5、激突  ルクトリア・・・東の軍事大国と言われ、美しき緑と豊穣なる海に囲まれた国。  その美しい国が、一つの敗戦によって、陵辱された。  それが、今なのだ・・・。  正確には、1000年も昔の話・・・。  でも、その悲惨さを目の当たりにしているのだから、信じざるを得ない。  人々の目は、絶望に打ちひしがれ、何かに縋っている。  プサグルの兵士によって、奴隷のような扱いをされている。  ここまでとはね・・・。  ただし、場所によっては、統制がなされていた。  それぞれの配下によって、軍規が違うのだろう。  とりわけ、ジルドラン将軍の所の管轄は、一糸乱れぬ統制がなされていた。  瞬君が、ジルドラン将軍の所に厄介になったと言う。  それに、ティアラさんの夫が、そんな暴挙に出る事は、無いのだろう。  話によると、忠義のため、心を鬼にして参戦しているそうだ。  さぞや、辛い心境だろう。 「あれが・・・今のルクトリア・・・か・・・。」  ライルさんは、落胆していた。一人増えて、四天王となった将軍の所の管轄は、 とても風紀が良いのだが、それ以外の所は、地獄であった。四天王の所に逃げてい る人が絶えないのだと言う。だが、そんな事は、他の管理者が許さない。  見つけ次第、処刑している所もあるとか・・・。残酷な話ね。 「ルドルフ王・・・。アンタが目指した理想が、これなのか?」  グラウドさんは、拳を強く握り締める。情けないのだろう。 「ライル。お前の兄であるヒルト王子の居場所が、分かったぞ。」  フジーヤさんが、耳打ちする。私達は、情報収集のために、ここに来たのだった。 勿論、表立った行動はしない。情報を手に入れるためだ。  だが、私達は知っていた。私と瞬君は、歴史の授業で習っている。どう辿ってい ったのか、思い出すだけで良いのだ。でも、瞬君も黙っている。何でも、今のルク トリアを、知ってもらう事も、重要なんだとか。  とは言え・・・この荒れようじゃあね・・・。 「ヒルト王子・・・いや、兄さんの居場所か。」  ライルさんは、まだ王子が、自分の兄だと信じられないらしい。そして、自分が、 王家の人間だと言う自覚も無いんだろう。・・・よく考えたら、レイクさんも、ル クトリア王家の直系の人間って事よね。・・・似合わない・・・。 「サマハドールだ。女帝国家の所らしい。ま、順当と言えば、順当だ。」  フジーヤさんは、不思議がっていない。それはそうだ。同盟国で、ヒルト王子の 婚約者が治めている国だ。戦力を整える場所としても、好都合だ。 「ライル。行くぞ。サマハドールに行って、合流しなきゃ明日は無いんだ。」  グラウドさんが促す。グラウドさんは、すっかりライルさんと打ち解けたようね。 「くそっ・・・。姉さんや母さん、それに・・・父さんが捕まってるってのに!」  ライルさんは悔しがる。無理もない。肉親が、囚われの身なのだ。 「その気持ちは忘れるな。だが、怒りを力に変えて・・・お前は、生きなきゃなら ない。それまでは、お前の友人の、ルースを信じろ。」  フジーヤさんは、諭すような口振りで言う。ルースさんは、囚われの3人の命を 保障させるために、プサグルの将軍として、立つ事を選んだのだ。 「ルースにばかり・・・負担を強いるとは・・・。済まない・・・。」  ライルさんは、本当に悔しそうだった。ルースさんが、心を鬼にして、プサグル のために戦っている。それは、見ているだけでも、悲痛な事だ。 「俺達のすべき事は、一刻も早く、ヒルト王子と合流する事だ。」  フジーヤさんは正論を言う。その通りだ。悔やむ前に行動。その論理には賛成。 「ライルさん。貴方の気持ちは、分かる。俺が、同じ気持ちですから。」  瞬君が、口を出す。そうだ。この時代には、恵さんとトシ君が居る。彼らの身の 安全すら、分からないのだ。 「そうだったな。瞬は、俺以上の目に遭ってたんだな。よし・・・。前が、見えて きたぞ。俺は、俺の成すべき事を、しなきゃな。」  ライルさんは、真っ直ぐな目をしていた。こういう時の目は、レイクさんに、そ っくり。やっぱり、彼の先祖なのね。  そんなやり取りがあったのが、3日以上前だろうか。今は、道中にいる。もう少 しで、野営の時間だ。  彼らとの手合わせも、何度かやっているが、戦闘技術に関しては、やはりライル さんは、ズバ抜けていた。不動真剣術が、如何に完成されている剣技か、思い知ら される。それに、付いて行く瞬君も凄いけどね。 「もう少しで、サマハドールだ。」  フジーヤさんが、距離を測っている。ちなみに3日で、かなりの距離を進んでい る。それは、フジーヤさんによって、魂を込められて、強化された馬のおかげだ。 「この子達には、感謝しないとですね。」  マレルさんが、丁寧に丁寧に馬の背を撫でてやる。すると、嬉しそうに嘶く。 「マレルさんは、優しいなぁ。」  ライルさんが、その光景を嬉しそうに見守る。すると、マレルさんは、照れ臭そ うに笑った。やっぱり、未来の結婚相手だけあって、もう惚れてるのかしらね。 「おい。瞬。」  グラウドさんが声を掛けてくる。 「何でしょう?」  瞬君は、素直に振り向く。 「ハァ・・・本当に信じらんねーな。こんな穏やかな顔を浮かべる奴が、一番つえ えなんてな。未来は、どれだけ強い奴が居るってんだよ。」  グラウドさんは呆れる。グラウドさんは、これでも自分は強いと思っていたと言 っていた。実際強いのだが、ライルさんや瞬君との手合わせで、井の中の蛙だった と、思い知らされたらしい。 「ご安心を。瞬君は、その中でも、特別強い方よ。」  私は付け加える。瞬君を基準にされたら、敵わないわ。 「エリカだって、十分強いでしょう?私は、ビックリしてるのよ。」  マレルさんは、話題に加わる。 「それに関しちゃ、俺も同感だ。女で、俺に付いてこれる奴、初めて見たよ。」  グラウドさんは、またしても呆れる。付いてこれるって言っても必死なんだけど なぁ。それでも、グラウドさんには、トータルでは、負けてる筈だ。 「江里香先輩も、特別だからね。俺の妹と、同レベルですから。」  瞬君たら、まーた、口が軽いんだから。 「あのねぇ。恵さんと一緒にしないでくれる?私は、どう足掻いたって、恵さんに は、勝てないわよ?本物の女傑ってのは、あの人の事を、言うと思うわ。」  嘘偽りの無い気持ちだった。悔しいけど、付いていくのが、やっとだ。恵さんに は、勝てない。彼女は上に立つ者として、王者としての貫禄が、染み付いている。 「その妹さんて・・・そんな凄いんだ・・・。」  ライルさんまで、興味津々だ。まぁあの人は、特別だからね。 「ハハッ。確かに恵は、凄いな。俺ですら敵わないと思うくらいね。恵の凄い所は、 そこまで上り詰める努力を、当然と思っている所なんだ。アレは真似出来ないよ。」  瞬君ですら、頭が下がる程の女性。まぁ、恵さんはね。本当に、完璧に近い存在 だからね。妬けちゃうわね。 「想像つかねーわ。俺でも。・・・一度は、会ってみたい物だな。」  フジーヤさんは、両手を広げる。参ったってサインだ。 「お。ここらで野営みたいだな。明日には、着きそうだな。」  馬達の動きが止まったので、フジーヤさんが、皆に知らせる。 「では、食事の用意をしませんとね。」  修道長こと、レイシーさんが調理道具を運び始める。それを皆が、手伝い始めた。 ティアラさんは、サイジン君をあやしながら、ミルクの用意を頼んでいた。  料理は、レイシーさんとマレルさんの担当だ。修道院で、その辺の事を切り盛り してるだけあって、非常に慣れている。私も、習おうかしらね。  食事は、質素だが、非常に丁寧に味付けされていた。こう言う食事は、理想に近 いわね。習いたい物だ。皆、それぞれ片付けをしている。そして食事が終わると、 手合わせをする時間だ。  私は、瞬君に目配せする。瞬君は頷く。どうやら、気が付いたようだ。 「ちょっと、見回りに行ってくるよ。」  瞬君は、皆に、そう告げる。今の状況から考えて、追っ手を感知する見回りは、 重要な役割だ。何せ、身分が高い人達が多いからね。 「私は、近くに湖にでも、行ってくるわ。」  野営する時に、湖があるのを、私は見逃さなかった。 「おう。気を付けろよ。」  グラウドさんが、声を掛けてくる。皆、すっかり信用してくれている。  私は、会釈すると、湖の近くまで行く。 「そろそろかしらね。」  皆と、少し離れた所だ。ここなら、色々あっても、気付き難いだろう。 「出てらっしゃいな。居るのは、分かってるのよ?」  私が、上空を睨み付けて、声を掛ける。 「フッ。人間よ。私達を感知するとは、やるではありませんか。」  上空から嫌な気配が、ずーっとしていた。もう気づかない振りをするのも、限界 だったのだ。人に翼が生えていた。なる程。天使様って訳?鮮烈な程、神気を放っ ている。どうやら、正統派のようだ。 「だが、感心せぬな。我らを、一人で相手する気なのか?」  もう一人も、降りてくる。こっちは、不気味な感じがした。 「一人な訳無いだろ?気が付いてるんだぜ?こっちは。」  後ろから、瞬君が来た。瞬君も、とっくに気が付いていたのだ。 「なる程。我らを、燻り出しに来たと。嘗められた物だな。」  もう一人の天使は、翼が黒かった。 「この時代で、俺達に興味のある天使か。怪しいな。」  瞬君は、当たりをつけている。ずーっと絶えなかった違和感。それは、コイツら だったのだろうか? 「お気付きの通り・・・この時代を乱す輩は、我らが排除する。ミシェーダ様の命 令だからな。貴様らのような、イレギュラーは、見過ごせないのでな。」  なる程。イレギュラーね。確かに、その通りだわ。でも、ここに連れてきた一味 に言われる筋合いは無いわ。 「ったく、ミシェーダは、この時代に放り込んでおいて、お前らを使ってまで、俺 達を、殺したいってのか?冗談じゃねーな。」  瞬君も、頭に来ているみたいだ。嘗めてるのは、あっちの方よね。 「・・・貴様ら、ミシェーダ様に、送り飛ばされたのか?」  ・・・?どういう事? 「君達は、未来のミシェーダ様に、送り込まれたのですか?」  ・・・この天使達、事情を知らないとでも言うの? 「しらばっくれるんじゃない!俺達が帰れないのは、どう説明するんだ!」  瞬君は、天使達を睨み付ける。しかし、天使達の様子は、変わらない。 「時代を乱す者に、渇を入れに来たんだが・・・。当てが外れたようだな。」  この天使達、本当に、事情を知らないようだ。 「しかし、ミシェーダ様が、わざわざ送り込む程の輩。どうやら、見過ごす訳には、 行かないようですね。」  勘違いだとしても、見過ごせないって訳か。強情な事だ。 「そうだな。それに、貴様らの仲間が我らの同士を殺したとあれば、仇を討たねば ならぬしな。」  ?どういう事?私達の仲間? 「って言うと・・・トシ君や恵さんも、来ているって訳?」  私は、尋ねてみる。どうやら、この天使達は、色々事情を知っていそうだ。 「惚けた事を・・・。我が同士は、パーズ拳法の男と女傑に、やられたのだ!」  なる程ね。どうやら、あの二人も、この時代に紛れ込んでだって訳か。 「あの二人も来てたんだな。よーし。これで、希望が湧いてきたぞ!」  瞬君は、嬉しそうだった。 「小馬鹿にするとは・・・。葬ってあげましょう!!」  天使の一人が、空間を広げる。これは・・・『結界』。なる程。この時代を乱し たくないってのは、本当だったのね。 「こっちの方が、俺達としても、好都合だ。」  瞬君も同じのようだ。そう。フジーヤさん達を、巻き込みたくは無い。だからこ そ、二人だけで、離れたのだ。 「我が名は、4大天使が一人、聖天使セラフィエル!私の鉄槌を食らうと良い!!」  セラフィエルと名乗る天使は、両手に、とてつもない程の神気を集める。そして、 それを事も無げに私達に、ぶつけてくる。それを、私達はステップを駆使して躱す。 「フッ。避けましたね。そうこなくてはね。」  セラフィエルは、全身に神気を纏う程の、正統派のようだ。 「ついでに自己紹介させて貰おうか。我が名は4大天使が一人、裁天使サタラエル! 貴様らの、絶望の声を聞くのが、我が仕事よ!」  サタラエルと名乗る天使は、右手に神気、左手に魔力の束を収束させる。そして、 合わせると、同時にシャワーのように、それを降らせる。 「くっ!!」  私と瞬君は、とっさに闘気で、目の前に壁を作って防御する。それにしても、何 と器用な事を、してくるのか・・・。 「私は、いつに無く本気だ。覚悟するが良い。」  セラフィエルは、全身に神気を纏う。そして、纏ったまま瞬君に突っ込んできた。 「キエエエエエ!!」  気合の声を上げながら、貫手で左右のコンビネーションを見せる。瞬君は、右に 左に、首を振って躱す。そこに跳ね上がるように、蹴りが飛んできた。 「おっと・・・。」  瞬君は、それを、何とか闘気でブロックする。凄い・・。瞬君が、見切れない程 だなんて。早いし、力もある。瞬君が、闘気を使って防御しなければ、危なかった。  そこにサタラエルが、追撃してきた。魔力と闘気を両手に宿らせて、まるで機関 銃の如く、撃ちこんで来た。 「えええい!!」  私は、その魔力弾と闘気弾を、隼突きで弾き返していく。拳に闘気を宿らせれば、 不可能では無い筈だ。 「女、中々やるではないか。」  サタラエルは、不敵な笑みを溢す。こっちは、結構、必死だってのに・・・。 「私の体術を、嘗めないで戴こうか。」  セラフィエルは、どうやら肉弾戦が、得意なようだ。 「肉弾戦が得意なようだけど・・・。天神流空手を相手に、勝てると思ってもらっ ては困るよ。天神流空手は、負けはしない!」  瞬君は、天神流の十字の構えを取る。どうやら、天神流空手で挑むようだ。 「ふっ。天使の技と人間の技か・・・。貴様が、どれ程の物なのか、見せてもらう!」  セラフィエルは、回し蹴りから入って、貫手で、頭と肩口と胴を狙う。それを、 瞬君は、冷静に捌く。そして、瞬君は、懐に飛び込んで肘打ちを放つ。しかし、そ れを、セラフィエルは左手でガードして、瞬君の腕を取る。そして、関節を、逆に 捻ってきた。 「チィィ!!」  瞬君は、それを読んだのか、捻る方向に合わせるように、飛んで躱す。しかし、 セラフィエルは、そこから腕を絡め取って、脇固めに行こうとする。 「エィ!!」  瞬君は、咄嗟に拳を引く。凄い。流れるような関節技だ。この流れは、柔道の天 才、紅 修羅を、上回るかも知れない。 「なるほど・・・。関節技まで使ってくるとはね。でも・・・天神流空手は、関節 技の抜け方を、全て伝授されている。どんな関節であろうと、遅れはしない!」  瞬君は、天神流空手。現代空手の流れを汲む一条流ならば、関節を極められたら 外せないかも知れない。しかし、瞬君は違う。全てに勝つために関節の外し方、更 には、掛け方まで教わっていると言う。その辺が、普通の空手とは違う所だ。 「フフフフフ・・・。面白い事を抜かすな。私の技に遅れは取らぬだと?」  セラフィエルは、ゆらりと近寄ってくる。顔面が隙だらけだ。 「セェイ!!」  瞬君は、ガラ空きの顔面を狙う。しかし、セラフィエルは、それを読んでいたの か、脇から回り込む。そして、瞬君の胴を持つと、腰の力で投げようとする。これ は、現代で言う所の、スープレックス! 「んが!!!」 「な、なに!!」  瞬君が、気合で重心を前に置くと、セラフィエルは、投げられなくなったらしく、 一度警戒してか、距離を取った。 「急に重くなったな・・・。貴様、重心の技を、覚えているとは・・・。」  セラフィエルは驚く。瞬君は、重心をずらしたのだ。更に言うなら、投げられな いために、足腰で踏ん張ったのだ。物凄い脚力である。 「本気になった俺を、投げる事は、出来ない!!」  瞬君は、修羅ですら、そう簡単に投げさせなかった。白虎(びゃっこ)落しくら いだ。綺麗に決まったのは。あれは、人の才能を超えた技だと言っても良い。なの で、普通の投げが決まる程、瞬君は甘くは無い。 「ぬううう!!小賢しい人間めぇ!!ならば、我が本気を受けるが良い!!」  セラフィエルは、額に指を2本当てると、集中する。 「『加速』発動!!」  セラフィエルは、『ルール』を発動させる。『加速』・・・って事は、速さが増 すって事ね・・・。セラフィエルも、『ルール』を使えたのか・・・。 「我が速さは、風の如き!人間に見切れる速さでは無いわ!!」  セラフィエルは、あっと言う間に間合いを詰めて、回し蹴りを放つ。そこに、瞬 君は、反撃するが、セラフィエルは、もう居ない。それ所か、裏に回りこんで、蹴 りを放とうとする。とんでもない早さだ。 「チィ!!」  瞬君は、辛うじてブロックする。 「よくぞ防いだ。だが、この動きを続ける限り、貴様に勝ち目は無い!私の勝利だ!」 「ふーん。勝利宣言か。そりゃ、まだ早いんじゃないか?」  瞬君は、ニヤリと笑う。どう言う事だろう。 「アンタの本気の動きは見せてもらった。だが、付いていけない速さじゃない!」  瞬君は、闘気と魔力を解放する。そして、源を発現させると、それを、全身に纏 う。そして、全身を『強化』する。一時的に速く動くために、編み出された忍術だ。 瞬君は、もう使う事が出来たのか・・・。 「珍妙なる術を使う・・・。しかし、小手先の術で、付いてこれると思うな!!」  セラフィエルは、先程の動きを見せる。そして、瞬君に貫手を見舞おうとした。 だが、不発に終わった。瞬君は、セラフィエルの後ろを取って、正拳突きを放つ! 「グゥハァ!!」  セラフィエルは、振り向いたため、まともに鳩尾に決まり、吹き飛ばされる。 「馬鹿な!!私の『加速』に、付いて来ただと!?」  セラフィエルは、信じられないようだ。私も、信じられない。 「アンタは、速い事に満足して、それ以上の動きを、追求していない。そんな未熟 者には、負けない!それに、俺は、もっと早く動ける人を知っている。」  誰?・・・ああ。ゼーダさんの事か。そう言えば、夢の中で、ゼーダさんと修行 してたって言ってたわね。ゼーダさんって、もっと早いのか。 「うっ・・・くっ!・・・仕方が無い。小細工を弄していたのは、私の方だと言う 事か。・・・ならば、もう迷うのは、止めにするか・・・。」  セラフィエルは、観念したのか、目を瞑る。そして、自分の中に眠る神気を全て を、引き出そうとする。す、凄い・・・。結界全体が、揺れるような神気だ。 「私とて、4大天使としての誇りがある!!貴様の技には負けた!だが、力で負け るつもりはない・・・。宣言しよう!!この右拳が、貴様を貫く!」  セラフィエルは一切の小細工を抜きにしたのだ。そして、右正拳に、全ての力を 込める。これは、生半可な覚悟じゃない。右拳を固めている以外に、ガードすらし ていない。次の事を、考えていないのだ。 「詰まらないエゴを捨てて、プライドを懸けてきたか。・・・怖いな。怖い・・・。 でも、俺は、明日を生き抜くために、アンタを超える!応えてやろう!!」  瞬君も、全てを右拳に込めた。だが、ルールを使わない気だ。 「瞬君!なんで、『ルール』を使わないのよ!」  このままでは、瞬君が、負けてしまうかも知れない。 「江里香先輩。セラフィエルを見なよ。全てを金繰り捨てて、俺に挑んできてるん だ。『破拳』を使えば、楽に勝てるかも知れない。でも、それは、セラフィエルの 意地に負けたのを、認めているような物だ。それは出来ない!それに・・・セラフ ィエルの後、倒さなきゃいけない奴も居る。」  瞬君は、プライドに対して、プライドで応える気なのだ。それは、美しくも凄い 事だと思う。でも、死んじゃうかも知れないのに!確かに『破拳』のルールは、負 担が大きい。サタラエルが控えている以上、乱発は避けるべきだ。でも・・・。 「瞬君・・・。ただの力比べとは違うのよ?負けたら・・・死よ?」  私は瞬君に脅しを掛ける。いや、実際、脅しでも無いだろう。本当の事だ。 「江里香先輩。俺を、信じてくれるかい?」  瞬君は、男の眼をしていた。退けないんだって言う、強い意志を感じる。 「馬鹿・・・。馬鹿よ。貴方・・・。」  勝てる勝てないんじゃない。勝負をしたい。・・・なんて大馬鹿。 「負けたら、私が許さない。良いわね?」  私には、こう言う事しか出来なかった。 「サンキュ。大丈夫。俺は負けない!!」  瞬君の全ての力が、右拳に宿っている。嵐でも巻き起こりそうだ。 「フフフ。ゾクゾクするな。互いに負けたら死・・・だな・・・。化け物め。」  セラフィエルも分かっていた。勝てるかどうかでは無く、この勝負に負けたら、 死への道を行く他無いと言う事をだ。 「だが、それでこそ、我が全力を出す意味があると言う物!!行くぞ!瞬!!」  セラフィエルは、初めて、瞬君の名を叫ぶ。全力を尽くす相手だと、認めたのだ ろう。腰を低くして、突撃の体勢を取る。 「応!!行くぞ!セラフィエル!!」  瞬君も、それに応える。そして天神流の『逆十時の構え』を取る。攻撃に特化し た構えだ。この拳に全てを懸けると言う、意志の表れだろう。 「ウオオオオオオオオ!!!」 「ダアアアアアアアア!!!」  互いに咆哮すると、それぞれ、右拳を突き出して、その拳同士が、ぶつかり合う。 すると、後は、力比べだ。互いの力が拮抗している。 「オオオオ!」  セラフィエルが、捻りながら押し貫こうとする。 「ヌアアアア!!」  瞬君は、それを足で踏ん張って、耐えつつも押し戻そうとする。 「ここまでやる人間が、居るとは思わなかったぞ!!だが、私が勝つ!!」  セラフィエルは、天使としての力の全てを、右拳に入れようとする。 「俺は、誓った!!正しく生き、そして生き抜くと!!これは、俺の信念だ!!例 え相手が、天使であろうとも、絶対に負けない!!!」  瞬君は、目を見開くと、渾身の力を込めて、正拳を押す!押す!!  ゴォォォォォォ!!!!!  凄まじい轟音と共に、目の前が激しく光った。眩しい・・・。  そして、光が無くなっていくと、目の前に、二人が立っていた。 「・・・ウゥ!!」  瞬君は、口から血を流していた。そして、倒れこみそうになる。 「瞬君!!!」  私は、瞬君を支える。・・・だが、大丈夫だ。まだ力強い眼をしていた。 「フッ・・・。楽しかったですね・・・。ウグゥァァァァァ!!」  セラフィエルは、ボロボロになりながら、立っていたが、ついには倒れる。 「セラフィエル・・・。アンタの強さを、俺は忘れない。」  瞬君は、セラフィエルを見た。その眼は、戦友を見る眼だった。 「フフッ・・・。私に勝ったからには・・・サタラエルに負けたら・・・許しませ んよ。・・・グフゥ!!!」  セラフィエルは、心安らかな顔をして倒れた。 「フッ。一言余計だ。」  サタラエルは、笑っていた。 「フム。セラフィエルまで倒すとは、中々やる。お前達を、褒めおこう。」  サタラエルは、笑いが止まらないようだ。どうしたと言うのだろう。 「まぁ、感謝せねばなるまい。貴様達にな。」  サタラエルは、両手を広げる。すると、上空に緑の光と、黒い塊と、白い光が漂 っていた。それぞれが、サタラエルの中に入る。 「何だ?この光は?」  瞬君が、疑問に思う。私も何か、分からない。 「貴様らにも教えておこう。4大天使として、授かったあの日、私達は、ある誓い をしたのだ。・・・4大天使が、最後の一人になった時の事でな。」  サタラエルは、両手を組んで、力を溜める。 「フフフ。それぞれの力を、最後の一人が受け継ぐ。それが我らの誓い!!」  サタラエルは、姿を変えていく。・・・馬鹿な!そんな・・・。 「槍天使ニケエル。その槍捌きは、天まで届く!!」  サタラエルは、そう言うと、一振りの槍を、次元から取り出す。 「魔天使ベルゼール。瘴気と神気を併せ持つ蛾の化身。逃げられはせぬ!」  サタラエルから蛾の触角が生える。それと同時に、手を翳すだけで、凄まじい程 の瘴気と、燐粉が舞い散る。 「そして、聖天使セラフィエル。最高の体術を極め、限りない神気の使い手よ!」  サタラエルから、セラフィエルを超える程の神気が、溢れ出す。 「フハハハハ。素晴らしいぞ。それを全て扱えるのは、この裁天使サタラエルのみ よ。手に入れたばかりの力であっても、最高の水準まで引き出す。それが私の能力 よ。負けよう筈が無いな!ハハハハハ!」  なる程ね・・・。どうやら、最後に、とんでもない奴が残ったって訳か。 「しょうがないわね・・・。こうなったら、同時に仕掛けるわよ。瞬君。」  私は、瞬君に耳打ちする。瞬君は、セラフィエルとの戦闘を終えたばかりだ。だ が、私だけ行ったのでは、只の無謀だ。 「ハアアア!!!」  私は、叫びと共に、懐に入り込むと、隼突きを繰り出す。それと同時に、瞬君も 左回し蹴りを放った。それをサタラエルは、軽くあしらうように、防いでいく。 「普段の私ならば、防げんかったかもな。だがセラフィエルの体術は素晴らしいな。」  サタラエルは、セラフィエルの捌きを見せているのだ。更に言うなら、私は、一 つ一つに、源を乗せて放っているのだが、それを瘴気と神気を、上手に使い分けて、 防いでいる。何てセンス。力を初めて使う奴だとは、思えない。 「これで・・・終わりかぁ!?」  サタラエルは、瞬君を裏拳で弾き飛ばすと、私には、腕の関節を逆に極めて、そ のまま投げてきた。私は、このままでは腕が折れるので、自ら飛んで投げを食らう。 「ウグッ!!」  息が詰まる。腕は折れなかった物の、強烈な投げを食らったのだ。 「江里香先輩!!」 「大丈夫!大丈夫よ!」  私は、すぐに距離を取る。しかし、技を食らって分かった。とても、私程度の力 じゃ、通用しない。何て化け物じみてるの・・・。 (頼るしかないか・・・。)  私は、もう一つの事しか出来ない。そして、これに賭けるしかない。 「瞬君。身勝手なようだけど・・・。頼んだわよ!!」  私は『治癒』のルールを発動させる。そして、今、出せるだけの精神力を絞って、 瞬君の『治癒』に力を当てる。すると、さっきまで、疲労困憊だった瞬君が、見る 見る内に、生気を取り戻していく。 「う、ウオオオオオオ!!?」  瞬君は信じ難いようだ。だが、これが私のルールの力だ。 「ウアッ!」  そして、瞬君の『治癒』を終えた瞬間に、私に負担が掛かった。文字通り、絞り 込んだからだ。私は、その場に倒れてしまう。でも、意識までは、失わない。失っ て、堪るもんですか! 「江里香先輩!」  瞬君は、心配そうに私を見つめる。 「大丈夫・・・。後は、任せたわよ・・・。」  私は、手を突きながらも、瞬君を見つめ返す。 「・・・分かった。絶対に勝ってみせるから!」  瞬君は、そういうと、サタラエルの方を向き返す。 「茶番は、終わったか?」  サタラエルは、余裕ぶって、待っていたようだ。 「そこの女の能力、中々に面白い物だが、『治癒』するだけで、力が増す訳では、 無いようだな。ならば、我が勝ちは動かんな。」  サタラエルは、勝ちを確信しているようだ。 「自分が動けなくても、俺に希望を託す・・・。江里香先輩の想いは受け取った!! 来い!サタラエル!!俺は、負けない!!」  瞬君は、さっきのセラフィエルの時以上の、力を見せる。 「ほう。セラフィエルの時は、限界かと思っていたが・・・。」  サタラエルも、驚いているようだ。 「限界だったさ。でも不思議なんだ。江里香先輩の想いを受け取ったと思ったら、 更に力が沸き出てきたんだ・・・。これなら・・・行ける!」  瞬君は、気が付いていない。自分でも、セーブを掛けてる事を・・・。彼は、相 手が強ければ強い程、燃えて強くなるタイプだ。絶望的な力の差を味わっても、這 い上がる度に、強くなる。だから、誰にも負けない。 「あながち、そこの女がやった事は、無駄では無かったと言う事か。だが、我は任 務を遂行して、イジェルンの座を、奪い取らねばならぬ。」  サタラエルは、最初から、そのつもりだったのだろう。副天使長イジェルン。彼 の座を奪い取るために、4大天使の誓いを利用したのだ。 「力に執着したのが、権力のためか・・・。醜いな。」  瞬君は、握り拳を握る。 「セラフィエルは、こうなると分かっていても、俺との勝負を挑んだ。その精神を 持っていないお前に、負ける訳には行かない!!」  瞬君は、セラフィエルの想いも受け取って、更に強くなる。 「フッ。現実を見ない坊やに、何が出来る。我は甘くないぞ?」  サタラエルは、右手に槍を持って、翼をはためかせて、燐粉を飛ばしながら、左 手は、神気の塊を溜めて、攻撃する気だ。 「この聖槍ニケローンの攻撃を受けろ!!」  サタラエルは、3段突きをみせる。轟音が鳴る程の振りだった。しかし、瞬君は、 直前で全て見切る。さすがだ。しかし、あの槍、神話の時代からあると言われるニ ケローンだと言うの?恐ろしい物を持ってるわね・・・。 「これでは、終わらぬぞ!」  そこに瞬君に、ぶつける様に神気を放り投げる。瞬君は、後ろに飛ばされる! 「・・・フゥ・・・。」  瞬君は、直前にちゃんとガードしていたようだ。だが、そこに燐粉が飛んでくる。 「・・・オォォ!!」  瞬君は、拳を打ちだすと、燐粉は影も形も無くなった。 「なにぃ?」  さすがにサタラエルは驚いたようだ。霧散したのでは無い。影も形も無くなった のだ。しかも突然だ。 「貴様、何をした?」  サタラエルは警戒する。普通の芸当じゃあないからだ。 「さぁね。」  瞬君は、答えるつもりは無い。瞬君は、『破拳』のルールを使ったのだろう。燐 粉を攻撃する事で、燐粉の存在を破壊したのだ。恐ろしいルールよね。だが、その 反動は大きい。凄いルールが故に、軽々しくは使えないのだ。 「・・・貴様は危険分子のようだな。ならば、力を使わせてもらおうか。」  サタラエルは『ルール』を解放する。この天使も、ルールを使えたのか! 「神の力ではあるが、上級天使ともなれば、授かる事が出来るのだ。」  サタラエルは、そう言うと、手に何かを握る。・・・何あれ? 「これを使わせるとは、大した物よ。消耗するので、使いたくなかったのだがな。 これで貴様は終わりだ!」  サタラエルは、その何かを、瞬君に投げつける。瞬君は、闘気で拳を覆うと、そ の塊を殴りつけた。しかし、その塊は、消えもせず・・・ただ消えた。 「フッ。」  サタラエルは、満面の笑みを浮かべる。 「・・・!?」  私は、瞬君の様子を見る。すると、何かに囚われたかのように、指一本も動かせ なくなる。何をしたら、ああなるんだろう? 「何をしたの!?」  私はサタラエルに尋ねる。 「分からん。コイツが何を見ているかは、我も、想像が付かん。」  どういう事?使ったサタラエルすら、想像も付かないなんて・・・。 「ただ、言えるのは・・・コイツが今、見ているのは、これまでの人生。自らを振 り返って、思い出させているのだ。罪をな。」  罪?瞬君が罪?そんな物、無いに決まっている! 「フフフ。コイツに罪が無いと、信じている顔だな。だが、甘い。例え本当に、罪 が無いとしても、コイツ自身が、罪だと思っている出来事があれば、それだけで反 応してしまうのが、我がルール。『天罰』のルールだ!」  サタラエルは、高笑いをする。そんなのずるい・・・。人は、後悔をする生き物 だ。後悔しない人なんて居ない。そこを、突くだなんて・・・。 「・・・爺さん・・・。」  瞬君は、うわ言を繰り返している。何て事・・・。  私には、何も出来ないのだろうか?  『お前の罪を、告白せよ。』  俺の罪・・・。それは、間に合わなかった事だ・・・。  『間に合わなかったと申すか。何をだ!』  爺さんは、俺に天神流を継がせるために、身命を賭した。  『期待に応えられなかったのが、罪か!』  期待には応えた・・・だが、俺は爺さんに、俺の勇姿を見せたかった。  『罪人よ!その罪を思い出せ!!』  そうだ・・・。あれは・・・。  ・・・ん? 「フッ。いつまで寝ておる。天神流を継ぐ者が、寝坊をして、どうする?」  爺さんの声だ。そうだ。俺は、爺さんと稽古をしないと、いけないんだっけか。 「おはよう爺さん。」  俺は、情けない声を出す。眠さが取れないんだ。 「朝から、わしをガッカリさせるで無い。瞬。」  爺さんは、厳しい事を言う。でも、これは、爺さんの俺への愛情の裏返しだ。天 神流を背負う者として、成長して欲しい。それが、爺さんの願いなのだ。 「朝は弱くてねー。でも、眼が覚めれば、バッチリだぜ!爺さん。」  俺とて、それに気付けない程、馬鹿では無い。一日でも早く、爺さんの重荷を解 きたかった。天神流として、恥じぬ実力を身に付けたかった。  爺さんと婆さんは、俺の誇りだ。俺を見る、暖かい眼差しが伝わる度に、この人 達の血縁で、良かったと思う。この人達から、親父が生まれたのが不思議でならな い程だ。親父は、寂しい人だったんだと思う。天神流を継がないばかりか、恵を、 天神家の当主とするべく励んでいるのだと言う。俺へは何のアプローチも無かった。  俺は、昔から天神流に憧れていた。そして1000年の重みを聞く度に、継がなきゃ ならないと思っていた。何故なら、神城流も、跡継ぎが出たと言う話を聞いたから だ。話によると、とんでもない才能なんだと言う。余りの才能故、反対意見が出た にも関わらず、神城流を、継承したのだとか。 「神城の話が、気になるか?瞬よ。」  爺さんは、俺の考えを読んでくる。分かり易い顔をしてたんだろうなぁ。 「気にするでない。確かに、大した天秤だと聞く。だが、わしは、お前の方が天才 だと思うておる。神城が強者の才能ならば、お前は、神に愛されし才能じゃ。」  爺さんは、俺に、そこまで期待していた。 「何か照れるな。でも、そこまで言ってくれる人に、応えられるようにはしたいね。」  俺は、期待を背負っている。それを重々承知だった。  天神流は、天を目指す拳。一撃に想いを込める。相手を倒す事。それだけではな い。例え何が相手であろうとも、引く事の無い拳。それを体現する。  一撃必倒。どんな相手にも負けず、どんな信念より勝る。それを強固にするため の激しい特訓であり、全ては、一撃のために。これが、天神流の教えだった。  型を全て覚え、信念で拳を鍛えていく。俺は、欠かさず訓練し、強くなった。  そしてある日。 「瞬。こっちへきなさい。」  爺さんが、珍しく俺を睨み付けた。俺は、何か間違いでも犯したのか?と思って いた。だが、それは、突然告げられた。 「空手大会があるじゃろ?あれの頂点を取って来い。お前なら出来ような?出来ぬ 筈が、無いのじゃが?」  爺さんは、俺を空手大会に出そうとしていた。俺はまだ、認められてなかった筈 なのにだ。だが、出るからには、優勝しろと言ってるのだ。 「取ります・・・。頂点を取ります!」  俺は、その時、昂ぶっていたんだろうな。・・・だから、気付けなかった。  爺さんは、俺の勇姿を、目に焼き付けたかったんだって事をだ。  俺は優勝したが・・・爺さんは倒れた。婆さんが倒れた時だって、俺は何も出来 なかった。その愚を、また繰り返したのだ。  俺の罪。それは気付けなかった事だ。そんな俺が継承者?・・・笑わせる。  瞬君の告白を、私は、側で聞いていた。サタラエルは、面白く無さそうな顔をし ていたが、最後まで聞いていた。  それが罪だとでも言うの?瞬君の爺さん、つまり天神 真は、瞬君が成長したと 思ったから安心して逝ったんでしょう?それを罪だと言うの?貴方は・・・。 「人とは、詰まらぬ生き物だな。他人の死を、自分の罪と思うとは・・・。」  サタラエルは、その事が、気に入らないらしい。 「だが、この者にとって、それが罪なら、仕方あるまいな。」  サタラエルは、瞬君の頭上に手を伸ばすと、何かを取り出した。 「『天罰』のルールの一つ・・・これぞ死の仮面よ。」  サタラエルは、仮面を手にする。そして、その仮面を被って見せた。 「なっ!!」  私は驚いた。そこに居たのは、鋭い眼光を放つ老人だったからだ。いきなり変身 するなんて・・・。本当に、別人にしか見えない。 「・・・ここは・・・。」  瞬君が気が付いたようだ。どうやら幻惑からは、逃れたらしい。 「瞬よ。」  声まで違う。中身はサタラエルの筈だ。 「・・・じ、爺さん!?」  瞬君は、驚きを隠せない。・・・あれが・・・天神 真の姿・・・。 「ど、どうして・・・ここは、まだ夢だとでも言うのか?」  瞬君は混乱している。さっきまでの告白を、夢だと思っている。 「瞬。稽古は、しておるか?」  真は尋ねてくる。真と言っても、中身はサタラエルの筈だ。 「爺さん、俺、神様の稽古を受けてるんだよ!」  瞬君は、目を輝かせながら、話している。 「神との稽古!?・・・そりゃ凄いのぉ。なんて名前じゃ?」  サタラエルは、口調を真似ながら、聞き出している。 「ゼーダさんって言うんだ。凄いきついけど、爺さんとの稽古に、耐えた俺なら、 平気だよ!今は、ちょっと、会えないみたいだけどね。」  瞬君は、嬉々として話す。サタラエルは、情報を聞きだす気なのだ。 「天上神ゼーダ。なる程・・・。強くなる訳じゃな。」  サタラエルは、瞬君の強さの基礎を、探り出していた。 「瞬よ。お前は、まだ強くなりたいか?」  サタラエルは、ニヤリと笑う。 「も、勿論だよ!まだ修行不足だしさ!」  瞬君は、握り拳を作ってみせる。 「そこの彼女は、お主の恋人か?」  ・・・え?私?な、な、な、何でいきなり・・・? 「え・・・まぁ・・・江里香先輩は学校の先輩で・・・勿論、好きだけど。」  瞬君たら正直過ぎ。私まで照れちゃう・・・。 「馬鹿者!修行を怠る原因を作って、どうするのじゃ!」  サタラエルは、憤怒の形相を作る。な、何てこじつけなの。 「・・・瞬は優しい子じゃ。そこの彼女を諦めよと言っても、聞かんじゃろう?な らば、わしが、何とかしてやるぞい。」  な、何!?私を殺す気!?くっ!体が動かない!ご丁寧に、術まで掛けてる。 「じ、爺さん止めてよ!!」  瞬君が、サタラエルと私の間に、割って入る。 「瞬、邪魔してはならぬぞ!わしは、お前を思ってこそ、言っておるのじゃ。」  サタラエルは、そう言うと、私を殴ろうとする。  ベキッ!!  瞬君は、その拳を受け止める。 「しゅ、瞬君!」  私は、何て無力なんだ!せっかく瞬君の体を癒したって言うのに・・・。足手纏 いにしか、ならないなんて・・・。 「瞬よ。強く正しく生きるためには、彼女の存在は危険なのじゃ!」  サタラエルは、無理矢理な事を言っては、私を殴ろうとするが、全て、瞬君が受 け止めてくれていた。 「じ、爺さん・・・。」  瞬君は、額から血を流しながらも、私の事を庇っていた。 「瞬君・・・。止めて・・・。もう良いの・・・。私の事は良いから・・・。眼を 覚まして、そこの偽者を倒して!!」  私のために、瞬君がボロボロになっていくなんて、耐えられないのよ。 「そこの偽者は、サタラエルなのよ!!眼を覚ましてぇ!!」  瞬君は、仁王立ちの構えのまま、まだサタラエルの攻撃を、受けていた。 「強情な奴よ。分かり合えぬのなら、仕方あるまいの。」  サタラエルは、一段と強く、拳を握る。 「・・・ぬぅおおおおおおお!!!」  瞬君は吼えた。この世の全てを、振り払うかのように吼えた。そして、目の前の 何も無い空間を、殴りつける。サタラエルは、勿論大きく後退する。 「わしに攻撃するのか?わしを、もう一度、殺すと言うのか?」  汚い・・・。そんな事を言われたら、瞬君は、攻撃出来ない・・・。 「爺さんは・・・爺さんは、そんな事は言わない!!!!!!」  瞬君は、もう一度、強く殴りつける。  パキッ!  妙な音がすると共に、サタラエルの仮面が、割れて落ちた。 「・・・馬鹿な!!私の『天罰』のルールとも言うべき仮面を、割っただと!?」  サタラエルは信じられなかったのだろう。驚きを隠せないでいた。あれは、瞬君 の『破拳』のルールだ。まさか、サタラエルのルールを、破壊したのだろうか? 「爺さんは・・・俺に全てを託して死んだ。その俺が、爺さんの死を引きずってい たこと。それが俺の、本当の罪・・・。俺は、もう迷わない。俺は、まだ爺さんの 理想に届いてないかも知れない・・・。でも、前に、突き進んでみせる!!」  瞬君は、そう宣言すると、溢れんばかりの闘気、魔力、そして神気まで放ってい た。神々しい光を携えている。これは・・・まるで神のようだ・・・。凄い。 「・・・貴様は、何者だ!!何故、そこまでの神気を放てる!!」  サタラエルは、瞬君の才能の恐怖したのか、冷や汗を流す。 「俺の中の眠っていた才能・・・。俺が殻を作って、閉じ込めていた記憶と共に、 封じた才能。それを、お前は開いた。俺を強くしたのは、お前自身だ!!」  瞬君は、そう言うと、目にも止まらぬ速さで、サタラエルの懐に飛び込むと、ロ ーキックを左右で放ち、正中線四連突きを放った。 「ぬおおおおお!!馬鹿な!?全く見えんだと!?」  サタラエルは、4大天使の力を全開にしても、見えなかったのだろう。恐れ戦い ている。瞬君は・・・神の領域に、入ったのかも知れないわね。 「・・・貴様は人間では無い。そこまで神気を放つ人間が、居て堪るか!!」  サタラエルは、全てを全開にしたのだろう。血管が浮き出ていた。 「貴様を放って置いたら、秩序が乱れる!!断じて許さぬ!許さぬのだ!!」  サタラエルは、全てを剥き出しにして、瞬君に襲い掛かってきた。 「・・・この拳に、全てを乗せる。想いだけじゃあない。俺の全ての技術を乗せる。 四肢の全てをフル稼働し、一つの拳に全てを乗せる・・・。」  瞬君は、正拳突きの構えを見せる。しかし、その筋肉は異様に盛り上がっていた。 あれは・・・関節を全て体を堅くするのに使っている。・・・私の隼突きの全く逆 の発想だ。全ての四肢を早くするために、使うのでは無く、全ての四肢を威力のた めに使っている。同じなのは、構えだ。両足を踏みしめて、踏み込むと同時に、全 ての力と合わさった技となり、サタラエルを貫く!! 「あ・・・が・・・が・・・。」  サタラエルは、勝負を挑んだ左拳が砕け、咄嗟にガードした右腕は破壊され、そ れでも弱まらない拳に、胸を貫かれた。・・・凄い威力だ。 「昔の俺には出来なかった・・・。これぞ、天神流空手、突き技の魔技。『剛』!」  瞬君は、自分から、加減する事が多い。だから一撃必殺の技である『剛』を繰り 出せずに居たのだ。だが、正しい目的のため、それを思い出したために、放てたの だ。それに瞬君の力が、乗せられたのだ。防御出来る訳が無い。 「4大・・・天使が・・・消えていく・・・。」  サタラエルは、中空に手を伸ばす。既に意識絶え絶えなのだ。 「こんな所で・・・終わるのか!・・・私は!!!!」  サタラエルは、そう言い残すと、最後に血を吐き出して、倒れる。そして、首の 力が無くなると、灰となり消えていった。 「・・・ふう・・・。」  ・・・勝ったのね。私達・・・。 「さすがよ・・・。瞬君。」  私は、瞬君に祝辞を送る。体が動かないので、それくらいしか出来ない。  気が付くと、『結界』が晴れていた。そりゃそうか。張っていた相手を、私達が 倒したのだ。 「・・・探したぞ?」  突然、後ろから声を掛けられる。 「全く、ボロボロになりやがって。まーた、何かに巻き込まれたんだろ。お前達。」  その声は、フジーヤさんだった。優しい声だ。 「色々あってね。」 「詳しくは、聞かん。だが、そのやり遂げた顔を見れば、十分だ。」  フジーヤさんは、私達が、何者かと戦ったのを、見越していたのだろう。 「皆も寝ている。早く合流しておけ。今なら、気付かれずに済む。」  フジーヤさんは、私達の心配を掛けまいとする心意気まで、汲み取ってくれた。 「ありがとう。フジーヤさん。」  瞬君は、礼を述べると、フジーヤさんは、頷いた。そして、一足速く、皆の所に 帰っていった。この時代にも、ああ言う人が居たのね。 「よし。じゃ、帰ろう。よっと・・・。」 「ちょ、ちょっと瞬君!」  びっくりした。瞬君は、私を、お姫様抱っこしていた。 「『治癒』のルールのおかげで、助かったんだ。これくらいさせてよ!」  ・・・だから、そう言う事じゃなくて・・・ま、もう良いわ。  こう言う瞬君だから、私は、好きになったのよね・・・。参っちゃうわ。  選ばれし者か。  悪くない・・・。  この力は、正に僕の世界その物。  最近は、妙に調子に乗ってる者が、居る事だし・・・。  どう認めさせようか、迷っていたが・・・。  ひょんな事で、良い物を貰った。  これを活用しない手は無いな。  効果範囲も、効用も分かっている。  散々テストをした結果だ・・・後は、実践あるのみだ。  楽しみでしょうがない。  ・・・う・・・。 「誰か、居るのですか?」  ここは僕の家だ。だが、何か違和感がした筈だ。何せ、咄嗟に『ルール』を広げ て探ったら、反応が返ってきたから、間違いない筈だ。 「フフッ。慣れてるじゃないか。」  女?男の声かな? 「どなたか存じませんが、勝手に家に入るのは、不法侵入ですよ。」  僕は、極めて冷静に、対処する。 「中々面白いね。君。普通は、恐れる物だよ?」  侵入者の方も、進入する事に慣れている様だ。 「恐れて見せましょうか?」  僕は、侵入者の方を向く。・・・なる程。そりゃ恐れ入った。 「ほう。君にも分かるのか?私の怖さが。」  侵入者は、余裕たっぷりだ。ちょっと試してみるか。 「勝手に入ってきて、その余裕は、いけませんね。・・・。」  僕は例の力を使ってみる。範囲は、僕の部屋に絞り込むつもりだ。 「手馴れているな。何度か使ったろう?その力。」  ・・・侵入者の方が一枚上手か。この力の事を、知っているみたいだな。 「防御手段があるとは、思いませんでしたけどね。」  何でか知らないが、侵入者は、僕の力を防いでいる。 「なる程。それは、良くないな。実戦では、何が起こるか、分からぬからな。」  侵入者は頷いている。・・・どうやら僕と、敵対したい訳では、無さそうだ。 「参考になりました。さて、では僕の部屋に侵入した訳を、お聞かせ願いたい。」  僕は本題に入る。誰だか知らないが、僕に用事があるようだった。 「・・・お。『ルール』を解いたか。冷静な判断だ。」  『ルール』?一体、何の事だ? 「怪訝そうな顔をしているな。その力の事を、知りたくないか?」  相手は知っているからこそ、僕に、聞いてきているのだろう。 「是非、聞かせて貰いたい。情報は、あるに越した事は、ありませんから。」  何者か知らぬ者からの情報。普段ならば、信用などしない。しかし、この侵入者 は、何かが違う。僕と似たような雰囲気も持っている。  それから、僕は、この『能力』の事を聞いた。その前に6つの力の事も、聞いて 置いた。世の中にある力の事だ。伝記は、隈なく目を通していたので、ある程度は 知っていたが、実在した事には、多少驚いた。そして、『ルール』。単純な力では 無く、神が行使する力の一つだそうだ。それを、この侵入者の上司が、力ある者の 元へ行くようにして、ばら撒いたらしい。理由は簡単。この上司が、一時期弱った としても、それを取り戻せれば良い訳で、『能力』を人間に渡す事で、成長した所 で、より強大な力を吸い取るのだとか。分かり易く言えば、豚を太らせて美味く食 うためなんだとか。確かに理に適っている。だが、油断し過ぎでは無いかと思う。  話を戻して、『ルール』とは、自分が決めた領域に対し、自分の戒律を生む事が 出来るのだとか。素晴らしい話だ。だが、それは『ルール』を持つ者には感づかれ てしまう。この侵入者がやったみたいに、『ルール』を発動すれば防げてしまう。 「なる程。面白い力ですが、危険が伴うと言う事ですね。」  良くある話だ。危険の無い力など、強くは無いのだ。 「飲み込みが早くて助かる。発動させれば、相手にも気付かれる。だが、気付かれ る前に『ルール』の範囲内に置けば、『能力』次第で、封じ込める事も可能だ。」  やられる前に、やると言う話か。 「そこで、僕の『ルール』が、最適だと言う訳ですか。」  侵入者は、この言葉に、ニッコリ笑う。どうやら、僕の能力は、チェック済みの ようだ。抜け目が無いな。 「君の能力は、『支配』だろう?」  侵入者は言い当てた。まだ名前を付けてなかったが、確かに『支配』と言う言葉 は、しっくり合う。 「お見通しのようですね。『支配』のルール。なる程。響きが良いですね。」  悪くない。この言葉を採用しよう。 「まだ、実行に移してないようだが、その『ルール』。どう使うつもりだ?」  なる程。用途を聞いてるのか。 「『支配』ですからね。時期を見て、発動させますよ。人の集まる場所でね。」  僕は、わざと、集まる場所と言う言葉を、強めに言う。 「なる程。うん。理想的だ。」  侵入者は、勝手に納得している。何の話だろう? 「君が、『支配』する日に、私を呼んでもらえないだろうか?」  それは、また随分と、急な願いだ。 「それは、間接的に、仲間になれと?」  初めて会う人間を信用する程、僕は馬鹿じゃあない。 「もって回した言い方をして悪かった。私達の仲間に、なって欲しい。」  結構大胆だな。そんな言い方で、僕を引き入れられると思っているのだろうか? 「そうですね。条件次第ですね。それに、名前も、教えてもらわないと。」  名前を聞いて、目的を聞く。それを論理的に分析して、次の事を決めよう。 「これは失礼した。私の名前は、ゼリン=ゼムハード。」  ゼムハード・・・?聞き覚えが・・・!まさか・・・。 「お気付きの通り、私の養父は、ネイガ=ゼムハード。鳳凰神さ。」  僕は、神の存在を信じて居なかったが、ここに、本物が居ると言うのか? 「信じられないかい?伝記に書いてある事を、信じていない人間が多いみたいだね。 この時代の人間は・・・。まぁ、そうするように仕向けたのも、僕なんだけどね。」  なんだか、遠い時代の話をされてるようだ。 「ま、その話は良い。私の与太だと思ってくれても、構わない。目的の方を話そう。 ・・・君が発動するのは、『あそこ』だろ?」  ゼリンは、意味ありげに言う。まぁ間違っては居ない。 「想像通りの場所です。人が集まる場所ですから。」  否定しない。どうせ悟られている事だ。 「実は、この『ルール』、そこに集まる連中が、かなりの確率で握っているんだ。」  なる程・・・。力ある者に付く能力。ならば自然と、そうなるかも知れない。 「さて、そうなると、防御する連中も、中には居るかもね。」  居ないとも限らない。悟られれば、間違いなく、防御されるだろう。 「うーん・・・。ここからは、仲間にならないと、教えてあげられない情報ばかり。」  フン・・・。なる程。ここからは、取引の時間だと言うのか。 「勿体ぶらないで結構です。ここまで聞いた以上、協力しないと、何されるか分か りませんからね。」  力は、明らかに、あちらが上。勝てない勝負を挑むつもりは無い。 「ご協力感謝する。・・・実は、その危ない連中の内の4人が、今は居ないのだよ。」  居ない?また、随分と漠然的だ。 「私達の仲間になった奴が、過去に飛ばすと言う芸当が出来る、化け物でね。ソイ ツが仕掛けた時間飛ばし技で、今、4人程、居ないのだ。チャンスだと思わぬかね?」  時間を飛ばす技と言うのも、ビックリする。どんな凄い奴なんだ。 「その4人と言うのが、天神 瞬、天神 恵、一条 江里香、島山 俊男の4人だ。」  何と・・・中心となるべき4人が居ないと言うのか。それは、とてもチャンスだ。 手強いと思っていた4人が居ない。 「上手く行けば、全員、君の力で『支配』出来るチャンス。有用な情報だろう?」  ゼリンは、口元を歪める。なる程。コイツも、したたかな物だな。 「確かに・・・。これで、現実味が帯びてきましたね。」  本当の意味での支配。行ける・・・。行けるぞ。 「ちなみに、範囲は、どれくらいなのだね?」  ゼリンは聞いてくる。 「伸びる可能性はありますが・・・。恐らく半径3キロ程です。」  限界までやった時、その程度だったので、間違いないだろう。 「広いな。十分だ。それまでに、魔力を、強めておきたまえ。」  ゼリンは、分厚い本を渡す。・・・『魔法体現書』? 「その本を、実行日まで、目を通すだけでも、違う筈だ。やって損は無い。」  ゼリンの言葉に嘘は無い。コイツは、仲間と認めた者に対しては、嘘を吐かない のかも知れない。直感的に、そう思った。 「分かりました。では当日は、どう呼べば良いのですか?」  僕は聞いておく。連絡方法は、あるのだろうか? 「これを渡しておこう。」  ゼリンは、妙な形の宝石を手渡す。 「これは?・・・水晶?」  手触りは水晶だ。妙な形の割には、意外に硬い。 「ふむ。それに魔力を通すと、私の携帯電話に連絡が入るようになっている。しか も、勝手に消滅してくれると言う便利機能付きだ。」  それは便利だ。連絡した事の痕跡を、辿られなくて済むのは、有難い限りだ。 「便利ですね。是非、利用させてもらいましょう。」 「交渉成立と言う事で・・・。では、当日を楽しみにしてますよ。」  ゼリンは、用は果たしたのか、すぐに去っていった。  神云々の話を真に受ける訳じゃあない。だが、この能力と、力の存在は、どうや ら、嘘では無いようだ。これは利用した方が良さそうだ。  恐らくは、勝負は一瞬。だが、勝算は、低くない。  僕が『支配』する日か。悪くない・・・。クククククク・・・。  最近の報告では、明るい話題ばかりだ。1000年前に繋いで、恵さんと俊男から報 告を受けている。どうやら、無事にルクトリアに着いたそうだ。更に、その途中で、 ミシェーダが用意したと思われる4大天使とか言うのを、2人も撃破したようだ。  これで、瞬達も同じように破ってくれれば、1000年前の靄も晴れて、こっちに移 動する準備が整うかも知れないと言っていた。そうすれば、またアイツらに会える。 やっぱ、あの4人が居ないと締まらない物だ。レイクさんやファリアさんが、物足 りないんじゃない。でも、恵さんや、瞬、俊男、江里香先輩が居ないのは、寂しい 物だ。全員が帰ってくるのを、楽しみにしている状態だ。  修行も、アイツらに負けないようにって事で、過熱している。レイクさんは、ゼ ーダ神から聞いたらしい。奴らは、強くなって帰ってくるかをだ。すると、間違い なく強くなって、帰ってくるとの事だ。ゼーダ神は1000年前の事は分からないが、 奴らが時を越えた旅をして、何も得る物が無い筈が無いそうだ。納得。  最近では、レイリーさんやグリードさんも、加わる事が多い。レイリーさんは、 凄い忍術の達人だし、グリードさんは、遠距離から狙う事の達人だ。最近は、職場 でも鍛えてる事が多いらしく、俺達に負けないくらい、修行しているようだ。  それにしても、凄いのは睦月さんかな。天神家を見事に取り仕切っている。当主 不在と言う事を、逆に利用している。恵さんが、若い事を理由に、当主としての修 行をさせていると言う事で、周りからは、恐れを抱かせているらしい。元々、恵さ んは、優れたカリスマ性を見せていたが、それが強化されて帰ってくるのかと思う と、肝が冷えるのだとか。凄い話だ。  ああ。それと、ジェイルさんって人と、話をする事が出来たのも、大きいかな。 あの人は、何て言うか、心が深い人だ。一筋縄行かないような目をしているのに、 皆を見る目は、限りなく優しい。何でも、昔は、セントを闊歩する極道グループの 組長だったらしく、その事で監獄の島『絶望の島』に入れられたらしい。とても、 そんな風には見えないけどね。それと、一緒に助けたティーエさんも、そろそろ悪 いクスリが、抜けるそうだ。今は、禁断症状と闘っているらしい。全く、酷い事を する物だ。人体実験なんて、ゾッとする話だぜ。  ちなみに、この俺、今は魔法修行中。800ページもある『魔法体現書』に目を 通して、瞑想をする毎日。簡単な魔法なら何とか使えるようになってきた。だけど まだ、実践的じゃあないな。周りは、ドンドン強くなってる。俺も置いてけぼりに されないようにするのが、やっとだ。  それはそうと、とうとう来ちまったな。中間登校日って奴だ。平たく言えば、爽 天学園の生徒が集まる日だ。もうちょっとで、4人が帰って来そうだってーのにな ぁ。まぁしょうがない。校長には連絡済なので、上手く取り計らうらしいが・・・。  今は、俺達が色々と聞かれる立場だ。全く存在感があるよな。瞬と言い、俊男と 言い・・・。アイツらが居ないってだけで、最近アイツらと、つるんでる俺に質問 が来たって形だ。まぁ、口裏は合わせてある。 『あの4人は、すげぇ修行するために、2学期から登校するらしい。』  と言う風に返すようにしている。皆は、あの4人が、狂ったように修行をしてい るのを知っているので、残念そうにしながらも、納得していた。  人気あるんだなー。やっぱ、クラスの中心だよな。レイクさんも、さっきから質 問攻めだ。だけど、返す答えは同じだ。ま、そうだよな。  今は、生徒会長の長ったらしい話が終わって、先生達と、ミーティングをしてい る所だ。夏休み中に正月を挟んだので、ぶったるんでないかどうか?とか、どうで も良い話だ。ま、学校だし、仕方ねーか。  暇だぜー。こう言う時は、俺が、やっと手に入れた『探知』の能力の復習に限る。 いざって時に出せねーと、かっこ悪いからな。この桜川 魁、『探知』の能力では、 負けないぜ!とか言って見たいぜ。  ・・・ん?誰か『ルール』の修行でもしてるのか?  俺の『探知』を使ってすら、薄っすらとしか、感じない『ルール』を放ってる奴 が居る。でも、ちょっと広くねーか?3キロちょっとか?一応『防御』しておくか。 不穏な感じが、するんだよな。  ・・・!!!!!?  うお!いきなり、『ルール』を発動させた馬鹿が居る!!?しかも、これ洒落に ならねーぞ!何だよ!このプレッシャーは!?・・・俺は『防御』してたから、何 とか、防げたみたいだな。・・・ま、まさか・・・敵!?いや、でも何が何だか、 分かりゃしねぇ。でも、仲間内の『ルール』の筈が無い。こんな敵意は初めてだ。 「う・・・ぐぐ!!」  レイクさんも苦しんでいる。それだけじゃねぇ。クラス全員が、どこか虚ろめい た表情だ。何なんだよ!何なんだよ!!これ!! 「レイクさん!・・・どうなってるんだよ!これ!!」 「魁・・・無事みたいだな・・・。油断したぜ!・・・この『ルール』、どうやら 強力な洗脳っぽい・・・。ゼーダさんが言ってる。・・・俺の体じゃ、ゼーダさん が外に出れないから、どうしようもない・・・。喋ってるだけでも、奇跡だ。」  何て事だ・・・。レイクさんからして、喋るのが、やっとって事なのかよ。 「良いか?・・・冷静に行動するんだ・・・。他に防御している奴を見つけて、ソ イツと一回逃げろ!・・・ハッキリ言って、やばい。・・・まずは、天神家に連絡 を取れ。・・・出来れば・・・奴らともな・・・。」  奴ら・・・。そうか。恵さんと俊男だな。俺は頷く。そして、グズグズしている 暇は無いので、さっさと教室を出る。・・・ちくしょう。出た所で何の反応も無い。 皆、操られてるって事かよ!  俺は、隣の教室を覗く。辛うじて抵抗してるのは、ファリアさんだけで、利奈や 葵まで、昏睡状態だ。ちっくしょう!  『探知』で誰だか探るか?・・・いや、それは駄目だ。そんな事に集中して、今 の『防御』を崩したら、元も子も無い。・・・レイクさんは、冷静になれって言っ た。俺に出来る事を、やらなきゃ駄目だ。  俺は、知り合いの教室を覗いたが、全滅だった。・・・俺だけかよ・・・。  しょうがねぇ。まずは脱出するか。・・・校門から出るか?・・・いや、危険だ。 今は、操るのに手一杯って感じだが、さっきから、様子がおかしい。全員の動きが、 やたら揃って来ている。揃って無い奴を、探し出している感じにも見える。そう。 『俺』みたいな奴を、探し出しているのかも知れない。  あっちに気付かれたら終わりだ。何せ、3キロ先まで、及んでる能力だ。それな のに、ここまでのプレッシャーって事は、この『ルール』には、それなりの制限が ある筈なんだ。恐らく、単純な事しか探れないのかも知れない。だから、俺の事も、 まだ気付かれずに、いるのか。  ・・・あそこから出よう・・・。あそこは、俺みたいな馬鹿な奴しか知らない筈 だ。昔、遅刻しそうだった時に使った、校舎のネットの穴だ。体を縮めれば、何と か出れる筈だ。  俺は、何とか外に出る。まだ校庭の人間なんかは、単純な統制を取っている。行 ける・・・。俺は、穴を見つけると、そこから飛び込んだ。  ・・・ガサッ。  音は鳴ったが、成功だ。校舎から出る事が出来た。・・・と、誰か来てねーか? ・・・いや、構ってる暇はねぇ。とにかく、ここから一早く脱出しねーと、やばい。  俺は、がむしゃらに突っ走った。・・・あそこが、範囲外だ。  ヴォン!!!  範囲外に出た瞬間、何かに押さえつけられるような感覚が、消えた。 「・・・ふう。参るぜ。」  誰だか分からないが、恐ろしい能力だ。こりゃ、やば過ぎるぜ。  何か変な感触がするな。・・・誰か居る?いや、何かに引っ掛かってる感じだ。 「・・・これは・・・。」  よく見ると、俺の腰に、紐のような物が付いている。これは『線糸』? 「・・・勇樹!!」  俺は、苦しみながらも、糸を頼っている勇樹を見つけた。そうか。勇樹は、自由 になった俺を見て、何とか、糸を括り付けて来たのか。  俺は、糸を手繰り寄せる。そして、何とか、勇樹も外に出した。 「・・・ふう。助かったぜ。・・・しかし、あの胸糞悪いのは、何なんだ!」  勇樹は、忌々しい物を見る目付きで、学園を睨み付ける。 「俺にも分からない。・・・とにかく、天神家に行こうぜ。」  まずは、連絡して、団結しなきゃ駄目だ。あんな、すげぇ能力だしな。 「お前、仲間を見捨てるってのかよ!」 「勇樹!・・・俺達二人で、何が出来る?」  俺は、必死の説得をする。ここで、あっちに戻っちゃ駄目だ。 「駄目だって分かってたって、助けに行かなきゃ、いけないだろうが!」  勇樹は、落ち着いていない。その気持ちは、分かる。 「その心意気は、間違っちゃいない。でもな。俺は、皆を助けたい!玉砕するなん て、真っ平ゴメンだ!俺の手で、何とかならないんだったら・・・頼るしかねぇ!」  俺は、勇樹を止めつつ叫ぶ。俺は、間違って無いと思う。俺と勇樹だけじゃ、こ の状況を、打開出来るは筈が無い。 「俺だって死ぬ程悔しい!!今すぐに、利奈と葵を助けたい!!でも、無謀に飛び 込むのは、可能性を、ゼロにするだけなんだ!!」  俺は、思いの丈を話す。 「・・・ヘッ。偉そうに言ってくれるぜ。俺の負けだよ。お前のが正しい。だが、 頼るのは、天神家だけじゃないよな?」  勇樹は、ビルの方を指差す。あのビルは・・・エイディさんと、グリードさんの 勤務先だ。なる程な。それは、確かに言う通りだ。 「勇樹・・・。よし!じゃぁ、俺は、天神家に連絡する。勇樹は、あの二人を!!」  俺の提案に、勇樹は頷く。これで決まりだ。  俺は、天神家まで走る。あの『ルール』の中じゃ、何をされるか分かったもんじ ゃない。あんな凄まじい敵意は、初めてだ。 「一体誰が・・・。」  恐らく、勇樹も同じ事を考えているだろう。俺達の仲間内じゃあない。だが、学 園の関係者だろう。先生達か?誰か、怪しいのでも居たかな?  俺は、天神家に逸早く着いた。そして、急いでチャイムを鳴らす。 「・・・魁様?」  天神家の使用人とは顔見知りだ。俺に気が付いたのか、急いで睦月さんに連絡を 取っているみたいだ。話が早くて、助かる。 「学校は、どうなさいました?」  少し待つと、睦月さんが、インターホン越しに話し掛けてきた。 「睦月さん。悪いけど、説明してる暇が無い。あそこへ行かせてくれ!」  俺は、睦月さんには、分かるように強調する。その言葉に、真意を悟ったのか、 睦月さんは、俺を招き入れて、例の場所へと直行する。その途中、葉月さんを呼ぶ ように指示していた。さすがだ。 「話して下さい。何が、ありました?」  睦月さんは、移動しながら聞いてくる。 「学園が乗っ取られました。恐らく、『ルール』の使用によってです。」  俺は、手早く説明する。睦月さんは、それを聞いて、一大事だと悟ったみたいだ。 「それで、あの場所へ・・・。でも成功しますか?」  睦月さんは、厳しい目を向ける。分かってる。成功率は低い。  俺は、魔方陣が陣取られてる場所へ着いた。そう。俺がやろうとしている事は、 恵さんへのアクセスだった。人並み外れた嗅覚を持つ恵さんなら、突破口を見出せ るかも知れない。 「姉さん!」  葉月さんが、到着した。そして、その後ろには、もっと頼もしい人達が居た。 「聞いたぜ。全く・・・レイクと居ると、飽きないぜ。」 「兄貴を苦しめるなんて、許せねぇぜ!」  エイディさん、グリードさん、それに、勇樹も居た。 「大変な事になったようだな。及ばずながら、協力しよう。」  明日帰る予定のシャドゥさんまで、来てくれたみたいだ。 「ファリア様の一大事・・・。放って置けません!」  ナイアさんも、気合十分だ。 「この魔方陣で、魔力を通してくれる人を決めて欲しい。俺は、話さなきゃならね ぇ。状況説明も、しなきゃいけないしな・・・。」  恵さんとアクセスを取るには、それなりに大量の魔力が必要だ。 「魔方陣の維持は、私と葉月がやります。」  睦月さんと葉月さんは、ずっと魔法陣を保たせるための魔力を送り込むと言って いた。それも重要な役目だ。 「ならば、話す時に使用する魔力は、私とナイアで作り出そう。」  シャドゥさんとナイアさんが、魔方陣に手を触れる。 「俺達も・・・。」 「グリード、君とエイディ、そして勇樹と魁は、救い出すための戦力だ。良いね?」  シャドゥさんは、手伝おうとするグリードさんを、嗜める。 「分かった。兄貴は、絶対救い出す!」  グリードさんは、唇を噛みながら、我慢する。 「・・・行きます・・・。」  ナイアさんは、ニコッと笑った後、魔方陣に魔力を注ぎ始める。  すると、すぐに変化が現れ始めた。スクリーンに恵さんと俊男の姿が見えた。 『あら?珍しい時間に呼び出しね。』  恵さんが、こちらを向く。そして、メンツを見て、訝しげな表情を見せる。 『・・・何か起こったわね?』  恵さんは、すぐに気が付く。さすがだ。道楽で呼び出したとは考えてないようだ。 「恵さん。今日は、学園の登校日なんだが・・・。学園が、何者かに乗っ取られた! 恐らく『ルール』だ!俺は、直前に防御してたので助かった!勇樹は、俺に糸を括 り付ける事で、抜け出して来たんだ!」  俺は、手短に話す。で無くては、シャドゥさんとナイアさんの魔力が、もたない のだ。ファリアさんですら、多少話しただけで消耗する程なのだ。 『不意に『ルール』を仕掛けたようね。そうなれば、レイクさんや、ファリアさん でも、打開は難しいわね。貴方が防御出来たのは、奇跡に等しいって訳ね。』 『くっ!僕達が、居ない間を狙うなんて・・・。速く戻りたい!』  恵さんは冷静に考えて居るが、俊男は、悔しいみたいだ。 『離脱したのは正解よ。恐らく、反撃を試みたら、返り討ちに遭うわ。その人は、 私と同じ、制約を担って『ルール』を発動させてるわ。』  恵さんは、制約の話をする。制約を掛けると、『ルール』の力が増幅されるのだ と言う。だからこそ、3キロと言う途方も無い範囲を、カバーしているのだろう。 『一体、誰が・・・。こんな酷い事!!』 『見当は、ついてる。こんな事しようとするのは、一人しか居ないわ。』  恵さんは、口元で笑う。もう誰がやったか、見当がついてるようだ。 「だ、誰なんだい?」  俺は、緊張しながらも聞いてみる。唾を飲み込む。 『生徒会長の早乙女 元就よ。彼は、私と言う目の上のタンコブが居なければ、行 動を起こす人よ。しかも、そんな用意周到に仕掛けるなんて、彼らしいわ。』  !!生徒会長!そうか!早乙女幕府のアイツか!! 「あの野郎かぁ!!」  勇樹は、怒りに顔を歪ませる。 『そろそろ限界みたいね。んじゃ、手短に、作戦内容を話すわ。』  恵さんは、俺達に策を預ける。そうだ。誰か分かったのならば、今度は反撃する 番だ!こんな酷い事しやがって・・・。待ってろよ。早乙女会長!!  いつだって僕は、優秀だった。  学年で一番?そんな事は、常識だ。  誰よりも才能がある?何を今更・・・。  人間と言う生き物に生まれたのなら、腕力よりも頭脳を目指す。  人間程、頭脳が発達した動物は居ない。  ならば、それをフルに活かすのが、正しい生き方なのだ。  鮮烈に強さを求める生き方も認めよう。  だが、それは、正しい人間の生き方では無い。  増して、その生き方が、賞賛される世の中など間違っている。  人間の本分とは・・・頭脳を使い、勝利を収める事だ。  その頭脳に於いて、僕を上回る者など居ない。  敢えて、その可能性があるとすれば・・・天神 恵君だ。  彼女が、爽天学園に入学した時の異名は・・・『天才少女』だった。  頭脳的に高校の頭脳など、飛び抜けていると言う。  つまりは、僕と同レベルだと言う訳だ。  最初は、只の冗談かと思った。  だが、実際に会ってみて、生徒会副会長に任命した時に、気付いた。  この少女は、僕の後を引き継ぐに、相応しい人物だと。  聞けば、彼の有名な天神家の、若き当主なのだと言う。  カリスマ性、運動能力、頭脳、芸術、何をやらせても超一流だった。  才能だけで言えば、僕をも上回る。  彼女の場合、頭脳が優秀なのは当然で・・・。  それ以外も、超一流で無ければ、ならないのだとか。  あんな凄い覚悟を持った人物は、初めて見た。  この僕が、学園を掌握する時に、一番のキーとなる存在は恵君だった。  しかし、彼女は図るまでも無く、僕の敵だった。  この爽天学園の中心的メンバーとなりつつある天神 瞬の妹であったからだ。  聞けば、部活の後の特訓を、毎日続けているらしい。  呆れて、物が言えない。  そこまでの強さが、今の時代に、何の役に立つ!  頭脳に生きる僕にとって、最大の障害だった。  ・・・その中心たるメンバーの4人が、居ないのだという。  そして、運が向いてきたのか、僕は『能力』を手に入れた。  このチャンスを逃す手は無い。  登校日を利用するしかない。  こうして、下準備もして、今を迎える事になった。 「学園の統制は、最高潮にある。」  僕の意のままにあるのだから、楽しみでしょうがない。  だが、どうやら、2人程、逃したようだ。誰だかは分からないが、中心的人物の 気配は、チェックしてある。一人は外本 勇樹のようだな。不良が一人では、何も 出来ぬ。臆する事は無いな。 「まずは、報せだな。」  僕は、貰った水晶に魔力を込めると、水晶は、あっと言う間に崩れて溶けた。  これで、ゼリンに連絡が行く筈だ。 「単純な支配しか出来ないが、故に強力な能力。単純さをカバーするのが、我が頭 脳。正に、お誂え向きな能力じゃないか。」  全ては、僕の頭脳の出来次第。なら、圧倒的な筈だ。  ふふふ。全てを把握出来ているぞ。『ルール』を持っている者は、抗おうとして 必死だが、毛先程も、自由では無い。そして、『ルール』を持たぬ者は、意識すら 無い。抗おうとしている者も、精神は無事なようだが、体の自由は、奪わせてもら っている。  このような学園のように出入り口が、ある程度決まっている所では、変形的な魚 鱗の陣こそ寛容。足止め出来る程度の実力者を、校舎の四隅に置く。然る後に、生 徒会室の廊下を挟むように、実力者である伊能 巌慈と紅 修羅を置く。そして、 生徒会室の門番は、レイクさんとファリアさん。これで決まりだ。死角すら作らぬ。  持久戦も出来るように、食糧確保ルートまで押さえてある。死角は無い。 「成功したようだな。まずは、おめでとう。」  ゼリンが来たようだ。早いな。 「君にあげた水晶の所に、移動出来るように、仕込んでおいたのさ。」  ゼリンは、事も無げに言う。しかし、かなりの高等テクニックに違いない。 「虫が2匹程、逃げた。気にする程でも無いとは思うが、少々厄介かも知れん。」  僕は、まずは経過報告をする。 「なる程。それは、余り宜しくない事だな。」  ゼリンも、快く思ってないようだ。 「安心したまえ。主要人物は、押さえてある。」  僕は、門番に扉を開けさせる。 「・・・私に、よくも・・・!!!!ゼ、ゼリン!!!」  おや、門番が口を開いた。そう言えば神の自由までは取れなかったんだったな。 「おやおや、久しぶり。半年程、見ぬ間に変わったでは無いか。」  ゼリンの知り合いだったのか。では、プサグル出身と言うのは、嘘である可能性 が高いな。セント出身なのかも知れないな。 「アンタが、絡んでたなんてね。油断したわ。」  ファリアさんは、ゼリンを睨み付ける。 「私は、偵察に来ただけだがな。脱走者が、学園に通っていたとは・・・。」  ゼリンは、鼻で笑う。余り親しげな中では無さそうだ。 「せいぜい油断してると良いわ。」  ファリアさんは、仲間を信じているようだ。 「俺達を、駒に使うつもりか。良い身分だ。」  レイクさんの方は、覚悟を決めているようだな。 「フッ。不良一人と、あと一人は、誰だ?」  僕は、把握し損ねていた。ああ。思い出した。あのお調子者か。 「桜川 魁?だったか。あのような者達に、何が出来ると言うのだ?」  外本 勇樹より、恐れるに足らぬ存在よな。 「ま、せいぜい、そう思っていると良い。」  レイクは、負け惜しみを言う。あのような小者に、何が出来ると言うのか。 「そう思っているとしよう。せいぜい門番を、頑張ってくれたまえ。」  僕は、合図を鳴らすと、二人は勝手に、門番の仕事をしだす。 「なる程。見事な能力だな。何より配置が良い。やはり才能があるな。君は。」  ゼリンは褒めてくるが、僕にとっては、当然の事だ。 「貴方は、どうする気だ?」 「私か?例の用意をする。体育館を、使わせてもらおう。」  あの件か。まぁ、僕の支配に一役買ったのだ。協力しないとな。 「派手にやると、処理に困る。その辺の調整は、お願いしますよ?」  僕は釘を刺しておく。ゼリンが持ち掛けてきた話だ。体育館を改造して、この能 力を、バラ撒いた主の下に、力を供給するシステムを、作るらしい。やり過ぎると、 衰弱してしまう生徒も出兼ねないから、釘を刺しておいたのだ。 「こちらは任せなさい。そちらは、お任せするよ?」  ゼリンは、そう言うと、体育館の方へと、向かっていった。  フッ。ここまで上手く行くと、先が怖いな。  今の爽天学園は言うなれば、魔窟だ。  一人の男に、全てを握られている。  しかも相手は、学園きっての天才、早乙女 元就だ。  こっちの仲間は、エイディさんにグリードさん、そして勇樹だ。  睦月さんは、天神家から離れられないし、葉月さんは魔方陣に魔力を注入中だ。  シャドゥさんとナイアさんは、さっきの恵さんとの会話で、魔力が尽きている。  4人で、何とかしなきゃならない。  作戦は、練ってある。  後は、成功するかどうかだ。  だが、相手だって馬鹿じゃない・・・寧ろ天才だ。  恵さんの作戦での、俺の役目は、特に重要だ。  まずは、俺とエイディさんで、『ルール』に対する、防御壁を作る。  勇樹の『線糸』を利用するためだ。 「シィ!!」  勇樹は、俺とエイディさんの防御壁の中で『線糸』のルールを発動させる。  そして、俺達は、『支配』のルールの中に入る。 「クッ!3キロも広げてる割に、強力だな。それでいて体の自由を奪っているって 事は、単純な命令しか、下せない筈だ。」  エイディさんは、改めて把握する。だが、俺は油断していない。何せ早乙女会長 の事だ。単純な命令と言っても、配置で何とかしてしまう可能性がある。 「恵が言っていた配置を鵜呑みにすれば・・・生徒会室がある第1校舎の正門には 亜理栖、裏門には風見 隆景が、居る筈だ。」  恵さんは、早乙女会長は、確実な守りをしてくる筈なので、正門には亜理栖先輩 を置いてくるとの事だった。そして、裏門に風見 隆景。そして、生徒会室の階段 の守りに伊能先輩、逆側に修羅先輩を置くとの事だった。そうする事で、どこから 攻めようとも強力な敵と闘わなきゃならない、魚鱗の陣を完成させるのだとか。 「その通りだとすると、厄介だな。門番にレイクとファリアだろ?冗談じゃないぜ。」  エイディさんは、お手上げと言った感じで、ジェスチャーする。 「減らず口を、叩いてる暇は無いだろ?」  勇樹は、『線糸』を伸ばしていく。それを丸めて、いつでも伸ばせるようにして いた。校舎へは、特殊な入り方をする。校庭にだって、一般生徒がたくさん居る。  傷付けないようにするためには、奇襲する他無い。 「お前の『探知』で、教室の守りは、それぞれ2名ずつ、校舎を取り囲むように、 生徒が守っているって聞いた。ま、つまりは、侵入ルートは・・・。」  そう。エイディさんが言っている通り、『探知』を使って、どこに誰が居るかは、 把握してある。『支配』の中でも、俺の『探知』でバッチリだ。  そして侵入ルートは、勇樹が作る。そのための『線糸』だ。校門の周りは、特に 人が多い。正門も裏門も、生徒は、いっぱい居る。 「忍び込むぞ!」  勇樹が合図すると、2階の視聴覚室の窓の縁に『線糸』を巻き付ける。 「掴まれ!!」  勇樹の腹の辺りに掴まる。エイディさんは、その後ろだ。 「そして、ここから一気に糸を戻す!!」  勇樹が、引っ張る仕草をすると、俺達は、引っ張られるように視聴覚室の窓の縁 へ移動していった。見事だ。こんな事が出来るなんてな。そして、間髪いれず、エ イディさんが、窓をぶち壊して中へと入る。俺と勇樹は、それに続いた。 「・・・。」  生徒達は、俺達に気が付くと、襲い掛かってきたが、たった3人だったので、エ イディさんが、延髄に手刀を入れて、気絶させる。 「・・・わりぃな!少し寝ててくれ。」  エイディさんは、そう言いつつも、視聴覚室の扉を開ける。  これで、亜理栖先輩と風見 隆景とは、闘わずに済む。  俺達は、階段へと急ぐ。モタモタすると、配置を換えられ兼ねない。『支配』の ルールの最大の弱点は、命令が単純故に、配置を変えるのにも時間が掛かると言う 事らしい。勇樹は、『線糸』を短くして、『防御』しつつ、進む事にする。  そして、階段を上っていくと、苦しい顔をした伊能先輩が立ちはだかっていた。 「・・・凄いのぉ、お主等。」  伊能先輩は褒めているが、攻撃態勢に入っている。ここを通る者に、攻撃するよ うに、命令されているのだろう。 「フッ。ここらが潮時だな。行きな!エイディさん!魁!!」  勇樹は覚悟を決めていた。つまり、伊能先輩を足止めする役目を引き受けると言 ってるのだ。勇樹は、『線糸』を半分も出しちゃいない。『防御』も使用している せいだ。なのに、引き受けると言ってるのだ。 「・・・行くぞ。魁!」  エイディさんも、分かっている。敵う筈が無い。だが、先に進まなきゃならない のだ。俺は、歯痒い想いで、ここを抜ける。 「無理するんじゃねぇぞ!!勇樹!!」  俺は言って置いた。でも、勇樹は、覚悟を決めたような顔をしていた。馬鹿野郎! 心配するような顔を、するんじゃねーよ!  俺は、断腸の想いで進んでいく。しかし、『その人達』は、待っていた。 「ぐっ!!エイディ!!」 「か、魁君!!」  レイクさんと、ファリアさんだ。恵さんの読み通りだ。参ったね。こりゃ。 「分かってると思うが・・・ここに、アイツは居る!」 「抜けてちょーだい!何とか!」  言葉では、励ましてくれているのだが、門番として、絶対通さないと言う体勢だ。  この人達ですら、この状態かよ・・・。 「おい。・・・魁。覚えているな?」  エイディさんは、小声で話してくる。覚えている?・・・覚えているよ。恵さん の作戦の事だ。何とか生徒会長の所まで辿り着いて、俺が、やらなきゃならない事 があると言うのだ。エイディさんと勇樹は、違う役目がある。それは・・・その前 に立ちはだかる者を、足止めすると言う役だ。・・・でも無茶だ!! 「エイディさん!!」 「ごちゃごちゃ言うな!!皆を、元に戻すためだ・・・。非情になれ!!」  エイディさんは、厳しい目付きで言う。俺は迷うな!と言う事だ。俺がやらなき ゃいけない事。それは、生徒会室へ辿り着いて・・・。会長と対決する!そして、 『アレ』をする事だ。そうすれば、勝てると言った。 「良いか?振り向かずに、行動しろ!出来りゃ、8割勝てる。おいしい勝負なんだ ぜ?・・・やるんだ!!」  エイディさんは、そう言うと、ファリアさんを『紅蓮』のルールで、作り出した 炎で、門からどかせる。その隙に扉を開ける。そして、それを阻止せんと、レイク さんが繰り出した剣激を、白羽取りする。その隙を、逃す訳には行かない。  俺は、生徒会室へ踊りこんだ。すると、生徒会室は、勝手に閉まる。 「良いか!!振り返るんじゃねーぞ!!」  エイディさんは、二人を相手するつもりなのだ。無謀・・・だけど、しなきゃい けないのだ。俺は、心を鬼にして、生徒会室に入った。  そして、中に入ると、思った通り、生徒会長が居た。 「生徒会長!!・・・いや、早乙女!!」  俺は、叫ぶと同時に、睨み付ける。 「・・・ふう・・・。まさか君とはね。」  生徒会長は、余裕タップリに俺をみる。 「他の者なら僕も操られたフリでもする所だが・・・君相手にするつもりは無い。」  生徒会長は、冷静だ。操られたフリをしようとでも思ってたらしい。最も、相手 が俺だったので、そんな事をしなくても、結構だと判断したのだろう。 「舐めるな!!」  俺は、『火矢』の魔法を使って、飛ばしてみる。しかし生徒会長は、それを余裕 に受け止めた。どうやら、魔法を習得しているらしい。氷系の魔法で、掻き消した のだろう。器用な事だ。 「私は魔法を習得して日が浅い。だが、君に負けるつもりは無いよ?」  生徒会長め。余裕だな。今の氷系魔法の使い方から見ても、生徒会長は、かなり マスターしている筈だ。 「君みたいに、たまたま『ルール』に目覚めただけの奴に負ける程、僕は弱くは無 いんでね。喧嘩をした事すら、無いのだろう?」  ・・・見抜いてやがる。俺は、みっともない姿を晒すのが嫌だとか理由付けて、 喧嘩をした事が無い。何て事は無い。ただ、臆病だっただけだ。修練だって、負け 続けだ。そんな俺が、真剣勝負?確かに、負けは目に見えている。 「アンタの言う通りだ。俺には何の特技も無い。だが、こんなチャンスを貰ったん だ。お調子に乗るくらい出来るぜ!!」  そうだ。負けるかも知れないから、闘わないじゃ、前に進めないんだ。 「調子に乗る・・・か。仕方が無いな。・・・天才と凡人の差を見せてあげよう。」  生徒会長は、正面を向く。そして、魔力を発動させる。 「んな!!!」  俺は驚愕するばかりだ。生徒会長の魔力・・・。こんなかよ!!なんて雄大で、 スケールの大きい・・・。これが奴の言う、天才と凡人の差って奴か! 「本来なら、君如きに見せても仕方が無い。だが、調子に乗られるのは嫌いでね。」  生徒会長は、『炎熱』の魔法を叩きつけてくる。 「うわああ!!」  俺は、『氷結』の魔法で相殺しようとする。しかし威力が、あちらの方が上だ。 それは、魔法の難易度が、あちらの方が上だからに、他ならない。俺が使っている のは、氷系の魔法の第2段階目の『氷結』であり、向こうは、第4段階目の『炎熱』 を使っているのだ。相殺出来る訳が無い。 「君は、まだ第2段階までしか、教わってないようだね。」  生徒会長に見切られる。その通りだった。まだ2段階目までしか教わっていない。 だから、4段階目とも言われる『氷砕』の魔法を使えないのだ。 「ふふふ・・・。終わりの時間が、近づいてきたよ?」  生徒会長は、雷の魔法の3段階目である『雷撃』の魔法を繰り出してくる。俺は またしても、吹き飛ばされる。畳み掛けるように風の3段階目の『風車』を、ぶっ 放してきた。何て早さでやってきやがる。・・・俺は、いつの間にか、窓を背にし てしまう。このままでは、叩き落されてしまう。 「後が無いね。まぁ、良く防いだ方だね。褒めてあげるよ。」  生徒会長は、仕上げに魔力の塊を放ってきた。純粋に魔力をぶつける。これが、 またきついんだ・・・。俺は、両腕に魔力を込めて、ガードしたが、窓の外へと吹 き飛ばされた。窓も、今の衝撃で壊されたようだ。 「う・・・ぐぐ・・・。」  俺は、窓の縁を、何とか掴んで、ぶら下がる。 「フフフ。無様だね。調子に乗るからだよ?」  生徒会長が見下ろしてくる。 「・・・やはり俺の力では、敵わないか・・・。恵さんの読み通りだな!」  俺は、ニヤリと笑う。実は、恵さんの作戦通りだった。俺が行く事で、生徒会長 は、俺が相手と言う事で、正々堂々闘いに来るに違いないと読んでいた。後は、俺 が窓に近づくように誘導させて、この窓を壊させる事。これが、この作戦の肝だっ た。開けてさえくれれば・・・! 「恵?恵君の事か?・・・うぉ!!」  生徒会長は、突然襲った衝撃で、吹き飛ばされる。俺は、その隙に窓を上る。 「・・・ま、まさか!!これが、狙いだったと言うのか!!」  生徒会長はうろたえる。そう。突然襲ったのは、グリードさんの愛銃であるライ ティングでの一撃だった。生徒会長のコメカミを、正確に狙っていた。 「フフフ。起死回生の一撃だったようだが、コメカミだったよ?残念だったな!」  生徒会長は、外れたと言いたいのだろうか? 「会長さん。実は、グリードさんは、そこを狙ったんだよ?」  外しちゃあいない。コメカミと言うのは、痛みを感じる場所が集中していて、集 中力を途切れさせるのに向いている。だから、わざと狙ったのだ。 「・・・負け惜しみを・・・。集中力が続かなくとも『支配』を使う事は出来る!」  会長は再び『支配』のルールを発動させる。空気が重くなる。 「・・・分かっちゃいない。・・・アンタは、もう終わりだ。」  俺は、『防御』に集中していた。それくらいしか出来ない程、疲労していたから だ。しかし、構わない。俺の役目は、もう終わった。  バン!!!  扉から、レイクさんとファリアさんが出てくる。 「お?やっと外の刺客を倒したのか?丁度良い。そこの不埒者を、摘み出すんだ。 ・・・残念だったな。」  生徒会長は、余裕タップリに命令する。レイクさんは、近づいてきた。  バキィッ!!!  そして、レイクさんは、生徒会長の顔面を思いっきり、ぶっ叩いた。 「ノァァァァ!!!?」  生徒会長は、吹き飛ばされる。 「アンタ、俺達の大切な友人に、舐めた真似してくれたな?許さねぇ・・・。」  レイクさんは、これ以上無い程、怒っていた。 「どんなお仕置きを、してやろうかしら?」  ファリアさんもだった。自分達の手で、エイディさんを襲わなくては、いけなか った事が、怒りを、増徴させているのだろう。 「ば、馬鹿な!!『支配』が・・・。」  生徒会長は、自分の『ルール』に疑問を持っているのだろうか? 「バーカ!!もう、俺達全員『防御』を使ったに、決まってるじゃねぇか!!」  そう。それが狙いだったのだ。いくら生徒会長とは言え、不意にコメカミに攻撃 を食らえば、集中力が途切れて『支配』を解かざるを得ない。そうすれば、レイク さん達は、自由になる。そうなれば、『防御』を使う事だって可能な筈なのだ。 「・・・なら仕方が無い。降参だ。」  生徒会長は、降参を申し出る。 「・・・この期に及んで、何言ってるんだ?アンタ。」  レイクさんは、指を鳴らして、生徒会長の腹に強烈な蹴りを入れる。 「グハッ!!・・・こ、降参だと、言ってるじゃないか!!」 「あれだけの事をして、降参で済むとでも思ってるのか?アンタ。」  レイクさんは、本気で怒っていた。許す気は無さそうだ。 「・・・ファリアさん!貴女なら、分かってくれ・・・る・・・!?」  生徒会長は、ファリアさんの方に向かうが、ファリアさんは、いきなり首に手を 掛けた。そして、侮蔑の目で、生徒会長を見る。 「何を言ってるのかしら?貴方?」  ファリアさんは、そのまま手に『熱』の魔法を込める。 「あ、熱い熱い!!」  生徒会長は、のたうち回る。拷問に等しい。生徒会長は気絶したのか、『支配』 のルールが、解けたようだ。 「お?やっとるのぉ。」  伊能先輩の声がした。勇樹とエイディさんを抱えている。二人とも、所々にダメ ージを負っていた。 「私らを操ろうなんて・・・何様だい?」  亜理栖先輩もやってきた。その後ろには、修羅先輩もいる。 「まさか、生徒会長がな・・・。参ったもんだぜ。」  修羅先輩も、不覚を取ったのが悔しいようだ。 「・・・良かった・・・。良かったよ・・・。」  俺は、安心してヘタり込んでしまう。相殺してたとは言え、かなりの量の魔法を 食らっている。体中に、痛みが走っているくらいだ。 「・・・上手くやったじゃねーか。」  エイディさんが、傷付いた体を起こしながら、ニコッと笑う。 「・・・おいしい所を、持ってきやがったな!」  勇樹も、祝福してくれた。 「俺は、窓を開けただけだよ。実際コメカミ撃ったのは、グリードさんだし。」  俺は、喧嘩でも、生徒会長に勝てる気がしなかった。役立ったとは思えない。 「・・・バーカ!一番に役立ったのは、お主じゃろうに。」  伊能先輩が、頭を撫でて来た。 「相手よりも劣っていると認めた上で、魔力勝負を挑んだそうじゃないか。出来る 事じゃないぜ?・・・しかも、窓を開ける所まで、作戦の内なんだろ?」  修羅先輩も励ましてくれた。俺が役に立ったのか? 「自信を持てよ。魁。お前は、俺達の恩人なんだぜ?」  レイクさんまで、嬉しい事を言ってくれる。 「か、買い被り過ぎだっての!!」  俺は、照れ隠しに、減らず口を叩いてしまう。 「俺は見直したぜ?助けたいって気持ちを押し殺して、助けを呼んだ。暴走しそう な俺を止めた。自分だけじゃ敵わないって知ったから、恵さんに作戦を聞いた。敵 わないと知りながらも、自分の使命を忘れずに窓を開けた。すげぇよ。お前は。」  勇樹は、俺の行動全てが、賞賛に値すると言っているのだろうか?俺は、臆病な だけかも知れないのに・・・。 「確実に勝つために、全ての能力を振るう。簡単に出来る事じゃあない。頑張った わね。貴方は、最高の弟子の一人よ。」  ファリアさんは、俺を、一人前と認めてくれた。 「皆して・・・買い被り過ぎだぜ!」  俺は、いつの間にか、嬉し泣きしていた。 「魁!!・・・大丈夫?」  葵が来た。そうか。『支配』は、解けたんだったな。 「魁君!!」  莉奈まで入ってくる。心配させちゃったな。 「ハハッ。ちょっと生徒会長と、喧嘩をしちゃったよ。」  俺は軽口を叩く。 「皆が正気に戻れたのは、コイツのおかげさ。全く、すげぇ奴だよ。」  レイクさんが、褒めてくれた。何だか照れちゃうな。 「これで・・・学園も元通り・・・かな?」  俺は、何とか立ち上がる。ヘバる程じゃあない。 「・・・待って・・・体育館に、おかしい気配が感じるわ。・・・これは・・・。」  ファリアさんが警戒する。どうやら、体育館が、怪しいようだ。 「間違いないようだな。さっきの気配だ・・・。ゼリンだ。」  レイクさんも気が付く。その名が出た途端、レイクさんとファリアさんは、殺気 を発する。余程の因縁が、あるみたいだな。 「・・・ゼリンか・・・。俺も聞きたい事がある。悪いが、体育館まで運んでくれ。 グリードも、すぐ来るだろう。俺たち4人にとっては、忘れられねぇ名なのさ。」  エイディさんは、殺気と言うより、警戒心のが強い。  俺は、運ばれたまま、体育館へと侵入する。すると、切れ長の目に整った顔、そ して、吸い込まれそうな顔をした奴が、こちらを向く。 「おやおや。これは、皆さんお揃いで。」  ソイツが、余裕綽々に俺達の方を向く。 「ゼリン・・・!アンタね?」  ファリアさんは、感情を抑えながら聞く。 「さっきも顔を合わせたでしょう?まぁ、お初の方も居るみたいだし、挨拶してお きましょうか。私の名は、ゼリン=ゼムハード。以後、お見知り置きを・・・。」  優雅に挨拶してみせる。その仕草は、恵さんにも迫るくらいだ。 「ここで、何をやっている?」  レイクさんが尋ねる。確かに魔方陣のような物が、広げられている。 「力を、セントに送ってるのですよ。」 「な、何じゃと!?」  ゼリンの答えに、皆が唖然とする。伊能先輩も驚きの声を上げる。 「最近のガリウロルは、優秀な者が集まって居るようですので、出来るだけ送ろう としたのですが、ほんの僅かしか、送れませんでした。ここの生徒会長、もうちょ っと優秀だと思ったのですがね。案外、早く落ちましたね。」  ゼリンは、元から、生徒会長を当てにしてなかったみたいだ。要するに、捨て駒 だったって訳だ。アイツも、良い奴じゃねぇが、哀れだな。 「変わらないわね。誰も信用しないその眼。1年前に見た時と、一緒ね。」  ファリアさんは、睨み返す。 「貴女は、変わったね。ファリア。従順だった日が、嘘のようだね。」 「魔力抵抗が上がったおかげでね。色々と見えるようになったのよ。」  ゼリンは、ファリアさんを魅了の魔法で、惑わせていたのだ。 「男装してまで私を魅了するなんて、念の入った事よね。その上、私の逮捕をする だなんてね。私、貴女を両親の仇として、殺すために魔力を磨き上げたのよ?」  ファリアさんは、ハッキリ『殺す』と答えた。恐ろしい程の殺気だ。 「物騒だねぇ。私は、任務をこなしただけだと言うのに。大体、貴女がセントに逆 らう意志を見せたから、いけないのだろう?」  ゼリンは、何の不思議にも思ってない声を出す。 「いつ見せたのよ?ふざけないで!!私は、セントを出る気すら無かったわ!!」  ファリアさんは、元々、セントの中で生きるつもりだったのだと言う。 「ゼロマインド様が、間違いないと言ったのだ。貴女と、エイディもね。」  ゼリンは、ゼロマインドの名を口にする。余程、心酔しているのだろう。淀みが 全く無かった。続いて、エイディさんの名を口にする。 「軽く言ってくれるな。俺は、あの日から人生が変わった。育ての親と、お前にハ メられた日にな!!盗みしか教えなかった、クソ親だったけどよ。俺にとっちゃ、 親だったんだ。それをお前は、利用してくれたよな?親と一緒に・・・。俺は、あ の日の事を、忘れた事はねぇ!」  エイディさんまで感情的になっている。苛烈な日々だったのだろう。エイディさ んは言っていた。忍術の修行をしている以外は、ほとんど盗みの連続だったと言う。 盗みに、忍術を使った事すら、あるようだ。 「盗みなど働くお前が悪い。私は、合理的に捕まえようとしただけだろう?何が悪 い。大体、私は、両親に金を渡すように指示されただけだ。そしたら、ゼロマイン ド様が予言した通り、お前の居場所を、両親が喋ってくれたのだ。」  ゼリンは、嘘を言ってるのか?いや、あれは本気の眼だ。何であんなに、ゼロマ インドとやらを、信じられるのだろうか?分からないぜ。 「・・・お前、自分の考えは、無いのか?」  エイディさんは、気になったのだろう。 「あってどうする。ゼロマインド様が予言した事で、間違った事など一つも無い。」  本気だ。このゼリン、マジに信じている。恐ろしいぜ。 「操り人形だったって訳だ・・・。哀れだな。」  エイディさんは、もう感情的になど、なっていない。寧ろ、ゼリンを哀れんでい た。ゼリンは、忠実に任務をこなしていた。 「さっきから聞いてたがよ・・・。」  後ろから声がした。グリードさんが、追いついていたのだ。 「俺が首謀者だってのも、そのゼロマインドってのが、決めたのか?」  グリードさんは、反セントデモに参加した。その時の首謀者として捕まったのだ。 「それ以外の何がある?類稀な動体視力を持つゲラム=ユード=プサグルの子孫が、 煽動していると言われたのだ。疑う余地も無かろう。」  ゼリンは、言い切る。・・・え? 「な、何だと!?お、俺が、ゲラムの子孫だと!?」  グリードさんは、動揺しているみたいだ。全く身に覚えが無いのだろう。俺だっ て驚いている。 「知らなかったのか?ゲラムは、ルイ=コラットと結婚後、リュート、マイの二人 の子供が出来た。その内、血を濃く受け継ぐリュートは、ルクトリアに定住を持っ た。その子孫が、君だ。」  ゼリンは、淡々と話す。どうやら、本当の事らしい。 「俺も・・・伝記の子孫だったってのかよ。・・・信じらんねぇよ。」  グリードさんは、嬉しさ半分、驚き半分だったようだ。 「さて、長話をしてしまったようだな。」  ゼリンは、丁寧に手を翳すと、魔方陣が消えてなくなった。 「証拠を隠滅せねばならないのでな。ゼロマインド様は、痕跡を残すのを嫌ってお られる。魔方陣の撤去、そして、ここに来た君達の隠滅だ。」  ゼリンに殺気が帯びる。これが、さっきまで優雅に話していた奴の殺気だと言う のか?信じられない程、強い。 「命じられたまま動く機械。今の貴女は、正にそれよ。」  ファリアさんは、哀しい眼をしていた。 「俺の出生を教えてくれた礼を、しなきゃならねぇようだな。」  グリードさんは、光銃ライティングを取り出す。 「目を覚まさせてやるよ。全く、世話が掛かる奴だ。」  エイディさんは、ボロボロの体を起こして向き合う。 「これ以上の悲劇は要らない。俺の見てる前では、起こさせない!!」  レイクさんは、強い眼で、ゼリンに向き合う。 「巌慈さんに亜理栖さん、それに修羅さん!体育館に、誰も入れさせないで!」  ファリアさんは、周りに結界を張りつつ、魔力を溜め始める。 「結界か。それは、私にとっても、好都合だ。利用させてもらおう。」  ゼリンは、ファリアと共に、強力な結界を完成させる。これで、体育館は正に、 別次元となった。足を踏み入れた瞬間に、異界と感じるだろう。 「君達4人で良いのか?全員で掛かってきても、良いのだぞ?」  ゼリンは挑発する。しかし、俺達が入っても、却って邪魔になるだけだ。実力が では無い。ゼリンと因縁のある、4人の想いにである。 「見くびられたものだな。こう見えても私は、神の子だぞ?」  ゼリンは、右手に、とてつもない魔力、左手に神気を溜めて、攻撃に移る。 「エイディ兄さん!」  亜理栖先輩は、エイディさんに源の塊を受け渡す。他人に受け渡すには、それ相 応のダメージが返って来る筈だ。亜理栖先輩は、眩暈を起こす。 「亜理栖!無理すんな!」  エイディさんは、亜理栖先輩に駆け寄って、心配そうに見つめる。 「アイツ、凄い力感じるけど、勝ってよ。絶対にさ!」  亜理栖先輩は、そう言うと、壁に、もたれかかる。 「おうおう。無理し過ぎじゃぞ。」  伊能先輩は、溜め息を吐きつつも、亜理栖先輩に闘気を分ける。 「ここを守る。それが、俺達の務めだ。」  修羅先輩は、周りに気を配っている。一般生徒は、まだ混乱中なのかも知れない。 「誰も入れさせねぇ!だから、絶対に勝つんだぜ!」  勇樹も傷付いた体を奮い立たせながら叫ぶ。勝利を信じて、疑わないようだ。 「心配せずとも、ここには来れないよ。結界を張った時に、強力な暗示を掛けてお いた。ここは、無い物として、扱われている筈だ。そして、私かファリアが倒れる まで、この結界が崩れる事も無い。」  ゼリンが答える。なる程。と言う事は、決着がつくまで、ここに居ると言う訳だ。 念の入った事だ。 「ファリアさん!!勝利を、信じてます!」  莉奈が、声を張り上げる。 「私達のお師匠は、負けないんだから!」  葵も、勝利を信じているようだ。 「お師匠!レイクさん!エイディさんにグリードさん!今度は、俺に、奇跡を見せ て下さいよ!」  俺は、精一杯叫ぶ。4人共、力強く頷き返してくれた。 「フフフ。青いねぇ。その青さが、ゼロマインド様を苛立たせているのかもね。」  ゼリンは、不敵に笑う。余裕あるなぁ。 「先手を打たせてもらうぜ!!ルール!『紅蓮』!!」  エイディさんは、両手に、渦巻く豪炎を灯す。凄い炎だ! 「ライティング・・・最大火力で、行くぜ!!」  グリードさんは、ライティングの威力を、最大に合わせる。 「さーて、通じるかしらね。聖槍ニケローン!!」  ファリアさんは、恐ろしい力を帯びた槍を、召喚する。 「不動真剣術の奥義を見せる!」  レイクさんは、五芒星を描き始める。 「・・・これは、舐められないな。」  ゼリンは、両手を合わせて、力を増大させる。 「『紅蓮』よ!『火遁』となって、襲い掛かれ!!」  エイディさんは、『紅蓮』のルールを使った『火遁』を放つ。 「ショット!!」  グリードさんは、乱れ撃ちを始めた。 「ニケローンの一撃を・・・受けなさい!!」  ファリアさんが腕を翳すと、ニケローンは、猛スピードでゼリンに襲い掛かる。 「食らえ!!奥義!『光砕陣』!!」  レイクさんは、五芒星から凄まじいエネルギーを放つ『光砕陣』を放った! 「くっ!!・・・人間が、これ程の力を!!」  ゼリンは、さすがに焦っているようだ。4人の力に、完全に押されている。 「仕方が無い・・・まさか、この私が『ルール』を解放しなくては、ならないとは!」  ゼリンはそう叫ぶと、『ルール』を解放した。その瞬間、急に4人の攻撃が遅く なる。そして、ゼリンは急に宙を浮き始めた。そして、4人の力は、行き場無く爆 発した。その凄まじさたるや、結界全体が揺れる程だ。 「感服したよ。まさか、この私に、『ルール』を使わせるなんてね。」  ゼリンは、肩で息をしている。よっぽど焦っていたのだろう。 「逃げたって無駄だぜ!!」  グリードさんは、すかさずゼリンに銃口を向ける。 「いけませんねぇ。物騒です。」  ゼリンは、そう言うと、グリードさんに、何かを食らわせる。その瞬間、ライテ ィングを、地面に落としてしまう。 「うぐあ!何だこれ!!」  グリードさんは、信じられない物を見つめるかのように、ライティングを見る。 「大丈夫か!!」  エイディさんが、駆け寄ろうとする。 「うああ!か、体が重い!!」  グリードさんは、立っていられないのか、這い蹲る。 「ぬあああ!何だこれは!!?」  エイディさんも、膝を突いてしまう。いや、エイディさんだけじゃない。  お、俺の体も、急に重くなったような感じだ。何だよこれ!? 「私の、ルールのお味は、如何かな?『重力』のルールは?」  じゅ、『重力』だって!?凄まじい能力じゃねぇか!! 「君達の体は、今、3倍の重さを感じている筈だ。」  通りで、動けねぇ筈だ!! 「私に、『ルール』を使わせるとは、大した物だ。しかし・・・切り札は、私の方 が強かったようだ。・・・物騒な君達の能力は、排除しなくては!」  ゼリンは、ファリアさんに近づく。ファリアさんも、動けないようだ。 「ちっくしょう!冗談じゃねぇ!!」  レイクさんは、食いしばって、立ち上がる。凄い! 「君は、立ち上がる事まで、出来るのか。恐ろしいな。だが、そこまでだ。何も出 来まい。悔しさに塗れて、見ているが良い!」  ゼリンは、神気を帯びた手を翳すと、ファリアさんの方を向く。 「俺の力は、皆を守るための力だ!!ここで出来なくて、どうする!!」  レイクさんは、そう言うと、剣を振り回す。 「うおおおお!!『万剣』よ!!全てを!全てを切り裂け!!」  レイクさんが剣を振った瞬間、重さが急に取れた。ファリアさんは、転げるよう に避ける。そして、向き直した。 「な、何だと!?」  一番ビックリしているのは、ゼリンのようだ。 「お前の力は、『ルール』すら、切り裂けると言うのか!?」  ゼリンは、恐怖に打ち震えている。 「レイク!!額と首の、サークレットとネックレスよ!それを打ち壊して!!」  ファリアさんが叫ぶ。ゼリンは、サークレットとネックレスを確かにしていた。  その瞬間だった。レイクさんは、一瞬にしてゼリンの裏側に回りこむ。  正に神速だった。誰の目にも、止まらなかっただろう。 「不動真剣術、袈裟斬り!『閃光』!!」  レイクさんが叫ぶと同時に、ゼリンのサークレットとネックレスが、弾け飛ぶ。 「グォ!ウォォォォォォァァ!!!」  ゼリンが、この世の者とは思えない叫びを発する。そしてゼリンの口から、眼か ら、亡霊のような者が、姿を現す。 「・・・燐!!」  どこからとも無く、虚無僧が姿を現した。 「邪悪なる魂よ!滅せよ!!」  虚無僧は、手早く五芒星を描き出すと、その亡霊のような者を封じ込めて、消し 去った。物凄い手際だった。 「・・・美味しい所を、持ってくわねー?」  ファリアさんは、この虚無僧を、知っているらしい。 「毘沙丸(びしゃまる)さん!」  レイクさんも知っているようだ。・・・毘沙丸って言うと、確か、俊男に憑いて いた魔神レイモスを、消滅させた北神とか言う神! 「結界が強力ゆえ、入るのに手間取った。遅れて済まぬ。」  毘沙丸さんが、口を開く。 「それにしても、タイミング良過ぎだぜ?」  エイディさんも、呆れ返っている。 「侵入したら、レイク殿が『ルール』を破っている所であった。」  毘沙丸さんは、バツが悪そうにしていた。 「で、コイツは、どうするんだ?」  グリードさんは、倒れているゼリンを指差す。 「それについては・・・私が、判断出来る所では無い。」  毘沙丸さんは、眼を伏せる。 「今、父上を呼び出している。」  毘沙丸さんが、そう言うや否や、結界が消滅した。  ゼリンが倒れた事で、結界が壊れたと言うのもあるが、それ以上に、外から圧力 が、加えられたのだろう。 「あ。ジュダさん。それに赤毘車さんだ。」  レイクさんは、気さくに挨拶する。すると、3人の男女が見えた。一人は、ポニ ーテールの長髪の男だ。物凄く気合の入った眼をしている。そして、陣羽織を着て いる女性だ。燃えるような赤い髪をしていた。そして、もう一人は、そのお付きと 言った感じの男だった。だが、その気配は、2人に微塵も劣っていない。 「久しぶりだな。・・・お前も、元気だったか?」  ジュダさんは、毘沙丸さんの方を向く。 「お久しぶりです。父上、母上。」  毘沙丸さんは、緊張した面持ちだった。 「ふむ。おっと。初対面の者も居るな。俺は竜神ジュダ=ロンド=ムクトーだ。」  竜神・・・え?ま、まさか、伝記に出てくる神のリーダー!? 「私は剣神、赤毘車=ロンド。宜しくな。」  隣の女性が名乗る。赤毘車と言えば、竜神の妻であり剣神だった筈だ。 「私は、鳳凰神ネイガ=ゼムハードです。この度は、大変失礼しました。」  ネイガと名乗った神は、いきなり謝罪する。あ。そうか。ゼリンは、ネイガさん の娘さんだったな。養子みたいだけど。 「ほ、ほえー・・・。夢みたい・・・。」  莉奈は、驚きっぱなしだ。 「わ、私も・・・。」  葵もだ。ひれ伏す寸前だ。 「はっはっは。止めときな。そう言うの嫌うんだよ。この神さんは。」  亜理栖先輩は、一礼をしつつも、ちゃんと眼を見て話していた。すげぇ。 「ハッ!よく言うぜ。初見の時は、お前もひれ伏しっぱなしだったじゃねぇか!」  エイディさんは、亜理栖先輩をからかう。 「それを言われると、辛いねぇ・・・。」  亜理栖先輩は、素直に認めた。まぁ、そうだよね。 「神とも知り合いだなんて、スケールのでかい話じゃのぉ。」  伊能先輩も、驚いているようだ。 「全く、どう驚いて良いやらって感じだな。」  修羅先輩まで、恐縮しまくっている。 「か、神様かぁ・・・。実感湧かないぜ。」  勇樹も、眼を瞬かせている。 「ハハッ。そうビビるなって。」  ジュダさんは、笑い飛ばしている。そう言われてもなぁ・・・。 「それよりだ。ゼリンの様子はどうだ?」  ジュダさんは、本題に入るようだ。 「多分、もう目を覚ますでしょう。」  毘沙丸さんが答える。確かに、気絶していたが、体が動き始めている。どうやら、 目を覚ますようだ。 「・・・う・・・はぁ・・・。」  ゼリンは、少しずつ目を開けていく。そして、薄目ながら、周りを確認する。 「私は・・・ハッ・・・?」  ゼリンは、気が付いたようだ。周りに居る人物、そして、自分の状況が。 「に、兄様。それに、母さんに父さん!?父上まで!!」  ゼリンは、まず、神の存在に気が付いたようだ。 「・・・ここは・・・体育館・・・。た、体育館だと!?」  ゼリンは、ここが体育館だと気が付いて、驚愕する。 「ま、ままま、まさか!現実だったと言うのか!!?」  ゼリンは、狼狽する。一人で、随分舞い上がってるようだ。 「あ、あんな恐ろしい事を・・・馬鹿な!!馬鹿なぁああああ!!」  ゼリンは、頭を抱える。そして、泣き出してしまった。 「・・・夢だと思いたかったか?・・・ゼリン。」  毘沙丸さんは、哀しい目をしていた。 「兄様・・・。私、私は・・・とんでも無い事を・・・。そうか・・・。そのため に・・・父上達が来たんだね。」  ゼリンは、真っ直ぐな目をしていた。吹っ切れたのであろうか?それにしても、 さっきまでのゼリンとは、まるで別人だ。 「ゼリン・・・。私は、養父として、何も出来なかった。許せ。」  ネイガさんは、養子として引き取ったのに、世話が出来なかった事を、悔やむ。 「私の甘えを知って、養父となって下さった貴方を、恨む気持ちはありません。道 を誤ったのは私です。・・・どんな罰でも、受けましょう。」  ゼリンの余りの変わりように、皆ポカーンとしていた。 「驚いているみたいだな。アイツは、何をするにも、真っ直ぐ過ぎんだ。」  ジュダさんは、呆れていた。 「ゼリン。貴女の罪は、3つ。ゼロマインドと組んでソクトアを混乱させた事、ソ クトアの監督を怠った事。そして、『ルール』を解禁した事だ。」  赤毘車さんが罪を述べる。『ルール』を解禁した事って、重罪なんだな。 「ハッキリ言って、罪が重過ぎる。本来ならば、極刑だ。」  ジュダさんは、目を伏せる。ゼリンは、驚きすらしなかった。 「当然です。・・・私は、数え切れないくらい命を奪った。その3つの罪だけでは 無い。ゼロマインドと組んで、ソクトアを無にしても、構わないとさえ、思い込ん でいた。・・・許される事では、ありません。」  ゼリンは、身動き一つすらしない。覚悟が固まっているのだろう。 「兄が結婚し、私が自暴自棄になる寸前に、ゼロマインドは、姿を現しました。奴 は、私が救われるには、兄との結婚を、無にすれば良いと言った。その手伝いをす る忠誠の証に、ネックレスとサークレットを授かった・・・。それからは、奴の言 う事が全て・・・そう信じ込んでしまった・・・。何と愚かな事だ・・・。」  ゼリンは、心底、自分を恨んでいた。本当に哀れな奴だ。 「私を・・・殺してください。」  ゼリンは、レイクさん達の方を向く。 「・・・あー・・・。不器用だな!アンタは!!俺も人の事は言えないけどよぉ。」  レイクさんは、イライラしてるようだった。 「気が削がれたわよ。私も・・・。」  ファリアさんは、溜め息を吐く。両親の仇が、違うと気が付いたのだろう。 「俺は、女に手を上げるなんてこたーしない主義でな。」  エイディさんは、肩を竦める。すっかり元通りだ。 「何だか、頭の中ぐちゃぐちゃしてて、それ所じゃねーんだよ。」  グリードさんは、頭の中で、今を整理しているようだ。 「おい。ゼリン。無視するな。」  ジュダさんは呆れていた。ゼリンさんが勝手に話を進めようとしていたからだ。 「話し合ってきたんだよ。今まで。神の決定を言うぞ!」  どうやら、ジュダさんは、ゼリンさんの処遇を、決めていたようだ。 「悪いが、お前の死だけでは、償い切れないと決まった。お前に与える罰は、まず は、神の遺伝子の没収。これによって、お前は、神の子では無く、人間として生ま れ変わる事になる。それが一つ。」  神の遺伝子の没収?凄いなまた・・・。なる程。その遺伝子があるからこそ、神 は、長生き出来るって事か。 「その人間の身で、今のソクトアを正しい方向に導く事。セントを・・・そして、 ゼロマインドを撃ち滅ぼせ。それが一つ。」  赤毘車さんが説明する。元凶がゼロマインドなら、当然そう言う流れか。 「そして平和になった時、お前の『ルール』を封じさせてもらう。それが最後だ。」  ネイガさんが、説明する。『ルール』の剥奪って訳だ・・・。俺は、『ルール』 を持っているから分かる。それは、非常に辛い決断だ。 「私に名誉を挽回せよと・・・。その条件で良ければ、喜んで受けましょう。」  ゼリンに迷いは無かった。どんな罰でも受ける。その覚悟は、本物だったようだ。 「ただし、それは、私を貴方達が認めてくれるかに拠る。貴方達が私から受けた屈 辱は、並大抵の物では無い。それを、忘れられますか?」  ゼリンは、俺達・・・いや、レイクさん達の方を向く。ゼリンは凄いな。普通、 自分の罪とは向き合いたくない物だ。俺だって、許された時、涙が出た程だ。 「それは、アンタが、ゼロマインドと闘うという誓いを立ててくれれば俺は認める。」  レイクさんは、ゼロマインドとの決別を求める。 「了解です。ならば、これ以上無い程の、誓いの証を持ってきます。」  ゼリンは、『転移』を唱えたようだ。次元の扉が開かれる。 「30秒程で済みます。待っていて下さい。」  ゼリンは、そういうと、扉の中へと入っていった。まさか・・・逃げた? 「逃げたのかな?」  俺は、つい口に出して言う。 「そこまで堕ちていたのなら、俺自らが、鉄槌を食らわす。まぁ待ってよう。」  ジュダさんは、容赦しないようだった。恐ろしいな。  すると、本当に30秒程で戻ってきた。 「・・・少し遅れました。まさか、結界まで張られてたとはね。」  ゼリンは、両腕に酷い火傷のような物を負っていた。 「私ですら、信用がな無かった言う事だ。念の入った事だね。」  ゼリンは、そう言うと、レイクさんに装飾の施された剣を渡す。 「これは?」 「私の誓いの証、ゼロ・ブレイドです。」  ゼリンは、事も無げに言う。ゼロ・ブレイド?ゼロ・ブレイドって、確か伝記で 使われた剣じゃなかったか?『勇士』ジークが持っていた剣だ。 「これが・・・本物なのか?」  さすがにレイクさんも、問い正してしまう。伝記の剣だ。無理もない。 「この剣は、『絶望の島』の最下層に保管されていた物です。人体改造研究所の更 に下。そこは、ギミックがあり、研究所からの扉は、魔力によって、壁にしか見え ない。そこからエレベーターで、その部屋に行ける。・・・最も、ゼロマインドは、 更に結界を張ったようだけどね。私が、信用ならなかったのだろうね。」  ゼリンは自虐的に言う。今の話が本当なら、そんな場所、見つけられっこない。 正に、厳重に守られていたのだろう。 「それが・・・本物ならば、君が、その剣を抜いてみれば、分かる。」  ゼリンは、レイクさんに、抜くように言った。 「その剣は、只の剣じゃない。『記憶の原始』と呼ばれる、意識の塊が剣に形を変 えているだけの存在です。一族じゃない者が触れると、たちまちに記憶障害を起こ す。そして、一族と認められた者には、それまでに、剣が記憶している歴史を垣間 見る事になるのです。つまり、抜けば、君に膨大な歴史が、詰め込まれるのです。」  ・・・つまりは、レイクさんが、伝記の一族だって言う証拠にもなるって事か。 そうじゃなければ、廃人になってしまうのかも知れない。 「俺は、親父の言う事を信じる。」  レイクさんは、静かに剣の柄を手に取る。そして、勢い良く、抜きさった。 「・・・!!!」  レイクさんは、その瞬間、剣を持ったまま倒れた。