・プロローグ  かつて、美しい大地を誇っていたソクトア大陸。  神々の祝福に恵まれ、人は神を敬っていた。そして、地の底から魔族が襲ってき た時にも、神々の力のおかげで、守られた時もあった。  だが、織り成す人々にとって忘れられないのは、1000年前の伝記である。事実を 物語った伝記は、未だに、人々の心を惹き付けて止まない。  当時の運命神ミシェーダを中心に、神の世界をソクトアに降臨させようとした、 『法道』。魔族を中心に、力の理をソクトアに反映させようとした『覇道』。新た な世界を作る事を前提に、ソクトアを消し去ろうとした『無道』。そして、共存と 言う名の下に、全ての種族と、共にありたいと願った人の歩むべき道『人道』。  それぞれの思惑がぶつかって、最終的に勝利したのは『人道』だった。それは、 共存と言う夢を、最後まで諦めなかった、人間こそが、勝利したと言う劇的な話。 ・・・それは事実であった。  だが、1000年の時を経て、人間は、その精神を忘れ去ってしまったようだ。伝記 は、飽くまで作り話だと言う説が有力となり、このソクトアは、人間の所有物であ るかのように、勘違いしてしまったようだ。確かに、もう人間以外は、暮らしてい るとは言えない。しかし隠れつつも、住んでいるのだ。それは、いつか人間と和解 出来るかも知れないと言う期待からだ。・・・だが、大半は、人間の愚かさに失望 して、関わらないように生きていきたいと言う、思いの表れからだった。  『人道』を思い描いて、勝利に導いた伝記の『勇士』ジーク=ユード=ルクトリ アが、この現状を見たら、さぞ嘆き悲しむ事だろう。  その最もたる所以が、セントメトロポリス(通称セント)の建造だろう。ソクト ア大陸の中心にあり、かつて中央大陸と呼ばれた、広大な土地に出来上がった、近 代化学発祥の地。それが、セントだった。文明は頂点を極め、セントから、他の国 へと物が流れ込む。正に化学が、このソクトアを支配した表れであった。  他のソクトア大陸の国、ルクトリア、プサグル、デルルツィア、サマハドール、 ストリウス、パーズ、クワドゥラート。その7つの国は、全てセントの言いなりで あった。逆らえないのである。逆らったら、一生懸けても、出られないと言われて いる、恐ろしい島『絶望の島』と言う監獄島へと送られる運命にあった。しかも、 セント反逆罪などと言う罪名が、流布している。何とも、悲しい事実だった。  ソクトア大陸は、今や化学の元である『電力』が無ければ、まともに生活出来な い。便利な物が増え過ぎたせいである。電話、自動車、電球、果ては、農作物を作 る農具でさえ、電力が必要なのである。しかし、電力は、自然に出来る訳では無い。 大規模な火力を利用した火力発電、豊かな水源を利用した水力発電、降り注ぐ太陽 を利用した太陽発電、そして、電力工場と呼ばれる所で、ひたすら働いて巨大な滑 車を回して発電する、人力発電の4つが主流だった。  火力発電と水力発電、そして太陽発電については、管理者が十数人付いていれば やっていける程だった。主に自然の力を利用していたからである。だが、人力発電 は別である。この工場で働く人々は、数千から数万に渡ると言われる。しかも単純 作業なので、賃金も高くは無い。要するに、発電のためだけに雇われた人々である。 しかも思った以上に成績を上げられなかった場合は、最悪『絶望の島』行きである。 人々は、ただ電力を生み出すために生きていく。そんな地獄のような状態の所が、 ソクトア大陸全土に、広がっていたのだ。  人々は皮肉を込めて、『黒の時代』などと呼んでいる有様である。  しかも驚くべき事に、電力の供給は、セントに向かって伸びていくのだ。そう言 うシステムを既に構築してしまったのだ。これでは、他の国は、その恩恵を受けら れない。電力が無い国は無い。だが、セントに比べると、その差は歴然である。  その屈辱に耐え兼ねて、クーデターを起こした人物が居た。その中心人物は、ジ ークの末裔、リーク=ユード=ルクトリアである。だが、彼は失敗した。多くの人 々を連れて、セントまで迫ったが、セントの圧倒的な兵器の前に、敗れ去ったので ある。この世で究極とさえ言われていた、全てを消し去る力『無』の力を使っても 勝てなかったのだ。正確に言うと、セントを覆うソーラードームと呼ばれるバリア が、『無』の力までも防いでしまったのだ。そのせいで、大量の死者を出したリー クは、見せしめとして首を刎ねられて、全ソクトアに、その顔を晒されたと言う。  この事件以後、人々は、セントに逆らう気力を無くしてしまった。いや、例え小 規模な、いざこざであっても『絶望の島』に入れられてしまったので、不満の声す ら封じられてしまったのである。恐怖政治の、始まりでもあった。  そんな中で唯一つの国家だけ、その難を逃れた国があった。それは、島国の国家 であるガリウロルである。ソクトア大陸の6分の1程度しかないガリウロル島だが、 セントの支配を逃れているため、その自由度は、とてつもない物があった。更には ここ数十年で、セントの良い所だけ取り入れようと、少しずつ貿易を開始したので、 化学の素晴らしい所だけを真似ている傾向にある。更に、この国が幸運だったのは 豊かな自然であった。この国は、日照時間が多く、豊かな水源、自然があるため、 人力発電など無くても、電力が賄える程であった。  よって、セント以外で、一番栄えてる国は、他でも無いガリウロルだった。セン トは、さすがに警戒を強めているが、まずは圧力で、貿易を開始させただけでも由 としたのか、それ以上の追求は無かった。数十年前までは、それすら断ってきた国 である。余程、独自の文化が強いのであろう。  ガリウロル島のは『く』の字の形をしていて、その『く』の中心に位置する都市 サキョウ。そのサキョウにある豪邸がある。その主は、天神家である。天神家は、 近頃成功しだした名家で、企業としての天神グループは、かなりの影響力を持って いる。その当主が、僅か14歳である天神(あまがみ) 恵(けい)だと言うのだ から驚きである。さすがに学生の身分なので、大まかな所は、側近に任せているら しい。使用人でもある藤堂(とうどう) 睦月(むつき)が、そのノウハウのほと んどを受け継いでいるらしく、現在の天神 恵は、当主としての帝王学を学んでい る最中だと言う。  とうとうこの時代にも、魔族が顕現するようになった。ワイス遺跡に『神魔』ワ イスが現れたのである。しかし今回のワイスは、友好的に事を進めていた。  連日のようにテレビの取材に応じ、魔族のアピールをしてきた。そのような状況 になって、ついに祭典を開く事になった。  その名も『闘式(とうしき)』。意地のぶつかり合いになるタッグ戦の始まりで あった・・・。  1、準備  最初は驚きもした。突然の事でもあったからな。まさか、恵が自分の正体を明か すなんて、思いもしなかった。と言うより、魔族とのハーフだったのか・・・。  それには訳がある。この大会を通じて、人間だの魔族だのと言う括りは、終わり にさせたいと言う想いがあるのだとか。俺も賛成だった。  そこにジュダさんも神であると言う宣言をする。対等に事を進めようと言うのだ ろう。この大会は物凄く注目されてるからな。企業としての天神家は、こんなんで 大丈夫なのか?と思ったら、この大会の開催者と言う事で、景気は、ビックリする くらい上昇したそうだ。恵に対する期待の表れでもあるのだと言う。  学園の方も、恵に協力するとかで、特に校長なんかは、出場選手は期末試験パス にしてやるから、こっちに集中しろとか言っていた。良いのだろうか?  ま、そんな訳で、俺達と言えば、タッグパートナー探しをする事になったのだが。 俺は、当然ファリアと出場する。お互いの事も分かっているし、信頼しあえる仲間 だし、何より、違うタッグになったら、気が散ってしょうがない。  それをファリアに伝えたら、当然の如く、了承を貰った。 「当たり前じゃないの。私だってレイク以外、考えて無いわよ。」  ファリアは、当然と言う態度だった。まぁ俺の心配は杞憂に終わった訳だが。 「兄貴が、タッグ組んでくれないなんてよぉ・・・。」  まぁ当然、こうなる訳で・・・。で、エイディと組めば?と言ったら・・・。 「あのなぁ。俺は俺で、もうパートナー決めてるっての。」  と、エイディから断られる始末。と言うより、何でもタッグ戦が決まってすぐに、 斉藤(さいとう) 葵(あおい)が声を掛けてきたらしく、葵とタッグを組んでし まったのだとか。榊(さかき) 亜理栖(ありす)が、物凄く悔しがっていた。 「兄貴ぃ、組んでくれる人が居ないよぉ。」  と、グリードから文句を言われる始末・・・。 「他を当たりなさいな。組んでくれる人は、居るでしょう?」  ファリアは、俺を取られ兼ねないと思っているのか、そっけなかった。 「てめぇ。兄貴と組めたからって、調子に乗るなよぉ!!」  グリードは遠吠えのように泣き言を言いながら、遠ざかっていく。 「さすがに、可哀想じゃないか?まぁ俺も、お前以外と組むつもり無いけどさぁ。」  俺は、グリードの後姿が物悲しかったので、さすがに気になってしまう。 「あのねぇ。粘られても事が発展する訳じゃないのよ?」  ファリアは、グリードの為を思うなら、突き放せと言っていた。  とは言え、気にならない訳じゃない。グリードは、頼み込むのとか下手糞だから な。誰とも組めずに居たんじゃ、可哀想だ。  俺は、グリードの後を追う。天神家をうろうろしていた。 「・・・よしなさいよ。趣味が悪いわよ。」  後ろから、ファリアに声を掛けられてビックリする。 「お、お前だって、急に声を掛けるなよ・・・。」  俺は、文句を言う。まさか、後をつけられていたとは・・・。  ま、俺も文句を言える立場じゃないか。グリードの後をつけてる訳だしな。 「おーい。お前、タッグ戦に出る気ない?」  グリードの声がした。意外と普通に誘えてるじゃないか。・・・誰にだ? 「私に言っているのか?」  ・・・ってゼリンじゃないか。意外な人選だ。 「おうよ。いやぁ、兄貴はファリアと組むってさ。つれねーよなぁ。」  意外と軽いな。あんなに残念そうだったのに・・・。 「彼等なら、優勝を狙えるタッグだな。応援しよう!」  ゼリンは、爽やかに応援してくれた。何だか照れるな・・・。 「あ、いや、そりゃ応援はするけど・・・。俺も出たいんだけどさ。」  グリードは、爽やかに俺を応援してくれるゼリンに、呆気に取られていた。 「それで私にか?・・・私も実力をアップさせたいのはあるが・・・。あんな祭典 に出るのは・・・。私に資格があるだろうか?」  ゼリンは、後ろ向きになっていた。無理も無いか。ゼリンは罪の意識が強いから な。それにテレビで放映される試合だから、マークされるってのもある。 「何だよ。びびってるのか?セントを倒すつもりなら、今更って感じでもあるぞ?」  グリードは、口を尖らす。アイツ、時々容赦無いよな。 「顔が知れるのは構わないのだが、私は罪人だからな・・・。」  ゼリンは、ストイックに強さを上げる事だけをしている。罪の意識が強いな。 「それって、関係あるのか?」  グリードは、疑問をぶつけてくる。 「どう言う事だ?」  ゼリンは、腑に落ちない顔をしていた。 「だってさ。罪があるから、大会に出ちゃいけないなんて、誰が決めたんだよ?思 いっ切り楽しめば良いんじゃねーの?」  グリードは、素直なんだろう。そう言う所は、アイツの良い所でもある。 「私は、赦される為に闘う身だぞ?楽しめと言われても・・・。」  ゼリンは、顔を顰める。やはり、相当根が深いらしい。 「眼を覚ませよ。・・・お前、意識を取り戻してから、心から笑った事が無いんじ ゃねーの?そんなんじゃ、ジュダさん達にも失礼だろ?」  グリードは、案外鋭い所を突いてくる。結構良く見てやがるな。 「父さん達に失礼?どう言う事だ?」  ゼリンは、ムッとする。怒らせたようだ。 「何だよ。気が付いてないのか?ジュダさん、お前を見る度に肩を落としてるぜ? お前が笑えてないからじゃないの?」  グリードは、ジュダさんとゼリンの微妙な距離を見抜いていた。良く見てるなぁ。 「そうだったのか・・・。私は父さん達にまで・・・。」  ゼリンは、更に落ち込んだ顔をする。 「おい。何また落ち込んでるんだよ。それが、いけねぇっての。良いか?こう言う 時は笑い飛ばすんだよ。俺だって辛い時にこそ笑い飛ばすようにして、ここまで来 たんだ。ま、兄貴が居たから、ここまでなれたんだけどな。」  グリードは、常に笑っていた。俺の記憶している限り、笑顔をいっぱい見せてい た。それには、皆を楽しませたいって気持ちがあったのか・・・。 「そ、そうか・・・。じゃ、こ、こうか?」  ゼリンは、ギコちなく笑った。・・・これは酷い・・・。 「ぷっ・・・。お前、何だよ!その変な笑顔!百面相じゃ無いんだぞ?」  グリードはゲラゲラ笑う。あれは演技じゃないな・・・。 「ひ、酷い奴だな・・・。私に笑えと言っておいて、それか?」  ゼリンは、頬を膨らませている。珍しく怒っている顔だ。 「お。その表情、初めて見るな。それで良いんだよ。能面みたいに頑張る頑張るじ ゃ、気持ちが伝わらないだろ?」  グリードは、ウンウンと頷いていた。全く、明るい奴だな。 「・・・き、君は、私のそんな表情を見て、楽しいのか?」  ゼリンは、眼を細めながら、グリードを見る。 「楽しいに決まってるじゃんか。笑顔を見て、楽しく無い奴なんて居ないぜ?」  グリードは、素直過ぎる事を言う。裏表が無い奴だ。 「そ、そうか。・・・教えてもらって感謝する。」  ゼリンは、頬を染めていた。・・・あんな表情も出来るんだな。 「よし。じゃ、教えてもらった恩もある。大会に出ようじゃないか!」  ゼリンは、照れ臭そうにしながら、グリードの願いを聞く。 「いよっしゃー!話が分かるねぇ!狙うなら優勝だぞ?」  グリードは、この上なく良い笑顔を見せる。嬉しそうだなぁ・・・。 「君は、見てて飽きないな・・・。ま、宜しく頼むよ。」  ゼリンは、握手を求めた。すると、自然にグリードも握手をする。 「・・・意外よねぇ。グリードが選んだってのもそうだけど、ゼリンって、あんな 表情も出来るのね・・・。グリードじゃなきゃ無理か・・・。」  ファリアは、なんだかんだ言って、俺と一緒に一部始終を見ていた。 「おい。負けられないぞ?あのタッグには・・・。」  俺は、気を引き締める事にした。正直、戦力的には、十分に強敵だ。何せ、俺達 を苦しめた『重力(じゅうりょく)』のルール持ちのゼリンに遠くから射撃が出来 るグリードのタッグだ。ちゃんと対処しないと、苦戦は必至だ。 「わーかってるわよ。案外良いタッグだから困ってるんじゃないの。対策打つわよ。」  ファリアは、早速対策を打つ事にした。  こうして、ゼリンとグリードのタッグが決まった。油断ならないタッグの誕生で ある。俺達もウカウカしてられないな。  ああー。もう悔しいったらありゃしない。私は、あの話が広まった時に、エイデ ィ兄さんと一緒に駆け抜けてやる!って決めてたのに!葵の奴、上手くやったね。 でも、逸早くエイディ兄さんの所に行ったんだから、文句も言えない。  そうなると、私は観戦?冗談じゃない。こんな面白そうな大会に出られないなん て、一生悔いが残る。そんなの私らしくも無い。  とは言え・・・誰と出ますかね?仲間内以外では、この大会のレベルに付いて行 く人材を見付けるだけでも億劫だ。となると、仲間内しかないのかなぁ?  となると・・・あの馬鹿かな?でもねぇ・・・。 「おう!アネゴ!俺を呼び寄せてくれるなんて、嬉しいじゃないか!」  そう。この馬鹿、伊能(いのう) 巌慈(がんじ)だ。まぁ、戦力的には中々良 い物を持っているし、相性も悪く無いんだけどさ。 「こうやって、個人的に呼び寄せるって事は、俺の想いに応えてくれるんだな!」  ・・・これだ・・・。この男は、超絶に人の話を聞かない時がある。 「寝惚けるんじゃないよ。私の好きな人は、アンタ知ってるだろ?」  私は、きつく言う。こう言わないと、何を言われるか、分かった物じゃない。 「アネゴ・・・。俺を萎縮させに来たのか?」  すぐシュンとなる。全く手が焼ける男だよ・・・。 「張っ倒すよ。アンタ、電話の内容を覚えてないのかい?」  私は電話で、タッグ戦の事を言ったつもりだ。生返事だった気がするが。 「そうだっけ?アネゴに呼ばれたんで、つい、浮かれてもうたわ。」  ・・・コイツ・・・早く何とかしないと・・・。 「お馬鹿!この時期に呼び出すって言ったら、タッグ戦の事に決まってるだろ!」  私は、頭を押さえながら、話を進める。全く、話を聞かない男だ。 「あー。タッグ戦の事か。・・・って俺で良いのか?」  巌慈は、エイディ兄さんの事を気にしているんだろう。いざとなると、萎縮する んだから・・・手が焼ける男だねぇ。 「エイディ兄さんは、葵と組んだ。以上、質問はあるかい?」  私は、イライラしながら、巌慈に伝える。 「エイディさんも、罪な男よのぉ。でも、俺では、代わりも務まらんじゃろ?」  巌慈は、こう見えて、豪快なんだが、気にする所は気にする。 「誰が代わりをしろと言った!アンタはアンタらしくすりゃ良いんだよ!」  私は、巌慈をエイディ兄さんの代わりをさせるつもりで頼んでなど居ない。 「そりゃ、最初はエイディ兄さんと、と思ったけど。それ以外なら、アンタ以外考 えちゃいないよ。変な事を言うんじゃ無いよ。」  私は、キッパリと伝えてやった。仕方無いから組んでやるんじゃない。巌慈だか ら組んでも良いと思ったんだ。その気持ちに嘘は無い。 「いよっし。分かった。俺も男じゃ!なら、優勝を狙うつもりで行くぞ!」  巌慈は、明るく笑うと、私とタッグを組む事に賛同する。 「ハッハッハ!俺が『鋼身(こうしん)』のルールで守ってやるから、安心じゃ!」  巌慈は、力瘤を作ってアピールする。 「あのね。私は、ただ守られるだけのタッグなんて真っ平だよ。やるなら、とこと んまで力を出すつもりさ。アンタ、遅れるんじゃないよ。」  私は、そう言うと、握手を促す。すると巌慈は、満足そうに笑いながら、握手に 応えてきた。ま、コイツとなら、少しはマシな闘いになるね。  面白い大会なんだけどなぁ・・・。俺は不参加かなぁ・・・。俺も参加したいの は山々なんだけどね。タッグで参加となると、相手が居ないよ・・・。  仲間内は、どんどん相手が決まっていく。良いよなぁ・・・。道場の奴等も、俺 が出た方が盛り上がるって言ってくれてるけどさぁ。親父は出たがってるけど、親 子でタッグってのも、違う気がするんだよね。まぁでも、親父もそれだけ前向きな のは有かな。前の飲んだくれた時と比べれば、幾分かマシだ。  でもさぁ。相手が魔族の親玉だった奴だぜ?腕試したって、限度って物があるだ ろ。何でも『ルール』を使っても良いって事らしいが、それだけじゃねぇ・・・。 「勇樹(ゆうき)。顔が優れんな。何か悩みか?」  親父が、心配そうに見つめてくる。最近こう言う事が多くなった。飲んだくれじ ゃない親父は、優しかったんだって実感する。 「心配いらねーよ。大した悩みじゃないよ。」  俺は、親父に心配を掛けたくなかった。 「なら、悩みはあるんだな?お前の事だから、今度の『闘式』の事だろ?」  一発でバレた・・・。ってより俺、分かり易すぎ? 「ま、隠せないか・・・。やっぱ出たいよなー。」  俺は正直に言う事にする。観戦するのも悪くない。だけど、こんなお祭りみたい な大会は、やっぱ出場するに限る。 「俺と出場するって線は無いのか?別に親子でも、問題あるまい?」  親父は、俺の事を思って言ってるんだろうけど、なーんだか違う。 「こう言うのって、親子じゃなくて、仲間と行くもんだろ?」  俺は、親父と組みたくない訳じゃない。だけど、親子で出場は、何となく違う気 がするだけだ。ま、贅沢な悩みなのかも知れないな。 「ま、お前がそう言うなら、仕方ないか。いつでも声を掛けて良いんだからな?」  親父は、そう言うと、打ち込みに行く。前と違って厳格な親父じゃないが、他人 行儀って訳でも無い。今じゃ良い親父だった。  道場仲間と行くってのも考えたが、悪いが、そんなレベルの大会じゃない。 「どうしたもんかねー。」  俺は、打ち込みをしながら考える。 「勇樹さん!『闘式』に出るなら俺と出ましょうよ!」  道場仲間の一人が、声を掛けてくる。いつも真面目にやってる奴だな。 「ハハッ。気持ちは嬉しいけどさ。今度の大会、俺でも危ないくらいのレベルの大 会なんだぜ?それでも出たいか?」  俺は、無碍に断るのも何なんで、一応忠告しておく。 「ゆ、勇樹さんとなら、何処までも行きたいです!」  あちゃー。逆効果だったかな?却って行く気になっちゃったよ。 「ありがとよ。でも、駄目だ。お前が大怪我したらと思うと、俺は、集中出来ない よ。分かってくれ。それほど凄い大会なんだよ。・・・あの恵だって、優勝出来な いかも知れないと思う程なんだぜ?」  俺は、酷な様だが、ちゃんと言ってやる。仲間内も恵の事は知っている。 「す、済みません!そんな事まで考えずに、言ってしまって!」  道場仲間は、却って俺が気を使ったと思っているみたいだ。 「バーカ。謝るなよ。申し出自体は嬉しかったぜ?」  俺は、素直に気持ちを伝える。すると、何か熱っぽい視線を感じた。最近、何だ って、こんな視線を感じる事が多くなったな・・・。 「ぬ、抜け駆けは良くないぞ!俺だって勇樹さんと!」  あちゃー。始まった・・・。いつも、このパターンだよ。 「勇樹さん!俺と出ましょう!」  コイツ等は・・・。さっきの話を聞いて無かったのかよ・・・。 「無理な物は・・・。」 「無理だと、勇樹は言っておろう?そんなに出たければ、俺と出るか?」  親父が、俺の言葉の続きを言ってくれた。そして、親父に睨まれた道場生達は、 蛇に睨まれた蛙の様に大人しくなった。・・・こんなんで、あの大会で通じる訳ね ーだろ・・・。どんなもんかねぇ・・・。  すると、入り口の方から声がした。お。珍しく道場破りでも来たかな?最近は、 道場破りも多く見かけるようになったからな。 「誰だ?今日は、誰の訪問予定も無かった筈だが?」  親父が、スケジュール表をチェックする。となると、道場破りかな? 「はいはいー。俺が出るよ。」  俺は、入り口の方へと走っていく。そして、扉を開けた。 「よう!久し振りだな。」  ・・・え?こ、この人は! 「そ、創始者様!来てたんですか!?」  俺は、つい大きな声を出す。間違いない。この顔は創始者様だ!人間に変装して いるけど、間違いない。 「おいおい。その創始者様ての止めない?俺は、ミカルドって名前があるんだぜ?」  創始者・・・いやミカルド様は、口を尖らす。 「そうでした!お久し振りです!ミカルド様!」  俺は、つい、声が上ずる。ミカルド様がいらっしゃるなんて、思いもしなかった。 「元気してたか?いやー、此処探すの苦労したぜぇ?つい交番に寄って、道を聞い ちまったぜ。でも、有名なんだなー。有難い限りだぜ。」  ミカルド様は、とても嬉しそうにしていた。創始者としては、有名なのは、嬉し いのかも知れないな。俺達の努力が実って良かった。 「えっと、お主は、誰ですかな?」  親父が、訝しげな目で、ミカルド様を見る。 「お、親父!前話しただろ!ミカルド様だよ!」  俺は、慌てて取り繕う。すると親父は、まだ合点が行って無い様子だった。 「ミカルド様・・・って、本当なのか?」  親父は、疑いの眼差しだった。まぁ、分からなくも無い話だけど・・・。 「馬鹿!この人は本物だって!!」  俺は、実際に打ち込んだから分かる。この人は本物だった。 「あー。そうかそうか。わりぃな。最近ワイスと健蔵がメディアに出まくってるか らさ。俺達の存在も、信じられてる物だとばっかり思ってたぜ。」  ミカルド様は、大して気にして無い様子だった。そう言えば魔族が、テレビに出 まくっている。って事は、ミカルド様も、信じられてると思って当然か。 「しかし、お前、外本(ほかもと) 一徹(いってつ)にそっくりだな。」  ミカルド様は、親父を見て、感慨深そうにしていた。 「我が祖先の名前・・・。まさか、本物の?しかし・・・。未だに生きておられる とは、少し考え難いのだが・・・。」  親父は、まだ疑って掛かっている。そりゃ、伝記の時代から生きていると言われ れば、誰だって疑いたくなる。だけど、本物だってのに。 「ま、信じられないのも無理ないか。なら、証拠を見せてやるよ。」  ミカルド様は、コートを脱ぐと、その下には、胴着を着ていて、青白い肌だが、 筋肉が隆々としていた。鍛えに鍛え抜かれている体だった。 「まずは『瘴気』を見せれば良いか?・・・ちなみに俺は『闘気』も得意だけどな。」  ミカルド様は、魔族でありながら、人間に近い体になって、『闘気』を発するの も得意になっていたと、伝記に書いてあった。 「では、『瘴気』の方が、分かり易いと思います。」  俺は、『瘴気』を出すように願い出る。 「了解だ。んじゃ、見てろよー?・・・フン!」  ミカルド様は、腹に力を入れると、『瘴気』が噴き出てくる。 「な、何と!?この力!!秘伝の書にあった『瘴気』!」  親父は、秘伝の書に『瘴気』が載っていたのを思い出す。創始者であるミカルド 様は、魔族なので、『瘴気』を出し易かったが、どうしても人間に伝え難かったの で、『闘気』で代用したと言う記述が残っているのだ。 「す、すげぇ。今の何だ!?」 「わっかんねーよ!とにかく、凄かったけどさ!」  道場生達も、騒ぎ始める。ミカルド様だからなぁ。 「これは、間違いないな・・・。失礼致しました。ミカルド様。」  親父は、ミカルド様に間違い無いと思ったのか、礼をし始める。 「ま、そんな改まるなって。それより、伝えてくれて有難うな!俺はそっちの方が 嬉しいぜ。1000年も伝わるなんて、思っても見なかったからさ。」  ミカルド様は、気さくに話し掛けてきた。話し易い人だ。 「そして、お前達が、次期羅刹拳の継承者候補達か?頑張れよ!」  ミカルド様は、道場生達にも、声を掛けていた。 「あれ?怖がられてる?俺?」  ミカルド様は、腕を組んで、唸る。 「おい。皆!この方は、1000年前の伝記にも居た、この羅刹拳の創始者のミカルド 様だ。怖がる必要なんて無いぞ!」  俺は、説明してやる。すると、道場生達は、騒ぎ始めた。 「え?だって伝記って1000年前でしょ!?」 「でも、勇樹さんが本物だって言ってるぜ?」  まぁ、動揺が広がるのも、無理ないか・・・。 「ゼロマインドの野郎・・・。根が深いなぁ。魔族が居ないって、よっぽど信じ込 まされてきたんだな・・・。俺も『妖精の森』の番人ばっかやってたからな。」  ミカルド様は、伝記の戦いの後、『妖精の森』の番人をする道を選んだ。現在の 妖精王リーアの夫になる道を選んだってのが、顛末だった筈だ。 「お前等、テレビで連日のように魔族が居るの見てるだろ?」  俺は、最近のテレビが、魔族一色である事を知っている。しかも今回の大会で、 余計に関心が高まっているのだ。 「じゃ、マジなの!?す、すげぇ!」 「本物なんですね!ここの創始者って、凄くね!?」  道場生達は、今度は歓声に変わる。 「やっと、信じてくれたか?結構大変な物だな。」  ミカルド様は、ほっと胸を撫で下ろす。 「俺みたいに、いつも瞬達とやってる奴なら、信じられるんですけどね。そうじゃ ない奴は、そう簡単には、いかないですよ。」  そうだ。俺だって瞬達と一緒に修練をしてる状態が無ければ、簡単に信じたりし ない。そう言う意味では、一緒にやっててラッキーだったな。 「で、ミカルド様、今日は見学に来たんですか?」  俺は、用件を尋ねてみる。態々こっちまで来るって事は、何か用事があるのか? 「おお。それだよそれ。『闘式』に出ようと思ってるんだよ。俺。」  ミカルド様なら、当たり前か。何せ羅刹拳の創始者だしなぁ。 「で、天神家に行って、まだ出場決めて無い奴のリストを見たら、お前がまだだっ たからさ。どうだよ?出てみないか?俺と。」  あー。ミカルド様まだなんだ。・・・って、俺と!? 「え、ええ!?お、俺とですか!?」  まさかお誘いがあるとは思わなかった。 「いやー。前に俺に突きを放ったじゃねーか。あの時の真っ直ぐな突きが忘れられ なくてな?この機会に、『闘式』に出るのも良いんじゃね?って思ってな?」  ミカルド様に、前に放った突きは、あの時の俺の全力を出した。 「お、俺なんかで、ミカルド様のタッグ務まるんですか!?」  俺は、そこまで実力を付けたと思っていない。 「なーに言ってんだ。だから、こうやって来てるんだろ?お前の予定、忙しそうだ からさ。この道場と天神家の時間を使って、強くさせようと思ってるんだよ。」  ミカルド様・・・まさか、そこまでして俺を! 「す、凄いじゃないか!勇樹さん!出るべきですよ!」 「そうだよ!1000年前の人と出るなんて、勇樹さんスケールでかいよ!」  道場生達は、次々に祝福を述べる。 「お、親父。俺、出ても良いのかな?」  俺は、親父の方を向く。親父は腕組をしながら、俺に近付く。 「羅刹拳代表だ。出るからには、優勝する覚悟で行くんだぞ?」  親父は、俺の肩を叩いてくれた。 「よーし。決まりだな!じゃ、宜しく頼むぜ?相棒!」  ミカルド様は、軽い言葉で俺に握手を求める。 「こちらこそ、宜しくお願いします!!」  俺は、ミカルド様と固い握手をする。まさか、こんなサプライズがあるなんて、 思いも寄らなかったよ・・・。  こうして、俺の『闘式』への出場が、正式に決まった。やってやる!!  皆、すげーよなぁ・・・。あんなおっかねぇ大会に、出たがって、しかもタッグ パートナーを見つけて、出場するなんてさ。昨日一昨日で、大分出場者が決まって きたって話だ。俺達の仲間は、ほぼ皆、出場する。  まずは、優勝候補筆頭とも言われている、天神 恵さんと島山(しまやま) 俊 男(としお)だ。俺の親友の一人で、俊男は、俺達の日常を救ったってのもある。 ジュダさんに器として認められるくらいだから、すっげーよな。しかも、このタッ グは、相性もバッチリだ。俊男が『跳壁(ちょうへき)』で足場を提供して、恵さ んが攻め込むも由。恵さんが『制御(せいぎょ)』で力を封じている間に俊男が、 一気に間合いを詰めて攻め込むも由と、バランスが物凄く取れている。  次に天神 瞬と、一条(いちじょう) 江里香(えりか)先輩だ。どっちも背中 を任せられると、豪語している。そして、瞬の『破拳(はけん)』は、物凄く威力 が高く、半端じゃ無いが、消耗が激しい。それを江里香先輩の『治癒(ちゆ)』の ルールで治しながら闘うと言った、変則的な事も出来る。他のタッグから見ても、 脅威だろうな。  そして、レイクさんとファリアさんのタッグだ。レイクさんが前に出て、不動真 剣術で翻弄して、ファリアさんが魔法で援護と言う、オーソドックスながら強烈な 戦法が使えるのが、強みだ。しかも、この二人の剣術と魔法は、半端じゃなく強烈 だ。それぞれ極みが掛かっている。それに加えて、『万剣(ばんけん)』のルール で、あらゆる状況を打破して、『召喚(しょうかん)』のルールで臨機応変に対応 すると言った事も可能で、バランスが凄く良い。ファリアさんは、『召喚』した伝 説の武器などから、持ち主の記憶を頼りに達人の技を使うと言った、変則的な事も 可能だ。実際にそれを使って、レイクさんと打ち合っているのも見た事がある。  エイディさんは、葵と組んだ。最初はビックリしたが、葵ってば大胆だよなぁ。 俺達と居た頃も、あんな積極的だったかな?まぁこのタッグは、他のタッグと比べ ると、少し弱いかもな。葵自体が『ルール』を使えないし、戦力的にはエイディさ んが中心だろう。でも葵は、色々秘策を用意しているとの話だ。何やるつもりだ? エイディさんの『紅蓮(ぐれん)』のルールでも活かすつもりか?  グリードさんは、意外な事に、ゼリンさんと組んだ。何でも、グリードさんの説 得に応じたらしい。でも、このタッグは、他のタッグには厄介な組み合わせだ。そ れぞれの『ルール』が、脅威だからだ。ゼリンさんの『重力』のルールと、グリー ドさんの『千里(せんり)』のルールは、特徴がハッキリしている。『重力』のル ールで動きを鈍らせて、『千里』のルールで遠くから射撃をすると言うのは、脅威 だろう。かなり考えた上で行動しなければならない。  伊能先輩は、亜理栖先輩と組んだ。葵がエイディさんと組んだから、亜理栖先輩 が伊能先輩に変えたんだろうな。でも、このタッグも結構侮れない。伊能先輩は、 『鋼身』のルールで盾になって、隙間から『帯雷(たいらい)』のルールを要する 亜理栖先輩が、攻め込む事も可能だ。  勇樹は、最初は不参加かなぁ・・・とか、ぼやいていたのに、ミカルドさんが来 たらしく、急遽参戦する事になった。どっちも羅刹拳のとんでもない使い手だ。し かも、『闘式』が開催されるまでの間に鍛え上げるとかで、泊り込みで強くさせよ うとしているらしい。勇樹は『線糸(せんし)』のルールが使えるので、相手を封 じて、ミカルドさんが止めって事も出来るかも知れない。  黒小路(くろのこうじ) 士(つかさ)さんは、真っ先にセンリンさんと組んだ。 理由は、言うまでも無いだろう?と言われた。いやはや、もう夫婦ですね。この人 達。戦力的には、士さんがメインだけど、センリンさんだって相当強いのを、俺は 知っている。とにかく勤勉なので、士さんに追いつきたいと言う執念で、どんどん 強くなっている。士さんの『索敵(さくてき)』のルールで敵を捕捉して、センリ ンさんの『念力(ねんりき)』のルールで、色んな状況に対応する。かなり対応力 の高いタッグだ。これは、優勝を狙えるかも知れない。  ゼハーンさんは、タッグを組まなかった。自らの意志で、審判を申し出たらしい。 何でも、緊急に治療する場合の控えとしての枠として、活躍する予定らしい。と言 うより、ゼハーンさんの『魂流(こんりゅう)』のルールは魂を吸い取る『ルール』 だ。これを使われたら、洒落にならないし、正解かも知れない。と言うより、規則 の一つに殺してはならないとあるだけに、ゼハーンさん向きじゃないのだとか。後 は、ゼハーンさん自体、『魂流』を救う為に使いたいと言っていた。最近では、定 期的に魂を貰っている。俺達からだ。それは、強制されてるのではなく、いつ蘇生 する事態になっても良いように、恵さんからの提案で、魂の力を日常からも、分け 与えているのだ。恐らく俊男の件が、そんな判断に繋がったのだろう。  ジャンさんは、アスカさんと組んだ。まぁこれも当然の事で、今更聞くまでも無 いと言うのが、皆の判断だった。正直、優勝を狙うには難しいが、凄く良い所まで 行くだろう。アスカさんが『舞踊(ぶよう)』のルールで相手を翻弄しつつ、ジャ ンさんが『爆破(ばくは)』のルールで各個撃破して行くと言った戦法が可能だ。  藤堂(とうどう) 睦月(むつき)さんは、『闘式』の裏方に徹する事になった。 何でも、大会運営委員会として、恵さんがバックアップするように命じたのだとか。 天神家のバックアップとなれば、かなりの質が期待出来る。妹の葉月(はづき)さ んは、そのお手伝いをする予定らしいが、まだ決まっていない。  後は、紅(くれない) 修羅(しゅら)先輩が、柔道選手権で争ったヒート先輩 と組んだらしい。この二人の柔道は、かなりの域に達していて、相手にとっては嫌 な事この上ない動きをするだろう。修羅先輩は、『重心(じゅうしん)』のルール を使えるので、尚更だ。  赤毘車(あかびしゃ)さんは、多分ジュダさんと組むんじゃないかな?この二人 が参戦したっての聞かないけど、夫婦だしなぁ。  俺はと言えば、葵じゃ有るまいし、中々飛びついて参加って訳にも行かないなぁ。 だってさ・・・出る面子がおかしいじゃん・・・。俺が入っていけるような闘いで も無い気がする。そりゃ俺だって、莉奈(りな)の前とかじゃさ。この闘いに参加 して、良い所まで進んでやるぜー!とか言いたいけど、ちょっとなぁ・・・。  爽天学園では、物凄い騒ぎになっている。恵さんの正体から、今回の参加者リス トと言い、詳しい情報が飛び交って、トトカルチョまで作られる騒ぎだ。  大体校長が、乗り気でフォローしているんだからな。ちなみに恵さんは、学内で 異質な存在として、仲間外れにされると思ったが、元から目立ってた上に、今は、 魔族の印象が、悪くないのも功を奏して、普段と変わらない感じで受け入れられて いた。むしろ、魔族になった姿を見たいと、歓声が上がる始末だ。何て言うか、そ う言う所は、うちの学園っぽい感じがする。  今日も、天神家で修練を兼ねて、『闘式』の参加者をチェックする予定だ。 「魁(かい)君。元気ないよ?」  莉奈が、俺の顔を覗き込んでくる。相変わらず可愛い仕草だ。 「いやいや、俺っちは元気だぜぇ?」  莉奈に心配は掛けさせたくない。余り、考え事をするのは止めるか。 「本当は出たいんでしょ?『闘式』だっけ?」  莉奈は、俺の考えを読んで来る。あれだけの大会だからね。俺だって参加したら 格好良いかなー?とか思ってるよ?でもなー・・・。 「いや、そりゃ出たら目立つなーとは思うけど・・・。参加者凄いじゃん?」  俺は、あの中に付いて行ける自信は余り無い。 「確かに凄いけどね。私、魁君なら、それなりに工夫して、良い所まで行けると思 うんだけど?葵ちゃんも、そうやって勝ち上がるつもりらしいし。」  そうだなぁ・・・。葵も良く参加決めたよな・・・。俺も出来るんだろうか? 「それに、タッグ次第なんじゃないの?私はちょっと無理だけどね。」  莉奈は、申し訳無さそうにしていた。 「当たり前だろ?莉奈を危険な目になんか合わせたくねーよ。」  俺は、莉奈の頭を撫でてやる。すると嬉しそうに、はにかんでいた。可愛い奴だ。 「おーう!居た居た!」  突然、上から声がした。何だ?・・・っといきなり降りてきた!! 「いよっ!今日も天神家に行くのか?」  ジュダさんだった。ビックリさせる・・・。 「い、いきなり上からとか、勘弁して下さいよ!ビックリしましたよ!」  俺は、一応抗議する。さすがに、寿命が縮むかと思った・・・。 「ハハッ!悪いな!でも、対戦する時、上からなんてのは、よくある事だぜ?気を つけていたら、そんな抗議も出ない筈だが?」  ジュダさんは、随分厳しい事を言う。普通は上からなんて、気を付けないと思う んですが・・・って、対戦する時? 「対戦する時って何の事です?俺、大会に出場決まりましたっけ?」  俺は、その一言が気になったので、聞いてみる。 「んー。決まったってより、これから決まると言うか・・・。」  ジュダさんは、何を言いたいのだろうか? 「ああ。面倒くせぇ。お前、まだ決まって無いんだろ?俺と組もうぜ!」  ああ。ジュダさんと組むって事か。・・・ってえええ!!!? 「お、俺とですか!?な、ななな何で!?」  ジュダさんは、赤毘車さんと出るんじゃないのか? 「んー?アイツと話し合ったんだけどな。お互い、神と組むのは止めようって決め たんだ。その方が、修行になるしな。」  そ、そうだったのか・・・。って事は、ネイガさんや、毘沙丸(びしゃまる)さ んとも無いって事か。思い切った事をするなぁ。 「で、でも、何で俺!?俺、何の力も無いですよ!?」  そうだ。ジュダさんなら、もっと相応しい相手が居る筈だ。 「まさか、俺は、戦力としてじゃなく数合わせ?」  それなら納得出来る。ジュダさんは、とんでもなく強い。所謂ハンデとして、俺 を選んだって事かな?それも情け無い気がする。 「お前、自分を数合わせとか、悲しい事を言うんじゃねーよ。」  ジュダさんは、俺の頭を優しく叩く。 「俺はな?こう見えても、お前の事、買ってるんだぜ?お前さん、確かに今は、力 は無い。魔力も足りない。『ルール』も戦闘向きじゃないと来た。」  ・・・よ、容赦無いっす。ジュダさんたら・・・。 「でも、お前は、仲間の為なら、命を張れるだろ?そんな奴、中々居ないんだぜ? その姿勢を、俺は買っているんだ。それに強さなら、大会までの間に、どんどん強 くなれるさ。お前は、才能が無い訳じゃない。単に今までやって無かっただけだ。」  え?本当に・・・?俺が役立てるって言うのか?人生を闘いに費やしてきた奴に 勝てるって言うのか?アイツ等が濃いのは、俺も良く知っている。 「俺は、本当に出来るんですか?あんな凄い奴等に、勝てたりするんですか?」  手合わせしてても、一度たりとも勝った事が無い奴等だ。 「ま、難しいだろうな。普通にやったんじゃ、まず勝てない。」  うぐ・・・。まぁそうだよね。ジュダさんも本当の事を言ってくれる。 「落ち込むなよ。俺は、普通にやったんじゃ・・・と言っただろ?」  ジュダさんは、俺の肩を叩く。普通にやったんじゃ?ってもしかして・・・。 「な、何をするつもりなんでしょうか?」  俺は、とてつもなく嫌な予感がした。寒気までしてきた。 「良い顔になったじゃねーか。俺と組むとなれば、特訓あるのみだ。」  や、やっぱりぃ!普通じゃない方法で強くするんですねー!! 「いや、いやいやいや、怖いですって。『闘式』前に死んじゃいますって。」  俺は、命の危険を感じていた。物凄く嫌な予感しかしない。 「男子、三日会わずば、刮目せよ。と言う言葉がある。お前も、やる気を出して、 特訓すれば、1ヶ月もありゃ、絶対強くなるって。」  ジュダさんは、有名な諺を絡めて、俺を誘う。 「その特訓が、嫌な予感がするんですけど!」  アイツ等と、まともに闘える位まで強くするって、どれ程だよ・・・。 「魁君・・・。やってみたら?」  莉奈?お、お前は、俺の味方だと思っていたのに・・・。 「そ、そんな眼をしないでよ・・・。いや、魁君出たがってたからさ。」  そりゃぁ・・・俺だって参加したら、莉奈に格好良い所見せられ・・・。  俺は、少し考えて、莉奈の肩を掴む。 「な、何?魁君?」  莉奈は、怯みながら、俺の眼を見る。 「莉奈は、俺が出たら・・・勝ったら、喜んでくれるか?」  俺は、莉奈の眼を見ながら、真面目に問い掛ける。 「そ、そりゃぁ、魁君が出たら、格好良いと思うよ。私の彼氏が・・・出るんだか ら、応援だって、いっぱいしちゃうんだから!」  莉奈は、素直な気持ちを言ったのだろう。 「・・・し、仕方ないなぁ・・・。じゃぁ、出る!出ますよ!」  俺は観念する。どうせ、する事も無いんだ。やってやらぁ! 「莉奈の前では、男の子か・・・。その意気や由!大丈夫!俺が、強くするぞ!」  ジュダさんは、とても嬉しそうな表情で、俺の肩を叩く。 「あのー・・・。お手柔らかに・・・。」 「魁。ソクトアの人間の体ってのはな。他の星の人間より、丈夫なんだ。」  俺の言葉を遮るようにジュダさんは、言葉を被せてくる。いや、不安なんですけ ど!丈夫って、何をするつもりなんですか!? 「喜べ喜べー。俺が直々に猛特訓してやるんだ!強くならない訳が無いぞー?」  ジュダさん、喜んでいるなー・・・。って・・・。 「猛特訓に言葉が変わってるんですけど?」  嫌な響きだ・・・。何をされるんだ?俺・・・。 「いやいや、雰囲気で言っただけだ。気にするな。それより、俺と出るんだ。これ に、指紋で良いから、印を押せ。色々書類があるんだよ。」  ジュダさんは、4枚程、書類を出す。俺は、ジュダさんが用意してくれた朱肉を 使って、指紋を押し当てて、手早く全部印を押す。 「よしよし。上出来。んじゃ莉奈。悪いんだが、これを恵に渡してくれるか?」  ジュダさんは、莉奈に書類を渡す。って、何故かジュダさんは俺の手を引く。 「あのー・・・。この手は一体?」 「いや、これから特訓に決まってるだろ?今、印を押したろ?」  ・・・え?今、印を押した?ってまさか!! 「出場申込書と、大会規約誓約書と、爽天学園の特別欠席届と、特訓申込書。」  ジュダさんは、当たり前のように、指折りして教える。 「いや、最後の何です!?そんな申込書は、聞いた事が無いんですけど!?」  特訓申込書って何だ!そんな怪しげな物に俺は、印を押したってのか!! 「いやー、快く印を押してくれて、助かるぜー。頑張ろうな?」  ジュダさんは、有無言わせずに俺の手を引っ張る。 「魁君!頑張ってね!!」  莉奈・・・ああ!もう!やけだ! 「ええい!もうやったらーー!!!」  俺は、こうして『闘式』への出場を決めた。こうなったら、何でも来いだ!どう せ、俺には失う物なんかありゃしない!やってやるさ!!  大会の出場者が決まっていく。リストを見ると、犯罪者なども、参加しているよ うだ。その辺は自由に参加して良いと有るので、特に構わないのだが、志は低いと 思わざるを得ない。どうせ、犯罪歴を無しにしたいのと、体の良い部下が欲しいと 言う浅はかな考えから来てるんだろう。そんなレベルの大会じゃないのに。  私は、真っ先にバックアップの道を選んだ。恵様が、あんなに堂々として居られ る姿を見て、その手伝いがしたいと思ったからだ。  ショアンが出たがっていたが、まだ決まってないのだけ、少し不安だ。ショアン は、あの方にそっくりだが、押しが弱いから、決まるかどうか・・・。  とりあえず、今日に提出された参加者のチェックを・・・。まずは・・・。あれ? ショアン!早速決まっていた。ああ。良かった・・・。あんなに楽しみにしていた のに、出られず仕舞いじゃ、後悔しますからね。で、お相手は・・・。ネイガ=ゼ ムハード?・・・って鳳凰神では!?前に此処に来た事がありましたね・・・。こ れは、意外と言うか、凄い方と組む事になったんですね・・・。  後は、ああ。これは予想通り。神城(かみしろ) 扇(おうぎ)と、風見(かざ み) 隆景(たかかげ)のタッグね。主従だったかしら?あの二人。『闘式』みた いな大会があったら、出ない筈が無いと思ったけどね。  チェックしていると、訪問客があった。 「桐原 莉奈様です。」  私の部下が報せてくれる。私は、此処に通すように指示する。どうやら、いつも の通り、これから道場で特訓かしら?莉奈様も、魔力が大分上がってきている。魁 様も、日に日に強くなっているし、私も怠っていられない。 「睦月さん、お邪魔しますー!」  莉奈様は、元気な挨拶をする。明るくなって何よりだ。 「莉奈様、ようこそいらっしゃいました。」  私は、使用人らしく挨拶する。と言っても、もう慣れているが・・・。 「おや?今日は魁様と一緒では無いのですか?」  不思議に思った。いつも莉奈様は魁様と一緒に来る筈だ。 「あ、まずその事なんですけど・・・これ。」  莉奈様は、私に書類を手渡す。大会申込書・・・ああ。魁様も出られるんだ。恵 様とか俊男様まで居るのに、よく出る気になりましたね。・・・!! 「ジュ、ジュダ様と!?失礼ですが、これは、本物でしょうか?」  私は、つい失礼な事を言ってしまう。眼を疑った。 「あ、はい。本物です。ついさっき、魁君は、特訓に連れて行かれました。」  莉奈様は、困ったような笑顔をする。それは戸惑うだろう・・・。 「これは意外でしたね・・・。でも、了解しました。受理致します。」  私は、大会運営の受理要請の所に書類を置く。 「規約も由。ああ。これは爽天学園にですね。・・・特訓申込書?」  私は、訝しげな眼で書類に眼を通す。大会規約誓約書と、爽天学園の特別欠席届 は、分かったが、特訓申込書だけは、意味が分からなかった。 「ああ。これに印を押しちゃったんで、魁君、連れて行かれました。」  莉奈様は、心配そうな顔をしていた。ええと、この1ヶ月間、どのような特訓も 私は耐え忍んで、見事に従事して見せます・・・。こんな申込書、眼を通せば、印 を押す訳が無い。魁様は、よく見ずに押したんでしょうね。 「後の処理は、私がやりますか。・・・でも莉奈様は、宜しかったのですか?」  私は莉奈様が、魁様と離れ離れになって大丈夫か聞いてみる。 「少し寂しいけど、嬉しいんです。どんな形であれ、魁君が、私の為に、この大会 に出たいって言って、本気になってくれてるのが・・・。」  莉奈様の顔は、本当に濁りの無い、良い笑顔だった。眩しい笑顔だ。 「莉奈様は、本当に良い笑顔を為さるようになった。私も嬉しいです。」  私は、つい莉奈様の頭を撫でてあげる。莉奈様は嬉しそうにしていた。 「・・・あれ?あ。ショアンさんも出るんですね!睦月さん、おめでとう御座いま す!ショアンさん出たがってましたもんね!」  莉奈様は、参加者のリストにショアンの名前を見つけたのだろう。 「ショアンは、力が出せたら、それで本望なんだと思います。」  私は、ショアンが思い切り闘えれば、それで良いと思っている。 「睦月さんも、幸せそうで、私嬉しいです!」  莉奈様は、本当に祝福してくれる笑顔を私に向ける。眩しいなぁ・・・。 「ありがとう。莉奈様。私は、幸せ者ですよ。」  私は、素直に礼を言う。莉奈様は裏表が無い笑顔を向けてくれる。 「タッグは・・・ええ!?この方、あのネイガさんですか!?」  莉奈様も知っている。ネイガ様は、鳳凰神だ。 「優勝狙うつもりなのかも知れませんね。応援するのみですよ。」  私は、ショアンの本気度を、タッグの中に見た。鳳凰神ネイガ様は、実力では、 ジュダ様を凌ぐかも知れな御方だ。 「次々決まっていきますねー。」  莉奈様も、魁様が出るとだけあって、興味津々だ。  すると、ノックがあった。このノックは葉月だ。 「どうしましたか?葉月。」  私は、扉の向こうに居る葉月に対応する。 「訪問客です。赤毘車様が、いらっしゃいましたー。」  葉月は、用件を言ってくる。赤毘車様か。そう言えば、まだタッグが決まってい ないみたいですね。出場するとは思うのですが・・・。 「お通ししなさい。出場申込かも知れませんしね。」  私は、大会運営委員会として、出場申込は、見逃せない立場だ。  しばらくすると、葉月と赤毘車様がやってきた。 「大会運営、ご苦労様だな。」  赤毘車様は、私の仕事を見に来た。 「恵様が望んだ事です。全力でお手伝いするつもりです。」  私は、当然の受け答えをする。恵様は、この闘いで、何かを掴むおつもりだ。 「赤毘車さんも、出場するんですよね!」  莉奈様が、笑顔で尋ねる。すると、赤毘車様の顔が曇った。 「実は、組む相手が居なくてな・・・。少々困っている。」  赤毘車様が、組む相手がいらっしゃらないとは・・・。 「お?ジュダとネイガは・・・これまた意外な・・・。」  赤毘車様は、出場者リストを見て、ビックリしていた。 「ジュダは魁か。アイツらしい。俊男と魁は、他人の為に命を張れるから、自分と 波長が合うって、何度も言ってたっけな。」  赤毘車様は、その辺を聞いておられるのだろう。 「魁君、ジュダさんとなんですねー。すごーい。」  葉月は、眼を丸くして、出場者リストを見ていた。 「ネイガはショアンか。これも意外だが、面白いな。ネイガも考えているようだ。 ショアンの『追跡』の能力と、自分のスピードをフルに活かすつもりだろう。」  成程。単に居ないから組んだって訳でも無いようだ。 「ちなみに、これを預かっている。これも受理してくれ。」  赤毘車様は、申込書を提出する。これは・・・。 「毘沙丸様と、アイン様ですか?」  毘沙丸様は、赤毘車様の息子だ。息子の申込用紙を出しに来たのか。 「ああ。そうだ。アインは、毘沙丸の部下でな。俄然乗り気のようだ。」  赤毘車様は、息子のやる気が嬉しいのか、笑顔で答える。 「アイン様か・・・。以前、此処に来られたあの方ですね。」  確かに毘沙丸様の部下を名乗っていた。それに伝記の『救世主』にして、今は、 『聖騎士』を名乗っている方だ。 「皆、次々決まっていくな。私も、もう少し探さないといけないな。・・・ただ、 出場するからには、信用出来る者じゃないと・・・とは思うんだが・・・。」  赤毘車様も、ただ出場するだけなら、頭数を揃えれば良いのだが、信用出来ると なると、話は違ってくるのだろう。 「じゃ、私を連れて行ってください!」  ・・・え?この声は、葉月? 「貴女、出るつもりですか?『闘式』は、遊びで出るような大会では・・・。」  私は、心配した。この大会は、レベルが高すぎる。 「分かっています。でも、瞬さんと同じ目線で、闘ってみたいのです!」  葉月は、結構引っ込み思案だった筈だ。そのあの子が、こんな決意を見せるなん て・・・。瞬様に惚れているのは、本当だったのか・・・。 「葉月・・・。君の気持ちは嬉しいが、私の特訓は厳しいぞ?」  赤毘車様は、鬼のような特訓をする事で有名だ。確かに葉月では・・・。 「覚悟しています!私は、こう見えても藤堂流の女です!闘わずして、敵に背を見 せるような女ではありません!」  葉月・・・。なんて力強い事を言うように・・・。 「・・・赤毘車様。私からもお願いします。葉月の気持ちを、受け取ってください。」  私は、もう迷わなかった。葉月は、好きな人の為に、好きな人と同じ目線に立と うとしている。こんな葉月の気持ちを、応援したいと思った。 「姉さん・・・。ありがとう・・・。」  葉月は、感謝の言葉を述べる。 「フフッ。熱い。熱いな。・・・その言葉を聞いて、断る私では無いぞ?」  赤毘車様は、私達の言葉を聞いて、髪の色と同じ燃えるような眼をしていた。 「うわー。赤毘車さんも葉月さんも、頑張ってください!!」  莉奈様は、心からの祝福をしてくれた。  こうして、次のタッグが決まった。それにしても、身内が神とタッグを組むなん て、思いもしなかった。葉月も積極的になったわね・・・。  俺の所にも、情報がどんどん入ってくる。人間側も面白い人選をしてくる。神と 人間のタッグなども、意外性があって面白い。それだけ人間の可能性も高いと言う 事だろうな。さすがと言う他無い。  ワイス遺跡にも参加者が増えてきている。どんどん増えて有名になるのは良い事 だ。それだけ我等の力を正確に見せる事が出来る。そうすれば、ケイオスの掲げる 『覇道』が、どのような物か、理解してもらえるだろう。この時代であっても、通 じる考えであると、俺は確信している。それと同時に、グロバス様が見たと言う人 間との絆の力を、俺は見てみたい。  絆と言えば、俺はメイと、手合わせをしている。メイは、メイジェスの事だが。 メイは、さすがにケイオスの娘だけあって、良い腕をしていた。これならば、俺の タッグとして、働けるレベルだろう。瘴気は問題無いし、闘気まで放出していた。 余程邪気が無いのだろう。闘気が出せる魔族は、邪気が無い者が多い。ミカルドも そうであったな。メイは、純粋な性格なのだろう。大事に育てられている感じがす る。ああ見えて、意外と親馬鹿なのかも知れぬな。ケイオスも。  メイは斧をよく使う。その斧捌きは、眼を見張る物があった。まず斧である為か、 一撃が重い。なのにも関わらず、狙いが正確なのだ。 「行きますよー!せい!!」  メイが投擲用の斧をこちらに向けつつ懐に突っ込んでくる。同時攻撃か。だが、 こう言う手合いは、どちらかが囮である場合が多い。投擲の方は、囮か? 「フン!・・・こちらが本命か?」  俺は、投擲用の斧を叩き落すと、メイの斧を受けてやる。メイは斧を横に薙いで 来た。風圧が来る程の大振りだ。俺は、それを剣の背で受けると、力を利用して背 後に回ろうとする。っと、そこに投擲用の斧が2本程回り込むように襲い掛かって きた。まさか!これが本命か!  キン!ギィン!!  俺は、寸での所で投擲用の斧を叩き落した。危なかった・・・。中々組み立てが 上手いではないか。俺に気付かれずに投擲用の斧を2本も飛ばすとは。 「ちぇー。健蔵さんの対処早いなぁ。上手く行ったと思ったのにー。」  メイは、そう言いつつも、闘気を斧に込めつつ俺と打ち合っている。 「今のは、かなり危なかったがな。腕を上げてるではないか。」  俺は力を込めて、メイを後退させると、俺自身も距離を取って、剣に瘴気を込め る。そして、そのまま打ち放った。 「霊王剣術、魔技『魔弾(まだん)』!!」  俺は技名を言い放つ。剣に瘴気弾を乗せて撃ち放つ技だ。 「す、すごぉい!」  メイは、斧を2本使って、『魔弾』を防ぎに掛かる。防御するのがやっとだ。  しかしメイは、何とか堪えていた。そこにガラ空きになった腹に柄で殴る。 「つつ!いったーい・・・。」  メイは、少し腹を押さえながら、涙目で堪えていた。 「・・・降参か?」  俺は、メイの眼前に模造剣を突きつける。 「も、勿論ですよぉ・・・。」  メイは、降参の意志を示す。まぁ、良くやった方か。俺は、メイの腹を見る。 「大丈夫か?少し強く打ち過ぎたか?」  修練中は、中々手加減出来ない。気を抜くと、やられてしまうからだ。 「はい。健蔵さんは、さすがの強さですね!」  メイは褒めてくれるが、中々手加減出来ないのは問題だな。『闘式』で勢い余っ て、相手を殺してしまったとあっては、元も子もない。 「褒めても、何も出ないぞ。体は労れよ?」  俺は、メイの頭を撫でてやる。何故だか、メイと居ると落ち着く自分が居る。 「心配されちゃいました。嬉しいです!」  メイは、屈託の無い笑顔を見せる。 「お前は、本当に邪気が無いな。本当にケイオスの娘なのか?」  俺は、呆れたような仕草を見せる。この娘をからかうのは、面白い。 「んー・・・。私は、ケイオスの娘より、父上が、メイジェスの父だって言わせた いんです。・・・だって、いつまでも父上の付属品みたいで嫌じゃないですか。」  これは、意外だ。ケイオスの事は、尊敬しているみたいだが、追い越そうとして いるのか。中々殊勝な心掛けじゃないか。 「良く言ったな。確かにその意気で、強くなるのは、素晴らしい事だ。」  あのケイオスを追い越そうとするのは、強さへの憧れでもある。 「健蔵さんも、お父様を追い越さないとね!」  フン。言うではないか。俺もワイス様に、その事を期待されているんだろうな。 「この大会を通じて、それを期待されている。俺は、強さで証明せねばならん。手 伝ってくれるな?お前も兄を追い越すチャンスだぞ。」  俺は、怒る事無く、逆に励ましてやった。昔の俺なら、ワイス様を追い越すなど と、とんでもない事だと、怒ったかも知れぬ。だが、ワイス様の心を理解して、ワ イス様が、俺の成長を望んでいるのならば、それに応えなくてはいけない。 「ご心配なく。私も兄上には負けませんよ。」  メイは、やる気が十分な様だ。そうこなくてはな。 「良く言った。互いに目標があるのは、良い事だな。」  俺は、そう言うと、メイを抱き寄せる。最近では、これだけ応えてくれるメイに 情も移っている。恋人らしい事も、してやらなくてはならん。 「あ、あっははー。私は、もう一つの目標が叶っちゃってて、怖いくらいですー。」  メイは、もう一つの目標と言う。それは、俺との恋人関係の事だ。あれだけ好か れれば、俺だって心を開かざるを得ない。それにメイは・・・美人だしな。 「ま、まだ慣れてないのが、寂しいですー。」  メイは、顔を真っ青にしながら、俺を見る。魔族の血は青いので、頭に血が昇っ ているのだろう。こう見えて、メイは純情なのだ。 「その割には、積極的だったではないか。分からぬ奴だな。」  俺は、からかってやる。相変わらず、メイを、からかうのは面白い。 「だって・・・。魔界に居る時は、おべっかばっかり聞いててさー。そう言う気持 ちにすら、なれなかったんだもーん。」  メイは、相当退屈な毎日を送っていたようだな。魔界も、ケイオスと言う絶対的 君主が出来て、争いが少なくなってしまったと言う事か。 「それでは、つまらぬだろうな。ケイオスを追い越そうと言う気持ちが無くて、何 が魔族か。今の魔族は、変わってしまったのか?」  俺は、素直な感想を漏らす。ケイオスが強いからと言って、萎縮するようでは、 魔族としての心構えがなっていない。 「父上が、跳ね返し続けたせいだろうね・・・。」  メイは、寂しそうな顔をする。魔界に居た時は、呆れてばかりだったのだろう。 「寂しい顔をするな。今は・・・お、俺が居るだろう?」  いかん。肝心な場面でトチってしまった。俺も慣れて無いんだよ・・・。 「健蔵さんも、無理しなくて良いんですよ?私、そんな健蔵さんも好きなんですか ら。不器用なのに、生き方が真っ直ぐな健蔵さんがね!」  メイは、微笑むと、無邪気な笑みのまま、キスをしてきた。・・・慣れぬ。慣れ ぬが、悪くない・・・。メイと居ると、安寧を覚える。 「ん・・・。俺も、少しずつ慣れるとするさ。」  こうして、2度目の生を受けたならば、今の俺にしか出来ない事を、していきた いと思う。それが、生涯を貫く事に繋がるのだろう。  『闘式』のような大会は、魔族ならば、誰でも憧れを持つ。実際に、魔炎島から も、何人か出場予定のようだ。これを機に伸し上がろうと思っているのだろう。そ の姿勢は、魔族として正しい。  無論、私も出場したい。だが、相手が居なかった。ジェシー様は、審判を務める 立場であるし、ゼハーンは医療班の一部として、控えるそうだ。となると、この島 の住民と組めばとは思うのだが、悪いが、私のレベルに付いて行ける者が居ない。  とは言え、やはり出場したい。このような大きな大会に出られなかったとあれば、 後悔が付きまとうであろう。ナイアからも、『家の事は気にせずに、頑張って下さ い。』と、言われている。此処まで言われれば、やはり出たい。  ミカルド様も、勇樹と出ると言う。あの師弟ならば、純粋に闘う事が出来るだろ う。『線糸』のルールもあるので、変則的な動きも可能だろう。  何か、良い手は無いだろうか?私だけ出られないと言うのも、辛い物がある。  ・・・む?何かが来たようだな。今日の訪問予定は無かった筈だ。久し振りに警 戒せねばならんな。傍迷惑な事だ。  私は、急いで島の入り口に立つ。ジェシー様も気付いたようで、その場に来てい た。さすが、行動は早い物だ。私も、もう少し早く来なくては。 「シャドゥ。分かってるね?上からだよ?」  ジェシー様が、軽快すべき所を言う。そう。どうやら上空から、この島に上陸し ようとしているらしい。中々度胸のある事だ。 「お客様でしょうか?」  隣にナイアが来ていた。私が掛け付けたのを見て、来てくれたらしい。 「敵かも知れぬ。下がっていろ。」  私は、警戒するように言う。すると、その者はゆっくりと降りてきた。 「・・・何者だ?」  私は、その物に尋ねる。この島に飛んでやってくるなど、只者では無い。 「おいおい。そんな警戒するなよ。兄ちゃんさ。」  随分馴れ馴れしい奴だな。それに人間の姿をしているが、さっきまで翼が生えて いたような気がする。魔族・・・では無いようだが? 「あっれ?あー。なんだ。アンタか。」  ジェシー様は、誰か気付いたらしい。誰であろうか? 「ありゃ?その声は、ジェシーさんだっけ?この世代じゃ初めてだな。」  世代?何を言っているのだ?コイツは。 「5代目が、此処に何か用かい?物見遊山じゃないだろう?」  5代目?と言う事は、何かの継承者? 「いやー、面白そうな大会やるじゃんさぁ。だから、俺も参加したいのよ。」  コイツ、『闘式』の事を知って、此処に来たのか? 「5代目も興味津々かい?あー。私も出たいなー。」  ジェシー様は、改めて文句を言う。相当出たがっておられたからな。 「あっれ?ジェシーさん出ないの?マジで?」  どうやら、コイツは、ジェシー様が出られない事を知らないらしい。 「ジェシー様は、審判を為さる予定だ。」  私は説明する。すると、ソイツは溜め息を吐く。 「あちゃー。それは、つまらんわ。大変だねぇ。ジェシーさんもさー。」  どうにも馴れ馴れしい奴だ。ジェシー様の古い知り合いだろうか? 「ん?ああ。そうか。シャドゥは知らなかったっけ?コイツは、ドラムだよ。聞き 覚えがあるだろう?『王龍』のドラムさ。それの5代目。」  な、何と!そうであったのか!伝記のジークに付いていって、『人道』を共に達 成した英雄の一人、ドラム。その後は、ドラムは母であるドリーを圧倒して、『王 龍』の座に就いた。その圧倒的な強さと行動を尊敬して、今でも『王龍』の座に就 いた龍は、ドラムと名乗る事にしていると、聞いた事がある。 「キーリッシュ30世帯の主、ドラム=ペンタだ。宜しくな。」  この龍は、ドラム=ペンタと名乗った。 「確か『王龍』になると、先代の記憶を受け継ぐんだろ?」  ジェシー様は、確認する。それで、この世代では初めてだと言ったのか。 「まーな。3代目の時は、挨拶に行ったからな。それ以来だよな?」  このドラムは5代目なのか。3代目と言うと、丁度セントの支配がきつくなった 時だ。それから500年は、静かに暮らしていたのだろう。 「心配してたんだよ。あの時は、お互い大変だったからさ。」  ジェシー様も、この島を見付けるのに、苦労していた時期だ。 「そうだな。・・・ところで、そこの御付きは、シャドゥって言うのか?」  ドラムが、私に興味を向けてくる。 「ジェシー様の筆頭守護のシャドゥだ。宜しく頼む。」  私は、ドラムと握手をする。屈託の無い笑顔で、握手をしてきた。 「500年前の時は、ジェシーさんとしか会って無かったからな。宜しくな。」  そうであった。ジェシー様が、島を見つけてから、私が島の整備をして、ジェシ ー様が、それぞれ挨拶に行ったのだったな。 「・・・へぇ。この兄さん、ジェシーさんと、どっちが強いんだ?」  ドラムが値踏みしてくる。失礼な奴だな。 「ジェシー様に決まっているだろう?ジェシー様は『魔王』なのだぞ?」  私は、即座に言い返してやる。『魔王』であるジェシー様と『魔界剣士』である 私とでは、実力の基礎が違う筈だ。 「何言ってるんだい。今は、アンタと同じくらいだよ。」  ジェシー様?何を言ってらっしゃるのだ? 「何を、信じられないような顔をしてるんだよ。最近、アンタの成長は眼を見張る 物がある。正直、私よりも早いんだよ。・・・それに、アンタ『ルール』使いだろ う?それも強烈な。隠したって分かるんだよ?」  ・・・さすがジェシー様。バレていたか。私は『ルール』を受け取っていた。ゼ ハーンにだけは教えておいたが、ジェシー様にもバレているとは。 「やっぱなー。実力を隠していますって顔に出てたぜ?嘘は吐けないよな?」  ドラムは、私の隠していた事など、簡単に看破してくる。 「隠していたつもりは無い。『ルール』は、真の実力では無い。」  あれは、能力だ。実力を高めあう魔族にとって、あんな反則技は無い。 「あーあ。頑固なんだから。ま、今度の大会では、見せてくれるんだろ?」  ジェシー様は、私の肩を叩く。 「・・・ですが、私にはパートナーが居ないのですよ。」  痛い所を突かれた。パートナーが居ないとなると、参加出来ないのだ。 「あのさぁ。ドラムの用件を察しろよ。アンタ・・・。」  ジェシー様は呆れ顔だった。ドラムの用件? 「ジェシーさんは、話が早くて助かるねぇ。要するに、パートナー探しに来たんだ よ。アンタが空いてるなら、丁度良いや。」  な、何と!?私とドラムが組んでだと!? 「よ、宜しいのでしょうか?」  私は、目の前の現実が、信じられないでいた。 「この馬鹿!何が宜しいのでしょうか?だ。あれだけ出たそうにしてて、今更、否 定何かするんじゃないよ!・・・あたしの分まで、頑張って来い!」  ジェシー様・・・。ジェシー様だって出たいのだ。しかし、出来ないので、せめ て私が出る事を望んでおられるのだ。 「分かりました。ならば、このシャドゥ、ジェシー様の代理として、恥ずかしく無 い試合を致します。・・・ドラム。私からも宜しく頼む。」  私は、再び握手をすると、ドラムに頭を下げる。 「良かったですー。シャドゥ様、頑張って下さい!」  ナイアが喜んでくれていた。この笑顔を見れば、私にも力が湧いてくる。 「よっしゃ!兄さん強そうだし、手合わせしようぜ!」  ドラムは、ノリが良い奴であった。ドラムから感じる力であれば、私のパートナ ーとして、恥ずかしく無いレベルであろう。  こうして、私の『闘式』への参加が決まったのであった。  父と闘うやも知れぬ。その時、私はどうすれば良いのだろうか?私が幼い頃より、 絶対の存在だったのが父だ。反抗した事もあったが、とても続ける気にならなかっ た。それ程、絶対的な存在なのが、我が父ケイオスであった。  母も、かなりの厳格さであった。父に本気で付いて行くだけあって、自分自身に も厳しい母であった。私は、二人とも尊敬している。単純に強いと言うだけでは無 く、生き方その物が、羨むほど鮮烈だった。  そんな中で、今回の『闘式』とやらが開かれた。タッグを組んで、覇を競うとの 事。父のタッグ相手は、当然母であった。あの二人が負ける?そんな姿は想像が出 来ない。魔界では、無敵の軍勢だった。父のカリスマ性と母の補佐で、進軍する様 子は、正に圧巻であった。そんな姿を知っているからこそ、尊敬するのだ。  妹は早速、健蔵とのタッグを決めた。どうやら本気で惚れているらしい。気に食 わない奴であるが、妹の幸せそうな顔を見ていたら、応援してやりたくなった。  私は、そんな中、ワイス様と組んでいる。父の尊敬の対象の一人だった。一人は 『神魔王』グロバス。父が提唱する『覇道』の基礎を作った方だ。全魔族が尊敬し ていると言っても良い。私も尊敬している。今は、黒小路 士と言う人間と、共に 居て、更なる強さを求めて、『絆』の力を研究しておられる。そのせいで我等と対 立する立場にあるのは、何とも皮肉な事だ。  そして、このワイス様だ。ワイス様は、元々神であった訳では無く、その超人的 な努力と才能で、父と同じく伸し上がって『神魔』になられた御方だ。その先人と なったワイス様を、父は尊敬に値すると、評していた。  そのワイス様と私がタッグ?正直荷が重いと思う。 「ハイネス!集中するのだ!」  ワイス様は、考え事をしていた私に檄を飛ばす。ワイス様との修練は、父とは違 い、力比べに因る物が多かった。父は、力比べと言うより、実践で鍛えるタイプだ。 ワイス様も、最初はそうしていたが、急に方針を変えたのだ。 「うぐぐ!まだだ!私の限界は、こんな物では!!」  私は、ワイス様の瘴気弾を受け止めつつ、押し返そうとする。 「負けん気だけでは駄目だ!力を実感して、自分の力とするのだ!」  力を実感して?この力を自分の物に?  ボゥン!!! 「馬鹿者!考えるな!」  ワイス様は、注意する。しかし時既に遅く、瘴気弾は私に炸裂する。 「・・・大丈夫か?少しやり過ぎたか?」  ワイス様は、私を助け起こす。 「いえ、平気です!!しかし・・・私はまだ未熟だ・・・。」  私の力の無さを痛感する。ワイス様は、本気など出していない。なのにも関わら ず、私は防ぐ事すら、ままならない。 「伸びは悪くない。悲観する程では無いぞ?」  ワイス様は、励ましてくれた。しかし・・・。 「私が、父と母と対抗する事自体、無い事なのだ・・・。」  私は、父と母の偉大さが身に染みている。 「・・・愚か者・・・。そんな事では、ケイオスもエイハも、悲しむだけだ。」  ワイス様は、私の肩を叩く。父や母が悲しむ? 「お主は、まだ開花していない。そんな事は、ケイオスも分かっている。・・・し かし、開花していないのと、開花しようとしないのは、別の問題だ。」  開花しようとしていない?どう言う事なのだろうか? 「私は、開花しようともしていないと?」  思い当たる節はある。だが・・・。 「確かに、今のお主から見たら、ケイオスやエイハは、偉大であろうな。だが、メ イジェスですら、追い越そうと努力しておる。健蔵とて、我を驚かそうと、努力し ている。伝記時代であっても、奴は、力の研鑽を忘れなかった。」  確かに健蔵は、ワイス様と共に闘っている時でも、ワイス様を守る為の力を手に 入れる為、全力で生きたと伝えられている。それに妹は、真っ先に健蔵と組んで、 修練に余念が無いと聞く。 「お主は、父や母の偉大さを称える事しかしていない。そんな事では、追い越すな ど不可能だ。超えて見せると言う気概を見せよ。」  そうか・・・。敵わなくても良い。偉大さを忘れる訳では無い。だが、真に偉大 さを理解する為には、自分も強くあろうとしなければ、意味が無い! 「私は、強さの限界を、自分で決めていた・・・。それでは駄目なのですね!!」  そうだ。父や母を超えてはならぬと、枷をしていた気がする。 「そうだ。その姿勢が見え隠れしているから、ケイオスは、お主を認めないのだ。」  単純に自分の力不足だと思っていた。父を称えて、補佐に徹する事が、最高の道 だと、勝手に思っていた。・・・それでは駄目なのか! 「お主自身の心の強さを持て!我は、それを教える為にお主と組んだのだ。」  ワイス様は、俺に心の強さを・・・。何て御方だ! 「・・・恐れ入ります。・・・私は未熟者でした!」  ワイス様に教えられるまで、超えようともしなかった。 「私は、もうケイオスの息子を卒業する!私は、ハイネス=ローンだ!!」  そうだ。その事を超えなければ、私の成長など有り得ないのだ! 「そうだ。それで良い。・・・子の成長を喜ばぬ親など居ないのだからな。」  ワイス様は、健蔵の事を思っているのだろう。今回、ワイス様が健蔵と組まなか ったのは、今の私と同じ理由からだ。最も、健蔵の場合、既に行っていて、ワイス 様が、単純に闘ってみたいと言う理由もあるのだろう。  私は、父と対立するのでは無い。父に私の成果を見てもらうのだ!その為には、 まだまだ力を付けなければならない!この心を忘れないようにしよう。  栄えある歴史を紡いでいくセントメガロポリス。その頂点に位置するのが、元老 院である。制度が出来て以来、全ての事が御し易くなった。この調子で行けば、ゼ ロマインドとして顕現し、ソクトアを支配後に、『無』の力で満たすのに、十分な 力が集まると、確信していた。  だが、元老院が出来てからも、力の集まりは、余り変わらなかったので、次なる 策を打たねばならなかった。一気に力を得る方法は、無い物だろうか?・・・そう 考えた時に、相談したのがゼリンだった。  ゼリンは、考えに考え抜いたのだろう。危険な賭けになるが、良い方法があると 提案してきた。あの頃のゼリンは従順だったので、その案に裏表など無かった。  その方法は、神の能力である『ルール』の解放だった。聞けば、その能力の中に は、力を何倍も引き出したり、大変便利な力が宿る者も居ると聞いた。その能力を ゼリンも持っていたのが、更なる幸運だった。そのおかげで研究が進み、ついには、 『ルール』の解析に成功した。  『ルール』とは、力の使っていない部分を司る脳を刺激する行為だった。そうす る事によって、自らが望んだ力や、自らに一番合う能力が付与される。無論、その せいで、脳の消費は激しくなるが、その分得られる力は、計り知れないのだ。それ を出し易くする脳波の研究をし、ついに見つけたのだ。その波長に合う脳波を。  それをメトロタワー・・・現在のメガロタワーから発信し、テレビなどの媒介を 通して、全ソクトアに発信した。テレビが普及していたので、各国のテレビ塔の近 くや、高い位置に居る者が、先に受け取り易いと言う結果になったようだ。  勿論、これは誰にでも発現する能力では無い。脳が許容出来ない場合、防衛本能 として、脳が拒否をする。なので、発現出来る者は、才能に応じてと言う形になっ た。『ルール』発現の為の脳を司る場所と、才能を司る場所は、かなり近いのだ。 なので、才能ある者に、『ルール』が宿る場合がほとんどだった。  そのせいか、脳の切り替えをスイッチのように切り替える事が出来る者が、『ル ール』に目覚めたようだ。しかし、そのような事が出来る人間は少ない。なので、 目覚めたのは、ほんの一部だった。  しかし、此処で誤算が起きた。能力ある人間は、セントに多いと思っていたのだ が、実際は、管理出来ていないガリウロルに多く発現した。セントより人間の数が 少ないガリウロルで、あんな多くの『ルール』が発現するとは思っていなかった。  そのせいで、却って力の均衡が崩れてしまい、ガリウロルの勢力が恐ろしく強く なってしまったのだ。最も、ガリウロルの国事総代表は、その事に気が付かない凡 人だったので、大事には至っていない。だが、危険な事は確かだった。  そこで、ミシェーダに掃討を命じたのだ。『ルール』の力は惜しいが、力が拮抗 するのは拙い。それは、ミシェーダも同意見だった。なので、首尾良く掃討させる 為に『時の涙』を発現させてやった。ミシェーダが大事そうに抱えていた『時の涙』 の複製をしてやったのだ。だが、原理など分かっていないので、複製しか出来なか った。それでも、ミシェーダは小躍りして、これで勝てると言い放っていた。  思惑通り、中心人物である天神 瞬、天神 恵、島山 俊男、一条 江里香の4 人が過去に飛ばされ、戻ってくるのは、まず不可能だろうと、報告を受けた。だが、 大技を使ったせいで、ミシェーダ自体が弱っていたので、追撃する事が適わなかっ た。それは、仕方の無い事であろう。それに気になったのが、レイク=ユード=ル クトリアの能力だった。奴は、時の力でさえ『万剣』の力で切り裂いたと言うのだ。 恐ろしい奴である。おかげで『次元』の向こうに送れなかったらしい。  だが、戦力は大幅に減らせたと思っていた。それを、何とファリア=ルーンが、 あの4人を1000年前から戻したと言うのだから、驚きだった。どうやって見つけた と言うのだ。どうやって戻したと言うのだ。方法までは調べられなかったが、4人 は、更なるパワーアップをして戻ってきたと報告を受けた。  その報告を受けたミシェーダは愕然とし、次は絶対に葬ると言って、用意するの だった。その用意とは、セントの人斬り組織『ダークネス』の首領『創(はじめ)』 を利用し、そそのかして、ケイオス=ローンを召喚する事にあった。  何でも魔界では、魔界三将軍『黒炎』のジェシーと、『魔人』レイリーの息子で あるケイオス=ローンが、長きに渡って支配していると言う。最近召喚した魔族か ら、その事を聞いたミシェーダは、ケイオスを召喚しようと企んでいた。  だが、メトロタワーに、そんな大掛かりな仕掛けは、中々作れない。しかも召喚 するとなると、莫大な力が要る。そこで、『創』を利用したのだ。彼は、人間にし ては力を持っていたし、強力な魔法陣を用意出来る組織を持っていた。  しかし、そんな用意の最中に、妙な連中がメトロタワーに乗り込んできた。それ がゼハーン一行だった。ユード家は全部チェックした筈なのだが、国民章を偽造し たのか知らないが、ゼハーンが潜り込んでいたらしい。しかも厄介な事に、乗り込 んだ連中全てが『ルール』に目覚めていた。どうして、逆らうような連中ばかりに 『ルール』が発現するのだろうか。メトロタワーの関係者のカードなど、何処で手 に入れたのか、気になる所だ。  しかも、一度捕まえたのに、尋問する前に逃がしてしまったと言うのだから、ど うしようもない。『ダークネス』の連中がしくじったらしい。何処まで使えない連 中なのだろうか。どうせ油断していたのだろう。  ゼハーン一行は、『創』が元老院の一人である事を突き止めてきた。すると、予 想通りに『創』を追って、『ダークネス』に攻め込むと言った事件が起こった。ミ シェーダは、それを知っていたが、敢えて放って置くべきだと進言してきた。する と、ミシェーダの予想通りに『創』はケイオスの召喚を行った。  これで駒も揃ったと思ったら、『創』の死亡が伝えられた。まさか殺されてしま うとは、使えぬ奴だ。急いで次の元老院を探す羽目になった。最有力候補が居たの で、如月(きさらぎ) 由梨(ゆり)を、元老院にする事を決定した。由梨は、セ ント第一主義者なので、拒まなかったのだ。  その一方で、ゼハーン一行のアジトを突き止めた。バー『聖』と言う所で、オー ナーは、ファン=センリンとか言う女だ。しかも調べて行く内に分かったのだが、 奴等は、セントを騒がせていた人斬り『司馬』だったと言うのが判明した。セント の中に居ると思ったが、こんな近くで営業していたとはな。しかし圧力を強めたら、 さすがにセントに居るのは困難だと思ったのか、セントから出て行ったようだ。入 る者への警戒は、厳重にするが、出て行った者を、しつこく追う程、元老院は暇な 組織では無い。結局、泳がせる事で合意に至る。  しかし、そんな事をしていたら、危惧していた事が起こった。どうやらゼリンに 施していた洗脳が解けてしまったらしい。サークレットとネックレスが破壊された との報告を受けた。強力な暗示を掛けていたのに、どうやって破壊したのだろうか? レイクが破壊したらしく、その見返りとして、ゼロ・ブレイドを献上したらしい。 忌々しい連中だ。ゼリンが記憶を取り戻したら、こうなると分かっていたが、管理 する以上、ゼリンに教えぬ訳には行かなかった。なので結界を施しておいたが、ゼ リンは、結界の上から大怪我をしてさえも、ゼロ・ブレイドを取り出したのだ。信 じられない事をする・・・。おかげで伝記の『記憶の原始』とユード家が、また結 びついてしまった。今のままでは、我等に『無』の力は効かないので、大した危機 ではないが、『記憶の原始』は、どう転ぶか分からぬ存在なので、封印したままに したかった。だが、それも叶わなかったようだ。  仕方が無いので、セントの強化を試みる事にした。より絶対な物にして、さっさ と力を集めてしまおうと思ったのだ。だが、信じられない事を耳にした。何と、ゼ ハーン一行が向かった先が、天神家だと言うのだ。  これで、分かっているだけで、天神一派、レイク一派、『司馬』一派が天神家に 滞在してる事となる。放って置ける訳が無い。  しかも、『ダークネス』が、ケイオスの手によって落ちたとの報告も受けた。奴 め、召喚に応じた『創』を死なせておいて、自分は目的の為に動こうと言うのか。 傍若無人にも程がある。だがケイオスの力は、半端な物では無い。あれは、ワイス やクラーデス、グロバスに匹敵する力の持ち主だ。  ワイスやクラーデスは、蘇生した際に、力を吸い取る為に、利用していたので、 奴に対抗する手段が、限られている。忌々しいが、同盟を結ぶ事にした。元老院で の承諾も経て、ミシェーダが交渉に向かって、同盟とまでは行かないまでも、非戦 条約にまでは、こぎつけたようだ。  そして、万全の用意が出来た所で、ミシェーダは今度こそ、葬ってくると息巻い ていた。天神家の奴等は、絆が深いが、その分、一人でも欠ければ、そこから崩せ るので、ミシェーダが戻り次第、攻撃すれば行けると言われた。その為の用意とし て、ケイオスにも天神家に戦力が集中している事を報せておいたのだとか。ミシェ ーダの用意には、畏れ入る。  これで不安要素が消せると思ったのだが、ケイオスが何かに気が付いたのか、天 神家の攻撃を中断し、戻ってきた。それに加えて、ミシェーダが倒されると言う形 になった。死に際に、ミシェーダは相討ち狙いの自爆戦法を取ったようで、一人確 実に殺そうとしたのだろう。それで死んだ筈だったのだ・・・。なのに!奴等は、 何故か蘇生する方法まで手に入れていた。死んだ筈の島山 俊男が、蘇生したと言 う情報を得て、生存を確認したのだ。・・・これは、何らかの方法で『ルール』が 使われたに違いない。奴等の中で、伝記で有名なフジーヤが使った『魂流操心術』 を使える奴が居たのだろう。今思えば、フジーヤの蘇生の技も、『ルール』だった に違いない。そう考えれば、説明が付く。  こうして盟友であるミシェーダが死んだ・・・。その穴は、思ったより大きい。 何故ならば、時間を操る事が出来るのは、我々の中でも、ミシェーダだけだったの だ。そのミシェーダが居なくなるのは、非常に大きかった。  その穴を埋めるべく、嫌々ながらも、ケイオスに元老院を頼むつもりで、交渉に 行った。その際に、力を見せねば説得にも応じようとしなかったので、力の片鱗を 見せてやった。しかし、それでも納得しないので、ワイスとクラーデスの解放を申 し出た。いざと言う時の切り札に取っておいたが、衰弱し切っていて、危険だった からだ。特にワイスの方は危なかったので、さっさと渡してしまいたかった。する と、ワイスの解放で条件を飲み込む事になった。だが、こちらが片方しか力を見せ ていないのを不満とし、ケイオスではなく、息子であるハイネスの元老院入りでど うか?と手を打ってきた。多少不満であったが、身内を元老院に入れると言う縛り と言う点では、一致してたので、承諾する事にした。  あらゆる手を尽くしたつもりだった。予定とはズレたが、修正出来ると思ってい た。だが、復活したワイスが、とんでもない事をしでかした。  魔族の復活宣言をしたのだ。しかもソクトア全土放送でだ。せっかく、これまで 人間しか居ないと言う風に教え込ませたのに、水の泡である。ケイオスがしっかり 管理してくれる物かと思ったが、甘かった。しかし、そう簡単に信じ込んだりしな いだろうと、高を括ったのが間違いだった。奴等、今度は手を変えてきたのだ。昔 の奴等ならば、ソクトア全土を巻き込む形で、宣戦布告をし、都市一つ一つを潰そ うと考えただろう。そこには、神への恨みがあり、自分達が虐げられてきた恨みが あるからだ。その考え方で行けば、セントへ攻め込んでくると読んだのだ。しかし、 セントはソーラードームに守られているし、健蔵にも、その構造を教えていない。 ならば、手も足も出ないで途方に暮れると踏んでいたのだ。  だが、彼等は情報戦を挑んできたのだ。これは意外だった。力押しでくると思っ た。だが今回は、わざと人間が興味を引くような形でテレビの取材に応じ、事細か に説明し、魔族の良い所、魔族の考え方を真摯に伝える形を取って来たのだ。小賢 しい事をする。そうする事によって、人々の興味は、嫌でも魔族の方に向く。  更に止めを刺したのは、今回の『闘式』の開催だ。これは、娯楽に飢えていた人 間達にとって、極上の添え物だったに違いない。早速食いついてきた。セントでも、 無視する訳には行かない程、気運が高まっていき、『闘式』の特集を組まざるを得 なくなった。余計な事をしてくれる。  セントへの興味が薄れれば、力の集まり方も悪くなる。余り放っておくと、計画 が全て水泡に帰す事も、考えねばならない。それだけは避けなくてはならぬ。その 為には、セントからも代表として、誰かを出さねばならない。  一応元老院からは、ハイネスが出ると言う形を取っている。しかも優勝候補のワ イスと組んでいる。良い所まで行くだろう。だが奴は、所詮魔族だ。元老院の正式 な候補を出さねばならない。面倒な事になった・・・。  そんな中での、『院会』である。ハイネスの特訓の合間を縫って、開催した。ワ イスとの交渉の結果、今ならば大丈夫だと言う事で、連れてきたのだ。それにして も・・・何と力を付けてきたのか・・・。傍目から見れば、かなり疲れが出ている ように見えるが、感じる力は、以前とは比べ物にならない。どんな特訓をしている のだ・・・。それでも、疲れている事には変わりは無いみたいだが。 「これより、『院会』を始める。」  院長のシルヴァンが、『院会』の開催を宣言する。 「何だか、最近多くない?まぁ、世間が騒がしいのは事実だけどさぁ。」  ツィーア財閥のアルヴァ=ツィーアが文句を言う。 「セントを差し置いての『闘式』騒ぎだろう?良い迷惑であるな。」  元国事総代表のゲラルド=フォンが憤っていた。 「セントに無断での開催・・・。許されません。鉄槌を下すべきです。」  セント第一主義者の由梨が、裁断長だった頃の勢いで言い放つ。 「でも、無視する訳には行かないネ。何せ、セント以外の実力者のほとんどが、参 加を表明してるんだからサ。」  不正監視委員長だったリー=ダオロンが、呆れた口調で言う。 「困った事に、その関係の報道すると、視聴率が良いのよねぇ。参っちゃうわ。」  元テレビ局長のマイニィ=ファーンは、現実を伝える。やはり視聴率は、今回の 『闘式』関連だと、相当高いみたいだ。 「人々の関心が、セントに向かないのは、いけませんね。」  金融街の元締めだったケイリー=オリバーが、危惧する。実際は、自分の所の株 式が、下落傾向にあるのが気に入らないのだろう。 「軍隊からも『闘式』に派遣すべきだと、喧しい声が聞こえる。」  軍隊研究所の長官と言う位置である俺は、苦い顔で言う。一応、人間の顔を持っ ていなければならない。ゼロマインドの片割れであるシンマインドとしての正体は、 隠さなければならぬ。加藤(かとう) 篤則(あつのり)を演じなければ。 「出せば良いのではないか?私もワイス様と出場予定だしな。」  ハイネスは、軽く言ってくれる。これも魔族としての余裕からだろう。 「ハイネスは特訓中だったな。元老院代表としては、勝ち残って貰わないと、面子 に関わる。やってくれるんだろうな?」  俺は、嫌味を言う。これくらい言わねば、やってられん。 「努力はしている。だが約束出来る程、甘い大会では無い。父の強大さもあるのだ しな。・・・だが、心配せずとも、私は超えるつもりでいる。」  ・・・ほう。父の傀儡とばかり思っていたが、コイツにも、色々思う所があった のだろう。逆らう気があるのなら、少しは芽があると言う物だ。 「開催自体を止める事は?」  ゲラルドは、元老院の力で、何とかならないか模索している。 「不可能だネ。セントの管轄じゃないし、ストリウスとガリウロルは、セントの手 を離れつつあル。勧告に応じるとは、思えないヨ。」  ダオロンは、冷静な意見を言う。そうなのだ。ストリウスは、ワイスの庇護を受 けて以来、独自路線を貫くつもりでいるし、ガリウロルは、元からセントに従って いない。勧告した所で、従うとは思えない。 「セントを無視しての大会など、何の意味がありましょうか。」  由梨は、感情が先走っている。国粋主義者なので仕方の無い事だが・・・。 「影響は大きいと思うよ?財閥関連も、その話題ばっかりでさ。しかも、天神家に 投資する企業も多いんだよ。それだけ注目度が高いって事だね。」  アルヴァは、最近の財閥関連の話をする。ここぞとばかりに乗ってきた企業も居 ると言う事か。盛り上がっているし、止める事は難しいな。 「株式も、天神家の勢いは止められません。腹の立つ事ですが、ここは乗っかるし か無いでしょう。遅れを取る訳には、いきませんからね。」  ケイリーは、溜め息を吐く。セントの力を持ってしても、この流れは止められな いと言う事なのだろう。今までに無い事態だ。 「テレビ局も、締め付けても駄目よ。局内の反発が凄くてね。流さないわけには行 かない流れよ。他の番組が霞んじゃう位、人気あるわ。」  マイニィも、色々手を打っていたようだが、結局押し切られて、特集を組む事に なった。人々の関心が、それだけ集まっているのだ。 「思った以上の反響のようだな。別の方向から考えねばなるまいな。」  院長も、この流れを断ち切れるとは思って無いみたいだ。 「やはり、セントの影響を強くさせる為には、その大会、ハイネス以外にも出るし かないだろう。強いセントを見せねばならん。」  俺は、苦肉の策を言う。セントは偉大だと見せる為には、手段を選んでは、いら れない。元老院が優勝する事で、力を見せ付けるのだ。奴等の狙いを逆に利用して やるのが一番だ。 「ほほう・・・。私だけでは不服だと?面白い。」  ハイネスは、早速反応してきた。 「君を信用して無い訳では無いが、元老院になってから日が浅い君が優勝しても、 説得力が無いのだ。それに君が組んでるのは神魔ワイスだ。人々の関心は、そちら にも行くだろう?それでは意味が無いのだ。」  俺は説明する。ハイネスが勝った所で、魔族は強いとしか、人々は思わないだろ う。それでは、意味が無い。強いセントを印象付けられない。 「物は言い様と言う訳か?しかし、誰が出るのだ?」  ハイネスは、俺達を見回す。 「ミシェーダが居ない今、代わりをしている俺が出場する。」  これは、決まっている事だ。ミシェーダが居れば、ミシェーダに任せる所だが、 奴が死んだ今は、俺が出るしかない。この姿でも、シンマインドとしての力は、あ る程度操れる。ミシェーダと同じくらいにまでは、力を出せる筈だ。最も、ミシェ ーダが絶対的な信頼を勝ち得ていたのは、力よりも、『時空』のルールに因る所が 大きい。あの能力は、反則技と言っても良い。 「勝算はあるのか?」  ゲラルドが聞いてくる。確かに気になるだろうな。 「タッグパートナー次第だな。ハイネスでは無いが、この大会は、並の大会では無 い。必ず勝利するなど、約束は出来ぬ。」  これは、本音だった。例えシンマインドの姿になったとしても、『闘式』に勝ち 残れるか?と言われれば、保証など出来る物では無い。 「タッグパートナーか。格闘技経験者が良いのではないか?」  ゲラルドは、自分が選ばれる事が無いと思ってか、適当な事を言う。 「そうだな。じゃ、ここは元継承者候補に手伝ってもらおうか。」  俺は、そう言うと、アルヴァを見る。 「あれ?篤則さんたら、知ってるんだ?全く、抜け目が無いなぁ。」  アルヴァは、観念したのか、隠そうとしていなかった。 「ほウ。アルヴァは、何かの格闘技の継承者なのカ?」  ダオロンは、意外そうな顔をする。皆も知らないようだ。 「調べておいたのでな。・・・アルヴァ=ヒート=ツィーア。これが、アルヴァの 本名だ。そうだよな?」  俺は、アルヴァの本名を明かす。ツィーア財閥は、元々デルルツィアの皇帝であ るゼイラー=ヒート=ツィーアの一族の出だった。 「まさか・・・デルルツィアの皇帝の血筋!?」  ケイリーは、気が付いたようだ。さすがに株式を取り扱ってるだけあって、家柄 の事については、人一倍詳しい。 「なになに?僕の出自が分かったからって、態度変えるような真似は、よしてよね。 こう見えても、今の関係は、気に入ってるんだからさー。」  アルヴァは、口を尖らす。余り出自で人を見て欲しくないようだ。 「セントを思う気持ちが一緒ならば、どのような出でも等しく思います。」  由梨は、揺るぎ無い。さすがはセント第一主義者である。 「さっすが由梨さん。皆も、この調子で宜しくー。」  アルヴァは、軽い口調で答える。この少年は、何を考えているか、分からんな。 「では、決議を行う。・・・元老院代表として、アルヴァ殿と、加藤殿を推薦する 事とする。是か非か、選ばれよ。」  院長が、決議を行った。その結果は、思い通り、全員一致で是だった。 「ふむ。では決まりだな。元老院代表として、最善を尽くすが良い。」  院長は、俺とアルヴァが代表だと言う事を認める。 「篤則さん。僕の足を引っ張らないでよね。」  フッ・・・。こ奴、言うではないか。強気なのは嫌いじゃない。 「それは、こちらの台詞だ。足を引っ張らぬよう、昔の感覚を思い出す事だ。」  アルヴァとて、格闘技は、久し振りの筈だ。 「うーん。良いんじゃない?絵になるし、話題性も有るわね。局に連絡して、特集 を組まないと。良いわよね?」  マイニィが、浮かれたようにアルヴァと俺を指差す。全く、現実的な女だ。  こうして、セントからの出場者が決まった。俺とアルヴァ。  色々手を考えなきゃならんな。  僕と恵さんは、他の出場者の対策を含めながら、特訓をしていた。無論、皆との 修練も欠かさない。それに加えて、学校に居る時間も、校長の特権で修練出来る。 此処まで来たら、もう隠さずに出場者同士で手合わせをしたりしている。学内は、 驚きと感嘆の声で溢れている。  校長曰く、互いに青春を懸けて、覇を競うのであれば、爽天学園として、最高の 栄誉である。としている。修練している最中は、応援と評論が飛び交っていた。  レストラン『聖』も、全員が出場者と言う事で、営業はしばらくの間、昼だけに するとしていた。客は、残念がっていたが、それでも、大会の事はご存知のようで、 応援しようと言う客まで現れたのは、僥倖とも言える。  そして、僕と恵さんは、夜の天神家で、個人的に特訓をしていた。とは言っても、 今は手合わせをしている訳では無い。対策を練っているのだ。何せ、出場者が千差 万別だ。それに加えて各陣営も、特訓をしている。生半可な用意では、負けてしま う。そうならない為の対策だ。  その対策会議に、レイクさんとファリアさんも呼び寄せた。一緒に意見を交わそ うと言う事で持ちかけたら、あっさり乗ってきた。 「さーて、この部屋は防音なんだっけか?」  レイクさんは、キョロキョロしていた。 「勿論、防音ですわ。葉月や、他の皆さんも出てる以上、ここに4人で集まってい る事は、極力知られたくありませんからね。」  恵さんは、ちゃんと考えて呼び寄せていた。 「一応、『召喚』で、私の父さんが、見てくれてるわ。」  ファリアさんのお父さんが、扉の見張りをしてくれているらしい。 「あまり、コソコソするのもなぁ・・・。」  僕は、こう言う打ち合わせは、余り好きじゃなかった。 「残念だけど、そんな事言ってられる程、甘い相手じゃありませんからね。」  恵さんは、手を抜く気は無い。特にケイオスや魔族連中に優勝を持ってかれたら、 『覇道』に賛同しなければならない。それは、避けなければ。 「特にケイオスは、私やレイクが本気で行っても、叶わなかったくらい、強いんで しょう?・・・それこそ、何回もやられたと聞いたわ。」  ファリアさんは、気にしていた。『時界』を旅した僕は、ミシェーダに対する対 処を完璧にしたら、ケイオスが攻めてきたと言っていたらしい。その攻撃対象が、 レイクさん達の仲間達だ。ケイオスは強大で、何回やり直しても『因果』の関連も あったのか、誰かが殺されていたと、話していた。だが、それは、ケイオスが本気 にならなければならない程、レイクさん達が追い詰めた証拠でもあった。 「ま、今のケイオスは、殺したりはしないだろうがな。それでも、俺達が束で掛か っても、ケイオス一人に勝てるかどうか、怪しいんだ。」  レイクさんは、悔しそうにしていた。単純に勝てなかったのもそうだが、それの せいで、違う『時界』の僕が苦しんだから、余計になのだろう。 「ケイオスとエイハのタッグは、優勝候補の筆頭よ。話によれば、エイハもお飾り などではない強さらしいですからね。」  恵さんは、冷静に分析している。エイハも、周りの評価では、ケイオスの妻と言 うだけあって、凄い強さらしい。しかも夫婦なので、息もピッタリだ。 「このタッグには、『ルール』を最初から、ぶつけるしかないわね。マゴマゴして たら、そのままやられてしまうくらい強いんだろうしね。」  ファリアさんは、本気をぶつけるしかないと判断する。確かに、そんなに強い相 手なら、出し惜しみする必要は無いね。 「まぁ、魔族陣営だと、ワイスさんとハイネス組も脅威だね。」  僕は思い出すように言う。この前会った神魔ワイスさんは、さすがと言う他無い 瘴気の渦を感じた。あれは、暴虐と言って良い。ケイオスとも、互角に渡り合える んじゃないだろうか? 「伝記に書かれていた魔族ですもんねー。ご先祖様も闘ったみたいだし・・・。」  ファリアさんは、先祖が勇士ジークの妹だけあって、因縁が無い訳じゃない。だ が、そんな事を持ち込む程、無粋じゃない。 「ま、胸を貸してもらうつもりで、やるしかないな。」  レイクさんも一緒のようだ。手強い相手だ。 「それに情報では、ハイネスの力も、相当上がってると言う話です。」  恵さんは、報告書を手渡す。ワイスさんと特訓した事で、基礎能力が向上したと 書かれている。成程ね。向こうも力を上げていると言う事だ。 「勿論、油断するつもりは無いわよ。素質は十分だろうしね。」  ファリアさんは、警戒を忘れない。こっちも力を付けてるように、向こうだって 何かしら特訓しているのだ。 「後は、健蔵さんだね。士さん曰く、信念なら、誰にも負けないんだとか。」  僕は、士さんに言われていた事を思い出す。健蔵さんは、とても献身的で、信念 を持っている。今回は、ワイスさんに追いつきたいと言う事で、勝ち上がる気でい る。親を超えたいと言う事だ。 「親父を超えたいか・・・。俺にも経験があるな。」  レイクさんは魔炎島で、ゼハーンさんとの死闘を演じた事がある。その事を思い 出しているんだろう。そこでは勝ったらしいが、レイクさんは、未だにゼハーンさ んを完全に超えたとは思っていないらしい。 「それに、ケイオスの娘のメイジェスねぇ・・・。」  ファリアさんが、チェックしている。メイジェスは、何とも言えない魔族だった。 「あの子は、健蔵さんとのタッグで、恋仲を証明しようとしていたわね。」  恵さんが、思い出し笑いをする。あの時の健蔵さんは、分かり易い程、照れてい た。メイジェスは、凄く積極的だったしね。 「強さの方は、どうなんだ?」  レイクさんは、そっちの方も気になるみたいだ。 「多分、ハイネスと同等か、それ以上だね。特訓次第で化けると思う。」  僕は、見てきた限りで言う。二人が、どんな特訓をやってるか知らないが、成長 している事だろう。どれだけ鍛えてくるかが、鍵になると思う。 「結構強敵よ。気を付けないとね。」  恵さんも警戒している。正直な所、ケイオスの子供2人は、未知数な所が多い。 「後は、この前に参戦を表明した、コイツね。」  ファリアさんは、セントの資料を持ってくる。 「加藤 篤則と、アルヴァ=ツィーアのタッグか。」  レイクさんは、資料を流し見していた。 「加藤 篤則・・・。軍隊研究所の長官だった男で、元老院の一人。教え方は、軍 隊式で、容赦が無い。ナイフとワイヤーを使った闘技が得意で、相手を翻弄する動 きは、超一流。鬼教官として有名だが、人望は厚い・・・か。」  ファリアさんが経歴を読み上げる。ナイフとワイヤーを使った闘技とは、特殊な 攻撃をしてくる。結構厄介だな。それに・・・。 「コイツは、シンマインドだしね・・・。」  僕は、口に出して言う。ゼロマインドの片割れだと言う。全ての元凶であるゼロ マインド。ゼリンさんを誑かし、レイクさん達を『絶望の島』に追いやり、セント のあらゆる障害を取り去ろうと、尽力してきた。その目的は、自らの存在意義の為 だ。自分の力を増やして、『無』を絶対の物にするつもりだろう。 「・・・コイツだけは、勝たせちゃ駄目ね。」  恵さんも分かっている。篤則は、セントの力を見せ付けるのと同時に、『無』の 力を集めるつもりなのだろう。大会の実力者を勝者の権限で集めて、力を集める。 それが狙いだろう。そうすれば、一気に事が進む。 「しかし・・・このアルヴァってのは、何者なんだ?」  レイクさんが首を傾げる。確かに、聞いた事が無いなぁ。 「資料によれば、元老院の一人で、ツィーア財閥の当主らしいわよ。」  ファリアさんは、資料を読み上げる。ツィーア財閥ねぇ。 「父親が死んで、後を継いだとありますわね。・・・ふーん・・・。」  恵さんは、自分と重ねているのかも知れない。 「どこかで聞いた事あるんだけどなぁ・・・。」  僕は、記憶の片隅に聞いた事があった。だけど、うろ覚えで思い出せない。 「この人が、ゼロマインドの片割れと言う可能性はあるのか?」  レイクさんは、篤則がシンマインドなので、それも考慮していた。 「多分違いますわ。・・・恐らく、敢えて外してくるでしょう。」  恵さんは、見解を述べる。敢えて外してくる・・・か。 「そうね。私も同意見よ。ゼロマインドは、正体がバレるのを、かなり恐れている。 それなのに、ゼロマインドの片割れ同士で組むなんて、危険過ぎるからね。」  ファリアさんも同調した。確かにゼロマインドは、正体を極度に隠している。 「只の人数合わせかも知れませんが、用心に越した事はありません。」  恵さんは、引き続き調べて置くようだ。 「後は気になるのは、ジュダさんと魁だね。」  僕は気になっていた。ジュダさんと組んだと言うのも驚きだが、あれから一度も 学校に来ていない。何でも特訓中だそうだ。 「魁を本格的に闘えるようにしているんだろうな。」  レイクさんも、気になっていた。結構仲が良いからね。 「案外、莉奈を守れるようにしてあげるのが、目的かも知れませんわね。」  恵さんは、楽しそうに笑う。莉奈を守る・・・か。そうだね。僕が付きっ切りで 見ている訳にも行かないし、魁にはある程度守ってもらうしかない。この前、拳斗 先輩の手下に襲われたって聞くし、心配だしね。 「さて、じゃ、今後の強化方針と行きますか。」  ファリアさんは、特訓の方向性について、話題を切り出す。 「私は・・・パーズ拳法を、もうちょっと鍛えたいですわ。」  恵さんは、パーズ拳法を強くさせたいようだ。 「良いよ。でも、パーズ拳法に特化する理由は?」  僕は、一応の為聞いてみる。何となく気になったのだ。恵さんが、こう言い出す のは珍しいからだ。パーズ拳法に限らず、強化する物だと思っていた。 「私は・・・弱点を克服したいのかも・・・。」  弱点?恵さんのパーズ拳法のレベルは、既に達人の域に近い。弱点とは言えない 様な強さだと思うのだが・・・。どう言う事だろう? 「恵さんのパーズ拳法は、僕から見ても、凄い域だと思うんだけどなぁ・・・。」  僕はお墨付きを与える。お世辞なんかではない。本気でそう思っていた。 「違うんですの・・・。私、何でも器用にこなせる・・・。一流になれる自信はあ ります。・・・でも、超一流になれる自信がありませんの。」  恵さんは、悩んでいたようだ。そうか。恵さんは、どんな事でも手を抜かないし、 才能もあるから、すぐに一流になれる。だけど、それを超えた超一流になる事が出 来ないでいる。それが、悩みだったんだな。 「ピンと来ないなぁ・・・。恵は、凄い能力の持ち主だと思うけどな?」  レイクさんには、ピンと来ないようだ。 「でも、合気道では葉月に、パーズ拳法では俊男さんに、魔力はファリアさんに、 絶対及ばない・・・。これじゃ、半端で、足を引っ張るだけ・・・。」  恵さんは、思ったより深刻に悩んでいるようだ。 「はぁ・・・贅沢な悩みねぇ・・・。」  ファリアさんは、呆れていた。それはそうだ。恵さんは、超一流になれない事を 悩んでいるのだ。一流にすらなれない人には、分からない事でもある。 「恵さん。僕は、恵さんにしか無い能力を知ってるよ。・・・それは、一流として 身に付いた能力を、場面場面で切り替えて使いこなせる事だよ。」  僕は、恵さんにしか出来ない事を言う。恵さんは、身に付いた能力を、切り替え て全力で使いこなす事が出来る。だから、相手に合わせて戦闘スタイルが変えられ るのだ。これは、大きな強みだと思う。 「俊男君、分かってるじゃない。その通りよ。恵さんは、それを瞬時に切り替えら れる頭の回転の速さを持ってるのよ。それは、誰にも真似出来る事じゃないわ。」  ファリアさんは、付け加えてくれる。前に士さんが、ゼハーンさんを評して、不 動真剣術と天武砕剣術の二つを瞬時に切り替えられるのが、強みだと言ってたのを 思い出す。そう言われた時に、僕は恵さんの事を思いついていた。 「恵さん。パーズ拳法を教えるのは、大歓迎だし、是非やろう。でも、他の事も疎 かにしない恵さんが、僕は好きなんだよ。」  恵さんは、どんな事でも手を抜かない。その孤高な姿が、僕は好きだった。 「・・・んもう・・・。分かりましたわ。能力を磨くのは、忘れませんわ。」  恵さんは、納得してくれたようだ。 「その代わり、僕にも合気道を教えて欲しいな。あの切り返しは、絶対役に立つか らね。僕も強くなりたいんだ。」  僕も頼み込む。パーズ拳法だけで乗り切れる程、甘い大会じゃないと思っている。 勿論、パーズ拳法は優れた闘技だが、それに加えた何かが欲しい。 「フフッ。そう言う事なら、大歓迎ですわよ。」  恵さんは、喜んで了承してくれた。これで、僕も強くなれそうだ。 「おもしれぇな。俺の剣術も教えるから、体捌きとか教えてくれよ。」  レイクさんも、乗り気のようだ。皆で強くなるのは、大歓迎だ。 「決まりね。それぞれが教えて、強くなる方針ね。私も混ぜてよね。」  ファリアさんも、当然乗り気だ。 「あ。そうだ。レイク。前に頼んだ事、覚えてる?」  ファリアさんは、レイクさんに何かを確認する。 「・・・本当にやるのか?正直、あれは、最終手段だと思っているんだが。」  レイクさんは躊躇いがちだ。何をするつもりなんだろう。 「良いのよ。成功すれば、貴方の剣だって、受け止められるようになるしね。」  ファリアさんは、自信たっぷりだ。 「・・・暴走しないかどうか、見ててやるからな。」  レイクさんは、そう言うと、ファリアさんに柄のような物を渡す。 「それは何です?何か、刀身が無いように見えるんですが?」  柄だけの剣・・・。異様だが、どこか迫力に満ちている気がする。 「親父から貰った剣で、『法力(ほうりき)の剣』だそうだ。・・・闘気に反応し て、刀身が出る仕掛けになっている。」  レイクさんが説明してくれた。何だか、凄い剣だな。 「便利な剣ですのね。でも、何で危険なのかしら?」  恵さんが、僕と同じ疑問をぶつける。暴走するとは、どう言う事なのだろうか? 「この剣は、サイジン=ルーン。つまり、ファリアのご先祖が使った事がある剣な んだ。その魂を取り込んで、『召喚』を付与すると言ってるんだ。」  『召喚』を付与する?って事は、サイジンの魂を呼び出すつもりか? 「大丈夫ですの?暴走したりしないんですの?」  恵さんも、心配になってきたようだ。 「良いのよ。それに、それくらいやらないと、勝ち抜けないと思ってるからさ。使 いこなせば、レイクの相手するのも、捗る筈よ。」  確かに、サイジンともなれば、ジークの剣を受けてきた英雄の一人だ。 「ま、今やっちゃうか。暴走したら、頼むわね。」  ファリアさんは、善は急げとばかりに、集中しだす。 「もう・・・唐突ですのねぇ。ま、見ててあげますわ。」  恵さんは、文句を言いながらも、対応の準備をしていた。 「さーて。ご先祖様。頼むわよー・・・。『召喚』のルール!!」  ファリアさんは、刀身を握ると、『召喚』のルールを付与する。すると、刀身に 宿っていた何かが噴出すように出てきた。これは、魂か? 「ファリアさん!大丈夫ですか!?」  僕は、ファリアさんの様子を見る。制御するのに手古摺っているようだ。 「大丈夫・・・。もう少し・・・!・・・私の『召喚』に応じなさい!」  ファリアさんは、莫大な魔力を放出して、制御に力を入れる。 「言わんこっちゃ無い。・・・『制御』のルール!」  恵さんが、『制御』のルールで、ファリアさんの状態を安定させる。 「ファリア!・・・いけるか?」  レイクさんがファリアさんの手を握ってやった。その瞬間、ファリアさんを囲っ ていた何かが、ファリアさんの目の前に現れた。 「・・・おや?・・・私は・・・。と、ここは、どこでしょう?」  刀身から随分と長身の人が現れる。これは・・・伝記の達人、サイジンなのか? 「ここはガリウロルのサキョウの名家、天神家ですわ。私は天神 恵よ。」  恵さんが、手早く説明する。すると、その人は、周りを見渡す。 「もしや、私は『召喚』されたのか?いやはや、そんな使い手が居るなんて・・・。 って、レルファ!レルファが何故、この時代に?」  ・・・この人、絶対サイジンだ。ファリアさんを伝記の恋人であるレルファと見 間違えるなんて・・・。 「・・・私は、ファリア=ルーンよ。ご先祖様。」  ファリアさんは、魔力が安定してきたのか、眼を見て答える。 「わ、私の子孫でしたか。・・・フム。レルファにそっくりですねぇ。それにそこ の君、ジークに似てますね。ビックリですよ。」  サイジンは、レイクさんを見て、勝手に頷いていた。 「俺は、レイク=ユード=ルクトリアだ。ご先祖様の事は、よく言われる事だな。」  レイクさんは、溜め息を吐く。何度言われた事かと、愚痴を溢していた。 「僕は、島山 俊男って言います。パーズ拳法の使い手です!」  僕は一応挨拶をしておく。じゃないと、失礼な気がした。 「ほう。パーズ拳法。私の時代でも、ショウ王が、普及させてましたね。」  サイジンは、ショウさんの事を思い出しているようだ。 「まずは、今の時代の説明をしておきましょうか。」  恵さんは、説明する事にした。そして、分かり易く、この時代の説明をする。そ して、何故サイジンを呼び出したのか、説明してあげた。 「ふーむ・・・。ジークが危惧していました。『人道』は、いつまでも続くか分か らないと・・・。だが、実際そうなってると、悲しいですね。」  サイジン・・・いや、サイジンさんは、悲しそうにしていた。 「しかし、貴方達のように、何とかしようと行動している人達が居るのは、救いで はありますね。それに、ワイスや健蔵が変わっている事も見てみたいですね。」  サイジンさんは、この時代に興味を持ったようだ。 「それに、私の子孫であり、レルファに似ている貴女の助力となるのに、異存はあ りません。私の剣技などで良ければ、喜んで力を貸しましょう。」  サイジンさんは、レルファさんに助力する事を了承する。 「宜しくね。ご先祖様。」  ファリアさんは、涼しい顔で契約を済ませる。 「私を使いたかったら、この剣を握り締めるだけで良い。その時に『召喚』に応じ ましょう。私の剣技の記憶を、貴女の物とします。」  サイジンさんは、『法力の剣』を指差すと、説明する。 「分かったわ。出るからには、優勝を狙うわよ。」  ファリアさんは、やる気タップリだ。 「優勝宣言されちゃいましたわね。これは、生半可では勝てませんね。」  恵さんは、口調とは裏腹に嬉しそうだった。おっかないなぁ。 「こりゃ、特訓を、本格的に強化しなきゃね。レイクさんは、間違いなく強化され るだろうしね。参ったなぁ。」  そう。ファリアさんの戦力になるのは勿論の事、レイクさんも、ファリアさんと 手合わせする事を考えると、剣の鋭さが増す事だろう。 「なーに弱気になってるんだよ!・・・お前達も、強くなってさ。この面子で、決 勝戦をしようぜ!魔族もゼロマインドにも負けずにさ!」  レイクさんは、発破を掛けてくる。そうだね。弱気になるのは良くない。 「分かりました。僕も負けませんよ!レイクさん!」  僕は、レイクさんと握手をする。  これで、僕も負けられなくなったな。ハッキリ言って、皆強い。だけど僕も、こ こまでやってきたんだ。負けられない!!