もっと冷たい方程式

猫神ノミトリ

 遅い!遅すぎる!
 俺はソニック惑星運送社の出港監理局センターの局長室で局長を待っていた。待ち合 わせ時刻から既に4時間、出港予定時間も1時間以上すぎている。秘書の話じゃ3日前 から地表の本社に行っているということだ。予定じゃもう帰ってきてもいいころなのに まだ連絡のひとつもありゃしねえ。
「おい!本社と連絡は取れたか?」
「それがまだ…。どうしたのかしら?」
「どうしたもこうしたもねぇーつうの!今、唯一確なのは、このままじゃこの俺がこの くそいまいましい軌道ステーションにあと一週間はいなきゃいけねぇってことだよ!」
 ねーちゃんにどなってもしかたが無いことと知りつつついどなっちまった。しかしただでさえ港が混むこの時期に、改築中で幾つか閉鎖中ときてやがる。今日、出港できなき ゃ、いつ出港許可が取れるかどうかわからねぇとくりゃあ、どなりたくもなるってもん だ。
「昨日の話じゃ、もう修理も終わって、いつでも飛べるって事だったぜ。」
「ええ、でも局長が自分で伝えたいことがあるとかで…、あっ、原因が分かりました、本社近辺一体で、大規模な電磁雲が発生していたようです。」
「やっぱそんなこったろうと思ってたよ。で、雲はもう消えたのか?」
「大部分は既に消失したようですが、回線が復旧するまでには、もう2、3時間…」
「冗談じゃねえ!!」
 俺は秘書のねいちゃんの話をさえぎり叫んだ。
「そんなに待ってたら、完全に飛べなくなっちまうだろ!俺はもう行くぜ。だいたい何の話かしんねぇけど、局長から連絡ついたら直接船の方に通信を送ればいいだろ。」と言い放ち、俺は慌てて引き止める秘書を尻目に部屋を出た。

 ステーションからの出港に問題はなかった。
 全ての装置のチェックは既に済んでいた。前の仕事の後の定期検査のとき異常が発見された生命維持装置システムも修理するなり交換するなりしたんだろう。ともかく、後は最終出港許可をもらうだけで出港できそうだ。そうとわかりゃもたもたしてる暇はない!さっそく出港許可をもらい俺と俺の船はステーションから飛び立った。

 俺はこの会社で第三惑星間輸送航路単独輸送船貨物乗務担当官ちゅう舌でも噛みそうなけったいな仕事をしている。まあ、早い話が貨物船の運ちゃんってわけだ。この仕事を始めてもう5年ほどになるが、出入港時以外はあまりやることもない暇な仕事だ。そこで俺も多くの単独輸送船乗りの例にもれず暇な時間は一杯やりながら過ごすことにしている。まあ、一応服務規程違反なんだが、酒でもなけりゃ16時間もやってけねぇーっつー事がわかってるらしく会社も文句はいってこない。そう言うわけで俺は自分のグラスにウィスキーを注いでちびちびとやりはじめた。1杯めをやりおわるころに、急激に睡魔が襲ってきた。出港時にごたごたもあったし疲れてるんだろうか、俺は入港時に影響が出ないように仮眠を取ることにし、椅子を倒し毛布を頭までかぶった。直後、俺は深い眠りに落ちていった。

 ゴトッ ゴトゴトッ

 何かの物音で目がさめた。時計を見ると仮眠のつもりが5時間以上眠ってしまったようだ。

 ゴトッ ガサッ

 また音がした。どうやら隣の貨物管理室からのようであった。寝ぼけた頭が急激に冴えていく。
『まっ、まさか、密航者!?』とっさにそう思った。
 ありえないことじゃない、確かにステーションで社の技術屋が機体と機械類の点検に船内に立ち入ってはいるが、それも今度の場合出港の4、5時間も前だ。最終的な船内点検は乗務員の義務になってるが、遅れをあせっていた俺はそれをはしょっちまった。つまり、厳重と言われる宙港の警備網さえくぐれば、誰でもこの船に乗れたってわけだ。この仕事始めてから初めての出来事に俺はあせっていた。
『も、もし、密航者がいるなら、船体総重量が航路コンピューターに入力した値と人ひとり分も違うことに…』
 俺は、燃料上、また生命維持システムの機能上、この船にふたりもの人間が乗ることができないということは知っていた、そしてその冷たい方程式の唯一の解も…。
 俺は、緊急事態用パックの封印を破り、中から簡易修理用レーザーを取り出した。
 単独輸送船の乗務員が密航者を射殺してもそれは緊急避難とされ罪にとわれることはない。現にそれを実行した同業者も幾人か知ってる。しかし、俺は手のふるえを止めることはできなかった。
『まだ密航者と決まったわけじゃねぇ。惑星間航行がむちゃくちゃ高かった時代ならともかく、今どき密航なんかやろうとするやつがいるわけねぇ。現に、ここ何年もそんな事件はなかったはずだ。警報も出てないし、きっと何かが倒れたか落ちたかしたんだろ。』と、自分にいいきかせた。
 しかし、俺は貨物管理室に倒れて音立てそうなものなど何もないという事も、ちょっとばかりの知識と道具さえあればこの船のちゃちな警報くらいだますのは簡単だという事も知っていた。

 レーザーをかまえ、管理室のドアを開けると、そこにはやはり密航者がいた。初めて見るタイプの人類型生命体(ヒューマノイド)で、ずんぐりとした体の全体は濃緑色に覆われ衣服のたぐいと見えるものは何も付けてはなかった。おそらくは外星系人の一種族だろう。
「おい、お前!」
 恐る恐る呼び掛けたが、何の反応もなかった。
「言葉、わかんねぇのか?」
 今度は汎星系語でよびかけたが、相変わらず反応はない。
 とっ、そのとき急に俺のほうにむかって奴があるいてきた。
 同時に俺の指はレーザーのトリガーを引いていた。
 奴の体のほぼ中央に光線が吸い込まれていき、数瞬後、そのおおきな体は音を立て倒れそれっきりピクリとも動かなくなった。レーザーの出力目盛はかなり大きくなっていたが幸い船体に損傷はなかったようだ。俺は密航者が我々とかなり違う姿をしていて、言葉も通じなかったことに救いを感じていた。もし、同じ人類だったら俺にはそいつが撃てただろうか。

 ともかくこれからやるべきことはたくさんある。さっきから息苦しさも感じないところをみると、生命維持システムは正常に酸素供給を続けているようだ。二人もの人間が5時間も船内にいたことを考えると奇跡だ。新しくなったシステムのおかげだろう。また、今ならまだ航法プログラムも変更を受け入れるはずだ。面倒な手続きは必要だが何とか航路補正は出来るだろう。
 とにかく異常事態であることはたしかだ。至急、社に連絡を入れなくては。俺はふるえる足を抑え操縦室に向かった。

 操縦席につき、モニターを見ると、社からの通信が入っていることを知らすメッセージが表示されていた。時間を見ると俺が眠った直後に入電したものらしい。多分、局長からだろう。もしかしたら、何か今回の事件に関係することをいってるかもしれないと思い、社への送信を後回しにして、通信映像を再生してみた。
 程なく、見飽きた局長の顔がモニターに映る。
『やあ、事情は知ってると思うが、すまんことをした。まさか電磁雲が出るとはさすがのわしにも予想が…。おっと、送信費も馬鹿にならんから本題に入るぞ。実は、前回の航行の後に判った生命維持システムの異常だが、ステーションでの調査の結果、思ってたほど単純な故障じゃなく解体修理か完全交換するしかない程重大なものだと判明したんじゃ。しかしそんな大掛かりな修理をしていれば1ヶ月以上かかることは君も判ってるだろう。ところが、代わりに使えるあいた輸送船など無くてな。このままではB級重要貨物の輸送が大幅に遅れてしまい、わが社の信用問題にもなりかねん。
 そこで今度の仕事だけ生命維持システムの代替品を使ってもらえないかと、君に頼みたかったんじゃが、あんな事があったせいで事後承諾になってしまったな。
 その代替品の事じゃが、驚かなんでくれたまえ。実はそれは、炭酸ガス呼吸型の生物でな、君のはく二酸化炭素を酸素にかえてくれるはずだ。今ちょうど隣の貨物管理室にいるはずじゃ。なーに心配するなって、姿形こそ人類に少しにてるかもしれないが、知能はネコなみの温和な生き物じゃよ。
 そうそうこのことは、惑星間輸送船法に抵触するおそれがあるから口外しないでくれよ。我々も宙港監理局にばれんように、船の警報装置を…』
 局長の声はもう俺の耳には、聞こえてはいなかった。
 おれが殺したのは、どうやら生命維持装置だったようだ。

 目的地まであと10時間、酸素は後2、3時間も持つまい。

end






撰者から:

「冷たい方程式」のパロディーだけど、炭酸ガス呼吸型生物を酸素供給に使うというアイディアを取り入れ、趣きを変えている。状況設定や主人公の仕事の様子の描写の巧さは、SFを多数読んできた彼ならでは。