NOVEL Darkness 5-6(Second)

ソクトア黒の章5巻の6(後半)


 中休みに、俊男と恵は、校長に呼び出されていた。江里香先輩も居ないと聞いて
いるので、恐らく、江里香先輩が校長に今回の顛末を、話したので、恵が説明に行
くんだろうな。
 俺は、レイクさんとファリアさんと、勇樹も加わって、屋上に来ていた。何とな
く集まったのだ。俊男が居ないので、声を掛けたら、恵も呼び出されたとかで、暇
をしていたと言っていた。
 俺は空を見る。俊男は、戻ってきた・・・。俊男が死んだと思った俺達は、助け
る事が出来て、飛び上がる程喜んだ。だが、恵が言った通りなら、俺達を、ボロボ
ロになりながら救った俊男は、時の無間地獄に行かされて、宇宙の意志と一体とな
ったと言う。・・・何て話だ・・・。あの馬鹿・・・。一人で行きやがった。
「瞬。俺は、まだ全部理解した訳じゃない。だけどアイツ、行っちまったんだよな。」
 勇樹が、話し掛けてきた。勇樹も、話を聞かされて呆然としていた一人だ。
「本当かどうかは、知らないが、恵の話を聞けば聞く程、アイツらしいと思えちま
う。無理し過ぎなんだよ・・・。」
 俺は、また空を見つめる。こうすれば、お前が見えるだろうか?
「俺は、複雑な気分だ・・・。俺は、目の前で知り合いが死んでいくのは、絶対に
防ぎたいと思ってるから、俊男の気持ちも分かる。で、こっちの俊男も救えた。一
見、万々歳だ。だけど、身を犠牲にした奴が居たんだよな・・・。」
 レイクさんは、俊男の気持ちを思って、悔しそうにする。俊男は、正確には死ん
だ訳じゃない。だが、恵の話を聞く限り、死ぬよりも辛い地獄に落とされた事にな
る。・・・何だそれ?
「俺達を救いたいと思って・・・。なのに敵わなくて、俺達の死を見てきて?苦し
い想いをする度に、『時界』だかを越えてきて、何度も俺達の死を見て・・・。最
後は、その原因となった自分を犠牲にだと!?・・・何なんだよ!それ!!」
 俺は、悔しかった。つい叫んでしまう。だって、あんまりじゃないか!!俊男は、
一番苦しんできたんだぞ!なのに、何でそんな地獄に落とされるんだ!!
「私も、煮え切らない気持ちよ。俊男君は、私達を救ったかも知れない。だけど!
そこに助けた俊男さんが居ないで、どうするのよ!私達の気持ちは!?」
 ファリアさんも、気持ちを抑え切れないようだ。そうだよな・・・。
「皆同じだよな・・・。俺も悔しいぜ・・・。だけどさ・・・。俺達は、前に進む
しかない。だから、こっちの俊男と、これからを大事にするしかないんだ。」
 勇樹は、こっちの俊男の気持ちも考えている。勿論、こっちの俊男を、大事にす
る気持ちに変わりは無い。
「忘れない事だ。俺達は、俊男のおかげで、生きていられるって事をな。」
 レイクさんは、感謝の気持ちを忘れるなと言いたいのだろう。
「分かっていますよ。ただ、やり切れなかったんで・・・。」
 俺は、この気持ちを胸に進んでいくしかない。だが、それは寂しくて、悲しい出
来事だった。だけど、それだけを気にしてるのでは、前に進めない。
「俊男君だけじゃない。ジュダさんも、こうなるって分かっていながら、闘ってい
たのよ。心労は、並大抵の物じゃなかった筈よ。」
 ファリアさんは、ジュダさんの事も言及する。
「最初に時を飛ぶ時にすら、それを覚悟してたんだろうな。頭が下がるぜ。」
 レイクさんは、遠い目をする。ジュダさんの事を、思い返しているんだろう。
「だからさ。時々で良いから、思い出してやろうよ。な?」
 勇樹は、優しい目をしていた。コイツは、本当に優しい奴だ。
「そうね。きっと、皆そう思っている筈よ。」
 ファリアさんも、吹っ切れたようだった。
(私だって、忘れはせぬぞ。彼のやった行為は、誰にも真似出来ぬ物だ。ジュダと
て同じだ。格好付けおって・・・。私は、彼等の行為を、胸に刻み付けるぞ。)
 ゼーダ・・・。そうだな。それが、俺達に出来る事だ。
 そうだ。俊男。それにジュダさん。俺達は、そっちに行ってしまった2人の事を
決して忘れない。だから、見ていてくれ。


 中休みに入って、瞬君達は、屋上に行ってしまった。恵様は、校長先生に呼び出
されているようだ。トシ兄も呼び出されているので、恐らく、事の顛末を教えてい
る頃だろう。
 私達は、魁君と葵ちゃん、それに亜理栖先輩と伊能先輩、それに修羅先輩が、集
まってきた。何でも、他のメンバーは見つからなかったとか。体育館裏の誰も近寄
らない所だ。上級生の呼び出しがあったら、普通は緊張する物だが、私達は、仲間
だから、そんな気遣いも無い。
 呼び出したのは、亜理栖先輩だった。葵ちゃんは、少し緊張しているようだが、
亜理栖先輩は良い人だから、何もされないと思う。エイディさんの事で、対立して
いるみたいだが、今回は別件だろう。
「お。来た来た。他のメンバーも、集めたかったんだけどね。どうやら、校長に呼
び出されてるみたいだね。瞬達は、屋上に行ったとか。」
 亜理栖先輩も、状況を把握しているようだ。
「アネゴ。俺達を呼び出したのは、何故じゃ?」
 伊能先輩は、不思議に思っているようだ。
「巌慈。んな事、言わなくても分かってるだろ?納得出来るのかい?あの結末。」
 亜理栖先輩は、トシ兄の事を気にしているようだ。
「分かってるわい。俺も悔しいんじゃ。納得なんてしとらん。でも、俺達が引きず
ったら、今の俊男が可哀想じゃろ?それも、分かった上で、言ってるんだろうが。」
 伊能先輩も、亜理栖先輩の言う事を理解しつつも、トシ兄の事を気にしている。
「良い奴・・・の一言では、済まされんな。アイツは、本当に自分を犠牲にして、
俺達を救った・・・。俺は、ソクトア選手権の優勝で浮かれてたってのに・・・。
アイツは・・・。アイツは・・・。俺は、悔しい・・・。」
 修羅先輩は、ソクトア選手権で優勝して、栄光を報告したばかりだった。ちなみ
にヒート先輩が準優勝だ。近くに校長先生から、表彰があると言う話だ。
「修羅先輩、俊男は喜んでくれてます。それを否定しちゃいけません。・・・でも、
俺も悔しいです・・・。恩人が先に遠くに行ってしまうなんて・・・。」
 魁君が、修羅先輩を諌める。そう。修羅先輩の優勝を誰よりも喜んでいたのは、
トシ兄だった。それを否定しちゃいけないと思う。
「そうだな・・・。喜んでくれてるよな・・・。クッ・・・。」
 修羅先輩は、涙する。本当にトシ兄の事、可愛がってたんだ・・・。
「修羅先輩。トシ兄は、悲しい顔をしたら、落ち込んじゃいます。だから、笑顔で
いましょう・・・。笑顔で・・・。ううぅぅ!!」
 私は、言ってて悲しくなってくる。何が笑顔だ。私自身が、笑顔なんて出来やし
ないのに、笑顔だなんて!!トシ兄!!私、悔しいよ!!
「無理しちゃ駄目だよ。莉奈・・・。アンタ、一番悲しい筈でしょ?」
 葵ちゃんが、私の頭を撫でてくれた。悲しい・・・。悲しくない筈が無い。
『最後は、その原因となった自分を犠牲にだと!?・・・何なんだよ!それ!!』
 どこかから、声が聞こえた。上からだ。ああ。そうか。屋上からか。瞬君の声だ。
『だけど!そこに助けた俊男さんが居ないで、どうするのよ!私達の気持ちは!?』
 今度はファリアさんの声だった。皆、悔しがっているんだね。
「そりゃ、皆も気持ちは同じだよな・・・。悔しいよな・・・。」
 魁君は、トシ兄の事を思い出して、涙を流す。
「アイツ等も分かってるじゃろ。それを糧にして、前に進むしかないって事じゃ。
だが、あの俊男の事は、忘れはせん・・・。それが大事じゃ。」
 伊能先輩は、トシ兄の事は忘れないが、それでも前に進む気持ちを出してくれた。
「そうだね・・・。じゃ、ちょっと甘い査定だけど・・・。そっちに居る俊男さ。
アンタは、榊流忍術、卒業だよ!・・・私の可愛い弟子なんだから、忘れちゃ駄目
だよ!絶対・・・絶対だからな!」
 亜理栖先輩は、トシ兄の卒業を宣言する。最後の方は、涙声だった。
「こっちの俊男は、どうなんだ?」
 修羅先輩が気になったのか、尋ねてみた。
「こっちの俊男は、まだまだ精進してもらわなきゃね。でしょ?莉奈。」
 亜理栖先輩は、元気な声に戻って、私に言う。
「当然です。その方がトシ兄は、喜ぶくらいですよ。」
 私は、同じように元気に返した。そうだ。暗くなってばかりいられない。
 私達が、元気に過ごす事。それが、トシ兄の望みだった筈だ。それを忘れちゃ駄
目だね。見てて。トシ兄!!


 レストラン『聖』を開く準備は出来た。いつも仕入れは、ゼハーンに任せてある。
だが、ゼハーンは、未だ本調子じゃない。『魂流』のルールで、アレだけの魂を放
出したのだ。俺達も手伝ったが、一番負担が掛かったのは、ゼハーンだろう。
 だから、仕入れは新入り二人とショアンに任せる事にした。あの二人も順調に育
ってきている。グリードは、少しの劣化も見逃さない。あの眼は、天性の物かも知
れない。ありゃ伸びるな。エイディの方は、覚えが早い。ジャンと同じで、かなり
器用なのが、役立っている。
 ゼハーンは、手伝い専用で居てもらうだけにした。本人は嫌がっていたが、いざ
と言う時のヘルプは、別に簡単な仕事じゃないと、教えておいた。
 レストラン『聖』は、ランチタイムにも、結構人が来る。バー『聖』とは、そこ
が違う。ファミリー向けの商品も多いので、味付けも薄目と濃い目を使い分けてい
る。だから、店を開くのは昼前だ。仕入れは、早朝にやってもらっている。
 そのせいか、グリードとエイディは、遅刻と言うか、寝坊は全く無くなった。当
然だ。売り上げに響いているんだから、寝坊なんかされたら困る。今までの仕入れ
と違って、早朝なんだからな。ちなみに俺もそれに合わせて仕込みをしている。部
下にだけ仕事をやらせる主義じゃないからな。俺は。
 今日は、仕込みも終わって、後は、店を開くだけだった。
 だが、俺は皆を集めた。
「さて、皆、黙祷だ。」
 俺はまず、それを命じた。皆も意味は分かっている。この前に散って行った俊男
に向けてだ。正直、俺は悔しかった。俺の知らない所で、俺を助けてくれた奴が居
て、ソイツが命を懸けた事を、俺自身が忘れているって事がだ。
「俊男殿・・・。私は悔しい。そして、ジュダ殿。・・・貴方まで・・・。」
 ショアンは、眼を瞑りながら、唇を噛む。
「ウチは、あんなに仲間想いの子は知らない。こっちの俊男君だって、凄く良い人
だし、大事にしたい・・・。あっちの俊男君に届くようにね。」
 アスカは、俊男の事を、可愛い年下だと思っていたしな。
「姐さん。あれは、仲間想いってのを越えてる。どうやったら、あんな心境になれ
るんだか、オレには分からんよ・・・。」
 ジャンは、呆れている・・・フリをしている。照れ隠ししているだけだな。下手
糞め。お前だって、涙を流しているじゃないか。
「士を、何度も助けたって聞いたヨ・・・。感謝し足りないのニ・・・。」
 センリンは、本当に感謝していた。俊男の為に泣いたりもしていた。
「何度も助けられた記憶が、俺には無い。・・・それが悔しいんだよ。俺は、俺を
助けた恩人を忘れちまっている・・・。こんなのってあるかよ・・・。」
 そう。俺は、何度も助けられたらしい。ミシェーダに何度も狙われたらしい。そ
して、『因果』の力で、何度も殺されたと聞いた。俺だけを守ろうとすると、他の
奴が殺されたとも言っていた。そんな光景、思い描くだけでも地獄だと言うのに、
俊男は、何度も見てきた・・・。そして、それを回避する為に、全力を尽くしたん
だ。そして最後は、時を遡った業を背負って無間地獄に行ってしまったと言う。
「無間地獄か・・・。酷いな・・・。私も、何度も助けられたと言うのにな・・・。」
 ゼハーンも悔やんでいる。確かにこっちの俊男は助けられたので、ゼハーンの功
績は大きい。しかしゼハーンは、苦しんだ俊男も、救ってやりたいと思っていた。
「俺、兄貴以外の奴で、初めて尊敬する。だって、出来ねーだろ?あんな事。普通
の奴じゃさ・・・。兄貴だって、出来たかどうか、分からないぜ。」
 グリードは、滅多に尊敬する人を作らない。だけど、あっちの俊男とジュダの事
は、尊敬すると言った。グリードは、ただ強い奴ってだけじゃ、尊敬はしない。俺
の事は、一目置いているんだろうが、尊敬には至ってない。自分の力より難題な事
を成し遂げた奴の事を、尊敬するんだろうな。
「俺は叱りたいぜ。勝手に行っちまいやがってさ・・・。寂しいじゃねぇか・・・。
また話したいだろ?・・・ちくしょう・・・。」
 エイディらしい言葉だった。ここ1ヶ月で、奴等の性格は掴んである。皮肉屋で
軽い奴に見られがちだが、仲間を想う気持ちは、俺達に負けちゃいない。
「恐らく学校の奴等も、今頃、思い返しているだろうぜ。俊男も含めてな。」
 こっちの俊男も、悔やんでいた。救いたかったとも言っていた。御人好しなのは、
こっちの俊男も一緒だ。
「今回の事で、分かった事がある。・・・俺達は、誰も欠けちゃいけないって事だ。
誰か欠ければ、そこから綻びが出来る。そして、そこを狙う奴が居る。俺達は、団
結しなきゃ、ちっぽけだって事だ。絆の力があるからこそ、生きていけるんだ。」
 俺は、この騒動で、その事を知った。そして、絆の力を守らねば、待っているの
は、滅び・・・だろうな。
「思い出してやるのは良い。悔やむのも、俺達には必要だろうさ。だけど、歩みを
止めちまったら駄目だ。絆の力を守りぬかなきゃ駄目だ。」
 俺は、皆に言い聞かせる。これは俊男が、守りたかった物だ。
「絶対に無駄にはしないヨ。俊男君の為ニ・・・。そして、皆の為にモ!」
 センリンは、決意を新たにする。俊男が気付かせてくれたんだ。
(我も、誓うぞ。俊男のやった尊い行為は、我が忘れぬ。奴は我をも救ったのだ。
忘れて堪る物か。我も、この絆に誓うぞ。生き様を見せてやる事をな!)
 ああ。見せてやろうぜ。生きて生きて生き抜いて!無間地獄とやらに届くくらい
の生き様を、見せてやらなきゃな!


 私は、悪魔と手を組んでいた。恐ろしい事だ。いくら心が弱っていたとは言え、
許されない事だ。あの悪魔は、心の隙を突くのが上手い。私は、兄様の結婚話で、
すっかり焦燥していた所に付け込まれた。情け無い・・・。
 私は、若くしてソクトアの管理を任されていた。それは、父さんや母さん、更に
は父上の期待の証でもあった。その頃のソクトアは安定していて、共存の精神が根
付いていた。この状態なら任せても大丈夫だし、私の箔が付くだろうと判断して、
私に回してくれたのだ。兄様と同じように、私も神を目指していたからだ。
 人々の尊敬を一身に背負い、人々の為に闘う神に、私は幼い頃から憧れていた。
父さんや母さんは、その中でも第一人者で、リーダーと呼ばれる地位に居た。私の
誇りでもあった。父上は、その補佐をしていたが、その働きは完璧だったし、安定
した時を迎えていた。
 そして私の兄様は、凄まじい修練の末、神の座を射止めて見せた。私は、その試
練の場を見せてもらったが、想像を絶する試練だった。独力で、星の管理を任され
て、人々の憂いを解決し、邪悪なる者と対峙すると言う設定の箱庭に入れられるの
だ。その試練の箱庭と呼ばれる場所で、見事に優秀な成績を収めた者が、神になれ
るのだ。箱庭に入れられた時に、何でそこに居るのか、記憶を消され、人々は、必
ず嘆きを呟く様に設定されている。そして、出てくる邪悪は、軽く魔剣士クラスの
魔族が設定されている。なので、実力も生半可だとやられるのがオチだ。
 勿論、その中は修行場にもなっていて、敵わないとなれば、修行を付けて、自分
の力をアップする事も許されている。なので、どの程度で邪悪に勝てるか見極める
のも、試練の内なのだ。
 父さんは2ヶ月、母さんは1年近く掛かったそうだ。箱庭に落とされた時に、記
憶を消されたから、復帰するまでに、時間が掛かる。そして、善の心に目覚めなけ
ればならない。人々の願いをクリアしないと、この試練は合格にはならない。
 兄様もこの試練を受けていた。兄様も案の定、苦戦を強いられていた。当然だ。
兄様は正義感が強いが、この箱庭は、運悪くも、強い魔族が設定されていたのだ。
いや、運悪くと言うより、兄様が強い魔族を望んだのだ。その事を、箱庭の兄様は
知らないみたいだが・・・。だが兄様は、めげなかった。人々の嘆きを聞いて、善
の心を奮い立たせ、力ある自分が立ち上がる事で、人々の心を一つにして、魔族に
立ち向かっていた。だが、兄様の凄い所は、そこからだった。
 何と、魔族に対して説得を行ったのである。人々を苦しめている原因を探ろうと
したのだ。ただ敵を討つのでは無く、正しい事を説こうとしていた。この姿に、私
は心を奪われたのだ。敵に対して、滅びを迫るのでは無く、説得を行う。その上で、
正しいと思った事を遂行する。その姿に心を打たれた。
 そして兄様は、魔族に対して、設定されている悪の心を見抜き、心を解放した上
で、悪の心に対して、自分が得意とする『退魔』の力を駆使して、滅したのだ。
 傍で見ていた父さんと母さんは、驚いていた。こんな解決の方法を取るのが、自
分の息子だったのだ。誇りにも思っただろう。その様子を他の神も観察し、満場一
致で神への昇華が決まった。私も魅入っていたくらいだ。
 戻ってきた兄様は、寂しい顔をしていた。箱庭の世界の事を、気にしていた。あ
の世界は、平和になったのか?また邪悪な世界が構築されてしまうのか?と、気に
していたのだ。父さんと母さんは、その様子を見て、箱庭の世界の管理を、兄様に
任せたのだ。そして、試練用の箱庭の世界を、新たに作るように、他の神に命じて
いた。それを兄様は、喜んで受けていた。
 後で聞いたのだが、そう望む神は、結構多いらしく、箱庭を持っている神は、結
構な数に上るのだとか。そう言う父さんと母さんも持っていたくらいだ。愛着があ
れば、ある程、捨てられはしないのだろう。
 こうして兄様は『北神』の座を戴いた。天界の北の門を守る神で、神の中でも、
かなりの上位に当たる神だった。
 兄様は、私の誇りだった。そして私も、ああなりたいと憧れて、ひたすら強くな
り、真面目に修行をした物だ。そして、強くなってからも慢心せず、心を鍛えるの
も忘れなかった・・・筈だった。
 私の中で、兄様は絶対だった。その心は、憧れから恋となり、敬愛と共に、抑え
きれない恋心へと変わっていった。兄様は当然、その心には応えられないと、突っ
ぱねた。当然だろう。だが私は諦めずに、アタックを続けた。兄様は、私が本気な
のを知って、幼馴染の天人と、婚約を発表したのだ。その瞬間、私の心は壊れてし
まった・・・。兄様の隣に居る人は、私では無い・・・。それがどんなに私を掻き
乱したか・・・。だが私は知っている。婚約した兄様の幼馴染は、本当に優しい天
人だった。誰もが文句が無い天人だった。
 私は、本気だった・・・。本気で兄様を愛していた。だから、無理を言って、父
上に養子にして欲しいと頼み込んだくらいだ。それくらいで何が変わる訳でも無い。
父上は、私の恋心を知っていたので、応援は出来ないが、私の気が済むのならと、
了承してくれた。
 思えば、父上にも迷惑を掛けた・・・。あの父上も優しい神だ。昔は、融通が利
かなかったと言うが、父さんや母さんと比べても、遜色無い程、凄い神だと、私は
思っている。鳳凰神として、恥ずかしく無い働きをしていた。
 こうして、傷心に浸っていた私に、近付いてきた存在が、あの悪魔だった。奴は、
産まれたてだった。ひたすら足掻いていた。何でも生まれながらにして、『無』の
存在だったと言う。なので、とても純粋な力の塊だった。美しい力だった。
 私は、それに心を惹かれてしまった。いつもならば、危険な存在として、処理を
しようと思っただろう。だが、この時は、心に隙を作ってしまった。そこに奴は、
付けこんで来た。奴は、強くなる為に必死だったってのもある。
 兄様の事を諦めるなと励まして油断した後、私に呪われたネックレスとサークレ
ットを付けさせた。心を強くあらねばと思っていた私は、この時に消えた・・・。
 それからの私は、夢見がちだったが、酷い事をしていた。言い訳するつもりは無
い。私の心の油断から生んだ行為だった。レイクを『絶望の島』に落としたのも私
だし、セントを一極支配の形にしたのも私だった。ソーラードームなど、恐ろしい
所業だった。とてもこの世の物とは思えない所業だった。クワドゥラートに住んで
いた聖人と魔人を捕らえて『無』の力を作り出す動力にするなど、酷過ぎる。
 だが私は、受け止めなくてはならない。心の弱さが生んだ罪。それは、許されな
い罪だ。ミシェーダ辺りは嬉々として、あの悪魔と手を結んでいたが、私も同類だ
ったのだ。許されない。
 こんな私を救ってくれたのは、レイクだった。あの呪われたネックレスとサーク
レットを『万剣』のルールで切り裂いてくれた。そして、私の中の悪意を断ち切っ
たのは、兄様だった・・・。
 こうして、私は解放され、贖罪の日々が始まるのだった。だが、今の私にとって
は喜びでもあった。罪を償う機会を与えてくれたのだ。例え神の子としての細胞が
無くなったとしても、喜ぶべき事だった。
 私は、神の子としてあった時の『神気』を使う能力がごっそり抜けているので、
修行によって取り戻すつもりだった。毎日のように『神気』を高める修行を忘れず
にやっている。
 そんな中、父さんが倒れた。信じられなかった。私の中で父さんは、ヒーローだ
った。どんな困難も、前を向いて立ち向かい、母さんと一緒に道を切り開いていっ
た。その父さんが、万年病に罹ったと言う。
 万年病・・・。話だけは聞いた事があった。1万年に1回、不治の病として、神
が罹る事のある病気。あの父さんが死ぬなんて、信じられなかった。
 私は、力になりたいと思っていたが、解決策が分からなかった。だから、解決出
来るであろう、『破拳』のルールを持った瞬の修練に、付き合う事くらいしか出来
なかった。そして、その時がやってくる。
 見事だと思った。何でも、俊男が持ってきた案だと言う。恵と俊男が持ってきた
案で、『魂流』のルールで魂を具現化し、万年病を可視化する事で、『破拳』のル
ールで叩こうと言う案だった。凄いと思ったのは、万年病の正体を突き止めた事だ。
謎が多いとされた万年病の正体は、『神気』と『瘴気』が暴れる事での体の抵抗力
の低下だったのだ。そして、暴れる『神気』と『瘴気』を、『制御』のルールを持
つ恵が暴走を止め、士や私などが、それぞれを押さえ込む。
 こんな事を、誰が思いつくだろうか?改めてソクトアの・・・いや、此処に居る
人間は凄いと思った。絆の力がズバ抜けている。・・・だが、その訳を聞いたら、
納得の行く話だった。
 何と俊男は、未来で死んだ父さんと『同化』し、『時界』を越えて今に辿り着い
たのだと言う。そこで経験した事は、正に地獄だった。どんなに手を尽くしても、
誰かが死ぬ未来。それは、必ず訪れるミシェーダの襲来によってだった。
 私は、それを聞いた時、背筋が凍った。そして、ミシェーダなら遣り兼ねないと
思っていた。弱った父さんと母さんを見て、ミシェーダが襲ってくる。十分有り得
る事態だった。そして、ミシェーダを何とかしようと思うと、その隙を狙うかのよ
うにケイオスが攻めて来たと言う。ケイオスも、近くで見ているのだろう。そして、
隙を狙うのでは無く、ミシェーダに対応している必死の姿を見て、血が躍って、闘
いを挑んで来ると言うのが、ケイオスの襲来の正体だったようだ。なので、ミシェ
ーダには、過度の人員を付けては、いけないらしい。そして必ず、『結界』の中に
引き込まれなきゃいけない。その上で、ミシェーダに勝利出来る人物。それが必要
だったのだ。そのミシェーダと闘う役を、俊男が引き受けると言う。
 確かに見せてもらったが、父さんと『同化』した俊男は、凄まじい力だった。単
に力が強いと言うだけでは無い。相性がピッタリなので、力を出し尽くす事が出来
るのだと言う。
 だが私は、あの眼が気になっていた。全てを悟った眼。そして、何回も失敗して
きて、焦燥しきった眼だ。どんな経験をしたら、あんな眼が出来ると言うのだろう
か?それは、相当な地獄だったに違いない。
 そして、父さんの万年病は、見事に治った。私は心から喜んだ。父さんは、助か
ったんだ。こんな嬉しい事は無い。母さんの喜ぶ姿を見て、こっちも嬉しくなった
物だ。しかし、これで終わりじゃなかったのだ。
 私達が喜びに浸っている間に、俊男はミシェーダを倒したらしい。しかし、ミシ
ェーダは、この家を滅ぼすつもりだったらしく、最期の力を全てチャクラムに込め
て、この家諸共、吹き飛ばそうとしたのだ。何と言う執念か・・・。
 しかし、そのチャクラムを、俊男は命を懸けて、体で受け止めた。・・・だから、
そのまま力尽きてしまった。・・・このままで良い筈が無い・・・。
 だから、再びゼハーンの『魂流』のルールで、今度は蘇生を行う事になった。俊
男の話だと、未来では必ず蘇生に失敗していたと言う。だが、それは『因果』の力
が働いていたからだ。恵は、そう分析していた。
 時を越えると言うのは、禁忌だ。だから、それを犯した者には、必ず『因果』が
付いて回る。俊男が時を越えてきたと言う行為その物が、誰かが死ぬと言う結果に
結び付いていたのだ。だから、俊男が命を懸けたのだ・・・。ミシェーダが死ぬ事
で、『因果』から逃れられれば由。そして、ミシェーダにやられた場合でも、俊男
が死ぬと言う事で、『因果』から外れるからだと言う。しかし、それは何と悲しい
『因果』なのか・・・。地獄を見て、もがき続けて、足掻いてきた俊男が、犠牲に
ならなければ、前に進めないなんて・・・。
 だから私は、この仲間達の一員として、魂を提供した。あらん限り振り絞るつも
りだった。あれだけ期待されている俊男が死んでしまうのは、悲しい事だと思った
からだ。あの悪魔に打ち勝つ為に、必要だと思ったからだ。
 そして、俊男は帰ってきた。ゼハーンの『魂流』のルールが成功したのだ。
 だけど魂を取り戻しにいった恵の言葉を聞いて、愕然とした。
 此処に戻ってきたのは、一人。それは、この『時界』での俊男のみだと言う。そ
れは、『因果』に囚われる前の俊男だったから、戻って来れたのだと言う。だが、
もがき続けた俊男は、未来の父さんと共に、無間地獄へと旅立ったと言う。何も無
い空間で、宇宙の意志と一体となる場所へだ。
 こんなの・・・こんなのあんまりだ・・・。
 私は、思いを馳せながら、天神家で『神気』を高めていた。私の力が足りなかっ
たから、ミシェーダと対峙するのが俊男じゃなきゃならなかった。こんな想いは、
二度としたくない。強くなるしかない。
「ゼリン様。昼食の時間で御座います。」
 睦月が話し掛けてきた。彼女も強い人だ。恵の言う事を信じて、言われた事を忠
実に守って、言い付けられた万年病の正体を暴いたと言う。未来での話らしいが。
「ありがとう。すぐに行きます。」
 私は、礼を言って、天神家の大広間に入る。すると、既に着席していた父さんと
母さんが居た。どうやら、一緒の昼食のようだ。
「ゼリン。調子はどうだ?」
 父さんが、気さくに話し掛けてくる。
「まだまだですね。私は、まだまだ強くならなきゃなりません。」
 私は、真面目に答える。この力を高めなければ、未来は無いのだ。
「お前は、焦っているのか?私には、そう見えるが?」
 母さんは、さすがに見抜いてきた。私は焦っているのだ。
「私は、あの悪魔・・・ゼロマインドの力を知っています。だから、どうしても焦
ってしまうのです。今回、ミシェーダを向かわせたと言う事は、セントも本気なの
でしょう。その対応をしなければなりません。」
 私は、ゼロマインドの力を知っている。日に日に強くなっていき、今では手が付
けられない程、強いのだ。何せ、セントの3000万人を超えたと言う人々から、少し
ずつ力が、ゼロマインドに向かうようになっている。そう仕向けたのは、私だ。
「全く、困った奴等だな。元老院だったか?」
 父さんは、忌々しい奴等だと呟きながら、目を細めていた。
「こちら、昼食ですよー。」
 葉月が、重い空気を感じてか、明るい声で配膳してきた。
「有難い。此処の食事は、天界のより、数段美味しくて助かる。」
 母さんは、その雰囲気に釣られてか、笑いながら話していた。
「天界より美味しいって言われると、照れますねー。」
 葉月は、本当に嬉しそうにしていた。
「いや、実際の話、天界の食事も美味いんだがな?一味足りねーんだ。」
 父さんは、不満を漏らす。でも、確かにそれは言える。一味工夫が足りないと言
う意見は、私も一緒だった。
「メトロタワーの中での食事も、配膳だったから、此処のは新鮮ですよ。」
 私は、正直な感想を漏らす。本当に此処の食事は美味しい。
「励みになりますよ。更なる上を目指すつもりでは、いますけどね。」
 睦月が、礼を述べる。しかし、まだまだ美味しくするつもりらしい。
「こうして、食事を摂れるのも、彼等の・・・おかげだな。」
 母さんは、チラッと父さんを見ながら言う。
「そうだな。俺は、未来の俺には感謝している。勿論、俊男にもな。でも、奴等に
感謝はすれど、負けるつもりは無い。その生き様を見せる事が、奴等の想いに報い
る事だと思っている。」
 父さんは、吹っ切れたようだ。ここまでの心境に至るのに、どれだけ思い返した
だろうか?だが、もう前を見つめていた。
「そうだ。・・・そうだよな。私も、その想いを引き継がなくてはな。」
 母さんも、父さんに同調していた。
「赤毘車。お前は、俺に付いて来てくれる。それは嬉しい。だが、お前自身も見つ
め直して欲しい。出来るな?」
 父さんは、真剣な眼で母さんを見る。恐らく、未来の俊男から聞いた、母さんの
末路の事を思い出してだろう。父さんの死後、母さんは自殺したらしいからな。
「フッ。馬鹿にするなよ?今回の事で、私も痛感したのだ。お前に依存し過ぎてい
たとな。だから私自身、鍛え直す事にしている。そして、私の目的を作る事にした。
だから、心配するな。それを達成するまで、死にはしない。」
 母さんは、分かっていたようだ。依存し過ぎていた事に。一緒に仕事をしている
内に、父さんと一心同体になっていた。しかし、それは、危険な事でもあったのだ。
「そうか。それを聞いて安心した。しかし、目的とは何だ?」
 父さんは尋ねてみる。そう言えば母さんが、ちゃんとした目的を作ったってのは、
聞いた事が無いな。
「ゼリンを看取る事だ。」
 ・・・え?私を看取る?母さんの目的が?
「母さん。私は、自分で勝手な事をしたんだ。それは・・・。」
「黙れ。私が、もう決めたのだ。お前が、どう言う人生を歩んで、どう成果を残し
たか、この眼で確かめる。・・・それが、私の目的だ。」
 私が拒否しようとすると、母さんは、間髪入れずに否定する。
「お前の人生を見せてくれ。半端じゃない生き方をして欲しい。」
 母さんは、私を励ます意味でも、人生を看取るつもりなのだ。どこまで・・・。
「私は、父さん母さん、そして父上に恥じない生き方をします!」
 私の目の前が、涙で溢れてきた。何処までも優しく、御人好しなのに、厳しい親
なんだ。私は幸せ者だ。
「ん。そうか。それが、赤毘車の目的か。・・・強い事だな。俺は、ゼリンの最期
の瞬間の事は、考えないようにしていたんだが、それを看取るつもりなんだな?」
 父さんは、肝心な事を言う。寿命が違うので、私の方が、先に逝ってしまう事に
なる。その瞬間を、母さんは看取るつもりなのか?
「覚悟は出来ている。だから、そんなに簡単な死を選ぶんじゃないぞ?」
 母さんは、私の眼を見る。何て優しくて強い眼なんだ・・・。
「はい・・・。母さんが誇れるような人生を、送ってみせます。」
 私は、そう言い切るしかなかった。そして、それは私の決意にもなった。
「良い話ですー。いやぁ、感動しちゃいました。」
 葉月が、同調して泣いてくれた。
「私も見ていますよ。ゼリン様。」
 睦月は、私を見てくれると言った。・・・ここには幸せが溢れている。怖くなる
くらいだ。あの悪魔の元に居た時には、味わえなかった感動だ。
「それと私達は、未来の貴方と俊男様の偉業を忘れません。」
 睦月は、父さんに言ってやる。
「私達も救ってもらったんですよね。でも感謝を伝えられないのは、寂しいです。」
 葉月も感謝をしている。だが、それを伝えるべき人は、もう居ない。
「行ってしまわれた俊男様や、ジュダ様に届くような活躍を、見せてやれば良いの
です。私達は、出来ると信じるんです。葉月。」
 睦月は、遠くにいる二人に届くように、努力するつもりなのだろう。
「分かりました。お二人に見てもらえるように、頑張ります!」
 葉月は、皆を喜ばすような微笑で、決意を表明する。
 ソクトアに生きる人間達の意志の強さには感服する。
 私も、負けぬように付いて行かなくては、ならない。


 セントメトロポリスが、セントメガロポリスに生まれ変わって、1週間程が経っ
た。セントの国民は、自分達がソクトアの中心に生きていると言う認識を持って、
誇りに満ち溢れている。セントは、このソクトアでは特別な地域なのだ。
 初めは、だだっ広い荒野だった。豊かな山脈に囲まれた広い荒地。ソクトア大陸
の中心だが、その台地の広さから、戦場として使われる事が多かった。余りにも凄
惨な歴史を持つ為、ここには人が住めないと思われる程だった。
 だが、セントの人間は、その常識を覆した。そして今では、3000万人と言うソク
トアでは例を見ない巨大な都市を作り上げる事に成功する。
 そのセントを実質支配している元老院は、正しくソクトアを支配していると言っ
ても良い。ここの方針決定が、ソクトア全土に触れ渡るのだ。
 その元老院の集まり『院会』が、また開かれた。
 各自報告をし、元老院の中で話し合って採決を取る。そして決定した事項を、メ
トロタワーの国事代表に渡し、施行させる。セントメガロポリスも、この前の『院
会』で決定し、それを形にしたのだ。
 早速、『院会』が開かれる事になった。
「これより、院会を始める。今後に向けて、有意義な意見をお願いする。」
 院会の院長は、早速、場を仕切り始める。
「一つ、質問宜しいか?」
 元老院の一人、ゲラルド=フォンが、挙手をする。院長は、発言を認める。
「皆もお気付きの通り、椅子が一つ空いているようだが?」
 ゲラルドは、椅子に誰かが居ない事を示唆する。無論、皆は気付いている。その
席は、ミシェーダ=タリムの物だ。
「皆も気付いているだろうが、ミシェーダ殿は、この前の日曜に出掛けたきり、戻
っておらぬ。大事な用事があると言ったまま・・・だな。」
 院長は、手元にある資料を見ながら、報告をする。院長も、詳細は知らないよう
だ。確かにミシェーダは、フラッと、どこかに行く事がある。
「戻らないとは、また穏やかじゃないな。『院会』には、必ず間に合わせていたア
イツが、戻って無いだと?何かあったのか?」
 軍事研究所の長官だった加藤 篤則が、心配そうにしていた。
「物騒ですね。この前も欠員が出たばかりだと言うのに。」
 ケイリー=オリバーが、溜め息を吐く。最近、元老院周りが騒がしくなってきて
いると、感じているようだ。
「セントの為に、尽力しておられる御方です。戻られる事を望みます。」
 如月 由梨が、ミシェーダの為に祈る。この女性は、セントの為と言う基準が、
偏っている。だからこその元老院入りなのであるが。
「テレビ局の情報網では、ガリウロルに向かったとの事ですわ。」
 マイニィ=ファーンは、テレビ局からの情報を仕入れている。
「ガリウロル?最近良く噂を耳にする所だネ。」
 リー=ダオロンは、訝しげな表情をする。
「案外、『創』さんと同じ運命だったりして?」
 アルヴァ=ツィーアは、軽口を叩く。
「冗談でも、そんな事を言う物では無い。アルヴァ殿。」
 ゲラルドは、嗜める。ミシェーダまで居なくなると言うのは、元老院にとっては、
脅威になりうる。それを軽く言う物では無いと言う事だろう。
「でも、その可能性も考えておくのも、仕事の内じゃないの?」
 アルヴァは、ただ軽口を叩くだけでは無い。ちゃんと考えていた。ミシェーダが
居なくなった時、どんな人事をするかだ。
「チッ。俺は信じないぞ。アイツは、性格は悪いが、実力は凄かったんだからな。」
 篤則は、ミシェーダの事を信じていた。前に、ミシェーダに部下を嗾けた時、と
てもこの世の物とは思えない姿になって、帰ってきた。その時に篤則は、ミシェー
ダの事を認めたのだ。それ以来、一目置いている。
「個人的な感情で、物事を言うべきでは無いわよ。加藤司令官。」
 マイニィが、篤則に注意する。
「分かっている!信じたくないだけだ。・・・だが、こんな事態になったのなら、
新たな元老院候補を考えなきゃならんのだろう?分かっている・・・。」
 篤則は、多少短気な所があるが、冷静な判断が出来ない男では無い。ただの熱血
馬鹿だったら、元老院に選ばれたりはしない。
「私の次に考えられていた候補は居ないのですか?」
 新入りの由梨が、意見をする。由梨は新入りだが、今では立派な元老院だ。
「最近じゃ、有力候補が居なくてね。困ってるんだよ。」
 アルヴァは、現状の国事代表達の体たらくに辟易していた。権力の座に座る事し
か考えて居ない。セントを良い方向に持って行く事など、二の次で、まずは、国事
総代表になって、この元老院入りの足掛けにしたいと、考えてる連中ばかりだ。今
の国事総代表ですら、そんな奴なのだから、手に負えない。
「候補が居ないと言うのは、困り物じゃな。」
 院長が溜め息を吐く。ミシェーダが帰ってくれば、それが一番だが、必ず戻って
きた男が居ないとなると、不慮の事態も考えない訳には、いかない。
「一人、候補が居ない訳では無いですが・・・。」
 ケイリーが、苦い顔をしている。余り良い候補じゃないんだろう。
「まさか、前に話していた、あの候補か?」
 ゲラルドも苦い顔をする。どうやら、二人で話した事があるようだ。
「今のこの状況じゃ、他に居ないでしょう?」
 ケイリーも、乗り気では無いが、候補が他に居ない以上、仕方が無いようだ。
「へぇ。誰を推すの?ま、予想は付くけどね。」
 アルヴァは、興味があるようだ。
「前の話と、統合しますと、例の人斬り組織の新ボスですか?」
 由梨が、前の話を思い出しながら、分析する。
「当たりです。今は居ないミシェーダ殿が、非戦の約束を取り付けたのです。これ
を機に、協力体制を取り付けたいと思っています。」
 ケイリーも本当は、そんな得体の知れ無い奴を元老院に推したくなど無い。だが、
セントが強くある為には、迎え入れるのが妥当だと思ったのだ。
「チッ。例の魔族か。確かに強いんだろうがな・・・。」
 篤則は、気に入らなかった。人間じゃない奴を迎え入れる事自体は、そんなに抵
抗は無いのだが、新しい『ダークネス』のボスは、この元老院を軽視している。し
かも、事もあろうに、服従では無く、非戦と言う対等な立場に立とうとしている。
その事が、篤則の癇に障ったのだ。
「私は、良いと思うわよ。実力者だと言うし、私達と戦争するつもりは、無いんで
しょ?なら迎え入れて、上手く利用すれば、仕事も楽になるんじゃない?」
 マイニィは、現実的な事を言う。『ダークネス』のボスは危険だが、利用価値が
あると思っているのだろう。
「僕も良いと思うよ。ただし、納める物は納めてもらおうよ。そうじゃないと、こ
この人達に示しが付かないでしょ?」
 アルヴァも迎え入れるのに賛成だったが、きちんとお金を納めてもらうつもりだ
った。元老院になる時に、100万ゴートを納めてもらうのが通例だった。決して
安い額では無いが、人斬り組織の長ならば、問題無いだろう。只で入れたとあって
は、メトロタワーの下に居る国事代表達の示しが付かないのだ。
「審査の際は、私に任せると良いヨ。委員会に言って置くネ。」
 ダオロンは、不正監視委員会に働き掛けをするつもりだ。
「では、採決を取ろうと思う。」
 院長が、意見が割れたのを見て、採決を取る事にした。
「この提案の是非を問う。是か非か、答えられよ。」
 院長が宣言すると、電光掲示板に採決結果が表示される。
「これは・・・。」
 ゲラルドは、眉を顰める。微妙な結果だった。元老院が発足して初めての出来事
だった。それは、全くの同数だったのだ。4対4だったのだ。
「奇数では無い、この時期の弊害が出たようじゃな。」
 院長は、想定外だったのか、頭に手を当てる。
「仕方が無いな。ならば、提案だ。」
 篤則が、挙手をする。院長は、発言を許可した。
「大体、こんな中途半端な状態で、迎え入れようと言うのが間違いなんだ。」
 篤則は、恐らく非に入れたのだろう。
「そうやって、非の人数を増やすつもりカ?」
 ダオロンは、厳しい指摘をする。ダオロンは是に入れていた。
「早まるな。そんなセコい事はしない。迎え入れる事よりも先に、説得する方が先
だろう?と、そう言っているのだ。」
 篤則は、対案を出す。つまり、いきなり迎え入れる事を決めるのでは無く、まず
は、説得して入るかどうかを、見極めてから、是非を説いた方が良いと言う事だ。
「なら、誰が説得に行くのよ?」
 マイニィは、説得に行く者を決めようとする。
「対案を出したのは、俺だ。俺が行こう。」
 篤則は、自分で行く事を提案した。
「危険な任務ですよ?大丈夫ですか?加藤さん。」
 由梨が心配してきた。確かに『ダークネス』のボスの説得は、楽な仕事じゃない。
「ミシェーダに出来た事だ。やってみせなきゃな。」
 篤則は、ミシェーダに対抗意識を燃やしていた。
「それは良いけど、加藤さん反対でしょ?それで説得に行くって、おかしくない?」
 アルヴァは、ジト眼で睨み付ける。
「信頼問題かも知れんが、俺は例え、迎え入れるのに反対だとしても、説得しろと
言われれば、遂行するのに迷いは無い。是の者達が、荒事に強いとは思えないから、
私がやると言ったんだがな?」
 篤則は、見抜いていた。是の4人が想像通りなら、こう言う交渉事に強い者が居
ないのだ。だから、自分が行くと言ったのだ。
「ま、採決を取れば良いのでは?」
 ケイリーは、揉めた時の採決と言うルールを口にする。
「では、採決を行う。まずは、説得に行くのは、加藤殿で宜しいか?」
 院長が、宣言する。すると、是が8だった。分かり易い全会一致だった。
「良いだろう。俺でも出来ると言う所を見せよう。」
 篤則は、荒事はミシェーダにと言う風潮が気に食わなかったのだ。
「次に、加藤殿が説得に成功した場合、迎え入れるかどうかじゃ。」
 院長が、次の提案を口にする。結果は変わらないかと思われた。
「・・・ほう・・・。」
 ゲラルドは、興味深そうにしていた。結果は是が8で、全会一致だった。つまり、
得体の知れない者でも、説得出来れば、別に反対しないと言う結果だった。
「セントの為になるならば、当然の判断かと。」
 由梨は、反対だったが、賛成に回った。
「責任重大だネ。篤則。」
 ダオロンは、冷やかす。
「まぁ見てろ。俺が、ミシェーダよりも優秀だと言う事を見せてやる。」
 篤則は、そう囃し立てる事で、ミシェーダの存在を忘れさせないようにしている
のだ。何とも、素直では無い男である。既に、ミシェーダを忘れようとしている元
老院に対して、一石を投じたかったのであった。


 今でも、偶に夢を見る事がある。
 自分を好きだと言ってくれた子に、酷い事をさせた夢・・・。
 それは、昔の記憶だ。俺は、最低な事ばかりしていた。
 今思い返しても、あの時の俺は、馬鹿だったし、最低だった。
 だから、止めてくれたアイツの兄で、俺の友達には、感謝している。
 殺されそうになったけど、最終的に赦して貰えた。
 それは、酷い事をした恋人が、もう一回、恋人になりたいと言ってくれたからだ。
 信じられないくらい御人好し。
 俺は、その時、涙が出たっけな。
 そして兄にも、それで赦して貰ったっけな。
 ・・・莉奈は、俺には勿体無いくらいだ。
 そして俊男は、俺の掛け替えの無い友人だ。
 その一人を失った・・・。
 正確には、人格の一つが失われたと言うべきか。
 でも、俺達を命懸けで助けてくれた俊男は、逝っちまった・・・。
 遠い所で俺達を見ていると言う。
 なら俊男・・・俺の生き様も見ていてくれ。
 莉奈を幸せにして見せるからさ。
 莉奈は、笑って付いてきてくれる・・・だけど、それに甘えていられないな。
 俺達は、レストラン『聖』を後にして、天神家に向かう事にした。部活がある奴
等は、部活が終わり次第、天神家に向かう。俺達のような帰宅組は、士さんのレス
トラン『聖』に寄ってから、天神家に向かう事にしている。
 レイクさんとファリアさんは、グリードさんやエイディさんを冷やかしながら、
天神家に一足先に帰った。勇樹は、まだバイト中だ。葵は、エイディさんの様子を
もうちょっと眺めてから、向かうと言っていた。恋する女の子だねぇ。
 しょうがないので、俺と莉奈は、二人で天神家に向かう事にした。莉奈とは、恋
人同士でありながら、仲間でもある。話は弾むし、楽しかった。
「あれ?魁か?ひっさしぶりじゃねぇか!」
 こ、この声は・・・。先輩達だ・・・。間違いない。俺が道を踏み外してた頃、
良くつるんでいた先輩達だった。莉奈は、俺の後ろに隠れる。
「そっちの彼女も、久し振りぃ。へへっ。」
 先輩達は、嫌な目付きで、莉奈を見る。そうだ・・・。俺が莉奈を使って、最低
な行為をしていたのを、先輩達は知っている。あの頃を思い出してしまった。
「せ、先輩達は、今帰りですか?」
 俺は、この場は何とか凌ごうと、明るく声を掛ける。
「あぁ。拳斗(けんと)さんの激励会に参加してな?」
 先輩達は、激励会と言った。俺は顔を顰める。何が激励会だ。女の子を引っ掛け
て、乱交を目的とした、酷い会じゃないか。
 ・・・そんな会に、俺も参加してたっけな。
「拳斗さんも、やっと復活したからよ。」
 先輩達は、ボクシング部でもあった。拳斗さんとは、ボクシング部の主将である
森(もり) 拳斗だろう。部活動対抗戦で俊男に拳を潰されていたらしいが、つい
最近、完治したのだろう。
「激励会の2次会をそろそろ開くから、お前も来いよ。」
 先輩達は、ニヤニヤしていた。
「す、すいません。俺、この後、予定があるんですよ。」
 俺は、やんわり断るつもりだった。
「あ。そう。断るんだ?じゃぁ、そっちの彼女は参加って事で良いのか?」
 先輩達は、最初から、莉奈の事を狙っていたのだ。
「いや、莉奈も同じ用事がありまして・・・。」
 俺は、莉奈を連れてかれる訳には、いかないと思っていた。
「付き合い悪いなぁ?そういや、拳斗さんの拳を潰した奴と仲良いみてーだし、調
子に乗ってる?魁の癖に?」
 先輩達の雰囲気が変わってくる。莉奈は震えていた。
「その子も、ウリやってたんだろ?今更、俺達と縁切ろうっての?甘くね?」
 先輩達は、莉奈の過去を抉ってきた。
「・・・るせーよ。」
 俺は、低い声で唸る。
「何か言った?魁君よぉ?何?そこの子、貸してくれる気になった?」
 先輩達は、莉奈の手に触ろうとした。俺はその手を跳ね付ける。
「うるせーよ!莉奈は物じゃないんだ!てめーらみたいなカスにやれるかよ!」
 俺は、吼えた。莉奈をこれ以上罵倒されて、我慢出来る筈が無かった。
「やっぱ調子に乗ってんだろ?お前・・・。」
 先輩の一人が、殴り掛かって来た。それを俺は拳を見切って投げ飛ばした。
「んな!・・・ぐあ!!」
 先輩は、まともに地面に叩きつけられる。
「・・・てめぇ。俺達と同じ事をやってた癖に、偉そうにするんじゃねぇ!」
 先輩達は、俺を睨み付ける。
「確かに、俺は最低だった!・・・だけどな!俺を赦してくれた友人が居た!俺を
赦してくれた莉奈が居た!そうやって出来た今の居場所だ!それを、今更裏切って
堪るかってんだ!!」
 俺は、魂の叫びを上げる。そうだ。俺は、これ以上、罪を重ねたくない。償いに
なるかどうか分からないけど、莉奈の為に生きるんだ!
「魁君!!」
 莉奈は、俺の背中にしがみついてくる。
「ケッ。生意気に青春しやがって・・・。おい!」
 先輩達が、口笛を吹くと、凄い人数が出て来た。
「覚悟しろよ?後悔させるだけじゃ済まねぇからな。」
 先輩達は、俺達を囲んだ。このままじゃ、莉奈に手を出されてしまう。
「おいおい。穏やかじゃないな?」
 この声は・・・森先輩か?
「おっと。拳斗さん。2次会に遅れて済みません。」
 先輩達は、道を開けた。さすがは主将だ。
「女性を待たせるのは、良くないぞ?」
 森先輩は、紳士っぽく振舞っている。しかし、コイツは、こんな部員を放置する
ような奴だ。紳士な訳が無い。
「コイツが、生意気言った物で・・・。」
 先輩達は、俺を指差す。そして、森先輩が俺を見ると、目付きが変わる。
「貴様・・・。あの男の仲間だな?それにそこの女・・・あの男の妹だったな?」
 森先輩は、恨みが募ったような眼をする。と言うより森先輩は、どうやって莉奈
の事を調べたんだろう?莉奈は学校では、隠していた筈だ。
「不思議か?僕のコネで調べさせてもらったんだよ・・・。」
 森先輩は、結構金持ちの家だ。調べるくらい造作も無いのだろう。
「おい。お前達。気が変わった。そこの女を捕まえろ。」
 森先輩は、莉奈を捕まえる様に指示する。冗談じゃない。
「か、魁君!」
 俺は、莉奈を包み込むように庇う。里奈を攫われて堪るか!!
「へぇ。生意気だね。あの男の仲間なだけあるね。」
 森先輩は、俺に近付くと、俺の背中を拳で殴った。
「うあ!!」
 何だこれ・・・。さすがに先輩達とは、威力が違う。さすがは、インターハイ出
場の常連だ。完治したばかりとは言え、拳の出来が違う。
「ほう。これでも離れないか。生意気だねぇ・・・。」
 森先輩は、俺をサンドバッグみたいに滅茶苦茶に殴る。冗談じゃない・・・。だ
けど、莉奈を離す訳には!俺は、魔力で自分を強化して、かろうじて耐える。
「頑丈じゃないか・・・。お前達も手伝え。」
 森先輩は、先輩達に指示する。すると、先輩達は俺を囲んで容赦無く蹴り付けて
来た。いてぇ・・・。だけど、莉奈だけは・・・。
「魁君!やめて!やめてぇ!!」
 莉奈は叫ぶが、俺は、貝になったように、動かなかった。
「ははははは!良い気味だよ!!生意気な奴等だったからね!」
 森先輩は狂ったように笑う。本当に狂ってやがる。
「大体、魁の癖に改心しただぁ?笑わせるなよ!てめぇは、ゴミだろうが!」
 先輩達は、俺を愚弄する。俺を愚弄するのは構わない。
「魁君は、ゴミなんかじゃないもん!!」
 莉奈は、下から叫ぶ。目には涙を溜めていた。
「魁君は・・・今でも後悔して、だけど前を向いて頑張ってるもん!!」
 莉奈・・・。良いんだ・・・。俺は、そうする事で、償っているんだ。
「恥ずかしくないの!?こんな事をして!!」
 莉奈・・・。お前、言うようになったな・・・。
「魁君!どいて!私、逃げたくないの!」
 莉奈、お前強くなったな・・・。でも、それだけは駄目だ・・・。
「良いんだよ・・・。俺は、誇れる・・・俺で居たい・・・。」
 そうだ。俺は、莉奈を守りたいんだ・・・。
「ハッハッハ!笑わせるぜ。戯言吐いて、死んじまえよ!!」
 先輩達は、攻撃を強めようとした。
「それは、困るな。・・・『ルール』発動!」
 ・・・誰だ・・・?この声は・・・。
「ぬ・・・が!!・・・う、動けない!!?」
 先輩達は苦しみだした。
「な、何なんだ!?これは一体!?」
 森先輩も、何事かと自分の体を見る。だが、指一つ動かす事が出来ないようだ。
「規律を乱す輩は、粛清せねばな。」
 この声は・・・まさか、アイツか!?
「学園名義で借り切ったクラブハウスで、淫らな行為を行い、それを何も知らぬ生
徒に強要するなど、僕の眼が黒い内は、許さないよ。」
 学園名義でクラブハウスなんて借り切ってたのかよ。どんだけ豪勢なんだ。
「さ、早乙女!!貴様!!」
 森先輩は、現れた奴の名前を叫ぶ。そう。生徒会長だった。
「森。君は、インターハイに出る程の、スポーツ推薦の模範生徒だったのに、残念
だよ。このような行為は、爽天学園の生徒として、許さないよ。」
 生徒会長は、『支配』のルールを使っている。だから自由を奪っている。しかし、
範囲は狭いし、意識を奪っていない。動きを止めているだけみたいだ。
「言い訳は後で聞こう。・・・まずは、眠りたまえ。」
 生徒会長は、指をパチンと鳴らすと、先輩達は、次々と意識を失っていく。
「う・・・。さ、早乙女ぇぇ!!」
 森先輩は、最後まで抵抗したが、『ルール』には勝てず、意識を失った。
「風紀を乱す愚か者だな。・・・全く、嘆かわしい。」
 生徒会長は、そう言うと、意識を奪った奴等を『支配』のルールで動かして、一
人一人縛って、キリキリ歩かせる。さすがの『ルール』だ。
「ふー・・・。」
 俺は、安心して、莉奈を庇うのを止めた。
「魁君!・・・酷い・・・。もう!無理して!!」
 莉奈は、涙を流しながら、俺の体に『治癒』の魔法を掛ける。
「・・・済まないな・・・。心配掛けて・・・。」
 俺は、安心させる為に、ニッコリ笑う。少しは守れただろうか?
「桜川。桐原。森の処遇は任せたまえ。このような生徒が居る自体、我が学園の汚
点だ。必ず更生して見せよう。」
 生徒会長は、俺達に挨拶をする。
「生徒会長・・・どうして私達を?」
 莉奈は、俺の思っていた疑問をぶつける。俺は敵だった筈だ。
「君如きに、遅れを取りたくないからだ。」
 生徒会長は、俺の目を見る。
「君は、一時的とは言え、私を超えた。最初は、コイツ等と同じようにクズだった
かも知れない。・・・が、君は守るべき者を作って、強くなった。・・・恵君に君
より下に見られるのは、我慢がならない。それだけだ。」
 生徒会長は、偉そうだったが、親しみのある声になっていた。
「あ、有難う御座います!」
 莉奈は、改めて生徒会長に礼を言う。
「礼は要らない。生徒会長が、生徒を助けるのは、当然の役目だ。」
 生徒会長は、格好を付ける。何とも、変わった奴だ。
「魁君!莉奈!!」
 心配そうな声を上げて、恵さんが、走ってきた。後ろに葵が居る所を見ると、葵
が、俺達を発見して、報せに行ったみたいだな。
「魁!莉奈!!・・・あぁぁ・・・。ごめん!!私一人じゃ、どうにも出来ないと
思って・・・。恵さんを呼びに・・・。こんな酷い目に!!」
 葵は、俺の怪我を見て、謝り倒す。
「君の判断は正しい。この男は、桐原を守ろうとした。君まで増えたら、桜川は、
二人を守ろうとするだけだ。状況は変わらん。」
 生徒会長は、冷静に判断する。確かに俺なら、そうしてただろう。
「これをやったのは、貴方?」
 恵さんが、縛られた先輩達を見て、生徒会長に尋ねる。
「そうだ。生徒会長として、このような無法を許せなかっただけだ。」
 生徒会長は、やって当然とばかりに一礼する。
「感謝しますわ。だけど、『ルール』に頼りっぱなしは、危険です。それ以外の方
法も、模索すべきです。」
 恵さんは、恩人に対しても、厳しかった。さすがだ。
「フッ。実に恵君らしい。手厳しい評価だ。信頼を取り戻すのは、大変だな。だが、
それでこそ、遣り甲斐があると言う物だ。これからも頼むよ。」
 生徒会長は、実に愉快そうな声を上げながら、去っていった。
「変わった奴だ・・・。」
 俺は、『治癒』が効いてきたのか、大分、元気を取り戻した。
「変わった奴だ・・・じゃないよ!心配したんだから!!」
 莉奈は、俺の頭を抱いて、胸に埋める。何だか恥ずかしかった。
「心配したんだよぉ・・・。ううう・・・。」
 莉奈は、大粒の涙を流していた。
「済まん・・・。泣かせちまったな・・・。」
 俺は、莉奈の頭を撫でてやる。
「全くですわ!・・・あんな事があった後なのよ?莉奈の気持ちも考えなさい。」
 恵さんは、口を尖らす。・・・ああ。そうか。俊男の事があったばかりだもんな。
俺まで・・・と考えちまうよな・・・。
「本当に・・・済まないな。俺は、何処にも行かないよ。」
 俺は、そう言うと、莉奈の涙を拭ってやった。
「絶対だよ?絶対だよぉ・・・。」
 莉奈は、涙を流しながら、俺の手を、ずっと握ってくれた。
「まだ、皆には知らせてませんわ。心配を掛ける前に、行きましょう。」
 恵さんは、気を使って、皆には知らせていなかった。助かる。
「それにしても、森 拳斗・・・。許せませんわ・・・。私の仲間に・・・。」
 恵さんは、本当に燃えるような眼をしていた。俺の事、仲間って認めてもらえて
るんだな。かなり嬉しい。少し前までは、軽蔑した眼で見られていた。
「森先輩の噂は、聞いてたけど、酷いね・・・。」
 葵も、かなり怒っていた。噂になっていたんだな。
 莉奈は、『精励』の魔法を掛けてくれた。今度は疲れも取れて行く。
「よし。何とか回復した。・・・ご心配掛けました。」
 俺は、恵さんに礼を言う。
「私は何もしていません。ま、あの早乙女会長を褒めるべきね。」
 恵さんは、余り気に食わないようだが、生徒会長を認めていた。
「それに、貴方も、昔の仲間の誘いを突っぱねてたのは、評価しますわ。」
 ああ・・・。やっぱり良く見ている。俺は、そこを一番気にしていたんだ。
「・・・俺、やっと、仲間になれた気がする。」
 俺は、自然と涙が零れた。これが、嬉し涙なのかも知れない。
「何を今更。これからもよ。しっかりしなさい。」
 恵さんは、励ましてくれた。
 俺は、これで、決別出来ただろうか?少なくとも、戻る気は無い。
 俺は、この決意を胸に、生きていこうと決めた。



ソクトア黒の章5巻の7前半へ

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