますわ。」  私は、素直に礼を言う。何処に倒れてたか、情報も聞きたい所だ。 「驚きましたぞ。お主は、森の中で倒れていたので御座る。拙者の修行場の近くだ ったので、この『聖亭(ひじりてい)』に、お送りし申した。」  ・・・『聖亭』?どっかで聞いたような・・・。あそこって、今は無いんじゃな いの?それに『聖亭』があるって事は、ここはストリウス? 「ああ。紹介が遅れたネ。ここの料理長やってる、ファン=レイホウだヨ。」  ファン=レイホウ!?これは・・・偶然!?伝記で見たような話だ。こんな話、 冗談でも名乗るような者は、一人も居ない。それくらい伝記の話は、浸透している のだ。って事は、まさか・・・。 「拙者の名は、榊(さかき) 繊一郎(せんいちろう)。レイホウとは、1年程前 から縁があり申してな。修行の疲れを癒すのに、使っているので御座る。」  榊 繊一郎・・・って。本気?伝記の英雄の1人じゃない・・・。しかし、本人 達は、至って真面目だ。しかも、この繊一郎は、空手大会に出た、総一郎とそっく りだ。と言う事は・・・まさか・・・この世界は・・・。 「私の名前は、天神 恵と申します。レイホウさんに、繊一郎さんでしたか。一つ、 尋ねても、宜しいかしら?」  私は、慎重に切り出す。余り変な目で、見られたくは無い。 「拙者で役に立つのなら、言って下され。」 「客の質問に答えるのも、仕事の内ヨ。」  まずは・・・情報が欲しい。 「記憶が混乱してまして・・・ここは何処で、今は、何年でしょうか?」  私は丁寧に切り出す。飽くまで記憶に混乱がある振りをする。 「うちは、ストリウスに『聖亭』ありと言われた所ヨ。覚えて置くと良いネ。」  なる程。ストリウスに間違いない様だ・・・。となると、次だ。 「今年は、確かソクトア歴1016年だったと、記憶しており申すが?」  ・・・何という事・・・。よりにもよって、こんな嘘みたいな体験するなんてね。 1000年前・・・。しかも伝記が起こる始まり。つまり勇士が生まれる前、英雄が、 芽吹く頃に、飛ばされるとはね・・・。 「フフッ。滑稽ですわ。こんな体験・・・二度と、出来ませんわね。」  自嘲気味に笑ってしまう。これが、喜劇で無くて何か? 「大丈夫カ?食事作るヨ?」  レイホウさんは、心配そうにしている。伝記の通りだ。あの時よりも、20年も若 いが、この人は、間違いなく優しい顔で語りかける『聖亭』のファン=レイホウだ。 「大丈夫です。ここで休んでる間に、かなり生気を取り戻しましたわ。」  私は、正直に言う。まぁ、飛ばされた時のショックが、少し残っていたが、これ なら問題ない。 「それにしても・・・天神の縁の者で、御座ったか。」  繊一郎さんは腕組をする。そうか。この時の天神家は、空手を開祖しようとして る変わり者でしたね。この頃から続いているなんて、気の遠くなる血筋ですわ。 「フフッ。どう言えば、良いかしらね。」  自嘲気味に笑う。この状況・・・どう言えば、信じられるのか。兄様なら、正直 に打ち明けたかも知れない。あの人は、人を真っ直ぐ見る人。だから、信じてもら える。でも、私は無理。今は、無理だと思う。 「どうやら、色々事情が、あるようで御座るな。しばらくは、拙者も、ここに居申 す。話したくなったら、声を掛けるで御座る。」  繊一郎さんは、そう言うと、扉から出て行く。修行馬鹿だってのは本当みたいね。 誰かさんそっくりだ。思い出しちゃうな。兄様も・・・この時代に居るのだろうか? 「家に帰れないのなら、しばらく居ると良いヨ。」  レイホウさんも、暖かく迎えてくれる。 「その事なんですが・・・只で居ると言うのは、気が進みませんの。だから、この 店を、手伝えませんかしら?」  私は、元より、そのつもりだ。1000年前にストリウスに『聖亭』ありとまで言わ れた、ここの料理を覚えて帰りたい。それに天神家と言う肩書きが無い今、働くの は、当然だ。天神家に居た時だって、当主としての仕事があってこその、私だった からだ。 「ム・・・。良い眼をしてるネ。試させてもらうヨ!」  レイホウさんも、ノリノリだ。ま、この時代に来たからには、それなりに楽しま ないとね。多分ミシェーダのせいだ。そして、歴史から、大きく外れた事をやると、 私達は、元の時代に戻れないんだろうと、直感で感じた。いや、コレは違う。飛ば される時に、警告された物だ。だから、4人共、知っている筈だ。俊男さんと江里 香先輩も、飛ばされてるんでしょうね。だけど、歴史から外れた行動は出来ない筈 だ。こうなると・・・それぞれが探すのが大変だ。大体、同じ時代に居るのかも、 分からない。その辺も含めて、生活しながら、何とか、情報を掴まないといけない。 これからは大変だ。でも、この時くらいは、楽しまないと損よね。  ちなみに、試験は、勿論合格した。当然よ。  何・・・?この音?  賛美歌?それにパイプオルガン?  随分と・・・神々しい音楽だ。  ・・・と・・・ここはベッド?  私は・・・あっ!!そうだ!運命神ミシェーダに、何かされたんだった。  くっそー。油断したわ。それに助かったのは、レイクさんとファリアさんだけね。  他の3人と私が、吹き飛ばされるのは感じたし・・・。  それにしても、ここは? 「あ。起きました?」  あら?誰か、傍らに居たみたいね。 「ええと・・・。ここは?」  私は周りの、随分と古い風景に圧倒される。歴史的な書物、そして荘厳な雰囲気。 何よりも、この部屋一つ取ってみても調度品が、やたら古めかしい物を使っている。 「修道院は、初めてかしら?」  その女性は応える。この女性・・・。どこかで?何だか、ファリアさんに似てる。 「うーーん。確かに初めてかも知れないわ。」  修道院なんて、行ったことがないと言うより、今は、残ってさえ居ない筈だ。 「そう。貴女は、川で倒れてたから、ビックリしたんですよ?」  川で?またそりゃ難儀な・・・。 「どなたか知りませんが、助かりました。」  助けてもらったからには、礼を言わないとね。 「いえいえ。あ・・・。私は、マレル=ムーンと申します。」  ・・・ハッ!??マレル=・・・ムーン!?  ・・・まさか・・・その名を名乗るなんて、許されない事。例え雰囲気が似てる からって・・・伝記を冒涜するような・・・。 「私の事を知ってるのですか?」  マレルさんは、心配そうな顔をする。怖い顔でも、してたかしら? 「だって・・・あれ?ああ!他人の空似だったかも!ごめんなさい!」  私は気が付いた。飛ばされる直前に歴史を改竄云々の話を、聞かされていた。  と言う事は・・・考えられるのは、ここは過去だと言う事だ。運命神の名を持つ ミシェーダなら、過去に飛ばす技を持っていても不思議では無い。そして、私が飛 ばされたのが・・・よりにもよって、伝記の勇士ジークの母親、マレル=ユードの 元だったのか・・・。そして、今は、まだ結婚前だから、『月の巫女』の意味を持 つ、ムーンの姓を名乗っているのだ。 「全く・・・。この頃、記憶が混乱してて困るわー。」  私は、自分の頭をポンポンと叩く。 「大丈夫ですか?見た所、外傷は無いと思うんですが?」  マレルさんは心配そうにしている。そりゃ、あんだけ怪しい言動をすれば、心配 されるわよね。しっかし、信じられないわ・・・。 「ん。大丈夫よ。そう言えば名乗ってなかったわね。私は江里香。一条 江里香よ。」  私は、名乗る事にした。 「エリ・・・カ。ですか?綺麗な名前ですね。ガリウロルの御方ですか?」  マレルさんは、ガリウロルにも、詳しいみたいだ。 「ご名答よ。ただ、信じられないかも知れないけど、ここへ流されたのは、多分、 偶然よ。何かに巻き込まれたって言うのが、正解かもね。」  私は嘘を吐くのは止めた。ただ、未来から来たってのは、言わない方が良いだろ う。信じてもらえないかも知れないし、私も、まだ半信半疑だ。 「信じますよ。嘘を吐いてる人が、そんな眼しない物。」  さすが伝説の『月の巫女』。嘘は、一発でバレそうね。 「最初は、ちょっと警戒しましたけど、貴女は、芯がしっかりしてそうです。私、 信じる事にしました。」  マレルさんに、信じてもらえるとは光栄ね。 「そう。じゃぁ私も信じる事にしたわ。実はね。私の他に、多分、後3人巻き込ま れてる筈なのよ。私は、まず、その3人を探さなくちゃいけないの。」  コレは間違いないだろう。私一人では元の時代に戻る方法なんか、思い付きやし ない。冷静な恵さん。元気をくれるトシ君。そして、頼りになる瞬君。あの3人が 居ないと、不安で仕方が無い。同じ時代に居るのかな・・・? 「はぁ・・・。3人ですか。特徴は、ありますか?」  マレルさんは、真摯に聞いてくる。こういう所は、修道院で働く女性の知恵なん だろうなぁ。悩みを聞く姿が、似合っている。 「んー。1人は女性ね。ショートカットだけど、前髪が長いからヘッドバンドして るわ。後2人は男性ね。弁髪が似合ってるわね。後もう1人は、黒髪で、こざっぱ りした髪型ね。年は若いけど、筋肉の付き方が凄いから、すぐ分かると思う。」  私は、思い出すように言う。この時代にも、弁髪やヘッドバンドは、あった筈だ。 「旅の御方が訪ねたら、聞いてみますね。」  マレルさんは、優しい目で言う。この目を見ると、信じてしまう。 「助かるわ。・・・そうだ。物は相談なんだけど。」  私は、マレルさんの能力に注目する。 「ここの人達って、神聖魔法は、使えるかしら?」  修道院なら使える者が、結構居る筈だ。 「残念ながら・・・私一人しか使えません。しかし・・・神聖魔法なんてガリウロ ルの方が、良くご存知ですね。ソクトア本島の方でも、知ってる方は少ないのに。」  そうか・・・。魔法と言うと、簡単な魔法しか知られてない世の中だったんだっ け。黒竜王との戦いを通じて、魔法が普及したのよね。この時代って。しかも、神 聖魔法は、才覚が大事だ。知ってる人しか、分からない代物なのかも知れない。 「本当の事を言った方が、良いのかしら?」  私は、悩む。私のルール『治癒』は、神の力だ。余り人に見せる物では無い。特 に、この時代の人に見せるのは、どうかと思われる。 「追求はしません。でも、そうなると、私が、お教え差し上げる事になりますね。」  願っても無い。かの有名な『月の巫女』は、娘のレルファが現れるまで、随一の 使い手だった筈だ。 「是非、お願いします。私は、自分の能力を活かすためにも、絶対に必要なの。」  単純な戦闘力は、トシ君や瞬君に及ばない。身体的な能力は恵さんに及ばない。 私が4人の中で、役立つためには、この『治癒』の力を高めるしかない。 「その決意の目、嘘じゃないみたい。・・・では毎日、決まった時間で良いなら、 ご教授します。そんな真摯な眼で見られたら、断われません。」  マレルさんは、伝記の通り、良い人だ。  でも私は知っている。この修道院は、悲惨な目に遭う。そして、マレルさんは、 そこから、逃げ出さなければならない。  この修道院は、今でも戦火の跡として、残っているくらいだ。黒竜王の戦いの後 に建てられたのは、新しい修道院だった筈だ。 「・・・エリカさん。何か、悲しい目をしてますね。」  す、鋭い。いつの間にか、見られてたみたい。こんな顔しちゃ悪いわね。 「ごめんなさい。ちょっと思う所があってね。」  この人に嘘は通じない。だから、嘘は吐かない。でも、本当の事なんて言えない。 「無理をしないで下さいね。もう少ししたら・・・ちょっと、騒がしくなりますの で。・・・まぁ少しの間だけですけどね。」  ・・・?どういう事だろう。 「ああ。ガリウロルの方は、知らないかも、しれませんね。この時期になると、力 試しとして、ルクトリアとプサグルが、模擬戦を行うんですよ。」  ・・・思い出した!!そうだ。この時代は、非戦条約を守っているため、1年に 1回、模擬戦を行っているんだっけ。そうしないと兵士達の暴動が起き兼ねないか らだ。だが・・・。 「マレルさん。今年って、何年でしたっけ?」 「どうされました?今年は・・・ソクトア歴1016年だった筈ですよ?」  ・・・間違いない。間も無く起こるんだ・・・。あの悲劇が・・・。  この修道院は、戦火に晒される。中央大陸で歴史的な大勝をプサグルが得た後に、 ルクトリアの裏切り者、カールス=ファーンが、『老師』リチャード=サンの命令 で、この修道院に来て、マレルさんを、攫いに来るのだ。  だが、その前に、英雄ライル=ユード=ルクトリアが、暗黒騎士として名高いグ ラウド=ルーンと死闘を経て、崖から流される。そして、ここに辿り着く筈だ。そ こで、マレルさんとライルは、出会う筈なのだから・・・。 「ありがとう。・・・おかげで元気になったし、明日から、ここの仕事を、手伝わ せて下さい。」  私は、一刻も早く、皆を探さなくてはならない。でも・・・このマレルさんを、 守りたい。何かの間違いで、悲劇に巻き込ませたくない。勝手な・・・勝手な願い だ。歴史を捻じ曲げるんじゃない。歴史が、正しくなるように手伝いたい。・・・ でも、その選択は非情だ。私は、ここの滅びを知って、尚且つ、このマレルさんだ けは、守ろうとしているのだ。何たるエゴか。 「助かりますわ。じゃ、明日から頼みますね。」  マレルさんは、極上の微笑みをくれる。でも、この微笑みは、私に向けられるべ きじゃない。貴女の未来の夫に・・・向けられるべき物。  本当は・・・全員救いたい。けど私に、そんな力は無い。瞬君や恵さん、トシ君 だったら兵士を倒す事は、出来たかも知れない。でも私には、出来ない。分かって いるのだ。この、か細い腕じゃ・・・ここに攻め込んでくる敵を全て倒すなんて無 理。そして、スタミナがもたない。私に出来るのは・・・痛みを無くす事くらいだ ろう。やらないよりは、マシだが・・・。  気が滅入る・・・。でも、せめてマレルさんだけは・・・絶対に守らなくては。  私の憂鬱は始まったばかりだった。  ん?・・・ここは・・・。  僕は確か・・・変な光に・・・。  !!そうか!あの運命神ミシェーダ!!  気絶させられたのか。不覚を取ってしまったな。  しかし、ここは、一体何処だ?随分と、自然豊かな所だな。  こんな近くに、焚き火があるって事は・・・。誰かが、助けてくれた?  それなら、礼を言わないと・・・。 「お?目を覚ましたか?」  この人が、助けてくれたのかな? 「気分は、どうだ?吐き気とかは無いな?」  心配までしてくれている。良い人のようだ。 「ありがとう御座います。救助に、感謝致します。」  僕は、胸の前で、拳と掌を合わせて礼をする。パーズ拳法の礼の仕方だ。パーズ 拳法は、まず心のあり方から学ぶ。だから、学校の仲間からも、奇異に見られなが らも、この礼の方法で、感謝を示す。 「へぇ・・・。ガリウロル人なのに弁髪だから、珍しいとは思ったが・・・お前、 パーズ拳法まで、使えるんだな。」  ん?こう言ってるって事は・・・相手も、パーズ拳法を知っているのか? 「俺の傘下じゃないパーズ拳法体得者なんて、珍しいな。何処の流派だ?」  む?この御方は、傘下を持つ程の御方なのか?僕の師でもあるハオ師程の実力の 持ち主なのかな? 「僕は八極拳の免許皆伝の持ち主、島山 俊男です。」  僕は、八極拳の免許皆伝の時に授かった、腕の皆伝印を見せる。 「性質の悪い冗談は止めな。そんな物まで付けてくるたぁ、良い度胸じゃねぇか。 何処で知ったんだよ?その印は、誰から教わった?」  ?急に険悪になった。どうしてだ?寧ろ、相手が知らない事に疑問を感じる。パ ーズ拳法の免許皆伝の暁には、皆の前で、この印を貰うんだ。だから僕を知らない 人が、傘下を持つなんて、ありえるのか? 「お言葉ですが、この印は僕の誇りです。若輩ながら、師匠に戴いた大切な印です から。それを偽者扱いされるのは、心外です。」  この印は、僕の誇りだ。師匠に認められ、師匠も認められる。この印の価値を汚 さない事が、僕の役目だとも言える。 「どうやら冗談じゃないようだな・・・。どう言うこった。俺の傘下じゃない八極 拳の使い手なんて・・・。しょうがない。体力は、回復してるか?」  その人は、埃を払うと、パーズ拳法の型を取る。これは・・・八極拳!? 「はい。貴方こそ・・・何者なんです?・・・そうか。そのための・・・。」  僕は理解した。言葉で話すよりも、相手と手合わせした方が、早いと言う事か。 僕も構えを見せる。勿論、八極拳だ。 「色々疑問はある。だが、打ち合ってみれば、分かる事だ!!」  相手は、流れるような動きで打ち込んできた。それと同時に体を捻る。この攻防 一体の動きは、まさしく八極拳だ。僕は、肘、裏拳、を派生させて、相手の正拳を 手の甲で受け止めつつ、足払いを放つ。しかし、それを脛で防御される。 「やるな。速さを上げるぞ!!」  相手は、今までの倍近くの速さで、打ち込みつつも防御を忘れない。半歩の習得 も完璧。凄い腕前だ。僕は、師匠にすら勝てる程の腕前だと言うのに・・・。隙が 見当たらない。師匠以上の腕前だ。 「ここまで付いてくるたぁ・・・こりゃ、本物だな。」  相手も、僕の実力を認めた様だ。 「貴方こそ、傘下を持ってると言うのは、真実のようだ。」  この腕前なら納得だ。これで傘下を持っているのなら、パーズ拳法の総帥クラス だ。それくらい完成度が高い。何せ僕の攻撃が、ほとんど避けられているからだ。 「なら、ちょっと見せてやるぜ!!フオオオオ!!」  む!これは・・・闘気!!『気功』を解禁するつもりか! 「そう言うつもりなら!!ハアアアア!!」  僕も闘気を、溜め始める。 「・・・お前・・・何故『気功』まで使えるんだ?」  相手は、納得したのか、闘気を緩め始める。 「免許皆伝だと言った筈です。『気功』を使うには、苦労しました。」  秘中の秘だったからね。師匠からも、僕だからこそ、教えるみたいな事は、言っ てたな。だから僕も、対等に相手出来る人にしか、出すつもりは無い。 「手合わせすりゃ分かると思ったけど、さっぱりだ。お前、何者だよ?」  相手は、本当に分からないらしい。どう説明すれば良いのか。 「僕も、貴方が見えません。名前を教えてくれませんか?」  どことなく、懐かしい感じはする。けど、見覚えは無い。 「こう見えても、俺は有名なんだがな。パーズの国王、ショウ=ウィバーン=トリ サイルだ。国を挙げて、パーズ拳法を教えている、現総帥だ。」  ・・・?何だって?・・・馬鹿な・・・。 「その名は、伝説・・・。それに、冗談で名乗って良い名前では、ありません!」  何せ、パーズでは、この名前は最大の英雄であり、敬われてる名前だからだ。伝 記の時代でも『人道』を支援したパーズ国の国王だ。 「お前、好い加減にしろよ?・・・何か、噛み合わねーな。」  嘘を吐いてる様子も無い。どう言う事なんだろう。 「1000年前の英雄を名乗って、恥ずかしくないのですか?」  よりにもよって、ショウ王の名前を使うのは、僕の中でも許せない事だ。 「お前、何を言ってるんだ?1000年前って、どう言う事だ?」  通じてない?余りにも有名な伝記の話を、知らないのか? 「だって・・・今は2042年ですよ?伝記の時代は、1000年前でしょう!」  僕は、伝記の事を口にする。ここまで言えば・・・。 「ボケるのも好い加減にしろ。今は、1016年だろうが!!」  え?・・・1016年?何を言ってるんだ? 「あ・・・ああああ!!ま、まさか!!」  僕の予想が当たってれば、僕の、今置かれている状況は・・・。とんでもない事 だ。信じられない。だが、この状況は、そうとしか、考えられない。  そして・・・あの技を食らった後に、確か僕の頭の中で響いた言葉があった。そ れは、歴史を捻じ曲げては、ならないと言う事だ。何を言っているのか、意味が分 からなかったが、今、繋がった・・・。とても信じられない・・・。 「1人で、何を納得してるんだ?ちょっとは説明しろ。」  ショウさんが、イライラしている。そうか・・・。そうだったのか。 「やっと理解出来ました。今の境遇のためにも、説明するしかないですね。」  僕は、説明する事にした。じゃないと、この人は、納得しない。  僕は、これから、ここで起きる大きな戦乱と、その子供の代に起こる、恐ろしい 戦いの事は伏せて、今までの経緯を説明した。今の時代が、ここの時代の中央大陸 の支配からなっている事、そして、パーズ拳法を、習った経緯などをだ。 「・・・何とも・・・厄介な話だな。」  ショウさんは、溜め息を吐く。 「信じ難い。でも、お前のパーズ拳法の腕前と、俺が開発した『気功』を使える事 から言っても、お前の言ってる事は、辻褄が合う。」  そう。この『気功』こそは、このショウさんが開発した技なのだ。だから、今の 時代ではショウさん以外は、使える筈が無いのだ。それを僕が使った物だから、信 じられなかったのだろう。 「しっかし・・・1000年後たぁ・・・また気の遠い話だな。ま、1000年後にも、俺 の名前が知られているってのは、ちょっとした嬉しさだ。とは言え、それは、今か らの俺の行動如何って事か。」  ショウさんは、理解が早い。この時代に、僕が来ていると言う事は、それだけで 矛盾なのだ。だからこそ、自分達が、しっかりしなければ、歴史改竄の恐れがある と分かっているんだろう。だから『厄介な話』と、言っているのだろう。 「しかし、1000年後に、こんな強い弟子が出来るなんてな。俺としては、そっちの 方が誇りに思うな。お前さん、宗派を開ける程の腕前だぜ?」  ショウさんに褒められると照れるな。伝説の英雄なんだよね。僕の中では。 「とは言え、お前さんの話だと、後3人だっけ?そいつら捜して、何とか元の時代 に戻らにゃならねぇって事か。だけど、居場所が、掴めねぇと・・・。」  言い返す言葉も無い。正に、その通りだ。 「仕方ねぇ。お前、俺と一緒にパーズに来い。俺と、国を挙げて、ソイツら捜し出 してやる。何かと、疑った礼だ。」 「え?そ、そんな!失礼をしたのは、寧ろ、こちらの方ですよ!」  僕は戸惑う。伝説の英雄に、そんな事されるのもなぁ。 「遠慮すんな。これはな。俺達のためでもある。そうだろ?」  ショウさんは、鋭い。僕達が、余りここに居座るのは、この時代にとっても、良 くない事だ。何となく、分かっているようだった。 「ま、探す間は、俺との鍛錬に付き合え。門下に、お前程の強さは居ねぇからな。 退屈してた所だ。さっきの打ち合い、偶然じゃねぇんだろ?」  え!?ショウさんとの手合わせ!?しかも毎日!ゆ、夢のようだ! 「も、勿論です!光栄ですよ!」 「いきなり緊張して、どーすんだよ。ま、歳もそんな離れてないんだし、謙遜すん な。修行のつもりで、気楽に行こうぜ。」  さすが、器が大きい・・・。憧れのパーズ王。そして、伝記の英雄の1人。  僕は、絵本の中でしか出来ないような体験を、これからする事になるのか。  1000年前に飛ばされたのは、ビックリしたけど、これは嬉しい誤算だった。  前向きに生きなきゃね。頑張るぞ!!  参った・・・。  瞬の奴、こんな事を毎日、続けていたのか・・・。  学校生活しながらか・・・良く続く物だ。  あー・・・しかし、容赦無いっすねぇ。 (瞬は、毎日続けて行く事で、強くなったのだぞ?)  そりゃそうでしょうね。こんな事を毎日続けていたら、強くならない方が、おか しい。実生活でも修行して、さらに寝た後も、ゼーダさんと修行と来た物だ。 (ま、君も日毎に強くなっている。瞬と同じで、才能があるのかもな。)  そう言われると嬉しいですけどね。休んでる気がしないのは、ちょっと・・・。 (そう嘆くな。体の方は、ちゃんと回復してるのだ。問題あるまい。)  まぁ、確かに・・・。すっごい疲れてる筈なのに、体は、元気と言う意味不明な 状態も体験したし・・・。まぁ、ある意味、お得かな。  それにしても、思ったより冷静なんだな。もっと取り乱す物だと思っていた。 (藤堂姉妹の事か?)  そう。当主の不在となれば、もっと取り乱しても、良い物だが。 (それは、君達と同じ理由からだろう?)  ああ。なる程。まぁ、俺達も、そこまで心配してる訳じゃあ無いんだよね。ゼー ダさんの説明が無ければ、取り乱したかも知れないけどね。 (『輪廻回帰』の事か。そうだな。あの技は、私が食らった『輪廻転生』(リーイ ンカーネーション)より、束縛が少ない技でな。私は、強引に転生させられた。魂 だけ1200年も飛ばされた訳だ。未来に飛ばす技だからな。非常に難度の高い技だ。 だが、『輪廻回帰』は過去に飛ばす技。故に過去に起こった事象が、現実との矛盾 に感応して、新たな矛盾を生み出す。その矛盾に打ち勝てれば、戻ってこれる筈な のだ。これは、前任の運命神から聞き出した情報だから、間違いない。)  なる程。つまり、あの4人が居る事自体が、矛盾してるって事は、それを排除し ようとする矛盾が、発生する訳だ。そして、その矛盾に打ち勝てれば、瞬達は戻っ てこれる。しかし、矛盾が勝てば・・・。 (瞬達は、過去で死んだ事になるな。それは、最悪のパターンだ。)  だが・・・俺達はアイツ等が、そんな簡単に死ぬ訳無いと見てる。 (そうだ。瞬は、天上神である私を受け止められる程の逸材。負けはせん。)  そうだな。俺は、ゼーダさんを預かってるだけだけど、瞬は、ゼーダさんと入れ 替われる程の、逸材なんだもんな。 (君とは、波長が合わないだけの話だ。私を預かれるのなら、器としては合格だ。 私本来の力くらいなら、君の中でも出せる。だが・・・私と瞬なら、恐らく、絶頂 時の私を越える程の力が、出せるだろう。)  そりゃ凄いな。瞬って、やっぱ凄いんだな。 (単に波長がピッタリだと言うのが理由だがな。肉体的な強さに関しては、瞬と君 は最高に近い。ソクトアの可能性の、恐ろしさを感じるよ。)  褒められると、照れるなぁ。 (だが・・・単純な力が、まだ足りぬ。そこは修行せねばな。)  うぐ・・・。が、頑張ります・・・。 (君の方が、素直でやり易いな。)  瞬は、ああ見えて、強情ですからね。俺は、強くなれるのなら、受け止めますよ。 (良い心掛けだ。それにしても・・・。今回の事は、君の相棒が居るからこそ言え た事なのだぞ。過去の矛盾に勝った時点で、彼らが、一気に戻れる訳では無い。)  分かってますよ。だから、ファリアの奴、一生懸命に修行してますよ。 (最終的には、召喚まで成功させた彼女の魔力が必要だ。彼女なら、次元の扉を開 く事も、可能であろう?)  ファリアは、身を削る覚悟でやってます。アイツが、失敗する訳無い。 (大した信頼だ。まずは、瞬達が矛盾を打ち破るのが、先だがな。)  確か、この時代の親しき者に、矛盾を打ち破った時点で、救助信号が受け取れる んでしたよね。そこから、時代を割り出して、ファリアが召喚する。 (その手順を間違えなければ、彼らは、戻ってこれる筈だ。)  しかし・・・。アイツら、どの時代に、行ったんでしょうねぇ。 (さぁな。しかし、彼らの事だ。何らかの成果を、持ち帰って帰ってくるさ。そう 言う奴らだ。寧ろ、成長を楽しむくらいの余裕が、必要かも知れんな。)  さすがに、そこまでの余裕は無いですよ。でも、アイツらなら、やり兼ねないな。  コンコン・・・。  扉から音がするな。誰だ? 「開いてるぞー。」  俺は、声を掛けてやる。 「入るぜ。兄貴。」 「邪魔するぞ。レイク。」  お。ファリアと、グリードとエイディか。どうしたんだろう?今は、夕食後だし、 暇な時間だけどな。 「どうした?何か、神妙な顔してるけど?」  俺は、尋ねてみる。真面目な話みたいだな。 「兄貴。ファリアから聞いたけどよ。ジェイル、生きてんのか?」  ・・・そうか。俺だけじゃない。皆も、気になってたんだな。 「ファリアが、命を懸けて召喚して、得た情報だ。親御さん達の言葉に、嘘は無い だろうよ。」  俺も最初は耳を疑った。だが、敢えて嘘を吐く必要は無いだろう。と言う事は、 本当である可能性が高い。 「フッ。冷静だな。レイクの事だ。ジェイルの事を知れば、すぐに行こうとするか と思ったんだがな。・・・らしくないぜ?」  エイディが発破を掛ける。確かに以前の俺なら、すぐに行こうとしたかも、知れ ない。無鉄砲だったからな。 「エイディ。俺はね。魔炎島と、ここでの生活で、仲間を信じるって事を、学んだ んだ。そんな仲間に、一言も告げずに、行ったりはしないぜ?」  そう。俺は、以前、仲間を助けるためだけで行動していた。だが、それは信頼し ていない証じゃないのか?こんなにも、頼りになる仲間を、信じてないんじゃない だろうか?そう思った時に、俺は、仲間を助けると同時に、助けてもらう道も、選 ぶようになった。そう思うようになった切っ掛けは、瞬だったな。 「それって、瞬の事か?アイツは、確かに常人とは違う物を持っていたな。」  エイディは、気付いている。瞬は、強さ以上の惹き付ける、何かを持っていた。 「レイクの中での瞬君は、それ程、大きな変化だったって事か。妬けちゃうな。」 「何を言ってるんだ。ファリアも、グリードも、エイディも、俺にとっちゃ頼れる 仲間だ。瞬は、そう思わせる切っ掛けになったって事くらいだ。」  そう。皆が居たから、変われたのだ。瞬は、切っ掛けに過ぎない。 「ま、頼りにしてくれるのは嬉しい事だな。・・・ま、心配する程じゃ、無かった か。実は、それだけじゃないんだ。」  エイディは、目配せする。すると、藤堂姉妹が入ってきた。 「睦月さんに葉月さん。どうしたんです?」 「明日の全ソクトアご奉仕メイド大会で、気になる事があります。」  睦月さんは、そう言うと、俺に写真を見せる。 「・・・コイツは・・・。間違いない。」  俺は、この顔を、見忘れない。島主だ。絶望の島の島主。コイツは、ファリアを 手篭めにしようとした、許せない野郎だ。見忘れはしない。 「エイディさんにも確認しましたが・・・間違いないようですね。」  睦月さんは、エイディに、相談を持ち掛けていたのか。 「たまたま、部屋の掃除を手伝った時に、会場の写真があってな。その時に、コイ ツが居るのを発見したのさ。後は、拡大写真を作ってもらったのが、これさ。」  なるほど。今見ても、ムカつく顔をしている。 「その方は、毎年、見に来るんですよ。厭らしい目付きをしてたので、覚えていま す。ロクでも無い方とは、思いましたが・・・予想通りと言う訳ですね。」  睦月さんも、きつい事を言う。まぁ言われる程の、駄目人間だけどな。 「で、今年も見に来るんじゃねーかと、思ってな。」  エイディが説明する。なる程な。ありえる事だな。 「ファリアさんに聞いたんですけど、絶望の島に、行くかも知れないんですよね?」  葉月さんにも話したのか。まぁ、俺達の事情は、知ってもらった方が良いか。 「ジェイルと、ティーエは、絶対助け出したいの。私。」  ファリアも、必死なんだな。 「で、実は、残った皆さんにも、話したんですよー。」  葉月さんが言うと、いつものメンバーが入ってきた。なんだ。これで、全員揃っ ちまったな。黙ってるのは、無粋だったか。 「瞬や俊男が居たら、絶対、協力するに決まっとるからのぉ!」  巌慈は、プロレスで鍛えた体を、誇示する。 「柔道の代表合宿は、まだ先だからな。」  修羅も、やる気タップリだ。最初の合宿は終わって、次の合宿まで、時間がある のだとか。修羅も大変だな。 「仲間を助ける心意気。良いじゃねーか!」  勇樹は、いたく、気に入ったらしい。 「ま、俺っちは、留守番なんだけどね。」  魁は、行けないらしい。まぁ、無理も無いか。 「拗ねないの。私達が行くのは、まだ早い。分かってるでしょ?」  どうやら、葵も留守番らしい。 「トシ兄のために残るんです。ごめんなさい。」  莉奈もか。そうか。この3人は、ファリアが用意した魔方陣の維持を努めるって 訳か。あれ、意外に、しんどいんだよな。魔方陣を常に開くようにして、奴らが矛 盾を解き明かした時に、すぐ反応出来るようにする。そのためには、ファリアが遠 くまで離れてしまうと、輝きを取り戻すのに、時間が掛かってしまうのだ。それを 防ぐために、魔力を与え続けるのが、この3人の役割って訳だな。 「なる程。んで、睦月さんと葉月さんは、それぞれ、出場しなきゃいけないって事 か。しょうがねぇよな。怪しまれるしな。」  大会に、出なきゃいけないのも、一つの仕事だ。 「私は出ません。」  え?睦月さん? 「姉さん。なんで?」  葉月さんだ。一緒に練習してきた葉月さんは、意外そうな顔をする。 「葉月。敵には、恵様が居ないって事は、知れ渡っているのですよ?」  睦月さんは、厳しい口調で答える。 「そんな時に私が不在で、どうやって恵様の代わりに仕事をこなすんです?・・・ これは、恵様から言われた事。恵様に何かあった時には、私が、その代わりを努め る事。そう言われたのです。」  睦月さんは、その役を、こなそうとしているのだ。 「あんなに・・・燃えてたのに・・・。」  葉月さんは、睦月さんが、この大会でナイアさんに勝ちたいと思っている事を、 誰よりも良く知っている。だからこそ、苦渋の決断を、させたくなかったのだ。 「葉月。だから、貴女なんですよ?」  睦月さんは今度は、優しい口調で答える。 「私と一緒に、この家を支えてきた貴女。今年は、特にミッチリ鍛えましたね。良 いですか?良く聞くのです。貴女なら・・・ナイアにも勝てると私は信じています。」  それは、まるで、言い聞かすようだった。 「姉さん・・・。でも・・・。」 「葉月。貴女が勝ちなさい。そうすれば、私が勝ったと、同じなんです。」  睦月さんは、葉月さんに全てを託したのだ。そして、この家を守り続けるのは、 自分しか居ないと言う事も、分かっているのだ。 「・・・分かりました。最後まで・・・力を出し切ることを誓います。姉さん。」  葉月さんは覚悟を決めた様だ。自分が、この天神家の代表であり、藤堂の名を知 らしめるのだと言う、決意が感じられた。 「でもよぉ。明日、どうやって、あの島に行くんだ?」  グリードが言う。確かに、あの島から抜けるのも、かなりの日数が掛かった。 「私の存在をお忘れ?」  ファリアが口を尖らせる。そうだ。ファリアが居た。 「明日は、目立たないトイレから、『転移』するわよ。」  そう。ファリアなら、あの島の構造まで、良く知っている。あの島ならば『転移』 の古代魔法を使って、一気に移動が出来るのだ。 「ふっ。緊張して、失敗するなよ。」  エイディが軽口を叩く。だが、今のファリアなら、必ず成功させるだろう。だが、 『転移』自体が危険なので、余り使って欲しくない所だ。失敗すれば、次元の穴を 広げる事になる。俺なら、『万剣』のルールを使って、そこからも脱出出来るが、 全員を助けられるかは疑問だ。失敗は、出来ない。 「実は、何回か、下調べに行ってるから大丈夫よ。」  ・・・はっ!?ファリアは、とんでもない事を言い出す。てーとあれか?今まで 何回か、あの島に行ってたって事かよ・・・。無茶するぜ。 「行けるかどうかの、テストくらいしてるわよ。」  なる程。つまり、行けるかどうか、テストしただけなんだな。 「無茶するなよ・・・。全く・・・。」  俺は口を尖らす。まぁ、何を言っても、無駄なんだろうけど・・・。 「心配してくれただけで充分よ。それより・・・魔方陣、本当に頼んだわよ。瞬君 達が、いつ帰ってきても良いように、拾うための魔方陣なんだからね。」  ファリアは、3人に言う。そうだな。アイツらは今、もっと大変な事態にいるん だしな。過去に置いてけぼりのままじゃ、駄目だ。 「ファリアさんの頼みだし、気張って行きますよ!」 「魁一人じゃ無理かもねー。でも、私らもフォローするから。」 「1人じゃ無理だけど、3人なら・・・ね!」  魁も、葵も、莉奈も気合充分だ。ただの留守番じゃない事で、奮起したのかな。 「よし!じゃぁ、明日は、決行よ。あそこの作業は9時半からだから、10時に決 行。大会の決行も、10時からだし、丁度良いわね。」  ファリアは、今度こそ助けると、気合入れている。俺も気合が入る。 「絶対、助けてやらなきゃな。ジェイルにティーエさん。」  前は、不甲斐無くて出来なかった。しかし、今なら出来る。失敗なんて、する物 か。俺が・・・俺が、助ける!!  かつての軍事大国プサグル。名前は聞いた事があった。ルクトリアと共に、引き 合いに出される事が多かった国。現代は・・・確か、セントメトロポリス・・・こ の時は、まだ中央大陸だが・・・セントに支配されている。ソクトア大陸全土が、 ほぼセントに支配されていると言っても良い。  輝かしい実績を残している時代に来る事になるとはね。今度の模擬戦は、気合を 入れようと、人々も活気に溢れている。生命力を感じる街だ。15年間、敗北を続 けてきた国だからこそ、次こそは!と言う思いが、強いのだろう。  俺は、そのプサグルの今は・・・三将軍と言われている『雷』のジルドランの家 に客人として、招かれている。さすがに天神家よりは、でかくないが、この当時で は、破格の大きさの家だ。使用人も、何人か居る。  俺は、早速、朝の稽古を始める。場所が・・・時代が変わっても、俺の生活のサ イクルは、変えようとは思わない。 「ほう・・・。何度見ても、見事な物だな。」  ジルドランこと、ジルさんが声を掛けてくる。意外と素手での格闘にも、興味が ある様だ。実際に使う訳じゃ無さそうだけどね。だが、不動真剣術や天武砕剣術な んかも、パーズ拳法と同じ時期に伝わったと見られているので、1500年の歴史を持 っている。この時代では500年か。やはり、伝承のある物を見ると、血が騒ぐの かも知れないな。俺もレイクさんの剣術を見た時は、感嘆を覚えたものだ。 「丁度、今くらいに練られた空手ですけどね。俺にとっては、伝承していかなけれ ばならない物なんですよ。」  その辺の感覚は、疎いかも知れないな。 「羨ましい物だな。1000年後まで伝えられてると言うのは。」  ジルさんは、天武砕剣術が、1000年後も伝えられてるかどうか、分かっていない のだろう。途絶えられたと思っていたが、実は、ゼハーンさんが継いでるんだよな。 「ま、修行あるのみですよ。結局は、そこからです。」  1000年の歴史と言っても、伝承者が疎かでは駄目だ。 「フッ。君との手合わせは、戦慄を覚えたがな。」  そう。ここにお世話になって翌日辺りに、手合わせした。相手は刃止めの剣で、 俺は素手だ。向こうは、やり難そうにしていたが、俺にとっては、これが普通だ。  レイクさんと同じような要領で手合わせしたが、結果は、俺が多少上回っていた。 6割くらいは、俺が1本を取った。 「偶然ですよ。ジルさんの剣技の冴えも、凄い物を感じましたよ。」  これはお世辞じゃない。レイクさんの方が鋭さは上だったが、剣技の完成度は、 上かも知れない。追い詰め方などが、堂に入っていた。 「よく言う。私はな。こう見えても、この国で、手合わせで統括的に負けた事など 無いと言うのに。素手の相手に破られたと言うのは、意外にショックだったんだぞ?」  そうかも知れないな。まぁ俺の場合、天神流空手自体が、剣を持った相手にも、 対抗出来るように、拳を、鋼鉄すら破壊するように鍛え上げた拳法だ。それこそ、 俺に対抗出来る素手の拳法は、神城流か、俊男のように、完成されたパーズ拳法く らいかも知れない。剣技よりもスピードがある分、対処し難いしな。 「俺の拳の硬さは、剣技にも、対抗するためですからね。」  この時代になったとしても、俺の体に、代わりは無い。 「恐ろしい拳だ・・・。君のような者が、学生をしていると言うのだから、1000年 後と言うのは、強さに、特化しているのかも知れんな。」  ジルさんは、妙に納得している。 「さすがに俺や俺の仲間は、特殊ですよ。・・・寧ろ、人間全体は・・・弱くなっ てるかも知れない。」  ファリアさんなどは、言っていた。魔力を信じない人間が増えて、化学を心酔す るようになった人間は、強さと言う点に於いて、かなり弱っていると・・・。 「1000年後と言うのも、複雑なのだな。・・・お?」  ジルさんは、無駄話を止める。と言う事は、他の人が来たと言う事かな。俺たっ ての願いで、ジルさん以外には、なるべく、俺が未来から来たと言う事は、伏せて もらうように頼んである。混乱させるかも、知れないしな。 「ジル。開けて良いですか?」  女性の声だ。あ・・・この声は・・・。 「ティアラか。入ると良い。」  ジルさんが扉を開ける。すると、子供を抱いているティアラさんが入ってきた。 「フフッ。瞬さんは、また修行ですか?」  ティアラさんには、何度か修行を見せている。その度に褒めてくれた物だ。 「はは。日課ですよ。やらないと、落ち着かないんです。」  俺は、時代を超えても、こんな感じなんだな。 「そう。サイジンも、貴方みたいな強い子に、育つと良いわね。」  ティアラさんは、自分の体が弱い事を知っている。だが、俺は知っているのだ。 サイジンは、歴史に残る偉業を、達成する程、強い男になる。 「きっとなれるさ。私の息子だぞ?」  ジルさんは、優しく声を掛けながら、さりげなくティアラさんを座らせる。自然 体ながら、こう言う優しさを忘れない。変に病人扱いをしないのが、ジルさんの優 しさの一つだろう。と、扉が、また叩かれた。今度は使用人だ。 「ジルドラン様。客人が、お見えになりました。暗黒騎士団長殿です。」  暗黒騎士団長?・・・って事は、グラウド=ルーンさんか。 「グラウドか。通せ。」  ジルさんは、知らせると、足音が近づいてきた。そしてノックが聞こえる。 「開いている。遠慮するな。グラウド。」  ジルさんは、聞くまでも無く、グラウドさんだと気が付いていた。 「ふむ。見舞いに来た。」  グラウドさんは、いかつい騎士団の兜を脱いで、素顔を見せる。しかし、俺に気 が付くと、警戒したように、兜を被ろうとする。 「ああ。気にしなくて良い。私の客人だ。それに、他言するような奴では無い。」  俺の事を言っているのだろう。ジルさんの配慮に、感謝する。 「あ。天神 瞬って言います。1週間程前から、お世話になってます。」  俺は、挨拶をする。やっぱ挨拶は、基本だ。 「ほう。俺は、この国の暗黒騎士団長グラウド=ルーンだ。その格好と髪は・・・ ガリウロルから来たのか?」  グラウドさんは、兜を脱いだまま、自己紹介をする。 「はい。知り合いと、逸れてしまった所を、ジルさんに拾われまして・・・。」  そう言う事にしてある。まぁ、半分は、本当だ。 「ジル。この前も、偵察が来ていると言う状況なのに・・・。」  言いたい事は分かる。確か、この頃にライルが、ルクトリアの遊撃隊長に任命さ れて、偵察に来ると言う騒ぎがあったはずだ。 「グラウド。私とて馬鹿では無い。目を見れば分かるさ。」  ジルさんは、識別眼に自信を持っているようだ。 「なるほどな。・・・おっと。ティアラさん。これ。花だ。」  グラウドさんは、納得すると、ティアラさんに花を渡す。近くにあった花瓶に植 えてやる。結構な、花束だ。 「ま、ジルが、そう言うなら、大丈夫なんだろうな。それにしても・・・すげぇ体 付きだな。お前、いくつだ?」  グラウドさんは、俺の体を見る。 「あ、今は、15です。今年で16ですね。」 「16!?マジかよ・・・。そういや、アイツも、16だとか言ってたな。どうな ってやがんだ。最近の若い奴らは・・・。」  グラウドさんは、頭を抱える。 「アイツとは誰だ?例の偵察か?君が、逃がしたと言う・・・。」 「そうだ。模擬戦では、絶対どこかの隊長やってるくらいの実力だ。俺がやる。良 いな?ジル。アイツとは、決着をつけたいんだ。この手でな!」  グラウドさんは、燃えるような眼をしていた。そう。結局、偵察がバレて、グラ ウドさんとライルは闘う事になったんだけど、どうしても、決着がつかないまま、 ライルは、逃げる羽目になるのだ。 「あの時、邪魔が入らなかったら、決着は、ついていた筈なんだ。」  恐らく、プサグル兵が、見つけたのだろう。 「邪魔とは言い過ぎだぞ。まぁ君にとっては、そう見えるんだろうがな。」  ジルさんは、嗜める。プサグル兵は、純粋にグラウドを助けに入ったのだろう。 「へいへい。・・・そりゃそうと・・・瞬と言ったっけ?お前は、どれくらい強い んだ?見た所、相当な腕前と見たがな。」  グラウドさんは、俺の腕が、気になるみたいだ。 「フッ。止めておけ。私が、手合わせで4割しか取れん程の腕前だ。」  ジルさんは、あっさりバラす。 「・・・マジでか?・・・お前、そんな強いのか。」  グラウドさんは、訝しげに俺を見る。それくらいジルさんは、知れ渡ってるって 事か。誇って良いのかなぁ? 「手合わせをしますか?」  俺は、ジルさんの家の修練場を指差す。 「そうだな。その方が分かる。」  グラウドさんは、乗り気だった。伝記に載ってる人との手合わせは、緊張感があ って良い。単純な鋭さは、俺の仲間の方が上かも知れないが、完成度が、全体的に 高いのだ。これは、目を見張る程だ。  俺達は、修練場に来た。グラウドさんは、修練用の刃止めの剣を持つ。俺は、天 神流空手の基本である構えを取る。さらに禍々しい形をした兜を被る。 「・・・素手か。だが、舐めて掛かれんな。闘気が伝わってくるぜ。」  グラウドさんは、独特な構えをする。完全に攻めに特化した構えだ。 「俺の『暗黒剣』を受けられるか!?」  兜の下の顔は、楽しんでいるようであった。そして、間合いを詰めてきた。 「せい!!!」  グラウドさんの剣が消えた!・・・そうか! 「ハァッ!!」  俺は、咄嗟に、左頭上からの攻撃を防御した。『暗黒剣』は、後の世では『死角 剣』と呼ばれているのを思い出した。常に死角からの攻撃を意識させ、防御を許さ ぬ攻めの剣だった筈だ。あぶねぇ・・・。 「防御するか!やるな!!」  グラウドさんは、立て続けに死角から死角へと打ち込んでくる。それを俺は、腕 で防御する。それにしても、江里香先輩並に早く、正確だ。力強さは、グラウドさ んの方が上だろう。こうこなくちゃな! 「せい!せい!せいやあああああ!!」  俺は、グラウドさんの剣を弾き返して、肩口に、蹴りを食らわす。 「うぐ!!・・・参った!!」  グラウドさんは、5メートル程、吹き飛ぶ。やり過ぎたかな。 「ふう・・・。早く、そして、正確な死角への攻撃。さすがです!」 「お前ね・・・。その俺を、軽く吹き飛ばしたのは誰だ?」  グラウドさんは、肩口を押さえながら、立ち上がる。 「大丈夫ですよ。痛みは続かない打ち方ですから。」  派手に吹き飛ばしたが、響くような打ち方では無いから、傷になる事も無いだろ う。修練で怪我させちゃ拙いしな。 「・・・本当だ。お前さん、恐ろしい奴だな・・・。」  グラウドさんは、痛かったのが急に引いて来たので、驚いているのだろう。 「こう見えても、色々修行してますからね。」  この歳まで、修行漬けだった毎日だ。この体も、拳もその賜物だ。 「ソクトアも広い物だ。お前みたいな奴が、まだ居たとはな。」  負けて納得だったのか、グラウドさんは、兜を脱いで握手を求めてきた。 「まだまだ修行中の身ですよ。これに慢心せず、頑張ります。」 「・・・まだ強くなる気か?はぁ・・・負けたよ。俺の部下共に、聞かせたい台詞 だ。アイツら、ちょっとばかし強くなると、サボりやがるからな。」  グラウドさんは、明日の暗黒騎士団の扱きを、決定したみたいだ。  余計な事を、してしまったかもな。  少しずつ情報を集めていた。幸運な事に、ここストリウスは、要所となる街。数 多くの傭兵が、集まったりしている。情報を得るには、好都合だ。  ただ、中々情報が集まらない。それにルクトリアとプサグルの模擬戦が、近々行 われると言う話だ。この話題が、先行し過ぎている。1016年と言うと、確かプサグ ルが非戦協定を破る年よね。だとしたら、余計に、こっちの話が先行してしまうか も知れない。とは言え、他に、やれる事も少ない。  私は、『聖亭』の仕事を手伝いながら、修練を欠かさない。さらに深夜には、学 業の復習をしている。覚えている事を書き写すだけでも、良い勉強になる。それと、 空いてる時間に『聖亭』のピアノを弾かせてもらっている。天神家たる者、全てに 於いて、コレ修行をしなければならない。 「恵サン。お疲れ様ネ。今日も日課?」  レイホウさんが聞いてくる。 「ええ。やっておかないと、落ち着かないんですの。」  客からのリクエストで、ピアノなどは充分に弾いたので、次は修練の時間だ。不 思議な事に、ここに来てから、瘴気が、全く顔を出さない。多分、この時代の空気 が、澄んでいるからだろう。現代と比べれば、10分の1も、無いかも知れない。 「ハッ!!」  私は、パーズ拳法の基本の型と、応用の型を流れるように済ませると、合気道の 力の流れを思い出しながら演舞する。すると、繊一郎さんが、こちらを覗きこんで いた。珍しいのかも知れない。 「どうか致しまいて?」 「いや、見事な物で御座るな。拙者も、色々な無手の使い手を、この眼で見てるが、 恵殿程に流れるように使いこなせているのは、見た事が御座らぬ。」  なる程。この時代では、まだ剣が主流だった筈だ。素手での強さは、まだ荒削り なのかも知れない。 「お手合わせをしません事?その方が、修行になりますわ。」  私は、手合わせを誘う。やはり伝記の人物とは、手合わせがしたくなる物だ。 「拙者は、手加減出来る性格では、御座らぬ。」  ・・・へぇ。やっぱ自信はあるのね。仕方の無い事かな。この時代の女性は、剣 を取ったりしない。せいぜい、魔法に特化している女性が居る程度だ。 「私が女性だから。って理由なら却下よ。これでも私、最強と謳われた兄様との特 訓にだって、劣らない程でしてよ?」  私は挑発する。繊一郎さんは、弱い訳じゃあない。だけど、兄様より強い人とは、 思えない。ならば、私が勝てる筈。 「悪いけど・・・兄様より、貴方が強いとは思えなくてよ?」 「そこまで言いなさるのなら、手合わせを、願い申さん。」  繊一郎さんも、馬鹿にされて引っ込むような性格では無い。私が言う兄より、自 分が弱いと思われてるままでは、納得が、いかないのだろう。  私と繊一郎さんは、『聖亭』の裏にある空き地に行く。今は夜なので、幸い、人 通りも少ない。滅多に見られる事は、無いだろう。 「・・・榊流忍術、見せてもらうわよ。」  私は、この時は、榊流が忍術だったのを知っている。 「忍術を知っておるとは・・・だが忍術を使うに値するかは、拙者が決め申す。」  フフッ。まだ私の力を計り兼ねてるのね。眼を覚まして、差し上げなきゃね。 「ヌン!!」  繊一郎さんは、裏拳から入る。私が、自然体のまま躱すと、回し蹴りが飛んでき た。勿論、見切る。そこから肘、蹴り上げ、飛び膝から掌底まで、全て見切る。し かも伸びまで見切っている。悪いが、こんな小手調べで、本気を出すつもりは無い。 「これが、本気じゃないでしょう?」 「・・・やり申すな。」  繊一郎さんは、認識を改めているようだ。すると、素早い手刀から、足払い、肘 打ちと連続で次々繰り出す。だが、私はミリ単位で見切っている。すると、私の胸 の襟を掴む。なる程。投げか。見切りは凄いと見立てて、投げに移行したのね。 「そいやあ!・・・うぐ!!」  繊一郎さんが、投げた瞬間に私は、力のポイントを見切って、腕を捻り上げて、 浴びせ倒しにした。合気道やってる私に、この程度の投げなんて甘いわ。  繊一郎さんは、驚きの顔になると、私との距離を離す。 「合気道を、舐めてもらっちゃ、困りますわ。」 「驚き申した。確かに見誤っていたようで御座る。」  繊一郎さんは、評価を改めざるを得なかったようだ。 「それで良いですわ。私に、本気を出させて下さる?」  私は、その方が、良い修行になると思っている。どうせやるなら、徹底的によ。 「今までの非礼を詫びる意味でも、そう致す所存。」  繊一郎さんの構えが変わった。それに源を感じる。忍術を使う気だ。 「破っ!!」  繊一郎さんは、気合を入れて、指先に源を集中すると、指先から炎が射出される。 さすがだ。その純然たる放出量たるや、エイディさんに、勝るとも劣らない。 「やる!!でも・・・甘いですわ!」  私は、炎を拳の風圧だけで消し飛ばす。一撃では無い。何発も打つ事で、炎を掻 き消していく。こうこなくちゃ・・・! 「驚き申した!『火遁(かとん)』を防ぐとは!では、こちらも・・・容赦せぬ!」  繊一郎さんは、右手で水を出して、私が空中に避けたのを確認すると、左手で雷 を出して、追い討ちを掛ける。今度は避けられないわね。仕方ない! 「ええいっ!!」  私は、繊一郎さんの『電迅(でんじん)』を、同じ電迅で相殺する。 「何と!『水遁(すいとん)』を避けたばかりか、『電迅』を使われたと!?」  繊一郎さんは、ショックを受けているようだ。その隙に懐まで飛び込む。 「ぐっ!!」  繊一郎さんは、苦し紛れに、風圧を帯びた拳を繰り出してきた。しかし私は、そ んな物は、とっくに読みきっている。その腕を取って、捻って倒すと、その勢いで、 腕を足で固定する。そして、無防備な顔面に、拳を打ち落とす! 「・・・ここまでね。」  私は寸止めして、ニコリと笑う。 「・・・素晴らしいで御座る。恵殿は、女子(おなご)にしておくには、惜しい程 の腕で御座る。拙者、女子に、初めて負け申した。」  どうにもガリウロルは、この頃の女性の立場は、弱いようね。 「男とか女とかは関係ないわ。私が、強いんですのよ?分かる?」  ここで、主張しておかないとね。 「返す言葉も御座らぬ。恵殿ほどの腕、男でも、見た事が無かったで御座る。」  そうそう。男とか女で、線引きされちゃ堪らないわ。 「分かってきたようね。ま、でも楽しかったですわ。また仕合ましょう。」 「勿論で御座る。恵殿程の腕なら、こちらから頼む程で御座る。それにしても、恵 殿の兄上は、恵殿が誇りに思う程の、強さなので御座ろう?」  繊一郎さんは聞いてくる。まぁ私が言ったのだ。それは、気になる事だろう。 「愚問ですわ。兄様は、生粋の修行バカ。こっちが、呆れるくらいのね。」  人生を、あれだけ修行に費やせるのだ。あれを修行バカと言わずに、何なのか? 「恵殿は、兄上を尊敬しておられるのだな。素晴らしき事で御座る。拙者の妹は、 拙者の言う事など、聞かぬ、跳ねっ返りで、困ってい申す。」  繊一郎さんは、渋い顔をする。ああ。この人の妹って事は、確か繊香(せんか) ね。確かエルディスと、結婚したって言う人だったかしらね。 「それは、何でなのかしら?原因があるんじゃないかしら?」  せっかくなので、相談に乗る事にした。 「拙者が、反対したからで御座ろう。妹は、まだ15なのに、結婚したいと申して おって・・・父上は、烈火の如く、怒っていると言うのに・・・。」  繊一郎さんは、首を振りながら話す。その時の様子を、思い出しているようだ。 「その妹さんは、本気なの?・・・だとしたら、譲らないと思いますわ。」  私にだって分かる。恋をした時の気持ち。兄様と話す時の安心感。反対されたっ て、構う物かと思ってしまう。 「相手の事で御座るか?まぁ、拙者も、エルディス殿について、反対してる訳では 御座らぬ。あ・・・エルディスとは、妹の相手で御座るが・・・。」  繊一郎さんは説明する。本当は、言われなくても知っているが、相槌を打つ。 「エルディス殿は、本気で修行の出来る素晴らしき御仁。拙者の友と呼ぶべき人物 で御座る。反対では、御座らぬが・・・まだ、時期尚早と思うので御座る。」  繊一郎さんも、エルディスのことは認めているらしい。 「何を言っても無駄だと思いますわ。妹さんは、もう、その方としか考えていない んでしょう?なら、周りが何を言っても、聞きませんわ。」  出来る事なら、すぐにでも結婚したいと言う願望の持ち主なのだろう。どことな く、私に似ている気がした。 「拙者も、妹に嫌われたい訳では無い。今度、話をしてみるで御座る。」  繊一郎さんは考え込む。この兄も、甘いお人ねぇ。やっぱ似るのかしらね。 「それにしても・・・恵殿、忍術を、何処で習ったので御座る?」  まぁ、そこは、疑問に思うわよね。 「榊の一族の誰かよ。」  嘘では無い。だが、繊一郎さんが、思い浮かべる榊とは程遠いだろう。 「ほう。我が一族と知り合いとは・・・顔が広いで御座るな。」  繊一郎さんは、特に疑う様子を見せない。確か、榊一族は、この頃も、かなりの 勢力を誇っていて、ガリウロルでも、有数の豪族だった筈だ。 「そうだ。恵殿は、このストリウスに来て、戸惑う事ばかりと申しておりましたな。 拙者、こう見えても、情報集めは得意で御座る。恵殿に役立つ情報を、集めてしん ぜようか?どんな事について調べるのか、言ってくれれば、大丈夫で御座るよ。」  それは願っても無い事だ。確かに繊一郎さん程の忍術使いであれば、諜報活動な どは、お手の物だろう。 「そうね。ここでの情報収集も、限界を感じていた所ですし、頼んでみますわ。」  断わる理由が無い。繊一郎さんも、目的があった方が、情報収集し易いとの事だ ったので、頼む事にした。  これで、少し進展があれば、良いんですけどね。  修道院の朝と言うのは、こんなに辛い物なのか・・・。  やってみないと、分からない物ね。  全て自分達で自給するために農園から菜園の手入れまで、自分達でやる。  飲み水の確保だって、井戸が引かれている訳ではないので、川から取ってくる。  思ったよりハードだ。  それでいて、昼間は、参拝者の懺悔を聞く仕事までこなすのだから、大した物だ。  とは言え、さすがに2、3日もやれば、慣れてくる。 「エリカさーん。こっち頼みますねー。」  マレルさんは、菜園を指差す。そこに水を運ぶのが、今の私の仕事だ。  さすがに空手をやってるだけあって、力の入れ具合などは、次第に慣れてくる。 そうなれば、あとは、全体的な仕事のコツを掴んでしまえば、出来ない事は無い。 「はい。終わりっと。これで最後ですかー?」  私も、マレルさんに催促する。 「ご苦労様ですー。」  マレルさんが、ご苦労様と言うのは、仕事が終わったと言う合図だ。これで、昼 のミサの時間までは、休憩になる。最も、汗を洗い流すけどね。  ここに来て、懺悔と共に、休みに来た参拝者などを相手していると、情報が、結 構集まる物だ。案外、今の私にとっては、便利なのかも知れない。  聞いた事を纏めると、今回の模擬戦についての話ばかりだ。何せ、軍事大国の決 戦なのだ。模擬戦とは言え、かなり本気でやるらしい。それに今年のプサグルは、 決戦に懸ける意気込みが違うのだとか・・・。私の知ってる歴史のままなら、プサ グルは、不名誉なやり方と共に、大勝を手にする筈だ。  後は、これも伝記に書いてあった通りなのだが、ルクトリアの偵察が、プサグル で見つかったらしい。歴史から言えば、十中八九『英雄』ライルの筈だ。歴史を知 っていると言うのは、こう言う所で、損をするのかも知れない。  あとは、モンク僧が、人捜しをしているとの情報があった。パーズのお偉いさん が行方不明になったかもと噂されている。物騒な話だ。 「何か、良い事でも聞きましたか?」  マレルさんが、こちらを覗きこんでくる。私は、懺悔を聞くのと同時に、情報を 聞いたりしている。この時代の情勢を、もっと知っておきたい。勿論、ほとんど知 っている事だが、私の知らない情報が出た時が、勝負だと思っている。 「さっぱりだわ。まぁ、この時期は模擬戦が忙しいから、その情報ばっかりよ。」  そう。今度もルクトリアが勝利しそうだとか、新しい若手が入っただとか、プサ グルは、今度こそ奪回するために全力で来るだの、そんな情報ばかり。  プサグルでは、今度の戦いこそ勝利をと思っているらしく、「雷」の異名を持つ ハイム=ジルドラン=カイザードの家で連日、三将軍クラスが挨拶に回っていると 言う話だ。熱心な事だ。 「模擬戦・・・ですか。毎年何人かは、お亡くなりになっているんですよね・・・。 今度の戦では、死者が出ないよう、お祈りしないと・・・。」  マレルさんは、悲しげな目をする。今回は模擬戦と言うには、あまりに苛烈な死 者が出る筈なのだ。私には分かってるのにね。 「この修道院にも、怪我人とか、来るんだよね。」 「命を助けられるなら、その苦労は、厭いません。」  さすがマレルさんだ。この人の助けたいって言う願望は、秀でているな。母にな ってからも、常にライルを助けて、ライルが死んだ後も、息子や娘のために、影な がら支えてきただけはある。娘のレルファには、その精神が行き渡っていたようだ しね。血の為せる業かも知れない。 「ま、そうならないように、祈るしかないわよね。」  私は、白々しいことを言う。自分でも嫌になるな。しかし、この修道院自体が実 は、マレルさんを覆い隠すための修道院なのだ。『太陽の皇子』ことリチャード= サンが『月の巫女』と呼ばれるマレルさんを、奪いに掛かるのは必定。生まれる前 からの許婚らしい。馬鹿馬鹿しい話だ。しかし、この修道院は、瘴気を放つ『太陽 の皇子』を認めていない。だから、命を張ってでも、マレルさんを助ける。そのた めの修道院なのだ。伝記にも、書いてあった。 「あ。菜園の水やり当番の時間だ。私、行ってきますね。」  そう言えば、今日はマレルさん、菜園の水やりだったな。 「少し、良いかしら?」  後ろで修道長が呼んでいた。私に?・・・となると、重大な話っぽいわね。マレ ルさんが離れた瞬間に、呼び止められるなんてね。 「何でしょうか?」  私は、修道長室に入る。なんだか校長室みたいで落ち着かないな。つっても、う ちの校長は、うちの爺様だけどね。 「何から、話したものかしら?」  修道長は、考え込んでいる。多分、色々手順を考えているんだろう。 「・・・マレルさんの事ですね。」  私は、何となく予想がついていた。 「・・・貴女・・・何処まで、知っているのかしら?」  やっぱり警戒している。マレルさんが連れてきたと言う事で、色々面倒を見てく れていた人だが、警戒は、していたのだろう。 「ええと・・・確認しますが・・・ここの壁って、厚いですか?」  私は、遠回しに、聞き耳が立てられないか聞いてみる。 「それなら心配無用です。厚くしましょう。」  修道長は、何やら魔法を唱えると、この部屋だけ、異質に感じるようになった。 「・・・結界ですか?凄いですね。」  この時代に、結界まで張れる人物が居るとは、思わなかった。 「話を逸らさないで下さい。仕立て上げたのですよ?」  修道長は、真実を知りたがっている。私が、何者なのか・・・。 「じゃぁ、私も覚悟を決めるわ。・・・私の話、信じてもらえるかしら?」  私は修道長の目を見る。その目は、輝きを失っていなかった。 「貴女の目からは、普通の人とは、違う輝きを感じます。信じましょう。」  どうやら、大丈夫のようだ。 「なら言いましょう。私は、未来から来た者よ。策にハマって、この時代まで飛ば されてきたガリウロル人。・・・信じられるかしら?」  私は、自嘲気味に促す。 「それで・・・マレルの事も、知っていたのですね。では、彼女が『月の巫女』だ と言う事は、とっくに、知っていたのですね。」  修道長は、隠そうとしなかった。どうやら信じてくれたらしい。 「知っていたわ。彼女は私の居る1000年後の世界では、最も有名な伝記に出てくる 程の人物よ。知らない人は、居ないくらいよ。」  私は、核心を言う。伝記の世界・・・私の目には、そう見えているのだとアピー ルする。遠くて、近い世界なのかもな・・・。 「合点が行きました。最初、服を見た時から、この世界の人じゃないと、確信して ましたから。これは、世代を超えて見てきた、私にしか分からない事。」  世代を超えて見てきた?どう言う事だろう。 「貴女の告白に、私も応えましょう。私は、天人です。」  何ですって?天人って事は・・・。 「そうです。人間より、遥かに長い寿命を持っています。この修道院の者には分か らぬように、暗示を掛けていますけどね。『月の巫女』の一族、ムーン一族を、5 00年以上も、見てきています。」  500年も・・・。気の遠くなるような話だ。 「私は、古の月神レイモスの奥様の従者です。奥様は、レイモスの反逆の罪で、こ の地に堕とされたのです。」  そうか。レイモスは、確か天界に対して反逆の意を示した筈だ。 「奥様は、この地の人間と恋をし、その人の寿命と共に、この世を去りました。そ の奥様の家系を、見守るのが私の道です。」  何て・・・一途で強情な話・・・。この人は・・・一途過ぎる。 「貴女は、それで良いの?ただ見守るために生きる・・・それで良いの!?」  私は、納得出来ない。美しい話に見えるかも知れない。だが、天人とは言え、生 き方のほとんどを、一族に捧げるなんて人生、私は認めたくない。 「頼まれた訳では無いです。でも・・・ムーン一族に・・・私は、惚れ込んでしま いましたから。それを守ろうとする生き方に、後悔など、していません。」  何て人・・・。自分の人生を、捧げる程の生き方だと言うのか・・・。 「私は、あのサン一族から守らねばなりません。サン一族は、レイモスの血を引い た邪悪なる一族。あの悲劇を、繰り返させないためにも、絶対に守らなきゃならな いのです。」  何てこと・・・。サン一族は・・・月神レイモスの血を引いていたなんて・・・。 「レイモスは、自らの死の間際に、貴族であるサン一族に、付け込んで子供を残し ました。そして、勝手にあっちを『太陽の皇子』、ムーン一族を『月の巫女』と呼 ばせて、自らの生まれ変わりが出るように、仕向けたのです。」  ヘドが出そうな話だわ。月神レイモスは、自らの生まれ変わりを作り出すためだ けに、こんな茶番を組んだなんて・・・。執念か・・・。レイモスの企みが失敗に 終わったから、代わりの器を捜したと言う訳ね。それが、トーリスであり、トシ君 でもあった訳だ。最低ね・・・。 「全く・・・。そんな理由があったとはね。レイモスって、ロクな神じゃないわね。」  冗談じゃないわ。勝手に人の運命を、決めようとするなんてね。 「結局、守り通したおかげで、成就させなかった。そのおかげで、レイモスは、ま だ漂っいる筈ですよ。」  漂っている・・・。そうか。この人は知らないんだ。この後、レイモスは、伝記 の最高とまで言われた魔法使いである、トーリスに乗り移るハメになる。 「で、本題に入ります。マレルを守り通してきた理由を貴女に話した。その訳は、 分かりますね?」  修道長は念を押してくる。まぁ、何となくは、想像がつく。 「マレルさんを守る手伝いをしろって、事よね?」 「見た所、貴女は相当な実力者。丁度、欲しかった人材なのです。」  確かに、守り通してきたとは言っているが、見つからなかっただけの話だ。 「私は、未来が、どうなるか知ってます。それでも敢えて協力を求めるんですか?」  今度は私が念を押しておく。つまり、私は未来が、自分達の未来に重なるように 行動すると言っているのだ。 「フフフ。貴女、交渉が下手ですね。そんなに食いついてきて、その揺さぶりを掛 けたら、未来が、どの方向に進むのか、分かってしまいますよ?」  あちゃー。失敗だったか。修道長は、私の態度から未来が、どの方向に進もうと しているのか、読み取ったみたいだ。私も、まだまだだな。 「ま、どちらにしろ、私には、選択肢は無いのよ。」  マレルさんは、ライルと結婚しなきゃいけない。 「・・・正直な人ですね。・・・そうですね。貴女には、マレルさんの最終的な身 辺の警護を頼みます。つまりは・・・この修道院が、危なくなった時は・・・。」  修道長は、試してくる。 「ここを捨てて逃げろ・・・って?」 「分かってるんですね。じゃぁ、問題ありません。」  修道長は満足げだ。私なら、正しい判断が出来ると信じているのだろう。 「嫌な役目だわ。参ったな。」  私は、残念ながら、近い内に、そうなるだろう事を知っている。 「フフッ。もうちょっと嘘が吐けるようじゃないと駄目ですよ。江里香さん。」  修道長は、また何かを見抜いた様だ。 「今度は、何です?」 「やっぱり、ここは滅びるんでしょう?」  !!?何で分かるの!?この人は・・・心でも、読めるんだろうか? 「驚かなくても良いんですよ。実は、この前、カールス=ファーンと名乗る男が、 この教会に来ましてね。瘴気を放っていたものですから・・・。近い内に、ここが バレるんじゃ無いか?って、目星を付けていたのです。」  カールス=ファーン・・・。『老師』こと、リチャード=サンの協力者だ。 「その覚悟があるのなら、お話するわ。この修道院は、近い内に捜索が入ります。」  間違いない。歴史の中の悲劇として、伝記にも書かれている。 「やはり・・・ですか。その際、私は、死ぬかも知れませんね。」  この人は、心中する覚悟が、出来ているのか・・・。 「江里香さん。マレルは・・・私の希望なのです。頼みましたよ。」 「出来る限りを尽くすわ。それだけよ。」  私は、顔を背けるのが精一杯だった。こんな嫌な役は無い。ここを見捨てるなん て・・・。こんな人達が、死んで良いって言うの?  これで1週間か。大体掴んできた。この時代の情勢は、かなり、危ういバランス で成り立っている。一見、安定しているように見えるが、ルクトリアかプサグルが、 突出すれば、他の国では歯が立たないだろうと思われる。それくらい危険だ。だか らこそ、ショウさんは、パーズ拳法の最高位に立ちながらも皆に強さを求めている。  実際、この時代では、目立った動きをしていないが、いざ戦闘となれば、彼の2 国に勝るとも劣らない強さを見せる事だろう。国の強さは、兵の数では無いと、シ ョウさんは言っていた。不惑の精神を持っていれば、強国に対抗する事だって可能。 それが、いずれ大きな力になると、説いていた。  実際にショウさんは、圧倒的な支持を得て、国民から愛されている。僕だって、 こんな王が居たら、付いて行く。カリスマ性は、プサグルやルクトリアの王にだっ て負けていないと、パーズの人々は、口を揃えて言う。そう言えば、パーズ拳法を 習った時も、ショウ=ウィバーン=トリサイルこそが、最高の師父であり、名君で あると習った気がする。1000年後にすら慕われる王。若くして、既に強国と渡り合 う事を考えている王。この姿勢は、見習わなきゃいけないかもね。 「フッ。胴が、がら空きだ!!」  ショウさんは、胴に掌底を打ち込んでくる。僕は、それを肘で払いのけると、踵 落としを放つ。ショウさんは、それを読んでいたのか、体を回転させて肘を打つ。 僕は、その肘を掌で受け止めつつ、下からの突き上げを放つ。 「ハッ!」  ショウさんは、それを、バック転で躱しつつ体制を整えた。 「フゥ・・・。さすがだよ。トシオ。俺に付いてこれるのは、お前くらいだ。」  褒めているが、今の攻防は、結構紙一重だった。危なかったのは、こっちだ。 「何を言ってるんですか。僕は、ほとんど一日中修行して、これですよ?ショウさ んは、王としての仕事をして、互角じゃあ、誇れませんよ。」  そう。ショウさんは、合間を縫って修行をしている。僕は、暇な時間は、ほとん ど修行に費やして互角なのだ。実質は、どうなんだか・・・。 「当たり前だろ?お前、俺と修行している時しか、伸びてないぜ?」  ・・・うう。バレていたか。力を落とさない事は出来る。しかし、実質力が伸び てると実感してるのは、ショウさんと修行している時だけなのだ。 「トシオの場合、手合わせで、どんどん伸びるタイプなんだろうからな。暇な時間 は、うちの城下町を、もっと散策して来い。せっかく俺のお墨付きなんだぞ?」  そう。破格の待遇だ。王との手合わせは勿論、僕は城下町に自由に出入りする許 可を得ている。おかげで、情報収集には困らない。更にはショウさんが、パーズ国 内外に極秘にお触れを出しているらしく、他国でも、噂になっているようだ。余り 公には出来ないが、僕と同じく、皆、何かしら手がかりを掴もうとしているだろう。 なら、裏で派手な動きをすれば、結構、効果があるかも知れないと、ショウさんは、 言っていた。僕としては、願ったり叶ったりだ。 「そろそろ街の人に、名前を覚えられてるんですけどね。」  城下町の人とも、親しくなりつつある。いつか、去る事になるだろう。でも、こ こでの生活を、僕は、心に焼き付けようと思っている。 「ショウ!戻ったぞ!」  この声は、シュウイ=オリバー将軍だ。シュウイさんは、ショウさんの親友で、 皆からの人望も厚い。ショウさんの次の実力者でもあり、軍の全ての面に於いて、 補佐している。他の兵団長を束ねる立場だ。 「シュウイ。お帰り。トシオ君の情報は、あったかい?」  この冷静な声は、ディクセン=バゼラード将軍だ。内政の補佐を担当していて、 少し年長のようだ。ディクセンさんも実力者ではあるが、弁舌などに長けていて、 そちらの方面で、活躍しているようだ。ショウさんのカリスマ、シュウイさんの軍 備、ディクセンさんの内政で、この国は成り立っている。それぞれ下に、何人も居 るが、統括しているのは、この3人である。そして、その立場は、最終決定権が、 ショウさんにあるだけで、立場は同じと、決めているようだ。一つが偏ってはいけ ないと言う考え方だ。凄いな。バランスが良い。 「トシオの情報かぁ。とりあえずは、2つ程、怪しいのを入手したぞ。」  シュウイさんは軍を使って極秘に捜査をしている。その情報を纏めているのだ。 「まぁ、ガリウロル人が、大陸に居るってのは、それだけで怪しいからな。すぐ情 報が入ってくるぜ。」  この時代では、ガリウロルは閉鎖的な考えの持ち主が多い。滅多に、自国を出な いらしいので、目立つのだ。 「聞きたいか?」 「はい。お願いします。僕は、どんな情報でも欲しいんです。」  怪しい情報であろうとも、今は、収集しなきゃいけない。 「意地悪な答えさせ方を、するなよ。」  ディクセンさんが、注意する。もしかして、からかわれたのか? 「ハハッ。一生懸命なのを、揶揄するのは良くないな。悪いな。」  シュウイさんは頭を下げる。この潔さは、さすがだよね。 「よし。まず、プサグルにガリウロル人を見たって情報だ。何でも、将軍が、子守 を雇ったとかで、その将軍の家の、居候してるって話だ。」  ・・・プサグルか。でも、子守って・・・エリ姉さんかな? 「次は、ストリウスだな。やったら強い忍者が、どっかの宿に居座りつつ、修行し てるって話だ。『聖亭』だったか。そこに、宿泊してるって言う情報もある。」  ストリウスで『聖亭』・・・。かつて『勇士』ジークが使っていた所だ。まだ、 ジークは生まれてすら居ないんだろうけどね。 「その忍者が、結構な頻度で、情報収集に、出掛けているとの情報もある。」  情報収集までしているとは・・・。と言う事は、僕と同じように、何でも良いか ら、情報が欲しいと言う表れかな?そうなると、瞬君達の可能性が、高いな。同じ 時代に飛ばされたのだとすれば、有り得る事だ。 「プサグルか。ちょっと遠いな。」  確かに、プサグルは、サマハドールを超えなきゃいけないが、ストリウスの方は、 隣国だ。それにプサグルは今、模擬戦の準備で、ピリピリしているらしい。  ・・・歴史的な事が起こるんだよな。確か。 「ありがとう御座います。少し考えて見ます。」  僕は、礼を言う。ストリウスの忍者ってのも気になる。瞬君は、忍術が使えた筈 だが、忍者とは、呼ばれない筈だ。だが、『聖亭』ってのが気になる。この情報を 耳にするのは、偶然だろうか?この世界で、最も有名になる宿『聖亭』の名前が出 てくると言う事がだ。 「ま、じっくり決めな。」  ショウさんは、焦らさない。重要な選択だと思ってるからこそ、僕に選ばせる気 だ。心遣いが伝わってくる。 「・・・ストリウスに、しようと思っています。」  僕は『聖亭』が、頭から離れなかった。 「よし。じゃ、早速、手配しようか。」  ディクセンさんが、馬車の手配をしていた。 「面白そうだし、修行ついでに、行ってみるかな?」  ショウさんが、乗り気になっていた。 「ま、今の所、模擬戦くらいしかないし、良いんじゃねーか?」  シュウイさんも反対しない。この国は、既に一枚岩だ。誰かが抜けた所で、補う 誰かが居る。余程の事が起きない限り、大丈夫なのだろう。 「内政的にも、今は安定期だ。私も、反対しない。」  ディクセンさんですら、そう答える程だ。・・・。 「待って下さい。やっぱ駄目です。ショウさんは、ここに居なきゃ駄目です。」  僕は、思い出すまでも無く、知っていた。確か、もうすぐだったはずだ。模擬戦。 そして、その模擬戦後は、歴史が大きく揺れ動く事になる。その時に、僕のせいで パーズにショウさんが居ないと言うのは、駄目だ。 「何だ何だ?面白くないな。」  ショウさんは、口を尖らせている。だが、僕の顔を見て、真面目な顔になる。 「・・・ったく。もう少しなんだな?トシオが言ってた、異変っての。」  ショウさんには、話してある。近々大きな異変があるって事をだ。その事は、シ ュウイさんもディクセンさんも、知っている。 「何があるか知らねぇが、俺達なら対処するさ。ま、しょうがねぇ。行ってこいよ。 でもな。忘れるなよ?いつでも、お前の帰りを待ってるからな。」  ショウさんは、残念そうな顔をしていたが、もう踏ん切りは、ついた様だ。 「済みません。僕のために、ここまで・・・。」  世話になりっぱなしだ。 「気にするなよ。お前は、俺達3人にとっても、希望なんだからよ。」 「ショウの言う通りだ。1000年後だか何だか知らないが、お前のようなのが、パー ズ拳法から出てくるってのは、嬉しい事なんだぜ?」  シュウイさんは、ショウさんに同意してくる。 「貴方は、既に他人じゃない。ショウが認めたって事は、私達も認めたって事を念 に置いて下さい。」  ディクセンさんの声も、迷いは無かった。何て良い人達なんだろうか。 「分かりました。知り合いに会えたら、また戻ってきます。その時は、また手合わ せ願いますよ。」 「その意気だ。行ってきな!!」  ショウさんは、快く送り出してくれた。僕にとって、これ程、勇気付けられる物 は無かった。多分、もう戻って来れないだろう。パーズは、大戦に巻き込まれるか らだ。だが僕は、ここに戻れなくなっても、英雄ショウ、そして、それを支える将 軍達を、一生忘れない。そう誓ったのだった。