知事誕生

エピローグB
高まる議場の険悪度


六月二十五日。松沢成文と議会側の初論戦となる代表質問のトップバッターに、自民・保阪努が立つた。

保阪は、松沢が岡崎県政を五十点ど採点したことを追求。松沢は「知事になり、岡崎前知事が独自の発想と不屈の実行力で高いハードルを越えてきた真の姿を見た。いささか拙速すぎた」と陳謝。「五十点よりもずいぶんいい点で岡崎さんは頑張っできた」と訂正した。

公明の富田光男は、国からの税財源移護に関する松沢の見通しを、「国会議員だったにもかかわらず、この問題が地方にとって死活間題なのを本当に理解していない。よく知事に立侯補したなとさえ思う」と酷評。野党側からは「軽すぎるんだよ」「訂正しろ」など激しいヤジが飛び、議場の険悪度は高まる一方だった。

代表質問二日目の二十六日。同じ松下政経塾出身ながら松沢に批判的な県政の相原高広が登壇。県と川崎市が筆頭株主の第三セクタ「ケイエスピー」社長に登用した山田長満から、松沢側が献金などの資金提供を受けていた事実が判明した。相原は「民間人登用は関係の事前公表が重要。不必要な誤解や憶測を呼ぶ」と指摘した。

相原はさらに、公約集マニフェストと松沢の発言の食い違いを念頭に、「マニフェストには知事の理念や強い志が一字一句に含まれているとの前提で質問をした。そういう意味で、知事以上に私の方が真撃(しんし)に受け止めていた」ど皮肉つた。

ケイエスピー問題は、自民の小川久仁子も三十日の一般質問で追及した。
山田からの資金提供は、総額五百三十二万円に上ると答弁させた上で、川崎市長の阿部孝夫も六十万円の献金を受けでいたことを明らかにし、「見返り人事ではないか」と指弾した。
小川はさらに、松沢が県議時代に一般質問や論文で首長の多選禁止を訴えた際、多選の弊害の一般論としで「知事の個人的つながりが県庁内外に扶植され、人事が偏向、側近政治化し、県政が私物化される危険がある」と例示した点を紹介。「就任ニカ月で、多選でなくでもこの弊害が起きでいる。知事の姿勢や資質の問題と言わざるを得ない」と痛烈に批判した。

二十六日の代表質間では、自民の加藤尭久が、松沢が都内に住みながら川崎市多摩区で住民登録し、知事選に投票したのは公選法に抵触するのではと指摘。松沢が「生活の本拠は地域活動などをしている多摩区」と突っばねたため、野党が反発し、約十四時間空転した。
翌二十七日早朝、自民は松沢の居住地やケイエスビー問題などを調査するため、地方自治法九八条に基づく検査権限行使を求める動議を提出。野党などの賛成多数で可決され、県政史上初の九八条委設置が確定した。

本会議終了後、松沢はぶ然とした表情で会見した。「理解しでもらえず大変残念。私は、何もやましいことをしでいない」
(随時掲載=敬称略)

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