NOVEL Darkness 5-5(First)

ソクトア黒の章5巻の5(前半)


 5、因果
 2月も、もう終わりだ。28日までしかないが、もう27日だ。いつもなら、学
園祭の準備に入り、楽しみな時期だ。気分も浮かれ気味になる。
 だが僕達は、そうは行かない。現状を考えたら、浮かれる気分になど、とてもい
られない。幸い、28日は土曜なので、今日が終われば、ジュダさんの病魔の事に
付いて、対応出来るようになる。万年病を治さないと、前に進めない。
 昼休みに、とうとう瞬君にも話を通す事にした。期限が迫っているからだ。瞬君
を呼び出して、協力してもらわないと、今回の作戦は上手く行かない。最終的に、
病魔を砕くのは、『破拳』のルールを持っている瞬君なのだ。
 体育館の裏と言う、ベタな場所に、瞬君を呼び出す。勿論、僕だけじゃ無く、恵
さんとファリアさんも居る。瞬君は、何事かと構えていたが、この時期に呼び出す
としたら、やはりジュダさん関連だと気付いているんだろう。すぐに、大人しく話
を聞いてくれる態勢になった。
 そこで、僕が今までの事を説明する。そして、作戦内容も話しておいた。
 ジュダさんを出した方が良いかな?
(俺なら、いつでも代われるようにしておくぜ。)
 そうして貰えると助かります。
「俊男・・・。お前には、苦労を掛けてるな・・・。」
 瞬君は、そう言うと、僕の肩を掴む。
「お前、皆の最期の瞬間を見たんだろ?・・・本当に済まん・・・。お前だけ、そ
んな残酷な物を見せて・・・。」
 瞬君は、そう言うと、涙を見せる。ああ・・・。やっぱり瞬君は、僕の一番の親
友だ。何で、分かってくれるんだろう・・・。
「俺は、お前に、そんな想いをさせたくない。だから、全力でサポートする事を誓
う。何でも言ってくれ。」
 瞬君は、本当に心強い・・・。証拠など見せなくても、無条件で信じてくれる。
(良い親友を持ったな。羨ましいぜ。)
 ええ。僕には勿体無いくらいの親友です。
「頼みますわ。最後は、兄様の『破拳』のルールがキモです。」
 恵さんは、しっかり引き締める。浮かれ気味な気分が抜けた。
「ああ。もう、この前みたいな想いは十分だ。」
 瞬君は、気合が入っている。ジュダさんを助ける気で満々だ。
(あれは、瞬のせいなんかじゃないんだがな。)
 瞬君は、それでも気にしちゃう人なんですよ。
「期限もあるみたいだし、決行は今夜よね。」
 ファリアさんが、日にちを確認する。
「ええ。ジュダさんを助けなくてはね。」
 恵さんは、心強く返してくる。本当に頼りになるね。
 今度こそは、失敗しない。あんな未来は、回避してみせる・・・。


 金曜日の夜と言うのは、ワクワクする。何かを決起するのに、十分な日だ。土日
にイベントをするのにも向いている。幸いにも爽天学園は、土曜日は休みだし、今
週も休みだから、丁度良い。
 とは言っても僕達は、やるべき事がある。その為の休みと言っても良いくらいだ。
集まったのは5人。ジュダさんの居る医務室に集まった。未だに胸を押さえて苦し
んでいる。医務室に着くと、赤毘車さんが突っ伏していた。
「・・・珍しい組み合わせだな。」
 赤毘車さんは、僕達の組み合わせを見て、驚いていた。恵さんに、瞬君、ファリ
アさんにゼハーンさん、そして僕だ。
(赤毘車・・・。アイツ・・・。あんなにやつれて・・・。)
 ジュダさん・・・。赤毘車さんは、本当にジュダさんと一心同体なんですね。
(ああ・・・。俺の後を追うとか、無茶しやがって・・・。)
 強い絆です。だからこそですね・・・。
「お見舞いに来ましたわ・・・と言いたいけど、貴女には通じないわね。」
 恵さんは、適当に誤魔化すのは、不可能だと判断した。
「・・・何をするつもりだ?」
 赤毘車さんは、只ならぬ雰囲気を感じ取っているみたいだ。
「今からお話しますわ。ファリアさん。頼みますわ。」
 恵さんが合図をすると、ファリアさんは、いつにも増して強い『結界』を張る。
「これはまた、強い『結界』だな。ますます興味が湧いてきた。」
 赤毘車さんは鋭い目付きに戻る。やつれていても赤毘車さんは、警戒を怠らない。
「俊男さん。説明を・・・。今度は、特に慎重にね・・・。」
 恵さんに心配される。分かっている。この説得こそ重要なのだ。
「俊男君。落ち着いて、誠意ある説明をすれば、大丈夫よ。」
 ファリアさんは、落ち着かせてくれた。そうだ。怖がる事は無い。
「分かりました。・・・赤毘車さん。『同化』は知っていますね。」
 僕は、『同化』の話をする。まずは落ち着いて聞いて貰う為だ。
「そこの瞬のように、ゼーダが取り憑いた状態の事だな。実際の目で見るまでは、
中々信じられなかったがな。」
 赤毘車さんは、落ち着いて話を返す。
「僕も、少し前に経験しました。レイモスの事では無いです。奴は、『同化』では
無く、『憑依』しようとしました。その違いは分かりますね。」
 僕は、慎重に言葉を選ぶ。ここで失敗は出来ない。
「そうだな。レイモスと君の状態は、『同化』とは言い難かったな。」
 赤毘車さんは、あくまで冷静だ。
「では、違う神が君に憑いたのか。きつかっただろう?」
 赤毘車さんは、『同化』した時の精神の消耗を知っているようだ。
「神の精神は、波長が合ったとしても、人間にはきつい。・・・で、誰が君に憑い
たのだ?差支えが無ければ、教えてくれるか?」
 赤毘車さんは、神と言う立場から、優しく尋ねている。
(真面目だな・・・。アイツらしいぜ。やつれていても、毅然としてやがる。)
 赤毘車さんですからね。さて・・・ここからが、重要だ。
「はい。時を越える力を持つ神です。・・・僕とその神は、半年後から来ました。
正確には、その神が、僕の未来の精神を持って、僕の所に現れました。」
 核心を話す。赤毘車さんは、少し考えると、目付きが鋭くなる。
「まさか、ミシェーダか?時を越えるとは・・・。しかし、奴はまだ死んでいない。
これから、奴が死んで、君に憑いたのか?」
 赤毘車さんは、剣に手を掛けようとする。
「ち、違います。ミシェーダが憑いたなら、僕は、こんな話を赤毘車さんに伝えた
りしませんし、出来ませんよ・・・。」
 まさか、ミシェーダと間違われるとは・・・。
(あの導き方じゃ、俺だってそう思う。)
 うぐ・・・。すみません・・・。
「ミシェーダでは無い?他にそんな神・・・え・・・。」
 赤毘車さんは、考え込むと、何かを思い付いたらしく、ビックリしていた。
「嘘・・・嘘だろ?」
 赤毘車さんは、目の前で苦しんでいるジュダさんを見る。そして僕を見た。
(やっと気が付いたようだな。)
「お気付きの通り、ジュダさんです。」
 僕は、絞り出すような声で言う。
「そ、それは、本当なのか!?・・・ジュダは・・・ま、負けて!?」
 赤毘車さんの余裕が無くなる。ここまで取り乱しちゃうとは・・・。
(おい。代われ。俺が出ないと、説得出来ないだろ。)
 そうですね・・・。これ以上は、僕じゃない方が良いです。
 ・・・。
 よし。大分スムーズになったな。
「こ、この神気!ジュダ・・・!お前なのか!?」
 赤毘車は、まだ信じられずにいるようだな。
「目ぇ覚ましな。・・・全く、こんなに、やつれやがって・・・。」
 俺は、赤毘車の頭を撫でてやる。世話が焼けるな・・・。
「お前、死んでしまうのか!?私を置いて、死んでしまったのか!?」
 赤毘車・・・。済まない・・・。俺が知ってる未来でも、同じ事を言っていたな。
「このままじゃ、そうだ。それを、俺は変えに来たんだ。」
 俺は、力強く宣言してやる。
「でもジュダ、お前は、琥珀の力は危険だから、使わないって言ってたじゃないか!」
 そういや、赤毘車には言ってあったな。時空の力は危険だから、琥珀の力は、使
う事は無いなってな。
「そのつもりだったさ。・・・でもお前、俺の後を追うつもりだろ?」
 俺は、悲しげな目で、赤毘車を見る。赤毘車は、ギクッとしたみたいだ。
「やっぱりな・・・。いや実際、誰が止める間も無く、お前は切腹した。・・・そ
んな結末、俺は認めん。」
 俺は、自分が死んでも、赤毘車には生きて欲しかった。
「馬鹿!お前が居なかったら、私が耐えられるとでも思ったのか!今だって、今だ
って、不安で押し潰されそうなのだぞ!」
 赤毘車は、子供のように、涙を溜めていた。
「全く・・・。強情だからな。お前は・・・。」
 俺は、赤毘車をあやす様に、頭を撫でる。
「ジュダ、死ぬな!死なないでくれ!」
 赤毘車は、懇願するように顔を向ける。こんな顔をさせちまうとはな・・・。
「その為に、コイツ等に頼んだんだ。赤毘車も、協力してくれ。」
 俺は、そう言うと、赤毘車に真摯に頼み込んだ。
「分かった・・・。お前が死ぬ未来なんて、私も嫌だ!」
 赤毘車は、嬉しそうに俺の胸の中に顔を埋める。
(赤毘車さんは、ずっと、耐えてきたんですね・・・。)
 まぁな・・・。俺が居ないと、こんなに脆い奴だったんだな・・・。
(絶対、治しましょう!・・・で、恵さんが怖いので、離れてくれます?)
 ん?あ。そうか。これ、俊男の体だったよな。
「あ・・・。す、済まぬ。つい、ジュダだと思って・・・。」
 赤毘車も、それに気が付いたらしく、体を離した。
「い、良いですのよ?感動の再会です物ねぇ・・・。」
 やばい、マジで怖い・・・。よし。戻るわ。もう十分だろ?
(え?こ、このタイミングでですか?こ、困ります!)
 ・・・。
 はうあ。代わっちゃった・・・。酷いですよ・・・。ジュダさん。
「お帰りなさい?俊男さん?」
 恵さんマジで怖いです。勘弁して下さい。
(あれは、神より怖いぞ・・・。凄い迫力だぜ。)
 褒め言葉になってないです・・・。
「まぁ良いですわ。わざとじゃ無いです物ね。」
 恵さんは、コメカミに手を掛けながらも、許してくれた。
「妬くなって!」
 瞬君が、笑いながら言うと、物凄い音が鳴った。肘打ちの音だ。
「あ・・・ぐ・・・が!!」
 瞬君は悶絶している。
「兄様は、言動に気を付けて下さい。」
 ・・・僕も気を付けよう・・・。
「それにしても、俊男。ジュダ殿と入れ替わっても、違和感無くなってきてるな。」
 ゼハーンさんは、そこが、気になるようだ。確かに、疲れは減っている。
(正直、波長が合い過ぎる位だ。相性が良いんだな。)
 成程。体の負担が少ないのは、嬉しいですね。
「それだけ、波長が合うとの事です。」
 そんな実感は無いんだが、かなり相性が良いのかも知れない。
「俺とゼーダだって、結構掛かったんだがな・・・。」
 瞬君は、考え込んでいる。ゼーダさんに文句を言われてそうだった。
「さて、では、これからの事の要点を伝えますわ。」
 恵さんは、これからやる事を、説明する事にした。
「キモは、ゼハーンさんと、兄様です。お二人には『ルール』を存分に振るっても
らいますわ。」
 恵さんは、ゼハーンさんと瞬君を指差す。
「ゼハーンさんは、『魂流』のルールで、ジュダさんの魂を引き上げて下さいませ。」
 恵さんは、そう言うと、ジュダさんのベッドを指差す。
「承知した。慎重に行おう。・・・清芽殿も、覚悟を決めたようだ。」
 ゼハーンさんは、力強く頷く。清芽さんも、大事な役目だ。
「兄様は、恐らく仕上げの時に、万年病を砕く役目よ。覚えて置いて下さいね。」
「ああ。今度こそ、弾かれないようにしないとな!」
 瞬君は、気合タップリだった。
「ファリアさんは、『結界』でここを封じる役目をお願いします。」
 恵さんは、ファリアさんには、引き続き『結界』を張る事を頼む。
「分かった。誰にも気付かせないわよ。」
 ファリアさんは、医務室には、誰も入れないつもりらしい。
「私と赤毘車さんと俊男さんは、不測の事態が来た時の対応よ。」
 恵さんは、『制御』のルールで押さえる役目。僕と赤毘車さんは、単純に戦力と
してだね。不測の事態って何だろう?恵さんは、確信しているみたいだが・・・。
「恵さん。不測の事態っての、起こる確率は?」
 僕は恵さんに、それとなく聞いてくる。
「8割起こると思って良いわ。この病気の大筋は、睦月が解明したんでね。」
 え?凄いな。睦月さんは、どんな病気か、もう解明したのか。
「昨日、死ぬ気で解明したそうよ。今日は、そのせいで、休んでますわ。」
 そう言えば、今日は睦月さんの姿を見ていない。頑張ったんだなぁ・・・。
「この病気は、『神気』と『瘴気』が交互に爆発的に増える病気よ。神の体で、そ
んな事が起これば、拒否反応が起こるのよ。互いが互いを攻め続けるの。それぞれ
が爆発的に増えるのは、『制御』のルールで分かっていた事よ。」
 そうか。恵さんは、『制御』のルールで、ジュダさんの体の中で起こっている変
化が、把握出来るんだな。
「その上で、万年病は、その急激な変化に対応するための抗体を殺すって言う病気
なのよ。普段は、どちらにも対応出来るように抗体が居る筈なの。それを消す悪玉
が居る・・・ってのが睦月の見解よ。」
 恵さんは、睦月さんの見解を教えてくれた。
(確かに、いつもなら、何でも無い事が、苦しかった覚えはある。)
「魂を可視化した時、その悪玉が表面化する可能性が高いわ。前に兄様がティアラ
さんを治した時も、何かが息絶えているのを感じましたからね。」
 恵さんは、ちょっとした事も見逃していなかった。さすがだ・・・。
「その悪玉をジュダさんの中に行かせない為に『制御』するのが、私の仕事。そし
て、悪玉を叩くのが、お二人の仕事よ。」
 恵さんは、僕と赤毘車さんを見る。成程。悪玉を退治するのが、僕達の仕事って
訳だ。その方が分かり易くて良いね。
「了解だ。そう言う事なら、気合も入る。」
 赤毘車さんは、嬉しそうだった。自分の手がジュダさんの助けになるのが、嬉し
くてしょうがないみたいだ。
「じゃ、始めるけど、その前にこれ・・・。」
 恵さんは僕に、凄く深くて、吸い込まれそうな色をしている宝石を渡す。
(琥珀だ・・・。しかも相当上等な奴だ。凄い力を感じる・・・。)
 琥珀?って事は、時空の力を引き出す為の石ですか?
(そうなるな。俺が持っている奴に近い。前に飛んだ時は、お前も覚えている通り、
赤毘車が死んだ後に、俺の宝石を、恵からもらったよな?)
 そう言えば、そうでしたね。恵さんが、遺品として持っていたジュダさんの宝石
を、僕が譲り受けたんでしたね。でも、今はジュダさんから取り上げるなんて、出
来ない・・・。それを見越しての話かな?
「恵さん・・・。これを僕に・・・いや、ジュダさんに使わせるつもり?」
 僕は、逡巡する。これを使うと言う事は、また時を遡れと言っているのと、同じ
だ。それは、この作戦の失敗を意味している。
「勘違いしないでね。これは、あくまで保険よ。成功するに決まってますわ。」
 恵さんは、もしかの為に、用意してくれていたのだ。そう言う手回しの良さは、
見習わないと、いけないかもね。
「ゴメン。本当は、僕が用意しないと駄目だよね。」
 そうだ。恵さんが気が付いてどうするんだ・・・。
「俊男さんは、そんな余裕無かったでしょ?それに、これは、貴方が買える様な宝
石じゃないわよ。幾らしたと思ってますの?」
 恵さんは、軽く渡してくれたが、確かに上等な宝石だ。
「・・・これだけ・・・。掛かってますわ。」
 恵さんは、僕にだけ聞こえるように耳打ちする。
「うっそ!?これ200万ゴード!?」
 信じられない数字だった。200万って事は、豪邸だって建てられる金額だ。
「叫ばないで欲しいですわ・・・。」
 恵さんは、頭を抱える。いや、だって驚くって。
「手回しが良いな・・・。感謝する。」
 赤毘車さんは、恵さんの気遣いに、本気で感謝していた。
「成功させれば、無駄になってしまいますけどね。そうなって欲しいですわ。」
 恵さんは、本気でそう思っているのだろう。敵わないな。
「じゃ、始めるわよ。」
 恵さんの合図で、皆が緊張する。
 とうとう、ジュダさんを助ける作戦が始まる・・・。
 絶対、成功させて見せる・・・。必ず未来を変えてみせる!!


 ジュダさんの救出作戦の開始だ。これが成功すれば、未来を変えられるんだ。僕
も、皆も悲しい思いをせずに済むんだ!
 ゼハーンさんも、そう思っているらしく、珍しく緊張している。自分の手で何か
を守る事が出来るのが嬉しいのかも知れない。レイクさんを助けられなかったと、
何かと自分を責めていたゼハーンさんだしね。
 瞬君も、気合十分だ。この前、ジュダさんの病気に弾かれたのを、今でも気にし
ている。今度こそ助ける為に、毎日、僕と特訓していたんだ。その成果が試される
時なのだから、緊張するなと言う方が、無理かもね。
 ファリアさんは、ずっと見守っている。『結界』を維持するのと、いざと言う時
の戦力の為に、居座っている。ファリアさんは、凄く義理堅くて、こちらとしては、
助かる限りだ。
 赤毘車さんは、ジュダさんを助ける為に必死だ。ジュダさんは、自分の全てだと
言っていた。そう言い切れるほどの仲だ。しかし、この作戦に失敗したら、赤毘車
さんは、自害する可能性が高い。それだけは避けなくては・・・。
 そして恵さんだ。恵さんは、最後まで諦めなかった。失敗した未来の時空でも、
僕と言う希望の為に尽力していた。その期待に、応えなければならない。自分に出
来る事を把握し、これからの未来に必要な事を導き出す事が出来る人だ。だけど、
僕は知っている。激しい感情を剥き出しにして、闘う事が出来る人なんだって事も。
時には、感情を抑えられずに、爆発してしまう事もだ。
 そして、僕だ。僕は緊張している。今回は、赤毘車さんと一緒に、フォローに回
る形だが、ジュダさんを助ける為に、僕は時空を越えてきたのだ。ジュダさんが言
うには、現在を変える事が出来れば、未来は、無かった事になるらしい。
 僕が経験してきた酷い未来を、消し去る事が可能だと言う。過去に戻った時点で、
未来が再構築されるので、行動如何で、酷い未来を変えられるらしい。ただし、越
えてきた未来を覚えているのは、越えてきた本人だけで、他の人は、再構築された
時点で忘れるみたいだ。ジュダさんの琥珀時力は、その越えてきた記憶を持ち越す
能力が主らしい。時空を越える事自体は、1000年前のミシェーダとの闘いの時に、
コツを掴んでいたらしい。
 琥珀は、元々木の樹脂などが、固まって出来た宝石で、古来の力を有しているみ
たいで、現在生存しているどの神よりも、古い歴史を携えて居る石らしい。そのお
かげで、時の力をどの石よりも豊富に持っていて、その力を引き出せば、時を越え
るのは容易いみたいだ。実際に、その力を使って、ミシェーダの時を越える力に対
抗して勝利したらしい。
(伝記では、『無』の力で対抗したと書かれているが、実際は、琥珀の力だな。)
 成程。『無』の力も万能では無いのですね。
 そんな琥珀の力も、時を越えると、記憶が曖昧になってしまう弱点があったみた
いで、時を越えてきた事すらも忘れてしまう事態になったようだ。そこで、ジュダ
さんは改良に改良を重ねて、琥珀の力を最大限に引き出す事で、記憶を形にする事
に成功した。それが無かったら、完全な形で時を越える事は、不可能だったらしい。
 皆の願いと執念が、ここまで僕を導いてきた。救わなければ・・・。
 今、ゼハーンさんが用意している。清芽さんも、近くに待機しているらしく、い
つでも魂を導けるようにしているみたいだ。
「・・・始めるぞ。私は、これを使ったら、恐らく戦力にならない。後は頼んだぞ。」
 ゼハーンさんは、僕と赤毘車さんに注意を促す。元より承知だ。
「やってくれ。ジュダを死なせる訳には、いかない。」
 赤毘車さんは、頭を下げる。僕も、無言で頷いて、不測の事態に備える。
「分かった・・・。では・・・『魂流』のルール!!」
 ゼハーンさんが、『ルール』を発動させると、腕が不気味に青く光る。初めて見
たが、物凄い特殊な力を感じる。これは、凄いな・・・。
「清芽殿!・・・頼むぞ!」
 ゼハーンさんが、何かを引っ張るような仕草をすると、ジュダさんからドス黒い
何かが、見え始める。そうかと思えば、光る何かも見え始めた。どちらも、巨大な
力を持っていた。これが、ジュダさんの『瘴気』と『神気』か!!
「うぐおおおおぉぉぉぉ!!!」
 ジュダさんが獣のような声を発すると、『瘴気』と『神気』が、動こうとする。
「させませんわ!!『制御』のルール!!」
 恵さんが、『制御』のルールを発動させる。すると、物凄い抵抗しながら、動き
が止まる。しかし、それでも尚、動こうとしていた。
「なんてパワー!!『制御』だけに集中しててこれなの!?」
 恵さんが顔を顰める。相当な強さなのだろう。さすがはジュダさんだ。
「俊男!行くぞ!」
 赤毘車さんは、危険だと察知したのか、僕と一緒にジュダさんを止めに掛かる。
「私は『神気』を何とかする!『瘴気』は、お前が押さえてくれ!」
 赤毘車さんは、『神気』の塊に対して、御神刀『鋭気』を構える。
「ぐるあああああぁぁ!!!」
 ジュダさんの叫びと共に、『瘴気』が暴れ出す。僕は、それを押さえに掛かる。
凄い圧力だ!恵さんの『制御』のルールで押さえられてるのに、この強さか!
「凄い!『結界』が壊れそう!!」
 ファリアさんは、『結界』に更なる魔力を込める。
「これが、本気になったジュダの圧力か!さすがだな。しかし!」
 赤毘車さんは、ジュダさんの『神気』を刀で食い止める。
「目を覚ましてやる!!破砕一刀流!斬気『波界(はかい)』!!」
 赤毘車さんは、自分の必殺技である破砕一刀流の技を繰り出す。
「ぬぅおおぉぉぉ・・・。」
 ジュダさんは、叫びが小さくなると共に、『神気』が縮こまっていく。
「こっちも負けない!!パーズ拳法の『発頸(はっけい)』で!!」
 僕は、ジュダさんの『瘴気』にあらん限りの力を込めて、『発頸』を放つ!
「うぐぅぅぅぅ・・・。」
 ジュダさんの苦しむ声と共に、『瘴気』も、形を潜めたようだ。
「やったわ!『瘴気』も『神気』も、劇的に減っていますわ!」
 恵さんは、我が事のように喜ぶ。僕も手応えがあった。
「・・・よし。魂も安定している。少し衰弱しているようだが・・・む!?」
 ゼハーンさんは、驚きの声を上げた。
「気をつけろ!何かが出るぞ!!」
 ゼハーンさんは、脂汗を流している。
「おおおおおおぉぉぉぉ!!!」
 ジュダさんが、自分の胸を押さえつけると、何かが飛び出てくる。
「・・・な、何だこれは!?」
 ゼハーンさんは、ビックリする。
「ファリア!清芽殿を避難させるのだ!」
 ゼハーンさんが、危機を感じたのか、ファリアさんに指示する。すると、ファリ
アさんは、いつでも動けるようにしていたのか、近くにあった銅像に清芽さんの魂
を退避させた。すると、ジュダさんが立ち上がる。
「ふぅおおおおぉぉぉ。」
 ジュダさんは、怨念に取り憑かれたように、虚ろな目で、こちらを眺める。
「後ろの怨念のような物は何だ!?」
 赤毘車さんが驚く。
「それが、恐らく万年病の正体だ・・・。」
 後ろから声がした。どうやら瞬君が、ゼーダさんを呼び出したようだ。
「ゼーダか・・・。万年病とは、神に宿る怨念の塊だと言うのか?」
 赤毘車さんは、質問する。
「神は、元々『神気』を強く出す事が出来る。だが、稀に『瘴気』も上手く使いこ
なせる神が出てくるのだ。ジュダは確か、『無』の力を習得するのに、『瘴気』も
使いこなす事が出来た様だな。そこに、この怨念が、目を付けたのだろう。」
 ゼーダさんは、分析していた。と言うのは、ゼーダさんも、ここまでの事例を見
るのが、初めてなのだろう。
「全ての力がバランス良く使えるジュダは、格好の的だったのかもな。」
 ゼーダさんは、舌打ちする。力を上手く使いこなせるが故の悲劇だったのか。
「今から、この拳にお前達の想いの力を集める。集め終わったら、瞬に手渡すから、
有りっ丈の想いを、この拳に宿してくれ!」
 ゼーダさんは、瞬君の体で、右の拳に光を宿す。
「あの時と・・・。俊男さんを救った時と・・・似てる。」
 恵さんは呟く。そうか・・・。僕が夢の中で見た、僕を助ける為にやった行動は、
これに近かったのか。
「妹君。『制御』のルールで、後何秒、止められる?」
 ゼーダさんは、恵さんに『制御』のルールの状況を聞く。
「1分なら行けます。私は最後に、想いを託しますわ。」
 恵さんは、『制御』のルールに集中し始めた。
「よし!込めてくれ!」
 ゼーダさんは、右の拳を皆の前に持ってくる。
「ジュダさん!私は、目の前で死なれるのは、もう嫌なの!だから、受け取って!」
 ファリアさんは、想いを込めて、瞬君の拳を包む。
「ジュダ殿!貴方は、これからのソクトアに無くてはならぬ神だ!死んではならぬ!」
 ゼハーンさんが、拳に力強く手を重ねる。
「私も、目の前で死なれるのは、好きじゃありません。起きて下さい!」
 銅像が手を重ねてきた。これは、清芽さんの分だ!
「僕は、これ以上、悲惨な未来は見たくない!だから、僕の中に居るジュダさんの
分まで、想いを込めます!」
(そうだ。ここまでされて、寝てんじゃねぇ!俺なら、目を覚ませ!!)
 僕とジュダさんは、瞬君の拳に、想いを託した。
「ジュダ・・・。お前は、私の全てだ。置いていくな!頼む!!」
 赤毘車さんは、祈りも込めて、瞬君の拳に手を置いた。
「私は、後悔しない為に、前進する・・・。ジュダさん。貴方が生きてないと、後
退するの。そんなの、私は許しませんわ。戻ってきなさい!!」
 恵さんらしい言葉だった。恵さんも瞬君の拳に想いを込めた。
「ふうぅぅぅぅ!!」
 『制御』のルールが緩んだのか、ジュダさんは、瞬君に襲い掛かろうとしていた。
 その瞬間、瞬君に戻る。そして、即座に『破拳』のルールを発動させていた。
「・・・ふぅ・・・。こんな強い想いを受けて、負ける訳には行かない!!」
 瞬君の拳は、より一層強い光を放つ!
「・・・天神流空手・・・。正拳突き!!『貫』!!」
 瞬君は、そう言い放つと、ジュダさんの体を貫いた。しかし、それは物理的な力
では無く、ジュダさんに救う病魔に・・・万年病に対してだ!
「うおおああああああぁぁぁ・・・!!」
 ジュダさんの断末魔と共に、万年病の気配が消えて行く。
「ジュダ!!」
 赤毘車さんは、その凄まじい様子から、心配して駆け寄る。
 そして、全てが抜け去って、ジュダさんは、またベッドに戻る。
「・・・生きている・・・。生きているぞ!!」
 赤毘車さんは、喜びの声を上げる。そして、ジュダさんの手を取った。
「これで、一安心ね。」
 恵さんは、一仕事したので、安心したのか、安堵の声を上げる。
「・・・。」
 だが僕は、何故か嫌な予感がしていた。何でだろう?
 ジュダさんを救う事は出来た・・・筈だ。その証拠に、優しい寝息を立てている。
(・・・何でだ・・・。)
 え?ジュダさん?どうしたんですか?
(おかしいんだよ。有り得ないんだよ・・・。)
 何がですか?もしかして、何か助ける手順に失敗しました?
(・・・違うんだ・・・。確かに俺は、まだ寝ている・・・。だから、俺がまだ、
ここに居るのは、不自然じゃない・・・か?)
 どうしたんです?万年病の脅威は去ったと思いますよ。
(ま、まさか!おい!!他の皆は、どうしてる!)
 他の皆?って、レイクさんとかですか?もしかして、嫌な予感がします?
(ああ・・・。まだ詳しくは言えないが、駄目な感じだぜ・・・。)
 そ、そうですか・・・。分かりました。まずは、確認します。
「他の皆に、報告しに行きましょう。」
 僕は、努めて明るい声で、皆に言う。
「そうだな。脅威は去った。良い報告が出来るな。」
 赤毘車さんは、スッキリしている。
「寝静まってないかしら?・・・と思ったら、もう朝ですのね。」
 恵さんは、欠伸をしながら、周りを確認していた。いつの間にか、夜を明かして
いたらしい。色々集中していたからなぁ。
「ま、後で昼寝でもしようぜ。」
 瞬君も、すっかりお気楽モードだ。
「・・・あれ?道場に、誰か居ない?」
 ファリアさんは、道場に誰かを見つける。
「あれは・・・センリンか?」
 ゼハーンさんは、仲間だけあって、気が付くのが早かった。ゼハーンさんは、ミ
サンガの止め具を少し触った。
「センリン?どうしたのだ?」
 どうやら、トランシーバーのようになっているらしい。そう言えば、そんな機能
をつけたと言っていたなぁ。
『・・・ひぐっ・・・。すっ・・・。』
 こ、これは・・・泣いてる!?センリンさん、泣いてるのか!?
「おい。どうした?何があったのだ?」
 ゼハーンさんは、声を掛ける。しかし、返事は返ってこない。
「行きましょう!」
 ファリアさんは、異変に気が付いたのか、道場の方へと向かう。
 一体・・・何が・・・起こったんだ!
 センリンさんは、道場の真ん中で、虚ろな目をしていた。
「センリン!どうしたのだ!」
 ゼハーンさんは、真っ先に駆け寄る。
「ゼハーンさン・・・。士が・・・士が、行っちゃったヨ・・・。」
 センリンさんは、涙を流して、道場の一点を指差す。
「な!『結界』!!しかも何と強烈な!!」
 赤毘車さんは、すぐに気が付く。一見すると、黒い点が浮いてるようにしか見え
ない。しかし、強烈な『結界』が張ってあった。
(これは・・・まさか!!)
 僕も、同じ事を思いました・・・。そんな・・・。士さんは、ミシェーダと闘い
に行ったんじゃ・・・。僕の記憶の中にある時空で、ミシェーダに挑んだように。
「こちらから、行く事は出来ないの?」
 ファリアさんは、『結界』を押し広げようとする。しかし、相当強烈な『結界』
を張ったのか、まるで歯が立たない。
「なら、俺の『破拳』のルールで、こじ開ける!」
 瞬君は、『破拳』のルールを拳に宿す。そして、『結界』に対して、正拳突きを
食らわす。すると、穴が広がったように次元の壁が広がった。
「入るぞ!!」
 赤毘車さんが叫ぶ・・・。ああ・・・この光景。僕は知っている・・・。
 あの日も、こんな感じだった。士さんが居ないと気が付いて、瞬君が駆けつけて、
『破拳』のルールでこじ開けて・・・。何で、一緒なんだ・・・。
 そして、『結界』の中に飛び込む。そこに写った光景・・・。それは、横たわる
士さんと、肩を押さえて辛うじて息をしているミシェーダだ。
「つ、士ァ!!!!士ぁぁぁぁァ!!!」
 センリンさんが、狂ったように泣き叫ぶ。
「私の『時空』のルールを、5度も使わせるとは・・・。恐ろしき奴・・・。」
 ミシェーダは、5度も使ったのか・・・。禁忌とも言われる『時空』のルールを。
それでも苦戦して、ここまでの怪我を負ったのだ。それだけ士さんが強かったって
のもある。しかし・・・。士さんは、ピクリとも動かない。
「駄目だ・・・。帰る体力も無いとは・・・。これを使う羽目になろうとは。」
 ミシェーダが、倒れる。余程体力を使ったのだろう。何かを取り出して、起動さ
せると、ミシェーダの姿が消えた。
「今のは?もしかして、移動装置?」
 恵さんが、気が付いたようだ。
「転送装置のようにも見えた・・・。あんな物まで持っているとは・・・。」
 赤毘車さんが、舌打ちする。
「士・・・。おのれ・・・!!こうなったら!清芽殿!!」
 ゼハーンさんは、士さんの遺体を見て、清芽さんを呼ぶ。
「何をする気?まさか、『魂流』のルールを?」
 ファリアさんは、ゼハーンさんの気持ちを汲み取る。
「そうだ!士は、こんな所で死んで良い人物では無い!!私の手で助けられるなら、
助けてやらねば!!こんな結末は・・・私は認めぬ!!」
 ゼハーンさんは、『魂流』のルールで、蘇生を試みるようだ。
「ゼハーンさン・・・。私の魂を使っテ!!士の為ニ!!」
 センリンさんは、士さんの為なら、その身を犠牲にする事も厭わないのだ。
「やるなら、確実に成功させなきゃ駄目よ!!」
 ファリアさんは、やるなら、確実に成功させなければ・・・と主張する。
「私は、良いノ!士の為なら、命なんて、惜しくないヨ!」
 センリンさんは、そう言って、命を投げ出そうとする。
「分かった・・・。士を、この手で救ってみせる!!」
 ゼハーンさんは、『魂流』のルールを、再び発動させる。
 このまま、やらせても良いのだろうか?しかし、士さんが死んでしまった今、助
けられるのは、ゼハーンさんの『魂流』のルールだけだ。
 『魂流』のルールだけ?・・・違うだろう?本当はもう一つあるだろう?
「士・・・。私は、お前を見捨てはしない!!戻って来い!!」
 ゼハーンさんは、士さんの遺体に手を置いて、センリンさんの手を取る。
「士!私は、絶対に、諦めないんだかラ!!」
 センリンさんは、意を決して、ゼハーンさんの手を握り締める。
「・・・うゥ・・・。つか・・・サ・・・。」
 センリンさんは、ゼハーンさんの『魂流』のルールによって、光り輝く存在にな
った。そして、まるで抜け殻のように倒れてしまった。
「・・・センリン・・・。大丈夫だ・・・。成功させる!!」
 ゼハーンさんは、その光り輝く物を、士さんの体に押し付ける。
「これだけ、想いが強いのだ・・・。失敗して堪るか!!」
 ゼハーンさんは、士さんの体に魂を注入して行く。それは、まるで作業だった。
「うおおおおお!!『魂流』のルール!!」
 ゼハーンさんは、魂を振り絞って、『魂流』のルールを発動させていた。すると、
士さんの体が、ピクッと動く。凄い・・・。
「そうだ!返って来るのだ!!これからの時代に、お前は必要なのだ!!」
 ゼハーンさんは、全てを振り絞っていた。士さんの体に魂を注入し続ける。
「返って来るのだ!!・・・かえっ・・・て・・・こい!!」
 ゼハーンさんの額から、脂汗が流れ出る。
「ふぅおおおおおおおお!!」
 ゼハーンさんが叫ぶと、そのショックからか、ゼハーンさんまで倒れこむ。
「ゼハーンさん・・・。ゼハーンさん?」
 瞬君が、真っ先に駆け寄る。そして、脈を取った。
「え?・・・う・・・そ・・・だろ?」
 瞬君は、唇が、ワナワナと震えていた。まさか・・・。
「・・・こっちも・・・駄目よ・・・。」
 恵さんは、センリンさんの脈を取っていた。この光景は・・・見た事が・・・。
「士も・・・無理だった・・・。」
 赤毘車さんは、士さんを揺さぶるが、反応する気配は無かった。
 ・・・僕の記憶の中の光景と、一致してしまった・・・。そんな・・・。
「うぅわああああ!!」
 瞬君は、涙でくしゃくしゃになる。目の前の人達が、死んでしまった事に対する、
罪悪感だろう。自分の手が役に立たなかった事の罪悪感だろう。
 打ちひしがれていると、外の様子が騒がしくなってきた。
「おい・・・。これは、どうした?」
 レイクさんだった・・・。レイクさんは、ゼハーンさんに駆け寄る。
「親父?どうしたんだ?親父!」
 レイクさんは、頬を叩く。しかし、ゼハーンさんからは、全く反応が無い。
「おい!おやっさん!・・・何だコレ?何なんだよ!!これはぁ!!」
 グリードさんも、ようやく事態を飲み込めてか、唇を震わせていた。
「何がどうなってやがる!!これは、何なんだ!!」
 エイディさんは、状況を把握したがっていた。
「何が起きたのです?・・・私達が居ない間に・・・。」
 ジェイルさんは、皆を落ち着かせながらも、僕達を見ていた。
「センリン・・・?どうしたんだい?・・・センリン?」
 ティーエさんは、センリンさんも同じような様子だったので、肩を揺さぶる。
「返事をして?・・・どうしたんだよ!?センリン?」
 脈が無いのを確認して、ティーエさんは、涙を流す。
「センリンさん・・・。それに、士さんも・・・何コレ?」
 アスカさんは、顔が青ざめていた。
「信じられねぇ・・・。どういう状況だよコレ・・・。」
 ジャンさんも、目の前の現実を、受け入れられない様子だった。
「何故、こんな事に!こんな事になったのダァ!!!!」
 ショアンさんは、血の涙を流して、士さんに駆け寄った。
「そんな・・・何故、こんな事に・・・。」
 さすがの睦月さんも、言葉を失っていた。
「こんなのあんまりです!あんまりですー!!」
 葉月さんは、優しいからか、この現実を受け入れたくないようだ。
「士のこの傷・・・。ミシェーダが来たのか?」
 ゼリンさんは、気が付いているようだ。
「・・・おい・・・。説明してくれ・・・。」
 レイクさんは、ゼハーンさんの遺体を抱きながら、僕達の顔を見る。
 それから、僕達は、今まで起こった事を説明した・・・。
 まず、僕にジュダさんの魂が宿っている事。その証明の為に、ジュダさんに変身
して見せた。そして、僕に宿っているジュダさんは、未来から来たと言う事。この
ままでは、万年病で死んでしまう事も報告する。
 だが、万年病を見事に治して見せた事を報告した。・・・しかし、その間に、ミ
シェーダが襲来し、士さんを襲った事を報告した。そして、ギリギリの所で、士さ
んが負けて、その光景を見たゼハーンさんが、『魂流』のルールで蘇生を試みた事
も報告する。その為に必要な魂を、センリンさんが提供したのも、報告した。
「・・・何だよ・・・馬鹿だよ・・・親父・・・。」
 レイクさんは、余程悔しかったのか、ゼハーンさんを抱きしめながら、涙を流す。
「センリン・・・アンタまで死んだら、駄目じゃないか!!」
 ティーエさんは、センリンさんに縋りついて泣いていた。
「おのれ、ミシェーダ!!私は許さぬ!!セントに逃げ帰ったのだろうが、許さぬ!」
 ショアンさんは、拳を固めて、怒っていた。
「ああ。許せねぇ!!士さん、センリンちゃん、ゼハーンさんの仇、俺が取る!!」
 ジャンさんも、それに同調する。
「ウチ、こんなに悲しいの初めてだよ!もう、訳が分からないよ!!」
 アスカさんも、敵討ちに出掛けるつもりなのだろう。
 この光景も・・・見たな・・・。
「駄目だ・・・行っちゃ駄目です・・・。」
 僕は、口に出していた。こんな事、もう充分だ・・・。
「俊男殿・・・。止めるな!私は、この絆の友を失って、黙っては、いられぬ!」
 ショアンさんは、聞く耳を持ちそうにも無い・・・が。
「これじゃ・・・!これじゃ駄目だぁ!!これじゃ何も変わらない!!!」
 僕は、叫んでしまう。もうたくさんなんだ!!!
「僕は・・・僕は、何の為に!!何の為に・・・ジュダさんと一緒に、時空を超え
たんだぁ!!これじゃ、変わらない!!駄目なんだぁ!!!」
 そうだ。これでは僕が見てきた光景と変わらない。
「俊男・・・。お前は、この光景を、見た事があるのか?」
 瞬君は、心配そうに聞いてくる。
「そうだよ!!僕は、この光景を変える為に時空を越えてきた!なのに!!」
 僕は床を叩く。壊れてしまうんじゃないかと思うくらいにだ。だが、我慢出来な
かった。僕はこの光景を止めたかったのに!!
「俊男さん・・・。ごめんね・・・。私は、貴方の力になりたかったのに・・・。
また、そんな想いをさせてしまったのね。」
 恵さんは、僕を包み込むように抱いてくれた。
「恵さんのせいじゃない・・・。僕が、甘かったんだ・・・。」
 そう。士さんへの襲撃だって、予測出来た事だ。
「・・・こんな時空の世界・・・『時界(じかい)』は、認めない・・・。」
 僕は、『時界』と言う言葉を口にする。この時間軸での世界の事だ。
「俊男・・・。お前、また過去に飛ぶつもりか?」
 瞬君は見抜いてきた。僕は、また過去に飛ぶ。それしか無い。
「認められない現実を、変える力があるなら・・・僕はそれを選ぶ・・・。」
 本当なら、こんなやり直しなど、してはいけない事だ。
「ジュダの万年病が治ったと言うのに・・・。」
 赤毘車さんは、残念そうだ。
「・・・そうですね。ジュダさんの意見も聞きましょう。今、代わりますね。」
 僕は、ジュダさんに意識を集中させる。
 ・・・。
 俊男、お前、俺の意見なんて、聞かなくても分かっているだろうに。
「ジュダさん・・・。俺は、俊男に戻って欲しい。」
 レイクは、時を越える禁忌を知っている。それでも、戻って欲しいと願っている。
「馬鹿。そこで泣いてる奴等も、安心しな。俺も俊男と同じだよ。こんな結末、認
める訳ねーだろ。あそこで寝てる馬鹿の為に未来を犠牲にする必要なんか無い。」
 俺は、医務室を指差して、もう一度過去に戻る事を決意する。
「お願いするよ・・・。こんなのあんまりだよ・・・。」
 ティーエは、いつもの気丈さが無い。こんな状態にして堪るかよ。
「ジュダ・・・。せっかく治ったのに・・・。」
 赤毘車は、病気が病気だけに、素直に納得してないようだ。
「阿呆。こんな顔をした奴等を放って置いて、何が神だ!俺は、自分が助かる為に
コイツ等を犠牲にするような、最低の神になるつもりはねぇ!!」
 そうだ。俺が生きていたって、コイツ等が泣いていたら、駄目だろうが!
「・・・フッ。そう言うと思っていたよ・・・。変わらないな。」
 赤毘車は、俺が言うであろう事を予測していた。
「そう言う事だ。・・・だから安心しな。」
 俺は、遺体に縋り付いてる奴等に、宣言する。
「俺からは、以上だ。・・・俊男・・・。お前にだけは、迷惑を掛ける・・・。」
 俺は、唯一気になっていたのは、俊男だった。人間でありながら、俺と共に時を
越えるのは、凄い負担の筈だ・・・。体を返すぞ。
 ・・・。
 僕は、構いません。僕だって、こんな結末、認めませんから。
「僕は、迷わない・・・。泣いてる皆を変える力があるなら!!諦めない!!」
 そうだ。それが、今の僕に出来る事だ。
「俊男殿・・・。頼む・・・。」
 ショアンさんは、さっきの非礼も兼ねて、頭を下げる。
「俊男、士さんを、頼むぜ・・・。」
 ジャンさんとアスカさんも、頭を下げた。
「頭を上げて下さい。これは、僕自身の意志でもありますから。」
 そうだ。僕が変えたいんだ。こんな未来を認めたくないんだ!
「・・・じゃ、やるよ・・・。次は、笑って暮らさないとね。」
 僕は、琥珀を握り締める。そして、ジュダさんの意識を呼び出して、『同化』を
行う。ジュダさんによれば、この状態で琥珀時力を使う事で、完全な形で成功する
そうだ。記憶の持ち越しの為には、僕の力も必要らしい。
「俊男さん・・・。私に真っ先に言って頂戴!絶対・・・絶対に協力するから!」
 恵さんは、僕の事を心配してか、約束してくる。
「うん。・・・頼むよ。恵さん。」
 僕は、笑ってあげる。でも、分かっていた。時を越えれば、全てが再構成される。
だから、この約束も恵さんは、覚えていない筈なのだ。
 それでも、僕は恵さんを信じたかった・・・。
「今度こそ・・・未来を変えてみせる・・・。行け。行くんだ!行けえぇぇぇ!!」
 僕は、琥珀時力を、発動させた。その瞬間、目の前が引き伸ばされるように歪ん
でいった・・・。今度こそ、未来を変える!!!


 原因と因果。
 運命が決められているとは、よく言った物だ。
 3月1日は、どんなに残酷な日なんだろう・・・。
 僕は、戻る事に成功した。
 今度は、素晴らしい未来になると信じていた。
 万年病対策には、ゼハーンさん、恵さん、瞬君、士さん、赤毘車さんに頼んだ。
 これなら、完璧だと思った。
 万年病は、撃退に成功したそうだ。
 やっとの想いで、完遂出来たと思った。
 だが、因果は残酷だった。
 ミシェーダが、レイクさんを狙ってきたのだ。
 結果、ファリアさんも付いて行ったらしいが、二人とも、還らぬ人となった。
 その時のゼハーンさんは、士さんが死んだ時と一緒の反応をした。
 そして、『魂流』のルールを使うが、失敗した。
 これでは、駄目だと、恵さんから貰った琥珀で、また過去へ・・・。
 今度は、万年病の対策に、全員を連れてきた。
 これなら、誰も死なずに済む・・・筈だった。
 まさか・・・だった・・・。
 今度は、エリ姉さんが狙われたのだ。
 エリ姉さんは、変わり果てた姿で発見された。
 エリ姉さんの無残な姿は、見てられなかった・・・。
 瞬君は発狂寸前になり、見ていられなかった。
 そして、『魂流』のルールが失敗した・・・。
 こんな現実は、認めない・・・また過去へ・・・。
 今度は、視点を変えてみた。
 ミシェーダが、こちらを狙うのは、必然のようだ。
 だから、士さんとレイクさんと、赤毘車さんに、言い聞かせておいた。
 ミシェーダの襲来は、3人の力で何とかしたようだ。
 こっちは、ゼリンに手伝ってもらって、万年病も何とかした。
 今度こそ、なんとかなったと、思った・・・思っていた!!
 なのに・・・なのに!!!
 ケイオスが、襲撃してきたのだ。
 それに対抗したのは、睦月さんと、エイディさんと、グリードさんだった。
 3人は、『ルール』を駆使して善戦した。
 だが、圧倒的な力の前に敗れた。
 3人は、看取られるように死んでしまった・・・。
 恵さんが、あんな悲しい顔をしたのは、初めてだった・・・。
 亜理栖先輩は、泣き叫んでいた・・・。
 レイクさんは、虚ろな目をしていた・・・。
 そして、『魂流』のルールは・・・失敗した・・・。
 それからも、何回も、やり直した・・・。
 もう、何回目だっただろうか?
 3月1日が越えられなかった。
 誰かが死ぬ・・・。
 どんなに手を尽くしても、誰かが死んだ。
 そして、虚ろな目をした人が出て、皆の心がバラバラになっていく。
 何で・・・何でだ!!
 僕の何が足りないんだ!!
 もう・・・これ以上誰かが死ぬのなんか、見たくない。
 でも、死んでしまう・・・。
 この琥珀がある限り、見てしまう。
 でも、この琥珀を手放してしまったら・・・。
 未来が消えてしまう・・・。
 だから、恵さんから、毎回貰う。
 それももう慣れてきた。
 3月1日になる・・・誰かが死ぬ・・・。
 『魂流』のルールが失敗する・・・琥珀を貰う・・・。
 何回、繰り返せば良いんだ・・・。
 一体・・・何回・・・。
「・・・しおさん・・・。」
 誰かから、声を掛けられている。今度は、誰が死ぬんだろう?
「・・・俊男さん?」
 この声は恵さん?ああ。そうか。琥珀を貰う時間かな?
「ちょっと・・・俊男さん?どうしましたの?」
 恵さんの心配する声が聞こえる。・・・今は、いつなんだ。
 いや、この『時界』では、誰が死ぬんだ・・・。
「どうしたの?」
 僕は、努めて平静に話そうとする。
「それは、こっちの台詞よ。如何したの?」
 恵さんは、虚ろな顔をしている僕を、心配していた。
「何でも無いよ・・・。」
 僕は、もう疲れてしまったんだろうか?
 でも、もうちょっとすれば、誰かが死ぬ・・・。琥珀を貰わなきゃ。
「恵さん。琥珀はある?」
 僕は、尋ねてみた。すると、恵さんは驚きの声を上げる。
「この前、オークションで落としたばかりですわ。何故知ってますの?」
 ああ。そうか。そうだったんだ。当然の如く貰っていたが、本当に気に入って、
恵さんが買い求めた物だったのか。
「今は、3月1日だっけ?」
 僕は、日付を聞いてみる。
「・・・貴方、何者です?」
 恵さんは、僕の様子が、余りにも違うので、怪しみ始めた。
「僕は、誰なんだろうね?・・・次は、誰が死ぬのかな?」
 もう、どうでも良くなってきた・・・。何をやっても、誰かが死ぬんだ・・・。
 パシィ!!!!
 いきなり頬を張られた。恵さんがやったのか?
「貴方、何があったのか知らないけど、しっかりしなさいな!」
 恵さんは、僕の目を見て言った。
「私の知っている俊男さんは、どんな時でも、皆の事を思っていて、優しい人です
わ!そんな変な事を言う人じゃありません!」
 恵さんは、凛とした目をしていた。強い人だな。
「ありがとう・・・。恵さんは、いつも僕に力をくれるね・・・。」
 僕は、力の無い笑みを浮かべる。
「ねぇ。言って下さらない?何がありましたの?」
 恵さんは、本気で心配していた。そこで、僕は、これまでの事を話す事にした。
僕は、何度も『時界』を越えてきている事。そして、その度に誰かが死んでいる事
をだ。何度も見てきた・・・。
「・・・そんなに、何度も戻って・・・。大丈夫なの?」
 恵さんは、まず心配してくれた。優しいね。
「ジュダさんと僕が『同化』している状態で、琥珀を持っていれば、失敗した事は
無いよ。恵さんから、いつも貰っているような状態だよ。」
 いくつか失敗するかと思っていたが、必ず成功した。記憶の齟齬も起きなかった。
「違うわよ。俊男さんの精神状態が心配なのよ!」
 ああ。そうか。恵さんは、そう言う人だったね。
「ありがとう。恵さんのおかげで、もう大丈夫。」
 僕は、恵さんを抱きしめた。こんなに心配してくれる人が居る。僕は幸せだ。
「んもう・・・。無理しちゃって・・・。」
 恵さんは、優しく受け止めてくれていた。
「・・・でも、実際問題、どうするかよね・・・。」
 恵さんは、体を離すと、指を顎に掛けて考えてくれた。いつもこうだったな。
「皆をジュダさんの所に集めるのは、やりましたの?」
 恵さんは、多少強引だが、ジュダさんの医務室に、皆を集める事を提案する。
「やったよ・・・。でも、ミシェーダとケイオスが同時に攻めて来て、爽天学園を
含めて、レストラン『聖』も全部焼け野原に変えられた・・・。そして、呆然とし
ていた所をミシェーダに突かれて、センリンさんが死んだ・・・。」
 今度こそ!と思ったが、サキョウが焦土と化す程、激しい攻撃だった。その様子
は、地獄絵図だった・・・。
「そう・・・。きついわね・・・。」
 恵さんは、溜め息を吐く。気持ちは分かる。
「それにしても・・・ミシェーダだけが来るパターンもあるのね?」
 恵さんは、尋ねてきた。そうだ。そう言えば、ミシェーダだけの時と、ケイオス
と同時に攻めて来る時があった。
「そう言えば、そうだね。でも、組んでいる様子は無かったけど?」
 寧ろ、ミシェーダとケイオスは、互いに邪魔だと思っていた節があった。
「そう。恐らく、組んでいたなら、毎回ケイオスが来た筈よ。」
 恵さんは、考察を開始する。頼もしいね。
「そう言えば・・・ミシェーダに対して、強く対抗した時に限って、ケイオスが来
たね。ケイオスに対しても、強く対抗しようとしたけど、彼等が来る時は、魔族が
軍団を率いて来るから、とても対処出来なかったんだ。」
 そう。ミシェーダは一人で来る。しかし、ケイオスの時は、魔族が軍を連れてや
ってきた。しかも、その中には、人斬りと思われる人も、多分に含まれていた。
「となると・・・ミシェーダを何とかしようとすると、ケイオスがより強力な軍を
連れてくるのね?・・・なら・・・。」
 恵さんは、考え込んでいた。しかし、答えは出ないようだ。
「・・・これは・・・駄目ね。」
 恵さんは、何かを思いついたが、即却下した。何だろう?
「・・・とりあえず、全員を集めましょう。やはり、そこから、何かを見付けるし
かないですわ。誰も死なないように・・・ね。」
 恵さんは、皆を集める事を提案する。確かに集めないと、確実に誰かがやられる
のは、間違いない。
 それから、急いで全員を集めた。説明の仕方は、もう慣れた物だった。
 もう何度目だろうか・・・。いや、考えるな・・・!今度こそ、上手くやるんだ。
 そして、ゼハーンさんの『魂流』のルールで、ジュダさんの万年病を治しに掛か
る。何度も見た光景だ。そして、出て来た『瘴気』と『神気』を、士さんや赤毘車
さんが、押さえに掛かる。・・・何度も見た・・・あれ?
 何かが足りないような・・・。そう言えば・・・居ない・・・?
「恵さん・・・は?恵さんは何処だ!?」
 僕は、恵さんの姿が無い事に気が付いた。いつもの光景だと思っていたので、気
が付くのが遅れてしまった・・・。
「恵なら、皆をここに連れてきた後、従業員を去らせると言って、出て行ったまま
だぞ?どうした?」
 瞬君は、最後の仕上げに『破拳』のルールを用意しながら、教えてくれた。
 まさか・・・まさかまさか!!
 僕は耐え切れず、医務室を飛び出した。そして、真っ先に道場に向かう。
「!!!」
 僕は、言葉を失った。そこに見えたのは、いつもの光景・・・。強烈な『結界』
がそこにあった。中は・・・恵さんが・・・!?
「冗談じゃない!!何で恵さんが!!開けろ!!開けるんだ!!!」
 僕は、狂ったように『結界』をぶん殴る。しかし、ビクともしない。
 このままでは・・・恵さんが!!馬鹿!!僕は何故、恵さんを一人になんかした
んだ!!一番大事な人を一人にするなんて!!
 しばらくすると、慌てて瞬君がやってきた。万年病の事は、終わったようだ。
「俊男!下がってろ!俺の『破拳』のルールで、こじ開ける!!」
 瞬君は、聞いたことがある台詞で、『破拳』のルールを用意する。
 そして、『結界』を殴ると、ボロボロと崩れ落ちていった。
 僕は、真っ先に飛び込む。すると、恵さんが倒れていた。
「恵さん!!!!」
 僕は、恵さんに駆け寄る。前を見ると、ミシェーダがボロボロになっていた。
「私の『時空』のルールを、5度も使わせるとは・・・。恐ろしき女だ・・・。」
 ミシェーダは、聞いた事がある台詞を吐く。
「ふざけるな!!許さないぞ!!!」
 僕は、弾かれたようにミシェーダに襲い掛かるが、ミシェーダは転送装置のよう
な物で去っていった・・・。ちくしょう!!!
「参り・・・ました・・・わね。」
 恵さんは、まだ息があった。ファリアさんが、一生懸命『治癒』の魔法を掛けて
いる。しかし、全く効かないようだ。
「俊男・・・さん。」
 恵さんが呼んでいたので、僕は駆けつける。
「恵さん!何で、こんな事をしたんだ!!」
 僕は恵さんが、わざわざこんな事をしたのを悟っていた。
「誰か・・・を、犠牲・・・にする・・・なんて・・・私に・・・は、出来ない。」
 恵さんは、誰かを犠牲にするしかないと、結論付けていたのか。
「上手く・・・ミシェー・・・ダを・・・倒せれば・・・と、思っ・・・たのよ。」
 恵さんは、強がりを言う。しかし、勝負を挑めば、ほとんどの確率で負けると、
分かっていた筈だ。それなのに・・・。
「俊男・・・さん・・・。これ以上・・・無茶・・・しな・・・いで・・・ね。」
 恵さんは、こんな状態でも、僕の事を心配する。
「貴方・・・強く・・・生きて・・・ね・・・。」
 恵さんは、そう言うと、首の力が無くなる。
「うぅ・・・うあああああぁぁぁぁ!!!!」
 僕は、目の前が真っ赤になった。
 こんな、こんな結末!認められるかぁ!!!駄目に決まってるだろ!!
「恵・・・。お前、無茶してるのは、お前だろぉ!!」
 瞬君は、恵さんを抱えて泣き始めた。何だこれは?こんな結末、あんまりじゃな
いか!こんな事を体験する為に、僕は時を越えたんじゃない!!
「俊男様。・・・これを、貴方に・・・。」
 睦月さんは、涙を堪えながら、僕に何かを手渡す。それは、いつも貰っていた琥
珀だった。
「恵様から、これを俊男様に渡すなと、言いつけられております。・・・でも、こ
れが無いと、恵様は、このままなんですよね?・・・それだけは!!」
 睦月さんは恵さんが、どう言う心境でこれを託したのか、分かったようだ。
「・・・有難う・・・。」
 僕は、受け取った。これが無かったら、恵さんは助からない。
「今なら、私の『魂流』のルールで・・・!」
 ゼハーンさんが前に出る。恵さんの為に、『魂流』のルールを使おうとしていた。
「駄目です。ゼハーンさん。」
 僕は、もうこれ以上、目の前で悲劇を見たくない。
「俊男・・・。ここは、ゼハーンさんに託そうぜ?」
 瞬君は、この現実を受け入れられないらしい。
「瞬君。悪い・・・。僕はね。結果を知っているんだ・・・。さっき話したよね?」
 僕は、何度も『時界』を越えているのを皆に話してある。
「私が・・・失敗すると?」
 ゼハーンさんも、気が付いたようだ。
「はい・・・。申し訳ありませんが、成功するのを見た事がありません。」
 僕は、伏せ目がちに言う。
「私は・・・無力だな・・・。」
 ゼハーンさんは、拳を握って悔しがっていた。
「じゃぁ、もう諦めるって言うのか!?」
 瞬君は、僕の胸倉を掴みかかってきた。
「諦める訳無い・・・。諦める訳無いだろう!!!!」
 僕は、強い口調で言い返す。僕が恵さんを諦める?そんな訳ありえない!!
「恵さんを諦めるくらいなら!!僕は死を選ぶ!!!!」
 そうだ。恵さんは、僕の一番大事な人だ!!諦める訳無い!!
 ・・・あ・・・。そうか・・・。最後の手が・・・残っていたか・・・。
 だから・・・恵さんは、口を噤んだのか・・・。だから恵さんは、自分を犠牲に
したのか・・・。馬鹿だ・・・。恵さんは、馬鹿だ!!
「・・・時を越える・・・よ・・・。やらなきゃ駄目なんだ・・・。」
 僕は、琥珀を握り締める。それが、僕の出来る事だ。
「・・・済まないな・・・。お前に頼っちまって・・・。それに、酷い事言って、
本当に済まない・・・。一番辛いのは、お前だよな・・・。」
 瞬君は、僕の気持ちを分かってくれたようだ。
「良いんだよ・・・。僕は、色んな人を見殺しにしてきた・・・。その報いだよ。」
 そうだ。僕は、どうやったら助けるか考えてきたが、結局叶わなかった。その結
果、色んな人の死を見てきた。
「・・・でも、大丈夫・・・。次は、きっと上手く行くよ!」
 僕は、晴々とした表情になった。やっと、解決策が見つかったからだ。
 いや、最初から、この選択肢しか無かったのだ。
「俊男君・・・。無茶しないでね?」
 ファリアさんは、心配してくれた。多分、気が付いてるのかも知れない。
 恵さん以外では、ファリアさんにも、良く世話をしてもらったからね。
「・・・大丈夫・・・。じゃ、行って来ます!」
 僕は、皆に、優しい笑顔を贈る。・・・これが最後だ。
 次こそが、最後の『時界』越えだ。
「・・・ふぅぅぅううう!!」
 僕は、ジュダさんと『同化』すると、琥珀に力を込める。
(お前の覚悟、俺にも伝わった。・・・良いんだな?)
 はい。それが、僕のやるべき道です。
 そう思った瞬間、目の前が引き伸ばされる。何回も見た『時界』越えの瞬間だっ
た。僕は、今度こそ、勝負を掛ける・・・!!



ソクトア黒の章5巻の5後半へ

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