NOVEL Darkness 3-2(Second)

ソクトア黒の章3巻の2(後半)


 ん?・・・ここは・・・。
 僕は確か・・・変な光に・・・。
 !!そうか!あの運命神ミシェーダ!!
 気絶させられたのか。不覚を取ってしまったな。
 しかし、ここは、一体何処だ?随分と、自然豊かな所だな。
 こんな近くに、焚き火があるって事は・・・。誰かが、助けてくれた?
 それなら、礼を言わないと・・・。
「お?目を覚ましたか?」
 この人が、助けてくれたのかな?
「気分は、どうだ?吐き気とかは無いな?」
 心配までしてくれている。良い人のようだ。
「ありがとう御座います。救助に、感謝致します。」
 僕は、胸の前で、拳と掌を合わせて礼をする。パーズ拳法の礼の仕方だ。パーズ
拳法は、まず心のあり方から学ぶ。だから、学校の仲間からも、奇異に見られなが
らも、この礼の方法で、感謝を示す。
「へぇ・・・。ガリウロル人なのに弁髪だから、珍しいとは思ったが・・・お前、
パーズ拳法まで、使えるんだな。」
 ん?こう言ってるって事は・・・相手も、パーズ拳法を知っているのか?
「俺の傘下じゃないパーズ拳法体得者なんて、珍しいな。何処の流派だ?」
 む?この御方は、傘下を持つ程の御方なのか?僕の師でもあるハオ師程の実力の
持ち主なのかな?
「僕は八極拳の免許皆伝の持ち主、島山 俊男です。」
 僕は、八極拳の免許皆伝の時に授かった、腕の皆伝印を見せる。
「性質の悪い冗談は止めな。そんな物まで付けてくるたぁ、良い度胸じゃねぇか。
何処で知ったんだよ?その印は、誰から教わった?」
 ?急に険悪になった。どうしてだ?寧ろ、相手が知らない事に疑問を感じる。パ
ーズ拳法の免許皆伝の暁には、皆の前で、この印を貰うんだ。だから僕を知らない
人が、傘下を持つなんて、ありえるのか?
「お言葉ですが、この印は僕の誇りです。若輩ながら、師匠に戴いた大切な印です
から。それを偽者扱いされるのは、心外です。」
 この印は、僕の誇りだ。師匠に認められ、師匠も認められる。この印の価値を汚
さない事が、僕の役目だとも言える。
「どうやら冗談じゃないようだな・・・。どう言うこった。俺の傘下じゃない八極
拳の使い手なんて・・・。しょうがない。体力は、回復してるか?」
 その人は、埃を払うと、パーズ拳法の型を取る。これは・・・八極拳!?
「はい。貴方こそ・・・何者なんです?・・・そうか。そのための・・・。」
 僕は理解した。言葉で話すよりも、相手と手合わせした方が、早いと言う事か。
僕も構えを見せる。勿論、八極拳だ。
「色々疑問はある。だが、打ち合ってみれば、分かる事だ!!」
 相手は、流れるような動きで打ち込んできた。それと同時に体を捻る。この攻防
一体の動きは、まさしく八極拳だ。僕は、肘、裏拳、を派生させて、相手の正拳を
手の甲で受け止めつつ、足払いを放つ。しかし、それを脛で防御される。
「やるな。速さを上げるぞ!!」
 相手は、今までの倍近くの速さで、打ち込みつつも防御を忘れない。半歩の習得
も完璧。凄い腕前だ。僕は、師匠にすら勝てる程の腕前だと言うのに・・・。隙が
見当たらない。師匠以上の腕前だ。
「ここまで付いてくるたぁ・・・こりゃ、本物だな。」
 相手も、僕の実力を認めた様だ。
「貴方こそ、傘下を持ってると言うのは、真実のようだ。」
 この腕前なら納得だ。これで傘下を持っているのなら、パーズ拳法の総帥クラス
だ。それくらい完成度が高い。何せ僕の攻撃が、ほとんど避けられているからだ。
「なら、ちょっと見せてやるぜ!!フオオオオ!!」
 む!これは・・・闘気!!『気功』を解禁するつもりか!
「そう言うつもりなら!!ハアアアア!!」
 僕も闘気を、溜め始める。
「・・・お前・・・何故『気功』まで使えるんだ?」
 相手は、納得したのか、闘気を緩め始める。
「免許皆伝だと言った筈です。『気功』を使うには、苦労しました。」
 秘中の秘だったからね。師匠からも、僕だからこそ、教えるみたいな事は、言っ
てたな。だから僕も、対等に相手出来る人にしか、出すつもりは無い。
「手合わせすりゃ分かると思ったけど、さっぱりだ。お前、何者だよ?」
 相手は、本当に分からないらしい。どう説明すれば良いのか。
「僕も、貴方が見えません。名前を教えてくれませんか?」
 どことなく、懐かしい感じはする。けど、見覚えは無い。
「こう見えても、俺は有名なんだがな。パーズの国王、ショウ=ウィバーン=トリ
サイルだ。国を挙げて、パーズ拳法を教えている、現総帥だ。」
 ・・・?何だって?・・・馬鹿な・・・。
「その名は、伝説・・・。それに、冗談で名乗って良い名前では、ありません!」
 何せ、パーズでは、この名前は最大の英雄であり、敬われてる名前だからだ。伝
記の時代でも『人道』を支援したパーズ国の国王だ。
「お前、好い加減にしろよ?・・・何か、噛み合わねーな。」
 嘘を吐いてる様子も無い。どう言う事なんだろう。
「1000年前の英雄を名乗って、恥ずかしくないのですか?」
 よりにもよって、ショウ王の名前を使うのは、僕の中でも許せない事だ。
「お前、何を言ってるんだ?1000年前って、どう言う事だ?」
 通じてない?余りにも有名な伝記の話を、知らないのか?
「だって・・・今は2042年ですよ?伝記の時代は、1000年前でしょう!」
 僕は、伝記の事を口にする。ここまで言えば・・・。
「ボケるのも好い加減にしろ。今は、1016年だろうが!!」
 え?・・・1016年?何を言ってるんだ?
「あ・・・ああああ!!ま、まさか!!」
 僕の予想が当たってれば、僕の、今置かれている状況は・・・。とんでもない事
だ。信じられない。だが、この状況は、そうとしか、考えられない。
 そして・・・あの技を食らった後に、確か僕の頭の中で響いた言葉があった。そ
れは、歴史を捻じ曲げては、ならないと言う事だ。何を言っているのか、意味が分
からなかったが、今、繋がった・・・。とても信じられない・・・。
「1人で、何を納得してるんだ?ちょっとは説明しろ。」
 ショウさんが、イライラしている。そうか・・・。そうだったのか。
「やっと理解出来ました。今の境遇のためにも、説明するしかないですね。」
 僕は、説明する事にした。じゃないと、この人は、納得しない。
 僕は、これから、ここで起きる大きな戦乱と、その子供の代に起こる、恐ろしい
戦いの事は伏せて、今までの経緯を説明した。今の時代が、ここの時代の中央大陸
の支配からなっている事、そして、パーズ拳法を、習った経緯などをだ。
「・・・何とも・・・厄介な話だな。」
 ショウさんは、溜め息を吐く。
「信じ難い。でも、お前のパーズ拳法の腕前と、俺が開発した『気功』を使える事
から言っても、お前の言ってる事は、辻褄が合う。」
 そう。この『気功』こそは、このショウさんが開発した技なのだ。だから、今の
時代ではショウさん以外は、使える筈が無いのだ。それを僕が使った物だから、信
じられなかったのだろう。
「しっかし・・・1000年後たぁ・・・また気の遠い話だな。ま、1000年後にも、俺
の名前が知られているってのは、ちょっとした嬉しさだ。とは言え、それは、今か
らの俺の行動如何って事か。」
 ショウさんは、理解が早い。この時代に、僕が来ていると言う事は、それだけで
矛盾なのだ。だからこそ、自分達が、しっかりしなければ、歴史改竄の恐れがある
と分かっているんだろう。だから『厄介な話』と、言っているのだろう。
「しかし、1000年後に、こんな強い弟子が出来るなんてな。俺としては、そっちの
方が誇りに思うな。お前さん、宗派を開ける程の腕前だぜ?」
 ショウさんに褒められると照れるな。伝説の英雄なんだよね。僕の中では。
「とは言え、お前さんの話だと、後3人だっけ?そいつら捜して、何とか元の時代
に戻らにゃならねぇって事か。だけど、居場所が、掴めねぇと・・・。」
 言い返す言葉も無い。正に、その通りだ。
「仕方ねぇ。お前、俺と一緒にパーズに来い。俺と、国を挙げて、ソイツら捜し出
してやる。何かと、疑った礼だ。」
「え?そ、そんな!失礼をしたのは、寧ろ、こちらの方ですよ!」
 僕は戸惑う。伝説の英雄に、そんな事されるのもなぁ。
「遠慮すんな。これはな。俺達のためでもある。そうだろ?」
 ショウさんは、鋭い。僕達が、余りここに居座るのは、この時代にとっても、良
くない事だ。何となく、分かっているようだった。
「ま、探す間は、俺との鍛錬に付き合え。門下に、お前程の強さは居ねぇからな。
退屈してた所だ。さっきの打ち合い、偶然じゃねぇんだろ?」
 え!?ショウさんとの手合わせ!?しかも毎日!ゆ、夢のようだ!
「も、勿論です!光栄ですよ!」
「いきなり緊張して、どーすんだよ。ま、歳もそんな離れてないんだし、謙遜すん
な。修行のつもりで、気楽に行こうぜ。」
 さすが、器が大きい・・・。憧れのパーズ王。そして、伝記の英雄の1人。
 僕は、絵本の中でしか出来ないような体験を、これからする事になるのか。
 1000年前に飛ばされたのは、ビックリしたけど、これは嬉しい誤算だった。
 前向きに生きなきゃね。頑張るぞ!!


 参った・・・。
 瞬の奴、こんな事を毎日、続けていたのか・・・。
 学校生活しながらか・・・良く続く物だ。
 あー・・・しかし、容赦無いっすねぇ。
(瞬は、毎日続けて行く事で、強くなったのだぞ?)
 そりゃそうでしょうね。こんな事を毎日続けていたら、強くならない方が、おか
しい。実生活でも修行して、さらに寝た後も、ゼーダさんと修行と来た物だ。
(ま、君も日毎に強くなっている。瞬と同じで、才能があるのかもな。)
 そう言われると嬉しいですけどね。休んでる気がしないのは、ちょっと・・・。
(そう嘆くな。体の方は、ちゃんと回復してるのだ。問題あるまい。)
 まぁ、確かに・・・。すっごい疲れてる筈なのに、体は、元気と言う意味不明な
状態も体験したし・・・。まぁ、ある意味、お得かな。
 それにしても、思ったより冷静なんだな。もっと取り乱す物だと思っていた。
(藤堂姉妹の事か?)
 そう。当主の不在となれば、もっと取り乱しても、良い物だが。
(それは、君達と同じ理由からだろう?)
 ああ。なる程。まぁ、俺達も、そこまで心配してる訳じゃあ無いんだよね。ゼー
ダさんの説明が無ければ、取り乱したかも知れないけどね。
(『輪廻回帰』の事か。そうだな。あの技は、私が食らった『輪廻転生』(リーイ
ンカーネーション)より、束縛が少ない技でな。私は、強引に転生させられた。魂
だけ1200年も飛ばされた訳だ。未来に飛ばす技だからな。非常に難度の高い技だ。
だが、『輪廻回帰』は過去に飛ばす技。故に過去に起こった事象が、現実との矛盾
に感応して、新たな矛盾を生み出す。その矛盾に打ち勝てれば、戻ってこれる筈な
のだ。これは、前任の運命神から聞き出した情報だから、間違いない。)
 なる程。つまり、あの4人が居る事自体が、矛盾してるって事は、それを排除し
ようとする矛盾が、発生する訳だ。そして、その矛盾に打ち勝てれば、瞬達は戻っ
てこれる。しかし、矛盾が勝てば・・・。
(瞬達は、過去で死んだ事になるな。それは、最悪のパターンだ。)
 だが・・・俺達はアイツ等が、そんな簡単に死ぬ訳無いと見てる。
(そうだ。瞬は、天上神である私を受け止められる程の逸材。負けはせん。)
 そうだな。俺は、ゼーダさんを預かってるだけだけど、瞬は、ゼーダさんと入れ
替われる程の、逸材なんだもんな。
(君とは、波長が合わないだけの話だ。私を預かれるのなら、器としては合格だ。
私本来の力くらいなら、君の中でも出せる。だが・・・私と瞬なら、恐らく、絶頂
時の私を越える程の力が、出せるだろう。)
 そりゃ凄いな。瞬って、やっぱ凄いんだな。
(単に波長がピッタリだと言うのが理由だがな。肉体的な強さに関しては、瞬と君
は最高に近い。ソクトアの可能性の、恐ろしさを感じるよ。)
 褒められると、照れるなぁ。
(だが・・・単純な力が、まだ足りぬ。そこは修行せねばな。)
 うぐ・・・。が、頑張ります・・・。
(君の方が、素直でやり易いな。)
 瞬は、ああ見えて、強情ですからね。俺は、強くなれるのなら、受け止めますよ。
(良い心掛けだ。それにしても・・・。今回の事は、君の相棒が居るからこそ言え
た事なのだぞ。過去の矛盾に勝った時点で、彼らが、一気に戻れる訳では無い。)
 分かってますよ。だから、ファリアの奴、一生懸命に修行してますよ。
(最終的には、召喚まで成功させた彼女の魔力が必要だ。彼女なら、次元の扉を開
く事も、可能であろう?)
 ファリアは、身を削る覚悟でやってます。アイツが、失敗する訳無い。
(大した信頼だ。まずは、瞬達が矛盾を打ち破るのが、先だがな。)
 確か、この時代の親しき者に、矛盾を打ち破った時点で、救助信号が受け取れる
んでしたよね。そこから、時代を割り出して、ファリアが召喚する。
(その手順を間違えなければ、彼らは、戻ってこれる筈だ。)
 しかし・・・。アイツら、どの時代に、行ったんでしょうねぇ。
(さぁな。しかし、彼らの事だ。何らかの成果を、持ち帰って帰ってくるさ。そう
言う奴らだ。寧ろ、成長を楽しむくらいの余裕が、必要かも知れんな。)
 さすがに、そこまでの余裕は無いですよ。でも、アイツらなら、やり兼ねないな。
 コンコン・・・。
 扉から音がするな。誰だ?
「開いてるぞー。」
 俺は、声を掛けてやる。
「入るぜ。兄貴。」
「邪魔するぞ。レイク。」
 お。ファリアと、グリードとエイディか。どうしたんだろう?今は、夕食後だし、
暇な時間だけどな。
「どうした?何か、神妙な顔してるけど?」
 俺は、尋ねてみる。真面目な話みたいだな。
「兄貴。ファリアから聞いたけどよ。ジェイル、生きてんのか?」
 ・・・そうか。俺だけじゃない。皆も、気になってたんだな。
「ファリアが、命を懸けて召喚して、得た情報だ。親御さん達の言葉に、嘘は無い
だろうよ。」
 俺も最初は耳を疑った。だが、敢えて嘘を吐く必要は無いだろう。と言う事は、
本当である可能性が高い。
「フッ。冷静だな。レイクの事だ。ジェイルの事を知れば、すぐに行こうとするか
と思ったんだがな。・・・らしくないぜ?」
 エイディが発破を掛ける。確かに以前の俺なら、すぐに行こうとしたかも、知れ
ない。無鉄砲だったからな。
「エイディ。俺はね。魔炎島と、ここでの生活で、仲間を信じるって事を、学んだ
んだ。そんな仲間に、一言も告げずに、行ったりはしないぜ?」
 そう。俺は、以前、仲間を助けるためだけで行動していた。だが、それは信頼し
ていない証じゃないのか?こんなにも、頼りになる仲間を、信じてないんじゃない
だろうか?そう思った時に、俺は、仲間を助けると同時に、助けてもらう道も、選
ぶようになった。そう思うようになった切っ掛けは、瞬だったな。
「それって、瞬の事か?アイツは、確かに常人とは違う物を持っていたな。」
 エイディは、気付いている。瞬は、強さ以上の惹き付ける、何かを持っていた。
「レイクの中での瞬君は、それ程、大きな変化だったって事か。妬けちゃうな。」
「何を言ってるんだ。ファリアも、グリードも、エイディも、俺にとっちゃ頼れる
仲間だ。瞬は、そう思わせる切っ掛けになったって事くらいだ。」
 そう。皆が居たから、変われたのだ。瞬は、切っ掛けに過ぎない。
「ま、頼りにしてくれるのは嬉しい事だな。・・・ま、心配する程じゃ、無かった
か。実は、それだけじゃないんだ。」
 エイディは、目配せする。すると、藤堂姉妹が入ってきた。
「睦月さんに葉月さん。どうしたんです?」
「明日の全ソクトアご奉仕メイド大会で、気になる事があります。」
 睦月さんは、そう言うと、俺に写真を見せる。
「・・・コイツは・・・。間違いない。」
 俺は、この顔を、見忘れない。島主だ。絶望の島の島主。コイツは、ファリアを
手篭めにしようとした、許せない野郎だ。見忘れはしない。
「エイディさんにも確認しましたが・・・間違いないようですね。」
 睦月さんは、エイディに、相談を持ち掛けていたのか。
「たまたま、部屋の掃除を手伝った時に、会場の写真があってな。その時に、コイ
ツが居るのを発見したのさ。後は、拡大写真を作ってもらったのが、これさ。」
 なるほど。今見ても、ムカつく顔をしている。
「その方は、毎年、見に来るんですよ。厭らしい目付きをしてたので、覚えていま
す。ロクでも無い方とは、思いましたが・・・予想通りと言う訳ですね。」
 睦月さんも、きつい事を言う。まぁ言われる程の、駄目人間だけどな。
「で、今年も見に来るんじゃねーかと、思ってな。」
 エイディが説明する。なる程な。ありえる事だな。
「ファリアさんに聞いたんですけど、絶望の島に、行くかも知れないんですよね?」
 葉月さんにも話したのか。まぁ、俺達の事情は、知ってもらった方が良いか。
「ジェイルと、ティーエは、絶対助け出したいの。私。」
 ファリアも、必死なんだな。
「で、実は、残った皆さんにも、話したんですよー。」
 葉月さんが言うと、いつものメンバーが入ってきた。なんだ。これで、全員揃っ
ちまったな。黙ってるのは、無粋だったか。
「瞬や俊男が居たら、絶対、協力するに決まっとるからのぉ!」
 巌慈は、プロレスで鍛えた体を、誇示する。
「柔道の代表合宿は、まだ先だからな。」
 修羅も、やる気タップリだ。最初の合宿は終わって、次の合宿まで、時間がある
のだとか。修羅も大変だな。
「仲間を助ける心意気。良いじゃねーか!」
 勇樹は、いたく、気に入ったらしい。
「ま、俺っちは、留守番なんだけどね。」
 魁は、行けないらしい。まぁ、無理も無いか。
「拗ねないの。私達が行くのは、まだ早い。分かってるでしょ?」
 どうやら、葵も留守番らしい。
「トシ兄のために残るんです。ごめんなさい。」
 莉奈もか。そうか。この3人は、ファリアが用意した魔方陣の維持を努めるって
訳か。あれ、意外に、しんどいんだよな。魔方陣を常に開くようにして、奴らが矛
盾を解き明かした時に、すぐ反応出来るようにする。そのためには、ファリアが遠
くまで離れてしまうと、輝きを取り戻すのに、時間が掛かってしまうのだ。それを
防ぐために、魔力を与え続けるのが、この3人の役割って訳だな。
「なる程。んで、睦月さんと葉月さんは、それぞれ、出場しなきゃいけないって事
か。しょうがねぇよな。怪しまれるしな。」
 大会に、出なきゃいけないのも、一つの仕事だ。
「私は出ません。」
 え?睦月さん?
「姉さん。なんで?」
 葉月さんだ。一緒に練習してきた葉月さんは、意外そうな顔をする。
「葉月。敵には、恵様が居ないって事は、知れ渡っているのですよ?」
 睦月さんは、厳しい口調で答える。
「そんな時に私が不在で、どうやって恵様の代わりに仕事をこなすんです?・・・
これは、恵様から言われた事。恵様に何かあった時には、私が、その代わりを努め
る事。そう言われたのです。」
 睦月さんは、その役を、こなそうとしているのだ。
「あんなに・・・燃えてたのに・・・。」
 葉月さんは、睦月さんが、この大会でナイアさんに勝ちたいと思っている事を、
誰よりも良く知っている。だからこそ、苦渋の決断を、させたくなかったのだ。
「葉月。だから、貴女なんですよ?」
 睦月さんは今度は、優しい口調で答える。
「私と一緒に、この家を支えてきた貴女。今年は、特にミッチリ鍛えましたね。良
いですか?良く聞くのです。貴女なら・・・ナイアにも勝てると私は信じています。」
 それは、まるで、言い聞かすようだった。
「姉さん・・・。でも・・・。」
「葉月。貴女が勝ちなさい。そうすれば、私が勝ったと、同じなんです。」
 睦月さんは、葉月さんに全てを託したのだ。そして、この家を守り続けるのは、
自分しか居ないと言う事も、分かっているのだ。
「・・・分かりました。最後まで・・・力を出し切ることを誓います。姉さん。」
 葉月さんは覚悟を決めた様だ。自分が、この天神家の代表であり、藤堂の名を知
らしめるのだと言う、決意が感じられた。
「でもよぉ。明日、どうやって、あの島に行くんだ?」
 グリードが言う。確かに、あの島から抜けるのも、かなりの日数が掛かった。
「私の存在をお忘れ?」
 ファリアが口を尖らせる。そうだ。ファリアが居た。
「明日は、目立たないトイレから、『転移』するわよ。」
 そう。ファリアなら、あの島の構造まで、良く知っている。あの島ならば『転移』
の古代魔法を使って、一気に移動が出来るのだ。
「ふっ。緊張して、失敗するなよ。」
 エイディが軽口を叩く。だが、今のファリアなら、必ず成功させるだろう。だが、
『転移』自体が危険なので、余り使って欲しくない所だ。失敗すれば、次元の穴を
広げる事になる。俺なら、『万剣』のルールを使って、そこからも脱出出来るが、
全員を助けられるかは疑問だ。失敗は、出来ない。
「実は、何回か、下調べに行ってるから大丈夫よ。」
 ・・・はっ!?ファリアは、とんでもない事を言い出す。てーとあれか?今まで
何回か、あの島に行ってたって事かよ・・・。無茶するぜ。
「行けるかどうかの、テストくらいしてるわよ。」
 なる程。つまり、行けるかどうか、テストしただけなんだな。
「無茶するなよ・・・。全く・・・。」
 俺は口を尖らす。まぁ、何を言っても、無駄なんだろうけど・・・。
「心配してくれただけで充分よ。それより・・・魔方陣、本当に頼んだわよ。瞬君
達が、いつ帰ってきても良いように、拾うための魔方陣なんだからね。」
 ファリアは、3人に言う。そうだな。アイツらは今、もっと大変な事態にいるん
だしな。過去に置いてけぼりのままじゃ、駄目だ。
「ファリアさんの頼みだし、気張って行きますよ!」
「魁一人じゃ無理かもねー。でも、私らもフォローするから。」
「1人じゃ無理だけど、3人なら・・・ね!」
 魁も、葵も、莉奈も気合充分だ。ただの留守番じゃない事で、奮起したのかな。
「よし!じゃぁ、明日は、決行よ。あそこの作業は9時半からだから、10時に決
行。大会の決行も、10時からだし、丁度良いわね。」
 ファリアは、今度こそ助けると、気合入れている。俺も気合が入る。
「絶対、助けてやらなきゃな。ジェイルにティーエさん。」
 前は、不甲斐無くて出来なかった。しかし、今なら出来る。失敗なんて、する物
か。俺が・・・俺が、助ける!!


 かつての軍事大国プサグル。名前は聞いた事があった。ルクトリアと共に、引き
合いに出される事が多かった国。現代は・・・確か、セントメトロポリス・・・こ
の時は、まだ中央大陸だが・・・セントに支配されている。ソクトア大陸全土が、
ほぼセントに支配されていると言っても良い。
 輝かしい実績を残している時代に来る事になるとはね。今度の模擬戦は、気合を
入れようと、人々も活気に溢れている。生命力を感じる街だ。15年間、敗北を続
けてきた国だからこそ、次こそは!と言う思いが、強いのだろう。
 俺は、そのプサグルの今は・・・三将軍と言われている『雷』のジルドランの家
に客人として、招かれている。さすがに天神家よりは、でかくないが、この当時で
は、破格の大きさの家だ。使用人も、何人か居る。
 俺は、早速、朝の稽古を始める。場所が・・・時代が変わっても、俺の生活のサ
イクルは、変えようとは思わない。
「ほう・・・。何度見ても、見事な物だな。」
 ジルドランこと、ジルさんが声を掛けてくる。意外と素手での格闘にも、興味が
ある様だ。実際に使う訳じゃ無さそうだけどね。だが、不動真剣術や天武砕剣術な
んかも、パーズ拳法と同じ時期に伝わったと見られているので、1500年の歴史を持
っている。この時代では500年か。やはり、伝承のある物を見ると、血が騒ぐの
かも知れないな。俺もレイクさんの剣術を見た時は、感嘆を覚えたものだ。
「丁度、今くらいに練られた空手ですけどね。俺にとっては、伝承していかなけれ
ばならない物なんですよ。」
 その辺の感覚は、疎いかも知れないな。
「羨ましい物だな。1000年後まで伝えられてると言うのは。」
 ジルさんは、天武砕剣術が、1000年後も伝えられてるかどうか、分かっていない
のだろう。途絶えられたと思っていたが、実は、ゼハーンさんが継いでるんだよな。
「ま、修行あるのみですよ。結局は、そこからです。」
 1000年の歴史と言っても、伝承者が疎かでは駄目だ。
「フッ。君との手合わせは、戦慄を覚えたがな。」
 そう。ここにお世話になって翌日辺りに、手合わせした。相手は刃止めの剣で、
俺は素手だ。向こうは、やり難そうにしていたが、俺にとっては、これが普通だ。
 レイクさんと同じような要領で手合わせしたが、結果は、俺が多少上回っていた。
6割くらいは、俺が1本を取った。
「偶然ですよ。ジルさんの剣技の冴えも、凄い物を感じましたよ。」
 これはお世辞じゃない。レイクさんの方が鋭さは上だったが、剣技の完成度は、
上かも知れない。追い詰め方などが、堂に入っていた。
「よく言う。私はな。こう見えても、この国で、手合わせで統括的に負けた事など
無いと言うのに。素手の相手に破られたと言うのは、意外にショックだったんだぞ?」
 そうかも知れないな。まぁ俺の場合、天神流空手自体が、剣を持った相手にも、
対抗出来るように、拳を、鋼鉄すら破壊するように鍛え上げた拳法だ。それこそ、
俺に対抗出来る素手の拳法は、神城流か、俊男のように、完成されたパーズ拳法く
らいかも知れない。剣技よりもスピードがある分、対処し難いしな。
「俺の拳の硬さは、剣技にも、対抗するためですからね。」
 この時代になったとしても、俺の体に、代わりは無い。
「恐ろしい拳だ・・・。君のような者が、学生をしていると言うのだから、1000年
後と言うのは、強さに、特化しているのかも知れんな。」
 ジルさんは、妙に納得している。
「さすがに俺や俺の仲間は、特殊ですよ。・・・寧ろ、人間全体は・・・弱くなっ
てるかも知れない。」
 ファリアさんなどは、言っていた。魔力を信じない人間が増えて、化学を心酔す
るようになった人間は、強さと言う点に於いて、かなり弱っていると・・・。
「1000年後と言うのも、複雑なのだな。・・・お?」
 ジルさんは、無駄話を止める。と言う事は、他の人が来たと言う事かな。俺たっ
ての願いで、ジルさん以外には、なるべく、俺が未来から来たと言う事は、伏せて
もらうように頼んである。混乱させるかも、知れないしな。
「ジル。開けて良いですか?」
 女性の声だ。あ・・・この声は・・・。
「ティアラか。入ると良い。」
 ジルさんが扉を開ける。すると、子供を抱いているティアラさんが入ってきた。
「フフッ。瞬さんは、また修行ですか?」
 ティアラさんには、何度か修行を見せている。その度に褒めてくれた物だ。
「はは。日課ですよ。やらないと、落ち着かないんです。」
 俺は、時代を超えても、こんな感じなんだな。
「そう。サイジンも、貴方みたいな強い子に、育つと良いわね。」
 ティアラさんは、自分の体が弱い事を知っている。だが、俺は知っているのだ。
サイジンは、歴史に残る偉業を、達成する程、強い男になる。
「きっとなれるさ。私の息子だぞ?」
 ジルさんは、優しく声を掛けながら、さりげなくティアラさんを座らせる。自然
体ながら、こう言う優しさを忘れない。変に病人扱いをしないのが、ジルさんの優
しさの一つだろう。と、扉が、また叩かれた。今度は使用人だ。
「ジルドラン様。客人が、お見えになりました。暗黒騎士団長殿です。」
 暗黒騎士団長?・・・って事は、グラウド=ルーンさんか。
「グラウドか。通せ。」
 ジルさんは、知らせると、足音が近づいてきた。そしてノックが聞こえる。
「開いている。遠慮するな。グラウド。」
 ジルさんは、聞くまでも無く、グラウドさんだと気が付いていた。
「ふむ。見舞いに来た。」
 グラウドさんは、いかつい騎士団の兜を脱いで、素顔を見せる。しかし、俺に気
が付くと、警戒したように、兜を被ろうとする。
「ああ。気にしなくて良い。私の客人だ。それに、他言するような奴では無い。」
 俺の事を言っているのだろう。ジルさんの配慮に、感謝する。
「あ。天神 瞬って言います。1週間程前から、お世話になってます。」
 俺は、挨拶をする。やっぱ挨拶は、基本だ。
「ほう。俺は、この国の暗黒騎士団長グラウド=ルーンだ。その格好と髪は・・・
ガリウロルから来たのか?」
 グラウドさんは、兜を脱いだまま、自己紹介をする。
「はい。知り合いと、逸れてしまった所を、ジルさんに拾われまして・・・。」
 そう言う事にしてある。まぁ、半分は、本当だ。
「ジル。この前も、偵察が来ていると言う状況なのに・・・。」
 言いたい事は分かる。確か、この頃にライルが、ルクトリアの遊撃隊長に任命さ
れて、偵察に来ると言う騒ぎがあったはずだ。
「グラウド。私とて馬鹿では無い。目を見れば分かるさ。」
 ジルさんは、識別眼に自信を持っているようだ。
「なるほどな。・・・おっと。ティアラさん。これ。花だ。」
 グラウドさんは、納得すると、ティアラさんに花を渡す。近くにあった花瓶に植
えてやる。結構な、花束だ。
「ま、ジルが、そう言うなら、大丈夫なんだろうな。それにしても・・・すげぇ体
付きだな。お前、いくつだ?」
 グラウドさんは、俺の体を見る。
「あ、今は、15です。今年で16ですね。」
「16!?マジかよ・・・。そういや、アイツも、16だとか言ってたな。どうな
ってやがんだ。最近の若い奴らは・・・。」
 グラウドさんは、頭を抱える。
「アイツとは誰だ?例の偵察か?君が、逃がしたと言う・・・。」
「そうだ。模擬戦では、絶対どこかの隊長やってるくらいの実力だ。俺がやる。良
いな?ジル。アイツとは、決着をつけたいんだ。この手でな!」
 グラウドさんは、燃えるような眼をしていた。そう。結局、偵察がバレて、グラ
ウドさんとライルは闘う事になったんだけど、どうしても、決着がつかないまま、
ライルは、逃げる羽目になるのだ。
「あの時、邪魔が入らなかったら、決着は、ついていた筈なんだ。」
 恐らく、プサグル兵が、見つけたのだろう。
「邪魔とは言い過ぎだぞ。まぁ君にとっては、そう見えるんだろうがな。」
 ジルさんは、嗜める。プサグル兵は、純粋にグラウドを助けに入ったのだろう。
「へいへい。・・・そりゃそうと・・・瞬と言ったっけ?お前は、どれくらい強い
んだ?見た所、相当な腕前と見たがな。」
 グラウドさんは、俺の腕が、気になるみたいだ。
「フッ。止めておけ。私が、手合わせで4割しか取れん程の腕前だ。」
 ジルさんは、あっさりバラす。
「・・・マジでか?・・・お前、そんな強いのか。」
 グラウドさんは、訝しげに俺を見る。それくらいジルさんは、知れ渡ってるって
事か。誇って良いのかなぁ?
「手合わせをしますか?」
 俺は、ジルさんの家の修練場を指差す。
「そうだな。その方が分かる。」
 グラウドさんは、乗り気だった。伝記に載ってる人との手合わせは、緊張感があ
って良い。単純な鋭さは、俺の仲間の方が上かも知れないが、完成度が、全体的に
高いのだ。これは、目を見張る程だ。
 俺達は、修練場に来た。グラウドさんは、修練用の刃止めの剣を持つ。俺は、天
神流空手の基本である構えを取る。さらに禍々しい形をした兜を被る。
「・・・素手か。だが、舐めて掛かれんな。闘気が伝わってくるぜ。」
 グラウドさんは、独特な構えをする。完全に攻めに特化した構えだ。
「俺の『暗黒剣』を受けられるか!?」
 兜の下の顔は、楽しんでいるようであった。そして、間合いを詰めてきた。
「せい!!!」
 グラウドさんの剣が消えた!・・・そうか!
「ハァッ!!」
 俺は、咄嗟に、左頭上からの攻撃を防御した。『暗黒剣』は、後の世では『死角
剣』と呼ばれているのを思い出した。常に死角からの攻撃を意識させ、防御を許さ
ぬ攻めの剣だった筈だ。あぶねぇ・・・。
「防御するか!やるな!!」
 グラウドさんは、立て続けに死角から死角へと打ち込んでくる。それを俺は、腕
で防御する。それにしても、江里香先輩並に早く、正確だ。力強さは、グラウドさ
んの方が上だろう。こうこなくちゃな!
「せい!せい!せいやあああああ!!」
 俺は、グラウドさんの剣を弾き返して、肩口に、蹴りを食らわす。
「うぐ!!・・・参った!!」
 グラウドさんは、5メートル程、吹き飛ぶ。やり過ぎたかな。
「ふう・・・。早く、そして、正確な死角への攻撃。さすがです!」
「お前ね・・・。その俺を、軽く吹き飛ばしたのは誰だ?」
 グラウドさんは、肩口を押さえながら、立ち上がる。
「大丈夫ですよ。痛みは続かない打ち方ですから。」
 派手に吹き飛ばしたが、響くような打ち方では無いから、傷になる事も無いだろ
う。修練で怪我させちゃ拙いしな。
「・・・本当だ。お前さん、恐ろしい奴だな・・・。」
 グラウドさんは、痛かったのが急に引いて来たので、驚いているのだろう。
「こう見えても、色々修行してますからね。」
 この歳まで、修行漬けだった毎日だ。この体も、拳もその賜物だ。
「ソクトアも広い物だ。お前みたいな奴が、まだ居たとはな。」
 負けて納得だったのか、グラウドさんは、兜を脱いで握手を求めてきた。
「まだまだ修行中の身ですよ。これに慢心せず、頑張ります。」
「・・・まだ強くなる気か?はぁ・・・負けたよ。俺の部下共に、聞かせたい台詞
だ。アイツら、ちょっとばかし強くなると、サボりやがるからな。」
 グラウドさんは、明日の暗黒騎士団の扱きを、決定したみたいだ。
 余計な事を、してしまったかもな。


 少しずつ情報を集めていた。幸運な事に、ここストリウスは、要所となる街。数
多くの傭兵が、集まったりしている。情報を得るには、好都合だ。
 ただ、中々情報が集まらない。それにルクトリアとプサグルの模擬戦が、近々行
われると言う話だ。この話題が、先行し過ぎている。1016年と言うと、確かプサグ
ルが非戦協定を破る年よね。だとしたら、余計に、こっちの話が先行してしまうか
も知れない。とは言え、他に、やれる事も少ない。
 私は、『聖亭』の仕事を手伝いながら、修練を欠かさない。さらに深夜には、学
業の復習をしている。覚えている事を書き写すだけでも、良い勉強になる。それと、
空いてる時間に『聖亭』のピアノを弾かせてもらっている。天神家たる者、全てに
於いて、コレ修行をしなければならない。
「恵サン。お疲れ様ネ。今日も日課?」
 レイホウさんが聞いてくる。
「ええ。やっておかないと、落ち着かないんですの。」
 客からのリクエストで、ピアノなどは充分に弾いたので、次は修練の時間だ。不
思議な事に、ここに来てから、瘴気が、全く顔を出さない。多分、この時代の空気
が、澄んでいるからだろう。現代と比べれば、10分の1も、無いかも知れない。
「ハッ!!」
 私は、パーズ拳法の基本の型と、応用の型を流れるように済ませると、合気道の
力の流れを思い出しながら演舞する。すると、繊一郎さんが、こちらを覗きこんで
いた。珍しいのかも知れない。
「どうか致しまいて?」
「いや、見事な物で御座るな。拙者も、色々な無手の使い手を、この眼で見てるが、
恵殿程に流れるように使いこなせているのは、見た事が御座らぬ。」
 なる程。この時代では、まだ剣が主流だった筈だ。素手での強さは、まだ荒削り
なのかも知れない。
「お手合わせをしません事?その方が、修行になりますわ。」
 私は、手合わせを誘う。やはり伝記の人物とは、手合わせがしたくなる物だ。
「拙者は、手加減出来る性格では、御座らぬ。」
 ・・・へぇ。やっぱ自信はあるのね。仕方の無い事かな。この時代の女性は、剣
を取ったりしない。せいぜい、魔法に特化している女性が居る程度だ。
「私が女性だから。って理由なら却下よ。これでも私、最強と謳われた兄様との特
訓にだって、劣らない程でしてよ?」
 私は挑発する。繊一郎さんは、弱い訳じゃあない。だけど、兄様より強い人とは、
思えない。ならば、私が勝てる筈。
「悪いけど・・・兄様より、貴方が強いとは思えなくてよ?」
「そこまで言いなさるのなら、手合わせを、願い申さん。」
 繊一郎さんも、馬鹿にされて引っ込むような性格では無い。私が言う兄より、自
分が弱いと思われてるままでは、納得が、いかないのだろう。
 私と繊一郎さんは、『聖亭』の裏にある空き地に行く。今は夜なので、幸い、人
通りも少ない。滅多に見られる事は、無いだろう。
「・・・榊流忍術、見せてもらうわよ。」
 私は、この時は、榊流が忍術だったのを知っている。
「忍術を知っておるとは・・・だが忍術を使うに値するかは、拙者が決め申す。」
 フフッ。まだ私の力を計り兼ねてるのね。眼を覚まして、差し上げなきゃね。
「ヌン!!」
 繊一郎さんは、裏拳から入る。私が、自然体のまま躱すと、回し蹴りが飛んでき
た。勿論、見切る。そこから肘、蹴り上げ、飛び膝から掌底まで、全て見切る。し
かも伸びまで見切っている。悪いが、こんな小手調べで、本気を出すつもりは無い。
「これが、本気じゃないでしょう?」
「・・・やり申すな。」
 繊一郎さんは、認識を改めているようだ。すると、素早い手刀から、足払い、肘
打ちと連続で次々繰り出す。だが、私はミリ単位で見切っている。すると、私の胸
の襟を掴む。なる程。投げか。見切りは凄いと見立てて、投げに移行したのね。
「そいやあ!・・・うぐ!!」
 繊一郎さんが、投げた瞬間に私は、力のポイントを見切って、腕を捻り上げて、
浴びせ倒しにした。合気道やってる私に、この程度の投げなんて甘いわ。
 繊一郎さんは、驚きの顔になると、私との距離を離す。
「合気道を、舐めてもらっちゃ、困りますわ。」
「驚き申した。確かに見誤っていたようで御座る。」
 繊一郎さんは、評価を改めざるを得なかったようだ。
「それで良いですわ。私に、本気を出させて下さる?」
 私は、その方が、良い修行になると思っている。どうせやるなら、徹底的によ。
「今までの非礼を詫びる意味でも、そう致す所存。」
 繊一郎さんの構えが変わった。それに源を感じる。忍術を使う気だ。
「破っ!!」
 繊一郎さんは、気合を入れて、指先に源を集中すると、指先から炎が射出される。
さすがだ。その純然たる放出量たるや、エイディさんに、勝るとも劣らない。
「やる!!でも・・・甘いですわ!」
 私は、炎を拳の風圧だけで消し飛ばす。一撃では無い。何発も打つ事で、炎を掻
き消していく。こうこなくちゃ・・・!
「驚き申した!『火遁(かとん)』を防ぐとは!では、こちらも・・・容赦せぬ!」
 繊一郎さんは、右手で水を出して、私が空中に避けたのを確認すると、左手で雷
を出して、追い討ちを掛ける。今度は避けられないわね。仕方ない!
「ええいっ!!」
 私は、繊一郎さんの『電迅(でんじん)』を、同じ電迅で相殺する。
「何と!『水遁(すいとん)』を避けたばかりか、『電迅』を使われたと!?」
 繊一郎さんは、ショックを受けているようだ。その隙に懐まで飛び込む。
「ぐっ!!」
 繊一郎さんは、苦し紛れに、風圧を帯びた拳を繰り出してきた。しかし私は、そ
んな物は、とっくに読みきっている。その腕を取って、捻って倒すと、その勢いで、
腕を足で固定する。そして、無防備な顔面に、拳を打ち落とす!
「・・・ここまでね。」
 私は寸止めして、ニコリと笑う。
「・・・素晴らしいで御座る。恵殿は、女子(おなご)にしておくには、惜しい程
の腕で御座る。拙者、女子に、初めて負け申した。」
 どうにもガリウロルは、この頃の女性の立場は、弱いようね。
「男とか女とかは関係ないわ。私が、強いんですのよ?分かる?」
 ここで、主張しておかないとね。
「返す言葉も御座らぬ。恵殿ほどの腕、男でも、見た事が無かったで御座る。」
 そうそう。男とか女で、線引きされちゃ堪らないわ。
「分かってきたようね。ま、でも楽しかったですわ。また仕合ましょう。」
「勿論で御座る。恵殿程の腕なら、こちらから頼む程で御座る。それにしても、恵
殿の兄上は、恵殿が誇りに思う程の、強さなので御座ろう?」
 繊一郎さんは聞いてくる。まぁ私が言ったのだ。それは、気になる事だろう。
「愚問ですわ。兄様は、生粋の修行バカ。こっちが、呆れるくらいのね。」
 人生を、あれだけ修行に費やせるのだ。あれを修行バカと言わずに、何なのか?
「恵殿は、兄上を尊敬しておられるのだな。素晴らしき事で御座る。拙者の妹は、
拙者の言う事など、聞かぬ、跳ねっ返りで、困ってい申す。」
 繊一郎さんは、渋い顔をする。ああ。この人の妹って事は、確か繊香(せんか)
ね。確かエルディスと、結婚したって言う人だったかしらね。
「それは、何でなのかしら?原因があるんじゃないかしら?」
 せっかくなので、相談に乗る事にした。
「拙者が、反対したからで御座ろう。妹は、まだ15なのに、結婚したいと申して
おって・・・父上は、烈火の如く、怒っていると言うのに・・・。」
 繊一郎さんは、首を振りながら話す。その時の様子を、思い出しているようだ。
「その妹さんは、本気なの?・・・だとしたら、譲らないと思いますわ。」
 私にだって分かる。恋をした時の気持ち。兄様と話す時の安心感。反対されたっ
て、構う物かと思ってしまう。
「相手の事で御座るか?まぁ、拙者も、エルディス殿について、反対してる訳では
御座らぬ。あ・・・エルディスとは、妹の相手で御座るが・・・。」
 繊一郎さんは説明する。本当は、言われなくても知っているが、相槌を打つ。
「エルディス殿は、本気で修行の出来る素晴らしき御仁。拙者の友と呼ぶべき人物
で御座る。反対では、御座らぬが・・・まだ、時期尚早と思うので御座る。」
 繊一郎さんも、エルディスのことは認めているらしい。
「何を言っても無駄だと思いますわ。妹さんは、もう、その方としか考えていない
んでしょう?なら、周りが何を言っても、聞きませんわ。」
 出来る事なら、すぐにでも結婚したいと言う願望の持ち主なのだろう。どことな
く、私に似ている気がした。
「拙者も、妹に嫌われたい訳では無い。今度、話をしてみるで御座る。」
 繊一郎さんは考え込む。この兄も、甘いお人ねぇ。やっぱ似るのかしらね。
「それにしても・・・恵殿、忍術を、何処で習ったので御座る?」
 まぁ、そこは、疑問に思うわよね。
「榊の一族の誰かよ。」
 嘘では無い。だが、繊一郎さんが、思い浮かべる榊とは程遠いだろう。
「ほう。我が一族と知り合いとは・・・顔が広いで御座るな。」
 繊一郎さんは、特に疑う様子を見せない。確か、榊一族は、この頃も、かなりの
勢力を誇っていて、ガリウロルでも、有数の豪族だった筈だ。
「そうだ。恵殿は、このストリウスに来て、戸惑う事ばかりと申しておりましたな。
拙者、こう見えても、情報集めは得意で御座る。恵殿に役立つ情報を、集めてしん
ぜようか?どんな事について調べるのか、言ってくれれば、大丈夫で御座るよ。」
 それは願っても無い事だ。確かに繊一郎さん程の忍術使いであれば、諜報活動な
どは、お手の物だろう。
「そうね。ここでの情報収集も、限界を感じていた所ですし、頼んでみますわ。」
 断わる理由が無い。繊一郎さんも、目的があった方が、情報収集し易いとの事だ
ったので、頼む事にした。
 これで、少し進展があれば、良いんですけどね。


 修道院の朝と言うのは、こんなに辛い物なのか・・・。
 やってみないと、分からない物ね。
 全て自分達で自給するために農園から菜園の手入れまで、自分達でやる。
 飲み水の確保だって、井戸が引かれている訳ではないので、川から取ってくる。
 思ったよりハードだ。
 それでいて、昼間は、参拝者の懺悔を聞く仕事までこなすのだから、大した物だ。
 とは言え、さすがに2、3日もやれば、慣れてくる。
「エリカさーん。こっち頼みますねー。」
 マレルさんは、菜園を指差す。そこに水を運ぶのが、今の私の仕事だ。
 さすがに空手をやってるだけあって、力の入れ具合などは、次第に慣れてくる。
そうなれば、あとは、全体的な仕事のコツを掴んでしまえば、出来ない事は無い。
「はい。終わりっと。これで最後ですかー?」
 私も、マレルさんに催促する。
「ご苦労様ですー。」
 マレルさんが、ご苦労様と言うのは、仕事が終わったと言う合図だ。これで、昼
のミサの時間までは、休憩になる。最も、汗を洗い流すけどね。
 ここに来て、懺悔と共に、休みに来た参拝者などを相手していると、情報が、結
構集まる物だ。案外、今の私にとっては、便利なのかも知れない。
 聞いた事を纏めると、今回の模擬戦についての話ばかりだ。何せ、軍事大国の決
戦なのだ。模擬戦とは言え、かなり本気でやるらしい。それに今年のプサグルは、
決戦に懸ける意気込みが違うのだとか・・・。私の知ってる歴史のままなら、プサ
グルは、不名誉なやり方と共に、大勝を手にする筈だ。
 後は、これも伝記に書いてあった通りなのだが、ルクトリアの偵察が、プサグル
で見つかったらしい。歴史から言えば、十中八九『英雄』ライルの筈だ。歴史を知
っていると言うのは、こう言う所で、損をするのかも知れない。
 あとは、モンク僧が、人捜しをしているとの情報があった。パーズのお偉いさん
が行方不明になったかもと噂されている。物騒な話だ。
「何か、良い事でも聞きましたか?」
 マレルさんが、こちらを覗きこんでくる。私は、懺悔を聞くのと同時に、情報を
聞いたりしている。この時代の情勢を、もっと知っておきたい。勿論、ほとんど知
っている事だが、私の知らない情報が出た時が、勝負だと思っている。
「さっぱりだわ。まぁ、この時期は模擬戦が忙しいから、その情報ばっかりよ。」
 そう。今度もルクトリアが勝利しそうだとか、新しい若手が入っただとか、プサ
グルは、今度こそ奪回するために全力で来るだの、そんな情報ばかり。
 プサグルでは、今度の戦いこそ勝利をと思っているらしく、「雷」の異名を持つ
ハイム=ジルドラン=カイザードの家で連日、三将軍クラスが挨拶に回っていると
言う話だ。熱心な事だ。
「模擬戦・・・ですか。毎年何人かは、お亡くなりになっているんですよね・・・。
今度の戦では、死者が出ないよう、お祈りしないと・・・。」
 マレルさんは、悲しげな目をする。今回は模擬戦と言うには、あまりに苛烈な死
者が出る筈なのだ。私には分かってるのにね。
「この修道院にも、怪我人とか、来るんだよね。」
「命を助けられるなら、その苦労は、厭いません。」
 さすがマレルさんだ。この人の助けたいって言う願望は、秀でているな。母にな
ってからも、常にライルを助けて、ライルが死んだ後も、息子や娘のために、影な
がら支えてきただけはある。娘のレルファには、その精神が行き渡っていたようだ
しね。血の為せる業かも知れない。
「ま、そうならないように、祈るしかないわよね。」
 私は、白々しいことを言う。自分でも嫌になるな。しかし、この修道院自体が実
は、マレルさんを覆い隠すための修道院なのだ。『太陽の皇子』ことリチャード=
サンが『月の巫女』と呼ばれるマレルさんを、奪いに掛かるのは必定。生まれる前
からの許婚らしい。馬鹿馬鹿しい話だ。しかし、この修道院は、瘴気を放つ『太陽
の皇子』を認めていない。だから、命を張ってでも、マレルさんを助ける。そのた
めの修道院なのだ。伝記にも、書いてあった。
「あ。菜園の水やり当番の時間だ。私、行ってきますね。」
 そう言えば、今日はマレルさん、菜園の水やりだったな。
「少し、良いかしら?」
 後ろで修道長が呼んでいた。私に?・・・となると、重大な話っぽいわね。マレ
ルさんが離れた瞬間に、呼び止められるなんてね。
「何でしょうか?」
 私は、修道長室に入る。なんだか校長室みたいで落ち着かないな。つっても、う
ちの校長は、うちの爺様だけどね。
「何から、話したものかしら?」
 修道長は、考え込んでいる。多分、色々手順を考えているんだろう。
「・・・マレルさんの事ですね。」
 私は、何となく予想がついていた。
「・・・貴女・・・何処まで、知っているのかしら?」
 やっぱり警戒している。マレルさんが連れてきたと言う事で、色々面倒を見てく
れていた人だが、警戒は、していたのだろう。
「ええと・・・確認しますが・・・ここの壁って、厚いですか?」
 私は、遠回しに、聞き耳が立てられないか聞いてみる。
「それなら心配無用です。厚くしましょう。」
 修道長は、何やら魔法を唱えると、この部屋だけ、異質に感じるようになった。
「・・・結界ですか?凄いですね。」
 この時代に、結界まで張れる人物が居るとは、思わなかった。
「話を逸らさないで下さい。仕立て上げたのですよ?」
 修道長は、真実を知りたがっている。私が、何者なのか・・・。
「じゃぁ、私も覚悟を決めるわ。・・・私の話、信じてもらえるかしら?」
 私は修道長の目を見る。その目は、輝きを失っていなかった。
「貴女の目からは、普通の人とは、違う輝きを感じます。信じましょう。」
 どうやら、大丈夫のようだ。
「なら言いましょう。私は、未来から来た者よ。策にハマって、この時代まで飛ば
されてきたガリウロル人。・・・信じられるかしら?」
 私は、自嘲気味に促す。
「それで・・・マレルの事も、知っていたのですね。では、彼女が『月の巫女』だ
と言う事は、とっくに、知っていたのですね。」
 修道長は、隠そうとしなかった。どうやら信じてくれたらしい。
「知っていたわ。彼女は私の居る1000年後の世界では、最も有名な伝記に出てくる
程の人物よ。知らない人は、居ないくらいよ。」
 私は、核心を言う。伝記の世界・・・私の目には、そう見えているのだとアピー
ルする。遠くて、近い世界なのかもな・・・。
「合点が行きました。最初、服を見た時から、この世界の人じゃないと、確信して
ましたから。これは、世代を超えて見てきた、私にしか分からない事。」
 世代を超えて見てきた?どう言う事だろう。
「貴女の告白に、私も応えましょう。私は、天人です。」
 何ですって?天人って事は・・・。
「そうです。人間より、遥かに長い寿命を持っています。この修道院の者には分か
らぬように、暗示を掛けていますけどね。『月の巫女』の一族、ムーン一族を、5
00年以上も、見てきています。」
 500年も・・・。気の遠くなるような話だ。
「私は、古の月神レイモスの奥様の従者です。奥様は、レイモスの反逆の罪で、こ
の地に堕とされたのです。」
 そうか。レイモスは、確か天界に対して反逆の意を示した筈だ。
「奥様は、この地の人間と恋をし、その人の寿命と共に、この世を去りました。そ
の奥様の家系を、見守るのが私の道です。」
 何て・・・一途で強情な話・・・。この人は・・・一途過ぎる。
「貴女は、それで良いの?ただ見守るために生きる・・・それで良いの!?」
 私は、納得出来ない。美しい話に見えるかも知れない。だが、天人とは言え、生
き方のほとんどを、一族に捧げるなんて人生、私は認めたくない。
「頼まれた訳では無いです。でも・・・ムーン一族に・・・私は、惚れ込んでしま
いましたから。それを守ろうとする生き方に、後悔など、していません。」
 何て人・・・。自分の人生を、捧げる程の生き方だと言うのか・・・。
「私は、あのサン一族から守らねばなりません。サン一族は、レイモスの血を引い
た邪悪なる一族。あの悲劇を、繰り返させないためにも、絶対に守らなきゃならな
いのです。」
 何てこと・・・。サン一族は・・・月神レイモスの血を引いていたなんて・・・。
「レイモスは、自らの死の間際に、貴族であるサン一族に、付け込んで子供を残し
ました。そして、勝手にあっちを『太陽の皇子』、ムーン一族を『月の巫女』と呼
ばせて、自らの生まれ変わりが出るように、仕向けたのです。」
 ヘドが出そうな話だわ。月神レイモスは、自らの生まれ変わりを作り出すためだ
けに、こんな茶番を組んだなんて・・・。執念か・・・。レイモスの企みが失敗に
終わったから、代わりの器を捜したと言う訳ね。それが、トーリスであり、トシ君
でもあった訳だ。最低ね・・・。
「全く・・・。そんな理由があったとはね。レイモスって、ロクな神じゃないわね。」
 冗談じゃないわ。勝手に人の運命を、決めようとするなんてね。
「結局、守り通したおかげで、成就させなかった。そのおかげで、レイモスは、ま
だ漂っいる筈ですよ。」
 漂っている・・・。そうか。この人は知らないんだ。この後、レイモスは、伝記
の最高とまで言われた魔法使いである、トーリスに乗り移るハメになる。
「で、本題に入ります。マレルを守り通してきた理由を貴女に話した。その訳は、
分かりますね?」
 修道長は念を押してくる。まぁ、何となくは、想像がつく。
「マレルさんを守る手伝いをしろって、事よね?」
「見た所、貴女は相当な実力者。丁度、欲しかった人材なのです。」
 確かに、守り通してきたとは言っているが、見つからなかっただけの話だ。
「私は、未来が、どうなるか知ってます。それでも敢えて協力を求めるんですか?」
 今度は私が念を押しておく。つまり、私は未来が、自分達の未来に重なるように
行動すると言っているのだ。
「フフフ。貴女、交渉が下手ですね。そんなに食いついてきて、その揺さぶりを掛
けたら、未来が、どの方向に進むのか、分かってしまいますよ?」
 あちゃー。失敗だったか。修道長は、私の態度から未来が、どの方向に進もうと
しているのか、読み取ったみたいだ。私も、まだまだだな。
「ま、どちらにしろ、私には、選択肢は無いのよ。」
 マレルさんは、ライルと結婚しなきゃいけない。
「・・・正直な人ですね。・・・そうですね。貴女には、マレルさんの最終的な身
辺の警護を頼みます。つまりは・・・この修道院が、危なくなった時は・・・。」
 修道長は、試してくる。
「ここを捨てて逃げろ・・・って?」
「分かってるんですね。じゃぁ、問題ありません。」
 修道長は満足げだ。私なら、正しい判断が出来ると信じているのだろう。
「嫌な役目だわ。参ったな。」
 私は、残念ながら、近い内に、そうなるだろう事を知っている。
「フフッ。もうちょっと嘘が吐けるようじゃないと駄目ですよ。江里香さん。」
 修道長は、また何かを見抜いた様だ。
「今度は、何です?」
「やっぱり、ここは滅びるんでしょう?」
 !!?何で分かるの!?この人は・・・心でも、読めるんだろうか?
「驚かなくても良いんですよ。実は、この前、カールス=ファーンと名乗る男が、
この教会に来ましてね。瘴気を放っていたものですから・・・。近い内に、ここが
バレるんじゃ無いか?って、目星を付けていたのです。」
 カールス=ファーン・・・。『老師』こと、リチャード=サンの協力者だ。
「その覚悟があるのなら、お話するわ。この修道院は、近い内に捜索が入ります。」
 間違いない。歴史の中の悲劇として、伝記にも書かれている。
「やはり・・・ですか。その際、私は、死ぬかも知れませんね。」
 この人は、心中する覚悟が、出来ているのか・・・。
「江里香さん。マレルは・・・私の希望なのです。頼みましたよ。」
「出来る限りを尽くすわ。それだけよ。」
 私は、顔を背けるのが精一杯だった。こんな嫌な役は無い。ここを見捨てるなん
て・・・。こんな人達が、死んで良いって言うの?


 これで1週間か。大体掴んできた。この時代の情勢は、かなり、危ういバランス
で成り立っている。一見、安定しているように見えるが、ルクトリアかプサグルが、
突出すれば、他の国では歯が立たないだろうと思われる。それくらい危険だ。だか
らこそ、ショウさんは、パーズ拳法の最高位に立ちながらも皆に強さを求めている。
 実際、この時代では、目立った動きをしていないが、いざ戦闘となれば、彼の2
国に勝るとも劣らない強さを見せる事だろう。国の強さは、兵の数では無いと、シ
ョウさんは言っていた。不惑の精神を持っていれば、強国に対抗する事だって可能。
それが、いずれ大きな力になると、説いていた。
 実際にショウさんは、圧倒的な支持を得て、国民から愛されている。僕だって、
こんな王が居たら、付いて行く。カリスマ性は、プサグルやルクトリアの王にだっ
て負けていないと、パーズの人々は、口を揃えて言う。そう言えば、パーズ拳法を
習った時も、ショウ=ウィバーン=トリサイルこそが、最高の師父であり、名君で
あると習った気がする。1000年後にすら慕われる王。若くして、既に強国と渡り合
う事を考えている王。この姿勢は、見習わなきゃいけないかもね。
「フッ。胴が、がら空きだ!!」
 ショウさんは、胴に掌底を打ち込んでくる。僕は、それを肘で払いのけると、踵
落としを放つ。ショウさんは、それを読んでいたのか、体を回転させて肘を打つ。
僕は、その肘を掌で受け止めつつ、下からの突き上げを放つ。
「ハッ!」
 ショウさんは、それを、バック転で躱しつつ体制を整えた。
「フゥ・・・。さすがだよ。トシオ。俺に付いてこれるのは、お前くらいだ。」
 褒めているが、今の攻防は、結構紙一重だった。危なかったのは、こっちだ。
「何を言ってるんですか。僕は、ほとんど一日中修行して、これですよ?ショウさ
んは、王としての仕事をして、互角じゃあ、誇れませんよ。」
 そう。ショウさんは、合間を縫って修行をしている。僕は、暇な時間は、ほとん
ど修行に費やして互角なのだ。実質は、どうなんだか・・・。
「当たり前だろ?お前、俺と修行している時しか、伸びてないぜ?」
 ・・・うう。バレていたか。力を落とさない事は出来る。しかし、実質力が伸び
てると実感してるのは、ショウさんと修行している時だけなのだ。
「トシオの場合、手合わせで、どんどん伸びるタイプなんだろうからな。暇な時間
は、うちの城下町を、もっと散策して来い。せっかく俺のお墨付きなんだぞ?」
 そう。破格の待遇だ。王との手合わせは勿論、僕は城下町に自由に出入りする許
可を得ている。おかげで、情報収集には困らない。更にはショウさんが、パーズ国
内外に極秘にお触れを出しているらしく、他国でも、噂になっているようだ。余り
公には出来ないが、僕と同じく、皆、何かしら手がかりを掴もうとしているだろう。
なら、裏で派手な動きをすれば、結構、効果があるかも知れないと、ショウさんは、
言っていた。僕としては、願ったり叶ったりだ。
「そろそろ街の人に、名前を覚えられてるんですけどね。」
 城下町の人とも、親しくなりつつある。いつか、去る事になるだろう。でも、こ
こでの生活を、僕は、心に焼き付けようと思っている。
「ショウ!戻ったぞ!」
 この声は、シュウイ=オリバー将軍だ。シュウイさんは、ショウさんの親友で、
皆からの人望も厚い。ショウさんの次の実力者でもあり、軍の全ての面に於いて、
補佐している。他の兵団長を束ねる立場だ。
「シュウイ。お帰り。トシオ君の情報は、あったかい?」
 この冷静な声は、ディクセン=バゼラード将軍だ。内政の補佐を担当していて、
少し年長のようだ。ディクセンさんも実力者ではあるが、弁舌などに長けていて、
そちらの方面で、活躍しているようだ。ショウさんのカリスマ、シュウイさんの軍
備、ディクセンさんの内政で、この国は成り立っている。それぞれ下に、何人も居
るが、統括しているのは、この3人である。そして、その立場は、最終決定権が、
ショウさんにあるだけで、立場は同じと、決めているようだ。一つが偏ってはいけ
ないと言う考え方だ。凄いな。バランスが良い。
「トシオの情報かぁ。とりあえずは、2つ程、怪しいのを入手したぞ。」
 シュウイさんは軍を使って極秘に捜査をしている。その情報を纏めているのだ。
「まぁ、ガリウロル人が、大陸に居るってのは、それだけで怪しいからな。すぐ情
報が入ってくるぜ。」
 この時代では、ガリウロルは閉鎖的な考えの持ち主が多い。滅多に、自国を出な
いらしいので、目立つのだ。
「聞きたいか?」
「はい。お願いします。僕は、どんな情報でも欲しいんです。」
 怪しい情報であろうとも、今は、収集しなきゃいけない。
「意地悪な答えさせ方を、するなよ。」
 ディクセンさんが、注意する。もしかして、からかわれたのか?
「ハハッ。一生懸命なのを、揶揄するのは良くないな。悪いな。」
 シュウイさんは頭を下げる。この潔さは、さすがだよね。
「よし。まず、プサグルにガリウロル人を見たって情報だ。何でも、将軍が、子守
を雇ったとかで、その将軍の家の、居候してるって話だ。」
 ・・・プサグルか。でも、子守って・・・エリ姉さんかな?
「次は、ストリウスだな。やったら強い忍者が、どっかの宿に居座りつつ、修行し
てるって話だ。『聖亭』だったか。そこに、宿泊してるって言う情報もある。」
 ストリウスで『聖亭』・・・。かつて『勇士』ジークが使っていた所だ。まだ、
ジークは生まれてすら居ないんだろうけどね。
「その忍者が、結構な頻度で、情報収集に、出掛けているとの情報もある。」
 情報収集までしているとは・・・。と言う事は、僕と同じように、何でも良いか
ら、情報が欲しいと言う表れかな?そうなると、瞬君達の可能性が、高いな。同じ
時代に飛ばされたのだとすれば、有り得る事だ。
「プサグルか。ちょっと遠いな。」
 確かに、プサグルは、サマハドールを超えなきゃいけないが、ストリウスの方は、
隣国だ。それにプサグルは今、模擬戦の準備で、ピリピリしているらしい。
 ・・・歴史的な事が起こるんだよな。確か。
「ありがとう御座います。少し考えて見ます。」
 僕は、礼を言う。ストリウスの忍者ってのも気になる。瞬君は、忍術が使えた筈
だが、忍者とは、呼ばれない筈だ。だが、『聖亭』ってのが気になる。この情報を
耳にするのは、偶然だろうか?この世界で、最も有名になる宿『聖亭』の名前が出
てくると言う事がだ。
「ま、じっくり決めな。」
 ショウさんは、焦らさない。重要な選択だと思ってるからこそ、僕に選ばせる気
だ。心遣いが伝わってくる。
「・・・ストリウスに、しようと思っています。」
 僕は『聖亭』が、頭から離れなかった。
「よし。じゃ、早速、手配しようか。」
 ディクセンさんが、馬車の手配をしていた。
「面白そうだし、修行ついでに、行ってみるかな?」
 ショウさんが、乗り気になっていた。
「ま、今の所、模擬戦くらいしかないし、良いんじゃねーか?」
 シュウイさんも反対しない。この国は、既に一枚岩だ。誰かが抜けた所で、補う
誰かが居る。余程の事が起きない限り、大丈夫なのだろう。
「内政的にも、今は安定期だ。私も、反対しない。」
 ディクセンさんですら、そう答える程だ。・・・。
「待って下さい。やっぱ駄目です。ショウさんは、ここに居なきゃ駄目です。」
 僕は、思い出すまでも無く、知っていた。確か、もうすぐだったはずだ。模擬戦。
そして、その模擬戦後は、歴史が大きく揺れ動く事になる。その時に、僕のせいで
パーズにショウさんが居ないと言うのは、駄目だ。
「何だ何だ?面白くないな。」
 ショウさんは、口を尖らせている。だが、僕の顔を見て、真面目な顔になる。
「・・・ったく。もう少しなんだな?トシオが言ってた、異変っての。」
 ショウさんには、話してある。近々大きな異変があるって事をだ。その事は、シ
ュウイさんもディクセンさんも、知っている。
「何があるか知らねぇが、俺達なら対処するさ。ま、しょうがねぇ。行ってこいよ。
でもな。忘れるなよ?いつでも、お前の帰りを待ってるからな。」
 ショウさんは、残念そうな顔をしていたが、もう踏ん切りは、ついた様だ。
「済みません。僕のために、ここまで・・・。」
 世話になりっぱなしだ。
「気にするなよ。お前は、俺達3人にとっても、希望なんだからよ。」
「ショウの言う通りだ。1000年後だか何だか知らないが、お前のようなのが、パー
ズ拳法から出てくるってのは、嬉しい事なんだぜ?」
 シュウイさんは、ショウさんに同意してくる。
「貴方は、既に他人じゃない。ショウが認めたって事は、私達も認めたって事を念
に置いて下さい。」
 ディクセンさんの声も、迷いは無かった。何て良い人達なんだろうか。
「分かりました。知り合いに会えたら、また戻ってきます。その時は、また手合わ
せ願いますよ。」
「その意気だ。行ってきな!!」
 ショウさんは、快く送り出してくれた。僕にとって、これ程、勇気付けられる物
は無かった。多分、もう戻って来れないだろう。パーズは、大戦に巻き込まれるか
らだ。だが僕は、ここに戻れなくなっても、英雄ショウ、そして、それを支える将
軍達を、一生忘れない。そう誓ったのだった。



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