5.8.     自由練習

そして18:40、自由練習。

身支度をしてコースに出ると、なぜかこの日は眼鏡をかけた班長がいた。先日の補習で顔を合わせた時は、可笑しいような気まずいような思いをしていたが、こんにちは、と挨拶した。

「何してんだよ。」

「明日、検定なんですけど、怖くて。自由練習です。」

「・・・。バイク何買うか、決めた?」

「モンスター800です。もう、買っちゃいました。」

800って珍しいな。ヨーロッパだと、よくあるけど。じゃあ、早く免許取らなきゃ。」

励まされ、何となくすっきりしてしまった。

自由練習は、チャーリーと1対1で、とても親切に教えてくれるのだが、教わる側がボケだった。

直線を力強く加速していくと、対向車線を走っていた班長がステップの上に立ち上がり、クラクションを鳴らす。なんだろう?と思っていると、チャーリーが後ろから追いついてきて、この区間で急制動(課題)でしょ?と苦笑いしていた。

「検定員は誰だったの?」

チャーリーに尋ねられ、小さい先生と大きい先生、2人の検定員の名前を挙げる。今思うと、検定員版オール巨人阪神である。

「次は明日なんだね。コースは、今日、2をやってたから・・・」

「でも、かわりばんこではないみたいですね。」

「それは、明日の検定員が決めることだから。誰かはわからないけど。私かもしれないし。」

話していると、不思議と気分がほぐれてくる。

「ねえ、さっきから気になっているんだけど。」

私の横に停車したチャーリーが聞いてくる。

「右手、4本がけでしょ?」

気が付くと、人差し指をグリップに残して、3本指がブレーキレバーにかかっていた。

「左手は、2本ですよね。力ないから、つい4本全部で握ってしまうけど。」

注意される前に、自分で言って直す。

「気持ちは2本で、ってことだから。ムリしなくていいです。でも、レバーが重かったら、ここを調整して。」

聞きながら、検定の時には、アジャスタまでは気が回らないだろうと思ってしまう。

「それと、足。土踏まずをステップに置いてないね。」

「自分のバイクでは、それだとペダルに届かないので、これもクセになっちゃって。」

ああ、言い訳してしまった。嫌だ、こんな自分。なのに、チャーリーは、ほとんど慈愛に満ちた目で、丁寧に説明を続けてくれる。教習で、どの指導員がその日、自分の担当になるか、単純にタイミングだけで決まるはずだとわかっていても、もしかしたら、チャーリーは落ちこぼれ救済担当なのかも、と思ってしまう。

苦手な平均台通過では、何度やっても10秒以上にならない。チャーリーだけでなく、他の指導員も教えてくれたが、それでもダメ。とうとう付近にいた数人の指導員が集まって来て、会議を始めてしまった。

何か結論が出たのか、一番ガタイのいい、例の「大きい先生」が出てきて、私(のバイク)の前に立ちはだかった。そのまま前輪に跨るようにして、ハンドルを両手で押さえてくる。

言われるままにアイドリングでバイクを発進させようとすると、痛い痛い!と大きい先生が悲鳴を上げる。

「え、どこ?どこ?」

「指っ、指っ。」

クラッチレバーやグリップと一緒に、大きい先生の指を力いっぱい握っていたのだった。

「ご、ごめん、ごめんなさい〜。」

でも、急に離すと、クラッチがつながってバイクが飛び出してしまう。このまま指を握りつぶすのと、轢いてしまうのとでは、前者の方がはるかにマシだが・・・。

それでも大きい先生は熱心に教えてくれた。バイク置き場に戻る途中の交差点では、

「クラッチ切って、滑らせて、滑らせて。」

と平均台への進入の練習をさせようとしてくれた。

チャーリーからのアドバイスは、100%ぎりぎりではなく、70%の力で合格するように、ということだった。そんな気持ちの余裕、私に持てるだろうか?

「もしまた落ちて、ここに戻ってきても、また教えてください。」

心温まるものを感じながらも、思わず口に出して言ってしまう。

「落ちると思って受けちゃダメ。受かると思って受けなくちゃ。」

最後まで優しいチャーリーだった。

こうして自由練習は終わり、卒検イブは更けていったのだった。

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