6、蘇生  俊男さんは、ずっと苦しんでいた・・・。  一人で何でも抱え込んで、皆には、何とかするって言って・・・。  何度も仲間の死を見させられたと言っていた。  それを終わらせる為に、何度も時空を越えたって言っていた。  そんな辛い想いをして、その元凶を取り除く為に尽力する。  ミシェーダを倒すだけでは無く、『因果』を取り除くと言った。  それが、自分が消え去る事だなんて、残酷過ぎる!!  こんな結末、認めない!  それでも俊男さんは、やり遂げた・・・。  最期は、この家を守る為に、ミシェーダの自爆攻撃を受け止めてだ。  どこまで、他人の為に命を張るの?  残された私達の気持ちとか、分かっているのかしら?  ・・・これは、言い過ぎか・・・。  俊男さんは、誰よりも、その気持ちが分かっている筈だ。  誰よりも、滅びの瞬間を見てきた人だ。  目の前で、仲間が死んでいったのを見てきた人だ・・・。  私は、そんな苦しむ俊男さんを、助けてあげたかった。  なのに・・・あんな嬉しそうな顔で行ってしまうなんて・・・。  何で、俊男さんなの・・・?  あんなに仲間想いで、あんなに正直な人は居ない・・・。  最近では、兄様より正直な人だと知った。  私は、助けたい・・・心から助けたいと思ったのは、俊男さんが初めてだ。  でも俊男さんが、やったように時空を越えるのは、私には無理だ。  ・・・こんな呪われた力があるくらいなら、時を越えたい。  俊男さんを助ける為に、この力を使いたい!  こんな素敵な人を、みすみす死なせるなんて、私には出来ない。  待ってて・・・絶対に、取り戻してみせるから!  私は、腕の中で息絶えた俊男さんを、大事に大事に抱えあげる。  そして、皆が待ってる大広間まで、運んでいく。  私は、涙で前が見えなかったが、それでも関係無かった。絶対に助けるって決め た。決めたんだ。だから、どんなに無様でも、助けてみせる。その為には、ゼハー ンさんの力が必要だ。でも、俊男さんは言っていた。ゼハーンさんの『魂流』のル ールでの蘇生は、成功した事が無いと・・・。  でも、そんなの関係無い!今度こそ、成功して貰わないと駄目だ。  いや、今度は五分五分の筈だ。それは、『因果』を越えたからだ。  私は、天神家の門を開ける。すると、睦月が待っていた。 「恵様。・・・と、俊男様!?この怪我!!」  睦月は、ビックリしていた。私が、俊男さんを迎えに行くとだけ伝えてあったの で、俊男さんが、こんな状態だ何て思わなかったんだろう。 「・・・睦月。医務室に運ぶわ。後、皆を集めなさい。手伝ってもらわなきゃいけ ない事があります。」  私は、有無を言わせない口調で言う。 「恵様・・・。分かりました・・・。それは、皆が必要なんですね?」  睦月は、私に聞きたい事があったようだが、すぐに納得してくれる。説明する手 間が省けて助かる。分かっているのだ。皆を集めて、私が説明すると言う事を。  私は、医務室まで、自分の手で運んだ。他の使用人が、手伝おうとしたが、私が 拒否した。これだけは、私がやる。私がやるんだ!  医務室に入ると、赤毘車さんが、ジュダさんの様子を見ていた。私は一瞬、ジュ ダさんに黒い感情を抱く。この人が、俊男さんに『因果』を背負わせたのだ。私は、 そう思ったが、頭を振る。そう思うのは、筋違いだし、俊男さんのこれまでの苦労 を、否定する事になる。だから、平静になる。 「恵。・・・お、おい!俊男!!どうしたのだ!?」  赤毘車さんは、俊男さんが動かないのを見て、動揺する。 「後で説明します。ただ、その前に、この痛々しい傷は、治したい・・・。」  私は、俊男さんがお腹に受けている傷を見る。何と言う痛々しい傷だ。 「・・・そうか・・・。私も手伝おう・・・。」  赤毘車さんは、ジュダさんの看病で疲れている筈なのに、手伝うと言ってくれた。  私は、『治癒』の魔法を、赤毘車さんは、『逃痛』の魔法で、傷を癒していった。 俊男さんの体は、死んで間も無くだからか、傷が綺麗に治った。良かった・・・。  しばらくすると、誰かが走ってくる音が聞こえた。そして、扉が開かれる。 「お、おい!!俊男!!」  兄様だった。兄様は、真っ先にここに駆けつけたのだろう。 「おい!!何か言えよ!!嘘だろ!?冗談だろ!?」  兄様は、俊男さんがピクリとも動かない様子を見て、手を握りながら、歯軋りす る。その気持ちは分かる。私がそうだからだ。 「おい。恵!何があったんだ!!」  兄様は、泣きながら私の顔を見る。 「説明します・・・。全て・・・。皆が揃ったら、必ず・・・。」  私は、目を瞑る。自然と涙が流れていった。  そして、皆が集められた。俊男さんの死を悲しむ声が漏れる。 「トシ兄・・・。私を置いていかないでよぉ・・・。」 「トシ君の馬鹿!!・・・こんなのって、無いよ・・・。」  莉奈や江里香先輩も、涙が止まらないようだ。見てる?俊男さん。私だけじゃな いのよ?皆が、貴方の死に悲しんでいるのよ? 「・・・説明しますわ・・・。俊男さんから託された伝言を・・・。そして・・・ 私の決意を!!こんな結末・・・!!私は認めませんからね!!」  私は、つい声を荒げる。でも、我慢なんか出来ない。俊男さんは、絶対に助ける んだ!どんな事をしても!!絶対にだ!! 「恵様・・・。うん。じゃ、聞かせて・・・。」  莉奈は、私の決意に同調してくれた。  それから私は、俊男さんに聞かされた話を始めた。  それは、とてもとても長く孤独な闘い・・・。越えられなかった3月1日のお話。 俊男さんは、やり直す度に、疲弊していった。最初は、ジュダさんが死んだ。万年 病によってだ。そして、それにより、赤毘車さんが自殺した・・・。そこを狙うよ うに、ミシェーダがやってきて、士さんを殺した。それから、皆がバラバラになっ て、最後は私が死にに行って、残らなかったと言う。  そこで、未来のジュダさんが、俊男さんと『同化』して、時を越える事を決意し たと言う。ジュダさんは、琥珀の力で、時を越える事に成功する。  そして、繰り返す3月1日。ジュダさんの万年病を治す術を発見。これで上手く 行ったと思ったが、ミシェーダの襲来が早まって、士さんを殺されてしまう。後は、 その前の時空と同じ事の繰り返しになっていく。  それでも納得しない俊男さんは、3月1日を繰り返す。2月27日から何度も繰 り返したと言う。3月1日を越えるまで!そこは、地獄のような光景だった。3月 1日に必ず誰かが死んだと言う。そして、ゼハーンさんが『魂流』のルールで蘇生 を試そうとして、失敗して終わる・・・。その繰り返しだった。  その事を俊男さんから聞いた私は、『因果』を感じたのだと言う。3月1日には、 必ず人が死ぬ。それが誰かは、確定していない。だけど、『因果』を断ち切らない 限り、必ず誰かが死ぬと言う仮説だ。ミシェーダを何とか対処した時は、ケイオス が攻めてきてまで、誰かが死んだと言うのだから、驚きだ。  それを聞いて、私が出した答えは、自分が犠牲になる事だった。・・・今考えた ら、馬鹿な答えだ。そんなの、俊男さんが見たら、時空を越えるに決まっている。 だけど、私は気が付いていたんだろう。『因果』を断ち切るには、『因果』の原因。 つまり、ジュダさんと俊男さんが消えるしかないのだと・・・。それを防ぐ為には、 誰かが死んで、『因果』を受け流すしかないと・・・。  だが案の定、俊男さんは、時空を越えた・・・。そして、私が気が付いた『因果』 に、俊男さんも気が付いてしまった。『因果』を断ち切るには、原因である自分が 消えるしかないと・・・。  私は、俊男さんの様子を見て、それに気が付いた。だから反対した。当たり前だ。 俊男さんが犠牲になるなんて、そんなの嫌だからだ。  だから俊男さんは、『因果』を越える為に、ミシェーダと対決して、誰かが死ぬ と言う『因果』にミシェーダを当てはめようとした。そして、その対決は、見事に 俊男さんが勝利したが、ミシェーダは、死に際にチャクラムを爆弾と化して、ここ を吹き飛ばそうとした・・・。それを俊男さんは、命に代えて、防いだ・・・。  こうして、『因果』を越えたのだ。未来のジュダさんと、俊男さんの魂を犠牲に してだ。元々、ジュダさんが万年病を克服したら、未来のジュダさんは、消える予 定だったと言う。 「・・・以上よ。俊男さんは、地獄を見たのよ。・・・でも、冗談じゃないわ。私 は、絶対に諦めない・・・。このままなんて、嫌よ。嫌なんだから!!!」  私は、感情を爆発させる。一番苦しんだ俊男さんが、消え去る事で結末?ふざけ るんじゃないわよ!そんなの、認めない!! 「俊男・・・。馬鹿野郎・・・。お前、苦しみ過ぎだろう?・・・お前、俺に、こ んな思いを抱えたまま、暮らしていけって言うつもりだったのかよ・・・?」  兄様は、拳を握って、悔しそうにしていた。涙が止まらないようだった。 「トシ兄・・・。こんなの無いよ・・・。酷いよ・・・。」  莉奈は、俊男さんの苦しみを知って、涙する。 「トシ君。貴方は、居なきゃいけない人よ!この中で誰よりも!!」  江里香先輩は、唇を噛んでいた。私と同じ想いなのだろう。 「俊男!こんな結末駄目だ!!俺は、目の前でこんなの見せられて、我慢なんか出 来ねぇ!!お前を助けたい!!」  レイクさんも俊男さんと仲が良かった物ね。 「俊男君。私も、皆と同じよ。貴方が苦しんで、そのまま死ぬだなんて、そんなの 認めないわ。レイモスの時以上に、認めない気持ちよ。」  ファリアさんは、涙を拭いながら、決意を新たにした。 「俊男・・・。お前、俺を何回助けたんだ?・・・そんな恩人を放っとける程、俺 は物分りが良い訳じゃない。こんな結末認めんぞ!」  士さんは、自分が助けられた事を知って、俊男さんに感謝する。 「俊男さン。士を助けてくれて、ありがとウ。でもネ・・・。貴方だけ苦しんで、 消えるなんて、駄目ですヨ?」  センリンさんは、本当に感謝していた。 「俊男殿は、我等の恩人。ここで助けずして、恩に報いる事は出来ぬ。」 「俊男君よぉ。オレらは、諦めが悪いんだぜ?今度はオレらが、助ける番だ。」 「ジャンの言うとおりだね。こんな想いは、もうたくさんだよ。」  ショアンさんも、ジャンさんも、アスカさんまで、俊男さんの事を、助けたいと 思ってくれていた。 「俊男・・・。絶対、帰って来いよ。待ってるからな!」 「お前は、ここで死ぬべきじゃあない。こんな事で、納得出来るかってんだ!」 「そうです。私達は、貴方に何回も助けられたなら、今度は私達が助ける!」  グリードさん、エイディさん、ジェイルさんも、この結末を認めないようだ。私 と気持ちは一緒だ。 「私は、恵様をお救いした貴方を、放ってなど置けません。」 「俊男さんは、恵様を置いていく気ですか?駄目ですよ!」  睦月も、葉月も、私の為に、俊男さんの無事を、祈ってくれている。本当に良く 出来た使用人よね。 「俊男。アンタ、どれだけ苦しんだのさ・・・。助けなきゃね・・・。」 「馬鹿だよ。俊男は・・・。皆どれだけ、お前を心配してると思ってるんだ・・・。」  亜理栖先輩は、俊男さんの苦しみを察して、勇樹は、皆の気持ちを代弁する。 「俊男君。君は、私なんかより、よっぽど此処に居なくては駄目だ。」  ゼリンが、目を瞑りながら、そう言ってくれた。 「俊男・・・。俺を置いていくなんて、許さんぞ!!」 「俊男。お前との手合わせは、まだお前の方が上だ。勝ち逃げは許さないからな。」  伊能先輩は、大事な後輩を思って、そして、修羅先輩は、独特な言い回しで、俊 男さんを失いたくないと言う気持ちを出す。 「俊男さん、苦しかったんだね。・・・でも、恵様を置いて言っちゃ駄目よ。」 「そうだぜ・・・。俺は、お前の許されて、此処に居るんだ。お前が居なくなっち まうなんて、自分が許せなくなっちまう。・・・戻って来い。」  葵は心配をして、魁君は、自分が許してもらった時の事を思い出す。 「私は、余り面識が無いけど・・・アンタ、これだけの人に愛されてるんだ。居な くなっちゃ駄目だよ・・・。」  ティーエさんは、柔らかな眼差しで、こちらを見ていた。 「ジュダと共に、私を助けた・・・。君は神を超えて、この世界の安寧を勝ち取っ た。そんな君が、このまま死んでいくなんて、私には耐えられぬ!」  赤毘車さんは、握った拳から血が出るくらい、悔しがっていた。 「俊男。君は、私の失敗を見る度に、時空を超えて、私をも救った。・・・このま ま、私が何もせずに居ると思うか?・・・絶対に助けるぞ。『魂流』のルールでな。」  ゼハーンさんは、燃えるような決意を、瞳に宿していた。 「・・・そうだ・・・。助けなきゃ・・・駄目だ!!」  後ろから声がした。この声は、ジュダさんだ。 「俺が不甲斐無いばっかりに、お前が命を懸ける羽目になった・・・。未来の俺は 消えたが・・・この俺は残っている・・・。このまま、お前を死なせて堪るか!! そんな事をしたら、俺は一生後悔する事になる!!冗談じゃない!!」  ジュダさんは、目を閉じて、再び目を開ける。すると、これまでの病気が嘘のよ うに吹き飛んで、今まで以上の輝きを放つようになっていた。 「お前に助けてもらったこの命、大事に使うぞ。だが、そこには、お前も居なきゃ 駄目だ!!未来の俺がやらかした始末は、この俺の手で片を付ける!!」  これは凄い・・・。万年病を克服した反動か、今まで以上の力を感じた。 「恵。俺達の気持ちは一緒だ。俊男は、俺達には欠かせない存在だ。助けよう!」  兄様は、涙を振り切って、前を向く。 「しかし、『魂流』のルールは、何度も失敗したと聞くが?」  士さんは、失敗の可能性を、案じているのだろう。 「それについては、『因果』が関係していた可能性が高い。その『因果』が外れた 今なら、助ける可能性は、五分だと、俺は思っている。」  ジュダさんが、解説してくれた。私も思っていた事だ。 「後、聞いた話では、魂の移動だけで、助けようとしてたと聞いていますわ。それ だけでは駄目なのですわ。」  違う『時界』の私は、焦燥していたので忘れていたのだろう。でも、俊男さんを 助けるとあれば話は別だ。聞いた話を分析すれば、すぐに答えは分かった筈だ。 「清芽さんだけが呼びかけるんじゃ、失敗してしまうのでしょう。呼びかけ役が、 必要なのよ。伝記でも、レルファが呼びかけ役をやったと、記されていますわ。」  そうだ。伝記ではレルファが、兄であるジークを呼びかけるのに、魂になって、 呼びかけ役をやったと言う。それに当たる人物を付けなければ、失敗する可能性が 高いのだ。 「だから、莉奈。貴女が呼びかけ・・・。」 「駄目ですよ。恵様。」  私が、莉奈にその役を頼もうとしたら、莉奈に止められた。 「呼びかけ役は、恵様じゃなきゃ駄目です。」  莉奈は、譲らなかった。私が? 「トシ兄を呼びかけたい気持ちはあるんです。でも、トシ兄が一番信頼して、ずっ と相談していたのは、恵様なんでしょう?なら、恵様がやるべきです。」  莉奈は、私以外に、適任者は居ないと言う。 「私もそう思うわ。恵さん以外で、俊男君を呼び戻す事は出来ないと思う。」  ファリアさんまで、私が良いと言う。 「・・・全く・・・。この私が行くんですから、皆、期待して良いですわ!」  私は涙が出る程、嬉しかったが、強がりを言う。確かに私が助けに行きたかった。 だけど、莉奈が適任だと思っていた。それを、莉奈本人から否定されたのだ。 「トシ君を頼むわよ。恵さん。」  江里香先輩が、思い詰めた目で、私を見る。この人も、俊男さんの事、好きだっ たんだろうなぁ。でも今は、私が助けるんだ。 「・・・では、救出計画を話しますわ。」  私は、既に考えてあった。全員を集めたのは、その為だ。 「『魂流』のルールは、魂の移動をして、物体に命を吹き込む『ルール』だと聞い ていますわ。物体は空っぽなので、魂を入れるのは、拒否反応が無い為、大した力 を使わずに、成功すると聞いています。」  私は、独自に調べたフジーヤさんの研究資料を広げながら話してやる。ゼハーン さんが、『魂流』のルールだと分かった時に、集めた資料だ。違う『時界』の私も、 資料を頭に入れていたと思うが、『因果』のせいで結論に至らなかったのだろう。 「でも、同じ人間の蘇生ともなると、話は違います。単に魂の量だけで、蘇生させ る事は不可能です。魂の量も必要ですが、死んでいる俊男さんの心に活力を入れな くては駄目なのです。拒否反応が起こるのですわ。そのせいで、何回も失敗したの だと、私は考えています。」  それが、厄介なのだ。自分は死んでいると言う認識が、体と魂のバランスを崩さ せる。そうすれば、蘇生など成功する訳が無い。 「違う『時界』の私達に足りなかったのは、団結力ですわ。何回も失敗したのは、 私も半信半疑だった事と、俊男さん自体が、時を越える事しか考えていなかったせ いもあります。今回は、失敗出来ませんから、心を一つにしなきゃ駄目ですわ。」  私は、この蘇生に一番必要なのは、団結力だと言った。 「心に活力を与えるのは、私がやります。皆さんは、後押しをして下さい。最後は、 やはり魂の量が命運を分けます。だから、俊男さんが戻ってこれるように、ギリギ リまで魂を分け与えて下さい・・・。お願いします。」  私は、無茶な事だとも思った。魂の量をギリギリまでと言うのは、下手すると、 命に関わる。でも、それくらいしないと、俊男さんを蘇生するなんて無理だろう。 彼のフジーヤさんも、英雄ジークを蘇生させるのに、自分と親であるライルさんの 命が必要になる程だった。それに近い魂の量を得るには、覚悟が必要だ。皆が真剣 に俊男さんを助けたいと思わなければ、実現しないだろう。 「ゼハーンさんは、『魂流』のルールで、お婆様と私の魂を連れて、俊男さんの意 識に潜り込ませて下さい。お婆様、俊男さんの意識へは、私が行きますわ。」  私は、ゼハーンさんの目を強く見る。その奥に居る、お婆様の魂にも伝わるよう にだ。実際に天使であるお婆様の力が、今は必要なのだ。 「江里香先輩は、俊男さんの体を『治癒』のルールで完璧に治して下さい。」  江里香先輩には、俊男さんを治してもらわなきゃならない。私と赤毘車さんの処 置は、あくまで応急処置なのだ。そして、睦月にも診て貰ってるが、完璧に治すに は、江里香先輩の『ルール』が、一番効果的だろうと言う結論も貰っている。 「トシ君。帰ってこなきゃ駄目よ・・・。」  江里香先輩は、労るように『治癒』のルールを使う。さすがに効果が高い。 「よし。清芽殿の用意も完了した。いつでも行けるぞ。」  ゼハーンさんが、『魂流』のルールを発動させる。 「恵、頼む。俊男は俺の大事な親友だし、一番のライバルだ!助けてくれ・・・。」  兄様は、いつになく真剣に私に頼む。 「言われなくても、絶対に助けますわ。私自身の為にもね。」  そうだ。一番助けたいのは、私自身だ。俊男さんは、助けるんだ! 「では、始める。・・・一人ずつ、願いを込めてくれ。それを俊男に送り込む。」  ゼハーンさんが、『魂流』のルールを発動する。両手が青白く光る。魂を操る神 聖な光であり、不気味な光でもあった。 「良いか?お前は、俺の大事な常連客だ。しかも、俺の恩人なんだろ?なら、戻っ て来い。俺は、感謝を伝えて無いし、料理も振舞って無いんだ。」  士さんが、ゼハーンさんの左手に触れる。すると、物凄い光を放ったと思うと、 右手の先にある俊男さんの体に、光が入っていく。 「待て・・・。う・・・。」  士さんは、眩暈をさせながら、グロバスに姿を変えた。 「俊男よ。我は、この目で人間の絆を見た。そして今、また見せてくれると信じて いる。・・・そして、我をも救ったお主に、敬意を表する。我が魂を使うと良い。」  グロバスも、魂を渡す。すると、結構な量の魂が注入される。すると、士さんに 姿が戻った。相当に力を使ったのか、肩で息をしていた。 「俊男さン。士を守ってくれて、ありがとウ。ここで死んじゃ駄目だヨ。」  センリンさんが、同じように魂を注入する。終わると気絶しそうになる。 「俊男殿。恩人に報いる為、私も願いを込めよう!」  ショアンさんは、恩人と言った。俊男さんは、未来を変えたのだから正しい。 「君みたいな若い奴が、未来の為に死ぬなんて、俺は認めないぞ。」  ジャンさんは、大人として、俊男さんを守りたいと思っているようだ。 「ウチ、もう悲しい想いは、たくさんなんだよ。帰って、また店に来なよ!」  アスカさんは、涙を流しつつ、想いを込めていた。両親を思い出してるのかもね。 「俊男。戻ってこいや・・・。また手合わせをするんじゃ!」  伊能先輩にとっては、可愛い後輩だ。その想いも真剣だ。 「パーズ拳法を、柔道みたいに世界に轟かせるって、言ってたよな。戻って来い!」  修羅先輩は、俊男さんと、夢を語ったみたいだ。 「俊男さぁ。俺達を置いていくなよ・・・。帰ってこいよな。」  勇樹も、寂しいのかな。俊男さんとは、良く手合わせしてたわね。 「忍術の修行、まだ教え切ってないんだ。戻ってこないと、許さないよ!」  亜理栖先輩は、涙を堪えながらも、ゼハーンさんに魂を渡す。 「これだけの人に囲まれている。君は幸せ者だ。戻ってきたまえ。君は必要な人だ。」  ゼリンが、あらん限りの魂を渡してくれる。 「ここに居る全員が、力を合わせて出来ない事なんか無い。私も信じるよ。」  ティーエさんは、自分も加わると言う強い気持ちで、魂を注入した。 「お前、無理し過ぎなんだよ。・・・帰ってこいよ。待ってるからな。」  グリードさんは、ジェイルさんの時を思い出してか、涙を流した。 「良いか?当主様を悲しませるなんて、俺も許さないぞ。帰ってきな!」  エイディさんは、私の事を引き合いにして、魂を注入する。余計なお世話だ。 「皆、待ってるんですよ。貴方が背負った未来を一緒に進む為にね。」  ジェイルさんは、静かにだが、優しく魂を注入する。だが本気だった。 「俊男さん。莉奈を、置いてっちゃ駄目だよ。私も待ってるからね。」  葵は、莉奈の事を心配する。あの子の為にも、帰ってくるように言う。 「『探知』のルールで見つけた時、嬉しかったんだ。俺は、お前を失いたくない!」  魁君は、俊男さんをを見つけた時の喜びを語る。今度も失いたくないのだろう。 「私は、お前に何度も助けられたらしい。私は神として、君のその行動に報いたい。 帰ってきてくれ・・・。私とジュダの感謝を君に聞いてもらいたいんだ。」  赤毘車さんは、俊男さんに感謝する。神だからと言うのは関係ない。一個人とし て、俊男さんに感謝したい感じだった。 「トシ兄。私、お父さんとお母さんの悲しむ顔、見たく無いよ?それに、私も悲し いんだよ?ね。帰ってきてよ。お願い!!」  莉奈は、妹として、想いの限りを込める。 「俊男君。こんな所で、倒れてちゃ駄目よ。私は君の意志を信じてるからね。」  ファリアさんは、俊男さんに何度も、頼られていた。だから、死なせたくないの だろう。ファリアさんにとっても、俊男さんは、大事な仲間だからだ。 「俺は、俺の目の前で、これ以上の悲劇なんて要らない・・・。お前は、俺達を救 ってくれた・・・。でも、お前を犠牲にしてなんて、俺は受け入れないからな!」  レイクさんは、色んな悲劇を見てきた。だからこそ、俊男さんの死を受け入れる 訳には行かないのだろう。 「私の想いも込める。私も、これ以上の悲劇は要らぬ。帰って来い。俊男!」  ゼハーンさんは、『魂流』のルールを失敗させない程度に想いを込める。 「俊男さん。私は、恵様と貴方は、お似合いだと思っているんです。恵様を悲しま せちゃ駄目ですよ。未来のご主人様かもし知れないんですからね?」  葉月は、悪戯っぽく私を見ると、想いを込めた。色々言いたい事はあるが、俊男 さんの為に魂を注入してくれた事に感謝しておく。 「俊男様。恵様を幸せに出来るのは、貴方しか居ません。帰ってきて下さい。貴方 と恵様の笑顔を、私は守りたい!」  睦月は、私と俊男さんの為に、祈ってくれていた。有難い事だ。 「トシ君。私、恵さんには敵わないけど、貴方の事、好きよ?瞬君の次くらいに好 きなんだから、戻ってきなさいよ。私、このままなんて、絶対に嫌だからね?」  江里香先輩は、大胆な事を言う。やっぱり、俊男さんの事も好きだったのね。兄 様に惹かれたのも、俊男さんに似ているからってのも、あるんでしょうね。 「戻って来い・・・。俺は、お前と一緒に生きるのが、当たり前だと思っていた。 その生活は、絶対に守りたい!恵の為にも、戻って来い!!頼む!!」  兄様は、涙が溢れていた。本当の親友。だからこその願い。それが、込められて いた。そして兄様は、姿を変える。これはゼーダさんか。 「俊男。君は死んではならない。これだけの素晴らしい仲間達を、置いていっては いけない。・・・私は、その手伝いをしよう。」  ゼーダさんも想いを込めた。そして、再び兄様に戻る。 「・・・ふぅ・・・。帰ってこいよ・・・。俊男!!」  兄様も物凄い脱力感だったみたいだが、何とか目を開けていた。 「悪かったな・・・。俺は、お前に辛い思いをさせた。お前に地獄を見せた。そし て、お前は犠牲になった・・・。時を越えるとなれば、そうなるであろう事は、予 想出来る。なのに、お前を選んでしまったんだろうな・・・。未来の俺を許せとは 言わない。だが、その代償は、俺が払ってみせる。戻って来い!!」  ジュダさんは、より一層の想いを込めて、魂を注入した。そこには、時を越えさ せた事で、何が起こるか、分かっている口調だった。 「・・・見なさい。これだけの人が、貴方を待っているのよ。私、絶対に連れ戻す から、待ってなさい?これで終わるなんて、私は認めないから!俊男さんの居ない 世界なんて、何度でも否定するんだから!!貴方が居ないと、駄目なんだから!! 絶対に・・・絶対に連れ戻してやるんだから!!良いわね!?」  私も想いの限りを込めて、ゼハーンさんの左手を握る。すると、物凄い勢いで脱 力感が支配する。しかし、こんな物に、私は負けない。そして、これから俊男さん の意識に行くんだから!! 「よし・・・。魂は十分だ・・・。後は恵殿。貴女次第だ!頑張って来い!」  ゼハーンさんの発破と共に、私の魂は、引き込まれる。 「行くぞ!!『魂流』のルール!!!」  ゼハーンさんの声が聞こえたと思ったら、私の意識は、沈んでいった。  意識の中の世界・・・。それは、記憶の中の世界とも言うのだろうか?しかし、 ここは、そことも違うと思う。異次元世界の中なのだと思う。そこには、光り輝く 門と、暗闇に沈む門が見えた。  そうか・・・。聞いた事がある。死に向かう直前に、天の楽園と魔の楽園に入る 入り口があると。ここがそうなのかも知れない。ここに来れたと言う事は、俊男さ んに追いつけたのだろうか?  まだ油断は出来ない。俊男さんが行ってしまった後では、手遅れと言う事になる。 そうなる前に、連れ出さなくてはならない。 (恵ちゃん。焦っちゃ駄目よ。)  あ。お婆様。大丈夫です。焦ってませんわ。ただ、手遅れにならない内に俊男さ んを見つけたいと思っただけです。 (そう。大事な人なのね。恵ちゃんが、命を懸ける程の・・・。)  ええ。こんなに人を好きになったのは・・・兄様以外では、俊男さんが初めてで すの。今思えば、兄様へは憧れの念が強かったけど、俊男さんは、ちょっと違うの。 (本当に好きになったのね。恵ちゃんが、涙するくらいに・・・。)  そうよ。私は意地っ張りで、人の上に立つ為に、自分の気持ちを押し殺す事が多 いけど、俊男さんの事は別。真の意味で人を好きになるって事を、教えてくれた人 なんです。あんなに一生懸命で、優しいのに、私の為にミシェーダを殺す事が出来 る強い人なの・・・。あの人を失うなんて、私には耐えられません。 (恵ちゃんは、見つけたのね・・・。連れ添えると思える人を・・・。)  そうです。私の隣に合うのは、俊男さんしか居ませんわ。・・・フフッ。ついこ の間まで兄様の事ばかり言ってきた、私らしく無いですわね。 (ううん。その想いの激しさは、恵ちゃんらしいわよ。昔から決めた事は、やり遂 げる子だった物ね。私は嬉しいわ。)  お婆様。私の事、見てくれてたのですね。有難いですわ。 (恵ちゃん、頑張りやさんだ物・・・。厳導も期待しちゃうわよね。)  父様ですか。あれは、やり過ぎの部類に入ります。自分の命を投げ出してまで、 私にだけ期待をするなんて、残酷です。 (恵ちゃん・・・。厳導の事も、そこまで見れてるの?もっと怒っているかと思っ たわ。許されない事をしていたし、言っていたからね。厳導は・・・。)  そうですね。憎んでましたよ。私に対してやった実験は、今でも、許すつもりは ありませんし、私は、手を下した事に後悔はしてませんわ。 (そうよね・・・。)  でも、あの人なりに、愛情を持って接したでしょうし、歪んでても、私を強くし ようとしたのは、事実です。それを否定するつもりは、ありませんわ。 (本当に・・・強くなったのね。私は嬉しいですよ。)  フフッ。少し前までは、名前を出すだけでも嫌悪感を持った物ですわ。でも、そ れじゃ前に進めません。睦月から、父様の想いを聞いてからは、少しだけ見る目が 変わったんです。思い込みが激しいのよ。私は、似ちゃったんでしょうけどね。 (想いが強いのは、良い事よ?恵ちゃんは、恵ちゃんのままで居てね。)  はい。私は、天神 恵です。私が私である為に、俊男さんは救ってみせます。  ・・・そうだ。それが、私らしく生きる道なのだ。  それにしても、俊男さんは、何処に居るのか?天の楽園と、魔の楽園へと通じる 門だろうか?その前まで来たが、姿を見せない。いや、見当たらない。  まさか・・・。もう行ってしまったのだろうか?しかし、俊男さんが死んでから、 そんなに時間は経っていない。まだ、間に合うと思うのだが・・・。 (近くの天使がまだ来てないから、まだ、魂は引き上げられて無いと思うんだけど。)  お婆様なら、感じ取れるのね。じゃぁ、まだ近くに居るのかも知れないわね。  ここで、待ってた方が無難かしらね?・・・あれ?  誰かが、こちらに来る。・・・あれは何?え?嘘・・・。 (ジュダ様?・・・それに俊男君が2人?)  そうだ。俊男さんが2人居る。ジュダさんと2人で歩いている俊男さんと、後ろ で、キョトンとしている俊男さん。どうして?・・・こちらに近付いてきた。 (驚いたな・・・。まさか、此処に恵が居るなんてな。)  ジュダさんこそ、此処にどうして? (送り届ける為さ。このままじゃコイツが、魔の楽園に行っちまいそうだった。)  ジュダさんは、キョトンとしている俊男さんを指差す。 (僕は、死んでしまったのか・・・。でも、恵さんに最後に会えて、良かったかな。)  俊男さんは、気を落としていたが、私の顔を見て安心する。  安心されたら困る。私は、俊男さんを連れ戻しに来たのだ。 (僕を?でも、戻れないんでしょ?そう聞かされたけど?)  それは、危険な兆候よ。自分が死んだと確定させては駄目。俊男さんは、私と生 きるのよ。私は、こんな結末認めないんで。 (恵さん・・・。まさか此処にまで、追っ掛けに来てくれるなんて・・・。)  もう一人の俊男さんが、感動する。そっちの俊男さんは、もしや・・・。 (そうだよ。『時界』を越えたのは、僕の方だよ。こっちは、その魂が入る時に、 意識を乗っ取られた僕だね。だから、何も知らないんだ。)  そう言う事か。『因果』から外れたジュダさんと俊男さんが、『因果』を越えた 俊男さんを連れてきたのか。 (このままじゃ、意識が無いまま彷徨う事になる。それは忍びなかったからな。)  いわゆる浮遊霊って奴ね。 (だけど、この事態・・・。『魂流』のルールか?)  ジュダさんは、すぐに気が付く。さすがね。 (そんな・・・。このままじゃ、恵さんやゼハーンさんまで、死んじゃうよ!)  散々見てきたんでしょ?何回も失敗したって、聞いたわね。 (そうだよ!僕だけなら良い!でも、恵さんやゼハーンさんまで死んじゃったら! 僕は何の為に、ここまで命を懸けて来たんだ!!)  何を言ってるの?本当に呆れるわね。貴方、私が死ぬとでも思っているの?冗談 じゃない。冗談じゃありませんわ!私はね。こんな結末真っ平なのよ。だから覆し に来たの!貴方と同じに、足掻くつもりよ。 (でも・・・もう『時界』を越える事は・・・。)  そこで思考を停止したら、そこまでじゃない!私は嫌よ!これからの未来は決め られている?冗談じゃないですわ!散々見てきた『因果』を覆すのよ!私は!! (恵さん・・・。さすがだね・・・。でも・・・。)  何を弱気になってるの?私が連れ戻しに来たのよ?絶対大丈夫よ。 (そうだな・・・。任せるか。)  ジュダさんは、後ろで私達の会話を聞いていた俊男さんを前に出す。 (何だか良く分からないけど、僕が死んじゃったのを、連れ戻しに来たんだよね?)  そうよ。私だけじゃない。皆が、貴方の帰りを待ってる。皆の生きる活力に、貴 方は、なっているの!それで帰らないなんて、私が許さない。 (僕が戻ったら、『因果』のせいで、未来が崩れるって言われたから、このまま天 の楽園に行く物だと思っていた。)  それは、楽な選択肢よね。未来の為に自分が死んで、後は私達に任せるんでしょ? でもね。私はそんな選択肢、許しません。未来が崩れるって言うなら、崩れないよ うに抗うのよ!それが例え困難でも!私と貴方なら、出来ますわ! (ハハッ!厳しいその言い回し、さすが恵さんだね。)  俊男さんは、本当に嬉しそうに笑った。 (恵ちゃん・・・。本当に立派になって・・・。)  お婆様。私は私よ。困難があったら、立ち向かうのが私。 (正直に言うと、僕は死にたくなんか無い。皆と生きる道があるなら、そこを進み たい。恵さんと離れたくなんか無いからね。)  俊男さん。そうよ。そうこなくちゃ駄目よ。 (・・・こうなったか・・・。これで、俺の肩の荷も下りると言う物だ。)  ジュダさん?どうしましたの?貴方も一緒に・・・。 (駄目さ。俺が行くのは、そっちじゃないし、そこの門二つでも無いんだ。)  え?どう言う事?違う道でもあると言うの? (僕達が行くのは、あっちなんだ。)  ジュダさんと、『時界』を越えてきた俊男さんは、上を指差す。  な、何アレ?上に見えた世界は、真っ暗闇だった。本当に何も無い。 (あそこは、『因果』を越えた者が行き着く果てだ。時間も、空間も、概念さえも 無い場所だ。あそこに、俺達は飛ばされる。そして、永遠に漂い続けるのさ。)  何それ・・・。そんなの酷過ぎるじゃない!そんな場所に、ジュダさんも俊男さ んも行くと言うの!?皆の為に、あそこまで尽くして、何度も頑張ったってのに! (それくらいの禁忌なんだ。・・・やり直しってのは、やっちゃいけないんだ。)  だって!それは、私達のためでしょう!?そんなのって無い! (僕も、正直怖いね。だから、この『時界』での僕は、せめて天の楽園に送り届け ようとしたんだ。巻き込んで、僕達に付いてこないようにね。)  ・・・馬鹿!馬鹿よ!!貴方達、やるだけやったら、そんな拷問みたいな世界に 行かされるなんて、それで良いの!? (そうだ。それは、僕の為でもあるんだろ?巻き込まない為?だからあんな所に行 くだって?それで助かった僕が、嬉しいと思うとでも?)  隣に居る俊男さんも反論する。 (君は、つくづく僕なんだね。でも、君が居るから、僕は安心して行けるんだ。)  あっちの俊男さんは、清々しい顔をしている。 (君が居なかったら、僕は、また繰り返していたよ。皆が一人ずつ死んでいく、地 獄のような想いを、何度もしてね。)  俊男さんは、顔を歪める。何度も、何度も苦しんできたのだろう。 (恵。俺達は、罰を受けるんじゃない。宇宙の意志と一緒になるだけだ。居なくな る訳じゃ無いんだ。・・・だから、忘れないでくれたら良い。)  ジュダさん・・・。でも、そんなの・・・。屁理屈だよ・・・。 (そっちの僕。・・・こっちの僕は、意識の海へ行ってくるからさ。そっちの僕は、 恵さんを頼むよ。上から見てるからさ。)  あっちの俊男さんは、満面の笑みで言う。何であんな顔が出来るのよ・・・。 (君は、それで良いんだね?)  こっちの俊男さんは、鋭い目付きで、二人を見る。 (本当は、良くないよ。・・・でも、意識をそっちに飛ばして、偶に見に行くから、 成果を見せてくれよ。ちゃんとしなかったら、承知しないよ?)  あっちの俊男さんは、漂ったまま、見る事しか出来ないのか・・・。 (分かった。誓うよ。恵さんは、僕が幸せにしてみせる。)  俊男さん・・・。今は嬉しいけど・・・。このままじゃ、あの二人が。 (よし・・・。行きましょう。ジュダさん。)  俊男さんが行ってしまう・・・。そんなの嫌だ・・・。何回も失敗して、絶望を 知った俊男さんが・・・。そんなのって無いよ・・・。 (本当に・・・此処まで付き合わせて悪い・・・。お前には、謝りきれん。)  ジュダさんは、俊男さんと上に上がっていく。あんな・・・あんな何も無い世界 に!本当に上がってしまう! (あっちの世界の俺に言ってくれ。・・・悪いが任せたってな。)  ジュダさん!!貴方だって苦しかったんでしょう!?皆に謝る事しかしないで! それでも責任を負って!!最後には、こんな酷い仕打ちを受けるだなんて!! (フッ。俺はリーダーだからな。・・・俺の代わりになれる俺が居るから、もう、 思い残す事は無いさ。・・・じゃあな!!)  ジュダさん!!ジュダさーーーん!!!ああああ!行っちゃった・・・。 (ジュダさん、僕も行きますよ。・・・本当に頼んだよ?僕。)  俊男さん!駄目よ!!貴方は、本当に仲間想いで!何で、そんな目に合うの!! 理不尽よ!理不尽じゃない!!そんなの駄目よ!! (恵さん。・・・何かを成し遂げるってのはね・・・。何かを犠牲にして、やっと 勝ち取れる事が、ほとんどなんだ・・・。それに・・・僕は犠牲になるんじゃない。 見守り続けられるんだ。だから、この体は、惜しくないよ。)  そんなの嘘よ!!だって、もう会えないじゃない!話が出来なくなるじゃない! そんなのって、無い!無いよ!!! (・・・いつも見てるよ・・・。話せなくてもね・・・。恵さん・・・。僕は、君 を・・・愛してるよ・・・。だから、幸せになってね!)  俊男さん!!私もよ!!だから、行っちゃ駄目!!何でなのよ!! (・・・ありがとう・・・。)  俊男さん!!嫌だぁ!!俊男さーーーーん!!! (・・・僕は・・・重い責任を、負っちゃったな・・・。あの僕に、負けられない や。・・・いつも見られてるからね。)  俊男さん・・・。分かった・・・。見ててね?私、貴方に誇られるようになるか ら!幸せいっぱいになって、貴方を安心させるから!! (恵ちゃん・・・。恵ちゃん!!)  お婆様が、私の頭を撫でてくれた。気持ち良いな・・・。 (行こう。恵さん。僕は君の為に、皆の為に、そして・・・見ている僕の為に、生 き抜きたい。そして、生き様を見せてやりたい。)  うん・・・。私、もう貴方まで失ったら、生きていけない・・・。  行きましょう・・・。そして、みせてやりましょう・・・。  私は、あの人の頑張りを、無駄にしたく無かったのだ。  どんなに足掻いても、誰かが死ぬ『時界』・・・。  それを見続けて、地獄のようだったと、彼は言っていた。  私は、それを聞いて、的確なアドバイスを送っていたと言う。  見るからに疲弊している彼を見て、何とかしてあげたかったのだ。  だから、私は自分を犠牲にする事を選んだと言う。  そのせいで、彼は気が付いたのだ。  自分が『因果』から外れている存在だと言う事に・・・。  だからミシェーダと闘って?自分が犠牲になって?  ふざけている・・・私を何だと思っているのか。  俊男さんだけが犠牲になるなんて、私には耐えられない。  だから、『魂流』のルールに縋り付いた。  危険だと言われたが、関係ない。  私が、俊男さんを取り戻してみせると、息巻いた。  でも・・・あの人は、遠かった・・・余りにも遠かった。  『因果』から外れた、あの人の行きつく先は、何も無い世界だった。  そこを漂い続けて、宇宙の意志と、一体となると言っていた。  そんなのってない・・・そんなのってないよ・・・。  しかし本来なら、この『時界』の俊男さんも、その世界に行く予定だった。  それだけは避けたいが為に、せめて死出の世界に連れて行こうとしたのだろう。  だけど、それだけは、許さなかった。  私の我侭だ・・・。  だけど、俊男さんをこのまま死なせはしない!  その決意を伝えたら、私と生きたいと言ってくれた。  なら、絶対に、この俊男さんだけでも、連れ戻して・・・みせる!!  頭が痛い・・・。疲労感が強く出ている。遠い・・・意識の奥で、色んな感情が 爆発した覚えがある。・・・そ、そうだ!戻ってきたのか!? 「・・・あつつ・・・。」  私は、頭を抱える。手足の感覚が、段々ハッキリしてくる。 「恵様!!戻ってこられましたか!!」  睦月が、私が目覚めたのを感じ取って、胸に抱き寄せる。 「あー・・・。睦月?・・・帰ってきたのね。私・・・。」  私は、頭がボーっとしてたが、冴えない頭を働かせて、返事をした。 「はい。良かったです!無事で!!」  睦月は、本当に喜んでいる。・・・って、そうだ! 「俊男さんは!?」  私は、飛び起きて、俊男さんの方を見る。 「起きましたか。恵殿。貴女が頑張ったおかげで、活力が戻ってきたぞ。」  ゼハーンさんは、手応えを感じていた。確かに、顔色が良い。 「体はバッチリよ。後は戻ってくるだけよ。」  江里香先輩も、『治癒』のルールで、完璧に治した自負があるようだ。 「・・・で、どうだったんだ?恵。」  兄様は、是非を聞いてくる。俊男さんを取り戻せたかどうかだろう。 「皆さんの予想通り、連れ戻せました・・・。」  私がそう言うと、皆は喜んでいた。・・・だけど・・・。あの寂しい顔をしてい た俊男さんは、もう居ない・・・。救いたかった・・・。 「浮かない顔をしているわね。」  ファリアさんは、私に声を掛けてきた。気付かれたかな。 「俊男さんが起きたら、話す事がありますわ。」  私は、それだけ言った。それ以上は、俊男さんが起きてから伝える事だ。 「よし・・・。皆のおかげだ。魂の量は、十分だ!」  ゼハーンさんは、仕上げに掛かる。これだけの仲間が、俊男さんの為に、命を懸 けて魂の力を提供したのだ。出来ない筈が無い。 「『魂流』のルール!!」  ゼハーンさんが叫ぶと、俊男さんの体が光る。すると、俊男さんの体が、ピクリ と動いた。そして、薄目を開けていた。 「・・・こ・・・こは?」  俊男さんは、眠そうな顔で起き上がると、周りを見渡す。 「俊男さん!!」  私は、我慢出来ずに抱きついた。はしたない行為だと思ったが、周りを気にする 余裕も無かった。だって、嬉しかったから・・・。 「け、恵さん?・・・ええと・・・。この状況は?」  俊男さんは、ポカーンとしていた。 「思い出せないのね?・・・そうよね・・・。良いわ。教えてあげる。」  私は、意を決して、話す事にした。俊男さんは、『時界』を越える前の状態に戻 ったのだ。恐らくさっきの意識の中の会話も忘れている事だろう。覚えているのは、 私だけだった。でも、忘れちゃいけない・・・。あの俊男さんも含めて、今の俊男 さんがあるのだから・・・。  そして私は、話してあげた。俊男さんが成し遂げた偉業を・・・。  それは、果てしなく続いた3月1日の話。そして、足掻き続けて・・・最後には 宇宙の意志となった、悲しい人の話。全てが愛おしくて、全てが忘れてはいけない 話だった。・・・そして、此処に居る全員の力で、俊男さんを救ったのだ。 「・・・僕はまた、皆に助けられたんですね。しかも今度は、こんな大勢の人に。」  俊男さんは、自分の手を見る。そして動かしながら、拳を握る。 「そして、足掻き続けた僕は・・・行ってしまったんですね。」  俊男さんは寂しそうだった。出来れば、思い出してあげたいのだろう。未来を越 える為に、足掻き続けた自分を・・・。 「貴方が戻ってきただけでも奇跡なの・・・。でも私は、救ってあげたかった。」  私は涙が止まらなかった。俊男さんは、皆の為に命を張って、皆の為に宇宙に漂 い続ける事を選んだ。この俊男さんは、あの俊男さんが残した意志の結晶だ。 「僕は、その『時界』の僕に負ける訳には行かない。・・・そうじゃなきゃ、僕自 身に、申し訳が立たない!」  俊男さんは、決意を新たにしていた。例え覚えていなくても、俊男さんだった。 「そうか・・・。あの時の俊男は、行っちまったか・・・。礼を言いそびれたぜ。」  士さんは、少し悔しそうだった。そうだ。士さんも何度も救われたのだ。 「未来の俺も、行っちまったか・・・。俺の責任もでかいな・・・。」  ジュダさんは、行ってしまった未来の自分に、これからの輝かしい未来を誓うの だった。ジュダさんも、悲しい運命だったから・・・。 「俊男。俺達は・・・いや、お前も含めて、あの俊男に救われたんだ。だからさ。 今度こそ見せてやろうぜ。地獄のような未来じゃなく、俺達の未来をさ!」  兄様は、俊男さんとがっちり握手する。 「元よりそのつもりだよ。救われた命を無駄にはしないよ。皆さんの為にもね。皆 さんには、本当に感謝してます。」  俊男さんは改めて、此処に居る皆に感謝の意を示した。 「お前が元気なら良い。・・・私は、やっと成功したんだな・・・。」  ゼハーンさんは、自分の手を見て、満足そうにしていた。違う未来では、必ず失 敗していた。何度も失敗して、その度に俊男さんは時を越えた。だが、『因果』が 解けたこの世界で、やっと成功を手にしたのだ。 「親父。頑張ったな!そして、俊男!良かったな!!」  レイクさんは、喜びを噛み締めていた。この顔を見る為に、頑張ってきたのだ。 「でも複雑ね。私は、あの俊男君も救いたかったわ。」  ファリアさんは、遠い眼をしていた。それは、行ってしまった俊男さんを見るか のようだった。しかし、見えないだろう・・・。 「仕方の無い事よ。でも、俊男さんは、見てるって言っていた。私は忘れない。」  そうだ。私は忘れちゃいけない。この家を守りきった英雄が居た事を。 「それにしても、疲れたわね・・・。睦月!」  私は、疲れた体をアピールする。 「皆様もお疲れでしょう。用意させます。」  睦月は、自分も疲れているので、他の使用人に連絡を入れる。そして、皆の体を 癒す用意をするように指示をしていた。  さすがに、私も睦月も疲れてるからね。・・・今は休まないと・・・。  面白い見世物を、見る事が出来た。  生物の蘇生など、早々お目に掛かれる事は無い。  魂を操る事の出来る術者が居るとは、中々面白い事だ。  脅威になるだろうな・・・だが、ここで邪魔をするなど、野暮な事だ。  余が覇者になる為に、こ奴等は邪魔になるが・・・。  疲れを狙うなど、覇者のする事では無い!  余が望むは、力での勝利・・・そして、完全なる勝利だ。  寝込みを襲うような下種な真似は、余の信念に反する。  ただし、奴等が万全の状態ならば、あの絆の力、闘うに値する。  それまで待ってやろう。  余は、『神魔』であり、力の体現者である。  強き者との闘いは、余が望む所であり、それを打ち砕くのが至上の喜びだ。  今日は、天神家とやらに攻め込むつもりだったが、気が変わった。  奴等の傷が癒え、余と闘うに相応しい状態の時、攻め込んでやろう。  ただし、奴等の戦力は、相当な物だからな。  こちらも、それなりに用意させてもらおう。  『ダークネス』の僕共も、各地に散らばっている『闇の骨』を見つけてきている。  これならば、余が部下共を、呼ぶ事も可能だろう。  魔界の重鎮を呼べば、大いなる戦力になる。  余は、『覇道』復活の狼煙を上げなくてはならん。  その為の力だ・・・『覇道』を成す為のな。  余興は、派手な方が、盛り上がると言う物だ。  余は、力の体現者、ケイオス=ローンなり。  ソクトアを力が支配する世に、仕上げて見せよう。  夢を見た・・・遠い夢だ。  俺の体が、離れて行く夢・・・。  体は、蝕まれていき、やがて体力も尽きる。  『瘴気』を『神気』が体の中を駆け巡り、やがて死に至る。  抗うと、凄まじい激痛に襲われる。  それでも、俺はそう簡単に死ぬ訳には行かなかった。  俺が死ねば、赤毘車は嘆き悲しむだろう。  最悪、俺の後を追い兼ねない。  それだけは、避けなくては・・・。  その、最悪の事態が、目の前に現実になったら・・・。  俺は、死しても適任者を見つけるだろう。  アイツ等の中で、俺と相性が良くて、俺の力を受け止めきれる器は・・・。  俊男だろうな・・・アイツは、瞬やレイクや士と同じくらいの器を感じる。  俺は、実際そうしたんだろう。  そして、どうすれば良いのか、考え付く。  俊男とは相性が良いから、未完成だった『琥珀時力』が出来るかも知れない。  なら、俺は、迷わず使うだろう。  しかし、『琥珀時力』を使うと言う事は、『因果』に逆らう事だ。  『時空』のルールで、『因果』から逃れているミシェーダとは、訳が違う。  『因果』は、俺たちに容赦無く襲い掛かるだろう。  それでも、『因果』と闘わなくてはならない。  赤毘車の為に、俊男は、恵の為に・・・皆の為に・・・。  俺は、最低だな・・・。  自分は、万年病を治せば、『因果』の中の俺は残る。  だが俊男は、『因果』から外れる時に、身を犠牲にするだろう。  つまり、俺は、自分は助かるのに、俊男に死ねと言ってるのと同じだった。  この行為のどこが神だ!!!  ミシェーダに勝るとも劣らないクソ野郎じゃないか!!  幸いにして、俊男は助かった。  だけど、それは『因果』の中の俊男だ。  『因果』に襲われた俺と俊男の結末は・・・恵が教えてくれた。  時の無間世界に、放り込まれたんだろうな・・・。  ミシェーダでも無い限り、あそこから逃げるなんて不可能だ。  あそこは、宇宙の意志と一体となる場所。  あそこに放り込まれたら、もう戻る事など不可能だ。  見る事しか出来なくなる・・・。  俺は、何て罪深いんだ・・・。  神のリーダー?どこがだ!!  あんな地獄に叩き落して、何が、神のリーダーだ!!  俺は、責任を負わなければならない。  助かった事には感謝する。  だが、それで満足してはいけない・・・。  それが、俺が俺足る所以だ。  宇宙の意志よ・・・俺の生き様を見ていろ!  俺は、お前達の想いに、報いる生き方を見せてやる!  俺は、そんな夢を見た・・・。俺の想いが、夢を見させたのだろう。  ・・・と、ここは、天神家か。すっかり眠ってしまったようだ。昨日は、色々大 変だったからな。皆の想いを結集して、俊男を蘇生した。俺も命を懸けたが、それ は、当然の事だ。俺の命をも救った俊男に、少しでも報いるのが、俺の使命だ。 「・・・ん・・・。」  俺は、体を起こす。すると、隣で着替えをしている赤毘車が居た。普段は男みた いな格好をしているが、コイツは、スタイルも良いし、何より一番女性らしいと思 う。俺の後を追って自殺する辺りは、男じゃ中々しない事だ。 「起きたか。ジュダ。目覚めの気分は、どうだ?」  赤毘車は、柔らかな笑顔を俺に向ける。この笑顔を見たいが為に、俺は俊男に協 力を求めて、犠牲にしたのだ。 「体調が悪い訳じゃないが、余り気分は良くないな・・・。」  俺は正直な感想を言う。俺は、アイツ等の分まで生きなきゃ駄目だが、犠牲にし てしまったと言う想いが拭えない。 「気にするなとは言わない。・・・だが私にも、その想いを背負わせて欲しい。」  赤毘車は、何も言わなくても、俺の気持ちを理解していた。だから、自分にも背 負わせて欲しいと言ったのだ。全く・・・良く出来た妻だよ。 「今更、野暮な事は言わない。お前と共に生きるのだから、お前も背負ってくれ。 だが、一つだけ、約束して欲しい。」  俺は、どうしても、言っておかなければ、ならない事を言うつもりだ。 「俺の後を追うのは、止めてくれ・・・。俺が一番悲しむ行為だ。」  そう。赤毘車は、俺が死んだ時、俺の後を追ったと言う。 「実際に、お前が死んだら、私は後を追った・・・か。信じられない話では無い。 私なら、まぁ追うだろうな・・・。」  赤毘車は、恵から話を聞いているので、実際に想像してみていた。 「こう見えて、私は、尽くす方らしいな。それが裏目に出たようだ。」  赤毘車は、意味ありげに笑う。しかし、これは守ってもらわなきゃ困る。 「なら、約束してくれ。私を置いて行かないでくれ。」  赤毘車は、そう言うと、俺の胸に飛び込んでくる。 「馬鹿・・・。お前も神だろ?なら、俺達がどんなに危険な仕事か、分かっている 筈だ。・・・でも、お前の期待に応えよう。」  俺は、コイツを置いて死ねなくなったな。赤毘車は、思い詰めると、結構激しい からな。俺と同じになりたくて、神になったくらいの女だから、当然か。 「約束だぞ?私も、お前を置いていったりしないからな。」  赤毘車は、自分も約束する。お互いいくつになっても、変わらぬ想いと言うのは、 ある物なんだな。コイツは、大事にしないとな。 「了解だ。だが、そろそろ神らしい所も見せないとな。」  俺は、気を引き締める。万年病のせいで、色々と迷惑を掛けた分、取り戻さなけ ればならない。これくらいで参っていられん。 「そうだな。私も、色々弱い所を見せてしまった。気を引き締めなければな。」  赤毘車は、俺と一緒に、神としての責務を果たす事を、誓っていた。  俺は、これまでの事を取り戻さなければならない。  一体いくつの3月1日を体験したのだろうか?それを知っている人は、もう彼方 へ行ってしまった。あの時の俊男さんは、深い深い悲しみに包まれていた。そして、 寂しい眼をしていた。俊男さんの話を聞いて、私はすぐに気が付いた。  この人は・・・自分を犠牲にしようとしていると・・・。  そして、そこから至る結論は、破滅・・・。いや、それで済めば良い。俊男さん は、自分が消滅しても、私達を救いたいと思ったのだろう。  あの人は、それを本当に実行してしまった。だが、それと同時に消滅する予定だ った、この『時界』の俊男さんは救えた。・・・全員を救いたかった。しかし、そ れは、『因果』が許さない。私と言えど、『因果』に逆らって、宇宙の意志に飲み 込まれるのを防ぐ事など出来ない。なので納得していないが、妥協する事にした。  そして迎えた3月2日だ。大事にしないといけない。あの人達が悲劇無しでは、 迎えられなかった3月2日を私達は満喫出来るのだ。日々を大事にしようと言う気 になってくる。  私は、俊男さんが居る医務室に向かう。起きたら、真っ先に会いたかった。  すると、俊男さんは着替えを済ませて、学校に行く用意をしていた。 「ああ。お早う。恵さん!」  俊男さんは、飛び切りの笑顔を私に見せる。私は堪らず抱きついた。 「俊男さんが居る・・・。俊男さんは、確かに、此処に居るのね・・・。」  あの俊男さんは行ってしまったが、此処にも確かに居る。そして、私の大好きな 微笑を向けてくれる。これだけで幸せになる。 「あの人達の・・・おかげだよ。そして、皆のおかげだよ。」  俊男さんは、私の背中を優しく抱きとめてくれた。 「うん・・・。感謝しなければね。私達が前に進ませてくれた人達にね。」  私は、これからも行き抜かなければならない。 「うん。・・・じゃ、今日も元気に学校に行かなきゃね!」  俊男さんは、制服に着替えてある。私も着替え済みだけどね。 「体は大丈夫なの?」  私は、心配する。昨日まで死んでた人だから、余計に心配になる。 「うん。何か物凄く調子が良いんだよ。皆の魂の力が、漲っている感じがするんだ。」  俊男さんは、流れるように肘打ち、膝蹴り、裏拳を繰り出す。何て自然な流れで、 綺麗に音が鳴った。これは、余程調子が良くなきゃ出せない音だ。 「成程ねぇ。魂の力が俊男さんに乗り移ったのかしら?」  私は、俊男さんの調子の良さを分析する。  そのまま、大広間まで行く。今日は、大人数で朝食を取る。何せ仲間を全員集め て、そのまま泊まらせた物だから、凄い数の朝食を用意しなければならない。  それでもキッチリ朝食を用意して、使用人に指示する辺り、睦月や葉月は優秀だ と思う。あの二人だって、相当な疲労があった筈だ。 「では、戴きます。」  私は、朝食を前に、挨拶をする。 「ん?瞬君とか居ないけど、良いの?」  俊男さんが気にしていた。 「兄様は、頑張りましたからね。お休みになられてるんだと思いますわ。」  私は、済ました顔で言う。勿論、只の寝坊なので、起こしてやらないと言う嫌味 だった。兄様は、だらしない所があるから、直さないとね。 「私、起こしてきますね。」  葉月は、今日3回目の起こしに行った。兄様らしいわ。良く見ると、ファリアさ んも呆れながら朝食を取っている。どうやら、レイクさんも居ないようだ。 「ほう。この卵の出汁巻は、さすがだな。味付けに隙が無いな。」  士さんは、相変わらず料理には厳しいようだ。 「そう言えば、ゼハーン殿は?」  ショアンさんが心配していた。 「ゼハーンさんは、本当の意味での休みでしょ。昨日は、頑張ったし。」  ジャンさんは、私の皮肉の意味を交えながら、ゼハーンさんの事を教えてくれる。 ゼハーンさんは、昨日の功労者だ。ゆっくり寝かせてあげたい。 「でも、レイク君と一緒に、遅れるのを見ると、親子って感じがするね。」  アスカさんは、微笑ましい親子だと思っているのだろう。 「レイクの場合、只の寝坊ですけどね・・・。はぁ・・・。」  ファリアさんは呆れていた。気持ちは分かる。兄様も、もうちょっと早く起きて 欲しい物ですわ。少しは、反省してもらわないと。 「ふぁーあ。お早う御座いますー。」  誰かが扉を開けてきた。魁君か。この人も、朝はきつそうだ。 「魁君!遅いよ!朝食を、一緒に食べられなかったじゃない。」  莉奈が注意する。中々微笑ましい光景だ。 「わりぃわりぃ。昨日は疲れちまってなぁ。皆、良く起きれるなぁ・・・。」  魁君も疲れが残っているようだ。それはそうだ。皆は、真剣に俊男さんを助けよ うとしたから、魂を削られているのだ。回復には時間が掛かるだろう。 「まぁ、気持ちは分かるね。頭がボーっとするー。」  葵が伸びをする。疲れが抜けきってないのだろう。 「ンー・・・。ガリウロル食の朝食は、美味しいネ。」  センリンさんは、幸せそうな顔で、朝食を摂っていた。 「その言葉が聞けて、私達は満足しています。」  睦月が、嬉しそうな顔で、皆を見ていた。睦月も丸くなった物ね。 「悔しいけど、家より美味い・・・。さすがプロよねー。家の使用人も腕は悪く無 いんだけどね・・・。睦月さんの名前を出したら、恐れ入ってたわ。」  江里香先輩は、上品に食事を摂っていた。江里香先輩の家も大きい物ね。 「エリ姉さんの家は、校長先生が、ガリウロル食に煩いから、良い方だと思うけど なぁ・・・。ちょっとでも手を抜くと、激怒するし・・・。」  俊男さんは、江里香先輩の家の近所だったわね。校長は、確かに拘りそうね。 「はっはっは。校長らしいね。うちも冬野が作ってるんだけど、アイツ、やたらと 胡椒を使ってきてなぁ。辛いんだよねぇ。」  亜理栖先輩は、自分の家の食事を思い出す。 「胡椒なら、使ってますよ?ただし、隠し味に少しですね。」  睦月が教えてくれた。さすが、調理場を任せれてるだけある。 「胡椒かぁ・・・。ちょっとしたアクセントには良いんだろうな。」  ジャンさんは、頭に入れている。最近メキメキと、調理の腕が上がっているみた いだ。士さんが鍛えているだけある。 「調味料って大事だよねぇ・・・。ウチ改めて、そう思うわ。」  アスカさんも、センリンさんを師事して、腕前を上げてきている。楽しみだ。 「いやー・・・私さぁ。こんな豪勢な食事を毎日戴いちゃって良いのか?って思っ ちゃうねぇ。此処に来てから、美味しい物ばかりでさぁ。」  ティーエさんは、嬉しい事を言ってくる。天神家の誇りに懸けて、不味い物など 出せませんわ。睦月も葉月も、その事は重々承知だ。 「私も、ここに来る前は、『絶望の島』でしたからね。違い過ぎて戸惑っています。」  ジェイルさんも、此処の食事が気に入ったみたいだ。良い事だ。 「最初は俺達も、そう思ったけどな。今は有難く戴く事にしてるぜ。」  エイディさんは、すっかり箸の使い方なども上手くなった様だ。 「しかし、兄貴は朝が弱いな・・・。俺も人の事は言えたもんじゃないけど。」  グリードさんは苦笑する。グリードさんも最初の頃は遅かったが、士さんの仕事 を手伝う様になってから、メキメキと早くなっていった。 「寝る子は育つと言うじゃろ?ガハハハハ!!」  伊能先輩は、豪快に笑うが、こっちは困っている。 「伊能。そう言う問題では無いぞ。天神は、あの遅さで学校には間に合っている。 つまり、脚力が段違いだと言う事だ。あの脚力は、こう言う特訓も・・・。」  修羅先輩は、的外れな事を言っていた。偶にこう言う事を言う先輩なのよね。 「だーらしねぇなぁ。目覚まし掛けたら、その時間に起きるってのは、当然だろ?」  勇樹が呆れていた。彼女は、男言葉でガサツかと思われがちだが、誰よりも繊細 で、しっかりしている。親父さんの世話をした時期もあると言うから、当然か。 「根性が足りんな。今度、私が鍛え直してやろう。」  赤毘車さんが、楽しそうに笑った。赤毘車さんの根性を鍛えると言うのは、並の 鍛え方じゃない。最近手合わせしているから分かるが、恐ろしい鍛え方だった。 「やり過ぎるなよ?ま、早起きした方が良いのは確かだがな。」  ジュダさんは、隣でケラケラ笑っている。本当に楽しそうだ。これまでの自分を 取り戻そうと必死なのかも知れない。 「早起きは、三文の得。だっけ?ガリウロルの言葉だったね?」  ゼリンは、一生懸命ガリウロルの文化を学んでいる。基本真面目なのだ。  そんな事を話していると、扉にダッシュする音が聞こえた。そして開かれる。 「お、お、お早う!!み、皆早いね!」  兄様は、余程焦ったのか、制服に乱れがある。 「兄様。襟!!・・・今日は思い遣られますわ・・・。」  私は頭を抱える。全く兄様は・・・。余計な小言を言わせないで欲しい。  そして、もう一つ、急いだ足音が聞こえる。 「うはぁ!・・・遅れちまった!済まん!」  これは、レイクさんだ。ファリアさんが、冷ややかな目で見ていた。 「アンタ、変わらないわね。早く席に着いて、食べなさいよ。」  ファリアさんは、溜め息を吐きながらも、レイクさんを座らせていた。  その様子を、俊男さんは、眩しそうに見ていた。とても愛おしそうに・・・。 「この当たり前の光景が、見れない僕が居たんだね。」  俊男さんは、覚えていない。だが、感じる事が出来るのかも知れない。 「皆で、3月2日が迎えられた事を、感謝しなければね。」  そうだ。当たり前の光景が迎えられなかった人が居る。それは、俊男さんに限っ た事では無い。不慮の事故や、不幸な病気に見舞われた人などもそうだ。  当たり前の朝を迎える。それが、どんなに大事な事か・・・。俊男さんは、身を 持って、教えてくれたのだった。  爽天学園の校長室は、職員室の隣にある。校長は、一条 大二郎。江里香先輩の お爺様だ。しかし、孫娘だからといって、甘やかす事は無い。偶に甘いと思う事も あるが、目に見えて甘いと言う事は無い。人格者と言えば人格者だ。  その校長から、呼び出しを受けた。何だろう?私は、品行方正にしてきたつもり だし、成績は学年で一番をキープしている筈だが?悪い事をしてきた覚えも無い。  私は、校長室の扉を叩く。すると、中から返事が返ってきた。私は、遠慮がちに 扉を開ける。すると、そこには校長と、俊男さん、そして江里香先輩が居た。そこ に私が呼ばれる・・・これは、もしかして、今回の出来事への説明かな? 「校長先生。天神 恵、参りましたわ。」  私は、そう言うと、優雅に挨拶をしてみせる。優雅さを保つのは、天神家の誇り を保つ第一歩であり、基本中の基本である。 「うむ。今日は御苦労である。来てもらったのは、事の真相を知りたいからじゃ。」  この言い方だと、江里香先輩が、喋ったのかも知れないわね。 「何処から話しましょうか・・・。と言うか江里香先輩、何処まで話したんです?」  まずは、そこからだ。江里香先輩は、事の真相を知っている筈だ。 「江里香からは、恵お嬢ちゃんから聞けと言われておる。」  校長先生は、真剣な目で、私を見ている。成程。説明は、私がやれと言う事か。 「私は手伝っただけだからね。悔しいけど、当事者が説明しなきゃ意味が無いわ。」  江里香先輩は、残念そうな顔をする。江里香先輩は、私に言われて手伝っただけ で、実際は私が奮闘したと思っているようだ。 「謙遜が過ぎるわよ。先輩。貴女、俊男さんを看病したじゃないですか。」  私は『治癒』のルールの事まで話す訳には行かなかったので、看病と言う言葉に 留めておいた。その方が、スムーズに話せるだろう。 「俊男が倒れたと言うのは、聞いておる。そこからじゃ。」  校長先生は、そこから先が、聞きたいようだ。 「分かりました・・・。これから説明する事は、壮絶な記憶です。」  私は、前もって言って置く。そして、『ルール』の事を伏せながら、私達の現状 を説明した。最近来た士さん達の事。その人達の素性を話し、レストラン『聖』を 開いた事を報告する。そして、私達の敵の事を話す。セントに居る元老院の事をだ。 最近知り合った神や魔族の事も、包み隠さず話した。校長先生には、知ってもらっ た方が良いからだ。いざと言う時に、対応してもらった方が良い。  そこまで話して、『ルール』の事を話した。神が行使出来る特殊な能力にして、 摂理を変える事すら出来る恐ろしい能力の事をだ。校長先生は、真剣に話を聞いて いた。そして、その能力によって出来た絆、そして敵の事を話す。  そして、訪れた悲劇、万年病の事を話した。神が掛かる恐ろしい病気だ。そして、 それによって起こる悲劇。ミシェーダの襲来にして、天神家及び、ガリウロルの壊 滅だ・・・。それを防ぐ為に、ジュダさんの魂が、俊男さんに乗り移って、『時界』 を越える事に成功する。  だが、それが更なる悲劇の始まりだった。俊男さんが『時界』を越えた事で、3 月1日に誰かが死ぬと言う『因果』が生まれてしまった。ジュダさんを万年病から 救ったのに、士さんがミシェーダに殺されてしまった。そして、その後見た光景は、 ガリウロルが壊滅した時と、一緒の光景だったと言う。つまり、誰かが死ぬと言う 事で、絆が壊され、天神家及びガリウロルの命運が懸かっていたのだ。  それを防ぐ為に、俊男さんは、成功するまで何度も何度も『時界』を越えた。し かし、『因果』の力は凄まじく、失敗を重ねてしまう。それでも諦めなかった俊男 さんは、とうとう気付いてしまう。誰かが死ぬと言う『因果』が始まった原因は、 自分が『時界』を越えてきた事が原因だと。  なので、俊男さんは、ミシェーダの相手を自分でする事にしたのだ。ミシェーダ を殺せれば、3月1日に誰かが死ぬと言う『因果』も満たせるし、自分が倒れれば、 『因果』自体が終わるので、結果が変わって来る筈だと踏んだのだ。  そして、その結果、俊男さんは、見事にミシェーダを倒した。しかし、ミシェー ダは、死の間際にチャクラムを爆弾に変えて、この家ごと粉砕しようとした。それ を、俊男さんは命を懸けて、防いだのだ。  そして、その結果、俊男さんは息絶えた。・・・だが、『因果』から外れたこの 時なら、いつも失敗していたゼハーンさんの『魂流』のルールによる蘇生が成功す るかも知れないと考えて、実行した。その時に、江里香先輩の『治癒』のルールで、 俊男さんの体の回復を頼んだのだ。  私は、俊男さんの魂と会い、現在の俊男さんと、『時界』を越えてきた俊男さん と会う。そして、『因果』から外れてしまった俊男さんは、何も無い世界へと行っ てしまった・・・。しかし、現在の俊男さんだけは救ってみせると考えて、現在の 俊男さんは、連れ戻す事に成功した。 「・・・そして、何度も繰り返された3月1日は終わって・・・。今日を迎えられ たんです。でも、私は忘れない・・・。見ているって、約束しましたから。」  私は、全てを話し終えた。今話しても、涙が滲む。 「・・・壮絶じゃのう・・・。何もかもが・・・。」  校長先生は、目を細める。 「僕は、未来の僕に負けない生き方を見つけるつもりです。」  俊男さんは、改めて自分の生き方を示す。 「うむ。その意気じゃ。大変かも知れん。じゃが、未来のお主が出来た事。お主が 本気になれば、出来ない事は無いと思う。」  校長先生は、優しい目で俊男さんを見る。可愛がってもらってた物ね。 「僕は、負けません。ですが、恵さんを一人には、しません。」  俊男さんは、喜んで死ぬような真似はしないと誓う。 「そうじゃな・・・。お主が死んだら、儂も悲しくなる・・・。」  校長先生は、孫を見るような目で見る。俊男さんは、一条家の隣の家だ。ちょく ちょく遊びに行ってたと言う。だから、本当に孫みたいに思っているのだろう。 「それにしても、儂も救ってもらったらしいな。・・・お主の偉業、この一条 大 二郎も忘れぬぞ。天から見ているのならば、儂の気持ちも汲みとれい!」  校長先生は、涙しながら、宇宙の意志と一体となった俊男さんに言ってやる。 「きっと、喜んでるわよ。お爺様。」  江里香先輩が、我が事のように喜ぶ。  俊男さん、皆、貴方の事も忘れないわ。見てなさい。こっちの俊男さんと共に、 驚かせるような生き方をしてやるんだから!  中休みに、俊男と恵は、校長に呼び出されていた。江里香先輩も居ないと聞いて いるので、恐らく、江里香先輩が校長に今回の顛末を、話したので、恵が説明に行 くんだろうな。  俺は、レイクさんとファリアさんと、勇樹も加わって、屋上に来ていた。何とな く集まったのだ。俊男が居ないので、声を掛けたら、恵も呼び出されたとかで、暇 をしていたと言っていた。  俺は空を見る。俊男は、戻ってきた・・・。俊男が死んだと思った俺達は、助け る事が出来て、飛び上がる程喜んだ。だが、恵が言った通りなら、俺達を、ボロボ ロになりながら救った俊男は、時の無間地獄に行かされて、宇宙の意志と一体とな ったと言う。・・・何て話だ・・・。あの馬鹿・・・。一人で行きやがった。 「瞬。俺は、まだ全部理解した訳じゃない。だけどアイツ、行っちまったんだよな。」  勇樹が、話し掛けてきた。勇樹も、話を聞かされて呆然としていた一人だ。 「本当かどうかは、知らないが、恵の話を聞けば聞く程、アイツらしいと思えちま う。無理し過ぎなんだよ・・・。」  俺は、また空を見つめる。こうすれば、お前が見えるだろうか? 「俺は、複雑な気分だ・・・。俺は、目の前で知り合いが死んでいくのは、絶対に 防ぎたいと思ってるから、俊男の気持ちも分かる。で、こっちの俊男も救えた。一 見、万々歳だ。だけど、身を犠牲にした奴が居たんだよな・・・。」  レイクさんは、俊男の気持ちを思って、悔しそうにする。俊男は、正確には死ん だ訳じゃない。だが、恵の話を聞く限り、死ぬよりも辛い地獄に落とされた事にな る。・・・何だそれ? 「俺達を救いたいと思って・・・。なのに敵わなくて、俺達の死を見てきて?苦し い想いをする度に、『時界』だかを越えてきて、何度も俺達の死を見て・・・。最 後は、その原因となった自分を犠牲にだと!?・・・何なんだよ!それ!!」  俺は、悔しかった。つい叫んでしまう。だって、あんまりじゃないか!!俊男は、 一番苦しんできたんだぞ!なのに、何でそんな地獄に落とされるんだ!! 「私も、煮え切らない気持ちよ。俊男君は、私達を救ったかも知れない。だけど! そこに助けた俊男さんが居ないで、どうするのよ!私達の気持ちは!?」  ファリアさんも、気持ちを抑え切れないようだ。そうだよな・・・。 「皆同じだよな・・・。俺も悔しいぜ・・・。だけどさ・・・。俺達は、前に進む しかない。だから、こっちの俊男と、これからを大事にするしかないんだ。」  勇樹は、こっちの俊男の気持ちも考えている。勿論、こっちの俊男を、大事にす る気持ちに変わりは無い。 「忘れない事だ。俺達は、俊男のおかげで、生きていられるって事をな。」  レイクさんは、感謝の気持ちを忘れるなと言いたいのだろう。 「分かっていますよ。ただ、やり切れなかったんで・・・。」  俺は、この気持ちを胸に進んでいくしかない。だが、それは寂しくて、悲しい出 来事だった。だけど、それだけを気にしてるのでは、前に進めない。 「俊男君だけじゃない。ジュダさんも、こうなるって分かっていながら、闘ってい たのよ。心労は、並大抵の物じゃなかった筈よ。」  ファリアさんは、ジュダさんの事も言及する。 「最初に時を飛ぶ時にすら、それを覚悟してたんだろうな。頭が下がるぜ。」  レイクさんは、遠い目をする。ジュダさんの事を、思い返しているんだろう。 「だからさ。時々で良いから、思い出してやろうよ。な?」  勇樹は、優しい目をしていた。コイツは、本当に優しい奴だ。 「そうね。きっと、皆そう思っている筈よ。」  ファリアさんも、吹っ切れたようだった。 (私だって、忘れはせぬぞ。彼のやった行為は、誰にも真似出来ぬ物だ。ジュダと て同じだ。格好付けおって・・・。私は、彼等の行為を、胸に刻み付けるぞ。)  ゼーダ・・・。そうだな。それが、俺達に出来る事だ。  そうだ。俊男。それにジュダさん。俺達は、そっちに行ってしまった2人の事を 決して忘れない。だから、見ていてくれ。  中休みに入って、瞬君達は、屋上に行ってしまった。恵様は、校長先生に呼び出 されているようだ。トシ兄も呼び出されているので、恐らく、事の顛末を教えてい る頃だろう。  私達は、魁君と葵ちゃん、それに亜理栖先輩と伊能先輩、それに修羅先輩が、集 まってきた。何でも、他のメンバーは見つからなかったとか。体育館裏の誰も近寄 らない所だ。上級生の呼び出しがあったら、普通は緊張する物だが、私達は、仲間 だから、そんな気遣いも無い。  呼び出したのは、亜理栖先輩だった。葵ちゃんは、少し緊張しているようだが、 亜理栖先輩は良い人だから、何もされないと思う。エイディさんの事で、対立して いるみたいだが、今回は別件だろう。 「お。来た来た。他のメンバーも、集めたかったんだけどね。どうやら、校長に呼 び出されてるみたいだね。瞬達は、屋上に行ったとか。」  亜理栖先輩も、状況を把握しているようだ。 「アネゴ。俺達を呼び出したのは、何故じゃ?」  伊能先輩は、不思議に思っているようだ。 「巌慈。んな事、言わなくても分かってるだろ?納得出来るのかい?あの結末。」  亜理栖先輩は、トシ兄の事を気にしているようだ。 「分かってるわい。俺も悔しいんじゃ。納得なんてしとらん。でも、俺達が引きず ったら、今の俊男が可哀想じゃろ?それも、分かった上で、言ってるんだろうが。」  伊能先輩も、亜理栖先輩の言う事を理解しつつも、トシ兄の事を気にしている。 「良い奴・・・の一言では、済まされんな。アイツは、本当に自分を犠牲にして、 俺達を救った・・・。俺は、ソクトア選手権の優勝で浮かれてたってのに・・・。 アイツは・・・。アイツは・・・。俺は、悔しい・・・。」  修羅先輩は、ソクトア選手権で優勝して、栄光を報告したばかりだった。ちなみ にヒート先輩が準優勝だ。近くに校長先生から、表彰があると言う話だ。 「修羅先輩、俊男は喜んでくれてます。それを否定しちゃいけません。・・・でも、 俺も悔しいです・・・。恩人が先に遠くに行ってしまうなんて・・・。」  魁君が、修羅先輩を諌める。そう。修羅先輩の優勝を誰よりも喜んでいたのは、 トシ兄だった。それを否定しちゃいけないと思う。 「そうだな・・・。喜んでくれてるよな・・・。クッ・・・。」  修羅先輩は、涙する。本当にトシ兄の事、可愛がってたんだ・・・。 「修羅先輩。トシ兄は、悲しい顔をしたら、落ち込んじゃいます。だから、笑顔で いましょう・・・。笑顔で・・・。ううぅぅ!!」  私は、言ってて悲しくなってくる。何が笑顔だ。私自身が、笑顔なんて出来やし ないのに、笑顔だなんて!!トシ兄!!私、悔しいよ!! 「無理しちゃ駄目だよ。莉奈・・・。アンタ、一番悲しい筈でしょ?」  葵ちゃんが、私の頭を撫でてくれた。悲しい・・・。悲しくない筈が無い。 『最後は、その原因となった自分を犠牲にだと!?・・・何なんだよ!それ!!』  どこかから、声が聞こえた。上からだ。ああ。そうか。屋上からか。瞬君の声だ。 『だけど!そこに助けた俊男さんが居ないで、どうするのよ!私達の気持ちは!?』  今度はファリアさんの声だった。皆、悔しがっているんだね。 「そりゃ、皆も気持ちは同じだよな・・・。悔しいよな・・・。」  魁君は、トシ兄の事を思い出して、涙を流す。 「アイツ等も分かってるじゃろ。それを糧にして、前に進むしかないって事じゃ。 だが、あの俊男の事は、忘れはせん・・・。それが大事じゃ。」  伊能先輩は、トシ兄の事は忘れないが、それでも前に進む気持ちを出してくれた。 「そうだね・・・。じゃ、ちょっと甘い査定だけど・・・。そっちに居る俊男さ。 アンタは、榊流忍術、卒業だよ!・・・私の可愛い弟子なんだから、忘れちゃ駄目 だよ!絶対・・・絶対だからな!」  亜理栖先輩は、トシ兄の卒業を宣言する。最後の方は、涙声だった。 「こっちの俊男は、どうなんだ?」  修羅先輩が気になったのか、尋ねてみた。 「こっちの俊男は、まだまだ精進してもらわなきゃね。でしょ?莉奈。」  亜理栖先輩は、元気な声に戻って、私に言う。 「当然です。その方がトシ兄は、喜ぶくらいですよ。」  私は、同じように元気に返した。そうだ。暗くなってばかりいられない。  私達が、元気に過ごす事。それが、トシ兄の望みだった筈だ。それを忘れちゃ駄 目だね。見てて。トシ兄!!  レストラン『聖』を開く準備は出来た。いつも仕入れは、ゼハーンに任せてある。 だが、ゼハーンは、未だ本調子じゃない。『魂流』のルールで、アレだけの魂を放 出したのだ。俺達も手伝ったが、一番負担が掛かったのは、ゼハーンだろう。  だから、仕入れは新入り二人とショアンに任せる事にした。あの二人も順調に育 ってきている。グリードは、少しの劣化も見逃さない。あの眼は、天性の物かも知 れない。ありゃ伸びるな。エイディの方は、覚えが早い。ジャンと同じで、かなり 器用なのが、役立っている。  ゼハーンは、手伝い専用で居てもらうだけにした。本人は嫌がっていたが、いざ と言う時のヘルプは、別に簡単な仕事じゃないと、教えておいた。  レストラン『聖』は、ランチタイムにも、結構人が来る。バー『聖』とは、そこ が違う。ファミリー向けの商品も多いので、味付けも薄目と濃い目を使い分けてい る。だから、店を開くのは昼前だ。仕入れは、早朝にやってもらっている。  そのせいか、グリードとエイディは、遅刻と言うか、寝坊は全く無くなった。当 然だ。売り上げに響いているんだから、寝坊なんかされたら困る。今までの仕入れ と違って、早朝なんだからな。ちなみに俺もそれに合わせて仕込みをしている。部 下にだけ仕事をやらせる主義じゃないからな。俺は。  今日は、仕込みも終わって、後は、店を開くだけだった。  だが、俺は皆を集めた。 「さて、皆、黙祷だ。」  俺はまず、それを命じた。皆も意味は分かっている。この前に散って行った俊男 に向けてだ。正直、俺は悔しかった。俺の知らない所で、俺を助けてくれた奴が居 て、ソイツが命を懸けた事を、俺自身が忘れているって事がだ。 「俊男殿・・・。私は悔しい。そして、ジュダ殿。・・・貴方まで・・・。」  ショアンは、眼を瞑りながら、唇を噛む。 「ウチは、あんなに仲間想いの子は知らない。こっちの俊男君だって、凄く良い人 だし、大事にしたい・・・。あっちの俊男君に届くようにね。」  アスカは、俊男の事を、可愛い年下だと思っていたしな。 「姐さん。あれは、仲間想いってのを越えてる。どうやったら、あんな心境になれ るんだか、オレには分からんよ・・・。」  ジャンは、呆れている・・・フリをしている。照れ隠ししているだけだな。下手 糞め。お前だって、涙を流しているじゃないか。 「士を、何度も助けたって聞いたヨ・・・。感謝し足りないのニ・・・。」  センリンは、本当に感謝していた。俊男の為に泣いたりもしていた。 「何度も助けられた記憶が、俺には無い。・・・それが悔しいんだよ。俺は、俺を 助けた恩人を忘れちまっている・・・。こんなのってあるかよ・・・。」  そう。俺は、何度も助けられたらしい。ミシェーダに何度も狙われたらしい。そ して、『因果』の力で、何度も殺されたと聞いた。俺だけを守ろうとすると、他の 奴が殺されたとも言っていた。そんな光景、思い描くだけでも地獄だと言うのに、 俊男は、何度も見てきた・・・。そして、それを回避する為に、全力を尽くしたん だ。そして最後は、時を遡った業を背負って無間地獄に行ってしまったと言う。 「無間地獄か・・・。酷いな・・・。私も、何度も助けられたと言うのにな・・・。」  ゼハーンも悔やんでいる。確かにこっちの俊男は助けられたので、ゼハーンの功 績は大きい。しかしゼハーンは、苦しんだ俊男も、救ってやりたいと思っていた。 「俺、兄貴以外の奴で、初めて尊敬する。だって、出来ねーだろ?あんな事。普通 の奴じゃさ・・・。兄貴だって、出来たかどうか、分からないぜ。」  グリードは、滅多に尊敬する人を作らない。だけど、あっちの俊男とジュダの事 は、尊敬すると言った。グリードは、ただ強い奴ってだけじゃ、尊敬はしない。俺 の事は、一目置いているんだろうが、尊敬には至ってない。自分の力より難題な事 を成し遂げた奴の事を、尊敬するんだろうな。 「俺は叱りたいぜ。勝手に行っちまいやがってさ・・・。寂しいじゃねぇか・・・。 また話したいだろ?・・・ちくしょう・・・。」  エイディらしい言葉だった。ここ1ヶ月で、奴等の性格は掴んである。皮肉屋で 軽い奴に見られがちだが、仲間を想う気持ちは、俺達に負けちゃいない。 「恐らく学校の奴等も、今頃、思い返しているだろうぜ。俊男も含めてな。」  こっちの俊男も、悔やんでいた。救いたかったとも言っていた。御人好しなのは、 こっちの俊男も一緒だ。 「今回の事で、分かった事がある。・・・俺達は、誰も欠けちゃいけないって事だ。 誰か欠ければ、そこから綻びが出来る。そして、そこを狙う奴が居る。俺達は、団 結しなきゃ、ちっぽけだって事だ。絆の力があるからこそ、生きていけるんだ。」  俺は、この騒動で、その事を知った。そして、絆の力を守らねば、待っているの は、滅び・・・だろうな。 「思い出してやるのは良い。悔やむのも、俺達には必要だろうさ。だけど、歩みを 止めちまったら駄目だ。絆の力を守りぬかなきゃ駄目だ。」  俺は、皆に言い聞かせる。これは俊男が、守りたかった物だ。 「絶対に無駄にはしないヨ。俊男君の為ニ・・・。そして、皆の為にモ!」  センリンは、決意を新たにする。俊男が気付かせてくれたんだ。 (我も、誓うぞ。俊男のやった尊い行為は、我が忘れぬ。奴は我をも救ったのだ。 忘れて堪る物か。我も、この絆に誓うぞ。生き様を見せてやる事をな!)  ああ。見せてやろうぜ。生きて生きて生き抜いて!無間地獄とやらに届くくらい の生き様を、見せてやらなきゃな!  私は、悪魔と手を組んでいた。恐ろしい事だ。いくら心が弱っていたとは言え、 許されない事だ。あの悪魔は、心の隙を突くのが上手い。私は、兄様の結婚話で、 すっかり焦燥していた所に付け込まれた。情け無い・・・。  私は、若くしてソクトアの管理を任されていた。それは、父さんや母さん、更に は父上の期待の証でもあった。その頃のソクトアは安定していて、共存の精神が根 付いていた。この状態なら任せても大丈夫だし、私の箔が付くだろうと判断して、 私に回してくれたのだ。兄様と同じように、私も神を目指していたからだ。  人々の尊敬を一身に背負い、人々の為に闘う神に、私は幼い頃から憧れていた。 父さんや母さんは、その中でも第一人者で、リーダーと呼ばれる地位に居た。私の 誇りでもあった。父上は、その補佐をしていたが、その働きは完璧だったし、安定 した時を迎えていた。  そして私の兄様は、凄まじい修練の末、神の座を射止めて見せた。私は、その試 練の場を見せてもらったが、想像を絶する試練だった。独力で、星の管理を任され て、人々の憂いを解決し、邪悪なる者と対峙すると言う設定の箱庭に入れられるの だ。その試練の箱庭と呼ばれる場所で、見事に優秀な成績を収めた者が、神になれ るのだ。箱庭に入れられた時に、何でそこに居るのか、記憶を消され、人々は、必 ず嘆きを呟く様に設定されている。そして、出てくる邪悪は、軽く魔剣士クラスの 魔族が設定されている。なので、実力も生半可だとやられるのがオチだ。  勿論、その中は修行場にもなっていて、敵わないとなれば、修行を付けて、自分 の力をアップする事も許されている。なので、どの程度で邪悪に勝てるか見極める のも、試練の内なのだ。  父さんは2ヶ月、母さんは1年近く掛かったそうだ。箱庭に落とされた時に、記 憶を消されたから、復帰するまでに、時間が掛かる。そして、善の心に目覚めなけ ればならない。人々の願いをクリアしないと、この試練は合格にはならない。  兄様もこの試練を受けていた。兄様も案の定、苦戦を強いられていた。当然だ。 兄様は正義感が強いが、この箱庭は、運悪くも、強い魔族が設定されていたのだ。 いや、運悪くと言うより、兄様が強い魔族を望んだのだ。その事を、箱庭の兄様は 知らないみたいだが・・・。だが兄様は、めげなかった。人々の嘆きを聞いて、善 の心を奮い立たせ、力ある自分が立ち上がる事で、人々の心を一つにして、魔族に 立ち向かっていた。だが、兄様の凄い所は、そこからだった。  何と、魔族に対して説得を行ったのである。人々を苦しめている原因を探ろうと したのだ。ただ敵を討つのでは無く、正しい事を説こうとしていた。この姿に、私 は心を奪われたのだ。敵に対して、滅びを迫るのでは無く、説得を行う。その上で、 正しいと思った事を遂行する。その姿に心を打たれた。  そして兄様は、魔族に対して、設定されている悪の心を見抜き、心を解放した上 で、悪の心に対して、自分が得意とする『退魔』の力を駆使して、滅したのだ。  傍で見ていた父さんと母さんは、驚いていた。こんな解決の方法を取るのが、自 分の息子だったのだ。誇りにも思っただろう。その様子を他の神も観察し、満場一 致で神への昇華が決まった。私も魅入っていたくらいだ。  戻ってきた兄様は、寂しい顔をしていた。箱庭の世界の事を、気にしていた。あ の世界は、平和になったのか?また邪悪な世界が構築されてしまうのか?と、気に していたのだ。父さんと母さんは、その様子を見て、箱庭の世界の管理を、兄様に 任せたのだ。そして、試練用の箱庭の世界を、新たに作るように、他の神に命じて いた。それを兄様は、喜んで受けていた。  後で聞いたのだが、そう望む神は、結構多いらしく、箱庭を持っている神は、結 構な数に上るのだとか。そう言う父さんと母さんも持っていたくらいだ。愛着があ れば、ある程、捨てられはしないのだろう。  こうして兄様は『北神』の座を戴いた。天界の北の門を守る神で、神の中でも、 かなりの上位に当たる神だった。  兄様は、私の誇りだった。そして私も、ああなりたいと憧れて、ひたすら強くな り、真面目に修行をした物だ。そして、強くなってからも慢心せず、心を鍛えるの も忘れなかった・・・筈だった。  私の中で、兄様は絶対だった。その心は、憧れから恋となり、敬愛と共に、抑え きれない恋心へと変わっていった。兄様は当然、その心には応えられないと、突っ ぱねた。当然だろう。だが私は諦めずに、アタックを続けた。兄様は、私が本気な のを知って、幼馴染の天人と、婚約を発表したのだ。その瞬間、私の心は壊れてし まった・・・。兄様の隣に居る人は、私では無い・・・。それがどんなに私を掻き 乱したか・・・。だが私は知っている。婚約した兄様の幼馴染は、本当に優しい天 人だった。誰もが文句が無い天人だった。  私は、本気だった・・・。本気で兄様を愛していた。だから、無理を言って、父 上に養子にして欲しいと頼み込んだくらいだ。それくらいで何が変わる訳でも無い。 父上は、私の恋心を知っていたので、応援は出来ないが、私の気が済むのならと、 了承してくれた。  思えば、父上にも迷惑を掛けた・・・。あの父上も優しい神だ。昔は、融通が利 かなかったと言うが、父さんや母さんと比べても、遜色無い程、凄い神だと、私は 思っている。鳳凰神として、恥ずかしく無い働きをしていた。  こうして、傷心に浸っていた私に、近付いてきた存在が、あの悪魔だった。奴は、 産まれたてだった。ひたすら足掻いていた。何でも生まれながらにして、『無』の 存在だったと言う。なので、とても純粋な力の塊だった。美しい力だった。  私は、それに心を惹かれてしまった。いつもならば、危険な存在として、処理を しようと思っただろう。だが、この時は、心に隙を作ってしまった。そこに奴は、 付けこんで来た。奴は、強くなる為に必死だったってのもある。  兄様の事を諦めるなと励まして油断した後、私に呪われたネックレスとサークレ ットを付けさせた。心を強くあらねばと思っていた私は、この時に消えた・・・。  それからの私は、夢見がちだったが、酷い事をしていた。言い訳するつもりは無 い。私の心の油断から生んだ行為だった。レイクを『絶望の島』に落としたのも私 だし、セントを一極支配の形にしたのも私だった。ソーラードームなど、恐ろしい 所業だった。とてもこの世の物とは思えない所業だった。クワドゥラートに住んで いた聖人と魔人を捕らえて『無』の力を作り出す動力にするなど、酷過ぎる。  だが私は、受け止めなくてはならない。心の弱さが生んだ罪。それは、許されな い罪だ。ミシェーダ辺りは嬉々として、あの悪魔と手を結んでいたが、私も同類だ ったのだ。許されない。  こんな私を救ってくれたのは、レイクだった。あの呪われたネックレスとサーク レットを『万剣』のルールで切り裂いてくれた。そして、私の中の悪意を断ち切っ たのは、兄様だった・・・。  こうして、私は解放され、贖罪の日々が始まるのだった。だが、今の私にとって は喜びでもあった。罪を償う機会を与えてくれたのだ。例え神の子としての細胞が 無くなったとしても、喜ぶべき事だった。  私は、神の子としてあった時の『神気』を使う能力がごっそり抜けているので、 修行によって取り戻すつもりだった。毎日のように『神気』を高める修行を忘れず にやっている。  そんな中、父さんが倒れた。信じられなかった。私の中で父さんは、ヒーローだ った。どんな困難も、前を向いて立ち向かい、母さんと一緒に道を切り開いていっ た。その父さんが、万年病に罹ったと言う。  万年病・・・。話だけは聞いた事があった。1万年に1回、不治の病として、神 が罹る事のある病気。あの父さんが死ぬなんて、信じられなかった。  私は、力になりたいと思っていたが、解決策が分からなかった。だから、解決出 来るであろう、『破拳』のルールを持った瞬の修練に、付き合う事くらいしか出来 なかった。そして、その時がやってくる。  見事だと思った。何でも、俊男が持ってきた案だと言う。恵と俊男が持ってきた 案で、『魂流』のルールで魂を具現化し、万年病を可視化する事で、『破拳』のル ールで叩こうと言う案だった。凄いと思ったのは、万年病の正体を突き止めた事だ。 謎が多いとされた万年病の正体は、『神気』と『瘴気』が暴れる事での体の抵抗力 の低下だったのだ。そして、暴れる『神気』と『瘴気』を、『制御』のルールを持 つ恵が暴走を止め、士や私などが、それぞれを押さえ込む。  こんな事を、誰が思いつくだろうか?改めてソクトアの・・・いや、此処に居る 人間は凄いと思った。絆の力がズバ抜けている。・・・だが、その訳を聞いたら、 納得の行く話だった。  何と俊男は、未来で死んだ父さんと『同化』し、『時界』を越えて今に辿り着い たのだと言う。そこで経験した事は、正に地獄だった。どんなに手を尽くしても、 誰かが死ぬ未来。それは、必ず訪れるミシェーダの襲来によってだった。  私は、それを聞いた時、背筋が凍った。そして、ミシェーダなら遣り兼ねないと 思っていた。弱った父さんと母さんを見て、ミシェーダが襲ってくる。十分有り得 る事態だった。そして、ミシェーダを何とかしようと思うと、その隙を狙うかのよ うにケイオスが攻めて来たと言う。ケイオスも、近くで見ているのだろう。そして、 隙を狙うのでは無く、ミシェーダに対応している必死の姿を見て、血が躍って、闘 いを挑んで来ると言うのが、ケイオスの襲来の正体だったようだ。なので、ミシェ ーダには、過度の人員を付けては、いけないらしい。そして必ず、『結界』の中に 引き込まれなきゃいけない。その上で、ミシェーダに勝利出来る人物。それが必要 だったのだ。そのミシェーダと闘う役を、俊男が引き受けると言う。  確かに見せてもらったが、父さんと『同化』した俊男は、凄まじい力だった。単 に力が強いと言うだけでは無い。相性がピッタリなので、力を出し尽くす事が出来 るのだと言う。  だが私は、あの眼が気になっていた。全てを悟った眼。そして、何回も失敗して きて、焦燥しきった眼だ。どんな経験をしたら、あんな眼が出来ると言うのだろう か?それは、相当な地獄だったに違いない。  そして、父さんの万年病は、見事に治った。私は心から喜んだ。父さんは、助か ったんだ。こんな嬉しい事は無い。母さんの喜ぶ姿を見て、こっちも嬉しくなった 物だ。しかし、これで終わりじゃなかったのだ。  私達が喜びに浸っている間に、俊男はミシェーダを倒したらしい。しかし、ミシ ェーダは、この家を滅ぼすつもりだったらしく、最期の力を全てチャクラムに込め て、この家諸共、吹き飛ばそうとしたのだ。何と言う執念か・・・。  しかし、そのチャクラムを、俊男は命を懸けて、体で受け止めた。・・・だから、 そのまま力尽きてしまった。・・・このままで良い筈が無い・・・。  だから、再びゼハーンの『魂流』のルールで、今度は蘇生を行う事になった。俊 男の話だと、未来では必ず蘇生に失敗していたと言う。だが、それは『因果』の力 が働いていたからだ。恵は、そう分析していた。  時を越えると言うのは、禁忌だ。だから、それを犯した者には、必ず『因果』が 付いて回る。俊男が時を越えてきたと言う行為その物が、誰かが死ぬと言う結果に 結び付いていたのだ。だから、俊男が命を懸けたのだ・・・。ミシェーダが死ぬ事 で、『因果』から逃れられれば由。そして、ミシェーダにやられた場合でも、俊男 が死ぬと言う事で、『因果』から外れるからだと言う。しかし、それは何と悲しい 『因果』なのか・・・。地獄を見て、もがき続けて、足掻いてきた俊男が、犠牲に ならなければ、前に進めないなんて・・・。  だから私は、この仲間達の一員として、魂を提供した。あらん限り振り絞るつも りだった。あれだけ期待されている俊男が死んでしまうのは、悲しい事だと思った からだ。あの悪魔に打ち勝つ為に、必要だと思ったからだ。  そして、俊男は帰ってきた。ゼハーンの『魂流』のルールが成功したのだ。  だけど魂を取り戻しにいった恵の言葉を聞いて、愕然とした。  此処に戻ってきたのは、一人。それは、この『時界』での俊男のみだと言う。そ れは、『因果』に囚われる前の俊男だったから、戻って来れたのだと言う。だが、 もがき続けた俊男は、未来の父さんと共に、無間地獄へと旅立ったと言う。何も無 い空間で、宇宙の意志と一体となる場所へだ。  こんなの・・・こんなのあんまりだ・・・。  私は、思いを馳せながら、天神家で『神気』を高めていた。私の力が足りなかっ たから、ミシェーダと対峙するのが俊男じゃなきゃならなかった。こんな想いは、 二度としたくない。強くなるしかない。 「ゼリン様。昼食の時間で御座います。」  睦月が話し掛けてきた。彼女も強い人だ。恵の言う事を信じて、言われた事を忠 実に守って、言い付けられた万年病の正体を暴いたと言う。未来での話らしいが。 「ありがとう。すぐに行きます。」  私は、礼を言って、天神家の大広間に入る。すると、既に着席していた父さんと 母さんが居た。どうやら、一緒の昼食のようだ。 「ゼリン。調子はどうだ?」  父さんが、気さくに話し掛けてくる。 「まだまだですね。私は、まだまだ強くならなきゃなりません。」  私は、真面目に答える。この力を高めなければ、未来は無いのだ。 「お前は、焦っているのか?私には、そう見えるが?」  母さんは、さすがに見抜いてきた。私は焦っているのだ。 「私は、あの悪魔・・・ゼロマインドの力を知っています。だから、どうしても焦 ってしまうのです。今回、ミシェーダを向かわせたと言う事は、セントも本気なの でしょう。その対応をしなければなりません。」  私は、ゼロマインドの力を知っている。日に日に強くなっていき、今では手が付 けられない程、強いのだ。何せ、セントの3000万人を超えたと言う人々から、少し ずつ力が、ゼロマインドに向かうようになっている。そう仕向けたのは、私だ。 「全く、困った奴等だな。元老院だったか?」  父さんは、忌々しい奴等だと呟きながら、目を細めていた。 「こちら、昼食ですよー。」  葉月が、重い空気を感じてか、明るい声で配膳してきた。 「有難い。此処の食事は、天界のより、数段美味しくて助かる。」  母さんは、その雰囲気に釣られてか、笑いながら話していた。 「天界より美味しいって言われると、照れますねー。」  葉月は、本当に嬉しそうにしていた。 「いや、実際の話、天界の食事も美味いんだがな?一味足りねーんだ。」  父さんは、不満を漏らす。でも、確かにそれは言える。一味工夫が足りないと言 う意見は、私も一緒だった。 「メトロタワーの中での食事も、配膳だったから、此処のは新鮮ですよ。」  私は、正直な感想を漏らす。本当に此処の食事は美味しい。 「励みになりますよ。更なる上を目指すつもりでは、いますけどね。」  睦月が、礼を述べる。しかし、まだまだ美味しくするつもりらしい。 「こうして、食事を摂れるのも、彼等の・・・おかげだな。」  母さんは、チラッと父さんを見ながら言う。 「そうだな。俺は、未来の俺には感謝している。勿論、俊男にもな。でも、奴等に 感謝はすれど、負けるつもりは無い。その生き様を見せる事が、奴等の想いに報い る事だと思っている。」  父さんは、吹っ切れたようだ。ここまでの心境に至るのに、どれだけ思い返した だろうか?だが、もう前を見つめていた。 「そうだ。・・・そうだよな。私も、その想いを引き継がなくてはな。」  母さんも、父さんに同調していた。 「赤毘車。お前は、俺に付いて来てくれる。それは嬉しい。だが、お前自身も見つ め直して欲しい。出来るな?」  父さんは、真剣な眼で母さんを見る。恐らく、未来の俊男から聞いた、母さんの 末路の事を思い出してだろう。父さんの死後、母さんは自殺したらしいからな。 「フッ。馬鹿にするなよ?今回の事で、私も痛感したのだ。お前に依存し過ぎてい たとな。だから私自身、鍛え直す事にしている。そして、私の目的を作る事にした。 だから、心配するな。それを達成するまで、死にはしない。」  母さんは、分かっていたようだ。依存し過ぎていた事に。一緒に仕事をしている 内に、父さんと一心同体になっていた。しかし、それは、危険な事でもあったのだ。 「そうか。それを聞いて安心した。しかし、目的とは何だ?」  父さんは尋ねてみる。そう言えば母さんが、ちゃんとした目的を作ったってのは、 聞いた事が無いな。 「ゼリンを看取る事だ。」  ・・・え?私を看取る?母さんの目的が? 「母さん。私は、自分で勝手な事をしたんだ。それは・・・。」 「黙れ。私が、もう決めたのだ。お前が、どう言う人生を歩んで、どう成果を残し たか、この眼で確かめる。・・・それが、私の目的だ。」  私が拒否しようとすると、母さんは、間髪入れずに否定する。 「お前の人生を見せてくれ。半端じゃない生き方をして欲しい。」  母さんは、私を励ます意味でも、人生を看取るつもりなのだ。どこまで・・・。 「私は、父さん母さん、そして父上に恥じない生き方をします!」  私の目の前が、涙で溢れてきた。何処までも優しく、御人好しなのに、厳しい親 なんだ。私は幸せ者だ。 「ん。そうか。それが、赤毘車の目的か。・・・強い事だな。俺は、ゼリンの最期 の瞬間の事は、考えないようにしていたんだが、それを看取るつもりなんだな?」  父さんは、肝心な事を言う。寿命が違うので、私の方が、先に逝ってしまう事に なる。その瞬間を、母さんは看取るつもりなのか? 「覚悟は出来ている。だから、そんなに簡単な死を選ぶんじゃないぞ?」  母さんは、私の眼を見る。何て優しくて強い眼なんだ・・・。 「はい・・・。母さんが誇れるような人生を、送ってみせます。」  私は、そう言い切るしかなかった。そして、それは私の決意にもなった。 「良い話ですー。いやぁ、感動しちゃいました。」  葉月が、同調して泣いてくれた。 「私も見ていますよ。ゼリン様。」  睦月は、私を見てくれると言った。・・・ここには幸せが溢れている。怖くなる くらいだ。あの悪魔の元に居た時には、味わえなかった感動だ。 「それと私達は、未来の貴方と俊男様の偉業を忘れません。」  睦月は、父さんに言ってやる。 「私達も救ってもらったんですよね。でも感謝を伝えられないのは、寂しいです。」  葉月も感謝をしている。だが、それを伝えるべき人は、もう居ない。 「行ってしまわれた俊男様や、ジュダ様に届くような活躍を、見せてやれば良いの です。私達は、出来ると信じるんです。葉月。」  睦月は、遠くにいる二人に届くように、努力するつもりなのだろう。 「分かりました。お二人に見てもらえるように、頑張ります!」  葉月は、皆を喜ばすような微笑で、決意を表明する。  ソクトアに生きる人間達の意志の強さには感服する。  私も、負けぬように付いて行かなくては、ならない。  セントメトロポリスが、セントメガロポリスに生まれ変わって、1週間程が経っ た。セントの国民は、自分達がソクトアの中心に生きていると言う認識を持って、 誇りに満ち溢れている。セントは、このソクトアでは特別な地域なのだ。  初めは、だだっ広い荒野だった。豊かな山脈に囲まれた広い荒地。ソクトア大陸 の中心だが、その台地の広さから、戦場として使われる事が多かった。余りにも凄 惨な歴史を持つ為、ここには人が住めないと思われる程だった。  だが、セントの人間は、その常識を覆した。そして今では、3000万人と言うソク トアでは例を見ない巨大な都市を作り上げる事に成功する。  そのセントを実質支配している元老院は、正しくソクトアを支配していると言っ ても良い。ここの方針決定が、ソクトア全土に触れ渡るのだ。  その元老院の集まり『院会』が、また開かれた。  各自報告をし、元老院の中で話し合って採決を取る。そして決定した事項を、メ トロタワーの国事代表に渡し、施行させる。セントメガロポリスも、この前の『院 会』で決定し、それを形にしたのだ。  早速、『院会』が開かれる事になった。 「これより、院会を始める。今後に向けて、有意義な意見をお願いする。」  院会の院長は、早速、場を仕切り始める。 「一つ、質問宜しいか?」  元老院の一人、ゲラルド=フォンが、挙手をする。院長は、発言を認める。 「皆もお気付きの通り、椅子が一つ空いているようだが?」  ゲラルドは、椅子に誰かが居ない事を示唆する。無論、皆は気付いている。その 席は、ミシェーダ=タリムの物だ。 「皆も気付いているだろうが、ミシェーダ殿は、この前の日曜に出掛けたきり、戻 っておらぬ。大事な用事があると言ったまま・・・だな。」  院長は、手元にある資料を見ながら、報告をする。院長も、詳細は知らないよう だ。確かにミシェーダは、フラッと、どこかに行く事がある。 「戻らないとは、また穏やかじゃないな。『院会』には、必ず間に合わせていたア イツが、戻って無いだと?何かあったのか?」  軍事研究所の長官だった加藤 篤則が、心配そうにしていた。 「物騒ですね。この前も欠員が出たばかりだと言うのに。」  ケイリー=オリバーが、溜め息を吐く。最近、元老院周りが騒がしくなってきて いると、感じているようだ。 「セントの為に、尽力しておられる御方です。戻られる事を望みます。」  如月 由梨が、ミシェーダの為に祈る。この女性は、セントの為と言う基準が、 偏っている。だからこその元老院入りなのであるが。 「テレビ局の情報網では、ガリウロルに向かったとの事ですわ。」  マイニィ=ファーンは、テレビ局からの情報を仕入れている。 「ガリウロル?最近良く噂を耳にする所だネ。」  リー=ダオロンは、訝しげな表情をする。 「案外、『創』さんと同じ運命だったりして?」  アルヴァ=ツィーアは、軽口を叩く。 「冗談でも、そんな事を言う物では無い。アルヴァ殿。」  ゲラルドは、嗜める。ミシェーダまで居なくなると言うのは、元老院にとっては、 脅威になりうる。それを軽く言う物では無いと言う事だろう。 「でも、その可能性も考えておくのも、仕事の内じゃないの?」  アルヴァは、ただ軽口を叩くだけでは無い。ちゃんと考えていた。ミシェーダが 居なくなった時、どんな人事をするかだ。 「チッ。俺は信じないぞ。アイツは、性格は悪いが、実力は凄かったんだからな。」  篤則は、ミシェーダの事を信じていた。前に、ミシェーダに部下を嗾けた時、と てもこの世の物とは思えない姿になって、帰ってきた。その時に篤則は、ミシェー ダの事を認めたのだ。それ以来、一目置いている。 「個人的な感情で、物事を言うべきでは無いわよ。加藤司令官。」  マイニィが、篤則に注意する。 「分かっている!信じたくないだけだ。・・・だが、こんな事態になったのなら、 新たな元老院候補を考えなきゃならんのだろう?分かっている・・・。」  篤則は、多少短気な所があるが、冷静な判断が出来ない男では無い。ただの熱血 馬鹿だったら、元老院に選ばれたりはしない。 「私の次に考えられていた候補は居ないのですか?」  新入りの由梨が、意見をする。由梨は新入りだが、今では立派な元老院だ。 「最近じゃ、有力候補が居なくてね。困ってるんだよ。」  アルヴァは、現状の国事代表達の体たらくに辟易していた。権力の座に座る事し か考えて居ない。セントを良い方向に持って行く事など、二の次で、まずは、国事 総代表になって、この元老院入りの足掛けにしたいと、考えてる連中ばかりだ。今 の国事総代表ですら、そんな奴なのだから、手に負えない。 「候補が居ないと言うのは、困り物じゃな。」  院長が溜め息を吐く。ミシェーダが帰ってくれば、それが一番だが、必ず戻って きた男が居ないとなると、不慮の事態も考えない訳には、いかない。 「一人、候補が居ない訳では無いですが・・・。」  ケイリーが、苦い顔をしている。余り良い候補じゃないんだろう。 「まさか、前に話していた、あの候補か?」  ゲラルドも苦い顔をする。どうやら、二人で話した事があるようだ。 「今のこの状況じゃ、他に居ないでしょう?」  ケイリーも、乗り気では無いが、候補が他に居ない以上、仕方が無いようだ。 「へぇ。誰を推すの?ま、予想は付くけどね。」  アルヴァは、興味があるようだ。 「前の話と、統合しますと、例の人斬り組織の新ボスですか?」  由梨が、前の話を思い出しながら、分析する。 「当たりです。今は居ないミシェーダ殿が、非戦の約束を取り付けたのです。これ を機に、協力体制を取り付けたいと思っています。」  ケイリーも本当は、そんな得体の知れ無い奴を元老院に推したくなど無い。だが、 セントが強くある為には、迎え入れるのが妥当だと思ったのだ。 「チッ。例の魔族か。確かに強いんだろうがな・・・。」  篤則は、気に入らなかった。人間じゃない奴を迎え入れる事自体は、そんなに抵 抗は無いのだが、新しい『ダークネス』のボスは、この元老院を軽視している。し かも、事もあろうに、服従では無く、非戦と言う対等な立場に立とうとしている。 その事が、篤則の癇に障ったのだ。 「私は、良いと思うわよ。実力者だと言うし、私達と戦争するつもりは、無いんで しょ?なら迎え入れて、上手く利用すれば、仕事も楽になるんじゃない?」  マイニィは、現実的な事を言う。『ダークネス』のボスは危険だが、利用価値が あると思っているのだろう。 「僕も良いと思うよ。ただし、納める物は納めてもらおうよ。そうじゃないと、こ この人達に示しが付かないでしょ?」  アルヴァも迎え入れるのに賛成だったが、きちんとお金を納めてもらうつもりだ った。元老院になる時に、100万ゴートを納めてもらうのが通例だった。決して 安い額では無いが、人斬り組織の長ならば、問題無いだろう。只で入れたとあって は、メトロタワーの下に居る国事代表達の示しが付かないのだ。 「審査の際は、私に任せると良いヨ。委員会に言って置くネ。」  ダオロンは、不正監視委員会に働き掛けをするつもりだ。 「では、採決を取ろうと思う。」  院長が、意見が割れたのを見て、採決を取る事にした。 「この提案の是非を問う。是か非か、答えられよ。」  院長が宣言すると、電光掲示板に採決結果が表示される。 「これは・・・。」  ゲラルドは、眉を顰める。微妙な結果だった。元老院が発足して初めての出来事 だった。それは、全くの同数だったのだ。4対4だったのだ。 「奇数では無い、この時期の弊害が出たようじゃな。」  院長は、想定外だったのか、頭に手を当てる。 「仕方が無いな。ならば、提案だ。」  篤則が、挙手をする。院長は、発言を許可した。 「大体、こんな中途半端な状態で、迎え入れようと言うのが間違いなんだ。」  篤則は、恐らく非に入れたのだろう。 「そうやって、非の人数を増やすつもりカ?」  ダオロンは、厳しい指摘をする。ダオロンは是に入れていた。 「早まるな。そんなセコい事はしない。迎え入れる事よりも先に、説得する方が先 だろう?と、そう言っているのだ。」  篤則は、対案を出す。つまり、いきなり迎え入れる事を決めるのでは無く、まず は、説得して入るかどうかを、見極めてから、是非を説いた方が良いと言う事だ。 「なら、誰が説得に行くのよ?」  マイニィは、説得に行く者を決めようとする。 「対案を出したのは、俺だ。俺が行こう。」  篤則は、自分で行く事を提案した。 「危険な任務ですよ?大丈夫ですか?加藤さん。」  由梨が心配してきた。確かに『ダークネス』のボスの説得は、楽な仕事じゃない。 「ミシェーダに出来た事だ。やってみせなきゃな。」  篤則は、ミシェーダに対抗意識を燃やしていた。 「それは良いけど、加藤さん反対でしょ?それで説得に行くって、おかしくない?」  アルヴァは、ジト眼で睨み付ける。 「信頼問題かも知れんが、俺は例え、迎え入れるのに反対だとしても、説得しろと 言われれば、遂行するのに迷いは無い。是の者達が、荒事に強いとは思えないから、 私がやると言ったんだがな?」  篤則は、見抜いていた。是の4人が想像通りなら、こう言う交渉事に強い者が居 ないのだ。だから、自分が行くと言ったのだ。 「ま、採決を取れば良いのでは?」  ケイリーは、揉めた時の採決と言うルールを口にする。 「では、採決を行う。まずは、説得に行くのは、加藤殿で宜しいか?」  院長が、宣言する。すると、是が8だった。分かり易い全会一致だった。 「良いだろう。俺でも出来ると言う所を見せよう。」  篤則は、荒事はミシェーダにと言う風潮が気に食わなかったのだ。 「次に、加藤殿が説得に成功した場合、迎え入れるかどうかじゃ。」  院長が、次の提案を口にする。結果は変わらないかと思われた。 「・・・ほう・・・。」  ゲラルドは、興味深そうにしていた。結果は是が8で、全会一致だった。つまり、 得体の知れない者でも、説得出来れば、別に反対しないと言う結果だった。 「セントの為になるならば、当然の判断かと。」  由梨は、反対だったが、賛成に回った。 「責任重大だネ。篤則。」  ダオロンは、冷やかす。 「まぁ見てろ。俺が、ミシェーダよりも優秀だと言う事を見せてやる。」  篤則は、そう囃し立てる事で、ミシェーダの存在を忘れさせないようにしている のだ。何とも、素直では無い男である。既に、ミシェーダを忘れようとしている元 老院に対して、一石を投じたかったのであった。  今でも、偶に夢を見る事がある。  自分を好きだと言ってくれた子に、酷い事をさせた夢・・・。  それは、昔の記憶だ。俺は、最低な事ばかりしていた。  今思い返しても、あの時の俺は、馬鹿だったし、最低だった。  だから、止めてくれたアイツの兄で、俺の友達には、感謝している。  殺されそうになったけど、最終的に赦して貰えた。  それは、酷い事をした恋人が、もう一回、恋人になりたいと言ってくれたからだ。  信じられないくらい御人好し。  俺は、その時、涙が出たっけな。  そして兄にも、それで赦して貰ったっけな。  ・・・莉奈は、俺には勿体無いくらいだ。  そして俊男は、俺の掛け替えの無い友人だ。  その一人を失った・・・。  正確には、人格の一つが失われたと言うべきか。  でも、俺達を命懸けで助けてくれた俊男は、逝っちまった・・・。  遠い所で俺達を見ていると言う。  なら俊男・・・俺の生き様も見ていてくれ。  莉奈を幸せにして見せるからさ。  莉奈は、笑って付いてきてくれる・・・だけど、それに甘えていられないな。  俺達は、レストラン『聖』を後にして、天神家に向かう事にした。部活がある奴 等は、部活が終わり次第、天神家に向かう。俺達のような帰宅組は、士さんのレス トラン『聖』に寄ってから、天神家に向かう事にしている。  レイクさんとファリアさんは、グリードさんやエイディさんを冷やかしながら、 天神家に一足先に帰った。勇樹は、まだバイト中だ。葵は、エイディさんの様子を もうちょっと眺めてから、向かうと言っていた。恋する女の子だねぇ。  しょうがないので、俺と莉奈は、二人で天神家に向かう事にした。莉奈とは、恋 人同士でありながら、仲間でもある。話は弾むし、楽しかった。 「あれ?魁か?ひっさしぶりじゃねぇか!」  こ、この声は・・・。先輩達だ・・・。間違いない。俺が道を踏み外してた頃、 良くつるんでいた先輩達だった。莉奈は、俺の後ろに隠れる。 「そっちの彼女も、久し振りぃ。へへっ。」  先輩達は、嫌な目付きで、莉奈を見る。そうだ・・・。俺が莉奈を使って、最低 な行為をしていたのを、先輩達は知っている。あの頃を思い出してしまった。 「せ、先輩達は、今帰りですか?」  俺は、この場は何とか凌ごうと、明るく声を掛ける。 「あぁ。拳斗(けんと)さんの激励会に参加してな?」  先輩達は、激励会と言った。俺は顔を顰める。何が激励会だ。女の子を引っ掛け て、乱交を目的とした、酷い会じゃないか。  ・・・そんな会に、俺も参加してたっけな。 「拳斗さんも、やっと復活したからよ。」  先輩達は、ボクシング部でもあった。拳斗さんとは、ボクシング部の主将である 森(もり) 拳斗だろう。部活動対抗戦で俊男に拳を潰されていたらしいが、つい 最近、完治したのだろう。 「激励会の2次会をそろそろ開くから、お前も来いよ。」  先輩達は、ニヤニヤしていた。 「す、すいません。俺、この後、予定があるんですよ。」  俺は、やんわり断るつもりだった。 「あ。そう。断るんだ?じゃぁ、そっちの彼女は参加って事で良いのか?」  先輩達は、最初から、莉奈の事を狙っていたのだ。 「いや、莉奈も同じ用事がありまして・・・。」  俺は、莉奈を連れてかれる訳には、いかないと思っていた。 「付き合い悪いなぁ?そういや、拳斗さんの拳を潰した奴と仲良いみてーだし、調 子に乗ってる?魁の癖に?」  先輩達の雰囲気が変わってくる。莉奈は震えていた。 「その子も、ウリやってたんだろ?今更、俺達と縁切ろうっての?甘くね?」  先輩達は、莉奈の過去を抉ってきた。 「・・・るせーよ。」  俺は、低い声で唸る。 「何か言った?魁君よぉ?何?そこの子、貸してくれる気になった?」  先輩達は、莉奈の手に触ろうとした。俺はその手を跳ね付ける。 「うるせーよ!莉奈は物じゃないんだ!てめーらみたいなカスにやれるかよ!」  俺は、吼えた。莉奈をこれ以上罵倒されて、我慢出来る筈が無かった。 「やっぱ調子に乗ってんだろ?お前・・・。」  先輩の一人が、殴り掛かって来た。それを俺は拳を見切って投げ飛ばした。 「んな!・・・ぐあ!!」  先輩は、まともに地面に叩きつけられる。 「・・・てめぇ。俺達と同じ事をやってた癖に、偉そうにするんじゃねぇ!」  先輩達は、俺を睨み付ける。 「確かに、俺は最低だった!・・・だけどな!俺を赦してくれた友人が居た!俺を 赦してくれた莉奈が居た!そうやって出来た今の居場所だ!それを、今更裏切って 堪るかってんだ!!」  俺は、魂の叫びを上げる。そうだ。俺は、これ以上、罪を重ねたくない。償いに なるかどうか分からないけど、莉奈の為に生きるんだ! 「魁君!!」  莉奈は、俺の背中にしがみついてくる。 「ケッ。生意気に青春しやがって・・・。おい!」  先輩達が、口笛を吹くと、凄い人数が出て来た。 「覚悟しろよ?後悔させるだけじゃ済まねぇからな。」  先輩達は、俺達を囲んだ。このままじゃ、莉奈に手を出されてしまう。 「おいおい。穏やかじゃないな?」  この声は・・・森先輩か? 「おっと。拳斗さん。2次会に遅れて済みません。」  先輩達は、道を開けた。さすがは主将だ。 「女性を待たせるのは、良くないぞ?」  森先輩は、紳士っぽく振舞っている。しかし、コイツは、こんな部員を放置する ような奴だ。紳士な訳が無い。 「コイツが、生意気言った物で・・・。」  先輩達は、俺を指差す。そして、森先輩が俺を見ると、目付きが変わる。 「貴様・・・。あの男の仲間だな?それにそこの女・・・あの男の妹だったな?」  森先輩は、恨みが募ったような眼をする。と言うより森先輩は、どうやって莉奈 の事を調べたんだろう?莉奈は学校では、隠していた筈だ。 「不思議か?僕のコネで調べさせてもらったんだよ・・・。」  森先輩は、結構金持ちの家だ。調べるくらい造作も無いのだろう。 「おい。お前達。気が変わった。そこの女を捕まえろ。」  森先輩は、莉奈を捕まえる様に指示する。冗談じゃない。 「か、魁君!」  俺は、莉奈を包み込むように庇う。里奈を攫われて堪るか!! 「へぇ。生意気だね。あの男の仲間なだけあるね。」  森先輩は、俺に近付くと、俺の背中を拳で殴った。 「うあ!!」  何だこれ・・・。さすがに先輩達とは、威力が違う。さすがは、インターハイ出 場の常連だ。完治したばかりとは言え、拳の出来が違う。 「ほう。これでも離れないか。生意気だねぇ・・・。」  森先輩は、俺をサンドバッグみたいに滅茶苦茶に殴る。冗談じゃない・・・。だ けど、莉奈を離す訳には!俺は、魔力で自分を強化して、かろうじて耐える。 「頑丈じゃないか・・・。お前達も手伝え。」  森先輩は、先輩達に指示する。すると、先輩達は俺を囲んで容赦無く蹴り付けて 来た。いてぇ・・・。だけど、莉奈だけは・・・。 「魁君!やめて!やめてぇ!!」  莉奈は叫ぶが、俺は、貝になったように、動かなかった。 「ははははは!良い気味だよ!!生意気な奴等だったからね!」  森先輩は狂ったように笑う。本当に狂ってやがる。 「大体、魁の癖に改心しただぁ?笑わせるなよ!てめぇは、ゴミだろうが!」  先輩達は、俺を愚弄する。俺を愚弄するのは構わない。 「魁君は、ゴミなんかじゃないもん!!」  莉奈は、下から叫ぶ。目には涙を溜めていた。 「魁君は・・・今でも後悔して、だけど前を向いて頑張ってるもん!!」  莉奈・・・。良いんだ・・・。俺は、そうする事で、償っているんだ。 「恥ずかしくないの!?こんな事をして!!」  莉奈・・・。お前、言うようになったな・・・。 「魁君!どいて!私、逃げたくないの!」  莉奈、お前強くなったな・・・。でも、それだけは駄目だ・・・。 「良いんだよ・・・。俺は、誇れる・・・俺で居たい・・・。」  そうだ。俺は、莉奈を守りたいんだ・・・。 「ハッハッハ!笑わせるぜ。戯言吐いて、死んじまえよ!!」  先輩達は、攻撃を強めようとした。 「それは、困るな。・・・『ルール』発動!」  ・・・誰だ・・・?この声は・・・。 「ぬ・・・が!!・・・う、動けない!!?」  先輩達は苦しみだした。 「な、何なんだ!?これは一体!?」  森先輩も、何事かと自分の体を見る。だが、指一つ動かす事が出来ないようだ。 「規律を乱す輩は、粛清せねばな。」  この声は・・・まさか、アイツか!? 「学園名義で借り切ったクラブハウスで、淫らな行為を行い、それを何も知らぬ生 徒に強要するなど、僕の眼が黒い内は、許さないよ。」  学園名義でクラブハウスなんて借り切ってたのかよ。どんだけ豪勢なんだ。 「さ、早乙女!!貴様!!」  森先輩は、現れた奴の名前を叫ぶ。そう。生徒会長だった。 「森。君は、インターハイに出る程の、スポーツ推薦の模範生徒だったのに、残念 だよ。このような行為は、爽天学園の生徒として、許さないよ。」  生徒会長は、『支配』のルールを使っている。だから自由を奪っている。しかし、 範囲は狭いし、意識を奪っていない。動きを止めているだけみたいだ。 「言い訳は後で聞こう。・・・まずは、眠りたまえ。」  生徒会長は、指をパチンと鳴らすと、先輩達は、次々と意識を失っていく。 「う・・・。さ、早乙女ぇぇ!!」  森先輩は、最後まで抵抗したが、『ルール』には勝てず、意識を失った。 「風紀を乱す愚か者だな。・・・全く、嘆かわしい。」  生徒会長は、そう言うと、意識を奪った奴等を『支配』のルールで動かして、一 人一人縛って、キリキリ歩かせる。さすがの『ルール』だ。 「ふー・・・。」  俺は、安心して、莉奈を庇うのを止めた。 「魁君!・・・酷い・・・。もう!無理して!!」  莉奈は、涙を流しながら、俺の体に『治癒』の魔法を掛ける。 「・・・済まないな・・・。心配掛けて・・・。」  俺は、安心させる為に、ニッコリ笑う。少しは守れただろうか? 「桜川。桐原。森の処遇は任せたまえ。このような生徒が居る自体、我が学園の汚 点だ。必ず更生して見せよう。」  生徒会長は、俺達に挨拶をする。 「生徒会長・・・どうして私達を?」  莉奈は、俺の思っていた疑問をぶつける。俺は敵だった筈だ。 「君如きに、遅れを取りたくないからだ。」  生徒会長は、俺の目を見る。 「君は、一時的とは言え、私を超えた。最初は、コイツ等と同じようにクズだった かも知れない。・・・が、君は守るべき者を作って、強くなった。・・・恵君に君 より下に見られるのは、我慢がならない。それだけだ。」  生徒会長は、偉そうだったが、親しみのある声になっていた。 「あ、有難う御座います!」  莉奈は、改めて生徒会長に礼を言う。 「礼は要らない。生徒会長が、生徒を助けるのは、当然の役目だ。」  生徒会長は、格好を付ける。何とも、変わった奴だ。 「魁君!莉奈!!」  心配そうな声を上げて、恵さんが、走ってきた。後ろに葵が居る所を見ると、葵 が、俺達を発見して、報せに行ったみたいだな。 「魁!莉奈!!・・・あぁぁ・・・。ごめん!!私一人じゃ、どうにも出来ないと 思って・・・。恵さんを呼びに・・・。こんな酷い目に!!」  葵は、俺の怪我を見て、謝り倒す。 「君の判断は正しい。この男は、桐原を守ろうとした。君まで増えたら、桜川は、 二人を守ろうとするだけだ。状況は変わらん。」  生徒会長は、冷静に判断する。確かに俺なら、そうしてただろう。 「これをやったのは、貴方?」  恵さんが、縛られた先輩達を見て、生徒会長に尋ねる。 「そうだ。生徒会長として、このような無法を許せなかっただけだ。」  生徒会長は、やって当然とばかりに一礼する。 「感謝しますわ。だけど、『ルール』に頼りっぱなしは、危険です。それ以外の方 法も、模索すべきです。」  恵さんは、恩人に対しても、厳しかった。さすがだ。 「フッ。実に恵君らしい。手厳しい評価だ。信頼を取り戻すのは、大変だな。だが、 それでこそ、遣り甲斐があると言う物だ。これからも頼むよ。」  生徒会長は、実に愉快そうな声を上げながら、去っていった。 「変わった奴だ・・・。」  俺は、『治癒』が効いてきたのか、大分、元気を取り戻した。 「変わった奴だ・・・じゃないよ!心配したんだから!!」  莉奈は、俺の頭を抱いて、胸に埋める。何だか恥ずかしかった。 「心配したんだよぉ・・・。ううう・・・。」  莉奈は、大粒の涙を流していた。 「済まん・・・。泣かせちまったな・・・。」  俺は、莉奈の頭を撫でてやる。 「全くですわ!・・・あんな事があった後なのよ?莉奈の気持ちも考えなさい。」  恵さんは、口を尖らす。・・・ああ。そうか。俊男の事があったばかりだもんな。 俺まで・・・と考えちまうよな・・・。 「本当に・・・済まないな。俺は、何処にも行かないよ。」  俺は、そう言うと、莉奈の涙を拭ってやった。 「絶対だよ?絶対だよぉ・・・。」  莉奈は、涙を流しながら、俺の手を、ずっと握ってくれた。 「まだ、皆には知らせてませんわ。心配を掛ける前に、行きましょう。」  恵さんは、気を使って、皆には知らせていなかった。助かる。 「それにしても、森 拳斗・・・。許せませんわ・・・。私の仲間に・・・。」  恵さんは、本当に燃えるような眼をしていた。俺の事、仲間って認めてもらえて るんだな。かなり嬉しい。少し前までは、軽蔑した眼で見られていた。 「森先輩の噂は、聞いてたけど、酷いね・・・。」  葵も、かなり怒っていた。噂になっていたんだな。  莉奈は、『精励』の魔法を掛けてくれた。今度は疲れも取れて行く。 「よし。何とか回復した。・・・ご心配掛けました。」  俺は、恵さんに礼を言う。 「私は何もしていません。ま、あの早乙女会長を褒めるべきね。」  恵さんは、余り気に食わないようだが、生徒会長を認めていた。 「それに、貴方も、昔の仲間の誘いを突っぱねてたのは、評価しますわ。」  ああ・・・。やっぱり良く見ている。俺は、そこを一番気にしていたんだ。 「・・・俺、やっと、仲間になれた気がする。」  俺は、自然と涙が零れた。これが、嬉し涙なのかも知れない。 「何を今更。これからもよ。しっかりしなさい。」  恵さんは、励ましてくれた。  俺は、これで、決別出来ただろうか?少なくとも、戻る気は無い。  俺は、この決意を胸に、生きていこうと決めた。