NOVEL Darkness 4-4(First)

ソクトア黒の章4巻の4(前半)


 4、旅行
 キャピタルの首都高速道路を抜けて、ビレッジに入る。すると、検問があるが、
私達は、通行証を持っているので、大丈夫だ。ゼハーンさんの通行証も、怪しまれ
た事が無い。偽造の筈なのだが、もう本物と、ほぼ同じだ。凄い事だ。
 ビレッジに入ると、長閑な田園の風景が見える。正確に言えば、セントの中では、
ビレッジでしか、見れない風景なのだが。
 キャピタルは、メトロタワーを中心に、高層ビルが立ち並ぶ風景が多い。忙しく
駆け回る人々が多く、サラリーマンやビジネスマンが、多く住む都市だ。
 シティは、キャピタルへ仕事に行く人達や、芸術家が多く住む都市だ。富裕層が
多く、高貴な家柄の人も多く住んでいる。また、学園都市とも言われるように、学
校なども、いっぱいあるので、ある意味、非常に発展した場所でもある。
 タウンは、忙しい都市だ。各地からの生鮮物などが送られる場所でもあり、内陸
なのに、漁業都市とまで、言われる程である。ここで一発儲けて、シティに行こう
とする人が多い。工場なども、多く立ち並んでいる。
 スラムは、タウンに進出すら出来ない人が多い。工場が多く、治安も余り良くな
い。だが、独自の文化が発展していて、ここの人間からすれば、外の都市は、退屈
だと評されている。キャピタルが容認しているのも、独自性を面白く見ている為だ
ろう。だが、『絶望の島』送りになる人も多い。
 そして、ビレッジは、セントの中で、農業に従事している人達が多く住んでいる。
なので、外の都市と比べて、3倍近い広さがある。気候条件は、常に一定なので、
必ず良い作物が取れるのも、大きい。各国から送り届けられる作物より、ビレッジ
印の作物を好む人が多いのも、そのせいだ。
 ビレッジは、その広い土地に目を付けられて、レジャー施設が多く設けられてい
る。どこか遊びに行くと言えば、ビレッジのどこかに行くと言う人が多い。セント
は、北半球なので、今は冬だ。だから、ビレッジでは、スキーや温泉が盛んで、人
工的に雪を降らせて、観光客を取り込んでいる。春になれば、雪を溶かして、野山
に変えて、ハイキングさせるなど、ビレッジの中にある山は、利用価値が高いよう
だ。それ以外にも、ビレッジの入り口付近では、あらゆるテーマパークが、揃えら
れている。便利な場所と言えば、それまでだ。
 長閑な田園風景を楽しむ・・・筈なのだが、高速道路を使っているので、中々ゆ
っくりは見れない。仕方の無い事だが、せっかくの景色が、勿体無いと感じてしま
う。ちなみに今は、ゼハーンさんが運転をしている。助手席はショアンさんだ。ゆ
ったりした旅がしたいって事で、買ったキャンピングカーなので、後ろのスペース
は、かなり凝っている。テーブルを広げられるスペースもあり、普通に生活出来る
スペースもある。シートが、そのまま寝台に変わるタイプなので、いつでも就寝出
来る。外の景色を楽しみながら、寝ると言うのも乙な物だ。
 だが、私達は、景色を楽しむ事にしている。幸いな事に、渋滞も無いので、この
ままなら、3時間程で、インターチェンジに着くかも知れない。
「あっちに見えるのが、ビレッジ第1地区だ。俺達が、向かうのは、あっちだ。」
 士が説明している。士の説明は、分かり易くて良い。
「センリン。眠いのか?」
 私が、ボーっと士を見ていたので、士に心配されてしまった。
「違うヨ。説明の仕方が、丁寧だと思っただけヨ。」
 私は正直な感想を言う。士の説明は、非常に分かり易い。
「士さんのおかげで、位置関係は、バッチリだぜ!」
 ジャンさんも同意してくる。分かり易いのは、良い事だ。
「ウチは、あんまりレジャーとか行かなかったから、助かるよ。」
 アスカは、目を輝かせている。純粋で良いなぁ。
「良い機会だ。たっぷり楽しんでおけ。しかし、『オプティカル』は、忙しかった
のか?余り行かないと言うのも、心的に、良くないぞ。」
 士は、案外、人生を楽しむタイプだ。勿論、追っ手の事や、暗殺の事で悩んでは
いる。しかし、そのストレスを解消するために、全力で楽しむのだ。
「んー・・・。姐さんのは、何て言うか、組織が、煩かったってのも、あるな。」
 ジャンさんが、考察する。なる程。楽しみすら、阻害されてたのか。
「ウチは、皆の期待に、応えたかっただけなんだけどね。さすがに、愛想を尽かし
ちゃったよ。ウチの親の事しか言わないんだ。アイツら・・・。」
 アスカは悲しそうな目をする。酷い話だ。アスカは、まだ若いのに、組織を背負
わされていたのか。
「だから、ジャンと話してる時は、ストレス解消になったものだよ?」
 アスカは、嘘偽りの無い目で、ジャンさんを見る。
「姐さんたら、嬉しい事を言ってくれるぜ。」
 ジャンさんは、少し照れていた。最近ジャンさんも、アスカを受け入れてきてる
気がした。良い事だな。
「ジャンの事だ。アスカのストレスが溜まった時は、必ず行ってたんだろ?」
 士は、からかうような口調で言う。
「いぃ?・・・そんな事無いっすよ!って言いたいけど、士さんの言う通りだ。」
 ジャンさんは認める。やっぱり分かるんだろうね。
「ウチが、酒屋に行く時は、ジャンが居たね。・・・やっぱこれかい?」
 アスカは、自分でも分かってるようだ。
「ご名答。姐さんが、『華』のワインを買いに行く時は、ストレスを解消したい時
だったろ?何となく、分かったんだよ。」
 ジャンさんって、そう言う機微には、敏感だなぁ。
「バレてたってのも、恥ずかしいけどね。今じゃ感謝してるよ。」
 アスカは、変に責めたりしない。自分でも、分かっているからかな。
「私にも、あるのかナ?」
 私は、そういう不機嫌な時は、どうしてるっけなぁ。
「センリンは、余計な事はしないだろ?不満があったら、直接言ってくるだろ?」
 ・・・士の言う通りかも知れない。そう言えば、余り隠した覚えが無い。
「センリンちゃんは、溜め込まないからなぁ。」
 ジャンさんにまで、バレてる。うー・・・。
「センリンさんは、心が正直で、ウチ、羨ましいよ。」
 アスカまで・・・。まぁ、私は、つい口で言っちゃうからなぁ・・・。
「私は隠さない人でス!・・・分かり易いのかナァ?」
 正直なのは、美徳なのかも知れないけど・・・何だかな。
「正直に生きるってのは、難しいんだぞ?それを地で行くなんて、凄いと、俺は思
ってる。お世辞じゃあないぞ?」
 士は、意外な事を言う。正直に生きるって、難しいのかな?
「何だか誤魔化された気がしなくもなイ。でも、まぁ良いヤ。」
 士が、信頼してくれるなら、私としても万々歳だ。
「楽しく生きるってのは、大変な事だと、オレは思うね。」
 ジャンさんは、楽しく生きるための、コツを掴んでるからこそ、その大切さを知
っているのだろう。
「・・・その事なんだがな。俺は最近、あの二人が、心配だ。」
 士は、運転席の方を指差す。二人には聞こえない程度に話す。このキャンピング
カーは、運転席と助手席は、完全に別で分かれているので、仕切り窓を開けない限
り、こちらの声は聞こえないのだ。
「そうだな。特にゼハーンさんの悩みぶりは・・・ひでぇな。」
 ジャンさんも同意のようだ。ゼハーンさんは、背負い込むタイプだからなぁ。
「この旅行も、そのモヤモヤを、解消させるためでショ?」
 私は士に確認する。士は首を縦に振った。
「まぁ、それもあるんだが、純粋に楽しむってのもあるな。」
 士は、自分が楽しむ事を忘れない。
「ウチは、ショアンさんが、ちょっと心配かも。」
 アスカは、ショアンさんが心配なようだ。
「俺もだ。アイツは、表にほとんど出さない。だから、却って悩みが深いと俺は思
っている。ショアンは、『ダークネス』の時の過去を・・・引きずってるようだ。」
 士は、見抜いていた。ショアンさんが、アスカやジャンさんを迎え入れる時に、
節目がちに自分の肩に、触れていた事を知っている。
「・・・ウチ、もう仲間としか、見てないんだけどなぁ。」
 アスカは、気にするようなタイプじゃない。ショアンさんも、良い人だしね。
「ショアンさんは、真面目だからな・・・。オレとかと話してる時は、普通なんだ
けどな。確かに、振り返ると、頭を抱えてたりしてたな。」
 ジャンさんも心配のようだ。なんだかんだで皆、気付いている。
「この旅行で、奴の蟠りも、解きたいと思ってる。」
 士は、そこまで考えていたのか。凄いなぁ。
「変に意識させたら駄目だ。だから、自然に、仲良くなるように仕向けさすぞ。」
 士は、色々思案しているようだ。こう言うの得意だからなぁ。
「ショアンさんは、真面目だからネ。その点も注意だネ。」
 私も、及ばずながら協力しよう。こう言うのは、スッキリさせなくちゃね。


 ビレッジ第2地区。そこは、セントのレジャー施設の中でも、かなりレベルの高
い所だ。雪質は最高だったと聞く。そう言う事を調べてくる士殿は、本当に凄い。
抜かりの無い御仁だ。
 温泉宿もあると聞く。温泉は、正直助かる。最近、色々考える事が多かったから、
頭を空っぽにするには良いかも知れぬ。スキーで体を動かして、温泉で休むとは、
中々贅沢な事で御座ろう。
 ・・・最近、アスカ殿が仲間に入ったが、彼女は『オプティカル』のボスだった
御人だ。私のような、つい最近まで『剛壁』だった人を、受け入れてくれてるのか、
少し心配で御座る。それに、ジャン殿も、私を意識的に笑わせてくれる良い御仁だ。
それなのに、私は、何も返せていない。お二人共、素晴らしい仲間であるのに、こ
んな事を考えてしまう、自分が恥ずかしい・・・。
 ゼハーン殿のように、自然体で接したいで御座る。彼の紳士的な振る舞いは、私
の目指すべき姿勢御座ろう。やはり、学ぶべき事は多いな。
 で、スキーなのだが・・・。
「こ、こうであるか?」
 私は、さっき教わった『ボーゲン』とやらを、やろうとする。
「おい。それじゃ角度が開き過ぎだ。足が掬われるぞ。もっと締めろ。」
 士殿に教わっている。士殿は鬼教官のような口調だが、丁寧に説明する。
「これくらいで御座ろうか?何だか、内股で好かぬで御座る。」
 スキーと言うのは、随分内股で、やるのであるな。
「文句垂れるな。それが出来ねぇと、怪我するのは、お前だ。否が応でも覚えろ。」
 士殿は、初心者に合わせて見本を見せる。・・・なる程。こう足を運ぶので御座
るか。分かり易い。
「おおう。こうで御座るか?」
 我ながら、上手く出来ている感じだ。
「ま、及第点だな。脚も大事だが、今の膝の感覚を、忘れるなよ?」
 士殿は、すかさず教えてくる。なる程。膝か。
「なる程・・・。確かに、これならば滑り落ちないで御座るな。」
 雪でストップさせるわけか。上手く出来ているな。
「膝での重点移動を覚える事で、鋭くターンが出来る。これは重要だぞ。」
 士殿は、片足運びを見せた後、素早いターンを見せてくれる。なる程。
「基礎が、出来ていればこその・・・この滑りだ。」
 基礎は、大事なので御座るな。さすがだ。
「本格的に慣れてくれば、ターンのが、楽になってくる筈だ。」
 そんな物で御座ろうか?まぁ士殿の言う事だ。間違いでは、あるまい。
「まずは、ボーゲンを完璧に・・・で御座るな。」
 私は、ボーゲンの復習をする。ゆっくりながら、進んでいく感じが良い。
「上手くなったじゃねぇか。その調子だ。」
 士殿は、親切に教えてくれる。口調は厳しいが、優しい御仁だ。
「そういえば、アスカ殿は、どうして御座る?」
 私は、アスカ殿の方を向く。・・・む!?
「こう?こうかい?ジャン。」
 アスカ殿は、ジャン殿に、教えられていた。
「おー。姐さん上手じゃん。」
 ジャン殿も、手放しで褒める程だ。片足滑りをしていた。
「膝を使うのが、ポイントだね。」
 アスカ殿は、ターンをイメージしてか、膝を上手く曲げている。
 ムムム・・・。私が、一番滑れてないではないか。
 片足ずつ体重移動をすれば、出来るのだろうか?・・・むむぅ!?
「馬鹿!!雪に脚を取られてるじゃねぇか!!ボーゲンを思い出せ!!」
 士殿の注意が飛ぶ。ぬおおお!勝手に滑る!?
「と、止まらぬ!!」
 私は、あっと言う間に、滑り落ちていく。おおおおお!?
 ・・・
 気が付くと、士殿の声は、遥か遠くに聞こえた。我ながら馬鹿な事をした物だ。
見栄を張ると良くない。当たり前の事で御座ったな。後で、士殿にドヤされるな。
「しかし、この辺は、見た事が無い所で御座るな。」
 私は、辺りを見渡す。どうやら、怪我はしてないらしい。不幸中の幸いだ。スキ
ー板を取り外す。ボーゲンをマスターしないと、駄目で御座るな。
(・・・ん?)
 私は、妙な事に気が付いて、気配を殺す。私が落ちて来た所を考えるに、スキー
場のロッジの辺りか、道が広がってても良い筈なのに、何故か、妙な建物が多い所
だった。・・・待てよ・・・。
 確か、この辺りに、ダークネスの支部があった筈だ。私が入ってた頃に、地図を
渡された覚えがある。カモフラージュする為の、地形の跡なのかも知れない。確か
にコレならば、パッと見では分からない。
 雪原支部・・・。噂には、聞いていたがな。
 私の顔が知られたら拙いな。公式には、死亡した事になっている。ここは、完全
に気配を遮断して、遠ざかるとするか。
 ・・・む?誰か来るな。潜んでみるか。
 何か音がする。あれは・・・ダークネス特有の挨拶のサインだ。身分証明に良く
使われるサインだな。私も、まだ覚えている物だな。
「・・・私だ。」
「・・・!これは、失礼致しました。」
 誰かのサインに、中の者が気付いたのか、雪の中から扉が現れると、中の者が、
誰かに挨拶する。敬礼の仕方を見るに、相当、上の者らしいな。
「今日は、何用でありますか!」
「定期の見回りだ。・・・それと、入札の報せに来た。」
 その誰かは、相当、位が上のようだ。入札の報せは、下の身分の者が、扱える案
件では無い。入札とは、殺しの依頼を、どこの支部が受け持つか、入札する為の案
件だ。完全成功すれば、入札額の3倍の金が貰えるシステムだ。しかし、何らかの
ペナルティがあれば、2倍になる。
 いつもなら、ただ上から、近くの者に命令が下るのが多いのだが、相当に上案件
の場合、話は違ってくる。誰もがやりたい依頼なのだろう。箔が付く程の依頼なの
だろう。だから、入札の報せが来るのだ。平等に行う為に、各支部の代表者が、集
まるのだ。
「入札でありますか。では、雪原支部の荒神(あらがみ)代表をお呼びします。」
 ・・・『荒神』・・・!聞いた事がある。ダークネスのボスの懐刀だ。どこかの
支部の代表になったとは、聞いていたが・・・。
「フン。龍(ロン)も、立派になった物だな。」
 誰かは、鼻を鳴らす。余り気に食わないのだろう。
「てめぇ。本名で、呼び捨てにするんじゃねぇ。」
 代表が出てきた。あれが『荒神』か。凶暴そうな男だ。なんでも、伝記の『荒龍』
のドランドル=サミルの荒々しいエピソードが好きで『荒神』と名乗っている男だ。
「『創』様の懐刀を、自称するような奴は、コードネームすら、薄ら寒い。」
 誰かは、相当気に入らないようだ。わざと挑発している。
「自称じゃねぇ。だまらねぇか!アリアス!!」
 ・・・アリアス?あの男・・・アリアス=ミラーか!ダークネスのナンバー2だ。
ボスの側近だったな。気位が高く、ボスを狂信していると聞いたな。コードネーム
は『鏡』だが、余りにも有名なため、コードネームで呼ばれる事が少ない。
「フン。貴様こそ、私の名前を、気安く呼び捨てるでは無いか。お互い様だ。」
 アリアスは、ゴミでも見るような目で『荒神』こと、龍を見る。
「ち。さっさと、用件を言え。」
 龍は、不機嫌そうに尋ねる。
「入札だ。やる気がないなら、辞退したまえ。」
 アリアスは、入札証を手渡す。それを龍は、奪い取って魅入るように見ていた。
「馬鹿を言うな。こんな美味しい物を、逃す俺じゃないぞ?」
 龍は嬉しそうに笑う。コイツらは、本当に殺しが好きなのだろうな。最も私も、
その仲間だったのだ。人の事は、言えまいな。
「どれどれ・・・?む・・・。なる程、地主か。にしても、地味な依頼だな。おい。」
 龍は文句を言う。余り気が進まないのだろう。
「辞退すれば良かろう。貴様で無くても、やりたいと思う奴は、五萬と居る。」
 アリアスは、溜め息を吐く。本当に嫌いなのだろう。
「馬鹿を言うんじゃねぇよ。最初から逃げるような真似は、俺様は嫌いなんだ。」
 中々、切れ易い男のようだ。
「自家栽培の農場?結構広いの、持ってるじゃねぇか。」
 ・・・何だと!?・・・ま、まさか!
「私は良く知らんのだが、無農薬を売りにして、最近流行ってるそうだ。依頼は、
ビレッジ第1区画の農園工場の主、クルセイ=ルドロフだ。」
 クルセイ!!やはり!爺さんが言っていた、大農場の主が、農場を売って欲しい
と持ち掛けられたと、言っていた奴だ!!では・・・。
「爺さん婆さんと、婿夫婦か。誰だか知らんが、不幸な事だな。サン農場ねぇ。」
 サン農場・・・。やはり、あそこか・・・。
「入札額は、50万ゴードからだ。」
 50万ゴードだと!?何たる額!
「随分と、たけーな。」
「依頼人が、300万ゴードまで出すそうだ。だから、上限は100万だ。気付か
れる事無く、公に事故に見せ掛けられれば、完全成功だ。どっかでバレたら、殺し
で成功。それが条件だ。事後処理は、処理班が、請け負う。それは10万ゴードで
引き受けた。」
 アリアスが説明する。処理班とは、依頼人の希望通りに、事が進むように処理す
る班の事だ。依頼料が安い代わりに、確実に金を手にする事が出来る。安い仕事だ。
「入札は、当然参加だ。場所は、どこだ。」
「キャピタルの南支部の、受注場だ。遅れるなよ。」
 話は、滞り無く進んでいく。こ、このままでは・・・。しかし、ここを動く訳に
は、行かぬ。見つかれば、あの人斬り2人を、相手にせねばならぬ。奴等は、相当
な使い手だ。1対1でも勝てるかどうか、分からない程だ。さて・・・まずは、抜
けなければ、ならぬな。
(迂闊には、動けぬ。)
 何か、切っ掛けがあれば・・・。
 ゴオオオオオオオオオ!!
「・・・む?」
「おい!アリアス!!この音は雪崩だ!入れ!!」
 龍がアリアスを引っ張り込む。確かに物凄い音だ。上を見ると、雪が滑ってくる。
これは・・・好機なのだが、危機だな。
 その瞬間、誰かに腕を引っ張られた。
 ・・・
 むむ?ここは・・・?
「おい馬鹿。呆けるんじゃない。」
 その声は・・・士殿だ。
「士殿・・・。捜索して下さったのか。済まぬ・・・。」
 私は深く謝る。しかし・・・ここは?ロッジか?
「背伸びするからだ。馬鹿。心配を掛けさすな。俺の『索敵』のルールで、ワープ
しなかったら、危なかったぞ。」
 士殿は口調こそ厳しいが、優しい声で言ってくれる。あの雪崩は、士殿が起こし
た物か。荒っぽいが、助かり申した。
「しかも・・・懐かしい奴らに会ってたな?片方は、忘れもしねぇ奴だったな。」
 そうか。士殿も、アリアスは知っていたか。そう言えば、センリン殿の両親を殺
したのは、アリアスで御座ったな。
「アリアス=ミラーであった。聞き捨てならない話が聞けた故、留まっていた。」
 私は、真剣な目をする。士殿は、私の眼を見る。
「俺は、お前を見付けるので、手一杯だった。後で聞かせろ。」
 士殿も、気になっているようだ。
 私は、皆に謝罪すると、ロッジに入る。皆には聞かせなければならない話がある。
私は、さっき見た光景を皆に話した。すると、皆、真剣に悩んでいるようだった。
「よりにもよって、爺さんの所か・・・。」
 士殿は、舌打ちをする。
「この前に会った爺さんだよね?マジかよ・・・。あんな善人まで狙うのかよ。」
 ジャン殿も怒っているようだ。ジャン殿が、怒りを露にするなんて珍しい。
「『ダークネス』は、実入りを狙う。それにしても、調子に乗り過ぎだね。」
 アスカ殿も本気で怒っている。この前、ジャン殿とアスカ殿は、紹介ついでにサ
ン牧場へ行ったのだ。だから、どう言う人柄か、知っているのだ。
「あのご老人達だけじゃない。婿夫婦もだ。正に、根こそぎだな。」
 ゼハーン殿は、呆れるような口調で言う。
「私、あそこ以外の農場は、使いたくないヨ。」
 センリン殿は、あの農場を気に入っている。人柄もそうだが、商品価値も高い。
「私は、クルセイが許せぬ。暗殺で土地を手に入れるなど、悪逆非道の極みなり。」
 『ダークネス』の連中の、仕事の選ばなさも許せないが、依頼したクルセイの事
が、私は許せなかった。
「だが、護衛の依頼は、厳禁だ。変に言っても、怪しまれる。」
 士殿は、釘を刺す。それは分かっているが・・・。
「士らしくなイ!黙ってみているって言うノ!?」
 センリン殿は、頬を膨らませて怒る。
「おいおい。落ち着けセンリン。・・・俺は、護衛の『依頼』は、厳禁だって言っ
たんだぜ?・・・だけど、勝手に、奴らを蹴散らすのは、自由だよな?」
 士殿は、そう言うと、ニヤリと笑う。なる程。そう言う事か。
「・・・むー・・・。士ったら、意地悪だヨ。」
 センリン殿は、顔では怒っていたが、機嫌は、直ったみたいだ。
「ま、その前に、皆のやる気を聞こうか?」
 士殿は、我々を見詰める。依頼では無いとは言え、『ダークネス』を敵に回すの
だ。それなりの覚悟を見せろと、言うのだろう。
「お爺さんは、優しかっタ。相談にも乗ってくれタ!私は、やるヨ!」
 センリン殿は、聞くまでも無く、やる気のようだ。
「オレぁね。こう見えても、頭に来てるんですよ。やってやろうじゃない。」
 ジャン殿は、久しぶりに、マジな顔をしている。
「前々から、気に入らなかった連中さね。遠慮しないよ。ウチは・・・。」
 アスカ殿も、拳を合わせて力を入れていた。
「言うまでも無い。あの農場は、我らの仲間だ。後悔しないためにも、守るさ。」
 ゼハーン殿は、静かながらも、闘志を漲らせていた。
「私は、あの農場を守りたいと誓った。願っても無いで御座る。私は『ダークネス』
と踏ん切りをつけたい。これは、チャンスだと思っているで御座る。」
 私は、正直な思いを吐露する。『ダークネス』だった過去を、断ち切りたいと思
っていた。そのチャンスを、あちらがくれると言うなら、やるまで!
「命知らずな奴らだ。・・・よし。やるからには、徹底的にだ。良いな?」
 士殿は、念押しする。士殿も、やる気十分なようだ。
「農場を潰させはせぬ。我が剣術に誓って、守り通す。」
 ゼハーン殿は、やる気満々だ。珍しいで御座るな。
「よし。皆のやる気も聞いた所で、コイツを渡そう。」
 士殿は、何かを投げて寄越す。これは・・・ミサンガか?
「同じ模様で揃えてある。それに、このミサンガ同士で、発信受信が出来る仕組み
だ。特注で作らせた。おっちゃんに、感謝しとけ。」
 士殿は、偽造手形屋のオッサンに作らせたらしい。一体、何の為に?
「不思議か?だが、この旅行が良い機会だから、言っておく。」
 士殿は、そう言うと、ゼハーン殿の方を向く。
「ゼハーン。アンタは依頼人だ。だが、俺のライバル足りえる存在だ。そして、こ
こに居る奴らは、アンタを尊敬してる。だから、このミサンガは、仲間の印だ。個
人プレイに走ったり、孤独を感じたり、するんじゃねぇぞ?」
 士殿は、皆の想いを代弁する。ゼハーン殿は、感動で目を伏せている。士殿も、
ニクイ演出を、してくれるな。
「実は、このミサンガは、センリン、アスカ、ジャンには車中で渡した。」
 なる程。キャンピングカーの中で、渡したのか。・・・む?
「気付いたようだな。ゼハーンも勿論だが、今日の本題は、お前だ。」
 私か?私が、何かやらかしたのだろうか?
「士殿?さっきの不手際は、悪かったと思って・・・。」
 私は謝ろうとしたが、士殿に頭を掴まれて、グリグリ揺らされた。
「この石頭!ゼハーンにも言っただろ?俺達は・・・仲間だと!お前の、その遠慮
深さは、美徳でもある。だが、俺達にまで、遠慮するんじゃない。」
 士殿・・・。私にまで・・・そんな厚遇を・・・。
「ショアン。お前『ダークネス』の過去の事を引きずってるだろ。それを直せ。こ
のミサンガを渡すって事はな。俺達とお前は、一蓮托生だって事を示す為の物だ。
『ダークネス』が強いる、焼印みたいな意味じゃあねぇ。そんな物は、無くたって、
助けにいく。それだけの仲だって事だ。それを忘れんなよ。」
 士殿は・・・私のミサンガに、そこまでの意味を・・・。
「有難い・・・では無いな。その覚悟、受け止め申す!!」
 私は、士殿の期待に応えたい。そして、皆の仲間に、真の意味でなりたい。
「そうだ。それで良い。その言葉を、皆は待ってたんだ。」
 士殿は、優しく声を掛けてくれる。
「ショアンさん、ウチが『オプティカル』のボスだったからって、遠慮は無しだよ!」
 アスカ殿にも、そんな態度を、見せてしまったか。
「気楽に行こうぜ。ショアンさん!」
 ジャンも、気さくに話し掛ける。
「相分かった!このミサンガ、大事にしますぞ!」
 私は、それを皆の前で誓うのだった。私の大事な仲間達への、誓いだった。


 ここの露天風呂は『プサグルの湯』と言って、プサグルの良い所の湯を汲み上げ
て、セントに輸送していると言う、大胆な仕掛けだ。だから、温泉としても、一等
地だった。お蔭様で、疲れが取れる気がした。いや、実際に取れている。やはり、
こう言う温泉は良い。最近は疲れっぱなしであったから、丁度良い。
 それにしても・・・私のルールは、何なのだろうか?手が青白く光る。これだけ
では、何が何やら分からぬ。それだけでは無い。発動すると、周りの景色まで、少
し青白くなる。何故か、動物や人間などを見ると、その光が、一層強く見えるのだ。
 何れ分かる時が来るか・・・。それにしても、焦れったい感じもするな。
 私達は、温泉から上がると、士が手招きをしていた。すると、一式を借り入れて
いたらしく、レジャー施設場へと、案内された。抜かりが無いな。
「温泉地で、レジャー施設は、鉄板だ。当然取るさ。」
 士は、こう言うマメさ加減が、凄いな。私も、見習わなくてはな。
「しかし、この面子だと、得意不得意は、分かれそうだな。」
 士は、顎に手を掛けて、考えていた。
「面白い物が御座るな。自動麻雀卓まであるとは・・・。」
 ショアンが、麻雀卓に注目している。
「お。自動か。なら、ゼハーンに見切られる事も無いな。」
 前に、士の手捌きしたカードを見切っているだけに、警戒されていた。
「ウチ、麻雀は、やった事無いなぁ。」
 アスカは、興味ありそうに見ている。
「オレは、『オプティカル』の連中と、暇つぶしでチョコっとやったかな。」
 ジャンは、やった事があるだろうな。
「私は、ルールは知っているが・・・。」
 ショアンは、やった事があるようだが、慣れて無さそうだな。
「ルールを知ってりゃ出来るさ。」
 士は、上手そうだな。この男は、器用だからな。
「ここまで来て麻雀?まぁ、良いけどネ。」
 センリンも、その口調だと知っているようだな。
「私も、嗜み程度はやっている。」
 ストレス発散に雀荘に通った事がある。その時に、鍛え上げた腕がある。
「じゃ、最初は、俺が後ろで見てるさ。アスカは、ジャンの所でも、見ていると良
い。覚えると面白いぞ。」
 士は、最初に抜けるようだ。アスカは、やった事が無いので、当然、後ろで見て
いる組だ。お手並み拝見と、言った所か。
 私達は、早速、席順をサイコロで決める。東がショアンか。西がジャンだ。私が
北で、センリンが南のようだ。ショアンは、右往左往しながらやっている。地味に
手を作ってそうだな。ジャンは、分かり易い攻めだ。要らない牌を切って行ってる。
私は、ショアンを警戒しつつ進めていく。だが、ショアンは、余り食うとか、頭に
無いみたいだ。せっかく、警戒していると言うのに・・・。
 調子は、悪くない。センリンも、字牌整理をしている。
「よし、リーチだ。」
 私は、牌を横に倒すと、リーチをする。後一牌で、あがる宣言だ。攻めに丁度良
い。今の私なら、あがれる!
「ゼハーンは、広角的に打つみたいだな。中々やるぜ。」
 士が、分析をしている。当たりは、4−7ピンだ。場には一枚も出ていない。1
ピンで迷彩を掛けているので、出るかも知れぬ。
 ショアンは、唸りながら考えて捨てる。結構、迷うタイプのようだ。
「でも、それじゃ・・・センリンには勝てんぞ。」
 ・・・何?どう言う事だ。まさか・・・。
「えーと、カンだネ。」
 センリンは、暗カンか。・・・な、何!?4ピンでは無いか!本当か!?
「リンシャン・・・と・・・。」
 センリンは、リンシャン牌を取ると、横に倒す。
「これもカンだヨ。」
 センリンは、そう言うと、再度、暗カンをした牌を倒す。7ピンでは無いか!
「じゃ、もう一回リンシャンだネ。」
 センリンは、指で牌をなぞると、そのまま牌を、自分の所で倒してみせる。
「リンシャンツモだネ!新ドラ表示は、やったネ!7ピンついてドラ4だヨ。えー
と、裏は、付いてないけど、リンシャンツモドラ4で、ハネ満だヨ!」
 ・・・恐ろしい腕だ。4−7ピンは、読まれていたのか!?
「まさか・・・士・・・。お主、知ってたな?」
 センリンは、恐ろしい程の、勘の良さだった。
「こと麻雀に関しちゃ、俺は、センリンに勝てる気がせん。」
 士の奴・・・。センリンとの戦いを避けたな・・・。
「偶々だヨー。」
 センリンは照れているが、こっちの危険牌を読んでいたと考えると、並みの腕で
は無い。これは、気を引き締めないと、いかんな。
「字牌整理は、この辺で終わりにするぜ!」
 ジャンは、5牌あった字牌を、次々切っていく。
「南、ポンだヨ。」
 センリンは、南を鳴く。飛ばされてしまったか。ジャンは、もう1牌捨てる。
「中なんか捨てちゃダメだヨ。ポンだネ。」
 中も鳴かれてしまったか。センリンは、さっき勝ったから、親の筈だ。気を付け
なきゃならんな。
「センリンちゃんに、アシストするオレ。絵になるねぇ。」
 ジャンは、馬鹿な事を言っている。
「ジャン、3鳴きされたら、罰符にするぞ。」
 私は、釘を刺しておく。センリンの手も、早いようだしな。
「センリン殿は侮れませぬな。ならば、これで!」
 ショアンは、9萬を捨てる。無難な所だな。
「それはチーだヨ。助かるネー♪」
 センリンは、9萬をチーする。・・・チャンタかホンイツだな。一九牌と萬子は
捨てられぬな。確かドラは5萬だった筈だ。ホンイツの方が、濃厚か?
 私は、無難に捨てつつ、ジャンやショアンの動向を気に掛ける。
「ツモだネ!」
 ぐあ。早い!さすがセンリンだ。どう言う、打ち筋してるんだ・・・。
「小三元、中、白、ホンイツでハネたヨ!」
 しょ、小三元だと!?手持ちに白3つと發2つ持ってたのか!?頭の3萬ツモで
無ければ、大三元では無いか!?どんな引きなんだ・・・。
 そして、終わってみれば、センリンの1人勝ちだった。私が2位で、ショアンが
3位、ジャンは最下位だった。恐れ入った・・・。センリンは、こっちが大きそう
な手だと察すると、危険牌を察知して、自分が空の手でも、潰しに来ていた。危険
察知能力が、並じゃ無かった。
「か、完敗で御座る・・・。」
 ショアンも、お手上げ状態だった。
「センリンちゃん、容赦無いなぁ・・・。」
 ジャンもお手上げ状態だった。まぁ、私もだが・・・。
「後ろで見てたけど、面白いゲームだね。でもジャンが負けっぱなしで、良く分か
らなかったよ。」
 アスカは身も蓋も無い事を言う。ジャンも攻め過ぎなだけで、打ち筋は悪くない。
だが、センリンが、あっと言う間に止めてしまうので、あがれないのだった。
「さて、俺が代わろう。」
 士が、ゲームに参加してきた。センリンが抜けたか。
「ウチも、やってみたい!」
 アスカが、ジャンと代わるようだ。
「今度こそ、腕を見せなければな・・・。」
 私とて負けっぱなしでは、気分が良くない。
 私は、最初の局は好調だった。出だしが良いと、気分が良い。親の3900と、
マンガンツモで、4000オールを取っていた。
「士は、一手遅いネ。」
 センリンが、容赦無く厳しい指摘をする。どうやら、麻雀に関しては、彼女の方
が、一歩上みたいだ。
「えーと、確か、3枚ずつを4個と、2個、同じのを持ってくるんだろ?」
 アスカは、苦戦しているようだ。最初だし、仕方ないな。
「この局は、ゼハーン殿が良さそうですな。」
 ショアンは、そう言いつつも、狙っているようだ。
「これ、綺麗な手じゃないか。」
 アスカは、楽しみながらやっている。なかなか良いことだ。
「姐さん・・・それ、アガリだぜ。・・・うわぁ・・・。」
 ジャンは驚いていた。なんだ。アガリ・・・。ぬぬ!?
「ツモ!だっけ?何だか綺麗な手になったよ。」
 き、綺麗所では無い!これは・・・緑一色ではないか!!
「役満だヨ!アスカやるネ!」
 センリンも褒め称えていた。アスカには天運が、ついていると見える・・・。
 そんなこんなで、次の局は、私は最下位になってしまった。士が、しっかり2位
をキープしてる辺り、さすがである。
「ぬぐぐぐぐ。」
 完敗であった。私も自信が有った訳では無いが、こうも完敗だと・・・。
 ショアンも、完敗であったので、首をガックリ落としている。
「わりーな。打ち筋は、悪くなかったみたいだがな。」
 士は、分析しながら闘っていた。私達の打ち筋を見極めてから卓に入ったので、
相当に闘い易かった筈だ。
「ま、負けたお前らは、パシリだパシリ。」
 士は、そう言うと、自分の部屋に帰っていく。な、何も言い返せぬ。
 私とショアン、そしてジャンは、適当な飲み物と、お菓子を選んで買うと、男4
人の大部屋の方へと帰っていく。士が戻っている筈だ。途中で、ジャンが、えらい
笑顔だったのが、気になったが・・・。
「買って来たぞ。・・・む?」
 明かりが消してあった。何のつもりだろうか?私は、明かりを灯す。
「おお!?」
 私は驚きの声を上げる。何事かと思ったら、部屋でケーキが飾られていた。
「こ、これは!?」
 ショアンも驚いていた。いや、普通驚く。女性陣2人も、居るようだ。
「これは?じゃないだろ?明けましておめでとうって奴だよ。忘れてたのか?」
 士は、私達の反応を見ながら、ニヤニヤしていた。
「今は、どこの部屋も、盛り上がってるよ?忘れちゃ駄目だよ。」
 アスカも、満面の笑みを見せてくれた。
「そう言うこった。どうせ、無頓着だっただろうと、俺達4人で考えてたんだよ。」
 ジャンめ。笑顔の訳は、コレか!
「新年、めでたく行こうって事だヨ!何だか楽しいよネ。」
 センリンは、はしゃいでいるようだ。
「いやはや・・・。私は、感動で、前が見えませぬぞ。」
 ショアンはウルッと来ていた。こんな新年を迎えるのは、初めてなのかもな。
「全く・・・飽きさせない事だな。・・・感謝する。」
 私も、かなり感動していた。こんなに、めでたく迎えるのは、何年振りだろうか?
シーリスと居た頃まで、遡らねば、ならぬかも知れぬ。
「座れよ。飲み物は、買ってきて貰ったしな。」
 士は、各自、座らせる。全く用意が良い。どうやら、士が挨拶するみたいだ。
「・・・正直な事を言おう。俺は最初、お前らが、信用出来なかった。」
 士は、自虐的に笑う。色々、思う所があるのだろう。
「うちに置いておけば、何かと監視出来るとか思ってたくらいだ。それに、この商
売だ。疑う事を忘れちまったら、やっていけない。」
 それは、その通りだ。士は、人斬りなのだ。人を疑う事は、まず最初に、しなけ
ればならない事だ。致し方無い事だ。
「ただな・・・いつからだったかな。お前らが、気の良い奴らだったからな。俺は、
この血塗れた手に、染まる夢を見なくなった・・・。忘れてる訳じゃあないが、引
きずらなくなった。」
 士は、毎晩のように苦しんでいたと聞いた事がある。しかし、最近は、安定して
いるのか・・・。良い事だ。
「こまけぇことは、忘れちまった。もしかしたら、只の油断かも知れない。でも、
俺は、お前らなら、信じても良いと思ってる。そして、これからも、大事にしたい
と言う気持ちに変わりは無い。・・・だから、楽しく過ごそうぜ!」
 士は、そう言うと、飲み物を手に持つ。
「新年、明けましておめでとうさんだ!そして、乾杯!」
 士が言うと、皆も、それに倣って飲み物を上に翳す。
『明けましておめでとう!』
 口を揃えて、乾杯をする。・・・こんな美味い飲み物は、初めてだ。
「私も嬉しいヨ。士が苦しむのを見てられなかったかラ・・・。ありがとウ!」
 センリンも、感涙していた。このお嬢さんは、士一筋だな。
「組織の正月は、只の休みだったからね。何だか嬉しいよ!」
 アスカは、正月が、特別だった記憶が無いのだろう。少しは、祝いもやったかも
知れないが、ここまで気持ちが入ったのは、無かったのかもな。
「オレは、姐さんとは、会えない覚悟で組織を出た・・・。それがよ。いつの間に
か、こんななっちまってさ。感謝し足りねえよ。それが、オレの本音だ。」
 ジャンは、決死の覚悟だったのだろう。いつも軽い感じの男だったが、不退転の
覚悟で、出て行ったのだろう。だからこそ、今の生活が、眩しいのだ。
「私は・・・従うだけの人生だった。幼い頃は、兄に従い、兄が離れた後は、組織
に従い・・・でも、こんな素晴らしい仲間に会えた!私の誇りですぞ!」
 ショアンは、組織に従順な人斬りとして、地位を築いていた。しかし、それは、
悲しい人生だった。もしかしたら、今こそが、人生と言えるのかも知れない。
「私の人生は後悔だらけだった。だが、この1年で逆の事ばかり起きる。人生は分
からぬ物だ。・・・これからも、宜しく頼むぞ!!」
 私の胸の内を話す。私の人生は、息子を逃した事、妻に心労を強いた事、そして
義父を見殺しにした事で、後悔の連続だった。だが、息子は人生を出発させ、私に
は、罪の意識で、いっぱいだった私には・・・こんな仲間達が出来た。
 私は、こんな幸せな事は無いと思う。だからこそ・・・大切に、生きねばならぬ。
 その想いを、強くしたのだった。


 オレは、幾つもの、夜を過ごしてきた。
 体良く話を進めて、仲良くなる。
 そして、その気にさせれば、オレの勝ち。
 その過程は楽しいが・・・それっ切りってのが、多かったな。
 一人に縛られるのは、御免だ。
 オレの生き方は、自由が基本・・・オレの生き方に、間違いはねぇ。
 何せ、オレの、心のままに生きるんだ。
 当然、オレの意のままに、ならねぇ事は無い。
 ・・・そう思ってた時期が、あったな。
 正直、オレは、疲れていたのかもな。
 一人に縛られるのは、ダメだって観念が、先走りしてたのかも知れない。
 いつの間にやら、付けられた渾名が『軟派師』と来た物だ。
 だが、オレらしいと、気に入ってた物だ。
 中学を卒業する頃だったか、ダチが居た。
 ソイツからも、オレは、手癖が悪いと、窘められた物だ。
 両親が事故で死んで・・・オレは、愛情を求めるようになったと言い訳していた。
 『だったら、何で、1人を好きにならないんだ?』
 それが・・・ダチの言葉だったな。
 見極めてるだけだと、言い訳もした。
 だが、本心は違っていた。
 オレは愛情と言う物に、疎かったんだと思う。
 だから、1人を、好きになれない。
 好きになっても、死んでしまったら、悲しいから・・・。
 臆病だったんだろうな・・・誰かに、変えて欲しかったのかも知れねぇ。
 そんなオレの心を、女達は、知っていたんだ。
 だからこそ、離れていった。
 ・・・だけど、姐さんは違った・・・。
 最初は、お嬢気質の、高嶺の花だと思っていた。
 オレに釣り合う様な女じゃない・・・が、いつか落としてみたいと思ったな。
 姐さんの事については、色々な噂があったから、良く知っていた。
 そんな中、ボスと姐さんの母親が、死んだ。
 『ダークネス』の罠に掛かってだ。
 姐さんには、堪えただろうな。
 それに、つけ込むのも、どうかと思ったが・・・単純に寂しいだろうと思った。
 姐さんは、気丈に振舞ったが、やはり傷付いていた。
 オレは、元気付けてやろうと、ひたすら口説いた。
 姐さんの目が変わって行くのを見て、成功したと思った。
 だが・・・姐さんの目は、純粋過ぎてなぁ・・・。
 正直、このまま放って置くのは、怖いとさえ、感じる純粋さだった。
 だからかな・・・オレは、いつの間にか、姐さんに本気で惚れていた。
 守ってやりたいと思ったのも、焦らしたいと思ったのも、初めてだった。
 ・・・自由になりたいから、抜けたなんて嘘だった。
 姐さんを置いて、逃げるオレは、何て薄情なんだと思った。
 あの幹部二人が、姐さんを縛り付けている・・・。
 オレだけじゃ、解き放つのなんて出来っこ無かった。
 オレは、逃げたんだ・・・また逃げた・・・逃げたんだ!!!
 士さんの下で、人斬りを手伝えば、気が紛れると思ってた。
 そんな矢先、姐さんの依頼が来た・・・。
 まだ・・・オレを捜してやがった・・・。
 こんなオレをだ・・・情けないオレをだ!!
 士さんには、オレの、こんな情けない部分を話した。
 そしたら、まず殴られた。
 『お前、今度こそ、手放さないと誓えるな?』
 士さんは、オレの覚悟を試していた・・・だから、オレは泣きながら頷いた。
 『じゃぁ、俺に任せろ。絶対に、今日の事は忘れるなよ?』
 士さんは、そう言うと、姐さんの依頼を受けた。
 姐さんを取り戻した後、姐さんにも、オレの事を全部話した。
 オレは、姐さんが想ってる程、出来た人間じゃないってな。
 その時、何て言ったと思う?
 『全部知ってたさ。ウチは、それでも、ジャンが居てくれるだけで嬉しい。』
 ・・・だぜ?
 オレは、情けないながらも、姐さんを抱きしめながら、泣いたさ。
 そして、姐さんを、手放さないって決めたんだ。
 もう、この女しか居ない。
 オレが守るべき・・・そして愛すべき女は、姐さんしか居ない!
 オレが『軟派師』を卒業した理由は・・・こんな所だ。
 ・・・
 正月は楽しかったな・・・。姐さんが居て、士さんが居て・・・。皆、仕事を忘
れて遊んでなぁ。ショアンさんや、ゼハーンさんまで、ハメを外してたしな。
 センリンちゃんが、麻雀で、あそこまで強いってのも、驚いたけどな。
 オレ達は、セントで、一番美しい景色だって有名な湖に寄ったっけな。士さんは、
ここを見せたいが為に、キャンピングカーにしたんだなんて、言ってたっけ。
 オレ達は、夢見心地のまま、バー『聖』に帰ってきた。
 日常が始まる・・・が、その前に大きな仕事がある。サン農場の事だ。お人好し
の爺さんと婆さんが、経営する農場。評判は良い。オレも会いに行ったが、ありゃ
底抜けに人が良い。自分達の事より、オレ達の事を心配するような、人達だ。
 だからかな。士さんも口では『あの農場を失うのが、痛手だからだ。』とか言っ
てたが、ありゃ、本気で、サン農場を救いたいと考えてそうだ。オレ達も甘いね。
まぁ頼んだ相手のクルセイ=ルドロフって奴が、嫌いってのもあるな。大資本を盾
に、農場と言う農場の権利を、奪ってきた奴だって事は知ってる。それに加えて、
『ダークネス』の奴らが、頼まれたってのも、でかい。アイツらの事は気に食わね
ぇ。ショアンさんが、元『ダークネス』だが、今思い出しても、反吐が出ると言っ
てたしな。今は、奴等を妨害する作戦を、思案中だ。
「まずは、さりげなく爺さんと婆さん、そして、農場の奴らを護衛する役が、必要
だな。器用に動ける奴が良い。ゼハーンとアスカ。出来るか?」
 士さんは、まず、護衛役を決めた。ポイントは、爺さんと婆さん、それに婿夫婦
に、気付かれちゃならないって事だ。いつも通りの生活をしてもらいながら、守り
切ってみせるのが、理想だ。正式に護衛の依頼が、来た訳じゃないしな。
 ゼハーンさんは、ああ見えて、相当器用だ。何気無い振りをしながら、光砕陣で
敵を一掃する事が、出来るような人だ。あとは、アスカ、姐さんだ。姐さんは、人
当たりが良いから、適当に会話をしながら、守り切る事が出来る。
「ゼハーンは、適当に罠を張って、待ってくれれば良い。アスカは、農場の奴らの
見張り兼、説明役だ。気付かれない事が、重要だぞ。」
 士さんは説明する。ゼハーンさんに求められてるのは、周りの警戒網だ。一番最
後の砦って奴だ。行かせたくない物だ。姐さんに求められてるのは、そのフォロー
だ。農場に奴らに、見付からないように、見張るのと、見つかった時に、説明する
役だ。いざとなったら、誤魔化しながら、護衛をしなきゃならない。結構大変だ。
「守りきって見せよう。天武砕剣術の継承者の名に、懸けてな。」
 ゼハーンさんも、気合十分だ。結構燃えてるなぁ。
「地味だけど、重要な役目だね。良いよ。やってやるさ!」
 姐さんも、役割が分かっているようだ。姐さんにとっては、初仕事と言っても、
良い。なのに、こんな器用な役をやるのだから、大変だろうなぁ。
「ジャン。ウチは、大事な役目を貰って、嬉しいんだ。そんな顔をするな。」
 姐さんは、活き活きとしていた。これは、取り越し苦労だったかな。
「いざとなったら、フォローするつもりだから、安心しときな。」
 オレは軽口を叩く。でも、フォローするってのは、本当だ。
「センリンは、合図と共に、罠の起爆役だ。どうせアイツら、この地形だと、農場
の東南のここからと、南西のここから攻めてくる。タイミングはセンリンに任せる。」
 士さんは、農場の北は、見渡しが良いのを知っている。南にある山から攻めてく
るに違いないと、読んでいた。身も潜め易いし、当然だろうな。
「罠を起爆させた後は、ここを守ってるヨ。」
 センリンちゃんは、裏門を指差す。北に裏門があるのだが、囲いが、結構ある。
だから、裏門から狙ってくるかも知れないのだ。多分、少数だろうが、来る可能性
がある。それを潰すと言ってるのだ。
「良いだろう。で、ショアンは、ここだ。」
 士さんは、東を指差す。そこは正門だった。業者に化けた部隊が、何人か来ると
踏んでいるからだ。結構、強めの敵が来るだろう。それをショアンさんが潰す訳だ。
「『剛壁』の名は、伊達では無いと、思い知らせてやるで御座る。」
 ショアンさんも燃えてるなぁ。結構、農場の人と、仲が良かったみたいだしな。
「オレは、どーするんだい?士さん。」
 オレの役目を、聞いていない。
「フッ。心配するな。貴様は、派手な役をやってもらう。南に、敵本体が居るだろ
う?そこを、ぶっ潰せ!『ルール』でな。」
 士さんは、オレが、派手好きなのを知ってる。
「良いの?オレ、頑張っちゃうよ?」
 オレは、口元を歪める。中々、美味しい役じゃねぇか。オレ好みだ。
「で、俺は、各自のフォローをする。『索敵』のルールで、現状を把握して、お前
らに声を掛けながら、各自、殲滅して行く。」
 士さんは、全体のフォローか。まぁ当然だな。士さんなら、安心して任せられる。
「一人でも通したら、俺達の負けだ。殲滅するぞ。」
 士さんは、各自に気合を入れさせる。意外と、しんどい条件だよな。
 でも、オレ達なら、出来る筈だ。信じようじゃねぇか。



ソクトア黒の章4巻の4後半へ

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