6、旅路  ここは・・・どこだ。  俺は・・・剣を抜いたまま、気絶したというのか?  これは・・・どこの景色だ?  物凄い化け物が、見える。  それに立ち向かってるのは・・・金髪姿の俺?  いや、あれは・・・バンダナをしていないって事は。  あれが、ライル=ユード=ルクトリアか。  金髪の女性が・・・マレル=ユード?かな。  捕らわれているのを、助け出そうとしているのか、ライルは必死だ。  で、あの化け物が、黒竜王って訳かな? (その通りだ。ユードの血を引く者よ。)  うわお。誰だよ。・・・まさか、ゼロ・ブレイド? (やっと・・・私を抜いてくれる力の持ち主が、現れた。)  へぇ。間違いないみたいだな。しかし・・・剣に話し掛けられるなんて、ちとビ ックリだな。色々な体験をしたけどさ。 (今送る映像を、覚えておくが良い。)  ・・・  お?何だこれ。 「ライル・・・。」 「マレル!」  この二人が・・・伝記の・・・。 (この二人は、既に恋仲であった。だが、黒竜王の化身、リチャード=サンの許婚 だったからな。捕らわれていたのだ。)  そんな理由で離されるなんて、真っ平ゴメンだな。 「性懲りもなく来たか。ライル。」 「俺は、諦めが悪いんでね。」  お。そうこなくっちゃな。やっぱ、俺の血筋だけあって、熱いぜ! (一人で盛り上がるな。)  うっさいな。お。闘うみたいだな。 「フッ。許婚であるマレルを引き渡せと言うのか?道理が通らんぞ?」 「リチャード。俺は、その運命を呪った。だが俺が、マレルを想う心は、貴様には 負けない!マレル!答えてくれ・・・。俺はもう許婚、いや運命には負けない!」  よく言った!!そうじゃなきゃあな。大体、こんな怪物の許婚なんて、本人望ん じゃいないだろ。さすが俺の先祖。 (・・・リチャードの技とか、見ておけよ?)  分かってるよ。それを怠る俺じゃねーっての。 「ライル・・・ライル!私は「月の巫女」じゃない!マレルで居られるのね!」  月の巫女。聞いた事があるな。確か「太陽の皇子」と対の・・・。 「それはマレル。君次第だ。俺は、君を諦め切れない!」 「私も!」  先祖も熱いねぇ。俺も、負けちゃいられないな。 (ライルは、類稀なる精神の持ち主だった。私は、ライルの怒りを、この身に受け て、『怒りの剣』と姿を変えた。強き心に、私は反応する。)  なる程な。俺の精神は、どんななんだろうな。 「運命に負けないだと?とんだ茶番を・・・。」  うお。リチャードの・・・瘴気か?物凄い量だな。殺気まで混じってる。 (ふむ。魔族と戦う際には、瘴気に打ち勝たなくてはならぬ。) 「我を差し置いて、そのような茶番・・・許す訳には行かぬ。」  あれが、リチャードの瘴気か。中々凄いな。 「リチャード。以前の俺なら、貴様を見て、絶望しただろう。しかし、今は違う。 マレルと俺の未来を見るために、貴様を倒す!」  お!ご先祖様の闘気が、すげぇ事に!こりゃ、互角の闘いだ! (あれが、私とライルが合わさった時の闘気だ。)  すげぇな。元の倍以上の闘気だ。 (怒りにより、増幅されたのだ。) 「見せてやろう。我の本来の姿を!」  うお。何かリチャードが黒い化け物に変わってく。瘴気も増幅してやがる。 (あれが、黒竜王としての真の姿だ。) 「はぁぁぁ・・・。」  ご先祖の闘気も、凄い事になってんな。 「生まれ変りし「怒りの剣」よ!俺の精神を受け取れ!」 「笑止!我の敵になる人間など、存在する筈が無い!」  甘いぜ。人間の力ってのは、想像で測れる物じゃない。 「死ねぇい!」  黒竜王の奴、瘴気弾を作りやがった。しかもでかいな。  お!その球体を、いともあっさり斬りやがった。さすがご先祖様だ。あの技は、 不動真剣術の袈裟斬り『閃光』だな。上手い!マレルさんも救出したようだ。 (さすがに飲み込みが早いな。) 「くぅう!我が闘気を斬って、反撃しただと!?」 「俺は、今まで数々の戦乱を乗り越えてきた。貴様には、それが無い!負けてなる 物か!」  黒竜王には、油断があるな。真実を認めようとしないと、しっぺ返しが来るぜ。 「吹き飛ばす!・・・不動真剣術!旋風剣「爆牙」!」  瘴気を風圧で返そうってのか?無茶があるな。やはり、全て跳ね返せず、食らっ てる。『爆牙』は、牽制に近い技だ。無茶して傷を負ってるぜ・・・。 「チィ!」 「・・・馬鹿め。我が闘気を、全て跳ね返すなど出来る物か!」  黒竜王は、闘気と言ってるが、瘴気の間違いだな。 (この頃は、まだ瘴気と言う言葉が、伝わってなかったのだ。)  なる程な。6つの『力』が発見されたのは、ジークの時代だと言う話だしな。 「ライル!」 「来るな!マレル!俺は勝つ!」  この闘いに、巻き込むつもりは無いってか。男だぜ。 「寝惚けた事を抜かすな!この体格差に実力差が、まだ分からんのか!オリャ!」  ご先祖は、ボロボロになっていくな・・・。それでも、あの眼光。闘気は揺らい でもいない。すげぇ精神力だ。 (その通りだ。私を握る力は、衰えても居なかったしな。) 「とどめだ・・・。最大のパワーで消してくれる!はあああぁぁ!」  黒竜王が勝負に出たな。瘴気を集めてる! 「今だ!行くぞ!怒りの剣よ!」  ご先祖が高くジャンプした!おお。何と言う美しさだ! 「小賢しい!消えろ!」 「俺自身の技を、見せてやる!」  ご先祖自らの技!?編み出したってのか? (不動真剣術の継承者は、新たな技を生み出していく。それも努めだ。) 「不動真剣術!秘儀!「越光(えっこう)」!」  早い!!地上に着くまでの早さ・・・まるで『閃光』のような動きだ!空中でア レだけ変化しながら、地上に、あの速さで着くなんて・・・。 (あれこそ神速よ。ライルは、最後に光の速さを超えたのかも知れん。) 「馬鹿・・・な!この・・・私が・・・!」  黒竜王の最期だな。あれだけの勢いで、剣を食らったら一溜りも無い筈だ。  これが・・・かの『秩序の無い戦い』の結末か。 (そうだ。英雄ライルの戦いだ。だが、まだあるぞ。)  ・・・  今度は・・・ここは? 「このエブリクラーデスの・・・生涯を掛けた、この一撃の前に散れ!ジークよ!」  これは・・・今度は『勇士』ジークの話か。  あの化け物は、何だ!?すげぇ力だ。あれは・・・『無』の力なのか!? (そうだ。強大極まる『無』の力。エブリクラーデスは、その力を極めていた。) 「・・・ドランドルさん。繊一郎さん。フジーヤさん。そして父さん!!俺の、こ の一撃を、貴方達に捧げる!!」  ジークさんも、すげぇ・・・。『無』の力をコントロールしている。持ってる剣 は、今のアンタの姿、そのままだな。 (ジークが放つ『無』の境地の力に触れて、私は生まれ変わっていたのだ。)  持つ者の精神によって姿、力を変える剣って訳だ。 (それが、私の存在意義だ。)  ジークさんは、エブリクラーデスの一撃に突っ込んでいく!アレだけの『無』の 力に、躊躇無く突っ込んで行くなんて・・・。恐ろしいぜ。 「ジーーーーーーーク!!!!」  あ。ジュダさんだ。うわ。全然変わってない。1000年前だろ?ここ。 「くっ・・・。ここで何も出来ぬとは!!」  確か、ジュダさんは、ミシェーダとの闘いで、消耗してた筈・・・。 (竜神は、悔しかったと思うぞ。) 「ウォォォォォォォォ!」  ジークさんは、あの力に、一人で対抗してるのか・・・。 「さすがは、我が生涯の一撃を与えるに、相応しき男。まだ我が力に、対抗出来る とはな。だが・・・これで止めだ!!」  何だってんだ。あのとてつもない『無』は・・・。どう極めたら、あんな恐ろし い『無』の塊が、撃てるってんだ。 「グハァ!!」  お?クラーデスが、苦しみ始めた。そうか。限界なのか。 「くっ・・・。これ以上は出せぬ・・・か。」  全身全霊で、出しているんだろうな。 「我は・・・破壊神エブリクラーデスなり・・・。」  膝を掴んで、それでも離れずに『無』を出し続けている。何て精神力だ。 「・・・やったか・・・。我は、勝利したのか!」  ジークさんの声が途絶えた!・・・だが、これは・・・。 「この世の全てを、無に返す時が来たか!我が理想の世を、降臨させてくれる!!」  理想の世・・・か。今の世と、コイツの考える世は、どっちが幸せだろうな。 「そ、そんな!!ジーク!!」  お?あの強気そうな目は・・・誰だ? (あれが、ジークの妻になる、ミリィだ。)  ファン=ミリィか。なる程。美人だな。 「フッ。しかし、まだ『無』の塊が消えぬとはな。相当な衝撃だったのだな。」  クラーデスは、余裕綽々で、激突の跡を見ているな。甘いな。 「クッ。兄さんの仇!!」  うお。あの人、ファリアに、そっくりだ。 (あれが、ジークの妹、レルファ=ユードだ。まぁ先祖だし、似てるんじゃないか?)  ここまで似てるとはな。髪の色まで似ているから、そっくりだ。  お?何かにミリィさんと、レルファさんが反応したな。 「・・・レルファも聞こえたネ?」 「小さくだけど・・・兄さんの声が聞こえる!まだ消えてないんだ!」  さすがに、この二人は、反応が早いな。それだけ、気に掛けてるって事か。 「な、何だと!?この力、まだ拮抗している最中だと言うのか!?」  そりゃ信じられねぇだろうなぁ。アレだけの力だ。拮抗されるなんて、思っちゃ いないんだろうな。ジークさんの『無』が、押し返し始めてるな。 「まさか!このエブリクラーデスの渾身の一撃が、破られる!?あってはならぬ!」  これ以上、出しようが無いのに、『無』の力を出そうとしてやがる。  うお!肩口が裂けた!! (これは、この闘いの前に、恒星の力を体現してぶつけた、鳳凰神の手柄だ。)  そう言えば、激突があったって、伝記に書いてあったな。 「ぬぅぅぅ!!恒星の力を完全には、無に出来なかったと言うのか!!」  それだけ、ネイガさんの力も、とんでもなかったって事か。 「ぅ・・・ぉ・・・ぉぉぉおおおおオオオオオオオ!!!!!」  おお!ジークさんの声が、段々聞こえてくる。『無』の力も、段々傾きかけてき やがった。すっげぇ。 「我は、断じて認めぬ!至高の力を手に入れて尚、貴様に敵わぬ訳が無い!!」  同条件では、敗れる筈が無いってか?それは、驕った考えだな。だけど、指輪の 力で何とか、『無』の力を作り出してるな。 「食らえ!!!」  完全に『無』を振り払ったな。おお!剣を横にして、光らせた! (私に光を発するように、命じたのだ。) 「クッ!我が生涯の一撃をォォォォォォ!!!」  クラーデスは、それでも、抗うように、拳を繰り出してやがる! 「・・・終わりだ!クラーデス!!ハァァァ!!」  ジークさんは、剣に『無』を乗せて走る!クラーデスも、それに対抗している!  そして激突!・・・クラーデスは、拳を打ち抜いた形で止まり、ジークさんは、 剣を振った姿で止まっている・・・。 「・・・敵わぬ・・・か・・・。人間の生きる力・・・か・・・。」 「・・・『無』を断じ、生を拾う。これぞ不動真剣術、最終奥義『無生断剣(むし ょうだんけん)』!!」  ・・・これが、伝記に伝わっている『無生断剣』か・・・。恐ろしい技だ。 (そうだ。覚えておくと良い。私は、この二人と共に生きた事を誇りに思っている。)  ここまで正確に記憶しているとは、さすがだな。 (そして、お前が父から話された、お前の祖父の話も記憶している。)  ・・・あの話か。俺が、赤ん坊だったばかりに、やられた話だな。 (ゼリンも、まだゼロマインドの手先であったしな。)  ・・・  俺を呼ぶ声がする。  そうだ・・・俺は、ゼロ・ブレイドに触れて・・・。  すげぇ体験だったな。  英雄ライルと、勇士ジーク、そして、最後に祖父リークと親父ゼハーンの話。  全てを体験させられた。  なる程、こんな濃い体験、他の奴なら、気絶し兼ねないな。 「ジーク!大丈夫?」  これは・・・ファリアの声か。 「・・・んー。おっと。」  俺は意識が戻った。どうやら、剣を握り締めたまま、気絶したらしい。 「10分近く気絶してたけど・・・。大丈夫か?兄貴。」  グリードか。10分も気絶していたとは・・・。 「大丈夫だ。ゼロ・ブレイドから、記憶を受け継いでいただけだ。」  俺は、ついでにライルやジークの体験した事を、垣間見てきた事を話す。 「・・・。なる程な。あの時の話か。懐かしいな。」  ジュダさんは、懐かしそうに目を細める。 「ミシェーダは、恐ろしい敵でしたな。」  ネイガさんも、満更でも無いようだ。懐かしいんだろうな。 「しかし、忘れてはならない。あの時の『無』の激突から、ゼロマインドは生まれ たのだ。ソクトアを『無』に変えようと、しているのだ・・・。」  赤毘車さんが、警告する。その通りだ。ゼロマインドと言う化け物は、『無』そ の物だと言っても良い。 「その様子だと、ゼハーンとリークの映像も見たようですね。アレを見ても、まだ 私の事を、信じられますか?私が手に掛けたのですよ?」  そうだ。俺の祖父、リークは、ゼリンの手に掛かって殺された。 「俺は言った筈だ。誓いを立てれば信じると。アンタは、本物のゼロ・ブレイドを 持ってきた。その誓いの証を、俺は信じる。」  俺の言葉に、ゼリンは涙を流す。 「レイク。貴方の心遣いに、感謝する。」  ゼリンは、お礼を述べる。しかし、俺は、当然の事を言ったまでだ。 「ゼリン。・・・これを受け取ると良い。」  ネイガさんが、グラスを持ってくる。 「これは、『堕天の水』だ。意味は、分かってるな?」 「私が、人間になるための水ですね。」  ゼリンは事も無げに言う。つまり、ゼリンは、これから人間になるのだ。 「これを飲んだら、戻れぬ。良く考えるが良い。」  さすがの毘沙丸さんも、気を使っている。神の子としての細胞を失うと言う事は、 類稀な長寿も、失う事になるのだ。 「兄様。私には償うチャンスがある。それだけでも幸せなのです。私を狂わせたゼ ロマインドを倒すために必要な事なら・・・私は、何でも受けます!」  ゼリンに迷いは無かった。ゼリンは、一気にその水を飲み干す。すると、ゼリン から、大量の霧が発生する。どう言う仕組みなんだろうか。 「神の子としての細胞が、沸騰しているんだ。大量の発汗から発生する霧は、遺伝 子の塊だ。それが失われて行ってるんだ。」  ジュダさんが説明する。何だか、苦しそうだな。 「かつて・・・ジュダの親である金剛神パムと蓬莱神ポニの子供達は、皆、この水 を飲んだと言う。そして、ソクトアの人間として、天寿を全うした。」  赤毘車さんは、感慨深い想いで、見つめる。 「私の娘も、この水を飲むとはな・・・。これも、定めか。」  赤毘車さんは、少し寂しそうだった。人間になると言う事は、自分より早く天寿 が来る。その事を思ってだろう。そうこうしている内に、霧が収まった。 「・・・ふう・・・。」  ゼリンは、見た目は変わらないが、神気を出す能力が、明らかに低下していた。 放っておいても吹き出ていた神気が、今は全く感じられない。 「今まで、修行した力は変わらぬ。神の子として得ていた力のみ、減退している筈 だ。多少、脱力感がする筈だ。」  ネイガさんが説明する。神の子としての力って、凄い物なんだな。 (当然だ。神としての細胞には、神気を上手く出すための遺伝子が詰まっているの だ。ゼリンがそれを失ったのなら神気を出す能力は、ゼロになったと言っても良い。)  ゼーダさんか。そんな凄い物を手放すって、相当な覚悟じゃないのか? (ゼリンの誓いは、本物だと見て良いだろう。彼女は、本気でこのソクトアを正そ うとしている。・・・しかし、私に黙って、ゼロ・ブレイドの映像を見させるな。 少々驚いたぞ。・・・おかげ様で、これまでの経緯を、正確に知れたがな。)  ああ。済みません。突然の事でしたので、つい・・・。 (まぁ良いさ。どうやら、君の本当のパートナーが手に入ったのだ。大事にするの だぞ。『記憶の原始』なら、私が協力するくらい力が、出せようと言う物。)  そこまでですか。分かりました! 「よし。見届けた。・・・ゼリンよ。お前は、これで、俺との血の繋がりは無くな った。だが、お前は、俺の娘だと、俺は思っている。忘れるなよ?」  ジュダさんは、そう言うと、『転移』の扉を作る。どうやら、帰るようだ。 「私も見届けた。その心意気を、忘れるな。私の娘ゼリンよ!」  赤毘車さんも、ゼリンに一声掛けて、扉の中に入る。 「ゼリン。私にとっても、君は娘だ。忘れないでくれ。」  ネイガさんも、ゼリンの肩に手を当てて、一礼してから扉の中に入る。すると、 扉は、スゥーっと消えていった。 「色々あったが・・・私も、去らねばならない。セントで色々起こっている様なの だ。私は、そろそろ潜入操作をしなければ、ならないのでな。」  毘沙丸さんも去るようだ。本当に、風のような神達だ。 「ゼリン。これからが本番だ。お前の真価が問われる。私の妹として、誇りを忘れ てはならない。いつまでも、私の妹だと言う事には、変わりないのだからな。」  毘沙丸さんは、そう言うと、ゼリンの肩を叩いて、優しく微笑む。そして、闇に 消えていった。 「・・・こんな私だが・・・よろしく頼む。」  ゼリンは、肩で息をしていた。相当な疲労感なのだろう。 「何だか疲れちまったよ。色々あり過ぎだろう?」  魁が、肩を竦める。ハハッ。言えてる。今日は、色々疲れたぜ。  皆も、想いは同じだったようで、長過ぎる登校日は、これで解散となった。  おかしい・・・。  どうもおかしい・・・。  私達は、水晶玉で、連絡を取り合っていたので、様子を知っている。  あっちはあっちで、動きがあったとか・・・。  悪名高いゼリンは、実は操られていたのであって、仲間になったのだとか。  ちょっと信じられなかったけど・・・。  ファリアさんの、険の取れた顔を見て、真実だと理解した。  彼女は、邪悪を見抜く能力に長けている。  ゼリンが、ただの寝返ったフリだったなら、すぐに分かる筈だ。  どんな奴なのか、私も興味がある。  何せ、あの生徒会長を利用しようとしたのだとか。  余程、企みに長けているのか、馬鹿正直なのか、どっちかだわ。  それにしても、『支配』の能力か。  私の作戦で、何とかなったみたいだけど、恐ろしい能力よね。  正直、戦力が少なかったけど・・・そこを、わざと利用してみた。  魁さんなら、油断させられる。  そこに付込めば、窓から、射撃が打ち込める。  どうやら、上手く行ったみたい。  あんなアドバイスで、ちゃんと上手くこなすんだから、大した物よね。  まぁ、そこは良いとして・・・。  その後のこちらの様子も、聞いてみた。  私達の方は、ハッキリ分かるそうだ。  私達だけなら、時を越えた『転移』が使えるかも知れないと言っていた。  だけど、兄様達は、まだ靄が掛かっているのだとか。  サマハドール周辺に向かっているらしいのだが、詳しい位置が特定出来ない。  じれったい話だ・・・。  本当は、もう戻っても良いのだ。  けど、それは、私の信念が許さない。  戻る時は、4人一緒。  万が一、兄様達だけ取り残されるような事があったら、自分を許せない。  何か、原因がある筈なのだ。  私達に出来る事は、プサグルに向かう事だ。一旦サマハドールに移動した靄が、 パーズに一回寄って、今度はプサグルに移動したのだという。私達が、それを知っ たのは、ルクトリアで、散々探した後だった。 「プサグルは、もう少しで御座るよ。」  繊一郎さんが、案内してくれている。結構助かってるんだ。これが。 「恵さん!それ・・・!」  俊男さんが水晶玉を指差す。・・・何これ?水晶玉が、濁ってきた。 「・・・気を付けて!!貴女達も、靄の中に入ったわ!」  水晶玉からファリアさんの声が聞こえた。そして、その声は聞こえなくなった。 「・・・どうやら・・・色々起こっているみたいね。」  連絡が取れなくなるかも知れない。その時は、その時だ。兄様の近くまで行って るのは、間違いないようだ。 「瞬君に、エリ姉さん・・・。もう近いのかもね。」  俊男さんは、期待を滲ませる。しかし、私は警戒していた。もしかしたら、4大 天使が、潜んでいるのかも知れない。魁さんの『探知』すら、妨害出来る能力を有 している奴が、居るのかも知れない。そうなったら厄介ね。  それに、気になる動きがある。それは、伝記で有名なライルの動きである。彼は、 サマハドールにて、実兄のヒルトとの再会を果たす筈だ。そして、ペルジザードを 受け取り、パーズで助力を請いに行く筈だ。そこで、パーズ王ショウ=ウィバーン =トリサイルとの協力関係を経て、プサグルへ進軍している筈なのだ。  靄の移動したタイミングを考えても、兄様と、ピッタリ行動が一致している。  ルクトリアでの情報収集の時、伝記と同じように、時が過ぎている事は知った。 「ねぇ・・・。俊男さん。」 「分かってるよ。恵さん。僕も同じ考えだ。」  俊男さんも、薄々気が付いていたようだ。伝記と同じように動いているならば、 ライルの次の行動を、伝記から思い出せば、兄様達にも、会える筈なのだ。 「最近の、ルクトリア軍の快進撃は、凄まじい物があるで御座る。余程の強さと、 良い軍師が居るので御座ろう。エルディスも加わったと言う情報も、あるで御座る しな。まさか、あのエルディスが、巷のライルと幼馴染であったとは・・・。」  繊一郎さんは驚いているようだった。繊一郎さんとエルディスは同門の忍者だ。 そのエルディスと、巷を騒がせているライルが、幼馴染で合流したとの情報が入っ たのだ。これも伝記には、詳しく書いてあった筈なので、私達は驚かなかった。 「繊香(せんか)も、付いて行ってるようで御座るな。あの跳ねっ返りが。」  繊香は、繊一郎さんの妹だ。後にエルディスと結婚するのだが、それを言ってし まっては、無粋である。なる程。この時に、既にエルディスと行動を共にしていた のか。結構勇気の要る行動だ。 「確か・・・僕らが、ルクトリアに着いた時に、サマハドールで、ヒルト王子との 再会をしていた筈。そこで、2万の軍勢のドランドル軍を倒している。」  俊男さんは、現状把握を始める。確か、8千の軍勢で、2万の軍勢を破った事か ら、人々の関心が大きく動いたのだ。サマハドールに群生している、幻覚草の煙を、 ドランドル軍に浴びせて、大混乱に陥れた後、ドランドル軍を包囲して、大勢は決 した。その後ドランドルは、ライルとの一騎打ちを申し入れて、ライルが勝ったと 言う。それはそれは、完全勝利だった筈だ。将が降るのを見て、ドランドル軍は、 ルクトリア軍として加わったのだとか。 「僕らが、ルクトリアで、瞬君達を探していた時に移動を始めて、セン・・・中央 大陸で、ルース軍との闘い・・・。これに勝利だっけ。」  破竹の勢いで、進むライル軍に対し、ルース軍が迎え撃つ事になる。戦力は五分。 ルース軍は、アルドと言う人質を盾に、戦わされていた。激しい戦いの末に、ライ ル軍が勝利する。軍の動かし方も、ルースは心得ていたのだが、ルース一人で、奮 闘するルース軍に対し、ルクトリア軍は、ライルを筆頭に、優秀な将がそれぞれ、 フジーヤと言う大軍師によって完璧な動きを演じたため、勝てなかったのだ。  最後は、ルースの方から停戦を申し入れて、一騎打ちを望む。それに、ライルが 打ち勝ったのだとか。稀代の剣雄同士の闘いだったと言う話だ。 「そこで・・・話に出てきたのよね。恐らくは、兄様達の話。」  私も、盲点だった。私が繊一郎さんと共に行動しているように、兄様達も、恐ら く、英雄ライルと行動を共にしていたのだ。もっと早く気付くべきよね。噂で、素 手で戦う、凄い男女が居ると言う話だった。名前こそ広まってないが、華麗な拳技 で戦場を舞う、男女が居ると言う噂だった。  噂のレベルではあった物の、私と俊男さんは、すぐに兄様達だと気付いた。 「あの瞬君とエリ姉さんが、静かにしている訳無いよねー。」  俊男さんも、盲点だったらしく、頭を掻いていた。 「で、次の戦いの場が、恐らくプサグル・・・と、読んでる訳で御座るな。」  繊一郎さんが確認する。その通りだ。伝記を信じるなら、『秩序の無い戦い』に よって死んだ『炎』のバグゼル、ライルと戦った『荒龍』のドランドル、『疾風』 のルースが居なくなった今、プサグルを守るのは『雷』のジルドランだった筈だ。 彼が居るからこそ、プサグル王や、裏切り者であるカールスは、ルクトリアに、の うのうと、居られるのだ。ジルドランは、根っからの将軍だ。恐らく、プサグルの 正面に広がる荒野で、正々堂々と戦う筈だ。 「ジルドランとの一戦・・・。一波乱ありそうだね。」  俊男さんも警戒する。ハイム=ジルドラン=カイザード。彼は、不動真剣術と対 を成す天武砕剣術の免許皆伝だった筈だ。それだけに、実力も人望も圧倒している。 例え伝記では勝利と書かれてあっても、覆される可能性が無い訳じゃない。  何せ、ジルドランとの一戦は、死闘だったと書かれていた筈だ。兄様が、巻き込 まれていたら、危険かも知れない。江里香先輩もね。 「波乱で、終わらせないわ。その前に見付け出しましょう。」  幸い、まだ行軍中だった筈だ。  見付かる・・・いや、見付ける!!  天使達を倒した後、本当に色々な事があった。  伝記に書いてあった事だが、快進撃を目の当たりにした。  俺達は、只の手伝いと言う形で、行軍している。  歴史を、変えてはならない。  だから、俺達は、飽くまで手伝いと言う形で、ライルさん達の凄さを見た。  力と言う点では、レイクさん達の方が上だ。  だが、信念と技術の点では、ライルさんの方が上かも知れない。  まぁ、俺達が居なくなった間にも、成長しそうだけどな・・・レイクさん。  ライルさんと、ヒルトさんの邂逅。  そして、ドルさんとの闘い。  俺は、最後まで見届けただけだ。  今じゃ、声を掛けられる存在だけどね。  そして、ライルさんの親友、ルースさんとの戦い。  その最中に、ライルさんの姉と親が、ルクトリアを脱出した。  追っ手に捕まらない内に、俺達が保護した。  その際、いざこざがあったが、仕留めて見せた。  だが、ルースさんは、死への旅路に向かっていた。  そこで、フジーヤさんが『魂流』のルールを、発動させたのだ。  『魂流』のルール・・・つまり魂流操心術の事だ。  俺達は、魂が戻ってくると言う奇跡を見た。  その影で、フジーヤさんが喀血したのも、見逃していない。  あの『ルール』は、人体に使うには、余りにも危険なのだ。  フジーヤさんは、今まで戦乱で溜めていた魂の力を、全て使った。  それでも足りなかったのだとか・・・それ程の術だったと言う訳だ。  そのおかげか、ルースさんは、息を吹き返した。  その時のライルさんの姉、アルドさんの喜びようを、忘れられない。  ほんの2週間程で、色々な事があった。  こっちの時代に来て、1ヶ月程になる。  そろそろ学園は、始業式になるなぁ・・・。  皆は元気かな?  もしかしたら恵と俊男は、帰っちまってるのかもな。 「瞬君、浮かない顔ね。」  江里香先輩が、気さくに声を掛けてきた。 「ハハッ。ちょっと今までの事を、思い出してただけですよ。」  色々な体験をした。だが、次は・・・ジルさんとの対決・・・避けられるなら避 けたい。でも、今のルクトリア軍の状況では、そうも言ってられない。 「ジルドランさんって・・・良い人なの?」  江里香先輩は、ジルさんに出会ってないからね。 「ティアラさんとサイジン君を見れば、分かるだろ?信念の強い人さ。」  ジルさんとの対決に、心を痛めているのは俺だけじゃない。ティアラさんが、一 番痛めているのだ。さすがに、見てられないのか、ジルさんとの対決を前に、グラ ウドさんをお供に、森の宿屋で泊まっていく事にしたのだとか。容態も余り好まし くないらしい。心労のせいかもな。グラウドさんが用心棒なら、安心だな。  俺も用心棒をしようと思ったが、俺には、ジルさんの戦いを見届けて欲しいと言 われた。俺は、悩んだ末に行軍しているのだ。 「伝記の通りなら・・・。ここでジルさんは・・・。」  考えたくない。でも、歴史を変える事など出来ない。変えてしまったら、俺達の 存在その物が、怪しくなってしまうのだ。 「考えちゃ駄目よ。体にも毒だわ。」  江里香先輩は、俺の口を噤ませる。確かに、その通りだな。  ・・・?何だか騒がしいな。 「どうしたんです?」  俺は、近くの兵士に、聞いてみる。 「怪しい者が、入り込んだとか。」  兵士達は、警戒モードになっている。怪しい者?もしやカールス達の追っ手か? 「ライルさん達に知らせて!俺は、騒ぎの所に行く!」  俺は、兵士達に言伝を頼むと、騒ぎの中心の所へと行く。 「うおぁ!こ、コイツら・・・化け物か!?」  兵士達は、次々と吹き飛ばされていく。何だって凄いな。ここの兵士達だって、 激戦を潜り抜けた兵士だってのに・・・。 「人の話も聞かずに、襲い掛かるからよ。警戒するのは分かるけど・・・私は、話 をしに来たと、言ってるでしょう?聞こえないのかしら?」  ・・・え?こ、この声・・・。ま、まさか!! 「暴れ過ぎだって・・・。ほーら。ますます警戒されてるよ?」  こ、この声は!!この聞き覚えのある声は!!  俺は、逸る心を抑えながら、前に進み出る。 「危ないですぞ!」 「いや、通してくれ!!俺の・・・知り合いだ!」  俺は、兵士達に止めるよう合図した。そして、前に進み出る。 「や、やっぱり!!恵!俊男!!」  俺は叫んでしまう。夢じゃないよな!! 「そ、そんな!夢じゃないのね!トシ君!恵さん!!」  江里香先輩は、泣き出してしまう。 「ほーら、私の予想は当たったわ。兄様、江里香先輩。御機嫌よう。」  恵は、とびっきりの笑顔を見せたまま、優雅に挨拶する。変わってねー! 「瞬君!エリ姉さん!やっぱり!!良かった!!」  俊男は、喜びを、体いっぱいで表現する。 「良かったで御座るな!拙者も、案内のし甲斐があったで御座るよ。」  おや?・・・この人、空手大会に居た人に、そっくりだな。 「どうしたんだ?・・・って繊一郎さん!?」  エルディスさんが、この人を見て驚く。ああ。榊 繊一郎って、この人なのか。 そうだ。榊 総一郎さんに、そっくりなんだ。この人。 「あ、兄上!?」  そうか。繊香さんの実兄だったよな。 「お久しぶりで御座るな。手荒い歓迎を受け申したよ。」  笑って済ますなんて、豪快な人だなぁ。 「おい。どーーーー言う事だ。この騒ぎは。説明してもらうぞ。」  後ろから、不機嫌な顔をしたフジーヤさんが出てきた。他の人も出てきたようだ。 ジルさんとの一戦を前にして、とんでもないサプライズだなぁ。  俺は、関係者だけを集めて、テントに招いた。そして、俺達の事を話す。あっち の事は、恵が纏めて話していた。聞けば聞く程、擦れ違っていた事に気付く。 「なる程・・・。これで揃った訳だ。」  フジーヤさんは納得する。半信半疑だったようだが、これで一本線に繋がったよ うだ。ライルさんなどは、目をぱちくりしていた。 「本当に、この軍に居るなんて、読み易いですね。兄様は。」  恵は嬉しさからなのか、饒舌だ。しかし変わってねーな。・・・いや、少し柔ら かになった感じはする。・・・俊男と、何かあったのか? 「まさか、兄上が、瞬殿の探し人と行動していたとは・・・驚きです。」  繊香さんも、驚きを隠せないようだ。 「良い修行になったからで御座る。ここに居る2人は、拙者より強いで御座る。」  繊一郎さんが、恥ずかしそうに頭を掻く。 「ほ、ほんとですか!?里一番の使い手の、繊一郎さん以上!?」  エルディスさんは驚いていた。繊一郎さんは、凄いと聞かされてたしな。俺。 「間違いないで御座るよ。それに、そこの居る瞬殿は、この2人より、強いかもと 聞いておりますぞ?江里香殿も、相応の強さを、お持ちと聞いておりますぞ。」  繊一郎さんは、尊敬の眼差しで俺達を見る。そんな事言われてもな・・・。 「1000年後ってのは、わけー奴らが、こんな強いのか。参っちまうぜ。」  ドランドルさんは、首を竦める。 「それにしても・・・兄様が、今度闘うジルドランさんの家に居たなんてね。」  恵が、意外な顔をしていた。そして、少し悲しそうな顔をしていた。 「ジルさんは、凄い人だったよ。俺は、あんなに忠義を尽くせる人を、見た事が無 い。強いと言う言葉以上に、鮮烈だった。」  そう。俺は、あの人から学んだ事は多い。信念を貫くと言う事が、どれだけ凄い 力を生むか・・・俺は、あの人から感じ取ったんだ。 「僕は、パーズ王ショウさんとの出会いが鮮烈だった。あんなに、人を信じられる 王は居ないと思う。器の大きさを、感じたよ。」  俊男は、パーズに居たんだっけか。貴重な体験だよな。 「私は、マレルさんね。貴女の優しさを、私は忘れない。」  江里香先輩はマレルさんか。確かにマレルさんは、誰に対しても優しかったな。 「私は、繊一郎さんとレイホウさんかしら?繊一郎さんの強さを追い求める姿勢、 そして、レイホウさんの懐の深さは、私に迫る物がありますわ。」  さすが恵。自分との比較だし・・・。恵が言うんだから、間違いないんだろうな。 「しかし、とうとう4人揃ったって事は・・・そろそろ帰るんだね。」  ライルさんが、名残惜しそうにしていた。 「ま、そうですわね。でも、今すぐと言う訳じゃ御座いませんわ。」  恵は、場を紛らわせる。上手いな。こう言う所は、尊敬してしまうぜ。 「ま、少し、気になる事も御座いますしね。」  恵は、気になる事があるようだ。珍しいな。 「よーし!これで、話し合いの時間は終わりだ。明日は早い。良く寝ておくんだ!」  フジーヤさんが、休むよう指示する。それには訳があった。今の話に加わってい ないルースさんとアルドさんである。助かったばかりのルースさんは、まだ本調子 では無いのだ。アルドさんが、付きっ切りで看病しているのだ。  そして、その後、俺達4人と、フジーヤさんが集まった。恵が呼んだのである。  恵は、周りの様子を伺うと、誰も居ない事を確認して、テントの中に結界を張る。 これだけ警戒していると言う事は、何かあったのだろう。 「これが・・・結界か。なる程、怖いくらい静かだな。」  フジーヤさんは初めて結界を味わう。不思議そうな顔をしていた。 「で、話は何?恵さん。」  江里香先輩が話し掛けてくる。 「フジーヤさんは、明日の参謀よね?」  恵は確認する。参謀と言う事は、指揮官に近い所にある。 「そのつもりだ。・・・明日の君達の参戦は、見送ると言う事だな?」  フジーヤさんは、俺達の参戦を、見送ると口にした。 「そんな。ここまで来て!」  俺は、この軍にずっと居る。だから、愛着も湧いていた。 「兄様。・・・貴方は、ジルドランさんを見て、平静で居られる?」  恵は鋭い目で俺を見る。・・・そうか。気遣ってくれてたのか。 「恵の思ってる通りだ。恐らく、まともに見れないな。」  俺は、ジルさんとの思い出が多い。だから、戦場でボーっとしてしまう可能性も 高い。そんな事になっては、却って足手纏いなのだ。 「任せておけ。今のルクトリア軍の指揮と戦力なら、勝たせる自信はある。」  フジーヤさんは自信があった。それに俺達は、飽くまで手伝いなのだ。 「お気を付けて。俺は、どちらにも勝って欲しい。でも、やっぱり、この軍に勝っ て欲しい。そう思っています。お世辞じゃあ無いです。」  俺は、ジルさんが好きだ。だけど、プサグル軍は、間違っている。だから、ルク トリア軍に勝って欲しい。歴史的に見ても、ルクトリア軍が勝った方が良い。だが、 その事実を抜きにしても、ルクトリア軍が勝った方が良いのだ。 「ありがとよ。俺への話は、ここまでだな?」  フジーヤさんは、何かを察知したらしい。 「貴方ぐらい鋭い人が居ると、助かります。私達も必ず見届けます。だから、勝利 が貴方の手に渡る事を、祈ってますわ。」  恵は、優雅にフジーヤさんを応援する。 「フッ。君なら、俺の代わりに、参謀が務まるくらいだ。参ったな。」  フジーヤさんは、本気で、そう思って居るのだろう。 「じゃぁ、退散するとしようか。でも、勝手に戻るなよ?挨拶ぐらいさせろよ?」  フジーヤさんは、俺達が勝手に去るのでは無いか?と見ていた。それに釘を刺し たのだ。恵が頷くのを見ると、結界から出て行った。 「伝記の通り、鋭い人なんだね。」  俊男は感心していた。フジーヤさんは、只者では無い。 「ま、あの人は、やっぱ、どっか違うぜ?」  俺は、間近で見てきたからな。あの人とライルさんは、あの軍に、無くてはなら ない人だ。二人が手を組めば、1万の軍に匹敵する。 「さて、ここからが本題よ。・・・兄様達は、4大天使を倒した?」  恵が尋ねてきた。さっきの話には、4大天使の話は伏せておいたからな。 「ああ。確か・・・。」 「聖天使セラフィエルと、裁天使サタラエルとか、名乗ってたわ。」  江里香先輩は思い出す。うーーーん。確かに、そんな名前だったな。 「なる程・・・。となると、4大天使のせいじゃないのですわね。」  恵は、自分達も、槍天使ニケエルと、魔天使ベルゼールを倒した事を報告する。 俺達と同じように襲われたらしい。 「実は・・・今、この水晶を通じて、現世と、交信出来るのですわ。」  恵は驚いた事を言う。 「ま、マジかよ!」  俺は、驚きを隠せない。1000年後だぜ!? 「す、凄いわね。」  江里香先輩も、興奮しているようだ。 「僕も最初は信じられなかったけどね。間違いないよ。」  俊男も、交信したってのか。良いなぁ。 「私も驚きましたわ。あの桜川 魁さんが、『ルール』を発動して、私達を発見し たらしいですの。」  あの魁が!うわぁ・・・。すげぇアイツ。 「魁のルールは『探知』。1000年前すら見通す程の探知だったんだよ。」  なる程。そうすりゃ、ファリアさんが作った、強力な魔方陣で、俺達との交信が 可能だったって訳か。場所さえ特定出来ればって事なんだな。 「だけど、今は、使えないのよ。・・・この一体には、妙な靄があるんですわ。」  恵が、水晶玉を取り出す。何だか、濁ったような色をしている。 「この靄は、ずっと出ていたらしいよ。ずっと瞬君達の側に、あったらしいよ。」  俊男が説明する。って事は、誰かが妨害してる可能性が高い訳だ。 「見張られてたのか?俺達は。」  そう考えるのが自然だ。やはり、放置していた訳では無かったのだ。 「恵さん達が、交信取った時から、ずっとよね?いつ頃から?」  江里香先輩が尋ねる。そうだな。いつ頃かは、気になる所だ。 「2週間くらい前ね。丁度ストリウスを出る前辺りよ。」  恵が話す。2週間前って言ったら・・・フジーヤさんと行動を共にした時期だ。 「怪しい人とか、居たかしら?」  江里香先輩には心当たりが無いようだ。 「伝記に居ない人が、怪しいわね。そんな人は居ないかしら?」  恵は、消去法で考えろと言っていた。 「ジルさんは勿論、ティアラさんやトーリス君は、史実でも、避難していた筈だ。 俺達と一緒にルクトリア軍に付いて行ったけど、今は、宿に居るし。」  俺は見当も付かない。フジーヤさんだって、猿のスラートだって史実に居た筈だ。 「マレルさんだって、グラウドさんだって、居たわ。それに修道長も、史実の人の筈 ・・・。ドランドルさんやルースさんが、仲間になったのだって・・・。」  江里香先輩は、そこでハッと気付く。 「・・・ま、まさかね。」  江里香先輩が冷や汗を掻き始めた。 「気になるのなら、教えて下さる?」  恵は、見逃さなかった。 「・・・。」  江里香先輩は恵に耳打ちする。どうやら、心当たりがあるようだ。 「・・・五分五分ね。・・・信じたい気持ちは、あるでしょうけど、聞いてみる他 無いわ。信じたいなら、聞くしかない。って感じでしてよ。」  恵も苦しそうに呟く。江里香先輩が、苦しむかも知れないと考えているからだ。 「私から聞くわ。・・・逃げちゃ駄目よね。」  江里香先輩は覚悟を決めていたようだ。一体、何だったんだろうか? 「俊男さんに兄様は、私と一緒に、江里香先輩の護衛よ。」  恵は、江里香先輩に、一任するようだった。 「ま、考えがあるんでしょ?任せるよ。」  俊男は、恵と江里香先輩を、信じる事にしたらしい。 「しゃあねぇな。任せたぜ?」  俺も渋々付いていく事にした。江里香先輩が考えた人物って、誰だろう?  恐らくは、俺も知っている人物に違いない。  終焉は、すぐだった。  史上最高と言われる頭脳を持つ軍師と、最高の剣術が相手なのだ。  プサグル四天王などと呼ばれ、その中でも随一の強さと言われるジルドラン。  そのジルさんでさえも、ルクトリア軍には、勝てなかった。  今のルクトリア軍には、プサグル四天王が、2人も居るのだ。  それでも善戦したのは、単に、ジルさんの強さ故だろう。  『雷』のジルドランは、その名に恥じぬ闘いをした。  ジルさんは劣勢を感じ取ると、休戦を申し込んで、決闘を申し込んだ。  ジルさんが勝利した場合、そのままプサグルに帰ると言う条件付だ。  もう、それくらいしか手が無かったのである。  優勢だったルクトリア軍だが、その決闘を受けた。  そして、行われたライルさんとジルさんの闘いは、苛烈を極めた。  どちらも、最高の剣術を継ぐ者の一人だ。  だが、ライルさんが、辛くも勝利する。  そして・・・。 「我が剣は折れた。我が命と引き換えに、我が兵士達を、この軍に加えてくれ。」  ジルさんは、最後まで兵士の事を思っていた。残された兵士達は、このままでは 敗者の負い目を追う。そのまま帰ったとて、プサグル王からの手厳しい粛清が、待 っているのだ。それだけは、させぬと思っての手だろう。 「ふ・・・。私では、時代を担えなかった・・・。さらばだ。」  ジルさんは、そう言って倒れた。歴戦の勇将ハイム=ジルドラン=カイザードの 勇姿が、ここに極まった。 「ジル・・・。馬鹿野郎が!!お前、頭硬過ぎなんだよ!!」  ドルさんが怒っている。元四天王として、辛かったのだろう。 「兵士達よ。ジルドランの意志を汲み、我が軍は、お前達を受け入れる!だが、不 満を持つ者も居よう!その者は、自由に去るが良い!」  ルクトリア王子のヒルトさんが宣言した。すると、少数がぞろぞろと去っていっ た。残りは、このまま国に帰る事が、出来ないと考えている者なのだろう。 「では、プサグルを、解放しに行くぞ!!」  ヒルト王子は、号令を掛ける。するとフジーヤさんが、俺達に目配せする。  俺達は、目立たないようにジルさんを運び出す。  そう。ジルさんは、まだ死んでは居ない。俺達は、それをフジーヤさんに伝える と、回復させるように指示したのだ。軍人として、ジルさんを見逃す訳には行かな いが、人としては、惜しいと思ったのだろう。俺達の想いも聞いてるフジーヤさん は、一計を講じたのだ。  そして、俺達一行は、一旦、ここで別れる事になった。ライルさん達は、次の戦 いに、備えなきゃならない。俺達は、それとは別に、帰るための闘いをしなくちゃ ならないからだ。帰る時には報せるが、それまで別れる事になった。そして、俺達 が、まず行かなくては、ならない場所があった  そう・・・。ティアラさんが泊まる森の宿屋だった。戦が終わった事を、告げな ければならない。ジルさんは無事だ。だが、それを、知られてはならない。  俺達は、江里香先輩が、茂みの中でジルさんを介抱してる間に、森の宿屋へと入 っていった。そして、俺と恵が、ジルさんは死んだと、伝えなければならない。じ ゃないと、歴史が変わってしまうからだ。 「兄様。残酷なようですけど、割り切って下さい。」  恵が囁いてきた。分かってる。こうしなきゃ、ジルさんが生き残る道は無いのだ。  俺達は、ティアラさんの部屋の扉を叩く。 「・・・誰だ。」 「瞬です。グラウドさん。」  俺は答える。 「・・・終わったのか?・・・入れ。」  グラウドさんは、静かに招き入れる。 「失礼します。」  俺達は、ティアラさんの病気に障らないように、静かに入る。 「・・・ティアラさんの容態は?」 「正直良くない。パーズの寺院に連れて行くつもりだ。良い僧侶が居るからな。」  グラウドさんは、もう支度を始めている。 「分かりました。では、私と兄様が、ティアラさんを運び出します。」  恵は、慣れた手付きで、ティアラさんを毛布で包む。 「兄様。背負って。」  恵の言われた通り、ティアラさんを背負った。・・・軽いなぁ。 「よし。そっちは頼んだ。俺は馬車の用意をしてくる。・・・結果は・・・後で聞 く。今は、急ぎだからな。」  グラウドさんは、馬車の用意をしに行った。俺達が、間に合ったのは偶然かも知 れない。いや、運命かも・・・な。 「・・・ティアラさん、良く聞いて下さい。」  恵は、ティアラさんに話しかける。 「夫は、死んだのですね?」  ティアラさんは、目を伏せる。感じ取っていたのだろうか? 「・・・良く聞いて下さい。大事な事です。」  恵は、有無を言わさない目をしていた。 「ジルドランさんは、生きています。・・・そして、貴女の病気を治す方法が、賭 けでは、ありますが・・・あります。」  恵は、ティアラさんが、何かを言おうとしたのを察して、口を噤ませる。 「・・・しかし、それには、サイジンさんを、グラウドさんに預けなければ、なり ません。」 「・・・そんな・・・。何を言って!」  ティアラさんは反論しようとするが、恵は、強く睨み付ける。 「聞いて・・・。ティアラさんも、ご存知のように、私達は歴史を知っています。 ここで、ジルドランさんも、貴女も・・・亡くなる事になっています。すると、誰 が、サイジンさんの世話を?」  恵が問い正す。思い浮かぶのは、ティアラの容態を案じているグラウドさんだ。 「その通りに運ぶのは、容易い事でした。でも、私達は、兄様のお世話をした貴女 達を、見過ごすなんて、真っ平なんです。困難な道を選びたい。」  恵は、俺の気持ちを、代弁してくれた。 「サイジンさんには、しばらく会えない。けれど、ご安心して下さい。サイジンさ んは、歴史に、その名を残す程の素晴らしい活躍をします。必ず貴女達の耳に入る くらいにです。そして、その後・・・ひっそりと会いに行けば良いと思っています。」  恵は、それまで会うなと、言っているのだ。 「・・・どのくらいなんでしょう?」 「お辛いでしょうが、25年程です。場所は、後でお教えします。」  恵は、既に手を打ってある。さすがだ。 「だから、貴女は、ジルドランさんが死んだと言う訃報を聞いて、グラウドさんに サイジンさんを、預ける遺言を・・・言って下さい。」  恵は辛そうな顔をする。いくら芝居とは言え、遺言を言えと頼むのは、嫌なのだ ろう。だが、それ以外に、彼女が助かる道は無い。 「再び・・・会えるのですね。しかも、この病が治って・・・。」  ティアラさんは決意の目をしていた。詳しい事は分からないが、藁にも、縋りた いと言う想いだったのだろう。 「病の完治は賭けです。ですが、成功したら、会えます。」  恵は、断言した。こういう所は、見習わないとな。 「・・・分かりました。一度は死んだと思っている身。それくらいの芝居はします。」  ティアラさんは、了解したようだ。そして、了解を取り付けると、丁度、馬車の 用意をしたグラウドさんの所へ着いた。 「よし!早く馬車へ!!」  グラウドさんは、急いでいた。俺達も乗り込む。サイジン君は、既に入っていた。  江里香先輩は、ジルドランさんの回復。そして俊男は、その護衛、及び俺達が、 今、ティアラさんにした説明をジルドランさんに説明する手筈になっている。 「アイツも馬鹿だぜ・・・。部下の命と引き換えに、命を懸けるなんてよ・・・。」  グラウドさんは舌打ちする。ジルさんは、人が良過ぎるからな。 「アイツは、自分が死んだ時、周りが、どう思うか考えてねぇ・・・。」  グラウドさんは、ジルさんの弱点を言う。 「ジルは、滑稽な程、真面目なんですよ。」  ティアラさんは、弱った声で言う。実際、病は進行しているのだ。本当に苦しい のだろう。俺の手で助けるまで、油断は出来ない。  そのまま、深夜まで馬車を飛ばさせた。それぞれが仮眠を取りながら、交代でテ ィアラさんを看る。・・・苦しいだろうけど、パーズ近くまで耐えてくれるように ティアラさんには、言ってある。  やがて、その時が来たようだ・・・。 「ゴフッ!!」  ティアラさんは、喀血する。その音を聞いて、グラウドさんは馬車を止めるよう に言う。そして、柔らかな毛布を何重にも掛けてやる。 「おい。しっかりしろ!」  グラウドさんは、ティアラさんを抱き上げる。その様子をサイジン君は、ジーっ と見ていた。・・・伝記の通りだ。 「・・・グラウド。貴方のご厚意には、感謝します・・・。」  ティアラさんは、本当に苦しいのだろう。・・・我慢してくれ! 「そんなんじゃねぇ。アイツとの約束さ。」  後で聞いた事なのだが、グラウドさんは、ジルさんから、ティアラさんの事を、 頼まれていたようだ。俺たちが離れていた間、そう。宿に泊まっていた時に、ジル さんが、お忍びで来て、頼みに来たのだと言う。  ジルさんは、独自にティアラさんの事を、見舞っていたのである。 「しかし、私は、もう何の薬も効きません。」  ・・・そう。効かないのだ。ティアラさんの薬は、もう進行を止める事すら出来 ていない。病状は、深刻だった。 「弱気になるんじゃねぇ!ティアラが死んだら、サイジンは、どうなる!」  グラウドさんは、サイジン君を指差す。・・・グラウドさんは、ティアラさんの 事が、好きだったのだろうな。本当の夫のように、心配している。 「サイジン・・・。この子は、あの人の子・・・。絶対、強くなります。」  ジルさんの子。そうだ。サイジン君は、強くなる。それこそ伝記に名を残す位に。 「もう少しじゃねぇか!パーズの寺院に行けば、良い僧侶が居る筈だ。お前の病気 だって、治る筈だ!」  グラウドさんは、賭けていたのだ。ティアラさんが治る可能性。その全てを。 「グラウド。私の病気は先天性だったのですよ。この子が産めただけでも、奇跡な のです。分かっているでしょう?」  産んだ時も、大変だったらしい。その後、解熱剤を、大量に投与したとか。 「あんまりじゃねぇかよ・・・。アイツは、死んじまうし、その上、アンタまで死 んだら、サイジンは、どうなっちまうんだよ!」  グラウドさんは、ジルさんは、戦場で死んだと思っている。 「あの人は、自分の役目を果たしたのです。そして、私はこの子を産めた。私も役 目を、果たしたのでしょう・・・。」  ・・・ここは、伝記とは違う。本来ならば、ジルさんは、瀕死の重傷を負いなが ら、あの宿まで来ていたのだ。そこで、一時回復するのだが、プサグルの解放を見 て、今までの行為を恥じて、自害してしまうのだ。今は瀕死の重傷ながら、江里香 先輩が治している最中だ。だが、辻褄が合わなくなった訳じゃない。大丈夫だろう。 「死ぬな!死ぬんじゃねぇ!何が奇跡だ!だったら、お前の病気を治せってんだよ!」  グラウドさんは涙を流している。・・・申し訳ありません。ここでサイジン君を 貴方に預けないと、歴史が、変わってしまうんです・・・。 「・・・申し訳ありません・・・。グラウド。貴方に頼みがあります。」  ティアラさんは、言うつもりだ。 「何でも言ってみろ!」  グラウドさんに、迷いは無い。 「この子を・・・サイジンの引き取り手を、探して下さい・・・。」  ティアラさんは、敢えて、そう言った。しかしグラウドさんは、探さないだろう。 「・・・分かったよ・・・。」  グラウドさんは、もうティアラさんが、助からないと思っているのだろう。 「私は・・・幸せでした・・・。ジル・・・。貴方の元に・・・。」  ティアラさんは、そう言って、血を口から垂らして、力が無くなる。  すっげぇ・・・。あれ、本当に演技かよ? 『・・・本気よ。恐らく、本当に気絶したのよ。』  恵が耳打ちしてくる。そうか。それくらい、やらなきゃ駄目って事か。 「・・・くそ!!ちくしょう!!」  グラウドさんは、荒れ狂う。好きだった人の死を看取る。これ程、辛い物は無い。 「そんな・・・。ティアラさん・・・。」  恵が、ティアラさんに、抱きつくように泣く。・・・あ。地味に脈取ってる。 「くそ!くそ!!ティアラさんまで!!」  俺も、本当にティアラさんが死んだと思いながら言う。じゃなきゃ失礼だ。 「・・・仕方なかったのかもな・・・。」  グラウドさんは、悲しみのためか、肩を落とした。 「・・・おい。馬車は引き上げだ。」  グラウドさんは、馬車の運転手に、引き返すように言う。  そして、今まで来た道を引き返した。その間、グラウドさんは、打ちひしがれた ままだった。そして、ティアラさんも、身動き一つしなかった。 『やばいわ。鼓動が、少なくなってる!』  恵は、耳打ちする。それでは、ティアラさんが、本当に死んでしまう!  だが、ティアラさんは、必死なのだ。歴史が変わらぬよう、その上で、自分を賭 けている。病は、本当に進行しているんだ・・・。  やがて、見晴らしの良い丘の上を選ぶと、グラウドさんは、そこで止めるように 言う。途中で、棺桶まで買ってきていた。 「瞬。悪いが、掘るのを手伝ってくれ・・・。」  グラウドさんは、悲しくても、やるべき事はやるつもりだ。ティアラさんに、立 派な棺桶を買ってきて、自分で、墓を作るつもりなのだ。 「・・・辛いですね。知っている人の、墓を作るってのは・・・。」  俺は、本当にそう思った。こんな想いは、したくない。爺さんと婆さんの墓を作 った時、俺は、本当に辛かった記憶がある。 「ああ。これだけは、慣れねーよ。いつまで経ってもな。」  グラウドさんは、いくつも墓を作ってきたのだろう。作業が早い。  そして、恵は、棺桶にティアラさんを入れる用意を手伝う事になっている。そこ に、重さが同じで、そっくりの人形に入れ替える手筈になっている。グラウドさん は、穴を掘るのに夢中で、馬車の中は、恵一人だ。やるなら今しかない。サイジン 君にも一応、見せないと言っていた。今、その作業中なのだろう。  そして、恵は泣きながら、棺桶を運んでくる。そして、俺に目配せした。  それは、成功したと言う合図だ。しかし、予断は許さないらしい。恵にしては、 珍しく、冷や汗を掻いている。 「・・・ご苦労だったな。」  グラウドさんは、そう言うと、棺桶を静かに墓穴に入れる。そして、涙を見せな がら、棺桶の蓋を閉じる。・・・気付かれてない。成功だ。  そして、上から土を被せる。かなり立派な墓が、出来上がった。 「今は、これで我慢してくれ。その内、立派なのを買ってやる。」  グラウドさんは、木で十字架を作ると、それを墓穴の上に刺す。 「・・・終わっちまったな。・・・空しい物だ。」  グラウドさんは、一息吐く。 「俺は・・・ジルさん、ティアラさんを、忘れません。絶対に!」  例え、本当に死んでいたとしても、俺は、忘れないだろう。 「ああ。そうしてくれ。アイツらも喜ぶ。」  グラウドさんは、薄く笑う。 「サイジンの事なんだがな・・・。俺が、引き取る事にする。」  グラウドさんは、決意を持った目で言った。 「・・・そうですか。」  俺は、同調だけした。 「フッ。やっぱ知ってやがったか。俺が、引き取るって事を。」  グラウドさんは、俺たちの顔に、驚きが無い事を悟った。変に驚いて見せても、 無駄だ。グラウドさんは、俺達が未来から来てるのを、知ってるのだ。 「こうなりたくなかった。・・・でもサイジン君は、グラウドさんの姓で生きてい くのですから・・・。」  俺は神妙な顔で言う。そう。それは、決められている事だった。 「こうしたくなかったって思ってくれるだけで、十分だよ。何もしなかった訳じゃ ない。お前らは、結構尽くしてくれたからな。」  グラウドさんは、俺達が、影で回復させていたのを知っている。寿命も延びたの かも知れない。・・・まぁ、まだ本当は、死んでいないのだが・・・。 「お前達は・・・そろそろ探しに行くのか?帰る途を。」  グラウドさんは、悟っていた。俺達が、そろそろ4人で合流して、元の時代に戻 ろうとしている事を。 「はい。実は、俊男と江里香先輩が、待っています。」  グラウドさんに、その事を告げる。 「そうか。なら、俺は、ここでお別れだ。パーズの実家にサイジンを預けて・・・ 戦線に戻らなきゃいかん。ルドルフを、止めにゃならない。」  グラウドさんは、プサグル王の名前を言う。いつまでも戦線に居ないのは、拙い と思っているのだろう。 「分かりました。・・・本当に、ありがとう御座いました。俺、貴方との修練、絶 対に忘れません。貴方も、忘れないで下さい。」  俺は、グラウドさんと握手する。 「短い間でしたけど・・・楽しかったですわ。」  恵も握手する。お互い分かっているのだ。グラウドさんとは、ここでお別れだと。 「お前らの時代・・・良くなる事を祈ってる。・・・頑張れよ!!」  グラウドさんは、そう言うと、馬車に乗り込む。そして、サイジン君とグラウド さんを乗せた馬車は、遠ざかっていった。これが、グラウドさんとの今生の別れだ。 「・・・本当に悪い事をしたわ・・・。」  恵は、涙を抑え切れなかった。グラウドさんは、ティアラを埋葬したと思ってい るのだ。騙したのである。恵は、一番憎むべき事をしてしまった後悔があった。 「俺も自分を初めて恥じる。でも、その後の事を考えなきゃならない。」  俺は、恥じるが納得している。歴史を捻じ曲げずに2人を生かす方法は、もう無 いのだ。なら、やるしかない。 「・・・ティアラさんは、鼓動が止まる寸前ですわ。急ぎましょう。」  恵が小型の結界を作ってある所を指差す。そこには、隠してあったティアラさん が居た。俺は、素早く背負うと、約束の場所まで走る。ここから、そう遠くない場 所だ。確か、廃屋がある筈だ。山の中で、探索中に見つけた物だ。  絶対に助けなきゃならない。  俺達が辿り着くよりも先に、待機していた。それは、俊男と江里香先輩である。 そこには、呻きながらも、息があるジルさんが居た。良かった。生きている。  そして、俺達は、誰にも見つからないようにして廃屋の中に入る。ティアラさん の鼓動は、今にも止まりそうだ。息をしていない。 「お帰り。・・・大丈夫?」  江里香先輩が、出迎えてくれた。 「ティアラさん・・・顔が蒼白だよ?」  俊男も、心配している。 「正直、危ないわ。今すぐ、始めましょう。」  恵は、真剣な顔付きになる。そして、ティアラさんをベッドの上に運ぶ。 「俺に関係するって言ってたな。何を、すれば良い?」  俺の能力で、何とかすると、恵は言っていた。 「兄様。『破拳』のルールよ。用意して。」  恵は、俺の『破拳』のルールが、必要だと言っている。 「兄様は、『破拳』のルールで、何でも破壊出来ると、言ってましたわ。なら、破 壊して下さい。ティアラさんの病気を!!」  恵は、とんでもない事を言う。 「出来るのか?本当に・・・。俺、試した事も無いぞ。」  俺は、ルールを発動させながら、不安になる。 「兄様。不可能だと考えちゃ駄目よ。病気だって一つの固体。なら、それを打ち砕 いて下さいませ。それが、未来を切り開くと、言う事でしょう?」  恵は、真剣な眼で言う。・・・参ったな。そんな事言われたら、やるしかないじ ゃないか。・・・出来ないじゃ、済まされないじゃないか! 「・・・よし!分かった!!集中する!」  俺は覚悟を決める。これが成功出来れば、俺は、新たな能力を得る事になる。 「この力は、何でも破壊出来る凶器だと、俺は思っていた。・・・それを、人を救 うために使う・・・。こんな理想的な事は無い!」  そうだ。俺の拳は、人を助けるために使いたい! 「やってやる・・・。絶対に、救ってみせる!!」  俺は、『破拳』のルールを、完全に発動させる。 「瞬君!・・・行け!!」  俊男も応援している。 「ティアラさんを、救ってあげて!!」  江里香先輩もエールを送る。 「兄様なら出来る・・・。切り開くのよ!未来をも!」  恵は、俺を信じている。失敗なんか出来ない!! 「ティアラさんの病魔よ。俺の、この拳を受けて、消え去るが良い!!」  俺は、願いも込めて、ティアラさんの病状が進んでいる胸の中心部に拳を放った! そして、ティアラさんの胸に痣が出来た所で、時は止まった。 「・・・どうだ・・・。」  俺は拳を引く。ティアラさんは、横たわっていた。 「・・・う・・・。」  ティアラさんは、呻き声を上げる。まさか・・・まさか!! 「・・・う・・・そ。みたい・・・。」  ティアラさんは、目を開ける。そして、自分の力で起き上がった。 「ティ、ティアラさん!!」  俺は、嬉しくなり過ぎて、どうにか、なりそうだった。 「す、凄い!!」  俊男は、奇跡を目の前にして、興奮を抑え切れないようだ。 「ティアラさん!!ティアラさん!!」  江里香先輩は、ティアラさんに抱きつく。 「お見事ですわ。兄様。」  恵は、涙ぐみながらも、誉めてくれた。 「・・・本当に凄い・・・。今まで有った痞えが、無くなったわ。奇跡よ。これは。 今まで所か、生まれて初めてよ。こんな気分。」  ティアラさんは、自分の体に起こっている事が、信じられないようだ。 「・・・こ・・・こは?」  丁度ジルさんも、目を覚ます。 「ジル!!」  ティアラさんは、ジルさんを発見すると、慌てて駆けていく。 「ティ、ティアラ!?・・・大丈夫なのか!?」  ジルさんも、ティアラさんの病気具合を知っているだけに、こんな元気に駆け寄 ってくるのが、信じられないようだ。 「良かった!本当に良かった!!」  俺は、涙で、前が見えなくなりそうだった。 「何が、どうなっているんだ?」  ジルさんは、混乱していた。無理もない。  恵が一から説明する。ジルさんは、あの場では死んで居なかった事。そして、ジ ルさんは、プサグルの現状を見て、人々がルクトリア軍を歓迎してる様子を見て、 責任を感じ自害してしまう事。それが元で、ティアラさんの死期が早まる事。そし て、サイジン君がグラウドさんの養子になる事・・・。そして、そのサイジン君に 会うためには、25年の時が必要だと言う事をだ。  その上で、俺達がした事も話した。グラウドさんに、サイジン君を託した事。瀕 死のジルさんを、介抱した事。そして、今、俺が起こした奇跡をだ。 「・・・信じ難い。だが、信じずには、おれぬな。」  ジルさんは、首を振りつつも、納得してくれた。 「瞬。君には、奇跡を起こしてもらった。本当に礼を言う。」  ジルさんは、感謝の意を表する。ちょっと照れてしまうな。 「私の痞えが取れる日が来るなんて、思いませんでした。瞬君には、感謝し切れま せん。その上で、夫も助けてもらうなんて・・・。」 「俺は、自分の信じる道を貫く事が出来た。それだけで十分なんです。感謝するの は、こちらの方です。俺は、自分の道を信じる事が出来る!」  そう。俺は、全てを破壊する拳が怖かった。『破拳』のルールは、諸刃の剣。こ んな恐ろしい拳で、正しい道を貫けるのか?と思っていた。だが、恵が教えてくれ た。俺の能力は、人を救うためにあると。 「兄様だから、出来たのよ。謙遜する事じゃあ無いわよ?」  恵は、俺を最後まで信じていてくれた。それが、俺には嬉しかった。 「参ったね。瞬君は、どんどん凄くなってくよ。追いつくの大変だよ。」  俊男は、嬉しそうに言う。俊男なら、追いつくかもな。 「新たな力よね。私も頑張らなくちゃなー。」  江里香先輩は、口を尖らす。 「・・・さて、しかし、これからどうするかな。」  ジルさんは迷っていた。命を捨てる覚悟ではあった。だが、拾われた命を捨てる 程、ジルさんは薄情な人間では無い。 「私は、ソクトアを回ってみたいです。」  ティアラさんは、ニッコリ笑いながら答える。 「ハハッ。世捨て人となる訳だからな。それも、良いかも知れないな。」  ジルさんは憑き物が取れたようになってしまった。そう。ジルさんは、これから 歴史の表舞台に出て来ては、いけないのだ。ティアラさんもそうだ。二人とも、死 人として、認識されているのだから・・・。 「無理を強いて、済みません・・・。」 「何を言うんだ。一度、命を捨てた身だ。なら、生まれ変わらなきゃならぬ。」  俺の言葉に、ジルさんは反論する。 「偽名で通すさ。25年後に、息子に会えると思えば、苦は無い。」  ここに居るジルさんは、『雷』のジルドランでは無い。父親の顔だった。 「しばらくは、フードを被る生活だな。悪くないかも、知れぬ。」  今までのジルさんからしたら、全く違う生活だ。 「瞬。これを、受け取ってくれ。」  ジルさんは、剣を手に取ると、お下げの部分を切り取った。そして丁寧に紙に包 むと、俺に手渡した。 「この包みは、私が、将軍として鮮烈に生きた証だ。・・・瞬が持っていると思え ば、私は、誇りを持って、次の生活を生きていける。」  ジルさんは、本気で生まれ変わろうとしている。これを託されると言う事は、今 までの、ジルさんの人生を貰うのと同じだ。 「俺、ジルさんの忠義を忘れません。プサグルを誰よりも愛して、王に忠義を立て、 命を懸けた姿を忘れません。だから、これからは、肩の力を抜いて生きて欲しい。」  俺は、ジルさんが、望んでいるであろう言葉を、口にする。 「ありがとう。その言葉を聞ければ、私は、これからの生活を生きて行ける。」  ジルさんは、今までの、プサグルを愛すと言う事すら、忘れて生きて行くと言っ ているのだ。それは、本来ジルさんにとっては、耐え難い事の筈なのだ。 「私もお供しますよ。どこまでも。将軍の妻では、無くなったのですから。」  ティアラさんも笑っていた。今まで重圧だったのかも知れない。修道女として生 きて、将軍の妻になり、愛された生活。それを捨てて、生きるのだ。 「フードは、用意してありますわ。」  恵は、上等なフードを買ってきていた。抜け目が無いな。 「何から何まで、世話になるな。感謝し切れないな。」  ジルさんは、大人しく受け取った。そして、被ってみる。 「大丈夫か?」 「ええ。傍目からでは、ジルさんだと分かりませんよ。」  フードからでは、人となりは、見えない。 「指し当たっては、君たちの故郷、ガリウロルに行ってみるか。」  ジルさんは、そう言うと、俺達を、この上なく優しい目で見る。 「私はバルゼをお勧めしますわ。・・・ただし、25年後は近づいちゃいけません。」  恵は、バルゼの事を話す。そうか。商業国家バルゼは、消滅するんだったな。 「それも伝記とやらか?分かった。忠告を聞いておこう。ここまで来て、犬死は御 免だからな。生きて息子に会う日まで、生き抜いてみせる。」  ジルさんは、死の覚悟では無く、何が何でも生き抜く覚悟を決めたようだ。  そして、全員廃屋から出ると、ジルさんとティアラさんは、フードを被ったまま 俺達の方を向く。 「世話になった。・・・君達は、もう戻るんだろ?」  ジルさんは、自分達の事が終わり次第、俺達が、戻ろうとしている事を察してい た。グラウドさんにも、別れを告げたしな。 「はい。そろそろ心配してる奴等を、安心させてやりたいんです。」  ここに来て1ヶ月。そろそろ戻らないと、いけない。 「お別れだ。君に出会えた事は、珠玉だと思っている。」  ジルさんは、手を差し出す。俺は握手した。 「ジルさんの生きた証を、俺は忘れません。」  ジルさんに、包みを見せながら言う。 「ありがとう。4人共。貴方達のような素敵な関係を、羨ましく思います。」  ティアラさんは、そう言って、全員に握手をする。 「礼には及びません。天神家では、人助けをするのは、義務ですわ。」  恵らしいな。人に感謝されるのは、日常茶飯事と思っているのだ。 「僕は、少しの間でしたが、忠義を貫く姿を、目に焼き付けました。忘れませんよ。」  俊男にも、少なからず影響があるようだ。 「私、楽しかった。この時代に来た時、どうなる事かと思ったけど・・・来て良か った!皆との絆も、確認出来たしね。」  江里香先輩は、晴れやかな顔をしていた。素敵な笑顔だな。 「・・・フッ。じゃぁ、ありがとな。君達は、君達の時代で頑張れ!」  ジルさんは、そう言うと、背を向けた。 「しっかり戻るのよ?戻れる事を、祈ってるわ。」  ティアラさんも笑顔を見せて、背を向けた。 「さらばだ。」  ジルさんが、そう締めくくると、二人は下山して行った。 「・・・行っちゃったね。」  江里香先輩は、寂しそうだった。 「25年後に、あの人達の人生は、再開するのよ。」  恵は、厳しいようだが、現実を見据えていた。 「・・・しかし、手間が省けたわね。」  恵は、突然、闘気を噴出させると、木に向かって撃ち出す。 「・・・う・・・。」  誰か居たようだ。ずっと身を隠していたのかも知れない。俺達は、全然、気が付 かなかったぞ。 「凄まじい能力をお持ちのようね。私達全員の目を欺けるくらいの・・・ね。」  確かに、そこには人が居た。俺達の行動を、見張っていたようだ。  一体、誰が・・・え?そ、そんな!! 「信じたくなかったわ。」  江里香先輩は、苦渋の顔で、その人物を見る。 「だって・・・。この人は!!」  俺も、つい声を張り上げる。この人は・・・修道長じゃないか!! 「修道長、レイシーさん。・・・ですわね?」  恵は、修道長の存在を確認する。 「いつから・・・気付いていたのですか?」  レイシーさんは、もう観念したのだろうか。俺達に質問する。 「江里香先輩から、伝記上に居ない人物を、確かめた瞬間からですわ。」  恵は、江里香先輩から聞かされた時に、確信したのか。 「でも、修道長は、俺が助けると決めて、助けたんだ!」  そうじゃなかったら、自決していた筈なのだ。 「・・・瞬君。信じたい気持ちは分かる。けど、この人は、本当に自決するつもり だったのだろうか?」  俊男まで否定してくる。どういう事なんだ? 「尾行の極意は自分の存在を消す事。死んだと思ってもらえば、一番、好都合なん じゃない?信じたくは無いけど・・・。」  ・・・じゃぁ・・・俺のやっていた事は・・・。 「レイシーさん。嘘だと言ってくれ!・・・俺は、アンタの自決を、防ぎたかった だけなんだ!あの時の決意は、偽物だったのか?」  俺は、レイシーさんに詰め寄る。 「あの時は、嬉しかったですよ?こんな老人の命を、救いたいと言ってくれて。で も、私には、役目があったのです。」  レイシーさんは、目を閉じると、両手を祈る形にする。そして、その瞬間、背中 から、天使の翼が生えてきた。 「あ・・・。ああ・・・。」  俺は、愕然となる。レイシーさんは・・・天使だったのか。天使だから、天使に 一番近い天人だと、名乗っていたのか・・・。 「貴方達に感謝しているのは本当です。でも、私の役目は、この世界の監視。そし て、時を越えてきた者を、霧に覆い隠す事。」  レイシーさんは、左手を広げると、そこには、物凄く濃密な霧が発生する。これ が、俺達の帰還の邪魔をしていた正体か! 「だから、私を拾ったのね?」  江里香先輩は、目を伏せる。レイシーさんが、敵だと信じたく無かったのだ。 「私の本来の役目は、ムーン家の存続。ミシェーダ様は、リチャードが魔族である 事を見抜いていました。マレルと結ばれたら、強力な子を授かるかも知れない。そ れを防ぐ役目を、私に下さったのです。」  レイシーさんは、その強力な霧の力で、リチャードに、マレルさんが見つかる事 を防いでいたのか。 「でも、その総仕上げの最中に、マレルが、貴女を発見した。」  レイシーさんは、江里香先輩を見る。 「私は一目で、貴女が、この時代の人間じゃないと、分かりました。なら何故、こ の時代に送られたか?・・・そう考えれば、すぐ結論に、辿り着いた。」  レイシーさんは、マレルさんが、江里香先輩を助けた時に、既に考えていたのか。 「そんな芸当が出来るのは、ミシェーダ様だけです。そして、私の役目は監視。な らば、霧の力で、監視するしか無いと考えたのです。」  そして、レイシーさんが同行している以上、強烈な霧の力で、ファリアさんです ら、俺達の事を見つけられなかったと言う訳だ。 「偶然に近い物があるわ。でも、私達は、ただ帰りたいだけなんです。貴女と争う 気は無いし、霧を止めてくれると、助かるのだけど?」  江里香先輩は、これまでの経緯を理解したらしく、これからの事を言う。 「私も、そのつもりでした。・・・でも、貴方達は歴史を変えようとした!それは 許されるべき事では、ありません!」  レイシーさんは、ジルさんとティアラさんの事を言っているのだろう。 「じゃぁ、あのまま見過ごせとでも、言いたいのですか?冗談じゃない!」  俺は、反論する。俺達は、その後の事に支障が無いように、あの二人を助けたの だ。それまで、否定するつもりなのだろうか? 「・・・運命を変えたら駄目なのです。ミシェーダ様は、お怒りになる。」  レイシーさんは、厳しい顔付きで言う。 「見殺しにするのが運命なら、運命なんて、破壊する道を俺は選ぶ!」  そう。見殺しにするのが、正しい道の訳が無い! 「僕達は、間違った道を選んでいるとは思いません。」  俊男も同調してくれた。 「神の道理は、厳しいのかも知れませんがね。私達人間には、自分で道を切り開く と言う選択があるのよ?悪いけど、引けないわね。」  恵は、一歩も引く気は、無いようだ。 「私達を、これ以上苦しめないで。お願い・・・。」  江里香先輩は苦しそうだった。レイシーさんには、手を上げたくないのだろう。 「私は、神のリーダーに従う天使。見過ごせません。霧天使レイシーとして、貴方 達を止めます。・・・こう見えても、4大天使の次の位ですからね。『霧』のルー ルがある限り、私を捉える事は、出来ませんよ?」  レイシーさんは、辺り一面に濃霧を発生させる。凄まじい霧だ。飽くまでやるつ もりなのか?レイシーさん・・・。 「レイシーさん。よしてくれ!俺は、争いたくなんか無いんだ!」  俺は、レイシーさんと旅をしていたから分かる。細やかな気配りが出来る、素晴 らしい修道長だった。そんなレイシーさんに、手を上げたくなど無い。 「目の前の私は敵だと、何度言えば、分かるのですか?」  レイシーさんは、厳しい声を上げる。 「俺は、争いたくなんか無いんだ!!」  俺は、レイシーさんを敵と思うだなんて出来ない。『破拳』のルールで拳を振り 抜くと、霧は消し飛んだ。 「・・・貴方は霧まで破壊出来ると言うの?『ルール』まで破壊出来ると言うの?」  レイシーさんは、驚いていた。当然である。全てを破壊出来ると言っても、普通 は、限りがある。霧や病気などの概念まで、破壊出来ると言う俺の拳は、文字通り 全てを破壊出来るのだ。そんな能力は、危険なのかも知れない。 「でも、その能力、その凄まじさ故の疲労は、多いみたいですね。」  レイシーさんは、見抜いていた。俺の『破拳』は進化したからこそ、疲労は、極 度に上がるのだった。 「ならば、持久戦に持ち込みます!」  レイシーさんは、再び霧を噴出させる。 「もう。仕方ありませんわね。」  恵が、そう言うと『制御』のルールを発動させる。すると、霧は広がれないまま その姿を消した。まさに制御されたのだった。 「・・・なんで、貴方達は、私を攻撃しないの?」  霧が出せなくなった今、レイシーさんを攻撃するチャンスだ。 「攻撃出来る訳無い!」  江里香先輩は、声を荒げる。 「私は、右も左も分からない時に助けてもらったのよ?攻撃なんて出来ない!」  江里香先輩は、特に、恩義を感じているのだろう。 「エリカ・・・。まったく、甘い子ですね。私は天使ですよ?なら、私を倒さない 限り、貴方達の霧が、晴れないんですよ?」  レイシーさんは、しつこく言って来る。 「エリ姉さんの気持ちも、分かってくださいよ!助けてもらった人に、拳を向ける なんて、エリ姉さんが、出来る訳無いじゃないですか!」  俊男には、分かっていた。江里香先輩が、そんな事出来る人では無いと。 「・・・なんて甘い。それでは、元の時代に、帰れませんよ?」  レイシーさんは呆れる。無防備の天使を、攻撃出来ないのだ。 「違う方法で、見つけ出すまでですよ。」  俺は、レイシーさんを何とかしてまで、元の時代には帰りたくない。それは、こ こに居る全員が、同じ気持ちだった。 「まったく・・・しょうがない子達ですね。」  レイシーさんは、溜め息を吐く。何かを、悟ったような顔をしていた。 「未来へ帰りなさい。貴方達の信じる道を・・・ね・・・。」  レイシーさんは、そう言うと、霧を解除する。今まで、俺達を覆っていた目に見 えない霧も、これで拭い去れたのかも知れない。 「貴方達を未来に帰すのを・・・ミシェーダ様は、恐れていた。」  レイシーさんは説明する。 「自分が送ったであろう貴方達を帰すのは、未来の自分に、迷惑が掛かると分かっ ていた。だから、私に真っ先に、その存在を隠すように言われたのです。」  なる程。この時代のミシェーダは、俺達を自分が送ったと見抜いていた訳だ。 「それで・・・江里香先輩に、近づいたんですね?」 「はい。真っ先に発見したのが、エリカでした。危険な存在だと言われていたので、 最初は、様子見するつもりでした。」  ミシェーダは、俺達を危険分子と判断したのだろう。それを言われていたレイシ ーさんは、まず江里香先輩を、自分の手元に置いたのだ。 「でもね。エリカは良い子だった。・・・私の中の使命感が薄れたのは・・・それ からでしたね。・・・神のリーダーを疑っては、いけない定めなのに・・・。」  レイシーさんは、そう言うと、口から血を吐き出す。 「レ、レイシーさん!!」  俺達は、一斉に駆け寄る。いきなりの出来事だった。 「良いのですよ。・・・分かっていた事です。・・・ミシェーダ様の使命を違えた ら、こうなる運命なのです。・・・それが天使。」  レイシーさんは、自分の命が懸かっていたのだ。だから、今まで、霧を晴らせな かったのだ。それを、俺達のために、霧を晴らしたのだった。 「自らの判断で・・・霧を晴らしたら・・・こうなる。・・・それがミシェーダ様 との・・・約束でした・・・。」  レイシーさんは、自分の腹を見せる。そこには、妙な紋章が浮かんでいた。 「・・・これは!誓約の紋章!!」  恵が、何かに気付いたようだ。 「言うことを従わせるための保険のような紋章・・・。こんな物を施されてたなん て・・・。酷いですわ・・・。これを破ったら、紋章が、体を蝕んでいく仕掛け。」  恵が説明してくれた。酷い紋章だ・・・。レイシーさんは、自分を守るために霧 を出していたのか。 「・・・私のために・・・泣かないで。」  レイシーさんは、江里香先輩の頭を撫でる。 「貴女は・・・未来を担える子。・・・強く生きなきゃ、駄目です。」 「『治癒』のルールが、効かないなんて!!」  江里香先輩は、一生懸命『治癒』を試みている。しかし、誓約は強い。 「エリカ・・・。それに皆さんも聞いて・・・。貴方達は、未来を変える能力を持 っています。・・・でもそれは、諸刃の剣。・・・決められた運命を、捻じ曲げる のは・・・駄目ですよ?・・・運命は・・・必ず、違う人を不幸にします。」  レイシーさんは、優しく諭す。俺達のした事は間違っていなかったと思う。だが、 その行動で、誰かが傷付く可能性を忘れるなと、レイシーさんは言いたいのだ。 「今回は・・・あの二人の分を・・・私が持っていきます。・・・それで良いので す。・・・それで、この時代の運勢は、変わらずに済む・・・。」  !!レイシーさんは、こうなる事を望んでいたのか・・・。俺達が、助けた事で、 あの二人の不幸を、背負う者が居なければならない。その役を、買って出たのだ。 「ごめんなさい!レイシーさん!!」  江里香先輩は、レイシーさんに抱きつく。 「・・・マレルも・・・貴女も良い子でした・・・。やっと・・・私の役目が終わ る。・・・天使は悲しい運命・・・。貴方達の手で・・・この運命を・・・変えて ね・・・。頼み・・・ました・・・よ。」  レイシーさんは、そう言うと、安らかな笑顔を浮かべたまま、眠るように、息を 引き取る。・・・救えなかった・・・。 「レイシーさん!!うわぁぁぁぁ!!!」  江里香先輩は、大声で泣く。ここでの時代の、母代わりだったのだろう。 「俺は・・・間違っていたんだろうか?」  目の前の人を、救う事が出来なかった。 「そんな事無い・・・。けど、運命を変える時は、責任を考えなきゃいけない。そ れを、レイシーさんは、言いたかったのですわ。」  恵は、目を伏せる。目には光る物があった。 「僕達が、安易に力を使うことを・・・危険だと教えてくれたんだ。身を持って。」  俊男はレイシーさんが言いたかった事を、理解していたようだ。 「レイシーさん・・・。私、分かった・・・。安易に力に頼らない!!」  江里香先輩は、そう言うと顔を上げる。『ルール』の力は絶大だ。だからこそ、 無闇に使っては、いけない。それが、レイシーさんの教えだった。 「レイシーさん・・・。俺も肝に銘じる!俺達の力は、未来を救うためにあるって 事を!それを、忘れちゃいけないんだ。」  無闇に使うのでは無い。必要な時に、この力を使えば良いんだ。 「そこに居るのは・・・誰かしら?」  恵が木の奥を見つめる。どうやら、誰か居るようだ。 「隠れるつもりは、無かったんだがな。」  出てきたのは、フジーヤさんだった。 「フジーヤさん!従軍してたんじゃないの!?」  俺は驚いた。フジーヤさんは、てっきり従軍して離れられないと思っていた。 「今、プサグルをルクトリア軍の手で、解放した所だ。今日は、所々で、宴をやっ てて、軍会議をやるような雰囲気じゃないんでな。抜けてきたんだよ。」  フジーヤさんは、説明してくれた。そうか。プサグルを解放したんだ・・・。 「ジルドランの処遇も気になってたんだが・・・。どうやら、上手くいったようだ な。最初、相談された時は、ビックリしたけどな。」  そう。フジーヤさんにだけは、伝えてある。ジルドランさんを回復させて、落ち 延びさせる事をだ。ティアラさんの事も話してある。そして、この事は、誰にも言 わないように、口止めしてある。 「だが・・・。まさか、この修道長が天使だったなんてな・・・。悪いが、見させ てもらった。・・・まさか、こんな所で繋がってたなんてな・・・。」  フジーヤさんは、呟くや否や、フジーヤさんの後ろに、悲しそうな顔をした女性 が現れる。この人は・・・。 「その方は・・・誰です?」  恵が尋ねる。疑問に思うのも、当然だ。 「お前達なら知ってるんじゃないか?俺の相方の天使、ルイシーだ。」  ・・・ルイシー!そうか。フジーヤさんの未来の嫁さんだった筈だ。フジーヤさ んの相方として、生物の魂を抜き取る担当をして、魂流操心術を完成させたパート ナーだった筈だ。 「皆さん、初めまして。ルイシーです。・・・皆さんには、お礼を言いたいです。」  ルイシーさんは、俺達に一礼する。 「礼をされるような事は、してませんよ?」  江里香先輩は、不思議そうな顔をする。 「このように満ち足りた顔をして死ぬ天使を、私は知りません。姉に代わって、御 礼を申しているのです。」  ・・・姉?ま、まさか・・・。レイシーさんと、ルイシーさんは・・・。 「姉妹・・・だったんですか?」  俊男は、ビックリする。俺だってそうだ。 「姉は、ずっと使命に苦しんでました。解放されたがってました。」  ルイシーさんは、姿を消しながらも、レイシーさんの動向を見ていたのか。 「俺も驚いたさ。お前さんと一緒に居た修道長を見るなり、ルイシーが『姉さん!』 なんて叫ぶもんだからな。」  フジーヤさんは、大分前から、その事を知っていたようだ。 「エリカさん。姉は、貴女の事をマレルさんと同じく、娘だと思って接してきた筈 です。姉に代わって、そのような気持ちにさせてくれた事に、礼を言います。」  ルイシーさんは、穏やかな笑みを浮かべる。江里香先輩は感極まって、泣いてし まった。本当に、仲が良かったんだな。 「ああ。それでよ。もう帰れるんだろ?」  フジーヤさんは、本題に入ったようだ。 「そうですわね。夜が明けてから、帰ろうと思ってますわ。」  恵は、水晶玉を取り出す。・・・そうか。もう帰れるんだ。 「なら、見送りくらいさせてくれ。ライルに繊一郎、マレル辺りは、気になってし ょうがないみたいだしな。グラウドは・・・まぁ無理か。」  フジーヤさんは、グラウドさんが、ティアラさんの埋葬を済ませた事を、知って いたようだ。手紙を見せてくれた。 「ついさっき届いた。伝書鳩でな。サイジンをパーズに預けてから、俺等の軍に戻 るそうだ。不器用な男だ。」  フジーヤさんは、そう言いつつも、グラウドさんを認めていた。 「そうね。黙っていくのは・・・もう、たくさんよね。」  江里香先輩は、目の下にクマが出来ていたが、大丈夫そうだった。 「お世話になった人達に感謝をしないで去るのは、良くない事だしね。」  俊男も、大歓迎だったようだ。 「グズグズは出来ませんが・・・。心残りを残すのは、良くない事ですわ。」  恵も、挨拶をしたいようだ。 「決まりだな。ただ、人目に付きたくないから、待ってるので、夜が明けたら来て 下さい。恐らく、ここは、人目に付き難い場所でしょう。」  俺も賛成した。反対する理由が無かった。 「じゃ、また来る。レイシーは、俺達が埋葬する。良いか?」  フジーヤさんは、ルイシーさんに合図をしていた。 「是非、お願いします。妹さんに埋葬されるなら、レイシーさんも、本望だと思っ てます。」  江里香先輩は、顔を上げる。もう吹っ切れたようだ。 「分かりました。エリカ。無理しないでね。」  ルイシーさんは、自分の娘かのように声を掛ける。  こうして、修道長は息を引き取った。俺は目の前で人が死ぬのは、もうたくさん だと思っている。そう言う時が来たら、俺の拳で・・・何とかしたい。  しかし、それが元で、理を乱しては、いけない。それをレイシーさんは、命をも って教えてくれた。責任を、忘れてはならない・・・。  登校日から、早3日。それぞれが、思い思いに過ごしていた。魔力の鍛錬をする 者、闘気を高めて、ぶつかり合う者。日々を過ごしながら、待つ者。  想いは一緒だった。やはり、あの4人が居ないと寂しいし、締まらない。  私やレイクが落ち込んでいては、更に締まらなくなるので、中心になって、やっ ている。だけど、やっぱ、何か物足りないのだ。  ちなみに、シャドゥさんやナイアは、ジェシーさんを補佐すると言う仕事が残っ ているので帰っていった。あの4人が帰ったら、是非、知らせて欲しいとの事だ。  心配よね。飛ばされてから1ヶ月。もう学校だって、始まってしまう。夏休みは、 もう少しで終わってしまうのだ。確か、あと1週間程だ。  でも、私に出来る事は、自分の魔力を、磨き上げる事だけだ。今回だけは、絶対 に失敗出来ない。『転移』と『召喚』を、同時に操らなければならない。そして、 古代魔法の一つ、『時空』も使わなければならないだろう。『時空』は、高等魔法 だ。『転移』の上魔法であり、空間を切り飛ばして、部屋を作る魔法だ。昔の魔族 が良く使っていたと言うのを聞いた事がある。伝記でも『次元城』なる城を作った 者が居るくらいだ。要領は、掴んでいる。実際に、切り飛ばしも成功した。  しかし、今回は、『転移』と『召喚』を使って、同時進行でやるので、成功する かどうか、不安だった。だからこそ、自らの力を高めているのだ。『召喚』は、ル ールを使えば問題ない。あの状態なら、どんな時代でも、呼ぶ事が出来る。ただし、 安全に召喚するためには、道を作らなければならない。そこで道を作るために『時 空』の魔法を、使わなければならないのだ。  朝の瞑想を終わらせる。魔方陣には、今も魔力を入れ続けている。また、一日が 始まるのね。 「ファリアさん!!」  何か焦った様子で、魁が瞑想の部屋に入ってくる。一緒に瞑想していた、莉奈や 葵がビックリする。魁は、ちょっと前に、魔方陣の様子を見ていた筈だ。 「どうしたの?ビックリしたじゃない。」  私は、極めて落ち着いて対処する。思えば、魁もレベルアップしたわよね。一番 努力して、『ルール』にまで目覚めて、莉奈を守ろうと、必死になってる。 「よ・・・よにん!!4人揃ってる!!」  魁は、焦っているようだ・・・って4人?まさか! 「本物!?間違いない!?」  私も声が上ずる。とうとう・・・とうとう、4人揃ったのね!! 「返って来る反応も、アイツらに間違いないと思う!!」  魁は、拳を握って、嬉しそうにしていた。これは・・・急がなくちゃね。 「私は、魔方陣で、気合を入れてくるわ。悪いけど、莉奈!葵!皆を呼んで!」 「はい!!」  莉奈も、葵も嬉しそうに返事をする。やっと・・・。やっとなのね!  私は、逸早く、魔方陣に向かって、水晶に写されている映像を見た。 「瞬君!!江里香さん!!恵さんに俊男君!!」  私は、水晶から映りだされているのが、あの4人に間違いないのを確認する。  あの4人の後ろに何人か居る。・・・レ、レイク!?それに、私そっくりな人が 居る!!どういう事!? 『久しぶり!ファリアさん!!良かった!反応が返ってきたよ。』  瞬君の声がする。久し振りだわ。 『何か、懐かしい感じが、するね。』  江里香さんも元気そうだ。良かったわ。後は、私の腕に懸かってるって訳だ。 「何か、ギャラリーが、いっぱい居るのね。」  私は、悪戯っぽく言ってやった。 『こちらに居るのは、ライルさん、マレルさん、繊一郎さん、フジーヤさんよ?』  恵さんが説明してくれる。それにしても、有名所ばっかりね。こんな短期間で、 伝記の英雄と知り合いになるなんて、やっぱ、あの4人は只者じゃないわ。 「おい!ファリア!!4人が見つかったって本当か!」  レイクが、慌しく入ってきた。そして、水晶の映像を見る。 「うお!俺そっくり?」  レイクも、気が付いたようだ。 『こっちのライルさんも、驚いてますよ。』  俊男君が2人に代わって、話しているようだ。あっちには、映像は見れるようだ が、音声までは、届かないらしい。飽くまで、あの4人しか、音声が届かないよう になっている。と言うより、そう言う風に、水晶を設定したのだ。 「ライルさん、だそうよ。」 「あー・・・。ご先祖か。納得。ゼロ・ブレイドでの映像に、そっくりだ。」  レイクは、納得する。ゼロ・ブレイドでの映像を、見てるんだっけ。  そうこうしてる間に、皆、来たようだ。皆、心配してたのね。 『おー!皆、居る!何だか、帰れるって実感が湧いてきたな!』  瞬君が盛り上がっていた。しかし、どことなく寂しそうだった。  話したい事は、山程ある。しかし、喋ってる時間さえ、惜しい。 「4人共!悪いけど、話してるだけでも、魔力が食われるわ。早速、始めたいんだ けど良い?」  私は、声を掛ける。 「なーんだか、緊張してたなぁ。」  魁が、嬉しそうに見つめる。魁が居なければ、この4人を発見出来なかった。 「とうとうなんだよね!」  莉奈も緊張した面持ちになった。彼女の健気さには、助けられている。 「恵様、何だか寂しそうだね。」  葵は、恵さんの事を心配していた。優しい子だ。 「何だか、でかくなったのぉ。4人共。こりゃあ楽しみだわい!」  巌慈は、豪快に笑う。この人の肝っ玉は、見習うべきよね。 「フッ。これは、腕を確かめないと、いけないな。」  修羅は修行の成果を確かめたがってる。確か合宿は、もうちょっとよね。 「あたしらだって、相当修練したんだ。そんなに簡単には、負けないよ。」  亜理栖は、明るく言い放つ。 「瞬の奴、強くなってそうだね。楽しみだなぁ。」  勇樹も強くなった。皆の修行に、付いていってるもんね。 「恵様・・・。やっとなのですね。」  睦月は、感無量なのだろう。目には、光る物がある。 「腕に、よりを掛ける時が来た!って所かなー。ご馳走を作らなきゃですね。」  葉月は、明るく振舞ってるが、嬉しさを、抑えきれないらしい。 「とうとうなんだな。長かったなー。おい。」  グリードは、減らず口を叩いている。だが、心配は、人一倍していた。 「こっちも色々変わったし、情報交換だな。」  エイディは、落ち着いているようで、うずうずしている。 「ファリア!頑張れよ!!」  レイクは励ましてくれた。嬉しい限りだ。 「皆!やるわよ!!」  私は、とうとう、本番が来た事を悟る。  絶対成功させる!皆を取り戻してみせる!失敗なんかしない!  私は、魔力を集中させ始めた。  長かったようで、短かったのかも知れない。  1ヶ月・・・こっちに送られてから、もうそんなに経つのか。  ファリアさんなら、失敗しないだろう。  時を操るミシェーダは、確かに脅威だ。  だが、ファリアさんが使う『召喚』も、神技の域にまで達している。  恐らく、『転移』、『時空』、『召喚』の3つを同時に操るのだろう。  正直、難易度は高い。  ファリアさんは『召喚』のルールで、召喚魔法は、ほぼ完璧にする事が出来る。  今のファリアさんなら『転移』と『時空』を操るのは、問題ないだろう。  それでも失敗したら、時の迷い児に、なってしまう。  だが、私はファリアさんを信じる。  それしか帰る道が無いと言うのも、事実。  だが、それ以上に、ファリアさんの力を信じる。  向こうとの交信は、終わった。  後は、扉が出てくるのを待つだけだ。 「緊張するね。ファリアさんの実力は、分かってるけどさ。」  俊男さんが、結構神妙な面持ちになっている。 「俺そっくりな奴居たよな。1000年後か・・・。」  ライルさんは、考え込んでいた。無理もない。子孫を見てしまったのだから。 「私そっくりの人も、居ましたね。」  マレルさんも不思議そうだった。まさか子孫が、大魔法使いになってるとは、思 わないだろう。 「ま、そっくりさんくらい居るだろうよ。しかし、この目で奇跡を目撃出来るチャ ンスがあるとはな。時代を超える・・・か。」  フジーヤさんは、恐らく予想が付いているのだろう。深くは突っ込まなかった。 「拙者も楽しみで御座る。寂しくも、有り申さん。」  繊一郎さんには、お世話になったわね。 「それにしても驚いたのは修道長様です。突然、手紙を残して去ってしまうなんて。」  マレルさんは、知らない。レイシーさんは天使で、ミシェーダのせいで、死んで しまったと言う事実を・・・。 「あれだけ熱心な人も、居ないからな。いつか会えるだろうさ。」  フジーヤさんは、軽口を叩くように言う。さすがね。表情一つ変えないわ。 「そろそろだね。何だか、ドキドキしてきた・・・。」  兄様は、落ち着きがない。全く・・・。帰ったら、礼儀も教えなきゃいけません わね。天神家たる者、堂々と振舞わなくては。 「帰れる・・・か。長く感じたけど、短かったわ。」  江里香先輩も、私と同じ気持ちのようだ。 「これで良かったのですわ。これ以上、こっちに居ると、帰りたくなくなってしま います。でも、私達は、この1ヶ月間を、忘れませんわ。」  それは間違いなかった。こんなに印象深い1ヶ月は、無かった。 「恵殿は、未来の女傑になれる器。拙者も、忘れはしませぬぞ。それと、俊男殿。 ショウ殿が、言っておられた。『パーズ拳法の未来は、託した。』と。」  繊一郎さんは、感慨深く話す。それと、俊男さんへの伝言ね。 「ははっ。パーズ拳法最大の使い手と言われるショウさんに託されるとは、光栄で す。こりゃ責任重大だね。」  俊男さんは、託されるだけの実力が、お有りよね。 「それと・・・江里香殿。貴女程の使い手も、拙者初めてお見受けした。そして、 瞬殿。貴殿は、未来を担える器とお見受けした。拙者1000年前から、そなたの御武 運を、お祈りするで御座る。」  繊一郎さんは、江里香先輩と兄様についても言及する。兄様との手合わせで、繊 一郎さんは、ビックリしてた物ね。純粋な実力差が分かったのは、初めてだって。  負かされたのでは無く、負けを認めさせられた。その事実が、繊一郎さんの心に 深く刻まれたのだろう。 「私は、まだまだ未熟よ。だからこそ、修練は欠かさないわ。」 「俺もだ。力は、ついてきたけど、技の未熟さを、この時代で痛感した。俺より力 が劣る人と、引き分けたりしたしな。俺は、もっと技を磨くよ。」  兄様も、気合十分ね。兄様らしいわ。 『4人共!そこに、扉が出来るわ!!』  ファリアさんが気合の入った声を出す。とうとう帰るのね。 「とうとう、この時が、来たようね。」  私は、緊張する。やはり失敗した時の事を考えてしまう。 「恵。俺達以上に、ファリアさんは心配してるんだ。信じてやろうぜ。」  ・・・そうだったわ。私達が不安な顔を、してはいけない。  そう思っていると、銀色に光る扉が出現した。 「これが・・・召喚の扉か。」  何とも言えない。不思議な扉だった。 「よし・・・。帰ろう!!」  兄様は、扉のノブを開ける。奥は、不気味な光り方をしていた。 「エリカ!私、楽しかったです!!貴女に会えて良かった!」  マレルさんは、江里香先輩に声を掛ける。 「ありがとうマレルさん!!私も忘れない!忘れるもんですか!!」  江里香先輩は、涙ながらに、そう叫ぶと、扉に向かって走っていった。 「瞬!!俺達の事、忘れるなよ!」  ライルさんが、鼓舞をする。 「良いか!お前達との出会いは、俺達の誇りでもあるんだ!忘れんな!!」  フジーヤさんは、らしい事を言う。 「俺は、忘れませんよ!この黄金の時の体験をね!」  兄様は、そう言うと、扉に飛び込んで行った。 「俊男殿。これは、ショウ殿からの手紙で御座る。」  繊一郎さんが、俊男さんに手紙を渡す。 「こ、これは・・・この時代の免許皆伝!?・・・参ったなぁ。」  俊男さんは困惑する。これを託されると言う事は、これから先のパーズ拳法を、 俊男さんに、任せると言う証でもあった。 「もう逃げられないな。やってやるか!ありがとう!繊一郎さん!!」  俊男さんは、気合十分で扉に飛び込む。 「そして・・・恵殿。拙者の事は忘れないで欲しい。」  繊一郎さんが、神妙な顔をする。 「忘れませんわ。馬鹿正直な、忍者さん。」  私は茶化す。それくらいの方が、私の性にあっている。 「恵殿。・・・拙者は、貴女の事が、好きになってしまった。」  ・・・やだ・・・。もう・・・繊一郎さんも大胆ねぇ。 「・・・こんな時に言う事?・・・んもう。」  私は、顔が熱くなる。・・・思えば、繊一郎さんは、常に私を見てくれてたわね。  よし。しょうがないな。 「繊一郎さん!!」  私は、叫ぶと、繊一郎さんの唇を、私の唇で塞いでやる。 「私には、想い人が居ます。けど、貴方の事も、気に入ってましてよ?」  私は、照れ隠しをしながら、扉に手を掛ける。 「・・・恵殿・・・。・・・拙者、忘れませんぞ!!絶対に!!」  繊一郎さんは、人生で、初かも知れない涙を流す。参ったわね。 「名を残す英雄にならないと、拗ねちゃいますわよ?・・・ありがとう。」  何だか照れ臭いわね。最後に、こんな気持ちになるなんてね。  これ以上は、留まっちゃいけない。この時代を、離れられなくなる。 「拙者、一生、忘れませぬぞ!!!」  繊一郎さんの叫びが後ろで聞こえた気がする。私は、その瞬間、笑顔で繊一郎さ んに振り向くと、扉を閉めた。  だから・・・別れは嫌だったのよ。・・・でも、しないより良かったかな。  私は、後は迷いは無い。ファリアさんを信じて、この道の奥にある光を目指す。 凄いわね。あの光以外の空間は、不気味極まりない。これが時空の道か。  光に向かって、走る。遠い遠い旅をした。その終焉に迫る。  もう皆、着いているのだろう。私しか居ない。私は、光に飛び込んだ。  ・・・ん・・・。  あ・・・。魔方陣・・・。見覚えがありますわ。 「恵様!!!」  私が見渡すと、同時に誰かが抱きついてきた。あらら。睦月じゃないの。 「・・・戻ってきたのですね。私も。」  私は、睦月の頭を、愛おしそうに撫でてやる。 「遅いから心配したよ?」  俊男さんが横に立っている。そこで、私と同じように、莉奈の頭を撫でていた。 「何かまだ、実感ないけどな。えれぇ旅だったな。」  兄様は、スッキリした顔になっていた。 「この1ヶ月を無駄にしない。そうよね?恵さん。」 「当たり前ですわ。江里香先輩。無駄になんか、なる物ですか。」  私は、江里香先輩に返してやる。 「・・・良かった・・・。成功した・・・。」  ファリアさんは、精も根も、尽き果てたような顔をしていた。 「皆様には、感謝し切れませんわ。本当に、ありがとう。」  私は、周りの皆に、感謝の意を示す。 「悪いけど、私は休むわ。・・・ふう・・・。」  ファリアさんは、そのまま気絶する。倒れる前に、レイクさんが、抱きかかえて やった。そうよね。ファリアさんは、一仕事終えたのよね。 「葉月!ファリアさんに、最上のベッドを用意するのよ。」 「分かってます!恩人ですから!」  葉月は、早速ベッドメイクをしに行った。行動が素早くなったわね。 「あ。そうだ。瞬!」  レイクさんが、兄様に握手をするポーズをする。兄様は、つられて握手する。 「どうし・・・うわ!!・・・ああ。そうか。」  兄様は、一瞬ビックリしたが、すぐに理解したようだ。 「ゼーダが居る事を、忘れてたよ。」  ああ。天上神の。そう言えば、レイクさんが、預かってたって話だったわね。 「瞬。後で手合わせしような!!」  レイクさんは、そう言うと、ファリアさんを抱いたまま、部屋を出て行った。 「ハハッ。嬉しい事を言ってくれますね。」  兄様は、満更でも無かったようだ。相変わらずね。  こうして、私達の、長く短い旅は、終わったのである。  しかし、油断は出来ない。飛ばした張本人が、まだ居るのだから・・・。