NOVEL Darkness 7-1(Second)

ソクトア黒の章7巻の1(後半)


 見る物全てが新鮮だった。異星への旅路である。
 他の仲間からの反応は、様々な物だった。俺が子供なので、心配の声してくれる
声。チャンスを掴んだ俺への羨望の声。俺が寂しく無いようにお土産を持たせてく
れたりと、優しい物が多かった。
 荷物に紛れ込むように竜神様に言われた時は、悪戯っぽいなとは思ったが、実際
に入り込むと、恐怖が走った。異星で生活出来るのか?そもそも自分が生きていけ
る環境なのか?聞けば、魁みたいな人間がいっぱい居る所らしいから、恐怖の目で
見られたりしないか?
 実は、不安だったんだ・・・。だからさ。初日の夜なんて、情けない事に泣いち
まった。魁に頭を撫でられて慰められちまった。魁には、口には出さないけど、凄
く感謝してるんだ。だってさ。俺の世界を変えてくれた奴だもんさ。
 最初、リーゼルの俺の村に来た時は、何だか頼りない奴だと思っていた。まとも
に動くのすら億劫そうにしてたからな、村の皆は、竜神様と一緒に来たって事で、
物凄く神聖視してたけどさ。あんな威厳の無い奴が神様だとは思えなくてさ。話し
てみると、ソクトアって星の人間だって言うじゃないか。リーゼルとは、違って、
肌の色は黄色いし、鱗だって無い。でも、何か面白そうな奴だって事は分かった。
だから、積極的に話す事にしたんだ。
 話を聞くと、本当に面白い奴でさ。それに何だか、とてもお人好しだってのが分
かった。竜神様の手伝いに来たってのは本当らしい。
 それから一週間くらいで、村一番の戦士のザイン様を倒した時は、正直ビックリ
したよ。ザイン様は、村の危機を何度も救ってきた御方だったしさ。リーゼルの闘
い方が、魁には合ってたからだって言うけど、俺は、魁が死に物狂いで特訓してる
のを知っていた。夜の休憩時間まで修練に当ててたんだぜ?あの鬼気迫る様子は、
俺でも怖いくらいだった。
 そして、一ヶ月経った時、星一番と言われる、生ける伝説なんて異名を持つ戦士、
レーデル様に戦いを挑んでいた。何でも叶えたい願いがあるとかで、リーゼルで話
を聞いて貰う為には、強さを示す他無い。だから、勇者とも言われるレーデル様と
闘う羽目になったとか。
 魁はどうかしている。レーデル様は本当に強いんだ。体格だってリーゼルで一番
だ。それだけじゃない。本当の危機を何度も救っている勇者なんだ。そのレーデル
様に、闘いを習って一ヶ月の魁が挑むなんて、本当にどうかしている。
 でも、魁は勝ってみせた。それこそ全ての気力を振り絞って・・・。あんな凄い
闘いを俺は初めて見た。そして、魁は願った。『この星を救う為に、火山を止める
為に祈って欲しい』と。アイツさ・・・。あんな痛い思いをしてさ。願った願いっ
てのが、リーゼルの未来だって言うんだ。お人好し過ぎるだろ。
 それから俺は、リーゼルの現状を知った。何でも、火山が大爆発を起こす前兆が
あって、それを竜神様が止める為に頑張っていたのだが、一人で止めようとしても
限度があるらしく、リーゼルの皆の願いの力が必要らしく、その為に魁が意見を通
そうとしてたのだとか・・・。だからあんなに必死だったのかよ・・・。
 俺は何も知らなかった・・・。俺は魁と楽しく話をしているだけだった。なのに
アイツは、リーゼルの為に命を懸けた。そんな魁を見て、俺は付いて行きたいと思
ったんだ。だってさ。アイツと居ると楽しい。それにアイツが言っていた故郷の星
ってのを、この眼で見たいって思ったんだ。
 そこで、竜神様に相談したら、荷物の中に入る方法を示して下さったので、それ
に乗る事にしたんだ。
 魁の仲間はさ。皆凄い奴ばっかりだった。俺は半信半疑だったが、このソクトア
って星は、本当に強い奴ばっかりだった。重力が薄いのにはビックリしたが、そん
なハンデは、この星じゃ序の口だ。魁はリーゼルで物凄い強さを手に入れたって言
うのに、それより強い奴が居たのには驚いた。
 それに良い奴ばかりだった・・・。特に魁の恋人って言う莉奈だっけ?彼女は、
本当に優しい。魁が兄貴みたいな奴だとしたら、莉奈はお姉ちゃんみたいな人だ。
その事を莉奈に話したら、『お姉ちゃんって呼んで良いんだよー。』って言う物だ
から、最近は莉奈姉ちゃんって呼んでいる。
「うわー。これが屋台って奴かぁ。莉奈姉ちゃんは、何か食べるのかぁ?」
 俺は、莉奈姉ちゃんと魁で出店を回っている。竜神様は、鳳凰神様やショアンさ
んと一緒に、お酒の美味しい店を探してるのだとか。
「凄いねー。ルード君は、ピザなんかが好きかな?」
 莉奈姉ちゃんは、明るく話しながら、俺に『闘式ピザ』を勧めてくる。一口食べ
てみると、いつも食べてるピザとは、また違う濃い味付けで美味しかった。
「これ、俺の分もか?サンキューな。それと、これ買って来たから、食べてみ?」
 魁は、いつの間にか『闘式クレープ』なる物を持っていた。
「うわ。これ美味しい!これ、ストリウスで一番の店の奴じゃない?」
「さすが莉奈。分かってるな。午前中に葵達が回ってたらしくてさ。携帯で聞いて
たから目を付けてたんだ。」
「へー。葵ちゃんさすがだねー。・・・もしかして、全部回ったのかな?」
「いんや。エイディさんが目ぼしい店に目を付けていて、味見は伊能先輩が、ほと
んどしたそうだ。締めに『聖亭』まで回ったらしいぜ?」
 へー・・・。情報を知っていると、色々便利なんだなー。葵姉ちゃんや、巌慈さ
んに、エイディさんに亜理栖さんが、午前中に回ってたんだなー。
「あ。うめーやコレ。」
「そうだろう?こう言う時の味は、また違って見えるんだ。覚えておきな。」
 魁は偉そうに言ってくるが、この美味しさの前には、何も言えなくなっちまうな。
中の果物とかクリームが、口の中で溶け合って美味しいや。
「それにしても、『聖亭』まで回るなんて、さすがだねー。」
「まぁ、このストリウスでも一番の名物店だしなぁ。さっき見て来たけど、この時
間だってのに、恐ろしい混み様だったぜ。」
「ねぇ魁。『ひじりてー』って何さ?」
 何だか有名なお店らしいが、俺にはサッパリ分からない。
「あー。・・・そうだ。前にさ。お前に説明したジャン?お前が凄い興味持ってた
1000年前の伝記って奴だよ。」
 その話なら覚えている。何でも1000年前に、ライルって人が戦乱を鎮めて、その
息子のジークって人が、『共存』の精神を掲げて、歴史を作ったのだとか。伝記の
本を何度か見せて貰ったっけな。
「あ。もしかして、ジークの時代に、よく『宿』って名前が出てたけど、それが、
今言った『ひじりてー』なのか?」
「お。すごーい。そうだよ。ルード君!」
 莉奈姉ちゃんが、頭を撫でてくれる。そう言えば、『聖亭』って単語は、何度か
出てた気がする。とは言っても、俺は、文字を習う為の童話を読みつつ、子供用の
伝記からの情報なので、そんなに詳しくは知らないのだ。
「ハハッ。ルードも色々と覚えてきてるって事だな。」
「その内、魁よりも覚えてみせるもんねー。」
 魁と軽口を叩き合う。こう言う関係が、俺は大好きだった。魁と話していると、
時間が過ぎるのを忘れる。俺は、最初こそ戸惑ったが、この星に居ると言う選択を
間違ったとは思わない。
 いつか、リーゼルに帰った時に、俺の糧になると思っている。この星の事を忘れ
ちゃいけない。この目に焼き付けると、俺は誓っていた。


 1週間空けたのは、間違いじゃ無かったようですわ。ストリウス組なんかは、と
ても楽しんでいるようで、連日のように連絡が来ている。まぁ贅沢を言えば、私も
ストリウスに行って、観光を兼ねたい所でしたが、ガリウロルの会場を盛り立てる
のも、楽しい事ではありますし、問題ないですわ。
 兄様の話では、ガリウロルの方でも有名な出店が何個も出ていて、素晴らしい仕
上がりになっていたのだとか。私も見に行きましたが、いつもの出店より気合が入
っていたのは間違いないようですね。
 一通り出店の視察を終えて、会場のチェックも兼ねた後、天神家に戻ってくる。
ちなみに会場のサキョウシーサイドスタジアムは、被害が出ないように海上の埋立
地に造られたスタジアムだ。観客席は、防護壁に囲われた見物席で、手元のモニタ
で、いつでも選手を見れるようにしてある。カメラは選手を追うように魔力で設定
してある。ストリウスの会場は、コロシアムのような会場だが、設備的には一緒だ。
向こうもやる気たっぷりである。
 シースタと天神家は近いので、通えると言うのが嬉しい所だ。元々爽天学園の生
徒が多く参加しているので、シースタの場所を、あそこに設置したと言うのも大き
いですがね。
「恵様。ハーブティーが入りました。」
 睦月がハーブティーを出してくれる。
「有難う。・・・会場の様子はどう?」
「そうですね。シースタの受けは良いですね。これまでに無い海上のスタジアムと
言うのが、目を引いているのだと思います。」
 そうね。シースタの売りはそこにある。その分、観客席が特殊で、防護壁の後ろ
と言うこれまでに無い形だが、そこは慣れてもらうしか無い。
「他の主な参加者の様子はどうかしら?」
 私は、ハーブティーを口に入れつつ報告を聞く。
「はい。瞬様、俊男(としお)様達は、連日のように出店に赴いています。恵様も
ご一緒でしたよね。恵様の場合は、現地調査も兼ねてですが・・・。」
「言葉を濁さなくても結構ですわ。こう言うのは、自分も楽しんでこそ、調査のし
甲斐があると言う物です。私が楽しめないようなレベルでは駄目よ。」
 私は楽しみながらも調査を忘れない。好い加減な仕事だと思われる箇所は、ちゃ
んとチェックしてある。そこの資金提供は少なくしておくように指示を出している。
兄様や俊男さんに江里香(えりか)先輩は、楽しんでらしたようですがね。
「葉月(はづき)に勇樹(ゆうき)様は、サキョウの町の案内をしています。赤毘
車(あかびしゃ)様、ミカルド様、毘沙丸(びしゃまる)様にアイン様が、ご同行
しているようです。」
 神の方々も、この祭りを楽しんでいらっしゃるみたいね。良い傾向ですわ。葉月
が付いているなら、卒なくこなす事だろう。
「扇(おうぎ)様と風見(かざみ)様は、神城(かみしろ)の道場に戻って、修練
なさっているご様子です。」
「相変わらず、息抜きを知らない方達ですわね。」
 私は呆れてしまう。少しは、息抜きをすれば良い物を・・・。
「ケイオス様一行は・・・。こ・・・これは・・・。」
 睦月が珍しく動揺している。どうしたのだろうか?魔族達は、恐ろしい事でも企
んでいるのだろうか?それならば、止めなくてはなりませんね。
「どうしました?」
「し、失礼しました。・・・どうやら、魔族の方々は・・・アニメの聖地巡りをし
ているようです・・・。偶々かと思いましたが・・・。『サキョアニ』のスタジオ
まで訪れているみたいなので、間違いないようです・・・。」
「・・・そ、それ本当に?」
 睦月が言い淀む訳だ。そんな行動は、私にだって読めない。報告書が間違ってい
るのでは無いかと疑っても無理は無いだろう。
 私は、睦月から報告書を受け取る。すると、『サキョアニ』のスタジオから始ま
って、最近になって出来た『アニメ記念館』や、アニメの舞台になった創造神のサ
キョウ大社の観光などをしているらしい。
「驚きましたわ・・・。」
「そうですね。・・・アニメを宣伝にでもするつもりなのでしょうか?」
 睦月は、疑いの目を向ける。まぁ私もその可能性を疑ってみるべきなのでしょう
が・・・。この報告書を見る限り、かなり大人しく見学をしているようだ。しかも、
インタビュー付きで取材を受けているし、その受け答えもハキハキしている。これ
は、純粋に興味があるのでは?
「報告書に不審な点が無いとなると・・・案外、アニメが好きなのかも知れません
わ。・・・考えてみれば、魔界には存在しない娯楽のようですし、嵌ったのかも知
れませんわね。」
「・・・意外ですね・・・。でも、そうかも知れませんね。」
 睦月も、報告書を見直しながら、私の意見に同意してくる。特に不審な点は無い。
魔族がアニメに興味を持つ・・・。まぁこの私も、幼い頃は、兄様と一緒にアニメ
の時間を楽しみにしてましたし、無理も無い事かも知れませんね。未知の文化に出
会えた時、興味を持つのは、自然な事ですわ。
「そう言えば、『サキョアニ』は、天神家の出資でした物ね。最近のヒットを見る
限り、真面目にやっているようですし、増資しましょうか。」
「そうですね。業績の伸び率を見ても、上げてしかるべきだと思います。」
 睦月も増資に反対しない。と言う事は、本当に業績が良い様だ。
「今度の『ソクトア伝記』は、1000年前の伝記に挑戦するらしいし、中々見所があ
るかも知れませんわ。今まで誰もやろうとしなかった事ですしね。」
 やろうとしなかったのには、訳がある。膨大な量の資料と、人々を惹き付けて止
まない冒険譚なので、下手な物を作ると反発を招く為だ。
「半端な物を作る気は無い。と言う表れでしょうね。」
 その覚悟があるから、製作を決定したのだろう。
「面白いじゃない。どこまで出来るか、見守りましょう。」
 私は、魔族すら惹きつける『サキョアニ』の製作チームに好感を持った。
「ま、見守るだけじゃ面白くないですし。スタッフと連絡を取りなさい。」
「その指示は、先を見越しての事ですね?」
 さすがに睦月は気が付いてくる。私がスタッフと連絡を取れと言うことは、色々
裏で手を回す気でいるからだ。それを睦月は感じ取ったのだろう。
「こう言う物は、先行投資が大事ですからね。『サキョアニ』が作ったジーク像と、
レルファ像、ミリィ像辺りを、印刷で送って貰いなさい。受け取ったら、フィギュ
ア製作の依頼を掛けるわよ。」
 私は、迷い無く言い切る。失敗するかも知れないとは、微塵も思っていない。
「ま、万が一にも失敗したら、個人で飾るように貰えば良いだけですわ。試作品を
作成する段階で、止めてしまえば良いだけですからね。」
 可能性を口にするが、私は失敗すると思っていない。
「恵様の見る眼は、私も信用しています。大丈夫ですよ。」
 睦月も、私のフィギュア製作の依頼に反対をするつもりは無いようだ。
 どんな物が出来るやら、今から楽しみね。
 アニメを通じて、魔族との文化交渉が出来るかも知れないとは、意外でしたが、
面白そうですね。楽しみに待ってる事にしましょう。
 そうこうしている内に執務室の扉から部下がノックしてくる。
「俊男様がいらっしゃいました。」
 ああ。俊男さんが来たのね。
「通しなさい。失礼の無いようにね。」
 睦月が、すぐに指示を出す。抜かり無いわね。
 すると、すぐに扉の前に気配がする。もう勝手知ったるって感じね。ノックの音
が聞こえたので、睦月がすぐに確認して、俊男さんを中に入れる。
「街の様子はどうでしたか?」
「ああ。凄い盛り上がりだったよ。あの盛り上がりに負けないようにしたいね。」
 俊男さんは、若干興奮している。街が活性化するのは良い事だと思いますわ。
「フフ。負けませんわよ。当然優勝するのですからね。祝勝会では、街でのパレー
ドを予定してますわ。俊男さんも、その予定で居て下さいね。」
「あ。やっぱり折り込み済みなんだ・・・。」
 俊男さんは、苦笑するが、別に否定はしていない。意外とこう見えて、強気な所
がある。良い事ですわ。
「私と俊男さんですもの。兄さんやレイクさんが相手でも、勝ちますわ。」
 私は言い切る。別に不安がある訳では無いが、言い切る事で、強い決意を示すの
は、悪い事では無い。
「さっすが恵さん、言い切るね。ま、僕も勿論そのつもりだよ。確か決勝は、こっ
ちでやるんだよね。楽しみだね。」
 俊男さんは決勝と言った。そう。決勝はこっちの会場でやる予定だ。そして、決
勝の事を口にする・・・それは、ケイオスにも勝って、決勝にあがる事を意味して
いる。何だ。結局俊男さんも勝つつもり満々だ。
「お二人なら、優勝なさるでしょうね。ホテルの予約は、既に取ってあります。」
「当然、中央でしょうね?」
「アズマの中央の最上階を予定しています。」
 睦月はテキパキ答える。中央と言うのは、ホテル中央大陸の略だ。セントの最高
級ホテルで、サービスの良さで、右に出る者は無い。それの最上階は、特に人気が
高い。ガリウロルの支部は、アズマにある。サキョウにも支部があるが、アズマの
方が格式が上だ。閉鎖的なアズマで、セントの最高級ホテルが聳え立ってる様は、
壮観の一言である。
「ところで、セントは黙ってるの?」
 俊男さんが、セントのちょっかいについて、口にする。
「まぁ叩き潰すまでと言いたい所ですがね。色々と調べて行く内に、厄介そうだと
言う事が分かりましたわ。」
「恵さんが厄介って事は、相当な事かな?」
「そうね。加藤(かとう) 篤則(あつのり)については、知っての通り、ゼロマ
インドの片割れだと判明しています。」
 私は警戒を緩めない。奴等は危険極まりない。『根源』に成り代わって、全ての
事項を把握しようとしている。あのような邪悪な存在が、『根源』に成り代わった
ら、ソクトアだけでなく、全宇宙が混乱に陥るだろう。しかも、現在の『根源』曰
く、自らで防ぐ事が出来無いと言う事なのだ。それが、『根源』としての宿命なの
だとか。求めれば拒む事が出来無いと言う宿命らしい。
 知識の渦として存在している『根源』に半ば頼まれる形で、ゼロマインド討伐を
受けたのが、レイクさんだ。だが、その知識を共有している私達も、無関係とは言
えない。寧ろ、先だって防ごうとしている。
 そのゼロマインドの片割れが加藤 篤則だ。セントの元老院である。そして、も
う一人はマイニィ=ファーンだと言う情報も掴んでいる。
「加藤については、僕も脅威だと思っているけど、厄介って事は・・・マイニィの
方が、何か仕掛けてきてるって事?」
「いえ、マイニィは、現在セントの報道部隊に随行して、特集を組んでいると言う
話なので、変わった動きはありませんわ。」
 セントの情報は、中々入ってこないが、積極的に報道してくるようになったので、
逐一チェックしている。
「問題は、アルヴァ=ツィーアの方ですわ。」
「ええと・・・加藤の相方だっけ?」
「そうです。中々興味深い情報が入ってきましてね。・・・睦月。」
 私は、睦月に目で合図をする。睦月は、デルルツィア共和国の共和日報と言う新
聞の、記事の切抜きをバインドした物を持ってくる。それは、10年程前の記事だっ
た。セント関連の記事なのだが、内容が驚きだった。
「ええと・・・『天才児現る!脅威の頭脳を持つ元皇族!』・・・この話題の人物
が、アルヴァだって言うのかな?」
 俊男さんは、記事内容を見ていた。
 アルヴァは天才だった。幼い頃から、その片鱗を見せつけ、『化学』の申し子と
呼ばれてきたのだと言う。記事の切り抜きに寄れば、電話の携帯化に写真技術、一
体型端末の開発に携わったのもアルヴァだと言う話だ。此処最近で、随分伸びてき
た分野だ。発想の仕方が自由で、どうにかして開発に漕ぎ着けるか、吟味しながら
成功させてきたのだと言う。
「うわー・・・。此処最近で伸びてきた分野じゃないか。凄いね。」
「そうね。だけど、不自然なのよね。」
 私は、単に傑物だと言う見方はしていない。何らかの仕掛けがあると思っていた。
いや、仕掛け所じゃないが・・・。何でこうなったか予想もしている。彼の生い立
ちは、特殊過ぎるからだ。
「そして、これがヒート先輩からの情報よ。」
 私は、その生い立ちのファイルを俊男さんに渡す。ヒート先輩の従兄弟だと言う
のは、分かっている事なので、生い立ちについて語ってもらったのだ。
「昔は、一緒にデルルツィアン柔術を習ってたんだね。・・・っえ?3歳の時、高
熱を出して以来、天才の片鱗を顕す?・・・気になるね。」
 その時に、何かが起こっていた可能性が高いと言う事だ。どんな事項であるにせ
よ、警戒した方が良いのは事実だった。
「ヒート先輩は言ってたわ。まるで、何かが乗り移ったかのようだって。」
 実際に何かが乗り移ったのだとしたら、何が乗り移ったのだろう。
「となると・・・『魂流』のルールで調べてもらうのが、分かり易いのかな?」
 俊男さんは、躊躇いがちに言う。確かに『魂流』のルールで調べてもらえば、何
かしら分かるだろう。しかしゼハーンさんの負担が、とんでもない事になる。
 それは避けたかった。
「そうですけどね。それは、出来る限り、やりたくありませんわね。」
「そうだね。ゼハーンさんには、負担を掛けたくないしね。」
 俊男さんも分かっているようだ。ゼハーンさんの『ルール』は、私達の『ルール』
より、負担が大きいのだ。おいそれと頼る訳にはいかない。
 セントの元老院、アルヴァ=ツィーア・・・。彼もまた、何かの宿命を背負って
いるのかも知れませんね。要注意ですわね。


 何にも負けない強い男になれ・・・それが、爺さんの遺言だった。そして、誰に
も負けぬように強い男になったという自負はある。何回かは負けた。だが、ここ一
番の闘いで負けた事は無い。
 そして何よりも正しい男になれ・・・これも、爺さんの遺言だった。正しさとは
何なのか、迷った事はある。ただ、妹が俺の正しさを信じてくれていた。何よりも
正しい事を目指す俺が、間違える訳が無いと・・・。その言葉は、未だに俺の中に
浸透している。・・・それでも、俺一人では間違えていただろう。だが、俺には仲
間が居る。誰よりも信じられる友がいる。その友と進む限り、正しさを間違える事
は無いと信じている。新たに出来た仲間も、皆良い人ばかりだ。その仲間を大事に
思う気持ちに、偽りは無い。
 俺は、この気持ちの源である始まりの地へとやって来ていた。つまり爺さんの墓
の前である。後ろには、長年使っていた道場がある。荒れ果てているかと思ったが、
恵に事情を話したら、使用人を派遣して、手入れをしているのだとか。全く・・・
アイツには敵わないな。
 南焔(みなみほむら)の駅で下車して、バスで20分程行った所に、焔神宮前の
バス停がある。近くに天神の道場と、南焔で最大の神宮があるからだ。正月に行っ
たのも、此処の神宮だ。先代の竜神ラウスを祀った所で、静かで良い所でもある。
創造神ソクトアを祀ったサキョウ大社は、立派な所だが、人が多くて落ち着かない。
ちなみに天神の道場は、ここから歩きで15分の所だ。
 今回は、爺さんに報告に行く予定だ。江里香先輩を連れて、爺さんの墓参りに行
こうと誘った。その話を夕食時にしたら、士さん達も行きたいと言い出したので、
ガリウロル組の6人で此処に来ている。俺と江里香先輩、士さんにセンリンさん、
ジャンさんにアスカさんだ。
「バス停の所に、随分立派な神社があったネ。」
 センリンさんは、バス停の近くにあった焔神宮が気になっているみたいだ。
「俺達は、旅先で正月を迎えたからな。あれはあれで、盛り上がって良かったが、
このガリウロルでは、神宮や神社などに正月にお参りに行くらしいぞ。」
 士さんが説明している。さすがに詳しいな。親から聞いていたのかもね。
「お参りってどんな事をするんだい?」
 アスカさんも知らないらしい。ガリウロルの人じゃなきゃ、中々馴染みが無いの
かもな。結構特殊な文化らしいし。
「振袖って言う着物を着て、一年を無事に過ごせるように祈願するんですよ。祈る
事で、自分なりの区切りを付けると言う意味もありますね。」
 江里香先輩は、丁寧に説明する。区切りを付ける・・・か。確かにそう言う意味
も含まれているかもな。俺も、気持ちを新たにしたしな。
「お。振袖か。派手なガリウロルファッションだろ?ああ言う服は、ガリウロル独
自だから、一度お目に掛かりたいな。」
 ジャンさんは、振袖の魅力について、調べているようだった。
「来年の年始に行きましょうよ。今年も此処に来ましたしね。」
 俺は、今年のお参りの事を話す。あれは、良い思い出だった。
「ガリウロルの振袖は、とても綺麗だって聞くネ。楽しみだヨ!」
 センリンさんは、振袖が着たいようだ。確かに、センリンさんくらい美人なら、
色々な振袖が似合うだろうな。
 喋っている間に、景色が変わってくる。この独特の門構え・・・鳥居を見ると、
焔神社に来たと言う実感が湧いてくる。
「お・・・ここか。かなりの大きさだな。」
 士さんは、鳥居を見上げている。
「・・・どうやら、グロバスは、竜神ラウスの残滓を感じるらしいぞ?」
 士さんは、グロバスさんの感想を知らせてくれた。
 ・・・そう言う俺も、ジュダさんに似た波動を感じた。これが、前竜神のラウス
の残滓なのだろうか?ゼーダの波動が、同調しているのかも知れない。
「俺も、ジュダさんに似た波動を感じます。コレが残滓ですかね?」
「かもな。・・・静かで良い所だな。」
 士さんも、思う所があるんだろうな。
 このまま焔神宮に寄っても良かったが、今日は爺さんへの報告が第一だからな。
皆も分かっているのか、天神道場への道に、黙って進んでくれる。
 焔神宮も、山道の合間にあるが、そこから更に奥に15分進むと、天神道場だ。
この辺は、野生動物も多く住んでおり、油断していると迷ってしまう。
 しばらく皆と歩いていると、山の中腹にある見晴らしの良い丘が見えてくる。
「ああ。8ヶ月振りだなぁ・・・。」
 懐かしさが込み上げてきた。やはり、此処で過ごした日々は、忘れられないな。
「此処が・・・瞬君の技を磨いた道場・・・。」
 江里香先輩が、道場を見上げる。江里香先輩の家である一条流の道場も、かなり
の大きさだが、この道場も負けていない。
「これは瞬坊ちゃん。良くお越し下さいました。」
 道場の横にある家から、使用人が顔を出す。
「あ。晃(あきら)さん!此処の手入れをしてくれたの晃さんだったのか?」
 俺は、声が上ずるのを感じた。この人は、爺さんとも仲が良かった使用人で、名
前は柏崎(かしわざき) 晃さんだ。つい最近結婚したと聞いていたが。
「瞬坊ちゃん!それに皆様方。良くぞお越し下さいました。」
「真紀(まき)さん!晃さんと結婚したのは、真紀さんだったのか。」
 この人は、俺が幼い頃に、恵と一緒にお世話になった使用人の真紀さんだ。
「はい。この人と一緒に、此処で住み込みをさせてもらってます。」
 真紀さんは丁寧に答える。確かに真紀さんなら、信用出来る使用人だ。恵も、思
い切った事をするなぁ。
「恵様は、真様のお屋敷を大事にするように命じられました。・・・だけど、助か
っているのは、こちらなのですよ?」
 晃さんが嬉しそうに答える。確かに、晃さんも真紀さんも、結婚したばかりで、
お金の蓄えも少ない。それを見越して、手入れと共に住み込むように言ったのだろ
う。・・・アイツは・・・。恵は、本当に良く出来た奴だ。
 それから、自己紹介を済ませておく。江里香先輩の事は知っていたみたいだが、
士さん達は、初めてだからな。
 皆は、一通り挨拶した後に、お屋敷の方に入る。天神家と違って、天神道場のお
屋敷は、本当に昔風のガリウロル建築のお屋敷だ。畳に障子、雨戸もあり、屋根は
瓦をたくさん使っている。
「うワー。良い匂いがするヨ!」
 センリンさんは、驚いていた。畳の匂いが香るとは、この事だろう。晃さんや真
紀さんが、丁寧に手入れをしてくれた事が、感じられた。
「こう言う家は、風情が感じられるねぇ。」
 ジャンさんも、ガリウロル建築の本格的な家に入るのは初めてのようだ。
「セントでも畳の部屋ってのは、あるけどねぇ。此処まで洗練したのは無いね。」
 アスカさんも目を見張っていた。セントにも、畳の部屋の文化は伝わっているが、
本格的な家、その物は無いのだろう。
「俺も先祖がガリウロル人だからかな?郷愁を感じるな。」
 士さんは、畳の匂いを満喫していた。士さんも、セントに居たとは言え、名前か
らして、先祖はガリウロル人なのだろう。
「サキョウの街にも、中々無いわよ?此処までの家は・・・。」
 江里香先輩も、驚いていた。確かにセントの技術を取り入れつつあるサキョウで
は、中々こう言う家は見当たらない。
「爺さんは、セントの技術は、余り好きじゃなかったからね。」
 俺は、爺さんの事を思い浮かべつつ答えた。
「真様は、古き良きガリウロル文化を大事に為されてましたから。」
 晃さんが、お茶と、お茶菓子を用意しつつ答えてくれた。卒が無い。さすがは、
天神家で鍛えられただけある。真紀さんも極自然に用意してくれている。
「お。このお茶菓子、中々の味だ。水饅頭か?」
 士さんは、水饅頭に注目している。職業病だな。
「この辺は、水が美味しいですから。良い餡と合わせると、簡単に良い味が出せる
んですよ。片栗粉は、恵様に送って貰ってますけどね。」
 真紀さんが答える。片栗粉は、恵が良い所のを送っている筈だ。
「謙遜しなくて良いヨ。この味は、そこから更に研究をしている味だヨ。材料が良
いだけで、この柔らかさは出せない筈ネ。」
 さすがにセンリンさんは、気付くみたいだ。
「形に艶・・・。極普通に出してる割に、何て完成度だよ・・・。」
 ジャンさんが呆れている。細かい気配りを感じたのだろう。
「形もそうだけど、お味も、良いわねぇ。」
 江里香先輩は幸せそうに頬張る。
「このお茶も、良い味だねぇ。あっさりと、こう言う物を出すとか・・・。」
 アスカさんが、お茶の味を見る。本当に凄いよな。
「皆さん、この味が分かって頂けるとは・・・。有り難い事です。」
 真紀さんは、柔らかく微笑む。こう言う仕草は変わってないね。
「晃さんも、真紀さんも、腕を上げたねぇ。さすがだよ。」
 俺は、水饅頭を美味しく頂く。やはり美味い。
「瞬坊ちゃんも、舌が上達したようですね。」
 晃さんは、俺が味わって食べてる姿を見て、判断する。
「昔は、口一杯に頬張っていましたのに。」
 真紀さんは、俺の小さい頃の姿を知ってるからな。
「それは言わないでよ。・・・ところで爺さんの墓は、どうなってる?」
 俺は、恥ずかしかったので、話題を逸らす。
「真様の塚は、瞬坊ちゃんが建てた通りにしてありますよ。サキョウの街が一望出
来る素晴らしい立地でしたよね?」
 晃さんは、俺が墓に決めた場所の事を詳細に話す。爺さんには見守って欲しかっ
たからな。サキョウの町が見渡せる丘で、崖崩れの心配が無さそうな所を選んであ
る。爺さんが喜んでくれればと思って、選んだ場所だ。
「真様へ、ご報告ですね?ご案内しますよ。」
 真紀さんは、俺達の目的に気が付いたのか、食器を片付けてから、家を出る。
 そして、道場の裏の見晴らしが良い所に、それはあった。
 悠然と聳え立つ石だった。・・・そして、その墓を見ていると、爺さんが此処に
来るんじゃないか?と錯覚しそうになる。
「・・・爺さん。・・・報告に来たよ。」
 俺は、水を掛けて、手を合わせる。すると他の皆も、俺に合わせて水掛け、合掌
をしてくれた。全く、良い仲間達である。
「・・・爺さんは言ったよな?強くて正しい男になれと・・・。俺はね?色々考え
たんだ・・・。爺さんの言う強いとは何だ?正しいとは何だ?・・・と。」
 爺さんは、強い想いを込めて、俺に願った筈だ。
「俺の大事な仲間を守れる強さを、俺は追い求めてきた。・・・そして、俺を信じ
る人達の支えに・・・俺はなりたい。・・・俺の一部となったゼーダに誇れる自分
でありたい・・・。人の持つ可能性を信じて、俺は強くなる!そして、大事な仲間
を守れる意志を、爺さんの居る天国に届かせてやる!その覚悟を見せるよ!」
 俺は、本当の正しさなんて分からない。でも、仲間と共に歩んで、正しさの意味
を求めていく姿勢は、決して間違ってないと信じている。
「・・・ああ・・・。やっぱり、此処に来て良かった・・・。爺さんに挨拶したら、
俺の中にあった靄が晴れたよ。」
 俺は、ハッキリさせていない・・・ある重要な出来事に、ケジメを付ける事にし
た。この答えを、引き伸ばすのは、決して良い事では無い筈だ。
 俺は、江里香先輩を見詰める。
「何?瞬君?」
 江里香先輩はパートナーだ。俺の事を好きだと言ってくれた。同時に、恵も好き
だと言ってくれたが、俊男の劇的な告白を受け入れてくれた。遅れたのは、俺が迷
っていたせいだ。俺自身に自信が無かったせいだ。葉月さんも、俺の事を好きだと
言ってくれたが、やはり俺には、この人しか居ない。
「江里香先輩。・・・俺は貴女の事が好きです。俺を好きだと言ってくれた時から、
答えを出せずに居て、本当に御免!・・・先延ばしに、して来たけど、コレが俺の
答えだよ・・・。最初に会った時から憧れていた先輩が・・・俺は好きです!」
 俺は、江里香先輩をしっかり見据えて言った。
「・・・も・・・もう!・・・こんな・・・いきなり!」
 江里香先輩は、顔を真っ赤にしていた。
「おっせーぞ?でも、良く言ったな・・・。大事にしてやれよ?」
 士さんは、そう言うと、俺の頭をポンポンと叩いてくれた。
「江里香・・・。良かったネ!私も、祝福するヨ!」
 センリンさんは、自分の事のように喜ぶ。
「こーのモテ男!・・・でもお前、葉月ちゃんに、ちゃんと伝えるんだぞ?」
 ジャンさんは、しっかり釘を刺してくる。
「ええ。葉月は、俺には勿体無いくらい、真っ直ぐな感情を向けてくれました。ち
ゃんと向き合わなきゃ、失礼です。」
 此処まで返事を遅らせた俺が悪い。ケジメは付けなければならない。
「・・・恵にも言うんだよ?それも礼儀だよ?」
 アスカさんは、恵にも伝える事を言う。
「そうですね。・・・アイツにも、中途半端な事をしてしまった・・・。一発殴ら
れるくらいは、覚悟しています。」
 俺は、正しい男になりたい。・・・だから、向き合わなければ駄目だ。
「瞬坊ちゃん。良く言えました!」
 真紀さんも、事情を知っていたのだろう。
「恵様に葉月を振るのです。・・・江里香様と幸せにならなきゃ駄目ですよ?」
 晃さんが、父親のような目で、俺を見る。敵わないね。
「・・・どうしよう・・・。私・・・幸せすぎて怖い・・・。」
 江里香先輩は、俺の胸に飛び込んで、泣いていた。
「待たせちゃったね・・・。俺・・・優柔不断だったけどさ・・・。真剣に考えて、
先輩が良いって思ったんだ。いや、先輩じゃなきゃ駄目だって思ったんだ。」
 恵の気持ちも、葉月さんの気持ちも嬉しかった。待ってくれるって言ってた。で
も、真剣に考えれば考える程、断り辛くなった。・・・でも、引き伸ばすのは、残
酷な事だ・・・。だから、切っ掛けを作る事にした。士さん達が来るのは、意外だ
ったが、江里香先輩を此処に連れて、ちゃんと言おうと決意していた。
 初めて会った時から、心を奪われていた・・・。江里香先輩の明るさと、一途な
想いは、告白された時からずっとだった。江里香先輩と『闘式』のパートナーにな
った時から、江里香先輩に告白しようと決めていた・・・。
 後は、ケジメを付けなければならない。それが出来なければ、俺は、江里香先輩
と付き合う資格は無い筈だ。
 俺が俺である為、そして、前に進む為に、俺は江里香先輩と付き合う事にした。


 恵様は、本当に良く出来た御方だ。私が主と仰ぐに相応しい御方だ。天神家の当
主であり、嘗て私が愛した人の娘でもある。厳導(げんどう)様の事は、未だに敬
愛している。厳導様の娘である恵様を敬愛する事で、それを示している。
 厳導様は、心を鬼にして娘を育てた。あれは、育てたとは言えないかも知れない。
厳導様は、元魔族なので、力を伸ばす事に全力を注いだ。それが故に恵様を作品と
して愛しておられた。その集大成として、自分を殺すように仕向けたのだから、筋
金入りである。
 私は、その一部始終を見て、恵様に足りなかった母親の愛の代わりを努めた事が
ある。畏れ多い事だが、そうしなければ、恵様は人形のようになってしまっただろ
う。それは厳導様も望まないし、実母の愛(あい)様は、魔族の特徴を持つ恵様を
見捨てて尼になってしまった。・・・産まれてきた恵様には、何の罪も無いと言う
のにだ。恵様は、今でこそ愛様の行動を致し方無しと、思っていらっしゃるが、私
は未だに許せない。私が恵様の母を名乗るのは畏れ多いが、愛様にだけは、名乗っ
て欲しくない。それは、強く思っている事だ。
 恵様は、魔族としての力も、非凡なる物がある。現在の魔界を統べる『神魔』ケ
イオスからも、力を認められて愛を囁かれる程だ。ケイオスなどに渡す気は無いが、
それだけ認められていると言う事実は、正直鼻が高い。
 此処最近、テレビで盛り上がっている『闘式』を企画したのも恵様だ。私は、ガ
リウロル会場製作の現場指揮を任されたので大変だったが、何とか物に出来て、一
安心していた。恵様の威光に傷を付けてはならないからだ。
 つい最近まで、遠出で修行をしていたショアンも戻って来たので、仕事の合間に
逢瀬をしている。ショアンは、顔こそ厳導様にそっくりだが、性格は全然違う。だ
けど、ショアンはショアンなりに考えて、私を愛してくれるので、不満は全く無い。
寧ろ、私などでショアンに釣り合うか、迷う程だ。ショアンは本当に優しい。セン
トのキャピタルで『人斬り』をしていたと言うが、信じられないくらいだ。
 後は、妹の葉月が瞬様に告白したと言うのが気になっていた。恵様や江里香様も
告白したのを知って、尚想いを捨てきれずに居たのだから、仕方が無い。葉月は軽
いように見えて、結構恥ずかしがり屋だ。
 ・・・だから、心配なのだ・・・。
 瞬様が、恵様に改めて話があるとの事だった・・・。しかも真様のお墓参りに行
った後でである。そこには、江里香様を誘ったらしいとの情報もあった。士様達も
同行したらしいが、元々は江里香様だけをお誘いする予定だったのだとか。
 ここまで情報を貰えば、私だって何かあっただろうと予想は付く。瞬様は、3人
から告白を受けて、苦しんでらした。他人からは贅沢な悩みに見えるかも知れない
が、好い加減な答えを出したくないと言う意図は伝わって来た。此処まで時間が掛
かってしまったのも、本当に3人の想いを受け止めたからだろう。
 ・・・でも、答えを出したのでしょうね。恵様も薄々感付いていた。最も恵様の
場合は、その前に俊男様を選んでいると言う経緯がある。だとしても、恵様から受
けた告白の返しをしなければならないと、瞬様は、お考えになっているのだろう。
 幼い頃から、律儀でしたからね。瞬様は・・・。私は、厳導様と真様の確執を知
っているので、どうしても冷静な受け答えばかりしていたが、瞬様だって、大事に
思っている。冷たいと思われたかも知れないが、最近では、私をも大事な仲間と思
って下さるのを感じている。だから態度も軟化させていたが・・・。
 瞬様は、天神家の当主の間で、恵様と対峙している。私は恵様寄りに控えている。
「俺は・・・江里香先輩と付き合う事にした。爺さんの前で、それを宣言した。お
前からの告白は、本当に嬉しかったが、付き合えない。・・・長引かせてしまった
な・・・。お前には俊男が居るからとは、思わない。・・・例えお前が誰とも付き
合ってなくても、俺は江里香先輩を選ぶ。・・・済まないな・・・。」
 瞬様は、そう言うと、本当に辛そうに頭を下げた。・・・こうなるとは思ってま
したけどね・・・。でも、改めて言われると、怒りが湧きますね。
「・・・瞬様、葉月にも言われるのですか?」
 私はつい口を出してしまう。葉月は優しい子だ。同じように頭を下げられれば、
笑いながら冗談を言いつつ、許すに違いない。・・・でも内心では、深い悲しみに
包まれる筈だ。そんな想いは、させたくない・・・。
「軽蔑されるかも知れませんが、葉月さんにも言います。・・・酷い事を言うのは
分かっています・・・。でも、言わなければ、前に進めません。」
 瞬様は、全てを悟った上で、葉月にも伝える事を知らせる。
「・・・まぁ、分かってましたわ・・・。」
 恵様は、深く深く溜め息を吐く。
「正直に申し上げますとね。兄様が、初めて江里香先輩を見ていた時から、こうな
るんじゃないかな?とは思ってました・・・。ただ、私が好きだったと言う募る想
いを、忘れて欲しくなかったから・・・。兄様にお伝えしたんですよ。それに、あ
の時は、私も感極まっていましたしね・・・。」
 恵様は、自分が魔族だと知られても、変わらず大事にすると宣言した瞬様に、想
いが爆発したのだろう。何年もその事で、悩んでらしたから、仕方の無い事だ。
 しかし、江里香様と過ごされる瞬様を見て、薄々感付いていたのだろう。
「私の中では、俊男さんの想いに応えたあの時に、整理は付いております。・・・
だけど、葉月は違います。あの子は小さい頃から、兄様の事が好きでしたから。」
 恵様は、葉月の想いを、もう一度思い出すように仕向ける。
「葉月が心から笑えるまで、謝り通して下さい。・・・本来なら、皆こちらから言
い出した事ですので、気にするなと言いたい所です。・・・でもね・・・。理屈じ
ゃないんです。だから・・・謝り通して下さい。」
 恵様は、私が思っていた事を伝えてくれた。
「分かった。・・・葉月には、ちゃんと伝える・・・。」
 瞬様は、本当に苦しそうに答えた。
「・・・宜しい。・・・全く・・・。江里香先輩に持ってかれちゃいましたわ。私
や葉月を振るからには、江里香先輩を不幸にしたら、許しませんわよ?」
 恵様は、スッキリした顔になっていた。言いたい事は言ったのだろう。
「ああ。絶対に幸せにしてみせる。・・・絶対だ。」
 瞬様は迷い無く言い切った。・・・少し妬けますね。
「で?兄様は、何で身を硬くしてらっしゃるのかしら?」
 恵様は、瞬様が覚悟を決めてる様子を見て取る。
「何せ、お前や葉月の想いを振る訳だからな。一発くらい覚悟している。」
 ・・・呆れた・・・。瞬様にとっては、恋も勝負と一緒なのでしょうか?まぁ勝
負なのは、間違いないですけど・・・。
「それはそれは殊勝な心掛けですわ。・・・確かに、このモヤモヤ感は、スッキリ
させた方が宜しいですわね。・・・兄様も、偶には良い事を思い付きますのね。」
 恵様は、本当に嬉しそうに指を鳴らす。瞬様が言い出した事とは言え、少し怖い。
「これだけで許してもらおうとは思っていない。だが、遠慮はしないでくれ。」
 瞬様は、真っ直ぐ恵様を見る。覚悟は出来ているようですね。
「ま、そう言う事なら、遠慮はしませんわ。」
 恵様は、良い笑顔を見せて、瞬様に近寄る。
「では、兄様。小さい頃からの想いを込めますね。」
 恵様は、そう言うと、目付きが赤くなる。そして髪が漆黒色に変わっていく。こ
れは、本気ですね・・・。私は、それを察して手早く扉とその先にある窓を開放さ
せる。こう言う時に、『転移』のルールは便利だ。
 ゴッ!!!!
 物凄い鈍い音と共に、瞬様は、綺麗に扉を突き抜けて、開放してあった窓の方へ
吹き飛んだ。さすが恵様のコントロールです。中庭で、悶絶している瞬様は・・・
まぁ、仕方ありませんね。鳩尾に綺麗に蹴りを放ってましたわ。
「・・・睦月。今日は、葉月に付いてあげなさい。」
 恵様は、私や葉月の気持ちを察してくれた。
「有難う御座います。・・・葉月は、強い子です。明日には、いつもの葉月に戻っ
てくれると信じています。」
 さすがに今日は無理だろう・・・。私は、恵様に一礼すると、焼却炉の裏手に移
動を開始した。・・・葉月は、辛くなると小さい頃から、此処に移動する癖がある。
 しばらくすると、葉月の部屋の前に瞬様の姿があった。着くまでは、お腹を押さ
えていた辺りを見ると、恵様は、本気で蹴ったみたいですね。
 そして、10分くらい経っただろうか?扉が開いて、瞬様が痛恨の顔を見せて退
室される。・・・その後だろうか。済ました顔の葉月が、何食わぬ顔で部屋を退室
した。そして・・・此方に向かってきた・・・。やっぱり無理しちゃって・・・。
 葉月は、誰にも見付からない様に、周りの気配を極力探って、焼却炉の裏に回り
こんだ。・・・顔は、下を向いている。
「・・・あ、あれ?ね、姉さん?」
 葉月は、私に気が付いたようだ。かなり動揺している。
「・・・無理しちゃ駄目って、いつも言ってあるでしょう?」
 私は、葉月の頭を優しく撫でる。
「・・・そうか・・・。恵様の所にも・・・瞬さんは、行ったんですね。」
 葉月は悟ったみたいだ。私が此処に居ると言う事は、葉月に瞬様が言った事を、
恵様にも言ったと言う事をだ。
「瞬さん・・・とても辛そうに話してくれました。」
 葉月は、笑顔を作る。・・・でも私には分かる。あれは無理をしている。
「葉月・・・。」
「瞬さん、江里香さんを本当に幸せにすると、宣言してくれました。・・・安心し
たんですよ?瞬さんに、笑って欲しいから・・・。」
「葉月!」
 私は、葉月を抱きしめてやった。・・・私に分からないとでも思っているのだろ
うか?葉月の苦しみを、私が分からないとでも・・・。無理に笑いを作って・・・。
「本音を・・・吐き出しても良いのよ?」
 私は、葉月の顔を、胸に抱いてやった。
「・・・私・・・本気だった・・・。瞬さんは、本当に素敵で・・・。毎日、お世
話をして、幸せだった・・・。でも・・・でも!!」
 葉月は、もう泣き声になっていた。
「瞬さんが、幸せにしてくれるのは・・・江里香さんだって!!私じゃないんだっ
て!・・・分かっていたけど!悔しいよぉ!!」
 葉月は、本音を言った。毎日お世話に行って、顔を突き合わせて、幸せそうにし
ている葉月が、瞬様を諦められる訳が無かった。
「泣きなさい・・・葉月。貴女は、誰よりも素敵なの・・・私は知っているから。
瞬様も選ぶのに時間が掛かったのは、貴女が素敵だったからだからね?」
 葉月は、子供のように声を上げて泣いていた。
「姉さん・・・。姉さん!!」
 葉月は、体を震わせていた。ここまで泣いたのを見るのは、瞬様が真様の所に行
った・・・あの日以来かも知れない。
 葉月・・・悲しかったね・・・。でも貴女なら、乗り越えられると信じてる。


 あの時、仕事を成功させてくるよと言って、帰って来なかった・・・。
 総一郎兄さんは、拳を震わせて、怒っていた。
 あんなに優しいエイディ兄さんが、重犯罪者の仲間入り・・・。
 信じられなかった・・・けど、新聞で大きく報道されていた。
 裁判は、セント主導で行われたのか、あっと言う間に決まった。
 無期懲役の終身刑だと、報じられていた。
 私は、目の前が真っ暗になるのを感じた・・・。
 それから、エイディ兄さんの話は、禁句になった。
 榊に関係あると思われたくないらしい・・・。
 馬鹿馬鹿しい・・・本当に馬鹿馬鹿しい!!
 榊の血族は、一族を大事にするんじゃなかったのか?
 総一郎兄さんも、その決定が不服だったが、従わざるを得なかった。
 死んでいる筈が無い・・・けど、もう会えないと思っていた。
 そんなエイディ兄さんが・・・戻ってきた・・・。
 その優しい笑顔は、私が見た時のままだった。
 想いが一気に蘇って来て、私は我慢出来ずに抱きついた。
 すると、頭を撫でてくれる・・・。
 その手は、昔と変わらず優しかった。
 私は幸せだ・・・だが、エイディ兄さんに救われたもう一人の子が居る。
 後輩の葵だった・・・。
 この子は、押しが強いけど良い子だ。
 何処となく私に似ている雰囲気を持っている。
 中学の時から、莉奈や魁とつるんでいて、魁に恋心を抱いていたらしい。
 でも、魁は莉奈と付き合っている。
 あの二人は、もう引き離せ無いほど、仲が良い。
 あれは確か、部活動対抗戦の祝勝会の日だったね。
 私は、思い切ってエイディ兄さんと一緒に飲もうかと思ったんだよね。
 そしたらさ・・・。
 葵とエイディ兄さんの話し声が聞こえてきてさ。
 内容は・・・魁の過去と、莉奈との友情の話だった。
「莉奈は・・・優しいから、私と魁が付き合ったらって事まで、考えて無いんです。
私が、苦しんでいたのを、ただ見てられなかったみたいで・・・。」
 話し声が聞こえていた。どうやら、葵が魁に告白しに行ったらしい。思い切った
事をやる物だ。葵は、仲良し3人組の仲が壊れるのが嫌で、告白出来なかったらし
い。それを見兼ねた莉奈が、葵の背中を押したんだとか。
「もっと、我侭言って良いんだぞ?」
 エイディ兄さんの声が聞こえてきた。すると、葵の頭を撫でていた。あれは、私
が、いつもやってもらっている・・・。
「そうですよー。亜理栖先輩とか、いつもヤキモキしてます。」
 ・・・な、何を言うんだい。葵は!!た、確かにヤキモキしてるけど・・・。
「亜理栖がどうかしたのか?確かに、いつも怒られてる気がするが。」
 ・・・エイディ兄さん・・・。何だか悲しくなってくる・・・。
「・・・まさか、気付いてないんですか?」
 葵も呆れている。やっぱり気付かれてる・・・。
「最近、丸くなったと思ったんだけどなぁ。どうにも、俺には厳しいんだよなぁ。」
 そ、そんなのエイディ兄さんにだけです!!
「亜理栖先輩・・・苦労してるなぁ・・・。」
 葵にまで心配されるなんて・・・。そ、そそそそれにしても、葵ったら、何て話
するんだよ!勝手に私の事を話題に出すな!
「じゃぁ、私が付き合いたいって言ったら、どうします?」
 ・・・え?・・・な、何で?あ、葵?
「そりゃ嬉しいけどな・・・。俺じゃ、歳の差があるし、きついんじゃないのか?」
 そ、そうだよ!葵とエイディ兄さんじゃ・・・って私とも大分離れてるけど。
「歳の差で言ったら、ジェイルさんも、かなり離れてますよ?」
「ま、でも大人をからかうもんじゃないぞ?」
 エイディ兄さんは、満更でも無い様子だった。何で・・・。
「ひどーい。私がエイディさんを好きになっちゃいけないんですか?」
「いや、そんな訳じゃないけど、傷心してすぐってのは、些かどうかと思うんだが?」
 葵・・・本気なんだろうか・・・。エイディ兄さんと?
「だから、新しい恋を探そうかと思ったんじゃないですかー。」
 葵ったら、大胆だなぁ・・・。私とは大違いだ。
「それとも、私なんかじゃ嫌なんですか?・・・大人じゃないし・・・。」
「そりゃあな。俺だって、女子高生から好きだって言われたら、嬉しいに決まって
るだろ?でも、俺は・・・曰く付きだぜ?知ってるだろ?」
 ・・・う、嬉しいんだ・・・。曰く付きって・・・やっぱり、気にしてるんだ。
そりゃそうか・・・。
「・・・俺は、実の両親が殺され、育ての親からは捨てられたような男だ。」
 ・・・違う。違うよ。エイディ兄さん・・・。あれは、セントの罠だったんでし
ょ?育ての親は、私も未だに許せないんだよ?
 葵は、エイディ兄さんを励ましていた。あの子・・・。自分も傷心中だってのに、
人を気遣うなんて・・・。
「で、付き合ってくれるんですか?」
 葵は、再度迫る。ち、近いじゃないか!
「悪いが、誰でも良いからって理由なら、俺は断る。」
 エイディ兄さんは、本気の目だった。エイディ兄さんは、いつもは軽いけど、こ
う言う時は、マジなんだよね・・・。
「何か、ちゃんと考えてくれてるんですね。嬉しいな。」
 葵は、そう言うと、取って置きの笑顔を見せていた。
「当たり前だろ?お前だって、大事な仲間なんだからな。」
 エイディ兄さんの頬が赤い。まさか・・・惚れてる?
「あんまりしつこいと、亜理栖先輩に怒られちゃうので、止めておきますね。」
 葵!アンタ・・・。何を喋るつもり!?
「いや、亜理栖に遠慮する必要は無いぞ?ってか、どうしてまた・・・。」
 ・・・聞いてて悲しくなるなぁ・・・。私の想いは伝わらないかぁ・・・。
「亜理栖先輩、絶対エイディさんに惚れてますよ。」
 あー・・・。私が言おうと思ったのにぃぃぃ!!・・・いや、無理かも・・・。
何だかんだで、私もヘタレだったのかなぁ。エイディ兄さんは、右往左往している。
「本当に気付いて無かったんだ・・・。亜理栖先輩可哀想・・・。」
 う、煩いよ・・・。こ、こんな覗きみたいな真似してる私の気持ちを、勝手に言
うな!っての。・・・何だか悲しい・・・。エイディ兄さんは、それを踏まえて、
顎に手を当てて考えていた。
「亜理栖が、俺をねぇ・・・。確かに懐いてるけど・・・。でも、だからって、お
前が遠慮するのは、おかしいんじゃないか?」
 ・・・こう言う時のエイディ兄さんは、茶化さないんだよね。ずるい。
「私、亜理栖先輩とも仲が良いんですよ?」
 確かに葵とは、仲が良い。可愛い子だしね。
「それで遠慮するんじゃ、今までと同じだろ?」
 エイディ兄さんは、真摯に向き合ってる。でも・・・。でも!
 ああ!あの葵の顔は・・・。本気で惚れてる顔だ!!エイディ兄さんも、悪くな
いって顔をしている!そんな!!そんな!!
「改めて、言います。・・・私と付き合って下さい!」
 葵に、先を越されるぅぅ!!嫌だ!そんなの嫌だ!!
「こんな俺で良ければ、付き合う・・・。」
 じょ、冗談じゃない!!嫌なんだから!!!
 私は、堪らず扉をぶち開けてしまう。最低だ・・・。
「エイディ兄さんの・・・馬鹿ぁ!!」
 ・・・とまぁ、こんな感じで、あの後は、色々興奮状態だったのを覚えている。
巌慈も交えて、詰め寄ったっけなぁ。
 巌慈も本気みたいだしねぇ・・・。まぁ嬉しいけどさ。でも、私はエイディ兄さ
んの事が好きだ。そこを譲る気は無い。パートナー枠は、葵に取られたけどね。
 そんなこんなで、奇妙な関係になっちまったけど、私は、葵に感謝している。恋
愛に関しちゃヘタレだってのが分かったしね。エイディ兄さんに気持ちを示す第一
歩になったに違いないし。と言っても、譲る気は無いけどね。
 それからかな?エイディ兄さんに葵に巌慈と一緒に行動するようになったのは。
偶に言い争いもするけど、何だか楽しい感じはする。充実する感じがする。
 今までの私は、後輩を引っ張る標になる為に、必死だったからなぁ。榊家の血筋
として恥ずかしくない強さを手に入れるのに必死だった。それに、それは、エイデ
ィ兄さんの事を忘れる為に必死だったのかもなぁ。
「何だか・・・私は、空回りしてばっかだ。」
 つい、溜息を吐いてしまう。充実しているのに、何処か怖いと思っている自分も
居る。何でかなぁ?・・・まぁ恐らく、今の関係を失うのが怖いんだろうね。
 私は、事ある毎にエイディ兄さんの部屋を訪ねる。それは、葵と二人きりにした
く無いからだ。嫉妬である事も理解している。でも、自分を抑えきれないのだ。
 私はノックをする。またエイディ兄さんの部屋に来てしまった。
「エイディ兄さん、居るかい?」
「ん?亜理栖か?どうした?」
 どうやら居るようだ。葵が居ないのが気になる所だが・・・。エイディ兄さんは、
扉を開けて、私を迎え入れる。
「いや、特に用って訳でも無いんだけどさ。エイディ兄さんと話がしたいと思った
だけさ。昔は、結構つるんでたでしょ?」
 私は、エイディ兄さんの後を付いていく事が多かった。
「そういやそうだったな。」
 エイディ兄さんも思い出しているのかな?
「お前は、昔から心配性だったもんな。・・・俺が、あの野郎達の言う事を聞いて、
盗みをしている時に、一番心配したのは、お前だったな。」
 それはそうだ。育ての親の言う事を聞いてた時は、いつ捕まるか分からないよう
な状態だったし、物凄く心配した。
「もう、あんな心配したくないんだよ・・・。」
 胸が締め付けられるようだった。あんな想いは、もうしたくない。
「大好きだった人が、居なくなるのは・・・怖いんだよ・・・。」
 目の前が真っ暗になるような感覚だったしね。
「・・・あー。そういや、改めて聞くのも馬鹿な話なんだが・・・。」
 エイディ兄さんは、鼻の頭を掻いている。
「お前、俺の事、いつから好きだったんだ?」
 エイディ兄さんは恥ずかしそうにしていた。
「いつも、遊びに来て楽しい話ばかりしてくれたじゃないか。・・・それに忍術の
修行も一緒にしたしさ。・・・エイディ兄さんと一緒に居て、楽しいと思ってから
は、ずっとかな?・・・結構昔からだね。」
 改めて考えると、私は、結構前から好きだったんだな・・・。
「そっか。何だか、わりぃな。近くに居たせいで、お前の想いには中々気付けなく
てよ。俺も耄碌した物だぜ。」
 エイディ兄さんは、プレイボーイと自称している。でも、それは自分を隠してい
るに過ぎない。本当のエイディ兄さんは、優しくて誠実なんだから。
「葵や巌慈には悪いけど、私だってエイディ兄さんを諦めたくない。本気だよ。」
 ずっと、想って来たんだ。引く気は無い。
「あの亜理栖がなぁ・・・。此処まで言うようになったとは・・・。」
 エイディ兄さんは、感慨深く言う。そして、昔のように頭を撫でてくれた。この
撫でられ方をすると、ついうっとりしてしまう。
「私は、もう待ちぼうけなんて、嫌だからね。」
 エイディ兄さんの前では、つい甘えてしまう。こんな姿・・・。学校の連中には
見せられないね・・・。
「・・・よし。なら、今度の『闘式』で、お前の想いを、俺にぶつけて来い。俺は、
お前の本気を見てみたい。」
 『闘式』で・・・。そう言われたら、気合も入ると言う物だ。
「分かったよ。私、あらん限りの力を見せるから!」
 これで、『闘式』に気合を入れる事が出来る。
 私は、もう置いてけぼりになるのは嫌だ。絶対に幸せを掴んで見せる・・・。



ソクトア黒の章7巻の2前半へ(Now Writing・・・)

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