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「乗馬」
もう何年も前、仲間たちと大井競馬場にトゥインクルレースを見に行ったことがある。みんな勝負を楽しんでいる中、私だけ賭け金を殆どかけずに、駆けるサラブレットの姿やパドックでの間近な毛並みや瞳を楽しんだ。サラブレット達が競馬通の語るような感情を持つのかは知らないが、その愛くるしい表情と躾られた従順な仕草とよく手入れされた肉体は、人を引き付ける魅力があるのは確かだろう。久しぶりに身近で見る馬の姿は、馬にふれたいという私の欲望を掻き立てた。
朝霧高原は、富士山麓西側に広がるなだらかな高原である。その高原の一郭に、牛肉で有名な銀座スエヒロの牧場がある。今もあるとは思うが、夏になるとそこに少年少女達を集めたカウボーイスクールが開かれる。非常に人気があって申込開始と同時に直ぐいっぱいになると言う。
私が小学校6年生の時のことだから、もう20年以上も前の話である。それが大変楽しいからと友達のお母さんが一緒に行きませんかと誘ってくれた。そのお母さんの手回しで、私達はその夏のスクールに参加できた。銀座築地にあるスエヒロ本店の前が集合場所で、そこからバスでスエヒロ牧場へ向かう。1期50名ほどで一夏に30期近い子供達が入れ替わりで訪れる。牧場の宿泊施設は廃車体のバスで、牧場内に点々と停められている。そこに男女分かれて7名ほどの班に編成されて泊り込む。面倒を見たり指導してくれるリーダーは、やはりこのスクールを体験して来たOB・OGの方達。そこで、乗馬、投げ縄、キャンプファイヤーをして5泊6日を過ごす。昼間は乗馬に投げ縄の指導で一日があっという間に過ぎていく。夜は、各班毎にバスの中で大騒ぎ。班は申し込んだ仲間や近い年齢の人たちで分けられる。
一年目はリーダーの川崎さんにいきなり班長にさせられる羽目に。しかも乗馬も最初に乗せられてなっていないと注意される。なっていないって言ったって、何も分からないんだから。
子供達の中には私のような初心者ももう何回も来ている中学生の先輩もいる。各期毎の乗馬の指導は、馬との接し方、乗り方から始まる。後ろに回らない、乗る前によくスキンシップを取って信頼関係を持つこと、降りた時もちゃんとスキンシップすること、スキンシップは馬面を撫でるのだけれど馬にとっては叩く位でないと感じないことなどを教わってから、いよいよ乗馬になる。手綱と鞍の前にある角を掴んで、あぶみに足を掛けて一気に跨ぎ越す。ぐずぐずしていると馬も苦痛らしく動き出してしまう。その上、下手と知れて馬に舐められて言うことを聞かなくなる。乗ったら、手綱を適度に緩ませて、くつわ側を下に握る。そして、脚を締めたり腹を蹴ったり手綱を使って馬を操る。指示ははっきりと、手綱は引っ張らずに示すなどと教わる。そうは言ってもこちらは素人、相手は生き物。みな、あっちへ行ったり動かなかったりと悪戦苦闘。それから乗馬姿勢などを教わっていく。並足から始まって膝を使っての乗馬姿勢を身につけるが、たまに馬が走り出したりすると、そのまま腰を浮かせてと無理に停めたりさせないで指導が続いた。初めて乗る馬の背は高く、言うことを聞いてくれた時は嬉しくそして楽しい。降りてから自然に馬面を叩いてありがとうと心から思える。中には言うことを聞かないタチ悪馬も居て、人間関係と同じで馬とも相性がある。
乗馬の練習が一段落すると投げ縄の練習がある。こちらは縄の縛り方から輪の廻し方、目標への飛ばし方を教わる。手首を反して廻すのは結構簡単だが、思う方向にはなかなか飛ばない。でもちょっとしたカウボーイ気分にはなれる。そして最終日の前日には、乗馬と投げ縄のコンテストがあって一人ずつ最優秀者を決めて、記念のカウボーイハットとバッチをくれる。その夜のキャンプファイヤーで優秀者は先生のベンの隣の席が用意される。勿論縁はなかったけれども、パチパチ揺れる炎を囲んで大自然の闇の中、リーダーの上手な進行で大いにはしゃぎ回った。乗馬も馬が言うことを聞けば一体感があってとても楽しい。そんな楽しい思いをいっぱい詰めてカウボーイスクールは終った。
そして中学1年生になった2年目の夏、また誘って頂いて参加したのは17期。来年からは想い出のボロバス宿舎をやめてちゃんとした宿舎に変わるという、最後の年だった。2年目の私は勝手知ったるでちょっと余裕の気分。相変わらずのボロバスの中では、年頃の少年達だけに女の子の話や、エッチな話しで盛り上がる。バスのチェックも怠らず、バッテリーが生きているのか、ヘッドライトが点く事を発見。屋根に登った強者も居たが、屋根から上が生憎管理棟からまる見えでこちらは呼び出し注意となった。
そんな楽しい日々もあっという間に過ぎて、明日は帰る日〜コンテストの日〜になった。私達の会場は、道路から一段下がった広場。一緒に行った友達は、馬が草むらの方へ入っていってしまって、リーダーから餌を与えるなよとご忠告。手綱さばきの上手下手もあるのだろうが、馬との相性か、何事も無く一周して来る人もいれば、一筋縄に行かず悪戦苦闘する人もいる。そして私の番。私はどうやら後者となったようで、まず、乗るのに馬が少し動いて手綱をしっかり握る前に歩みだしてしまう。動く馬の上で姿勢を直し何とか右に曲がろうと手綱を引くが、馬は勝手に進み続けてまっすぐ道路の土手に上り始める。リーダーに”どっちに行くんだ右みぎ”といわれても、右の手綱を強く弱く色々なだめすかして引いても馬はいやだと左に首を振るばかり。そこでええい、そんなに右回りがいやならばと首を振ってる左側にちょんと手綱を引けば、その場でくるりと一回転、左回りをして右へ歩み出す。そこで馬とのコミュニケーションが取れたのか、主従関係を認識してくれたのか、私に一目を置いたようで以降従順に指示をきいてくれるようになる。こうなればこっちのもの、乗馬は楽しい。物足りないくらいに早く、途中早足もさせちゃって一周して来る。降りて思いっきり馬面を叩いて感謝すると馬もまんざらでなさそう。ハプニングのおかげで気持ちが通じ合いかえって充実した乗馬となったようだ。
そして、チャンピオンの発表、何と私ともう一人が同点再決勝となった。今度は、何事も無く軽やかに一周して来るとチャンピオンを獲得。前年まであった記念のハットは無くなって、バッチだけになったが、この夏はとても想い出深い夏休みとなった。
翌年は、申し込みが遅くなって行けず、それ以来行かなくなってしまったけれど、続けて行きたかったと今にすればとても残念に思う。あの快感が忘れられないから、また再び乗馬をしたいなと常に心の奥底に思っている。