獅子達の子にて
麻巳村 A一
―――ふたたび逢いし時
ビルの谷間の暗闇から暗闇へと走り去る影。その闇を斬り裂き、影を追う光、響く銃声。
“そっちへ行ったぞ!”“いや、あっちだ!”
そこに交錯する声。
“逃すな! 大事な研究材料だ!!”
白衣を翻しながら叫ぶ男、と彼に従い、影を追う男達。しかし逃げ去る影は捕らえられず、いたずらに時が過ぎて行く。そして、一瞬の静寂。あとには追っ手の叫び声と倒れる音のみが、虚しく残された。
彼女は、今夜も眠れぬ夜を過していた。何か懐かしく暖かい男性が、彼女に似た女性を助けようと命を墜として行く様を、夢に見続けていたからだった。唸され、悲鳴を上げて起きることもしばしばであった。
その夜は胸騒ぎがし、なかなか寝つけなかった。そして夜半すぎ、彼女は自分を呼ぶ声を聞いたような気がした。だが、ドアチャイムは鳴っていない。空耳だと思った。
ふたたび、呼ぶ声を耳にする。いや、直接脳に響いたのだった。
彼女は飛び起きる。これまでにも何度か、呼びかけて来る声を耳にしていたが、これほど、彼女を切なくさせる声はなかった。
彼女はその声の導かれるままに、窓を開け、飛び出して行く。いつの間にか、彼女は翼を広げ、夜空を翔いていた。星原にも鮮やかな緋の鳳、鳴き声は解放さ
れた喜びを歌う。
そして、自分に呼びかけた、あの切なくも暖かい呼び声を捜しに、さらに大きく翔いていった。
都心の上空、そこに蒼き龍が滞空し、四方に思惟を飛ばしていた。ビルの谷間の影、であった。
龍はその体躯に、緋の鳳の喜びの歌を惑じたのだった。
「リーン、憶い出してくれたのか……?」
龍が鳳に向けて思惟を発す。
「そう。だけど……。ごめんね、あなたのこと、忘れていたなんて」
鳳が思惟を返す。
二人はその都市の上空で互いを見つけた。互いに呼び合う。そbて、寄り添うように絡みながら、翔び続けた。
東の空から白み始め、二人は彼女の住居へと舞い降りる。その部屋の中で寄り添いながら、丸くなり眠るのだった。
彼女は人の姿でベッドに横になっていた。ふと、誰かの気配を感じる。彼女は驚き、慌てて胸に毛布を掻き抱く。その気配の主の顔を覗き込んだ。その男性の腕を枕にして、彼女は眠っていたようだった。
彼女は不意に気付いた。男も彼女も服を身に着けていなかった。
そして、憶い出す。自身は鳳凰であったと。
「いつの頃からだろう? 私がこの人を、この人達を忘れるようにしてきたのは……」
彼女は思った。
「……もう、争いたくはなかったから、戦いたくはなかったから。だから、忘れようとしてきた」
リーンは彼の、ルークの少し肉の削げた顔を見つめ、「だけど、ルーク。あなたのことは、いつもどこかに、心の隅に引っ掛かっていた。ごめんね、忘れてて、ごめんね」
そう、心の中で彼に告げ、彼に身を任せたのだった。
fin.