NOVEL Darkness 5-2(First)

ソクトア黒の章5巻の2(前半)


 2、仲間
 学園では、すっかり2学期が始まっていた。僕達は、相変わらず目立ったグルー
プだと言う訳だ。既に天神家で集まって、色々秘密の特訓をしていると言うのも、
噂になっているくらいだ。
 未だに信じられないくらい、色々な体験をした。この夏休みの間などは、1000年
前に飛ばされたりしたのだから、貴重な体験をしたと思わざるを得ない。でも、シ
ョウさんの想いを受け継ぐためにも、僕は、日々、強くならなければ。
 それにしても、士さん達の強さには、僕も驚いた。僕と恵さんを相手にして、全
く引けを取らないと言うか、勝ちを収める闘い方が出来るなんて、信じられなかっ
た。一対多の闘いを心得ているんだろうなぁ。あんなに隙の無い闘い方が出来る人
を、僕は他に知らない。瞬君でさえ敵わないなんてね・・・。
 ちなみに、生徒会長は、僕達が居ない間に、学校を乗っ取ろうとしたらしいが、
スッカリ懲らしめられたらしく、怪しい動きは見せていない。恵さんが、しっかり
監視をしているようだ。
 そろそろ部活動対抗戦の時期になる。レイクさん何かは、部活に入ってないので
不参加だが、出て来たら、盛り上がるだろうなぁ。・・・とか思っていたら、臨時
で、新しく生徒会に入った生徒が居ると言う噂を聞いた。・・・もう何か、予想が
付き過ぎて困る。恵さんが、自分の権限でレイクさんとファリアさんを、臨時で入
れたに違いない。こう言うときの恵さんは、生き生きしてるからねぇ。
 そう言えば、学園から歩いて5分程の所に、レストラン『聖(ひじり)』がオー
プンした。もちろん、士さんとセンリンさん達の店である。最初こそ、見向きもさ
れなかったが、今では話題の店になっている。料理の確かさもそうだが、値段も安
く、仕入れる食材も確かな物ばかりで、学生や主婦を中心に、口コミで人気が出て
来たからだ。店の雰囲気も悪くないので、話題になっている。
 そのセンリンさん達が、天神家に逗留していると言う噂も、即効で広まった。そ
う言う所は、目ざといと言うか、さすがだ。おかげで僕まで質問責めに遭う始末だ。
 最近では、勇樹さんが率いてた不良グループにまで、質問されている。勇樹さん
の新しいバイト先が、レストラン『聖』だからだろうなぁ。まぁ、もう不良グルー
プと言うより、勇樹さんの追っかけに近い感じがするんだが・・・。何せ、この元
不良グループは、最近真面目だからだ。勇樹さんが真面目に働いたり、勉学に勤し
んでいるのに、自分達が、道を違えるなんて出来ないと言っていた。律儀で良い仲
間達なんだなぁと思った。
 最近、莉奈も元気になってきて、僕としては、非常に安心だ。あの事を相談され
た時は、頭から湯気が出る程、怒った物だけどね。僕から見ても魁は、莉奈の事を
大切にしだしている。ファリアさんの脅しとかじゃなく、本当に後悔しているのを
偶に見掛ける。そして、その時の表情は、真剣その物だ。魁のやった事は、今でも
許される事じゃないと思っているが、莉奈が幸せなら、僕は、それで良いと思って
いる。だから、敢えて赦そうと思っている。
 今、その莉奈とは、同居している。内の母親は、僕を産んで、すぐに死んでしま
ったし、莉奈の母親は、そんな僕を息子のように思っても良いと言ってくれた。僕
は、少し前までは受け入れる事が出来なかったが、最近は、それでも良いと伝えて
ある。父さんだって、思い悩んだのだろう。その上で、莉奈と僕と一緒に住みたい
と言ってるのだ。なら、僕が蟠りを解けば良い。
 ちなみに苗字は、父さんが桐原に変えると言っていた。なので、僕は桐原家に住
む事になっている。元々島山家からも近かったし、異論は無い。だけど、僕は島山
の苗字を通すつもりだ。母さんが生きた証を忘れない為だ。
「ただいまー。」
 莉奈が、元気いっぱいに挨拶をする。
「ただいま。義母さん。」
 僕も、莉奈と一緒に帰宅だ。義母さんは、その挨拶に、『お帰り』と答える。
「父さんは?」
 僕は、父さんの事について尋ねる。
「あの人は、もう少しで帰るそうよ。」
 義母さんは、笑顔で答えてくれた。一緒に住んでみて分かった事だが、義母さん
は、笑顔を絶やさない人だ。穏やかな人で、莉奈も、その血を受け継いでいるんだ
ろうなと思う。父さんも、そんな義母さんに惹かれたんだろう。
「今日も、天神さんの所に行ってたの?」
 義母さんは、特に嫌味とかではなく、聞いてくる。
「うん。今度の部活動対抗戦では、瞬君に勝ちたいからね!その為の特訓だよ。」
 僕は、毎日報告するのが日課になっている。
「トシ兄ったら、最近、瞬君にも五分五分なんだよー。」
 莉奈は、僕の事を自分の事のように報告する。可愛い妹だ。
「そう。義母さんは、俊男君が、怪我するの見たくないけど、そんなに楽しみにし
てるのを見ると、見学しに行きたくなっちゃうわね。」
 義母さんは、穏やかな人だから、僕が闘っているのを余り見たくないようだが、
僕に合わせるのに、一生懸命だ。それが伝わるから、僕もそれに応えたいと思うの
だ。義母さんは、良い人だ。
「大丈夫!私がトシ兄の怪我なんか治しちゃうんだから!」
 莉奈は、胸を張って答える。まぁ、ここで言う治すってのは、神聖魔法で本当に
治してくれると言う意味だが、義母さんには、そんな事分からないし、知らない。
「頼もしいわね。義母さんも、怪我をしたら頼もうかしら?」
 義母さんは、そんな莉奈に合わせて、聞いてあげようとしている。
「勿論だよ!母さんに何かあったら、私が何とかするんだから!」
 莉奈は、笑いが絶えない。その光景を見て、微笑ましく思う。
「ありがとう。じゃぁ、ご飯が出来てるから、手を洗ってらっしゃい。」
 義母さんは、ご飯の用意をしてくれていた。いつもながら、有難いと思う。同居
するようになって、義母さんは、今までやっていたパートを昼だけにしたのだ。父
さんの稼ぎと、昼だけでやっていけるからだそうだ。なので、家事は任せっきりだ。
それまでは、莉奈がやっていたらしい。まぁ島山家でも僕が家事を手伝っていたし、
似たような物かな。
「ただいまー。お。莉奈に俊男も帰ってたか。」
 父さんが、帰ってきた。
『お帰りなさーい。』
 3人で声を合わせて迎え入れる。これも日常の風景になってきた。父さんは、今
でこそ日常の風景だが、今までは違ったのもあって、感慨深い顔をしていた。
「お。俊男のその顔を見ると、今日も天神さんの所で、修行か?」
 父さんは、僕が修行漬けなのを知っている。
「うん。莉奈も、ファリアさんに勉強を教えてもらってるんだよ。」
 僕は、莉奈の事も教えてやる。本当は、魔法の修行なのだが、合間に勉強会もや
っているので、嘘を吐いている訳では無い。
「そう言えば、恵さんとか、ファリアさんとか、頭良いからねぇ。」
 義母さんは、恵さんが学年1位で、ファリアさんが学年3位なのを知っている。
「恵様や、ファリアさんは、凄過ぎてねぇ・・・。」
 莉奈は、これでも成績はグングン伸びている。しかし、あの二人は、頭の出来が
違う。恵さんは、ファリアさんなら、私に追いつくかも、と言っていた。
「頼もしい限りじゃないか。成績は、良いに越した事は無い。俊男も伸びてきてい
るし、感謝しなければいけないね。」
 父さんは、喜んでくれる。確かに僕の成績も目に見えて伸びている。それでも、
まだ莉奈より下だが、あの鬼みたいな特訓の成果は出ているようだ。
 こうして、食事が始まった。父さんの仕事の事とか、今日のオカズの事とか、他
愛の無い話も出る。
「そう言えば、近くにレストランが出来たんですよ。」
 義母さんが、レストランの話を話題に振った。最近有名になってきたしね。
「ほう。爽天学園の近くにオープンの噂は聞いていたが・・・。それかね?」
 父さんは、まだ行った事が無いので、噂レベルのようだ。
「もしかして、士さんの所かな?」
 莉奈は、指を顎に乗せて考える。
「多分、レストラン『聖』の事じゃないかな?」
 僕が、名前を出す。すると、両親とも、合点の行く顔をしていた。
「あらあら。お知り合いがやってる店なの?」
 義母さんは、数回、通った事があるみたいだ。
「うん。最近天神家に、レイクさんのお父さんが来たって言ったじゃん。そのお父
さんと一緒に逗留しに来た黒小路 士さんと、ファン=センリンさんが、出した店
なんだよ。時々、修行の合間に新しいメニューの試食をさせてくれるんだ。」
 僕は、説明してやる。修行の合間に試食させてくれるのは本当だ。しかも、疲労
回復に効く物を、如何に食べ易くするかを考えて作っている。
「あのレストラン、美味しいから、あそこの試食となると、母さん、ちょっと自信
無くしちゃうかも・・・。」
 義母さんは、料理の腕を気にしていた。
「義母さん。毎日食べる食事と、レストランの食事を一緒にしちゃ駄目だよ。僕は
毎日食べる食事を大事にしたいし、好きだよ。」
 僕は思った事を言う。勿論、レストラン『聖』の料理は美味しい。だけど、家庭
の料理は、また違う物だと思っている。
「ありがとう。俊男君。私、尚更、頑張っちゃう気になるよ。」
 義母さんは、可愛く笑う。やっぱり、穏やかで良い人だな。
「あ。でも、士さんとか、センリンさんなら、言えばレシピ教えてくれるかも。」
 莉奈は、指を立てて、ウンウンと唸る。
「あ。それは、是非、お願いしたいかな。」
 義母さんも、レストランの食事が美味しいのを知っているだけに、レシピは気に
なるようだ。それは、良い傾向かもね。
「ハハハ。母さんも、やる気バッチリだな。これは、楽しみが増えるな!」
 父さんは、義母さんの様子を見て、楽しげに笑う。こう言うのを団欒って言うん
だろうね。僕も楽しい気分になってくる。少し前までは、父さんと、それなりに元
気にやっていたが、物足りない感じはしていた。それは、莉奈も一緒だろう。
「でも、そんな評判の店なら、一回お邪魔するのも良いかもな。」
 父さんは、レストラン『聖』にも、興味を持ったようだ。
「少し悔しいけど、美味しいわよ。あそこは。」
 義母さんは、変に隠したりしない。確かに腕は確かだよね。
「何せ、あの恵様のお墨付きだしねぇ。」
 莉奈は、恵さんが、どれだけグルメなのか知っているだけに、苦笑いする。
「確か、士さんがガリウロル料理、センリンさんがストリウス料理とパーズ料理を
中心に作っている筈だよ。」
 士さんのガリウロル料理は絶品だ。特に煮付けとお吸い物などは、何でこんな繊
細な味が出せるんだと、驚いたくらいだ。あれで、僕達より強いんだから、正直ず
るいと思う事がある。センリンさんの料理は、豪快だが、味付けには拘っている。
とにかく仕上げに拘るので、全体的な料理の腕が高いのだ。
「よぉし。今度皆で、一緒に行こうな。」
 父さんは、皆の雰囲気が良いのを見て、約束してくれる。思えば、父さんは、こ
うやって自然な流れで話す事が少なかった。莉奈の母親と再婚した事で、僕に遠慮
していたのかも知れない。でも、こうやって、一緒に住むようになって、僕が莉奈
と、義母さんと、仲良くしてるのを見て、安心してるんだろうね。
 僕は、この雰囲気を、大事にしたいと思っていた。それは、莉奈も一緒だろう。


 最近、天神家にちょくちょく通うようになった。ほぼ毎日と言って良い。神聖魔
法を中心に、魔法を習ったりしてるが、手合わせも忘れずにやるようにしている。
空手の腕が落ちたりしたら、お爺様に何を言われるか、分かったもんじゃない。
 毎日が充実しているから、お爺様との会話も弾む。天神家に入り浸ってる事も、
強さを追求する為だと言ったら、あっさり許してくれた。まぁ、最近では、いつも
の面子が天神家に行ってる事も知ってるみたいだし、変な事は起きないと判断して
いるのだろう。それに、恵さんの事を、お爺様は全面的に信用している。
 お父様も、その事について、時々聞いてくるが、変な追求をしたりはしない。寧
ろ、時々する手合わせで、私が勝つ確率が増えた物だから、驚きながらも歓迎して
いる。お父様も、弱い訳じゃあ無い。伊達に空手大会で優勝経験がある訳では無い。
だが瞬君や、トシ君、それに士さん達と比べれば、劣っていると言わざるを得ない。
彼等が達人過ぎるのだ。お爺様も、貫禄は凄いし、手合わせでも、物凄い格のオー
ラを放っている。だが、最近では、ちょくちょく勝てるようになっているのだ。そ
れは、もっと凄いオーラを放つ人間を、私が知っているからに他ならない。
 最近では、一条流空手で一番強いのは、私と言う事になって来ている。その事実
を認めたくないのか、お父様もお爺様も密かに特訓をしてたりしている。その元気
がある内は、まだまだ元気って事で、私は安心している。
 一条流の道場で私は、門下生と組み手をやる時間は、一時間程しかない。それは、
天神家でたっぷり修練をしてるからだ。それから、夕飯を食べてからの一時間に私
は、門下生と共に、最後の稽古に顔を出しているのだ。だが、私への挑戦状が多く、
お父様や、お爺様は、頭を抱えている。
「押忍!!宜しくお願いします!!」
 今日も、門下生の一人が挑戦してくる。結構鍛えている。体格だけなら、伊能先
輩とも引けを取らない相手だ。だが私は、スピードで掻き回し、腕力だけで突きを
放っているこの人に負けるつもりは無い。その隙を突いて、鳩尾に容赦の無い蹴り
を入れる。すると、一瞬動きが止まる。そこをテンプルに綺麗に上段蹴りを入れる。
「うああああ!!・・・参りました・・・。」
 門下生は、吹き飛ばされながら、降参の合図をする。情けないとは言わない。私
が相手しているのは、化け物だらけなのだから、これぐらいが普通なのである。
「・・・いやはや・・・。江里香は、本当に強くなったのう・・・。」
 お爺様が、嬉しいような寂しいような感じで溜め息を吐く。
「褒めてくれて嬉しいけど、私は、まだ精進が足りないと思ってるわ。」
 私は、偽らざる気持ちを言う。何せ組み手では、瞬君から、トシ君から、そして、
士さんから、そして、恵さんから、一本取るのだってやっとだ。彼等は、鍛え方が
尋常じゃない。付いて行くには、更なる修行が必要なのだ。
「島山の所の倅が原因か。この前も来たが、あれも、天性の強さを発揮しとるなぁ。」
 お爺様は呆れている。トシ君は、家が近いだけあって、ちょくちょくこの道場に
も顔を出して、稽古をしに来るのだが、強過ぎて、私以外は、相手にもならないの
だ。本当に、とんでもなく強くなったわよね。
「自分は、悔しいです!でも、年少ながら、あの強さには憧れます!!」
 門下生からも、トシ君は人気がある。パーズ拳法の免許皆伝で、あの瞬君と、ほ
ぼ互角の闘いをしているのだから驚きだ。誰も知らないけど、この前の決闘では、
瞬君に勝ってたしね。凄い事だ。
「天神の所の二人も、恐ろしい腕前じゃし、将来は安泰かのう。」
 お爺様は、感慨深げだ。
「なーに言ってるのよ。老け込むには早いんじゃないの?」
 私は、発破を掛ける。
「当たり前じゃ!ワシは、一条 大二郎(だいじろう)であるぞ!そう簡単に、負
けんわい!」
 そうそう。元気じゃないと、私が寂しい。
「江里香も言うようになったな。私も、負けられんな。」
 お父様は、そう言うと、打ち込みを始める。この歳でも向上心を忘れないのは、
良い事だと思う。
「健人(たけと)!わしも負けんぞ!」
 お爺様は、お父様の名前を呼びながら、横で打ち込みを始める。こうなると、門
下生も黙っていない。いつの間にか、打ち込み大会になる。
 私は、その様子を微笑ましく思いながら、サンドバック目掛けて、自分の打ち込
みを始めた。人型をしたサンドバックだが、私は、正確に急所を打ち抜く修練をし
ている。最初が4回なら、次は、8回同時を目指す感じでだ。
「ハアア!!」
 本気の時は、隼(はやぶさ)突きを披露して、8回連続で打ち抜く。
「・・・いつ見ても、江里香師範代の隼突きは、凄いな・・・。」
 門下生達は、私の技を見て、驚いている。こっちも、伊達に修練積んではいない。
ちなみに、私は、この歳だが、師範代を戴いている。
「頼もう!!」
 外に、誰かがやってくる。この展開は・・・。
「この夜分に、何用かな?」
 お爺様が対応に行く。
「一条流は、腑抜けになったと聞いて、看板を貰いに来てやったぞ!」
 おお。やっぱり道場破り。今時結構珍しいけど、最近多いのよね。
「聞き捨てならんな。我等を腑抜けと呼ぶ理由を聞かせてもらおうか。」
 お父様は、射抜くような目で、相手を見る。しかし、その理由は散々言われてき
た事なので、分かっているようだ。
「知れた事。そこの娘が一番強いと言われるような腑抜けの集団ならば、看板を下
ろしたほうが良いだろう?引導を渡しに来たのだ!」
 やっぱりね・・・。最近多いよのねぇ。
「娘が強い事は認めよう。だが、腑抜けの集団と言うには、お前達の実力が伴って
ないと、私は思うのだが?」
 お父様は、容赦の無い言葉を並べる。
「まーたこの展開?私が相手をすりゃ良いんでしょ?」
 私はうんざりしていた。最近、こんな事が多いのだ。
「生意気な!我が流派を舐めるなよ!!」
 道場破りは、仲間と共に、私達に襲い掛かろうとする。
「チェストォォォォ!!!」
 襲い掛かってきた一人を、お爺様は正拳突きで吹き飛ばす。
「んな!!」
 道場破りは、困っているようだ。まさか、こんな強いとは思わなかったのだろう。
「フン。言った通りではないか。」
 そして、その仲間達を、お父様は、次々と蹴りで吹き飛ばして行く。この実力で、
うちを道場破りしようだなんて、笑わせるわ。
「うぐ!待て!俺は、そこの娘に挑戦しに来たのだ!せめて挑戦くらいさせろ!」
 道場破りは、お父様とお爺様の様子を見て、私に挑戦させろと言って来る。
「どうする?江里香?」
 お父様は、別に断っても良いぞ?と目で言っていた。
「悪いけど、舐められるのは嫌いなのよ。良いわ。相手をしてあげる。」
 私は、相手の言い草が気に入らなかったので、当然受ける。
「フン。女に負ける程、この俺は、甘くないぞ!」
 道場破りは、決まりきった台詞を吐く。うんざりする。
「御託は良いから、掛かってらっしゃいな。」
 私は、腰を落として右手と左手を上下に配置する。空手の基本の構えだ。
「小娘!この俺の力の前に平伏すが良い!!」
 道場破りは、妙な台詞を言うと、隙だらけの正拳突きを放ってくる。私は、その
正拳突きを受け流すと、鳩尾に蹴りを入れて、顎が下がった所に膝蹴りを顎に食ら
わせて、テンプルに回し蹴りを食らわせた。
「うぐあああ!」
 道場破りは悶絶しながら倒れた。
「相変わらず容赦ないのう・・・。」
 お爺様は、呆れた顔で見ると、道場破り達を、介抱していた。このままでは、こ
っちも困るからだ。私もそれを手伝う。闘いが終わったら、敵も味方も無いと言う
のが、私達の教えだ。
「隙あり!!」
 突然、介抱していた道場破りが、私に襲い掛かる。私は、その攻撃を難なく避け
る。こう言う事も、稀にあったからだ。しかし、その次の行動に、私は凍りついた。
何と、この男、あろう事か、私の胸に触って、揉んで来たのだ。
「ハッハッハ!所詮は女!どうだ!男の強さを思い知・・・!」
 私は、その男が言い終わる前に、鼻の頭に正拳突きをぶち込む。
「ゲファ!!」
 道場破りは、鼻血を出しながら吹き飛ぶ。しかし私は、許すつもりは無かった。
襟を掴んで引き立たせると、往復ビンタを食らわす。そして、最後に鳩尾に膝蹴り
を食らわせたら、道場破りは、動かなくなった。
「江里香!!そこまでじゃ。」
 お爺様は、私の腕を掴んで止める。
「・・・ありがとう。制御出来なくなる所だった。」
 私は、お爺様に礼を言う。自分を制御出来ないようじゃ、まだまだだ。
「お前は強いが、まだ若い。修練を忘れない事だ。」
 お父様も、肩を叩いて励ましてくれた。
「そうね。こんなんじゃ、瞬君に呆れられるわ。」
 私は、溜め息を吐く。瞬君は、正しい事を追い求めている。その精神に近付かな
いとね。私もまだまだ、修行が足りないと言う事だ。
「でもね。私にこんな事して良いのは、一人だけなのよ!全く・・・。」
 そうだ。触っても良いのは、瞬君だけだ。
「・・・その一人とは・・・?」
 お父様は、その言葉が気になったようだ。
「健人は、鈍いのう。決まっておるじゃろうに。」
 お爺様は、お見通しのようだ。
「ちょっと!何を想像してるのよ!・・・私、風呂に入る!!」
 私は、照れ隠しの為に、風呂に行く事にした。
 全く・・・。今日は厄日だったわ。


 それにしても、私も付き合いが良いと言うか・・・。
 まぁ、エイディ兄さんと会えたのは、良かったけどね。
 それに、あそこに居ると、落ち着くようにもなってきた。
 最近では、皆のレベルに付いて行けるようになって、腕もメキメキ上がっている。
 榊流忍術も、私以上に使える人が出て、困った物だ。
 でも、私だって負けちゃいない。
 エイディ兄さんには敵わないけど、それなりに使えるようになっている。
 実際に、最近では、天神家の修練が終わった後、榊流の道場では、負け無しだ。
 あの冬野(ふゆの)ですら、本気でやっても、私が勝つようになってきた。
 前は、冬野には、手加減してもらう事が多かった物だが・・・。
「お嬢!!隙あり!!」
 うちの門番をしていて、使用人でもある冬野 健一郎(けんいちろう)は、榊流
護身術では、師範代と言う事になっている。私も、師範代だ。
「・・・よっと。」
 私は、隙をわざと見せたのだ。そして、冬野が狙った所を軽く受け流して、裏拳
を決める。冬野は、受身を取るが、立ち上がる前に、蹴りを顔面の前に止める。
「ま、参った!」
 冬野が降参する。最近では、本気の手合わせでも、私が勝つようになってきた。
「お嬢、最近、強すぎるぜ・・・。」
 冬野が、珍しく、弱気を見せる。
「修練の成果だよ。冬野は、もうちょっと頑張った方が良いんじゃないかい?」
 私は、軽口を叩く。
「俺は、こう見えても、修行続けてるんだぜ?お嬢が、最近おかしいくらい強くな
ってるんだってば・・・。天神家の修練のおかげかねぇ。」
 冬野は、目を細める。確かに天神家の修練は、他の何処よりも密度が高い。
「エイディさんの、おかげかい?」
 冬野は、からかうような目で私を見る。コイツは相変わらず、人をからかうのが
好きなようだ。懲りない奴だ。
「エイディ兄さんは、関係無いっての。でも、私より忍術上手いんだよねぇ。」
 エイディ兄さんは、私より勘が良い。源の量は、私とそう変わった物じゃないの
に、圧倒的に使うタイミングが良いのだ。
「元気でやってるみたいですなぁ。しかし、最初聞いた時は、冗談かと思いました
よ。俺は、エイディさんが『絶望の島』に送られた時に、諦めてたからね。」
 冬野は、嬉しそうだ。この前、エイディ兄さんと会わせた時も、驚きながら、冗
談を言い合っていた。二人とも軽いノリなので、気が合うんだろうね。
「エイディさんは、天才肌な所があるからね。」
 冬野も忍術は使える。しかし、私やエイディ兄さんみたいに、本格的に使える訳
じゃない。それでも、門番としては、十分な実力は持っている。
「ま、頑張るしかないって所かな。」
 私は、気を入れ替えて、護身術の打ち込みを始める。
 すると、玄関先のチャイムが鳴る。この時間とは、結構珍しいね。
「お嬢はここに居て下さい。俺が出ます。」
 冬野は、こう言う時の対応は早い。
 どうやら、来客のようだが、冬野の驚いた声が聞こえてくる。誰だろう?
「お、お嬢、ビップな人物が来ましたぜ。」
 冬野は、珍しく畏まっている。
「おお。亜理栖!やってるな!」
 この声は・・・。忘れもしない!
「総一郎兄さん!」
 そうだ。この声は、総一郎兄さんだ。
「元気そうだな!いやぁ、アズマ本家が忙しくてな。中々来れなかったからな。」
 そうだ。総一郎兄さんは、榊家の頭領なのだ。本家が忙しい時は、こっちに来れ
る機会が中々無い。しかも、あの神城(かみしろ) 扇(おうぎ)のせいで、静養
させられた挙句、治っても、あの失態のせいで、本家の爺様から、嫌味を言われて、
出掛けるチャンスが無かったと聞いていた。
「傷は大丈夫?」
 私は、扇にやられた傷の事を心配する。
「傷跡も残ってない。そっちは、心配無いさ。爺様達の嫌味の方が、何倍も堪えた
よ。あの人達は、容赦無いからな。」
 総一郎兄さんは、より一層の力拳を作る。
「頭領が来て下さると知っていれば、それなりの対応をした物を。」
 冬野は、さすがに緊張している。
「構わんさ。畏まられると、却って気を遣うからな。」
 総一郎兄さんは、豪快に笑う。
「それより、亜理栖。お前、目に見える程、腕を上げてるな。」
 さすがに総一郎兄さんは、私の実力を一目で見抜く。
「仲間が居ますからね。」
 私は、迷い無く答える。あの仲間達は、私にとっても、掛け替えの無い奴等だ。
「迷いが無いな。羨ましい限りだ。その仲間の中に、あの天神 瞬君や、エイディ
も居るんだろ?」
 総一郎兄さんには、口頭では、伝えてある。
「元気な後輩だね。エイディ兄さんも、元気だよ。」
 私は、屈託の無い笑顔をしているんだろうな。毎日が楽しいしね。
「天神家には、一度行きたいな。」
 総一郎兄さんは、かなり興味があるようだ。あれだけ口頭で伝えれば、行きたく
なるのも当然かなぁ。
「それで?やっぱり天神君が、一番強いのか?」
 総一郎兄さんは、そこが気になって仕方が無いみたいだ。
「そうだねぇ。最近は、黒小路 士さんって人が、一番かなぁ?」
 私は、最近の手合わせを見ているが、瞬や俊男ですら、あの士さんには敵わない。
「黒小路・・・?まさか・・・。」
 総一郎兄さんは、聞き覚えがあるようだった。
「その人、霊王剣術の使い手じゃないか?」
「良く知ってますね。とにかく物凄い腕の持ち主でしたよ。」
 総一郎兄さんは、やっぱり知っているようだ。
「やはりか。セントに移住したと言う噂だった黒小路の血筋の者か。」
 総一郎兄さんは、その辺の事情に詳しいんだろうなぁ。
「それは、一度手合わせしたい物だな。」
 総一郎兄さんは、目を輝かせている。普段は落ち着いているのだが、こう言う時
は、結構大人気無い態度が多い。特に本家じゃない時は、普段抑えているせいか、
素に戻る時が多いのだ。
「そうだ。亜理栖。一戦お願い出来るか?」
 総一郎兄さんは、今の話を聞いて、テンションが上がったのだろう。
「出来ますよ。久し振りに手合わせしますか?」
 私も、大いに乗り気だった。総一郎兄さんは、頭領だけあって、凄い実力の持ち
主だ。今の私がどれくらい強くなったか、知りたい所でもあった。
「よし。じゃぁ、忍術ありだ。」
 総一郎兄さんは、忍術を使っての、本格的な手合わせを所望してきた。
「分かりましたよ。じゃ、行きますよ!」
 私は、まず回し蹴りを連発する。回転だけじゃなく、威力も重視している。
「お。鋭いな。腕を上げたな。亜理栖!」
 総一郎兄さんは、そう言いつつも、軽く捌いている。さすがだ。
 私は、細かい牽制を含めつつ、足を払おうとする。しかし、丸太のような総一郎
兄さんの足に、足払いは効かなかった。すると、襟を掴まれた。
「亜理栖。私相手に全力で行かないと言うのは、感心しないな。」
 総一郎兄さんは、そう言うと、襟を放す。様子見じゃ甘かったか・・・。
「済みません。様子見のつもりでした。」
 私は素直に謝る。そうだ。目の前に居るのは、榊流を束ねる頭領なのだ。様子見
に何の意味がある?私の全力を出さなければ意味が無い。
「行きます!!」
 私は、今までの修練の要領で、闘気と魔力を全開にする。そして、闘気で固めた
拳で総一郎兄さんのガードの上から構わず殴りつける。
「ぐ!響く!・・・だが、それでこそ、修練になると言う物だ!」
 総一郎兄さんは、楽しそうだった。そうか。総一郎兄さんも全力を出したかった
のかも知れない。本家では負け無しだったみたいだしね。
「まだですよ!!」
 私は、思いっきり蹴りを放つ。そして、間合いを離した所で、指をパチンと鳴ら
して、炎を作り出す。そこから広げるイメージで・・・。
「ええい!!『火遁(かとん)』!!」
 私は、振り払うような仕草をして、総一郎兄さんに『火遁』を浴びせる。
 しかし、総一郎兄さんは、腕でガードして事無きを得た。一体どうやって?あ。
そうか!腕が薄っすら光ってる。腕に『水遁(すいとん)』を忍ばせて防いだんだ!
「さすが、総一郎兄さん・・・。最小限の力で防いでくるね。」
 この老練な遣い方は、さすが頭領だと思った。
「年季は、私の方が上だからな。しかし、予想以上だ。驚いたぞ。」
 総一郎兄さんの腕は、少し火傷っぽくなっていた。防ぎ切れなかったのかな?
「守勢では、私が不利だな。」
 総一郎兄さんは、さっきまで構えていたドッシリとした構えを解いて、源を全開
にして前屈みの攻撃的な態勢になる。凄い圧力だ!
「行くぞ!!」
 総一郎兄さんは、蹴りで牽制してくると、嵐のような拳の弾幕を作ってくる。す、
凄い!こんな凄い圧力は、滅多に無い!拳だけでも凄いのに、その一つ一つに『風
陣(ふうじん)』の忍術が乗っているせいで、ガードの上からも響く!
 バシィイイイ!!
 圧力と共に、私は吹き飛ばされる。さすが総一郎兄さんだ。
「お嬢!」
 冬野が心配して駆け寄る。それを私は、手で制した。
「大丈夫だよ。冬野!・・・さすが総一郎兄さんだよね。」
 私は、足に力を入れて立ち上がる。
「何がさすがだ。私の全力の攻撃を受けて、立ち上がるとはな・・・。」
 総一郎兄さんも、今ので、私は倒れると思っていたのだろう。
「確かに効きました・・・。けど、私も、成長した所を見せないと!」
 私は、そう言うと、一番得意な『電迅(でんじん)』の忍術を発動させる。
「な!!」
 冬野が驚きの声を上げる。
「亜理栖・・・。お前、そこまで巨大な源を・・・。」
 総一郎兄さんは、私の忍術を見て、唖然としていた。
「伊達に修練積んじゃいません!!ハアアア!!『電迅』!!」
 私は、右手を突き出すと、『電迅』を総一郎兄さんに向ける。
「ヌウウウウウ!!」
 総一郎兄さんは、自らの源を使って、『電迅』を防ぎに掛かる。それでも、ジリ
ジリと、後退して行く。
「何と言う威力だ!!」
 総一郎兄さんは、寸での所で踏ん張る。
「隙あり!!」
 私は、左手に『電迅』を纏わせて、総一郎兄さんの脇腹に突き刺すように突き入
れる。すると、総一郎兄さんは、脇腹を押さえて跪く。
「でやあああ!!」
 私は、総一郎兄さんの顔面の先に回し蹴りを寸止めする。
「・・・降参だ。」
 総一郎兄さんは、とうとう降参した。・・・私は勝ったのか?
「お嬢が・・・頭領に勝っちまった・・・。」
 冬野は呆然としている。
「本当に強くなったな。亜理栖。私も負けていられぬな。」
 総一郎兄さんは、そう言うと、優しく私の頭を撫でる。
「次勝てるかどうかは、分かりませんけどね。私も危なかったですし。」
 私は、そう言うと、疲労が溜まって、その場でへたり込む。
「まさか、あの巨大な『電迅』が見せ技とはな・・・。」
 総一郎兄さんは、アレを防ぎ切った所で、安心していた。しかし私は、それを見
越して、左の拳を用意していたのだ。
「上手く行ったから良かったですが、もう源も空っぽですよ。私。」
 私は、疲れ切っていた。特に最後の攻撃では、私の中にある源を全開にしたので、
疲労が、ドッと来ていた。
「お嬢!良い物を見せてもらいましたよ!」
 冬野は、興奮気味に私を介抱する。
 こうして、うちに総一郎兄さんは、やってきた。こりゃ、天神家に連れて行かな
きゃ駄目みたいだね。


 俺は、千の技を受け継ぐ男として、期待されてきた。
 プロレスラー・・・それが、どんなに過酷な職業か知っている。
 客を楽しませるため、相手の技は受け切る。
 そして、こちらの技も相手が受けてくれる。
 それは、阿吽の呼吸のように自然で、それだけに覚悟が必要だ。
 覚悟が足りないと、あっと言う間に気絶してしまう。
 気絶するだけで済めば良い。
 時には病院に送られるレスラーも居る。
 親父は、不敗のレスラーだった。
 どんな時でも諦めず、流血沙汰になろうとも、勝ちを収めてきた。
 その姿勢がファンを魅了し、不動のナンバーワンレスラーになったのだ。
 そんなファンが付けた渾名が、サウザンド伊能。
 若い時は華麗な技と、溢れるパワーでファンを魅了した。
 だが、リングでは負け無しの親父も、事故には勝てなかった。
 俺を庇う為に、事故で大怪我を負ったのだ。
 誰もがサウザンド伊能は終わったと、揶揄した。
 だが親父は、想像を絶するリバウンドを経て、カムバックした。
 俺は知っている・・・親父がそこまでする理由を。
 待ってくれているファンの為と言うが、本当は違う。
 このまま終わっていたら、週刊誌は、俺が理由で引退したと書くだろう。
 実際に、事故当時は、誰かを庇っての事故で、庇ったのは誰だ?と書かれていた。
 俺は、自分のせいで親父がカムバック出来なかったら、自分を責め続けただろう。
 そんな俺を見兼ねて、親父は立ち上がったのだ。
 そして、カムバックしても負けなかった。
 昔のような華麗な技やパワーで圧倒する試合は減った。
 だが、決して諦めない精神と、相手の技を受け切る技術は、前より磨かれていた。
 親父は、スーパースターだ。その親父を超えるんだ!!
 その覚悟を決めて、俺はサウザンド伊能ジュニアを名乗るようになった。
 親父の背中には届かないが、無様な試合だけはしない。
 そう心に決めて、俺は、今日も技を磨いていた。
「せい!ぬん!!」
 俺は、筋力を付けるトレーニングと、同じジムの練習生相手に、技の掛かり具合
などのチェックをする。伊能ジムの仲間は、俺にとっても大切だ。
「巌慈君。受身の練習を手伝うよ。」
 練習生の一人が、練習を手伝うついでに、俺に技を掛けてくれる。こうすれば、
練習生の方は、技の掛け具合を確かめられるし、俺は、受身の練習が出来る。
「是非、お願いしますわい!」
 俺は、快く受ける。受身の練習は大切だ。これをしないと、試合中に大怪我をし
兼ねない。それが原因で、動けなくなったレスラーを、俺は知っている。
「うおら!!」
 練習生は、俺をロープに振ると、戻ってきた所で、腰をタイミングよく掴んで、
ジャーマンスープレックスを決める。そして、そのまま足を掴むと、サソリ固めに
移行した。中々良いコンビネーションだ。
「ぬん!」
 俺は、掛かり具合が、甘いと感じたので、足を振る事で振り解く。そして、再び
前屈みの構えに戻る。そこで練習生は、俺を違う方向のロープに振ると、戻ってき
た所にタイミング良くドロップキックを見舞う。
「タイミングはバッチリですぞ!」
 俺は、もろに顔面から食らったが、これしきでは倒れない。
「巌慈君は、タフだなぁ。俺は、倒しに行ったんだけどな。」
 練習生は、俺のタフさに呆れる。これしきで倒れてたら、天神家では、あっと言
う間に伸びてしまう。やはり、あそこでの修練は生きているのだろう。
「ガッハッハ!俺も、デビューして、1年ですしな!成長もしますわい!」
 そう。俺は、1年前にデビューした。相手は格上で、かなり苦戦したが、諦めず
に技を掛ける事で勝利した。それから、2戦ほどしたが、未だに負けは無い。
 いつからか、千の技を継ぐ男として、俺は注目されつつあった。学園に行きなが
らの修練だが、天神家での練習もあってか、最近は、メキメキと力がついてきた。
「やっとるな!」
 親父の声がした。皆は『押忍!』と叫んで、気を引き締める。親父は、伊能ジム
の会長兼メインレスラーだ。
「おう。巌慈!さっきも見てたが、タフになってきたでは無いか!」
 親父は嬉しそうに俺に声を掛ける。
「あったり前じゃ!修練を積んで、もっともっとタフになって、技にも磨きを掛け
るつもりじゃ!強さへの欲求に、際限は無いぞ!」
 俺は、力拳を握る。すでに、腕の太さは、このジムでもトップと言っても過言で
は無い。腕相撲でも、誰にも負けないようになってきた。
「良い心掛けだ!忘れるんじゃないぞ!」
 親父は、俺の心意気を理解してくれた。
「皆に、報告がある。集まってくれ!」
 親父は、皆を集める。すると、一枚のFAXを取り出す。
「お。サキョウ東アリーナでの、試合が決まったのか!」
 俺は、試合の日程表を見て、理解する。
「うむ。メインは儂と、もう一人のタッグだ。」
 親父は、メインイベントの予定表を見せる。タッグパートナーの欄には、まだ、
名前が無い。どうやら、決めあぐねているようだ。
「他の試合も、順次埋めて行くが、このジムの総出の試合になる。相手は、大和田
ジムと、渡辺ジムだ。」
 おお。どっちも大手だ。これは、遣り甲斐がある。
「伊能ジムは、どんな相手の挑戦も、拒まず勝って来た!今度も勝ちに行くぞ!」
 親父は、発破を掛ける。すると、皆の気合の入った返事が聞こえた。
「巌慈!リングに上がれ!」
 親父は、俺を指名する。久し振りの手合わせかな?
「オウ!」
 俺は、またと無いチャンスだと思って、リングに上がる。
「誰かリングを鳴らせ。本気でやるぞ!」
 親父は、本気と言った。あの親父が本気・・・。
「どうした?震えているのか?怖気づいたか?」
 親父は、俺が震えているのを見逃さない。
「馬鹿言え!嬉しいんじゃ!俺の成長を見せられる最高の相手じゃからな!!」
 俺は、武者震いをしていたのだ。親父とやれるなんて、中々チャンスが無いのだ。
「生意気言いやがって。儂を舐めるなよ?」
 親父は、腰を落として、俺と睨み合う。
「史上最高のレスラー相手に、舐めて堪るかよ!」
 俺も腰を落として、いつでも技を掛けられるし、技を受けられる状態にする。
「どあああ!」
 俺は先手を取る。そして、親父にチョップを食らわす。
「おう!巌慈の癖に、響くじゃねぇか!」
 親父は、胸で受けてくれたが、少し響いていたようだ。そして、今度は親父が、
俺の顎に鉄拳を見舞う。俺は逃げずに顔面から食らう。頭が響く攻撃だ。
「親父も、さすがじゃな!!」
 俺は、笑って受け答えする。効いてない事は無いが、これしきでは参らない。互
いにチョップと鉄拳の応酬が続く。そして、ほとぼりが醒めた頃、親父は俺の腕を
掴んで、ロープに振る。そして、戻ってきた所にジャンピングクロスチョップを首
に見舞った。カァ!!これは脳髄に効く!!
「なにぃ!?」
 親父は驚く。それは、これを食らっても、俺が倒れなかったからだ。
「お返しじゃ!」
 俺は、親父をロープに振ると、返ってきた所に横から抱える形で投げっ放しの状
態で放り投げる。
「おお!エクスプロイダー!!」
 練習生達は、驚きの声を上げる。今のは大技だった。
「カァ!良い技使うじゃねぇか!」
 親父は、効いてない訳じゃ無さそうだが、すぐに立ち上がる。さすがだ。
「でぇい!!」
 親父は、ラリアットに来る。それを俺は、屈んで避けたが、親父は素早く後ろに
回ると、腕を閂のように絡めてきた。これは!
「オオラァ!!」
 親父は気合と共に、そのまま俺を投げ飛ばした。
「あれは、タイガースープレックス!!」
 親父の友人の、虎仮面と言うレスラーが開発した技だ。親父も食らったと同時に
この技を覚えて虎仮面に勝利している。こりゃ効くわー。
「おおお!!」
 練習生は、更に驚く。俺が立ち上がったからだ。
「巌慈!痩せ我慢か?」
「馬鹿にするなよ?効いたは効いたが、これで参る程、サウザンド伊能ジュニアは、
甘くないぞ?親父!!」
 俺は、ニヤッと笑う。これで参るようでは、天神家の修練で、勝ちを収める事は
出来ない。結構負けてはいるが、勝つ時は、不屈の闘志を見せた時だ。
「なら、これでどうだ!!」
 親父は、足を絡ませて、4の字固めをしようとする。それを、俺は解いて、逆に
コブラツイストを決める。
「ぬうぐうううあああ!!」
 親父は悶絶する。しかし、参ってはいないようだ。何とかロープを掴む。
「だりゃあ!!」
 親父は、飛び上がって俺の延髄に蹴りを見舞う。延髄切りだ。
「なんの!!!」
 俺は、グラッと来たが、堪えて、喧嘩キックを見舞う。
「巌慈君の伊能16文キック!!」
 練習生から、声が上がる。俺の靴のサイズが30センチを超えてる事から、ファ
ンの間から伊能16文キックと呼ばれるようになったのだ。
 親父はよろける。そこに、俺はプロレスの基本技である、ジャーマンスープレッ
クスを決める。完璧な角度だ!俺の会心のスープレックスだった。
 そのまま、肩を決めて、3カウントを取ろうとする。すると、練習生の間から、
2カウントの所で、親父は肩を外す。
「ぬお!」
 俺は驚いた。それまで、完璧に力を失っていたのに、2カウントで突然力が舞い
戻って肩を外したのだ。さすがは親父じゃ!
「巌慈!!今のは、効いたぞ!!」
 親父は、そう言うと、俺の首に手を回して、ブレーンバスターを見舞う。
 カァ!!こいつは効く!!
「ワン!ツー!!」
 練習生の声が遠くから聞こえた。どうやら、親父がフォールしているらしい。
「ぬがぁ!!」
 俺は、ツーの声で我を取り戻して、フォールを外した。そうか。これが、さっき
の親父の心境か。負けないために、意識を失っても、ツーの声で、意識を取り戻す
のだ。これが、プロレスラーの性か!
「フッ。プロレスラーらしくなったな。巌慈!」
 親父は、今のフォール外しを褒めてくれた。アレが出来なくては、プロレスラー
じゃないわい!
「よし!これまでだ!」
 親父は、手合わせ終了を合図した。
「ふーい・・・。」
 俺は、その声が掛かると同時に、座り込む。今日のは、中々ハードだった。
「巌慈君、凄いじゃないか!伊能会長と、全然見劣りしなかったぞ!」
 ジムの仲間が声を掛けてくれる。
「見劣り所じゃないって。勝てたかも知れなかったぞ。今の!」
 景気の良い事を言ってくれる。しかし、親父は、まだまだ偉大だと思い知った。
「巌慈。冗談抜きで、今のは、儂は危なかった。・・・これで、決まりだな。」
 親父は、さっきのFAXに何かを書き込む。
「巌慈!今度の試合!儂のパートナーは、お前だ!!」
 親父は、メインイベントの試合の欄に、俺の名前を書き込む。
「え?俺が?」
 俺は、面食らっていた。まだデビューして1年経ったか経たないかの俺が、メイ
ンイベントなんて、嘘じゃろ?
「誰も文句無いよ。」
 ジムの仲間は、皆拍手をしていた。
「今のを見て、伊能会長の名を継ぐのは、巌慈君しか居ないと思ったよ。」
 それは、嬉しい言葉だが、実感が湧かなかった。
「巌慈!呆けてる場合じゃないぞ!試合は、必ず勝つんだから、気合入れんか!」
 親父は、俺に渇を入れる。・・・そうだ。何を気にしている。決まったのなら、
それに向かって、全力を尽くすだけだ。
「やってやるぞい!!勝って、華を添えてやるわ!!」
 俺は、乗せられて、勝利宣言をした。
 こうして、ダブルサウザンド伊能コンビが誕生したのだった。


 極限を窮め、自らの信念を突きに宿し、あらゆる物を粉砕する覚悟を持て。
 これは、羅刹拳の教えだ。
 俺は、幼い頃、これを何度と無く聞かされて、育てられてきた。
 だから親父は、その教えを大事にして、常に強くあろうとした。
 俺に羅刹拳を見せてくれた親父は、常にヒーローだった。
 そんな俺が、羅刹拳を習いたいと言ったのは、極自然の事だ。
 母親は、俺が小さい頃に、親父の苛烈な性格に耐えられなくて、出て行った。
 それからの親父は、少し荒れていたが、信念を持っていた。
 羅刹拳のガリウロル全国大会で、何度と無く優勝していた。
 その賞金で、食い繋ぐ生活だった。
 門下生も居たし、俺も真面目に習っていたし、順風だった。
 しかし、それは、ある日、突然崩れた。
 羅刹拳の強さを、もっと世に広めようと、全ソクトア空手大会に出たのだ。
 その時に、準々決勝で、島山 俊男と当たったのだ。
 俊男はパーズ拳法の免許皆伝を15歳で貰った天才だ。
 親父は、そんな天才を前に、真っ向勝負を挑んだ。
 俊男は、その親父の気合を真っ向から受け止めて、その拳を破壊した。
 圧倒的な強さだった・・・。
 それから親父は、荒れ狂う生活を始めた。
 門下生は、その様子を見て落胆し、どんどん辞めていった・・・。
 そして、気が付くと、誰も居なくなって、廃れていった。
 親父は、俺と同じ歳の少年に負けたのが、悔しかったのだろう。
 そんな親父を見て、俺も荒れ狂っていた。
 爽天学園に入ったのは良いが、周りに当り散らす日々が続いた。
 そんな中、不良グループに絡まれた。
 だが、幼い頃から羅刹拳を習っていた俺の敵じゃ無かった。
 そして、いつの間にか、俺は『ボス』と呼ばれるようになった。
 良い気になっていた訳じゃない。
 単なる気まぐれだった。
 だが、そんな中、部活動対抗戦の優勝者の名前を聞いた。
 優勝は、天神 瞬、そして、準優勝者は、島山 俊男だった。
 親父の人生を変えた空手大会の因果が、こんな所で出てきたと思った。
 なら、俺も挑んでやるつもりで、喧嘩を吹っかけた。
 見事なまでにやられた・・・。
 しかも、天神 恵や一条 江里香には、自分の愚かさを指摘される始末だった。
 それから俺は、自分を変える努力をするようにした。
 バイトを増やして、勉強をして、奨学金を貰う事で、親父を助けようと思った。
 俺は、学年5位の成績を残して、奨学金を貰う事に成功する。
 そして、日々頑張る姿を、親父に見せ続けた。
 そんなある日、親父から呼ばれた。
 俺は、道場に来いと言われたので、待つ事にした。
「勇樹・・・。お前、奨学金を貰ったそうだな。」
 親父は、鋭い目でギラリと睨む。
「そうだよ。せっかく学園に行ってるんだし、奨学金を貰えば、生活の足しになる
だろ?バイトも許されたし、俺の心配は要らないよ!」
 俺は、親父に喜んでもらおうと、次々良い事を言う。
「あ?お前の心配?それより、金を貰ったんなら出せ。」
 親父は、予想外の答えを返す。
「道場の立て直しに使うのか?」
 俺は、嫌な予感がしたので、尋ね返す。
「道場?知るか。お前の金は、育ててやった俺の金だ。」
 ・・・まさか、私利私欲に使うつもりか?
「親父。まさか、酒代の為か?」
 俺は、上目遣いをする。
「うるせぇ!早く出さないか!」
 親父は、怒鳴る。・・・でも、こんな事を言うなんて!
「ふざけんな!!なぁ親父!!こんな生活、いつまで続けるんだよ!親父は、強い
んだろ!?道場を立て直して、昔の凄かった親父に戻ってくれよ!!」
 俺は、我慢出来なくなって叫ぶ。
「てめぇ、娘の分際で、生意気言うんじゃねぇよ!」
 親父は、俺を押し倒そうとする。
「大体、女の癖に、男の格好して、羅刹拳を学ぼうなんて、生意気なんだよ!お前
が男だったら、道場を継いでもらおうと頑張れたんだ!」
 親父は、酒臭い息を、撒き散らしながら、俺の胸を弄る。
「それが、最近になって、また女の格好に戻って、どういうつもりなんだ?」
 親父は、俺の・・・ヒーロー・・・。
「ざっけんな!!」
 俺は、親父に金的をして、立ち上がる。そして、肌蹴た胴着を着直すと、親父に
指を差す。
「てめぇ、そこまで落ちたか!!自分の娘に発情なんかしてるんじゃねぇよ!」
 俺は、もう許せなかった。自分がされた行為よりも、親父の情けなさを許せなか
った。ここまでやっても、ここまで言っても、直らないのか!!
「親父は、強かったじゃんかよ!それが、こんな情けない行為するまでに落ちぶれ
やがったのかよ!」
 俺は、泣いていた。親父がここまで落ちぶれた姿など見たくなかった。
「てめえ・・・。親に手をあげる気か?」
 親父は、まだそんな事を言っていた。
「目を覚ませよ!」
 俺は叫んでしまう。魂からの叫びだった。
「俺の中では、親父は、ヒーローなんだよ!!」
 俺は、あらん限りの叫びをする。
「・・・。」
 親父は黙ってしまった。
「親父は俺が、天神の所に行ってるの、知ってるよな。俺は、まだまだ強くなりた
いんだ。一時は憎いと思った俊男や瞬とだって、手合わせしてる!」
 俺は、親父には天神家に行ってる事を話してある。それも、親父にとっては気に
入らなかったのかも知れない。
「あいつらはな。例え負けたって、次は勝てる努力をしているんだ!それを、親父
は、一度負けたくらいで、全部放り出しちまうのかよ!!」
 俺は、あいつらから、不屈の精神と、修練の大事さを学んでいた。
「・・・はぁ・・・。」
 親父は、溜め息を吐く。すると、俺の肩に手を置く。俺は少し身構えたが、襲う
つもりは、無いようだ。
「勇樹は、こんな俺でも、まだヒーローだと思ってんのか?」
「当たり前だろ!親父は、調子悪いだけだ!」
 俺は、ずっと親父に憧れて来たんだ。
「・・・なら、次は、勝たないと駄目みたいだな。」
 親父はそう言うと、優しい目に戻っていた。
「そうだ!親父は、老け込むような歳じゃないだろ!」
 俺は、嬉しくなって、軽口を叩く。
「フン。まだ現役を退く訳には行かないようだな。」
 親父は、そう言うと、打ち込みを始めた。そうだ。少しずつで良い。前の親父に
戻ってくれれば、幾ら時間を掛けようが、構わない。
「勇樹!・・・後で、飯の用意を頼むぞ。鈍った体を戻すには、飯も重要だからな。」
 親父は、そう言うと、鬼のような表情で。打ち込みを始めた。
「任せろって!こう見えても、研究してんだからよ!」
 俺は、嬉しくなって、その日の夜は、飛びっきりのご馳走にしたのを覚えている。
 そして、あれから親父は、酒を抜け切って、羅刹拳大会に出るまでになった。
 最初こそ、入賞する程度だったが、段々優勝するようになっていた。
 そのおかげか、今では、道場を建て直して、昔の活気が戻ってきていた。
 そのおかげで、俺もバイトをレストラン『聖』だけにする事が出来た。
「師範!構えはこうですか!!」
 弟子達が、親父に教えを請う。
「馬鹿!それでは迫力が無い!こうだ!」
 親父は、叱りながらも弟子に構えを教える。そうだ。俺が見たかったのは、この
光景だ。やっぱり、親父はヒーローだ!
「師範代!俺の蹴りはどうでありますか?」
 弟子達が、俺にも教えを請いに来る。俺は、親父に実力を見せたら、師範代をや
れと言われたのだ。認めてくれたらしい。
「鋭さが無い!蹴るなら腰を入れなきゃ駄目だ!」
 俺は、サンドバッグを相手に、腰を入れる蹴りを放つ。
「おお・・・。成程・・・。」
 弟子達は、俺の蹴りを見て、納得する。気分は悪くない。
「師範代、凄いよなぁ・・・。若いし、女だってのに、あんな強いなんてさ。」
 弟子達は、後ろの方で、ヒソヒソ話を始める。聞こえてるぞ・・・。
「なんでも学園じゃ、ファンクラブとか出来てるみたいだぜ。」
 ・・・ファンクラブ?そんなのあったかな?・・・まさか、アイツ等の事か?
 俺のグループを思い出す。確かに追っ掛けにも近いが、仲間なんだがな。
「いやぁ、その気持ち分かるって。凛々しいのに、料理も上手いしさぁ。」
 ・・・褒められるのは、嬉しいけど慣れないなぁ・・・。
「ほら!そこの!気合入れてやれ!」
 俺は、照れ隠しに叱り飛ばす。こう言う態度がいけないのかもなぁ。
「せい!せい!!」
 俺は、打ち込みを始める。すると、親父がさっきの弟子達を集める。
「おい。勇樹のファンクラブが出来てるって本当か?」
 ・・・おい親父・・・。何の話をしてるんだ・・・。
「は、はい。何でも、バイト先まで完璧に把握してるらしいですよ。」
 弟子達も、律儀に答えんな!
「ぬうう。勇樹に近付く馬鹿は、許せぬ!」
 お、親父・・・。あんな性格だったか?
「おい・・・。親父。俺のグループは、ファンクラブじゃないっての。」
 俺は、見るに見兼ねて、口出しする。
「聞いておったのか?勇樹!」
 聞いておったのか?じゃねぇよ。丸聞こえだっての。
「気の良い奴等だぜ?変な事はしねぇって。」
 俺は、奴等の事を信頼している。なんだかんだで、良い奴等だからな。
「しかしだな・・・。まかり間違って、襲われでもしたら!」
「その時は、親父から教わった・・・この羅刹拳で、撃退するっての。」
 俺は、そう言うと、親父と弟子達の顔の前で寸止めを見せる。
「む・・・。勇樹がそう言うなら良いが・・・。」
 親父は、そう言うと、渋々ながら打ち込みに戻る。
「お前達も、変な噂するんじゃないっての。」
 俺は、口を尖らせて、弟子達に注意する。
「・・・済みません。でも、勇樹さん格好良いし・・・。」
 弟子達は謝りながらも褒めてくる。
「ば、馬鹿!褒めても何も出ないぞ!続きだ続き!」
 俺は、耳まで真っ赤にしながら、打ち込みに戻る。
「・・・やべぇ。俺、惚れちゃいそう。」
 弟子達は、そんな事を言っていた。勝手に惚れるんじゃねぇっての。
 それから、休憩時間に入ったので、俺は作ってあった皆の分の食事を持ってくる。
今日は、食事込みの修練だって言ってあった。月謝も、その分を込みで貰っている
から、文句は出ていない。弟子の家族から、色々言われるかと思ったので、俺の食
事を母親達に振舞ったら、何故か安心された。分からない物だ。
「ほーら。今日は、元気の付く物が良いからな。」
 俺は、士さん達に手伝ってもらいながらも作った、鶏の唐揚げとゼンマイの煮付
けと、味噌汁と、きゅうりの浅漬けを用意した。うちの道場も、20人くらい居る
ので、用意するのは大変だったが、楽しかった。
「うおー!勇樹さんの手作り唐揚げとか、ラッキー!」
 さっきの弟子達は舞い上がっている。まぁ喜ばれるのは良いんだけどさ。
「ふむ。皆も、感謝して食うが良い。」
 親父は、体裁を整えながら、テーブルとか箸とかを用意する。
 そして、並べ終えて、皆で道場内で、軽い食事会っぽくなる。
「では、皆、いただきます!」
『いただきます!』
 親父の一言で、皆は食べ始める。すると、お腹も減っていたのか、次々と減って
いく。今日は、多いんじゃないか?と思える程作ったのだが、食べてくれそうだな。
「んめーー!うちのお袋より美味しいぞこれ!」
 弟子達は、はしゃいでいた。そこまで褒められると、ちょっと照れる。
「いやはや、勇樹さんは料理も、この腕前とは・・・。感服します。」
「これなら、いつでも嫁に行けますよ!」
 ・・・褒め過ぎだろ。コイツ等・・・。
「い、言い過ぎだって。それに、まだまだ上手くなるんだからな!」
 俺は、顔が真っ赤になってるのかも知れない。何だか顔が熱かった。
「勇樹は、まだ、嫁にやらーん!」
 親父は、意味不明な事を言って、ちゃぶ台返しをしようとしたが、俺が睨み付け
ると、テーブルを持った時に、止めてくれた。
「料理を大事にしなかったら、怒るからな。」
 俺は、最初からそう言ってある。
「済まん済まん。でも、嫁にはやらんぞ。」
 親父・・・。そんな性格だったか?
「まだ早いだろ!いかんわ!!」
 まったく、気が早過ぎだっての。
 ・・・嫁にねぇ・・・。まだまだそんな気は無いけど、そうなったら、親父は、
今みたいに取り乱したり、するのかな?まぁちょっと嬉しいかな。
 こうして、外本道場は、活気を取り戻していた。それもこれも、俺の目を覚まし
てくれた恵と、江里香先輩、それにいつものアイツ等のおかげだと思っている。



ソクトア黒の章5巻の2後半へ

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