生命、売ります

壬生零一

 わたしのところに彼、五十嵐雅彦がやって来たのは冬にしてはやけに暖かい雨の降る日の事だった。その時の五十嵐は大きめのトレンチコートを着ていただけで傘も持っておらず、気障な男だとわたしは思った。そして実際、彼は気障だった。いったいどうやって隔月刊誌のイラストの稿料で暮らしているのか知らないが、バイトをしている風もなく、わたしのように無分別に原稿依頼を受ける風でもなく、そのくせわたしより裕福そうにみえた。とにかく彼はわたしにとってとっつきにくい人物であったのだ。

 その年の最低気温を記録したその日、わたしは太陽が高くに昇るまで寝ていた。飛び込みで入ってきた仕事を徹夜でやっつけていて、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。明日の午後イチまでの『パイレーツ』の仕事と締切が重ならなければこんなことにはならなかったのに。その時になってようやく、わたしは自分にかけられている毛布と、ひょっとしたらそれをかけてくれたのかも知れない五十嵐の姿が見えないことに気付いた。「たしか『バビロン』の原稿はほんの一週間前に出していたように覚えているんだけどな。」至極自然な疑問だった。
 濃いコーヒーをブラックのまま飲み仕事を続けているとドアのチャイムがなった。その音はあまりに大きくて、わたしは心臓が止まるほど驚いた。ところで、仕事中に人が訪れてきたときはもう一人が応対することになっているのだが、今回は贅沢を言っていられないらしい。しぶしぶドアを開けると、寒げにリスのように身を丸めている女性の姿があった。
「五十嵐さんのお宅ですよね?」
その声は寒さのためか、やけに小さくてはっきり聞き取れなかったがこう言ったに違いないだろう。
「ここじゃ寒いですから中に入りませんか?」
「あの...、五十嵐さんは?」
「どこかに出かけているみたいですね。わたしの方から伝えておきましょうか?」
「いえ、結構です。また後でお訪ねしますわ。」
わたしは奇妙に感じた。引き際が良すぎる。しかしまあ、わたしとしては仕事で忙しかったこともあってそのまま彼女を帰した。
 結局、五十嵐が帰ってきたのは夜の十二時をまわってからだった。どうせまた遠くまで写真を撮りに行っていたのだろう。ただでさえボロボロの服が一層酷くなっていた。『パイレーツ』のエッセイが書き終っていたわたしは一風呂浴び、今度は『月刊 推理の友』の例の急ぎの仕事にとりかかっていた。ところが、である。
「薬袋(みない)君、誰か俺を訪ねてこなかったかな?」
「ああ、確かに訪ねてきたよ。それより、今仕事中なんだ。邪魔しないでくれる?」
「すまなかったね。でもこれはとても大事なことなんだよ。俺に会いに来たのは小柄な女性だね?」
答えるのも面倒だったが答えないとうるさいことになりそうだったので黙って肯いた。
「そして結局、家に入らずに帰ったかい?」
同じ風に肯く。五十嵐が相変わらず次の質問をしようと口を開きかけたので、わたしは仕方なく指を止めて彼の方を向いた。
「そこまで知っていたのならなんで家で待ってなかったんだ?」
私の少し荒いだ声に吃驚(びっくり)した五十嵐は、口から出かけていた質問の行き先を失いポ カンと口を開けていた。
「いつも面倒事ばかり僕に押し付けていい気なもんだな。今までいったい何回こういう事の処理をしてきたかわかってるのか?」
「十一回。でも今回ばかりはそう巧くいかなかったと思うぜ。」
「どういうことだ?」
「まあ君には関係ない話さ。何かあっても狐に騙されたとでも思えばいい。」
こんな男なのだ。いつも何か隠してる。とにかくわたしを苛々させる。
 『パイレーツ』の原稿に届けに行く途中にわたしは昨日の玄関口の女性と出くわした。色々と聞きたい事が頭に浮かんだが、彼女の方はわたしを覚えてないらしく、私の来た道をスタスタと歩いて去ってしまった。まあ仕様があるまい。わたしの顔は非常に忘れられやすいのだ。
 雀の涙程度の原稿料を受け取ったわたしに担当の内沢氏が話し掛けてきた。最初はとりとめのない世間話だったのだが、何やら怪しげな噂話になり始めた。
「ところで『生命、売ります』って看板、見たことあります?」
「え?聞いたことないですね。」
「いや、あくまで噂で聞いただけなんスけどね。毎回、場所を違えて存在するらしいんスよ。」
「やだなあ。なにかの冗談なんじゃないの?」
「噂、ですからね。信憑性はないでしょう。」
「ま、ね。でも何か気になるな。いったいなんだろう。」
「さぁ?じゃあまた来週もお願いしますよ、神坂(こうさか)先生。」
 神坂というのはわたしのペンネームである。本名が気に入らない人が集まっているのか、編集部ではこちらの名前で呼ばれている。しかしさすがミニコミ誌だ。色々と面白い話が聞ける。この間などは真剣に空間メッキの研究をしている老人の噂なんてのも聞いた。とんでもない街である。
 いったい噂の伝播スピードはどのくらいなのだろうと考えながら帰る途中、例の文句の書いてある立看(たてかん)を目にして足を止めた。いや、正確にはそちらの方に歩いて いく例の彼女と五十嵐を見て、だ。五十嵐一人だったら気にも留めなかったであろうが、かといって彼女がついていたからでもなく、とにかく厭な予感がして後から尾けていていく事にした。段ボールの山を抜け、いつから置いてあるとも知れぬゴミ袋を踏んで進むと、街の成長期に取り残された五階までしかないボロビルの前に出た。急いで中に入ると、エレベーターランプが四階に止まっているのを示していた。階段を一気にかけあがると息が切れた。当たり前だ。このところまったく身体を動かしていない。
 フロアを一通り見て行くと、一つだけ真っ白な新品の表札の付いたドアがあった。多分、ここだ。ドアノブに手をかけると鍵がかかってないのが分かった。開けると闇の中、四人立っているのが薄ぼんやりと見えた。四人?五十嵐に呼び掛ける間もなく、わたしは慈悲深い失神に落ちた。ずっと遠くで、五十嵐が、いつもの調子で、何か、言ったような気がした。

「...ん?家...か?」
首だけ動かして横を見ると五十嵐はビデオを見ていた。見たこともない、暗い、落ち着いた画面だった。五十嵐に声をかける。
「五十嵐、いったいあれはどういうことなんだ?」
一時停止。
「いったいなんのことだい?そういえば随分とうなされていたようだけど。」
「ごまかそうったって無駄だぞ。春楡(はるにれ)坂の脇道の奥の五階建ビルの四階のッ」
「さあね。それこそ狐に化かされたんじゃないのかい?」
「こんな街中に狐なんているもんかっ。僕は、この目で、しっかりと、見たんだからな。」
「夢と現実を履き違えてないかい?まあいい。それはそうと食事に行かないか?すっかりお腹がすいちゃったよ。」
わたしが反撃に出ようとしたとき、タイミング悪く腹がグゥとなった。完敗だった。わたしは返事の代わりにこういった。
「ところで『生命、売ります』って書かれた看板についてどう思う?」

「で、無事に締切をまもることはできたわけだ。」
「なんとか、ね。」
「そんな大変だったのか。なんでまた断らなかったんだ?他にも締切抱えてるから今回は勘弁してくれ、とか言えばよかったんじゃないのか?」
「断らなかったんじゃない。断れなかったんだ。『Worlds』を出してる帝国社からの仕事だよ。」
「そりゃ仕方ないね。」
五十嵐は軽く笑って肩をすくめてみせた。ラーメンで火照った身体に心地好い風が吹いた。
「五十嵐は...、あの立看は都市伝説みたいなものだって言うんだね。」
「さもなければ下らん悪戯(いたずら)さ。わざわざ気にするようなことでもないだろう。」
そうは言ってもはっきりこの目で見たんだ、と反論したくもあったけど彼に口論で勝てるとは思えなかったし、そうでなくともまた長い話を聞かされるのではないかと内心びくびくしていたので黙っている事にした。沈黙だってコミュニケーションの一つだ。
 家につくとわたし宛に留守電が入っていた。月刊誌『宮廷貴族』の編集部からのメッセージで、帝国社からの推薦で四月号からうちの方でもあなたの作品を掲載させていただきたい、と言うような内容だった。金欠にあえいでいるわたしにとっては限りなく嬉しい知らせだった。なにしろついこの間までは食いつなぐために臨時のバイトを入れていたくらいなのだから。五十嵐がXOを持って私のとなりでニヤニヤしていた。
 わたしは久しぶりに気持ちよく酔っ払った。

 次の日、けたたましく鳴るチャイムに起こされた。五十嵐の姿は例によって例の通り何処にも見えず、まるで中で土木工事をしているようなひどく痛む頭を抱えドアを開けた。絵からそのまま抜け出してきたような余りにそっくりな端正な顔をした女性が二人。そして、痛い頭も忘れてしまうほど彼女達は好みのタイプだった。
「五十嵐雅彦さんは御在宅ですか?」
少しホッとした。二日酔いの頭に彼女達のハモった声はきつすぎただろう。一寸考えてみれば、そんな非現実的なことが起こるわけないとわかるのに。とにかく昨日から五十嵐の訪問客は大繁盛だ。辛い。
「ああ、彼なら」そこまで言って既視感に襲われる。「彼ならいませんけど。」
「そう...ですか。それなら私達が来たことだけ五十嵐さんに伝えておいてください。」
何故だか知らないけど彼女達の事を知っている。だけどどうしても、焦点の合わないカメラで見ているかのように記憶の輪郭がぼやけている。単純の二日酔いの所為とは思えない。そんな風に彼女達の帰りを見ていたが、曲がり角で彼女達は五十嵐と会った。遠くから見ていても様子が少しおかしい。彼女達は五十嵐に突っかかる風でもなく、五十嵐も珍しく身振り手振り無しで静かに話していた。わたしは大急ぎで着替えると、彼女達の後を尾けようと...、いや、今日はやめておこう。あまり良い趣味とは言えない。それに行き先はおぼろげながら予想がつく。大方、昨日のビルだろう。
 春楡坂を下って脇道に入る。あのとき目印となった立看はなかったが別に気にはならなかった。エレベーターで四階に上がる。ここだ。だが当然のように鍵が閉まっている。何度ノブを回しても結果は同じだった。諦めかけて顔を横に向けたとき、窓が不用心にも少し開いているのに気付いた。誰も侵入できないように格子はあったが、中の状況がなにも分からないよりはましだった。あたりに人の気配がないのを一応確認して、後ろめたさを感じながらも覗き込む。
 ブラインドから漏れる隣のビルの光に浮かび上がったその部屋には真っ白なキャンバス、スタンド、そして油絵の道具が散らばっていた。目をこらすとパイプベッドらしき物が見えたが、誰が住んでいるのか知らないが殺風景な部屋だった。 わたしは誰かに目撃されるのを恐れるように足早に春楡坂に戻ろうとした。ところがどうしたことか、わたしの出たところは木患子(むくろじ)坂の随分と下の方であった。家 から見ると春楡坂の反対側のはずなのになんでまた?とにかく混乱した思考を整理する必要がある。車の往来が激しくてお世辞にもきれいな空気ではないが、深呼吸を一つ。そして、もう一つ深呼吸。
 とりあえず家に帰ろう。
 わたしがドアの鍵を開けるところで、後ろから五十嵐の声がした。
「薬袋君、出掛けるのは君の勝手だけど俺を外に締め出すようなことはやめてくれよ。」そうだった。出掛けるときに何の気なしに鍵をズボンのポケットに入れてそのまま持ち歩いていたのだ。机の上に散乱したグラスやアイスピックやアイスボックスを片付け、五十嵐にそれとなく聞いてみる事にした。もちろんあの双子みたいにそっくりな二人の女性についてである。
「再従姉(はとこ)たちだよ。たまたまこっちの方に遊びに来てたみたいだね。」
「名前はなんて言うんだ?」
「...なんでまたそんなことを?彼女達とお近づきになりたいのかい?」
「どうして君は身内の事となるとはぐらかそうとするの。」
「まあいいじゃないか。それじゃ特別に教えてあげよう。年上の方がこずえと言って少し背の低いほうだ。で、年下のもう一人がもみじという。名前からもわかるとおり九月生まれの双子だ。これで充分かい?」
「少し背が低い?そんなの見たって判らない。」
「おいおい、呆れた男だな、君は。注意力が足りないぜ。...にしても酷い顔してるな。」
わたしが事情を説明すると、五十嵐は惚けたような顔をした。一瞬後悔したが、時すでに遅し。
「どうせ道でも間違えたんじゃないの?さもなければそのビルが移動した、とかさ。」
深く落ち込んでくる。こういう男であることはわかっていたはずなのに、情けない話だ。
「いずれにせよ無事でよかったよ。おかげでこうして美味しいお茶が飲める。」溜め息が出た。

 わたしは五十嵐を連れて例のビルへ向かっていた。何か分かるかもしれないという仄かな期待と、あわよくば鎌をかけて何かを聞き出そうという魂胆があってのことだ。だが所詮わたしの浅知恵で引っ掛けられる相手ではなかった。「しっかり案内してくれなきゃ何処だかわからないじゃないか。」だそうだ。ひょっとしてひょっとすると本当に知らないのかもしれない。
 ビルの出入口に向かうわたしを尻目に五十嵐は側面にまわっていった。かと思うと素っ頓狂な声でわたしを呼ぶ。なにがあったのかと慌てて飛んでいくと普段となんら変らない調子で何事かを喋り始めた。予想通り、わたしには毒にも薬にもならない話だった。門外漢のわたしに向かって、絵の事でああだこうだと喚く彼をなんとか引っ張って目的の四階についた。
「ここだよ。」
「なんだ?表札が真っ白じゃないか。本当にキャンバスやら何やら画材道具があったのかい?」
誰が聞いてもはっきりとわかるほど、胡散臭そうな声だった。カチンと来て手をノブに伸ばすわたしに待ったがかかった。
「待ちたまえ、それはまずい。もしだれか部屋にいたらどう説明するつもりだい?思いっきり不信がられること受けあいだ。」
「君の大きい声で僕達がいることくらい十二分に分かっているよ。」
「じゃあ言い方を換えよう。俺達は住居不法侵入をしに来たわけじゃないんだ。解るね?まあ幸運にも窓は今日も開いているようだからそこから覗けばすむことだろう?」
これだけ五十嵐が大声を出しても何も反応が無いのだから誰もいないのだろうが、ドアを開けるのは諦めた。そこにはわたしが最後に見たのとまったく同じ部屋だった。当然人影は見えない。五十嵐が歩きだすのを見、呼び止めた。そして、妙なこと?「おい、五十嵐。僕達が来たのはこっちからだよ。」
「あれ、そうだっけ?まあいいさ、ついでにこっちにも行ってみよう。」
そうなのだ。どちらを向いても似たり寄ったりな構造。違う点はといえばエレベーターがあるのかないのかという程度の事なのだ。一階の出入口だって丁寧にも入ってきたほうとそっくりだった。ただ、大通りに抜ける路地に転がっているゴミ袋だけが違っていた。そして、出てきた場所が木患子坂の下だったことも...。  日曜日だけあって、通りは人でごった返していた。
「ん、やっぱりね。」
「いったいどういうことなんだ?なにが『ん、やっぱりね』なんだ?説明してくれ。」
「慌てなさんな。ここじゃうるさくて落ち着けやしない。一度家に戻ってからゆっ くりと説明してあげるよ。」
「じゃあ、僕が方向を間違えたというだけだと言うのか?」
「そういうことになるね。電柱という過去の遺物も消え去って、さらにほぼ完全に碁盤目状に区画整理されている。引っ越してきた人が迷うのは当たり前。二日酔いでおっちょこちょいな君の頭でも似たようなものだろう。」
「だけど...、それならあのゴミ袋の違いはどう説明するんだ?」
「収拾日、じゃないかな?」
「う......、そ、それでもほら、太陽なり月なりが出ていれば大雑把に方向を確認もできるだろう?」
「何言ってるんだい。あんな光も差し込まないような細い路地で何が判る。」
「光が差し込まないだって?なんであの部屋の中が見える?あのブラインドからこぼれてた光は太陽のそれだよ。」
「それは窓の向こう側の会社の光さ。あれを太陽の光と間違えるのも無理ないだろう。会社務めしていない俺達にはあまり関係ない話だけど、リアルな太陽光の下の方が仕事効率が上がるって言う面白い報告があってね、多くの事務所でそれを採用しているのさ。さすがに本物には光量は全然足りないけど、そこまでは必要ないね。
 そのうち俺達が対応し切れないような技術が出てくれば、養老院の仲間入りさ。」
 わたしはよほど木鳴(きなき)ビル――時代錯誤感をはっきり打ち出す例のビルの名前だ――が気に入ったのか、次の水曜日に『パイレーツ』の原稿を脱稿すると木鳴ビルのあの一室に向かった。仕事を終えた解放感からわたしは気分的にも勝れていたし、体調も万全だった。
 木鳴ビルの例の部屋の前で一気に気分が悪くなった。
 ここ暫くお目にかかったことのない警察官がたくさんいた。
 『No Entry』と黄色地に赤で記されたテープが、虚構的現実と現実とを区切っていた。
 何か事故でもあったのかな。わたし自身が考えたのではなく、誰かが電波でわたしにそう考えさせたような平凡で、月並みな疑問。薄いオブラートで包まれたような感じだった。いい加減うんざりしていると、警官の一人がわたしに気付いて話しかけてきた。やめてくれ。真剣にそう願った、が無駄だった。
「この方、御存じないですか?」
五十嵐?いや違う。いつぞや五十嵐を訪ねてきた小柄な女性だ。でも、なんで今五十嵐と間違えたんだ?
「何も情報がないんですよ。それほど年をとった女性でもないのに。」
「知りません。」
わたしの直接的知り合いでもないし、別に構わない。そんな感情が表に出たような平板な声だった。でも、なんで今気分が悪いんだ?
「中途半端な情報化って不便ですね...。捜査に御協力ありがとうございます。」

 家に帰ってハーブティーを飲むと、不思議と落ち着けた。彼女の死は地元の小さなニュースで小さく小さく取り上げられるだけだった。朽木聡美(くちきさとみ)という名前までしか判らなかったようだが、それで充分に用を果たしていた。五十嵐が居間に入ってくるのも気付かないほどに、わたしはぼんやりとしていた。だから後ろから肩に手を置かれたとき、冗談でなく口から心臓が飛び出るほど驚いた。頭の片隅で彼女の死とわたしの死が結び付いていたのかもしれない。五十嵐が持ってきたものは、彼女の再従姉の油絵だった。不思議そうな顔を向けると、いつもの夕食のお礼さ、と言い、君は忘れっぽいからね、と付け足した。
 彼女達の名前の下に、何か削りとったような跡があった。五十嵐に聞こうとは思ったが、何故だか今も聞けないでいる。

end






あとがき

 大体予想はつくと思いますが、この話は連続物となる皮切りの作品です。しかし、この話が時間的に先頭にくるかと言うとそれははっきりしません。まだ多くの部分が未定で、彼らの自由にやらせてみようと言う実験的なものでもあります。手短に言うと、「予定は未定、未定は不定」です(笑)。

 この『生命、売ります』は、なにか原作があって直訳的なタイトルを付けてみようかなという意図で?っていなくてこのまま消滅してしまうかと不安にも思いました。消えたら消えたで、別の話に流用されていたでしょう(笑)。
 本当はもっと派手な舞台を用意したかったのですが、諸事情あってこのような、どこか不鮮明な内容になりました。が、今後の話でゆっくりと五十嵐や薬袋の正体を明かしていこうかと思います。
 誰かが一人でも先の話を楽しみに思っていただければ光栄です。


撰者より:

 SFとも現代小説ともつかない雰囲気はいいと思う。
 もう少し謎を解明してもらいたい。
 あと、なぜ薬袋君が気の合わない五十嵐君と一緒に住み続けているのか、その辺の所を知りたいものだ。