NOVEL Darkness 6-6(Second)

ソクトア黒の章6巻の6(後半)


 奉仕者養成所『鬼の巣』で、日々家事のスキルを学んでいる。奉仕者としての心
構えから、家事の基本全てを叩き込むのが、この施設の目的だ。とは言え、余りに
も厳しい事で有名なので、希望者は少ない。この施設は、短期間でも一人前になれ
る様に、徹底的に鍛え上げる。
 その地獄のような施設から、何年か振りに、卒業者が出る事になった。それが、
私とティーエみたいだ。正直に言うと、本当にきつかった。ティーエも、何度も弱
音を吐いていました。でもアランさんは、厳しいだけでなく、優しさも与えてくれ
た。その優しさを教える事で、奉仕の何たるかを学ばせようとしていたのだ。
 最後の見極めを、アランさんに見てもらっている。私は力仕事が中心だが、他の
家事スキルも出来る様にし、ティーエは、元々器用だったので、料理や清掃を中心
に、心構えや家事をテキパキとこなす為の、体力を鍛え上げたのだ。
 最後のベッドメイクを、こなして終了となった。
「それまでで御座います。」
 アランさんが、見極めに入る。そして、隅々までチェックする。やるだけはやっ
た。私もティーエも、今出来る全ての事をやったつもりだ。
「・・・フム・・・。折り目、匂い・・・。」
 アランさんは、見極めつつチェック項目にサインしていく。
 そして、私達の方に向く。私達は、刑を言い渡される罪人の様な気持ちで、アラ
ンさんの言う事に耳を傾ける。
「合格で御座います。お二人共、良くぞ間に合わせましたな。」
 アランさんの言葉を聞いて、私達は安心する。アランさんは、こう言う見極めの
時に、容赦をするような性格では無い。だから、本当に大丈夫なのだろう。持てる
力を振り絞った甲斐があったと言う物だ。
「アランさんのおかげです。本当に有難いです。」
「これだけ頑張れたのも、アランさんの教え方の賜物ですね。」
 私もティーエも気を緩めない。この佇まいこそ、奉仕者として、使用人としての
心構えなのだ。それを疎かにしてはいけない。
「忝い言葉で御座います。私の教えは、厳しかったでしょう?」
 アランさんは、自分でも分かっているようだ。しかし、厳しいだけでは無いので、
私達は耐えられたのだ。
「しかし、気を抜いてはいけませんぞ?何せ、お相手は、あの天神 恵様で御座い
ます。あの御方は、高潔なる御方でいらっしゃいます。手抜きなどがありましたら、
即座に御指摘がありましょう。」
 アランさんは注意をくれた。確かに恵さん・・・いや恵様は、常に鋭い指摘をく
れる御方だ。少しでも疎かにする事は出来ない。
「肝に銘じておきます。」
「常に全力を心掛けます。」
 私もティーエも、心構えだけは負けないように、気を付けようと思う。それが続
けば、本当の意味での優雅さが、出て来る筈なのだ。
「素晴らしい。・・・これで、此処も卒業ですな。」
 アランさんは、寂しい顔をする。何だかんだで、充実した1週間半だった。アラ
ンさんには、本当に感謝している。
「此処での経験は、決して忘れません。有難う御座います。」
 私は一礼すると、アランさんと握手をする。
「更なる修行を積んで、ご奉仕しようと思ってます。」
 ティーエも、私に続いて握手をする。ティーエは最初の頃こそ、口調が直らなか
ったが、特訓したせいか、使用人としてのあるべき口調が、出来るようになった。
「それが聞ければ、このアラン、安心して送り出せます。」
 アランさんは、本当に満足そうに笑う。この人の笑顔は、安心させてくれる笑顔
だ。私達も見習わなければならない。使用人としてのスキルが、上がれば上がる程、
アランさんの凄さが、身に染みるようになった。
「ジェイル。・・・あれ。」
「分かっていますよ。今、用意致します。」
 ティーエが、私を促す。言われなくても分かっていた。私は、奥に置いてあった
紙袋を手に取る。これは、此処を卒業出来た時に、アランさんに渡そうと決めてい
た物だ。アランさんへの感謝の気持ちでもある。
「これは・・・?」
 アランさんは、全く身に覚えが無いようで、戸惑っていた。
「私とティーエで作りました。アランさんにこそ、これを持っていて貰いたいので
す。私が左半分を。ティーエは、右半分を作成しました。」
 私が説明すると、アランさんは中身を取り出した。
「こ、これは!」
 アランさんが言葉に詰まる。中身は刺繍だった。私が右半分を担当した。そして、
ティーエが左半分を。一生懸命に心を込めて、縫った刺繍だった。
 それは一枚の絵をモチーフに作った。前にアランさんが、レイク達の今の写真を
見て、凄く感動していたのを思い出した。なので、それをモチーフにした。
 右半分は、私と私の仲間達。レイクとエイディとグリードと私を。そして、左半
分は、ファリアとゼハーンさんとティーエを。そして、それを見守るように中央に
アランさんの姿を縫ったのだ。少しばかりの心遣いのつもりだった。
「気に入って戴けたでしょうか?」
 ティーエは、優しく問い掛ける。
「このアラン、不覚ながらも、感動で心が真っ白になりました・・・。」
 アランさんは、涙ぐんでいた。本当に感動したみたいだ。
「いつか、この絵を本当の写真にしたいと思っています。」
 私は付け加える。アランさんを、今のレイクと会わせたいと思う。
「本当に・・・本当に有難いです・・・。感謝します。」
 アランさんは、声を詰まらせながらも、受け取ってくれた。私達の気持ちの表れ
でもあったので、受け取ってもらえて良かった。
「これが、今の坊ちゃまの周りに居る方々ですか・・・。これが貴方で・・・。こ
れが貴女ですね。・・・おや?この坊ちゃまの隣に居る御方は?」
 アランさんは、私とティーエを見つけて、嬉しそうに見る。その後、ファリアの
姿を見て凝視する。気になっているようだ。
「その子は、レイクの彼女ですね。ファリア=ルーン、良い子ですよ。」
 ティーエが説明してやる。
「この御方が、坊ちゃまの想い人ですか・・・。しかもルーン家のご息女とは。こ
れも、何かの縁で御座いましょうね。」
 アランさんは、本当に嬉しそうに話す。それにしても、ファリアの事を知ってい
るかのような口振りだ。
「アランさんは、ファリアの事を御存知なのですか?」
 私は質問をぶつけてみた。
「直接は存じません。しかし、ルーン家の事なら存じております。誉れ高きユード
家の縁の血筋で、久しく絶えたと言われる魔道を、現代まで伝えている伝統ある家
だったと聞いております。」
 アランさんは、知っている限りの情報を出す。成程。ファリアは特別な家の出身
だって言ってましたが、結構有名なのですね。
「そう言えば、天神家の中でも、屈指の魔法使いだって言ってましたね。どうも、
私にはピンと来ないんですけどね。」
 ティーエは、考える仕草をする。ティーエが知っているのは、親友としてのファ
リアだ。魔法使いとしてのファリアは、ほとんど知らないのだ。各言う私も、知っ
ているのは、仲間としてのファリアであり、魔法使いと言われても、ピンと来ない。
最も、度々奇跡を目にしているので、凄いとは思いましたがね。
「旦那様から、話は聞いておりましたが、お美しい御方ですね。坊ちゃまも、ファ
リア様も、幸せそうに見えます。」
 アランさんは、孫を見るような目で見る。実際、そんな感じに見ているのかも知
れない。レイクは、恵まれていますね。
「刺繍ではあるけど、実際も大差はありませんよ。・・・あんなに似合いのカップ
ルは、他に居ませんよ。」
 ティーエは、嬉しそうに語る。ティーエにとって、ファリアが褒められるのは、
何よりも嬉しい事なのだ。それだけ、誇れる友人でもある。
「そうですか。それは、何よりで御座いますね。私も楽しみにしております。」
 アランさんは、将来を明るく語る。
 此処で出会った時のアランさんは、ここまで明るくなかった。やはり、レイクの
事等を、詳しく語ったのが大きいみたいだ。
 将来、会わせてあげたいと言う想いが、一層強く感じられた。


 私は、600年以上生きている。しかし、精神は子供のような物だ。私は、任務
を達成する事に全力を注いできた気がする。その結果、任務に対して疑問を持つ事
を止めてしまった。
 そんな精神状態だから、兄様の事を尊敬するようになったのだ。父さんと母さん
の理想を受け継いだような兄様を、尊敬していた。敬愛していた。そして、それを
恋愛だと勘違いしてしまったのだ。
 しかし、それは赦されない間柄だった。何よりも兄様が、そんな事を望んでいな
い。だから兄様は、さっさと婚儀を済ませてしまったのだ。それに逆上するなんて、
どうかしている・・・。本来なら、祝福しなければならないのに・・・。その影響
からか、兄様は結婚して500年も経っているのに、子供を作っていない。忙しい
からだと言っていたが、違うだろう。私に対して、ずっと気を使っているのだ。
 私が兄離れ出来ないのを、兄様は気にしているのだろう。
 ・・・私は、赦されない恋をし、赦されない事をしてしまった。そんな私が、再
び恋をするなど、赦されようか?
 私は、まず相談することにした。アインと共に、こちらに来ている兄様に相談す
る事にした。父さんと母さんに用事があると、兄様は言っていたが、私の様子も気
に掛けてくれている。私のような愚か者を気にしてくれているのだから、有難い限
りだ。その兄様に、今なら聞けるだろうか?
 私は、夕食を食べ終えた後に、兄様に相談を持ちかける。
「拙に相談があるそうだな。」
 兄様は、私が相談があると言ったら、すぐに来てくれた。
「あ、有難う。こんな私のために来てくれて。」
 私は声が上ずる。相談内容を考えると、どうしても緊張してしまう。
「に、兄様は、私の告白を覚えているか?」
 私は、ただでさえ切り出し難いのに、更に拗れる事を言ってしまう。
「忘れる事など出来ぬ。お主を暴走させてしまった原因でもあるしな。」
 兄様は、目を伏せながら言う。私は馬鹿だな・・・。こうなると分かってて、何
で、こんな切り出し方をしてしまうのか・・・。
「そ、その件に関しては、私が悪いんです・・・。兄様が気に病む事は無いのです。
いや、それでも兄様は気にしてしまいますよね・・・。」
 私は、しどろもどろになりながら、謝ってしまう。
「フッ。どうしたのだ?拙への相談とは、謝りたい事なのか?」
 兄様は、私がそんな事の為に、呼び出したとは思っていないようだ。
「あ。す、済みません。今の話とは、全く関係無い訳じゃ無いんですが・・・。」
 私は、一旦落ち着く為に、深呼吸をする。
「え、ええと・・・。私は、い、今、す、好きな人が出来てしまいまして・・・。」
 どうにも舌が回らない。こんなに恥ずかしい物なのか?
「で、でも、私は・・・罪人じゃないですか・・・。それに、ゆ、赦されない恋を
しちゃった訳ですし・・・。恋をして良いかどうか・・・迷ってまして。」
 私は、下を向いてしまう。罪悪感でいっぱいだ。兄様は、さっきから何も言って
おられないが、どんな表情をしているのだろうか?すると、肩に手を置かれた。
 私は、顔を上げて兄様の表情を見ると、涙を流していた。
「に、兄様?ど、どうなされたのです?」
「・・・嬉しかったのだ。」
 兄様は、どうやら、嬉しくて泣いていたらしい。
「お主は、人間となり、今度こそ、人間と恋をしようと言うのだろう?・・・兄と
して、応援してあげたいのだ。」
 兄様は、私の事を、本当に大事にしてくれる。
「兄様に、まだ妹として接する事が出来て、本当に嬉しいです。」
 それは、本当の気持ちだった。今は、人間になってしまったので、血の繋がりす
ら無い。だからと言って、兄様に求婚するつもりなど、もう無い。
「でも、私は、相手に受け入れてもらえるか、自信がありません・・・。何せ、こ
んな災厄を招いてしまったのも私ですし・・・。相手の事を陥れた事もあります。」
 そう。私は酷い事をしてきた。そんな私が、前を見ていられるのだろうか?
「・・・相手は、グリード殿か?」
 に、兄様は、どうして分かるのだろう?・・・って分かるか・・・。私のパート
ナーだし、思い付くのも容易だ。
「は、はい。最初は、謝罪するべき相手の一人でした・・・。でも彼は、私に笑え
って言うんです・・・。父さん達が、私を見て溜め息を吐いているのは、私が笑わ
ないからだと言うのです・・・。そして、私が笑うと、彼は、凄く良い笑顔を見せ
るんです・・・。私は、その表情を見る度に、胸が締め付けられる気がして。」
 私は、たどたどしく心情を話す。グリードは、私が笑う度に一緒に笑ってくれて
いた。そうして笑う事が、私の為になると言ってくれた。
「グリード殿は、本当にお前の事を想ってくれているな。・・・素晴らしい相手で
はないか。本気で好きならば、打ち明けてみると良いだろう。」
 兄様は、迷う事無く、私に告白を勧めた。
「でも、わ、私は・・・。」
「ゼリン。拙との拗れの話は、グリード殿とは関係無い。お主が、グリード殿を好
きかどうか、そこが大事なのではないか?」
 私の否定の言葉を、兄様は言葉で塞いでくる。
「私が・・・グリードを・・・。」
 私は考える。グリードは、私の事を第一に考えてくれていた。グリードは、皆に
笑顔を見せる為に、最大限の努力をしている。その為には、辛い時ですら笑顔を見
せて、皆を安心させようとしている。それを見て、私は安心するんだ・・・。
「ゼリン。お主は、罪人の身なのかも知れない。だけど、恋をしてはいけないと決
まった訳では無かろう?・・・それにお主は、既に罰を受けている身だ。」
 兄様は、私を子供のようにあやす。私は、神の子としての寿命を奪われている。
だが、それが何の罰になろうか。私は、ゼロマインドを粛清して、『ルール』を浄
化されて、初めて罰を受けたと言えると思っている。つい涙が出る。
「それに、これからの人生を歩むのに、パートナーは必要であろう。お主の人生だ。
お主が決めると良い。変に、拙に遠慮するな。・・・頑張れよ。」
 兄様は、そう言うと、私の涙を拭ってくれた。本当に優しい御方だ。
 私は、兄様の言葉を聞いて安心した。これで、兄様への想いも吹っ切れた感じが
した。私は自分勝手なのだろうな・・・。それでも、この想いを伝えたいと思った。
 そして私は、グリードの部屋へと行く。最近は私の部屋か、グリードの部屋で打
ち合わせをする事が多い。勿論、ほとんどは『闘式』の打ち合わせだ。
 私は、グリードの部屋の扉をノックする。
「グリード。私だ。今は、大丈夫か?」
 私は、あくまで自然体を装って、声を掛ける。
「んー?ゼリンか?えーと・・・うん。大丈夫だぞー。」
 グリードは、周りを確認したような間を置いてから、承認する。
 私は、その言葉を聞いて、グリードの部屋へと入った。
「いよう。ゼリン。どうした?『闘式』は、もうすぐだし、対策か?」
 グリードは、いよいよ大会モードに入っているようだ。それにしても・・・。部
屋が汚すぎる。これで良く私を通すなぁ・・・。もしかして、私が女だと思ってな
いのかも知れない・・・。何だか悲しくなる。
「グリード。・・・幾ら何でも、もう少し綺麗にしたらどうなんだ?この状態で、
大丈夫と言える君の神経を疑うぞ・・・。」
 私は、さすがに注意をする。確かグリードは、『絶望の島』でも、部屋を綺麗に
使った形跡は無かったと言う。それにしても、もう少し綺麗にしても良い筈だ。
「わ、わりぃな。どうにも慣れてなくてよ。そんなにきたねぇか?」
 グリードは、謝りながらも、気にならないみたいだ。
「使った服を投げっ放しにするのと、本を出しっ放しににするのと、ゴミがゴミ箱
に入ってないのを見て、綺麗だと思えるのか?・・・ハァ・・・。」
 私は、そう言うと、見てられなくなったので、口で喧しい事を言いつつも、周り
を綺麗にし始める。実は、こう言うやり取りは、一度や二度では無い。だから、グ
リードも悪いと思いながらも、私に感謝をしているようだ。
 私も、こうやって片付けをする事で、グリードの役に立っていると思うと、楽し
い気分になるので、自発的にやっているのだが・・・。
 10分程で、周りが綺麗になった。これなら、人を入れても恥ずかしくない程度
になっただろう。私の気分も良い。
「おー。やっぱいつ見てもすげーな。お前、結構片付けのスキルあるよなー。」
 グリードは素直に感心している。
「き、君も少しは覚えるんだぞ?」
 私は、溜め息を吐きながら注意をした。何だか、緊張がほぐれた感じがする。
「いやー。ファリアとかにも言われるんだけど、どうしても直らなくてな。」
 ファリアも世話焼きな方だからな。確かに言うかも知れない。
 ・・・ファリアも今でこそ明るくなったが、私を殺そうとした程、恨んでいた。
そう思われても仕方が無い事を、私はしてしまったのだから当然だ。
「・・・おい。何だか暗い顔になってるぜ。どうせファリアの事を思い出したんだ
ろ?・・・アイツは、今も気にしてるだろうけどよ。それを乗り越えてお前と付き
合おうとしてるんだから、気にし過ぎも問題だぜ?」
 グリードは、注意をしてくる。本当にグリードは、私の微妙な変化まで見逃さな
い。周りに気を使う奴だ。少しでも掃除に活かせれば良いんだがな。
「ああ。そうだな。君のその気の使いようを、掃除にも活かせればと思ってね。」
 私は、素直じゃない言い方をする。
「痛い所を突いて来るぜー。ま、気を付けるよ。」
 グリードは笑って受け流す。こう言う受け答えが気持ち良いのだ。変にギクシャ
クしたり、暗くなったりしない。グリードは本当に良い奴だ。
「で?『闘式』の対策に付いてなんだろ?」
 グリードは、本題に入ろうとする。確かに用件を伝えてなかった。しかし、どう
やって切り出そう。いきなり好きだと言っても、変に思われないだろうか?
「そ、そうだな。・・・君は『闘式』で気になる相手は居るか?」
 私は不自然じゃない程度に、聞いてみる事にする。
「気になる相手?何だ。回りくどいな。まぁ、やっぱ兄貴達や、エイディ達の事は
気になるよなー。勝ち上がって欲しいし、俺も対戦してぇ。そして当たったからに
は、例え兄貴相手だって、勝ちたいぜ!」
 グリードは、迷い無く答える。気持ちの良い受け答えだ。
「そうだね。私もやるからには、全力で行くつもりだ。」
 私は、グリードを心から助けたいと思っている。
「ああ。でも、そう言う事じゃないんだ。・・・え、ええと。ほら。エイディなん
かも、葵と組んだじゃないか。き、君も、『闘式』を通じて、何か気になる相手で
も出来ない物か・・・と・・・。」
 私は支離滅裂な事を言っていると思った。何を言っているのか、私も分からない。
「エイディも、早く組んだよなー。でも亜理栖から、あんなに怒られて、ザマァ無
いとは思うな。大体、アイツは普段から、チャラチャラしてっから、いざと言う時
に、信用されねーんだ。・・・って、俺は、それ以前か・・・。」
 グリードは、自分で言ってて悲しくなったのか、頭を抱える。
「ど、どうしたんだ?」
 私は、何でグリードが頭を抱えるのか分からない。
「いや、俺さ。恋愛っての、全然縁が無いからよぉ。偉そうに注意するような義理
は無いと思ってさ。エイディだって、一歩踏み出せたから、悩める立場になったん
じゃねーか。それに比べ、俺は何もしてないなーと思ってさ。」
 グリードは、結構深刻に悩んでいるようだ。でも、これで、グリードには意中の
相手が居ないと分かる。・・・私も卑怯だな。こんな言い方するなんて・・・。
「す、済まない。変な事を言ったようだ・・・。」
 グリードを傷付けてしまうつもりは無かったのだが。
「お前のせいじゃねーよ。それにこう言うのは、ズバッと言ってくれた方が良いん
だ。その方が、直し易いって物だろ?」
 グリードは、気さくに笑い掛ける。
「グ、グリードは、どんな相手が、す、好きなんだ?」
 私は、不自然じゃないように話し掛けようとしたが、どうしても意識してしまう。
「そ、そう言われてもな・・・。俺、誰とも付き合った事ないし、良くわからねー
んだよな。ま、敢えて言うなら、楽しけりゃ良いんじゃねーか?」
 グリードは、一生懸命考えながら答える。
「楽しければか・・・。君は、どんな相手だと楽しいんだ?」
「何だよ。やけに食いつくな。・・・まぁ話し易い相手が良いだろうな。」
 グリードは戸惑いながらも、話し易い相手と言ってくれた。・・・私とは、話し
易いだろうか?私なら・・・。
「・・・私なら、話し易いか?」
「え?・・・えっと・・・。」
 ・・・あれ?私は、今何て言った?何かを呟いたような・・・。グリードは、幾
らか反応しているようだが・・・。
「お前とは話し易いかな?いや、パートナーだしさ。」
 グリードは、頭を掻きつつも答える。あれ?私は何を・・・期待して・・・。
「私と・・・付き合ってみないか?」
 私は、勢いに任せて言ってしまった。・・・何て格好の悪い・・・。
「え?・・・ええと・・・。えええ!?」
 グリードは、口をパクパク動かしている。顔を真っ赤にしていた。ああ。余程意
外だったのだろう・・・。それはそうだな。私のような者から告白を受けてもな。
「わ、悪い。忘れてくれ・・・。」
 私はそう言いつつも、扉から出ようとする。そうだ。所詮私は、グリードに告白
をしても良いような者じゃなかったんだ。
「ま、待てよ。」
 グリードは、出て行こうとする私の手首を掴む。
「変な事を言って、済まなかった・・・。手を離してくれ・・・。」
 私如きが、こんな事を言ってもしょうがなかったんだ・・・。
「変な事じゃないだろ?・・・お前、本気だったんだろ?」
 グリードは、私の手を離そうとしない。
「そ、そんな事は無い・・・。私は、嘘吐きだからな・・・。」
「それこそ嘘だ!なら、なんで泣いてるんだよ!その涙まで嘘だって言う気かよ!」
 グリードは、私の目を拭いてくれる。・・・私は、泣いていたのか・・・。
「そんな切羽詰った顔を見て、放って置ける俺じゃないぜ?」
 グリードは、本当に心配そうに私を見ていた。
「うん・・・。君は、優しいな・・・。」
 私は、まだ涙が止まらなかった。どうにも涙腺が緩いみたいだ。
「まぁ、落ち着けよ・・・。俺だって、いきなり色々言われても、訳分からないっ
ての。ま、まぁ、お前の事は、話し易い奴だとは思っているけどよ。」
 グリードは、かなり照れながら答える。一生懸命に返してくれる。
「有難う。ちょっと暴走してしまったようだ。・・・私は、いつもこうだな。」
 まず自分を落ち着ける事にした。確かに、今考えてみても、切羽詰ってたし、グ
リードにとっては、混乱する事だらけだ。・・・ちゃんと言わなきゃ駄目だな。
「お前、俺の事、す、好きなのか?・・・ええと、俺なんかを?」
 グリードは、顔を真っ赤にしていた。本当に耐性が無いのだろう。
「・・・自分を卑下しないでくれ。私にとっては、最高のパートナーだ。・・・い
つからだろうな・・・好きになったのは・・・。多分、君からパートナーを申し入
れられた時からかな。君を意識するようになったのは・・・。」
 私は、思い出しながら言う。あの時に言ってくれた一言が、私にとっては大きな
物になってきていた。・・・笑った方が良いと言う、たった一言がだ。
「そ、そうかよ。あ、有難うな。・・・あと、済まねぇな。お、俺、こう言うの疎
いから、何て言ったら良いのか分からねぇんだ。」
 グリードは、自分を落ち着けながら、自分の言葉で話す。
「たださ。一つ聞かせてくれ。・・・お、俺の何処に惚れたんだ?」
 グリードは、自分に自信が無いのだろう。そう言う節がある。
「君は・・・掃除は出来ないし、ガサツだし、自分に自信が持てない所があるね。」
「お前、遠慮しないね。・・・その通りだから、何も言えん・・・。」
 私の指摘に、グリードは、ぐうの音も出ないみたいだ。
「でも君は、周りを笑顔にする為に、あらゆる努力をする。君の直向な姿を見て、
私は君の事が気になっていったんだ。」
 私は、グリードが何に於いても、笑顔を大事にするのを知っている。どんなに体
がきつかろうと、どんなに心が沈んでいようとも、前を見続けている。
「俺は・・・直向なくらいじゃないと、皆に置いていかれそうな気がしてるんだ。」
 グリードは、珍しく弱音を吐く。前向きな姿ばかり見せてきたのに・・・。
「俺は、臆病なんだよ。・・・怖いんだよ。・・・だって俺は、兄貴みたいに皆を
導く事なんか出来やしないし、ファリアみたいに周りから頼られたりもしない。」
 それは、心の呟きだった。グリードは、自分の周りが、凄い人間に囲まれている
と知っている。だから、自分の価値を見出す為に必死なのだと言う。
「グリード。それは、勘違いだと私は思うよ。」
 私は、否定する。だってグリードは、自分を過小評価している。
「レイクもファリアも、確かに凄い人間だけど、グリードだって凄いと私は思うよ。
君の射撃能力は、このソクトアでは、誰にも真似出来ない能力なんだぞ?」
 私はグリードの特徴である射撃能力について、言及する。
「それに、人に笑顔を与えるってのは、難しいと思うんだ。君は、それを実現出来
ている。君だって、凄い人間なんだ。・・・少なくとも私はそう思っている。」
 私は、グリードの良い所を述べてやる。私にとって、グリードより素晴らしい人
間は、他に居ない。それを、グリードにも知ってもらいたかった。
「・・・お前、兄貴と同じ事を言うんだな。俺の仲間達も、皆そう言っていた。ち
ょっと買い被り過ぎだと思うけどな。・・・でも、そう思われるのは、ムズ痒いけ
ど、嬉しいもんだな。」
 グリードは、心から安心したような笑みを浮かべる。そうか。レイクも、そう感
じていたのか。じゃぁ、やっぱりグリードは凄いんじゃないか・・・。
「うー・・・。コホン。では、改めて・・・。私は、君の事が好きだ。き、君の答
えを聞かせて欲しい。」
 私は、改めてグリードの目を見て告白する。恥ずかしい物だな。
「俺の答えか・・・。ま、まぁ勿体付けるのは良くねぇな。じゃぁ正直に言うわ。」
 グリードは、顎を掻きながら照れていた。どんな答えが返ってきても、私は私だ。
後悔はしない・・・。想いが消える訳じゃないんだ・・・。
「俺は、お前の事、気に入っているぜ。・・・ただな。まだ恋人としてじゃねぇん
だ。パートナーとしてなんだ。・・・でもよ。お前の気持ちを聞いて、本当に嬉し
い。これは、本当なんだよ。・・・あー。もう何言ってるんだ?俺。」
 グリードは、自分の言葉を探して、迷っているようだ。でも、私には伝わってい
た。恋人として見れてないだけで、私の事は、気に入っている。・・・そうだ。焦
り過ぎちゃいけない。今は、それで十分じゃないか。
「私の方こそ、結論を急がせて、済まなかったね。今は、気に入ってもらえてるだ
けで、十分だ。これからも、宜しく頼む。」
 私は、笑えているだろうか?グリードが望む通り、笑顔を浮かべているつもりだ。
「う・・・。い、今の表情、ちょっとグラッと来たぞ・・・。お、お前も、本当に
か、可愛い表情、出来るじゃねぇか。」
 グリードは、文句を言っているのか、褒めているのか分からない様な事を言う。
「有難う。・・・これでスッキリしたよ。」
 私は、晴れやかな気持ちになっていた。
「まぁ、あれだ。・・・俺も・・・あ、ああ!もう焦れったい!!こんなの俺じゃ
ねぇ!よし!決めた!!」
 グリードは、何かを振り切るように頭を振る。いきなりどうしたのだろう?
「グ、グリード?どうしたんだい?」
「ゼリン!まどろっこしいのは、俺は好きじゃねぇ!・・・だから、付き合おう!
お前の気持ちを聞いて、俺は嬉しいんだ!」
 グリードは捲くし立てる。・・・ええと、こ、この展開は・・・?
「ああ。そうじゃねぇ!うん!俺もお前と付き合いたい!いや、付き合ってくれ!」
「・・・は、はい。」
 私は面食らって、つい返事をする。今グリードは、私と付き合うって言った?し
かも、私はそれを了承した?って事は・・・。うわぁ・・・。
「も、もしかして、私達、恋人同士に?」
 私は改めて言葉にする。すると、顔が熱くなった気がした。
「もしかしなくても、そうだ。・・・済まねぇな。俺は馬鹿だから、気の利いた事
言えなくてよ・・・。色気も何もあった物じゃねぇな。」
 グリードは、そう言うと、恥ずかしそうに笑った。この笑顔に、私は惹かれたん
だ。だから、私にとっては最高の笑顔だった。
「良いんだ。私の告白を受け入れてくれて、本当に有難う・・・。」
 私は、嬉しくて涙が出て来た。こんな事がある物なのだな。
「ただ、私はいつか、罰を受け入れなくてはならない身だ。・・・覚悟は出来てい
る。けど、君と離れるかも知れないと思うと・・・怖いな。」
 私は罰を受け入れる事に、何の異論も無い。だけど、グリードと離れてしまうか
も知れないと思うと、恐怖が蝕んでくる。
「お前、勝手に決め付けるんじゃねぇよ。」
 グリードは、俯く私の顔を自分の方に向かせる。・・・怒っている?
「お前、俺を見縊るなよ。お前の過去の事も含めて、付き合うって決めたんだ!お
前が罰を受けるなら、俺はそれを見届けてやる!・・・どこにだって行かせるか!
覚悟を決めたんだから、何処までだって一緒だ!」
 ああ・・・。グリードは、何処まで私を喜ばせてくれるんだろうか。私は、衝撃
で倒れてしまいそうだ。こんな良い人は、他に居る物か・・・。
「グリード!私は嬉しい!」
 私は感極まって、グリードの胸の中に入っていく。ずっとこうして居たい位だ。
グリードは、緊張していたが、私の気持ちを思ってか、抱き寄せてくれた。
「お、お前、本当に大胆だな・・・。俺、ちょっと我慢出来ないんだが・・・。」
 グリードは、そう言うと、私の顔を覗き込む。そして、私の顔を見ると、自分の
顔を近づける。そして、緊張しながら私の唇を奪ってくれた。
 私は忘れない。いつか、私が罰を受けたとして、グリードと離れる事になろうと
も、決して忘れはしない。こんなに私の事を受け入れてくれた人が居た事を、忘れ
たりはしない・・・。


 俺には、超えなければならない壁があった。
 一つは、ゼロマインドだ。奴を超えない限り、ソクトアに未来は無い。ただし、
これは俺だけの話じゃない。皆で超えなければならない壁だ。だが俺には、ゼロマ
インドを超える為に、『無』の力を打倒する何かを手に入れなければならない。
 そして、もう一つは・・・人ならば、必ず超えなければならない壁だった。
 それは、親と言う壁だ。人ならば、親を超えなければならない。
 巌慈は超えた。俺は、エイディみたいに現地に観戦に行かなかったが、テレビで
観戦した。テレビの中でだったが、巌慈は輝いていた。親父を超えようと言う輝き
は、テレビ越しですら伝わってきた。
 俺も・・・俺も超えなければならない。力は、出会った時から、俺の方が上だっ
たが、技では親父の方が遥かに上だった。それを超えたいと伝えたら、やってみせ
ろと親父は言った。だから俺は、毎日のように親父と手合わせをしていた。
 手合わせをすればする程、親父の凄さが分かる。親父は、元々は天武砕剣術の継
承者だ。なのにも関わらず、祖父のリークが、不動真剣術の継承者を名乗っても良
いと思うまでに、腕を磨いたのが親父だ。俺には分かる。不動真剣術は、並の剣術
じゃ無い。産まれた頃から磨いていて、物になるかどうかだ。俺だって、継承出来
るようになったのは、幼少の頃に見た事があって、型もある程度教わっていたせい
だと言う。俺がゼリンに攫われる前から、棒を持たせて、教えてあったって言うん
だから驚きだ。だが、その経験も無ければ、『絶望の島』で、腕っ節を発揮出来た
りしなかっただろう。
 それに、ゼロマインドやゼリンは、俺の不動真剣術の、ユード家の血脈を、セン
トの為に利用しようとする為に、子供の頃から訓練と称して、激しい扱きを受けさ
せていた。その中で、生き残る為に必死だった俺が、咄嗟に出したのが、血脈に記
憶されていた不動真剣術だった。
 それくらい磨き上げて、やっと継承出来るのが不動真剣術なのだ。増して、天武
砕剣術の継承者である親父は、天武砕剣術の癖が残っている筈だ。それなのに、祖
父から継承者として認められたのだ。・・・信じられない。
 どれ程の努力をしたのだろう?想像を超える努力だった筈だ。ただ使えると言う
だけでは無い。継承者として名乗ると言うのは、余程の事が無いと、認められない。
 その甲斐もあってか、親父は二つの剣術を完璧に使いこなす事が出来る。これは、
技と言う点に於いて、物凄い利点だ。相手は対処に困る。実際に、俺が対処に困っ
ている。親父は流れの中で変えてくるから、更に闘い難い。
 だが俺は、超えなければならない。この偉大な親父を超えなければならない。
 俺は、今よりも強くなる為に、技を強化しなければならないと思っていた。だか
ら、親父を超える事が出来れば、強くなれると確信していた。
 だから俺は、空いている時間を見つけて、天武砕剣術を覚える事にした。勿論、
不動真剣術を疎かにする訳にはいかないから、そっちも鍛えつつだ。
 その結果、やっと使いこなせるようになってきた。
 使ってみると、不動真剣術と似たような技が多い事に気が付く。しかし、基本と
なる軸が違うので、そこを理解するのに時間は掛かったが・・・。
「フン!!ハァ!!」
 親父は必死だ。最近になって、やっと俺の攻撃が届くようになっていた。前まで
は、本気の親父の防御の前に、全て防がれていた。それこそ壁のようだった。だが
今なら・・・天武砕剣術を理解した今の俺なら、壁を崩せると信じている。
「ヌゥン!」
 親父は、攻撃に転ずる。この円を描くような動きは、不動真剣術の物だ。
「天武砕剣術、防技『水壁(すいへき)』!」
 俺は、親父の嵐のような攻撃を、天武砕剣術の防御技で防ぐ。そこから、天武砕
剣術の、三連撃の袈裟斬り『火炎』を繰り出す。
「甘いぞ!」
 親父は、『火炎』を不動真剣術の『無』の構えで見切り、木刀を少し上に上げる。
これは、天武砕剣術の突き『雷鳴』の動きだ!
「ハァアアアア!!ここだああ!!」
 俺は、親父の『雷鳴』を完全に見切って、親父の首筋に木刀を当てる。親父の完
璧なカウンターを初めて返す事が出来た。
「・・・さすがだ。レイク!!」
 親父は負けを認めた。やっとだ・・・。やっと親父を超えられた。親父は本当に
強かった。特に本気になってからは、毎日のように跳ね返された。しかし、やっと
の事で、一本取れるようになったのだ。
「お前は、技で私を超えて、天武砕剣術を物にしたようだな。・・・期待以上の出
来だ。お前の才能には、舌を巻くよ。」
 親父は素直に褒めてくれた。珍しい事だ。今までは、駄目な所を言われるのが常
だった。だがこの言葉を聞けた事で、俺はついに親父を超えたと実感する。
 それに親父は、俺が天武砕剣術を研究していた事に気が付いていた。当然か。親
父の天武砕剣術の技を見切って、防御技も天武砕剣術で防げば、嫌でも気が付くか。
「親父を超える為には、親父が使える技を全部使えるようにならなきゃ駄目だと思
ってさ。研究してみたんだよ。」
 俺は、素直に白状する。天武砕剣術を研究。それは、並大抵の事では無かった。
親父から天武砕剣術の『秘儀書』を貰ってはいたが、今までは不動真剣術の研究ば
かりをしていた。だが、とうとう『秘儀書』の中身を研究するに至ったのだ。
 天武砕剣術を見直す事で、不動真剣術の動きも、冴え渡ってきたのは、意外だっ
た。動きが複雑化してきたからだ。
「・・・見事だ。私の技までも、お前は超えてくれたな。」
 親父は本当に嬉しそうだった。俺も頑張った甲斐があったと言う物だ。
「親父のおかげだよ。俺は、親父が受け継いできた技を、追い掛けただけだよ。」
 俺は、本当の気持ちを言う。今まで親父や祖父が受け継いだ物が、如何に凄いか
思い知る事になった。
「そう言ってもらえると、報われると言う物だ。・・・しかし、『闘式』に出ない
私に、ここまで協力させたのだ。簡単に負けたら承知せんぞ?」
 親父は、俺に発破を掛ける。親父だって、出たかったに違いない。だが、親父の
『ルール』である『魂流』は、死人を出さないと言うコンセプトである、今回の大
会の保険として、最適な能力だ。だから、バックアップに回ったのだ。
「負けるつもりは無いよ。俺は、優勝するつもりでいるよ。」
 俺は、ハッキリ言ってやる。最初は、ただの腕試しで出るつもりだったが、今は
違う。ゼロマインドに勝たなくてはならない。そして、それを他人に任せるつもり
は無い。ゼロマインドや、『根源』の存在を考えれば、打倒出来るのは、俺しか居
ないと思っている。
「大きく出たな。その言葉、信じさせてもらうぞ。・・・見ているからな?特等席
でな。幸い、私は一番見れる位置に居るからな。」
 親父は『闘式』の運営委員の一人と言う扱いだ。それこそ特等席で見れる。と言
っても、会場は二つある。親父が担当するのは、ガリウロル会場だ。ストリウス会
場のワイス遺跡の南の会場では無い。最も、緊急用として、『転移』の扉を用意し
て、会場の二つを行き来出来るようにする処理をしている所だが・・・。
「ま、見ててくれよ。俺は、負ける気は無いよ。それに・・・ファリアもな。」
 俺は宣言する。やるからには勝ちたい。それはファリアも一緒だった。
「ファリアか。・・・しかし彼女は本当に凄いな。私の先祖を体に宿すとは。」
 親父は、ファリアの事を褒める。ファリアは、自分の先祖であり、親父の先祖で
もあるサイジン=ルーンを召喚する事が出来る。それを自分の体に宿して、剣を扱
う事が可能なのだ。それは、俺から見ても、奇跡のような魔法だった。
「俺は、ファリアの足を引っ張りたくは無いからな。こうやって、腕を上げてるん
だよ。正直、これでも足りないと思っているくらいだ。」
 そう。俺は、ファリアのパートナーとして、相応しい男にならなくては。
「もっと自信を持て。お前は、誰も到達した事が無い『根源』への道を見つけたの
だ。お前にしか出来ない事で、やれる事をするんだ。」
 親父は、俺に自信を持てと言う。確かに親父が言う通りだ。俺は、俺の出来る事
をするのが第一だ。まずは、親父に追いついた。次は・・・。ゼロマインドを打倒
する為の力を、手に入れなくては・・・。
「分かったよ。俺に出来る事を磨くさ。」
 俺は、決意を新たにする。
「それで良い。・・・で、ファリアとの仲は、どうなのだ?」
 親父は、俺とファリアの仲の事を聞いてくる。
「ん?まぁ良好だよ。時々喧嘩してるけど、信頼してるパートナーって感じだな。」
 俺は、偽らざる気持ちを言う。ファリアの事は、信頼し切っている。
「そう言う事では無い。・・・お前達、もうそろそろ婚約したらどうだ?と言って
いるのだ。私もファリアの事は、気に入っているしな。」
「こ、婚約って・・・まぁ、俺はしたいけどさ・・・。」
 さすがにまだ早いんじゃないか?と思う。確かに俺もファリア以外の相手は考え
られないし、向こうも、そうだと信じたい。
「まだ学生の身では、考えられないか?」
 親父は、俺の心を見透かしたように言う。
「そんなんじゃないけどさ。・・・そうだな。恋人同士ではあるし、『闘式』が終
わったら、そう言う相談もしてみるよ。」
 俺は、まずは『闘式』に集中する事を誓う。俺が、まだそんな気分になれないの
は、ゼロマインドとの闘いが控えているからだ。この闘いは正直な話、命を落とす
危険性がある。それは、ファリアも分かっているが、避ける訳にはいかない。
「それにさ。今は、そこまでの気分じゃないんだよ。」
 俺は、正直な気持ちを言う。
「フッ。まずは私との修練を終わらせて、次はゼロマインドへの対策か?」
 ・・・親父には隠し事は出来ないな。やはり気が付いているようだ。
「レイク。・・・お前にはファリアが居る。私が居る。そして、仲間達が居る。だ
から、ゼロマインドとの闘いで、死ねるような存在では無いんだぞ?」
 親父は念を押してくる。心配しているんだろうな。
「大丈夫だよ。俺は、決死の覚悟はするけど、絶対に生き残ってみせる。・・・皆
を悲しませたくは無いからな。」
 俺は、宣言した。違う『時界』の俊男が行ってしまった後の、皆の悲しみようは
凄まじかった。俺だって悲しかった・・・。あんな悲しみを、皆に味あわせる訳に
はいかない。だから、俺は死ねないんだ。
「それが分かっていれば良い。お前の幸せな姿を、私に見せてくれ。」
 親父は、俺が幸せになる事を望んでいる。
「その言葉、聞き飽きたぜ?心配しなくても、そのつもりだよ。」
 俺は、何度も言われていた事なので、はっきりとした台詞で返す。
「了解だ。・・・さて、お前の修練も終わったし、ビレッジズと、タウナーの試合
を見なければな。もう少しで始まってしまう。」
 親父は、野球観戦の話をする。最近嵌っているみたいだ。ソクトアでは、国毎に
野球をしていて、ペナントレースで勝った一番同士が集まって、頂点を決めると言
う国別対抗戦を行っている。国毎に色々な特色があるが、総合力では、セントのチ
ームが、一番高い。と言うのも、人口が一番多いのもあるが、金持ちの球団は、引
抜を行ったりしているからだ。
 そんな中でも、ガリウロルやデルルツィアの球団は善戦している。最後の決勝戦
では、白熱した戦いがあるのだが・・・。今はペナントレースが始まったばかりだ。
 親父はセントのチームのチェックが好きで、レベルが高いと称している。
「今年のビレッジズは、キャピタルズの3番をトレードで貰ったからな。タウナー
には負けないと思うが、どうなる事やら。」
 俺も少し興味があるので、新聞でチェックしている。タウナーやスラムファイツ
は、お金が足りないので、補強をしない代わりに、凄い育成を取り組んで、強くな
っているチームだ。ビレッジズは、地元の有志がスポンサーになったとかで、結構
補強している。キャピタルズやシティバトラーズは、昔からの金満と言われている
ので、他の国からの補強も行っているくらいだ。
「セントは、全体的にレベル高いからなぁ。ガリウロルは、今年はどうなの?」
 俺は、親父に合わせて野球の話をする。まぁ正直、俺も勧められて嵌った口だ。
「あー。ガリウロルか。今年は超高校級のピッチャーが有望株だったからな。ドラ
フトで、確かサキョウイダテンズが取った筈だ。良いチームになるだろうな。」
 そう言えば、テレビで中継をやっていたな。サキョウイダテンズと、アズマビシ
ャモンズが、最後まで抽選で争ったんだっけ。
「ま、どっちにしろ、勝負は水物だ。やって見なければ分からん。それは、『闘式』
にも言える事だぞ?お前も、格下と侮ったりすれば、足元を掬われ兼ねんと言う事
だ。逆に、どんな相手にでも、諦めなければ勝機はある。」
 親父は、野球を通じて、俺に助言する。確かに親父の言う通りだ。余り舐めて掛
かったら、どんな勝負も勝てはしない。
「とは言え、やはり実力が上の方が、勝つ確立は高いだろう。修練を欠かさぬに越
した事は無い。現に、常勝のキャピタルズも、猛特訓をしている事だしな。」
 親父は得意顔だ。物事を野球に例える事が多くなって来ている。相当嵌っている
みたいだな。修練が長引いて見れなくなった時は、録画までしているみたいだし。
 俺は、呆れ顔だったが、親父が元気なら、それで良いかなと思っていた。


 此方は、御方様の為に生きる。その事に疑問を持った事など無い。恥ずかしい話
じゃが、一目惚れじゃった。御方様にすら話しておらぬが、御方様の事は、風の噂
で知っておった。
 ソクトアから魔界に来た男が居ると、風の噂で聞いた。実力は、まだ蕾程度だが、
偉く前を見据えた男と言う噂じゃった。此方は、前を向く男は好きじゃったからな。
会ってみたいと思うたのじゃ。その時の此方は、このようになるなんて、思いも寄
らんかったのう。何せ、それ処では無かったからじゃ。
 ソクトアで、グロバスがやられたと言う情報が流れたので、魔界の覇権を取りに
行ったのじゃ。暇潰しのついでと思うとったが、あの憎き我が兄が、邪魔をしに来
たのでのう。デイビッドは、昔から覇権を狙っていたので、気に入らんかったのじ
ゃろうな。過ぎたる野心を持った男よな。
 此方は、別に覇権自体はどうでも良かったのじゃがのう。あのデイビッドの臣下
になるなど、冗談では無いと思っておったからのう。此方より劣っておると思って
いる男に下るなど、片腹痛い話じゃ。
 ただ、あの男は用意周到な男じゃったからな。反撃の狼煙を上げるのが早かった
のじゃ。おかげで大多数の魔族が、奴に従った。そう言う小賢しい所は、ほんに優
れておる男じゃったからな。
 此方の方が優れておったが、数で勝るデイビッドに、此方は苦戦を強いられたん
じゃ。あれは屈辱じゃったのう。此方は、飽くまで優れたる者を重用したのじゃ。
数での勝負で押されるなど、ほんに屈辱じゃった。
 じゃがデイビッドは、軍を動かす能力に長けておった。組織的な動きの前に、我
が軍は右往左往しておったしのう。此方は、そこまで考えるタイプじゃ無かったの
で、苦戦したのう・・・。
 そんな中じゃった。御方様の噂を聞いたのは・・・。幸いにも、デイビッドは興
味が無い様じゃった。噂を聞いて、配下に入れ難いと判断したのじゃろうな。此方
は、噂を聞いて、俄然興味が湧いた物じゃが。
 御方様は、覇権争いの中で、成長したいお考えじゃったから、此方でもデイビッ
ドでも、どっちでも良かったようじゃ。その事を言われた時は、ショックじゃった
が、御方様らしい考えじゃ。それに、そう言う隠し事のような物を、一切しない御
方様が、此方は好きなのじゃ。常に堂々としておるからのう。
 最初は、どんな男か見てみたいだけじゃった。呼び寄せると、素直に応じたので、
拍子抜けじゃと思った。じゃが、実物に会って、考えが変わったのじゃ。あの時の
衝撃は、今でも忘れないのじゃ。電撃で打たれたかのような衝撃じゃった。何と強
い眼をしておるのか・・・。そして佇まいたるや、とても20そこそこの若造には、
見えんかったのじゃ。何処でどう言う決意をすれば、あのような眼が出来様か。
 今思えば、もうあの時に、此方は惚れ込んでいたのじゃ。何としてでも、御方様
を我が軍に入れたいと思うた。御方様と一緒に高みを目指そうとすれば、どんなに
楽しい事じゃろう・・・。もうその事で、頭がいっぱいじゃったな。
 勧誘したら、御方様は了承した。今思えば、当たり前じゃ。此方は覇権争いをし
ておったし、御方様は激戦区を望んでおられた。より高みを目指すのであれば、こ
れ以上の環境は無かったからのう。
 それからと言う物の、修練をする度に、何かを得て強くなる御方様を見て、驚愕
した物じゃったな。その時は、立場が此方の方が上じゃったから、御方様に負けな
いように必死じゃったな。その方が、御方様も喜んでおったから、尚更じゃ。
 御方様は、軍を動かす力も優れておった。吸収力が半端では無かったから、デイ
ビッドの戦術を綿のように吸収していったのじゃ。その結果、我が軍は、徐々に優
勢になっていったのじゃ。と言っても、完全なる優勢になるまで、80年近く掛か
ったがのう。デイビッドが予想外に兵を集めるのが上手かったからじゃ。
 しかし、御方様はその兵力さえも見切っての戦術を披露成されて、完全なる優劣
が、決まったのが、その80年後の出来事じゃった。最後は、デイビッドを我が軍
が囲む程の差がついて、デイビッドも負けを認めざるを得なくなったのじゃ。
『勝ち誇っているな・・・。良かろう・・・。我は貴様に負けた。貴様の軍門に降
ろう。・・・だが、貴様の天下は長くない。我には分かる・・・。』
 これが、奴の捨て台詞じゃったな。負け惜しみじゃとは思ったが、無視出来ない
とは思うとったな。御方様の気性を、此方も知っておったからのう。でも、此方は
御方様を重用する事で、御方様と対立しないように細心の注意をしておった。
 それでも、御方様の想いは止まらなかった・・・。御方様に、決闘を申し込まれ
たのじゃ。御方様は、魔界で強くなり、魔界の頂点を目指したので、当然の帰結じ
ゃった。でも、此方には残酷な仕打ちじゃ・・・。
 御方様と闘いとう無かったが、御方様が望む以上、受けるのが流儀じゃったな。
こんな状態では、此方は力が出せぬ。そこで提案したのが、勝った者が、負けた者
の言う事を聞くと言う条件付じゃった。此方は、この条件を付けて、御方様をいつ
までも、此方の元に置いておこうと思ったのじゃ。
 その条件を付けて、此方は御方様と闘った。その時は、此方も手加減しなかった。
それが御方様の望みでもあったからじゃ。・・・その結果、やはり勝ったのは御方
様じゃった。御方様の強い意志の前に、此方は対抗出来なかったのじゃ。
 此方は負けを宣言し、御方様に全権を委譲する約束を取り付けた。元々、此方は
覇権に執着する意思は無かったからのう。
 その夜、此方は、御方様に、自分の想いの全てを語った。我慢出来なかったから
のう。御方様と闘ってまで、御方様を手に入れたかった。でも、それが叶わぬのな
らば、御方様に仕えたいと思ったのじゃ。図々しい願いじゃったが、此方は本気で
好きじゃったからのう。想いを伝えるだけ伝えたのじゃ。
 此方は、御方様が大いなる野望を抱いていたのは知っておった。でも、御方様が
本気で好きだから、手元に置いておったのじゃ。それを伝えたら、御方様は、此方
の器を褒めて下さった。そして、此方の想いに応えてくれたのじゃ。
 此方は、本当に幸せじゃと思うた。惚れた相手に仕えられるのは、何と幸せなの
じゃと、噛みしめておったのう。
 ・・・じゃが、御方様は、これで満たされるような器では無いのは、此方も知っ
ておった。だから、『神魔』の試練の時も、ソクトアに行くと告げられた時も、反
対せなんだ。御方様の妻ならば、それを受け入れる度量が無くてはならぬからじゃ。
 御方様の妻と言う立場は、ほんにキツい。でも、楽しいのじゃ。次は何かをする
じゃろう。今度は何をしてくれるのじゃろうと、予想だにしない事を言う。
 今度は大会じゃと言う。此方を呼び寄せて、ソクトアを支配するのかと思えば、
平和な大会に出場するのじゃと言う。これだから御方様の妻は飽きぬわ。とは言え、
ただの大会では無い。ソクトアの実力者が一堂に会する大会じゃ。しかも、勝利す
れば、勝利者の理想に従うと言う条件付じゃ。これは勝たなくてはならぬ。
 しかも、此方が子らも別枠で出場すると言うのじゃから、楽しみで堪らぬ。成長
を見せてくれるじゃろうて。魔界では、どうしても御方様の権威が邪魔して、御方
様の言いなりになる事が多かったが、御方様が真に望んでいるのは、自分を追い越
してくれる存在じゃ。このソクトアならば、そんな権威も無い。存分に力を発揮出
来る事じゃろう。それでも尚、御方様は勝利するつもりじゃがな。
 一抹の不安はある。人間の中から、英雄と呼ばれる存在が出始めている事じゃ。
此方が見る限りでも、あの俊男とか言う人間は脅威じゃ。何やら、『魔人』になっ
たようじゃが、元々が『聖人』に近かった為、『聖魔』と名乗っておるのだとか。
今感じる力は、御方様に近い物を感じる。しかし御方様は、それで由と喜んでおら
れる。御方様は闘争がお好きじゃからのう。
 それに御方様がお認めになった恵とか申す小娘も脅威じゃ。あの小娘は、御方様
から栄えある妾の座を申し込まれたと言うに、跳ね除けおったからのう。良い度胸
じゃ。ほんに赦せぬわ。此方をここまで怒らせた相手は、デイビッド以来じゃ。じ
ゃが、言うだけの事はある。それだけは認めねばならぬわ。
 他にも、神や伝記の英雄の末裔などと呼ばれておる輩は、注意せねばならぬな。
さすがに注目されているだけあって、それなりに力を持っておる。
「エイハよ。今日の修練は此処までだ。」
 御方様から、終了の合図が出る。此方は、御方様に付いて行く為に必死にやって
おる。御方様も、それに応えてくれるので、遣り甲斐があると言う物よ。
「フム。余の力を、此処まで引き出すとは、さすがだな。褒めて遣わす。」
 御方様から、お褒めの言葉を預かる。嬉しい物ぞ。
「有難き言葉じゃ。じゃが、まだ出来まするぞ!」
 此方は、やる気を見せる。実はかなり体がキツかったが、心が萎えておらぬ。
「その意気や由。持続するが良い。だが、そろそろ本番だ。本番で力が出ぬとあっ
ては困る。体を休めるのも、修練の内と心得よ。」
 御方様は、精神を褒めてくれたが、体を労わる事の大切さを問う。さすがじゃ。
「分かったのじゃ。お心遣い、受け取りますじゃ。」
 此方は、素直に受け取る。御方様は、機嫌が良いみたいじゃの。
「御方様、楽しみで堪りませぬか?」
「む?分かるか?まだ見ぬ強敵共を、相手にしようとする時の高揚感は、格別だか
らな。余の強さの底を、見せねばな。」
 御方様は、調子が良いみたいじゃな。此方が子らも、修練時間を決めて、相当に
修練しておると情報が入ってくる。テレビなどでも特集をしておるしのう。頑張り
が手に取るように分かるのは、助かりますじゃ。
「ハイネスや、メイジェスも、気合が入っているようだな。存分に見せてくれるで
あろう。余達も、それに応えねばな。」
 御方様も同じ事を思っておるようじゃ。
「テレビの特集は、便利ですじゃ。魔界でも導入したいのう。」
 此方は、このテレビとか申す媒体が気に入っていた。魔界には合わぬかも知れぬ
が、便利だと思えば、取り入れれば良いのではなかろうか?
「フム。確かに退屈凌ぎには丁度良い。今度、仕組みを取り入れるのも、面白いか
も知れぬな。わざわざビジョンを使う必要が無いのも好印象だ。」
 御方様も、テレビの便利さは、身に染みておるようじゃな。
「人間共の小癪な手段と思っておったが、使い方さえ間違えなければ、色々応用出
来るようだな。特に、番組を選んで見れると言う点は、高評価だ。」
 御方様が、ここまで言うとは、随分と気に入っておるようじゃのう。
「気になる番組でもあるのですじゃ?」
 此方は聞いてみる事にする。まぁ此方も、ドラマとワイドショー関連の番組は、
結構チェックしているがのう。最近では、魔族と人間の体質の違いなども、調べて
番組を作っておる所もあるので、興味津々じゃ。
「フム。スポーツとか言うジャンルは、興味深い。それと、歴史講座も、中々面白
かったぞ。戦術指南などもやっているみたいだしな。」
「ほぉ。そう言えば、見ておりましたのう。ソクトア歴史講座は、此方も見ました
のう。その中では、剣術の歴史が興味深かったですじゃ。」
 御方様も、あの歴史講座を見ておったのかのう?
「さすがは余が妻。分かっているな。剣術の歴史は、あの細分化された図を見せら
れた時は、唸った物だ。あれだけ調べてくるのは、時間も掛かったろうにな。」
 やはり、御方様も見てらしたか。
「それにしても、余の部下達も、テレビ出演しているとはな。」
 ああ。そう言えば出ておったな。最近は、魔族の特集を組む事が多いから、ノリ
が良い者は、出演しておるようじゃな。
「良いのではありませぬか?魔族の宣伝にもなりましょうや。馬鹿な事をやってる
様子でもありませぬしのう。」
 特集番組は、一応チェックしておるが、評判は上々じゃ。馬鹿な事をやったら、
叱り付けるつもりじゃったが、そんな様子は無い。
「そうだな。だが、スポーツ選手になりたがる馬鹿が居るのが、問題だと思ってい
る。あれは、人間だけでやるから面白いのだと言っているんだがな。」
 何と・・・。そんな馬鹿な事を申す奴が居ったとは・・・。魔族と人間では、体
の造りの根本が違う。それを比べようとしてどうするんじゃ。
「そうしたらな。魔族だけでリーグを作ってはどうか?と言う提案が出たらしい。
人間達から、そのような案が出るとは、驚きだと思ってな。」
 ほう。それは確かに面白いのう。人間達の閃きは、侮れぬな。
「面白そうじゃ。けど、そんなに希望者が居るのけ?」
 魔族の社会は、強き者が支配する社会ゆえ、スポーツで名を成そうとする者が、
そんなに居るのか不思議であった。
「それが、魔炎島の連中などは、やる気に溢れているそうだ。」
 義母の支配する島の連中じゃな。さすが適応力が高いのう。
「何だか、魔界では考えられぬような事が起こりますじゃ。」
 此方は、気分が昂ぶっていた。人間達は思いの外、面白い事を思い付く。
「そうだな。これでは、『覇道』を提唱した後も、その者達は、スポーツをやらせ
たくなると言う物だ。それだけのやる気が感じる。」
 御方様は、懐が深い御方じゃからな。確かにその選択肢も有りじゃのう。
「良いのではないですじゃ?根本を間違えなければ、後は自由にさせれば良いと思
いますじゃ。御方様も、強要までは望んでおられますまい?」
 此方は、御方様の性格は良く分かっている。御方様が目指す理想は、強き者が報
われぬ社会を正す事じゃ。それ以外の強要は、望んでおられないはずじゃ。
「さすがエイハよ。良く分かっておる。・・・このスポーツと言うシステムは、余
が目指す理想にも合致しているからな。推奨しても良いくらいだ。」
 成程。確かにスポーツの基本は、競争原理じゃからのう。『覇道』の宣伝にもな
ろうと言う物じゃな。御方様が気に入るのも、分かる気がするのう。
「魔界活性化の意味でも、良いかも知れませぬのう。」
 この頃の魔界は、御方様の権威ばかりが目立つ。御方様が目指す理想とは、程遠
い有様だったので、何とかしたいと思っていた所じゃ。
「人間の作った物に、我等が嵌るとはな。まぁ、テレビなどは、ワイスや健蔵など
も嵌っているようだし、良い提案やも知れんな。」
 ほぅ。テレビは、あのワイスや、健蔵までもが嵌っておるとは。
「彼奴等は、どんな番組を見ておるのじゃ?」
 此方では、余り想像が付かない。
「ワイスは、余と同じよ。主にスポーツを欠かさず見てるとの事だ。さすがは神魔
よな。『覇道』に合うと思っているのだろう。健蔵やハイネスは、ガリウロル産の
アニメーションなる物に嵌っているみたいだな。最近は、その話題で盛り上がる事
もあるらしいぞ?」
 中々興味深い情報じゃのう。まぁワイスは、予想の範囲内じゃが、健蔵やハイネ
スのアニメーションとやらは、ちょいと理解出来ぬな。
「メイジェスは、ゴールデン枠のドラマを良く見ておるようだな。人間共のドラマ
を見て、何が楽しいのか分からぬが・・・。」
「もしかして、『医療現場』ですじゃ?」
 御方様の言葉を聞いて、此方は思い出す。あのドラマは、人間が作った割には、
結構面白い展開なので、見ておったからじゃ。
「・・・貴公も見ていたのか?」
「そうですじゃ。人間の権力争いの模様が見れるので、興味深いですじゃ。」
 此方は、正直に言う。実際に面白いのだから、仕方が無い。
「そんな物か・・・。やはり、感性の違いはある物だな。」
「それは、仕方が無い事ですじゃ。此方が、健蔵やハイネスの事が、理解出来ぬの
と、似たような物だと思いますじゃ。」
 理解は出来ぬが、否定するつもりは無いからのう。
「ま、そうだな。それも選んで見れるし、録画も出来ると言うのは、やはり便利だ。
魔界でのテレビの導入も、考えるべきだな。」
 御方様は、感性の違いを理解したようじゃ。そこを意固地で否定しない所が、御
方様の良い所じゃな。常に前を見続けるのは、良い事じゃ。
「しかし、魔界にも電力を通すのは、大変なのではないですじゃ?」
 魔界には、魔力が浸透している為、電力を通すのは難しい筈じゃ。
「失念しておるぞ?エイハよ。今の人間界の代わりに、魔力が浸透しておるのなら
ば、それを媒介にして、電力の代わりとすれば良いのではないか?」
 ほうほう。そう言えばそうじゃな。魔力の雷系の魔法を使えば、それなりに代わ
りが務まると言う物じゃな。失念しておったわ。
「さすが冴えておるのう。これは、魔界に帰った時、楽しみじゃのう。」
 此方は、魔界に帰った時の事を思う。
「そうだな。余の凱旋の手土産には、丁度良いと言う物よ。」
 御方様は、凱旋の手土産と言った。優勝するおつもりじゃな。
 そうじゃな。此方と御方様の悲願が、もうすぐ達成されようとしておるのじゃ。
凱旋の手土産を考えるのは、良い事じゃろうのう。
 此方は、御方様の傍で、お手伝いをしなくてはならぬな。



ソクトア黒の章6巻の7前半へ

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