NOVEL Darkness 5-7(Second)

ソクトア黒の章5巻の7(後半)


 いつまでも、後ろを向いては居られない。そんな事は、俊男も望んでいない。俺
達は、前を向いて生きていかなきゃいけないんだ。アイツに、見てもらわなきゃい
けないんだ。忘れる訳じゃない。忘れられる訳が無い。でも、これからの姿を見せ
る事で、行ってしまったアイツへの土産にもなる筈だ。
 今日は、3月7日だ。アイツが行ってしまってから、1週間ほど経つ。まだショ
ックは抜けきってないが、この『時界』の俊男やジュダさんが居る。その前で、堂
々と悲しむのは、二人に対して失礼だ。なので、気持ちを切り替える事にしている。
 どちらの俊男も忘れない為、そして、ああ言う事が起きても、完全に救う為に、
俺は、俊男相手に修練している。相手が俊男だと言う事に、意味は無い。俊男は、
今や俺達の中でも最強に近い実力を持っている。だから俊男と修練しているんだ。
 士さんも強いし、凄く勉強になるのだが、俺が闘志を燃やし、本気でぶつかり合
える相手は、俊男が一番だった。俺と俊男は、実力が本当に近いのだ。だから、遠
慮無くぶつかり合えるんだ。レイクさんとも、そう言う仲に近いが、俊男と俺は、
互いに格闘でのぶつかり合いなので、更に燃える物があるのだ。
 そう言う意味では、レイクさんは、士さんとの剣術の修練を楽しみにしているみ
たいだ。やはり、近い物を感じるんだろう。ただ最近では、そこに恵が割り込んで
きているのが、恐ろしい所だ。恵は本物の天才だ。魔族のハーフと言う事を考慮し
ても、これ程の才能を持っている女性は少ない。我が妹ながら、恐ろしい奴だ。凄
まじい勢いで強くなっていくので、俺も手加減出来そうも無い。恵は、それでも満
足出来ないみたいで、時々ジュダさんとも手合わせをしている。今回なんかは、赤
毘車さんとの手合わせを所望したみたいだ。
「えええぇぇい!!」
 恵は、足払いから上段回し蹴りに持っていき、赤毘車さんの反撃の竹刀を左手で
払いのけると同時に、右の膝蹴りを放つ。流れるような攻めだ。
「ちぃ!」
 赤毘車さんが本気で苦戦している。赤毘車さんは、神なのに・・・。恵の奴、何
処まで強くなるんだ?恵の攻めに危惧を感じた赤毘車さんは、回り込んで一旦距離
を取ると、竹刀に『神気』を込める。
「破砕一刀流!斬気『波界(はかい)』!!」
 赤毘車さんは、剣圧で『神気』を飛ばす『波界』を使ってくる。
「そこよ!!」
 う、嘘だろ!?恵の奴、構えを合気道に戻して、『波界』を右と左の掌に挟み込
むようにして受け止めると、そのまま受け流してしまった。
「ば、馬鹿な!?」
 さすがの赤毘車さんも驚愕しているようだ。俺達も驚く。その隙に恵は、赤毘車
さんの懐に飛び込んだ。赤毘車さんは、そこに竹刀を振り下ろそうとする。
「ハッ!」
 恵は、竹刀をミリ単位で見切ると、そのまま勢いで投げ飛ばして、脇固めに移行
した。そして、固めたまま拳骨を作って、赤毘車さんに振り下ろす!
「・・・ここまでですか?」
 恵は、それを寸止めしてみせる。
「ああ・・・。私の負けだ・・・。恐ろしいな。君は。」
 赤毘車さんは、負けを認めた。恵の奴、勝っちまったぞ・・・。
(妹君の成長速度は、恐ろしい物があるな。)
 ゼーダか。確かにな。俺もウカウカしてると、置いていかれそうだぜ。
「おいおい。手加減したんじゃないよな?」
 ジュダさんは、心配して赤毘車さんに駆け寄る。
「失礼な事を言うな。本気でやったさ。・・・本物だぞ。あれは。」
 赤毘車さんは、嬉しそうに笑っていた。
「・・・ギリギリでしたけどね・・・。」
 恵は、『波界』を完全に受け流した訳では無いらしく、肘に切り傷が出来ていた。
「よし。決めた!・・・恵!君は、私のライバルとして認定したい!」
 赤毘車さんは、驚きの事を言う。
「・・・有難い申し出ですわ。是非、そうして下さいな。」
 恵は、優雅に答える。恐ろしい奴だ・・・。
「あーあ。恵さんったら、どんどん遠くに言っちゃう感じがするわねー。」
 江里香先輩が呆れていた。恵の強くなるスピードに驚いているんだろう。
「恐ろしい後輩だね。ま、でも、負けないくらいの気持ち持たなきゃね。」
 亜理栖先輩は、前向きに言う。
「・・・。」
「どうした?俊男。浮かない顔をしているぞ。」
 俺は、俊男が、神妙な顔をしていたので、声を掛ける。
「恵さんの頑張りは、僕の為なのかな?って。鬼気迫る頑張りだからさ。」
 俊男は恵が、何であんなに頑張れるのか、その根底を探るつもりで居た。
「そうかも知れないな。でも、やらせてやりゃ良いじゃないか。」
 俺は、否定しなかった。恵は、消えてしまった方の俊男に、見せてやる為に頑張
っている。それは間違いないだろう。
「それが、自分のせいだとでも思うのか?それは間違いじゃないか?」
 俺は俊男が、そう言うことを気にする性格だと知っている。無理させてると言う
自負があるのかも知れない。
「俺もそうなんだが・・・あんな事があったからこそ、それを利用して強くなろう
と思ってるんだ。それは、強要じゃない。不思議と力が湧いてくるから、自然と強
くなろうって気持ちになれる。それは、悪い事じゃないだろ?」
 俺は、これを糧にして、強くなろうと思っていた。それは、決して間違いなんか
じゃないと、俺は思っている。
「そっか。そうだよね。よし!僕も、強くならなきゃ!」
 俊男は、スッキリした顔をしていた。何だかんだ言って、気にしてたんだな。
(あの俊男は、私達に感銘を与えてくれた。無駄には、せぬさ。)
 そうだな。無駄にしちまったら、あっちの俊男に笑われちまうな。
「皆様。大変です!」
 葉月さんが、息を切らして、道場に入ってきた。
「どうしました?葉月。」
 恵が、不思議そうな顔をしていた。すると葉月さんは、道場に備え付けてあるテ
レビの電源を付ける。すると、特報ニュースがやっていた。
『只今セントより、速報です!旧ワイス遺跡に、突如として、別の建物が出現しま
した!ストリウスの法皇は、前代未聞の事態だと、声明を発表しました!』
 現地に行っている特派員が、ワイス遺跡を映し出す。すると、今まで遺跡でしか
無かった所に、急に門が出来て、まるで伝記時代のように、立派な建物が出現して
いた。観光名所として知られていたが、今は、パニック状態である。
「随分、堂々と出てきやがったな・・・。」
 士さんが、舌打ちしていた。
『続報です!中から、誰か出て来ました!』
 特派員が、震える足を押さえながら、実況している。
「あれは・・・。ご先祖!」
 士さんは、ビックリしていた。ご先祖と言う事は、砕魔 健蔵か!?
『そこ!危ないから下がっていなさい!』
 どうやら、ストリウス軍が、後ろに控えていたらしく、銃口を健蔵に向けていた。
健蔵は、それをチラッと見ると、鼻で笑う。
『そこの奴に告ぐ!ここはストリウスの特別天然記念物に指定されている!直ちに
建造物を撤去させなさい!!』
 ストリウス軍の隊長が、スピーカーを使って、勧告をする。
 健蔵は、溜め息を吐いて目を伏せると、奥から来た誰かを恭しく迎えていた。
「な、何だ・・・あれ・・・。」
 魁は、目を見開いていた。テレビから出てきたのは、遠目から見ても瘴気を放っ
ている強烈な魔族の姿だった。これ程までに、凄い姿を、俺は見た事が無い。
「シャドゥさん以上かも知れねぇ・・・。アイツ・・・。」
 レイクさんは、冷や汗を掻く。シャドゥさんを間近で見てきたレイクさんが言う
のだから、相当ビッグな魔族なんだろう。
「あれは・・・ワイスだ・・・。」
 ジュダさんが、苦々しい声を上げる。ワイスと言うと、健蔵の上司であり、父親
だった奴か。確か『神魔』だった筈だ。
(ワイスか・・・。久しく見て無かったが、間違いないようだな。)
 そう言えば、アンタも知ってるんだったな。
『ば、化け物め!撃てーーー!!』
 隊長は、有無言わせずに、部下に一斉掃射を命じる。
 ババババババババッ!!!
 凄い人数に物を言わせて、ワイスに銃弾が襲い掛かる。物凄い音だ。
『物凄い音です!そして、あれは、何者なのでしょうか!?』
 特派員が、仕事なのか、一生懸命実況していた。
『んな!?』
 そこに居る誰もが驚愕した。ワイスだけでは無く、ワイス遺跡にすら、傷一つ付
いていなかった。それは、健蔵とワイスが、全て拳銃の弾を見切って手で掴んだせ
いであった。さすがである。
『ば、化け物です!・・・あわわわわ・・・。』
 さすがの特派員も、腰を抜かしていた。ストリウス軍も、及び腰だった。
『そこの者共!!我が居城に、何か用でもあるのか!?』
 ワイスは、大声で叫ぶ。テレビに届くようにか?
『は、話せるのか!?』
 隊長は、及び腰ながら、勇気を奮い立たせて、話す事にした。
『貴様等、いきなり攻撃を仕掛けるとは、野蛮では無いか!』
 健蔵が、同じように大声で叫ぶ。そして、テレビカメラの前に、一瞬で移動する。
「速い!・・・さすがだな。」
 エイディさんは、健蔵の速さに驚いているようだ。
『た、た、助けて!!』
 特派員は、腰を抜かしていた。カメラの映像も乱れている。カメラマンが震えて
いるのだろう。仕事とは言え、怖いのだろう。
『落ち着け!取って食う訳では無い。勘違いをするな。貴様等。』
 健蔵は、またしても溜め息を吐いて、周りを見渡す。
『・・・これが、テレビと言う物か?便利な物を作った物だ。』
 健蔵は、テレビに興味を示していた。
『て、手を上げろ!!』
 隊長は、震えた声で、命令をする。
『おい。その銃とやらは、俺達に効かないのは、分かっただろう?脅しにならぬぞ?
それすらも分からないのか?お前達は・・・。人間は、脆弱になった物だ・・・。』
 健蔵は、呆れていた。そして、また一瞬でワイスの所に戻る。そして、ワイスに
耳打ちをする。健蔵は、比較的人間に近い形をしている。しかしワイスは、如何に
も魔族と言う格好をしているので、恐れられているのかも知れない。なので、ワイ
スが動く度に、悲鳴が聞こえていた。何せ、肌の色が魔族の青なのだ。
 そして今度は、ワイスがテレビカメラの前に一瞬で移動する。
『ひいぃぃぃ!!』
 特派員は、また悲鳴を上げていた。
『・・・まだ何もしておらぬぞ?・・・これが、世に聞くテレビなる物か。これで、
全ソクトアに情報を流せるとは・・・便利な物を作る。ビジョンを使わずして、こ
のような真似が出来るとは、文明は発達したようだな。』
 ワイスは、興味津々だった。
「何がしたいのだ?ワイスは・・・。」
 赤毘車さんが、呆れていた。何か楽しんでいるようにも見えた。
『丁度良い。宣言を行う!そこの者、我をよく映しておくが良い!』
 ワイスは、カメラマンに自分を映すように言った。カメラマンは、震えながら、
それに応える。逆らったら、何をされるか分からないと思ったのだろう。
『ソクトアの人間達よ!貴様等は、このソクトアを自分達の物と勘違いをしたらし
いな。・・・よもや、魔族が存在しないと、勘違いをする世になろうとは、思って
も見なかったぞ!』
 ワイスは演説を始めた。どうやら、何かを宣言するつもりらしい。
『貴様等が、伝記などと呼んでいる、1000年前に、我は滅びた!だが、我はここに
復活したのだ!!我の名を覚えている者は、居ないだろうがな。』
 ワイスは、嘆かわしいと、呟く。確かに、ソクトアでは、魔族は居ない事になっ
ていた。それは、セント中心の世の中だからだ。
『我が名は、『神魔』ワイス!伝記とやらで、聞いた事があろう?ジークと闘い、
敗れた者だ!その我は、1000年の時を越えた!そして、此処に復活を宣言する!』
 ワイスは、大々的に復活を宣言した。しかしワイスは、誰が復活させたのだろう?
『無』の力で敗れたから、ゼロマインドのせいだろうか?
『そして、ここは我が居城だった場所だ。我が戻るのに、何の不都合がある?』
 ワイスは、ワイス遺跡を指差す。確かにワイス遺跡は、ワイスの居城だった場所
だ。だが今は、ストリウスが管理していたのだ。
『いきなり、こんな事を言われて、納得出来る物ではない!!』
 隊長は、勇気を振り絞って、反論した。
『ほう。我に意見するか。見所があるな。貴様。』
 ワイスは、嬉しそうにしていた。
『確かに、我が居ない間の管理は、お前達がやっていたのだ。それに敬意を表そう。
我とて、只で返せとは言わぬ。』
 ワイスは、面白そうに話していた。本当に楽しそうだ。
『そこの者の意志を尊重して、ストリウスだったか?そなた達の国に、我が力を貸
してやる契約を交わすと言うのは、どうか?悪く無い提案だと思うが?』
 ワイスは、ストリウスに力を貸してやると、提案していた。
『そこの者。今日は、ワイス様の機嫌が良い。即刻、貴様等の長に伝えるが良い。』
 健蔵は、ワイスの機嫌が良いので、つられて機嫌が良いみたいだ。
 すると、隊長の携帯電話から、音がした。
『・・・こ、これは!法皇!!』
 隊長は、法皇から直接電話が掛かってきたので、ビックリして敬礼をしながら、
電話を取った。そして、色々頷いてから、電話を切った。
『長からの電話だな?我の提案の答えを聞こうか?』
 ワイスは、隊長に尋ねる。
『ほ、法皇は・・・。』
 隊長は、声が震えていた。何か大きな事を言うつもりなのだろう。
『貴方の提案に、応じました!!』
 ・・・やはりな・・・。怪しい提案だったが、目の前で、こんな事が起きれば、
嫌でもその力を利用したいと思うのが普通だ。
『そうか!ならば、先程の無礼は、全て赦そう。そして、そこの者、貴様は中々見
所がある。我に付いて来るつもりは無いか?』
 ワイスは、隊長を自分の所に誘う。
『お、お断りです!自分は、法皇様の軍の者であります!』
 隊長は、震えた声だったが、きっぱりと断った。
『ほう。それは残念であるな。見所があったのだが・・・。』
 ワイスは、目を伏せる。そして、何やら宝石を取り出した。
『我の誘いに安易に乗らなかった貴様に、これをやろう。そしてこっちは、その法
皇とやらに、渡すが良い。手土産だ。』
 ワイスは、一際大きな宝石を、隊長に渡すと、残りの高価そうな飾り物を、法皇
の手土産にするように言う。
『・・・あ、貴方達の目的は?』
 隊長は、呆気に取られていた。自分は殺される物だと思っていたからだ。こんな
に話せる奴だと、思ってなかったのだろう。
『1000年前ならば、神と決着を!と言う所であるが、今は無い。だが、ある奴と約
束をしたのだ。その者は、グロバス様では無いが、『覇道』を宣告した。』
 ワイスは、『覇道』の言葉を口にする。その昔、『共存』を説いた『人道』と覇
を争った道だ。伝記でも、何度と無く出てくる言葉だ。
『その者に、恩義もあるので、手伝おうと思う。だが、無闇に人間と争う気は無い。
それだけは言っておこうか。信じるか信じないかは、貴様等の自由だがな。』
 ワイスは、その言葉通り、誰も殺していない。
『・・・今日の所の用事は、我が居城を直す事だけだ。邪魔をしないで戴くと助か
る。我とて、徒に事を構えたくは、無いのでな。』
 ワイスは、終始紳士的だった。何が狙いなんだろうか?
『ただし、次に我に武器を向けた時は、容赦せぬ。貴様等の言う所の、正当防衛に
当たるのだろう?そこで我慢する我では無い。』
 ワイスは、その瞬間、大量の瘴気を発する。肉眼でも見える程だ。さすがだ。
『りょ、了解した。・・・これより、我が軍は、撤退する!!』
 隊長は、意図を理解すると、部下の命もあるので、撤退を命じた。すると、ワイ
スは、満足そうにワイス遺跡に戻っていく。
『た、大変な事が起こりました!!ストリウスに、ま、魔族が現れました!』
 特派員は、腰が抜けたのが治ったのか、再び実況しだす。
 それを見て、健蔵がまた一瞬で、こっちに来る。
『俺も宣言しておこうか。俺の名前は、砕魔 健蔵だ。知ってる奴も居るだろう。
ワイス様に歯向かわぬ限り、俺も手出しはしない。だが、我等を敵と見なすのなら
ば、俺も容赦はしない。それを覚えておくが良い。』
 健蔵は、ワイスの部下として、最高の答えを言っておいた。
『さて、お前も御苦労だったな。スクープ映像とやらは、撮れたであろう?』
 健蔵は、特派員を助け起こしてやった。随分紳士的だ。
『ま、待ってください。』
 特派員は、キョトンとしてたが、健蔵を呼び止める。
『貴方達は、伝記で人間の敵として書かれています。・・・な、何故今回は、そん
なに紳士的なのでしょうか?あそこに書いてあるのは、嘘なんでしょうか?』
 特派員は、仕事柄気になるのか、聞いてみる事にした。
『俺が1000年前、人間を殺しまくった事実は、変わらん。命令もあったし、人間を
恨んでいたのも事実だ。だが、そのような些事な事に囚われるのに、俺は疲れたん
だ。俺が今、叩き潰したいのは、現在の支配構造を生成しているクズ共だ。セント
は、やっている事が、『法道』と変わらぬ。そして、あのような支配を受けている
お前達は、『黒の時代』の犠牲者とも言うべきだ。そのお前達を恨んでどうなる?
意味が無い事だろう?だから、敵対しないと決めたのだ。』
 健蔵は、想いを語っていた。健蔵の言う事は、筋が通っている。昔の健蔵は、人
間に迫害された事を恨んでいた。だが、人間全体を知っていた訳では無い。なのに
恨み続けるのは、お門が違うと思ったのだろう。しかし、ソクトア大陸を支配して
いるセントは、許せないのだろう。その支配構造を『黒の時代』と呼称していた。
『変革を求めるのですか!?』
 特派員は、諦めずに聞いていた。すると、今度はワイスが近寄る。
『ならば、反対に聞こう。お主達は、今の状態が正常だとでも思っているのか?我
は、とてもそうは思えぬ。だから、足掻いてみようと思ったのだ。』
 ワイスは、今の状態は、間違っていると、宣言した。
『では、セントに対して、宣戦布告をするのでしょうか!?』
 特派員は、核心に迫る。
『そうだ・・・と言いたい所だが、今は、そこまで考えておらぬ。まずは住む所を
確保したいだけである。』
 ワイスは、飽くまで居城を取り返すだけだと言っていた。
 放送は、続いていたが、もうどう言う状況か掴めたので、テレビを消す。
「あれが、『神魔』ワイス・・・か。」
 レイクさんが、複雑な表情を浮かべる。自分の祖先が倒した魔族だ。そして、そ
の映像を、ゼロ=ブレイドを通して、見ているのだ。
「何だか、随分話せる魔族だったね。」
 俊男が、素直な感想を述べた。確かに伝記の時とは、様子が違っていた。
「あの男が、人間の恨みを忘れる程、時が経ったと言う事か・・・。」
 赤毘車さんは、1000年前の様子を知っているので、何とも言えないようだ。
(時が経てば変わる物か・・・。)
 永久に変わらない物ってのも無い物だと俺は思うぜ。
「それにしても、派手な事をしますわね。」
 恵は、呆れていた。目立つ為にやった感じにも見えたしな。
「グロバスさんは、どう思ってるんですか?」
 俺は、士さんに尋ねてみた。グロバスさんの見解が欲しい所だ。
「何だか、納得してるみたいだが・・・まぁ代わるか。」
 士さんは、意識を集中させて、グロバスさんに姿を変える。慣れた物だ。
「・・・ふむ・・・。まさか、ワイスまで復活してるとはな。」
 グロバスさんは、懐かしむような目をしていた。
「しかし、あっちが本来のワイスなのであろうか?我は、奴等に『覇道』を強要し
てしまったのかも知れぬな・・・。」
 グロバスさんは、ワイスや健蔵に、自分の考えを押し付けたと思っているようだ。
「バーカ。んな訳無いだろ。奴等は、当時のお前の考えに賛成だっただけさ。お前
が、それを否定して、どうするんだよ。それに言ってただろ?奴等は、無闇に争う
のに、疲れたってさ。その言葉を信じろよ。」
 ジュダさんは、優しく諭す。確かに、ワイスや健蔵は、今は争うつもりは無いと
言ったが、当時は、人間達を憎んでいたのだろう。
「この事態を、セントが黙っているとは思えない・・・。何か起きなければ良いん
ですが・・・。」
 ゼリンは、新たな火種にならないか、心配しているようだ。
 この事件を切っ掛けに、世間は魔族を認識するようになっていった。


 ワイス遺跡に魔族が出現する!・・・このニュースは、瞬く間にソクトア中に広
まり、特集を組む国が少なく無かった。そのニュースを見ていたのか、今まで隠れ
住んで暮らしていた魔族も居たらしく、次々とワイス遺跡を訪れる事態になった。
ワイスも健蔵も、1000年前とは違うと言う事を説明し、それでもワイスと共に居た
いと言ってくれる魔族は、拒まずに受け入れていた。
 すると、連日ニュースになり、特集も組まれていた。そして、今回のワイスと健
蔵は、飽くまで紳士的にを貫いているので、取材の申し込みを正式にし、荒らさな
いと言う条件付で、報道を許している。なので、取材の申し込みが殺到しているの
も、事実である。
 これにより、人々の目も変わってきている。特に、紳士的なのが受けているのか、
何処の局も好意的だ。しかし、セントの報道陣だけは、かなり高圧的な奴が多いの
で、取材を拒否している場合が多いのだと言う。セントでも、ちゃんと申し込んで
いる所は、受け入れているらしいが・・・。どうしても、元老院の意向もあって、
偏向報道になり易いのだ。
「大変な騒ぎですわね。ま、本人達は、望んでやってる所もありそうですが。」
 ワイスも健蔵も、進んで案内してる光景もあった。それに、セントだけ優遇と言
う報道が多かった今までと比べ、かなり平等に扱っている為、他の国からの受けが
凄く良いのだ。それだけ、セントの圧政に反対だったのかも知れない。
 私達はと言えば、世間が騒いだ所で、自分達の事を変えるつもりは無い。いつも
通りの日常を、繰り返していた。
 とは言え、私達は世間が放って置く事を許さない訳で、早速、訪問客が来た。
「恵様。シャドゥ様とジェシー様が、いらっしゃったようです。」
 睦月が報告してくれる。思った通りだ。
「通してあげなさい。知らない仲じゃありませんしね。」
 恐らく、ワイス遺跡の話で、ジュダさん等に用事があってきたのだろう。
「大広間に、皆を集めて話をします。用意なさい。」
 私は、本格的に話し合う為に、皆を集める事にした。
 シャドゥさんもジェシーさんも、変装しながら此処へ来たようだ。
「ジェシーさん!久し振りです!」
 レイクさんが、嬉しそうに話し掛ける。恩人でしたっけ。
「久し振りだね。元気してるかい?」
 ジェシーさんは、気さくに話し掛けてくる。
「こちらは順調ですわ。・・・と言いたいけど、色々ありました。」
 私は、隠さずに言う事にする。
「むぅ・・・。何かあったのか?」
 シャドゥさんは、ゼハーンさんに尋ねていた。
「まぁな。恵殿の話を聞くと良い。」
 ゼハーンさんは、私に話を振る。
「恵殿。何があったのか、教えて戴けますか?」
 シャドゥさんが、何が何やら分からない様子で尋ねてきた。
「そうですね・・・。では、お話します。」
 私は、何度目かになったが、話す事にした。
 まず、ジュダさんが万年病になった事を報告する。万年病の事は、ジェシーさん
は知らなかったらしく、大変驚いていた。
 そして・・・時を越えて、皆を救って、その事が原因で、『因果』に囚われ、時
の無間地獄へ旅立ってしまった人の話を・・・。
「・・・凄まじい話さね。まさか、そんな事が起きてるとはね。」
 ジェシーさんは、顔を曇らせる。
「それにしても、許せぬのはミシェーダですな・・・。」
 シャドゥさんは、拳を握って怒っていた。
 ついでに、今の生活の話もしておいた。特に士さん達が、レストランを開いた事
は、驚きがあったようだ。
「セントで、バーを経営してて、ガリウロルに行くと聞いたから、いつかやるとは
思っていたが、こんなに早く実現してるとは・・・。」
 シャドゥさんは、ゼハーンさんと携帯電話でやり取りしている。だから、何とな
くは、知っているのだろう。
「色々ビックリしたよ・・・。」
 ジェシーさんは、感慨深く言う。私達は、いろいろな事に巻き込まれ過ぎな気が
する。だが、無駄にはしない。これを糧に、強くなっているんだ。
「で、そちらの用事は何なんだ?想像は付くけどな。」
 ジュダさんは、ジェシーさん達の用件を聞き出そうとする。
「想像通りさ。ワイス様の事だよ。正直、ビックリしてる。」
 ジェシーさんは、ワイスの事を相談する。
「ま、そうだろうな。俺だって驚いてるさ。しかも、様変わりしてるしな。」
 ジュダさんは、様変わりしていると言った。余程意外だったのだろう。
「何だか楽しそうではあったな。」
 赤毘車さんは、思い出してか、含み笑いをしていた。
「何かに吹っ切れた感じがするさね。今回の生は、楽しむ為に生きるって決めてる
感じだったね。健蔵さんもだけど・・・。」
 ジェシーさんは、二人の真意が、見えないようだ。
「俺としては、特に対策をするつもりは無い。特に、今回は害を及ぼす感じでは無
いしな。俺は、ミシェーダとは違うんでな。」
 ジュダさんは、害が無ければ、放って置くつもりらしい。
「だが、ケイオスの事は、放って置けんな。」
 ジュダさんは付け加える。ケイオスは、『覇道』を提唱している。テレビでは、
ケイオスの名前を言って無いが、士さんやグロバスさん曰く、間違いなくケイオス
の事だそうだ。
「ケイオス・・・か。そうだよねぇ・・・。あの子、こっち来てるんだよねぇ。」
 ジェシーさんは、溜め息を吐いていた。自分の息子が、成長して帰ってきたのは
嬉しいが、『覇道』を提唱しているのは、反対のようだ。
「私達は、どうすれば良いのでしょうか?」
 シャドゥさんも、迷っている。どう振舞えば正解なのか、それは中々分からない。
「まどろっこしいなー。ワイス遺跡に行けば良いんじゃないの?」
 ファリアさんが、口を開く。ファリアさんらしい意見だ。
「俺も、その意見に賛成だな。行かなきゃ分からない事だらけだろ。」
 レイクさんも賛成のようだ。確かに、行くのが一番手っ取り早い。
「ま、調査も兼ねて、行ってみるか。」
 ジュダさんも乗り気のようだ。何だか一気に話が進む。
「確か、今度の3月16日の月曜日って、サキョウの市井記念日で学園も休みだろ?
俺達からも、誰か行った方が良いんじゃないのか?」
 兄様は、物見遊山気分で言う。随分と暢気です事。
「んじゃ、恵、それに俊男、お前達と士は、決まりだ。俺と一緒に来い。」
 ・・・想像の範囲でしたが、やはりこうなりましたか。
「えー。良いなぁ。」
 兄様が残念がる。やはり行きたかったのですね。
「あのね。遊びじゃないんですよ?」
 私は、頭を押さえながら話す。
「ま、良く考えたら、行くのが一番早いさね。よし。ウジウジしてもしょうがない
し、行って見ますか。」
 ジェシーさんも、乗り気になったようだ。
 それにしても、突然現れた魔族か・・・。どんな方なんでしょうね?


 目立つ行動ばかりしてきたので、こう言う事は、いつか起きると思っていた。
 これまでは、テレビの取材ばかりであったが、とうとう大物が動いたみたいだ。
 その名も、竜神ジュダ=ロンド=ムクトー。言わずもがな、現在の神のリーダー
らしい。確かにミシェーダ亡き後を考えれば、奴が神のリーダーに座るのは、順当
だと言える。奴と会うのは、楽しみであると言えた。
 何でも、日曜日に来ると言う。それに目立ちたくないので、その日の取材は断る
ように書いてあった。我は、楽しみにしていたので、そのように手配する。
 それに同伴者に面白い名前があった。島山 俊男と言う名前だ。人間の同伴者ら
しいが、健蔵が聞いた情報によれば、ミシェーダを殺した人間の名だそうだ。非常
に興味深かった。それとグロバス様と一緒に居ると言う黒小路 士と言う人間も気
になった。それと、魔族の同伴者に、ジェシーの名前があった。随分と懐かしい。
1000年前では仲間であったが、何でも『共存』の精神に感銘を受けて、残りの魔族
を引き連れて、魔炎島なる島の盟主になっていると言う。どのような盟主になった
のか、聞いてみたい物だ。
 健蔵は緊張しているようだが、我は、そこまで心配していなかった。今日は顔合
わせだと言っていたし、いきなり争いを始めるほど愚かではあるまい。
 しばらくすると、使いの魔族が、報せに来た。
「ワイス様。裏門から、竜神と同伴者が来たようです。」
 使いの者も、緊張している。とうとう来たか。
「通すが良い。大広間の改修は終わっているし、そこに通せ。」
 我は、玉座の手前にある大広間の改修を急がせたので、少しは見れるようになっ
ていた。これならば、ある程度の来賓者とも会えるであろう。
「ワイス様。今回の来賓は、何を考えての事でしょうか?」
 健蔵が、疑問をぶつけてくる。
「分からぬ。ま、こう言う展開も、楽しみではないか。」
 先が読めぬ展開は、面白い物だ。我は、二度目の生を楽しみたいと思っていたの
で、丁度良かった。しかし、何が幸いするか分からぬな。我は、あの場で完全なる
『無』により、消え去ったと言うのに・・・。
 ゼロマインドには感謝している。どのような用事であれ、我を復活させたのは、
奴だ。力を利用したかったのであろうが、そんな事は、我が知った事では無い。た
だし、奴も我を利用しようとしたように、我は、奴に従う義理など無い。なので、
好きにやらせてもらうつもりだ。
「ワイス様。御一行様がいらっしゃいました。」
 使いの者が、此処まで連れて来てくれたようだな。
「フム。御苦労であった。休憩に行くが良い。」
 我は、使いの者を労う言葉を言う。すると、大広間の扉が開かれる。
「いよっ。ちゃんと対応してくれて、何よりだ。」
 ジュダが気さくに挨拶してきた。奴らしいな。
「当たり前だ。我とて、お主を無視するほど、愚かでは無い。」
 我は、軽口で返す。ジュダは超重要人物だ。無視など出来ない。
「久し振りだな。士。それにグロバス様も。」
 健蔵が、後ろに居る物凄い瘴気を放っている人間に挨拶する。成程。彼が士か。
「ご先祖も、元気そうだな。それと、アンタはどう呼べば良いのか?」
 士は、我をどう呼べば良いのか、迷っているようだ。
「好きに呼ぶが良い。ワイスで良いぞ。」
 我は、呼び名など特に気にしなかった。
「なら、ワイスさんだっけか?初めましてだな。」
 士は挨拶してきた。ふむ。中々好青年ではないか。
「フム。お主が黒小路 士であるな。宜しく頼むぞ。それと、グロバス様も、そこ
におられると聞いた。久し振りの挨拶として戴きたい。」
 我は、士と握手をする。む・・・。こ奴、本当に底知れぬ強さを持っているな。
「微笑ましい挨拶だねぇ。お久し振りさね。ワイス様に、健蔵さん。」
 この声はジェシーであるな。美しいままであるな。
「久し振りであるな。ジェシーは、『魔王』になったと聞いたが?」
 我は、情報を手に入れていた。
「長年、島を治めていたら、いつの間にか貰った称号ですよ。」
 ジェシーは、そう言うが、実力は明らかに上がっている。成程。『魔王』を名乗
る訳だ。『魔界剣士』を名乗るよりは、ずっと相応しい。
「ワイス様に、健蔵様ですね。お初にお目に掛かります。私は、ジェシー様の第一
守護を司るシャドゥと申します。」
 後ろに居るシャドゥとか申す者が、挨拶をする。
「ほう。・・・うむ。中々良い力を持っている。ジェシーよ。お前、部下に恵まれ
ているではないか。この男、お前を追い越す素材やも知れぬぞ。」
 我は、シャドゥの底力を測る。中々良い物を持っている。
「当たり前ですよ。この私の自慢の部下ですよ?」
 ジェシーは隠そうともしない。可愛がっているようだな。我と健蔵のような関係
のようだ。信頼が見え隠れしている。
「しかし、丸くなった物だな。方針転換か?ワイスよ。」
 赤毘車がいきなり失礼な挨拶をする。
「無闇に争うのに疲れただけだ。剣神よ。二度目の生は、楽しみたいと思うのは、
間違いでは、なかろう?」
 我は、率直な意見を言う。
「俺も、その方針に従っているだけだ。どうせ蘇ったのなら、好きにしようと思っ
たのさ。そこの士にも、命を投げ捨てるなと、言われたしな。」
 健蔵も付け加える。
「貴方が、伝記の『神魔』ワイスさんに、『神魔剣士』の健蔵さんですわね?私は、
天神家の当主、天神 恵と申しますわ。お見知りおき下さい。」
 人間の女が挨拶してくる。・・・この女、恐ろしい実力を秘めているな。何者だ?
「フム。挨拶御苦労である。お主、本当に人間か?凄まじい瘴気を感じるのだが?」
 我は、恵とか申す者の中に、恐ろしき瘴気を感じた。
「・・・ま、いずれ分かる事ですし、言いましょうか。」
 恵は、優雅に髪を掻き揚げる。
「私の父親は、ゲンドゥと言う名の魔族ですわ。魔族とのハーフですの。私。」
 ・・・ゲンドゥ?もしや、研究者のゲンドゥか!
「あ奴、ソクトアに残っておったのか!てっきり魔界に帰った物だとばかり思って
いたぞ。研究第一で、生真面目な奴であったが。」
 我は記憶を頼りにして、思い出す。
「行方をくらましていた、ゲンドゥか。俺も覚えている。まさか、人間と結ばれて
いたとは・・・。意外だったぞ。あの堅物・・・。」
 健蔵も思い出したようだ。奴は堅物だったし、研究一筋だった。色々やりすぎる
点があったが、悪い奴では無かった。
「ゲンドゥは、この私の手で殺しました。何でも、それが、父の望みだったらしい
です。私には、理解出来ませんでしたけどね。」
 何と・・・。この娘、ゲンドゥを殺したと言うか。あれでもかなりの実力者だっ
た筈だが・・・。確かに才能は、この娘の方が上だろうが・・・。
「恵さん。無理して話さなくても良いのに・・・。」
 後ろの男が心配する。
「良いのよ。俊男さん。私は、もう自分のした事から逃げないって決めたの。」
 恵は、強い眼をしていた。中々肝が据わっているようだな。それに今聞こえてき
たが、後ろの男が、俊男か。
「お主が、島山 俊男か。噂は聞いておるぞ。」
 我は、俊男を見つめる。確かに良い器を持っているようだな。
「え?僕って有名なんですか?・・・えーと。パーズ拳法の免許皆伝を戴いている
島山 俊男と言います。宜しくお願いします。」
 俊男は、挨拶をした。パーズ拳法・・・。おお。そう言えば、パーズの王が、そ
のような拳法を国に広めていた記憶がある。
「お前が、ミシェーダを倒したって聞いている。それで知っているんだよ。」
 健蔵が、楽しそうに報せておく。実力者を称えるのは、我等にとっては常だ。
「まぁ、その事についても、色々話しておこうと思ってな。」
 ジュダが、バツが悪そうにしていた。何かあったのだろうか?
「まずは、情報交換と言う事か?」
 我との邂逅を求めたのは、そのせいかも知れぬな。
「良かろう。挨拶はこの辺にして、本題に入ろうか。」
 我は、今までの事を、こやつ等に話した。とは言っても、我は復活してから、ほ
とんど力を吸い取られていたので、話せるのは、ケイオスとの話だけだった。
 それでも、向こうにとっては、有益だったようだが。
 そして、あちらの状況を聞く事になった。何とも興味深い話であった。ガリウロ
ルの天神家と言う所に、色々実力者が集まっているとの話だ。
 それに、ミシェーダの悪行も知った。あの男、此処に居る恵や俊男も含めて、過
去に送り込む所業をしたらしい。1000年前の我等が出る前の時代へだ。しかし、こ
の時代のジークの子孫と、その仲間達の協力を得て、戻ってきたらしい。大した物
だ。『召喚』と『時空』と『転移』を掛け合わせるなど、通常の発想では無い。
 それに、ジュダが万年病に罹った事も聞いた。そして、その悲劇を止める為に、
色々手を尽くしたらしい。未来で死んだジュダが、その器として選んだのが、此処
に居る俊男だったと言う訳だ。これで合点行った。ジュダの力と、俊男の器があれ
ば、確かにミシェーダを撃破出来るだろう。
 しかし、『時界』を越えた、その代償として、ミシェーダを撃破した俊男は、時
の無間地獄へ旅立たされたらしい。悲劇よな。それを語る恵は、苦しそうであった。
「・・・そのような出来事を超えて、今の場所に居るのが、お主等か。」
 我は、こ奴等の強さの源を知った気がした。これは、強くなる。このような出来
事を超えた者が、強くならない筈が無い。
「感服に値するな。お世辞抜きでな。」
 健蔵も感心していた。これは、我等も負けていられん。
「そっちの情報も、私にとっては有難いよ。私ったら、いつの間にか、孫が出来て
たんだね・・・。見たいけどねー・・・。」
 ジェシーにとっては、ケイオスの情報が気になったようだ。確かに、ジェシーに
とっては、新鮮の情報であるか。
「なら、見てやるが良い。・・・待っておれ。」
 我は、水晶玉に強く念じると、ケイオスに思念を送る。
 すると、ケイオスは、今すぐ『転移』してくると、返事があった。
「今なら、携帯電話とか、便利な物があるでしょうに・・・。」
 恵は呆れていた。確かに、そのような物が発達しておったな。
「ケイオスか・・・。僕にとっては、複雑な存在だよ。」
 俊男にとっては、違う自分の『因果』で、深く関わった魔族である。ミシェーダ
は必ず来たが、ミシェーダに対策をしたら、ケイオスが攻めて来たと言う。
「そう言うで無い。奴は、正々堂々と闘うのが好きでな。その『因果』とやらに導
かれて、本気で相手した結果であろう?苦い記憶だったのかも知れぬが、今のケイ
オスにぶつけるのは、お門違いと言う物だ。」
 我は、フォローをしてやる。『因果』の力は、凄まじい物であったのだろうが、
それを今のケイオスにぶつけるのは、間違っている。
「ケイオスか・・・。本当に久し振りさね・・・。」
 ジェシーも感慨深いようだ。
「ま、お手並み拝見と言った所だな。」
 ジュダは、楽しむつもりらしい。それでこそ竜神よな。
「お、お知らせします!ケイオス様御一行が、突然いらっしゃいました!」
 使いの魔族が、驚きながら報せてくる。
「慌てるでない。我が呼んだ。ここへ通すが良い。」
 我は、優しく諭すように言う。さすがに驚かせてしまったようだな。
「ハッ!直ちに!!」
 使いの者は、緊張した声で、入り口の方へと向かっていた。
「ケイオスとは、どう言う男だ?」
 赤毘車が、尋ねてきた。気になるのであろうな。
「会えば分かる。あれは、スケールの大きい男だ。」
 我は、余計な事を言わないで置いた。奴を表現するのに、美辞麗句など必要無い。
「ケイオス様・・・。とうとう会えるのですね。」
 シャドゥも緊張しているようだ。期待と不安が混じっている感じだな。
 扉の外で気配がした。来たようだな。
「ケイオス様御一行をお連れしました!」
 使いの者が、生真面目に報告する。
「うむ。御苦労。休むと良い。」
 我は、労いを忘れずに言っておいた。
 そして、扉が開かれると、ケイオスと、その家族が姿を現す。
「良くぞ来た。我の求めに応じ、感謝する。」
 我は、ケイオスに挨拶をする。
「構わぬ。寧ろ、こんな面白いイベントなら、積極的に行かねばならん。」
 ケイオスは、乗り気だったようだ。確かに貴重な一時かも知れぬな。
「ケイオス?ケイオスなのかい?」
 ジェシーが、言葉を震わせている。約1000年振りであったか?
「うむ。母よ。随分待たせてしまったようだな。余は、母との約束通り、魔界で何
かを掴んで、帰ってきたぞ。余の家族と、余の信念は、魔界で培われた物だ!」
 ケイオスは、嬉しそうに報告する。親子の邂逅は良い物だな。
「ケイオス様の母君であられるな?此方はケイオス様の妻、エイハと申しますじゃ。」
 エイハが、丁寧に挨拶する。エイハは、こうやって報告出来る事が嬉しいようだ。
「私は、魔界の主たるケイオス=ローンの息子であるハイネス=ローンです。私に
とっての祖母の貴女を、心より尊敬しています。お見知り置きを。」
 ハイネスが、真面目な口調で挨拶する。相変わらず堅苦しい奴だ。
「兄上は口上が長い。飽きちゃう。あ。私のお婆様ですね?初めましてですー。父
上の娘のメイジェスって言います!お父様もお元気ですか?」
 メイジェスは、さり気なく我と健蔵へのアピールを忘れない。可愛い奴よ。
「ケイオスの家族・・・。いやー、実感湧かないけど、嬉しいものさね。こちらも
宜しく頼むよ!孫が2人も出来ちゃったんだねー。私。」
 ジェシーは、孫2人と妻を見て、微笑ましく思っているのだろう。
「でも、お父様って、ワイス様の事かい?」
 ジェシーは、メイジェスの一言に突っ込みを入れる。
「うん!健蔵さんと、お付き合いしてるんですー!」
 メイジェスは嬉しそうに報告する。無邪気よのう。
「お前な・・・会っていきなり言う事か?それに俺は、まだ返事した覚えは・・・。」
 健蔵は、頭を押さえながら反論する。
「やっぱり私じゃ駄目なんですか?」
 メイジェスは、頬を膨らませて、涙を溜めていた。
「だから・・・駄目ってより、場所を考えろと・・・悪かったよ・・・。」
 健蔵は、文句を言いつつ、結局謝ってしまった。これは、先が思いやられるな。
「ご先祖の貴重なシーンが見られたな・・・。」
 士は、軽く含み笑いをする。健蔵にも、こんな一面があるのだな。
「フン。メイジェスも物好きだな。私には分からん。」
 ハイネスは、溜め息を吐いていた。
「ハイネス。お主は、妹離れをしなきゃ駄目なのじゃ。」
 エイハが嗜める。成程。確かに、この兄は、妹離れ出来て無い気がするな。
「何だ。中々楽しそうな一族じゃないか。」
 ジュダは、ニヤニヤしながら見ていた。
「いやー、僕も緊張が解けてきたよ。」
 俊男は、ずっと緊張しっぱなしだったようだな。
「人間も魔族も、本質は変わらないと言う事でしょう。納得ですわ。」
 恵は、勝手に分析していた。何とも熱心な事よ。
「ま、頑張れご先祖。としか言えんな。」
 士は、健蔵の様子を、暖かい眼差しで見ていた。
「うちの娘も、あれくらい可愛げがあれば良かったのだが・・・。」
 赤毘車は、自分の娘のことを思ってか、溜め息を吐いていた。
「随分積極的なんだねぇ。いやいや、羨ましいねぇ。」
 ジェシーは、孫娘が可愛いのか、頷きながら見ていた。
「健蔵様、メイジェス様。式には、是非、お呼び下さい!」
 シャドゥは、すっかり、祝福モードだった。何だか、気が早い奴である。
「フム。健蔵ならば、余も不満は無い。余が娘ながら、良い眼をしている。」
 ケイオスは、厳しい眼をしていた。
「・・・物凄くからかわれている気がする・・・。面白く無いぞ・・・。」
 健蔵は、コメカミに手を当てながら我慢する。朴念仁め・・・。
「ハッハッハ。愉快だが、本題に入るか。」
 ケイオスは、鋭い目付きに変わる。奴も、世間話だけをしに来た訳では無い。
「まずは、お互いの情報を、交換するとしようか。」
 ケイオスは、近況を報告する事にした。
「また話す事になりそうね・・・。」
 恵は、うんざりした顔をしていた。さっきの説明を、しなければならないからな。
 そして、お互いの事を報告しあう。一番濃いのは、恵の説明であったが・・・。
 ケイオスの方は、ハイネスが元老院入りした事を伝えた。そして元老院は、9人
からなる組織で、それぞれが、投票して次の出来事を決めるのだと言う。奇数にし
てあるのは、意見が揉めるのを防ぐ為なのだとか。そして、健蔵から聞いてはいた
が、元老院の加藤 篤則は、ゼロマインドの片割れである事を伝える。
「片割れ・・・か。やはり、ゼロマインドは、意識を分断していたのだな。」
 赤毘車は、予想していたらしいが、本当になっていると聞いて、驚く。
「私が元老院入りしたので分かるでしょうが、私達は、セントと不戦条約を結んで
います。貴方達とは、敵になる可能性が高い。」
 ハイネスは、平然と敵になる可能性を口にする。
「ま、そうでしょうね。でも貴方達は、正々堂々と、攻めるつもりなのでしょう?
ならば、問題はありませんわ。」
 恵は少しも怯まずに言う。この娘、本当に14なのか?
「当然である。『覇道』を提唱する限り、力に拠る決着以外無い。その闘う意志を
見せる事が重要であり、ただ勝つだけの戦闘など無意味よ。」
 ケイオスは『覇道』の信念を大事にしている。不意打ちや騙し討ちなどを、最も
嫌う傾向にある。その辺は、グロバス様に似ているな。
「グロバスが、話があるそうだ。代わって良いか?」
 士が、グロバス様に代わりたいと申し出る。
「グロバス様が?我は、反対する理由など無い。寧ろ、会ってみたいぞ。」
 我は、まだグロバス様にお会いしていない。
「余も直接会った事は無い。見てみたいぞ。」
 ケイオスも同意見のようだ。それだけ、グロバス様は特別な存在なのだ。
「分かったよ。んじゃ代わるぞ?・・・ん・・・。」
 士は、眼を閉じる。・・・おお!この瘴気は間違いなくグロバス様の物だ!
「ぬううううう!・・・フム・・・。しばらくだなワイス。」
 士の体がベースだが、間違いなくグロバス様だった。
「お久し振りです。グロバス様。本当に、士の中に居たのですな。」
 我は、半信半疑であったが、この瘴気を出されては、反論出来なかった。
「士は我と共に歩むに相応しい器の持ち主だからな。お前の子孫だと聞けば、納得
だ。この男、瘴気の扱いに関しては、『神魔』レベルだぞ。」
 ほう・・・。そこまで・・・。相当な器の持ち主なのだな。
「そして、ケイオス。こうして話すのは初めてだな?」
 グロバス様は、ケイオスに話し掛ける。
「そうであるな。こうして対峙しているだけで、この圧力。さすがは、伝記の『神
魔王』だ。余が尊敬に値する力の持ち主だけある。」
 ケイオスは『覇道』を提唱するくらいなのだから、グロバス様も尊敬しているの
だろう。グロバス様は、魔族の憧れの存在だからな。
「貴殿が、此方が父と駆け抜けた破壊神グロバス様なのけ?」
 エイハは、圧倒されているようだが、尋ねている。
「レイモスの娘か。大きくなったな。今は魂だけの身だがな。」
 グロバス様は、挨拶をしてくる。
「この圧力!この威厳!父が話していたグロバス様とは、貴方か!私は、ハイネス
と申します!お見知り置き下さい!」
 ハイネスは圧倒されているようだ。分からなくも無い話だ。
「そう改めんでも良い。今の我は、士に体を借りている身だ。」
 グロバス様は、昔を思い出していたのかも知れぬな。
「うわー。すごーい!グロバス様、かっこいーですー!あ。でも健蔵さんの方が好
きですよ?私、本気なの健蔵さんの方だし。」
 メイジェスは、目を輝かせていた。それでいて健蔵へのフォローも忘れない。何
とも忙しい娘だな。
「褒め言葉として受け取ろう。・・・健蔵の事は、我も気に掛けている。朴念仁だ
が、信念は誰よりも強い。支えてやってくれると嬉しい。」
 グロバス様は、暖かな眼をしていた。健蔵は、グロバス様にとっても、息子のよ
うな存在だからな。
「グ、グロバス様まで・・・。俺は、結婚する気など無いと言うのに・・・。」
 健蔵は、往生際の悪い事を言っている。
「これだけ祝福されてるんだし、しちゃえば良いんじゃねーの?お前も独身長いだ
ろ?ワイスもグロバスも心配なんだと思うぜ?」
 ジュダまで、後押ししてくる。まぁ間違ってはいない。
「と言うか、そこまで意固地になる理由が分からん。」
 赤毘車は、ジト目で健蔵を見る。
「いや、私には分かりますよ。健蔵様は、結婚する事で、ワイス様への護衛が疎か
になる事を恐れているのでしょう。」
 シャドゥは、ジェシーの護衛をしているから、何となく分かるのだろう。
「俺の気持ちが分かる奴が居てくれたか!」
 健蔵は顔を輝かせる。
「ですが!そのような心配は必要ありません!私もそうでした!私如きが妻を持っ
て、ジェシー様の護衛が疎かに・・・と思った事もあります!でも、それは杞憂で
した・・・。寧ろ、妻の存在があるからこそ、私は『絶対に死なない覚悟』が出来
るようになったのです。健蔵様にも、その気持ち、分かって欲しいです!」
 シャドゥは熱く語る。成程な。似たような境遇だったのだな。それにしても、幸
せそうな顔をしている。やはり、結婚させるべきかも知れんな。
「この馬鹿も、相当な朴念仁でね。まぁコイツの妻も、遠慮しがちの子だったから、
苦労したさね。でも、結婚の後押ししてくれたのが、人間だったんだよ。」
 ジェシーは、その時の様子を語る。シャドゥとその妻を結びつけた人間の話だ。
その人間は、ジークの妹のレルファの子孫であったと言う。
「ファリアさんは、凄い人だよねぇ。あんなに世話好きな人、中々居ないよね。」
 俊男は、色々世話になってると付け加えていた。
「私が、尊敬する友人の一人よ。当然じゃありません事?」
 恵は、当然と言った風に返す。相当信頼のある人間らしいな。
「・・・お前、後悔していないのか?疎かになっていないのか?」
 健蔵は、シャドゥに今の様子を聞く。結婚してから、不自由して無いか聞いてい
る。興味が無い訳では無さそうだな。
「以前よりも、充実しております。嘘偽らざる気持ちです。」
 シャドゥの答えは、迷いが無かった。
「中々の信念、気に入ったぞ。貴公、余の部下にならぬか?」
 ケイオスは、シャドゥの事が気に入ったようだ。
「ケイオス様、有難き言葉ですが、私はジェシー様の第一部下ですので。」
 シャドゥは、丁重にお断りする。ま、当然か。
「フム。残念であるな。まぁ貴公は、母の信頼ある部下なれば、余の兄弟のような
物だ。これからも精進するが良いぞ。」
 ケイオスは、シャドゥとガッチリ握手をする。
「それにしても、そのファリアとやらも、余が殺しに行ったらしいな?確かにミシ
ェーダとの闘いの見物に行った時、門番と闘おうと思った事もあった。今思えば、
それが『因果』とやらの力だったのかも知れぬな。」
 ケイオスは、恵の話を聞いて、思い出していた。恵の話では、ミシェーダに対す
る策を完璧にしたら、ケイオスが攻めてきたのだと言う。
「ま、今のお前には関係の無い話だ。俊男は苦しんだがな・・・。」
 ジュダは、申し訳なさそうな顔をしていた。
「大体、余はおかしいと思っていたのだ。ガリウロルの家に戦力が集まっているか
ら、力試しをしろと、促された時点でな。ミシェーダと同時に余を使おうと思った
訳か。下らぬ策を講じる・・・。」
 ケイオスは、セントから要請があったようだ。それで、天神家に向かったのか。
「どうにも、セントとやらは、キナ臭いのじゃ。」
 エイハも気に入らないようだ。
「我は、セントに付く気は無い。あの者達には、借りがあるのでな。」
 我の力を利用しようなどと、大それた事をした連中に、肩入れする気は無い。
「だが余は、恵と言ったか。お前達と戦闘を楽しみたい気持ちもある。複雑だな。」
 ケイオスは、強い者との闘いを、至上の喜びとしている。
「ケイオス。やっぱり、その気持ちを曲げる気は無いのかい?」
 ジェシーが、憂鬱な顔をしていた。
「母と言えど、この信念は曲げられぬ。『覇道』を掲げる限り、信念を持って闘う
は必定。ソクトアの支配など、余の眼中では無いが、強い者との闘いで、互いを高
めあうのは、余の魔族としての生の全てだ。」
 ケイオスは、信念を曲げる気は無い。さすがの覚悟よ。
「強い者との闘いこそ信条か。我の精神を正しく受け継いでいるな。頑張って見せ
るが良い。我は加担出来ぬがな。」
 グロバス様は、『覇道』に加担するつもりは無いようだ。
「そこを聞きたい。先の『神魔王』よ。なぜ貴殿は『覇道』を支持しない?」
 ケイオスは、疑問に思っていたようだ。ケイオスの理想が、正しく『覇道』なら
ば、グロバス様が付いてこないのは、おかしいと思っているのだろう。
「単純な理由だ。我は、まだ強くなりたい。その為には、人間の絆の力が不可欠だ
と思っているからだ。彼等から学ぶ事で、我はまだまだ強くなれると思ったのだ。」
 成程。我も思っている疑問だったが、単純な理由であったな。
「奴等が言う『共存』が生み出す力は、そんなに凄い物なのか?」
 ケイオスは、顎に手を乗せて考える。
「そうだ。この我をして、考え方を変えるくらいにな。奴等と共に高みに上ると考
えるだけで、無限に力が湧いてくる感じがするのだ。素晴らしいぞ?」
 グロバス様は、新しい物を見つけた子供のように、目を輝かせていた。
「俺には、まだ理解出来ぬが、その力、この目で見たい物だ。」
 健蔵は、グロバス様の言う力がどう言う物か、確かめたいようだ。
「我もだ。その為には、一時の対立は必定かも知れんな。」
 我も同意する。そして、それを理解する為には、一度、敵として対峙して、闘っ
てみるのが、一番だと考えていた。
「面白い。『神魔王』が垣間見たと言うその力、余に通じるか、見せてみよ。」
 ケイオスも、すっかり乗り気のようだ。
「おっと。そろそろ士が戻りたいと言ってきた。我はそろそろ戻るとするか。」
 グロバス様は、士に戻るようだ。
「グロバス様。いつか必ず見せてくれると信じておりますぞ。」
 我は、一言言っておく。すると、グロバス様は、力強く頷いた。
「・・・ふぅ・・・。アイツも、よく喋るようになったな。」
 士は呆れていた。グロバス様との共同生活に慣れてきているな。
「絆の力か・・・。どんな力か、興味が湧いてきたな・・・。」
 健蔵は、グロバス様の言葉を反芻する。
「うん・・・。成程。そう言う展開な訳ね。んじゃ、決まりね。」
 恵は、少し考えて、手を打つ。何か考え付いたのであろうか?
「・・・恵さんさ。まさかと思うけど・・・。」
 俊男は、恵の考えを見抜いたのか、物凄く嫌そうな顔をする。
「あーら。失礼な顔ね。面白そうじゃない?」
 恵は、凄く嬉しそうな顔をしていた。何故だか、我も嫌な予感がしてきた。
「提案があるけど、良いかしら?」
 恵は、ニコニコと笑いながら挙手をする。
「ま、想像は付くけど、無茶言うつもりだな。お前。」
 ジュダも気が付いたようだ。どう言う提案なのであろうか?
「言ってみよ。面白そうな提案なのだろうな?」
 我は、発言を許可する。嫌な予感もしたが、面白そうではある。
「魔族も人間も、目標があった方が、面白いと思いません?」
 恵は、人差し指を上げて、説明し始める。
「何かを目標にするのは常であろう?余とて『覇道』を貫くのが目標であるぞ?」
 ケイオスは、『覇道』を成功させると言う究極の目標がある。
「そう言う最終目標より、目の前の目標と言う事ですわ。そう言う物は、人生に必
要な物だと、私は思ってますの。」
 恵は、目標の話をする。話が見えぬな。
「話が逸れましたわね。要は、大会を開きたいんですの。腕を競う場と言えば宜し
いかしら?そう言う目標って、大事じゃないですか?」
 ほほう・・・。この娘、面白い事を言う。大会か。大々的にやるのも、面白いか
も知れぬな。実力試しと言う訳か。
「それでは、余の圧勝で終わるかも知れぬぞ?それに、ただの腕試しでは、余興と
しては、興醒めするのではないか?」
 ケイオスは、自信たっぷりに言う。この男は、それを言うだけの資格はある。
「誰が、只の腕試しと言いました?後、個人戦じゃありませんよ?」
 恵は、面白そうに笑っていた。この娘、中々に曲者よ。
「規則は明快にしますわ。タッグ戦で、両方とも降参したら負けです。そして、微
妙な扱いになりますが、『ルール』は、有りの方向で進めますわ。じゃないと、私
達に勝ちの可能性が無くなりますからね。」
 恵が説明する。『ルール』が有りだと?と言うか・・・。
「お主、何故『ルール』の事を知っている。ジュダの入れ知恵か?」
 我は、『ルール』についての説明があったのに驚いた。人間が『ルール』を知っ
ているなど、我の時代では有りえない事だ。
「あれ?もしかして、まだ知らなかったかしら?ゼロマインドが、『ルール』を解
明して、ソクトア全土にバラ撒いたのよ。」
 な、何だと!?ゼロマインドの奴、そんな危険な事をしていたのか!?
「恐ろしい事をする・・・。お主等が、そこまで強い理由が分かった気がする。ま
さか、『ルール』まで使えるとは・・・。」
 我は、『神魔』になった時、初めて神の能力を知った。それが『ルール』であっ
た。力ではなく能力。使い方次第で、強さを何倍にもしてくれる恐ろしい能力だ。
「ワイス様。『ルール』とは、どのような物で御座いますか?」
 そうか。健蔵は知らぬのであったな。
「此方も存じ上げませんが、御前は知っておられるか?」
 エイハや、ハイネス、メイジェスも知らないようだ。当然か。
「余も、目にした事は無い。聞いた事はあるがな。」
 ケイオスも、実際に見た事は無いようだな。
「口で説明するのは、難しいんですが・・・。」
 恵は、顎に指を当てる。
「見せた方が早いんじゃないか?」
 士が助け舟を出す。と言うより、百聞は一見にしかずとも言う。その通りであろ
う。見せられれば、早いだろうな。あの能力は。
「そうだね。見てもらった方が早いね。」
 俊男も賛成のようだ。この男も使えるようだな。
「仕方無いですわね。じゃ、一番分かり易いのは、士さんかしら?」
 ほう。士も『ルール』を使えるのか。楽しみであるな。
「グロバスと言い、人使いが荒いな。まぁ良い・・・。」
 士は、意識を集中させる。すると、何やら違和感が広がる。
「・・・『索敵』のルール!!」
 士は『索敵』のルールと言った。つまり、敵と味方の居場所が分かる『ルール』
か!便利な物を身につけているな。
「よっ。・・・いよぅ!ご先祖!」
 士が、一瞬にして居なくなった。いや、ワープしたのか!?健蔵の後ろに居た。
「お前、一体何をした?本当に消えたように見えたぞ?」
 健蔵は、驚いていた。超スピードで誤魔化したのではない。正真正銘ワープした
のだ。『転移』かと思ったが、使った形跡も無い。
「これが俺の能力だ。敵と味方を一瞬で見分けて、そこにワープ出来る能力だ。」
 何と言う便利な能力だ。士は、底知れない能力を持っているな。
「これは・・・凄い能力だな・・・。」
 健蔵も、驚かざるを得なかった。しかし、本当に使えるのだな・・・。
「フハハハハ!驚かざるを得ない能力だ。ゼロマインドめ。こんな面白い能力を解
放していたとは・・・。余も欲しくなってきたな。」
 ケイオスは、見た事が無い能力に、目を輝かせていた。
「しかし、何の為に?人間を強くするだけではないか。」
 ハイネスが、訝しげに思っていた。確かに、益が無いように思える。
「何でも、それで卓越した能力をもった人間の力を吸いたかったそうだ。それだけ、
力の集まりに不満があったんだろうな。」
 赤毘車が説明してくれる。成程な。強くさせて襲おうと言う案か。
「器の小さい事をする。裏目に出ているとは、愚かその物よ。」
 ケイオスは、鼻で笑う。セントの人間に目覚めさせて、力を、より吸い取ろうと
思ったのだろう。確かに、せこい事をする。
「ま、広めた切っ掛けを作ったのは、俺の娘だけどな・・・。」
 ジュダは苦い顔をしていた。責任を感じているのかも知れぬな。
「で、どうかしら?『ルール』は有りで、トーナメント戦を行う予定よ。二人一組
のタッグ戦で、優勝チームの要望に敗者チームは応えると言う条件よ。」
 ・・・ほほう。つまり、ケイオスが勝てば、『覇道』の考えを一気に広められる
訳か。面白い提案だな。
「余が勝てば『覇道』を宣言し、更にそれに付いて来る強者達を集められる訳か。
随分と余の要望に応えた形なんだな?後悔せぬのか?」
 ケイオスは、条件が良すぎるだけに、警戒している。
「しないわ。貴方が勝てば、それが時代が望んだ事と思うまでよ。でも、悪いけど
させませんわ。後、勝利条件は、相手が動けなくなるまでか、降参したらよ。」
 ふむ。中々強気な事よな。それに勝利条件か・・・。
「後、相手を殺してしまうのは、禁止します。失格にしますわ。ただし、降参を中
々認めないチームが、命の危険だと判断したら、こちらで試合を止める予定です。」
 殺してしまったら失格か。それは随分厳しい条件だな。
「余は、微妙な手加減など出来ぬぞ?勢い余ってしまうかも知れぬ。」
 ケイオスは、不満な顔をしていた。それはそうだ。
「悪いけど、守って戴かないと、参加者が萎縮してしまいますからね。でも、それ
くらいの力の見極めは出来ますわよね?」
 恵は、挑発する。それくらいの力の調整は、出来る筈だと、言っているのだ。
「それも力の内だと言う訳か。手厳しいな。良かろう。その条件飲もう。」
 ケイオスは、殺さないと言う条件を飲む事にした。
「一応、私達の方で、医療チームを用意致しますわ。」
 随分と手際の良い事だ。その辺は任せるとしようか。
「我等は、会場でも用意すれば良いのか?」
 我の予想では、会場の一つが此処っぽいな。
「ご名答よ。会場の一つを此処で、頼めますわね?ガリウロルでも、一つ用意致し
ますわ。楽しい物にしましょう?」
 恵は、予想通りの答えを返す。確かに、それなりの広さが必要だからな。
「承知した。用意させておこう。」
 我は、健蔵に合図をする。健蔵は、更に部下に合図をすると、早速伝達したよう
だ。ワイス遺跡の修復ついでにやってくれるようだ。
「面白そうなのじゃ。魔界での争いを思い出すのじゃ。」
 エイハは、魔界で争ったときの事を思い出していた。
「タッグパートナーは自由よ。誰と組んでも良いわ。でも、タッグじゃないと駄目
よ?タッグになった後の闘い方までは、指図しませんけどね。」
 となると、余程信じられるパートナーである方が良いと言う事か。
「で、審判は、あたしにやれと言いたいのかい?」
 ジェシーが、不満そうに言う。ジェシーが審判とな?
「さすがジェシーさん。話が早くて助かりますわ。」
 恵も、当然と言わんばかりに、頼み込む。
「冷静に考えた結果だよ。どっちの陣営にも顔が知れていて、一番公平に裁けるの
は、誰なのか?ってね。で、裁くには、ある程度の実力が無きゃ駄目さね。そう考
えたら、アタシしか居ないじゃないか。」
 ジェシーは、つまらなそうな顔をしていた。本当は出たいのだろう。
「ま、良いよ。どうせ、あたしは『ルール』に目覚めてないし、ワイス様やケイオ
スに付いて行ける程の実力は、無いからね。」
 まぁ確かに可能性はあるだろうが、我やケイオスに追いつくほどでは無いな。
「無念であるな。母よ。だが、安心すると良い。余が優勝し、母は優秀であった事
を証明して見せよう。審判は、公正にお願いする。」
 ケイオスは、母の為にと言う訳では無いが、ついでに母の優秀さを証明してやろ
うと思っているみたいだ。奴らしいな。
「余計なお世話だよ。それより、変な遠慮すんじゃ無いよ。やるなら思いっきり燃
焼しな!一応言っておくとね。この子達は、半端じゃないよ?勢い余って殺すとか
舐めてると、本当に負けるよアンタ。」
 ジェシーは、我やケイオスに向けて言ったのであろう。確かに油断は一番の敗北
の元でもある。気を引き締めるのは、悪い事では無い。
「確かに、その『ルール』とやらは、舐められる能力では無いな。」
 ケイオスは、能力の恐ろしさを肌で感じていた。
「ホッホッホ。此方とケイオス様のタッグで優勝出来ないとでも?」
 エイハは、ケイオスとタッグを組む気で、満々だった。
「ま、余の相棒は、貴公であろうな。」
 ケイオスも認めていた。エイハとケイオスの組か。優勝候補筆頭であろうな。
「気が早いですわ。ま、私も俊男さんと出るけどね。」
 恵は、横の俊男にウィンクする。成程。手強いかも知れぬな。
「ま、そうなるだろうとは思ってたけどね。頑張るよ!」
 俊男も、やる気満々だ。意外とノリが良い奴なのだな。
「フッフッフ。俺とワイス様のタッグも、忘れてもらっては困るな。」
 健蔵は、我を見る。確かにそれならば、順当であろう。だが・・・。
「健蔵よ。我は、お前と組む気は無いぞ?」
 我は、言い渡す。その瞬間、健蔵の顔が青ざめた。
「な、何故で御座いますか!?俺とのタッグでは不満だと!?」
 健蔵は、思った通りの反応を示す。まぁ、そう思うであろうな。
「健蔵。今回の大会は、殺し合いでは無い。どれだけ実力があるか、本気でぶつか
る大会となろう。ならば、我はお前と闘いたい。」
 我は、本心を述べる。健蔵と一緒に出る事は容易い。それに良い所まで行くであ
ろう。しかし、2度目の生を楽しむのならば、このような選択もありだろう。
「・・・ワイス様・・・。そう言う事ならば、俺も全力で勝ちあがって見せます!」
 健蔵は、我の目を見て、真意を悟る。何だ。成長しているではないか。昔の健蔵
ならば、問い質して、駄々を言っていたに違いない。だが健蔵は、我が健蔵の成長
を見たいと言う真意を見抜いたのだ。
「やったー!なら健蔵さん、私と組もうよ!」
 メイジェスが、喜び勇んで健蔵と組む事を宣言する。
「よりにもよって、お前とか?・・・お前、俺に付いてこれるんだろうな?」
 健蔵は、訝しげな眼で、メイジェスを睨む。
「ひっどーい。私、こう見えても強いんですよー!」
 メイジェスは、頬を膨らませている。しかし、健蔵とて分かって言っているので
あろう。ケイオスの娘だ。弱い訳が無い。
「私は、どうしようか・・・。」
 ハイネスが、所在無さげにしていた。父は母と、妹は健蔵とだからな。
「ハッハッハ!ハイネス。我と組むか?お主も、妹の成長を見たいであろう?」
 我は、ハイネスを誘う。我と健蔵の逆のパターンであるな。
「ワイスさんとですか?良いのですか?」
 ハイネスは、実力の事を気にしているのかも知れぬな。
「実力が不足していると思うのならば、今から磨けば良い。違うか?」
 我は、ハイネスが弱いとは思っていない。だが、付いて行くには時間が要る。な
らば、徹底的に鍛えてやれば良いと思った。
「それに、お主が出なければ、元老院が黙っていないであろうよ。お主は、元老院
代表として、出て見せて、良い所まで行かなければ、ならぬ身であろう?」
 我は、そう読んでいた。元老院が、このような大会を傍観している筈が無い。な
らば、元老院の代表として、一人出れば、文句も少ないだろうと踏んだのだ。
「で、この大会の狙いを聞こうか?」
 我は、恵に確認する。何の狙いも無しに、開こうと言う訳では無いだろう。
「良い機会だと思ったのよ。人間全体は今、退化していると言うのは、私も同じ想
いですわ。なら、人間の可能性を見せてあげたいんです。この大会を開く事で、人
間が、これだけ出来るんだって証明したいんですわ。」
 恵は、人間全体の事を考えているようだ。
「それだけじゃないよね?この大会で、魔族や人間が、闘いを通じて、理解出来る
事を証明したいんでしょ?僕達が勝ったら、『共存』の精神を唱えるつもり・・・
だよね?そうじゃ無かったら、こんな案、出す訳無いもんね。」
 俊男が付け加える。中々考えているではないか。
「さっすが俊男さん。ご名答。もう、セント一極支配のまま、人間が飼われ続ける
ような時代は終わりにしたいのよ。『黒の時代』なんて言われているこの時代を、
終わりにしたいのよ。これは、兄様の意志でもあります。」
 恵は、この時代が『黒の時代』と言われている事に、我慢がならないようだ。
「その覚悟、気に入ったよ。『共存』を唱えるなら、私達が隠れ住む今の世を、変
えてくれるんだろうね?」
 ジェシーは、魔炎島なる所で、隠れ住んでいるからな。
「良く言った。その覚悟があるなら、俺達も、神である事を公開して闘おう。それ
が、本当の『共存』を生むんだよな?」
 ジュダは、覚悟をするようだ。神である事を隠していたのは、セントにバレ無い
為だが、それを解くと言う事は、全面対決する覚悟が出来たようだ。
「貴公等も、余と同じくらい負けられないと言う訳か。面白い!」
 ケイオスは、このタッグ戦は、只の腕試しでは無く、意地のぶつかり合いになる
と予想する。その方が、盛り上がると言う物だ。
「確かに、このような世では、我等が命を懸けた甲斐も無い。それを変革する為の
闘いとあれば、本気を出さざるを得んな。」
 我は、このタッグ戦で、色々な事が変わると思っていた。
「いつ開く予定だ?」
 赤毘車は、開催予定を聞く。なんだかんだで、楽しみにしていそうだな。
「準備期間も有るでしょうから、受付は、明日から1ヶ月後の4月16日まで。で、
開催は5月頭からよ。宣伝は、開催含め、お願い致しますわ。こちらでも会見を開
く予定ですけどね。」
 成程。5月に決戦と言う訳か。分かり易くて良い。
「承知した。大いに盛り上げようではないか。祭典とするぞ。」
 我は、心が躍った。やはり、こうでなくてはならぬ。何かを糧にする時は、盛り
上がらなくてはならぬ。
 こうして、それぞれが意地を懸けた闘い『闘式(とうしき)』が、開催される事
が決定した。我も出るからには、優勝を目指さなくてはならぬな。


 恵さんが戻ってきた。何やら色々成果が有ったようだが、敢えて何も言われなか
った。これは、何かとてつもない事をしてきたな?と予想する。
 そして、帰ってくるなり、テレビを付けろと言われた。何事かと思ったが、そこ
で、例のワイス遺跡から、会見があると、報道されていた。
『諸君。これより、ワイス様から発表がある。心して聞くが良い。』
 健蔵が、会見場を用意して、記者を呼び寄せていた。マメよね。
『皆の者。神魔ワイスである。集まってもらったのは、他でも無い。先日、人間と
謁見して、面白い提案があったので、それを発表する事にした。』
 ワイスは、人間と謁見したと言っていた。まぁ恵さんの事よね。
『我等が、このように1000年の時を経て、顕現したのに、何も無いでは、お主達も
つまらぬと思ってな。協議した結果、目標を作る事で、意見が一致した。』
 目標を作る?また随分と曖昧な・・・。恵さんが口にしそうな事だが・・・。
『よって、余興を開こうと思っている。つまり、大会を開こうと思っておる。闘技
を競う大会だ。名前を『闘式』と命名する!』
 ・・・え?何これ?『闘式』?って、まさか闘う約束でも取り付けたって言うの?
周りは、どよめいていた。当然だ。会見場も騒然となる。
『そ、それは、魔族の貴方達と闘うと言う事ですか!?ば、馬鹿な!?』
 記者の一人が、抗議する。とても、正気とは思えないと思ったのだろう。
『ふむ。当然の疑問であるな。我と闘える者など居ないと申したいのであろう?』
 ワイスは、意見を予想する。まぁ当然、そう言う疑問も出るわよね。
『安心するが良い。この1000年で、人間全体は、確かに強さ的に退化したかも知れ
ぬ。だが、実力を磨いている者は、1000年前以上に強い!』
 ワイスは、確信めいていた。そりゃ、恵さんを見れば、そう思うだろうけど。
『そ、そんな人間が居るんですか!?』
 記者達はざわめく。人間で、そこまで力がある者が居るとは思わないのだろう。
『居る。それと、この大会は、あくまで腕試しの延長だ。血生臭い物にはせぬとの
約束だ。これより概要を説明する。』
 ワイスは、血生臭い物にはしないと言った。この辺を、恵さんが交渉したんだろ
うな。如何にも取り付けそうな約束だ。
『まずは、勝者の権限だ。敗者は、勝者の考えに付いていく事になっている。そこ
に意地はあろう。だが、それでも従ってもらう。その誓約書を書いてもらう。』
 いきなり凄い条件が来たわね。と言う事は、何か叶えたい願いがある人には、う
ってつけって事ね。
『次に、この闘いは、あくまで個々の腕を競う物だ。死に至らしめるのは厳禁。そ
の者は失格となる。よって勝利条件は、相手が動けなくなるか、相手が降参するま
でだ。だが、中々降参しない者も居るだろう。しかし、こちらが危険と判断した場
合、試合を止めさせてもらう。』
 成程。殺す為の闘いじゃないって事ね。この辺は、恵さんが言いそうな事だわ。
恵さんは、涼しそうな顔をしている。
『次に、個々の闘いでは盛り上がらぬと言う意見があった。よって、この闘いは、
タッグ戦で行う。出場する際には、タッグパートナーを見つける事だ。』
 ・・・成程ね。タッグ戦か。それなら、こちらも勝機がある。と言うか、そうじ
ゃなきゃ、一方的な闘いが多くなりそうだ物ね。
『最後に、会場は、こことガリウロルで用意するそうだ。受付は、今日より1ヵ月
後の4月16日までとする。・・・ちなみに試合は、何を使っても良い。ただし、
武器は、こちらで用意する模造品を使ってもらう。それ以外の力、能力を使用する
のは、自由だ。』
 へぇ・・・。こう言ってるって事は、『ルール』は有って事ね。良くこんな条件
を飲ませたわね。此処までオープンにするって事は、いろいろぶっちゃけた可能性
が高いわね。恵さんらしい。
『以上である。詳細は、健蔵が作ったパンフレットを見るが良い。』
 ワイスは、会見を終えた。・・・て言うか、また凄い事を・・・。
「以上よ。まぁ、楽しそうでしょ?」
 恵さんは、皆の前で涼しい顔をする。恐ろしい・・・。
「色々質問があるけど・・・どうせ、これから発表するんでしょ?」
 私は、天神家でも、会見場を作っている事を思い出す。まったく、手回しが良い
事だ。記者達が、どよめきながら集まっている。さっきのワイスの発表に合わせて、
こちらでも会見を開くとあれば、期待も高まる事だろう。
「ご名答。行って来ますわ。」
 恵さんは、臨時会見場の方へと向かった。
「圧倒されっぱなしだぜ。俺。」
 レイクが、恵さんの行動力に舌を巻いていた。
「まぁ、考えがあっての事でしょう?期待しましょうよ。」
 これだけの事をするのだから、期待せざるを得ない。
 私達も、臨時会見場の方へと移動する。すると、既に記者が集まっていた。凄い
人数だ。睦月さんなどが、対応に追われている。
「来たぞ!天神家の女王だ!」
 記者から変な呼ばれ方をしていた。色々と噂があるみたいだ。
「皆さん、お待たせ致しました。」
 恵さんが、優雅な衣装に身を包んで、会見場に現れる。ドレスアップしていた。
「この度は、お集まり戴き、誠に光栄ですわ。」
 恵さんは、堂々としていた。さすがだなー。
「皆さんも知っての通り、ワイス遺跡で重大発表がありましたね?あの時に出て来
た相談を受けた人間と言うのが、私です。」
 会見場がどよめく。薄々感づいていた物の、本当だと分かると、それはそれで、
話題になる。カメラのフラッシュが、一斉に光りだす。
「魔族と闘って、勝利なさる御つもりですか!?」
 記者の質問が飛ぶ。まぁ、当然だろう。
「勝ち目の無い闘いをするつもりは有りません。当然やるからには、勝利を目指し
ますわ。今回はタッグ戦ですからね。それに・・・。」
 恵さんは、押し黙る。どうやら、少し躊躇っているようだ。
「迷う必要は無いわね。・・・私は魔族の存在を知っていましたから、当然その闘
い方も知っています。私の父、天神 厳導は、魔族でしたから。」
 恵さん・・・。とうとう白日の下に晒すのね。その覚悟の為の会見だったのか。
「私は、幼少の頃より、急に様子がおかしくなる事が有りました。病気のせいかと
思ったけど、そうじゃありません。何の事は無い。魔族の血が騒いで、瘴気が噴き
出てしまった為でしたわ。こんな風にね。」
 恵さんは、静かに眼を閉じた後、眼を紅く輝かせる。そして、噴き出る瘴気を、
テレビ越しでも見えるように強めに放出していた。
「・・・ふぅ。驚かせてしまったわね。今では、完全に制御出来ます。でも、それ
は、死ぬほどの訓練を経ての事です。それまでは、誰かに知られるのでさえ怖かっ
た・・・。でも、そんな私を、受け入れてくれた人が居るんです。」
 恵さんは、瘴気を元に戻して、いつもの恵さんに戻る。
「最初は兄様がそうでした。・・・ちなみに、私と兄は、血の繋がりは御座いませ
ん。この家系図を見れば、分かりますわね?」
 恵さんは、天神家の家系図を発表する。するとそこには、天神 厳導が天神 真
の養子となっていて、真の息子に瞬君の名前があった。
「そして今は、私のパートナーである俊男さんが、その人でした。」
 そう言うと、恵さんは、俊男君を登場させる。すると緊張気味に入ってきた。
「し、島山 俊男です!宜しくお願いします。」
 俊男君は、声が震え気味だった。当然かなー。
「この事実、ずっと隠すつもりでした。それでも幸せになれると思ってました。で
もね。ワイス遺跡に現れた魔族が、私の考えを変えました。」
 恵さんは、ワイス遺跡の事を話す。連日のようにテレビの取材に応じている姿に、
思う所があったんだろう。
「皆さんも、取材して分かったでしょうが、魔族は異質な存在ですが、決して話せ
ない訳では有りません。それは、伝記にすら書かれている事です。」
 恵さんは、伝記の事を例に出す。伝記でも、グロバスさんは、自分の考えを肯定
した人間を、邪険に扱ったりはしなかった筈だ。
「歴史を見れば、500年も『共存』が続いたのに、今ではその歴史すら、無かっ
た事にされようとしています。そんな悲しい事がありますか?」
 今では、只の夢物語として、伝記は扱われている。それは、今の世が、余りにも
伝記とかけ離れているせいで、誰も信じなくなったからだ。
「そんな思いを抱いていた所に、ワイス遺跡の出来事が起きました。ワイスさんも
言っていましたが、人間の強さは退化しています。それは人間以外は、このソクト
アには居ないと思っているからです。」
 そうだ。だからこそ、天敵が居ないと思っている人間は、強くなる必要が無い為、
どんどん弱くなっているのだ。それは、必然である。
「私達やその仲間は、魔族の存在を知っています。だから、それに備えて強くあろ
うと努力してきました。ワイスさんが言っていた人間とは私達の事です。」
 私達は、魔族の存在を知っている。そして、その強さを身に感じているから、強
くありたいと願った。その姿勢は、間違っていない筈だ。
「此処に宣言します。私は、勝利した暁には、『共存』の精神を、世に伝えさせよ
うと思っています。彼の英雄、ジークが願った事であり、人間全体の心の拠り所だ
った筈の願いです。このタッグ戦は、それを広める為の、大いなる一歩です。」
 恵さんは、高らかに宣言する。さすがね。役者が違うわね。
「このタッグ戦は、お互いを理解する為の第一歩です。だから私は、死者を出さな
いように提案しました。・・・人間も、魔族も、神も、関係ありません。理解しあ
う為の場なのです。」
 恵さんが、そこまで言うと、今度はジュダさんが会見場に現れる。
「全ソクトアの者よ。見ているか?俺が誰だか分かるか?・・・分からないだろう?
500年前までは、すぐに俺の名前が出てきた物だ。だが、今じゃこの体たらくだ。」
 ジュダさんは、溜め息を吐く。
「良いか?良く聞け。俺の名前はジュダ=ロンド=ムクトー。伝記で聞いた事があ
るか?その本人だ。神のリーダーをしている。」
 ジュダさんは、素性を明かす。すると、どよめきは、更に高まった。
「信じられねぇか?無理も無いな。お前達は、俺の存在すら疑っていたからな。」
 そう言うと、ジュダさんは、その場で『化身』を使う。と、その前に赤毘車さん
が、記者たちの前に立って、余波が出ないように守っていた。
「これで、分かったか?」
 ジュダさんは、テレビに映ったのを確認して、元に戻った。
「ほ、本物なんですか!?」
「作り物じゃないぞ!?」
「今のは、どうやったのですか!?」
 記者達は、口々に質問を飛ばす。パニックになりかけだった。
「単に本来の力が出せるように調整しただけだ。・・・仕方が無いな。もっと分か
り易い方法を取るか。伝記の時代にも、1回やった事だがな。」
 ジュダさんは、古代魔法の『照射』の魔法を手に宿す。そして、手を翳した。
「っと。見えているか?空を見るが良い。」
 ジュダさんは、空を見ろと言った。すると、空には会見場の様子が映されていた。
これは伝記時代にも使った『照射』の魔法を最高に高めた結果だ。
「伝記時代にも一回やったがな。あの時は、『人道』を広めてやったっけな。」
 ジュダさんは、懐かしそうにしていた。その時代から居るのよねー。
「ま、今のお前達が、信じられないのは無理も無い。そう教育させられたのだから
な。セントにな。・・・あの地は、こうなる事を分かっていて、人類全体を退化さ
せた。この星に来た時は、失望した物だ。・・・だが此処に居る人間達は、俺を再
び信じさせた。だから、俺もその当て馬に乗ろうと思っている。」
 ジュダさんは、恵さん達を見る。信じられる仲間とは、私達の事だろう。
「俺も参戦する!そして、俺が勝った暁にも『人道』を宣言しよう。『共存』の精
神に乗った俺を、失望させてくれるなよ?・・・以上だ。」
 ジュダさんは、『人道』を宣言した。
「さぁ、我は!と思う人は、ここでも受け付けますわ!何度も言うようだけど、今
回はタッグ戦です。只の力の差が出るような大会では有りませんわ。」
 恵さんは、大々的に言う。成程。こうやって実力者をおびき寄せようと言うのも、
狙いの一つな訳ね。
「・・・ねぇ。でも、こんな事発表して、大丈夫なの?」
 私は、近くに居た睦月さんに、尋ねてみた。企業としての天神家は、当主が魔族
だと発表して大丈夫なのだろうか?
「問題ありません。実は恵様が、いつ発表しても良いように、根回ししております。
それに、厳導様の事は、薄々感づかれてましたから。」
 さすが睦月さんだ。根回しは完璧だった。
 この発表で、色々な事が変わると思った。
 何せ、全てを曝け出しての大会。それに臨む出場者。
 最強の名誉を掛けて闘う者も居るだろう。
 そして・・・セントとて黙っていないだろう・・・。
 何かが変わる出来事の切っ掛けとして、今回の大会が行われるのだろう。
 そして、それが、良い事なのかどうか?・・・それは誰にも分からなかった。
 ソクトア暦2042年3月17日の出来事だった・・・。



ソクトア黒の章6巻の1前半へ

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