NOVEL 2-1(Second)

ソクトア第2章2巻の1(後半)


 ストリウスの南端にある宿屋「聖亭」は、今日も大盛況であった。ここは、宿屋
としての仕事の他に、昼間は、料理店として機能している。料理を食べるためにこ
こに来る者も少なくない。
 それほど、ここの女将であるファン=レイホウの腕が良いのだろう。それに、今
は、従業員も増えてきた。その一人に、トーリスの幼馴染であるレイアも居るのだ
から驚きである。
 レイアは、トーリスの家の近くである、プサグルの外れに住んでいるのだが、そ
こを経営している宿自体は、中央大陸との街道の中では一番かと思われる大きさだ
った。その宿屋の娘なのである。「聖亭」に来たのは修行の一環だった。
 皆には見せないようにしているが、トーリスは、ちょくちょくレイアの所に行っ
て、元気付けたりしてるのだった。勝手知ったる幼馴染同士なので、気も許しあえ
るのだろう。それにトーリスは、ここに来る前は親公認の恋人同士だったのだ。何
回か関係を結んだ事もある。こうして「聖亭」で一緒に会えたのも運命を感じたの
かも知れない。
「いやぁ、今日は、めでたい日だ!」
 ジークが盛り上がっていた。と言うのも、ゲラムが帰ってきたせいであろう。ゲ
ラムが、修行を終えて自分達のパーティーに入ると言うことで、「聖亭」では大変
な騒ぎになっていた。夜食の時間には、既にレイホウが、用意して待ってくれてい
たのだ。既にジーク達7人は「聖亭」の顔になりつつあった。
「レイホウさーん。おかわりー!」
 ツィリルも、はしゃいでいた。昔から、こういうイベントは好きなのである。
「それにしても、良く1ヶ月で終わったわねぇ。」
 レルファは、感心していた。あの技を1ヶ月で体得すると言うのは、よほどの修
練を希望したのだろう。
「盗賊の方は大変だったけどね。弓術は、実はプサグルでもやってたんだよ。」
 ゲラムは嬉しそうに話す。久しぶりに皆と話してるので、質問攻めにあってるの
だ。生き生きとしていた。
「はっはっは!素晴らしい事ですな!レルファを守るために君も役立ちたまえ!」
 サイジンは豪快に笑う。レルファは、頭を抑えながらも楽しそうに見つめていた。
「母さん、私も手伝うヨ!」
 ミリィは、レイホウが忙しそうなのを見て、つい手伝おうとする。
「何言ってるのヨ。貴女は、もう冒険者でしょウ?座ってなサイ。」
 レイホウは、そう言う所の、けじめはつけてるつもりだった。
「私の出番が無くなっちゃいますからね。座ってて下さい。」
 レイアは、気持ちの良い受け答えをする。すでに、この「聖亭」の看板娘となり
つつあった。元々の実力は、トーリスの折り紙付きである。
「そう言えばセンセーは?」
 ツィリルが、しきりにトーリスの事を探す。
「さっき酔い覚ましに外に出かけたヨ。心配しなくても、すぐ戻ってくるネ。」
 レイホウは、教えてやる。
「そうだね!わたし待ってる!」
 ツィリルは、ニパァッと笑う。明るい娘である。ツィリルは、トーリスに憧れの
念を抱いていた。同じ魔法使いとして、あれほどの使い手は中々居ないからだ。
「ごめん。ちょっと頼める?」
 レイアは、従業員の女の子に目配せする。仕事を変わってもらったのだ。
「レイホウさん。すみません。」
 レイアは、レイホウにも頭を下げる。
「行っておいデ。こっちは何とかなるネ。」
 レイホウは、優しく答えてやる。レイホウは、レイアのトーリスに対する想いは
知っていた。それだけに応援したくなるのだ。
 レイアは、レイホウにペコリと頭を下げると裏口から外へと出た。
 レイアは、キョロキョロと周りを見渡す。裏手の空き地にトーリスは居た。
「トーリス。」
 レイアは、トーリスに声を掛ける。
「レイアですか。どうしました?」
 トーリスは、相変わらず優しい口調で語りかけてくる。特にレイアにはだ。
「トーリスこそ、どうしたの?酔い覚ましにしては、長いんじゃない?」
 レイアは、トーリスがアレくらいの酒で酔わない事を知っている。
「・・・これからの事を、考えていたのです。」
 トーリスは、夜空を見上げる。トーリスは、この幼馴染に対しては、思った通り
の事を話していた。
「私は、皆の助けになっているという実感もあるし、非常に充実しています。」
 トーリスは、ツィリルやレルファの成長振りを見るのもまた楽しみになっていた。
「しかし、私自身の強さが上がったという実感が無いのです。」
 トーリスは、それが嫌で堪らなかった。
「トーリス・・・。」
 レイアは、トーリスが、ひたすら研究をするのが好きなのを知っている。口を挟
みづらかった。
「私自身の目標を掲げて、こなして行こうかと思ってましてね。それに付いて、考
えていたのですよ。」
 現在、トーリスは、色々と講師をしている立場だが、それをしながら、自分を高
めていくのは至難の業だ。しかし、それをやり抜く男だと言う事も、レイアは知っ
ていた。それだけに、トーリスの頑張りが羨ましく思えた。
「トーリスは、強いね。私なんか今を生きるのが精一杯よ?」
 レイアは、溜め息をつく。それと同時に、こんなにも凄い幼馴染を誇りに思う。
「レイア。君が「聖亭」に来た時は、面食らいましたが、私は内心嬉しかった。で
も、ここで会えたことに運命を感じるようになりましたよ。」
 トーリスは、勝手にジークに付いて行ったのだ。レイアには、しばらく会えない
物と思っていた。
「私も、トーリスには内緒で修行に来て・・・会えないと思ってた。」
 レイアも正直に打ち明ける。内心は、凄く寂しかったのだ。
「レイア。君の修行が済んだら、一回、帰って式を挙げましょう。」
 トーリスは、思い切って言った。レイアは、その瞬間涙を流す。
「嬉しい・・・。」
 レイアは、それだけ言った。後は声にならなかった。
「私は、何かに打ち込むと没頭して周りを見なくなるような未熟な男ですが、君を
幸せにしてあげたい気持ちは変わりません。」
 トーリスは、口元で笑う。
「トーリス。冒険先で、無茶したら泣くわよ?」
 レイアは、良い笑顔を見せた。トーリスは、どうしてもこの顔に弱い。
「そういう事は、ジークに言ってください。私は君を迎えるまで命を落としたりは
しませんよ。」
 トーリスは、自信があった。それに足りるだけの実力も兼ね備えている男だ。
「待ってる。私、修行しながら待ってるから!」
 レイアは、トーリスの胸の中で嬉しそうにしていた。
「ありがとう。さぁ、そろそろ行かないと、レイホウさんに悪いですよ。」
 トーリスは、クスクスと笑った。レイアがレイホウに頼んで、ここに来たのを悟
っているのだった。
「相変わらず、意地悪ね。」
 レイアは口を、への字にすると裏口の方へと行った。慌てて謝る様子が手に取る
ように分かった。
「で?誰ですか?そこに居るのは?」
 トーリスは、空き地の土管の上に座っていたのだが、その後ろに、誰か居るのを
感じ取っていた。
「みゅー。バレちゃった・・・。」
 ツィリルだった。ツィリルは、つい我慢出来ずに探しに行ったのだった。
「駄目ですよ?覗きは犯罪ですよ?ツィリル。」
 トーリスは、ニッコリ笑う。こういう時でさえ、トーリスは優しい。
「ごめんなさい。センセー・・・。」
 ツィリルは、素直に謝った。
「この事は、あまり皆に言わないで下さいね。」
 トーリスは恥ずかしそうにしていた。だが、冷静さを失うほどでも無かった。
「センセー、レイアさんと結婚するの?」
 ツィリルは、気になる所をズバリ聞いた。
「・・・まだ先の話ですよ。どうしたんです?ツィリル。」
 トーリスは、子供をあやすように聞いてみた。ツィリルは俯いている。
「そうなったら、一緒に冒険出来ないの?」
 ツィリルは、トーリスに憧れている。だから、その事が気になっていた。
「ツィリル。勘違いしちゃ、いけませんよ。」
 トーリスは、優しくツィリルの頭を撫でてやる。
「結婚は、一つの区切りだと思っています。でも、そこで人生が終わるわけじゃあ
無いですよ。式を挙げ終わったら、冒険に参加致しますよ。」
 トーリスは、優しい口調で諭していた。ツィリルは、それを聞いて涙目で笑った。
「センセーの結婚式、私も呼んでね!」
 ツィリルは、ニコッと笑う。
「もちろんです。ジーク達も呼んで、盛大にやりますよ。」
 トーリスは、いつまでも優しかった。
「じゃぁ、皆が、心配してるから、わたし戻るね!センセーも早く戻りなよ!」
 ツィリルは「聖亭」の方に向かう。が、「聖亭」の裏口の方が、早いのに正面口
の方に向かう。
 すると、空き地の外には、レルファが待っていた。レルファは、トーリスが裏口
から帰ってくのを見届けると、ツィリルの頭を撫でてあげた。
「なに?レルファ?」
 ツィリルは、涙を悟られまいとしていた。
「無理するんじゃないの。先生の事・・・好きだったんでしょ?」
 レルファは、優しく語り掛けてやる。
「うん・・・でも、レイアさんとは、お似合いだし、センセーのあんな顔、見た事
無いし・・・わたし、センセーの嬉しそうな顔見ていたいの。」
 ツィリルは途切れ途切れに言った。感極まってる証拠だろう。
「だから、無理しないの。泣きなさい。泣いても良いのよ?」
 レルファは、ツィリルの事を胸に引き寄せて顔を隠してやる。
「レルファ・・・うっ・・・くっ、ううううううう・・・。」
 ツィリルは、声をあげて泣き始めた。レルファは、その顔だけは見せまいと隠し
てやっていた。
(先生は、優しいけど残酷よ。でも、しょうが無い事よね。)
 レルファはツィリルの頭を撫でながら、そう思った。トーリスが優しいだけに、
ツィリルは本気で怒れない。好きだから、文句も言わない。でも、それは残酷な現
実であり、悲しい事でもあった。
「明日からは、普段のツィリルに・・・戻れるわね?」
 レルファは、ツィリルの頭を撫でて聞いてみた。ツィリルは、黙って泣きながら
首を縦に振った。
(ツィリル。先生の事、見返すくらいになりなさい。)
 レルファは、そう思いながら夜空を見上げた。
 夜空は、雲一つ無い星空だった。それだけに、全てを包むような寛容さも持ち合
わせている気がした。


 ストリウスの遺跡群の中に、ワイス遺跡と言う所がある。そのワイスとは、神魔
であるワイスその人を指していたのだが、一見なんでもない遺跡なのである。しか
し、隠し扉があって、そこからは、魔界を彷彿させる様な陰鬱な造りになっていた。
 魔族には、厳格な位付けがしてあって、最下級の魔族は「使い魔」と呼ばれてい
て、続くように「妖魔」そして「魔族」、そしてその上が、ライルと激戦を繰り広
げた黒竜王が位置していた「魔貴族」、そして護衛の位置として「魔界剣士」、そ
して、最高級の強さと瘴気を持ち合わせた「魔王」、だが、それ以上に魔界に居な
がら神と同格とまで言われる「神魔」と言う位置があった。
 ワイスは、その神魔なのである。最も、「神魔」の中でも、その強さによって位
付けがされているのだが、ただの人間の敵うような相手では無かった。
 しかしソクトアは、神の祝福を受けた土地だ。必ずと言って良いほど、魔族が現
れる時に、神は降臨していた。過去の歴史でも「月神」レイモスと「破壊神」グロ
バスが、神から神魔と成り下がった時、その時の神のリーダーである「天上神」ゼ
ーダの手によって鎮圧されている。
 その例があるからこそ、ワイスは復活した今も、地下で力をじっくり蓄えている
のだった。配下の「魔界剣士」砕魔 健蔵もワイスの言う事には付き従っている。
 だが、「魔王」クラーデスは別だった。クラーデスは、既に大半の力を取り戻し
つつあった。一応、まだ取り戻すために自らの瘴気を高めてはいるが、元々待つの
が好きな男では無いため、イライラしていた。
 クラーデスは、ワイスの居る玉座まで近寄る。
「何用だ。クラーデス。今、ワイス様は、眠りについてる最中だぞ。」
 健蔵が、クラーデスを制する。
「坊や、俺は、いつまで待たされるんだ?」
 クラーデスは、イライラしていた。早く自分の力を振るいたくて仕方が無いのだ。
「ワイス様が、お目覚めになるまで、じっとしていろ。貴様には忍耐と言う言葉が
無いのか?」
 健蔵は無視する形で再び警護体制になる。
「馬鹿言ってるんじゃねぇ!このソクトアに何が居るんだ?人間なんぞ、俺の力の
一握りで叩き潰せるというのに、この体たらくは何だ!」
 クラーデスは、怒鳴り散らす。
「ワイス様に、従わないと言うのなら斬る。」
 健蔵は、ユラリと立ち上がって剣を抜く。
「坊やがか?辞めておけ。実力って物を考えるんだな。」
 クラーデスは挑発する。相当、鬱憤が溜まってるらしい。
 シュン!
 健蔵は、躊躇いもせず剣を振る。しかし、クラーデスは簡単に避けた。
「次は、外さぬ。」
 健蔵は、殺気に満ちた目をクラーデスに向ける。
「本気か?なら、俺も、丁度イライラしていた所だ。殺してやるよ。」
 クラーデスは、瘴気を全開にしようとする。
「やめよ。健蔵にクラーデス。」
 ワイスは、目を開けた。健蔵は、慌てて剣を仕舞ってワイスに向かってひれ伏す。
「起きたか。ワイス。俺は、いつまで待つんだ?え?」
 クラーデスは、ワイスに近寄る。元々「魔王」とは言え「神魔」級の力があると
されていたクラーデスだ。ワイスに対しての礼などするはずも無かった。
「時は、まだ満ち足りていない。辛抱せよ。」
 ワイスは、厳格な雰囲気で言う。
「そんなんで、俺が納得すると思うか?大体、お前の力も、ほとんど戻ってきてる
ってのに、そこまで完璧に拘るのは何でだ?」
 クラーデスは、ワイスが余りに完全に拘ってるのが気に入らなかった。
「貴様は、神々の事を忘れたのか?」
 ワイスは、、神々にすら勝とうとしているのだ。
「忘れちゃいない。だが、その気配を感じるのか?その前に、ソクトアを叩き伏せ
れば、勝率も増すって物じゃないのか?」
 クラーデスも馬鹿ではない。考えも無しに暴れたいわけでは無かった。
「仕方が無い。見せよう。・・・これのためだ。」
 ワイスは、一際大きく、邪悪な召還のための『闇の骨』を見せる。瘴気が、溢れ
ている。これを元に、魔界からソクトアに来れる魔方陣が完成するのだ。
「こんなでけぇのは・・・誰のだ?」
 さすがのクラーデスも、ビックリしていた。自分やワイス以上の『闇の骨』だ。
ここまでになると、どのくらい瘴気が必要になるか分かった物じゃない。
「これこそ、『神魔王』グロバス様の物だ。」
 ワイスは、その正体を明かす。この『闇の骨』は、神々に戦いを挑んで敗れた、
『破壊神』グロバスの慣れの果てだったのだ。そしてグロバスは魔界に落ちて『神
魔王』として君臨していたのだ。
「そのせいか。お前が、そこまで完璧を目指す理由は・・・。」
 クラーデスも悟った。グロバスを降臨させれば、自分とワイスとグロバスと言う
事で、強力な力になる。そうすれば、神々に勝つこととて夢ではない。
「なら仕方が無い。従おう。それとだ。俺も色々と呼び出すとするか。」
 クラーデスは、そう言うと『闇の骨』無しで魔方陣に近づく。
「『闇の骨』無しに、どうやって召還するつもりだ?」
 健蔵は、不思議に思っていた。確かに、そこらの『妖魔』や『魔族』レベルなら
呼び出せるだろうが、無駄に増やしても、しょうがないのだ。増やすのは、時が満
ち足りてからで良い。それまでは、増え過ぎると却って厄介なのだ。
「安心しろ。そこらの雑魚ではない。『魔界剣士』クラスの奴さ。」
 クラーデスは、そう言うと魔方陣に自分の手を置く。
「『闇の骨』無しでも召還出来るのさ。何せ肉親だからな!」
 クラーデスは、そう言うと魔方陣に自分の瘴気を当てる。すると魔界の門が開く。
 キュアアアアア!
 叫び声が聞こえる。
「俺の瘴気の臭いを嗅ぐだけで、こいつらは召還出来るようにしておいたのさ。」
 クラーデスは、ニヤリと笑う。魔方陣から次々と影が飛び出してくる。
「さすがだな。クラーデス。」
 ワイスは、クラーデスの周到さに少し懸念しながらも感心していた。
 影は4つ。その4つがクラーデスの前に跪く。
「長兄ガレスォード、参りました。」
 4人の中で、最も体のでかい男が挨拶する。
「次兄アルスォーン、ここに。」
 今度は、4人の中で最も翼が立派な男が挨拶する。
「3男ガグルド、馳せ参じました。」
 4人の中で、最も闇色の肌をしている男が挨拶する。
「末弟ミカルド、盟約のままに。」
 4人の中で、最も体は小さいが、クラーデスに雰囲気がそっくりな男が挨拶する。
「フム、ご苦労だったな。」
 クラーデスは、形式的に返事をする。
「親父、ここはどこだ?」
 長兄のガレスォードは、周りを見渡す。
「ソクトアだ。人間どもの気配を感じるだろう?」
「なるほど、やっと私たちも力が振るえるのですね?」
 次兄のアルスォーンは、嬉しそうに残忍な笑みを浮かべる。
「ここはワイス遺跡ですな。なるほど。ワイス様との連携でしたか。」
 3男のガグルドは冷静に周りを見つめる。慎重派なのだ。
「フッ。どうやらワイスは、グロバス復活を目論んでるらしい。」
 クラーデスは、ワイスの方をチラリと見ながら言う。
「なるほど。親父が協力する訳だ。」
 ミカルドは鼻で笑う。何を考えているか分からない、この表情は、クラーデスそ
っくりである。
「しかし、この様子だと、まだ時が満ち足りてないみたいですな。」
 ガグルドは、門番のルドラーを一瞥して言う。
「フン。グロバス様を復活するってんなら、仕方がねぇか。」
 ガレスォードは残念そうだったが、敢えて、それ以上語らなかった。
「そこに居るのは、健蔵殿か?久しいですね。」
 アルスォーンは、健蔵がさっきから瘴気を発してるのを見逃さなかった。
「ワイス様の御前だ。失礼無いようにすると良い。」
 健蔵は余り気に入らなかったが、今は大事な戦力なので、挑発はしない事にした。
「健蔵さん、私達の部屋は、決めてもらえるのかな?」
 ガグルドは丁寧に挨拶する。魔族にしては珍しい奴だ。
「クラーデスが左の一番奥、私が右の一番奥だ。それ以外の所を使うが良い。」
 健蔵は、指を使いながら説明する。この大広間だけでも、30は部屋があるので、
かなり余っていた。
「ならば、俺は左の2番目を使わせてもらう。」
 ガレスォードは、さっさと部屋に入っていった。まだ復活したてで、力が戻って
ないので、休みたいのだろう。
「私は、その隣にしましょうか。」
 アルスォーンはガレスォードの隣の部屋に入っていく。
「私も、兄に続くとしますかな。」
 ガグルドもアルスォーンと同じくその隣の部屋に行った。
「俺は、しばらく、ここに居よう。」
 ミカルドは、そう言うと柱に座り込んだ。
「フッ。相変わらずだな。まぁ良い。俺も少し休む。いつでも動けるようにしてお
け。その内、忙しくなるぞ。クックック。」
 クラーデスは、低く笑いながら自分の部屋へと帰っていく。いくら盟約の力とは
言え、4人も召還した後では、疲れるのだろう。
「楽しみな奴らだな・・・。フフフフ。」
 ワイスは、4人の力を読み取っていた。さすがは「魔界剣士」だけあって、中々
の強者ぞろいである。
「健蔵、アンタに話がある。」
 ミカルドは、健蔵を呼び止める。
「何用か?」
 健蔵は、少し警戒する。クラーデスの息子が何の用なのか?
「黒竜王を倒したとか言う奴の名前を教えろ。力が戻ったら拝見しに行く。」
 ミカルドは、低く笑う。魔界にも黒竜王が、人間に倒されたという噂は流れてい
た。その人間が住んでた世界が、ソクトアだと言う事もだ。
「そう言う事か。ライル=ユード=ルクトリアだ。」
 健蔵は教えてやる。
「だが、そ奴は俺の獲物だ。因縁があるんでな。殺すんじゃないぞ?」
 健蔵は霊王剣術の事を言った。不動真剣術とは相反する剣術だ。
「フッ。ハハハハハハ!ソクトア出身だったもんな、お前は。」
 ミカルドは大笑いする。そして健蔵がソクトア出身だと言う事をバラす。
「貴様、それは、どう言う意味だ?」
 健蔵は、剣に手を掛ける。殺気が溢れてくる。
「お前の使う剣術は、人間から教わった物だろ?お前には、人間臭さがプンプンす
るのさ。お前は魔族と人間のハーフだったもんなぁ?」
 ミカルドは、次々とバラしていく。健蔵は、確かにガリウロル出身の人間と魔族
のハーフだった。ある強力な魔族が、人間に憑依して人間の女性と結ばれた時の子
供が、この健蔵なのだ。
「俺達のような、優れた血筋は、お前のような臭いはしないからな。」
 ミカルドは、残忍な表情を浮かべた。その瞬間、健蔵はミカルドに対して攻撃を
繰り出す。それも1回では無い。本気で殺す気だった。しかし、ミカルドは全て読
み切って笑いを浮かべながら躱す。
「健蔵!辞めよ・・・。」
 ワイスは制止する。健蔵は怒りに満ちた目をしていたが、悔しそうに天井を眺め
ると、剣を仕舞う。健蔵の、一番触れてはならない部分だったのだ。
「ミカルドよ。お主も無用な戦いは避けよ。今は争うておる場合では無い。」
 ワイスは叱責する。
「分かりました。・・・フフ。救われたな。健蔵。」
 ミカルドは、カラカラと笑うと、ガグルドの隣の部屋に入っていった。
「健蔵。お主の血統など関係ない。我は、お主の力を信じている。自分を制止出来
なくては駄目だ。分かるな?」
 ワイスは、優しく声を掛けてやる。
「・・・もったいないお言葉。この健蔵、精進が足りませんでした。」
 健蔵は深々と頭を下げる。人間から迫害され、母親までも、人間に殺害された健
蔵にとって、人間臭いと言われるのは、苦痛以外の何者でもなかった。自分には、
魔族の血が流れていると言う事実が、誇りでもあったのだ。
 そんな健蔵を拾ったのがワイスだった。健蔵は、その時の感謝の念を忘れない。
だからこそ、未だにワイスに忠誠を誓っているのだ。そんな健蔵を、ワイスも信用
している。この2人は血縁以上の主従でもあった。
「それにしても・・・あのミカルド・・・。果てしない力よ・・・。」
 ワイスは、その事が気に掛かっていた。いくら同じ「魔界剣士」とは言え、健蔵
の攻撃を、まだ力を取り戻してない状態で全て躱すなど、中々出来る芸当では無い。
健蔵は、これでも「魔界剣士」の中でも強い方なのだ。
「私もそう思います。他の3人なら私でも勝てますが、ミカルドだけは、勝敗は分
かりませぬ。最も信念の違いを見せてやるつもりは、ありますが・・・。」
 健蔵は意外と冷静に分析する。ミカルドは、一番クラーデスにそっくりだった。
その強さも一番強いのは、ミカルドなのかも知れない。
(奴が力を取り戻したら、「魔王」級なのかも知れん。末恐ろしい奴よ。)
 ワイスは、警戒する事にした。クラーデスと言い、あのミカルドと言い、どこか
油断出来ない雰囲気がある。
 しかし、大きな戦力になる事もまた、事実であった。


 ソクトア大陸の遥か上空にソクトアを覆い包むかのように囲っている世界がある。
人々は、それを「天界」と呼び、崇めてきた。と言うのも、ここは、神々が住む世
界であり、何よりも神でしか行き来出来ない造りになっているからだ。
 天界は、従来ソクトアだけで無く、他の星とも繋がっていて、その星一つ一つに
も、それぞれ神が降臨している。神の力は、凄まじく、邪悪なる力が来た時に、そ
れを撃退したりするのは、もちろん、個々の力も、人間のそれを大きく凌駕してい
た。天変地異と言われる全てに、神々の力が関わっていると言っても過言では無か
った。
 現在、天界では魂を運ぶ天使が各地に赴き、収集をしている。そして、それを管
理する神が、魂の行き先を決める。神々は、それぞれ頭に自分の特徴である力を示
す言葉を入れて呼ばれている。破壊を司っていたグロバスは、破壊神と呼ばれてい
たようにだ。
 その神々の中にも、リーダーという者が居る。神のリーダーは、200年前までは天
上神ゼーダが勤めていた。しかし、突然天上神が姿を消したので、今は、当時のナ
ンバー2であった運命神ミシェーダ=タリムが、その責を果たしている。
 200年前に何があったかは、分からないが、200年前に息子と別れた神が居た。そ
の神とは、金剛神パムと蓬莱神ポニの息子であった。しかし、その息子は、見事に
成長して、息子自身の力で、神の試練を突破して、特例として、神になったと伝え
られている。そして、息子の恋人であった女性も、類まれな精神力で、特例として
神になった。この出来事を「神化」と呼んでいる。最もパムやポニ自身も「神化」
によって神の力を得たので、ベースは、ほとんど人間なのだ。ベースが人間なのは、
ミシェーダも、その一人で、その他にも何人か居るようだった。
 天界は、この頃は、不穏な様子も無く、良い具合に安定を保っていた。最も問題
のある星は、多数あったが、神が介入するまでの星はそうそう無かったのである。
 しかし、気になる星がある。それがソクトアだった。あの土地は、神々が祝福し
た土地なので、早々壊れることは無い。しかし、この頃、邪悪な気配が包もうとし
ているのを感じ取ったのである。なので、今は2人ほど調査に向かわせている。そ
して、必要とあらば、その邪悪を取り除くことが、その2人の使命であった。
 天界は、ソクトアの様子に注目しつつあった。
 神のリーダーの宮殿で、人間型の神が集まってソクトアの様子を見ていた。
「あの2人は頑張っているようだが・・・。」
 ミシェーダは顔を曇らせる。と言うのも、ソクトアの邪悪なる力が日に日に増し
ていくのを、感じているからだ。
「しかし、人間の中にも力を持つ者は居るのですな。」
 神々は、このソクトアの人間達を高く評価していた。「使い魔」クラスの魔族な
らともかく、「魔貴族」クラスの魔族を相手に勝つというのは並の強さではない。
「ソクトアからは、この天界に何人か来ている。もしやすると、また一人増える事
になりそうだな。」
 ミシェーダは周りを見渡す。確かに、ここ200年ほどは「神化」する人間など出て
いないが、この頃のソクトアの人間達の力は、目を見張る物がある。
「しかし、グロバスの事と言い、200年前の出来事と言い、ソクトアは、何故こうも
事件に巻き込まれるのか・・・。」
 神の一人が意味深な事を言う。確かにソクトアは他の星とは考えられない程、色
々な事件が起きる。単に、それだけ能力を持っている者が多いと言えば、それだけ
だが、それだけでは無さそうだ。
「運命神としての意見を言えば、ソクトアは何度か事件に巻き込まれる内に、特異
点となってしまってる可能性が高いからだろうな。」
 ミシェーダは説明する。特異点とは、色々な事が、起こりすぎて色々な物を引き
寄せてしまう現象の事だ。
「ソクトアが特異点か・・・。ありえる事だな。俺の息子も、あそこに落ちたしな。」
 金剛神パムが口を挟む。パムの息子も、結局ソクトアに迷い込んだのだ。
「だが、ソクトアだけに集中する訳にも行かぬ。それは分かっているな?」
 ミシェーダは周りを見渡す。それについては、同意見だった。神々の責を果たさ
なければならない星は多い。ソクトアにばかり気を取られていては、他の星がお留
守になってしまう。
「ソクトアは、君の息子に行かせてある。あいつなら、ちゃんと責を果たすさ。」
 ミシェーダは、パムの肩を叩く。
「そうだな。あいつは、俺より実力は上だ。まだ開花していないがな。」
 パムは息子の力を見切っていた。息子は、恐ろしい強さを兼ね備えている。しか
し、まだ開花にまで至っていない。そんな感じだった。
「息子と、その妻を信じましょう。彼らならやり遂げますわ。」
 蓬莱神ポニもパムを支える。この二人は、いつも信じあって生きてきた。
「そうだな。頼むぞ。ジュダ。そして赤毘車。」
 パムは、ソクトアの様子を見ながら呟くのだった。
 ソクトアを調べる二人は、両親に応えようと必死になっているのだった。



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