4、帰還  セントメトロポリス改めセントメガロポリス。現在のソクトアの権威の象徴であ る。その権威は、他の国のエネルギーを掻き集めて生活している事からも伺える。  しかし、最近の魔族のテレビ進出により、その権威も翳りが出て来た。何せ、セ ントの中ですら、魔族が出てくる番組が、一番人気だからだ。  しかも、その強い魔族が、人間の強さを認めて、『闘式』などと言う格闘大会を 始めると言うのだから、否が応でも盛り上がる。その流れにセントとしても乗らな い訳にはいかなかった。セントの権威を知らしめなければならないからだ。  セントの権威を知らしめる。これは、他の元老院からしてみれば、セントの繁栄 を願う為と映るだろう。そして、その頂点に立つ事で、利権を手に入れる。その為 に元老院入りした者も居る。  しかし、ゼロマインドは違う。ゼロマインドの目的は、飽くまで力の回収なのだ。 その為には、セントに羨望を抱かせねばならない。羨望を集める事で、より効率的 に力を回収し、自分の力の肥大化に繋がるのだ。なので、支持率の低下は死活問題 なのだ。正に命を懸けなければならない。  ゼロマインドの片割れである、シンマインドの加藤 篤則は、自らが大会に参加 する事にした。『闘式』の様子を見守るのが役目だ。いざとなれば、今まで集めた 力を使って、大会を乗っ取る気でいた。 「忌々しい。魔族どもが調子に乗りおって。」  篤則は舌打ちする。今の現状が気に入らないのだ。もう少しでゼロマインドとし て、存分に力が奮えるのだ。そのもう少しを焦って、『ルール』を開放したりと、 色々手を打ったが、失敗に終わっている。 「功を焦った貴方が悪い。もう悟られないようにしないと。」  もう一人が会話に加わる。 「結果的に失敗しただけだ。考え方は間違っていない筈だ!」  篤則は、声を荒げる。だが、結果が付いてこないのでは、バツも悪い。 「シンマインドとして、努力したのは認めるけどね。」  もう一人は、篤則をシンマインドと呼ぶ。 「お前も知恵を貸さぬか。ゲンマインド。」  篤則は、もう一人をゲンマインドと呼んだ。ゼロマインドのもう一人の片割れで ある。ゼロマインドは、意識を二つに分けて、人間に偽装していた。秘密裏に進め る為である。元老院の人間にすら、知られる訳には行かない。  セントメガロポリスは、ゼロマインドの為の、力収集機だと言う事をだ。『無』 の力を使ったソーラードームで囲んだ、変則クワドゥラートが、セントの正体であ った。クワドゥラートは、四角錐の形をしていて、頂点に力が集まるようになって いる。セントも、国民を守る為と言って、円錐のソーラードームで国を囲んでいる。 それを利用して、力を収集しているのだ。 「良く言う。このソーラードームの事を考えたのは、誰だったと?」  ゲンマインドは嫌味を言う。この構成を考えたのは、ゲンマインドだった。篤則 は、その手伝いをしたに過ぎない。 「分かっておるわ。その点では、貴様の能力を認めている!だから、今回も良い知 恵が無いか、聞いているのだ!」  篤則は、イライラしながらも、ゲンマインドを褒める。 「素直に言えば良いのに。ま、今回ばかりは、勝ち上がるしかないんじゃない?」  ゲンマインドも、この事態を憂えている。やはり力が集まらないのは拙い。 「チッ。手間が掛かる・・・。だが仕方が無いか。」  篤則は文句を言う。今回の『闘式』で勝ち上がるしかない。と言うが、今回の面 子を見る限り、容易な事では無い。ケイオス一人を取ってみても、ゼロマインドの 姿で、闘って互角と言った所だ。 「分かっていると思うけど、最終手段を使うには、まだ早いと思う。」  ゲンマインドは、釘を刺しておく。 「分かっている。確実に進めるのが先決だ。」  篤則は、考え無しの馬鹿では無い。ここで言う最終手段と言うのは、本当に危険 な手なのだろう。それを簡単に使う程、愚かな男では無い。 「なら頑張ってね。期待している。」  ゲンマインドは、そう言うと、去っていく。 「・・・チッ。本当にイラつく奴だ。」  篤則は、怒りを抑えながら言う。ゲンマインドとは、否が応でも結託しなければ ならない。元は同一個体だからだ。しかし、篤則とは何もかもが反対の存在なのだ。 篤則は、熱くなり易く、次々と発案して実行に移す性格だ。だが、ゲンマインドは 違う。全体を冷静に見て、的確な指示を送って、篤則を上手く使おうとする。  しかし、一々やる事が的確なので、篤則も文句が言えないのだ。だが、使われる 篤則としては、堪った物ではない。ゲンマインドは、篤則の事を結構信頼している のだが、篤則としては、上手く扱われているようにしか感じないのだろう。  怒りは募るが、事は慎重に運ばなければならない。篤則がシンマインドだと、敵 にバレている以上、ゲンマインドの正体は隠し通さなければならない。  篤則の苦悩は、尽きる事が無かった。  とうとう、俊男が帰ってきた。2週間余り苦しんだようだが、見事に魔性液を克 服したようだ。魔性液を渡した身としては、少し安心した。  それにしても・・・おっそろしい力を感じる。これが、克復した者の力か。すげ ぇな。何でも『瘴気』を体に取り込んだ事で、魔族としての体を手に入れたが、元 々が、『神気』を扱い易い体だったので、どちらも上手く扱える者として、『聖魔』 と呼ばれる存在になったのだとか。  そう言われても、俊男自体は、俺達が知る俊男なので、『聖魔』などと言われて も、コイツは俊男だとしか言いようが無い。仕草も大して変わっていない。敢えて 言うなら、少し自信を持ったのか、前より強気な発言が多くなったな。とは言え、 嫌味になるような発言では無く、こちらを奮い立たせてくれると言う意味での強気 の発言だ。性格の良さは変わっちゃいない。  莉奈辺りは、大はしゃぎだった。これで、魁が帰ってくれば・・・。と言ってい たが、アイツも星を救うなどと言う大任を背負わされてるので、簡単には帰って来 れないだろう。近々報告があるようだがな。  俊男が帰ってきたと言う事で、俺達は天神家に集まる事にした。店の仕入れは済 ませておいて、明日の準備もバッチリなので、修練に集中出来るって物だ。最近は それぞれに違う方向に伸びてきているので、遣り甲斐がある。  で、手合わせをしてみたんだが・・・。 「てぇぇええい!!」  俊男は、その中心に居た。『聖魔』形態になると、髪の色と目の色が変わるらし いが、そうじゃない時でさえ、無尽蔵の体力を持っているのか、いくら動いても衰 えを見せない。闘いの状況に応じて『瘴気』と『神気』を瞬時に使い分けてくるし、 厄介な事この上無い。 「俺だって、死ぬ気で修行したんだけどな・・・。とんでもねーな・・・。」  瞬も驚きを隠せないようだ。前まで互角に近かったが、今は俊男の方が動きが鋭 い。それでも、動いている内に俊男の動きに付いて行くんだから大した物だ。死ぬ 気で修行をしていると言う言葉は嘘じゃない。 「俺が、グロバスと一緒になっても、敵うかどうか分からん。」  正直、此処まで強いとは思っていなかった。 (奴の生きたいと言う願望が、此処まで強くさせたのだろうよ。)  そうは言うがな・・・。『聖魔』にならなくて、これかよ・・・。 (この力は、ケイオスを超えてるかも知れん。『聖魔』形態になった時の伸び代を 考えれば、ケイオスを超えた力を持っていても、おかしくない。)  お前さんが言うんだから、間違い無さそうだな。とんでもねぇな。 「はぁ!!」  その俊男に本気で付いてきているのが、この恵だ。このお嬢さんも本当に凄いな。 どうやったら、この歳で、此処まで強くなれるんだか・・・。 「ホゥォ!!」  俊男は、どんどん違う技を使ってくる恵に苦戦する。恵も巧みだ。俊男が違う力 を巧みに使ってきても、技で対処している。『制御』のルールを使えば、俊男の力 も止められるように鍛えているらしい。どうなってんだ・・・。  これは、このコンビは優勝候補の筆頭になったと言ってもおかしくない。俺とセ ンリンも、負けないようにやるしかねぇが、コイツ等と対等に闘うには、それこそ 死ぬ気でやらなきゃならん。 「ここまでね・・・。はぁ・・・。きついわね・・・。」  恵でさえ音を上げる。俊男の動きが、重いからだろう。対処するのに神経を使う みたいだ。当の俊男は、パーズ拳法の礼を欠かさずにやって、涼しい顔をしている。 アイツ、本当に化け物だな・・・。 「お前・・・強く・・・なったなー・・・。」  瞬も肩で息をする。皆、疲労困憊だ。俺も見せないようにしているが、かなり疲 れている。全く・・・無尽蔵のスタミナを手に入れやがって。 「僕も強くなったと思う。でも、この力を、どう活かすかが問題なんだよ。僕は、 それを間違えないようにしようと思う。」  俊男は前向きな事を言う。お人好しだが、自信に満ち溢れている。 「間違えたら、私が止めますから、安心なさい。」  恵は、サラリと凄い事を言う。全く良いコンビだぜ。 「トシ兄、凄いなぁ・・・。何だか遠くに行っちゃった感じがする・・・。」  莉奈は、俊男が凄くなり過ぎて、実感が湧かないのかも知れないな。 「安心しなさい。僕はどんな姿をしても、莉奈の兄だよ。」  俊男は優しい目をしていた。魔族が入る事で自分に自信が持てたのか、『瘴気』 に負けないくらいの強い気持ちが芽生えたようだな。 「うん!後は、魁君が戻ってくれればなー。」  莉奈は、やっぱり気になるようだな。 「アイツなら、大丈夫だよ。ああ見えて、やる時はやる奴だ。」  レイクは、信じているようだな。まぁ俺も、魁に関しちゃ心配して無いな。 「ま、最近は真面目だしねー。」  ファリアがフォローする。 「そう言えば、エリ姉さんが、秋月さんの弟子になったって本当なの?」  俊男が尋ねてくる。ああ。その情報は、俺もビックリしたな。 「・・・ま、あの爺は、腕だけは本物ですからね。」  後ろで睦月が嫌味を言う。かなり嫌っているようだな。 「あはは。江里香先輩もさ。自分の殻を破りたいんだよ。誰にも負けない技量を身 に付けたいと思っているみたい。」  瞬は、江里香の事を、ちゃんと理解しているみたいだな。 「あーあ。後輩連中は、気合入ってるねぇ。」 「俺等も負けてられないのう。」  亜理栖に巌慈は、冷や汗を掻く。どんどん凄くなっていく後輩達に置いて行かれ ない様に必死なんだろうな。 「そういや、ショアンの奴は元気か?」  俺は、睦月に聞いてみる。ショアンは、神界で修行中だと聞いた。 「ガムシャラにやってますわ。葉月と共に、そろそろ顔を出す頃だと思います。」  ほう。奴もやってるようだな。それにそろそろ顔を出す頃か。楽しみだな。 「元気でやってるみたいだネ。」  センリンも笑みを浮かべる。かなり心配してたからな。 「店の方も、昼のお客さんから、応援貰ってるしな。」  ジャン達も俺達も、出場する事を隠していない。と言うより、レストラン『聖』 で出場しないのは、ゼハーンだけだ。 「ウチ達も、良い所まで行かないとね。」  アスカも、かなり腕を上げてきたからな。俺も油断出来んな。  勇樹は羅刹拳の道場で、ミカルドと共に修行中だ。 「しっかしまぁ、魔性液ってのは、やっぱきつかったのか?」  グリードが、気さくに話し掛ける。こう言う質問をサラッと聞けるのも、コイツ の性格のおかげだな。 「何度も消えるかと思いましたよ。それに、もう一人の自分に会いました。」  俊男は、気にしてないようで、教えてくれた。 「もう一人の自分か?どんな事を言ってたんだ?」  エイディも尋ねる。何だかんだで、気になるんだろうな。 「僕が、抑え付けてた自分・・・欲望に素直になれと言われましたね。」  あー・・・。分かる気はする。俊男は皆の為に無理をし過ぎる。 「欲望のままにか・・・。それは、時として悲劇を生む。確かに抑えたくなるだろ うね。抑えるのは大変だっただろう?」  ゼリンが、実感の篭った声で尋ねる。まぁコイツの場合、操られたってのもある が、欲望を抑えられなかったツケが、回っているからな。 「そうですね。でも、僕は悟ったんです。無理に抑え付けているから歪むんだとね。 良いんですよ。抑えなくても。ただ、その欲望が良い方向に向かうように仕向けれ ば良いんです。そう気が付いた時、僕の中に何かが広がるのを感じました。」  ・・・そう言う事か。コイツは、人間なら当たり前に持ってる欲望。認められた いとか、より強くなりたいとか、そんな欲望まで、無理矢理抑えてたって事か。 「その良い方向に向かうように仕向けるってのが、難しいのに・・・。俊男は、や っぱり何かが違うね。」  葵が、溜め息を吐く。俊男はそれに気が付いただけで、自分を解放出来るんだか ら、大した物だな。やはり器が大きいんだろうな。 「皆の為に強くなるって心は、間違っていないと思います。だけど、その為に自分 も強くなりたいと言う心を、閉ざしていたんでは、元も子もありません。だから、 僕は自分の為にも強くなります。そして恵さんを、この手で守ります!」  俊男は、恥ずかしげも無く宣言する。この自信を持った台詞は、前には聞けなか った言葉だ。今は堂々と宣言している。あれくらい堂々と言うと、様になるな。 「ま、全く・・・。まぁ、嬉しいですけど・・・。」  恵は、まだ恥ずかしいようだ。だけど、とても嬉しそうな顔をしていた。 「あーあ・・・。何だか物凄く先を越された気分だ・・・。でも、俊男ならその資 格があるしな。・・・よーし!俺も追いつくぞ!」  瞬は、こう言う時にめげない。その性格は羨ましい限りだ。 「お・・・。帰ってきたかな?」  俊男は、そう言うと、恵に合図を送る。っと、成程。確かに帰ってきたようだ。 「おいおい。俺より先に気が付くなよ・・・。どう言う嗅覚してるんだ。」  俺は文句を言う。俺の『索敵』のルールよりも先に帰って来た事に気が付いたの だ。この感じは、赤毘車と葉月、そしてネイガとショアンだな。  恵から目配せを受けた睦月が、対応しに行く。 「え?何が起こっとるんじゃ?」  巌慈は、何が何だか分からないようだ。 「あー。葉月達と、ショアン達がこちらに向かっている。そろそろインターホンを 押す頃だ。」  俺は説明してやった。すると、インターホンが鳴った。タイミングもバッチリだ な。しっかし、俺より先に気が付くとは・・・。 (信じられないくらい、感覚が鋭くなっているな。)  アンタが言うくらいだから相当だな。 「ホント、どうなってんだ、お前・・・。」  グリードも呆れていた。グリードも鋭い方だが、気が付かなかったようだ。  すると、少ししてから、赤毘車に葉月、ネイガにショアンが顔を出す。 「久しいな。集まっているようだ。」  赤毘車が皆に挨拶をする。そして、俊男の方を見ていた。気になるみたいだな。 「皆さん、ただいまですー。姉さん、ただいま!」  葉月は元気良く挨拶した。 「睦月、今帰った。士殿もお久し振りです。」  ショアンも、笑顔で挨拶する。良い顔が出来るようになったな。 「久し振りですな。ゼリンも、頑張っているようだな。見違えたぞ。」  ネイガは、俺達の挨拶と共に、ゼリンに挨拶する。 「フッ。成功したと聞いてはいたが・・・。漲っているな。俊男。」  赤毘車さんは、俊男に注目していた。まぁコイツの変化が、一番だよな。 「ハイ!僕は、ケイオスに勝たなくてはいけません。勝って優勝したいと思ってい ます。恵さんと共にね。」  俊男は、爽やかに優勝宣言する。 「私達を見ても、その宣言が出来るとは・・・。期待してますよ。」  ネイガも俊男には注目しているみたいだな。まぁこの力を見ればな。 「あ、あれが俊男殿で御座るか?どうなっているのだ・・・。あの力・・・。」  ショアンは、驚きを隠せない。って言うかコイツ・・・。 「お前、分かるのか?俊男の中にある力が。」  俺は聞いてみる。ショアンもそれを感じる事が出来ると言う事は、相当に腕が上 がっている証拠だ。これは、侮れないな。 「凄いですねー・・・。恵様も、皆さんからも、感じる力が段違いです。」  葉月も、苦笑いしながら驚く。どうやら、葉月も感じれるようだ。この2人も、 相当に腕を上げているようだな。 「フフッ。私も楽しみだわ。『闘式』では、皆も修行の成果を、全部見せてくれる んでしょう?それを超えてみせなくてはね。」  恵は、その様子を見て楽しむ。この優雅さは真似出来んな。 「ああ。そうだ。ジュダから伝言を預かっている。」  赤毘車は、思い出したのか、手を叩く。 「もしかして、魁君の事ですか!」  莉奈は早速反応を示す。余程心配のようだな。 「ああ。後少しで帰れるそうだ。魁も一緒らしい。」  ほほう。ジュダが帰れると言っていると言う事は、魁の奴、星を救うのに、成功 したみたいだな。大丈夫だとは思っていたが、やるじゃないか。 「良かったー・・・。魁君、成功したんですね。」  莉奈は、少し涙を浮かべていた。心配してたみたいだな。 「良かったね。莉奈!」  葵も自分の事のように喜んでいる。仲が良い事だ。 「驚くのは早いぞ。彼は、リーゼル星を救う為に、相当強くなったと聞く。楽しみ にして良いと思うぞ。」  ネイガは、色々聞いているようだな。 「私もビックリしたな。大体、リーゼル星を選ぶ所が、ジュダらしい。私の事を厳 しいなどと言えんぞ。」  赤毘車が冷や汗を掻いている。其処まで過酷なのか? 「どんな所なんです?」  レイクが尋ねる。確かに気になる所だな。俺達は、魁が星を救う手伝いをしてい るとしか、聞いてなかったしな。 「リーゼルは、火山崇拝の星だな。『命の火山』と言う、恵みの火山を崇拝してい る。今回は、その火山が大噴火を起こして、星を飲み込むと言う予測が出たから、 鎮めに行ったのだ。」  火山崇拝か。また厄介な連中だな。 「大方、火山を鎮めるのは、駄目な事だとか、言われたんじゃないか?」  俺は、予想して言ってみる。 「士の言う通りだ。火山と共に生きた彼等は、火山と共に死ぬ覚悟だった。」  予想通りと言いたい所だが、激しい連中だな・・・。 「頑固な連中だねぇ・・・。」  亜理栖も呆れていた。俺なら放って置くと言う選択肢も、視野に入れる所だ。 「リーゼル星は、星自体が弱っていてな。活性化させれば、通常の噴火で落ち着く んだが、その回復エネルギーがジュダ一人では足りなかったのだ。」  まぁ、星を回復させるとなると、相当な力が必要になるだろう。 「ジュダの宝石技の一つ、『青石治癒(アクアマリンキュアー)』は、ジュダの最 大の治癒の技だ。星全部に行き渡る大技なんだ。だが、リーゼル星の連中がジュダ に協力的じゃなければ、止められないような状態だったようだ。」  成程。周りの連中の力を使って、何とかしようとしたのか。 「僕の時にゼーダさんやジュダさんが使ってくれた『魂の力』を利用して、活性化 させるつもりだったんですね。」  俊男も気が付く。『魂の力』は、他人を思いやる事で、様々な力に変化出来ると 言っていた。俊男は2度も、この力に救われている。 「あー。あれかー・・・。確かに凄かったなー。」  レイクも記憶に新しいので、思い出している。 「それから1ヶ月間、ジュダは火山と睨めっこだ。放って置くと、1ヶ月も、もた なかったらしいからな。そこで魁が説得する事になった。」  説得役か。成程な。それなら、アイツにも出来るかも知れんな。 「説得するだけなら、そんなに時間が掛かる物なのか?」  エイディは、指を顎に当てて考える。 「普通の星なら、何とかなるかも知れんがな。生憎リーゼル星は違う。リーゼル星 は、火山の星だからな。火山は力の象徴でもある。説得する為には、強さを示さな ければならない。意見を言うのは戦士のみと言う事だ。」  また厄介な星だな・・・。その条件だと魁じゃきついな。 「しかも、魁の相手はリーゼル星きっての勇者だったらしい。」  アイツは、苦労性だな。相変わらず、その辺の苦労は背負い込むタイプだな。 「それに加えて、リーゼル星の重力はソクトアの2倍だ。大変だったと思うぞ。」  アイツ、死んでないよな?ひでぇ条件だ。 「そんな条件で、魁は引き受けたのですか?」  ゼリンは、信じられないのだろうな。魁は俺達みたいに修練を続けてた奴じゃな い。この前まで一般の強さを持った奴だった。重力の厳しさは、ゼリンは良く知っ ている事だろうしな。 「魁は、リーゼル星の子供を見て、その子供達が巻き込まれるのは、許せなかった らしい。快諾していたよ。」  ・・・あの馬鹿・・・。本当に無茶をする・・・。 「魁らしいね。お調子者なのに、そう言う所だけ、律儀でさ。」  俊男は、もう魁の事を赦している。それは魁が、行動で示しているからだ。 「私達の説教が効いたかしらね。」  恵は、もう気にも留めてない事を言う。素直じゃないな。 「魁君は、自分で自分が赦せないんだよ・・・。無茶し過ぎだよ・・・。」  莉奈は泣き出す寸前だった。魁が自分を赦せなくなった原因が、自分にあると知 っているからだろうな。魁は逃げ出すと、昔の自分に戻るんじゃないかと心配なの かも知れない。俺にも身に覚えがある事だ。 「アイツ、本当に成長している・・・。」  瞬は、自分の手を見る。今言った『成長』は、瞬の目標の一つである正しさの方 だろう。師の教えとか言っていたな。 「でも、帰れるって事は、アイツは、やり遂げたって事か・・・。」  グリードは、感慨深いのだろう。魁がやる時はやる男だってのを、グリードは知 っている。前に学園がピンチだった時に一緒に手を組んだらしいしな。 「そうだな。何でもリーゼルの闘法を学んで、新戦法を編み出して勝ったと言う話 だから、楽しみにしてると良い。」  赤毘車は、興味深い事を言う。リーゼルの闘法か・・・。 「魁君は、ああ見えて柔軟だし、成長力は凄いからね。伸び盛りなのかもね。」  ファリアは、弟子の事を良く知っている。魁は魔法をやっている時の伸びも凄か ったと話していたな。成長力はあるのかもな。 「魁君。私、待ってるからね!」  莉奈は、恋人を信じていた。信頼し合う姿を見るのは、良い物だな。  俺も、気合を入れ直さなきゃな。俺だけ成長していないとなると、『闘式』で恥 を掻く事になるかも知れんからな。  幼少の頃、私と弟は仲の良い兄弟だった。弟は私の後を付いて来る。私は先導し て、弟の為に道を作ってやる。両親を早くに亡くした私達は、そうやって生き抜い て、優しくしてくれた親戚の叔父さん達に心配掛けまいとしていた。  親が居ない辛さは、互いに支え合う事で、何とかしようと思っていた。親戚の叔 父さんには、とても良くしてもらったので、応えようと思っていた。  やがて、受験シーズンになった。私は、タウンの中にある市立のハイスクールを 希望した。叔父さん達に迷惑を掛けないように安い方を選んだのだ。しかし、余り 良い噂を聞かなかった。そこのハイスクールは不良が多く、階級制度まで作ってい る札付きが集まる所だと言われていた。  そんな時、叔父さんが倒れた。叔母さんを早くに亡くしていた叔父さんは、俺達 の事だけが生き甲斐で、無理をしてまで働いていたのだ。だから私は、親孝行がし たいと思っていたので、働きながら学校に通う事になった。  しかし、市立のハイスクールに合格を決めた日に、叔父さんは息を引き取った。 私は、何も出来なかった自分が悔しかった。せめて弟だけは、私が道を作ってやら ねばと思った。  それから、バイトと学校の両立の日々だった。大変だったが生き甲斐さえあれば、 生きていける物だと実感する。叔父さんの気持ちが分かるような気がした。  だが、それも長くは続かなかった。私は大柄な体だった為、バイトでも体力仕事 を任される事が多かったが、学校でも悪目立ちしていた。しかも学校の雰囲気は、 余り良くないと来れば、自然と絡まれる事が多かった。最初こそ無視していたのだ が、余りにしつこいので、反撃したら一撃で倒してしまった。  その話はあっと言う間に広がり、連日のように挑戦者が来るようになった。冗談 では無かったが、バイト先まで来ない事を条件に受けてやった。私は、それを繰り 返す内に学校での地位も上がってきた。  気が付くと、話をしているのは、舎弟となった者達ばかりだった。だが、それな りに気の良い奴らだったので、気にする事も無かったが、バイト先にバレたら、ク ビになってしまった・・・。仕方が無い事だ。  新しいバイトを探している時に、タウンでも有数の極道事務所から勧誘が掛かっ た。断ろうと思ったが、弟の事もあったし、他に割りの良い仕事も無かったので、 引き受ける事にした。  そんな状態が続いた頃であろうか、皆が弟を見る目が変わってきた。私が兄だと 言う事で、弟もチヤホヤされたと言う話だ。最も弟は真面目な性格だったので、周 りから一目置かれる存在なだけで、問題などは起こさなかった。  それから極道事務所内でも、私の地位はどんどん上がっていき、ついには組長か ら盃を戴く程になった。その頃になると、私も覚悟を決めていた。表社会には、も う戻れないんだろうなと・・・。ハイスクールを卒業すると同時に幹部待遇で鳴り 物入りした。それからと言う物、組長の下で色んな抗争に参加した。  そんな折に、弟がハイスクールを卒業し、この世界に入るように私から言われた と伝えられて、事務所入りした。弟は、私に対して負い目があったのだろう。弟の 学費なども私が払っていたので、逆らわずに入ったのだ。弟は巻き込みたく無かっ たのに、結局は私が巻き込んでしまった・・・。  それから兄弟で事務所内の地位を上げていった。私は順調に出世していき、25 歳の時には、異例の速さで若頭に任命された。だが、私の心は晴れない。これが、 本当に私が望んだ事だっただろうか?・・・でも、私にも部下が出来て、部下を見 捨てるなど、出来そうにも無かった。  31歳の時、組長が人斬り組織にやられた。タウンでの収益配分の争いに巻き込 まれての事だ。そして、ついに私が組長に推薦されたのだ・・・。私は断ろうにも 断れない地位に居た。他に適任者も居なかったし、部下を見捨てる事も出来ない。 その頃の事務所は、組長がやられた事もあって、衰退の一途を辿っていた。私が立 ち上がらなければ、行く当ても無い者が増える。・・・だが、今思えば、この時に 断っていたら・・・と思う。  私は、就任早々に組長の敵を取りに行った。行かなければ、部下が暴走しそうだ ったからだ。人斬り組織は、所詮頼まれただけだ。調べて行く内に、タウンで抗争 していた有数事務所の一つが、『ダークネス』に依頼したのだと知った。こうなれ ば、乗り込むだけだ。  こっちは小さな事務所だったが、皆が奮闘してくれたおかげで、勝つ事が出来た。 そして、タウンの他の組織にも連戦連勝し、いつの間にか押しも押されぬタウンで 一番の組織になった。タウンで『ガイア組』に逆らう者は、最早居なかった。  しばらく安泰の時が続いたが、ついにその時は来た。34歳の時だった。  タウンの古い組織である『ゴール組』が、ガイア組に戦争を仕掛けてきたのだ。 私の学生時代からの付き合いの者を殺されて、私も血が上っていたのもある。タウ ン全土を巻き込んだ闘争になった。  最初こそ私達が有利だったが、ゴール組の組長であるヴィアン=ゴールは、事も あろうに、警察と組んでやがった。その結果ガイア組は、ほぼ壊滅となった。私の 油断からであった・・・。なので、残った部下達には、これから暮らしていけるだ けの金を渡して、逃げるように言い、弟にも金を渡して、逃げ延びるように言った。 弟は、この稼業が嫌になっていたらしく、文句を言いつつも私の下から去っていっ た。そして総仕上げとして、ヴィアンを殺す事に決めた。  私の学生時代を踏み躙り、弟の存在を知っているヴィアンを殺さなければ、私は 捕まっても安心出来なかったからだ。私は人斬りの事を丹念に調べ上げて、『司馬』 を見付けた。普通なら私のような極道関係の仕事は請けないらしいが、私の必死さ が伝わったのか、請け負ってくれた。  士さん曰く、『司馬』立ち上げ当初だったので、どんな仕事でも請け負いたい時 期だったらしい。先にも後にも、極道関係の仕事をしたのは、私だけらしい。士さ んにも、迷惑を掛けた物だ。  こうして私は、セントの警察に出頭し、極悪犯として、『絶望の島』に送られる 事になった。覚悟はしていた。・・・あそこでレイクに出会ってなければ、私は腐 ったまま死んでいただろう。  私は、人生の大半を人々を苦しめる事で費やした男だ。そんな私が今、こんな救 われる家で、愛する者が出来るとは・・・。人生は分からぬ物だ。  私は自分が犯した罪を忘れたりはしない。  私の人生は、今囲まれている仲間を守る為に、存在している。義務ではない。私 が守りたいのだ。今居る仲間は、最高の仲間達だ。どの人も光り輝いている。  私は、『絶望の島』での改造手術で、大きく傷ついたが、睦月さん曰く、やっと 完治するらしい。今では、運動や修練をしても問題無いまでに回復した。隣に居る ティーエも、麻薬の禁断症状を乗り越えて、笑顔を浮かべている。  回復祝いと言う事で、豪勢な食事を作ってくれる所が、この家のお節介な所だ。 私は、このような恵まれた環境に居て良いのか、時々分からなくなる。  その夜、久し振りに『絶望の島』に居た面々で会う事になった。  仲間も増えたし、皆の意識も変わってきている。それでも、この面々と会うと、 安心出来る。そんな気持ちにさせてくれる仲間達だ。 「まずは、ジェイルにティーエさん。回復おめでとさん!」  レイクが、祝ってくれる。食事時にも言った言葉だが、気分は悪くない。 「有難う御座います。これも、皆のおかげですよ。」  私は、誇張無く言う。私が此処に居るのは、皆のおかげだ。 「皆のおかげ・・・じゃないわ。それぞれが助け合ったおかげよ。」  成程。ファリアの言う通りかも知れませんね。 「そうだな。俺達は、ジェイルとティーエさんのおかげで、出られた。」  エイディは、あの時の事を、未だに恩に感じている。私は、気にしてないのだが。 「そして、アンタ達が、私とジェイルを救い出した。お互い様だね。」  そう。ティーエも私と同意見だ。助け合った結果だ。 「俺達が強くなれたのも、二人のおかげだしなー。」  グリードは、本当に嬉しそうだ。この男は、場を盛り上げるのが上手い。 「本当に色んな事があったな。・・・少し前までじゃ考えられないな。」  レイクは感慨に耽っている。確かに色々な事があった。 「私は病み上がりなので出られませんが、『闘式』では、応援しています。頑張っ て下さい。皆、優勝を狙うつもりで行くのですよ。」  私は発破を掛ける。勿論、皆優勝するつもりだろう。 「ま、色々対策は練ってるけどな。正直、恵と俊男のタッグは、きついな。」  エイディは、お手上げのポーズをする。確かにあの二人は凄い。 「後は、ケイオスとエイハだっけ?あそこも、きっついよなー。」  グリードは、溜め息を吐く。その2つは優勝候補だろう。 「何処も強いけど、頑張るしかないよな。」  レイクは、苦笑いをする。 「そう言うアンタ達だって、優勝候補でしょ?」  ティーエは、レイクとファリアを指差す。 「やっぱ、そう言う見方されてる?」  ファリアは、顎に拳を当てて考える。確かにこの3つは、ズバ抜けて強いでしょ うね。普段の修練から見ても、飛び抜けてますしね。 「瞬と江里香の組も、かなり厄介だけどな。」  エイディは、もう1候補挙げる。瞬君と江里香さんは、相性が良いですからね。 瞬君が思いっ切り闘って、江里香さんが回復を担当する。しかも江里香さんは、個 人でも闘えるように技を磨いているのだとか。 「奥の手を出さざるを得なくなるかも知れないわね・・・。」  ファリアは、顔を顰める。余り危険な事はして欲しくないんですがね。 「もしかして、前に話してたアレか?追い詰められた時だけにしろよ?」  レイクは心配そうに声を掛ける。これは、相当危険なんでしょうね。 「ファリア、怖いのは程々にしなよ?アンタ、もう一人じゃないんだから。」  ティーエが、心配そうにしていた。私も心配ですね。 「大丈夫大丈夫。自分の出来ない領域までは、やるつもりないから。」  ファリアは、笑顔を見せる。無理してなきゃ良いのですが・・・。  トントン・・・。  私の扉がノックされた。ああ。やっと来ましたか。 「恵さんですか?」  私は、恵さんを呼びつけていた。ちょっとした用事があったからだ。 「入りますわ。」  恵さんは、一言断って、部屋に入ってきた。 「あら?決起集会でもしてたのかしら?」  恵さんは、楽しそうだった。最近の恵さんは、俊男さんが戻ってから、良い笑顔 を見せるようになりましたね。 「そんな大それた物じゃないわ。ま、快気祝いって所よ。」  ファリアが答える。恵さんとファリアは本当に仲が良いですね。 「私からも、祝いの言葉を述べておきます。ジェイルさんにティーエさん。」  恵さんは、目を瞑りながら、丁寧に頭を下げて礼をしてくれた。 「で、私に用事とは、何でしょうか?」  恵さんは、本題に入る。・・・私が呼びつけた理由。それは・・・。 「私とティーエを、雇って貰えないでしょうか?」  私は、隠さずに言う。これは、ティーエと話し合った結果だ。 「え?雇って?って、此処で働く気か?」  グリードは、余りに意外だったのか、聞き返してくる。 「まぁね。私も色々考えたんだけどさ。助けてもらった恩を、直接返したいんだよ ね。それだけじゃないんだけど・・・。」  ティーエも、私と同じ気持ちだ。此処まで世話になった家に、本気で恩返しした いのだ。レイクを見守ると言う役目も、此処でなら可能だ。 「気にしなくて良いと、何度も言った筈ですが。・・・決意は固いようね。」  恵さんは、腕組しながら考えていた。 「そうなると、睦月の下で働いてもらう事になるわ。・・・でも天神家では、いき なり執事になって貰う訳にはいかないんですの。」  それはそうだ。素人がいきなり働ける程、この家は甘くない。 「睦月の紹介で、アランの所に行ってもらう事になりますわね。」  前に話に出て来た、睦月さんと葉月さんの師匠でしたっけ。 「あー・・・。でも、私達は・・・。」  ティーエが言い淀む。私達は『絶望の島』の脱走者だ。セントに入るのは、困難 だろう。これは、難しい問題ですね。 「心配しなくて良いわ。手が無い訳ではなくてよ。」  恵さんは携帯電話で、誰かに連絡を取る。すると、あっと言う間に睦月さんがや ってきた。何とも便利な・・・。そう言えば、睦月さんの『ルール』は、『転移』 だと言ってましたね。 「私をお呼びでしょうか?」  睦月さんは、用件を聞いてきた。 「睦月。この二人が、ここで働きたいらしいの。セントに入れないみたいだから、 養成所に連絡取れます?」  恵さんは、簡潔に話をした。 「・・・取れますけど・・・。本気ですか?」  睦月さんは、物凄く嫌そうな顔をした。何だか怖くなってきましたよ。 「本気かどうかは、この方達に聞いた方が早いんじゃなくて?」  恵さんは、明言を避ける。どう言う事なんでしょう。 「そうですね。・・・では、ティーエ様にジェイル様。お覚悟を聞きます。」  睦月さんは、改まって私達に問い掛ける。 「恵様が、今話された『養成所』と言うのは、セントの郊外にある他国用の奉仕者 養成所の事です。そこでは、集中的に課題を行う分、とてもきついんです。それを 潜り抜ける覚悟はありますか?」  睦月さんは、簡単に説明してくれた。睦月さんが相当きついと言うのだから、本 当にきついのだろう。 「私はあります。この家には・・・そして貴女にも、返しきれない程の恩がありま す。それを返さずにいるのは、私の中の仁義に反します。」  命の恩人に報いずにいるのは、私の精神衛生上にも良くない。 「私も、本当に世話になったと思います。・・・そろそろ仕事しなきゃと思ったん です。でも、全く知らない所で働きたくないんです。だから、一緒に働かせて下さ い。恩を返すだけじゃなく、ここで働きたいんです。」  ティーエも敬語を使いながら話す。此処で働くつもりなら当然だろう。 「分かりました。では、連絡致します。今は『闘式』の準備もあるので、2週間後 に面接します。それまでに基礎知識からミッチリ学んできて下さい。」  睦月さんは、予定を調整してくれた。『闘式』が始まるのは5月1日だ。今日は 『闘式』の受付が終わった4月16日なので、『闘式』の前日に面接と言う訳です か。確かにその日なら、準備も終わってる頃でしょう。 「ティーエが、この屋敷のメイドかー・・・。」  ファリアは、想像している様だ。 「ジェイルの執事姿っての、見てみたいな。」  グリードは暢気な事を言っていた。しかし私は、甘くないのだろうなと、肌で感 じていた。何せ移動もあるので、実質1週間半で基礎知識を学ばなければならない のだ。厳しい訓練になるだろう。  ・・・しかし、やりぬく覚悟でいます。負けませんよ!  この星は、本当に火山の星だった。その名の通り、噴火は起きた。俺も初めて見 たので、正直、そのスケールにビビッていた。  だがジュダさんが、この星に活力を入れたおかげで、通常の噴火程度で済んだ。 いつもの噴火ならば、それは『恵みの噴火』らしく、火山灰とマグマが冷える事に よって、作物は良く育つし、水源も確保出来るのだと言う。  確かに1回の噴火で、これだけの恵みがあるのならば、火山崇拝にもなるかも知 れない。この火山は、この星の生命線だ。それが火山と共に生き、火山と共に死ぬ 覚悟を生んだのだろうな。  闘技場にアレだけ居たリーゼル星人は、それぞれの土地に戻り、各地で噴火を楽 しんでいた。この星での噴火は、祭りに近い感覚なのだと言う。  こうして、噴火の大切さを子孫に伝え、継承していくのだと、ザインが話してく れた。それを見て、この星を守る戦士に憧れたのだと。  俺は、深い理由を知って、ますますこの星が好きになった。本当に星を大事にし ている。それが過ぎて、星と共に滅びる覚悟まであったのだから、筋金入りだ。  だが、出会いと共に別れも来る。俺もそろそろ戻らなければならない。名残惜し い気もするが、俺が此処での修練で得た物は、一生忘れない。 「そろそろ、お別れですな。」  長老が、優しく声を掛けてくれた。戦士として認められた俺は、村の皆から、愛 される存在になっていた。 「俺、此処での出来事は、忘れませんよ。」  俺は、わざと明るく言う。湿っぽい別れは、俺には似合わない。 「君が来てから、我等の意識も変わった。礼を言う。真に星を大事にすると言う心 は、従うだけでは駄目だと言う事をな。」  ザインは、意識が変わったと言う。今までは、崇拝してたが故に、星を何とかす る事は、禁忌だと思っていたが、これからは、星を今まで以上に大事にする覚悟だ と言う。良い事だと思う。 「フッ。お前にしては、本当に頑張ったと思うぜ?」  ジュダさんは、俺の頭をポンポンと叩く。少し照れ臭いぜ。 「それにしても・・・レーデルさんは、休んでいて下さいよ・・・。」  俺は、包帯に包まれたレーデルさんを見る。どうしても見送りたいと、松葉杖を 付きながらでも見送りに来たのだ。 「そうはいかぬ。私を破った勇者の凱旋だ。見送らなければ、私自身が赦せぬ。そ れに、君には渡したい物がある。」  レーデルさんは、そう言うと、合図を送る。すると側近の人達が、俺に何かを手 渡した・・・ってこれ・・・。 「レ、レーデルさんの棍棒と盾じゃないですか!?こんな大事な物!」  俺はビックリした。レーデルさんが長年使ってきた棍棒と盾だった。しかも、元 が物凄く丈夫に作ってあるのか、少しも崩れていない。 「君に受け取って貰いたいのだ。君は母星で闘いの大会に参加すると聞いてな。私 の魂を、その大会に発揮してもらいたくてな。」  レーデルさんは、『闘式』の事を知っていたのか・・・。ってジュダさんがバラ したんだな・・・。それでか・・・。 「有難う御座います。俺、出来る限り頑張ります!」  俺は、軽く感動してしまった。レーデルさんは、自分の誇りである棍棒と盾を、 俺に託したのだ。これには応えたいと思う。 「勇者よ。君に栄光あれ!」  レーデルさんは、怪我を押しているのに、背筋を伸ばしていた。凄い人だな。俺 は、この人に勝ったなんて信じられない。 「んじゃ、魁が世話になったな。」  ジュダさんが長老と握手をする。 「貴方様にも感謝します。あのような暴言を吐いた我等を、見捨てずに居た事を、 忘れはしません。竜神と、異星の勇者に火山の恵みあらん事を・・・。」  長老は、俺達に最大の賛辞を送る。 「大袈裟だな。まぁ、また何かあったら、こっちに来るから、その時は宜しくな。 そろそろ行くぞ。」  ジュダさんは、俺に付いて来る様に言う。 「分かりました!今行きます!」  ・・・アイツ、結局来なかったな。最後くらい顔を見たかったんだが・・・。 「ジュダ様。宜しくお願いします。」  長老は頭を下げる。別れの挨拶ってのは、湿っぽくていけないな。にしても、宜 しくお願いしますっての、変じゃないか? 「おう。じゃ、また来るぜ。じゃあな!」  ジュダさんは、荷物を持つと『転移』の魔法で空間を作り出す。 「俺、頑張りますから!!じゃぁ!!」  俺は、力いっぱい叫ぶと、『転移』の空間の中に入った。  ・・・そして、当たり前だが、気が付くとソクトアに戻っていた。 「・・・戻りましたね・・・。」  俺は、ついにソクトアに戻ってきた。・・・何だか、体の調子が変だ。 「う、うわ。何だか変ですよ!」  俺は、体が落ち着かない。何だろう?ソクトアに何か起こった訳じゃないのに。 「そりゃお前、リーゼルとソクトアじゃ、重力が違うからな。体を慣れさせろよ。」  ああ。そうか。リーゼルは重力が2倍あったんだっけ。体がフワフワしたのは、 そのせいか。体が物凄く軽く感じるなぁ。 「あれ?何か浮くよー?なぁにこれ?」  ・・・へ?こ、この声・・・。いや、気のせいか? 「こりゃ、参った・・・。幻聴まで聞こえるとは・・・。」  アイツ、最後まで来なかったしな・・・。相当名残惜しいのかな?俺。 「もう出て良いかな?・・・魁ー。出してくれよー。」  ・・・まだ聞こえ・・・って、ジュダさんが持ってたあの荷物からか?・・・ま、 まさか!この荷物、来る時は無かったぞ!! 「うおい!まさか!!」  俺は、荷物の紐を解く。すると、とても見覚えのある奴が姿を現した。 「ルード!お前、この中に居たのか!?」  間違いなくルードだった。この瞳に愛嬌のあるトカゲ顔・・・。 「うわー。この星すげー!空が青いなんて初めて見たー!それに何だか涼しいね。」  ルードは、能天気な事を言っている。いや、そんな事言ってる場合じゃ・・・。 「いやな?長老とザインに頼まれたんだよ。ルードにソクトアを見させてくれって さ。ルードも、魁に付いて行きたいって言うからさ。まぁ丁度良いかなって。」  ジュダさんは、サラッと凄い事を言う。だから、何で勝手に決めるんですか! 「何だよ。その顔ー。俺、魁と一緒に、この星を見たかったのにさー。嫌なのか?」 「嫌じゃねーよ。そりゃ嬉しいけどさ。・・・まぁビックリしただけだ。」  俺は、そう言うと、溜め息を吐きながら、ルードの頭を撫でてやった。全く、コ イツも良くリーゼルを離れる気になったな。 「なら、問題ないよな!いやー、長老とザインさんに行けって言われた時は、不安 だったけどさー。魁と一緒なら大丈夫かな?って思ったんだー。」  コイツは、一々可愛い事を言う。ああ。もう面倒見てやらねーとな。 「まぁ、リーゼルでの出来事が夢だと思われるのも癪だしな。」  ジュダさんは、俺の事を見抜いている。恐らく、このまま帰ったら、俺は夢でも 見てたんじゃないか?と思うに違いない。 「これがあるから、夢だ何て思いませんよ。」  俺は、レーデルさんから貰った棍棒と盾を見せる。 「おー!これレーデル様のだー!魁すげー!貰ったのかよー!」  ルードは、目を輝かせていた。 「お前、荷物の中で寝てたのか?」  今までの会話からして、そうとしか思えない。 「『転移』をする時に、暴れられたら困るから、この中で眠ってもらったんだ。」  ジュダさんは、袋を見せる。良く見ると、魔力で包んであった。 「これ貰ったんなら、魁、優勝しなきゃなー!」  ルードは、ニコニコしていた。 「簡単に言うなよ。前にも話したと思うけど、俺の星の連中は、強いんだぞ?」  俺は、連日のように負けていたしな。 「昔ならそうだな。だが、今なら勝てると思うぞ?」  ジュダさんは、俺の仲間の実力を知っても尚、言ってくる。 「まぁ、全力を尽くしますよ。・・・それにしても、ここどこです?」  俺は、周りを見渡す。てっきり天神家の前だと思っていた。 「サキョウ近郊だ。少し体が慣れてからじゃないと、暴走するから、慣れさせろ。 お前だけじゃなく、ルードもだぞ?」  ジュダさんは、注意する。成程。重力の差に戸惑うからか。 「何だか妙に体が軽いんだよねー。」  ルードは、さっきから3メートルくらいジャンプしている。 「俺も、あれくらい飛べるのかな?・・・よっと!」  俺は、思いっ切りジャンプしてみる。すると、とんでもないくらい体が浮いた。 「ま、マジか!?」  俺はビックリする。5メートルくらい浮いてるぞ俺・・・。 「分かったか?これが重力の違いだ。お前が過ごした3週間は、それだけ濃密だっ たんだよ。大会では、一般人相手には手加減しろよ?」  何だかすげぇ。これが重力の違いって奴か! 「ま、これでお前もスタートラインに立てたって事だ。後は、天神家で調整するか ら、楽しみにしてろよ?俺が直々に相手をしてやる。」  ・・・楽しみって・・・。怖いんですが・・・。 「はぁ・・・ま、そろそろ天神家に行きましょう・・・。」  俺は、物凄く疲れた・・・。凱旋気分など、吹き飛んでしまった。 「顔が暗いぜー?俺、応援するから、負けんなよー?」  ルードは、ひたすら明るく対応していた。ま、何とも可愛い奴だ。  俺のリーゼルでの3週間は終わった。そして、新しく小さい仲間と共に、次のス テップに進もうとしていた。  俺は、連日のように激しい修練をしている。寝てる時もゼーダに意識を起こされ て修練をしている。この頃はフル稼働している。それくらいしないと、俊男に追い つけないからだ。アイツは、死線を彷徨って、大幅なパワーアップを遂げた。  恵を守りたいと願う心は、俊男の方が上だ。その心があれば、あそこまで強くな れる物なのか・・・。俺は、どうすればアイツに追いつける?  俺は、爺さんが言っていた強く正しい事を、実行出来る男になれるのだろうか? (悩んでいるな。周りが強くなっていくのは、不安か?)  ゼーダ。俺としては、寧ろ喜ばしい事だと思っている。それは本当なんだ。だけ ど、俺が付いて行けなくなるんじゃないか?って思ってな。 (成程な。・・・ソクトアは、強い者がどんどん出てくる。不思議な所だ。)  そうだな。しかも、確固たる強さを持っている。 (君とて負けてはいまいよ。私と合わさった時の能力は、『予知』に『破拳』だ。 敵にとっては脅威の能力だと思うぞ。)  確かに、俺の『ルール』は強力だと思う。だけど、それに頼ってばかりで、俺は 強くなっているのか? (深刻だな。だが、力だけを追い求めても、必ず強くなれる訳じゃない。)  分かっている。強さとは『心・技・体』だと思っている。 (良く聴く言葉だな。)  俺は今、『技』を鍛えている。これも強さの一つだ。だが、今回で『体』、つま り力の放出と言う点で、俊男はとんでもなく強くなった。 (君も鍛えているが、力と言う点では、俊男やケイオスには一歩譲らざるを得ない な。奴等は私をも超えているからな・・・。)  となると・・・。やはり『心』か・・・。 (今回の俊男は、恵を守り、皆を守る強さを欲しいと、強く願った。その結果があ の強さに繋がっている。『心』の部分で、大きく成長したのだ。)  俺にも、強く願える『心』が無きゃ駄目って事だな。 (そこまで分かっているのなら、何とかする事だな。私は手伝える事は手伝うが、 今の君の悩みは、完全に専門外だ。頑張りたまえ。)  分かってる・・・分かってるよ・・・。俺の中途半端な心が、いけないんだと。 (力と言う点では、私も手伝える部分がある。)  本当か?俺は、少しでも強くなりたい。江里香先輩が、合気を習うくらい頑張っ ているのに、俺が何もしないのは、失礼だ。 (ただし荒行になる。それでも良ければ、やるが?)  荒行か・・・。冗談じゃないと思った時期もある。だけど、今の俺にはうってつ けだ。頼む。俺にその荒行を受けさせてくれ。 (分かった。ただし、用意がある。1週間程時間をくれ。)  『闘式』に間に合えば良い。レイクさんも自分の殻を破ろうとしている。俺も、 手を拱いて見ているだけじゃ駄目だ! (よし。ならば、私も覚悟を決めよう。君に付き合ってやる。)  お願いするぜ。俺だって、このまま終わりにはしたくないからな。  爺さん・・・。俺は、強く正しい男の誓い、忘れないぜ!  今回の『闘式』の盛り上がりは、凄い物がある。連日のように取材が来て、詳し い事情を報道しようとする。レイク達も、その対応に追われているようだ。さすが に『絶望の島』出身なのは、控えさせているが、それ以外の不動真剣術などに対す る報道は、結構為されている。にも関わらず、セントの追っ手が来ないと言う事は、 セントも分かってて、泳がせている節がある。  それに加えて、恵も手回ししているらしく、天神家に被害が及ばないように、根 回ししているようだ。あの当主は、本当に出来が良いと言うか、末恐ろしい当主だ。 まぁ睦月も手伝っているのだろうが、それでも凄いな。  勿論、レイクも注目株ではあるが、他の参加者が豪華だから、目立たないと言う のもあるか・・・。何せ士など、霊王剣術の継承者である事まで調べられている。 『伝説の人斬り』関連の情報はストップされているようだが、口コミで、そうじゃ ないかと噂されている位だ。最近普及されてきた『インターネット』情報では、各 自の詳細が、事細かに載っている。  私も参加したかったが、真っ先に『救護係』を頼まれてしまった。いわゆる『最 後の砦』らしい。私の『魂流』のルールは、どうしようも無くなった患者に『魂の 力』を分け与える為の役目らしい。恵に本当に申し訳なさそうに頼まれたからな。 色々想いもあったが、引き受ける事にした。  それに、参加しないと言っても選手として出場しないだけで、大会運営委員とし て出るのも、参加の内だ。しかも、連日のようにレイクに稽古を付けているし、フ ァリアから回復魔法の類を教わっているので、充実している。  今日は、魁が帰ってくる予定らしい。アイツも、最初こそ頼りなかったし、莉奈 に対して酷い事をしていたと言う話だ。だが今は、大切な仲間の一人だし、本当に 頑張っている。あれ程、過去を悔やみ、前に行こうとしている男は居ない。私も見 習わなければならない。  今日帰ってくると言う事で、さっきから莉奈などは落ち着きが無い。ファリアが 集中するように言っても、全然効いてない。仕方が無い事だがな。 「葵ちゃん。私、今日変じゃない?髪形とか崩れてないよね?」  莉奈は、しきりに気にしている。 「落ち着きなって。もう4回目だよ?その質問。」  葵も呆れている。ソワソワしているな。 「莉奈は、明日までに今日やった魔法を復習しておきなさい。頭に入っているとは、 とても思えないわ。・・・ま、分からなくは無いけどさ。」  ファリアも呆れていたが、優しく接している。 「魁は、強くなったみたいだし、楽しみだな。」  私は、アイツが望むなら、稽古を付けても良いと思っている。 「い、今、インターホン鳴ったよ!」  莉奈は、確かめに睦月の所に行く。・・・私ですら微かにしか聞こえなかったの に、良く分かるな・・・。これが恋の力か・・・。 (良いじゃないですか。微笑ましいです。)  まぁ、微笑ましいが、凄いエネルギーだと思ってな。 「私達も、迎えに行こうか。」  私が誘うと、皆も同じだったみたいで、道場にゾロゾロと向かう。  すると、道場組も同じ気持ちだったようで、とっくに修練を中断していた。 「いやー。僕も気になっちゃってさー。」  俊男は、結構気にしていたからな。 「お。来たようだな。」  瞬は、道場口の方を見る。私や皆も注目した。  すると、ジュダ殿と・・・こ、これが魁・・・なのか?こっちを見ているが。  それに、隣に居るトカゲのような生き物は一体・・・。皆も呆気に取られている。 「いよー!って、物凄く驚かれてるぞ・・・。」  ジュダ殿は、気さくに挨拶をするが、これは誰でも驚くと思うぞ。 「う、うわぁ!か、魁みたいな人達がいっぱいだぁ!」  トカゲのような生き物が喋ったぞ・・・。 「こう言うリアクションされっと困るなぁ・・・。ただいまーっす!」  魁は元気に挨拶する。しかし何なのだ・・・。3週間前と筋肉の質が違う。腕と かは、前の3倍くらいになってるぞ・・・。どうトレーニングしたら、ああなるの だ。前と同じなのは顔付きくらいだぞ。その顔だって、所々に傷がある。 「魁君・・・?魁君なんだよね!お帰り!!」  莉奈は、かなり戸惑っていたが、我を取り戻すと、魁の胸の中に飛び込んだ。 「ははっ。心配掛けたな。帰ってきたぜ。」  魁は、人懐こい笑顔を見せる。確かに魁だ。 「魁、凄いな・・・。どんな生活したら、そこまで変わるんだ?」  瞬も驚いていたが、我に返って、質問してみる。 「ジュダさん。説明願えます?」  レイクが呆気に取られながらも、説明を願っていた。 「見た通り、鍛えてやった。以上だ。」  ジュダ殿は、ニヤニヤしている。からかっているな・・・。 「それじゃ分かりませんって・・・。ええと、それに貴方は誰なの?」  ファリアは、トカゲのような生き物に質問する。 「あ。俺?俺はルード!リーゼルから来たんだ!」  リーゼル?ああ。魁が救ったと言うリーゼル星の者か。 「ああ。俺と仲良くなったルードだ。良い奴だぜ。皆も仲良くしてくれると助かる んだけどさ。」  成程。それにしても、この子は、子供なのか? 「ルード君って言うの?私は桐原 莉奈!宜しくね。」  莉奈は、まるで警戒していない。魁の知り合いとなれば、物怖じしないのだろう な。芯は強いのだろうな。 「お、魁が言ってた莉奈ってのは、アンタかー。魁さぁ、いっつもアンタの話ばっ かしてたぜー?恋人なんでしょ?」  ルードは、無邪気に言う。 「余計な事は言わなくて良いんだよ!・・・全く・・・。」  魁は、ルードの頭を押さえながら、恥ずかしそうにしていた。莉奈も顔を真っ赤 にしている。何とも初々しい事だな。 「え、えっと、ルード君は何歳?」  莉奈は、ルードの頭を撫でながら聞いてみた。 「俺は、今年で10だったかな?」  10歳か。それは、子供なのか迷う所だな。 「安心しろ。リーゼルもソクトアも、平均寿命は同じくらいだ。」  ジュダ殿が教えてくれた。成程。では、我等の10歳と同じと言う事か。 「・・・この子、実はソクトアとは違う言語を話してない?」  ファリアは何かに気が付いたようだ。 「お。良く気が付いたな。ルードが身に付けてる、このネックレスで、翻訳させて いる。魁が向こうでも肌身離さず持っていた物だな。」  ジュダ殿は、ルードが首から掛けているネックレスを指差す。 「やっぱ、これ無いと駄目なのー?」  ルードは分かってないらしく、不満そうにしていた。 「魔力で、そのネックレスに対抗したんだけど・・・。この子の言語、竜に伝わる 言語に近いわね。」  そんな事まで分かるとは・・・。ファリアの最近の冴えは、凄い域に達している な。『闘式』での修練を通して、実力が冴え渡っているのだろう。 「いやー。色々ビックリだね。・・・で、それが今回の成果かい?」  俊男は、魁の荷物を指差す。確かに何か不釣合いなほど大きいな。 「おう!色々学んできたぜー。」  魁は、荷物を開ける。すると、物凄い威圧感のある盾と棍棒が、姿を現す。 「これは・・・また見事だな・・・。かなり使い込んであるぞ。」  士は、見ただけでどれ程の物か見切る。 「おー。兄ちゃん凄いね!これは、リーゼルの勇者であるレーデル様が、使い込ん でた逸品だよ!魁が譲り受けたらしいよ。」  ルードは、嬉しそうに笑う。何だ。良い笑顔をするではないか。結構人懐こいし、 目元が可愛いな。これは、魁も気に入る訳だ。 (あの子の魂は、とても綺麗な色です。)  そうだな。見てて清々しくなるな。 「士が言うだけあって、使い込まれてるヨ。良い品だネ。」  センリンは、間近で観察している。 「魁は、それに勝ったと言う訳か!そりゃ凄いのう!俺も見たかったのう。」  巌慈が、魁の成長を喜んでいる。 「おー。兄ちゃん大きいな!レーデル様の次くらいあるね!」  え・・・?この巌慈より大きいだと?巌慈だって2メートルを超えてると言うの に。それより大きいと言うのか。 「レーデル様は、兄ちゃんより頭一個分くらい大きいね。」  何だと・・・。それだと2メートル50はあるぞ・・・。 「アンタ、良く勝てたねぇ・・・。本当に・・・。」  亜理栖は、感心している。確かにそんな相手に、良く立ち向かった物だ。 「魁も成長しているって事だな。・・・ウカウカしてられねーな。」  エイディは、溜め息を吐く。エイディも相当強くなってるけどな。 「こりゃ、魁の奴、強くなってそうだなぁ。」  ジャンは、警戒を強める。この筋肉を見れば、そう思うのも当然だ。 「ウチ等も、負けてられないよねぇ。」  アスカも、気合を入れなおしていた。 「ゼリン。やっぱ重力が強い所だと、それだけ変わる物なのか?」 「そうだね。高重力下で、運動するってのは、それだけ体には負担になるんだ。そ れを耐え抜いた魁は、飛躍的に筋力が上がった筈だよ。」  グリードの質問に、ゼリンが答えていた。さすがに詳しいな。 「魁。疲れているか?」  私は、魁に尋ねてみた。 「大丈夫ですよ。寧ろ、元気余ってます。」  魁は、腕をブルンブルンと振ってみせる。中々迫力あるな。 「よし。私が実力を試してやろう。どうだ?一つ。」  私は何故か、皆の目安になる事が多いからな。 「い、いきなりゼハーンさんで!?いやぁ、俺なんかで務まりますか?」  魁は、さすがに遠慮しているみたいだ。 「何言ってるんだよー。魁はレーデル様に勝ったんだぞー?俺も、此処の人達が、 どれくらい強いのか、見たいんだけど?」  ルードは、腰が引けている魁に対して、文句を言う。 「お前ね。このゼハーンさんは、特に強いんだぞ?・・・まぁでもやります。」  魁は、注意しながらも、やる気はあるようだ。成長したな。 「・・・貴方達ね。今来て見たら、いきなり手合わせするなんて、どう言う了見か しら?一言くらい、私に言っても良いんじゃなくて?」  恵が、睨みながら入ってきた。おっと。当主様の許可を忘れていた。そう言えば、 さっきは商談中だったとかで、居ないんだったな。 「話は睦月から聞きました。貴方がルード君ね。」  恵は、ルードの前に立つと、目線を合わせる。 「私は、この家の主の天神 恵と言うの。宜しくね。」  恵は、ニコヤカに挨拶する。 「あ。俺の所の長老みたいな人なの?」  ルードは魁に尋ねる。 「ちょ、長老って・・・。まぁ、そうだな。この家で一番偉い人だ。」  魁は、笑いを堪えながら、質問に答えてやる。 「そうなんだ。俺、此処初めてで、何かと良く分からない事だらけだけど、宜しく お願いします!」  ルードは丁寧に挨拶する。中々礼儀正しいではないか。 「はい。良く出来ましたね。歓迎しますよ。・・・魁さんは、覚えてなさい。」  恵は、ちゃんとルードを褒めながら、魁の事は、キッチリ根に持っていた。 「・・・あ、アハハ・・・。よし。んじゃ、やりましょうか!って・・・俺に合う 修練用の武具ってあります?」  魁は、棍棒と盾を使っているのか。確かにそんな物あったか? 「ええ。あるわ。睦月。メイス型の修練用武具を持ってきなさい。」  恵は、睦月に合図をすると、すぐに持ってきた。木製の盾と、木製のメイスか。 「親父が実力を量るなら安心だな。見せてもらうぜ。魁。」  レイクは、私の実力を信用している。 「魁ー。無様に負けるなよー?」  ルードは、魁の応援のようだな。何ともやり難い話だ。 「ゼハーン。わざと手を抜いたりするなよ?分かってるな?」  士は、釘を刺してくる。何を言うのかと思えば・・・。 「私は、そんな器用な事が出来る男では無いぞ?」  やるからには、手は抜かない。それが私の流儀だ。 「魁君。頑張ってー。見てるからねー!」  莉奈も久し振りの魁の姿に浮かれているようだ。 「見せてもらうよ。魁。アンタの成果って奴をね。」  葵も、楽しそうだな。これは、私も楽しんだ方が良いようだな。  魁は盾とメイスを手にすると、盾は側面に持ち、メイスを前面に持ってきた。 「ほう。その構え、見切るつもりか?自信はあるようだな。」  私は、戦闘モードに体を切り替える。あの構えの安定さを見ても、魁の実力は、 本物だろう。思った以上に隙が無い。 「俺は、向こうで死ぬ気でやりました。だから、その成果を見せるまでです!」  成程。リーゼルの盾の使い方は、こっちでの剣での見切りのような物だな。盾で 弾いてメイスで叩くと言う闘い方のようだな。 「よーし。なら、見せてもらうぞ。魁!」  私は、まず不動真剣術の型で円を描くように攻撃する。「攻め」の型だ。  魁は私の攻撃を、目を見開いて軌道を読み、寸前で弾いていた。本当に魁か?信 じられぬ芸当だ。見切り能力が軒並み上がっている。 「やるな・・・。まるで「無」の型だ。」  私は、不動真剣術でも同じような見切りの型である「無」の型を例に出す。 「ふー・・・。で、出来た。おっかねぇー。」  魁は、何とか見切っているようだ。覚悟は十分だな。剣よりも盾の方が、見切り はし易いとは言え、この前とは別人のようだ。 「中々理に適った闘法だ。盾で弾いて、その隙をメイスで攻撃。面白いな。」  士は分析していた。ソクトアでは、剣で弾く見切りが主流なので、余り見ない型 だ。確か、パーズ拳法のある流派が、盾を使っていたと思うが。 「パーズ拳法の盾術に似ているね。あれは矛と盾だけどね。弾いて攻撃の隙を狙う と言う意味では、同じだよ。」  俊男が解説をしてくれた。パーズ拳法の矛を使った盾術であったな。 「魁君、すっごい。私、全然見えなかったよ。」  莉奈は驚く。私だって驚いている。これは、本当に本気でやっても良さそうだな。 「見せてもらうぞ。魁!」  私は、突きを含めた動きで立ち回る。魁は、それを寸前で見切りながら、盾で弾 く。しかも、最後は間に割り込むように攻撃してきた。しかも、結構鋭いな。 「驚いたぞ・・・。私の攻撃の隙を見切ってくるとはな・・・。」 「こ、こう見えても必死なんですけどね。」  そうだな。魁はいつも必死だった。別に今に限った事では無いな。 「ならば、こちらもそれに相応しい型を見せてやろう。」  私は、「無」の型に移行する。体が「無」に移行すると、見切り能力が上がるの だ。その覚悟の構えを、今の魁なら、理解出来るだろう。 「・・・す、すげぇ・・・。今なら分かる・・・。何て覚悟なんだ・・・。」  魁は即座に反応した。フッ。今までの魁なら、分からなかった構えだが、この構 えの本質を瞬時に理解するとは、さすがだな。 「魁!相手は、腕を下げてるじゃん!」  ルードは、まだ理解出来んかもな。 「そうじゃねぇんだ。ルード。思い出せ。俺がレーデルさんと対峙した時の事を。」  魁は、そのレーデルと言う者を、私と同じような覚悟で闘った訳か。 「か、魁だって出来るんじゃないの?」 「馬鹿言え。そりゃ俺だってやったけど、こんなに完成度高くないっての。」  成程な。同じような心境で、同じように闘ったからこそ分かるのだろう。今の私 が、魁の高みに居ると言う事をだ。 「魁。それが分かると言う事は、君は強くなった証拠だ。」  私は、褒めてやる。魁は、必死だったのだろう。そうじゃ無ければ、3週間で此 処まで変わったりしない。これは本物だな。 「でも、行くしかねぇ・・・。うおおお!」  魁は、縦に横にと、メイスを振ってくる。中々鋭いな!だが・・・。見切れる!  私は、4回弾いた後、5撃目は来る前に、胴斬りを入れた。 「うあ!っちゃー。速い!」  魁は、胴を押さえる。しかし、大して効いてないようだな。と言うより、今の硬 さは何だ?信じられないくらい硬かったぞ。まるで瞬を相手にしているかのようだ。 「魁!だらしねーぞ!」  ルードは、野次を飛ばす。 「わりーな。やっぱ技量じゃとても敵わないなぁ・・・。なら、動きで!」  魁は、何かを思い付いたようで、全身に力を入れる。何をする気だ? 「はあああ!!」  魁は、四肢に力を入れると、物凄い勢いで飛んだ。そして、今まで見せた事も無 いような速さで動き回る。天井も使っているだと・・・。 「おいおい・・・。アイツ、どんな修行したんだよ・・・。これが、重力での修行 の成果かよ・・・。俺も頼もうかなぁ・・・。」  グリードは、魁の動きを見て驚く。 「私の『ルール』を開放したままってのは、さすがに疲れるんだけどね。」  ゼリンは、さすがに反対のようだ。まぁ『ルール』を出しっ放しなのはな・・・。 「こりゃ、気を引き締めないと、俺達もやられるぞ。」  エイディも、警戒を強める。それだけの動きを、魁はしている。 「でやああ!」  魁は、縦横無尽に動きながら、私の隙を狙う。だが甘い!私の「無」の構えは、 こう言う状況の為にある物だ。全て見切ってみせる! 「あのオジちゃん、凄い・・・。レーデル様みたいだ・・・。」  ルードは、感嘆の声を上げる。そのレーデルと言う者は、相当強いようだな。同 じだと言われるのは、光栄な事だ。 「やあああ!」  魁は、これでもかと言わんばかりに攻撃するが、私は攻撃を避けつつ、背中に斬 りを入れた。しかし、中々やる・・・。あれだけの動きをして、息が切れていない。 かなりのスタミナを手に入れているようだ。 「魁!魁が言っていた意味が分かったよ・・・。此処の人達凄いね!」  ルードは、目を輝かせていた。そう言われると、悪い気はしないな。 「だろ?すっげー強いんだって。でもな・・・。俺だって、まだ諦めないぜ!」  魁は、構えを変える。盾を前面に出しただと?防ぐのに専念する気か? 「出た!レーデル様に勝つ為に編み出した、魁の新戦法だ!」  ほう・・・。と言う事は、私相手に、本気で勝つつもりだな。面白い! 「光栄だぞ。私をそこまでの相手と認めてくれるとはな。」  魁の構えからは、只ならぬ闘気を感じる。見縊れば負ける! 「俺に出来る事は、全てやります!じゃなきゃ後悔しちまう!」  魁は、昔から全てを出し尽くす男だったな。だからこそ成長し、強くなった。そ の魁が出す全力を、私は受け止めねばな! 「でやああああ!!」  魁は、その構えのまま突っ込んできた。やはり防ぎに徹するのか?甘いぞ!私は 迎撃の木刀を振る。・・・んな!!?弾いてきて、そのまま・・・うお!!  ガキン!!  私は、何とか木刀の背で防御したが、5メートルくらい吹き飛ばされる。何と言 う力!そして、何と言う発想だ!盾とメイスを合わせて、攻撃手段に使うとは!こ うすれば、メイスで攻撃する倍以上の力で攻撃出来る。しかも、盾で弾いた後すぐ にだ。考えたな! 「うわぁ・・・。防御したよ・・・。レーデルさんには、当たったのに。」  魁は、信じられなかったようだ。私も無我夢中で反応しただけだ。「無」の型で 無ければ、食らっていたに違いない。 「あの人、すごーい・・・。魁は、あれでレーデル様を追い詰めたんだぜ?」  ルードも驚いているようだが、私達は、魁の攻撃の方に驚いた。 「盾だって鈍器として使えるか。面白いな。」  士は感心していた。なりふり構わず攻撃する姿勢が、気に入ったのだろう。 「魁だって、あれだけ出来るなら、私も、頑張らないとネ。」  センリンは、魁の頑張りを改めて認めた。 「まだまだぁ!!」  魁は、ガムシャラに攻撃してきた。中々激しい!私は、何とか弾くが、防御越し ですら、木刀が弾かれ兼ねない。やるな! 「ならば!」  私は、構えを変える。こちらも本筋で行かなければ失礼だ。それくらい魁は強く なった。私は得意としている天武砕剣術の構えに変えた。 「親父が、天武砕剣術に変えた!?マジかよ!」  レイクは、私が構えを変える意味を知っている。私が本気で迎撃する時、この構 えに変えるからだ。つまり、魁の実力を認めたのだ。 「ゼハーンに余裕を作らせないとは・・・。若い奴は、成長力がすげーな。」  士は、私の対応を見て、魁の実力を知る。 「怖い・・・けど、俺に出来る事をするしかない!!」  魁は、構えの意味を知らずに突っ込んでくるのでは無く、知っていても、敢えて 突っ込んできた。それは、勇気ある行動だ。 「・・・えいやああああ!!」  私は盾を躱すと、三連斬りを立て続けに放つ。 「うああああ!」  魁は防御し切れずに、腕に斬りを受けて、吹き飛ばされる。 「天武砕剣術、袈裟斬り『火炎』!」  私は、とうとう技を使い始める。これからは、本気で行くつもりだった。 「うぐ・・・。さ、さすが!俺が憧れた強さだ!」  魁は、痛そうに腕を擦りながら、嬉しそうな表情をする。 「まだ、感心するのは早いぞ!!」  私は、瞬時に木刀を後ろに引く。そして、そのまま袈裟斬りを食らわした。 「うあああ!は、速い!!」  魁は、吹き飛ばされた。その先に私は居た。 「え?何!?何今の!?あのオジちゃん、何したの!?」  ルードは訳が分からなかったようだ。 「あれは不動真剣術の袈裟斬り『閃光』。一瞬で移動しながら相手を切り付ける技 だ。あの一瞬だけで、相手を凌駕する覚悟で突っ込み、相手からは閃光が走ったよ うにしか見えないから、そう呼ばれているんだ。」  レイクが解説する。中々上手いではないか。 「すげー・・・。魁が言っていた意味が分かったよ。」  ルードは、私達の事を、結構聞いていたみたいだな。 「ちなみに、何て言っていたの?」  ファリアが興味本位で尋ねる。 「『レーデル様は強いけど、俺の星には、化けもんがゴロゴロ居るんだ。いやー、 おっかねーぞ?俺なんてその中じゃ、全然だよ。』だって。」  ルードは、魁の言葉をそのまま言う。 「化け物とは失礼ね。例え様が優雅じゃないですわ!」  恵は、口を尖らせる。確かに失礼な言い草だ。 「魁君、後でちょっと来なさい。」  ファリアも、怒っているようだ。怖いな・・・。 「お、お前、余計な事を言うなっての・・・。」  魁は、胸を押さえながら立ち上がる。 「『閃光』を受けても、まだ立ち上がるとは・・・。恐ろしいタフネスだな。」  それにしても、魁は、まだ余力がありそうだな。 「ならば、私もこの技を使うか・・・。魁よ。どう防ぐ?」  私は、魁にも分かるように五芒星を描く。これこそ、不動真剣術の奥義『光砕陣』 だ。高めた闘気を五芒星の力で増幅させて打ち出す技だ。 「小細工しても、無駄だって事だよな・・・。なら!」  魁は、盾とメイスを重ね合わせる。さっきの戦法で弾く気か? 「無駄だぞ?私とて伝承者だった男だ。弾き返される程、柔な『光砕陣』は撃たぬ。 小細工は、通用せぬと、分かったのではないのか?」  私は、苦言を呈す。魁は、何を考えているのだろうか。 「小細工じゃ有りませんよ!俺の最高の技で勝負です!」  魁は、盾とメイスに魔力を込め始める。まさか、このまま盾で対抗する気か? 「これは、失礼な事を言った・・・。面白い!では、破ってみせるが良い!」  技を得意とする私が、力で対抗する・・・か。前にレイクに負けたパターンだが、 私とて、そのまま勝負する気など無い! 「私なりにアレンジを加えた物を見せてやろう!」  『光砕陣』の五芒星の5つの力が集まる所に、今まで習った魔力を込めた。する と、『光砕陣』が、更に光り始める。 「考えたわね。確かにあれなら、威力だけ倍増出来るわ。」  ファリアには分かっているようだ。 「俺と対抗した時とは、比べ物にならないなアレ・・・。」  レイクも力を感じたようだ。私とて、やられっ放しなのは、気に入らんのだ。 「うわぁ・・・。こええ!けど、俺は俺の全力をぶつけます!」  魁は、引く気は無いようだな。良い覚悟だ! 「魁君!私、心配だけど・・・。もう止めない!頑張って!!」  莉奈は、魁の本気を見て、いつもの弱気な台詞を言うのを止めた。強くなったな。 「やりにくいな・・・。だが、行くぞ!!不動真剣術!奥義、『光砕陣』!!」  私は、溜まりに溜めた闘気を、魔力と五芒星で増幅させて、撃ち放った。 「俺の渾身の突進だぁ!!名付けて、『盾突進(シールドチャージ)』!!」  む。『盾突進』とは、シンプルな名前を付ける。魁らしい名前の付け方だな。魁 はそのまま、『光砕陣』とぶつかった。  ギギギギギギ!!  物凄い音と共に拮抗する。こう見えて、私の最高の技の一つなんだが・・・。 「ぬぬぬぬぬううううう!!」  魁は、押し返そうと必死だ。少しずつ前進して行く。 「でやあああああ!!」  魁は気合と共に、『光砕陣』を打ち消した!何と言う・・・。だが!  ピタッ・・・。  私は、高速移動して、間髪入れずに魁の首筋に木刀を当てる。 「・・・うわ・・・。アレを放出して動けるとか、反則ですよ。俺の負けです。」  魁は、負けを悟ると降参した。 「ま、さすがにゼハーンの方が上手か。だが・・・。あの『光砕陣』を退けるとは、 成長しやがったな。」  士は、私に軍配を上げようとするが、私としては、負けに等しい気分だった。ま たしても力負けした。引き分けだったし、何とかフォロー出来たが、力勝負自体は、 魁の勝ちと言っても過言では無い。 「魁ー!負けたけど、凄かったじゃん!」  ルードは、余り傷付いていないようだ。 「ったりめーだ。簡単に負けたら、レーデルさんに、わりーだろ?」  魁は、その為に全力を出し切ったのか。何とも優しい奴だ。 「俺、此処の皆が凄いっての、見せて貰ったよ!」  ルードは、そう言うと、目を輝かせる。無邪気だな。 「それなら良かった・・・。お前も、頑張れるな?」  魁は、ルードを撫でながら、優しく諭してやる。 「うん!俺、魁を見てたら、勇気が出てきたよ!」  微笑ましい光景だ。あの子は素直な良い子だ。 「魁君!凄かったよ!私、魁君が頑張ってるの、感じたから!」  莉奈も、素直だな。このような澄んだ心の者達が仲間だと、私も誇らしくなる。 「お姉ちゃんは、その大会ってのに、出場するのー?」 「私は、本当は出たいけど、ちょっと無理だねー。魁君の応援をするよ。」  ルードは、莉奈に親しげに話し掛けている。 「じゃぁ、俺も応援するー!魁、負けたら承知しないぞー。」 「キツイ事言うぜ。まぁ、やるだけやるよ!」  ルードと莉奈の応援に、極力応えるつもりらしい。良い話ではないか。  魁は、ルードと莉奈に微笑み掛けていた。 「とても良い話ですわ。・・・さて、さっきの件を話してもらいましょうか。」  恵は、笑みを浮かべながら、ちゃんと魁の首根っこを掴む。 「師匠を化け物呼ばわりした理由、聞かせてもらえるわね?」  ファリアも、とても良い笑みを浮かべながら、それに加わる。 「お、覚えてました?やっぱり?」  魁は、引き攣った笑みを浮かべて、冷や汗を掻く。 「魁ー。抵抗しないのか?」  ルードは、不思議そうにしている。 「したくても出来ないんだよ!・・・お前、長老に逆らえるか?それと一緒だ。」  魁は、例えを出す。中々上手い例えではないか。 「あまり、長老とか言わないで下さいます?」  恵は、必死に怒りを抑えていた。・・・荒れるな。これは。  魁は、本当に強くなった。だが、中身は魁のままだったな。  オレは、人生を楽しむようにしている。どんなに辛くても、楽しむ事を忘れちゃ 駄目だ。人生を前向きに生きれば、きっと良い事が付いて来る。オレは、そう信じ ている。だが、ある程度の困難は付き物だ。それが無きゃ、人生なんて言えない。  今のオレの状態と言えば、最高だと思っている。オレには、もったいないくらい の美人の恋人が居て、本音で話せる仲間も居る。強さだってメキメキ上がってきて いる。それに、安定した収入のレストランで働かせてもらっている。  今の状態を考えれば、少し前までの生活はクソだと思っている。オレの意識が変 わってきたってのも、あるんだろうな。前までのオレは、前向きに生きていると思 い込んでいた。カッコばかり付けて、自由ばかりを追い求めていた。  自由ってのは悪い事じゃない。だが、全てじゃない。義務があって初めて自由を 得る権利が与えられる。根無し草のように、自由を追い求めていた。それが、今の 恋人を傷つける結果になっていたとは、気が付かずにだ・・・。  姐さんは、最高の人だ。オレは、それに気が付くのに、組織を出なければ気付か なかった大馬鹿野郎だ。俺を追い掛ける為に全てを捨てた、姐さんの覚悟は本物だ。  オレは・・・それまで本物の恋をしてなかったんだと気付かされたな。姐さんは、 いつだって本気だったってのにな。  中学の時のダチにも、警告されたっけな。オレの手癖が余りに悪かったので、そ れでは、形に残る者が無いぞ・・・とな。あの時のオレは、尖っていたから、また 小言を言っているとしか、思えなかったが、本当に心配してたんだろうと、今にな ってから分かる。悪い事をしたぜ。  アイツは、何をしているだろうか。出来の良い奴だったからな。必死に金を稼い で、セントと言う国を動かして見せると、豪語していたな。人斬りを使うような政 治家共は、救いようの無い奴等ばかりで、その中にダチが居なかったのは、安心し たが、どこで何をやってるんだろうな。官僚にでもなって、セントの役に立ってい るんだろうか?・・・今のセントも、アイツみたいなのが多ければ、変わるんだろ うか?それとも・・・アイツも変わっちまったんだろうか・・・。  今のオレはと言えば、修練が楽しくて仕方が無い。何せ周りが強いからな。やれ ばやるだけ強くなれる気がしてな。ったく、信じられない状況だぜ。学生共も、揃 いも揃って粒揃いと来てやがる。オレの学生時代とは、大違いだ。何せ、そこの校 長まで、『闘式』に参加するとか言ってるからな。  オレだって、何年も人斬りをやっていた経験がある。褒められた事じゃないが、 腕は立つつもりで居る。だから、そんなに簡単に負けちゃいられない。付いていこ うと必死にもなる。姐さんも、出来る事をやって、強くなろうとしている。  小休止に入った。出来は上々だ。今日は巌慈や亜理栖と修練したが、アイツ等も 必死らしい。オレも学生達に負けたくないのと同じで、奴等も上級生が故に、下級 生に引けを取りたくないのだろう。特に爽天学園の一年生組は、優秀だからな。優 秀なのを飛び越えて、化け物みたいな強さの奴も居る。 「ジャンさんは、手強くて参考になるわい!なんたる攻め手の速さよのう!」  巌慈が、オレの攻めの速さを褒めてきた。 「お前の頑丈さには、参ったよ。本戦でも苦戦しそうだ。」  オレは、巌慈の頑丈さを褒めた。ショアンさんの防御術とは、また違う硬さだ。 ショアンさんは鉄壁と言って良い程に防いでくるが、巌慈の場合は、食らっても前 進してくると言う怖さがある。ショアンさんには、攻撃が効かない感じがしたが、 その後の反撃は無い。だが巌慈の場合、食らいながらも反撃してくるので、こちら も避けと防ぎを考えつつ攻めなければならない。 「さすがですよアスカさん。忍術を絡めた攻め手が、読み切るの大変です。」  亜理栖は、姐さんに忍術を教えながら、自分の忍術の強化もしていた。 「亜理栖も凄いね。ウチの攻撃を全部避けて、忍術で反撃してくるタイミングが、 バッチリじゃないか。」  姐さんは、亜理栖と談笑する。最近は、姐さんもオレも忍術を習っているので、 亜理栖に色々相談する事が多い。亜理栖は、長年やっているだけあって、撃ち出す タイミングが、他の誰よりも上手いのだ。  単に忍術を使うセンスなら、エイディの方が上かも知れないが、ここで使われた ら嫌だと言う使い方を存分にしてくる。その辺は、年季かも知れないな。 「しっかし、楽しみじゃのう!『闘式』は!」  巌慈は、強敵と闘える事を楽しみにしている。 「おう。楽しみだなぁ。・・・でも巌慈、お前疲れないのか?」  オレは、巌慈の心配をする。何せ巌慈は、修練の他にプロレスの興行にも行って いる。しかも『闘式』がある1週間前にも公式戦があるって言うんだから、驚きだ。 そちらの練習もしながら、『闘式』の修練もするんだから、大した物だ。 「親父にも言われているが、その方が充実して良いんですよ。俺は。」  巌慈は、自分を追い込む事で、強くなろうとしている。 「お。居た居た。テレビで『闘式』の特集やってるみたいだぜ。」  エイディが、オレ達を呼んでいた。  ちなみに、天神家では、道場が2つあり、メイン道場は、剣術とか素手組。つま り、格闘メインの奴等が、手合わせに使っている。で、オレ達が使わせてもらって いるのが第2道場で、少し離れにある。遠い訳ではないが、何人かは、忍術や闘気 を学ぶ時に使っている。メインより少し小さいが、それでも十分なスペースだ。  その奥にあるのが、本当に離れにある場所で、ちょっとした工房っぽくなってい る。そこでは、大きな魔方陣があり、魔法を学ぶ連中が、そこで集中的に学んでい る。ゼハーンさんなんかは、ここでファリアに教わっている。何でも、瞬と恵と、 俊男と江里香が、過去に飛ばされた時に、ファリアが助けた場所が、そこなんだと か。そのせいもあってか、魔力が溜まり易い場所で、教えるのに適しているらしい。  オレ達は、第2道場のテレビを付けて、特集を見た。  それにしても随分細かく調べてある。オレの生い立ちまで、調べてあるのには、 少し驚いた。セントに追われている情報とかは、伏せてあるみたいだな。それは、 オレ達の他にも、追われている奴等が結構混じっていて、特別に、そんな報道する のはフェアじゃないからだろう。  ちなみに最近の修練の様子などは、抜き打ちでカメラに撮る事になっている。そ れも、盛り上げる為の一環だとして、恵が承諾したのだ。その中で見たケイオスと エイハの本気の修練には、ちょっと驚いたけどな。夫婦とは言え、本当に容赦無い 打ち合いをしていた。さすがだよな。 「私達の紹介もやってるヨ。レストラン『聖』もでてるネ!」  センリンちゃんは喜んでいる。まぁ店の宣伝には良いわな。 「お。これは、元老院の代表かのう?」  巌慈は、元老院の代表である加藤 篤則と、アルヴァ=ツィーアの紹介を興味深 そうに見る。普段の視察の様子などを映しているようだ。セントのトップであり、 羨望を集めていると言う紹介が為されていた。結構脚色してるよな。 「この加藤がシンマインドだって話だよな。」  エイディが確認する。ケイオスが教えてくれた情報だと、そう言う事になってい る。ゼロマインドの片割れ・・・。全ての元凶か・・・。 「こう見ると、普通のオッサンにしか見えないけどねぇ・・・。」  亜理栖は溜め息を吐く。テレビを見る限りでは、精力的に動いているオッサンに しか見えないな。軍隊研究所の長官だった男か・・・。 「アルヴァって、ツィーア財閥の御曹司だった子なんだ。」  姐さんは、『オプティカル』時代に、ツィーア財閥と、交渉した事がある。あの 時は、まだ先代だったんだがな。 「元老院の紹介までやってるぜ?結局セントも、この『闘式』に乗っかって宣伝を 始めたって事か。」  エイディは呆れる。元老院の連中も、焦っているのだろうな。今までは、謎の組 織として、伏せていた感がある。だが、魔族が大っぴらに出て来た以上、元老院も 素性を公開して、影響力を高めようと言うのだろう。 「この人は、国事総代表だった人だヨ。」  センリンちゃんが言う通り、このゲラルドは、国事総代表の経験がある筈だ。 「・・・!!な、何!?」  う、嘘だろ・・・。こ、この顔・・・。見忘れねぇ!!! 「ケ、ケイリー!!・・・あ、アイツ!!」  信じられなかった。オレは、この男を知っている。いや、知っているなんて物じ ゃない。腐れ縁だった男だ。オレのダチだった男だ!! 「ど、どうしたのさ。・・・その慌てよう・・・。」  姐さんが心配している。それはそうだ。取り乱しちまったな。 「・・・姐さんには話してあるよな?・・・オレが前に話した、ダチ・・・。」  オレは、未だに信じられなかった。官僚になる処の話じゃねぇ・・・。あの野郎、 元老院になってたのかよ・・・。マジか・・・。 「え?確か、ジャンが落ち込んでた時に励ましてくれたって・・・。」  姐さんは、思い出したようだ。そうだ。あの時に話したダチだ。しかもアイツ、 金融界のボスになって、元老院入りをしただと!?要領の良い奴だったけど、そん な真似をしてまで、元老院に入ったのか・・・。 「アイツは、出来が良かった・・・セントを変えたいと言っていた・・・。」  そう。それを夢見て、アイツは進学していった。オレは、稼ぐ手段を見つける為 に人斬りの世界に飛び込んだ。 「けどよ!お前の目指してたのは、こんな現状かよ!!ケイリー!!」  オレは、悔しかった。ダチは・・・ケイリーは、この国の中枢に入って変える為 に、金融界を支配して、元老院になる道を選んだんだ。でも、そんなの間違ってい る。アイツは、全うな手段で政治家になるのだと思っていた。 「親友だったのか・・・。辛いな・・・。」  エイディが励ます。親友だったからこそ、信じたくなかった。 「アイツも、この報道を見てる筈だ・・・。なら、オレの事も目に入った筈・・・。 この『闘式』で、何でアイツが元老院に居るのか、聞かなきゃな。」  オレは、問い質す事にした。返答次第では、アイツは敵になる可能性がある。現 状では、敵なのだろうな・・・。 「ジャン・・・。」  姐さんは、心配していた。相手は元老院だからな・・・。  でも、ここで引く訳にはいかない。アイツの現状を、俺は知りたいんだ。  空手の極意は、一撃必倒。それを体現する瞬君の空手は、理想と言って良い。私 には出来ない極意でもある。私も真剣に取り組んできた。相手を圧倒する為に、急 所を一撃で突いて、相手を倒す。  それでも、一撃必倒とは言い難い。瞬君の拳は、当たると相手は悶絶する。鈍器 に殴られたような痛みだと言うのだから、相当な物なのだろう。  私は、瞬君には無い特技を身に付けなくてはならない。それが、タッグで足を引 っ張らない為の第一歩だ。『闘式』では、対等に闘いたい。  その為に、合気道を習うのだ。空手を捨てた訳ではない。空手をより活かす為に、 合気道の極意も習おうと言うのだ。そうすれば、空手にも応用が利くに違いない。  あの手合わせは衝撃的だった。秋月さんの技量は、私達の遥か先にあった。あの 瞬君が当てる事すら出来なかったなんて、どう言う事だ・・・。相当に見切ってな ければ、出来ない芸当だ。  あれを実現する為には、まず、相手を読み切らなければならない。その上で、寸 前まで見切りを止めずに、体を反応させる。これだけ高度な事を秋月さんは、何度 もやってのけた。とんでもない技量だ。さすがは、最高の技の体現者などと言われ るだけある。あの技量を、私も自分の物にすれば、戦力アップに繋がる筈。  弟子になってから今日まで、ずっと座禅をしたままだった。特に見切りの勉強を するでもない。こんな事で大丈夫か?と最初は思った。こんな事をしている間にも、 瞬君もライバル達も、強くなっているに違いないと思った。  だが、私は落ち着いていた。意味も無く、嫌がらせのように座禅を組ませる秋月 さんだろうか?仮にも弟子として出すのだから、私も恥ずかしくない強さで出場し なければならない。なのに、意味も無い事をやらせるだろうか?  つまり、この座禅には意味があるのだ。しかも、私に足りない何かを気付かせる 為の座禅なのかも知れない。・・・そう考えた時、目の前の曇りが晴れてきた感じ がした。目を瞑っているのに、全てが分かる感じ・・・。何だろうこれは。  こうやって座禅をしていると、自然と一体となった感じがした。自然の中に私が 居て、必然と何をやるべきか、教えてくれる感じだ。・・・懐かしい。お爺様に教 えを乞うた時、大自然の中で打ち込みをした時を思い出す。あれは、子供の時だっ ただろうか?空気のざわめきすら手に取るような感覚・・・。  ・・・雑音が近づいてくる。避けなくては・・・。  ヒュン!  何かを避けた感覚がある。だが、それは自然な事だと感じた。 「ウム!見事じゃ!!」  突然声がした。その声で私は、体に還ってくる感じがした。 「・・・あ・・・。私は・・・。」  良く見ると、何本も矢が刺さっていた。この状況は!? 「これ・・・私が避けた?」  そんな感覚は無かった。だが、自然と体が動いたのだ。 「面白いのう。お主その心境に、たった1週間ちょっとで辿り着くとは見事じゃ。」  秋月さんは私を褒める。さっきの感覚・・・。あれは、新感覚だった。 「戸惑っておるようじゃな。座禅で集中力を増して、自然と一体となる術を、体現 した気分はどうじゃ?体が震えるじゃろう?」  秋月さんは、これを教える為に、座禅をやらせていたのか。 「これは、序の口じゃ。自然と一体化する感覚を忘れるでないぞ。・・・さて、こ れを人間にも応用する。それが合気の心得じゃ。」  人間にも応用する・・・。つまり、相手との調和・・・。 「調和の心・・・かしら?」 「ほう。さすが優秀じゃのう。お主、筋が良い。」  秋月さんは、私の答えに満足する。調和の心か・・・。 「相手を良く観察し、的確な行動を予想するのじゃ。さすれば、それ即ち技への向 上となり、相手との調和の世界となりえる。」  秋月さんは、相手を良く見極めろと言いたいのだろうな。 「儂は、調和の探求に勤しんで来た。何を差し置いてもじゃ。」  秋月さんは、遠い目をする。睦月さんや葉月さん、孫達に疎まれても、調和の探 求に没頭し、強くあり続けたのだろう。 「じゃが、家族との調和が成ってないとは、皮肉じゃのう。」  自分でも分かっているようだ。それでも止める気は無いんだろうな。 「いつか、和解出来ると思いますよ。」  私は、睦月さんも葉月さんも、物凄く良い人だって知ってる。 「お互いに、素直になれれば・・・ですけどね。」  一応、そう付け加えておく。どっちも素直じゃないからなぁ。 「手厳しいのう。弟子に諌められるとは、儂も歳か・・・。」  秋月さんは、溜め息を吐く。一言余計だったかな? 「お主は、大二郎の事を、尊敬しておるのか?」  お爺様か。うーーーん。尊敬ねぇ。・・・余り考えた事が無かったかな。 「お爺様は、尊敬ってより、腐れ縁って感じね。あの歳で良くやるわよね。」  私は、穿った感想を言う。お爺様は、あの歳なのに、事もあろうか力で他の道場 生に負けてない。ただし、それには多大なる努力をしているのは間違いない。 「あの瞬君を見て、さらに力を追い求めるんだから、大した物よ。」  瞬君の鍛え方は尋常じゃない。天神家の鍛え方は、常軌を逸していると思う。瞬 君が先代の天神 真から、どう言う鍛え方をしたのか聞いてみたら、ウンザリする 様な内容だったのは覚えている。 「大二郎は、もう一花咲かせたいんじゃよ。」  もう一花ねぇ・・・。もう休んでも、誰も文句言わないのに・・・。 「奴は、この『闘式』を最後に、後進に譲る気で居る。お主にな。」  ・・・え?何それ?私、お爺様から、そんな話を聞いた事ないわ。 「身に覚えが無いかのう?大二郎も素直では無いからな。」  お爺様が・・・引退?生涯現役とか言ってた癖に? 「しかも、何で寄りにも寄って私なの?お父様が筋でしょ。」  そうだ。いきなり私が継ぐなんて、馬鹿げている。 「健坊(たけぼう)には、お主ほどの才能が無い。大二郎は、見切っておる。」  そんな・・・。お父様は、あんなに頑張っているってのに! 「浮かぬ顔じゃな。じゃが、勝負の世界は厳しい。大二郎とて悩んだであろうよ。」  ・・・そうよね。お爺様がそんな事を、簡単に結論を出したりはしない。 「私に、そんなに才能があるの?」 「今の所、合気の出来は、悪くない。空手の方は専門外じゃ。」  そりゃそうだ。秋月さんに分かる訳が無い。 「そうですよね・・・。私が・・・継ぐ・・・。」  お爺様は、事ある毎に、私を鍛えてきた気がする。 「・・・私に出来る事は・・・。そうなっても、文句が出ないくらい、強くなる事 ですよね・・・。うん・・・。私、ますます負けられなくなったわ。」  私は、お爺様から、直接受け継がれる遺志を、受け止めるだけの強さを手に入れ なくてはならない。じゃ無ければ、お父様が浮かばれない。 「それが分かっておるだけ、大二郎は幸せじゃな。」  秋月さんは、羨ましそうに私を見る。 「いよっし。やる気が出てきました。次、お願いします。」  私は、次をやる気持ちが、倍増する。期待されているのなら、それ以上に応えて みせる。それが、私なりの流儀だ。 「ふぉっふぉっふぉ。良きかな良きかな。今度は実戦形式で教えちゃるぞ。」  秋月さんも、やる気が出たようだ。  生ける怪人、最高の技の体現者とも呼ばれているが、孫に疎まれている寂しい老 人でもあるのだ。私は、この人からも、技を学ばなければね。  正直に言えば、俺の人生は、碌でも無い事ばかりだった。幼少期は、忍術の修行 をやらされ、まぁそのおかげで亜理栖などとも仲良くなったがな。総一郎も、厳し かったな。それでも、幼少期は良かった。  少年期からが、俺のケチの付け始めだったな。両親が死んで、育ての親に引き取 られたが、そいつ等は、クソみたいな奴等だった。俺に盗みを覚えさせて、最終的 に俺をセントに売り渡したクソ野郎達だ。真実を知った時、俺は腸が煮え繰り返る 想いだった。あんな奴等は、親じゃねぇ。いや、人ですらない。  そっからは、『絶望の島』入りだ。俺は、こんな所で一生を過ごすのかと、唖然 とした物だ。同部屋だったレイク達にも、警戒したっけな。誰も信じないと思って いたしな。だが、アイツ等は最高の仲間だ。俺のクソみたいな人生に色を付けてく れた仲間だ。こんな長い付き合いになるとは、思ってもみなかったっけな。  それに、この天神家で出来た仲間達は、どいつもこいつも良い奴等ばかりだ。こ のひでぇ世の中も、捨てた物じゃねぇって思わせてくれたっけな。  今度、俺は『闘式』に出る。正直言って、自信は無い。葵と共に出る事になった が、出場するのは化け物ばかりだ。だが、俺だって出るからには良い所まで行かな いと、カッコつかねぇからな。大体、仲間内が既に化け物揃いだ。  レイクは、彼の有名な不動真剣術の継承者で、剣を使わせたら、誰よりも強い。 最近では、士さん相手にまで、良い勝負が出来るようになった。どうやら影で特訓 しているらしく、ゼハーンさんがミッチリ修行しているらしい。恵まれてるよな。  グリードだって、アイツの狙撃は、脅威の一つだ。しかも組んでる相手が『重力』 のルールを操るゼリンだ。動きが重くなった所にアイツの狙撃とか、考えたくもね ぇ。ゼリンと組むとか、きつ過ぎるぜ・・・。  ファリアだって恐ろしい。最近のアイツは実力の幅が広がってきている。何が凄 いって、『召喚』に磨きを掛けて、先祖の霊を呼び出して、剣術を習っているって んだから、どうかしている。それがレイクと組むんだから、とんでもねぇ。  最近で驚いたのは、俊男と魁だな。俊男は、『瘴気』の力を取り込んで、すげぇ 力を身に付けやがった。まぁ死ぬ程の思いをしたんだから当然か。それと魁だ。ア イツ、星を救ってきた自信もあってか、1ヶ月前とは比べ物にならない程成長して いた。何だよ、あのとんでもない動き・・・。  このままじゃ、他の仲間だって、すげぇの揃ってるんだから、置いていかれちま う。だから、俺は考えた。俺の強みは此処だ。考えて強くなる。それが俺に出来る 事だ。実際に強くなるのも勿論だが、対抗する奴等は青天井に強くなっていきやが る。そんな奴等相手に、ただの力比べをやって、勝てると思う程、俺はお目出度い 頭をしていない。考えて勝たなきゃならない。  実際に修練を終えた後、俺は葵とミーティングをしている。葵も俺と同じ考えで、 そのまま闘う気は無いようだ。そう言う考えが一致しているのは、嬉しい事だ。 「しかし、魁まであんなに強くなっちゃったのは、予想外です。」  葵は、魁が昔とは考えられないくらい強くなった事に、衝撃を受けているようだ な。ゼハーンさんに本気を出させるなんて、あれは本物だ。 「お前なら、どう闘う?魁は、厄介な闘法を身に付けたぜ?」  俺は尋ねてみる。こうやって命題を与えて対策を練る事を、常にして置けば、実 際に闘う時も、臨機応変に対応出来る。 「見た感じ、盾での防ぎ方は、芸術の域に達しています。まともにぶつかったら、 対処されちゃいますよね。私なら、まず足を止めますかね。最近習った『地手(ち て)』って魔法が、かなり便利なんで、それを試します。」  やはりコイツ、相当に覚えが良い。俺もそう思っていた所だ。 「合格だな。魁は盾だけじゃなく、あの動きが厄介だ。重力が重い星に居たってだ けあって、動きが尋常じゃない。お前がそれを試すなら、俺は上空に逃げない為に 『火遁』で上空に展開する。その間に封じるって所でどうだ?」  俺は、実際にどう闘うか、考えながら提案する。 「良いですね。でも、実際はジュダさんが居ますからね。闘うとなると、そっちも 集中しないといけませんね。良い手はあります?」  確かにジュダさんは、正直手の打ち様が無い程の強さだ。 「まぁ、奥の手を試す事になるだろうな。余り使いたくないんだがな。そうじゃ無 ければ、俺が『分身(わけみ)』の術を試して、翻弄・・・出来れば良いが。」  俺は、奥の手を余り使いたくなかった。強力なのだが、外法に近いからだ。 「それに、気付かれたら終わりですしねー・・・。」  葵も気付いている。あれは、気付かれないように仕掛けて、一気に勝負を決める 為の物だ。その為に、1ヶ月間ずっと用意している。実際に使う時は、更に半月分 がプラスされる。 「多分、完成すれば、破れるのはファリアくらいの物だ。」  俺は、自信があった。何故ファリアかと言えば、この仕掛けは、多大な魔力を要 しているからだ。勘の良いファリアなら、仕掛けている段階でバレちまう。 「ファリアさん、凄過ぎますよねぇ・・・。私の師匠でもありますし。」  葵も師匠であるファリアとの闘いは、苦手みたいだ。 「あのタッグは脅威だ。何せレイクだって気が抜けねぇ。」  俺の仕掛けが、完成すれば、他の奴は、何とかなるが、あの組だけはキツイ。 「その時は、レイクさんに仕掛けて、ファリアさん一人にするくらいしか・・・。」  葵も気が付いている様だ。この闘いはタッグだから、2対1の状況にするのが、 勝つ一番の近道だ。どんな奴相手でも、2対1の状況になれば、違ってくる。 「前途多難だな。だが、勝つ為に考える努力は、無駄にはならん筈だ。」  俺は、他の奴とは違う。考えて勝つ。 「私が・・・足手纏いだからですか?」  ・・・?コイツは何を言い出すんだ。 「私、他の人とは、違って余り強くないです。だから・・・。」  コツン!  俺は、葵の頭を小突く。勘違いしてやがる。 「馬鹿な事言うんじゃねぇ。お前は、俺の考えて勝つと言うやり方に、ここまで適 応しているじゃねーか。どこが足手纏いなんだよ。俺に取っちゃ最高だよ。」  俺は、強調してやる。と言うか、今の俺にとっては、これ以上のパートナーは無 い。他の奴なら、手段云々で、文句を言われそうだしな。 「嬉しいです!亜理栖先輩よりも、頼りにして下さい!」  葵は、曇った顔を晴れさせる。一々亜理栖の事を引き合いに出すなよな。 「亜理栖か・・・。アイツも、もがいているからな。」  アイツは、後輩に負けまいと一生懸命やっている。俺も、その努力は認めている。 「んもう・・・。エイディさん、私が居るのに・・・。」  葵は、膨れっ面に戻る。可愛い所あるじゃねぇか。 「悪いな。でもよ。俺が言うのもなんだが、亜理栖もお前も、俺の何処が良いんだ? まぁ俺自身、こう言う経験が無いから、良くわからねーんだ。」  昔から、おかしい目に合わされたせいか、どうにも自覚が無い。 「さりげない所じゃないですか?エイディさんは、フォローするの上手いですから。」  さりげない所か・・・。フォローくらい誰でも出来ると思うが・・・。 「そんな物かぁ?フォローなんて、誰でも・・・。」 「誰でも出来ないんですよ。そんな余裕のある人は、中々居ないんですって。」  葵は断言した。そんな物かねぇ? 「エイディさんは、自分の事を大事にしつつも、皆が上手く行く様に仕向けてます。 こんな大事な事が出来る人って、中々居ないんですよ。」  葵・・・。お前、そこまで俺の事を見ているのか・・・。 「何だか照れるな。当たり前のようにやってる事なんだが。」  葵は、こう見えて人を見る観察眼が優れている。コイツのパートナーになっても 良いと思った原因の一つでもある。 「お前は、観察するのが上手いな。」 「・・・私、気付けなかったから・・・。」  ん?急に暗い顔になったな。何か・・・。あ。そうか。 「私、莉奈の時に、あんなに擦り切れているのに、気が付かなかったから・・・。 今度は気付きたいんです。見逃さないように!」  葵は、ずっと気にしていたんだな。莉奈の時は、ずっと泣いていたって言ってた しな。全く、無理しやがって・・・。 「あれは、魁が悪いんだ。それに、その魁だって、あんなに成長したんだ。赦して やれ。・・・魁だけじゃないぞ?お前自身をだ。」  俺は、そう言うと、葵の頭に手を置いてやる。気丈に見えて、こう言う所は、か なり脆いんだよな・・・。 「はい。こんな顔、私もしたくないですしね!」  葵はそう言うと、笑顔を見せる。全く・・・それが無理してるって事なのに。 「ま、そう言う事だ。無理するなよ?」 「ハイ!『闘式』が近いですし、考えをスッキリさせます!」  葵は、元気に返事をする。素直な奴だ。 「なるべく、アレは、使いたくねーけどな。」  俺は、ずっと練っている魔力の塊を指差す。俺と葵の魔力が詰まっている。 「ちょっと強力ですしねー・・・。私、一日だけのバージョンでも、あんなに痺れ るなんて、信じられなかったですしー・・・。」  葵は、顔を真っ青にする。思い出したくないようだ。テストする為に作った一日 バージョンの仕掛けを葵が、身に染みて体験したのだ。 「これが1ヵ月半になる。例え神でも魔族でも、効く筈だ。」  そう。これは罠だ。雷系の魔法を集約させてある。 「多分、効かないのは、事前にバレるファリアと、『帯雷』のルールを使う亜理栖 だ。亜理栖相手には、使えないぞ。」  俺は、一応忠告しておく。唯一普通に効かない相手が、恐らく亜理栖だ。『帯雷』 のルールを全開にすれば、破られちまうだろう。 「その時は、伊能先輩狙いですかねぇ・・・。余り気が進まないなぁ。」  葵は、仲間を狙う事に付いて、やはり抵抗があるようだ。まぁ俺だって、こんな やり方で勝ち上がりたくは無い。 「ま、あの組には、正攻法で行くのも手だ。これは飽くまで奥の手なんだからな。」  俺は、何が何でも罠を使うつもりは無い。これはバレたら警戒されるから奥の手 なのだ。そんなに何回も使える代物じゃない。 「そうですよね。元々は、力比べが趣旨ですし。」  葵は同調するが、この大会での自分の闘い方を気に入らないようだ。 「葵。頭脳戦だって、立派な力比べだ。恥ずべき事じゃないぞ。」  俺は、葵の頭に手を乗せてやる。まぁ、俺だって気になってるくらいだからな。 「それに、一応大会運営委員に、お伺いは立てて置いたしな。」  俺は、安心させる為に付け加える。 「大会運営委員?誰です?」 「ああ。ゼハーンさんさ。出場してない組で、誰も贔屓しなさそうだったからな。」  まぁ、レイクには贔屓するかも知れないけど、ゼハーンさんの性格からして、俺 の仕掛けの内容を喋ったりしないだろうしな。 「好ましくないが、大丈夫だろうってさ。ゼハーンさん経由で、恵にも伝えてある。 あのお嬢様は、『そんな物騒な仕掛けなら、どう壊すか対処するのも闘いの内では 無くて?』だってさ。全く、恐ろしい事言うぜ。」  恵の器の広さには頭が下がる。ありゃ敵わんな。 「だから卑怯でも何でも無い。これは戦術だ。」  俺は、念を押す。実際に俺のような手を使ってくる奴は、居ないとも限らない。 「分かりました。私は、こうやって闘うと決めたんですからね。」  葵は、改めて決意を表明する。ま、気が進まないのは分かるけどな。 「分かってると思うが、相手だって使うかも知れないと言う事を忘れるなよ。」 「そ、そうですよね。分かりました!」  葵は、俺の忠告に、良い返事で返す。気を付けるに越した事は無いわな。  こんな奥の手まで出さなきゃ行けない程の闘いは、避けたいけどな・・・。  備えあれば、憂い無しって奴だ。後は、用意を完璧にしなきゃな。  俺でも闘い抜けるって事を、この頭で証明して見せるぜ・・・。