物書き万事塞翁が・・・?

高田 高志

「ネタが思いうかばないなあ・・・・・」
ワープロ専用マシーンと化しているパソコンに向かいながら高橋正広は最後のタバコに火をつけた。
 画面とにらめっこを初めてからもう数時間がたっているのだが彼の頭の中は未だにまっ白、無色透明、向こう側が透けてみえるといったような状態であった。もちろん彼なりに頑張ってはいるのだが。
「しっかし、まー、なんでこうも、ネタがでてこないのかねぇ。いーかげん自分自身でもあきれてくるわ。」
 くわえていたタバコの火を消す。再びタバコをと思い胸のポケットを探すが空の箱しかなかった。日頃からヘビースモーカーを自称している彼にとって、やはりタバコがないというのはどうも落ち着かない、とくにネタにつまった今なんかはまさにそうである。
 しばらくなにもせずにぼーっとしていると、腕時計のアラームが鳴った。
「午後11時か、今開いてる店といえば・・・・・コンビニしかないか。散歩がてらにタバコでも買いにいきましょーかね、ひょっとしたら何かおもしろいネタが落ちているかもしんないし。」
 留守番電話のボタンを押し、空の箱をくずかごへ捨て、上着をきると彼はコンビニへと向かった。

 風はそんなに強くないものの、さすがに冬の夜は体に応える。だが、そのぶん空気は非常に澄んでいて星がきれいに輝いて見えた。駅に近いとはいえまだこの辺はそんなに開発されているわけでもなく、かといって今後町が大きく変化することもないだろう。それゆえ町の明かりが少なく星空はいっそう輝いて見えた。
「小説やなんかだとなあ、ここで流れ星がサーっと流れて、そんでもって物語が始まったりするんだけどな。まあ、現実にはあるわけないか。」
 ポケットに手をつっこみ、前屈みに歩く。寒いときに背中が丸くなってしまうのは彼だけではないだろう。ポケットに手をつっこんで歩くのが彼の癖であった。とくに健康に気を使っているというわけでもないのだが悪い姿勢が健康に悪影響を及ぼすことぐらいは知っていた。腰に手をあて背筋を伸ばそうとしたとき、彼の視線の中に公園が入ってきた。
「夜の公園って、なんか一種独特の雰囲気があるよな。昼間は子供が遊んでいたり老人が散歩していたりする、夕方ごろは高校生がベンチやブランコに座って話しをしていたりする。それはそれでほほえましい光景なんだけれども、もしそれが夜だったならば、なんか違和感があるというよりは、不気味だろうな。夜の暗い公園で子供達がサッカーボールを追いかけている、なぜ彼らはこんな夜中に遊んでいるのか? はたして真相はいかに? なーんてね、そんなことあるわけないじゃないか。いったい何考えているんだろ俺は。」
 腰にあてた手を再びポケットにつっこみ、彼は再び歩き始めた。

 「いらっしゃいませー。」
コンビニの自動ドアが開くと同時にマニュアルどうりのあいさつが返ってきた。そのままレジへとまっすぐ進む。
「あのー、ハイライトありますか?」
 バイトらしい店員はタバコのはいっているプラスチックのケースを一生懸命探すがどうやらここにはないらしい。
「あー、ちょっと待っててください、今取ってきますから」
 そう言うと店員は奥へと消えていった。最近ハイライトを店頭に置いてない店が時々ある。だから、このように待たされることもしばしばあった。
「レジからっぽにしちゃっていいのかな? こんな夜中に。」
 そんな事を考えているうちに店員が戻ってきた。金を払いハイライトを手にすると彼はさっさとコンビニを後にした。

 自宅に戻り部屋に入ると留守番電話のランプが点滅していた。ボタンを押すとメッセージの再生が始まった。
「2件です・・・ピー・・・えっと、夜分遅く申し訳ありません、Clat編集部の田口です、えー、特に用事があるというわけでもないんですが、そのお仕事の進み具合をですねお聞きしたくて電話をしたとまあそういうわけでして。いらっしゃらないんじゃしょうがないですね。またお電話いたしますので、お仕事の方よろしくお願いします、それでは失礼します・・・ガチャ・・・土曜日午後11時12分デス・・・ピー・・・ぎゃあはははははははは、ひっく、おら、今から帰るぞ、居留守なんか使いやがってこのやろう、うわっははははは、切るぞ・・・ガチャ・・・土曜日午後11時15分デス・・・ガチャ」
 着替えながらメッセージを聞いていた高橋は一瞬頭が真っ白になった。そして、もう一度巻き戻しをしてメッセージを聞きようやく事態を把握した。
「1件目は田口さんからの電話、これはいいとして、2件目はおそらく間違い電話だろうな、酔っぱらって家に帰る途中のサラリーマンといったところかな。しっかし、なんでまた、ここにつながるかねー。」
 テレビをつけるが見たいと思うような番組はまったくやっていなかった。
「そーいえば、誰かの小説で、延々と訳のわからない留守電メッセージが入っているというパロディ小説があったな。うーん、おしいなあ、その作者より早く思いついていればなあ。まあ、しかたないか。」

 エアコンによって部屋が暖まったころ、高橋はパソコンのスイッチを入れた。
「結局変わったことはなにもなかったなあ。」
 ワープロソフトを立ち上げ、そばに辞書を用意し、仕事の準備をする。が、肝心な話しのネタがない。
「そりゃそうだよな、毎日変わったことばかりじゃこっちがおかしくなっちまう。」
 何気なく部屋を見渡すがネタがあるわけでもなく、再びディスプレイをぼんやりと眺め始めた。文章がまったく書いてないディスプレイがなんとなく寂しく感じたので、適当な文章を打ちこんでみた。変換キーを押したとき、彼の目は点になった。
『お解読の品ばかり!中古者フェア開催中!!』
 近くにあった中古車販売のチラシの文句を打ってみたのだが、何をどう勘違いしたのか『お買い得』を『お解読』と、『中古車』を『中古者』と変換したのだ。
「この変換は一体なんなんだ。中古者はないだろう、中古者は。使いきったダメな人間みたいな感じがするじゃないか。どーにかならんかね、この変換システム。」
 と、文句を言ってはみたが、仕事は一向に進まなかった。
「ほかの作家はスランプの時、どうやって切り抜けているのかな。ちきしょう、だれかおれに話しのネタをくれー。」

――さて、ここまで読まれた読者の中にはすでにもうお気付きの方もいらっしゃることでしょう。この高橋という男、すでに『流れ星』、『公園』、『留守番電話』、『変換ミス』という4つのネタに出会っているのである。それに気付かず、なにかしら理由をつけては自分を書けない状況に追いこんでいることに彼は気付いていない。この後の彼の話しについては機会があればまたお話することにしましょう、では。――

――え?なんですって、ここで終わるのかって? ええ、私はそのつもりなんですが。なに?ふざけるな、こんなのでオチがついたと思うなよ。こりゃまた過激なことを言いますね。わかりました、ではもう少しだけお話ししましょう。――

 数日後、高橋は編集部の田口と電話で話しをしていた。
「高橋さん。仕事の方はどうですか、順調に進んでますか?」
「いや、それがけっこう難産だったんですがね。やっと話しの内容がね、こう、なんとなく、まとまりかけてきたんですよ。」
「それは良かった。で、どんな感じの話しなんですか?」
「文字の存在しない世界という設定なんですよ。」
「文字が存在しない世界ですか?」
「そう、つまり、コミュニケーションの手段は『声に出して話す言葉』しかなく『紙などに書く文字』は存在しないということです、ほら、むかし本の出版が禁止されていたころがあったでしょ。そこからヒントを得たんです。だったらいっそ、文字が存在しなかったらどうかなってね。」
「いいですね、このネタ。いけますよ、きっと。」
「うん。自分で言うのもなんだけど、結構良いものが書けそうな気がするんだ。まあ、期待して待っててくださいよ、なんてね、調子にのりすぎかな。」
「いやいや、期待して待ってますよ。じゃ、期日までにはよろしくお願いします。それではこの辺で失礼します。」
 電話はそこで切れた。

――実は、彼ら二人は重要な事を見落としているのである。『文字の存在しない世界』をいったいどうやって文章(文字)で表現するのだろうか。百年に一人の天才作家ならいざ知らず、高橋のようなそこら辺にいる人よりちょっと文章を書くのがうまい程度の作家にはたして書けるのだろうか。多分、無理であろう。自分の能力を把握してない人間はこの手の間違いをしてしまうものだ。まあ誰でもやってしまう事なんだけどね。彼はいつそれに気付くことやら・・・・・。――

 まったく、俺みたいに、素直に「話しのネタに困っていること」をネタにして、そのまま文章にすればいいのにねぇ。
   彼の苦悩はとうぶん続きそうである。

おしまい




 あとがきです。
 はっきり言いましょう、この文章は思いつきで書きました。特に言いたいことがある訳でもなく、だらだらと書いてしまいました。いいんでしょうかね、こんなことで。まあ次回からはなるべく言いたいことがあって、それを文章にするよう努力したいと思います。 ちなみに、ネタがない、と言って困っている『高橋』という男は日頃の私自身の姿であります。

撰者から:

 彼は寡作だが、小説家を主人公とした、しかも「書くネタが無い」と言うネタで毎回書いている。これからもその道を追求してもらいたい。