2、宣告  殺しが無い大会か・・・。平和な事だ・・・。『人斬り』をしていた時は、平時 であっても、殺し合いに発展する場合が多かった。実際に殺した数は、どれだけ居 る事だろう。依頼を受ければ、その標的を殺すのは、当然の事だ。  俺の人生の中で、死の臭いが無い時期は、余り無い。自分の命が狙われ、仲間の 命が狙われ、敵の命を狙う。そんな毎日が多かった。  今は平和なもんだ・・・。とは言え世の中的には、物騒になってきたとも言えな くは無いか。何せ、魔族が普通にテレビに出てきてるんだからな。少し前の常識か ら照らし合わせても、驚かざるを得ない。  しかも、あのお嬢様まで魔族の血を引いていたとはな。確かに瘴気を感じたが、 魔族の血を引いてるとは思わなかったぜ。  最近では、皆との手合わせ以外に、個人的にも特訓をしている。レストラン『聖』 を昼食だけで切り上げて、夕方から夜に掛けては、仕事仲間と共に、特訓の毎日だ。 夕方の特訓は、いつもの面子で、がやがや特訓をする。だから、いつも個人的にや ってる特訓が、どれ程なのか、見れる場所でもあるんだが・・・。 「行くわよ・・・。はああああぁぁ!!」  恵が、気合を入れて、俊男と向かい合う。凄い闘気だ。しかも、あの構えは、パ ーズ拳法の八極拳だな。俊男も同じポーズをしている。 「じゃ、始めようか!」  俊男の声と共に、恵が突っ込んでいく。まるで演舞のような組み打ちだった。互 いが互いの打ち込みを半歩で進みながら、守りと攻撃を同時に意識したような打ち 合いだ。その見事さたるや、惚れ惚れする程だ。  そして、俊男の足払いに反応して、恵は体を反転させて避けながら裏拳を放つ。 それを俊男は、左手で防ぎながら、右の正拳突きを放った。しかし恵は、右手で打 ち払うと、左手を添えて力を利用して投げようとした。合気道も混ぜてるのか。 「フッ!!ハァッ!!」  俊男は、その投げに逆らわずに体を回転させると、逆に恵の手を捻って、投げよ うとする。しかし恵は、既に見破っていた。 「ええい!!」  恵は、捻られる前に俊男の足を払って、逆に投げようとする。俊男は、小手返し の要領で投げられた。そこに恵の拳骨が迫る。しかし俊男は、体を回転させながら 起き上がり、恵と対峙する。そして恵の脇腹を狙って、渾身の拳を繰り出す! 「・・・っと・・・。」  俊男は、恵に当たる寸前に拳を止めた。いや、いつの間にか恵も俊男に膝蹴りを 入れる寸前まで来て、止めていたのだ。 「ふー・・・。さすが恵さん。」  俊男は、拳を緩める。どうやら、相討ちだと理解したようだ。 「俊男さんも、合気道をモノにしてきてますわ。素晴らしいです。」  恵も、膝蹴りを下ろす。と言うか、アイツ等何なんだ。この短期間に、あそこま で成長してるってのか?どんだけ特訓してるんだ・・・。 「なんつー、気合の乗りようじゃ・・・。負けられんのう・・・。」  巌慈が、横で俊男と恵の強さを見て、呆れていた。  しかし、それだけではなかった。奥で、レイクとファリアが打ち合っているのだ が、これまた恐ろしいレベルだった。どうなってんだ・・・。 「チィ!!・・・さすが!!」  レイクは、ファリアの厳しい攻めに対応するのがやっとだ。て言うか、ファリア の剣技の冴えが、明らかに違う。今までも、武器次第で凄い動きをしていたが、今 回のは、そんなレベルでは無い。 「まだよ!・・・天武砕剣術!袈裟斬り『火炎(かえん)』!!」  そう。これも驚きだ。ファリアの剣技は、天武砕剣術の動きだった。ゼハーンに 聞いてみたが、動きが完璧に近いらしい。ファリアの苛烈な袈裟斬りを、レイクは 後退しながら受け止める。そして、一歩引くと木刀を少し引く。 「そこよ!!」  ファリアは、何かを見切ったのか、レイクの技に合わせる。  ガキィ!!!  凄い音が鳴って、木刀はどちらも木っ端微塵になった。 「・・・不動真剣術、突き『雷光(らいこう)』・・・。なんだけどなぁ。」  レイクは、決めに来たのだが、ファリアが同じような技で返したのだ。 「こっちは、天武砕剣術、突き『雷鳴(らいめい)』よ。」  正に同種の技で、潰しに来たのだ。何と言うセンスだ。 「ファリアさん、凄いねぇ。」  瞬が、驚きながら、二人に近付いてくる。ありゃ凄いなんて物じゃない。 「あは!皆の前で見せるのは、初めてだけどね!」  ファリアは事も無げに言う。恐ろしい奴だ。 「この『法力の剣』に宿る英雄、サイジン=ルーンのおかげよ。」  ファリアは、そう言うと、サイジン=ルーンを出現させる。 「ご紹介預かりました。サイジン=ルーンです。お見知り置き下さい。」  これはビックリした・・・。英雄を実際に『召喚』するとは・・・。 「え?君がサイジン君?うわー。大きくなったんだなー。」  瞬は、懐かしそうに言う。ああ。そうか。1000年前に行って来たとか言ってたな。 「む?その出で立ち・・・。もしかして、シュンさんですか?」  サイジンは、何かに気が付いたようだ。 「あ。覚えてた?君が幼い頃に子守してたんだよ。俺。」  瞬は、英雄を前にして、全く怯んでいない。さすがだな。 「父上から聞いた事があってね。私を命を懸けて守った子守が居ると・・・。そし て、『秩序無き戦い』を手伝った空手家が、その人物だと。・・・1000年後で出会 うとは、これも運命ですかね?名は、アマガミ シュンで合ってますね?」  サイジンは、確かめるように言う。すると、瞬は嬉しそうに頷いた。 「やっぱりサイジン君だな!伝記に載るくらいの人物になるなんて、俺も嬉しいよ。」  瞬は、満面の笑みで応える。 「貴方には、感謝し足りない。私の命を守り、そして・・・私の父と母の命も救っ た・・・。皆は私を英雄と言うが、真の英雄足る人は、貴方だ。」  サイジンは、非常に温かい眼で瞬を見る。本当に感謝してるんだな。 「え?父と母って・・・。出会えたの!?」  江里香が、サイジンに尋ねる。そういや伝記では、そこまで書かれていない。 「貴女は、イチジョウ エリカですね。マレルさんが感謝していました。・・・貴 女との出会いが無ければ、前に踏み出せずに居たとね。・・・私が、父と母に出会 ったのは、『神魔戦争』の2年後です。父上は驚いていましたが・・・父と母が、 助けられた全容を、教えてくれました。その時の父上は、貴方達に涙を流して感謝 をしていました・・・。だから私は、貴方達4人の事を、忘れる事など出来ません。 シマヤマ トシオと、アマガミ ケイもね。」  サイジンは、恵と俊男にも、親愛の眼を向ける。 「私は人として、当然の手伝いをしただけよ。でも、良かったですわ。」  恵らしい感想だった。あのお嬢様は、人助けは当たり前だと思ってやがる。 「いやー、出会えたなんて、僕も感激だよ!良かったね!」  俊男は、我が事のように喜ぶ。お人よしな奴だ。 「しかし『闘式』では、敵になる訳ですね・・・。」  サイジンは、分かっていた。ファリアの『召喚』に応じたと言う事は、いつか、 ぶつかる可能性があるという事をだ。 「何を残念そうにしてるんです?私は楽しみですのよ。ぶつかったら、全力で来な さい。私が、貴方の成長も含めて、見て差し上げますわ。」  恵は、遠慮するなと言いたいのだろう。 「そうだよ!全力でぶつかって、頑張ろうよ!」  俊男も、燃えているようだ。変わらんな。コイツ等は。 「安心しました。やはり貴方達は、私の想像以上の人物のようだ。恵さんに俊男さ ん、彼の繊一郎(せんいちろう)さんが脱帽した力を、私にも見せて下さい。」  サイジンは、繊一郎の名を口にする。恐らく、榊 繊一郎の事だろうな。 「うわー。私の祖先の名前が出ちゃったよ。何でも有りだねー。」  亜理栖が、冷や汗を掻く。そう言えば亜理酢は、繊一郎の子孫か。 「繊一郎さんか。懐かしいね。強かったよね。」  俊男は、思い出していた。短い間だったらしいが、心で覚えていると言っていた な。それだけ、印象深かったって事だろう。 「負けず嫌いでしたわね。でも、あのまま子供も作らなかったなんて・・・。」  恵は繊一郎が、子孫を作らずに死んだ事が、気になっていたようだ。 「繊一郎さんは、若い頃に会った鮮烈な女性を、超える人が見つからなかったので、 独身を通したそうです。・・・私も、その訳が分かりましたよ。」  サイジンは、繊一郎から聞いた事を、話してやった。成程。恵の事が忘れられな かったのか。律儀な男なんだな。 「全く・・・。強情なんだから・・・。」  恵は、複雑な表情をしていた。自分の事を言われているのは、分かっている。だ が、恵と繊一郎が結ばれる運命じゃない事は、繊一郎も分かっていた事だ。 「繊一郎さんには悪いけど、恵さんの隣は、僕が引き受けると決めたからね。」  俊男は、真面目な顔で言った。中々青臭い事を言うじゃないか。 「そう言う事は、真顔で言うのは、止めて下さる?」  恵は、少し顔を赤らめながら、口を尖らす。恥ずかしがるとは、青春だな。 「ハッハッハ!眼福ですな。この時代も、面白いですな。」  サイジンは、伝記の通り、馬鹿笑いをする。本当の話だったんだな。 「ご先祖さぁ・・・。あまり自由にされても困るんですけど?」  ファリアが困っていた。まぁ、気持ちは分からんでも無いな。 「む?召喚者がそう言うなら、控えますかな。ああ。それと、ご先祖と言うのは、 あまり好ましくない。サイジンで良いですぞ。」  サイジンは、名前で呼んでもらいたいようだ。 「了解。その方が私もやり易いわ。宜しく。サイジン。」  ファリアは、即対応する。寧ろ、こう呼ぶ事を望んでいたようだな。 「んー。その声で名前を呼ばれると、生前を思い出します。やる気も倍増ですよ。」  サイジンは、身悶えしている。気楽な英雄様だな。 「ところで、ここで一番強いのは、貴方か?」  サイジンは、俺の方を見る。 「剣術では、まぁ一応は俺と言う事になるのか?」  別に誇る訳じゃないが、総合的に一番上なのは俺かな? 「士さんは、マジで強いですよ。剣術に隙が無い。」  レイクが、俺の事を褒める。最近ではレイクも、かなり近付いてきたけどな。 「お手合わせ願いたいのだが、どうかな?私の実力を見ると言う意味でも?」  サイジンは、俺の事を誘ってくる。良い度胸だな。 「そう言われると、断りづらいな。良いぜ。伝記の剣士と闘うなんて、早々無いチ ャンスだ。やってやるさ。」  俺は、木刀を構える。伝記の剣士であるサイジン=ルーンと闘えるなんてな。 「素晴らしい闘気と瘴気。これは、遣り甲斐がありますね。・・・ファリア。私の 力を貴女に分け与えましょう。」  サイジンは、そう言うと、ファリアの中に入る。するとファリアは、木刀を持っ て、凄まじい程の闘気を発する。さすがだな。 「サイジン。どうやら、やる気タップリのようね。良いわ。付き合ってあげる。」  ファリアは、覚悟を決めると、木刀に闘気を伝わせる。  凄い闘気だな。ゾクゾクしやがるぜ。俺も、本気で掛からなきゃな。 「さーて、サイジン行くわよ。・・・士さん。行きます!」  ファリアは楽しそうだった。魔法使いであるファリアが、あそこまで剣の達人に なれるんだから、それは楽しい筈だわな。 「考えても無駄よね。なら、こっちから!!」  ファリアは、突っ込んできて、俺に木刀を振るう。そして、その鋭さは、眼を見 張る物があった。しかも、上段かと思えば、その次は斜め下からの斬り。その速さ は、流れるようであり、全てを合わせて、それ自体が剣技のように思える。常に死 角を突いてくる。この剣筋は、『死角剣』か! 「フッ!ハッ!!・・・っと、あぶねぇな・・・。」  俺は、何とか木刀で受け止めきる。だが、スレスレの剣筋もあった。『死角剣』 の存在は知っていたが、此処まで完成度が高いと、やばいな・・・。 「それを受けきる貴方も、さすがとしか言いようが無いわ。」  ファリアは、最後まで『死角剣』を出し切ると、意図的に後ろに下がる。 「ふぅぅぅ!!ええい!!」  ファリアは、木刀を振って、衝撃波を3発打つ。それを俺に飛ばしてきた。俺は、 それを木刀の背で丁寧に受ける。その瞬間、ファリアは一気に距離を詰めてきた。 そして、そのまま袈裟斬りに入る。  ガキィ!!  凄い音が鳴った。俺も、同じような技で対抗した為だ。そのまま弾かれるように 距離が開いた。しかし、今のは危なかったぜ。 「うわぁ・・・。あれを、同じ袈裟斬りで返す?凄いわね。」  ファリアは、冷や汗を掻く。俺も袈裟斬り『一閃(いっせん)』で対抗したのだ。 「飛び道具の後に、接近して袈裟斬り。常套手段だが、それだけ流麗だと、それだ けで脅威だな。全く・・・。恐ろしい冴えだ。」  俺は、息を整える。魔法使いの剣技じゃないぜ・・・。 「天武砕剣術、居合い『風牙(ふうが)』の後の、袈裟斬り『疾風(しっぷう)』。 上手く行くと思ったんだけどなぁ・・・。」  ファリアは技名を披露する。 「私に迫るほどの勢い・・・。さすがは伝記のサイジンだな。」  ゼハーンが、自分の剣技と比べていた。 「やるな・・・。なら、これはどうだ?」  俺は、木刀で魔の六芒星を描く。俺にとっては、慣れ親しんだ技だ。 「士も、本気になったようだヨ!あの技を出すなんてネ。」  センリンが、俺の本気度を、推し量る。この技には自信があるからな。 「参ったなぁ・・・。じゃぁ、これで対抗しますか。」  ファリアは、魔力の塊で4箇所を光らせると、その中心に魔力を集中させる。 「・・・何をするか知らんが、防ぎ切れるか!?」  俺は、そのまま六芒星に瘴気を載せる。行くぞ!! 「これぞ霊王剣術、奥義『滅砕陣(めっさいじん)』!!」  俺は技名を叫ぶと、ファリアに滅砕陣を撃ち放った。 「防ぐ?違うわ!これで対抗するのよ!」  ファリアが叫ぶと、特殊な魔法陣の真ん中から、魔力の塊が飛び出してきた!こ の魔法は何だ!?見た事が無いぞ!! 「驚く事は無いわ。古代に、攻撃魔法が無い魔法使いが、魔力を増幅させて攻撃手 段にするなんてのは、日常茶飯事だったのよ!」  ファリアは、太いレーザー状の魔力の塊を滅砕陣にぶつけた。凄い!あの滅砕陣 と拮抗してるだと!?木刀でもかなりの威力の筈だが・・・。  ドォン!!!  物凄い音と共に、魔力も滅砕陣も掻き消えた。相殺されたか!  すると、その隙にファリアが、目の前に来ていた。しかし、読んでいる!ファリ アの三段攻撃を全て防いで、胴に袈裟斬りを入れた! 「きゃ!!・・・うぐぅ!」  ファリアが吹き飛ばされた。そして、その吹き飛ばされた先に俺は移動して、フ ァリアの首筋に木刀を当てる。・・・そこで俺は、木刀を止めた。 「さっすがー。私の負けよ。」  ファリアは降参する。・・・しかし、危なかったぜ・・・。まさか、あの魔力の 塊を出した後に突っ込んでくるとは・・・。気配を感じて読んでいなかったら、負 けていたのは俺だったかも知れない。 「負けてしまいましたねぇ。いやはや、お強いですな!」  サイジンが、ファリアから出てくる。『召喚』が効いてる間は、いつでも出られ るようだ。便利だな。それにしても・・・。恐ろしいコンビネーションだった。 「おいおい。今の魔法は、何物だよ。」  エイディが、近寄って尋ねてくる。余程不思議だったらしい。 「今のは、古代魔法の『魔砲(まほう)』よ。古代では、五芒星や六芒星ではなく、 四方陣が主流だったのよ。その真ん中に力を集めて、魔力を効率良く放出して、そ のまま攻撃に使うのが、『魔砲』よ。」  ファリアは、説明してくれた。古代魔法だったのか。 「ってーと、少ない魔力であれだけ放出するってのか?恐ろしいな。」  グリードも、今の魔法の恐ろしさを実感したらしい。 「いやぁ、さすがファリアだねぇ・・・。早い内から当たりたくないね。」  亜理栖は、肩を竦める。今の魔法の放出量は、あれでも抑え目みたいだな。 「しかし、あれに勝つとは、さすがじゃのう。士さんは。」  巌慈が褒めてくれた。だが、実際は危なかったけどな。 「さっすが、油断はしないね。士さん。」  ジャンが、肩を叩いてくる。闘いで油断などするか。 「勝ったとか、終わったとか思ったら、その時点で負けだ。覚えておくんだな。」  俺は、ジャンに忠告を含めて言っておく。コイツは、油断する癖があるからな。 「覚えておくよ。ウチもね。ジャンだって分かってるね?」  アスカは、ジャンをからかいながら、俺の言う事を聞いていた。 「この時代も、面白いですね。これは、降臨した甲斐があります。」  サイジンは、嬉しそうだった。そう思えてもらえれば、光栄だ。 「ま、またやる機会もあるだろ。その時まで、鍛えておくんだな。」  俺は、そう言うと、サイジンとファリアに握手をする。 「俺も燃えてきたぞー!絶対強くならないと!」  レイクは、俺とファリアの手合わせを見て、思う所があったようだ。 「さすが兄貴。あれを見ても、めげないね。」  グリードは、冷や汗を掻きながらも、レイクを頼もしそうに見ていた。 「私達も頑張ろう!このままでは、負けてしまうぞ?」  ゼリンは、グリードに言い聞かせるように言う。意外と乗り気なんだよなぁ。 「やっぱり、対策立てないと駄目だなぁ・・・。」  葵は、この光景を見て、ウンウンと頷いている。エイディのフォローだけに終わ るつもりは無いみたいだな。向上心が有るのは良い事だ。 「それにしても・・・此処に来てない連中は、平気なのかねぇ?」  ジャンは、思い出したように言う。此処に居ないのは、ジュダに連れ去られた魁、 赤毘車と猛特訓している葉月、道場で腕を磨いている勇樹、ネイガと組んだショア ンもだ。後は修羅が、レオナルド=ヒートと共に腕を磨いているらしい。 「それだけ、特訓に集中しているって事だ。楽しみだ。」  瞬は、猛特訓をしている連中の事を、信じているようだ。 「皆様、そろそろお昼の時間で御座います。」  睦月が、ティーエとジェイルを連れながら、昼飯の合図をする。 「皆、強くなってますね。『闘式』では、応援しますよ。」  ジェイルは、応援に回るようだ。 「現地に見に行くつもりだからね。皆は、負けないようにね!」  ティーエは、ジェイルと共に、応援に回るようだな。 「魁君、大丈夫かなぁ?私、心配だよ。」  莉奈が、中々帰ってこない魁の心配をしていた。 「ジュダさんと一緒だし、まぁ大丈夫でしょ。アイツ、案外しぶといし。」  葵は、莉奈を元気付けていた。微笑ましい光景だな。 「魁は強くなるよ。莉奈の為にも、頑張るだろうね。そう言う奴だよ。」  俊男は、ある種の確信を持っていた。魁はああ見えて、根性がある。そして仲間 を想う気持ちは、本物になりつつある。あれなら、強くなるだろう。 「さて、昼食を摂りましょう。その後、続きをしますわよ。」  恵が、号令を掛けると、皆はそれに従う。  ・・・それにしても、危なかった・・・。これは俺も対策を考えなきゃならんよ うだ。只の力押しじゃ、『闘式』では勝てないな・・・。  宇宙には、様々な星がある。俺達が、星として見えているのは恒星と言って、光 り輝いている。恒星は質量が半端無く、自ら発光しつつ燃え盛っている。その表面 温度たるや、1万度を超える物もあると言うのだから、驚きだ。  その周りに周る惑星の内の一つがソクトアだ。俺達が太陽と呼んでいる星も、他 の生物が居る惑星から見れば、違う名前が付いているのだろう。ただしソクトアは、 他の惑星の質量から考えると、とんでもなく高密度で、強い生命体が生まれ易いの だとか・・・。それこそ、恒星に迫る質量らしく、そこから生物が生まれるのは、 それこそ稀なんだとか。その奇跡の星に、俺達は居るらしい。そもそもそこまで質 量のある星は、惑星でもガス惑星の塊になる場合が多いらしく、陸地と海面が存在 する惑星の中で、これほど高密度に保たれている星は、他に無いのだとか。  太陽と衛星である月があり、生物が住んでいる星は、他にもあるらしいが、これ 程のバランスで保たれている星は、中々無いのだと言う。衛星が多数あったり、太 陽が弱い光で多数有るような星もあるらしく、太陽と衛星が1個ずつと言うのは、 結構珍しいのだとか。当たり前のように太陽と月が対になっているので、意識した 事は無かったが、教えられると、成程と思う事が多い。  生物が住んでいる星は、少ないが無い訳ではない。寧ろ数だけを言えば、相当な 数になる。だが宇宙には、数え切れない程の星があるのだ。なので、少ないと言っ てもそれだけの数になるのだ。  神は、その生物が住んでいる星を管理するのが主な仕事だと言う。ソクトアも最 重要地域ではあるが、その内の一つであり、そこだけに構っていられないのだとか。 ジュダさんが病気で苦しんでいる間も、他の神をあらゆる星に派遣し、救って見せ てきたのだとか。忙しい事だ・・・。  その穴埋めではないが、仕事に対しては、仕事に報いるのが一番と言う事で、久 し振りの仕事再開に、ジュダさんは嬉しそうにしていた。まぁ、それは分かるんだ が・・・何で俺まで、付いて来てるんだ? 「何だ?不満そうだな?魁。」  ジュダさんは、涼しい顔で俺に話し掛けてくる。 「いや、だって、いきなり違う星に来れば、面食らいますって。」  俺は、ジュダさんに修行だと連れてこられた星が、ここだった。  それにしても殺風景な星だ。海も無ければ、空気だって余り濃くない。それに重 力が強いせいか、体が重く感じる。一体どうなってるんだか。 「動き辛そうだな。まずは、この星に慣れるんだな。」  簡単に言ってくれる。立ち上がるだけでも一苦労だってのに。 「うぐぐ・・・。ど、努力はしますー・・・。」  俺だって、強くなりたくない訳じゃないが、こりゃきつい・・・。 「さーて、あそこに街がある。ちょっくら挨拶に行こうぜ。」  ジュダさんは、軽く言ってくれるが、この状態では、それすらも苦しい気がする。 「りょ、了解・・・ですぅー。」  俺は、気力を振り絞って、ジュダさんに付いて行く事にした。こんな所で置いて かれたら、それこそ命取りも良い所だからだ。  しばらく歩くと、確かに街らしき物が見えてきた。やけに石で出来た建物が多い 気がする。随分頑丈そうに見えるな。 「ああ。そうだ。これ付けてろよ。じゃなきゃ、ここの住人と話が出来んぞ。」  ジュダさんは、ちょっとしたネックレスを身に付けさせる。なんだこれ? 「自動的に翻訳させる為の魔力が篭ったネックレスだ。肌身離さず付けておくんだ な。此処の住民は、ソクトアの言葉とは、言語自体が違うからな。」  成程。これが無いと、コミュニケーションすら取れないって訳か。 「って言うか、人間が住んで居るんですか?」  こんな荒廃した土地に、人が住めるんだろうか? 「・・・まぁ、居ねぇな。だが、喋れる種族は居る。その目で確かめな。」  喋れる種族は居る?つまり魔族か何かかな?それはそれで怖いな。  ジュダさんは、教えてくれた後、街へと足を踏み入れる。すると、何かがこっち を睨んでいる感じがした。これが原住民だろうか? 「様子を見張られているな。ま、最初の内だけだろうがな。」  ジュダさんは、特に気にしていないようだ。俺は、とても気になるんですが。  しばらくすると、トカゲのような体をした怪物が、建物の中から現れた。だが、 二本足で立っている。すっげぇ怖いんですが。 「・・・な、何すかあれ?」  俺は、怖い何処ろの騒ぎじゃなくなっていた。足が震えている。 「落ち着け。あれが、此処の原住民だ。ネックレスがあれば、喋れるぞ。」  ジュダさんは、俺の首を指差す。これで、あれと喋れるってのか? 「・・・貴方達は・・・。もしや!」  トカゲの一人が、何かに気が付く。結構渋い声だな。 「おい!爺を呼べ!長老を此処へ!!」  トカゲの一人は、何かに気が付いたようで、誰かを呼んでいた。  すると、さっきのトカゲより、腰の曲がったトカゲが出てきた。爺さんかな? 「うむぅ。これは・・・間違いあるまい!!」  爺さんトカゲが、確信を持った声で言う。 「貴方達は、神であらせられるな?お告げの通りじゃ!」  何やら、仰々しい感じで頭を下げられる。・・・て神?まぁジュダさんは神だけ どさ。俺は、何も関係ないんですが・・・。 「ご名答だ。俺が此処に来た理由は分かるな?」  ジュダさんは、当然のように答えを返す。俺の事も説明して欲しいんだが。 「この星の『命の火山』を止めに来たのですな?」  長老さんが、妙なキーワードを出す。『命の火山』? 「お前達が、信仰しているのは知っている。だがあれは、放って置けば、1ヶ月程 で大噴火を起こして、この星は、死の星になる。分かっているな?」  ジュダさんは、説明してやる。それは大変な事じゃねぇか。1ヶ月で死の星って、 とんでもない事だぞ。何で、こんな平然として居られるんだ? 「別の星に避難する事は、考えないのか?」  ジュダさんは、救助案を提示する。確かに、死の星と化す所に留まるくらいなら、 別の場所に行くのも手だ。荒廃としていたのは、そのせいか。 「神よ。救済案は感謝する。じゃが我等は、この星の生まれ。この星が滅びると言 うのならば、運命を共にします。」  長老は、揺ぎ無い決意を表した。何だよ・・・それ・・・。 「なら、止めるしかない訳か。だが、俺一人じゃ無理だな。」  ジュダさんは溜め息を吐く。ジュダさん一人じゃ無理って・・・。 「俺一人では、止める準備くらいしか出来ない。この街を中心に、お前等の祈りが あれば別だ。その祈りを俺に見せてくれれば、何とかする。」  ジュダさんは、祈りと言った。確か、俊男を助ける時にも、魂の力が、アイツを 助ける手助けになった。つまり、あの力が求められている訳か。 「もしかして、魂の力の事を、言ってます?」  俺は、ジュダさんに尋ねてみた。するとジュダさんは、頷いてくれた。 「察しが良いな。火山を止めるとなると、一苦労だからな。住民の手助けも必要な んだ。それだけ此処の火山は、高密度でな。」  ジュダさんは、高密度だと言った。成程。結構大変なんだな。 「残念ですが、その提案には乗れませぬ。」  長老は、頭を振る。へ?何でだ?この星を救うチャンスなんじゃないのか? 「我等は、この星と運命を共にする覚悟が有ります。」  な、何を言ってるんだよ!このままじゃ、滅びちゃうのに! 「あー・・・。もう頭の固い連中だ。仕方ねぇな。俺一人でやってみるか。」  ジュダさんは、呆れながら、俺の方に振り向く。 「おい。俺は用意してるからよ。お前が、この星の連中を説得しろ。」  ジュダさん?お、俺が、このトカゲ人間を助けろっての!? 「・・・それが修行の内容だ。お前さんには、この星を救ってもらう。」  修行って・・・。これ、俺なんかに出来るような内容じゃないよ・・・。 「俺、何も出来ないですよ?・・・!!」  俺は、この星の事を諦めようとしていた。俺には関係無いと・・・。しかし、俺 の目に留まったのは、無邪気な目を向ける小さなトカゲ達だった。 「あんちゃん、神様なのか?」  小さな子供のトカゲが、俺の方を向く。 「これ!神様に口を利く時は、もっと丁寧に!」  母親であろうトカゲが注意していた。・・・何だよ・・・。俺達と変わりねーじ ゃないか。子供が居て、両親が居て・・・。これを見て、俺は見捨てられるのか? それじゃ、俊男を失った時と同じじゃないか! 「あ。俺、神様なんかじゃないんです。寧ろ、ジュダさんに連れられた、別の星の 原住民で、人間なんです・・・。」  俺は、神様扱いされるのもアレなんで、ちゃんと説明する。 「でも、神に関連する者なのでしょう?ならば、敬うのは当然です。」  トカゲ達は、尊敬の眼差しを浴びせる。何だか慣れない・・・。 「んっじゃ。俺は、用意している。これを渡しておくから、頑張れよ。」  俺の様子を見て、ジュダさんは、宝石を渡してくる。 「何ですか?これ。エメラルド?」 「通信の為のエメラルドだ。ここじゃ携帯電話も効かないしな。ま、覚悟を決めな。」  ジュダさんは、そう言い残すと、サッサと行ってしまった・・・。  俺、どうなっちまうんだ?この星に一人って・・・。  『闘式』の参加を決めた時から、厳しい特訓である事は分かっている。私を選ん でくれたネイガ殿には感謝している。私は、攻めが甘いからな。どうしても、そこ を学びたかった。『剛壁』などと呼ばれていても、攻めが疎かではしょうがない。  鳳凰神ネイガ殿と言えば、その名の通り、鳳凰の化身であるので、凄まじい速さ で攻める事で有名だ。私には無い強さを持っている。『追跡』のルールで追っても 中々追い付けない程の速さを持っておられる。  そんな私は、厳しい特訓を受けていた。天界に連れてこられて、ネイガ殿と赤毘 車殿が、一緒に特訓してくれている。葉月も一緒だ。一緒に特訓しようと持ちかけ たのは、向こうだ。互いに徹底的に強くなる事で、相乗効果を狙おうと言うのだろ う。より濃く特訓する為に、これ以上の人数は要らないのだとか。  おかげで、私もそうだが、葉月も、恐ろしく強くなっている。雑務に追われてい る睦月も、時々だが、見に来てくれている。赤毘車殿が此処に案内して、その後は、 『転移』の扉に登録してもらったのだとか。睦月が応援に来てくれると、私の修行 も捗るので、良い効果を生んでいた。 「ショアン!命題だ!私の攻撃を防ぎ、跳ね返せ!」  ネイガ殿は、そう言うと、凄まじい速さで私を翻弄する。しかし私とて、伊達に 修行を受け続けていたのではない。最近では、目が慣れてきた。まぁ速さ的には手 加減されてるんだろうがな。少しずつ速い動きに変えてきている。私の対応力に合 わせているのだろう。  ネイガ殿は、懐に飛び込んで蹴りを放つと、一瞬で後ろに回りこんで回し蹴りを 打って来る。ほぼ同時に見えるんだから恐ろしい・・・。 「フン!!!」  私は、その後の正拳突きも読むと、模擬の槍を振り回すように反撃する。 「攻めが甘いぞ!!」  ネイガ殿は、それを完璧に読んで後ろに回りこもうとする。だが私は、それを読 んで、後ろに向かって槍を振り下ろした。 「うぬ!!」  ネイガ殿は、驚いたみたいで、両拳を合わせてガードした。しかし私は、槍の範 囲を利用して、間合いの外から突き、回して、振り下ろす。ネイガ殿は、守勢に回 ると私は、その間合いを保ちながら、無数の突きを見せた。 「ぬう!!やる!!」  ネイガ殿は、その無数の突きを、拳で打ち払ってみせる。さすがだ。 「厳しい攻めが出来るようになったな!嬉しいぞ!」  ネイガ殿は、何とか空中に逃げると、そのまま加速して別の場所に降り立つ。 「これは、どう受ける?」  ネイガ殿は、無数の神気弾を用意する。そして、それを私に向かって全て打ち放 つ。確かにこう言う状況も有りえるだろう。 「ふぅぅぅ・・・!はぁ!!!」  私は気合を入れると、槍の穂先に闘気を集中させる。その強度を保ったまま、神 気弾を、穂先で次々突いていく。穂先に集中する事で、少ない力で燃費良く打ち落 とす事にした。神気弾を、見事に打ち落として見せた。そして、それを盾に突っ込 んでくるネイガ殿を見据える。そう来ると思っていたからだ。 「むぅ!読んでいたか!!」  ネイガ殿は、読まれていたのを見切ると、弾かれたように間合いを取る。 「行きますぞ!!『追跡』のルール!!」  私は、『追跡』のルールを発動させる。闘気弾に『追跡』を付与させて、ネイガ 殿に撃ち放つ。そして、それと同時に私も突っ込んで攻撃に回った。 「そう来たか!!ならば!」  ネイガ殿は、闘気弾を蹴りで打ち落とそうとした。しかし甘い!闘気弾は、狙い 所は、首の後ろの延髄だ!ネイガ殿の延髄に闘気弾が当たると同時に、私は渾身の 突きを放った!行けたか! 「うぐぅ!!・・・せぇい!!」  な、何と!!ネイガ殿は、延髄の攻撃を耐え切って、私の突きを拳でガードする と、私の腹に蹴りを放ってきた。 「うおあああ!!!」  私は、腹を押さえて蹲る。決まったと思ったのだが! 「うむ。ここまでだな。」  赤毘車殿が、制止する。油断した・・・。 「ふぅ・・・。ショアン。今の攻めは、決して甘く無かったぞ。」  ネイガ殿は褒めていた。しかし、負けてしまったな。 「最後に油断しました・・・。まだまだです。」  私は反省しきりだった。まだまだ実力が伴ってないのだから、仕方が無い。 「何を言っているんだ。お前は、神である私に、最後の最後に、本気を出させたの だぞ?誇って良いと思うのだがな?課題の攻めは、大分良くなったと思うぞ?」  ネイガ殿が、本気を?それは、本当なのか? 「不思議な顔をしているな。でも本当だ。正直、最後は本気でガードした。じゃな かったら、倒れていたのは私だ。」  そうか・・・。私の攻めで、本気を・・・。 「有難う御座います。私が、此処まで強くなれているのは、貴方のおかげです。」  私は、本当にそう思った。士殿と言い、私は師に恵まれている。 「お前が強くなれば、私の負担が減る。喜ばしいのは、こっちだ。」  ネイガ殿は、私をパートナーとして、認め始めている。嬉しい事だ。 「良い動きを見せてくれますね。ショアン。」  後ろから睦月の声がする。また来ていたのか。 「私も、本気で優勝を狙いたいからな。やるだけやってみせる。」  私は、睦月に優しい顔で話しかけてやった。 「楽しみにしてます。そこで伸びてる葉月にもね。」  睦月は、葉月にも声を掛ける。 「ううう。姉さん厳しい・・・。赤毘車さんは、もっと厳しい・・・。」  葉月は、私とネイガの闘いの間、赤毘車殿と手合わせをしていたのだが、結果は この通りだ。赤毘車殿も容赦が無いからな。 「私の弐の太刀を合気道で対応したまでは、褒めてやるがな。その後の衝撃波に対 する対応がまだまだだったな。受けた後、後ろに回られる事を想定しなくてはな。」  赤毘車殿は、的確なアドバイスを送る。さすがであるな。 「気合入ってますね。・・・ああ。そうそう。悪いニュースがあるんですが。」  睦月は、神妙な顔をする。どうしたのだろうか? 「・・・今朝方、参加を決めたタッグがあります。・・・一条 大二郎(だいじろ う)と、藤堂 秋月(しゅうげつ)の組よ。」  ・・・何と・・・。その名は・・・。 「姉さん!お爺様が!?それに大二郎様も!?」  葉月は驚いていた。そうだ。その名前は、江里香の祖父である一条流空手の総帥 の一条 大二郎と、藤堂流合気道の前継承者の藤堂 秋月だった。 「まさか、この二人が手を組むなんて。何が起こるか、分かりませんね。」  睦月は、呆れていた。だが、この二人とて強敵には違いない。 「強いのか?その二人は?」  ネイガ殿は、葉月に尋ねている。 「そうですね。人間の技量と言う点では、抜きん出てる二人です。敵に力を出させ ない事では、お爺様は、最高の技量をお持ちの筈です。大二郎様は、江里香さんを 更に攻撃的にした感じの技をお持ちです。」  葉月は、知っている限りの情報を出す。 「面白いな。技を極めた人間か。台風の目になりそうだな。」  赤毘車殿は、楽しそうにしている。 「葉月。あの爺には、遠慮は要らないです。当たったら、全力で相手するのよ。」  睦月は、秋月の事が、大嫌いだからな・・・。 「力は尽くしますけど・・・。余り当たりたくないです。」  葉月は、闘い難そうだった。秋月と言えば、技を窮める為に家族をも捨てた男だ と、睦月は教えてくれた。その技の凄さは、葉月も良く知っているのだろう。 「秋月殿の技、大二郎殿の力・・・。中々強敵ですな。」  私は、単なる力だけなら、私の仲間の方が強いと思っている。だが、技を組み合 わせて、こちらの力を封じた時の強さが計り知れないのだ。それが出来るだけの技 量を、この二人は持ち合わせている。 「ところでジュダ殿は、何処に行ったのですか?」  私は、ジュダ殿の行方が気になっていた。何せ、魁が一緒の筈だ。 「アイツは、リーゼル星と言う星に派遣中だ。」  赤毘車殿は、聞き慣れない言葉を言う。リーゼル星? 「星を救いに行ったのだよ。リーゼル星は、君達の言う所の爬虫類が、進化して知 能を持った種族が、支配している星だ。」  ネイガ殿が説明してくれた。そうか。ジュダ殿も、ソクトアばかりに気を掛ける 訳にも行かないのだろう。それにしても、魁も一緒なのか? 「魁さんも一緒なんですか?」  葉月が、私と同じ疑問を持ったらしい。 「一緒だな。何でも、その仕事を手伝わせる事で、修行代わりにするんだとか。全 く、恐ろしい事をする。私なんかより、よっぽど厳しいな。アイツは。」  赤毘車殿は、呆れている。神の仕事を手伝うと言うのは、どれ程の物なのだろう か?やはり、厳しいのだろうか? 「どんな事をするのですかな?」  私は尋ねてみる。やはり、何をするのかが気になる。 「そうだな。リーゼル星なら、今は大噴火の危機に陥ってる筈だ。過去にも何度か あったのだが、今回のは、地表を覆う程の噴火レベルだと言う話だった筈だ。」  大噴火!?それを止める仕事だとでも言うのか?そんな事、どうやって・・・。 「ジュダ様ならば、マントルに直接、神気を送り込む事で、止める事が可能だが、 神気を満たすには、魂の力が結集しなければ、難しいだろうな。」  ネイガ殿も、説明に加わる。魂の力か・・・。 「あの星の連中は、古くからの掟があってな。火山信仰と呼ばれていて、火山と共 に生き、火山と共に死すと言う考え方がある。なので、魂の力が全く集まらない事 態に陥っているらしい。」  協力する気が無いのなら、魂の力が集まらないのも道理だ。魂の力が、大きな力 添えになるのは、私達も経験している。 「その説得を手伝わせてるのかもな。ジュダも酷な事をする。」  赤毘車殿は、目を伏せる。掟を守ろうとしている人々を変えさせると言うのか。 「ジュダ様も考えあっての事でしょう。あの方は、不可能だと思う事は、させない 筈です。つまり、努力すれば何とかなるレベルなのでしょう。」  ネイガ殿は、ジュダ殿の性格を知り尽くしている。 「なら、心配要らないですね。」  睦月は、即答する。魁殿の事を信頼しているのか? 「そうですねー。魁さんは、ああ見えて、何とかしちゃう人ですからね。」  葉月も同意権のようだ。信頼されているんだな。 「魁殿は、そんなに凄いのか?」  申し訳ないが、私には、そんなに大人物には見えない。 「いや、全然です。」  睦月は、またしても即答する。それも酷いな。 「全然なんだけど、何とかしちゃう人なんですよ。不思議でしょう?」  睦月は、魁との付き合いも、もう4ヶ月程になる。どう言う人物なのか、分かっ ているようだ。士殿とは違う信頼を、勝ち得ているようだな。 「何をやるにも一生懸命だからねー。魁さんは。」  葉月が、具体的に言ってくれる。一生懸命にやるので、不可能では無いレベルな らば、何とかしてしまうのだろうな。 「それに説得なら、そこまで力の要る仕事でも無いのでしょう?」  睦月は説得と聞いて、尚更安心しているようだ。 「それなんだが・・・リーゼル星の者達は、自分達より弱い者の言う事など、聞き 入れたりしないのだ。それにあの星は、素でソクトアの2倍の重力だから、生活す るだけでも一苦労だと思うぞ?」  ネイガ殿が説明してくれる。何と過酷な星なのだろう。これは魁殿も大変だな。 「駄目かも知れませんね。」  睦月は、バッサリ言う。相変わらず容赦が無いな。 「姉さん・・・。まぁ、信じて待ちましょうよ。」  葉月がフォローを入れる。何と言うか、信頼されてるのか、信頼されて無いのか、 分からぬ奴だ。不思議な奴だな。  私も応援しているから、頑張るのだぞ。魁殿。  魔力を溜める事が出来、溜めた魔力を光線のように撃ち出す事が出来る銃。それ がライティングだ。概要を話して、この銃の大会での許可申請を出したら、条件付 で携帯が許された。それは、相手側の了承を得た時のみと言う条件らしい。まぁ当 然か。これは凄まじい武器になるだろうし、対応出来る奴でしか、対応出来ないだ ろうしな。俺だって人殺しをしたい訳じゃねぇ。  ま、切り札程度に思っておけば良い。実戦で本当に使うのは、鏃の無い矢だろう な。俺は遠距離攻撃が得意だと言ったら、矢を用意してくれた。しかも小回りの利 くボウガンだ。これは有難い。これなら俺の特色を損なわずに闘えるだろう。  で、相棒のゼリンは『重力』のルールに磨きを掛けている。扱えるフィールド全 てに掛けるのでは無く、特定の人物にだけ掛けられるように範囲を圧縮する技術を 身に付けている。器用な事を試す奴だ。何でも、周りに被害を及ぼしたく無いそう で、飽くまで狙いを付ける為だとか。  ゼリンは、色々負い目があるからな。巻き込むような闘いはしたく無いんだろう な。だが、それが、裏目に出なきゃ良いがな。  それにしても・・・今日は、此処で待ち合わせって・・・。爽天学園の裏山かよ。 夜は、余り人が寄り付かない所なんだがな。誰と待ち合わせだと聞いても、楽しみ にしていろとしか、言わないし、何考えてやがるんだ。ゼリンは・・・。 「不満か?私を信用出来ないのは、無理も無い話だが・・・。」  ゼリンが、また自信が無さそうな声で言う。 「お前は、いつまで言わせるんだ。パートナーになった時点で、信用しているに決 まってるだろ?卑屈になる考えは止めろ。」  俺は一言、伝えておく。ゼリンは、罪の意識が強過ぎて、躊躇する事が多い。 「有難う。私を信用してくれるのは、とても嬉しい。」  ゼリンは、本当に嬉しそうな顔をする。こんな顔が出来る癖に、暗い顔するんじ ゃねーっての。その辺は、俺が注意すれば良いか。 「お。来たようだぞ。」  ゼリンは、何かを察知して、俺に報せる。確かに何かの気配がした。  誰かが、闇の中から姿を現した。・・・コイツは・・・。 「久しいな。ゼリン。主も『闘式』に参加するようだな。」  ソイツは、親しげに話している。 「お主が、ゼリンのパートナーだな?妹を宜しく頼む。」  ソイツは握手してきた。俺は応じる。そう。ゼリンの兄貴であり、北神の毘沙丸 さんだったっけな。俺も、神の知り合いが多くなってきたな。 「グリードだ。大会で当たった時は、全力でお願いするぜ。」  俺は、手加減してもらおう何て考えて無かった。 「中々大した自信ですね。私も全力でお相手します。」  もう一人居たが、こっちも見覚えがあった。 「確かアインさんだっけ?宜しく頼むぜ。」  俺は、アインさんにも握手をする。『聖騎士』の異名を持つ天人だ。 「兄様にアイン。良く来てくれた。今日の特訓は、充実した物になるだろう。」  ゼリンは、にこやかに応対する。コイツ、こんな顔も出来るんだな・・・って。 「おい。特訓とか聞いて無いぞ?」  俺は、聞き逃せない言葉が出てきたので、文句を言う。 「え?この時期に兄様とアインを呼び出すと言ったら、特訓しか無いだろう?」  ゼリンは、さも当然と言わんばかりだ。コイツ・・・。本気で言っているんだろ うな。天然な所があるからなぁ・・・。 「あのな・・・。別に反対はしないけどさ。俺に何も言わずに決めるのは、どうか と思うんだが?特訓の為に此処に来たと言われれば、俺だって納得するぞ。」  俺は、一応釘を刺しておく。何も言わずに決められるのは、些かな・・・。 「はう。済まない・・・。グリードなら反対しないだろうって思って、つい・・・。」  ゼリンは、頭を下げる。本当に天然な所があるな・・・。 「いや、分かりゃ良いんだ。特訓自体は賛成だしな。」  俺も、『闘式』のレベルを考えたら、特訓した方が良いと思っている。 「成程。拙との修行だな。こちらとしても、望む所である。」  毘沙丸さんは、結構乗り気だな。こりゃ気合入れないと。 「そう言えば、父さんは、魁君と組んだって本当なんですか?」  ゼリンは、その報告を聞いて驚いていた。俺も驚いたけどな。 「はい。今、桜川 魁と共に、リーゼル星の救済を手伝わせているそうです。」  アインさんが、説明してくれた。アイツ、違う星に居るのか。 「リ、リーゼル星!?」  ゼリンは、突然大きな声を上げる。何だ? 「その、リーゼルって星、知ってるのか?」  俺は、全く情報が無いので、聞いてみる事にした。 「ああ。活火山が多く、火山崇拝で知られている星で、トカゲなどの爬虫類が進化 した生物が、覇権を握っている。リーゼル星人は、火山と共に生き、火山と共に死 すと言う掟がある。今は確か・・・。」  ゼリンは、思い出しながら言う。何だか俺達の想像とは掛け離れた星みたいだな。 「活火山が活発過ぎて、今度こそ滅びそうなのだ。父上は、説得と活火山の鎮火を 担当する予定であった。拙が聞く限り、説得が魁の仕事だそうだ。」  毘沙丸さんは、追加説明してくれた。火山崇拝の奴等の説得って・・・。また面 倒な事に巻き込まれているな。アイツは・・・。 「あの星は、火山活動が活発な為、気温がソクトアより10度程高いのです。それ に、星自体の質量も、ソクトアより大きいから、重力が2倍程ある筈です。」  アインさんが、更に説明を加える。もしかして・・・。 「お前の『ルール』を食らった時の状態が続くって事?」  俺は、ゼリンに尋ねてみた。すると、首を縦に振る。マジかよ・・・。 「体感させると、こんな感じだ。・・・『重力』のルール!」  ゼリンは、『重力』のルールを俺に向かって放つ。ってちょっと待て・・・。 「あ・・・ぐ・・・が!!こりゃきつい!!分かった!分かったよ!!」  俺は、止める様に合図をする。・・・コイツ、いきなり浴びせる奴があるか! 「お、お前ね・・・。分かり易いけど・・・いきなりやるな!!」  俺は、肩で息をした、って言うか、ライティングを背負ったままなので、肩が、 ぶっ壊れるかと思った・・・。 「あ・・・。済まない。すぐ分かるかと思って・・・。」  ゼリンは、本当に申し訳無さそうに謝る。コイツ、悪気は無いんだろうな・・・。 それだけに、怒るに怒れない。 「その魁と言う人間、大丈夫なのでしょうか?聞けば、戦闘の心得も無いとか。」  アインさんは、心配しているようだ。まぁ分からなくも無いな。 「まぁ、何とかなるんじゃないっすか?ああ見えて魁は、やる男ですよ。」  俺は、心配していなかった。魁は、瞬とか俊男みたいに安心出来る強さがある訳 じゃない。だけど、現状で出来る事を最大限に活かそうとする。自分が何が出来る のか、正確に把握してる男だ。 「彼は、強い訳じゃない。だけど、人間の魅力が詰まった男です。だから、私も安 心です。父さんが選んだのも分かる気がします。」  ゼリンも、ここ最近は、魁の事を良く見ている。だから、魁の良さを分かってい るのだろう。不安と期待を同時に感じる奴だよな。 「父さんが説得を頼んだと言うのなら、頑張れば何とかなると思っているからでし ょう。それならば、彼はクリア出来ると思います。」  ゼリンは、ジュダさんが何も考えずに魁を選んだ訳じゃないと思っているようだ。 修行にもなるし、説得も出来ると思ったから、その星に行かせたのだろう。 「しかし説得ってだけで修行になるのか?」  俺は、修行と言うと、もっと体を鍛える事だと思っていたのだが。 「リーゼル星人は、強さが無い者には厳しい。上下関係が激しいからな。その中で 説得を行わせるとなれば、良い修行になると思うぞ。」  ゼリンは説明を加える。つまり強くならなきゃ、話すら聞いてもらえないと言う 事か。となると、是が非でも強くならなきゃ駄目な訳だ。 「ま、魁なら、気合と根性で強くなるだろうな。手強くなりそうだ。」  俺は、魁が成長するだろう事を予見する。 「魁は、現状で出来る努力を全てする男だ。心配要らない。」  ゼリンも、安心しているようだ。 「これは、油断出来ぬ相手のようだな。そう言う相手は、とてもやり難い。何せ、 何をしてくるか分からぬからな。」  毘沙丸さんは、警戒を強めたようだ。 「ジュダ様だけを警戒する方針でしたが、考えを改めないと駄目ですね。」  アインさんも、やり辛い相手だと認識を変えたようだ。  ・・・魁。気張って強くなれよ。俺も、お前に負けねぇように、強くなってみせ るからな。その為にも、まずは特訓からだな。  母なる灼熱の大地は、恵みの元であり、敬うべし。  噴火は命の象徴であり、新たなる生命の覇道と知れ。  リーゼルに生きる子らは、全てに於いて、火山の恵みと共にあると誓え。  ・・・これが掟だそうだ。火山とは強さの象徴であり、灼熱の大地から芽吹く植 物で、食物連鎖が置き、リーゼル星の生活を支えているのだから、当然と言えば当 然なのだが・・・。生き物は何かを食べなければ生きていけないので、それを支え ている火山は、この星の象徴なのだろう。  だが現在の周期は、この星を呑み込む程の噴火になると予想されている。ジュダ さんの目測でも、あと3週間が限度らしい。  俺は、ここに来て1週間は、自分を鍛え上げる事に専念した。それは、話すら聞 いてもらえないからだ。火山崇拝の原理に、強さに頼っていると言う事もある。だ から、この星では、強さ無き者は、意見を聞いてもらえないのだ。  ここで生活する為に、ここでの掟や、基本の考え方などを、教えてもらった。食 事などは、慣れるのが大変だったが、慣れると案外食べられる物だった。  この星の戦士とも手合わせを願った。最初こそボロボロにされたが、一昨日辺り から、付いていけるようになっていた。それも、アイツ等との修行の成果が出てい るのかも知れない。確かに戦士は強かったが、アイツ等のような圧倒的な強さは、 持ち合わせていない。弱音さえ吐かなければ、何とかなるレベルだった。 「ここだぁ!!」  俺は、この星の戦闘術である棍棒術を駆使して、戦士を倒す。棍棒術は、棍棒と 盾を組み合わせた戦闘技術で、剣一つで何とかするソクトアの剣術とは、趣が違う。 弾くのに見切りが必要な剣術と違い、盾で確実に防御してから棍棒で圧倒すると言 う技術なので、理に叶っていると思った。ソクトアは、剣術ばかりが発達している 傾向にある。防ぐのも鎧や小手などで、斬られても躱すと言う形態が多い。盾によ る回避は、昔はあったそうだが、剣術の圧倒的な冴えにジリ貧となり、躱す技術が 発達した為、廃れて行ったと言う歴史がある。  と言うのも、ソクトアで一時期流行った盾は、鉄製の大きな盾で、体を全面守る タイプなので、素早く動けないからだ。しかし、リーゼル星の技術は違う。受ける 面の要所要所だけを鉄で強化した軽い木の盾を使って、確実に攻撃を防いだ後に、 棍棒の一撃を入れるのだが、そこにも工夫がある。体の動かし方一つで、盾で防ぐ 動きと棍棒を振る動きをミックスさせているのだ。だから、攻撃と防御が同時に出 来る。後は、その組み合わせ次第で、幾らでも攻撃手段が増えると言う訳だ。 「ぐぅ!降参だ!」  戦士は、俺の一撃を腹に食らって、降参する。 「信じられん・・・。魁は、本当に神では無いのか?」  戦士は、腹を抑えながら、俺に言う。 「俺は・・・自分の星でも弱い方ですよ。」  嘘では無かった。誰よりも弱い心で、力も無かったからこそ、出来る事を全部や ってきたんだ。おかげで、少しは闘えるようになった。 「成長速度が、普通じゃ無いんだ・・・。君は。」  戦士は、俺の成長速度に驚いていた。でも慣れてきたから、この動きが出来るの であって、最初はボコボコにされたしなぁ。 「魁すっげー!俺、最初は駄目な奴だと思ったけど、すげーんだな!」  子供が、目を輝かせている。最初は駄目な奴って・・・酷い言われようだな。 「ま、俺っちに掛かれば、こんな物よ!」  俺は、おどけてみせる。そして笑いあう。リーゼルの人達は、顔こそ爬虫類で怖 いけど、話すと、とても良い奴等だった。  こんな気の良い奴等が、滅びるかも知れない危機なら、放って置けねーよ。 「君に戦闘訓練を施して、本当に良かったと思っている。・・・我等の技術が、世 に残せるのだからな。しかし、5日程で覚えるとは、呑み込みが速いな。」  リーゼルの戦士ザインは、俺に戦闘技術を教えてくれた師匠だ。と言っても、俺 の性に合っていたのか、短期間で覚えちまったけどな。何て言うか、早く覚えない と、この人達を説得出来ないと思って、死に物狂いで覚えたのだ。  聞いての通りザインは、この星が滅びると、勘付いているしな・・・。 「・・・ザイン。俺っちが、意見を通すには、後どれくらい強くなれば良いんだ?」  俺は、ザインに聞いてみる。ザインは、この村の戦士だ。だから、どれくらいに なれば、話を聞いて貰えるか、目安は分かっている。 「またその話か?我等の掟に口を出すのなら、長老に認められなければならない。 となると、戦士長のレーデル様に勝たなくては駄目だろうな。」  レーデル様・・・。って確か、最初にこの村に来た時に、睨み付けてた怖い奴か。 体も他の奴よりでかいし、おっかねえなぁ。 「結構無茶があるぜ・・・。」  俺は、幾ら強くなったからと言って、最近の事だ。レーデルは、聞いた話による と、この星の歴戦の勇者だって話だ。そんな奴を相手に勝てるかよ・・・。 「レーデル様は、本当に強い。しかも知り合いだからと言って、手を抜くような方 でも無い。・・・魁。君は優しいから、この星の運命を変えようとしているのだろ う?だが我等は、掟に従うつもりだ。君は母星に戻った方が良い・・・。」  ザインは、俺がどう言う事を言うのか、見抜いていた。そりゃそうだ。掟で皆が 死ななきゃならないなんて、納得出来ないんだ・・・。でも、俺に出来る事は限度 がある・・・。この星の技術は、何とか覚えたし、ソクトアに帰るのもありか? 「魁さぁ。何でそんな顔してんだよー。って言うか、何か言いたい事有るのか?」  コイツは、俺と仲良くなった子供のルードだ。 「俺は大人だからな!大人の話って奴を、長老としてみたいんだよ!」  俺は、適当に誤魔化す。ルードは、この星が滅びるなんて、知らないのだ。本当 の話など出来ない。・・・悲しい顔をさせたくない。 「何だよー。魁だって子供だろー?大人ぶっちゃって、つまんねーぞー。」  ルードは、文句を言う。口の減らない奴だ。 「お前も、俺のように一人前の戦士になったら、大人ぶれるぞー?」  俺は、軽口を叩く。こんな時こそ、明るい話題にしたいのだ。 「言ったな?俺、ぜってー強くなるかんな!楽しみにしてろよ!」 「ああ。・・・待ってるぜ。」  俺は、明るく振舞う。しかし、このままでは、叶わない願いなのだ。・・・こん なのありかよ?あんな子供が、何も知らないまま死んじまうってのかよ・・・。  向こうでは、母親が赤ん坊をあやしている。あんな赤ん坊まで、犠牲になるって のかよ!!やっぱり、ありえねーよ!! 「ザイン・・・。俺やっぱり、駄目だ。このままじゃ帰れない・・・。お前等と知 り合ったなら、見捨てて逃げるなんて、出来ない・・・。」  俺は、このまま何もせずに逃げるなんて、出来なかった。 「お前は・・・。お節介な奴だな。全く・・・。なら、構えろ!どこまでやれるか 知らんが、レーデル様に少しでも近付ける様に、鍛えてやる!」  ザインは、修行再開の合図をする。口では文句を言ってても、俺に協力してくれ るようだ。これだからな・・・。やっぱり俺は、コイツ等を見捨てられねーわ。  どうなるか分からない・・・けど、出来る事をやってやる!!  順調に力を取り戻しつつある。魔界に居た頃の9割は戻っている。絶対量が多い 余は、純粋に力を取り戻すのに、時間が掛かるのだ。ワイスなども、苦戦している ようだな。修行で取り戻しつつも、瞬間的な力は、魔界に居た頃よりも強くする。  それが、最終目標だ。そして、混沌の夜明けである『覇道』を提唱する。それが、 余の目標だ。魔界よりも一筋縄では行かない敵が、このソクトアには居る。確かに 大変かも知れぬ。・・・だが、それが良いのだ。困難無き達成など、何の価値があ ろうか。このソクトアの覇権を握る事こそ、悲願なのだ。魔界の覇権は握った。そ れなりに価値はあったが、今の魔界は、余に媚びている。そのような世界だけで満 足するような余では無い。  最初に呼ばれた時は、詰まらぬソクトアになったと思っていた。人々の力は、明 らかに衰えていたし、人間は、余達の存在を知らぬとまで来た。何と歯応えの無い 者達であろうか?と思った。呼ばれた時に闘った健蔵や、士達を制すれば、余の覇 権は揺ぎ無いのか・・・と思ってさえ居た。  だが、さすがはソクトアであった。主要都市たるセントでは無く、支配を逃れた ガリウロルに実力者が集まっていたのだ。そこには神の姿もあり、余と覇権を争う に相応しい者共が、揃っていたのだ。こうでなくてはならぬ。 「御方様。また、考え事ですじゃ?」  妻が話し掛けてきた。思えばエイハも、余と長年付き添っているが、文句は無い のだろうか?余の考えばかり優先してきたからな。 「エイハよ。・・・今更聞くのも、何だがな。貴公は、余と居て満足か?」  余は魔界では、絶対に聞かぬような事を言う。ここはソクトアだから、魔界の時 のように、絶えず威光を示す必要が無いからだ。 「ほんに今更じゃな。此方は、御身と一緒に居たから、幸せなのじゃ。・・・この ような些事な事を聞くなど・・・らしくないですじゃ。」  エイハは、一点の曇りも無い目で、返してきた。 「何故、そこまで余に従う?余は、勝手気侭に振舞って来たと言うに。」  余は、今の内に、胸の内を聞いておこうと思っていた。 「・・・ほんに、らしくないのう。此方は、そんな気侭な御身だからこそ、惚れた のじゃ。・・・他の魔族とは、全てに於いて、スケールが違うからじゃ。こ、この ような事、今の今になって、言わせるで無い!恥ずかしいではないか・・・。」  エイハは、頭に血が昇ったのか、頬を青く染めていた。 「御身は、此方の副官の時から、目線が違っていたのじゃ。此方に従うだけの魔族 は数あれど、『覇道』を見据えて、魔族のあり方を提議する御方など、ケイオス様 だけだったのじゃ。・・・思えば、それを聞いた時から、此方は、御身以外の魔族 に興味が持てなくなってしまっていたのう。」  余が副官だった時、既にエイハには、『覇道』の夢を言い聞かせていたな。 「デイビッドを殺したのも、余だぞ?」  余は、デイビッドの事を引き合いに出す。 「兄は、御身と引き合いに出す程の存在じゃないですじゃ。利用で出来る物は利用し、 夢も持たずに、上に立ちたいだけのクズだったのじゃ。・・・まるで、父そっくり だったのじゃ・・・。此方は父のようには、なりとうない・・・。」  魔神レイモスの事か。人間に憑依するのを得意としていたな。この前、人間共に 敗れ、竜神の息子に消滅させられたと聞いたがな。 「そうか。余の気にし過ぎであったな。『覇道』の成就が近いからか、どうにも色 々な事が気になっていかんな。」  余が、この『闘式』に勝てば、『覇道』を為すのに十分な戦力が整うだろう。そ うなれば、色々な事が前進するに違いない。 「御方様、勝利は此方達の目の前ですじゃ。でも、油断は禁物ですえ?」  ああ。やはりこの女は、そう来るか。余を油断させる事が無いな。 「当然だ。『闘式』は、余が必ず優勝する。」  負ける気も無いし、負ける要素も見当たらぬ。 「だが、負けるとすれば・・・あの女か・・・。」  余は、一つだけ気になっていた。あの女の目は、本物であった。 「・・・恵とか申す者ですかえ?」  エイハも気が付いていたようだ。そうだ。あの小娘は、あの歳で余と対等の話し 合いをしてきた。そして、この余を相手に言い返してきた時の、あの眼は本物であ る。余を見据えて、あそこまで言える女など、何処まで居ようか。 「うむ。久し振りに余の心を躍らせた。妾にしたいと思う。」  余は、あのような心を持つ女こそ、欲しいと思っていた。 「・・・どうした?不満を言っても良いのだぞ?」  余は、エイハに堂々と言ったのには、ちゃんと理由があった。この女には隠し事 は、するまいと思ったからだ。 「御方様は、それを堂々と言うだけの価値がある御方じゃ。此方は、反対せぬ。」  エイハは意外にも、反対しなかった。いや、この女だからこそか。 「そうか。ならば、挨拶をせねばならぬな。」  余は、これから挨拶しに行くつもりで居た。一切の隠し事をするつもりは無い。 だから、堂々と宣言を行うのだ。それが余のやり方である。  それに・・・その方が、戦況は面白くなるであろうからな・・・。  4月に入って、爽天学園では、新たな学期が始まったが、相変わらずの修行三昧 だった。私は、瞬君と死ぬような想いで特訓を続けている。『闘式』には、爺様も 出ると言うので、尚一層の気迫が求められる。あの爺様は、あの歳でも一条流のト ップに立つ化け物だ。今の私じゃ敵わないかも知れない。  しかも組んだ相手が、藤堂流の・・・睦月さんと葉月さんの祖父なんだとか。こ のソクトアでも稀に見る達人同士が組んだのだ。単純な力だけなら、瞬君と私の方 が上かも知れないが、技の冴えで翻弄される可能性は、大いにある。  そんな訳で、瞬君と恵さん、トシ君を交えて特訓中である。さすがに恵さんとト シ君は、成長が早い。瞬君ともほぼ互角だ。私も辛うじて付いて行ってるが、足手 纏いにならないように必死になっている。  今日は、4人で森に来ている。私も徐々に腕を上げてきているが、中々追いつか ない。恵さんとトシ君は、レイクさん、ファリアさんとも特訓をしているらしく、 凄い速度で成長している。さすがだなー・・・。 「フッ!!ハアアア!!!」  瞬君とトシ君は、打ち合いを続けている。 「俊男さん。左よ!」  恵さんは、瞬君打倒の為にアドバイスを与えている。その瞬間、トシ君の動きも 良くなる。と言うか左と言っただけで、瞬君の右正拳を躱して、反撃するとか、ト シ君の対応力も尋常じゃなくなっている。 「瞬君!トシ君の掌底が来る!」  私も負けじと予測する。一応パートナーだしね。 「ハイィィ!!!」  瞬君は、私のアドバイスを受けて、肘で掌底を止めて、防御する。  どちらも高レベルだ。私達もアドバイスを送るだけで、参考になる。 「さすがだね。瞬君。対応の早さが、前とは段違いだ。」 「何言ってやがる。それに難なく付いて来てるのは、お前だろうが。」  トシ君も瞬君も、お互いの力を認めている。  ん?何か・・・妙な力を感じた。・・・って、何これ・・・。  物凄く大きな物に包まれるような力・・・。これは、瘴気? 「・・・そこね・・・。フッ!!」  恵さんが、力の根源に気が付いて、闘気弾を投げつける。  すると、そこから何か扉のような物が開いて、誰かが出てくる。 「フッ。さすがに、余の瘴気は覆い隠せなかったか。」  これは・・・誰?見ただけで、恐怖を感じるような強さだ・・・。何よこれ。 「ケイオスね・・・。何をしに来たのかしら?」  恵さんが、名前を言う。ケイオスって、今回の魔族の最大の敵で、『覇道』を掲 げてたって言う?こんな奴が相手なの? 「名前を覚えてもらって光栄だ。魔族の血を引きし高貴なる者よ。」  ケイオスは、恵さんの事を、高貴なる者と呼ぶ。 「魔族ってだけで高貴なのかしら?訳の分からない基準ね。」  恵さんは、涼しい顔で言う。さすがに肝が据わっている。 「そうではない。貴公が高貴だと思う理由は、その精神性の高さだ。現状で満足せ ず、より高みに入ろうと言う精神。全てが高レベルで行使出来るのに、それでも由 としない向上心。その精神性は、評価に値する。」  ケイオスは、相当に恵さんの事を評価しているようだ。まぁ恵さんは、確かに凄 いと思うけど、魔族の親玉に言われる程とはね。 「評価して戴いたのは、光栄ですけど、私は、現状では満足出来ませんので、修行 を止めたりしませんわ。」  恵さんは、向上心が凄いからね。私もついて行くのが精一杯だ。 「その向上心、余の傍に置くに相応しい気高さよ。・・・どうだ?余の妾にならぬ か?余は、貴公のような人材を欲しているのだ。」  ・・・え?妾?ってあ、あ、愛人になれって言う事? 「・・・良くもまぁ、そんな事を普通に言えるのね。私は、誰の物にもなるつもり は無いわ。私の相手は私が選ぶ。それは、決して貴方では無いわね。」  恵さんは、正面でケイオスを見据えながら話す。 「フハハハハ!そうよな!いきなり申し込んで、承諾をする程、貴公は甘く無い。 ならば、余が『闘式』で優勝した暁には、この申し出を受けてもらう。それを宣言 しに来たのだ。余は隠し事が嫌いなのでな。」  ケイオスは、本気なのだろう。恵さんの事を本気で欲しがっている。ここまで、 堂々と奪う宣言をするとは、何処まで肝が据わっているのだろう・・・。 「ケイオス!・・・恵さんは、渡さない!お前に優勝などさせないぞ!!」  トシ君は、毛を逆立てて怒っていた。 「そうよ。私には、もう俊男さんが居ますわ。」  恵さんも、涼しい顔でトシ君の事を紹介する。 「成程。貴公も中々の逸材。失うには惜しい人材よな。・・・だが貴公では、まだ 余には勝てぬ。『闘式』の勝者の権利は知っておろう?」  ケイオスは、有無を言わさない気だ。これは、本気ね・・・。 「させない!僕は、お前を倒して優勝してみせる!!!」  トシ君は、ケイオスを睨みつけていた。 「その意気や由。貴公ならば、余の近衛隊に入れる実力はある。そこに入ってもら おう。そうすれば、恵とも離れる事は無いぞ?」  ケイオスは、自分が勝つ事が前提で話している。凄い自信ね。 「全く・・・。俊男さんは、貴方に負けたりしないわよ。」  恵さんは、信じているようだ。しかし、ケイオスから感じる力は、相当な物だ。 「フッ。大会が終われば、否が応でも従ってもらう。ま、余の用事はこれだけだ。 修行の励みにするが良い。」  ケイオスは、悠然と去っていこうとする。 「待て!恵さんを妾にする発言を取り消せ!!恵さんを侮辱するなら、僕は絶対に 許さない!!」  トシ君は、恵さんを愛人にすると言うケイオスが許せないのだろう。 「取り消すつもりは無い。余は気に入った者は、必ず手に入れる。」  ケイオスは、そのまま去ろうとする。 「取り消せって言ってるんだ!!!」  トシ君は、我慢出来ずに飛び掛る。そして、トシ君の得意技である掌底を放つ! だが、トシ君の渾身の掌底を、ケイオスは、指一本で、止めて見せた。 「フッ。非力よな。余に勝つのならば、この力のまま挑まぬ事だ。」  ケイオスは、そのまま跳ね返すと、デコピンでトシ君を跳ね返す。トシ君は、と んでもないパワーで吹き飛んでいった。・・・なんて力なの・・・。 「楽しみにしておるぞ。フハハハハハ!!」  ケイオスは、高笑いをしながら消えて行く。 「お、おい!俊男!大丈夫か!!」  瞬君が真っ先に心配する。すると、トシ君は、拳を地面に打ちつける。それも、 一度じゃない。何度でもだ。すると、地面が抉れてきた。 「クソ!!クソォ!!!こんな力があっても、アイツには敵わないって言うのか!」  トシ君は、尋常じゃない悔しがり方をする。こんなトシ君は、初めて見た。 「僕は悔しい!恵さんを物のように扱おうとするアイツが、許せない!!」  トシ君は、恵さんが受けた侮辱の事で、悔しがっているようだ。 「俊男さん・・・。大丈夫。私は従わないし、私達は、絶対に勝つのよ。」  恵さんは、強い眼をしていた。あんな想いをしても、まだこれだけ言えるのだか ら、凄い精神力よね。ケイオスが気に入った訳も分かる。 「トシ君。アイツにだけは勝たせちゃいけない・・・。頑張ろう。」  私は、トシ君を励ます。修行して、強くなるしか無いんだ。 「・・・そうだね・・・。強くなるしか無いんだ・・・。」  トシ君は、何かを決意したような眼をする。  ケイオスの力の片鱗を知った・・・。私達は、負けられない闘いを強いられるよ うだ。ケイオスに勝たせる訳にはいかないと、私達も、強く想った。  最近、魁君と会ってないせいか、どうにも気が浮かない。魁君と会えないのは、 とても辛い・・・。でも魁君は、ジュダさんと一緒にどこかで頑張っている。私は、 頑張ってる魁君に、エールを送るのが筋だ。  魁君も、葵ちゃんも凄いなぁ・・・。あんな恐ろしい大会に出場するなんて、私 には真似が出来ない。でも私は私で、闘おうと思っている。皆の修行の手伝いに、 大会での応援くらいは出来る。皆も必死なのだから、それに応えなきゃね。  だけど・・・最近、トシ兄の様子がおかしい。恵様の名前を叫んだと思ったら、 悪夢でも見たのか、振り払うようにしている。森に修行に行ってから、どうにも様 子がおかしいのだ。何があったんだろう?  私は、ノックをして、トシ兄の部屋に入る。トシ兄は、明るく振舞っていたが、 顔が冴えない。本当に気が滅入る。 「ねぇ。トシ兄。どうしたの?何があったの?」  私は、トシ兄に尋ねてみる。私は自分が困っている時、トシ兄に相談して助けて もらった。トシ兄が魔神に付け込まれたりと大変だったけどね。  ・・・今度は私が助けたいのだ。 「・・・莉奈。・・・僕は今、追い詰められているんだ・・・。」  トシ兄は、眼を細める。そして、森の中での出来事を話してくれた。  ・・・まさか、魔族の親玉が、恵様を愛人にしようとするなんて・・・。 「トシ兄が怒るのも、無理は無いよ!酷いよ・・・。恵様は物じゃないのに!」  私も怒っていた。堂々と奪いに来るなんて、大胆だけど、言って良い事と悪い事 がある。愛人にしたいだなんて、ふざけている。 「でも・・・このままじゃ敵わないんだ・・・。強いんだよ・・・。」  トシ兄は、一撃を受けて、思い知ったようだ。相手に強さが・・・。 「トシ兄・・・。辛いんだね・・・。」  私は、トシ兄の頭を撫でてやる。私の大切な兄で恵様の恋人。なのに、それを引 き裂こうとする相手が現れるなんて・・・。 「あれから、何度も夢に見るんだ。・・・僕がケイオスの警備をやってて、毎日の ように悲しげな眼をした恵さんが、ケイオスの部屋に入っていく夢を!!」  トシ兄の悪夢の正体は、ケイオスの事だったのか・・・。 「僕は、このままじゃ、おかしくなってしまいそうだ・・・。」  トシ兄は、自分の手を見詰める。トシ兄は、あんなに強いのに・・・。 「でも、手はあるんだ・・・。」  トシ兄は、眼を細める。何か手がある? 「でも・・・こんな恐ろしい事、本当はしたくない・・・。」  トシ兄が震えている。と言う事は、想像を絶する事なのだろう。 「莉奈・・・。僕は・・・お前の兄じゃなくなるかも知れない・・・。」  ど、どう言う事!?まさか、この前の魔神みたいに・・・? 「トシ兄が、トシ兄じゃ無くなるなんて、嫌だよ!」  私は、あんな想いはしたく無かった。魔神に操られたトシ兄は、見ていられなか ったし・・・。あんなトシ兄は、見たくない。 「でも・・・恵さん・・・。僕は・・・家族を捨ててまでは・・・。」  トシ兄は、迷っているようだ。何か大変な決意なんだろう。・・・私は、こんな トシ兄を見て、何が出来るのだろうか?・・・ここでトシ兄を止めて、恵様を諦め ろとでも言うのだろうか?・・・何それ。トシ兄の枷でしかないじゃない・・・。 「トシ兄・・・。恵様の事、そこまで愛しているの?」  私は、覗き込むように見る。トシ兄は、少し迷ったが、首を縦に振る。 「なら・・・やらなくちゃだよね・・・。恵様の為に!」  私は、私情を殺して応援する事にした。それしか出来ないもん!トシ兄の枷にな りたく無いんだもん。トシ兄の幸せは、恵様と共に有るんだもん・・・。 「何をするのか知らないけど、私、応援してるから!」  そうだ。トシ兄を信じて、応援する事。それが、トシ兄にしてあげられる最大の 労りだ。枷になんかなりたくない! 「・・・ありがとう。お前が妹で、僕は幸せだよ・・・。」  トシ兄は、迷いを捨てた眼をしていた。こうでなくちゃ、トシ兄じゃない。 「うん・・・。私も、トシ兄だから、ここまで頑張れたんだよ?」  私は、トシ兄の役に立てないままなんて嫌だ。決意を歪ませるような真似はしな い。それが、どんな事であっても、応援しようと思う。  昼間は、レストラン『聖』を経営し、夕方から修行を開始する。最近では、全員 強くなってきているのを感じる。優勝も近いかも知れないと思ったが、俊男の話を 聞いて愕然とする。  何でも、ケイオスが堂々と宣言しに来たのだと言う。恵を妾にするとか。確かに、 恵は奴が気に入りそうなほど気高いが、乗り込んで堂々と宣言しに来るとは・・・。  そんな中、俺は、俊男に呼び出された。何でも大事な用事があるのだとか。  俺にと言うのが気になったが、グロバスにでも用事が有るのかもな。 (我は、ケイオスの弱点など知らぬぞ。それに、知ってても教えるつもりも無い。)  それを見つけるのも、闘いの内って事か?まぁその意見には、同意だが、奴の話 を聞くくらいは、してやらんとな。  しばらくすると、俊男がやってくる。・・・思い詰めた眼をしてやがるな。 「お待たせしました。夜中に呼び出して、申し訳ありません。」  俊男は、丁寧に挨拶をしてくる。 「堅苦しい挨拶はしなくて良い。それにしても、災難だったな。」  俺は、一応気遣ってやる。俺だって、センリンを妾にする何て言われたら、何を するか分からん。だから、俊男の気持ちは、痛い程分かる。 「ケイオスの力は本物です。・・・デコピン一発でしたが、奴の力の底知れなさを 知りました・・・。あれは、化け物です・・・。」  俊男が化け物と言うくらいだ。余程なんだろうな。 「で?俺の用と言うのは?その化け物の弱点でも教えろって言うのか?」  俺は、核心を聞いてみる。変な駆け引きは得意じゃないしな。 「・・・違います。奴に弱点は無いでしょう。・・・なら、僕が強くなるしか無い。」  ・・・分かっているようだな。だが強くなるのに、俺を指名するってのは? 「俺と修練なら、いつでもやってるだろう?今更、特訓を重ねてもな?」  確かに強くなるだろうが、ケイオスに届くかと言われれば、疑問符だ。 「グロバスさんに、用があります。」  俊男は、やはりグロバスに用事があるようだ。 「分かった・・・。まぁ奴も、余り知らないだろうがな。」  俺は、意識を集中させて、グロバスに意識を渡すようにする。  ・・・  我に用事とは、如何なる用事か・・・。 「待たせたな。我に何が訊きたいのだ?ケイオスの事は、余り知らぬぞ。」  我とて、あの力は脅威だと思っている。あの強靭な意志と力は、計り知れぬ。 「ケイオスの事は、良いんです。僕が強くなる為に必要な物が欲しいんです。」  む?必要な物とな・・・。我に用意出来る物?・・・! (あ、アイツ、まさか!!)  ・・・士も気が付いたのか?だが、我に用事とあれば、これしかあるまい。 「お前は、魔性(ましょう)液を求めているのか?」  我は口に出す。魔性液・・・。それは、魔族になる為の瘴気が詰まった液体であ り、これを飲んで打ち克った者は、魔人(まびと)になれる。 「そうです。・・・元々考えていました。恵さんが魔族と人間のハーフなら、僕が 傍に居るには、魔族にならなくては・・・と。」  俊男の覚悟は、本物のようだな・・・。この時代に魔人になりたがる者が居よう とは・・・。ならば、応えるか・・・。 (おい。そんな簡単にやって良い物なのかよ!)  彼が望んでいるのだ。応える力が我にあるのだから、応えてやるのが流儀ではな いのか?彼が魔族になる事を望んでいるのだぞ?・・・ま、一応訊くか。 「一応、訊いておこう。後悔はしないな?人間に戻れるなどと、甘い期待はしない 事だ。それなりの覚悟があるのならば・・・これを飲むが良い。」  我は、自らの力を搾り取って、グラスに注ぐ。瘴気の塊が液体となって、暗黒色 に染まっていく。昔は、良くやっていた物だが・・・。 「僕は・・・今出来る事を、全てやっておきたい!後で、やっておけば良かったな どと、思いたくない!・・・恵さんを、失いたくないんだ・・・。僕は・・・ケイ オスに、追いつく為に・・・!!!」  俊男は、魔性液を見詰めながら、手を震わす。 「分かった。・・・ならば、せめて、その姿だけでも隠すようにしよう。」  我は、次元の空間を作ってやる。結界も張ってあるので、普通に見つかる事は無 いだろう。そして、この結界の中ならば・・・苦しむ姿を見せる事も無い。 「入るが良い。そして、頑張ると良い。お前のような強者を見れなくなるのは、我 とて望む所では無い。」  我は、結界と扉を用意してやる。これくらいしか出来ぬからな。 「有難う御座います。・・・僕は、必ず戻ってきます。」  俊男は、迷いながらも入っていった。  そして、扉を閉める。・・・もう、我では干渉も出来ぬな。こうなったら、外側 から開かれる事は無い。打ち克つまで、出て来れないだろう。 (俊男・・・。お前、そこまで恵に・・・。)  想いの強さか・・・。これもまた、人間の強さの一つであろう・・・。  我は、そう思わずにはいられぬ。 (無茶しやがる・・・。と、誰か来るみたいだぞ。)  あれは、恵と瞬と江里香か。俊男の事を勘付いたようだな。 「あれは・・・グロバスさん!って事は・・・?」  瞬は、我の事を見て、何が起こったのか予想しているようだな。 「・・・ま、まさか!!」  恵は、気が付いたようだ。さすがに勘が良いな。 「どう言う事?何があったの?」  江里香は、まだ気が付いてないようだ。 「グロバスさん!此処に俊男が来なかったですか?」  瞬が尋ねてきた。まぁ当然の疑問であろうな。 「俊男なら、我に用事があると言って、此処に来た。」  我は、それだけを言う。本当の事を言うのは、少し憚られた。 「・・・用事って、何でしょうか?」  江里香は、俊男が我に用事があると言うのが、珍しいと思ってか、聞いてくる。 「・・・詳しくは、話したくないが・・・俊男なら、そこに居る。」  我は、次元の空間の歪みを指差す。一見すると、普通の景色と同化しているが、 良く見れば分かるようになっている。 「おい!俊男!こんな所で、どうしようと言うんだ!何をしてるんだよ!」  瞬が、歪みに手を伸ばそうとする。しかし、もう中からじゃないと、開けられな いようになっている。俊男の意志もある。俊男には、周りの風景は見えているから だ。なのに出て来ないと言う事は、魔性液と闘っている最中で、その姿を皆に見ら れたくないのだろう。 「・・・俊男さんが望んだのね?」  恵は、我にそれだけ聞く。ああ・・・。本当にこの娘は、勘が良い。これは、全 てに於いて気が付いている・・・。ケイオスが惚れる訳だ。 「そうだ。お前なら気が付いているだろうが、お前の為だ。」  我は、教えてやる。恵の為に強くなりたいから、魔族になる事を望んだ。そして、 恵との関係が本気だったから、恵と同じ魔族になる事を望んだのだ・・・。 「俊男さんの馬鹿!!私は、そのままの貴方でも、本気で好きだったのに!何で、 自分から変わろうとしちゃうのよ!莉奈はどうなるの!?」  恵は、涙ながらに歪みに向かって叫ぶ。 「おい・・・恵。変わるってどう言う事だ?」  瞬は、気が付いていない。いや、こんな事気が付ける方がおかしい。 「トシ君、何をしたって言うの?・・・それに莉奈ちゃんも関係ある?」  江里香も気が付いてないか。それが普通であろうな。 「俊男さんは・・・魔族になろうとしてるのよ・・・。魔人にね。」  恵は、教えてやった。やはり気が付いていたか。 「え?・・・マジかよ・・・。おい!俊男!何だよそれ!!」 「ちょっとトシ君!何を早まっているの!?魔族なのよ!?戻れなくなっちゃうの よ!それだけじゃない!死んじゃうかも知れないのよ!」  二人は、やはりと言うか当然だが、驚きと共に悲しみの声を出す。 「どうして、止めなかったんですか!」  瞬は、納得いかなかったのか、我に聞いてくる。 「・・・勘違いして欲しくないのだが、我は求めに応じただけだ。それに、念押し もした。それでも俊男の決意は変わらなかったのだ。」  念押しも一度だけだったが、俊男の決意は、何度聞いても変わらなかっただろう。 (アイツは本気だったからな・・・。でも、瞬達が取り乱す気持ちも、分かってく れ。俺には瞬達の気持ちも分かる・・・。)  我とて無粋ではない。我にだって分かるさ。体を改造しようとしているのだから、 反対もするだろうさ。俊男も罪作りな奴よ・・・。 「トシ君は、そこまで恵さんの事を・・・。」  江里香は、俊男の決意が本物だと言う事を悟る。 「私なんかの為に・・・。こんな呪われた!この私の為に!!」  恵は涙を流して、自らを責めていた。 「・・・ち・・・がう・・・。僕は・・・恵さ・・・んの・・・為なん・・・かじ ゃ・・・ない・・・!!」  時空の歪みから声が聞こえてきた。とても苦しげだった。俊男か! 「俊男!お前か!?お前なんだな!!」  瞬は、真っ先に歪みに近寄る。すると、そこから腕だけ出てきた。 「僕は・・・自分・・・の・・・未来・・・の為・・・に!魔族・・・に、変わる ん・・・だ!!・・・莉奈・・・にも・・・了解は・・・取った!」  俊男は、とても苦しげな声を出していた。もう飲んでいたか。 「皆・・・僕の・・・為を・・・思うな・・・ら、応援・・・してくれ!!」  俊男は、搾り出すように言う。しかし・・・何故そこまで苦しむのだ? 「分かったよ・・・。俊男!負けるな!!お前が無事であれば、それで良い!必ず 戻って来い!魔族になっても、俺はお前の親友だからな!!」  瞬も熱い事を言う。それが俊男にとって、勇気になる筈だ。 「トシ君!莉奈ちゃんを残して、死んじゃ駄目よ!」  江里香も応援していた。しかし、俊男程の男なら、心配無いと思ったのだが、何 故あそこまで苦しむのだ?アイツ位の器であれば、普通の精神力とは、訳が違う。 魔性液を跳ね返すくらい、造作も無いと思ったのだが・・・。適応が早ければ、一 日で馴染む者も居る位だと言うのに。 「俊男なら、すぐに出られると思ったのだが・・・。何故あそこまで・・・。」  我は、つい口にする。確かに死んでしまう者も居る。危険が無い訳ではない。 「グロバスさん・・・。貴方、俊男さんの決意を半分しか分かってなかったのね。」  恵は、分かっているようだ。どう言う事だ?我は、何かを勘違いしているのか? 「・・・うぐぅ!!・・・消え・・・る、物か!!!!」  俊男は、苦しげな声を続けていた。む?消える?何を言っているのだ?死んでし まう危険はあっても、消える心配など無い筈だが・・・。 (いや、まさか・・・。アイツ・・・。)  士も何かに気が付いたのか?奴は何故あれ程苦しむ? 「俊男さんは、過去に魔神に乗り移られ、ジュダさんに器として十分と認められた 経緯があるのよ。・・・だから神気が、並の神と同じくらい出せるって、ジュダさ んから聞いた事があるわ・・・。兄様が、ゼーダさんと共生して、神気を良く扱え るようになったのに近い・・・。俊男さんは、それを知っていたわ・・・。」  な、何だと!?では奴の体は、神に近い体だと言うのか!? 「奴は、『聖人』となっていたと言うのか?」  我は、その結論に至る。聖人・・・。つまり、瘴気と反する体になってしまって いると言う事だ。そんな体に魔性液を入れれば・・・。 「そ、そんな!俊男!!お前!!」  瞬も事の重大さに気が付いたのだろう。俊男がしている行為は、単に魔族に成ろ うとしていたのでは無かったのだ。 「『無』と化してしまうぞ!・・・お前、そんな覚悟だったのか!!」  さすがの我も、見誤ったわ・・・。まさかそのような悲壮な決意だったとは。 (俊男!何て真似を!消えちまうぞ!!) 「俊男さん・・・。貴方、馬鹿よ・・・。貴方みたいな馬鹿、私は知らない・・・。 貴方みたいな人、居る訳無いじゃない・・・。だから、絶対に戻ってきて!」  恵は、全てを知りつつも応援をしていた。すると伸びた手で、親指を立てて頑張 ると言う意思表示をした。何と言う絆の深さか・・・。 「僕は・・・負け・・・ない!!!」  俊男の声が聞こえると同時に、歪みに腕は戻っていった。そして、何も聞こえな くなった。恐ろしい事よ・・・。これからまた苦しみに行ったのか・・・。 「・・・済まぬ・・・。我ですら見誤っていた・・・。」  我は、単純に力を得る為に魔族になりたいのだと思っていた。しかし俊男は、そ んな決意で臨んだのではなかった。アイツは魔人になりたいのではなく、それ以上 の存在になりたかったのだ。アイツの体が『聖人』に近いと言うのならば、さしず め『聖魔(せいま)』と言った所か。恐ろしい事をする。 「人でありつつも、聖なる体に恵まれ、魔の血を混入する・・・。恐ろしい事だ。」  俊男は、誰も成った事が無い境地に行こうとしていたのだ。 「私は、信じてる・・・。俊男さんは、絶対に勝つって!」  恵は、全てを知って尚、俊男を信じていた。何たる愛の深さか・・・。  これが人間の絆。我は、人間の強さを垣間見た気がした・・・。  余は『覇道』を為す者。余を倒さんとする者全てを退ける覚悟でいる。  そして、今回の『闘式』の勝者の権利は、余の望む物全てが手に入るのだ。こん な理想的な展開は無い。余は、出場者全てを手に入れる事が出来るのだ。あんな戦 力は、他にあるまい。魔界の者すら凌駕する手練達だ。  そして、その中の一人、天神 恵とやらは、余の寵愛を得るに相応しき精神の持 ち主だと分かった。なので余の流儀で、宣告しに言った。手に入れたい物は、この 手で掴む主義なのでな。間違っても負けられぬな。  横に居るエイハは、余に黙って付き従っている。最も、あれから口数も少ないの で、本当は怒っているやも知れん。だが、それで歯向かって来るのなら、それも一 興よ。それくらいの心積もりで、余は宣言したのだ。 「フッ・・・。余とした事が、心躍る気分だ。」  そう。余は、久しぶりに心が躍る気分だった。 「御方様は、ほんに楽しそうじゃの。」  エイハは、余に気遣いの言葉を掛ける。しかし、少し棘のある言葉だった。 「余の方針に、文句を言っても良いのだぞ?その権利は、お前にはある。」  余は、正直な事を申すように言う。本音は聞いておかねばな。 「御方様に文句など無いのじゃ。此方が文句があるのは、あの女じゃ。」  ほう・・・。文句が無い訳では無いようだ。まぁ、お飾りの妻ではないし、当然 ではあるが、恵の言動が気に入らぬようだな。 「御方様程の魔族が、気に入ったとさえ言っているのに、見向きもせぬとは、無礼 千万なのじゃ!此方は、それが許せぬのじゃ!」  成程な。余を拒んだ恵を許せぬのか。そんな考えに至るとは、つくづくエイハら しいな。いつまでも愛い奴よ。 「放って置け。『闘式』で余が優勝する姿を見せれば、嫌でも黙る。」  余は、実力を見せ付けて勝利に至る予定だ。 「ま、それでも黙らぬ場合は、その時はその時よ。無理強いするつもりは無い。」  余は、無理やり従わせる程、度量の狭い魔族ではない。 「部下として従えば、いつかは余に振り向くであろう。それを待つつもりだ。」  そう。余に振り向かぬのならば、振り向くように努力するのが肝要。 「本気でそう思っておるのなら、何故あの者に発破を掛けたのじゃ?」  む?やはり気が付いておったか。さすがはエイハよ。 「決まっておろう?余は、強き者との闘いが望みだからだ。あの者は、見た瞬間に 才能を感じた。そのまま闘って余が勝てば、楽に恵を手に入れられるかも知れぬ。 だが、奴の才能が潰れる。奴の才能も惜しいのだ。余は・・・。」  そう。敢えて宣告をしに行った狙いは、そこであった。初めて相対した時から、 奴には才能を感じた。よく修行を積んでいるのも分かったし、切磋琢磨しているで あろう事は見て取れた。だが、まだ余の足元に及ばぬ存在だと感じたのだ。  そのまま才能を潰すのは容易い。だが、この『闘式』は、余の部下を選定する為 の大会でもあるのだ。その才能を潰してどうするのか。  だが発破を掛ければ、この者の事だ。大いなる強さを手に入れてくるであろう。 そう言う決意を持っている奴だと直感が告げた。  そうだ。その強くなった奴と闘う事こそ余が望み。それこそ死闘を繰り広げる事 も可能だろう。その為に、本気になってもらわなくてはいかん。  そこで、一石二鳥の手を取ったのだ。余の信条である、堂々たる振る舞いで、恵 に妾になる事を誘い、奴に余の力の片鱗を見せる。さすれば、余と自分の力の差が 理解出来るだろう。そうすれば、奴は本気になる。  余が『神魔』の試練を潜り抜けたように、奴も生死を彷徨う試練を潜り抜けても らわねばならぬ。そうやって強くなった奴と、本気で闘う・・・。そして勝利する 事が、『覇道』の輝きに通じると信じている。 「楽しみだと思わぬか?奴が、どう強くなるのか・・・。」  余は、ソクトアに現界した時から、このような強者との闘いを楽しみにしている のだ。士とグロバスも、楽しみだが、奴との闘いも楽しみだ。 「御方様は、ほんに闘いが好きじゃのう。良いじゃろう。此方も御方様の闘いを見 守る覚悟じゃ。存分に闘う姿を見せてくれるのじゃな?」  こ奴。さすがは余の妻よ。覚悟が据わっておるわ。 「当然だ。エイハには、特等席で見る権利がある。余の隣でな。」  余のパートナーであり、妻であるエイハは、余の隣でその闘いを見届けてもらう。 「楽しみなのじゃ。・・・じゃが此方も闘って良いのじゃろう?」  エイハは、不敵な眼を見せる。この眼は、余と覇権を争っていた時の眼に似てい るな。久し振りに良い眼をするではないか。 「存分に力を発揮するが良い。恵の事が、そんなに許せぬか?」  エイハは、恵に対して、全力でぶつかる気なのだろう。 「当たり前なのじゃ。御方様への侮辱は、此方への侮辱と同じ。あの小娘には、此 方の年季を味わってもらうつもりじゃ!」  これは、エイハも相当に本気のようだ。あまり怒らせる物ではないな。  これで、余もエイハも、気合十分である。良いか?必ず殻を破り、余の前に立つ と良い。限界まで引き出した力を、余の前に出すが良い!  楽しみにしておるぞ・・・。島山 俊男よ!  俊男さんは、本当に思い込みが激しい。私は、もう俊男さん以外に考えられない と言うのに、私の為に魔族になる試練を受けている。しかも、半分『聖人』と化し ているあの体でだ。そんな事をしてしまえば、消滅する恐れがあると言うのに。  そこまで想ってくれるのは嬉しい。けど、俊男さんが居なきゃ話にならないじゃ ない。その辺を、あの人は分かっていない。自分の為だと言っていたが、半分は私 の為だ。無茶をする・・・。  そんな消える力に負けないと、俊男さんは言った。だから私はそれを信じる。今 の私に出来るのは、戻って来た俊男さんを助けられるように、力を付ける事だ。  今日も道場で、修練をする。パーズ拳法も合気道の復習も忘れない。俊男さんが 強くなるのに、根本を変えたのなら、私は一歩ずつ強くなっていくしかない。  そう言えば今日は、葉月が帰って来ている。ショアンさんも、店を手伝いたいと の事で、久し振りに天界から、こっちに来ているのだ。  しばらくすると、玄関からインターホンが聞こえる。最近は、取材や訪問客が多 い。その辺の対応は、睦月に一任している。彼女のおかげで修練に専念出来ている のだ。睦月には感謝し足り無いわね。  しかし今回は、どうやら私の判断を仰ぐようだ。こちらに向かう音が聞こえたか らだ。私は、その気配を察すると、修練を手早く止めて、睦月を迎える準備をする。 「恵様。・・・亜理栖様が来たのですが、今日は、お連れ様が居るようです。」  お連れ様?誰か違う人でも呼んだのだろうか?まぁ良いわ。 「通しなさい。すぐに着替えて対応するわ。」  私は、亜理栖先輩が連れて来た客と言うのが気になっていた。予想は付きますけ どね。用件は、やっぱり『闘式』の参加の事でかしらね? 「亜理栖さんが、誰か連れてきたって?巌慈じゃないの?」  ファリアさんが、興味津々で聞いてくる。結構目敏い。 「ええ。他に2人居るみたいですわ。これから応接間で対応する予定です。皆さん も行きます?」  私は、修練している皆に言う。今はレイクさん、ファリアさん、兄様に江里香先 輩と言った所だ。俊男さんが居ないと、寂しい物ね。 「うーーん。誰だろ?行ってみるかな。」  兄様は、ピンと来ていない様だ。 「多分『闘式』への参加の話かしらね?」  江里香先輩は、気が付いているようだ。さすがだ。 「へぇ。強い人だと嬉しいな。」  レイクさんは、何も考えてなさそうだ。らしいですわね。  私は皆を連れて、応接間に向かう。向こうの案内は睦月がやってくれているよう だ。葉月がセッティング完了の合図を出している。私は、ノックをする。 「あ。来たようだね。大丈夫だよ!」  亜理栖先輩が対応している。私は扉を開けた。 「おう!来たのう!皆も居るようじゃな!」  伊能先輩が、元気良く挨拶する。変わらないわね。この人は。 「ん?ああ!総一郎(そういちろう)さんじゃないですか!」  兄様は、大きな声を出す。はしたない・・・。 「兄様?懐かしいのは分かりますけど・・・。」  私は、釘を刺すのを忘れない。毎回言わないと、気を付けてくれないからだ。 「あ、あはは。わりぃわりぃ。いや、ちょっと心配だったんで、つい・・・。」  兄様は、頭を掻きながら反省をしているようだ。まぁ、お気持ちは分からなくも 無い。何せ神城 扇に胸を裂かれてたのだから、心配にもなる。 「ハッハッハ。久し振りだな。瞬君。あの時のお礼をまだ言ってなかったからな。 『闘式』の参加申し込みついでに、寄らせてもらったよ。」  やはりね。総一郎さんも参加するみたいだ。それにしても、この方は、繊一郎さ んにそっくりですわね。1000年前に飛ばされた時の事を思い出しますわ。 「いやー。総一郎兄さんがさー。どうしても来たいって言うからさー。んで、コイ ツがそのパートナー。オラ。自己紹介しな。」  亜理栖先輩は、総一郎さんの事を話した後、横に居た人を小突く。酷い扱いの差 だ。と言うか、この人も見覚えがあるわね。 「お嬢、もうちょっと優しくして下さいよ・・・。あ。俺は、榊家の門番やってる 冬野(ふゆの) 健一郎(けんいちろう)です。」  冬野さんは、軽く自己紹介を済ませる。やっぱり冬野さんでしたか。 「おー。出るんですね!一緒に頑張りましょう!」  兄様は、面識もあるので、勝手に盛り上がっていた。 「おお。君は、あの時のか。うわー。闘気の量が半端無いねぇ・・・。こりゃお手 柔らかに頼むよ?・・・ってあれ?あの弁髪の子は?」  冬野さんは、俊男さんの事を言う。そう言えば、会ってたわね。 「こんの馬鹿!・・・今は居ないよ。」  亜理栖先輩は、冬野さんを思いっきり殴ってから、静かに言う。亜理栖先輩には、 事情を話してある。しかし、殴られた冬野さんは、不思議そうな顔をしていた。 「良いんですのよ。亜理栖先輩。話しておきますわ。」  私は、隠すつもりは無かった。私達の事を、この二人にも話しておく事にする。  ここに居るメンバーの馴れ初めや、今は就業中の士さん達の事も話してやった。  総一郎さんは、驚きの顔をすると共に、色々複雑な表情を見せる。 「いやはや・・・。亜理栖から、色々と聞いてはいたがな・・・。」  総一郎さんは、私達の過去を聞いて、思う所があるようだ。 「お嬢の友達って、色々凄いんですね・・・。いや、俄かには信じがたいですわ。」  冬野さんは、簡単には信じられないようだ。 「そりゃー私だって、最初は色々と驚いたけどね。コイツ等と付き合う内に、大抵 の事では驚かなくなっちまったね。」  亜理栖先輩は当初と比べれば、かなり腕前を上げているし、私達にも付いてきて いる。驚かなくなったのも、その影響だろう。 「コイツ等のスケールの大きさは、俺も認める所じゃ。」  伊能先輩は、ウンウンと頷いている。あの顔は、何も考えてなさそうね。 「テレビの会見でも言っていたが、貴女が魔族とのハーフと言うのは本当なのか?」  どうやら総一郎さんは、私が魔族の血を引いてる事が疑問のようね。 「お見せしましょうか?もう隠す必要もありませんしね。」  私は、負い目だった過去に決別する事を誓っている。こそこそするのは嫌なのだ。 「そうだな。見せてくれると有難い。」  総一郎さんは、是非とも見たいようだ。ならば、見せるしかないかな。 「良いでしょう。今では、姿が変わっても制御出来るようになりましたので。」  昔の私なら、姿が変わっただけで興奮し、制御出来なかったが、今は違う。俊男 さんと修行して得たパーズ拳法の心得と『制御』のルールで、暴走するのを食い止 める事が出来る。強い精神を身に付ける事が出来たのだ。 「そういや、俺もまだ見た事が無かったな。」  レイクさんにも、見せてなかったっけ。ま、良いわ。 「この変身は、私と俊男さんの信頼の証であり、努力の結晶よ。」  私は、そう言うと、意識を魔族側に集中させる。そして、瘴気の暴走を抑えなが ら、静かに変わっていく。視界は、よりクリアになり、脳の動きも活性化する。  私が変わると、周りは呆けていた。驚かれたかしら? 「これは、驚いた。これ程とはなぁ・・・。」  レイクさんは、感嘆の声を上げる。 「これが、魔族・・・。瘴気か・・・。いやはや、凄いな。」  総一郎さんも、魅入っていた。 「こりゃ、信じざるを得ませんねぇ・・・。」  冬野さんも、納得してくれたようだ。それは何よりだ。 「あら?恵さん、また腕を上げたんじゃない?前より強いわ。」  ファリアさんは、私から出る瘴気の量の違いに、気が付いたようだ。 「そりゃーね。私も伊達に修行してた訳では無いのよ?」  ファリアさんに最後に見せたのは、4ヶ月前の林間学校の時だ。その時よりは、 確実に腕を上げている。これも俊男さんのおかげだ。 「カァ・・・。フロイラインは、底が知れぬな。」  伊能先輩は、首を振りながら褒めて来た。 「こう言う出来る後輩持っちゃうと、私も立場無いなぁ・・・。」  亜理栖先輩は、溜め息を吐いていた。 「この状態の私は、全ての力が余す所無く使えますわ。」  普段も、それなりに使えるが、この状態なら更に制御力が上がる。 「驚きなのは、その状態なのに、気品を保っている点だな。」  総一郎さんは、妙に納得している。この状態だからこそ、気品を保ちたいのだ。 俊男さんに見せた時のように、暴走していては、天神家の名折れだ。 「余裕が出てるなんて、さすがだな。恵は・・・。」  前に兄様に見せた時は、暴走しかけでしたからね。あのような醜態は、見せない ように修練してきたのですから、当然ですわ。 「この時の私は、瘴気の量が違いますわ。」  私は、右手に瘴気を集め始める。この量は、魔族形態でしか出せない。 「う・・・ぬぅ!・・・成程・・・。これは本物のようだ。」  総一郎さんは、信じてくれた。話が早くて助かりますわね。 「信じて下さって光栄ですわ。」  私は、スカートの裾を掴んで、優雅に挨拶をすると、いつまでも変わってる訳に は行かないので、人間形態に戻す。 「魔族になると、目が紅く光るのだな。ふーむ。」  何気に、ちゃんと見ている。さすが繊一郎さんの子孫だ。 「でも、お嬢さんに合わせる為に、魔族になる液を飲むなんて、無茶するんですね。 私如きの応援じゃ、届かないかも知れませんが、無事を祈る事にしますよ。」  冬野さんは、俊男さんの無事を祈ってくれた。 「そうだな。俊男君は瞬君と同じく、未来に生きるべき男だ。私も無事を祈ろう。」  総一郎さんも、応援の言葉を掛けてくれる。今更、嘆いたりしない。だから出来 る事を悟って、無事を祈ってくれる。大人な二人だ。 「その言葉は、きっと俊男さんにも届いていますわ。俊男さんに代わり、お礼を致 します。あの人の無茶は、これからも続くんでしょうけどね。」  私は、溜め息を吐いてしまう。あの人は、私に心配させまいとして、却って無茶 をする。それが、更なる心配を招くと分かっていない。 「手厳しいな。いや、だからこその絆か。羨ましい限りだな。」  総一郎さんは、私達の絆の深さを羨む。 「何老け込んでるんですか?これからですよ。頭領。」  亜理栖先輩が、からかうように発破を掛ける。結構仲が良いみたいね。 「楽させてくれんな。お前は。ま、出来る限りはやるさ。」  総一郎さんは、嬉しそうに亜理栖先輩の頭を撫でた。  すると、インターフォンが鳴った。この時間ですと、帰って来たのかしらね。睦 月が対応しに行くと案の定、いつもの人達が帰ってきた合図だった。無論、言うま でも無く、レストラン『聖』の人達である。いつもこの時間ですからね。  しばらくすると、士さん達と、エイディさんとグリードさんに勇樹が顔を出す。 「帰ったぞ。っと、お客人が居たんだったな。」  士さんは、総一郎さんに気が付く。すかさず礼をした。 「貴方の事は、この方々に聞きました。・・・おお。エイディ!」  総一郎さんは、エイディさんに気が付く。 「いよっ。睦月から聞いて、ビックリしたぜ?まさか来てるなんてよ。」  エイディさんも、懐かしそうに挨拶する。そう言えば、知り合いだって言ってた わね。アズマの榊家に結構行ってたんだとか。 「ええト・・・。自己紹介が欲しいナー。」  センリンさんが、戸惑っていた。それはそうよね。 「ああ。これは済まない。私は、榊 総一郎。亜理栖の従兄弟で、榊家の頭領をや っております。お見知り置き下さい。」  総一郎さんは、丁寧に挨拶をする。 「あ。俺は、そのパートナーで、お嬢の家の門番やってる冬野 健一郎って言いま す。レストラン『聖』には、何度かお世話になってます。」  冬野さんも挨拶をする。と言うか、レストラン『聖』に行ってたのか。 「ああ。覚えてるぜ。蕎麦好きの冬野さんだろ?俺は、黒小路 士だ。レストラン 『聖』のオーナーをやっている。」  士さんは、冬野さんの事を覚えていた。さすがだ・・・。 「おお。覚えてくれてたんですか?コイツは嬉しいですね。」  冬野さんは、士さんの顔の覚え方に驚きを隠せない。 「お客さんの要望に応える為なら、私達は、抜かり無いヨ。私は、ファン=センリ ンだヨ。店長をやってるネ。」  センリンさんも、覚えていたみたいね。 「いやぁ、冬野さんは、面白い要望出してたからさー。オレ達も印象深くてね。ち なみに、オレはジャン=ホエールだ。宜しくな。」  ジャンさんも挨拶をする。それにしても面白い要望ねぇ? 「そうそう。蕎麦の名産地を書いて、其処の蕎麦の方が美味いって書かれてて、ウ チら、ビックリしたのよねー。ウチは、アスカ=コラットだよ。」  アスカさんも挨拶を済ませる。蕎麦の名産地を書くとは、印象的だな。 「私とゼハーン殿で、名産地に掛け合ったのは、良い思い出ですな。・・・私は、 ショアン=ガイアと言う。宜しく頼む。」  ショアンさんも挨拶をする。名産地まで行ったんだ・・・。 「テンマの蒼葉(あおば)だったか?あそこの蕎麦を分けて貰いに行ったっけな。 私は、ゼハーン=ユード=ルクトリアだ。」  ゼハーンさんも、名前を明かす。もう偽名は使わないようだ。 「そのついでに全員で、蕎麦打ちの仕方も習ったのは、良い思い出だったなー。俺 は、外本 勇樹だ。噂は聞いてるぜ。総一郎さん。」  勇樹も挨拶をする。蕎麦打ち習いに行くとは・・・。本格的だ。 「一番駄目出し食らったの、俺だけどね。俺は、グリード。エイディとは腐れ縁の 仲だ。総一郎さんの事は聞いてたぜ。」  グリードさんも蕎麦打ちしたのね。大変だったろうに。 「おかげで、店の蕎麦メニューが、やたら売れるようになったっけな。フェアもや ったしな。俺は、紹介するまでも無いな?」  エイディさんが締める。そう言えば、蕎麦フェアやってましたわね。 「あのアンケートで、そこまでやってくれてたなんて・・・。次行った時に、あん なに味が変わってたのは、そのせいだったんですか・・・。参りました。」  冬野さんは呆れていた。アンケート一つで、ここまでやってくれているとは思わ なかったのだろう。感動しているようだし、常連が増えそうね。 「今度、私も食べに行こうか。エイディの仕事姿も見たいしな。」  総一郎さんも、興味を持ったようだ。 「妙な事するんじゃねーぞ?ま、士さんの料理なら、お前も満足するさ。」  エイディさんは、嫌そうな顔をしていたが、客なので、丁重に扱う。 「レストラン『聖』は、いつでも歓迎する。意見があったら、何なりと言ってくれ。 要望次第じゃ・・・仕事が増える事になる。」  士さんは、嬉しそうに他のメンバーを見る。この眼は本気だ・・・。 「しっかし、冬野は蕎麦好きだねぇ・・・。アンタ、周辺の店に喧嘩して、私が謝 りに行ったのを覚えてないのか?」  亜理栖先輩は、うんざりした顔になった。 「お嬢。蕎麦は奇跡の産物なんです!打ち方一つで玄妙なる味わいに変わる!それ を、蕎麦専門店と銘打っておいて、市販の蕎麦を使うような輩は、許せません!」  こだわりがあるのは、良い事ですわ。 「その点、この方々はプロだ!専門店でも無いのに、名産地の蕎麦を手に入れて、 蕎麦打ちまで教わってくる!この姿勢は、美徳です!」  冬野さんは、拳を振り上げながら力説していた。 「凄い世界なんだな・・・。それに蕎麦フェア逃したなぁ・・・。俺。」  兄様は、蕎麦のコアな世界を垣間見て、興味を持ったようだ。 「睦月は、蕎麦打ちは出来るのかしら?」  私は、睦月に話題を振る。すると、目を瞑っていた。 「打てますよ。修行にも行きましたので。でも、蒼葉打ちじゃ無いですけどね。私 は、アズマの巽(たつみ)で習いましたので。」  巽って、アズマの北の方の都市よね。 「ま、まさか、幻の巽打ち!蒼葉打ちとタメ張るって言われてるが、あまりに難し いので、継承者が中々居ないので有名な!」  冬野さんは驚いていた。うちの蕎麦って、そんな美味かったのか・・・。いつも 食べていると、気にしない物ですね。 「姉さんと二人で、頑張った成果ですよ。ね?」  葉月も出来るのね。まぁそりゃそうか。巽に行かせた記憶があるし。 「丁度良い機会だし、どっちも打って、食べ比べてみようぜ。」  士さんは、大胆な事を言う。面白いわね。 「面白いですわ。受けなさい。睦月。」  私は、睦月を促す。すると睦月は、言われるまでも無く頷いた。 「蒼葉打ちの蕎麦を、参考にしたかった所です。」  睦月は、嬉しそうに呟く。向上心が高い物ね。睦月は。 「い、良いのですか?こ、こんな至福な体験・・・。」  冬野さんは、目を輝かせていた。 「落ち着きなよ・・・。まぁ、冬野の蕎麦好きは、今に始まった事じゃないけどさ。 それに私も興味あるしね。」  亜理栖先輩も、ああ見えて、結構舌が肥えている。 「蕎麦打ちかぁ。私、見学しても良いですか?」  ファリアさんは、作る方の興味が湧いたみたいだ。 「そうだな。見ていくと良いぜ。それに、アンタには頼みたい事がある。」  士さんは、快く見学を受け入れる。頼み事もあったみたいだ。 「もしかして、蕎麦粉ですか?」  ファリアさんは、見当が付いたみたいだ。さすが鋭いわね。 「話が早くて助かる。アンタ程、安定した使い手は居ないからな。」  士さんは、ファリアさんの勘の良さに感謝していた。 「ま、そうじゃないかと思ってましたからね。じゃ『転移』!!」  ファリアさんは、簡易的に魔力を指に込めると、その勢いで、空間を引き裂いて いく。そして、上手い具合に扉を開いた。もう達人の域ね。これ。 「蒼葉の蕎麦粉は、うちの店に置いてあったからな。助かるぜ。」  士さんは感謝すると、扉の中に飛び込んで、扉を開けたまま、向こうで何かを探 していた。『転移』で、レストラン『聖』の厨房に扉を開いたのでしょうね。 「お。あったあった。まだストックがあるし、これなら大丈夫そうだ。」  士さんは、作る分だけ取り出すと、扉からこっちに出て来た。 「じゃ、閉じるわね。えいっと。」  ファリアさんは、極普通に『転移』の扉を消す。 「いやはや・・・。呆れた・・・。君も凄い使い手だな・・・。」  総一郎さんが呆気に取られている。今の芸当が普通に出来ると言うのが、どれだ け凄い事か、肌で感じているようだ。 「お嬢の知り合いって、こんな凄い人ばっかなんですか?」  冬野さんも恐縮している。 「ま、その中でもファリアは魔力に関しちゃ、抜きん出てるけどね。」  亜理栖先輩も見慣れた光景とは言え、呆れる程だ。 「これでも苦労したんですけどねー。」  ファリアさんは軽く言うが、その苦労がどれだけ凄い物か、私は知っている。血 反吐を吐いて、魔力の暴走を抑えるのに神経を使う程だ。 「おし。材料も揃ってるみたいだし、始めるとするか。」  士さんは、材料を持って、厨房へと急ぐ。 「葉月。いつものようにやるわよ。」  睦月も、葉月を連れて、やる気満々だ。これは、良い物が出来そうね。  しばらくすると、蕎麦が出来たようで、良い匂いがしてきた。 「この香りは・・・蒼葉打ちの方は、テンマ特有の少し濃い口の上等なカツオ出汁 ですね・・・。これは、レストラン『聖』で感じた事のある匂いですな。」  へぇ。冬野さんは、中々嗅覚が良いようね。其処まで分かるなんて。 「む・・・こっちは、アズマ風かと思いきや、サキョウ風の薄口出汁!しかも何て 上品な香りだ!これは、期待出来ます!」  睦月の方ね。この匂いは、うちで良くやる蕎麦の匂いね。 「確かに良い匂いだけど・・・俺、全然分からないんですが・・・。」  兄様は呆れていた。まぁ兄様じゃ其処まで求めるのは酷かしらね。 「安心しろ。俺も分からん。・・・冬野さんは、本当に蕎麦好きなんだな。」  レイクさんも、呆れるばかりだ。まぁ匂いで分かるのは通よね。  そうこうしている内に、どちらも蕎麦を持ってくる。 「へぇ。今日は山菜か鰊(にしん)かしら?」  睦月は、蕎麦のトッピングに、山菜と鰊を用意する。私は、山菜で戴くのが好き だが、今日は、身欠き鰊を用意しているみたいだ。 「お好きな方を御乗せ下さい。薄口ですので、どちらも合う筈です。」  確かに薄口醤油には、身欠き鰊も合う。 「ほう。こちらは、掻き揚げの天麩羅と鴨のミンチボールか?」  総一郎さんが感嘆の声を出す。士さん達は奇を衒わずに、王道で勝負してくるよ うだ。と言うか、店のメニューそのままね。 「俺は、この鴨のミンチボールが好きなんですよ。濃い口の出汁にアクセントとし て光るから、良く合うんですよね。」  冬野さんは、良く行っているせいか、分かっているようだ。 「では、戴きましょうか。」  私の一言で、皆が箸を付け始める。まずは、睦月のからね。 「・・・これは!出汁加減が丁度良い!それにこの鰊!丁寧にアク取りされている! こんな物が、簡単に乗せてくる辺り、凄いとしか言いようが無い!」  冬野さんは、衝撃を受けているようだ。って今回の鰊は、山椒の利かせ方を調整 してあるわね。余り強すぎると、出汁が負けるからかな。 「あー・・・。これは見事だな。出汁の取り方も完璧だな。」  士さんも食べてみて、驚いていた。 「うちでも参考にしたい味だネ。」  センリンさんは、一生懸命味わっている。さすが勤勉なだけある。 「さすが睦月ですな。この味加減は見事だ。」  ショアンさんが、満足そうに蕎麦を食べていた。それを見て、睦月は嬉しそうに していた。まるで父が居た時のような目をしている。 「あー。これはすげぇな。細めの麺なのに、コシが半端無いぜ。」  エイディさんは、蕎麦打ちの方に驚いている。 「俺達のとは、また違うんだなー・・・。」  グリードさんも、蕎麦打ちを習っただけあって、そちらに目が行くようだ。  続いて、士さん達の蕎麦を食べた。・・・成程。これは分かり易い。 「あー。これですよ。これ!コクがあるのに濃過ぎないこの味。」  冬野さんは、満足そうに食べている。確かにこの蕎麦は、中々完成度が高い。睦 月達の蕎麦が、蕎麦に全体的に包むような味なのに対し、士さん達のは、出汁に蕎 麦がトッピングされてる感じだ。ただし強過ぎないように調整されている。その加 減は絶妙だ。トッピングの鴨や天麩羅の味に調和させるくらいの味だ。 「これはまた・・・美味いな・・・。」  総一郎さんが再び驚いていた。 「この味の調整は、見事ですね。さすが士様。」  睦月も認めざるを得ない程の調整の上手さだった。蕎麦が太麺なのも、濃い口の 出汁を意識しての事だろう。いや、蒼葉打ちは太目の麺が多いから、出汁の方を調 整したのだろう。そのバランス感覚は見事だ。 「この蕎麦は、客の受けも良いからな。失敗出来ぬよ。」  ゼハーンさんも、蕎麦打ちを手伝っているのだろう。 「大概、俺と姐さんで、打つけどな。」 「忙しい時は、代わって貰うけどね。」  ジャンさんにアスカさんは、こう言う役が多そうだ。 「この蕎麦、内の道場で振舞ったら、受けが良かったからなー。」  勇樹は、羅刹拳の道場で、月に一度くらい、道場生達に料理を振舞う事があると、 聞いた事がある。現場で育てた腕だし、さぞかし上達してるんだろう。 「道場?ああ。君は、羅刹拳の外本さんの娘さんか!そう言えば、外本さんは、最 近復活したと聞いたな。外本さんは御元気か?」  総一郎さんは、気に掛けていたみたいだ。 「親父なら、最近までは飲んだくれてたが、俺が渇入れてやりましたよ。おかげで、 前ほどじゃ無いけど、それなりに道場生も増えましたね。」  勇樹は、手が掛かると文句を言いながらだが、嬉しそうだった。仲が良さそうで 何よりですわ。 「そうか。それは良かった。・・・それにしてもどちらも美味いな。」  総一郎さんは、蕎麦の汁まで、全部飲んでいた。 「俺は幸せですよ・・・。巷の蕎麦専門店より美味いです・・・。」  冬野さんは、幸せそうな表情を浮かべる。喜んでもらえて何よりですね。 「まだまだ精進する予定です。」  睦月は、まだまだ頑張れそうね。 「俺達もだ。楽しみにしてるんだな。」  士さん達も、やる気満々だ。楽しみな事だ。  こうして、総一郎さんと冬野さんは、私達の知り合いになった。  今日の蕎麦は、中々の逸品でしたし、俊男さんが戻ってきたら、振舞いましょう。  だから、戻ってきて・・・。約束よ。