NOVEL Darkness 4-6(First)

ソクトア黒の章4巻の6(前半)


 6、組織
 俺は、甘くなっただろうか?
 昔の俺なら、容赦無く、全員の首を刎ねただろう。
 しかし、シティの高級住宅街で、騒ぎを起こしては、いけない。
 それに、これ以上、無駄な血は避けたい。
 そう思ったからだろうか?
 俺には、首を刎ねる事が出来なかった。
 多分、皆が驚いた事だろう。
 あの時、俺が『オプティカル』の面々を醒めた眼で見てた時・・・。
 皆は、俺が『処理』してしまうだろうと、思っていただろうな。
 俺は、敵に容赦した事が無かったからな。
 特に、ショアンに対して、奴等は許せぬ事をした。
 だから、余計に、俺は、容赦しないだろうと思っていたらしい。
 だが、俺は、センリンの時の事を思い出していた。
 あの時は、逆上して、我を失いながら、助けようとした。
 その結果は、どうだったか?
 見るも無残な結果だった・・・。
 あの過ちを、繰り返しちゃならない。
 だから、冷静になったんだ・・・。
 アイツ等を殺して、送り返した所で、新たな火種を生むだけだ。
 ならば、強い誓約の紋章を掛けて、こちらに手を出させない事が、大事だ。
 そう考えた時、勝手に体が動いたのだ。
 後は、ショアンが、元気になってくれれば・・・。
 そればかりは、俺の手では、どうにもならない。
 俺達は、ハイム家の医務室の前で佇む。
「ウチ、悔しい・・・。こんな時に何も出来ないなんてさ。ウチのせいなのに。」
 アスカは、自分が買出しに出掛けたせいだと、思っている。
「姐さん。それは違うぜ。アイツ等は、見張ってやがったんだ。姐さんが、行動を
起こせば、いつでも連れ戻そうと考えてな。そんなの、姐さんのせいじゃないよ。」
 ジャンは、優しく手を握ってやる。少しは成長しているな。
「ジャンさんの言う通りだヨ。だから、弱気になっちゃ駄目だヨ。ショアンさんは、
絶対助かル!そう信じる事が、私達に出来る事だヨ!」
 センリンは、何も出来ないと言う事は無いと、教えてやる。
「アランを、信じてやってくれ。あれでも、医師の免許は持ってるんだ。」
 ゼハーンは、アランを信じろと言う。あの執事、医師の免許まで持ってるのか。
「気にし過ぎは、体に毒だ。ま、アイツの事だ。無事な顔を見せてくれるさ。」
 俺も、アスカの肩を叩いてやる。このお嬢さんは、どうにも弱気になる事が多い
からな。気が強そうに見えて、一番弱気なんだから不思議な物だ。
「うん。ウチ、信じる!ショアンさんも、アランさんも、皆も!」
 アスカは、そう言うと、必死に祈り始める。純粋な、お嬢さんだな。この純粋さ
に、ジャンも惹かれたんだろうけど・・・。
 そうこうしてる内に、医務室の扉が開かれる。アランが出て来た。
「アラン。ショアンの様子は、どうか?」
 ゼハーンが、真っ先に尋ねる。
「足の傷が酷かったので、縫合致しました。他の打撲などは、後遺症などは残らぬ
ようです。ショアン様は、信じ難い体力をお持ちのようです。」
 アランは、足の傷が酷いだけで、後は、何とかなりそうだと言う、見解を述べる。
「命の別状は、御座いません。」
 アランの言葉に、皆が、溜め息を吐く。安心したのだろう。
「アランさん、ウチ、感謝で、言葉も出ないよ!」
 アスカは、アランの手を握って、感謝の礼を述べる。
「アスカ様。お優しいのですね。でも、私よりも、皆様の祈りが届いたに違いない
と、私は思います。」
 アランは、優しい目でアスカを見る。それは、娘を見るような目だった。
「息苦しくしている途中、ショアン様の体が、少し発光しておりました。そして、
傷が塞がった様に、私には見えました。皆様の祈りが、届いたのですよ。」
 アランには、不思議な出来事だったのだろう。
「奴は、簡単にくたばる様な、柔な奴じゃないさ。」
 俺は、口ではそう言ったが、安堵していた。
(素直じゃないな。喜びを示せば良かろうに。)
 煩い。俺のキャラじゃないんだ。これくらいで良いんだよ。
(人間とは、不便な物だな。)
 ああ。不便だ。でも、その不便さを楽しむ余裕が、必要なのさ。
 ショアンは、安静が必要だと言う。だから、病院に連れて行く事も考えたが、こ
の辺の病院は、『スピリット』の息が掛かった病院が多く、却って危険だと言うの
で、ここで療養する事になった。
 俺達は、客間で寛ぐ。これから、やる事を確認しなくては、ならない。
「ショアンは、療養中だ。アランは、ショアンを診てくれると言う。」
 俺は、現状を確認する。ショアンの事は気掛かりだが、アランに任せる事にする。
「私達は、今でこそ、ここに居るけど、いずれ、出なきゃならないネ。」
 センリンも分かっていた。ここは、本住まいをする場所じゃないのだ。
「アランは、構わぬと言うだろう。が、ここに居れば、私の事もバレる。」
 ゼハーンは、ここに俺達が滞在する事には、反対は無い。だが、自分が居る事で、
セントに、いずれバレるのが、懸念事項のようだ。
「お尋ね者だもんねぇ。オレ等。」
 ジャンは、そう言いつつも、嬉しそうだ。
「ウチ、あの組織に居る位なら、お尋ね者の方が良いよ。」
 アスカは、『オプティカル』と完全に決別したようだ。
「で、一応聞いてみようと思ってな。」
 俺は、本題に入る。是非、聞かなければならない事だった。
「セントを、出る覚悟はあるか?」
 俺は、皆に問い掛ける。セントの元老院に睨まれたって事は、いつ、何処で狙わ
れるか、分からない。やはり、セントを出ねばならない。
「そろそろ潮時かな?って思ってたぜ。オレは。」
 ジャンは、覚悟を決めた目をしている。
「セントの中は、どこか、狭苦しいんだよな。『自由』を感じねぇんだ。」
 ジャンは、久し振りに『自由』と言う言葉を口にする。
「ジャン・・・。その『自由』に、ウチは・・・入ってるよね?」
 アスカは、不安なようだ。ジャンが、何処かへ行ってしまうと思ってるのか?
「・・・姐さん。不安だったかい?」
 ジャンは、そう言うと、アスカを抱き締めてやる。
「オレは、組織に居た時、姐さんから迫られる度に、『自由』って言葉で逃げてた
から、不安なんだろ?」
 ジャンは、分かっていたみたいだ。自分が逃げていたと言う事実。それが、アス
カの不安を煽っていた事をだ。
「でも、姐さん、アンタは、オレの生涯の女だって決めたんだ。もう、姐さんが嫌
だって言ったって、離すもんかよ!!」
 ジャンは、アスカの頭を抱きながら、答える。本気だな。あれは。
「ジャン、ジャンー!!ウチ、駄目だ!嬉しくて、前が見えないよ。」
 アスカは、念願が叶ったと言う感じに、泣きじゃくっていた。
「姐さん。今なら、婚姻届、書いてやれるぜ?」
 ジャンは、悪戯っぽく答える。
「馬鹿!もう、そんなの、要らないよ!」
 そう。アスカも悟ったのだ。婚姻届のような形など無くても、ジャンの心が伝わ
ってくる。だから、そんな物が無くたって、構わないのだ。
「良かったな。アスカ。そして、ジャン。・・・頑張るんだぞ!」
 ゼハーンは、祝福の言葉を述べる。
「ジャンさン。格好良かったヨ!そして、アスカ!おめでとうだヨ!」
 センリンも、涙を流しながら、祝福してやる。
「決めやがったな。ジャン。俺達は、今の言葉を忘れないから、アスカを幸せにし
てやるんだぞ?反故にしたら、只じゃ置かんぞ?」
 ま、俺も祝福してやるさ。珍しく本気だからな。アイツ。
「・・・良かった・・・。幸せに・・・で、御座・・・る。」
 ・・・!?この声は、ショアン!!
「ショアン様!!まだ、安静にしてなきゃ駄目です!」
 アランの声が聞こえる。アイツ、アランの制止を振り切って、祝福を述べやがっ
た。全く、融通の利かない奴だ。
「ショアン・・・。アランを困らすな。全く・・・。」
 ゼハーンは、呆れている。まぁ俺も、呆れ気味だ。
 ショアンは、アランに連れられて、また寝床に戻ったようだ。
「も、申し訳御座いません・・・。ジャン様の決意が、聞こえた辺りから、ショア
ン様が突然、起き上がりまして・・・。お止めしたのですが・・・。」
 アランは、本当に申し訳無さそうに、土下座をしている。
「気にするな。あの男が悪い。引き続き、診てやってくれ。」
 ゼハーンは、溜め息を吐いて、アランを労う。まぁ、気持ちは分かるな。
「はい。・・・ジャン様、アスカ様、不肖ながら、この私も、ご祝福致します。末
永く、幸あらん事を!」
 アランまで、祝福を述べる。この幸せ者共め。
「ま、一段落着いたか。・・・だが、祝福ムードを、ぶち壊して悪いが、やらにゃ
ならん事もある。それを整理しよう。」
 俺は、気を引き締めて、皆を見る。そう。やらねばならない事がある。
「『ダークネス』の事だな?厄介な奴等だな。」
 ゼハーンは、頭を抱える。『ダークネス』の事については、キッチリ片を付けな
きゃならない。このまま去る訳には、いかない。
 その時、俺の携帯電話が鳴った。・・・誰だ?
「・・・アイツか。」
 俺が親しくしていた情報屋からだ。
「もしもし?」
『久し振り。旦那。』
 この声は、確かに、あの情報屋の声だ。
「どうした?」
『小耳に挟んだ話が、ありましてね。』
 こう言う事を、臭わせるって事は、情報をやるから、金を払えと言っているのだ
ろう。分かり易い奴だ。
「フゥ・・・。いくらだ?」
『さっすが旦那。今回は、緊急で確定情報だから、1万ゴードでどうです?』
 ・・・1万か。結構高いな。しかも確定情報と来た物だ。重要な情報だな。
「いつもの口座で良いか?」
 俺は、払う事にした。幸い、まだ人斬り関連の資金は残っている。
『毎度。旦那が、仕事辞めちゃったのは、知ってるからさ。多分、これが最後だと
思ってる。完全な俺の善意さ。』
 情報屋は、縁の切れた人斬りに、普通は、相手をしない。なのに電話をくれたっ
てのは、完全に善意なのだろう。
「最後の金が取れると思ったからだろ?」
『それもありますけどね。で、旦那。マークされてたでしょ?』
 情報屋は、本当に耳が早い。俺達が『オプティカル』の連中にマークされてたの
を、知っていたみたいだ。
「耳が早いな。もう撃退した後だ。」
『さすが、旦那。で、何でアイツ等が、旦那達の場所を知ってたか、知りたくあり
ません?』
 ・・・そこまで分かっているのか。しょうがない。俺は、センリンに合図をする。
すると、センリンは、携帯で口座振込みをする。言われた通り、1万ゴードを支払
った。こうして処理した方が早くて助かる。
「入れたぞ。確認しろ。」
『・・・さすが太っ腹。・・・まぁ、極秘ですよ?』
 情報屋は、慎重になっている。
『・・・実は、『根暗』が、『光源』に情報を流したって話でね。』
 なる程。隠語で隠してあるが、『ダークネス』が『オプティカル』に情報を流し
たって事か。良い度胸じゃねぇか。
『で、『根暗』のボスが、『老人』の一味だって話です。』
 やはり『ダークネス』のボスは、『元老院』の一人だって事か。
「分かった。気を付ける事にする。」
 俺は、情報屋に礼を言っておく。
『旦那。『根暗』は、本気で、アンタ等を狙ってる。気を付けな。』
 情報屋は、一言付け加える。利用する側、される側の関係だったってのに、随分
と心配された物だ。
「黙ってやられる俺達じゃない。安心しろ。」
 俺は、そう言うと、電話越しで、安心したのか、情報屋からの電話が切れる。
「士、情報屋からなノ?」
 センリンは、俺と情報屋のやり取りを、いつも聞いてるので、すぐに気付いたよ
うだ。まぁ、口座に振り込む時に気が付いたかな?
「ああ。『オプティカル』に、俺達の情報を渡したのは、『ダークネス』だって話
だ。・・・それと、『ダークネス』のボスは『元老院』の一人だって情報だった。」
 俺は、皆に伝える。確かに『オプティカル』の動きは早かったしな。
「やはり、『ダークネス』に行かねばならんな。」
 ゼハーンは、これからの事を考えているようだ。
「これだけ、虚仮にしてくれたんだ。只で済まそうなんて、思っちゃいねぇ。」
 俺は、『ダークネス』とは因縁が深い。そろそろケリを付けるべきだ。
「このセントでの、最後の仕事ネ。派手にやろうヨ!今度こそ・・・ネ!」
 センリンは、メトロタワーでの失敗を、今度こそ、取り戻そうとしている。そう
だ。俺も、そのつもりだ。
「我等が狙われる理由、今度こそ、分かる・・・か。」
 ゼハーンは、この前のメトロタワーでは、余り情報が聞けなかったので、今度こ
そ、狙われる理由を調べるつもりみたいだな。
「ウチを、ハメようとした連中は、さすがに許さないよ!」
 アスカは、『オプティカル』に連れ戻されそうだった。アスカの居場所を流した
のが、『ダークネス』なら、許す訳には行かないのだろう。
「オレも、因縁が深いね。『ダークネス』の奴等、調子に乗ってるし、いっちょ暴
れるか!セントでの最後のお仕事ってね!」
 ジャンは、本気の目だった。『ダークネス』と『オプティカル』に翻弄されてき
たので、好い加減、決着を着けるつもりなのだろう。
 すると、医務室の扉が開かれる。
「旦那様。『ダークネス』に行かれるのは、本当ですか?」
 中から出て来たアランが、尋ねてきた。聞こえてたのか。
「ああ。そろそろ堪忍袋の緒が切れそうなのでな。」
 ゼハーンは、当然と言った風に返す。アランも、『ダークネス』の事は、知って
いるようだな。
「ショアン様が、これを渡してくれと・・・。」
 アランは、紙切れをゼハーンに渡す。アイツ、また、無理して起き上がったのか。
「・・・この住所は?もしや・・・。」
 どうやら、住所が書かれているようだ。俺は覗き込む。
「これは、『ダークネス』のスラム第2支部の住所だな。」
 俺は、有名な支部なので思い出す。スラム地区を統括している、結構大きめの支
部だ。俺が居た頃も、有名だった支部だ。
「ここに『創』が居るに違いないと、申しておりました。」
 アランは、ショアンの伝言を伝える。ショアンの奴、思い出したくも無い『ダー
クネス』の情報を思い出して、しかも無理して、こんなメモを書いて・・・。
「今度こそ休めって、言って置いてくれ。」
 俺は、ショアンが無理するのを見てられない。全く困った奴だ。
「こっちが心配しちゃうヨ。」
 センリンも、呆れている。ショアンは、無理し過ぎなんだよな。
「旦那様。とうとう大旦那様の仇討ちに、出掛けるのですね。」
 アランは、目を閉じる。大旦那様?って事は、ゼハーンの親父さんか?
「無論、そのつもりもある。だが、そっちよりも、このセントでの最後の仕事を片
付けたいって気持ちの方が上だ。」
 ゼハーンは、当然のように言う。
「ゼハーンの親父さんは、『ダークネス』に殺されたのか?」
 俺は、尋ねてみる。確か、20年以上前に死んだって聞いている。
「大旦那様は、22年前に、『鏡』と申される当時14歳の人斬りに、殺されまし
た。・・・大旦那様は、我等が出掛けている隙に、殺されたのです。」
 アランは、珍しく感情を出す。余程、悔しかったんだな。
「私は、母親が10の時に病気で死んでしまったのでな。定期的に墓の掃除に行っ
てたのだが、その、墓の掃除の隙に、『鏡』は来たらしい。」
 ゼハーンも、大変な人生を歩んでいるようだな。
「それにしても、『鏡』って事は、奴か。全く、因縁が深いな。」
 俺にとっても、センリンにとっても、忘れられない相手だ。『ダークネス』の大
幹部、『鏡』のアリアス=ミラー。アイツは、俺にセンリンを殺すように命じた男
で、センリンの両親の仇だ。
「やっぱり、セントを去る前に、清算しなきゃ駄目だネ。」
 センリンも、俺も、そしてゼハーンも・・・。『ダークネス』には煮え湯を飲ま
されいてる。最も、俺は、『ダークネス』にも煮え湯を飲ませているけどな。
「場所も分かったし、派手にやってやろうぜ。派手にな!」
 俺は、『ダークネス』を潰す。そして、これが、セントでの最後の仕事だ。
 全てを清算するために、『ダークネス』に向かう事を決めた。


 思えば、『ダークネス』は、全てに関わっていた。
 私は、両親を殺された時から。
 士は、『ダークネス』の命令に反した時から。
 ゼハーンさんは、父親を殺された時からだと知った。
 ショアンさんは、『ダークネス』を抜けた時から。
 ジャンさんと、アスカは、『オプティカル』として、対決して・・・。
 これから、セントを抜けて生活するにしても・・・。
 『ダークネス』を、そのままにはして置けない。
 例え、『ダークネス』を潰したとしても・・・。
 『オプティカル』『スピリット』が、後を引き継ぐだけだろう。
 それは、分かっている。
 しかし、『ダークネス』を、そのままにすれば、後悔する事になる。
 だから、潰すのだ。
 全てを清算して、次の生活をするために。
 私達は、スラムの中に入った。
 スラム・・・。セントの中でも、極めて治安の悪い地域。階級の低い者達が住み、
独自の文化を作り上げた、この地域は、スラムの人々以外の人は、中々近付かない。
私達も、実際に入ったのは、初めてだ。
 いつもの格好では、目立つし、目を付けられてしまう。なので、スラムの人々に
合わせて、ボロのフードと、ボロのジャンパーを羽織っていく事にした。
 しかし、本当に独特だ。道行く人は、今時、カセットプレーヤーを手に、踊りを
踊っている者も居る。路地裏に入ると、何が起こるか分からないような雰囲気を持
っている。警察も、居るか居ないのか、分からない。これは治安が悪い筈だ。
 周りを警戒しながら進む。いつ、何をされるか分からない雰囲気が、漂っている。
これが、セントの中なのか?と思ってしまう。
 これは、住所を書いてくれたショアンさんに、感謝だ。こんな中、聞き込みをす
ると言うのは、危なっかしくて、しょうがない。
 住所に近付くと、人混みも、疎らになってきた。いくらスラムの人間と言えど、
『ダークネス』に逆らう事は、しないのだろう。そして、ここに、『ダークネス』
が出入りしてると、分かっているのだろう。そんな所に、突入しようと言うのだか
ら、私達も、物騒なんだろうな。
 ショアンさんの話では、『ダークネス』のボスである『創』は、奥の部屋に出入
りしていると言う。スラム第2支部は、軽い要塞のような形をしていて、『創』は、
敷地内の建物の、どこかに潜んでいると言う。
「・・・さて、ジャン、アスカ、東側は頼んだぞ。」
 士は、指示を出す。東側は、予備人員が詰め所にしているとの情報だ。とは言え、
『ダークネス』の支部だけに、結構な数が居る。油断は出来ない。
「合点承知。士さんこそ、気を付けろよ。恐らく、アイツが居るぜ。」
 ジャンさんは、士の心配をする。アイツとは、私を襲おうとした、『荒神』だろ
う。噂では、私達のせいで、下っ端に落とされたのだが、元々結構な腕前である為、
この支部で、警護をしている可能性が高いと、ショアンさんは、言っていた。
「士。奴の相手は、私に任せろ。奴も、それを望んでいる筈だ。」
 ゼハーンさんが、任せろと言う。確かに、『荒神』は、ゼハーンさんの事を、恨
んでいる筈だ。彼が、任務に失敗したのは、ゼハーンさんのせいだからね。
「余計な心配かも知れんが、気を付けろよ。何をしてくるか分からんぞ。アイツは。」
 士は、心配していた。『荒神』は、今度こそ、形振り構わず、攻撃してくるから
だろう。かなりの腕で、有名になった人斬りだ。油断は禁物だろう。
「分かっている。・・・お互い、これがある限り、頑張れるだろう?」
 ゼハーンさんは、ミサンガを見せる。そうだ。これが、私達の絆だ。
「ウチの両親も、『ダークネス』に殺されたからね。派手にやるよ!」
 アスカも気合が入っているようだ。そうだ。アスカの両親も『ダークネス』に殺
されたんだった。碌な関り合いが無いね。
「姐さんのため、そして、これに為にも、いっちょ頑張るかな。」
 ジャンさんは、ミサンガを見せて、気合を入れる。
「セントでの生活の締めだ。悔いが無いように、やるぞ!」
 ゼハーンさんも、これが、セントでの最後の戦いだと思っている。
「これ以上、『ダークネス』は、放って置けないヨ。これまでの修行の成果、見せ
てあげるネ。」
 私は、ここで、今までの修行の成果を見せようと思った。そうだ。こう言う時の
為に、修行をしたんだ。
「ショアンが待っている。奴の願いを無駄には、しない。やるぞ!!」
 士が締める。そうだ。ショアンさんの為にも、この戦い、負けられない!


 父親の仇か・・・。
 当時は、悔しかった物だがな。
 今となっては、余り気にしなくなってしまっていた。
 だが、アランは、ずっと気にしていたんだな。
 私は、ずっとレイクの事ばかり気にしてたからな。
 そのせいも、あるかも知れない。
 しかし、ここまで来たからには、仇を取らせてもらおう。
 最も、『鏡』と対峙するのは、誰か分からんがな。
 その前に私が相手するのは、あの非道だ。
 あのような者を、野放しには出来ない。
 何やら、私に対して、恨みがあるような事を言っていたが・・・。
 勘違い甚だしい。
 これまで、奴は、どれ程の人の恨みを買っていたと言うのか。
 それに比べれば、奴の恨みなど、生温い。
 それに、私が受けるべき恨みは、もっと深い物だ。
 残念だが、それに比べれば、奴の恨みなど、軽いと言わざるを得ない。
 私が・・・引導を渡してやる!!
 早速、突入を掛けた。見張りは、士が針を飛ばして、動けなくした後、私とジャ
ンで、手早く縛り上げた。そして、それと同時に、アスカとセンリンが、静かに忍
び込んで、近くの建物に、用意していたダイナマイトを仕掛ける。
 ゴォォォォォォ!!!
 物凄い音と共に、近くの建物が、吹き飛ばされる。最も、これは狼煙だ。
 建物から避難した『ダークネス』の面々を、ジャンとアスカが、襲い掛かる。東
は、任せて良さそうだな。私は、西の本体の方へと向かう。
「貴様等、ここが何処だと・・・!」
 対峙した『ダークネス』の者共を、一刀に斬り伏せる。時間は有効に使わなくて
はな。士も、見事な腕前で斬り伏せる。
 ・・・結構な人数だ。これは、『創』が居る可能性が高いな。
 西の建物から、囲むように『ダークネス』の奴等が現れる。
「悪いが、眠ってもらおう。」
 私は、『魂流』のルールを発動させる。
「何言ってやがる!この数を抜けられると思うなよ!」
 そう言って、襲い掛かってきた奴の斬りを、私は避ける。そして、間髪入れずに
腕を掴む。そして、『魂流』のルールを発動させる。
「うああああ!!」
 ソイツは、目を白黒させながら、意識を失う。私の中に、魂の力が宿るのを感じ
た。いつもながら、恐ろしい『ルール』だ。
 そして、士を見ると、センリンと背中合わせに先へと進んでいく。二人共、集中
しているな。次々襲い掛かってくる敵を、センリンは、棒と『念力』のルールで、
更に棒を増やしながら、闘っている。上手い使い方だ。
 士も、今回は容赦が無い。殺気を存分に放って、一人目の首を、一刀で刎ねると、
二人目は、回し蹴りで気絶させる。そして、3人目は、返す刀で腕を斬り捨てた。
 さすがだな。そうだ。私達は、こんな所で負けられない。やがて、西の建物から、
誰も出て来なくなった。
「ここまでか?・・・む!!」
 私は、急に建物から、噴出すような殺気を感じる。
「ぬがああ!!」
 ソイツは、私に一直線に突っ込んできた。
 ガキィン!!
 私は、ソイツの剣を真正面から受け止める。
「・・・貴様、『荒神』か!」
 私は、見知った顔が出て来たのを感じた。
「てめぇの顔は、忘れなかったぜぇ・・・。」
 歯を剥きだしにして、私を睨む。相当、恨みを募らせているようだな。
「私は、忘れたいな。貴様の顔など、覚えたくも無い。」
 私は、奴の力を受け流すようにして、弾き飛ばす。
「忘れさせなくしてやる!!」
 『荒神』は、目が血走っている。
「ゼハーン!」
 士は、心配していた。
「行け!私も後で行く!」
 私は、コイツの相手をした後に行くと伝える。
「・・・無茶すんなよ!」
 士とセンリンは、奥へと進んでいく。・・・よし。コイツに集中するか。
「余裕だなぁ?この『荒神』を相手に、後で追いかける。だぁ?」
 『荒神』は、私の言葉が、気に入らなかったようだ。
「降格した貴様など、怖くは無い。」
 私は挑発する。この男は、冷静にさせない方が良い。
「一々、癇に障る野郎だ!!!」
 『荒神』は、力に任せて斬りに掛かる。だが、甘い。最初の袈裟斬りは、剣の背
で受け止めて、次の横斬りは、縦斬りで、弾き返す。突きは、体を捻る事で躱し、
その後の上段斬りは、刃を回転させる事で、弾いた。
「・・・てめぇ。強いな・・・。」
 『荒神』は、残念ながら、冷静になったようだ。私の強さを感じ取ったのか。
「・・・俺だけの強さじゃ勝てねぇな・・・。」
 『荒神』は、何かを取り出して飲む。何だアレは?
「・・・キヒヒヒヒ!!キッターーーーー!」
 何だ!?いきなり奇声を上げたぞ・・・。
「これを飲むとなぁ・・・!覚醒するんだよ!!」
 覚醒?何の事だ!?
「覚醒、発動!!!」
 !!これは、『ルール』!?ならば、『防御』するか!・・・危なかった。気が
付くのが遅れれば、『ルール』の力をまともに受ける所だった。
「覚醒の力を受けて、動けるとは・・・。てめぇ・・・。」
 コイツ、『ルール』の事を知らぬのか。恐ろしいな。
「おっかしいなぁ。確か、試した時は・・・。」
 『荒神』は、近くに居た気絶している『ダークネス』の者の手を掴む。
「ボン!!」
 『荒神』が掛け声を上げると、掴まれた者の体が、膨張していく。ば、馬鹿な!!
 ブシィィィ!!
 変な音が鳴って、やがて、人の体が、風船のように破裂した。何と恐ろしい『ル
ール』だ。こんな『ルール』に目覚めていようとは・・・。
「キヒャヒャヒャヒャ!!!こうなる筈だったのになぁ!?ま、まだ慣れてないか
らな。直接触れば、何とかなるかなぁ??」
 『荒神』は、狂気の目を、こちらに向けてくる。
「この外道が!!」
 私は、何の躊躇いも無く、あの力を使う『荒神』が許せなかった。人の体など、
何とも思ってない証拠だ。
(酷い・・・。人間を何だと思っているの?あの人・・・。)
 清芽殿。彼は、もう人間では無い。化け物だ。
「お前も、膨れろよ!!」
 『荒神』は、陸上の選手のように、走ってこちらに向かってきた。早い!どうし
てだ?・・・そうか!自分の体も、多少膨れさせて、ストライドを大きくしている
のか!使いこなしているな!
「チッ!!」
 私は、いざと言う時の為の煙幕を取り出して、煙を放つ。
 そして、その間に、ドラム缶の奥へと隠れる。まずは、動きを見切る・・・。
「どぉこぉへ、隠れやがったぁ!?」
 『荒神』は、気に入らないのか、怒声を上げながら、周りを見渡す。
「ケッ!めんどくせぇ。」
 『荒神』は、私が気絶させていた者の、襟首を掴むと、無造作にブン投げる。
 ブシャアアアア!!
 その者は、壁に到達する間に、どんどん体が膨れて、爆弾のように飛び散った。
「そこじゃねぇか。んじゃ、次はっと・・・。」
 『荒神』は、容赦無く、次々と気絶した者を、ブン投げる。その度に、地獄が展
開される。投げる。飛び散る。投げる・・・。飛び散る・・・。
(あんな・・・酷い・・・。)
 清芽殿・・・。あの者!!許せぬ!!
「貴様、もう止めろ!!!私はここだ!!」
 私は、我慢出来なかった。地獄のような光景を見て、つい、血の絨毯を思い出し
てしまった。
「てめぇが、悪いんだろぉ?逃げたりすっからよぉ?」
 『荒神』は、口を曲げて答える。
「なら、もう逃げぬ。そして、容赦せぬ!!!!」
 私は、『魂流』のルールを全開にする。
(ゼハーンさん。お優しい貴方は、いつも命を奪わないように手加減してましたね。
でも、あの人は、駄目です。人の心を失っています。)
 清芽殿。私は、あの男を許せぬ。だから、ここで、奴を止める!!
「ヒィヒャヒャヒャ!!膨れろ!!」
 『荒神』は、『膨張』のルールを全開にしてくる。
 ・・・集中しろ・・・。集中するんだ!奴の魂の動きを見切れ!
「終わりだぁ!!」
 『荒神』は、私の腕を掴もうとする。ここだ!!
「フン!セイィ!!」
 私は、寸前で見切り、『荒神』の腕を捻りあげると、腕を逆に捻る。
 ボキィ!!
 嫌な音が鳴って、『荒神』の腕は折れた。
「ギャアアアアアア!!」
 『荒神』の悲鳴が響き渡る。だが、ここで終わりにしない!!
「『魂流』のルール!!!」
 私は、『荒神』の顔面を掴むと、『魂流』のルールで吸い取る。奴の魂の全てを
吸い取る。コイツは、野放しに出来ぬ!!
「てめぇ・・・。ふざけんな・・・!」
 『荒神』は、力が無くなっていく。しかし、辛うじて私の脇腹に手が触れた。
 ギリリ!!
 脇腹の辺りが痛む。奴め。『膨張』のルールを使ったか。しかし、この程度の痛
みなら!!あの時の痛みに比べれば、耐えられる!!
「ヌゥン!!」
 私は、『魂流』を緩める事無く、奴の魂を吸い続けた。
「あ・・・が・・・。」
 『荒神』は、全てを吸い取られたのか、やがて、目が、死んだ魚のようになって
いた。・・・分かっていた・・・。この力を全開にすれば、こうなると・・・。
(でも、この人は、こうするしか無かった。)
 清芽殿。それでも、命は命だ。やはり、やり切れぬよ。
「ゼハーンさん!!」
 後ろから、ジャンとアスカが来る。どうやら、全て片付いたようだ。
「無事だったか。」
 私は、一息吐く。
「無事だったかじゃねぇよ!なんだよ!その傷!」
 ジャンは、私の脇腹を見る。おっと。やはり少し破裂していたか。
「名誉の負傷だ。」
 私は、おどけた様に言う。
「な、何言ってるの!早く、手当てしないと!!」
 アスカは、傷口を見る。
「ここは、敵地だぞ。・・・仕方が無い。これに頼るか・・・。」
 私は、使いたくないが、使わざるを得ないと感じたので、取り出す。
「何これ?」
 ジャンは、不思議そうにしていた。
「年代物だがな。・・・『神聖薬』だ。」
 私は、不気味な色をした液体の瓶を取り出す。
「伝記で聞いた事が無いか?アレと同様の物だ。」
 説明してやる。伝記で、物凄く不味いと有名だった『神聖薬』だ。
「な、何で、そんな物持ってるんだ?」
 ジャンはビックリする。まぁそうだろうな。
「アランが調合したのだよ。伝記の猿、スラート秘伝の書を読み漁って、私の為に
作ったのだ。2年前に出来たそうだ。それを、今朝、渡されたのだ。」
 私は、要らぬと言ったのだが、アランは、どうしてもと聞かなかった。
「あの執事さん、本当に何でもするんだな。」
 ジャンは、アランの勤勉さに舌を巻く。
「全く。出来た奴だよ。・・・さて・・・。」
 私は、意を決して、『神聖薬』を一気に飲み干す。
「む・・・ぐぐぐぐぐ!!!!」
 こ、これは不味い!!!何たる味!!まるで、ペンキでも口に含んでいるような
味だ。酷過ぎる!!!
「・・・あのゼハーンさんが、こんなに悶絶するなんて・・・。」
 アスカが、怖い物でも見るように、こっちを見る。
 しかし、物凄い不味さだが、脇腹の痛みが消えていくのが分かった。
「すっげぇ。本当に傷口が塞いでいくぞ。」
 ジャンは、面白いのか、マジマジと見ている。
「・・・うぐぐ・・・。さぁ、合流しに行くぞ・・・。」
 私は、不味さを我慢しながら、士の後を追うように促す。
 出来れば、2度と飲みたくない代物では、あるな。


 西の建物の中は、敵の本拠地だけあって、凄い数の敵が潜んでいた。だが、俺と
センリンの前に敵は居ない。センリンの『念力』のルールは、本物だ。恐ろしく使
い勝手が良い。棒を突く、薙ぐ、そして、相手の動きを止めるなど、あらゆる動き
が可能なのだ。場面場面によって使い分けが出来る。
 一方の俺は、『索敵』のルールを使って、敵の虚を突く事が出来る。俺の『ルー
ル』の前では、不意打ちなど不可能だ。
 順調だ。だからこそ、何かが引っ掛かる。こんな簡単に攻略出来て良いのか?
 まだ、何か重大な奴が居るのでは無いかと、疑ってしまう。
 センリンは、一生懸命付いて来ている。だが、俺には、悪い予感がして堪らない。
何でだろうか?弱気になっているのか?俺は。
(いや、何かを感じ取っているのだろう?我にも、何かを感じる。だが、妙な感じ
なのだ。どう言えば良いだろうか?妙に懐かしいと言う・・・。)
 懐かしい?それも変な話だな。
(我にも分からぬ。何かがあるに違いない。)
 まぁ良い。何があっても、進むしかないのは確かだ。
 そして、俺達は、荘厳な感じがする扉を見つける。
「ここが、最奥かナ?」
 センリンも、気配を感じ取っているようだ。
「・・・『索敵』のルール!」
 俺は、『索敵』のルールを張り巡らせる。
「この中に、気配が1つ。・・・そして、そこに1つ!」
 俺は、針を投げつける。すると、その針を、誰かが弾く。さすが『索敵』のルー
ルだ。潜んでいても見付けられる。
「俺の気配に気が付くとは・・・。人間にしては、やるな。」
 ・・・中々強そうな気配だ。
(この声・・・どこかで・・・。)
 グロバス?知っているのか?
「この時代の人間は、歯応えが無かったからな。少しは楽しませろ。」
 誰かが姿を現す。妙な言い方をするな・・・。この時代の人間だと?
「士、ここは二人デ・・・。」
 センリンは、構えを取る。俺は、それを制す。
「待て。・・・センリン、コイツを倒すまで、柱に居ろ。」
 俺は、何だか、嫌な予感がしていた。
「この扉の奥に入らぬのなら、手を出すつもりは無い。安心しろ。」
 ソイツは、かなり大きな剣を取り出す。
(・・・ま、まさか!!)
 分かったのか?コイツの正体が・・・。ソイツは、姿を晒す。
(や、やはり健蔵(けんぞう)!!何故ここに!?)
 健蔵?まさか、伝記の砕魔(さいま) 健蔵か?アンタの部下だった・・・。
「恨みは無い。だが、ある御方の復活の為、ここを通す訳には行かぬ。」
 健蔵は、不退転の決意を見せる。何だって、こんな事を・・・。
 それに、健蔵とは、俺にも関り合いがあったな。だからか。嫌な予感がしたのは。
まさか、伝記の時代の使い手と、会う事になるとはな。
「アンタ、どうやって復活したんだ?」
 俺は、健蔵に問い掛ける。
「・・・貴様、俺の正体を、知っているのか?・・・その問いには、答えられぬ。」
 健蔵は警戒する。それはそうだ。初めて会う筈なのに、健蔵を知ってる自体おか
しいのだ。
「まさか、俺の剣術の先祖に会うとはな・・・。」
 俺は、剣を取り出す。そして、霊王剣術の構えを見せる。
「ほう。霊王剣術・・・。それで、俺の事を・・・。しかも、現代の使い手か。な
る程。楽しめそうだな。」
 健蔵は、嬉しそうに笑う。コイツから発する剣気は、相当な物だ。健蔵の事を知
っていた事実は、グロバスからだが、俺が、霊王剣術の使い手だからだと、受け取
ったようだ。
(健蔵が、このような者達に従っているとは・・・。)
 アンタにとっては、ショックだろうな。まぁ理由は、あるんだろうぜ。
(話が、したいのだが・・・。)
 ・・・アンタにとっては、可愛い部下だからか?
(それもある・・・が、復活した理由も、聞き出したい。)
 なる程な。良いだろう。無関係じゃないし、積もる話もあるだろう。
「どうした?剣を構えろ。ここを通りたいのだろう?」
 健蔵は、既に剣を構えている。せっかちな奴め。
「焦るな。・・・アンタに話があるそうだ。コイツがな。」
 俺は、自分の胸を指差す。
「士!まさか、変わるノ?」
 センリンは、気が付いたようだ。そうだ。グロバスに変わる。
「どうしても・・・と、せがまれてな。全く俺も、お人好しだな。」
 俺は、意識を集中させる。グロバス・・・。変わるぞ!!
 ・・・
 む。最近、スムーズに代われるようになったな。喜ばしき事だ。
「んな!この瘴気は・・・!ま、まさか!!」
 健蔵は、驚いているようだな。まぁ仕方があるまい。
「久しいな。健蔵。まさか、このように時を越えて、会えるとはな。」
 我は、健蔵に挨拶する。
「き、貴様!グロバス様の真似をして、何のつもりだ!!」
 健蔵め。見当違いな事を言っておるな。
(まぁ、いきなりじゃ信じられぬだろうよ。)
 そんな物か。しかし、健蔵は、我の瘴気を知っておる筈だがな。
「健蔵よ。我が瘴気を忘れたか?時を越えても、忘れぬと思ったがな。」
 我は、健蔵やワイスは、信用していたのだがな。
「ほ、本当に、グロバス様・・・なのですか?」
 健蔵は、未だに信じてないようだな。
「健蔵。我は、運命神の時を飛ばす技を食らって、この時代へ来たのだ。そして、
士と言う器を得て、ここに具現している。」
 我は、説明してやる。こんな説明など無くとも、分かる物だが・・・。
「何と・・・。では、その人間に乗り移ったと?」
 どうにも、健蔵は、まだ分かっておらぬようだな。
「そんな無粋な真似をする、我だと思うか?我と、この士は、協力関係にあるだけ
だ。士の了承を得ない時は、具現化しようとは、思わぬわ。」
 そうだ。ただ、肉体を乗っ取ったのでは、レイモスと変わらぬ。そんな愚かな事
をする訳が無い。
(俺も、完全に了承した訳じゃないんだがな・・・。)
 そう言うな。ある程度は了承してくれてるでは、ないか。
「その人間と、共存関係にある・・・と言う事ですか?」
 健蔵は、やっと理解したようだ。手間を掛けさせるな。
「では、『覇道』は、その人間と共に目指すのですか?」
 『覇道』か・・・。健蔵は、諦められぬらしいな。
「健蔵。今のソクトアを見たか?共存を500年も続けて、踏み躙られ、セントの
支配が横行している、今のソクトアを、見たか?」
 我は、今のソクトアの姿が正しいとは思えぬ。
「・・・はい。俺も、その一環で呼ばれました。俺は、『無』によって、斬られて
姿を失った身。意識は『無』へと流されました。しかし、俺を召喚した者は、『無』
によって散った者を、再生出来る能力の持ち主でした。」
 何だと・・・?つまり、『無』によって倒された者だからこそ、召喚出来たとで
も、言うのか?・・・そうか。ゼロマインドは、『無』の意識の集合体。有り得ぬ
話では無いな。
「フム・・・。それで、お前は、セントに協力しているのか?」
 ただ、復活してくれただけで従うような健蔵では無いと思うのだが。
「ワイス様の復活の約束を、交わしました。その見返りとして、この組織に加担せ
よと命じられたのです。」
 ・・・やはりな。健蔵が動くとあれば、我か、ワイスの事でであろう。
「このようなソクトアにした者の言う事を、信じるのか?・・・それと、さっきの
答えをやろう・・・。我は、再び『覇道』を提唱するつもりは無い。」
 我は、この混迷なる時代を何とかしたいが、『覇道』を提唱するつもりは無い。
「何故で御座いますか!『覇道』は、我等の悲願!!それを否定なさるつもりか!」
 健蔵は、納得出来ぬのであろうな。
「健蔵よ。お前は、何のために『覇道』を信じた?このソクトアは、魔族が報われ
ぬからでは無いのか?魔族の鮮烈な生き方が、間違ってはいないと、信じたからで
は無いのか?・・・我は今でも、そう思っている。」
 そうだ。我は、『覇道』を提唱する事で、魔族が報われない世を、直したかった
のだ。魔族が、魔界に追いやられている不公平を、何とかしたかったのだ。
「だが、人間は、500年も、『人道』で共存の意志を示した。夢物語だと思って
いた共存をだ。ならば、我は、それを支持する。それだけの事だ。」
 魔族が、幸せな世なら、『人道』であっても構わぬ。
「人間は、信じるに値しませぬ!!」
 健蔵なら、そう言うであろうな。
「健蔵。お前は、どこまで人間を知っている?・・・我も、知らなかった。我は、
この士と、その仲間達を見て、人間全体は、まだしも、仲間の絆と言う強さを、信
じられるようになった。我は、強さを見せた者は、信じる事にしている。」
 そうだ。我を変えたのは、他でも無い。士。お前だ。
(フン。ムズ痒い事を、言うんじゃねーよ。)
 素直では無いな。この神魔王グロバスが認めたと言うのに。
「『覇道』以上の強さだと、言われるおつもりか?そんな絆とやらが!」
 健蔵は、絆の強さを知らぬ。仕方が無いな。
「魔族は、強い者を尊敬する。強き者は、それなりの研鑽を積んでいるからだ。そ
の高潔な在り方は、日々を無駄にせぬ。だからこそ、強さを信じるのだ。ならば、
絆も強さの一つ。日々の研鑽の結果、築かれた物を、否定するつもりは無い。」
 そうだ。絆も、一夕一朝では出来ぬ。
「俺は、自分の強さを信じます。目に見えぬ絆など、信じませぬ!!」
 健蔵は、そう言う性格であったな。
「お前なら、そう言うであろうと思った。なれば、強さを見せるしかあるまい。こ
れから、我は、士に体を返す。その士を、我は信じる。・・・その絆を、砕ける物
なら、砕いて見せるが良い。」
 我は、士の強さを信じている。
(勝手な事を言いやがって・・・。まぁ良いさ。どうせ、ご先祖とは剣を交えるつ
もりだった。やってやるさ。)
 そうだ。この神魔王グロバスが、士だからこそ信じると言ってるのだ。失望させ
てくれるなよ。・・・健蔵は強いが、絆の強さを見せれば勝てると信じている。
(分かったよ・・・。やってやるさ。)
「そこまで、この人間を・・・。グロバス様に、何があったのだ・・・。」
 健蔵は、ショックを受けているようだな。まぁ良い。変わるぞ。
 ・・・
 ふう・・・。戻ったか。以前より、話すだけなら、疲労しなくなったな。
「待たせたな。ご先祖。どうやら、ご指名があったみたいだな。」
 俺は早速、剣を構える。
「貴様、グロバス様は、戻ったのか?」
 ご先祖は、険悪な表情を浮かべる。
「ああ。ここに居る。時々話し掛けて来るがな。」
 俺は、胸を指差す。
「グロバス様を変えたのは、貴様か。」
 ご先祖は、恨みでもあるかのような眼を、俺に向ける。
「さぁな。奴は、半年前に勝手に入ってきた。それから、邪魔な事はしないので、
同化しているだけだ。」
 俺は、飽くまで俺だ。邪魔な事でもしよう物なら、追い出している所だ。
「そ、その言い草は何だ!グロバス様が宿っておられると言うのは、光栄な事だと
言うのに!」
 ご先祖は、悔しがっている。何だか、変な嫉妬を受けてるぞ・・・。
(健蔵は、我とワイスを尊敬していたからな。)
「そんな事を言ってもな・・・。まぁ、良いさ。俺は、そこを通らなきゃならん。
グロバスも柄でも無く、信じているらしいし、倒させてもらうぞ。」
 俺は、剣を構えると、瘴気を発生させる。
「む・・・。人間が、これ程の瘴気を・・・。」
 ご先祖は、驚いているな。俺の瘴気って、そんなに多いのか?
(普通の人間で扱える瘴気の量では無い。)
 褒められているのか、分からんな。
「士!グロバスさんと同じように、私も、信じてるかラ!」
 センリンは、俺の闘いが終わるまで、待ってくれるようだ。扉の向こうに居る奴
は、今の所、動く様子が無い。余程、ご先祖は、信頼されているようだな。
「だが、瘴気だけでは、この俺には勝てぬ!『無』の力を使える事を忘れるな!」
 ご先祖は、『無』の力を解放し始める。チィ!何たる力の奔流だ。
「これが力だ!!絆とやらが、この力に勝るとでも言うのか!?」
 ご先祖は、力を示さなければ、納得しない。厄介だな。全く。
「確かに凄い力だ。ご先祖。アンタは、凄い力を手に入れたんだな。・・・だが、
それだけだ!力を超えた信念を持たない限り、俺は倒せん!」
 俺は、怯んだりしない。確かにご先祖は、恐ろしい力を持っている。だが、力を
超えた能力・・・『ルール』が無い。そして、信念が無い。そんな奴に、俺は負け
ない。力を持っているだけでは、駄目なんだ。
「口では、何とでも言える。俺に文句が言いたいなら、力で示せ!」
 ご先祖は、襲い掛かってきた。そして、『無』の力を宿した大剣を振るう。俺は、
『無』の力を上回るような瘴気で、ご先祖の剣を受け止める。
「ほう。瘴気で覆ったか。『無』を上回る力で・・・。だが、いつまで保っていら
れるかな?」
 ご先祖も分かっているようだ。この方法は燃費が悪い。このままでは、先に力尽
きるのは俺の方だ。
「『無』が何故強いのか?それは、全てを消し去れる力と、圧倒的な効率ゆえだ!」
 ご先祖の言う通り、『無』の力は、効用が全てを消し去る事。そして、その力は、
瘴気や神気などと比べても、密度が濃いのだ。なので、少ない絶対量で、相手を上
回れる。だからこそ、最高の力と言われているのだ。
 だから俺は、技量を駆使する事にした。俺は、ご先祖の剣に宿る力を、適当に受
け流す。『無』の力に掻き消されないように、瘴気で覆った剣を振るう。そして、
相手が圧倒的な力で、闘おうとするのに対し、『影縛り』で相手を止めようとする。
「そんな物が、この俺に通じるか!!」
 ご先祖は、『影縛り』を予め影にナイフを突き刺す事で逃れる。ジャンと同じ破
り方だ。と言うか、ご先祖に、この技を使っても駄目だよな。
「ここまでだ!所詮、絆の力など、夢物語だ!!」
 ご先祖は、『無』の力を存分に宿して、剣で斬ろうとする。
「甘い!」
 俺は、直前で見切って、ご先祖の剣を押さえ付けると、その勢いで回し蹴りを放
つ。ご先祖のテンプルに見事に当たった。
「ぬぅ!!貴様、体術を会得しているのか!」
 ご先祖は、驚いているようだった。それはそうだ。昔の霊王剣術に、体術の項目
は、無い。なのに、俺の回し蹴りが、本格的だったので、驚いたのだ。
「ご先祖。アンタは、霊王剣術の中でも、最強の部類だろう。だが、俺には、アン
タが眠っていた間の1000年間の叡智と技量がある!力だけでは、勝てない事を証明
してみせる!」
 俺は、ご先祖の剣を完全に見切っていた。確かに早いし強い。しかし、軌道は読
めるし、剣を振るう事以外の動きは、俺に追いついていない。
「・・・貴様、名前は?まだ聞いてなかったな。」
「黒小路 士だ。ご先祖の名前は、良く聞いてるぜ。」
 俺は、名を名乗る。そう言えば、まだ名乗ってなかったな。
「黒小路・・・。ダンゲルの甥だった、光成(みつなり)の家系か?」
 黒小路 光成・・・。確か、霊王剣術が、黒小路になってからの最初の継承者だ。
「さすが。俺のご先祖もご存知な訳だ。」
 全部知られていると言うのも、余り気分の良い物じゃないな。
「光成が継いで、その技を、子孫が昇華させたか・・・。面白い!!」
 ご先祖は、剣を振り回すと、魔の六芒星を描く。これは、『滅砕陣』か!
「ちょこちょこ逃げられるのも、癪なんでな。決めさせてもらう!」
 ご先祖は、一気に決めるつもりだ。
「士!!」
 センリンが心配している。ご先祖の、凄い力を感じるからだろう。
「フッ。見てろ。俺は、お前の前では、もう負けぬ!そう誓ったのだ!!」
 俺は、センリンの前で、あんな無様な姿を見せる訳には、行かない。
「ほざくのは、破ってからにしろ!!霊王剣術!!奥義!『滅砕陣』!!」
 ご先祖は、存分に瘴気を放って、『滅砕陣』を俺にぶつけてくる。この技で、伝
記では、ルクトリア城が吹き飛ばされたんだっけな。
「城一つを落とす技でも、この俺の信念は、落とせん!!」
 俺は、剣に瘴気を限界まで吸わせて、剣を前で回す事で、壁を作る。
「霊王剣術!防技!『剣幕(けんまく)』!!」
 俺は、剣を振り回し続ける。これを切らしたら、後ろのセンリンにまで、被害が
及ぶ。それだけは、絶対に避けなきゃならん!
「士!私、信じてル!士を、信じてるかラ!!」
 センリンは、俺のピッタリ後ろに移動していた。参ったな。これで、必ず食い止
めなきゃならない訳だ。だが、センリンが信頼を寄せてくれている。負けるかぁ!!
それに、俺には、ミサンガを付けた、仲間達が居る!!
 ギギギギギギギギギィィィィ!!
 物凄い音がした。『滅砕陣』が、こちらに行こうとする圧力だろう。
「行かせん!!」
 俺は、『剣幕』の回転力を上げて、更に防御力を上げた。
 ギィィィィ・・・。
 やがて、『滅砕陣』は、完全に威力が相殺された。ご先祖は肩で息をしている。
「うおおおお!」
 俺は、最後の気力を振り絞って、『滅砕陣』を描く。魔の六芒星は、次第に、そ
の強さを増し、エネルギーの塊となる。
「霊王剣術!奥義!『滅砕陣』!!」
 俺は、ご先祖に向かって、『滅砕陣』を放つ。
「・・・ぐっ!!」
 ご先祖は、さっきので、力を使い果たしたのか、中々動けないでいた。
「神魔剣士!!砕魔 健蔵を舐めるなぁ!!」
 ご先祖は、『滅砕陣』に対し、『無』の力を剣に宿して、迎撃する。
「ぬぐぐぐぐ!うおあああああ!!」
 ご先祖は、ある程度、斬り付けるが、耐え切れなくなって、吹き飛ばされる。
「・・・ぐ・・・うぅぅぅ・・・。」
 ご先祖は、『滅砕陣』を、まともに喰らって、動けなくなっていた。
「・・・こ、これが、絆の力・・・か。」
 ご先祖は、横たわる。・・・俺は、勝ったのか・・・。
「俺の方が、力は上だった・・・。なのに、最後の最後で、防がれて、無防備な所
に『滅砕陣』。見事だ。」
 ご先祖は、そのギリギリの粘りが、足りなかったのだ。
「俺の力の源は、これだ。」
 俺は、ミサンガを見せる。センリンも、見せてやった。
「私達の仲間は、皆、付けてるネ。」
 そうだ。このミサンガは、仲間の証だ。決して破らせん。
「絆の力か・・・。俺も、ワイス様や、グロバス様に、その力を感じていた。なの
に・・・俺は、ワイス様の復活にのみ、執着してしまった・・・。」
 ご先祖は、ワイス復活のために、信念を変えてしまったのか。
(健蔵・・・。我は、そんなお前を責めはせぬ。父を蘇らそうとする行為に、愚か
な考えなどあろうか?そう言う行動に至ったのは、決して間違いでは無い筈だ。)
 ・・・全く。手間を掛けさせやがって。俺の口から言えと言いたいんだろ?
「ご先祖。奴から伝言だ。『我は、そんなお前を責めはせぬ。父を蘇らそうとする
行為に、愚かな考えなどあろうか?そう言う行動に至ったのは、決して間違いでは
無い筈だ。』・・・だとよ。」
 俺は、ご先祖に報せる。すると、ご先祖は涙を流していた。
「さぁ、光成の子孫、士よ。止めを刺すが良い。」
 ご先祖は、動けない体を、俺に差し出す。
「・・・ったく。」
 ザクッ!!
 俺は、剣をご先祖に向けると、顔の横に突き刺した。
「馬鹿な意地を張ってるんじゃねぇよ。せっかく貰った命を、無駄にする馬鹿が居
るかってんだ。」
 こんな状態で、ご先祖を殺した所で、俺の中には、後悔しか残らない。冗談じゃ
ない。出来るか。そんな事。
「しかし、俺は、『無』の存在から、生み出された命だぞ?」
「だから、どうした?生き返らせてもらったから、ソイツに従わなきゃならねぇの
か?そんな古臭い考え、捨てちまえよ。」
 そうだ。別に、生き返らせてもらったのは、ゼロマインドからかも知れない。
だが、ソイツに従う義務は無い筈だ。
(士。我の言いたい事を言ってくれたか。)
 ・・・全く、もどかしい奴等だ。ほれ。変わってやるよ。
 ・・・
 士・・・。我の為に・・・。感謝する。
「グロバス様・・・。ですね。」
 健蔵は、我の姿を見る。
「健蔵。過去は問わぬ。これからは、己の心に従うのだ。」
 そうだ。我は、魔族に自由を与えたいのだ。
「有難き幸せ・・・。この健蔵、グロバス様と共に、参りたいです!」
 ・・・健蔵は、いつになっても、こうだな。
「我は、魂だけの身。それでも良ければ、来るが良い。」
 そうだ。それが健蔵の、やりたい事なら、止めはせぬ。
 さて、士。体を返すぞ。
 ・・・
 本当に慣れてきたな。自分でも怖いくらいだ。疲れが、ほとんど無いぞ・・・。
「士よ。俺も、その仲間とやらに加われるか?」
 ご先祖がねぇ・・・。そりゃ、有難い限りだが・・・。
「俺だけじゃ、決められんな。悪いが、これから来る、俺の仲間達に言ってくれ。」
 俺は、その瞬間に、疲れがどっと来ていた。さすがに力を使い果たしたか。
 俺のご先祖、砕魔 健蔵。
 果てしなく、危険で、果てしなく純粋な力の持ち主だった。



ソクトア黒の章4巻の6後半へ

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