NOVEL Darkness 5-3(Second)

ソクトア黒の章5巻の3(後半)


 あらゆる生命体の居る星に繋がっている扉。自らの使命を抱き、使命を果たして
帰ってくる。その星の問題を解決し、繁栄させる事で、自らの実績となる。
 そうして、自分の実力を上げていき、更には敬われる事で、自分が役に立てたと
実感するのだ。それは、至上の喜びであり、原点でもあった。
 そんな世界・・・。それが『天界』だった。
 神の世界とも言われ、神が集まり、『現界』と呼ばれる生物の居る星へ派遣され、
その星のトラブルを解決して、神としての箔をつけて行く。そうする事で、神とし
ての実績、実力がアップして行き、更なる研鑽を積む。
 それが、神となった者の使命だ。
 と、堅苦しく言っているが、俺は、体の良い便利屋だと思っている。
 ま、そんな便利や稼業な訳だが、その星の奴等に感謝されるのは、悪い気はしな
い。そんな心境になれる奴こそが、神になれるんだろうけどな。
 その中で俺は、神の中で、決定権が一番である神のリーダーなんて職に就いてい
る。便利屋の纏め屋みたいな物だ。正直、物凄く忙しい。
 前任者が碌でも無かった奴だった。この『天界』をモデルにして、『現界』に理
想郷を作ってみせると、言い出して、ソクトア星に『法道』と言う信念を掲げてい
た。聞こえは良いが、理想郷を作った後、自分の思い通りにソクトアを作り変えて、
支配しようとしたのだ。そんな事、許せる訳が無かった。
 だから、対抗してやった。元々、俺はソクトアで生まれ育ったので、ソクトアに
は、愛着がある事も、その理由か。
 それにソクトアは、今や最重要特異点に認定されており、強い生物が集まり易い
地域になっているのだ。困った事に魔族なんかにも、目を付けられているので、目
が離せない。とは言え、ソクトアだけが星じゃない。なので、優先順位を決めて、
物事を解決していかなきゃならない。
 俺の横には、妻である赤毘車が居る。ソクトアで知り合った仲だ。ガリウロル出
身の剣士で、髪は燃えるような紅だ。時々別々の行動を取るが、ほぼ一緒の星を回
っている。夫婦なので、当然と言えば当然だが、付き合いも長い。剣神の称号を持
ち、武神の甲冑を付けた時の強さは、天下無敵だと言われている。
 俺の息子は、毘沙丸って言う名前だ。誰に似たんだか知らないが、クソ真面目で
今は、北神の称号を持っている。奴の退魔能力は本物で、邪悪な者なら、例え悪神
であろうとも、滅ぼす事が出来る。その能力を強化する為に、ソクトアで修行を続
けている。まぁ、アイツの場合、ソクトアを滅ぼすかも知れないって言うゼロマイ
ンドを追っている為ってのもあるな。
 俺の娘だったゼリンは、よりにもよって、ゼロマインドと手を組んでいた。心が
弱っている時期に、ゼロマインドから服従のサークレットと、信望のネックレスを
付けさせられ、言いなりになってやがった。とは言え、そんな物は、言い訳になら
ない。大体、実の兄の毘沙丸を愛してしまった時点で、言い訳など効かない。アイ
ツはやる事が極端だからな・・・。毘沙丸と結婚したいが為に、ネイガの養子にな
ると言う事までやってのけた。・・・ネイガには、悪いと思っている。
 ゼリンの処遇については、当然ながら揉めた。俺の娘で、ネイガの養子だ。俺は、
自分の娘だからこそ、公平な立場で案を出した。俺のリーダーの解任と、ゼリンの
命をもって償う事も、提案した。実際に、その案に決まりかけたが、後任のリーダ
ーに座る奴が居ないってのと、ゼリンの罪が重いので、足りないと言う意見が相次
いだ。罪が重いと言い出したのは、赤毘車だった・・・。赤毘車は、厳罰を求める
と同時に、ゼリンを死なせたくなかったのかも知れない。
 結果的に、ゼリンは生かされる事になった。しかし、神の子としての細胞の剥奪。
そして、ゼロマインドを討伐する事を義務付け。そして、ゼロマインドを討伐した
後、『重力』のルールを剥奪する事で、承認を得た。その後に処断する事も、意見
が出たが、神の子の細胞の剥奪の時点で、寿命は人間と同じになる。なので、そこ
までする必要が無いと言う折衷案が出たのだ。これは、赤毘車の賭けだった。その
後の処断の案を出したのも、赤毘車だった。しかし、余り厳しい事を、こっちが言
うと、折衷案を出す輩が居る。その体制派の意見に、嫌々乗ると言う事で、俺のリ
ーダーとしての威厳を保とうと考えたのだ。
 ・・・俺は、リーダーの座など、どうでも良かった・・・。しかし、俺が責任を
放棄する事を、赤毘車が許さなかったのだ。全く良く出来た嫁だ・・・。
 そして、忘れてはならないのが、俺の腹心である鳳凰神ネイガだ。奴は、1000年
前にミシェーダに付いた事を、深く反省し、俺の手足となって、ずっと助けをして
くれていた。そして、最終的には、ゼリンの義父にすらなってくれた。アイツは、
実力こそ凄まじいが、神として、優し過ぎると言う弱点を持っている。それが、土
壇場で出なければ良いがな。
 そのネイガが、かなり体力を消耗した状態で帰ってきた。何事か尋ねたら、聞い
て納得した。士と一戦交えてきたらしい。ゼリンが、レイク達の仲間になってから
も、ウジウジ悩んでいたので、士が発破を掛けようとしたのを、止めを刺すと勘違
いしたので、体を張って止めにいったとか。そういう勘違いも、コイツらしい。ま
ぁ、士は敵には容赦が無い所がある。そう心配するのも、無理は無いか。
 しかし、ゼリンが選んだ答えは、士に首を差し出すと言う行動だったので、士が、
痺れを切らして、ネイガとの真剣勝負を申し出たらしい。その意図は、ゼリンへ、
覚悟を見せる事だった。ゼリンの罪は、死んで収まるような事じゃない。それを、
ネイガも士も分からせたかったらしい。全く、お節介な奴らだ。互いに、本気を出
して、次は洒落にならない攻撃を繰り出すって所で、ゼリンは体を張って、二人を
止めたらしい。それこそ、命を投げ出してだ。それは、命を無駄にする行為では無
く、二人を止めたいと言う覚悟の表れだった。それを汲み取った二人は、交戦を止
めたのだと言う。
「・・・成程な。それで、この様か。」
 俺は、報告を聞いて呆れる。無茶をしてくれる。
「身勝手をして、申し訳無い。ですが、あの場にジュダ様が居られたら、同じ事を
したと、私は信じておりました故・・・。」
 ネイガは、俺も同じ事をしただろうと踏んでいた。
「馬鹿言うな。もっと上手く収めるさ。・・・まぁ、今は思いつかないけどな。」
 俺は、ネイガに考えを悟られるのは癪なので、否定してやった。だが、恐らく、
同じ事をしただろう。全く良く出来た奴だよ。
「それにしても、傷は治ってるが、体力はボロボロだな。」
 その状態から見るに、鳳凰状態になって、傷は完治したが、体力が戻らない状態
で闘ってたのだろう。『化神』を使いやがったな。
「ゼリンが入ってくるまでは、本気で行きましたので・・・。」
 ネイガは、一切手加減しなかったのだろう。コイツの性格上、ありえる事だ。
「それでもこれか。・・・士め。俺も修行してるってのに、強くなってやがるな。」
 ネイガの強さは俺も認める所だ。そのネイガが、こんな状態で帰ってくるとは、
士の実力の程が伺える。この前の俺は、本当の手の内を見せずに闘ったのもあって、
負けたと言うより、負かされた感じではあったが、ネイガは本気で行って、ほぼ引
き分けてきたのだ。
 士は、元々凄まじい程の剣術の冴えを見せる男だ。人間の中でも最強だと言って
も良い。それに『索敵』のルールが使えるのだから、相当な物だ。そこに、あのグ
ロバスが力を貸している。そのグロバスが『ルール』を開放して、『慧眼』のルー
ルを使い出したら、手が付けられない。これは、俺も奥の手を見せないと勝てなく
なって来たのかも知れない。・・・人間だってのに、恐ろしい男だ。
「まさか『鳳凰の突撃』の概念の弱点を突くとは、思いませんでした。」
 そう。『慧眼』のルールによって、どこに綻びがあるのか見えるので、そこの一
点を突く事で、『鳳凰の突撃』を相殺してしまったのだ。余程自分の能力に、自信
があるか、覚悟が無いと出来ない事だ。
「アイツと、瞬は、底が知れない・・・。それに付いていける人間は、恐らく、レ
イクだけだろうな。」
 俺は、あの3人は別格だと思っている。人間で最強の剣術を持ち、グロバスの力
を借りれる士。そして、まだ荒削りだが、どんどん完成に近づいている空手を使い
こなす瞬。しかもゼーダが付いている事で、『予知』まで可能としている。全てを
破壊する『破拳』と合わせれば、どれだけの強さを発揮するのか、想像も付かない。
 その2人に、今は遠く及ばないが、凄まじい速さで成長しているのがレイクだ。
彼は、ゼロ・ブレイドを持っている。『記憶の原始』は、人間の切り札だ。更なる
研鑽を積めば、この二人に追いつく事が出来る筈だ。最も、本人は全く気付いて無
いようだがな。勿体無い事だ。
「ソクトアの人間に、『ルール』を持たせると、我らに並ぶと言う事か・・・。」
 ネイガは、恐ろしく感じたのだろう。神を超える人間が現れている。それは、神
の力の終焉を思わせるのかも知れない。
「馬鹿。飲み込まれてどうする。良いか?コレくらい強くなるのは、当たり前だと
思え。俺達は、それを見越して、更に上の力を手に入れて、ゼロマインドに備える。
それが、俺達の取るべき行動だろう?奴ら以上に修練しなきゃいけねーんだぞ。」
 俺は、言ってやった。恐れ戦く暇など無いと。奴ら以上の力を手に入れて、神と
しての道筋を照らす事が、求められているのだ。
「その通りでした。神として、出来る事をやらなくては・・・。」
 ネイガは立ち直りも早い。その方が、俺をしても助かる所だ。
「それにしても・・・トラブルが絶えない星だな。ソクトアは・・・。」
 俺は、頭痛がしてくる。最近、只でさえ外の星への派遣が多いと言うのに、ソク
トアは、静かながら、とてつもない危機が訪れている。
「大丈夫ですか?ジュダ様。」
 ネイガが心配してくる。余り、心配を掛けさせたくはないな。
「ああ。これから大変だってのに、へばって堪るかよ。」
 そうだ。俺は、皆の笑顔を見る為に、先へ進まなくてはならない。
 近々俺も、またソクトアに戻らなければならんだろうな。


 今では、当たり前のように普及しているデルルツィアン柔術。しかし、ワタシが
小さかった頃は、道場をやっていくのさえ、困難な程だった。それを、発展させて
きたのは、ワタシの爺様だった。
 小さい頃から、ワタシは、デルルツィアの皇帝の末裔だと聞かされてきた。名前
にその証拠が残っている。ヒートと言う苗字だ。伝記にも、その名は記されている。
デルルツィアの『外交帝』と呼ばれたゼイラー=ヒート=ツィーアの血を受け継い
でいるのだと、聞かされている。
 だが今の時代は、血筋など何の役に立つのであろうか?その証拠に、ワタシの家
は、貧乏その物だった。皇帝の末裔とは、笑わせる。
 祖父は、いつか世間を見返す時が来ると、話していた。そして、その発展の為に
は、強い所を見せなくてはならないと言っていた。そんなある日、ガリウロル人が、
デルルツィアに観光に来ていると言う情報が流れた。ガリウロル人がデルルツィア
に来ると言うのは、珍しい事で、すぐに話題になった。
 聞く所によると、ガリウロル人は、高名な柔道家なのだと言う。柔道と言う言葉
は、聞いた事はあったが、ソクトアに浸透しているとは言い難かった。最近になっ
て、ソクトア選手権に名前を連ねるようになったとかで、新興スポーツの一つだろ
うと言うのが、周りの評価だった。
 しかし、ある日、そのガリウロル人に対して、大柄な男が文句を付けているのを
発見した所で、評価は変わった。そのガリウロル人は、自分より二回りは大きいの
に、いとも簡単に投げ飛ばして、関節技を極めて、撃退したのだ。
 それは、魔法のようにも見えた。ガリウロル人は、何と凄い技を持っているのだ
と、感動した物だ。祖父は、その光景を見て、頭を何度も下げて、弟子入りを希望
した。そのガリウロル人は、自分は隠居した身で、技の切れも良くないが、それで
も良いならと、了承してくれた。
 それから、ワタシと、父親と兄弟達が呼び出されて、猛特訓が始まった。祖父も
覚えているが、ワタシ達を強くする為に覚えたと言った感じだった。
 特にワタシは、物覚えが良かったので、可愛がられた覚えがある。
 だが、そのガリウロル人が、心の闇を抱えていたのを、知る事になる。そのガリ
ウロル人は、跡目争いに負けたのだと言う。そして、デルルツィアに来たのも、そ
のショックを忘れる為の旅行だったのだと言う。そのガリウロル人は、その時、初
めて名乗った。その名前は、紅 鷹虎(たかとら)だった。
 世間に、柔道が広まっていく度に、歯痒い想いで、見ていたのだと言う。なので
ワタシ達に教える時は、柔術だと言い張ったのだ。デルルツィアン式柔道と呼ばず
に、デルルツィアン柔術として、世に広めようとしたのだと言う。
 ワタシは、その想いを知った後でも、変わらずに強くなった。ひたすらガムシャ
ラだったのだ。それだけ、強くなっていくのは面白かった。
 ワタシは、数多くの大会に出て、優勝を、もぎ取って行った。父親も異種格闘技
戦などに出て、ひたすら勝ち続けた。その成果もあってか、道場は、瞬く間に大き
くなり、ワタシ達の名も売れた。デルルツィアにデルルツィアン柔術ありとまで、
言われるようになった。
 そして、悲しい別れが来る・・・。デルルツィアン柔術に希望を見出していた祖
父と、デルルツィアン柔術を広めてくれたタカトラの死だ。二人は高齢だったので、
仕方の無い事だが、ワタシの理解者だったので、悲しかった・・・。
 ワタシがハイスクールに通う事になった時、留学の話が持ち上がった。優秀な者
が集まるハイスクールがあると。行き先はガリウロルだと言う。ガリウロルで、優
秀な者を集めている・・・。そう聞くだけで、ワクワクした。タカトラの故郷だし。
 ワタシは、家族の了承も経て、ガリウロルに行く事になった。それが、爽天学園
だった。タカトラからガリウロルの常識なども教わっていたので、溶け込むのは、
困難では無かった。しかも、幸いな事に、柔道部の他に、柔術部もあったので、部
活に困る事も無かった。柔術部が無かったら、柔道部に入る所だった。
 すると、必然的に出会う事になる。タカトラが敵視していた柔道にだ。柔術部と、
柔道部は、必然的とも言うべきか、対立していた。
 柔術部は、柔道部と比べると、認知が低かったので、柔道部に馬鹿にされる事が
多かったが、ワタシが入ってから、活気が出てきたので、気に入らなかったのだろ
う。そんな部活間の争いに、私は興味が無かった。ひたすら強さを追い求め、デル
ルツィアン柔術を、高みに持って行く事が、ワタシの使命だった。
 そんな中、柔道部のホープで、誰にも負けないくらい強い生徒が居ると、噂で聞
いた。部活間の争いには興味が無かったが、強いと言う所には、興味があった。そ
して、名前を聞いて驚いた。紅 修羅・・・。タカトラと同じ苗字だった。
 そして調べて行く内に、シュラは、タカトラを跡目争いで破った男の孫だと知っ
た。妙な因縁があった物だ。ワタシは、恨み節よりも先に、シュラの強さの方が気
になった。あの凄かったタカトラを破った男の跡を継ぐ男だ。これは、強くない筈
が無い。その強さが確かめられる場所があった。それが、爽天学園の部活動対抗戦
だった。格闘技系は、トーナメント形式で争うのだと言う。
 ワタシは、勇んでその対抗戦に出場した。さすがに、優秀な者が集まる爽天学園
の対抗戦だけあって、皆とても強かった。しかし、ワタシもデルルツィアン柔術を
代表して来ているので、簡単に負ける訳にはいかなかった。
 ワタシは、決勝戦行きを決めた。そして、もう一方の準決勝は、シュラと、伝説
のプロレスラーの息子の、ガンジだった。その一戦を、モニターで拝見して、ワタ
シは、驚愕した。これまでのシュラは、余裕を見せて、決め技を宣言して、その通
りに勝つと言う離れ業をやっていたが、ガンジとの対戦は、真剣勝負だった。
 ガンジの力と、シュラの技が交錯し、ガンジも技を使って対抗するが、シュラも
それ以上の技の冴えで対抗する。ここまでの闘いが、ワタシに出来るか?・・・結
果は、シュラの勝ちだった。最後は、足を極めたままの袖締めだった。ガンジは、
意識を失うまで、降参しなかったし、凄い闘いだった。
 そして、ワタシは、決勝で相対する。ワタシは、出せる全てで対抗して、シュラ
に立ち向かった。しかし、腰投げは空かされ、腕を取りに行ったら、取りに行く前
に悟られるように外された。足を使って極めに行ったら、反対にアキレス腱固めを
食らってしまった。何て強さだ・・・。まるでこちらの技が来るのを、予期してい
たかのような動きだった。これが、タカトラが越えられなかった壁なのか・・・。
 だが、ワタシも最後まで諦めずに闘った。三角絞めが極まった時は、これで決め
ると思って、思い切り絞め上げた。だがシュラは、意識朦朧としながら、強引に引
き剥がした。あの力は、何処から出てくるのだ・・・。そして、最後に凄まじい背
負い投げを食らって、ワタシは気を失った・・・。負けたのだ。
 ワタシは悔しかったが、恨み節を言う事は無かった。そして、対抗戦が終わった
後、シュラがワタシの所に訪れた。そして、言ってくれたのだ。
「強かったぜ。レオナルド。これからも宜しくな。」
 と・・・。そして、握手を交わした。ワタシは、その言葉が嬉しかった。
 それからの1年間は、シュラの背中を追う修練の毎日だった。一度も勝てなかっ
たが、少しずつ近付いてる感覚はあった。
 しかし、今回の対抗戦は、シュラと闘えずに終わってしまった・・・。まさか、
あんな空手を使って来る奴が居たなんて・・・。ワタシは、病院送りにされた。
 これまでで、一番悔しかった・・・。しかし、これも結果だ。ワタシは、強くな
るしかない。これまで以上にだ・・・。後で聞いたら、決勝は1年生の二人で、凄
い闘いを見せてくれたらしい。映像を見せてもらったが、本当に凄かった。ワタシ
は、こんな強い奴に、追いつけるだろうか?いや・・・追いつかなくては!
 ワタシは退院して、ひたすら修行をする毎日だった。密かに仲が良かった決勝の
1年生の内の一人であるトシオと、何度も手合わせをした。トシオは、天神家でも
修行をしているので、ドンドン強くなっていった。ワタシも強くなったと思ったら、
トシオは、それ以上に強くなっていった。本当に凄い後輩だった。それでも、部活
をやっている間に、ワタシの所に来て、手合わせに付き合ってくれた。そのおかげ
で、ワタシも強くなれたと実感している。
 そんな中、デルルツィアから、ソクトア選手権に出場したらどうか?と言う問い
合わせが来た。デルルツィア南の柔道代表としてだ。ワタシは、断ろうと思ったが、
シュラが、その大会の無差別級に出場している事を、耳にしていたので、無差別級
なら出ると、返事を返した。そうしたら、了承されたのだ。
 トシオに相談したら、是非出た方が良いと、言ってくれた。トシオは天神家で、
シュラも特訓に加わっているので、とても手強いですよと、忠告もしてくれた。シ
ュラも特訓しているのなら、ワタシは敵では無いのか?と聞いたら・・・。
「敵も味方も無いです。良い試合をして下さい!」
 と、屈託の無い笑顔で言ってくれた。・・・トシオには、敵わないな。
 こうして、ワタシは、この場に立っている。
 ソクトア選手権、柔道無差別級の決勝にだ。相手は、ワタシのライバルだ。
「これより、ソクトア選手権、柔道、無差別級の決勝を行います!!」
 アナウンスが流れる。ワタシは、畳の向こう側に居るシュラを見つめる。
 そして、互いに一礼をした後、畳で向かい合う。
 ワタシもシュラも、決勝まで、何の苦戦もせずに勝ち上がった。互いが、互いし
か見えないかのようにだ。
「レオナルド。見せてもらうぜ。お前の成長を!」
 シュラは、一歩も引かない眼をしていた。
「シュラ。ワタシは、今日こそ、キミに勝つ!」
 ワタシの腹も決まっている。このライバルに勝つ為に、特訓してきたんだ。
「決勝、始め!!」
 審判の声が掛かる。それと同時にワタシ達は組み合った。
 ・・・!!凄いプレッシャーだ。外の対戦相手とは、訳が違う。組んでいても、
投げられる気が、全くしない。しかし、ワタシも、簡単に投げさせはしない。向こ
うも、こちらを伺いながらなので、同じ事を考えているのかも知れない。
「参ったぜ・・・。ここまで強くなるとは・・・。」
 シュラは、冷や汗を流しながら、ワタシの奥襟を取ろうとする。しかしワタシは
それを腕で妨害する。立ったままの状態が続く・・・。そこで、足で牽制をする。
シュラが、バランスを崩した。チャンス!!
「エヤ!!」
 ワタシは、一気に背負い投げで持っていこうとする。・・・動かない!?
「ハァ!!」
 シュラは、ワタシの背負いを見切っていた。そこから内股を決めようとする。
 ワタシは、それを寸での所で躱し、また相対する。
「今のを躱すか?恐ろしいな・・・。」
「恐ろしいのはシュラだ。まさかフェイクを入れてくるとはね。」
 ワタシは、シュラがバランスを崩したと思ったが、あれは、フェイクだった。
 このままでは、埒が明かない。ワタシは、袖を持つと、強引に引っ張る。
「もらった!!」
 シュラは、それを待っていたかの如く、ワタシの力を利用すると、右袖を引いて、
片襟を掴むと、右足の裏で私の右脚を払う!こ、これは山嵐か!!
 バシィ!!
 良い音が鳴った。
「技あり!!」
 審判が宣言する。そう。ワタシは、倒される瞬間、体をずらしたのだ。シュラは、
これで決まると思っていた為か、動きが鈍っていた。そこにワタシは、腕を引っ張
り込んで、両足で、首と肩を極める。ワタシの得意技、三角絞めだ。
「ううぐうあああ!!」
 シュラは、苦悶の表情になる。いつかの再現だ。だがワタシは、今度こそ、離す
つもりは無い。ワタシの勝ちだ!!
 完璧に極まっている。時間も20秒が過ぎた。そして、25秒・・・。ワタシは、
やっとシュラに勝てる!・・・と、突然シュラの体が抜けた。
「!!?」
 ワタシは、手加減したつもりは無い。しかしシュラは、まるで蛸のように、ワタ
シの三角絞めから、抜け出してしまった。抜け出した瞬間、シュラは、瞬時に何か
をしていた。早すぎて、審判の眼にも映らない。
 ・・・ま、まさか!!ワタシの技を抜け出すために、肩を外して、また付けたと
言うのか!?今の行動からして、それしか考えられない。
 何と言う執念だ・・・。さすがは、ワタシのライバルだ!
「簡単には、負けられねぇんだよ。」
 シュラは、絶対に負けないと言う気迫を見せていた。しかし、これで右腕は、力
が入らない筈・・・。ワタシの有利は動かない。
「勝機!!」
 ワタシは、懐に飛び込むと、今まで以上の速さで背負おうとする。しかし、シュ
ラは、それを読んで、腰を落としていた。それでも、ワタシは攻めを緩めない。
 シュラ目掛けて、奥襟を取ろうと、右腕を伸ばした。すると、シュラは左腕を絡
めてきた。そして、見えない所で掌抵を顎に入れると、右脚を刈り取るように払っ
てきた。何て圧力!!しかも顎に一撃貰っているので、体に踏ん張りが利かない。
 バン!!
 良い音が鳴った・・・。
「・・・一本!!」
 審判が宣言する。今のは、変形山嵐だ。いや、ビデオで見た事がある。確か、シ
ュンに決めた『白虎(びゃっこ)落し』だ。これが・・・か。
「優勝!サキョウ代表、紅 修羅選手!!」
 アナウンスが響き渡る。負けたか・・・。だが、悔いは無い。
「レオナルド。良い勝負だった。また、違う場所でやろうぜ!」
 シュラは、ワタシを助け起こしてくれた。
「今度こそ、ワタシが勝つぞ。」
 ワタシは、助け起こされながら、シュラの目を見据えてやった。
 届かなかったが・・・ワタシは、全力を尽くした。
 次こそは、ワタシが勝ってみせると、心に誓うのだった。


 今年の部活動対抗戦は、中々凄かった。準決勝からは、俺の仲間が活躍しだした
のだが、全くレベルが違う。女子は、恵さんに、亜理栖先輩、江里香先輩、ファリ
アさんが勝ちあがった。順当と言えば、順当だ。皆が意外に思ったのが、ファリア
さんだったと言う。生徒会からの推薦で、自由枠で参加したのだが、ファリアさん
の強さは、とんでもなかった。ファリアさんは、魔法を駆使して闘う訳には行かな
いが、妙な小手を填めていた。
 その小手は、『召喚』の魔法で、呼び出した小手で、榊流忍術の榊 繊一郎が愛
用した小手なんだとか。その榊流の体術をファリアさんは体現させながら闘ってい
たのだ。すげぇ芸当だ。
 最初から、生徒にバレるような行為は禁止だと言う条件だったので、ファリアさ
んは、どんな手で来るかと思ったが、伝記の人物の力を借りに来るとはね。
 準決勝は、恵さんと江里香先輩がやって、恵さんは、苦しみながらも勝利を収め
る。結構ギリギリだったみたいだ。そして、亜理栖先輩は、ファリアさんとやった
のだが、ファリアさんの動きは、榊 繊一郎が乗り移っていたので、亜理栖先輩は、
苦戦を強いられていた。亜理栖先輩の動きを読まれてるような感じで、やり辛かっ
たって、言ってたな。ファリアさんは、そのおかげか、辛うじて勝利する。
 そこで、決勝は、恵さんとファリアさんだったが、恵さんは、そのファリアさん
の動きを、完璧に見切っていた。準決勝の江里香先輩の時よりも、完璧にだ。そう
言えば、恵さんは、実際に1000年前に繊一郎と、手合わせをしてるんだった。だか
ら、何だか懐かしかったと、後で話していたな。そんなこんなで、恵さんは、2期
連続で、部活動対抗戦の優勝を決めた。
 男子は、瞬、俊男、伊能先輩、レイクさんが勝ちあがった。レイクさんも、生徒
会推薦の自由枠で、剣とかどうするんだろうと思っていたが、レイクさんは、最近
覚えたって言う手刀での不動真剣術を駆使して、見事に勝ち上がっていた。
 準決勝で、伊能先輩とレイクさんがやった。伊能先輩は、修羅先輩の分まで、勝
ち上がってあると息巻いていたが、ギリギリの所で、レイクさんが勝利した。伊能
先輩は、何回手刀を食らったか分からないくらい食らったが、とにかく粘っていた。
レイクさんが攻め疲れるくらいだったが、伊能先輩のジャーマンスープレックスに
耐えたレイクさんが、『閃光』を決めた所で、立ったまま気絶して、勝利を収めた
のだった。凄い根性だ。
 そして、瞬と俊男は、稀に見る好勝負だった。互いに遠慮の無い攻撃を突き入れ
る真っ向勝負だった。そして、決着が付かないかと思うくらい、好勝負だったのだ
が、俊男の肘からの発頸(はっけい)が、まともに入って、決着が付いた。俊男が、
瞬に勝ってしまったのだ。最近の俊男は、本当に強いな。
 決勝も、物凄い勝負だった。俊男もレイクさんも、技の応酬だった。俊男は、瞬
と闘った後で、疲れているだろうに、負けないと言う気迫で、補っていた。それぞ
れ、技を出し合った後、『閃光』と『発頸』がぶつかり合って、俊男の発頸が、上
回った。それは、レイクさんが手刀でやっていたせいだろう。木刀だったら、僕の
方が負けていたと、俊男は言っていた。こうして2学期の優勝者は、俊男になった。
 それぞれ、終わった後は、天神家でパーティーをする予定だったらしく、疲れた
体を労るように騒いでいた。
 俺なんかは、ほとんど応援に回ってたな。応援と言えば、士さん達も今日は、店
が定休日だったので、応援に来てたな。応援にも熱が入ってたっけ。
「くっそーーーー!!今度は、ぜってー勝つ!!」
 瞬は、負けたのが余程悔しいらしく、俊男を称えながら、文句を言っていた。
「俺もだ!!今回は、良い所を持ってかれたからな!くっそ!!」
 レイクさんも、文句を言っていたが、顔は笑っていた。素直に俊男の強さを認め
ているようだ。俊男は、本当に強いからな。
「俊男さん、誰かさんよりも、頑張ったわねー。」
 恵さんが、にこやかに嫌味を言いながら、俊男と談笑する。
「いやぁ、偶々ですって。今度は分かりませんよ。」
 俊男は、照れながら、対応していた。
「いーや、お前は強くなった!俺のお墨付きじゃい!!」
 伊能先輩は、本当に嬉しそうに俊男を胴上げする。俊男は困った顔をしながら、
それでも嬉しそうに胴上げされていた。
「俊男!お前、凄いぞ!!」
 俺も加わって、胴上げに参加する。こう言うのは、盛り上げた方が楽しい。
「ありがとう!魁!でも、恥ずかしいよ・・・。」
 俊男は、恥ずかしがっていた。
「こんな穏やかなのに、俺達より強いんだから、参っちまうな。」
 エイディさんは、笑いながら、ワインを飲んでいた。
「アイツは、人一倍稽古していたからな。納得の結果だよ。」
 士さんは、ちゃんと見ている。俊男の稽古量は、尋常じゃなかった。
「ううう。勝てないー・・・。トシ君は、決めたってのにぃ!」
 江里香先輩は、恵さんに勝てないのを気にしていた。
「いやー。初参加だったけど、恵さん強いわねー。参っちゃったわ。」
 ファリアさんも、少し悔しそうだった。
「今度は、同門対策もしないとー・・・。」
 亜理栖先輩は、同門対決なのに負けてしまったのが、悔しいみたいだ。でも、伝
記の榊 繊一郎じゃ、仕方が無いと思うけどな。
 俺達は、こうやって、仲間達に囲まれながら、楽しくやっている。本当に楽しい。
少し前の俺では、考えられなかった事だ。俺は・・・莉奈を・・・。
「なーに黄昏てんのよ。」
 後ろから声がした。俺は、天神家のテラスで一人で居たのを、見つかったらしい。
「葵か?・・・いや、色々考えてたんだ。」
 俺は、嫌な所を見られたかなって思った。
「まーだ気にしてるの?莉奈は、もう元気になったじゃない。」
 葵は、莉奈との付き合いも長い。莉奈が、本当に元気になったのを知っている。
「気にするなって方が無理だ。やった事がやった事だけにな。」
 俺は、最低の行為を強要した。あの時の俺は、歯止めが効かなかった。
「ま、それについちゃ同感。でもアンタ、頑張ってるじゃん。」
 葵は、こう言う所で、下手に誤魔化さない。良い性格してる。
「俺は、お前まで、巻き込もうとしたからな・・・。」
 莉奈を利用して、葵まで巻き込もうとしていた。本当に許されない事だ。
「俊男が笑っている・・・。アレを壊そうとしたんだぜ?俺は!!」
 俺は、俺を許せそうに無い。親しくなった今だからこそ、この関係を壊そうとし
た自分を、引っ叩いてやりたかった。
「昔から変わらないね・・・。そうやって、調子に乗って馬鹿やった後に、後悔し
てさ・・・。アンタ、必ず泣いてたじゃないか。」
 ・・・え?葵は・・・知っているのか?
「知ってたよ・・・。アンタが、莉奈を呼び出した時は、最低な顔をしていたけど、
その後、文句を言おうとしたら・・・アンタ物凄い顔で立ってた・・・。この世の
終わりみたいな顔をしてさ・・・。アレを見て、悪人になり切れないんだって確信
したんだよ。でも、罰は受けるだろうと思ってた。」
 参ったな・・・。葵には、全部見られていたのか・・・。
「そうだ。俺は、まだ罰らしき事を受けていない・・・。ゼリンさんは、そこから
逃げ無かったって言うのに・・・。」
 ゼリンさんは、全ての罰を受け入れていた。その姿は、俺にとっては、眩しい物
に映った。責任らしき物を取っていない俺には、眩しかったんだ。
「もう、受けてるだろ。罰は・・・。」
 葵は、搾り出すように声を潜める。
「アンタ、どれだけ悩んでたのよ?仲間の為に自分の行為を後悔してさ・・・。放
って置かれても、自分を責め続けていたじゃないか・・・。莉奈とも付き合ってる
じゃないか。幸せにしてるじゃないか・・・。」
 葵は、全部見ていたのか・・・。本当に全部・・・。
「買い被り過ぎだ。それに俺は、罰の為に、莉奈と付き合ってる訳じゃない。本当
に莉奈の笑顔が見たいから、付き合ってるんだ。」
 それに、嘘は無い。莉奈は、こんな俺と、付き合いたいと言ってくれた。その時
に、本気で惚れちまったんだ。
「あーあ。莉奈は愛されてるねぇ・・・。私とは、大違いだ。」
 葵は、そう言うと、俺の唇に、自分の唇を重ねてくる。
「え?・・・え!?」
 俺は、パニックになった。キスをされた!?何で?どうして?
「今のは、決別だよ。」
 葵は、首を振る。どうやら、冗談ではないらしい。
「決別・・・?」
「鈍い男だねぇ・・・。私は、アンタに惚れてたんだよ・・・。」
 え・・・?そ、そうなの?葵が?
「一緒に馬鹿やってさ。3人で、つるんでてさ。大体、好きでもなきゃ、莉奈に頼
まれたからって、アンタとキスなんかするもんか。」
 そうだ。俺は、莉奈に頼んで、葵と強引にキスした事がある。あれも、俺の最低
な行為の一環だ。
「でもさー。やっぱ、莉奈とアンタ、お似合いなんだもん。邪魔出来ないわー。」
 葵は、溜め息を吐いた。じゃぁ、本当に好きだったのか?俺を?
「葵・・・俺は・・・。」
「ハイ。ストップ!同情は要りません。ここからは、彼女の役目です。」
 葵は、俺の言葉をストップさせる。すると、奥から莉奈が出てきた。
「り、莉奈!」
 俺は、またしてもパニックになる。み、見られたのか!?
「なーにパニクってるのよ。最初から打ち合わせてたんだっての。」
 葵は呆れている。と言う事は・・・。
「ふーんだ。葵ちゃんが、自分の気持ちを伝えに行くまでは聞いてたけど、キスま
では聞いて無かったんだからねー。」
 莉奈は、頬を膨らませていた。
「あは。悪い悪い。でも、もうスッキリしたから良いわよ。」
 葵は、そう言うと、部屋から出て行く。
「お、おい!葵!!」
「馬鹿。そこで名前を呼ぶのは、私じゃないだろ?せいぜい頑張りな!」
 葵は、俺の制止を聞かずに、出て行った。何だったんだ・・・。
「魁君は、浮気性なの?」
 莉奈は、凄い目で睨んできた。
「い、いや、あ、あれはだな・・・。済みません・・・。」
 俺は、言い訳しようとしたが、思い浮かばなかったので、素直に謝る。
「冗談。・・・葵ちゃんの背中を押したの、私だもん。」
 へ?んじゃ、この会話は、莉奈が仕組んだってのか?
「葵ちゃん、ずっと魁君の事が好きだったんだよ。だけど、私が好きだっての知っ
てたから、ずっと我慢してた・・・。影で泣いてるのだって見ちゃった。もう見て
られなくてさ。魁君に、気持ち伝えよう?って持ちかけたの。」
 そ、そうだったのか・・・。随分大胆だな・・・。
「このまま、魁君が葵ちゃんと付き合っても、私は文句言うつもりは無かった。」
 莉奈・・・。お前・・・。
「でも、葵ちゃん、最後まで私の事を気にしてた・・・。私も駄目だった・・・。
魁君以外の人なんて、考えられなかったし。」
 莉奈は、目に涙を溜めている。しかし、その涙は、葵の涙でもあった。
「俺は、いつまでもこんなんじゃ駄目だよな・・・。」
 いつまでもクヨクヨ悩んでいるから、葵にも心配されるんだ。
「うん。魁君は、明るくて、思いやりがあって、冗談言い合える。そんな姿を見せ
てくれる魁君が、私も葵ちゃんも好きなんだよね。」
 莉奈は、俺らしさを並べる。確かに、そんな感じではあったな。
「なら、次は、アイツの事を、思いっきり、からかってやら無いと駄目だな。」
 そうだ。それが、俺と葵の関係だ。
「そうしてあげて。葵ちゃん、最後まで迷ってたからさ。」
 葵が迷ってた?・・・何にだろう?
「葵ちゃんは、自分の気持ちを伝えたら、今の関係が壊れるんじゃないか?って心
配してた。私や魁君の関係がさ。」
 そうか・・・。葵は、自分の気持ちを抑えてまで、俺や莉奈との親友関係を選ん
だんだ。でも、これでギクシャクしてしまったら・・・と思ったのだろう。
「だったら、告白させるの、促したりしなきゃ良かったんじゃね?」
 葵も、そう思って、俺への告白を留まっていたのだろう。
「それは駄目だよ。好きな人に、好きだって言えないまま、過ごすなんて、残酷だ
と、私は思う。葵ちゃんは、一生抱え込むつもりだったんだよ?」
 莉奈は、そう言う所に敏感だもんなぁ。それで、背中を押してあげたんだな。
「お前ね・・・。葵と付き合う事になったら、どうするつもりだったんだよ。」
 俺は少し呆れる。優しいけど、自分の気持ちまで犠牲にするなんて。
「私、信じてたもん。魁君は、私を選んでくれるって。」
 ・・・これだ・・・。これだから、莉奈には敵わない。
「それに、葵ちゃんが、あのままじゃ駄目だって思ったら、私、絶対背中押さなき
ゃ!って思って、その後の事考えてなかったし・・・。」
 莉奈って、結構無茶するんだな・・・。
「思い立ったら、すぐ行動か。お節介の時は、いつもそうだよな。お前。」
 自分の気持ちの時は、奥手の癖に、人の事になるとコレだ。
「ま、分かったよ。次、顔を合わせたら、冗談言って、励ましてやるさ。」
 それが、俺に出来る事だ。葵の気持ちは嬉しいが、俺には莉奈が居る。
「うん。魁君は、葵ちゃんが好きだった魁君のままで居てあげて。」
 莉奈は、俺と葵の事を、本当に心配している。
 何だか俺って、幸せ者なんだなって思う。あんな事までしたのに、こんな好きに
なってくれる人が居る。しかも2人もだ。
 なら、その気持ちを無駄にしない生き方をしないと駄目だな。


 ここに来てから、馬鹿騒ぎが多いな。それだけ、充実してるって事だ。俺が手伝
っているレストラン『聖』も、上手い事経営が成り立ってるしな。
 今日の部活動対抗戦の祝勝会も、誰が考えたんだか・・・。
 それにしても、本当に仲間が増えた。信じられないくらいだ。俺は、レイク達と
一緒に居て、奴らが幸せなら、それで良いと思ってたが、この天神家に来てから、
本当に気の良い奴らと一緒になった。
 レイク達は、勿論だが、瞬達も、今じゃ掛け替えの無い仲間だ。見捨てるなんて、
出来やしない。天神家での恩義ってだけじゃない。本当に暖かい奴らだ。そして、
士さん達だ。最初はすげぇ怖い奴だと思ってたが、ゼハーンさんが絆の仲間だって
言ってたのが、分かった気がする。敵には容赦が無いが、味方には、文字通り命を
懸けて、守ろうとする。それに、今じゃ俺の雇い主だ。
 下の大広間では、まだ騒いでいる。喧騒も悪くないが、偶には、独りになりたい
時もある。俺は、割り振られている自分の部屋で、少し酔いを醒ます事にした。
 上等なワインが、ポンポン出てくる物だから、どうしたって飲んじまう。まぁ、
意識を失ったり、我を失ったりまでしないようにだがな。余り飲みすぎると、次の
日に、頭が痛くなっちまうから、それだけは避けないとな。
 ・・・?何か、誰か居るな。下のパーティーを抜け出した誰かか?
「あれ?葵か?」
 俺は、気さくに声を掛ける。いつもの仲良し3人組の1人だったよな。
「あ。エ、エイディさん?」
 葵は、声を掛けられたのが、意外だったのか、言い淀む。
「お前も、抜け出してたのか。疲れちまったか?」
 俺は、いつもの調子で話しかける。
「はい。何だか疲れちゃって・・・。」
 葵は、無理に笑いを作ろうとしている。何だか変だな・・・。ん?コイツ、泣い
てる?眼が赤いぞ。酒は飲めない筈だしな。
「・・・何があった?」
 俺は、周囲に注意しながら、葵の眼を見る。
「い、いや、何をしたって訳じゃないんです。」
 葵は、何かを隠そうとしている。言いたく無いのかな?
「大した事じゃなけりゃ良いんだが・・・。無理はすんなよ?お前達だって、仲間
なんだからな。何かあったら、相談を受けるくらい出来るぞ?」
 そうだ。俺達は、何も出来ない訳じゃない。
「んー・・・。じゃぁ、ちょっと話を聞いてもらえます?」
 葵は、少し迷ったようだが、話を聞いてもらいたいみたいだ。
「ま、俺で良けりゃな。俺の部屋は、ここだし、ちょうど良いな。」
 俺は、自分の部屋の扉を開ける。葵は、少し緊張気味だったが、俺の部屋に入っ
てくる。こう言う所は、女の子なんだな。
「へぇ。綺麗なんですね。もっと、散らかってると思いました。」
 葵は、俺の部屋を興味深そうに眺めていた。
「お前ね・・・。誰の部屋と比べてるんだよ。まぁ、レイクやグリードなんかは、
散らかしてるがな。ここには、優秀なメイドさんが居るからな。」
 身の回りの世話は、葉月がやってくれる。とは言え、プライベートな事に関して
は、介入しない事になってるので、個人の部屋の片付けは、各自がやる事になって
るけどな。俺の部屋は、一応気を付けているつもりだ。
「魁の部屋なんか、汚いんですよ?莉奈と起こしに行くと、呆れちゃうんです。」
 魁ね。まぁアイツ、そう言うのが得意そうには見えないしな。
「アイツ、朝とかも早く無さそうだしな。まぁ俺も、人の事は言えないか。」
 俺も、起こされる事の方が多い。人の事は言えないな。
「そうなんですよ。莉奈なんか、布団を剥ぎ取ったりして・・・楽しいんです。」
 葵は急に言い淀む。どうしたんだろう?
「もう傍から見てると、楽しくて・・・。」
 葵は、そこまで言うと、涙を溜めていた。
「・・・何があったんだ?無理するなよ。」
 俺は、葵にハンカチを渡す。いきなり泣かれたら、俺だって困る。
「済みません・・・。話しますね。」
 葵は、涙を拭うと、落ち着いたのか、ポツリポツリと、話してくれた。
 ずっと、莉奈と魁とは仲が良かった事。魁がした最低な行為。それは俺も聞いて
いた。ファリアの奴が、凄い剣幕で怒ってたってのも聞いたしな。でも、やっと昔
みたいに魁が戻ってきた事。そんな魁に、葵も惚れていたって事。そして、さっき
莉奈に背中を押されて、魁に告白した事も話してくれた。
「莉奈は・・・優しいから、私と魁が付き合ったらって事まで、考えて無いんです。
私が、苦しんでいたのを、ただ見てられなかったみたいで・・・。」
 葵は分かっていたのだ。莉奈が、直感だけで行動しているのをだ。自分と魁の関
係が、どんな事であろうと、葵が苦しんでるのを見てられなかったのだ。
「無茶するんだな・・・。あの子は・・・。」
 俺は意外に思った。もっと大人しい子だと思っていたが、分からない物だ。
「ええ。でも、とても優しいんです。私、それに甘えて、魁に告白しちゃったんで
すが、やっぱり駄目なんですよ。」
 葵は、寂しそうに笑う。
「魁に告白してる時も、勢いでキスしちゃった時も、莉奈の事ばかり浮かぶんです。」
 複雑だったんだろうな・・・。
「コレが原因で、莉奈と魁との関係が壊れちゃうのが、嫌なんです。」
 この3人組が、仲が良いのは、俺も知っている事だ。
「私、自分勝手ですよね・・・。告白したいのに、関係を壊したくないなんて。」
 葵は、その事に自己嫌悪しているようだ。
 俺は、そんな様子を見て、葵にデコピンをしてやる。
「馬鹿。お前、背負い過ぎだ。そんな事、あの二人だって望んで無いぞ?」
 俺は、溜め息を吐きながら、諭してやる。
「もっと気楽にすりゃあ良いんだよ。まぁ自然体ってのは、難しいだろうけどな。」
 俺は、色々背負おうとしている葵を見て、気の毒に思っていた。
「もっと、我侭言って良いんだぞ?」
 俺は、葵の頭を撫でてやる。緊張を解いてやらなきゃな。
「・・・優しいんですね。私、てっきりエイディさんって、狼さんかと思ってた。」
 コイツ、気持ち良さそうにしながら、何て事を言いやがる。
「お前ね・・・。まぁ、いつもがいつもなだけに、仕方無いか・・・。」
 俺は、文句を言ってやろうかと思ったが、いつも、魁とか瞬に女性の口説き方入
門みたいな事をしてたり、グリードと一緒に、街中の女性の声を掛けたりしている
のを思い出す。そりゃあ、勘違いもされるか・・・。
「そうですよー。亜理栖先輩とか、いつもヤキモキしてます。」
 葵は、目を細めながら、俺を見る。
「亜理栖がどうかしたのか?確かに、いつも怒られてる気がするが。」
 アイツ、何かと俺に注意して来るんだよな。
「・・・まさか、気付いてないんですか?」
 葵は呆れる顔になる。俺、何か悪い事してたかな?
「最近、丸くなったと思ったんだけどなぁ。どうにも、俺には厳しいんだよなぁ。」
 やはり、昔に色々一緒に居たせいか、遠慮が無いのかも知れない。
「亜理栖先輩・・・苦労してるなぁ・・・。」
 葵は、本気で心配していた。
「お前、人の心配している場合じゃないだろう?・・・もう大丈夫か?」
 俺は、葵の心配をする。失恋した後だから、色々無理をしているかも知れない。
「もう大丈夫です。落ち着きましたから。」
 葵は、穏やかな笑みを浮かべていた。確かに、大丈夫みたいだな。
「ま、それなら良いけど、何かあったら、また相談しても良いんだぞ?」
 葵だって、大切な仲間だからな。
「じゃぁ、私が付き合いたいって言ったら、どうします?」
 ・・・コイツ、本当に大丈夫なんだろうか?
「そりゃ嬉しいけどな・・・。俺じゃ、歳の差があるし、きついんじゃないのか?」
 葵とは、9つほど離れている。付き合うって言っても、歳の差がある気がする。
「歳の差で言ったら、ジェイルさんも、かなり離れてますよ?」
 そういやそうだな。ジェイルとティーエは、もっと離れている。
「ま、でも大人をからかうもんじゃないぞ?」
 俺は葵から、からかわれていると思ったので、言ってやる。
「ひどーい。私がエイディさんを好きになっちゃいけないんですか?」
 ・・・葵って、こんなキャラだったか?
「いや、そんな訳じゃないけど、傷心してすぐってのは、些かどうかと思うんだが?」
 葵は、さっきまで、失恋の悩みを俺に言ってたんだよな?
「だから、新しい恋を探そうかと思ったんじゃないですかー。」
 まぁ、それは、分からんでもないが・・・。
「それとも、私なんかじゃ嫌なんですか?・・・大人じゃないし・・・。」
 葵は、上目遣いをしてくる。コイツ、分かってやってるのか?
「そりゃあな。俺だって、女子高生から好きだって言われたら、嬉しいに決まって
るだろ?でも、俺は・・・曰く付きだぜ?知ってるだろ?」
 俺は、葵が本気なら嬉しいが、いざ本気になられると、俺の過去を思い出してし
まう。俺は、世間的には『絶望の島』に入れられる程の大悪党だ。
「エイディさんは、曰く付きなんかじゃないですよ。優しいじゃないですか。」
 葵は、本気で、そう思っているのだろう。
「・・・俺は、実の両親が殺され、育ての親からは捨てられたような男だ。」
 俺は、自分が思っているより、この事を気にしているんだろう。
「気楽に生きろって、人に言っておいて、自分は後ろ向きなんですね。」
 葵の言うとおりだ・・・。俺は、何を言っているんだろうな。
「年上の俺がこんなんじゃ、示しが付かないな。」
 俺は、気を取り直す事にする。やはり、笑ってなきゃ駄目だ。
「どっちが励まされてるんだかって話だな。」
 俺は、スッキリしたので、極自然に笑う。
「良いですよ。私、スッキリしましたし。」
 あっちも、気分が晴れたようだな。それなら由とするか。
「で、付き合ってくれるんですか?」
 ・・・この子は・・・。
「一つだけ聞いておく。・・・本気か?」
 俺は、葵の事は、仲間として大事には思っている。しかし、付き合うとなれば、
話は別だ。やっぱり、気持ちは聞いておかなきゃならない。
「悪いが、誰でも良いからって理由なら、俺は断る。」
 そうだ。葵は今、失恋したばかりだ。誰でも良いからって気持ちになり易い。
「何か、ちゃんと考えてくれてるんですね。嬉しいな。」
 葵は、パッと笑顔を見せる。・・・可愛いじゃねぇか・・・。
「当たり前だろ?お前だって、大事な仲間なんだからな。」
 そうだ。葵は、大事な仲間の一人だ。
「あんまりしつこいと、亜理栖先輩に怒られちゃうので、止めておきますね。」
 葵は、亜理栖の名前を出す。何故だ?
「いや、亜理栖に遠慮する必要は無いぞ?ってか、どうしてまた・・・。」
 何だか、それに拘ってる気がした。
「・・・いつもナンパしてる割には、鈍いんですね・・・。」
 うぐ・・・。酷い言われようだ。
「亜理栖先輩、絶対エイディさんに惚れてますよ。」
 ・・・え?・・・マジで?
「そ、そ、そうなの?」
 俺は、いきなりの事で、面食らってしまう。
「本当に気付いて無かったんだ・・・。亜理栖先輩可哀想・・・。」
 葵は、呆れたように俺を見る。いや、だってなぁ・・・。
「魁と言い、エイディさんと言い、身近の女性の好意に鈍過ぎます。」
 魁と比較されてしまった。・・・本当なら言われても仕方の無い事だ。
「亜理栖が、俺をねぇ・・・。確かに懐いてるけど・・・。」
 俺は、真面目に考える。しかし、そう見えなくもない気がしてきた。
「でも、だからって、お前が遠慮するのは、おかしいんじゃないか?」
 俺は、結論を出す。亜理栖は亜理栖、葵は葵の筈だ。
「私、亜理栖先輩とも仲が良いんですよ?」
 葵は、その仲を壊したくないと思っているんだろうか?
「それで遠慮するんじゃ、今までと同じだろ?」
 そうだ。魁の時も、遠慮したからこうなったのだ。
「じゃぁ、本気で惚れても良いって言うんですか?」
 葵は、頬を膨らます。拗ねてる様にも見えるな。
「俺は、本気で惚れられてるなら、嬉しいぜ?これは冗談なんかじゃ無くな。」
 好きだって言われたら、やっぱり嬉しい。
「んもう・・・。エイディさん、格好良すぎですよ。」
 葵は、頬を紅く染めている。
「よし!このままで居るなんて、私らしくないですよね!」
 葵は、何かに吹っ切れたような表情になる。
「改めて、言います。・・・私と付き合って下さい!」
 葵は、これまでの冗談めいた物では無く、真剣な眼で、俺を見据える。
「こんな俺で良ければ、付き合う・・・。」
 俺が言い終わる前に、いきなり扉が開かれた。
 ・・・!!あ、亜理栖!?まさか、聞いてたのか!?
「亜理栖先輩・・・。いつから?」
 葵も驚いているようだ。亜理栖は、目に涙を溜めている。
「エイディ兄さんの・・・馬鹿ぁ!!」
 亜理栖は、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「あ、亜理栖?落ち着けよ?」
 俺は、亜理栖を落ち着かせようとするが、涙は止まらなかった。
「葵ぃ!エイディ兄さんと、本気なの!?」
 亜理栖は、葵の顔を見る。
「エイディさんは、大事な仲間です。今日は、色々相談に乗ってもらいました。エ
イディさんって、優しくて素敵だと思ってます。」
 ・・・葵・・・。物凄く恥ずかしいんだが・・・。
「うわぁ・・・。葵ちゃん大胆・・・。」
 扉の所を見ると、野次馬が集まっていた。この声は、莉奈か・・・。
「葵は、結構突っ走るタイプだよなぁ。」
 この声は、魁か・・・。お前等、見てないで助けろ!!
「ふ、ふーん。エイディ兄さんの事、ちゃんと見てるじゃないか。」
 亜理栖、声が上ずってるぞ・・・。
「おい・・・。エイディ・・・。お前、いつからそんなモテモテに!」
 グリードが、物凄く恨めしそうな眼で見る。
「そこ!喧しいぞ!!!」
 俺は、野次馬に注意する。他人事だと思って、調子乗りやがって。
「私だって・・・エイディ兄さんの事、ずっと好きだったのにぃ・・・。」
 亜理栖・・・。いや、本当だったんだな・・・。
「亜理栖先輩、私、悪いけど、本気ですから。」
 葵は一歩も引く気は無いようだ。性格変わってない?
「まぁ、二人とも落ち着けって・・・。」
『黙っててくれます?』
 俺の言葉は、即遮られた。こ、怖い・・・。
「俺、笑えないわ・・・。」
 瞬が、身震いしている。ま、そうだろうな・・・。
「亜理栖先輩、私、もう恋から逃げたくないんです。」
 葵は、強い口調で言う。莉奈と魁を見て、ずっと耐えてきた葵にとって、この言
葉は重い。もう、自分から逃げたくないのだろうな。
「葵の気持ちは分かるし、応援したいけど・・・なんでエイディ兄さんなのさ!!」
 亜理栖は、葵を応援する気持ちは、あるようだが、相手が俺だってのが、気に入
らないらしい。まぁ亜理栖からしたら、そう思うのも無理は無いか。
「私は、未だに魁の事は好きです。でもね。ちゃんと話を聞いてくれたエイディさ
んは、素敵だと思いました。この心は、嘘じゃないです。」
 葵は、俺への気持ちを言う。あんな寂しい顔してたら、誰だって放っておけない
じゃないか・・・。見つけたのが俺だっただけの話・・・。いや、それは、葵に失
礼だな。葵の困った顔を、解消させたいと思ったのは事実だ。
「ア、ア、アネゴ・・・。エイディさんが好きだと言うのは、本当か!?」
 ・・・この声は、巌慈か?
「巌慈かい?今、口出しするんじゃないよ。」
 亜理栖は、不機嫌なのだろう。まぁ原因は、俺だが・・・。
「うぬぬ・・・。エイディさん!勝負じゃぁ!!」
 が、巌慈!?しょ、勝負っていきなり何を?
「ど、どうした?落ち着け。いきなり何だ?」
 俺は、興奮状態の巌慈を落ち着かせようとする。
「俺だって、このままじゃ、嫌なんじゃ!!アネゴ・・・。俺は、お前の事が、好
きなんじゃ!!この気持ちは譲れん!!」
 ・・・え?うぇぇええ?巌慈も、いきなり告白かよ!!どうなってんだ。
「・・・いつもの、惚れ癖かい?」
 亜理栖は、呆れ顔だ。確かに巌慈は惚れっぽい所があるみたいだが。
「違う!俺は、惚れっぽい所があるのは、確かじゃが、お前の事は・・・1年の時
から好きだったんじゃ!」
 巌慈は、本気なんだろう。ファリアの時は、一発ですっぱり諦めたが、亜理栖と
は、このままで終わるつもりは無いのだろう。
「俺は馬鹿じゃ・・・。プロレスしか能が無い。じゃが、このプロレスで、やっと
メイン張れる所まで来たんじゃ!アネゴに、胸を張れる所まで来たんじゃ!」
 巌慈は、目標に向かって走り続けていた。それは、自分の為だけじゃ無かったの
だろう。何て一直線な奴なんだろう・・・。
「き、気持ちは嬉しいけど、私なんかより、良い人が居るだろう?」
 亜理栖は、動揺していた。こんな亜理栖を見るのも珍しいな。
「居ないわい!!俺は、近くに居られれば良かったと思っていた!じゃが、アネゴ
のエイディさんへの告白を聞いたら、我慢出来なかったんじゃ!」
 巌慈は、秘めたる想いだったのだろう。しかし、アネゴの告白を聞いて、自分が
取り残されると思ったんだろうな。
「でも・・・。私は・・・エイディ兄さんを諦められないよ・・・。」
 亜理栖は、それでも俺の方を向く。・・・そ、そんな眼で見るなよ・・・。
「私も、諦めるつもりは無いです。」
 葵も、退くつもりは無いみたいだな。
「エイディ。お前、収拾は付けるんだぞ?」
 レイクが、扉の外から話し掛けて来る。
「お前・・・簡単に言うなよ・・・。」
 俺は、非難の目を向ける。どう収拾を付けろってんだ。
「まぁったく、見てらん無いわね。」
 ファリアは、部屋に入ってくる。おいおい・・・。これ以上どうするつもりだ?
「葵?貴女、魁君が好きだったんじゃないの?」
 ファリアは優しく話し掛けて来る。
「はい。今でも好きです。でも、今は、純粋に友達としてです。莉奈の事を、応援
したい気持ちの方が上ですしね。エイディさんのおかげで、吹っ切れました。」
 葵は、素直に今の心境を話す。仕草が可愛いじゃないか・・・。
「葵ちゃん・・・。」
 莉奈が、感動して涙を流している。美しい友情だな。
「次は、亜理栖さん。エイディの事、いつから、好きだったの?」
 ファリアは、今度は亜理栖に話し掛ける。
「小さい頃からだよ・・・。エイディ兄さんは、優しかったし、ふざけてばっかり
だけど、やる時はやる人だったし・・・。」
 亜理栖は、モジモジしながら、ポツリと話す。コイツ、こんな可愛かったか?
「これも、本気みたいねぇ・・・。参ったなぁ・・・。」
 ファリアは、溜め息を吐く。俺は、不安になるんだが・・・。
「んじゃ、巌慈さん。亜理栖さんの事、本気よね?」
 ファリアは、巌慈にも聞く。まぁ、この流れなら当然か。
「俺は、アンタの事も好きだと言ったが、アネゴへの想いは別じゃ。友人で良いと
思っていた自分が、恥ずかしいくらいじゃ。」
 巌慈・・・。こりゃ、マジだな・・・。
「皆、本気ねぇ・・・。んじゃ、エイディ。」
 ・・・やっぱり、俺に回ってきたか。
「アンタ、ハッキリしなさい。そうじゃなきゃ収まらないわ。」
「おい・・・。俺だけ、やけに厳しくないか?」
 ファリアは、俺には容赦無かった。まぁ、分かってたけどな。
「それに、こんな事、急に決められるかよ・・・。そりゃ、3人には悪いと思って
るけどよ・・・。正直な事を言うと、まだ混乱してるんだよ・・・。」
 俺も、正直な事を話す。まさか、こんな事態になるとは思って無かったしな。
「ハッキリしないわねぇ。まぁ、焦らせてもしょうがないか。エイディだし。」
 ・・・コイツ、本当に遠慮しないな。
「ま、人生初のモテ期到来だし、しっかり決める事ね。」
「何か、物凄く馬鹿にされてるような気がするんだが・・・。」
 ファリアの奴、いっぺんシメたいんだが・・・。
「エイディさん!いつかで良いんで、返事下さい!」
「エイディ兄さん。私は、いつでも待ってるからね。」
「エイディさん!俺は負けんですぞぉ!!」
 ・・・こんな騒がしい日常も、ありなのかな?
 正直、頭痛くなってきたぜ・・・。まぁ、贅沢な悩みなんだろうけどな。



ソクトア黒の章5巻の4前半へ

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