3、告白  夢に出てきたのは、何度目であろうか?  私は、貴方に近づいていますか?  遠ざかっているのなら、私は近づきたい。  貴方は、夢を持っていた。  儚く、脆く、切ない夢を・・・。  貴方は、最期まで、私を愛しているとは言わなかった。  貴方は知っていたのだ・・・私に愛していると言えば、私が受け入れる事を。  そして、そこから生まれる隙で、約束が破れてしまう事をだ。  最初は、私は、それでも構わないと思った。  だが、貴方は約束にこだわった。  他人から見れば、滑稽な話。  愛すれば愛する程、離れて行く主人と使用人。  私の方を愛して貰っている自信はあった。  あの人の妻は、娘を産んだ後、すぐに親権を放棄したからだ。  その娘の実質の親は、私だった。  私は、当時13だったが、その娘を最初に抱き上げた感触は、今でも覚えている。  母親にさえ恐れられていた、その子は、暖かかった。  私が指を出すと、その指を握ってくれた。  私は、主人に言ったのだ・・・。 『この子と、ずっと此処で、暮らしたいです。』  それが、私の願いだった。  主人は、『考えておく。』とだけ言った。  しかし主人は、魔族としての強さは、ある程度持っていたが、商才は無かった。  元々、主人は、その強さを見込まれて、義理の父親の養子になった。  伝統ある空手の後継者として、将来有望だと思われていたのだ。  義理の父親は、主人が魔族だとしても、訳隔てなく接していた。  主人が、真っ直ぐ生きてきたからだ。  義理の父親は、不思議な人で、どんな種族だろうと、色眼鏡を使わなかった。  真っ直ぐ生きていれば、どんな人とも優しく接し、そうでない人には厳しかった。  主人が、ガリウロルに、財閥を作りたいと、夢を語った時も、怒らなかった。  セント式を、アレだけ嫌っていたのに、『頑張れ』とも言ってくれた。  主人は、時代の波に乗っかったので、見事に天神財閥を作る事に成功した。  運は良かったのだ。  丁度、セント式の波が、着始めた頃の出来事だったからだ。  だが、それは、永続きする物でも無かった・・・。  夢は夢・・・天神家は、底が見えていたのだ。  絶望しかけた時、励ましてあげたのが、主人の妻だった。  その人は、清廉潔白だったが、愛に満ちた人だった。  だが、生まれてきた子供が、半魔族の片鱗を宿していたのを見て、絶望した。  そして、親権を放棄したのだ・・・。  私は、その頃は、天神家に良く遊びに来ていたお姉さんだった。  だが、娘を抱き上げた時に、情が移った。  主人が、一人で頑張ってるのを見て、手伝いたいと思った。  だから、徹底的に鍛え上げようと思って、夏休みを利用した。  セントに、ソクトア1と言われる執事が居ると。  その人の弟子になれば、メイドとして、最高の力を手に入れられると。  死に物狂いで覚えた・・・。  私が、優秀であれば、主人の負担が減ると思ったからだ。  見事に執事から合格を貰った時は、嬉しかったな・・・。  それから、天神家に戻って、待っていたのは、覇権争いだった。  天神家では、古参と新参者の使用人の間で派閥が出来ていたのだ。  それを纏める力が、主人には無かった。  いや、実際には違う。  主人は、そんな事に構っている暇が無かったのだ。  天神家を存続させるのに必死だったのだ・・・。  その頃は、正当な手で、存続させようとしていたからだ。  そこで、私の最初の仕事は決まった。  この使用人達のトップになる。  主人の負担になるような事は、極力減らす。  それが、私の務めだと思った。  最初は、新参グループに入った。  私は、出来は優秀だったが、新参グループからは、虐めを受けていた。  新参グループとは言え、優秀で目立つ私が気に入らなかったのだ。  出来が良いだけでは、トップに立てないのだ。  私は、毎日泣きながら、次は、どうすれば良いのかを考えた・・・。  そして、出した結論は、古参グループに入る事だった。  古参グループは、新参と違って、仕事で勝負してくる。  そこで認められれば、それなりの地位になれると思ったからだ・・・。  しかし、古参グループは、さすがだった。  私は、出来は優秀だったが、最初は要領が悪く、スピードが遅かったのだ。  こんな事では、認められない。  私は、持ち前の努力で、死に物狂いで、古参グループの手際を学んだ。  師匠が、最後に教えてくれた言葉が身に染みた・・・。 『その家のやり方に合わせなければ、真の使用人には、なれませんよ?』  その言葉が全てだったのだ。  天神家に合わせたやり方を知れば、自然とスピードが上がる。  結局は、努力して、知る事が一番の近道だったのだ。  1年が経った頃、私は、古参グループの中でも一番になっていた。  簡単では無かった・・・だが、主人の役に立ちたい一心だった。  その頃になると、新参グループでさえ、私に逆らえなくなっていた。  私は、1年で天神家を掌握したのだ。  平坦な道じゃ無かったが、主人の役に立てると思えば、何とも無かった。  メイド長として、主人の前に立った時、主人は褒めてくれた。  それだけで、幸せになれた・・・。  しかし、主人の方に限界が来た・・・。  主人は、正当な手段での天神家の存続は、難しい状況になった。  私は、メイド長としての仕事をこなしつつも、アドバイスを送った。  それでも、主人の商才は、限界を迎えつつあった。 『一旦、家を捨てて、再興しましょう・・・。』  私は、その言葉を口にした・・・。  だが、主人は、頑なにそれを拒んだのだ。  何故?と聞いたら、困ったような顔をするだけで、答えてくれなかった。  だが、私は気付いてしまったのだ・・・。  主人は、約束を果たそうとしているだけなんだと・・・。  私が発した、『ずっと、ここで暮らしたい』と言う言葉を・・・。  あんな口約束を、真面目に守り通そうとするなんて、馬鹿だ・・・。  主人は、天神家が全てだった。  だから、天神家存続の為に、裏で経理に不正をするように指示していた。  そして、取引で知った情報を活かして、株の売買をした。  それは・・・全て違法だった・・・。  それを上手く誤魔化すのが、私の役目になった。  私は、決して外に漏らさなかった。  天神家に黒い噂が立ったが、全て封じ込めた。  全ては、天神家の為だった・・・。  だが、その事を、義理の父親が知ったのだ。  私や、使用人は、そんな事を知らせる訳が無い。  恐らくは、主人が、その事に気付かれる様な事をしたのだろう。  義理の父親は、烈火の如く怒った。 『お前は、今の自分が、情けなくないのか!』  義理の父親は、涙を堪えながら訴えていた。  最後まで、義理の息子を信じたかったのだろう。 『私は天神家が全てです。存続させる事が、私の正義です。どんな事をしても。』  主人は、言い切った・・・その瞳に迷いは無かった。  義理の父親に、初めて歯向かったのだ。  義理の父親は、どうしても納得出来なかったのだろう。  とうとう、親子の縁を切ってしまった・・・。  主人は、平然としていたが、心は、ズタズタだった。  義理の父親とは、色々な面で衝突したが、勘当されたのは、初めてだったからだ。  それからは、義理の息子と実の娘を、ひたすら鍛え上げる日々が続いた。  義理の息子は、義理の母親が、高齢出産した奇跡の子だった。  まるで、吸い込まれるように、義理の息子は、義理の父親の元へと行った。  それは、仕方の無い事だった・・・。  義理の息子は、義理の父親の実子だったのだから・・・。  それからは、娘を鍛え上げる毎日が続いた。  娘は、覚えが良いなんて物じゃなかった。  凄すぎる・・・1教えたら10を理解するような神童だった。  半魔族の血のせいだけでは無い。  真の意味で天才だった。  主人は、この娘になら、天神家を託しても大丈夫だと、悟ったのだ。  それから、私に天神家の事は、任せっ切りになり、娘に全てを注いだ。  私は、天神家の現状を維持するのがやっとだった。  そして・・・忙しかったある日、主人に部屋に来るように言われた。  私は、何度も体を重ねていたので、今日も夜伽か・・・と思っていた。  その時は、主人も天神家の枠を越え、私も使用人の枠を越えて、愛し合えた。  だが・・・主人の部屋に入った時、私は、衝撃が走ったのだ。  主人の眼を見た時の事だ。 『まるで、全てを悟った顔をしています。ご冗談は、お止め下さい。』  私は、言葉に出して言ってみた。 『睦月。とうとう、時が来たのだ・・・。分かっていた事だろう?』  その言葉に、私は全身に、電流が走るような感覚に襲われた。  娘に託す時が来た・・・そう言う意味だった・・・。  主人は、娘の育ての最後の仕上げに、自分を討たせようとしていたのだ。  既に、理由付けはしてある。  娘が懐いていた兄を、自分の手で遠ざけた事を話したと言う。  娘は、自分の兄が全てだったのを、私は知っていた。  そして今晩、『お前は、最高の作品だ』と言うつもりだ。  しかし、その言葉は、嘘では無い。  本当に、そう思っていたのだ。  そうで無ければ真実味が無いし、主人は、それが最高の褒め言葉だと思っていた。  だが私は、その言葉を言えば、主人が、娘に殺されますと、忠告していた。  私は、娘と14年間も共にしていたのだ。  その言葉が、彼女にとって、どれだけ屈辱かを知っていた。  主人は、それでも言う・・・。 『私は、自分に嘘は吐けない。その言葉を伝えて、次代に繋ぐつもりだ。』  主人の決意は固かった・・・。  作品と言ったが、主人にとって、その作品は、自分の全ての結晶だと言っていた。  言葉は悪いが、愛情は本物だった・・・。  だが、娘は怒り狂うだろう・・・。 『私は馬鹿だからな。もう決めた事を変えるつもりは無い。』  本当に馬鹿だ・・・この主人は、馬鹿その物だ。 『睦月。この家を守ってくれ。私の最高の作品と共に・・・。』  主人は、全てを娘に託していた。 『そこまでして・・・私の約束を守るつもりですか!!』  私は、初めて主人に反論した・・・。 『約束は・・・時に命より重い。お前との約束なら、尚更だ。』  主人は、最期を悟ってか、隠そうともしなかった。 『こんな約束の守り方、私は嫌です!!』 『睦月・・・。私の事は、笑いなさい。』  私の言葉に、主人は、穏やかな言葉で返す。 『約束一つ守るのに、己が命を懸けなくてはいけない男だと笑いなさい。』  主人は、淀み無く言った・・・。  全ては約束の為だった・・・。  私のせいで、主人は命を懸けなくてはならなかった。  ・・・そして、約束された最期がやってきた・・・。  主人の読みどおり、娘に言葉を伝えると、主人は娘に胸を貫かれていた。  私は、娘が落ち着くのを待って、別室に控えさせると、主人の下に駆け寄る。  そして、外傷だけでも処理して、見た目では、病気に掛かった様に見せかける。  そして、義理の息子を呼びつける・・・。  最期に、主人は、娘に継がせる様に託すと、息を引き取った・・・。  それが、私と主人の・・・厳導様との思い出だ。  恵様は悪くない・・・。寧ろ、あの展開は、厳導様が望んだ物だ。恵様に、当主 としての責任と、非情さを与える為だったのだ。全ては天神家の為だ。  恵様は、自分が継ぐと、当主としての才能を遺憾なく発揮し、厳導様とは、一線 を画す程、強い存在だと言うのをアピールした。周りからの心配の声を一掃した。 そして、天神家は、見事に復活・・・いや、ガリウロル1の最高の家柄へと成長し ていった。恵様と言う存在が入るだけで、全てが輝いて見えた。  この光景こそが、厳導様が死を選んででも望んだ光景だった。  貴方の最高の作品である恵様は、蝶へと成長し、羽ばたいています・・・。  私が、見守っていきます・・・。  そして、厳導様との思い出を胸に、恵様に、仕える事を、喜びとしていた。  ・・・師匠から手紙が届いた。その内容は、私を驚愕させた。 『そちらに向かうショアン様は、厳導様に良く似ている。』  そう手紙に書いてあって、士様達一行の写真を見せて貰ったのだ。  その中に、厳導様としか思えない人が映っていた。いや、これ・・・他人の空似 で済ませるレベルなのだろうか?それくらい似ていた。  ジェイル様の弟らしいが、生き写しと言っても差し支えないレベルだった。  会ってみると、物腰が柔らかい人で、礼儀も正しかった。なので恵様は、厳導様 とは、雰囲気も、空気も違うと、言ってらっしゃった。所詮他人だと。  でも、私は知っていた。厳導様は、父になってから厳しくなったのであって、真 様の下に居た頃の厳導様は、物腰柔らかく、礼儀正しかったのだ。あの頃の厳導様 と、纏っている雰囲気まで、そっくりだった。  それは、当然だった・・・。  兄であるジェイル様を恨んでいて、自らが望まない道を歩まされて、それでも耐 えに耐えて生きてきた。そして、付いた渾名は『剛壁』。仲間になってからは、ミ サンガで仲間の誓いを立て、その誓いを守る為に、身を犠牲にしてまで、仲間を守 る。自分の居場所を守る為なら、命を懸けるような人・・・。  私は、胸がときめいた。そして、それと同時に、イライラしていた。  何故、こんなに厳導様に似ているのか・・・。  私は、とうとう耐え切れなくなって、厳導様を初めて受け入れた時の状況と、同 じ事をした。間違っていると思ったが、止められなかった・・・。  だが、あの人・・・ショアン様・・・。いや、ショアンは見抜いていた。  私が、完全に厳導様の影を追っている事に。それは、ショアンで無くたって分か る。恵様からも、散々指摘された事だった。でも、似てたのだ・・・。  しかし、こんな事をすれば、厳導様が遠くに感じてしまう。だが、似てるのだ。 恵様からも呆れられる・・・。でも似てるんだ・・・。皆からも、私が、まだ厳導 様を忘れられないのかと、揶揄されてしまう。でも!!似てるんだ!!!  重ねてしまうのは、当たり前だ!・・・でも、そんな事は、ショアンも厳導様も 望まないし、失礼だ。だから、私が我慢すれば良いだけの事だ。厳導様への想いは、 私の中に押し込めておけば、済む事。明日、何気なく挨拶すれば良い事だった。  でも、ショアンは、それを許さなかった・・・。我慢出来なくなったことを指摘 し、私の本音を聞きだした。私は、恵様と居て幸せだったのに、厳導様が居ないの を寂しいと思っていたのだ・・・。  そして、あろう事か、ショアンは、厳導様と同じ声で、厳導様と同じ話し方で、 厳導様が見せてくれた、優しさで、我慢しなくて良いと言ってくれた。そして、自 分が代わりになれるなら、代わってでも吐き出せと言ってくれた。  ・・・本当に馬鹿。厳導様の代わりなんてして、辛いのは、ショアンだと言うの に・・・。それでも甘えさせてくれたので、冷静になれた。  あそこまでされて、ただで黙っている私では無かった。心を覗かれたようで、気 分が悪いし、私の気が済まない。だから今度は、厳導様の代理としてでは無く、彼 自身を見てあげなければ、失礼に当たる。それに、彼はとても優しいし・・・。そ れで自然と出た行動が、キスだった・・・。はしたないと思われたかな?と思った が、ショアンは喜んでくれた。そして、告白したら、了承してくれた・・・。  嬉しすぎて堪らない。私は、決して結ばれない相手と恋をしてきたので、正式に 付き合うのは、ショアンが初めてだ。色々周りから言われるかも知れないが、そん な物関係無い。彼が信じてくれさえすれば良い。 「・・・月!・・・ちょっと、睦月!!」  恵様の声が聞こえた。 「お呼びでしょうか?恵様。」  私は、慌てて体裁を取り繕う。苦しかったかも知れない。 「いや、別に用事は無いけど・・・。随分ボーっとしてたので、心配しましたわ。」  恵様は、ホッとした様に、胸を撫で下ろす。主人に心配されるなんて、良くない 事だ。気をしっかり持たなくては・・・。 「珍しいわね。睦月が放心するなんて。何かありました?」  恵様は、本気で心配してくれている。私には、勿体無いくらいの主人だ。 「色々、昔を思い出していました。」  私は、最近の事も考えていたが、隠すように言う。 「そう。睦月は、昔から苦労してるものね・・・。」  恵様は、寂しそうに笑う。厳導様の事は、未だに吹っ切れない恵様だが、私を思 っての発言は、隠そうとしない。 「私は、今も昔も、幸せですので、お気に為さらずに。」  それは、本当の事だ。寂しかったが、幸せだった。 「睦月が、そう言うのなら、本当なんでしょうね。」  恵様は、私を信じて下さってる。本当に素晴らしい成長をなされた。  それに加えて私には、愛す事が出来る相手が出来た・・・。幸せ過ぎて怖い。 「・・・睦月?・・・その顔は・・・。」  恵様は、私の顔を見て、怪訝そうな顔をする。 「睦月。私に隠し事は良くないですよ?」  恵様は、腕を組むポーズをし、私をジト目で睨み付ける。何て鋭いお方だ。 「隠し事など、ありません。」  私は、どもる事無く、一礼する。 「睦月?私と貴女、何年の付き合いだと思っているの?隠し通せませんわよ。」  う、うぐぐ・・・。さすが恵様。惑わされたりしない。 「言わなきゃ、駄目でしょうか?」  私は、多少の抵抗を試みる。 「普段なら、無理に言いたくないのなら、と思うけど、今回は言いなさい。」  恵様は、私が、何を報告しようとしているのか、分かっているようだ。 「実は・・・ショアンと付き合う事になりました・・・。」  私は、顔を真っ赤にしながら報告する。 「・・・そう。一応の為、聞くけど、あの男の代わりでは、無いわね?」  恵様は、鋭い目付きで、厳導様の事を言う。当然の質問だ。 「そのようなつもりは、全くありません。」  私は、淀み無く答える。最初にショアンを見た頃は、厳導様の面影を見ていたが、 今は違う。厳導様の思い出を胸に、ショアンと歩いていける自信がある。 「そう・・・。良い人を見つけましたね。」  恵様は、微笑んでくれた。・・・祝福してくれたのだろうか? 「私の言葉をお疑いにならないのですか?」  私は、次の言葉が来るかも知れないと思っていた。 「だから!睦月とは、何年の付き合いだと思っているの?眼を見れば、本気かどう かくらい分かるの。幻影を追い続けていたら、そんな幸せそうな眼は出来ませんわ。」 「恵様・・・。」  ああ。恵様は、本当に凄いお方だ。私の心など、すぐに見抜いてくる。 「幸せになりなさい。睦月。貴女は、もう幸せを掴んで良い頃よ。」  恵様・・・。私は、貴女のそのお心が、眩しい。 「って、良い話で終わらせようと思ったけどね・・・。」  ・・・?恵様?何だか様子がおかしい。 「いやぁ、睦月・・・。あの迫り方は無いと思いますわ・・・。」  ・・・え?迫り方?え?何で知って・・・?ま、まさか・・・。 「いやぁ、姉さんの様子がおかしかったから・・・。」  後ろから、突然声がした。・・・は、葉月!? 「ま、まさか・・・ぜ、ぜ、全部・・・。」  私は、開いた口が塞がらなかった。そして、顔が急に熱くなる。 「だって・・・心配だったんですよ・・・。」  葉月は、申し訳無さそうに私に謝る。 「ま、まさか、私も、あんな現場に出くわすとは思わなかったけどね。」  恵様も、顔を真っ赤にしている。 「う、うぐううう・・・。」  私は、声にならない叫び声をあげる。何て言ったら良いのか、分からない。 「どうやって・・・何の気配もしなかったんですけど・・・。」  私は、あの場に誰も入ってこない事は確認していた筈だ。 「姉さん、ゴメンね・・・。」  葉月が謝る・・・。葉月が?・・・ま、まさか・・・。 「貴女、『結界』のルールを使ったって言うの!?」  それしか考えられなかった。確かに遠くで『ルール』を使った気配があったが、 すぐ消えたので、気にも留めなかった。 「私も、すぐに出ようと思ったんですけどね・・・。あんな話聞かされたら、出て 来れなかったのよ・・・。」  恵様は、口を尖らせる。あんな話・・・?ああ。厳導様の話か・・・。 「私の中で、あの男は、忌むべき対象だったけど・・・睦月の話を聞いてたらさ。 思い当たる節があったから・・・。」  恵様は、バツが悪そうな顔をする。 「姉さんが、いつも前を向いて頑張ってたの、私、知ってたから・・・。話に聞き 入っちゃってたの。本当に御免なさい。」  葉月は、叱られる前の子供みたいな顔をする。 「・・・全くもう・・・。恥ずかしいじゃないですか・・・。」  私は、呆れていたが、もう、隠さない事にした。恵様と葉月の頭を撫でる。私の 胸の中に抱き寄せた。 「こうしてもらうの・・・久し振りですわ。」  恵様は、いつもなら、身を委ねたりしないが、今日は、黙って私の胸の中に頭を 埋めさせていた。昔は良くやったっけな。 「姉さん、いつも無理してた・・・。前を向いて頑張る事しかしなかった。私、そ んな姉さんを見て、今の仕事に憧れたんだよ?」  葉月は、思った事を言う。葉月にも、寂しい思いをさせたっけな。 「私が望んだ事です。それに、私はずっと幸せだったんですよ?」  私は、二人が、本当に心配してたんだって知ると、愛おしくなる。 「これからは、もっと・・・だよね?」  葉月は、ショアンの事を言ってるのだろう。 「見てたなら知ってるでしょう?あの人、過去の私を慰めつつ、今の私を好きだと 言ってくれた。あんな人、他に居ませんよ。」  あんなお人好しは、他に居ない。厳導様に似てるって理由だけじゃなく、あの人 には、既に惚れてしまっていた。 「睦月・・・。私ね。・・・お父様の記憶は、辛い物しかないの。」  恵様・・・。恵様は、あんな仕打ちを受けたのに、厳導様を父と呼んだ。 「何度憎んだか分からない。・・・だけど、睦月の事は大好きなの。その睦月が、 お父様を尊敬してるってのが、いつも不思議に思ってたの。」  恵様は、私が告白した話を聞いて、混乱していたのだろう。 「お父様は、私に殺されたがってたの?私、その通りにしちゃうなんて、悔しくて しょうがないの。」  恵様は、自分が父親を殺した事に、何度も葛藤を抱いていた。私は、涙をボロボ ロと流しながら、恵様を、より一層抱きしめてやる。 「厳導様は・・・。私との約束を守ろうとしただけなんです。恵様は、悪くないん です。私が・・・私が悪いんです!」  そうだ。私は、厳導様と約束した。その約束を、守る為に厳導様は命を懸けた! 「違うよ。姉さん。」  葉月は、私の言う事に、首を横に振る。 「厳導様は、私に言ってくれたよ。『葉月・・・。今は分からないかも知れないが、 時が来たら、思い出して睦月に伝えてくれ。』『睦月と約束した事がある。睦月は、 その事で自分を責めるかも知れないが、それは間違いだと。』『その約束は、誰よ りも、私自身が成し遂げたい約束なのだ。』って・・・。」  そうか・・・。葉月は、厳導様に私への言伝を聞いていたのか。 「睦月。お父様は言っていたわ。『天神家は、私の全てなんだ。』ってね。」  恵様が、何度と無く聞いた言葉だ。呪いの様に言われていた言葉だ。 「お父様は、頑固でしたのね。全く・・・。なら、背負っちゃうしか無いか。」  恵様は、改めて、厳導様から背負わされた天神家の重みを確認する。 「恵様一人で背負うなんて、駄目ですよ?私だって背負いたいです。」  葉月が、得意げに胸を叩く。頼りになる妹だ。 「勿論、私だって背負いますよ。厳導様の約束以前に、この家が好きですから!」  そうだ。もう厳導様との約束だけじゃないのだ。私自身が、この家が大好きで、 守りたいと思っているのだ。 「なら、幸せになるしかないわね。睦月。ショアンさんにも背負ってもらわないと。」  恵様は、からかうような口調で言う。 「ショアンさんには、伝えておくわ。私の乳母を、宜しくお願いしますってね。」 「け、恵様・・・。」  私は、思わず感動してしまった。恵様の口から、乳母と言う言葉が出てくるとは 思わなかったのだ。しかもそれが、私だ何て・・・。  恵様には、私は一生敵わないなと、思うような出来事だった。  とうとう本番がやってきた。俺は、この日の為に、恐ろしい練習量をこなしてき た。俺は、ガリウロルの代表なのだ・・・。不安もあるが、楽しみだった。俺が、 やってきた成果が、この場で試されるんだ。  1ヶ月前から合宿に入って、海外遠征もした。奴等は、ガリウロルの連中とは、 攻め方が違う。勉強になる事ばかりだった。俺は、奴等に手の内を見せないように 努めてきた。時には、負ける演技をしてまで、手の内を隠した。特にセントの代表 は、気合が入ってるからな。こっちとて負けられん。  ソクトア選手権・・・。スポーツの祭典だ。今回は、ストリウスで行われる。ソ クトアの代表が一堂に会し、覇を争う。8カ国が全部揃うと言うのは、非常に面白 い。最近では、国だけで争うのは詰まらないと言う理由で、地域毎に分かれて覇を 争う祭典になった。  セントは、5地域が参加している。キャピタル、シティ、タウン、スラム、ビレ ッジの5地域で、人材は、かなり豊富だ。  我がガリウロルは、3地域で参加だ。アズマ、サキョウ、テンマの3地域で、俺 は、サキョウ代表として、柔道でのメダルを目指す。やるからには、金メダルだ。  他の国は2地域ずつだ。西と東と言う様な分け方が多い。それは、セントやガリ ウロルのように豊富な特色が分かれている訳では無いからだ。  正直、セントから出て来ている5地域以外の代表は、ほとんど俺の敵では無いだ ろう。『重心』のルールを使うつもりは無い。あれは、反則技だ。  俺は、無差別級で選ばれた。実績から言って、兄が選ばれると思っていた。道雄 は、天才だ。彼の繰り出す竜巻背負いは、凄まじい切れ味で、俺も何度食らったか 分からない。国内でもほとんど敵は居なかった。  しかし、俺の可能性を伸ばしたいので、俺が無差別級に選ばれる事になった。そ の代わり、道雄は100キロ超級だと言う事だ。道雄は背がでかいから、丁度良い のでは無いか?  ガリウロルの国技である柔道なので、負けられないと言うプレッシャーがある。 柔道でのメダルは、当然期待されている。  俺も緊張していたが、その緊張を紛らわせてくれるのが、仲間からの近況報告だ。  何でも、レイクの父親であるゼハーンと言う人の仲間が、天神家に逗留する事に なったらしい。6人も増えたとの事で、あの家は、また騒がしくなるのだと思った。 しかも、聞いた所によると、その中の黒小路 士と言う男は、瞬やレイクよりも強 いのだと言う。信じられない。そんな強さが存在するのか。  しかも、その6人は、セントでバーを経営していたと言うので、恵の力を借りて、 今度はレストランを経営するのだとか。随分と買われているようだ。あの恵が、経 営を許すと言う事は、並の腕では無いのだろう。  そのレストランも、ここ2週間程で、かなり有名になったらしく、客足が絶えな いのだとか。俺も、その6人に会いたいし、そのレストランに赴きたい所だ。何で も、勇樹や、エイディさん、グリードさん何かも、そのレストランで、バイトをし ているらしく、きっと楽しくやっているのだろう。  それと、ビックリしたのが、ティーエさんが意識を取り戻した事だな。俺が助け に行った時は、生気の無い目をしていた。俺は、あのような非道な現場を見たのは、 初めてだった・・・。自分は、高々17年の人生だが、あんな場面に出くわすのは、 勘弁したかった。だが、元気になったと聞いて、嬉しかったな。しかも、一緒に助 け出したジェイルさんと婚約したのだと言う。会話の中で、支えあって生き延びた と言っていたし、妥当な所だろう。  それと巌慈が、とうとう親父さんとコンビを組む事になったとか言ってたな。ダ ブルサウザンド伊能コンビだとか。奴も、スター街道を進む事になるんだろうな。  その間、俺はずっと合宿に行っていた訳だし、その成果を見せなきゃな。  開会式も終わり、柔道の第1回戦が始まった。  俺は、最初と言う事もあって、手加減出来なかった。開始早々2秒で一本を取っ た。相手は、俺より数段大きかったが、関係無かった。柔道はガタイだけの勝負じ ゃない。技のキレと、相手の力を利用すれば、当然の結果だった。  鮮烈なデビューになってしまったせいか、かなりマークが増えた気がするが、も う遅い。始まっちまえば、そう簡単に特訓も積めないだろう。  俺が、休憩室で休んでいると、道雄が近付いてきた。 「よっ。ガチガチだったぜお前。」  道雄は、からかいに来る。チッ。バレていたか。 「さすがに、初めての選手権だからな。手加減出来なかった。」  俺は素直に認める。相手より俺の方が、数段力が上だったのに、手加減出来なか ったのは、俺の落ち度だ。 「俺が出る舞台を奪ったんだ。絶対金メダルを取れよ。お前。」  道雄は、発破を掛けてくる。そうだ。この舞台は、当然道雄が出ると思っていた。 しかし、監督に目を付けられたのは、俺だった。 「お前こそ、俺の兄なんだ。金メダルを取らんと、格好がつかないぞ。」  俺は、減らず口を叩く。兄は、優勝するだろう。金メダルを確約されたような人 物だ。その前の舞台でも、圧倒的な強さで、掻っ攫っていったしな。 「心配するな。無差別級程の化け物は出て居ないし、順調に行けば余裕だ。」 「無差別級程の化け物?何か居るのか?」  俺は、道雄の言い方が気になっていた。 「お前、気付いてないのか?セントの奴等しかマークしてないのか?」  道雄は、急に心配になりだした。誰か目ぼしい奴でも居るのか? 「・・・次の試合を見る事だな。」  道雄は、心配してか、モニターを指差す。すると、シティ代表の奴と、デルルツ ィア南代表の試合が行われようとしていた。 「・・・デルルツィア南?」  俺は、何か引っ掛かっていた。何だろう?そして、名前を見て驚愕した。 「あ、アイツ、出ていたのか!?」  俺は、見覚えのある名前を発見した。 「お前、学校一緒だろうが。」  道雄は呆れていた。そうだ。幾らマークして無かったとは言え、この名前をマー クし忘れるとは、迂闊だった。 『デルルツィア南代表、レオナルド=ヒート!』  そう。レオナルドだ。奴は、デルルツィアン柔術の本家本元のエリート。名のあ るガリウロル人が、デルルツィアにも柔道を広めたいと言って、広める事に成功し たデルルツィアン柔術だ。油断ならない相手だ。特に、ヒート家は、デルルツィア ン柔術の中でも実力者揃いと言われていて、レオナルドも、恐ろしいほどの実力者 だ。俺も、奴と学内の部活動対抗戦の時は、巌慈と同じく、かなり苦戦を強いられ た。技の組み立てが早い上に、迷いが無い。  それに、この前、風見に負けた後、猛特訓を積んだって話だ。 『では、はじめ!!』  審判の声が掛かる。それと同時に、レオナルドが腕を引き込む。そして、あっと 言う間に一本背負いを決めてしまった。 『・・・い、一本!』 「おい・・・。」  道雄は、言葉を失う。俺もビックリした。  凄まじい技の切れだった。そして、タイミングも計ったようにバッチリだった。 あの速さは、尋常じゃない。はじめの声が掛かったと同時に、相手の懐に居るよう に見えたぞ。レオナルドの奴、どんな特訓してやがったんだ。 「お前、マジで気をつけろよ・・・。あれ、半端じゃないぞ。」  道雄は、忠告をすると、去っていく。  そして、入れ替わるように、休憩室にレオナルドが入ってきた。 「シュラ!」  レオナルドは、陽気な声で、話し掛ける。 「レオナルド。お前、この選手権に出てたんだな。」  俺は、驚いていたので、少し話し辛かった。 「キミを、ビックリさせようと思ってね。キミが出るのは、知っていたからね。」  それはそうだ。爽天学園での休みの申請も、この選手権に出るからと言う理由だ しな。確かに、レオナルドも休みを取ったとは聞いていたが・・・。 「シュラ、さっきの内股は、見事だったよ。」  レオナルドは、俺の試合を見ていたようだな。 「レオナルド。その言葉、そっくり返す。あの一本背負いは見事だった。俺が本気 になるのに、十分なくらいな。」  そうだ。俺は、当然この選手権で優勝する物だと思っていた。金メダルを持ち帰 るのは、俺なんだろうと、高を括っていた部分もあった。だが、目の前に居る男は、 この前の部活動対抗戦に破れて、本気で這い上がってきた男だ。 「キミと当たるのは、決勝戦だ。選手権を、盛り上げようじゃないか!」  レオナルドは、陽気だったが、本気度が伝わってきた。 「感謝するぜ。俺を、ここまで燃えさせてくれるなんてな!」  俺は、金メダルなど、どうでも良くなっていた。この目の前に居る男と、全力で ぶつかる。それが、俺の目標になりつつあった。  そうだ。勝負ってのは、こうじゃなきゃ嘘だ。楽しくなきゃ嘘だ。  俺は、全力でぶつかれる相手が出来て、ワクワクするのだった。  私は、強くならなければならない・・・。失われた力を取り戻し、更なる強さを 求めて、研鑽しなければならない。それくらいしないと、ゼロマインドに対抗する 事など出来ない。  私は、今の仲間を、ずっと傷付けてきた。私は許されないし、罪人だ。罰の一部 は受けたが、あんな物では足りない。私は、この星の運命すら、奪おうとしていた のだから、あんな物では、とても足りないのだ。  今の場所は、凄く居心地が良い。ゼロマインドの下に居た時の、妙な高揚感とは 違う。真の意味で、安心出来る場所が、今の居場所だ。だから私は、ゼロマインド を滅ぼす為に、あらゆる強さを手に入れなければ・・・。  焦っても仕方が無い。だが、気持ちは焦ってしまう。 「よう。ちょっと良いか?」  誰かがやってきた。私は、専用のスペースを借りて、神気を取り戻そうとしてい るので、誰かがやってくるのは珍しい。夜中にやってくるとは・・・。 「・・・士か。私を斬りに来たのか?」  私は、一瞬で士の用事を悟る。殺気が出ていた訳では無い。だが、士の雰囲気が 物静かだったので、そう思っただけだ。 「俺は、まだ、お前の事など、信用して居ない。」  士は、そう言い渡す。当然の事だった。寧ろ、レイク達のように信用してくれる 事の方が、珍しいのだ。 「ミシェーダと共に、私は君の妨害をした。当然だろう。・・・斬りたまえ。」  私は、斬られても一向に構わなかった。 「お前の覚悟を見せろ・・・。」  士は、近寄ってきて、斬ろうとする。しかし、誰かが私と士の間に割ってきて、 それを止める。 「・・・アンタ・・・。確か・・・。」  士は、止めた人物を、見据える。 「この子の養父だ。名は、ネイガ=ゼムハード。」  間違いない・・・。私の父上だ。 「父上。私は、罪人です。士は、私を斬る資格がある。」  私は、止めてくれなくても良いと、眼で訴える。 「馬鹿者!死ぬ事で清算出来る物では無いと、あの時、言ったではないか!」  父上は、私を叱り付ける。何だか、懐かしい。父上は、私の事を余り叱らなかっ たし、私に対して、優しかった。 「士と言ったな。この子は、罪を犯したが、清算する義務がある。君の一存で、こ の子の人生を終わらせる訳にはいかない。」  父上は、士の剣を前にしても、一歩も引かない。 「俺は、ゼリンの覚悟を知りたいんだが?」  士は、私が、本気で仲間になったのか、確かめたいようだ。 「この子の覚悟は、私の覚悟だ。確かめるのなら、私の覚悟を確かめると良い。」 「ち、父上!何もそこまで!!」  私は、もう縁を切った筈の父上が、ここまでやる理由が分からなかった。 「私がやらなければ、ジュダ様が、同じ事をする。しかし、ジュダ様は、今忙しい のだ。だから、私の覚悟を見せる!」  父上は、そう言うと、周りに分からないように、強い『結界』を張る。 「父上・・・。私は・・・。」 「ゼリン・・・。私は、お前の苦しみにも気付かない、愚かな親だった・・・。お 前が、兄を愛して、私の娘になりたいと言い出したのを、知っていた・・・。」  父上は、目を伏せる。お見通しだったのか・・・。 「それでも、私を父と呼んでくれるお前を見て、私は、お前を守ると決めたのだ。 なのに・・・ゼロマインドなどにお前を渡してしまった・・・。」  父上は、その事を、まだ悔やんでいるのか・・・。 「それは、私が悪いんです!ゼロマインドに魅入られたのは、私です!」  そうだ。父上が悪い訳では無い! 「親と言うのは、この責任を負わなければならぬ時がある・・・。」  父上は、そう言うと、士と対峙する。 「士よ。私の本物の覚悟を見せる。君も本気で来い!」  父上は、そう言うと、神気を出しながら、道場の方へと向かう。道場の中も、静 まり返っていた。どうやら、『結界』が張られているようだ。 「それは・・・グロバスを出せと言っているのか?」  士は、挑発する。父上は、グロバスと同化しているのは、知っていたのか。 「そうだ。そして、君がジュダ様に勝った時の姿を出せ!」  え?・・・士は、父さんに勝ったって言うの?あの凄い父さんに・・・。 「手の内を隠してやがったけどな・・・。」  士は、瘴気を出し始める。 「ちょっと・・・人の家で、暴れられたら困るんですが?」  この声は、恵!起きてきたのか。 「夜中に、騒ぎを起こすもんじゃないわよ。全く・・・。」  ファリアまで居る。どうやら、気が付いたようだ。 「私が、呼んだんだヨ。士。」  センリン・・・。そうか。士が居ないのに、真っ先に気が付いたのか。 「無茶は良くねぇぞ。士さん。」  レイクも居たか・・・。 「まさか、ネイガさんまで居るとは思わなかったけどな。」  グリードも、付いてきたようだ。 「士さん!ゼーダも、抑えろって言ってる!」  瞬は、ゼーダの言う事を代弁していた。 「『ルール』発動します!」  葉月が、『結界』のルールを発動させる。すると、強化されていた『結界』が、 絶対なる力を持つようになった。これで、外に漏れる心配は無い。 「あー。もう。何か、勘違いしてねーか?」  士は、溜め息を吐く。どうやら、真意は違うようだ。 「俺は、ゼリンを殺そうとなんてしてねーぞ。ただ、覚悟を見せて欲しいと言った だけだ。早とちりが過ぎるだろ。」  士は、覚悟を見せろと言った。それは、どう言う事なのだろう。 「信用に足る行動を示せと言ったんだ。まさか、首を差し出すとは思わなかったけ どな・・・。ゼリン。それじゃ、全然駄目だ。」  士は、私に駄目出しをする。 「そこのオッサンも言ったが、死ぬ事が、清算になるなんて、俺だって思っちゃい ない。・・・アンタは、覚悟の示し方すら知らないようだな。」  士は、何を言っているのだろうか? 「そう言う事か・・・。私も、早合点をしてしまった・・・。済まない。士。」  父上は、素直に謝る。私と言い、父上と言い、士の真意を読み取れないとは。 「私は・・・どうすれば良いのだ・・・。」  私は、覚悟の示し方も分からないのか・・・。 「全く・・・。850年だか生きてるってのに、そんな事も分からんとは。」  士は呆れてしまう。そうだ。こんな私なんかでは、呆れられて当然だ。 「おい。オッサン。コイツに分からせてやろうぜ。本当の覚悟って奴を。」  士は、父上を挑発していた。何をする気だ? 「ジュダ様も、赤毘車様も、ゼリンには見せている筈ですがね。」  父上は、父さんと母さんの名前を出す。 「そりゃその時に、覚悟の闘いだってのを、コイツが認識してなかったから駄目さ。」  どう言う事だろうか?覚悟の示し方・・・とは? 「ゼリン。見ておくのだ。どう言う状況が、覚悟を示す事になるのか、私が教える!」  父上は、そう言うと、四肢に力を入れる。すると、父上の背中から、炎を纏った 翼が生え始める。父上の『化神』だ! 「なる程。その鳳凰の姿こそ、お前の真の力を解放した姿か。」  士は冷や汗を掻く。父上が、この状態になったら、手を付けられない程強い筈だ。 「あれほどの神気・・・。凄まじい強さですわ・・・。」  恵でさえ警戒している。 「ジュダさんも凄いけど、いやぁ・・・さすが側近ってだけあるわー・・・。」  ファリアも素直に驚いている。 「これは・・・。凄いネ・・・。」  センリンも、最近、神気を覚えたせいか、その凄さを感じているようだ。 「すっげーな。なら、こちらも、アンタのリクエストに答えてやる!」  士が、眼を血走らせる。すると、士の頭から角が生えてきた。そして、背中から 見事な翼が生えてくる。その姿は、グロバスの化身であった。しかし、グロバスの 気配は無い。変身には最小限しか力を使っていない。士の意識に、グロバスが力を 貸している状態なのか・・・。 「これは・・・私達では及ばない筈ですわ・・・。」  恵は、恐ろしい物を見る眼で、士を見ていた。 「士さん、こんな強かったのかよ・・・。」  瞬は、驚きを隠せないようだ。 「こりゃ、勝つのは一苦労だな・・・。」  レイクは、それでも勝つ気で居る。凄い向上心だ。 「オッサン。ジュダに勝ったのは、この姿でだ。」  士は、父さんの名前を出す。確かに、これほど圧倒的な瘴気の力ならば、父さん に勝てるかも知れない。 「ご協力感謝する。・・・ゼリン。見ていなさい。」  父上は、臨戦態勢になる。まさか・・・闘うと言うのか? 「こんな闘い!意味が無い!!止め・・・止めてくれ!!」  そうだ。私の代わりに父上が闘う。しかも、互いに本気でだ。どちらかが死ぬか も知れない。そう思わせるに十分な、二人の力の奔流だ。 「分かってねーな。この闘いが意味が無いだと?誰が、何の為に、この闘いをして いるのか、考えてから言うんだな。」  士は、私を叱責する。この闘いに・・・意味があると言うのか? 「ゼリン。見ていなさい。貴女の父として、闘う私の姿を!!」  父上は、そう言うと、臨戦態勢が整ったのか、士に突っ込んでいく。士は、父上 を見て、素早く大剣を抜く。 「んな!!?」  士は驚いていた。父上の得意の戦法が、炸裂した。父上は、神の中でも最速と言 われている程、スピードが速い。攻撃したと同時に相手の裏に回るくらいだ。 「ぐああ!!」  士は、父上の動きに対抗しようとしたが、上手く行く筈が無く、蹴りで吹き飛ば される。この時の父上は、父さんよりも速いのだから。 「マジかよ・・・。この速さ・・・。信じられん。」  士は、態勢を整える。 「対抗するには、これしか無いようだな。・・・『ルール』発動!!」  士は、迷わず『索敵』のルールを発動する。『ルール』まで発動して、この闘い を続けると言うのか?ここまでする意味があるのか? 「ここまでする必要は無いだろう!?」  私は、耐え切れなくなって叫ぶ。何故、ここまでするのだろうか。 「阿呆。黙って見てろ!!俺達は、お前に足りない物を見せてやるんだ!」  ・・・私に足りない物だと?  私が考え込んで居る間に、父上は、士に再度突っ込んでいく。しかし今度は、士 が父上の動きを正確に捉えていた。 「・・・攻撃の瞬間を見切っている・・・。凄いな。士さんは。」  瞬は、感想を漏らす。攻撃の瞬間を見切って?そうか。『索敵』のルールで、父 上の動きは、把握したのだろう。しかし父上の速さは、そんな物じゃない。神で一 番速いとされる動きなのだ。その動きに付いていくには、予測するしかないのだ。 見てから反応しているようでは、遅いくらい父上の動きは速い。だから士は、予測 して、対応しているのだ。 「どこから、そんな自信が生まれるのだ・・・。」  私には信じられなかった。余程の自信が無いと、あそこまで防ぎ切れる物では無 い。寸分違わず防御しているのだ・・・。 「分かっておらぬな。これが、覚悟だ!・・・士は、私の攻撃を見切ってみせると 覚悟を決めた。自分を追い込む事で、不可能を可能にする覚悟を決めたのだ!」  父上は、教えてくれる。これが・・・覚悟だって言うのか? 「まーだ分かってないようだな。オッサン。続きだ!」  士は、今度は自分から突っ込んでいく。父上は、当然避けるが、士の予測能力が 凄い。これは、士が長年培ってきた、剣術の冴えのおかげだろう。完全に避けられ なくなってきた。段々父上の体に傷が出来て行く。 「ぬうああ!!」  今度は、父上が吹き飛ばされる。しかも酷い傷だ。  しかし、立ち上がると、傷は綺麗に消える。そうだ。父上は鳳凰の化身なので、 どんなに酷い傷でも、少し経てば治ってしまうのだ。 「それも、鳳凰神としての能力か?厄介だな。」  士は、父上の能力を見て、呟く。 「だが、治るのは傷だけか。力まで戻る訳じゃ無さそうだな。」  す、凄い。士は一瞬にして、父上の治癒能力を見切っていた。 「士さんに掛かっては、私の『制御』のルールでの見切りは、必要無いようね。」  恵は、冷や汗を掻く。士の鋭さに驚いているようだ。 「このまま体力を削られても、埒が明かんな・・・。」  父上は、傷が治っても体力まで戻る訳では無い。 「ならば!!」  父上は、鳳凰神の象徴である腕輪を取り出す。 「遥か古代から伝わる鳳凰の腕輪よ。その力を我に与えよ!そして、炎の力となり て敵を打ち砕かん!!」  父上は、腕輪に自分の力を分け与える。 「神技!『鳳凰の突撃』(チャージングフレア)!!」  父上の必殺技だ!父さんでさえ、防ぐのに全力を使わなければならない技だ。 「・・・『慧眼(けいがん)』のルール!!」  士は、そう言うと、『ルール』を発動させる。『慧眼』だと?聞いた話では、士 の『ルール』は、『索敵』だった筈だ。 「・・・あそこか!!」  士は、ある一点を狙って、高速の突きを繰り出す。すると、父上の『鳳凰の突撃』 は、霧散してしまった。 「ば、馬鹿な!!」  父上は、信じられないような目付きで見る。父上は手加減した訳では無さそうだ。 「これぞ、霊王剣術、突き『冥光(めいこう)』!!」  士は、迷いの無い突き技を繰り出していた。不動真剣術の『雷光(らいこう)』 に近い。その威力は、計り知れない。 「『慧眼』のルールは、物事の全てを知り尽くす『ルール』だ。この技の綻びと、 一番気合が入ってる所は、見切らせてもらった。」  凄い『ルール』だ。全てを見切る『ルール』だと言う事か。 「これは・・・グロバスの『ルール』だ!」  そう言う事か。士の『ルール』は、『索敵』なのだが、彼はグロバスと共に居る。 そのグロバスの『ルール』が、『慧眼』なのだろう。 「とは言え、無傷じゃあないがな・・・。」  士は、肩の所に火傷を負っていた。完全に相殺出来た訳では、無いようだ。 「士!」  センリンが、心配するが、士は、大丈夫だとアピールする。 「なんで、あんな真似が出来るんだ・・・。」  私には、信じられない。今の『慧眼』のルールでの受けも、『鳳凰の突撃』が、 目の前に迫ってからの判断だ。一歩間違えば、死んでいたかも知れない。 「覚悟を見せるってのは、そう言う事だ。決してブレずに、自分の力を信じて、最 善を尽くす。それが、覚悟って奴なんだよ!」  士は、そう言うと、剣に瘴気を宿らせる。しかも、尋常じゃない量の瘴気だ。 「霊王剣術!魔技!『魔弾』!!」  士は、剣に溜めた瘴気を開放する。そして、父上の動きを見切ったように、父上 が避けた先に『魔弾』を炸裂させようとする。 「うぬぬぬぬ!!!」  父上は、『魔弾』を受け止めた。違う・・・。そうか・・・。父上は、自分から この『魔弾』を止めにきたのだ。私に覚悟を見せるためか・・・。 「これしき止められない様で、お前の父が務まるかぁ!!」  父上は、渾身の力で握り潰す。さすがだ。しかし、動きが止まってしまった。  そこに、士は飛び込んでいく。あれは、袈裟斬り!! 「・・・!!」  そこで、士の動きは止まった。それは、私が父上と士の間に入ったからである。 私は、目を瞑ってでも父上を庇うように仁王立ちする。士は、寸での所で、剣を止 めてくれた。 「ゼリン・・・。そこをどくのだ!!」  父上は、まだ闘えると、眼で訴えていた。 「嫌です!!これ以上、傷付くのを見るのは、もう嫌なんです!!」  私は、もう見てられなかった。そう思ったら、体が動いていた。 「体を張ってでも、この闘いを止めたいか?」  士は、凄みを利かせた眼で、こちらを見る。しかし私に迷いは無い。私は、目を 逸らさずに、睨み返す。 「・・・それが、お前の覚悟か・・・。・・・よし!合格だ!!」  ・・・へ?合格? 「オッサンの覚悟を見ようと思ったが、その必要は無いようだ。」  士は、そう言うと、優しい目に戻る。そして、グロバスを引っ込めた。 「そのようだな・・・。やっと、覚悟が何か、この子にも伝わったようだ。」  父上も、納得したようで、『化神』を解く。 「ゼリン・・・。今の心を忘れるな。その心を持ち続ければ、仲間にも伝わる。」  父上・・・。父上は、私がこう言う行動に出る事を待っていたのか? 「はー・・・。どうなる事かと思ったけど、一件落着かな?」  瞬は、息を呑むのも忘れていたようだ。 「心配させたネ!全ク!!」  センリンは、士の胸に飛び込む。 「わりぃ。どうしても付けなきゃいけないケジメだったんだ。」  士は、そう言うと、センリンの頭を撫でる。 「ゼリン。忘れるんじゃねぇぞ。命を無駄にするのと、命を懸けて、覚悟を背負う 事は違う。お前がやらなければいけないのは、後者なんだぞ。」  士は、力強く言ってくれた。そうだ。私は、いつの間にか、自分の命を捨てさえ すれば良いと思っていた。だが、それでは駄目だ。  私は、今日、大事な事を教わった。それは、父上と士が、真剣勝負をする事で、 気付かせてくれた事でもあった。  それは、命の大事さと、覚悟背負う事だった。  あらゆる生命体の居る星に繋がっている扉。自らの使命を抱き、使命を果たして 帰ってくる。その星の問題を解決し、繁栄させる事で、自らの実績となる。  そうして、自分の実力を上げていき、更には敬われる事で、自分が役に立てたと 実感するのだ。それは、至上の喜びであり、原点でもあった。  そんな世界・・・。それが『天界』だった。  神の世界とも言われ、神が集まり、『現界』と呼ばれる生物の居る星へ派遣され、 その星のトラブルを解決して、神としての箔をつけて行く。そうする事で、神とし ての実績、実力がアップして行き、更なる研鑽を積む。  それが、神となった者の使命だ。  と、堅苦しく言っているが、俺は、体の良い便利屋だと思っている。  ま、そんな便利や稼業な訳だが、その星の奴等に感謝されるのは、悪い気はしな い。そんな心境になれる奴こそが、神になれるんだろうけどな。  その中で俺は、神の中で、決定権が一番である神のリーダーなんて職に就いてい る。便利屋の纏め屋みたいな物だ。正直、物凄く忙しい。  前任者が碌でも無かった奴だった。この『天界』をモデルにして、『現界』に理 想郷を作ってみせると、言い出して、ソクトア星に『法道』と言う信念を掲げてい た。聞こえは良いが、理想郷を作った後、自分の思い通りにソクトアを作り変えて、 支配しようとしたのだ。そんな事、許せる訳が無かった。  だから、対抗してやった。元々、俺はソクトアで生まれ育ったので、ソクトアに は、愛着がある事も、その理由か。  それにソクトアは、今や最重要特異点に認定されており、強い生物が集まり易い 地域になっているのだ。困った事に魔族なんかにも、目を付けられているので、目 が離せない。とは言え、ソクトアだけが星じゃない。なので、優先順位を決めて、 物事を解決していかなきゃならない。  俺の横には、妻である赤毘車が居る。ソクトアで知り合った仲だ。ガリウロル出 身の剣士で、髪は燃えるような紅だ。時々別々の行動を取るが、ほぼ一緒の星を回 っている。夫婦なので、当然と言えば当然だが、付き合いも長い。剣神の称号を持 ち、武神の甲冑を付けた時の強さは、天下無敵だと言われている。  俺の息子は、毘沙丸って言う名前だ。誰に似たんだか知らないが、クソ真面目で 今は、北神の称号を持っている。奴の退魔能力は本物で、邪悪な者なら、例え悪神 であろうとも、滅ぼす事が出来る。その能力を強化する為に、ソクトアで修行を続 けている。まぁ、アイツの場合、ソクトアを滅ぼすかも知れないって言うゼロマイ ンドを追っている為ってのもあるな。  俺の娘だったゼリンは、よりにもよって、ゼロマインドと手を組んでいた。心が 弱っている時期に、ゼロマインドから服従のサークレットと、信望のネックレスを 付けさせられ、言いなりになってやがった。とは言え、そんな物は、言い訳になら ない。大体、実の兄の毘沙丸を愛してしまった時点で、言い訳など効かない。アイ ツはやる事が極端だからな・・・。毘沙丸と結婚したいが為に、ネイガの養子にな ると言う事までやってのけた。・・・ネイガには、悪いと思っている。  ゼリンの処遇については、当然ながら揉めた。俺の娘で、ネイガの養子だ。俺は、 自分の娘だからこそ、公平な立場で案を出した。俺のリーダーの解任と、ゼリンの 命をもって償う事も、提案した。実際に、その案に決まりかけたが、後任のリーダ ーに座る奴が居ないってのと、ゼリンの罪が重いので、足りないと言う意見が相次 いだ。罪が重いと言い出したのは、赤毘車だった・・・。赤毘車は、厳罰を求める と同時に、ゼリンを死なせたくなかったのかも知れない。  結果的に、ゼリンは生かされる事になった。しかし、神の子としての細胞の剥奪。 そして、ゼロマインドを討伐する事を義務付け。そして、ゼロマインドを討伐した 後、『重力』のルールを剥奪する事で、承認を得た。その後に処断する事も、意見 が出たが、神の子の細胞の剥奪の時点で、寿命は人間と同じになる。なので、そこ までする必要が無いと言う折衷案が出たのだ。これは、赤毘車の賭けだった。その 後の処断の案を出したのも、赤毘車だった。しかし、余り厳しい事を、こっちが言 うと、折衷案を出す輩が居る。その体制派の意見に、嫌々乗ると言う事で、俺のリ ーダーとしての威厳を保とうと考えたのだ。  ・・・俺は、リーダーの座など、どうでも良かった・・・。しかし、俺が責任を 放棄する事を、赤毘車が許さなかったのだ。全く良く出来た嫁だ・・・。  そして、忘れてはならないのが、俺の腹心である鳳凰神ネイガだ。奴は、1000年 前にミシェーダに付いた事を、深く反省し、俺の手足となって、ずっと助けをして くれていた。そして、最終的には、ゼリンの義父にすらなってくれた。アイツは、 実力こそ凄まじいが、神として、優し過ぎると言う弱点を持っている。それが、土 壇場で出なければ良いがな。  そのネイガが、かなり体力を消耗した状態で帰ってきた。何事か尋ねたら、聞い て納得した。士と一戦交えてきたらしい。ゼリンが、レイク達の仲間になってから も、ウジウジ悩んでいたので、士が発破を掛けようとしたのを、止めを刺すと勘違 いしたので、体を張って止めにいったとか。そういう勘違いも、コイツらしい。ま ぁ、士は敵には容赦が無い所がある。そう心配するのも、無理は無いか。  しかし、ゼリンが選んだ答えは、士に首を差し出すと言う行動だったので、士が、 痺れを切らして、ネイガとの真剣勝負を申し出たらしい。その意図は、ゼリンへ、 覚悟を見せる事だった。ゼリンの罪は、死んで収まるような事じゃない。それを、 ネイガも士も分からせたかったらしい。全く、お節介な奴らだ。互いに、本気を出 して、次は洒落にならない攻撃を繰り出すって所で、ゼリンは体を張って、二人を 止めたらしい。それこそ、命を投げ出してだ。それは、命を無駄にする行為では無 く、二人を止めたいと言う覚悟の表れだった。それを汲み取った二人は、交戦を止 めたのだと言う。 「・・・成程な。それで、この様か。」  俺は、報告を聞いて呆れる。無茶をしてくれる。 「身勝手をして、申し訳無い。ですが、あの場にジュダ様が居られたら、同じ事を したと、私は信じておりました故・・・。」  ネイガは、俺も同じ事をしただろうと踏んでいた。 「馬鹿言うな。もっと上手く収めるさ。・・・まぁ、今は思いつかないけどな。」  俺は、ネイガに考えを悟られるのは癪なので、否定してやった。だが、恐らく、 同じ事をしただろう。全く良く出来た奴だよ。 「それにしても、傷は治ってるが、体力はボロボロだな。」  その状態から見るに、鳳凰状態になって、傷は完治したが、体力が戻らない状態 で闘ってたのだろう。『化神』を使いやがったな。 「ゼリンが入ってくるまでは、本気で行きましたので・・・。」  ネイガは、一切手加減しなかったのだろう。コイツの性格上、ありえる事だ。 「それでもこれか。・・・士め。俺も修行してるってのに、強くなってやがるな。」  ネイガの強さは俺も認める所だ。そのネイガが、こんな状態で帰ってくるとは、 士の実力の程が伺える。この前の俺は、本当の手の内を見せずに闘ったのもあって、 負けたと言うより、負かされた感じではあったが、ネイガは本気で行って、ほぼ引 き分けてきたのだ。  士は、元々凄まじい程の剣術の冴えを見せる男だ。人間の中でも最強だと言って も良い。それに『索敵』のルールが使えるのだから、相当な物だ。そこに、あのグ ロバスが力を貸している。そのグロバスが『ルール』を開放して、『慧眼』のルー ルを使い出したら、手が付けられない。これは、俺も奥の手を見せないと勝てなく なって来たのかも知れない。・・・人間だってのに、恐ろしい男だ。 「まさか『鳳凰の突撃』の概念の弱点を突くとは、思いませんでした。」  そう。『慧眼』のルールによって、どこに綻びがあるのか見えるので、そこの一 点を突く事で、『鳳凰の突撃』を相殺してしまったのだ。余程自分の能力に、自信 があるか、覚悟が無いと出来ない事だ。 「アイツと、瞬は、底が知れない・・・。それに付いていける人間は、恐らく、レ イクだけだろうな。」  俺は、あの3人は別格だと思っている。人間で最強の剣術を持ち、グロバスの力 を借りれる士。そして、まだ荒削りだが、どんどん完成に近づいている空手を使い こなす瞬。しかもゼーダが付いている事で、『予知』まで可能としている。全てを 破壊する『破拳』と合わせれば、どれだけの強さを発揮するのか、想像も付かない。  その2人に、今は遠く及ばないが、凄まじい速さで成長しているのがレイクだ。 彼は、ゼロ・ブレイドを持っている。『記憶の原始』は、人間の切り札だ。更なる 研鑽を積めば、この二人に追いつく事が出来る筈だ。最も、本人は全く気付いて無 いようだがな。勿体無い事だ。 「ソクトアの人間に、『ルール』を持たせると、我らに並ぶと言う事か・・・。」  ネイガは、恐ろしく感じたのだろう。神を超える人間が現れている。それは、神 の力の終焉を思わせるのかも知れない。 「馬鹿。飲み込まれてどうする。良いか?コレくらい強くなるのは、当たり前だと 思え。俺達は、それを見越して、更に上の力を手に入れて、ゼロマインドに備える。 それが、俺達の取るべき行動だろう?奴ら以上に修練しなきゃいけねーんだぞ。」  俺は、言ってやった。恐れ戦く暇など無いと。奴ら以上の力を手に入れて、神と しての道筋を照らす事が、求められているのだ。 「その通りでした。神として、出来る事をやらなくては・・・。」  ネイガは立ち直りも早い。その方が、俺をしても助かる所だ。 「それにしても・・・トラブルが絶えない星だな。ソクトアは・・・。」  俺は、頭痛がしてくる。最近、只でさえ外の星への派遣が多いと言うのに、ソク トアは、静かながら、とてつもない危機が訪れている。 「大丈夫ですか?ジュダ様。」  ネイガが心配してくる。余り、心配を掛けさせたくはないな。 「ああ。これから大変だってのに、へばって堪るかよ。」  そうだ。俺は、皆の笑顔を見る為に、先へ進まなくてはならない。  近々俺も、またソクトアに戻らなければならんだろうな。  今では、当たり前のように普及しているデルルツィアン柔術。しかし、ワタシが 小さかった頃は、道場をやっていくのさえ、困難な程だった。それを、発展させて きたのは、ワタシの爺様だった。  小さい頃から、ワタシは、デルルツィアの皇帝の末裔だと聞かされてきた。名前 にその証拠が残っている。ヒートと言う苗字だ。伝記にも、その名は記されている。 デルルツィアの『外交帝』と呼ばれたゼイラー=ヒート=ツィーアの血を受け継い でいるのだと、聞かされている。  だが今の時代は、血筋など何の役に立つのであろうか?その証拠に、ワタシの家 は、貧乏その物だった。皇帝の末裔とは、笑わせる。  祖父は、いつか世間を見返す時が来ると、話していた。そして、その発展の為に は、強い所を見せなくてはならないと言っていた。そんなある日、ガリウロル人が、 デルルツィアに観光に来ていると言う情報が流れた。ガリウロル人がデルルツィア に来ると言うのは、珍しい事で、すぐに話題になった。  聞く所によると、ガリウロル人は、高名な柔道家なのだと言う。柔道と言う言葉 は、聞いた事はあったが、ソクトアに浸透しているとは言い難かった。最近になっ て、ソクトア選手権に名前を連ねるようになったとかで、新興スポーツの一つだろ うと言うのが、周りの評価だった。  しかし、ある日、そのガリウロル人に対して、大柄な男が文句を付けているのを 発見した所で、評価は変わった。そのガリウロル人は、自分より二回りは大きいの に、いとも簡単に投げ飛ばして、関節技を極めて、撃退したのだ。  それは、魔法のようにも見えた。ガリウロル人は、何と凄い技を持っているのだ と、感動した物だ。祖父は、その光景を見て、頭を何度も下げて、弟子入りを希望 した。そのガリウロル人は、自分は隠居した身で、技の切れも良くないが、それで も良いならと、了承してくれた。  それから、ワタシと、父親と兄弟達が呼び出されて、猛特訓が始まった。祖父も 覚えているが、ワタシ達を強くする為に覚えたと言った感じだった。  特にワタシは、物覚えが良かったので、可愛がられた覚えがある。  だが、そのガリウロル人が、心の闇を抱えていたのを、知る事になる。そのガリ ウロル人は、跡目争いに負けたのだと言う。そして、デルルツィアに来たのも、そ のショックを忘れる為の旅行だったのだと言う。そのガリウロル人は、その時、初 めて名乗った。その名前は、紅 鷹虎(たかとら)だった。  世間に、柔道が広まっていく度に、歯痒い想いで、見ていたのだと言う。なので ワタシ達に教える時は、柔術だと言い張ったのだ。デルルツィアン式柔道と呼ばず に、デルルツィアン柔術として、世に広めようとしたのだと言う。  ワタシは、その想いを知った後でも、変わらずに強くなった。ひたすらガムシャ ラだったのだ。それだけ、強くなっていくのは面白かった。  ワタシは、数多くの大会に出て、優勝を、もぎ取って行った。父親も異種格闘技 戦などに出て、ひたすら勝ち続けた。その成果もあってか、道場は、瞬く間に大き くなり、ワタシ達の名も売れた。デルルツィアにデルルツィアン柔術ありとまで、 言われるようになった。  そして、悲しい別れが来る・・・。デルルツィアン柔術に希望を見出していた祖 父と、デルルツィアン柔術を広めてくれたタカトラの死だ。二人は高齢だったので、 仕方の無い事だが、ワタシの理解者だったので、悲しかった・・・。  ワタシがハイスクールに通う事になった時、留学の話が持ち上がった。優秀な者 が集まるハイスクールがあると。行き先はガリウロルだと言う。ガリウロルで、優 秀な者を集めている・・・。そう聞くだけで、ワクワクした。タカトラの故郷だし。  ワタシは、家族の了承も経て、ガリウロルに行く事になった。それが、爽天学園 だった。タカトラからガリウロルの常識なども教わっていたので、溶け込むのは、 困難では無かった。しかも、幸いな事に、柔道部の他に、柔術部もあったので、部 活に困る事も無かった。柔術部が無かったら、柔道部に入る所だった。  すると、必然的に出会う事になる。タカトラが敵視していた柔道にだ。柔術部と、 柔道部は、必然的とも言うべきか、対立していた。  柔術部は、柔道部と比べると、認知が低かったので、柔道部に馬鹿にされる事が 多かったが、ワタシが入ってから、活気が出てきたので、気に入らなかったのだろ う。そんな部活間の争いに、私は興味が無かった。ひたすら強さを追い求め、デル ルツィアン柔術を、高みに持って行く事が、ワタシの使命だった。  そんな中、柔道部のホープで、誰にも負けないくらい強い生徒が居ると、噂で聞 いた。部活間の争いには興味が無かったが、強いと言う所には、興味があった。そ して、名前を聞いて驚いた。紅 修羅・・・。タカトラと同じ苗字だった。  そして調べて行く内に、シュラは、タカトラを跡目争いで破った男の孫だと知っ た。妙な因縁があった物だ。ワタシは、恨み節よりも先に、シュラの強さの方が気 になった。あの凄かったタカトラを破った男の跡を継ぐ男だ。これは、強くない筈 が無い。その強さが確かめられる場所があった。それが、爽天学園の部活動対抗戦 だった。格闘技系は、トーナメント形式で争うのだと言う。  ワタシは、勇んでその対抗戦に出場した。さすがに、優秀な者が集まる爽天学園 の対抗戦だけあって、皆とても強かった。しかし、ワタシもデルルツィアン柔術を 代表して来ているので、簡単に負ける訳にはいかなかった。  ワタシは、決勝戦行きを決めた。そして、もう一方の準決勝は、シュラと、伝説 のプロレスラーの息子の、ガンジだった。その一戦を、モニターで拝見して、ワタ シは、驚愕した。これまでのシュラは、余裕を見せて、決め技を宣言して、その通 りに勝つと言う離れ業をやっていたが、ガンジとの対戦は、真剣勝負だった。  ガンジの力と、シュラの技が交錯し、ガンジも技を使って対抗するが、シュラも それ以上の技の冴えで対抗する。ここまでの闘いが、ワタシに出来るか?・・・結 果は、シュラの勝ちだった。最後は、足を極めたままの袖締めだった。ガンジは、 意識を失うまで、降参しなかったし、凄い闘いだった。  そして、ワタシは、決勝で相対する。ワタシは、出せる全てで対抗して、シュラ に立ち向かった。しかし、腰投げは空かされ、腕を取りに行ったら、取りに行く前 に悟られるように外された。足を使って極めに行ったら、反対にアキレス腱固めを 食らってしまった。何て強さだ・・・。まるでこちらの技が来るのを、予期してい たかのような動きだった。これが、タカトラが越えられなかった壁なのか・・・。  だが、ワタシも最後まで諦めずに闘った。三角絞めが極まった時は、これで決め ると思って、思い切り絞め上げた。だがシュラは、意識朦朧としながら、強引に引 き剥がした。あの力は、何処から出てくるのだ・・・。そして、最後に凄まじい背 負い投げを食らって、ワタシは気を失った・・・。負けたのだ。  ワタシは悔しかったが、恨み節を言う事は無かった。そして、対抗戦が終わった 後、シュラがワタシの所に訪れた。そして、言ってくれたのだ。 「強かったぜ。レオナルド。これからも宜しくな。」  と・・・。そして、握手を交わした。ワタシは、その言葉が嬉しかった。  それからの1年間は、シュラの背中を追う修練の毎日だった。一度も勝てなかっ たが、少しずつ近付いてる感覚はあった。  しかし、今回の対抗戦は、シュラと闘えずに終わってしまった・・・。まさか、 あんな空手を使って来る奴が居たなんて・・・。ワタシは、病院送りにされた。  これまでで、一番悔しかった・・・。しかし、これも結果だ。ワタシは、強くな るしかない。これまで以上にだ・・・。後で聞いたら、決勝は1年生の二人で、凄 い闘いを見せてくれたらしい。映像を見せてもらったが、本当に凄かった。ワタシ は、こんな強い奴に、追いつけるだろうか?いや・・・追いつかなくては!  ワタシは退院して、ひたすら修行をする毎日だった。密かに仲が良かった決勝の 1年生の内の一人であるトシオと、何度も手合わせをした。トシオは、天神家でも 修行をしているので、ドンドン強くなっていった。ワタシも強くなったと思ったら、 トシオは、それ以上に強くなっていった。本当に凄い後輩だった。それでも、部活 をやっている間に、ワタシの所に来て、手合わせに付き合ってくれた。そのおかげ で、ワタシも強くなれたと実感している。  そんな中、デルルツィアから、ソクトア選手権に出場したらどうか?と言う問い 合わせが来た。デルルツィア南の柔道代表としてだ。ワタシは、断ろうと思ったが、 シュラが、その大会の無差別級に出場している事を、耳にしていたので、無差別級 なら出ると、返事を返した。そうしたら、了承されたのだ。  トシオに相談したら、是非出た方が良いと、言ってくれた。トシオは天神家で、 シュラも特訓に加わっているので、とても手強いですよと、忠告もしてくれた。シ ュラも特訓しているのなら、ワタシは敵では無いのか?と聞いたら・・・。 「敵も味方も無いです。良い試合をして下さい!」  と、屈託の無い笑顔で言ってくれた。・・・トシオには、敵わないな。  こうして、ワタシは、この場に立っている。  ソクトア選手権、柔道無差別級の決勝にだ。相手は、ワタシのライバルだ。 「これより、ソクトア選手権、柔道、無差別級の決勝を行います!!」  アナウンスが流れる。ワタシは、畳の向こう側に居るシュラを見つめる。  そして、互いに一礼をした後、畳で向かい合う。  ワタシもシュラも、決勝まで、何の苦戦もせずに勝ち上がった。互いが、互いし か見えないかのようにだ。 「レオナルド。見せてもらうぜ。お前の成長を!」  シュラは、一歩も引かない眼をしていた。 「シュラ。ワタシは、今日こそ、キミに勝つ!」  ワタシの腹も決まっている。このライバルに勝つ為に、特訓してきたんだ。 「決勝、始め!!」  審判の声が掛かる。それと同時にワタシ達は組み合った。  ・・・!!凄いプレッシャーだ。外の対戦相手とは、訳が違う。組んでいても、 投げられる気が、全くしない。しかし、ワタシも、簡単に投げさせはしない。向こ うも、こちらを伺いながらなので、同じ事を考えているのかも知れない。 「参ったぜ・・・。ここまで強くなるとは・・・。」  シュラは、冷や汗を流しながら、ワタシの奥襟を取ろうとする。しかしワタシは それを腕で妨害する。立ったままの状態が続く・・・。そこで、足で牽制をする。 シュラが、バランスを崩した。チャンス!! 「エヤ!!」  ワタシは、一気に背負い投げで持っていこうとする。・・・動かない!? 「ハァ!!」  シュラは、ワタシの背負いを見切っていた。そこから内股を決めようとする。  ワタシは、それを寸での所で躱し、また相対する。 「今のを躱すか?恐ろしいな・・・。」 「恐ろしいのはシュラだ。まさかフェイクを入れてくるとはね。」  ワタシは、シュラがバランスを崩したと思ったが、あれは、フェイクだった。  このままでは、埒が明かない。ワタシは、袖を持つと、強引に引っ張る。 「もらった!!」  シュラは、それを待っていたかの如く、ワタシの力を利用すると、右袖を引いて、 片襟を掴むと、右足の裏で私の右脚を払う!こ、これは山嵐か!!  バシィ!!  良い音が鳴った。 「技あり!!」  審判が宣言する。そう。ワタシは、倒される瞬間、体をずらしたのだ。シュラは、 これで決まると思っていた為か、動きが鈍っていた。そこにワタシは、腕を引っ張 り込んで、両足で、首と肩を極める。ワタシの得意技、三角絞めだ。 「ううぐうあああ!!」  シュラは、苦悶の表情になる。いつかの再現だ。だがワタシは、今度こそ、離す つもりは無い。ワタシの勝ちだ!!  完璧に極まっている。時間も20秒が過ぎた。そして、25秒・・・。ワタシは、 やっとシュラに勝てる!・・・と、突然シュラの体が抜けた。 「!!?」  ワタシは、手加減したつもりは無い。しかしシュラは、まるで蛸のように、ワタ シの三角絞めから、抜け出してしまった。抜け出した瞬間、シュラは、瞬時に何か をしていた。早すぎて、審判の眼にも映らない。  ・・・ま、まさか!!ワタシの技を抜け出すために、肩を外して、また付けたと 言うのか!?今の行動からして、それしか考えられない。  何と言う執念だ・・・。さすがは、ワタシのライバルだ! 「簡単には、負けられねぇんだよ。」  シュラは、絶対に負けないと言う気迫を見せていた。しかし、これで右腕は、力 が入らない筈・・・。ワタシの有利は動かない。 「勝機!!」  ワタシは、懐に飛び込むと、今まで以上の速さで背負おうとする。しかし、シュ ラは、それを読んで、腰を落としていた。それでも、ワタシは攻めを緩めない。  シュラ目掛けて、奥襟を取ろうと、右腕を伸ばした。すると、シュラは左腕を絡 めてきた。そして、見えない所で掌抵を顎に入れると、右脚を刈り取るように払っ てきた。何て圧力!!しかも顎に一撃貰っているので、体に踏ん張りが利かない。  バン!!  良い音が鳴った・・・。 「・・・一本!!」  審判が宣言する。今のは、変形山嵐だ。いや、ビデオで見た事がある。確か、シ ュンに決めた『白虎(びゃっこ)落し』だ。これが・・・か。 「優勝!サキョウ代表、紅 修羅選手!!」  アナウンスが響き渡る。負けたか・・・。だが、悔いは無い。 「レオナルド。良い勝負だった。また、違う場所でやろうぜ!」  シュラは、ワタシを助け起こしてくれた。 「今度こそ、ワタシが勝つぞ。」  ワタシは、助け起こされながら、シュラの目を見据えてやった。  届かなかったが・・・ワタシは、全力を尽くした。  次こそは、ワタシが勝ってみせると、心に誓うのだった。  今年の部活動対抗戦は、中々凄かった。準決勝からは、俺の仲間が活躍しだした のだが、全くレベルが違う。女子は、恵さんに、亜理栖先輩、江里香先輩、ファリ アさんが勝ちあがった。順当と言えば、順当だ。皆が意外に思ったのが、ファリア さんだったと言う。生徒会からの推薦で、自由枠で参加したのだが、ファリアさん の強さは、とんでもなかった。ファリアさんは、魔法を駆使して闘う訳には行かな いが、妙な小手を填めていた。  その小手は、『召喚』の魔法で、呼び出した小手で、榊流忍術の榊 繊一郎が愛 用した小手なんだとか。その榊流の体術をファリアさんは体現させながら闘ってい たのだ。すげぇ芸当だ。  最初から、生徒にバレるような行為は禁止だと言う条件だったので、ファリアさ んは、どんな手で来るかと思ったが、伝記の人物の力を借りに来るとはね。  準決勝は、恵さんと江里香先輩がやって、恵さんは、苦しみながらも勝利を収め る。結構ギリギリだったみたいだ。そして、亜理栖先輩は、ファリアさんとやった のだが、ファリアさんの動きは、榊 繊一郎が乗り移っていたので、亜理栖先輩は、 苦戦を強いられていた。亜理栖先輩の動きを読まれてるような感じで、やり辛かっ たって、言ってたな。ファリアさんは、そのおかげか、辛うじて勝利する。  そこで、決勝は、恵さんとファリアさんだったが、恵さんは、そのファリアさん の動きを、完璧に見切っていた。準決勝の江里香先輩の時よりも、完璧にだ。そう 言えば、恵さんは、実際に1000年前に繊一郎と、手合わせをしてるんだった。だか ら、何だか懐かしかったと、後で話していたな。そんなこんなで、恵さんは、2期 連続で、部活動対抗戦の優勝を決めた。  男子は、瞬、俊男、伊能先輩、レイクさんが勝ちあがった。レイクさんも、生徒 会推薦の自由枠で、剣とかどうするんだろうと思っていたが、レイクさんは、最近 覚えたって言う手刀での不動真剣術を駆使して、見事に勝ち上がっていた。  準決勝で、伊能先輩とレイクさんがやった。伊能先輩は、修羅先輩の分まで、勝 ち上がってあると息巻いていたが、ギリギリの所で、レイクさんが勝利した。伊能 先輩は、何回手刀を食らったか分からないくらい食らったが、とにかく粘っていた。 レイクさんが攻め疲れるくらいだったが、伊能先輩のジャーマンスープレックスに 耐えたレイクさんが、『閃光』を決めた所で、立ったまま気絶して、勝利を収めた のだった。凄い根性だ。  そして、瞬と俊男は、稀に見る好勝負だった。互いに遠慮の無い攻撃を突き入れ る真っ向勝負だった。そして、決着が付かないかと思うくらい、好勝負だったのだ が、俊男の肘からの発頸(はっけい)が、まともに入って、決着が付いた。俊男が、 瞬に勝ってしまったのだ。最近の俊男は、本当に強いな。  決勝も、物凄い勝負だった。俊男もレイクさんも、技の応酬だった。俊男は、瞬 と闘った後で、疲れているだろうに、負けないと言う気迫で、補っていた。それぞ れ、技を出し合った後、『閃光』と『発頸』がぶつかり合って、俊男の発頸が、上 回った。それは、レイクさんが手刀でやっていたせいだろう。木刀だったら、僕の 方が負けていたと、俊男は言っていた。こうして2学期の優勝者は、俊男になった。  それぞれ、終わった後は、天神家でパーティーをする予定だったらしく、疲れた 体を労るように騒いでいた。  俺なんかは、ほとんど応援に回ってたな。応援と言えば、士さん達も今日は、店 が定休日だったので、応援に来てたな。応援にも熱が入ってたっけ。 「くっそーーーー!!今度は、ぜってー勝つ!!」  瞬は、負けたのが余程悔しいらしく、俊男を称えながら、文句を言っていた。 「俺もだ!!今回は、良い所を持ってかれたからな!くっそ!!」  レイクさんも、文句を言っていたが、顔は笑っていた。素直に俊男の強さを認め ているようだ。俊男は、本当に強いからな。 「俊男さん、誰かさんよりも、頑張ったわねー。」  恵さんが、にこやかに嫌味を言いながら、俊男と談笑する。 「いやぁ、偶々ですって。今度は分かりませんよ。」  俊男は、照れながら、対応していた。 「いーや、お前は強くなった!俺のお墨付きじゃい!!」  伊能先輩は、本当に嬉しそうに俊男を胴上げする。俊男は困った顔をしながら、 それでも嬉しそうに胴上げされていた。 「俊男!お前、凄いぞ!!」  俺も加わって、胴上げに参加する。こう言うのは、盛り上げた方が楽しい。 「ありがとう!魁!でも、恥ずかしいよ・・・。」  俊男は、恥ずかしがっていた。 「こんな穏やかなのに、俺達より強いんだから、参っちまうな。」  エイディさんは、笑いながら、ワインを飲んでいた。 「アイツは、人一倍稽古していたからな。納得の結果だよ。」  士さんは、ちゃんと見ている。俊男の稽古量は、尋常じゃなかった。 「ううう。勝てないー・・・。トシ君は、決めたってのにぃ!」  江里香先輩は、恵さんに勝てないのを気にしていた。 「いやー。初参加だったけど、恵さん強いわねー。参っちゃったわ。」  ファリアさんも、少し悔しそうだった。 「今度は、同門対策もしないとー・・・。」  亜理栖先輩は、同門対決なのに負けてしまったのが、悔しいみたいだ。でも、伝 記の榊 繊一郎じゃ、仕方が無いと思うけどな。  俺達は、こうやって、仲間達に囲まれながら、楽しくやっている。本当に楽しい。 少し前の俺では、考えられなかった事だ。俺は・・・莉奈を・・・。 「なーに黄昏てんのよ。」  後ろから声がした。俺は、天神家のテラスで一人で居たのを、見つかったらしい。 「葵か?・・・いや、色々考えてたんだ。」  俺は、嫌な所を見られたかなって思った。 「まーだ気にしてるの?莉奈は、もう元気になったじゃない。」  葵は、莉奈との付き合いも長い。莉奈が、本当に元気になったのを知っている。 「気にするなって方が無理だ。やった事がやった事だけにな。」  俺は、最低の行為を強要した。あの時の俺は、歯止めが効かなかった。 「ま、それについちゃ同感。でもアンタ、頑張ってるじゃん。」  葵は、こう言う所で、下手に誤魔化さない。良い性格してる。 「俺は、お前まで、巻き込もうとしたからな・・・。」  莉奈を利用して、葵まで巻き込もうとしていた。本当に許されない事だ。 「俊男が笑っている・・・。アレを壊そうとしたんだぜ?俺は!!」  俺は、俺を許せそうに無い。親しくなった今だからこそ、この関係を壊そうとし た自分を、引っ叩いてやりたかった。 「昔から変わらないね・・・。そうやって、調子に乗って馬鹿やった後に、後悔し てさ・・・。アンタ、必ず泣いてたじゃないか。」  ・・・え?葵は・・・知っているのか? 「知ってたよ・・・。アンタが、莉奈を呼び出した時は、最低な顔をしていたけど、 その後、文句を言おうとしたら・・・アンタ物凄い顔で立ってた・・・。この世の 終わりみたいな顔をしてさ・・・。アレを見て、悪人になり切れないんだって確信 したんだよ。でも、罰は受けるだろうと思ってた。」  参ったな・・・。葵には、全部見られていたのか・・・。 「そうだ。俺は、まだ罰らしき事を受けていない・・・。ゼリンさんは、そこから 逃げ無かったって言うのに・・・。」  ゼリンさんは、全ての罰を受け入れていた。その姿は、俺にとっては、眩しい物 に映った。責任らしき物を取っていない俺には、眩しかったんだ。 「もう、受けてるだろ。罰は・・・。」  葵は、搾り出すように声を潜める。 「アンタ、どれだけ悩んでたのよ?仲間の為に自分の行為を後悔してさ・・・。放 って置かれても、自分を責め続けていたじゃないか・・・。莉奈とも付き合ってる じゃないか。幸せにしてるじゃないか・・・。」  葵は、全部見ていたのか・・・。本当に全部・・・。 「買い被り過ぎだ。それに俺は、罰の為に、莉奈と付き合ってる訳じゃない。本当 に莉奈の笑顔が見たいから、付き合ってるんだ。」  それに、嘘は無い。莉奈は、こんな俺と、付き合いたいと言ってくれた。その時 に、本気で惚れちまったんだ。 「あーあ。莉奈は愛されてるねぇ・・・。私とは、大違いだ。」  葵は、そう言うと、俺の唇に、自分の唇を重ねてくる。 「え?・・・え!?」  俺は、パニックになった。キスをされた!?何で?どうして? 「今のは、決別だよ。」  葵は、首を振る。どうやら、冗談ではないらしい。 「決別・・・?」 「鈍い男だねぇ・・・。私は、アンタに惚れてたんだよ・・・。」  え・・・?そ、そうなの?葵が? 「一緒に馬鹿やってさ。3人で、つるんでてさ。大体、好きでもなきゃ、莉奈に頼 まれたからって、アンタとキスなんかするもんか。」  そうだ。俺は、莉奈に頼んで、葵と強引にキスした事がある。あれも、俺の最低 な行為の一環だ。 「でもさー。やっぱ、莉奈とアンタ、お似合いなんだもん。邪魔出来ないわー。」  葵は、溜め息を吐いた。じゃぁ、本当に好きだったのか?俺を? 「葵・・・俺は・・・。」 「ハイ。ストップ!同情は要りません。ここからは、彼女の役目です。」  葵は、俺の言葉をストップさせる。すると、奥から莉奈が出てきた。 「り、莉奈!」  俺は、またしてもパニックになる。み、見られたのか!? 「なーにパニクってるのよ。最初から打ち合わせてたんだっての。」  葵は呆れている。と言う事は・・・。 「ふーんだ。葵ちゃんが、自分の気持ちを伝えに行くまでは聞いてたけど、キスま では聞いて無かったんだからねー。」  莉奈は、頬を膨らませていた。 「あは。悪い悪い。でも、もうスッキリしたから良いわよ。」  葵は、そう言うと、部屋から出て行く。 「お、おい!葵!!」 「馬鹿。そこで名前を呼ぶのは、私じゃないだろ?せいぜい頑張りな!」  葵は、俺の制止を聞かずに、出て行った。何だったんだ・・・。 「魁君は、浮気性なの?」  莉奈は、凄い目で睨んできた。 「い、いや、あ、あれはだな・・・。済みません・・・。」  俺は、言い訳しようとしたが、思い浮かばなかったので、素直に謝る。 「冗談。・・・葵ちゃんの背中を押したの、私だもん。」  へ?んじゃ、この会話は、莉奈が仕組んだってのか? 「葵ちゃん、ずっと魁君の事が好きだったんだよ。だけど、私が好きだっての知っ てたから、ずっと我慢してた・・・。影で泣いてるのだって見ちゃった。もう見て られなくてさ。魁君に、気持ち伝えよう?って持ちかけたの。」  そ、そうだったのか・・・。随分大胆だな・・・。 「このまま、魁君が葵ちゃんと付き合っても、私は文句言うつもりは無かった。」  莉奈・・・。お前・・・。 「でも、葵ちゃん、最後まで私の事を気にしてた・・・。私も駄目だった・・・。 魁君以外の人なんて、考えられなかったし。」  莉奈は、目に涙を溜めている。しかし、その涙は、葵の涙でもあった。 「俺は、いつまでもこんなんじゃ駄目だよな・・・。」  いつまでもクヨクヨ悩んでいるから、葵にも心配されるんだ。 「うん。魁君は、明るくて、思いやりがあって、冗談言い合える。そんな姿を見せ てくれる魁君が、私も葵ちゃんも好きなんだよね。」  莉奈は、俺らしさを並べる。確かに、そんな感じではあったな。 「なら、次は、アイツの事を、思いっきり、からかってやら無いと駄目だな。」  そうだ。それが、俺と葵の関係だ。 「そうしてあげて。葵ちゃん、最後まで迷ってたからさ。」  葵が迷ってた?・・・何にだろう? 「葵ちゃんは、自分の気持ちを伝えたら、今の関係が壊れるんじゃないか?って心 配してた。私や魁君の関係がさ。」  そうか・・・。葵は、自分の気持ちを抑えてまで、俺や莉奈との親友関係を選ん だんだ。でも、これでギクシャクしてしまったら・・・と思ったのだろう。 「だったら、告白させるの、促したりしなきゃ良かったんじゃね?」  葵も、そう思って、俺への告白を留まっていたのだろう。 「それは駄目だよ。好きな人に、好きだって言えないまま、過ごすなんて、残酷だ と、私は思う。葵ちゃんは、一生抱え込むつもりだったんだよ?」  莉奈は、そう言う所に敏感だもんなぁ。それで、背中を押してあげたんだな。 「お前ね・・・。葵と付き合う事になったら、どうするつもりだったんだよ。」  俺は少し呆れる。優しいけど、自分の気持ちまで犠牲にするなんて。 「私、信じてたもん。魁君は、私を選んでくれるって。」  ・・・これだ・・・。これだから、莉奈には敵わない。 「それに、葵ちゃんが、あのままじゃ駄目だって思ったら、私、絶対背中押さなき ゃ!って思って、その後の事考えてなかったし・・・。」  莉奈って、結構無茶するんだな・・・。 「思い立ったら、すぐ行動か。お節介の時は、いつもそうだよな。お前。」  自分の気持ちの時は、奥手の癖に、人の事になるとコレだ。 「ま、分かったよ。次、顔を合わせたら、冗談言って、励ましてやるさ。」  それが、俺に出来る事だ。葵の気持ちは嬉しいが、俺には莉奈が居る。 「うん。魁君は、葵ちゃんが好きだった魁君のままで居てあげて。」  莉奈は、俺と葵の事を、本当に心配している。  何だか俺って、幸せ者なんだなって思う。あんな事までしたのに、こんな好きに なってくれる人が居る。しかも2人もだ。  なら、その気持ちを無駄にしない生き方をしないと駄目だな。  ここに来てから、馬鹿騒ぎが多いな。それだけ、充実してるって事だ。俺が手伝 っているレストラン『聖』も、上手い事経営が成り立ってるしな。  今日の部活動対抗戦の祝勝会も、誰が考えたんだか・・・。  それにしても、本当に仲間が増えた。信じられないくらいだ。俺は、レイク達と 一緒に居て、奴らが幸せなら、それで良いと思ってたが、この天神家に来てから、 本当に気の良い奴らと一緒になった。  レイク達は、勿論だが、瞬達も、今じゃ掛け替えの無い仲間だ。見捨てるなんて、 出来やしない。天神家での恩義ってだけじゃない。本当に暖かい奴らだ。そして、 士さん達だ。最初はすげぇ怖い奴だと思ってたが、ゼハーンさんが絆の仲間だって 言ってたのが、分かった気がする。敵には容赦が無いが、味方には、文字通り命を 懸けて、守ろうとする。それに、今じゃ俺の雇い主だ。  下の大広間では、まだ騒いでいる。喧騒も悪くないが、偶には、独りになりたい 時もある。俺は、割り振られている自分の部屋で、少し酔いを醒ます事にした。  上等なワインが、ポンポン出てくる物だから、どうしたって飲んじまう。まぁ、 意識を失ったり、我を失ったりまでしないようにだがな。余り飲みすぎると、次の 日に、頭が痛くなっちまうから、それだけは避けないとな。  ・・・?何か、誰か居るな。下のパーティーを抜け出した誰かか? 「あれ?葵か?」  俺は、気さくに声を掛ける。いつもの仲良し3人組の1人だったよな。 「あ。エ、エイディさん?」  葵は、声を掛けられたのが、意外だったのか、言い淀む。 「お前も、抜け出してたのか。疲れちまったか?」  俺は、いつもの調子で話しかける。 「はい。何だか疲れちゃって・・・。」  葵は、無理に笑いを作ろうとしている。何だか変だな・・・。ん?コイツ、泣い てる?眼が赤いぞ。酒は飲めない筈だしな。 「・・・何があった?」  俺は、周囲に注意しながら、葵の眼を見る。 「い、いや、何をしたって訳じゃないんです。」  葵は、何かを隠そうとしている。言いたく無いのかな? 「大した事じゃなけりゃ良いんだが・・・。無理はすんなよ?お前達だって、仲間 なんだからな。何かあったら、相談を受けるくらい出来るぞ?」  そうだ。俺達は、何も出来ない訳じゃない。 「んー・・・。じゃぁ、ちょっと話を聞いてもらえます?」  葵は、少し迷ったようだが、話を聞いてもらいたいみたいだ。 「ま、俺で良けりゃな。俺の部屋は、ここだし、ちょうど良いな。」  俺は、自分の部屋の扉を開ける。葵は、少し緊張気味だったが、俺の部屋に入っ てくる。こう言う所は、女の子なんだな。 「へぇ。綺麗なんですね。もっと、散らかってると思いました。」  葵は、俺の部屋を興味深そうに眺めていた。 「お前ね・・・。誰の部屋と比べてるんだよ。まぁ、レイクやグリードなんかは、 散らかしてるがな。ここには、優秀なメイドさんが居るからな。」  身の回りの世話は、葉月がやってくれる。とは言え、プライベートな事に関して は、介入しない事になってるので、個人の部屋の片付けは、各自がやる事になって るけどな。俺の部屋は、一応気を付けているつもりだ。 「魁の部屋なんか、汚いんですよ?莉奈と起こしに行くと、呆れちゃうんです。」  魁ね。まぁアイツ、そう言うのが得意そうには見えないしな。 「アイツ、朝とかも早く無さそうだしな。まぁ俺も、人の事は言えないか。」  俺も、起こされる事の方が多い。人の事は言えないな。 「そうなんですよ。莉奈なんか、布団を剥ぎ取ったりして・・・楽しいんです。」  葵は急に言い淀む。どうしたんだろう? 「もう傍から見てると、楽しくて・・・。」  葵は、そこまで言うと、涙を溜めていた。 「・・・何があったんだ?無理するなよ。」  俺は、葵にハンカチを渡す。いきなり泣かれたら、俺だって困る。 「済みません・・・。話しますね。」  葵は、涙を拭うと、落ち着いたのか、ポツリポツリと、話してくれた。  ずっと、莉奈と魁とは仲が良かった事。魁がした最低な行為。それは俺も聞いて いた。ファリアの奴が、凄い剣幕で怒ってたってのも聞いたしな。でも、やっと昔 みたいに魁が戻ってきた事。そんな魁に、葵も惚れていたって事。そして、さっき 莉奈に背中を押されて、魁に告白した事も話してくれた。 「莉奈は・・・優しいから、私と魁が付き合ったらって事まで、考えて無いんです。 私が、苦しんでいたのを、ただ見てられなかったみたいで・・・。」  葵は分かっていたのだ。莉奈が、直感だけで行動しているのをだ。自分と魁の関 係が、どんな事であろうと、葵が苦しんでるのを見てられなかったのだ。 「無茶するんだな・・・。あの子は・・・。」  俺は意外に思った。もっと大人しい子だと思っていたが、分からない物だ。 「ええ。でも、とても優しいんです。私、それに甘えて、魁に告白しちゃったんで すが、やっぱり駄目なんですよ。」  葵は、寂しそうに笑う。 「魁に告白してる時も、勢いでキスしちゃった時も、莉奈の事ばかり浮かぶんです。」  複雑だったんだろうな・・・。 「コレが原因で、莉奈と魁との関係が壊れちゃうのが、嫌なんです。」  この3人組が、仲が良いのは、俺も知っている事だ。 「私、自分勝手ですよね・・・。告白したいのに、関係を壊したくないなんて。」  葵は、その事に自己嫌悪しているようだ。  俺は、そんな様子を見て、葵にデコピンをしてやる。 「馬鹿。お前、背負い過ぎだ。そんな事、あの二人だって望んで無いぞ?」  俺は、溜め息を吐きながら、諭してやる。 「もっと気楽にすりゃあ良いんだよ。まぁ自然体ってのは、難しいだろうけどな。」  俺は、色々背負おうとしている葵を見て、気の毒に思っていた。 「もっと、我侭言って良いんだぞ?」  俺は、葵の頭を撫でてやる。緊張を解いてやらなきゃな。 「・・・優しいんですね。私、てっきりエイディさんって、狼さんかと思ってた。」  コイツ、気持ち良さそうにしながら、何て事を言いやがる。 「お前ね・・・。まぁ、いつもがいつもなだけに、仕方無いか・・・。」  俺は、文句を言ってやろうかと思ったが、いつも、魁とか瞬に女性の口説き方入 門みたいな事をしてたり、グリードと一緒に、街中の女性の声を掛けたりしている のを思い出す。そりゃあ、勘違いもされるか・・・。 「そうですよー。亜理栖先輩とか、いつもヤキモキしてます。」  葵は、目を細めながら、俺を見る。 「亜理栖がどうかしたのか?確かに、いつも怒られてる気がするが。」  アイツ、何かと俺に注意して来るんだよな。 「・・・まさか、気付いてないんですか?」  葵は呆れる顔になる。俺、何か悪い事してたかな? 「最近、丸くなったと思ったんだけどなぁ。どうにも、俺には厳しいんだよなぁ。」  やはり、昔に色々一緒に居たせいか、遠慮が無いのかも知れない。 「亜理栖先輩・・・苦労してるなぁ・・・。」  葵は、本気で心配していた。 「お前、人の心配している場合じゃないだろう?・・・もう大丈夫か?」  俺は、葵の心配をする。失恋した後だから、色々無理をしているかも知れない。 「もう大丈夫です。落ち着きましたから。」  葵は、穏やかな笑みを浮かべていた。確かに、大丈夫みたいだな。 「ま、それなら良いけど、何かあったら、また相談しても良いんだぞ?」  葵だって、大切な仲間だからな。 「じゃぁ、私が付き合いたいって言ったら、どうします?」  ・・・コイツ、本当に大丈夫なんだろうか? 「そりゃ嬉しいけどな・・・。俺じゃ、歳の差があるし、きついんじゃないのか?」  葵とは、9つほど離れている。付き合うって言っても、歳の差がある気がする。 「歳の差で言ったら、ジェイルさんも、かなり離れてますよ?」  そういやそうだな。ジェイルとティーエは、もっと離れている。 「ま、でも大人をからかうもんじゃないぞ?」  俺は葵から、からかわれていると思ったので、言ってやる。 「ひどーい。私がエイディさんを好きになっちゃいけないんですか?」  ・・・葵って、こんなキャラだったか? 「いや、そんな訳じゃないけど、傷心してすぐってのは、些かどうかと思うんだが?」  葵は、さっきまで、失恋の悩みを俺に言ってたんだよな? 「だから、新しい恋を探そうかと思ったんじゃないですかー。」  まぁ、それは、分からんでもないが・・・。 「それとも、私なんかじゃ嫌なんですか?・・・大人じゃないし・・・。」  葵は、上目遣いをしてくる。コイツ、分かってやってるのか? 「そりゃあな。俺だって、女子高生から好きだって言われたら、嬉しいに決まって るだろ?でも、俺は・・・曰く付きだぜ?知ってるだろ?」  俺は、葵が本気なら嬉しいが、いざ本気になられると、俺の過去を思い出してし まう。俺は、世間的には『絶望の島』に入れられる程の大悪党だ。 「エイディさんは、曰く付きなんかじゃないですよ。優しいじゃないですか。」  葵は、本気で、そう思っているのだろう。 「・・・俺は、実の両親が殺され、育ての親からは捨てられたような男だ。」  俺は、自分が思っているより、この事を気にしているんだろう。 「気楽に生きろって、人に言っておいて、自分は後ろ向きなんですね。」  葵の言うとおりだ・・・。俺は、何を言っているんだろうな。 「年上の俺がこんなんじゃ、示しが付かないな。」  俺は、気を取り直す事にする。やはり、笑ってなきゃ駄目だ。 「どっちが励まされてるんだかって話だな。」  俺は、スッキリしたので、極自然に笑う。 「良いですよ。私、スッキリしましたし。」  あっちも、気分が晴れたようだな。それなら由とするか。 「で、付き合ってくれるんですか?」  ・・・この子は・・・。 「一つだけ聞いておく。・・・本気か?」  俺は、葵の事は、仲間として大事には思っている。しかし、付き合うとなれば、 話は別だ。やっぱり、気持ちは聞いておかなきゃならない。 「悪いが、誰でも良いからって理由なら、俺は断る。」  そうだ。葵は今、失恋したばかりだ。誰でも良いからって気持ちになり易い。 「何か、ちゃんと考えてくれてるんですね。嬉しいな。」  葵は、パッと笑顔を見せる。・・・可愛いじゃねぇか・・・。 「当たり前だろ?お前だって、大事な仲間なんだからな。」  そうだ。葵は、大事な仲間の一人だ。 「あんまりしつこいと、亜理栖先輩に怒られちゃうので、止めておきますね。」  葵は、亜理栖の名前を出す。何故だ? 「いや、亜理栖に遠慮する必要は無いぞ?ってか、どうしてまた・・・。」  何だか、それに拘ってる気がした。 「・・・いつもナンパしてる割には、鈍いんですね・・・。」  うぐ・・・。酷い言われようだ。 「亜理栖先輩、絶対エイディさんに惚れてますよ。」  ・・・え?・・・マジで? 「そ、そ、そうなの?」  俺は、いきなりの事で、面食らってしまう。 「本当に気付いて無かったんだ・・・。亜理栖先輩可哀想・・・。」  葵は、呆れたように俺を見る。いや、だってなぁ・・・。 「魁と言い、エイディさんと言い、身近の女性の好意に鈍過ぎます。」  魁と比較されてしまった。・・・本当なら言われても仕方の無い事だ。 「亜理栖が、俺をねぇ・・・。確かに懐いてるけど・・・。」  俺は、真面目に考える。しかし、そう見えなくもない気がしてきた。 「でも、だからって、お前が遠慮するのは、おかしいんじゃないか?」  俺は、結論を出す。亜理栖は亜理栖、葵は葵の筈だ。 「私、亜理栖先輩とも仲が良いんですよ?」  葵は、その仲を壊したくないと思っているんだろうか? 「それで遠慮するんじゃ、今までと同じだろ?」  そうだ。魁の時も、遠慮したからこうなったのだ。 「じゃぁ、本気で惚れても良いって言うんですか?」  葵は、頬を膨らます。拗ねてる様にも見えるな。 「俺は、本気で惚れられてるなら、嬉しいぜ?これは冗談なんかじゃ無くな。」  好きだって言われたら、やっぱり嬉しい。 「んもう・・・。エイディさん、格好良すぎですよ。」  葵は、頬を紅く染めている。 「よし!このままで居るなんて、私らしくないですよね!」  葵は、何かに吹っ切れたような表情になる。 「改めて、言います。・・・私と付き合って下さい!」  葵は、これまでの冗談めいた物では無く、真剣な眼で、俺を見据える。 「こんな俺で良ければ、付き合う・・・。」  俺が言い終わる前に、いきなり扉が開かれた。  ・・・!!あ、亜理栖!?まさか、聞いてたのか!? 「亜理栖先輩・・・。いつから?」  葵も驚いているようだ。亜理栖は、目に涙を溜めている。 「エイディ兄さんの・・・馬鹿ぁ!!」  亜理栖は、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。 「あ、亜理栖?落ち着けよ?」  俺は、亜理栖を落ち着かせようとするが、涙は止まらなかった。 「葵ぃ!エイディ兄さんと、本気なの!?」  亜理栖は、葵の顔を見る。 「エイディさんは、大事な仲間です。今日は、色々相談に乗ってもらいました。エ イディさんって、優しくて素敵だと思ってます。」  ・・・葵・・・。物凄く恥ずかしいんだが・・・。 「うわぁ・・・。葵ちゃん大胆・・・。」  扉の所を見ると、野次馬が集まっていた。この声は、莉奈か・・・。 「葵は、結構突っ走るタイプだよなぁ。」  この声は、魁か・・・。お前等、見てないで助けろ!! 「ふ、ふーん。エイディ兄さんの事、ちゃんと見てるじゃないか。」  亜理栖、声が上ずってるぞ・・・。 「おい・・・。エイディ・・・。お前、いつからそんなモテモテに!」  グリードが、物凄く恨めしそうな眼で見る。 「そこ!喧しいぞ!!!」  俺は、野次馬に注意する。他人事だと思って、調子乗りやがって。 「私だって・・・エイディ兄さんの事、ずっと好きだったのにぃ・・・。」  亜理栖・・・。いや、本当だったんだな・・・。 「亜理栖先輩、私、悪いけど、本気ですから。」  葵は一歩も引く気は無いようだ。性格変わってない? 「まぁ、二人とも落ち着けって・・・。」 『黙っててくれます?』  俺の言葉は、即遮られた。こ、怖い・・・。 「俺、笑えないわ・・・。」  瞬が、身震いしている。ま、そうだろうな・・・。 「亜理栖先輩、私、もう恋から逃げたくないんです。」  葵は、強い口調で言う。莉奈と魁を見て、ずっと耐えてきた葵にとって、この言 葉は重い。もう、自分から逃げたくないのだろうな。 「葵の気持ちは分かるし、応援したいけど・・・なんでエイディ兄さんなのさ!!」  亜理栖は、葵を応援する気持ちは、あるようだが、相手が俺だってのが、気に入 らないらしい。まぁ亜理栖からしたら、そう思うのも無理は無いか。 「私は、未だに魁の事は好きです。でもね。ちゃんと話を聞いてくれたエイディさ んは、素敵だと思いました。この心は、嘘じゃないです。」  葵は、俺への気持ちを言う。あんな寂しい顔してたら、誰だって放っておけない じゃないか・・・。見つけたのが俺だっただけの話・・・。いや、それは、葵に失 礼だな。葵の困った顔を、解消させたいと思ったのは事実だ。 「ア、ア、アネゴ・・・。エイディさんが好きだと言うのは、本当か!?」  ・・・この声は、巌慈か? 「巌慈かい?今、口出しするんじゃないよ。」  亜理栖は、不機嫌なのだろう。まぁ原因は、俺だが・・・。 「うぬぬ・・・。エイディさん!勝負じゃぁ!!」  が、巌慈!?しょ、勝負っていきなり何を? 「ど、どうした?落ち着け。いきなり何だ?」  俺は、興奮状態の巌慈を落ち着かせようとする。 「俺だって、このままじゃ、嫌なんじゃ!!アネゴ・・・。俺は、お前の事が、好 きなんじゃ!!この気持ちは譲れん!!」  ・・・え?うぇぇええ?巌慈も、いきなり告白かよ!!どうなってんだ。 「・・・いつもの、惚れ癖かい?」  亜理栖は、呆れ顔だ。確かに巌慈は惚れっぽい所があるみたいだが。 「違う!俺は、惚れっぽい所があるのは、確かじゃが、お前の事は・・・1年の時 から好きだったんじゃ!」  巌慈は、本気なんだろう。ファリアの時は、一発ですっぱり諦めたが、亜理栖と は、このままで終わるつもりは無いのだろう。 「俺は馬鹿じゃ・・・。プロレスしか能が無い。じゃが、このプロレスで、やっと メイン張れる所まで来たんじゃ!アネゴに、胸を張れる所まで来たんじゃ!」  巌慈は、目標に向かって走り続けていた。それは、自分の為だけじゃ無かったの だろう。何て一直線な奴なんだろう・・・。 「き、気持ちは嬉しいけど、私なんかより、良い人が居るだろう?」  亜理栖は、動揺していた。こんな亜理栖を見るのも珍しいな。 「居ないわい!!俺は、近くに居られれば良かったと思っていた!じゃが、アネゴ のエイディさんへの告白を聞いたら、我慢出来なかったんじゃ!」  巌慈は、秘めたる想いだったのだろう。しかし、アネゴの告白を聞いて、自分が 取り残されると思ったんだろうな。 「でも・・・。私は・・・エイディ兄さんを諦められないよ・・・。」  亜理栖は、それでも俺の方を向く。・・・そ、そんな眼で見るなよ・・・。 「私も、諦めるつもりは無いです。」  葵も、退くつもりは無いみたいだな。 「エイディ。お前、収拾は付けるんだぞ?」  レイクが、扉の外から話し掛けて来る。 「お前・・・簡単に言うなよ・・・。」  俺は、非難の目を向ける。どう収拾を付けろってんだ。 「まぁったく、見てらん無いわね。」  ファリアは、部屋に入ってくる。おいおい・・・。これ以上どうするつもりだ? 「葵?貴女、魁君が好きだったんじゃないの?」  ファリアは優しく話し掛けて来る。 「はい。今でも好きです。でも、今は、純粋に友達としてです。莉奈の事を、応援 したい気持ちの方が上ですしね。エイディさんのおかげで、吹っ切れました。」  葵は、素直に今の心境を話す。仕草が可愛いじゃないか・・・。 「葵ちゃん・・・。」  莉奈が、感動して涙を流している。美しい友情だな。 「次は、亜理栖さん。エイディの事、いつから、好きだったの?」  ファリアは、今度は亜理栖に話し掛ける。 「小さい頃からだよ・・・。エイディ兄さんは、優しかったし、ふざけてばっかり だけど、やる時はやる人だったし・・・。」  亜理栖は、モジモジしながら、ポツリと話す。コイツ、こんな可愛かったか? 「これも、本気みたいねぇ・・・。参ったなぁ・・・。」  ファリアは、溜め息を吐く。俺は、不安になるんだが・・・。 「んじゃ、巌慈さん。亜理栖さんの事、本気よね?」  ファリアは、巌慈にも聞く。まぁ、この流れなら当然か。 「俺は、アンタの事も好きだと言ったが、アネゴへの想いは別じゃ。友人で良いと 思っていた自分が、恥ずかしいくらいじゃ。」  巌慈・・・。こりゃ、マジだな・・・。 「皆、本気ねぇ・・・。んじゃ、エイディ。」  ・・・やっぱり、俺に回ってきたか。 「アンタ、ハッキリしなさい。そうじゃなきゃ収まらないわ。」 「おい・・・。俺だけ、やけに厳しくないか?」  ファリアは、俺には容赦無かった。まぁ、分かってたけどな。 「それに、こんな事、急に決められるかよ・・・。そりゃ、3人には悪いと思って るけどよ・・・。正直な事を言うと、まだ混乱してるんだよ・・・。」  俺も、正直な事を話す。まさか、こんな事態になるとは思って無かったしな。 「ハッキリしないわねぇ。まぁ、焦らせてもしょうがないか。エイディだし。」  ・・・コイツ、本当に遠慮しないな。 「ま、人生初のモテ期到来だし、しっかり決める事ね。」 「何か、物凄く馬鹿にされてるような気がするんだが・・・。」  ファリアの奴、いっぺんシメたいんだが・・・。 「エイディさん!いつかで良いんで、返事下さい!」 「エイディ兄さん。私は、いつでも待ってるからね。」 「エイディさん!俺は負けんですぞぉ!!」  ・・・こんな騒がしい日常も、ありなのかな?  正直、頭痛くなってきたぜ・・・。まぁ、贅沢な悩みなんだろうけどな。