NOVEL Darkness 3-6(First)

ソクトア黒の章3巻の6(前半)


 6、旅路
 ここは・・・どこだ。
 俺は・・・剣を抜いたまま、気絶したというのか?
 これは・・・どこの景色だ?
 物凄い化け物が、見える。
 それに立ち向かってるのは・・・金髪姿の俺?
 いや、あれは・・・バンダナをしていないって事は。
 あれが、ライル=ユード=ルクトリアか。
 金髪の女性が・・・マレル=ユード?かな。
 捕らわれているのを、助け出そうとしているのか、ライルは必死だ。
 で、あの化け物が、黒竜王って訳かな?
(その通りだ。ユードの血を引く者よ。)
 うわお。誰だよ。・・・まさか、ゼロ・ブレイド?
(やっと・・・私を抜いてくれる力の持ち主が、現れた。)
 へぇ。間違いないみたいだな。しかし・・・剣に話し掛けられるなんて、ちとビ
ックリだな。色々な体験をしたけどさ。
(今送る映像を、覚えておくが良い。)
 ・・・
 お?何だこれ。
「ライル・・・。」
「マレル!」
 この二人が・・・伝記の・・・。
(この二人は、既に恋仲であった。だが、黒竜王の化身、リチャード=サンの許婚
だったからな。捕らわれていたのだ。)
 そんな理由で離されるなんて、真っ平ゴメンだな。
「性懲りもなく来たか。ライル。」
「俺は、諦めが悪いんでね。」
 お。そうこなくっちゃな。やっぱ、俺の血筋だけあって、熱いぜ!
(一人で盛り上がるな。)
 うっさいな。お。闘うみたいだな。
「フッ。許婚であるマレルを引き渡せと言うのか?道理が通らんぞ?」
「リチャード。俺は、その運命を呪った。だが俺が、マレルを想う心は、貴様には
負けない!マレル!答えてくれ・・・。俺はもう許婚、いや運命には負けない!」
 よく言った!!そうじゃなきゃあな。大体、こんな怪物の許婚なんて、本人望ん
じゃいないだろ。さすが俺の先祖。
(・・・リチャードの技とか、見ておけよ?)
 分かってるよ。それを怠る俺じゃねーっての。
「ライル・・・ライル!私は「月の巫女」じゃない!マレルで居られるのね!」
 月の巫女。聞いた事があるな。確か「太陽の皇子」と対の・・・。
「それはマレル。君次第だ。俺は、君を諦め切れない!」
「私も!」
 先祖も熱いねぇ。俺も、負けちゃいられないな。
(ライルは、類稀なる精神の持ち主だった。私は、ライルの怒りを、この身に受け
て、『怒りの剣』と姿を変えた。強き心に、私は反応する。)
 なる程な。俺の精神は、どんななんだろうな。
「運命に負けないだと?とんだ茶番を・・・。」
 うお。リチャードの・・・瘴気か?物凄い量だな。殺気まで混じってる。
(ふむ。魔族と戦う際には、瘴気に打ち勝たなくてはならぬ。)
「我を差し置いて、そのような茶番・・・許す訳には行かぬ。」
 あれが、リチャードの瘴気か。中々凄いな。
「リチャード。以前の俺なら、貴様を見て、絶望しただろう。しかし、今は違う。
マレルと俺の未来を見るために、貴様を倒す!」
 お!ご先祖様の闘気が、すげぇ事に!こりゃ、互角の闘いだ!
(あれが、私とライルが合わさった時の闘気だ。)
 すげぇな。元の倍以上の闘気だ。
(怒りにより、増幅されたのだ。)
「見せてやろう。我の本来の姿を!」
 うお。何かリチャードが黒い化け物に変わってく。瘴気も増幅してやがる。
(あれが、黒竜王としての真の姿だ。)
「はぁぁぁ・・・。」
 ご先祖の闘気も、凄い事になってんな。
「生まれ変りし「怒りの剣」よ!俺の精神を受け取れ!」
「笑止!我の敵になる人間など、存在する筈が無い!」
 甘いぜ。人間の力ってのは、想像で測れる物じゃない。
「死ねぇい!」
 黒竜王の奴、瘴気弾を作りやがった。しかもでかいな。
 お!その球体を、いともあっさり斬りやがった。さすがご先祖様だ。あの技は、
不動真剣術の袈裟斬り『閃光』だな。上手い!マレルさんも救出したようだ。
(さすがに飲み込みが早いな。)
「くぅう!我が闘気を斬って、反撃しただと!?」
「俺は、今まで数々の戦乱を乗り越えてきた。貴様には、それが無い!負けてなる
物か!」
 黒竜王には、油断があるな。真実を認めようとしないと、しっぺ返しが来るぜ。
「吹き飛ばす!・・・不動真剣術!旋風剣「爆牙」!」
 瘴気を風圧で返そうってのか?無茶があるな。やはり、全て跳ね返せず、食らっ
てる。『爆牙』は、牽制に近い技だ。無茶して傷を負ってるぜ・・・。
「チィ!」
「・・・馬鹿め。我が闘気を、全て跳ね返すなど出来る物か!」
 黒竜王は、闘気と言ってるが、瘴気の間違いだな。
(この頃は、まだ瘴気と言う言葉が、伝わってなかったのだ。)
 なる程な。6つの『力』が発見されたのは、ジークの時代だと言う話だしな。
「ライル!」
「来るな!マレル!俺は勝つ!」
 この闘いに、巻き込むつもりは無いってか。男だぜ。
「寝惚けた事を抜かすな!この体格差に実力差が、まだ分からんのか!オリャ!」
 ご先祖は、ボロボロになっていくな・・・。それでも、あの眼光。闘気は揺らい
でもいない。すげぇ精神力だ。
(その通りだ。私を握る力は、衰えても居なかったしな。)
「とどめだ・・・。最大のパワーで消してくれる!はあああぁぁ!」
 黒竜王が勝負に出たな。瘴気を集めてる!
「今だ!行くぞ!怒りの剣よ!」
 ご先祖が高くジャンプした!おお。何と言う美しさだ!
「小賢しい!消えろ!」
「俺自身の技を、見せてやる!」
 ご先祖自らの技!?編み出したってのか?
(不動真剣術の継承者は、新たな技を生み出していく。それも努めだ。)
「不動真剣術!秘儀!「越光(えっこう)」!」
 早い!!地上に着くまでの早さ・・・まるで『閃光』のような動きだ!空中でア
レだけ変化しながら、地上に、あの速さで着くなんて・・・。
(あれこそ神速よ。ライルは、最後に光の速さを超えたのかも知れん。)
「馬鹿・・・な!この・・・私が・・・!」
 黒竜王の最期だな。あれだけの勢いで、剣を食らったら一溜りも無い筈だ。
 これが・・・かの『秩序の無い戦い』の結末か。
(そうだ。英雄ライルの戦いだ。だが、まだあるぞ。)
 ・・・
 今度は・・・ここは?
「このエブリクラーデスの・・・生涯を掛けた、この一撃の前に散れ!ジークよ!」
 これは・・・今度は『勇士』ジークの話か。
 あの化け物は、何だ!?すげぇ力だ。あれは・・・『無』の力なのか!?
(そうだ。強大極まる『無』の力。エブリクラーデスは、その力を極めていた。)
「・・・ドランドルさん。繊一郎さん。フジーヤさん。そして父さん!!俺の、こ
の一撃を、貴方達に捧げる!!」
 ジークさんも、すげぇ・・・。『無』の力をコントロールしている。持ってる剣
は、今のアンタの姿、そのままだな。
(ジークが放つ『無』の境地の力に触れて、私は生まれ変わっていたのだ。)
 持つ者の精神によって姿、力を変える剣って訳だ。
(それが、私の存在意義だ。)
 ジークさんは、エブリクラーデスの一撃に突っ込んでいく!アレだけの『無』の
力に、躊躇無く突っ込んで行くなんて・・・。恐ろしいぜ。
「ジーーーーーーーク!!!!」
 あ。ジュダさんだ。うわ。全然変わってない。1000年前だろ?ここ。
「くっ・・・。ここで何も出来ぬとは!!」
 確か、ジュダさんは、ミシェーダとの闘いで、消耗してた筈・・・。
(竜神は、悔しかったと思うぞ。)
「ウォォォォォォォォ!」
 ジークさんは、あの力に、一人で対抗してるのか・・・。
「さすがは、我が生涯の一撃を与えるに、相応しき男。まだ我が力に、対抗出来る
とはな。だが・・・これで止めだ!!」
 何だってんだ。あのとてつもない『無』は・・・。どう極めたら、あんな恐ろし
い『無』の塊が、撃てるってんだ。
「グハァ!!」
 お?クラーデスが、苦しみ始めた。そうか。限界なのか。
「くっ・・・。これ以上は出せぬ・・・か。」
 全身全霊で、出しているんだろうな。
「我は・・・破壊神エブリクラーデスなり・・・。」
 膝を掴んで、それでも離れずに『無』を出し続けている。何て精神力だ。
「・・・やったか・・・。我は、勝利したのか!」
 ジークさんの声が途絶えた!・・・だが、これは・・・。
「この世の全てを、無に返す時が来たか!我が理想の世を、降臨させてくれる!!」
 理想の世・・・か。今の世と、コイツの考える世は、どっちが幸せだろうな。
「そ、そんな!!ジーク!!」
 お?あの強気そうな目は・・・誰だ?
(あれが、ジークの妻になる、ミリィだ。)
 ファン=ミリィか。なる程。美人だな。
「フッ。しかし、まだ『無』の塊が消えぬとはな。相当な衝撃だったのだな。」
 クラーデスは、余裕綽々で、激突の跡を見ているな。甘いな。
「クッ。兄さんの仇!!」
 うお。あの人、ファリアに、そっくりだ。
(あれが、ジークの妹、レルファ=ユードだ。まぁ先祖だし、似てるんじゃないか?)
 ここまで似てるとはな。髪の色まで似ているから、そっくりだ。
 お?何かにミリィさんと、レルファさんが反応したな。
「・・・レルファも聞こえたネ?」
「小さくだけど・・・兄さんの声が聞こえる!まだ消えてないんだ!」
 さすがに、この二人は、反応が早いな。それだけ、気に掛けてるって事か。
「な、何だと!?この力、まだ拮抗している最中だと言うのか!?」
 そりゃ信じられねぇだろうなぁ。アレだけの力だ。拮抗されるなんて、思っちゃ
いないんだろうな。ジークさんの『無』が、押し返し始めてるな。
「まさか!このエブリクラーデスの渾身の一撃が、破られる!?あってはならぬ!」
 これ以上、出しようが無いのに、『無』の力を出そうとしてやがる。
 うお!肩口が裂けた!!
(これは、この闘いの前に、恒星の力を体現してぶつけた、鳳凰神の手柄だ。)
 そう言えば、激突があったって、伝記に書いてあったな。
「ぬぅぅぅ!!恒星の力を完全には、無に出来なかったと言うのか!!」
 それだけ、ネイガさんの力も、とんでもなかったって事か。
「ぅ・・・ぉ・・・ぉぉぉおおおおオオオオオオオ!!!!!」
 おお!ジークさんの声が、段々聞こえてくる。『無』の力も、段々傾きかけてき
やがった。すっげぇ。
「我は、断じて認めぬ!至高の力を手に入れて尚、貴様に敵わぬ訳が無い!!」
 同条件では、敗れる筈が無いってか?それは、驕った考えだな。だけど、指輪の
力で何とか、『無』の力を作り出してるな。
「食らえ!!!」
 完全に『無』を振り払ったな。おお!剣を横にして、光らせた!
(私に光を発するように、命じたのだ。)
「クッ!我が生涯の一撃をォォォォォォ!!!」
 クラーデスは、それでも、抗うように、拳を繰り出してやがる!
「・・・終わりだ!クラーデス!!ハァァァ!!」
 ジークさんは、剣に『無』を乗せて走る!クラーデスも、それに対抗している!
 そして激突!・・・クラーデスは、拳を打ち抜いた形で止まり、ジークさんは、
剣を振った姿で止まっている・・・。
「・・・敵わぬ・・・か・・・。人間の生きる力・・・か・・・。」
「・・・『無』を断じ、生を拾う。これぞ不動真剣術、最終奥義『無生断剣(むし
ょうだんけん)』!!」
 ・・・これが、伝記に伝わっている『無生断剣』か・・・。恐ろしい技だ。
(そうだ。覚えておくと良い。私は、この二人と共に生きた事を誇りに思っている。)
 ここまで正確に記憶しているとは、さすがだな。
(そして、お前が父から話された、お前の祖父の話も記憶している。)
 ・・・あの話か。俺が、赤ん坊だったばかりに、やられた話だな。
(ゼリンも、まだゼロマインドの手先であったしな。)
 ・・・


 俺を呼ぶ声がする。
 そうだ・・・俺は、ゼロ・ブレイドに触れて・・・。
 すげぇ体験だったな。
 英雄ライルと、勇士ジーク、そして、最後に祖父リークと親父ゼハーンの話。
 全てを体験させられた。
 なる程、こんな濃い体験、他の奴なら、気絶し兼ねないな。
「ジーク!大丈夫?」
 これは・・・ファリアの声か。
「・・・んー。おっと。」
 俺は意識が戻った。どうやら、剣を握り締めたまま、気絶したらしい。
「10分近く気絶してたけど・・・。大丈夫か?兄貴。」
 グリードか。10分も気絶していたとは・・・。
「大丈夫だ。ゼロ・ブレイドから、記憶を受け継いでいただけだ。」
 俺は、ついでにライルやジークの体験した事を、垣間見てきた事を話す。
「・・・。なる程な。あの時の話か。懐かしいな。」
 ジュダさんは、懐かしそうに目を細める。
「ミシェーダは、恐ろしい敵でしたな。」
 ネイガさんも、満更でも無いようだ。懐かしいんだろうな。
「しかし、忘れてはならない。あの時の『無』の激突から、ゼロマインドは生まれ
たのだ。ソクトアを『無』に変えようと、しているのだ・・・。」
 赤毘車さんが、警告する。その通りだ。ゼロマインドと言う化け物は、『無』そ
の物だと言っても良い。
「その様子だと、ゼハーンとリークの映像も見たようですね。アレを見ても、まだ
私の事を、信じられますか?私が手に掛けたのですよ?」
 そうだ。俺の祖父、リークは、ゼリンの手に掛かって殺された。
「俺は言った筈だ。誓いを立てれば信じると。アンタは、本物のゼロ・ブレイドを
持ってきた。その誓いの証を、俺は信じる。」
 俺の言葉に、ゼリンは涙を流す。
「レイク。貴方の心遣いに、感謝する。」
 ゼリンは、お礼を述べる。しかし、俺は、当然の事を言ったまでだ。
「ゼリン。・・・これを受け取ると良い。」
 ネイガさんが、グラスを持ってくる。
「これは、『堕天の水』だ。意味は、分かってるな?」
「私が、人間になるための水ですね。」
 ゼリンは事も無げに言う。つまり、ゼリンは、これから人間になるのだ。
「これを飲んだら、戻れぬ。良く考えるが良い。」
 さすがの毘沙丸さんも、気を使っている。神の子としての細胞を失うと言う事は、
類稀な長寿も、失う事になるのだ。
「兄様。私には償うチャンスがある。それだけでも幸せなのです。私を狂わせたゼ
ロマインドを倒すために必要な事なら・・・私は、何でも受けます!」
 ゼリンに迷いは無かった。ゼリンは、一気にその水を飲み干す。すると、ゼリン
から、大量の霧が発生する。どう言う仕組みなんだろうか。
「神の子としての細胞が、沸騰しているんだ。大量の発汗から発生する霧は、遺伝
子の塊だ。それが失われて行ってるんだ。」
 ジュダさんが説明する。何だか、苦しそうだな。
「かつて・・・ジュダの親である金剛神パムと蓬莱神ポニの子供達は、皆、この水
を飲んだと言う。そして、ソクトアの人間として、天寿を全うした。」
 赤毘車さんは、感慨深い想いで、見つめる。
「私の娘も、この水を飲むとはな・・・。これも、定めか。」
 赤毘車さんは、少し寂しそうだった。人間になると言う事は、自分より早く天寿
が来る。その事を思ってだろう。そうこうしている内に、霧が収まった。
「・・・ふう・・・。」
 ゼリンは、見た目は変わらないが、神気を出す能力が、明らかに低下していた。
放っておいても吹き出ていた神気が、今は全く感じられない。
「今まで、修行した力は変わらぬ。神の子として得ていた力のみ、減退している筈
だ。多少、脱力感がする筈だ。」
 ネイガさんが説明する。神の子としての力って、凄い物なんだな。
(当然だ。神としての細胞には、神気を上手く出すための遺伝子が詰まっているの
だ。ゼリンがそれを失ったのなら神気を出す能力は、ゼロになったと言っても良い。)
 ゼーダさんか。そんな凄い物を手放すって、相当な覚悟じゃないのか?
(ゼリンの誓いは、本物だと見て良いだろう。彼女は、本気でこのソクトアを正そ
うとしている。・・・しかし、私に黙って、ゼロ・ブレイドの映像を見させるな。
少々驚いたぞ。・・・おかげ様で、これまでの経緯を、正確に知れたがな。)
 ああ。済みません。突然の事でしたので、つい・・・。
(まぁ良いさ。どうやら、君の本当のパートナーが手に入ったのだ。大事にするの
だぞ。『記憶の原始』なら、私が協力するくらい力が、出せようと言う物。)
 そこまでですか。分かりました!
「よし。見届けた。・・・ゼリンよ。お前は、これで、俺との血の繋がりは無くな
った。だが、お前は、俺の娘だと、俺は思っている。忘れるなよ?」
 ジュダさんは、そう言うと、『転移』の扉を作る。どうやら、帰るようだ。
「私も見届けた。その心意気を、忘れるな。私の娘ゼリンよ!」
 赤毘車さんも、ゼリンに一声掛けて、扉の中に入る。
「ゼリン。私にとっても、君は娘だ。忘れないでくれ。」
 ネイガさんも、ゼリンの肩に手を当てて、一礼してから扉の中に入る。すると、
扉は、スゥーっと消えていった。
「色々あったが・・・私も、去らねばならない。セントで色々起こっている様なの
だ。私は、そろそろ潜入操作をしなければ、ならないのでな。」
 毘沙丸さんも去るようだ。本当に、風のような神達だ。
「ゼリン。これからが本番だ。お前の真価が問われる。私の妹として、誇りを忘れ
てはならない。いつまでも、私の妹だと言う事には、変わりないのだからな。」
 毘沙丸さんは、そう言うと、ゼリンの肩を叩いて、優しく微笑む。そして、闇に
消えていった。
「・・・こんな私だが・・・よろしく頼む。」
 ゼリンは、肩で息をしていた。相当な疲労感なのだろう。
「何だか疲れちまったよ。色々あり過ぎだろう?」
 魁が、肩を竦める。ハハッ。言えてる。今日は、色々疲れたぜ。
 皆も、想いは同じだったようで、長過ぎる登校日は、これで解散となった。


 おかしい・・・。
 どうもおかしい・・・。
 私達は、水晶玉で、連絡を取り合っていたので、様子を知っている。
 あっちはあっちで、動きがあったとか・・・。
 悪名高いゼリンは、実は操られていたのであって、仲間になったのだとか。
 ちょっと信じられなかったけど・・・。
 ファリアさんの、険の取れた顔を見て、真実だと理解した。
 彼女は、邪悪を見抜く能力に長けている。
 ゼリンが、ただの寝返ったフリだったなら、すぐに分かる筈だ。
 どんな奴なのか、私も興味がある。
 何せ、あの生徒会長を利用しようとしたのだとか。
 余程、企みに長けているのか、馬鹿正直なのか、どっちかだわ。
 それにしても、『支配』の能力か。
 私の作戦で、何とかなったみたいだけど、恐ろしい能力よね。
 正直、戦力が少なかったけど・・・そこを、わざと利用してみた。
 魁さんなら、油断させられる。
 そこに付込めば、窓から、射撃が打ち込める。
 どうやら、上手く行ったみたい。
 あんなアドバイスで、ちゃんと上手くこなすんだから、大した物よね。
 まぁ、そこは良いとして・・・。
 その後のこちらの様子も、聞いてみた。
 私達の方は、ハッキリ分かるそうだ。
 私達だけなら、時を越えた『転移』が使えるかも知れないと言っていた。
 だけど、兄様達は、まだ靄が掛かっているのだとか。
 サマハドール周辺に向かっているらしいのだが、詳しい位置が特定出来ない。
 じれったい話だ・・・。
 本当は、もう戻っても良いのだ。
 けど、それは、私の信念が許さない。
 戻る時は、4人一緒。
 万が一、兄様達だけ取り残されるような事があったら、自分を許せない。
 何か、原因がある筈なのだ。
 私達に出来る事は、プサグルに向かう事だ。一旦サマハドールに移動した靄が、
パーズに一回寄って、今度はプサグルに移動したのだという。私達が、それを知っ
たのは、ルクトリアで、散々探した後だった。
「プサグルは、もう少しで御座るよ。」
 繊一郎さんが、案内してくれている。結構助かってるんだ。これが。
「恵さん!それ・・・!」
 俊男さんが水晶玉を指差す。・・・何これ?水晶玉が、濁ってきた。
「・・・気を付けて!!貴女達も、靄の中に入ったわ!」
 水晶玉からファリアさんの声が聞こえた。そして、その声は聞こえなくなった。
「・・・どうやら・・・色々起こっているみたいね。」
 連絡が取れなくなるかも知れない。その時は、その時だ。兄様の近くまで行って
るのは、間違いないようだ。
「瞬君に、エリ姉さん・・・。もう近いのかもね。」
 俊男さんは、期待を滲ませる。しかし、私は警戒していた。もしかしたら、4大
天使が、潜んでいるのかも知れない。魁さんの『探知』すら、妨害出来る能力を有
している奴が、居るのかも知れない。そうなったら厄介ね。
 それに、気になる動きがある。それは、伝記で有名なライルの動きである。彼は、
サマハドールにて、実兄のヒルトとの再会を果たす筈だ。そして、ペルジザードを
受け取り、パーズで助力を請いに行く筈だ。そこで、パーズ王ショウ=ウィバーン
=トリサイルとの協力関係を経て、プサグルへ進軍している筈なのだ。
 靄の移動したタイミングを考えても、兄様と、ピッタリ行動が一致している。
 ルクトリアでの情報収集の時、伝記と同じように、時が過ぎている事は知った。
「ねぇ・・・。俊男さん。」
「分かってるよ。恵さん。僕も同じ考えだ。」
 俊男さんも、薄々気が付いていたようだ。伝記と同じように動いているならば、
ライルの次の行動を、伝記から思い出せば、兄様達にも、会える筈なのだ。
「最近の、ルクトリア軍の快進撃は、凄まじい物があるで御座る。余程の強さと、
良い軍師が居るので御座ろう。エルディスも加わったと言う情報も、あるで御座る
しな。まさか、あのエルディスが、巷のライルと幼馴染であったとは・・・。」
 繊一郎さんは驚いているようだった。繊一郎さんとエルディスは同門の忍者だ。
そのエルディスと、巷を騒がせているライルが、幼馴染で合流したとの情報が入っ
たのだ。これも伝記には、詳しく書いてあった筈なので、私達は驚かなかった。
「繊香(せんか)も、付いて行ってるようで御座るな。あの跳ねっ返りが。」
 繊香は、繊一郎さんの妹だ。後にエルディスと結婚するのだが、それを言ってし
まっては、無粋である。なる程。この時に、既にエルディスと行動を共にしていた
のか。結構勇気の要る行動だ。
「確か・・・僕らが、ルクトリアに着いた時に、サマハドールで、ヒルト王子との
再会をしていた筈。そこで、2万の軍勢のドランドル軍を倒している。」
 俊男さんは、現状把握を始める。確か、8千の軍勢で、2万の軍勢を破った事か
ら、人々の関心が大きく動いたのだ。サマハドールに群生している、幻覚草の煙を、
ドランドル軍に浴びせて、大混乱に陥れた後、ドランドル軍を包囲して、大勢は決
した。その後ドランドルは、ライルとの一騎打ちを申し入れて、ライルが勝ったと
言う。それはそれは、完全勝利だった筈だ。将が降るのを見て、ドランドル軍は、
ルクトリア軍として加わったのだとか。
「僕らが、ルクトリアで、瞬君達を探していた時に移動を始めて、セン・・・中央
大陸で、ルース軍との闘い・・・。これに勝利だっけ。」
 破竹の勢いで、進むライル軍に対し、ルース軍が迎え撃つ事になる。戦力は五分。
ルース軍は、アルドと言う人質を盾に、戦わされていた。激しい戦いの末に、ライ
ル軍が勝利する。軍の動かし方も、ルースは心得ていたのだが、ルース一人で、奮
闘するルース軍に対し、ルクトリア軍は、ライルを筆頭に、優秀な将がそれぞれ、
フジーヤと言う大軍師によって完璧な動きを演じたため、勝てなかったのだ。
 最後は、ルースの方から停戦を申し入れて、一騎打ちを望む。それに、ライルが
打ち勝ったのだとか。稀代の剣雄同士の闘いだったと言う話だ。
「そこで・・・話に出てきたのよね。恐らくは、兄様達の話。」
 私も、盲点だった。私が繊一郎さんと共に行動しているように、兄様達も、恐ら
く、英雄ライルと行動を共にしていたのだ。もっと早く気付くべきよね。噂で、素
手で戦う、凄い男女が居ると言う話だった。名前こそ広まってないが、華麗な拳技
で戦場を舞う、男女が居ると言う噂だった。
 噂のレベルではあった物の、私と俊男さんは、すぐに兄様達だと気付いた。
「あの瞬君とエリ姉さんが、静かにしている訳無いよねー。」
 俊男さんも、盲点だったらしく、頭を掻いていた。
「で、次の戦いの場が、恐らくプサグル・・・と、読んでる訳で御座るな。」
 繊一郎さんが確認する。その通りだ。伝記を信じるなら、『秩序の無い戦い』に
よって死んだ『炎』のバグゼル、ライルと戦った『荒龍』のドランドル、『疾風』
のルースが居なくなった今、プサグルを守るのは『雷』のジルドランだった筈だ。
彼が居るからこそ、プサグル王や、裏切り者であるカールスは、ルクトリアに、の
うのうと、居られるのだ。ジルドランは、根っからの将軍だ。恐らく、プサグルの
正面に広がる荒野で、正々堂々と戦う筈だ。
「ジルドランとの一戦・・・。一波乱ありそうだね。」
 俊男さんも警戒する。ハイム=ジルドラン=カイザード。彼は、不動真剣術と対
を成す天武砕剣術の免許皆伝だった筈だ。それだけに、実力も人望も圧倒している。
例え伝記では勝利と書かれてあっても、覆される可能性が無い訳じゃない。
 何せ、ジルドランとの一戦は、死闘だったと書かれていた筈だ。兄様が、巻き込
まれていたら、危険かも知れない。江里香先輩もね。
「波乱で、終わらせないわ。その前に見付け出しましょう。」
 幸い、まだ行軍中だった筈だ。
 見付かる・・・いや、見付ける!!


 天使達を倒した後、本当に色々な事があった。
 伝記に書いてあった事だが、快進撃を目の当たりにした。
 俺達は、只の手伝いと言う形で、行軍している。
 歴史を、変えてはならない。
 だから、俺達は、飽くまで手伝いと言う形で、ライルさん達の凄さを見た。
 力と言う点では、レイクさん達の方が上だ。
 だが、信念と技術の点では、ライルさんの方が上かも知れない。
 まぁ、俺達が居なくなった間にも、成長しそうだけどな・・・レイクさん。
 ライルさんと、ヒルトさんの邂逅。
 そして、ドルさんとの闘い。
 俺は、最後まで見届けただけだ。
 今じゃ、声を掛けられる存在だけどね。
 そして、ライルさんの親友、ルースさんとの戦い。
 その最中に、ライルさんの姉と親が、ルクトリアを脱出した。
 追っ手に捕まらない内に、俺達が保護した。
 その際、いざこざがあったが、仕留めて見せた。
 だが、ルースさんは、死への旅路に向かっていた。
 そこで、フジーヤさんが『魂流』のルールを、発動させたのだ。
 『魂流』のルール・・・つまり魂流操心術の事だ。
 俺達は、魂が戻ってくると言う奇跡を見た。
 その影で、フジーヤさんが喀血したのも、見逃していない。
 あの『ルール』は、人体に使うには、余りにも危険なのだ。
 フジーヤさんは、今まで戦乱で溜めていた魂の力を、全て使った。
 それでも足りなかったのだとか・・・それ程の術だったと言う訳だ。
 そのおかげか、ルースさんは、息を吹き返した。
 その時のライルさんの姉、アルドさんの喜びようを、忘れられない。
 ほんの2週間程で、色々な事があった。
 こっちの時代に来て、1ヶ月程になる。
 そろそろ学園は、始業式になるなぁ・・・。
 皆は元気かな?
 もしかしたら恵と俊男は、帰っちまってるのかもな。
「瞬君、浮かない顔ね。」
 江里香先輩が、気さくに声を掛けてきた。
「ハハッ。ちょっと今までの事を、思い出してただけですよ。」
 色々な体験をした。だが、次は・・・ジルさんとの対決・・・避けられるなら避
けたい。でも、今のルクトリア軍の状況では、そうも言ってられない。
「ジルドランさんって・・・良い人なの?」
 江里香先輩は、ジルさんに出会ってないからね。
「ティアラさんとサイジン君を見れば、分かるだろ?信念の強い人さ。」
 ジルさんとの対決に、心を痛めているのは俺だけじゃない。ティアラさんが、一
番痛めているのだ。さすがに、見てられないのか、ジルさんとの対決を前に、グラ
ウドさんをお供に、森の宿屋で泊まっていく事にしたのだとか。容態も余り好まし
くないらしい。心労のせいかもな。グラウドさんが用心棒なら、安心だな。
 俺も用心棒をしようと思ったが、俺には、ジルさんの戦いを見届けて欲しいと言
われた。俺は、悩んだ末に行軍しているのだ。
「伝記の通りなら・・・。ここでジルさんは・・・。」
 考えたくない。でも、歴史を変える事など出来ない。変えてしまったら、俺達の
存在その物が、怪しくなってしまうのだ。
「考えちゃ駄目よ。体にも毒だわ。」
 江里香先輩は、俺の口を噤ませる。確かに、その通りだな。
 ・・・?何だか騒がしいな。
「どうしたんです?」
 俺は、近くの兵士に、聞いてみる。
「怪しい者が、入り込んだとか。」
 兵士達は、警戒モードになっている。怪しい者?もしやカールス達の追っ手か?
「ライルさん達に知らせて!俺は、騒ぎの所に行く!」
 俺は、兵士達に言伝を頼むと、騒ぎの中心の所へと行く。
「うおぁ!こ、コイツら・・・化け物か!?」
 兵士達は、次々と吹き飛ばされていく。何だって凄いな。ここの兵士達だって、
激戦を潜り抜けた兵士だってのに・・・。
「人の話も聞かずに、襲い掛かるからよ。警戒するのは分かるけど・・・私は、話
をしに来たと、言ってるでしょう?聞こえないのかしら?」
 ・・・え?こ、この声・・・。ま、まさか!!
「暴れ過ぎだって・・・。ほーら。ますます警戒されてるよ?」
 こ、この声は!!この聞き覚えのある声は!!
 俺は、逸る心を抑えながら、前に進み出る。
「危ないですぞ!」
「いや、通してくれ!!俺の・・・知り合いだ!」
 俺は、兵士達に止めるよう合図した。そして、前に進み出る。
「や、やっぱり!!恵!俊男!!」
 俺は叫んでしまう。夢じゃないよな!!
「そ、そんな!夢じゃないのね!トシ君!恵さん!!」
 江里香先輩は、泣き出してしまう。
「ほーら、私の予想は当たったわ。兄様、江里香先輩。御機嫌よう。」
 恵は、とびっきりの笑顔を見せたまま、優雅に挨拶する。変わってねー!
「瞬君!エリ姉さん!やっぱり!!良かった!!」
 俊男は、喜びを、体いっぱいで表現する。
「良かったで御座るな!拙者も、案内のし甲斐があったで御座るよ。」
 おや?・・・この人、空手大会に居た人に、そっくりだな。
「どうしたんだ?・・・って繊一郎さん!?」
 エルディスさんが、この人を見て驚く。ああ。榊 繊一郎って、この人なのか。
そうだ。榊 総一郎さんに、そっくりなんだ。この人。
「あ、兄上!?」
 そうか。繊香さんの実兄だったよな。
「お久しぶりで御座るな。手荒い歓迎を受け申したよ。」
 笑って済ますなんて、豪快な人だなぁ。
「おい。どーーーー言う事だ。この騒ぎは。説明してもらうぞ。」
 後ろから、不機嫌な顔をしたフジーヤさんが出てきた。他の人も出てきたようだ。
ジルさんとの一戦を前にして、とんでもないサプライズだなぁ。
 俺は、関係者だけを集めて、テントに招いた。そして、俺達の事を話す。あっち
の事は、恵が纏めて話していた。聞けば聞く程、擦れ違っていた事に気付く。
「なる程・・・。これで揃った訳だ。」
 フジーヤさんは納得する。半信半疑だったようだが、これで一本線に繋がったよ
うだ。ライルさんなどは、目をぱちくりしていた。
「本当に、この軍に居るなんて、読み易いですね。兄様は。」
 恵は嬉しさからなのか、饒舌だ。しかし変わってねーな。・・・いや、少し柔ら
かになった感じはする。・・・俊男と、何かあったのか?
「まさか、兄上が、瞬殿の探し人と行動していたとは・・・驚きです。」
 繊香さんも、驚きを隠せないようだ。
「良い修行になったからで御座る。ここに居る2人は、拙者より強いで御座る。」
 繊一郎さんが、恥ずかしそうに頭を掻く。
「ほ、ほんとですか!?里一番の使い手の、繊一郎さん以上!?」
 エルディスさんは驚いていた。繊一郎さんは、凄いと聞かされてたしな。俺。
「間違いないで御座るよ。それに、そこの居る瞬殿は、この2人より、強いかもと
聞いておりますぞ?江里香殿も、相応の強さを、お持ちと聞いておりますぞ。」
 繊一郎さんは、尊敬の眼差しで俺達を見る。そんな事言われてもな・・・。
「1000年後ってのは、わけー奴らが、こんな強いのか。参っちまうぜ。」
 ドランドルさんは、首を竦める。
「それにしても・・・兄様が、今度闘うジルドランさんの家に居たなんてね。」
 恵が、意外な顔をしていた。そして、少し悲しそうな顔をしていた。
「ジルさんは、凄い人だったよ。俺は、あんなに忠義を尽くせる人を、見た事が無
い。強いと言う言葉以上に、鮮烈だった。」
 そう。俺は、あの人から学んだ事は多い。信念を貫くと言う事が、どれだけ凄い
力を生むか・・・俺は、あの人から感じ取ったんだ。
「僕は、パーズ王ショウさんとの出会いが鮮烈だった。あんなに、人を信じられる
王は居ないと思う。器の大きさを、感じたよ。」
 俊男は、パーズに居たんだっけか。貴重な体験だよな。
「私は、マレルさんね。貴女の優しさを、私は忘れない。」
 江里香先輩はマレルさんか。確かにマレルさんは、誰に対しても優しかったな。
「私は、繊一郎さんとレイホウさんかしら?繊一郎さんの強さを追い求める姿勢、
そして、レイホウさんの懐の深さは、私に迫る物がありますわ。」
 さすが恵。自分との比較だし・・・。恵が言うんだから、間違いないんだろうな。
「しかし、とうとう4人揃ったって事は・・・そろそろ帰るんだね。」
 ライルさんが、名残惜しそうにしていた。
「ま、そうですわね。でも、今すぐと言う訳じゃ御座いませんわ。」
 恵は、場を紛らわせる。上手いな。こう言う所は、尊敬してしまうぜ。
「ま、少し、気になる事も御座いますしね。」
 恵は、気になる事があるようだ。珍しいな。
「よーし!これで、話し合いの時間は終わりだ。明日は早い。良く寝ておくんだ!」
 フジーヤさんが、休むよう指示する。それには訳があった。今の話に加わってい
ないルースさんとアルドさんである。助かったばかりのルースさんは、まだ本調子
では無いのだ。アルドさんが、付きっ切りで看病しているのだ。
 そして、その後、俺達4人と、フジーヤさんが集まった。恵が呼んだのである。
 恵は、周りの様子を伺うと、誰も居ない事を確認して、テントの中に結界を張る。
これだけ警戒していると言う事は、何かあったのだろう。
「これが・・・結界か。なる程、怖いくらい静かだな。」
 フジーヤさんは初めて結界を味わう。不思議そうな顔をしていた。
「で、話は何?恵さん。」
 江里香先輩が話し掛けてくる。
「フジーヤさんは、明日の参謀よね?」
 恵は確認する。参謀と言う事は、指揮官に近い所にある。
「そのつもりだ。・・・明日の君達の参戦は、見送ると言う事だな?」
 フジーヤさんは、俺達の参戦を、見送ると口にした。
「そんな。ここまで来て!」
 俺は、この軍にずっと居る。だから、愛着も湧いていた。
「兄様。・・・貴方は、ジルドランさんを見て、平静で居られる?」
 恵は鋭い目で俺を見る。・・・そうか。気遣ってくれてたのか。
「恵の思ってる通りだ。恐らく、まともに見れないな。」
 俺は、ジルさんとの思い出が多い。だから、戦場でボーっとしてしまう可能性も
高い。そんな事になっては、却って足手纏いなのだ。
「任せておけ。今のルクトリア軍の指揮と戦力なら、勝たせる自信はある。」
 フジーヤさんは自信があった。それに俺達は、飽くまで手伝いなのだ。
「お気を付けて。俺は、どちらにも勝って欲しい。でも、やっぱり、この軍に勝っ
て欲しい。そう思っています。お世辞じゃあ無いです。」
 俺は、ジルさんが好きだ。だけど、プサグル軍は、間違っている。だから、ルク
トリア軍に勝って欲しい。歴史的に見ても、ルクトリア軍が勝った方が良い。だが、
その事実を抜きにしても、ルクトリア軍が勝った方が良いのだ。
「ありがとよ。俺への話は、ここまでだな?」
 フジーヤさんは、何かを察知したらしい。
「貴方ぐらい鋭い人が居ると、助かります。私達も必ず見届けます。だから、勝利
が貴方の手に渡る事を、祈ってますわ。」
 恵は、優雅にフジーヤさんを応援する。
「フッ。君なら、俺の代わりに、参謀が務まるくらいだ。参ったな。」
 フジーヤさんは、本気で、そう思って居るのだろう。
「じゃぁ、退散するとしようか。でも、勝手に戻るなよ?挨拶ぐらいさせろよ?」
 フジーヤさんは、俺達が勝手に去るのでは無いか?と見ていた。それに釘を刺し
たのだ。恵が頷くのを見ると、結界から出て行った。
「伝記の通り、鋭い人なんだね。」
 俊男は感心していた。フジーヤさんは、只者では無い。
「ま、あの人は、やっぱ、どっか違うぜ?」
 俺は、間近で見てきたからな。あの人とライルさんは、あの軍に、無くてはなら
ない人だ。二人が手を組めば、1万の軍に匹敵する。
「さて、ここからが本題よ。・・・兄様達は、4大天使を倒した?」
 恵が尋ねてきた。さっきの話には、4大天使の話は伏せておいたからな。
「ああ。確か・・・。」
「聖天使セラフィエルと、裁天使サタラエルとか、名乗ってたわ。」
 江里香先輩は思い出す。うーーーん。確かに、そんな名前だったな。
「なる程・・・。となると、4大天使のせいじゃないのですわね。」
 恵は、自分達も、槍天使ニケエルと、魔天使ベルゼールを倒した事を報告する。
俺達と同じように襲われたらしい。
「実は・・・今、この水晶を通じて、現世と、交信出来るのですわ。」
 恵は驚いた事を言う。
「ま、マジかよ!」
 俺は、驚きを隠せない。1000年後だぜ!?
「す、凄いわね。」
 江里香先輩も、興奮しているようだ。
「僕も最初は信じられなかったけどね。間違いないよ。」
 俊男も、交信したってのか。良いなぁ。
「私も驚きましたわ。あの桜川 魁さんが、『ルール』を発動して、私達を発見し
たらしいですの。」
 あの魁が!うわぁ・・・。すげぇアイツ。
「魁のルールは『探知』。1000年前すら見通す程の探知だったんだよ。」
 なる程。そうすりゃ、ファリアさんが作った、強力な魔方陣で、俺達との交信が
可能だったって訳か。場所さえ特定出来ればって事なんだな。
「だけど、今は、使えないのよ。・・・この一体には、妙な靄があるんですわ。」
 恵が、水晶玉を取り出す。何だか、濁ったような色をしている。
「この靄は、ずっと出ていたらしいよ。ずっと瞬君達の側に、あったらしいよ。」
 俊男が説明する。って事は、誰かが妨害してる可能性が高い訳だ。
「見張られてたのか?俺達は。」
 そう考えるのが自然だ。やはり、放置していた訳では無かったのだ。
「恵さん達が、交信取った時から、ずっとよね?いつ頃から?」
 江里香先輩が尋ねる。そうだな。いつ頃かは、気になる所だ。
「2週間くらい前ね。丁度ストリウスを出る前辺りよ。」
 恵が話す。2週間前って言ったら・・・フジーヤさんと行動を共にした時期だ。
「怪しい人とか、居たかしら?」
 江里香先輩には心当たりが無いようだ。
「伝記に居ない人が、怪しいわね。そんな人は居ないかしら?」
 恵は、消去法で考えろと言っていた。
「ジルさんは勿論、ティアラさんやトーリス君は、史実でも、避難していた筈だ。
俺達と一緒にルクトリア軍に付いて行ったけど、今は、宿に居るし。」
 俺は見当も付かない。フジーヤさんだって、猿のスラートだって史実に居た筈だ。
「マレルさんだって、グラウドさんだって、居たわ。それに修道長も、史実の人の筈
・・・。ドランドルさんやルースさんが、仲間になったのだって・・・。」
 江里香先輩は、そこでハッと気付く。
「・・・ま、まさかね。」
 江里香先輩が冷や汗を掻き始めた。
「気になるのなら、教えて下さる?」
 恵は、見逃さなかった。
「・・・。」
 江里香先輩は恵に耳打ちする。どうやら、心当たりがあるようだ。
「・・・五分五分ね。・・・信じたい気持ちは、あるでしょうけど、聞いてみる他
無いわ。信じたいなら、聞くしかない。って感じでしてよ。」
 恵も苦しそうに呟く。江里香先輩が、苦しむかも知れないと考えているからだ。
「私から聞くわ。・・・逃げちゃ駄目よね。」
 江里香先輩は覚悟を決めていたようだ。一体、何だったんだろうか?
「俊男さんに兄様は、私と一緒に、江里香先輩の護衛よ。」
 恵は、江里香先輩に、一任するようだった。
「ま、考えがあるんでしょ?任せるよ。」
 俊男は、恵と江里香先輩を、信じる事にしたらしい。
「しゃあねぇな。任せたぜ?」
 俺も渋々付いていく事にした。江里香先輩が考えた人物って、誰だろう?
 恐らくは、俺も知っている人物に違いない。


 終焉は、すぐだった。
 史上最高と言われる頭脳を持つ軍師と、最高の剣術が相手なのだ。
 プサグル四天王などと呼ばれ、その中でも随一の強さと言われるジルドラン。
 そのジルさんでさえも、ルクトリア軍には、勝てなかった。
 今のルクトリア軍には、プサグル四天王が、2人も居るのだ。
 それでも善戦したのは、単に、ジルさんの強さ故だろう。
 『雷』のジルドランは、その名に恥じぬ闘いをした。
 ジルさんは劣勢を感じ取ると、休戦を申し込んで、決闘を申し込んだ。
 ジルさんが勝利した場合、そのままプサグルに帰ると言う条件付だ。
 もう、それくらいしか手が無かったのである。
 優勢だったルクトリア軍だが、その決闘を受けた。
 そして、行われたライルさんとジルさんの闘いは、苛烈を極めた。
 どちらも、最高の剣術を継ぐ者の一人だ。
 だが、ライルさんが、辛くも勝利する。
 そして・・・。
「我が剣は折れた。我が命と引き換えに、我が兵士達を、この軍に加えてくれ。」
 ジルさんは、最後まで兵士の事を思っていた。残された兵士達は、このままでは
敗者の負い目を追う。そのまま帰ったとて、プサグル王からの手厳しい粛清が、待
っているのだ。それだけは、させぬと思っての手だろう。
「ふ・・・。私では、時代を担えなかった・・・。さらばだ。」
 ジルさんは、そう言って倒れた。歴戦の勇将ハイム=ジルドラン=カイザードの
勇姿が、ここに極まった。
「ジル・・・。馬鹿野郎が!!お前、頭硬過ぎなんだよ!!」
 ドルさんが怒っている。元四天王として、辛かったのだろう。
「兵士達よ。ジルドランの意志を汲み、我が軍は、お前達を受け入れる!だが、不
満を持つ者も居よう!その者は、自由に去るが良い!」
 ルクトリア王子のヒルトさんが宣言した。すると、少数がぞろぞろと去っていっ
た。残りは、このまま国に帰る事が、出来ないと考えている者なのだろう。
「では、プサグルを、解放しに行くぞ!!」
 ヒルト王子は、号令を掛ける。するとフジーヤさんが、俺達に目配せする。
 俺達は、目立たないようにジルさんを運び出す。
 そう。ジルさんは、まだ死んでは居ない。俺達は、それをフジーヤさんに伝える
と、回復させるように指示したのだ。軍人として、ジルさんを見逃す訳には行かな
いが、人としては、惜しいと思ったのだろう。俺達の想いも聞いてるフジーヤさん
は、一計を講じたのだ。
 そして、俺達一行は、一旦、ここで別れる事になった。ライルさん達は、次の戦
いに、備えなきゃならない。俺達は、それとは別に、帰るための闘いをしなくちゃ
ならないからだ。帰る時には報せるが、それまで別れる事になった。そして、俺達
が、まず行かなくては、ならない場所があった
 そう・・・。ティアラさんが泊まる森の宿屋だった。戦が終わった事を、告げな
ければならない。ジルさんは無事だ。だが、それを、知られてはならない。
 俺達は、江里香先輩が、茂みの中でジルさんを介抱してる間に、森の宿屋へと入
っていった。そして、俺と恵が、ジルさんは死んだと、伝えなければならない。じ
ゃないと、歴史が変わってしまうからだ。
「兄様。残酷なようですけど、割り切って下さい。」
 恵が囁いてきた。分かってる。こうしなきゃ、ジルさんが生き残る道は無いのだ。
 俺達は、ティアラさんの部屋の扉を叩く。
「・・・誰だ。」
「瞬です。グラウドさん。」
 俺は答える。
「・・・終わったのか?・・・入れ。」
 グラウドさんは、静かに招き入れる。
「失礼します。」
 俺達は、ティアラさんの病気に障らないように、静かに入る。
「・・・ティアラさんの容態は?」
「正直良くない。パーズの寺院に連れて行くつもりだ。良い僧侶が居るからな。」
 グラウドさんは、もう支度を始めている。
「分かりました。では、私と兄様が、ティアラさんを運び出します。」
 恵は、慣れた手付きで、ティアラさんを毛布で包む。
「兄様。背負って。」
 恵の言われた通り、ティアラさんを背負った。・・・軽いなぁ。
「よし。そっちは頼んだ。俺は馬車の用意をしてくる。・・・結果は・・・後で聞
く。今は、急ぎだからな。」
 グラウドさんは、馬車の用意をしに行った。俺達が、間に合ったのは偶然かも知
れない。いや、運命かも・・・な。
「・・・ティアラさん、良く聞いて下さい。」
 恵は、ティアラさんに話しかける。
「夫は、死んだのですね?」
 ティアラさんは、目を伏せる。感じ取っていたのだろうか?
「・・・良く聞いて下さい。大事な事です。」
 恵は、有無を言わさない目をしていた。
「ジルドランさんは、生きています。・・・そして、貴女の病気を治す方法が、賭
けでは、ありますが・・・あります。」
 恵は、ティアラさんが、何かを言おうとしたのを察して、口を噤ませる。
「・・・しかし、それには、サイジンさんを、グラウドさんに預けなければ、なり
ません。」
「・・・そんな・・・。何を言って!」
 ティアラさんは反論しようとするが、恵は、強く睨み付ける。
「聞いて・・・。ティアラさんも、ご存知のように、私達は歴史を知っています。
ここで、ジルドランさんも、貴女も・・・亡くなる事になっています。すると、誰
が、サイジンさんの世話を?」
 恵が問い正す。思い浮かぶのは、ティアラの容態を案じているグラウドさんだ。
「その通りに運ぶのは、容易い事でした。でも、私達は、兄様のお世話をした貴女
達を、見過ごすなんて、真っ平なんです。困難な道を選びたい。」
 恵は、俺の気持ちを、代弁してくれた。
「サイジンさんには、しばらく会えない。けれど、ご安心して下さい。サイジンさ
んは、歴史に、その名を残す程の素晴らしい活躍をします。必ず貴女達の耳に入る
くらいにです。そして、その後・・・ひっそりと会いに行けば良いと思っています。」
 恵は、それまで会うなと、言っているのだ。
「・・・どのくらいなんでしょう?」
「お辛いでしょうが、25年程です。場所は、後でお教えします。」
 恵は、既に手を打ってある。さすがだ。
「だから、貴女は、ジルドランさんが死んだと言う訃報を聞いて、グラウドさんに
サイジンさんを、預ける遺言を・・・言って下さい。」
 恵は辛そうな顔をする。いくら芝居とは言え、遺言を言えと頼むのは、嫌なのだ
ろう。だが、それ以外に、彼女が助かる道は無い。
「再び・・・会えるのですね。しかも、この病が治って・・・。」
 ティアラさんは決意の目をしていた。詳しい事は分からないが、藁にも、縋りた
いと言う想いだったのだろう。
「病の完治は賭けです。ですが、成功したら、会えます。」
 恵は、断言した。こういう所は、見習わないとな。
「・・・分かりました。一度は死んだと思っている身。それくらいの芝居はします。」
 ティアラさんは、了解したようだ。そして、了解を取り付けると、丁度、馬車の
用意をしたグラウドさんの所へ着いた。
「よし!早く馬車へ!!」
 グラウドさんは、急いでいた。俺達も乗り込む。サイジン君は、既に入っていた。
 江里香先輩は、ジルドランさんの回復。そして俊男は、その護衛、及び俺達が、
今、ティアラさんにした説明をジルドランさんに説明する手筈になっている。
「アイツも馬鹿だぜ・・・。部下の命と引き換えに、命を懸けるなんてよ・・・。」
 グラウドさんは舌打ちする。ジルさんは、人が良過ぎるからな。
「アイツは、自分が死んだ時、周りが、どう思うか考えてねぇ・・・。」
 グラウドさんは、ジルさんの弱点を言う。
「ジルは、滑稽な程、真面目なんですよ。」
 ティアラさんは、弱った声で言う。実際、病は進行しているのだ。本当に苦しい
のだろう。俺の手で助けるまで、油断は出来ない。
 そのまま、深夜まで馬車を飛ばさせた。それぞれが仮眠を取りながら、交代でテ
ィアラさんを看る。・・・苦しいだろうけど、パーズ近くまで耐えてくれるように
ティアラさんには、言ってある。
 やがて、その時が来たようだ・・・。
「ゴフッ!!」
 ティアラさんは、喀血する。その音を聞いて、グラウドさんは馬車を止めるよう
に言う。そして、柔らかな毛布を何重にも掛けてやる。
「おい。しっかりしろ!」
 グラウドさんは、ティアラさんを抱き上げる。その様子をサイジン君は、ジーっ
と見ていた。・・・伝記の通りだ。
「・・・グラウド。貴方のご厚意には、感謝します・・・。」
 ティアラさんは、本当に苦しいのだろう。・・・我慢してくれ!
「そんなんじゃねぇ。アイツとの約束さ。」
 後で聞いた事なのだが、グラウドさんは、ジルさんから、ティアラさんの事を、
頼まれていたようだ。俺たちが離れていた間、そう。宿に泊まっていた時に、ジル
さんが、お忍びで来て、頼みに来たのだと言う。
 ジルさんは、独自にティアラさんの事を、見舞っていたのである。
「しかし、私は、もう何の薬も効きません。」
 ・・・そう。効かないのだ。ティアラさんの薬は、もう進行を止める事すら出来
ていない。病状は、深刻だった。
「弱気になるんじゃねぇ!ティアラが死んだら、サイジンは、どうなる!」
 グラウドさんは、サイジン君を指差す。・・・グラウドさんは、ティアラさんの
事が、好きだったのだろうな。本当の夫のように、心配している。
「サイジン・・・。この子は、あの人の子・・・。絶対、強くなります。」
 ジルさんの子。そうだ。サイジン君は、強くなる。それこそ伝記に名を残す位に。
「もう少しじゃねぇか!パーズの寺院に行けば、良い僧侶が居る筈だ。お前の病気
だって、治る筈だ!」
 グラウドさんは、賭けていたのだ。ティアラさんが治る可能性。その全てを。
「グラウド。私の病気は先天性だったのですよ。この子が産めただけでも、奇跡な
のです。分かっているでしょう?」
 産んだ時も、大変だったらしい。その後、解熱剤を、大量に投与したとか。
「あんまりじゃねぇかよ・・・。アイツは、死んじまうし、その上、アンタまで死
んだら、サイジンは、どうなっちまうんだよ!」
 グラウドさんは、ジルさんは、戦場で死んだと思っている。
「あの人は、自分の役目を果たしたのです。そして、私はこの子を産めた。私も役
目を、果たしたのでしょう・・・。」
 ・・・ここは、伝記とは違う。本来ならば、ジルさんは、瀕死の重傷を負いなが
ら、あの宿まで来ていたのだ。そこで、一時回復するのだが、プサグルの解放を見
て、今までの行為を恥じて、自害してしまうのだ。今は瀕死の重傷ながら、江里香
先輩が治している最中だ。だが、辻褄が合わなくなった訳じゃない。大丈夫だろう。
「死ぬな!死ぬんじゃねぇ!何が奇跡だ!だったら、お前の病気を治せってんだよ!」
 グラウドさんは涙を流している。・・・申し訳ありません。ここでサイジン君を
貴方に預けないと、歴史が、変わってしまうんです・・・。
「・・・申し訳ありません・・・。グラウド。貴方に頼みがあります。」
 ティアラさんは、言うつもりだ。
「何でも言ってみろ!」
 グラウドさんに、迷いは無い。
「この子を・・・サイジンの引き取り手を、探して下さい・・・。」
 ティアラさんは、敢えて、そう言った。しかしグラウドさんは、探さないだろう。
「・・・分かったよ・・・。」
 グラウドさんは、もうティアラさんが、助からないと思っているのだろう。
「私は・・・幸せでした・・・。ジル・・・。貴方の元に・・・。」
 ティアラさんは、そう言って、血を口から垂らして、力が無くなる。
 すっげぇ・・・。あれ、本当に演技かよ?
『・・・本気よ。恐らく、本当に気絶したのよ。』
 恵が耳打ちしてくる。そうか。それくらい、やらなきゃ駄目って事か。
「・・・くそ!!ちくしょう!!」
 グラウドさんは、荒れ狂う。好きだった人の死を看取る。これ程、辛い物は無い。
「そんな・・・。ティアラさん・・・。」
 恵が、ティアラさんに、抱きつくように泣く。・・・あ。地味に脈取ってる。
「くそ!くそ!!ティアラさんまで!!」
 俺も、本当にティアラさんが死んだと思いながら言う。じゃなきゃ失礼だ。
「・・・仕方なかったのかもな・・・。」
 グラウドさんは、悲しみのためか、肩を落とした。
「・・・おい。馬車は引き上げだ。」
 グラウドさんは、馬車の運転手に、引き返すように言う。
 そして、今まで来た道を引き返した。その間、グラウドさんは、打ちひしがれた
ままだった。そして、ティアラさんも、身動き一つしなかった。
『やばいわ。鼓動が、少なくなってる!』
 恵は、耳打ちする。それでは、ティアラさんが、本当に死んでしまう!
 だが、ティアラさんは、必死なのだ。歴史が変わらぬよう、その上で、自分を賭
けている。病は、本当に進行しているんだ・・・。
 やがて、見晴らしの良い丘の上を選ぶと、グラウドさんは、そこで止めるように
言う。途中で、棺桶まで買ってきていた。
「瞬。悪いが、掘るのを手伝ってくれ・・・。」
 グラウドさんは、悲しくても、やるべき事はやるつもりだ。ティアラさんに、立
派な棺桶を買ってきて、自分で、墓を作るつもりなのだ。
「・・・辛いですね。知っている人の、墓を作るってのは・・・。」
 俺は、本当にそう思った。こんな想いは、したくない。爺さんと婆さんの墓を作
った時、俺は、本当に辛かった記憶がある。
「ああ。これだけは、慣れねーよ。いつまで経ってもな。」
 グラウドさんは、いくつも墓を作ってきたのだろう。作業が早い。
 そして、恵は、棺桶にティアラさんを入れる用意を手伝う事になっている。そこ
に、重さが同じで、そっくりの人形に入れ替える手筈になっている。グラウドさん
は、穴を掘るのに夢中で、馬車の中は、恵一人だ。やるなら今しかない。サイジン
君にも一応、見せないと言っていた。今、その作業中なのだろう。
 そして、恵は泣きながら、棺桶を運んでくる。そして、俺に目配せした。
 それは、成功したと言う合図だ。しかし、予断は許さないらしい。恵にしては、
珍しく、冷や汗を掻いている。
「・・・ご苦労だったな。」
 グラウドさんは、そう言うと、棺桶を静かに墓穴に入れる。そして、涙を見せな
がら、棺桶の蓋を閉じる。・・・気付かれてない。成功だ。
 そして、上から土を被せる。かなり立派な墓が、出来上がった。
「今は、これで我慢してくれ。その内、立派なのを買ってやる。」
 グラウドさんは、木で十字架を作ると、それを墓穴の上に刺す。
「・・・終わっちまったな。・・・空しい物だ。」
 グラウドさんは、一息吐く。
「俺は・・・ジルさん、ティアラさんを、忘れません。絶対に!」
 例え、本当に死んでいたとしても、俺は、忘れないだろう。
「ああ。そうしてくれ。アイツらも喜ぶ。」
 グラウドさんは、薄く笑う。
「サイジンの事なんだがな・・・。俺が、引き取る事にする。」
 グラウドさんは、決意を持った目で言った。
「・・・そうですか。」
 俺は、同調だけした。
「フッ。やっぱ知ってやがったか。俺が、引き取るって事を。」
 グラウドさんは、俺たちの顔に、驚きが無い事を悟った。変に驚いて見せても、
無駄だ。グラウドさんは、俺達が未来から来てるのを、知ってるのだ。
「こうなりたくなかった。・・・でもサイジン君は、グラウドさんの姓で生きてい
くのですから・・・。」
 俺は神妙な顔で言う。そう。それは、決められている事だった。
「こうしたくなかったって思ってくれるだけで、十分だよ。何もしなかった訳じゃ
ない。お前らは、結構尽くしてくれたからな。」
 グラウドさんは、俺達が、影で回復させていたのを知っている。寿命も延びたの
かも知れない。・・・まぁ、まだ本当は、死んでいないのだが・・・。
「お前達は・・・そろそろ探しに行くのか?帰る途を。」
 グラウドさんは、悟っていた。俺達が、そろそろ4人で合流して、元の時代に戻
ろうとしている事を。
「はい。実は、俊男と江里香先輩が、待っています。」
 グラウドさんに、その事を告げる。
「そうか。なら、俺は、ここでお別れだ。パーズの実家にサイジンを預けて・・・
戦線に戻らなきゃいかん。ルドルフを、止めにゃならない。」
 グラウドさんは、プサグル王の名前を言う。いつまでも戦線に居ないのは、拙い
と思っているのだろう。
「分かりました。・・・本当に、ありがとう御座いました。俺、貴方との修練、絶
対に忘れません。貴方も、忘れないで下さい。」
 俺は、グラウドさんと握手する。
「短い間でしたけど・・・楽しかったですわ。」
 恵も握手する。お互い分かっているのだ。グラウドさんとは、ここでお別れだと。
「お前らの時代・・・良くなる事を祈ってる。・・・頑張れよ!!」
 グラウドさんは、そう言うと、馬車に乗り込む。そして、サイジン君とグラウド
さんを乗せた馬車は、遠ざかっていった。これが、グラウドさんとの今生の別れだ。
「・・・本当に悪い事をしたわ・・・。」
 恵は、涙を抑え切れなかった。グラウドさんは、ティアラを埋葬したと思ってい
るのだ。騙したのである。恵は、一番憎むべき事をしてしまった後悔があった。
「俺も自分を初めて恥じる。でも、その後の事を考えなきゃならない。」
 俺は、恥じるが納得している。歴史を捻じ曲げずに2人を生かす方法は、もう無
いのだ。なら、やるしかない。
「・・・ティアラさんは、鼓動が止まる寸前ですわ。急ぎましょう。」
 恵が小型の結界を作ってある所を指差す。そこには、隠してあったティアラさん
が居た。俺は、素早く背負うと、約束の場所まで走る。ここから、そう遠くない場
所だ。確か、廃屋がある筈だ。山の中で、探索中に見つけた物だ。
 絶対に助けなきゃならない。



ソクトア黒の章3巻の6後半へ

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