・プロローグ  かつて、美しい大地を誇っていたソクトア大陸。  神々の祝福に恵まれ、人は神を敬っていた。そして、地の底から魔族が襲ってき た時にも、神々の力のおかげで、守られた時もあった。  だが、織り成す人々にとって忘れられないのは、1000年前の伝記である。事実を 物語った伝記は、未だに、人々の心を惹き付けて止まない。  当時の運命神ミシェーダを中心に、神の世界をソクトアに降臨させようとした、 『法道』。魔族を中心に、力の理をソクトアに反映させようとした『覇道』。新た な世界を作る事を前提に、ソクトアを消し去ろうとした『無道』。そして、共存と 言う名の下に、全ての種族と、共にありたいと願った人の歩むべき道『人道』。  それぞれの思惑がぶつかって、最終的に勝利したのは『人道』だった。それは、 共存と言う夢を、最後まで諦めなかった、人間こそが、勝利したと言う劇的な話。 ・・・それは事実であった。  だが、1000年の時を経て、人間は、その精神を忘れ去ってしまったようだ。伝記 は、飽くまで作り話だと言う説が有力となり、このソクトアは、人間の所有物であ るかのように、勘違いしてしまったようだ。確かに、もう人間以外は、暮らしてい るとは言えない。しかし隠れつつも、住んでいるのだ。それは、いつか人間と和解 出来るかも知れないと言う期待からだ。・・・だが、大半は、人間の愚かさに失望 して、関わらないように生きていきたいと言う、思いの表れからだった。  『人道』を思い描いて、勝利に導いた伝記の『勇士』ジーク=ユード=ルクトリ アが、この現状を見たら、さぞ嘆き悲しむ事だろう。  その最もたる所以が、セントメトロポリス(通称セント)の建造だろう。ソクト ア大陸の中心にあり、かつて中央大陸と呼ばれた、広大な土地に出来上がった、近 代化学発祥の地。それが、セントだった。文明は頂点を極め、セントから、他の国 へと物が流れ込む。正に化学が、このソクトアを支配した表れであった。  他のソクトア大陸の国、ルクトリア、プサグル、デルルツィア、サマハドール、 ストリウス、パーズ、クワドゥラート。その7つの国は、全てセントの言いなりで あった。逆らえないのである。逆らったら、一生懸けても、出られないと言われて いる、恐ろしい島『絶望の島』と言う監獄島へと送られる運命にあった。しかも、 セント反逆罪などと言う罪名が、流布している。何とも、悲しい事実だった。  ソクトア大陸は、今や化学の元である『電力』が無ければ、まともに生活出来な い。便利な物が増え過ぎたせいである。電話、自動車、電球、果ては、農作物を作 る農具でさえ、電力が必要なのである。しかし、電力は、自然に出来る訳では無い。 大規模な火力を利用した火力発電、豊かな水源を利用した水力発電、降り注ぐ太陽 を利用した太陽発電、そして、電力工場と呼ばれる所で、ひたすら働いて巨大な滑 車を回して発電する、人力発電の4つが主流だった。  火力発電と水力発電、そして太陽発電については、管理者が十数人付いていれば やっていける程だった。主に自然の力を利用していたからである。だが、人力発電 は別である。この工場で働く人々は、数千から数万に渡ると言われる。しかも単純 作業なので、賃金も高くは無い。要するに、発電のためだけに雇われた人々である。 しかも思った以上に成績を上げられなかった場合は、最悪『絶望の島』行きである。 人々は、ただ電力を生み出すために生きていく。そんな地獄のような状態の所が、 ソクトア大陸全土に、広がっていたのだ。  人々は皮肉を込めて、『黒の時代』などと呼んでいる有様である。  しかも驚くべき事に、電力の供給は、セントに向かって伸びていくのだ。そう言 うシステムを既に構築してしまったのだ。これでは、他の国は、その恩恵を受けら れない。電力が無い国は無い。だが、セントに比べると、その差は歴然である。  その屈辱に耐え兼ねて、クーデターを起こした人物が居た。その中心人物は、ジ ークの末裔、リーク=ユード=ルクトリアである。だが、彼は失敗した。多くの人 々を連れて、セントまで迫ったが、セントの圧倒的な兵器の前に、敗れ去ったので ある。この世で究極とさえ言われていた、全てを消し去る力『無』の力を使っても 勝てなかったのだ。正確に言うと、セントを覆うソーラードームと呼ばれるバリア が、『無』の力までも防いでしまったのだ。そのせいで、大量の死者を出したリー クは、見せしめとして首を刎ねられて、全ソクトアに、その顔を晒されたと言う。  この事件以後、人々は、セントに逆らう気力を無くしてしまった。いや、例え小 規模な、いざこざであっても『絶望の島』に入れられてしまったので、不満の声す ら封じられてしまったのである。恐怖政治の、始まりでもあった。  そんな中で唯一つの国家だけ、その難を逃れた国があった。それは、島国の国家 であるガリウロルである。ソクトア大陸の6分の1程度しかないガリウロル島だが、 セントの支配を逃れているため、その自由度は、とてつもない物があった。更には ここ数十年で、セントの良い所だけ取り入れようと、少しずつ貿易を開始したので、 化学の素晴らしい所だけを真似ている傾向にある。更に、この国が幸運だったのは 豊かな自然であった。この国は、日照時間が多く、豊かな水源、自然があるため、 人力発電など無くても、電力が賄える程であった。  よって、セント以外で、一番栄えてる国は、他でも無いガリウロルだった。セン トは、さすがに警戒を強めているが、まずは圧力で、貿易を開始させただけでも由 としたのか、それ以上の追求は無かった。数十年前までは、それすら断ってきた国 である。余程、独自の文化が強いのであろう。  ガリウロル島のは『く』の字の形をしていて、その『く』の中心に位置する都市 サキョウ。そのサキョウにある豪邸がある。その主は、天神家である。天神家は、 近頃成功しだした名家で、企業としての天神グループは、かなりの影響力を持って いる。その当主が、僅か14歳である天神(あまがみ) 恵(けい)だと言うのだ から驚きである。さすがに学生の身分なので、大まかな所は、側近に任せているら しい。使用人でもある藤堂(とうどう) 睦月(むつき)が、そのノウハウのほと んどを受け継いでいるらしく、現在の天神 恵は、当主としての帝王学を学んでい る最中だと言う。  天神家は、大いなる磁場となっていて、力ある者が集まるようになっていた。そ の筆頭に、恵の兄である天神流空手の継承者、天神 瞬(しゅん)に、伝記で有名 なジークの子孫、レイク=ユード=ルクトリアと、その仲間達が次々と集まってい った。一種の特異点となっていたのである。  そんな中、レイクの父親であるゼハーン=ユード=ルクトリアが、伝説の人斬り として名高い『司馬』の黒小路(くろのこうじ) 士(つかさ)を仲間にして、天 神家に向かう途中だと言う。  風雲急を告げる手紙に、レイクは、心構えを決めるのであった。  1、邂逅  一通の手紙を送ってきて、仲間と共に、こちらに来ると言う。いきなり言う辺り、 親父の性格が出てる。筆不精なんだよなぁ。俺も人の事は、言えないけどな。  だが、その相手と言うのが、問題だ。前に俺達の間でも話題に上がった、伝説の 人斬りの『司馬』こと、黒小路 士だと言う。しかも、その仲間の中に、ジェイル の弟が居ると言う。凄いツテだ。親父も良く知り合った物だ。  ジェイルってのは、俺の仲間の一人で、ジェイル=ガイアって言う名前だ。俺達 が、『絶望の島』に居た時、俺が班長をしていたんだが、その時の最年長だったの がジェイルだ。あの時の仲間は、今でも掛け替えの無い仲間だ。いや、ここで出会 った仲間も、素晴らしい奴等ばかりで、ずっと仲間で、一緒に居たいと思っている。  その親父達が、今日来る予定だと言う。今日は、土曜なので、仲間であるエイデ ィ=ローン、グリードは、仕事が休みだし、学校の仲間達も、皆休みだ。唯一、柔 道ソクトア選手権のガリウロル代表の紅(くれない) 修羅(しゅら)だけは、強 化合宿に出掛けて居ない。修羅は忙しいし、仕方が無いかな。  隣には、ファリア=ルーンが居る。まぁ、俺の彼女な訳だが・・・。最近じゃ、 魔法の腕がメキメキ上がってきて、弟子まで取る具合だ。実際、ファリアの魔力は、 とんでもないレベルなので、当然と言えば当然か。その弟子が、同じクラスの桜川 (さくらがわ) 魁(かい)と、隣のクラスの桐原(きりはら) 莉奈(りな)と、 斉藤(さいとう) 葵(あおい)の3人だ。魁と莉奈は、この前の林間学校を契機 に付き合う事になった。しかし魁は、莉奈に対して、今までは、酷い事をしていた。 林間学校の時に、莉奈の義兄である島山(しまやま) 俊男(としお)が、魁の行 動を知って、殺そうとしたのだが、それを、天神 瞬が体を張って止めたと言う経 緯がある。魁は、今までしてきた酷い行動を詫びて、俺達の仲間に入ったのだ。そ の証拠に、瞬や俊男が、1000年前に飛ばされてしまうと言う危機の時に、命を懸け て、奴等を見つけ出すと言う、離れ業をやってのけた。魁は、今までの行動を悔い るように、俺達に貢献したいと思っているようだ。ちなみに、莉奈と葵は、親友同 士で、魁も含めて、この3人は、中学時代からの付き合いらしい。  その俊男は、パーズ拳法の免許皆伝を賜った最高の実力者で、若干15歳にして、 パーズ拳法免許皆伝を受けた天才として、名高い。その実力は、瞬と1勝2敗で、 手合わせでも、ほとんど互角の実力なのを見れば分かる。俺との手合わせでも、ま だ俺が、負けそうなくらい強い。参った物だ。最近では、天神家の当主であり、俺 達の恩人で、瞬の義理の妹である天神 恵と付き合い始めたらしい。恵も1000年前 に飛ばされて、その時に俊男と過ごしたのが原因だと言うが、確かに、お似合いの 二人だと思う。俊男は、誠実だしな。恵は、瞬を好きだったと言うが、瞬の方は、 妹として接していた部分が強過ぎて、振り向きそうに無かったしな。  ちなみに、さっきも触れたが、夏休みに入ると同時くらいに、瞬と俊男と、恵と 一条(いちじょう) 江里香(えりか)の4人が、1000年前に飛ばされると言う出 来事が起きた。俺とファリアも、飛ばされそうになったが、次元を斬り裂く事で、 俺とファリアは飛ばされずに済んだ。次元を切り裂くのに、最近目覚めた『ルール』 を使用したのだが・・・。俺の『万剣(ばんけん)』のルールは、見える範囲なら、 どんな物でも斬る事が可能で、次元を斬る事も可能だった訳だ。その飛ばした張本 人は、伝記に出て来た運命神ミシェーダ=タリムで、今は邪神と化して、その力を 振るっている。時を操る恐ろしい敵だ。しかし、ついこの前、ファリアが、『召喚 (しょうかん)』のルールを使用して、『転移(てんい)』の魔法で扉を開いて、 『次元(じげん)』の魔法で道を安定させる事で、彼等を助け出したのだ。今思っ てみても、離れ業で、そんな事が出来るファリアを、俺は誇らしく思う。しかし、 ファリアの力だけじゃない。魁が『探知(たんち)』のルールで奴等の居場所を特 定し、莉奈や葵、そして、この天神家の、使用人でもある藤堂(とうどう) 睦月 (むつき)と藤堂 葉月(はづき)姉妹が、協力してくれたおかげでもある。今挙 げた5人は、ファリアが、いざ召喚に使う時の魔方陣に、常に魔力を提供していた のだ。これをやらないと、探す事も、引き上げる事も出来ないのだと言う。探査の 魔方陣と、召喚の魔方陣の2つに魔力を提供した、この5人の活躍も忘れては、な らない。  俺達も、何もしてなかった訳じゃない。魁と莉奈と葵が、魔方陣に魔力を提供す る間に、『絶望の島』で、死んだと思っていたジェイルが生きていたと言うので、 助け出しに行ったのだ。そして同時に、ファリアの友人で、『絶望の島』で俺達を 逃がす為に尽力してくれた、ファン=ティーエが、島主に捕まって、酷い目に遭わ されていると言うので、同時に助け出したのだ。俺とエイディと、俺達が通ってい る爽天学園のプロレス部の主将、伊能(いのう) 巌慈(がんじ)と、キックボク シング部の女主将で、榊流忍術の使い手、榊(さかき) 亜理栖(ありす)が、ジ ェイルの救出を担当し、ファリアとグリード、そして修羅と、1年の不良グループ を纏めていた女ボスであった外本(ほかもと) 勇樹(ゆうき)が、ティーエさん を救出する事になった。ジェイルは、様々な実験の被験者として、生かされていて、 科学者達の命令で動く忠実な僕になっていたが、耳の後ろにある、精神を操る機械 をぶっ壊して、救出に成功した。ティーエさんは、島主のお気に入りの女達が住む、 島主の棟の3階の一角に捕らわれていたが、ファリアが救出に成功する。だが、ジ ェイルもティーエさんも、精神的な疲労が酷かった。それについては、睦月さんが、 医師の免許を持っていたので、すぐに看て貰った。その結果、ジェイルは、軽い療 養で済んだが、ティーエさんは、麻薬が抜けないので、しばらく療養が必要だと言 っていた。そのティーエさんの禁断症状を抑える役目を、ジェイルが買って出てい た。何でも、植物人間状態にされた時、献身的にティーエさんが介護してくれたら しく、その恩を返したいとの事だった。  今、ここに居るメンバーは、当主である恵と、その補佐をする為に、睦月さんと、 葉月、そして、俺の仲間のファリア、エイディ、グリードに、ここで知り合った瞬、 俊男、江里香に亜理栖、それに途中で仲間に加わった、魁、莉奈、葵に『ルール』 を通じて仲間になった巌慈と勇樹だ。そして、これまでの行いを悔いて、俺達と行 動を共にする事になった、ゼリン=ゼムハードだ。それに、今は居ないが、修羅が 加われば、いつもの面子と言う訳だが、仕方が無い。後、ティーエさんとジェイル は、別室に居る。まだ、ティーエさんの状態が宜しく無いからだ。俺達も、一度見 せてもらったが、あれは酷かった。禁断症状で、おかしい眼をしていた。ジェイル が必死に抑えてくれていたが、暴れだしそうな勢いだった。それを見て、ファリア は、唇を噛んでいた。それでも、俺達が見た時は、まだ症状が抑えられていた方な のだとか。『絶望の島』の連中も、酷い事をしやがる。  そして、今日着く予定だと言うので、待ってる相手が、俺の親父である、ゼハー ン=ユード=ルクトリアだ。話によると、伝説の人斬り『司馬』と知り合って、こ ちらに向かってると言う。親父曰く、『大切な仲間』だそうだ。親父がそんな事を 言うなんて、珍しいと思ったので、余程絆が深いと見える。ここの居る俺の仲間達 と良い勝負かもな。その『司馬』の名を広めたのが、黒小路 士と言う人らしい。 何でも、霊王剣術の現代の使い手で、その実力は、剣術だけで親父を凌駕する程だ と言う。マジかよ・・・。そして、その恋人のファン=センリン。何でも、伝記に 出てくる『聖亭』のファン=レイホウの子孫らしく、セントでは、その名に因んだ バー『聖』を経営してたのだとか。ティーエさんの従姉妹だって話だ。更に、ジェ イルの弟さんだって言うショアンさんに、人斬り組織『オプティカル』の元ボスの アスカ=コラットと、その恋人で、『軟派師』の異名を持つジャン=ホエールと言 う人が、仲間らしい。親父も、濃い2ヵ月半を過ごしたんだな。 「そろそろかしらね。用意は出来てるわね?睦月。」  恵が、睦月さんに目配せする。恵は、14歳ながら、ここの当主で、ビックリす る程、しっかりしている。カリスマ性も充分だ。恵は、『制御(せいぎょ)』のル ールの使い手だ。全ての力を完全に制御出来るらしい。強力無比な『ルール』だ。 「使用人一同には、失礼無きよう言いつけてあります。ただ・・・あの話は、本当 でしょうか?私には、信じられません。」  睦月さんは、隙が無い立ち振る舞いだったが、気になる事があるようだ。何でも、 睦月さんの使用人としての師匠だった、アラン=スフリトが、親父の実家の使用人 だったらしく、その人から連絡を貰ったらしい。そこで、ショアンさんが、恵の親 父さんで、睦月さんの主だった天神 厳導(げんどう)に、瓜二つなのだと言う話 を聞いたのだ。恵は、親父さんを憎いでいたらしいし、睦月さんは、そんな親父さ んを愛していたと言うので、複雑な胸中なのだろう。その睦月は、『転移』のルー ルに目覚めている。館を忙しく動き回る睦月には、ピッタリの『ルール』だ。 「瓜二つと言っても、別人よ?切り替える事です。」  恵は、あくまで平静に答える。しかし、思う事があるのかも知れない。 「それにしても、ジェイルの弟さんねぇ。どんな人なんだろうな。」  俺は、思いを馳せる。ジェイルは、身長がでかくて、圧倒的な威圧感を放つが、 物腰柔らかい口調で、とても思慮深い性格だ。その弟さんとなると、やっぱり背が 高くて、思慮深いんだろうか? 「それを楽しみにするってのも、乙な物だぜ?レイク。」  エイディが、俺に合わせてくれる。エイディは、軽口を叩く事が多いが、俺をい つも気遣ってくれている。エイディが目覚めたのは、『紅蓮(ぐれん)』のルール だ。炎を操る『ルール』で、エイディが得意としている忍術の中でも、炎が得意だ ったから、目覚めた『ルール』だと言っても、過言では無い。 「ゼハーンさんが、連れて来るなら、大丈夫でしょ。」  ファリアも、俺の言葉に合わせてくれる。ファリアは俺の恋人で、大切な仲間だ。 『召喚』のルールの使い手だ。『召喚』のルールは、古代魔法の『召喚』の魔法を 魔力の消費を、ほぼ無しで使う事が出来る優れ物で、あらゆる年代物も、はたまた 強力な霊魂なども、呼び寄せる事が出来るのだと言う。ただし、霊魂などを呼び寄 せると、危険も多い。だから、滅多な事では、やらないのだと言う。 「兄貴。俺、楽しみですよ。どんな人が来るのかさ!」  俺を兄貴と呼んで、慕ってくれてるのは、グリードだ。『絶望の島』で助けてや ってから、こうやって慕われている。グリードは、元々動体視力が優れた奴だった が、『千里(せんり)』のルールに目覚めてからは、磨きが掛かっていた。『千里』 のルールは、その名の通り、3キロ先まで物が見えるようになる『ルール』で、銃 を扱うグリードには、お似合いの『ルール』だ。 「ゼハーンさん、久し振りだなぁ。レイクさんに、そっくりでしたよ。」  横に居る瞬が、話し掛けてきた。瞬は、どことなく俺に似ている。波長が合うっ て言うのかな。強く正しい人間になりたいと願い、それを実践している奴だ。仲間 を守る為なら、どんな無茶でも、やってのける辺り、シンパシーを感じる。瞬は、 『破拳(はけん)』のルールに目覚めている。どんな物でも、瞬は、その拳で破壊 する事が出来る。俺の『万剣』に似ているが、俺より凄い。瞬の場合、相手の『ル ール』や、病気などまで、破壊する事が出来るのだと言う。その代わり、その拳が 届く範囲で無ければ、効果が発揮出来ない。それに、そう言う真似が出来ると知っ たのも、最近だ。それに瞬は、天神流空手と言う1000年間ほとんど負けた事が無い 空手の伝承者だ。その実力は、恐ろしい物がある。 「レイクさんに、そっくりなら、仲良くなれる気がするね。」  そう言って、瞬に同調しているのが、俊男だ。俊男は、『跳壁(ちょうへき)』 のルールの使い手で、どんな無茶な所にも足場を作る事が出来る『ルール』だ。直 接的に強い『ルール』じゃないが、汎用性がとても高く、自分だけでは無く、相手 を選んで、足場を見せる事が出来るのだと言う。つまり、敵には足場を使わせない で、味方にだけ足場を使わせると言った事も可能なのだ。 「トシ君は、別に誰にだって、仲良くなれるでしょ?」  軽口を叩いているのが、江里香だ。爽天学園の空手部の主将で、瞬の部活の先輩 だ。俊男とは幼馴染だが、瞬に惚れているとの話だ。俊男は、恵と付き合うらしい しな。その辺は、1000年前に飛ばされた時の事情があるらしい。江里香は、『治癒 (ちゆ)』のルールの使い手で、本来の回復魔法では、傷口と痛みの両方は、同時 に回復出来ない制限があるのだが、それを可能にすると言う離れ業が出来るのだと 言う。何でも、回復魔法を使える人に、回復力を促進させる事も可能なのだとか。 ファリア曰く、それは奇跡の為し得る事だと言う。 「トシ兄が、仲良くなれないのなんて、昔の魁君くらいだよねー?」  酷い突っ込みを入れているのが莉奈だ。俊男の義理の妹だ。学年が同じなのだが、 異母兄妹なのだとか。俊男は、この莉奈の為に、一時期は怒り狂って、魔神レイモ スを受け入れてしまったと言う過去を持つ。今は、克服しているけどな。 「い、今は、俺っち、更正してます・・・。頼むよ。莉奈ぁ・・・。」  この莉奈に、頭が上がらないのが魁だ。莉奈には、売春をさせるなど、本当に酷 い事をしていたのだが、深く反省している。更に、どんな責めも受けると言った時 に、莉奈が、もう一度、魁と付き合いたいと言うので、今は付き合っている。それ からと言う物、魁は、未だに罪の意識に怯える事があると言う。その魁は、『探知』 のルールに目覚めている。どんな物でも見つけ出すことが出来る『ルール』で、そ の力は、1000年前に飛ばされた奴等を見つけ出す事が出来た程だ。今は、軽口を叩 き合える程、付き合いが深いのだ。 「自業自得でしょ?ま、諦めなさいな。」  そう言いつつ、笑いながら突っ込みを入れているのが葵だ。莉奈とは、親友同士 で、魁の被害に葵も遭っていた。だが今は、魁を弄る事で、赦しているのだ。 「ま、自分のした事に、ケジメつけるのは、当然だよ。ねぇ?エイディ兄さん。」  厳しい口調だが、諭すように言ってくれてるのがエイディの幼馴染で、榊流忍術 の使い手である亜理栖だ。爽天学園でも、面倒見が良い先輩として有名だ。亜理栖 は、『帯雷(たいらい)』のルールに目覚めている。雷を自由に操る事が出来、電 磁力を操れるので、色々便利な事が出来る。雷の忍術が得意な亜理栖らしい『ルー ル』だ。エイディは、色々軽い事をしているので、冷や汗を掻いていた。 「カッカッカ!責任を取る!それも結構!男なら、どーんと構える事じゃ!」  豪快に笑っているのが、巌慈だ。プロレス部の主将で、プロレス界では有名なサ ウザンド伊能の息子だ。サウザンド伊能ジュニアと言う異名を持っている。巌慈は、 『鋼身(こうしん)』のルールの使い手だ。体をとてつもなく頑丈に出来る。迫り 来る銃弾を跳ね返せる辺り、その凄さが分かると言う物だ。 「責任を取ると言うのは、難しい事だ。私には、重い言葉だ・・・。」  そう言って、考えているのが、ゼリンだ。ゼリンは今まで、俺達の敵だった。し かし、セントから俺達を殺すために派遣された。しかし、それは、サークレットと ネックレスの魔力によって操られていたせいだった。それを俺が壊したので、解放 されて、その償いをすると言うので、仲間になったのだ。ゼリンの覚悟は本物で、 自分の手を傷めてまで、伝記の剣、ゼロ・ブレイドを取ってきたのだ。その剣が、 本物だったので、俺は、ゼリンを信用する事にしたのだ。ゼリンが使う『ルール』 は、『重力』で、対象を決めて重くしたり軽くしたり出来る。 「あーあ。修羅先輩も、会いたがってたのになぁ?」  そう言いつつ、残念がってるのは、勇樹だ。男の格好をして不良グループを纏め 上げていたのだが、最近は、女の格好をしている。勇樹は『線糸(せんし)』のル ールの使い手で、強度抜群の糸を200メートル程なら操る事が出来る便利な『ル ール』の使い手だ。本人は、魔族が考案したと言われている、羅刹拳の使い手で、 強烈な指先での突きを、得意としている。 「修羅様の分まで、私達がご歓待しないと!修羅様の応援も忘れなくね!」  そう言って、場の雰囲気を和ませているのが葉月だ。睦月さんの妹ながら、使用 人としてのレベルは、『魔炎島』に居た魔族のナイアと互角と言う凄まじい使い手 だ。葉月は、『結界(けっかい)』のルールに目覚めていて、古代魔法の『結界』 に似ているらしいが、周りの空気や干渉を遮断する『結界』の魔法とは違うのは、 『ルール』までも遮断してしまう事だ。より強い『結界』だと言える。何でも、こ の前、瞬に自分の想いを伝えたとかで、江里香と恵に、瞬は睨まれていた。最も、 その後で、恵は俊男と付き合う事になったのだが、江里香と葉月は、どっちも瞬に 告白していると言う。瞬も悩み所だろうな。 「修羅先輩かぁ。是非、優勝して欲しいな!」  瞬は、自分が全ソクトア空手大会で優勝しているので、それに並ぶ偉業を達成し て欲しい気分なのだろう。 「心配せずとも、『ルール』抜きでも、奴は優勝するじゃろうさ。」  巌慈は、修羅とはライバル関係にある。プロレスと柔道と言う、組み技同士の闘 いで、何度も部活対抗戦で闘っているのだ。修羅は、『重心(じゅうしん)』のル ールに目覚めている。どんな体勢でも姿勢を保つ事が出来、相手を崩す事が出来る 『ルール』だ。しかし修羅は、この『ルール』を使うのは、美学に反すると言うの で、自分の力だけで優勝すると言っていた。まぁ、『重心』を使ったら、間違いな く優勝するだろうしな。 「随分、買ってるじゃないか。巌慈。」  亜理栖は、巌慈が修羅と争っているのを知っている。 「ライバルじゃからな。奴の負けず嫌いは、身に染みておるだけじゃ。」  巌慈は、誰よりも修羅の事を信じているのだ。 「修羅先輩は、僕達の応援を裏切らないよ!」  俊男の、こう言う素直な所は、美徳だよな。 「ま、瞬を追い詰めた実力は、本物だろ?なら、負けないさ。」  俺は見てないが、瞬を後一歩で倒せるって所まで追い詰めたらしい。そこまでの 実力者なら、そう簡単に負けやしないだろう。 「恵様。どうやら、御着きになったようです。」  睦月さんが、恵に知らせる。どうやら、親父達が到着したようだ。 「お通ししなさい。場所は、大広間である、ここで宜しいわ。」  恵は、テキパキと命じる。しっかりしてるよなぁ。 「了解致しました。」  睦月さんは、完璧な使用人の態度で、対応する。すると、睦月さんを通じて、玄 関先の使用人に伝えられて、出迎えをするみたいだ。俺達が来た時も、あんな感じ だったのかな?あの時は、恵と瞬が、対応に来たっけ。 「どんな人達なんでしょうねぇ?」  葉月が、指を顎に当てて考えていた。可愛い仕草だ。 「会ってからのお楽しみ。じゃない?」  ファリアは、ワクワクしているようだ。俺も楽しみだ。  足音が近付いてきた。確かに言われていたように、6人くらいだ。案内人を入れ て、7人かな? 「ここで御座います。今日は、我が天神家にお越し戴き、恐悦至極に存じます。」  案内人が、穏やかに対応している。さすが、どの使用人も鍛えられている。  すると、軽いノックの音が聞こえた。 「開いております。お通ししなさい。」  恵が、案内人に伝える。すると案内人が、扉を開ける。 「ゼハーン=ユード=ルクトリア様御一行を、お連れ致しました。ごゆっくりどう ぞ。これにて、失礼致します。」  案内人は、そう言うと、親父達6人を通して、扉を閉めてくれた。 「親父!ひっさしぶり!」  俺は、開口一番に、挨拶をする。親子だしな。 「おお。レイク。久しいな。その剣は・・・本当に、あの剣か?」  親父は、俺が近くに置いてる剣を見て、驚く。 「間違いないぜ。『記憶の原始』だっけ?親父の事や、伝記のライルや、ジークと 言った、ご先祖様の記憶を受け継いだよ。」  俺は、伝記の英雄達の名前を挙げる。一番分かり易いだろう。 「そうか。そこに居るゼリンから貰ったのか?」  親父は、ゼリンを睨む。気持ちは分からなくも無い。親父は、ゼリンのせいで、 地獄を見たのだ。そう簡単に赦せる物では無いだろう。 「親父、ゼリンは・・・。」 「レイク。フォローは要らない。・・・ゼハーン。それに士にセンリンも居るね。 私は、レイク達には、赦してもらえた。だが、貴方達には、赦してもらった覚えは 無い。私は、操られていたとは言え、赦されない事をした身だ。」  ゼリンは、俺のフォローを、敢えて断った。そして、前に出る。 「お前達にした事に逃げるつもりは無い。赦せないなら、私を斬れ。それが、私が 出来る事だ。」  ゼリンは、目を瞑って、首を差し出した。 「人の家で、物騒な事は止めて下さる?」  恵は呆れていた。ゼリンは、それでも引っ込めるつもりは無かった。 「恵殿。少しだけ待っていてくれ。ケジメはつける。」  親父は、ゼリンの方を向く。そして、後ろに居た凄い雰囲気を放つ男と話してい た。あの男は、何だろう。放つ雰囲気が只事では無い。 「士。どうする?」  親父は、士って呼ばれた人と、話し合っていた。 「そうだな。口だけで信用するのは、俺の性に合わない。」  士って人は、そう言うと、針を取り出す。 「ゼリン。俺は、センリンをあんな目に遭わせたお前を、只で赦すつもりは無い。 だが、本当に操られていたのなら、受けられるか?誓約の紋章を。」  ・・・誓約の紋章?何だそれは? 「貴方、そんな物まで使えると言うの?」  恵は、ビックリしていた。 「俺だって、好きで使う訳じゃない。だが、相手を信用するのに、一番早い手では ある。だが、当主はアンタなんだろ?アンタが許さないと言うなら、止めるが、ど うよ?俺の主義には反するが、俺は、争いに来た訳じゃあ無いからな。」  士って人は、恵を相手に、一歩も引かなかった。凄いな。俺でさえ恵には、一歩 引いて喋る事が多いのに。 「俺達の間じゃ、余り使って欲しくない。信用ってのは、強要する物じゃないだろ?」  瞬が口を尖らす。どうやら、天神兄妹と、俊男に江里香は、誓約の紋章を見てい て、余り良い記憶が無いようだ。 「なる程。聞いてた通り、甘いな。・・・だが、器が広いな。・・・良いだろう。 俺だって、無理矢理従わせるのは、好きじゃない。その代わり、ゼリン。お前の生 き様を、近くで見させてもらうぞ?」  ・・・この人、素直じゃないだけなのかも。 「士が、そう言うなら、私は文句無いヨ。それに、ゼリンも被害者でしョ?」  センリンって人が、士を諭しながら、自分の考えを言っていた。芯の強い人だな。 「ならば、私も文句は無い。生まれ変わったのなら、その生き様を見せろ。ゼリン。 私も、それを見て判断する。・・・それに罪の意識に苛まれる日々は、私も士にも 覚えがある。それを忘れなければ良い・・・。」  親父・・・。そうか。親父も、あの夢を見てるんだな。それに、士って人も、人 斬りなら、罪の意識に苛まれているんだな。 「それが、私に出来る事なら、尽力する。私の罪は、一生消えぬ。背負って行くし かないのだ。君達への罪も、私は目を逸らす事は無い。」  ゼリンは、その言葉を口にする間、親父達に一度も目を逸らす事をしなかった。 「ま、あれは、俺の不徳でもある。気にすんな。俺もあの時は、怒り狂っていたが、 今は、俺の実力の無さが招いた事だと割り切っている。さっきの誓約の紋章の件は、 お前の覚悟を試させてもらったんだ。・・・って事で、当主、俺の言った事で、不 快な気分にさせた事を謝る。こう言う性分なんだ。悪かったな。」  士って人は、真摯に謝りを入れる。何だろう・・・。この人は、大人なんだろう な。物事の割りきりが、凄く良い。 「フフッ。荒っぽいようで冷静ですのね。貴方のように、駆け引きが上手い方をお 相手するのは、嫌いでは無くてよ?」  恵は、この駆け引きを楽しんでいた。さすがだな。 「いやはや、凄い緊張感だったですな。士殿。心臓に悪いですぞ?」  士って人の後ろに居た大きい人が、安心したように微笑む。 「・・・本当に・・・似てる・・・。」  恵は、突然溜め息を吐いた。そんなに父親に似てるのだろうか? 「そのお姿で、その声で・・・何故、そのような言葉を・・・。」  睦月さんまで、錯乱状態になりかけていた。 「恵。それに睦月さんも、落ち着きなって。確かに親父に似てるけど、雰囲気は、 全然違うぜ?冷静になれよ。」  瞬が、二人の異変に気が付いたのか、フォローしようとする。 「私は冷静ですわ。似てると思っただけです。」  恵は、反論する。すぐ反論する所が恵らしい。 「瞬様、私も冷静です。言葉の撤回を。」  睦月さんは、どことなくムキになっていた。 「姉さん、その言い方じゃ、説得力無いって。」  葉月が心配して、注意をする。 「お黙りなさい!葉月!・・・まぁ、冷静じゃなかった事は、認めましょう。」  睦月さんは、怒りを落ち着けて、深呼吸をしていた。相当だな。 「私は・・・そんなに似てるんでしょうか?」  ショアンさんは、肩を落としていた。何だか可哀相だ。 「お客人に対して、御無礼しました。我が父の厳導の面影は、中々消せる物では、 ありません。ですが、それは、私達の事情。貴方が気にする事はありませんわ。」  恵は、謝罪を述べる。冷静になってきたようだ。 「いや、気にしては、いないのですがね。話に聞いてたので・・・。」  ショアンさんは、本当に驚いているだけのようだ。 「あー。もう。これじゃ、いつまで経っても、話が進まないわ。まずは、自己紹介 から!それと、今までの経緯を説明する事!以上でしょ?」  ファリアが、色々遠慮をする反応を見て、痺れを切らしたようだ。まぁ、気持ち は分かる。頭がこんがらがるよな。  まずは、俺達の紹介をした。ほとんどが、爽天学園の生徒なので、その点を強調 したら、すんなり納得してくれた。そして、今度は向こうだが、まず、凄い雰囲気 を出していた人は、やっぱり『司馬』の人で、名前を黒小路 士だと言う。脅威の 成功率の伝説を作ったのは、この人で、それなりの雰囲気を纏っている人だと思っ た。仲間を大切にしているのだが、敵には容赦が無い感じだった。  そして、隣に居たのが、ファン=センリンって人だった。凄い美人さんで、スト リウス訛りだが、元ファン家のお嬢様だと言う。セントで、バー『聖』を経営して いて、そこで士さんとコンビを組んでいたのだとか。  後ろの大きい人は、恵達の親父さんに似ているらしいが、名前はショアン=ガイ アだ。やはりジェイルの弟さんで、人斬り組織『ダークネス』で『剛壁』と言う異 名を持つ程、守りに特化した槍術使いだと言う。  後ろに控えていた二人は、人斬り組織『オプティカル』の二人だ。とは言っても、 もう足は洗っていて、元ボスだったのが金髪の美人のアスカ=コラットさん。そし て、ノリが軽い人が、『軟派師』のジャン=ホエールさんだ。エイディは、親近感 を覚えたらしい。確かにエイディに雰囲気は似ている。だが、どっちも凄い腕だと 肌で感じた。ジャンさんが、仲間の女子に調子の良い事を言う度に、アスカさんに、 物凄い目で睨まれていた。それをフォローしながら、紹介と言う、変わった感じで 進んでいった。  それと、今まで起こった事を、纏めて話していった。親父達は、手紙に書いた事 以外に、ジェシーさんや、ジュダさん達とも会ったみたいで、それぞれから、報告 を受けていたと言う。  それに俺達が驚いたのは、ジェシーさんの息子さんの事だ。確かに聞いた事があ ったが、まさか、魔界を統べる程、成長していて、このソクトアに君臨しようとし ているとは、思わなかった。ジェシーさんも苦労するだろうなぁ・・・。  それと、親父達も、全員『ルール』に目覚めてたのにも驚いた。俺達の『ルール』 も説明したが、親父達の『ルール』も、かなり強力な物ばかりだった。 「船上で、父上に会っていたのか。」  ゼリンは、ジュダさん達の事を話す。 「ああ。何だか、手合わせを求められてな。本気で手合わせしてみたぜ?」  士さんは、ジュダさんと本気で手合わせをしていたらしい。って、本当かよ。 「士が勝ったのには、驚いたな。まぁ、士だけの力じゃないがな。」  親父は、不思議な事を言う。士さんだけの力じゃない? 「まさかアンタも、中に誰か、入られてるのか?」  瞬が、覚えがあるのか、尋ねてみた。瞬は、天上神ゼーダさんを、中に宿してい る。その事を言っているのだろうか? 「・・・アンタも、って事は、お前もか?・・・苦労するな。お互いに。」  士さんは、否定しなかった。と言う事は、マジで? 「これは驚きましたわ。兄様以外に、そんな稀有な体験をされてる方が居たとは。」  恵も、驚きを隠せないようだ。確かに、中に神が入っているなんて、瞬だけかと 思っていた。 「エ?そこの瞬君も、中に誰か居るノ?ビックリだヨ。」  センリンさんも驚いていると言う事は、本物だな。 「俺の中には、天上神ゼーダって奴が居ます。まぁ、皮肉屋で、尊大な奴です。」  瞬が、ゼーダさんの事を紹介する。 「・・・ゼーダ?マジか?そりゃ参ったな。」  士さんは、心底参った顔をする。どう言う事だろう。 「実は、俺の中には・・・って、言うと驚かれるかな・・・。」  士さんは、目を伏せる。あまり、知られたくないようだ。 「話したくないのなら、話さなくて良いんじゃないの?」  ファリアは、無理に話す必要は無いと、言ってやる。 「士・・・。」  センリンさんは、心配そうにしていた。 「いや、あっちが明かしたのなら、明かさなきゃフェアじゃない。」  士さんは、覚悟を決めたようだ。 「俺の中には、神魔王グロバスが居る。最初は信じられなかったけどな。」  士さんは明かす。って・・・神魔王グロバス・・・? 「おいおいおい。超有名処じゃねーか!ゼハーンさん!本当なんですかい?」  グリードは、ビックリして、親父に尋ねてみた。 「本当だ。私は何度も、士の変身している所を見ている。しかし瞬殿が、ゼーダを 宿していると言う方に、私は驚いているのだが・・・。」  親父は、瞬のゼーダの方に驚いていたようだ。 「言葉を返すようだが、俺達も、瞬が変身した所を見ている。」  エイディは、瞬の変化を説明してやった。 「ま、1000年前は、『覇道』を唱えていたらしいが、今は、提唱するつもりは無い らしいぜ。詳しい話は、本人に話させたほうが良いか?」  士さんは、すぐにでも代われると言った感じで言う。 「そうなると、俺も、代わった方が良いのかな?ゼーダは、是非変われって煩いん ですが・・・。」  瞬は、冷や汗を流す。これは、大変な事になりそうだな・・・。 「んじゃ、俺もお前も、最初に宣言しておこうぜ。・・・絶対変な争い起こすんじ ゃねーぞ!って事をな。じゃ無かったら、代わってやらん。」  士さんは、中に居るグロバスに言っているのだろうか? 「ゼーダは、それで良いそうです。いざとなったら、俺が強引にでも戻します。け ど、大丈夫だと思いますよ。」  瞬は、ゼーダさんの事を信じては、いるようだ。 「分かった。代わるだけなら、大した力も使わないしな。」  士さんは、了解したようだ。何だか、凄い事になってきたな。ゼーダとグロバス って、伝記時代より前に、争った経緯があったよな。 「・・・仕方無いわね。んじゃ、『結界』を張るわよ。」  ファリアは、呆れ顔で、『結界』を張った。さすがに迅速だ。 「おいおい・・・。そこの姉ちゃん、『結界』を使えるのか?」  ジャンさんが、信じられないらしく、驚いた顔をしていた。 「凄いなぁ・・・。ウチより若いのに・・・。」  アスカさんも、驚きを隠せない。 「『結界』は助かる。正直、この力が出るのは、余り好ましい事じゃないからな。」  士さんは、感謝していた。『結界』自体は知っているようだ。 「さすがだね。ファリアは、私なんかより、魔力の使い方に長けている。」  ゼリンも褒める程、ファリアの魔力の完成度は高い。 「じゃ、代わるよ。・・・んん!!」  瞬は、気合を入れると、ゼーダさんに代わっていく。結構スムーズになってきた な。話すだけなら、大丈夫そうだな。物凄い神気を放っている。 「本当に、ゼーダなんだな。んじゃ、俺も・・・ム・・・。」  士さんは、同じように力を入れると、頭から角が、そして背中から翼が生えてき た。そして、出てくる瘴気の量は、恐ろしく、まさに神魔王の風格だった。 「こ、この量、レイモスの比じゃない!!」  俊男は驚いていた。魔神レイモスに乗っ取られた事がある俊男は、誰よりも瘴気 の凄さを知っている。 「ほう。貴公、レイモスを知っておるのか?」  この声、士さんの声じゃない!んじゃ、本当に・・・。 「僕が、魁を恨んだ時に、レイモスは、僕の中に入り込んで、乗っ取ろうとしたん だ。それを、瞬君とゼーダさん、そして、ここに居る仲間に助けられたんだ!」  俊男は、その事をハッキリとは覚えていないらしいが、本当に感謝している。 「そうか・・・。レイモスは、未だにそんな事をしていたのか・・・。哀れな奴だ。 それを、貴公等の絆の力で、跳ね除けたのだな?」  グロバスは、何故か、目が澄んでいた。何だろう。これが、本当に神魔王として 恐れられていた奴なんだろうか? 「絆の力とは・・・。お前の口から聞けるとはな。」  ゼーダさんが、口を開く。 「ゼーダか。貴様と話すのは、1400年振りか?」  グロバスは、この会話を楽しんでいるようでもあった。 「グロバスよ。お前は、その人間を乗っ取るつもりか?」  ゼーダさんは、まず核心を突くような事を言う。 「誰もが、そのような事を言うのだな。我の印象は、本当に悪いな。まぁ、我の招 いた行動だ。仕方の無い事か・・・。結論を言えば、そのような誇りの無い真似を するつもりは無い。貴様も、その人間と共存しているのだろう?それと同じだ。」  グロバスは、嘆きながらも、真っ直ぐゼーダさんの目を見て、堂々と答える。 「・・・その目、嘘を吐いている目では無い。何があったのだ?昔のお前からは、 考えられぬ。何がお前をそこまで変えた?」  ゼーダさんは、グロバスと死闘を演じた記憶があるのだろう。だから、信じられ ないのかも知れない。 「最初に言っておくと、我は今でも『覇道』を提唱した事を、間違っていたとは、 思っていない。だが、それを人間達に強要する事は無い。今の世を壊してまで、争 いを拡大しようとは思わぬ。我は考えを曲げるつもりは無いが、人間達が、500 年間、『共存』を続けた事を、評価しない訳では無い。」  グロバスは、あくまで平等だった。自分の考えを曲げないが、人間が、『共存』 を500年続けたのを評価して、今の世を壊したくないと言う。 「だが、今のセントを放って置く事は出来ぬ・・・。我は、あのような世にする為 に敗れた訳では無い!『人道』に負けたのなら、納得もする。我等に勝ったのだか らな。しかし、あれでは、『法道』と一緒では無いか!・・・それにこのままでは、 このソクトアが崩壊する恐れがある。そんな事はさせぬ!我は、こう見えても、ソ クトアには愛着がある。それを防ぐ為なら、何でもする覚悟だ。」  グロバスは、熱く語った。これが、神魔王か。何たるカリスマ性だ。人を惹きつ ける何かを持っていた。 「お前も感づいていたか。そうだ。このままでは、ソクトアが崩壊する。それを防 ぐ為とは・・・。お前の口から聞けるとはな。本当に驚いたぞ。」  ゼーダさんは、グロバスの口から、守ると言う台詞が聞けたのが、信じられない ようだ。それだけ、昔のグロバスとは、違うのだろう。 「我が、人間を信じられるようになったのは、この士のおかげだ。そして、ここに 居る士の仲間達のおかげだ。我は、この目で見た事は、信じる事にしている。そし て、ここに居る士達は、我に絆の力を見せてくれた。その絆の力こそ、我が人間達 に敗れた原因なのだろう。ならば、それを認めぬ訳には、いかんな。」  グロバスは、親父達を見て、絆の力を信じると言った。それだけ、凄い絆の力を、 親父達は見せてくれたのだろう。これは、負けられないな。 「簡単には信じぬと思ったが、その目は、本物のようだな。グロバス、お前は、ゼ ロマインドを倒すつもりでいるのか?」  ゼーダさんは、ゼロマインドの事を話す。 「このソクトアを無に帰そうとする者は、問答無用で敵だ。」  グロバスの目は、澄んでいた。親父達が、このグロバスを変えたのか。 「分かった。ならば、私も昔の争いは、水に流す。この瞬と、ゼロマインドを打倒 する事を誓おう。」  ゼーダさんは、納得が行ったようだ。それにしても、グロバスは、話せる魔族だ。 しかも、思った以上に紳士だ。これなら、親父達が信じたのも頷ける。 「では我は、そろそろ士に戻る。新たな同士よ。貴公等も、この士達に負けぬ絆を 見せてくれると信じている。また会おう!」  グロバスは、そう言うと、士さんの中に入っていった。すると、士さんの体から、 角と翼が引っ込んでいく。本当だったんだ・・・。 「私も戻るとしよう。グロバスが言った絆を、私も確かめさせてもらうぞ。」  ゼーダさんは、そう言うと、瞬の中に帰って行った。瞬の雰囲気が戻っていく。 「士!」  センリンさんが、心配そうな目で、士さんの胸に飛び込む。 「フッ。最後まで付き合うなんて、お人好しな奴等だな・・・。」  士さんは、センリンさんの頭を撫でながら、憎まれ口を叩く。しかし、とても嬉 しそうだった。素直じゃない人だ。 「ふー・・・。ここに居る奴等は、誰一人として、絆を持ってない奴なんか居ない さ!だから、安心するんだな。」  瞬は、俺達の事を、最大級に評価していた。 「絆ねぇ・・・。俺は、難しい事は分からないけどさ。仲間の為に頑張るのって、 当たり前の事なんじゃないか?」  勇樹は、思った事を口にする。その当たり前が出来るってのが、大事なんだがな。 「お。その考え方は、前向きで良いね。後は、その口調が、残念かな?女の子なん だし、可愛い顔立ちしてるのに、勿体無いぜ?」  ジャンさんは、勇樹に軽い口調で話し掛けていた。よくもまぁ出て来る物だ。 「お、俺は、か、か、可愛くなんか・・・な、無いって。」  勇樹は、顔を真っ赤にして否定する。そう言う仕草が、可愛いんだと思うぞ。 「んー。初々しい反応。嬉しくなるねぇ。なぁ?姐さ・・・。」  ジャンさんは、色々堪能するような顔で、頷いていた。そして、アスカさんに同 意を求める。すると、アスカさんは涙を浮かべていた。 「可愛いなんて・・・ウチにも、言った事ほとんど無いのにぃ・・・。」  アスカさんは、口を尖らせている。 「な、何言ってんだよ。姐さんの場合は、可愛いってより、綺麗だろ?」  ジャンさんは、慌ててフォローする。て言うか、今のフォローなのか? 「むー・・・。何か納得行かないけど、そう言う事を言わないジャンは、ジャンじ ゃないから許す・・・。」  アスカさんは、不思議な事を言って、許していた。良いのか?それで・・・。 「ここでも痴話喧嘩するんじゃねぇよ。まったく。」  士さんが呆れていた。と言う事は、結構、日常茶飯事なんだな。 「仲が良い証拠だヨ。ジャンさんは、いつも通りだしネ。」  センリンさんは、冷や汗を掻きつつ、フォローしていた。仲が良いなぁ。 「中てられる我等の身にも、なって欲しい物ですな。」  ショアンさんは、溜め息を吐いていた。と言う事は、ショアンさんには、恋人と か、居ないのかな?まぁ余り器用そうには見えない。 「ショアンさんは、恋人とか居ねぇの?」  グリードは、空気を読まない発言をする。俺は、ゲンコツを食らわせた。 「お恥ずかしながら・・・。兄と別れた後は、組織の人間として、暮らしていたの で、チャンスが無かったのです。」  ショアンさんは、『ダークネス』にずっと居た。だから、恋人を作るチャンスな ど、ほとんど無かったのだろう。 「あの男に、そっくりなのに、不器用なんですねぇ。」  恵は、目を細めながら、笑っていた。どうやら、父親にまるで似ていないので、 警戒心を解いたようだ。 「厳導様も、不器用でしたよ。色んな事に愚直な方でした。」  睦月さんは、思い出すように言う。 「ま、そうね。器用なら、私の苦しみも、分かっていたでしょうね。」  恵は、その辺を、もう割り切っているようだった。父親のした事は許せないが、 それが、愛情から来る行為だとは、悟っているようだ。 「しょうがないよ。親父様は、この家を守る事に心血注いでたからな。」  瞬も同調する。瞬も、この家を守る為の教育を受けていた。だが、瞬は、それを 蹴って空手家になる道を選んだのだ。 「ん?あれ?ゼハーンさん。・・・その人、誰?」  ファリアが、目を凝らしていた。何の事を言っているんだろうか? 「どうした?誰か居るのか?」  俺には、親父の後ろに誰か居るようには見えない。 「んー。いや、『召喚』のルールで、見てるんだけどさ。ゼハーンさんの後ろに、 瞬君や士さんみたいに、誰かが居るように見えるのよね。」  何だって?親父の後ろに?って事は、親父にも誰か入っているのか? 「ファリアは凄いな。良く分かったな。私の場合、士や瞬殿のように、『同化』を するような間柄では無い。さっき、『ルール』の事も話したが、私の『ルール』は、 『魂流(こんりゅう)』のルール。伝記のフジーヤが得意としていた物だ。だから、 私には天使が入り込んでいるのだ。」  天使!?マジかよ。確かに『魂流』のルールだって聞いたし、伝記のフジーヤに も、天使が常に傍に居たってのは聞いた事があるけどさ・・・。 「あ。もしかして、その優しそうな人は、天使なの?」  ファリアには、ハッキリと見えているようだ。優しそうなんだ。 「フム・・・。もしかして、ファリアは、可視化出来たりするのか?」  親父は、ファリアに尋ねてみる。どうやら、会わせたいようだ。 「そうだなー。これだけ強い思念なら、『召喚』のルールだけで、何とかなりそう だけど・・・。本人は、出たがってるの?」  ファリアは、尋ねてみる。一応本人の了解も取って置こうってんだな。 「出たがってる所では無い。瞬殿と恵殿には、切っても切れぬ人物だからな。」  親父は、また不思議な事を言う。瞬と恵が関係してるのか? 「お、俺と?天使に知り合いって言うと、1000年前のレイシーさん?かなぁ。」  瞬は、記憶を辿る。しかし、中々結びつかないようだ。 「レイシーさんか。本当なら、会いたいなぁ。」  江里香も、世話になった天使だ。会いたいのだろう。 「レイシーさんなら、歓迎するけど、どうやら違うようね。」  恵は、親父の反応を見て、違う事を悟る。 「最近天使になったばかりだ。1000年前とは、何も関係ないぞ。」  親父は、説明してやる。最近?それはまた、見当がつかないな。 「ま、可視化すれば、分かるんじゃない?ただ、話すとなると・・・。あ。そうだ。 恵さん、この石像を借りて良い?」  ファリアは、この大広間にある、天使を模した石像を指差す。 「これ?どうぞ。使って下さいな。」  恵は、快諾する。確かに立派な石像だけど・・・。動いたりするのかな? 「えーと。ゼハーンさんから、離れられるの?・・・あ。大丈夫?じゃぁ、この石 像に、貴女の魂を吹き込むけど、波長合いそう?」  ファリアは、親父の肩の辺りを見て、話し掛けている。本当に居るんだな。 「本当に誰か居るんですかねぇ?」  葉月が、不思議そうな顔をして見つめていた。まぁ俺達には、まだ見えないしな。 「オレ達も、まだ、見た事無かったな。」  ジャンさんは、興味深そうにしていた。 「しかし、あの子凄いんだネ。本当に、色々出来るんだネ。」  センリンさんは、ファリアの凄さを感じていた。魔法に関しては、アイツに並ぶ 者は、居ないと、俺も思っている。 「普段は、そうでもないんですけどね。凄い奴ですよ。」  俺は、誇らしげな気分になる。 「レイク。普段は・・・は、余計よ。・・・じゃ、始めるわね。」  ファリアの奴、見逃さないな・・・。下手な事は口にする物じゃないな。 「・・・『召喚』のルール・・・発動!!」  ファリアは、『召喚』のルールを発動させる。すると、石像が光りだした。  そして、親父の肩から、石像に手を移す。そして、その瞬間、魔力を注入する。 「・・・ハァ!!」  ファリアの気合と共に、石像の光が収まっていく。すると石像の形が、どんどん 変わっていく。多分、親父と一緒に居た天使の姿だろう。確かに優しそうな人だ。 「ば、婆さん!!?」 「お婆様!!」  その瞬間、瞬と恵は、驚きで声を上げる。婆さん?って事は、もしかして・・・。 「喜代(きよ)様!」 「きぃ婆ちゃんだったの?」  睦月さんと、葉月も反応する。そして、天神 喜代と言うのは、確か、瞬と恵の 祖母だった筈だ。それにしては、余り更けてるように見えない。どうやら、若い時 の姿のようだ。 「ああ。話せる・・・。話せるのね?夢みたい・・・。大きくなったね。瞬ちゃん に恵ちゃん、それに睦月ちゃんに葉月ちゃんも!」  喜代さんは、本当に嬉しそうに話す。 「天使名は、清芽(きよめ)殿と言う名だ。話には聞いていたが、本当に恵殿と瞬 殿の祖母であったとは・・・。」  親父も、詳しい事は知らなかったようだな。 「お婆様・・・。お久しゅう御座います。・・・会えて光栄ですわ。」  恵は、表情が柔らかくなる。恵が、こう言う表情をするなんて、珍しいな。 「婆さん・・・。俺、強くなったよ。爺さんの理想に近づけたかな?」  瞬は、涙が出そうになっている。大事な人なんだろうな。 「立派になったねぇ・・・。恵ちゃんは、しっかりしてるし、瞬ちゃんは、たくま しくなって・・・。本当に嬉しいよ。」  喜代さんは、笑っていた。人を安心させるような顔だ。 「喜代様。私をお許し下さい・・・。厳導様と不仲のままにさせた私を・・・。」  睦月さんは謝っていた。 「厳導との事は、睦月ちゃんのせいじゃないのよ?真(しん)さんが悪いのよ。意 地っ張りだったんだから・・・。」  喜代さんは、夫である天神 真の名前を出す。 「きぃ婆ちゃん!また会えるなんて、私、嬉しいです!」  葉月は、喜代さんにも似て、満面の笑みを浮かべる。 「葉月ちゃん、素敵な笑顔を、するようになったわねぇ。私も嬉しいわ。」  喜代さんは、葉月の頭を撫でる。どうやら、仲は良かったようだ。と言うより、 ここに居る人で、仲が悪い人は、居ないようだ。愛されてたんだな。 「お婆様、私は、良い当主に見えますか?」 「恵ちゃん、周りを見てみなさい。これだけの人が、貴女を頼ってきてる。それは、 誰にだって、出来る事じゃないのよ?貴女は、素晴らしい当主様よ。」  恵の問いに、喜代さんは、真摯に答える。何だろう。物凄く優しく諭してくれる。 「婆さん。俺、爺さんの最期を・・・見てるしか出来なかった・・・。」 「瞬ちゃん。あの人はね。意地っ張りなの。馬鹿が付く程ね。瞬ちゃんは、あの人 に、その立派な姿を見せてやれたんでしょ?だから、幸せに逝けたと思うの。」  喜代さんは、瞬に対しては、瞬の悩み処を、見事に返していた。 「喜代様・・・。私は真様は、どうしても好きになれませんでしたが、貴女の事は、 尊敬しておりました。」  睦月さんは、天神 厳導が好きだった分、対立していた天神 真に対しては、敵 意を持っていたが、喜代さんには、そうじゃ無かったのだろう。 「あの人が、意地っ張りなせいで、睦月ちゃんにまで迷惑掛けて・・・。ゴメンな さいね。苦労掛けたわよね。」  喜代さんは、睦月さんを労る。すると、睦月さんは珍しく涙を流していた。 「睦月ちゃんは、ずっと我慢してたのよね?でも時には、自分を出しても良いのよ? 厳導を支えてくれて、ありがとうね。あの子も意地っ張りだったからね。」  喜代さんは、凄い人だ。両方を労ってあげながら、睦月さんの一番言って欲しい 言葉を掛けてあげていた。睦月さんは、喜代さんの胸の中で泣いていた。 「良かった。姉さん良かったね!」  葉月は、自分の事のように喜んでいた。睦月さんの苦労を知っていたからだろう。 「皆、良い子過ぎて、このままで居たくなっちゃう。けど、そろそろ戻るね。」  喜代さんは、名残惜しそうに言うと、親父の方に向かう。 「清芽殿。良かったですな。」  親父は、この再会を喜んでいた。いつも話してたのかな。 「じゃぁ、皆、また会いましょうね。私は、あの人と同じくらい意地っ張りな、こ の人の中に居るからね。」  喜代さんは、そう言うと、親父の中に入っていった。 「ありがとう。ゼハーンさん。・・・婆さん、またな!」  瞬は、そう言うと、嬉しそうに手を振っていた。  天使清芽。そして生前の名を天神 喜代。彼女は、名前の如く、皆に喜びを見せ る為に姿を現したのだった。  さっきは、良い物を見た。  恵さんにとっては、祖母との邂逅、瞬君にとっては、母親との出会いだった。  私が『召喚』のルールで可視化出来たのは、ラッキーだったな。  それにしても、ゼハーンさんたら、中に喜代さんを宿しているなんてねぇ。  そのゼハーンさんと言えば、恵さん達にからかわれていた。  恵さんの祖父の真さんに似てると揶揄されて、同情されてたのだ。  何だか、楽しそう。  あんな笑顔を見せる恵さんは、久し振りに見た。  で、落ち着いてきたので、今度は、療養室に行く事にしたのだ。  ・・・ティーエ・・・。  私は、ティーエが、あんなに苦しんでたのに、何もしてやれないなんて。  何でも、センリンさんが、ティーエの従姉妹らしいので、会いに行くんだとか。  確かに、顔立ちは似ている。  ティーエを少し若くしたら、あんな感じだろう。  もしかしたら、どちらも美人よねぇ・・・。  私達は、ジェイルとティーエが居る療養室の前に来た。天神家の療養室なら、結 構大きめなので、この大人数でも入るようだ。私達の仲間も増えた物よね。 「ジェイル様。ご機嫌は如何ですか?」  睦月さんは、いつもの使用人モードに戻る。療養室に行く事で、医師としての顔 を見せてるのかも知れない。 「今は、入って来ても大丈夫ですよ。」  ジェイルの声がした。すると、ショアンさんに緊張が走った。 「・・・ジェイル・・・。」  ショアンさんは、今までの穏やかな感じだったが、急に様子が違っていた。 「ここに、お姉ちゃんガ・・・。」  センリンさんも、緊張が走っていた。 「ああ。でも大丈夫だ。俺も付いている。」  センリンさんを、大事そうに士さんが支えていた。凄く信頼しあって、良い恋人 同士だと思った。私も・・・いつか・・・レイクとね。 「入りますわ。」  恵さんが、一声掛けると、中に入る。するとジェイルは、穏やかな笑みを浮かべ て、ティーエの世話をしていた。今は、リンゴを剥いてあげてる所だ。 「これは大勢で・・・久し振りですね・・・ショアン。」  ジェイルは、ショアンさんの顔を見ると、少しだけ険しい顔になった。 「久し振りですな。ジェイル。私の顔を覚えていたか。」  ショアンさんは、緊張しているようだった。 「お姉ちゃン・・・。」  センリンさんは、堪らずティーエに駆け寄った。 「ふぅ・・・。」  ティーエは焦点の定まらない眼で、虚空を見つめるばかりだった。 「ティーエさんの知り合いのお方ですか?良かった。嬉しそうです。」  ジェイルは、ティーエの僅かな表情の差も見逃さない。 「アンタが、ジェイル=ガイアか?」  士さんは、頭を下げる。 「はい。貴方が、ショアンが世話になったと言う、黒小路 士さんですね。」  ジェイルは、同じように頭を下げた。ジェイルには士さんの事を話していた。 「お姉ちゃン・・・。私の事・・・分からないノ?」  センリンさんは、涙を溜める。その気持ちは分かる。私も、最初に見せてもらっ た時は、あんな感じだった。 「ファン=センリンさんですね?ティーエさんは、今、麻薬の禁断症状が抜けて、 そのショックで記憶が、あやふやなのです。」  ジェイルは説明してやる。だから、あんな抜け殻みたいに・・・。 「ジェイル・・・。」  ショアンさんは、献身的な介護を続けるジェイルを見て、驚いていた。 「貴方にとっては、私らしくないと映るのでしょうね。・・・私は愚か者でしたか らね。貴方には、本当に迷惑を掛けた・・・。」  ジェイルは、ショアンさんに頭を下げていた。 「そんな言葉など、私には届かない。私は、貴様の為に人斬りに落ちねばならなか った。そして、10年間、人を殺し続けてきたのだ・・・。」  ショアンさんは、唇を噛んでいる。ジェイルが組長をしていたガイア組が、一斉 捜査で、捕まった時、ショアンさんは、運良く逃れた。しかし、人斬りに身を落と さねばならなかったのだ。『ダークネス』で、『剛壁』の名前を戴く程、ショアン さんは、人を殺し続けたのだ。 「言い訳はしない。貴方がそうなったのは、私のせいです。貴方の責めならば、何 でも受ける覚悟です。」  ジェイルは、ショアンさんの恨み言を、真正面から受け止めていた。 「・・・ならば、教えてくれるな?あの非道だった貴様が、何故、このような人助 けをするにまで、至ったのだ?」  ショアンさんは、ジェイルに質問をぶつけた。 「そこに居るレイクのおかげです。レイクは、私の希望です。私に未来を信じる力 をくれた。レイクの為なら、私は、命も惜しくない。」  ジェイルは、迷い無く言った。・・・だからか。私達を助ける時、迷いなど一切 無かった。レイクに希望を見出していたからだ。 「馬鹿!ジェイル一人犠牲にして生き延びて、良い訳無いだろ!!」  レイクは、拳に力を入れる。そうだ。誰かを犠牲にして生きるなんて真っ平だ。 同じ生きるなら、共に生きなきゃ駄目だ。 「その通りだぜ。ジェイル!俺だって、認めないからな!」  グリードは、あの時、嘆かなかったが、ジェイルの事について、後悔が無かった 訳じゃ無いみたいだ。 「そうだ。あんな想いは、もう沢山だ!」  エイディも、気にしていたからなぁ。 「ジェイル。命を犠牲にして、人を生き延びさせるのは、もう終わりよ。私達と一 緒に生きる事が、これからの生活だと思いなさい。」  私は、口を尖らせて言う。私だって、あの時は、身を引き裂かれた想いだった。 「皆・・・。私は、幸せ者です・・・。」  ジェイルは、私達の絆を噛み締めていた。 「・・・成程。この人達が、ジェイルの仲間ですな。」  ショアンさんは、私達を眺める。そして、士さん達を眺める。 「ショアン。私は、仲間達と、共に生きていきたい。私には過ぎた仲間達とね。」  ジェイルは、ショアンさんに訴えかける。 「私は、お前が変わったなど、信じられないでいた。口先だけでは無いかと。そし て、引導を渡すつもりでいた。しかし、感謝するのだな。引導を渡す必要は無さそ うだ。・・・その仲間達と、私の10年間の分まで、共に生きるが良い。」  ショアンさんは、そう言うと、私達に一礼する。これは、私達を認めてもらえた のかな?ショアンさんは、限り無く優しい目をしていた。 「ショアン・・・。分かりました。レイク達と生きるのは、私の希望。貴方の10 年間の分まで、レイク達に尽くす事を誓います。」  ジェイルは、ショアンさんに、頭を下げる。 「それで良い。それが・・・兄上の、私に対する償いだ。」 「ショ、ショアン!!」  ジェイルは、ビックリする。そうだ。ショアンさんは、初めてジェイルの事を兄 と呼んだのだ。多分、それまでは、割り切れない想いがあったのだろう。 「ショアンさん、とうとう吹っ切れたか。・・・ま、それが良いやな!」  ジャンさんが、励ますようにショアンさんの肩を叩く。 「割り切るのは、大変だったと思うけど、前を向かなきゃね!」  アスカさんが、ミサンガを見せながら話す。そうだ。あれが、士さん達の絆の証 だ。これがある限り、仲間だと話していた。 「簡単では無い。だが、絆の力で、兄上に負けたくないからな。それを壊すような 卑劣な真似をしたくないのだ。堂々と勝利してみせるつもりだ。」  ショアンさんは、私達の仲間の絆に、負けたくないと言った。 「フフッ。私達の絆も、強いですよ?」  私は、挑発するように言う。こう言う軽口を叩いた方が、向こうも気が楽だろう。 「俺達も、負けるつもりは無い。」  士さんは、私の挑発に、軽口で返す。心地良い返しだ。 「俺達も、負けてられねーなぁ。俊男。」  瞬君も、刺激されたようだ。 「当然だよ。僕達は、それ以上を目指さなきゃ!」  俊男君は、勢いのある事を言う。若いって良いなぁ。 「あ・・・。あああ・・・。」  ティーエは、センリンさんと私を見る。どうしたんだろう。 「どうしたの?ティーエ!」  私は堪らず、ティーエの手を握る。すると、ティーエは握り返してきた。 「お姉ちゃン!私だヨ!分かル!?」  センリンさんが、もう一方の手を握っていた。 「センリン。何か、思い出の品とか無いか?この人は、何かを求めている感じだ。」  士さんが、センリンさんに助言する。すると、センリンさんは、考える。 「お姉ちゃんが、好きだっタ・・・食べ物があった気がすル!」  センリンさんは、何かを閃いた様だ。食べ物かぁ。 「どんな物?私、料理なら、一応作れるから、言って頂戴!」  私は、ティーエを取り戻すためなら、何だってしたい。 「お姉ちゃんハ・・・ドロップ飴が、好きだっタ・・・。確か、そうだヨ!」  センリンさんは、思い出したようだ。ドロップ飴かぁ・・・。 「睦月、用意してある?」  恵さんは早速、睦月さんに確認を取る。 「さすがに、用意しておりません・・・。買い出しに行かせましょうか?」  睦月さんは、内線電話で他の使用人と連絡を取ろうとする。 「ドロップ飴とは、奇遇じゃのう。」  巌慈さんが、鼻の頭を掻いていた。 『持ってるの!?』  私とセンリンさんの声が重なる。 「あ。いや、俺も好物でして・・・。この通り。」  巌慈さんは、自分のポケットから、ドロップ飴を取り出した。 「ナイスじゃないか。巌慈!見直したよ!」  亜理栖が、巌慈さんの背中をバンバン叩くと、ドロップ飴を奪い取る。 「貰って良いノ?好物なんですよネ?」  センリンさんは、さすがに気が引けたようだ。 「カッカッカ!ここで断る程、このサウザンド伊能ジュニア、器の小さい男じゃ、 ありませんわ!是非にも使って下さい!」  巌慈さんは、豪快に笑ってみせる。気持ちの良い男よね。 「ありがとね!巌慈さん!」  私は、巌慈さんに、お礼を言う。 「ファリア殿の役に立てるのなら、光栄ですぞ!」  巌慈さんは、喜んでと言う感じだった。あ。ちょっとグラッと来たかも。 「巌慈さン!感謝しますヨ!」  センリンさんも、喜びを露にする。素直な人だなぁ。 「巌慈。役得だねぇ。」  亜理栖が、巌慈さんを冷やかしていた。 「正直な所、ただ持っていただけじゃからのう・・・。」  巌慈さんは、それだけで認められるというのが、どうにも複雑なようだ。とは言 え、今この場で持っていたというのは、有難いのだ。 「伊能先輩、カッコ良いじゃん!」  勇樹が、伊能先輩に、笑い掛ける。 「お姉ちゃン!思い出しテ!」  センリンさんは、ティーエの口に、オレンジのドロップ飴を持っていく。私は、 それを見ながら、祈るような想いで、手を握ってやる。 「あ・・・。あ!・・・お・・・あ、あれ?」  ティーエは、一筋の涙が流れると、周りを見渡す。気が付いた!? 「ここ・・・わ、わた、私・・・。あれ?」  ティーエは、眼に力が戻ってくる。気が付いたんだ!! 「お姉ちゃン!!良かっタ!」 「ティーエ!・・・良かったよぉー!!」  センリンさんも私も、ティーエの胸の中で泣きついた。我慢なんか出来ないよ! 「本当に・・・良かったです。」  ジェイルも、胸を撫で下ろしていた。 「ここ・・・ええと・・・。」  ティーエは、まだ放心状態だった。何が何だか、分からないようだ。 「説明する!全部説明するから!!」  私は、そう言うと、ティーエの胸の中から離れる。そうだ。ティーエだって、記 憶が錯乱しているに違いない。  それから、私達は、それぞれの経緯と、ここまで至った現状を話した。酷い扱い を受けた事は、隠そうとしたが、ティーエ自身が覚えていたらしく、それを隠す気 は無いようだった。強いなぁ・・・。 「そっかー・・・。いや、アタシも出れたんだねー。何だか、実感湧かないわ。」  ティーエは、あっけらかんとしていた。そっちの方が、ティーエらしい。 「ティーエさんだったか。アンタの親父さんを殺したのは、この俺だ。責めなら、 何でも受ける。・・・じゃないと、センリンと付き合う資格は無いからな。」  士さんは、ティーエの前で、センリンさんと並んで、じっとしていた。 「・・・あー・・・。内の父さんねー。・・・気にしてないって言っちゃ、嘘にな るけどさー・・・。あれ、内の父さんが悪いんでしょ?」  ティーエは、自分の父親が、センリンさんの両親の殺害を頼んだのを知っていた。 「でも、お姉ちゃン!私のせいで、お姉ちゃんが、『絶望の島』ニ!」  センリンさんは、涙を溜めて謝罪する。 「センリン。アンタの両親を殺したのは、内の父さんなんだからさ。お互い様だっ て。それに、アンタが幸せな姿を見せてくれた方が、アタシは嬉しいよ。」  ティーエは、穏やかな笑みを浮かべる。ヤサグレテるように見えて、優しい。 「それに、良い男を掴まえたじゃないか!大事にして貰いなよ!」  ティーエは、そう言うと、センリンさんの頭を撫でる。 「お姉ちゃン・・・。お姉ちゃーーン!」  センリンさんは、嬉しさのあまり、また泣いてしまった。 「ティーエさん。俺は、センリンを幸せにする事を、ここで誓う。アンタも覚えて おいてくれ。そして、後ろの連中もな。」  士さんは、センリンさんへの愛を隠すつもりは無かった。カッコ良いなぁ。 「やっぱ『司馬』の中の人は、カッコ良いぜ!!」  グリードが、訳の分からない事を言う。 「中の人って・・・。その言い方は失礼ですよ。グリードさん。」  さすがに魁が突っ込みを入れる。魁が入れなかったら、私が入れるつもりだった。 「素敵だなー。良い夫婦に、なりそうだね!」  莉奈は、憧れの眼で、センリンを見ていた。 「アンタは、まだ良いでしょ?私は、これから見つけないとねー。」  葵が溜め息を吐く。莉奈は魁が居るからね。 「それに、ファリア!良い笑顔するようになったじゃん!」  ティーエは、私にも触れてくる。 「私の為に・・・その酷い事・・・されたんだよね。」  私は、申し訳無かった。その身を犠牲にしてまでも助けたティーエにだ。 「あのねぇ。覚悟の上だったんだから、アンタが気にする必要無いんだって。皆、 気にし過ぎだよ。それに、助けてくれたの、ファリアでしょ?感謝したいよ。」  ティーエは・・・何でこんなに優しいんだ・・・。だから、申し訳なくなっちゃ う。私を助けた時も、躊躇しなかったし・・・。 「んもう・・・。泣かせないでよ!ティーエ!」  私は、涙を抑え切れなかった。 「ハッハッハ!レイク!こんな子だけど、仲良くやってやりなよ!」  ティーエは、レイクに振る。嬉しそうな声だった。 「もう仲良くやってますって。ファリアは、俺が幸せにするって、決めてるんです。」  レイクも、士さんに中てられてか、隠そうとしなかった。 「んもう・・・。恥ずかしいでしょ・・・。」  私は、顔を真っ赤にしてるんだろうなぁ・・・。 「おい。ファリア。お前、兄貴が幸せにしてくれる何て、羨ましい事を言われてる んだからよ。幸せにならなきゃ、許さねぇぞ。」  グリードが、妙な言い回しをする。単に羨ましいのかな。 「お前は、そんな事言ってる場合か?俺達も、少しは焦った方が良いぞ?余り遅い と、ジェイルみたいになっちまうぞ。」  エイディは、ジェイルの事を引き合いに出す。酷い言い草だ。 「物凄く心外ですが、反論出来ませんね。」  ジェイルは、口を尖らせていた。しかし実際に、結婚してないしなぁ。 「なら、私と一緒になるってのは、どう?」  ・・・え?この声はティーエ? 「・・・どう?と言われても・・・。私は、オッサンですよ?」  ジェイルは、珍しく照れていた。まぁ突然だしねぇ。 「ティーエ、本気なの?」  私は、つい聞いてみてしまう。 「私も、もう落ち着かなきゃいけない年齢ってのも、あるけどさ。ジェイルには、 感謝してるんだよ。私の介護、ずーっとやってくれたんでしょ?」  ああ。そうか。ジェイルは、ティーエの禁断症状を抑える為に、あらゆる事をや ったと言っていた。それを、ティーエも覚えているのだろう。 「それは、私が人体実験を受けていた時に、世話になったからですよ。」  そうだ。人体実験を受けていた時に、世話をしてくれたのは、ティーエだ。その 事を、ジェイルは、感謝し足りないと言っていた。 「互いに看病した仲っても、悪くないんじゃないかと思ってね?」  ティーエは、色っぽく笑う。似合うなぁ。 「それとも、こんな女じゃ嫌かい?」  ティーエは、目を伏せる。そうだ。ティーエは、酷い事をされてたんだ。 「絶対に、そんな事は無いです。寧ろ、私には勿体無いくらいですよ。」  ジェイルは、即座に否定する。何だ。結構惚れてるんじゃない。 「んじゃ、付き合っちゃおうよ。」  ティーエは、柔らかな笑みを見せる。それは、何のしがらみも無い笑みだった。 「・・・わ、私のような不束者で、良ければ、お願いします。」  ジェイルは、顔を真っ赤にしながら言う。こう言う経験が少ないんだろうなぁ。 「看病した者同士が、惹かれあって・・・かぁ。」  江里香が、妙に納得していた。 「おめでとう御座います!ジェイルさん!」  俊男君も、力いっぱい応援していた。 「良かったネ!お姉ちゃン!」  センリンさんも、素直に喜んでいた。良い笑顔するなぁ。 「ジェイルと、ティーエか。お似合いかもね!祝福するわ。」  私は、二人とも良い人だって知っている。だからこそ嬉しかった。 「めでてぇ話が続いて、俺は、嬉しいぜぇ!」  グリードは、少し涙ながらに言う。 「ああ。嬉しい話だな!・・・だが、そうなると、俺達、本当に焦らないとならん ぞ?お前も、真剣に考えとけよ?」  エイディは、グリードに釘を刺す事は忘れない。 「いやー、嬉しい話だ!俺、心から祝福するよ!」  レイクも、満面の笑みを見せる。レイクも私と同じような気持ちなんだろうなぁ。 「皆から、祝われるなんて、何だか、嘘みたいだね・・・。」  ティーエは、今まで、周りから疎まれたり、蔑まれたりして生活してきた。それ だけに、こう言う経験が無いのだろう。 「誰にだって、幸せになる権利はあるのですよ?特に貴女は・・・ね。」  恵さんが、優しい目で、二人を見ていた。 「アンタが、幸せになってくれると、俺も楽になる。」  士さんは、心底、そう思っているのだろう。士さんには罪の意識があるからね。  こうして、ティーエは、意識を取り戻した。私も胸がいっぱいになったし、セン リンさんにとっても、忘れられない日になるだろう。  それにしても、ティーエとジェイルがね・・・。お似合いの二人かな。  人は、絆を作る生き物だと、俺は信じている。  今の人間達は、絆を作るのが上手くないかも知れない。  でも、俺は、仲間との間に、絆を感じているし、助け合いたいと思っている。  今回、ゼハーンさんと、そのお仲間さんが、こちらに来た。  その内の一人が、凄い雰囲気を放っていたので、ゼーダは警戒してたっけな。  話してみたら、向こうは、グロバスが中に居るのだとか。  そりゃ、俺と同じ苦労を味わってる訳だ。 (君は、本当に失礼だな。グロバスなんぞに憑かれてるのと、私が付いている事を、 一緒にするとは、何事か。)  そりゃ、本質は違うかも知れないが、憑かれた時に気絶したって言うし、寝てる 間に修練したりとか、味わってる苦労は似たような物じゃない? (・・・まぁ、色々納得し兼ねる部分はあるが、そうなのだろうな。ま、グロバス が、絆の部分に触れた事は、私も驚いた。)  そうだなぁ。伝記を読む限り、非情な神魔王として、人間の敵として書かれてい たからな。意外と話せる魔族だったのには、ビックリしたな。 (まぁ、元々奴は、人間が嫌いだから、反乱を起こしたのでは無い。魔族が不遇な 扱いを受けているのが納得出来なくて、反乱を起こしたのだ。人間の事を、余り知 らなかったので、知ったら、肩入れし始めたと言った所なのだろうな。)  成程ね。確かに伝記でも、卑怯な事を嫌う性格だったみたいだし、『覇道』に付 いて行った人間達に、冷遇したと言う記述は無いんだよな。 (やり方は過激だが、カリスマ性では、私に勝るとも劣らない奴だったよ。)  ひとまずは、敵じゃないのは有難い限りだな。それに士さんも、しっかりした人 みたいだし。ゼハーンさんも、凄い人を連れてきた物だ。 (そうだな。あの黒小路 士と言う人物は、魔族に考え方が似てるが、暴走する事 も無さそうだし、信頼して良いだろうな。)  しかも、物凄い腕を持っているみたいだしね。レイクさんが、未だに鋭さでは、 ゼハーンさんには敵わないって言ってるのに、そのゼハーンさんを凌ごうって腕な んだろ?凄いとしか言えないぜ。 (恐らく、剣の腕では、シャドゥと言ったか、あの魔族と同じくらい鋭いだろうな。)  ああ。あのシャドゥさんか。そりゃ凄いな。  で、その士さんだが、今は、食堂で食事中だ。と言うより、俺達と一緒に夕食を 摂っている。学校連中は帰ったので、レイクさん達一行と、俺と恵、そして、士さ ん達一行での食事だ。談笑しながら食事をしている。睦月さんと葉月さんが後ろに 控えているので、談笑には加わっている感じだ。 「いやぁ、俺、思うんだよね。食事関連で、こんな恵まれてる環境が続くってのは、 贅沢なんじゃないか?ってさ。」  グリードさんが、いつもながらの夕食も、感涙しながら食べている。 「まぁな。『絶望の島』を出てから、シャドゥさんちで、ここだろ?贅沢だな。」  エイディさんも、幸せを噛み締めている。 「お褒め預かり、大変光栄に御座います。」  睦月さんは、以前のように、ナイアさんと比べて、どうとか、言わなくなってい た。何でも、そこまでムキになるのは、負けたのと同意だからだそうだ。 「これが、メイド大会上位の常連の味か・・・。アランも凄かったが、さすがとし か言いようが無い。」  士さんは、料理を吟味しながら食べている。何でも、センリンさんと共に料理店 をしてたらしいので、味には、かなり煩いみたいだ。 「筍が、こんなに柔らかいのに、崩れないなんて凄いネ。味付けも、醤油と酒と砂 糖とみりんだけじゃないネ。何か隠し味が入ってるヨ・・・。」  センリンさんも、美食家顔負けの寸評をしている。俺なんかは、いつも美味い美 味いと、食べていただけなので、新鮮だった。 「多少酸味を出すのに、酢を混ぜてるのと、香り付けに生姜を混ぜてるんですよ。」  葉月さんが説明する。そ、そうだったのか・・・。気が付かなかった。 「いやはや、見事で御座る・・・。優しい味ですな。」  ショアンさんは、唸りながら食べていた。何だか、親父に顔がそっくりなので、 親父が言っているような感じがした。 「そ、そうでしょうか?有難う御座います。」  睦月さんは、顔を赤らめていた。・・・やっぱり、吹っ切れてないみたいだな。 「睦月・・・。意識し過ぎよ。」  恵も、つい注意をしていた。まぁ別に、悪い事じゃないと思うんだけどな。 「まぁまぁ、別に、気に入られるのは、悪い事じゃないだろ?」  俺は、冷や汗を掻きながら、フォローしてやる。 「ま、そうですけどね。舞い上がり過ぎるのは、どうかと思っただけですわ。」  恵は、それ程、気にしてないみたいだな。その方が良いだろうな。 「私もさー・・・。料理に関しては、多少自信があったけど、こりゃ真似出来るレ ベルじゃないのよねー・・・。いやー、凄いわ。」  ファリアさんも、あれでかなり料理が上手い。だが、そんなレベルでは無いと言 うのだから、凄いんだろうなぁ。 「私も、料理には疎いから、ここの料理は身に染みるね。」  ゼリンさんも、なんだかんだで楽しみにしている。 「俺なんて、すげぇ美味いとしか、言えないからなぁ・・・。味の寸評が出来るっ てだけで、すげぇと思っちゃうんだけど・・・。」  レイクさんは、やはり俺に似ている。俺も同じだったからだ。 「味もそうなんだけど、形まで凄いってのが、オレには驚きだな。」  ジャンさんは、料理店の時、賄いをやっていたらしいのだが、料理を作るだけで 精一杯だったと言っていた。 「ウチも、こんな綺麗な細工されて、美味しいってのが信じられないよ。」  アスカさんも、同じ仕事をしていたらしく、その立場から言うと、信じられない んだろうなぁ。形までってのは、よく考えると、凄いよな。 「アランも、こんな仕事が好きだったな。さすがは弟子ですな。」  ゼハーンさんは、自分の家の執事の名前を出す。睦月さんと葉月さんの師匠だっ て聞かされている。二人曰く、使用人の鑑なんだそうだ。ナイアさんですら、及ぶ か分からないと言っていた。凄いな・・・。 「師は、お元気ですか?」  睦月さんは、ゼハーンさんに尋ねてみる。 「ああ。置いてきたのが、少し心許無かったがな。レイクに宜しくと言っていたよ。」  ゼハーンさんは、連れてきたかったらしいのだが、アランさんは、ゼハーンさん の家を守ると言う仕事があるので、行かないと言ったそうだ。 「その執事さんにも、一回は会いたいぜ。でも『坊ちゃん』は、ムズ痒いな。」  レイクさんは、腕組をしていた。ゼハーンさんが、『旦那様』なので、レイクさ んが『坊ちゃん』だと、アランさんは言っていたらしい。 「いやいや、兄貴なら、『坊ちゃん』と呼ばれても、差し支えない気品があります って!自信を持って下さいよ。」  グリードさんが、イマイチ説明のつかない受け答えをする。 「いや、どう考えても似合わないだろ・・・。」  エイディさんが、すかさず突っ込みを入れる。良いコンビだ。 「あ。そうだ。恵さんって言ったか。」  士さんが、恵に声を掛ける。珍しいな。 「もしかして、出店場所の話ですか?」  恵は、間髪入れずに答える。出店場所? 「・・・アンタ、読心術でも持ってるのか?」  士さんは、ビックリしていた。多分、初めて相談する事だったみたいだ。 「当たりを付けただけです。食事時に、味の話をして、貴方達が店をしていたと言 う前情報がありましたからね。このサキョウでも店をやりたいんじゃないか?って 思うのは、自然な事じゃなくて?」  さすが恵だ。恐ろしい観察力だ。これだから、この妹には敵わない。 「み、見事過ぎて、声も出ないヨ・・・。」  センリンさんも、驚きの余り、口を開けていた。 「私も、いつかは、その話するんじゃないか?って思ってたけどね。」  ファリアもか。確かに、気付いてそうではあったが・・・。 「話が早くて助かる。どこか、良いテナントを、知らないか?」  士さんは、このサキョウでも、店を開きたいと思っているようだな。 「そうですねぇ・・・。用意するのは簡単ですが・・・。その前に、腕前を見せて もらって宜しいかしら?」  恵は、指を口に当てて考えていた。って、用意するのは簡単なのかよ。 「腕試しって事か。面白いと言いたいが・・・。判定するのは、アンタ達だよな。 こりゃ、厳しいぜ・・・。」  士さんは、自信はあるようだが、恵と睦月さんと葉月さんを見て、唸る。 「まぁ、それだけじゃ面白くないですわ。睦月、葉月。今日のデザートはまだです ね?士さん達と、一緒に作ってみなさい。」  確かに今日は、いつもだと出てくる甘い物が無いと思っていたが、まさか、こう 言い出す事を、予想していたのか? 「そのためのデザート抜きだったのか・・・。」  レイクさん達も、ビックリしてるみたいだな。 「対決方式か。これは、手厳しいな。」  ゼハーンさんは、唸っていた。恵も、やる事が、一々豪快で困る。 「やりまス!やらせて下さイ!」  センリンさんは、目を輝かせて言った。 「おい。センリン。良いのか?相手は、メイド大会の常連だぞ?」  士さんは、心配していた。それはそうだ。2人は並の腕じゃない。 「士!私達のやってきた10年間を信じようヨ!」  センリンさんは、俄然やる気だった。凄いチャレンジ精神だ。 「フフ。決まりね。じゃ審査員は、残りの皆さんで、睦月、葉月、士さんとセンリ ンさんは、作ってもらえるかしら?」  ・・・って事は、俺達も、審査員って訳?作り手は、睦月さん、葉月さんが、そ れぞれと士さんとセンリンさんが、ペアか。 「何だか、大変な役目になったぞ・・・。」  エイディさんは、冷や汗を掻く。確かに、責任重大だ。 「ま、緊張しなくて良いですわ。皆で美味しく戴きましょう。ってだけです。」  恵は、事も無げに言う。恐ろしい妹だ。 「よし。やってみるか!挑戦してやる!」  士さんも、スッカリやる気だ。恵は、満足そうに、その様子を見る。 「オレ達が審査するのも、おかしくない?」  ジャンさんは、贔屓するかもと、言っているのかな? 「普通ならそうでしょうけど、貴方達は、フェアだと信じていますわ。」  恵は、敢えてジャンさん達と入れているのだ。こう言われたら、公平に審査せざ るを得ない。性格を把握しつつあるな。 「ウチ、店はやりたいけど、自分に嘘は吐けないよ。」  アスカさんは、正直そうだしなぁ。 「それならば、全力を持って、お相手します。」  睦月さんは、容赦無い目を向ける。ここの料理のプライドが覗かせていた。 「私も、頑張ります!見てて下さいね。瞬さん!」  葉月さんは、一生懸命頑張る感じだった。って、俺を意識してくれるか・・・。 「モテるねぇ。ま、公平に審査してやら無きゃな。」  レイクさんは、からかいながら、俺の肩を叩いてきた。 「も、勿論ですよ。」  俺も、覚悟を決める。何より本気のデザートが、どんな物か、気になり始めてい た。一体どんな物が・・・。  しばらくして、デザートが、全員出来上がったと言うので、お披露目会となった。  まずは、一番最初に出来た睦月さんからだった。 「私は、得意な和菓子を作ってみました。葛を使った葛団子です。今は秋口ですの で、兎を模ってみました。」  睦月さんが、綺麗な兎を模った葛団子を持ってくる。凄い綺麗だ・・・。今にも 動き出しそうな優しい兎が、こちらを見ているようだ。 「す、すっごーい・・・。」  ファリアさんが、まず驚いた。この技術を惜しみなく使うとは・・・。凄いな。 「食材を、ここまで変えるって技術が、私には信じられないな。」  ゼリンさんは、天界も知っているが、そこでは、こう言う技術は無いのかな?  全員で、驚きながらも、吟味する事にした。 「これは・・・!」  ゼハーンさんが、まず驚きの声を上げる。 「兎の耳の部分に、ほんのり桜餡を使っている!何て上品な味!」  ショアンさんは、ビックリしていた。いや、俺もビックリだよ。何だよ、この美 味さ。胴体の部分の餡子も、全然くどくない。全体の調和も素晴らしく、これを、 あの短時間で作ったって言うのが、信じられない。 「睦月・・・。本気ね、貴女・・・。」  恵も唸るほどの味だった。容赦無いぜ・・・。 「芸術点も、高くせざるを得ないだろうな。こりゃ凄いぜ・・・。」  士さん達も味わっていた。そして、かなり焦っていた。 「デザート一つで、ここまで感動出来るとは・・・。」  ショアンさんは、うっとりしながら食べていた。それを、睦月さんは満足そうに 見ていた。ああ。そうか。ショアンさんが居たから、本気で作ったのか・・・。 「次は、私ですねー。あんな凄いのの後だと、緊張しますー。」  葉月さんは、そう言うと、お披露目する。  どうやら、小さな苺のショートケーキのようだ。結構普通だ。 「あら。葉月は、直球ね。」  恵は、これはこれで面白いのか、吟味していた。どれ、俺も食べるか。 「・・・え・・・。」  俺は、口に入れた瞬間驚く。何だこれ・・・。 「す、すげぇ。何だこのケーキ・・・。」  グリードさんは、目を見張る。 「苺が、尋常じゃない美味さだ・・・。これ、上に掛かっているソース、凄いんじ ゃねーのか?」  エイディさんは、ソースを少し舐めながら品評する。 「この生クリーム・・・。只のホイップだけじゃないわ・・・。爽やかなリキュー ルが、混ざっているんじゃない?」  ファリアは、生クリームに注目する。って言うか、凄いんだけど・・・。 「ウチ、こんなケーキ、初めて・・・。って、これ!」  アスカさんが、感動していると同時に驚く。 「苺に膜がある。これが、苺の食感を増しているんだ。これは、シロップで薄い膜 を作ってるのか?」  ジャンさんが、苺の美味さを解析する。 「こんな美味いケーキ、初めてだよ。葉月さん。」  俺は、感涙しそうになる。元々苺のショートケーキは好きなのだ。・・・いや、 俺が好きなのを知って、わざとこれにして来たんじゃないだろうか? 「腕を上げたわね。葉月。まさか、こんな仕掛けまでしてくるなんて。」  恵は、葉月さんを褒めると、皿の部分を割ってみせる。・・・ってこれ、アーモ ンドで固めた器だったのか!す、すげぇ・・・。 「文句無しだな・・・。脱帽した・・・。」  ゼハーンさんも、言葉が出ないようだ。 「一見、普通なようで凄い仕掛けをする。貴女らしいですね。葉月。」  睦月さんも食べてみて、納得する。凄いな・・・。内の使用人は・・・。 「これが、メイド大会の上位の常連の力なのネ・・・。」  センリンさんも、吟味して、唸っていた。それほど、このデザートは、洗練され ていた。これは、二人とも本気だなぁ。 「じゃ、私達ネ。」  センリンさんは、気を取り直して、自分達のデザートをお披露目する。  すると、そこには、白い塊があった。何だこれ? 「これは、シンプルね。面白いわ。」  ファリアさんは、品評する。確かにシンプルだが、これで二人に勝てるのか? 「色々考えた結果だ。まぁ、食べてみてくれ。」  士さんは、それぞれにスプーンを手渡す。  俺達は、白い塊に手を出して、食べてみる。なんかプリンみたいだな。 「・・・お・・・!」  これは、美味しいな!何だろう。爽やかな味だ。驚きがある訳じゃないけど、凄 く安心する味だ。これは、杏仁豆腐か。 「あー。これこれ!オレが、あの店に通い始めた切っ掛けの味だよ!」  ジャンさんは、懐かしそうに吟味していた。 「確かに、これは、よく売れていましたな。」  ショアンさんも、懐かしそうにしていた。売れ筋の商品で勝負した訳か。 「今更、新しい事は出来ないからな。でも、改良は加えてあるぜ?」  士さんは、自信があるようだった。 「丁寧な味ね。杏仁豆腐の中に、少しだけコクを加えるために、バニラエッセンス を使っているわね。このクコの実も、丁寧にアク取りされてるし、爽やかね。それ に、さりげなくタピオカを加えて、食感を変えてるわね。」  ファリアさんは、説明する。成程。確かに、安心出来る味だが、どこかが違う。 「私が驚いたのは、これね。」  恵は、器とスプーンを指差す。・・・つ、冷たい!?まさか、冷やしてあるのか? 「デザートは、冷たい方が美味しいからな。」  士さんは、説明を加える。こう言う気配りは、店ならではの物だ。 「何だろうなぁ。これ、幾らでも行ける気がするんだよなぁ。」  レイクさんは、不思議がりながら、杏仁豆腐を口に運ぶ。 「そういや不思議だな。これ、最後に出したデザートだってのに、結構食えるんだ よな。食い易いっての?」  エイディさんも、不思議がっている。そう言えば、確かに幾らでも口に入る。 「もしかして、あの作業、増やした?」  アスカさんが、うんざりしたような顔で見る。 「いつもの3倍やったな。」  士さんは、さらりと答える。 「成程・・・。杏仁豆腐は、濾過する作業が発生すると聞きましたが、それを、丁 寧に行ったようですね。」  恵は、分析していた。そうか。それだけ丁寧に作っていたのか。  これで、全員のデザートを食べ終わった。それぞれ、品評を恵の所に集める。 「・・・やるだけの事はした・・・。」  士さんは、センリンさんの肩を叩いていた。 「・・・うン。悔いは無いヨ。」  センリンさんは、緊張した面持ちだった。 「発表するわ。まず、技術点だけど、これは圧倒的に睦月ね。」  恵は、技術点を先に発表する。確かに、あの出来栄えは、真似出来ない物があっ た。あんな細かい作業を短時間で仕上げるのだから、脱帽だ。 「で、味は、葉月に軍配が上がったようね。」  味の部分については、葉月さんで文句無いだろう。あの味は衝撃的だった。 「うウ・・・。さすがネ・・・。」  二人のデザートは、センリンさんも認めざるを得ない美味さだった。 「で、出店ですけど・・・。」  恵は、判決を下す。 「許可するわ。テナントは、近日中に用意します。」  そうかぁ・・・。って許可か!おお! 「え?良いのか?だって、俺達、全然届いてなかったんだろ?」  士さんも意外だったようで、尋ね返していた。 「それは、皆の意見を聞けば、分かりますわ。」  恵は、皆を見渡す。 「正直、どれもこれも美味しかったんだけど、最後まで、くどくなく食べられたの、 士さん達のなんだよね。何でか分からないんだけどさ。」  レイクさんは、正直な感想を言う。そうだ。そう言えば、最後に出したのに、全 部食べられたのは、驚きだった。 「デザートが3つ続く事を考えて、くどくないように、食い易い杏仁豆腐にしたん だろ?考えてるなぁと思ったぜ。」  エイディさんは、そこに気が付く。そうか。そこまで考えていたのか。 「この選択は、如何にも二人らしいとは思ったな。」  ゼハーンさんは、店での二人を思い出しているのだろう。 「どれも美味しかったから、難しかったけど、食べ易かったのには、驚かされまし たね。それを、狙っての事なら、凄いんじゃないですかね?」  オレも、素直な観想を言う。 「気配りが出来ているのは、高い評点ポイントでしたわ。それに加えて味も、合格 点ですわ。皆の評点を見ても、そこまで差が無かったですしね。」  恵は、採点結果を見せる。成程。技術点も味についても、睦月さんや葉月さんと、 完全に劣っている訳じゃないみたいだ。それに感想の所に、『杏仁豆腐が食べ易か った』と書かれているのが、多く見受けられた。 「と言う事で、テナントを用意しますので、頑張って下さいな。」  恵は、士さんとセンリンさんと握手を交わす。 「ご厚意に感謝する。必ず、店を盛り上げてやる。」  士さんは、深く礼をした。それにしても、士さんって、料理も上手いとか凄い。 「私も、勉強になりました。店を頑張って下さい。」  睦月さんも、二人と握手を交わす。 「私も精進します!お店、楽しみにしてますね!」  葉月さんも、二人と楽しそうに握手をする。 「そこのテナントって、どれくらいの大きさなんだ?」  エイディさんが、大きさを聞いてみる。 「そうですわね。多分、何個か物件を押さえてる内の一つでしょうから、レストラ ン程の大きさになると思いますわ。」  恵は、そう言うと、睦月さんに確認させる。 「うわー・・・。バー『聖』より大きいんじゃね?ここ。」  ジャンさんは、物件の大きさを見て、ビックリしていた。 「ウチ、楽しみだよ。また出来るんだね!」  アスカさんは、本当に嬉しそうだった。 「・・・良い頃合だな。士さんに頼みがある!」  エイディさんは、士さんに声を掛ける。 「俺とグリードを、その店の一員に加えてくれないか?」  エイディさんは、驚きの提案をする。 「おい。エイディ・・・。本気か?」  グリードさんは、面食らっていた。いきなりだったんだろう。 「グリード。お前、あのまま警備員で良いと思っているのか?別に、警備員が悪い って訳じゃねぇ。だけど、やりたかった仕事か?」  エイディさんは、グリードさんに、尋ねてみる。 「一時的にってのは、確かだけどよぉ。俺達に料理店なんて物、務まるのか?」  グリードさんは不安なようだ。まぁ、初めての事だし、気持ちは分かる。 「やってみなきゃ分からないだろ?良いチャンスなんだぞ?これは。」  エイディさんは、本気のようだ。自分を変えたいんだろうな。 「自分を変えるチャンスか・・・。よし!頑張ってみるか!」  グリードさんも、決意したようだ。 「手伝ってもらえるのは嬉しいが、給料を期待するなよ?」  士さんは、最初は、どうやっても売り上げが悪いと踏んでいるのか。 「構わないですよ。扱き使って下さい。」  エイディさんは、覚悟を決めている。 「グリードと一緒に働くとは・・・。感慨深い物があるな。」  ゼハーンさんは、グリードさんとも親しいからなぁ。  こうして、士さん達は、出店する事になった。正直楽しみになってきたな。  いつの頃からだったろうか・・・。  アレだけ憎かった、あの男への憎しみが薄れてきたのは・・・。  今でも、受け入れ難い感覚はある。  だけど、顔を見るだけで嫌悪感が出る、あの頃とは違う。  色々、認識が変わってきたのは確かだ。  だけど、私は、私で、あり続けなければ・・・。  それにしても、天神家も、賑やかになった物だ。  今度は、一気に6人も増えた。  しかも、その内の一人は、憎かったあの男にそっくりな人だ。  と言っても、本質がまるで違うと言うのは、すぐに気が付いた。  纏っている雰囲気が違う。  だが、睦月は、そこまで割り切れないみたいだけどね。  困った物だ・・・。  それにしても、料理店ね・・・。  あの料理を見る限り、じわじわと売れて行く事だろう。あの後、他の料理も吟味 したが、全体的なレベルが高かったし・・・。あれなら、天神家のブランドとして 出しても文句が無い程だ。  おかげで一つ、楽しみが増えた。学校帰りに、皆で寄っても良いだろう。修練も したいらしいが、それは、定休日を週2日設ける事で、その日に集中的にやろうと 言う事になった。学園の皆にも伝えたら、とても、喜んでいた。余り溜り場にする のは、良くないが、頻繁に寄る事になるだろう。  仕入先は、睦月が紹介しようとしていたが、主な仕入先をチェックしただけで、 自分でやると言っていた。さすが、そこはプライドがあるのだろう。そう言う自主 性は、褒めるべき所だ。  ガリウロルでは、主にテンマから仕入れる事が多い。良質な素材も、テンマ産が 多い。農家もいっぱいあるし、セントのビレッジと比べても、そう劣る物でも無い だろう。漁業はサキョウ港が、意外に盛んだ。牧畜なども、圧倒的にテンマだ。な ので、どうしてもテンマ中心になる。  どんどん決まってきて、落ち着いてきたので、今日は修練する事になった。  6人の腕はどんな物か確かめたが、それはそれは凄い物だった。剣の腕では、士 さん以上の人は居ないだろう。だが、魔法の知識に関しては、皆無だった。なので、 ファリアさんが中心になって、魔法の基礎から教えてたりする。6人とも、関心が 非常に高く、魔力を開放させたら、かなりの才能を持つ人も居た。  まず士さんだが、闘気と瘴気は、この人は、人間か?って思うほど高かった。だ が、魔力の才能は、そこまで高くなく、その辺は、本人も残念がっていた。  そして、センリンさんだが、闘気と魔力のバランスが良かった。エイディさん曰 く、忍術をやらせたら、高いレベルで使いこなせるそうだ。  ショアンさんは、闘気は高いが、魔力はさっぱりで、本人も残念で仕方が無いよ うだ。それでも、闘気を高めれば、兄様に迫るくらい高いみたいなので、それは意 外だった。  ゼハーンさんは、闘気より魔力が高めだったのは意外だった。本人も言っていた が、闘気を操るのは、あまり得意では無いらしい。それなのに剣の腕は、この中で も士さんと互角な程、強いのだから意外である。  ジャンさんは、どちらも器用に使いこなせる。しかし、それよりも、神気を使い こなせそうだと言う。ゼリンが言うには、偶にそう言う体質の人も居るらしいが、 ジャンさんが、そうなんだとか。  アスカさんは、どちらもそんなに高くないのに、踊り始めると、どちらも急激に 高くなると言う特殊体質だった。『舞踊』のルールを発動すると、凄まじい勢いで 力が増えて行くのだとか。珍しい事だ。  今は、士さんを中心に剣術と組み手をする組と、ファリアさんを中心に、魔法を 教わる組に分かれている。 「エイヤアアアア!!!」  兄様が、1000年前に行って来た時の事を思い出しながら、士さんに向かっていく。 「組み立てが、半端じゃない。だが!!」  士さんは、兄様の一撃一撃を木刀で受け切る。そして、一瞬の隙を突いて、脇腹 に一撃を加える。すると兄様は、脇腹を押さえながら、膝を突く。 「うあ!凄い!」  兄様は、立ち上がろうとするが、目の前に木刀が迫っていた。 「参りました・・・。」  兄様は、降参する。これは・・・本物だ。兄様だって凄い実力の持ち主だ。その 兄様を明らかに上回っている。組み立てに隙が無いし、一対一でも、一対多でも、 対応出来る懐の深さがある。 「技の組み立ては、悪くない。だが受け方が、まだまだだ。良いか?受け流すなら 受け流す、弾き返すなら弾き返すで、ハッキリした方が、次に備えられるぞ。」  士さんは、正確に兄様の受け方の癖を見抜く。 「ハイ!有難う御座います!!」  兄様は、素直に礼をする。 「俺だって瞬相手に、ここまで見事に一本は取れん・・・。」  レイクさんも、唸る程の腕だ。いや、これは見事だ。 「次は、私が行きましょう。」  私が前に出る。すると、俊男さんも前に出た。 「恵さん、僕も行くよ。」  俊男さんは、目の前で兄様が負けたのを見て、燃えるような眼をしていた。 「お。当主様にパーズ拳法免許皆伝と来たか。面白い!」  士さんは、本当に嬉しそうな眼をして、木刀を構える。 「私、まだまだでしたわ。こんなに隙の無い相手が居たなんてね・・・。」  私は、兄様やレイクさんは、ソクトアでも、これ以上無いと言う程、強いと思っ ていた。だが、目の前に居る男は、それ以上だ。 「正直、私も最近、士相手だと負けが込んでいる。精進が足りぬな。」  ゼハーンさんまで認める程の腕だ。そのゼハーンさんは、今はファリアさんの魔 法講座を受けながらの見学だ。 「ゼハーンさんは、まず、このページを覚えてからです。」  ファリアさんは、ゼハーンさんを睨み付ける。どっちが年上だか、わかりゃしな い。ファリアさんは、もう魔法の先生だな。 「うむぅ・・・。暗記は必須らしいからな・・・。」  ゼハーンさんは、真剣に魔法体現書を読み漁ってた。 「僕から行くよ。恵さんは、後詰を頼むね。」  俊男さんは、そう言うと、八極拳の構えのまま、突っ込んでいく。そして、私は、 それに合わせて、合間を縫うように蹴りを放つ。 「おおっと。最初から厳しい攻めだな!」  士さんは、そう言いつつも、どっちも捌くのだから凄い。しかも、受けたと同時 に突きが飛んできた。 「せい!!」  私は、その突きに合わせて、合気を発動させて、士さんを倒そうとする。 「っと・・・。」  え!?何今の!?私の合気に合わせて飛んだ!? 「中々鋭い・・・。さすが、当主様。」  士さんは、そう言いつつも、剣術使いとは思えない程、鋭い蹴りを繰り出してく る。この人、蹴りも超一流だ! 「・・・つぅ!!」  私は、士さんの蹴りを上段、下段までは捌いたが、最後の伸びのある蹴りを、捌 き切れなかった。思いっきり吹き飛ばされる。 「ここ!!」  しかし、間髪入れずに俊男さんが、肘打ちを繰り出す。 「そこか!」  士さんは、それを読んで、木刀の背で受け止めようとする。しかし俊男さんは、 その瞬間、姿が消える。 「ぬお!!」  士さんは、吹き飛ばされた。俊男さんの背中からの打撃が強烈だったのだ。 「奥義、『鉄山靠(てつざんこう)』!!」  俊男さんは、言い放つが、顔は曇っていた。 「まさか・・・あんな防ぎ方するなんて・・・。」  俊男さんを良く見ると、肩口に痣があった。 「今のは驚いたぞ。」  士さんは、派手に吹き飛ばされたが、ケロッとしていた。そうか!鉄山靠を避け られないと判断した士さんは、肩口に強烈な蹴りを食らわす事で、まともに食らう のを避けたのか!何て判断力だ・・・。 「まだよ!!」  私は、俊男さんの仇とばかりに、低い体勢で突っ込む。そして、突きから伸びの ある回し蹴り、そこから踵落としと、繋げていく。 「フゥッ!!」  士さんは、それをミリ単位の体捌きで避けると、木刀を軸にして蹴りを放つ。 「そこよ!!」  私は、その蹴りを見切って足を取ると、アキレス腱固めに移行する。 「おおっと!!」  !!・・・す、凄い・・・。士さんは、完全に決まる前に肩の付け根に蹴りを放 ってきた。あそこを蹴られると、力が入らないのだ。 「・・・参りましたわ・・・。」  私は、肩を押さえると、降参宣言をする。完璧な対応だった。 「いやぁ・・・危なかったぜ・・・。さすがだな。」  士さんは、肩で息をしていた。 「何言ってるんですか・・・。あそこであんな動きが出来るなんて、凄いですよ。」  俊男さんは、お手上げと言った感じで反論する。 「俊男は、良い感じだったな。一撃の威力を高めれば、今よりもっと強くなれる。 恵は、受けから攻めに入る時、一瞬だが、隙がある。そこを気をつけるんだな。」  この人・・・。あの組み手で、そこまで見てたと言うの? 「有難く受け入れますわ。修練あるのみね。」  私は、素直に受け入れる事にする。実際、士さんの技量はズバ抜けている。 「よぉし。僕も、もっと鍛えるぞ!!」  俊男さんも、やる気いっぱいだった。 「いや、正直に言うとな。お前達、怖いくらいだよ。俺がお前達の年の頃より、お 前達の方が強い。いつ追い越されるか、冷や冷やしてるぜ。」  士さんは、冷や汗を掻く。しかし今、実際に強いのは、士さんだ。 「これは、負けてられぬのう!!」  横では伊能先輩が、ショアンさんと一緒に組み手をしていた。 「巌慈殿!私も同じ気持ちですぞ!!」  ショアンさんも激しさを増していく。 「おいおい。アイツ等、まだまだ強くなるつもりだぜ?参るな。」  エイディさんは、忍術の修練をしていた。 「こっちはこっちで、忍術を高めるまでだよ!」  亜理栖先輩や、センリンさんなどが、忍術の修行をしていた。 「士の役に立つ修行を、するまでだヨ!」  センリンさんは、覚えたての忍術を披露していた。凄い成長だ。 「姐さん、源は、掛け合わせるイメージみたいだぜ。」  ジャンさんは早速、源を生成して見せている。覚えが良いみたいだ。 「こうやって・・・こうかい?難しいねぇ。」  アスカさんは、四苦八苦していたが、真面目に取り組んでいる。しかし、踊りだ すと、この人は手が付けられない位強い。 「私も忍術を習った方が良いのでは、無いか?」  ゼハーンさんは、顎に手を掛けている。 「その魔力量から言って、絶対に魔法を覚えるのが先よ。闘気を遥かに凌いでます 物。勿体無いったら、ありゃしないです。」  ファリアさんに釘を刺されていた。確かに、『制御』のルールでも感じるが、ゼ ハーンさんは、魔力が相当高い。何の魔法に向いているのか、探るのが先だろうな。 「いや、ゼハーンさん凄いですって・・・。俺っちなんか、あんだけ習ってるのに、 まだコレくらいの魔力量なんですよ?」  魁君が、文句を言う。ゼハーンさんの魔力は、魁君や、莉奈、葵を遥かに凌いで いる。でも、そう言う魁君だって、相当魔力は上がったけどね。 「拗ねないの。私も、もうちょっと魔力欲しいけどねぇ。」  莉奈も気にしているみたいだ。 「こう、パーッと!上がらない物かなぁ・・・。」  葵も、焦っているみたい・・・。まぁ仕方が無いかな。 「こーら。3人とも・・・。始めと比べて上がってるのに、そんな贅沢言わないの。 それに、過剰なパワーアップしたって、体が追いつかないわよ?」  ファリアさんは、キッチリ締めてくる。 『分かりました・・・。』  3人は、ファリアさんの言う事には、滅法弱い。まぁ良い先生よね。 「せぇい!!」  勇樹が、レイクさんと組み手をしていた。型は悪くないが、レイクさんの捌きが、 物凄い為、近づくのも苦労しているようだ。しかし、横からボールが飛んでくる。 グリードさんが、訓練の時に使うボールだ。グリードさんの正確な狙いが、生きて くる。レイクさんが、避けるであろう位置を予測してボールを投げている。 「ち!やりづれぇぜ!」  レイクさんは、木刀で弾き返しながらも、勇樹と手合わせをする。 「うーーーん・・・。こんな感じでしょうか・・・。」  向こうでは葉月が、苦戦しながら、神聖魔法を試していた。睦月も見学している。 江里香先輩も、それに加わってるようだ。教えているのは、ゼリンだ。 「神聖魔法は、想いの強さが大事なんです。相手を労る気持ちが無ければ、半減し ます。それは、医療にも繋がる事だと思いますが・・・。」  ゼリンが説明している。結構様になってるみたいだ。 「相手の状態を見切り、適切な処方を考える。その為には、相手を労る気持ちを忘 れない。それは、医療も同じですね。」  睦月は、医療の基本を教える。まぁ、睦月は頑張ってるのは、知っている。 「私の『治癒』のルールは、人間以外にも通じるのよねー。そう言う意味じゃ、医 療とは、また違う気もするわ。」  江里香先輩は、『治癒』のルールで壊れた木刀などを修理している。恐ろしい芸 当だ。あれは、神聖魔法でも無理だろう。 「いつ見ても、凄い光景です。さすがは『ルール』ですね。」  ゼリンも、その恐ろしさを分かっているようだ。  そして、ほとぼりが冷めた頃、休憩に入った。 「くああああ!疲れたー・・・。」  兄様は、士さんと何戦かして、ボロボロになりながら倒れる。何て、はしたない。 「兄様?天神家足る者、いくら疲労時でも優雅になさらなければ・・・。」  私は、つい小言を言ってしまう。 「恵さん、さすがに、難しいよ。あれだけやられちゃあね。」  俊男さんがフォローする。まぁそうね。かなり、やられたみたいだからね。 「正直、最後のは危なかったぜ・・・。」  士さんも肩で息をしていた。疲れさせるのには、成功したみたいだ。 「士が、こんなに疲れるなんて、初めて見たヨ。」  センリンさんは、驚いていた。それだけ、士さんは、力の使い方が上手いんだろ う。疲れさせたと言うだけでも、驚きらしい。 「良かったわねー。瞬君。」  江里香先輩は、からかいながら、『精励』の魔法で兄様の疲れを取っていた。 「素直に喜べませんよ・・・。でも、強くなってる実感があるので良いですけどね。」  兄様は、こう言う時も前向きだ。この姿勢は見習わなくては。 「そうそう。一つ、お報せが御座いますわ。」  私は、丁度、皆が揃っているので、発表する事にする。 「士さん達が、お店をやっていたのは、皆さん、ご存知だと思いますが、この度、 ガリウロルで、リニューアルオープンする事になりました。」  私が発表すると、感嘆の声が聞こえた。 「当主さんには、感謝している。やるからには、全力で行くつもりだ。」  士さんは、決意を表明する。 「私は幸せでス。恵さんと、皆さんに応える為に、頑張りますヨ!」  センリンさんも、礼をしながら、決意表明をする。すると、拍手が起こった。 「ここでも、出来るとは、思わなかったよなー。」  ジャンさんも、感慨深い物があるのだろう。 「やるからには、全力だよね。」  アスカさんも、嬉しそうだ。でも、大変なのは、これからだ。 「恵殿には、感謝しなければな。」  ゼハーンさんも、一員だからね。 「私も、精進しなくては・・・。仕入先の挨拶も欠かさずに・・・。」  ショアンさんは、これからの予定を考えていた。 「ああ。そうだ。俺とグリードも、その店で働く予定だ。」  エイディさんは、警備員の仕事を辞めてきた事を報告した。 「初めての事ばかりで、少し緊張してるけど、頑張るぜ!」  グリードさんも、吹っ切れたらしく、やる気に満ちていた。 「そうかぁ・・・。その店、俺も手伝えませんか?」  勇樹が、意外な事を言ってきた。勇樹がやると言う事は、アルバイトか? 「案外広い店だからな。従業員は、多い方が助かるが・・・。バイト代は、しばら く期待出来ないぞ?」  士さんは、一応釘を刺しておく。新しい店だから、最初はバイト代を上げる事は 出来ないと言っているのだ。 「構わないです。俺は、定食屋でバイトしてますが、どうにも店主にやる気が無く て、このままじゃ、いけないと思っていたんです。」  勇樹のバイトは、定食屋に新聞配達に家庭教師だった筈だ。それで学年5位の学 力を保ってるんだから、大した物だと思う。頑張り屋さんよね。 「そう言う事なら、宜しく頼みますネ。」  センリンさんは、これ以上無い程、良い笑顔をする。 「ありがとう御座います!」  勇樹は、その笑顔に釣られて、笑顔で挨拶した。 「ああ。そうだ。開店祝いじゃないが、ちょっとデザートを作ってみたんで、試食 を頼みたいんだが。」  士さんが、そう言うと、デザートを取りに行く。少しすると、戻ってきた。 「・・・これは・・・。蜂蜜と、ゴマのプリンかな?」  莉奈が、目を輝かせていた。結構美味しそうだったからだ。 「見た目も、綺麗ですね。食べてみますか。」  睦月が、見た目を褒めた所で、一口食べてみる。私も食べてみた。 「・・・ほう・・・。」  私は、感嘆の声を上げる。これは、中々美味しい。しかも、この修練の後に出す と言うのを、考慮してるんだろう。疲労回復にピッタリの食材だった。 「美味しいなぁ・・・。それに、疲れが取れる感じがする。」  葵が、嬉しそうに食べる。確かに、これは中々良い。 「安心出来る味じゃのう・・・。いやはや、感服致した。」  伊能先輩は、文句一つ無く食べている。 「いやー・・・俺、士さんの出す店に入り浸っちゃうかも・・・。」  魁君が、幸せそうな顔をして食べていた。危惧した通りね。 「お客さんは、大歓迎だヨ!だけど、程々にネ!」  センリンさんは、私が言わなくても、ちゃんと釘を刺してきた。 「うう。私も料理習おうかなぁ・・・。憧れちゃう・・・。」  江里香先輩は、涙目になりながら食べていた。 「分かるよー。江里香。アレだけ強さで、この料理の腕とか・・・。」  亜理栖先輩も、羨ましいみたいだな。まぁ、気持ちは分からなくも無い。 「脱帽物ね。私もいつか・・・。」  ファリアさんは、追いつこうとしてるのか・・・。 「いやー、マジで美味しかったです!楽しみにしてますよ!開店!」  レイクさんは、何の蟠りも無い感想を漏らす。爽やかだな。 「よーし!疲労も回復したし、手合わせだ!俊男!」 「オッケー!瞬君!」  兄様と俊男さんは、早速元気になって、手合わせを始める。何とも元気な事だ。  こう言うやり取りを、一番嬉しく思っているのは、士さんかもね。  士さんが来て、より一層、私達の絆は深まったと思える出来事だった。