物覚えの悪い男猫神ノミトリ朝、目が覚めたら。僕は記憶を失っていた。昨日の事も思い出せず、物の名前が全然出てこない。 不思議なことに、自分の体については思い出せた。手も足も目も鼻も口も健在だ。だが首を回して目に写るものの名前が何一つわからない。 何で記憶喪失なんかなったんだろう? わかるわけがない記憶喪失なんだから。 とりあえず起きてみよう。自分の上にかかっている長方形のふわふわしたものをはぎとると、むくりと起きあがった。そして、今いる直方体の空間の中をすこし歩きまわろうとしたら、カツンと頭を電球にぶつけてしまった。 電球? どうしてぼくは電球の事を覚えているんだろう。それとも今、思い出したのか?記憶がよみがえったとすればこれはいい兆候だ。 その時むこうの方から物音がした。 音の方に行ってみると、人がひとりなにかをやりながらたっていた。ぼくのほうをちらっと見ると話しかけてきた。 「日曜だと思っていつまで寝てるの。もう11時よ。」 ぼくは何をいっているのかいまいちわからず、ぼうっと立っていた。 「何寝ぼけてるのよ顔洗ってらっしゃい」 そのひとは、そういいながらぼくの頭を撫でるように押した。その瞬間彼女の事を全て思い出した。そう、彼女はぼくの最愛の妻だ。初めて会った日の事、プロポーズした日の事、彼女との全ての記憶がよみがえっていた。 しかし、どうして? さっき電球に頭をぶつけたら電球を、今、彼女が頭に触れたら彼女の事を思い出した。 もしかしたら… 試しに、その場にあった細長いものを頭にぶつけてみる。そうだ、これは花瓶だ。たしか、去年のゴルフコンペのブービー賞の商品だったな。 これでもう間違いない、どうやら記憶の無いものを頭にぶつけるとその記憶がよみがえるらしい。 「あなたさっきからなにしてんの?」 彼女は、ぼくの不可解な行動をずうっと見てたようだ。 「いや、ちょっと…。あっ、昼飯までしばらく出かけてくるわ。」 「え? まあ、掃除しやすくなっていいけど…」 首をひねる彼女をあとに、さりげなく頭をいろんなものにぶつけながら外に出ていった。
ぼくはいろんな物に頭をぶつけていった。玄関のドア、電柱、ポスト、そのたびにそれに関する記憶が戻ってきた。 べちょ。 end撰者より:下品だけどおもろい。SF的落語といった感じでしょうか。「さりげなく頭を……」という所がよい。どう考えてもさりげなくなさそうなのに。 |