3、遭遇  これは・・・俺の未練なんだろうか?  あの時は、救えなかった・・・だが、今なら・・・。  正直、あそこには、戻りたくなかった。  それだけ、今の生活が、素晴らしい物だからだ。  でも・・・だからこそ、救えるのなら救いたい。  俺のエゴかも知れない・・・でも、素晴らしい仲間と共に救いたい。  そして、見てもらうんだ。  俺の新しくも、素晴らしい仲間を!  そして俺を救ってくれた、かつての仲間を!  俺は・・・この決意を胸に、目が覚めた。  ・・・天神家だ。ここでの朝も、もう慣れたな。主が居ないが、藤堂姉妹が、良 くやっている。それに他の使用人一同も、鍛えられてるようで、普段通りに過ごし ている。不安もある事だろう。だが、皆が、当主を信じているのだ。 「今日は、早いじゃない。」  起こしに来たのだろうか?ファリアが、側に立っていた。 「さすがにな。今日は、気合の入れようが違う。」  今回の作戦は、失敗出来ない。これ以上の犠牲は、絶対に出さない。 「心配無いわ。私達は成功する。そのための、特訓でしょ?」  そうだな。何度も練習した。今回の救助のために、想定までした。 「私は、ティーエを・・・。レイクはジェイルさんを・・・。助けるわ。絶対ね。」  ファリアは、自分にも言い聞かせるように言う。ファリアだって、あの島に行き たい訳じゃない。俺より、行きたくないと思っているだろう。  しかし、俺達は、乗り越えなければならない。今日は、チャンスでもあるのだ。  チャンスを演じるために、葉月は、敢えて全ソクトアご奉仕メイド大会に出る。 そしてファリアが不在の時の魔方陣は、魁、莉奈、葵が・・・。家の全ての対処を するのは睦月だ。残りは、俺達と一緒に救助。頼もしい奴らばかりだ。  俺達は、早速集まって、食事も軽く済ます。便所にも行ったし、バッチリだ。良 い意味での緊張で、俺達は包まれている。 「では、私は出発します。」  葉月は、緊張していた。 「葉月。貴女なら、私を超えて、ナイアを超えられる。その事を証明するのよ。」  睦月さんは、力強い言葉を掛ける。 「あーら。ナイアは、手強いわよ?」  ファリアは、ナイアさんとは親友だ。 「姉さんも期待している。なら私は、全力でぶつかって、超えるだけです!」  葉月は、オーラのような物が出ていた。闘志が満ち溢れている。これは、手強い な。しかしファリアは、それを見て、楽しそうだった。 「フフッ。その意気よ。ナイアも応援してるけど、貴女も、彼女に負けないように 頑張ってね。私は、全力を尽くす人が好きよ。」  ファリアは、敢えて発破を掛けたのだ。全く・・・。 「ファリアさんこそ、頑張って下さい。楽しみにしてますよ。」  葉月は、俺達の成功しか見ていない。失敗するだなんて、微塵も思ってないのだ。 「任せとけ。俺達が失敗する物か!」  俺も力強く答える。それが礼儀だ。それを見て安心したのか、葉月は満面の笑み を浮かべながら、会場へと向かっていった。 「よっし。莉奈。葵。俺達は、例の魔方陣の所に行くぞ。」  魁は、最初こそ文句を言っていたが、ファリアから魔方陣を守るのは、大事な仕 事だと言われている。既に、やる気モードだ。 「頼んだわ。多分、今回の事で、私は救出に、魔力を使い果たすから、すぐに戻っ たとしても、魔力注入なんて、出来ないしね。」  そうすると、消えた4人の行動を、キャッチするのに困難になってしまう。それ だけは、避けなくては駄目なのだ。魔方陣を消しては、ならない。 「3人で交代してやるつもりです。」  莉奈は、自分の役目を守るのだと、決意を表す。 「最初は魁、そして莉奈、そして私の順ね。」  なる程。その方が、良いかもしれないな。 「あの4人を、ここに戻すため・・・頼んだわ。」  ファリアは、今回の救出で、魔力を惜しみなく使うだろう。帰ってきて、注入な ど出来ないくらい、疲弊するに違いない。 「瞬や俊男、それに江里香先輩に、恵お嬢さんのためだ。」 「トシ兄も、江里香姉さんも、瞬君も恵様も、皆、大事な人だもん。」 「この世界に、無くてはならない人のためなら、惜しみない努力をするつもりよ。」  3人共、気合充分で、ファリアに笑い掛けると、魔方陣がある倉庫の方へと向か っていく。まだファリアが、昨日の夜に注入した分が残っているから、大丈夫だろ う。ファリアも魔方陣が、どれくらいの魔力で保てるか分かっている。 「さて・・・大会開始の時間に合わせて、突入するわ。」  ファリアが、段取りを説明する。構造は分かっている。警備の場所だけ気を付け れば、後は、敵を倒すだけだ。騒ぎにならない内に奪還する。それがベストだ。 「確認するぞ。まず、ジェイルを助ける方だ。俺と、エイディ、後は、巌慈と亜理 栖だ。地下への扉は、俺が破る。巌時と亜理栖は、銃を持った奴を相手してくれ。 勿論、『ルール』はフルに使うぞ。エイディは、俺の補佐だ。」  俺は、ジェイルを助けに行く。地下は、研究施設だと言う。無論、警備も堅いだ ろう。そこで、巌慈の『鋼身』のルールだ。これを使えば、余程、強力な銃で無け れば跳ね返せるらしい。そして亜理栖の『帯雷』のルールで、銃を相手から離す事 が出来る。弾丸も、雷のバリアを張っておけば、貫通しないのだという。かなり強 い磁場を発生させる事も、可能だと言う話だ。そして、数々の扉は、俺の『万剣』 のルールで斬り裂いていく。エイディは、忍術及び『紅蓮』のルールで、敵を翻弄 する役目だ。 「それぞれの役目が決まってると言うのは、頼もしい限りだのぉ。」  巌慈は、己の腕を見る。自分を信じる事で、震えを鎮めているようだ。 「さぁて、一暴れするとしますかね。」  亜理栖も、自分の能力を、信じる事にしているようだ。 「レイク。1時間だ。1時間以内に片付けるぞ。」  エイディは、あの島の警備がどんな物か知っている。グズグズしてられないのだ。 それに地下への入り口も分かっているのだ。俺達が立ち入り禁止だった、あそこだ ろう。実験施設が、あるなんてな。 「私達は、目指すは3階よ。島主は、自分の気に入った女性を、主に3階に囲んで いるわ。本当は、全部吹き飛ばしたい気分だけどね。そうも行かないわ。ティーエ は、私が知っている。だから確認するのは私。修羅は、速やかに看守達を気絶させ てね。グリードは、奴らの銃の無力化、勇樹は、鍵開け・・・頼むわ。」  ファリアは確かめ及び、最後の脱出時の要だ。そして、グリードが看守達の銃を 無力化させて、柔道の絞め技に長けている修羅が、看守達が騒がない内に、無力化 させる。そして勇樹は『線糸』のルールを使って、鍵を開けていく。 「今の俺っちなら、アイツらが構える前に、全て銃身を打ち抜く自信があるぜ。」  グリードは、ハッタリで言っているのでは無い。 「俺の本気の絞めを、見せてやろう。」  修羅は、ああ見えて、器用な所があるからな。 「悪いけど・・・鍵を開けた後は、アンタが確かめてくれよ。」  勇樹は、見たくないのだろう。言わば、島主の愛人の部屋だ。勇樹は、そんな女 性達を見るのが、嫌なのだろう。 「分かってるわよ。任せなさいって。」  ファリアは、気丈に言う。自分もトラウマが、ある筈なのにな。 「・・・よし。じゃぁ・・・行くわよ。」  ファリアは、魔力を集中させる。 「レイク。事が終わったら、これを握りなさいね。」  ファリアは、玉を渡してくる。これこそ、ファリアの魔力に直結している宝玉だ。 これを使って、脱出の合図を送ると言う事だ。ファリアがまだなら、宝玉は、青く 光ると言う話だ。行ける時は、ファリアがこちらに『転移』して、一緒に脱出する 手筈になっている。タイミングが重要だ。 「ここまで用意したんだから、絶対に・・・成功させるわ。」  ファリアは、そう言うと、見事な『転移』の扉を作り上げる。  俺達は、互いに頷くと、扉を開けて飛び込んで行った。  俺達は、嫌な臭いで気が付いた。  間違いない。ここは、俺達が居た監獄の島である『絶望の島』の・・・俺が、い つも使ってたトイレだ。この雰囲気は、変わってねーな。  今は、看守も囚人も、作業中の筈だ。誰も居ないようだ。  ファリアの方を見る。周りに誰も居ないか、確かめているようだ。 「よし。俺達は、地下だ。俺とエイディから離れないでくれ。」  俺は、指示を送る。亜理栖と巌慈は、顔を見合わせると、俺に付いてくる。 「後ろは、俺が警戒する。レイクは、前方に注意するんだ。」  エイディが、フォローに回る。そうだ。俺達は、もう後へは引けない。絶対に、 ジェイルを連れ戻すんだ。  周りを見ると、俺達の方は、大丈夫と見たのか、ファリアは、2階へと向かって いた。早速、人を倒した音がした。結構、静かに仕留めている。勇樹の『線糸』で 動きを止めて、グリードの射撃で、武器を無力化して、修羅が絞め倒していた。良 い連携だ。俺達も負けられないな。  進んでいくと、前方に、厳重な扉を守っている看守が、4人居た。ここは、かな り人数を割いている。俺は、合図を送る。すると、亜理栖が『帯雷』で、看守の銃 を奪う。そして、怯んでいる隙に、俺が峰打ちで2人。エイディが、延髄を狙って 1人、巌慈がフェイスロックで、1人絞め落としていた。 「よし。行けるな。」  手応えを感じていた。思ったよりも、手早く行ける。後は倒れた奴らを、手を背 中に回して、縛っておく。 「本番じゃな。行けるぞ。」  巌慈は、気合を入れなおす。 「いつでも行って良いよ。」  亜理栖も、すっかり戦闘モードだ。 「紐を忍術で、強化しておいた。簡単に切られる事は、無いだろう。」  エイディは、細かい事を忘れない。こう言う抜け目が無い所は、正直助かる。 「よし!行くぞ!!」  俺は、剣に『万剣』のルールを込める。そして、頑丈な扉を、一刀両断する。さ すがだ。まるでバターのように、簡単に斬れやがった。 「な、何事だ!?」  看守達が驚いている。それだけ、普段この部屋は訪れる人が少ないのだろう。 「分からん!とにかく・・・撃てぇ!!」  看守達が、一斉に掃射する。そこに巌慈が立ちはだかる。そして『鋼身』のルー ルを発動させる。すると、弾は、巌慈が全て弾き返す。ビクともしない。大した硬 さだ。貫通させてないようだ。 「10人か・・・。ハッ!!」  亜理栖が、人数を確かめると、次々無力化していく。そこを、俺とエイディが、 駆け抜けながら、次々と気絶させていく。しかし、それでも、まだ出てくる。これ だけの人数で守っているとは・・・。ここが、どれだけ守られているかが、分かる。  しかし、今の俺達を、止める事は出来ない。後ろを向く事は無い!このまま、突 っ走って、ジェイルを、助け出すんだ!!  何度か扉があったが、構造的には、ほとんど一本道だった。途中に出て来た敵は、 全て、薙ぎ倒した。仲間達のおかげだ。疲れを見せながらも、役割は、ちゃんとこ なしている。巌慈は、体が鋼鉄とは言え、細かい傷を受けていたし、亜理栖の『帯 雷』も、少しずつ弱まっている。余り無理は出来ない。 『止まれ!!』  電子的な声が聞こえた。どうやら、スピーカーとモニタで、こちらを監視しなが ら、話し掛けてきているようだ。施設の中が、映し出されていた。 『貴様らの目的はなんだ!!・・・それに囚人では無いな!!』  フン。マニュアル通りの尋ね方だな。 「大人しくジェイルを出しな。ここに居るのは、分かっている。」  俺は、挑戦的な目を投げつけてやる。 『なぜ、それを知っている・・・それに貴様、何者だ!』  向こうは、核心を迫られて、焦っているようだ。 「想像力が乏しいな。・・・ジェイルを取り返しに来たなら、誰だか分かるだろ?」  俺は、モニターを睨みつける。 『貴様はレイク!!!生きていたのか!!』  気が付いた様だ。俺は、ここでは有名だからな。 『しかも・・・人間離れした力を手に入れたようだな。・・・恐れていた事が起こ ったと言うのか。伝記の末裔と言うのは、忌々しい存在よ。』  なるほど。向こうも、俺の出生の事は知っているようだ。当然か。 「出生の事なんて、どうでも良い。俺は、仲間を取り返しに来ただけだ。」  俺にとって、生まれがどうとかは、関係無かった。仲間であるジェイルを助け出 す。それこそが、俺の成すべき事だ。 『フン。青臭い事を!!・・・まぁ良い。こちらも馬鹿ではない。返してやろう。』  え?俺は、てっきり色々攻撃されるのかと思っていた。随分、あっさりしてるな。 「罠かも知れん。気を付けろ。」  エイディが、警戒を呼び掛ける。言われるまでも無い。  バタン!!  奥の扉が開いたかと思うと、誰かが、ヨロヨロと歩いてくる。 「・・・ジェイル・・・!ジェイルだ!!」  間違いない。あの背が高い、ガッシリとした体格。包み込むような大きな手。 「待て・・・様子が変だ!!」  エイディが俺の手を引っ張る。・・・どう言う事だ? 『やれ。ジェイル。』  その声を聞くと、ジェイルは唸りだす。 「グゥオオオオオオオオオオオ!!!」  な、何だこの声は!?これが、人間の発する声だと言うのか!? 「ジェイル!!俺だ!!分からないのか!!」  俺は、あらん限りの声を上げる。 「ドゥルアアアアア!!」  ジェイルは、唸り声を上げながら、拳を振り下ろしてきた。俺は、間一髪避ける。 鉄製の地面が、ひしゃげていた。すげぇパワーだ。 「おい!!てめぇら、ジェイルに何をした!!」  こんなの、ジェイルじゃない!!獣のような眼をしたジェイルなんて見たくない! 『化学の結晶だよ。ジェイルは、数々の投薬、実験に耐え抜いて、最高の肉体状態 にある。それに加えて、命令を聞かせられるように、脳を弄ってみた。』 「何だと!?てめぇら!!!」  怒りに震えた。冗談では無い。人間を、そんな扱いして良い筈が無い!なんて奴 らだ。こんな奴らの実験台に、ジェイルは、されたってのか!! 「グゥアアアアアア!!」  ジェイルは、形振り構わず拳を振り上げる。 「ジェイル!くそ!!どうすりゃ良いんだ!!」  ジェイルに、攻撃なんて出来るか!! 「・・・レイク。お前と巌慈で、ジェイルを抑えててくれ。」  エイディは、それだけ言うと、真っ直ぐ走って言った。そこには亜理栖の姿もあ った。・・・そうか!そう言う事か! 「しょうがねぇ。ジェイル。まず落ち着かせてやる!」  俺は親父から受け取った『法力(ほうりき)の剣』を取り出す。すると、俺の闘 気に合わせて、刀身が現れる。勿論、抑え目だ。今の俺の本気をぶつけたら、ジェ イルの体ごと斬り兼ねない。それじゃ本末転倒だ。 「ヌゥオオオオオオ!!」  ジェイルは、叫びながら、襲い掛かってくる。それを、巌慈が、力比べをする態 勢で受け止める。しかも『鋼身』を使って、踏ん張れるようにしている。 「このサウザンド伊能ジュニアを、舐めるでないわああ!!」  巌慈は、ジェイルの驚異的なパワーを押し返そうとしている。しかし、ジェイル は、底無しのスタミナであるらしく、だんだん巌慈が、押されてきていた。 「ぬぐぐぐぐ!何てパワーだ!!」  巌慈は、腰を落として踏ん張っている。しかし単純なパワーでは、負けていると 悟ったのか、後ろに回りこんで、バックドロップをお見舞いした。 「ぬぐぅ。ワシに競り勝つとは・・・。」  巌慈は、信じられない想いだった。校内では、単純なパワーでは、瞬でさえも凌 ごうかと言うパワーの持ち主なのに、今のジェイルは、それ以上のパワーで、底無 しなのである。人間離れしている。 「ゴゥルルルルルルル・・・。」  ジェイルは、アレだけ叩きつけられたのに、何でもないように立ち上がる。 『フハハハハハ!素晴らしいぞ。これぞ化学のパワーだ!!』  ちっ。化学者共め。調子に乗りやがって。  その時、扉の辺りで音がした。どうやら、エイディと亜理栖が辿り着いた様だ。 『フッ。ここに入って、私達を翻弄する気か?考えたみたいだが、その扉は特別製 でな。どんな熱や衝撃にも、耐えられるように設計されている。』  なる程。敵が来た時のために、考えてるって訳か。 「そんな事は、お見通しなんだよ!!」  エイディは叫ぶ。どうやら考えがあるらしい。 「亜理栖!用意は良いか?」 「あとは、エイディ兄さんがやるだけさ!任せな!」  二人とも、何をするつもりなんだろう? 「レイク!よそ見するで無い!来るぞ!」  巌慈が声を掛ける。俺は、ジェイルの拳を『法力の剣』で弾く。つっ!!凄いパ ワーだ。受け止めるだけで、弾かれるなんてな! 「やるじゃねぇか!ジェイル。だが、その強さは、本物じゃあない。作り物の強さ で俺を倒すなんて、まだまだ早いぞ!!」  俺は、ジェイルの攻撃を躱しつつも、剣の柄で攻撃して追い詰めていく。 (パワーだけでは、君には勝てぬと言う訳か。)  当然ですよ。不動真剣術は、本来、自分より強い相手に対抗するための剣術なん ですからね。パワーだけで、俺に勝とうなんて早過ぎる!  ピ・・・ピピピピピピ!!ガキャ!!!  凄い音がして扉が崩壊した。 『馬鹿な!!ど、どうやって!?』  化学者達は驚く。相当に自信があったのだろう。 『フッ。教えてやる。こうやったんだ!!『紅蓮』のルール!!』  エイディは、凄まじい炎を両手に宿す。あれが『紅蓮』のルールか。すげぇな。 『そーらよ!!』  エイディは、今までの研究施設に『紅蓮』をぶつける。すると、恐ろしい勢いで 飛び火する。灼熱の地獄と化した。 『そこに、『水遁』!!』  亜理栖が叫ぶ。なる程な。炎で熱くした物体を、急激に冷やすと・・・破壊し易 くなるっての、聞いた事があるな。 『ば、化け物め!!うわああ。』  化学者達は逃げようとするが、亜理栖が『帯雷』で、鋼線を引き寄せると、あっ という間に縛った。上手い物だ。 『た、助けるんだ!!ジェイル!!』  しまった!ジェイルは、動き出した! 「ウォォォォォォォォォォォ!!」  ジェイルは、渾身の力で立ち上がる。さすがに命令が下ると、凄いパワーを発揮 するようだ。くっ!押さえられるのか!? 「見せてやるぁ!!サウザンド伊能ジュニアの底力をな!!」  巌慈はそう叫ぶと、ジェイルの首を絞めつけて、フロントチョークの形で、押さ えつける。すげぇ!筋肉が浮き出る程の、力を込めている。 『おい!ジェイルの操作系統は、どこでやっている!!吐け!!』  エイディは、化学者達に尋問する。ジェイルに言う事を聞かせるために、どこか で、脳を弄る機械が、あると踏んだのだろう。化学者達は、ニヤリと笑うだけだ。 『フン。教えないつもりかい?良い度胸じゃないか。巌慈の馬鹿が頑張ってるんだ。 こっちも、手加減しないよ!!』  亜理栖は、容赦なく鋼線に電流を流す。俺達ならば、何事も無いくらいの電流だ が、化学者達は、悶え苦しむ。鍛え方が足りねーな。 「ヌグゥオオオオオオオオ!!!」  ジェイルは暴れている。それを巌慈は、必死に押さえつけていた。 「俺は、伝説を継ぐ男じゃああああ!!」  巌慈は、絞め続けている。その顔は、紅潮していた。 「ジェイル!!目を覚ませ!!」  俺は、巌慈が絞めている間に叫びながら、間接に攻撃を加える。動けなくするた めだ。だが、ほとんど効いていない。恐ろしいな。 『早く言いな・・・。次は、今の2倍の量を流してやるよ。』  亜理栖は、危険な目をしていた。次は、容赦しないと言う目だ。 『わ、分かった!!左耳の後ろだ!!そこにある装置だ!』  とうとう化学者の1人が吐いた。 『貴様!何を吐いてる!!それこそ、敵の思う壺では無いか!!』  別の化学者が非難をする。どうやら間違いない様だ。俺は、ジェイルの左耳の後 ろを見る。目立たない所だったが、しっかりと、ヘバりついてる機械があった。 「これか!・・・今の俺なら・・・出来る筈だ!!」  本当は、注意深く、抜かなければならない所だ。だが、今の俺は『万剣』のルール がある。見つけさえすれば、その部分だけ斬る事は可能な筈だ。 「ジェイル・・・。楽にしてやるぞ!!」  俺は、意識を集中させて『万剣』のルールを適用させる。すると、ジェイルにヘ バりついていた機械は、綺麗に消滅した。 『ああああ!我らの実験の成果が・・・!!』  化学者達は項垂れる。これが実験の成果だと?こんな邪悪な物は、必要無い! 『んじゃ、後は寝てな!』  エイディは、化学者達の延髄を、正確に狙い定めて、気絶させていく。  何処となく嬉しそうだ。アイツも、ジェイルの事は悔やんでたからな。  ジェイルは、気を失っていたが、命に別状は無さそうだった。  ジェイル、苦労を掛けたな・・・。  私達は3階へ着いた。2階は、グリードの射撃で罠を全て外し、迎える敵を、勇 樹の糸で動けなくして、修羅の柔道技で、気絶させていた。私は、『雷衝(らいし ょう)』の魔法で、敵の武器を使い物にならなくさせていた。  ティーエは、絶対に救い出す。私のせいで、酷い目に遭っているのなら尚更だ。 2階は、激しい音も鳴らしていない。だが、油断は禁物だ。一応のため、グリード に、目配せする。すると、『千里』のルールを発動させて、周囲に、気を配り始め る。そして、頷く。どうやら、バレていないようだ。 「ファリア。3階は手薄だ。2階に、やたら看守が居たのは3階が手薄なせいだ。 3階は、部屋の前に1人ずつしか居ない。島主の部屋だけ、4人居るけどな。」  グリードが教えてくれた。なる程。じゃぁ8部屋あるから8人か。島主の部屋 は、修羅とグリードに任せるかな。 「グリード、修羅。島主の部屋の4人は、恐らく手練よ。その4人は任せるわね。」  私は、島主の部屋を、2人に任せる事にする。後の8人は私がやる。 「私は、一気に8人を片付けるわ。勇樹。鍵は、お願いね。」  私が片付ける。勇樹には、糸を使っての鍵開けを頼んだ。 「ヘイヘイ。片っ端から開けりゃ良いんだろ。でもどうやって8人倒すんだ?」  勇樹は、そっちの方が不思議なようだ。 「見せてあげるわね。ちょっと荒っぽいけどね。」  私は、『召喚』のルールを発動させて、渡り廊下の奥に、父の霊を配置させる。 看守達は、気付いていない。行ける! 「よし。行くわよ!父さん!『結界』!!」  私は、父の霊を、渡り廊下の奥に配置させてある。そして同時に、魔力を放つ事 で、別空間を用意する。そして、『結界』の魔法を完成させる事で、一気に8人を 包み込んだ。そして、その『結界』を、手前に引っ張って、トイレへと仕舞いこむ。 「ううわ・・・。おっかな・・・。」  勇樹は舌を巻く。自分でも、強引な方法だと思った。まぁ閉じ込めてしまえば、 危害を加える事も無い。  しかし、物音に気が付いたのか、島主の部屋に居た看守が、次々と飛び出してき た。その瞬間に、グリードが、物凄い連射で、相手の銃身を次々狙い撃ちしていく。 あっと言う間に、丸腰になった。それを見て、修羅が走る。そして、銃を拾う前に テンポ良く投げ飛ばす。そして勇樹の『線糸』で縛る。その上で、修羅が絞め技で 気絶させて、本物のロープで縛り付ける。勇樹の『線糸』は、ルールを解いた瞬間 に、消えてしまうからだ。しかし、見事に上手くいった。 「ナイス。3人共。」  私も、見惚れるくらいの手際だった。 「ま、兄貴と修行してるんだ。これくらい当然だぜ。」  グリードは、胸を張りながら言う。言ってる事と態度が違うわねー。 「ガリウロル柔道代表としては、これくらいは、せんとな。」  修羅は、柔道代表だったっけ。考えてみれば有名人よね。 「この『線糸』の実験台には、持って来いって所だな。」  勇樹は、自分のルールを確認している。彼女も模索中なのね。 「んじゃ、開けていくよ。」  勇樹は、手前の扉から綺麗に開けていく。さすがだ。手馴れて来ている。  私は、中を覗き込む。すると、焦点の合ってない目で、こちらを見る女性の姿が あった。・・・何よこれ・・・。 「・・・大丈夫か?」  修羅が声を掛けてくる。私の顔は、真っ青だったのかも知れない。 「しっかりしろよ。・・・まぁショックなのは、分かるけどよ。」  グリードにまで励まされる。悪態の一つでも、つきたい所だが、今は感謝する。 冷静な状態でなんか、居られる物か。これが・・・『3階』の女性達の末路?背筋 が凍った。私は、レイクに助けられなかったら、ああなっていたのかも、知れない。 「ゴメン。もう大丈夫。」  私は、気持ちを切り替える事にした。ティーエも、そうなってる可能性が高いの だ。だったら、尚更、助けなきゃ駄目だ。今度こそ、私が助けなきゃ駄目だ! 「・・・。」  勇樹も、悲痛な顔をしていた。いつもは男勝りでも、女性なのだ。だからこそ、 嫌悪感を、感じているのかも知れない。 「さっさと終わらせて、帰ろう。」  勇樹は、それだけ言うと、全部の扉を開けてくれた。 「そうね。ありがと。・・・しっかりしなきゃ!」  私は気合を入れると、次の扉を開ける。また、同じように私を見る女性が居た。 今度は大丈夫。・・・ティーエじゃない。次!!  ここも・・・違う・・・。となると、後は最後か・・・。 「ティー・・・!!!!」  私も予想は、ついていた。自分が逃げた事で、激昂している島主。その手引きを したとバレたのだろう。最上階に連れて行かれたティーエ。最上階は、島主の『お 気に入り部屋』。それは、ただ飼われるだけの、人生になるのだ。作業も、させて もらえない。・・・その代わり、男の相手を、させられるだけだ。  分かっていたつもりだった。でも・・・ボロクズのようにされながら、栗色の髪 が乱れているティーエを見た・・・。壮絶な姿だ。それでも、臭いだけは、しない。 と言う事は、風呂だけは、入るように厳命されているのだろう。 「何よこれ・・・何よ、これはあああああ!!!!」  私は、魂の奥底から、声を上げる。目の前が、怒りで真っ赤になった。 「殺したい!!今すぐ、アイツを殺したい!!!」  私は、本当に憎いと思った。ティーエは、その叫びに気が付いたのか、こっちを 見る。そして、笑い掛ける。 「ティーエ・・・。」  近寄る。ティーエが話し掛けてくれる。 「・・・次は・・・アンタなのかい?」  ティーエが発した言葉は、絶望的だった。私の事が、分かっていないのだ。 「うぅぅぅぅぅぅ!ゴメンなさい!!ゴメンなさい!!ティーエエエエエエエ!!」  私は涙が止まらなかった。ティーエを、こんな風にしたのは、私にも責任がある。 「・・・おい。ティーエさんに、これを着せろ。」  そう言って、服を持ってきたのは、グリードだった。 「んで、落ち着け。ここから、ティーエさんと一緒に、ここを脱出させられるのは、 お前しか居ないんだ。しっかりしろ!」  グリードは、真っ直ぐ私の目を見て言う。その目は、済まないと語っていた。 「・・・そう・・・ね。」  私は、グリードが拳を握り過ぎて、血を流してるのを見て、我に返る。誰もが怒 っている。だが、冷静にならなきゃ、ならないのだ。 「ティーエ。これを着て。」  私は、ティーエを立たせて、服を着せる。ティーエは、命令には良く従っていた。 その姿すら、私には痛かった。 「・・・おい。兄貴から、成功の知らせだ。」  グリードが、宝玉を見せる。向こうも用事が済んだらしいわね。よし。しっかり しなきゃ!私は、宝玉を握り締めると、青のサインを出す。 「うっ・・・。」  ティーエは、気を失う。どうやら、修羅が、当身をしてくれたようだ。 「私が背負う。ファリアさんは、脱出の用意をするんだ。」  修羅は、本来、私がするべき事を手早くやってくれた。本当に、頼もしい仲間達 だ。私は、この仲間と知り合えた事を、感謝した。 「絶対、成功させるわ。地下入り口の・・・あそこよね。」  私は、最初にレイク達と別れた場所を思い出して、『転移』を出す。  それに、皆、入っていった。私も入る。  そして、行き着いた先で、レイク達を見つける。巌慈さんが、ジェイルを背負っ ている。どうやら成功したようね。 「追っ手が来てる。頼むぞファリア!」  レイクが、何が起きたか聞く前に、私に頼んできた。その忙しさが、私には有難 かった。私は間髪入れずに、天神家への『転移』を開く。  確かに追っ手が迫っていた。皆が入ると同時に、私も入って、急いで『転移』の 扉を閉じる。どうやら、間に合ったらしい。・・・全員居る!! 「お!?おおお。成功したか?」  巌時さんが、周りを見て、天神家だと判断したのか、溜め息を吐く。  どうやら、皆、居る。大成功だ。・・・さすがにつ、疲れたわ・・・。  会場は、満席になっていた。いつもこの大会は、結構な人が集まるが、今年も例 外無く集まったようだ。『絶望の島』の島主の姿も確認した。これで安心だ。  私の目的は二つ。島主が、ここに来て最後まで興味を惹き付ける事。そして、姉 さんの分を引き受けて出たのだから、優勝する事。それには、優勝候補の筆頭であ るナイアさんを、超えなきゃならない。  私は、全てをナイアさんに教えた上で、ナイアさんに、全力でやって貰うように 頼んだ。姉さんは、全力で挑んで、勝利する事を望んでいた。代わりに出ているの だから、私が、それを望むのも当然だった。  それを伝えたら、ナイアさんは、顔を引き締めていた。 「私が前回の大会で、最も警戒したのは貴女なんです。前々回よりも、凄い成長を 感じました。その貴女が、睦月様の闘志を受け継いで、今までに無い全力で来られ る。その貴女に対して、私は全力を出さなければ、相手にも、なりません。」  ナイアさんは、そう言い切った。私の事は、過大評価だと思うが、ナイアさんが 全力で来てくれるなら、大歓迎だ。  島主の事は、もう忘れよう。彼は事が終わるまで、ここに居る事だろう。そして、 戻った時に、やられている事に気が付くだろう。今、集中すべきは、目の前のナイ アさん。私が天神家代表であり、藤堂 睦月の代理として出ている以上、無様に負 ける事は出来ない。 「さぁ、今年も、始まりました。全ソクトアご奉仕メイド大会!!」  アナウンスが入る。やっと開幕する。 「この大会は、メイドとしての適正、品格、仕事の全ての観点から見て、最も優れ ている者を、決める大会です!」  妙に力説されても困る。もう私は、後には引けないんだし。 「今年は、残念な事に、優勝候補の一人、天神家の仕事人こと、藤堂 睦月が不参 加なんですね。彼女は、非常に優れていただけに、惜しまれます。」  姉さんの事だ。やっぱ注目されてたんだな。 「そうなると、優勝請負人こと、9回連続優勝のナイアが圧倒的有利ですね。」  アナウンサーが、解説者に話を振る。 「どうでしょうか?私の情報では、藤堂 睦月が出られないのは、今年亡くなられ た天神 厳導さんの代わりに、家を守っているためだと聞いてます。そして、睦月 選手の跡を継ぐ才能とまで言わしめる選手が、居ます。」  ・・・何だか、恥ずかしい解説をする。 「睦月選手の実の妹である藤堂 葉月ですね。彼女は、去年3位でしたね。」  皆こっちを見る。注目されてる・・・。でも私は姉さんの代わり。だから堂々と していよう。みっともない真似は、出来ない。 「彼女は、一昨年に7位、去年は、睦月選手に迫るくらいの3位だったんですよ。 この大会が、3度目とはいえ、優勝候補と言っても、過言では無いでしょう。」  ・・・そうだったのか。私は、姉さんとの開きは大きいと思っていた。でも迫っ ていたのか。でも、姉さんの壁は、大きかった。私だけは知っている。姉さんは、 メイドとしての仕事だけじゃない。色んな仕事を兼任している。その中で、ナイア さんに迫る仕事をしている。そして、大会での仕事振りは、完璧だった。 「しかも驚く事に、あの睦月選手が、『妹が負けたのなら、私が負けたと思っても らっても構わない。』と書いた手紙を、送っているんです。」  姉さんたら、大会に、そんな手紙まで渡しているとは・・・。 「それは凄い信頼ですね。これは注目です。」  すっごい注目されてる・・・。でも、それで良い。緊張が保てると言う物。私は、 天神家の代表だもの。負けられない! 「葉月様。私は、この大会を10連覇で終えて、花を添えるつもりで居ます。手加 減は致しません。それが、睦月様に対しての、礼儀にも、なるんですよね。」  ナイアさんは、本気で来ると約束してくれた。その本気のナイアさんを倒す。私 に、出来るんだろうか? 「応援してくれる人が居るんです。その人達のために、私は勝ちます。」  気迫だけでも、伝えなきゃならない。姉さんは、いつも気合十分で臨んでいた。 「それでは!第1試験!ベッドメイク!始め!!」  第1試験、基本であるベッドメイク。速さと綺麗さがポイントだ。私は、ここで 姉さんに教わった全ての技を、見せなくては!ぐちゃぐちゃのベッドの上を、ポイ ントを見つけて直す。枕の位置、布団の位置、そして、シミが付いている所は、シ ミ抜きで落とすのだが、ここで一工夫。布団の端を、ベッドの狭間に入れて、布団 を広げる。そこでシミの付いた所を一気に落とす。そのまま、要点をドライアーで 乾かす。その時間、僅か2分。そして、シワが出来ないように、端を引っ張りつつ、 布団を思いっ切り回転させる。敷布団が用意出来た所で、回転している掛け布団を 掴むと、そのまま、柔らかく仕上げる。完璧だ! 「おおっと!!ここでフィニッシュ!!凄い!タイムは5分29秒!!」  アナウンスが流れる。・・・そうだ。ナイアさんは?終わってる!?負けた!? 「凄いですね。藤堂 葉月選手、ナイア選手共に、同タイムです。」  脇目も振らずにやっていたが、同じタイムだったとは・・・。 「仕上がりは、どちらも完璧!素晴らしい!」  ナイアさんのを見る。私のより、少し丸みを帯びている感じだ。これは、これで 綺麗だなぁ。私のは、全てを、ピッタリに合わせてある。 「これは・・・両者共に満点!!文句無し!」  私とナイアさんは、早速2回戦の出場を決める。  行ける・・・。今までは、どこか届かなかったけど、今回は違う!  伝記のオアシスとも言われている『聖亭』。女将のファン=レイホウの懐の深さ が、魅力だと伝記にも書いてあった。今なら分かる。このアットホームな雰囲気。 この心地良さに、皆は惹かれるんだろう。私も、惹かれつつある。だが、私は手伝 っている以上、皆に、惹かれさせなきゃならない。  私の仕事は、主に料理と運搬と、この頃、名物になりつつある演奏だ。ピアノが、 かなり受けている。これは意外だった。天神家の当主として、皆に聞いてもらうの は、レベルアップとして役立つ。私のピアノが目に付いたのか、旅の音楽一家が、 立ち寄った時は、ちょっとした演奏会になっていた。その時に、バイオリンやリュ ート、竪琴などもあったので、全て完璧に弾いて見せたら驚かれたっけ。多芸なの も、たまには役立つ物だ。しかし、さすが伝記の中に出てきた有名な音楽家よね。 稀代最高の音楽家レルロードのフルートは、凄い物があったわ。私も、フルートを やらせてもらったけど、あの出来には、敵わなかった。  それにしても、噂なんて言うのは、結構、限られている物ね。今の話題は、ルク トリアとプサグルの模擬戦の事ばかり。中でも、新鋭ライルの噂と、プサグルの不 穏な噂は多いわね。どうなるかは、私は知っているだけに、興味が薄い。  気になるのは・・・パーズの人集めの話しかしらね。パーズ王のショウ=ウィバ ーン=トリサイルが、極秘裏に人集めをしているとの噂だ。しかも、捜しているの が、ガリウロル人だと言うのだから引っ掛かる。こんな動き、伝記を見た限りじゃ 知らないし、妙だ。私達の内の誰かが、頼んだ可能性があるのでは無いか?と見て いる。しかし、王を動かす程だとすると、よっぽど信頼されなくちゃならない筈。  ま、考えても仕方無いか。手掛かりの一つに、するしかないわよね。 「恵サン!今日は、コレで最後だヨ!」  レイホウさんが、食事を持ってくる。さすがに美味しそうな大皿だ。 「っと。6番テーブルね。」  私は、大皿だが、片手でバランスを取って、優雅に置いてみせる。 「さすが、恵さんだなー!」  客から拍手が、起きる。悪くない。 「フフフ。良く味わって食べる事です。」  私は、客に応える形で退場する。 「イヤー。恵サン人気者だネ。助かるヨ。」  レイホウさんは、楽しそうにしていた。  やがて、客が引いていく。食事が終われば、帳簿付けだ。後は、宿泊客しか残ら ない。帳簿は、レイホウさんが管理している。その間に、手早く片付けを済ませて、 繊一郎さんと手合わせをする。これが思いの他、役に立っている。 「今日は、6対4で、拙者の勝ちで御座るな!」  繊一郎さんは、本気でやってくれる。そうでなきゃ、手合わせにならないと言っ ていた。私としても、レベルアップのためだ。大歓迎である。 「トータルでは、まだ私の方が、上でしてよ?」  毎日10本ずつ手合わせして、勝敗を競っている。繊一郎さんは、私が働いてい る間に、諜報活動をしていて、手合わせの時間に帰ってくる。その情報が結構、役 に立っている。パーズでの噂も、繊一郎さんからの口コミだ。 「終わったヨ!後は、店仕舞いネ。」  レイホウさんが声を掛けてくる。これで、忙しい一日が終わる。  ・・・しかし・・・。私は、帰れるのかしらね。不安になる。兄様は、居るのだ ろうか?江里香先輩も、居るのだろうか?・・・俊男さんも、居るのだろうか?私 一人が、この時代に飛ばされたんだとしたら、打開策を見つけるのは困難だ。 「・・・ん?お客さんカ?」  レイホウさんが、扉をノックする音を聞く。 「悪いけど、今日は、もう店仕舞いにする所ヨ?」  レイホウさんが、断りを入れようとする。 「あー・・・。夜分遅くです物ね。申し訳ありません。」  ・・・?こ、この声・・・。あれ?ま、まさか!! 「んー。どうしてもと言うなら、仕方無いヨ。」  レイホウさんと話している男性を見る。・・・見間違い!?見間違いじゃない! 「と、俊男さん!?」  私は、思わず口にする。 「・・・ああああ!!恵さん!!恵さんじゃないか!!」  向こうも、相当に驚いているのだろう。開いた口が、塞がらないようだ。 「・・・知り合いカ?」  レイホウさんは、私と俊男さんを見比べる。 「ええ。ガリウロルの友人です。ハァ・・・肩の力が、抜けそうですわ。」  私は、安堵の余り、力が抜けて椅子に座った。俊男さんが居た・・・って事は、 兄様や江里香先輩も、居る可能性が高い。 「うーむ。恵殿の親友で御座るな。いやはや。」  繊一郎さんは、唸りながら、俊男さんを見る。 「ビックリしたよ。何かの情報が掴めれば良いって思って、パーズから来たんだけ どさ。いきなり、恵さんに会えるだなんて、思わなかったよ。」  ・・・なるほど。パーズのお触れを頼んだのは、俊男さんだったのね。 「ふふっ。私も、不意を突かれましてよ?」  私は余裕ある振りをする。だが、内心は、とても喜んでいた。 「恵サンの友人なら、泊めない訳には、いかないネ!」  レイホウさんは、頷きながら、俊男さんの方を見る。 「あ、ありがとう御座います!いやー。今日は、野宿かと思いましたからねー。」  まぁ、野宿は嫌ですわね。 「俊男殿と言われたか・・・お主、何か武術を、心得てるので御座るか?」  繊一郎さんが、鋭い目付きで俊男さんを見る。相変わらず、強さに関しては、抜 け目が無い人だ。俊男さんの強さを、逸早く見抜いている。 「あ。パーズ拳法の免許皆伝を、戴いてます。」  俊男さんは、そう言うと、パーズ拳法の一礼をしてみせる。 「なる程!それは素晴らしき事。是非、この榊 繊一郎と、手合わせ願いたい!」  繊一郎さんも、結構好きよね。この人は、強くなりたいと言う心に、際限が無い。 「貴方が榊 繊一郎さんですか!?それは凄い!是非、こちらからもお願いします!」  ・・・俊男さんも、修練好きだったもんねー。 「俊男殿は、話せますな!拙者、楽しみになってきましたぞ!」  盛り上がってるなー。さすがは、修練好き。兄様とも、良い勝負よね。 「好きよねー。ま、私も人の事言えた物じゃ、ありませんけどね。」  私も、強くなるのは大歓迎だ。  俊男さんが、チェックインしたようだ。それを見たレイホウさんが、私と俊男さ んと、繊一郎さんを呼ぶ。どうしたんだろう? 「繊一郎。これをみてヨ。」  レイホウさんは、台帳を見せる。すると、繊一郎さんは、何かに気が付く。 「俊男さん。何か、特別な事でもしました?」 「い、いや?名前を書いただけだと思ったけど?」  俊男さんにも、不審な点は思い当たらないらしい。 「む・・・。俊男殿は、島山と言う苗字で御座るか。・・・何者で御座るか?ガリ ウロルに島山と言う苗字は、存在して御座らぬぞ?」  そうか!島山と言う苗字は、この時代には、まだ存在していないのか!繊一郎さ んは、榊家の頭領だから、ガリウロルの事については、知らない事は、ほぼ無い。 「恵さん。僕達の事情を、話してなかったの?」  俊男さんは、事情を話してなかったのか?と目で問い掛けてきた。こう言うから には、パーズでは、話してきたと言う事か。 「だって・・・私達の事を言って、頭がおかしいと、思われないかしら?」 「恵さんらしくないよ!真実は、一つしか無いんだから、順を追って説明しなきゃ、 相手だって、納得してくれないでしょ?」  俊男さんの目付きは真剣だった。・・・私とした事が・・・目が曇っていたかな。 この時代の人の事を、侮っていたかも知れない。 「やはり、何か訳が、ありそうで御座るな。」  繊一郎さんは、私が名乗った時に、薄々気が付いていたのかも知れない。 「何か悩んでたのは知ってたヨ。そろそろ、話してくれても良いんじゃないカ?」  レイホウさんは、優しげな目で見てくれる。ああ。私ったら・・・自己嫌悪しそ うだわ。こんな人達に黙ってるなんて、罪深い事よね。 「ごめんなさい。結構、突飛な事だったから・・・。説明し切る自信が、無かった だけですわ。誠意ある対応じゃ、無かったですわね。」  私は開き直る。全部、話してみよう。この人達なら・・・信じてくれる。 「では、お話しましょう。私たちの経緯を・・・。」  私は、順を追って説明した。まず、私達が未来から来た事。それは、私と兄様と 俊男さんと江里香先輩の4人だって事。そして、飛ばされた訳は、時を操る敵と出 会ったからだと言う事。今は、打開策を考え中だって事。そして、私達の自己紹介 を含めて、話した。最初こそ驚いていた物の、順を追って説明する内に、理解して きたようだ。 「あの場所で倒れていた所から、変だとは、思っていたので御座る。」 「私は、恵サンの服を見たときに気付いたネ。この時代の服とは思えなかったから ネ。あんな上等な洋服を、ガリウロル人の恵サンが着ていたんだからネ。」  なる程。結構、観察されてたんだな。怪しいと思われて当然か。 「パーズ王、ショウ=ウィバーン=トリサイルにも話しました。ショウさんは、僕 達の身の上を理解した上で、捜す事に協力してくれました。」  俊男さんは、最初から私達を、全力で探す気だったのね。負けたわ。 「そうなると・・・拙者達の事を、最初から知ってたってのも・・・文献か何かに 残っていたと言う事で御座ろうか?」  繊一郎さんは考える。本当は、私達の時代では、余りにも有名な伝記に、書かれ ているのだが、これは、言う訳には、いかない。 「ハハッ。この『聖亭』も残ってるって事かもネ。安心したヨ。」  レイホウさんも、気が付いたようだ。私は最初から『聖亭』の事は、知っている 様子を見せていたからね。 「しかし、1000年か。今の拙者達にとっては、途方も無い未来で御座る。」  繊一郎さんが、考えている。繊一郎さんが言った事は、総意でもあるだろう。 「しかし、どうやって戻るので御座るか?」  それが問題だ。見当も付かない。 「まだ全然、見当も付かない。だから、兄様や江里香先輩に会っておきたいのよね。」  まずは集まる事で、何かを得られるかも知れない。 「難しい物ネ。でも、恵サンなら、大丈夫ヨ。」  何だか、レイホウさんに励まされた。 「この1週間余りで、貴女を見てきたネ。貴女は優しくて、行動力があって、強く て、何よりも状況判断に優れた人だヨ。その貴女が、一生懸命になって出来ない事 なんて無いヨ。私は、勝手にそう思ってるヨ?」  レイホウさんは、嬉しい事を言ってくれる。あれこれ考え過ぎなのも、私の悪い 癖なのかも、知れないわね。 「その意見は、拙者も同じで御座る。恵殿程の女傑は、知り申さん。」  女傑って・・・。まぁ褒められてるので、悪い気分じゃないけど・・・。 「さすが恵さん!僕達の時代でも、瞬君と恵さんは、誰よりも慕われてます!」  俊男君も、オーバーね。まぁ兄様が慕われてるのは、分かるけど。 「んもう。過剰表現よ。ま、期待には、応えますけどね。」  私の性格上、期待に応えないのは、天神家の当主として許せない。 「人捜しなら、私も協力するヨ。今週の売り上げは、今までに無い位だったから、 そのお礼ヨ。」  レイホウさんは、にっこり笑う。 「拙者も協力しよう。恵殿や俊男殿が心酔する、天神 瞬を、この目で拝見したく 存ずる。どれ程の器なのか、見極めたいで御座る。」  繊一郎さんは、兄様の器を確かめたいようだ。兄様は、並みの器じゃない。 「本当に、有難いですわ。それじゃ、頼らせてもらいますね。」  好意を受けないと言うのも、感じが悪いですしね。何より情報収集と言う点では、 レイホウさんの顔が広いと言う点と、繊一郎さんの諜報能力は、頼れる所だ。 「じゃ、俊男サン。今日から、ここに泊まるのネ?」 「はい!宜しくお願いします!」  俊男さんは、迷わず答える。まぁ当然か。 「幸い、パーズから資金面では援助してくれてるんで、何らかの手がかりを見つけ るまで、滞在しようと思ってます。」  随分と信用されたものね。俊男さんも、やるわねー。 「これは、大口ネ。こちらとしても幸運ヨ。」  レイホウさんは、思わず拳を握る。まぁ気持ちが、分からなくも無いですけど。 「では、拙者は、ルクトリアの情報を集めてくるで御座る。ストリウスとパーズに 関しては、恵殿と俊男殿の方が、詳しいで御座るしな。」  なるほど。考えてみれば、私がストリウスで俊男さんがパーズって事は、兄様や 江里香先輩は、他の国の可能性が高い。となれば、人が多いルクトリアを調べるの は、当然かしらね。軍事大国の頃のルクトリアは、凄かったらしいですし。  しかし俊男さんに出会えるなんて幸運ね。この調子で、江里香先輩や兄様に会え ると良いんですけどね。特に、兄様は何をやってらっしゃるのかしら?空回りが多 い人だから、変な事に、巻き込まれてなけりゃ、良いんですけどね。  俺がここに来て、2週間になろうとしていた。この頃は、俺がハイム家で手伝い している事も知れ渡ったのか、気さくに声を掛けてくれる人も、少なくなかった。  ジルさんも奥さんのティアラさんも、俺には良くしてくれている。だが一方で、 俺は、手掛かりを見つけなきゃいけなかった。そのためには、境遇を理解してくれ る仲間が欲しい。やはり、飛ばされた3人の事が気になる。噂などにも、かなり耳 を傾けているのだが、決め手に欠けるのだ。  一番、気になるのは、パーズで人捜しをしているって噂かな。ガリウロル人を捜 してるって噂だし、妙に気になるのは、確かだ。だが結構、大規模らしいので、真 実味に欠ける。こんな短期間で、パーズのお触れが出せるレベルまで潜り込んだっ てのも、信じ難い。だが、気になる事は、確かだ。  しばらくすると、ジルさんが帰ってきた。ティアラさんは、サイジン君を抱いて 下に降りてきた。 「・・・帰ったぞ。」  ジルさんは、俺とティアラさんの顔を見て、笑みを見せながら帰ってきた。 「・・・貴方?元気が、ありませんね。」  ティアラさんが、心配そうに声を掛ける。言われてみれば、余り表情が冴えない。 「そうかい?疲れが出ていたのかもな。・・・瞬。そろそろ現実味を帯びてきたぞ?」  ジルさんは、自虐的に言う。それで分かってしまった。今日、実際に聞かされた のだ。ルクトリアに勝つ、必勝の方法をだ。そして、それが、どれだけおぞましい 事であるか、そして、その事が、決定した事がだろう。模造剣に対して、真剣で戦 う。そんなの、勝負ですらない。一方的な、平和条約の破棄を言い渡されたのだ。 「俺、ちょっとサイジン君と、遊んできますね。」  俺は、席を外そうとしたが、ジルさんは、首を横に振る。 「ティアラ。そして瞬。サイジンも理解出来ないだろうが、聞かせる事がある。」  ジルさんは、今日、プサグル王から言われた事を話した。  その会議は、とても荒れた。当然である。一方的な虐殺を命じられたような物で ある。そんな事、人間であれば、誰でも躊躇う所業だ。歴史に残るであろう悪行だ った。それは騎士である彼らにとっても、耐え難い物だったのだろう。  特に『荒龍』の異名を持つドルさんこと、ドランドル=サミルと、暗黒騎士と呼 ばれたグラウドさんは、反対したのだと言う。この二人は、後にルクトリアに加わ る。今から考えれば、この時に、既に予兆はあったのだろう。 「だが、王命は絶対だ・・・私は、違える訳には行かぬ。」  ジルさんは、苦悩の表情で言う。 「・・・私は貴方の妻です。貴方が、例え汚名に包まれようとも、それに従います。」  ティアラさんは淀みなく答えた。・・・凄い人だ。ジルさんに、どこまでも付い て行く。その覚悟が無ければ、言えない台詞だった。 「お前の言葉は嬉しい。だが、それは許さぬ。」  ジルさんは、有無を言わせない目をしていた。 「どうしてですか?私は、覚悟が出来ております!」  ティアラさんは、病弱だが、芯が強い人だった。 「私が今から歩む道は、羅刹の道。サイジンに、その苦労を背負わせたく無いのだ!」  ジルさんは、サイジン君の事を言う。 「貴方は・・・ズルイ。サイジンの事を言われたら、私は、何も言えません。」  ティアラさんにとって、サイジン君は、病弱な自分が、やっと産んだ子だ。幸い、 サイジン君は、天性の病気などは、どこにもない。幸せな道は開かれている。しか し、残酷な物である。このままでは、茨の道を歩む事になる。 「既に兵士達には、家族を安全な場所に、隠すように言ってある。君もそれに従い なさい。・・・瞬。頼んだぞ?」  ジルさんは、こっちを向く。俺は首を縦に振る。そのための俺だ。 「でも・・・どこに?」  ティアラさんも、頭の切り替えは早い。目的地の事を聞いてきた。 「丁度、決戦の地の南に修道院がある。そこは、平和的な土地だったと聞いている。 そこに行くが良い。・・・ティアラも、そこなら安心だろう?」  修道院か・・・。皮肉な物だ。あそこは襲われる予定の筈だ。だが、俺は、他に 安全な所を知らない。仕方が無い。修道院までは、付き添って、何とかするしかな いな。何か情報を貰えれば良いんだが・・・。 「明日は、もう出陣だ。早速だが、今日から出発出来るか?」  ジルさんは、申し訳無さそうに言う。時間が無いからだろう。手遅れになってし まっては、駄目だ。 「私は、貴方が話してくれた時から、覚悟は出来ています。」  ティアラさんは、今から行く事に対して、不満は無いようだ。 「俺も大丈夫です。早速、荷造りします。」  俺は、必要な物を纏める事にする。ティアラさんは、自分の荷物。俺は自分の荷 物など、ほとんど無いので、旅に必要な物を纏める。  荷物は、思ったより早く纏まった。これなら馬車の座席に乗るくらいだ。 「よし。馬車は、さっき手配した。準備は良いな?」  ジルさんは、テキパキと用意している。別れが惜しくない訳じゃない。だが、覚 悟が決まっている分、モタモタしたくないのだ。 「サイジンを頼む。最後まで、諦めないでくれ。」  ジルさんは、ティアラさんの肩を抱きすくめると、口付けを交わす。 「なら、貴方も約束して下さい。最後まで、生き残る事を諦めない・・・って。」  ティアラさんは、ジルさんを戦場に送る覚悟はある。だが、喜んで死に急ぐ真似 はするなと、言っているのだ。 「手厳しいな。分かった。約束しよう。」  ジルさんは迷いなく頷く。それを見て、ティアラさんは安心したのか、外に出る。  すると、ティアラさんの動きが止まる。反射的に、サイジン君を庇う。 「警戒された物だな。」  この声は・・・グラウドさん。 「いきなり玄関口に立つ奴が、居るからだろう?全く。」  この声は『炎』のバグゼルこと、バルさんだった。 「うるせぇーな。俺は、コソコソするのは、嫌いなんだよ。」  この声は、『荒龍』のドランドルこと、ドルさんだ。 「グラウドにバル。それにドル。どうした?」  ジルさんも警戒する。この3人とは、何度か手合わせしているが、3人共来たと 言うのは、記憶に無い。 「あのな。俺達は、取って食おうって訳じゃあねぇ。挨拶に来たんだよ。」  ドルさんは、一歩下がって、バツが悪そうにしていた。 「ジルが、家族想いなのは、知ってたからな。どうせ、こんな事だろうと、思って たよ。サイジン君も、生まれたばかりだしな。」  バルさんは、サイジン君を撫でながら、笑みを見せる。 「俺達に黙っているなんて、釈然としないぞ。」  グラウドさんは、顰めっ面を見せる。 「ま、間に合って良かったぜ。ほれ。」  ドルさんは、袋を俺に渡す。 「旅の途中に必要な金だ。俺達3人の気持ちだ。受け取りな。」 「護衛も付けようかと思ったけど、私達より、強い者が護衛をするんだ。余り居て は、却って足手纏いになるからな。」 「旦那より、強い護衛だからな。」  3人は、笑い飛ばす。反対にジルさんは、困った顔になった。 「3人共・・・私は、この戦争に対して不信感を持っているのだぞ?良いのか?」  不信感が無ければ、ティアラさんを旅立たせる訳が無い。つまり、ジルさんは、 王に従う姿勢ながらも、この戦争の方針は、間違っていると感じていたのだ。 「バーカ。そう言う姿勢だから、金を預けたんだよ。誰が、このやり方が正しいと 思ってんだ?冗談じゃねーぜ。」  ドルさんは、ジルさんが、不信感を持っているからこそ、自分達と同じ考えだと 言う事で、信用して、金を渡す事にしたのだ。 「納得行かない戦いでも、やらなきゃ行けない時がある。だが、不必要に巻き込む 必要は無いって事だ。」  バルさんは、今回の戦いの、覚悟を決めているようだ。 「俺も、まだ納得した訳じゃない。けど、今回の一戦は、奴に会うため、参加する さ。決着を付けなきゃならん。」  グラウドさんは、指を鳴らした。ライルさんの事だろう。グラウドさんとライル さんは、この戦いが切っ掛けで、友情を深めたと文献にある。 「俺は、ハッキリ言ってムカついてる。騎士としての、最低限の誇りすらねぇよ。 この戦いは。だが、だからって、職場放棄する訳にもいかねぇ。やってられねーよ。」  ドルさんは吐き捨てる。元々、正々堂々とした戦いが好みな、ドルさんだ。今回 の戦いには、どうしても、納得出来ないのだろう。 「このような戦いに、ティアラのような人が巻き込まれちゃ駄目だ。俺達は、そう 思ってるからこそ、金を出し合ったんだ。分かってるな?」  グラウドさんは、念を押す。その笑みは、暖かかった。 「貴方達の想いは、分かりました。・・・夫をお願いします。」  ティアラさんは、ジルさんの事を皆に頼む。 「さぁ、行って来い。道中は、頼んだぞ?瞬。」  ジルさんは、俺と握手をする。その握手は、凄く重みを感じた。 「分かりました。俺の空手の誇りを懸けて、護ります。」  俺は、ジルさんに誓う。とは言え、修道院は、確か危険だった筈だ。行ったら、 修道院の人達にも知らせつつ、退避しなければならない。 「よっしゃ。気合入れろよ?瞬!」 「フッ。油断しなければ、彼は大丈夫だ。」 「そうだな。俺達より強いような、化けもんだからな。」  ドルさん、バルさん、グラウドさんにも声を掛けられて、馬車に乗り込んだ。 「じゃ、発進して下さい。」  俺は、馬車の運転手に声を掛ける。すると、馬車は、ゆっくり動き出した。  これからが、俺の闘いの始まりにも、なるな。 「瞬さん。・・・貴方、こうなる事を知ってましたね?」  ティアラさんが、声を掛けてきた。 「・・・はい。失礼ながら、全て分かってました。」  俺は、嘘を吐けない。吐いても、この人は看破してくる。 「夫の様子を見ても、全てを知った上で、貴方に任せてた感じでした。何者ですか?」  ティアラさんは、今を受け入れるために、俺の正体を聞いてきている。  もう潮時かも知れない。言わなきゃ駄目だな。 「俺は・・・この時代で言う所の、未来から来ました。」  俺は、ティアラさんに聞かせる。1000年後の未来から飛ばされてきた事。そして、 時を操る敵にやられた事。それが原因で、この時代に流れ込んできた事。後は、俺 の仲間である、妹の恵。親友の俊男、そして、大事な先輩の江里香先輩の事をだ。 「・・・なるほどね。貴方は、この時代の顛末を知っていたのね。」  ティアラさんは、プサグルが真剣を使う事を聞いた時の、俺の様子を覚えていた のだろう。俺は、やっぱりと言う顔をしていたに、違いない。 「夫には、その事を話したの?」 「勿論です。その上で、ジルさんなら止められる筈だって言いました。でも、聞き 入れられませんでしたよ。信念に従うのが、騎士だって・・・。」  俺は、無念だった。歴史を変える事になるかも知れなかったけど、止めたかった。 悲劇を回避出来るなら・・・と思った。 「あの人は、信念を揺るがす人じゃない。仕方が無いわ。・・・で、修道院と言う のも、実は、安全じゃないんでしょ?」  ティアラさんは、驚くべき事を言った。何故、知っているのだろう? 「そんな驚く事じゃないわ。貴方の反応見てたら、分かったのよ。修道院に行く事 を、あの人が話した時の貴方の反応が、緊張してたから、もしや?と思ったのよ。」  やっぱ、俺って、顔に出るのかな・・・。 「それでも行くって事は・・・修道院の人も、助けようって言うんでしょ?」 「・・・俺って、やっぱ分かり易いですか?」  何だか、何もかも、読まれてるような気がしてきた。 「とってもね。素直で良い事よ?」  ううう。余り嬉しくない。散々、恵や江里香先輩にも言われてるしな。  これからの道中どうなるか、心配になってきたぜ。  本当に疲れたとは、この事なのだろう。何個か夢を見た。懐かしいな。ジェイル と初めて会った時の夢か。俺の紹介を聞いて、ビックリしてたっけ。そして俺が、 いつから島に居るのか聞いてきたな。俺が答えてやると、本当か?って、疑って掛 かってたな。それから、稽古を付けてもらったな。最初の方こそ、ジェイルにあし らわれてた物の、すぐに俺の方が、強くなったっけ。その時に、凄く嬉しそうな顔 をしてたのを、俺は忘れない。ジェイルは、抗争で、仲間を失った事を話してくれ た。その事を誰よりも悔やんでいた。自分の勝手な行いで、何人も、殺してしまっ たと言っていた。  俺と出会ってからのジェイルは、凄く充実していたと話してくれた。俺は、そう 言われるのが嬉しくて、仕方が無かったな。首筋が痒くなるとか言っておきながら、 本当は、嬉しかった。・・・そのジェイルが死んだと思った・・・。俺達を助ける 時、ジェイルは、最期まで笑っていた。だから、余計に辛かった。 「レイク・・・。また貴方に、助けられましたね。」  そう。こんな感じで、いつも笑ってたよな。あの時も。 「寝惚けてるのですか?変わりませんね。」  ・・・って!?うおっ!! 「ジェ、ジェイル!!?」  俺は、周りを見る。すると、心配そうに覗き込んでいるジェイル、睦月さんに、 葉月さん。そして、今日、助けに行ったメンバーが、全員休めるような部屋に、寝 かされていた事に気が付いた。今日行ったメンバーは、まだバタンキューだ。そう か。俺達は、成功したんだっけか。 「気が付いたようですね。」  この声は・・・。 「ジェイル!大丈夫なのか?痛い所は無いのか!?」  俺は、目の前の光景が信じられない。あのジェイルが居る。死んだと思っていた。 あのまま、最期になったと思っていた。 「痛い所が、無い訳ないでしょう?でも、命に別状は無いようですよ?」  ジェイルは、包帯だらけの体を見せる。 「本当は、寝かせたい所です。でも、一番ダメージを受けた脳の回復のために、起 きてもらってるんですよ。」  睦月さんが、説明する。どうやら応急処置をしてくれたらしい。 「今日の事は聞いた。無茶をする。お前達らしいと言えば、それまでだがな。」  この声は・・・シャドゥさん。シャドゥさんまで、居たとはね。 「私なんて、気が気じゃ無かったんですよ。」  ナイアさんも居た。どうやら知らされて、ここに飛んできたのだろう。 「んー・・・あれ?・・・あー・・・。」  騒がしかったので、ファリアも、起きたようだ。 「ファリア。ご苦労さんでしたね。」  ジェイルが、優しく声をかける。 「おー。ジェイル。・・・本当に、貴方よね?」  ファリアは、ジト目をする。 「足も付いてますよ?お蔭様で、ここに居ます。」  ジェイルは明るく言う。でも、脳にダメージを受けたと言っていた。相当、きつ い筈だ。それを出さないように、しているのだろう。 「体の方は、驚異的な生命力の向上のおかげで、ほぼ無傷でした。だけど、自律神 経が、結構なダメージを負っていたので、すぐに手術しました。今は、安定してま すけど、投薬は、忘れないようにして下さい。」  睦月さんは説明する。なる程。睦月さんは、医者の免許も持ってるんだった。そ れにしても、ジェイルが無事で・・・良かった。 「ここに来るまでの話を聞きました。レイクは、幸運の神様が付いてるのかも知れ ませんね。私ですら、驚くような事ばかり経験したようですし。」  ジェイルは、俺達の経緯を、全て聞いているようだ。 「今は、実際に、中に一人、神様なら居るよ。」  今は、ゼーダさんが居るのだ。 (目を覚ましたようだな。)  ゼーダさんにも、心配を掛けましたね。 (フッ。瞬の頃から、無茶には慣れてるさ。)  そうでしたね。瞬も、かなりの無茶をしてましたからね。 「あ。そう言えば・・・ティーエは?」  ファリアが、ティーエさんの事を思い出す。 「彼女は、別室です。」  睦月さんは、それしか言わなかった。 「・・・大丈夫なの?」  ファリアは鋭い。睦月さんは、どこに居るかしか喋らなかったが、その声が、硬 かったのを見逃さなかったのだ。 「命に別状はありません。しかし・・・今は、会わせられません。」  睦月さんは、首を振る。 「今のティーエ様の状態を、ティーエ様自身が、見せたくないと、思うに違いあり ません。ティーエ様の事を思うのなら、ご自制下さい。」  睦月さんは、お願いする。ティーエさんは、かなり酷い状態で見つかったらしい。 「・・・ティーエ・・・。お礼を言いたいのに・・・。」  ファリアは、多少ショックを受けていたが、聞き分けが無い訳じゃない。睦月さ んが、駄目だと言うのだ。それは、ティーエさんの状態を悪くし兼ねないから、警 告しているのだ。それが分かってるから、駄々を捏ねたりは、しない。 「お任せ出来るわね?」  その代わり、ファリアは、キッチリ念を押す。 「それなんだが・・・。」  ここでジェイルが、口を開く。何か考えがあるらしい。 「私に、ティーエさんを一任出来ませんか?」  ジェイルは、睦月さんに問う。 「彼女の状態は、思わしくないのです。」  睦月さんは、当然拒否する。 「そんな事は知っています。その上で、頼んでいるのです。私は、ああなった後の 彼女を知っています。彼女は、ああなった後でも、私の身の回りの世話を、してく れました。その献身に、私は、応えなければならない。」  ジェイルは、ほぼ植物状態だった。そのジェイルを、献身的に介護したのは、他 でも無いティーエさんだったのだ。ジェイルが、脳の奥底で理性を残せたのは、そ のおかげだと言う。・・・ティーエさんは、酷い仕打ちの中でもジェイルを・・・。 「・・・分かりました。肉体的な治療は、私がやります。ジェイルさんには、精神 的な治療を、やってもらう事にします。」  睦月さんは了承する。その役目に一番相応しいのは、ジェイルだと判断したのだ ろう。ジェイルの真摯な頼みを見て、この人なら・・・と思ったのだろう。 「ジェイル、それなら、私も・・・。」  ファリアは、自分の手で、手伝いたいのだろう。 「駄目です。ファリアは、大事な仕事があるでしょう?ここに居ない恩人達の、救 出がね。私は、その人達にこそ、感謝を伝えなきゃいけない。」  ジェイルは、まだ見ぬ、ここの主、天神 恵に感謝を伝えたいと言っているのだ。 「分かったわよ。ティーエの事は、頼んだわよ?」  ファリアは、納得まではしてないだろうが、ジェイルを信じて、任せる事にした。 「良いリハビリ運動にもなります。任せて下さい。」  ジェイルは、ニッコリ笑う。本気で、そう思ってそうだな。 「・・・あ・・・。おお?」  グリードが、目を覚ましたようだ。 「天神家か・・・。・・・あ・・・。」  エイディも、目が覚めたようだな。気が付くと、ジェイルの所に向かう。 「・・・ゆ・・・夢じゃねぇんだよな!」 「ジェイル・・・。本当に、ジェイルなんだな!?」  グリードもエイディも、興奮しているようだ。 「皆、同じ事を聞きますね。貴方達には、感謝してますよ。最も、まだ万全じゃあ りませんけどね。」  ジェイルは、拳を握ってみせる。だが、まだ弱々しい。仕方無い事だ。 「これで・・・全員揃った!!俺、嬉し過ぎて、どうかしちまいそうだよ!!」  グリードは、感激して、涙を流している。 「ジェイル・・・。あの時、お前を見捨てた俺を、許してくれ・・・。」  エイディは、『絶望の島』を出た時の事を、言っているのだろう。あの時、ジェ イルが乗り込めないと判断して、樽を発進させたのは、エイディだったな。 「エイディ。私は、あそこで死んでしまったとしても、貴方を・・・そして、貴方 達全員を、責めたりする物ですか。・・・あの判断は、正しかったと私は信じてい ます。自分を責めるのは、止めなさい。」  ジェイルなら・・・こう言うと思っていた。でも皆、あの時の光景が苦し過ぎて 自分を責めていたのだ。エイディだけじゃない。俺も、グリードも、ファリアもだ。 でも言葉にされると、余計に泣けてくる。 「困った泣き虫さん達ですねぇ。・・・過去の事を、悔やむのは止めなさい。現状 を理解して、前に進む事を、目指すのです。」  泣くなと言う方が無理だ。ジェイルは、俺達の兄貴であり、親父であった。そん なジェイルが帰ってきたんだ。こんな嬉しい事は無い。 「ジェイル!・・・今度こそ、俺達の人生を、始めよう!」  俺は、泣きながら、ジェイルに誓う。 「これから・・・そう。これからなんだから!人生は!」  ファリアも、感極まって、泣いている。 「大事な方だったんですね。本当に良かった・・・。」  葉月さんは、嬉しそうに笑う。 「あ。そう言えば・・・葉月さん。結果は?」  俺は、涙を拭いながら、葉月さんに大会の結果を聞いてみた。 「ナイアさんは、前人未到の、10連覇を成し遂げられました。」  葉月さんは、結果を報告する。さすがナイアさんだ。 「じゃぁ、葉月さんは・・・2位?」  2位だって凄い事だ。ソクトア中で2位なのだ。 「2位では、ありませんでした・・・。」  ええ!?葉月さんは、2位すら逃したというのか!? 「手を抜いた訳じゃ、無いですよね?」  ファリアも怪しがっている。葉月さんは、2位になるだけの実力があった筈だ。 「葉月・・・遊び過ぎですよ。」  睦月さんが、仕方が無い妹だと言う目で見ている。 「フフッ。ごめんなさい。これが結果です!」  葉月さんは、そう言うと、どでかいカップを持ってきた。 「『優勝』?あれ?」  グリードは、読み間違えたかと目を凝らす。 「葉月さん・・・。脅かしっこ無しですよ。」  エイディは、ヤレヤレと手を広げるポーズを取る。どうやら気が付いたようだ。 「まさか・・・同時優勝!?」  ファリアが、気が付く。なる程ね。そう言う事か。 「凄いじゃないですか。あのナイアさんと同時優勝って!」  本当に凄い。ナイアさんの家事能力は、人間離れしている。それはそうだ。人間 では、無いのだから、その能力を、フルに使うナイアさんは、本当に凄い筈だ。そ のナイアさんと同時優勝と言うのは、並の偉業じゃない。 「ま、合格点ですね。」 「姉さんったら・・・。これ持ってきた時は、涙ぐんでた癖に。」  葉月さんは、睦月さんに、辛口を言われて反論する。 「はぁづき!!全く・・・嬉しくない訳無いでしょう?」  睦月さんは、頬を膨らませる。睦月さんが越えられなかった壁に、葉月さんは、 到達したのだ。姉として、これほど誇らしい事は無いのだろう。 「でもね。まだ駄目なんですよ。このカップは、私だけじゃない。今回は、皆の思 いを受け止めて、力になったからこそ、追いついたんです。私の力じゃない。」  葉月さんは、今回の優勝は、自分の力だけじゃないと、痛感したのだという。争 ってる途中、俺達や、睦月さんの期待が、後押ししてくれたのだと言う。 「今回は、姉さんと一緒に取った優勝。だから次の大会は、自分の力で優勝します。」  葉月さんは、自信たっぷりに言い切った。今回の大会で、自信を付けたのかも知 れない。いつも控えめだった葉月さんにしては、珍しい一言だ。 「フッ。このナイアと争って、同時優勝とはな。」 「奉仕は、技術だけじゃないですね。葉月さんの精神力には、負けました。」  シャドゥさんと、ナイアさんが、会話に入ってきた。 「貴方達が・・・シャドゥさんと、ナイアさんですか。」  ジェイルが、深々と頭を下げて、握手を交わす。 「君がジェイルか。レイクが惜しいと言うだけはある。良い魂をしている。」  シャドゥさんは、魂の本質を計りながら、挨拶をする。 「初めまして。ナイアと申します。」  ナイアさんは、丁寧に挨拶する。 「うちのレイク達が、お世話になったそうで。重ね重ね礼を言います。」  ジェイルは、本当に感謝していた。俺達の第2の故郷は、魔炎島だと思っている。 それくらい世話になった。それと、ここだな。天神家には、感謝し切れない。 「フッ。感謝したいのは、こちらだ。レイク殿達と過ごした時間は、僅かではあっ たが、非常に実りある時間だった。わが主、ジェシー様も、感謝しておられた。」  シャドゥさんは、ジェシーさんの話をする。ジェシーさんも凄い魔族だったよな ぁ。あんなに、纏めるのが上手い魔族は、初めて見たよ。 「レイク。私達は、近日中に帰る。その前に『絶望の島』の島主の情報を、教えに 来た。気になっているだろう?」  シャドゥさんは、これが目的で、来たに違いない。 「島主ですか。アイツ、どうなりました?」  俺達が、気になっている情報だ。ここは聞いておこう。 「いろいろとバレてな。恐らく、セントの下っ端に逆戻りだろう。お前達が居なく なった事を隠していたのと、今回の奪還。そして、例の囲い部屋の件に関して、責 任者が激怒したらしくてな。殺されないだけ、マシなんだそうだ。」  シャドゥさんは、事実を教えてくれる。島主も、相当悪どい事をしていたからな。 その降格は、寧ろ、軽い方かも知れないな。 「特に、お前達の脱走に関して、怒っていたらしい。だが責任者は、お前達に追っ 手を回すより、セントの守りを固める方針らしいな。セントも揺れているそうだ。」  なるほど。セントに混乱ありか。じゃ無きゃ、とっくに俺達の捜索が大規模に行 われても、良い頃だ。それをしないって事は、何かが起きているに違いない。 「ま、そういう所だ。しばらくは安泰だ。ここの主を、捜す方に専念するんだな。」  シャドゥさんは、俺達の事を応援してくれていた。その心遣いが、今の俺には嬉 しかった。シャドゥさんは、細かい所で、気配りが出来る魔族だ。  それにしても・・・セントの動きも気になる。これから先、どうなる事だろう。  これが・・・現代でも尚、歴史に残る「秩序の無い戦い」か・・・。酷い物だ。 確かに圧倒的だ。プサグル軍の圧勝だった。片方は真剣、片方が模造剣では、当た り前の事だ。槍もそうだ。ルクトリアの方は、先が丸くなっている。プサグルの方 は、最高級の槍を使用している。勝ち目など、ある訳も無い。  その上で、ルクトリアの騎士団長カールス=ファーンの裏切り。この戦いで、ル クトリアの戦死者は、5万居る内の3万にも上った。残る1万は、逃げてしまった し、後の1万は、ルクトリアに退却した。しかし、近衛団長クライブ=スフリトし か、団長が残っていない。後は討ち死にか、行方不明になったと言われている。そ んな中、ルクトリア王シーザー=ユード=ルクトリアと、別居していたカルリール =ユード王妃、そして、アルド=ユード王女が、囚われの身となってしまう。  捕らえた訳は、裏切った騎士団の中に居た、団長をも越える実力者とされる、ル ースを操るためであった。ルースは、ルクトリア王家に絶対の忠誠を誓っていたし、 アルド王女とは、平民として暮らしてた頃に、恋仲になっていた程だ。そんな王達 が人質となれば、従わない訳には行かないのだ。  こうして、プサグル三将軍は、その上に、大将軍カールスを据えた上でジルさん、 バルさん、ドルさんに『疾風』のルースを加えた4人で新たに『プサグル四天王』 と呼ばれるようになったのである。  その歴史の悲劇が、眼前で起こっていた。俺は、出来るなら防ぎたかった。しか し、ジルさんの決意は固い。ルースが、ルクトリアに忠誠を誓っているように、ジ ルさんも、プサグルに忠誠を誓っている身なのだ。王が命令した事は、例え間違っ ていようとも、遂行しようとするのだ。  時代と歴史を感じずには、いられない。ティアラさんも、眼前の光景を見て、悲 しい目をしていた。夫と同じように、戦場に送り出したルクトリアの人々の事を思 っているのだろう。ルクトリアは今、悲しみに満ちている頃だ。  もう馬車で、2日程経っている。1日目に、宿に泊まった事を考えても、着いて も良い頃だ。修道院か。もしかしたら、歴史で言う所の、襲撃に遭っているかも知 れない。ここは、慎重に周りを、見渡さなきゃならないかもな。 「奥さん。もう少しで、修道院ですぜ。」  運転手が声を掛けてくる。俺は、修道院の方を見る。すると、明らかに建物が燃 えようとしていた。 「運転手さん。修道院の様子がおかしい。悪いが、チップを弾むから、茂みで待っ ててくれないか?近付いたら、巻き込まれるかも知れない。」  俺は、運転手に指示を出す。すると、運転手はチップが貰えるので、嬉しいのか、 すぐに茂みの中に姿を隠した。 「ティアラさん。思ったより襲撃が早かったみたいだ。悪いんだけど、俺、こう言 うの、見過ごせない。だから、行って来る。」  俺は、目の前で、苦しんでいる人を見捨てるなんて、出来ない人間だ。 「瞬さんは、そうじゃなくちゃ駄目です。行って来なさい。薬なら、ちゃんと飲ん でるし、携帯もしてます。」  ティアラさんは、体が弱いので薬を服用している。その薬は、過剰な程、いっぱ い持ってきている。どうやら、心配無さそうだ。 「んじゃ、終わったら戻ってくる。少し待っても来なかったら、そのまま、ストリ ウスに向かった方が良い。今、安全なのは、ここから近い所だと、あそこしかない。」  俺は、一応指示をする。ティアラさんは、承知したようだ。  そして俺は、手早く外に出る。そして修道院の方へと走り出す。酷いな。荒らさ れている。何人か倒れている。兵士達も倒れている。この分だと、闘った跡もある みたいだな。しかし、修道院での襲撃は、一方的だったと聞いたけどな。 「マレル殿!!大人しく従えば、これ以上の血を、見なくて済むのだぞ!!」  中から聞こえてくる。どうやら、修道院の中で何か起こっている。 「エリカ!!イヤアアアア!!」 「マレルさん!私の事は良い!!裏手から逃げて!!」  ・・・え?こ、この声は・・・。それにマレルさんって・・・。あれは。 「フッ。従えぬようですな。よし。貴様ら、この女を好きにしろ!!」 「エリカ!!やめてえええええ!!」  この光景は何だ・・・。黒髪の、見覚えある人が、襲われそうになっている。乱 暴に何人掛かりで押さえながら・・・。うおおおおおおおおお!!! 「てめえええらああああああ!!」 「な、何者だ!」  コイツら!!その人に、何してくれてるんだ!!!!! 「うるせぇ!!!!うおおおおおおお!!」  俺は吼えた。そして、女性を押さえつけてる奴の頭を、容赦無く蹴飛ばしてやる。 何人も居たが、関係ない。次々に吹き飛ばす。許さねぇ!!!許さねぇぞ!!! 「何をしている!!早く、コイツを取り押さえろ!」  リーダーが、指示を出す。だが、今の俺を押さえられるとでも思ってるのか? 「貴様、やめんか!!」  部下の何人かが、俺を押さえようとする。俺は、振り向き様に、テンプルにハイ キックを入れて、一人倒すと、二人目には、回転しながら肘を鳩尾に入れる。三人 目は、剣を振り下ろしてきたが、それを拳に闘気を込めて、アッパーで叩き壊す。 そのまま首を掴んで、膝地獄を頭に叩き込んだ。その隙にやってきた四人目には、 ローキックを叩き込んで、崩れた所に、正拳突きを叩き入れる。 「あ・・・何だ・・・。貴様、何者!?」  リーダーが、何か言っている。 「てめぇ・・・この人に乱暴しろとか言ってたな・・・。ああ!?」  俺は、リーダーらしき奴にアッパーを叩き込むと、奴が地面に着く前に、ミドル キックで吹き飛ばす。それだけでは無く、追いかけて拳を握る。 「・・・駄目よ!!」  ・・・この声は・・・やっぱり・・・。 「瞬君・・・。なのね。」  やっぱり、江里香先輩だ・・・。夢じゃない。 「瞬君!!!」  江里香先輩は、嬉し涙を浮かべながら、俺に抱きついてきた。俺は、それを拒ま なかった。気丈だったが、怖かったに違いない。少し震えていた。 「が・・・ぐ・・・。」  リーダーらしき男は、俺の目を見ると、恐怖の眼差しを浮かべて去っていった。 それに付き従うように部下達も去っていった。所詮は、烏合の衆だったのだろう。 「江里香先輩・・・。やっと会えた。もっと早く、ここに着いていれば・・・。」  俺は、江里香先輩を苦しめずに、済んだかも知れない。 「何言ってるのよ・・・。間に合ったじゃない。私・・・嬉しかった。」  江里香先輩は極上の笑みを浮かべて俺に口付けをしてきた。俺は、拒まなかった。 「・・・エリカ・・・。」  隣の女の人が、何か恥ずかしそうにしていたが、嬉しそうに立っていた。 「あ・・・。マレルさん。ごめんね。」  江里香先輩は、マレルと言う人を、無視した事を謝る。 「その人が・・・いつも話していた、天神 瞬さん?」  どうやら、江里香先輩は、ここに飛ばされたようだ。 「うん。一番頼りになる人。普段は、そうでも無いんだけどね。」  う・・・。一言余計だ。にしても、元気を取り戻したようだ。 「・・・無事だったのね。2人共。」  奥から誰か出てきた。優しそうな顔をしている。 「修道長!大丈夫ですか!?」  修道長・・・。って事は、ここの、修道院の管理者か。 「・・・その人は?」  どうやら、俺の事を警戒しているらしい。 「俺は、天神 瞬と申します。」 「私が話していた友人の一人です。」  俺の後に、江里香先輩が説明を加える。すると、修道長は納得する。 「貴方が・・・では、ここに来たのは何故?」  修道長は、俺に質問してくる。 「俺はハイム家の手伝いをやっています。ここへは、ジルさんの命で奥さんと、お 子さんと共に、避難しに来ました。」  俺は、敢えてジルドランと言う名前を、使わなかった。 「・・・なるほど。『雷』の将軍の使いでしたか。」  どうやら、修道長は知っているようだ。不思議でもない。ハイム=ジルドラン= カイザードと言えば、ソクトア中に、名の知れた猛将だ。 「ご存知でしたか。ジルさんは、奥さんとお子さんだけは、この戦乱に巻き込みた くないと、言っています。」  俺は説明する。ジルさんの事を知っていながら、聞いていると言う事は、警戒さ れているかも知れない。でも、嘘を吐くよりマシだ。 「貴方の言う事は信じられる。あの朴念仁が考えそうな事です。ティアラを巻き込 みたくないのなら、異を唱えれば、良かった物を・・・。」  あれ?この修道長、この口調だと、ジルさんの事知ってるっぽいな。 「驚きなすったか?ティアラは、この修道院の出身。そしてジルドランは、ここに 熱心に来て、ティアラを、口説きに来てたんですよ。」  なる程。それで、ここに逃げろと言ったのか。そう言えば、ティアラさんも、こ こを知っているような、口振りだったな 「さて、ここは、もう安全では無くなりましたぞ?次は、どこに行きなさるつもり かね?当ては、あるのですかね?」  修道長は痛い所を突く。ここじゃ無ければ、どこか?まだ考えていない。 「分かりません。だけど、北に向かおうと思います。」  俺は答える。何故か・・・それは、俺が歴史を思い出したからだ。それは、横に 居る、江里香先輩も同じだった。 「なる程。あそこですね。ここに来たばかりの貴方とエリカさんが、知っていると 言う事は、彼の家に向かうと言う訳ですね。」  修道長は、思い当たる節があったようだ。 「生物学者であり、最高の軍師でもあるフジーヤ。彼の元ですね。」  修道長は言い当てた。さすがだ。ここより真北に進むと、フジーヤの家がある筈 だ。歴史では、マレルさんは、そこに向かう事になっていた筈だ。 「彼は変わり者ですが、善人です。匿ってもらえるでしょう。」  修道長は、どうやら、フジーヤの事も、知っているらしい。凄い人望だ。 「マレル。エリカさん。貴女達も行きなさい。」  修道長は命ずる。江里香先輩は黙って頷く。しかしマレルさんは、首を横に振る。 「ここでは、多くの仲間が死にました。それを見捨てるなんて、私には出来ません! 仲間のためにも・・・。」 「『月の巫女』!!行きなさい!!私への気遣いは、無用です!」  修道長は、強い口調で言う。ここが危険か誰よりも知ってる修道長は、ついにマ レルさんの宿命である『月の巫女』の名前を出す。 「ずるいです。修道長。私は、その名で呼ばれたら、逆らえないって知ってるのに。」  マレルさんは『月の巫女』と言う宿命を持っている。逃れようとは思っていない。 『太陽の皇子』の魔の手に掛かるなと、修道長は言ってるのだ。そして、修道長は、 ここに居ると、その魔の手が、やってくる事を悟っているのだ。 「ここに来た兵士の紋章。あれはルクトリア。騎士団長カールスの直属でした。カ ールスは、噂では、謎の軍師と共に居ると言う話です。分かりますね?」  修道長は、念を押すように、マレルさんに言う。 「私が、夢見たのと同時に、囁かれた軍師・・・リチャード=サン・・・。」  マレルさんは、リチャードの存在を、誰よりも脅威に思っている。『太陽の皇子』 が『月の巫女』を奪いに来るのは、宿命だと聞かされているからだ。向こうは、マ レルさんの気配を、詳しく感じる事が出来ないのだが、マレルさんは、リチャード の存在を、恐怖として感じ取る事が出来るのだ。 「私は、一切の痕跡を、残さぬ作業に取り掛かります。」  修道長は、死体の処理などをするつもりなのだろう。既に残っているのは、修道 長と、マレルさんと江里香先輩だけだ。リチャードに、追わせる訳には行かないの だろう。 「修道長・・・アンタ、まさか!」  俺は、直感的に感じ取った。 「一切の痕跡を残したくないのです。分かりますね?」 「・・・分かった・・・。とでも、言うと思っていたのかよ!!」  俺は、修道長を睨み付ける。 「アンタ、ここに火を放つ気だな。しかも自分ごと!」  修道長は、否定しない。やはりな・・・。 「一切の痕跡を残さないと言うのは、そう言う事で・・・。」 「喧しい!!アンタの犠牲の上に、俺達が逃げろってのか?冗談じゃないぞ!俺は、 そんな思いするくらいなら、誰も、連れて行くつもりは無い!!」  俺は、誰かの犠牲にすると分かっていながら、前に進む事など出来ない。 「・・・私のような老人を連れて、何があると言うのです?」 「俺は、助けられる命を、見捨てるなんて出来ねーんだよ!」  そう。修道長が死ぬと分かっているのなら、助けなければ駄目だ! 「瞬君・・・。それでこそ瞬君よね!」 「彼の言う通りです。修道長。貴女が、そのつもりなら私も動きません。」  江里香先輩や、マレルさんが同調してくる。そうでなくちゃな。 「私からも、お願いです。悲しい事を、なさらないで下さい。」  ・・・後ろから声がした。その声は、間違いなかった。 「ティアラさん。来てたのか・・・。」 「瞬君。貴方の熱い台詞は、この私にも、届きましたよ。夫の見込んだ方に間違い は無いようですね。」  ティアラさんは、瞳で応えてくれる。俺は、間違った事など、言っていないと信 じている。爺さんが願っていた正しく強く生きる事を、俺は身をもって示すんだ。 「強情な人ですね。私を助けても、得る物は少ないと、分かっていますでしょうに。」  修道長は、寂しそうに笑った。しかし、俺達と共に行く事を、決めたようだ。 「貴方の、その意志に、賭けましょう。私も共に行きます。」  修道長は、こちらを見た。すると、マレルさんが、抱きついてきた。 「良かった!私、修道長まで、居なくなっちゃうと思ってた!」 「マレル・・・。もう、子供みたいなんだから・・・。」  修道長は、そう言いつつも、嬉しそうな表情を見せる。その表情は、母が子を見 る表情その物だった。 「では、行きましょう。・・・あ、それと、これからは、私の事は名前でお呼び下 さい。私の名は、レイシーです。」  レイシーさんか。・・・どこかで聞いた事があるような・・・。  ま、良いか。その内に思い出すだろう。俺達は、前に進まなければいけない。  何よりやっと江里香先輩に会えた。その幸運を噛みしめる事にしよう。  ストリウスに着いて5日ほど経った。ここの暮らしに慣れ始めている自分を感じ る。慣れとは怖い物だ。情報集めして帰ってくる繊一郎さんや、恵さんとの手合わ せにも、慣れ始めていた。  勝率で言えば、恵さんが一番高い。無論、僕も本気で、手合わせしているが、恵 さんの反応が早い。ここに来て、更に実力を上げたような感じだ。繊一郎さんも、 さすがと言うべき動きで、一瞬でも気を抜けば、やられてしまう。  とは言え、僕も5割以上の勝率をキープしている。ショウさんとの手合わせの経 験が、この勝率を保てていると言っても、過言では無い。パーズ拳法で、自分と同 レベルの強さを持つ人は、あの人以外居ない。あの経験は僕の宝になるだろう。  もちろん今の手合わせだって、貴重な経験だ。伝記の最強の忍者である榊 繊一 郎。さすがとしか言いようが無い。隙の無い構えから必殺の一撃を繰り出す姿勢に は脱帽である。パーズ拳法の全てを駆使して、やっと勝てる相手である。  とは言え、今日は、どうやら調子が良いみたいで勝率は7割。油断以外の負けは 無い。繊一郎さんにも恵さんにも、勝ち越している。向こうも分かっているみたい で、是が非でも勝ちに行こうとするが、そこを狙って勝つ。今日の一番は、僕みた いだ。調子が良い。 「終わり!!降参!!」 「・・・拙者もで御座る!参り申した!!」  恵さんも繊一郎さんも、座り込む。立っているのは僕だけだった。 「今日は勝てた!いやぁ、ギリギリだったけどね。」  お世辞では無い。調子が良いと言っても、勝負は、ほとんどギリギリだ。 「今日の俊男さんは、手が付けられませんわ。」  恵さんは、今日の負けを認めたらしい。珍しい事もある物だ。 「上手い事を言うなぁ。明日が怖いよ。」  明日になったら、あっさり恵さんが一番を持っていきそうで、困る。 「お世辞では御座らぬ。動きのキレ、力強さ、持続力。今日の俊男殿に、隙は御座 らぬ。勝てたのは、俊男殿が油断した時だけで御座った。」  誘い技にやられたのが2度、避けた隙に、ぶち込まれたのが3度程。まぁ、確か に、やられたのは油断だけど、誘い込まれたのは、僕の実力だ。 「それにしても、俊男さんって本当にタフよね。いつも終わった後も、構えを崩さ ないじゃない。私達が休んでいる間も、稽古したりしてるわよね。」  恵さんは、僕が体力があると言っているのだろうか。まぁこっちとしては、終わ った後にも、礼儀を崩さない。と言うパーズ拳法の教えを、実践しているだけなん だけどね。相手に失礼の無いようにするのも、パーズ拳法の教えの一つだ。 「手合わせの後にも、礼を失さず。パーズ拳法の教えの一つだよ。」  僕は、疲れた体にも鞭を打って、構えたまま話す。 「私も見習わなきゃね。でも、まだ継続してるのよ?」  恵さんは、基本の構えから打ち込みを見せる。その拳のキレは、前より成長して いた。さすがだ。恵さんの成長には、驚かされる。 「パーズ拳法の修練を欠かしてないようだね。さすがだなぁ。」  恵さんの凄い所は、毎日見えない所でも、欠かさず修練をしている事だ。しかも、 怠りが無い。流れの中で、パーズ拳法と合気道、そして力の流れからルールの把握 まで、毎日こなしている。その中で、ウェイトレスとして働いている上に、毎日、 演奏も欠かさない。前より時間は減ったそうだが、その分、集中して練習している のだと言う。だから実力が落ちない。落ちない所か、上がっている。さすがだ。 「なんと!そうか!恵殿の、守りと攻めを兼ね備えた時の攻めは、パーズ拳法から で御座ったか!!合気道だけでは無いとは・・・。」  繊一郎さんは感心していた。腑に落ちなかったんだろうな。恵さんの変幻自在な 攻めは、合気道と、パーズ拳法を組み合わせる事で、進化している。 「拙者は、恵殿と会うまでは自惚れて御座った・・・。自分程、修練している者は 居ないと・・・。しかし、恵殿と俊男殿を見て、間違いだと気が付き申した。」  僕まで褒めるのは、言い過ぎじゃないかなぁ?恵さんは確かに凄いけど。 「俊男さんはね。兄様と同じくらい修練馬鹿ですからね。私は、人より怠るのが許 せないだけよ。これでも、追いつけるよう必死ですのよ?」  それは意外な言葉だった。恵さんは、本物の天才だと僕は思っている。半魔族だ と言う事を除外しても、凄い才能の持ち主だ。涼しい顔で、凄い能力を身に付ける。 教えれば、綿のように吸収する最高の強さの持ち主だと、思っていた。 「意外そうな顔ね。俊男さん。でも、修練を怠って、上に立てる人物は居なくてよ?」  恵さんの言う事は真実だ。だが、それを実践する所が、恵さんの凄い所だ。人は、 頭で分かっていても、きつい事は、回避しがちだ。だが恵さんは、上に立つために、 敢えて強さを求めているのだ。この人には、勝てないな。例え、強さが上になった としても、頭が上がらない。そう思わせる程の女性だ。 「恵殿は、素晴らしいで御座るな。上に立つ者の資質の全てを、兼ね備えている。 ますますもって、元の時代に戻らなくては駄目で御座る。」  繊一郎さんは、真面目な顔で言った。これは意外な一言だった。繊一郎さんは、 僕達が、ここに留まるのを望んでいるかと思っていた。 「あら。繊一郎さんは、私達に帰って欲しいのかしら?薄情ねぇ。」 「そうでは御座らぬ。そなた等のような、素晴らしき者とは、少しでも、多く同じ 時間を過ごしたい。だが、そう思うからこそ、元の時代に、帰って活躍して欲しい ので御座る。そして拙者との思い出を、忘れずに居て欲しいと思うので御座る。」  恵さんの軽口を、繊一郎さんは、真面目に返す。こんな事を言われると、照れて しまう。それは、恵さんも同じだった。 「光栄ですわ。冷やかした事は、謝ります。ですが、一言・・・失礼ですわ。」  恵さんは、謝罪した後に口を尖らせる。 「そうだね。繊一郎さんは勘違いをしている。僕と恵さんが、繊一郎さんの事を忘 れる筈が無い。勿論、レイホウさん。貴女もね。」  僕は、恵さんの後に続けて言う。そして、後ろで見ていたレイホウさんにも、声 を掛ける。すると、レイホウさんは、溜め息を吐く。 「こっそり見ていたってのニ・・・。抜け目が無いネ。」  レイホウさんは、参ったと言うように頭を掻く。 「こうなったら、更に忘れられないように、飛び切りの料理を、ご馳走するヨ!!」  レイホウさんは、笑顔で答えた。その笑顔を、僕は忘れない。そして、繊一郎さ んの凄い強さを、僕は忘れない。決してね。  ・・・そんなこんなで、レイホウさんの、忘れられないような料理を食べた後、 僕は、自分の部屋で構えの修練をしていた。うん。調子は悪く無い。  この調子なら、明日も勝てるかも知れないな。・・・ん?  何か違和感がした。気のせいだろうか?・・・違和感の正体を確かめるか。  僕は、一応のため、周りに気付かれないように扉を開ける。まだ、違和感が絶え ない。嫌な予感もする。気のせいだろうか?窓をこっそり開けて外を見てみた。  すると、確かに・・・違和感の正体を見た。・・・。  僕は、その違和感の正体を、手早く追いかけて、路地裏に追い詰めた。人の気配 も無い。好都合だ。これで、いろいろ問える。 「そこまでだよ。」  僕は制止した。そうじゃ無くても相手は袋小路に居る。こっちを見ざるを得ない 筈だ。最も、本気で逃げようとするのならば、逃げられる筈だ。 「どういう事?何で、黙って行こうとしたの?」  僕は、相手に問う。本当に、何でこんな事をしたのか、分からないからだ。 「貴方なら、分かっているんじゃなくて?」 「自分で捜す気かい?あれだけ、協力してくれる人も居るってのに?」  僕も薄々感付いていた。だが、まさか、限界に来ているとはね。 「分かっているなら、行かせてくれないかしら?」 「一言も告げずに行くのは、どうかと思うんだけど?」  僕は、駄目だと言う意思表示をする。別に行くのは構わない。だが、それは、礼 儀を通した後だ。それが出来ない人じゃ無い筈だ。 「あの親切な人達に、別れを告げるのは・・・嫌なのよ。」 「だから!!告げずに言ったら、もっと傷付くと言ってるんだよ!分かってるんで しょ!?恵さんも、望んでいない筈だ!」  僕は、強い口調で言った。正体は恵さんだった。まさかとは思った。だが、間違 いなかった。月明かりに照らされた姿は、間違いなく天神 恵だった。 「信用出来ないんじゃない。でも、自分で捜さないと、我慢出来ないのよ!!」  恵さんの様子がおかしい。確かに、今日の不調から、何か調子がおかしかった。 いつもの鋭い読みが、外れていたからだ。 「どうしちゃったんだよ。恵さん。瞬君を捜したいのは分かる!けど、それじゃ、 あの2人が、余りにも報われないじゃないか!全力で捜してる人が居る!!事細か に情報を聞きだす人が、居るじゃないか!!」  僕は、繊一郎さんとレイホウさんの事を言う。このまま行くというのは、二人を 裏切る事だ。そんな事をする恵さんを・・・僕は、見たくない。 「本気かしらね?未来の人のために?」 「・・・その言葉こそ・・・本気かい?あの二人の誠意は、恵さんが一番分かって いると思ったけどね。」  僕は、寂しい目をしているに違いない。こんな事を言う恵さんは、初めて見た。 「そんな眼で見るのは、反則よ。蔑まれる覚えは、無いわ。」 「蔑んでいるんじゃない!信じられないだけだ!!」  僕は反論する。信じられないんだよ・・・。恵さんが、こんな事を言うなんて。 「貴方に、どれだけ分かるというの?私が兄様を捜したいと・・・どれだけ思って たか、知っているとでも言うの?」  恵さんの口調も強くなる。それにつれて、殺気も強くなる。 「正確に分かるとは言えない。だけど・・・その気持ちは僕にだってある。何が何 でも捜したい。見つかるのなら、草の根を分けてでも・・・ってね。」  僕は殺気を正面から受け止める。ますます、この状態の恵さんを行かせる訳には いかない。こんな状態で探したって、悲劇が待っているだけだ。 「知った風な口を!!貴方、そこまで・・・兄様を捜したいと言うの?」  恵さんは勘違いをしている。僕は瞬君を、そこまで捜したいんじゃない。 「どちらにせよ、今の恵さんを、行かせる訳には、いかない。」  僕は、絶対に行かせないと言う意思表示をした。 「貴方、今日調子が良かったです物ね。良いわ。リミッターを私は外すわ。行かせ ないつもりなら、倒してでも、通るまでよ。」  恵さんの目付きが変わる。いや、瞳の色が変わっていく。黒から赤に。そして、 髪が透き通る黒から漆黒の闇の色に変わっていく。それと同時に殺気が増えていく。 そして・・・これは、瘴気だろうか?圧倒的な速さで増えていく。 「この姿・・・他人に見せたのは、貴方で2人目よ。」  恵さんは、恐ろしい事を言う。言うからには、見られたくない筈なのだ。 「その姿が、半魔族として、解放した姿なんだね。」  僕は理解した。恵さんのリミッターを外すと言う行為を。魔族としても一級品。 人間としても一級品。その力が、フルに出せる姿が今の姿。この状態の恵さんに、 何が通用するだろう。圧倒的な力は、魔神を超えるであろう力だ。僕は、魔神レイ モスに取り憑かれていたから分かる。レイモスの力を、凌ぐ程だ。 「参ったな。・・・でも言ったからには、やらないとね。」  僕は、パーズ拳法の構えを見せる。そして今の内に『ルール』を解放しておく。 「『ルール』解放!」  僕が言うのと同時に、恵さんも解放する。どうやら考えている事は同じらしい。 「ああ。凄い・・・。俊男さん凄いわ。私の最高の強さを、発揮させるなんて。」  恵さんは、力に酔っていた。分からなくも無い。今の恵さんの力は、神ですら倒 せる程に違いない。魔神以上の力に『ルール』。鬼に金棒である。  それに比べて僕のルールは、足場を作るという事だけだ。だが、僕の戦闘スタイ ルは、足場があると言うだけで、攻めも守りも随分と違ってくる。  とは言え、恵さんの力は圧倒的だ。隙が無い。何とか隙を作らないと・・・。 「恵さん。一つ、約束してもらえるかい?」  僕は、藁にも縋る想いで、言葉を発する。 「何かしら?下らない願いじゃなきゃ、構わないわ。」  恵さんは、ハイになっている。 「今の恵さんに勝てたら、僕の言う事を、聴いてくれるかい?」  無謀な願いだった。今の恵さんに勝つと言うのは、神に挑むのに等しい。 「俊男さんってさ。口調は丁寧なのに強気よね。そういう所、好きよ。」  恵さんは、いつもの口調じゃない。どうやら、制御出来てないようだ。 「どちらかが、降参するか、動けなくなるまでだよ。」  一応、条件を付け加える。 「良いわ。約束する。でも、本当に勝てたらの話よ?」  恵さんは、そう言うと消えた。・・・消えた!?  ガシィ!!  間一髪だった。空気の流れから、恵さんの攻撃を読んで、左腕で攻撃を防御する。 これは想像以上だ。速いなんてもんじゃない。動きが見えなかったなんて初めてだ。 「凄いわ。防御出来るなんて・・・。楽しませてくれるじゃない。」  恵さんは、続け様に消えながら攻撃する。本当に目の前から消える。攻撃する一 瞬だけしか、見えない。何だ?この速さは・・・。 「グハッ!!ゲハッ!!」  しかも何て力だ!一撃が重い!これが、本当に恵さんの拳から繰り出される攻撃 なのか!?信じられないパワーだ。僕は、防御が間に合わず、食らってしまう。 「痩せ我慢が続くと、痛いわよ?」  更に襲い掛かってきた。攻撃だ!攻撃しないと駄目だ! 「テヤッ!!」  僕は勘で、防御する方向を決めながら攻撃を繰り出す。駄目だ!当たらない! 「そんな遅さじゃ、当たらないわ。」  喋る余裕があるんだから、凄い。 「ハアアアアアア!!」  僕は闘気を腕に溜めて、闘気弾を撃ち出した。・・・恵さんは避けようともしな い。どう言う事なんだ? 「フフフ・・・。お馬鹿さんね。」  恵さんは怪しい笑みを浮かべて、闘気弾を打ち消した。 「馬鹿な!?消した!?」 「俊男さん?私のルール覚えているでしょ?」  ・・・そうか!恵さんのルールは『制御』のルール!!つまり、恵さんのルール 内では、力その物が、打ち消されてしまうんだ!それが、神ですら勝てないかもと 思わせる所以だ。恵さんにダメージを与えるには、肉弾しか無いと言う事か!  自分は自由に力を使えて、相手には使わせない。何て恐ろしいルールだ! 「しょうがない・・・。」  こちらも、ルールを駆使しなくてはならない。まずは飛ぶ。そこに『跳壁』のル ールを使って、足場を作る。それを足場にして、更に上へと上がっていく。そして、 そこから斜め上に足場を作って、通常では、有り得ない動きで、跳躍を繰り返す。 何も無い空間を縦横無尽に駆け巡る。そして、休まず攻撃する。それしかない! 「へぇ。足場を作るだけって思ったけど、凄いわね。」  恵さんも感心している。この動きなら、恵さんの凄まじい速さに対抗出来る。こ ちらは、一切の無駄が無く次の攻撃に移れるが、恵さんは、空間に足場を作る事な ど出来ない。故に、どうしても次の攻撃に移るまでに無駄が出来てしまうのだ。し かし、その動きを持ってしても『互角』なのだ。恐ろしい事だ。 「ウリャアアアア!!」  僕は何も考えずに、攻撃と防御を繰り返して、恵さんの凄まじい動きに対応する。 「思ったより楽しめるじゃないの。」  恵さんは、このままでは不利だと思ったのか、自分から距離を取る。 「なら、本領発揮よ。その動きを、封じてあげるわ。」  恵さんは、手を交差させる。何を、するつもりだろうか。 「魔族の姿でしか出来ない、私の特技よ。味わいなさい。」  恵さんは特技だと言った。・・・つまり、力を打ち出す訳では無いようだ。だが、 手からは、妖艶な瘴気が篭っている。油断は出来ない。 「逃げられるかしら?」  恵さんは、ゆっくりと手を前に出す。その瞬間だった。肩に衝撃が走った。 「ぐっ!!!!!な、何だって・・・。」  予想を遥かに超えた攻撃だった。恵さんの爪が一瞬にして伸びた。そして、その 後も伸びたり曲がったりを繰り返している。まさか、爪の長さを、制御出来るのか!? 「この10本の指から、繰り出される攻撃は、逃れられはしないわ。」  恵さんは、また、爪で攻撃してきた。僕は、『跳壁』を駆使して、離れる。だが、 凄いスピードで、爪が追いかけてくる。しかも、蜘蛛の巣のように曲がりながらだ。 「フフッ。なら、これはどう?」  恵さんの爪が、一瞬で無くなったかと思ったら、両手を広げるような形で、路地 裏全体を覆うように伸びていく。囲む気か!! 「これで、詰みじゃないかしら?」  恵さんは、見下すように僕を見る。本当に凄い。 「降参して、私を行かせてくれるわね?」  恵さんは、有無を言わせないと言う口調で言う。 「今の恵さんを、行かせられない!」  僕の答えは一緒だ。 「難儀ねぇ。ここのエリアの支配権は、私の物だと言うのに。だから、こう言う事 も出来るのよ?」  恵さんが言うのと同時に、僕の体を爪で縛ってきた。おかしな表現だが、爪が僕 の体を、縛っている。傷付けないでいるのは、恵さんの技量なんだろう。 「右手一本で、ここまで縛れるのよ?で、こうなる訳よね?」  恵さんが左手を少し動かすと、僕の首に、爪が伸びてきた。 「さ、降参よね?」 「降参なんかしない!!」  僕は、意地で言った。こんな状態の恵さんを、行かせるもんか!! 「強情ねぇ。今の私、手加減が出来ないのよ?」  ぐあああああ!!足を貫かれた!!痛みが集中する所を、的確に狙ってきたか! 「うぐううう!!」 「あのね?拷問したい訳じゃないの。でも貴方が納得してくれなきゃ、行けないで しょ?勝負と言うからには、ハッキリさせなきゃ。約束したしね?」  恵さんの義理堅い性格を利用して、約束させたのは正解だったか・・・。いや、 不正解かもね。こりゃ、参った。僕は、降参する気なんか無い。 「行かせられない!!」 「・・・何で?・・・意識だって朦朧としてるのに、何で降参しないの?」  恵さんは、不思議がっていた。ここまで僕が傷付いても降参しないのは何故か。 「・・・恵さんと同じだよ。」 「・・・何が?」 「僕だって・・・草の根分けて捜したいんだよ。エリ姉さんを・・・。」  エリ姉さんは、僕の憧れの人だ。行方不明なんて、させない!! 「・・・だったら、行かせてよ。そして、そっちも捜せば良いじゃない!」 「駄目だぁ!!!この状態で会ったら、瞬君も!エリ姉さんも!!納得してくれる 物か!!せっかくの再会を、汚させて堪る物かああ!!」  僕の魂の叫びだった。恵さんと同じ気持ちだったからこそ、再会は、納得させて やりたかった。今のまま会ったら、間違いなく悲観する。そんな顔を、させたくな い。恵さんを止められなかったら、エリ姉さんに会わせる顔が無い。瞬君に、会わ せる顔が無い!止めなきゃ駄目なんだ!! 「・・・貴方、再会を、信じて疑わないのね。」 「恵さんに会えたからこそ、信じられるんじゃないか!」  恵さんに会わなかったら、自分勝手に捜していたかも知れない。そうすれば、エ リ姉さんに、もっと早く会えたかも知れない。でも、今となっては、そんなの意味 が無い。恵さんと一緒に喜びを爆発させなきゃ、意味が無い!! 「信じている事のためなら、今の恵さんにだって!勝ってみせる!!」  僕は、『跳壁』のルールを解いた。 「なっ!!」  恵さんは驚く。それはそうだ。床が、突然無くなったのだ。そして、僕は、思い っ切り力を入れて、爪を何とか壊し、体を回転させながら『下』へと逃れる。『跳 壁』のルールは、相手に共有させる事が出来る。それを利用して、恵さんが、最後 の爪を伸ばす前に、恵さんにも見えるように、『跳壁』のルールを共有させた。そ して、5メートル程上に、床を作っておいた。その『跳壁』を、解除したのだ。  これが、『跳壁』のルールの凄い所だ。相手の虚を突く事も出来る。 「グッ!!」  恵さんは、爪を一瞬で解く。しかし遅い!!  ドボッ!!!!  僕は、鳩尾に拳を突き入れる。女性を本気で殴ったのなんて、初めてだ。顔を殴 る訳にはいかない。気絶させるために鳩尾に入れた。 「・・・貴方・・・。馬鹿・・・。本当に・・・馬鹿よね。」  恵さんは、笑っていた。そして、魔族の姿が解けていく。瘴気が弾け飛んだみた いだ。いつもの恵さんに戻っていた。そして、膝を突く。そのまま、意識を失った ようだ。 「・・・恵さん。」  僕は、恵さんが倒れたのを確認すると、眩暈がしたので、上着を掛けてやる。こ のまま、風邪を引かれたら困るからだ。・・・僕は、もう力を使い果たしてしまっ たしね・・・。  こちらの意識も薄れていく。でも、恵さんを止められたから良いか・・・。  薄れ行く意識の中で、そんな事を思っていた。