NOVEL Darkness 3-3(Second)

ソクトア黒の章3巻の3(後半)


 俺がここに来て、2週間になろうとしていた。この頃は、俺がハイム家で手伝い
している事も知れ渡ったのか、気さくに声を掛けてくれる人も、少なくなかった。
 ジルさんも奥さんのティアラさんも、俺には良くしてくれている。だが一方で、
俺は、手掛かりを見つけなきゃいけなかった。そのためには、境遇を理解してくれ
る仲間が欲しい。やはり、飛ばされた3人の事が気になる。噂などにも、かなり耳
を傾けているのだが、決め手に欠けるのだ。
 一番、気になるのは、パーズで人捜しをしているって噂かな。ガリウロル人を捜
してるって噂だし、妙に気になるのは、確かだ。だが結構、大規模らしいので、真
実味に欠ける。こんな短期間で、パーズのお触れが出せるレベルまで潜り込んだっ
てのも、信じ難い。だが、気になる事は、確かだ。
 しばらくすると、ジルさんが帰ってきた。ティアラさんは、サイジン君を抱いて
下に降りてきた。
「・・・帰ったぞ。」
 ジルさんは、俺とティアラさんの顔を見て、笑みを見せながら帰ってきた。
「・・・貴方?元気が、ありませんね。」
 ティアラさんが、心配そうに声を掛ける。言われてみれば、余り表情が冴えない。
「そうかい?疲れが出ていたのかもな。・・・瞬。そろそろ現実味を帯びてきたぞ?」
 ジルさんは、自虐的に言う。それで分かってしまった。今日、実際に聞かされた
のだ。ルクトリアに勝つ、必勝の方法をだ。そして、それが、どれだけおぞましい
事であるか、そして、その事が、決定した事がだろう。模造剣に対して、真剣で戦
う。そんなの、勝負ですらない。一方的な、平和条約の破棄を言い渡されたのだ。
「俺、ちょっとサイジン君と、遊んできますね。」
 俺は、席を外そうとしたが、ジルさんは、首を横に振る。
「ティアラ。そして瞬。サイジンも理解出来ないだろうが、聞かせる事がある。」
 ジルさんは、今日、プサグル王から言われた事を話した。
 その会議は、とても荒れた。当然である。一方的な虐殺を命じられたような物で
ある。そんな事、人間であれば、誰でも躊躇う所業だ。歴史に残るであろう悪行だ
った。それは騎士である彼らにとっても、耐え難い物だったのだろう。
 特に『荒龍』の異名を持つドルさんこと、ドランドル=サミルと、暗黒騎士と呼
ばれたグラウドさんは、反対したのだと言う。この二人は、後にルクトリアに加わ
る。今から考えれば、この時に、既に予兆はあったのだろう。
「だが、王命は絶対だ・・・私は、違える訳には行かぬ。」
 ジルさんは、苦悩の表情で言う。
「・・・私は貴方の妻です。貴方が、例え汚名に包まれようとも、それに従います。」
 ティアラさんは淀みなく答えた。・・・凄い人だ。ジルさんに、どこまでも付い
て行く。その覚悟が無ければ、言えない台詞だった。
「お前の言葉は嬉しい。だが、それは許さぬ。」
 ジルさんは、有無を言わせない目をしていた。
「どうしてですか?私は、覚悟が出来ております!」
 ティアラさんは、病弱だが、芯が強い人だった。
「私が今から歩む道は、羅刹の道。サイジンに、その苦労を背負わせたく無いのだ!」
 ジルさんは、サイジン君の事を言う。
「貴方は・・・ズルイ。サイジンの事を言われたら、私は、何も言えません。」
 ティアラさんにとって、サイジン君は、病弱な自分が、やっと産んだ子だ。幸い、
サイジン君は、天性の病気などは、どこにもない。幸せな道は開かれている。しか
し、残酷な物である。このままでは、茨の道を歩む事になる。
「既に兵士達には、家族を安全な場所に、隠すように言ってある。君もそれに従い
なさい。・・・瞬。頼んだぞ?」
 ジルさんは、こっちを向く。俺は首を縦に振る。そのための俺だ。
「でも・・・どこに?」
 ティアラさんも、頭の切り替えは早い。目的地の事を聞いてきた。
「丁度、決戦の地の南に修道院がある。そこは、平和的な土地だったと聞いている。
そこに行くが良い。・・・ティアラも、そこなら安心だろう?」
 修道院か・・・。皮肉な物だ。あそこは襲われる予定の筈だ。だが、俺は、他に
安全な所を知らない。仕方が無い。修道院までは、付き添って、何とかするしかな
いな。何か情報を貰えれば良いんだが・・・。
「明日は、もう出陣だ。早速だが、今日から出発出来るか?」
 ジルさんは、申し訳無さそうに言う。時間が無いからだろう。手遅れになってし
まっては、駄目だ。
「私は、貴方が話してくれた時から、覚悟は出来ています。」
 ティアラさんは、今から行く事に対して、不満は無いようだ。
「俺も大丈夫です。早速、荷造りします。」
 俺は、必要な物を纏める事にする。ティアラさんは、自分の荷物。俺は自分の荷
物など、ほとんど無いので、旅に必要な物を纏める。
 荷物は、思ったより早く纏まった。これなら馬車の座席に乗るくらいだ。
「よし。馬車は、さっき手配した。準備は良いな?」
 ジルさんは、テキパキと用意している。別れが惜しくない訳じゃない。だが、覚
悟が決まっている分、モタモタしたくないのだ。
「サイジンを頼む。最後まで、諦めないでくれ。」
 ジルさんは、ティアラさんの肩を抱きすくめると、口付けを交わす。
「なら、貴方も約束して下さい。最後まで、生き残る事を諦めない・・・って。」
 ティアラさんは、ジルさんを戦場に送る覚悟はある。だが、喜んで死に急ぐ真似
はするなと、言っているのだ。
「手厳しいな。分かった。約束しよう。」
 ジルさんは迷いなく頷く。それを見て、ティアラさんは安心したのか、外に出る。
 すると、ティアラさんの動きが止まる。反射的に、サイジン君を庇う。
「警戒された物だな。」
 この声は・・・グラウドさん。
「いきなり玄関口に立つ奴が、居るからだろう?全く。」
 この声は『炎』のバグゼルこと、バルさんだった。
「うるせぇーな。俺は、コソコソするのは、嫌いなんだよ。」
 この声は、『荒龍』のドランドルこと、ドルさんだ。
「グラウドにバル。それにドル。どうした?」
 ジルさんも警戒する。この3人とは、何度か手合わせしているが、3人共来たと
言うのは、記憶に無い。
「あのな。俺達は、取って食おうって訳じゃあねぇ。挨拶に来たんだよ。」
 ドルさんは、一歩下がって、バツが悪そうにしていた。
「ジルが、家族想いなのは、知ってたからな。どうせ、こんな事だろうと、思って
たよ。サイジン君も、生まれたばかりだしな。」
 バルさんは、サイジン君を撫でながら、笑みを見せる。
「俺達に黙っているなんて、釈然としないぞ。」
 グラウドさんは、顰めっ面を見せる。
「ま、間に合って良かったぜ。ほれ。」
 ドルさんは、袋を俺に渡す。
「旅の途中に必要な金だ。俺達3人の気持ちだ。受け取りな。」
「護衛も付けようかと思ったけど、私達より、強い者が護衛をするんだ。余り居て
は、却って足手纏いになるからな。」
「旦那より、強い護衛だからな。」
 3人は、笑い飛ばす。反対にジルさんは、困った顔になった。
「3人共・・・私は、この戦争に対して不信感を持っているのだぞ?良いのか?」
 不信感が無ければ、ティアラさんを旅立たせる訳が無い。つまり、ジルさんは、
王に従う姿勢ながらも、この戦争の方針は、間違っていると感じていたのだ。
「バーカ。そう言う姿勢だから、金を預けたんだよ。誰が、このやり方が正しいと
思ってんだ?冗談じゃねーぜ。」
 ドルさんは、ジルさんが、不信感を持っているからこそ、自分達と同じ考えだと
言う事で、信用して、金を渡す事にしたのだ。
「納得行かない戦いでも、やらなきゃ行けない時がある。だが、不必要に巻き込む
必要は無いって事だ。」
 バルさんは、今回の戦いの、覚悟を決めているようだ。
「俺も、まだ納得した訳じゃない。けど、今回の一戦は、奴に会うため、参加する
さ。決着を付けなきゃならん。」
 グラウドさんは、指を鳴らした。ライルさんの事だろう。グラウドさんとライル
さんは、この戦いが切っ掛けで、友情を深めたと文献にある。
「俺は、ハッキリ言ってムカついてる。騎士としての、最低限の誇りすらねぇよ。
この戦いは。だが、だからって、職場放棄する訳にもいかねぇ。やってられねーよ。」
 ドルさんは吐き捨てる。元々、正々堂々とした戦いが好みな、ドルさんだ。今回
の戦いには、どうしても、納得出来ないのだろう。
「このような戦いに、ティアラのような人が巻き込まれちゃ駄目だ。俺達は、そう
思ってるからこそ、金を出し合ったんだ。分かってるな?」
 グラウドさんは、念を押す。その笑みは、暖かかった。
「貴方達の想いは、分かりました。・・・夫をお願いします。」
 ティアラさんは、ジルさんの事を皆に頼む。
「さぁ、行って来い。道中は、頼んだぞ?瞬。」
 ジルさんは、俺と握手をする。その握手は、凄く重みを感じた。
「分かりました。俺の空手の誇りを懸けて、護ります。」
 俺は、ジルさんに誓う。とは言え、修道院は、確か危険だった筈だ。行ったら、
修道院の人達にも知らせつつ、退避しなければならない。
「よっしゃ。気合入れろよ?瞬!」
「フッ。油断しなければ、彼は大丈夫だ。」
「そうだな。俺達より強いような、化けもんだからな。」
 ドルさん、バルさん、グラウドさんにも声を掛けられて、馬車に乗り込んだ。
「じゃ、発進して下さい。」
 俺は、馬車の運転手に声を掛ける。すると、馬車は、ゆっくり動き出した。
 これからが、俺の闘いの始まりにも、なるな。
「瞬さん。・・・貴方、こうなる事を知ってましたね?」
 ティアラさんが、声を掛けてきた。
「・・・はい。失礼ながら、全て分かってました。」
 俺は、嘘を吐けない。吐いても、この人は看破してくる。
「夫の様子を見ても、全てを知った上で、貴方に任せてた感じでした。何者ですか?」
 ティアラさんは、今を受け入れるために、俺の正体を聞いてきている。
 もう潮時かも知れない。言わなきゃ駄目だな。
「俺は・・・この時代で言う所の、未来から来ました。」
 俺は、ティアラさんに聞かせる。1000年後の未来から飛ばされてきた事。そして、
時を操る敵にやられた事。それが原因で、この時代に流れ込んできた事。後は、俺
の仲間である、妹の恵。親友の俊男、そして、大事な先輩の江里香先輩の事をだ。
「・・・なるほどね。貴方は、この時代の顛末を知っていたのね。」
 ティアラさんは、プサグルが真剣を使う事を聞いた時の、俺の様子を覚えていた
のだろう。俺は、やっぱりと言う顔をしていたに、違いない。
「夫には、その事を話したの?」
「勿論です。その上で、ジルさんなら止められる筈だって言いました。でも、聞き
入れられませんでしたよ。信念に従うのが、騎士だって・・・。」
 俺は、無念だった。歴史を変える事になるかも知れなかったけど、止めたかった。
悲劇を回避出来るなら・・・と思った。
「あの人は、信念を揺るがす人じゃない。仕方が無いわ。・・・で、修道院と言う
のも、実は、安全じゃないんでしょ?」
 ティアラさんは、驚くべき事を言った。何故、知っているのだろう?
「そんな驚く事じゃないわ。貴方の反応見てたら、分かったのよ。修道院に行く事
を、あの人が話した時の貴方の反応が、緊張してたから、もしや?と思ったのよ。」
 やっぱ、俺って、顔に出るのかな・・・。
「それでも行くって事は・・・修道院の人も、助けようって言うんでしょ?」
「・・・俺って、やっぱ分かり易いですか?」
 何だか、何もかも、読まれてるような気がしてきた。
「とってもね。素直で良い事よ?」
 ううう。余り嬉しくない。散々、恵や江里香先輩にも言われてるしな。
 これからの道中どうなるか、心配になってきたぜ。


 本当に疲れたとは、この事なのだろう。何個か夢を見た。懐かしいな。ジェイル
と初めて会った時の夢か。俺の紹介を聞いて、ビックリしてたっけ。そして俺が、
いつから島に居るのか聞いてきたな。俺が答えてやると、本当か?って、疑って掛
かってたな。それから、稽古を付けてもらったな。最初の方こそ、ジェイルにあし
らわれてた物の、すぐに俺の方が、強くなったっけ。その時に、凄く嬉しそうな顔
をしてたのを、俺は忘れない。ジェイルは、抗争で、仲間を失った事を話してくれ
た。その事を誰よりも悔やんでいた。自分の勝手な行いで、何人も、殺してしまっ
たと言っていた。
 俺と出会ってからのジェイルは、凄く充実していたと話してくれた。俺は、そう
言われるのが嬉しくて、仕方が無かったな。首筋が痒くなるとか言っておきながら、
本当は、嬉しかった。・・・そのジェイルが死んだと思った・・・。俺達を助ける
時、ジェイルは、最期まで笑っていた。だから、余計に辛かった。
「レイク・・・。また貴方に、助けられましたね。」
 そう。こんな感じで、いつも笑ってたよな。あの時も。
「寝惚けてるのですか?変わりませんね。」
 ・・・って!?うおっ!!
「ジェ、ジェイル!!?」
 俺は、周りを見る。すると、心配そうに覗き込んでいるジェイル、睦月さんに、
葉月さん。そして、今日、助けに行ったメンバーが、全員休めるような部屋に、寝
かされていた事に気が付いた。今日行ったメンバーは、まだバタンキューだ。そう
か。俺達は、成功したんだっけか。
「気が付いたようですね。」
 この声は・・・。
「ジェイル!大丈夫なのか?痛い所は無いのか!?」
 俺は、目の前の光景が信じられない。あのジェイルが居る。死んだと思っていた。
あのまま、最期になったと思っていた。
「痛い所が、無い訳ないでしょう?でも、命に別状は無いようですよ?」
 ジェイルは、包帯だらけの体を見せる。
「本当は、寝かせたい所です。でも、一番ダメージを受けた脳の回復のために、起
きてもらってるんですよ。」
 睦月さんが、説明する。どうやら応急処置をしてくれたらしい。
「今日の事は聞いた。無茶をする。お前達らしいと言えば、それまでだがな。」
 この声は・・・シャドゥさん。シャドゥさんまで、居たとはね。
「私なんて、気が気じゃ無かったんですよ。」
 ナイアさんも居た。どうやら知らされて、ここに飛んできたのだろう。
「んー・・・あれ?・・・あー・・・。」
 騒がしかったので、ファリアも、起きたようだ。
「ファリア。ご苦労さんでしたね。」
 ジェイルが、優しく声をかける。
「おー。ジェイル。・・・本当に、貴方よね?」
 ファリアは、ジト目をする。
「足も付いてますよ?お蔭様で、ここに居ます。」
 ジェイルは明るく言う。でも、脳にダメージを受けたと言っていた。相当、きつ
い筈だ。それを出さないように、しているのだろう。
「体の方は、驚異的な生命力の向上のおかげで、ほぼ無傷でした。だけど、自律神
経が、結構なダメージを負っていたので、すぐに手術しました。今は、安定してま
すけど、投薬は、忘れないようにして下さい。」
 睦月さんは説明する。なる程。睦月さんは、医者の免許も持ってるんだった。そ
れにしても、ジェイルが無事で・・・良かった。
「ここに来るまでの話を聞きました。レイクは、幸運の神様が付いてるのかも知れ
ませんね。私ですら、驚くような事ばかり経験したようですし。」
 ジェイルは、俺達の経緯を、全て聞いているようだ。
「今は、実際に、中に一人、神様なら居るよ。」
 今は、ゼーダさんが居るのだ。
(目を覚ましたようだな。)
 ゼーダさんにも、心配を掛けましたね。
(フッ。瞬の頃から、無茶には慣れてるさ。)
 そうでしたね。瞬も、かなりの無茶をしてましたからね。
「あ。そう言えば・・・ティーエは?」
 ファリアが、ティーエさんの事を思い出す。
「彼女は、別室です。」
 睦月さんは、それしか言わなかった。
「・・・大丈夫なの?」
 ファリアは鋭い。睦月さんは、どこに居るかしか喋らなかったが、その声が、硬
かったのを見逃さなかったのだ。
「命に別状はありません。しかし・・・今は、会わせられません。」
 睦月さんは、首を振る。
「今のティーエ様の状態を、ティーエ様自身が、見せたくないと、思うに違いあり
ません。ティーエ様の事を思うのなら、ご自制下さい。」
 睦月さんは、お願いする。ティーエさんは、かなり酷い状態で見つかったらしい。
「・・・ティーエ・・・。お礼を言いたいのに・・・。」
 ファリアは、多少ショックを受けていたが、聞き分けが無い訳じゃない。睦月さ
んが、駄目だと言うのだ。それは、ティーエさんの状態を悪くし兼ねないから、警
告しているのだ。それが分かってるから、駄々を捏ねたりは、しない。
「お任せ出来るわね?」
 その代わり、ファリアは、キッチリ念を押す。
「それなんだが・・・。」
 ここでジェイルが、口を開く。何か考えがあるらしい。
「私に、ティーエさんを一任出来ませんか?」
 ジェイルは、睦月さんに問う。
「彼女の状態は、思わしくないのです。」
 睦月さんは、当然拒否する。
「そんな事は知っています。その上で、頼んでいるのです。私は、ああなった後の
彼女を知っています。彼女は、ああなった後でも、私の身の回りの世話を、してく
れました。その献身に、私は、応えなければならない。」
 ジェイルは、ほぼ植物状態だった。そのジェイルを、献身的に介護したのは、他
でも無いティーエさんだったのだ。ジェイルが、脳の奥底で理性を残せたのは、そ
のおかげだと言う。・・・ティーエさんは、酷い仕打ちの中でもジェイルを・・・。
「・・・分かりました。肉体的な治療は、私がやります。ジェイルさんには、精神
的な治療を、やってもらう事にします。」
 睦月さんは了承する。その役目に一番相応しいのは、ジェイルだと判断したのだ
ろう。ジェイルの真摯な頼みを見て、この人なら・・・と思ったのだろう。
「ジェイル、それなら、私も・・・。」
 ファリアは、自分の手で、手伝いたいのだろう。
「駄目です。ファリアは、大事な仕事があるでしょう?ここに居ない恩人達の、救
出がね。私は、その人達にこそ、感謝を伝えなきゃいけない。」
 ジェイルは、まだ見ぬ、ここの主、天神 恵に感謝を伝えたいと言っているのだ。
「分かったわよ。ティーエの事は、頼んだわよ?」
 ファリアは、納得まではしてないだろうが、ジェイルを信じて、任せる事にした。
「良いリハビリ運動にもなります。任せて下さい。」
 ジェイルは、ニッコリ笑う。本気で、そう思ってそうだな。
「・・・あ・・・。おお?」
 グリードが、目を覚ましたようだ。
「天神家か・・・。・・・あ・・・。」
 エイディも、目が覚めたようだな。気が付くと、ジェイルの所に向かう。
「・・・ゆ・・・夢じゃねぇんだよな!」
「ジェイル・・・。本当に、ジェイルなんだな!?」
 グリードもエイディも、興奮しているようだ。
「皆、同じ事を聞きますね。貴方達には、感謝してますよ。最も、まだ万全じゃあ
りませんけどね。」
 ジェイルは、拳を握ってみせる。だが、まだ弱々しい。仕方無い事だ。
「これで・・・全員揃った!!俺、嬉し過ぎて、どうかしちまいそうだよ!!」
 グリードは、感激して、涙を流している。
「ジェイル・・・。あの時、お前を見捨てた俺を、許してくれ・・・。」
 エイディは、『絶望の島』を出た時の事を、言っているのだろう。あの時、ジェ
イルが乗り込めないと判断して、樽を発進させたのは、エイディだったな。
「エイディ。私は、あそこで死んでしまったとしても、貴方を・・・そして、貴方
達全員を、責めたりする物ですか。・・・あの判断は、正しかったと私は信じてい
ます。自分を責めるのは、止めなさい。」
 ジェイルなら・・・こう言うと思っていた。でも皆、あの時の光景が苦し過ぎて
自分を責めていたのだ。エイディだけじゃない。俺も、グリードも、ファリアもだ。
でも言葉にされると、余計に泣けてくる。
「困った泣き虫さん達ですねぇ。・・・過去の事を、悔やむのは止めなさい。現状
を理解して、前に進む事を、目指すのです。」
 泣くなと言う方が無理だ。ジェイルは、俺達の兄貴であり、親父であった。そん
なジェイルが帰ってきたんだ。こんな嬉しい事は無い。
「ジェイル!・・・今度こそ、俺達の人生を、始めよう!」
 俺は、泣きながら、ジェイルに誓う。
「これから・・・そう。これからなんだから!人生は!」
 ファリアも、感極まって、泣いている。
「大事な方だったんですね。本当に良かった・・・。」
 葉月さんは、嬉しそうに笑う。
「あ。そう言えば・・・葉月さん。結果は?」
 俺は、涙を拭いながら、葉月さんに大会の結果を聞いてみた。
「ナイアさんは、前人未到の、10連覇を成し遂げられました。」
 葉月さんは、結果を報告する。さすがナイアさんだ。
「じゃぁ、葉月さんは・・・2位?」
 2位だって凄い事だ。ソクトア中で2位なのだ。
「2位では、ありませんでした・・・。」
 ええ!?葉月さんは、2位すら逃したというのか!?
「手を抜いた訳じゃ、無いですよね?」
 ファリアも怪しがっている。葉月さんは、2位になるだけの実力があった筈だ。
「葉月・・・遊び過ぎですよ。」
 睦月さんが、仕方が無い妹だと言う目で見ている。
「フフッ。ごめんなさい。これが結果です!」
 葉月さんは、そう言うと、どでかいカップを持ってきた。
「『優勝』?あれ?」
 グリードは、読み間違えたかと目を凝らす。
「葉月さん・・・。脅かしっこ無しですよ。」
 エイディは、ヤレヤレと手を広げるポーズを取る。どうやら気が付いたようだ。
「まさか・・・同時優勝!?」
 ファリアが、気が付く。なる程ね。そう言う事か。
「凄いじゃないですか。あのナイアさんと同時優勝って!」
 本当に凄い。ナイアさんの家事能力は、人間離れしている。それはそうだ。人間
では、無いのだから、その能力を、フルに使うナイアさんは、本当に凄い筈だ。そ
のナイアさんと同時優勝と言うのは、並の偉業じゃない。
「ま、合格点ですね。」
「姉さんったら・・・。これ持ってきた時は、涙ぐんでた癖に。」
 葉月さんは、睦月さんに、辛口を言われて反論する。
「はぁづき!!全く・・・嬉しくない訳無いでしょう?」
 睦月さんは、頬を膨らませる。睦月さんが越えられなかった壁に、葉月さんは、
到達したのだ。姉として、これほど誇らしい事は無いのだろう。
「でもね。まだ駄目なんですよ。このカップは、私だけじゃない。今回は、皆の思
いを受け止めて、力になったからこそ、追いついたんです。私の力じゃない。」
 葉月さんは、今回の優勝は、自分の力だけじゃないと、痛感したのだという。争
ってる途中、俺達や、睦月さんの期待が、後押ししてくれたのだと言う。
「今回は、姉さんと一緒に取った優勝。だから次の大会は、自分の力で優勝します。」
 葉月さんは、自信たっぷりに言い切った。今回の大会で、自信を付けたのかも知
れない。いつも控えめだった葉月さんにしては、珍しい一言だ。
「フッ。このナイアと争って、同時優勝とはな。」
「奉仕は、技術だけじゃないですね。葉月さんの精神力には、負けました。」
 シャドゥさんと、ナイアさんが、会話に入ってきた。
「貴方達が・・・シャドゥさんと、ナイアさんですか。」
 ジェイルが、深々と頭を下げて、握手を交わす。
「君がジェイルか。レイクが惜しいと言うだけはある。良い魂をしている。」
 シャドゥさんは、魂の本質を計りながら、挨拶をする。
「初めまして。ナイアと申します。」
 ナイアさんは、丁寧に挨拶する。
「うちのレイク達が、お世話になったそうで。重ね重ね礼を言います。」
 ジェイルは、本当に感謝していた。俺達の第2の故郷は、魔炎島だと思っている。
それくらい世話になった。それと、ここだな。天神家には、感謝し切れない。
「フッ。感謝したいのは、こちらだ。レイク殿達と過ごした時間は、僅かではあっ
たが、非常に実りある時間だった。わが主、ジェシー様も、感謝しておられた。」
 シャドゥさんは、ジェシーさんの話をする。ジェシーさんも凄い魔族だったよな
ぁ。あんなに、纏めるのが上手い魔族は、初めて見たよ。
「レイク。私達は、近日中に帰る。その前に『絶望の島』の島主の情報を、教えに
来た。気になっているだろう?」
 シャドゥさんは、これが目的で、来たに違いない。
「島主ですか。アイツ、どうなりました?」
 俺達が、気になっている情報だ。ここは聞いておこう。
「いろいろとバレてな。恐らく、セントの下っ端に逆戻りだろう。お前達が居なく
なった事を隠していたのと、今回の奪還。そして、例の囲い部屋の件に関して、責
任者が激怒したらしくてな。殺されないだけ、マシなんだそうだ。」
 シャドゥさんは、事実を教えてくれる。島主も、相当悪どい事をしていたからな。
その降格は、寧ろ、軽い方かも知れないな。
「特に、お前達の脱走に関して、怒っていたらしい。だが責任者は、お前達に追っ
手を回すより、セントの守りを固める方針らしいな。セントも揺れているそうだ。」
 なるほど。セントに混乱ありか。じゃ無きゃ、とっくに俺達の捜索が大規模に行
われても、良い頃だ。それをしないって事は、何かが起きているに違いない。
「ま、そういう所だ。しばらくは安泰だ。ここの主を、捜す方に専念するんだな。」
 シャドゥさんは、俺達の事を応援してくれていた。その心遣いが、今の俺には嬉
しかった。シャドゥさんは、細かい所で、気配りが出来る魔族だ。
 それにしても・・・セントの動きも気になる。これから先、どうなる事だろう。


 これが・・・現代でも尚、歴史に残る「秩序の無い戦い」か・・・。酷い物だ。
確かに圧倒的だ。プサグル軍の圧勝だった。片方は真剣、片方が模造剣では、当た
り前の事だ。槍もそうだ。ルクトリアの方は、先が丸くなっている。プサグルの方
は、最高級の槍を使用している。勝ち目など、ある訳も無い。
 その上で、ルクトリアの騎士団長カールス=ファーンの裏切り。この戦いで、ル
クトリアの戦死者は、5万居る内の3万にも上った。残る1万は、逃げてしまった
し、後の1万は、ルクトリアに退却した。しかし、近衛団長クライブ=スフリトし
か、団長が残っていない。後は討ち死にか、行方不明になったと言われている。そ
んな中、ルクトリア王シーザー=ユード=ルクトリアと、別居していたカルリール
=ユード王妃、そして、アルド=ユード王女が、囚われの身となってしまう。
 捕らえた訳は、裏切った騎士団の中に居た、団長をも越える実力者とされる、ル
ースを操るためであった。ルースは、ルクトリア王家に絶対の忠誠を誓っていたし、
アルド王女とは、平民として暮らしてた頃に、恋仲になっていた程だ。そんな王達
が人質となれば、従わない訳には行かないのだ。
 こうして、プサグル三将軍は、その上に、大将軍カールスを据えた上でジルさん、
バルさん、ドルさんに『疾風』のルースを加えた4人で新たに『プサグル四天王』
と呼ばれるようになったのである。
 その歴史の悲劇が、眼前で起こっていた。俺は、出来るなら防ぎたかった。しか
し、ジルさんの決意は固い。ルースが、ルクトリアに忠誠を誓っているように、ジ
ルさんも、プサグルに忠誠を誓っている身なのだ。王が命令した事は、例え間違っ
ていようとも、遂行しようとするのだ。
 時代と歴史を感じずには、いられない。ティアラさんも、眼前の光景を見て、悲
しい目をしていた。夫と同じように、戦場に送り出したルクトリアの人々の事を思
っているのだろう。ルクトリアは今、悲しみに満ちている頃だ。
 もう馬車で、2日程経っている。1日目に、宿に泊まった事を考えても、着いて
も良い頃だ。修道院か。もしかしたら、歴史で言う所の、襲撃に遭っているかも知
れない。ここは、慎重に周りを、見渡さなきゃならないかもな。
「奥さん。もう少しで、修道院ですぜ。」
 運転手が声を掛けてくる。俺は、修道院の方を見る。すると、明らかに建物が燃
えようとしていた。
「運転手さん。修道院の様子がおかしい。悪いが、チップを弾むから、茂みで待っ
ててくれないか?近付いたら、巻き込まれるかも知れない。」
 俺は、運転手に指示を出す。すると、運転手はチップが貰えるので、嬉しいのか、
すぐに茂みの中に姿を隠した。
「ティアラさん。思ったより襲撃が早かったみたいだ。悪いんだけど、俺、こう言
うの、見過ごせない。だから、行って来る。」
 俺は、目の前で、苦しんでいる人を見捨てるなんて、出来ない人間だ。
「瞬さんは、そうじゃなくちゃ駄目です。行って来なさい。薬なら、ちゃんと飲ん
でるし、携帯もしてます。」
 ティアラさんは、体が弱いので薬を服用している。その薬は、過剰な程、いっぱ
い持ってきている。どうやら、心配無さそうだ。
「んじゃ、終わったら戻ってくる。少し待っても来なかったら、そのまま、ストリ
ウスに向かった方が良い。今、安全なのは、ここから近い所だと、あそこしかない。」
 俺は、一応指示をする。ティアラさんは、承知したようだ。
 そして俺は、手早く外に出る。そして修道院の方へと走り出す。酷いな。荒らさ
れている。何人か倒れている。兵士達も倒れている。この分だと、闘った跡もある
みたいだな。しかし、修道院での襲撃は、一方的だったと聞いたけどな。
「マレル殿!!大人しく従えば、これ以上の血を、見なくて済むのだぞ!!」
 中から聞こえてくる。どうやら、修道院の中で何か起こっている。
「エリカ!!イヤアアアア!!」
「マレルさん!私の事は良い!!裏手から逃げて!!」
 ・・・え?こ、この声は・・・。それにマレルさんって・・・。あれは。
「フッ。従えぬようですな。よし。貴様ら、この女を好きにしろ!!」
「エリカ!!やめてえええええ!!」
 この光景は何だ・・・。黒髪の、見覚えある人が、襲われそうになっている。乱
暴に何人掛かりで押さえながら・・・。うおおおおおおおおお!!!
「てめえええらああああああ!!」
「な、何者だ!」
 コイツら!!その人に、何してくれてるんだ!!!!!
「うるせぇ!!!!うおおおおおおお!!」
 俺は吼えた。そして、女性を押さえつけてる奴の頭を、容赦無く蹴飛ばしてやる。
何人も居たが、関係ない。次々に吹き飛ばす。許さねぇ!!!許さねぇぞ!!!
「何をしている!!早く、コイツを取り押さえろ!」
 リーダーが、指示を出す。だが、今の俺を押さえられるとでも思ってるのか?
「貴様、やめんか!!」
 部下の何人かが、俺を押さえようとする。俺は、振り向き様に、テンプルにハイ
キックを入れて、一人倒すと、二人目には、回転しながら肘を鳩尾に入れる。三人
目は、剣を振り下ろしてきたが、それを拳に闘気を込めて、アッパーで叩き壊す。
そのまま首を掴んで、膝地獄を頭に叩き込んだ。その隙にやってきた四人目には、
ローキックを叩き込んで、崩れた所に、正拳突きを叩き入れる。
「あ・・・何だ・・・。貴様、何者!?」
 リーダーが、何か言っている。
「てめぇ・・・この人に乱暴しろとか言ってたな・・・。ああ!?」
 俺は、リーダーらしき奴にアッパーを叩き込むと、奴が地面に着く前に、ミドル
キックで吹き飛ばす。それだけでは無く、追いかけて拳を握る。
「・・・駄目よ!!」
 ・・・この声は・・・やっぱり・・・。
「瞬君・・・。なのね。」
 やっぱり、江里香先輩だ・・・。夢じゃない。
「瞬君!!!」
 江里香先輩は、嬉し涙を浮かべながら、俺に抱きついてきた。俺は、それを拒ま
なかった。気丈だったが、怖かったに違いない。少し震えていた。
「が・・・ぐ・・・。」
 リーダーらしき男は、俺の目を見ると、恐怖の眼差しを浮かべて去っていった。
それに付き従うように部下達も去っていった。所詮は、烏合の衆だったのだろう。
「江里香先輩・・・。やっと会えた。もっと早く、ここに着いていれば・・・。」
 俺は、江里香先輩を苦しめずに、済んだかも知れない。
「何言ってるのよ・・・。間に合ったじゃない。私・・・嬉しかった。」
 江里香先輩は極上の笑みを浮かべて俺に口付けをしてきた。俺は、拒まなかった。
「・・・エリカ・・・。」
 隣の女の人が、何か恥ずかしそうにしていたが、嬉しそうに立っていた。
「あ・・・。マレルさん。ごめんね。」
 江里香先輩は、マレルと言う人を、無視した事を謝る。
「その人が・・・いつも話していた、天神 瞬さん?」
 どうやら、江里香先輩は、ここに飛ばされたようだ。
「うん。一番頼りになる人。普段は、そうでも無いんだけどね。」
 う・・・。一言余計だ。にしても、元気を取り戻したようだ。
「・・・無事だったのね。2人共。」
 奥から誰か出てきた。優しそうな顔をしている。
「修道長!大丈夫ですか!?」
 修道長・・・。って事は、ここの、修道院の管理者か。
「・・・その人は?」
 どうやら、俺の事を警戒しているらしい。
「俺は、天神 瞬と申します。」
「私が話していた友人の一人です。」
 俺の後に、江里香先輩が説明を加える。すると、修道長は納得する。
「貴方が・・・では、ここに来たのは何故?」
 修道長は、俺に質問してくる。
「俺はハイム家の手伝いをやっています。ここへは、ジルさんの命で奥さんと、お
子さんと共に、避難しに来ました。」
 俺は、敢えてジルドランと言う名前を、使わなかった。
「・・・なるほど。『雷』の将軍の使いでしたか。」
 どうやら、修道長は知っているようだ。不思議でもない。ハイム=ジルドラン=
カイザードと言えば、ソクトア中に、名の知れた猛将だ。
「ご存知でしたか。ジルさんは、奥さんとお子さんだけは、この戦乱に巻き込みた
くないと、言っています。」
 俺は説明する。ジルさんの事を知っていながら、聞いていると言う事は、警戒さ
れているかも知れない。でも、嘘を吐くよりマシだ。
「貴方の言う事は信じられる。あの朴念仁が考えそうな事です。ティアラを巻き込
みたくないのなら、異を唱えれば、良かった物を・・・。」
 あれ?この修道長、この口調だと、ジルさんの事知ってるっぽいな。
「驚きなすったか?ティアラは、この修道院の出身。そしてジルドランは、ここに
熱心に来て、ティアラを、口説きに来てたんですよ。」
 なる程。それで、ここに逃げろと言ったのか。そう言えば、ティアラさんも、こ
こを知っているような、口振りだったな
「さて、ここは、もう安全では無くなりましたぞ?次は、どこに行きなさるつもり
かね?当ては、あるのですかね?」
 修道長は痛い所を突く。ここじゃ無ければ、どこか?まだ考えていない。
「分かりません。だけど、北に向かおうと思います。」
 俺は答える。何故か・・・それは、俺が歴史を思い出したからだ。それは、横に
居る、江里香先輩も同じだった。
「なる程。あそこですね。ここに来たばかりの貴方とエリカさんが、知っていると
言う事は、彼の家に向かうと言う訳ですね。」
 修道長は、思い当たる節があったようだ。
「生物学者であり、最高の軍師でもあるフジーヤ。彼の元ですね。」
 修道長は言い当てた。さすがだ。ここより真北に進むと、フジーヤの家がある筈
だ。歴史では、マレルさんは、そこに向かう事になっていた筈だ。
「彼は変わり者ですが、善人です。匿ってもらえるでしょう。」
 修道長は、どうやら、フジーヤの事も、知っているらしい。凄い人望だ。
「マレル。エリカさん。貴女達も行きなさい。」
 修道長は命ずる。江里香先輩は黙って頷く。しかしマレルさんは、首を横に振る。
「ここでは、多くの仲間が死にました。それを見捨てるなんて、私には出来ません!
仲間のためにも・・・。」
「『月の巫女』!!行きなさい!!私への気遣いは、無用です!」
 修道長は、強い口調で言う。ここが危険か誰よりも知ってる修道長は、ついにマ
レルさんの宿命である『月の巫女』の名前を出す。
「ずるいです。修道長。私は、その名で呼ばれたら、逆らえないって知ってるのに。」
 マレルさんは『月の巫女』と言う宿命を持っている。逃れようとは思っていない。
『太陽の皇子』の魔の手に掛かるなと、修道長は言ってるのだ。そして、修道長は、
ここに居ると、その魔の手が、やってくる事を悟っているのだ。
「ここに来た兵士の紋章。あれはルクトリア。騎士団長カールスの直属でした。カ
ールスは、噂では、謎の軍師と共に居ると言う話です。分かりますね?」
 修道長は、念を押すように、マレルさんに言う。
「私が、夢見たのと同時に、囁かれた軍師・・・リチャード=サン・・・。」
 マレルさんは、リチャードの存在を、誰よりも脅威に思っている。『太陽の皇子』
が『月の巫女』を奪いに来るのは、宿命だと聞かされているからだ。向こうは、マ
レルさんの気配を、詳しく感じる事が出来ないのだが、マレルさんは、リチャード
の存在を、恐怖として感じ取る事が出来るのだ。
「私は、一切の痕跡を、残さぬ作業に取り掛かります。」
 修道長は、死体の処理などをするつもりなのだろう。既に残っているのは、修道
長と、マレルさんと江里香先輩だけだ。リチャードに、追わせる訳には行かないの
だろう。
「修道長・・・アンタ、まさか!」
 俺は、直感的に感じ取った。
「一切の痕跡を残したくないのです。分かりますね?」
「・・・分かった・・・。とでも、言うと思っていたのかよ!!」
 俺は、修道長を睨み付ける。
「アンタ、ここに火を放つ気だな。しかも自分ごと!」
 修道長は、否定しない。やはりな・・・。
「一切の痕跡を残さないと言うのは、そう言う事で・・・。」
「喧しい!!アンタの犠牲の上に、俺達が逃げろってのか?冗談じゃないぞ!俺は、
そんな思いするくらいなら、誰も、連れて行くつもりは無い!!」
 俺は、誰かの犠牲にすると分かっていながら、前に進む事など出来ない。
「・・・私のような老人を連れて、何があると言うのです?」
「俺は、助けられる命を、見捨てるなんて出来ねーんだよ!」
 そう。修道長が死ぬと分かっているのなら、助けなければ駄目だ!
「瞬君・・・。それでこそ瞬君よね!」
「彼の言う通りです。修道長。貴女が、そのつもりなら私も動きません。」
 江里香先輩や、マレルさんが同調してくる。そうでなくちゃな。
「私からも、お願いです。悲しい事を、なさらないで下さい。」
 ・・・後ろから声がした。その声は、間違いなかった。
「ティアラさん。来てたのか・・・。」
「瞬君。貴方の熱い台詞は、この私にも、届きましたよ。夫の見込んだ方に間違い
は無いようですね。」
 ティアラさんは、瞳で応えてくれる。俺は、間違った事など、言っていないと信
じている。爺さんが願っていた正しく強く生きる事を、俺は身をもって示すんだ。
「強情な人ですね。私を助けても、得る物は少ないと、分かっていますでしょうに。」
 修道長は、寂しそうに笑った。しかし、俺達と共に行く事を、決めたようだ。
「貴方の、その意志に、賭けましょう。私も共に行きます。」
 修道長は、こちらを見た。すると、マレルさんが、抱きついてきた。
「良かった!私、修道長まで、居なくなっちゃうと思ってた!」
「マレル・・・。もう、子供みたいなんだから・・・。」
 修道長は、そう言いつつも、嬉しそうな表情を見せる。その表情は、母が子を見
る表情その物だった。
「では、行きましょう。・・・あ、それと、これからは、私の事は名前でお呼び下
さい。私の名は、レイシーです。」
 レイシーさんか。・・・どこかで聞いた事があるような・・・。
 ま、良いか。その内に思い出すだろう。俺達は、前に進まなければいけない。
 何よりやっと江里香先輩に会えた。その幸運を噛みしめる事にしよう。


 ストリウスに着いて5日ほど経った。ここの暮らしに慣れ始めている自分を感じ
る。慣れとは怖い物だ。情報集めして帰ってくる繊一郎さんや、恵さんとの手合わ
せにも、慣れ始めていた。
 勝率で言えば、恵さんが一番高い。無論、僕も本気で、手合わせしているが、恵
さんの反応が早い。ここに来て、更に実力を上げたような感じだ。繊一郎さんも、
さすがと言うべき動きで、一瞬でも気を抜けば、やられてしまう。
 とは言え、僕も5割以上の勝率をキープしている。ショウさんとの手合わせの経
験が、この勝率を保てていると言っても、過言では無い。パーズ拳法で、自分と同
レベルの強さを持つ人は、あの人以外居ない。あの経験は僕の宝になるだろう。
 もちろん今の手合わせだって、貴重な経験だ。伝記の最強の忍者である榊 繊一
郎。さすがとしか言いようが無い。隙の無い構えから必殺の一撃を繰り出す姿勢に
は脱帽である。パーズ拳法の全てを駆使して、やっと勝てる相手である。
 とは言え、今日は、どうやら調子が良いみたいで勝率は7割。油断以外の負けは
無い。繊一郎さんにも恵さんにも、勝ち越している。向こうも分かっているみたい
で、是が非でも勝ちに行こうとするが、そこを狙って勝つ。今日の一番は、僕みた
いだ。調子が良い。
「終わり!!降参!!」
「・・・拙者もで御座る!参り申した!!」
 恵さんも繊一郎さんも、座り込む。立っているのは僕だけだった。
「今日は勝てた!いやぁ、ギリギリだったけどね。」
 お世辞では無い。調子が良いと言っても、勝負は、ほとんどギリギリだ。
「今日の俊男さんは、手が付けられませんわ。」
 恵さんは、今日の負けを認めたらしい。珍しい事もある物だ。
「上手い事を言うなぁ。明日が怖いよ。」
 明日になったら、あっさり恵さんが一番を持っていきそうで、困る。
「お世辞では御座らぬ。動きのキレ、力強さ、持続力。今日の俊男殿に、隙は御座
らぬ。勝てたのは、俊男殿が油断した時だけで御座った。」
 誘い技にやられたのが2度、避けた隙に、ぶち込まれたのが3度程。まぁ、確か
に、やられたのは油断だけど、誘い込まれたのは、僕の実力だ。
「それにしても、俊男さんって本当にタフよね。いつも終わった後も、構えを崩さ
ないじゃない。私達が休んでいる間も、稽古したりしてるわよね。」
 恵さんは、僕が体力があると言っているのだろうか。まぁこっちとしては、終わ
った後にも、礼儀を崩さない。と言うパーズ拳法の教えを、実践しているだけなん
だけどね。相手に失礼の無いようにするのも、パーズ拳法の教えの一つだ。
「手合わせの後にも、礼を失さず。パーズ拳法の教えの一つだよ。」
 僕は、疲れた体にも鞭を打って、構えたまま話す。
「私も見習わなきゃね。でも、まだ継続してるのよ?」
 恵さんは、基本の構えから打ち込みを見せる。その拳のキレは、前より成長して
いた。さすがだ。恵さんの成長には、驚かされる。
「パーズ拳法の修練を欠かしてないようだね。さすがだなぁ。」
 恵さんの凄い所は、毎日見えない所でも、欠かさず修練をしている事だ。しかも、
怠りが無い。流れの中で、パーズ拳法と合気道、そして力の流れからルールの把握
まで、毎日こなしている。その中で、ウェイトレスとして働いている上に、毎日、
演奏も欠かさない。前より時間は減ったそうだが、その分、集中して練習している
のだと言う。だから実力が落ちない。落ちない所か、上がっている。さすがだ。
「なんと!そうか!恵殿の、守りと攻めを兼ね備えた時の攻めは、パーズ拳法から
で御座ったか!!合気道だけでは無いとは・・・。」
 繊一郎さんは感心していた。腑に落ちなかったんだろうな。恵さんの変幻自在な
攻めは、合気道と、パーズ拳法を組み合わせる事で、進化している。
「拙者は、恵殿と会うまでは自惚れて御座った・・・。自分程、修練している者は
居ないと・・・。しかし、恵殿と俊男殿を見て、間違いだと気が付き申した。」
 僕まで褒めるのは、言い過ぎじゃないかなぁ?恵さんは確かに凄いけど。
「俊男さんはね。兄様と同じくらい修練馬鹿ですからね。私は、人より怠るのが許
せないだけよ。これでも、追いつけるよう必死ですのよ?」
 それは意外な言葉だった。恵さんは、本物の天才だと僕は思っている。半魔族だ
と言う事を除外しても、凄い才能の持ち主だ。涼しい顔で、凄い能力を身に付ける。
教えれば、綿のように吸収する最高の強さの持ち主だと、思っていた。
「意外そうな顔ね。俊男さん。でも、修練を怠って、上に立てる人物は居なくてよ?」
 恵さんの言う事は真実だ。だが、それを実践する所が、恵さんの凄い所だ。人は、
頭で分かっていても、きつい事は、回避しがちだ。だが恵さんは、上に立つために、
敢えて強さを求めているのだ。この人には、勝てないな。例え、強さが上になった
としても、頭が上がらない。そう思わせる程の女性だ。
「恵殿は、素晴らしいで御座るな。上に立つ者の資質の全てを、兼ね備えている。
ますますもって、元の時代に戻らなくては駄目で御座る。」
 繊一郎さんは、真面目な顔で言った。これは意外な一言だった。繊一郎さんは、
僕達が、ここに留まるのを望んでいるかと思っていた。
「あら。繊一郎さんは、私達に帰って欲しいのかしら?薄情ねぇ。」
「そうでは御座らぬ。そなた等のような、素晴らしき者とは、少しでも、多く同じ
時間を過ごしたい。だが、そう思うからこそ、元の時代に、帰って活躍して欲しい
ので御座る。そして拙者との思い出を、忘れずに居て欲しいと思うので御座る。」
 恵さんの軽口を、繊一郎さんは、真面目に返す。こんな事を言われると、照れて
しまう。それは、恵さんも同じだった。
「光栄ですわ。冷やかした事は、謝ります。ですが、一言・・・失礼ですわ。」
 恵さんは、謝罪した後に口を尖らせる。
「そうだね。繊一郎さんは勘違いをしている。僕と恵さんが、繊一郎さんの事を忘
れる筈が無い。勿論、レイホウさん。貴女もね。」
 僕は、恵さんの後に続けて言う。そして、後ろで見ていたレイホウさんにも、声
を掛ける。すると、レイホウさんは、溜め息を吐く。
「こっそり見ていたってのニ・・・。抜け目が無いネ。」
 レイホウさんは、参ったと言うように頭を掻く。
「こうなったら、更に忘れられないように、飛び切りの料理を、ご馳走するヨ!!」
 レイホウさんは、笑顔で答えた。その笑顔を、僕は忘れない。そして、繊一郎さ
んの凄い強さを、僕は忘れない。決してね。
 ・・・そんなこんなで、レイホウさんの、忘れられないような料理を食べた後、
僕は、自分の部屋で構えの修練をしていた。うん。調子は悪く無い。
 この調子なら、明日も勝てるかも知れないな。・・・ん?
 何か違和感がした。気のせいだろうか?・・・違和感の正体を確かめるか。
 僕は、一応のため、周りに気付かれないように扉を開ける。まだ、違和感が絶え
ない。嫌な予感もする。気のせいだろうか?窓をこっそり開けて外を見てみた。
 すると、確かに・・・違和感の正体を見た。・・・。
 僕は、その違和感の正体を、手早く追いかけて、路地裏に追い詰めた。人の気配
も無い。好都合だ。これで、いろいろ問える。
「そこまでだよ。」
 僕は制止した。そうじゃ無くても相手は袋小路に居る。こっちを見ざるを得ない
筈だ。最も、本気で逃げようとするのならば、逃げられる筈だ。
「どういう事?何で、黙って行こうとしたの?」
 僕は、相手に問う。本当に、何でこんな事をしたのか、分からないからだ。
「貴方なら、分かっているんじゃなくて?」
「自分で捜す気かい?あれだけ、協力してくれる人も居るってのに?」
 僕も薄々感付いていた。だが、まさか、限界に来ているとはね。
「分かっているなら、行かせてくれないかしら?」
「一言も告げずに行くのは、どうかと思うんだけど?」
 僕は、駄目だと言う意思表示をする。別に行くのは構わない。だが、それは、礼
儀を通した後だ。それが出来ない人じゃ無い筈だ。
「あの親切な人達に、別れを告げるのは・・・嫌なのよ。」
「だから!!告げずに言ったら、もっと傷付くと言ってるんだよ!分かってるんで
しょ!?恵さんも、望んでいない筈だ!」
 僕は、強い口調で言った。正体は恵さんだった。まさかとは思った。だが、間違
いなかった。月明かりに照らされた姿は、間違いなく天神 恵だった。
「信用出来ないんじゃない。でも、自分で捜さないと、我慢出来ないのよ!!」
 恵さんの様子がおかしい。確かに、今日の不調から、何か調子がおかしかった。
いつもの鋭い読みが、外れていたからだ。
「どうしちゃったんだよ。恵さん。瞬君を捜したいのは分かる!けど、それじゃ、
あの2人が、余りにも報われないじゃないか!全力で捜してる人が居る!!事細か
に情報を聞きだす人が、居るじゃないか!!」
 僕は、繊一郎さんとレイホウさんの事を言う。このまま行くというのは、二人を
裏切る事だ。そんな事をする恵さんを・・・僕は、見たくない。
「本気かしらね?未来の人のために?」
「・・・その言葉こそ・・・本気かい?あの二人の誠意は、恵さんが一番分かって
いると思ったけどね。」
 僕は、寂しい目をしているに違いない。こんな事を言う恵さんは、初めて見た。
「そんな眼で見るのは、反則よ。蔑まれる覚えは、無いわ。」
「蔑んでいるんじゃない!信じられないだけだ!!」
 僕は反論する。信じられないんだよ・・・。恵さんが、こんな事を言うなんて。
「貴方に、どれだけ分かるというの?私が兄様を捜したいと・・・どれだけ思って
たか、知っているとでも言うの?」
 恵さんの口調も強くなる。それにつれて、殺気も強くなる。
「正確に分かるとは言えない。だけど・・・その気持ちは僕にだってある。何が何
でも捜したい。見つかるのなら、草の根を分けてでも・・・ってね。」
 僕は殺気を正面から受け止める。ますます、この状態の恵さんを行かせる訳には
いかない。こんな状態で探したって、悲劇が待っているだけだ。
「知った風な口を!!貴方、そこまで・・・兄様を捜したいと言うの?」
 恵さんは勘違いをしている。僕は瞬君を、そこまで捜したいんじゃない。
「どちらにせよ、今の恵さんを、行かせる訳には、いかない。」
 僕は、絶対に行かせないと言う意思表示をした。
「貴方、今日調子が良かったです物ね。良いわ。リミッターを私は外すわ。行かせ
ないつもりなら、倒してでも、通るまでよ。」
 恵さんの目付きが変わる。いや、瞳の色が変わっていく。黒から赤に。そして、
髪が透き通る黒から漆黒の闇の色に変わっていく。それと同時に殺気が増えていく。
そして・・・これは、瘴気だろうか?圧倒的な速さで増えていく。
「この姿・・・他人に見せたのは、貴方で2人目よ。」
 恵さんは、恐ろしい事を言う。言うからには、見られたくない筈なのだ。
「その姿が、半魔族として、解放した姿なんだね。」
 僕は理解した。恵さんのリミッターを外すと言う行為を。魔族としても一級品。
人間としても一級品。その力が、フルに出せる姿が今の姿。この状態の恵さんに、
何が通用するだろう。圧倒的な力は、魔神を超えるであろう力だ。僕は、魔神レイ
モスに取り憑かれていたから分かる。レイモスの力を、凌ぐ程だ。
「参ったな。・・・でも言ったからには、やらないとね。」
 僕は、パーズ拳法の構えを見せる。そして今の内に『ルール』を解放しておく。
「『ルール』解放!」
 僕が言うのと同時に、恵さんも解放する。どうやら考えている事は同じらしい。
「ああ。凄い・・・。俊男さん凄いわ。私の最高の強さを、発揮させるなんて。」
 恵さんは、力に酔っていた。分からなくも無い。今の恵さんの力は、神ですら倒
せる程に違いない。魔神以上の力に『ルール』。鬼に金棒である。
 それに比べて僕のルールは、足場を作るという事だけだ。だが、僕の戦闘スタイ
ルは、足場があると言うだけで、攻めも守りも随分と違ってくる。
 とは言え、恵さんの力は圧倒的だ。隙が無い。何とか隙を作らないと・・・。
「恵さん。一つ、約束してもらえるかい?」
 僕は、藁にも縋る想いで、言葉を発する。
「何かしら?下らない願いじゃなきゃ、構わないわ。」
 恵さんは、ハイになっている。
「今の恵さんに勝てたら、僕の言う事を、聴いてくれるかい?」
 無謀な願いだった。今の恵さんに勝つと言うのは、神に挑むのに等しい。
「俊男さんってさ。口調は丁寧なのに強気よね。そういう所、好きよ。」
 恵さんは、いつもの口調じゃない。どうやら、制御出来てないようだ。
「どちらかが、降参するか、動けなくなるまでだよ。」
 一応、条件を付け加える。
「良いわ。約束する。でも、本当に勝てたらの話よ?」
 恵さんは、そう言うと消えた。・・・消えた!?
 ガシィ!!
 間一髪だった。空気の流れから、恵さんの攻撃を読んで、左腕で攻撃を防御する。
これは想像以上だ。速いなんてもんじゃない。動きが見えなかったなんて初めてだ。
「凄いわ。防御出来るなんて・・・。楽しませてくれるじゃない。」
 恵さんは、続け様に消えながら攻撃する。本当に目の前から消える。攻撃する一
瞬だけしか、見えない。何だ?この速さは・・・。
「グハッ!!ゲハッ!!」
 しかも何て力だ!一撃が重い!これが、本当に恵さんの拳から繰り出される攻撃
なのか!?信じられないパワーだ。僕は、防御が間に合わず、食らってしまう。
「痩せ我慢が続くと、痛いわよ?」
 更に襲い掛かってきた。攻撃だ!攻撃しないと駄目だ!
「テヤッ!!」
 僕は勘で、防御する方向を決めながら攻撃を繰り出す。駄目だ!当たらない!
「そんな遅さじゃ、当たらないわ。」
 喋る余裕があるんだから、凄い。
「ハアアアアアア!!」
 僕は闘気を腕に溜めて、闘気弾を撃ち出した。・・・恵さんは避けようともしな
い。どう言う事なんだ?
「フフフ・・・。お馬鹿さんね。」
 恵さんは怪しい笑みを浮かべて、闘気弾を打ち消した。
「馬鹿な!?消した!?」
「俊男さん?私のルール覚えているでしょ?」
 ・・・そうか!恵さんのルールは『制御』のルール!!つまり、恵さんのルール
内では、力その物が、打ち消されてしまうんだ!それが、神ですら勝てないかもと
思わせる所以だ。恵さんにダメージを与えるには、肉弾しか無いと言う事か!
 自分は自由に力を使えて、相手には使わせない。何て恐ろしいルールだ!
「しょうがない・・・。」
 こちらも、ルールを駆使しなくてはならない。まずは飛ぶ。そこに『跳壁』のル
ールを使って、足場を作る。それを足場にして、更に上へと上がっていく。そして、
そこから斜め上に足場を作って、通常では、有り得ない動きで、跳躍を繰り返す。
何も無い空間を縦横無尽に駆け巡る。そして、休まず攻撃する。それしかない!
「へぇ。足場を作るだけって思ったけど、凄いわね。」
 恵さんも感心している。この動きなら、恵さんの凄まじい速さに対抗出来る。こ
ちらは、一切の無駄が無く次の攻撃に移れるが、恵さんは、空間に足場を作る事な
ど出来ない。故に、どうしても次の攻撃に移るまでに無駄が出来てしまうのだ。し
かし、その動きを持ってしても『互角』なのだ。恐ろしい事だ。
「ウリャアアアア!!」
 僕は何も考えずに、攻撃と防御を繰り返して、恵さんの凄まじい動きに対応する。
「思ったより楽しめるじゃないの。」
 恵さんは、このままでは不利だと思ったのか、自分から距離を取る。
「なら、本領発揮よ。その動きを、封じてあげるわ。」
 恵さんは、手を交差させる。何を、するつもりだろうか。
「魔族の姿でしか出来ない、私の特技よ。味わいなさい。」
 恵さんは特技だと言った。・・・つまり、力を打ち出す訳では無いようだ。だが、
手からは、妖艶な瘴気が篭っている。油断は出来ない。
「逃げられるかしら?」
 恵さんは、ゆっくりと手を前に出す。その瞬間だった。肩に衝撃が走った。
「ぐっ!!!!!な、何だって・・・。」
 予想を遥かに超えた攻撃だった。恵さんの爪が一瞬にして伸びた。そして、その
後も伸びたり曲がったりを繰り返している。まさか、爪の長さを、制御出来るのか!?
「この10本の指から、繰り出される攻撃は、逃れられはしないわ。」
 恵さんは、また、爪で攻撃してきた。僕は、『跳壁』を駆使して、離れる。だが、
凄いスピードで、爪が追いかけてくる。しかも、蜘蛛の巣のように曲がりながらだ。
「フフッ。なら、これはどう?」
 恵さんの爪が、一瞬で無くなったかと思ったら、両手を広げるような形で、路地
裏全体を覆うように伸びていく。囲む気か!!
「これで、詰みじゃないかしら?」
 恵さんは、見下すように僕を見る。本当に凄い。
「降参して、私を行かせてくれるわね?」
 恵さんは、有無を言わせないと言う口調で言う。
「今の恵さんを、行かせられない!」
 僕の答えは一緒だ。
「難儀ねぇ。ここのエリアの支配権は、私の物だと言うのに。だから、こう言う事
も出来るのよ?」
 恵さんが言うのと同時に、僕の体を爪で縛ってきた。おかしな表現だが、爪が僕
の体を、縛っている。傷付けないでいるのは、恵さんの技量なんだろう。
「右手一本で、ここまで縛れるのよ?で、こうなる訳よね?」
 恵さんが左手を少し動かすと、僕の首に、爪が伸びてきた。
「さ、降参よね?」
「降参なんかしない!!」
 僕は、意地で言った。こんな状態の恵さんを、行かせるもんか!!
「強情ねぇ。今の私、手加減が出来ないのよ?」
 ぐあああああ!!足を貫かれた!!痛みが集中する所を、的確に狙ってきたか!
「うぐううう!!」
「あのね?拷問したい訳じゃないの。でも貴方が納得してくれなきゃ、行けないで
しょ?勝負と言うからには、ハッキリさせなきゃ。約束したしね?」
 恵さんの義理堅い性格を利用して、約束させたのは正解だったか・・・。いや、
不正解かもね。こりゃ、参った。僕は、降参する気なんか無い。
「行かせられない!!」
「・・・何で?・・・意識だって朦朧としてるのに、何で降参しないの?」
 恵さんは、不思議がっていた。ここまで僕が傷付いても降参しないのは何故か。
「・・・恵さんと同じだよ。」
「・・・何が?」
「僕だって・・・草の根分けて捜したいんだよ。エリ姉さんを・・・。」
 エリ姉さんは、僕の憧れの人だ。行方不明なんて、させない!!
「・・・だったら、行かせてよ。そして、そっちも捜せば良いじゃない!」
「駄目だぁ!!!この状態で会ったら、瞬君も!エリ姉さんも!!納得してくれる
物か!!せっかくの再会を、汚させて堪る物かああ!!」
 僕の魂の叫びだった。恵さんと同じ気持ちだったからこそ、再会は、納得させて
やりたかった。今のまま会ったら、間違いなく悲観する。そんな顔を、させたくな
い。恵さんを止められなかったら、エリ姉さんに会わせる顔が無い。瞬君に、会わ
せる顔が無い!止めなきゃ駄目なんだ!!
「・・・貴方、再会を、信じて疑わないのね。」
「恵さんに会えたからこそ、信じられるんじゃないか!」
 恵さんに会わなかったら、自分勝手に捜していたかも知れない。そうすれば、エ
リ姉さんに、もっと早く会えたかも知れない。でも、今となっては、そんなの意味
が無い。恵さんと一緒に喜びを爆発させなきゃ、意味が無い!!
「信じている事のためなら、今の恵さんにだって!勝ってみせる!!」
 僕は、『跳壁』のルールを解いた。
「なっ!!」
 恵さんは驚く。それはそうだ。床が、突然無くなったのだ。そして、僕は、思い
っ切り力を入れて、爪を何とか壊し、体を回転させながら『下』へと逃れる。『跳
壁』のルールは、相手に共有させる事が出来る。それを利用して、恵さんが、最後
の爪を伸ばす前に、恵さんにも見えるように、『跳壁』のルールを共有させた。そ
して、5メートル程上に、床を作っておいた。その『跳壁』を、解除したのだ。
 これが、『跳壁』のルールの凄い所だ。相手の虚を突く事も出来る。
「グッ!!」
 恵さんは、爪を一瞬で解く。しかし遅い!!
 ドボッ!!!!
 僕は、鳩尾に拳を突き入れる。女性を本気で殴ったのなんて、初めてだ。顔を殴
る訳にはいかない。気絶させるために鳩尾に入れた。
「・・・貴方・・・。馬鹿・・・。本当に・・・馬鹿よね。」
 恵さんは、笑っていた。そして、魔族の姿が解けていく。瘴気が弾け飛んだみた
いだ。いつもの恵さんに戻っていた。そして、膝を突く。そのまま、意識を失った
ようだ。
「・・・恵さん。」
 僕は、恵さんが倒れたのを確認すると、眩暈がしたので、上着を掛けてやる。こ
のまま、風邪を引かれたら困るからだ。・・・僕は、もう力を使い果たしてしまっ
たしね・・・。
 こちらの意識も薄れていく。でも、恵さんを止められたから良いか・・・。
 薄れ行く意識の中で、そんな事を思っていた。



ソクトア黒の章3巻の4前半へ

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