2、生活  そう言えば・・・私の、元の家は、どうなったのだろうか?  士曰く、処分したとの事だったが・・・。  正直、思い入れは無い・・・けど。  生まれた家だしなぁ。  一度くらい、行ってみたいかもね。  そう言えば・・・従姉妹は、元気だろうか?  私には、お姉ちゃんが居た。  他の従兄弟は、皆、変に格好付けてるばかりだったけど。  お姉ちゃんだけは、優しかったなぁ。  お姉ちゃんには、会いたい。  ・・・けど、無理だろうなぁ。  私の暗殺を頼んだのは、お姉ちゃんの、お父さんだ。  お姉ちゃんは・・・私の両親の葬式で、本気で泣いてくれた。  なのに、お姉ちゃんのお父さんは、私を狙う。  当時は、何でか分からなかった。  でも、今なら、何となく分かる。  お姉ちゃんに、継いで欲しかったんだ。  だから、伯父さんは、私を狙った。  『ダークネス』の人斬りを頼んで・・・。  でも、士が、全て、ぶち壊しにしたんだ。  士に、そのお姉ちゃんの事を話したら・・・苦い声で、こう言った。  ストリウスに、追放されたと。  だから、お姉ちゃんには、会えない。  もう、一生会う機会が、無いかも知れない。  お姉ちゃんは、その後、ストリウスの店で働いていた。  そして、お客とのトラブルで、『絶望の島』に入れられたらしい。  お姉ちゃんは、無事な筈だ・・・そう思いたい。  でも、お姉ちゃんは、優しいからなぁ・・・。  そんな・・・遠い思い出を・・・最近、良く見る。  私は目が覚めた。 「・・・ああ・・・またカ・・・。」  私は、呟く。そう。お姉ちゃんの夢を見た。 「・・・起きたか?魘されてたぞ?」  私の隣で、士が心配そうにしていた。私が魘されてたのを見て、手を握ってくれ たのだろう。士は優しいね。 「大丈夫ネ。・・・いつもの事ヨ。」  私は、いつしか、お姉ちゃんの夢を良く見るようになった。 「済まんな。あの時は、アレしかないと思っていた。」  士は、謝ってくる。アレとは、私の伯父を殺した事だ。私を殺せと依頼した伯父 を殺した事だ。その事をセントの役所に届け出た事で、お姉ちゃんは、ストリウス に追放になったのだ。私は、恨んでなどいなかった。私を助けるには、それしかな かったのだろう。お姉ちゃんの性格の事まで、士は知らない。そして・・・お姉ち ゃんは、3年前に『絶望の島』に送られたと、知った。 「良いのヨ。もし・・・会う事があったら、一緒に謝れば、良いヨ。」  私は、お姉ちゃんに謝りたかった。伯父は、私の命を狙っていたが、お姉ちゃん が、それを知っていたとは、思えない。 「・・・そうか・・・。俺のせいなのに・・・って、言うのは、野暮だな。」  士は分かっている。変に、自分のせいだと思い込むのは、私の負担になると。 「そう言う事。私が謝りたいから、謝るのヨ。」  お姉ちゃんは、苦しんでいるのかも知れない。そう導いたのは、私と士だ。 「謝れる事を、祈っている。」  士は、お姉ちゃんが死んでいるかも知れないとは、言わない。『絶望の島』送り になった者は、死んでも、おかしくないのだが、それを、決して口にしない。  士は、私が着替えている間に、朝食を作っていた。この匂いは、味噌汁に、白い ご飯に目玉焼きに鮭の塩焼きだ。昨日の夕食の、鮭の塩焼きを温めたのだろう。 「朝食が、出来たぞ。」  士は、味噌汁とご飯を盛ると、私と士の椅子の前に、並べ立てる。 「んー・・・。ガリウロルの朝食ネ。」  私は、ガリウロルの朝食が好きだった。栄養バランスも、悪くない。 「センリンが作ると、パン食に、成りがちだからな。」  士は別に、パンが嫌いなのでは無い。だから、私が作る時は、文句一つ無く食べ る。ただ、私が、このガリウロルの朝食が気に入っていた。白いご飯の味が、好き になってしまったのだ。 「今日の朝に、出来上がるように電子釜をセットしておくと、便利だよネ。」  最近の技術は、進んでいて、電子釜をセットしておけば、朝に起きるのと同時に、 ご飯が炊き上がると言う寸法だ。便利に、なった物だ。 「セントに住んでいるんだ。これくらいの恩恵は無いとな。」  士は、セントの仕組みについて、文句を言う事は無い。利用出来る物は、出来れ ば良いと言う考え方だ。ゼハーンさんは、割り切れないかも、知れないけどね。 「いやぁ、朝起きて、ご飯が食べられル。幸せな、ひと時ネ。」  私は、手早く着替えを済ませて、自分の椅子に座る。士も、並べ終わったのか、 自分の椅子に、座っていた。 『戴きます。』  二人して、声を合わせて朝食を戴く。これは、嬉しい瞬間だ。 「今日の目玉焼きは、半熟具合が、バッチリネ。腕を上げたネー。」  私は、料理のチェックをする。切り盛りしてる分、私の方が、料理の腕は上だが、 最近は、士も、侮れない程、腕を上げて来ている。器用だ。 「時間を覚えたからな。抜かりは無い。」  さすが士だ。覚えた事は、忘れない。 「しっかし・・・賑やかになったヨ。」  私は、3階の住人の事を言う。いつの間にか、3人も住み着くとはね。 「フッ。信用に足るかは、これからだがな。手合わせして、確かめるつもりだ。」  士は、あの3人との手合わせを、楽しみにしている。私もだ。今日辺りから、手 合わせをすると、言ってある。 「私も、負けてられないヨ。」  士との手合わせでさえ、付いていくのが、やっとなのになぁ。 「ま、無理はしなくて良い。日に日に、腕は上がってるんだ。焦らなければ、必ず 強くなれる。強さとは、そう言う物だ。」  士は、強さを語る時は、至って真面目だ。それだけ、私にも、期待してるんだろ う。その期待に、ちょっとは、応えないとね。 「了解だヨ。・・・そう言えば、下の3人は、朝食を取ってるのカ?」  私は、素朴な疑問を尋ねてみた。 「・・・一応な。」  士は、呆れた様な口調で言う。 「ゼハーンくらいしか炊事が出来ないようなのでな。毎日作っているそうだ。」  ありゃりゃ・・・。そりゃ可哀想に。 「せっかく、一緒に住んでるんだし、呼ぼうカ?」  私は、朝食で、元気を貰うタイプだ。下の3人が、可哀想になった。 「まぁ、ゼハーンも四苦八苦してるようだしな。メシ時くらい誘うか。」  士は、下の様子を知っているのだろう。この口調じゃ、マトモな飯を食べてない んだろうなぁ。 「4階に、誘おうカ?」  私は聞いて見る。4階なら、丁度、間だし・・・。 「あー・・・。4階は、止めた方が良いな。」  士は、バツが悪そうにしていた。 「・・・本当に、仕掛けたノ?」  私は呆れていた。士は、ジャンさんの夜這い防止だと言って、ジャンさんが上が ってくるようだと、反応するように4階に結界を仕掛けていた。霊王剣術の必殺の 結界らしく、何でも、次元を操作するような高度な結界らしい。夜の間だけ、作動 するのだが、下手に、行かない方が良い。 「ま、奴には、忠告してあるしな。」  士は、こう言う時すら容赦無い。過保護よね。 「分かったネ。じゃ、店で対応だネ。」  店なら、調理道具も揃っているし、やり易い。 「全く・・・。依頼人として、金をもらってるゼハーンに作らせるとか、図々しい 奴らだ。作れないなら、対応しないと、ゼハーンに失礼だ。」  士は、ショアンさんとジャンさんの対応に、呆れていた。2人共、組織から朝食 が配膳されていたらしく、やった事が、無いのだとか。  ショアンさんとジャンさんは、臨時で滞在を許したので、まだ、お金を貰ってな いのだ。士は、その内、仕事を手伝わせて、チャラにすると言っていた。 「まぁ、私達が作っている、延長線上で良いネ。」  私達の生活リズムは変わらない。2人分を、5人分にするだけだ。種類が増えな ければ、そこまで、苦になる事も無い。 「当然だ。食わせるだけ、有難いと思ってもらわなきゃ、困る。」  士は、楽しそうに笑う。士って、案外、料理好きっぽいのよね。 「ジャンとショアンは、夜は、コンビニの弁当を買っているらしいからな。」  あちゃー・・・。それじゃ栄養も、偏っちゃうなあ。 「やっぱ、やるしかないネ。」  ジャンさんも、常連時代、事ある毎に来ていたから・・・作れないんだろうなぁ。 まぁしょうがない。作ってあげるしかない。  私達は、朝食を食べ終わって、3階に移動する。すると、ゼハーンさんが、頑張 って作ったソーセージの炒め物と、ゆで卵と、パンがあった。しかし、手が掛から ない朝食である。これじゃ元気が出ないな。 「ぃよーう!お二人さん。おっはー。」  ジャンさんが、朝食を、つまみながら、挨拶をする。 「おはようで御座る。」  ショアンさんも、挨拶する。 「お早いですな。」  ゼハーンさんも、挨拶してきた。 「ゼハーンは、頑張ってるようだな。ゼハーンは。」  士は、早速、嫌味を言う。まぁ、この現状じゃあねぇ。 「お恥ずかしい・・・。」  ショアンさんは、ゲンナリしている。何にも出来ない自分を責めてるのだろう。 「悪いねぇ・・・。俺も、覚えときゃ良かったよ・・・。」  ジャンさんも、気にしているようだ。 「そう言うな。それに、これくらいで、礼を言われてはな・・・。」  ゼハーンさんも、恥ずかしそうにしていた。簡易的な朝食だからだろう。 「聞いては、いたけど・・・。これじゃ、元気が出ないヨ。」  私も呆れていた。この現状じゃ、栄養も、偏り兼ねない。 「そこで、貴様らに提案がある。センリンと俺が、飯は、何とかしてやるんで、明 日から、飯時は、集まるように。」  士は、ニヤニヤしながら言う。容赦無いなぁ。 「ま、そう言う事ヨ。見てられないネ。」  私も同調する。この現状じゃあねぇ。 「ま、マジで!?それ、めっちゃ有難いんだけど!」  ジャンさんは、目を輝かせている。オーバーな人だ。 「正直、助かり申す・・・。現状のままでは、どうしようかと・・・。ゼハーン殿 に悪くて・・・。さすがにな・・・。」  ショアンさんは、気にはしていたようだ。コンビニ飯とコレでは、元気も出ない。 「忝い。私からも頼む・・・。」  ゼハーンさんも、限界だったみたいね。こりゃ、腕の振るい甲斐がある。 「ハッハッハ。有難がれ。」  士は、楽しそうにしていた。とことん容赦無い。 「士殿は、料理が出来るのですか?」  ショアンさんが、聞いてきた。 「こう見えて、ガリウロル食は、私より上ヨ。仕込みは、士がやってるネ。」  私は包み隠さず言う。何せ、店でのガリウロル食の仕込みは、士が、やっている 程だ。仕込みの上手さは、私より上だ。 「マジかよ・・・。そりゃ、すげぇよ!魚料理の仕込みとか、ほとんど士さんだっ たのかよ!・・・俺、マジで尊敬しちゃうぜ。」  ジャンさんは、良く通っていたから、仕込み料理の美味さを知っているのだろう。 だから、士が、どれ程の腕前なのか、分かったようだ。  無論、最初から凄かった訳では無い。最初は、酷い物だった。だが、生活が必要 だと分かったのか、黒小路家のレシピを持ってきて、作り始め、いつの間にか、プ ロ級の腕前になっていた。私は、それを交代で、手伝っている内に覚えたのだが、 本格的にやって見ると、中々面白かったので、覚えたと言う感じだ。最も、店が出 来ると思ったのは、懇意にしてる情報屋に、料理を振舞った時に誉められた事が、 きっかけだったが・・・。今では、やって良かったと思っている。 「これで・・・食の問題は解決・・・素直に、嬉しい物だ。」  ゼハーンさんは、結構、負担になっていたらしい。失礼な事をした。 「その分、仕事と修練で、返してくれれば良い。楽しみにしている。」  士は、本気で、そう思っているのだろう。あんなに楽しみにしているとは・・・。 ちょっと複雑だ。私では、修練に付いて行けないからだろうか? 「おいおい。センリンの修行が、もっと捗るから、楽しみにしてるんだぞ?」  士は、私の雰囲気を察したのか、小声で教えてくれる。優しいなぁ・・・。  私も、レベルアップするためか。そうだよね。頑張るしかないなぁ。  この感覚・・・久しぶりだ。  手合わせをして、強くなっていく感覚。  そして、相手も強くさせている感覚。  この感覚だけは、格別だ。  修練と実戦を繰り返す事で、人は強くなれる。  人だけでは無い・・・シャドゥも、そうであった。  1000年、ただ、島を守っていた時より、実力が、増したと言っていた。  私とレイクも、切磋琢磨しあって、互いに、強くなった。  そして、私の挑発の甲斐も有って、レイクは、光り輝き始めた。  だが、それで、終わらせるのは、勿体無い。  私が、もっと高い壁に、なってやらねばならない。  技量では、まだ私の方が上だろう。  実力を上げねばならない。  幸いにも、ここに霊王剣術の使い手まで居る。  私の実力を、アップさせるチャンスだ。  それにしても・・・強い・・・。  私も、強さには自信があったが、ここに居る者は、強いな。  技量では、私が一番かも知れない。やはり、不動真剣術と、天武砕剣術を両方使 えるのが大きく、あらゆる場面で、対処出来るよう、自分を鍛え上げたつもりだ。  だが、動きの鋭さでは、断然、士だ。切り込みの速さ、隙の無さは、恐ろしい物 がある。それに加えて、霊王剣術で、対処をする時は、何をやっても返されると思 わせるような、雰囲気まで身に付いている。士とは、五分五分の成績だった。  驚いたのは、センリンだ。女性だと思って甘く見ると、速攻で一本取られる。動 きが、変幻自在なのだ。棒を縦横無尽に使って、移動しつつも、攻撃と防御を、兼 ね備えた動きをしてくる。それに、士の相手をしていたとだけ有って、時折、光る ような動きをしてくる。コレには参った。  ショアンは、『剛壁』と言う異名を持っているだけあって、守りは堅い。彼が使 うのは、矛なのだが、洗練された槍術に、我流も加わって、意表を付いてくる動き をしてくる。間合いに広さも幸いして、中々懐に入れない。参考になる動きだった。 ただ、攻めの方が、まだ洗練されていない。それが、ショアンの課題だった。  そして、ジャンだ。普段は、おちゃらけているが、いざ手合わせとなると、凄い 動きをしてきた。彼は、短剣使いらしく、とにかく攻めが早い。踏み込んだと思っ たら、2撃同時に繰り出してくる程、速い。だが、守りが疎かになりがちだ。彼自 身も、そこが課題だと、言っていた。  全体的な勝率では、私と士が競っている程高く、他の3人は、それぞれ、凄い動 きをした時だけ、勝てると言った所だ。たまに、意表を突いて来る時に、一本取ら れる。実力も、そう劣っている訳では無い。これは、レイク達と、競れる程の技量 かも知れない。中々凄いな。 「とぅりゃ!!」  ジャンが、センリンと手合わせをしている。センリンは、ジャンの素早い攻撃に 苦戦しているようだ。棒で、器用に防いでいるが、これでは、時間の問題だ。 「フッ!!」  センリンが、気合を込めると、棒を軸にして、大きく跳ね上がる。こう言う動き は、さすがだ。そこに、ジャンが飛び込んできた。 「甘いネ!」  センリンは、それを読んでいたのか、棒を振り下ろす。 「おっと!」  ジャンは、その棒を短剣を重ねて受け止める・・・筈だった。  ゴンッ!  良い音が鳴ると、ジャンは吹き飛ばされた。センリンが、振り下ろすと見せかけ て、受け止められたのと同時に、突きに変えてきたのだ。 「一本だな。」  士は、勝負ありを、宣言する。 「カァ!!これで、センリンさんとは、また五分だ!!」  ジャンは、悔しそうにしていた。 「まだ五分ヨ。これから見返すネ。」  センリンは、結構、貪欲に吸収している。これは、中々伸びるかも知れない。 「ゼハーン殿!私と、手合わせ願う!」  ショアンが、手合わせを申し込んできた。 「お。また、負けが込むぞ?」  ジャンは、突かれた肩を押さえながら、軽口を叩く。 「何の!一本を奪う気迫で、行き申す!!」  ショアンは、気合を入れた。私が相手だと、遠慮が無いな。 「フッ。ゼハーンは、俺と互角に闘えるんだ。追いつくのは、難しいぞ?」  士は、私と互角なのが、嬉しいのか、悔しいのか、分からないような表情をする。 「承知の上!!ハァ!!」  ショアンは、矛に見立てた長い竿を構える。確かに隙が少ない。防御に関しては、 超一流の域に達している。その構えのまま、威圧してきた。 「ならば・・・天武砕剣術、『威』の構え!!」  私は、不動真剣術での『攻め』の構えに似た構えを出す。天武砕剣術は、同じよ うな型でも、常に受け流す意識を忘れない。不動真剣術は、円の動きだが、天武砕 剣術は三角に近い動きをする。受け流した後、すぐに攻撃に移れるように、修練す るのだ。 「ゼハーンの恐ろしい所は、単に二つの剣術が使えるからじゃあない。それを瞬時 に切り替えて、状況に応じて使い分けられる。その頭の、回転の速さだ。」  なる程・・・。確かに、そうかも知れない。士は、良く見ている。 「全力で、行きますぞ!ゼハーン殿!」  ショアンが、竿を回転させながら、自分の腰に竿を当てる。なる程。私の構えを 『攻め』と見たから、守りに入るかと思ったが、逆に、攻めに転じるつもりだ。  あの槍術は、抜け目が無い。防御に関しては、かなりの物がある。しかし、攻め が、まだ甘い。それを分かっているからこそ、攻めに、転じるつもりなのだ。攻め を磨いて、強くなろうと言うのだな。では・・・ 「ハィィィィ!!」  私は、攻め込むことにした。ショアンは、竿で受け止めつつ、先を回転させるよ うにして、突きを繰り出してくる。私は、その突きを、体を捻る事で躱す。そして、 木刀を真っ直ぐ振り下ろす。  それを読んでいたのか、ショアンは、躱しながら、猛然と切り込んできた。 「ヌゥン!!ウォォォ!」  ショアンは、嵐のように攻め込んできた。荒削りだが、迫力はある。これは、余 り受け過ぎると、危ないかも知れない。ならば! 「オオオオオ!!」  ショアンの攻撃で、私の木刀は弾かれそうになる。私は、木刀を離すまいと、ヨ ロけながらも、木刀を握る手に、力を入れる。 「勝機!!」  ショアンは、そこを狙ってきた。当然だ。 「勝負あったな。」  士が、呆れていた。  バシィ!!  良い音がなった。ショアンの攻撃は、私の体に触れず、私の、狙い済ました攻撃 が、ショアンの胸元に入った。 「ぐああ!!」  ショアンは、胸元を押さえる。 「勝負あり!だ。」  士は、私の勝ちを宣言する。 「ま、負け申した・・・。」  ショアンは、項垂れる。しかし、私も、あんな手を使わなければならない程、今 の攻撃は、鋭かった。 「ショアン。今の負け、分かってるよな?」  士は、ショアンに問う。士には、私が仕掛けた事が、バレていたみたいだ。油断 なら無い人だ。 「わざと、隙を見せたので御座いますな?」  ショアンは、やられてから気付いた。そう。私の弾かれそうになったのは、わざ と弾かれそうになるように、仕向けたのだ。それは、隙を作り、相手が狙った瞬間 を打つためだ。それを、士は見切っていた。 「隙が作られたのが、わざとだと言う考えが無かった。それじゃ駄目だ。」  士は駄目出しする。これも、勉強の内の一つだ。 「このような小細工を、しなくてはならない程、鋭かった。良い攻めだった。」  私は、労ってやる。こうして、アメと鞭を使い分ければ、3人共、もっと成長す るだろう。正直、素材は良い。技量が、もうちょっと足りない。基本的な力は、つ けている。後は、磨けば光る筈だ。 「ゼハーン。もう一勝負行けるか?」  士が、木刀を構えてきた。なる程。次は士とか。 「行けますぞ。やるか?」  私は、それに応えるように、木刀を持ち直す。疲れは、そんなに溜まっていない。 「士とゼハーンさんヨ。これは、注目だネ。」  センリンは、私と士の闘いは、食い入るように見ている。熱心だな。 「俺達の高みに居る・・・。参った人達だな。」  ジャンも、良い線を行っているが、もう少し、修行が必要だな。 「攻め方を、参考にさせて、もらいますぞ!」  ショアンも、真面目に取り組む。伸びるな。これは。 「盛り上がった事だし、行くか!」  士は、無造作に歩いてくる。そして、足音を立てずに、こっちに向かってきた。  私は、それに天武砕剣術『防』の構えで対抗する。守りの構えだ。 「・・・守りか!」  士は、下から木刀を振り上げてくる。先が見えぬ。恐ろしい剣速。それに、今の は、気配すらしなかった。視認するしかない。守りに徹して、やっと防ぐ事の出来 る剣戟だ。恐ろしい人だ。 「そらそら!」  士は、そんな斬りと突きを、次々と繰り出していく。辛うじて、避けたり防いだ りしているが、コレでは、もたぬな。 「ムゥ!!」  私は、気合を入れて、士の剣戟を見切って弾く。士は、不意を突かれたのか、木 刀を、手放す寸前だった。 「そこで誘いを使うとは・・・。」  私が、さっき使った手を、士が使おうとしたのだ。 「ちょっとワザとらしかったな。」  士は、即座に木刀を戻す。油断大敵だな。私の誘いより、数段上手い。 「では、見せるか。」  私は、不動真剣術『無』の構えを見せる。天武砕剣術には、無い構えだ。 「これが、噂に聞く『無』の構えか。初めて見たな。」  士は緊張する。さすがに、士は、瞬時に、この構えの恐ろしさを悟ったらしい。 「何だか、やる気の無い構えに、見えるんだがなぁ。」  ジャンは、気付いていないようだな。 「私にも、そう見え・・・ハッ!」  ショアンも気付かなかったようだが、ようやく気付いたみたいだ。 「ショアンさんは、気付いたようネ。恐ろしい構えヨ。」  センリンは、最初から、気付いていたようだな。やはり素質があるな。 「まさか・・・あの構えは、守りを捨て、攻撃を避ける事に、徹する構え!?」  ショアンが解説する。それでは、まだ半分だな。 「それもあるけどネ。恐らく・・・カウンターも狙う気ヨ。」  センリンは、言い当てる。さすがであるな。 「ま、マジかよ!どれだけの心境になれば、そんな構えが出来るってんだよ。」  ジャンも、恐ろしさに気付いたようだ。この構えは、不動真剣術の奥義だ。 「俺の攻撃に、カウンターを合わせられるか?試してやるぜ!」  士は、攻め込んできた。速いな。しかし、この構えになった時の私は、見切りの 能力が、普段より上がる!見切れる! 「んな!!?」  士は驚く。自分の攻撃が避けられた瞬間に、木刀が飛んできたからだ。これが、 私の培ってきた、剣術の威力だ。 「速いなんて物じゃねぇな。ドンだけの、見切り能力なんだ。全く・・・。」  士は、分析を始めている。 「覚悟の量を見極める。そこに『無』の構えの、本領がある!」  私は、この構えのまま迫る。士は、冷や汗を流しながら、回り込む。 「この俺が、押されてるとはな。恐ろしいな。アンタ。」  士は、そう言うと観念したのか、私の構えに突っ込んでくる。そして、袈裟斬り を見舞おうとした。私は、それを避けると同時に反撃を試みようとした。  バシィ!!  危なかった・・・。私は、『無』の構えのおかげで、見切れた。士は、恐ろしい 事をしてくる。袈裟斬りを避けられたと思った瞬間に、回し蹴りを放ってきたのだ。 それを私は、木刀の背で受けた。 「さすが、不動真剣術。俺の蹴りまで、見切るとは。」  士は、一旦距離を置く。 「それは、私の台詞だ。まさか、蹴りまで鋭いとは、思わなかったぞ。」  士の蹴りは、普通の格闘家の強さから言っても、問題無いレベルの蹴りを放って いた。恐ろしい事だ。それを剣術と共に、使ってくるなんて・・・。 「霊王剣術、秘伝、裏闘技だ。」  士は、霊王剣術の裏闘技を使ってきたのか。 「剣術だけでは、足りなくなる時が来る。そこに体術を組み入れたのだ。これは、 健蔵が継いだ頃の霊王剣術には、無かった動きだ。」  なる程・・・。どおりで、初めて見る訳だ。 「最も、拳の方は、余り使わないんだけどな。」  それはそうだ。剣を振るいながら、拳は使えない。 「だが、剣を手放しても闘える位にまで、鍛えてはいる。」  なる程。それは便利だ。私も緊急の時に、剣が無ければ、きつい闘いになる。 「そこまで考えられていたとは・・・。だが、不動真剣術にも、似たような技はあ る。見せてやろう・・・。剣が無かった時の処理をな。」  私は、木刀を腰に差すと、手に力を込める。 「・・・まさか・・・。」  士は、気付いたみたいだな。 「そうだ。手刀だ。手に闘気を込める事で、手刀にて、不動真剣術を振るう!」  不動真剣術の裏技でもある。だから、闘気は、常日頃から磨いている。 「面白いな!さすが、伝記の剣術だ!」  士は、本当に面白そうに笑う。心から、闘いを楽しんでいるようだな。 「二人共、何者だよ・・・。おっとろしいぜ。」 「いやはや、素手まで、鍛えていたとは・・・。」 「闘気を、ここまで使いこなス・・・。凄いヨ。」  3人とも感心してるようだな。だが、これは、剣術を磨いた結果なのだ。基本の 剣術が、なっていないようなら、通用しない技でもある。 「ゼハーン。面白かったけどよ。そろそろ決着にしねぇか?」  士が、仕掛けてくる。確かに長引くのは、良くない。 「どんな勝負を望む?」  私は尋ねてみた。士には、考えがあるみたいだ。 「単純な力比べだ。俺は『滅砕陣』を使う。」  士は、宣言した。要するに、『滅砕陣』と、私の『光砕陣』の力比べって所か。 「センリン。シェルターだ。」  士は指示する。どうやら、周りに被害が及ばないように、シェルターを用意して いる。しかも、このシェルターは、『瘴気』で強化してあると聞いた。 「これなら、滅多に周りに被害は、行かねぇ。」  中々用意が良い。とは言え、このシェルターは、立て篭もる時に使うつもりの物 なのだろう。 「じゃ、コレで、終わりにするぜ!」  士は、魔の六芒星を、あっと言う間に描いてみせる。 「楽しい時間では、あったがな!」  私も闘気の五芒星を瞬時に描くと、それに力を込めた。 「コレの、ぶつかり合いは、伝統らしいな!」  なる程。過去のぶつかり合いでも、何度か、あったみたいだな。 「いくぞ!霊王剣術、奥義!『滅砕陣』!!」 「負けぬ!不動真剣術、奥義!『光砕陣』!!」  私は、士の気合に負けぬように『光砕陣』に力を込めた。すると、空中で陣同士 が、ぶつかり合う。凄いエネルギーの塊だ。 「へっへっへ!アンタの腕、凄まじくて、楽しいぜ!」 「フッ!士も負けてない!私と互角に渡り合えるのだからな!」  士と私は、力を込めたまま、語り合う。 「だが・・・今回は、俺の勝ちだ!!」  士は、そう叫ぶと、『滅砕陣』の力を、増してきた。 「ぐっ!!やる!!」  私は明らかに押されてた。士も凄いのだが、私は、闘気系の技が、苦手なのだ。 「オラァ!!」  士が振り切ると、私は、もろに『滅砕陣』を食らってしまった。・・・何と言う 衝撃だ!!体勢を整えようにも、整えられぬ。 「・・・ぬぐぅ・・・。参った!!」  私は負けを認めた。さすが士だ。強いな。 「・・・フゥ・・・。勝てたけど、釈然としないぜ。」  士は、口を尖らす。 「ゼハーン。アンタ、闘気系の技、苦手なんじゃないのか?」  士は、見抜いていたらしい。 「良く分かったな。未熟者のレイクに、負けたくらいだからな。」  私は、包み隠さず言う。 「やっぱりな・・・。チッ。勝ちを拾ったみたいで、面白くないぜ。」  士は、力比べを挑んだ事を、後悔する。 「何を言う。私は受けると言ったからには、正当な強さであろう?次は、負けぬよ うに、鍛えあげるだけだ。見ているが良い。」  私は、まだまだ鍛えが、足りぬと思った。 「めげないな。・・・楽しみにしてるぜ。」  士は、そう言うと、木刀を納める。 「ハァ・・・。あれで苦手って・・・。底が、知れないぜ・・・。」  ジャンは、何とも言えない顔をしていた。 「全くだ。私達は、精進が足りぬな。」  ショアンも呆れていた。そうは言っても、苦手な物は、苦手なのだ。 「追いつくのは、簡単では無いネ。ハァー・・・。」  センリンまで、溜め息を吐いていた。 「フッ。そんな簡単に、追いつかれて堪るかよ。頑張りな!」  士は、3人に発破を掛ける。この男、色々影があるが、強さに対する姿勢は、純 粋だ。これは・・・凄い逸材なのかも知れないな。  俺は・・・こんな事を続けるのか?  迷いは無い・・・が、苦しく無い訳じゃない。  だが、決めた。  俺を、いつまでも愛してくれる奴のために、生きると・・・。  思えば・・・あの時からだ。  俺が、生きていると言う実感が持てたのは・・・。  俺が、俺だけの体じゃないと思えたのは・・・あの頃からだな。  それが、心地良い。  ・・・だが、最近は、余計な奴が、入り込んでいる。  あの3人の事じゃあ無い。  あの3人は、俺は、文句を言っているが、別に邪魔な訳じゃあ無い。  むしろ、3人が来てから、充実している。  俺自身は、満更でも無い。  もう1人・・・俺の体に、入り込んだ奴が居る。  迷惑極まりない話だ。  そのおかげで、こちらの考えが、全てバレてしまう。  とは言え、強引に、こちらに入り込む事は無い。  その辺は、弁えてるらしい。  だが、最近は、明らかに自分の物じゃない夢を見る。  それは、こいつのせいだ。  ・・・全く迷惑な事だ。 (我とて、悪いと思っている事だ。好い加減、機嫌を直してもらうと助かる。)  ・・・こいつだ。全く・・・人の中に入り込んできて、何を言っている。  半年前だったか・・・何かの気配がしたと思って、起きてみたら、こいつが浮か んでいるのが見えた。その瞬間、入り込みやがった。 (何度も、謝っているではないか。我とて、チャンスは逃したくないのだ。)  良い迷惑だって言ってるんだ。俺は生活があるの、分かってるだろ? (貴殿の生活は拝見した。あの生活なら、余計に、我が力が要るではないか?)  自分の力だけで、やって行きたいんだ。阿呆が!! (何度も、言っているだろう?我は、邪魔するつもりは無い。いざと言う時だけ、 力を貸せれば良いのだ。実体の無い我だが、貴殿には、協力したいのだ。)  勝手な事を言うな。俺は、今の生活が気に入っている。勝手に力を貸されても、 困る。それに、貴様も見た通り、俺は、力に困ってはいない! (悪いとは思っている。だが・・・我は、この現状が許せぬ。)  またその話か。セントは、こう言う所だ!そして、キャピタルってのは、こう言 う仕組みだ!俺みたいな奴が、どうこう言う立場じゃないの知っているだろう? (あの忌まわしき塔を、捨て置けるのか?・・・我が命を懸けて戦ったのは、こん な世に、したくないからである・・・。暗黒の時代では無いか・・・。)  アンタには、同情もする。だが、俺に頼るな。俺は、このセントで・・・キャピ タルで、生きているんだ。それを、邪魔するんじゃない。 (そこは心得た。我とて、徒に、世を乱したい訳では無い。)  フンッ。どうだかな。アンタ、伝記では、一番と言って良い程、悪役なのは、知 ってるだろ?人間の俺にとっては、信用するのは、難しい事は、分かってるだろ? (あの伝記は、良く出来ている。嘘を書いていない。好感が持てるな。)  ・・・認めるんだな。俺は、てっきり否定してくる物だと思ったぜ。 (ほぼ事実なのだから、仕方が無い。貴殿も知っての通り、我は、力ある者が報わ れぬような世には、したくないと考えた。『覇道(はどう)』とは、そう言う道だ。)  人間の俺にとっては、その考えが、どれだけ危険か・・・って、思っちまうんだ がな。少しは、誤魔化すとか、すれば良いのに・・・正直だな。アンタ。 (そういう性分だ。嘘が吐けぬ。)  まぁ確かに、伝記の中でも、アンタは、小細工とかしなかったな。そこは、好感 が持てる所だ。 (当然だ。神魔王グロバスの名に於いて、小細工を弄するなど、出来ぬ。)  そのグロバスさんは、人間と、対立してなかったか? (そんなつもりは無いぞ?『人道』とは、対立してたがな。我を慕う人間を、迫害 した覚えは無い。利点が、無かろうよ。)  まぁ道理だ。だが、何で俺なんだよ。俺に取り付いた理由を教えろ。 (まずは、器だ。貴殿の器は、我が力を受け止めても、まだ余る程だ。そんな人間 が、出て来るとは思わなかった。貴殿の器は、とてつもなく広い。)  ムズ痒い言い方をするな。まぁ誉められたと受け止めて、良いのか? (素直では無いな。そして、貴殿は、霊王剣術を習ってるせいか、我が波長と、良 く合うのだ。瘴気を出すコツも、魔族のそれに近い。)  知るか。これは、習ってる途中で、コツを掴んだだけの事だ。 (あっさり言うな。結構大変なんだぞ?制御まですると言うのは・・・。)  さぁな。俺には、馴染みの深い力ではある。制御出来ねぇ程、甘くは無い。 (正直な話、貴殿は、下手な魔王より、瘴気を制御する力は強いぞ。)  魔王と比べられるのは、人間の俺としては、非常に不本意だ。 (仕方無いではないか。比べる対象が、他に居ないのだからな。)  まぁ、そう言われれば、そうだな。 (最後に、貴殿の力を求める姿勢が気に入った。貴殿は、センリンを守るために強 くなっている。だが、力を受け入れる時の姿勢は、真摯その物だ。)  そんな物か?俺は、守るための力が欲しい。そのためには、強くなるために、手 段を選ぶつもりは無い。それだけの事だが? (そこまでの、覚悟を示せる人間は、貴殿くらいの物だ。士。)  釈然としないな。大体、力から言えば、ゼハーンだって、凄い物が、あるじゃな いか。闘気系の技が、苦手のようだが、それ以外は、俺を凌ぐ強さだぞ? (我も驚いている。ゼハーンは、ユード家の縁の者では無いのに、あそこまで剣術 を極めるとは・・・。恐らく、半端な修行では無かった筈だ。)  確かにな。ゼハーンは、元々ハイム家の奴だって教えてもらったが・・・。不動 真剣術は、見事にモノにしていた。 (二つの剣術を極めるのは、至難の業だ。・・・だが、器が足りぬ。)  器ねぇ?俺にはあって、ゼハーンには、無いってーのか。 (フム。彼とは、波長も合わぬがな。だが、話を聞く限り、彼より、彼の息子であ るレイクの方が、器は大きいのだろうな。)  ま、そんな感じではあるな。若いのに、あのゼハーンの『光砕陣』に勝ったって のは、驚くべき事だ。しかも、ほんの1ヶ月で、馴染んだらしいからな。 (恐らくは、天才であろうよ。ゼハーンが、英雄の再来だと言っていたが、その通 りなのであろう。・・・彼のジークも、天才であったからな。)  伝記では、良く出てくる名だな。そんなに凄かったのか? (ワイスを打ち破る程の技量、そして精神力、力・・・。どれをとっても、英雄と 呼んで、差し支えないだろう。ワイスは、我が片腕以上の存在だった・・・。)  その化け物の再来・・・。と来ちゃあ、アンタも、面白くないだろう? (寧ろ、心が弾むぞ?やはり力ある者との邂逅は、良い物だ。)  やっぱり変わってるな。アンタ。 (今ある出来事を、全て受け入れてこそ上に立てる。それが分からぬ輩が、多いの だがな。我は、上に立ってた時に、それを、欠かした事は無い。)  偉そうな奴だとは思ってたが・・・。上に立って当然と思うような奴じゃ、仕方 が無い事だな。 (嫌味を言ってくれるな。・・・だが、我は・・・理想を見過ぎたのだ。)  理想・・・ねぇ。『覇道』だったか? (力ある者が、迫害されるような世に、したくなかったのだ・・・。だが、驕って いたのだ。あの生き方は、魔族の生き方。それをソクトアに持ち込んでは、拒否反 応が出るのは、当然の事だ。・・・だが、我は、目指してみたかったのだ。)  勝算が無い闘いだったとでも、言うのか?珍しく弱気じゃないか。 (勝算はあった。だが、時代が拒否した。・・・あの時、ミシェーダに飛ばされた のは、偶然では無かろう。)  運命神?だったか。ソイツの話は、俺も、余り好きじゃあないな。 (奴は、支配を広げたいだけの、下種だ。)  それは同意だ。伝記でも、余り良く書かれて無かったな。 (・・・1000年後に飛ばされるとは、思っても見なかった・・・。)  俺には、余り実感が無いんだが・・・。アンタが見せる夢が、伝記の時の話ばか りでな。あれこそ、良い迷惑だ。 (今でも、魘されるのだ・・・。済まぬと思っている。)  まぁ見ちまうものは、しょうがない。だが、少しは頻度を下げろ。じゃないと、 こっちまで参るんだよ。 (意識しよう。精神体となった今でも、魘されるのは、良くない。)  頼むぜ。俺だって、見たくも無い夢を見させられるのは、勘弁だ。 (時とは、残酷な物だ。我からすれば、1000年前の戦いは、昨日のように思い出せ る。しかし、我が倒された後、健蔵が倒れ、『覇道』の者達は、誇りを持って戦い 抜いたと聞いている・・・。我だけが・・・取り残されてるのだ。)  馬鹿が!アンタは、飛ばされたに過ぎん。ならば、この時代で、何をすべきか、 考えるべきだろうが。 (貴殿に言われるとは・・・。やはり貴殿に、力を貸したいな。)  結局そこかよ。まぁ良いさ。勝手な真似さえしなければ、居ても良い。その代わ り、俺のレベルアップを、手伝ってもらうぞ。 (望む所である。)  フッ。全く、とんでもない奴を、抱えちまった物だ。  ったく。厄介事ばかりで、堪らんな・・・。  今時さぁ・・・。  本物のお嬢様ってのが、居るとは思わなかったんだよ。  だってだよ?  『ウチは、本気で惚れた!添い遂げたいから、婚姻届の用意だ!』だぜ?  オレは、ビックリしたね。  確かに、オレは口説いたよ?  ありゃあ、良い女だ・・・口説いたさ。  オレの異名は『軟派師』だ。  良い女は、口説いてモノにする。  そして、クールに、仕事をこなす。  実質、『オプティカル』の中じゃ、実績は、ランク上位だったしな。  撃墜するって、感じが堪らねぇのさ・・・どっちもな。  勝気な感じの、お嬢さんでさ。  俺達のボスの娘さんだったからさ。  皆、高嶺の花だって、言ってたよ。  そんな中・・・ボスが死んだ。  ボスは、男気の強い奴だったからな。  『ダークネス』の手段を選ばないやり口が、気に入らなかったらしい。  ボスは、決闘状を出して、4人の幹部の内、2人を連れ出して・・・向かったな。  でも、『ダークネス』の奴ら、その場所に、警察を呼び寄せやがった。  そして、ドサクサ紛れに、ボスを暗殺した。  幹部2人も善戦したんだが・・・警察の精鋭部隊との戦いじゃ、分が悪い。  2人の幹部も・・・帰らぬ人に、なっちまった。  そして、ボスの跡を継いだのが娘さん・・・いや姐さんだ。  姐さんは、復讐する事を禁じた。  ボスに、もしもの事があったら、そうするように、言われていたそうだ。  それは、正解だったな。  『オプティカル』が迂闊に手を出せば、そのまま、滅ぼされ兼ねなかった。  ただ・・・気になったんだ。  姐さんは・・・親父さんと、お袋さんを失っちまったんだ。  幹部の1人は、ボスの妻・・・姐さんの、母親だったんだ。  そんな姐さんが、復讐する事を、禁じたなんてよ。  そんな気苦労を、姐さんは1人で、背負い込んじまってた。  やるせねぇ・・・と思ったのが、最初だった。  『オプティカル』のボスの部屋に、1人入っちまった姐さんは、物悲しかった。  残りの幹部2人は、そんな姐さんを察してか、元気付けようとしてた。  ただ、弁えが、良過ぎるんだよな。  幹部2人は、必要以上に、慰めたりしなかった。  飽くまで部下・・・忠実な犬共だ。  そこで、オレの登場って訳だ。  姐さんの部屋を、ノックした・・・。 「・・・誰であるか?」  姐さんは、警戒してた。当然だ。両親を失った後だ。その座を狙う者も、居るか も知れない。まぁオレは、姐さんを、モノにしたかったんだがね。 「『軟派師』です。ちょいと野暮用で来ました。」  オレは、適当に誤魔化す。 「ジャンか・・・。ウチは、精神状態が良くない。手間を掛けさせる無い。」  姐さんは、つれなかった。警戒も、してるんだろうな。 「1人で居ると、面白くない物ですよ?晩酌でも、しません?姐さんの好きな『華』 のワインも、用意してますよ。」  オレは、姐さんの好きなワインを、下調べしてあった。 「抜け目が無い奴だ。しょうがない奴。入れ。ウチも、暇してた所だ。」  姐さんの部屋のオートロックが外れる。オレは、手早く姐さんの部屋に入った。  姐さんは、栗色の髪をしている。髪の長さは、肩から背中に掛けて、伸ばしてい たので、結構長い。しかし、手入れは、してるみたいで、サラサラしていた。姐さ んは、まだ20なので、ナイスバディでもあった。 「野暮用を聞こう。」  姐さんは、そう言うと、手を突き出す。『華』のワインを寄越せと言う合図だっ た。本当に、好きなんだな。 「いやぁ、ほら。オレにも経験があるから・・・ちょっと他人事じゃなくてね。姐 さんが、心配だったんですよ。」  オレの両親も、オレが子供の頃に他界していた。何でも、車の事故だって話だが、 覚えているのは・・・両親が、グチャグチャの塊になったって事だけだ。 「ウチは、子供じゃない・・・。でも、ちょっと助かる・・・。」  姐さんは、弱っていた。ボスの座が、苦しかったのかも知れない。 「こう言う時は、楽しく過ごしてみる事が、大事です。」  オレは、そうして、両親の死を乗り越えた。ダチとつるんで、馬鹿をやった。そ して、ダチと卒業で別れると同時に、オレの稼ぐ道・・・人斬りを選んだのだ。 「ジャンは、ウチより、壮絶だったんだよな。・・・強い奴だ。」  姐さんは、そう言うと、グラスに、ワインを注いで飲み始める。 「初めから強い奴なんて居やしません。支えってのが、必要なんですよ。」  オレは、ダチが居た事を話す。あのダチは・・・今頃、キャピタルの官僚でも、 やってるだろうか。優秀な奴ではあったな。 「ウチは・・・強くなれるかな?」  姐さんは参ってる。やっぱり、まだ支えてやらなきゃいけない。 「オレで良かったら、支えくらいには、なれますよ?」  久しぶりに、決まった台詞を吐く。半分、本気だけどね。 「ウチを口説いてるのか?・・・こんな時に・・・全く。」  姐さんは、俺の異名を知ってるので、少し呆れていた。 「ウチは・・・ボスの座に居るだけの女だ・・・。」  姐さんは、お飾りのボスだと思っているのだろう。実際、そうかも知れないが、 姐さんの強さは、結構な物だと、オレは知っている。 「ボスの補佐でも、狙っているのか?」  姐さんは、溜め息を吐く。 「姐さん!!」  オレは、そう思われるのは、心外だったので、姐さんの肩を掴む。 「姐さんがボスじゃなくたって、オレは口説いてますよ!姐さん可愛いじゃないで すか!自信持ってくださいよ!俺は、『軟派師』だけど、相手は、選びますよ!」  オレは、心境を吐露する。実際、姐さんは良い女だ。 「ジャ・・・ジャン!」  姐さんは、いきなり顔を真っ赤にする。凄く初々しい反応だ。 「本気だと、取って良いのか?」  姐さんは、節目がちに聞いてくる。コレは気がある!!良い反応だ! 「あったり前じゃないですか!こんな良い女を、ほっとくなんて罪ですよ!」  我ながら、歯の浮くような台詞だ。だが、姐さんには、効果は抜群だ! 「・・・よし。決めた!!」  姐さんは、急に顔色が、明るくなる。 「ウチは、本気で惚れた!添い遂げたいから、婚姻届の用意だ!」  ・・・え?婚姻届?・・・いきなりですか。 「婚姻届は、早過ぎないですか?」  オレは、ちょっと引き気味に言う。 「ウチは決めたんだ!・・・ジャンは『軟派師』なんて渾名だけど、芯がある男だ と思った!ウチを可愛いと言ってくれた男は、初めてだ。だから、結婚する!!」  ・・・ま、マジですか・・・。惚れ過ぎじゃないですか? 「ジャンは・・・ウチが相手じゃ嫌なのか?さっきの言葉は、嘘なのか?」  う・・・うぐ・・・。何と言う攻勢・・・。 「嘘じゃあ、ありません!・・・ですがね。物事には順番があるんですよ?」  いきなり結婚は、無いよな。いやホント・・・。箱入り娘さんだとは、思ってい たが、ここまでとは、思わなかったぜ・・・。 「順番・・・。結婚するのに、順番なんてあるのか?」  姐さんたら・・・本当に、何も知らないんだな。 「当然です!結婚する前に、オレと付き合うと言う過程が、抜けてます!」  何の付き合いもせず、いきなり結婚って・・・許婚とかじゃ無いいんだから。 「付き合う・・・。付き合う?」  あらやだ。この人、マジだ・・・。 「まず、相手を選ぶでしょう?その後、恋人となって、相性を見る!それで、気に 入ってもらえたら、結婚と、行きましょうよ!」  オレは、大雑把ながらも、説明してみる。 「恋人かぁ・・・。ウチは、まだるっこしいの嫌いなんだけどなぁ。」  まだ、こんな事言ってる・・・。 「物事を、すっ飛ばしちゃいけません!」  と言うか、俺は縛られるのは嫌いなんでね。恋人なら歓迎だが、結婚は、ちょっ とな。そりゃ、姐さんの事は、気に入ってるけどね。 「おかしいなぁ・・・。母上は、好きな男の子が出来たら、逃がしちゃ駄目だと言 ってたんだけどなぁ・・・。」  あの人、娘に、何つう教育を・・・。恐ろしい人だ。 「でも、ジャンが、そう願ってるなら、恋人から始める!」  うーーーん。素直で可愛いなぁ。姐さん、これだから良いわぁ。ただ、思い込み が激しいのは、直していかなきゃな・・・。 「ジャン、恋人って、具体的に何から始めれば良いんだ?ウチ、知らないんだ。」  まぁ姐さん、恋をした事が、無さそうだしなぁ。 「まずはスキンシップからです!ええとですね・・・。」  オレは、こうして、姐さんに色々知識を覚えさせた。いや、それも覚えてくれた かどうかも、怪しいけどな。姐さんは、本当に良い女だったな。  だが・・・それが1ヶ月も過ぎた頃・・・。 「ジャン、そろそろ婚姻の件、進めても良いか?」  姐さんは、むくれていた。まぁ、やる事もやったし・・・。姐さん連れて、デー トらしき物もしたしなぁ。至福の一時だったけど・・・。  あの幹部の二人の目が、怖いんだよなぁ・・・。幹部の二人とは、ギル=ジラー ドと、イル=ジラードの兄弟だ。あの兄弟は、切磋琢磨しながら、幹部の座を勝ち 取った。それから、姐さんの護衛を、ずっと務めてきた。だから、姐さんの事は、 娘のように思っている筈だ。それが、オレの様な男に取られたんだから、内心は、 ハラワタが、煮えくり返っている事だろう。しかし、姐さん自体が、オレに懐いて いるからな。気持ちを優先させているのだろう。義理堅い奴らだ。 「ここに、ジャン=ホエールと、書けば良いだけだぞー?」  姐さんは、常に持ち歩いている。最近は、楽しんでいる節がある。 「ウチの名前は、書いてあるよな?アスカ=コラット。良い響きだろー?」  姐さんは、自分の名前を口走る。そう。アスカ=コラットと言うのが本名だ。何 でも、伝記に出てきたルイ=コラットの出身地、踊り子の里の者達が、『オプティ カル』を立ち上げたのだと言う。ストリウスにあった、ギルド『光』に感銘を受け たのだとか。オレには、理解出来ないけどね。 「そういや、姐さんって、踊りは、どうなの?」  余り見てなかった。姐さんとは、イチャイチャばっかしてたからな。 「コラット家の技の一つだ。毎日練習してるさ。ウチだって、やる時は、やるよ。」  姐さんは、綺麗な体付きをしているから、本当に上手いんだろうなぁ。 「見たいなぁ。オレ、見た事ないよ。」  素直に口にした。やはり、踊りまで秘伝と言うのは、見てみたいものだ。 「じゃぁ、後ろの扉を、閉めてくれ。」  姐さんは、扉を閉めるように言う。何でだろ? 「ウチの踊りは、秘伝だからね。関係者以外に、見せたくないんだよ。」  そんな物かなぁ。踊りだろ? 「不満顔だね。目に物を、見せてやるよ?」  姐さんは楽しげに笑うと、音楽をスタートさせて、それに合わせて踊り始めた。  ・・・うわぁ・・・。何だこれ?何だこれ!?すげぇぞ・・・。  リズムも、然る事ながら、何て激しいんだ。それで居て、流れるようだ。この踊 りなら、ソクトア全土大会でも、優勝出来るんじゃねぇか?  ・・・タンッ!! 「・・・っと、こんな物さ!・・・ふぅ・・・。」  姐さんは良い汗を掻きつつも、決めポーズを決めた。 「すげぇ!すげぇよ!姐さん!オレ、感動しちゃった!」  素直に誉める。いやはや、想像以上だったぜ。 「踊っている時は、無心で居られる。結構、助かってるんだよ?」  確かに姐さんは、無邪気な顔で、踊っていた。 「今の踊りは『情熱』って言う題名がある。惚れた相手にしか、見せない踊りなん だぞ?ウチの踊りの中でも、自信作だよ?」  『情熱』・・・。確かに、そんな感じだった。いやぁ、惚れられてるなぁ。 「ジャン・・・。ウチは、ジャンを縛ったりしたくない。だから返事は待ってる。 いつでも・・・いつでも、言ってくれて良いんだぞ?」  姐さんは、いつでも本気だった。本気で、オレに惚れている。正直な話、自由好 きのオレでも、姐さんとなら・・・と思う。 「姐さんは、優しいな。俺も近い内に、答えを出すよ。」  答えを、先延ばしにするのは良くない。もうそろそろ、答えを出すべきかな。 「待ってる。ウチ、待ってる!」  姐さんは飛びっきりの笑顔で答えてくれた。『軟派師』も、ヤキが回ったな。  オレは、姐さんの部屋を出る。そして、いつものように待ち構えている、幹部二 人、そうジラード兄弟に挨拶をする。 「『軟派師』。話がある。」  ギル=ジラード、兄の方が、声を掛ける。 「オレは、別に無いんですけどね?ギルさん。」  野郎と話す事なんか無い。 「お嬢の、お気に入りだから、調子に乗ってるのか?」  ギルは、挑発してきた。面白くないんだろうな。この人に取っちゃ、姐さんは、 お嬢か。まぁ、見守ってただけはあるな。 「・・・話・・・聞け。」  弟のイルの方が、背中に、得物を当ててくる。 「ヘイヘイ。物騒だな。今日は、随分と脅すじゃないか。」  オレは、軽口を叩きながら、二人に付いて行く。  すると、『オプティカル』の入り口から、少し離れた路地裏に案内される。 「ここで良い。・・・貴様に問う。お嬢と付き合う目的を、教えろ。」  ギルは、いつも通り尋ねてくる。 「何回も言ったっしょ?本気で惚れてるんだって。目的なんかねーよ!」  うんざりだ。コイツらは、その事しか、頭に無いのか? 「今日は・・・それだけじゃ・・・済まない・・・。」  イルは、得物こそ離したが、いつでもオレを斬れるように、構えている。 「おいおい。物騒だな。今日は何で、そんなに、しつこいんだよ。」  何だか理由が、ありそうな気がする。 「お嬢の踊りを見たのだろう?関係者にしか、見せない踊りの筈だ。」  ギルは、知っているのだろうか?まさか踊りを、見た事があるのか? 「アンタ、姐さんの踊りを、見たのかよ?」  オレは、姐さんが、そんな尻軽な女とも思えないので聞いてみた。 「見てない。ただ、先代が、婚姻する前に流れていた曲と一緒だったからな。私が 幼い頃、聞いた曲と一緒だ。『情熱』・・・だろう?」  なる程。そういや、前のボスの側近を、してたんだったな。 「私は、お嬢は本気じゃないと思っていた。貴様のような奴なら、すぐに飽きるだ ろうと思っていた。・・・だが、本気だったようだな。」  なる程。姐さんの本気具合を、確かめた上での行動か。 「姐さんの話を、ちゃんと聞いてなかったのか?」  姐さんの事だ。ギルやイルには、オレの事を、話しているのだろう。 「恋をするのも、勉強の内だと思っていた・・・。しかし本気とあらば、阻止する。」  ・・・何を言ってんだ?コイツ。 「アンタ、姐さんの何なんだ?幹部なら、幹部らしくしたら、どうなんだ?」  オレを、脅しているつもり何だろうか? 「貴様が指図するな!!私は、貴様が、ボスになるなどと、認めぬ!!」  ボス?さっきから、何を言ってるんだ? 「いつから、オレがボスになると言った。姐さんと、付き合ってるだけだろう?」  コイツ、飛躍し過ぎなんじゃないか? 「『情熱』。先代母君とボスは、その踊りを見た次の日に、婚姻届を出している。」  なる程な。だから、焦ったって訳か。 「姐さんの相手をしてるだけで、次のボスだって、決めるなよ。」  大体、オレは、ボスになるような柄じゃあ無い。 「お嬢が本気なら・・・次のボスは必然的に、貴様になるのだ。」 「姐さんとオレが、例え結婚したとして、ボスは違う奴がなれば、良いだけじゃね ぇか。何なんだよ。アンタ等は?」  さっきから、うざってぇ問答の繰り返しだ。 「・・・貴様、本当に、ボスの座に就きたい訳じゃ無さそうだな。」  ギルも、ようやく、その結論に至った。 「だが・・・ボスにお嬢の世話を頼まれた私は、貴様と、くっつくなど認める訳に はいかぬ!『軟派師』などと、名乗ってる輩にはな!!」  コイツ、何を、こんなに怒ってるんだ? 「フン。それこそ余計なお世話じゃねぇか。大体、姐さんの世話を頼まれたなら、 何で、ボスが死んだ時に、傍に居てやらなかったんだよ!」  オレは、納得が行かなかった。こいつ等、姐さんが大事とか言いながら、やって る事が、矛盾してやがる。 「お嬢は、守るべき存在。必要以上に近づくのは、失礼に当たる!」 「アアン!?てめぇ、何を言ってんだ!!親父とお袋を殺された後に、そんな余裕 あるとでも、思ってるのかよ!!姐さんは、気を強く持ってるたって、まだ20だ ぞ?親がいきなり死んだんだぞ!?それを、1人で耐えさせろってのか?」  オレは、コイツ等の、エセ護衛に、ほとほと呆れていた。 「オレもな。下心はあったさ。でもな!本当に姐さんが可哀想だと思ったんだよ! 親を殺されて、平気な奴なんか、居るとでも思ってるのかよ!!」  コイツ等、馬鹿なんじゃないのか?もしくは、人の心を分かってないだろ。 「・・・親・・・居ない・・・気持ち・・・知らない。」  イルは、片言しかしゃべれない。だが、気持ちは、伝わってきた。 「お前らは、ボスに拾われたんだったな。なら、ボスが、親父みてぇな物だろ!」  そのボスが殺されて、何で、そんな平気で居られるんだ。 「そのボスから!世話を任されたんだ!それを・・・貴様如きが、奪って!」  ・・・駄目だコイツ・・・。分かってねぇ。 「これじゃ、姐さんも、苦労する訳だな・・・。白けたわ。オレ。」  こんな奴らが幹部をやってるなんてな。実力は凄いのかも知れないが、心が、な ってねぇ。忠実な、僕なだけだ。 「とにかく、私達は、貴様を認める訳には、いかん!」 「うるせぇなぁ。分かったよ。長年、世話したのは、お前達だ。その顔に免じて、 黙っていてやる。・・・だから、オレを抜けさせろ。」  オレは、心底呆れていた。姐さんには悪いが、コイツ等には、付き合ってられな い。オレが自由になるには、姐さんと居たら、無理みたいだ。 「束縛を嫌う、貴様らしい選択だ。」  ギルは、オレの言葉が聞けて、安心したのか、ニヤリと笑う。下衆が! 「姐さんが可哀想だがな。オレは、お前らと一緒に居たら、どうにかなっちまいそ うだ。姐さんには・・・済まないと、言って置いてくれ。」  姐さんと一緒に連れ出したいが、コイツ等が、地の果てまでも、追いかけてくる だろう。冗談じゃない。 「私達の和を乱す貴様が去るのなら、それくらいは、引き受けよう。」  ギルの野郎・・・。とことん腐ってるな。 「アンタ等の素顔が見れて、少し安心した。」  俺は皮肉を言ってやった。今まで幹部って奴らは、どんなに、すげぇ野郎かと思 ってた。だが、ここに居るのは、只の腐れだ。  ・・・はぁ・・・。姐さん、良い女だったんだけどなぁ・・・。  オレは、諦めざるを得なかったようだ。  一日のサイクルは、結構、上手く出来ている物で。起床、朝食、仕入れ、昼食、 開店、仕事、夜食、修練、就寝。このサイクルで動いていた。  たまに消印『48』の手紙が届く事がある。お偉方の護衛の仕事が多い。だが、 私達は権力に利用されるのを嫌う。と言うより、これはアピールの仕方でもある。 つまり、一度引き受けてしまうと、『司馬』とは、そう言う仕事も受ける何でも屋 だと思われてしまう。私達が引き受けない事で、逆に、高まる名声もあるのだ。  それは、功を奏していた。権力関連者からの仕事は、定期的に来るが、逆に厳し い仕事をくれる人達の仕事も来る。そして、厳しい仕事をこなす事で、名が知られ ていくのだ。それで居て、『司馬』は、100%仕事を、成功させている。  そうする事で、人斬り組織よりも、信用されているのだ。  ただし、依頼人にすらも、ガサを知らせていない。攻め込まれたら厄介だからだ。  生活のサイクルの中では、朝食、昼食、夜食は、私と士が交代で作っている。ゼ ハーンさんなんかは、自炊も、少し覚えたいと言っていたが、あの歳で覚えるのは 大変だろう。なので、ジャンさんなどに、教えている。ショアンさんも、今から覚 えるには、少しきつい。  仕入れなどは、士に教えられて、ショアンさんとゼハーンさんが、主に行ってい る。ジャンさんも、手伝いに行くが、いずれ、ジャンさんには違う仕事をやっても らおうと思っているからだ。自炊を覚えさせながらも、私や士が忙しい時の、料理 代行をやってもらおうと思っている。普段は、ウェイターだけどね。  開店してからは、常連客が少しと、近くに、会社などが多いので、会社関連の人 を相手に、料理を中心に振舞っている。無論、客の中に、刺客が混じってないか、 注意する。余り怪しみたくは無いが、ジャンさんみたいな例がある。最も、ジャン さんの場合、敵じゃ無かったけどね。  常連客などは、ジャンさんが、ここで働き出した事を知ると、やっぱりなと言う 反応が返ってきた。常連の中でも、ジャンさんは、かなり私達と近かったせいだ。 まさか裏の職が、一緒だったとは思わなかったけどね。私が切り盛り、士が、全体 のヘルプ、ジャンさんが主にウェイター、ショアンさんが裏方整理、ゼハーンさん が、洗い物関係を主に仕事としている。前は、洗い物等は、仕事が終わった後で、 一気に片付けたりしてたので、助かっている。前は、途中で皿が足りなかったら、 紙皿などを利用していたが、それも無くなった。  仕事の後は、修練だ。少しでも、体を動かしてないと、鈍ってくるからね。うち の店は、夜の10時には店を閉めるから、食事を取って、準備体操を行った後に、 準備運動をして、すぐに始める。修練は、店を開ける前にも、やったりする時があ る。空き時間が、あり次第なので、その辺は、臨機応変だ。  何事も無ければ就寝だが、『48』の消印のチェックなどをする時がある。最近 は、結構多い。軽めだと判断すれば、私とジャンさんとショアンさんで、処理する 事が多い。それでも、仕事は選ぶけどね。ゼハーンさんは、ほとんど手伝わせない。 少しでも正体を知られると、拙いから、しょうがない。本人は、手伝いたいと言っ ていたが、お金を貰っている事もあって、手伝わせたりは、しない。その分、修練 で埋め合わせをすると言う事になっている。  それが知られてきたのか、『司馬』はチームで行動していると言うのが、ちょっ とした、噂になってきていた。別に悪い事じゃない。その方が、ターゲットを絞ら れ易くなくなる。正直な話、一緒に護衛の仕事を何度か、こなしたが、ショアンさ んもジャンさんも、手際は、凄く良い。士程じゃあないが、さすがに、それぞれの 組織のトップレベルに居ただけの事はある。私も足を引っ張らずに済んでいるのが やっとだ。頑張らなくては、いけない。  そんな生活が続いている。そして、今日も地獄のような修練が終わり、『48』 の消印のチェックを始めた。 「今日は、3通ネ。んーーと、まずは、これはパス決定ネ。」  私は、溜め息を吐く。大富豪の護衛だった。こう言う仕事は、断っているのに、 後を絶たない。噂を嗅ぎつけた大富豪が、利用しようとしているのだろう。 「2通目は・・・。何で、こう言う依頼が来るかネ・・・。」  私は、依頼を投げて寄越す。ヤクザの凌ぎ合いの手伝いだった。別にヤクザが相 手でも、やる時はやる。士が請け負った、ショアンさんの兄である、ジェイルさん の依頼なんかは、後腐れなく『絶望の島』に行きたいからと言う理由だった。ジェ イルさんが見せた、憂いの表情で、士は手伝う事に決めたのだ。今回のは、只の凌 ぎ合いの手伝いだ。こう言うのを手伝うと、逆の組織からも、要請を受けて、面倒 臭い事になる。だから、基本は受けない事にしている。 「さーて、3通目・・・。エ?」  私は、どっかで見覚えのある名前を、目にした。 「どうかしたか?」  士が覗き込んでくる。私は、士に3通目を手渡す。 「おいおい・・・。」  士も、ビックリしたようだ。 「ジャン。お前の所の、お姫様からの依頼だ。」  士は、そう言って、依頼書を見せる。 「・・・マジかよ・・・。姐さん・・・。」  ジャンさんは、複雑な表情を見せる。依頼人アスカ。そして、依頼内容は、人捜 し。恋人の消息を知りたい。名前はジャン。だそうで。前にジャンさんの話を聞い たが、その本人からか。 「驚いたな。俺の所に来る消印は、人斬り組織関連は、全て撥ねるように言ってあ る。つまり、組織本部から、来た依頼書じゃない。お前が前に話していた幹部にす ら、内緒で出した物だ。ここの連絡先は、知っているか?」  士は、ジャンさんに返信先を見せる。 「・・・ここは!・・・あそこかよ・・・。」  ジャンさんは、頭を抱える。 「ここは、姐さんが個人で買いに行く・・・行きつけのワイン専門店だ。『華』の ワインで有名な所だな。ここは、アイツらも知らない筈だ。」  ジャンさんが言う、アイツらとは、幹部2人の事だろう。 「なる程な。『消印』のアイツも、気が付かなかった訳だ。」  士は、『消印』の仕分けを頼んでいる知り合いの事を言う。変なのが来ない様に、 個人の依頼以外は、撥ねて貰っているのだ。と言っても、大富豪とかの依頼は、別 に頼んでいない。要は、人斬りの3組織の住所を全て教えて、そこからの手紙を、 撥ねてもらっているのだ。とは言っても、ほとんど来ないそうだ。バレない様に、 色々工夫してるしね。 「個人で、頼んでまで依頼・・・なんて、姐さんらしいや・・・。」  ジャンさんは、気恥ずかしくなったみたいだ。 「さーて、この依頼、どうしようか?」  士は、顎に手を掛ける。この仕草の時は、本当に考え込んでる時だ。 「捜索自体は、一瞬で終わりますな。」  ショアンさんが、からかうなんて珍しい。 「正直、果たさせては、やりたい所であるな。」  ゼハーンさんも、事情を知っているだけに、考えこんでいる。 「ジャンさん次第ネ。どういう風に、話を持っていくか、もネ。」  私は、ジャンさんに意見を振る。まぁ、本人次第だろうね。 「オレにだって、どう転ぶか、分かりゃしねぇ。」  ジャンさんは、考え込む。難しい所だろうね。 「じゃ、深く考えなくて良いさ。この依頼、まずは、待ち合わせして様子見だ。」  士は、結論を出す。つまり、ジャンさんは、待機してもらって、依頼内容だけ聞 いて見ると言う事だ。アスカさんが、1人で来て、真摯な願いだったら、ジャンさ んと相談しつつ、今後を考えると言う事だろう。 「済まねぇ・・・。恩に着る。正直、姐さんには、貸しがある。」  結論を出すと言いつつ、逃げてしまったと言う自負が、あるんだろう。 「オレは、『軟派』だが、筋は通すつもりでいる。」  ジャンさんは、軽い口調になる事も多いが、やる時は、やる人だ。 「そうする事ですな。ジャン、私も応援するぞ。」  ゼハーンさんは、ジャンさんとアスカさんの事を、いたく気に入ったみたいだ。 「伝記の末裔の人が応援してくれるんじゃぁ、半端は・・・いけねぇな。」  ジャンさんは、覚悟を決めたようだ。 「士さん。見極めさせて貰えるか?姐さんが、このままじゃ不憫だ。」  ジャンさんは、頭を下げる。余程、気に掛けているみたいだ。 「ジャン。決定権は、俺じゃない。センリンに言ってやれ。」  士ったら、私に振るなんて・・・。 「何を言ってるのヨ。私が反対する訳無いでショ?個人的にも応援したいしネ。」  私は、迷い無く言った。アスカさんの、狂おしい程の感情は、私にも理解出来る。 だから、応援したいのだ。 「なら、決まりだ。・・・ただし、条件がある。」  士が、条件なんて、珍しい。 「今回、俺は裏方に回る。交渉役は、センリンとゼハーンがやってくれ。」  私が、ゼハーンさんと?またまた何でだろう? 「私は構わぬが・・・。何か、考えあっての事ですな?」  ゼハーンさんは、怪訝そうにしながらも、承諾する。 「士が、裏方なら安心だけど・・・危険なノ?」  私は、つい聞いて見る。士が裏方に徹する時は、余り良くない状況の時が多い。 「ちょっと気になる事があってな。腕的に、俺の代わりになるのは、ゼハーンしか 居ないからな・・・。俺の代わりだ。しっかり代役頼むぞ?」  士は釘を刺しておく。まぁ、ジャンさんだと、顔がバレてるし、ショアンさんだ と『ダークネス』と『オプティカル』の抗争で、声が知れているからだろう。 「ちぇ。腕的には余計だよ。士さん。そりゃ、オレが行っちゃ意味無いけどさ。」  ジャンさんは、頬を膨らませていた。 「私は、反論出来ないのが悔しい。士殿は容赦が無い。」  ショアンさんも残念がっているようだ。それぞれ裏の事情は、心得ているようだ が、士の容赦の無い言いようが、気に入らないのだろう。 「士は、ああやって、君達を焚きつけてるだけだ。気になさらぬ事だ。」  ゼハーンさんは、優しく諭す。何ていうか、分かり易いアメと鞭だ。 「よし。受けるからには、半端は無しだ。良いな?」  士が皆に確認すると、力強く頷いた。最近、連携が取れてきてる。  アスカさんの依頼か。頑張らなきゃいけない。  一目惚れって言う言葉がある。  心を占拠されたとも、言うべきなのだろうか?  ウチは、正にそんな状態だった。  ウチは、『オプティカル』のボスだ。  だから弱音も吐かない・・・つもりだった。  でも、今はもう駄目だ。  ウチの中でのジャンは、大きくなっている。  ジャンが居ないだけで、世界がこんなに違うなんて・・・。  ジラード兄弟が言うには、難しい任務をこなしに行って、死んだとの事だ。  それから、確かに戻ってくる様子が無い。  ジャンに限って・・・本当に・・・命を落とした?  そんな筈は無い。  ジャンは、ウチとの婚姻の話を考えてくれるって言った!  ウチが待っていると知っていて、ジャンが、そんな簡単に死ぬ訳が無い。  捜すしか無い・・・。  でも、『オプティカル』の人員を使うのは、良くない。  ジャンを、良く思ってなかった連中が、居るからである。  正直、ジラード兄弟も、そうかも知れない。  個人で頼むには、それなりに信用出来るツテが要る。  ジャンと知り合いで、ウチにも顔が利くのは、あのワイン屋の店主だ。  前にデートで寄った際も、信用出来る男だと思った。  だから、藁にも縋る想いで、手紙を出した。  消印『48』の噂の人斬りにだ。  変わり者らしく、気に入った依頼しか、こなさない。  商売敵だが、腕は良い事で有名だ。  その腕の程を、見せてもらうのも一興だ。  だけど、本来の目的は、ジャンに会う事だ。  それしか考えられない。  さすがのジラード兄弟も、休みの日や、私事には、口を出してこない。  だから、その日に合わせて、『司馬』に、会う事を書いておいた。  まさか、返って来るとは思わなかった。  しかし、驚いた事に、返事が返ってきた。  しかも、希望通りの時間に、待ち合わせだと言う。  裏が、あるかも知れない。  でも、『司馬』は、正体を明かさない事が、依頼を受ける条件の一つだ。  だから、文句も言えないし、護衛を付ける訳にも行かない。  少し不安だ・・・。  ・・・だが、今は、信用するしかない。  ウチは、絶対ジャンに会うんだ・・・。  ・・・確かこの喫茶店だ。なる程。どこの組織にも属してない喫茶店だ。ここな ら、個室で防音施設も整っている。やはり考えている。慎重な姿勢は、ウチの中で は、好印象だ。それだけ慎重ならば、信頼出来る。  確か・・・この部屋だ。一見和風な個室だが、防音対策が、しっかり為されてい る部屋だ。その証拠に、周りはガヤガヤしているのに、一帯だけ、音が静かだ。音 が反射しないように、造られている証拠だろう。  ウチはノックする。すると、女の声が聞こえてきた。女なのか? 「空いてますヨ?」  確かに女だ。『司馬』の、連絡役かも知れない。 「失礼するよ。」  ウチは、一言断ってから、中に入る。すると、男女が向かいに腰掛けていた。1 人は、女だ。・・・この女性、かなりの腕前だ。ニコニコ笑っているが、全く隙が 無い。『司馬』との連絡役なのかも知れないが、さすがだ。メガネを、掛けている ようだが、眼力が、周りとは違う。  男の方は、銀髪と言うのは、少し驚いたが・・・。何て言うか、修羅場を潜って 来ているような目をしている・・・。この男が、『司馬』なのかも知れない。 「初めまして。待ち合わせの方に、間違いありませんネ?」  女性が聞いて来た。柔らかい口調だ。話し易い。 「『返信』をくれたのは、貴方達だね?」  ウチは、少し警戒していたが、それでは話が進まないので、切り出す。 「はい。『投函』に対しての、依頼。『返信』にて、返しましタ。」  女性は、ウチが合言葉である『返信』を使ったので、安心したようだ。 「そうか。ウチの依頼を受けてくれて、礼を言う。」  まさか受けてくれるとは、思っていなかった。 「選り好みすると言う噂だネ。安心して下さイ。大事な人の捜索をしたいと言う気 持ちは、私にも、良く分かりますヨ。」  ・・・驚いた。事務的な物だと、思っていたが、案外、本音で返してきてる。 「失礼だが、貴女が、依頼を受けるって決めたのかい?」 「・・・他言無用で、お願いしまス。私達で、決めましタ。」  ん?そうか。『司馬』と、話し合って決めたのか。 「私も『司馬』の一員・・・と言えば、分かり易いですカ?」  ・・・え?・・・そ、そういう事か。つまり、『司馬』は、個人を指すのでは無 い。良く考えたら、手際が良過ぎる。そう言う事かい。 「『司馬』は、1人では無い・・・。と言う事かい。」  これは、中々興味深い情報だ。 「『返信』にも書いてありますが、他言無用ですヨ?」  そりゃそうだ。こんな事がバレたら、大変だ。 「ウチは、約束を違えたりしない。誓うよ。」  最も、信用出来ない依頼人だったら、逃がさないつもりなんだろうけどね。 「貴女は、『オプティカル』のボスでしたネ。信用しまス。」 「・・・!知ってたのかい?」  ウチは動揺を隠せなかった。さすがは『司馬』を名乗るだけある。凄い情報の速 さだ。ウチの正体なんて、既にバレてしまっている。 「こう見えても、耳は、早い方でしてネ。さて、本題に入りましょウ。」  ウチは緊張する。やはり、『司馬』は凄い。ウチが翻弄されっぱなしだ。 「貴女の依頼は、ジャンと言う恋人の捜索でしたネ。」  女性は、確認してくる。ウチは、深く頷いた。 「ウチの大事な人だ・・・。向こうは嫌がってるかも知れないけど・・・。一目で 良いから、会いたいんだ。」  ウチは、まだ返事を聞いていない。こんな状態で、別れるなんて嫌だ。 「失礼だが・・・貴女の組織で、捜したりしなかったのかな?」  銀髪の男が口を挟む。この男が、実際の行動を主にするのかな? 「ボスだからこそ、そう言う事で、人手を動かす事が、出来ないんだよ。笑わせる けどね。嫌な立場さ。」  ウチだって、総出で、ジャンを捜したい。でも、そんな事が出来る組織じゃない。 「分かった。失礼な事を聞いた。」  銀髪の男は、丁寧に謝る。礼儀は、出来ているようだ。 「実は・・・私達は既に、当てが有りまス。」  ふーん。当てがねぇ・・・。って・・・。 「も、もう見当が付いてるのかい!?いや、生きているのかい!?」  ウチは、驚きを隠せない。何て凄い情報網なんだ・・・。 「お、落ち着いて下さイ。・・・結論を言うと、生きていまス。」 「よ、良かった・・・。本当に・・・。」  ウチは、涙が止まらなかった。危険な任務に行かせたって言うから、死の報告も 本当なんじゃないかって・・・。でも、生きてるんだ・・・。 「・・・大切な人なのですネ・・・。」  女性は、嬉しそうにしていた。すると、不意に、電話が掛かってきた。 「あ。失礼・・・。」  女性の携帯電話だった。女性は受話にすると、話を聞いていた。 「ウン・・・。あ。やっぱリ?・・・で、どうするのヨ?・・・エ?」  女性は、意外そうな顔をする。ウチに、関係あるんだろうか? 「・・・と言う事になったネ・・・。」  女性は、銀髪の男に話し掛けた。すると、銀髪の男は、溜め息を吐く。 「如何にも、彼らしいですな。」  銀髪の男が、呆れた様に呟く。 「アー・・・。アスカさン。場所を変えて、良いですカ?」  女性は、申し訳無さそうにしていた。何だろう?何かあったのだろうか? 「ウチは、構わないよ。」  ここは、従った方が得策だろう。 「じっくり話すつもりだったのニ・・・。結論が早過ぎるネ。」  女性は、文句を言っていた。やはり、こちらに何か関係ありそうだ。  しばらく、女性に付いて行くと、そこは、メトロタワーの監視が無いと、噂され ている廃工場だった。内の組織の人間は、余り寄り付かない所だ。すると、誰かが、 待ち構えていた。 「お疲れだな。」  誰かが口を開く。すると、女性は、少し頬を膨らませる。 「何が、お疲れヨ。少しずつ進めるんじゃ無かったノ?」  女性は、文句を言っている。その口調から言って、仲間だろうか?栗色の髪の毛 で、目付きは鋭い。背格好も、筋肉質で、只者じゃあない。 「悪いな。コイツらが、早速邪魔しに来たんで、結論を急がせた方が良いと思って な。オラ。キリキリ歩け!」  その誰かは、縄で縛っている2人を引き出す。・・・って・・・。 「ギル!?それにイル!?」  ウチはビックリした。何故、この2人が捕まってるんだろうか? 「お、お嬢・・・。」 「ウグ・・・。」  見た所、怪我は無さそうだ。しかし・・・。 「な、何のつもりだい?まさか、騙したのかい!?」  ギルとイルは、内の組織の幹部だ。私の事を知っていた『司馬』が、知らない筈 が無い。まさか罠に? 「だーから、言ったのヨ。勘違いされるっテ。」  女性は、呆れていた。この事を知っていたのだろう。 「私も止め申したが・・・。」  横に、誰か出てきた。あれ?こ、コイツは・・・。 「その声・・・まさか、『剛壁』!?」  何度か争いで、声を聞いた事がある。『ダークネス』の『剛壁』じゃないか。や、 やっぱり、コイツら、ウチを嵌めようと・・・。 「ウチまで捕らえようってのかい!こうなったら・・・。」  ウチは、黙ってやられる訳には・・・! 「姐さん、ストップストップ!」  ・・・え?・・・こ、この声は・・・。 「ジャ・・・ジャン!?」  嘘・・・。ええ!?嘘・・・じゃない? 「事を急ぎ過ぎたか?」  栗色の髪の毛の男が、不敵に笑う。今は、それどころじゃない・・・。 「あー・・・。姐さん、まずは、落ち着いて・・・。」  ジャン!ジャンだ!本物だぁ!! 「ジャン!!ジャン・・・ジャン!!」  ウチは、形振り構わず、ジャンの胸に飛び込む。どうなってるか分からない。で も、もう離れたくなかった。 「ハァ・・・。悪いな・・・。こんなに、心配掛けちまってさ。」  この優しい口調は、絶対ジャンだ! 「良いんだよ!・・・だって、ウチ、こうやって会えるだけで、嬉しくて。」  嘘偽り無い気持ちだった。ジャンに会えるだけで、幸せに思える。 「あぁー・・・。姐さんは、やっぱ良い女だなぁ・・・。」  ジャンは、嬉しい事を、言ってくれる。 「あー・・・。お二人、感動の再会は邪魔したくないが、結論を出そうか。」  栗色の髪の毛の男が、こちらに注意を促す。 「お嬢!この連中を信用しては、なりません!」  ギルは必死に、訴えている。 「良く言うなぁ。・・・黙っていてやろうかと思ったが、止めた。」  栗色の髪の毛の男は、物凄い目をしていた。見る者を、萎縮させるような目だ。 「コイツら、アンタを尾行していたんだよ。んで、これだ。」  栗色の髪の毛の男は、テープレコーダーを取り出す。 『お嬢は、あの店か。』 『間違いない・・・。俺、暴れて良いか?』  この声は、間違い無く、この2人だ。 『恐らく『司馬』も一緒だ。まさかとは思うが・・・。事情を、知られてるかもし れん・・・。』 『その時は・・・。証拠を・・・。』 『握り潰すまでだ。ジャンを追い出したのは、我らと、知られてはならん。』  ・・・な、何だって!?ど、どう言う事だ!? 『いざとなったら・・・。ボスの名前を出せば・・・。』 『それで・・・安泰・・・。ん?・・・何だ!?』  そこで、音声は途切れた。どうやら、そこで、コイツらに捕まったみたいだ。 「つー事だ。こんな物を、使わすんじゃねぇよ。」  栗色の髪の毛の男は、凄い殺気を出しながら、二人を蹴り飛ばす。 「お、お前達・・・。」  ウチは、堪忍袋の緒が切れそうだった。この二人は、信用していた。確かに、何 か反論する時は、父の名前を出す事が多かった。だが、それを利用していたなんて。 「どうやら、ジャンさんは、死んだ事に、なってたそうヨ?」  女性が、付け加える。そうだ。ジャンは、死んだと報告を聞いた。 「お前ら、俺の事は、ちゃんと伝えるんじゃなかったのか?あの言葉は、嘘か?」  ジャンも、怒っていた。どうやら、ジャンも、この二人に何か言われたようだ。 「姐さんから、身を引くように言われてな。俺が居ると、組織が乱れるそうだ。ま ぁ、それは、否定しないけどよ。姐さんには、ちゃんと伝えるよう言ったぜ?」  この二人・・・。そんな事を!! 「ほ、本当なのかい?」  ウチは、二人を睨み付ける。 「我らは、『オプティカル』の事を、思えばこその、行動です。」  ゲシッ!!!  ウチは我慢出来ずに、二人を蹴り飛ばす。 「裏でコソコソ工作して?・・・ジャンは死んだ事にして!?・・・ウチを、説得 する時は、父の名を出して!?・・・それが、『オプティカル』のため!?ふざけ んじゃないよ!!」  ウチは、我慢出来なかった。自分が情けなくもあった。ウチは、確かに世間を知 らないかも知れない・・・。でも!それを、利用するなんて!! 「姐さん。・・・そこまでだ。」  ジャンが、止めてくれた。そうじゃなきゃ何時までも、蹴っていたかも知れない。 「ウチは、ウチは悔しい!!!」  ウチは、ジャンの胸で泣いてしまった。自分が、情けなかったのが一番だ。 「・・・お嬢、我等は・・・『オプティカル』のために・・・。」  まだ言っていた。・・・でも、それは本当なんだろう。 「・・・分かった。『オプティカル』のためなんだね?」  ウチは、汚い物を見るように、二人を見る。 「これを、くれてやるよ。」  ウチは、肌身離さず持ってた『オプティカル』の権利書を渡す。そして、髪の毛 の、半分を斬る。そして、束ねて一緒に、二人の前に置く。 「ウチの髪の毛と、『オプティカル』の権利書だ。後は、お前が継ぎな。」  ウチは、もう我慢の限界だった。『オプティカル』に縛られるのは、充分だった。 「お嬢!『オプティカル』を捨てるのか!?ボスの夢は!?」 「・・・これで・・・良い。」  ギルは、反対していたが、イルは、何だか、納得しているようだった。 「イル!貴様、何を言うか!!お嬢が居てこその『オプティカル』だろうが!」 「ギル・・・。もう無理・・・。お嬢・・・本気。」  二人は、意見が違うようだ。 「元々・・・こうする・・・べきだった・・・。」 「・・・イル、貴様まで・・・。ぐっ!!」  ギルは、納得してないようだ。 「お甘い裁定だな。だが、依頼人が、こう言うんじゃ仕方ないな。」  栗色の髪の毛の男が、針を投げると、縄は、あっと言う間に切れた。物凄い正確 さだ。ビックリするくらい、腕が立つ。 「今、立ち去るなら、殺さずに、おいてやる・・・。あと、俺達の事を、嗅ぎ回っ たら、お前達の処遇は、分かっているな?・・・そうだ。良い物が、あったな。」  栗色の髪の毛の男は、邪悪な笑みを浮かべていた。そして、胸から何かを取り出 す。それを針の先端に付ける。 「ぐっ!!」  何をされるか分からないと思った二人は、逃げ出す。 「おいおい。逃げるなよ。」  栗色の髪の毛の男は、二人の影に針を刺す。 「んな!!!」 「ぐが!!」  二人は、その場で動けなくなった。どうなってるんだ? 「お前達のような、駄目な奴らには、効果的な物があってな?」  針に、黒い何かが、刺さっていた。 「昔、神が絶対服従のために使った代物でな。誓約の紋章って、言うんだ。」  栗色の髪の毛の男は、楽しそうに話す。 「・・・念!!・・・よし。で、約束事と・・・。『司馬』の事について、嗅ぎ回 ったら、爆死します・・・と。コレで良し。」  栗色の髪の毛の男は、恐ろしい事を、吹き込んでいた。そして、それを、ギルと イルの心臓に向かって、刺した。 「安心しろ。痛点を外してあるし、今は、何とも無い。今はな?」  どうやら、本当らしく、ギルとイルは、恐怖に引きつった顔をしていたが、何と も無さそうだった。怖い技だ。 「じゃ、帰ると良いさ。約束は守れよ?・・・いや、否が応でも、守るがな。」  栗色の髪の毛の男は、楽しそうに、二人の影の針を抜く。 「・・・く、くそ!!グッ・・・。」 「うあああ!!」  二人とも、情けない声を上げながら、帰って行った。それでも『オプティカル』 の権利書とウチの髪の毛は、持っていった。現金だ。 「恐ろしい技ですな。本物なのか?」  銀髪の男が、尋ねる。 「当然だ。そうじゃなきゃ、俺は、あの二人を斬っている。」  栗色の髪の毛の男は、さも当然のように言う。 「自分では、食らいたくない技だなぁ・・・。」  ジャンも、冷や汗を掻いていた。 「ね、ねぇ。ウチ、どうなってるんだい?」  ウチは混乱しかけだった。色んな事が、立て続けに起こっていた。 「状況を説明しなきゃ駄目っぽくなイ?」  女性は、助け舟を出す。 「まぁ、混乱すると思いますぞ。誰でも。」  『剛壁』まで、助け舟を出してくれた。どうなってるんだか・・・。 「んー・・・。じゃ、一つだけ。」  栗色の髪の毛の男は、こちらを見る。 「ジャンに、付いて行く気、本物かい?」  ウチを試しているのだろうか?鋭い視線で、睨んでくる。 「ジャンと一緒なら、どんな事だってやるよ!」  それは、本気だった。それに、どうせウチには、もう帰る場所が無い。 「・・・センリン。部屋は、空いてるか?」 「当然ヨ。もう予約済みネ。」  栗色の髪の毛の男は、女性に聞いて見る。すると、即承諾してくれた。 「んじゃ、状況整理から行くヨ?」  女性は、話してくれた。コレまでに至る経緯をだ。・・・何て事は無い。ジャン は、『オプティカル』を追い出されてから、行く当てが無くなって、『司馬』を頼 りにしたらしい。だから、この依頼を受ける前から、ジャンは、捜す必要など無か ったのだ。更に、皆の紹介もしてもらった。『剛壁』は、ショアン=ガイア。『ダ ークネス』を抜けて、自由になる事を選んだ男らしい。その証拠に、肩にあるべき 紋章が、切り取られていた。まだ、傷になっている。  驚いたのは、銀髪の男だ。ゼハーン=ユード=ルクトリアと言う名前で、例の大 規模な、セント反逆の首謀者の、息子だと言う。そして、伝記のユード家の縁の人 らしい。凄い雰囲気を放っていたのは、そのせいか。  女性はファン=センリン。ウチが、これからお世話になるバー『聖』の切り盛り 役だと言う。『聖亭』のファン=レイホウの末裔にして、『ダークネス』の襲撃を 受けた、ファン家の忘れ形見だと言う。  そのセンリンを救ったのが、栗色の髪の毛の男である黒小路 士と言う男だ。ど うやら、この男が本物の『司馬』らしい。今ではチームで『司馬』をしているが、 伝説とまで言われている脅威の成功率を記録していったのは、士らしい。この男は、 どこか雰囲気が違う。他の者と違って、甘さが一切無い。だが、仲間想いでもある。 敵に対する容赦の無さは、この士が、一番だろう。 「そりゃ、簡単な依頼って訳だね。」  ウチの依頼は、ジャンが決めたらしい。もう見つかってるから、後は、どう対処 しようか、迷ってたくらいだったのである。 「ま、そう言う事だ。じっくりやるつもりだったんだがな。あの馬鹿共が、うろつ いてたんで、つい捕まえちまったんだ。」  士が、事も無げに言う。さすがは、伝説とまで言われるだけある。ギルとイル程 度じゃ、障害にすら、ならなかったのだろう。 「じゃ、姐さんは、オレらと暮らすって事で、一件落着?」  ジャンが、嬉しい事を言ってくれる。 「ウ、ウチは、正直、夢見心地だけど・・・。頑張ります!」  ウチは、お飾りだったボスしかやった事が無い。これからが、凄く大変だし、正 念場なんだと思う。だけど、手を抜いたりはしない!  ウチは、心の中で誓うのだった。  いつの頃からだろうか・・・。  私に、課せられた枷が支配するようになったのは・・・。  目の前には、血で出来た絨毯が、広がっていた。  私は、息子を救うために、一度は降伏を申し入れる。  だが、親父殿は違った・・・。  見抜いていたのだ・・・罠だと。  親父殿は、見抜いていたのだ!  それを、我が身をもって、食い止めたのだ。  ・・・こんな、助けられてばかりの不甲斐無い私は、何をすれば良い?  生きて・・・生きて、生きて!生き抜いて!  例え無様でも、生き抜いて!息子のために、尽くすしか無いだろう!  そのためなら・・・何でもする!  追っ手が来たら、斬り伏せる!!  ・・・全ては、レイクのために・・・あの子は、特別な子だ。  私より・・・父より才覚がある。  伝記のジークよりも、有るのでは無いだろうか?  私は、その才覚に全てを懸ける!  あの子に憎まれようとも、強くさせるために、引き受ける!  ・・・それが私の償いであり、枷だ。  シーリス・・・私は、このような生き方しか出来ぬ。  お前と、幸せな暮らしがしたかった・・・。  だが、こうなった以上、私を見届けてくれ!  ・・・む・・・。夢か・・・。最近、良く見る夢だ。やはり血の絨毯は、私を安 寧な気持ちには、させてくれぬな。いつまで経っても慣れぬ。いや、慣れてしまっ ては、駄目なのかも知れぬな。 「一応は、朝か。」  私は、悪夢に悩まされる事が多いので、いつものメンバーの中では、一番に起き る。身支度をして、部屋の中で精神統一をする。そして、不動真剣術と天武砕剣術 の極意を思い出しながら、頭の中で整理する。それを、毎朝やっている。  すると、程良い時間に、目覚ましが鳴る。私は、一応鳴らしているが、私には不 要だ。悪夢を見てから、まともに、目覚めた試しが無い。 「いつもなら、支度を始めてる所だが・・・。」  ジャンとショアンの朝飯は、私が作っていた。二人共、作れないと言う話だった ので、仕方が無かったが、私とて、余りやった事が無い。正直、無様な醜態を晒し ていた。数えるくらいしか、やった事が無かったからかも知れぬな。  だが、今日から士が朝飯を作ってくれるとの事なので、地下の店に、集合と言う 事になっている。ま、声を掛ける位するか。私は自分の部屋を出る。中々良いビル だ。ビルと言うより、マンションに近い。私の部屋は3階だが、結構、良い広さの 部屋を貰っている。 「ショアン。起きているか?そろそろ時間だぞ。」  私はショアンの部屋を、ノックする。 「ゼハーン殿。先に行ってて下され。すぐに行き申す。」  ショアンとは、歳が近いのだが、彼は常に、謙譲語を使ってくる。 「ジャン。朝だ。起きてるか?」  私は、ジャンの部屋も、ノックしておく。 「お、おう!ゼハーンさんか!お、おい!起きた方が、良いってば!」  ・・・ジャンの奴、昨日の今日だと言うのに・・・。 「・・・下で待っている。焦らずに来ると良い。」  私は、ジャンとアスカが、一緒に居る事を察して、野暮な事は言わずに、下に行 く事にした。ジャンとアスカは、隣の部屋だし、その内、壁を取っ払うのかも知れ ぬな。恋人なら、それも良いかも知れぬ。私のように、ならぬ為にも、ジャンとア スカ、士とセンリンは、幸せになって貰わないと、私の気分が、良くない。  私は、エレベーターで店まで行く。バー『聖』。良い店だ。不定期休業するにも 関わらず、客足が絶えない。私は、士に極意を聞いたら・・・。 『それを考えちまったらアウトだ。客によって極意を変えるくらいじゃないとな。』  だそうだ。彼は、自分をコントロールするのが、上手いな。センリンは・・・。 『無理に変えようとしても無駄ヨ。自分も、楽しくないと駄目ネ。』  だそうで。さすがに長年やってるだけあって、敵わぬな。  私は店の中に入る。私が一番らしいな。士に言われている通りに、換気ボタンを 押す。これは、地下にある修練場と、バー『聖』と、外の空気を入れ替えるための 物で、必ず朝と開店前に行う。朝は、単に空気の入れ替えで、開店前は、掃除した 後に、客を迎え入れるためだ。やはり、新鮮な空気を入れた方が良い。 「む・・・。やはり早いな。ゼハーン。」  士が、やってきた。既にエプロンをしている。 「換気をしておいた。後は、そこの大テーブルを、拭いて置こう。」  私は、今日6人が食事をするであろうテーブルを、台拭きで綺麗にしておく事に する。やはり、食事をする時は、気を付けぬとな。 「ソイツは助かる。アンタは、金を払ってる身分なのに、働き者で助かる。」  士は、軽く笑うと、台拭きを軽く濡らして、私に投げて寄越した。 「生活するとなれば、同士。なれば、仕事をするのは、当然。」  私は、ちゃんとキャッチしたので、テーブルを拭いておく。 「うワー・・・。早いヨ。士は当然として、ゼハーンさんも、早いネ。」  センリンが来たみたいだ。センリンも、既に身支度を終えてる辺りを見ると、結 構、早く起きたのかも知れない。 「恐らく最後は、ジャンとアスカだ。」  私は、伝えておく。その一言で、士は察したらしい。 「・・・ま、野暮な事は言わんが・・・。朝飯に、間に合うのか?アイツら。」  士は苦笑する。自分も、センリンと生活している以上、人の事は、言わないのだ ろうが、朝飯は、皆と合わせると言ってある以上、気になるのだろう。 「センリン。昨日、炊いておいた米は?」  士は、気を取り直して、料理モードに入る。 「バッチリ。タイマーは、便利だネ。」  米を昨日の内に、仕込んでおいたのか。その方が楽であるな。 「鮭の塩焼きと、味噌汁、後はセンリン、コレの盛り付け頼む。」  士は、鮭の塩加減を見つつ、味噌汁の製作に取り掛かっている。センリンに、漬 物を渡す。どうやら、いつも漬けている物らしい。 「了解ネ。サクサクっと。」  センリンは、小気味良い音で、漬物を切り分けていく。さすがだ。 「本当は、納豆も用意するつもりだったが、初心者にはきついだろうから、止めて おこう。今日のオカズのメインは、コレだな。」  士は、昨日から用意してあるのか、鍋から、何かを盛り付ける。 「オー。今日は朝から嬉しいネ。切り干し大根まで用意するとは、さすがヨ。」  センリンが、嬉しそうにしている。士は、切り干し大根まで用意していたのか。 「前日に用意して置けば、こんな物は、簡単な物だ。んじゃ、カウンターに置いて いくから、ウェイター頼むぞ。」  士は、満更でも無さそうな表情で、朝飯を並べていく。やはり年季が違う。私な どが、少しやった程度の腕前では無い。さすがだな。私は、カウンターの物を、大 テーブルに並べていく。・・・誰か来たようだ。 「む・・・。もう、こんなに出来ているとは・・・。遅れ申した・・・。」  ショアンは、申し訳無さそうにしていた。 「今日は、気にするな。明日からは気にしろ。」  士は、珍しく上機嫌だった。お小言が来ないなんて、珍しい。 「ぐあ!もう、あんな出来てる!すげぇ!」 「うわぁ・・・。ガリウロル食。ウチ初めてかも!」  ジャンとアスカが来た。目を丸くしている。 「フッ。見て驚け。そして、食べて驚くといい。」  士は本当に上機嫌だ。料理するのが、好きなのかも知れぬな。 「姐さん、箸は?」 「大丈夫だ。って言うか、ガリウロル食レストランに、連れて貰った事あるだろ?」  ジャンが、心配してたが、アスカは、思いの他、箸に慣れているようだった。 「ジャンの方こそ、怪しくなかったっけ?」 「オレは、ここに通って、慣れちまったよ。」  なる程。そう言えば、ジャンは、ここの常連だったな。 「最初は、見てられなかったけどな。ほれ。味噌汁最後だ。」  士は、笑いながら味噌汁の最後を盛り付ける。カブと大根の味噌汁のようだ。 「よし。じゃぁ座れ。」  士が言うと、皆が席に座る。私とショアン、士とセンリン、ジャンとアスカが隣 同士のようだ。ま、当然だな。 「じゃ、戴きますネ。」 『戴きます。』  センリンの一言で、皆が、戴きますをした。良い物だな。 「・・・んー・・・。やべぇ。マジでうめぇ・・・。」  ジャンが、喜びに浸っていたが、分かる気がした。コレは美味い。鮭の塩加減も バッチリだ。程良く鮭が調理されている。味噌汁も、出汁の取り方が完璧だ。今日 は、煮干と椎茸だろうか?漬物も今日は、浅漬けらしく、塩加減が柔らかかった。 そして、極めつけは切り干し大根だ。醤油の通りが良い。さらに噛み締める度に、 口の中に広がるエキスは最高だ。こんな物を、ポッと出せる士は凄いな。 「組織じゃ、支給される朝飯だから、ここまで美味くないなぁ。」  アスカも、納得の味のようだ。 「いやはや・・・。脱帽で御座る。さすが士殿。」  ショアンも、美味そうに、モクモク食っている。 「士ったら、張り切ったネ?」  センリンは、いつも以上に美味しいと思ったのだろう。 「いつもの延長線だ。普段があるからこそ、作れる。ただ、それだけだ。」  士は、満更でも無さそうな表情をしつつも、自分の料理を食べていた。 「これは、私では、習おうにも限度があるな。無謀であった・・・。」  私は、力になりたくて、習おうと思ったのだが、レベルが違い過ぎる。 「ゼハーンは、金払ってるんだ。気にするな。それに、裏方の仕事が、慣れてきた んだ。そっちに集中すりゃ、良いさ。」  士は、今の仕事に集中しろと言っていた。全く持って、その通りだな。 「了解した。私に出来る事をしよう。」  私は素直に頷く。下手に手伝いをしようとしても、コレでは、邪魔になるだけだ。  朝食を終えると、各自、仕事に入る。センリンは、仕込みから入る。今日は、士 とジャンとアスカが、その手伝いをする予定だ。ジャンとアスカに、料理を教える 予定らしい。私とショアンは仕入れだ。  ここでの生活も、3週間程になる。そろそろ、仕入先の親父さんとも、馴染みに なってきた。顔を覚えられると、仕入れる感覚も、違ってくる。良い物を手に入り 易くなる。士のチェックは、結構厳しいので、こっちも必死だ。最近は、駄目出し される事も、少なくなってきた。  まずは、タウンの卸売り場だ。ここには、全ソクトアからの海鮮物が、毎日生き たまま送り届けられる。高速運搬を、使ってるとの話だ。 「よぅ。ショーとゼフじゃねぇか!」  親父さんが、声を掛けてくれる。何でも、ショアンとゼハーンドでは、呼びにく いので、ショーとゼフと呼ばれる事になった。ちなみに、士は、そのままで呼ばれ ている。まぁ愛称の方が、私も助かる。 「おやっさん。今日は、コレとコレとコレを頼む。」  私は、鮮やかな魚を避けて買う。 「・・・ゼフは、目利き覚えるの早過ぎるぞ。つっても、まだ甘いけどな。」  おやっさんは、尻尾を見せる。切れ長で、丸くない。なる程。色だけじゃないん だな。勉強になる。 「ま、3匹の内、1匹は天然だ。持ってけ!」  おやっさんは、参ったって顔をしていた。 「私には、どれも、同じに見え申す・・・。」  ショアンは、難しい顔をしていた。 「ショーは、勉強が足りねえ!って、言いたい所だが・・・。」  親父さんは顔を曇らせる。ショアンは、貝と蟹と海老を、さっくり見ていた。 「おやっさん。コレとコレと・・・コレとコレが、欲しいで御座る。」  ショアンは、次々、指を差していく。 「おめぇ、本当に、プロじゃねぇんだよな?」  親父さんは、顔を顰める。そう。ショアンは、何故か、魚以外の海鮮物に関して は、私などより、数段上の目利きだった。 「何でしょうねぇ。オーラを感じるんですよ。」  ショアンは、適当に誤魔化していたが、必死に覚えていたのを私は知っている。 「おめーさん達、良い仕入れ人になって行きやがって!おお!持ってけい!!」  親父さんは、豪快に笑って、ついでに良い魚を、何匹かくれた。本当に良い人だ。 コレを見て、また魚の目利きを学べと、暗に言っているのだ。 「やるからには、士っちを、超えろよ!」  親父さんは、士とも仲が良い。 「その意気で、やります!」  私は、こう答えて締めた。実際超えるのは、大変だろうけどな。  私達は、海鮮物の仕入れを済ませると、今度は、ビレッジに向かう。偽の通行証 も出来上がったので、いつでも、キャピタルに帰れるのは頼もしい。それに、店関 連者だと、通行も信用され易い。偽の通行証を、1週間で仕上げてくれた、偽造屋 のオッサンにも、感謝だ。おかげで、早く目利きの勉強をする事が出来た。依頼を してから、3週間ほど経つが、ここでの生活も気に入ってきている。昨日から加わ ったアスカも、性格は良いみたいだし。修練も充実している。  ビレッジのファーム地区に行く。士から貸されている、この車を使えば、タウン の卸売り場から、ここまで、1時間程で、着く。楽な時代になった物だ。  セントでは、電話やFAXも普及しているので、用件を伝えるのも簡単だ。  連絡してあるので、用意しているだろうが、とりあえず農場に着く。 「どうもー!バー『聖』の者ですがー!」  ショアンが、明るく挨拶する。すると、農場を経営している爺さんと婆さんが出 てきた。息の合った二人だ。 「おお。ショーちゃんに、ゼハッちゃんね。」  婆さんが、妙な渾名を付けているが、寧ろ助かるので、訂正したりはしない。 「いつも助かってます。」  私は、お世辞じゃなくそう思っている。ここの農場は、野菜、果物に小麦粉や牛 乳まで作っているので、非常に助かっている。と言うのも、大規模な農場なので、 この2人だけで経営している訳では無い。だが、細かい作業などは、2人が中心で やっているようだ。最近は、婿夫婦に任せてる所もあるらしい。しかし、ここの野 菜は、一級品だ。セントだと作り易いらしいが、それでも、農薬を使わない、こだ わりがあるようだ。大変だが、味は、保証済みである。 「おーおー。確か、今日は、トウモロコシが、獲れたてじゃぞい。」  爺さんは、トウモロコシを多めに詰めてくれる。こう言う心遣いが嬉しい。 「ありがとう御座います。士も、喜ぶでしょう。」  私は、満面の笑みを浮かべる。 「良い笑顔じゃ。士君も、良い笑顔じゃが負けてないぞ。」  爺さんは、士の事も、知っている。 「あの子、最近来てないけど・・・。」  婆さんは寂しそうだ。 「実は、最近、後輩が出来ましてな。料理を教え中なんですよ。」  ショアンが教えてやる。 「おーおー。士君が、先輩か!こりゃ、めでたいな!でも顔を出すよう、言ってく れんかね?しばらく見ないと、少し、心配になるんじゃ。」  爺さんも、心配そうだった。好かれてるなぁ。 「勿論です。士なら、喜んで来ますよ。」  私は言ってやる。どうしても、この夫婦には、甘くなってしまう。 「そういや、センちゃんは、元気かい?」  爺さんは、センリンの心配も、していた。 「あー。あの子ね。良い子よねぇ。」  婆さんも、気に入ってるみたいだ。 「センリンも、後輩が出来たって喜んでますよ。」  私は伝えてやる。最近は、張り切っているしな。 「カッカッカ。良きかな良きかな。・・・あの二人、結婚は、まだなのかい?」  爺さんは、気になっているようだ。まぁ傍からは、そう見えるな。 「もう、結婚しているような物で御座る。」  ショアンは、呆れたように言う。まぁそうだな。 「わしが婆さんを落とした時のように、ドーンと構えろ!って、言ってやって下さ い。幸せにならんと、嘘じゃて。」  爺さんは、優しい目をしていた。本当に、胸が暖かくなる。 「やですよ。お爺さん。でもね。何かと逃すのは、良くない事よ?」  婆さんも、心配している。果報者だな。あの二人は。 「私も、そう思っています。応援は、しているつもりです。」  私は、本当にそう思っていた。あの二人は、幸せにしたい。 「ゼハッちゃんが言うなら、安心じゃ!二人に宜しくの!」  爺さんは、握手を求めてきた。私は、軽く握手をしてやる。 「ショーちゃんにゼハッちゃんも、良い人を、見つけなさいよ?」  婆さんが、そう言いつつも、握手を求めてきた。つい握り返す。 「いつか、ご報告出来れば!」  ショアンは、目に涙が出そうになっていた。この夫婦の優しさが、染みたのだろ う。 こうして、野菜と、果物と、ワインと、小麦粉を貰った。何とも、お節介だ が、胸に染み入る夫婦だった。 「ゼハーン殿。私は、あの夫婦が羨ましい。そして、守りたく存ずる。」  ショアンは、助手席で、真剣に言っていた。 「私達のように陰に生きる者にとっては、そう見えるでしょうな。この絆は、大事 にしよう。それが、私達に出来る事だ。」  私は、諭してやる。それ以上の事を、干渉してはいけない。  だが、あの人達の為に、何かしたいのも事実ではあった。  こうして、仕入れを終えたので、士の元に帰る。士に今日の仕入れ物を見せた。 「・・・フム・・・。この魚、養殖だな。これは。・・・それ以外は、良い物だ。」  さすが士である。さっき親父さんに言われた、指摘そのままである。 「おやっさんにも言われた・・・。やっぱり尻尾か?」  私は、面目ないので、ついでに聞いてみる。 「アンタ、色艶で選んだろ?だけど、尻尾と、腹の形も見た方が良いぜ。」  士は、指で指摘してきた。・・・なる程。確かに違う。良く見ている。  私は、ついでに、農場の老夫婦の話をしておく。 「あー。会いたがってたか。最近、顔を出してないしな。考えておかなきゃな。」  士は、変に隠したりせず、一考する。あの老夫婦には、士も敵わないみたいだ。 「私も行かないとネ。あの人達には、長生きして欲しいヨ。」  センリンも心配だったようだ。あの夫婦は、底抜けに優しいからな・・・。 「良い人なんだねー。ウチも会いたいなー。」  アスカは、まだ会った事が無い。ジャンも会った事が無い筈だ。 「その内、皆で、顔を出さないとな。」  士は、柄にでも無い事を言う。しかし、それだけ、あの夫婦を気に入っているの だろう。誠実な夫婦だからな。 「ハッハッハ!お師匠が、優しくする人なんて居たんだな!」  ジャンは、止せば良いのに、余計な事を言う。お師匠? 「その、お師匠は止せ!・・・それと、どう言う意味だ?」  士は、恐ろしい笑みを浮かべていた。後ろに闘気を浮かべる程だ。 「だってさー。お師匠、容赦無いじゃん。」  ジャンは、大根の桂剥きを見せた。上達しているようだ。 「ハッ。俺はビシビシ行くだけの話だ。妙な言い掛かりは、止めて貰おうか。それ と、ココとココは、均一じゃねーぞ。集中途切れたろ?」  士は、ジャンの桂剥きに、駄目出しする。恐ろしい鬼教官だ。 「んもう!厳しいなぁ!気を付けますよー!」  ジャンは、苦笑しながらも、言う事を聞いている。実際士は、厳しいが、無茶な 事は言わない。だから、文句は言わないのだ。 「士さんが、ジャンの師匠なら、ウチの師匠は、センリンさんだね!」  アスカが、センリンに対して、師匠と呼んでいた。 「恥ずかしいヨ。でも、弟子のつもりで行くヨ!」  センリンも、満更では無さそうだ。案外、良いコンビなのかも知れないな。 「二人の筋は、どうなので御座るか?」  ショアンが、質問する。まぁ気になる所だ。 「アスカは、素直で、教え易いヨ。料理した事が、無いって言うから、下手に染ま ってないのも、大きいと思うヨ?」  センリンは、目を輝かせている。なる程。やった事が無いのでは、素直に従うし か無いし、却って、やり易いのかも知れんな。 「コイツは、体にミッチリ教え込まないと駄目だな。基礎は覚えろよ?」  士は容赦無い事を言う。しかし、士が容赦が無い事を言ってるのは、期待の表れ だった。士は、本気で無理だと思ったら、教えようともしない筈だ。 「お前さん達も、仕入れのスキルは順調に上がってるようだし、戦力としては、期 待してるぞ?正直な話、助かってるしな。」  士は、私達のフォローも忘れない。私達は、料理をするよりも、向いているのか も知れない。士は、その辺を、下手に誤魔化したりしない。私達に任せる所は、任 せると、言ってるのだ。 「さ、昼食は、作ってある。食い終わったら、今度は、こっちだ。」  士は、腕っ節を見せる仕草をする。つまり、戦闘訓練の事だろう。これは、ハー ドなスケジュールに、なりそうだな・・・。  仲間達と共に、生きていく。私にとっては、珠玉な日々となりそうだな。