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温故知新とレンゲ畑

 少し古い話になるが、今年のゴールデンウイークに房総半島の大多喜に出かけた。そしてこの話は更に遡ると小学生の時の印象にまでたどり着く。少し手繰ってみたい。
 わたしの一番の趣味である鉄道模型で、「鉄道模型趣味」という有名な専門誌がある。その存在を知った頃、あるレイアウト(いわゆるジオラマのことを鉄道模型ではこう呼ぶ)の記事がわたしを捕らえた。「香春線」と名づけられた春の息吹を感じる風景模型の中央を占めていたのは、色鉛筆の芯の削りかすで表現されたレンゲ畑だった。そのほがらかな、どこか向井潤吉翁の風景画に通じる日本の農村風景に惹かれてから、わたしの中でレンゲ畑は憧れの景色のひとつになっていた。

 時は流れ学生の頃、大学が八王子にあったため、私は、横浜線を使って通学していた。今では京王線が接続している橋本駅の先に、今でもひっそり佇む相原という駅がある。当時は、ここから八王子までは単線で、八王子みなみ野駅など無かった当時、唯一の途中駅であった片倉駅で上り下りがすれ違いをしていた。現在八王子みなみ野が出来て一面宅地開発が進められている相原と片倉の間は、本当にのどかな谷あいの農村風景が続いていた。相原を出てすぐ、トンネルを抜けた先は谷の一番上部に当たり、線路の築堤の下に小さな水田が並んでいた。ここの水田が、春には必ずレンゲ草が蒔かれて一面のレンゲ畑となっていた。それは、八王子に通った2年間、2度の春だけ毎日窓に張り付いて見つめ続けた憧れの風景だった。レンゲは水ぬるむ頃に掘り返されて田圃の肥料として土に練りこまれるのだと聞いたことがあるような気がする。別にレンゲを育てている訳で無ければ観賞用でも無いこのような種蒔きは、化学肥料が発達した現代では殆ど見られない風景となっていた。そしていつか、この田圃に来てみたいと思いつつも、両駅から中途半端に遠かったこの地点を訪れることは無いまま社会人になった。

 今年4月のある週末、予定も無くぽつんと空いた休みの前夜、ふとレンゲ畑ことを思いついた。開発が進んでいる八王子みなみ野に、もし自然が残っていたら今が最後のチャンスかなと思った。そして翌朝車で出かけてみたのだが、既に丸裸にされた丘陵の間の谷あいには、雑草が茂り荒地となった水田跡と、立ち退きされた集落の石垣しか残っていなかった。10年を超える歳月は思い出を美しいままきれいに消し去ってくれる様だった。
 そのすぐあと、そんな話をふと知人に話したところ、房総半島の大多喜では大多喜世界レンゲまつりというのを開いていると教えてくれた。そのうちJRの車内広告に大多喜世界レンゲまつりのPRが出ているのに気づいた。何気無い路傍にレンゲ畑を見つけることが至難の技になっている現在、観光色があろうとも確実にレンゲ畑が見れるのならば、何故かレンゲ畑のことを思いだし郷愁を感じてしまった今年、何かとレンゲ畑ネタがちらつく今年、これも何かのきっかけだろうと訪ねてみる事にした。インターネットで、情報を収集してみれば、ゴールデンウィークにかなり観光色よりもローカル色を強く出した祭が開かれるらしい。名前こそ「世界」をつけて仰々しいが、実態は町のお祭を大きくしたもののようだ。
 ゴールデンウィーク初日、まつりに出かけた私は千葉を抜けて大多喜街道に入った。あとは大多喜まで一本道。しばらく走り続けていると、この道が温故知新に通じているのではと思えてきた。
 この道は、途中まで、小湊鉄道という最近、古色蒼然としたローカル線としてあちらこちらで取り上げられている私鉄に沿って走る。その途中、高滝という小さな無人駅があるのだが、この駅は関東の駅100選のひとつに選ばれている趣のある駅である。木造の小さな駅と、緩やかにカーブを描くホームが絵になる、まるで時代に取り残されたような一角である。そもそもこの鉄道自体がどこを取ってもタイムスリップをしてしまったような郷愁の溢れる路線であるのだが、この駅はそのまとまりの良さから秀逸な駅に数えられている。八王子みなみ野の鋒鋩とした景色と対比して安らぎを感じさせる風景だ。
 その先では、平蔵という集落に水色に塗られているものの、昔の日本ならどこにでもあったような小さな木造平屋の郵便局がある。大多喜に下るつづら折の下り坂のすぐ左下には、数軒の農家と小さな社と水田がまるで盆栽か箱庭のように小さく纏まった谷戸がある。そしてその先に房総の小京都大多喜の町があるのである。わたしは、この街道がすっかり気に入ってしまった。走っていくと正に温故知新、忘れていた新鮮な気持ちを思い起こさせてくれる道だ。

 レンゲまつりは、思った以上に村まつりを連想させるようなのどかなもので、決して期待を裏切らなかった。ヘリを使った合同結婚式など、ショーアップした部分もあり、遠方から訪れたわたしのような観光客も見うけられたものの、露店が並び地元の子供たちや御婦人が集まってきてひとときならぬ賑わいを見せるところなど、正真正銘村まつりそのもの。主役の(?)レンゲ畑は、かなりの広さがあって、舞台前のにぎやかさから少し離れると普通の田園風景の様。もちろんロープが張ってあったり、人が入り込んでいたりと全くの自然を求めて来たら期待外れかもしれないが、レンゲを摘む女の子やシートを広げて輪になった家族連れがレンゲ畑の中のあちらこちらに見受けられるのは、まさに春爛漫の日本の昔ながらの行楽風景ではないだろうか。

 房総で見つけた温故知新の街道はレンゲ畑に続いている。


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